決算委員会 第8号
- 発言数
- 111 件
- 登壇者
- 13 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1954/02/22
会議録
○委員長(小林亦治君) それではこれより第八回決算委員会を開きます。 昭和二十六年度決算三件を議題といたします、先ず先回に引続き食糧庁のほうの七百七十二号から七百七十八号までを問題に供します。御質疑のおありのかたは御発言を願います。
○奥むめお君 資料が今日配られましたが、この中の主なものをちよつと説明をして頂きたいのですが……。
○委員長(小林亦治君) 今日お出しになつた資料の説明を求められておりますが……。
○政府委員(前谷重夫君) 資料の点につきまして御説明を申上げます。 第一の資料の一でございますが、大型麻袋の三百万枚につきましては、新らしい買入れと、売却につきましての契約書の写しを資料として御提出いたしておるわけでございます。これは二十六年の八月一日に六日繊維工業株式会社と、小泉製麻株式会社と、それから帝国産業株式会社の三社と食糧庁との間におきましての麻袋の買入の契約書でございます。その各社別の数量は五頁にございます。五頁にございまするように、大田と書いてございますが、これは六日の間違いでございます。六日繊維工業株式会社でございますが、これと七十八万枚、それから小泉製麻株式会社と百三十八万枚、帝国産業株式会社と八十四万枚、その売買契約をいたしたわけでございます。 その原価麻袋の買入につきましての価格をきめまする原価の計算といたしましては、六頁以下に掲げておるわけでございますが、この原価の計算について申上げますると、第一の原料代でございますが、この原料代を百九十円八十六銭といたしたわけでございますが、その基礎は麻袋一枚当りの所要原料が二千九百二十四ポンドの原料を要しまして、それから立糸用の原料、横糸用の原料等を計算いたしまして原料代として百九十円八十六銭と算定いたしたわけでございます。 それから加工賃といたしましてはaにございまするが、工場の労務費、これは一応月産二十五万枚の場合におきまする男子の従業員が二百人、女子の従業員が九百人としまして、その賃金を男子につきましては一月一万二千二百四十円、女子が六千二百二十二円としまして工場労務費を出しまして、一枚当り三十二円十九銭ということに計算いたしたわけでございます。そのほか補助材料費といたしまして、原料を鞣すための油の関係でございますとか、縫糸の関係でございますとかというふうな補助材料費に二十六円十四銭。工場の経費及び荷造材料費が七頁にございまするが、二十四円七十四銭。それから営業費の関係を十一円三十八銭といたしまして、原料代が百九十円八十六銭。それからその他の加工賃、補助材料費、包装材料費、営業費というようなものを百円と考えまして原価を二百九十一円七十五銭、こういうふうな算定で価格を決定いたしたわけでございます。 九頁におきまして、その政府の買入れました三百万枚につきましての受払いを掲げておるわけでございまして、二十六年三月までに三百万枚入りまして、それから合計のところを御覧になつて頂きますると、二十七年の十一月、十二月、それから二十八年の一月と払出しまして、二月から十月まで払出しがなかつたわけでございますが、十一月、十二月それから二十九年の一月、こういうふうに払出しが出て参つておりまして、二十九年一月におきまして三十三万七千七百二十七枚が残つておる、こういう形になつておるわけでございます。 それから十頁は同様の形におきまして小型ガンニーの月別の受払五百万枚分につきましての受払を掲げておるわけでございまして、これが合計におきまする二十九年一月を御覧になつて頂きますると、残数量が百九十二万六千六百二枚ということになつておるわけでございます。 十一頁はこの大型麻袋の保管料の支払を月別に掲げて、おるわけでございまして、四千百七十八万四千百三十七円の保管料の支払額になつております。次に並びました表は小型につきましての保管料の支払が掲げてございます。 それから十二頁は麻袋につきましての流通の経路を図表いたしておるわけであります。 十三頁におきまして麻袋によりまする損失といたしまして三百万枚分につきましては引取運賃諸掛、保管料、それから袋詰売却によりまする損失、評価損、それから営業倉庫から政府経費、それから金利を合計いたしまして、その損失が七億五千九十二万九千円というふうになつております。五百万枚分につきましては同様の計算によりまして七千五百二十五万円余になつておるわけであります。 それから次の頁は麻袋の売却の状況を示しておるわけでございます。この売却の月日及び金額、枚数等が掲げてあるわけでございます。この関係におきまする二十六年度の決算検査報告の当時の関係者を十五頁に掲げてあるわけでございます。 十六頁は不適麦製品の売却の関係を掲げてあるわけでございます。 それから十七頁は外国食糧輸入の二十六年度におきまする予算の関係を掲げてあるわけでございます。それから輸入食糧買入実績というので、輸入食糧の買入の実績を年度別に地域別に掲げてあるのがお配りいたしてございます。それから米につきましてアメリカの加州、南部、台湾、イタリー、ビルマ、タイ、セイロン、パキスタンにつきましての取扱商社名簿を掲げてございます。
○委員長(小林亦治君) 只今事務次官の東畑氏がみえましたから、御質疑のある方はどうぞ。
○平林太一君 ちよつとこれはお尋ねしておきたいのだが、重複するかも知れないが、ちよつとお伺いしたい。七百七十四の不急の麻袋を購入したもの、この件ですが、三百万枚で、単価二百九十円、それからそのほかにあれはどういう価額だつたですか、それから枚数と、三百万枚以外のですね。
○政府委員(前谷重夫君) 新袋といたしましてはその後二十六年末におきまして小型五百万枚の買入を契約いたしたわけでございます。この単価は九十三円でございます。
○平林太一君 その九十三円は時日はいつ頃であつたか。
○政府委員(前谷重夫君) 只今私ちよつと申上げましたこと訂正いたしますが、小型五百万枚につきましては二十七年の十二月から二十八年の三月までの間でございます。その間に買入れたわけでございます。
○平林太一君 この買入の方法はどういう方法でおやりになつたか。
○政府委員(前谷重夫君) 三百万枚と同様に製造会社の三社から買入れたわけでございます。三百万枚と同様な方法でございます。
○平林太一君 そうすると、その買付に対する何は随意契約にしたのか、それともそのときは別にやつたのですか。
○政府委員(前谷重夫君) 三百万枚同様随意契約であります。
○平林太一君 前の二十六年の三百万枚は二百九十円であるから九億円に達するか、八億七千万になりますか、そのときの当該大臣は誰であつたか、当時の農林大臣は。
○政府委員(前谷重夫君) 広川さんであります。
○平林太一君 その後の二十七年の五百万枚の小型、このときは誰であつたか。
○政府委員(前谷重夫君) 広川さんが大臣であります。
○平林太一君 本件は七百七十四号のこれを朗読するまでもないが、全体をよく内容を正視検討してみると、これは何かときの大臣がこれに強い指令を事務当局者に与えたという感がある。そういう臭いが非常に強い。これはこの全体の内容を見て、決して何か見通しを誤つたというような事態ではない、数量から行きましても、又タイ国輸入米の当時の事情を勘案してみても。だから我々のほうから考えますと、これは何か当時の当該大臣が、広川という話だが、そうすると廣川弘禪、同人が食糧管理会計を通じてそういうものを買わせんがために殊更にそういうことをいたしたという非常に臭いが高い。こういうこの事態に対してこれを決裁それから決定、そういう当時の事情に対して今日あなた方は事実を事実として、いやしくも良心に恥じる行為があつてはならない。だからその当時のことを、決してあなた方に何もそういうことは及ぶ何でもありませんから、国家全体のいわゆる大臣というものがどういうことをしておるかということをこの問題によつて考えなくちやならない、今後も。それだからその当時の事情を十分にこれは説明願いたい。それからその発注に当つて発注した会社、そういうものに関係して、当該大臣が何らかの中に関係があつた、関係があつたというのは悪い意味でなく、善意で私は考えておるが、善意の意味で当該大臣が関係した最後の決裁、そういうものを十分一つ御説明願いたい。そうしないとこの問題の根本の解決はこれはできない。
○政府委員(前谷重夫君) その前にちよつと御訂正いたしておきますが、日時を間違つておりました。第一回の大型三百万枚のときの契約のときの大臣は根本龍太郎さんでございました。それから広川さんが、十二月二十六日になつておりますが契約当時は根本さんでございまして、この点訂正いたしておきたいと思います。それから五百万枚のときはこれは十二月五日に大臣になられておりまするので、十二月の末に契約いたしておりますから、これは広川さんが大臣になつております。その点訂正いたしておきます。 只今の御質問でございますが、これは事務当局といたしましては、事務的な見地からいろいろ検討いたしまして、その事情につきましては先般も申上げたわけでございますが、第一回の場合はタイ米との関係、第二回の場合におきましては大麦、小麦、特に大麦でございますが、その輸入増加、ばら物についての輸入増加、こういう観点から買入の計画をいたしたわけでございまして、これについて上局から特別の指示があつたということは私としては承知いたしておらないわけであります。
○平林太一君 それでは当時の食糧庁長官は安孫子君であつたということも考えられるが、その当時何か食糧庁の長官の下に麻袋の発注に対して事務局にあなたは親しく関係をして、親しくというのでなくても、何かそういう事務的の経過の中にあなたおいでになられたかどうか、それを伺いたい。
○政府委員(前谷重夫君) 第一回のときはお話の通り安孫子さんでございますが、私はその当時は食糧庁に在職いたしておらないわけであります。ただ在任いたしましてから当時の係りの者にいろいろ話を聞いたわけであります。
○平林太一君 やつぱりあなたはそれじやその当時のことは別なほうにおられたというので事情がわからないわけだが、どうも非常にこの問題は厖大な十三億円というような麻袋を当時そういう買受をしたということそれ自体に対して非常にこれは疑雲が濃いわけです。これは誰かその当時の当該大臣なり或いは食糧庁長官安孫子、そういう者の中に関係があると、こう我々のほうはこれを思わざるを得ないんですがね。そこでこういう問題は最後の決裁は、最終決裁はどこでなされるのか、このときの。
○政府委員(前谷重夫君) 御承知のように食糧庁は外局でございまするし、こういういろいろな物品の購入につきまして長官限りで決裁できる権限を持つておりますので、この場合も長官のところにおきまして決裁をいたしたというふうに私は承知いたしております。
○平林太一君 一つこの際お尋ねをしたいが、只今事務次官の東畑君が御出席なられたようでありますが、同君は本件発生当時これを御承知になつておられたかどうか、それをちよつと伺いたいと思う。
○説明員(東畑四郎君) 本件発生当時は、長官は安孫子長官であることは間違いございません。私は当時農政局長でありましたが、本件についてはその当時は全然知りませんでした。ただその次の五百万袋の問題につきまして私は長官でございました。そのところは詳しく自分の責任の問題になつておるわけであります。本件につきましていろいろ御注意なり疑惑の点等がたびたび言われておるのでありますが、私の知つております限りのその当時の状況だけを率直に実は御説明を申上げたいと思います。ただこの件のときは、私でございませんので、このときの事情は一つの事実としては私は存じません。その点遺憾でございますが、その後の私が引受けましてから以後の問題につきまして率直に申上げたいと思います。麻袋は御承知のように非常に価格が不安定でありますので、いろいろ私に直接御注意になつた方が随分ございます。私といたしましても、麻袋そのものを政府で持つておりますると、そのときのうわさによりますと、だんだんだんだん質を悪くされてもわからないんじやないか、いわゆる物品会計としても、その現物は米とか麦が合つておりますので、絶えずぐるぐる廻つておるものでありますので、なかなか物品会計としてこれを管理することは至難なものである。併し食糧は裸で来るのが非常に多いものでありますので、これを麻袋で製粉会社なり或いは米屋さんに配給するものでありますから、何かこれを管理しなければいかんじやないかという一つのジレンマがございました。併し物品会計としてこれを持つことは、非常にむずかしいというので、これを速やかに政府管理から何か管理を外したらよかろうということを、私自身が実は非常に強く主張をいたしたのであります。それが昭和二十七年の夏頃でなかつたかと思います。そこで食糧庁の内部におきましても、麻袋を外すという問題を研究を始めたのは事実でございます。そのときに価格が非常に不安定でありますので、何か麻袋を持つていないとやはり価格が非常に動揺するというものでありますので、たしか私は会議で、たびたびそれであれば、古麻袋はいけないが、新らしい麻袋であれば若干のものを持つて、いざというときには、これを放出すればいいじやないかということを私自身主張したのであります。そのときに実はこういうものが会計検査院で問題になつておるということを私自身は甚だ不明でありますが知らなかつたのであります。そういうことを私は会議で主張したことを記憶いたしております。麻袋を食糧管理特別会計から外して、その代りに若干の新らしい麻袋というものを政府が持つておつて、必要な場合にこれを市場に放出すれば、価格も安定するじやないかというので、大蔵省へ私も実は予算の要求をいたしまして、たしか八億と思つておりますが、ほかの麻袋購入費というものを特別会計に組んだと思つております。そういうことをいたしております。それが又こういうこのあとの五百万枚麻袋を買う一つの事務当局に決心をせしめたことになつたのであろうと、私はその責任を痛感して反省をいたしておるのであります。実はこの事件が問題になりましたのは昭和二十八年の二月に決算委員会でいろいろ問題になつた。これは衆議院であります。甚だ迂闊でございますが、私自身不勉強のために、そのとき初めて気がついて知つたというような事態でございます。遺憾ながら、そのときにはその後の五百万袋も先ほど前谷長官も申上げましたように昭和二十七年の十二月に買つておるのであります。そういう事態で、あとはいろいろ事務当局のほうから、そのときの根拠、数字等は説明いたすと考えるのでありますが、いきさつはそういうことになつております。当時は大臣は今の大蔵大臣の小笠原大臣がすぐやめられまして、又広川大臣が迭られた直後でございますが、私に関します限り広川大臣はごく短期間又帰つて来られたときでありまして、食糧庁長官に対してこの麻袋問題について一切御指示があつたことはございません。これは率直に申上げます。これは私が七、八月頃から、そういう麻袋を外せということを会議でたびたび主張したことを自分で記憶しております。そういうことがこうせしめたと、こう恐縮をしておるのであります。大臣みずからは何らの指示をいたしておりませんことをはつきりと申上げておきます。
○平林太一君 非常に清純な御答弁を伺いまして非常に我々としてはその意を得たわけであります。又こういうことが今日行われ又将来行われる上においても、非常に喜ぶべきことでその点は了承いたすのでありますが、只今何か価格の変動を非常に考慮して、そうして急速に用意しなくちやならんというように御答弁を伺つておりましたが、只今のことについては、そういうふうに承知してよろしいのですか。
○説明員(東畑四郎君) 麻袋が朝鮮事変が起りまして砂袋等に利用されるために、当時非常に思惑が起りまして買占めその他が起つたのでございます。その後私が長官になりましても、麻袋を払下げてくれということで非常にその処置に困じましたことを当時記憶しております。私は率直に申上げまして、これは個人的に非常に困つたことだ、これは政府がみずから持つているために非常な陳情、要求が来るのであります。これは政府の官吏が管理するのがおかしいのであつて、成るべくこれを外そうという実は気がございまして、今から考えますと、それを外すために余りに急いだきらいもあります。従いましてその間又々麻袋が非常に不安定な物資でありましたがために、非常に統制といいますか、統制じやなくて民間的な何か管理をするということで、政府が外すと同時に、すべて新らしい麻袋であれば、これは私は問題がないが、若干麻袋を持つておれば、それが市場価格の安定にもなるのじやないか、非常に実は抽象的でありますが、そういう考えを以てこれを外すべきじやないかというような部内におけるいろいろな意見があつたわけです。麻袋を外せば値上りして輸入物資その他に破綻が来て困るという意見がありまして、私もこういう主張をしたことは記憶しておりますが、新麻袋は問題がないじやないかということで、若干の麻袋を政府が管理して、それで市場に睨みをきかしておれば、そう市場も混乱しないというように判断していたのであります。恐らくこういうものを不用意に又別の検討なしに買うことになつた私は原因を作つていたのじやないかということを実は反省いたしておるのであります。これは長官であります限り私の責任でやりましたことで、別段大臣からの政治的な問題はその当時はございませんでした。
○平林太一君 只今の御答弁ですが、我々のほうの感覚から申しますと、いわゆるその麻袋がタイ国なりその関係国から輸入する、その場合に主体となるものはいわゆる米を輸入するために必要な処置としてこの麻袋というものを、かくのごとく十三億円というような厖大な用意までする、それからしなければならんということは一応聞き受けられますが、併し今お話のような何か相場の変動があるから、それを憂えてそれで用意しなければならんということは、いずれにしても相場が上つても下つても、それはやはり国内での問題で済むわけで、それほどまでに食糧管理会計というものが非常な、つまり我々から申しますれば、誠実、いわゆる個人の経済を擁護するようなお気持で平生おやりになつておるということであれば、これは我々としては非常に激賞してやまない、礼讃してやまないものです、実は……。併しこれに払われた食糧管理特別会計の全体を見ますというと、そういう感じが極めて稀薄なんです。今東畑君からの非常な私はお人となりから見ましても、それはさもありなんということをよく了承はできます。併しそういうふうな非常に御答弁というものは、何かその底に真実と相離れておつて、何かそれを弁護し説明せんがためにお話になられるのだとこういうふうに考えます。実はこれはタイ国に対するいわゆる万が一の場合における処置だと、こういう御説明を承わるほうが我々といたしましては、まあそうなんだということを了承するわけですが、相場の変動を非常に虞れて、それで先に買つたのだということになると、何かますます我々といたしましては逆に疑惑を抱かざるを得ない。そこで当時の大臣がいわゆる根本或いは広川という両君が何をしておつたということですが、併し事これは僅か一億や二億の問題じやありません。第一回の三百万袋に対しては約九億円に達する厖大なるこれは数字なんです。九億円というのですから、九千万円というのとはこれは別格なんですが、九億円というのです。のちのは五百万袋でこれ又四億を突破する、合計十三億円前後で、そういうものだからこれは一応当該の大臣というものに対しまして、全然こういう問題をこのくらいな数字になつても何らの関係がなくおやりになれるというような機構に、食糧管理会計はそういうふうに相成つておるものか、いずれにいたしましてもこういう大きな予算になりますと、いわゆる最終決定というものに対しまして、又その処理に対しまする決済というものでなく、何らかこれはこういうものを今度は買いますいうことはやり得ることだと思いますが、そういう施策はどういうふうになつております。
○説明員(東畑四郎君) 先ほどから私が申しましたのはあとの五百万枚の当時の事情を申上げたのでありますが、ここに議案になつております三百万袋につきましては、この当時の事情は実はここに書いてあります通りでございまして、私自身はこの当時の長官でございませんので、事実を申上げるわけには参りませんのですが、これに書いてある通りと私は引継いでおります。こういうものの決済でありますが、食糧庁長官がこれは大臣から委任を受けまして、購入につきましては全部責任を以て決済をしておる事案でございます。この点につきましては食糧庁長官の決済できまる問題でございます。
○平林太一君 この事件は我々関係からこれを十分に内容を究明検討いたしたいということは、すでに価格が二百九十円ということで、当時の実際の時価というものとは非常に相去ること遠い。若し個人の経済でありまするならば、私の断定を以てするならば、当時これは半額でできたのである。百五十円ぐらいでできたのです。現に会計検査院の監査におきましても、その後数カ月にしてこれは百円ぐらいは下つたんだと言う。而も今日考えてみまして、昭和二十六年から今日昭和二十九年、物価の指数からいいましても、いわゆる今日ではこれは八十円ぐらいだというわけです。二百九十円で買つたものが、それで二十六年から今年の二十九年に至る他の物価の指数は三倍になつたものはあるのであります。併し三分の一になつたというものは、いずれの物価の指数、どういう物価を見ましても、そういうことはないわけなんです。だからどうしてもこれはすでに何らかの、その価格がそういうことであるのであるから、初め三百万枚、あとに五百万枚合計八百万枚、こういうようなものを殊更にこれを買受けたんではないかということが非常に疑惑が濃いわけなんです。それがために使用したいわゆる保管料が二十七年九月までに二千五百三十八万一千六百五十三円、月当り三百万円ずつ保管料として、こういうものに支出しなければならないという、こういう事態なんです。こういうことに対して、どういう責任をお考えになるか。こういうことで買うときにそういう今のような御説明で、私の責任でありますということですが、決して私は次官個人を追及するという気持は毛頭ありません。併し私の責任だということでこれはすむということになりますれば、今後いずれの事件に対しましても、そういうようなことでそれ以上に出ないというようなことで、次々にこういう問題が行われて行くということに相成るわけなんです。零細な国民の皆様の血税なんです。それを今日僅かの間に七億円というような莫大な損失をこれによつてこうむらした、そして利益を得た者は要するにこれを随意契約で受請わしたいわゆる財界人であるということなんです。こういう事態は今起つております船舶関係の事件と何らこれは大同小異、異なるところはないわけなんです。私はもうこれで質疑を終ります。これはもう相当に微に入り細に入りお尋ねをして、今後かようのことのないようにいたしたいということのためにこれは申上げるわけでありますが、こういうことに対しまして一つ責任のある御答弁を承わつておきたいと思います。
○説明員(東畑四郎君) 決算委員会におきましていろいろ御批難になりますことにつきまして、その責任に対する措置につきましては、事案の種類によつて戒告をいたした者もあります。注意をいたした者もあります。いろいろ措置は変つております。本件の最高のその当時の責任者は現在退職しております。あとの問題に対します責任は私にあります。今決算委員会等で御批難になりましたことにつきましては、その事案によりまして大臣等とも今御相談をいたし、いろいろ監督上の問題、責任上の問題に対する措置はきまつておりますので、そういうものに照らしまして、それぞれの措置をいたしたいと考えております。ただ本件等につきまして、私の知ります限りにおきまして、別段大臣等からの指示はなかつたというふうに引継いでおります。このことだけは私も責任を以て申し上げられる、こういうふうに考えます。
○委員長(小林亦治君) 私からお尋ねします。東畑君の神妙性はこれは認められるが、今お答えになつた範囲からは何ら明確な責任というものは更に出ておらない。当時在職しておつた最高の責任者である食糧長官が、これは安孫子さんですか、そうするとその者の責任の程度はどういうものか、あなたがたはおわかりでしよう。現在の食糧長官にはこれは何ら責任はないと私は思う。当時の食糧長官が契約に対する最高の決定権を持つておつたのだから、その者の過失はどの程度のものであるか。そんなことはとうにわかつておるはずなんだ。重大な過失であるならば、これは法律上当然に賠償の責任もあるでしよう。ただあなたがたの気持の神妙性を求めておるのじやない。責任をどういうふうにやるかというので、本日審査に当つておるので、ほかの委員はまだ御発言はありませんけれども、恐らく今日はそんな答弁だけではすみませんよ。それで当時の食糧長官であつた当該個人にどんな程度の責任があるか、問題はそこなのです。今後神妙に措置をとるということは当然なのです。私の責任でありますなんて、そんなことは言わんでもわかつておる。君の五百万袋の問題は二十七年度になつておるので、今日の問題ではない。これは迫つて二十七年度に入つてから我々の審査の俎上に載るのです。今の問題は二十六年の三百万袋の問題なのです。廻り諄いようですが、結局結論は当時の食糧長官の責任を求めておるので、今退職せられても、責任の追及はできないわけでない。当時の大臣も生きておられるのですから、その責任の程度をあなたはどういうふうにお考えになつておるか、それがあいまいであるというならば、決算委員会はそれを見逃さない。明確になつておるというならば、その成行きを看視する。こういうところにあるのです。その点をお答え願いたいと思います。
○説明員(東畑四郎君) 本件につきましては、いわゆる不正的なものはないというふうにはつきり引継いでおります。従いましてこの問題について刑事上の問題はございませんが、行政長官として、そのときそれを買うこと自体に悪意があつたか、重大な過失があつたかという問題でありますが、その当時の事情は、それにも書いてある通りに、我々はタイ国その他の事情等が麻袋を持つて来いという事情から、こういうことをせざるを得なかつたというふうに聞いております。その結果として、非常にまずかつたということは、これは率直に実は認めざるを得ない。そのことの責任につきましては我我としましては、衆参両院の決算委員会の二十六会計年度の決算審査を実は待つてその上で善処したい、こういう相談をいたしております。二十七年度の問題につきましても、現職の者につきましては戒告その他の措置をとるように私自身も進言いたしております。前職を去りました者につきましては、すでにおりませんので、そこまで行政上の措置をとるかどうかにつきましてはまだ決心をつけていない状況であります。
○委員長(小林亦治君) その過失の程度が手ぬるかつたかどうかということではない。悪意があつたものと仮に認めなくても、軽い過失でないと私どもは考える。重過失である場合、あなたのほうの官紀にも諸法規にも、重過失の場合、責任を追及するということがちやんと出ておる。言葉尻を捉えるのではありませんが、衆参両院の委員会の動向をみた上できめるというようなことでは、責任逃れも甚しいので、もう事態がかように検査院のほうで明らかにせられて問題になつた以上は、当然これはあなたがたの良識に訴え、法規に訴え、官紀に照らしてその態度というものはすでにきまつておらなければ甚だ以て卑怯である。両方の委員会がどんなことを言うか、どういう態度に出るか、それから相談しようなんということは、私どもはこれは許されない。そういう官僚の心がまえが今日いろいろ問題を起しているのだろうと私は考えるので、この点はどう考えるか。我々のほうの発言を待たなければ、あなたのほうの肚がきまらない、問題はもうとうに起きて、公の事件になつているのです。その点どうなんですか。
○説明員(東畑四郎君) 現職の者につきましてはすでに措置をいたしております。
○委員長(小林亦治君) どういう措置をとりましたか。
○説明員(東畑四郎君) 戒告をやりました。
○委員長(小林亦治君) 戒告という程度のものなんか認めませんよ、我々……。
○説明員(東畑四郎君) 私が責任者であると同時に、最高の事務当局者でありますので、大臣とも相談をいたしておるのであります。この事案は現職を去つた人でありますので、只今申上げましたように措置をいたしておらない。現職におります者につきましては、事案の性質によつてそれぞれ処分をいたしておる、こういうことであります。
○委員長(小林亦治君) ほかの委員のかたの御発言もあろうと思いますから……。
○永岡光治君 二十七年度の問題が今お話になりましたが、私は二十六年度のものについて確めてみたいことがあるわけであります。この検査報告書の七百七十四の終りのほうに当初予定はしておつたけれども、「タィ国政府から麻袋付輸出をする旨の意思表示のあつた後も適宜の処置をとらないで三、一〇〇〇、〇〇〇枚の全部を納入させ、うち二、一二〇、〇〇〇枚は二十七年一月から三月までの間に納入」、まあこういうふうに書いてありますし、なお契約書を見ますと、第九条には、「本契約は有効期間内といえども、甲の都合により麻袋の納入に関し必要と認めるときは、第三条によりあらかじめ乙の提出する生産計画書の納入期日の三カ月以前において、甲は乙にこれの変更又は中止を通知することができるものとする」、こういうことがここに書かれておりますが、このタイ国政府からの通知と、三カ月という期間との関連の問題はどうなつておりましたでしようか。
○政府委員(前谷重夫君) お答え申上げますが、この計画につきましては、昭和二十六年の一月にタイ国使節団が来朝いたしまして、タイ国側といたしましては、当時日本側に対して、三十万トンの輸出計画を持つておつたわけで二ざいます。日本側といたしましては、その当時の食糧事情からいたしまして、四十五万トンの輸入を希望いたしておつたのでございまして、そこに輸入数量の間におきましても、タイ国側の考えと、日本の考えとの間に数量的な食違いがあつたわけでございますが、二十二万トンについては日本側で麻袋を手当をしてもらいたい、こういう話があつたわけでございます。これは御承知のように、当時パキスタンとインドとの間におきましても紛争がございまして、原料がパキスタンでございますので、その関係上インドに原料が入らない。従つて麻袋の事情が世界的に不足するだろうという問題と、国内におきましても、朝鮮事変等の関係によりまして、麻袋事情が窮迫しておつた、そういう申入れがございまして、たしか五月か六月かと思いますが、手持のものを百万枚タイ側に輸送いたしたこともあるのです。九月に至りまして、タイ国側から、このタイ米輸送につきまして、タイ国側で手当をして、その麻袋を日本政府に買取らないか、こういう話があつたのです。これは外務省を通じました在外公館からの公けの報告といたしまして、九月の十一日にタイ国側から、三百万枚をタイ国側で手当して、その麻袋を日本政府に現地で買つてもらいたい、こういう話があつたのです。当時すでに日本側といたしましては、タイ国側の要請に応じまして、国内でも手当をいたしておりました。この麻袋につきましては、日本側は四十五万トン入れるためには四百五十万枚要るわけでございますので、残りの百五十万枚を一つタイ国側の輸出商に払下げてくれ、こういう交渉をいたしておつたわけであります。その間タイ国側は、日本側において現地でタイ国の麻袋を買わないと、あとの百五十万枚の麻袋もタイ国の商社に払下げるということもなかなか肯んじなかつたわけでございます。いろいろ交渉がございまして、最後に十二月四日には日本政府が三百万枚を買取らない以上は、シツパーに対して前貸とか払下は拒絶するというような電文も来たわけです。その後更に現地におきまして交渉いたしまして、二十六年の十二月十五日に漸くタイ国側におきましても、シツパーに対して払下をするということに……、払下につきましてタイ国側に対して交渉しろという、当方からのバンコック在外事務所長に対する申入れによりまして、最終的には十二月二十二日に、タイ国側においてシツパーに対する払下げを同意いたしました。こういうような経緯になつております。最終的に外交交渉によつて決定をしましたのが十二月二十二日ということになる、その間交渉して、国内における生産も続けておりましたので、又当時におきましては、まだ朝鮮事変等の関係もありますし、又パキスタン、タイ等の紛争の関係で、将来麻袋需要がどういうふうな形に変動するかという予測も非常に困難でございましたし、タイ国側の申入れもそのときどきによつて非常に違うというふうな不安もございましたし、ビルマ、タイ等の関係もございますので、この際として政府が所有いたすということが、そういう場合に処して有効ではなかろうかと、こういうふうに判断したように考えております。
○永岡光治君 そうしますと、向うで麻袋を付けてくれることに日本は同意して、なお且つ生産をした、こういうことになるのですね。
○政府委員(前谷重夫君) はあ。
○永岡光治君 そのタイ国の一袋についての値段はどのくらいでございますか。日本の価格との開きはどのくらいでありますか。
○政府委員(前谷重夫君) 向うの、その当時におきまする申入れは、十四乃至十四・二五バーツ、こういう申入れの恰好です。
○永岡光治君 日本円に換算しますと……。
○政府委員(前谷重夫君) 正確には今計算いたしますが、たしかこの五月の十一日に当初申入れがございまして、この値段がやはり買入価格の場合の一つの参考になると思います。これと大体似たような恰好だと聞いておりますが、正確にはバーツの換算についてはあとでいたします。
○永岡光治君 値段はあとで正確のものを承わりますが、タイ国から麻袋付で米を輸入しても、なお且つ又お話を聞けば、二十七年度ですか、五百万を追加しておるようですが、その必要がなお且つあつたのか。やはりタイ国からそのまま付けてこちらに買つてくれという要望がなかつたのかどうか、その点を先ずお尋ねしたいと思います。
○政府委員(前谷重夫君) 当初におきまする三百万枚は大型でございまして、これは百キロ入でございます。大体米の専用でございます。あとの五百万枚は小型でございまして六十キロでございます。これは御承知のように、大体大麦、小麦につきまして、殆んど大部分のものがばらでございます。小麦につきましても二百万トンぐらいがございまするし、又大麦につきましても百万トン程度のものの輸入があるわけでございまして、この全体の麻袋の量というものは延べにいたしますると、四千万枚以上になるわけでございます。当時といたしましては、二十七年に麦の統制を外しまして、そしてその後の価格の変動を見ますと、小麦大麦、特に裸麦につきまして政府が期待いたしたような価格水準に落ちついていないということで、輸入計画を変更いたしまして、そうして麦類の輸入の増加をいたしたわけでございます。その増加をいたしまする場合におきまして、当時の国内の回収状況から考えまして、二十八年の三月末には麻袋が不足する、こういうふうな見通しでありましたので、その小麦、大麦の麻袋として小型のものを購入いたしたわけでございまして、米の関係ではなくて麦の関係でございます。
○永岡光治君 ところで会計検査院のかたにお尋ねしたいのであります。先ほど東畑次官のお託を承りますと、余り事情は知らないでそれはした、そういう言葉がちよつと漏れたのですが、会計検査院が検査された結果は、どのような形で実行された責任者の方々に監査の結果を発表し、乃至は注意を喚起しておるのか、その点についてはどういう考えであつたかということをお尋ねいたします。
○説明員(小峰保栄君) 只今の会計検査院の検査の結果はどういう方法でやつたか、こういう御質問でございます。検査いたしますと、これは局長名で食糧庁の長官に照会を出すわけであります。で大体検査は二十六年度の分でございますと、全国の食糧事務所、全部は歩きませんが、主な所を歩きまして、こういう事態を見付けるわけでありますが、これをまとめまして、大体秋になりまして、食糧本庁にお邪魔するのは、本件につきましても恐らく、照会は今手元に持つておりませんが、二十六年度の分につきましては二十七年の秋、九月以後になつたのじやないかと思いますが、当時、先ほどちよつと御参考にいろいろお話があつた点、会計検査院の見たところ、政府当局の御説明に対してちよつと異議をはさむ余地があるような所もありますので、ちよつと御参考に申上げておきますが、二十七年八月頃麻袋会社というものがありましたが、その当時はありましたが、ところが二十七年八月当時は問題になつておりました三百万枚は殆んど一枚も使わないで残つておりました。三百万枚を二十六年の夏契約いたしまして、タイ米に使うということでお買いになつたわけでありますが、二十七年の十月と記憶しておりますが、九月から十月まで一枚も使つておらない、とにかく三百万枚そつくりしておる。政府が扱つておりました麻袋を会社の手に移すというので予備が必要だということでありましたが、私どもの見るところこの三百万枚これで十分だ、五百万枚重ねて買うということは、どうも解せない。この五百万枚買うときに会計検査院から相当手厳しく照会を出しております。ところで私ども会計検査院では、三百万枚の分についてもすつたもんだしておつたわけでありますが、これに目を覆つて、言はば五百万枚お買いになつたわけであります。この五百万枚も実は二百七十万枚は会社で製品としてできておつたわけであります。お買いになりたければ右から左に買えたわけであります。何を一体好き好んでこういうようなものを買つたのか、私ども未だに解せないということを御参考に申上げておきます。 それから四十五万トンというタイ米の輸入のことがしばしばお話にのぼつておりますが、この四十五万トンは日本側の希望目標であつたのであります。先ほどお話が出ましたが、当時タイ側が承諾をしていたのは三十万トンであります。要するに日本側としては四十五万トン欲しいというのは、当時の食糧事情から尤もだと思いますが、これは決してタイ側の承認を得た数字ではないのであります。まだタイ側では四十五万トン売るか売らないかわからないうちに、麻袋だけ四十五万トン分買うということはどうも解せないのであります。タイ側では米のほうが先であります。麻袋はあとから考えて然るべきであります。ところが米は御承知のように三十万トンといつても、一遍に三十万トン入つて来るのではありません。二十六年八月当時は、この決算書に載せてありますが百六十万枚手持ちに持つていたのであります。これは前年のタイ米の輸入について麻袋が丁度あの辺でごたごたして、麻袋の供給が、タイ側の供給が円滑でなくなつたのであります。それで日本側で手当をして欲しいという要請がありまして用意したのでありますが、何といつても外米は麻袋に入れて輸出するのが向うの本来の姿であつたのであります。そのごたごたが取りまして、やはり麻袋に入つて輸入されたのであります。日本側で折角手当した麻袋というものが百六十万枚も当然余つたわけでございます。こういう事情を考えますと、ますます私どもとしては三百万枚急いで、果して入るか入らないかわからない四十五万トンを目途にして三百万枚買つたのか、これも解せない一つであります。 それから百六十万枚、十六万トン分でございますが、十六万トンの米がそう半月や一月で入るものではございません。これをお買いになるのは情勢を見た上で十分じやないだろうか、こういうふうに実は考えておりまして、この案を書いたわけでありますが、どうも解せないことが多いのであります。 それから先ほど御質問がありました、批難のあれも、実は相当遠慮してここに書いたのであります。三月の予告期間というものがございまして、九月にはタイ国でははつきりと麻袋をつけて輸出したいということを意思表示しているのであります。それをこちらがいろいろなことを言つているので、十二月に、麻袋付でなければ売つてやらない、こういう非常に強い意思表示があつたのであります。その文書は残つておりますが、九月に麻袋付で輸出したいということを向うは意思表示しているのであります。その当時またこれは二十七年度の小型の五百万枚の購入をいたしまして、八月一日でありますか、契約いたしましたが、第一回の現品納入があつたのは九月中頃、その頃にタイ側から今のような麻袋付で、いわば本来の姿に戻つて麻袋付で輸出したい、こういう意思表示があつたのであります。それをどんどんお構いなしに麻袋を作らしてしまつた、ここに書いてありますように、三月の予告期間を置きまして、私たちは一月としたわけでありますが、一月以後に入つたのが三百万枚、二百十二万枚、その前にも私どもとしては買わないでよかつたと思つたのでありますが、ともかくも一応譲歩しまして、一月にはどんなことをしてもストツプすべきではないか、相当の補償を払つてもストツプするのが本当だ、当時のこれらのことについても詳細に調べてみましたが、若し必要とあらば申してよろしうございますが、これなんか見まとても、決してその頃になつて注文すれば、ばらで入るということがわかりましたあとで注文しましても、買方としては決して遅過ぎはしない。こういうことを実はいろいろ調べました上で、これが案にまとめましたので、麻袋の案件につきましては、あとの二十七年度の五百万枚もそうであります。 五百万枚についていろいろなことをおつしやつておりますが、計算はいろいろできます。当時の計算も私どものほうに入つておりますが、麦が相当たくさん入つている、こういう計算をされているのでありますが、併しながらどうもその計算が正しいと私ども思えないのでありまして、少し見込が多過ぎるのじやなかろうか、当時の計算が皆外れておるわけでありませんが、単なる結果論と言うには余りにこの問題が大きい。当時一体どうして三百万枚一遍に買つたか、三百万枚の大部分がまだ残つておつたのに五百万枚を一遍に買つたか、こういう点については私どもも未だによく原因がわからない、こういう事案でございます。御参考までに……。
○永岡光治君 大体の事情はわかつたのですが、最初からおかしいと私たちも聞いておりましたが、やはり不明朗なものを感ずるわけであります。今責任の問題をちよつと言われましたが、これは二十六年度の分については当時の食糧庁長官の問題がやはり当然私は問題になると思う。当時の責任者の出席を求めたいと実は思うのです。如何でしよう。
○飯島連次郎君 今の問題に関連して先ほど農林省から頂いた資料によりますと、当時の関係者は七百七十四号三百万枚の麻袋に関しては、長官が安孫子、それから決定者が業務第二部長細田、それから総務部長清井、それから実行者が当時の経理課長の市田、それから輸入業務課長の大石、こういう名前が列記してありますが、この方々大多数現在の食糧庁におられるわけでありますが、併せて参考人としてお呼びになつたらなお明瞭になると思うので、これを一つ併せてお諮り願いたいと思います。
○委員長(小林亦治君) 承知いたしました。ただそれは目的はどういうのですか、つまり当時の責任を明らかにするという程度か、それとも財産上の請求をするか、或いは刑事上の責任まで追及してゆくか、実情を明らかするためであるならば、あえておよびにならんでも、現在の責任者と当時の責任者が今おられるのですから、能う限りこのかたがたに先ずお聞き願つて、なお足らざるところあれば、これはその方面に御審議を願うということじやどうでしようか、又この出席せられておる方々にももつと明らかになし得る事項があると思うのですが……。
○大倉精一君 ちよつと質問しますが、この件についてはどうも私も割切れんことがあるので、先般来調査しているのですが、なおわからんところがある。それは丁度麻袋をお買いになるちよつと前の二十六年三月三十一日に食糧公団が解散になつております。その当時のことを私は少し知りたいということで、先般清算事務を担当しておられたかたにお出で頂いていろいろお伺いしたのですが、どうもその当時の内容が漠としてわからないのですが、ただその当時に麻袋が、麻袋、紙袋全部入れて混ぜていろいろあつたのですが、特に麻袋は三千百四十一万二千四百十袋あつて、これは完全なもんです。そのほかに不適格品が二百十八万四千四十八枚ある、こういうことはわかりました。そこでこの三千万もある麻袋は一体どうなつたか。而も日ならずして八月ですか、三百万枚というのを大急ぎでちよつとわけのわからんような恰好でお買いになつたと言うのですが、そのすぐ直前といつてもいいくらいの三月三十一日に三千万袋も手持ちがあつた。こういうことに対して何ら関心を持つていられなかつたかどうかということ。この点についてちよつとお伺いいたしたい。
○政府委員(前谷重夫君) お答えいたしますが、従来麻袋につきましては麦を統制いたしておりましたので、公団におきまして公団が所有いたしまして、輸入業者、メーカーの間を貸与の形で動いておつたわけであります。公団廃止と同時にそれはそれぞれのルートに使われておるわけでございまして、これは勿論御承知のようにばらが入つて参りますと、輸入業者からばらを詰めまして政府のところに入り、政府から製粉、或いは製表工場に行く、こういう循環過程を通ります。その御指摘の三千一百万枚というのは、この循環過程のものを指すものと思うわけでございまして、これは循環過程にだんだん使われて行つて、中には破損のものはだんだんほかに行く、こういう形になります。従いまして、これは普通の循環過程において動いておるものということで、その当時予備といたしまして公団が持つておつたものは政府がこれを肩替りいたしたわけでございます。そういうわけでございますので、普通の循環いたしたもののほかに、これは勿論米の場合それから麦の場合併せてでございますが、そのほかにタイ米等の事情で買入の関係をいたしたわけでございますが、私が承知いたしておりますのは、只今会計検査院のお話がございましたが、当初タイ側で九月に麻袋を何してというふうには私たちは承知いたしておらないわけでございまして、文書がございますように商業省から明年度の対日積出用麻袋に関し、日本政府が希望するならばインド製ベビシーを三百万枚タイ国の責任において十四乃至十四・二五バーツで供給したいと、こういうことで、これは麻袋をそのまま現地で買取れと、こういう話のように承知いたしておるわけでございます。タイ国側からの輸入の関係等におきまして、従来の回転いたしておりまする麻袋のほかに、これだけのものが要るのじやないかということが当時として判断されたのではないかと、かように了解いたしておる次第であります。
○大倉精一君 この三千一百万袋というものは、これは循環過程のものである、新品は入つておりませんでしたか。
○政府委員(前谷重夫君) これは新袋の分といたしましては、政府が公団から受継ぎまして、それが回転しておる、一空なり二空なりのものであるというふうに考えております。
○大倉精一君 これは清算事務を扱つた人に承わつたところによると、ほかの品物と同様に、これもやはり入札で以て全部民間に払下げたということを聞いておりますが、そういう工合になつておりますか。
○政府委員(前谷重夫君) その当時といたしましては、公団解散の当時といたしましては、新袋は政府が引継いだわけでございます。古袋になりましたものは公団のほうで処分いたしております。使えるものは普通の製粉なりその他の流通過程に廻つておる、こういうふうに了承しております。
○大倉精一君 その新袋三千一百万袋のうち、政府の引継いだのはどれくらいありますか。
○政府委員(前谷重夫君) 大体これは全体の数のうちで新袋として政府が引継ぎましたのは百六十万枚程度だと、かように承知いたしております。
○大倉精一君 小峰局長にお伺いしますが、その当時の公団のそういうような財産事情について、やはり検査院としてもタツチしておられたと思うのですが、その三千一百万袋はどういうような状況であつたかということ……。
○説明員(小峰保栄君) 今の大倉さんのご質問ですが、私どもが承知しておるのでは、先ほどの食糧庁の説明と非常に実は食い違うのであります。数量は大倉さんのおつしやつた三千百四十一万二千四百十袋、これは農林省が買つたことになつております。これに公団からの麻袋購入調という資料が当時あつて、私どもその資料を持つておりますが、これは数字はぴたりと合うのでございますが、これは一応公団から食糧庁が引続ぎと申しますか、買つたことに、金額もはつきりしております。七億五千二百三十九万八千二十円、これは先ほど新袋がどうかというお話でございましたが、これは回転中のものも当然含まつておるとは思いますが、大部分が古袋であります。新袋は大型が、端数は省略いたしますが一万五千七百袋、それから小型が二十九万八千五百袋、これが新袋であります。これは評価も相当高い評価で買つております。大型はたしか二百余円、それから小型が百八十円、あとの大部分、二百たしか七十数万枚になりますがこれは古袋でありまして、これは評価が六十円とか、ひどいのは十五円というのもございます。十五円というのはこれはヘシアンと申しまして今使つておらん非常に悪いやつであります。一重で使いますと穀類が漏つてしまうというくらい荒いものでありまして、これを使うときは二枚重ねで使うのでありまして、二枚重ねでないと使いものにならんというもので、外国から入つて来た非常に悪いものでありますが、数が非常に多いのでありまして、今の三千百万枚のうち二千五百万枚余りがこのヘシアンの古であります。私どもは実はこういうふうに当時の資料で了解しておるわけであります。
○大倉精一君 そこで私はこの当時の公団のいろいろな財産内容というものを聞きたいのですが、食糧庁のほうに当時の公団の財産目録というものはありますか。
○政府委員(前谷重夫君) その当時の食糧公団の財産目録は当然食糧庁に、今手許に持つておりますがあるわけでございます。なお私先ほど小峰局長のお話で国が買入れた新袋と申上げましたのは、袋詰のものは勿論袋詰のものとして、麻袋として買うというよりも内容入で買つたのであります。そういう形で考えたわけであります。
○大倉精一君 この財産目録を実は随分いろいろ欲しいと思つて調べたのですが、どうしても材料がない。そこで会計検査院のほうにはこれをお持ちになつているという話ですが、如何ですか。
○説明員(小峰保栄君) 先ほどの御質問にちよつとお答えを落しまして恐縮でしたが、当時のそのときは勿論私どものほうで、これを検査したわけでございます。私当時の事情は存じませんが、当然にやつておるはずでありまして、当時の書類として私どものほうに相当確か内容の複雑なものだつたと思いますが、財産目録もございます。当然食糧庁なり公団清算室には、会計検査院さえあるのでございますから、当然にこれはあるものと考えます。
○大倉精一君 それでは私はそういうような資料を頂いて更に今日頂いた資料の検討をしてみたいと思いますので、財産目録を一つ頂きたい。そして特別にその当時の麻袋に関する今いろいろ御答弁になつたそういう状況について資料を、そのものだけは別個に一つお願いしたいと思います。
○説明員(小峰保栄君) 今の御要求は食糧庁に対してでありますか、会計検査院に対してでございますか。会計検査院のほうから出すのはちよつと筋違いかと思います。
○大倉精一君 食糧庁に対してです。
○政府委員(前谷重夫君) これは御承知のように、清算人がございまして、公団の清算関係は大蔵省の管財のほうでありまして、そちらのほうと連絡してできる限りの資料を作りたいと思います。
○委員長(小林亦治君) その件ですね、今大倉委員のお求めになつた書類ですが、二十六年三月三十一日の公団解散当時の財産目録と、それからそれと同時に引継いだ何か調書といつたようなもの、引継書というのですか、会計書類、それを添付したものですね。
○大倉精一君 麻袋に関するものは今御答弁になつたようなものは内容は別に資料として付けてもらいたい。
○高田なほ子君 私はこういういろいろな不正の問題については専門家でありませんから、どうだこうだといつているうちにさつぱりわけがわからなくなるし、言いくるめようがなかなか上手で、白のものを黒と言うことは、これは幾らでもできると思います。そこでこういうことの具体的なことには私は触れません。ただお伺いしたいことは、この予算執行職員等の責任に関する法律というものがはつきりあつて、予算執行の責任の所在、それから予算の執行の適正化を図ることを目的とするために出ておる法律でありますが、この法律に照しまして、当時の責任者の名前を、この法律に基く責任者の名前を一応知らしてもらいたいと思います。この第二条の中で「この法律において「予算執行職員」とは、左に掲げる職員をいう」となつて、その中の一号に「会計法第十三条第三項に規定する支出負担行為担当者」、こういうふうにあるのですが、この場合の麻袋に関する支出負担行為の担当官は何の何がしであるのか、名前を知らしてもらいたい。
○政府委員(前谷重夫君) この関係者につきましては、お手許にお配りいたしました関係者といたしまして、決定者、実行者ということで名前を資料の関係で差上げておるわけでございます。
○高田なほ子君 その資料にある方全部が担当官で、それ以外の者はもう誰もないと、こういうことになりますね。
○政府委員(前谷重夫君) 勿論役所の機構でございますので、課長以下に補佐員はおるわけでございますが、只今の法律に基きまする点から申上げますと、支出官は食糧庁長官になつておりましてそれから支出担当官は総務部長と、こういうことになつております。
○高田なほ子君 この場合ですね「予算執行職員は、故意又は重大な過失に因り前項の規定に違反して支出等の行為をしたことにより国に損害を与えたときは、弁償の責に任じなければならない」、こういうふうにしてこの責任の所在又その責任を遂行し得なかつた場合の規定がはつきりと規定されておるわけであります。そこで先ほどから会計検査院と当局との問答的なやりとりになつておるのでありますが、会計検査院側としては、故意ではないにしても、結果として重大な過失によつているような印象を受ける御発言があるし、私どもも又その御答弁を諒とするわけですが、当局のほうは必ずしも重大な過失によつて国に損害を与えたというような印象を受ける御答弁がやや稀薄に感じられる。これはまあ私の受取り方かもしれませんが、そこでお伺いしたいことは、この資料に基いて見ましても、重大な過失によつて国に損害を与えた場合の例というものは割合に少いように思うのですがね。このデーターは私が考えているのとは違うかもしれませんが、二百十ページの不正行為というところに載つておりますが、この場合重大な過失であるか過失でないかというようなことを決めることは、非常にこれはむずかしいと思うのですが、これはどこでどういうような方法で以てこの過失であるかないかということを決めるのか、又今までその決め方についていろいろな問題点があつたのではないかと思われるのですが、この点を知らせてもらいたいと思います。東畑次官でもどなたでも結構です。私の質問に答えられる方で結構です。
○説明員(東畑四郎君) 私が今まで申上げておりましたのは法律上の厳密な意味のことを申上げておるわけではないのであります。法律上の重大な過失と、こういうことになりますると、なかなか慎重研究した上でないと私も責任を以て実は御答弁できないのであります。これは会計検査院のほうから……。
○説明員(小峰保栄君) 只今の予算執行職員等の責任に関する法律の解釈の問題ですが、これは先ほどお読みになりました条文の中に「前項の規定」、こういうのがたしかあつたはずです。前項を御覧願いますと、それにたしか法令違反という文字があるはずでございます。私手許に持つておりますが、法令に違反した行為というのが予算執行職員等の責任法の適用をするかしないかのポイントとなるわけです。本件のようにこれは非常に私どもの判断といたしましては、事態としては誠に国民に非常な迷惑をかける、国に対して非常な損害を及ぼす行為でありまして、甚だどうかと思うのでありますが、さて法令違反かどうか、こういうことになりますと、相当躓いてしまうのであります。と申しますのは、こういうことをしては相成らんという法令はございません。これは当然に公務員としての良識の問題になるかと思うのでありますが、現在の予算執行職員等の責任法の運用上の問題といたしまして、常識上当然なものは何でもこれにかけてしまう、こういう強い考え方も立つと思います。ただ法律の中に法令に違反し、而もその法令は会計経理に関する法令、こういうふうに法定解釈になつているわけです。会計経理の法令に違反するかどうかということになりますと、本件のような問題は明確な条文がないわけですから、良識の上からは誠にどうも変な、重大な問題ではございますが……。それから又故意、過失という点については、これは相当に考えなければいかん点があると思いますが、今の法令違反というところで、この法律が真正面から適用するということは実はできないのであります。現在の予算執行職員等の責任法というのは、これはアメリカ式のが大分入つておりましてアメリカではこの法令というようなものが相当に細かく書いてあります。法令違反が比較的範囲が広いのでありますが、日本は本件のような問題につきましては、これは当然こういうことはやつちやいかんのだ、こういうことで昔からやつていて、文字がありません。そこで予算執行職員等の責任法というのは、この種の案件の予算の使用が適正であるかないかということになりますと、現在の法律ではこれをちよつと真正面に振りかざして責任を追及することが、ちよつと困難な状況にあるのでありまして、予算執行職員等の責任法の運用は大体会計検査院がやることになつている現在の段階でありまして、この種の案件がその法律の適用からどんどんと抜けてしまう、こういう事態が実は多いのであります。不正行為になりますと、そういう事態でございますので、本件につきましてもちよつとむずかしいのじやないか、殊に二十六年度の分につきましては、二十七年四月に恩赦が出ておりまして、本人の犯罪とかそういうことでない限りは、全部いわゆる恩赦ということになりまして、仮に法律が適用されてもその責任は追及されない、こういう事態になつておるわけであります。
○委員長(小林亦治君) 小峰局長に伺いたいのですが、只今の二十七年の立太子恩赦ですね。これによつて責任がなくなることは別として、今おつしやる責任論というのは実はそれはなんでしよう。法令に違反した場合、つまり手続上の規定に積極的に違反した場合のお話だろうと思うのですけれども、そこで予算執行職員等の責任に関する法律というのがあるのですが、これの第三条の二項によりますと、ぼんやりしておつたとか、或いは迂闊であつたとか、それから積極的な配慮が足りなかつたとか、或いは見込み違いであつた、こういうような場合にも、重大な過失がある場合には、それらに対して責任が及ぶ規定だと考えているのですが、今の御説明ですとぼんやりしておつたとか、或いは見込み違いであつたとか計算違いであつた場合に、それが重過失と見られる場合でも責任がないというように解釈せられるのですが、私はそうではない。いやしくもそれらの職にありそれらを担当するものが、単純にぼんやりしておつたので、そういう事態が起きたという場合でも、その過失の程度が重過失である場合には、この法律の責任が及ぶと考える。そこで先ほどから私は食い下つておるのは、重大なる過失があつたにもかかわらず、それらの担当者に対するところの処置というものは軽過ぎたと、こう考えておる。次官は戒告とおつしやるのですが、御報告によると、戒告じやない、厳重なる注意と言う。何かこれは行政罰じやないのじやないですか、厳重なる注意なるものは、これは行政罰を潜るために各官庁で闇でやつておるごまかしなんです。そこで先ほどからその点を次官に追及したかつたのでありますが、各委員の御発言が未だであつたので、私は控えておつた。これは他日問題にしなければならんのであるし、恩赦があるなしにかかわらず、私どもは政治上の責任を問うておるのですから、これはこのままでは、あなたがたの御答弁だけでは、これは通らないと思うのです。それが明確になるまで、この問題は何日でも、場合によつては保留しても、徹底的にこれは追及しなければならないと思うのです。 (「異議なし」と呼ぶ者あり)殊に厳重なる注意という闇の処罰でごまかしておる、戒告なんてその程度なんです。次官の良心の程度はわかるのです。あなたの御釈明の態度は神妙なんです。その点は私どもも了承せられるのですが、やり方が余りにどうも陰険なんです。官僚的にうまくごまかしてうまい答弁をして逃げようといつたのが見え透いているのです。そういうことは私は見逃さないのだ。この結論の明確化を我々は握り得るまで七百七十四号というものは徹底的に究明しなくちやならんと思うので、どうぞこの次からそういう御覚悟で御出席願いたいと思う。そんな甘い答弁や御説明には我々はごまかされない。
○平林太一君 今委員長から極めて適切な御発言がありましたが、先刻私の質問に対しまする東畑君からの御答弁がありましたのですが、やはり答弁に現われておる言葉の中に専ら自分が責集を負うということをしばしば繰返されておるのですが、それは非常に私としては東畑君は御苦衷だと思う。私の関係でそういうことをおつしやる中に、どうしても当時の大臣がこの事件には関係しておる、根本それから広川、こういうかたが何か関係している。これは麻袋を発注をいたしましたいわゆる会社と随意契約した、そうしてこの厖大な、会計検査院の先刻御説明の内容を見ても、極めて明瞭な、必要でないものを殊更これは作つたのです。必要でないものを殊更作るということになると、これだけの数量、これだけのものであれば、これはどうしても何らか最高上司というものがそういうものの一つのことを企画して、そうして理由は何とでもこれはつける。それですから非常に食い違いがあります。東畑君の御答弁の中でも、いわゆる価格の高低或いは騰貴を虞れてこれをやつたのだ、こうおつしやつておる。それから一方には戒告に対する措置に対して、会計検査院の説明を聞いていると、そういうなには入つておりません。そういうことは何ら根拠にはなつていないわけなんです。それはどうしても一つの陰謀である。いわゆる当時の大臣がこれに必ず関係しておる。それは善意に関係するか悪意に関係するか、或いはこれが司法上の措置としての取扱いになる関係があるかどうかは、これは暫らくの問題で、そうしてこの発注会社との間に三社、これは一社以外二社、三社に対してそうして二百九十円でやつた。そうしてそれがまだあるうちに、あと五百万出したと言いますから、そういうところに政治上の重大な問題があると思います。だから東畑君御自身は私の責任であります、こう言つておるが、事実はそうおつしやればおつしやるほど、そうではないんです、実は……。これも、全然これだけの問題が、その処理上で、最終には当時の食糧長官がなさるのだということだが、これはいわゆる殊更それくらい用意周到にして、そうして大臣の責任というものを回避しているような処置を、特にこういう処置をとつたのだ。そうしていわゆる当時半額に等しいものを、これは二十六年度も七年度も併せて私はそう計算をいたしますが、倍額の儲けがある。十三億円が六、七億円になつている。そうするとその七億円というものが業者との間に一つのいわゆる今度のリベート以上の問題になるわけであります、割合から行きますれば。そういうこれは匂いと現実性というものが非常に濃いのです。ですから委員長がおつしやつたように私も非常に同感です。この問題は十分にその当時の事務関係者は勿論のこと、そうしてどこにこれが発生したかということまで究明できなければいたし方ありませんが、そこまで本委員会といたしましてはいたすことが、極めて私は妥当だと思いますから、意見だけ申上げます。
○長谷山行毅君 この前の委員会の際に、どうも事案が明確化されなかつたので、今日までにいろいろな資料を提出してもらつて更にこの事態をはつきりさせようとしたわけでありますが、先ほどからの食糧庁の御説明を聞くと、どうもまだはつきりしないような気がするのですが、その点についてもう少し明確な御答弁を願いたいと思います。第一、この事案についての会計検査院の指摘は、第一点としては、これは最初の見通しを誤まつたのだというのが第一点で、第二点はその見通しが間違つたことが当然わかるにもかかわらず、その後の適宜な措置をしないために、これを全部納入させてしまつたのだ、こういう二点だと思うのであります。ところがこの政府の答弁書によりますれば、第一の点については誠に会計検査院の御指摘の通りになつて申訳ないというふうな答弁になつております。ただその説明書の中には少し綾をつけておりますが、要するに見通しが違つたのだというふうな説明になつておるようであります。例えばこれを読み上げますれば、「タイ国側の要請もあり且つ麻袋事情は、朝鮮動乱に伴う軍需向など予測し難い状況下にあり、一方麻袋は予定計画を樹て予め準備しておく必要がある等のため已むを得ず購入したものであるが」というふうなことを答弁しておられてその陰にはその見通しについて誤まりがあつたかも知れないというふうなことになつておりますが、その点についても見通しがどういうわけで間違いがあつたのだということを、もう少し政府としてその当時の事情から推して、ただ答弁のための答弁でなしに、こういうことで見通しが間違つたのだというふうに、率直にお答えになつたほうがいいのじやないかと思われますし、それから第二の点については、これは答弁書ではちつとも触れていないのであります。第二点の点というのは会計検査院の指摘事項の第二項になつておりますが、二百二頁以下の先ほど永岡委員から指摘された事項でありますが、これについても、先ほどの御答弁を聞くと、なおどうもややこしくなつてわからないように思われるのですが、最初タイ国から麻袋付きで輸出するというような意思表示があつたのが二十六年の九月である。このことは食糧庁として認めておられるようですが、先ほどの長官の御説明によると九月のときはどうも余りはつきりしないで、その年の十二月二十二日でしたか、そのとき初めてはつきりした、向うから麻袋付きで輸出するという意思表示がそのとき初めてはつきりしたというふうな御答弁のように聞こえたのですが、そういうふうなものであるか、先ほど会計検査院からの指摘、更に局長からの補足的な説明によつて我々が推測することによつて、もう九月ではつきりしておつて、十二月には更にそれを強めた意思表示があつたに過ぎないのだ。ところがその後何ら、折角そういう見通しが変更した場合の措置として契約書には三カ月の予報期間の解約の契約をしておりながら、それを適宜に活用しなかつたのだ。こういう点について、それに対する率直な釈明がないように思われたのですが、それらの点を一つもう少しはつきりさして頂きたいと思います。
○政府委員(前谷重夫君) お答え申上げますが、購入の事情につきましては先ほども申上げましたように、タイ国側から二十六年の一月に使節団が来て、この話が始まつたわけでございます。八月に国内といたしましての契約をいたしたわけでございます。ただ先ほども申上げましたように、外務省を通じまする往復は、当初タイ国側の政府が麻袋を現地で買つてもらいたい、こういうふうな話であつたというふうにこの公文書を見ると了解されるわけでございます。そのほかに日本側といたしましては、三百万枚については手当をいたしましたが、百五十万枚分についてはタイ国側から輸出商社に払下げるように御考慮願いたい、こういう交渉をいたしておつたわけでございます。その交渉が続きまして、十二月の四日に、日本政府が、タイ国政府が払下げをする、タイ国政府からの払下げを買取らない以上は、シツパ一に対して払下げないし、前貸はあとでするということは、只今会計検査院のお話がありましたように、十二月の四日に参つておるわけでございます。それに対しまして現地で買うということは困るから、シツパーに対して払下げを更にタイ国側から交渉してもらいたいということを、十二月十五日に外務大臣から現地に訓令いたしまして、十二月二十二日に至りまして、タイ国政府がシツパーに払下げることに同意した、こういう報告が参つておるわけでございます。ただその後におきましてまだ契約を解除するというふうな余地があつたのじやないか、こういうことでございますが、まあその当時の判断といたしましては、朝鮮動乱による英軍の調達もございまして、国内の麻袋事情も払底いたしておる、又世界的にも麻袋事情が逼迫するだろう、従つて穀物の輸入に対してばら物が増大するということも考えられるので、すでに国内に発注をいたしておるということもございましたので、これを以てしても持つほうが将来の輸入なり麻袋事情に対しても適当であろう、こういう判断をいたしたわけでございまして、その判断の結果が、結果として間違つておつたということは認められるわけでございますが、その当時の事情としてはそういう判断をいたしておるというふうに我々は承知いたしておるわけでございます。
○長谷山行毅君 最初の判断は、第一点の判断はそれで間違つておつた、それから第二点のこの見通しが九月になつてもまだはつきりしない。つまり、会計検査院で指摘しておるのは、こういう強い意思表示があつた後も、適宜な措置をとらなかつたのだ、いわゆる解約しなかつたのだ、予告付きの解約をしなかつたのだと、この事情をもう少し詳しく説明して頂きたい。
○政府委員(前谷重夫君) 先ほども申上げましたように、十二月に入つてタイ国側は麻袋を買わなければ米の輸出をしないという強い意思表示がありまして、更にそれを押し返して交渉をいたしまして、タイ国のシツパ一に対して麻袋を払下げるということがタイ国側の了解を得たわけでございます。従いましてその二点におきましては麻袋の購入のタイ米との関係におきまする事情は解消いたしたというふうに考えられるわけでございます。ただその当時といたしまして、只今申上げましたように、国内の麻袋がやはり朝鮮動乱によりまして、相当進駐軍の発注がございまして、これの払底ということが予想されましたのと、同時に世界的にもまだ麻袋事情は緩和されないで、麻袋の窮迫を来し、又ばら輸送をしなければならないというふうな事情もあつたわけでございます。ただこれは、御了承願いたいのは、実は食糧庁といたしましても、戦時中におきまして、満洲物を、御承知のように麻袋を満洲に送りまして、そうして満洲のものを、大豆、高梁等を引いておりましたわけでございまして、その当時におきまする麻袋の不足による輸入ということにつきましては、非常に困難を感じた経験があるわけでございます。それで、急拠清津にばら輸送の設備を終戦の終り頃にいたしますとか、新潟に受入れ設備をいたしますとか、麻袋につきましては、満洲物との関係におきまして、非常な苦労をした経験があるのでございます。そういう点におきまして、食糧の輸入のために麻袋というものがないと非常に困るということは、実は関係者としては身にしみて考えておつたわけでございます。そういう事情からして、その当時におきまする事情というものを過大に考えたということはあり得るかと思うのでありますが、その当時の考え方といたしましては、国内でも朝鮮の動乱によつて相当サンド・バツクの需要があつて、これがその事情からして、国内の麻袋の事情も窮迫するというふうな考え方、それから同時に世界的にも麻袋がこれは逼迫するであろう、そうすると、又ばら輸送として設備を、ばら輸送のものが多く出るだろう、そうすると、その場合にこれをスムースにして行くためには、やはり麻袋を持つておかなければ困るだろう、これがまあ過去の経験からいたしまして、そういう考え方を持つたわけでございます。
○長谷山行毅君 どうもその点は会計検査院の御見解と食糧庁の御見解との食違いがその辺にあるようなんでございますが、それにいたしましても、これを解約するかどうかというふうな問題は、当時食糧庁内で問題として論議された事実があるのでございますか。
○政府委員(前谷重夫君) タイ側からの申出がございまして、最終的に決定いたしました後におきましては、解約するかどうかということを、部内で検討いたしたように聞いておりますが、まだ持つておつたほうが将来の輸入物を受けるのに必要じやないかという議論があつて、継続したというふうに承知いたしているのであります。
○長谷山行毅君 そうすると、そこでいろいろ検討して、更に二十七年度に又買つたということになるというと、非常に二十七年度の新規の買入というものは又問題になると思うのですが、 〔委員長退席、理事菊田七平君着席〕 そういうことを、まああなたは、当時の長官でありませんから、或いは事情はわかりませんかも知れませんけれども、その後東畑長官に代つた今日、そういう事務が引継がれたかどうか、その辺の事情がもう少しわかつているならば、一つ明瞭にすれば、二十七年度の新規購入についても、その間の事情が明らかになると思います。ただあなたは当時の食糧庁に関係しておられないから、或いはわかりませんかも知れませんが、わかつている範囲において一つお述べ願いたい。
○政府委員(前谷重夫君) 最初の大型の麻袋三百万のは百キロでございますので、主として米の専用のもの。専用のものと申すわけには行かないが、米に主として用いられております。あとからの小型のものにつきましては、これは小麦、大麦用のものでございまして、これは六十キロ詰めでございますので、この場合におきまする事情は、従来のタイ米の関係とは異なつた事情にあるわけでございます。その当時におきましては、麻袋の輸入の事情は、当時、当初予定いたしましたものよりも大麦が約四十万トンほど輸入計画が増加いたしたわけでございます。その代り一方小麦のほうが減少いたしまして、差引き二十三万トンの大麦の輸入の増加ということになつたわけでございます。従いましてこの全体の輸入計画からいたしまして、この輸入計画を賄う所要量を推算いたしたわけでございます。その輸入量からいたしまして、二十八年の三月末にはその当時におきまして政府が所有いたしておりまする五百万枚のほかに、これを所有いたしまして、そうして更に回収の事情等も考えまして、三月末におきまして十二万枚程度になるというふうな計算が出たわけでございます。従いまして、そういう事情を考えまするし、同時に又当時パキスタンから小麦と米とのバーターで以ちまして米を入れました、その際における麻袋を五十万枚パキスタンに返還するというふうな事情もありましたので、それを計算いたしますると、三十八万枚の不足になるだろうという推算をいたしたわけでございます。その当時におきまする輸入は、十二月から三月までにおきまして総輸入量を七十五万トンと考えまして、ばら輸入量をそのうちの七十万トンというふうに考えたわけでございますが、結果といたしまして国内の回収が予定以上に上つて参つたということが一つと、それから輸入につきましても、バンクーバー埠頭で輸入の船があつたというふうな点もございまして、その需給の推算自体に狂いが参つた、その結果としまして、これが昨年の三月から十月まで使用せられないで参つた、十一月から使用をして参りまして、御承知のように昨年度の不作のために更に小麦と大麦との輸入の増加計画をいたしておりまして、これが現在におきましては順調に進んで参つておるわけでございます。従いましてこの政府の所要分も払出しまして、そうしてこの輸入に間に合わしているわけでございまして、三月末には三、四十万枚を残して、殆んど使用し得る、更にその後の小麦等の輸入等を考えますると、これは十分に消化し得るというふうに考えておるわけでございます。
○長谷山行毅君 東畑次官にお伺いしますが、当時次官は食糧庁長官として二十七年度のこの麻袋を購入することに当られた。その当時の状況についての考え方の御説明を先ほど伺つたのですが、その際には二十六年度においてタイ米の輸入用の麻袋の問題が会計検査院からもこういうふうに指摘されておるということも、当時の長官として承知の上で、それをもいろいろ考慮に入れて、二十七年度分を購入することに決定されたものか、その間の事情をお伺いしたい。
○説明員(東畑四郎君) 先ほどから私申上げましたのは、極く具体的な問題でなしに、そのときの考え方を、私が原因を作つたのじやないかということを率直に実は申上げたのでございます。甚だ事実でございますので、私は迂闊なことを全部申上げたのでございますが、私長官になりまして以後、麻袋問題等がなかなか食管会計としてむずかしい問題であるというので、先ほど申上げましたように、これは政府会計から外すべきであるということを申しておつたのが、麦の統制撤廃がきまりましてから以後の問題でございまして、たしか七、八月頃のことだと先ほど申上げておきましたが、記憶しております。そのときに九月か十月に先ほど検査院の批難事項があるというお話であります。その当時今日ほど問題になつておりますれば、これは私長官としても当然聞くのでありますが、甚だ迂闊なのでありますが、私長官としてその当時深刻にそこまで問題を実は考えなかつた不明を謝するわけでございます。その後実は十二月に麻袋を買つておる、あとから聞きますと、それまで相当部内で議論したようでありますが、その直接買うときの会議に私は実は長官としては参画いたしておりませんので、その間の経緯は知りませんが、先ほど申上げましたのは、新麻袋を買うということを食糧庁部内で促進せしめたゆえんのものは、私が新麻袋というものは持つてもいいじやないか、それで或る程度需給上の操作をし、価格を政府の手で抑えようじやないか、その代り古い麻袋は政府は外そうじやないかという間接統制みたいな考え方を述べたのが、事ここに至らしめた原因じやないかということを申上げたのであります。事実は私甚だ迂闊でありますが、会計検査院の御批難を受けたのが、先に的確に頭の中へ記憶され、これはよく審査しなければいかんというのが、衆議院の決算委員会に出る少し前に勉強したときに、初めて私は実はわかつたのであります。そのときに実はすでに次の麻袋も買つておつたのも、これは事実でありますが、併しそれも脳裡には実は深く入つておらない程度であつたことは明らかであります。あとから考えれば考えるほど、成るほどこれは重要な問題であるということで、その責任をほかへ移すのではございませんということを申上げておきます。大臣等からの指示も私のあとの五百万枚に関してはこれは絶対にございませんことを申上げておきます。前の問題だけにつきましては、私のときでございませんので、事実問題としてはわかりません。私が知つている限りの事実につきましては、部内でこれを買うとか何とかいうことは相当一カ月くらい議論をして、そうして只今前谷長官が申しましたような見通しの下に、これを買つたのは事実でありますが、その見通しの非常な間違いであつたということにつきましては、誠にその不明を深く反省いたしておるということでございます。
○長谷山行毅君 只今の次官の御答弁で当時の長官としての考え方を率直にお話があつたので、これは事情は一応諒としますが、併し今まで決算委員会で取扱われるいろいろな事項を見ますというと、農林省ではどうも会計検査院で指摘された事項を何回も繰返しておるというような点が非常に強く、むしろほかの官庁よりも強く見受けらるるようであります。従いまして、今のようなこういう重要な問題につきましても、或いはこれは部内で長官にその当時の事情の説明或いは報告が十分できなかつたために、長官としてその点まで深く考えないで、先ほどのような判断をしたということになるわけでございますが、 〔理事菊田七平君退席、委員長着席〕 農林省自体のいろいろな部内につきまして、どうも会計検査院の意見を十分尊重して、間違つて前に国に損害を与えたというふうな問題についての反省が少いように見受けられるのですが、今後は次官として十分そういう点を部内で徹底させて、再び不当な指摘を受けることのないように改善せられることを切に望んで一応の質問を終ります。
○岡三郎君 今次官から当時の事情について釈明があつたのですが、問題は同じようなケースを繰返してきておるというところに、この追及の重要さがあると思います。それで慎重な東畑次官が以上のような見通しの間違いをした、又十分知らなかつたというお答えですが、丁度監査課長が来ておりますから、監査課長は当時会計検査院等から麻袋の問題について慎重な注意があつたと思う。それをそう時間を経過していない時期に五百万袋というふうな厖大な数量の購入、こういつたことが起りて来たことについて、当然次官に或いは長官にそういう経緯について話されたと思う、具申したことがあると思う。又そうあるべきだと思う。そうしなかつたならば、監査課長なんかは何をしていたかわからんと思う。その間の経緯について監査課長の所信を聞きたい。
○説明員(岡村昇三君) お答え申上げますが、御説の通り、私の職責といたしましても、当然これにつきましてはお話を承つて、いろいろ現業面といたしましての御意見を伺い、又会計経理側からしての事情も申上げまして、この面につきましてはよく承知しておるわけでございますが、現業面といたしまして、どうしてもこの数字を持つておることが必要である、又需給推算等につきましても、只今長官から御説明がありましたように、我々としてみまして、どうしてもしようがなくなるという状態でありますれば、そういうものが必要であるということが言われまするならば、今日如何にしてうまく買うか、よく買うか、安く買うかということにつきましては、会計経理面から私どもの関係も申上げて善処して頂くようにいたしておるわけでございまして、この点でさように私もいたしたつもりでございます。
○岡三郎君 問題の焦点がはつきりして来たから、余り私はここで今問題をこれ以上追及しませんが、この間の経緯について、私も一応了承していると思うんです。そこで東畑次官がうつかりして勉強が不十分だという御回答はちよつと頂けないと思う。その点についてなおこの問題については私も質問がありますが、別の問題を一つ聞きます。 先ほどいろいろと質疑があつたわけですが、見通しが間違つた、逆に言えば東畑次官の言葉で言えば、食糧庁が思惑をやつたというふうな言葉さえあつたわけです。而もそれが間違つたと、つまり見通しの点について、九月にタイのほうから麻袋付の輸出をするというお答えがあつて、十二月に麻袋付でなければ売らない。その間について、長官は外務省との関係をいろいろと申述べられておりますが、問題は当時の麻袋の状況だと思うのです。それで小泉製麻その他二社を中心とした当時の朝鮮動乱云々という言葉がありましたが、当時の三社の持高を中心とした麻袋の状況を、会計検査院から一つ十分詳細にお聞きしたいと思う。
○説明員(小峰保栄君) 当時麻袋の手持がどうであつたかという点でありますが、これは二十六年八月当時としては製品の手持としては余りない。材料はこれは相当に手持がございます。それから材料と生産能力から勘案いたしまして、生産高と申しますか、これは全部で約六百三十八万ポンド麻袋の生産高として上つております。枚数に換算してはちよつとわかりませんのであとで……。大体六百万から八百万見当の手持を持つております。月平均が七百十七万四千ポンドになつております。このあれから申しまして、例えばこれは外国品でありますから、輸入が急にストップするようなことになると、相当に困るわけでありますが、その辺の懸念は当時としてはなかつたようであります。それから当時朝鮮事変は御承知のように、本件を買いました二十六年八月の前の月、七月に休戦になつたわけでありまして、それまでサンド・バッグ輸入なんか必要が相当にあつたわけであります。これがばつたり止まるという見通しは当時あつたと思います。先ほどヘシアンというお話が出ましたが、これは食糧公団でたくさん持つておりましたが、大部分は朝鮮の砂袋に使われる、こういうようなことになつたわけであります。それから先ほど二十六年九月の見通しという点がいろいろ御疑問のようでありますが、ちよつと資料を御紹介したほうがむしろいいのじやないかと思います。全文の肝心なところだけちよつと申上げておきます。最初に参りましたのが九月十一日であります。これが先ほど前谷長官から紹介がありました「若し日本政府が希望するならば」これはあらかじめ申上げておきますが、外務大臣宛の電報であります。当時の在外事務所長から相当に婉曲な外交辞令の、外交官同士のあれでございますから、今の「若し日本政府が希望するならば」、間はちよつと省きますが、先ほど御紹介があつた分ですが、「タイ国政府の責任において一四乃至一四・二五バーツの価格で供給したい。」最初これは九月の十一日付でこちらへ到着した電文であります。これだけを見ますと、先ほどのお話のような相当にこれは判断を要する事態だと思うのであります。いきなりやめてしまう、折角契約したものをいきなりやめてしまうというのは、これだけでは或いは無理からんことかも知れません。併し私どもとしてはこれでももうすでに考えなければいかんのじやないかと、こう考えております。それからすぐに九月の十七日発十八日到着の電文があります。これは先ほど御紹介がなかつたのでありますが、これには「百五十万枚をタイ側にて手当したい旨重ねて提案して来た」、こう言つております。そうして括弧がありまして、「タイ側は明年度分を三十万トンと見ておる」、こういうことになつております。これは前後いたしますが、肝心なところは今のあれです。「百五十万枚をタイ側にて手当したい旨重ねて提案して来た。」これは九月十八日にこちらに着いた外務大臣宛の電報であります。それから最後の先ほどのあれですが、十二月三日付で四日に着いております。これは「先般提案したタイ国政府手持ち三百万枚を日本政府が買取らない以上は、シツパーへの払下げも前貸しも拒絶する。そこで最後のチヤンスとして日本政府に対し前記三百万枚の買取り方を申入れる条件は」、こういう最後のチヤンスというきつい言葉を使つておりまして、あと価格が書いてあるわけであります。ここでいろいろ細かいことを言つておりますが、向うではつきり、これが最後だ、こういうことを言つておるのであります。私どもとしてはこの九月の第二回、二回も重ねて向うから来たという、申出があつたということに実際重点を置いておるのであります。第一回に頂きました分を見ますと、外交辞令であつたと思いますが、「若し日本が希望するならば、」こういうようなことを言つております。第二回が数日後に今のような電文が重ねて申入れがあつた。こういう電文が来ております。この電文だけではいろいろな判断が入る余地があるのでありますが、先ほど申上げましたように、大体が外米というのは麻袋に入つて送つて来るのがこれが常道であります。前年の分も日本側で麻袋を手配してくれというような要請がありまして、先ほどちよつと御紹介がありましたが、要請があつたのでありますが、これも最初の向うから言つて来た当時と情勢が変りまして、途中でやはり常道に戻りまして、麻袋でこちらへ入つておるのでありまして、そのためにこの検査報告にも書いてございますように、百六十万枚余つてしまつた。こういう手持ちが当時あつたのでありまして、十万枚も持つておるときに、そういうような前年度にいわば苦い経験を嘗めておるわけでありますが、いきなり四十五万トンというものを手当をしないでよかろうか、この電文でも御紹介いたしましたが、タイ側は九月当時で三十万トンということをはつきり言つておるようであります。四十五万トンというのは先ほど申上げましたように、希望目標であります。実績は三十五トンほど二十六会計年度に入つております。当初の予定より若干殖えましたが、四十五万トンには大分遠いという実情であるようであります。
○岡三郎君 それで質問を続けますが、二十六年度の購入価格が二百九十円、二十七年度は小さいほうで九十三円、まあ損害から見るというと、前年度に比してまあ十分の一程度、まあ国庫に与えた損害は比較的少いと思われるのだが、当時二百九十円の麻袋、これが我々から言うと、どうも不当な価格にしか思えない。この決算書に二百九十一円何がしが出ておるわけですが、この前後の麻袋の変動ですね、相場の変動、これを一つちよつと食糧庁のほうへ聞きたいと思うのです。麻袋の価格の移り変りです。
○政府委員(前谷重夫君) 詳細はあとで調べて申上げたいと思いますが、やはり当時の市価もこの程度の価格でなかつたかと思います。ただその後に、先ほども会計検査院からお話がございましたように、二、三カ月で以て百何十円に下落した、こういう事情にあるように聞いております。なお、その当時におきまする事情は、価格は調べて御報告いたしたいと思います。なお先ほど一四乃至一四・二五バーツは大体換算しますと、二百六十円くらいになろうと思います。これはまあ現地価格でございますので、運賃がこれに加算されるという形になろうと思います。
○岡三郎君 これは話がちよつと飛びますが、この食糧麻袋株式会社に食糧庁或いは農林関係の官吏であつたかたがどの程度入つておりますか。
○政府委員(前谷重夫君) 役員としては二人入つております。なお当時の公団及びその後におきまして職員として入つておる者もあろうと思います。人数は私今ちよつと承知いたしておりません。
○岡三郎君 役員名簿があるので、一応これについて御説明願いたいと思います。
○政府委員(前谷重夫君) 役員名簿がございますが、それによりますと、取締役会長笹山茂太郎氏は前に農林省で次官をされておりました。それから専務取締役の阪本氏は、これは食糧庁で食糧事務所長をいたしておりました。それから常任監査役の曾我氏が昔食糧庁におりました。それからその次の監査役の金城氏が食糧庁におりました。それから水川取締役、これもずつと前でございますが、食糧庁におりました。
○岡三郎君 それからもう一つは、資料のほうの責任者調の中の、当時長官が安孫子さんであつたのですが、業務第二部長の細田、総務部長の清井、経理課長市田、輸入業務課長大石、それはそれぞれその後どうなつておりますか。
○政府委員(前谷重夫君) 業務第二部長の細田君は現在農地局に行つております。それから総務部長の清井君は水産庁に行つております。それから経理課長の市田君は宮崎県に行つております。それから輸入業務課長の大石君は現在も輸入業務課長をやつております。
○岡三郎君 問題は結局同じ事柄を二回続けてやられた、その間においてどうも政治的な問題が絡んでおるやに思われて仕方ないわけです。従つていろいろと執拗に御質疑申上げておるわけですが、その間の事情については、あつたとしても御説明が得られないものと思うわけですが、少くとも八億有余の損失を重大な食糧会計のほうに上げておる。而も一般会計から四百億の補給金を入れてもらつておる、その間に米価の値上げもしなくてはならないようになつて来た。これは相関的に考えるというと、単なる一事件ではなくて、やはり不用意であつたとするならば、それは単なる申し開きではすまん不用意の措置だと断定しても差支えないような要素も相当含んでおると思う。この点について当時関係のなかつた前谷長官をここでいろいろ吊し上げても私は問題の解決にならないので、先ほど飯島さんから当時の責任者を呼べ、こういう話があつたと思う。そこで当時のやはり責任者を私としても呼んでもらうことと、それからもう一点は、この麻袋の会社を作つて、そうして麻袋についての取扱いをさせて行つた。この間において、政府が持つておればうるさい、いやらしいというふうに東畑さんから御説明があつたのですが、こういう会社を作ればなおいやらしいのではないかと、私は考え得る節があると思う。こういうような会社を作つて手数料をなぜここに出さなければならないのかというふうな点については、前の本委員会において奥さんからお話があつた。その間におけるところの手数料というもの、そういうものが重なり重なつて消費者価格にも影響しておるのではないか。一体米を輸入してから、手数料というようないろいろな形でつけて来るので、末端に影響を及ぼしておるのではないか。いわゆる人造米についてもそういうことがあつたというようないろいろと説明があつたわけです。人造米については、麻袋ということでなくして、人造米検査に当つて検査料を取るという方式を作つておるということについての指摘があつたわけです。そういう点についていわゆる黄変米についてもトンネル会社云々の問題がしばしば言われておるわけです。こういう点についてもう一遍東畑次官の所見を伺いたいのですが、食糧行政として、農林行政として一体どうすべきなのか、本当にこういう麻袋の会社を作つてそれがいいのかどうか、こういう会社を作らなければ、農林省に払下げの陳情運動がどんどん来て、そして農林官吏はこれに対して応接にいとまがない、又いろいろな政治的な圧力が来て微妙な運用をしなくてはならないのかということにも思われるので、こういつた点について一つ次官の所見をお聞きしたいと思う。
○説明員(東畑四郎君) 麻袋につきましては、空で動く場合ははつきりとわかりますが、物を入れて動かしておりますので、政府が持つておるというものの、一定の場所に実はございませんのであります。米が入りましたり、小麦が入りまして動かしておりまして、あきますとそれが又回収される。物品会計でありますので、これははつきりと現物を握つておらなければいかんわけでありますが、遺憾ながらぐるぐる廻つておりまして、その間現実にどういうふうになつておるかということについて、責任を以て最後まで見届けることは非常に困難なものであります。だんだんと質が悪くなり二空、三空になると、これがすり返えられておつても我々はどうしてもはつきり掴めないので、いわゆる物品会計管理としては非常にむずかしいのであります。そこで政府が公団から引継ぎまして今やつておるのでありまして、どうもむずかしい物資で、私といたしましては、こういうむずかしい物資を政府の役人が管理するよりは、これを民間の会社で管理したほうがいいのではないかという気持があります。そこでそれじやどうしたらいいか、政府がこれを急速に離しましても、今お話になりましたように包装材料でございますのでその価格如何が又消費者に非常に問題がある。そこで非常に苦慮いたしたのであります。当時非常に議論をいたしました結果、たまたま輸入業者それから麻袋を取扱う米屋さんですか、製粉業界その他から、政府会計からはずすのであれば、皆が協力して一つのものにこれをまとめて運用する、いわゆる麻袋会社ですが、但しその利益というものは政府がすつかり握つて頂いて、利益が上れば麻袋の価格を下げるという形で、これを一元的にやればいいじやないかという案がいろいろ議論をして出たのでございます。この点につきましては公正取引委員会等にも関係がありますので、責任者が行つて向うと話をしたのであります。勿論これは新らしいのができた場合には、政府としては、これはいかんという工合に行かないのでありますが、自主的に皆が集まつて、利害関係者が全部揃つて、一つのものにまとめて政府会計からはずせばいいじやないかその経理、会計というものは政府が一つはつきり監督して下さいということで、私もいいと思いまして、政府特別会計からこれに麻袋を引継ぎ、これは実は欠損を出すのではないかという初めは予想でありました。麻袋の価格が安定いたしますれば、こういうことをやる必要がなくしてできるのでありますが、当時不安定でありましたので、若干無理がありましたので、監督をしながらはずして行く、こいうようなのが現実なのであります。その結果、必ずしも私は結果として悪いと思つておりません。なかなかこういう一空、二空という古い麻袋を食管特別会計で持つておりますこと自体が、非常にやはりむずかしい管理の物資ではありますが、何か昔であれば公団でやりますが、現在は統制会社ができませんので、自主的にそういうものが集まれば一番いいのじやないか、勿論その価格等ははつきり政府が握り、利益があつた場合は必ずその次の麻袋の価格を下げて行くという方法が必要じやないか。いわゆる統制でありませんが、政府監督下の一つの会社で相互監視をして行けばもつと政府よりうまく行くのじやないか、こういうふうに実は思つております。今日先ず私はそういう形で麻袋は処理すべきではないか、このように思つております。
○委員長(小林亦治君) ここでお諮りしたいのですが、本日問題になつた五百万袋、これが二十七年度の報告の中の千五百一号となつて出ていて、本問題と関連しておりますし、併せて審議したらという奥委員からのかねての要請でございますし、次回の委員会で検査院のほうから正式な二十七年度の御報告を求めて、その千五百一号と、本日の七百七十四号ですか、これを一緒に審議願いたいのでありますが、如何がでございますか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(小林亦治君) 御異議ないと認めますので、次回の検査院の御報告を求めて、その千五百一号と併せて問題に供したいと存じます。 それから東畑次官に御要請申上げておきますが、そんなへつびり腰でなく、衆参の意向がどうあろうと、現段階におけるところの当局の責任というものは、かようにしますという明確な肚をきめて臨んでもらいたい。それが当然なんですから、我々から要請があるまでもなく、責任ある官庁として当然それらの態度があつて然るべきなんで、それを先ずお求めしておきます。 本日はこれで散会いたします。 午後四時二十五分散会