P政策ポータルPOLICY PORTALウォッチ
22回国会衆議院1955/06/17

商工委員会科学技術振興に関する小委員会 第8号

発言数
3
登壇者
2
会派数
1
開催日
1955/06/17

会議録

前田正男自由党

○前田小委員長 それでは会議を開きます。  本日は技術開発銀行の設立に関し、特に御構想をお持ちになっておられる参考人小池寛君から、この際御意見を承わりたいと思います。小池参考人には、御多忙中のところ特に御出席下さいましたことを厚く御礼申し上げます。

小池筧閉鎖機関朝鮮銀行特殊清算事務所顧問

○小池参考人 私は朝鮮銀行の株主を代表してきょうはお話を申し上げたいと思います。昭和二十六年の三月に、私は同じく株主を代表しまして、陳情書をマッカーサー司令部に提出したのであります。そうしましたら、翌四月に司令部から呼び出しが参りまして、上って、バンカー大佐という高級副官に面会をいたして、司令部の意思を体してあなたに面会すると言われまして会談をすることができたのであります。その陳情の要旨は、朝鮮銀行等は戦争の協力者であって、戦犯と見られて解体をされて解散をさせられて、財産は拘束を受けており、株式の権利は全く拘束されておる。しかもいつまでたってもその財産を動かして国家の再建のために尽すことができない状態にあるのはけしからぬということを書い書いてあるのであります。それに占領後もう六年になっておるから、一日も早く解除して、戦犯でない状態に返してもらいたいということを書いてあるのであります。もし戦犯として、鮮銀、台銀、正銀等を懲罰するならば、何ゆえに日本銀行とか日本興業銀行とか、もっと根本的なところを取調べないのかと言いましたら、向うはこれは間違いであった、進駐してきたその月に判決を下したので、大へんな間違いを犯しておるということであった。また当時は日本の経済の弱体化も考えておったが、六年たった今日は、状況が違うからそういうことは今考えておらない。従って一日も早く閉鎖の指定を解除して、活発に経済活動をしてもらいたいと思って、先般来日本政府に対して、すみやかに清算を済ませて、あるいは清算の途中でもいいから、解散をやめて生き返るようにしてやりなさいというメモを与えてあるという話でありました。その話があった後二日してマッカーサー司令官は本国に帰らなければならなくなったのであります。それは四月の話でありますが、その年の九月には条約が調印せられて、その翌二十七年の春には、条約は効力を発生したのであります。日本は独立して憲法は完全に生き返ったのであります。しかるに憲法にはなはだしく抵触することのあるこの閉鎖機関令は議会の協賛によって法律となりました。前の機関令はポツダム宣言受諾に基く政令であったのでありますが、二十七年にはこれが日本の法律となって、その法律が今日もまだ生きておるのであります。従ってこれらの会社は戦争犯罪人としてまだ牢屋に入れられており、財産は拘束されておる状態であります。さらにその翌年二十八年の夏の十六国会において、閉鎖機関令が大きく改正されまして、残余財産で第二会社を作って復活の道を開くことができるようになったのであります。そのときに議会は附帯決議をこの改正にくっつけまして、特殊清算人にはその会社の元の関係者を任命してもらいたい、第二会社はすみやかに認可をして、閉鎖されなかった状態に早く返してやれという意味の附帯決議が議会でくっつけられたのであります。それでその十六国会の決議のできたのは七月の末でありますが、その年の十一月になって、ようやく朝鮮銀行と台湾銀行だけがその関係者を特殊清算人に任命してもらったのでありますが、他の満鉄、東拓、殖産銀行その他数十の大会社は、依然としてただ一人の関係者でない清算人によって整理をされておる現状であります。この第二会社の申請は私どもが起案をして提出をいたしたのでありますが、受理せらるべくもなくさらに翌年の二十九年五月には閉鎖機関令はまた大幅に改正されまして、今まで閉鎖機関の範囲外でありました外地の預金、送金をも内地の財産から支払えというように変えられたのであります。これは主として大部分が引揚者に預金を払えというのでありますから、私どもは喜んでその仕事を引受けまして、支払い開始から今日まで一年余になります。その支払いも発行が済みまして、あと一、二分を払えばよいという最後の段階まで参っております。こういう状態になりましたから、私どもの銀行の株主の有志は、ことしの一月には残余財産の一部で貿易振興の会社を作り、残った大部分をもって科学振興に寄与する機関を設けたいという案をつくったのであります。しかしこの案ができるためには、政府はこの残余財産に対する税金は一切免除してもらいたい、これを前提としてこの案を作っておったのであります。この案を各方面に配布いたしまして、その反響を待っておったのでありますが、各方面で非常に賞賛されまして、政界、官界はもちろん、実業界の方面でも歓迎をされて参ったのでありますが、さらにこの案は非常にラフな案でありましたから、研究推敲を重ねた結果この案がだんだん進化して参りまして、現在では残余財産をあげて技術開発金庫を創設したいという考えに到達して参っておるのであります。この構想は通産省が昭和二十五年以来実行しておられる科学研究が一応済んで、工業化せんとする段階に対して融資援助をしておるのに思いついてまとめた案でありまして、皆さんに差し上げてあります。パンフレットがそれであります。もっともこの金庫は閉鎖機関令や鮮銀の株主権等のことを考え合せまして、株式会社の組織として、この株式会社を作るためには特別なる法律によってもらいたいと希望しておるものであります。今できておりますパンフレットには、工業化を補助するための低利長期の融資をなすほかに、科学に志す学生の育成資金、科学研究費等の補助もしたいと今は考えるに至っております。ただ本案は有志株主の試案でありまして、各方面の反響、批判等によってさらにこの案が進んで具体的になっていく余地を十分に残しておるのであります。一番大切な残余財産に対する課税免除のことは、国会方面においてぜひ取り上げられたいのでありますが、これが取り上げてもらえないならば、この科学振興に寄与せんとする私どもの案は画餅に帰するのであります。きのうも朝鮮銀行の関係者が集まりまして、この案について研究をいたしたのでありますが、ある大先輩はこんなことを申しておったのであります。世の中が逆になったというが、本件においても明らかに逆になったことがわかる。かくのごとき案は国会とか政府とかが率先して起案して鮮銀関係者に協力を求めるべき筋合いのもだのと思う。鮮銀の人たちの方から財産を提供して重要国策に寄与させてもらいたいというのは逆ではあるが、おもしろい案だと思う。それに対して政府は税を取り上げてあとをほとんどからにしようと考えておるのは、国を思っておる役人がやる仕事であるとは思えない。これに反して朝鮮銀行の関係者は、鮮銀四十年の朝鮮及び満州、支那における開発のための奉公精神をいまだに持続しておって、今日の段階においては経済開発振興の精神と経験とを日本再建の一番大切な科学振興に傾注せんというのであるから、本懐の至りである。旧職員、役員はもちろん、株主も衷心から喜ぶことであろうとその先輩は申されたのであります。本案は、敗戦日本再建の基は科学の振興にあり、これに全力をあげて寄与せんとする、この純粋にして青年のごとき愛国精神の率直なる発露にすぎないのでありますが、まことに素朴なものでありますが、各位の賛助を得て実現に至らば関係者一同感激することと存じておるのであります。本案を作り出す基礎となったのは、この春の選挙に当りまして、各政党はひとしく科学振興を重要国策として政綱に掲げ、その実行を約束しておられますのに示唆を得て起案したのであります。かつ、本国会に提出されておる予算案を見ますのに、各党の政綱とは逆に、科学振興策の見るべきものがないと私どもは考えておるのであります。従ってぜひとも各党一致されて超党派的にこの案を取り上げられて実現に向わしていただきたいとお願いする次第であります。四囲の状況から判断をいたしまして、場合によっては株主を集めて総会を開き、株主総会の総意においてさらに要望をいたしたいとも考えておる次第であります。すでに有力な株主は賛意を表して、この案を中心に実現を希望しておる現状であります。  本案に対しましては、大きな支障が二つ横たわっておるのであります。その一つは、前から申し上げました通り、大蔵省の徴税のことであり、一つは外務省の日韓関係の心配であります。徴税の問題は、前述のように、朝鮮銀行に対しても金融再建整備法等の一環の戦後の経済再建の立法の精神を普及されまして、今までのような戦犯解散の方針を再建整備の精神に置きかえられて、閉鎖機関令及びその指定を抜本的に考え直していただいて、強制解散のなかりしものと考え直されたならばおのずから解決の道も立ち、またかくのごとき憲法違反の機関令を忠実に実行し、さらに強化し、あるいは最近においては納付金までも新たに課せんとする動きあると聞くが、これらはまことに末梢にとらわれて、根元の反省を欠いておるものではないかと私どもは残念に思っておるものであります。この段階において、各党の皆さんが一致して技術開発金庫の特殊会社法の成立をしていただいて、従来この十年間わずらわされておった立法及び法の適用を一掃していただきたいと考えておるのであります。  さらに、外務省が日韓関係を憂慮しておると申しますのは、サンフランシスコの平和条約にも一とがあるのであります。サンフランシスコ条約の第四条によりますと、朝鮮に置いてきた日本人の財産、日本側の財産、日本国内にある各国側の財産、これの最終的処分には日韓の取りきめを必要とするという条項が書いてあるのであります。これに対して韓国側は、公式ではありませんが、しばしば新聞その他において放送をいたしておったのであります。最近はやっておりません。それには朝鮮銀行の内地における財産は朝鮮に返すべきであるという議論をなしております。さらにはなはだしいのは、朝鮮銀行が発券銀行であったために、朝鮮で産出した金をすべて強制買い上げをして日本へ持っていった、それが千何百トンある、これを返せということまでも新聞には発表しておるのであります。これに対して外務省は非常に神経を病んで、日本にある朝鮮関係の財産には手をつけるなというので、今日まで手をつけさせずにがまんをさせておったのでありますが、私どもはこの問題については、平和条約調印以来真剣に研究を重ね、また専門の学者の意見も徴して結論を得ておるのでありますが、日本の国内にある日本人の財産については、韓国のみならず戦勝諸国に対しても何ら遠慮をすることのない状態にあるということが私どもの一番の原則となっておるのであります。しかるに、朝鮮銀行は朝鮮の銀行である、日本の銀行ではないと思っておる役人がまだ相当たくさんおるのであります。これが間違いのもとであります。朝鮮銀行は、皆さん御承知のように、日本の特別法、朝鮮銀行法という法律によって成立をいたしまして、その役員は全部日本八であります。その株主も全部日本人であります。そして成立においては、日本の登記所に登記をして、日本の国籍を獲得しておるものであります。ただ本店が京城と指定されておるためのみでありまして、本店が京城にあるからこれは朝鮮のものであると韓国政府は申しておるのでありますが、御承知のように、国際法におきましても、本店主義というものは一般の法定する国籍決定の基準ではないのでありまして、今申し上げましたように、その成立の基準法あるいは経営者の国籍、株主の大多数の国籍等が最も重要なる決定の基礎でありまして、本店の所在ということはさまで重要なことではないのであります。従って、一つの前例が第一次世界戦争のあとでアルサスローレンにあった例によりましても、アルサスローレンの中にありましたドイツ国の会社は、すべてベルリンに本店が移ったものと考えるということを根拠として扱った結果、それが正当であると連合各国からも認められたのであります。これが唯一の前例であります。そうでなくとも、その根拠法、経営者、構成の株主等から考えまして、当然に日本法人であるのであります。また連合国司令官も日本の閉鎖機関令、すなわち日本の法律も朝鮮銀行は日本法人であるということを定めておるのであります。ただ外務省だけがその国籍いかんに迷っておった次第であります。これほどはっきりした問題であるにもかかわらず、李承晩主席が遠ぼえをすれば、自分の国内にある自分の国民の財産をも押えておかねばならないというようにおびえることは、非常に解しがたいところであると私どもは考えておるのであります。また朝鮮銀行の株主の中には、外国人ははいれないように定められてあるのでありますが、以前日本人であった人で今は韓国人になっておる人間が若干あるのであります。それはきわめて少いのでありまして、八十万株のうち約六千株が朝鮮人個人名義になっておるだけでありまして、何らの決定権もない数字であります。しかしながら、朝鮮銀行を整理して復興せしめようとしておるわれわれどもの考えでは、この六千株の権利を踏みにじろうとは一つも思っておりません。株主としての権利は、国籍いかんを問わずに擁護しようと思っております。日本人株主に渡るべき財産がありましたならば、韓国人の株主にも平等に渡すつもりで受け取りに来なかったならばちゃんと留保保管しておくつもりで考えておりますから、この点からいいましても、韓国に遠慮をして、こういう財産をいつまでも拘束して寝かしておく必要はないと思っておるのであります。韓国に置いてきた日本人の財産については、最終的処分は両国のとりきめによると書いてありますが、その前に、連合軍が朝鮮を占領したときに、日本人の財産を押えたのであります。そうして占領に必要なる利用をしておりました。その状態をアメリカではベステッドと言うておりますが、誤まって訳して、これは所有権が移転したように日本文で訳しておるのもありますが、そうではなくて、インベストのベステッドであります。ベステッドしてあったにすぎません。そのベステッドの状態を韓国政府に現地の司令官は渡したのであります。韓国政府は今そのベストを受けておる状態であります。その状態を日本を認めよということがサンフランシスコ条約の第四条に示してあります。だから、日本の置いてきた財産について韓国が最終的処分をなすについては、条約によるとりきめの結果を待たなければならないのでありますが、韓国はその結果を待たずして、ことごとく最終的処分をなしておるのであります。このやり方を見ても、日本もよほど考慮しなければならないのじゃないかと私どもは思っておるのであります。それを韓国がいっか取りにくるのではないかということで、財産を留保して縛っておきますれば、韓国の不当なる欲望を誘発させるだけの効力でありまして、何ら条約に従うという忠誠の証拠にもならず、笑いものになるにすぎないのではないかと思っておるのであります。この点は、国会においてしっかりした態度で認識をしていただきたいと私どもは熱望しておるのであります。  一昨日朝鮮の各地方銀行もみな集まりまして、この点について相談をいたしましたところが、どうも外務省はあてにならない、国会にどこかの窓から発言をさしてもらう口があったならば、この点は国会に訴えるよりほかに道がないではないかということでおったのでありますが、今日私がここへ来てその不平と不当を訴える機会を与えさしてもらったことにつきまして、昨日もまたみな集まって喜んだ次第でありますから、十年間圧迫をされて、圧迫の結果朝鮮の不当なる野望のために拘束をされている、私どもの朝鮮引き上げの各法人、個人の状態をとくと御考慮の上、誤まった考えを是正さしていただきたいと念願しているものであります。  最後に朝鮮銀行の今残っている財産は約七十五億と称せられております。その中には登録公債が五十七億あります。これは額面で申しておるのであります。この評価いかんによりましては六十億台ともなりあるいは七十億台ともなるのであります。十八億くらいの銀行預金及び金融債を手持ちをしております。全部加えてみますと七十億から七十五、六億という数字になるのではないかと考えております。ただ日本銀行は戦争中朝鮮銀行に公債をしきりに買ってもらっておったのであります。そのときの条件としては九十八円で百円の公債を買わされたのです。そのかわりいつ何どきでも朝鮮銀行の必要があったときには買上値段で買い戻す、九十八円でいつでも買い戻すからという、証書ば取っておりませんが、約束のもとに五十七億を買って持っておったのであります。これは台湾銀行、朝鮮殖産銀行その他おもなる銀行がみなこの公約のもとに公債を買って持っておったのであります。それが今日は公約の九十八円のみならず、成り行き相場でも買ってもらえないであります。このままただ三分五厘の利息を十年間もらって今日に及んでおる状態でございます。年々とふえて参りました利息を積み立てて十数億になったのであります。東京の丸の内に大きな支店があります。それから大阪に二つ、神戸、名古屋、門司、福岡というように、国内に八つの支店がありました、それを日本銀行が管理人の時代に売り払ったのでありますが、何と全体で四千五百万円くらいに売っておるのであります。はなはだしいのは大阪の目抜きの場所にあった支店が八十五万円で売られております。そういうようなさんたんたる、公債も買い上げてもらえず、三分五厘のままインフレーションの進むときに公債だけ持って、値の上る不動産はたたき売りにあって今日に参っておりますが、なお七十億内外の財産を残しております。この財産をもって、利益追求の観念を捨てて国のための技術開発に尽したいと、株主も従業員も経営者も一致してその念望に燃えている次第でありますから、区々たる、税を取るとかどうとかということなしに、これをまとめて国家の重要なる仕事に傾倒さしていただきたいと思っておるのであります。これで話を終ります。

前田正男自由党

○前田小委員長 本日はこの程度にいたして会議を終ります。次会は追って公報をもって通知いたします。    午後二時四十九分散会

国会会議録検索システムで原文を見る ↗