厚生委員会 閉会後第6号
- 発言数
- 67 件
- 登壇者
- 14 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1954/10/06
会議録
○委員長(上條愛一君) それではただいまから厚生委員会を開会いたします。 厚生委員の異動を御報告申し上げます。十月五日付をもつて紅露みつ委員が辞任され、後任として有馬英二議員が任命されました。御報告いたします。 次に、小委員の選任についてお諮りいたします。中国人俘虜殉難者遺骨送還に関する小委員とし、紅露みつ君の後任に有馬英二君を、又社会医療関係の諸問題に関する小委員に紅露みつ君の後任として有馬英二君をそれぞれ選任いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(上條愛一君) 御異議ないと認めます。それでは以上の通り小委員をお願いすることに決定いたしました。 ―――――――――――――
○委員長(上條愛一君) 次に、社会医療関係の諸問題に関する小委員長の中間報告に関する件を議題といたします。十月四日における小委員長の中間報告に対する御質疑をお願いいたします。
○高野一夫君 この記第一、中央社会保険医療協議会の運営に関する小さい数字の6のところに、協議会の委員の構成のことについて要望があるわけでありますが、療養担当者代表委員の増加を図ること、この点については私も小委員会に出ておつて異存はないのであります。ただ、ここで特に考えておかなけりやならん点は、この療養担当者代表委員に出すべき特殊の一つの団体からの代表委員が半数を占めるというようなところまで増加をするということがありますれば、協議会の運営は意味をなさないことになろうかと、こう思いますので、この点について根本的には賛成であるけれども、増加の内容については十分検討すべきであろうと私は考えますが、この点について小委員長から一応一つ伺つておきたいと思います。
○中山壽彦君 今高野君から構成分子のことで御意見が出ましたが、全くその通りであります。私どもこれを過半数を占めようというような意思は毛頭考えておりません。従来より若干の増員をしたらどうか、こういう意味であります。
○高野一夫君 もう一つ、これは質問でなくて、ぜひ、これはどこへお願いしたらいいのかわかりませんが、最後の日本医師会に対する要望の点の最後のところに、医師会の強化を図るために医師会法、次いで歯科医師会法、薬剤師会法、こういう立法を一つ考慮しようじやないかということが出ておりますが、これは先般も申し上げました通りに、特に必要であろうと思いますので、この三団体に対する立法措置については急速にこの問題があるいは政府案としてあるいは議員立法として考慮せられるようにお取り計らいを願いたいと思います。
○委員長(上條愛一君) 御質疑は大体尽きたものと認めますが、質疑を打ち切つて差支えありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(上條愛一君) 御異議ないと認めます。 それでは次に討論を願います。
○山下義信君 別に討論という固苦しいことではないのでありますが、まあ議事の規則でありますからやむを得ませんが、先般小委員長から御報告を願いましたのでありますが、小委員会におきましては御承知のごとく、字句の修正等につきましては小委員長に御一任申し上げてあつたわけなんでありますが、大体御心配いただいたと思うのでありますが、私はこの際この若干の字句の修正の動議を提出いたしたいと存じます。委員の一人でありまして字句の修正の動議を出しますのは、異様の感もあるのでございまするが、これは先ほど申し上げましたように、字句の修正につきましてはなお推敲の余地がありましたわけでございますので、御了承たまわりたいと存じます。 第五の社会保険制度のところにおきまして、第一を次のごとくに御修正を願いたいと思います。「1、保険医の身分を確保し、その権益を擁護する法的取扱をなすこと」、趣旨といたしましては、大体保険医の公共性というものをできるだけ強調いたしたいという趣旨には変りはないのでございまして、字句はただいま申し上げましたように、「保険医の身分を確保し、その権益を擁護する法的取扱をなすこと」。 それからその次の第二項でございますが、原文は「保険医はすべて厚生大臣が委嘱し、若干の委嘱固定給を支出すること」ということになつておりました事項でございます。これは次のごとくに御修正願いたいと思います。「2、保険医はすべて厚生大臣が委嘱し、特定の場合に委嘱手当を支給すること」こういうことでございます。これは原文の趣旨をそのまま字句を修正いたしましたような次第でございます。 それから3はそのままでございまして、四項の原文におきましては、「保険医の診療所は公的医療機関に準ずる取扱いをなすこと」という字句でございます。この字句は場合によりましては、保険医の診療所を公的医療機関と同じようないわゆる機会均等の利益を与えるという趣旨でございましたのですが、原文でございますると、御承知のように病院の公的の医療機関の診療報酬は差等がございますので、そういう不利益を与えるような誤解を与えますのは、原文の趣旨に相反しまするので「4、保険医の診療所は公的医療機関と機会均等の取扱をなすこと」というふうに字句の御修正を願いたいと思います。 それから5、6はそのままでございまして、最後の7の「支払制度を改善すること」ということは、字句が足りませんので次のごとくに御修正願いたいと思います。「7、診療報酬の支払手続きを簡素化すること」全く原文はその趣旨でございましたので、その趣旨を明確にしていただくわけでございます。 それから最後の第六の、日本医師会に対する要望でございますが、これは前半は原文の通りでございまして、後半然るに日医内部の云々という日本医師会に対する批判の項でございますが、これも字句に若干の未熟の点がございますので、しかるにという以下を次のごとくに御修正願いたいと思います。「しかるに山積せる社会医療問題に対する日医の態度をみるに遺憾ながら必ずしも終始一貫した適切なる対策が講ぜられたと認めがたい点も少くない様である。われわれは社会保険制度のためにも、また穏健中正なる保険医のためにも、日医のさらに積極的協力とその善処方を期待し、進んで「医師会法」(歯科医師会法、薬剤師会法亦同じ)の立法化を考慮したいと思う。」趣旨は原文の通りでございますが、字句を整理いたしまして、ただいまのように御修正を願いたいというのでございます。 以上修正の動議を提出いたしますので、御賛同たまわりたいと存じます。
○委員長(上條愛一君) 他に御意見ありませんですか……御意見ないものと認めます。それでは討論を打切りまして、ただいまの山下委員の修正動議の通り一部を修正して他は小委員長報告通り承認することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(上條愛一君) 御異議ないと認めます。 次に、本報告に対する委員会の取扱い方についてお諮りいたします。小委員長の報告を承認することとし、本委員会における決定は小委員長報告の通りにすることに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(上條愛一君) 御異議ないと認めます。 次に、本件について厚生大臣及び日本医師会代表に申入をすることとし、その案文は委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(上條愛一君) 御異議ないと認めます。以上決定いたします。 ―――――――――――――
○委員長(上條愛一君) では次に、ビキニ被爆事件に関する件を議題といたします。 本件に関し、本日は特に米国水爆実験によつて被害を受けた第五福龍丸乗組員の一人久保山愛吉君が過日国立東京第一病院において死亡せられましたので、ここに衷心より哀悼の意を表します。 本日は久保山氏の治療を直接担当せられました方々及び死体の解剖を行われた方々の御出席を願つております。 この際一言参考人の各位にごあいさつを申し上げます。各位には、世界医療上未知の境地に、長期間にわたり、寝食を忘れて敢闘せられました御労苦に対し、厚生委員会を代表して厚く御礼を申し上げます。この機会に各位から貴重な経験に基く実情を御発表を願い、委員会における調査上の参考に資したいと存じます。久保山さんの病状、治療、病理的所見及びかかる災害に対し医学的な予防方法、その他参考になるべき事項について御所見を御発表いただきたいと存じます。なお、時間の都合がございますので、御一人十五分程度にお願いいたしたいと存じますので、よろしくお願いたいします。 次に、委員の方々にお諮りいたします。時間の都合上、参考人の方から全部意見の御発表が済みました後に御質疑をお願いいたしたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(上條愛一君) 御異議ないと認めます。それではただいまから参考人の方々の御意見の御発表をお願いいたします。まず国立東京第一病院内科医長の小山善之さんにお願いいたします。
○参考人(小山善之君) ただいまからそれでは報告さしていただきます。三月二十八日正午、十六名のビキニにおきます水爆実験の灰によつて被災いたしました放射能症の患者さんを収容いたしまして、その当時から注目を受けておりました病状の比較的重い患者さんが約三名ございます。久保山さんは当初からその要注意を必要といたしました患者さんでございます。詳しい血液像等につきましては、直接担当いたしました熊取君から申し上げることにさしていただきとうございます。私は内科医長といたしまして全般的に十六名の患者さんを取り扱いました状態を報告さしていただきたいと思います。 入院当初、外傷は、あまり強い患者さんはございませんが、ただ一部に写真でお目にかけますような、頭部あるいは腹部或いは手掌等に皮膚の脱色或いは着色、また一部に糜爛を呈したところがございました。で、これらは入院後の主として外科的処置によりまして、あまり増悪することなくなおつております。これに反しまして全身状態の中で、ことに血液の所見は、最初から大部分の者に白血球減少症がございました。一番強いものは一時千九百という少い数まで達しております。また骨髄の中にあります有核細胞の数も非常に心うございまして、久保山さんでは、入院後間もなく調べましたのが一万九千という少い数を呈しております。さらにその後減少いたしまして、最低は九千という数になつております。自後四月の下旬から行いました反復の検査では、依然数は二万ないし三万程度で少いのでございますが、最低のときに比べますと幾分多い数が出ております。また、入院後の肝臓につきまして申し上げますと、久保山さんは入院当事の肝臓検査で、わずか肝障害の状態が見られたのでございますが、これは反復検査をいたしますと、四月のうちにその障害は一応正常値に戻つた数を得ておりますが、六月の二十日以降になりまして、肝臓機能のかなりの障害を色素排出試験で認めております。その後六月の二十四日から黄疸が出現いたしまして、これは日とともに増強いたしまして、七月の上旬になりまして第一回のこの黄疸は最も強くなりましたが、その後徐々に軽減して参りまして、七月の下旬には軽度の黄疸という程度になりました。しかしながら八月に入りまして再び黄疸が強くなりました。この黄疸は八月の中旬には再度軽減いたしております。その状態を続けておりましたところが、八月の二十日から三たび黄疸が強くなりました。そうして八月の二十六日には急激に黄疸が強くなりまして、食欲も全く衰えまして、また全身の倦怠感、あるいは皮膚の掻痒感等を訴えております。八月の二十九日に至りまして意識の障害が現われました。すなわち、肝性昏睡に陥ります前段階の意識障害と考えられます。これは意識の溷濁は二十九日のお昼ごろから現われ出しまして、その当時は不安狂躁状態を伴なつておりました。この状態が約一日半続きまして、三十一日の夜半から全く昏睡状態に陥りました。以来九月の四日朝まで深い昏睡状態を続けております。ただ私どもが診察時に強い刺激を与えますと、九月の三日の午後になりますと、わずかに反応を示し出しまして、九月の四日の朝になりまして初めて意識の回復が幾分はつきりして参りました。で、この意識回復はその後徐々に進んで回復して参りまして、九月の九日前後にはほぼ正常に近い状態になりました。その後意識は引き続き死亡直前まで明瞭でございました。これに対しまして黄疸のほうは八月の二十六日に増強し、肝性昏睡に陥るとともに、非常に強い黄疸になりまして、黄疸指数で申し上げますと二二〇前後を示しております。意識を回復し始めるころから少し軽減いたしましたが、依然一四〇から一八〇台の黄疸指数を示しておりまして、死亡に至るまで高い黄疸指数を示しておりました。また肝臓でございますが、入院当初わずかに触れました肝臓は一時触れなくなりまして、その後四月になりましてからまたずつと一応横指径に触れておりましたが、七月黄疸が強くなりましてからさらに大きくなつて、右乳線上肋骨弓下に触れております。この肝臓が肝性昏睡を起しましてから小さくなりまして、触知できなくなりまして、また肝臓の濁陰は約二肋骨肋間にわたる幅になつてしまいました。意識回復後一時食欲が現われましたが、再びまた食欲が減退いたしまして、しかも腹水を証明するようになつて参りました。 この間私どもは当初から肝臓庇護の食餌を与え、また治療に対しましても貧血並びに白血球減少症に対しまして、当初輸血を六回行いました。その後赤血球数が正常値に戻りました後は、これは輸血のためと思いますが、乾燥血漿の注射に変えております。そうして四月末に再び二回、また五月末から六月初めにかけて三回輸血をいたしました。その間乾燥血漿をずつと移注しております。総計輸血が十一回、二千二百グラム、乾燥血漿は四十回に及んでおります。一回百グラムずついたしております。また薬剤といたしまして、各種ビタミン剤及びアミノ酸剤を投与しております。黄疸出現後は、当初与えておりました造血並びに肝庇護食餌を一時強力にいたしますために肝庇護食に変えまして、黄疸軽減とともに、再び肝庇護並びに造血食に変えております。また黄疸が強く出現いたしましてから、そのほかに補液を兼ねまして五%の葡萄糖液を静脈内に点滴注射を加えております。肝性昏睡に陥りましてからは、特に補液に注意をし、また多量の葡萄糖の注射をしております。なお、肝性昏睡に対して有効と考えられるいろいろな処置、すなわち、ACTH、或いはコーチゾン、オーレオマイシン、アクロマイシンの静脈内注射等をいたしております。そのような処置をいたしましたにもかかわらず、意識障害は一応回復いたしましたけれども、肝臓の機能は依然高度に冒されたままの状態を続けまして、九月の中旬になりまして腹水の徴候が認められ、またその当時は血清の蛋白量並びに蛋白の分劃から調べましても、アルブミンの低下を見、グロブリンの増加を認めております。その後食欲が減退いたしましてからは、もつぱらアミノ酸、葡萄糖等の注射をいたし、また末期になりまして、米軍の好意によりまして入手できました人アルブミン等を使用いたしましたが、ついに不幸の転帰をとつたわけでございます。なお、末期になりまして、九月の十七日頃から喀痰が殖えて来ております。そうしてときどき咳嗽が現われまして、当時のレントゲン写真で左の第二肋間に拇指頭大の陰影を認めております。そこで肺炎の危険をおもんばかりまして処置をしておりましたが、死亡の前々日になりまして、右の上葉に肺炎所見が現われました。これまたレントゲンで右の上葉の第一、第二肺区域にわたり肺炎所見を認めております。また腹水が現われますころから強い胃部の膨満感強く、きわめて高度の食思不振を訴えておりました。 私から申し上げます久保山さんについての概況は以上でございます。血液像につきましては、担当の専門の熊取博士のほうで分担していただこうと思います。
○委員長(上條愛一君) それでは次に、国立東京第一病院研究検査科長大橋成一君さんにお願いいたします。
○参考人(大橋成一君) 久保山さんの剖検を担当いたしました大橋と申します。 久保山さんが亡くなられまして、主治医団はもちろん国民の皆様並びに御遺族の方が大変な御悲歎にくれておられたにもかかわらず、普通でございましたら二十四時間以後にさるべき解剖が、お亡くなりになりましてから僅か五時間十四分で執行さるるようにいろいろな手続が円滑に参りました。これはひとえにやはり主治医団の献身的な御治療というものが、御遺族その他に伝わつておりました関係じやなかろうかと、剖検に当る者といたしましては、四、五時間の範囲ということが非常に大切なのでございまして、と申しますのは、四、五時間たちますと、非常に病変がどんどん進みまして、あとで検索いたしましても、死後の変化を除外するのに非常に困難を感ずるのでございます。そういうことがあつたにもかかわらず、今申し上げましたような状態に運びましたことは、執刀者に当つた私の非常に感激したところでございます。 次に所見を申上げます。久保山さんは満四十才のお方で、身長が百五十七センチメートル、体重が五十二キロでございまして、中肉中背のお方でございます。平均体重は標準よりも少しやはり低いのであります。そのほかに体重が五十二キロという数字を示しておりますのは、さつき小山博士から御説明がありましたように、おなかに水が溜つておりまして、約二・六リットルほど溜つておりましたが、その重さが加わつておりますので、それを引きますと、やはり栄養が少しお悪いというふうな状態じやなかつたかと思われます。全身皮膚粘膜には相当強い黄疸が認められました。それから腹部は膨満しておりまして、おへその廻りで大体七十八センチメートルでございました。それから背中とか、前胸の上部には皮下溢血がぽつぽつ見られました。それから項部から側頸部にかけましては、ビニキ被爆当時お受けになりました火傷のあとと思われる色素沈着が見られまして、なお項部のところに約三センチメートルまだ脱毛しておりますところがございました。それからそのほか左の下腿部、それから両足背部にやはり色素の沈着を見る、あるいは色素の抜けておりますような、やはり火傷のあとがございました。それからさつき申しましたように、おなかを開いてみますと、約二・六リットルの黄色い透明な腫水がございまして、さつき小山博士が生前おなくなりになる前に、胃が非常に膨満したということを述べておられましたが、それに比敵する所見でありまして、やはり胃は大へん膨満しておりまして、このここに胸骨という骨がありますが、それから約五指くらいまでが、ずつと下まで膨満しておりました。それから心臓をあけてみますと心嚢の中に約百十五ミリリットルの濃褐色を帯びました、少し混濁しました心嚢液が入つておりまして、これが少し正常よりも多うございます。そういう状態でございます。それから心嚢の表面、それから心嚢の内膜をよく見てみますと、そこに絨毛と申しまして、急性の炎症のときに出て参ります、絨毯の表面にぼろぼろ出ておりますようなものが少し出ておりまして、急性のやはり心外膜炎と普通言つておりますが、そういう所見が現われかけておる。そういうことが見られました。それから肋膜でございますが、両方の肋膜がやはり相当癒着しておりまして、特に右側のほうがひどうございまして、ただ肋膜の下方にちよつと癒着をしていないところがございまして、そこに黄色く濁つた液体が左のほうが十四ミリリットル、右が十七ミリリットル、そういうものが入つております。 それから久保山さんの心臓でありますが、三百二十グラムございまして、普通のお方の同年令の男性の心臓よりは少し重い、そういう状態でございます。それから心臓の表面を見ますと、やはりところどころに点状出血がございまして、それから心臓は非常にやわらかくなつておりまして、心臓が非常にやわらかくなつた原因は、久保山さんの非常に長くお苦しみになりました黄疸の影響じやなかろうか、こういうふうに見てとりました。心臓を開いてみますと、中に血の固りのできていない血液が入つておりました。そして心臓の内面がやはりひどく黄色く汚染しておる。濁つておる、そういう状態がございました。それから左の心室の後のほうに非常にやや広範な出血が起つております。 それから肺臓でありますが、肺はさつき小山博士が述べられましたように、おなくなりになる前ごろから、少し痰がお出になつたというお話がございましたので、よく見させていただきました。左のほうの肺は全般的に非常に浮腫状を呈しておりまして、相当やはり充血がひどいように思われましたが、左の肺の肺尖部に肺炎層が見られ、それから下葉のほうにもぽつぽつと比較的古い肺炎のような状況を呈する、そういうものが見られました。それから右のほうでございますが、これはやはり一番おなくなりになります前にこの上肺に影が出たというさつきのお話でございますが、やはりそれに相当する部位に丁度鵞鳥の卵よりもやや大きい肺炎の病巣が見られました。これは比較的新しい感じを受けました。このものについて細菌学的の検査をいたしまして最近わかりましたのですが、このものは糸状菌という黴が相当影響を示して起つたものらしいということが判明しておりますのでそのことを付け加えさせていただきます。それから御承知のように肺の肺門部とか或いは肺から口までの間にたくさんの淋巴腺があるわけでございますが、その淋巴腺の状況を申しますと、せいぜいこの小指の先ぐらいの大きさでございまして、相当重い肺炎があるにもかかわらず、淋巴腺があまり反応を示していないのじやなかろうかという所見を得ました。この淋巴腺のあまり腫れなくてちよつと萎縮状に見えるということ、しかもその淋巴腺の下であります肺のところに相当強い炎症があるにもかかわらず、そういう所見を呈しているということは、私どもには非常に奇異な感を与えたものでございます。 それから問題のこの肝臓でございますが、肝臓は八百六十グラムございまして、普通の平均重量に比べますと、大分減つておりました。しかし肝臓の形は普通のお方のものと大差がございません。ただ小さくなつており、しかも触つてみますと、非常に弾力性があつて固い状態でございます。それから肝臓の表面を見てみますと、肝臓の表面に小さいしわができかかつている、そうして肝臓の表面から結締織と申しましてけがをしたときにできます組織でございますが、そういうものが肝臓の実質の中にずつと伸びているというような状態でございまして、肝臓の色は非常に灰褐色、あるいはそこに緑色が加わりまして、ちよつと説明できないような多様な状態、そういう状態でございました。この肝臓の変化を言葉で申しますと、肝硬変というものがございます。これは肝臓の非常に重い病気のことでございますが、そういう状態にやはり近い、あるいはその状態に向つて進みつつある状態じやなかろうかというふうな感じを受けております。 それからこの胆嚢の中には非常に黒い褐色の濃い胆汁がほんのわずかしか入つておりませんでした。 それからよく黄疸は、胆道は胆汁の出る道でございますが、たくさんそういうところに色がありましたり、炎症がありましたようなときに起るのが常識でございますので、そういうものがあるのじやなかろうかということでよく調べさせていただいたのでございますが、そういうものはいずれもございませんでした。 それから脾臓でございます。脾臓は九十グラムであまり大きくございませんでした。大へん血液に富んでおりまして、脾臓の中にも淋巴濾胞と申しまして淋巴腺を作つているのと同じような組織がございますが、それがやはり数が非常に少いように見ました。私が広島で原子爆弾症の解剖を約二十体ほどさせていただいた経験があるのでございますが、そのときの所見から申しますと、その脾臓を切りまして割面で淋巴濾胞の白いぽつぽつがなかつたということを強く感じているのでございますが、久保山さんの例におきましてもそれにやや近いのじやなかろうかというような肉眼所見を得たのでございます。 それから副腎は左が八グラムで右が七・五グラム、ちよつとやはり皮質のリポイドが少いように思われました。 それから腎臓は左が二百二十グラムで右が百九十グラム、大変大きくはれておりまして、普通は左が百三十グラム、右は百二十グラムのはずであるにもかかわらずどうしてこんなにはれたかということは大変疑問があるわけですが、これはやはり大部分肝臓が侵されたために起つた二次的の現象といつていいと思うのでございますが、しかし肉眼で見ました所見におきましても、ちよつと想像以上の変化が何かあるように見えますので、この点はまあよく一つ調べてみたいと思つております。 次は膵臓でございますが、膵臓は百二十グラムでこれもやはり少し重くなつておりまして、この膵臓でやはり注意すべきことは、肝臓に見たと同じような固くなる現象が膵臓でも見られ、膵臓の表面に脂肪壊死といいまして、脂肪組織が壊死、死ぬわけでございます。そういう小さいぽつぽつした病巣が見られたのでございます。 それから胃を見ますと、胃の中には内容があまりございませんで非常に濃厚な粘液がございましたが、その粘液の中に一部白い、それから一部緑色をした、まあかびの集落を思わせるようなものが見られたのでございます。このものにつきましてはただいま検索中でございます。 それから十二指腸、小腸でございますが、この部分は粘膜がやはり畑当萎縮状でございまして、内容はあまり色のついていない粘液様の流動内容、そういうものを入れておりました。このところでやはり注意すべきことは、小腸に淋巴装置がありまして、これは大へんな重大な役目をもつておるものでございますが、久保山さんのこの小腸はあまり淋巴装置が肉眼では見えないのでございます。この点はさつき肺の流域下の淋巴節について申し上げましたと相類似した所見でございまして注意を引きましたものでございます。 それから大腸壁は大変浮腫がひどうございまして、その中に淡黄色の粘液状の内容を見たのでございますが、そのところどころにやはり新鮮な血液の小片が散見せられました。 それから腸間膜等にも淋巴腺があるのでございますが、このものはあまりはれておりませんで、腸の変化と並行しない、あまり反応を示さない、そういう病変でございました。 それから睾丸は左は六グラム右は七グラム、これはまだよく検索してありません。ただいま検索中でございますが、肉眼で見ましたところではやはり少しく萎縮しておるように見受けられました。 それから舌の根元にある淋巴装置でございますが、これも何かやはり少し萎縮しておるのじやなかろうか、こういう所見を得ました。 それから気道とか気管支の粘膜のところには出血がございました。 それから食道の周囲等にも出血が見られました。それから食道の下端のほうにあります静脈瘤が少し拡大しておりました。 それから脳でございますが、脳は千四百三十グラムで脳膜が黄色く染つておりまして、脳実質にもやはり幾らか腫脹があるような所見でございました。 それから脊髄は軟脳膜のほうが非常に黄色く見えまして、そこのところに血管が大変拡張がひどく見られました。 それから脳下垂体でございますが、これは〇・七五グラムで少しくノーマルの方より、正常の人よりも少し重いようなそういう所見でございました。 それから最後に骨髄でございますが、大体骨髄の上方部は非常に赤うございまして、中心部がやはり髄様と申しましてどろどろしておるのでございますけれども、全般に申しますと、その骨髄はやはり繊維化、と申しますと、筋ができておるわけなんです。そういう傾向がありますけれども、まん中のほうが一部どろどろしておる。そして何か反応を暗示しておるような、そういう所見でございました。 そのほか背椎骨とか、あるいは胸骨とか、あるいは肋骨、あるいはここにあります腸骨、そういうところからも骨髄をとりまして見ましたが、その部分の骨髄は少しく褐色味のある骨髄でございまして、やはり繊維、筋があるわけでございます。そういう傾向がだいぶん見られて、ところどころやはり中心部が赤い、あるいはどろどろしていると申し上げていい、そういう所見がございました。 大体以上述べましたのは、久保山さんについての病理解剖学的の所見でございまして、大部分はこれは肉眼所見なのでございます。ただいま組織学的所見をやりつつある過程でございます。なおいろいろなところから採りました病源体につきましては、予研のほうと連絡をとり、また各臓器の放射性物質の検定ということにつきましては、国立東京第一病院の岡本博士、予研の江頭博士、それから東大の理学部の木村研究室の村上、池田両博士等の御協力を得てただいま検索中でございまして、一部は審議会の名におきまして新聞にぽつぽつ発表されている通りでございます。 で、私が解割いたしまして、さて久保山さんの死因はどうかということになるわけでございますが、ドイツのアシヨツフという病理学者の言葉を借りるのもちよつと変かもわかりませんが、一代の碩学でありましたアシヨツフ先生が死因を考察するほどむずかしい問題はないということを言つておられます。そのことをつくづくと私は思い出すのでございますが、久保山さんの病変につきまして、さつきから述べました通りほんの一部の検索しか出ておりませんので、おそらく全部わかつてもむずかしいということになるかもわかりませんが、しかし一、二ここで申し上げました通り、広島原爆症の患者の病原所見等を出して比較してみたりしました結果、やはり久保山さんは放射能症という新しい病名に相当する病変というものがあるのじやなかろうか。そうしてもしそれに何かが加つたとしても、それは何かが加わつたというだけのことでございまして、その根本的な病気と申しますか、病気の本体と申しますか、そういうものはやはり放射能という放射性物質による影響、そういうものがやはり基底になつているのじやなかろうか、こういうふうに感ずるのでございます。それで久保山さんの病歴がビキニにおきまして始まつているのでございます。そういうことから考えましても私どもといたしましてはやはりそのものの影響、あるいはそれによる変化ということを追求し、そうしてそのほかに何かが加わつていはせんかということをも忘れずに検索いたしまして、何がその本体かということをつかむところにあるのじやないかと考えまして、さつき申しましたように、それぞれの専門家と手をにぎり合いまして、ただいま検索中でございます。そういうわけでございまして、何もわからんじやないかというお叱りを受けるかもわかりませんが、どうぞ御勘弁を願いたいと思います。
○委員長(上條愛一君) それでは次に国立東京第一病院の内科主治医の熊取敏之さんにお願いいたします。
○参考人(熊取敏之君) 久保山さんの病状については、先ほど内科医長の小山博士からお述べになりましたことに何も付け加えることはございません。で、私はそのほかの患者、国立東京第一病院に三月二十八日以来収容されておりますその他の患者について少し述べてみたいと思います。 まず病気の現われておりますのを大きく分けまして、血液学の方面とそれから肝臓障害、この二つに分けて今までの経過のあらましと現在の状況を簡単に述べてみたいと思います。第一病院へ三月二十八日に入院しました十六名の患者につきまして、まず血液、当時早く現われました血液のほうの所見から申しますと、これは十六人おりましてやはり症状、そういう現われにも軽重の差は当然ございました。まずその中で重症者と思われる者は三名ございました。久保山さんは勿論その中の一人でございます。で、この重症者と当時考えられました者につきまして述べますと、まあ久保山さんは先ほどお述べになりましたようなそういう不幸な転帰をとつたのでありますが、血液のほうを簡単に申しますと、最初軽度の貧血、白血球の減少、久保山さんは最低千九百という数値が出ております。それから血小板の減少、それから骨髄をとつてみますと、骨髄細胞、実質細胞が非常に少くなつておる、こういう状態で、これは汎骨髄癆ということが言えると思うのでございます。 その後、先ほど小山博士から述べられましたような治療を行いまして、貧血のほうは間もなく回復して参りました。白血球のほうも五月初旬から漸次増加の傾向を辿つて、大体五月中旬以後は常に末梢の白血球の数は五千乃至六千、そういうところになつております。それから血小板も一時はひどく減少しておりましたが、なお軽度の減少の域にとどまつておるのでありますが、大体少しずつ殖えて来ていたのでありまして、ただ輸血をやめますと、また再び貧血の状態、軽度の貧血の状態がこれはなくなるまで続いておりました。で、骨髄の細胞はあまり目立つた、細胞数自体はあまり殖えておりませんが、まあ細胞の形態学的にみますと、やはりひどいときよりは幾らかよくなつておると、そういうような状況でありました。これは久保山さんについてであります。 そのほかの二名の重症者でありますが、一名は最低千五百というところまで白血球は下つております。この人も血小板その他も軽度の貧血などございまして、骨髄細胞も非常に少く、一時八千というような、正常の数が大体十万から十五万、一立方ミリメートル中に十万から十五万という数がありますのに比べまして、非常に減少しておりまして、細胞の性質から見ましても、これも汎骨髄癆という診断がつけられる状態でございました。これはやはり四月の下旬からだんだん白血球が殖えまして、五月になりましてからほぼ正常のところまで、数の上では回復しております。もちろん質的にながめますと、全く正常ということは現在に至るまでまだ言えない状態です。 もう一人の重症者と見られておりました者は、これは当初から白血球が三千ないし四千台にずつと続いておりまして、これはいまだに回復して来たということは言えません。また骨髄の細胞数も非常に少くて、いろいろな場所で骨髄穿刺、骨髄の中の様子を見るために骨髄穿刺を行なつたのでありますが、細胞数は常に少のうございまして、質的に見ましてもまだ正常ということは言えておりませんし、それが現在まで続いているような状態であります。 その他の者は骨髄の細胞数は、ところによりまして、正常な値いを示している場所もあります。あるいは少し殖えて来たかと思われるものもございますが、全般的に言いまして、現在のところ貧血を起しているのはございませんし、血小板の数もほぼ正常の下のほうぐらいだと思います。しかし白血球数は被災いたしましてから、今日すでに六カ月はたつているわけでありますが、なお三千台を常に示している者が数名ございます。先ほどの重症者を入れまして、初めから重症者と見ておりました者を入れて数名ございます。その他の者は大部分やはり四千台、これはその瞬間だけではなくて、ある期間を観察しておりましても、大体四千台ぐらいで、やはり正常に比べて低い値いだと考えられます。大体五千ぐらいの近辺のものがその他の者というわけで、大部分が白血球数は今までに、殖えても正常値まで殖えたと認めることはできない状態であります。 それからもう一つの肝臓の障害のほうでございますが、肝臓の機能検査を臨床的に見るのはいろいろ方法がございますが、この患者十六名、亡くなりました久保山さんも含めまして十六名は、今までの経過中に全員がその程度の、軽重の差はありますが、何らかの、肝臓機能検査におきまして異常であるという結果が出ております。また黄疸を、これは血清をとつて調べまして、はつきりこれは異常であると証明しました者は七名ございます。それから一日ぐらい眼の色が黄色というような程度、亜黄疸と申しますか、という者が四名、ある時期にそういうものが出たという者が四名ございます。で、この黄疸につきましては、久保山さんは非常に高度の黄疸でございましたが、その他の者は中等程度、中等度と言える者もございますが、その程度でございます。ただし一度黄疸が消失いたしましても反復繰返して、非常に何と言いますか、しつこい黄疸でございまして、一番多い者は五月の中旬ぐらいから現在までに五回再燃といいますか、一度よくなつてまた悪くなつて、そういうことを五回繰り返していまだに続いているという状態でございます。で、その他肝臓の機能検査をいたしましてその程度がだんだん軽くなつて来たというものもございますが、なお相当数の軽度の肝臓機能の障害を認めるものが残つております。 大体その他の患者につきまして大分けにしました症状について御説明申上げました。
○委員長(上條愛一君) では次に、国立東京第一病院の放射線医長の岡本十二郎さんにお願いいたします。
○参考人(岡本十二郎君) 岡本でございます。放射能について担当しましたので、放射能を全般的に少し申し上げてみたいと思います。 入院いたしましたときに全員の方々のまず衣類を検査いたしました。汚染されているかどうかを調べました。数名の方において、ジヤケツとか背広とかあるいはズボン、靴、靴下、あるいは久保山さんのはいて来た草履、こういつたものが汚染されておつたのでございます。さつそくオート・ラジオグラフをとりましたのがこれでございますが、この草履の底に相当真黒くなる程度の放射能がついておつたのでございます。で、そのほかに小塚さんという方の靴にも相当こういうふうに放射能がついておりました。オート・ラジオグラフがきれいに出ております。この久保山さんと今の靴の砂を集めまして、これを今日までなお調べております。で、その砂を集めたのに、オート・ラジオグラフがこれでございまして、この真黒いのがその一部の砂でございます。その砂で一応字を書いたのがこの字でございます。これは十八時間でこういうふうに出ておりまして、一つ御覧になつていただきたいと思います。この砂をさらに〇・三グラムだけ採りまして今日まで、なおただいま調べておりますが、この表のように四月一日〇・三グラムで、これは純粋のもちろん灰じやございません。砂に入つておるのでございます。それが一千四百八十カウントございます。それがだんだんと急激に減つて参りました。四月の末五百五十二カウントでございまして、大体三七%になつております。そのほか六月には四百六十七カウント、そして九月の二十日には二百八カウントでございましてずつと減つております。約一七%になつております。で、初めの千四百八十カウントが、これは一分間でございますが、もし一時間だとしますと八万八千八百カウント、一日にいたしますと二百十三万一千二百カウント、もし一週間すれば一千四百九十一万カウント以上になるのであります。こういうふうな現象でございまして、その前はもつとすごい放射能があつたということは当然推定できます。この五月以降はだんだんと減り方が少くなりましたけれども、その前はぐつと行きまして、三月の一日はまだよく計算も何もしておりませんけれども、相当強い放射能があると思います。で、放射能を受けた数日からいろいろのいわゆる放射線のひきつれなどもあります。やけどなどは非常にすごい放射能によるものと考えます。そのほか十六人の方々の体表面の汚染度も一応全般的に調べまして、大体において焼津でもつて主治医の先生が非常に丁寧に汚染を除去されまして、ほとんどないというような状態と思つておりましたけれども、入院のときに一応全部調べました。非常に汚染は少いのでございますが、十六人の方全員が手、足の爪の部分に放射能がなお残つております。平均しまして四月五日、これは罹災後三十六日目でございますが、平均して大体一分間に五十カウント前後、多い方は百八十三カウントもまだ爪のところに残つております。もつと多い人は二百五カウントもまだ残つておつた方がございます。さつそく内科の主治医と御相談しましてEDTAを使つたり、あるいは入浴とか非常にいろいろ一生懸命に洗いまして、そのために非常に減つて参りました。そうして四月、五月と非常に減りましたが、爪だけはなお五月末、六月初めにもなお少し数えられる方もあつたのでありますが、頭の部とか、あるいは皮膚という方面は非常にだんだんと減つてしまいました。ただいまではもちろんほとんどわからないのであります。なお爪に多いのは、これはなかなか取れないのでございまして、水洗いしますとか、剪つた爪をもらいましてEDTAで洗いましたが、このようになかなか落ちないのでございます。ガラスですと、ガラスに放射能を付けますとすぐに落るのでありますが、爪に浸るようにあるのでありまして、その証拠には、爪を削りましても多少あるということ、従つて多少残るのではなかろうかというふうに思います。いわゆる汚染と思うのであります。そのほか身体の、特に入院後ちよつと気付いたのは、眉毛の辺のところにもありました。あまり高度の方は剃つていただきました。それから腋下――腋の下の毛のところにも少しある方もありましたが、丹念に洗つてもらいまして、体表面のほうはぐんぐんと放射能がなくなつて参りました。それから髪の毛でございますが、これももちろんあちらで散髪されましたし、洗いましたし、非常に少いのでございますが、四月六日頃散髪した毛をもらいまして、普通のいわゆる検査法、灰にしまして測つたのでは、ある方は四十四カウント、そういうふうなことでございます。久保山さんは五月七日に測つたのでは三・五グラムで十五・七カウントくらいで、その後そういうようなところはもう早く除去するように、内科の主治医の方々が努力されまして非常に取れてしまいました。それから血液でございますが、血液も検血時に一滴、これは本当の一滴でございますが、そういうものをいただいたたびに放射能を調べております。しかし三ミリグラムという非常に微量でございますので、放射能の明らかにはつきりしたようなものは流血液、いわゆる耳から採つた血でははつきりしておりません。それから糞便なども一応十グラムくらいを四月三十日に調べておりますが、バツク・グラウンドよりもちろん多いかたのほうが多いのであります。それからそのほか胆汁を採られた方とか、あるいはひどい痰を出された方、そういうような方の痰なども調べております。バツク・グラウンドより多少多いような程度のものでございます。骨髄穿刺、胸骨穿刺されましたそのあとの血液も一応カウントされておりますが、三人ほどのをいただいたのであります。その中でも一人だけ特にバツク・グラウンドよりはちよつと多いようなカウントでございます。 以上のようなことで、大変簡単でありますが、どつちみちこの今度のような場合には、いろいろ放射能を詳しく調べられた方のお話を伺いましても、体外から直接に放射線を受けたという大きなフアクターがあります。それからやけどをするほどのいわゆる放射能が付着したという事実、これも頭や、先ほどの内科の小山内科医長先生からお話のようにやけどをされております。さらにああしたいわゆる船という住宅で暮しておられたのでありますから、灰が呼吸器系からも、あるいは消化管からもまた或いは皮膚からも吸収しないとは言われない。やはりそういつた非常に複雑な、今日まであまり見られない、全然見られないような原因が多々あると存じます。そうして直接に障害されたほかに、放射線によりますと、間接的に他の臓器にもいろいろと影響を及ぼすのは放射線に携つておる者の普通の常識でございます。そういうわけで大きな障害が起り得るということは私ども推定できるのであります。 なお、このビキニの灰の人体の皮膚の透過度などもちよつと調べたのでございますが、普通人口放射能としましてカルシウム、ストロンチウム、沃度、燐、そういうふうなものを実験で使つております。そういうものと、ビキニの灰とを、どれだけ透るか、これは手術した患者さんからのほんのわずかの皮膚をいただきまして、それを濾過板としまして調べたのでありますが、皮膚の厚さは二ミリ程度でございます。この図で見ますとビキニの灰、これはずつと最近のテストでありますが、燐や沃度、カルシウムなどよりはずつと透過力が強いのであります。二ミリの、これは乳癌でもつて手術された方の皮膚をちよつといただいたのでありますが、久保山さんの頭の皮膚の厚さは、病院から教わりましたのですが、一・五ミリぐらい、従つてけつこう放射能がつけば透るというふうに思います。 以上簡単に申し上げましたが、最後に放射能でありますが、各臓器の久保山さんの放射能検査、病院から御依頼があつたのでありますが、昨日臨床部会から発表されました通りでございまして、ここにあらためて申し上げることもない。私はさらに非常にわずかな量を二十八資料ぐらいについて今調べておりますが、こういうふうな、たとえば肝臓が九十五・五グラムから三十七カウントというのですから非常に一グラムとか三グラムでは果してどういう程度かはつきりわかりませんし、この点は東大の先ほど大橋博士からお話のように化学教室でも一生懸命に調べて下すつておりますし、分析もして下さいますし、また千葉大学の筧教授もオート・ラジオグラフイーをやつて下さいますし、また予研の江頭先生もいろいろ調べて下さいまして、いろいろ御意見を伺つてそうして自分のデータもよく調べてみたい、こういうふうに思います。簡単ですが……。
○委員長(上條愛一君) それでは次に東京大学医学部の教授の清水健太郎さんにお願いいたします。
○参考人(清水健太郎君) 私参りますときに、入口で自動車がお巡りさんにとつつかまりまして約十分間にわたつて尋問を受けております。従つてその十分間遅れました間に、委員長が何事か大事なことをおつしやいましてそれを聞き逃しておりましたので、何を申し上げていいかよくわからない。しかし今お話伺つておりますと、久保山氏に対してのいろいろの臨床経過並びに病理解剖所見というようなことであるらしいので、その点につきましては、すでにお話が済んだことと思いまして、私がビキニ被災患者に関して関与しました範囲についての事情をお話いたしまして、それ以外のことは御質問願いたいと存じます。 三月十五日に焼津から二人の患者が焼津の大井医師の紹介状を持ちまして私のほうの外来に訪れて参りまして、そうしてその方たち二人の方は被災されたうちで重症であるから、すぐ東大に行つて来いと言われたということでありまして、そういう事情から直ちに入院を勧めまして一人はその日、もう一人はその翌日に入院しまして私のほうでお世話することになつたのでありますが、事が外科的のことばかりではないので、直ちにその方面の権威であるところの都築博士にお願いいたしまして来ていただきまして、そうしておのおの各方面の専門の知識が必要と思いましたので、中泉教授、それから内科方面、殊に血液学に造詣の深い三好博士、その他各科の専門の人に直ちに参集していただきまして、ここに都築博士を仮に委員長とする治療組織を作つたのであります。従つて、私のほうにおきまして私が関与いたしましたのは、その二人に関して、ことに外科的のこと、それから、そこに二人の患者を自分のほうにお預りいたしました責任を持つたわけであります。そうして後にいろいろのことから、残つている人たちも、必ずしもこの二人に病気の重さが劣るものではないということから、三好博士を中心といたしまして焼津の現地においていろいろの調査をいたしました結果、ついに一まとめにして同じような観察と治療を十分にする必要があるということから、三月の末に東京に全被災者が来ることになりまして、そうしてそのうちの五名を東大病院に、十六名を東一病院に入院させることになりましたので、その五名に私のほうの二名も合流することになりまして、三月の末、多分二十八日だつたと記憶しますが、内科のほうに移つたわけであります。それからその後は病院長の美甘博士にすべての責任が移りまして、私といたしましては、私のほうから参りました二名の外科に関すること並びにその他の患者の外科的のことがありますときに相談に応じるという立場で関与しておりました。それからいろいろのことがありまして、九月の五日に美甘院長が渡米されましたので、そのあとを引き続き私が依頼されまして、九月六日から東大に入つている七名に関する責任を持つて現在に及んでおります。いろいろの詳しいその間のことは御質問があり次第お答えしたいと存じます。
○委員長(上條愛一君) それでは次に、東京大学の医学部の沖中内科教室の三好和夫さんにお願いいたします。
○参考人(三好和夫君) 三好でございます。書類をいただきましたのですが、今清水教授が言われましたように、どうも御諮問の趣旨がはつきり理解できませんで、と申しますのは要するに具体的にならないからだと思いますが、それからもう一つここに出ております医療所見ということは、すでに東一の方々がお話になりましたことで、ほとんど尽きているように思います。従つて私も主に、もし御質問でもございましたらお答えをできるだけさしていただきたいということで、特に申上げることもございませんが、ただ一、二のことだけちよつと付け加えるという格好で申し上げておきたいと思います。それからこの症状の従来の経過につきましてはここに臨床部会として発表して参りました。プリントをまとめて綴じたのを持つて来てございますから、これを一つあとで御覧になつていただきたいと思います。 で、付け加えたいと申しますのは、一つは二十三人の中でいろいろな症状があるわけでございますが、一番初めに注目されました血液所見につきましても、今度亡くなりました久保山さんはその中の重い部類の一人であつたということ、これはちよつと間違つて伝えられておりますように、東一病院に入つた人々はみんな軽いんだというのは全然間違いでして、重い人も今熊取博士からお話がありましたように幾人かおりましたわけです。この点をはつきり申し上げておきたいと思います。 それからちぐはぐになりますが、放射線、原因としての放射線でございますが、これもすでにお話がありましたように、外から受けた放射線とそれから中に入つた放射線と、放射能物質といいますか、両方あるわけでございますが、これもそれぞれ実際に学問的の事実でもつて証明されているわけでございます。ただ、それから起つて来るこの身体障害といいますか、そういうものはこれは一言で言えば全身病であるということを御理解願いたいと思います。なぜ白血球の減少がこのように問題になるかと言いますと、全身病でありますけれども、特に敏感であるとか、あるいはわれわれが外から検査をして所見をつかまえいいものが対象になるわけでございます。そういう意味で白血球というのは非常に問題になつて参りますが、全身障害であることは間違いのないことで、これもいろいろ詳しいことを申し上げるとたくさんございますが、もし御質問があつたらそのときにしやべらしていただきます。そのほか別にございませんが、ちよつと表を一つ持つて参りましたからこれを……。これは今申し上げました一番つかまえいい白血球の数を赤い線で現わしてございます。で下に黒く書いてありますのは、広島の場合の白血球の変動を書いてございます。それでこの広島の場合の成績はいろいろまあございますが、数の多い中で、京都大学の脇坂助教授が書かれたものです。それでこれは向うのほうに数が小さく書いてございますが、死亡例六十四例、重症例百九十四例、中等症二百八十六例、軽症二百二十六例というものの白血球の経過を書いてあります。それで御覧になりますように、まあ白血球はこれが千、二千、三千、四千という数で書いてございますが、御覧になりますように、死亡例はこういう経過をとつて死亡しております。それから次に重症例というのは非常につめて書いてございますが、こういうカーブをとつて上つて行つております。それから中等症がこういう格好で、軽症というのはこういうことになつております。なぜ私がこの表を書いたかと言いますと、一番まあ一般的にお知りになりたいと思うことは、少くとも白血球の数に関して果してどの程度に重いのであろうかということではないだろうかと思います。御覧になりますように死亡例、これは死亡例がついに出たわけですが、その前に書いたこんなもので死亡側を除いてここに三例を書いてみました。御覧になりますようにこの広島の例の重症例ですらこういうふうに白血球は回復して上つております。なおこの日の単位は四週間、一月置きにとつてございますが、ここでは十月四日までとつてあります。こういうふうに減り方は重症例、あるいは死亡例と変らないくらいに減つておるということと、それから回復の形は重症例に比べてもそれを遥かに上廻る遅さであるということ、それからもう一つは半年以上も経ちましてかえつて白血球はまたこう減つて来るというような傾向にあるということ、最後に白血球の数は昨日も臨床部会で発表いたしましたが、こういう部類の人々におきましては二千台あるいは三千台になつております。まあこういう点につきましてもなおこまかいことがありましたら、あとでお答えをさしていただきたいと思います。 それだけにしまして終らさしていただきます。
○委員長(上條愛一君) それでは参考人の方々の御意見の発表が終りましたので、御質問願いたいと思います。
○山下義信君 私は医学的知識が皆無でありまして、しろうとでありますので諸先生方のどなたに伺つていいのかわかりませんのでありますが、適宜お答えいただきたい。それでは伺いますが、私の質問の要旨は一般の国民は専門的に医学的知識はもとよりございません、ございませんが、このたびの水爆の犠牲につきましては、非常に国民が何といいますか、大衝撃を受けまして、久保山さんにつきましては全国民が祈りを捧げ、その死につきましては非常なシヨツクを受けていることは申すまでもございません。そこでその治療に当つていられました諸先生方に対しましては、先ほど委員長が申し述べましたように、私どもも厚く感謝の意を表しますのでございますが、国民が疑問に思つておりますることが私、一、二あろうかと思います。それは新聞紙上などにも伝えられておりますが、いわゆる水爆患者の治療と申しますか、また久保山さんの死因につきまして、アメリカ側のほうから報道されますることにつきまして不審を一部は持つております。それは、質問を長々と申し上げては恐縮ですから簡略にいたしますが、たとえば当初におきましては、福龍丸の乗組みの皆さん方の症状につきましては非常に軽いように報道がアメリカ側からされ、また日本側の医師団のほうにもそれに同様の所見をお持ちになつている方があつたのではあるまいかというふうに聞こえております。それが急に肝臓の御症状ですか、悪化している。それらにつきまして米国側のほうでは、それは放射能によるのでなくして、私しろうとでありますから用語がわかりませんけれども、血清肝炎といいますか、という説でございますか、治療上から起きた影響による肝臓の症状の急変であるというようなことを言つて、もしアメリカ側の医師がこれを治療したならば、なおして見せるのだというようなことまでも極言をしております。私どもはそういうことを信用するものではもとよりございませんが、それらの誤解は、私はこの機会に国会を通じて明白にいたしておく必要があるのではないかということを感ずるのでございます。従いまして治療上、あるいは死因等につきまして米国側の医師と申しますか、それらの米国側の所見と日本側の皆様方の間に何か相違するところがありましたか、どうでありましたか。あるいはまたそれはアメリカ側の所見の間違いでありまするならば、ありまするように、はつきりとこの席を通じまして全国民にお示し願いたい。かように存じますので、まずその点を伺いたいと思います。
○参考人(清水健太郎君) それについて、私がまずお答えする義務があると存じますので、お答え申し上げます。今の御質問は、まず第一が治療上に何かアメリカ側と意見の違い、あるいは手落ちがあつたのではないかというようなことが一つ、それから第二に、肝臓障害を起した原因が本当は何であろうかということが一つ、それから死因が果して放射能によるものであつたかどうかということが一つと解釈いたします。まず、第一のことについてであります。だいぶんこの問題は新聞紙上でもいろいろ書かれましたように、もめた事件であります。そのいろいろの事情については、今までに何回となくいろいろの機関から発表され、あるいは報道されていると存じますが、私その概略をこの席で述べさしていただきます。最初二人の患者がわれわれのところに入りましたときに、新聞紙が非常に大々的に報道いたしました。それが世間に知れた第一であります。われわれはそういうことに全然関係なく、またこれは別に形式的に何の問題もないと存じましたので、どこへ届けることもなく、単独に普通の入院患者として治療して参つておりましたところが、三月の十九日に突然広島のABCCからモートン博士を団長として数名の方が来られました。これはわれわれに何の予告もなく、何の正式の通知もなかつたのであります。新聞紙の報ずるところによりますと、日本側の要請によつて来てやつたのだという話であります。もとより何も要請いたしませんし、また我々のところにそういう患者が入院したことをどこにも届けてないのであります。従つてもしもほかの方面で入院したことを知つたら、新聞紙を見て知つた以外にないのであります。もとよりどこの省からも見舞にもあるいは問合わせにも来ておりませんでした。それで私は、正式にはともかく何もないのでありますが、来られた方はみんなお医者さんであります。お医者さんは医者同士の仁義というものがありまして、そういう学問的のことであるとか、治療上のことであるとか、医学上に関して何も包みかくすことなく話合うのが当然の礼儀でありますので、喜んで招じて、そうしてすべてのダータを提供いたしました。全く自由に直接会つて、わからない英語は通訳してやつて、すべての診察その他を許したのであります。そうしますと、そのとき三好博士もそこにおられましたが、来られたのはモートン博士以外に血液の専門家の人もおりまして、その人は三好博士と非常に親しくお話をしていろいろなことを言いますし、またほかの人たちも私どもといろいろ話合つて、そうしてデイスカツシヨンしたり、あるいは治療の方針なども話合いました。そのときの模様は新聞などにもよく報道されてありますが、かなり詳しい、微に入り細にうがつた診察をして帰つたのであります。たとえて言いますと、朝十時ちよつと過ぎに参りまして、患者をつかまえましていろいろ根掘り葉掘り聞き、そうして血液なども自分で採らしてくれというので採らしてやりました。そんなことをしておりますうちに、一時近くなりまして私ら立ち会つております者も、患者も非常に空腹になつて来たのであります。それでもやめようとしませんので、私はそのお医者さんに、お前さんたちは腹がへつてもいいだろうが、患者さんたちの腹をへらしてくれるなと言つて外に出てもらいまして、そうして何時間以内に帰つて来て患者を診てはいかんということを言つて、もちろんそういうことは冗談に言うのでありますから、お互いにそれはもつともだと言つて出て行つてくれたような次第で、かなり患者も疲労したのであります。約束の時間にやはり向うも食事をして帰つて参りました。それからまた非常に長い間いろいろとやつて帰つたような次第であります。そうして当時は非常な混雑でありましたので、患者もかなり疲労いたしましたろうし、部屋その他も非常に混乱いたしましたので、それで帰つたわけであります。その間ここにもいろいろそのときの言葉のやり取りその他がメモにありますが、治療のこと、あるいはアメリカにおける研究のこと、それから何かのよい薬のこと、その他質問もいたし、またこちらの意見も話し、都築教授もおられましたし、全くその点では意見が一致しておりますし、治療のこともあるいは研究のことも詳しく何度も向うに伺つております。そうして向うの意見は全部取り入れております。そういうことがありまして、それから数日間そのグループの一人であるところのルイス博士はときどき来て、病室に行つて患者を診ていたようであります。それは私が医者同士なんだから、お前さん自由にあそこに入ることができるし、自由に聞いていいからということを許してありましたために、一々断わらずに数回にわたつて行つたと存じます。従つて向うが患者の状態をよく知つておることも、またこちらが向うの意見を非常に聞いたことも、それからモートン博士がこちらの治療に全く同意して、そうしてオーケーして行つたことも事実であります。その後モートン博士一行が考えたほど患者の様子はよくないのであります。回復いたしませんし、また次々と将来のおそろしいことが約束されるようなことが発見されて参りましたために、三月末頃になりますと、だんだんと患者に対する治療、あるいはその他の制限、たとえば運動をし過ぎてはいけないとか、そういうようなことがきびしくせざるを得なくなつて参りまして、われわれとしてもいろいろな治療、診察というようなことがそう自由にはできない状態にまでなつて来ております。そうしてその頃ちようど焼津からの多数の方も来られて、一緒になつて治療が始まつたわけでありまして、それからはますます慎重な態度が必要となつたので、新聞記者の方々も御承知と存じますが、新聞社の方々すら会うことはできないようになつております。そうしてそういう時期になつてアメリカから申し込んで参りましたのが四月の初めであります。そうしてその申し込んで来た条件といいますのが、かなり患者に対する苛酷なことを含んでおります。たとえば全部の患者に対して一人々々の病歴を向うのアメリカ側で取る、それは一人につき少くとも三時間を要する。つまり患者が被災しましてから船の中をどう歩き、上陸してからどこに行つて誰と会つたということまでも詳細に聞かなくてはならないというのであります。そうして一々英語を翻訳しながら患者と話さなくてはならないので、いかに患者が疲れるかということはそれだけでもわかると思います。そのほか血液であるとか、骨髄の穿刺であるとかすべてのことをアメリカ側の手でもつてやらしてくれというのであります。これはわれわれがやつておりました血液を採るということは何でもないことなんでありますが、ああいう人たちには、何か非常に血を採られるというような観念で、われわれすらもなかなかつねに容易に行うことができないことであります。それをわれわれがやつた、さらにその上に自分たちでやらなくてはならないというようなこと、そうしますと、その調子で調べますと、一日にまあせいぜい二人くらいができますか、全患者を調べ上げるには数週間を要するのであります。それを許しますと、患者の安静ということが大へんなことになつて参りまして、それは治療上困るから全部そのことをしたいなら、もう少し待つてくれということを申しました。あるいはこちらですでに済んでいることであれば、そのダータを使つてくれということも申しました。それが全部向うの欲するところと一致しなかつたのであります。従つてわれわれのほうで全面的に向うに患者を診てはいけないと言つたことは一つもないのであります。あるいは治療上多少の制限をして遠慮して見てくれとか、あるいはもう少し時期を見てくれということは申したことがありますが、それでは全然意味がないからと言つて、向うの方は広島に引き揚げざるを得ないというようなことを言われて帰られたのであります。従つていわゆる診察を全面的に拒否したということもありませんし、また向うの治療を拒んだということもないのであります。欲しいものがあつたら何でも言つてくれということを最初来たときにも申しましたので、そのときにもいろいろ注文いたしました。その注文したうちに来たものはほんのわずかでありますが、頼んだりした。その後もいろいろ薬のことでこちらにないようなものを売つてもらつたりしたようなこともありまして、そういう点で少しもぬかりはないと存じます。またその他の刊行物に発表されたことに対しては、常に注意を怠らず、文献をよく研究もしているわけであります。そういうわけで現在あれ以上の治療はむずかしかつたということは向うも認めておりますし、われわれも信じているのでありまして、新聞に出ておりましたような、たとえばモートン博士が向うでわれわれにやらしたらすべてなおつたとか、あるいはそういうようなことがちよつと見えましたが、おそらくあれは何かの間違いであろう、ああいうことをあの人が言つたとはとうてい信じていないのであります。またそういうことを正式にも聞いておりません。 それからその次の、果してあの肝炎というものが輸血をしなかつたらどうであつたかということでありますが、輸血はこれはどうしても当時しなくてはならなかつたことでありまして、そのことについても最初アメリカの人と相談しておりまして、三好博士はその量などについて、それでは少し多いのではないかとすら言つているのでありますが、とにかくこれも両方でよく相談してやつたことでありますし、またやらなくてはならなかつたことであろうと思います。 それからそれによる肝炎であるかどうかということでありますが、これは一番問題になりますことで、その詳しい検索は先ほど大橋博士がおつしやいましたように未了でありますが、ともかく肝臓に現われました病変というものは、今までありましたそういうようなものに全く類似ではないということを強調しておつしやいましたが、それが非常にこれからの検索を要する問題であると存じます。また、輸血性の肝炎というもののパーセンテージ、統計的のことから考えましても、われわれがビキニ患者に見ましたような高いパーセンテージ、しかも重く起つているということは、われわれの経験にないことでありまして、これはともかくも非常に新しい事実であります。これを断定することが、一度断定しますればこれは学問的の断定というものは、取消も何もできないのでありまして、非常に慎重でなくてはならないために、はつきりとしたことはわれわれは一切発表しておりませんが、それについての検索は最も力を尽しているところでございます。
○山下義信君 広島、長崎の原爆患者には、肝臓障害はなかつたということを聞いております。私は広島であります。先ほど申し上げましたように医学的知識はありませんけれども、なかつた。今回の水爆の患者に肝臓障害が出て来たということはどういうわけでございましようか。小山先生でも三好先生でもどちらでもよろしうございます。
○参考人(小山善之君) 先に私から申し上げまして、あと三好君から追加していただきます。広島及び長崎の患者さんにつきましての報告を見ますと、全く肝臓障害がないといわれておるのでございますけれども、今さかのぼりまして原爆症調査研究協議会の厚い報告書を繰りましても、あの中にやはり肝臓障害があるという例がございます。ただあの当時いろいろな詳しい肝臓の検査ができないような状態でございましたのと、ただいまほど敏感な肝臓機能の検査法がなかつたという両方の関係で、あるいは数が少く出たのかとも思います。それによりましてもたとえばアゾルビンS排泄試験等によりまして、東大の佐々内科の教室員がやりました成績を見ましても、重症者において肝臓の障害があつたという報告もございます。また現在の水爆の患者さんは当時の長崎あるいは広島の患者さんに比べまして、今三好博士から説明がございましたように、相当重症な人たちが六カ月という長期間生命を維持できたということを申し上げたいのでございます。これは終戦直後の状態では、相当重症な方はおそらくみんな死亡したのではないかと思います。従つてあの報告書の中に現われて参ります解剖所見で肝臓の変化を見ますのは、いずれも初期の漿液性炎症の状態のものが現われております。そういう点から考えますと、あの当時もし十分な、現在やつたような治療ができておつたといたしますと、相当重症な方でも生命を持続できまして、現在のような肝臓障害に近い状態を持つた方が現われなかつたとは言えないのではないかと思います。また動物実験によりましても、たとえば岡本博士が実はストロンチウム九〇を使いまして実験しておられますが、それによりましても肝臓にかなりの障害が出るということが認められておるのでございます。これはまだ発表してございません。またアメリカの文献では、あまり詳しい報告がございませんので、私どもまた力が足りないせいでございますか、全部はとても渉猟しておりませんのでわからないかもしれませんのですが、ここに持つて参りましたドイツの雑誌にやはり肝臓障害のことが載つております。これは急性の放射能症候群という演題で本年のドイツ医学週報の七十九巻に載つております。それによりますと、やはり肝臓の障害が現われまして、ことに腹水がたまります場合、あるいは黄疸が現われますと、余後は全く悲観的であるということが書いてございます。こういう点から考えますと、放射能によりまして肝臓の障害が起るという可能性はどうもあるように思います。翻つて久保山さんの場合について申し上げますと、今清水教授からお話がございましたように、輸血或いは輸血漿をしておりますので、血清肝炎ということが当然考えられなければならないと思います。この点は初めから私ども注意いたしまして、実は第一病院に入院いたしました十六名の患者さんにつきましては、定期的に血清を保存いたしまして、その後にもし黄疸が出た場合に、それを検査しようと思つてまだ保存してございます。そうしてこの十六名の患者さんにつきまして第一病院で調べました肝臓障害は、先ほど熊取博士から申し上げましたように、いろいろな検査法を総合いたしますと、十六名全部が障害を受けたということが出ております。また輸血あるいは輸血漿を最初に行いました日から換算いたしまして、黄疸が現われましたのは比較的早い時期でございまして、血清肝炎の場合にいわれております六十ないし百二十日、あるいはもつと長いといわれる潜伏期間に該当するものは十六名中二名でございます。また血清肝炎といたしますと、この病源体は供血者の体内に当然あるわけでございますから、さかのぼりまして血液を供給した人たちについて調べたのでございます。幸い私どもの病院では血液銀行がございまして、保存血液でやつております関係上、全部記録してございますし、また供血者の名簿もできまして、定期的に調べております。それによりますと、この十六名の患者さんに対して同じ供血者が使われたということは一つもないのでございます。で、もし供血者に病源体があるといたしますと、その人から輸血を受けた場合に、当然同じ時期であれば二人、三人と黄疸が出て、あるいは肝臓障害が出てもいいのではないか、そういう可能性が考えられるのでございますが、この場合には同じ供血者から受けましても、黄疸が同時にその人から出たということはないのでございます。でこれらの点を考えますと、またもう一つの問題は、血清肝炎並びに流行性肝炎の病源体が非常につかみにくいという問題がございます。ことに血清肝炎は動物実験がいまだ完全には成功しておりませんので、これを証明するためには、人体実験をいたさなければならないのでございます。で、現在の状態でこのビキニの患者さんの血液をもつて人体実験をいたしますことは、私どもとしてはとても忍びがたいところでございます。こういう点から申し上げますと、今久保山さんの黄疸が血清肝炎であるかいなかということは、とうてい決定はできないのではないかと存じます。それであるという証拠が少いという点と、それでないという証拠もまた出し得ないのでございます。で将来何か血清あるいは血液を使いましてこの方法であれば、必ず血清肝炎だという診断法が見つかりますれば、大へんけつこうでございますが、またそういうことを私ども希望いたしまして、現在の患者さんの血清を長く保存して、その時期にあらためて決定ができるように心がけておるのでございます。あとまた不足の分は三好博士から補足していただきたいと思います。
○委員長(上條愛一君) 三好さんありますか。
○参考人(三好和夫君) 今おつしやられた通りだと思いますが、どうも一般論のようになりますが、きめにくいということでございますね。これは常に両方のことを考えて行かなくてはならないことで、はつきりとわかつておりますことは、肝臓が致命的くらいの放射線量を外と中から受けたということでございます。その上に何かが加わつたか、あるいは加わらなかつたかということすら、今のお話のようにこれはいかに専門的にやりましても、非常にきめにくい問題だと思います。そのいずれであつても、今申し上げました最初からそういう肝臓の状態になつたということは、これは両方に加わつておる実に確かなことで、この点をはつきりいたしておきたいと思います。それから広島の場合のお話ですが、これも今お話がありました通りでございますが、病気と申しますものは、医学的の治療法が進むに従いまして、そのあり方は必ず変つて来るものなのです。これがむしろ当然なわけなのです。ペニシリンあるいはオーレオマイシン、アクロマイシンというものがなかつた時代の病気と、あつたときの病気の形は当然変らなければどうかと思うので、変つて来るのが当り前の話なのです。広島の場合にほとんど大部分の人たちが細菌感染による敗血症というようなもので倒れております。そういうものが今度は非常に新しいいい薬があつたために、そういう形で死なないで来たというのに過ぎないので、これは一般のほかの病気につきましてもだんだんにいわゆる感染症、伝染病というものが減つて来て、高血圧とか、ガンとかこういうものの死亡率が多くなるのと同じようなことで、ちつとも不思議がないことだと思います。もう一つ同じような議論があります。ある原因のために患者が、あるいは人間が死ぬという場合には、即死をすればこれはもう誰が見ても確かですが、時がたつほどたとえば亜急性とか、あるいは慢性というような格好になつた場合には、むしろ原因がどうもはつきりしないというのになるのがこれも当り前な話であるということを御理解願いたいと思います。たとえば広島の場合で、最初に即死いたしました場合には、汎骨髄癆とか、何はともあれ原爆で死んだということができますが、何年もたつて白血病になつた場合に、これは医者が診断をつけますときに、あるいは学問的な解釈といたしましては間違いない白血病ですが、それだからといつて、原因は原子爆弾あるいは放射能になかつたという議論にはならないことは、これはどなたにもおわかりだと思います。いずれはいろいろなものが加わつて来たり、あるいは病気の変化が起つて実際の死亡診断の病名が変つて来るのがむしろ当り前の話で、それでは原爆症は何だということになると、うつかりするとそれにきまつた症状も何も言えないというのが、五年、十年経てば経つほどそうなるということを申し上げておきたいと思います。
○山下義信君 アメリカとの間に当初多少の何と言いますか、多少の行き違い、思い違いがあつたことは別として、医療には国境なしというので、両者が協力して世界的に不幸な事態の治療の方法をこれは一つ打ち出していたたかなければならんのでありますが、伺いたいと思いますのは、日本側のほうは非常に協力していらつしやるように私は承わる。例えば小山先生はビキニの患者の症状については逐一アメリカ側に博士の病状報告が行つている。米国の大使館を通じて向うの国務省にも行つているというようなことを聞いている。たとえばあとの方々の、久保山さんを含めて二十三名の方の小便の液なども、みんなアメリカに送られているというようなことを聞いております。あるいは事実であろうと思いますが、そういうふうに協力していられる。向うはどれだけ協力したかということですね、何でも診察させなければ、特効薬も送らないとか、ビキニの補償にも応じないというような嫌がらせを言つておるようなことでは困るのでありまして、協力してもらわなければならん。それで日本側として先生方が当然御承知になりたいと思うのは、マーシアル群島の島民がどういうふうに治療を受けておるか、またそれがなおつておるか、アメリカ側のほうではなおつている、快方に向つていると言うのでしよう。三百二十幾名かの島民並びに三十数名の白人は快方に向つておると言うのでしよう。それらの治療といいますか、そういうデーターと申しますか、これは皆さん方の、先生方のほうに、そういうことも知らされておりますんでしようか。それは事実マーシアル群島の島民などはなおつておるんでしようか、快方に向いているんでしようか、どうでしようかということですね。その辺一つアメリカ側との協力振りをちよつぴりお洩らし願いたいと思います。
○参考人(清水健太郎君) マーシアル群島の島民に関することは、向うで正式には少しもわれわれのほうに伝わつておりませんが、都築博士がアメリカへ行かれたときにそれは聞いて来られたそうであります。その聞いて来られた範囲といいますのは、被災してから何時間でどういうふうにしてどこへ持つて行つたというまででありまして、それに対していかなる治療をしておるか、あるいはその後今どうなつておるかということについては、一切お話がなかつたというお話でございます。
○山下義信君 私は当然これは政府のほうでも、アメリカ側に要求して日本側の治療にいろいろな批評をしている以上は、向うのほうのデータも話合いをさせるように一つ政府のほうでもこれは申入れをするのがいいのじやないかと思う。先生方に一つ伺いますが、結局治療方法はあつたんでしようかどうですかということです。従来の広島、長崎の原爆のあの時代、関係者、一般国民は原爆の放射能による病状に対しては治療の方法なし、世界にはどこにもない、アメリカも持つてはいないというふうに考えておる。今回非常に治療に御尽力下さいまして治療法が発見できましたか。つまり言えば非常に原水爆の放射能の症状が快方に向う治療方法があるのですか、あるということになりましたか、その点はいかがでございましようか。従いまして残つておられる二十二名の方々もこれはその治療方法によりまして、皆さんがたの御尽力下さいました治療方法がもしあるとするならば、快方に向う見込みがあるんでしようか、いかがでしようかということですね。ですから治療方法があるのかないのか、国民はわが国の第一級の医学陣を総動員して最高の治療方法を試み、もう万全の治療が行われたということに理解しておる。実際は治療方法がないのじやなかろうかという非常に深い疑問がある。治療方法がありましたかどうかということが聞きたい、治療の方法があるならば、何も原水爆そんなに問題にする必要はないかもわかりませんが、おそるべきは治療方法がないのじやないか、一度かかつたものはもう死は免かれない、ただ時間の問題だというふうに国民は実は考えておる。ですから治療方法があるのかないのかということを一つ素人にわかるようにお答え願いたいと思うのです。
○委員長(上條愛一君) もしお答えのときに速記をとめる必要がありましたら、御注意願いますれば速記をとめたいと思います。
○参考人(三好和夫君) 治療法があるかないかというお話で、これはすでに私たちも意見を発表して参りましたが、まず治療法という言葉の解釈についてちよつと前置きをさしていただきたいと思います。治療と申しますのは非常に広い意味で、これはあるいは人々によつてお考えが違うかと思いますが、私の解釈では治療法の中には特殊治療法と申しますか、そういうものと、それから対症といつてしまつては、少し言い過ぎかも知れませんが、そういう形の治療法と、どちらにしても話を進めるのにそれを分けて考えていただかないといけないと思います。それで特殊あるいは根本治療法は私の考えでは原爆症、むろん放射能症にも絶対にないと思います。ただ、この対症と申しますのは、これは対症と言い切つてしまつては、少し誤解が起る点があるかと思いますが、そういう点はむしろいろいろございますし、それをわれわれは努力して来ていたわけであります。ちようどいろいろなたとえがありますが、たとえばこれも私書いたことがありますが、鉄砲のたまでも、この鉄砲のたまに当つて死ぬという身体障害に特別な治療法はないのは当り前の話で、たまに当らないようにする以外に何の根本対策もないわけです。ただ、たまが当つたときに、血管が破れたら急いで血をとめよう、あるいはすでに出血をしたら輸血でもつて補うとか、或いはまたそのときに皮膚が破れてそこから感染する場合は、これを抗生物質で防ごうとか、これは皆ある意味で治療法になりますことは当然でございます。しかしながらすでに殺された組織や細胞、或いは破壊されたもの、これは死んだ人間がなおらないのと同じで、回復したりなおつたりするはずがありません。そういう特殊と申しますか、根本的な治療法は放射能症には絶対にないと私は言い切つていいと思います。よけいなことまで申しますと、将来に至つてもできないと思います。それではなぜ助かる人もあるのかと申しますと、人間は生物という大きな身体の組織、たとえば骨髄でも肝臓でもそうでございますが、その何割か、あるいは大部分がやられましても、生物というものは何とかこれを回復しようとして、ほかの生き残つた細胞がだんだん分裂したり増殖してなおつて行くものでございます。従つてそのやられ方の程度が軽いときに、初めて軽いと申しますか、回復し得る程度であつたときに回復する。従つて先ほどお廻しした一般発表文にも書いてございますけれども、今回の二十三名の障害程度が果して回復し得る程度であるかどうか、この判定が非常にむずかしくてなかなかできませんが、そこにわれわれの患者二十三名の人の予後というものに希望がかかつておるということをちやんと書いてございます。従つてその中でときがたてば、今申し上げたような理由でだんだんに回復して来ることはこれは当然だと思います。しかしながらその回復の途中に、先ほどのたとえで申しますと、細菌感染とか、あるいは侵された臓器が途中まで回復しかかつても、その全能力を発揮することができないで倒れるとか、そういうことがないようにわれわれは全力を尽しておるわけでございます。こういう病気を扱つておる、おそらく国民、世界の専門家でもこういうことに対して何ら異論のあるはずはないと私は思つております。これも一つ申し上げますと、途中でアメリカの血液学者の、専門のローレンス氏が来られましたが、この方も明らかにこういう障害を避けるために、あるいは、たしか治療法といつたかと思いますが、治療法は被爆を避けるよりはほかに方法がないと言い切つておられます。こういう点は、そういうことがなぜ問題になるのか不思議くらいに私は思つております。ただそれならば、ちよつとでもやられたら、これは死ぬのにきまつているか、そういうものでないことは、まだ現に患者さんがおられるのでありますから、間違いのないように御理解を願いたいと思います。
○山下義信君 もう一点伺いますが、小山先生、今の二十二名の患者さんの中で、退院していい方が三、四人おられるということでございますが、本当ですか。
○参考人(小山善之君) 私のほうは国立第一病院に入院している患者について申します。十五名のうちで、その退院という条件にもこれはよるのでございますが、一般の方がお考えになるように、家に帰りまして日常の生活、並びに職業に就いて自分たちの生活を維持するだけの仕事ができるかどうかという問題になりますと、これはすぐは御返事できないと思います。と申しますのは、まだ病院に入院しておりまして、それだけのことに堪えられるかどうかという試験的のことをまだ何もやつておりません。そうでなしに、ただ家に帰つて、たとえば結核の患者さんが療養所で必要な治療を済んだあと、家でしばらく安静をとつて養生すればいいというような状態の退院の仕方という標準をとりますと、二、三そういう人もあるのではないかと思います。
○山下義信君 私の質問の最後に、政府は放射能の治療に関する研究等についていかなる用意を持つておるか。将来の計画をどういうふうに持つておるか、それについて予算の要求等を将来やる考えがあるかどうかということを簡単に一つお答えを願いたいと思います。
○説明員(楠本正康君) ただいま御指摘のように、原爆症に対する治療方法の研究、この治療方法の確立がきわめて喫緊重要な問題であると考えておるのでございます。従いまして被爆事件がございました年度末に、取りあえずきわめてわずかの額ではございましたが、厚生省といたしましても研究費を若干予備費から支出を見たのであります。また一方文部省関係の予算といたしまして、相当な金額を取りまして、主として治療の基本的な研究に当てることにいたしたのでございます。なお、これら各方面で実施いたします治療研究というものを、勝手ばらばらにやらず、お互いに力を合せ、統制をとつて大いに効果を挙げようという意味で、原爆症調査研究協議会の中に、特に臨床班を設けまして、臨床部下にありましていろいろ研究の結果を発表し合い、あるいはお互いに足らざるを補い合い研究をいたしておる次第でございます。 なお、今回さらにこれらの問題の重要なことからいたしまして、最近に至りまして特に広島、長崎の多数の患者、あるいは被爆者等を対象といたしまして、これらの治療法の確立を図ることと同時に、さらに基本的な研究を行いますために、厚生省並びに文部省におきまして従来にない比較的多額の予算を計上いたしまして、さらに従来の研究態勢を強化する方向に進んでおるわけでございます。しかしながら何分にもこれらの調査研究がそう短時日にできるものとも考えられませんので、なお今後来年度におきましても、当然引き続いてさらにこれらの治療法の確立については力を注いで行きたい考えでございます。 一言先ほど私に御質問がなかつたかと存じますが、私どももビキニ環礁の実験によりまして、原住民の間にかなりの被害を与えておるということを仄聞いたしております。従つてその当時外務省を通じまして、その状況等を実は問い合せておるのでありますが、いまだまだ返事に接しておりません。さらに治療法の確立等を中心といたしまして、来月アメリカから専門家が参りまして、日本の学者等もまじえて意見の交換を行うという運びになつております。これはまああるいは御質問がなかつたかも存じませんが、一言付け加えておきたいと思います。
○高良とみ君 お話を伺いまして、いろいろ伺うことが多かつたのでありますが、一つ、二つなお疑問に思います点は、広島の患者さんたちの相当重症であつて死亡でない方たちが、その環境にもよりましようけれども、あとで白血球の数がまたずつと高く回復しておる。それに反してこのビキニの東大に入つておられる患者さん、数名おると存じますが、その回復がひところはよくても、また最近少し下つておるという表を先ほど御説明いただきまして、それから推し計つて考えますと、広島の場合は一時でありましたから二マイルから外におつた人は一時灰をかぶつたでありましようが、それで逃げたり、戦後の治療態勢はよくなかつたにもかかわらず、それで生き延びて健康に復しておられる。その場合にはこのビキニの被爆のほうが何十万も一時に死んだ広島の焔の中にいた人の問題を別にすれば、生き残つた人としての被爆の状態はもつとひどいのだということを私は初めて了承したわけです。このことが案外世界に知られていないのではないかというふうにも思つたわけなんですが、それについていかがでございますか、そういう印象を受けたことに三好先生間違いはないのでありましようか。
○参考人(三好和夫君) まさに間違いなく私たちもそういうふうに印象を受けております。それで、ただ表で御覧になりましたように、われわれの今度の場合の例でも、一時は幾分白血球が殖えて来ております。それがまただんだんに下つ来ると、従つてわれわれのこういう場合に対する解釈も時日の経過とともに幾分ずつ変つて行くわけでございますが、今お話になりましたような印象をまさに現在受けているわけでございます。それではそれは一体どういうふうに解釈すればいいかということになりますと、なかなかむずかしい問題でございますが、まず簡単に申しまして、広島の場合と今度の被爆障害の場合との大きな違いを申し上げてみたいと思います。広島の場合はまああのときに爆風とか熱とかいうことを別にしまして、放射能の放射線だけについて申し上げましても、あの場合は相当高い空中で爆発を起しております。従つてそこから出た直接の放射線によつてほとんど大部分の人がやられたわけでございます。ところが今度の爆発は、地上どのくらいか知りませんが、非常に近い所で起したたために特殊の、簡単に申し上げますとこの灰を作るような状態で起きたわけでございます。広島の場合には下へ落ちずに上に上つて行つた、その灰に核生成物質というものがくつつきまして、いわゆるわれわれだけが言つてい死の灰という形になつて船に降りかかつて来たわけでございます。そうしますと、そういうものはからだの中に入るという可能性ができて来るわけです。これはまあ内部照射と言つておりますが、どういう所から入るかと申しますと、雨のように降つて来れば、口からも鼻からも気道からも入りましようし、あるいは食べ物にもつきますから食物と一緒に入るでしようし、また大きな傷を受けておりますから、そこからじかに入ると思います。そういうように入つた内部照射というものが広島の大部分の場合に見られなかつたにかかわらず今度は起きているということ、これが非常に違うことだと思います。現に今度の患者さんたちでも一体どの程度に入つたかということをそれぞれ専門家が非常に詳しく調べられておりますが、とにかく入つたことは確かで、これが何らかの形の害をするであろうということも確かなことだと思います。 それからもう一つこまかいことを申し上げますと、そのようにして降つて参りました灰が二十三人の船員の住んでおります甲板、あるいは眠つております船員室にくつつきまして、十四日間、これは減りながらでも十四日間照射をし続けたということがあります。広島の場合は御存じのように一瞬間に、非常に大きなエネルギーでありますが一瞬間で終つておりますけれども、今度の場合は十四日間とにかくあつたということ、これは量から言いますと、むろん最初が非常に多いのですけれども、減りながらでも十四日間あつたということ、この点も非常に考えさせられますことは、住宅とか船に灰が降つ来た場合は、われわれはあまりこれを逃れる方法がないということです。何も船員たちが特別のあれであつたからじやなしに、船の中にいるより仕方がなかつたわけで、それが十四日間そういうことを受けて来た。そういう中に入つたもの、それからやむを得ずある期間受けて来た、そういうことがどうもこの回復がおそいのではなかろうか。しかも十四日間に受けました全体の放射線量をもし広島のように一回で受けたらむろん死んでしまうんですが、死ぬか死なない量、致死量すれすれといいますか、そういう量をうまい工合に分けて受けて来たような気がします。従つてその場で即死はしなくても非常に重い状態になつて来た。で、どうも回復がおそいのではないかというふうに、これはだいぶん解釈が入つておりますけれども、今のところそういうふうに考えております。
○高良とみ君 なお一、二点伺いたいのですが、そうすると、普通広島の場合は直接のピカドンの光、ガンマー線ですか、それによつて被害を受けたというふうな考えがあつたのですが、今度の御報告にも一部船、あるいは患者の体からもガンマー線の反能があつたというニユースもあつたかと思いますけれども、それと最近に言われる特殊な元素から出る、ガイガー・カウンターに出る放射能という関係ですね。それはそのものが物質に入つてから船にとどまり、からだにとどまつた被害ですね、やけどと、それからじかに発光したときのその光とそれはどういうふうに考えてよろしゆうございますか。
○参考人(三好和夫君) これは御専門の岡本博士がおられますから、あとで説明をしていただきたいと思いますが、ただ、被害状況を、私初めからこれに接触しておりますから被害状況を申し上げますと、相当離れたところで爆発の火の玉を見たわけですが、その距離は相当遠いものですから、そこからこの放射線というものは受けてはおらないのです。従つてそういう直接の障害はこれはないわけです。それから後三時間あまりで今度は非常に大量に降つて来た灰の障害を受けた。その灰がどういう放射線を持つておるかは一つ岡本博士に御説明を願いたいと思います。
○参考人(岡本十二郎君) ただいまのお話でございますが、要するに今度の場合は、灰が降つて来た。この灰の中に先ほどお話のようにベータ一線、ガンマー線が主体としてあつたのでございます。それで新聞紙上にいろいろ山崎博士とか筧博士が御報告になつておりますが、その御報告を見ますと、二週間で、詳しいことは申し上げませんが、二週間でとにかく最大は計算上四百四十レントゲン、最小は二百七十レントゲン、こういうふうに計算されております。これはガンマー線の計算でございます。ベーター線は非常に透過力が弱うございまして、先ほどお見せいたしましたように皮膚についた場合には相当皮膚のやけどを起すようなものなんでございます。うんと深く入ることはあまりございませんけれども、先ほどのデーターではけつこう入つておりますけれども、からだにうんと入るのは、灰から物質によつてガンマー線とべーター線が出ておりますので、ガンマー線が非常に透過力が強くて、普通こういうふうな四百四十とか二百七十レントゲンというのは、ガンマー線の線量を測定しておるのであります。それでべーター線のほうは、詳しいことはまだそのときの現状のべーター線については、伺つておらないのであります。
○高良とみ君 もう一、二点、そうしますと、さつきのように白血球が回復しないでいる方には、ときどき輸血が必要であるというふうに伺つておるのでありますが、数年たつて、最近も広島の被害者の中に死亡者が出て来て、また今度の文部省の資料の中にも、広島、長崎の被爆者のクローニツシユになつた人たちへの治療があるようでありますが、そういう人たちの白血球が上つたり下つたりしているようなものに対しても、やはり輸血等の治療によつてそれを再び普通の人の正常状態にまで回復して行くという望みを持つておられるんですか、それはどなたに伺つていいかわかりませんが……。
○参考人(三好和夫君) これもなかなかむずかしいことなんでございますが、広島、長崎の被爆者がその後何年かたちまして、白血球が多いとか少いとかいうことがありますけれども、これもその多いとか少いとかいうことを別にして、その白血球のあり方が正常であるか、もつとはつきり異常を呈したかどうかというふうに分けてちよつとお考え願いたいと思います。その境目もむろんあつて困ることがありますが、それで今の異常を呈したというものの中に白血病というのがございます。そのほかにもう一つ慢性の再生不良性貧血といいますか、そういうようなものもございます。このような病気には、これはまた根本的な治療方法はございませんのです。ただ、白血病でも再生不良性貧血でも、どんどん赤血球が減つて貧血が強くなりますし、それから血小板も減つて出血もとまらなくなりますから、こういう場合に輸血をいたしますと、貧血とか血小板が減つているとかいうことから起る障害は妨げるわけでございます。従つてむろん生命も延ばすことができます。しかしながらあくまで白血病は輸血で今なおすという自信のある人はないと思います。それからそれほどはつきりした異常の病気になつていない軽い貧血とか、白血球の数がどうも不安定で、少し減つていたり、またときには逆に多くなつたりする、そういう人はあるいは輸血のようなものでその場を切り抜けて行けば、正常に復するかもしれないのでございます。それでよろしゆうございますでしようか……。
○高良とみ君 もう一点、恐縮ですが。久保山さんがとうとう亡くなりましてから世界中が、現わすと現わさんとにかかわらず、非常なシヨツクを受けておるわけです。ことに日本からもつと何とか言いそうなものだという期待があることは、私どももずいぶん久保山さんに対する国際的な見舞を受け取つているばかりでなく、もつと事実をなぜ日本は発表しないだろうかというような質問をも書き添えて来ておるわけです。で、これは大へん重要なことでありますから、こういう世界的にも今まで例のなかつたようなむずかしい病気、あるいは被爆状態に対してはどうしても科学陣営がはつきりしたことを言われないと、事実が最も雄弁なんでありますから、ただ水爆の実験をやめてもらいたいというだけでなく、こうすればこうなつて、かくのごとく人道上にはなはだしい被害があるんだということを知らさなければならない義務が日本側にあると思うのであります。それについて大へん恐縮でありますが、先生方の非常に協力しておられる、また長年の御努力によつて結果を見られたことについての国際的な発表のできるような機関、あるいは何か臨床班というようなものの材料がそろつておいでになるのでございましようか、この点いかがでしよう。
○参考人(清水健太郎君) 非常に大切なことだと存じます。それでこの記録を正確に詳細に保持して行くために、臨床部会におきましては常にその記録の整理をいたしておりますし、近くそれをまとめまして発表するプロセスにあります。さらにまたこれを学術的に正確に何らかの学術雑誌に、外国のでございますが、発表するといいますと、これはまた非常に大へんなことでありますので、もちろんその意図を持つておりますが、目下具体的な計画はありませんが、その方向に進みたいと思います。 それから外国に発表のことでありますが、通俗的なことでありますが、これはしばしば外国の報道陣の方が来られて、いろいろ持つて行つて発表しているのがあります。あるいはまた、頼まれて向こうのそういう通俗的な本に書いたこともありますが、そういうものは一切正式の発表になつておりませんので、あるいはお耳に入つていないかと存じます。ともかく今のお話は大切なことと存じますので、あちらの正式な医学雑誌に発表する段取りをできるだけ早くつけたいと存じます。
○高良とみ君 もう一点だけ。ただいまのように非常に重要なことでありますが、海外の一般新聞やジヤーナリズムはこの問題について今までは長い間あまり書いて来なかつたわけです。しかし学問上の医学雑誌、科学雑誌等には発表があるかと私ども思つておつたのでありますが、ただいまのお話の中に正式な発表になつておらないというお言葉もあるので、何かそこに障害があるのか、あるいはこれを人道的なことと考えずして、何か政策的に多少なりと発表されては困るというような、マーシアル群島の人たちから考えても想像もつくのでありますが、しかしそこが科学の力をもつて勇敢に、また被爆国としての科学者の義務としてはつきり今度は国際的に御発表になるように御準備中だというのですが、その点は障害を乗り越えて行かれるつもりでありますか。
○参考人(清水健太郎君) 学術的の発表についてアメリカ側からも日本の立場からも何の制肘もございません。従つてその点に秘密とか、何らそういうことはございません。もしも障害があるとすれば、一つは英語でございます、一つは時間でございます。
○高良とみ君 わかりました。私希望としましては、どうぞ世界中が待ち望んでおりまするこういう科学者による正しい発表を、また本委員会等も伺つたのでありますから、一日も早くできまするように、文部省も学者の方々にこの方法と、また費用等を御用意になるように私は希望いたしておきます。
○竹中勝男君 先ほど山下委員の三好博士に対する御質問の点、伺つておつたのですが、もう一つこれは素朴な一般的な国民の疑問に対する科学者陣の権威のある回答として伺いたいのですが、すなわち原爆症はなおるかなおらないかということついて、まあ結論的には三好博士はなおらない、現在の科学治療の方法ではなおらない、将来もなおらないだろうというふうに言われたのですが、また他面から言えば、軽症のものはなおる、治療することが可能である、重症のものはこれは治療の方法がない、なおらない。これは一般の病気にでも言えるのじやないかと思うのです。一般の病気でも軽いものはなおる、ある程度以上に重くなればこれはなおらないというふうに、常識としては私ども考えられるのです。それでは原爆症のなおらないという理由ですね。理由といいますか、原因といいますかの特色がどこにあるのでしようか。すなわちこれは全身症であると言われるのですけれども、全身症の中のどういう点が治療できないのかということが国民が知りたいところだと私は考えております。時間がありませんからこれに関連することですけれども、これは厚生省の当局にも伺いたいのですけれども、国民の今非常に不安に思つておる一つのことは、われわれの食品の中に放射能が相当含まれておるということです。最近には日本海の魚類にも多量に放射能が含まれておる。そのために依然として漁獲されたところの漁類が廃棄されておる。また野菜の中にも、自然水の中にも放射能が依然としてあるということ、どの程度の放射能が身体に有害なのか、すなわち有害であつて、しかもそれはなおる程度のものであるかということは、現在広い国民の生活の立場、漁業者の利害だけでなくて、生活問題だけでなくて、国民の全体の生活の上に非常な不安を与えている。で、食物から入るくらいの放射能だつたらなおるものなんですか、あるいはそれはなおらないものなんですか。こういう点もこれに関連してお伺いしたいのですが、さつきの御説明、大へん私はよくわかつたのですけれども、もう少し素朴な言葉で素朴な国民の疑問に対して答えていただきたいと思います。
○参考人(三好和夫君) 先ほど私が申し上げましたことは、ちよつとおわかりにくいかと思います。結局放射能症と普通の病気との違いということを申し上げてみたいと思いますが、たとえば細菌感染というようなもの、あるいは結核とかというようなものですね。これはむろん非常に重症になれば、どうやつてもなおりませんけれども、今のお言葉のような、意味の重症者でありましても、これは細菌を殺す方法ができればなおるわけでございます。事実ペニシリンなんかの薬では、そういう今まででは助からなかつた敗血症とか、そういうものがいかに重症でも、それを使うために助かるようになるわけです。初めから、早くから使えばもうそれはそういう病気が起きなくなるくらいになおる病気でございます。ところが放射線というものは、初めかけたほうから申し上げますと、かけてしまえばからだの中の何%、あるいは何一〇%これがだめだということになりますが、これは細胞は死んでしまうわけなんです。この死に方のむずかしい機構に関しては、あるいは岡本博士から御説明願つたらいいかと思うのですが、骨髄なら骨髄のうちの何%かの細胞が死んでしまつて、死んだ細胞はもうこれは生き返らないのです。従つてなおるためには、幸いに生き残つた細胞がだんだんに分裂してふえて来まして、ほかの今までいて一緒にやつていた組織や細胞の能力までカバーするといいますか、そういうふうにならなければだめなわけであります。ですからおのずからやられた程度に限界ができて来るわけです。従つてこれも放射線医学的には動物実験の成績によりますと、何レントゲンまでかければ何一〇%まで死ぬというようなことが出ておるわけです。ただ生物、動物、人間に個体差がありますから、むろんある程度きまつたレントゲン量をかけても死ぬ人もできるし回復する人もできるわけです。 それからもう一つ治療法ということについてですが、死ぬような場合にでも、その死因としては細菌感染とかそういうものが起つて来るわけですからあるいは出血とかそういうときに、輸血とか抗生物質をやれば死ぬべきものも助かるという例はあるわけです。ただし非常に大量をかければ、これは輸血をやろうと、抗生物質を幾らやろうとこれは助からないです。それから非常に少くかかつた場合には、何にもやらず見ていても助かります。ただ、その中間、どつちへころぶかわからんときに、そういう治療法をやればいいことがわかつているわけです。それから食品のほうはちよつと……。
○竹中勝男君 私のお伺いしているのは、まぐろを食べたぐらいでは放射能病になつてもなおるかどうかということなんです。
○参考人(三好和夫君) これは御説明願つてから、なんでしたらまたちよつと付け加えさしていただきたいと思います。
○説明員(楠本正康君) ただいまの御指摘の点は、おそらく恕限度、許容量というような問題だと思います。これらの点に関しましては、私どもにおきましても治療法の確立とあわせましていろいろ研究をいたしておりますが、現在私どもはこれらの恕限度につきましては、アメリカの標準局で定めましたもので、現在におきましては国際的に認められておる一つの基準がございます、これを一応私どもは採用いたしておりますが、これによりますと、ごく専門的なことを申し上げるようですけれども、飲み水等につきましても一日二リツター以上飲むものとしてもまあ三十乃至四十程度までならは毎日連続使用して支障ない。もちろんこれは放射能物質の性質にもよりますが、これをまあ一応はストロンチユウムというようなものを考えてもそれぐらいのものは許容できる。さらにきわめて一過的に、一時的に飲むならば何千カウントまでも許されるというようなことに相なつておりますが、これらのいろいろな基準がございますので、こういうようなものをかれこれ勘案いたしまして、現在東北地方等でも九月の末に大分放射能の雨が降りましたが、なおこの際私どもは井水あるいは水道水等も調べてございますし、また野菜その他も調べてございます。また最近は稲の中にも若干の放射能が認められるというようなことでございますが、これらは現在のところはいずれも許容量を下廻つております。さらにおそらくこの結果はまだ出ておりませんが、分析いたしますれば、必ずしもストロンチユウムとかいつた減衰期の長いものばかりではあるまい、かように考えられておりまして、現在のところは国民生活に別に支障がある程度の汚染は毛頭ないと確信をいたしておる次第でございます。
○有馬英二君 それじや大分時間がおくれましたが、私一つだけ伺つておきたいのですが、先ほどから山下委員からも御質問もあつたのですが、つまり原爆症がなおるか治らんかというような御質問に対して、参考人から誠に適切なる御答弁があつたと、私も実は医人の一人として感服をしておるのですが、要するにこういうことだけはお聞きをしてもいいんじやないか、あるいは御答弁ができるんじやないかということも考えるのですが、ただいままだ入院加療中の人、久保山さんだけが亡くなつたが、入院のときは五名重症があつた。そうするとまだ二人重症が残つているはずである。それも十分お手当をしていらつしやる。それからあとは二十名ですか、十九名ですかにも十分治療の方法をとつておられると思うのですが、私は考えるのに、その全部が全部これは同じような障害をこうむつているとは考えられない。初め三名が重症であつたと言いますから、この三名は特別に多量の障害をこうむつた人であつたに違いないのですが、あとの人たちも同様な障害をこうむつたとは考えられない。これはもう一人一人みんな違う程度で障害をこうむつた。従つてそのうちには非常に軽い人もありましようし、それからだんだん階段的に重症に移つていると了解して差支えがない。そういたしますと、今治療中のうち大体どれくらいが回復可能であるか、あるいはそういう言葉が適切であるかどうかはわかりませんが、まあなおると通俗的に言うたほうがいいのか、と認められますか。あるいは非常になおるのがむずかしいというのが何名か、なおることがちよつとこれはどうも考えものであるというような患者が何名おるかということを一つお教えを願いたい。
○参考人(熊取敏之君) ただいまの御質問でございますけれども、現在のところ患者がまだ入院中でございまして、具体的に回復可能が何名、回復不可能が何名、そういうことはまず申し上げられないと思いますし、それから現在までの調べましたデータからでは、今早急にそういうふうな形で結論を出すのは早いと私は考えております。これがいわゆるなおるという有馬先生のお言葉でございますが、先ほど小山医長からもお話がございましたように、いわゆるなおるという場合に、私たちの一番心配と言いますか、心配と言いますと言葉が悪いのですが、今大切だと考えておりますのは、この患者さんたちの従来の職業でありまして、これは相当の筋肉労働、重労働をして来た人たちばかりであります。いわゆるなおるというこのごく一般的な言い方なんでありますが、そのなおるということを職業まで結びつけて考えた場合、しかもこれは私は詳しいことは知りませんけれども、ああいうふうな漁撈に従事しておつた方が転業するとか何とかいう場合に、非常な、普通の人が職業を変えるというのとは比べものにならないほどの困難があると思うのでありまして、そういうことを合せて考えますと、今回復可能が何名とか、回復しきれないものが何名というような格好の結論はとうてい出せないところだと私はこう考えております。はなはだ質問に対して正鵠を得ていないかと思うのでございますけれども、将来のそういうことまで考えた上でないと、とてもお答えはできないのじやないかと、私はこう思います。
○有馬英二君 どうもむずかしいことであろうと思いまするし、またこういうことはまだ治療を受けておられる患者に対して精神的にも影響を与えることが多いと思いますから、はつきりこの人はこう、あの人はこうということをお答えにならなくても私はいいと思います。ただし目下治療中の患者が何%はもう確かにこれは回復可能である、今の回復という定義が非常に窮屈なように、つまり漁撈に従事するというような重労働に耐えるかどうかということを私は聞いておるのじやないので、それは何といいますか、普通の人として生活するくらいのことでいいのでありますが、結核患者が結核がなおつた、しかし手術を受けてどうも普通の人と同じような生活はできないというようになつても、これも一つのなおりようであります。ですからそういうようなことにまあ大体考えて、半数はもう普通の入として働くくらいのことにはなるだろうというようなお見込みくらいは、お洩らしになつても差支えないと私は思いますが、どうですか。
○参考人(三好和夫君) どうもそれは先生のお話とも受け取れないと思うのですが、初めから重症者が三名あるとかいうことも私たちのほうでは全然発表したことは……それは東一だけの話のようですけれども、患者さんは今現におりますし、何とか元気にしてなおしたいということはわれわれはもう十分考えておりますので、必要な発表があつたら特に発表いたします。だから逆に悪いと取られても困りますけれども、それは何%はどうだとかいうようなお話はちよつと……、お心持ちはわかりますけれども、お答えするのがなかなかむずかしいのじやないかと思います。
○有馬英二君 もう一点伺いたいのですが、いろいろな材料をお持ちになつておられるに違いはないのですが、その材料について動物実験をおやりになつておられると思いますが、どういうような動物実験をやつておられるか、岡本さんのところでやつておられますか。どこでやつておられるのでありますか、もしやつておられるのだつたら、その成績を伺いたいと思います。
○参考人(岡本十二郎君) それでは私のところでやつておるのを申し上げます。まず一つは、放射能がもしからだに入つた場合に、動物が放射能をとにかく追い出さなければならない、どうすればいいか、こういう問題であります。これはアメリカではすでに鉛中毒の子供が大へん多いのでありまして、鉛中毒ではEDTAという薬を使つております。そのEDTAの効果については私たちやつております。それからあのビキニの灰をわずかながら被つたズボンとか布、これはときどき上陸された船の方からもらつたやつに動物実験で、たとえば非常にわずかなカウントの巣を作りまして、それで動物を養つております。そのほか汚染されたときの除去法とかそういうことはもちろんやつております。そのほか体外から放射された場合の血液の変動とか、あるいは体内に注射した場合の血液の変動とか、体重の変化とか、そういつたこともやつております。簡単ですけれども……。
○委員長(上條愛一君) 大へん時間も参りましたので、本件について参考人各位に対する質疑はこの程度にいたしたいと思いますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(上條愛一君) それでは御異議ないと認めます。 各参考人の方々には御多忙の身をもつて長時間にわたつて貴重なる御意見を御発表いただきまして、誠にありがとうございました。原水爆被害はひとり日本人のみならず全人類の問題であると存じます。また現在罹災中の患者の治療につきましては、今後とも医療上万全の処置を講ぜられますように特に御配慮をお願いいたしたいと存じます。はなはだ長時間にわたりましてありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。 それでは本日はこれにて散会いたします。 午後四時三十三分散会