決算委員会決算審査に関する小委員会 第5号
- 発言数
- 37 件
- 登壇者
- 5 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1954/03/04
会議録
○委員長(谷口弥三郎君) それでは只今から第七回決算審査に関する小委員会を開催いたします。 前回におきましては農林省関係国庫負担法並びに国庫補助法による補助金につきまして、その不当事実発生の原因とか防止対策などについて専門員、会計検査院、農地局、林野局、水産庁などから説明を聴取したのでございまするが、本日はこれに続きまして、只今会計検査院長、水産庁長官、農地局長などがお見えになつておりますからして、どうぞ御質疑並びに御意見のおありの方々は順次御発言を願います。
○山田節男君 この決算小委員会で補助金に関する審査をしてる途中でありまするが、私はこの際会計検査院長にこの審査に関連して若干御質問申上げたいと存じます。 大体決算委員会、殊に本小委員会が取扱つている補助金の決算に対する会計検査院の報告に基いて、いろいろ説明を聞き、又その関係当局者の責任者からいろいろ説明を聞いているわけですが、どうも我々として殊に国会における決算委員として不信といつちやおかしいですけれども、この決算に対する一つの国の行為といいますか、並びにこれに協力する国会の、殊に決算委員会の関係、或いは立場といつたものが、実際問題として不可解な点がありますので、この点を一つ院長から責任ある御答弁を願いたいと思うのです。 で、第一に今日の会計検査院は憲法によつてその地位を定められ、又会計検査院法という法律によつて職務権限が明確に規定してあるわけです。従つて憲法並びに法律によつて定められた地位、職務、権限、これに基いて国の収入、支出の決算を検査する、これはもう誠に明確になつているわけです。併しこうして実際問題として各官庁の歳出の、支出している行政的な部面において、誠に我々としても寒心に堪えないものがある。今日まで検査院の、今おられる小峰第三局長なり、或いは第一局長なり、事務総長なり、いろいろ会計検査院の当局の説明を聞いて見ましても、極めてこれはリザーブした言葉で表現しておられますけれども、この検査院の報告書を見ると、この裏に潜んでいる会計上の不正行為、これは誠に恐ろしいものがあります。そこで従来会計検査院はとかく主として資料検査をやる、勿論実地検査もやられますけれども、例えば建設、農林両省の関係のごとき非常に職場の多いところでは、六%乃至十一%の実地検査は、それはできない。併しなお、それだけの極く僅かな、極く一部の決算の検査を見ましても、もう恐るべき事態が、ここに指摘されておるわけです。こういう会計検査院の報告に対しまするこの関係当局の責任者の言によればこれは誠に遺憾であります、訓告を受けました、或いは厳重に注意いたしました、或いは注意いたしましたというので、この当決算委員会に対しまして、この会計支出の効果に対して、決算についてかような不当なもの、そうして会計検査院から指摘されながら、これが一ぺんの陳謝によつて、国の支出行為はこれによつて承認といいますか、是認されなくちやならんというのが、今日の国会における決算委員会の状態なんです。 かような事態からいたしまして、私は院長に第一の点としてお伺いしたいことは、今日のこの会計検査院法によりまして、単なるこの監督批判というようなもの以上に、例えば懲戒の要求であるとか、その他行政的に再びかようなことは繰返されないように是正をなさる権限があるやに、この法律に規定されておるやに了解するのですが、どうもこの新らしい憲法の下で、この新らしい会計検査院法の下において、これは非常な御協力をなさつておることは……全体の結果からみれば、いたずらにこれが監督批判に終つて、行政的に見まするというと、是正の効果が上つていないというふうに私はとらざるを得ないのでありますが、これに対して院長はどういう見解を持つておられるか、若し私が御質問申上げた点が然りであるとすれば、どこに一体今日の会計検査院として、法の定むる目的がとれ得ないのか、そういう隘路があれば率直に一つ御意見を承わりたいと思います。
○会計検査院長(佐藤基君) 只今お話の通り、私といたしましても、いわゆる不当事項というものを、二十七年度の決算報告を最近差上げたのですが、前年より殖えておるということは殖えておりまして、それは毎年実は殖えておるわけです。非常に遺憾に思いまして、殊にその殖えている点をもう少し分析しますというと、補助関係の不当事項が殖えております。そのほかの事項はこの前の総括説明でも申上げました通り大して殖えていない。ものによつては減つておるというふうに見ておるのであります。そこでこちらでもしばしば御論議になつておると思いますが、この補助金関係をどうすべきかということが、私としての差向きの大きな問題の一つになつております。この補助金関係は私どものほうの大部分が第三局で所管しておりまするが、非常に不当事項を摘発しておる。私としてはこの不当事項の摘発が殖えれば殖えるほど、どうして不当事項が殖えるか、是正的効果が挙らんじやないかという点に実は非常に心を悩ましておるのでありますが、個々の事項の摘発も勿論必要であるし、又やらなければならんのでありますが、それと同時に是正的方法をどうやつてやるかということが重要な問題であります。 そこで検査に当りまして個々の事項を指摘する、その当該の直接の責任者に対してやるのでありますが、この是正的効果を挙げるためには、結局諸種の事業に対する指揮監督の権限を有する者に対して反省を促すということが極めて必要じやないかと思いまして去年、一昨年あたりから大分やつておるのであります。この所管の三局におきましても、そういう見地から大分やつております。おいおいに効果は上つて来るとは思いますけれども、これは補助関係というのは昔からあることのように聞いておりまして、ただこれほどひどいものとは実は思わなかつたのであります。補助関係は実は二、三年前に建設省の関係におきまして、大分重点を置いて所管局長がやつたわけなんであります。その建設省の関係はこの二、三年前の検査報告を御覧になるとわかりますが、大分減つております。だからこちらが一生懸命、やはり個々の事項を摘発すると同時に、同じようなことが起らんように、首脳部に注意を喚起するということによりまして、相当効果は上げ得るものと思つておるのであります。建設省関係はそういうふうになつておるのでありますが、遺憾ながら農林関係の補助はまだその段階に行つておらん、これは非常に長年の慣習といいますか、惰性と申しますか、そういうものもあるようで、検査を受けるもののほうで、私のほうから不当として指摘しても、それほど感じないんじやないかというふうなことまで思われるのであります。だからどうしてもこれを直さなきやいかん。個々の摘発をすると同時に、指導的に、同じことを繰返さないように責任者に注意するという方法をとつております。 それから懲戒等の問題でありますが、懲戒の問題につきましては、その官吏に対する懲戒というのは、身分権の一つの内容であるという見地から、現在におきましては、検査院としては直接の懲戒権はないのであります。懲戒を要求するという建前になつておりまして、過去数年間にこれが懲戒の要求もしておりますが、その身分権を持たない検査院に懲戒権を与えるかどうかということは、これは行政的にも非常に問題のある点だと思いますが、少くとも現在におきましては、懲戒権は身分権の内容であるからして、身分権のあるものがやる。ただ身分権のあるものの懲戒権の発動を検査院から必要によつて要求するという建前になつております。現在の制度としては、大体それで止むを得ないのではないかと思つております。この懲戒、或いはそれに至らない事犯につきましての各省の態度を見ますというと、私の感じたところでは、非常に真剣になつて来た。もとはこちらからいろいろなことを言つても、余り反響がなかつたのでありますが、この頃はこちらのほうの意見というものを十分反映しまして、懲戒のほうも相当昔に比べれば徹底的に行われているというふうに私は見ております。
○山田節男君 まあ院長としては今の補助金の制度の決算状況を仔細に話されましたが、もとよりこの小委員会はやはり補助金の制度の委員会でありますから、補助金ばかり審査するわけでありますが、併し、これは単に補助金ばかりでなくて、一般会計の歳出を見ましても、又例えば農林省の食管特別会計のごときは、二十六年度における決算において、不当事項として強く指摘されておるにかかわらず、二十七年度に同じ性質のものを更に又厖大な、より厖大なですね、国費を濫費するようなケースが起きているわけなんです。で、私はこれは単に補助金のみにとどまらず、一般会計において歳出というものが極めてだらしなく行われておるということをも含めての根拠に立つて御質問申上げておるのであります。今院長の御発言によると、どうも官庁が言うことを聞かないのだ、聞かなけりやどうもしようがない、こういうような御意見でありますが、併し会計検査院の会計検査院法なり、或いは会計検査の、いわゆる近代的な意味における会計検査院の活動という意味からすれば、やはりこれは単に指摘し、監督するというのみならず、その上にもつとそういうものを再び繰返さないだけの、ただ意見を述べるというようなものだけでなくて、もつと現行法で以て積極的な、もつと効果的な方便がなし得るんじやないか、それを、とかく帝国憲法時代の検査院の伝統に、やはり会計検査院自体が一つのこれはマンネリズムに陥ると申しますか、新憲法の、又新らしい法律の下に職務権限が定められておるにかかわらず、それを効果的に発揮しないというところに、大きな原因があるんじやないだろうかというように思うのですが、この点に対する御見解は如何ですか。
○会計検査院長(佐藤基君) 只今御指摘になつた二十六年度、七年度、同じようなことを繰返しておるという点、恐らく麻袋なんかはその問題と思いますが、二十六年度で我々のほうとして不当事項として掲げ、十分に向うに注意を促したつもりでありますが、それが二十七年度に又やられるということは、我々としても非常に遺憾に存ずるのですが、どうしてこんなことを又やつたのか、非常に遺憾に思つております。それで、そういうものは極端な例でありますが、大体においては一遍不当事項として指摘した不当事項を、又繰返すということはめつたにないことだと思うのでありますが、それに関して検査院として、これを繰返さないで是正するような方法は、単なる監督とか検査ということでなしに、もつと一歩進んだら、どうかというふうな御意見のように承わるのでありますが、結局懲戒権を会計検査院に与えてはどうかというふうな御趣旨の御意見かと思いますが、これは先ほども申します通り、なかなかむずかしいもんでありまして、身分権を持つておる本属長官というものは、あらゆる角度からその職員に対しまして目が届く、監督もし、目も届くのであります。ところが、会計検査院といたしましては、単に会計経理、まあ広い意味において言うのでありますが、会計経理を通じてその職員の責任を問うのでありますから、その職員の全体の行政に対して責任を問うということと場合によつて大分距りのある場合がある。例えば、本属長官においては、その人のほかの仕事のやりぶり、殊に従来のやりぶり等を見て、割合によくやつておる、どうしてこんな間違いをしたのだろうと思うこともあるし、私どものほうからして見れば、その会計行為の不当事項が発生した場合に、その点だけを主として見ることになる。まあそういう関係で、それから又他の職員の会計以外の身分上の責任として懲戒する場合との権衡の問題もあるし、これらの点を合せて見ますというと、国の制度としては、やはり懲戒というのは身分権を有する本属長官がやられるのがいいんじやないかというふうに現在まで思つております。恐らく国の建前もそうなつておると思いますが、併しながら、我々のほうとしても、職責上なすべき懲戒要求はしておりますし、又これによつて本属長官は懲戒をしておるのであります。
○山田節男君 この会計検査院法の第三十四条が、私は会計検査院として今院長のおつしやつたようなことをやり得る根拠の一つじやないかと思うのですが、例えば会計検査院法の第三十四条を見ましても、これは会計検査院として院長の名前において、これは私は理論的に総理大臣に対してもできるじやないかと思います。勿論各官庁の責任者に対して、院長として当然第三十四条を発動して、そうしてこれは多少の拡張解釈をしても、この法の趣旨にもとらない範囲において、終戦後における年々会計検査院の指摘する不当事項というのは、全くそれは算術級数というよりは幾何級数的に殖えておる。こういう事態を、これはもう会計検査院の職務権限としてチェックするという絶対的な責任を持つておるわけなんです。これは今あなたのおつしやる言葉の裏を返せば、私は今日の機構なりそれから予算というものが、本年度の予算なんか見ても、四億足らずぐらいのものじやないかと私は思いますが、そういう極めて貧弱な予算を以てどうすることもできない。そういう現在の意味が含まつておるじやないかと思いますが、この会計検査院法の第三十四条その他の監督指導というよりか、むしろこれを是正するという意味の発動を、現行法においては今やつていらつしやる以上に発動し得ないのかどうか。又これが多分に政治的な或いはその他のほうの圧迫があつて、これは会計検査院の立場としてそんなことは考えられませんが、併しそういうふうな政治的な圧力で以てなし得ないのか、この点はどうです。
○会計検査院長(佐藤基君) ときどき会計検査院に対する何らかの圧迫があるじやないかというふうな御意見を承わることもあるのですが、そういうことは絶対にありません。これは少し例は違いますが、進駐軍時代におきましても、ほかの役所はいろいろな話を聞いたのですが、我々のほうは殆んどなかつたし、あつても突つぱねた例もありますし、いわんや国内関係においては、法律の命ずる通り、我々は身分の保障がありまして、決して他から掣肘することはできない。 なお、改善意見の表示等の問題でありますが、これは成る程度検査方針と申しますか、それにも関連することかと思いますが、従来も改善意見は若干出しておりますし、将来も出したいと思います。ただ、検査が個々の不当事項の摘発ということに重点がおかれて来るというと、比較的改善意見を出す余地も少いかと思います。それじや本当の会計をよくするという点において十分でないので、この頃は経理が大体どういう傾向になつているか、それがどういう影響を与えておるかという大局的な観察をするように、各局もやつておりますので、これからますます改善意見というものは出し得るものと思つておるのであります。
○山田節男君 この会計検査院法の第三十四条その他の監督それから積極的な是正する職務権限、これでまあ現在以上のことができないということになれば、私はこの新憲法の下においては、会計検査院というものはこれはもう天皇の直属の機関じやない。併しながらこれは国会の所属でもない。併しながら国会に会計検査院が出しまする会計検査院法による決算の報告を我々は審議するわけですが、会計検査院としたらば、そういう政治的な動きはできない。併しながらありのままの事態を私は国会に正直に詳細に報告する義務があると思う。例えば、我々ここで審査しておる昭和二十六年のタイから買入れた砕米混入の問題、二十七年度におけるビルマから買つた黄変米の問題、並びに麻袋の問題、これ等もこれは小峰第三局長のお話を聞いておりますと、又我々の集め得る資料を見ましても、ここに極めて簡単に書いてある報告書の裏には、どういうことがあつたかということは、これは想像に余りある。国会は、これは会計検査院と違つていろいろの政治的な狙いもできるわけです。併し、これは我々与党野党というものじやなくて、超党派的なこの決算委員会としましては、十分この点については、政治的な批判を加えて、それが倒閣の材料になろうとも、とにかく決算委員会の方面から言えば、この事態を究明しなければならない。そういう場合に、我々が単なる投書を集めたり、或いは関係の官庁の責任者、或いは例えば米その他の主食の購入のような場合には、食糧庁の責任者をここへ呼びましても、大体我々が聞き得る範囲というものはきまつておる。そういつた場合には、私は会計検査院としては、例えば昭和二十六年度のタイ米の購入の問題に関する会計検査の報告、或いはビルマ米の購入における黄変米の処置による国費の浪費と申しますか、それから或いは麻袋の購入に関する問題、そういうものは個別的にこれは当然極めて詳細な報告を私は出すべきものじやないか。併し極めて抽象的である。これは検査報告の立場として余り詳しくは書けないと言われるかも知れませんが、併し、イギリスやアメリカの決算報告を見れば、こんな簡単なものじやない。極めて詳細なものです。又これが国会の決算委員会で会計検査院に対して要求すれば、これは院長なり検査官というものは、詳細に証言の形においても、これは我々決算委員会でしなければならん義務があると思うのです。併し今のような佐藤院長の御見解だと、今日の会計検査院法の下においては、会計検査院はそこまですることは、むしろこれは越権である、すべきものじやない、かような御見解かどうかその点を承りたいと思います。
○会計検査院長(佐藤基君) 御質問の趣旨がちよつとわかりかねたのでありますが、私のほうとしては、与えられた定員で、与えられた予算でできるだけのことはやつておるつもりでおります。詳細な点までわからんとおつしやるのは、どういう点かちよつと理解しかねるのでありますが……。
○山田節男君 それはもつと一口に言いますと、今日の会計検査院法に基く会計検査院、これは憲法も含めてですが、会計検査院として国会に対する関係はどうなんですか。これは政府に対して、内閣に対しては独立であり、又国会に対しても独立である、いわゆる不偏不党という立場はわかりますが、併し昔は旧憲法の下においては天皇の直属機関であつたけれども、今日ではそうではない。どこへ所属するのか。国会の附属機関でもない。その点イギリスとは違つておるように私聞いておりますが、そういうことになりましても、とにかくあなたたちの胸の中にあるものは、これはどこかに出さなくてはいけない。それが今日の憲法、会計検査院法の下においては、これは国会に来て十分あなたのほうで連絡をされなくちやならん義務があるのじやないか、法的に考えて。その点の見解をお聞きしているわけです。
○会計検査院長(佐藤基君) 私たちのほうといたしましては、或る検査の結果、或る事実を見出しますれば、それを洗いざらい出しております。ただ御質問の趣旨が、はつきりはおつしやいませんけれども、場合によると裏に潜んでおる事実というのは、或いは刑事関係までも含めての御意見かと思うのでございますが、そうじやないのですか。
○山田節男君 そうじやありません。それは関係なし。そうすると、具体的に言つて、二十六年度のタイ米の購入或いは二十七年度のビルマ米の購入或いは麻袋の購入に関する不当行為として指摘されておるものに対して、この検査報告に述べられておるものをもつと詳細に敷衍して、詳細な報告を求めれば、これは刑事問題に関係ないことですが、求めれば、その報告は我々は持ち得るということになるのですか、そういう意味ですか。
○会計検査院長(佐藤基君) 私どものほうといたしましては、調べた結果に対しては、何も包み隠さず、不当事項として全部挙げておるのであります。
○山田節男君 そうすると、具体的に申しますと、この食管特別会計の中で特に我々が詳しく知りたいというようなものについては、数字的にも又事実においてもより詳細な報告を求め得るということを確認してよろしうございますか。
○会計検査院長(佐藤基君) ここに書いてある以外のことをお求めになつても、事項にもよりますけれども、できることはいたしているのでありますが、大体我々としてなすべきことは大体やつてあるつもりでありますからして、それ以上の御要求があつても、余ほど時間でもかけなければ、ここに書いてあることの説明の範囲よりずつと細かいということになりますと、そう簡単にはできないと思います。
○山田節男君 例えば決算の検査報告に一ページで尽してある報告を、これを事実に応じて詳細に述べれば、詳細に報告すれば、これは五枚になるか、十枚になるか、これは私は大冊の報告書でありますから、極めて簡約化してここに発表してあるものだと思いますから、我々として、部外者から見ると、どういう径路でこういうような事実が指摘し得るようになつたのか、というその資料というものが出せないかという意味でちよつと……。
○会計検査院長(佐藤基君) それは今お話がありました通り、この検査報告が余り厚くなるものですから、成るべく要点だけつかもうというので、要点は掲げてありますけれども、例えば発見に至つた径路とか、その種の類似のことについては御質問によつて説明し得るものは説明いたします。
○山田節男君 それからさつきも御質問が出てちよつと回答がなかつたのですが、現行法で会計検査院が国会に協力し得るという程度と言いますか、範囲と申しますか、限界というものは院長の御見解としては、どの程度のものであるか、この点を一つはつきりして頂きたい。
○会計検査院長(佐藤基君) 御質問の要点がちよつと呑み込めないので話が食い違うかも知れませんが、御承知の通り、会計検査院は従来は天皇直隷機関であつたのであります。それで憲法の改正に伴いまして、会計検査院法も改正になり、天皇に直隷しない。純粋な独立機関になつたのであります。そこで私のほうの心構えといたしましては、民主国の会計検査院というものはどうすべきかということを内部でも十分相談しまして、それで結局、我々は国民のために検査をしているのだ、国民は大きな税金、而も現在においては重税を負担している、その重税がどういうふうに使われるか、これがやはり予算なり、法律に従つて使われないということは、国民として非常に迷惑な話なんで、国民のために検査する、国民のために国の経理をよくやつて行くということを会計検査院の使命としてやろうということを十分職員に伝えて、その趣旨でやらしております。従つて検査院としては、現行法の下におきましては、結局検査院が国の会計等を検査しまして、それを検査報告として、そしてこれを内閣に提出する、内閣がこれを国会に出される、そして国会において決算委員会で審査される、私のほうはどつちかと申しますと、いわゆる広い意味の財政監督でありますが、それが法規的な見地にどうしても重点が置かれることになるのであります。国会におかれましては、これは私のほうから言う必要はないのですが、政治的にもつと大きな見地から御覧になつて、責めるべきは責めるというふうにして頂いて、両々相待つて民主国の会計経理というものがよくなつて行く、こういうふうに考えておるのであります。
○山田節男君 これは言うまでもなく、今日の国会は、これは国権の最高の府であつて、国会が作つた法律によつて会計検査院が動いている、若し国会が今日の会計検査院の機能を以てしては十分な財政監督ができない、権能においても、予算的にもできないということになれば、これは我々は法律を変え得るのです。院長は今法律の範囲内においてやるとおつしやつても、今日の主権在民の制度においては、これはもう国会が国権の最高の府としてやつておるわけであります。そうすれば、前の旧憲法時代における会計検査院というものは、この決算報告を天皇に報告して、更に国会でこれを審査をして行くのですが、とにかく旧憲法の時代ならば天皇の直隷機関であるから、天皇に報告すれば、それでいいと言われるかも知れませんが、今日の憲法はもうそうでない。いずれかに出して承認を求めなければならないから、内閣を通じて国会に出す、それで国会で現在我々がやつておるわけですが、そういうことになれば、天皇に対する会計検査院の関係というものは、これは制度の差、或いは性質は異なつておつても、会計検査院は国会に対する一つの義務がある、大いに私は関係があると思う。今の院長の御見解によると、ただ事実を報告して内閣にこれを出す、内閣はこれを国会に出すのだという、何と言いますか、間接な関係でなくして会計検査院として不偏不党の独立の権限を持つた独得の地位を持つておると申しますか、決算の報告、これは予算と同じく決算は歳出の結果を検査する、これを国会で審議するのでありますから、そういう意味から言えば、これは会計検査院としては、進んであの会計検査院法によつて許された範囲内で、最大限の指導監督行政を行い、その結果を国会に報告されるということは、先ほども申し上げたように、それ以上のことは国会で政治的批判なり、或いは責任追及なりおやりなさい、これは御自由でございます、こういう御見解でありますが、私の聞こうとしている点は、先ほどの資料の提出の問題とも関連しておりますが、会計検査院としては、要するに我々のやつたこと、或いは検査の不当なら不当とか、或いは批難事項というものを、これを国会で何とかして下さい、こういう意味でおやりになるのか。或いは単にこれは事務的に、今の権限からいえば、こういう事実があつたのだ、これこれのことをやつたというだけの消極的な報告で、会計検査院というものの責務が果されると見るべきかどうか。これがどうも私は不審なんですが、院長として憲法或いは会計検査院の立場からのこれに対しての御見解を一つ承わりたいと思います。
○会計検査院長(佐藤基君) 国会と会計検査院の関係につきましては、会計検査院法を見ますというと、その点には触れておりません。ただこれは結局我が国の立権政治をやるのに、国会が最高の機関として政府の財政監督をなさる、その財政監督の材料にこの検査報告を御利用になる、そういうふうに考えております。そこでこれを何と言いますか、政治的と申しますか、そういう点から申しますと、先ほど申上げました通り、どうすれば国の会計がよくなるかという見地から、我々は我々に与えられた職責を十分やつて、それを国会に御報告しまして、そうして国会は又政治的見地から、これを利用されて、そうして民主国の財政経理がうまく行くというふうになされるものと考えております。
○山田節男君 余り長くなりますから、これで一応終りたいと思いますが、最後に先ほど院長は、各官庁が会計検査院の決算の検査によつて指摘された事項は拳々服膺して、次第にこれは是正されつつある、農林省関係云々というような話がありましたが、院長としては極めて楽観的にこういう一つの不法行為が改善の過程にあるというふうに観察しているように思うのであります。少なくとも私はそういうふうに思つておらない。というのは、建設にいたしましても、職場の五%内外、農林省関係にしても十一%ぐらいしか見ていないと思うんです。それらに基いた検査報告を見ても驚くべき事実に我々は思えているわけであります。こういう現実の事態にみて、会計検査院の院長としましてあなたは、極めて楽観的な御見解のようだが、併しこれが徐々に改善されるにしても、年々これは莫大な恐らく何百億という浪費が行われている。若し会計検査院がもつとスタッフを持ち、もつと予算を持つており、もつと大きな機構を持つておれげ、これは例えば三百億円の国費の浪費があるとすれば、会計検査院に対して五十億の費用を使つても、残り二百五十億というものは結局国民の利益になる。消極的に言えば、これは利益になるというような見解を、これは私は会計検査院の責任あるあなたとしては当然考えなくちやならん点だと思います。然るに今まで会計検査院として、昭和二十五年、二十六年、二十七年、こういう事実があるにかかわらず、何らこれに対する会計検査院の拡張であるとか、或いはこれは政府提案として会計検査院の権限の拡大強化であるとかというようなことを、これはさつぱり私まだ聞きません。こういう点がどうも私は会計検査院としてやはり昔のごとく天皇の直隷機関のごとく高く極めて神聖なように存在化してしまつて動いている。この行政上の問題については成るべく深くタッチしたくないという、私は気持が根本にあるから、この現在の各官庁における浪費に対してチエツクするというような名案が生れて来ないのではないかと思います。これは私は決してあなたが怠慢であるというようなことを申すのではなくて、いろいろなあなたとしては予算上の問題、或いは他の官庁との権衡上、いろいろ私は顧慮されているだろうと思うけれども、併しこういう事態を見ておつて、会計検査院としても、もうこれはしようがない、次第によくなりつつあるというような見解をとられるということは、これは私は非常に残念なことだと思う。 そこで私御質問申上げたいことは、現在の陣容、まああなたの部下の局長の諸君から聞いても、極く貧弱な検査官の陣容で以て非常な努力を以てこれだけのものをまとめておる。これはもう私は人為の及ぶ最大限度の努力をしておられると思う。涙ぐましい努力の結晶であると思う。併し今私が申上げるように、全体から見れば、これは極めて僅かなものである。国会といたしましても、国民としても、せめてこれを三〇%或いは五〇%徹底的に調べるということになれば、これは非常に国家の利益なのです。そこまで私は会計検査院として、積極的にこれは出るべきものではないかと思うのですが、寡聞にして私は会計検査院にそういう方面の御意思があるということも聞いたことはないのです。まあ院長としては現在のままでまあやるべきものと、この程度でいいのだという御見解なのか。或いは積極的にもう少し機構を拡大して各官庁に対して厳重な会計検査院の一つのフォームをあみ出して、これをやれという工合なその気持、したいというようなお考えがあるのか。或いは内閣の大臣でなくて、内閣総理大臣に向つて、これは当然院長としてこのふしだらなことについては、一つの権限、勧告ということはできないでしようが、報告の形式において注意を強く喚起するということは、これは又当然の義務じやないかと思うのですが、現行法においても、今私が申上げたようなことができるのかできないのか。それから現在の機構、或いは予算上でこれでやむを得ない、この程度でいいというようなお考えなのか。この点一つ明らかにして頂きたい。
○会計検査院長(佐藤基君) 会計検査院の機構問題ですが、これにつきましては、沿革的に申上げたほうがよくおわかりだと思いますが、憲法改正によりまして、アメリカの主として指示だと思いますが、会計検査院が人的に数量的に三倍以上になつたのであります、二十二年ですか。その頃に私が検査院に入つたのでありますが、見ますというと、人は殖えたけれども、果してこれがフルに活動できるかということを一番先に考えたのであります。申すまでもなく、会計検査院の仕事というものは、相当何というか、熟練を要する仕事でありまして、検査に行く者が検査される者よりも知識が乏しくては徒らに馬鹿にされるだけで何にもならん。だから検査院の職員というものは如何にして能力を引上げるかということを一番先に私考えまして、就任以来、講習とかその他いろいろな質的向上を図ることに努力して来たのであります。その結果、御覧になるとおわかりになると思いますが、二十三年度の検査報告からだんだん比べますというと、相当に検査能力も高まつて来たのであります。そこで去年ぐらいですか、一昨年でしたか、そろそろ会計検査院の現在の職員の能力は大体においてといいますか、十分とは申しませんけれども、相当上つて来たので、まあこれでやつて行ける。そうなつて来るというと、今度は新たに人を加えて量的の増加、質的の向上を図る、量的の向上というものを次に考えなければならん。これは即ち検査院としての職責を果すゆえんだというので増員の要求を若干したのであります。ところがまあ幸か不幸かとにかく非常に何というか政府の節約のときにぶつかつたものですから、その要求は幾らも実現しなかつたのであります。二十九年度につきましても、同じ問題が起りまして又行政整理で人を減らすのでありますが、この点につきましてもよほど主計局のほう、政府のほうにおいても検査院の活動を理解してくれましたものか、いわゆる管理職員、庶務、会計というような管理職員につきましては、他の役所と同じような減員をするし、又こちらも応じたのでありますが、検査部局だけは違う、最近の補助金関係などは実に寒心に堪えないということを申上げまして、そちらのほうに管理部門で減少すべき人間の相当数を回してくれたのであります。振替えたのであります。そこでこの補助関係は二十九年度予算が成立すれば相当充実される。のみならず旅費の点、私のほうとしては検査旅費、実地検査が非常に重要になりますので、旅費の点においても、その必要性を強調いたしまして、前年度の約四千万円に対する、額としては大したことはないと言われるかも知れないが、とにかくこういう際に五百万円近く回してもらつた。そういう関係でまあ十分とは申せませんけれども、前進をしておるつもりなのであります。だから、検査院の私のさつきの説明によると、不当事項がどんどん殖えておるではないか、院長は楽観しておるではないかと言われますけれども、それは数字的に説明すればわかると思いますが、前年度の千何百件、今年は千八百何件になりますけれども、その殖えたのはいわゆる補助関係の不当事項なんです。ほかの事項は、例えば職員の不正行為、或いは又、何でありましたか、二、三ありましたが、その関係においては、数字上減つているのであります。而も検査たるや、同数の人間で検査しておるのでありますから、傾向としては殖えているとは考えられないのではないか、そういう意味で、私は補助部門については、これは不当事項が殖えていると、前年度の不当事項の五百件に対して二十七年度は千件以上もあるのであります。不当事項の半分以上は補助関係です。だから補助関係だけは、これはどうしても今の手では足らんので、先ほど申上げました二十九年度予算においては相当の増員をしてもらうし、旅費も殖やしてもらつて、そうして何とかしてこの補助関係で不当事項が減るように最大の努力をしたい、そういうふうに思つております。
○山田節男君 それに関連して、今私はあなたのお言葉に返す意味ではないが、院長の今の楽観されたという問題ですが、これは成るほど各官庁の会計、予算執行に対する会計を一〇〇%検査されたあとの数字ならば、私はそういうことは言い得ると思う。併しあなたのお話の部下の局長、どの局長も実際の検査というものは一割内外を出ていない、それは異例があるかも知れないが、大体重大なこの歳出を行うこの官庁に対して一割内外しか調べ得ないというのが現状です。その一割の比率というか、数字から他の九割も推定して、大体これと同じようなことだということは、これは非常に危険ではないか、むしろ科学的に統一しなければならないのじやないか。そういう意味で、私はこれは一〇〇%検査しておつたところの、まとめたところの数字ならば、これは院長の言うように、私は同感です。併しながら一割内外のものを見て、他の九割も同じ理窟だという結果で、数が減つておりますという、そういうあなたの御答弁では、非科学的というか、実際的でないと思う。この点私はあなたの今の御回答では納得しません。 それからもう一つ私この際確めておきたいことは、吉田政府は、こうしてもう施政方針においても再三綱紀粛正ということを謳つておる。然るにこの十九国会においては造船疑獄、汚職であるとか、或いは船舶の建造の利子補給の問題において、これはどこまで波及するかもわからないようなスキャンダルを、年々吉田内閣の道義的な綱紀粛正なんということは言い得ないような醜体をさらして来ておる、会計検査院としては、単なるこういう決算検査報告を内閣へ提出するというだけにとどまらず、私はあなたの立場としたならば、むしろ内閣総理大臣に向つて事態はかくのごとくであります、それはまあ今あなたがおつしやるように年々減つてはおりますが、なかなかこれは数が多い、悪質なものもあります、あなたは綱紀粛正の政綱を堂々と掲げておられるのであるからして、一つあなたは行政的にもう少ししつかりこういう事項が起らないように厳正な一つ処置をとるようにしなさいというように、これは院長からこういうことを言われても、越権じやないだろう、職責上当然じやないかと思うのですが、今まで過去五年の吉田治世の中において、あなたは院長としてこういう単なる公式の報告書でなくて、院長として内閣総理大臣に直接この優うべき事態について反省を求められた事実があるかないか、この点を一つお聞きしたい。
○会計検査院長(佐藤基君) 最近はしておりませんけれども、私が就任した頃は、非常にこれは何にも会計職員だけを責めるわけに行かない。全部がまあ何と言うか、終戦後の混乱と申しますか、非常にまあ綱紀が弛緩したと申しますか、悪かつたので、その際に一度ですか、二度ですか、総理大臣に申上げたことはあります。それからその人員の増加の点につきましては、今お話のありましたように、事務的のみならず、もう少し政治的に人員増加を総理大臣なり大蔵大臣に直接強く要求する、そろそろ時期じやないかと思つております。これは結局人を殖したつて何にもならんじやないかと言われるのはいやですから、こちらの陣営が今の人間でこれで十分だ、十分に近い、これ以上やるには新らたに人を入れなければならん、勿論人を増したからつて直ぐ能率が上るのじやない。まあ私の経験では三年ぐらいかかると思いますが、そろそろそういう時期になつておりますので、今お話の点もありまして、十分考えたいと思います。 なお先ほど一割しか検査しておらんということを局長たちが言つたというのでありますが、どういう意味で言つたか、ちよつと私理解していませんが、とにかく検査箇所が約一万ありまして、そのうち二千いくら、四分の一くらいの数は検査しておりますし、又予算額としても大体八割以上を検査しているというふうな報告を受けているのであります。だから今一割というのはものによりまして、例えば補助関係等はこれはまあ非常に多いので、具体的な場所を上げると一割といい、或いは一割以下だと思いますが、八%とか言つておりますが、そういう関係はあるかも知れんけれども、そういう特別な補助関係を除きますれば、現在一割よりはもつとやつております。
○平林太一君 今山田君から言われたところの委員会の、いわゆる決算委員会の使命性格というものに対して、この重大なる再認識をいたされた御発言がありまして、私も心からこれは同感の意を表するのであります。でありますから、従いまして会計検査院長としての佐藤君に対しましては、私から申上げることは、むしろこの際どうして会計検査院の務めというものが、いわゆる国家の秩序、或いはこの維持というものの根底をなすこの会計検査のために、その最高の使命を達成し得るかということに対して、懇談的に御意見を伺い、御協議を申上げたいと、そういうふうにまあ存じております。戦争以来、二十二年以来の決算の状況を見ましても、社会的な状況というものは道義風教というものは年ごとに回復して参つたことは、今日何人といえども立証ができることなんであつて、いわゆる国民的諸般の事情というものは、みな整備秩序して参りました。殊に最も憂えておりました風教道義というものは、相当に日に日に回復している。然るにかかわらず、ここに現われておりまする会計検査の結果というものは累年増大して来る。而も二十七年から二十八年、最近に至つて、それでもう一度増大して来る時期があつても、それはまあ止むを得ないといたしましても、最近のような、一昨年から昨年と、こういう事態に対しましては、逆に戻つてそれが少くなるというような体勢ができ得ることが極めて常識的の状態なんです。ところが毎年これは殖えて来る、こういうことはどうもこの際やはり何人を憎むとか、罪するとか、それを糾弾するというような何ではないので、それを国家全体として、これじや困るんだ、こんなことで行きますれば、必ずこれは終局においては、これでとどまらない、一つの形を変えたものとして大きな事柄が発生するということを憂えなければならないわけです。事前にそれを処理したい、こういうわけなんです。そこで不正、殊に批難指摘されておりまする事項の中に、不当事項としたものが、更にだんだんと不当の蔭を断たない。蔭を断たないのみならず、殖えて来る。こういうことは、不当事項ということは、これは個人的な事柄に、これを性格的なものに判断いたしますれば、これはみんな刑事事件なんです。それは一つの機構の中において行われておることだから、不当だとこういうわけであります。そうしてこれがいわゆる検察上の問題として除外されておるところである。ですからこれはこの際、やはりこういうものが一つの習慣とか惰性とか、それで会計検査院から検査を受けて、それから決算委員会で、これはいちいち報告になり、それが検討される、こういうことでありますれば、何ら当事者に対しては痛痒を感じないのです。感じないから、そういう感じないその間隙の中に、一つの習慣的惰性として、それが乗ぜられているということを考えなきやならない。従つて私はこの官僚諸君というものは個人々々から言いますとみんな立派な人です。これはその内外のいわゆる行動というものを見ましても、みんな立派な人である。皆いわゆる知識教養兼ね備つた、又常識情操、そういう点におきましても、実に立派な人なんです。それは個人ではそういうことはしないわけです。ところが機構の中においてやることについては、それは何かその渦中に入ると言うのか、そういうことで、何か反省をせられるようなこともなくて入つて行く、そういうことはやはりあとを断たないわけです。従つてそれが個人々々においてそれを行われることでありますれば、眼にたつて、それが後のいわゆる防止に非常な影響を来たすなんていうことになることが、機構の中で行われることでありますると、これはむしろ殖えて行く傾向はありましても減つて行く傾向がないのだ。それからその渦中に入ることが、何か清廉廉直の士があつて、俺はそういうことはいけんと言つて一人孤立すれば、それは周囲から何か一つの別もの扱いにされる、奇人扱いにされる、こういうようなことが私はこの内部で非常にあると思うのです。これを一つ根本的に考えて、この問題の何をしなくちやならないのですが、今補助金の問題が出ておりますから、この補助金の問題を取上げただけでも、一体こういうような事件が多く出るということは、別に、その名は体を現わすというようなことがありますので、私はこういうことを感じますが、補助金ということは一致しないのです。これは我々のほうの責任ですがね、補助金というのですから補い助けるという、助けるというのは一体誰が助けるのだ、誰が助けられるのだ。今日の民主政治下におきまして、いわゆる国民は税を出すので、その税によつて適正なる施設に還元する、及びそういうことですからね。助けられるものじやないのです。それを、これも一つの官僚のずるさだが、補助と称しておるのだ。補正なんです。これは事実から言いますれば、補正予算と称し中央へ対して正しきを補うということがいいわけだ。ただそこで補助金というのだから、遂に補助金を出す当事者である官僚自体が、全国から、地方から最近陳情が多いというのも、こういう一つの事態の現象なんです。それですから、各町村、各地方団体というものは、補助金だから、助けてもらうのだから、陳情懇請ということが発生する。それからその当該の中小の関係者も、やはりこれを錯覚しておる。何かこれを助けてやる、自分のものをくれてやる、自分が権限の局長、権限の課長として、そうしてその自分の何か私しておるものを、又自分の権限に属するものを与えてやるのだ、こういうことなんです。それからそれを又受けたほうも、今日まだ民主政治の消化ということができていない、国民的な輿論におきまして。それだから何かもらつて来るのだ。だからその補助金を受けた、陳情をしてその間にすでに一つの常道を逸した行為が行われる。補助金を与える、それから受けるというときに、それだから何か政府に陳情しなければ、何かおみやげを持つて行かなくちやならない。地方の県会の議長が、又地方の知事などが、それを持つて行かなくちやならんという事態が出て来る。こんなことは、もう当然そういうことは、まあ官庁に対する何ですから、寒いとか暑いときには、そういうことはすべきことは人情の美風なんです。併しそれが一つの何か習慣でなくて、一つの規律した行為のごとくなつて来るという事態になつたわけです。それだから地方負担というものも、そういうものに対して陳情するというのだから、いわゆる補正を求めるということであれば、正々堂々として一人でいいわけだ。助けを乞うというものだから五人も十人も行つて哀訴歎願するということになる。そういうところに国家経費というものが非常に今日無駄な、さなきだに国力今日の非常に衰退しておるときに、それを必要以上にそういうものが使われている。こういうことは私は事態を根本的に一つ再認識してもらいたい。それだから地方におきましても、これが近来は滔々としてそういう事態が侵入して来た。だから地方財政というものが膨脹するということは、そういう面にも非常な大きな原因を作つて来たわけです。地方財政というと、昔は東京に陳情に来るというのは少かつたわけです。殊に補助金が今日は非常にこういうふうに厖大な数字をなして来ておりますから、こういうことを、会計検査院院長、十分に一つお考えになつて、会計検査に対する心がまえ、用意というものを、要するに現地において、会計検査院の権限に属し、或いは多少はそういうことは一つの会計検査というものは、検察的な行為を持つているのですから、行政的な処分要求ぐらいは個々の間において行われて差支ないのだ。つまりそれは良心的な行政処分を、それを関係者に求めればいいわけですから、あとは良心の問題ですから、そのくらいまでにして行きませんと、いわゆる十年河清を待つて、ただこれだけ形式的に会計検査院の報告を聞いて、決算委員会がこれをここの狭い範囲において検討して行く。で、この部屋以外にはどこにもこれはわからないのですから、何らのこれはあれはないわけです。只今山田委員も御発言になりましたが、今後もこういう事態、いわゆる批難指摘事項などは極めて軽微な問題であります。不正事件というものが相当続発する憂いが出て来たのです、これは思想的に。なぜかと申しますれば、今山田君もおつしやつておられますが、今の吉田内閣というものは、今の首相吉田君その人はもと綱紀粛正というものを、さすがにこれはいわゆる昔の官僚であつたのでしよう。自分が身にしみておるから、綱紀粛正というのを看板にして出て来た内閣なんです。ところが近来はこういうことを言わなくなつちやつた。現に今回の国会におきましての施政方針演説におきましても、綱紀粛正の問題は一言も触れていない。容易ならないことなんです。過去の明治、大正とか、或いは昭和の我が国がともかく盛んな時代には、いずれにいたしましても、国会の冒頭におきましては総理大臣の外交、内政の問題には綱紀粛正ということがもう第一に大きな主題として謳われたものなんです。これに対して野党の総裁が、総裁ですよ、これは、いわゆる普通の議員ではない、綱紀粛正の問題に対する総理大臣に対する質疑というものを必ず野党の総裁がやつたものです。そうして、いわゆるこの国の経理会計を通じて、この秩序を維持して、そうして国民的な道義、風教というものを求めたわけです、これは。ところが今日はどうなつたか。吉田君自体はその問題を謳わないどころではない。昨年あたりまではスキャンダルなしと言つておつた。常に予算委員会、私どもしばしばこの綱紀問題は大切ですから、昨年予算委員会におきましても、スキヤンダル問題について注意したのです。私はみずから自由党の与党の中にあつて注意したのですが、スキヤンダルなしという、そういうことを言つておられる。ところが今度スキヤンダルが出て来るとどうなつたか。そうすると今度は、スキンダルは検察部に任しておけばよろしいという。そうして検察部のその結論を待つて善処しようということに相成つて来たのです。これが天下に及ぼす、全国に及ぼすところの思想的影響、殊に行政部門に携わります関係に及ぼす影響というものは、これは容易ならないものなんです。一人の声で以て国会を動かすわけに行かないから、私はすでに困つた問題だと思つているけれども、そういうことなんです。それだから検察部のなにによつて善処していいのだと言つて、そういうものは検察部だけの当事者の間で行われておつて、政治的の大して責任はないのだということなんです。往年においてはどうであるか。今度の丁度船舶汚職問題と同じなんです。例の海軍シーメンス事件というものがあつた。これは私が申上げたことがあります。これは当時の当事者の海軍少将である艦政本部の長官である藤井某、中将松本某です。これがいわゆる軍法会議のそれぞれの処刑を受けてなにしておつた。併しこれが一度国会の問題として海軍シーメンス事件が出て来ると、一瞬を待たずに当時の総理大臣山本権兵衛は辞職した。総辞職したわけです。ところが総辞職は今日の国会のとは違う。当時天皇の信任によるものである。ところがこの総辞職のいわゆる陛下の、当時の天皇に聴許を求めることに対して当時の天皇、これに対して躊躇しない。みずから自分が信任いたした山本権兵衛内閣総理大臣の、自分がいわゆる見込み違いをしたのである。国民に対して誠に相済まん。かような汚職事件などを惹起すような内閣及び総理大臣を作つたことは信任に対する、いわゆる天皇自身としては不明である。この不明を国民に謝するために直ちに慰留はしない。それはこと汚職事件に対して直ちにこれを聴許して内閣の総辞職をせしめた。そうして天下の秩序、道義、風教というものの維持にこれ努めた。今日の民主主義時代に、その当時のことを考えても、我々は実に慄然たるものがある、今日の総理大臣吉田が言つておるような、あの言動というのは。併しそうなつて来たのだから、いよいよこの会計検査というものに対することに対して、我々は決算委員会としての使命というものに対して、実に考えなくちやならない。こんなことをしておりますれば、これはもうこういう一角から国の崩壊する一つの原因というものが必ず発生して来るのです、こういうことで行きますれば。だからそれは山本権兵衛だけではない。大隈内閣でしたか、当時の内大臣である大浦兼武という者が選挙に当つて不正選挙資金を捻出した。その不正選挙資金捻出先との間に、いわゆる政府との間に、何か情実関係を結んだということで、同一内閣における当時の司法大臣尾崎咢堂が大浦兼武を告発しようと手続を取つた。ところがそういうことでは困るからということで、内閣は総辞職するということにした。而も大浦に対しては爾後政界から絶対隠退すべしという、大浦兼武は立派な人であつた。これは佐藤君も御記憶にあると思います。政界から隠退する。全然世の中から、いわゆる今日で言えば、追放するということをみずから誓約した。これは個人的な問題じやないですよ。それが全国に声明にせられるときにおいて全国民が納得するわけです。そうして政府に対する信頼というものがそこにできることによつて、国家の庶民の秩序維持というものがそこに全うができるわけです。ところが今の吉田自体の言動はどうですか。司法部に任しておけばその枠で善処するのだ、今度のこういう影響というものは、私から申しますれば、恐らくこれは全国の市町村の、いわゆる自治体の当事者、自治体の関係者、これが必ずもうこのくらいのことはしてもいいんだ、当り前だ、補助金というものは国から我々の力で陳情の力によつてもらつて来たのだ、それだからこれは村民なり、市民なり、町民の施設に対しては、その一割や二割我我が当然酒食費として使つて差支えないのだ、現にこういう風潮が滔々として行われておる。そういう事態が補助金の不正事項として、これが最も多きを加えて来たという最大の原因なんです。これは政治問題に亙りますから、私はそれを別の角度からこういうことを申上げるわけですが、実に残念です。もうこの吉田茂自体の、決算委員会ですからあえて申上げるのです。吉田茂自体がもう今日起つた問題は、検察部へ任しておつて、それが済んでから、一年、二年三年なり、その後善処しよう。このくらい国会及び国民を愚弄した態度というものがないわけです。併しそれが今日内閣のいわゆる与党というものが、そういうものを反省しないんです。だから私は先日の緊急質問の、いわゆる議運に行つて、自由党国亡ぼすと言つた言葉は、とつさに出た言葉ではない。このままにしておきますれば、我が国というものは吉田茂、及び吉田茂を反省せしめることのできない自由党、これを支持しておる自由党によつて我が国というものは必ず亡びてしまう。亡びるということは、戦争によつて亡びるのでない。国民的な道義風教の上において全く無秩序、混乱に陥る。今日東京市街の街頭において言われておることを聞いても、もう今度のような事件が出て、こういうことなんだ、お互いに馬鹿々々しいことなんだ、だから一つみんな自分の身構えをすることに妥協をしようよ、こういう事態が滔々と起きておる。私は山田君の発言が極めて切実なものを痛感いたしますにつけても、これはこの機会に申上げざるを得ない。でありますから、会計検査院長は、吉田君に対しては、私はむしろ切々たる悲願を訴えてあなたの御使命が、御権限の範囲外のこともあることはよく了承いたしますが、どうか一つ重大な責任ということをお考えになられて、そうして同時に山田君が御発言になつたように、あなたのお役目というものは、いわゆる職権ですね。誠にその至上最高の識見を持つておらなくちやならない。その最高至上の識見というものを持つて、どうかこういう事態の起る、その当事者に対しまして処置を行なつて頂きたい。そうすることが、却つて愛児を鞭打つという言葉がありますが、愛児を鞭打つことになる。機構の中で行われているということに対してはまあ申上げたので、私はこれ以上深入りしませんが、先刻も申上げたことです。皆立派な人です。日本の官僚は……。併しその機構の中において、そういうことを知らず知らず無反省でやつておる。やつておればどうか、やがてやはり国も亡び、我が身も亡びなければならない事態が出て来る。どうか私は我が国のこの立派な官僚というものの諸君の築いておるこの機構及びそれらの人々の働いておる仕事に対して、ますます神聖であつて、ますます反省して行く。私は国会側にありましても、決して官僚諸君の幸福と繁栄というものを冀うことにおいては人後に落ちない。何と言つても官僚の機構陣営というものの繁栄するときにおいて、国というものは繁栄するのですから、そういうことについて、そのことを憂えるがために、如何にも今日というものは、もう想像することのできない、特にワンマンなどと称されて、自分も何しておりますが、そういうことのために、一人の行為は百人を過らしめる、一人の狂いは万人の狂いということを今日言つておりますが、今日は吉田茂という一人の狂いが、やがて千年、百年を狂わせるという事態に必ずなるのだということを、私は憂えるから申上げる。これは検査をせずして、私といたしましては主観私情で決して申上げることではないのです。だからそういう私が今申上げたことは、国会議員としてだから、こういうことが言えるわけです。併し国会議員として言う、そういうことに対しまして、私は会計検査院長佐藤君自体が、是非一つ今日以後改めて一つ御自分の御使命というものに対しまして、ときには身をむなしうして、自己の使命の遂行に勇気と果断を以て行われたい、こういうことを希望するわけです。でありますから、御意見がこれにありますれば承わりたい。これ以上私は質疑をいたしません。本日はこの補助金問題に触れておりますから、補助金の性格がどういうものであるかという一点を引いて申上げたわけですが、佐藤君にも定めし御苦衷もありましよう。併し御決意もあることと思いますから、御意見を一応求めまして、あとに対する私の質問を申上げることにいたしたいと思います。
○会計検査院長(佐藤基君) 只今平林君の御意見よく承わりましたが、この国家重大の時期に当りまして、殊に過去の検査の結果に照しまして、十分検査院といたしましては、国の財政経理の改善ということに更に一層努力したいと思います。
○飯島連次郎君 私も検査院長久し振りで出て来られたので、一、二お伺いしておきたいと思います。 先ほど両委員からの御質問並びにそれに対する回答で、大体私は聞かんとするところの大部分は尽されておると思いますが、ただ全体を通じて感ずることは、会計検査院長が統率をされて今日まで鋭意部下を率いて、その素質の向上なり事務能力に対する非常な練成に意を尽されて、その成果が着々挙つて来ておるということは、私ども決算委員会に二年余り身を置くものとしては、検査報告等に現われた具体的な事実を通して、これを認めるのに決して吝かではないのですが、と同時に、これが受ける立場に立つ各官庁の決算委員会における、これは総括的な態度等を経過的に過去三年近く振返つてみると、私は積極的なこれに対する善意というものがなされてないとは言わないけれども、非常に少いということを感ぜざるを得ない。この点は私は非常に遺憾であると思う。例えば具体的に例を、極めて少数の例を上げれば、昭和二十六年度決算における農林省関係の五百四号以下三百二十六件の批難事項に対して、中の処置を見ると、もう型のごとくに注意或いは厳重なる注意、訓戒、こういうことが殆んど九九%を占めているんです。驚くなかれ職員の不正行為によつて懲戒免をされているのが僅かに二件しかない。これだけの大きなことをやつているにもかかわらず、三百二十六件の大きに達している中で、懲戒免をされている案件というものは僅かに二件しかない。ここの決算委員会における答弁等を聞いて見ても、僅か一日なり、半日なり、ここで我我委員の質問に応じて、どうも申訳ありません、以後気を付けます、こういうことでありますが、一昨年もそうであつた、昨年も同様であつた、恐らく来年もそうでありましよう。そこを私ども決算委員としては、而も一兆の予算を組まざるを得ないという段階に追込まれた今日、こういう身を切るような国民の乏しい財源で、この国の破綻に瀕している国の財政を賄なおうという今日です。又再びこれが繰返されるということであつては、私は国民の前に何としても我々として会わす顔がないのみならず、そういうことを一日も速やかに、これは根絶せしめなければならないという、その責任を感ずるわけです。これは何も我々国会議員に限つたことではないと思うんですが、そういう責任感からこの決算委員会における各省の関係官の答弁の態度等を見ておつても、昨年よりも来年は飛躍的にこれが減るであろう、監督の責任が十分に達せられるであろうということは、残念ながら我々は看取することができない。恐らく繰返すに違いないという予感を、極めて不吉な予感を持たざるを得ない。そこで我々検査院に要望しようとするものは、既定の法規に従つて職務を執行しておられることは我々十分承知しておりますが、先ほどの御回答で私はやはりただ一点満足できないことは、非常にさつきの職員の事務能力の向上を通じて、こういつた不正不当の行為を少なからしめようとする、この努力は私は高く敬意を表しますが、更に望むらくは、もう一歩積極的な活動を我々決算委員は恐らく例外なしに全員承げて会計検査院に期待しようとしているわけであります。その積極的な活動をじやどういう形でやつたらいいかということになると、実はそう簡単には参らんと思う。そこで私は時間もありませんから、詳細は本席では触れませんが、例えば会計検査院法、或いはさつきの身分権を有しているもの以外にはなかなか懲戒等は厳重にはできないということは、これはもう一面無理もないと思いますから、国家公務員法、或いは予算執行職員の責任に関する法律であるとか、そういつた一連の法律というものを再検討して、そうして会計検査院は与えられた法律の改正ということを通じてでも、私はもつと積極的にこういつた事態に対する改善案というものが持たれて然るべき時期だと思う。我々は国会議員としても、勿論そういうことに対しては、ひとりここへ出て来る細かな案件だけをつかまえて、枝葉末節で貴重な時間を費やして見たところで始まらんことなんです。ですからそういう基本的な問題について、私は会計検査院は我々以上に各事案については精通しておられるわけですから、而も我々と違つて少ないとは難も数千というスタツフをお持ちになつているわけですから、そこらから特に重大な時局に際会して、私は積極的な意見というものが当然挙つて来べきであるし、又改善意見というものが院内においてそれぞれ私は部局でも持つておいでのことと思うし、この決算委員会における各局長の御答弁等を聞いていても、小峰局長等も補助金等をめぐる改善意見というものを漏らしておられるわけですから、これはひとり農林省、建設省といわず、会計検査全般を通じて、如何にすべきかという積極的な御意見或いは改善案というふうなものを私は是非近い機会に持ち寄つて、お互い速やかな方途を講じなければならないと思う。特に我々この補助金をめぐる小委員会が設けられて 一層その感を深くするわけです。これは小委員長にも私は特に要求を申上げたいことは、さつき両委員が質問されましたが、恐らく各委員全部党派を超越して、そういうことに対しては思いをひとしくしているわけでありますから、個々の案件について我々が幾ら勉強してやつて見たところで、それはとても枝葉末節のことでもあり、やり切れたものではないのでありますから、そこらから帰納した根本の問題ですね。これは小委員会が折角設けられている機会に、これは是非確立をしたい。こう思うわけで、ついては会計検査院長折角おいでになつたのですから、我々数名の意見等も十分一つお聞き取り頂いたのをお持ち帰り頂いてそうしていずれこれを改めて積極的な、こういつた不正不当を根絶するために、如何にして今後最善の方途を見出すべきかということを中心にしての、これはなかなか裃を着た委員会ではむずかしいところもあるかと考えられる節もあるのでありますから、懇談的にでも時間を割いて私は是非この問題をもつと突込んで懇談をして、いい方途を見出したい、こう思うわけであります。これだけを私は自分の希望と意見として申上げておきます。
○委員長(谷口弥三郎君) 只今の飯島委員の御意見、私も感じているところであつて、いずれその中に、できるだけ早く機会を作りまして懇談したいと思います。佐藤院長何かありますか。
○会計検査院長(佐藤基君) 検査院法を中心とした現在の検査制度につきましては、前にもどういう点において欠けるところがあるかということを検査院としても研究しているのであります。今飯島委員からの御発言がありますからして更にその点を強化してもう一遍十分に研究したいと思います。
○山田節男君 今の飯島委員の御発言に関連してですが、これは率直に言えば、会計検査院は雲の上にいる、それと一種の神聖化して、各官庁に十名、二十名の検査官を出して検査したものを、ここへ報告する。これが国民といつちや何だが、全般がそんなことを思つているかどうか、これは失礼な話だけれども、率直に言えば、そういうような感がないでもないわけなんです。今いろいろ意見が出たように、今日の財政監督というものは国会、天皇のためにやるのでなく、国民のためにやつていらつしやるのであつて、私のお伺いしたいのは、会計検査院としては国会に内閣を通じて出す各年度の決算検査報告書以外に、例えば白書、ホワイト・ペーパーを作つて極く国民にわかりやすく、今日のこの国家のことがどういうように行われているか。むしろあなたのほうとしては裁判所的な立場で批難するのじやなく、ありのままを国民にわかりやすく、又絵か何か書いて、絵入りにしてわかりやすくしてやるというような、そういうことが、今日の会計検査院として法律上できるのかどうか、できるとすれば、国会に報告するだけで会計検査院の任務が終つたのじやないのでありますから、而も今日のような、実に目を蔽うような汚職、濫費が行われておるのだからして会計検査院の不羈独立の立場から言えば、むしろ新たなる会計検査院のイニシアテイヴにおいて、総理大臣に勧告するなり、或いは国民に対しては、かようなことが行われておるぞ、これは誠に遺憾であるというようなことを率直に、私はむしろ会計検査院としては国民に直接白書の形でもいいから、こういうことを認識さしてこれが私は将来日本の政界を浄化し、公務員の能率的な行為、並びに誠に国費の支出について注意をするような、これは間接的な非常にいい方便じやないかと思うのです。この点につきましてはどうですか。会計検査院としてそういう意味の白書といいますか、的なものを出して、それから今申上げる会計検査院の国民に対するいわゆるPR、パブリック・リレイシヨンというものが、宣伝が足りない、これは私は今日の非常に大きな会計検査院の折角の努力が国民一般に認識されないという私は原因だと思うのですが、これについて、現行法でそういうことがなし得るのかどうか。なし得るとすれば、予算の許す範囲内で国民に周知せしむる方法をとらるべきだと思うのですが、こういう点についての御意見はどうですか。
○会計検査院長(佐藤基君) 憲法の改正に伴う改正といたしまして、会計検査院はお話の通り国民のための会計検査院になつた、従つて国民も会計検査院を認識してもらいたい、実はこうずつと前から念願しておるのでありますが、我々の努力の足らん点もあるが、国民から……、この頃は多少会計検査院といえば知る人も殖えて来たのでありますが、昔の会計検査院は、いわゆる天皇直隷機関であつて、民間とは殆んど関係のない存在だつたのであります。それが今度民主政治になつて国民のための会計検査というので、我々も国民と一体となつて、会計検査院の仕事を理解してもらいたいし、又会計検査院注文があるなら、どんどん言つてもらいたいという気持を私はずつと前から持つておるのであります。それで今お話の白書という問題も従来考えたことはあります。ところが我々の力が及ばないというか、やつても無駄というか、今まで余りはかばかしく行つておらんのでありますが、一昨年あたりからこれは毎年やつておることでありますが、会計検査院は何しておるかということを年譜みたいのを出しておるのであります。それを方々に配りましてから、だんだん会計検査院に対する認識も高まり、又現在におきましては、決算報告なんかに対するジャーナリズムのほうの関心も高まつて来まして、だんだん我々の仕事が国民のために、国民と一緒にやるというふうな気分に向つておるのでありますが、御指示によりましてなお一層それらの点は努めたいと思つております。
○飯島連次郎君 私は今の問題に関連して、やはり折角努力しておられることか余り知られなさ過ぎると思うのです。今度の問題にしたところで、やれ造船だ、保全だといつて随分新聞の紙面を賑わしておりますけれども、国民に一番大きな関係を持つ、一年間の国の経費がどういうふうに使われたかということに対する総決算に関しては、天下の大新聞といえども、僅かに一日数段を書くにとどめて、それでもう消えてしまつている。ところが我々が鋭意努力してやつておる決算委員会におけるこの決算の状態というものを、さつきの山田委員の言われるごとくに、もう八千万国民が一目瞭然のごとくに、極めて簡潔にこれを書いて知らしめたら、恐らく国民は唖然として、そうして我々国民の公僕と考えておつた国の公務員、役人というものの信用というものが恐らく地に墜ちるだろう。議員も悪い、併し同様に役人というのも実にひどいことをやつておるということがよくわかる。そういうことなしには、私は国を匡すなんということは到底望み得ないと思うのです。私は悪いことをしたことを罪することが、よくするとは必ずしも考えない。私の言うことは官吏を厳重に処罪する規定を作つて罪しろ、こういうことが私の言わんとするすべてではない。併しそれは成るほど補助金等をめぐつてのこの醜悪な事態というものは、もらうほうも悪い、これはその点は我々も……、併し出すほうも悪い、それからその中間に立つてこれを斡旋する者の中にもよくない者がある。これはつき詰めて行けば連帯なんです。責任の帰するところは全部の人に、これは関連しておるわけでありますから、そういうことをやつぱり知らしめざる限り、如何に一方たけを締めたり罪してみたところで、これはやはり根絶するということは期待できないわけでありますから、そういう意味で官吏が国民の前にその信用を失墜するように、何も検査院に敢えて白書を求めようとするわけではないんだが、私はやはり正しい国の姿というものは、我々の一年間の血税で賄われる国の予算というものがどういうふうに使われたかということは、国会の我々議員だけに報告するんでなしに、もう少し簡潔な姿でこれは知らせることが非常に必要だし、恐らく心ある国民というものは、これを要望しておるだろうと思う。ただ新聞が一つのニユース・ヴアリユウがあるからというだけで、ああいうスキヤンダルだけに、毎日たくさんの紙面を割くということは、我々良識のある議員として、国民としては、必ずしも私は正しい姿じやないと思う、報道の姿としてはです。ですからそういう見地から言つて、今の山田委員の言われたように、私はこれを広く正しい姿、真相をわかりやすく広く知らせるということは、会計検査院としては折角の努力ですから、当然なさるべきだと思う。その反響が直ちには上らないとしても、その効果というものは私は将来に向つて大きく期待できると、こう思うわけですから、これについては方法等は折角企画をされたこともあるということですから、方法等については十分一つ部内で御検討を頂いて、そうしてこれは是非実現して頂きたいと思う。なお、それに関連してこれは恥しいような話でありますけれども、こういう検査報告というものを、我々国会議員というものはひとしく頂いておりますけれども、決算委員にあらざる委員諸君というのは殆んど見ておりません、こういうものは。ですから折角これをもらつたところで、極端に言えば、豚に真珠なんで、我々決算委員にしたところで、これを隅々までなかなか全部精読するということは、時間的にもなかなか余裕がないわけです。ですからただ一日、その年度内の報告を、決算委員長が本会議でやつて、それで終りというのは、私はこの問題の取扱方としては、まだ積極性が足りないといつて差支えないと、こう思うわけでありますから、議員に向つてももう少し簡潔なものを、例えば大きな問題なら、それだけを取上げてでも、リーフレットなり、さつき山田委員が要求されたように第三局長なんかここへ来て我々の質問に対していろいろ詳しい答えをされますが、ときによつてはああいう答えを、せめて決算委員だけにはこの決算報告に挙げられておる問題をもう少しくだいて、その発見の、つまり前文とそれから内容等に対しても、もう少し経過措置を知りたい場合が、我々しばしばある。それは口頭説明でなしに、若しかすに一週間なり十日なりの時間を以てすれば、できるということであるならば、求めがあつた場合には、すべての問題に対しては我々要求しておるわけでありませんが、この問題についてはこういう点をもつと詳細に紙で我々に資料として頂きたい。こういう場合を私どもしばしば感じておりますから、各官庁にはそういう要求をしばしばいたしては、成るべく速かに我々の要求を入れてもらつておるわけですから、検査院のほうに関しても、そういう要求が出た場合には、我々の決算委員会にその希望を、資料で速かに一つ提出して頂くということを私は要望を申上げます。
○会計検査院長(佐藤基君) 御趣旨よくわかりましたから御要求によりまして……。今までもやつておるはずですが、或いはまだ足りないかもしれませんから、どうぞ御遠慮なくおつしやつて下さい。
○委員長(谷口弥三郎君) ほかに御質問か御意見か御発表ございませんか。
○平林太一君 本日はこの程度において散会せられることの動議を提出いたします。
○委員長(谷口弥三郎君) それではこの前に御要求になりました農林大臣は、丁度いろいろ差支えで今日は出て来られませんから、次の機会に呼ぶことにいたします。 本日はこれを以て散会いたします。どうも有難うございました。 午後三時四十二分散会