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19回国会参議院1954/04/20

文部・地方行政連合委員会 第1号

発言数
218
登壇者
11
会派数
4
開催日
1954/04/20

会議録

川村松助自由党

○委員長(川村松助君) 只今から教育公務員特例法の一部を改正する法律案について、文部地方行政連合委員会を開会いたします。  慣例によりまして、不肖私が委員長を務めさして頂きます。本日は主と一て地方行政委員のかたに御質疑を願いたいと思います。出席を要求してあります大臣及び政府委員は次のようになつております。文部大臣が御出席になつておられます。自治庁長官はまだ御出席になつておりませんが、午後お見えになるそうであります。人事院総裁は衆参両院の委員会があるので、その合間を見て御出席を頂きます。文部省の初等中等教育局長が見えております。人事院の管理局長が見えております。自治政務次官の青木君が追つて見えるはずであります。つきましては、教育公務員特例法の一部を改正する法律案につきまして御質疑を願います。

秋山長造日本社会党(第四控室・左)

○秋山長造君 議事進行について。只今文部委員長のお話によりますと、本日の連合委員会は教育二法案のうち、教育公務員特例法の一部を改正する法律案ただ一件のように承わりますけれども、実は我々地方行政委員会におきましてはこの教育公務員特例法の一部を改正する法律案と、もう一つ他の義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨時措置法案、この二つはいろいろな面で密接不可分の関連を持つたものであるからして、これを二つ共この連合審査の議題として取上げるという決定を満場一致いたして、そして本日のこの委員会に臨んだわけであります。ところが只今のお話によりますとその片一方だけということでありますが、この点の食い違いについて如何にお取計らい下さるか、一つお願いしたいと思います。

内村清次日本社会党(第四控室・左)

○内村清次君 只今秋山委員から申されました案件の要求に対しましては、実は最初当委員会から文部委員会に合同審査を申込みました際におきましての主題目につきましては、教育公務員特例法の一部を改正する法律案、こういう件の申込をしたのでございますが、併しその後この合同審査の際におきましては、これは先ほど秋山君から言われましたような義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する法律案、これと不可分の関係があるから質疑のときにおいては是非この関連した問題として質疑を展開することを要求してもらいたいという要請もありまして、地方行政委員会におきましては、そのような件を同時に申入れるということに全会一致で承認されまして来たわけでございます。こういうような地方行政委員会の決定でもございまするからして、この点は一つ委員長におきましても是非そういうふうな取扱いをして、今日の合同審査を有効にして頂きたいということを委員長からも要請いたします。

川村松助自由党

○委員長(川村松助君) お諮りいたますが、文部委員会のほうへのお申込は教育公務員特例法の一部を改正する法律案一項の申込があつたのでありますが、かたがた只今行政委員のほうから、或いは行政委員長のほうから中立確保法についても審議を共にするように、こういう御要望がありますが、御要望に副うように取計らいまして御異議ありませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

川村松助自由党

○委員長(川村松助君) 御異議がなければさよう決定いたしまして審議に入りたいと思います。

若木勝藏日本社会党(第四控室・左)

○若木勝藏君 私はこの際文部大臣に伺いたいと思いますが、今度拠出されました教育の二法案というものは、これは教育のいわゆる政治的な中立の維持を図るために、先ず大体こういうふうな意図の下に考えられておるのではないか、その一つとしては、何人かが学校教育法に規定するところの学校の職員を構成員とするところの団体の活動を利用して特定の政党を支持させ、又はこれに反対させる教育を行うことを教唆し又人は扇動することを禁止する、又他の一つとしては、これは直接に教職員の選挙運動等のいわゆる運動と、人事院の規則で定めるところの政治的行為を禁止する、この両方を以ていわゆる政治的な行為を制限して、そうして中立の維持を図ろう、こういうふうに私は意図したものと考えるが、それで差支えありませんか。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) その通りであります。

若木勝藏日本社会党(第四控室・左)

○若木勝藏君 それでは両法案は密接不離の間にあつて、共にそういう点から教育公務員の政治行為を制限すると、こういうことになつて参りますので、私は先ず第一に義務教育法の諸学校におけるところの教育の政治的中立の確保に関する法律案は教唆、扇動に関する部面を担当するものであつて、こういうふうな立場から一ついろいろ伺つて行きたいと思うのであります。  先ずこれについていろいろな疑点があるのでありますが、最初に伺いたい点は、この法案を提出するところの直接の動機は一体何であつたか、この点を伺いたい、こう思うのであります。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 今日私どもの見るところでは学校において、ややもすると教育基本法八条の二項に抵触するような教育が行われておる、又少くともその危険を感じておる今においてこの教育の中立を確保するという方法をとらなければならぬ、かように感じておるわけであります。この場合に教員自身が教育活動と青いますか、その教育活動に現われるいわゆる偏向というものを一々対象として取締りをするということは、これは非常に行過ぎの場合を生ずる、かように考えまするから、この教育のなすところの教育活動を直後対象とするということは、これを避けたのであります。ただこの場合に教員に対して偏向した教育を行うことを教唆、扇動するというような外部から教員に働きかける、こういう事態があるならば、これを排除することが是非とも必要である、かように考えたのであります。ただそれもいろいろな場合が考えられまするので、現実の事態から見て、最も影響力を持ち、又支配力を持つという場合だけにこれをとどめた、こういう考えであります。これは教職員団体といいますか、教職員を主たる構成分子とする団体の組織或いは活動を利用し、これを通じてなすところの教唆、扇動、これに限つたのであります。この点も必要以上に行過ぎのないように、こういう配慮から出たのであります。更に又これが特定の政党の政治的団体の党派的勢力の伸張或いは減退を目的とする、こういう目的を以てなされる場合にこれを限つたのであります。全然さような意図を持たないで、たまたま特定政党の主張と一致するような内容の教育を教唆、扇動する場合でありましても、これもとめるということはこれ又場合によつて行過ぎを生ずる、こういう配慮に基きまして教育を利用して特定の政治的勢力を伸張しようとする、こういう目的を以て偏向した教育を、而も有力な影響力を持つ形を以て教唆、扇動する場合にこれを取締る、こういう考え方であります。

若木勝藏日本社会党(第四控室・左)

○若木勝藏君 それでは私は更に伺いたいと思うのですが、もう一つの教唆、扇動を禁止するところの法律を作るというふうなことになれば、直接今何人かがそういうふうな教唆、扇動をしているというところの事実を感じておる場合にそういう法律を作るというふうなことが出て来るのじやないか、こういうふうに思われるので、現在においてそういう教唆、扇動をしているところの事例があるのかないのか、その点を伺いたい。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 今日末端の学校において現われておると考えられておるところの偏向教育というものが、一定の組織的な或いは計画的な意図を以てなされておると考えられる節があるのであります。実際において個個の場合において教唆、扇動の事実は、この法律ができた場合において各個の場合に立証される問題であります。ただ私どもとして感じておるのは団体の力を通じてかように一定の方向の教育を行うべきことを指示し、指令をして或いは具体的に申上げると日教組の類似な大会、或いは中央委員会において常にさような決議をし、さようなことが示めされておるのであります。これは偏向をした教育を計画的に組織的に学校に行わせようとする働きかけである、かように考えております。

若木勝藏日本社会党(第四控室・左)

○若木勝藏君 そういたしますと、現存においてそういういわゆる偏向教育をなさしめておるところの唯一の事実は日教組というふうな団体が指令によつてそういうことをさせておると、こういうふうなことを確認した上でこういう法律を作られた、こういうことになりますか。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 私どもとしては、必ずしも日教組だけがそういうことをしておる、こういうことを断定しておるわけではありません。又今日の事態がどうあろうとも、今後においてさような有力な手段を以てする教唆扇動が許さるべきではないと、かように考えております。この法律はただ、日教組の現在の状態、これが契機になつたことは事実であります。併しそれに限定されるものではないと、かように御承知を願いたいのであります。 (「ずるいよ」と呼ぶ者あり)

若木勝藏日本社会党(第四控室・左)

○若木勝藏君 大臣は日教組というふうな組織の活動とうふうなものを組合活動というふうな方面からどういうふうに考えておられるか。即ち、日教組という職員団体は、これは一つの下部組織があつて、そういう方面で代表者が出ていろいろ決議をすると、その決議をしたことが執行機関によつて又下部のほうへ戻るというふうな、これはどんな組合でもそういう形になるのですが、そういうことはただ単に或る一つの日教組という団体が下部を教唆扇動したという事実には私はならないと思う。当然自分たちのいわゆる組織人の権利を主張して、それがいわゆる結末的においては決定を見た、それが自分に戻つて来る、こういうふうなことが何で一体教唆扇動されるというふうに考えられるか。大臣はそういう方面の労働組合の組織というものが十分おわかりにならないのじやないかと、こう考えるのでありますが、どうでありますか。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 日教組が、まあ労働組合であるとして、そうしてその組合活動をかれこれ言うわけではありません。ただその組合活動のうちに、基本法の八条の一項に抵触するような内容のものを決議して、それを組合員に流す、下部へ流す、これは私どもとしては、これを組合活動であるからという故を以て容認することはできないのであります。

若木勝藏日本社会党(第四控室・左)

○若木勝藏君 そういうことは一つのそれこそ偏向した考え方になるじやないかと思うのです。日教組という組織は、そういう組織の範囲を越えてやることは私はないと思う。労働組合のいわゆる組合活動というものは、私はそういうふうにできておると思う。ですから、その枠から抜けた別段の教唆扇動するような方法というものはあり得ない。大臣はその点についてはどこまでもそういうことがあり得ると考えられるのでありますか。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 日教組がいわゆる職員団体として、勤務条件の改善その他の点について決議をし、それを推進するということは、何も問題ではありません。ただ日教組が各個の教員の職場に対してかくのごとき教育をせよということを指令をする、これをどうしてそれは労働団体であるからの故を以て是認せられるでありましようか、当然にかようなことは排除さるべきものであると、私はこう思つております。

若木勝藏日本社会党(第四控室・左)

○若木勝藏君 先ほどから私何遍も申上げておる通り、そういうことは組織の活動を離れて私はあり得ないと思う。それを大臣がそういうふうに見ておるところに誤解があると思う。日教組の組織というふうなものは、そういうものではない。全く組織の活動というふうなもの、或いは組織そのものから離れて枠外にそういうものを置いて、こういう教育をせよというような、そういう馬鹿げたことは日教組は私はやらないと思う。全くそういう教育が行われて行くような一つの組織というふうなものにおける十分なる検討、研究が行われた結果、それが一つの決議になつて現われて来るのだろうと思う。これはまあ大臣の考え方は非常な私は誤解に立つておると思う。そういう誤解の上に立つたところの中立維持の法案なるものは、私は全く教育を誤るものであると、こういうふうに思うが大臣どうですか。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 別に私は誤解をしておるとは思いません。ただ偏向した教育をしてはならない、これは八条の二項のはつきり定めておるところであります。だから偏向した教育をしてはならないという原則に立つ限り、これを容認する限りは、そのような教育をたとえ組合活動であろうと何であろうと、それを職場になすべきことを指令する決議を以てそれを組合員に流す、これは不当であることは私は当然であると思う。これが組合活動であるからという故を以て、法律に禁止してある内容のことを決議をし、そうして組合員に流すということが、これが是認せらるべきことでありましようか。極端な例を以てすれば、組合活動であろうとも、刑法その他の法令に違反する事実をただ組合で決議をしたからそれを流したのが何で悪いと、こういう議論には私はならんと思う。基本法の八条の二項というものが原則に存する限り、それが是認せらるべき筋合は私はあり得ないと思う。

若木勝藏日本社会党(第四控室・左)

○若木勝藏君 大臣の今のお話は常識であつて、私はその通りであると思う。何らそれに対して異論はない。一体日教組というふうな組織が、法律違反したところの事項を決議して、そうしてこれを下部へ流すというような、そんな馬鹿げたことはあり得ない。    〔委員長退席地方行政委員長内村清次君着席〕 十分教育を守る立場にあるところの日教組が、なんで一体基本法の七条に違反するようなことを決議して下部に流すことがありますか、そういうことを私は言つておるのではない。大臣の考え方は、何でも日教組の指令というものはすべて幹部のほうできめ、下部の教員にこれを流してそれを実行させると、こういうふうな考え方に立つておるようであるから、私はその点を伺つておるのです。今の大臣のようなことを聞いておるのではない。そんなことは当り前の話なんです。私はそう考える。まあこの問題は、いろいろ又文部委員会とか、そういうような方面におけるところの審議或いは論議もあるようでもありますから、私はそれ以上追及いたしませんが、少くとも大臣はそれに対する非常な誤解を持つておる、こういうことだけは私は言い得ると思うのです。  そこでその次に伺いたいのは、この法案自体の内容に参るのでありますが、先ずこの法律で一番重要な点は、私は何と言いましても第三条にあると思うのであります。そこでこの三条にあるところのいわゆる教唆扇動というふうな、こういうことが行われたかどうか、こういうことは如何なる方法で以て調査をするのであるか、この点を伺いたい。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 教唆扇動が行われていたか行われていないか、これはいわゆる裁判における事実の審理であります。事実の審査であります。それは橘の場合において結論的に申上げると、裁判所が判断をし決定をする問題であります。この法律においてどういう方法を以てその事案の審理をするとか、その方法は書かれておりません。これはすべての刑罰法令において、審査の方法なんというものを書いておりません。裁判所構成法とかその他のそれぞれの法規に従つてなされるのであります。

若木勝藏日本社会党(第四控室・左)

○若木勝藏君 教唆扇動したかどうかということは裁判によつて決定すると、法律によればそういう形になるでしよう。それまでに至る調査の方法はどういうふうにして行われるかと私は申しておるのです。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 教唆扇動という言葉の意味でありますか。これは一般の刑法その他の法令においてすでに用例のある言葉であります。私の解するところによれば教唆とは一定の行為の実行の決意を生ぜしめる、そういう行為を教唆、扇動は一定の行為の実行の決意を生じさせ、又はすでに生じておる決心を助長させるような勢いのある刺激を与えること、これが一般に教唆扇動の概念であると私は思います。この場合の規定におきましてもさような概念に立つて教唆扇動という字句を使用しておると思うのであります。

若木勝藏日本社会党(第四控室・左)

○若木勝藏君 大臣は私の質問を取違えておると思う、私は教唆扇動というのはどういうのかということを聞いておるのじやない、教唆扇動の事実があるということについてどういう方法によつて調査するのか、それを聞いておるのであります。とにかく黙つておつては教唆扇動をされて偏向な教育をやつているというようなことはわからないのであります。それはどういう方法で教唆扇動の教育が行われておるかということの確認の経過を聞いておる。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) こはは先ほど申上けたように、これは一般に犯罪なり罰則を以て取締られるところの行為について事実を裁判所が確認するその場合であります。個々の法律に特段な調査方法を規定しておるわけではございません。一般の裁判所において事実を審議するのと同じ行き方以外にはあり得ません。

若木勝藏日本社会党(第四控室・左)

○若木勝藏君 そうすると裁判所においてそういうことを取上げるという前においては必ず調査をやらなければならないと思うのです。これは景警官でも使つて検察庁に任せてやるということになるのでありますか、これを伺いたい。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) この法律におきましては教育委員会その他のその学校の管理に当つておる公の機関において請求をして初めて罪を論ずるということになつております。従つてさような事実があると考えます場合に、教育委員会等において請求をする、その請求を待つて初めて司直の手が動く、かようにお考え願いたいのであります。

若木勝藏日本社会党(第四控室・左)

○若木勝藏君 そういう点は、まあはつきりして参りましたが、それでは大臣は教育委員会においてそういう偏向教育があるとか或いは教唆扇動されたところの教育をしておるというようなことをどういう方法で教育委員会で以てそれを調査して行くか、どういうふうに予想されますか、この点をお伺いいたします。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 特に調査する必要は私はないと思う。教育委員会が自分の管理する学校或いは管理する学校の教職員に対してさような事実があると認めて、そうしてこれをこのまま放つてはおけない、こう考えた場合に請求をするのであろうと思います。あらかじめあるかないか特別な調査をしなくてもいいことであると私はさように思つております。

若木勝藏日本社会党(第四控室・左)

○若木勝藏君 そういたしますと私なら私が教育委員であつて、そういう偏向教育をやつているのじやないかということになれば、これは常時監視の目を張らなければならん、そういうことになつて来ます。そうなつて参りますと教育というようなものはどういうことになりますか、常にもう教育行政に当つているものは教育者の教育の仕方を監視して、そうしてこういうことはあり得るではないかとうい疑問点に立つて進んで行く、こうなつたら一体教育というものはどういうふうになるとお考えになるか、この点伺いたい。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 教育委員会が自分の責任を持つところの学校の教育の実情がどうであるか、これはこの法律が成立するとしないに限らず始終よく見守つていなければならない、これは当然であります。これは又なさなければならんことであると私は思います。これが教育を圧迫するとか非常に教育ができなくなるということはあり得ないと私は思います。

若木勝藏日本社会党(第四控室・左)

○若木勝藏君 これは大臣の今の御答弁は極めて私は実態から離れた抽象的な考え方だと思う。現在において何百人の教育委員がおりますけれども、大臣のように考えておるところの教育委員というものは何人おるかということ、私は余ほどそのいわゆる教育行政というふうなものの経験が浅いために、或いはいろいろな問題のために全く教育委員になつたことが一つの重大な、いわゆる権限を与えられた、大きな権限を与えられて、俗な言葉でいえば先生の首を切るだんびらを与えておるというふうな立場で、教育の本質ということよりも、むしろそういう教員のいわゆる人事をいじくつたり或いは監視したりすることに興味を持つておるような教育委員もあり得ないとは考えられない、そうなつて参りましたら、大臣の考えられておるようないわゆる教育というふうなものは私は実現できないと思う。非常にそれこそ偏つたところの、そういうものに支配されるような教育になつてしまうのでないか、現在においても教育委員会には私はそういう傾向がある教育委員がおると思う。ところがこういう法律が出ればそれに拍車をかけて一つの法的根拠を持つておるとしてこれは進めて行くことがもう必至であると私はこう考える。そういうときに日本の教育というものは全く破壊されてしまう。本筋の通つたところの教育というものはこの法律で根拠を与えられるために行われないように考える。大臣はその点どう考えられるか。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 私は教育委員会というものが教育というものをどういうふうに行われておるか、これを常に注意して見ておるということは当然であると思う。これをしてはいけないというなら一体何のために教育委員会があるか私には了解できない、御承知の通り教育委員は人事権を持つております。人の任免をする、人事をする場合にその人の勤務の状態とか、その人の、その教員がどういう教育をしておるか、そういうことを知らずに人事ができますか、人事権というものはただ紙の上で人を動かすわけに行かない、その教員がどういう勤務をし、どういう教育をし、どういう先生であるか、これを知らずして人事権というものは行えないはずであります。だから人事権のあるということはその教員についても十分な知識を持たなければならんのは当然であります。これは人事権を持つておる限りそれは人事権者の私は責任であろう、盲滅法界に人事権なんというものはできるものではありません。又教育委員会がその学校の教育の内容、その実情について無関心であれということは甚だおかしいことである。それでは教育委員会というものは一体何のためにあるかわからん、私はそう思う。何もこの法律ができたからそういうことになるのじやなくて、本来教育委員会というものはさようなものでなければならん、私はさように考えます。教育委員会法に規定するところによりましても、只今申上げるように、人事権もあります。それから教科内容及びその取扱いに関することもその権限であります。それから教育の調査及び統計に関することもその権限であります。かくのごときことをやらないでおる。若しこれをやるのが悪いという考え方で教育委員会というものはどうしてその機能を発揮することができますか、私は当然だと思う。

若木勝藏日本社会党(第四控室・左)

○若木勝藏君 なかなか大臣の話は一応筋が通つたように聞えるのでありますけれども、これは教育行政に対するあなたの考え方は教育を監督するという一方的な面に立つてそういうふうに考えるからそうなる。その逆の場合を考えて御覧なさい、明るいところの本当に弄んでやるところの教育を進めて行くというような考えで行つた場合に、そういう教育行政の考え方が出て来ない。むしろ自由なる一つの活動をやらしてこれを育て上げて行くというところに私は本当の意味の教育行政がある。あなたの立場はそうではない、取締るとか、監督するとかいうことを教育行政の一面に出しておる。だから話の筋が通るようです。だけれどもそういうふうな恰好で更にこういう法律を作つて根拠を与えたら、とてつもない方向に教育委員会が走つて行く、こういうことが私の心配なんです。丁度それに似通つたものに警察法の問題がある。自治警であれば親近感を持つた警官がここにおつて、そうしていわゆる隣のおじさんというような形で住民の生活を保護し或いは住民の民主的な教養を高めて行くというような形になつて行く。ところが一方今度は国警というような立場になると調査に行つて両方の話を聞いて見ても、丁度あなたのように取締るとか或いは監督するとか、そういう形で出て来る。そういうときに本当の民主的な警察のあり方というものはあり得ない、同様に私は考えるのであります。どうでしようか、大臣の御見解は。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 私は関心を、学校教育の実情について教育委員会が関心を持たなければならんと言つたのは、何も取締りをするとか、或いは教育の上に不当な圧迫とか、干渉をするためじやありません。学校の教育を少しでもよくする、こういう意味において学校の実情はよく知つていなければならん、かように申上げたのであります。人事権を行うにしましても、どの先主が熱心に一生懸命で立派な教育をしておられるか、これを知らなければ人事権なんかは行えるはずはありません、盲滅法界に人を動かすわけに行かんのですから。でありますから私は実情を見ていなければならん、こういうことを申上げたのは、決して監督したり、先生を圧迫したり、いじめたり或いは学校における自由活発な教育というものを萎縮させると、そういう意味で申上げたのではありません。学校における教育はどういうふうに行われておるかということは、不断の関心を払うのが私は教育委員会の当然の職務であろうと思います。殊に教育の基本に関係をするような、いわゆる一方的な教育基本法八条が禁止しておるところのさような教育が自分の受持つておる学校で行われているか行われていないかということは、これは必ずしもこの法律がなくても、この法律が出なくてもこれは当然に重大な関心を払つて見て行かなければならんことである。私はさように思います。任免権者として懲戒処分とか、そういう行政処分までもできるのであります。それが先生の職務がどういうふうに行われ、その職務内容がどういうふうに取扱われておるかということを知らずしてそういう権限は一つも行えないはずだ、私はさように思つております。決して取締りをするとか、知るということが即ち取締りになつたり不当な干渉になつたり、こういう考え方は全然ないのであります。

若木勝藏日本社会党(第四控室・左)

○若木勝藏君 今の問題につきまして、私はこういう法律ができたときにおいて、あなは教育委員というふうなものについて正常な教育行政が行われるだろうと考えておるけれども、私はこの法律ができた場合において、いわゆる監督行政というような面に偏向するところの教育行政が行われると予想されるのです。その点はあなたはどういうふうにお考えになるか。全くこれはできても偏向するということがないとお考えになりますか。その点を。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 私はこの法律のどこからもそういう結果が生れて来るということは、理論上御意見には承服しかねます。

秋山長造日本社会党(第四控室・左)

○秋山長造君 只今の点に関連をして若干お尋ねをしたい。先ほど大臣の御答弁によりますと、こういう法律ができても別に教育委員会のあり方について何ら従前と変つた点はない。教育委員会が人事の問題に関心を持つのは当然である。この法律ができたから特にどうということはないというお話なんですが、併しこれは全然事実に反すると思う。従来といえども教育委員会がその管轄下の教員の人事その他について関心を持つということは、これはおつしやる通り当り前です。併しながら従来の場合の関心の持ち方とそれから今度この法律ができてからの後の関心の持ち方とは、これはもう百八十度変つて来ると思います。なぜならば、今度の法律によりますと、教育委員の判断のしよう一つによつて刑事罰を受けるのですから、教員はだからこれは非常にいわば教員の生殺与奪のこれは重大なる法律的な権限を教育委員会が持つことになるわけですから、これは大連文部大臣が楽観されるほど、それほどこれは簡単な問題じやない、これは非常に教育委員会自体としても、又その監督を受ける教職員自体としても非常に大きな変革だと思う、今までの行き方よりは。特に先ほど若木委員への御答弁において、この場合の罪は、教育委員会その他の行政機関が請求した場合初めて司直が動くんだ、だからこの法律ができても特に不安を与えるということはないという御説明なんです。併しこれは控訴を提起する場合の要件として教育委員会の請求が必要だという、これは極めて形式的な要件なんです。従いまして犯罪の捜査、或いはいわゆる思想調査というようなことになりますと、何も教育委員会が正式に請求をするのを待たなくても、これは現在の刑事訴訟法の規定によつて、こういう法律がある以上は警察官が自発的に独自にこの捜査はやることができる。こういう規定がなくても現在随分思想調査だとかいろいろなこういう警察の行き過ぎが全国に頻発しておるんですから、こういうはつきりした法律的な裏付けができれば警察は何もそんな法律の専門家でもない教育委員会なんかの請求を待たんでも、どんどん自分があそこには怪しい事実がありそうだと思つたら幾らでも調査、捜査をやつてかまわない、又やれるわけなんですから、そうなつた場合に、ただ教育委員会がこういう教育の一挙手一投足についていわゆる監督取締者的な目を光らすということだけでなしに、更に困ることは警察官が、言つては悪いけれども、教育に対しては極めて無経験、而も一知半解の警察官が教育の内容について常に何か監視の目を光らせて、学校の周辺をうろつくというような事態が幾らも想像されるわけなんです。その場合になお且つ文部大臣は日本の教育というものが伸び伸びと、あの教育基本法や憲法に調われている通り、非常に伸び伸びと自主的な自由な人格を育てるところの明るい教育が行われるという自信を果してお持ちかどうか、その点をお聞きしたい。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 一体教育委員会としましては、私はその責任を持つ学校において偏向教育が行われているかいないか、これは極めて重要な教育の基本的問題でありますから、さような点について従来とても十分な関心を払つて見ていなければならん性質のものであろう。それを関心を持たないで放つて置くべき筋合のものではないと私は思います。そこでこの法律が出た結果として一層その関心の度合が高まるであろうということは私も想像をいたしますし、又それは極めて望ましいことであると思うのであります。昨年の何月か忘れましたが、文部省から一般的に教育委員会に対して通達を発しました。その通達におきましてもかくのごときことについては十分な関心を払つて、さようなことのないようにしてもらいたいということをすでに通達を出したのでありまして、私は若し従来教育委員会というものがさような点を割合に簡単に考えておつたとすれば、これはこの法律を出す出さんかにかかわらず、極めて重大な関心を払つてもらわなければならんものだ、こういうふうに私は思います。それが学校の先生の教育上の圧迫になるとは思いません。偏向教育をしようと考える先生は用心しなきやならん。これは先ほども申上げましたが、この法律は偏向教育をした先生のその行為を直接罰則を以て対象として取締つておるのではない。従来とてもこれは職務上の義務違背として懲戒処分その他の処分によつて、つまり教育委員会自身の手によつて裁断をされるような形で従来とてもあるのであります、偏向教育をするような先生は。そしてそれは今日でも同様であります。その意味において教育委員会が偏向教育の絶無を期するために不断の関心を払うことはこれは当然であつて、若しその点が従来余り関心を払つていないとすれば、これは十分その関心を払うようにして参りたい、こう私は思います。偏向教育をすることがいいか悪いか疑問である、むしろそうしたほうがいいんだという議論もあります。そういう観点に立てばこれはおのずから話は別であります。併し偏向教育をして悪いんだ、而もそれが日本の教育の根抵を蝕む慮れがあるんだとこういう認識に立つ限り、それを教育委員会が重大な関心を持つて不断に注意をして見ておるということはこれは私は当然であろうと思います。若しその点が従来不十分であつたとするならば、私はこの法律が直接それを促しておるとは思いません。促しておるとは思いませんけれども、お話のごとくそういう契機になるのならば私はむしろ結構であると思います。  それから警察官が云々というお話であります。これは成るほど警察官は請求を待つて罪を論ずる場合においても、それが犯罪である限り犯罪捜査ということはそれはできると思います。できると思うけれども、併しそうかといつて始終学校の廻りをうろつく、この場合の犯罪というものは、いわゆる教唆扇動の行為である。先生のする行為じやなくて、いわゆる外部からの教唆扇動の行為であります。ですからそれは警察官であつても絶無であるとは私は申しません。すべての犯罪において、これは家庭において行われ、教室において行われ、公園において行われる、どこでも行われるのですから、犯罪というものは。而もこういう一年以下というような軽い刑罰でなしに非常な重い刑罰を以て科せられておるこの取締行為或いは刑法その他に規定するいわゆる犯罪行為、そういうものはたくさんあります。だからそういうことについて警察が始終見ておるということになれば、それはどの家庭にもどの学校にもついて見ておるかも知れません。併しそれはこの場合に、これができたからといつてそれでは学校の廻りをしよつちよう警察官がうろうろする、こういうことは私は常識上あり得ないと思う。これは日教組がそういうことを言い触らしたと思う。これは日教組のビラとか。パンフレツトにそういうことが盛んに書いてある。これは針小棒大であるというか、私は殊更そういうことを言つておるのだと思う。これはポツシブルという問題とプロバブルという問題を一緒にして考えておる。それは刑事訴訟法その他において犯罪があればそれを捜査するということは一応警察の権限としてありましよう。併しこれができたからといつて急に警察が学校の廻りを皆うろうろする、そういうことはこれは常識上あり得ないと思う。

秋山長造日本社会党(第四控室・左)

○秋山長造君 只今の文部大臣の御答弁は私は絶対承服できない。いつか私地方行政委員会で町村の教育長を助役に兼ねさせるというあの地方自治法の改正案の審議のときに、文部大臣と、同じような問題で議論したことがある。そのときに私は内務大臣としての大達さんの発言ならば或いは了承できる節もあるけれども、文部大臣としての大達さんの発言としては絶対に了承できないということを私は申上げたことがある。まあ御記憶かどうか知りませんけれども、只今の教育委員会の人事監督の問題云々についての文部大臣の御答弁を聞いておりますと、あの当時の教育委員会というものの考え方が今日においても一歩も文部大臣の御見解というものが前進していないということがよくわかります。文部大臣はやはり教育委員会というものの最大の任務は教員の監督、取締りだ、こういう強い信念を持つておられる、私はそう受取らざるを得ない。あの地方教育委員会の建前なり趣旨というものは今更申上げるまでもなく法律を読んでもすぐわかることでありますが、人事の問題も多くの仕事の中の一つの仕事になつております。併しながら決して文部大臣がお考えのように何か警察的な眼を以て教員を始終監視し、監督し取締るというような、そういう性質のものじや全然ございません。むしろそういう面よりも教員と一本になつて、ややもすれば冷遇され勝ちな地方公共団体において自治団体において冷淡に扱われ勝ちな教育そのものを守ろうという根本的な建前を持つた制度だ。又そういう制度であつてのみ我々は地方教育委員会というものの存在意義がある、こう考える。で、それを文部大臣の考えによればほかの点はどうでもいい、極端に言えば。とにかく教育委員会というようなものによつて教員を取締るんだ、まあ警察で取締ると余りピストルを持つたり警棒を持つたりしたものがぶらつくということは眼障りだから、そういうものは暫くあとに引込んでもらつて、そした丸腰の教育委員会で教員を取締り、そうして監督し、お目付役の役割をさせよう。これがもう文部大臣のこれは変わらざる御見解だろうと思う。併しこの見解は、文部大臣である限りは根本的に改めてもらわないと、こういう法律ができたら、そして上におつて号令をかける人があなたのようなお考えの人であつたならば、全国の教育委員会の大多数というものは、やはり知らず識らずのうちにそういう警察的な教育委員会、教育委員会の警察化ということはこれはもう火を見るよりも明らかです。こう考えるのである。  それから第二の警察官の犯罪の捜査という面でございますが、そういうことは虞れはない。そして大体犯罪は、教室でも、公園でも、家庭でも、どこにでもあるんだといういうな御答弁ができます。併しこれ又冗談として聞き遁すわけにいかない。教室とそれから一般の公衆が出入りするところの公園、そういうものを混同して考えて、そして一般の公園を警察がぶらつくという意味において、教室の廻りを警察がぶらつくならこれはやむを得ないというような御答弁は、これは誠に学校を侮辱するものだと思うのです。学校と神聖なる教室と、そしてあらゆる人たちがあらゆる行動をやるところの公園などとを同じように考えてもらつては、これはとんでもない間違いだ。いやしくも教育とそして警察というようなものは、我々の社会通念として考えた場合に、最もこれは縁の遠いものなのです。又縁の遠いものでなければならないと思う。そういうものが、文部大臣はそういうことはない、捜査権の濫用というようなことはあり得ないとおつしやるけれども、実際には、今日こういう法律ができてなくても、全国到る所にあるのです。あの新聞なんかに採上げられたのはほんの氷山の一角だと思う。皆大多数は泣寝入りなんです。余りこういうことを表沙汰にした場合又あとあとが恐ろしい。後難を恐れてみんな泣寝りしているのです。権力を持つた者がこれをややもすれば濫用しがちだというようなことは、これはあなたが戦争中の内務大臣をやられて十分覚えがあると思う。ですから、これは虞れがないということは絶対にないので、虞れは大いにある。で、現に日教組が宣伝をしたとおつしやるけれども、日教組の宣伝ビラなんというのは私は読んだこともない。見たこともない。又日教組の宣伝ビラを読んで初めてそういう虞れを抱いたという人が八千五百万の日本国民のうち、果して何%あるか。これは微々たるものだ。大多数の人は何でそういう心配を持つておるかというと、長い経験上実地の経験を以てそういう虞れをじかに感じておる。又新聞雑誌その他あらゆる、いわば公平なる第三者的な言論機関その他が挙つてこういう虞れが大いにあるのだという警告を政府に対しても国民に対しても発しておるのだ。そうしてそれによつて知つておるのだ。決して日教組が何か特別な逆宣伝をやつたためにそういう輿論ができておるというような、そんな簡単なものではございません。そういう点について、私文部大臣として、教育を預かる文部大臣として、果してこういうことで本当にこの自主的な、この初めのほうに書いておられる、「教育基本法の精神に基き、」云々と書いてありますが、最後にこれに従事する教育職員の自立性を擁護することを目的とする、教員の自立性を擁護する、教育の自主性を擁護するというようなことが期待できますか。これは全然あべこべですよ。教員の自主性をこの法律によつて徹底的に破壊する結果に終ることはもう火を見るよりも明らかであります。で、そういう点について文部大臣はこの果して法律に書いてある通りの結果を期待できるという本当に信念を持つておられるのかどうか、疑わざるを得ない。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 教育委員会の仕事はどういうふうなものであるかという点については私も秋山君と同じように考えております。教育委員会は先生と一体になつて、そうして立派な正しい教育を育て上げるための機関であると思います。ただ先ほどからの話は、偏向教育ということに限局してのお話であつた。偏向教育だけを対象にしてのお話であつて、その場合に教育委員会が学校の教育を正常な立派ないい教育にするために、偏向教育があつてはならんから、その点について関心を持つのは当然である。こういうふうに申上げたのでありまして、決して教育委員会が取締り機関であるとか、警察類似の機能をすべきものである。そういうことは私は毛頭考えておりません。教育委員会はお話の通りであります。ただ問題を偏向教育ということに限定されてのお話であるから、この場合に教育委員会が不断の注意を払つてこれを見ておるということは当然であるし、且つ又望ましいことである。こういうふうに申上げたつもりでありますから、その点は誤解のないようにして頂きたいと思います。  それから、すべてこの法律、殊に罰則を以てできておるところの法律というものが濫用されるものとしてあらゆる濫用されるケースを数え立てれば、これは法律というものは濫用されれば常にこれは害があります。私はそう思う。殊に罰則を以てする場合には害があることは明瞭であります。ただ濫用されるものという前提の下に、そうして稀な場合でも何でも、いやしくも考え得る限りその場合を考えて、だからこの法律はいけないのだ、こういうことになれば、私は罰則を以てする法律というものはことごとくいけないということに私はなりはせんかと思う。で、濫用される虞れのある場合については、十分に注意をして、その道を塞がなければならない。この法律案につきましても、先ほど申上げておりますように、第一義務教育諸学校に限つておる、対象を。それは高等学校でもさような教育は行われていいという理由はありません。ありませんけれども、併し、成るべく範囲を拡げないように、ただ義務教育は殊に純真な、まだ西も東もわからない子供を相手にしておる。そういう学校だけにこれを限つておる。それから教唆扇動にいたしましても、ただ哲学者が書斎から出て来て自分の考えを言うたというような場合には、それが仮に特定政党の考え方と一致してもそれは罰則の対象にはしない。特に政治的な意図を以て政治的な勢力を伸張するという、そういう目的を以てする場合にこれを限り、それから教職員の団体というような特別な支配力、特別な影響力を持つような場合にこれを限定する。こういうふうにいやしくも濫用に陥ることのないようにできるだけ配虞を加えてあるつもりであります。又教育委員会の請求を待つて罪を論ずるという点も、当該の責任ある公の機関というものが、かような教唆扇動されてはとても困る、迷惑千万だと、こういう場合に限つてこれが罪が論ぜられる。これことごとくでだきるだけ濫用に陥らないように、行過ぎの起らないようにという配慮に基くものであります。併しながら法律であるし、とにかく濫用される虞れがあるからこういう場合があるじやないか、こういう場合があるじやないかと言えば、これはすべての場合に生じます、すべての場合に。その点は御意見でありますけれども、私どもとしてはできるだけ濫用の虞れのないようにして、そうして最小限度において教育の中立というものを確保したい、この場合においても先生がたを直接取締ることをその対象にしているのではない。この点も行過ぎを恐れるから、濫用を恐れるからであります。私どもは偏向教育というものがあつてはならんという前提が是認される限りは、さような教育をなすべきことを責任のない学校以外の者がこれをけしかけるとか、教唆扇動するとか、その行為が是認される理由は私はあり得ないと思う。是認されるという理由はない。教唆扇動する気でなければこの法律は何人にも迷惑をかけるはずはありません。教唆扇動しようとする者が若しあるならば、この法律によるというとその人が困るでありましよう。併し、いやしくも偏向教育を、教唆扇動するというような変なことをする気のない人は何も困るはずがない。いわんや、こはが学校の教育を圧迫するとか、そういうこは私は考えられないのであります。  警察官の問題でありますが、私はこの教唆扇動を取締る。学校外邦一における教唆扇動を取締るという規定が、できたために、学校にしよつちゆう警察官がうろうろするというようなことは私は事実上考えられんと思います。私は考えられんと思います。現に今日公職選挙法においては子供を使つて選挙運動をするということは禁止されております。選挙法違反として禁止されている。それならばいやしくも選挙がある場合には子供を使つて先生が選挙運動をやるかやらんかということで、しよつちゆう学校の周りを警察官がうろつくかというと、私はそれはそういう疑いがあつた場合には行つて調べるかも知れんが、何の疑いもない場合に、上よつちゆう警察官が学校の周りをうろついているということは、私は聞いたことがありません。こういう教育の場を利用して子供を使つて選挙運動をしてはならんというような、はつきりした規定がある場合にも、そういうことはない。いわんや、これは先生自身の行為を取締る規則じやない。それが、なぜこれが出ると全国至るところの学校に警察官が学校の周りをうろついて学校の性質を害するような結果になるか。こういうふうにおつしやるのか。それは心配の余りとは思いますが、私はそこまで、私の常識ではそういう結果を想像するということは少くとも心配し過ぎるというふうに考えております。

秋山長造日本社会党(第四控室・左)

○秋山長造君 先生自身を取締る法律ではないとおつしやるけれども、併し外部から教唆扇動があつたかなかつたかという事実を認定するのは何によつて認定するかと言えば、やつぱり先生を調べて認定するよりほかない。教唆扇動というものが別に形のあるものじやないですからね、だから先生を調べて初めて教唆扇動の事実があつたかなかつたかという定認に達するわけですから、その過程においてどうしても教員に対する警察権の介入というものが出て来るということを私は言つておるのです。更にこの法律と二本建になつておるあの特例法の規定等を考えた場合に、この虞れは一層大きいと思う。それから又罰則を持つた法律はすべて濫用の虞れがある、こういうような味噌も糞も一緒にしたようなお話ですけれども、これはそんなことはない。大体罰則を持つた法律というものは、罪刑法定主義というものが言われておる通り、はつきり、と具体的にこういうことをした場合にはこれだけの懲役に処するのだということが書いてある、ところがこの法文はそういうはつきりしたものじやなく、極めて漠然としておる、教唆扇動という漠然とした言葉を使つたそういう法律がそう余計あるわけじやない、破防法とか、こんなものくらいなものです。で、先ほども教唆とは一定の行為の実行の決意をさせるのが教唆だというような至極あつさりした御説明でした、けれども、教唆というものは一定の行為じやない、一定の行為というものは必ず犯罪でなければいけない、具体的に犯罪を構成するような一定の行為の実行を決意させるというのが教唆である、ところがこの場合には一定の犯罪を構成するのじやないでしよう。今文部大臣が御説明になつたように、その偏向教育そのものは取締の対象になつていない、犯罪になつていない、にもかかわらず犯罪になつていないそういうものを教唆扇動するという漠然としたことを一年以下の懲役、三万円以下の罰金で取締ろうとするのだからますますおかしな、ややこしいことになつて、さつぱり筋も通らないし、濫用の虞れがますます出て来るという心配を持たざるを得ない。で、その点について、もう一度文部大臣のはつきりした御説明をお願いしたい。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) これは勿論罪刑法定主義と言いますか、加罰せらるべき行為というものは法律に御覧の通り響いてあるわけです。そうして罪になるべき行為が書いてある。それに対してどの程度の刑罰が課せられるか、一年以下の懲役、又は三万円以下の罰金、これも刑の法律に書いてある。私は罪刑法定主義というものはこういうものだと思います。大岡裁判とか、戦争裁判みたいにきまつていない刑罰を課するのは、これは罪刑法定主義によらないものである。今日の刑罰は罪刑法定主義によらんものはないと思う。これが罪刑法定主義の例外であるかのごとくお話になることは私はおかしいと思います。ただお気持はその罪となるべき行為の内容に幅があつて解釈がしにくい点があると、こういうことだろうと思いますけれども、これはそういうものなのだからやむを得ない。(「そんな馬鹿なことがあるか」と呼ぶ者あり)それはそうならば名誉毀損というものも罪である。一体名誉とは何であるか、どの程度の名誉が毀損されたかということは幅があつてわからん。刑法に故なく云々とあつて、故があるか故がないかはどこで判定するのか、そういう点はわかりにくい、それがために判例というものができて来て、そしてだんだん解釈が固まつて行くので、わからないと言われるからわからないので、わからんことは私はないと思う。わからんということは。これが若しわからんというならば一体教育基本法第八条の二項の肝心の教育の一番大切な基本と称せられておる教育基本法の第八条の二項すらもわからないと思う。同じ書き方をしておるのです。それがここに来てわからんということは遡つて八条の二項に言われることもそれもわからんという結論にならざるを得ないと私はそう思います。これは何も罪刑法定主義の例外ではありません。  それから教唆扇動でありますが、これも教唆という字はこれも刑法にもその他の刑罰法令にも幾らもある字であります。これは新らしく極めてわけのわからない字がここに初めて出て来たものではありません。これは昔からこの教唆という言葉はある。わからないということはわからんほうが悪いのだ。

秋山長造日本社会党(第四控室・左)

○秋山長造君 私はそんなことを聞いておるんではない。教唆という言葉の意味がわからないというのではない。刑法における教唆というものは必ず一定の犯罪というものを前提にして教唆というものが成立つておる。この場合は犯罪を前提とせず教唆扇動だけを取締ろうというから筋が通らないじやないかということを私は育つておる。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 教唆というのは従犯として考えられる場合に、正犯があつてそれを幇助というか、従犯としての教唆というものが普通にはあります。けれども教唆扇動そのこと自体に悪性を認めてそれを独立した犯罪の対象にすることは何ら差支えない、私はそう思います。教唆というものはその場合正犯が正犯として罰せられる場合にのみ許される観念であると私は思いません。教唆扇動すること自体が社会の秩序を害し、公共安寧を害すると認めた場合そのこと自体を取上げてその行為を独立して犯罪とすることは何ら差支えない、これは法理論としてあり得ないことはない。現にこれは初めての立法例ではありません。かような教唆扇動だけを独立して犯罪として採上げておる例は他にもそういう立法例はある。何もこの法律が初めてこういう新例を開いたわけではありません。要するにその教唆扇動という事柄に公共の安寧を害するとか、とにかくその事柄に犯罪件を認める限りそれを採上げて独立した犯罪とすることに私は何も不思議はないと思います。他に立法例はありますから、若し何でしたら私なり事務のほうからお答えします。

秋山長造日本社会党(第四控室・左)

○秋山長造君 そういう立法例はそう余計ない、破防法あたりにはそういうことが書いてありますが、これはその当時非常に問題になつたことは当局の御承知のことであります。ただ文部大臣の今おつしやるように正犯は論ぜずに教唆そのものを取締る場合がある。仮にあるとしましよう。ある場合にもこれはその教唆によつて仮に行為が行われたとした場合に、その行われた行為は当然刑法の対象になる、罰の対象になるというような場合の教唆だろうと思います。ところがこの場合には現実にその教唆によつて行為が行われたとしても、その行われた行為そのものは、大臣もさつきおつしやつたように、その法律にも書いておる通り犯罪行為でない、取締の対象にはならない、にもかかわらずそういう犯罪行為でないもの、犯罪行為であり得ない行為を教唆扇動するということがなぜ犯罪行為になるのか、こういうことを私はお尋ねしておる。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 破防法の場合はその列挙せられた行為自身が犯罪でありまして、それの従犯という関係でなしに、教唆扇動というものが独立して犯罪としてなされておるこれはお言葉の通りであります。併しながらその教唆扇動の行為自身は犯罪でなくして、教唆扇動する場合だけが犯罪になる立法例もあるのであります。丁度これと同じような場合に、例えば税を滞納すること自体は犯罪ではありませんが、それの虚偽の申告をせよとか或いは税金を滞納するすることを教唆扇動する、この場合にこの教唆扇動は独立して犯罪であります滞納自身は犯罪じやない、又そのほかにも国家公務員の怠業、ストライキのような場合もそうであります。教唆、扇動のほうだけが犯罪になつて、その扇動された行為自体は犯罪でない、これは他にもそういう立法令もあるのでありまして、それがいけないということは私は法理上そういうことはないと思う。教唆扇動ということ自体に悪性を認める限り、それを国家の法律においてそれが取締れないという私は自然法的な理窟はないと思う。

秋山長造日本社会党(第四控室・左)

○秋山長造君 取締れないという自然法的な理窟はない、それはないでしよう。今おつしやるような税金だとか何だとかいつて、およそ教育なんかとは関係のないようなものをあつちこつちからほじくり出して来て、二十四事例を全国から探して来たようにして、これはそういう気持でやればそれはあるでしよう。あるでしようけれども、少くともまあまつとうな法律論として考えた場合にこれほど重大な政治問題になり、そうして又全国民的な関心の的になつているような法律の問題において、こういうまあ普通の刑法の常識から考えて感心しない、こういう教唆扇動の独立犯というようなものを特にこういう教育関係なんかの法律について文部大臣が無理やりに認めようとしても、これはやはり筋が通らないですよ。それから曲りなりにも理窟は立つかも知れません。立つかも知れませんけれども、それはまあ余り通りのいい理窟じやない、これは非常に無理をした理窟だ、丁度もう二十四事例と同じことですよ。これは非常に無理をしたでつち上げた理窟ですよ、これは。この点についてはどうしても文部大臣の今のようなこのめちやくちやな法律論には私は納得できない。(「屁理窟だ」と呼ぶ者あり)

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 今の法律論についてはあとで改めて伺いたいと思ます。秋山委員の前に若木委員から質問をいたされました点は、こういう法律ができることによつて教育委員会が非常にこの偏向教育の取締り機関化する虞れがないかという質問をされたわけであります。それに対してそういう点はないのだという大臣のお答えでありましたけれども、今法律論が繰返えされましたけれども、大臣がさつき御答弁なさつていたように人を教唆して犯罪を実行せしめることが教唆の条件になるわけでありまするから、どうしても教唆扇動というものを取締るためには、この公訴を待つて実際に中立性に違反するところの教育が行われたかどうかということを調べるわけには行かん。だから絶えず警察としては公訴があつた場合に、対応できるような教唆というものは、これは当然必要なことになつて来る。地方警察官諸君は犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査するものという当然な法律的な根拠もあるわけでありますから、これは好むと好まざるとにかかわらず警察官は日常捜査の対象に、少くも刑罰法規のあるものでありますから、捜査の対象にこれはしないわけには行かん。それは表向きにしようが陰に隠れてしようが、それでは少くともこの法案が出ない現状よりはそういう傾向が強くなつて来るということは、これは言い切れると思う。そこで教育委員会そのものにつきましては、こういう法案が出ないときよりは結局教育委員会そのものが偏向教育に対して、もつと監督を厳重にせいというな意思表示をされたようなものでありますから、どうしたつてやはりこの監督傾向というものは強くならざるを得ないと思うのであります。で、その点強くならないという理由はどういうわけかということが一点。それから大臣は教育基本法の八条の二項、或いは教育基本法を先ほどから出しておるのでございますが、教育基本法は或いは地方公務員法はこういうものを取締れるところの法規というものは現状においてある、それで教育委員会は運営をしておりましたけれども、その教育委員会の運営に対しまして少くも文部大臣は、偏向教育に対しては教育委員会は十二分な監督指導をしておらないという結論の結果こういうものが出されたと推定されるわけであります。そうすると教育委員会というのを一体信用しているのか信用しておらないのか、信用しておらないということになれば、どうしたつて偏向教育に対してお前らはもつと強くやれという、傾向が打出されるということになるのじやないか、それはもう教育委員会で取締り強化ということにならないということになり得るか、この点。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) この教唆扇動でありますが、ちよつとお言葉の中に教唆扇動をされた結果、扇動された行為を、行為の着手がなければ教唆扇動というものは成立たないから、どうしても偏向教育というものがあつて初めて成立する、こういうような意味の御答弁があつたように思いますが、その点は私から申上げておきますが、それは成るほどこの正犯と従犯のような場合にはそういう関係になろうと思います。正犯が成立しないのに従犯と教唆だけが成立するはずはないのでありますから、正犯が犯罪としての着手を欠いておつて、犯罪として成立しない限りは教唆の場合も又成立しない、ただこの場合は先ほど申上げましたように、教唆扇動の行為自体が犯罪でありますから、独立して犯罪でありますから、その結果、いわゆる教唆扇動で偏向教育をしてもしなくても教唆扇動という行為があればそれだけで犯罪は成立するのであります。その点だけこれは法律の意味がそういう意味でありますから申上げておきます。それからこの法律を成立させた場合に、その結果として教育委員会の学校乃至教職員に対する監督といいますか、取締りといいますか、それが強くなると思う、それが強くならんように言つたけれども、その点はどうしてもそう思う、こういう意味のお尋ねであつたようでありますが、私は必ずしも教育委員会というものを取締り機関であるとかいうふうには考えておりません。併し教育委員会がこの偏向教育のあるかないかについては十分関心を払つて行かなければならん。それはほかにもたくさん仕事はあります。けれどもやはりそういう関心を払わなければならんということもこれは大切な教育委員会としての仕事であると思つております。でありますから、この法律が出ると出ないとにかかわらず、その点に十分関心を以て見守つてもらわなければならない、それは昨年出しました、文部省から出した通達もその趣旨であります。若しこの法律が成立することによつて、そういう関心が深まつて、偏向教育というもののないように、又偏向教育があるかないかというような実情について教育委員会がそれに注意する、関心の度が強まるということであれば、これは度が強まるかも知れないというふうに申上げておきます。これは私はむしろ結構なことである、結構なことだと、こう思つております。  それから教育委員会制度というものを一体信用しないから、こういうものを出すのだ、こういうふうなお尋ねであつたようでありますが、決して私は教育委員会というものを信用しないという気持はありません。信用しなければこの請求を待つて論ずるというようなことを信用のできない者にそういう権限を持たせるということもないはずであります。私は併しながら、現在の教育委員会というものが発足が遅くて、而も我が国としては今まで例のなかつた新らしい制度であつて、十分慣熟もしておらんし、予算その他の面においても十分でない、従つて法律が所期するような十分な働きもできていない、かような実情にあると考えております。従つて教育委員会は今後これを十分にその制度の趣旨に副うように育成強化をして行かなければならん、かように考えているということは、半面において今日の教育委員会というものが我々の期待するように、若しくは法律の所期するような十分の働きをまだしておらんというふうに言わざるを得ないと思います。併し信用しない、こういう意味はちつともありません。これをますます育てて立派な制度にして参りたい、こう思つております。

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 私が警察官の、教育或いは学校介入について申上げましたのは、こういう意味の考えであります。教唆扇動の行為をどうして発見するかということになりますと、これは教職員の団体だけを対象にしておつてはなかなか発見の幅が狭いわけであります。どうしても教職員の個人というもの、或いは教職員によつて行われるところの教育、講義というものを一応対象にして来るという傾向にどうしてもならざるを得ない。それは学校なり或いは教育活動なりに対する警察官の、何と申しましようか、近づき、いい言葉で、悪い言葉で言うならば、干渉という言葉になつて当然現われて来ざるを得ない、こういう危険性というものがかもされるときに、如何ように大臣は、単に教育委員会は、この偏向教育ということだけに関心を強めてもらえばいいのだと言いましても、教育委員会自身もそういう傾向に、社会全般がなつて来るし、特に警察官がそういうふうな、今までよりも態度を傾向として持つて来るということになれば、教育委員会自身としても、偏向教育のみを監視するというような形が強く打出されて来ざるを得ない。それは一体教育公務員個々の人々にどういう心理的影響を与えるか、或いは教育指導にどういう影響を与えるかということは、これは等閑に附し得ない大きな問題じやないか。そういう点から一体この問題は、警察官の教唆扇動行為を調査するという形おいて、いろいろな形で、直接に教職員に、学校教育に対する警察官の介入という形で現われて来ないか。警察行政の介入ということも現われて来ないか。それは教育の上にマイナスにならないか。こういう点であります。それから、教育委員会を信用はしておるのだと言いまするけれども、それならば信用しておる教育委員会が現実においてこういう法案を出さなければならないという意思を、教育委員会或いは府県教育委員会、地方教育委員会の要請の強いものもあつて、こういう法案を出したというふうには、私は今までの御説明では承知しておらない。そうであるならば、なぜ一体教育委員会の行政機能に待つという方法をとらないのか、偏向教育というものが仮にあるとすれば、偏向教育というものを、教育委員会の行政機能に待つて改めるということのほうが、はるかに大臣の意思に副うことになるのじやないか、こう考えてみますると、大臣の御説明にはどうも矛盾を感じざるを得ないのであります。その二つの点。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 警察官の問題でありますが、これは先ほどから申上げておる通りに、私は通常の場合は、教育委員会の請求があつた場合に、初めて警察或いは検察としての取調べとか、捜査とかいうものが開始せられるのが通常の場合であると思います。まあ余程特別な、何かの場合ということには、そういうことはあるかも知れませんが、今日御承知のように、親告罪というようなものもあります。例えば名誉職損罪、名誉職損というものは親告罪ですから、親告がなければその罪を論じない。併しながら犯罪であることには間違いない。だから親告のあるなしにかかわらず、警察官はいやしくも人の名誉を毀損した事実があるかないかというようなことを、これを調べる場合が絶無とは言えない。調べ得るのであります。(秋山長造君「これは名誉毀損とは違いますよ」と述ぶ)同じであります。でありますから、そういう一定の請求とか親告を待つて判めて発動する、罪を論ずる、こういう種類のものに対して、そういう警察が請求があるかないか、又請求もないのに、警察がそうむきになつて学校の周りを調べて歩くというようなことは、私はまあないと思います。併しこれは見込みのことでありますから、これ以上どうという問題じやありません。私は要するに、先ほど申上げましたが、そういう可能性があるということを、その蓋然性というものを私は混同する結果、そういうことになるのじやないか、こういうふうに思います。併しそれ以上は、これは御意見として伺つておく以上ありません。  それから教育委員会の要請によつて、この法律案を出したというものではありません。又教育委員会というものの働きに待つて、そうしてこの偏向教育というものを是正する、或いは中立性を確保するという方法に至るのが妥当ではないか、こういうお話でありました。私は今日教育委員会の手では……、偏向教育が行われる、結局一番の眼目は、教室内における偏向教育自身であります。眼目は。そこでさような教育をする先生がたに対して、教育委員会は成るほどこれを、その著しいものに対しては懲戒処分にするとか、或いは罷免をするとか、そういう方法があります。けれども、遺憾ながら、今日教育委員会は、活溌にこの、いわゆる行政処分というものを発動する実情になつておりません。これはまあいろいろな事情があつて、これは御承知のことであろうと思いますが、なかなそう簡単に行政処分によつてこれに対処するわけには行きません。例えば北海道において、北海道の或る村で、非常に顕著な偏向教育が行われるということで、そうして父兄の投票までとつて、そうして結論としては、懲戒処分にした、それがためにその村では、今日までも非常に困つておるのです。非常な訴訟の費用の負担に苦しんで困つておるという実情もありまして、この行政処分ということは、なかなか、事実上教育委員会の権限ではありますけれども、これは行えない、これは非常な、重大な処分でありますから、罰金をとられるとか、ということと違つて、これは一種のパージでありまして、重大な処分であつて、これが軽々しく振り廻されるべき筋合のものではない、そこで私どもとしては、教育委員会と学校の先生の自重、その良識に待ちたい、かように考えております。それからただそういう場合に、学校の先生に対して、よそから要らんことを言つてけしかける、これは教育委員会が、そう要らんことを言つてもらつては困る、教育委員会は誰にも言うわけではないのですから、この働きをとめるというのがこの法律の趣旨であります。これは御覧の通りであります。先生方の偏向した教育については、これは教育委員会と、それから先生方自身の良識によつて、それが改善せられることを私は希望しております。ただ学校の先生以外の者が要らん世話をやく、このことについての取締りであります。これを学校から排除しようというのがこの法律であります。これは教育委員会の力の及ぶところでもないと思います。教育委員会とか何とかいう、外から来る働きであります。この働きをとめようというのであつて、教育委員会と、教員自身の良識と自粛によつて、学校の教育が正常なる軌道に乗ることを、私どもは今日なお期持してやまないところであります。そういう意味からこの精神とはちつとも変つていないと思います。

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 法律解釈につきましては、あとで質問をいたしますので保留をいたします。若木委員の質問に関連しての質問でありますので、只今教育公務員そのものに、外から要らん世話をやく、それを防ぐのだとおつしやるのですが、若木委員の質問で一番初めに指摘いたしましたように、そういうようなお考えで立法されたにいたしましても、法が効果を生ずる、効力を生ずることになりますると、一番迷惑をするのは教育公務員そのものの活動、或いはそのものの身分といつたようなことに関連が深くなるのではないかということに、質問の第一点があつたわけであります。それは、くどいようでありますが、例えば警察は現状よりも、はるかに介入という形をとつて来るわけです。教育委員会は偏向教育ということに非常に重点を置いて、教員の身分干渉をするという形になつて参ります。そうすれば、これは外から来るものを防ぐだけだと言つたところで、教育公務員そのものに、教育活動そのものに影響を及ぼさないわけには参らんということになりはしないか、こういうことであります。  それから第二点は、教育委員会の行政処分に待つておつただけでは、こういう偏向教育等によるところの、行政能率というものは挙らないということでありますが、教育委員会が現状において、それだけの行政能率がなくても、行政能率を持たせるように育てることが、教育基本法なり、教育委員会法なりによつて、新らしい教育の定められた方向を育てることになる、能率が挙らないからといつて、これを何か国家権力の補助のような手を差延べて、法律処分にするということが、一体新らしい教育の精神を伸張させることになるか、これは大きな問題だと思う。能率が挙らないというならば、一体教育委員会そのものに対して何か別な構想の考え方を持つのが……こういつたような質問も新らしく出ることと思いますが、これらの点にについて今まで私ども三人申上げたのでありますが、教育委員会の行政能率の問題について、それから教育公務員そのものにこの法案は強い影響を与えて来ることになるけれども、そういうことがないかという点について、改めて又午後大臣の御答弁を頂きたいと思います。

岡三郎日本社会党(第四控室・左)

○岡三郎君 大臣に、専門員室から出た資料の中で一つだけ聞いておきますが、「教育の中立性」という二十八年の七月十六日の「日本教育新聞」、この中の事柄ですが、「さいきんの占領下教育の修正にあたつてややともすると教育勅語を持出すが如き逆コースの傾向は、文部省自体に中立性を欠くが如き傾向が現はれているのであつて、教職員の中立性を求めると同時に、教育政策そのものにも中立性が要求される。いわば、教職員の現場教育における中立性と、教育政策そのものに対する中立性が絶対に必要なのである。さもなくば、中立性の要求は一方的であり、教職員ばかりを責めることは苛酷であり、その理想を達成することはむずかしい。教育はすべて特定の政治的権力に支配されることなく、純粋の立場から扱はなければならないのである。」こうあるわけですが、仮にこの法案が通つた場合に、一国の文教を扱うところの文部大臣が自由党で私はあつてはならんと思うのです。それからそれを裁くところの教育委員会の委員が一党二派に属している教育委員であつては私はならんと思うのだが、そのほかこれを取締り、いろいろ警察権を発動させるところの県知事等が一党一派に属していて、その者の論拠によつてそういうものが告発されるということがあつては、私はこれは教育政策そのもに対する中立性が絶対に必要であるという観点から、どうも工合が悪いと思うのだが、その点はどうですか。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) それは何ですか。

岡三郎日本社会党(第四控室・左)

○岡三郎君 日本教育新聞、これは参議院文部専門員室から出た資料です。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) その資料というものは私は拝見はしておりませんが、私は教育自体の中立性という問題、これは教育基本法八条に根拠があるのです。それから教育行政或いは文教政策の中立性、こういうことを又言う人がありますけれども、私はこの場合に厳密な意味において中立性というものはないのじやないか、こう思つております。それは一国の政治が、昨日でしたか永井君の質問に対して私答えたと思いますが……。

岡三郎日本社会党(第四控室・左)

○岡三郎君 今度は共産党と同じことじやないですか。(「須藤さんと同じことになる」「駄つて聞かにやいかんよ」「議事進行」と呼ぶ者あり)

内村清次日本社会党(第四控室・左)

○委員長代理(内村清次君) ちよつとお諮りいたします。ここで暫時休憩したいと思います。御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

内村清次日本社会党(第四控室・左)

○委員長代理(内村清次君) それではここで休憩いたしまして午後は一時半から再開します。    午後零時十四分休憩    —————・—————    午後一時五十六分開会

川村松助自由党

○委員長(川村松助君) これより午前に引続き会議を開きます。御質疑のあるかたは御発言願います。

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 大臣に御答弁頂くお答えをそのまま午後に残してあるのです。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 御質問は二つ、第一は教唆、扇動は教員に対して行われるのであるから、事実上地教委の教員に対する監視は強化され、警察の介入は起る、こういう意味でありましたか。簡単におつしやつて下さい。

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 大臣の御説明にもかかわらず、結論においては教育公務員に種種の影響を与えるのじやないか、絶対に個々の教育公務員には影響が与え得られないという点を明らかにしてもらいたい。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 教育公務員に影響が与えられるのではないかという御趣旨でありますが、教育公務員がこの教唆扇動によつていわゆる偏向教育を行う場合、これは教育公務員の職務上の問題として、地教委といいますか、教育委員会によつて取扱われる結果を生じ得ると思います。  それからもう一つ影響が起るのではないかということは、地教委が教唆扇動の対象であるから、教唆扇動を取締るということは、自然教員に対する警察の取調べ、そういうような問題が起るのではないか、こういう意味でありますね。それはそういう場合も起るだろうと思います。  それから第二の御質問は教育委員会委員の行政能率が低いから偏向教育が排除せられない。本法がそこで必要であるということであるが、教育委員会の行政能率を向上させることを先ず先決として努力すべきではないか、こういうのでありましようか、第二の質問は。

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 ええ、そうです。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) これも午前中お答え申上げたと思うのでありますが、勿論教育委員会の機能と申しますか、能率を向上させるように努力すべき点は問題はありません。ただ偏向教育を教唆扇動するということがあるならばそれを排除するということは教育委員会の行政能率の向上というものから切離してもなお必要がある。かように考えておりす。

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 先ほどの御説明にもあつたのでありますが、偏向教育の是正等は現在の地方教育委員会では余りに金がかかり過ぎてできないという具体的な例もある。そういう立場からこれは法律によつて教唆扇動の排除というものをしなければ、教育委員会では教育の中立性の確保ということを行政の上に十分に表わすことはできない。こういう説明でございますけれども、この教育行政の基本的な考え方についてそういう御説明であれば、又重ねて伺いたいと思うのであります。仮に偏向教育がありましても、これを教育基本法に定められておりまするごとく、教育の倫理上の問題として、教育委員会の行政指導に待つということが基本法並びに委員会法に定められた新らしい教育の精神であらうと思うのです。或いは又文部省設置法を見ましても文部行政の限界を、この制度を育成助長するというふりに解釈しなければならないのじやないかと思うのです。こういう点から考えますと、只今の大臣の御説明或いは大臣のお考えというものは、文部省設置法の精神というものとは少し矛盾があるのじやないかと思いますが、この点が一点。  それから地方教育委員会というものは相当な地方団体の反対があつたにもかかわらず政府が強制設置をしたような形になつておるのであります。そういう政府が制度を作つておいて、教育委員会そのものの仕事ができないから、金がないからといつて、この仕事のできる裏付けをしないということは、一体これは誰の責任か。これが第二点。  第三点、今のような文部大臣のお考えで一体教育委員会のそういうお進め方を強化育成と考えるならばその教育委員会というものはどういう形のものにおなりになるとお考えかこの三つの点。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 偏向教育の是正をする場合、教育基本法においてはこれを倫理的な規定として掲げられておるのであるから、これは教育委員の指導に待つて是正すべきである。然るに今回のごとき法律を出すということに矛盾がありはしないか。こういう御趣旨のようでございます。私は教職員に対する偏向教育の是正というものが、委員会の指導と申しますか、又教職員自身の反省或いは自戒によつて達成せらるべきものだ、こういうふうに考えております。その点はこの法律においても午前中申上げたと思いますが、同様な考え方でありまして、教職員の個々の偏向教育について罰則を以てこれを是正するという方法はとつておらんのであります。ただ教育委員会がこれを教職員に強制して、力を以て是正するという道は、いわゆる行政処分という方法によらざるを得ないのでありますが、この点は行政処分ということはなかなか重い問題でありまして、これを始終懲戒をするというようなことは実際においては行き過ぎの場合もあり、又なかなか出来得ないことであります。とにかく私はやはり教職員が偏向教育をしないということについては、これは教職員自身の反省と、そして教育委員会の指導によるべきものである、こう考えております。この法律はその点に触れるのではないのでありまして、それを外部から教唆扇動するというその行為を取締るのであります。  それからその次は、地教委をいわば強制的に設置をしておきながら、それが今日十分な機能を発揮しておらんというのであれば、一体その責任は誰の責任か。こういう御質問でございました。私は地方教育委員会というものは、我が国の戦後における教育制度の基本として、いわゆる直接民衆の選挙による人々の手で如何なる不当な干渉を排して、直接民恵を代表して民意を反映させるような教育の運営をすると、こういう制度として取上げられておると思うのであります。ただ私その間の事情はつまびらかにいたしませんが、実際の実施についてはそれぞれ状況の熟するを待つて実施せられたと考えておりますが、教育委員会の制度はとにかく今日の戦後における教育機構のこれは根本であります。従つてこれを設置してその育成を図るべきことは、これは現行法律下においては基本的な問題であり、これに論議の余地はないと私は考えております。ただ午前中申上げましたように、我が国としてはいわゆる画期的な今までなかつた制度でありまして、それにはいろいろな点でまだ制度として慣熟していない点があろうと思います。そういう点は今後できるだけこれを育成して、制度の趣旨に副うようなものに育て上げなければならん。いわゆる今日では、いわば揺籃期のものである、こういうふうに考えております。その意味において私どもは育成強化を図るのでありまして、その育成強化を図るということが地方教育委員をどこへ持つて行くかというふうな細部の御質問でございますが、これは只今申上げるように、倒産の趣旨に副つて立派な民主的な教育機構として将来発達をして、法律に期待しておるような効果を挙げるように持つて行きたい。又そうなるであろうと考えております。

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 関連質問が甚だ長くなりまして恐縮でございますが、大臣の教育委員会という御説明だけを切り離して聞いておるとよくわかる。偏向教育の是正ということだけ切り離せば必ずしも理の通らないことはない。併し偏向教育の是正という方法を教育委員会の行政というものとどうマツチさせるかという大臣の考え方ということになりますると、これはどうも疑義を差し狭まざるを得ない。そこで大臣の今の御説明にもありましたけれども、偏向教育というふうな点から見ると、教育委員会のもつと反省と自戒を必要とする。従つてこれに一つ指針を与えたのだというふうな厭味にも御説明の全体が解釈できるのでありまするが、一体教育委員会というもののこの性格を考えますと、大臣の今の御説明にもありましたように、文部省がこれに方向ずけをしたり或いは指針を与えたりして育成強化すべき性格のものではないと思うのであります。そこでこの教育委員会法或いは教育基本法というものの性格と文部省設置法というものの性格とを照らし合せましたときに、一体文部省設置法というものから、どこをどう解釈すれば大臣の今のような考えかたが出て来るか、で、一番先私が質問しましたのは、大臣の教育行政に対する基本的な考え方、それは教育委員会なり、教育基本法なりというものを育成強化するように、文部省設置法はきめられておるのに、文部省設置法とは甚だ違反するような、何か監督指導の復元を図つておるようなやり方をする、こういうことは文部省設置法と甚だ違反することになりはしないか、この点違反しておらないということを御説明を頂きたい。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 教育委員会がその担当するところの学校における教育、これが正常な法律の趣旨、つまり憲法なり、基本法の精神に則つて立派な教育が行われるようにして行く、これは申すまでもないことであります。でありますから、教育委員会は、教育についてただ偏向教育の是正ということだけを考えておるわけでは無論ありませんでしよう。ただこの際はこれは偏向教育の是正ということが問題になつておりますから、この問題に限定してこれを取上げてみると、やはり偏向教育というものがないように配慮するというもとは教育委員会の重大な職務であると思います。又自分は文部省設置法の趣旨と申しますか、この場合は文部省がこれに指針を与えるとかいうことはおかしいじやないかというふうな御趣旨のように伺いましたが、成るほど文部省は教山月委員会を拘束してこうしろ、ああしろというふうに指揮命令をすることは、その権限もありませんし、又できるわけではありません。御承知の通り教育委員は直接選挙によつて選ばれた人です。直接選挙によつて選ばれた人を役所で指揮監督をしたり、命令したりするということは、これは条理においても許されないことであります。ただ文部省としては、文部省の考え方によつて、教育委員会を指導し、拘束力はありませんけれども、指導し監督し助言をする、こういう、言葉であるのであります。そこで偏向教育の場合につきましても、昨年の秋でありましたか、文部次官通達として出しましたものは、要するに地方教育委員会に対する文部省の監督であり助言であるわけであります。それで今度の法律が出まして、これによつて、これは決してこの法律は御覧の通り地方教育委員会に対してそういうことをまあ監視するというか、取締るというか、そういうことを目的としたものではないことは、これは先ほど来申上げたところであります。ただこの法律が出ることによつて、教育委員会のほうで、偏向教育の是正ということに更に関心が高まるのであるならば、これは教育委員会をもつてそうさせるための法律ではありません。更にこれを契機として、その関心が高まることであるならば、私はむしろ望ましい、こういう意味のことを先ほど申上げたのであります。

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 私の質問はこの法律そのものを作る前提を目標にいたしておるわけであります。偏向教育の是正ということを、それだけ取出してこれは合理的なところもある。併しながらそれは現在の制度においては、教育委員会そのものに、こういう問題の処理は任すべき問題ではないか。それを政府の一つの行政方針で、大綱を決定して、その方向に教育委員会の権限というものに束縛を与えて行くというやり方は、これは文部省のやるべきことじやない、そういうことを問題にいたしますのは、大臣のお言葉の中に、教育委員会の反省理解によつて是非達成されるべきものである、教育委員会というものは文部大臣から反省理解を強要されたり、或いは勧告されたりしなければならない立場のものでないと思う。併しながら大臣の考えそのものの中には、甚だ失礼でございますが、教育委員会は甚だ未熟不徹底なものであるから、一つの大きな国家としての教育行政方針をおれのほうで打ち出してやるのだ、右へならえをせいというまでは行かなくても、そういう底意があるように感じられるのであります。非常にこれは教育委員会、教育基本法というものについて、危険な考え方じやないか、文部省設置法にも明らかに違反することではないか、こういうふうな疑問を持つのでありますけれども、お考えはどうか、こういう点であります。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) この法律案を提出いたしましたことは、文部省が教育委員会なり、或いは教職員を拘束をして、こういうふうにする、ああいうふうにすると、行政手段を以て拘束をする力がないからであります。つまり法律によりまして、この法律は文部省は立案をして、かような法律を作ることが偏向教育の是正の上に必要である、かような考えから立案をして国会に提出しているのであります。これが国会の意思によつて、法律としての成否がきまるわけであります。この法律が成立した場合を考えますと、依然として文部省は行政的な何らの権限をこの法律によつて取得するわけじやありません。これは文部省の行政手段のこの法律に関して介入する余地はないのであります。文部省は現状において教育委員会、或いは教員を拘束する力を持つておりませんし、そうして又この法律が成立した場合にも、文部省は文部省の持つている権限というものは少しでもこれがためにプラスになり、前進する、そういうことはないことは、これは明瞭であります。そうしてこれは文部省のきめるものではなくして、要するに国会の御審議の上でこの法律の成否がきまるのであります。文部省がこれによつて文部大臣の意思を持つて教育委員会なり、或いは教員を拘束するという性質のものでないことは明瞭であると思います。

若木勝藏日本社会党(第四控室・左)

○若木勝藏君 今の加瀬君の質問は非常に私は重大な質問であると思います。私も先ほど来そういう点に触れて質問したいと思つておつたのでありますが、関連質問でそういうことになつて参つたのであります。そこで午前中来大臣の御答弁を聞いてみますというと、結局この法律を作つても教育委員会におけるところの教育行政はこれは変更することがない、こうおつしやるのでありますけれども、私自身教育者としての経験を持つておる点から言いますれば、さように簡単には片付かない、こう考えられるのであります。いわゆる偏向教育の是正であるというふうな方向、には一応向つておるとしても、これが必らず、やいわゆる教育委員会に与えるところの、又教育公務員に与えるところの影響という方面から考えますれば、いわゆる戦前の文部省の画一的な行政というような方向に私は走るものと考える。同時にこれは内容的に言えば、教育勅語に則つて、いわゆる国民道徳を振興する或いは国民生活に必要なるところの知識技能を授ける、こういうふうな一つの方向をとつておつたあの教育に転換して行くのではないか、こういうことが考えられる。幾ら文部大臣がそういう行政の変更はないのだ、こうおつしやつても、我々は経験から推して行くとそういうことになる、こういうことが予想されるのであります。そういたしますと、今加瀬君の質問に対するところの御答弁を伺つておりますと、これは全く文部省の介入することがないのだ、ただ偏向教育是正という面において教育委員会のやる行政の面で処理されることである、こういうふうにこの一応私は弁解がましく聞くのであります。だけれども、文部省が今教育委員会に対しても或いは一般の教育に対しても、地方の……、これに対して何らの権限もない。監督権もない。そういうふうなことになりますというと、この法律を作つたことによつて教育委員会の教育行政が先ほど私が話したような方向に進めば実質的にこれはもう文部省の権限というものは行使されたと同様になる。これが非常に重要な問題であると思うのであります。いわゆる自分のもつておらないところの権限を、こういう一部の偏向教育の是正というふうなことを掲げて、こういう法律を作つてそのことに置換えて行くというふうな結果になるのではないか、私はこう思うのでありますが、その点について伺いたい。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) この法律は御覧になる通り教育の面で新らしい線を打出してはいないのであります。それは全然ない。画一教育というものはどういう意味でありますかわかりませんが、画一教育というものをするのであるとか、或いは教育勅語というものを中心としたような教育を復活するのであるとか、そういう教育の内容について何一つこの法律は打出しておるわけじやない。結局この法律の扱つておることは既定の基本法八条の二項、つまり一方的な偏つた教育をとめておるところの、そういう教育をしてはならないという基本的方針というものを一歩も外には出ておらん。この既定の方針というものを確保するための法律であつて、新らしい内容を何もこの法律案に附加しておるものでもなければ、この法律が出たからして当然に新らしい方向に教育が向つて行くという必然性もなければ私は失礼ですが合理性もない。そういう結論がどこから生れますか、この法律のどこから新らしい教育方針が打出されたか、こういうことにお考えになるのは午前中に申上げた私は心配し過ぎじやないか。これは御覧になる通り文句まで殆んど基本法八条二項の文句と同じ文句を使つてあります。だから八条の二項というものがすでにそういう画一的ないわゆる奔放な教育というものをとめて、画一的な内容の、毅然たる内容をもつた固定した教育を行うのだと御解釈になるのならこれは別であります。併しそうでない限り戦後の教育の基本方針として八条二項を取上げておるのだからそれを確保するというだけであつて、新らしく今後の教育は、かくあるべし、この方向に向わしむべし、若しお言葉のごとくんば、それこそ文部省自身が偏向的な教育を意図してこの法律を出したということになる。(「その通りじやないか」と呼ぶ者あり)何を以てさようにおつしやるか。法律の条文について何故にこの画一教育を慫慂するものであるか。何故にこれが教育勅語による教育を復活させるものであるか、という論点を明らかにしてお尋ねを頂きたい。(笑声)

若木勝藏日本社会党(第四控室・左)

○若木勝藏君 文部大臣はいわゆる法律の条文の上から、表面に現われた点から推しますというと、どこにもそういうことがないではないか、こういうふうに言われるのでありまするけれども、この法律が施行された場合におけるところの影響というものはこの条文に現われた面で以て影響しない。むしろその蔭に、裏にあるところのものが影響して来る。そうして先ほど私の述べたようなこの教育行政が教育委員会によつて昔の文部省時代におけるところのあの画一教育のような形へ進んで行くのだ必らず、これは。私は論点を明らかにして行つたならばこの法律の条文そのものから表面的には来ないけれども(「隠されているのだよ」と呼ぶ者あり)その裏に隠れておるものが影響して行くということを申上げたい。(「それが重大だ」と呼ぶ者あり)

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 条文の上からは出ないが隠れておる、こういうことをおつしやるが、どこに隠れているという根拠がありますか。(「逆になつて来た」と呼ぶ者あり、笑声)

若木勝藏日本社会党(第四控室・左)

○若木勝藏君 これは先ほど、文部大臣よく附いて下さい。先ほど私が申上げた通り、我々の戦前におけるところの教育の経験から言えば明らかなんです。全然先生方が物も言えない、あの文部省時代のいわゆる行政に対しては。ところがこの法律によつて、この法律が出た場合において教育委員会も同様な形の行政をとつて行くことになるという、必然に。そこが恐ろしいところなんです。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 必然にそうなると言われるから、その論理を伺いたい。論理を伺いたい。これは戦前の教育に戻るのじやない。教育基本法は御承知のように、戦後の教育の基本的原則として作られたものです。その戦後の教育の基本的原則として作られた教育基本法の線を堅持するために出た、そういうふうに言つている。何故にこれが必然的に戦前の画一教育に帰るということになるか、必然的という言葉をお使いになるならその論理を伺いたい。

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 私は法案設定の過程並びにその効力発生の将来というものを検討して参りましたときに、若木委員の心配が当然だというふうに考えられるのであります。なぜかというならば、我々は現在の教育委員会の運営によつて正しい教育が行われているという前提に立つているので、これは文部大臣も教育委員会の運営によつて正しい教育が行われていると、概括的に正しい教育が行われている、教育委員会の運営は正しいということを先ほどの御説明でこれは私と意見が一致していると思う。併しながら今度政府のとつた方法としましては、偏向教育の是正というものに限つては教育委員会の運営は十三分じやないという偏向教育是正の強調というものをもつているわけです。で、これは現在の教育委員会の運営に一つの偏向教育の是正の強調という行政方向というものを烈しく打出しているということになる。そうすると、これは法律できるわけでありますから、教育委員会の倫理によつて判断すべきものを一つの国家統制を教育委員会に住民自治によつて決定さるべき教育委員会に国家統制を強く影響させるということに言い切れると思う。で、こういう方向が更に助長されるときには若木委員のような質問は我々は過去の歴史に照らして当然心配として考えられることだろうと思う。これについて国家統制でないということは今まで一つも言つていない、文部省設置基準法に違反しているのじやないかということに対しましても、これこれかように違反しておらないということを大臣は御説明にならないのであります。私どもの心配いたしますのは、こういうふうに教育委員会が独自に運営しておりますものを法律的に一つの方向付けをするような枠をきめて行くということは非常に危険なことに将来なるのじやないかということを言つているのです。これについてお答えを願いたい。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 初に、現在の教育は正しいという観点に立つている、こういう……、(加瀬君「教育委員会の運営は正しく行かれている」と述ぶ)教育委員会の運営が正しいということと、教育そのものが正しいということは別論であると思う。まあ併しこの点はそれといたしまして、この法律が何故に国家的統制を教育委員会に及ぼすかということは御説明では私にはわからないのであります。教育委員会が請求する立場に立つ、この点をとらえて国家的統制が及ぶと、こう言われるのかどうか知りませんが、この法律の如何なる部分にも国が教育委員会をこの問題に関して指揮監督するということは出て来ないのであります。国家的統制が及ぶはずがないと私は思います。(「そこだよ、問題は」と呼ぶ者あり)

若木勝藏日本社会党(第四控室・左)

○若木勝藏君 条文の上からばかり推しまして、これは全く教育基本法に則つているので間違いがないのだというふうなことは一応私は大臣として言わなければならないことだと思う。ところがこれが先ほど私が申上げた通り、そういう教育行政の行き方になるということにお気付きにならないならば、これは文部大臣としては重大なことを一つ落している、私はこう考える。そこでそれ以上どうも私としては、いや落ちておらないということになれば、これは水掛け論になりまするから、この際文部大臣に十分その点を私は警告したいと思う。あなたは教育行政の上で非常に重要な部面を忘れている。ただ単に一つの条文の上きちんきちんと考えて行けば間違いないじやないかということばかり、影響するところのものを忘れておる、こう考える。  次に私は伺いたいと思うのでありますが、先ほどのいろいろな質疑応答によりまして、結局教育委員会におけるところのその行政上、これは十分監督するところの権限も持つておる。そういうふうなこともこれはまあお認めになつている。それからこの法律が実際に効力を表わして来る場合においては、或る場合に警官が取調べるというような場合もあり得ると、こういうふうなところも午前中のあれによつて私は、はつきり聞きとつておるのであります。そういたしますと、教育委員会の監視が私らから考えれば従来より一層強いものになつて来るだろうと考える。それに更に警官の取調べも入つて来るということになれば、これは一体教育公務員にどういうところの影響を与えるか、これを一応我々は考えなければならない。この部面について私は伺いたいと思うのでありまするが、若し立場を替えて文相が一人の公立学校の教職員になつたとする。こういう法律によつて、或いはこういう監視や取調べが漸次行われて来る場合に、安心して教壇に立ち得ることができるかどうか、この点を伺いたい。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 仮に私が先生になつた場合に、この法律が出たからと言つて私は何にも困ることはないと思います。うるさい横から要らんことを言う者がいなくなつて工合がいいと、こう思うだけだろうと思います。

岡三郎日本社会党(第四控室・左)

○岡三郎君 国家統制の問題、この法案が出ると統制的傾向が出るというのは、私はもつとその前に中央教育審議会の構成を見てもわかると思う。いいですか。あの中央教育審議会の構成は教育者なんという者は極くちよつとで、あと資本家ばかり。而もその資本家は吉田さん好みか、大達さん好みか知らんけれども、この好みの人選できちつと作られて、そうして中央教育審議会は正しのだ。これがそもそも頭の中に画一的な、物の見方というものを偏らしているというふうに私たちは判断するわけなんです。これは識者がみんな指摘している通りであります。それで先ほど私が言つたように、教育の中立性を求めるなら、教職員の現場の教育におけるところの中立性と同様に、教育政策そのものに対する中立性が確保されなければ、私は絶対に中立ということは言えないと思う。いつまでも相対的なものだと私は思う。そういう点で先ほどこの法案が通つたら、今までの教育基本法と憲法ならば自由党大達文部大臣でも結構であります。併し少くとも刑罰を以て現場の教育の中立性を求めるというなら、この法案が通つた場合においては、現場の教育を指導するところの教育委員乃至はこの法案を提出したところの教育政策の立案に当る自由党の文部大臣は私は変つた形で中立的な文相であるし、そうして中立的な教育委員でなけばならんと思うわけです。ところがそれに対して文部大臣は、それは君の言うことは政党政治の否定だ、こういうことを言われておる。政党政治の否定ということを私はここで強く言うのではないけれども、問題は或る偏つた、或る一方的な頭において、偏向であるか偏向でないかを判断するわけです。そこに一定の基準があるわけです。そうすれば時の政府が教育政策を立案して、これでなければいかんという方向を打出した場合において、それが一つ基準になるのじやないですか。それが延いては国家の一つの教育統制的な方向を打出して行くというふうに私は言えると思う。ですから今の政府が憲法を自分で尊重ししてそうして真にあの条章にあるように運営せられるならば、これは又何をか言わんや、教育基本法においても私は然りだと思う、将来。つまり憲法というものを自由自在に解釈して、自由自在に理窟をつけて、そうして戦力なき軍隊とか何とを言つている今の政府が、結局この教育の場においても自由党的教育政策というものをあなたが肯定される限りにおいては、これはどういうふうにでも解釈ができる問題になると私は思うわけです、今までの御答弁では。それを大達さんは、それは確かにあいまいである、こう言われるけれども、あいまいな基準の上に自由党的教育政策というものを推進する政党の文部大臣があるということについて、やはりこれは国家統制に順次私はなると思う。自由党的統制になると思う。だから私は、そういう意味で先ほど言つたように、この法案が通つた場合においては、現場の教育の中立性を確保するためには、やはりその人を罰するのだから、処罰するということになるならば、やはりその鏡になるところの教育委員は、中立を明確に確保し、一党一派に偏つてはならんと同様に、現場の教育の中立性を求めるならば、教育政策そのものに対する中立性がやはり相伴つて行かなければならないのではないかということを私は言つておるわけです。これに対する所論を承わりたいと思います。

相馬助治日本社会党(第二控室・右)

○相馬助治君 文部委員会の話合いで、今日は成るべく地方行政のかたに質問して頂こうというので、発言を遠慮していたのですが、時間の節約の都合上、岡委員の質問と連関して、共にお答え願いたいと存じまして、私からお尋ねいたしたいと思うわけですが、この偏向教育が現に行われておるかいないか。私は数多い教員であり、学校ですから、かような事態は起り得ると思う。偏向教育が行わておる事例はあり得ると思う。そこでそういう偏向教育を防ぐために何らかの措置を政府は行う必要があるかないか。これは何らかの措置を行おうとすることは自由であり、又当然文部省としては考えて然るべきことだと思うのです。さてその場合において現在の教育委員会法によつて示されておる教育委員会の運営を万全ならしめ、且つ教育基本法の精神を確かに守つて行くならば、そうして又その意味における指導がなされるならば、私どもはこの際特段なる法律的な規制の必要はないと判断します。ところが現在大達文相の下においては、いやそういう法的措置が必要であるというので、ここで見解が分れておる。そこで私は伺いたいと思いますことは、曽つて天皇の官吏と言われた時代の官吏服務紀律においてすら、政治行為の違反事項というものは、懲戒処分を以て事足れりとして来たように私は記憶いたしております。そうして又この国家公務員法と地方公務員法を、この際どちらを適用させるかとするならば、当然今問題になつておる教職員のためには地方公務員であるから、地方公務員法の精神を適用させなければならない。これは議論がないと思います。而も又立法の、歴史的過程を見ても、国家公務員法は占領軍の下において非常に強力なる示唆の下に作られて、政治行為の違反事項は懲戒処分でなくて、刑事上の加罰行為なりとしてこれを刑法上の罪に問うたのです。ところがその後に生まれて来た地方公務員の第三十六条によれば、政治的行為制限に対する違反については、刑罰を定めていないのです。これは誠に合理的であると同時に、日本の立法府の健在を示した好例であらうと思うのです。而も当時この法律の企画立案者である政府は説明して言うのに、地方公務員の政治的行為の制限というものは、本来自由なるべき行為が、特に公務員であるから制限されるのである。故にその違反に対しては、公務員という関係から排除すれば足りる、具体的に平たく言えば、首を切ればそれでいいのだ、かように規定しておるのです。そういうことになると当然大達さんが今度の法律の必要があるとしたとしても、我々が百歩譲つて法律的な措置が必要だとしても、今度のこの法律は最低私は公務員としての職を剥奪する、いわゆる教員としての首を切るという程度の法律ならば議論はあるけれども一応の筋がわかると思う。ところが地方公務員である教職員に、政治的な行為制限の違反事項を刑法上の加罰行為と規定して、これを牢屋に繋ぐということに至つて参りまするというと、このこと自体がもう教育の場に対する極端な威嚇法案である。そこでさつき若木委員が縷々述べられたような、立法者は善意の意思を持つているかも知れない、今日大達さんはさようなことを予想もしないかも知れない。併し法律というものは、生れた後は立法者の善意の意思もへつたくれもない。これは厳然に法律の条文が口をきくということになると、大達さんは国家統制の意思がないと強弁されようと、この法律が将来に及ぼす影響から考えると、影響を及ぼす教職員方からみると、勢いこれは国家統制への途を追い立てられている恐怖感を持つということは当然予想されると思うのであります。従つて大達さんの個人的見解じやなくて、これは中央集権にならないとしたならば、ならない担保を我々に示してもらいたい。法的な担保を示してもらいたい。従つてこの担保をお示し願うというのが私の質問の一点でありまするが、どうか岡君の質問に答えて、この担保を法的な立場から私は明快ならしめて頂きたい、お願いします。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 相馬君の御質問はこの特例法に関係する御質問のようでございました。なるほどこれはしばしば御説明を申上げたと思うのでありますが、教育公務員は公立学校に所属する人は、これは地方公務員としての身分を持つております。又国立学校に勤務せられる教育公務員は、これは国家公務員としての身分を持つておられる。従つて同じ教職に従事するかたがたでも、附属の中学の先生と、それから公立学校の中学の先生は、その身分に地方公務員であり、国家公務員である、こういう身分の関係上、そういうその政治活動の制限については二様の取扱いになつているわけであります。  私どもが考えまするのには、教育という事柄の性格から鑑みて、これは殊に義務教育について言えば尚更でありますが、その職務の内容である教育ということは、一地域に限られる筋合のものではない。性質上国家全体にとつて大切な事柄であり、すでに教育基本法におきましても、或いは教育委員会法におきましても、教育ということが国民全体に直接責任を持つて運用せられるべきものである、こういうふうに規定をしているのであります。いわゆる全体に対する奉仕という観点に立つて申しましても、地方公務員はその地域団体の全体に対する奉仕、こういう観念であると思います。然るに教育公務員の場合におきましては、只今申上げましたように国民全体に対して責任を負うべき地位でありますからして、この場合における全体に対する奉仕ということは、国民全体に対する奉仕、こういうふうに解釈すべきものであると私は考えております。従つてその職務に関係する限りにおいては、これを国家公務員と地方公務員との間に区別をすべき理由はないと考えるのであります。  ところでそれじや一体公務員にどういうわけで政治行為の制限をするか、こういうことになつて参りますと、これは公務員に或る限定せられた、つまり相当強い政治活動、選挙運動であるとか、或いはその他倒閣運動、或いは党勢拡張に関するいろいろな運動であるとか、そういうふうな一定の限定せられたものでありますが、強い政治的行為をするということは、おのずからそのそれぞれの公務員の政治的立場を非常に強くする、政治的関心を非常に強める、政治的関心を強めるということは無論差支えないのであります。ないのでありますけれども、余りに現実の政治運動に没頭をし、それにいわば俗にいうと夢中になるということが、自然にその公務の上にそれが反映し、偏つた行政の運営が行われ、偏つた教育が行われる、そういう結果が来るであろう、こういう見地に立つてその偏頗な行政活動、偏頗な教育活動というものを阻止するがために、その公務員自身が余り深入りをした政治的立場をとらないようにする、こういう見地であろうと思うのであります。その場合に、その公務の内容が問題であります。国家公務員は国家の公務員として国民の全体に対する奉仕者の立場に立つておる。従つてその政治行為の制限の内容、それから範囲、地方公務員におきましては、御承知の通り今日その所属する団体の地域に限つて政治行為が制限されておる。然るに教育公務員の場合におきましては、やはり今そうなつておりますけれども、その事柄がその公務の内容が、国家全体に拡つた幅を持つておるものであるからして、この場合においては地域団体だけに限つてということでは意味をなさない。むしろ国家公務員たる附属学校、或いは附属の中学校、小学校、そういう先生方と同じ立場に立たせるということが至当である、かように考えたわけであります。  具体的の事実について申上げますと、地方公務員として、この一定の地域を限つて選挙運動を制限をするという場合に、普通の場合はそれでいいかも知れません。併しながら教育公務員の場合は、現に全国的に日教組は政治選挙に当つての熾烈な選挙闘争というものをしておるのでありますから、この場合一地域を限つて選挙運動の制限を、しないというならば、これは別です。併しその必要があると考える限り、一地域に限つて制限をするということは、この場合は私意味をなさないのでありますと私は考える。そういうわけで、これを国家公務員並みにしたい、こういうふうに考えたわけであります。  そこで国家公務員ということになれば、同じするということになれば、罰則の点についてもやはり同様な立場に立つてもらう、これも当然でありまして、これはその理由から来る当然の結論であろうと思う。私は国家公務員というものの罰則の限度を、もう少し軽くしたらよかろう。或いはその政治行為の制限の内容をもう少し軽くして緩めたらよかろうということは議論の余地は大いにあると私は思う。思うけれども、今日国家公務員というものの例によつて、その同じ線に持つて来るということがこの法律案の趣旨であるのでありますからして、例えば人事院規則を改正され、仮に将来或いは国家公務員に関する政治活動制限に関する法律の規定を改正される、その場合にはやはりこの公立学校の先生もそれに伴つて自動的にその制限の内容が変つて来るのであります。でありますから、これがつまり国家公務員の例によるという字句を用いたわけであります。そこで国家公務員に対する現在の制限の程度が度を過してはいないか、或いは又その刑罰が苛酷に失しはしないかという点は、これは勿論御意見もあろうと思います。私自身もこの点は意見があるのであります。併しこの制限の内容というものは、今日ひとり行政面だけでなしに国会の事務職員或いは裁判所におる事務職員、つまり政府の行政の及はない範囲の、つまり国会においては運営委員会等の意見を聞いて両院議長が協議をしてきめる。それから裁判所関係については最高裁判所できめる。こういうことになつておると私は思いますが、そのいずれにおいても全く同じ制限をして今日おるのです。でありますからして、とにかく今日の一応の既存の法的秩序である。こういうように私は考えていいと思うのであります。この場合公立学校の先生を国家公務員並にするという場合にだけこれが論議さるべき筋合のものではない。こういうふうに実は考えておるのであります。で、そうすることが最もふさわしい。今日におきましては地方公務員として地域に限つて選挙運動を制限するということは、私はその実情から見て無意味に近いものである。こう思つております。

相馬助治日本社会党(第二控室・右)

○相馬助治君 その点、地方公務員である教職員をこのように律するということについては他の地方行政委員会の諸君からも質疑があると思いますので、それに深く触れませんが、今の文相の答えは私の質問をまともに受けて熱心に答えられた態度には敬意を表しますが、内容それ自体は全く私が予想し且つ私を満足せしめるものではないのであります。というのは教育公務員の職務と特殊性というものに対しては、あなたは教育基本法十条の二項を引例して「国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである。」ということから、これに対して答弁をされたのでありますが、教育基本法の精神はさようであるということは私も認めますが、ここで問題になつているのは地方公務員としての教職員の政治行為を如何ように見るかということであつて、この場合の国民全体という概念は偏向教育をさせないとする、一党一派に偏してならないとする即ち一党一派の反対概念としてあると思う。(「その通り」と呼ぶ者あり)そうするとどういうことになるかと言えば、当然この場合の国民全体というのは当該地方住民全体を指すということはこれは法的常識からいつて私は当然でないかと思う。(「そうだ」「その通り」と呼ぶ者あり)そういうことになつて来ますと文相の考え方は非常に論理が飛躍し、そうしてその飛躍した過程において生じた矛盾にあなた自身がお気付になつていない。そこで私は仮に文相が言つているような精神で今後吉田内閣が教育行政をやるのであるということを認めるとするならば、地方自治法であるとか、教育委員会法に示された教育の地方分権という大原則を根本的に否定するものであつて、これは全く角度を変えて私どもは現在の大達文政というものを挑めて行かなくちやならない。ところが我々そうは思えない。教育委員会というものは飽くまでこれを育成して行くという地方自治法の精神は飽くまでも重んじて教育を健全なるものたらしめるということはあなたの累次に互る声明で我々は了解している、そういうことになると、どうしてもあなたの今の御説明は私は飛躍し過ぎていて、その飛躍の過程において矛盾している、こういうことを申上げると同時に、一国の法制の体系を乱すものであるという意味で、この立法府においては教育の権威を守るとか或いは教職員の利益を守るなどという区区たる問題を離れてすら大きな問題を実は含んでいると思うので、熱心に各委員から討論されていると思うのです。そこでお伺いしたいことはこの際一党一派の反対概念としての国民全体ということを考えて来れば、あなたは教育基本法十条の一項の解釈をいささか拡大解釈してはいないか。かように考えますと同時に、地方公務員である教職員を国家公務員並みに取扱うというこの基本的な立法の精神というものには重大なる矛盾がないか。この三点を重ねて一つ納得の行くように法的な立場から御答弁を煩わし、本員の質問をして満足せしめて欲しいと思う。(笑声)

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 政治行為の制限をするということは、それが公務員であるからであります。公務員に対しては然らばなぜ政治行為の制限をするか、こういうことになると、結局公務員のその公務が適正に運営される、適正に処理せられるということを担保し、保証するということが根拠であろうと思う。そうであるとすれば、その公務員の担任する公務というものの性質によつてその政治行為の制限の範囲なり内容なりが定められて来る。つまり政治行為の制限というものはその公務を保証する意味でありますから、従つて政治行為の制限の内容、程度そのものがその担保し、保証せんとするところの公務の内容性質によつて定まるべきものである、こう私は考える。そこて今問題になつておる教育という公務という場合に、その公務ということは国民全体に対する責任を持つておる、国民全部に対する奉仕として行われなければならない。その点普通の国家公務員の担任する公務と何ら区別すべき理由はない。従つてそれを保証し、それを担保するための政治行為の制限の範囲、程度、その間に国家公務員との間に国別を設ける理由はない、こういうのが私どもの考えであります。

若木勝藏日本社会党(第四控室・左)

○若木勝藏君 今の関連はあと廻しにいたしまして、私先ほど関連で以て中断されたので、その点を先ずお伺いしたい。大達文相は若し自分が教員になつた場合においては、この法律が出るとうるさいものがなくなつて大変いい。これはうるさいものというのは教唆扇動するものというふうに考えておるだろう。そうすると大方教唆扇動というものがあるものだという一つの考え方に立つておる。私はむしろうるさいものというのは教唆扇動するものというものよりも、そういうことは私は教育者としてはそう考えておらないだろうと思う。そんなことはあり得えない。そんなことによつて扇動されるような自信のない教育者というものはない。教育基本法に則つた立派な教育を進めて行くということは信条なんです、教育者の。それよりもうるさいものというのはいわゆる教育委員会の監視の眼とそれから警官の取調べです。これのほうがむしろうるさいものになつ集る。(「その通り」「そうだそうだ」と呼ぶ者あり)そこでそういうことになりますと、それはうるさいとか、うるさくないとかということになると又水掛論になりますから、そういうふうにしておきまして、私はもう一点それについて伺いたい。  うるさいとか、うるさくないとか、恐ろしくないとかいうことは別にして、こういう法律ができて来た場合に、少くともいわゆる各党の政策であるとか、そういうふうな政治の方面の具体的なものに対する先生がたの研究とか、或いはそれに障ることが如何にもどうも何か、いわゆる恐ろしいものであるとか或いは障つてならないものであるとか、そういうような結局は障らぬ神に祭りなしということで、そういうところに触れなくなつてくることがあり得ると私は考える。そこでそうなつて参りすればその先生方のいわゆる政治的教養というものについては穴があいてくる、具体的な一つの政治面に関する知識というふうなものはなくなつてくる、いわゆる空虚なものになつて参ると思うのであります。恐ろしいような形で、うるさいような億劫なような形でそれに触れたくない、そうなつて参りますと、そういう先生方が基本法第八条に示されてあるところの政治教育ということが立派にできるかどうか、第二項に限定されているものは別ですよ、そこが問題なんです。丁度私は大工に例えてみれば先生方は或る方面において本を読んだりして知識を得るかも知れない、政治に関する。丁度大工が鉋というものは木を削るものだ、それから錐というものは穴をあけるものだ、そういう一つの抽象的な知識を持つて大工というものに対する或いは弟子たちに対する講義ができるかどうか、これはでき得ない。内容のない抽象的なものによつて、そういう教育を進めて行くことができないのと同じように、政治的方面についてのいわゆる具体的な教養を持たない先生が、児童生徒に対して行うところの政治教育というものはあり得るか。全く死物に等しいところの政治教育になつてしまうのではないか、こう考える。そういう教育が漸次行われて行つた場合に、一体日本の民主主義の育成であるとか或いは民主的な政治のあり方であるとか、そういうふうなものはどうして一体養われて行くか。教育者がそういうふうな立場になつてしまつたときにこれは私は日本の将来にとつて恐るべき問題であると思う。その点についての文相の御所見を伺いたい。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 基本法の八条にあるような良識ある公民たるに必要な政治的教養を与える、これは勿論非常に大切なことであります。教師がその意味においてその職務を全うするために政策の研究或いは政治論の研究をする、これは望ましいことであつて決してこれをいけないとかなんとか言う気持は毛頭ありません。それは活溌にそういうことをされて、教師自身が政治に関する識見を広められることによつて、立派な政治教育が行われるものと私は思うのであります。この場合にこの法律が出たらそれができなくなる、こういうことには私は考えられないのであります、外部からの教唆扇動がなければ。教唆扇動をとめられるとその研究はできなくなる、こういう一体論理がありましようか。教唆扇動があつてもなくても研究は研究ですればいい。教唆扇動をとめられて研究ができなくなるということは私にはわからない。若し偏向教育をしてはいけない、こういう原則があるがために先生方が何となしに研究するのに脅える、臆病になる、こう言われれば、現行法においてすでに偏行教育をしてはならんと書いてある。そうして今度の法律といえどもそれ以上に一歩も進めてはいない。偏向教育をした先生に刑罰を以て臨むといつていない。現在と同じです。それが外部の教唆扇動というものをとめたらその途端に研究ができなくなる、こういう御議論では私は了解ができないのであります。

若木勝藏日本社会党(第四控室・左)

○若木勝藏君 全くこれは大臣の考え方というものは終始表面に現われて来たところのものを以てその上で答弁されているので、全くその表面に現われたものの陰にある影響或いは心理的な影響というものは全然無視してかかつている。私はそういう点を、そういう考えのもとに文政を進められて行つたら、とんでもないことになつてしまう、こういうことを考えるのであるが、併しどうもそこは見解が大分違うようでありますからこの程度にしておきます。

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 今若木委員の質問に対しまして、大臣の説明を承わつたわけでありますが、私は若木委員のような心配が当然あると思う。大臣は罪刑法定主義の枠の中で、罪刑がはつきり法定してあるじやないかと先ほどおつしやられたのでありますが、我々が通念として考えております罪刑法定主義というものは、ただ法律によつて罪刑が概括的にきまつているというだけではなくて、一見して犯罪となる行為と然らざる行為というものが、はつきりと社会行動の基準として区別されるような姿において法文化されておらなければ、罪刑法定主義の概念とは言われないのであります。ところが本法案は、そういう確実な意味におけるところの通念として考えられる罪刑法定主義という形になつては表現されておらない、従いましてどういうことをすれば一体どれだけ罰金になるのか、どういうことをすればどれだけの懲役になるのか、これだけではわからない。併しこれはすでに教育基本法できめられていることを、ただ法文化しただけであるというけれども、教育基本法できめられていることを、それを守つておればいいということであるならば、何もこれを出す根拠はないわけであります。結局教育基本法の八条によつてはきめられない何者かがあるから、こういう法律が新らしく出たのじやないか、そうすると教育公務員は、今までの考えの枠の中で行動しておつては、これは何だか新らしくできるところの法律に違反するのじやないかという心配を持つのは当然であります。例えば、特定の政党を支持させ、又はこれに反対させるための教育を行うことを教唆せん動してはならない、こういうふうに修正されたのでありますが、この「ための」というのは、前に削除されました「至らしめる」に足りる、ためのという意味に解釈されるのであります。そうすると政治的教育を行なつて参りますその結果におきましては、どういう政党も支持し又は反対するに至らないというそういう教育の結果というものを、我々はどういうふうに判断することができるか、特定の政党を支持し又は反対ではなくて、そうなりそうな可能性もない政治教育というものがあり得るか、これは教育基本法八条二項できめられている条項と合うことになるのかどうか、こういうことが当然疑問として生じてくるわけであります。そうすると政治教育は一切しないほうがいい、政治教育の問題には触れまい、八条一項というものは忘れてしまつたほうがいいということにもなりかねない。こういうことになつて参りますと、若木委員が指摘されたところの心配なるものが当然生じてくるのじやないか、こういうふうに私どもには判断されるのであります。若しも教育基本法八条を法文化しただけだというならば、何もこういうふうにいろいろの、国内が二つにわかれるような大きな対立をしてまでこの法案を通さなくても、その基本法の適用についての効果というものは、ほかに挙げる方法というのがあるのじやないか、そういつたようなことも考え合せますときに、どうも私は、今一度大臣の御説明を頂かなければわかりかねるのであります。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) ここに掲げられているところの教唆扇動の対象になるところの教育、特定の政党を支持させ又は反対させるための教育、これは観念としては私は明瞭であると思います。ただ具体的の場合は、これがそういうための教育であるかないか、具体的の事例についてということになれば、これはその場合の全体の、実際に起つた問題について裁判所において、最終的には判定してきめる、これはすべての裁判の事件と同じように、具体的事実に基いて各個の場合に判定せらるべきものである。法律上の観念として、特定の政党を支持させ又は反対させるところの教育ということは、私は観念としては明瞭であると思います。成るほど学校において政治教育を行う、その結果子供が大きくなつた場合に、学校で教えられた政治的教養というものを基礎にして判断する、そうして甲の政党を支持し、或いは又乙の政党を支持する、こういうことにいろいろ道が分れて来るということは、これは当然にそうであろうと思います。そういう政治的教育をしていけないというのではなく、特定の政党というものを対象として、そうしてそれを反対させるということは省略いたします、それを支持させるために教育をする、その教育内容がその政党を支持させるように持つて行くような教育、これを言うのであります。一般的に政治的な理論、或いは政治部面に現われた各種の主張、政策、そういうようなことを聞かして、その結果子供が大きくなつて、その独自な判断によつていずれかの政党に所属するということは、これは当然であり、それは別に偏向教育でも何でもありません。ただその教育自体が或る特定の方向を意図し、特別の政党を支持させるような、そういう教育をする、こういうことを偏向教育と私どもは考えておる。その観念が明瞭であれば、それを対象とする教唆扇動を罰則を以て臨むということは、私は何ら罪刑法定主義の原則を紊るものでも何でもないと思うのであります。

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 その観念としてはお説の通りであります。併しながら法は観念だけで判断して、それで適用が誤りないということにはならない。観念だけはわかつても適用の上ではいろいろ疑義を生ずるようなことがあれば、これは法としての完全性を欠いているということにもなり得る。私どもの問題にいたしておるのは、偏向教育をしてもいいという裏付けをここで述べようと思つているわけではない、或いはこの法律を観念として見て、あなたのお説と相対立しておるという意味を申述べようとしているのではない。問題は法律が適用された場合、その効力を生ずる、その公正の判定というものが甚だ疑義を生ずる点を生ずるのではないかということを伺つておるのであります。例えば正しい教育公務員として政治教育をしておるのだと思いましても、これが犯罪対象には必ずならないということには、この法文からは言い切れない。又教唆扇動というものが甚だあいまいでありまするから、どういう形の教唆扇動というものに実際刑罰を科するかということになりますると、これ相当判断に無理というものが生ずるのではないか、そこで無理にも教唆扇動罪というものを構成しようと思えば、どうしても政治的な働きかけというものや、傾向というものが強くなるという危険性も感じられるということにもなり、或いはそういつたような方向を幾ら濫用いたしましても、たしかこれはこの法の濫用だといつて制限をしなければならないという条文的な制約というものもない。そうするとこんな危ないどうも法律に触れては大変だということになりまして、教育公務員はつまらん警戒心というものを余計持つのではないか。それは教育基本法の非常に大切な一項として採上げておりまする政治教育ということを、非常に事欠く事態をも生ずるのではないか、こういつたようなことが考えられるわけであります。そう考えて参りますると、この法文そのものを見たつて、こうすれば確かに、これはこういう教育をすれば、これはかくのごとき犯罪になるなということが、誰が考えても客観的判断による明確性を欠いておるということになれば、それは罪刑法定主義ということからすれば、無理に観念的にこじつければ罰刑法定主義と呼び得るし、通念から考えれば、罪刑法定主義が実にこの法律の中によく盛込まれ具体化されていることにはならない。そういう法律を作つて、今日の教育そのものを制限するというのは、非常に本末顛倒じやないか、そういう心配があるこういう立場で一体この適用がうまく行くのかというところに、非常に危険性があれば、教育公務委員は警戒心を起して、教育作用そのものを停滞させるということになりかねるのではないか、こういう点を伺つておるのであります。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 繰返して申上げるのでありますが、これは教育公務員がなすところの教育活動自体を対象としておるのでありません。この罰則は教育公務員の立場、現在の教育基本法の第八条の二項の制約の下に、そうして教育委員会の監督と申しますか、人事権を以て監督しておる教育委員会の下に教育しておるこの状態はちつとも変らない、変らないのです。この法律は何もそれに触れてないわけであります。この法律はただ教唆扇動をするものを抑止させる、これだけの事柄でありますから、教育公務員がこの法律が出たことによつて私は脅えなければならんという、そういうふうな考え方はどうしても私は腑に落ちないのであります。成るほどこの教唆扇動の場合におきましても、今お話のように教唆扇動の実際については、果してこれが教唆であり、扇動であるかどうか、これは随分実際の問題としては、人によつて見かたも議論も分れる場合がありましようから、これは併しすべての法律の解釈についてはこれはやむを得ないことでありまして、私はそう思う。如何なる場合においても、法律の解釈においても、それから事実の認定においても、裁判所において疑問もあり、解釈も異なる、これはすべてあることであります。こういう法律の規則を物理や算術みたいに、誰が見ても具体的な場合に定規を当てはめれば一寸一分も違わないように、きちつとするような基準を定めるということは、これは不可能であります。これはすべて私は刑罰法令に通じてそうであると思う。何もこの場合に限つたことではないと思うのであります。ただしばしば申上げるように、その教唆扇動を、只今お話の教唆扇動ということでも、実際はこれが果して教唆であり扇動であるかも知れないということに、実際の場合には議論がありましよう。而も前から刑法その他においては、これは今まで慣熟した用例でもあり、そういうことを刑法上の観念として採用されておると私は思います。而もそういうふうな行過ぎが間違つて、人の認定の如何によてつ行過ぎが起ることのないように、第一この教唆扇動には一定の政治的勢力を伸張させる、つまり一口に言うと、党勢拡張をする、こういう目的をもつてせる場合に限つておる。又特定の形をとつてその方法、場合を限定しております。そうしてその罪を論ずるに当つても、音通の犯罪であれば国民は訟でも犯罪があると思えば告発することができるわけです。併しこの場合はそういうことは認めないで、教育委員会の請求がある場合にのみこの罪を論ずるのです。私どもとしてはいやしくも行過ぎの起らないように、或いは又これによつて官憲の、検察官等の行過ぎから濫用ということの起らないようにてきるだけの配慮を加えたつもりであります。決してこの法律を作つて政府の思うような方向に教員を引ずつて行くとか、国家統制をこれによつて加えるとか、そういうことは微塵も我々は思つていない。その点は一つ御了承頂きたいと思います。同じことを申上げるようで恐縮ですが……(「それは答弁にならないよ」呼とぶ者あり)

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 これは先ほども繰返されたことなんでありますけれども、教職員の教育活動には何ら制限を与えないのだとおつしやいますけれども、何ら制限を与えないという御意図で、あることはわかりますけれども、制限が与えられることも私どもの引例しました具体的な問題で又事実であります。今大臣は罪刑法定主義と言うけれども、誰が見てもわかるような基準というようなものはできないのだ、こうおつしやるけれども、罰刑法定主義というものは、誰が見ても犯罪になる行為と犯罪にならない行為の基準がわかるような方向を顕在化しようとするのが罪刑法定主義というのです。そうでなかつたならば一体これは検察官なり或いは裁判官なりの極悪によつて罪が判断されるということであるならば、国民は自由というものを甚だもうあなた任せの形に放擲した形になるわけてあります。そうではならないというので罪刑法定主義があるのてす。大臣ともあろうおかたが、こういう方向にあることをも一体反対なさるような御言説を頂くのは甚だ腑に落ちないのであります。教唆扇動だけを取締るのであつて、教員自身を取締るものじやないと言いますけれども、捜査手続からすれば、現在の各犯罪におきまして、教唆扇動というものは主犯がありまして、その教唆扇動という形で取締りがされているわけでありますから、警察が、或いは検察官が教唆扇動だけを、この法律に限つて教唆扇動だけを取締ろう。或いは捜査しようと言つても、これは通念上そういう特殊な方法というものを立てるということは、技術品にむずかしいことになるのじやないか。そうして若しも教唆扇動というものだけを取上げて、実際中立性に違反した教員そのものに何らかまわないということであつたならば、一体教唆扇動の証拠というものをどう固めるか。証拠の固めようがないのじやないか。自白強要以外に証拠が固まらないじやないか。自白強要というもので証拠を固める方法というのは、現在の刑事訴訟法によつてはとつておらない。こういうことを一体どういうふうにお考えになられるのか。どうも私どもはこういう方法をとることは、法を作つて見たところで、実施には非常に問題もあるし、事実困難があつてできかねることになるじやないか。そういうことは中立性を確保するということの目的を達し得ないで、ただ法を作つて教育を萎縮させるということにしかならないことになるのじやないか。その点を心配しているのであります。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 私はどうせはつきりした基準はないのだから、だからそこはルーズにしておいていいのだというような意味で申上げたのではありません。むしろできるだけ一体法律が何を以て、如何なる行為に対してこの罰則を以て臨むかというその行為については、できるだけ正確にはつきりと暫くことが望ましい。これは無論申上げるまでもないところであります。少くとも一体どういう行為を指しておるのか、その観念が明らかでないということであるならば、これは困ります。併し、観念を明瞭にして、そしてできるだけ具体的に、誰にでもはつきりつかめるような形に法をこしらえることが一望ましい。こういうことを私は申上げたのでありまして、決してルーズにしたほうがいいという意味ではありません。そして無論一般の罰則法令の解釈としては、いやしくも拡張解釈は厳に慎しまなければならん。これも裁判上この祉の法規のとられるところの鉄則であると思います。でありますからして、具体的の場合にいろいろなことが、解釈をするというから直ちにこれが非常な濫用、非常な拡張解釈に陥るものだというふうには私は考えておりません。ただ先ほど申上げましたのは、客観的に物差のようなもので計れば、万人が万人計つてもこれが右左ときちつと分れる書き方は事実上できない。これは私はすべての刑罰法令に通じていると思います。これは言葉の表現というものはそういうものだと思います。ですから、どんな刑罰令におきましても、その犯罪の内容になる行為というものが、誰が見ても一寸一分の疑いもないような規定というものは私は絶無であろうと言つて差支えないと思います。でありますから、これはできるだけ正確につかみ易い形において規定されることは勿論望ましいことであります。私どももさような意味でこの法については随分苦労をして作つて参つたのであります。さればと言つて、これに限つて特に非常にルーズなものであつて、これは罪刑法定主義の趣旨に背く、こういうものでは私はないと思います。私の記憶しているところで一例を申上げますと、例えば不当の取引をしたものについては罰則がかけられる。一体不当の取引というのは一体どこまでが正当でどこまでが不当だ、これはこんなものよりずつとわかりませんと思われます。この場合においては公正取引百委員会の請求を受けるということになつている。この種のものについてやはり公正取引委員会という裁判所以外の一応それについての責任を持つところ、それを専門的に解釈し得るような所で一応こなして、そうして請求を待つて罪を論ずるというところで公正な取引と不当な取引というものとが、これは法文としてはこんなどころじやない。不当の取引をした者には罰則を以て臨む、こういうような独禁法の規定というものは、これはもう非常にあいまい、これこそ罪刑法定主義にどうかと思うぐらいなものでありまして、併しかようなことをいつまでも申上げてもしようがありませんが、決して殊更、にあいまい模糊たる文字を使つて、そしてこれを拡張解釈して教職員の行動を縛つて行く、若しくは教唆扇動をこれで大網をかけて行く、そういう考えは毛頭ありません。できるだけ又罰則法令というものは、これは文部省が解釈するものでも何でもありません。裁判所が解釈するものでありますから、この場合いやしくも拡張解釈の許されないということは理の当然であります。私どもは決してこれ以上弁解を申上げませんが、決してかような法律を提案することによつて、表てに現われたところだけで説明すると先ほどからおつしやるが、併し表てに現われた通りで解釈して項かなければしようがない。私は何ら裏に隠しているというものはない。何か当然に後ろにものを隠しているようなことを言われるが、これは表通りでありますから、この法律は、これが成立すれば国の法律として文部省の手を完全に離れます。あと取扱うのは教育委員会とそして裁判所であります。裏に隠して見ても何にもならん。表通りのことを申上げるのが法律の真義でありますから、法律自体の表通りについて御審議を頂きます。裏に何かある、こういうのでは私ども答弁のしようがない。

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 私も表通りの解釈をする場合、非常に疑義が生ずるから質問をしているのであります。只今の大臣の御説明はそれは楽屋裏の説明なんだ、そういうことは法律解釈の上には何ら効力を及ぼすものではない。あのときこれを提案した大臣がこういうふうに言つたから、この法律はこう解釈すべきだという理由は法律解釈には成立たない。そこでどうしても表通り解釈する場合には、客観的基準というものが比較的明瞭になつておらなければ、これは罪刑法定主義とは言われない。余りにも比較した場合にあいまいなので、あなたのおつしやるように誰が見ても物差で計るようなわけには行かんと言いますけれども、物差で計らなくても、大体見当のつくような客観的基準というものが罪刑法定主義から考えれば当然あり得るはずなんだ。これは余りにあいまいなんで、それは表通りに解釈した場合にも、どうも施行の場合どういう結果が生ずるかということが心配だと言つているのであります。公正取引のことや名誉毀損のことを挙げましたが、それとこれとは違うと思います。これはすでに教育基本法という一つの制限規定がある。その制限規定の上にこういうものを被せるというのであれは、被せたものは、更に制限規定とは違つた性格で、もう明瞭に法的な解釈が誰が見ても判断のできるような客観情勢の基準を持つたものでなければならないはずであります。それを教育基本法できめたのと同じようなことをここで重ねてきめて、片一方は臨時規定で、これだけあいまいをそのままに残しておいて、これで法的解釈をしろと言つたつて、これはなかなか国民は危険と感ずるというのは無理もないことではないか。こうういうことを考えたので質問をいたしたわけであります。

秋山長造日本社会党(第四控室・左)

○秋山長造君 只今までの加瀬君の御意見全くその通りでありまして、この条文を読んで見ても、これは表面立つたところで解釈してもらいたいと言うけれども、この表面に出たところだけ解釈してもちつともわからない、例えば「特定の政党その他の政治的団体」と言つたところで、政治的団体がどういうものを指すのやらこれもわからない。「伸長又は減退に資する目的をもつて、」と言つたところで、「目的をもつて」という認定を誰がどういうふうにするのか、これも解釈次第では、禁止されておる自白の強要というような問題が必ず出て来ると思う。それから又「学校の職員を主たる構成員とするという、その「主たる」というのが、これは併し量的に解釈もできれば質的に主たるという解釈もつくわけなんで、そういう点についても、これを表面だけ読んだのではちつともわからないと思うのです。いわんや教唆扇動ということは、これはまあくどいですけれども、実際これはわからんです。文部大臣はいろいろ他に例があるということをおつしやつたけれども、他にあるような例はそう数はないですけれども、破防法だとか国家公務員法だとかいうような、これは明らかに学者なり専門家の大多数が認めて、以て違憲立法だと言われておるような、よくよく札付の悪法だけです。で。そういうものを特にここへ引用してだからこれも正しいんだという論拠に使われることは我々は甚だ納得しがたい、こういうように考えます。それから更にもう一つ遡つて考えた場合に、大体教唆とか扇動とかいうことを簡単に言われますけれども、およそ我々のこの民主主義の社会である以上は、これは人と人とが附き育つて行く社会であれば、必ずそこに広い意味の教唆なり扇動なり、或いは人に対する働きかけ、或いは人からの働きかけ、こういうもののやりとりによつて社会生活が成り立つておる以上は、昔のようにお上の命ずるところに唯々諾々として従つて行くという状態を想定しない限りは、教唆扇動の拡張解釈をやる場合には、我々の日常生活殆んどの言動がこれにひつかかるという余地が出て来るのです。そういうような極めて漠然としたこの概念を持出して、そうしてこれで何ら疑問はない、極めて明瞭だという御答弁は私どもは全然了解しがたいと思うんです。でこの教唆扇動は刑法に規定された当然の前例があるということをおつしやるけれども、再々申上げますように、刑法の場合に、この法律に書いてあるような意味の教唆扇動というようなことを使つた条文はございません。これはもう全然日本の現在の刑法の原則からいつたら、全然これはその原則を外れた別な新らしいこれは解釈なり、考え方なり、見解に立たれてのこれは立法だと、こう考えるのであります。教育基本法の第八条の二項の問題を頻りにおつしやるけれども、一項と二項という関係は、これは本当に実際問題としては紙一重の関係ではないかと思うのです。で、而も二項の条文を活かすためにこれを作つたということをおつしやるが、而もその半面においては一項の「良識ある公民たるに必要な政治的教養」は積極的にどんどんやつてもらいたいということも同時におつしやつておる、併し実際問題としてこういうような、いつ何でひつかかるかわからないようなものを、而もどかつと出して、而も政治的教養は積極的にどんどんやれというようなことは、これはもう矛盾も甚だしい。又実際問題として同一人でそんなことができるはずはないんです。その点につきましては、こういうような教唆扇動というような極めて漠然とした、幾らでも拡張解釈できるようなことを一方に作りながら、こういう策をめぐらしながら、その中でそれに触れない範囲で政治的教養を積極的にやれというこの保障は何によつて与えようとなさつておるのか、その点を文部大臣にお尋ねしたい。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 何かこの法律だけが特に非常にあいまい模糊たるものであるというふうにしきりと言われるのでありますが、私はそうは思いません。目的を条件にしたいわゆる目的罪というものもたくさんあります。その場合に誰が認定するのかわからんと言われるけれども、これは当然に裁判所が認定するものであります。目的罪であるからして、自白強要に至らざるを得ない、こう言われますけれども、これ又何もこの法律に限つて自白強要に当然なると、こういうものじやない。自白強要をして悪いということは今日きまつております。そういう方法によらなければ目的罪というものは規定ができないかというと、そういうものでは私はないと思う。それであれば現在の刑罰法令は皆変なものになつてしまう。わからんと言われるけれども、わかるまいということであつて、おわかりになつておると私は思う。わざわざわからんようにわからんように言われるからわからんということになるので、(笑声)私はそう思うんです。目的罪にしても、それをわからんということはない。させるための教育をすると言つても、これが非常にあいまい模糊であつて全然わからん、そういうものでは私はないと思いますけれども、どうぞこれはわかつて頂きたいと思うのであります。(笑声)(「わかるようにしてくれればわかる」と呼ぶ者あり)ほかの刑罰法令につきましても、先ほど不当取引とか何とかということを申上げた。これは私は殆んどすべての刑罰法令について疑問を起せば皆疑問が起る。窃盗罪にしても、詐欺罪にしても、具体の場合に、これがこの場合は詐欺になるか、この場合は窃盗になるかわからん場合が幾らでもできると私は思う。だからそれがわからん場合があるから、竹刀で水を切つたように右左がぴしやつとわからなければ罪刑法定主義に反するんだというようなことは、少くとも私はそういう御議論には承服できません。いわんやそれを殊更意識してわからんようにしておいて、そこに濫刑を考えておる、そういうようなことは、そういう裏があるなんということは毛頭ありようがないのであります。  それから教唆扇動の場合についても、成るほど教唆扇動というものは、我々の人間の社会生活においては幾らでもあります。これはお互いに影響を受け合つておるのでありますから、こういうことをしたほうがいいからやり給え、これは差支えない、人の附き合いにおいて当り前のことであります。併し教唆扇動が悪いと、こう言つておるんじやないんです。特定の犯罪行為になるような内容のものを教唆扇動してはならん、こいうのでありますから、教唆扇動が悪いというんじや世の中が成り立たん、これはそうでしよう、それでは人にものが言えないんですから。併し一定の内容を持つた行為、一定の形式と目的をもつて教唆扇動してはいけない、こういうのでありますからして、それは教唆扇動というものであるから、何も彼も皆一緒にいけない、そういうことを規定してはならん、それを規定すれば社会生活は成り立たない、これは失礼だけれども非常に論理が飛躍しておると思います。それから最後の点は何でしたか。

秋山長造日本社会党(第四控室・左)

○秋山長造君 もう少し要点を外さないで答えて頂きたい。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) そういう意味のお話でありますから、私はこの法律案を出した趣旨を御了解を頂きたいと思うのであります。

秋山長造日本社会党(第四控室・左)

○秋山長造君 今の第二の点は教育基本法第八条の二項ばかりおつしやつておるが、一項の「政治的教養」を積極的にやれということを片一方では言つておられるんだが、こういうややこしい取締りの枠をはめて、その中でなお且つ、積極的に政治的教養をやれという、その保障を何によつてお与えになるおつもりですか。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) その点も先ほど申上げたと思います。これは第八条の一項、三項は私は表裏をなしておる規定であると思います。その場合に、その主たる眼目というものは第一項にある。政治的な教養を与えるための教育というものはこれは十分尊重しなければならん。これは将来の国民をして政治的な良識を持たせるためである。従つて将来の社会を健全に育成して行くための基本的な問題でありますから、従つて政治的教養を十分に与えなければならん。これが八条の眼目であろうと思うのであります。但しその場合にです、その場合に、一方に偏つたものだけを教え込むということになれば、これはいわゆる政治的教養というものはこわされるのであります。一方的な知識だけを与えて、一般的な知識を与えずに……。でありますから、その場合にそういう偏つた方向をとることはいけない、こういうことが附け加えてあるんだと思うのであります。でありますから、それが片方では大いにやれと書いてある、片方では偏つてはならんと書いてある、だからどうやつていいかわからん、こういうことにならざるを得んというお言葉でありますが、私はそういうものじやないと思います。一方だけに偏した教育をしなければ政治的教養を与え得ないものとは私は思つておりません。少くとも教育基本法はさように考えておるものである。でしばしば申上げるように、この教育基本法の原則というものはそのまま戦後の原則として今日まで堅持されておるし、又これは学校においては是非堅持されなければならん方針であります。そうしてこれはただ倫理規定としておつて、そうしてこれは守つてよし、守らんでもいいというものではありません。これは大事な教育内容の問題でありますから、この偏向教育をする先生がたは、これはその自分の担当する公務というものについて責任は負わなければならん。今日でもこれを理由に懲戒の対象になり得るものと私は考えております、この法律が出ても出んでも……。その場合この法律の教唆扇動というものを忌避するからといつて、急にそのやり方がわからなくなつたということはないと思う。若しやり力がわからんならば、今でもやり方がわからんはずです。その関係はちつとも変らない。外部からする教唆扇動を取締る規則を作つたからといつて、どうして今まで堅持されて来ていなければならん大事な原則が、そういう規則が、外から働きかけをとめるという規則が出た途端に混迷に陥つてどうやつていいかわからんようになつた、こういう理窟はどうしても私はわからない。

松澤兼人日本社会党(第二控室・右)

○松澤兼人君 先ほど来から、この法律が非常にその内容が不可解であるという点についていろいろ質疑があつたのでありますが、やはり我々が考えておりましても、その点のどういうことをすれば罪になるのかということが明瞭になつておらないのであります。文部大臣は結局一切どういうことが罪になるのかということは、裁判所の判決によつて明らかになるのだということであります。併し我々が現在の段階において必要な点は、何をしてはいけないのだということをはつきりと明確に教育公務員に対して指示を与えるということが、法律の最も適当なことではないかとこう思うのであります。従つて、先ほどのお話にありました教唆扇動ということも、一定の因果関係ということが非常に必要であろうと思います。我々が普通の会話において、或いは社会生活においてやつていることが、場合によつては教唆扇動となるというような非常に危険性のある法律というものは、現在の段階として十分考えなければならない。私たちが曽つて戦前持つておりました治安警察法という法律の第十七条に、ストライキをやらしたりなんかするために誘惑扇動してはならないという規定があつたことは、文部大臣御承知の通りと思います。その当時は、勿論これは労働組合法というものはなかつたから、従つて法的な労働組合結成に対する保障というものはなかつたわけでありましたが、併しこれは警察で以て何が誘惑扇動であるかということを考え、それがそうだと、こう考えれば労働争議の幹部を全部警察へ引張り込んで、そうしてその争議をつぶしてしまうというようなことは始終あつたことであります。現在、まあ戦後の社会においてそういうむちやくちやなことは恐らくないと思いますけれども、併し最近の例としましては、やはり松川事件というようなものもある。こういうあいまいな法律によつて犠牲を受けるところのものは国民であり、又この法律においては教育公務員である。こういうことになると、我々としてはやはりはつきりとした一定の尺度というものが必要であつて、できるだけそのあいまいさを避けることが何よりも大切であろうと思う。そこで誘惑であるとか、或いは教唆であるとか、扇動であるとかいうことと罪との因果関係というものが明確に言つてどういうことであるかということをはつきりお示し願いたいと思います。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 先ほど松澤さんのお言葉で、結局裁判所がきめるんだ、こう言つておるということでありますが、一体さようなことは誰が認定するんだというお話でありますから、それは裁判所が最終的にきめるんだと、こういうことを申上げたんです。無論私どもは私どもとしてのこれに対する解釈を持つております。私はこれがそれほど言われるごときあいまいなものとは思つておりません。特定の政党等を支持させ、又は反対させるための教育ということは、私は決してわかりにくい観念ではないと思います。どういうわけでこれが非常にわからんと、こういうふうにおつしやるのか、私はそれほどこれが誰が見てもわけのわからん規定であるというふうには思つておらんのであります。そうしてそれを、成るほどまあ仮に私どもが学校の先生に会つて、そうして当節の学校では一つこういうことを教えたらいいだろうというようなことを話すことはしばしばありましよう。これは日常にあることでちつとも不思議ではありません。その場合にその言うた内容がいわゆる偏向教育であると考えた場合に、それがすぐ罰則の対象になつては、これは行過ぎになる場合が多い。うつかり学校の先生に対しては物も言えん。これは学校の先生よりも、学校の先生に物を言うほうでこれは縮まる場合が起るだろうと思います。でありますから、この場合におきましても、特定の政党の勢力を、党派的勢力を伸張させる目的で、そうして教職員の団体というもの、そのパイプを通じて教唆扇動する場合、こういう場合に限定しておるのであります。決してこれがために、ただ不用意に学校の先生に自分の意見を言うたというようなことが教唆扇動として犯罪の対象になる場合は、私はあり得ないと思うのであります。特殊の意図を持つて、特殊な有力な方法によつて働きかけた場合にのみこれは犯罪として扱われるのでありまして、実際の社会生活をこれによつて混乱をさせ、先生を萎縮させ、又一般の社会生活の上でうつかり先生と話もできぬというようなケースが起るとは私は考えておらんのであります。

松澤兼人日本社会党(第二控室・右)

○松澤兼人君 只今、一定の目的を持つて教唆扇動したらいけないということであります。併しながら、一定の目的を持つておるということは、その結果が現われて来なければならない。従つて場合によつてそういう教唆扇動するということの……、教唆扇動したと、一定の目的を持つてやつたけれども、その目的が実現しなかつた、こういう場合には教唆扇動と言われるのか、これは又教唆扇動の未遂罪といつたようなものがあり得るのか、こういう問題も生じて来るのでありまして、一定の目的を持つて何々をしたということは、その目的が達成されなければ私は判断の基準にならないんじやないか、こう思いますが……。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) これは教唆扇動を以て、それ自体を独立罪として規定しておるのでありますから、その教唆扇動の結果偏向教育が行われるということは必要でないのであります。犯罪が成立するためには教唆扇動という行為があればそれで犯罪は完了すると私は考えます、(「教唆扇動がわからない」、と呼ぶ者あり)それから未遂は、これは未遂罪を罰しませんから、これは問題はありません、この場合は全然。私はそういうふうに考えております。未遂の場合は問題にならない。それから教唆扇動は、これは教唆扇動の結果偏向教育が行われるということは必要でありません。それは重犯にあらずして教唆扇動自体を独立罪として取上げておる、それから来る当然の結果であります。

松澤兼人日本社会党(第二控室・右)

○松澤兼人君 そこで問題は、まあそういう疑いがあるかどうかということは、普通の場合においては教育委員会がやるのである。併しながら教育委員会も多少何か問題の契機となるところのものをつかまなければ自分自身は動けない。それでは具体的な契機というものはどういうものであるかということになると、どうも警察が学校の先生や或いは学校の周囲を見廻つていると、どうも外部から働きかけがあるらしい、或いは先生が必要な限度を超えてやつてるのじやないかというような噂や、或いは又風評などを聞きまして、これを教育委員会に持込む。ところが教育委員会は文部大臣も言われるように現在はまだ未成熟の状態にある。従つて教育委員会は独自の自主的な判断を下すことができないから、警察の言われる通りに風評を根拠として罪あると認める、或いは疑いがあると認めてこれを処罰の請求をして来るというような危険が非常にあるのでありまして、現在教育委員会は勿論育成して行かなければなりませんが、現在のような教育委員会の下において処罰の請求をするということは、やはりこれも非常に危険があるんじやないか、こういうふうに考えられますが、如何でございましよう。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 教育委員会が何かこういうものを請求してやろう、こういうことで進んでいろいろな調べをしたりするようなことは、私は実際の問題としては生じないと思います。実際の問題としては、学校において偏向教育が行われておる、そこでよく調べてみるというと、外からいろいろこれをけしかけておるものがある、こういうふうな外からいろいろまぜつ返しをされるということは誠に困る、こういう場合に請求するという問題が私は実際問題としては起る。それから教育委員会が先生がたとよく話合つて、そういうことに対しては一切取り合わん、こういうふうになつておる場合に、それでもやかましくいろんな方法を以て呼びかけて来る、どうもうるさくて困るから、あれは一つひつ込んでもらいたい、こういうような場合に恐らく教育委員会が請求するのであろうと思います。実際学校が何もそれがために教壇を汚されることも邪魔されることもなしに、教育が円満に進んでおる場合に、そうして外からそういうことを働きかけておる者があるのかないのかはつきりしないのに、教育委員会が進んで何かこういうことがあつたらめつけてやろうということで、探し廻つて警察と相談して探すと、こういうような検察庁のような態度をとることは私はなかろうと思います。これは私の見込であります。

秋山長造日本社会党(第四控室・左)

○秋山長造君 先ほど、大達文相の相馬委員に対する教員の身分の問題についての御答弁なんですが、文部大臣の御見解によると、教育は国民全体に奉仕するものであつて、いわば国の公務であるから、これに携わる教員は当然国家公務員並みに扱つて然るべきものだという意味の御答弁があつた。併しこの国民全体という意味は、先ほど相馬委員もおつしやつたように、具体的にはそれぞれの地方住民という実質的な内容を持つた言葉であつて、教育は飽くまで地方住民に対する奉仕という立場で行わるべきである。これが地方自治法の第二条に教育が地方公共団体の扱う事務であるということをきめたゆえんでもあるし、又教育委員会法にきめられた点でもある。この点について、教育というものが先ほど文部大臣がおつしやつたような性格のものか、それとも地方公共団体の公務という性格を持つたものか、それは自治庁長官がおいでになるので自治庁長官の御見解を質してみたいと思います。

塚田十一郎自由党郵政大臣・行政管理庁長官・自治庁長官

○国務大臣(塚田十一郎君) 私も考え方においては大達文部大臣のお考えと少しも変らないのでありますが、ただ若干言葉を補足して申上げますならば、これは教育というものに、殊にこの初等中等の学校において行われる教育というものについては、国家的な要素を持つた面と地方的な要素を持つた面と両面あるのだと、こういうふうに考えておるわけであります。従来の行き方というものは、その地方的な要素を持つておる面に重要件を置きまして、今までの規定が行われておつたと思うのであります。それをいろいろやつてみていろいろな障害が出て来る。そうしてそういう障害がいろいろ文部大臣から御説明になつておるような事情の下において出て来るということであるならば、これに特例的な措置をするということも止むを得ない、こういう考え方を持つておるわけであります。

秋山長造日本社会党(第四控室・左)

○秋山長造君 只今の自治庁長官の御答弁のようであるといたしまするならば、少くとも従来教育を地方の事務と考え、又これを明文に規定して来た地方自治法或いは教育委員会法等の大原則が、只今のような新らしい解釈によつて漸次変更されて、そうして先ほどもお話が出ておりましたような教育の中央集権という方向へ漸次切換えられて行きつつある姿ではないかと私は解釈せざるを得ない。少くとも今日の地方自治法や或いは教育委員会法を尊重する限り、さつきおつしやつたようなどつちつかずの解釈は私は出て来ないのじやないかと思う。その点如何ですか。

塚田十一郎自由党郵政大臣・行政管理庁長官・自治庁長官

○国務大臣(塚田十一郎君) この点は私もこの地方自治という問題に対してのいろいろな御意見を伺つておるときに、いつもそのように思うのでありますけれども、原則というものがある、そうしてそれは勿論言葉に現われておる形において規定されておるものでありますから、或る一つの特定の概念になつて出て来ておる。それに当てはめるとそれがはずれる。その場合に非常に地方自治というむのと食い違いがあるのではないかという御意見をしばしば聞くのでありますけれども、私はそのようには考えないのでありまして、そんなに固定した物の考え方をすることによつて、いろいろな国の事務の運営がうまく行かないということであるならば、却つてそれは適切でない。従つて原則は原則としてどこまでもある。その上に立つて必要な範囲において例外的な措置があるということはこれは当り前のことなんだ。そこで地方公務員というものが国家公務員と別な扱いになるべきものであるという考え方から地方公務員法というものがあるわけでありますけれども、この地方公務員法自体がその五十七条に、教職員にはこれは特例があり得るということを五十七条に予定しておる点から考えましても、私は教育という仕事の特殊性から当然更にこの今までの特例にプラスして何がしかの特例が出て来るということも、少しも自治というものの考え方に矛盾しておる点はないのではないかと、こういうふうに私は考えております。

秋山長造日本社会党(第四控室・左)

○秋山長造君 只今の五十七条のこの特例云々のお話がありましたが、併しながらその言葉のあとに但書がありまして、但し、その特例は飽くまでこの第一条に調われた地方公務員法の立法の精神というものを外れてはならないという、はつきりこれは枠が、特に只今文部大臣のような自由奔放な解釈が出ることをあらかじめ心配したから、こういう枠を但書として入れておるのだろうと思うのです。で、まして二十六条の但書の点、一般の公務員はそれぞれ地方公共団体の権力の行使に当る、権力の執行関係に当る職員だからまあ一応の政治的活動について制限を置いておる。併しながらその同じ地方公務員の中でも教員の場合は特に一般公務員のように権力の行使というようなそういう関係に立たない、特殊な公務員だからもう少し制限を緩めてもいいじやないかということでこの特例が、但書が付いたのだろうと思うのです。ところがその、わざわざ国家公務員に比べれば罰則も付いてないような地方公務員の政治活動の制限というのは非常に緩いわけです。その緩い上に更に教員の場合はその特殊な事情によつて更に緩めてあるわけです。それを地方の他の公務員を飛び越えて、一足飛びにこの教育公務員特例法の特例を濫用して、そうして国家公務員まで、この刑事罰の付いた国家公務員の制限まで逆戻りするということは余りにもこれは飛躍が大きいと思うのです。だからそういうことを正当付けるためには、よほどこれは地方公務員法の立法のそもそもの理由をはつきり何か否定するような大きな、而も万人をして納得せしめるような理由がない限りこれは筋が通らない。それから又地方自治という建前から言いまして、これは大きな地方自治に対する侵害であると思うのですが、その点について自治庁長官御見解をお伺いしたい。

塚田十一郎自由党郵政大臣・行政管理庁長官・自治庁長官

○国務大臣(塚田十一郎君) 私もこの五十七条を読みますときには必らず一条に振返つて、今のこの問題になつておるいろいろな問題がこの一条の趣旨に反しないだろうかということは当然これは検討してみなければならないし、その都度この第一条も読み返して見ているわけであります。まあ私はどこが御指摘になるように大きく一条の趣旨に反するかという点についても非常に疑念を持つておるわけでありますが、仮に若干の点においてこれに反するところがあるといたしましても、私はそういう必要があると、そうして万人が納得するということでありますが、私どもはこのような考え方は万人が御納得下さると確信をしてこういうように国会に御審議を願つておるわけであります。

秋山長造日本社会党(第四控室・左)

○秋山長造君 まあ同じ穴の何とかということになりますから、余り僕は追及しませんが、併しながら自治庁長官から只今のような極めて自由奔放な地方自治法なり地方公務員法なりの解釈を聞くということは、私は甚だ遺憾だと思う。尤も自治庁長官も自治庁長官ではあるけれども、知事官選論を率先して唱えておられる長官でありますから、そのくらいは意見が出るのもやむを得ないかもしれませんけれども、併しいずれにしてもこの教育公務員特例法の一部改正によりまして、従来地方公務員法の適用を受ける純然たる地方公務員であるところの教員が、今度は少くとも政治活動の面に関する限りは国家公務員並みに扱われる、こういうことになつて、而も国次公務員法の適用をこの例によるということになれば、当然あの非常に違憲立法だという非難の高い人事院規則のあのあいまい模糊たるこの規則の適用を受けることになる。而もその人事院規則というものは人事院のこの意向次第でどんなにでも解されるわけです。国家官庁の意向次第でどんなにでも解されるわけです。教員の身分のうちの政治活動という重要なる部分については、これはこの人事院の自由自在になる、拡げようと狭めようと。こういうことがさつきも質問が出ておりましたように、この立法によつて教育に対する、教員に対する国家統制というものが非常に強化されるという、大きなこれはやはり糸口になつておると、こう解釈するんでありますが、その点についての文部大臣の御見解をお伺いいたします。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 私は、とにかく法律によつて人事院規則に委任をせられておるのであります。従つて法律が委任したその趣旨に副うてですね、人事院規則というものは作らるべきものである。かように考えております。で、人事院規則に法律が委任しておるからといつて、何でもかんでも人事院規則で自由勝手にどんな制限を作つても差支えない、こういうふうには考えておりません。でありますから、人事院規則によつて今その制限の内容というものが定められることになつておることはお話の通りであります。これは法律の授権に基いてそうなつておるのであります。従つて、私は人事院がそうむちやくちやな改正をするものだと、そういう前提で物を考える必要はないと思う。若しそういうことであるならば、むしろこれを法律の授権を解いて、そうして法律自身に規定すべきものであろうと思います。のみならず今日人事院規則が制定せられてもう何年になりますか、その間これが非常に苛酷な規定であるために国家公務員の全部が萎縮をし、或いは又各役所には警察官がうろうろして非常に国家の目に見えない強圧が一般公務員の上にのしかかつて来ておると、こういうふうには私は考えておりません。具体的にどれだけの事例が現実にこの規則の違反として処罰されたか私はそれは存じませんが、併しながらこの人事院規則というものがそれほど現在の一般の官吏、国家公務員に非常な重圧を加えておる、こういうふうには私は考えておりませんので、教職員に対してそれと同じ並みの制限が加えられるということによつて教育界を暗黒にするとか、非常な中央集権的な方向に向つて行くのだとか、そういう御懸念は不必要ではないかと思います。

岡三郎日本社会党(第四控室・左)

○岡三郎君 この前も、ちよつとこの国家統制の問題について、まだ文部大臣の答えがないのですが、文部大臣は人事院規則によつてそういうものはないと、ところが人事院の任命規則というものは非常に厳格なんです。人事院の任命と地方のこの取扱う教育委員会、地方の田舎の教育委員会は取扱い者は同じにしておるわけです。我々は一番恐れておるのは根本的に言えば文部大臣の頭の作用と地方の教育委員会の頭の作用です、基本的に言うと。それが官憲に、調べるとか調べないとかいうわけです。ところが少くとも私は現在の人事院ならば公平委員会を持つて、浅井総裁以下は現在の公務員に対して十分に公平な取扱いをできますけれども、それと同様に地方の末端の教育委員が同じだというような判断で、これは心配ないんだというこういう所論は私は通らんと思う。現在の教育委員会の実態から以て、何が公正に私はできるかということをあえて言いたい。それは心配になりますよ。例えば甲の学校と乙の学校がある。甲の教育委員会は非常に憲法を尊重して、教育基本法に則つてやつておる。校長もそういう民主的な校長であつた場合、乙の学校においては校長が非常に反動的である。そうしてもう一つの教育委員会は自由党で固まつて、ごりごりだ。仮に自由党でもいいかたがいるわけなんだけれども、中にはそういうかたもある。そういう人があつた場合において、同一の行動がとられた場合においても、それは判定の仕方はそれぞれの教育委員会によつて全部違つて来るわけです。教育委員会の判断というものによつてこれが鏡に映されていろいろとやられるから、結局全部同じことがやられた場合においても、地域々々においてはさまざまな形態で、偏向であるとかないとか、教唆であるとかないとかということか起つて来ると思うのです。それは幾ら頭をひねつても駄目ですよ。少くとも大達さんや緒方さんのような人が……、これは質問の違いはあるにしても、これは地方の教育委員会であるならば、或る程度までそれは首祭りをしないと言つておるからいいだろうと思うけれども、併し、そうでないところで頑迷固陋でやられたらたまらないですよ。何かのことがあつて、人間は感情が多いから、感情的にあの教師は生意気だとか、何とかいうことでやられるようになるということになつて行けば、これは非常に心配するわけです。だから私が言うように、人事院の構成のように地方の教育委員会を先ほど私が言つたように、だから自由党とか社会党とかいうことを抜きにして、こういう法律案が通つたらもう一遍総改選をして、本当に公正な立場の人が出られるような基準を作つて、現在の人事院の構成のような形の法律を作らなければ、私は嘘だと言うのですよ。取締まられる人間ばかりに中立性を要求して、取締るほうは放つたらかしておる。これはだから必然的に意図を持つてやれば、いわゆる教育政策というものは時の政府が強力に推進すれば私はその方向に国家統制になる。それが嫌ならば、私は書類がここにあるからもう一遍言いますが、これが若しも中立性の要求が教育政策そのものに要望されなかつたならば、それは教職員にのみ苛酷ですよ。やつぱり中立性の要求が、それだつたならば私は一方的だと言うのですよ、それならば。だからそういう点で中央の人事院なりそういつたような構成から、地方の教育委員会の構成というもの、こういつたものから考えて、あなたが言つたように心配がない、今までも人事院でやつて来たが、そういうことについては余り附いたことがないというように、こういうようなものと同じように取扱つて判断されては私は困ると思う。政党政派の跳梁する十分なる余地がありますよ、地方の教育委員会は。そういう点についてどう考えますか。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 教育委員会の素質が非常に悪い、こういう前提で……

岡三郎日本社会党(第四控室・左)

○岡三郎君 悪いじやないですよ。いろいろな考え方が偏つておるというのです。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) そういう前提でお話になつておるようです。少くとも現在教育委員会は非常によくない総改選でもせられたら……。

岡三郎日本社会党(第四控室・左)

○岡三郎君 そうじやないそれは前提が違うからいけない。私は党派的ということを特に強調しておるのですよ。党派的に地方の教育委員会があつてはいかん、こういう法律が……。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) その点はあとから言いましよう。今問題になつておるのは特例法の問題なんです。特例法の改正の問題であつて、特例法はこれを規定されれば、教員の教場における教育活動を対象にしたものではない、教職員個人の政治行為についての制限であります。そうして、それに違反したかどうかということは教育委員会の何らあずかり知るところではありません。これは犯罪となる、つまり処罰を以て臨まれることでありますから、これは刑事上の問題になるということであります。教育公務員特例法に違反したかどうかという解釈は、この教育委員会とは何も関係がありません。

岡三郎日本社会党(第四控室・左)

○岡三郎君 それならいいですが、じやこの間の特殊教育の偏向事例の中で、一関の場合に、仮に或る人が、教員がですよ、大勢の教員の中で、君が代を歌つてはいかんと仮に言つた場合に、それによつて学校全部が君が代を歌わないようになつた場合に、教唆扇動になるのかと言つたら、あなたはなると言つた。いいですか、あなたは第三者教員以外の第三者の教唆扇動、教唆扇動と嘘を言つてるけれども、そうじやないのだ。だから例えば教員の集会があつて、その中で同一の教員が演壇に立つて、こういうことをやろうと言つたときに、皆がそうだと言つて、そういうことをやつた場合に、その人間は教唆扇動になるのでしよう。なりませんか。その点あなたははつきりしてもらいたい。これはごまかさないで下さい。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 一関の場合は、教唆扇動の問題じやなくて、教室内における偏向教育のありそうだと思われる、そういう資料を差上げた。これは昨日か一昨日の委員会でも、その意味の答弁をしております。

岡三郎日本社会党(第四控室・左)

○岡三郎君 それともう一つ、別の答別をしている。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 君が代を歌う歌わないの問題じやなくて、君が代を歌おうというようなことを言う者は、すでに教育者たるの資格はないのだ、こういうことを言つた先生が、職員会議でそういうことを主張した人があるという事実は、その学校において偏向教育が行われているのではないかと、その可能性を推測せしめる材料だと、そういうことを申上げた。教唆扇動であるかないかは別問題です。

岡三郎日本社会党(第四控室・左)

○岡三郎君 それじやもう一つ、私が言つた例えば教員の集会があつた、その集会の中で教員の一人がこういうことをしようと言つた場合に、それが仮にあなたのほうで偏向だということになつたら、これは教唆扇動になるのですか。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 学校における、一関の例の場合における……。

岡三郎日本社会党(第四控室・左)

○岡三郎君 一関じやなくて、別の例です。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) これは職員会議です。職員会議ですから、これは偶然に教員が一時に集まつて何かの相談会をした、こういうこと、集会ですな、つまり。そういうものは私は団体ではないと思います。団体というものはやはり継続的なものですから……。

岡三郎日本社会党(第四控室・左)

○岡三郎君 それでは例えは教員組合で言つている職場会議というのは、職場会議、いいですか、職場会議において、職場の委員がこういうことをしようと具体的に言つた場合に、それはどうなりますか。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) その職場会議というものの性質は私よくわきまえません。これが教員組合の内部において、丁度学校の内部における職員会議のようなものであれば、これが独立した団体であるかどうかはこれは問題でありまして、従つて私は日教組の内輪のそういうことについては知りませんから、それがこの法律に言うところの教職員を主たる構成者とする団体に該当するものかどうか、これは私はわかりません。若しそういう団体であるとして、その場合に誰かがそこへ行つて、こういうふうな偏向した教育を皆それぞれ教室においてやれと、こういうことを演説すればこれは、そうしてそれが特定政党或いは政治的団体の勢力の伸張を目的とした、こういうことが立証されれば、この法規に触れる行為になります。

岡三郎日本社会党(第四控室・左)

○岡三郎君 あなたの言つているのは、職場会議というのは組合の一つですね、その形体の中の一番末端です。いいですか。職場会議、職場におけるところの会議というのは、そういう方式をとつているわけだ。その場合において、同一の学校において同一の職場委員ということを言つているわけです。これは組合員の委員の中の一つの役員の名前ですよ。同一学校の中において職場会議をやつた。そういつた場合において、一人の職場委員の人が問題を提起して、ほかの今言つたようないろいろの策動があるだろうけれども、偏向的なことを仮に言つたとするんだ。これは教唆扇動なりませんか。ならないならならないと言つてくれればいいのです。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 先ほどお答えした通りであります。その職場会議というものが継続的なもので、団体と認められるというものであつて、そうしてその偏向教育をすべしと演説した人が……。

岡三郎日本社会党(第四控室・左)

○岡三郎君 偏向教育をすべしなんていうこと言う必要ないですよ。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) いや言わなければ教唆扇動にならん。だからその人が一定の政治的目的を以てそれをやつたと、こういうことが立証されれば教唆扇動になる、先ほど申上げた通りであります。

岡三郎日本社会党(第四控室・左)

○岡三郎君 だから結局、先ほど文部大臣が言つたことはやはり一方的なんです。要するにやはり地方教育委員会の問題にそれがなり得るのですよ。そういうことをあなたがた考えていないというならば、私はあえてそれを外して頂きたい。本当にそういうことを教唆扇動じやないというならば、私はそれで質問やめるわけなんです。ところが具体的にはそういつたもののけじめが非常にむずかしいと、こう言うけれども、組合の招集でやつた場合においては、組合の会議というものはやるわけなんです。いいですか。そういつた場合に、今言つたように誰も偏向教育をしろというような、そんな馬鹿気た者はない。そうでないと思つてやつても、教育委員会のほうで偏向教育だということを判断されればそれはそういうふうに教唆扇動に私はなると思う。つまり、だから地方々々の教育委員会の判断によつて或るものは同じことを育つて教唆扇動にもならんし、或るものは言つて教唆扇動になる。このようなことのいわゆる客観的な問題がはつきりしないようなことを、ここにおいて不安もない、心配もないと、そういうことを幾ら言つてもこれは心配の種だらけだということを私は一言言います。これはそうですよ。今そこにいる人が、この前も大臣が言つたように、戦争裁判で首祭りということをあんたが言つたのは、その意図だと思う。一方的に裁判して人の言うことを聞かない、こういうやり方だな。これを土人の首祭りということをあんたが言つたと思うんだけれども、結局そういうふうなことが権力的に押し進められて来れは、そういうことが随分多くなると私は思う。そういう点でこういうふうなやり方というものによつて地方の先生方が不安を持つということは当り前だと思う。だからそういう点で、まあその点は一つおいておいて、(「簡単々々」と呼ぶ者あり)今の点についてあんたはどうですか、その点は。つまりね、いわゆる先ほど来言つたように、教唆扇動というものは同一学校の中で同一職員会、同じ先生方の中では教唆扇動ではないと、こういうふうに文部省が思つているのかどうか。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 同じ先生の仲間でも、その一人がこの法律に該当する行為をすれば、無論これは教唆扇動であります。

岡三郎日本社会党(第四控室・左)

○岡三郎君 違うじやないか、それじや。初めの、緒方さんも隣りで言つたけれども、初めの解釈と違うじやありませんか。これは特例法の問題だけだと、こう言つている。そうじやないでしよう。教唆扇動の条項の中に教育委員会との関連が出て来るでしよう。これはどうなんです。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 私が先ほど申上げたけれども、あなたはこの特例法と、そうしてこの一……

岡三郎日本社会党(第四控室・左)

○岡三郎君 そうじやない……。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) もう一つの分とごつちやにして言つている。

岡三郎日本社会党(第四控室・左)

○岡三郎君 何を言つてる。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 初めは特例法の問題で人事院規則云々を以て、そうして人事院ならいいけれども、教育委員会がやれば非常なこれは圧迫になる。これは明らかに特例法の問題であります。特例法以外には何にも人事院の出る幕はない。それがいつの間にか教唆扇動のほうに変つて来た。

岡三郎日本社会党(第四控室・左)

○岡三郎君 違うんだそれは……。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 請求の問題でしよう、あなたのは……。

岡三郎日本社会党(第四控室・左)

○岡三郎君 私の言つたのは人事院の問題を持つて来たのは、教育委員会との構成内容について引例したに過ぎないのですよ。いいですか。だから根本的に言えば現行の教育委員会の中において私の言わんとするのは、党派的な教育委員会であつては、こういう法律の万全な運営はできない。これが私の根本的な所論なんです。いいですか。そこで私は人事院の例を引張り出して来て、人事院の構成の仕方と、地方の教育委員会の構成の仕方は違つている、こういうような中立的な教育を推進するためには、こういうものを取締るところの教育委員会というものはもつと公正なものに仕上げるところの必要が十分ある。でなかつたならば心配で仕方がないということを言つたわけです。  それからもう一点、なぜそういうふうな心配をするかと言えば、同一学校において、同一同僚の一人が或る問題を提起した場合に、この教唆扇動にかかる場合が絶無ではない。そういう場合もあるということで私が終始一貫筋を通して言つているわけです。そうでしよ。それをごつちやにして言つてないので、あんたのほうでごつちやにしているのだ。だからその点はつきりして下さい。だからそれは地方の教育委員会の構成は公正なものに変える必要があるという所論だけれども、それがないというならば、その理由を言つてもらいたいと思う。こういう法案を施行することになれは、それでなかつたら安心できないのです。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) あなたはどういうふうに、この地方の教育委員には政党に党籍を持つた人を選んではいけないのだと、こういう御所論ですか。

岡三郎日本社会党(第四控室・左)

○岡三郎君 いや、それがそういうふうになるべきが至当だと思うと私は言つているのですが。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) だから、それをそういうふうにしないのはいけないじやないか、こういうのですか。

岡三郎日本社会党(第四控室・左)

○岡三郎君 そうそう、人事院のように公正な機関というものは考えないで、こういうものを考えないで出して来るから、非常に不安、動揺を与えるということを言つているわけです。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) これは直接選挙によつて選ばれた人々であります。でその人がいけないとかいいとかいうこと、それはそれぞれに人によつて意見はありましよう。ありましようが、選挙によつてやつたものをあれはいけない、これはいけないというようなことをどつかできめるということはこれは無理です。又そういうことが行われるならば選挙制度というものの否定になります。今日国会でも汚職の議員があるとか何とか世間で言つている、これはみんないけないからということになれば、これは選挙制度というものをしけないのだということになりやしませんか。

岡三郎日本社会党(第四控室・左)

○岡三郎君 私は、その点大達さんは実に勝手なことを言つているのだ。あなたはこの前に地方の教育委員会で、これは県の教育委員会は幾ら文部省から調査報告出しても、地方の県教育委員会はやつてくれない。こう言つていたじやないですか。あなたの論は実に勝手で自由なんだ。この場合において、いいですか。だから県の教育委員会を任命制にしようとか、そういうことは一方において考えているわけだ。考えておつてですよ、そうしてこの法律案を出す場合においてはそういうふうな万全な配慮もしないで、そうして現状においては選挙されているからいいじやないか、選挙されているからいい、その政府が口の裏で任命制にしようとしているじやないですか、現実の考え方としては。それで而も公選ならば今度はつきりと選挙をすべき県の教育委員会を二年間自動的に延長して、そういう勝手なことをほしいままに政府がみずからしているわけだ。そういうふうに自由自在に勝手に自分のほうで判断解釈して、そうしてやられるということならば、私は何も国会の選挙制度を何も否定していない、私は大いにやらにやいかんと思つている、教委も大いにやらにやいかんと思つているところだから、そんなこと何も否定していない。だから私が言つていることは、不安がないとか、心配がないとか言うけれども、この運営について心配だらけなんだ。だから私この問題については教育政策そのものについて、先ほどの御回答もないけれども、これは今は打切ります。この次に私は質問をしますが、大達文部大臣が自由党籍においてこういうふうな中立教育法というものを出して、これを運営するにおいては、あなたはこの法案が通つたら自由党の文部大臣をおやめになるのが私は至当だということを言つているのだ。(「そんな馬鹿なことがあるか」と呼ぶ者あり)いや、これは話が、さつきのことを言つているのだけれども、私はこの点については次に聞きますが、これは私のやはり理論的な立場に立つているわけなんだから、だから、(「文部大臣はやらんよ」と呼ぶ者あり)だからそれをやると言つているのだ。(「文部委員会でやれ」と呼ぶ者あり)うるさいな。(笑声)  そこでついでに一つ開いておきますが、なぜ義務制に限つたかということについて、私は今までの点でもう一点伺つておかなきやならん点は、地方公務員を国家公務員の枠の中にその政治活動の問題だけ入れて、この場合においては国民全体における負託に応えるということを言つているわけなんだ。(「文部委員会でやれ」と呼ぶ者あり)何を言つているのです。私は重要なことを聞いているのです。それを今私が言つているのだから。もうやめますから、枠で両面から取締ることは酷じやないかということを考えているわけなんだ。いいですか。地方公務員として身分を受け、給与を受けているわけなんだ、それを国家公務員というものの枠をこの面にのみ強化して行く、こういうふうな両面から枠をかけて来ているということについては、すでに取扱上無理があるのではないか、併しそれを進めると、義務教育の学校の先生が教唆扇動されても、その人が罰則を受けないわけですな、犯罪にならないわけでしよう。教唆扇動したのですから、受けるわけでしよう。そうすると純真無垢なる学童という言葉が私にはわからなくなつて来たわけだ。言い換えれば高等学校の先生にしても中学校の先生にしても、学校の中において教唆、偏向教育をしようがしまいがですね、教唆扇動したというふうに判定を受ければ、その人が罰則を受けるのでしよう。その場合になぜ義務制と高等学校のそれを区別したのか、何故それを区別したのか。高等学校の先生でも中学校の先生でも偏向教育をしたということについては、この犯罪の適用を受けないわけです。それで第三者が言つた場合においてのみそれを受けるわけでしよう。そうすると、その場合において高等学校と義務制をどうしてわけたのか、私にはわけがわからない。偏向教育というものが取上げられないのだから、犯罪として。だから純真無垢も髭が生えた人も変らないわけだ、(笑声)そうでしよう。大学生だろうが、誰だろうが変らないわけです。或る人が偏向教育を教唆扇動したといつても、教唆扇動された偏向教育をやる人は、関係がないのだから、関係がない。だからなぜその義務制と、高等学校、大学に区別したか。その所論を聞きたい、理由を……。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 御尤もな質問であります。偏向教育を教唆扇動することが(「しようがしまいが関係ない」と呼ぶ者あり)よろしくないという点は、その対象が大学であろうと、高等学校であろうと、小、中学であろうと同様であります。そういうことをもくろんで教唆扇動する者はこれはよろしくないと思います。ただこの法律は岡君高めとしてごうごうたる反対があります。(笑声、「答えてくれればいいのだ、ごまかさないで」と呼ぶ者あり)ごまかさない。できるだけ私ども先ほども申上げたように、この教唆扇動というものの枠を縮めて、そうして目的も特定なものに持つて行かなければならん、一定の方法によらなければならん、そうしてそれを論ずる場合にも、教育委員会の請求を待つて初めて論ずる。こういうふうに極めて慎重な配慮を講じているわけです。それはしばしば申上げたように、行過ぎにならんようにということであります。そうして実情に即したいということであります。実情に即して見ると、今日学校に非常に影響力を持ち、事実上の支配力を持つているのが教職員団体であります。だからこの事実上の大した影響のないものが横から言つたつて実害がないのですから、そういうのは先ずよかろう。そこで実際影響力を持つものだけを対象にする。そうして義務教育学校は他の学校と違つてこれは国としても重大な責任を持つている。そうして子供もまだ極めて(「子供のほうに関係はない」と呼ぶ者あり)小さい子供ですから、それに及ぶところの害が非常に心配をされる。だからそういう実情から考えて、成るべく枠を縮める意味で、対象を義務教育小学校にし、そうして働きかけて来る、その働きかけも教職員団体という非常な影響力の強い団体を通して来る場合に限る、こういうことをしたのであります。これはことごとく行過ぎにならないようにという配慮から出たものであります。

川村松助自由党

○委員長(川村松助君) 秋山君に戻したらどうです。

岡三郎日本社会党(第四控室・左)

○岡三郎君 戻します。戻しますが、大臣が実に詭弁を弄しておるから、縮小をしたとかなんとか……。だから明確に……。大臣の言葉で言えばこれは日教組取締法だと、今の答えで言えばそうはつきりして来たわけです。中立性を確保するもへちまもない。今の所論から言えば影響力があるところだけやつたと、これは明確に日教組取締法以外にないわけです。ところが日教組においては高等学校部もありますよ、いいですか。そうすれば義務教育職員のみにそういう重大なる、苛酷なる取扱いをするということは、義務教育を尊重しているという言葉に隠れて、あえてあなた方のいわゆるその政党の支配にこれを持つて行こうという意図以外に見られないじやないですか、今度逆に言えば……。言葉の千変万化ということじやなくして、あなたの今言つたことは重要ですよ。今の問題は……。私はもうこれでやめます。答弁は要りません。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 私は日教組を取締る……、こういう趣旨を今どういうふうに御解釈になつたかは別でありますが、日教組のこの諸般の組合活動というものを対象として、そうしてそれを取締るとか、それを罰則を以て臨もうとか、そういうふうな考え方ではありません。ただ日教組が偏向教育を教唆扇動しているということがあるならば、これは当然この法律の取締りの対象になります。例は私はほかにあるかも知れません。ほかの場合でも教職員団体を通して来たものは、皆この法律によつて処罰さるべき筋合のものだと思います。あなた日教組しかないと言うなら、日教組しかこの教唆扇動し得るものはおらん、こういうふうに断定されます。(「変なことになつて来た」「あとで速記録を見て十分やりますよ」と呼ぶ者あり)そういうことになる。私は決して日教組全体の組合活動をことごとく対象にしようと言つているのではない。教唆扇動しようというものを、しようというのだから、教唆扇動をしなければ、日教組でもどこでも、この法律によつて処罰されることはないのであります。

秋山長造日本社会党(第四控室・左)

○秋山長造君 話は先ほどの私の質問に帰りますが、今度のこの特例法の改正によりまして、とにかく地方公務員である教員の政治活動に関する限りは、あの国家公務員法に定められた極めて広汎に亘つた苛酷な取締りの対象になるということになつたわけです。先ほど大臣は「苛酷な」というけれども、現在の国家公務員法の下で現実に国家公務員がどれだけ「苛酷」なという感じを受けておるか疑問だというふうな、極めてのんきなお話がありました。で苛酷な感じを持つておると思う。又仮に一歩譲つて持つていないといたしましても、それは直ちにだからあの国家公務員法なり人事院規則なりが正しいものだという理由付けにはならないと思う。あれだけ違憲の疑いのある立法で、而も輿論の非常な反撃を食い、又監視の甚しい立法であるので、政府のほうも多少気がとがめると見えて、これを行使することを多少手控えておられるのではないかというような面もあるかと思います。まあとにかく、それはそれとして、非常に苛酷なこの禁止規定に地方公務員である教員は服しなければならない。而も仮に現在の国家公務員法が違憲でないと一応認めるにいたしましても、国家公務員がこれだけ厳しい制限を受ける半面には、又一方において例えば職員の不利益処分に関する審査であるとか、或いは給与勧告であるとか、その他いろいろな国家公務員独特の恩典にあずかつておる、保護にあずかつておるという面もあるわけです。ところが地方公務員である教員に関する限りは、そういうものは一切あずかれない。ただ国家公務員法の中のこの非常に厳しい、非難の多い厳しい取締規定だけの適用を受ける。その面でだけ国家公務員並みに扱われるわけですから、先ほど岡委員がおつしやつたように、これは教員にのみ非常に苛酷な犠牲を強いるものであると言わざるを得ない。  それから第二は、この人事院規則そのものが人事院の意向次第で自由に変えられ得る性質のものでありまするからして、結局地方公務員である教員の身分については、この政治活動に関する限りは常に国家統制によつて引ずり廻されるという余地が開けて来るわけであります。そういうことになりますと、先はど文部大臣は地教委に教員に対する人事権が与えられているのだから、教育のことは万事地教委に任せて行くのが当り前だという御説明がございましたが、この文部大臣の方針と全然矛盾してくる。又は文部大臣は常にこの地教委を育成する方針を宣明しておられますが、その地教委育成という方針にも矛盾して来るのではないか。そして又教育に関する地教委、この教育委員会法の建前にもはつきりこれは矛盾をして来る立法じやないかというように考えるわけです。その点についての文部大臣の御見解をお伺いしたい。  それから次には自治庁長官にそれに関連してお尋ねしたいのでありますが、自治庁長官は、先ほど地方公務員法に今までのような規定があつても、それがその時の必要次第ではどうにでも変えてかまわないというような、極めて寛大な御見解のようでございますけれども、併しながら今日我々に与えられているこの地公法の建前を、今度この特例法によりまして、一足飛びにさつき言つたような国家公務員並み、而もその並みも、いい点の公務員並みではなくして、最も悪い点だけの国家公務員並みという扱いに、一方的にこういう単独立法を以てやられた場合に、地公法という一つのまとまつた法体系というものが非常に崩れて来るのではないか、混乱して来るのではないか、延いてはこれが地方自治そのもののすつきりした建前というものを大いに損なう結果になるのではないかということを、私は非常に憂うるのです。その点についての自治庁長官の御見解をもう一度お伺いしたい。両点文部大臣と両方お答え願いたい。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 国家公務員についてはそれぞれ身分上の保障があります。又地方公務員についても身分上の保障があります。ただ国家公務員の場合、身分上の保障があるから、つまりこれを保護し、有利にする面があるから、この政治行為の禁止制限というような点も、その点まあ或る程度是認されて然るべき筋もある、こういうふうに言われたのでありますが……。

秋山長造日本社会党(第四控室・左)

○秋山長造君 いや、そうではない。そう言つたのじやない。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) そうでしよう。ただ地方公務員の場合にはそれがないから。

秋山長造日本社会党(第四控室・左)

○秋山長造君 いや、そうじやない。ちよつと委員長、その点は誤解がある。私の言うのは、国家公務員法そのものの建前というものも非常に違憲の疑いがあるし、まして国家公務員にはこういう苛酷な政治活動の制限を付するという、加えるということも又大いにこれは違憲だ。その点については我々断じて承服していないのです。併しながら仮に百歩譲つて、何らかのそういうことに意味があるとしても、半面において国家公務員にはいろいろな又この優遇措置もなされている。優遇といいますか、身分保障といいますか、そういう措置もなされている。然るにこの教員の場合には、そういうものは一切あてがわないで、そうしてこの苛酷な罰則の規定だけを、政治活動の禁止規定だけを押付けるということは、余りにも苛酷に苛酷の上塗りをするものではないかということを聞いているのです。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 政治行為の制限をするということは、それ自身が独立した法律上の目的を持つておるのであります。身分の保障その他の優遇と申しますか、そういう制度があつて、その地位を安定させておる。これもそうすべき立法上の理由があつてできておるのでありまして、こつちがあるからこれがいいのだ、こういう差引とか何とかいう問題ではないと私は思います。これは政治行為の制限をする必要があるから制限をしておるのだけれども、政治行為の制限が仮に苛酷であるとした場合に、それが身分保障等の制度があるから、そこが幾らかジヤステイフアイされる、こういう論法にはならんと私は思います。  それから地方教育委員会が任免権を持つておる、そういう場合に、これをこの国家公務員並みの政治行為の制限を強化して、そしてするということが、地方教育委員会に対して、国の考え方、国の権力というものをその圧力を教育委員会に及ぼすことになりはしないか。その結果は地方教育委員会の育成強化ということにも矛盾をするではないかと、こういうふうな御趣旨に伺つたのですが、私は、地方教育委員会は人事院以上に、これは一切の他の支配から独立した制度であります。文部省の指導とか、勧告助言ということはありますけれども、何らの他の拘束力を以て強制される地位でなし、独自の地位において教育の運営に当つておるのであります。従つてこの特例法ができましても、その関係においては同じことであります。特例法ができたからといつて、政府の事実上の圧力が地教委、或いは県教委の上に加わつて来るということは、これはあり得ないのでありまして、依然として教育委員は教育委員独自の立場において、その与えられた任務を果して行くものであると思います。従つてその形において、そういう意味において、この教育委員というものは育成強化して行くのでありますから、この法律が成立するということとそのこととは、直接には何らの関係もない。いわんやこの法律のできたことによつて、地教委に対して中央集権的な権力を及ぼす、こういうことはあり得ないと思うのであります。

塚田十一郎自由党郵政大臣・行政管理庁長官・自治庁長官

○国務大臣(塚田十一郎君) お尋ねの趣旨がよくわからないのでありまして、或いは見当外れのお答えをするかも知れませんが、私はこの今度の特例の法律が、国家公務員の例によると規定をいたしておりますのは、そういう工合に表現することのほうが便利であるという考え方であつたと思うので、ありまして、若しそうでないとすれば、国家公務員と同じ形で、国家公務員法を国家公務員たる教育職員について規定してあると同じように、この法律に規定してもよかつたと思うのであります。それは同じ行為に対して、この面においては国家公務員たる教育職員と、地方公務員にる教育職員を区別して扱う理由がないという考え方であつたと思うのであります。で、それの面を同じように扱うなら、どうして他の面を同じように扱わないかという議論のようでありますけれども、どの点をお指しになつておるのか。その他の面におきましては、私どもは大体において国家公務員については人事院というものがあり、又地方公務員については人事委員会というものがあつて、それぞれの公務員の立場を保護しておる、こういうように了解をいたしておるわけであります。

秋山長造日本社会党(第四控室・左)

○秋山長造君 今の点は、長官ちよつと聞き違えておられる。で、今お答えになつた点は実は文部大臣に私聞いたのです。で、長官へお尋ねしたことは、同じ公務員と言つても、国家公務員というものと、地方公務員というものとは、全然性格、建前その他を別箇に扱うべきものだ、こういう考え方で、一方は国家公務員法というものが一応できておる。他方には地方公務員法というものが一応できておる。で、教員は地方公務員だというはつきりした規定に基いて地方公務員法の扱いを受けて来たのです。で、その扱いについても、この一般公務員と教育公務員とは、又その公務員法の中でももう少しゆるい扱いを受けて来ているのですね。三十六条の但書なんか一つ見ても、そういう扱いを受けて来ているでしよう。そういうものを、ただ、今こういう法律を作るとか、或いは日教組を抑えるとかいうような、極めて一時的な、政策的な便宜のために、そういう法律の建前を崩してまで、教員だけを地一方公務員法の中から抜き出して、そしてその特例法によつていきなり、全然本来建前の違つた国家公務員法、この国家公務員法並みに扱う。国家公務員法のあの禁止規定をこれにも使つて行くというような扱い方が、国家公務員法、地方公務員法という本来のすつきりした法律の建前といのものを非常に混乱させ、乱すものじやないかということをお尋ねしたのです。それについて、自治庁長官としてどうお考えになるか。

塚田十一郎自由党郵政大臣・行政管理庁長官・自治庁長官

○国務大臣(塚田十一郎君) お尋ねの趣旨がよくわかつたと思うのでありますが、ただ、併しどういう点で地方公務員である教育職員が国家公務員である教育職員と特別に扱われておるかということは非常に私も疑問があるのでありますけれども、併しこの立法の趣旨から申しますならば、私が先ほどから申上げますように、とにかくもこの面におきまして、問題になつておる面におきましては一般の地方公務員と別に扱う必要がある。一般の地方公務員と別に扱う必要があるとするならば、その扱いを国家公務員たる教育職員と同じにするか、或いは別にするかということでありますが、私はその場合には、同じ影響を持つ事柄である場合には、これは国次公務員たる教育職員であつても地方公務員である教育職員であつても同じに扱うということのほうがむしろ正しいからして、その面にまで地方公務員である教育職員と国家公務員である教育職員の区別をするということ自体のほうが、むしろ均衡という考え方からはおかしいのではないか。私はこういう考え方でこの法案はできておると考えておるのであります。

秋山長造日本社会党(第四控室・左)

○秋山長造君 まあ長官の御答弁はそういうことにならざるを得ないだろうと思うのでありますが、併し私は、そうなりますと、この法案を見ますと、而もその教員の特別の扱いというのは「当分の間、」ということになつておる。「当分の間、」ということは、つまり極めてこの特例法という扱い方は一時的といいますか、便宜的といいますか、時の政府の便宜次第で或いは地方公務員のほうへ入れたり、或いは国家公務員並みに扱つたり、出したり入れたり自由自在なんです。そういう考えカがこの地方公務員法というまとまつた法体系というものを非常に乱して来るもとになるのではないか。その点はどうですか。

塚田十一郎自由党郵政大臣・行政管理庁長官・自治庁長官

○国務大臣(塚田十一郎君) 私どもはこのもとになる法律案を内閣として出しました場合には、この「当分の間、」という考え方はなかつたわけでありまして、なかつた理由は、私どもはこういうような問題というものは時期的に限らるべき問題ではない。こういう判断に基いておつたわけであります。併しこれが国会修正において「当分の間、」という言葉をお入れになつたのはまあ想像いたしますのに、従来そういうものがなくてやられておつた。ですからして考え方としては、こういう法律というものなしにやつて行くということも考え方としてあり得るのであるし、それに対して現実の事態がどうも適応しなかつたということで新らしい法改正、というものが意図されたのであるからして、国会において、若しそういう事態がなくなるということであるならば、そういう前提を頭において、なくなつた場合には元の形に戻すというような考えでこういう字句をお入れになつたのではないかと考える。又それであるならば、それも一つの考え方として結構だ、こういうふうに考えているわけであります。

秋山長造日本社会党(第四控室・左)

○秋山長造君 只今の修正点は誰が修正したのか知りませんけれども、とにかくいずれにしても、これは塚田長官や大達文相は自由党員の一人としてこれに積極的に賛成された票を入れられたのです。現に大達文相は先般の文部委員会における永井委員の質問に答えて、この修正点については直接この修正を言い出したのは自分じやないけれども、併しこの修正は自分としても賛成だ、だから責任を以て答弁するという答弁をなさつているのですから、これは大達文部大臣にもお尋ねをしたいのでありますが、只今の自治庁長官の御説明のようでありますならば、最初原案が出されたときには、大達文相の先般来のお話のように、教育というものは大体国の公務だ、だから教員というものも政治活動に関する限りは国家公務員並みの扱いにするということは当り前なんだ、むしろ今までそれをしなかつたのがおかしいのだということで、むしろ新らしい特例法のほうが本来の正しい建前である、こういうことでしよう。ところが今度の「当分の間」という修正点が入つたために、これは再び逆転をして、本来は教員というものは地方公務員法の枠の中におるものである。ところが当分の間は、いろいろな事情によつてその枠の中から出して、そうして国家公務員の扱いをするのだということになる。だから原案のときと今度の修正案を見た場合とは全然建前が逆になるわけですね。そうでしよう、そうですか。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 只今塚田長官からもお答えがありましたが、元来この特別法の一部改正に当りましても、又別途の独立立法にいたしましても、その目標とするところは、現在の実情に鑑みて、学校における偏向教育の是正といいますか、教育の中立性を維持するための考え方としてこの二法案を提出したわけであります。でありますからして、衆議院においてこの法案を審議せらたるに当りまして、これはまあ常に二法案一括して、形は二つでありますけれども、実質は中立性を維持するための法案ということで扱われて参つたのでありますが、その場合に両案ともこの「当分の間」という修正の字句が入つたのであります。その趣旨とされるところは、只今長官も御答弁をされましたようにいずれにいたしましても、これは罰則を以て臨むところのいわゆる国民に対する行為の制限の法律であります。でありますからしてかような法律は平穏無事、さような立法を必要としない場合にこれを無理に作らなければならんという筋合いのものでもなかろうか。とにかく人の行為を制限する法律でありますから、その意味においてただ現在の教育界の実情から見てこの法律が必要であるというならば、それに応じてこの法律を成立させる。そうしてさような必要としないような事態に、日本の教育界というものが通常の形に戻つた場合には、かような法律はなくしたほうがむしろ適当ではないか、こういう考えであつたと思います。私はそれも御尤もであると思つている。私は別にその成立について同意を必要とするわけではありませんが、私はこれに対して異存がないのであります。筋はそういう筋でありましよう。でありましようけれども、ただ筋を通して人の行為を制限するようなことを、事実上必要に迫られない限り、そう無理にしなければならん、こうは考えませんので、私はこの修正案には同意をし、賛成をしているわけであります。

秋山長造日本社会党(第四控室・左)

○秋山長造君 その点が先ほどの説明と今の修正点についての説明との間に大臣のこれまでの考え方といいますか、説明の筋道というものが大分動揺いたしているのじやないかと思うのです。最初の大臣の説明では、教育というものは国の公務である。そうしてこの教育は国民全体に奉仕するという立場でやらなければならんものだ、だから特例法のこの扱いが当然だ、こういうお話であつた。ところが今の御説明によりますると、そうではなくして、この教育というものはやはり地方の事務、そうして教員というものはこれは完全に地方公務員だ、併しこの際何とかこの日教組を征伐するのか何か知りませんけれども、とにかく国家公務員のあの刑事罰を以て教員を取締りたいという便宜のために、一時の政策的な便宜のためにこういう無理な立法をあえておやりになつておるというきらいが非常に強いと思う。その点は最初の本来そうあるべきものだつたという御見解を改められて、今のような極めて政治的といいますか、政策的といいますか、便宜的なこういう立法をやつたのだという御意見ですか、その点をもう一度お開きしたい。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 現在の実情に応ずるためでありましても、地方公務員としてある教職員に法律上、法律論として理由のない制限を課すことはできないと思います。これはまあ法律のことであるからどんなむちやなものでも作ろうと思えば作れるという形式論は別でありますが、理においては、そこに筋が通らなければさような立法はできないと私は思います。そこで先ほど来申上げましたのは、私は教育公務員については、他の一般の地方公務員とは教育の特性という点について違つた点があるのであるから、政治行為の制限についても、国家公務員とこれを区別すべき理由はない、従つてこれを現在の教育の中立性を維持するという見地から国家公務員並みに取扱う、これは法理上何ら差支えのない正当なものである、こういうふうに今でも考えております。併し国会のほうで、それは理窟は理窟としても、こういう人の行為を制限するような法律は、やはり常に実情に即さなければならんから、その必要とする事実がなくなつたらば元へ戻すということであれば、これに私は反対する理由もないので同意をいたした次第であります。

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 問題を別にいたしまして、大臣の説明をいろいろ承わつておりますと、結局偏向教育はこういう立法をしなければ矯めることができないから、こういう立法はどうしても必要である、又、これは教育を損なうものでなくて教育を振興する一助になるものだ、こういう御説明でありますが、そこでこういう法案を御提出なされる根拠について若干伺いたいと思うのです。その前提といたしまして、憲法十三条には、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と言われております。これは過日の本会議におきましても、先輩の笹森議員からこの点指摘があつたのでありますが、公共の福祉に反したという明白なる既定の事実の存在が、基本人権を抑制する立法については唯一の構成要件であろうと、こういうふうに私はこの条文を解釈するのでありますが、大臣はこの考え方について、もう一度申上げますならば、個人の自由の制限と権利の制限というものは、公共の福祉に反したという明白なる既定の事実がない限り存在さるべきものではない、こういうふうにこの条文を解釈すべきだと思いますが、大臣はこの考え方についてどうお考えでございましうよか。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 私は憲法において個人の生命、自由、これを保障してある。この場合に公共の福祉に反しない限りということは、その自由というものが公共の福祉という枠の中で保障されておるものである、こういうふうに解釈をしております。従つて公共の福祉を守るための立法として、自由に対する制限を法律によつて定めることはこれは憲法に違反するものでない。私は先ず公共の福祉がそれによつて破壊をせられて、然る後に初めて立法ができる、こういうことになるのではなくて、私は、この十三条の解釈は、公共の福祉を守るための立法である限り、国民の自由に制限を加える場合があつても止むを得ないのだ、そうでない限りは自由は尊重されなければならん、こういうふうに解釈をしております。

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 その公共の福祉を進めるためにはという裏には、その禁止なら禁止、奨励なら奨励という行為をしなければ、公共の福祉に反しておるという事実がなければならない、こういうふうに通念上は解釈さるべきものだろうと思うのであります。これは公共の福祉に反しない限りというこの字句からは、公共の福祉に反したという明白なる既定の事実というものがなければ、公共の福祉に反するだろうという理由によつて、一方的な国民の自由が束縛されるような法律は作られてはならないということを規定をしておると当然解釈されると思うのですが、こういうふうに考えてはいけないのでございましようか。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 只今申上げましたように、私は、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする、こういう規定であります。この規定につきまして、私はその尊重は公共の福祉に反しない限り尊重すべきである、公共の福祉と両立しない場合には止むを得ない、かように解釈をしております。

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 少し私はおかしいと思うのでありますが、公共の福祉に反しない限り、守らるべきは個人の自由なり権利なりでありまして、公共の福祉に反しない限り、どんな法律を作つてもいいということではないはずであります。今大臣の御説明によりますと、公共の福祉に反しないならば、何の法律を作つてもよろしいのだという御説明のように伺いましたが、そうではないのでございますか。……じや、私の言う通りに解釈していいのですか。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 私は公共の福祉に反しない限りはどんな法律を作つてもいい、こういうふうに申上げたのではない。公共の福祉と両立しない場合は別だけれども、公共の福祉を害せざる限り個人の自由というものは尊重されなければならない。従つて公共の福祉を守るための立法によつて、個人の自由が制限せられてもそれは憲法違反にはならない、かように考えておる、こういうふうに申しておるのです。

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 憲法によりますれば、特に憲法の十三条は、生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限りは、如何なる立法によつてもこの権利は制限されないのだという根拠を与えておるわけです。従いまして公共の福祉に反しないならば、何か特殊の立法が考慮されてもよろしいのだということが考えられるような考え方でこれを解釈するということは、私は間違つておると思う。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 私が申上げたことがちよつと……、私はこういう意味で申上げた。公共の福祉に反しない限りは立法してもよい、こう言つたのじやない。公共の福祉と両立しない場合において、個人の自由を制限する法律を作ることをとめておるものではない。法律自身が公共の福祉に反しない限りは、どんな法律を作つてもいい、こういう意味ではありません。公共の福祉に反しない限りは、個人の自由は尊重されなければならん。逆に言うと、公共の福祉と両立しないと考える場合には、個人の自由を制限することは憲法の忌避するところではない、かように考えます。

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 ですから、そういう法律を作るときには、公共の福祉に反したという明白なる事実の存在というものがなければ、そういう立法はしてはならないというふうにはお考えにならないのですか。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 私は公共の福祉に反したという実際の事実が先ず先行して、そうしてその事実を矯正するために立法する、こういうものではないと思います。公共の福祉を守るためにですよ、公共の福祉を守るためであれば、個人の自由を制限しても止むを得ないのだと、こういうふうに考えております。

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 ですから、水掛論みたいになりますが、公共の福祉を守るということは、公共の福祉が守られておらないという現実がなければ、守るという立法はできないわけなんです。こういうふうにこの条文を解釈するのが正当じやないか。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 私はこの事実が先ず先にあつて、然る後に初めてさような立法ができると、こういうふうに憲法はきめておるものとは思いません。そうでなければ、国というものは、先ず公共の福祉が破壊された、然る後に初めて立法権が生ずる、これでは国の公共の福祉は保てないのであります。

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 それはおかしいと思う。国の権利というものが先にここでは守られておるものではなくして、個人の権利というものが守られている。(「憲法第三章にちやんと書いてある」と呼ぶ者あり)ここで個人の権利というものを守るために政府の都合とか、国の都合とかいうことで、公共の福祉に反する事実もないのに法律が次々と、個人の自由を束縛するような法律を作られてはならないということがここでは規定されておるはずなんです。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) それは結局見解の相違のようであります。

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 見解の相違ではなくして、憲法の解釈そのものに大きな問題があると思う。文部大臣のような考えで参りますると、甚だ今後も国民の権利を束縛されるような法律が次々に生まれる。この懸念を我々は持たざるを得ない。そういう懸念が非常に過去の歴史におきましてもありましたので、そういう懸念を払拭するためにこういう十三条というものが規定されたのだろうと私は考える。併しこれは議論になりますから一応おきます。  それでは一体今度の二つの法案を作りました提案の根拠というべきものはどういうことなのでございましようか。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 教育の中立性を確保することが目的であります。

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 そうすると、中立性が確保されておらないというのは、文部大臣によりまして説明されました二十四の偏向教育の具体例を以ちましてこの根拠となさるのでございましようか。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 私は必ずしも二十四の実例を根拠にしてこの法律を提案したわけではありません。実例はこれは極めて周到な調査をしたとか、積極的な調査をしたのでありませんから、二十四の実例だけでとどまつておるものとは私は思いません。調べればなおあるかも知れません。いずれにいたしましても具体の二十四の例があつたからそこで初めて、その裏付けの下にこの提案をした、こういうことではないのであります。今日学校教育の面において偏向教育の事実があると私は認識しております。これは人によつて違うかも知れません。偏向教育の事実があるという考えを持ち、又それが計画的な、組織的な方法によつて進められつつあるというふうな認識も持つております。従つてこれを放置しておけば、今後日本の教育というものが偏向の方向を迫るであろうということも、これは危惧を感ずるのであります。さような認識の上に立つてこの法律案を提案した次第であります。

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 総理の施政演説の要旨によりますと、「特定の政党政派の主義、主張を刻印するがごとき教育を施すことは厳に戒めるべきであります。」「学校教育の政治的中立性が侵されんとする危険性が極めて少くないので、」「正常な学校教育の運営を保障したい」というのが、その根拠になつておると思いますが、そうであるならば、学校教育の政治的中立性が侵されんとする危険性というものを認めておりまするけれども、かくのごとく侵されているという事実は、二十四の例以外には何ら政府によつては国民の前に表明されておらないわけであります。国民は又この二法案を通さなければならないという具体的な理由、必要を感ずるような具体的な理由というものについては納得が行かない。そこで二十四の例のほかにいろいろある、こういうのならば、その例というものをたくさん出して、かくのごとく非常に教育の中立性が侵犯されていることから我々の国民生活の公益が、公共の福祉が甚だ危険に立たされているということが十二分に説明が尽されるはずのものだろうと思うのであります。この点は私は只今まで伺いました点によりましては、文部大臣の御説明は十二分でないと思われるのであります。もつと極端に言うならば、今まで御指摘のもので一体偏向教育であるし、又公共の福祉を害する事実がかくのごとくあるとあれだけ判定することができ得るか、こういう点について御説明を願います。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 私が今申上げましたように、たくさん事例を持つておつて、あれだけを小出しにしたというわけじやありません。その以外に私どもが先ず信じられるというような事例は私どもの手許にはありません。併しそれならば逆にこれだけしかないのだ、こういう断定も私どもはいたしません。私自身の観測と言いますか、判断に従えば、他にも相当あるだろう、こう思つております。いずれにいたしましても、この事例が多いとか少いというのは問題じやない。教育基本法の八条の二項と申しますか、基本的な問題における日本の教育が危険にさらされておる、こう考えるので、その認識の上に現に偏向の教育が行われているものは、願くはこの法案の成立によつて矯正することにいたしたい。矯正というのは直すということです、強要するという意味じやない。それからこれから行われんとするような、或いはそれを行おうとするような動きに対しては、この法律案の成立によつてこれをそういう事態の起らんようにいたしたい。いずれにしてもこれによつて中立を確保する、確保するということが目的であります。

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 偏向教育の認識の上に立たれたとおつしやられるのでありまするが、その認識というものは文部大臣が、或いは文部省が個人として、機関として、ただ認識しただけじや駄目で、この認識というものは国民に当然納得される認識でなければならないと思う。「従つて特定の政党政派の主義主張を刻印するがごとき教育を施すことは厳に戒めるべきであります。」、こう政府は言つているのでありますし、政治的中立性が犯されんとする危険性があるというならば、こういう認識を前以て持たれておつたならば、教育基本法第八条の違反といいますか、それらのことについて、教育基本法を忠実に履行するように矯正指導、並びに文部省の権限内における監督といつたようなものが如何様に行われたかということが一つ。この問題について教育委員会或いは学校教育指導の各機関等とどういう助言、指導及び連絡、研究がなされたかというのが二つ。府県教育委員会、地方教育委員会はこの問題について本二法案の提出前、立法措置の必要なり要求なりというものが文部省にどのくらいもたらされたかということがその三つ。文部大臣の地方教育委員会強化の方針と今まで御説明を承わつた点とは、かくのごとき方法によつて解決しようとすることは意図に食い違いがあると思いますが、その点は食い違いがないのか、この四つの点。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 初めのお尋ねは、従来この偏向教育というものに関連いたしまして、文部省が行政的にこれを偏向教育のないことを期するために、行政的にどういう措置を講じて来たか、こういう趣旨と伺いました。御承知の通り文部省においては、いわゆる教育指導要領というものを作つて出しております。これにも一方に偏つてはならんということは、常にそのことを言い、そうしてその線で指導要領を作つておるのであります。それから教科書の検定基準におきましても、一方に偏したものはいけないのだと、こういうことを検定基準の上にはつきりさせております。殊に昨年の七月でありましたか、八月でありましたか、忘れましたが、文部次官の通達を以て、学校における教育の中立性を厳重に維持せられるように、教育委員会のほうにそれぞれ通達を発しておるのであります。それにもかかわらず、私どもとしてはやはり今日学校において偏向教育が行われておると、こういう認識を改めることができませんので、この法律案を提出するに至つたわけであります。で、法案提出の要望があつたかどうかという趣旨のお尋ねがあつたようでありますが、これは個人的にはいろいろそういう話をする人もあります。国会のうちにもそういうふうな考えを持つておられる人も現にあるし、当時からもありました。併し特にどこの団体からどう申出たとか、書類を以て申入れて来たとか、そういうものはありません。  それからこの法律案を出すことが、地教委を育成するということと矛盾をしやしないかというようなお尋ねでありましたが、私ども何も別に矛盾するところはないと考えておりますが、これはなお具体的にお尋ね頂ければお答えを申上げます。

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 法制局はいらつしつておりましようか。

川村松助自由党

○委員長(川村松助君) 衆議院の委員会に行つておりまして、再三迎えにやつておるようですけれども、まだ出向きかねておるようです。

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 それでは総理大臣の言う正常な学校教育の運営というものは、文部大臣は何を指して正常な学校教育の運営と言うのか。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 総理大臣の御演説の中には、今日一党一派の政治的主張を教室において教えるということは厳に戒しめなければならん。それに引続いて正常な学校教育の運営を期さなければならん、こういうふうに述べておられるのでありまして、学校における教育の正常なる運営という言葉は、あの場合学校における偏向教育を是正して、教育基本法に言うところの教育の中立と申しますか、そういうことを維持しなければならん、こういう厭味だつたと私は解釈しております。

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 正常なる学校教育の運営のためにこの二つの法案が出されたと、こういうふうに解釈をすべきであろうと思いまするが、先ほど岡委員のほうからも出ましたけれども、この二つの法案の性格というものには、中立性ということから考えれば必ずしも中立性というものからは筋の通らない一つの政党の大きな方向なり傾向というものが強く打ち出されておる。そういう傾向の強いものを以て一体正常な学校教育の運営の基準を打出したと言い得るか。この点。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) これは学校における教育の中立性というものとむしろ背馳した政党的な考え方から出ておる、こういうふうなお言葉でありますが、私はそうは思つておりません。この法律を御覧になつて頂けばよくわかるように、基本法に言うところの正常なる政治教育というものを確保する趣旨である。これはどの点を指してのそういうお言葉でありますか、私どもとしては別にそういう意図を持つて出した法律案じやありません。

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 正常な学校教育の運営か否かというものを判断するものは、文部省ではなくて教育委員会にあるはずであります。教育委員会からの、只今伺いますと、要求もなければ、或いは必要ということも言われておらないのに、政府が独自な立場で判断をして、正常な学校教育の運営というものはかくのごとき法案を必要とするというふうな打出し方をされることは、教育基本法なり或いは教育委員会法なりに甚だしく抵触するわけであります。この点をどうお考えになりますか。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 政府は政府の見解において、学校はかくのごとく運営されるべきことが正常である、こういうことは政府として考えております。政府が行政的に教育委員会を指揮、監督或いは拘束力を以てこれに臨むということは、これはできません。併しながら政府が文教に関係して何が正常の学校教育であるか、何が教育の中立性を保つゆえんであるか、又教育基本法を如何に解釈すべきであるか、政府の関する限りにおいて、政府が独自の見解に従つて判断して行くことは当然であります。

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 先ほどからも問題になつておりまする通り、教職員は地方公務員である教育公務員であります。身分はこれは地方団体に所属しておるわけであります。而も教育基本法なり或いは教育委員会法なりというものの法文を見ても、精神を見ても、これは政府の権力というものから住民の自治というものに教育は委させておる。住民の要求もなければ住民から代表されておる教育委員会の判断でもないのに、政府が特別な権力の上に乗つて、一方的に判断をするということは、これは教育基本法や教育委員会法の精神からは甚だ外れておるもので、そういうものを、そうすることが当然政府の権利であるかのごとき前提に立たれるという考え方に、私は大きな間違いがあるんじやないかと考えざるを得ない。この点。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 政府が、文教政策に関係する限り政府が独自の見解を以て法律を解釈する、又かくなければならんとこれを考えることは、勿論政府が独自にすべきことであります。教育委員会に伺いを立て、教育委員会のみが……教育委員会は教育委員会の与えられたる行政委員会としての機能を果すための、その限りにおいて教育委員会はそれぞれの各教育委員独自の見解によつて法律を解釈し、学校の運営をしておるでありましよう。政府、文部省は政府、文部省の独自の見解に従つて学校の教育はかくあるべきものと考えるのであります。この場合全然そういう教育法令についての解釈権は文部省にないんだと、こういうことを若し言われるならば、文部省は文部省自身の仕事をするのに指針がないわけであります。何を指針にして文部省の仕事を進めて行くか、文部省は文部省としての見解に従つて与えられた権限を行い、職務を遂行して参るのであります。これを教育委員会に拘束力を以て押付けることはできません。押付けることはできないけれども、文部省の仕事をする限りにおいて、文部省が教育法令の解釈、学校教育はかくあるべしという見解を立てることすらもできないと言われるのはどういうわけでありますか。

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 どうも大臣は質問をしないことに自分の意見を述べますが、(「むだなことばかり言つている」と呼ぶ者あり)これは非常に論理を混乱させますからおやめ頂きます。今あなたが独自の見解で独自の行動をとつていいというようなことを言われたことは、これは実に由々しい問題だと思う。行政が立法より先行するということはあり得ない。法令を侵してでも行政をやつていいということはあり得ない。教育委員会法なり、教育基本法なりというものは、当然あるのだ。そのものに従つて政府が行政行動をしなければならない、一番教育基本法を守らなければならないのは、教育委員会法を尊重しなければならないのは政府なんです。私が先ほどから質問しておるのは、教育委員会法なり、教育基本法なりにきめられておるものに違反するような見解なり行動なりというものは、政府としてとるべきではないということを言つている。(「その通り」と呼ぶ者あり)

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 私は政府なり文部省なりが教育委員会法或いは又教育基本法に違反をしておる、こういうことは全然思つておりません。又政府が教育法令の解釈をして、そうしてそれを教育委員会その他のほうに一方的に押付けるということは考えておりません。ただ文部省が文部省設置法によつて、教育に関する事務を扱つております。この事務を担当することに当つては、文部省は文部省の考えで教育法令を解釈して、自分の事務をとつておるのでありますが、教育委員会においても同様であろうと思います。決して文部省一方的に解釈をして、それを教育委員会に拘束力を以て押付ける、こういうことはありません。(「何を言つているのかわからない」と呼ぶ者あり)

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 基本法の第十条の一項に、「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである。」ということを言つている。「国民」ということは、これは政府ということではないはずです。そうでしよう。そうするとこの「国民」というのを意思代理しておりますのは教育委員会です。教育委員会が正常な学校教育の運営を甚だしく損なつているという認定も下されないのに、政府が教育委員会の権限まで差出て、独自の行政行動をとるということは、これはこの教育委員会法の精神というものを蹂躙しておることになるのではないか、或いは教育基本法というものは、はつきりとどういう方向に教育を動かすべきかということが書いてある。政治の支配に教育を、政治の下に教育をつけてはならないということが大きな問題なんです。こういうような方法でやつて行けば、又政治の下風に教育が立つということになるのではないか、教育基本法の精神を蹂躙するということになるということを心配している。(「たまに一遍ぐらいはそうですと言つてみろ」「答弁の必要なし」と呼ぶ者あり)

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 決して教育委員会を政府の力で拘束するとか、一方的に押付けるということはこれはありません。又しようたつてできない。(「やつているよ」と呼ぶ者あり)併し教育委員会に対しても、文部省は文部省の見解に従つていろいろ勧告も助言もするのであります。これは教育委員会の意見を聞いて、その上で教育委員会に勧告助言をするのではない、文部省の意見によつてやるのであります。文部省もやはり行政庁として文部省設置法によつて教育行政に関係をしておるのです。その意味において、文部省は自分の解釈に従わずして、誰の解釈によつてその事務をとりますか。それをするのが悪いというのはどうもおかしい。決して教育委員会を文部省の権力の下に置くと、そういうのではありません。文部省は文部省の仕事を文部省の見解に従つてするだけのことであります。決して教育委員会を文部省の言う通りに、その権力下に置く、こういうことを考えてもおりませんし、さようなことをしたこともありません。

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 文部委員会のほうから大分せかれておりますので、簡単に済ませたいと思いますが、文部省は文部省の見解でとおつしやいますが、文部省の義務教育、学校関係になすべき一つの根拠ですよ。教育基本法なり、教育委員会法に制定せられている中において行わなければならない、それに反して独自の見解を文部省がとつてもいいということにはならない。その点を言つているのです。それはお答え頂かなくても結構です。  法制局にお伺いをいたしますが、先ほども文部大臣に伺つたのでありますが、憲法第十三条、この解釈は、四十数万人における二十数件の偏向事例を以て、公共の福祉が侵されたと法律的に判断することができるか、この点。

野木新一法制局第二部長

○政府委員(野木新一君) 憲法第十三条の問題でございますが、先ほど御質疑のときにここにおりましたけれども、あの御趣旨の御質問かと存じます。私はやはり文部大臣がお答えになられましたように、この十三条の解釈といたしましては、公共の福祉が害された後でなければ、立法で国民の権利義務を制限することはできないというような御質疑の趣旨のような解釈にはならないので、公共の福祉が現実にまだ害されない場合でも、なお且つ立法で措置し得ることは、憲法上は可能であると存じます。

加瀬完無所属クラブ

○加瀬完君 細かい点になりますが、中立性を勤務時間外に、要求されたり、或いはその属する公共団体の地域外において要求されたりする例は外国の立法例を見ても余りないのであります。これを殊更にこういうふうに立案をされました根拠、一点。第三は、地方公務員法の一十六条の二項但書をそのままにしておいて、これを立案される点。第三点は、地方公務員たる身分は、さつき秋山委員からも言われました通り、地方公務員たる身分を持つた教育公務員の自由の制限を人事院の専決に委せておりますところの根拠。それから第四点は、国家公務員の例によるというけれども、例によるというのは、文字通りそのまま適用するということでありましようが、そうすると既存の地方公務員法と関係或いは地方公務員法の国家公務員の列による、その間におけるところの矛盾、こういうものの解釈、以上塚田長官と文部大臣と両方に伺います。

大達茂雄自由党文部大臣

○国務大臣(大達茂雄君) 中立性を、教育委員会の担当する地域に対して文部省が中立性を要求しておる、これがおかしい、こういう話の御趣旨であつたようであります。文部省は法律によつて中立性を維持したいと考えておるのであります。この場合に行政的に文部省がそれらの地域に対して、あなたの所はこういう偏向教育があるから、これは偏向であるから直しなさい、こういう命令をしておるのではありません。併し中立性維持について文部省は全然関係するということであれば、これは別問題であります。皆各地域に分れて全部教育委員会によつて運営されておる。この場合に各教育委員会に対して文部省が中立性維持についての拘束力を持つた命令を出す、或いは指揮監督しているという事実はありません。それからその次の地方公務員法の三十六条第三項ですか、(「但書ですよ」と呼ぶ者あり)これはこの法律に書いてありますように、三十六条第二項但書の規定はこれを削ることになつております。これは特例法の今度の法案の附則の中に書いてありますから、それを御覧を願います。  それからその次は、これは国家公務員の例による、こういうことになつておるのでありますが、国家公務員に対する政治行為の制限というものをそのまま当てはめる、こういう趣旨であります。(「その根拠」と呼ぶ者あり)国家公務員に課せられている制限は、国家公務員法にもあります。そうして人事院規則にそのあとを譲つてあるのです。両者合わさつて国家公務員に対する政治行為の制限という内容を形成しておる。(「そんなことはわかつている」と呼ぶ者あり)それをそのまま地方公務員たる教育公務員にその例によらしめる、こういうことであります。これは法律によつて、そういう(「その根拠」と呼ぶ者あり)法律を以てそういうふうにするのであります。(「なぜそういうふうにするかということを聞いている」と呼ぶ者あり)それはしばしば申上げたように、教育というものの特殊性に鑑みて、又現在の実情から見て、そうするほうがいい、又区別すべき理由はない、実質的の理由によつて、そういうように、これを法律によつてそうきめるのであります。(「法的根拠は」と呼ぶ者あり)法的根拠はないことはない。法律によるのだから、何も法的根拠はないということはない。(「法律はこれから作るのだよ」と呼ぶ者あり)行政手段でさようにするという場合は、これは法律的根拠は要ります。併し法律によつてさようの制度ができればそれでいいと思います。行政手段によつて地方公務員たるものを国家公務員同様な制限に服させようとするならば、これは法律的の根拠がなければできません。さようなことは、これは法律でそうきめようということを言つている。国会で御審議になつて、よろしければ法律できめよう、これだけの話であります。(「罰則だけは国家公務員、身分は地方公務員」と呼ぶ者あり)

相馬助治日本社会党(第二控室・右)

○相馬助治君 議事進行。只今加瀬委員から質問があつて、質問がまだ終つていないようですが、私の承知しているところによると、この連合委員会のあと地方行政、それから文部委員会独自の委員会を開かれるように承知しております。そこでこの質疑の果てない分はあとで文部委員会で委員外発言を求めるというような適当な方法によつて訴えることにして、本日連合委員会はこの辺にして散会せられんことの動議を提出いたします。

川村松助自由党

○委員長(川村松助君) 只今相馬君の発言のように、本日この程度で打切ることに御異議ありませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

川村松助自由党

○委員長(川村松助君) なお、これを以て本連合委員会は一応終了したものと存じますが、御異議ありませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

川村松助自由党

○委員長(川村松助君) 御異議がないようでありますからさよう決定いたします。(「さつきの委員会発言は確認しておいて下さい。」と呼ぶ者あり)各委員会ごとにやるでしようから……。  本連合委員会はこれを以て散会いたします。    午後五時四十一分散会

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