社会労働委員会 第4号
- 発言数
- 12 件
- 登壇者
- 4 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1955/05/10
会議録
○委員長(小林英三君) それではただいまから委員会を開会いたします。 本日は、まず先般の派遣委員の報告を議題といたしたいと思います。 去る三月下旬及び四月の中旬に行われました中共地区並びにソ連地区からの引揚者の実地調査のために、当委員会の決定に基きまして、当時議員を派遣いたしました。中共地区といたしましては、加藤委員、常岡委員、当時の河合委員、ソ連地区といたしましては、山下委員、竹中委員を派遣いたしまして、それぞれ御出張願ったのでありますが、本日はその御報告をお願い申し上げたいと思います。まず中共地区引揚者実情調査のための派遣委員から御報告をお願い申し上げます。
○常岡一郎君 中共地区よりの第十一次引き揚げに際しまして、その実情調査のために、河合、加藤、常岡の三委員が舞鶴に派遣されました。興安丸は予定通り三月二十九日の午前八時に入港しましたが、私どもは帰国者の方々を興安丸船上に出迎えをいたしました。午後から常岡委員が参議院を代表してあいさつを放送し、次いで引き揚げ方面別に組織された七つの組の代表者に、帰還早々御多忙のところを御参集を願いまして、簡単に実情報告を聴取いたしましたが、ここに私どもの調査の概要を御報告申し上げます。 今回、興安丸に乗船した人員は八百十六名でありますが、出帆直後に乳飲み子が一名死亡しましたので、帰還者は八百十五名となっております。引き揚げの地点は、安徽、福建二省を除きまして残留者のあった各省全部から帰っているようでありますから、残留者の消息が広く判明するのではないかと思われております。帰還者の内訳は、一般人が七百二名、陸軍々人、軍属が百十三名で、うち、外国籍の者が六十七名、孤児四名となっております。遺骨は四十七柱を持って帰っております。このうちにはハルピン、瀋陽、長春、北京、大連、チャムス、済南等の監獄におった人々が含まれておりますが、今次引き揚げの特徴は、女子が三百九十二名、子供が三百十二名で、女子世帯が約五十六、単独女世帯が約八十五となっておりまして、従来の引き揚げと異なって、今回は女子供が多数であるということが特に目立ったのであります。従って、今次引揚者の引き揚げ前の境遇は、旅大地区を除いては、国際結婚者、中国人に扶養せられていた者、各方面の奥地で貧しい生活をしておったと思われる者、孤児と思われる者、在獄者が多く、それに携帯した金品の非常に少いことが第四次帰国者に特に似ているようであります。 当日私どもが興安丸船上に帰国者を迎えた印象としては、もっとも入港の前夜、海上が非常に荒れた関係もありましょうが、一般に病弱で、栄養も不良と見受けられました。聞くところによりますと、結核と麻疹が多いとのことであります。上陸後、百三十一名の患者が国立病院に直送されたのであります。また、今次引揚者の方々は内地に関する情報もおおむね知っておられた様子でありましたが、批判的な者はおらないようであります。むしろ国民の同情と国会、政府の援助を期待するという態度が強く現れていたように思われました。 残留者につきましては、すでに十年を経過しておりますので、町で会っても見分けがつかないそうですが、大体帰国を希望している者、帰国申請をしている者、国際結婚をしている者のグループに大別されるそうでありますが、一九五一年の反革命条例違反に問われて監獄にある者もあるとのことであります。今後の引き揚げにつきましては、これを強力に推進すべく積極的に有効な手を打つ必要があると感ぜられます。 今次引揚者の希望しておるところは、二十数項目にわたっておりますが、これを要約すれば、老齢、廃疾の問題、児童教育の問題、住宅の問題、就職の問題の四つに尽きると思われます。今次引き揚げの特徴となっております母子、女世帯の多いこと、日本語を知らない子供の多いこと、従って携帯金品の少いという点は、今後の生活の上においてこれら母子世帯に対する強力な援護と、子供に対する特殊教育という問題が残されておると思いまます。 以上簡単ながら御報告申し上げます。
○委員長(小林英三君) 次に、ソ連地区からの帰還者の実情調査につきまして御報告を願います。
○竹中勝男君 今回ソ連地区からの引揚者の実情調査のため、当委員会の決議により、私たちが舞鶴に派遣せられることになりました。松岡委員は都合によって御参加できませんでしたので、山下委員と私の二人が事務局から斎藤参事を同行いたしまして、去る四月十七日から舞鶴へ出張し、翌十八日入港した興安丸の引揚者を出迎え、その状況を調査して参りました。その状況を簡単に御報告申し上げます。 今回のソ連地区からの引揚者は八十八人でございまして、きわめて少数であります。四月十六日にナホトカを出港いたしまして、四月十八日午前八時、舞鶴港に入港いたしました。人員が少かった関係もありまして、午前十時には上陸を完了いたしまして、患者を除き引揚寮に落ちつき、近親、及び関係者と対面して喜び合ったのでありますが、病人に対しては医務室において一応の診療を行なった後、いずれも国立舞鶴病院へ転送して入院せしめ、療養をさせることになったのであります。 引揚者は総数八十八名でありまして、その内訳は、おとなの男が八十四人、子供が一名、女、おとなが二名、子供が一名であります。このうち旧陸軍関係者は、軍人二十七名、軍属十一名、旧海軍関係軍属一名、一般邦人四十九名となっております。そのうちに珍しいのは、樺太土人のオロチョンが二人おりました。オロチョンというのだろうと思いますが、あるいはギリヤークかオロチョン、全くロシヤ人のような顔をしております。引揚者はマガダン、シーベル、テニセイスク、ハバロフスク、カサチンスク、カラカンダ、その他ソ連の広範な地域に散在して生活していた者であって、これらの地区へ移される前は樺太から連行された者が相当多い様子であります。なお戦犯者であった者は十二名であります。患者は十二名であって、うち、半身不随の者四名を占め、比較的若い者に高血圧症状を呈しておることは、その原因を探究して対処するとともに、残留者中の若年者中にも相当数のこの高血圧患者が発生しておるようであります。 次に、今回の引揚者は、前回までに引き揚げた中共地区からの引揚者のごとく、技術援助という名目によって留用されておった者と異なり、持ち回り品は少く、所持品は許されなかった状況であって、今後の援護対策は急速に万全を期さなければならないと感ぜられたのであります。私たちは引揚者を桟橋に出迎えた後、今回の引揚者をナホトカまで出迎えた日本赤十字社の岡田代表から概況説明を聴取した後、引掛寮を訪問してあいさつを行いましたが、さらに舞鶴援護局長室において引き揚げ代表者五名と両院議員で二時間にわたって懇談を行い、在ソ中の生活の状況、今回の引き揚げについての状況、残留者の状況等について説明を聴取いたしました。最初に申し述べた通り、今回の引揚者は広範な地域からきわめて少数の者を短期日に集めて帰還せしめられた関係もあり、特に一、二名は集結地点へ航空機輸送によって間に合うことができたという者もあり、残留者または残留者の集結の状況など詳細に聴取することは困難でありましたが、大体においていまだ相当数の残留者がおり、私の聞きましたところでは一千五百人は少くも残っておるということでありました。そのうち千四十三人は戦犯者である。またナホトカに近いハバロフスクには、二、三百名の集結完了者がある見込みで、一日も早く帰還の日を待ちわびておる模様であって、急速な手配によって引き揚げ完了の実現に努力を払うべきものと思います。また懇談の機会を通じての模様によれば、残留者に対しては小包の送付、写真、手紙などの送付を要望しており、このことをできるだけ留守家族にも徹底せしめてほしいということでありました。特に写真入りの手紙は必ず本人に着くということであります。これらの代表者の意見を総合してみますと、一つは、引き揚げということは国民全体の声をもって促進することが有効であるということが一つと、もう一つは、このソ連では日本の国内情勢が敏感に引き揚げに反映するように思われるということ、この二点を五人の代表者がそれぞれ申しておりました。 終りに今回の引揚者は長年月異境の地に在留し、現在の日本の実情にうとく、いずれも今後の日本においての生活に不安を抱いておることは、前回までの引揚者と同様でありまして、引き揚げ援護対策について住居問題、生活問題、就職問題などあらゆる角度からあたたかい手を差し伸べる必要があり、さらに残留者もいまだ相当ある見込みでありますので、適当な機会に今回の引揚者の中から代表を選び、当委員会に参考人として出席を求め、意見を聴取いたしまして、今後の引き揚げ援護対策に資せられるよう特に希望する次第であります。 以上簡単でございますが、御報告をいたします。
○委員長(小林英三君) 以上の御報告に対しまして御質疑がございましたならばお述べを願います。御質疑はございませんか……ないようでございますから報告はこれで終了いたしました。
○委員長(小林英三君) 次に、参考人出席要求に関する件につきましてお諮りいたします。 ただいまの竹中委員の報告中にもございましたように、引揚者及び関係者等を参考人といたしまして当委員会に出席を求めまして、意見を聴取いたしまして、引揚者の援護対策及び今後の残留者の引き揚げ促進の参考にいたしたいと存じますが、その日にちは五月の十二日といたしまして、ただいま人選、あるいは聴取事項等につきましては、お手元にあらかじめ御参考に配布してございますが、それらの手続等につきまして、あるいは人選等につきましては、委員長に御一任願いたいと思いますが、御異議はございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○相馬助治君 最終的には委員長に御一任申し上げるということで、私自身の意見でして、異議でも何でもないのですが、ただいま竹中委員の報告の中にあったように、特に国内における動きというものが今後の引き揚げに重大な影響を持つと、そういうことを聞かされて、その通りだと私も思います。と同時に、ソ連地区の引揚者から参考意見を聞くということは初めてのことでございまするので、これは実に重大な問題だと思うのです。世間もまたそういうふうに見ておるでしょうし、そこで、人選それから意見を聴取するという事項等についても、私ども自身も慎重にやらなくちゃならないと思いますが同時にまた参考人を選んだというこの人選についても、理事各位でもって慎重に議せられて、かようにきまったものと存じておりますが、特に二点ほどお聞きしておきたいことは、ソ連地区の引揚者のこの名簿に出ておられる方々は、みんな出席を了承しておるのですかということが一点。それから参考人意見聴取の中には、中共とソ連と一緒くたにして、こういう意見を聞くのだと、こういうふうになっておりますが、特にソ連地区の問題については、こういうふうなことは公開の席で聞いてはどうなんだろうというような予定されるものがあるのかないのか。この二点について、委員長から御意見を承わっておきたいと思います。
○委員長(小林英三君) 相馬君の御質問に対してお答えいたしますが、大体、前もってそれぞれ参考人として御出席を願う方には出席方の了解を得ております。 それからなお突然に委員各位からいろんな御質問があっても、また十分お考えになっていないことなんかを突然聞かれても困ると思いましたから、参考人は、こういう範囲内において聞かれることがあるから、あらかじめ一つ取りまとめておいていただきたいというようなことも申し上げております。しかし、委員の方からいろんなことを聞かれることは、これは向うは予期しませんから、ですから、そういう秘密の問題等につきましては、また秘密会にしてもいいと思います。
○相馬助治君 秘密会といいますけれども、新聞記者がみな入っているところで、さあ今から秘密会だといってもおかしなものだし、事実上手続その他できないと思います。もちろん私が言っておりますことは、引揚者の中には、私はやっぱり徹底的にお聞きしたいと思う案件はあります。しかし、私が聞いておるのは、そういうことを聞くことによって、今後ソ連地区との引き揚げに重大な支障のある、いわば禁句だね、そういうものでもそちらにあるかということをお聞きする、こういうことなんです。ある個人について、その人の身分やその他については徹底的に何を聞いても私はいいと思う。ただ対ソ連との問題についての、こういうことを聞くことはやぶへびである、えらいあとで問題になるとかということがあるかないか。あるとすればそのことを委員長の手元においてよく調査されておいて、そつのないように一つわれわれにもしてほしい、こういう希望意見を含んでの質問なんです。
○委員長(小林英三君) その点につきましては、十分一つ十二日までに研究しておきましょう。そして前もって委員会の劈頭におきまして私から適当な機会に申し上げたいと思います。 なお当日は、意見聴取の参考人といたしましての状況聴取に関連いたしまして、外務省並びに厚生省の担当局長並びに政務次官を招致いたしますから、帰還者に対する御質問に関連いたしまして、いろいろな当局に対する御質問等がございましたならば御質疑を願いたい、こう思います。 それでは、ただいまの人選あるいは聴取事項等につきましては、委員長に御一任願って御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(小林英三君) それではさように決定いたします。
○委員長(小林英三君) 日程につきましては、お手元にお配りしてあります通り、大体こういう予定でおります。五月十二日は今申し上げましたように、午前、午後を通じまして、引き揚げ関係の参考人の意見を聴取いたします。五月十三日は、午後一時からこの社会労働委員会におきまして、厚生大臣から三十年度におきまする厚生省関係の予算の説明を聴取する。五月十四日は午前十時から労働大臣の予算に関する説明を聴取いたしたい、こういうことにいたしたいと思います。なお来週の予定につきましては、順次今週中に御報告申し上げます。 それでは委員会はこれをもって散会いたします。 午前十一時九分散会