文教委員会 第14号
- 発言数
- 127 件
- 登壇者
- 9 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1955/06/07
会議録
○佐藤委員長 これより会議を開きます。 議事に先だちまして理事の補欠選挙を行います。理事赤城宗徳君及び三宅正一君が委員を辞任されましたので、理事が二名欠員になっております。理事の選挙は、先例によりまして、委員長において指名するに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○佐藤委員長 御異議なしと認めます。それでは赤城宗徳君及び三宅正一君の両名を理事に指名いたします。
○佐藤委員長 この際お諮りいたします。学校教育に関する件に関連して京都大学事件につきまして田中周友君を参考人として当委員会に招致し、事件の真相を聴取したいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○佐藤委員長 御異議なきものと認めます。よってさよう決定いたしました。 それではただいまより参考人田中周友君より京都大学事件の実情を聴取いたします。 なおこの際、委員長より一言申し上げます。参考人におかれましては、公務御多端のところ、遠路わざわざ当委員会のために御出席いただきましてありがとうございました。文教委員一同を代表いたしまして厚くお礼申し上げます。 それではこれより京都大学事件の真相を承わることにいたします。田中周友君。
○田中参考人 今回の京都大学におきましての六月三日を中心とした事件について御報告申し上げます。問題は、京都大学におきまして、学生の文化祭の一種として、毎年行事をしておりますが、学生の側の主催で文化祭をやっております。その一つとしまして、本年六月十八日が、京都大学が創立されて以来、毎年大学の創立記念日の式典をやっておりますが、その翌日の六月十九日及び二十日と、この二日間を学生の行事としての、いわゆる創立記念祭といたしまして、本年も許可したのであります。しかるに学生全部の代表といたしまして同学会というものがありますが、その同学会の諸君が、代表者として京都大学におけるわれわれ学生部と折衝しておりますときに、京都大学といたしましては、本年の創立記念祭を持たせますにつきまして、こういう創立記念祭を持つようにというふうに、適当な指示を与えたのでございます。どういうふうな創立記念祭であるかということは後ほど申し上げますが、学生側としては、自分たちが希望するもっと盛大な創立記念祭を持ちたいというようなところからして、大学当局の示しました線を越えておりますので、その点が今回の紛糾の原因になったということができます。その結果、六月三日に京都大学の総長と学生側の代表、すなわち同学会の役員諸君が一時間にわたって会見いたしまして、学生側の希望を開陳し、それに対して総長は、大学としてすでに決定しておるところの線を説明いたしまして、その大学側の線の範囲内において創立記念祭を持つことが可能であるということを話し合ったわけであります。その結果、学生側は総長の言うところ、従って大学当局の線ということはわかるが、とうてい自分たちの希望するようなことが入れられておらないという意味におきまして、納得しないというようなことで、六月三日の両者の会見は予定の一時間を経過いたしまして、代表の学生諸君がその場所を去りました。ところがそれを待っておりましたところの多数の学生が、それに対して不満でありまして、結局代表以外の、待っておったところの学生が総長と会って、そうして自分たちが希望しておるところを総長に述べ、総長の反省といいますか、そういうものを促したいというようなことで、問題がだんだん大きくなって参りました。学生部といたしましては、そういう事実を総長に報告いたしましたが、総長といたしましては、すでに一時間にわたって十分に大学の意のあるところを説明した。代表に対して十分に一時間にわたって説明したから、これ以上代表でない学生諸君と会う必要を認めないと言いまして、それ以上の面接を行わなかったのであります。そうして総長はたまたま翌日がヨーロツパヘの出張に当っておりましたために、その総長室を出まして、なお準備のために自己の研究室へ出かけていったのでありますが、一部の学生がそれを追いまして阻止し、私は総長にその場合随行しなかったからわかりませんが、総長自身の言うところ及び総長をそのときに守ったところの大学の職員の言うところによりますと、追っていったところの一部の学生が総長を阻止しまして、総長をなぐり、また靴でけったということがありまして、総長はそれ以上研究室へ行くことが不可能なため、学生がぜひ戻れというようなことになったために、またもとの総長室、すなわち京都大学の本部の二階に戻らざるを得なかったのであります。その後総長室に引き続いておったわけであります。その間多数の学生がやはり参集しておりまして、大学当局の非と申しますか、自分たちの要望を主張いたしまして、相当喧噪をきわめたのであります。約九時間にわたりましてそういう状態が続きました。その間も学生諸君に十分に本年の創立記念祭は、大学が認めておるところの妥当な線以内において持つように、私どもは学生補導の任に当っておるがゆえに、種々勧告に努めたのでありますが、やはり学生諸君は、ぜひとも自己の主張する諸種の行事を含めた創立記念祭を持つように要望し続けておった。こういうようなことであります。 そこで約九時間そういうような状態が続きました。ところが総長といたしましては、翌日出発することになっておりますために、なお準備も要するので、午後の九時になりましたときに、大学当局といたしましては、最後に最終的な発言としまして、学生の代表を呼びまして、こういう次のようなことを申したのであります。学生部委員会——学生部委員会というのは、後にどういう性質のものであるか、必要があれば申し上げたいのでありますが、学生部委員会を開いて、諸君の創立記念祭の開催に関する本日の要望を報告するという、そういうことを申しました。一つはそういうことであります。それから二つには、午後九時二十分までに散会せられたい。解散であります。その場を解散しない場合には、不法集会と認めて適当な措置をとる、こういうこを午後九時ごろに申し渡したのであります。そこでその学生代表約十名でありますが、参集しておる学生諸君のところへ戻りまして、それを報告したと考えます。ところがそれとほとんど同時に、参集しておった学生百数十名と考えられますが、それに不満であったために、それまでは大学の職員がそこに居合せまして、総長室の方へ来ないようにおったのでありますが、それを突破いたしまして、百数十名が三日の午後九時五分ごろに総長室前に殺到しましていわゆるすわり込みの状態になりました。それに対しまして、大学当局といたしましては、すでにその日の午後二時ごろにおいて、総長に対する先ほど簡単に申し上げました暴行事件、ける、なぐるということがあったことと、それからすでに九時間にわたって総長が監禁状態になっておるということからしまして、大学としては、もはや学生諸君にいろいろと学生部を通じて説得しておるにかかわらず、そういう状態を続けておるがゆえに、警察にお願いしまして、そういう状態を解くという必要を考え、九時二十分ごろ、総長の名をもって川端署長に警察官の派遣を要請したのであります。その後の状態は、簡単に申しますと、多分九時三十分ごろあるいはその以後におきまして、警察官がトラックに乗りまして、大学の正門前に来たようであります。そうしてごく少数、おそらく二、三名程度の、署長代理の人、ほかに二、三名というものが入ってきまして、学生諸君にその総長室の前の廊下にすわり込んでおるところの百数十名の学生に対して、退去するように、解散するように説得に努めたのであります。ところがそれに対しまして学生は依然としていろいろと歌を歌い、総長を罷免せよ、総長やめろというようなことも絶叫し続けまして、去ろうといたしません。ついには川端署長も来まして説得したようであります。そういう状態が約一時間半、きわめて慎重に警察が説得したようでありますが十一時になりましていよいよ実力行使をもって、その廊下におるところの学生諸君を下におろすという必要を認めた結果、約三十分にわたりまして、百数十名の学生をリレー式だそうでありますが階下に無事引きおろしたということであります。 大体の事実は以上申し上げた通りでありますが、なお質問なりそういうことがございましたら、敷衍いたしたいと思います。
○佐藤委員長 ただいまの御説明に対しまして、質疑を行いますが、なお政府当局より寺本政務次官、井本刑事局長、斎藤国警長官、及び稲田大学学術局長が出席でありますが、松村文部大臣と花村法務大臣は予算委員会がございましてすぐ出られないということでございますので御了承を願います。通告順に発言を許します。河野正君。
○河野(正)委員 御承知のように、今度京都大学の創立記念に対します一つの記念祭に対しまして、今回の不祥事件が起って参ったわけでございますが、こういった問題は、私どもが基本的に考えて参ります場合には、単に総長カン詰事件であり、あるいは一つの騒擾事件であるというふうに片づけて参るわけには参らぬのでございます。と申しますのは、今日まで認められて参りましたいわゆる学生の自治組織というものは、一つの学生自治を通じて、民主教育の発展なり、あるいはまた民主教育の確立、こういった方面に大きな基礎を作っていくという建前から認められて参ったと考えております。そこで今度起りました事件というものは、ただいま申し上げました学生自治を通じての民主教育の発展あるいは確立というものを今後育成するか、あるいはまた不幸にいたしまして弾圧することによって、学生自治を破壊し、ひいては民主的な教育制度を破壊していくかというような、きわめて基本的には重大な問題だと私は思考いたしております。そういった立場から、それぞれきょうは大臣もお見になっておりますので、一つそれぞれ関係当局の今度の京都大学事件に対しますところの御所感をまず承わりたい、かように存じます。
○松村国務大臣 何と申しましても、総長に学生が暴行を加えるということは、その動機のいかんにかかわらず、あるまじきことと私は考えます。大学の自治に関することでありますがゆえに、私は文部省といたして直接どうすることもできませんけれども、ああいうことは、日本の文教の大きな汚辱であるとさえ私は考えるものでごいます。
○河野(正)委員 私は今度の事件につきましては、問題点が二つあると思います。その第一点は、ただいま大臣も答弁されましたが、今回の事件をどう考えるかということが第一点であり、第二点はいわゆる今度の事件を契機として、今後学生自治に対してどういう考え方で臨むのであるかということが、私は今度の問題を通じての第二点の問題だ、とかように考えます。そこでただいま大臣は、動機のいかんにかかわらず、起ってきた現象につきましては、断じて容認しがたいというようなことでございましたが、その点につきましてはなお論議の余地を残すといたしましても、第二点の今度の問題を通じて、今後の学生自治のあり方について、どういうふうな考えでもって臨むべきかというふうな御所感について、一つお答えを願いたいと思います。
○松村国務大臣 全面的に申しますと、東京あたりの各大学の情勢は漸次落ちついて参っておりまして、そういうようなことは、すでに過去にはいろいろなことがありましたけれども、現在は非常に穏やかになってきておると思いまして、これは喜ぶべき現象と考えるのでございます。それがいまだ時折、古い占領行政中に起りましたあの混乱期の状態が残っておりますのが京都大学であって今回のようなことが起ってきたと見ざるを得ない。しかしながら今度の実情は、すでにご報告をいたしたことでございますが、大体京都大学の学生全体の気風では私はないと考えます。あるいはそのうちのごく少数の矯激な学生たちのことであるようでございまして、そういう意味におきまして、これらの少数の学生の人たちの善導そういう矯激な行動に対する善導という——もちろん処置すべきものがあれば——これはもうこれまでこういうことが繰り返される場合には、その善後の措置をゆるくしておったために、災いをあとへ残すというような場合があったようでございます。今度あたりは、やはりもう厳重に措置をなすべきものと私は考えております。しかしそれは大学の自治を害することはできませんから、これを尊重すべきでありますが、昨日滝川総長が私をたずねてこられまして、ローマに立たれるあいさつと、この事件の報告とを兼ねてお越しになりました。こういう事件の発生のあとにローマへ行かれることもどうかとさえ私は思いましたけれども、だんだん聞いてみますと、善後の措置はすでに決定的に方針をきめて、すでに実行もいたしておりますから、それでローマへ立たるるのには、私は何らかれこれ申しませんで、むしろがつちりおやりになっていただきたいものだというふうに申しておいたという程度でございます。私はさよう確信をいたしております。
○河野(正)委員 そういたしますと、今度の事件というものは、一部分子の一つの蠢動した事件であって、いわゆる京都大学の学生の大部分の考え方でないというふうなお考え方のようでございますが、しかしながら現実におきましては、学生自治組織でございます同学会も解散させられたというふうな事態でございますが、これは一応今回の事態を拾収するための一つの方法であって、今後は学生自治を十二分に伸ばすというふうな基本的なお考えでやるかどうか、その点につきまして御答弁をお願いしたいと思います。
○松村国務大臣 今、文部省の権限でなし得る、考えらるることは、ただいま申し上げました通りでございまして、ぜひ最高の学府にこのような不祥事が繰り返されないように、われわれも最善の努力もいたし、各大学の責任者も、それから学生の人たちもおのおの反省をいたして、そしてほんとうに最高学府の教育、それからその学生の品性のためにも、断じてこのようなことをなさないように、お互いに反省してやらるべきもの、それに反する者は自治的に制裁もいたし、また大学の当事者としても、適当な措置を取ってやるべきものと考えておるわけでございます。
○河野(正)委員 私は今回の事件の事態を拾収するには、いろいろ方法があると思いますけれども、単に学生自治組織でございます同学会が、一時的に行き過ぎたので、ばっさり解散命令で解散せしめれば、それで事足れりというふうなお考えであるならば、私は危険きわまりない考え方である。かように考えるわけでございます。と申しますのは、先ほど私が問題点は二点あるというふうに御指摘申し上げましたように、やはり問題は、今度の事件を契機といたしまして、今後学生の自治はどうあるべきかという正しい指導と申しますか、正しい育成のあり方を御指導願わなければ、私はやはり今後もこういった問題が再び起って参るというふうな考え方を強くいたすわけでございます。そこで単にお互いに反省するというふうな抽象的なことでなくて、具体的に、今後とも基本的には学生自治の発展のために、われわれも強力に指導をしていくのだというふうなお考えであるのかないのか、その点一つ御答弁願いたいと思います。
○松村国務大臣 お話の通りでございまして、応急の措置は、これはすみやかに果断にやるべきものでありますが、その上こういうことが起らない根本の問題は、ただいまお話がありました通りでありまして、その意味において、大学の当事者も、それから文教をあずかる文部省におきましても、十分に将来このようなことのないように、根本的に努力をいたしたい。そしてまた学生に対するこれらの点については、いろいろ指導もございましょうし、あらゆる面において注意もいたしたい、こういうふうに考えております。
○河野(正)委員 やり方によりますというと、一つの断圧的な態度になりますし、またやり方によりますというと、学生自治を育成していく、民主的な教育を育成していくというようなことにもなりますので、この問題は、基本的に私は非常に重要な問題だと考えるわけであります。そこで先ほどからいろいろ努力をしたいとのことでございますから、私も、今後とも学生自治に対して断圧する所存はない、今後とも学生自治の正しいあり方については、積極的に育成するというお考えであるというふうに理解してけっこうでございますか。
○松村国務大臣 そうでございます。
○河野(正)委員 それでは引き続きまして、先ほど文部大臣も、今回の事件がいまだ収拾されない段階におきまして、滝川総長が欧州に旅立たれるということは不適当ではなかろうかという考えを持つたというふうなお言葉もあったのでございますが、私どももそういった考え方を非常に強くするわけであります。と申しますのは、今度起りました原因につきましては、いろいろ原因があろうかと考えております。しかしながら単に基本的な解決の方針を示したから、あとはおらないでもよろしい、欧州に旅立ってもよろしいというような総長の根本的な考え方から、やはり私は今度のような不祥事件を惹起したところの一つの要素が生まれて参っておるというふうな考え方を強く持つわけでございます。と申しますのは、少くとも今度の問題は、先ほど文部大臣も御答弁ありましたように、基本的には非常に重大な問題でございます。単に京都大学の問題でなくて、今後の学生の自治のあり方、ひいては民主的教育のあり方、こういった非常に重大な問題でございますにかかわらず、滝川総長がこういった事件の終結を見る直前に欧州に旅立たれましたことは、私は全く無責任な態度である、かように感ずるわけでございます。この点につきまして文部大臣は、先ほどもそうあるべきではなかろうかというお話がございましたけれども、私どもはなかろうかというような考え方でなくて、今後の正しい教育のあり方なり、正しい学生のあり方を確立して参るためには、私はやはり責任の当事者でございます滝川総長が最後まで踏みとどまって、そして今度の事件の結末を行うべきだ、かように感じて参るわけでございますが、この点につきまして、一つ当局の御答弁をお願いしたいと思います。
○松村国務大臣 お話の点につきましては、私、決して総長を特に弁護するわけではございませんけれども、当然お話のように踏みとどまって、事件の解決をはかるのは、これは普通、当然のことであろうと考えますが、しかしながら私が考えましたのには、今ローマの会議も国際的の会議でありまして、にわかに人を変えることもできませず、また行かぬ理由が、このような情ない理由で日本からの代表者が行かない、こうなりますと、これはまことに日本の大きな恥であろうと心得まして、行かれた方がよかろう、しかしながらあとの措置はよろしいかというだめは押しておきましたところ、内野医学部長が留守の責任をとる、そうしてまだあとに井上農学部長、これはかつて教務部長をいたしておった経験者でありまするし、これらの諸君に後事を、方針をきめて託してきた、そうしてこういうような事情からしてあちらへとにかく行ってくる、こういうことを申しましたのでございまして、あとの措置につきましては万全を期し得ると考えております。
○河野(正)委員 その点は、文部大臣があとの措置につきましては、総長がおらなくても万全を期すというふうな御答弁でございますから、一応了承いたします。 後ほどたくさん質問者もつかえておるのでございますから、最後に一点当局にお尋ね申し上げておきます。と申しますのは、先ほどの参考人の陳述を聞いておりますと、全く学生の自主性を無視して、そうして一つのワクを当てはめたところに今度の事件の発端の原因があったような印象を強く受けて参ったわけでございます。と申しますのは、当局が指示を与えたけれども、学生側がその示した指示を越したような要求をしたので、今度の紛争の原因が起って参ったというような陳述であったわけでございます。そこで私どもは、少くとも補導という言葉の建前から申し上げますと、やはり学生の自主性を尊重するという基礎の上に立って今回の指導を行われたならば、私は先ほどの陳述の言葉から判断いたしまして、少くとも今回の事件は防止し得たのではなかろうかという考え方を強くするわけでございます。一つの上からの押しつけ、要するに学生の自主性を無視した押しつけ、そういった指導方針の誤まりが、私は今回の事件の発端の原因になったのではなかろうかというふうな印象を強く受けて参ったわけでございます。会う必要がなかったので面接は行わなかったというふうな陳述もございましたし、ややもいたしますと、学校の指導方針というものが、ややファッショ的な態度に陥って参ったので、そういったことに対する反発が、私は今次の不祥事件の原因だという印象を非常に強くいたしたのでございます。少くとも最高学府でありますがゆえに、最高学府の名誉を守るためにも、私は教育のあり方というものは民主的にあるべきだ、ことに最高学府の学生でございますから、それぞれの良識ある自主性を尊重すべきだったというふうに私ども強く考えて参ったわけでございます。以上申し上げました点につきまして、学校当局の強圧的な、一つの行き過ぎ的な指導が今回の不祥事件の原因になったのではなかろうかという点につきまして、一つ御答弁をお願いしたいと思います。
○松村国務大臣 今のお話でございますが、私は事件の実態、京都大学にこれまでずっと起って参りましたなにから申しまして、そうワクをはめたがゆえに起った事件、こういうふうに安易に見ることは私はできぬと考えているのでございます。これまでもやはりいろいろありまして、それであるからこれはやはりもう少し深く掘り下げて考え、そして善後の措置を講ずべきものと私は判断をいたしておるのでございます。大学の自治といい、学生の自治という、これはできるだけそういうふうにいたしたいとは思いますけれども、それにはおのずから自然に境がございます。その境を犯してはなりません。たとえば学生の自治という、それは京都の場合を必ずしもさすわけではございませんけれども、学生の自治は教授の任命まで学生がやるべきだという極端なところまでいっていた例も、考え方もございます。私は学生の自治はいいが、それにはおのずから範囲があると考えまして、今度のことだけでなくて、去年もやはりこれに類することがあった。でありますから、これに対して学校当局が相当の措置をとったことは、これは正当であると私は認めざるを得ないと考えるのでございます。
○田中参考人 先ほどこの事実が起ったことについての私の御説明が、時間の関係できわめて省略的に申しましたために、誤解を生じておる向きもあるかと思います。と申しますのは、この大学におけるところの学生の自治ということは、私ども補導の任に当ります者といたしまして、きわめて尊重し、重要視しております。従いまして現在京都大学におきましての同学会という、この全学自治組織は、その規則すなわち同学会の規定というものが、実は理想的と申しますか、きわめて組織方法としましてよくできております。完全に、いわば理想的な学生の自治を認めておりますので、この規定をごらん願いますとわかりますのですが、たとえば教官がある部の部長になるというような形をとらないで、学生諸君は全部の点にわたって自治的にやるというような、非常によくできた規定であります。ただこのりっぱな同学会の規定も運用が適切に行われませんときには、せっかくのりっぱなものもその成果を示しがたいということであります。今回の問題も、実は執行の任に当る学生の代表諸君が、われわれはなるべく創立記念祭というものは適切に持たしてやりたいと努力したにもかかわらず、とうてい考えられないような点まで、具体的に申しますと、京都大学には学内に諸種の規定がございますが、そういう諸種の規定をも顧みないで、それ以上の要望をしておるというような点がございます。これはいかに学生の自治と申しましても、われわれは認めがたい。やはりそういう規定がある以上、その規定の範囲内において真に学生らしいところの創立記念祭を持ってもらいたい。それは確かにりっぱに持てるような創立記念祭が、現に昨年もりっぱに行われておるのでありますが、それを越えて学生諸君が要望してきたというところに、残念ながら今度の事件の原因があったのでございます。
○佐藤委員長 河野君、簡単に願います。
○河野(正)委員 最後に締めくくりに要望といたしまして一言申し上げたいと存じます。いろいろ文部大臣からも良識ある御答弁をいただきましたので、大体において私どもも了承するわけでございます。しかしながらただ私どもが気にかかります点は、これは文部大臣も答弁の中でさよう言われたわけでございますが、今までこうあったので、今回の事件が起っても、われわれが考えるような考え方に立たれないというお話であったわけでございます。そういったことは非常に危険性がありますので、過去においてそうあったからという前提に立ってこのことを判断することは、今後一つ慎んでいただきたいということでございます。そういたしませんと、今までそうだったから今度起ったのもそうであるというような判断に立ちますと、私は今後正しい学生自治のあり方につきまして、やはり非常に大きな障害になる、がように判断するわけでございます。そこでいろいろ申し上げたいことがたくさんありますけれども、あとの質問者もございますから、私はただいま申し上げました今日までのいろいろな事件を前提として今後の問題を判断しないように、一つこれは当局も十分猛省願いたいということを最後に要望いたしまして私の質問を終りたいと存じます。
○佐藤委員長 田中伊三次君。
○田中(伊)委員 私は文部大臣に端的に伺いたいのでありますが、一体この学生事件というものを、学生に無理があるんだ、大学側の処置には欠陥はないんだ、こういう考え方に立って簡単にものを扱おうとすることには反省すべき点があるんじゃないか、こう私は考える。本来この事件は、もう事件としては起ってしまったので、それをどうとかこうとかいうことは必要がないわけでございますが、私がここに特に論及したいと考えることは、一体この事件の——ただいま経過は詳細に承わりましたが、直接原因となった当面の原因は何か、これをまずとらえることが一つ。その原因を分けて、一体その学生側にはどのような欠陥があったか、総長側にはどのような反省すべき点があったか、また学生補導の面において、日ごろどのような補導上の欠陥があったかということについて深刻に反省をしてみる。第三段は、この反省ができるならば、これを思い切つて除去することに全力を尽してみる。天下の模範となるような京都大学の実を作り上げることかできるように、この災いを転じて幸いになる方向に持っていきたいということが、実は日ごろ文部委員でない私がここに現われて、一言私の意見を申し上げて、大臣それから警察長官、学校当局から見えております田中先生等の御意見を伺ってみたいと思うところであります。 時間がないのできわめて簡単に言いますが、この事件の起った経過は承わりましたが、要は一体直接原因は那辺にあるかということについては、文部当局としても学校当局としても、警察当局としても非常に大事なことなんだと思うのでありますが、それは目下研究中でわからないということでは事が済まぬことだろうと思うが、直接原因についてまず文部大臣の御所見を伺っておきたいと思います。
○松村国務大臣 私の先刻お答え申しました趣旨は、原因も調べないでというお言葉でありますけれども、それはあの起った事実そのものが、最高学府の学生のやるべきことじゃないということだけは、これはきわめてだれにも御異論のないことであります。それでありますがゆえに、こういうことを再びしないように、そういう不祥なことの起らないように措置をするのに十分厳重にやれと、こういうことを申したわけであって、しかもそれは大学の自治がありますから、私としてこれ以上のことを申すことはできませんから、その範囲内においてお答えを申し上げたわけでございます。 それから事ここに至った原因については、これは十分に研究もし、そして最も適当な措置をとらなくちやならないと、こういうふうに二段に考えているわけでございます。その起った原因については、これは私のただ考えでありまして、これからさらに十分な研究をしなくちや予断はできませんけれども、ずっと従来の経過から見ますと、これは相当に考えまして、そして——私はすべてを厳罰主義でいけとは必ずしも言うんじゃございませんよ。けれども根本的にこの問題を解決し、そして京都大学の、ほんとうにりっぱな学府に戻るという努力は、大学の当事者もやるべきであり、学生もやるべであり、文部省もこれは権限の範囲内において最善を尽すべきであると、こういうふうに考えているのでございます。先刻のこの御報告をお聞き下さいましたならば、その起った直接の原因はすでにお聞き下さつたことと思います。くだらない衝動からきておるようでございますけれども、そのよってきたるいろいろのことは、これは相当に調査もし、判断もいたして、粛正すべきものもあるんじゃないかと考えておるわけでございます。
○田中参考人 事実につきましては先ほど御説明申し上げた通りでございます。それに対しましては、すでに新聞でも御承知の通り、同学会に解散を命じまして、それから問題になっておりますところの今回の創立記念祭は取りやめという結果になっております。今後の問題は常に私どもが考えておりますところの……。
○田中(伊)委員 直接原因です。
○田中参考人 直接原因と申しまして、その点は事実について御説明したところで明らかだと思いますが、まあ原因と申しますと、これは結局全学の学生が、真の学生自治というものをわきまえておらない。たとえば京都大学の建前といたしましては、六千の学部の学生全部が同学会会員という建前になっております。しかしながら彼らは、こういうふうな自治組織のメンバ一である、入学すれば当然に同学会員であるという意識を大多数の学生が持っておらないかのごとくであります。言いかえれば、学生諸君が自分たちの大事な自治ということについて無関心、インディファレントであるということは、これは必ずしも京都大学に限らず、一般の大学において共通したところであります。もしも学生がすべての行事を行うについても、そういう大多数の学生の要望というものが真に盛り上ってくるならば、今回のような不祥事件は起らなかった。いわゆる一部のごく少数の学生諸君が牛耳っておって、他の学生がいろいろなことについてすべて無関心であるということが、これは日本においての学生自治活動の根本的な欠陥であるということを私は断言をいたします。
○斎藤(昇)政府委員 直接原因について私からの所見をという御質問でございますが、これは大学校の中で起きたことでございますし、私どもとしては、ただいま大学当局、文部大臣からお答えになったところで御了承願いたいと存じております。
○田中(伊)委員 私の質問の趣旨がよくおわかりになっていないようでありますから、私の方から進んで分解をしてお尋ねしてみることにいたします。 この暴行が起ったという直接原因はどういうことかと申しますと、経過を御説明になったところからは直接の原因というものはわからない。そこで私の方から学生側の行動について分析をして順次お尋ねをいたしますが、総長が学生代表と別れて、自分の研究室に行こうとして廊下を歩いていた、そこをあとから学生が追っかけていってなぐったというように伺っておりますが、学生はどういう方法でなぐったのか、どこをなぐったのかがはっきりしない。そこで、具体的に簡単明瞭で結構ですから、どういうなぐり方をしたかお聞かせ願いたい。
○田中参考人 総長が学生代表の諸君と会見を終りまして、その後間もなくして研究室の方に行かれましたのを、前の方に飛び出してきまして、前の方からその歩行を阻止しようとしたのであります。そのときにはすでに職員なりそういうものが、総長を守っておりましたが、それを排除しまして総長に飛びかかっていった。そうして一人の学生は少くとも胸を突いたというのが一つであります。それからそういうふうなもみ合い状態になりまして、一名の学生は総長をけったということであります。
○田中(伊)委員 それから総長が自分の部屋に舞い戻ってきて応待をしたときにも、暴行があったのですかないのですか。
○田中参考人 それはありません。というのは、総長は守られて二階の総長室に上ったのであります。その以後は、そういう危険がありますから、総長は外に出なかったわけであります。いわゆる九時間の間警戒しておったというわけであります。
○田中(伊)委員 そうすると問題の暴行というものは廊下での出来事だけですか。
○田中参考人 今回は、一つは今のいわゆる暴行事件で、もう一つは長きにわたって——明日出発するところの何の準備も整わない総長が、九時間にわたって、出るならばそういう危険性があるという状態に置かれたわけでございますが、それが不法な状態だとわれわれは認めております。
○田中(伊)委員 そこで、さらに進んで伺ってみたいのですが、学生が正式の代表となって出てきて懇談をして帰っていった。その時間を大体において考えてみると、それと前後して正式の代表でない学生が総長室の前の廊下になだれ込んできた、その廊下に出て追っかけてくるときの場面ですが、学生の気持から申しますと、そのときとるべき総長の態度としては、もう君たちの代表の学生に正式に話をしたのだが、まだ君たちは用事があるのか、困ったことだということで、総長室にそれらの学生を招き入れるなり、廊下にとどまって、お前たちはもう少し秩序を守れ、君たちの代表と話したことは代表から聞いて、それで得心しなければまた会おうじゃないかというように、親が子供に向うような慈愛の心持をもって、この学生に対しておったとするならば、なぐりかかるような事態は防止できたのじゃないかとも、第三者として考えられる。大事な点ですよ。総長が慈愛の心持をもって学生に対して説くという態度を取っておったとすれば、この事態に立ち至らなかったのではなかろうか、私たちはこの事案を見てこう考える。それをしも学生があえて腕をまくってなぐり込みにかかるということは想像ができない。そう大してけがもしておらぬようだし、調べてみるとなぐったようでもあり、なぐっていないようでもあるし、総長を中心として、総長に尻を向けて護衛しておった守衛の諸君と学生との間にいざこざがあって、そのとばっちりが総長にかかったとも考えられる。いまだになぐったことは間違いないという事実は、現地では上っておらぬようである。しかし総長の方は、聞くところによると診断書も出しておる。私はなぐられたのだと主張しておる。学生はなぐりませんと主張しておる。こういう場面の事件です。総長側にも反省すべきものがあり、学生側にも反省すべきものがあり、日ごろ同学会を指導する指導の面において、これは田中先生の御担当でしようが、その面においても深く反省すべき点があるんじゃないか。国会がこのようなことで時間をかけてあなたにお尋ねしようとするのは、そこに趣旨がある、こう考えるのであります。先生、先生と言うものを、どんどん歩いていく、護衛はついておる、うしろを見ると、守衛も相手になるから、ついに、学生との間にいざこざが起った。そしてそのとばっちりが総長先生にかかったということも考えられないことはない。こういう点に対して、日ごろ学生をあずかっておられるあなたのお考えなり、また総長からお話を聞いて御感想を持っておられるだろうと思いますが、これは一体防止する策がなかったのだろうか、総長に学生が手をかける、これは遺憾きわまる事件である、この点に対するあなたの御感想を聞いてみたいと思います。
○田中参考人 ただいまの総長に対する暴行事件は、私が他の参集学生の説得に努めておりましたために同行しなかったので、私が現認したわけではないのであります。しかしながら総長の話によりますと、単に守衛に対する学生のもみ合いのために総長に手が触れたといいますか、いわゆる暴行が起ったのではないというふうに総長は言っております。
○田中(伊)委員 大事なことですから、もう一つ参考人に伺っておきますが、総長がこの事件を暴行事件として官憲に告発するという意図を持っておられたものかどうか。現在までの間に告訴、告発という刑事訴訟上の手続をお踏みになっておるかどうか。この点は非常に大事な問題になるわけですが、これはどういうお気持ですか。暴行そのものについての処置については——診断書も出ておるということが現地の新聞記者からこちらに届いておる。診断書までお出しになるということは告訴、告発をなさる御意図があるのではないか。万事留守中はまかして行ったということでありますが、総長はこの事件についてはどういうお考えを持っているのか、この点承わりたい。
○田中参考人 現在のところ総長は告訴、告発をしておりません。またこの点については、実は総長が告訴、告発をしておりませんから、私はそういうことを尋ねたことはございません。
○田中(伊)委員 警察庁長官に伺っておきますが、暴行事件は本来告訴、告発を待って論ずべき筋のものである。しかるにこの現地の新聞を見ますと——今日は法務大臣がおりませんから、これは別個の機会に聞きますが、警察も参考人を呼んで取り調べに着手しておる。検察当局もこれに対しては動き始めておるということを聞くわけでありますが事は自治に関する問題である。よほどの行き過ぎのあります場合は別でありますが、単なる暴行に終っておるといったような場合においては、自治の内部の関係において学校当局の意向を尊重することが最も大事ではないか。この事件それ自体は、大いにしゃくにさわることも起るであろう。しかしながら長い大学の自治の発展ということを考えてみると、そうは簡単にいかない、こう私は思うのですが、告訴、告発がなくとも、事件の捜査に着手するのか、こういうことについて斎藤長官の御意見を承わっておきたい。
○斎藤(昇)政府委員 御承知のように、暴行事件は告訴、告発を要しないのでございますが、事柄は大学の教養補導とも関係する問題だと存じます。警察といたしましては、滝川総長が新聞等においても語られ、また警察に対して診断書もお出しになっているという実情でございますので、現在といたしましては、一応その事実を明らかにするという意味から、関係学生等につきましてもただいま調査をいたしております。いかように取り計らうかということは、これは大学の教養補導とも関係をいたしまするから、そういった関係等の意向も、取調べの進むにつれて、判断の中に加わってくるだろう、かように考えています。
○田中(伊)委員 大へん筋の通ったお考えであると存じます。これは私の考えを申し上げますと、学校当局にもお聞きおきをいただきたいのでありますが、学校当局が自主的にこの問題の処断の方法を考える。たとえば退学とか停学とかいうような行政処分によって反省を求める道もあろうし、やむを得ざれば、事行き過ぎなりと判断すれば、これは警察当局に刑事事件として捜査を進めていただくように、外部に要請されることも必要でございましょう。いずれにしても、そういうことが明らをになるまでは、検察、警察は捜査を開始し得る準備を行うという程度にとどめておかれて、あくまでも大学内における自治を尊重するという態度をとっていただきたい。ただいまの斎藤長官のお話は大へんけっこうなお立場であると考えますので、そういう処置をしていただきたいと存じます。 それからもう一つは、こういう問題がかくのごとくにして起る原因が、どうも私は得心がいかぬので、あるいは学生側においてそういうことにならざるを得ないような性質がこの同学会にあるので、だんだんと調べてみたのでありますが、昭和二十六年の秋に天皇陛下が行幸されて、これに対する行幸事件というものが起りました。間もなく同学会は解散を命ぜられて、二年足らずの間に再び苦心をして再建をされたものと承わっておりますが、その解散を命ぜられる前の同学会と、このたびの事件の起った同学会というものは、構成分子においても執行部といいますかその指導的役割を演ずる学生の質においても、思想的動向においても、よほど変ったもので、冷静な穏健なものになっておったと、調査の結果は思えるわけでありますが、その点はどういうものでしょう。よほど危険な分子が入っておったという事実があるか、穏健なものであったか、どういうふうにお考えになりますか。
○田中参考人 天皇事件の場合におきましてのものと、今回の事件との比較というようなことは、私としては直ちに明瞭にお答えができないのであります。
○田中(伊)委員 それじゃ私の方から承わりましょう。国際組織を持っている全学連というものが、私立大学にも官立にもございますが、その全学連と同学会との関係は、表面的な関係でなしに全学連に参加をして実質上の指導的役割を演じている者がこの同学会の指導者としているかどうか。
○田中参考人 それは相当あると思います。
○田中(伊)委員 数にしてどれくらいおりますか。
○田中参考人 それはただいま明瞭には申し上げかねます。
○田中(伊)委員 それではもう一つ伺いますが、共産党の京都大学の細胞、そういうものは表面にあるのかないのか知らぬが、あなたは学生部長ていらっしゃるから御存じと思いますが、その共産党京都大学細胞の有力メンバーと、同学会の指導者のメンバ一との間にも共通するものがありますか。
○田中参考人 共産党細胞と申しますものは、京都大学においては学内団体として認めておりませんが、実際上いろいろな事件が起ったりしますと、共産党細胞という名前て大学が認めない不法のビラが流されているようであります。それから同学会の重要なメンバーと共産党細胞との関係は、相当密接であると存じます。
○田中(伊)委員 もう一つ、あなたの大学にはそれぞれの学部に自治会がございますね。その自治会には、横の関係においては自治会連絡協議会とか、あるいは自治会連合会とかいう、学内を一貫するいわゆる連合団体があるでしょう。その連合団体、すなわち自治会の連合協議会というようなものと、この全体の六千名の学生をメンバーとする同学会との関係は、日ごろの運営においてどんな関係を持っているのですか。
○田中参考人 ただいま各学部において自治会があると言われましたが、これは認めておらない学部もあります。しかし一応各学部には自治会があるというふうにお考えになってよろしゅうございます。その学部の自治会の連合の機関と申しますか、それはございませんで、実は同学会がその役割を演じている。同学会の組織て、そういうふうに自治会との実質的あるいは形式的な結びつきができるようになっております。
○田中(伊)委員 それでは相当な先鋭分子がこの同学会を支配しているものと考えられる。一応わかるわけでございますが、ただいま学校当局も言われるように、六千名の学生全員をもって同学会を組織しているというのが建前で、これが解散を命ぜられたということになると、京都大学六千名の全学生というものは、自治的な学生の運動というものは一切できない立場ににわかに陥っているわけであります。少数のという言葉がしばしばありましたが、相当数にわたるとしても学生数から言うと非常に少数な、きわめて少数な、すこぶるわずかな先鋭分子の行なった行動でこのたびの事件が起ったとわれわれ考えられるのでありますが、これに対して突如解散を命ぜられたという結果は、全学生が自主的な学生の自治活動というものができなくなってしまった。一体自治をまかされている大学における学生の自況活動というものは、私たちの考え方では、極端に申しますと、一刻も一時もゆるがせにすることのできない大事なものであろうと思う。一部の学生の行動による事件を裁断するために、反省を求めるために、全学生が活動ストップとなるような解散の措置を講ずるということについては、いささか反省すべき点があるのではないかと考えますが、この点について、学校の最高責任者でおられるわけでありますから、御所見を簡単に承わりたい。
○田中参考人 その点について御回答申し上げます。同学会は全学の学生をメンバーといたしますところの全学的な自治組織であります。これは先ほど申し上げた通りであります。しかし今回の同学会の解散によりましても、昭和二十六年の解散におきましてもこの解散というものはどういうことかと申しますと、同学会の性格と申しますか、そういうものから言いまして、ちょっと御説明したいと思いますのは、同学会はやはり大学が許可しておるところの学内団体の一つであります。そういう取扱いの点から言いますと、多数の学生の学内団体があります。自治会もその一つである。あるいはいろいろな劇団とかあるいは映画部とか美術部だとかございますが、そういうふうな学内団体が、京都大学においては、許可せられておるものが百以上あるわけなのです。そこで同学会が解散になった場合にも、学内の各種の自治団体はそのまま存続しておるのであります。ただ全学的の調整機関といいますか、連携的なつながりとしての同学会というものが不存在になった、こういうのが実情でございます。
○田中(伊)委員 そうすると私の案ずる大事な学生の自治活動というものは、それぞれの自治会及びその自治会の連絡関係の中央機関とでも言いますか、そういう中心となる機関を通じて自治活動は完全にできる、必ずしも同学会というものがなくともできるという御見解でございますね。
○田中参考人 現在のところでは同学会がそういう連携的な機能をも営んでおりますが、その連携的な機能は、差しあたって解散によって消滅したということになります。
○田中(伊)委員 それではこういうことを聞いてみたいと思います。同学会に解散を命ぜられたこと、再度に及ぶ解散によって学生全体が自治活動ができなくなったという危険にさらされておる、大へんおもしろくないできごとでありますが、解散をしてしまったのを今さら取り消すわけにもいかないでしようが、これはどういうお考えで重ねて再建をして、一日も早く学生が堂々と情熱をそのままに自治活動に傾け得るような処置を講じてやらなければならぬものと思います。解散のしっぱなしではいけないので、解散をなさるときには、学校の行政当局としてはここで解散をさせる。時期を見てある時期にある方法によって再建を考えられるような、別個の方法によって自治ができるようにしてやりたいというお考えがあっての解散であろうと思う。いけないから解散をしてしまえ、あとはどのようでもその場で考えようというお考えではなかろうと思うのですが、再建についてはどういうお考えでしょうか。
○田中参考人 今の御発言私全く同感であります。要は在来の同学会の運営が適当でない、そういうために解散が行われたのであります。従いまして常に私ども補導の任に当る者はことさらでありますが、健全な全学学生の自治育成ということを念としておりますため、この問題につきましては、私どもは全学の補導会議——これは学部長会議に当るわけであります。その他学生部委員会というような機関にも諮りまして善処したいと存じております。
○田中(伊)委員 文部大臣にこの際お伺いしておきたいと思います。暴行事件そのものの処置は、大学当局の意向を尊重してやたらに犯罪として捜査に着手しない、その準備行為には万全を期する、事件でありますからこれは当然のことであります。そこで文部大臣に伺いたいのでありますが、この事件はきわめて簡単な事件と私は思う。総長がうしろを向いて学生をながめておったというようなことがなかったならば、このような事態は起らなかったのではなかろうかということを、この事件を見てから終始考えておる。きょうは田中先生から御報告を聞いたわけでありますが、そこであなたに申し上げてはっきりした御答弁をいただいておきたいのでありますが、これは先ほどから大臣がしばしば御答弁になっておる通り、京都大学の自主的な裁断にすべてをゆだねるというのが今日の制度上の建前でもあるから、この問題の処理については表も裏も一切を名実ともに大学当局の自主的な自立的な自治の裁断にゆだねる、そうして再建を念願するというお立場を大臣はおとりになるものと信じますがそれでよろしいかどうか。
○松村国務大臣 この事件は田中さんのお話のように簡単なその場のできごととのみ私は考えません。それは今あなたとの問答のうちにありました通りに、よほど思想的の影響が——一部の少数の者でしょうけれども、首脳部に及んでおる。こういう現実のこともありまするし、この事件については深甚なる関心を払わざるを得ないのでございます。しかしながら今日大学自治の建前からいたしまして、文部省といたしましてその自治を犯すような措置は、もちろんお話の通りいたす考えはございません。どうかして大学の自治においてこういうことがこういう機会に一掃せられて、そうしてりっぱな学問の府となることを心から期待をいたしておりますので、その自治を侵害してなにするというような考えは毛頭持っておりません。どうか一つ大学の当局者も学生も一つになってこういうことを改めてもらいたい、この念願にほかならぬのであります。
○田中(伊)委員 暴行事件については大学の自治を尊重し、御意向を尊重すると国警長官もおっしゃる。文部大臣はこの事件の善後処置は、あげて深い反省のもとに大学の自主的な考え方にゆだねるのである、あえて容喙はしない。こういう双方がごりっぱなお立場でございますから、総長ではないけれども、学生補導の最高責任におられる田中先生に、私から御要望を申し上げて御意見を聞きたいのでありますが、学生の扱い方というものは、おとなの世界でこれを律するというところに大きな誤りがある。たとえば今回の事件にしても、お前たち学生は何の権限をもっておれに重ねて会いに来るのか。正規の代表がやってきて、すでに懇談ができておるじゃないか、お前たちに会ってものを言う必要はない。こういうようにおとなの世界でこれを律するという場合に、学生がうしろから守衛に飛びかかるという事態も起ってくるのではないか。大学の先生、ことに総長という立場に立っておる人であるならば、常に学生に対しては慈愛の心持ちをもってこれに対する。学生は先生に敬愛の念をもってこれに当るという心持が徹底すべきものでありますが、先ほど大臣もおっしゃったように、戦後の混乱状態がいまだ解消し切れない状態でございますから、学生の側には、とかく尖鋭分子もあることとて、先生に対して敬愛の念を徹底して持つといったようなことは、今日においてはむずかしいことではなかろうかと存じますが、逆に今度は先生なり総長なりの学生に対する考え方は、このたびのような態度ではなしに、あくまでも情をもってこれを貫いて、慈愛の目をもって学生に応待するという態度をとっておったとするならば、このようなことは未然に防止できたのではなかろうかというふうに、現場を知らない私たちは外形だけを見ると、こういうふうにも考え得るのであります。 それからもう一つは、ともすると冷静になりがちであったといわれるこの同学会が、前の同学会を上回るような暴行の挙に突如出たということは、また一面においてこの同学会を構成する分子の中に好ましからざる分子が相当に入っておったということも考え得るのであります。こういうことは主として田中先生、あなたの御責任としてお考えになるべきことで、日ごろ学生補導の任に当っておられるのは、何も思想補導をしておられるのではなかろうけれども、今の御答弁の中で、同学会の中心人物の中には全学連と関係のある者がどの程度おるかということが即時に御答弁ができないようなことでは、学生補導の上に完璧を期しておられるものとも思えない。まことに言いにくいことを言うのでありますが、こういう構成分子につきまして、これは全学連の関係、これは日共の関係、これは細胞関係、こういうことを、常にその異動を、あたかも斎藤長官が日ごろ観測をしておられるように、ものを観測していかれる、犯罪の取締りの任に当るようなことをやれと言うのじゃない。学生の補導という立場から、あなた方の方ではこのことは十分考えられなければならないと考えます。そういうことに常に注意が怠りなかったとするならば、今回のような、ともすれば冷静だといわれるような第二の同学会において、再び解散を命ぜられるような事態が起らずに事が済んだのではないかと考えられるのであります。学生を見るのには、どのような思想の学生であろうとも、これに対しては教員、総長は慈愛の心持をもってこれに対する、こういうことをこの時代においておやりになっていただかなければならないことではなかろうかと、私は恐縮ながら思うのであります。そういう補導の態度をとるべきであると思うのでありますが、学生の方がそういう態度ならこっちはとれぬとおっしゃるのか、学生の態度いかんにかかわらず、その点については深い反省を加えて、このたびのできごとを自治発展というりっぱな方向に、幸福にこれを導きたいというお考えか、その点について簡単に御所感を承わっておきたいと思います。
○田中参考人 結論的に申し上げますと、真に健全なというところが私としては非常に大切なのであります。真に健全な自治組織、あるいは自治活動の育成ということを念としておるということをもってお答えといたします。
○佐藤委員長 並木芳雄君。
○並木委員 私は大臣に最初にお尋ねいたしますが、先ほど大臣のお話を聞いておりましたところ、この問題はまことに遺憾であるいやしくも暴力をふるったということは許すべからざるものであるという毅然たる言明をされたことに対しては、私はほんとうに賛成であります。暴力というもの、腕力というものは、いかなる条件のもとにおいても、私は許さるべきではないと思うのです。ただ考えられますのは、刑法の上でも正当防衛というものは許されておるわけであります。従って私がこの問題で一番関心を持ちますのは、果して学生の間に刑法の上における正当防衛に類する条件というものが備わっておりはしなかったかどうか、この一点でございます。それで暴力をふるうことに対しては、そういう意味では、絶対に反対でありますが、本件の場合には、いかなる条件をもってしても、目前に緊迫した危険というものは存在しておらなかったのですから、物理的には刑法上の正当防衛というものは絶対に成り立たないと思います。そこで問題は、精神的に学生がそういう気持にかられたのではないかという点を掘り下げてみたいと思うのでありますが、その点について大臣は滝川総長を激励をした、総長がこの処分については断固として臨むからということに対して、大臣は賛成の意を表されて、そうして激励をされたということであります。その激励をしたということは、記念祭を中止するということ、あるいは同学会の解散を命じたということ、このことも含めて大臣は激励をされましたかどうか。まずそれをお伺いいたします。
○松村国務大臣 お答えをいたします。私が激励をいたしたと申しますことは、暴行などが学内において起ったことは、刑法上の問題などを超越して考えてみて、あり得べからざることだから、これは十分にそういうあやまちのないようにしなさいということで激励をいたしたのでございます。 もう一つは、学問の独立を期待すべき最高学府に、いやしくも思想的な色がひそかにひそんでいる、それを是正するという考え方、これに対して私は激励いたした、こういうことでございます。
○並木委員 それは重大な答弁でございます。実は先ほど大臣のお話の中にも、東京などの大学においては、漸次情勢は落ちついて穏やかになってきた、これは喜ぶべき現象である。しかるに、また時折古い混乱期のなごりが京都に残っておるということでございました。ここが私は非常に重要であり、注目されたのでございますが、そうだとすると、大臣は特に京都にだけこの弊風が残っておる。またただいまお話の思想的の問題というものも京都大学に残っておる、そういう根拠がおありになって発言をされておられますか、あるいは滝川総長から特にその具体的なお話が昨日ありましたでしょうか。また今度の記念祭で屋外集会をやると言っている、そのことがそういう思想とつながる一つの活動の現われに利用される。ですから、これを好ましからざるものと思っておったのだ、こういうふうな意見の開陳もあったのでしょうか。大臣の所見とともに具体的な裏づけをお伺いしておきたいと思います。
○松村国務大臣 今度の暴行の事件につきまして、それが思想的の根拠があったかなかったかということは、まださっぱり判明をいたしませんから、あえてそうであったとお答えは私はいたしません。しかしながら今、田中さんからもお話がありました通りに、学内に、そういう少数でありましようけれども、連絡の色の濃いところもあるというお話、こういうところを見まして申したのであります。そして京都大学と申しましたのは、京都大学にすべてそれが残っておるという意味ではございませんが、今度のこういう事件が起りましたことでもあるから、そういう意味において大いに今後の粛学をいたしてもらいたい、こういうふうに申したので、今大学のこの事件が思想的の動きであると断定もいたしませんけれども、ともかく戦後のあの不秩序な状態の残りを今またここで見る、東京あたりでは大体今ではないということが今度また突如として京都に起った。これは残念なことだから直してもらいたい。こういう意味と御了承を願いたいと思います。
○並木委員 不秩序なことが起ったことを是正したい、その気持は私も全く同感であります。ただ角をためて牛を殺すということをやってもらいたくはない、こう思うのです。たまたまこういう事件が起ったために、せっかく学生が一年一度楽しみにしておった記念祭の行事まで取りやめてしまったことは悪い、こう言いたくなるのです。あくまでも大学の自治でおやりなさい、それでいいんじゃないか。それを行事そのものを取り消してしまう、中止するというのは、これは私はよくよくではないかと思うが、田中さん、その裏づけがあるのですか。ましてや同学会というものを、そのために一つの現象によって解散を命ずるということは、その背後に非常におそるべき事態であるという裏づけがなければできない。これは自治などということは口にすべきものではなくて、大学の管理者に都合のいい自治だ、こう思うのです。はっきりした裏づけがあるのでございますか。
○田中参考人 少し話が横道にそれたかと思いますが、私どもが、今度の問題は暴力は好ましくないというところに終始しておるためにこの事件が起ったと思います。暴力はあくまでも学生として取るべきでない、こういう見地でおりますために、その結果は警察官の派遣をお願いしたということになったのです。学生の暴力的な行動、すなわち総長に対するところの行為、及び九時間にわたって総長をカン詰にしたということが事件の直接の原因なんでございます。つまり、われわれは暴力はいけないというためにこの事件が起きた。そういう意味においては、この事実は非常に明瞭な事実だったと思います。
○並木委員 ただこれだけの御説明では私は納得ができません。そういう暴力があるためにおそろしい場所ならば、大学自体も閉鎖してしまわなければならないじゃないか、そういう議論まで出て参ります。その点田中さんいいんですか。今度の記念祭を通じて屋外集会というものが問題になった。それは昨年もおやりになって大学の方はこりているのでしよう。昨年初めは禁止した。しかし学生の方のたっての願いで、学生部委員会というものが、それならば農学部のグランドでやるならばよろしいということで許可をした。昨年学校当局は断固たる、きぜんたる態度に出ておりません。ですから、学生はことしも陳情すれば大学では許してくれるんじゃないか、そう思うのは私は一応もっともだと思うのです。それを今度許さなかった。ですから、せっかく楽しみにしておった学生の中の大部分は、記念祭であるから、家族も呼び寄せよう、友だちも呼んでこよう、こういうのだろうと思うのです。屋外者、学外者というものはすべて悪いものであるという前提に立たなければ、今度のような極端な処断というものはできないはずであるから私はお尋ねをしておるのです。ですから、われわれの納得できるように、ここではっきり言って下さいませんか。こういう学生の屋外集会を許したら非常な弊害が起るんだ、その裏づけを言っていただきたい。それは特に大臣のお言葉の中に思想的ということが出て参りましたから、その点と結びつけてわれわれに説明をしてもらえれば納得ができるのではないかというのでお尋ねをしております。
○田中参考人 昨年の問題は、ただいまお話がありましたように、事実を御説明申し上げませんと多数の方々にはおわかりにならぬかと思いますが、昨年二回にわたりまして不法の事件が起ったのでございます。それに対しまして、今の御発言は、大学がきぜんたる態度をとらなかったとおっしゃいました。そのきぜんたる態度ということは、私どもといたしましては、昨年でございますが、昭和二十九年の大学の告示第七号というものを出しまして、その告示第七号によりましてきぜんたる態度を表明しております。今後の文化祭あるいは創立記念祭というようなものは、十分に適当と申しますか、本来の姿において持たるべきものである、そういう点において十分の検討を加えるという大学の率直な考えを述べたということは、われわれが大学のきぜんたる態度を示したことであるのであります。学生の処分というようなことがきぜんたる態度に限らないというような考え方だったのでございます。
○並木委員 大臣にお尋ねいたしますが、私大臣としては非常に歯がゆいものを感じておるのではないかと思います。何となれば、先ほど大学の自治の範囲内のことであるから、その点については大臣としてはどうすることもできない、こういう答弁でありました。しかし事は国立大学の中の問題であり、やはり大学の自主独立という建前からいうと、なるほど各大学の自治にまかせる、自主性にまかせるということも一つの方法ではないかと思いますが、こういう問題が起るたびに感ずることは、あまりに文部大臣というものが無力である。やはり行政をあずかって、責任ある教育をやっていく上においては、今度のような場合に、少くとも記念祭を取りやめにしたことがいいと思うか悪いと思うか、あるいは同学会を解散したことがいいと思うか悪いと思うかというわれわれの質問に対して、識見のある答弁ができないようじゃ困ると思う。その点大臣はどういうふうに考えておられますか。私はこの問題は京都大学だけの問題にとどまらず、ほかの大学に大きな波紋を投げていくと思う。これは京都だけだということを幾ら言ったって、行く行くはその問題はほかの大学に共通して起らないとは限らないわけです。ですから、ここで自治会であるところの同学会が解散を命ぜられるようなことがあるならば、ほかでは今度は無批判にそういう場合が起り得る。そうなるとかえって弊害が起るというようなことも心配されますが、こういう問題が起ったときに、何とかして、中央集権とか、文部大臣の専断という意味でなく、もっと合理性を持って、だれの前にも普遍妥当性の説明がつくような文部行政のできるような形が好ましいのではないかと感ずるのですけれども、大臣はどういうふうにお考えになりますか。
○松村国務大臣 御指摘の通りに、文部省と申しますか文部大臣と申しますか、無力でありますことは、これは御承知の通りです。しかしながら大学の自治ということは最も好ましきことで、それをこういうことがあったから、大学の自治を、文部省の権限がかりにありとしても侵すことは私はよほど慣しまなくてはならぬことだと考えるのでございます。ただぜひありたいと思いますることは、大学の自治そのものがほんとうにりっぱに行われる、理想的に行われるということが最も大切なことでございまして、学問の独立ということから見ましても、文部省なり文部大臣なりがこれに指揮命令するという形は好ましくないのであって、最高の学府は最高の学府らしく自治にまかせることを私は理想といたしております。現実の制度といたしてもこれはぜひそうありたいと考えます。ただこれについては、自治を許すがその実があがらない、そしていろいろの弊のみが出てくるということじゃこれはたまりませんから、そこは大学を運営せらるる方々が、自治を許されたその大きな責任を顧みて、最もよく理想的に運営をしてもらいたい、これをやってもらうことを文部省として勧奨し、指導をいたすのは、これはわれわれができ得ることと考えるのでございまして、絶えずそういう方針をとっておりますけれども、大学の自治の内容にまで立ち至ることは、いろいろな弊がありますから、慎しむべきことと考えて差し控えておるわけでございます。
○並木委員 御趣旨はその通りなんですけれども、先ほど来質問しておって私がどうもまだ納得がいかない点は、今度の場合に、大臣は思想的の背景があると言い、田中さんはその具体的の裏づけの説明ができないのです。それで、斎藤国警長官に聞いてみたいと思いますが、実際京都大学においては外部の——これは思想的というよりも、はっきり共産主義者と言っちゃった方がいいと思うのですけれども、共産主義活動との連係が認められますかどうか。今度の屋外集会などについても、その活動の一環としての現われが出てくるおそれがあったのかどうか、そういう点について取り調べておるということでございますから、はっきり言っていただきたいと思います。
○斎藤(昇)政府委員 この事件そのものにつきましては、ただいま大学当局から御説明がございまして、相当そういった人たちもいるという御説明でございました。警察といたしまして、この、何と言いますか、不法監禁に近いような事件あるいは暴行事件そのもの自身が、いわゆる思想的背景を持っているかどうかということによって事柄の処理を左右すべきではないと考えておりまするので、警察当局がどう見ておるかということは、むしろ学校当局がどう見ておられるかということによってお許しをいただきたい。
○並木委員 何か、どうしてもわれわれ割り切れないのです。たとえば滝川総長の言をかりて言えば、彼らは暴徒のたぐいだ、こういうことを言っているのです。新聞にちゃんと書いてある。いやしくも自分の愛する学徒に対して先生がそういう言葉を吐くということは、私はよくよくのことだと思うのです。そうでしよう、そう思いませんか、田中さん。だから事態は容易ならざるものではないか。さっき田中伊三次委員が、そんな深刻なものじゃない、簡単なものだという発言をしていたのですけれども、それならばけっこうなんです。しかし、それならば記念祭を取り消したり、同学会を解散するというような大げさな処分というものは出てこない、そこが私は割り切れない。大臣の言ったように、もっと根深いものがあり、おそるべきものであればこそ滝川総長も断固やる処置に出たのだろうと思うのです。そうでなければ、われわれは、バック・アップできない。自分の大事な学徒に対して、あいつらは暴徒のたぐいだ——そんなものを入学さしたということであれば、総長として不明の至りですよ。何で入学試験のときに暴徒なんか入れないようにもっと気をつけなかった、そう私たちは言いたくなるでしよう。ですから私たちは聞くのですけれども、田中さん、ここは言論の自由の府ですから、何ものもおそれるところなく、もう一ぺんそのところをはっきり言って下さいませんか。なぜ屋外集会をそんなにおそれているのですか。前夜祭というようなものは、われわれ学生時代を思い出したって全く楽しい、あれあるがために一日に三日分くらい勉強したことがあるくらいなんです。それを、今までの答弁では、大学が少し酷だ、少し一方的に学生をいじめ過ぎている。暴徒のたぐいだという呼ばわり、悪口、それから今の、記念祭を中止したことと同学会を解散したこと、これは角をためて牛を殺す——過剰防衛というか、刑法上でいえば過剰な防衛である。だから私は、こいつはおろそかに見のがすことができない、こう思うのですが、いかがでしょうか。
○田中参考人 滝川総長が暴徒云々という言葉を言っているのは私も新聞で見ました。私がそばで聞いたわけではございません。しかしながら総長がこの言葉を使ったとすれば、それは総長がけられ、なぐられた、また九時間にわたって不法にカン詰めにされたという現象面、その現象面をとらえて暴徒と言った、こういうふうに私は考えます。
○並木委員 かわいがっているならばなぐられたってうれしいはずですよ。親だってそうです。そこに何かおかしい点があるのですが、屋外集会の点について答弁を願います。
○田中参考人 それでは屋外集会と申しますか、われわれ園遊会というような言葉を使っておりますが、大学最高の評議会、総長の意思、学生部委員会あるいは学生部、こぞって、そういうものを今回の創立記念祭には持たないようにしたという趣旨を申し上げます。 一つは、先ほども言及いたしましたように、昨年初めて創立記念祭を学生が要望したときに、最高の機関の評議会におきましては、今年限り認めてやる。普通は春の文化祭が認められておりましたから、春の文化祭はやりなさい、六月十八日以後の十九日、二十日というのは雨季でもあるし、これは実際上困るし、大学としても式典をやる程度なんですから、やはり五月のいいときにやりなさいというようなことでありましたが、学生の計画がだんだんずれてきまして、春にやれなかった。そこで学生が、それではちようど創立記念日というチャンスがあるから、六月十八日の記念日に続く十九日、二十日にやりたいというのはもっともであるから、ことしは認める、しかしそれはことし限りであるという決定を評議会がしたのであります。それは評議会の議事録に残っておりますが、そういう点が一つあるのと、それから実は私は非常に心配いたしましたのは、秋にスケールの大きい秋季の文化祭を従来認めておりまして、われわれ補導部といたしましては、それをなるべくりっぱに持たしてやりたいというので、いつも学生と折衝しまして協力していいプランを作るのでございます。学生も納得しまして、これはいい、これはいいというので積極的にでき上ったプランのうちに、いわゆる不法集会というものが出る余地がなかったのであります。そして学生も、そういうふうな不法集会にいきそうなものを最初は出してきたけれども、そういうことはやりません、またたといだれかがそれをやろうとその場が努めても、それはやらせませんということを、われわれと接触している同学会の諸君が言いました。それでわれわれも安心しまして、それならばりっぱな秋季文化祭が持てるというのでやりましたところが、実は期待に反しまして二つの不法集会が持たれました。その結果は確かに秩序を破り、また大学の規則に違反しまして不法集会になったのでありますけれども、いわゆる個人処分と申しますか、そういうことは行わないで、それよりはもう少し大局的に、今後文化祭に類するものをやるときは大いに自粛してやってもらいたい、あるいは場合によっては、そういうことの結果、ひいて同学会の存立というような問題も起るから、十分注意して下さいというような意味におきまして、告示第七号を昨年出しているのであります。そういう告示第七号が出ておりますので、実は学生が今度の創立記念祭につきまして非常に盛大なプランを出してきたわけなのでありますが、ところが形式的には去年限りだという一つのひっかかりがあります。もう一つは今言ったように屋外集会を強行して不法集会になった、そういう心配があったので、今度もまた園遊会というか屋外集会を許すならば、昨年にかんがみましてそういう心配な事態が起ってくる。そうすると秩序を破ったんだから、われわれはそれをあえて処分しなければならないというようなことになっては非常に残念てあるというようなことからしまして、ことしはそういうふうな園遊会を含めての屋外集会——ただしスポーツ関係はいい、これは当分はそういうことを試みないて遠慮しなさい、そのうちになるほどりっぱに創立記念祭をやった、また秋季文化祭をやったという実績があれば、そういう学生の課外活動を伸ばすのが私の仕事でありますから、私は努力するということで、実は内輪なことを申して恐縮でありますが、総長なり評議会は去年限りの創立記念祭という考えを持っておるから、私がお願いしました。ことしも、春の文化祭の準備ができなかったからずるずるになってしまったけれども、創立記念祭を認めてくれ。学生諸君は創立記念祭を持つことは去年限りといっても、やはり持てるという考えでおるかもしれません。しかしとにかくおくれて善意に文化祭をやるなら、創立記念祭のあとでやるべきだと考えまして、評議会にも話をし、総長にも納得してもらって、そうしてことしの創立記念祭が持てるようになった。そのときに私は何とか持ってもらうためには、去年程度のスケール、そうして今の園遊会等の不法集会に導きやすいと考えられるものを排除して、十分に学内のみなの人たちを納得さして、それでことしの創立記念祭を持ってもらった。そう言いますと、私が非常に努力して、私の功であるようにお認めになっても、それはお許し願いたいと思います。そういう結果認められたのが、いわゆる大学の線に沿うところの創立記念祭であった。そこで私どもは学生の代表諸君と話しまして、僕はこういう意味で大学を説いて、ことしの創立記念祭を持てるようになった。去年の創立記念祭すらむずかしかった。ことしはそういう二つの事情があるのでなおさらむずかしいけれども、皆さんにそういって認めてもらったから、どうかこれでやってもらいたい。それで学生諸君のうちにそれを了としておる者が相当あったと私は存じております。しかしながら先ほど申し上げたような事実の結果、事ここに至ったのであります。 そこで実は今回の同学会の解散を命じましたときに、これは理由がなければ、もちろん人を納得せしめることができないものでありますから、理由書を公けにしております。また相当数印刷いたしまして、一般の方々つまり学内の一般の人にも周知せしめたのでありますが、そこにこういうことをうたっております。これは皆さんに十分御理解願いたいと存じますが、大学は同学会が全く自主性を失い、全学的学生自治団体としての機能を完全に喪失し、もはや学生相互間の秩序をみずから維持する能力なきものと認む。その存続はかえって学生の自治活動を阻害するおそれあるがゆえに、解散を命じた次第である。大学はこの解散が学生生活の発展向上に資すべき健全なる自治活動育成のため、真摯なる反省の契機たらんことを希望する。こういうのが大学の真意であります。
○佐藤委員長 並木君に申し上げますが、文部大臣は参議院の文教委員会に呼ばれております。なお質問者が三人もおりますから、なるべく簡単にお願いいたします。
○並木委員 最後に、大臣に滝川総長の今後のあり方について簡単にお尋ねいたします。確かに暴力がふるわれたということは悪いと思うのですけれども、こういうことが起ったこと自体に対しては、大学の全責任者である滝川総長に果して責任の一半がないかどうかということも、また多少問題になるのではないかと思う。いやしくも教育の府でありますから——それは学生が不心得者で、そういう暴力を起したのは悪いと言えば、それにきまっておりますが、しかし一家の例にしても、子供が親に手出しをするのは、子供が悪いのだ、それだけでそう言い切れるかどうか。私はやはり教育の責任者である滝川総長自身にも、何らかの責任があるのではないかと思うのです。滝川さん個人のことを申しては何ですが、かつては進歩的な人だとわれわれは思っておった。鳩山さんから追放を食ったこともあるんです。むしろ学生なんかの味方になる人ではないかと思っておったんですけれども、今度のこの事件ではずいぶん感情的に先鋭化しておる。そういう学長が果して適当であるかどうかという問題も起るのではないかと思いますが、大臣は、滝川総長の責任に対してはこれを少くとも検討していく御意思はございませんか。むしろ先ほどのお言葉のように、激励を与え、なお学生だけが悪くて、総長の方に全然責任がないという態度をおとりになるか、これをお尋ねして、私の質問を終ります。
○松村国務大臣 お答えを申し上げますが、滝川君のとりました態度は、これは私は完全であったか、完全でなかったかということを何も先刻から申しておるわけではございません。ただあの事態の収拾については、このくらいやるのは当りまえだろう、こう言ったわけであります。ただこういうことの起った原因をまともに検討すべきであって、その総長のやり方が悪かったとかよかったとかいうことだけで考えられる問題ではない、こういうふうに考えております。総長のやり方について悪いことがありますれば、それは自治的に大学の方においていろいろ何がありましようからなにでありますけれども、私が総長の行為に手落ちがあったとかなかったとか、それを調べるとか調べないとか、そういうことを言い、そうしてこの問題をそういう面に移行するというようなことを今私の方におては考えておりません、またそういう権限もございません。 そこで私ども、ただまっすぐに考えますことは、こういうことのないように根本的に考えるということでございまして、その人と人との関係がどうあるかということは第二義的のことでございまして、大学の反省と申しますか、それによってお考えになることと私ども考えております。一応私の方では今その点がよかったとか悪かったとかいうことは申し上げかねるのでございます。
○佐藤委員長 永山忠則君。
○永山委員 重複を避けまして、簡潔にお問いをしたいと思うのでございますが、ただいまの応答を聞きまして非常に疑問になる点は、今回同学会を解散した原因は、直接の暴力行為だけでなく、その同学会の温床に巣食うておる共産主義の首謀者によって絶えず学園全部の考え方が遊離して、このままにおいてはとうてい全学園の意思を正しく反映する同学会でないという、暴力行為を中心として思想的の面が強くこれを解散に持っていったというのではないかというように考えますが、この点が大臣の方は思想的の関係等も深く取り入れられておるのであります。同時にまた田中部長も、昨年度外において不法集会があったということを言われておりますし、さらに法務関係におきましては、共産党の京大の細腕党員が二百名、これが同学会の指導的地位になっておるというようなことを、六日の衆議院法務委員会で発表されておるのであります。その間日共の幹部の人が同学会再建に対しては出入りをして指導をしたというような言がございまして、これらの点を総合いたしますと、この暴力行為の背後の指導的のものは、実に共産主義の暴力革命の指導力が強く同学会を指導しておるのだ、かるがゆえにこういう不法監禁となり、暴力行為となり、しかも屋外集会を利用して不法集会へ持っていく、絶えず非合法的な暴力的の方へ持っていくのだ、かるがゆえにこれを解散するのだ、またそういう関係等もあわせて、学生に対しては二名は断固これを起訴処分にするといったような考え方でおるのではないかというように考えておるのでありますが、そこはどうも不明瞭でございます。この点一つはっきりしていただきたい。
○田中参考人 ただいま御意見が御開陳になりましたが、私が先ほどから申しましたことのうちには、速記でごらんになればわかりますように、思想的云々ということは全然申しておりません。また共産党云々ということも私は全然申しておりません。私が申しましたのは、御質問に答えまして、全学連と同学会との関係については私は発言した覚えがございます。この全学連と同学会の関係というのはどういうことかと申しますと、言うまでもなく全学連と申しますのは、日本におきましての学生団体の総元締めであります。従いまして、全国におきましての多数の学校は自治団体として、この全学連にほとんど全部有力な学校は参加しておるのであります。これは御承知の通りであります。従いまして、京都大学におきましての自治団体も全学連の傘下にあるのでございます。そういう事実を私は申したにすぎないのであります。それからもう一つ私が先ほど発言しましたのは、京都大学には共産党細胞というものは学生の学内団体としては許可されておらない。不法にといいますか、非合法的に京都大学には共産党細胞というものがあって、ビラをまくというようなこともやっておることは事実であるということを申したのでありまして、その結果御質問がありまして、同学会の代表的な地位にある学生諸君が、この共産党細胞と関係があると言われましたから、私は関係がある——同一だというような意味は全然申しておりません。関係があることは事実であるということを発言したのであります。以上事実を明らかにしておきます。
○松村国務大臣 私も先刻から申し上げましたことは、今度の事件がそういうことに関連のあるかないかは私はわからない、調査をしてみなければわからないと申し上げております。しかしながらその同学会ですか、その中の指導者の中に思想的に連絡を持つ人がおることは事実だ、こういうようなことであるから、大学内に自治的に学問の独立がない、そういう面において一方に偏して、そうして——学内に思想的の傾向が払拭されることを希望するというわけであります。
○斎藤(昇)政府委員 ただいま田中教授のおっしゃいましたことで大体尽きておると考えます。事柄は具体的には京都大学の問題であり、また学校の補導とも非常に関係を持つ微妙な問題であろうと考えております。なぜ同学会を解散をせられたか、またその他の措置をとられたかという大学当局としていろいろ御説明のあった中から私は十分御了察ができるのではないか。それ以上警察当局としてとやかく申すことは、学校の補導にもいろいろ御支障もあるのではないか、かように考えまして、学校当局の御説明で尽きておるように考える、かように申したのであります。
○佐藤委員長 文部大臣が、予算委員で十分ばかり答弁する時間がほしいとおっしゃられます。前から約束がありますので……。 ちょっと速記をとめて下さい。 〔速記中止〕
○佐藤委員長 速記を始めてください。 では野原覺君。
○野原委員 京都大学事件に関しまして数名の方からるる質問がなされて、参考人の田中さんから御答弁があったわけでございますが、しかし私その質問を承わっておりましても、どうもピンとこないものがあるのでございます。従って二、三重複する点があるかもしれませんが、参考人の田中さんに次の点をお尋ねいたしてみたいと思います。 まず第一点といたしましては、創立記念祭に対する同学会の要求というものは、民主的に決定された要求であるのかないのか。一体補導部長としてどのような御判断をされていらっしゃるか。この点をまずお尋ねいたします。
○田中参考人 ただいまの御質問は、創立記念祭に対する要望というものが、民主的な基礎に基いてなされておるということに了解いたします。これにつきましてお答えいたします。創立記念祭を持ちますにつきましては、他の学園祭であるところの秋季文化祭と同様に、同学会の代表諸君というものが学生部及び学生部長の諮問機関である学生部委員会と話し合いまして、創立記念祭を持つ以上、同学会の代表がそういう案を持ってくるという点、民主的といいますか、自治会の代表として持ってくるから、民主的基礎に基いておる、こうお答えしてよろしゅうございます。
○野原委員 そういたしますと、同学会としては学生の自治と申しますか、同学会の運営上、いわゆる民主的な基礎に基いた要求を出されておる、そのように思いますと、その学生諸君が同学会が民主的に要求したことを、大学当局が受け入れる場合に、今回の創立記念祭に対する要求はどうしても受け入れることができなかったんだ、こう言われますが、一体その点が私は非常に微妙だと思うのです。どうしても同学会の今回の要求を受け入れますと、京都大学としてはどうにもならない事態が一体起ったのか起らなかったのか。学校の規則上どうしても受け入れることができないと申されますけれども、いやしくも全学の学生諸君が創立記念祭に対する要望として持ち出した場合に、私は京都大学のあり方というものを根本から破壊するような要求は、今日の良識ある学生は出さないと思う。一部の諸君は知りません。少くとも京都大学六千の同学会が要望を出すという場合に、京都大学のあり方としての根底を破壊するようなそれが要求であったとは私は思われなかったのでございますが、その辺に対する補導部長としての御見解をもう一度承わりたい。
○田中参考人 創立記念祭の要望を出してくるについて、それが民主的基礎のもとに出されておるかどうかという形式の点について先ほどお答えいたしました。それに引き続きましてただいまの御質問は、全学学生の代表、同学会の代表が、そう大学が認めないようなものを持ってくるはずがないとおっしゃいますが、その点は持ってきたところのものが大学の規則その他諸般の事情からして、大学が認められないものであったために、大学が適当であるというふうな、きわめて、しかも私先ほど申し上げましたように、十分に理解のある線で話しておったのでございます。これは事実でございます。
○野原委員 そこで私あらためてお伺いいたしますが、創立記念祭に対する同学会の要求というものは、具体的にどういうことであったか、これは新聞その他では承わっておりますが、参考人のあなたからどういうような要求であったのか、これはそのことを私ども承わることによって、それが一体大学として許されることであるのか、ないのか、私どもが判断をしてみたいと思う。どういう要求であったのか、あらためて一つお聞かせいただきたい。
○田中参考人 創立記念祭を本年に持たせますことは、大学としては先ほど申し上げました諸般の事情からして、こういう程度において持たせ得るということを、学生部自身をもちまして、大学の評議会ないし総長に認めてもらったということを申したのであります。それが何としましても基礎的な本質的なものだ、こういうふうにお考えを願いたいと存ずるのであります。
○野原委員 学生の要求は。
○田中参考人 その点具体的に申し上げますと、同学会の名におきまして出しておりますところのビラでございますが、これを読み上げますと学生が要望したものはどういうものであったかということが一応おわかりになると思うのです。
○野原委員 私はビラのことは聞いていないのですよ。あなたは今日は参考人でございますけれども、大学の学生の訓育に当る京都大学における責任者なんです。補導部長でございます。従って訓育の任に当る補導部長から、一体今回のこの京大事件に問題になった学生の要求について、どういう点、どういう点の要求が滝川総長になされたのだということを明確にお示しを願いたい。ビラなんかどうでもよろしい。
○田中参考人 ただいまのお話しは誤解があるように存じますが、私の申しますのは、学園祭というものがどういうものであるかを御説明するのは、まさにその学生諸君が出しておるところのビラに載っておる。それが学生部委員会及び学生部に出されたものなのであります。それだからしてこれをお示ししようと思ったのです。
○野原委員 ビラであっても何であってもかまいませんが一体学生諸君がそのビラを総長に出したのですか。それとも要望書という形にして、これこれのものを要望いたしますと出したのですか。まずそれを承わりましょう。
○田中参考人 ビラを出したか、あるいは別の要望書を出したかという御質問に対してお答えいたします。ビラを出したのではもちろんありません。当然常識上そうでございますが、出しました要望書をお知らせ申し上げるのが適当であれば読み上げます。 要望書 昨年春同学会の要望により春季文化祭を廃して創立記念祭を認定するよう評議会の決定をいただきましたが、昨年の決定は昨年限りのことでしたので、今年あらためて次のように要望いたします。 創立記念祭設定の趣旨につきましては昨年同様でありまして、本学の創立を記念し、全学あげて本学の輝かしい伝統を受け継ぎさらに発展させる機会といたしたいと思います。 記 一、春季文化祭を廃して創立記念祭とする。 一、期日六月十七日(金)十八日(土)十九日(日) 一、期間中の授業は休講とする。 一、期間中は大ホールの使用を認める。 一、創立記念日(十八日)を記念式典にさしつかえない限り記念祭に組み入れる。 同学会中央執行委員会は全学生の名において以上のように要望いたしますから、評議員の諸先生方もわれわれの趣旨を御理解の上、御賛同下さいますようお願いいたします。 昭和三十年五月七日 同学会中央執行委員長池田晴美印 総長滝川幸辰先生 これが要望書であります。ただこれに基きまして具体的にどういう内容を希望しておるかということは、同学会の代表諸君が口頭で開陳されたということなのであります。
○野原委員 その要望のどこが、あるいはその要望には書かれておりませんけれども、具体的に要求したといわれる点のどの点が京都大学の規則、いわゆる京都大学を運営していく上にどうしても了解することのできないという点であるのか、その点をお伺いいたします。
○田中参考人 先ほど御質問になりました方が、重複するかもわからぬというようなことをおっしゃいましたが、これから私が御回答申します点は、そういう意味から先ほど私が発言いたしました点と重複するかもわかりませんが、その点御了承願います。同学会代表が要望して参りまして、具体的な行事として出しておりますのは、私どもとの話し合いのときにも、総長が五月二十三日に学生に会いましたときにも、具体的に口頭で出ておるのであります。それは一つは前夜祭の問題であります。前夜祭といたしまして、「吉田グラウンドで社交ダンスと今までのフオーク・ダンスの中間型ともいうべき新しい歌と踊りで初夏の夕べを過す。」という注釈がありますが、これが一つであります。それから次にカー二バルというのが出ております。これは学生側の予定としましては、十九日の一時から九時まで。どういう内容かと申しますと、「記念祭最後の夜を農大グラウンドに皆が集まって、まん中に野外舞台を組み、合唱、寸劇、仮装行列、あるいは前夜祭で聞き覚えのあるリズムに乗ってみんなで手をつないて踊り、疲れると生協——生活協同組合というのが、多分お世話をするところの売店で、「冷たい飲みものでのどを潤すというような計画です。」ということになっております。それからなおこのカー二バルというものにつきましては、総長との話し合いのときに、総長は、カーニバルというのはどういうことか、六月の十九日にやる場合には適当な名称ではないじゃないかというような意味において、カーニバルというのはどうもおかしいじゃないかという話がありました。その後におきましては園遊会というような名前でこれを扱っております。もっともカーニバルはおかしいという総長の発言に対しまして、学生諸君のうちの一名はこういうことを言いました。カーニバルというような名前の起りにとらわれてはいけない、今日本には鎌倉カーニバルというものがあるというようなことを言いましたけれども、ともかくカーニバルというのはおもしろくない、それなら園遊会がいいというような話がおのずから出まして、その後は代表が出してくる名称は園遊会であります。ところがこの園遊会の内容としまして——実は「各教室、クラスで仮装行列、合唱に参加しよう」、こういうふうになっておりますので、これも園遊会の一部分なのであります。それから次に学生が出してきましてそのとき問題になっておるのは、いわゆる学生ゼミナールと称するものであります。これは、学生の計画といたしましては、医学部それから文学部の哲学科のゼミナールが創立記念祭の期間中京大で行われること、そういうようなことが大体先ほど私がるる申し上げました点からしまして、京都大学のことしの創立記念祭としては——将来の文化祭については申しません、今回の六月十九日、二十日に認めるべきところの創立記念祭の内容としては、ただいま申し上げたような前夜祭、園遊会及び学生ゼミナールというものは包含しないのが適当であるという結論が出たものでありますから、この点において同学会の代表と京都大学総長との間に一致をしなかったのであります。
○野原委員 そういたしますと、前夜祭にしても、カーニバルにしても、それから学生のゼミナールにしても、これを受け入れるということになりますと、京都大学としてはどういう点で支障を来たすのでございますか。先ほどこの点には御答弁になった個所もあったかに思いますけれども、これは大事な点でありますから、重ねてお尋ねいたします。
○田中参考人 その点お答え申し上げます。一つは、創立記念祭というものは、先ほどの説明で明らかでありますように、昨年において実は初めて持たれ得たのでありますが、そのときに私は相当努力いたしまして、創立記念祭を認めていただいた。ところがそのときに、残念ながらことし限りということが明らかにされております。そこでことしの創立記念祭は、これを持たせるために大学当局全機関と申しますか、たとえば評議会、総長というようなものを納得させるには、結論におきまして、去年の創立記念祭の程度、つまりそれを拡張したような広い、盛大な創立記念祭というものは遠慮していただきたい、こういうわけであります。それからもう一つの大きな理由は、昨年、実は屋外集会であるところの前夜祭、それから歌と踊りの会というものはやらない、またやらせないということになっておったにかかわらず、そうして学生の方はやりませんと誓約したにかかわらず、実は不法に行われたという不祥な事件が起りました。そういうことがありましたために京都大学の告示が出ておるのであります。告示によりますと、今後の文化祭——創立記念祭を含めて文化祭というものはきわめて慎重に検討してやらなければならぬということがうたっておりますので、私どもとしましては、この告示というもはのやはり順奉していかなければならないということからいいまして、私がただいまるる申し上げておりますように、去年の創立記念祭の程度で認めてもらいたいと言ったのであります。それには、実は園遊会というような形式、あるいは学生ゼミナールというような形式はないのであります。学生ゼミナールは他大学の学生諸君が本学の学生と同じように、いわば主体的立場で役割を果してやるところの催しなんであります。普通の学内会合の場合は学外者が入ってきたりすることはできない。それで映画を見たりあるいは講演を聞いたりするような聴衆、観衆というような立場で、いわば受動的、消極的な参加でありますが、ゼミナールの方は、京都大学の学生と一体になってやるところの、いわば一種の主催者的な性格を持つようなものでありまして、これは昨年の創立記念祭には行われておらないし、実は率直に申しますと、京都大学には学内集会規程がありまして、学内集会規程によりますと、この精神は、学外者が来る場合は聴衆、観衆の程度であるということが解釈として出ておるのであります。それだからして、それは要するに昨年の学園祭、創立記念祭をはるかに越すものである、こういうふうに考えまして、学生の要求をそのまま私がぜひとも認めろというふうにやることは、結局せっかくのことしの学園創立記念祭を全面的に否定されるということを私は心配しました。私としましてはいつも考えておりますように、学生の課外活動を伸ばすというのが私の仕事なのでありますから、そういうふうな理想的に出せば否認されるような——これは私の無力のためでありますけれども、そういうものを出すということに私は賛成しないのであります。ことしは何とか去年の程度の創立記念祭で満足しろ、だんだん実績がよくなって、それならもっと広げ得るというふうに認められれば、諸君の将来のいろいろな学内の学園祭というようなものが伸びるのじゃないか、こういうことを私は言ったのであります。このほかにも学生諸君のいろいろな催しがありますが、去年の程度ということで私総長にも進言し、評議会にもお願いして、結局ことしの創立記念祭を持たし得るようになってきておったのでございます。
○野原委員 あなたは故意かどうか知りませんが、私に言わせますとどうも答弁の焦点をはずされる疑いが多分にある。どういう点かというと、私は前夜祭、カーニバル、ゼミナールに大学が困る本質的な個所を聞いておるのです。どういう点でこれを許したら大学の経営上困るのか、その困る本質的な理由は一体どこにあるのかということを尋ねておるわけです。どうもこの個所についてそらそう、そらそうとされておる。しかも今御答弁になった中で、学外者が学内に入る場合は単なる聴衆あるいは観衆としての入ることは認める云々ということがございましたが、これは学校の規則としては私も承認したいと思います。学校がそういう規則を作っておれば、この規則は私どもがとやかく評価すべきものではないのでありますれども、しかし学生がほんとうに一年一回楽しみにしておる創立記念祭なんです。これは高等学校の生徒にしても、大学の学生諸君にしても、私ども四十、五十の年配ではこの心理というものはわからない、お互い学生時代を経験した者はよく知っておる通りなのです。非常に楽しみにしておる一年一回の創立記念祭に、どうして一体前夜祭、カーニバル、ゼミナールが許せないのですか。このことについてわれわれが納得し得るならば、引き下るけれども、滝川総長のわれわれの代表に対する態度というものは全く高圧的であって、そうして非常に反動的じゃないかというようなことが、やはり学生の集団においても出てくるのでございます。従って私はもう一ぺん、あなたは答弁しないかもわかりませんけれども、本質的にどこが一体京大が困るのか、創立記念祭にこれを許したら京大の建学の精神と申しますか、京都大学のあり方の根底のどこを一体ゆすぶるのか、その理由を一つこの委員会を通じて、天下の人は今回の京大事件についてはいろいろな批判をしておるのでございますし、せっかくあなたは参考人に見えたのですから、どういう点が困るんだということを一つ明確に、簡潔におっしゃって下さい。くどくは要りません。
○佐藤委員長 ちょっと田中参考人に申し上げますが、初めてのことですから非常にむずかしいと思いますが、ぜひ一つ簡潔に答弁をしていただくことをお願いいたします。
○田中参考人 どうも私はしゃべるのが下手でございまして、御迷惑をかけて恐縮なのでありますが、ただいまの点お答え申します。私がこういう処理をいたしますにつきまして、学内の規定は守らねばならぬという考えが一つ本質的にございます。それは、たとえば学内集会規程というものがございます。学内集会規程の精神は、先ほど申しましたように学外者が入ってきた場合には、これは聴衆、観衆の程度であるということであります。それからもう一つの点は、園遊会というものが学内者ばかり、つまり教授、学生というような学内者ばかりで持たれる園遊会というものを持つことは、これは実は賛成なことなのです。そこで実は、これにつきましては先ほどからよけいなことであると思うし、長引きますから申し上げなかったのでありますが、総長を初め全学の人々は今まではやっておらなかったけれども、一度十分な準備をして全学的な教官、学生、こぞって楽しい園遊会というものをやろうじゃないかという考えがあるのであります。ただ私どもはこれにはよほど準備しないと、せっかくやったけれども、教官はごく少数しか出ない、あるいは全然出ないということになってはまずいということから、計画は持っておるのでありますが、それは今のところ見送っておるのであります。そこで学生諸君が園遊会をやりたいというふうに言われました。園遊会の内容は先ほど御紹介申し上げましたけれども、合唱とか寸劇、仮装行列あるいは歌と踊りが内容でございます。これにつきましては先ほど御説明申し上げましたように、昨年の二回の不法集会、といいますのは、学内集会規程で認めておらないところの学外者が多数入ってきたのであります。これは入れないというふうに学生諸君が誓約しておったのですが、結局多数の学外者が参加したのであります。そういうことがありますから告示が出ました。その告示がある点からいいまして、ことしは一つ遠慮しなさい、ことしは学外者が入るおそれのある園遊会、前夜祭などをやれば、その結果また学外者を引き入れて不法集会ということになる。こちらが認めていないものをやるということになっては——去年は処分しなかったけれども、それで告示が出たのであります、そういう学内規則を守らない不祥事件が出るのは残念であるからそれは当分自粛しなさい、将来もある、ことしよければだんだん伸びていくからということを言うたのであります。私は去年からのずっと諸般の事情から考えまして、これがことしの前夜祭を認めてもらう理由なのであります。 なぜ前夜祭を大学が認めなければ持てないかという理由は二点ございます。一つは学生が前夜祭を持ちますためには、やはり授業があっては学生は前夜祭を完全に楽しめない。だから一日ぐらいは前日に授業をしまして、つまり休業にしてやる。一日は休みにしてやる。一日休みにするということは私ども大学におきましては非常に大きな問題なのでありまして、よほどのことがなければ休業はできないのであります。そこで評議会という最高機関で休業を一日きめていただくということが必要なのでありまして、それを重大視しております。もう一つの点は実は学生の課外補導でありまして、これがわれわれ学生の補導を扱っております点におきまして、非常に大事な点であります。ところがこれはただ学生に対するガイダンスというようなことではもちろんできぬのでございまして、幸いに文部省におきまして年々課外補導費というものをふやしていただいておる。そういう課外補導費という予算がございまして、その予算というものをわれわれは、たとえば今度の創立記念祭では十万円ばかり学生のそういう行事に援助しようと思っております。その十万円の援助をするには、やはり大学が適当と考えておるワク内で、今言ったような方針でやってもらう、そうでなければ、実は学生部ではそういう自由に使う金を持っておらないのでありまして、やはり事務局の方から金を回してもらわなければならぬ。そういう点からいいまして、これは私の無力のためなのでありますが、これこそことし持つべき、ふさわしい創立記念祭だという信念でこういうことにしたのであります。
○佐藤委員長 ちょっと田中参考人にお願いしますが、非常に長過ぎるので簡潔に願います。実は大臣は二時までに向うに行かなければならぬので、野原君にもお願いしますが、あと永山さんの質問がありますから簡単に願います。
○野原委員 今委員長から御注意がありまして、大臣が先ほどお話のように出席なさらなければならぬそうでありますし、永山委員が大臣に対する質問を保留しておりますから、私はこの点を永山委員にお譲りしたいと思います。同時に私も、簡単でありますが、大臣に一、二お尋ねいたしたいと思いますので、このこともただいまから申し上げておきます。なお大臣に対する質疑が終りましたならば、田中参考人に対して私の質問を継続いたします。非常に重要な個所がぼやかされていると思いますから、参考人の田中さんは十分整理されて御答弁いただきたいと思います。
○佐藤委員長 永山忠則君。
○永山委員 ただいまの質疑応答を見ましても、これが単に暴行の事件であったり、さらにまた昨年度創立記念祭のときに不法に集会をやった。それに対して告示で注意を促しておる。しかも本年はこれが予算的処置において拡大することを希望しないといったようなことが今回これを禁止し、さらにまた同学会を解散せしめた原因のように聞えるのでございますが、そういうような簡単なことでこれが解散をされるということでは、学校当局に対して非常に思いやりがない議論になるのでございますが、この学会を解散にする問題としては、自治機能の喪失、秩序維持力の欠除ということで、決定的に自治機能を喪失しているのだということを明らかに言われておるのでございます。そのことは結論的には、思想的な指導者が、当局並びに同学会の学園の意向を無視して絶えず非合法的な手段に訴えて、せっかく約束をしておりながら不法集会となり、学外者の闖入なりというように、この記念祭を通じて強力なる思想運動の展開をもたらして、全くおそるべき共産主義の温床としての役割をいたしておるというような考え方で、今回断固たる処置に出たものであるということでなければ、この処置はきわめて当を欠くものであるといわなくてはならぬのでございますが、この点を幾ら論議しましても十分の御回答がございませんので、大臣にお問い申し上げることは、共産主義の思想を大学の学生に強く推し進めていくということに対して文部当局はどういうお考えを持っておられますか。
○松村国務大臣 私は昨日滝川君に会って報告を承わりました。それから得た印象を申し上げますと、今御報告のような、お祭りをやらしてくれ、やらさぬというような問題もありましょうが、また一面それに伴ういわゆる思想的の何もあったような印象を私は受けるのです。そういう意味において——これは学生の処分とかなんとかいうことは別です。そういうことを厳罰でやれと申すのではありませんけれども、もしも思想的のことが背後にまだありますならば、これは学問の独立のためから申しても十分革正をしてもらいたい、こういう意味において滝川君に、ああいう言葉は妥当かどうかしらぬが、激励をいたしたと申すのは、そういう意味のことでございます。
○永山委員 大臣の言葉は功妙でございますが、意図されるところはよくわかるのでございまして、これ以上追及いたしませんが、大学部に共産主義的な思想を強く植えつけるべくあらゆる角度において浸透されてきておるということは申すまでもないのでありますが、これに対して当局の考え方は、好ましからざることであるから、思想的なそういう背後があるならば、これらの措置も断固たるものをしなければならぬ。要するにこれまでの答弁を聞いてみますと、そういうことは好ましからぬことだ、いわゆる共産主義思想が強く大学部へ浸透していくということは、当局としては断固これには反対だという考え方が明瞭にこの中に存在をしておると思うのであります。そのことがこの処置問題が常識的には非常に過酷に失するというように考えられるのでありますが、実質的にはやむを得ざる処置であるというようにもなる原因でございます。今日大学は治外法権になっておるのでございます。好ましからざる思想を、強く大学あげてこれが指導的立場に立ちましても、当局としては教育の自主性、自治の絶対的立場におきましてどうすることもできない情勢でございますが、そういう場合に対しはどういうような考え方でおられるのでございますか。
○松村国務大臣 これは権力をもって弾圧などはできるものではない、そこにやはり教化もあれば、十分の訓練、その他の社会事情もあることでありまして、これを一気にやろうということは無理であります。けれども学問というものは一部の思想的の傾向に動かされてはいかぬという自覚を漸次持ってきておる。その流れを助長して学問の独立というところまでいくべきであろう。こういうふうに考えております。京都大学あたりの今度のことなども、昨年のこともあり、ずっと前のこともあり、何となくそういう意味の脈絡を持つような感じがいたしますので、私どもの方で重視をいたすのであります。しからばこういうことを絶滅するために直ちに制度をかえまして、大学の自治制に制限を加えるというがごときことはかえって事を複雑ならしむるだけでございますので、大学の当局者、大学の関係者の方がそういうふうに厳然と自治の力で大学を守る、こういうことにいたしていただきたい。そのために文部省としては最善の努力をいたすのが行くべき大道どあろうと考えておるのでございます。
○永山委員 思想は思想をもって対処していくという考え方には共鳴をいたすものではございますけれども、強く部外者が大学の内部に糸を引きまして、これを大学の自治的な立場においてはとうてい処置することが困難な情勢へ追い込まれる場合におきまして、これは思想的な流れで、思想のために打ち破られたのだということで、そりままの情勢で大臣は見ておるということにはいき得ないのではないかと思うのでございます。そのことが今日この同学会の解散となり、あるいは警察官の出動となってきているのでありますが、こういうように国家予算実に三百億を使っております大学が、完全なる治外法権の地位にあるということに対しては、本件を通じてみましても再検討を要するのではないかと考えられます。すなわち京大の事務当局といたしましては、ここに温床づけられておる思想の強い力に、ついに日ごろの指導的立場において指導することができずして、断固たる解散をも行い、あるいは警察当局の発動を見て、ようやく押えていくというような、まことに京大当局の指導力の薄いことをそのまま如実に現わしたのが、この事件であると考えるのでございます。こういったふうな関係は、政府当局の指導力が薄ければ薄いだけ強く存在するのでございます。今日いかなる場合におきましても、国家が存在している上におきまして、国家の一切の権力が及ばないというものはあり得ないのでございまして、国防関係においても国防会議がありますし、教育においても教育委員会という民主的な選挙によって現われた委員が指導的な立場に立っておるのでございまして、往年におけるところの統帥権のごとく、全然国家及び議会というものから遊離して天皇へ直結いたしておる、人間天皇でなくして神格天皇へ直結いたした、すなわち統帥権のこの独善というものが今日国を誤まらしたと同じように、ここに全然国家権力から離れた絶対の自治という牙城のもとにおいて、教育の最高学府が治外法権に置かれるものではありません。しかも三百億円という多くの金を支出いたしておりまして、そして政府当局あるいは国会自体が、何らこれに対して権限を持っていない。ここで強くやかましく当局を呼んで言い、さらに学長を呼んで警告をするというだけのことだけであって、これに対して何ら議会は指揮命令監督権はない。指揮助言というような程度で、文部当局及び議会——国民の代表である議会が何らの監督権もないというような状態であってよろしいか。最高裁判所の裁判官といえども、国民投票であるではございませんか。あらゆる機関の最高というものが国民の意思決定によって指導されておる今日において、国民の意思を代表するところの議会が、これに対して監督指導あるいは学長の任免権というところまで関与することができないというような治外法権に置かれておるということが、こういうように学校当局をしてまことに見にくい、状態に追い込められておるのではないかということを考えますときにおいて、今日大学令を改正をいたして、学長の選任に対しては議会の承任を得るということにいたしますか、さらに議会の承認したる代議士その他学識経験者を持つ委員会においてこれが意見を聞いてやるということにいたしますか、いずれにしても治外法権の地位にある大学に対して、強い国家意思をもって指導し、監督ができるという処置を講ずべきであると考えるのでありますが、文部大臣の所見をお伺いいたします。
○松村国務大臣 お話の通り昔の統帥権のように、国の政治の外にあるような形で現在の自治というものがあるわけではございません。これはやはりあなた方主権を代表せらるる議会などでおやりになれば、法律改正でもどうでもできることでございますから、あなた方主権を行使せらるる方の権限でありますことは当然のことでございます。しかしながら現在の情勢でみますと、そこまで強くその力を行使せねばならぬところまできておるかどうかということをよく見なくちやならない。私は楽観的過ぎる考え方かもしれませんけれども、現在は大体落ちついて穏健なところへ向いつつある傾向にあると思いまして、これを助長してずっと教育の中性化と申しますか、そこへ今の形でも持っていける。そうして各大学の自治ということになりますと、各大学にはおのおの特色のある教育ができるのであって、これは大事な点でありますので、できるだけこの形においてやってもらいたい。京都大学あたりにおいても、そういう意味においてだんだんよくしていってもらいたい。それでもまたこういう国家目的に反するというときになったら、われわれも腹をきめなければならぬ。また皆さんもその気になってやっていただかなければなりませんが、今はそこまでいかなくても、お互いが努力をいたして世間も同様に考えてくれますならば、私はまだできるのではないか。こういう意味で、今直ちにそういうところまでいくような考えを持たない、こういうことでございますことを御了承願いたいと思います。お考えは全くその通りであります。
○野原委員 先ほどからこの問題に対する大臣の御答弁を通じて大臣のお考え方を承わったのでございますが、私は、今回京都大学が同学会の要望に対してとった措置が果して正当であったのかなかったのか、実はいまだに判断に迷っております。迷っておりますから、参考人にこの公開の席上でお尋ねをいたしておるのでございますが、大臣におかれましても——なるほど大学の責任者であります滝川総長は、今日この事件に関しては事件の当事者になって来ているのであります。従って補導部長のお考え方なり、あるいは当事者になっております総長の一方的な御所見のみを信頼されて対策をお立てになることがあってはならない。私は学生諸君にも相当言い分があるのではないかと思うのです。そういう意味では、実はこの文教委員会の参考人として田中補導部長だけがどなたの権限で呼ばれたか知りませんが、私どもとしては、こういう真実を追及する場合には、双方の者を呼んでいただきたかった。私は、これには何もあずかり知りませんけれども、どうも不満にたえないのでございます。そういう点で、どうか大臣におかれましては、一つ慎重なる御調査、御検討の上に立って、京都大学事件については、間違いない対策をお立て下さるようにお願いしたいと思います。ただここで誤解を与えてはならないことは、学生が暴力をふるったということ、このことを私は許すことのできないことであると思います。しかしながら学生は暴力も今日否定しておるのです。だから一体暴力があったのかなかったのかということも、承わってみますと、どうも問題があるのでございます。だからそういう点で、一国の文部大臣でございますから、単に総長だけの意見でなしに、当事者の学生諸君の純真な意見も聞いた上で、慎重なる御判断と御対策を私は要望いたします。大臣、時間がないようでございますから、質問はいたしません。要望いたしておきます。 そこで、もう時間もなくて同僚委員の方々にはなはだ迷惑をかけておるのじゃないかと恐縮いたしておりますから、私は急いで質問いたします。しつこくは申し上げません。先ほど参考人の御意見を承わってみますと、問題の個所は学外者を入れることによって不法集会になるおそれがある、この一点ではないか、そのように承わってよろしゅうございますか。
○田中参考人 私は創立記念祭をことし持ち得たことを説明したのでありますから、結局問題というのは、その学外者の点だけではなくして、学外者の点も非常に重要でございますが、そのほかに、何がゆえにそういうスケールにおいて私が努力したか、その点御了解願いたいと思うのでありますが、そういう意味におきましては、たとえばことし限りというふうに去年言ってあるということも非常な問題なのでございます。
○野原委員 去年は去年限りであったのだから、あらためてことしお願いにきたのですというのが学生の言い分なのです。あなた方としては、去年限りなのだから、こういうような集会は一切だめだ、こう解釈されるかもしれませんけれども、同学会としては、去年は去年一年のことなのだから、それはそれだ、私どもはこれが必要なんだから、それでことしはまたお願いにきたんだ、こう言っておるのでしよう。そういうことを繰り返しますと、また時間を重ねますから申し上げません。そこで田中さんにお尋ねをしますが、滝川総長と同学会のいざこざというものは、滝川さんが総長におつきになられてから、どういうようなことがありましたか、小さな事件も合せて、参考のために一つお聞かせいただきたい。
○田中参考人 大きなものは、先ほど来問題になっておりますところの昭和二十九年の秋季文化祭の問題でございます。
○野原委員 大きなものは、と言うところをみますと、感情的と申しますか、神経的にはいろいろなこまかな問題がかなりあったのではないかと私は憶測をいたします。つまり同学会の諸君はどうも滝川総長に対して感情的にも納得していなかった。滝川さんという人も、実は私も幾らか知っておりますが、最近の同学会というものに対してあまりに神経質的に、またあまりにも先鋭した無情をもって迎えておったのではないかと思うのでございますが、あなたは本日は参考人でございますから、どうかその辺は、きょうは総長の弁護ということでなしに、公正に、また当委員が正当なる判断をする上について必要なことでございますので、それらの点はいかがでございましたか、一つお聞かせ願いたい。感情的に突如としてこの問題が勃発したのではなしに、ふだんから何かそこに底流があったのではないかと私は見ておるのでございますが、間違いじゃありませんか。
○田中参考人 その問題につきまして先ほど大きな問題と申しましたのは、こういう意味なのでございます。学生部といたしましては、学生の課外活動を伸ばすということが仕事なのでございますから、始終いろいろと多数の集会だとかいろいろな問題で学生と話し合っております。あるいは、奨学金の問題もございますし、アルバイト対策の問題あるいは寄宿舎の問題もございます。そういう問題につきましては、そういう義務がございますから、全部というわけではございませんが、総長に一々問題を報告しておるのでございます。そういうふうな問題の中で一番大きな問題は、昨年の秋季文化祭の問題であった、という意味で申しましたので、私の表現がまずうございましたら変えた方がよろしいと思いますが、そういう意味でございます。 それから総長が学生に対して何か感情的に考えておるのじゃないかという御質問がございましたが、そういうことは全然ございません。総長は大学の長といたしまして、万般の問題をいつも頭に置いておりますので、私にしましたら、まあ学生関係のことは私全部と申しますか、そういう点から言いまして、総長が感情的にどうということはございません。ただこういう暴行の問題というようなものがあれば、これは個人として愉快でないというようなことは言えると思うのでありますが、ことさらに感情的な態度があったということは、私一度も認めておりません。
○野原委員 どうもあなたに対して次の質問はちょっと無理ではないかと考えておるのでございますが、今回の事件については、学生側にのみ責めらるべき責任があって、総長には何ら非の打ちどころがなかった、こういうように学生補導の責任者である田中さんとしてはお考えであるかどうかお尋ねします。
○田中参考人 私は京都大学におきまして補導の衝に当っておりますので、今回の事件がああいうふうな現われ方をしましたにつきましては、私の微力のためであるというふうに考えますが、総長がどうであったかということは、結局私の補導の仕方、総長補佐の仕方が私として非常に拙劣であったということより私申し上げようがないと思いがす。
○野原委員 私は宗教的なことを言うようでございますが、同じ京都において起った問題でございますが、かつて同志社大学における新島襄先生という方を考えてみてもわかるように、再度大学生が——一部の矯激なる分子であったかどうか私は知りませんけれども、押しかけてきたときに、総長がほんとうに自分は教育者であるという意識で、まあ入れ、実はこういうことじゃないか、君らはおれがこう言ってもわからぬのか、と涙を流して、ほんとうに誠意をこめて、ほんとうに学生を愛する熱意をもって接すれば、どんな学生だって、総長の行く手をふさいだり、あるいは手をかけんばかりの挙動には出なかったものと私は思うんです。いかに京都大学の学生が矯激か知れませんが、歴史のある京都大学の学生であります。今日まで自由主義の伝統を誇ってきた京都大学の学生諸君の良識を私は信頼しておるのです。それらの良識のある学生諸君の中で、もし矯激な分子があれば、六千の諸学生は黙ってはいない。これを批判するのであります。ところがそういうような教育者としての行動をおとりにならないで、いたずらに同学会というものはけしからぬ、あれは共産党が指導しているのだ、全学連だ、こういうような反動的な態度をもって今日の学生に臨まれるということは、補導部長のあなたとしても総長としても反省していただきたいのであります。学生にも真相を究明した上で、問題があるかないかは私自身も今後検討を加えてみたいと思うのでございますが、幸い補導部長のあなたがいらっしゃいますから、あなた自身にも私は反省していただきたい。そのことがあなたの言われる健全なる全学学生の育成ではないか。あなたは先ほどから健全なる全学学生の育成ということを田中委員の質問に御答弁になっておるのでございますが、このことはどういうことか私はお尋ねをしてみなければわからぬのでありますけれども、おそらく私が考えておることとは違った内容を持っておるかもしれませんが、私としてはただいま申し上げたように実は解釈をしたいのであります。大学の学生の自治を尊重し、大学の学生諸君の良識を信頼して、そうして学生の自治を健全に育成さしていくということであれば、私は二、三の矯激な分子がかりにあったとしても、これは学生諸君の手によって摘みとられると思う。そういう方向に大学の自治というものはなければならぬ。しろうとの私が考えてもそう思うのです。時間がありませんから、申し上げたいことは山ほどあるのでございますけれども、もうこれ以上あなたに申し上げましても、どうもはっきりしたことを伺うこともできませんので、あらためてこのことは理事会その他で問題の取扱い等については委員長にお願いをして、私どもはもっと真相の究明をしなければならぬという必要を痛感しておることを申し上げまして質疑を終ります。
○佐藤委員長 本日はこれにて散会し、次会は公報をもってお知らせ申し上げます。 午後二時十五分散会