商工委員会日本経済の総合的施策並びに国土総合開発に関する小委員会 第5号
- 発言数
- 32 件
- 登壇者
- 5 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1955/06/21
会議録
○山手小委員長 これより会議を開きます。 愛知用水に関し、まず農林省より説明を求めます。農林省農地局計画部長和田説明員。
○和田説明員 愛知用水の概要について御説明申し上げます。 この仕事は、尾張東部の丹羽郡、東春日井郡、知多郡にわたります農業用水を中心にしまして、兼ねてこの地帯の上水道、工業用水を供給し、同時に発電を行おうとする計画であります。 この地帯は気候に恵まれておりますが、水が不足いたしておりまして、現在この地帯に一万六千町歩の水田がありますが、河川によって灌漑されておるものは二千五百町歩でありまして、七二%の一万二千町歩は池によっており、このほか七%くらいが雨水などによっておるといったような状態であります。なおこの地帯には非常に広い畑がございますが、水が十分でないために旱魃を受けまして非常に粗放な栽培をやっておるわけであります。なお現在の水田の一万六千町歩のうち九千町歩くらいは一毛田でございます。その一毛田になっておる大部分の原因は、田植え水が足りないために、春先から水をためておるからでありまして、これに水を補給しますと大部分が二毛田になるような状態であります。そこでこれに水を持ってきますと農業生産は著しく増強することが考えられるわけであります。それからこの地帯は飲み水にも非常に困っておりまして、はなはだしい場合は、師崎町のある部落のごときは一つの井戸しかないといったような状態であります。また半田市、名古屋市でも工業用水に不足をいたしております。これらに水を供給いたしますると、工業その他の立地条件がよろしいために、工業の発展が期待される状態であります。それから電気の方は、木曽川でございますが、非常に開発されておりますけれども、なお四〇%の年間流量は無為に放流されておるわけでありまして、この水をキャッチすることによりまして、電気の方も増強は可能であるという状態であります。こういうことから、木曽川の支流王滝川に貯水池を新設いたしまして、木曽川本流を流下させまして、その間十四カ所の発電所の発電機能を増強しながら、兼山ダムの上流から水を取り入れまして、先ほど申しましたような地帯に農業用水及び水道用水を引こうという計画でございます。 その概要を申しますと、用水の補給を受けます水田が一万六千町歩、それから新たに開田しますのが約二百七十町歩、灌漑をする畑が一万六千町歩、全部の受益耕地面積が約三万三千町歩になるわけでございます。これに必要な水量は年間九千四百万立方メートルであります。それから水道の方は、四ページの表にありますように、上水道が年間一千七百万立方メートル、工業用水は同じく二千八百万立方メートルの予定でございます。それから電気の方はダムに直結いたしまして新設します発電所で、年間三千四百万キロワット・アワーくらい発電いたします。下流の既設発電所の増強が六千二百万キロワット・アワーくらい、合せて九千七百万キロワット・アワーくらい増強いたします。 主要工事でありますが、貯水池は木曽川本流の支流であります王滝川の御岳村と王滝村の境目、牧尾橋付近にダムサイトを開きまして、そこにロックフィル形式のダムを作ろう、総貯水量が六千九百万立方メートル、堤高は七十八メートルであります。それから先ほど申しましたように、兼山堰堤のすぐ上流から取り入れました幹線水路が、それから知多半島の突端まで通じる、その長さが百十五キロ、それから出ます支線が一千キロくらいになるわけであります。発電所は六ページの頭に書いてありますようにダム地点に一万四千キロワットくらいの大きさのものを作る予定になっております。上水道、工業用水につきましては、先ほど申し上げた通りでございます。 それから事業費は総計が事務費を入れまして三百二十一億でありまして、その主要工事別及び年度割別の計画は、この事業費の表に出ておる通りでございます。このうち世銀から借款の予定が三十六億、円資金として二百八十五億ほどが予定されております。この事業費の三百二十一億と申しますのは必要な資金の総額でありまして、純事業費はこの事業に使いました工事用機械の残存価格十九億を差し引きました二百八十一億何がしになるわけであります。 効果は七ページをごらんいただきます。農業の年収入が四十八億、電気が三億五千万、水道が四億五千七百万、合せて五十六億になります。それらの年経費が二十六億、それを差し引きました粗所得が二十九億何がしになります。従ってこれを総合開発事業における費用負担区分をやるためにきめられております妥当投資額の算出の要領によって妥当投資額を算出いたしますと、上から四行目にありますように、三百二十五億になるわけでございます。三百二十五億の事業費をかけてもこの事業は引き合うこういうことになるわけでございます。これに対しまして、先ほど申しましたようにこの事業の純事業費は二百八十五億でありますから、この仕事は企業的に見て十分引き合うということになっております。それから費用の負担の仕方でございますが、この三つの事業が一緒になっておりますので、まず水路の負担区分を農業と水道との間にいたしまして、水路の負担額を農業が九十三億、水道が四億七千というようにわけました。その次にダムの経費の負担区分をいたしたのでありますが、これは農業と電力と水道の三つでわけることになりますので、それをわけまして、農業で五十億、電力で九億八千、水道で二億五千四百という負担割合になります。合せまして農業が二百二十七億、電力が十八億五千四百、水道が三十五億六千二百万、合せて純事業費の二百八十一億二千万、こういうふうに費用の負担区分をいたしたわけでございます。 以下は今まで申しました効果の詳細を説明いたしました表でございまして、八ページに農業の方の農地の状態が現在と事業後でどういうふうに変っていくかということが示してございます。一例をあげて申しますと、左の欄に水田と書いてありますところの一毛田が、現在九千九十町歩の一毛田があるわけですが、事業完了後は六千七百九十四町歩の二毛田と、それから二千二百九十六町歩の一毛田になる、こういうふうに示してあるわけでございます。 それから九ページに農業の増産量及び収益計算が示してあります。先ほど申しました年所得の二十二億五千九百万というのはこの表から出ておるわけでございます。 それから十ページに電力の計算が出してございます。これは新設の発電所と下流の十四カ所の増加発生電力とに区別して書かれてあります。それからその下に上水道と工業用水の説明がありますが、上水道はここに書いてありまするように、六市十八カ町村に供給しまして、年間一千七百万立方メートルの水を供給します。工業用水の方は、名古屋、刈谷及び半田を中心としての知多郡でありますが、既設工場の拡張のために年間千八百六十万立方メートル、それからこれから拡張しようとしている計画工業地帯に対して年間千二百万立方メートルの水を供給しようという計画でございます。その収支計算が十一ページに出てございます。 それから事業主体は、これは国の代行機関としまして愛知用水公団を設立いたしまして、その公団で工事を実施し、そうして共同施設及び農業用の専用施設は事業完了後も公団が管理をする。電気は、木曽川本流の発電所は全部関西電力の経営になっておりますので、関西電力と提携してやりまして、関西電力が発電は経営する。それから水道及び工業用水は、工業用水の方は最後の配水まで県が経営する、上水道の方は配水池までは県が経営しまして、それ以下は関係市町村が経営するという予定になっております。 それから資金は先ほど申しましたように世界銀行から三十六億を借り入れる、それから円資金として二百八十五億を一般会計並びに預金部資金から仰ぐ予定でございます。年度割りは十二ページの表に掲げてございます。 償還でございますが、世界銀行から借り入れましたものは工事期間中据え置きまして、あと二十カ年に年利五分で元利均等償還することになっております。それから余剰農産物見返り資金は、据置期間中、償還期間中とも年利四分で三十年元利均等償還する予定にいたしておるのであります。それから償還金の分担の方法でございますが、前に御説明申し上げましたようなふうにして、それぞれの部門に分けられました経費を受け持って償還するわけでございますが、農業部門におきましては、国と県と農民の負担額は、原則といたしまして現行土地改良法によります負担率に基いていたします。ただし、現在あります果樹園につきましては国が補助金を出さないことにする。また開拓地の水利施設は一般には全額国が負担をいたしておるのでございますが、この地区におきましては三分の一、地元に負担していただくという予定になっております。それだけが現行の土地改良法による負担の割合と違う点でございます。この印刷物にはちょっと説明が落ちておりますから補足を申し上げます。それから電力部門につきましては、開発銀行から融資を受ける場合と同一条件による予定でございます。水道部門は運用部資金の融資条件と同一の条件で償還をしていただくというように考えております。 大へん簡単でございますが、一応御説明を終らしていただきます。
○山手小委員長 何か御質疑はございませんか。——私から一、二お尋ねをいたしますが、国土開発の関係でいろいろ重要な地点が取り上げられておりますが、この愛知用水が最初に取り上げられました理由と申しますか、特に初めにこれを浮き上らした理由について少し農林省側の経過を御説明を願います。
○渡部政府委員 国土総合開発の問題につきましては、各地点いろいろ計画が立っておるのであります。なぜこの地点をこういうふうな取り上げ方をしたか、こういうお尋ねでありますが、われわれの方といたしましては、今まで全然手のついてない地帯で相当まとまった金を必要とする地点、そういうものを選定したのであります。これに類した仕事といいますと、たとえば愛知県の中でも豊川用水計画もありますし、千葉県の中でも両総用水計画、印旛沼、手賀沼、あるいは北上川の計画とか、いろいろなものがあったのでありますが、いずれも手をつけておる、従って既存の計画を進めていける、こういうのでそれらを取り上げなかったのであります。と申しますのは、昨年の春ごろから、国の財政事情が一兆円のワクの設定等によりまして非常に苦しくなった、そのかわりとして外資の導入が農業にも可能であるということになりました。外資の導入につきましては、余剰農産物の問題が起るにつれて、世界銀行あるいはそれらの各方面と折衝いたしました結果、愛知用水、八郎潟の機械改革というものが取り上げられたのであります。さらにもう一つの理由といたしまして、従来の方法、あるいは従来の機械、あるいは従来のやり方でやったのでは十分の効果が上らない、新しい技術、新しい機械を導入してやるのにふさわしい地域、こういうものがやはりもう一つの選定の基準になっております。そこで北海道の泥炭地の開発としまして、篠津の泥炭地が——これはすでに石狩川の総合開発の一環として特に取り上げておったのでありますが、泥炭地の開発については非常にむずかしい問題がありましたので、ここに新しい機械を導入することが早期に開発するゆえんではないかというような世界銀行等の示唆もありまして、これも取り上げたのであります。 概要を申し上げますと、特にこの地方をこういう形式で取り上げた理由は以上の通りであります。
○櫻井小委員 それでは少しお聞きいたしたいと思うのですが、この愛知用水の問題は昨年度も計画が立てられておったようでございます。昨年度の計画と今お聞きしました計画と非常に変更があるようでありますが、この改訂変更に何か特別の理由がございますか。
○渡部政府委員 改訂の重要点はダムの構築方法をロックフィルの形式に変えたことであります。当初の計画はコンクリート・ダムでやるということになっておったのでありますが、これは新しい機械、新しい土木技術の進歩からいいますと、ロックフィル・ダムの方が非常に経済的である、こういうふうな示唆が世界銀行等から与えられまして、昨年の夏から研究に研究を重ね、私の方からもアメリカに数名の技術者を派遣いたしまして調査いたしました結果、ロックフィル・ダムの方が経済的であるということ、さらにもし経済的であっても、この王滝川の地点で地質上技術的に建設可能であるかどうかという問題もあったのでありますが、それらの問題につきましても、技術的に可能であり、かつ経済的に有利であるということによって、ロックフィルに変えたのが大きい点であります。さらにロックフィルでやる場合に二子持地点と牧尾橋地点といずれをとるべきかという技術上の問題が出たのであります。二子持地点の方は河床をうんと掘らなければならない。従って牧尾橋地点に比べると数十億の経費がよけいかかる。ところが一方牧尾橋の方になりますと、二子持のウォーター・レベル以上に上げるとすると、二子持でやる場合に比べまして埋没農家の戸数が非常に多くなる。従って二子持でやる場合と同じウォーター・レベルでやらなければならないということになりましたので、それに伴いまして有効貯水量を七千万トンから六千三百万トンに多少減らしたのであります。それに従ってそれに関連する計画も変更をいたしたのであります。
○櫻井小委員 そうするとこのダムの構築方法が違ったから、従って発電所の位置も二子持から牧尾橋に移ったということでございますが、この牧尾橋の方には地質的に何か問題があるように聞いておりますが、その点は解決をいたしましたか。
○渡部政府委員 これはもう御承知のように、あの地点はガスが出るとか、あるいは断層があるが、その処理がどうであるとか、旧河道の処理がどうであるといった問題があったのであります。これらは私の方で特にパシフィック・コンサルタントに依頼いたしまして調査した結果、技術的に処理が可能であるという結論になりましたので、牧尾橋の方にきめて、ここにダムを構築する予定のもとに、さらに実施上必要なる調査を進めていくという段取りにいたしております。
○櫻井小委員 そうすると、これはアメリカから資金を借りる必要もあり、いろいろ技術的にアメリカと相談をされたので、変更した大きな理由というものもやはりアメリカの示唆といいますか、アメリカの技術から見てそういうふうにやった方がよろしいというような点が多いのですか、その点はどうですか。
○渡部政府委員 ちょっとお断わり申し上げておきますが、私は技術者ではありませんので、むしろ客観的に御説明することになると思いますが、これをきめましたのは、まず第一にロックフィルが可能であるかどうかという問題が取り上げられたのであります。ロックフィルでやるとすれば、どういう形式のものにするかというので、コンクリートでサーヴェースをライニングする場合、セントラル・コーアーの形式による場合とか、いろいろな形態が研究されまして、当初は日本の例によると、コンクリート・サーヴェースでライニングするというようなことであったのですが、私の方でも技術者を五人アメリカにやって、向うでつぶさに研究させた結果、これには先ほご申し上げましたパシフィック・コンサルタントの示唆等もありまして、セントラル・コーアーの形式でやれば工事が可能であるというふうな結果になったのであります。もちろんアメリカの新しい技術を取り入れればできる、こういうふうな見地からきめたのであります。
○櫻井小委員 どこの国の技術であろうと、優秀な技術を取り入れてりっぱなものができていくということは、これは基本的に賛成です。別にその点は異議はないのです。 次に資金の問題ですが、十二ページの方にちょっと説明をされたようですが、余剰農産物協定調印によるところの建設資金、世界銀行から出てくるもの、これは五カ年ですが、最終的にこの見通しはついておるのですか、途中でこれがぐらつくというようなことは絶対にないのですか。
○渡部政府委員 世界銀行の点は日本側としては必要最小限度の機械を輸入するという見地から、今見積りにあげておる機械でも、これはこちらのものを使わせてもらいたいということで額は多少減したいと思っております。しかし実際設計して見て、やはりどうしても機械が要るということになりますれば、多少の増減はあり得るのではないかと思います。これは機械だけ、それから技術の援助料だけでございますから、そのほかのものは入っていないわけです。そのほかの円資金につきましては、初年度は主として余剰農産物の見返り円でまかなう予定であります。次年度以降につきましては、もし本年程度の余剰農産物見返り円が利用できるとすればそれを使うし、来年度以降の余剰農産物の受け入れにつきましては全然日本政府としては決定しておりませんので、もし余剰農産物の見返り円が来ない場合には、一般会計の資金を従来のワク以上に増す、あるいは預金部の資金等をもってまかなっていくというふうに大蔵省と話をつけております。
○櫻井小委員 今の余剰農産物の見返り資金の年利、これは余剰農産物の協定と少し——さっき説明なさったのを私が聞き落したのかもしれませんが、据え置き年利四分になっておりますが、農産物の協定では、据え置き期間中は年利はないのじゃないですか。この点はどうなっておるか。少し違うように思いますが、この愛知用水に限って年利四分になっておるのですか。
○渡部政府委員 お話の通りでありまして、余剰農産物のアメリカ側に対する関係では、三年間据え置きで三十七年に年賦償還する。ドル払いの場合は三分の一、円払いの場合は四分の一、こういうことになっておるわけでありますが、愛知用水事業に関しこの公団から見返り円特別会計に返す場合には、こういうふうな計算をして返す。それは特別会計に多少金が要るわけでありまして、その差額が特別会計の経費等で余剰が出る、こういう格好になっているのじゃないかと思います。
○櫻井小委員 余剰農産物の見返り資金からは、どのくらいの円資金を出さす御予定ですか。
○渡部政府委員 ただいまきまっておりますのは、三十年度分だけきまっておるのであります。三十年度の分は農業開発に三十億、そのうち先ほどお話いたしました開発、開墾等にも向けなければなりませんので、ただいま最終的にはきまっておりませんが、二十数億を愛知用水の方へ向けるということにしております。三十一年度以降につきましては、先ほど御説明申し上げましたようにまだ全然きまっておりません。私の方としては、少くとも本年度程度以上のものがほしいという希望はありますが、まだきまっておりません。
○櫻井小委員 次に、計画の上で工業用水と農業用水とに分けられておりますが、将来この調整上に問題はないのですか、問題点が残ってこないのですか、その見通しがございましたら伺います。
○渡部政府委員 農業用水の需要と工業用水の需要に変化があり得るのではないかというお話だと思いますが、私の方では一応この案でいきまして、これでも農業用水の方は十分でない、計画をやれば、もっとほしい、ほしいというのが出てくると思います。その場合にはさらに数量を別な方法で増すということを考えなければ、問題は解決しないのではないかと考えております。
○櫻井小委員 この仕事を進めていかれる順序は、今度は公団を作って、その公団がやっていくというお話でございますが、いつごろからこの公団は仕事を始めるのですか。
○渡部政府委員 公団法をただいま国会に提出しておりますが、私どもの希望的見解では、これが成立いたしまして、八月の終りか九月には公団を設立したいという希望を持っております。公団が設立しますれば、ただちに実施設計に入って、少くとも二十年度内にはダムあるいは幹線水路の工事あるいはそれの準備工事に取りかかりたいと思っております。
○櫻井小委員 時期はわかりましたが、その仕事の段取りです。これは非常に大規模な工事のようでございますが、どういうふうな段取りでやっていくのですか。たとえば区間をきめておいて、その区間を同時に着手していくような段取りになるのか、あるいはダムならダムを先にやっていくというような仕事の順序でやっていくのか、その構想を伺います。
○渡部政府委員 ただいまの考えでは、ダム地点、上流水道、下流水道の三つに分けまして、それぞれ同時に仕事を初めていかなければならぬと考えております。
○櫻井小委員 そういう場合には、非常に多数の労働力が必要になるわけですが、その人員の動員はどういうふうにしようと考えておられますか。
○渡部政府委員 労働力の問題は、一つは公団の技術者あるいはその他の職員と、これを請負に出しますから請負者の問題と二つに分れると思います。まず公団の問題につきましては、農林省及び各府県その他民間の有能者を集めましてこれをまかない、実際の事業は請負者にやってもらう、こういう考えでおります。
○櫻井小委員 そうすると、仕事の段取りとしては、ダム工事、上流、下流の三つに分けてそれを同時に進めていくということですが、そういう工事の順序で参りますと、大体この工事がほぼ完了しないと一定の地区における実益というものは出てこないわけなんですか。どのくらい仕事が進行したら、事実実益と申しますか、その工事が利益を少しでももたらす、こういう実益が出てくるのは二年後、三年後、あるいはどのくらいの期間を大体考えておられるか。
○渡部政府委員 少くとも幹線水路ができませんと実益は出ませんので、この計画で見ますと三十年度から始めて六年で完了するということになっておりますが、やはり年度の終りにならなければ実益は出ないと思います。
○櫻井小委員 六年後ですか。——六年間かかるわけなんですが、その受益者の負担金の徴収はどういうようにするか。先ほどちょっと説明があったようですけれども、受益者負担金の徴収はどういうふうに考えておられるか。それがうまく徴収のできる場合はいいのですが、徴収ができない部面があった場合に、それにどういうふうな対策を考えておられるか。
○渡部政府委員 工事完了後負担を徴収するということにしておりますが、徴収の方法は、従来の土地改良法の規定によりましてやっていくわけであります。
○山手小委員長 以上で愛知用水に関しては一応質疑を打ち切ります。いずれ近く公団法が上程をされました暁には、本格的にあるいは農林水産委員会と合同審査を本委員会がする等の処置を講じたいと思います。
○山手小委員長 次に人口対策に関する問題について調査を進めます。まず厚生省人口問題研究所当局より、過去における人口の趨勢並びに将来における人口の推定について御説明を求めます。館説明員。
○館説明員 人口問題研究所の館でございます。ただいま委員長からの御指名によりまして、過去から現在にかけまして、日本の人口状態がどうなっておりまするか、また将来日本の人口がどうなっていくかということにつきまして、なおまたこれらの人口の変化がどんな問題を中心問題として含んでおりまするか、かような点につきまして御説明申し上げたいと存じます。 まずただいまの人口状態の特徴を一口に簡単に申しまするならば、死亡率は非常な勢いで下っております。それから出生率もまた非常な勢いで下っておるのでございまして、この現在の日本が経験しておりまする死亡率や出生率の下り方は、これまで欧米の文明国には前例がないような速度と規模とをもって変化いたしておるのでございます。従いまして人口の増加の趨勢並びに人口の構造というような点につきまして、非常に大きな変化を急速度に起しておるという状態でございます。このような急激な変化が起っておりまする関係上、これに伴いまするいろいろの大きな問題が起ってくる、こういうような状態でございます。 簡単に申し上げまするために、たしかお手元にお回し申し上げたと思うのでございますが、日本人口問題統計資料摘要という簡単な表がございます。この謄写印刷の簡単な表でございます。これにつきましてその大要をごらんいただきたいと存ずるのでございます。この表の一でごらんをいただきまする通りに、昨年の十月一日の推計人口でございますが、八千八百三十万と相なっておるのでございまするし、その後昭和三十年、ことしの四月一日の人口が正式に発表されました最近の推計人口でございますが、これによりますると八千八百八十万に上っておるのでございます。この表によってごらんをいただきまする通りに、毎五年の増加割合という欄がございますが、これによってごらんをいただきますると、昭和二十年から二十五年にかけましては、一五・六%というような非常に大きな増加をいたしております。これは申し上げますまでもなく、非常に多くの引揚げがございましたために、このような大きな増加をここでいたしておるわけでございます。その後昭和二十五年の十月一日から三十年、本年の十月一日までの五カ年間でございますが、ただいまのところ、約七・三%くらいの増加をする見込みでございます。 ただいま申し上げたような人口の状態でございまするが、この人口の増加を決定いたしておりまする出生率と死亡率の動きにつきまして、要点を簡単に申し述べたいと存じます。表の三というところをごらんいただきまして、まず死亡率の方から申し述べまするならば、戦前から日本の死亡率は漸次下っていく傾向を持っておったのでございました。大体大正八、九年ごろからいたしまして、死亡率は下る傾向を持っておったのでございまするが、戦後非常な勢いで死亡率の改善が実現いたして参りました。大体戦前の昭和八年から十二年のころにおきましては、この当時の日本の人口が平均して六千八百六十万くらいでございました。昭和八年から十二年までの日本の人口の平均が六千八百六十万くらいでございましたが、これに対しまして毎年百二十万ばかりの死亡が起っておったのでございます。ところが最近の昭和二十九年の数字を見ますると、人口は八千八百三十万という非常に大きな増加をいたしておるのでございますが、逆に死亡の数は減りまして、わずかに七十万を数えておるという状態でございます。人口はふえて死亡の実数はこのように減って参ったのでございまするから、勢い死亡率は、表の第三でごらんをいただきまする通りに、戦前の約半分にも足りないようなところまで下って参りました。このような死亡率の下り方は、特に人口の構造の点において非常に大きな意味を持ってくるわけでございます。よく俗に平均の寿命ということを申しておるのでございまするが、私どもの方で平均の寿命と申しますことに該当するような言葉に、出生時の平均余命ということを申します。出生時の平均余命と申しますのは、現在の死亡の確率で、生まれたときに平均して何年間生きる可能性があるかという数字でございます。その長さを表わしましたものを出生時の平均余命と申しまして、これが俗に平均の寿命と申しているものであります。そこで戦前の昭和十年から十一年の数字でございますが、この当時の寿命は、男子が四十七年でございまして、女子が五十年というところでございます。大体人生五十年というのがこの時代でございましたが、最近におきまして昭和二十八年から二十九年の状態では、男子のただいま申しましたような意味の寿命が六十二年に延びております。それから女子の寿命の方は六十六年という延び方をいたしまして、わずかに二十年に足りないこの短かい期間に、男子におきまして十五年、女子において十六年という存命の延長を見たわけでございます。これを外国の例に徴しますならば、西ヨーロッパの文明国におきましては、大体この程度に寿命を延ばしますのに、三十五年ないし半世紀の時間を投じてきているのでございます。それが日本ではわずかに二十年に足りない間にこのような大きな寿命の延長が起ってきたことになるわけでございます。どういうところで死亡率が特に下ったかと申しますと、戦前では御承知の通りに子供の死亡率が下るのが戦前の特徴でございましたが、戦後におきましては子供の死亡率が下るばかりでなしに、十五才から六十五才までの働き盛りの死亡率が下りまして、寿命が延びたということになるのでございまして、大へん数字ばかり申し上げまして恐縮でございますが、戦前の例を引きますならば、昭和十年から十一年におきましては百人の男の子供が生まれますと七九%が十五才まで生存いたしたわけでございます。つまり戦前では生まれました男の子供の七九%が十五才になったわけでございますが、最近では九二%が十五才まで生存する、こういう状態でございます。なお十五才まで生存する確率を申しますと、戦前では生まれました子供の三六%が六十五才に到達いたしているわけでございますが、今日では五九%が六十五才に到達する、こういう状態でございます。従いまして十五才から六十五才までの間の生存の確率が非常に高まって参りました。戦前では働き盛りになりまして、十五才になりましてから、働き盛りを終る六十五才までの間の生存の確率が四六%であったわけでございますが、最近ではそれが六五%という状態になったわけでございます。従いまして現在の死亡率の下り方の特徴は、特に十五才未満の子供の人口を多くするように働いているということが一つと、それからいま一つは十五才から五十九才もしくは十五才から六十四才の働き盛りの人口の死亡率を引き下げまして、死亡率を引き下げることによってこの年令の人口をふやすように働いてきている、こういう状態でございます。 次に出生率の方をごらんいただきますと、大体戦前におきましては一年間に二百十万の子供が生まれまして、人口がふえて、生まれる子供の数が大体一定になったものでございますから、戦前は出生率は軽く下ってくる、こういう状態でございました。ところが戦後の昭和二十二年から二十四年にかけまして、戦争のあとではよく起ることでございますが、私どもよくベビー・ブームと呼んでおりますが、ちょうど昭和二十二年から二十四年までがベビー・ブームでございました。戦前二百十万ほど生まれておりました赤ん坊が、毎年二百七十万からの赤ん坊がこの三年間に生まれたわけでございます。ところが昭和二十五年からあと生まれる子供の数がぐんぐんと減って参りました。昭和二十七年にはついに二百万台を割るという状態でございました。そうして最近の昭和二十九年におきましては百七十六万の子供が生まれるにすぎないという状態でございます。この間人口が非常にふえているにかかわりませず、戦前二百十万生まれた子供が、最近では百七十六万生まれるというわけでございまして、出生率はこの間に非常な下り方をいたしているわけでございます。表の三でごらんいただきます通りに、昭和八年から十二年の戦前の平均では、人口千人につきまして三十一人の子供が生まれるという計算でございましたが、最近におきましては、ごらんの通りに千人について二十人という状態でございます。これまでよく日本の出生率は高い高いといわれて参りましたけれども、最近の二十という出生率はこれまで出生率が低いことで有名でございました。フランスの出生率にむしろ非常に接近しているという状態でございます。反対にアメリカ合衆国でございますとか、あるいはオーストラリアでございますとか、カナダであるとか、これまで出生率の低いといわれておりましたところが最近では少し出生率が上って参りましたために、日本よりもはるかに高く二十五前後の出生率に相なったというような状況でございます。この出生率の下る速度も実はわれわれが予想いたしましたよりもはるかに急速度になってきているのでございまして、出生率がよく下ると申しますとこれまで私どもの方でも第一次大戦後のドイツの出生率の下り方が一番ひどいといわれておったのでございます。で、ちょうど一九二〇年から一九二六年にかけましての六年間でございますが、第一次大戦後のドイツにおきましては出生率が二三%下ったのでございます。これがこれまでにない出生率の大きな下り方だといわれてきたのでございますが、ところが最近日本では昭和二十二年から二十八年までの六カ年間に三八%という出生率の下り方でございまして、ドイツの前例をはるかに破ったような状態でありまして、この点から申しましても最近の出生減退の速度はこれまでの文明国で経験されたところよりもはるかに急速度のものである、こういうように申すことができるかと存ずるのでございます。 それではどうしてこのような急速度の出生率の減退が現われているかと申しますと、現在のところ結論的に申し上げますならば、いわゆる受胎調節と申しましょうかいわゆる避妊と申されるものでございますが、避妊が普及していることも確かに事実でございますけれども、それよりもはるかに出生率を引き下げるのに大きく働いておりますものは、遺憾ながら人工妊娠中絶並びに堕胎の増加ということによっている模様でございます。表の三でごらんいただきます通りに、ここに死産率というものを出しているのでございますが、この死産率と申しますものは、妊娠四カ月以後の死産で合法的に届け出られたものでございます。その妊娠四カ月以後で合法的に届けられました死産の中を二つに分けているのでございまして、一つは自然の死産と、それからいま一つは人工妊娠中絶による死産との二つに分けているのでございます。申すまでもなく自然の死産というのは大体これは割合が一定しているものでございますけれども、この表の三で死産率のところをごらんいただきますと明らかでございます通りに、出産千について戦前五十一という死産の割合が最近では九十六というふうに非常な高まり方をいたしている。この死産率を高めておりますのが人工妊娠中絶によることは申すまでもないのでございまして、死産の中で人工妊娠中絶の占める割合を示しましたものが表の三の一番最後の欄でございますが、これによりますと昭和二十三年ごろには、死産の二二%が人工妊娠中絶によるものであったのでございますが、昭和二十六年以後五四%、半分以上が人工妊娠中絶によるものだということに相なってきておるのでございます。しかもこれはただいま申し述べました通り、妊娠四カ月以後のものでございまして、このほかに妊娠四カ月未満のもので合法的に人工妊娠中絶が行われておるわけでございまして、最近の傾向といたしましては、この四カ月未満の早期の人工妊娠中絶がまた非常な勢いでふえておるという状態でございます。きわめてラフな数字でございますけれども、簡単に結論的に申しまするならば、現在の出生率を引き下げることにつきまして、大体人工妊娠中絶と受胎調節とが演じております役割は七対三の割合でございます。七分三分と申しましょうか、七分が人工妊娠中絶で、三分が受胎調節、大体そういったような状態でございます。ただいま申し述べましたように、戦後死亡率が非常な勢いで下って参りまして、一時いわゆるベビー・ブームで出生率が高まりました関係上、この間におきましては自然増加率が大へん高まりまして、表の三でごらんの通りに、千人について二〇ないし二二という自然増加率を示しておったのでございますが、その後主として出生率の下り方が急速度でございまするので、ごらんの通り大体戦前の水準を割りまして、最近では人口千人について一二という増加率を示しておるわけでございます。 そこで現在の人口状態はあらましこのような状態でございますか、これが将来どういうふうになるかということでございます。日本の人口の将来でございますが、ただいま申し述べました通りに、現在の日本の出生や死亡の変化が非常に急速度で前例のないものでございますために、将来の推計が非常に困難な状態でございます。私どもの方では絶えず最近の材料によりましてこの将来の人口推計を事実に近いものを作成いたしておるのでございます。ただ本日このプリントでお目にかけておりますのは、これは少し古いのでございまして、まことに失礼なんでございますが、私の方から公表いたしましたこれが最近のものでございますために、公表の数字をここに持って参りました。その後の変化に応じまして、ただいま公表しておりません最近のものでございますが、御要求がございましたならば別にお目にかけることにいたしたいと存ずるのでございますが、この表の4の日本将来人口と申しますのは、これは最近私の方から発表いたしました暫定推計でございます。この推計をいつやったかと申しますと、これは昭和二十八年でございます。昭和二十八年の九月に行いました推計でございます。それからなおごらんの通りに昭和九十年というような非常に遠い先のことまで推計しておるのでございますが、実はこれはこんな先のことが推計できるはずはございませんで、先まで延ばすとどうなるかというわけで、人口の増加の形を見るためにこれは延ばしたにすぎないのでございます。この推計人口の目標といたしましてねらいましたのは、昭和三十五年までがこの推計のねらいでございます。昭和三十五年までを推計することを主眼といたします。これは人口の推計の技術上の問題でございますが、昭和三十五年まで推計しようといたしますと、少し先のところまで——これで申しますと昭和四十年までいろいろの仮定、出生率や死亡率の仮定を設けておるわけでございます。昭和四十年以後は昭和四十年以後で仮定いたしましたものをただそのままずっと続いていくとして延長したにすぎないものでございます。ただ人口増加の力を現わすというにすぎないものでございます。ただいま申しましたような状態でございますから、この推計の中には奄美大島の人口を含んでおらないのでございます。奄美大島の人口を調べましたのは二十九年の三月でございます。この推計の中にはその関係上奄美大島の人口が含まれておらないのでございます。それから基礎として使いました人口は昭和二十五年の国勢調査の——これもまだ全部集計ができておりませんでしたために、一〇%の抽出集計の結果を推計の基礎人口といたしまして使ったのでございます。この点からこれは抽出推計の誤差を多少含んでおるということに相なるわけでございます。 それから出生の方につきましてはどういう仮定を設けたかと申しますと、この当時の日本の出生力の状態から推しまして、ちょうど昭和四十年にこれまで戦前の正常な時代に、一九三七年でございますが、一九三七年にスエーデンが到達いたしました出生力の水準、これが非常に日本のこの当時の出生の傾向からふさわしいものと思われましてよくマッチいたしましたために、昭和四十年に一九三七年のスエーデンの出生力を仮定いたしました。 それから死亡率につきましては、日本の死亡率の下る状態を考慮いたしまして、一九三四年から三八年のニュージーランドの死亡率を日本に向くように加工いたしましてこれを仮定をいたしたわけでございます。 このような状態でございまして、この推計にはその後新しい材料がわかっておりますことと、非常に不備な材料で推計をいたしましたために、現在から見ますと多少実際に近い将来に起りそうな推計人口と多少の食い違いを生じておるのでございます。これを最近補正をいたしておるわけでございます。ただいま申し述べました通りに、まず第一に奄美大島を含んでおりませんから、これを含ましめることが必要でございますし、それから推計の基礎人口がサンプル集計でございますので、最近国勢調査の結果がわかりましたために、これを百パーセント集計に置きかえる必要がございますし、なおまた出生率や死亡率の状態を外国の例をかりてここでは仮定をしたのでございますが、おおむね日本の出生や死亡の状況が最近の材料によってわかりましたので、これを外国の借りものではなしに、日本の現在の出生、死亡の状況に置きかえて修正をする必要があるわけでございます。ただ、ただいま申し述べましたような点で修正の必要がございますが、しかし全体の日本の将来の動きといたしましては、大体推計の基礎を変えましてもあまり違った結果にはならないのでございます。まず昭和三十年のところでは奄美大島の二十万だけ大体この推計よりも多くなる見込みでございます。それから昭和三十五年におきましては、その後の出生率や死亡率の下り方がこの推計の仮定よりもやや著しいために、お手元の第四表に現われておりますところよりも昭和三十五年のところで約三十万大きくなる見込みでございます。そのほかに先ほど申し述べました奄美大島の約二十万と少しになりますが、これがつけ加わります。それから昭和四十年のところでは約八十万程度これよりも少くなって参ります。大体こういう見通しでございます。ただ全体の人口の動きにつきましては、この推計の結果と近い将来の数字は多少動きますけれども、全体の動きといたしましてはそれほど大きな変化はないのでございます。ただいまごらんをいただいておりまするこの表によりまして一応問題となる将来の人口の動きについて、要点を簡単に二、三申し述べて御参考といたしたいと存ずる次第でございます。 まず第一の問題は、このような出生減退が起っておりますにもかかわりませず、どうも一億の人口が避けがたいのではないかということでございます。ただいま、最近のわかっております人口が八千八百八十万と申し述べたのでございますけれども、近い将来に一億人口はどうも一応避けがたいと見た方がよろしいのではあるまいかというふうに考えられるのでございます。その一億人口の時期が問題でございますが、大体昭和四十五年前後、ここら辺のところで一億の人口を覚悟しなければならないのではあるまいかというふうに考えられる点が一つでございます。 それからもう一つの問題は、ただ人口の大きさの問題ばかりでなしに、それよりもむしろ構造が変るというところに非常に大きな問題があると考えるのでございます。それはただいまも申し述べましたように、死亡率の下り方が、特に十五才未満の子供をふやすように働いてきているという点と、それから十五才から五十九才——あるいは六十四才にとりますが、働き盛りの生産年令人口と申しておりますが、この生産年令人口を増加させるように働いてきている、こういうことでございます。従いまして、現在の日本の人口の非常に大きな特徴は、十五才未満の子供が、出生減退にもかかわらず非常に多いということでございます。従いまして今後十数年間はこれらの子供たちが毎年十五才の働き盛りになって、労働市場に現われてくるということになって参ります。数字は最近の趨勢によりますと多少変って参りますが、お手元に差し回しましたプリントの表の五のところでごらんをいただきましても、十五才から五十九才の生産年令人口が、今後昭和三十年から昭和四十年までの十年間に、一千百五十万という増加をいたします。従いまして、毎年平均いたしまして、百十五万ばかりの生産年令人口が増加するということでございます。実は私どもが頭を痛くいたしますのは、この毎年百十五万に上る生産年令人口が今後十年間にふえるということでございます。 御参考までに戦前の状態を申し述べますならば、昭和五年以後におきまして、大体毎年日本で十五才から五十九才の生産年令人口は四十万ないし五十万ふえておったのでございます。この中で約三十数万が実際に職業戦線に現われて雇用されてきた、こういう状態でございます。それが今後におきましては生産年令人口が毎年百十五万から増加いたします。そうしておそらくこの中で八十万前後のものが労働市場に直接現われまして雇用の対象になる、こういうことに相なるかと存じます。従いまして今後十年間は、毎年八十万人分の新しい雇用を用意するだけの構想をいたしません限り、失業が増加せざるを得ない、こういう状態になって参ります。この生産年令人口の激増をどうするかというところに、一つの問題がございます。 それからその後の十年間、昭和四十年を過ぎて四十年から五十年に相なりますと、生産年令人口の増加は約半分に減りまして、六百十万くらいの増加になりますから、この点から、今後十年間が人口の点から申しました雇用問題の一番重大な時期ではなかろうか、かように考えられるわけでございます。それからいま一つは、ただいま申し述べました通りに、出生が毎年々々減っておりまする関係上、昭和三十年から昭和四十年までの間に約五百六十万の十五才未満の子供が減ることになります。従いまして平均いたしまして年五十六万の十五才未満の子供が減る、こういう状態でございます。そうして六十才以上の老人の人口が十年間に二百二十万ふえる。従って一年間に平均いたしまして二十二万の六十才以上の人口の増加がある、こういうことであります。従いまして人口増加の状態から申しまして、近い将来におきましては、この生産年令人口の増加をいかに雇用とマッチさせるか。経済の全体と日本のこの人口の増加の特徴とどう結びつけるかということが非常に困難な大きな問題に相なってまいります。この点につきましては人口増加の速度を鈍らせる、人口増加の調整という言葉で呼ばれておりまするが、人口増加を調整することが必要であることは申すまでもございません。これは二つの意味合いを持って参りまして、一つには、将来における人口増加の速度を緩和することが一つと、いま一つはこの生産年令人口の激増期に当りまして、生活の保持、向上といったような点からも必然的にこのような人口調整が普及していくのではあるまいかというふうに考えられるのでございます。その場合に海外移住が重要であることは申すまでもございませんが、その点に関連いたしましては勢い家族計画と申しましょうか、これの普及が望ましいということに相なって参ります。しかしながら、いかに家族計画が普及いたしまして出生が減退いたしましても、現在十五才未満の子供であって、今後十年間に生産年令に飛び込んでくる人口は、すでに生まれてしまっておるわけでございますから、これは産児調節等によりましてはいかんともいたしがたい一つの人口の必然的な増加と申すのほかはないのでございます。これをいかに処理するかということがその点からも根本問題と相なって参ります。 それからこれまでの外国の文明国の経験では、まずただいまのような変化が約一世紀近い間にじわじわと西ヨーロッパの文明国では起って参りました。そのために生産年令人口の激増期が経過いたしまして、それから今度は人口の中で老年人口、つまり年寄りの人口がふえるという時期に遭遇したわけでございますが、日本では、ただいま申し上げたような状況で非常に速度が早いところから、この人口の老年化と生産年令人口の激増期というものが同時にやってきておるわけでございまして、しかも日本のこれまでの社会状態や経済状態が、人口が若くなる一方のためにできておるわけでございまするから、これから先は反対に人口が年をとるような状態に社会生活や経済生活が適応していかなければならないといったような状況に相なっておるわけでございます。 ただいま申し述べました点を要約いたしますならば、どうも現在の人口増加の状態から見まして、近い将来、昭和四十五年前後と推定せられるのでございますが、一億の人口は避けがたいと見なければならないと思われますことと、それから第二に、従いまして人口増加の速度を調整するということが必要であることは申すまでもないのでございます。このためには、ただいま申し述べましたように、海外移住、それから家族計画の普及ということが必要だということになって参るわけでございます。さらに第三の要点といたしましては、この激増いたします生産年令人口にいかに雇用を適合せしめ、経済の全体を調整するかという問題でございます。これが今後十年間の日本の人口問題の最も中枢的な問題になりはしないかと考えられる点でございます。それから最後に、日本では生産年令人口の激増期と、それから人口の老年化とが同時に起って参すますので、これは西ヨーロッパの文明国がこれまで経験したところとは違って、一層大きな問題になってくるかと考えられるのでございます。 それから最後に私どもの人口という立場から申しまするならば、いずれにいたしましても、経済と人口との比例関係が破れておるわけでございますから、人口の量的な増加は歓迎せられないわけでございますが、こういうような時期であるだけに人口の資質をよくするということが、人口という立場からは大へん重要な問題になるかと考えるのでございます。 大へんどうもふなれでございまして、おそまつな説明を申し上げましたにかかわりませず、御聴取をいただきまして、まことにありがとうございました。
○山手小委員長 何か御質疑がございますか。——それでは本日はこの程度にいたして散会をいたします。 次会は公報をもってお知らせをいたします。 午後三時三十一分散会