文教委員会 閉会後第1号
- 発言数
- 25 件
- 登壇者
- 6 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1955/10/05
会議録
○委員長(笹森順造君) ただいまより文教委員会を開会いたします。 まず午前中行われました委員長及び理事打合会の経過について御報告いたします。本日の議題として、理事補欠互選を行なつたのち、先般行ないました委員派遣の報告を行うこと、明六日は午前中僻地教育、午後定時制高校教育及び教科課程、七日午前大学制度、午後大臣に対する一般質疑として教科書に関する諸問題、教育委員会制度、明年度文教予算、無形文化財、文化勲章等々取り上げること、八日に関しては以上の議題の進行を見てきめるということ、大体このような順序で進めてはどうかということでありました。大体右の通り取り運んで御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(笹森順造君) 御異議がなければ、さよう決定いたします。 なお、今回の議題と関連して三項に及ぶ話が出ましたが、これについては次期国会において十分な準備の上取り上げるという了解になりました。このこともあわせて御報告いたします。 —————————————
○委員長(笹森順造君) まず理事補欠互選を議題といたします。現在当委員会におきましては理事が一名欠員になっております。互選の方法は前例により委員長の指名に一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(笹森順造君) 御異議がなければ、委員長より荒木正三郎君を理事に指名いたします。 —————————————
○委員長(笹森順造君) 次に先般行われました委員派遣の報告を議題といたします。第一班竹下豐次君。
○竹下豐次君 私から第一班の調査報告をいたします。 第一班は、最初堀委員と安部委員と私の三人の予定でありましたが、堀さんが中共の国慶節に出席されることになりましたので、安部さんと私と二人になりました。一緒に調査室から吉田さん、文部省から宮沢事務官がおいで下さいまして、調査の助けをしていただいた次第であります。九月十五日から二十一日までの七日間、岐阜、三重、兵庫の三県を視察いたしました。調査の対象は、各班共通に定められましたように、大学関係、僻地教育、定時制高校の教育、それから文化財関係の四つの目標でありましたが、各県平等にこの四項目について調査をすることは、限られた時日ではとうてい不可能でありましたので、僻地教育に関しては岐阜県に重点を置きました。大学教育につきましては兵庫に主力を置きました。その他の二項目については各県においてできるだけの時間をあんばいいたしました。三重県では、ちようど日曜が一日はさまりましたので、調査の時間が少し足らなかった感があったのであります。以下調査の要点について項目別に報告いたしますが、報告漏れがありましたら、あとで安部さんから加えて御説明をしていただきたいと思います。なお、神戸では荒木委員、姫路では高橋委員がそれぞれ現地参加して下さいまして、私どもと一緒に熱心に調査をしていただいたのであります。 まず僻地教育について視察いたしましたことを御報告申し上げます。岐阜県において本校二、分校一、計三校、三重県において分校一、それだけを視察いたしました。以下主として岐阜県について申し述べますが、岐阜県の僻教育は、おおむね標高六百メートルないし八百メートルの高い所にありました。冬季の寒冷と積雪による交通の途絶、食糧の不足等種々の困苦は想像にかたくないのでありますが、私などの視察いたしましたのは二級地の学校でありまして、僻地校としてはまだまだそうひどいところの部類には入らないのだそうであります。いわゆる陸の孤島と呼ばれる三級地以上の僻地を見なければ、ほんとうの理解はできないのでありますけれども、遺憾ながら日程の関係上これをきわめることができなかったのであります。僻地教育に関しましては、優秀な教員の配置、教員の給与及び旅費の改善、医療施設、学校施設、教材教具の充実、それから集会室、教員住宅の設置、交通機関の整備、教員の子弟の教育など、幾多の問題が関係地の教育委員の方、町村長、父兄、教師等から切実な要望が叫ばれたのでありますが、岐阜県におきましては、次に述べまする諸点が特に重要と思われるものでありました。第一に、僻地手当、現在僻地手当を支給されております学校は小学校が百三十八、中学校が六十九、計二百七校であります。その教員数は小学校が四百七十八人、全教員数の八%に当つております。中学校が三百六人で全教員数のこれも八%、計七百八十四人であります。僻地学校の指定は国の基準に準じて行われているのでありますが、このほかに僻地に準ずる扱いを必要とするものが小中学校合せて五十五校に上り、これを今年度に追加指定しようとされたのでありますが、予算編成に当つて認められなかったということでありました。それから交通不便な僻地では、教員の研修その他に際しての出張旅費の不足も深刻な悩みでありますが、一人年額二千円の旅費さえも認められていない状態でありました。 次に教員人事の困難性であります。僻地教育振興の重要課題である教員の人事につきましては、関係者の努力により逐年改善されてはいるようでありますが、交通の不便、住宅の不備不足、医療施設の欠陥、教員の子弟の教育関係、僻地特有の封鎖的社会性などの悪条件によって解決打開がきわめて困難であると考えられます。ことに僻地の教員は地域の社会教育全般をも担当する中心的な立場に置かれますから、人材の確保が切望されているにもかかわらず、現状では僻地指定学校の教員中、無資格の数の比率は小学校が二十七%、僻地外では十一%になっております。中学校では二十四%、僻地外ではこれは四%にすぎないのであります。かようなパーセンテージを占めて、教員経験年数の五年未満の者が小学校で四九%、これは僻地外の所では二五%しかないのであります。中学校が四六%、これは僻地外では二八%にしかすぎないのであります。かような状態であります。また年令についても、二十五才未満の者が小学校では四九%、これは僻地外では三〇%になっております。中学校では四二%、僻地外では二〇%となっておりまして、このうち自宅から通勤の可能な者は二〇%に満たない状態であるということを聞いたのであります。現に私などの視察いたしました大野郡の清見村という所の中小学校におきましては、七人の教員中家族と一緒に住んでいるのはただ校長だけでありまして、ほかの六人は単身で間借り住まいをしております。その六人中の三人は妻子と別居しているということでありますから、教員住宅の建設はまことに喫緊な要請であると思われたのであります。 僻地教員の資質の向上のため高山市を中心とする飛騨地方におきましては、教員養成を目的とする二年制短期大学設置の要望も相当熾烈のようでありましたが、一方、県下全般から見まして、教員の需要数が岐阜大学学芸学部卒業者数を下回る傾向にかんがみまして、県当局は現在高山にある岐阜県教員養成所を今年度限り閉鎖する予定であるということも聞かされたのであります。僻地の学校に優秀な教員を配置することはきわめて困難であるとは申しながら、これが打開のためには、国もまたいま一歩突き進んだ研究と施策を考えなければならないことであろうかと存じます。 そのほか、冬季における生徒の寄宿舎の建設と暖房用の薪炭費の問題とは特に重要だと思いました。私どもの視察しました吉城郡河合村の保小中学校では、冬季の燃料費は予算面にはわずかに二万円計上されてあるのでありますが、これは教材費に回してしまいまして、一年間に総額十七万円に相当する薪を各戸から供出しており、さらに水道の修理費と備品費に充てるため、これも同じ額の十七万円をPTAが別途負担するという不合理な事実のあることを聞いたのであります。そのほかまた電源開発のダム建設工事に伴う土地の買収、校舎、住宅の移転等による人心の不安動揺と、子女の風規上の悪影響も教育上看過しがたい重大な問題である。これもまだやつているわけではありませんが、この点を非常に心配しておるように聞いたのであります。これを要するに、僻地教育の問題は、ひとり学校教育の面からのみ解決し得るものではありませんで、これと並行して生活の民主化と文化化、産業の開発等、社会教育の推進と相待って、優秀教員が進んで行くことのできるような環境の整備を施すとともに、山村総合開発計画による振興施策が真剣に考慮されなければならない問題であると痛感いたした次第であります。 次に、定時制高等学校の教育問題につきましては、岐阜県において本校と分校おのおの一校、兵庫県で本校一校、計三校を視察いたしました。これらの学校においての関係者との懇談を通じて取り上げられました問題と要望のおもなるものについて申し上げます。 第一に卒業生の就職の問題であります。定時制高校に学ぶ学生の大部分は働きながら勉学している関係上、中には全日制の学徒に劣らない優秀なる者もありまするけれども、総じて学力は多少落ちておるというふうに見られておるような状態であります。しかし、一面人物の点においては非常にりつぱな青年が多いのにもかかわらず、一流大会社においては採用はもとよりいたしませんし、入社の試験さえも受けさせないというような方針をとつておるものがありました。まことに遺憾な状態でございます。このために漸次定時制の生徒の減少をみる傾向になりました。ひいては定員不足のため特に分校においては廃校のやむなきに至るものさえあるということでありました。 次に履修単位の問題であります。高等学校の教科課程の改訂に伴い、従来全日制、定時制ともに八十五単位が必須履修単位となっていたのが、全日制は九十六単位、定時制は九十単位に改められるといろ内示がありました。これはすでに社会的評価に差別がありまするところに、さらにその差を高める結果を招くから、ぜひこれは考え直してもらわなければならないという要望がありました。 次に学徒の健康保険の問題であります。定時制高校の生徒は大部分昼間職業を持っており、相当体力のある者であつても、連日の夜間授業に疲労して脱落する者も少くない現状にかんがみまして、学徒健康保険の制度をぜひ立法化してほしいという強い要望がありました。 次に分校の問題であります。定時制高校は独立校であつても、その施設設備の費用の大部分を市川村負担によっているところが少なくないようでありますが、特に分校の場合は、表面は県立または市立の高校の分校であつて、教師も本校から派遣された形になっておる教諭でありますが、実質的には分校の維持経営に要する費用はすべて当該町村の負担となっている現状でありまして、従って生徒数の不足等による分校の廃止の問題が間々あるらしく、いわば分校は一極の私生児的存在として取り扱われているという声も耳にいたしたのであります。この点についてもさらに研究の余地が残されていると存じます。 次に大学教育の問題であります。大学に関しましては、国立大学では岐阜大学、三重大学、神戸大学、県立の大学では神戸医科大学とその附属病院、それから姫路工業大学、それから私立の武庫川学院女子大学、都合六校を視察いたしました。便宜上各大学においての学長、学部長、補導部長、事務局長等の方々と懇談の際に提起された問題や、要望の重要点を、各大学別にかいつまんで申し述べてみたいと存じま まず岐阜大学について申し上げます。岐阜大学は市外の那加町に農学部と工学部があり、大学本部もここに置かれておりますが、学芸学部だけが約三里を隔てた長良川の付近にあるため、いろいろ不便を感じているということでありました。ここで問題になりました点は、大学本部のすぐ近くに、正門の前あたりからでありますが米軍のキャンプが近くにある関係で、いろいろ風紀を悪くするような店がたくさんあり、これは非常に困るということでありました。なるほど飲食店のようなものが学校のすぐ近くに並んでありました。もう部屋に入ると一番先に学長先生から聞かされたことは、これがまあ非常に困つた問題であるから、何とかこれを国の方でも県の方でも考えてもらわなくちやならないことだと思いますということでありました。従って、下宿が払底し、学生の経済力をもってしてはとうてい間借りなどできない状態でありました。一方学生寮もまだ完備していない現状でありますから、一日もすみやかに学生寮の建設をするように骨折つてもらいたいということで、ありました。それから教官研究費の増額の要望であります。それから学芸学部の校舎の建築の問題、図書館の新築とその要望の増加の問題等であります。こういう問題はこの学校に限らず、ほかの学校でも大体共通の問題かと存じます。卒業生の就職状況は、今年までは大体問題はなかったが、今後は相当の困難が予想されるということでありました。 次に国立の三重大学と、県立の三重大学について申し上げます。三重大学におきましては、学長以下の幹部と、県立三重大学の学長、学部長、付属病院長等が一堂に会されまして、私どもとひざをまじえて長時間にわたって熱心に隔意なく意見の交換を行なつたのであります。ちようど日曜日の午後でございましたが、皆さんよく努めていただきまして、ほんとうに打ち解けた気持でお話を伺うことができたことを喜んだ次第であります。国立大学側のおもなる施策、意見要望は次の通りであります。予算配分の比率が旧設の大学に比べて著しく低く、定員の不足していることも新制大学共通の悩みであるということでありました。これは三重大学と名古屋の大学と比較対照していろいろこまかい説明を承わつたのでありますが、省略いたします。 次に数十年の歴史を持つこの大学の農学部に大学院を設けないで、新設日なお浅い名古屋大学の農学部に大学院を設置したことはどうも了解できない、大学院設置の基準が設備か、教授陣容か、古くから充実したところが、文部省の意図ほどうも了解に苦しむ、これは先ほど申しましたように、名古屋大学の方は新しい経験で、自分たちから見るというと、いろんな陣容でまず大学院を設けるならば三重大学に置かなきゃならないのに、名古屋に置かれておるということは了解しにくい、こういう説明でありました。それから次に学生就職対策地方本部の置き方も、東海道のみに片寄つて、少しよそにはずれておる、取扱いが少しおろそかであるのははなはだ不公平である。それから就職対策議協会を作つて、知事を顧問とし、学長が会長となり、県市の商工会議所のメンバーを委員としたということでありました。卒業生の海外進出、これは特に力を入れて学長からお話がありましたが、自分の学校は特に法科が古い歴史を持って、優秀な卒業生が今日までも出ておる、で、これから南洋方面との交通その他の関係が密接にならなければならない、ついては、こういう学校の卒業生を主として東南アジア、それから南米方面にもできるだけたくさん送りたいと思うので、特にその方面には力を入れて教育をしておる、こういうことでありました。それから現在の学芸学部の二年課程をなるべくすみやかに四年課程に昇格させて教員の資質の向上をはからなければならない。それから次に補導関係の職員は、教授の兼任制を解いて専任職員が置けるように考慮してほしい。次に行政整理に際し、事務職員がそのつど減員されることはまことに苦痛である、現在の事務職員の数はもはや最小限度にまで達しているから、今後はこれ以上整理の対象とされないようにしてもらいたいという強い要望があったのであります。以上大体かいつまんで申しまするというと、その集まりにおける発言はこういうことであったのであります。 県立三重大学側からの発言のおもなるものといたしましては、まず公立大学の最も大きな悩みは財政難である、文部省は管轄はするが予算はくれない、地方団体はおおむね赤字続きであるからどうも仕方がない、ほんとうに困り切つておりますということでありました。それから現在の学制では、現場の実際の技能に携わる者の養成がおろそかにされておる。大学院では理論を、地方大学では現場で働くに適する者の養成をするというように、学校の制度をきめていただきたいものである。それから水産学部の方では、卒業論文の指導教授にその担当の学生の就職の責任を持たせることにしているから、現在では就職難はない、現在の水産高等学校の卒業生は実際は卒業の力が足りないからさらにニカ年程度の短大が必要である。それから医学部関係では、看護婦の養成制度について朝令暮改の感がある、準看護婦を許したりしないで、もっと徹底してりつぱな者を養成することが肝要である。それから学位の問題に関して、旧学位令の廃止となる昭和三十四年までに論文を提出するために、医学士の大部分が無給職員として病院や研究所に勤務しているが、これがために一面医師の不足を来たしている。それから次に、一人前の医者となるにはきわめて大きな投資をしているし、その間健康上の支障も多いから、学生健康保険の制度を一日も早く実施してもらいたい、大体以上のようなことでありました。 それから神戸大学おきましては、あそこに参りましたのは暗くなってからでございまして、時間の関係上委曲を尽して懇談することもできませんでしたが、次の数点がおもなる点であったと思うのであります。神戸大学は、現在文学部、教育学部、法学部、経済学部、経営学部、理学部、工学部の七部門を持っておりますが、大学院の置かれているのは経済、経営、法学の三部だけであります。そこで右の七学部全全部に大学院を設置してもらいたい、こういう希望でありました。これはもう部屋に入って一番初めに学長から出ました話はこれでありました。どうも七つあるのに三つしかないので、あとの四つに置かれないというのは非常に工合が悪い、ぜひみなに置いてもらわなければならない、こういう希望が出たのであります。で、私も安部さんも個人的の意見はそのときは申しませんでしたが、ただまあ私はこれは非常に大きな問題であると存じましたので、ちょっと質問いたしました。この大学はもとの神戸高商に中心として、ほかの学校が加つて神戸大学というものができたわけであるが、もとの神戸の高商というのは昔から日本でも有数なりつぱな専門学校であつて、それが大学になつた、これはまあどこでも高く評価しておるわけであるが、ほかの学部について一々私は詳しいことは存じないから批評はできないけれども、それと同格に扱わなければからない学部がみなそろっておるのかどうかという、ことも考えなければならない問題ではないかとも思われるし、今の問題については少数にした方がいいのか、今のようにどんどんふやしていった方がいいのかということについては、東京でもいろいろ議論が分れておるようでありますが、これはどうでございますか、この学校を離れた立場で皆様の御意見を承わりたいということを質問したのであります。学長はそれに対してはお答えがありませんでしたが、そろっておられたほかの全部の部長さんたちでありましたが、結局それにつきましては、私がそういうことを申しましたときには、頭を傾けて聞いておられましたですが、大体のそのときの空気といたしましては、あまり大学院をふやしていくということは、やはり大学院の格下げになってほんとうの学術研究はできないのではなかろうかという心配をしておられるのだなという感じを私は持つたのであります。まあそのくらいのことでありまして、別に私はこうした方がよいとかいうことは申しませんで、その場は戻つてきたのであります。三学部だけが持っているわけで、将来は大学の学制として大学院の上にさらに高度の学術研究機関を幾つか国に置くべきであるという意見も学部長さんの方から出たのであります。これはまあわれわれ委員としても十分研究しなければなりませんし、文部当局においても根本的に御考慮をわずらわさなければならない大事な問題であると存じておる次第であります。 それから県当局から強い要望のあったことでありますが、現在神戸市内にある県立神戸医大と篠山にある県立農大とを国立に移管してほしい、そうすれば神戸大学は九学部を持つ総合大学として整備されることとなり、これに要する経費については、神戸医大の付属病院からの収益等によってさほど国費の加重を来たさないで済むであろうということでありました。なるほど神戸医大の付属病院は相当に繁盛しておりまして、幾らか黒字になっておるらしいような話でありました。 それから神戸医科大学と姫路工業大学、これについては、そのほか取り立てて御報告申し上げるような問題はございませんでした。ただ姫路工大に併置されております短大は、その名称は工業短期大学と言っておりますが、その内容は工科のほかにややかけ離れました生活科学科が置かれておりまして、姫路を中心とするこの地方の女子短大としての要求を満たしておるということでありました。 それから私学の武庫川学院女子大学を見て参りました。この学院は、もと兵庫県の教育界に教員として奉職し、また視学として長く奉仕された公江喜市郎という人が学長でありまして、昭和十四年に創設したものでありまして、その後火災によって、これは空襲だろうと思うのですが、消失したのでありますが、再び盛り上げて今日の隆盛をもたらしたものだということでありました。学院の構成は、大学、短大、それから高等学校、中学校から成り、すべて女子のみを収容して、その総数は三千人に及んでおります。将来は上に大学院、下に小学校と幼稚園を増設して、一貫した理想教育を実施したいという抱負を持って、そのために必要な敷地等も着々と準備されておられるようでありました。平和的な国家及び社会を形成するには真に高い知性と美しい徳性を備えた有為な女性を育成することが根本要件であるということが、この学院の院長であり理事長である公江氏の主張でございました。一万四千坪の校地にあらゆる近代的要素を取り入れた鉄筋の校舎が建ち並び、最新の施設設備と充実した教授陣容を誇つておられたのであります。私今日まで多少内地における学校を見たのでありますが、とてもこれはきれいな学校でございまして、私の今まで見た日本の学校では官私校を通じて一番きれいだと言っても間違いはないくらいにきれいでございました。私は安部先生と廊下を歩きながらそう言つたのです、これは日本のホテルでもこのくらいきれいなホテルはめつたにないぞ——できたてのほやほやできれいですから、子供も大事にします。ことに女の子ですから男の子のように乱暴もしませんし、実際歩いてもすべり出すようにみがきたててありまして、音楽教室におきましても、ピアノを一台々々置きまして、個人教授ができるようになっております。あまりきれいなので私は驚いて、これは校長先生アメリカの学校よりもきれいじやありませんかと言つたわけであります。非常にお得意でありました。どうしてこんなりつぱな経営ができるのだろうか、りつぱと言っても内容は一々存じておりませんからその批評は今日できませんけれども、見たところ実にきれいで、どうしてこんなに金が集まるのだろうかということが私の第一の疑問だったのであります。何か大きな資本主でもついておりますかと露骨に聞いたのでありますが、いやそれはありません、ただ文部省の振興会で貸しておる融資ですね、あれは短期だけれども、しかしあれを貸してもらえるということが銀行から金を借りるのに誘い水になって大へん助かつておると、こういうことが説明でありました。なるほどそうだろうと思いました。銀行などからも融資を相当に受けておられる、その裏からの御説明であると承わつたのであります。それからいろいろ学債とか寄付とかいう問題、金額なども承わつてくるとよかったのですが、時間もありませんでしたし、そこまで聞いてこなかったことを残念に思います。家庭のことも聞いてみたのでありますが、大てい中等程度の家庭の子女が大多数でありました。あまり貧しい家の子供はたくさんおりません、こういうことでありました。建築の方は、大阪の竹中組とタイアツプして、あすこからいろいろ便宜を与えられておるというような、学校経営には都合のいい条件、あの土地柄、西宮でありますので、都合のいい点もあろうかと思います。とにかく私は見たところ非常にきれいなのに心から感心し、学校の経営も貧乏だ貧乏だと言いながら、やりようによってはこんなふうにやれるのかなという感じを深く持つたのであります。疑いまするというと、その裏には少々無理がありはしないかということも全く疑われないわけでもないのでありますけれども、しかしあの人の経歴、話しぶりなどからしまして、私はそこまで疑いたくない、少くともその経営ぶり、ことに内容等については今後われわれも十分に研究の価値のある大事な学校である、かように痛感した次第であります。特にそれをつけ加えておきたいと思います。 それから次に文化財の方に移ります。高山市の高山祭の屋台と、それから姫路城について簡単に申し上げます。 高山市は、これはわずか人口五万くらいの小さい市であります。東の方に日枝神社、西の方に八幡神社の二社がありまして、毎年四月の十四日と十五日には日枝神社の山王祭、九月十四日と十五日には八幡神社の八幡祭が行われることになっております。この二つをあわせて高山祭と言っておるそうであります。祭礼は京都の祗園の祭の影響を受けたものでありまして、祭礼の終つた後、華麗な屋台の行列が町中を練り歩くのだそうであります。ちようど私たちが行きましたときは、夕方まで雨が降りましたので、その行列は見ることができなかったのでありますが、倉にしまつてあるのをよく見せてもらつたのであります。屋台のうち三番叟だとか、布袋台、豊明台、の三台は、操人形の特技を持つた仕掛がありました。屋台の尖端で人形をあやつつておりましたが、文楽の人形に比べますと全く趣きを異にして、大へんシンプルな感じを持つたのであります。屋台は、山王祭が十二台、八幡祭が十一台、合せて二十三台が現存しております。これは一台々々の屋台を中心とするおのおのの町々が組に分れていて、それぞれ別々に所属の屋台の修理、保存、維持等に当つておるのでありまして、相当に重い負担をしておるということでありました。何分古いものでありまして、大分いたんでおりますし、わずか人口五万のところでこれだけのものを長く維持していくのには負担にたえないということはほんとうのことで、そこでやはり救済問題も地元としては叫ばざるを得ないということになっておるようであります。これらの屋台は、その昔いわゆる飛騨の匠の手によって作られたものだそうでありますが、そのうちの数台は、彫刻からいっても、装飾からいっても、私どものしろうと目には実にりつぱなものでございまして、年代的にもかなり古いものがあるようでございました。文化財保護委員会におきましては、昭和二十七年度において屋台修理補助金として十万円を交付し、また今年度において高山祭の諸種の関係資料を五万円で購入する予定であると聞いておりますが、高山市の屋台保存会からは国会へもたびたび屋台修理費国庫補助の請願をいたしまして、屋台の保全に非常な努力を払つておるのであります。いずれこれは専門家の鑑識に待って、まずその一つ一つのものについてほんとうの値打があるものかどうかということが判定されませんというと、保存の具体的な段階には入りにくいのではないかと思った次第であります。しかしあの中の価値のあるものについては、これを特別に保護して保存する必要が確かにあるという感じを与えられました、が、相当の年数も経て、すでにかなりのいたみも見受けられますから、専門家の調査をできるだけすみやかに始めてもらうということが大事であると存じます。ただしこの保存の方法等につきましては、長い伝統と信仰につながりますものだけに、十分な考慮が払われなければならないと存じます。 次に姫路城について御報告申し上げます。国宝姫路城の天守等の解体修理は、昭和九年に姫路城全体の解体修理計画が実行に移され、もし大戦がなかったなら、十カ年をもって天守閣まで完成の予定であったのでありまするが、戦前戦後の財政難と法隆寺修理の優先等によっておくれたのであります。昭和二十九年までに天守閣を除くほとんど全部の修理が竣工しております。 天守の緊急なる修理を必要とする理由は、第一に軸部と補強材の老朽化であります。第二に軸部の弛緩と傾斜の増大であります。第三に天守台に対する上部荷重の不均衡による破壊力の増大という三つがあげられておりまして、専門的知識にうといわれわれの目にも、天守の中心の柱が東南に向つて傾斜しておるということや、天守台の巨大な礎石が上部の荷重によって亀裂を生じている状態などがはっきりわかったのであります。 視察当日は、文化財保護委員会の担当課長である関根氏もわざわざ説明のために来ておられまして、工事事務所の責任者加藤氏の案内によって十分に視察し、納得ができたのであります。 天守解体修理に要する予算は、昭和三十一年度から三十七年度までの七カ年に総額五億六千七百万円を要し、すでに来年度分として七千万円の要求がなされておるということであります。 以上、第一班の現地調査の報告を終りたいと思いますが、いま一つ、日程外の視察としてぜひつけ加えさしていただきたいと思います。 以上で私どもの予定は済んだのでありますが、京都の国立博物館の方から、ついでにぜひ寄つて見てもらいたいということでありましたので、一晩京都に泊りまして、そうしてその翌日の午前中に国立博物館を見せていただいたのであります。館長さんと次長さんからいろいろ説明を伺つたのでありますが、感じましたことは、同じ国立でありながら、東京に比較しまして、あまりにも施設、設備が立ちおくれておるという点であります。これは館長さん、副館長さんからも繰り返し繰り返しそういう御説明がありましたが、御説明の通りでありまして、非常に貧弱過ぎる国立博物館であるという印象を受けたのであります。ことに京都は博物館だけでありませんで、お寺等もたくさんありまして、そういう方面に関心を持っておる人が外国からでもたくさん来る土地柄でありますし、この博物館にももう少し力を入れてやつたらどうだろうかということを痛感いたした次第であります。 特に陳列館そのものが古びて狭く、事務所もすこぶる貧弱で、外人の相当な身分の人など来訪した場合、応接室さえもないような有様であります。水洗便所もありますけれども、遠い所にありまして、ちょっと間に合わないというようなことで、余談になるようでありますが、外国の大事なお客さんが夫婦連れでみえまして、それで話しているときに、奥さんが急にホテルに帰ると言い出した。どうしたのだろう、何か御機嫌をそこなつたのだろうかということを心配したところが、そうではなくして、やはりその設備がないので、飛んで宿にお帰りになつたというような話まで聞かされたわけで、それはそのはずだと思ったのであります。 それから、なお、あの博物館の特徴といたしましては、東京の博物館のように、自分で品物を持っているのでありませんで、みな借りものを預かつて、それを陳列しているわけであります。で、幸い近所に古いお寺がたくさんありまして、国宝の絵画等いろいろたくさん持っておられる。館長ざんの仕事は、それを借りに行くのに大部分の時間をつぶすということでありました。今まではそれほど困難でもなかったのでありましょうが、近ごろ借り入れが非常に困難になってきた。それはどういうわけでありましようかと聞いたところが、お寺の方では貸す場合に幾らかの貸し賃は取れるのだそうでありますけれども、博物館の方からいただける金は非常に少いというのが一つ。それからお寺の維持が非常に困難であるので、近ごろはその宝物をお寺に参つた人たちに観覧させて、その観覧料をとる、その上り高の方がよほど多いというので、博物館に貸したがらないというわけであります。近ごろそういう傾向にあるので、借りにくくて困っております。これもこのごろ、どうしたらいいか心配しておりますが、議院の方でも一ついい方法を考えてもらいたい、こういうことであります。 大体私から御報告申し上げたいことは以上の通りであります。長い間御清聴をわずらわしまして、ありがとうございました。
○委員長(笹森順造君) 引き続き、第二班雨森常夫君、御報告願います。
○雨森常夫君 第二班は、予定通り、九月十五日から二十一日の七日間、私と加賀山委員と二人になつたのでありますが、実は高田委員も御参加になるはずでありましたが、前日突然の御病気で参加できなかったことは非常に残念でございました。調査室から生田君、法制局から斎藤君、文部省から松平君が参りまして、長野・富山、石川の各県における大学教育、僻地教育、定時制教育並びに教科課程等について調査を行いました。 その内容については、時間の関係もございますので、おもな問題点であるとか、あるいは現地における要望意見などを申し上げることにとどめたいと存じます。 まず第一に、大学教育についてでございますが、今回調査いたしました信州、冨山、金沢の各大学は、戦後の学制改革によりまして、新たに国立大学として発足いたしました新制大学でございます。 信州大学は松本市に本部があり、文理学部、医学部、教養学部等がございます。長野市に教育学部、それから上田市に繊維学部、上伊那に農学部というふうに、各地区に分離しております。いわゆるタコの足大学と俗に称されており、他の大学より以上に問題を多く包蔵しておる大学でございます。 次にその問題点を申し上げます。このような大学の弊害といたしまして、入学、卒業式も各学部ごとに行なっておるような状況でありまして、各学部の学生まの融和し合うということが少いために、団結の精神が少いこと、また一般教育は現在三カ所で実施いたしておりまして、これは学生の都合のいい場所で、三カ所のうちから選んで受けられるようになっていますが、教授の移動、経費の支出が非常に多く、他の方に影響すること、教室の融通ができないため、経営が非常に窮屈であること、また守衛、電話交換手等の事務職員、あるいは雇用人の使用が非常に多くなっております等、管理経営について苦労をしておる状態であります。また地方の大学として重大なことは、優秀な教授を得ることができにくいことでありまして、戦前は地方へ来る場合には昇格だとか昇給をして転任させたものが、現在は勤務地手当がかえつて少くなるかなくなる、地方税が過重で収入が減るという給与面と、また教授の定員が少くて、優秀な助教授が他に移つていくということで、大学としては助教授の定員を教授の定員の方に移してもらつたら少しでも現況はよくなるであろうと、かように希望をしておりました。それから教官の研究費でありますが、新制大学に対し少くとも旧制大学並みに配分してほしいこと、また科学研究費も、旧制大学並みとまではいかなくとも、相当額をもらうことのできるように、かつ予算の組み方に直接経費と間接経費は別にしてほしいなどの意見もありました。付属学校としては、教員の待遇が地方公務員の公立の教員の給与との差ができているのでありまして、これを是正してもらいたいこと、経費の点においては、公立に比して半額に満たないこと、なお中学校は学級数が少いため、各種の研究教育ができなく、教育実習のため付近の公立学校に依頼して実習を行なっている現状でありますので、経費の増額、学級数の増加を考えてほしいという要望が述べられました。また産業教育振興法によりまして、高等学校の施設設備が進み、大学の方がおくれていて困るから、産業教育振興法を大学にも適用するか、または同様な法律の立法などを考慮してもらいたい旨の希望がございました。このことはあとにも申し上げますように、富山、金沢の両大学でも同様の意見なり要望がございました。 なお意見としては、新しい大学が悪平等に行われているが、地方々々の特色を生かして地域、場所に応じた各専門的な学部、学科を設置して、小さな地域で同じようなことをやつておることはむだであるという意見が開陳されました。 次に富山大学について申し上げますというと、本大学は実験学科が多くて、五学部あつても、学生経費は学生数で積算されているので、その総額は他の大学に比して少いので困る。また研究費の教官への配分は年間三万円から六万円で、基準研究費の三〇%ないし四〇%の配分でありますけれども、このほとんどが学生指導に使われまして、教授の研究費は全然ないような状態である。また電気工学の設備が不十分で、ここでも産業教育振興法に相当する補助を望むなど、財政的な窮乏が訴えられました。 教職員の定員は、新制大学設置当時、三年の専門学校が四年の新制大学となつた後、そのままの人員でありまして、休職者が出た場合にはやめてもらわなければならない状態で、欠員が全然ありません。大学院を持つ大学のように、年度末に人件費を物件費に入れることができるような状況でもないのでありまして、旧制大学と新制大学との差はいよいよ大きくなっていくので、大学設置基準の法的確立の必要性を強調しておりました。 短期大学及びこれと高校の定時制教育との関連などについては、他の信州、金沢大学も同様でありましたが、地元付近に夜間大学への進学の便がないので、中央都市に出ていってしまうということになりまして、勤労青年学徒が現在ついておる職業をやめることにもなるし、これが雇い主の進学、向学希望者に対する圧迫助長となり、定時制高校の振興の障害ともなるので、内容を検討して、夜間の短期大学はできるだけ設置してほしいということ、また高等学校の自由選択主義の教育についても考慮を加えてほしい旨の意見がございました。 次に金沢大学について若干申し上げます。本大学では学長、各部長、事務局長からきわめて熱心な意見の開陳がございました。現在の大学制度については、一般教育と専門教育について考慮する必要がある、また大学は種々雑多であり、その幅を狭くすることは無理であること、設置審議会、基準協会の案に当てはめて一本にしてゆくということは間違いであり、大学は四年制で十分にやれるように準備して進めてゆくべきであるという意見でありました。大学の配置については、地区別に、しかもその地区の中に重点的に特色を生かして、悪平等を防ぎ、国土計画的に各ブロックごとに、十大学くらい国家的見地から重点的に作ることがいい。この場合、地方的政争の具にならぬように行う必要があるので、何物にもとらわれない学士院のようなところを、国家的機関としてきめるといいというような意見が述べられました。さらに大学管理法案については、特例法第四条の精神を動かしては困る。大学はあくまで自治であるべきで、政治が関与すべきではないという意見が述べられました。 短期大学については、その年限のニカ年は少い。せめて三年とすることがいい。高等学校から、一般教育二年、専門教育三年間の五年がよろしい。現在の短期大学は四年制を縮めたにすぎないので、教育効果が非常に薄い。短期大学卒業の者に対して教員免許状を与えるということは問題であるというような見解でありました。一般教育と専門教育の関連については、専門課程は二年では不十分である、特に例外的に薬学科におきましては五年が必要であるということ、また浪人入学問題は、文部省だけではなくて、国で取り上げてもらいたい問題であるということでありました。研究費は、基準研究費の大体四〇%が配分されておるが、その不足が訴えられました。工学部において支払う電気料は総予算の八分の一に達し、その七割が基本料金であるから、実際に使用したものだけ支払うようにしてもらいたいという希望がございました。具体的な話もいろいろこれに付随してございました。体育については、体操と一緒にしておるが、体育の中の体操は実技の一部分であること、体育の先生は健康教育のできる人でなければならない。スポーツだけではいけない。これは厚生省と文部省の連絡が不十分であるから、適任の人はいるのに活用していない実情であること、本学では体育医学、体育生理を増設したい希望であるとの意見が申し述べられました。 なお大学としては、このほかに長野県立の短期大学と金沢美術工芸大学をわれわれは視察をいたしたのでございますが、その一々の御報告は省略させていただきます。この長野県立短期大学と金沢美術工芸大学の設備は、非常にりつぱなものであるとわれわれは感じました。 第二に、僻地教育について申し上げます。 長野県における小学校の分校数は、本校四百四十七校、六千百九十七学級であるのに対して、二百五十六校、学級数は七百十七学級、すなわち五八%弱で、全国第二位という多い数字を示しており、中学校は本校三百四十七校、この学級数三千二百四十七学級、それに分校十七校、三十一学級という現況で、この小規模の学校が多いため教員数の増加を必要としておるので、分校の統合に県は非常に努力をいたしておりますが、現在の実情は、開拓団の増加に伴いまして、分校の増加をますます生じつつある現状でございます。この分校の教員配当としては、教員一名当り単級は五十五名で一学級編成、進級は二学年連級生徒数三十名、三学年連級二十五名、四学年連級二十名、五、六学年連級十五名以下という状況でした。僻地手当の支給校は、小学校が一級が四十八校、二級が五十二校、三級十七校、四級五校、五級二枚、計百二十四校、中学校の方は一級十三校、二級が七校、三級が三校、四級三校、五級が一校ありまして、計二十七校でありました。 僻地学校は小、中学校の分校二百七十三校のうち百五十校で、これら地理的条件に恵まれない学校の教育振興については、県としては重要課題の一つとして取り上げており、これが解決振興策としてあげておりますものは、一は、分校用複式教育課程を長野県小学校指導要領に準拠して編集いたしまして、研究指導を行なっております。二は、分校教育の実験学校を持っておりまして、研究しております。実験学校は文部省僻地教育研究指定校として、学習指導を更級郡大岡小学校で行い、県教育委員会としては複式教育課程を下伊那郡大下条小学校で実施をいたしております。三は、分校教育研究協議会を開催いたしまして、長野県小学校指導要領の分校用複式教育課程の解説、質疑と、各地における分校教育の問題について研究を行なっております。四は、へき地においては経営、地理的条件から分校の統合が必要でありますので、これとあわせて通学の便をはかるため、スクール・バスを計画いたしております。以上の諸点について研究、計画しておりますが、これらは相当の財政的な負担を伴うのでありまして、国において考慮を払つていただきたい旨の要望がございました。 本県においては、前に述べました文部省研究指定校の更級郡大岡小、中学校及び大岡小学校根越分校、笹久分校を視察いたしましたけれども、本校は標高千四百四十七メートルの聖山の西北面にて、犀川の狭谷にわたって最低地五百メートル、最高地約千百メートルの高原性の山村でありまして、積雪期間は十二月から翌年の三月下旬までに及ぶ所でございますが、長野県のバス交通網の発達によりまして、一日四回のバス交通の便があるために、僻地校には指定されていない所でありますけれども、四つの分校の一番近いところで徒歩四十五分、遠いところになりますと一時間十五分も生徒が通うのにかかりまして、雨が降ったり雪が積りますというと、連絡は命がけというような所であります。 児童はこのような山間地に多い素朴で勤労に耐え、持久力がありますけれども、一面言語の表現活動は不活発で、自主性に乏しく、積極性を欠いております。体格は短身の方でありまして、がつしりはしておりますけれども、衛生的観念は一般に乏しいようでありまして、校医が非常に熱心でありまして、機会あるごとに保健衛生の指導を行なつておるということでありました。学校の施設、設備は都市の学校と少しも変らず、学校給食の設備もできており、各分校にはピアノが設置されており、話によるとどんな分校にもピアノはあると聞きました。この地方の教育に熱心であることの事実を目の前に見せられました。このような施設、設備に対しては、村の理事者はもちろん、特にPTAの熱意ある協力によって得られているようであります。 次に、ここでは次のような要望がなされました。それは、一学級の児童定数の少いことを考え、教員定数は実施学級を基礎とし、児童数を基礎としないこと。また各種振興法は僻地、貧困村を優先に対象としてほしい。また老朽校舎の改築補助率は僻地、貧困村を優先にして、高率配当にして、機械的補助率でないことにしてほしい。また僻地地域の拡大をはかつてもらいたい。特に級剔抉定評価は地方事情を考慮してもらいたい。また僻地手当を勤務地手当と同額、多級手当、単級手当の増額をしてもらいたい。また分校の統合には通学道路と校舎の新築がまず第一であるので、この補助には特別な考慮を払つて、分校には分校主任、養護教諭を配置してもらいたい。次はスクールバス設置についての補助をお願いいたしたい。その次は、教員住宅の割当をなされても、町村の自己財源がないために結局はできないので、この点を考慮してほしい。以上でありました。 次に、富山県における僻地学校数は小学校百三校、うち分校六十二校、季節分校が四十校、中学校二十六校、分校十八校、季節分校五校で、僻地手当を支給されている学校は小学校百三校中五十三校、中学校二十六校のうち十八校でありまして、本県は一見僻地が少いように見られますが、十一月末から四月初めにかけて、積雪のため、季節分校が相当数設置され、校舎、集会室の建築問題並びに通学通勤等から重大問題となっております。また生産的、財政的に、山間僻地は豊かでなく、一般に町村合併も促進されておりませんので、僻地振興策とし、教員に対しては手当の増額、資格向上のため現地にて認定講習を行い、資質を高めるために指導主事を派遣し、その他僻地教育研究大会等を開いております。施設、設備の状況は、国庫補助によりまして、逐次向上いたしているようですが、なお一部には無電燈分校を残しております。教材、教具については満足なものは何一つない状態で、本年度は特に学校図書館に重点を置いて指導しており、教室の多角的な利用の研究等を行なっておりました。 教員住宅について、すでに入居している者六十一人、学校に住んでいる者百人、借家に入っている者五十人、自家学校区域内に居住している者百十七人、区域外の者百六十七人となっておりまして、これら施設のより以上の国庫補助の増額を期待しておりました。なお単級複式学級に対する教科書は現在のままでは適切でないので、国において考慮を払つてもらいたい等の希望が述べられました。 石川県における複式学級は、小学校本校七十二校百五十学級、分校四十二校七十四学級、中学校の方は本校が五校五学級、分校八校十二学級、複々式学校は小学校本校十一校二十二学級、分校三十八校四十六学級、単級は小学校本校一校、分校十五校、中学校分校十校という現況でありました。 本県ではいまだ僻地指定基準の根拠法規を制定してはおりませんので、国の基準に従って一級小学校本校二校、中学校本校二校、二級小学校一校、分校十一校、中学校分校五校、三級は小学校本校一校、分校六校、中学校分校が四校、五級が小学校の分校が一校、中学校の分校が一校、計小学校が四十六校で中学校が二十一校、単級、複式手当の支給状況は分校のみでありました。小学校複式十七校、単式九校、中学校単式十一校という現状でございます。 県教育委員会としての本年度僻地教育の振興としては、指導主事の学校訪問を多くいたし、学校運営、指導方法、カリキユラムの改善に努力をいたし、理科教育振興法、学校図書館法の補助対象に僻地校を優先的に含ませております。また本県では文部省の僻地研究指定校として石川郡の吉野谷村に尾添小学校があるという現状でございます。 本県の僻地教育の実情につき、石川県の各僻地教育振興会から次のような説明と要望がございました。その実情の方を申し上げますというと、一、教員の定数は学級数と同数でありまして、事務員、養護教員、ともに全然おらない。二、無資格教員が非常に多い。三、待遇状況は、僻地手当は従来のベースのままでしかも全数で三十二校、県条例によるものは僻地手当、複式手当、住宅手当のいずれも全然支給をしていません。四番目、教育施設設備についてははなはだ不良でありまして、公費をもってできたものは教室、黒板、机、いすという程度でありまして、その他はすべてPTA、校下の家から教師の奔走によって寄付されたものでありました。五番目、県教育委員会の僻地対策としては、全国僻地教養研究大会へ複式校教員を研修に派遣したのみで、他に全然何らの対策が行われていません。 以上が現況でございますが、次にこれに対して要望といたしまして述べられたことを申し上げますと、一は、全複式校が教育内容上の僻地学校として、僻地教育振興法の対象として取り扱われるようにしてほしい。二、僻地学校指定を大幅に拡大をしてほしい三番目、理科教育振興法、学校図書館法、教材費配分等において、僻地学校を重点優先的に扱つてほしい。四番目、教員住宅手当の支給、県条例による僻地手当、複式手当の現行ベースに基く均衡額の支給、複式学校勤務者の恩給加算等、教員の優遇措置を実施してほしい等でございました。 また次に、七尾市で僻地教育の実情を調査いたしたのでありますが、同市の僻地学校は小学校において八校ございまして、これらの学校はいずれも僻地教育振興法による指定は行われておりません。ただ、そのうちの二校だけが研究校として指定されているだけでありました。このように僻地学校として指定されていない大きな原因としては、前にも県僻地教育振興会長の実情報告にもあったように、条例によって僻地学校を指定すべきであるにかかわらず、その条例がいまだ制定されていないのが大きな原因であると思われました。 この地方で実地に調査いたしました七尾市立の第二南大谷小学校は、七尾市からジープで二時間数十分を要して到着する山の中の学校でありましたが、ここへ行く道の途中までバスの便利があるために、僻地学校に指定されていないのであります。ここの教員は校長以下五名、児童数百十三名の四学級編成の学校でありました。市の教育長、村長、PTA会長との懇談に、かかる僻地学校の教育振興を阻害しておる原因の一つとしまして、僻地学校に任用されることが左遷のごとく教員間にも校下民にも考えられているから、教員の人事交流が非常に不円滑になって振興しないのである。また女子教員が得られないということは、女子教員の住宅の施設がないためであるという話でございました。児童の健康状態はトラコーマは非常に少いのでありますが、寄生虫の保有児童が八〇%以上もあつて、今駆除に一生懸命努力しておるということでありました。なお校長から学校給食の実施と養護教諭の配置について強く希望を申し述べられました。 第三に、定時制教育について若干申し上げます。 長野県における定時制高等学校は独立本校が一、併置本校が二十五、分校を持つ併置本校が二十八、分校数が七十五校で、その生徒数は千五百九十七名であります。 本校においては更級郡更北村の更級農業高等学校下永飽分校を視察いたしました。木分校は更北村ほか一町一カ村の学校組合でございまして、県立の定時制高等学校であります。木分校は一週間五日、夏季の農繁期は一日四時間、冬季の農閑期は一日六時間、年間を通じて八百八十二時間の授業時間数を予定しておりまして、農業課程と農村家庭の課程、この二つを持っております。生徒数は男子四十五名、女子六十一名、計百六名になっております。教職員の数は県費の教諭が五名、地元負担の講師が二名、非常勤の講師が二名、事務職員一名、計十名で運営されておりました。当分校で、高等学校定時制教育及び通信教育振興法により国庫負担率を全額に願いたい。少くとも設備のうち、理科及び図書を除く教科を現在の三分の一を二分の一に、理科及び図書の二分の一を三分の二以上に引き上げてもらいたいという要望。また二には、同法を改正して職員給の国庫補助の実現によって、地元負担教員の完全解消を期してもらいたいという要望、また三番目に、分校設置町村に地方交付税を特別に交付してもらいたい。四番目に、本校所在の定時制には地元負担がなく運営されているにもかかわらず、分校については地元負担がある。こういう不合理を改めるようにしてほしい。以上のような要望が管理者からありました。 富山県における定時制教育の状況を申し上げますと独立本校は一、併置本校二十四、分校二十二校であります。生徒数は五千三百人余りでありました。本年度中学卒業者一万九千五百人中、一〇%が定時制課程に、四二%が全日制課程に、計五二%が高等学校に進学している状況であります。中学校を卒業して就職及び家事に従事する者の八五%が高等学校の教育を受けていないこと、定時制課程の入学志願者はその募集定員の約七〇%にすぎないという実情にあるので、県教育委員会としては関係市町村、定時制教育振興会等の協力のもとに、定時制教育の普及に努めるとともに、一方教育方法、内容の改善に努力を払つているという現状でありました。 県教育委員会からは、施設特に分校校舎については、その経費のすべてが設置者の負担となっているため、市町村財政窮迫のもと、この実現が至難であり、新たな分校設置の要望を押え、現に分校を設置している市町村にその維持管理の熱意を低下せしめることになるおそれがあるので、分校建築に対する国庫補助並びにその起債についての実現方を要望があり、また定時制課程の約七〇%が夜間授業であるので、国の助成のもとに学校給食法を適用されるようにという要望がございました、 本県においては、魚津市の魚津高等学校を視察いたしました。この学校は普通課程男子八十九名、女子十七名、計百六名、商業課程が男子五十四名、女子二十名、計七十四名、合計百八十名の生徒数を持っておりますが、施設、設備は昨二十九年に新築完成いたし、全日制高等学校徒数千二十二名の使用しているものをそのまま併用しておりますので、十分に恵まれている学校でありました。ちようど授業が行われておりましたので、見て回りましたが、ある教室では六、七人の生徒に語学を教えていたが、ほとんど個人教授と変らぬようなありさまでありました。本校は生徒の集まらないことを憂えていて、他校に聞くような要望はあまりなく、ただ学校給食法の拡大を願つておるのにとどまりました。 石川県における定時制高等学校を申し上げますと、独立本校が三校、併置本校九校、分校十二、市立一、私立一、計二十六校、その生徒数は二千六百九十九名であります。 本県では金沢市の金沢中央高等学校、七尾市の七尾城北高等学校、田鶴浜分校を視察いたしました。金沢中央高等学校は市の高等学校であるので、特に申し上げることもありませんけれども、他の夜間の定時制の場合と同様に、学校給食法の拡大を強く要望をいたしておりました。七尾城北高等学校、田鶴浜分校の生徒数は、家庭科三十名、短期家庭科二十名、木工科三十名、家庭科はニカ年で、高等学校普通科目の一部と家庭科の大要を修得させることになっておりました。短期家庭科は一カ年でありまして、家庭科の実技を修得させておりました。木工科は三カ年でありまして、建具職技能者としての必要科目を修得させております。家庭科は春秋おのおの二週間の農繁期を除きまして全日六時間授業を行い、木工科は週二日でありまして、月曜日と金曜日を九時間と五時間の授業を行なっておりました。 次に第四に、文化財について申し上げます。 長野県では、平出遺跡の収蔵庫と松本城を見て参りましたが、平出遺跡では収蔵庫を博物館として、りつぱな保存、管理、陳列を行なっておりました。本収蔵庫には昨年まで運営費、施設費に対して県から補助がありましたが、本年度は施設費だけの補助でありまして、現在四人の職員が維持管理を行なっておりますけれども、村の予算が少いのでこの人件費に非常に困っており、このような遺跡の保存については国が何らかの補助を行うようも非常に強い要望をいたしておりました。松木城は五カ年の歳月と国費五千万円、地元負担二千万円をもって本年九月修理復元されましたが、このような工事は人件費、事務費に対し地元の予算的援助がなければできないので、この点について国は何らかの考慮が必要であります。なお、この種修理復元の作業は特殊技術を要するのでありまして、文化財からは松本城修復に対して技官が一名派遣されているだけでありまして、他の技術者は市の臨時人夫としての一時雇でありますから、これらの専門技術者の身分保障がないために、現在働いている人々は仕事の使命とがんばつてはいますけれども、将来かかる技術者は減るだけでありまして、今後の仕事については非常に憂慮されるので、国は何らかの処置を早急に講ずる必要があると痛感いたしました。 富山県においては、黒部渓谷の名勝天然記念物の指定につき陳情を受けましたが、この地方の奥地の僻地学校視察と同時に実地調査をいたす予定でおりましたけれども、ちようどあいにくな天候と日程の都合によりまして調査ができなかったのは非常に残念でございました。この渓谷のうち、猿飛、奥鐘山、十字峡の三カ所は昨年十一月県から名勝天然記念物として指定を文化財保護委員会に申請されているのでありますが、文化財保護委員会の現地調査の結果と、専門家からこの流域全般を指定することが必要であるとの意見がありまして、この場合、現在電力開発と森林施業計画との問題に関連しまして、文化財保護委員会、建設省、厚生省との間に指定地区の設定について折衝が行われているのが現況であるのであります。 第二班のわれわれ調査いたして参りました概要は以上申し上げましたような状況でございまして、なお足らざる点は一緒に行かれました加賀山委員からお話があると思います。
○委員長(笹森順造君) それでは引き続き第三班吉田萬次君から御報告を願います。
○吉田萬次君 第三班の御報告を申し上げます。 私ども東北班の調査の結果につきまして、ごく要点のみを御報告申し上げます。私ども笹森、村尾、古田の三名は東北班を構成いたしまして、他に調査室から工樂、滝両君を加えまして、九月十六日から一週間にわたって宮城、岩手、青森の三県下の教育事情を、許す限りの時間を使つて、つぶさに調査いたしました。これを調査対象別にいたしまして御報告申し上げますと、まず大学教育についてでございますが、大学は東北大学と弘前大学へ参り、それぞれ学長、学部長、事務当局等との間に懇談の機会を持ち、かつ施設の一部を見せてもらいました。 ここで第一に問題にしたいのは、国立大学財政の問題であります。私どもは東北大学の昭和二十九年度の歳出実態調査表なる資料を見せられましたが、これによれば、当初の各費目の予算額と実際の支出額との問に相当の開きがあるということが一目瞭然といたすのであります。その最もはなはだしいものは教官研究費でありますが、これは当初の一億二千三百万円に対して、実際の使用額はその四〇%にすぎない四千七百万円であります。それではこの六〇%の金はどこへ行つたかと申しますると、庁費とか、各所修繕費とか、常勤労務者給与、研究出版報告費、図書購入費とかへ回っていることになります。というのは、庁費の当初予算は四百三十万円でありまするが、実支出額はその五倍の二千万円にふくれておるのであります。ふくれるといっては語弊がありまするかもしれませんが、庁費の予算が千六百万円も不足していたというべきかもしれません。常勤労務者給与のごときは予算がゼロで、実際は四百二十万円の支出となっております。これもおかしなことでありまするが、大学院の設置、学部施設の増設等の場合、当然教官定員の増員が必要であるにもかかわらず、それができないため、雇員の定員を減じて教官を増員するといった定員の振替操作に原因があるのではないかと思います。研究出版報告費は二百二十一万円の予算が約二倍の四百二十一万円の支出となっており、図書購入費四百十七万円は五倍の二千百七十六万円の支出となっております。これらの事実はその一例を申し上げただけであります。 それでは、当初予算一億二千三百万円が実支出において四千七百万円に減じている教官研究費が、当初予算から最後の研究費に至る流れ方を大学当局の資料について調べてみますると、昭和二十九年度においては、実験研究費の部に属する工学部においては一講座当り八十万二千円でありますが、これを文部本省においてまず一割の八万二百円を留保し、次に大学本部においてさらに一割二分の八万六千六百十六円を留保し、直接工学部に渡るのは六十三万五千百八十四円であります。工学部においては工学部共通費として光熱水料費、通信運搬費、建物補修費、事務用品、その他合計三十三万五千四百四十二円を差し引き、実際の教官研究費として直接その講座の手に渡るのは五五%の四十五万九千五百二十三円であります。次に、非実験の部に属する法学部は一講座当り二十七万四千円でありますが、右の方法によって差し引かれ、最後に残る実際の研究費は四五%に当る十二万七千五百七十円であります。以上のような事実を考えますると、以前から本委員会でも問題になり、どの大学当局も切望しております研究費の増額ということを申しても、このような複雑な使用のされ方を見ると、いささか不安の念も起きるわけであります。また今年度は前年度に比して、一様に教官研究費は五%の節減をされていることも注意されなければならないと思います。 私どもがここで特に強調したいのは、大学関係予算が実際の支出とあまりに食い違うことは、予算を審議する私どもからいえば、大学に関する限りあまり意味がないということになるのでありまして、予算の立て方を決算に照し合せて是正すべきであるということを申し上げたいのであります。文部省としましてもこの複雑な大学財政の調査を二、三年前より続けておられるようでありまするが、なるべく早く調査を完了してこれを報告してもらうとともに、実際に即した予算を立てるべきだと考えます。 次に大学施設の問題について申し上げますと、東北大学は戦災を受け約八千三百坪を焼失し、四千三百坪を復旧しておりまするが、他に整備を要する坪数が八千五百坪あり、今後復旧または整備を要する坪数は一万二千五百坪に上っております。また老朽危険建物も九千坪近くあります。私どもは教授連が狭い老朽の研究室で研究されている状況を見て参りました。弘前でも施設は相当不足しております。大学においては正課として一般体育があります。また教員養成学部においては特に体育指導が必要でありますが、冬期の長い雪国である弘前大学においては、屋内運動場がないというありさまであります。文部省の出された資料によれば、国立学校の施設設備全体計画においては、今後建築を要する坪数は八十三万坪、五百九十五億を要することになっております。このところ毎年約二十億の施設費が出ておりまするが、この調子では今後なお二十八年を要することになり、望洋の嘆きを感ぜざるを得ません。ここらで何とか強力な方策を確立する必要があると思います。 次に東北大学には大学院が設けられておりまするが、せつかく大学院を置いてもらつたものの、大学院のための教授の増員ということは一向に考慮されておらないから、教授が大学と大学院とをかけ持ちするわけで、大へん困っているということを聞きました。これも当然のお話であります。 次に学生の問題でありまするが、東北、弘前共に学生でアルバイトに従事しているものは少いようでありまするが、学生の寄宿舎は希望者を入れるのに不足であり、かつ現在の施設はいずれも貧弱過ぎるようであります。寄宿舎の整備充実も、さきに申し上げた施設の問題になりますが、急がねばならない点であると思います。大学における教員養成についてはどこでも相当検討すべき問題があるようであります。第一に、各県の教員需要の実態と国立大学の教員養成の実施とがうまく合致していない点が問題であると思います。岩手県や青森県では県内に国立大学の学芸学部を擁しながら、一方で僻地教員養成のために県立の臨時教員養成所を設けております。この養成施設は僻地教員の不足を補うために、またその資質の向上を期するために、県が独自に設けたものであります。このような施設は現在全国に十三カ所ありまして、その多くは高等学校卒業者を一カ年養成しているのでありまするが、岩手県や青森県においては、現場で一カ年もしくは数カ年教鞭をとつた人たちの現職教育を施しております。これらの養成所に対しては、昨年度も本年度も国の僻地教育振興予算から一カ所について平均約三十万円というわずかな補助金を出しておりますが、岩手県の場合は給与の半分を学生たちに与え、青森県は何の手当も出しておりませんが、学生たちはいずれも真剣に勉強しております。ですから養成所側では、先般改正された免許法とも関連して、これを二カ年に延長し、制度的にも確固としたものとし、国庫補助金の増額を期待するともに、学生には育英制度の恩典を与えられたいと希望しております。この要望も現場を見れば熱心に当事者たちの要望としては当然のことと思います。しかし翻つて教員養成の問題を一般的に考えた場合、二年課程を早く四年課程に切りかえて、教員の質を高めることが全体的に要請されている今日、施設、設備、教授陣容ともに貧弱な養成施設をさらに一年延長して、これを制度的に確立することには疑問があります。教育を受ける学生側からいえば、一年間の就学ではほとんど規定の単位が取れず、従って免許状を得れないことになりますから、どうしてもさらに一年勉強したいと希望するのも当然であり、この問題は早急に解決する必要があります。要するに、現在の大学の教員養成学部は、その地域々々の実態に即した養成をするように文部省も大学当局も十分考えて現状を改善していくことが大事であると思います。僻地の多い県にある大学は、大学みずからが僻地教員養成のために積極的に努力し、中途半端な存在になるおそれのある臨時教員養成所を不要なものとしなければならないと思います。 第二に問題なのは、小学校教員と中学校教員の養成の関係についてであります。これはどの県でも事情は同じでありまするが、小学校教員の志望者が少く、中学校教員の志望者が逆に多過ぎるというのであります。このために宮城県のごときは東北大学の教育学部にはまかせておけないというので、単独の学芸大学を建ててもらいたいという要望さえありました。これは問題であります。これが解決のためには、東北大学当局が宮城県の要望を十分尊重して、教育に関する学問研究もさりながら、一方で実態に即応した教員養成に十分努力する必要があろうと考えます。そのためには教育学部内の教育科学部門と教員養成部門とを制度的にもはっきり区別することが一つの案ではないかと思います。 次に僻地教育の実態を見て回って感じました点を御報告申し上げます。 岩手県、青森県には相当僻地がありますが、小学校については、両県とも本校のうち二五%が、分校のうち五〇%が僻地に属し、中学校については、本校が青森県三二%、岩手県二二%、分校は両県とも七〇%以上が僻地にあります。日数の関係上、私どもはそれほど奥深く入れなかったことは残念でありますが、それでも努力して八校ばかりを見て回り、そのうちでも青森県八渓山小中学校の雲井分校という生徒児童六人の単級学校なども見て回りました。無医村、無電灯でラジオも新聞もない。入浴施設を持つ家庭もごく少ない、冬が長く、寒くて、積雪量が多く、交通もとだえる。たき火で長い冬を越さなければならない、全く悪条件のそろった同情すべき環境におとなも子供もおかれているのが僻地であります。従って子供たちの健康状態はきわめて憂慮すべき状態にあります。生徒の栄養状態はごく悪い。トラホーム患者が多い、虫歯の子供も多いというわけで、青森県三本木、熊の沢小中学校のごときはトラホーム患者が四割、疑似を入れればほとんど全部の生徒児童が患者であるという例もありました。他にもトラホーム患者が三割四割という例は幾つもあります。ですから、僻地学校における貧弱な衛生施設を充実するとともに養護教員の配置を希望する声が非常に強いのであります。養護教員の役目は単に児童生徒ばかりでなく、村民全体を相手にすることが必要であり、これをまた希望しているのであります。衛生設備をすることは市町村の任務であり、養護教諭の給与費を出すことは県の任務でありますが、その必要性を痛感したがらもこれを実施し得ないのが実際であります。健康管理ということは最も重大なことでありながら、このように看過されているのは地方財政の窮迫した事情によるものでありますから、国としては僻地教育振興の上から特段の考慮をなすべき問題であると考えます。またこれに付随する問題としては、山村僻地における学校給食の普及ということでありますが、現在主として都会地に行われている学校給食を栄養状態の悪い僻地の子供に及ぼすことがぜひとも必要でありまするが、現金所有の少ない僻地の家庭では金を出す給食なら遠慮したいというのが実態でありますから、無償で与える方法を考えねばならないと思います。僻地学校における教育施設、設備はどうかと申しますと、電源開発が行われ、発電所でも作られるといった幸運に恵まれない限りは、一般に町村の財政力がきわめて貧弱でありますからすべてが不十分であります。私どもは同じ僻地でも発電所のできた村の学校とそうでない学校とを実地に見て参りまして、その差のはなはだしいのに驚かされました。ですから理科教育、産業教育、図書館設備等の振興法に基く国庫補助金は、僻地にある程度優先配分する必要があるとともに、集会室の建築補助金も増額の必要があります。雪深い北国の僻地学校にはどうしても集会室が必要です。長い冬の間子供たちは集会室がなかったら運動も何もできません。集会室はまた村の寄合場にもなり、選挙場にもなり、その他いろいろの行事にも使われます。また僻地教員の充実の問題は、先に教員養成の問題でも触れましたが、恵まれない僻地の子供たちの教育を、施設、設備ともにすぐれた都会地の教育に劣らないものとするためにはりつぱな教員が必要であります。今日までは僻地にあまり優秀でない教員を送り込むやり方が県によっては伝統的にありました。このようなやり方は是正され、県としても優秀教員を配置するように努力し、教員自身の自覚も高められまして、率先して僻地におもむく気風が広まることが大事であります。そのためには国も県も教員住宅の建設、その他教員の福利厚生問題の解決に真剣に乗り出すとともに、当該国立大学の教員養成学部が僻地を十分考慮に入れた教育を実施するよう、繰り返して要望したいのであります。 僻地教育についての報告は以上でありまするが、私どもが特に強く感じました点を最後に申し上げたいと思います。それは、僻地学校の親たちの教育に対する関心が以外に強いということでありました。村の財政が貧しいのにもかかわらず、この老朽危険校舎は見ておられないと、何カ年かの計画で金を出し合い、労力を出し合つて作つた学校も見ました。子供たちの学校の出席率は、遠い道のりをものともせず九九%以上というのが殆んどの僻地の学校の実際です。この陰には、冬季親たちが先頭に立って雪をかき分けながら子供を学校へ送り込むという努力がひそんでいるとのことであります。私たちが視察しました岩手県の下斗米金田一川分校では、殆んど全村から参集された観たちの熱心な顔が見えました。このような素朴で真剣な親たちのいる僻地の教育は今日まで置き忘れられていた感があり、僻地教育振興法ができたゆえんでもありまするが、国としても、この振興法の再検討並びに予算の増額に今後一層の努力が必要であることを痛感した次第であります。 次に、高等学校定時制課程の実情について御報告を申し上げたいと思います。戦後の新教育制度の最も特徴的な制度として発足した定時制高等学校は、今日、全国で全日制高校の二千校に対し三千校の多きを数えております。このうち千三百校は農山村に多く置かれている分校でありまするが、これは定時制課程のうちでもさらに特徴を持つた、しかして多くの問題を腹蔵しているものであります。昭和二十三年度この制度の発足以来、教育尊重の声の高まりと共に農山村地帯に分校設置が急速に押し進められましたが、北海道と東北地方はこの勢いが特に強く、勤労青年教育に努力してきておりまするが、地方財政の窮迫により、今日では大きな壁にぶつかつているというのが実情であります。全日制高校が全国平均一校当り七百五十人の生徒を擁しているのに対して、定時制高校は金国平均一校当り百七十人であり、分校に至っては百人以下というのが通例であります。従って、学校規模の小さい定時制高校が経費の面で運営が全日制に比して困難であり、施設、設備の充実が全日制に立ちおくれる結果となっております。それのみならず、最近は県立、市町村立いずれも給与費は県負担になっておりまする関係上、地元市村町が好むと好まざるとにかかわらず、県財政の都合から分校統合もしくは定時制課程の教員定員の削減ということが現実化してきております。このような事態に際しまして、私どもは、定時制高校の職員給与費が地方財政計画のうちでどのように見積られているかつまびらかにいたす必要がありまするが、ともかく、今日の県財政では定時制高校職員給与費は相当の重荷になっていることは事実であり、昭和二十三年度並びに四年度の平衡交付金制度実施前における定時制高校職員給与費の四割国庫補助法——これは昨年と本年とニカ年間停止になっておりまするが、これを復活することについても、もう一度検討する必要があるのではないかと考えます。また一方において、分校統合ということも経費節滅その他の理由から考究されてしかるベき問題だと思いまするが、これはあくまで教育約見地に立ってなさるべきであり、廃止された学校の地域の青年がなお就学できるような措置を十分講ずベきである。たとえば廃止された地域には、二年課程の特別学級を置いて、それを終了した者は本校に就学できるよう寄宿舎を設けるとか、スクール・バスを置くとかすることが必要だろうと存じます。町村合併による統合というケースもあるようですが、その際においてもこのような点を十分考慮するよう文部省当局は率先して指導すべきだと考えます。 次に定時制高校の教育目標と、これに関連しての学校経営の問題でありまするが、定時制高等学校の特徴は、勤労青年を対象として、その地域社会と地域産業に密着した役に立つ職業人を養成することが目標であり、従って全日制高校とはおのずから異なつた性格を持っているべきものでありまするが、実際を見て参りますると、単に全日制高校のまねをしているに過ぎない学校が多いように見受けられました。れではいつまでたつても全日制高校に追いつけるはずはなく、従って全日制に対する妙なひがみ根性が抜け切らないことになります。この点定時制高校は定時制としての特質を十分発揮する努力をしなければならないと考えます。私たちは農業地帯にありながら農場一つ持っていない定時制高校を見ました。農家の次男、三男が多く通学しているということで、いずれはよそへ出ていくべき子弟だけに、どういう教育を施したものかよくわからないままに、普通課程をやつているということでしたが、先生の一人が授業後自分のオートバイを持ってきて、運転の練習をさせ、免許状をすでに取つた生徒も何人かいるという話をしてくれましたが、苦肉の策といってはその先生の努力に対してあまりに失礼な言い方になるかもしれませんが、これは地元の市町村や学校当局がどういう教育をすべきかを、もう一度真剣に考え直してもらいたい実例ではないかと思います。反対に、学校の先生が実に真剣で、役に立つ職業教育を行なっているため、地域社会から大へんありがたがられているという例も聞きました。要は、地元の市町村や学校当局が、いかなる人聞を養成すべきかを真剣に考え、職業教育に必要な施設、設備を積極的に設け、国がこれを強力に援助するということでなければ、真の生きた教育はできないと感じた次第でございます。 定時制教育振興のために、年々国の出している予算は一億円足らずであります。少くともこの四、五倍の予算は計上する必要がありましょう。 農山村の潜在失業人口は、相当数に上っていると聞いております。これは次三男対策という言葉でも呼ばれておりますが、これらの青年を有為な生産人に仕立て上げるか、社会の厄介者としての不良に陥れるかは、定時制教育の振興いかんにかかるものであり、国の産業、貿易の伸展の問題と関連させて真剣に取り上げるべき問題であると考えます。 次に、生徒の健康管理についてでありまするが、働きながら学ぶ青少年をして四カ年の学業を完遂させるためには、学校当局が生徒の保健指導によほど意を用いなければなりません。 生徒の疲労度の測定が、学校によっては科学的に行われており、その結果によれば、生徒の出校時及び授業中が一日中で最も疲れているというデータが出ております。これは働く生徒たちにとつて当然のやむを得ない事態でありまするが、学校当局としては、これが対策に苦心し、栄養剤バンビタンを一日一錠、市価の三分の一で製造会社から分けてもらつて服用させたり、体育については疲労を増すことを避けて、柔軟体操を主とする方法などをとつております。その他の疾病予防対策にも留意しておりまするが、現在養護教諭のいる学校はほとんどないので、養護教諭の設置と衛生施設の充実を要望しております。さしあたつては保健教科を充実し、保健科担任の先生が養護教諭の役目を兼ねるといった形がいいのではないか、そういった実例を見て参りました。また生徒の健康保険加入の問題についても研究すべき点があるようであります。 以上のような問題に関連して考慮しなければならないのは給食の問題であります。定時制高校のうち夜間生徒はその八割の四十万人を占めておりますが、これら夜間生徒は農村地帯の者を除いて他の大部分の者が職場から直接学校へかけつけ、夕食をとらないままに授業を受け、帰宅後十時、十一時という時間に食事をとつているようであります。このような状態は生徒たちの健康に悪影響を及ぼさずにはいないのでありまして、給食を考えない夜間高校の教育というものがあることがそもそもおかしい。給食の実施を国としても積極的に考えてもらいたいという要望が強くございました。では給食の実情はどうかと申しますと、給食を完全に行なっている学校はほとんどないようでありまして、一部の生徒にパンやうどんを実費で与えている程度の学校が多いようであります。しかし過去においては給食を試みた学校も相当数あるようでありますが、いずれも成績がよくなく、やめております。原因は生徒がパン食を喜ばないとか、実費程度でも生徒には負担が重過ぎるとか、量が不足である、あるいは給食の時間をとることが運営上むずかしいとかいろいろ理由があるようであります。でありますから、結論的なことを申せば、給食はぜひとも必要であるが、これを小学校のように一律に行うことは無理であり、各学校において実情に即した方法をとることが望ましく、こうした給食に対して国庫から何ほどかの補助をするとしても、これも一律の計算では実情に合わないことになります。 次に照明の問題でありますが、近ごろでは螢光灯がずいぶん発達しまして、螢光灯の設備に切りかえた学校が多く、概して明るい印象を受けました。高等学校設置基準に規定する五十ルクスを下回るような学校はほとんどないと言ってよろしいようであります。 以上で定時制高校教育に関する報告を終りますが、勤労青年教育のための夜間大学設置の要望が弘前大学からございましたのでお伝えしておきます。 弘前大学文理学部施設内に経済学を中心とした社会科学科を置く、修業年限三カ年、一学年定員五十名の弘前大学夜間短期大学部を併置してほしいという要望が昭和二十六年秋地元定時制高校関係者の間に起り、大学当局もこれに賛同したものの、当時は教官陣容、施設ともに不十分で文部省も取り上げなかったが、今日ではこの計画実施に差しつかえない状況となつたので、設置してもらいたいというのであります。このような夜間短期大学の設置は教官定員、施設、設備等、特に新しく大きな経費を必要とするわけではないのでありますから、地元や大学に熱意があれば設置するのが適当と考えます。ただしせつかくの勤労者のための夜間大学が全日制を卒業した浪人入学の対象となってはこれも困りますから、その辺のことを考慮して、どの夜間大学も当初の目的を達することのできるよう適切な運営がなされることを希望したいと思います。 次に一般的教育施設の問題としまして老朽危険校舎や、仙台における不正常授業の実態等を見ました。また弘前市立第三中学校の旧兵舎使用の校舎も見ましたが、真ん中に狭い廊下の通った教室向きでない建物で通風、採光共に悪く、ほこりが多いために眼疾保有者が千七百五十名の生徒のうち二〇%もあり、近視は三二%、胸部疾患の生徒しも多いということで改築の必要があり、危険旅舎も国庫補助対象にしてほしいという要望がございました。この建物は老朽というほどのものではありませんが、全く教室としては認められませんから、教室がなかったということで義務教育年限の延長に伴う施設の新築と認めるべき性質のものであるとざえ考えます。他にもこのような兵舎使用の例もあるわけでありまするが、これは児童、生徒の保健衛生の見地から特に考慮すべき問題であります。 最後に文化財保護状況についてちょっと申し上げたいと思います。文化財保護法が本委員会で作られましてから数カ年を経ましたが、年一年と保護のための事業も進捗しつつあり、一方国民全般の文化財保護に対する関心も強まりつつあることは喜ぶべきことであります。今度の旅行中私どもはまず最近修理を完了した松島の瑞厳寺本堂並びに修理予定の同寺庫裏を拝見しました。又中尊寺では本年完成した宝物館である讃衡殿を見、また国宝建造物である金色堂、経蔵等もよく見せてもらいました。ここは山の上にあつて水利の便がはなはだ悪く、現在防火施設としては雨水の溜る小さな池が一つあるきりで、はなはだ危険な状態にあります。 今を去る六百余年の延元年問、野火が原因で一山の登塔四十余宇、僧坊三有余宇と記される藤原氏盛時の偉業ほ一瞬にして灰じんに帰し、今はただ僅かに金色堂と経蔵のみを残しておりまするが、この藤原三代の残した文化の結晶たる国宝を火災から守るためには衣川の水を扱み上げて山上に貯水池を作り、万一に備える消火装置をする以外にはないということで、このための国庫補助を寺側から要望されました。弘前市には弘前城を始めとして長勝寺、最勝院その他に多くの国宝建造物がありますが弘前城の亀甲門、未申櫓の修理が必要であり、弘前市長から国庫補助の要望がありました。 いささか長くなりましたが、一応各方面の問題の要点につき申し上げました。以上で私どもの視察しました事柄についての報告を終りといたします。
○委員長(笹森順造君) これにて先般行いました委員派遣の報告は終りました。つきましては各報告に対して御質疑がございましたら、この際御発言願います。
○白井勇君 先ほど各委員の方からお話しがあったのですが、その給食の問題、農村の小学校でむしろ栄養が足りない地帯を先に給食設備を完備したらどうか、あるいはまた定時制の高校関係で夜食の関係上非常に困っている連中なんだから、それを優先的にやつたらどうかというようないろいろ現地のお話しを承わつたわけですが、この間ラジオだと思いましたが、文部省のこれからの給食対策の方針というようなものはほとんどまあ文部省としましてはさまつたようなことをラジオで放送しておったのを私聞いておりますが、それによりますと、まず一応現在未実施でありまする小学校に全面的にやっていく、さらにこれから三十一年度におきましては中学校にそれを拡大をしていく、こういうような考え方で予算を組み、方針をきめてある、こういうまあラジオだったと私は思っておりますが、今いろいろ各委員会から御報告のありました通りにそれでいいものかどうか。むしろやはり先ほどお話しのありました通りに、定時制のような、もっとまあ中学校にいきまする前に、たとえば定時制というような方面に優先的にやることが必要でないかというような私は気もするのですが、その辺について文部省事務当局は一体どういうお考えなんですか。
○委員長(笹森順造君) ちょっと白井委員に申し上げますが、この際は、もし皆様方が御同意下さるならば、報告された事項に関して報告された方々に御質疑があったらお願いしたいと思いますので、私ども予定といたしましては、この問題を中心にして、文部当局から明日以降伺うという工合に大体委員会では先ほど理事会における決定は御了承願つたのでありますが、しかし今の御発言に対してぜひ皆さん方がきょうそういう工合に今後の議事を運ぶということであればそういたしますが、いかがでございましょうか。もう一ぺん白井委員にお尋ねいたします。
○白井勇君 私先ほどの御予定聞いたのでありますが、それで取り上げられる題でないように思いましたから、ただ簡単にその点と、もう一点ばかり聞きたいことが文部当局にあるのです。委員会の報告に関連をいたしまして、そう時間をとらないですから、差しつかえなかったら一つ……。
○委員長(笹森順造君) ちょっとお待ち願います。
○白井勇君 日程には取り上ってないように思いましたが…………。
○委員長(笹森順造君) この委員会の委員の報告に対してほかに御質疑がなければ今の白井委員の方に移つてもよろしいと思いますが、いかがでございますか、ほかに……。それから今担当の局長も来ておらんそうでございます。この文部省に対する連絡は先ほど理事会でいたしましたように連絡しておりましたために、担当の局長見えておらんそうでございますが、いかがでございましょうか。
○白井勇君 それではただいま申し上げましたことは保留いたしまして、もうちょっと簡単なことをお聞きいたします。先ほど竹下委員からお話しのありました京都の博物館の問題ですね。その外人の御不浄なり休憩室というものに非常に支障があるということですが、これは文部省になりますか、あるいは文化財保護委員会のお仕事になりますか、これは金がないからできないのだというあつさりしたことになっておるのだと思いますが、そんな問題は金の問題よりむしろ頭の働きの問題じゃないかと私は思うのですが、一体それはどういうようなことになっておりますか。
○説明員(岡田孝平君) 京都の博物館についての御質問でございますが、全く視察された方のお話しの通りでございまして、かねがねこれは何とかすみやかに施設の改善をいたしたいとまあいろいろ努力いたしておりますが、何分にも建物が非常に古いのでございまして、しかも宮内庁の所管でずっと長年やつてきた。やつと最近になりまして文部省の所管に……、宮内庁から京都市の所管に移しまして長い間京都市で所管しております。最近になりましてやつと文部省の所管に移つたというような長い間の沿革的な事情もございまして、京都市の所管におきましては長い間ほとんど施設の充実等につきましては顧みられなかった、かような状況でございます。私どもの所管になりましてからはせつかく施設改善に努力いたしておりますが、ただいまのお話しの点は、現状は仰せの通りでございますので、必要な予算等は大蔵省に要求いたしましてできるだけ早く何いたしたい、かように考えております。
○白井勇君 ちょっとしたことですが、従来上野の博物館、それから科学博物館ですか、あれから各議員に何といいますか、優待の観覧券が来ておつたことがありますが、最近あれの制度は廃止になりましたわけでありますかどうか。
○説明員(岡田孝平君) お答えいたします。上野の博物館の優待券は各年度初めに委員の方に差し上げておるそうでございますが、途中で文部委員がおかわりになつた方がございますので、そうい方にはあるいはまだ行き届いていないかもしれません。できるだけ差し上げることにいたします。
○白井勇君 なぜ文部委員だけにそういう扱い方に差をつけるわけですか。
○説明員(岡田孝平君) 正しい取り扱いはちょっと実は承知しておりませんので、今聞きましたら文部委員に差し上げておるということでございますが、私ども別に文部委員だけに特に限定しようという考えはございません。上野の博物館の事務担当員と相談いたしまして善処いたしたいと思います。
○白井勇君 私は最近文部委員に顔を出しておるわけですが、昔は科学博物館からも宮内庁の博物館からも両方から優待券が来ておつたと思います。その後おそらく文部委員のみに限定したのじゃないかと思いますが、そういう扱い方というものは非常に私ふに落ちない点があると思います。よく一つお調べの上この次でもけつこうですからお願いいたします。
○委員長(笹森順造君) ほかに委員の御報告に対して御質疑がございましたらこの際願います。委員の報告に対しての御質疑がございませんならば、その他に関して何か御発言の御要求がございましたらこの際願います。別に御発言もないようでありますから、明日は午前十時から本委員会を開催いたします。 本日はこれにて散会いたします。 午後四時八分散会