海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第2号
- 発言数
- 61 件
- 登壇者
- 11 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1955/12/08
会議録
○原委員長 これより会議を開きます。 この際お諮りいたします。昨七日に、理事高橋等君が理事を辞任せられましたので、理事の補欠選挙を行いたいと思います。これについては、従来の例によりまして、委員長において指名いたすに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○原委員長 御異議なきものと認め、それでは、中馬辰猪君を理事に指名いたします。 —————————————
○原委員長 本日は、海外同胞引揚に関する件及び遺家族援護に関する件について、議事を進めます。 まず、海外残留同胞の引き揚げ問題については、来る十一日に大成丸が、十六日に興安丸が、それぞれソ連地区残留同胞、中共地区残留同胞を乗せて舞鶴に入港する予定と、日ソ交渉の再開進展を期待する現況にあり、また定着援護、留守家族援護等、各般の問題がいまだ残されておりますので、これらの各般の問題について調査を進めるため、その現況について、当局より説明を聴取いたしたいと思います。 また遺家族援護の問題については、無名戦士の墓碑建設の問題、遺家族援護法の問題等につき、その状況を当局より聴取いたしたいと思います。 初めに、外務省当局より説明を聴取いたします。アジア局第二課長。
○小川説明員 それでは、ただいまの御指名によりまして、前国会以後の引き揚げ問題の進展状況につきまして、御説明申し上げます。 第一に、ソ連地区でございますが、前国会の末に、日ソ交渉におきまして、ソ連側より抑留者の名簿を提示するという話が出ておったのでございますが、それが非常におくれておりまして、結局九月五日にマリク全権から松本全権に名簿を提示いたして参りました。それは、軍人の部が一千十一名、民間人の部三百五十四名、この二つに分かれたものでございます。それをロンドンで受理いたしまして、さっそく東京の方へ電報を打って参りました。名簿の詳細につきましては、当時厚生省の方からも御発表があったので省略いたしますが、いわゆる軍人の名簿の方は、赤十字リストといわれておりましたもので、当初一千四十七名でございましたものが、提示を受けましたのは一千十一名になっております。民間人の部は全く新しいものでございます。これにつきましては、厚生省の方で日本側の資料と突き合せまして、技術的におかしい点、たとえば一千四十七名と一千十一名の差はどうなっておるか、その他最近死亡したと思う者が四名あるというようなこともございますので、その氏名をさっそく再びロンドンの方に電報いたしまして、松本全権は帰朝いたしましたので、全権代理の高橋代理からさっそく調査するようにソ連側に申し入れをいたしております。そういう状況でございましたところ、八月に入りましてから、ソ連の赤十字から日赤に対しまして、十六名の邦人を送還するという電報が参りました。そこでさっそく航海訓練所の練習船を派遣する手配をいたしておりますうちに、二名城となり、さらに十一名追加するということを申しまして、結局二十五名ということになったのでございますが、船が参りましたときには十名が追加され、さらに一名追加で、結局三十六名が九月二日に帰還しております。また最近十一月に入りましてから、再びソ連の方で二十五名の送還者があるということでございますので、現在大成丸がナホトカに向っている次第でございます。 なお、日ソ交渉の方は、マリク全権が国連の方に参りましたので、現在休止状態にございますけれども、最近マリク全権も帰るということで、さらに引き揚げ問題につきましても、なお残っております問題、すなわち向うの提示して参りました名簿以外に、日本側で調査しましたものが多数あるわけでございますが、それについての処置、それから状況不明者についての調査、そういうような問題を、今後日ソ交渉において、先方と折衝する段階になっております。 次に、中共地区の状況でございますが、前国会の末におきまして、ジュネーヴにおります日本の田付総領事と中共の総領事と——この引き揚げ問題につきましては、国交の有無にかかわらず、人道問題でございますので、政府間で話しをしたいという申し入れをいたしましたのが七月の前国会中でございました。ところがこれに対しましては、中共側は、八月の十六日に放送をいたしまして、放送いたしました翌日、田付総領事に返事を出したのでございます。先方の考え方は、引き揚げ問題というものは、現在まで民間の団体によってもうよく処理されておる問題である。従って今さら政府同士で話し合うことはないじゃないか、それより、政府の間で話し合う問題は、国交正常化の問題である。貿易促進とか、居留民の問題とか、そういう問題を通じての国交正常化の問題こそ政府間で話し合う問題だ。引き揚げ問題については今さら話し合う必要はないという趣旨の放送をいたしますと同時に、回答をして参りました。その中にはいろいろ政治的な問題も入っておりますし、また日本におります居留民とかの問題、あるいは賠償の問題にまで触れておるような、引き揚げ問題とは全く関係のない返答をよこしたわけでございます。それに対しまして、わが国の方といたしましては、さらに八月の末に、いや引き揚げ問題はわれわれはまだ終っておらぬと考えておる、戦犯と言われる方たちがもう十年以上も拘禁されておるということは、人道上非常にゆゆしい問題であるし、さらに一般に残留しておるといわれております約六千名の人たちの中にも、帰ろうと思っても許可の出ない者があるということは、留守家族その他への通信で確実にわかっているものもある。そういう者の帰還を促進してもらいたい。さらにまた状況不明の者については、これは実際状況不明であるがゆえに調査をお願いしているので、ぜひこれもお願いしたいということを重ねて申し入れたわけでございます。これに対しては、やはり長い間返事がなかったのでございます。そのうち九月の末になりまして、ちょうどジュネーヴで国際赤十字連盟の総会が開かれたのであります。そのときに、日本からも日赤の代表が行っておりましたところ、その席上で中共の紅十字会の代表が、現在約二百名くらいの邦人の送還を準備中であるということを話したという報道が参りました。また当時中共を訪問しておられました議員団の方々が向うの当局と会ってのお話に、これはいろいろ報道がございますけれども、いわゆる戦犯といわれておる方々の中の病弱者や老令者について、釈放を考慮しておるというようなお話も出たわけでございます。そこで、そういう情報がありましたので、ジュネーヴにおきまして、田付総領事は、こういう話があるんだが、そういう送還計画があるならば至急知らしてもらいたい、直ちに政府の方でも準備する都合があるからということを申したのでございますが、これに対しましても中共側は返事をいたしませんで、ややたちましてから、また同じように、送還問題というものは民間の手で済んでおる。残っておるのは技術的問題であるし、また帰りたいという人があれば、今までのように民間のルートを通じてお帰しするので、いまさら政府のお話として持ってくる必要はない。やはり話す問題は国交正常化の問題であるというようなことで、向うはなかなか応じて参りませんでした。 一方、そういう状況にありましたうちに、十一月に入りまして、中共の紅十字の方から日赤に、約百三十名の邦人が天津で帰還を待っておるから、船を回してくるようにという電報が参りまして、さっそく興安丸の派遣の手配をいたしたわけでございます。そこで興安丸がまさに出港しようといたしますときに、新聞でも御承知の通りに、五名の華僑が出国許可を得られなかったために、興安丸に乗って帰還する予定でありました一般の華僑が興安丸に乗船をこばみまして、ごたごたが起ったわけでございます。その状況につきましては、新聞等で始終報道されましたので詳しく申し上げませんが、この五名のうちの四名は、さきに台湾に強制送還がありましたときに、浜松の収容所でごたごたがございましたが、その際に騒動が起り、傷害事件が起りまして、その傷害事件の被告と申しますか、容疑者として検察当局で起訴する者でありましたために、これはその裁判手続が済むまでは離せない者である、それからもう一人の洪進山という男は、台湾蒋政府からの警察官でございまして、留学しておりましたものでものですが、これが期限が切れましても帰らない、そこでこれを台湾に強制送還するか、あるいは中共に帰すか、さらに本人の身分を、現職の警官であるという点をもう少し調査してからでないと、出国許可が出せないという状況の者でございました。従って、これに現在すぐ出国許可を出すということができないという問題で、ごたごたもんだわけでございます。結局二週間興安丸は遅延いたしまして、帰国華僑もやっと納得いたし、数日前に興安丸が出港した次第でございます。現在のところ、初め百三十名と申しておりました人数が、最後に中共の紅十字からの数では約百九十名といっております。しかし昨日の片山先生のお話によりますと、さらに二百三十名にふえておるということでありますが、正確の数字は現在のところ判明しておりません。 それから北鮮地区につきましては、やはり前国会の終りごろ、約三十名の婦女子が平壌に集まっておるので、これについての帰還の問題が起ったのでございます。これにつきましても相当ごたごたがございまして、日本赤十字はさっそくその話を受けまして、引き取りのために交渉を始めようとしたわけでございますけれども、北鮮の赤十字は、交渉相手としては日赤一人ではいやだ、日朝協会というものが相手でないと、これは話せないということを言い出しました。日本赤十字といたしましては、これはもうほんとうの人道上の問題であるし、赤十字同士の話し合いで十分できるものであるし、さらにほかの団体が入るということは、赤十字の精神にももとるものであるし、また現在の状況では、かえっていろいろ引き揚げを阻害することにもなるので、ぜひ赤十字同士だけでやりたいということでしきりに折衝しておるのでございますが、北鮮側では、これはどうしても日朝協会を加えなければいやだということを固執しているわけでございます。特に最近、先ほど申しましたソ連への派遣船として興安丸が出港いたしますに当りまして、興安丸が帰途に北鮮に寄って、これを帰還させるという案まで出したのでございますが、これについても北鮮側は日朝協会が参加しなければ困るということで、現在赤十字はジュネーヴの国際赤十字に連絡いたしまして、そのあっせんを依頼しておる状況でございます。 大体現在までの経過を、右のように御報告いたします。
○原委員長 ただいま厚生大臣から、当委員会にごあいさつを申し上げたいという申し出がありますから、これを許します。厚生大臣小林英三君。
○小林国務大臣 一言ごあいさつを申し上げたいと思います。 私、今回第三次鳩山内閣の成立に伴いまして、はからずも厚生大臣の職を汚すことに相なったのであります。もとより浅学非才でございまして、ことに厚生行政という問題につきましては、ほんとうにしろうでございます。ただ、しばらくの間、参議院の社会労働委員長の職にありました関係もございまして、これからうんと勉強いたしたいと思っております。どうか皆様方の御支援と御指導を贈わりたいと存じます。 一言ごあいさつを申し上げます。(拍手)
○原委員長 次に、厚生政務次官山下春江君。
○山下政府委員 前からこの委員会では、皆様と非常に深いおつき合いをさせていただいておりましたが、今回、その任でないと思いますけれども、厚生政務次官を勤めさせていただくことになりました。私もその任にたえないほどの浅学非才の微力者でございますが、古いおなじみに免じまして、どうか一つ御叱正、御協力を賜わりまして、その職を勤めさせていただきたいことを心からお願い申し上げます。 なおこの機会に、皆様方も御案内のことではございますが、引き揚げ問題のきょうまでのいきさつを、みな古くから本委員会に御努力の先生方ばかりでございますから、重ねて御報告申し上げるまでもございませんが、今外務省からもお話しがございましたので、重複する点もあるかと思いますが、厚生省で整理いたしましたいきさつの一端を御報告申し上げまして、ごあいさつにかえる次第でございます。 終戦以来現在までに海外から引き揚げましたのは、六百二十八万名でございます。このうち、昭和二十四年十月以来杜絶していた中共地区からの集団引き揚げは、昭和二十八年三月から開始されまして、本年三月までに十一回にわたりまして、二万八千八百四十四名が引き揚げて参りました。 またソ連地区につきましては、昭和二十五年四月以来の集団引き揚げは杜絶していたのでございますが、昭和二十八年十二月再開されまして以来本年九月までに、四回にわたりまして引き揚げが行われ、総数千三百三十九名が引き揚げて参りました。 また右の集団引き揚げのほか、昭和二十五年以来の個別引揚者は、本年十月末現在で三百八十二名でございます。 残留者の状況でございますが、現在なお残留いたしておりますおもな地域は、ソ連邦、これは千島、樺太、外蒙も含んでおりますが、中華人民共和国及び北鮮地域でございます。南方諸地域等につきましては、引揚げは一応終了しておりますが、終戦後生死が確認できない等の事情によりまして、復員処理ができていない者及び離隊して現地に残留している者が二千二百名、そのうち死亡したと認められる資料のある者が五百八十名ございます。 ソ連邦地域の未帰還者につきましては、政府が従来調査し得た個人消息の判明状況は次に申し上げる通りでありまして、生存資料のある者のうち、古い年次の資料しか得られないものにつきましては、死亡しているものではないかと思われるのでございます。 まず生存している資料のある者が、昭和二十年から三十年までの間に調査されたもので、本年十月一日現在で一万十名であります。生死の資料の全然ない者が百名、死亡資料のある者が二千二百九十五名、合計一万二千四百五名でございます。本年九月五日ロンドンにおいてマリク・ソ連邦代表から日本側に手交されました生存残留者名簿の人員は一千三百六十五名でありまして、これらはその内容から見て、受刑服役岩と判断されておるのであります。 前項人員のほか、日本側において、昭和二十五年以降ソ連邦に生存の資料を入手している者は三百八十五名おります。これらは現在における生存の確実の度の高いものと認められておりますので、現在ソ連邦に対しまして照会中でございます。 前二項以外にも生存者があると思われまするので、これらについてさらに近くソ連邦に照会するように準備中でありますが、今なおソ連邦に生存残留していると思われる日本人の数につきましては、樺太、千島を含め多数の帰還者の証言等を総合いたしまして、現に氏名の判明していないものを含めて、二千二百名ないし二千五百名と推定されております。 中華人民共和国地域の未帰還者につきましては、政府が従来調査いたしました個人消息の判明状況は次に申し上げる通りでありまして、生存資料のある者のうち、古い年次の資料しか得られないものにつきましては、多分死亡しておるものではなかろうかと思われるのでございます。これも三十年の十月一日現在でありまして、生存していた資料のある者が三万百四十名でございます。生死の資料の全然ない者が五千五百八十五名であります。死亡資料のある者が九千九百八十名でございまして、その合計は四万五千七百五名でございます。一昨年より本年四月に至る間、十一次にわたりまして、中共地区から帰還した引揚者の提供いたしました報告あるいは現地通信等を総合いたしますと、中華人民共和国地域の生存残留者は七千名を下らないものと推定されます。右の残留者は、その穴部分が中華人民共和国政府またはその軍機関に留用されていると認められますが、このほか戦争犯罪、反革命分子、学習訓練等のゆえをもちまして残留せしめられている者もあり、また別に実数を把握しがたい国際結婚者、孤児等もある見込みでございます。 なお右の戦争犯罪につきましては、昨年十月三十一日紅十字会李徳全女史から手交されました名簿により、ソ連邦から中華人民共和国に引き渡されたと思われまする者九百三十四名、別に死亡者が三十四名ございます。及び旧閻錫山軍に関係した等の理由によりまして拘禁された者百三十四名、このうち死亡者が六名あることが判明いたしました。 北鮮地域の未帰還者につきましては、政府が従来調査し得た個人消息の判明状況は次に申し上げる通りでありますが、生存資料のある者のうち、古い年次の資料しか得られないものにつきましては、ソ連邦及び中華人民共和国と同様に死亡したものではなかろうかと考えられるのであります。まず生存しておる資料のあります者が二千百六十五名あります。生死の資料の全然ない者が二百五十名、死亡の資料のある者が五百九十名、合計三千五名でございます。これらの未帰還者のうちおもなものは、ソ連邦からの送還者でありまして、生存残留者の把握はきわめて困難な状況にあるのでございます。 最後に今後の引き揚げの見通しでございます。今後の引き揚げの見通しは、ソ連地域につきましては、日ソの国交調整の結果いかんが重大な影響を与えることは言うまでもないのでございますが、現在戦犯者として服役中の者につきましては、昭和二十八年十一月に日本赤十字社とソ連赤十字社との間に調印されました「日本人戦犯の帰還に関するコミュニケ」に基き、日ソ交渉の結果いかんにかかわらず、刑期の満了次第帰国できることになっており、現に本年内に約二十五名の者が同地域より送還されることになっております。 中共地域につきましては、昭和二十九年十月、李徳全女史が来日の際に、帰国希望の意思のある者につきましては、帰国を援助する旨を約束しておりますし、また戦犯者として受刑中の者についても、絶対多数の者が近く寛大な措置を受け、帰国できるであろうということを言明したのでありますが、戦犯者については現在に至るも何らの措置が行われていない実情でございます。なお本年内に同地域より百八十名帰国が実現するということになっておりますが、この中には戦犯者は含まれていないものと思われます。 北鮮からの引き揚げにつきましては、約五十名の日本人が帰国のため平壌に集結している模様でございますが、北鮮側は日朝協会を加えた代表を平壌に派遣することを要請し、日赤側は、この問題が純粋に人道問題であるがゆえに、一切の政治やイデオロギーを超越して解決すべきであるという見解から、日赤一本で代表団を構成するということを主張しているので、北鮮からの日本人帰国問題は、代表団編成にからんで、いまだに解決を見ていない状況にあるのでございます。 以上が大体今日までの引き揚げの経緯及び引き揚げに関する今後の見通しでございます。
○原委員長 次に、遺家族援護に関する件について、引揚援護局援護課長大崎康君。
○大崎説明員 戦傷病者戦没者遺族等援護法につきまして概略御説明申し上げます。この法律は、御案内の通り、軍人、軍属の公務上の負傷または疾病、死亡に関して、国家補償の精神に基きまして援護することにいたしておるものでございまして、昭和二十七年四月成立をいたしたわけであります。そして四月以来累次改正を行なってきておるわけでありますが、現在の大体の内容は、次のようなことになっておるわけであります。 まず第一に、身体障害者に対して、障害年金あるいは障害一時金の支給をいたしております。それは、これらの者が公務上の負傷または疾病によって第三款症以上の不具廃疾になった場合におきましては、その程度に応じまして、障害年金あるいは障害一時金を支給することになっております。障害年金の額は、恩給法におけるところの増加恩給の額に見合っておりまして、最高の特別項症が十八万一千円、最低の第三款症が一万二千円になっておるわけであります。障害一時金は、最高の第一款症が八万五千円、最低の第三款症が五万九千五百円になっております。これが身体障害者に対する給付であります。 それから、そのうちで遺族に対する諸給付があります。遺族に対する諸給付といたしましては、まず遺族年金の支給が行われておるわけであります。遺族年金の支給につきましては、公務上の傷病によりまして死亡した場合は、その一定の遺族に対して遺族年金を支給することになっておりまして、その額は、先順位者が一人の場合には三万五千二百四十五円、これは来年の七月からそういうふうな額になることになりまして、現在は暫定的に三万一千五円になっておるわけであります。二人以上ある場合におきましては、これらのものに五千円を加えるということになるわけなのであります。これらの遺族年金は、いわゆる軍人、軍属に支給されますけれども、なおそのほか戦争受刑者が拘禁中に死亡した場合、あるいは今次終戦に関連する特別事態に当りまして、軍人、軍属という身分を持っているがためになくなられた、いわゆる責任自殺をなされたような方方の御遺族に対しましても、援護審査会の議決によりまして、遺族年金を支給いたしておるわけであります。 なおこれらの遺族年金の支給とあわせまして、弔慰金の支給ということをやっております。弔慰金の支給というのは、戦没者一柱について一枚の国債で、これは軍人、軍属の場合は五万円でございますが、五万円の弔慰金を支給いたしております。遺族の範囲は、遺族年金の支給の範囲よりも若干広げられているわけであります。 なお、今申し上げましたことは、軍人、軍属に対する給付でございますが、これとあわせまして、戦争中に徴用された者、あるいは軍の要請によりまして戦争に参加した者、あるいは特別未帰還者、満州開拓青年義勇隊員が業務上に準ずるような理由によりましてなくなった場合には、三万円の国債が弔慰金として支給されることになっているわけであります。これらの方々に対しては、現在の措置といたしましては、一時金のみしか支給されておらないわけなんであります。 なお先ほど申し上げました戦争受刑者が拘禁中に死亡した場合、あるいは軍人、軍属が終戦に当り責任自殺等でなくなられた場合に対しても、同様に弔慰金が五万円国債をもって支給されておることになっておるわけであります。 戦傷病者、戦没者遺族等援護法という法律は、昭和二十七年に成立いたしましたときには、広く軍人、軍属を対象としておりましたけれども、昭和二十八年八月に軍人恩給が復活いたしまして、それ以後につきましては、おおむね軍人につきましては特別の者、すなわち恩給法の規定によって恩給の給付を受けない者は除きまして、それ以外の者はすべて恩給法によって措置されておることになっておるわけであります。従いまして、現在のこの遺族援護法の対象者の大部分というものは、いわゆる雇用人たる軍属が身体障害者となった場合、あるいは雇用人たる軍属がなくなった場合に、その遺族に対して支給する給付というのがおもなる内容になっております。恩給法との関係におきましては、複雑な調整が現在行われておるわけであります。遺族援護法は、戦没者が二百万を越えるという膨大な対象を相手にいたしまして、二十七年以来漸次裁定を進めてきておりまして、現在におきましては、若干の未裁定がございますが、その大部分の者についてはすでに裁定を了しておるわけであります。これらの件数を全部あげますと、障害年金等を合せて、受け付けました件数が二百十六万、裁定件数が二百十四万五千、未裁定件数が約一万五千になっておるわけであります。これらの件数は、実は一万五千という数がまだ終らないのでありますが、この点につきましては、できるだけ迅速に処理いたしますよう鋭意努力いたしておる次第でございます。 なお、遺族援護法と関連いたしまして、二、三の措置について御説明申し上げます。遺族援護法におきまして弔慰金として支給されました国債につきましては、二十七年度より、十億円の資金をもって、この国債を担保とする事業資金の貸付を行うことになっておるわけであります。これは国民金融公庫においてそのような措置を行なっておりまして、現在におきましても、その措置を続行いたしておるわけであります。 それからもう一つ、遺族国庫債券につきましては、生活保護法に該当する場合、あるいは生活保護法に該当いたしませんでも、非常に困窮いたしておる場合におきましては、二十七年度以降買い上げの措置をとっております。金額は昭和二十七年度に二十億、二十八年度に二十六億六千八百万円、それから二十九年度には二十億、それから本年度におきましては八億の額をもって、これらの方々のお持ちの遺族国庫債券を買い上げておるわけであります。 以上、遺族援護法とそれに関連したものについて、概略御説明申し上げた次第でございます。
○原委員長 なお補足的に、援護法について、山下政務次官。
○山下政府委員 ただいまの説明は遺族援護法についてでありましたが、引揚者の援護に対しましての概況を御説明申し上げます。 中共及びソ連地区からの集団引揚者の受け入れ機関といたしましては、舞鶴地方引揚援護局が当っております。また各地域から個別引揚げの受け入れ機関といたしましては、引揚援護業務取扱い検疫所が当てられております。そこでは、帰還手当おとな一人一万円、子供一人五千円の支給をいたしております。その他援護金品の支給、引揚証明書の発給、病気になった場合の施療等、各種の援護業務を実施いたしておるのでございます。各受け入れ機関から引揚者が定着先に送り出されます場合には、人員及び荷物の輸送費を国庫において負担することはもちろん、弁当の支給、必要な施療等の車中援護及び駅頭援護を行なっております。 なお、引揚者が上陸後直ちに入院した場合、あるいは帰郷途中において発病入院した場合には、本人の入院費二十五日分を国庫において負担することにいたしておるのでございます。 なお、引揚者の定着援護につきましては、引揚者に対する住宅の供与について、引き揚げ開始当初は、国庫補助事業といたしまして、旧兵舎、工員寮等を補修転用いたし、集団収容施設の設置をいたしまして、これは七万七千七百八十九戸に相当する分によりまして、措置して参ったのでございます。昭和二十八年に再開されました中共及びソ連地区からの集団引き揚げ受け入れにつきましては、当初厚生省予算により、引き揚げ人員約二万六千八百人に対し、約三千四百戸の建設を行いました。二十九年度以降は、建設省所管第二種公営住宅により措置することになりましたので、詞年度におきましては、三百二十九戸を建設して引揚者をこれに入れたのでございます。また昭和三十年度は、三千七百名の引き揚げ想定人員に対しまして、二百五十戸のワクを新規引揚者用に充当すべく、同じく建設省所管第二種公営住宅のうちより措置することになっておるのでございます。 次に、前に申し上げました元兵舎、工員寮等を転用した引揚者集団収容施設につきましては、これらの施設の大半が非常に長い年度を過ぎておりますために、腐朽破損が著しく、補修をしても継続使用に耐えないものが非常に多くなりましたので、昭和二十五年度より同二十七年度までの間に、特に腐朽の激しいこれらの施設に居住する者を個別住宅に移転させるため、引揚者の疎開住宅建設一万四千五百十五戸を行なって参ったのであります。しかし北海道における集団収容施設は、樺太引き揚げ無緑故者を多数受け入れておりますため、数が非常に多いことと施設の特に悪い特殊性等から考えまして、地元の大へん熱心な要望もありまして、昭和二十七、八年度におきまして、建設省所管第二種公営住宅から四百八十戸を疎開いたし、本年度以降未疎開施設約千八百戸を三年間で疎開実施をする計画のもとに、本年度六百戸の疎開住宅を建設中であり、また疎開計画の中に含まれていない残余の施設につきましては、同じく本年度において工事総額二千三百四十三万円、国庫補助額七百八十一万円、補助率三割をもって補修工事を実施することにいたしており、目下疎開住宅とともに事業実施中でございます。なお前述の疎開住宅につきましては、明年度においても三カ年計画の第二年目といたしまして、同じく六百戸の住宅を建設いたすべく、これが所要予算を北海道開発庁より要求しておる次第でございます。またこれら引揚者集団収容施設の疎開及び補修につきましては、北海道のみに限らず、内地府県におきましても同様の状況にあり、各府県からも強い要望がございますので、三十一年度におきましては、疎開引揚者住宅八百五十戸分及び補修費約八千万円の予算を当省において要求中であります。 なお、この引き揚げた方々の更生資金について申し上げますが、昭和二十一年以降主として引揚者を対象として、その立ち上りのための事業資金として、更生資金一世帯当り五万円まで、償還期間は五年以内、利子は年六分でございますが、これの貸付を国民金融公庫を通じて行なって参りました。しかしこの貸付資金の財政支出は昭和二十七年度をもって打ち切られまして、現在におきましては前に貸しつけました金、これは三十六億円でございますが、これの償還をもちまして、この償還金を回転運用するようにいたしておるのであります。なお本年八月末における貸付累計は三十五万六千余件でありまして、金額は五十七億九千余万円に上っており、同上のうち引揚者に対する貸付は二十二万七千余件、三十四億七千余万円の多額に上っております。また昭和二十八年度におきましては、中共及びソ連地区からの引揚者に対しまして、特に国民金融公庫の普通資金のうち二億円の特別のワクを設けまして貸付を実施して参りましたが、二十九年度以降の引揚者に対しては、従来の更生資金の償還金のうちより優先的に貸付の行われるよう措置をいたしておるのであります。何分にもこの資金は非常に窮屈でございますので、何とぞ委員会等におかれましてもこの問題については切に御研究、御審議を賜わらんことをお願い申す次第であります。 なおそのほかに定着援護といたしましては、応急家財——急いでの家財でございますが、家財の支給をいたしております。また職業のあっせん——これは労働者にお願いをしておるのでありますが、及び国民の援護思想高揚のための愛の運動等を実施して参っておるのであります。 なお、こういう問題を審議いたしますために引揚同胞対策審議会がございますが、この対策審議会は昭和二十三年八月、引き揚げの促進、引揚者の援護更生等の諸問題を調査審議するために、引揚同胞対策審議会設置法に基きまして、総理府に設置いたされたのであります。同審議会は厚生大臣を会長とし、民間有識者及び関係各省事務次官をもって充てられる委員、現在十七名、臨時委員が四名で構成されておるのでありまして、今日までに引き揚げ援護に関する重要問題について決議を行い、これを内閣総理大臣に報告して、その成果をあげて参ったような次第でございます。 以上、概略を御説明申し上げました次第でございます。
○原委員長 これにて政府当局よりの説明聴取は終りました。 これより質疑に入ります。質疑は通告順によります。中山マサ君。
○中山(マ)委員 私はこの援護について前にもお尋ねをいたしたいと思ったのでございますが、二十二国会におきまして、六月三十日までに養子縁組を解いた者には年金を与えるということになっておりまして、私どもも一応それで納得をいたしまして終りましたのでございますけれども、地方に帰りましていろいろと実情を聞いてみますると、まことに気の毒なケースがたくさんあるのでございます。いわゆる知識階級の人たちでございますならば、新聞等も見、いろいろの情報も聴取いたしまして対処して参ったでございましょうけれども、非常に低い階層——というとあるいは失礼に当るかもしれませんけれども、そういう知識階級でない、新聞も読まないような裏だなのおかみさんたちは、そういう情報入手の方法がないために、非常に気の毒な場面が出ておることを私は事実に直面して知ったのであります。それは、例を申し上げますと、いういうケースでございます。主人が戦死いたしましたために、一人の子供を抱えてどうしても生活をしていくことができない。それでいわゆるニコヨンと申しますか、自由労働者と結婚をした。ところがあとに二人の子供ができましたのでございます。その自分が連れてきた子供が学校から修学旅行に行く。それでまことに貧しい中ではあるけれども、せめて何か一つの洋服でも作ってやらなければ出せないというので、それに主人がもうけました金を入れましたところが、他人の子供にそういうふうなことをして一これは生活の苦しさからの申し分でございましょう、無理のないところもあると思います。全体の収入が月に一万円ぐらいにしかならないというわけでございまして、そういうことになるのでございましょう。そのおかみさんも背中に、十一月の初めでございましたか、寒空に、背中に負うております子供はお粗末なあわせを着ておりましたが、自分はベンベルグと申しますか、まことに見るに見かねるような薄っぺらなものを身にまといまして、やって参ったのでございます。そうして申しますには、何とかして実子には援護してくれないか、自分はもう嫁したのだから申すべき問題ではない。しかし、戦死した夫の年金というものが夫の妹は行っておる。この妹は勤めに出ておるものであって、そのもらうお金は、何かのぜいたく品に使っておる。ところが実際の戦死者の子供は、こういういわゆる養父にある意味の圧迫を受けている。自分もその子にしてやることに非常に苦しい目に会いながら、こうしてやっておるのだ、何とかなりませんでしょうか、というのがその婦人の願いでありまして、私も見るに見かねたような次第でございます。なるほど六月三十日までという制限を承知いたしまして、私どもがこういうことをまた言い出すという二とはあるいは不当かもしれない、これは私わかるのでございますが、私どもにはまた一部改正というような権限も与えられておるのであります。政府におかれましては、もしこういうふうなことになりました場合に、こういう特殊な人、非常に困っている者には、その実子には与えるというような恩情をお示しいただけぬものかどうか、伺っておきたいと思います。
○山下政府委員 援護法は、実は私、衆議院の社労の委員といたしまして、皆さんのお許しを得て、援護法修正の提案代表者として審議いたしました法案でございます。それで、今お話の六月三十日に線を引くということには、理論上何らの根拠がございませんでした。どこに線を引けばいいかということにつきましては、ずいぶんと苦労をいたしました。ちょうどこれは、この法律が公布される日でもいいということでございますけれども、その公布前に、要するに再婚を解約いたしました者には与えるということにいたしましたために、あるいはこの法律が出ることを予測して、その前に離婚が非常にふえるのではなかろうかというようなことも考えまして、人間の生活の一番幸福なことが、金を伴う法律のために、かえって不幸を招くのではなかろうかというようなことを、皆様とともに非常に苦労して勘案いたしまして、まず六月三十日という日がよかろうということできめたことは、皆さん御承知の通りであります。従いまして、ただいまの中山先生のお話は、あるいはニコヨンと結婚しておるのでございますと、その戸籍等はまだそのままであるのではなかろうかと、私お話を承わりつつ思ったのでありますが、戸籍がそのままならば、第二順位である子供に行くのが当然でございまして、その点はまた特別な調査をよくいたさせまして、調べてみたいと思います。もし戸籍等がすでに異動いたしておるようなことがございますれば、その子供にやるという方法を講ずることは、法律的に非常に困難ではなかろうかと想像いたしますが、事務的なことをよく調査いたさせて、何かそういう特殊なお気の毒な方に対しては、法はあたたかくそれに向うべきだと確信いたしておりますので、善処させていただきたいと存じます。
○中山(マ)委員 今政務次官のお話では、それが入籍しておればむずかしいというのでありますが、それは入籍いたしております。連れ子として、養父の籍に入れてございますので、その戦死者の妹へ行っているということでございます。御承知でございましょうが、ドイツにおきましては、おじさん結婚というのがあるそうでございまして、こういうふうに入籍をいたしますと今のような結果になりますので、ああいうふうな結婚生活のやかましいドイツにおいてすら戦後におじさん結婚と言って、自分の養父をおじさんと呼ばせて入籍をしないというような、何と申しますか、悪い言葉を使いますと、二号的な立場で結婚生活を続けている。そのためにとうとうそういう家庭思想というものができたということを、私何か外国の新聞で読んだように思いますのでございます。それで、社会のよい風俗を紊乱させないために、入籍をしている者がそういう不幸な目に会わないように、もしその子供だけでも離籍させるというような手続をとってやれないか。奥さんは、自分は要らないというのです。子供にだけやってほしい、実子にやってくれ、こういう声が今大阪で高くなってきているようであります。それでもし子供を離籍させたら、その子供に行くという可能性があるといたしますれば、そういうふうにさせたいと思いまして、私は一応押えて上って参りましたようなわけでございますが、その点はいかがでございましょうか。妻はそのまま、その実子だけ籍からはずして、元の籍へ戻すというようなことはいかがでありましょうか。
○山下政府委員 ただいまもるる申し上げました通りに、その六月三十日という線を引きましたときには、何の根拠もございませんでしたが、しかし、先生方皆様と御協議の結果そこらがよかろうということで、すでに法律が公布されて実施されておりますので、法律の建前から考えますと、すでに公布されている法律によっては、これを救うことは困難だと考えます。なおしかし、そういうお気の毒な方に対しましては、生活保護等の方法もございますから、何らかの方法をもって、いわばこれは法の不備でございますが、どうも万人を救う、万人に都合のよいということはあの場合いかに考えても不可能であったために、こういう事態が起ったかと思いますけれども、何らかの措置を講じまして、事務当局ともよく相談をいたしまして、考えたいと存じます。
○中山(マ)委員 今のお言葉を聞きますと、私もわからないことはないのでございます。しかし、ニコヨンといいましても月に一万円くらいで生活しているのでありますから、生活保護法にはかからないわけであります。そこでも救われないということになって参りますと、せっかくわが父を国に捧げた者に対して、何と申しますか、最も近い人が見落されるということになります。今、政務次官のお言葉を聞いておりますと、六月三十日ということには何ら根拠がなかったという御発言でございますが、これを重要視いたしましてもよいものでございましょうか、いかがなものでございましょうか。そこは含みでお答えを願いたいと思います。
○山下政府委員 何らの科学的な根拠がない、理論的根拠がないから変えてもいいではないかと、中山委員は多分私をおしかりのことかとも思いますが、そのときには、衆議院の社会労働委員会の全員の先生方の御意思をあれは集めて御決定を願ったものでありまして、もっと前に四月説もございました。けれども、今のような問題を救済するために、あとう限り公布の日のそばによせることが適当であろうという全員の方々の御意思を結集して決定したのでございますので、根拠はございませんけれども、それでは変えてもいいじゃないかという、その重要視してもよいかと仰せられることには、私ちょっとよろしゅうございますとお答えできません。なお、先生方におかれまして御研究願いましたり、あるいは事務当局ともよく相談いたしまして、そういうことについては、今後とも考えて参りたいと存じます。
○中山(マ)委員 政務次官の立場といたしましては、なかなかはっきりとおっしゃられないのは当然であろうと、私もお立場はよく了承いたしますので、この点でおきまして、また何かと御相談に上る節もあろうかと思いますが、よろしくお願いいたします。
○受田委員 今の中山先生の質問に関連して、ちょっとお伺いしたいと思います。 山下さんを政務次官に迎えた政府部内においては、御熱心な方を迎えて、この引き揚げ問題、遺家族援護の問題に非常に好都合な結果が持たれることと御期待申し上げております。従って、今の中山先生からのお尋ねに関連するのですが、ちょっと政府が心を加えていただけば、今提示されたような実例の人々が救われるような問題が、放置されておる。そして先国会の社会労働委員会で、議員提案で修正案を出さなければいけないような結果になっておるということ、こういうことを考えると、少くともこの際政府みずから改正案をお出しになられて、こういう問題を十分お受り上げになり、そうした特殊の実情において、もう全く同情にたえない人々を救うような措置をされる必要があると思います。一々国会側から政府に御注意を申し上げて、政府がお聞きにならないので、国会側から修正案や改正案を出すというような形は、私は非常にまずいと思うので、この際政府は十分その機能を発揮していただいて、末端の実情も十分調査をしていただいて、予算的にはほとんど問題にならないほど少額で済む問題でありますから、十分心を用いられて、政府みずからがこういう問題を取り上げて、一人も漏れなく恩典に浴せられるような措置をしていただきたい。これを私はお願いし、特に政務次官に、政府みずからが早急にこういう問題の処理に当り、案を出すという決意があるかないかをお伺いしたいのであります。
○山下政府委員 お説の通りでありまして、私、厚生省に参りましてまだ日がございませんけれども、厚生省という役所は、一体何をするところかということで、各局長その他の方々とも論議をいたしました。もともとこの役所の性格上、予算があるとかないとかいうことをある程度軽視いたしまして、私どものやらねばならぬことに勇敢に取り組むべきだ、私はお説の通りと存ずるのであります。けれども、この点はわれわれも今にして考えれば、まことに手落ちであったと思うので、こうしたいのだがどうだろうかと言いますと、ほんのちょっとした、先生方からささいな、わずかの事例ではないかとおしかりを受けるその点につきまして、省内でお話をいたしましても、それをいじることによって、十億ぐらいすぐ違うということで数字を並べて見せられますので、いかな私も、それをあえて押してということを言い切れないで実はおるようなわけでございます。その点国会におすがり申し上げることは、はなはだいくじのないお話でございますけれども、両々、どちらからも持ち合いまして、よりょくしていくことに御共鳴を賜わりまして、今後とも御協力をお願いいたしたいと存ずるのでございます。
○眞崎委員 今の質問に関連して。——どんな法律を作りましても、人間の作った法律だから、必ずどこかに落度がありますから、例外を設けて、審議会か何かにかけて、これはやむを得ないから、こうしてやろうというような処置をしていただくことはできないかと思うのでありますが、御考慮を願いたいと思います。
○山下政府委員 先ほど申し上げましたように、引揚同胞対策審議会がございます。それは、それらの問題を審議する審議会でございますが、これらの問題は、審議会の決議によって行うことを法律上お示しを願わないと、審議会が独自に法律に触れるようなものを決定する権限を持っておらないのでございますので、その点も御勘案いただきたいと思います。
○原委員長 木村文男君。
○木村(文)委員 今回新たにこの道のエキスパートであった山下春江先生を厚生省の政務次官に迎えましたが、山下先生は長いこと当委員会の委員長をせられ、あるいは理事というような面において十分御活躍をなされた方でありますので、よくわれわれの意のあるところをくんでおられるだろうと、私は非常に力強く考えておるわけでございます。今その衝に当ることになりまして、われわれが今まで要望し、われわれとともに戦った山下先生でありますから、勇敢に解決をせられるだろうことを期待して、次の質問に入りたいと私は思うわけでございます。 まず第一に厚生省側にお尋ねしたいことは、きわめて端的に、個条書きに申し上げますが、南方や中共等に対する今後の引き揚げ促進の具体的な方針をどう思っておるかということです。これは外務省所管の問題にも関連することでございますが、私がこれをお聞きするわけは、やはり民論をもっと高揚する何らかの方途が必要でないかと思うからでございます。 それから、次に援護関係の問題でございますが、恩給、弔慰金等の支給の未解決件数は現在どれくらいあるかということ。もし相当数の未解決があるとすれば、その未解決の一番の原因はどういう点にあるのか。そうしてその未解決をなくするまでにあとどのくらいの時日を要する見込みであるか。 次に、引揚者の収容のために充当する住宅のことであります。これは疎開住宅も含むものでありますけれども、この住宅問題につきましては、私をして言わしむるならば、更生事業の性質として、従来の建設省や北海道開発庁の所管としておりまする部面を、厚生省に所管がえする意思はないかどうか。私はこのことにつきましては、第二十一、二十二国会の両国会におきまして、十分その真意をただしたのでございますが。私をして満足せしめるだけの答弁をした政務次官はございませんでした。従いまして、この道に長い間携わっておられました山下先生は、この問題の解決のために、今どういうような御方針を持っておられるか、その御意思のあるところを私はお尋ね申し上げたいのであります。 次に、援護法であるとか生活保護法等によるところの法的なものに該当しないケースもあると思いますし、むしろそのために非常な深刻な場面が生まれておるだろうと思いますが、国の法的な処置によってのみ救護するということは、この際とうてい不可能であると思う。それはなぜかというと、つまり一兆円のわく内における予算編成の方針であるとか、いろいろのことに制約されるだろうと思いますので、この際私は、厚生省が全面的に厚生省をかこむところの外郭団体の再編成の御意思がないかどうか、この点をお伺い申し上げたい。 次に、外務省に対しましてお尋ねしたいのでありますが、その第一は、ソ連側の抑留者の数と政府調査によるところの数との差は、現在どれくらいあるのか。第二番目は、もし違いありとすればどういうわけでそういうような違いが生じているのか。第三番目は、引き揚げについては、当局においては十分努力していると思いますけれども、なお実際の状況は遅々として進まない状況にあるのではないか、足踏み状態ではないか、こう私は考えます。先ほどの厚生省側の御説明によりましても、ソ連側の問題につきましては、一に日ソ交渉にゆだねているというような現況のようでありますけれども、ここにおいても、私はこれを促進する道は民論の高揚でなければならない、こう考えます。その何らかの方法、処置をとる御意思はないかどうか。第四番目でございますが、それは訪ソ議員団の抑留者の収容所の生活状況の報告と、引揚者の告白とによる状況の報告とには、非常に大きな差異があるようであります。これはどういうようなことからこういうような違いが生まれておるのか、もし外交上差しつかえなかったならば、外務省の考えておりまするままをわれわれにお聞かせを願いたいと思います。 最後に、委員長に対してであります。これはどうかと思いますけれども、もし非常識であるとするならば、速記からも削除して、そしてまたおしかりをこうむるなら懲罰でもけっこうでございますし、お取り上げにならなくてもけっこうでございます。しかしこれは決して小なる問題ではないと私は考えますので、特に私はここに取り上げたわけであります。それは何であるかといいますと、韓国抑留者の引き揚げ問題も今後取り上げる方針はないかということであります。なぜ私がこれを出しますかというと、この問題も戦争によって生まれた問題であるから、当然取り上げるべきであるという見解を持っていますために、私はこのことを委員長にお尋ね申し上げたいのであります。 以上であります。
○原委員長 私に対するお話を先にお答えいたします。昨日事務当局その他関係の団体等の幹部においでいただきまして、この韓国抑留者の問題をどう扱うかということを相談いたしました。それで、衆議院の事務当局においても、課長その他部長に研究していただきました。それによると、過般の戦争によって起った抑留者とか引揚者とかいう問題でなく、このたびの韓国の問題は、いわゆる前の戦争以後に起った問題であるから、本委員会においては該当しない、外務委員会及び農林水産委員会において取り扱うべき問題である。こういう衆議院の事務当局からの見解がございましたが、もう一度そういう意見のあることを衆議院の事務当局に申し上げて、さらに研究いたしたいと思います。
○木村(文)委員 事務当局はそうおっしゃっているかもしれませんが、私をして言わしむるならば、これは戦争が起きなければこんなことは起きなかった。その後に起きた問題だ、そういいますけれども、戦争が起きなければこの問題は起きなかった。そうして抑留されているわけでありますから、そこは委員長はその馬力でこれを納得させるように説明して、なお委員長足らずとするならば、第二陣をわれわれの中から選抜して、委員長引率のもとにこれに交渉して、ぜひ本委員会でも取り上げていくべきものであると私は思います。善処方をお願い申し上げます。
○臼井委員 関連して。——今、木村委員の質問のうちで、韓国抑留漁夫の引き揚げの問題であります。各委員会の案件は、議長の考えである程度委員会に回せるのではないかと思うので、事務当局としてはそういうふうに考えているかもしれませんが、その点も一つ議長ともよく打ち合して、そうして当委員会において、やはり今、木村委員のお話のように、こういうふうに朝鮮と分れたのもやはり戦争が原因でありますので、皆さんの意見がそういうわけでありますから、一つ善処をお願いしたいと思います。
○中山(マ)委員 ちょっと関連して。——私も実はそういうことを考えて、私がまず第一にこれを申し入れたのであります。それで、私ども国民の代表の意見を事務当局が無視なさるということも、これはいささか民主政治に反するじゃないかというような気がいたすのであります。私どもが李ラインをどうしろとかこうしろとか言うなら、これは外務委員会の問題でございましょう。またその李ラインのまわりでとれる魚を問題にするのでしたら、これはいわゆる水産関係の問題でございましょう。しかし私どもはそういうことを問題にしようというのじゃございません。あの気の毒な人たちが抑留されている、その抑留という点を取り上げよう、こういう考え方です。私もこの間東京に陳情に来た人たちの悲壮なるなまの録音を聞き、またその人たちの姿を見て、これは私どもも一役買って、何とか解決してあげなければならない問題だと私は直観したのであります。それで私はさっそくこの前の第一回の会合のときにも申し入れたのでありますが、軽くいなされたような格好になりました。これは私は民主主義に反すると思います。われわればそういうまわりのものを取り上げようというのじゃありません。その人たちの援護、たとえば保険をかけておった人は、その保険によって家族が守られる。しかし保険に加入していなかった人たちには何とかしましょう。そしてその保険に加入していない人にはどうとかするといって、農林水産委員会はごちゃごちゃ言っておりますけれども、こういう保険関係もございましょうが、それは社会労働委員会にでもおまかせする。ただ私どもはその引き揚げということについていろいろ考えたい。なぜならば、中共と台湾との問題が起りましたときに、アメリカの第七艦隊が支那海へ参りまして、その火花が散らないようにしたのですが、これはやはり人命に関することですから、こういう問題をこの委員会で取り上げる。たとえば、私どもが海外同胞の引き揚げに関して、世界の認識を求めたために、あのアドポック委員会というものができて、毎年スイスで会合しておるのです。私は、こういうことは人命に関することですから、それで事務当局とももっと委員長さんが懇談していただいて——これは、今のお説の通り、戦争がなかったら、朝鮮は私どもの下におった時代ですからそういう問題はなかったので、これは解放された国との間に起りましたことですから、私はこれは実に不思議なことを事務当局はおっしゃると不満に思っておりました。諸先生方の御意見を伺いまして、私も今りゅういんが下ったような気がいたしますので、どうぞ一つ委員長の御善処をお願いします。
○原委員長 お答えします。今、木村君、臼井君、中山君の三氏からいろいろ御意見がございましたが、事務当局の意見は意見として、さらにこれから議長及び議運にこれを申し入れ、皆さん方の御期待に沿うようにいたしたいと思いますので、ぜひともに一つ意見の開陳をお願いいたします。
○木村(文)委員 ちょっと敷衍しておきたいのです。特に私が委員長に強調してお願いしたいのは、交渉するに当って強く主張していただきたいのは何であるかというと、新聞によりましてもわかるのですが、ここに出ているように、刑期満了して収容所に移されて、なお服役者と同じ待遇をするということは、私はこれは許しがたいことであると思う。これが第一点。それからもう一つは、収容所に移して抑留しておく期間です。この問題ははっきりしない。いつまでだということはないのです。それでは、その問題に対してどの委員会がこれを積極的に担当して、引き揚げの促進をすべきものであるか。私はこれは戦争によって生まれた事態でありますから、この引揚委員会がこの促進の推進母体となるのが当然である、こう主張していただきたいのであります。
○臼井委員 関連してちょっと質問したいのです。この韓国からの引き揚げの問題については、援護局は当然関係があると思うのですが、関係がないのでございますか。
○山下政府委員 ただいまのところ、関係がないそうでございます。
○臼井委員 外務省の見解も、やはりあちらの方の原因が戦争によらぬので、これは援護局には関係ないというのですか。
○小川説明員 外務省の方といたしましても、現在の立て方は、一応いわゆる引き揚げ問題というのは、具体的に申しますと私のところで担当しておりまして、抑留者の問題は朝鮮担当の課で担当いたしておりまして、別に考えております。
○臼井委員 今の御答弁で援護局方面とは関係ないことははっきりしたのですが、ただ引き揚げという点に関すると、いろいろの原因ということにより、やはり従来引き揚げについてのいろいろの関係を研究している当委員会でやることもよかろう、もちろん他の委員会でやっていかぬというわけではないのですけれども、やはり一つの国会の考え方、従って国民の世論というものを反映する意味で、ひとり外務委員会とかあるいは農林水産委員会ということに限らず、こちらでも一つ取り扱えるようにした方が適当だ、かように考える次第であります。
○原委員長 それでは、先ほどの質問に対する御答弁を願います。
○山下政府委員 木村委員から、大へん御期待をお寄せいただくお言葉をちょうだいいたしまして、非常に恐縮でございます。決してそんな力はございませんが、ただ委員会の皆様方の御協力を賜わりまして、力のあらん限り、この問題の処理に当りたいと存じておりますので、今後ともどうか一つよろしくお願いをいたします。 御質問の第一点の、南方あるいはソ連その他の諸地域の引き揚げ問題に対して、今後どういう心構えを持ってやるかという御質問に対しましては、この未帰還者の引き揚げ促進の問題解決に当りまして、極力多岐にわたらないように、政府と政府の間で問題を処理していくようにいたしたいと考えておるのでございます。 第二点は、援護法による未解決がどのくらいあるか、あとどのくらいかかるかという御質問でございましたが、現在の段階では、未解決分が約一万五千件ございます。その一万五千件の中を三つに大別いたしまして、その一つは身分の不確定なもの、二は死因の究明の非常に困難なもの、三はその親族関係、こういう点についての資料の収集、あるいは参考人を呼び出しましていろいろ調査するというような事務が非常に困難を来たしておるために、まだ一万五千件を残しておるようなわけでございます。今後どのくらいかかるかということは、私も、これが早くきまらないために、老齢者あるいは先ほど中山先生からおっしゃったような、夫をなくしたために非常に苦しんでおる遺家族の実情を存じておりますので、できるだけすみやかに督励をいたしまして、解決をいたしたいと存じております。 それから引揚者の住宅問題でございますが、この問題は、実は私も委員でありますときには木村委員と全く同感で、私も厚生省に長い間これらの問題は、たとえば北海道地域といえども現に木造の家がたくさんありまして、それが必ずしも三年や五年で朽ち果てるものではございませんから、とりあえず裸はだしで帰った人に家を与えるということのために、建設省の第二種公営住宅のワクの中で細々ともらうということでは困るではないかということを、木村委員と同様に申してきたのでございます。しかしながら現在、建築問題というものは、厚生省というしろうとがやりますよりも、建設省というくろうとがやった方が、むだなことにならないという意見の方が強いようでございまして、厚生省といたしましても、厚生省に移管しろということでなくて、建設省でやらせる。しかしながら疎開住宅を建設省が建ててくれます間、あの馬小屋の跡や古い工員住宅の中に集団疎開しております方々につきましても、私は本委員会の委員であるときに、皆さんとともに遠隔の地に何回か行きましてその実情を見ておりますので、あの状態をそのままにしておくことでは困りますから、疎開住宅を建設省がすみやかに建設してくれることを極力督促して、その間のつなぎとか、補修とか、あまり不愉快な思いをさせないように部屋を少しきれいにするとかいう業務は、厚生省が担当してやっていくつもりでございまして、三十一年度も現にそれに充てる費用を要求いたしておるような次第でございます。 それから外郭団体の再編成をしてはどうか、いろいろ法律だけでは救い切れないものがあるではないかということ、これはごもっともでございます。外郭団体につきましては、種々これらの問題に対して御協力を賜わっておるのでありますが、その活動は、民間自体の盛り上った御活動、御発意によることを私どもは期待しております。厚生省自身が今、再編成をいたすという段階とは存じておらないのでございます。
○木村(文)委員 一、二については、まことによく私も納得いたしました。 三番目の住宅問題につきましては、これは納得できません。というのは、私とともにこの問題について戦った山下次官は、今、次官になって何週間かたたないうちにすぐ腰が折れて、そして建物の方は建設省が非常に技術的に優秀であるということを言いますが、私はそんなものは行政でないと思う。これは技術であって、技術面は厚生省が委嘱すればできるけれども、予算をとることとか、行政の運営の上から、厚生事業の趣旨からいって、かって社会局にあったところのその住宅管掌は、厚生省に戻るのが当然であると私は思うのです。そのために、今日あの北海道の住宅がどういう始末になっておるかということは、あなたじきじきごらんになったと思うので、もうこれは私がここでちょうちょう申し上げるまでもない。ですからそういうお考えは、きょう限りさらりとお捨てになりまして、きょうお帰りになったらさっそく関係部課長を呼んで、私はこの方針でいくんだと事務次官にも明示して——政務次官というものは事務次官を使うくらいの腹がまえで厚生省に派遣されているものだ、こういうお考えで臨んでいただきたいと思う。 それからもう一つついでに申しますが、この前の第二十二国会でも私は申し上げたのでありますけれども、例の北海道の五千万石の風倒木を、三年かかれば処理できると私に答弁されましたが、私は農林省の林政部長に対して、それはできないと言った。その通り現在の状況は、私も見て参りましたが、できていない。でありますから、私、この前も主張したのでありますが、これをこの住宅問題に活用せられて、——山下さん、これはあなたでなければできないと私は思う。でありますから、どうかあなたも、せっかく国会議員になり、そこまでの地位になられたのでありますし、しかも最もたんのうなその道につかれたのでありますから、一つしっかりと足跡を厚生省に残してお帰りを願いたいと思うのであります。その決意ありやいなや、一つ承わりたい。
○山下政府委員 木村先生から再度のおしかり、御鞭撻をいただきましたが、実はそうおっしゃられれば内情をはっきり申し上げます。この問題は、一応答弁といたしましては、政府が言い過ぎますと、あとではなはだ困るので、事務当局から差し出されたメモによって答弁をいたしました。しかしながら、私はこの問題をあきらめておるわけではないのであります。実は省内におきまして、引揚援護局長、大臣、次官、お三人に毎日顔を合せれば、引揚住宅の問題、あるいは母子住宅の問題は、当然厚生省の中でやらないと血が通いません。りっぱなものを高い家賃で作ってやることは厚生省の仕事ではないのであります。そこで私自身としては、それをちっとも断ち切っておらないのであります。省内ではまだ結論が出ないから、事務当局がこう言いなさいというた通り今言うたのでありまして、私自身は、この結論をまだ省内で出しておらないのであります。大臣、事務次官、それから引揚援護局長と私は相談いたしまして、母子住宅等も、現実にあのワクの中で少しばかり地方に流されておりますけれども、これは厚生行政から見れば、血の通った行政には措置されていないのであります。そういう点から引揚住宅、あるいは母子住宅というものは、あくまで厚生省が所管すべきであるという議論を、今私は打ち出しているのであります。結論が出ておらないだけでありまして、私はその意思を捨てておりません。微力それを通し得るかどうかわかりませんが、熱心に食い下ることをお誓い申し上げておきます。
○臼井委員 住宅問題は、もう山下次官の専門で、私から申し上げるまでもありませんが、この問題は単なる厚生省と建設省のなわ張り争いというようなものでは決してなくて、要するに、法律によると、建設省でやれば第二種公営住宅で、防寒の完全なものを作るということを理想にしておる。ところが現在は、差し迫って木造で数を一つ作りたい。こういうところに根拠がある。ですから建設省でやらせるとそれができないのだ、そんなら厚生省が数を作る、同じ費用で数がよけいできるのじゃないか、こういうところにあるのですから、一つそういう点に基いて、これは法律をかえなければ建設省ではできないというのだから、われわれの方でこれはできる、こういう点で十分一つわれわれの意見が実行できるようにお願いいたします。
○山下政府委員 臼井委員より重ねての御意見でありますから、私が申し上げた通り、私も臼井、木村両委員のお説といささかも変った考えを持っておりません。今申し上げた通りの実情でございますが、私はこの意見を捨てたわけでも腰を折ったわけでもございません。依然としてそうすべきである。しかもこの問題は、りっぱな家を作って渡せばいいという問題ではなく、血が通っていなければ何にもならない問題でありますので、厚生省がやるべきだという意見を私は堅持いたしておりますので、どうか委員会におきましても、一つ微力な私に御支援を賜わりまして、足跡を残すことができるように御協力をいただきたいと思います。
○中山(マ)委員 この前にこの問題で相当もんだのでございますが、北海道の議員さんたちが、建設省の関係でございましょう、北海道にはいわゆる風浪雪に耐えられるようなものを作らなければならぬ、木造はいかぬというような申し合せをなすったことから、こういうふうに建設省がやってきている。しかし北海道に実際行ってみますと、ほかの先生もおっしゃいましたように、これでほんとうに冬が過せるかしらんと思うような、内地においてさえもどうかと思うような家でもって相当年数やってきております。私は、それは理想としては建設省の御意見もごもっとも、しかし急場をしのぐ場合には、私はほんとうは木綿が好きですけれども、人絹を着てきた経験も持っておりますので、人絹という意味において、木造でもって早くしのがせる、入れものがないよりもあった方がいいという建前で、一つ政務次官の御奮闘のほどを、私ははるかに応援しておることを御存知の上で、お願いをいたします。
○山下政府委員 十分に努力をいたしたいと存じております。
○小川説明員 ソ連の抑留問題につきまして、ソ連側と日本側の数字の差異でございますが、これは先ほど山下政務次官から御説明がありましたように、日本側の数字は一万二千四百五名、ソ連側が名簿を提示いたしました総数は一千三百六十五名、これらの相違の原因でございますが、これは先ほども御説明がございましたが、日本側の数字は終戦以来現在に至るまでの間に生存資料のあったもの、それが一万十名でございます。ところがソ連側の申しておりますのは、現在ソ連で抑留している者ということを言っております。従って先ほどもちょっと御説明がございましたが、非常に古い資料のものにつきましては、あるいはなくなっておられる方が相当あるんじゃなかろうかという点に、大きな一つの相違の点があるのじゃなかろうかと思っております。それからもう一つは、たとえば、自由市民となりまして、ソ連籍を取得したとか、ソ連人と結婚しておるといったような者については、ソ連側はおそらく今の一千三百六十五名の中に含めておらないのではないか、そういうところに相違が出ておるのではないかと思います。従いましてこれらの問題は、今お前の方が抑留しておる一千三百六十五名だけの問題ではないのであって、その他に今申しました抑留外に残っておる者、これについても帰還を促進すべきであるという問題、及びなくなった者についての資料を提供してもらいたいという二つの問題があります。これについては、すでに向うにも要望を提出しておりますし、さらに調査を促進してもらうようにする必要があると考えております。 それから引き揚げ促進の民論の高揚の点でございますが、これはお説の通りでございまして、今までの交渉の途中におきましても、松本全権から、留守家族からの署名の嘆願書とか、あるいは促進運動の決議とか、あるいは引き揚げ促進大会の写真、そういうようなものをみなマリクに見せまして、こういう状態で、日本国民の世論がぜひこれを促進せいということで来ておるということをしばしば説明しておられるようでございます。従いまして今後の運びにいたしましても、そういう民論の高揚ということは、全権の交渉にとりまして非常に強いバックとなると思いますので、この点はぜひ一そうの民論の高揚に努めなければいかぬというふうに考えております。 第四番目の、訪ソ議員の方々が見てこられました収容所の状況と、引揚者の状況との差があるということは、私もいろいろお話を伺いまして感じたのでございますけれども、その相違はどこから出てきましたか。まず第一に、訪ソ議員団の見られました収容所、あるいはそれ以前に行かれた方々が見られましたのは、イワノフ収容所に主として行かれております。これは模範収容所でございまして、ほかのところとはちょっと比較にならないと思います。このたびはハバロフスクにもお回りになったようでございます。一方帰ってこられた方々は、イワノフ、ハバロフスクのみならず、各地の収容所から帰って来ておりますので、そういう点でイワノフとハバロフスクが他のところに比べて比較的よかったということがあると思います。もう一つは、これは推測でございますが、引揚者の方々からもちょいちょい出たお話でございますが、議員団の方々が来られるというので、掃除も大いにきれいにするし、そのときの食料なんかも、その前後になるとよくなるというような話もございますので、そういうところに視察されましたときと、実際の取扱いとに相違があるのではないか、こういうふうに考えております。
○臼井委員 ちょっと関連して。——今の外務省の答弁によると、ハバロフスクも見たところ割合にいいのじゃないか、こういうようなことですが、私の聞いて来た点につきましては、イワノフは、われわれ参りましてからすでに四回目でありまして、ことにほとんど将官級の人が三十四名いるだけで、ドイツ人も一緒におりますし、これは必ずしも戦犯の収容所としてそうひど過ぎるということでもないとも考えられるのであります。しかしそのイワノフで聞いた話にも、ハバロフスクから回って来た人の話では、ハバロフスクではこんなものじゃない、実にひどいというようなことを言っていた人もあったのでありまして、ハバロフスクで見てこられた方は社会党の一部の方だけでありますが、これもほんとうの全部を見られたわけでなくて、その一むねの比較的いいところだけをごらんになったように聞いております。そういう議員の視察して来たときに、外務省としてそういう視察の実情もよく聴取してあるのかどうか、その点も一つお伺したいと思います。
○小川説明員 中共、ソ連に訪問されました議員の方々がお帰りになりましたときは、大体状況をいろいろ伺っております。ただ引揚者の方の状況につきましては、直接いたしておりませんで、厚生省の方の御調査の御報告を伺っておりますので、直接の比較ができませんために、あるいはその点で正確な比較ができなかったかと思います。
○臼井委員 それから先ほどの山下政務次官のお話で、ロンドンの会議においてヤリク・ソ連全権から、千三百六十五名あちらに収容してあるという話があったということを伺ったのですが、それが受刑者だろうと思うという程度で、果してそれが全部受刑者であるか、単に抑留者も含んでいるのか、こういう点をはっきり伺えなかったのですが、その点はっきりしておるかどうかをお伺いいたしたいと思います。
○山下政府委員 最近外務省及び厚生省で調査いたし、なお外務省では、マリクの直接の言葉によって確認されたところによると、抑留者という言葉を使っておるそうでございます。
○臼井委員 近く松本全権もあちらにおいでになるようでありますから、外務省、厚生省におかれて、この点をさらに確認をしていただきたい。戦犯者と抑留者と同様に扱っているという事柄は、問題もあろうと思います。その点をロンドンの方に重ねて御確認を願いたい。 もう一つは、韓国に日本の漁業者が抑留されている問題で、先ほど引揚援護局の方にお伺いしたのは、これはちょっと私の考え違いで、むしろ厚生省にお伺いした方がよかったのですが、そういう中で、あちらでなくなったり、——死刑にされているようなこともないと思いますが、抑留の途中でそういう事故がないとも限らぬわけです。これらに対する家族の援護というような問題については、やはり厚生省でも不問に付するべき問題でなく、当然考えなければならぬ問題だと思うのです。これにつきまして厚生省の御意見を伺いたい。
○山下政府委員 臼井委員御指摘のようなケースは、生活に困る人には、とりあえず生活保護法を適用いたしております。
○原委員長 堀内一雄君。
○堀内委員 私は戦争でなくなった英霊の靖国神社合祀の問題で厚生政務次官にお伺いしたいと思うのであります。一体この問題は、政府の所管がどこにあるかということも不明でありますが、当委員会でもって今日までいろいろ検討もいたし、それからまた厚生省の当局が、非公式といいますか何か知りませんが、今までお答えいただいている関係等もありますので、私はわかっている程度においてお答えを願いたいと存ずるのでございます。 先般の戦争でもってなくなった英霊二百万の中で、まだ百十万柱以上のものが靖国神社に合祀されておらないのでございますが、まずこの現状についておわかりの程度をお伺いいたしたい。 第二は、この前の特別国会の際に、ここで検討しまして、これに対する対策を立てようということで、一応の検討はしてあるのですが、それが会期がなかったためにそのままになってしまっているのでございます。そこで御承知のように先般の議会の際に、靖国神社へ合祀促進のために、特別な意味において、二千八百万円だけ一時予算の中に計上したのが憲法違反になるというようなことで、それが予備費の中に入ってしまった。その後において、これを適当な方法で処理しようというようなことであったにかかわらず、だんだん話を進めてみますと、どこの大臣も所管の大臣がないというようなことになり、そこでその所管の大臣をというようなことで、いろいろ心配してもらいましたところが、やはり依然として憲法の関係があるので、この金がやみからやみに今消えてしまいそうな状態になっているのでございます。こういう問題についてももしおわかりでございましたら、ある程度お伺いいたしたい。 第三には、何といたしましても、靖国神社を現在の宗教法人から離さなければ、この問題は解決しない。そこで今度の通常国会におきましては、ぜひこの問題を解決いたしたいと存ずるのでございます。それについては、政府当局の方からこの原案を出していただくか、議員提出というような方法にしていくか、いずれかということを今考えておるのでございますが、予算を伴う問題でもありますので、私は政府提出にしてもらうのが一番いいと思うのであります。その辺について、現在厚生省関係で御検討になっておる点がありましたら、そのことをお伺いいたしたいと思います。
○山下政府委員 堀内先生の御質問に対しましては、私も同様考えておりました一人でございます。靖国神社の性格というものに対しては、私も多大の疑義を持っておりまして、かねがねこの問題につきまして御一緒に検討をいたして参ったのではございますが、先生のお話の通り、憲法の建前上、ただいまの場合では、どうしても政府が直接合祀に参与することは適当でないと思います。これまでも、合祀のために靖国神社から厚生省に対して経歴等の照会がございました。これに対しましては、復員業務の一環といたしまして調査の上、回答を行なっておったのでございます。この業務を進めることによりまして、靖国神社の合祀の促進に役立つことができると考えております。ただいままだ合祀されていない方の数は、お説の通り約百十万柱になっておりまして、今後、今のような状態でございますと、おおむね三年間には合祀を終ることができるであろうと考えております。大体それが遂行できるように、事務を運んでおる次第でございます。 宗教法人につきましては、これは厚生省の所管でございませんで、文部省でございますので、文部省の考え方につきましては、まだただいま私は承わっておらないのでございます。
○堀内委員 今の未全祀の方は、三年以内にできるということは事務当局の計画かもしれませんが、七年前にも三年以内ということが起り、たびたび三年以内、三年以内ということになっておる。こういうところで言うのもどうか知りませんが、五三八はうその始まりということを言います。三年以内、三年以内ということを何回か繰り返されておるので、実際、現在の状態を見て、三年以内にできるということがどうして言えるかと思うのであります。厚生省の今の事務手続の方でもってある程度までやる、また今度予算が出るということを若干聞いておりますが、私は今のような状態では、三年以内にできるなどということは、絶対にないということをここで申し上げたいのでございます。そういう意味からも、すでに戦争が終って十年以上になっておる今日でございますので、ぜひ一つこのここは真剣に政府部内におきましても取り上げられ、ことに先ほどからお話のありましたように、山下先生には、われわれと一緒にこの問題について非常に熱心に御検討いただいた関係から、われわれもいかようにでも協力いたしますので、一つ特別に御努力をお願いいたしたいと思います。
○山下政府委員 従来どうも言うことが当てにならないというおしかりでございますが、そういうことのないように、この三年間にこれを貫徹することができますように、初めてことし新たな予算を要求いたしました。この予算は、三年間に完成するという目途のもとに計上いたした予算でございます。これをぜひ通過させていただいて、所期の目的を達成したい。かように考えておる次第でございます。
○堀内委員 その予算というのは、おそらく先ほど次官が言われた政府において作成する名簿とか、調査その他に対しての予算のことと存じますが、靖国神社それ自体においてお祭りする関係の経費その他の経費があるのでございまして、そういうものは、今政府から出せない筋合いになっておるのでございます。それは次官よく御存じのはずでございますから、一応政府で協力する調査云々の程度のものはできましょうけれども、それからあとのまだできない点があるのじゃないかと私は思っておりますので、その辺についても一つよく御検討を願いたいと思います。
○山下政府委員 それはかって堀内委員とも、ともに苦しんだ最も重要な点でございます。厚生省の予算というものは、そういう方には使えないのじゃないかということでございますが、私ども政府にたとい参りましても、その最初に考えました考え方を変えたわけではないのでございますから、あらゆる角度から努力をいたしまして、その困難な道の打開にも何とか突っ込んで処理いたしていきたいと存じておる次第でございます。
○原委員長 この際お諮りいたします。来たる十六日に中共地区残留同胞引揚船興安丸が舞鶴に入港いたしますので、本委員会といたしましては、引き揚げ状況及び援護状況調査のため委員を派遣いたして調査いたしたいと思います。それで議長に申請する手続・派遣委員等については、すべて委員長に御一任願いたいと思いますが御異議はございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○原委員長 御異議ないものと認め、さよう決定いたします。 次会は公報をもって御通知申し上げます。 本日はこれにて散会いたします。 午後零時三十七分散会