水産委員会 第16号
- 発言数
- 73 件
- 登壇者
- 6 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1954/04/01
会議録
○委員長(森崎隆君) では只今から委員会を開会いたします。 本日の議題のうち第四の南千島及び根室近海沿岸漁業の安全操業に関する件を先ず議題に供します。 この際、お諮りいたします。只今の議題につきまして意見を承わるため、根室地方平和推進経済復興同盟副会長松浦義信君が来られておりますので、同君を参考人と決定いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(森崎隆君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 それでは松浦義信君の御発言を許可いたします。
○参考人(松浦義信君) 私からこの南千島、根室の近海の終戦後の状況につきまして簡単に申上げたいと思います。 北海道の一番東の果にソ連が占領しておりますところの南千島並びに色丹島、歯舞諸島の一衣帯水の中にあります我々住んでおります根室は、これらの島々の周辺を漁場といたしまして、水産業を以て今日まで発展して参つて来たのであります。行政の面から見ましても、この島々は根室支庁の管轄でありまして、殊に歯舞諸島におきましては、現在の歯舞村の管轄になつております。すでに御承知のように、この根室地方の中心都市でありますところの根室の町は終戦一カ月前に空襲によりまして、一日にしてその八割を灰燼に帰してしまつたのであります。更に終戦と同時に唯一の生産基盤でありますところのこの千島、歯舞諸島を一挙に失いまして、国境の町と化してしまつたのであります。同時にマ・ラインが設定されましてこのマ・ラインのその東の起点がこの根室半島の突端ノサツプ岬と、そのすぐ目の前に燈台が立つておりますが、貝殻島と言います、これは島とは言いますが、実際は単なる岩礁でありましてこのノサツプ岬と貝殻島の間は僅かに約千七百メートルしかないのでございましてこの中間の地点、即ちノサツプ岬から約八百メートルの点がこのマツカーサー・ラインの起点になつておりまして、それから全国を一周しまして、そのラインの終点がやはり又根室の今度は北のほうの知床半島の裏側にございますところの網走地区の東経百四十五度の線がこの終点になつておるのであります。従いましてこの起点と終点との間にあります根室のオホーツク海面の海岸線は距岸三海里ということになつたのでありましてこのマ・ラインは独立いたしましたと共に撤廃になりましたが、根室のこの海域は太平洋岸の一部を除きましては、どこも変るところがなく依然として拿捕が繰返されて参つて来たのであります。終戦後すでに延べにいたしまして約二百二十隻の拿捕船を出しておりまして、本年に入りましても去る三月の二十三日に三隻、二十五日に一隻の拿捕を生じておる実情であります。根室の場合は他の水域と異りまして、非常に複雑になつておりまして、この根室の水域と漁業の関係につきまして少しく申上げたいと思います。 この沿岸水域で操業いたします主なる漁業につきましては、ほたて桁網漁業、たら延網漁業、さめ刺網漁業、かに刺網漁業、こんぶ採集業、藤子漁業、鮭鱒漁業等でありまして漁期は若干それぞれ異なりますが、漁場はすべてこの南千島並びに色丹島、歯舞諸島の周辺水域になつておるのであります。この漁場べの関係はどうかと言いますと、その海図を御覧になればよくわかつて頂けることでありますが、すでに三海里であるとか十二海里であるとかのこの領海の問題では解決されないように考えるのでありまして、国後島及び歯舞諸島から根室の海岸に向いまして仮に十二海里を測るならば、殆んどが根室の陸上になつてしまう。距岸三海里の漁場におきましては、先ほど申上げました漁業の種類の何一つとしてこれは成立つものはないのであります。この狭隘な水域に国境の悲劇を繰返しながら、根室地方の沿岸漁業者は八年に亘つて操業を続けて来ておるのでございます。ここに我々沿岸漁業者がみずからの生活を維持するためにあえて危険を冒して一寸づりに沖合に出漁して漁業しなければならないという、切実なこの現実を是非とも御理解を頂かなければならないのでありまして、この解決は何と言いましても、国と国との話合いによるほかはないことと我々は身を以て体験をいたしておるのであります。一例を申上げまするならば、昨年の秋のほたて漁業におきましても約四十隻が出漁いたしておる。地先の漁業では一日に僅かに殻付で以て八十貫乃至百貫までしか漁がないのであります。その現場から約十五分乃至二十分沖合に出ますれば、短時間で千貫の漁獲を上げることができるのであります。この十五分乃至二十分の沖合に出るこのこと自体が問題なのであります。先ほど申上げました貝殻島につきましては、戦前におきましても約四万石のこんぶを採取しておりました。併しながらこのこんぶの豊富な貝殻島から千七百米の距離にすら我々は行けないのであります。併しながら遂に昨年は一隻行き、二隻行き、最後は約七十隻の船がそこに集まりまして、短時日の間に三千石のこんぶを採取いたしたのであります。これらの漁業者の漁獲は勿論、それに連なりますところの各水産物の取扱業者、加工業者共にこれらによりまして愁眉を開いたのであります。これらは一に昨年秋におきまするソヴイエトの監視船の極めて緩やかな行動によつたことと、現地の漁民が出漁しなければどうにもならんという現実に即した成果でありました。 いよいよ本年も我々の地方は解氷期になりまして、再び漁業が繰返されて行くのでありますが、果して本年も拿捕されないで済むかどうか、拿捕されるとも拿捕されないとも現地の漁業者に対しては何らの保障も得られないのでありまして、今年も又運を天に任せて出漁するほかないのであります。ここに我々根室沿岸漁業者の限りない苦難が続くのでありまして、先ほど申上げました通りに、すでに不幸にして四隻の拿捕を生じたことは、我々漁業者といたしまして、前途に不安を感ずるのであります。根室の太平洋岸におきまして、比較的沖合で危険の少い漁業でありますところの鮭鱒流網及びさんまにつきましても、根室は御承知のように濃霧がかかりまして、沖合から帰港の際には針路を誤つて根室半島から外れてしまう。そうして拿捕されてしまう。そうして機関に故障を起して漂流して拿捕されてしまう。これらの船が毎年十数隻を数えるのでありまして、更に現地におきまして最も悲しむべきことは、濃霧や時化のためにすぐ目の前にあります歯舞諸島の岩礁に坐礁して、我々が目の先に見ながら救助に行くことができない、又出漁して何日も帰港しない場合、僚船の確認でもない限りは遭難か拿捕か不明でありまして、たとえそれらの漁場の関係から百パーセント拿捕であるということが我我にはわかつておりましても、我々には何らのなすべき術もないのでありまして、果していつ帰つて来るのか、明日帰るのか一年後に帰るのか、或いは十年後に帰るのかわからないのでございます。その結果家族の生活と不安というものは想像に余りあるのでありまして、私は今ここで言葉を以て表現することはできないのであります。毎日海を眺めて待ち佗びる家族の生活を是非御想像願いたいと思います。これらに対しましても現地の漁民といたしましては、何で拿捕されたのか、乗組員は元気であるのか、病気はしていないか、死んではいないか、こういう安否についても何らかの方法によつて連絡をして漁民に安心を与えてもらうように、政府として是非方法をとつて頂きたい、これが切なる願いの一つであります。 南のほうの拿捕船につきましては、いろいろと家族の保護とか漁船の建造等につきましても施策が行われておるやに我々聞いております。北のこの我々の地方の拿捕船につきましては、未だ何らの措置も講ぜられておらないのでありまして、我々北の漁業者のみが何が故にこのように苦しみのままに放置されなければならないのかということにつきましては、誠に遺憾に存じておるのであります。御承知のように、根室の漁船は内地の漁船と異なりまして、動力船でありましても平均トン数が十トン弱でございます。このような小規模な沿岸漁業者が殆んどでありまして、従いまして最も近距離で、最も資源の豊富でありますところの国後、歯舞、色丹の周辺の漁場によらなければ到底その生活が立つて行かないのであります。更にこれらの水産を通じまして経済を維持しておりますところの根室住民にとりましても、この漁場の解決こそが唯一の念願なのでありまして、根室地方の特異の水域と、その中に生活いたてしおりまする沿岸漁業者の現状を御理解願いまして、我々沿岸漁業者が拿捕のない明かるい安全な生業として漁業が行われるように、又現実に拿捕された船につきましては、早期に返還してもらい、その安否を又すぐ知らしてもらうというような、現実に即したところの施策を是非とつて頂きたい、これが根室地方沿岸におります我々沿岸漁業者の久しく続けて参りました念願なのでございます。どうかその点を十分御考慮願いたいと思います。 一応状況を申上げました。
○委員長(森崎隆君) それでは、只今の松浦君からの陳情につきまして、質疑に入りたいと思います。参考人並びに政府に対して質疑がございましたら、この際御発言願います。なお、政府委員といたしましては清井水産庁長官、海上保安庁砂本警備救難部長、外務省の欧米局の寺岡参事官が見えておりますので、順次御発言を願います。
○木下源吾君 この請願、陳情でありますが、これは漁業と関連してもう一つ国後島の木材についても貿易と言いますか、何かそういうことの希望を持つておるように聞いておりますが、その点についてはどうか、それについて国後の木材の状況等を一つと、もう一つは根室地方の今やつておる漁業者の中で千島方面からの帰還者、そういう人たちはどういう状況になつておるか、そういう点についても一つわかるだけ知らせて頂きたい。
○参考人(松浦義信君) 申上げます。第一番の木材の点につきましては、国後島におきましては、戦前毎年三十万石に亘ります、とど、えぞ松が根室に搬出されておりました。現在根室地方の木材の状況を言いますと、遠く阿寒、北見の原木を入れておりまして、非常に不足いたしております。根室の木材業者といたしまして、昨年は何とかこの国後の木材を昔のように毎年四、五万石是非入れるようにしたいという考え方が非常に高まつて参りまして、現在根室地方の木材業者が寄り寄り相談いたしまして、現在北洋材の輸入を全国的の問題として取上げておりますので、根室地方の人たちもこれに連繋いたしまして、是非ともこの木材の輸入を実現させてもらいたい、こういうふうに運動を続けておるのでございます。 それから二つ目の千島諸島の引揚者につきましては、終戦直後引揚げたというよりも、みずからの漁船に乗つて逃げて来たという漁業者が大半でございまして、船も人の船に便乗したり、或いは漁具などを全部放置して身柄だけで逃げて参りまして、それぞれ根室沿岸の知己を頼りまして落着いたのでございます。これらに対しましても、あの当時の波乱状態でありまして、何一つとして援助は受けられず、それぞれ同胞の力添えによつて細々ながら漁業を営んで来ております。更に船のない者、或いは同僚の船に乗遅れた人々は、樺太或いはシベリアを廻りまして、三、四年後にぼつぼつと引揚げて参つておりまして、現在島には我々の同胞はおらんようでございます。これらの戸数は、大体全部で二千五百戸ぐらいの戸数が引揚げて来ておりまして、その大半がこの根室沿岸の知己を頼つて現在生業しております。これらの多くの人は、本当の無動力船でこんぶを取るとか、或いはほたてを取るとかいう漁業を営んでおる人が多いのでございます。大きな動力船で沖合に出ている漁業者も一部ありますけれども、それは極く少数なのでございます。その点お答えに換える次第でございます。
○木下源吾君 去年こんぶとそれからほたてを沖合に取りに行つて、一方は又貝殻・島方面に行つて採取したということなんですが、これについての事情をわかつている限り一つ話して頂きたい。
○参考人(松浦義信君) 先ず最初に貝殻島のこんぶを採取した状況について申上げます。歯舞村の沿岸は昔からこんぶ漁業者が大半でございまして、この歯舞村の漁業協同組合は全国にも優秀な歴史を持つた漁業組合でございます。こんぶ採取業は普通大体七月の十日頃から採取いたしますが、最初はやはり危険水域には行きません。皆それぞれの前浜で漁業が続けられておるのでございますが、それらはやはり秋近くなりますというと、殆んど取り尽してしまうわけでございまして、これらのこんぶ漁業者は多く歯舞諸島の、その地図にあります向いの貝殻島、水晶、秋勇留、勇留、多楽、トド、志発、これらの地帯でこんぶを長年やつて来た人たちばかりでありまして、その島のどこの浜にはどんな石ころがあるかまでよく知つており、他国のような感じは業者は全然抱いておらないのでございます。従いまして、地先のこんぶがなくなりますというと、何とかしてあすこのこんぶは物凄く生えているだろうけれども、是非取りたいものだということは、これは人情として起ることは当然だと思うのです。先ずその貝殻島の手前のほうのいわゆるノサツプ側の一番近い所に先ず一艘か二艘の船が非常な決心をしてこんぶを取りに行つた。ところが、無事に監視船も出て来なくてそのこんぶ取りが成功した。それでその次の日には、じやあおれも行こうと又一艘出て行く、向うからは何も監視船が出て来ないという状況で、毎日船数が殖えまして、先ほど申上げましたように、遂には七十隻からの船が蟻がたかつたようにその内側で採取したのでございます。昨年こういう事件がその当時起きまして、それは水晶島のほうからソヴイエトの監視船が出て参りました。最初は出て参りましても、中間まで来て戻つて行つたりしておりましたところが、或る日ずつと貝殻島のほうに寄つて来て、そこでこんぶを取つておつた船は一斉にノサツプ岬のほうに向けて逃げたわけです。そのとき或る一艘の船が機関に故障を起しまして逃げるに間に合わない。そこでその側におつた僚船に乗移つて船を放棄して来たと、こういうことがございまして、その放棄した船はソ連の監視船が曳航して帰つて行つた。ところがその船が、秋になりまして、鮫の漁船が拿捕されたときに、それを返してよこす際にその無人の漁船を曳航して無事根室に返してよこしたと、こういう事件も昨年は起きておるわけであります。そういうような状況で、この僅か十五日ぐらいだつたと思いますが、その間にやはり先ほど申上げましただけのこんぶが採取されたわけでございます。 それから次はほたての漁業の状況でございますが、これは海図を御覧になるとわかりますように、国後の一番南に計羅武夷の岬がございまして、この計羅武夷の岬を中心にして、計羅武夷の沖合とそれから国後の東海岸の東沸に行きますこの地帯が昔からほたての名産地でございまして、従いまして、そこに行きますと、先ほど申上げましたように、非常なる資源があるのでございますが、現在は行けないのでございまして、そのために計羅武夷の岬からノサツプを結ぶ線から以南に操業いたしておりますと、大体安全なのでございますが、先ほども申しました通り、その地帯におきましては、すでにほたてがいないのでございまして、これも一隻行き大漁して来ると、無事に監視船が来なかつたということから、やはり二隻、三隻と一寸ずりに沖へ出まして、遂に三、四十杯の船がここで漁獲をした。更に又、根室半島ノサツプのほうの水晶の島のすぐ北のほうにもほたてがおるのでございまして、やはりその辺も従来よりは少しく北のほうに出まして、昨年はほたてを漁したわけでございます。以上お答え申上げます。
○木下源吾君 本年はいつ頃から……、この間の捕つたというのほかに漁ですか、それはいつ頃から始めてやつておるのか。そうして今三艘、四艘捕つたというのだが、現在もやつておるのか。どのくらいの隻数が行つておるのか。
○参考人(松浦義信君) かにの漁業は三月の十五日から許可になつておりまして、十五日に約七、八艘の船が出漁いたしまして、再後殖えまして、私がこちらへ参ります頃には約十二隻の船が出漁しております。この漁場につきましては、大体かにの現場といたしましては、この歯舞諸島、色丹の太平洋側と、歯舞諸島、色丹と国後の間、これがかにの漁場なのでありまして、昔からこの歯舞諸島、色丹島、国後島の中間が最も優秀なかにの漁場になつております。それで現在出ておる船も、太平洋岸の多楽島、志発島、勇留島、この沖合に出ておる船と、それから国後の計羅武夷の岬から大体水晶を結ぶ線からやや中に入つた地点に出ておる船と両方あるようでございまして、拿捕された船は、その水晶と計羅武夷の岬から中に入つていた船が拿捕されたように新聞でも発表されております。その漁場の地点につきましては、恐らく海上保安庁のほうには御報告になつておると思いますが、私こちらへ出て来ました関係上、正確な拿捕された位置がわかつておりません。現在なおこのかに船は出ておりまして、その後私は拿捕されたということを聞いておりません。以上お答え申上げます。
○木下源吾君 どのくらい収獲をしておるのですか。
○参考人(松浦義信君) 最初は大体反当二十五尾から三十尾の漁獲でございまして、一日に一艘の船で最高が四千貫、二千貫から四千貫揚げたということを私は聞いておりました。すでに拿捕される頃までに三カ工場で一千箱のかに罐を製造したというふうに私はこちらへ来てから聞いております。
○木下源吾君 昨年この地方で油槽船、タンカーが漂流して、それを返したということを聞いておりますが、それについてはどういうような方法で返したか、知つておることを一つ言つてみて下さい。
○参考人(松浦義信君) 申上げます。日時につきましては、私今正確に記憶いたしておりません。昨年のたしか九月頃だと思いますが、時化のために国後のほうから、繋船のチエンが切れまして、約三十トン型の無人の油槽船が根室のオホーツク海の中間にあります野付岬に漂流したのでございまして、これは砂浜に漂流したまま放置されておりまして、だんだん日時がたちましてから、根室地方の漁業者の間には、ああいう流れて来たものはやはり返してやるべきでないか、これは国境地帯の緊張を緩和させ、根室地方の沿岸漁業者が安全にあそこで操業するためにも、これは是非返してやるべきではないか。先ほど申上げましたこんぶ無人船を返して頂いた、こういう点につきましても、現地の漁業者は単純にこれに感謝の念を持つております。漁師としましては、こういう海難のものに対しては即座にこれは返すべきである、こういう声が非常に高まつて参つたのでございます。そうしてこれを返すべきであるということを政府に対しても要望しなければならんということで、私どもが中心になりまして、政府に陳情して参つたのでございます。現地の漁民といたしましても、最初は簡単にただそんなものは引つ張つて行けばいいじやないか、そんなに面倒であれば南の風の吹いているときに放してやれば向うに着くじやないか、それでも返せるじやないかというようなことまで現地の漁業者は考えておつたのでございます。当時外務省は、国交が調整されていないので返されない、これを公売にするということを新聞にも発表されておりまして、現地といたしましても非常に驚いたのでございましてそういうことをされては現地としても非常に困る、何とかこれを返してもらいたい、この陳情を続けまして、漸くこれが海上保安庁の手によつて返されることになりました。現地の漁民といたしましては非常に喜んだ次第でございまして、これは何と言いましても海上保安庁から現地のソヴイエトに対しまして、この油槽船を返す交渉が開かれたということに対しましては、私ども漁業者が何よりも心強さを感じたのであります。このタンカーを返還するその日におきましても、両者が非常に友好的な話合いによつて円満にこれが引渡されたというふうに我々も聞きまして、現地では政府のこういつた行為に対しまして非常に感謝をされておるのでございます。以上お答えいたします。
○木下源吾君 今の政府が行為をしたというのだが、どういうような行為をやつたのですか。
○参考人(松浦義信君) 今まで我々が遭難或いは拿捕につきましても、いろいろ政府にこの安否についてのお願いをして参つて来ておりますが、政府としては国交が調整されておらないからどうもしようがないということでございました。併しながら、このタンカーの返還に際しましては、先ず海上保安庁の無電によつて相手を呼出しまして、そうしてこの返還についてのいろいろな打合せをいたしておりまして、そうしてこの引渡しの位置その他日時についても、その交渉の結果これは成立したのであります。同時にその引渡しの際におきましても、将来においてのいろいろな海難に関する協力方を話合つたときに、向うも極めてそれに対して快く協力方を答えたというふうに我々は聞いておりまして、こういう政府のとられた処置に対しては、我々は感謝しておる次第なんでございます。
○木下源吾君 まあ出れば捕まるのだから、こちらでは、当然日本の官憲のほうでは、いろいろ注意やら、或いは又取締りというか、そういうようなことがなされておるのであろうが、その状況についてちよつと聞きたいのですがね。
○参考人(松浦義信君) 申上げます。私も漁業を営んでおりまして、幸いにして私の船は未だ拿捕されたことがないのでございますが、今まで拿捕されなくても、洋上で十分乃至十五分取調べを受けてすぐ釈放された船につきましても、帰港いたしますれば、直ちに乗組員は全部一応取調べを受けております。これは大体先ほど申上げましたように、こういう近い水域でございますので、ノサツプ岬の燈台から、ここには警備関係の観測所もございますが、ここから望遠鏡で見ておりますと、濃霧のない日には相当遠くまで見えるわけでございます。従いまして、どういう船がいつどこで捕つたかということは、濃霧のない限りは見えるわけでございます。従いまして、その船が当然夕方帰港すべきところを帰港しないということになると、大体照し合せて何丸ではないかということが出て来るわけであります。その船が帰つて参りまするというと、先ず海上保安庁のほうの関係、それから警察の警備係の関係、それからもう一つはCICの関係と、この三つに亘つて取調べを受けて、更に野付半島羅臼方面で拿捕された場合も、一応やはり漁夫は根室に海上保安庁の船で連れて来られまして、ここでやはり一日二日の取締べを受けると、こういうような状況に相成つております。
○木下源吾君 取調べを受けるのではなく、事前に注意をどういうふうにしておるか、取締りをしておるのか、その点を聞きたい。
○参考人(松浦義信君) 事前の注意に対しましては、現地の海上保安庁のかたがたは非常にこの状況を御理解下さつておりまして、我々としては、行くなということも言われないし、そうかといつて行けども言われない。とにかく事故のないように気を付けて漁業をしてもらいたいというふうなことは本年も申されておるわけでございます。
○木下源吾君 それは具体的には沿岸何浬とか、北緯何度とかいうようなことを示さない、そういうむずかしいことは示さないだろうと思うのですが、大体どの附近から先へ行つてはいけないのだというようなことも何もそういうことま具体的にはないのですか。
○参考人(松浦義信君) そういう点は具体的にはありません。
○木下源吾君 参考人が今ここに来ておられるが、根室地方平和推進経済復興同盟、この組織の実態、参考人はその代表者であるというようなことであるが、この組織の実態、そうしていつ頃からこういう組織ができて、その主たる具体的目的は何であるか、それを聞きたい。
○参考人(松浦義信君) 申上げます。御承知のように根室地方におきましては、終戦後この歯舞離島、色丹の領土の返還ということを主体にしまして、歯舞諸島返還懇請委員会というものが組織されました。これは先ほど申上げましたように、元から我々の村であり、我々の島であつたので、これは侵略によつたものでない、是非これは返してもらわなければならん、こういう国民感情からこの運動が起きて参つたのでございます。ところがこれらが根室地方の運動であり、更に北海道の全道の運動に展開されまして、北海道の附属島嶼ということに運動が発展いたしました。ところが今日それも依然として続けられて来ておりますが、現地の漁民の、或いは住民の意思とぴつたりしない運動に変つて来ております。それはなぜかと言いますと、先ず第一に八年間も島を返してくれという運動を続けても、これはだんだんこういう情勢になつて参りますと、いつこれは返つて来るのかもわからんじやないか、ただ返る島を当にしてこそこそ漁業しておつても、勢い我々の生活自体というものが維持できないじやないか、こういうことが現地の住民の気持なんでございまして、ここに我々はいろいろな角度からこれを検討いたしまして、何と言つてもとにかくこの島の漁場を使わせてもらつて、この豊富な資源を安全に取れるようなことを我々は先ず第一番に取上げなければ、この根室地方の漁民は死んでしまうというところから、いろいろと漁業者並びに一般住民の中からこの問題を真剣に考えるようになつて来ました。更に又こういう国境地帯でありますので、夜はサーチライトが向うの島から照されて来ます。空にはジエツト機が飛んでおります。こういうようなことが国境の地帯におきましては非常に住民の神経を昂ぶらせるのでございまして、我々はここに根室に生きるからには、殊にこの国境地帯に生きるからには、我々は平和であつてもらいたい、これは理窟抜きで平和であつてもらわなければならんと、この国境の住民は思うのでございます。こういう意味からいろいろと検討しまし、てここに根室地方平和推進経済復興同盟という組織が生れたのでございまして、この組織の構成は根室管内の各漁業者、それから一般住民、現在会員が約二千二百名になつております。歯舞村の漁業者は全戸数が我々の会員になつておりまして、我々の構成するメンバーは超党派的でございます。自由党の関係の人も大勢ございまして、今ここに私と一緒に参つております内野副会長も根室の自由党の有力な人でございまして、各政党政派にこだわりなく、この国境地帯は平和でなければ我々の生存が維持されない、こういう複雑な水域におきましては、隣との友好がなくして我々の生活権が確保されない。この現実の上に立つてこれを解決しようとして、この同盟というものが発足したのでございます。 これが昨年の八月に結成されまして、これをどういう形にして、どういうふうにしてこれを進めて行くかということに対しましては、我々は約四カ月の間検討に検討を重ねておるのでございます。とかく我々の同盟に対して思想的に云々ということが新聞等にも見えますけれども、これは我々の実態を知らない人の言うことでございます。そうして我々の結成しました同盟は、先ず第一番にこの根室地方の水域におきます漁業の安全操業が先ず第一でございます。第二番目には、日中、日ソの貿易を促進する、この貿易の関係がなぜ出て参りましたかというと、先ほど申上げましたように、先ずこういう木材の関係とか、更に根室は戦前におきましては特産のこんぶが直接上海にこの根室港から積出されておりまして、当時の対支貿易は非常に盛んでございました。これらが根室を発達さした大きな力なんでございまして、現在の根室地方の約四万石の生産されるこんぶにつきましても、どうしても中国に輸出しなければ、根室のこんぶ業者はやはり経済が持つて行けないのでございまして、今年約二万五千石のこんぶが海外に出なければ、こんぶの価格そのものが維持されないというような現状になつておりまして、従つてここにソヴイエト並びに中共への貿易ということがやはり根室の住民の生きる逆なんでございまして、この二つを重点に取上げまして、この同盟が進んで参つておるわけでございます。
○木下源吾君 参考人が衆議院の水産委員会において、水産委員の一人が今度かにの漁船が拿捕されたのは、ソ連のかに網を盗んだから拿捕されたのだというようなことを委員会で言つておるということを聞いておるのですが、この点についてと、それから又同時に衆議院の水産委員会の委員が、根室の漁民は困つておると言つておるが、代替の漁場がほかにたくさんあるではないか、こういうことを言つておる。そのことについてどういうような状況であつたのか、一つそれを聞かしてもらいたい。 最後に、この附近の住民、多数の住民の対岸のソ連に対する感情、又アメリカに対する考え方、そういうことを一つお聞きしたいのです。それで私は参考人に対する質問を終りとします。
○参考人(松浦義信君) 最初の衆議院の水産常任委員会のことでございますが、当時私参考人として出ておりまして、只今御質問のその問題につきます発言は、私どものほうの地区から出ております松田鐵藏代議士の発言でございました。私はそのことの発言によりまして、私自身漁業者であり、根室の沿岸漁業者の名誉のために、私は申上げたく存じましたが、何分こういうことに不馴れなものでございまして、これに対する発言の機を失しましたことを私非常に遺憾に堪えなく存じておる次第でございます。私どもの選挙区から出ております松田鐵藏代議士においてかかる認識不足であるということ、これが我々根室地方の漁民が長年において苦しみを続けて来たというこの原因の大きな一つではないかというふうに私は痛感をさせられました。 先ずそのかに網を盗んだためにソ連に拿捕された、私は根室のこの沿岸の漁業については少くとも松田鐵藏代議士よりよく知つております。松田代議士は底曳こそ詳しいかも知れませんが、この沿岸漁業については私より知らない。私の知つておる範囲内におきましては、こういう事実は全くございません。私は根室の沿岸の漁業者の名誉にかけて、このことははつきり申上げておきたいと思います。 それから代替の漁場がある、こういうことでございますが、この地図を御覧になればわかりますように、根室の海岸線は約七十里ございまして、知床の端からノサツプをぐるつと廻りまして七十里ございます。そのうち約五十五里というものが千島に向いたオホーツクの海面に面しておりまして、約ここに三千の漁業者がおりまして、先ほど申上げましたように、零細なこの僅か十トン弱平均くらいの漁船より持たない零細な漁業者は、この五十五里の海岸線の中に七つの漁業協同組合がございますが、この七つの漁業協同組合に属するこの沿岸漁業者がどうして太平洋遥か沖合に出て漁業ができましようか、この一事だけでもおわかりになるのではないかと私は思うのでございます。 それから先ほど、かに網を盗んだために拿捕されたと申しておりますが、つい最近に拿捕されました四隻の漁船につきましても、そのうちの大きな二隻というものは松田代議士の政治的な繋りの極めて深い根室の有力者の船であるということを御記憶願いたいと思います。最近の太平洋の沖合において比較的ソ連との関係のないところの漁業として営まれておりますさけ、ますの漁業にいたしましても、すでに許可隻数は制限されておりまして、この沿岸の零細な漁業者がこの許可をもらつてもすでにできない状態であります。更に又三トンや十トンの船でさけ、ますの遥か沖合の漁業ができるでしようか。これらの大型船に切替える資金的な面が仮にできたといたしましても、現在増トンの問題で、十トンの船を二十トンの船に乗替えて漁業をやるということはすでにできないことになつております。こういう現実から見て、この沿岸漁業者がどうしてこの太平洋の沖合に代替漁場として出られますか。沿岸漁業者はやはり小さいなりに地先の漁業を続けるよりほかにないのであります。その点は松田代議士の極めて認識不足によるものと私は思うのでございます。
○木下源吾君 あとのソ連に対する感情、アメリカに対する考え方は。
○参考人(松浦義信君) その感情の点について申上げます。根室の地方の業者といたしましては、先ほど来縷々申上げておりますように、自分らの生活を維持して行く上におきましては、どうしても善隣友好でなければならん。こういう考え方の上に立つておりますので、これは理窟抜きにして、相手のソヴイエト側の島に対しましては決して悪い感情は持つておりません。 それから半面アメリカに対しましては、特別反米的な考え方というわけではございませんが、努めてこの国境地帯にソヴイエト側を刺戟するようなことはやらないでもらいたい。我々は国境地帯として飽くまでも平和に生活をしたい、平和な漁業がしたい、こういうことで努めて軍事施設であるとか何とかそういう向いの島を刺戟するようなことは、この根室の地帯ではしてもらいたくないということが率直な根室の住民の気持でございます。 以上お答え申上げます。
○木下源吾君 それでは私は参考人はこれでよろしゆうございます。 引続いて政府委員に伺います。これはどなたからでもいいですが、今参考人の陳述のうちで、昨年漂流して来たタンカーを返還するに当つての交渉の中で、海難等の処理についても非常に連絡をしてやればできるような陳述があつたようですが、その点については片方は想像のようですが、事実はどういうことになつておりますか、それをお尋ねしたい。今度のつまり向うへ拿捕されたという場合でも、そういうことがこの前やつたように無線で何か話というか、そういうことがやればできるのじやないかというふうに考えられるのです。
○説明員(砂本周一君) 油槽船の返還の件でございますが、これは御承知のようにはつきりした対象を、相手には何らの連絡はできない状態でございます。先ほど参考人のお話のように、地元の御要望もございましたし、それからそういうふうに漂流いたしました船の処理につきましては私どもの業務にも関係いたしますので、若し所有者がわかつておれば当然それに連絡をつけて適当に措置をしなければならないのであります。それで今申しましたように、これは相手のわからない関係でございますが、地元の要望もよくわかりますので、又いつまでも放置するわけにも行かない、そういうことで先ほどもお話のあつた程度の連絡をしたわけでございますが、たまたまこれはそれが意思が通じたと申しましようか、確かに引渡すチヤンスがありまして、これは無事に終了したわけでございます。偶然と申しますか、全然場所がわかりません。 それから海難関係でございますが、これは私どもも常に拿捕か海難かは、事件が起きればその両面を検討するわけでありまして、これがはつきりすることは私らの公務遂行上にも非常に大切なわけでございます。併し今申しましたように、交渉の相手もわかりませんし、曾つての当委員会におきましても何らか放送でやつたらどうかということで、その趣旨に従つて努力はしておりますが、何ら効果もございませんし、又はつきりした措置も海上保安庁の仕事の内容におきましてはできないわけでございます。引続き努力はしておりますが、何ら反響も、ございません。
○木下源吾君 その努力というのは、やはりこの前やつたように、海難か拿捕かそれはわからんとしても、日本の船はこういうように行つて帰つて来ない、それで皆不安を感じておる、何かそれについて事実があつたらば一つ聞きたい、知りたい、これはソヴイエトでもあなたの立場でもよろしいが、そういうようなことを放送か何かできないのですか。無線か何かでそういうことをおやりになつたんですか。
○説明員(砂本周一君) これはいろいる制約もございますが、ただ非常に狭義な技術上の範囲で試みることは、本当に今申しました技術上の観点におきましてやつてみたといたしましても、反響がないのであります。
○木下源吾君 やつたことがあるかという、今回の場合に。稚内でもこの前海馬島で拿捕されているし、拿捕されたか海難かわからない。今参考人の言うように根室にも新聞に出ており、私らも新聞で見た。それでやつたかどうか、まだあなたのほうでお調べになつておらんか、現地を……。どつちかな。
○説明員(砂本周一君) 連絡はとつておりますが、全然反響がないということであります。
○木下源吾君 連絡をとつておることは事実ですか。相手方が誰であろうと、こういう船が見えなくなつたからと……。
○説明員(砂本周一君) 海難、遭難がありますと、これは必ずほかの場合もやるのでございます。そして拿捕関係に限らず、すぐ各船舶にわかりますように海難の通報はいたしまして、ソ連関係におきましても連絡はとつてありますから、入港船その他から情報をとつております。その意味におきましては、これは海難であるかどうかということについて、その知れる範囲を電報の内容にいたしまして、どこでもとれるように放送いたしております。そういう意味であります。それはやつております。
○木下源吾君 普遍的でなくて、今度の場合特にやつたかということを聞いておる。若しやつてなけりやあなた方をどうこう言うのじやない。やつておらんきやできる可能なことをやつてもらいたいから言つておるわけです。
○説明員(砂本周一君) 今申しましたように普遍的以外には、相手の対象がわかりませんから、それ以外は方法はないのでございます。
○木下源吾君 やつたかやらないか。
○説明員(砂本周一君) それはやつております。普遍的な意味におきまして、それを傍受しておればわかるわけでございますが、これは一般船舶に対しまして海難のありますときには他のケースにもやるわけであります。
○木下源吾君 そうすると、今度の場合はかに漁船だということを明らかにして、何トンの船が帰つて来ないと、こういうようにしておやりになつたかどうか。
○説明員(砂本周一君) まだその船の、このたびのケースをどういうふうな内容で放送いたしましたか、これは的確には調べておりません。併し当然の業務といたしまして、そういう場合にやつておるはずであります。それから又私のほうもそういう場合には十分手を尽すようには指示しておりますので……。
○木下源吾君 そこなんだ、あなたはやつておると思つておるだけだろうと思う。或いはやつていないかもわからん、そのほうでは。それですからやつておらなければやつてもらうように、それで私は今お聞きしておるので、恐らくやつておれば何らかの反響があると思うのです、それは。まあそれはあなたが御答弁なさつたように一つやつてもらうということでよろしいです。それはやることはできるんですね。
○説明員(砂本周一君) はあ。
○木下源吾君 それでは次に、これは外務省に一つお願いしたいと思いますが、外務省には実は…
○委員長(森崎隆君) ちよつと木下さん待つて下さい。今本会議が始まつたんですが、普通本会議があります場合には委員会を中止することになつておりますので、この案件だけ早く済ませまして、一応向うへ参りたいと思いますから、それでは一つ短時間で……。
○木下源吾君 貿易関係ですね、木材関係、今国後には私ども聞き及んでおるんでは欝蒼たる森林がある、こういうわけです。而も対岸の根室地方は一本も木がないくらい伐つてしまつて不毛なんです。こういう目と鼻の間で向うは欝蒼たる森林であるし、こちらは皆爆撃で焼かれてしまつておるいろいろな関係からその木が欲しいと、こういうわけなんです。大きく言えば沿海州も同じことです。日本の木材というものは非常に少い。パルプにしろ坑木にしろ建築材にしろ少い。三十年でなくなるだろう。一方アリメカのほうから入つておる木もありましよう、百万石くらい。或いは南洋からも六、七百万から入つておるはずであります、従来。今ソヴイエト関係に新たに関係したところも先ほど参考人が言う通り、対岸の沿海州方面からは日本に入つておると思うのですが、こういう関係で、日本としては今非常にこれらとの貿易を望んでおるものが殆んど国民の大多数であります。でありますから、何とかしてこれをやることができるような方法を一生懸命国民が探究しておる、こういう実情にあるのです。そこで貿易ですが、外務省は、政府はソ連とは国交が回復しておらんというか、講和をやつておらんから一切そういうことは政府は知らんというような態度をずつと続けておる。併しながら又一面外務大臣は昨年の国会においての答弁では、個々の問題については、個々のいろいろの話合いはやる、こういうような意味の発言もしておるわけです。外務大臣としては、個々に解決する努力をするということを言つておるわけなんです。従つてそれは今までも外務省はやつておられると、私は政府はやつておられると思うのです。ここで今国民が要望しておる対ソ貿易、只今の参考人の話は、目の前の国後島の森林のことを言つておるんですが、これを契機として私はお尋ねする、一般的な問題です。これについて政府は進んで国民の要望を実現させるというような考えがあるかどうか、そうして具体的な何かを進めておる事実があるかどうか、それからこういう木材は向うから欲しいのであるが、我が国でソ連に対しての関係で過去におけるどういう貿易関係を推進して来られておるか、実際にやつたか、政府がこれに許可を与えてやつた面だけでもよろしいし、そういうことについておわかりになるかどうかわからんが、そういうことを聞きたいというので今日来てもらつたわけではなかろうが、おわかりになる程度でお話を願いたいと思うのであります。と申しますのはドルはもうない、日本には殆んど外貨はない、新聞にある通り。なお併し貿易をしなければならないし、物価を安くしなければいかんということになれば、隣国のこの安い原料を入れること、そうして又相手方の非常に今まででも造船などを、修理などをやつておりますね。向島とか或いはそういう方面でやつておる。相手方は大変ウラジオ等に五十数隻の修理したい船を持つている。又日立造船とは本年二十五億ぐらいの仮契約を、造船契約をしておる、いろいろ聞いておるのでありますが、向うのほうからは安いものが比較的安く取れるし、向うへつまりそういう仕事をしてやれば、日本の造船能力というものが過剰であり、ますますこれからも過剰になるという前途を持つておるのであるから、これを動かすことができる。同時にこれは造船労働者の問題でもあるし、一般日本の景気にも関連する、こういう考えを持つておるので、いろいろ講和だとかいろいろそういう問題を離れて、経済的な問題として重要だと私ども思うので、たまたま今根室地方のこういう陳情要請があるこの機会に、一つ全体の問題を先ずお聞きしたい、こういうように考えておるわけです。
○政府委員(寺岡洪平君) ではお答えいたします。私は政務のほうの関係でございますので、経済のほうは担当しておりませんのですが、併し現在日ソ間には、昨年はソ連の船を修理する代金といたしまして石炭を入れたということを承知いたしております。その船の修理も二隻の船が大体修理が済みまして大体出航いたしましたが、更に今新らしく二隻の船が入つて来て修理にかかつております。
○木下源吾君 どこで……。
○政府委員(寺岡洪平君) 笠戸と向島造船所でやつておりますが、要するにソ連との関係は先ほどもお話がございましたように、国交が回復しておりませんので、従つて政府の立場といたしましては、経済的の必要というものの見地から具体的な通商乃至は取引の契約について、これを実現するように便宜を図つておるという程度に今もやつております。そこで木下委員からも御説明がありましたように、ソ連側には非常にたくさんの老朽な船があつて現在修理を必要とする。従つてその修理代金といたしまして木材、石炭、石油その他のものと交換する契約が進捗しておるということも承知いたしております。併し先般来衆議院のほうでいろいろ御質問がございまして、この契約は相当分量が大きくなり、非常に大部なものになりますので、ソ連側といたしましては、ソ連人の専門家をこちらに入国させなければ契約ができないということになつておりますので、それにつきましては、具体的な計画がはつきりすれば、その計画に基いてソ連人の入国も審査をして認めたいということを大臣からも……政務次官だつたかと思いますが、お答えしたと思います。併しながら現在までのところまだ、仮契約とおつしやいましたが、仮契約もまだできていないように私どもは承知いたしております。従つてまだ具体的な問題といたしましては提起されておらないと思います。
○木下源吾君 もう少し詳しく……あなたおわかりにならんだろうな、どのくらいの、つまり向うから修理或いは新造船を申込んでおる金額がどのくらいになるのか、又向うからはそれの代替として出すものはどういうものを先ず出してもいいというようなことが言われておるのか、そういうことが一つ聞きたい。
○政府委員(寺岡洪平君) 只今の御質問につきましては、実はいろいろな業者がございまして、それが実は競合しておるのが実情だと思つております。従いまして、これらの業者は元のソ連代表部を通じて契約を交渉しておる、或いは笠戸におりますソ連の係官を通じて契約を交渉しておつたりした事実がございますが、要するにまだ案の程度でございまして、何分にもソ連側の要求しておる船の修理の量が多いために、それの見返りとなります例えば木材とか、石油とか、或いは石炭、その他のものも非常に厖大なものになりますので、そうして日本側の商社は実は同じような筋で交渉しておりますために、私の承知しておりますところでは、まだ具体的にどれまでが或る商社に決定したというふうなことはまだ聞いておりません。従つて金額の点も私は承知いたしておりません。
○木下源吾君 そこで、おわかりにならん部分はよろしいですが、若し必要あれば入国を審査して認めたい、こういうお話ですが、これは何ですか、条件等が何か検討されておりますか。そうして入国した場合における行動の制約というか、或いは限度とか、そういうことを何か検討しておられるかどうか。
○政府委員(寺岡洪平君) これはつまり原則の例外でございまして従つて外務省といたしましては、その経済的の重要性から入国を研究したい。成るべくそれに便宜を図りたいということの方針がきまつております。従つて具体的の契約の内容とか、或いはそのためにどれだけの人が要るかというふうなことは、契約の内容によるものでありまして、これにつきましては通産省がこれについて意見を述べておる。それから監督つまり行動の自由とか、そういう点につきましては法務省の関係でございますので、法務省の御意見を参考にする、こういうところで大体の筋がきまつております。従いまして、具体的の問題につきましては、契約内容、例えば商社から聞くところによりますと、船の修理につきましては、造船技師がしよつちゆうついていなければならん、少くとも注文を発するときと注文が終つたときは立会わなければならん。或いは契約を結ぶためには造船技師ではなくて、違うもう少し権限の多い人が来なければならんとか、いろいろな条件がついておりますので、従つて具体的な計画が出て来ない限りは、それらのことにつきましてもはつきりした条件というものは出ないわけでございますので、私どものただ方針だけは決定しておるというところでございます。
○木下源吾君 この今の方針から行けば、根室地方の拿捕されたと考えられれば、交渉に行きたいというようなことを何して政府に申入れたならば、何らかそつちへ行くということは個人的にはまずいけれども、そういうことはできないと思うのだが、これは公にすれば、進んで発展すれば、向うとの交渉ができると、こういうことになるのだが、そういうように具体的にそれを何らかの方法で拿捕されたものがソ連側との交渉、そういうことのできる方法が何か講じられないかどうか、そういうことをお伺いします。
○政府委員(寺岡洪平君) 実は衆議院の水産委員会で、漁業全般の問題につきまして民間の代表をソ連に送る、それについて政府がこれを考慮しろという決議がございまして、私どもで調査いたしますところによりますと、過去におきましては、赤十字の関係ではその種の特殊の例外を認めてソ連行の旅券を出しましたし、又昨年は中共に対しまして経済使節団という意味で、これは院議の決定に基いて出て行つたものでございますが、そういうふうに例外的な意味で旅券を出したことがあります。従いまして外務省といたしましても、その原則に対する例外という意味では考慮する余地があると考えます。尤もその意味は今挙げましたように、中共への経済使節団とか、或いは赤十字というふうな特殊の目的を持つたものについて、これが日本の国の利益から見て非常に重大な意義を持つておるという趣旨から認めたものと思いますので、私どももそのラインで認めたいという趣旨でございます。
○木下源吾君 お話を聞いておれば、船を修理するときには向うから技術員の者、そういう者がこちらはまあ入れる、入つて来ることを考慮しておるとこういうことになるのです。根室の者が向うとの話合いで国後のここで一つかにを製造する、かにをここで取つて製造するというようなことも同じケースだと思うのです。そういう場合に向うがよろしいと、こういうことになれば、日本政府はこれに対して現在の状態において可能であるかどうかということを一つ……。
○政府委員(寺岡洪平君) 御質問の趣旨ははつきりわかりませんが、船の拿捕の問題につきましては、私どもの見解ではソ連は常に十二海里説をとつております。それにつきまして我がほうは…海里説をとつております。従つて三海里の外であれば一応抗議し得る段階にございますが、併し他国の例におきましても、例えば一九五〇年だつたと思いますが、デンマーク、スエーデンの船がバルト海でソ連の船につかまつたというケースがございますが、この場合は十二海里の中でつかまつたのでございますが、両国の抗議に対しましてはソ連は全然受付けない、漁業法の規則によつて十二海里の中では外国人の漁業を許さない。全然受付けない。それから国際司法裁判所に提訴する問題につきましても、ソ連は全然これを受付けませんで、デンマークもスエーデンも泣寝入りになつたケースがございます。従つて国交のある国ですらこういう状況でございますから、現在拿捕された船舶につきまして交渉するということは、国交もない今日、第三国を通ずるよりいたし方がない現状でございますので、そういうふうな交渉は実は私どものほうは無駄であるというふうに考えております。
○木下源吾君 もう一つ、今私の質問に外れておる。併し御答弁によつてはもう一つお聞きしておかなければならんが、イギリスとソヴイエトの漁業協定は一九五〇年と思つたが、この間期限が切れて一カ年延長することが決定した、これは三海里ということでこれは両方で約束ができておる。ですから今の十二海里だということを向うが言うのを、どこかの言うことを聞いて、これは無駄であるということを考えられるのもおかしいと私は思う。それはそれでよろしい。あなたの無駄であると考えられることはよろしいが、私の言うのは、先ほどお尋ねしたのはそうじやなく、この島へ来て向うから注文をした船を直す、それには向うから人が来る、約束でそういうことができるんですから、又現に行なつておる。こちらも国後のどこかの所へ基地、漁業基地と言いますか、罐詰工場が元あつたんです。或いはカムチヤツカでもそういうことでやるということを取りきめして、取りきめができて、それはできると思うのです。船の修理は取りきめてできておるから、性質は違うけれどもできることと思う。そうすると、こちらの人間がそこに行つていろいろやらなければいかん、仕事をしなければいかん、そういうものに対して日本政府は行くことを許すかどうか、許可するかどうか。まあ許可しないという規則もなかろうと思うのだが、外務省だから何を言い出すかわからん。
○政府委員(寺岡洪平君) 外務省の方針は、国交のない国に対しましては日本国民を行かせないのは、要するに保護ができないということから出ておるわけでございまして、これはどこの国でも根本の原則でございます。従つて先ほど申しましたのは、特殊の場合に大きな経済的な意味があるという意味で例外を認めて来ておるという趣旨なんでございますから、これは飽くまでも例外である。例外と認めますのに、何度も認めることになるから例外でなくて、原則になるという趣旨から、私どもは先ほどの御説明をいたしましたので、具体的につきましては別に何も申しておるわけではございません。
○木下源吾君 今の話は二つながら……二つの問題に突つかかるわけじやないが、同じ性質のものは何ぼ何回続けてもこれは例外は例外ですよ。今の赤十字の問題でも何でもそうですよ。この前でも日本の漁民がそこへ行くほうがお互いの利益になる、同じことですよ。これはすでに例外とすれば何回やつてもよろしい。これは形式の問題じやなくて内容の問題だからそれは別だ。それともう一つは、この間も旅券の問題が出ておつたのですが、保護をするという考え方も、今の皆さんの考え方は、丁度鳥を籠へ入れておけば保護だ、こういう考え方のようだ。保護というのは国民の利益の最大限を享受させるという意味でなければ本当の保護じやないと思う。これも見解の相違だからどつちでもよろしい。 そこでまああなたも忙しいようだし、こつちも忙しいが、どうですかね。国後の木材を根室地方に、根室地方は木材が一つもないので、国後から船で運搬するだけで、ひどいもので鉄道などもこの辺に一本か二本よりない。これを一つ特殊なケースとして、今の特殊な原則に対する例外ということでどうですか、これは向う側との交渉をやること、これに対するあなたがたのほうの御見解はどうですか。
○委員長(森崎隆君) これは木下さん、通産省の意見に基いて外務省はやることになるのじやないかと思います。必要ですか。
○木下源吾君 それについては外務省のもつと偉い人に来てもらつて、水産行政に対する外交方針、それから今のような方針に対する外交方針を聞きたい。こういうかたは実務の権威だから、それを一つよくお聞きしておくほうがよろしいと思う。
○政府委員(寺岡洪平君) 先ほど申上げましたように、木材につきましては商社が具体的に話をしておりますのは、国後島か或いは樺太か私ども存じませんが、現に商談が進行中でございます。従いまして、政府としては商談がまとまることを期待しておるのでありまして、決して邪魔をするなどということは毛頭考えておりません。
○木下源吾君 今のやつを漁業者がやつてもよろしいのですか。商社なら商社みたいな恰好をこしらえればいい、この辺は実際困つている。あなたは根室に行つたことがあるかどうか知らないけれども、この辺には木が一本もない。実際困つておる。それを一つ何とかしてやつて、ここには向うから来た人はいつか帰れると思つて二千数百戸も人がおるのですが、これは本当に故郷へ帰りたいという人がいる。そういう人たちが本材も何もない、これはこつちのほうで考えてやらなければいけない。丁度昔アイヌが日本のなにでこつちのほうへ稼ぎに連れて行かれて、奴隷に買われて、そうして対岸で妻がおいおい泣いている、そういう時代があつたのですが、「忍路高島及びもない」という追分は、忍路高島という所まではどうせ行かれないが、向うのほうで親父が奴隷に使われておるので、せめて少しでも近くへ行きたい、それは忍路高島という所へ行きたいというあれは哀歌なんですよ、追分は……。丁度日本の中でそうであつたが、今はソヴイエトとの関係でここらの人は本当のなにを繰返しておるわけなんだ。それで向うのほうは欝蒼たる森林がある。魚がこつちのほうでは十分の一もとれない。僅か十分か十五分間発動機で行けばその十倍もとれるという、そういう悲哀です。文明人である日本の政府が、こういう悲哀を持つておるものをどうかして助けてやろうというならば、これは原則に対する例外としてこの辺の人が何とか集つて、公社でも何でも作ろう、組合でもいい、そうしたならばこれとの交渉をやらせる、やつたならば、それは皆のためになることだから、一つ大いに期待してやらせよう、こういうふうに親切に言つてくれれば物事は解決しますね。どうですか。
○政府委員(寺岡洪平君) 木材を買うのはやはり輸出入になりますので、輸出入の手続につきましては、やはり通産省のほうに一つ伺つて頂きたい。
○千田正君 外務省のほうにちよつと伺いたいのですが、一点はソヴイエトの代表部が引揚げたあと、現在ソヴイエト大使館というのは閉鎖されたような恰好なんでしようが、事実は留守番程度の人しかおらないのですか。それともあなたがたが直接交渉できなくとも、本国との取次ぎ、今の拿捕問題とか、いろいろな問題に対しての取次ぎぐらいやられるような人間が残つておるのですか。その程度はどういうふうになつておりますか。
○政府委員(寺岡洪平君) 現在代表部として認めておりません。従つて公式には元代表部でありますが、現在おりますのは、二十一人でございまして、そのうち六人が家族、従つて課員は十五人でございます。参事官が一人、それから通商関係の人がおりますので、従つて現実には各商社がそこへ行つて現実的に話をしておる、政府としてこれは認めておらんという状況であります。現実にはそこで話がついております。
○千田正君 公式においては日本政府としての折衝の対象にはならんが、プライベートに今の例えば木材であるか、或いは拿捕事件の交渉であるとか、そういう面においては一応向うとしては、交渉の相手になるような状況になつておるわけですか。
○政府委員(寺岡洪平君) その通りでございます。併しながら主として通商関係のほうだけが動いておりまして拿捕に対する問題につきましては動いていない。
○千田正君 これはあなたがお答えできるかどうかわかりませんが、先般来ビキニ問題に対して補償問題が非常に日本側としては大きな問題として非常な高い輿論になつておりますが、外務省としてはどの程度までその問題に対して進捗中でありますか。
○政府委員(寺岡洪平君) 本件は私の関係で全然ございませんので、ちよつとお答えできないと思います。
○委員長(森崎隆君) それでは一応休憩いたしまして、本会議のほうへ出席いたしたいと思います。大体の予定は一時半ぐらいまでであります。それでは休憩いたします。 午後零時十六分休憩 〔休憩後開会に至らなかつた。〕