予算委員会公聴会 第2号
- 発言数
- 50 件
- 登壇者
- 11 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1954/02/13
会議録
○小峯委員長代理 これより公聴会を開きます。 御出席の公述人各位にごあいさつを申し上げます。本日は御多忙中のところ貴重なる時間をおさきくださいまして御出席をいただきましたことに対し、委員長として厚く御礼を申し上げます。 申すまでもなく、本公聴会は、目下本委員会において審議中の昭和二十九年度予算につきまして、広く各界の学識経験者たる各位の御意見をお聞きいたしまして、本予算案の審査を一層権威あらしめようとするものであります。各位の忌憚のない御意見を承ることができますれば、本委員会の今後の審査に多大の参考になるものと思う次第であります。簡単ながら一言ごあいさつを申し上げます。 なお議事の順序を申し上げますと、公述人各位の御意見を述べられる時間は、大体二十分程度にお願いいたしまして、御一名ずつ順次御意見の開陳及び質疑を済まして行くことにいたしたいと存じます。 なお念のため申し上げますが、衆議院規則の定めるところによりまして、発言の際は委員長の許可を得ることになつております。また発言の内容は、意見を聞こうとする案件の範囲を越えてはならないことになつております。なお委員は公述人に質疑をすることができますが、公述人は委員に対して質疑をすることはできないことになつております。さよう御了承をお願い申し上げます。 それではまず和田春生君から御意見をお聞きいたしたいと存じます。日本海員組合組織部長和田春生君。
○和田公述人 日本海員組合の和田でございます。指名によりまして予算案に関係して意見を述べてみたいと思います。私がこの席上に出て意見を述べることになつたにつきまして、公述人の顔ぶれを見ますと、海運関係の者がきわめて少い。海運関係の労働者という立場から来ておる者と考えまして、一般的の問題に触れると同時に、特に現在問題になつておりまする造船疑獄等に関連いたしまして、若干意見を述べてみたいと考える次第であります。 全般的に見まして、今の日本の経済はきわめて深刻でありまして、放漫な財政は絶対に許されるものではない、このように考えておりますから、緊縮予算を徹底するという原則においては、私どもも大きな賛意を表する次第であります。しかしながら問題は、その緊縮予算の組まれた内容にあると私どもは考えるわけであります。この点におきまして、今般政府から提出されました予算の内容は、私たちから見て、はなはだ遺憾の点が多いし、このようなことではたして日本の窮状が救えるのかどうか、きわめて疑問視せざるを得ないのであります。 それからもう一つの難点は、いつも当初予算に補正予算が行われまして、逐次予算の規模が拡大するという点がございますが、この点において今回の予算で、税収入を水増しして見積りするというようなことがなく、押えておることはよろしいわけでございますが、非常に無理のある予算の体系であり、近い将来、そういう点からさらに収入減を見込んで、補正予算が組まれ、緊縮予算の実質が失われるという危険性がきわめて多い。こういう点において、徹底した減税措置を講じなければならないにもかかわらず、これが行われていないということは、将来において補正予算が組まれる危険性が、非常に多いというふうに考えられます。あくまでも緊縮予算を徹底するならば、補正予算のごときは絶対避けるという基本的な態度を貫いていただきたいと考えるわけであります。私がこの席で申し上げるまでもなく、現在日本の経済の危機は非常に深刻でございまして、そういう点から政府あるいは経営者の側より、労使協力というような問題がいろいろと言われておるわけでございます。このような深刻な日本の状態の中において、労使の紛争が激化するということはきわめて好ましくないことでございまして、でき得べくんば産業平和を確立いたしまして、日本の経済自立の達成のために努力することが必要であると考えられるわけであります。しかしながら政府や営経者がいかに労使の協力を申しましても、労使が協力し得るには、協力するに足る前提が必要でございます。この観点から今年度の予算を見ますと、政府は労使協力を放棄した、一般国民の協力を期待していない、こういう心構えから組まれた予算であるという感なきを得ないのであります。 御承知のように、今年度の予算の特徴は、きわめて軍事的な関係の支出が多い、防衛費関係の支出が増加をいたしております。これに比較いたしまして、猛烈な輿論の反撃によつて、若干大蔵省原案の線がふやされたとは言え、社会保障関係費、民生安定に関する費用がきわめて少いわけでございます。緊縮予算を行い、国の財政を引締めますと、そのしわ寄せはどうしても社会の一番弱い層、生活に恵まれない層、一般大衆に大きくおおいかぶさつて参ります。そういう状態を考えました場合に、政治の場に立つ者といたしましては、緊縮予算を実行し、日本の財政を引締める場合に、民生の安定、社会保障関係に対しては深甚な注意を払つて、こういう犠牲のしわ寄せをされる国民層に対して、救済の手段を延べるという考えがなければならない。そういうことが私は政治であろうと思うのでありますが、今回の予算についてはその点の配慮がまつたく行われておりません。 先般来審議されておりました厚生年金保険法の改正等に関しまして、国庫補助金が若干一割五分という程度にふえましたけれども一、この点においてなおまだ不足であり、十分なる措置が講じられない。その他の一般の社会保障関係、生活扶助関係等におきましても、その金額においては前年度と大差ないように考えられますが、これらの救済の対象としなければならない人員が、前年度よりもさらにさらに数多くふえるということを考えた場合に、対象人員の増加と、さらに内容の改善とを見込んだ費用を組むべきであります。この費用を組んで、そうしてなおかつ全体の予算がわくを突破する、非常に厖大化するということが考えられた場合に、どこに削減の基礎を求めるべきか、それは明らかに非生産的な支出の削減に向けられなければならない、また不急不要の費用の節約というところに向けることが必要である、こう考えました場合に、冒頭申し上げた通りに、まつたく本年度の予算はさか立ちをしているということを、私たちは指摘せざるを得ません。 一般的の問題に関しましてはこの程度にとどめまして、現在問題になつておりまする造船疑獄及びこれに関連いたします利子補給の問題について、予算と重要な関連がありますので、意見を述べてみたいと思います。 私ども海送産業に従事いたしております労働者といたしまして、今回の造船にからむ疑獄事作に関しましては、きわめて憤りの念をもつてこれを見ておるのであります。このような状態が起るということは、政府、官界、あるいは財界における腐敗の現われでありまして、こういう不正事件に対しましては、徹底的に糾明をいたしまして、どこから不正が発生をし、いかなる人間が不正を行つたかということを天下に明らかにし、責任の所在をはつきりしていただきたいということを申し上げたいと思います。この点におきまして、国会の活動にも大きく期待をするところがあるわけでございます。しかしながら私が特にここで御要望申し上げたいことば、計画造船にからむ疑獄事件を徹底的に糾弾をする、そうしてその原因を明らかにするということと、国家の行う海運政策そのものを混同してはならないという点であります。この点、現在行われております多くの議論を見ますと、非常に混同しておるような傾きが多いようでございます。疑獄が起り、不正事件が発生したのは、利子補給があつたからである、国家が海運の助成政策をやつたから、そういう不正事件が起つたというような、さか立ちをした議論が多いように思う。今回の疑獄については、国家の海運に対する助成政策というものが、もちろん不正事件発生の基盤を提供したかもわかりませんけれども、問題はその衝に当る政府の役人、あるいは政党人、あるいは海運経営者等の態度そのものに、問題の本質があるわけでございまして、このことによつて、角をためて牛を殺すような、わが国の海運助成政策を後退させるようなことがあつては断じてならない、このように私どもは考えます。 私がここで申し上げるまでもなく、日本の海運は現在非常に不況に立つております。この原因は、さかのぼつて考えますと、戦争中にかつて六百万トンの船腹を保有しておりました。その後戦時中にも多くの船腹が建造されましたが、これらのほとんどがすべて海底のもくずと消えてしまいまして、甚大な被害をこうむつたわけでございます。これに対して、当時戦時補償というものがございましたけれども、占領初期における連合軍の対日政策は、日本を手も足も出ないようにしようというところに目的が置かれておつた。この観点から海運に対しましても一徹底的な圧力をもつて臨みまして、各国においで海運助成政策が行われておるにもかかわらず、日本においては一切の海運助成政策はまかりならぬ、五千トン以上の船をつくつてはいけない、こういうような、日本の海運を育てるのではない、むしろ抹殺してしまうような強硬な政策で臨んで参りました。その現われとしまして、戦時補償が完全に打ち切られてしまつた。海運事業におきましては、船舶は唯一の財産であります。従いまして、船が海底に沈み、戦時補償が打ち切られたということは、元も子もなくなつたという状態になつたわけであります。この中から、われわれは日本の海運を再建するために、単に海運業の利益ということでなしに、日本の置かれている地理的、国際的な地位から考えまして、どうしても海運を増強しなければ日本の国は立つて行かない。戦前におきましても貿易じりは赤字でありましたが、これを海運による貿易外収入によつて埋めておつたという状態を考えますときに、戦後の日本におきましては、なおさら海運力増強の方策というものを考えなければならない。こういう点から、あらゆる方面に努力を払いまして、海運組合におきましても、数年前より国家による海運の助成政策の必要を、占領下において占領軍当局が海運の助成策はいけないと言つているときから、日本政府は断固として行うべきだということを、私どもは組合の立場から、政府や経営者の言わない先から要求をして参つたわけであります。これは世界の各国が、委員各位も十分御承知の通り、非常に大きな海運の助成をやつておつたからであります。しかも日本の海運は、先ほど申し述べましたように、きわめて困難な状態に置かれた、ここから立ち上るためには、どうしても国家による助成が必要であつたわけであります。こういう観点から計画造船が進められ、船がつくられて参つたわけでございまして、昨年におきまして問題の利子補給法が登場するようになりました。私どもはこれらの助成策においてもなお下足であるということを、諸外国と比べて考えているのでございます。この利子補給に対しましては、現在の日本の状態におきまして、一般の金利に比べましてきわめて低い、日本の現状でこのようなべらぼうの利子があるかということが、しばしば指摘されております。しかし国際海運競争という舞台において、外国の船主と闘わなければならない、しかもそれと公正な立場において競争して行くという場合に、日本の海運界はあまりにも微力であるという点であります。戦前におきましては、自己資本が約七割ないし八割、他人資本は二割ないし三割程度でございましたのが、今日におきましては、逆に他人資本が九割の域に達しているのでありまして、つくる船はすべてこれ借金によつてまかなわれている、従つて金利が諸外国並、あるいは英国並に近づいているといたしましても、外国船はそう大きな借金をせずに、自己資金をもつて建造しておりますが、日本の船はすべてこれ借金でつくつておりますから、安い金利を払つても、諸外国に比べて莫大なる利子々払つております。私ども海運労働者がかせいでもかせいでもその利益は利子に持つて行かれている、こういうような状態にあるわけでございます。今回の疑獄はこういう状態において起つたわけでありまして、国民の税金が、単に海運業者のふところを肥やす、あるいは一部政府官僚にもうけさすためにあつては断じてなりません。日本のために海運産業を発展させるという見地で行われたにもかかわらず、これに便乗いたしまして、私腹を肥やし、あるいは増収賄等の事件が行われたということは言語道断であること、先ほど申し述べた通りであります。従いまして、私どもは国際海運競争の場面に立つて、日本の海運が立ち行くためには、あくまでも海運助成政策というものを、国家的見地から推進しなければなりません。しかしながら公正な海運助成政策をあくまでも守るために、この助成政策に便乗している不正事件は徹底的に糾明して、どこにその原因があつたかということを明らかにしてもらいたい、そしてその原因が再び起らないような万全の策を講じ、国家の海運政策も根本的に再建すべき域に達しているのではないか、こういうふうに考えるわけであります。もちろんこれに対しまして海運労働者としても、全幅の協力をすることを考えている次第でございます。今回の造船疑獄に関しまして、あのような不正事件が起つたために、各関係方面において海運政策そのものを抹殺するような言動が行われておりますが、もしもこういう状態にとられたり、あるいは政争、どろ試合の道具にこの事件が供せられますならば、必ずや日本の将来にとつて大きな不幸をもたらし、日本の海運が停滞をしているときに、その進展を圧迫され、外国船が進出して来ることによつて、国際海運上における公正な日本の海運の地位を、永久に占め得ないような事態になることをおそれるわけでございます。さらにまた今回の造船疑獄におきまして、多くのもうけが船会社に流れ込んでおるように習われておりますけれども、必ずしも実態はそうではない、こういうことも私は十分にお調べを願いたいと思うのであります。さらにまたこれに関連をいたしまして一言つけ加えたいのは、現在の日本の海運政策というものが、あまりにも外航重点でございまして、外航船に対する国家の助成政策の反面、内航船舶に対しましては、きわめて悲惨な状態が続いておる。しかもこれは海運業という面におきまして、相互関連をするわけでございまして、あまりにも国際海運にのみ月を向けて、日本海運全体のバランスをとつて行くという点の配慮が欠けておるのではないか、そういう点が予算の面にも全然現われていないわけでございますが、外航船舶よりも、戦争における被害は同様にないしはより以上に受けて現在非常に困難な状態にある内航関係、あるいは中小関係の船主に対する国家の助成政策という点に対して、国会においてはどうか十分な検討をされまして、適切なる施策を立てられたいということを付言いたしまして、意見を終る次第でございます。
○小峯委員長代理 御公述ありがとうございました。 ただいまの御公述に関しまして御質疑がありましたらお願いいたします。御質疑はありませんか――ないようでございますから、それでは次に移ります。 次に近藤文二君にお願いいたします。大阪市立大学教授近藤文二君。
○近藤公述人 私ただいま御紹介にあずかりました近藤でございます。私は財政学を専攻している者でございませんので、財政学的な見地から予算案に対します意見を述べる資格は持つていないと思います。ただ昭和二十四年、内閣に社会保障制度審議会が設けられましてから今日まで委員の末席を汚して参りましたので、社会保障制度につきまして多少の知識を持つておるつもりでございます。本日はそういう意味におきまして主として社会保障の問題を中心に予算案に対します見解を述べさせていただきたいと思います。 率直に申し上げまして私は今回の予算案がいわゆる一兆円予算として組み立てられ、インフレ防止と国民の耐乏を望むという目標を掲げられていますことに多大の敬意を表するものでございます。事実わが国の経済自立を望みます以上は、生産力の拡充貿易の振興と並んで生活の簡素化とインフレ防止は何としても実現しなければならないと思うからでございます。しかしもし政府が真にインフレ防止を欲し、また国民生活の耐乏を欲せられるのでありますならば、このことが現実に成り立つような地盤をつくつていただかなければならないと思うのでございます。そのためにはどうしましても低物価政策を強行するかたわら、最低の生活をさえ営み得ない人たが、健康で文化的な生活を営み得るように国家が責任を持つてその保障をするように努力されなければならないと思うのであります。いな、さらに進んでは、国民すべてがいかなる場合におきましても生活の不安を感じないような措置をしておく必要があると思うのでございます。すなわち社会保障制度の確立がぜひとも必要であり、しかもこのことは憲法第二十五条が明らかに国民の権利として認めているというところであるのでございます。すなわち国民に耐乏生活を望むということは、われわれをして言わしめましたならば、生活のむだを省き、生活を簡素化するということにほかならないと思うのでございますが、このことは国民の生活が確保されている場合においてのみ可能でありまして、現実にはむだを省き得る人々、生活を簡素化し得る余裕のある人たがあるといたしましても、将来の生活が不安でございますと、むだな物資を多量に買い込むがごときことも起らないとは限らないのであります。しかもかかる余裕のある人々のみが生活を簡素化し得る人々でありまして、生活に耐乏し得る人々であるはずでございます。このような意味におきまして、現に耐乏をしていられておる人々に耐乏をしいるということは意味がないということを、この際特に銘記していただきたいと思うのでございます。われわれは余裕のある人々の耐乏を望む半面、耐乏しようにも耐乏し得ない人々には生活の保障を与えることがどうしても必要でございます。ところで今回の予算は、はたしてこの点におきまして十分の用意をしておられるでございましようか。政府のおつしやるところを承りますと、予算案は十分に社会保障の重要性を認めているとおつしやるのでございます。なるほど最初に大蔵省原案としてお示しになりましたものに比較いたしますならば、数の上におきまして確かにその通りでございましよう。さらにまた人によりましては予算の二〇%まで社会保障関係費に支出しているではないか、こうおつしやるのでございます。しかし広く社会保障関係費というものを計上したといつたところで、おそらく社会保険費の九十八億円、生活保護費二百八十三億円、児戯保護費五十六億円、結核対策費百三十三億円、失業対策費二百五億円、合せて七百七十四億円に加うるに遺家族等援護費の三十三億円、留守家族等援護費の十八億円、旧軍人遺家族等恩給費の六百三十八億円、交官等恩給費の百四十六億円、全部合せまして十六百九億円程度のものではないかと思います。これは予算総額の約一六%にしか当らないのでございます。もつともそのほかに住宅対策費や育英事業等をも社会保障関係費の中に計算されるとするならばさらにその割合は多くなるかもわかりませんが、しかしながら私たちはこういつたものまでも社会保障関係費と見ることは大いに問題であろうと思うのでございます。それのみではなく、前に述べました社会保障費の中に遺家族等援護費、留守家族等援護費旧軍人等恩給費、さらには交官の恩給その他を含めて計算をしたのでございますが、このことが実は大きな問題ではないかと思うのでございます。かつて遺家族等援護費が問題となりましたとき、政府はこれは国家補償である、国家が補い償うところのものであつて、社会保障ではないと主張されたのでございます。また昨年昭和二十八年、旧軍人恩給の復活が問題になるにあたりまして、政府はこれは恩給の復活であつて社会保障ではないという見解を主張して譲られなかつたのでございます。社会保障制度審議会がしばしば要望したにもかかわらず、この審議会にこの問題をかけようとされずに、逆に別に恩給法特例審議会なるものを設けられ、その建議に基いて三十九年度におきましては実に六百三十八億円という予算の六%に当る巨費を必要とするような恩給の復活を実現されたのでございます。私は何もここで言葉の上のあげ足をとるつもりはございません。しかしこのときに軍人恩給をば社会保障ではないと断定し、「国家公務員中、特に軍人にあつては、厳格な服務規律に縛られ、転職の自由なく、しかも、在職中の給与は、単に在職中の生活を、維持する程度のものにとどまり、永年公務に従事して老朽となり、また、公務に起因して傷病にかかり、あるいは死亡し、かくて、経済的獲得能力を失つても、在職中の給与は、これを十分補うものとはいい得ない。よつて、国家は使用者としての立場から、かかる能力の喪失に対しては、これを十分補うべきであり、恩給制度の本旨は実にここにあるものと思われる」と述べた恩給法特例審議会の考え方を御採用になつて軍人恩給を復活させたのでございますから、いまさらこれに要する費用を社会保障の関係費だと言われた義理ではないと思うのでございます。われわれはこの軍人恩給復活の前提となりました交官恩給につきましても、もしこの文官恩給が社会保障費として計上されるといたしますならば、恩給総額から国庫納金を差引いて、その三分の一を社会保障的経費と仮定いたしまして、これに事務費を加えて算出するといつたような方法をとるべきではないかと思うのであります。従いまして、もしこの方法をとりますならば、予算案における女官等恩給費百四十六億円はほぼ二十九億円程度になつてしまうのではないかと思います。では何ゆえにわれわれはここで文官恩給の支給総額をそのまま社会保障費と見ないかと申しますと、その中には厚生年金保険に例をとりますと、その保険料も労働者が負担すると同じ意味の国庫納金があり、さらには雇い主としての国の負担部分があるからであります。このようにいたしまして、国庫納金を差引いたものの残りの三分の一を国庫の負担分として、これに事務費を加えて考える場合に、初めて恩給が社会保障費となつて計上ができるのではないかと思います。この方法を軍人恩給の場合について採用するといたしますと、ここには国庫納金がございません。そして事務費が含まれておるというふうに考えまして、大ざつばに六百三十八億円の三分の一程度となります。すなわち三百十億円程度をば社会保障の費用と見る以上には、どうしてもこれを社会保障の費用と見ることはできないと思うのでございます。この計算で行きますと、予算案に盛られました社会保障関係費は、純粋の社会保障費と見らるべき前述の七百七十四億円のほかに、文官恩給関係の二十九億円、軍人恩給関係が二百十億円、それに旧軍人遺家族等援護費三十二億、留守家族援護費十八億をそのまま加えても千六十三億円程度となり、予算の約一〇%ということになります。これ以上は、どんなに譲りましても社会保障関係費というものは今回の予算の中では計算ができないと私は確信するものでございます。しかもこれは、今かりに軍人恩給をば旧軍人に対する使用者である国の支払金であつて、その三分の一程度はいわば社会保障として国庫が負担しておるのだ、こう考えた場合の数字でございます。もしかつて政府がお考えになつたように、これを使用者たる国の純然たる給付であるといたしますならば、そのすべてが社会保障とは無関係となるはずでございます。現に左派社会党の勝間田先生のごときは、旧軍人遺家族等恩給費は準軍事費だとして、これに千三百七十三億円の防衛支出金と保安庁経費を合せたところのもの、さらに平和回復善後処理費だとか、連合国財産補償費だとか、海上保安費などを加えられまして、軍事的関係費は二千二百四十七億円である。だから予算の二割二分に当るのだ、こうおつしやつておられます。われわれもまた、普通に社会保障関係の国庫負担を調べますときには、遺家族等援護費や軍人恩給等の費用は、これを除いて計上するのが普通でございます。もしこの方式によりますと、社会保障関係費は、七百七十四億円のほかに、二十九億円の文官に対しますところの国の社会保障的負担というものを加えることになりまするから、これを合せまして八百三億円となります。予算の八%ということになるのでございまして、昨年とほとんどかわりがないという割合になつてしまうのでございます。 もちろん私は、ここでこういつた比率を持ち出しまして、そして予算案が社会保障をどう考えているかということを論ずるだけでは妥当でないと思います。数字のほかに、内容を見なければならないと思います。ところで予算案を見ますると、厚生年金保険法の改正に伴いますところの国庫負担割合の増額、すなわち従来の給付費の一割の国庫負担を、一割五分に引上げておられます。また日雇い労働者健康保険の医療給付を、三箇月から六箇月に延長するための費用として医療給付費の一割を計上しておられます。これはまさに社会保障に対する一歩前進でありまして、政府のこの問題に対する熱意のほどをうかがうことは確かにで曇るといつてよいと思います。しかしながら他面におきまして、一時は五割に切り下げられるともいわれた生活保護費に対する国庫負担率を、従来通り八割のままにすえ置かれたのはけつこうでございますが、ただそのほかに、医療費の伸びを見込んで、合計二百八十一億円となるような費用を算出しておられますことは、結局十四億円の増額とはなつておりますが、前年度の赤字二十億を差引きますと、昨年よりも六億円減つているという点に注意する必要があると思います。政府のお考えでは、失業者はあまり今日以上ふえないというお考えらしく拝察されるのでございますが、はたしてそうでございましようか。緊縮予算の結果、中小企業の没落といつたような問題が必ず起ると考えられる現在におきまして、失業者の数がふえないということは、はたして何人といえども断定できないのではないかと思います。しかも失業者が失業保険金をもらつている間はよろしいが、それ以上に長引くとすると、生活保護法の適用を受けなければならないと思いますが、そういつた人たちに対する生活保護費を、はたしてこの予算案は考えているかどうか、私は疑問なきを得ないのであります。生活保護費と同じように、児童保護費も八割の国庫負担を認められたのはけつこうでございますが、保育所の援護率の引上げが遂に中止され、まかない費の増加も認められぬということは、一考を要するのではないかと思います。また公衆衛生関係を見ましても、保健所費の補助が十五億円となつて、従来の三分の一の国庫補助が三分の一から四分の一に削られたということは、保健所を運営いたします人々にとりましては、保健所を商業化せしめるという方向に導かしめられるのではないかと懸念するのでございます。また国立療養所の拡充費が全部削られたのも問題でございます。さらに結核予防費補助が前年と同様二十億円であり、このうち公費負担医療にまわるのは約十七億円ということでございますが、これでは生活保護関係の人々のみに公費負担が行われるということになりまして、結核予防法の本来の趣旨と異なるおそれがあるのではないかと思います。われわれは社会保障の立場から申しますと、結核の費用は全額国庫負担というところまで行かなければならないと思うのでございますが、今日の段階におきましては、少くとも結核の患者の人に対しましては、その費用の半額程度を国が負担すべきだと思います。今回の予算は、こういつた観点から申しますと、むしろ一歩後退しているのではないかというような心配をさえ抱かしめるのでございます。もちろん結核対策の中では、新しく自宅患者の指導を行い、家族感染を防止するための無料検診の費用を認めてございます。これは従来ともすれば看過されがちであつた自宅患者対策の第一歩として、喜ぶべきことでございますが、しかし他面におきましては、結核病床が最初の予定では一万八千床というものが予定されていたようでございますが、遂に国立のベットは全部これが認められないことになりまして、法人の分が五千四百床、社会保険の分が三千六百床、合せて九千床が認められただけだということは、これは将来問題になるのではないかと思います。もちろんそのほかに一千八百ベットの精神衛生ベットだとか、あるいは癩研究所を設ける費用だとか、高血圧がんセンターなどにも支出を認められていることなど、もちろん今回の予算案の中におきましては、われわれといたしましては、大いに喜ぶべき点がないわけではございませんが、全般的に見ますれば、決して今回の予算をもつて満足できるとは申し上げにくいのでございます。特に先ほど一応おほめいたしました日雇い労働者健康保険の問題でございますが、この国庫負担を一割にとどめられたのは、はなはだ遺憾でございます。日雇い労働者健康保険は、当初から問題があつたのでございまして、たとい三箇月の療養期間を六箇月に延長されたところで、その程度の改正では問題は解決しないのではないかと思います。現に日給百六十川以上の労働者は毎日八円、それ以下は正門の保険料を支払わねばならないのでございますが、家族持ちの労働者は、むしろこうした保険料を払つて医療を受けるよりは、生活保護法による医療扶助の方を望んでいるありさまでございまして、この点から申しますと、一種の賃下げをやつているのだというような考え方も成り立たないわけではございませんし、こういつたようなことをなくするためには日雇い労働者の健康保険にも傷病手当金の制度を行う必要がございます。また少くとも医療給付費の三分の一は国庫で負担すべきでありまして、考え方によりますと、生活保護法における医療扶助費の軽減を、日雇い労働者の負担によつて行うことを今回の予算はしておられるのではないかというふうにも考えられるのでございます。本筋から申しますと、実は健康保険法を日雇い労働者にも適用するという方法で進むべきでございまして、そのためには健康保険に対する医療給付費の二割、結核の場合は五割の国庫負担を実現する必要があると思うのであります。さらに進んでは五人未満のまだ適用をされていない事業場にも健康保険をぜひ適用すべきだと思います。さらに厚生年金保険につきましても、二割の国庫負担はぜひとも必要だと思います。そうでなければ厚生年金保険法の改正を十分に行うことはおそらくできないだろうと思います。現に船員や坑内夫の人々には二割の国庫負担をやつておりますから、これと同じような取扱いを他の労務者の人にもやつたところで、さしつかえないどころではございません、むしろその方が公平であると思います。しかもその費用はわずかに二億五千万円程度であるということを銘記する必要がございます。もつとも大蔵当局といたしましても、この金額は年金受給者の増加に比例して年々増加するからというようなお考えをお持ちではないかと思うのでございますが、こういうお考え方そのものに問題があるのであります。憲法第二十五条を尊重する限り、給付費の二割程度を国が負担するということは、年金保険につきましても医療保険につきましても当然過ぎるほど当然のことでございます。しかもこれを忘れて、他方国は国の使用人に対してあまりにも大きな負担をしておるということになりはしないか、予算の上では明らかにこういう見方ができると思うのでございます。と申しますのは、今度の予算を見ますると、文官及び旧軍人を通じまして、実に八百三十五億円、予算の八%以上の恩給を支払うことになつているからでございます。しかもこれは年々増加するということを考えまするとき、将来必ずや国民の中から恩給亡国論というものが台頭するのではないかと思います。従つてこの際、かつて人事院のお考えにあつたような、文官の恩給制度を国民年金制度の確立の妨げとなるような方向に改正するのではなくして、むしろ国民年金制度を確立せしめる、その推進の原動力足らしめるように改正する必要があると思います。旧軍人恩給はすみやかに階級差をなくして一律の年金額とし、社会保障としての性格に切りかえる必要があると存じます。このようにしてこそ、その金額が真に国の行う社会保障費であるということができるのでございまして、そうしない限り旧軍人恩給をもつて社会保障費などということはいささか見当がはずれておると思うのでございます。もし私申し上げますように、階級差をなくするとするならば、おそらく旧軍人恩給費も今日以上にはるかに少い金額になると思います。またさらに国民全般に対する社会保障制度への移行がこれによつて可能となりまして、ひとしく国民が社会保障制度の確立を期待することができるようになるのではないかと思います。 最後に一音つけ加えたいことは、私は今までいろいろ申し上げましたが、いたずらに社会保障の拡大、従つてそれに要する国庫負担の増額を要請するものではございません。しかしもし政府が真に今回の予算案によつて国民に耐乏生活を実現させようとお考えであるならば、まず耐乏の余地のない人々の生活の最低線を安定せしめることが必要でございまして、これに対する十分の措置を講ぜずして国民に耐乏をしい、さらには防衛のための費用の増大をはかるがごときは、まつたく順序を誤つたものといわざるを得ないのでございます。その意味におきまして千六百九億円という軍事関係費は、はたして妥当でございましようか。いかにMSAのためとはいえ、これはもつと減ずべきではないかと思います。これではまつたく社会保障費の倍額となつて、予算の一六%を占めるということになつているからでございます。もし政府が国内の治安を守るため防衛軍が必要であるというふうにお考えであるならば、その前に国内の治安を国民が乱さないように努力すべきではないかと思います。それには何よりも民生安定が必要であり、しかも社会保障制度の確立がぜひとも必要であると思います。そうしてこの方面に費用を用いるということは、逆にそれだけ防衛費を少からしめる唯一の道であると私は確信してやまないのでございます。いろいろ申し上げましたが、どうか諸先生方、私の意のあるところをおくみとりくださいまして、国会におきましてひとしく国民が要望するような方向に予算案を改めていただきたいと思います。以上をもつて私の公述を終ります。(拍手)
○小峯委員長代理 御公述ありがとうございました。ただいまの公述に関しまして御質疑等がありましたらお願いいたします。
○山本(勝)委員 公述人のお話によると、最初から財政学をやつておるのではないから、財政的な見地からの予算に対しては何ら発言する資格がない、ただ社会保障の問題について研究をしておるので話をするというふうな前置きがあつたわけでありますが、私どももそのように拝聴いたしました。ただ社会保障という一つの見地からのみ意見を述べたというふうに了承したのでありますが、その範囲において近藤さんのお知恵があつたら承りたいと思うのであります。実はこの社会保障の必要あるいは国家としての責任というふうなことは十分了解しておるのでありますけれども、実際問題としてわれわれが地方におつて常に耳にすることは、社会保障費として、たとえば生活保護費のようなものの濫給が行われるという苦情が非常に多い、それは保障費をもらつていない人で一生懸命に働いておる人から見て、もらつておる人に対して、ああいう人はもらうべきじやないのに社会保障費をもらつてなまけておるとか、あるいは相当陰で収入があるのだといつたような非難をさらに聞くのであります。都市においてはそういうことはあまりないかもしれませんが、農村方面などでは非常にそれが多い。もちろんそれは農村において社会保障費をもらつておる方々が主として疎開者であるというふうなところから、農村の方々と深いつながりを持つていないというふうなことも一つの理由だと思いますけれども、あながちそうばかりも言えない。農村の人から見るとあんなきれいな着物を着てああいうことをやつておる人がもらつておるという非難を受ける。何とかしてそういう非難がなくて、ほんとうに困つておる人に保障費が徹底するように、そういう非難の起らぬようにしたいというので苦労をするのですけれども、なかなかいい案が見つからない。そこで私どもの考えで、まず朝晩そばに生活しておる人たちが見て、この人たちはほんとうに気の毒だから保障すべきだ。しかしそういう朝晩見ておる人から見て、そういうものは保障すべきじやない、かえつて怠惰を奨励しておるようなものだというような非難がある者には保健しないというふうにしなければ、ほんとうに社会保障の精神は生きないと思う。そういう考えで地方の人人が見て判断をするためには、その社会保障費というものを地方にも幾らか負担をさせる、そうして足らない場合には国家で保障する、こういうふうな順序をとろうと最初やつたのでありましたけれども、それに対して猛烈な反対が起つて、地方に負担させるとか、あるいはその率を上げるというようなことはいかぬ、国家がやれ、こういうことで、またそこに政府の案が逆にもどつたような関係があるのでありまして、こういう点で近藤さんが長年研究しておられて、ほんとうに困つた人に保障する、保障すべき人に保障する、保障すべからざる者には保障しないという方法は、こういうふうにしたらよろしいというふうな御研究の結果があつたら、参考のために承りたい。
○近藤公述人 山本先生の御質問ははなはだ痛いところをついておられるのでございますが、私の理想的に考えます事柄は、今先生のおつしやつたように、生活に困つておるからこれを救うというのは、これは救貧法の時代の考え方でございまして、今日の社会保障制度の考え方は、イギリスにおいてすでに実現されており、しかも最近のビヴアリツジの言いますところによりますと、現在のものですら実際に生活保障になつていない。これをもう少し引上げなければならない。その引上げができないのならば、社会保障制度をやめてしまえと言い切つておるところからも私はおわかり願えると思いますが、現に生活に困つておる者だけを救うというのではございません。すべての人、金持も貧乏人も同じように、年をとれば一定額の年金がもらえるというかつこうにするのが、社会保障のそもそもの建前だと思います。ところが日本の場合におきましては、そういうところの制度がなかなかできない。国民年金制度というものでも確立いたしますれば、今言つたようなところに行くのでございますが、それができない。失業保険にいたしましても、六箇月で打切られるというかつこうになつております。そこで、いたしかたがございませんから、生活保護法のようなものが残されておると私は解釈しておるのでございます。ところがその生活保護法の建前には、今先生もおつしやいましたようにいろいろ問題がございます。もつと率直に申しますと、第三国人の方に対しましてはあたかも立入り禁止のような状態で、生活保護法の生活扶助をしなくていい人に対して扶助をしている。そこに立ち入つたならば命があぶないというので、立ち入らないというお役所のやり方さえも見られるのでございます。その意味におきまして、もし濫給というものを取上げるならば、そういうようなことに対して一体どういうふうに政府はお考えになつておるか、私はむしろ質問したいくらいに考えるのでございます。それから実際に生活に困つておるか、困つておらないかといつたことを判断いたします場合に、都市部におきましてはそれほどでないにいたしましても、農村におきましては、生活程度の判定がむずかしい。所によつては、生活扶助の水準から行けば、全村の人々が全部生活扶助の適用を受けなければならないといつたような貧村もあるというわけでありますから、そういう場合に一体どうすればいいかということは、これは大きな問題でございます。しかしながらもしその人が職業を持つており、その職業によつて生活ができるならば、職業を与えるという方向でもつてこれを処置すべきであります。もしそれができないのであつたならば、その人がなまけておるからいけないというのは、これがそもそもの間違いでありまして、なまけておらざるを得ないようにしておるところを改めるべきでないかと思うのであります。これは議論になりますことでありますから、これ以上申し上げませんが、要するに、何かいい方法があるかとおつしやいましたことに対して、これはほんとうに困つておるか困つておらないかということをよくお調べ願つて、運営上濫給にならないようにするということ以外には、抽象的なお答えになりますけれども、方法がないと思います。そのためには、国がやつた場合と、それから府県がやつた場合と、府県に費用を多く持たした場合と、どちらがいいのかという御質問がございましたけれども、これに対しましても、私は筋合としては国がやるべきであつて、国がやらなければ、貧乏県ではいろいろな点で、濫給の逆の、非常に厳重なやり方をし、同じ日本人でありましても、非常に不公平な取扱いがそここに起るということを懸念いたしまして、八割と二割といつたような現状の線の方がいいのではないか、こういうふうに考える次第でございます。
○山本(勝)委員 私の質問したことに対するお答えがなかつたように思うのです。どういう御意見でありますか。もしそういう特別なよい方法がないということであつたら、それでけつこうなんです。
○近藤公述人 方法がないと申し上げているのでございませんが、方法は非常にむずかしい。しかし若い人がこの生活保護の仕事に携わつておられますために、いろいろな無理がございます。たとえば民生委員に対する利用の仕方等、こういうものがうまく行つていなかつたから現在のような濫給のような状態があるのでございまして、これは運営のやり方によつてはむずかしくないと私は思うのでございます。しかし具体的にどうしたらいいかというふうに御質問がありますと、これはちよつとここで一々例をあげて説明するわけに行きませんので、他の機会にお答えさせていただきたいと思います。
○滝井委員 今近藤先生から予算と社会保障費との関係の数字の詳細な分析を承りましたが、多くの点においてわれわれも同感の意を表したいと思います。ただ問題は、現在の日本の社会保障の機構というものが、いわば古屋を継ぎ足してつくつたような、継ぎはぎだらけの状態でできているわけであります。従つてこれ以上、たとえば国家の補助金をつぎ足して行つても、現在の機構そのものが動脈硬化が起つて動けない状態ができて来ている。従つてたとえば日雇い労働者の健康保険をつくつても、それよりか、むしろ日雇い労働者が元受けておつた生活保護法の医療の方がいいのだということで、必ずしもそれを利用しないというような面が具体的には出て来ていることが、それを示していると私は思うのです。 まず第一にお伺いしたい点は、そういう理由から、現在の社会保険の機構あるいは事務の複雑化というものについて、先生はどういうお考えを持つているかということ。第二点は、結核対策について国立療養所その他は本年ベッドの増加を認めないというようなことを言つておられましたが、現在の政府の結核対策そのものについて一貫性があると先生はお考えになるかどうかという点でございます。この二点についてお伺いいたします。
○近藤公述人 第一点につきましては、私は昭和二十五年十月の社会保障制度審議会の勧告というあの線によりまして、社会保障制度全般に関係しますところの制度を立て直して行くべきだと考えるのでございます。何回か政府に対しまして審議会は勧告したのでございますが、政府の方は一向お取上げにならない。今度の行政機構の問題等も、今おつしやいましたような意味におきまして、社会保障に関する制度の確立の一つの時期であつたのではないかと思うのでございます。それが行われていないということは、私ははなはだ遺憾だと思うのでございます。従いまして、今年お組みになつた予算案を前提として、今日のようなお考えの上に立つて意見を申し述べたのでございますから、日雇い労働者の健康保険のごときは、私は健康保険法をこれに適用するというやり方をすれば、今おつしやつたような問題は起らないのじやないか、こういう考えでございます。 それから第二点の、結核対策につきましては一貫しているか、一貫していないかという御質問でございますが、かつてはアメリカからの推進がございまして、非常に一貫したような姿を見せておつたのでありますが、内部を見ますと必ずしもそうであるとは思われません。こまかい点につきましては私も実は専門的に存じていないのでありますが、私といたしましては、これまでのようなやり方で結局ベッドだけに重点を置くというのじやなく、むしろ自宅患者というものに対してどういう対策を講ずるかというふうに進んでもらいたいと思つておつたのでありますが、その点につきましては今回の予算案は一歩前進していると思うのでございます。しかしそういう自宅患者に対する一つの新しい方向に結核対策が進むからといつて、ベッドの数をふやさないというのは、これはどうも筋が合わないと思うのでございますから、そういう意味において先ほどこの問題を取上げた次第でございます。お答えにならない点があるかもしれませんが、私の考えておりますところはその程度でございますから、どうかあしからず……。
○川崎委員 社会保障の学的権威である近藤博士に対して、社会保険の統合問題について少しくお尋ねをしたいと思つております。 現在わが国には、社会保険の中核としては、健康保険、国民健康保険を中心にして、さらに各種の保険があるわけですが、ただいま滝井君の指摘されたように、なるべくこれを統合して行く、そうしてむだな費用を省いて行くことが必要であることは、われわれもかねて、痛感しているところで、社会保障制度審議会の第一次勧告もその線に沿つて行われたことと思うのでありますが、今社会保障の対象から一番漏れているのは、何といつても国民健康保険が適用されておらない中小企業者、農民、各町村によつては、これを強制的に、市議会あるいは町議会等において実施をして進めておるところがあるけれども、なおかつ漏れておるものが三千万以上あると私は考えるのであります。これに対してどういうような方法で今後社会保険の対象として救つて行くかということが当面の課題であろうと思う。その際における進め方について今日どういうふうにお考えになつておるか、この点をお聞きしたいのが第一点。それから、やはり社会保障を将来総合的に確立しようということになれば、最後には国民健康保険を統合したものを中核にして、国民健健保険法というようなものをつくる必要がありはしないか。イギリスで今日国民保険、ナシヨナル・インシユアランスという形ですべてを統合しておると同じような行き方をすべきでないかというふうに私は考える。それと、一方において恩給あるいは厚生年金その他のものを整理して国民年金制度、この二本建によつてわが国の社会保障というものを進めて行く。さらにこれに漏れた最低の生活者に対しては、生活保護法で救つて行く。生活保護法の考え方は、やはり最低生活保障法的なものにかえて行く必要がありはしないかというふうに私は考えておるのでありますが、これらに対する御感想を承りたいのであります。 それから第二は、今度問題になつた生活保護法に対するところの考え方というものは、やはりこの際国論として大体の方向をきめておく必要がある。先ほど国が八割、地方が二割持つということが理想である、今日の現実を考えての案であるというふうにお答えになつた。私はしばしば申しておるのですが、生活保護法ができたゆえんは、やはり最低生活に曲吟ずるものに対して国家が最後の危険負担をするということでなければならぬ。その意味では、市町村のような財政の確立しておらぬところに多く負担をさしてはならぬ。その意味で今回大蔵省の、あれは税制課長でありますか、官房の総務課長でありますかが、今度は社会保障の費用は減つてはおらないのだ。すなわち今度の予算案ができるまでに、一度負担率を地方の方によけい持たしたときに、社会保障費の総額についていろいろ議論があつた際、村上という総務課長でありますかが相当財政上の見地から反駁をしておりまして、決して減額ではないのだということを言つておつたが、減額とか、増額とかいうことが問題ではなくして、やはり生活保護法というものは、結局最後は国がこれらの人々に対して責任を持つという意図のもとにつくられたものではないか。従つて今後国家の方の負担が地方の負担よりも軽くなるというようなことは断じて防止しなければならない。こういうふうに私は考えるのでありますが、近藤さんの考え方をお伺いしたい。 それから、まことに恐縮ですが、立つたついでにもう一つお尋ねをいたします。私は、社会保障の必要性を力説することにおいては、あえて予算委員会では人後に落ちぬつもりです。しかし、逆にこの際、世上に伝えられておる――日本の社会保障制度は非常に遅れておる。ことに予算面におけるパーセンテージが非常に低いというようなことが過大に言い伝えられておりますが、私はむしろ社会保障制度の必要性を力説するのと逆に、予算面において今日七・五五%ですか――歳出総額に対して七・五五%ではあるが、わが国の社会保障の経費は、社会保障費以外にも相当入つておるではないか。すなわち、食糧増産費の中にも社会保障費的なものがあり、昨年行われた二重米価といようなものは、ある意味では社会保障的な見地から取上げられている。わが国独得のものもかなり予算的にあるのであります。だから予算面だけでわが国の社会保障が非常に遅れているがごとく過大に宣伝するのは私は間違いではないかという議論も持つておる。その意味で、日本で社会保障を進めて行くときには、日本人の考え方を根底から洗う必要がある。たとえば日本では、ある意味ではかなり社会保障というものが行われておる。それは冠婚葬祭にわたる個人の寄付というものが、外国などと違つて非常にあるように思うのです。これは国が貧乏であり、国に力がないということのために起つている点もあれば、日本人の義理人情とか仁義とかいうものに基因をして起つておる社会保障的な面も相互に行われておる。この考えは将来だんだんなくなして、国が大体において社会保障の対象になる貧困とか疾病とかいうものについて最終の責任負担をするのだという考え方に日本人の頭を切りかえて行かなければ、実際に日本の社会保障制度というものは進まないのではないか。すなわち日本の社会機構の中には、社会保障をはばむいろいろな要素があるのではないかというふうに考えられるのですが、この点に対するお考えもこの際伺つておきたいと思います。
○近藤公述人 第一点の国民健康保険の問題でございますが、率直に申しますと、国民健康保険を強制するという方法があるのではないかと思います。しかしながら、大都市の国民健康保険の強制という問題にはいろいろむずかしい点があるかと思います。けれども、理想的には設立強制の点でもつて行く以外は方法がないのではないか。そのためには、国庫の負担を幸いにいたしまして二割程度今回もすえ置かれたようでございますが、これを予算のわくでもつて二割程度とおきめになるのではなくて、はつきりと給付費の二割を国が負担するのだという原則を法律化していただきたいと思います。とともに、結核関係につきましては五割、従つて三割程度の医療給付費の国庫負担ということが実現されないならば、他方において強制という手を打つてもだめだと思います。強制という手と三割の国庫負担の原則が確立されましたならば、おそらく大都市にも国民健康保険が行き渡るようになるのではないかと思うのでございます。 それから第二点は、国民保険法と年金保険法とをつくればいいではないかというお考えをお述べくださつたのであります。これは医療に関する国民保険法と年金に関する国民保険法といつたようなものをつくりますとともに、失業に関する部面のものも考えなければならないと思うのでありますが、私はイギリスのように数箇の法律をつくりませんでも、その制度の結びつきがあればそれでもよいと思うのであります。必ずしも法律の形を整えることによつてのみ社会保障制度が確立されるというふうには考えておりません。同時に、このことは官庁関係についても言えるのでございます。しかしながら、労働省と厚生省がお互いになわ張り争いをしておるようなかつこうにならずに、社会保障制度というものの統合をはかるためには、やはり社会保障省といつたようなものがどうしても必要になつて来るのではないかというように私個人としては考えておる次第でございます。 それから、第三点の生活保護制度についてのお尋ねでございますが、大蔵省の方でお考えになつている考え方は、地方に金をまわして、そうして実際は国が負担するのだというお考えのようでございますが、これがひもつきであるか、ひもつきでないかということが非常に問題になると思います。ひもつきであるならば非常にけつこうでありますが、ひもつきであるならば初めから国が負担されても同じということになると思います。もちろん社会保障の理想から申しますと、今先生のおつしやいましたように、当然全額国が負担すべきであると思うのでございますが、山本先生も先に御指摘になつたように、実際地方で仕事をされる場合、地方の負担にこれがなるのだという気持がある場合と、そうでないのだ、これは国が全部出してくれるのだといつた場合と、おそらく心理的に多少の相違があるように日本のお役人はできておるように私は拝察いたしますので、その点で、現在のところは八割と二割くらいの方がいいのではないかというふうにお答え申したわけでありまして、そのあとの二割は地方の負担という建前であります。しかし貧乏で二割出せないというところは、やはり国が八割以上の負担をするという一つの措置がとれるように法律を改めて行くべきではないかと思います。 それから最後の点は非常にむずかしい問題でございますが、従来日本の社会保障は、今先生のおつしやつたようなお考えで行きますと、家族制度というものが社会保障をやつておつたことになるのであります。従いまして、イギリス流の社会保障を確立するためには、家族制度というものを個人主義的な制度に完全に切りかえなければ、すつきりしたものにならないと思います。生活保護法が今日非常に問題を起しておりますのは、他面において家族制度を残しながら、しかも個人主義を拡張する社会保障をやろうというところに問題があるのでございますから、この家族制度をどうするかという問題をまず先に考えて、そうしてすつきりした社会保障制度はどうすればできるかというふうに考えを持つて行けば、今先生のおつしやつたような方向に問題を進めることができると思うのでございます。 簡単でございますがお答えいたします。
○小峯委員長代理 次に、日本労働組合総評議会政治部長、石黒清君から御意見をお伺いいたしたいと思います。
○石黒公述人 石黒であります。本予算公聴会におきまして発言する機会を得ましたことを喜んでおります。 今度の一兆円予算の問題については、はつきり申し上げまして、これはこの国会において、あるいはわれわれが国会外においてみんなが注目をし合つて、みんなでつくつた予算ではない、こういうことだけははつきり言えるのであります。それば世界銀行の調査団が来たときに出た覚書の中ではつきりしております。その覚書の条項に基いてつくられたのが本予算案である。その意味でこれは二十九年度の日本の国家予算というような性格のものではなくて、いわゆるMSA軍事予算である、かように申し上げざるを得ません。特にその中ではつきりしておるのは、軍人給恩の問題にいたしましても、あるいはいろいろな問題にいたしましても――社会保障費や生活保護法や、いろいろなものがたくさんあるのでありますけれども、内政費の大半については黒字というのはないのであります。全部赤字である。ところが保安隊費などの軍事関係費だけは三百億も余つて繰越しになつておる。国民が困つておるときに、軍事費だけはぬくぬくと三百億も余つておる。そうしてことしの間接、直接の軍事費を含めると、おそらく二千五百億を越える金がことし使えるのであります。そのほかに、ことしの予算は一兆円でしぼりましたから、いやでもおうでも昨年度以上の収入があるのであります。従つてこの中から出て来る税収のふえる分というものは、おそらく一千億になるでありましよう。これまた十二分に軍事費として使える性格のものでありますから、ことしの国民所得あるいは税収、そういう繰越金、予算の内容から見まして、三千億も三千五百億も日本の軍事的再建のために使われる金がある、こういうことがはつきり言えるのであります。先ほど近藤先生は社会保障費の問題を申し上げておりましたけれども、軍人恩給費にいたしましても、あるいは留守家族援護費にいたしましても、これらは特別にわけて扱うべきものではありません。納税、教育、兵役という三大義務があつたときの日本と今の日本とは全然違うのであります。兵役の義務は今の日本にはありません。従つて年老いた軍人のお方あるいはそのためにけがをしたお方、こういう方々はすべて全国民と同じように社会保障制度の中で同一に取扱わるべきものであります。われわれは電車の中やいろいろの中で――先生方はあまり見られないかもしれませんが、特に日曜日などは子供を連れて出ると、白衣の軍人が寄金箱を持つて来る。ほんとうに戦争で苦しんだ下級軍人には軍人恩給は少いのであります。そうして戦争中相当収入もあつたし、まごまごすると相当のたくわえもあつたという人々が、軍人恩給で十二分に保護されておる。ほんとうに戦争の犠牲になつた軍人は、軍人恩給の中ではあまり保護されていないのであります。こういうぐあいになぜ全般的な国民の生活を守る意味での社会保障をやらないかといえば、これは新しい日本に軍国主義精神を打込み――ことしは保安隊は大体十四万ぐらいになると思いますけれども、朝鮮や台湾や満州や樺太のない平時の日本の陸軍だけおることは間違いありません。 〔小峯委員長代理退席、西村(久)委員長代理着席〕 われわれが考えてみて、社会保障費が大体七百億、軍人恩給の方もそれぐらい、全体の国民の生活のための社会保障費と、軍人精神を復興する費用は大体同じなのであります。従つて、くどくどしく述べる必要はありませんけれども、農民の関係におきましてもわれわれ労働者と同じでありまして、今年は輸入食糧の経費についてはもう九十億に削減されておる。そして農民の方が経費がかかつてしようがないからお米の値段を上げてもらいたいというと、それが全国民の米価にすぐはね返るように今度はできておる。補給金がない。昨年あれだけの冷水害があつたにもかかわらず昨年度よりも災害対策費や農地改革費、あるいは開拓費などは大幅に減らされておるのであります。われわれ国民として考える場合に、ほんとうの意味での自立経済のためにお金を多く使われて、そのお金が農地改革やいろいろな形で出ておるその過程において、お米や麦の少いのはある程度がまんすると思うのであります。ところが、国家百年の大計として農民対策をやるべきところをやらないで、外国から多くの小麦を買つて来る。池田さんの言つた貧乏人は麦を食えというのはまさに今年の話であります。また中小企業は倒産してもやむを得ないと言つたのも、あれは少し先走りしておつたので、実は今年の話である、こういうことがはつきり言えるのであります。池田勇人さんが貧乏人は麦を食え、中小企業は倒れたり十人や五人死んでもやむを得ないと言つた放言は、何も放言ではなくて、賢明なる当時の大蔵大臣として今年のことを言つておつたのであります。 こういうことをずつと考えて参ります場合に、今年は失業者がたくさん出る。生活保護法の扱いについても、今二十九年度の予算の問題を盛んにやつておりますけれども、町ではもうすでに縮減が行われておるのであります。たとえば生活保護法を受けている人に対してふとんが支給になる。そうすると全部お役人の方が調べに来て、何だ、お前のうちは一組のふとんで三人寝ておる、五人寝ておるうちもあるのだからお前の方には支給しない、こういう状態でありまして、先ほど生活保護はどうもなまける人に渡るような傾向があると申しておつたようでありますけれども、そうじやなくて、うの目たかの目で町では生活保護法の適用の削減が行われているのであります。このようにして、今年の日本の国民大衆は、このMSA軍事予算の中で大なる犠牲を受けることになるのであります。 また、今澄先生が盛んに摘発されている疑獄事件にしても、保全経済会関係のようなやみ金融が集めたお金は、おそらく日本の予算の一割くらいあるでありましようし、鉄道、造船、いろいろな疑獄がたくさん起きておりますけれども、これはまさに末期的な症状であります。上正しからざれば下乱るという言葉がありますけれども、まさにその通りであります。このように腐敗堕落した政治、貧困化した国民、こういう中から何が起きて来るかといえば、昔大塩平八郎の米騒動が起きました、彼は共産主義者ではありません、しかし、政治の腐敗堕落と国民生活の貧困化の中からは、いわゆる大塩平八郎が生れるのであります。米騒動が起きるのであります。こういうことを考えた場合に、斎藤国警長官が今年は共産党が相当活動するから、うんと警察を強化して一本化するということを申しておりましたが、それはまさに政治家のとらざるところであります。ほんとうの政治家はいわゆる近藤先生の考えたような政治をやるのであります。従つてこういう状態の中では、どうしても権力を握らなければならないということで生れ出しておるのが、教育の政治的中立性に名をかり、今後の教育を――アメリカから来られた方が、いわゆる愛国精神を高揚しなければためではないか、こういうことをはつきり申しておりますが、それをやるために今一番がんになつておるのはいわゆる日本教職員組合であります。従つて日本教職員組合を弾圧し、これを破壊しない限り、五十万教職員をしてまわれ右をして、君が代を歌い、軍艦マーチを歌つて、若き青年を保安隊にやるわけに行かないのであります。従つてそういう意味でMSA予算と、この教育の政治的中立性に名をかる日本教職員組合に対する弾圧はうらはらのものであります。しかしこれだけでもまだだめであります。従つて警察法を改正して全部長官がこれを握る、いわゆる戦前の警察ファッショと同じであります。保安隊につきましては戦前の平時の場合と同じでありますけれども、警察については国警と自治警を合せて戦前の三倍おるのであります。そういう警察権力に守られながら、今の敗腐堕落した政治は辛うじて息を長らえておるのが現状ではないでしようか。従つてこの警察ファッショ、いわゆる地方の問題につきましても、この警察を中心にして行かなければどうしてもやれない、こういうことが重大な問題であります。もう一つは来年の選挙までに改正をすればいいのでありますから、本国会に出るかどうかわかりませんけれども、いわゆる知事公選に名をかる実質的な地方自治法の廃止であります。 かくして吉田内閣というよりは吉田首相は、このMSA予算を通すために教育を握り、警察を握り、地方末端の権力を握る、この三つの、軍隊で言うならば統帥権、教育、警察、知事、こういうすべての一切の権力を吉田さんは握ろうとしておるのであります。この握ろうとしておることは、いわゆる金融独占資本といいますか、そういう名前でよく言われるのでありますけれども、金融独占資本というよりは、アメリカのドルの支配を柱にして、この三つの権力を握つて、MSA軍事予算を本年度の重大な目標としてやろうとしておるのであります。この形は明らかに買弁的なファッショの道でありまして、日本の民族主義と民族にとつては重大な問題であると思います。特にこういう政治をやる場合に、一切の権力を握り、そうしてそういう権力を握つた中で、気がゆるむせいかどうかわかりませんが、疑獄や収賄やいろいろな事件を起す。まだそれだけでは国民を盲にして政治を長らえることはできませんので、いわゆる町ではパチンコや競馬や競輪や、堕落したエロ・グロ文化といいますか、国民が一人々々の日常生活の中で、われわれの生活に結びついた政治を考える余地をなくするために、エロ・グロ文化というものを氾濫させておくのであります。このようなエロ・グロ文化、警察そうして教育あらゆる一切のものを握つた上でなければ、一兆円といわれておるMSA軍事予算は、とうてい今の日本の国民感情の中では実施をすることが不可能なのであります。従つて憲法改正の問題も、このMSA軍事予算とはつきり関係をして出て参つておりますけれども、憲法の改正はもうすでに行われつつある、いな行われておる、かように申し上げた方がいいのであります。たとえば教職員組合が弾圧をされて、軍国主義教育がどんどん行われる場合に、失業者がどんどん出る、農民対策が十分でないから、二男三男がどんどんあふれる、そうして部落や町で若い人たちがおると、お前たちは遊んでおるといいことをしないではないか、お前たちがそういう不良化するとすぐに牢屋にひつぱるぞ、それよりはむしろ保安隊にでも行つたらどうだ。こういうことで日本の封建的な生活の中で、この教職員組合の弾圧は明らかに志願制度よりも、もつと悪質な脅迫志願制度をとるのであります。従つて日本教職員組合に対する弾圧は、いわゆる強制志願制度といいますか、志願という言葉がつくかどうかわかりませんが、失業者、農民、あふれた二男三男、こういう人たちを強制的に保安隊、軍隊といいますか、こういうところに送り込むためのものである。従つて本国会でおそらく鋭意通そうと努力するものは、このMSA予算と教職員組合の弾圧法案であろう、かようにわれわれ労働者は考えておるのであります。従つて平和憲法のもとにわれわれがつくるべき予算としては、本予算案は明らかに無効であります。平和憲法のもとにつくらるべき予算案ではありません。大臣以下国家公務員としてほんとうに平和憲法を守ろうとするならば、本予算案は明らかに無効であります。平和憲法を蹂躙しておるのであります。人間の自由と民主主義と生活を蹂躙した予算案というものは、平和憲法のもとではつくるべきではありません。従つてその意味ではただ単に反対というだけではなくして、平和憲法があるとお認めになる以上は本予算案は無効である。しかし現実は押し詰められておる。そうして予算案がまだできないうちに、もうどんどんどんどん生活保護費でも、あるいは地方末端に行きますと、土木工事費でも、どんどん切られて、地方末端の官庁機構の中では、首を切るとか、切らないとかは別にしても、とにかく仕事がないので休むよりしようがない、こういう状態がどしどしできておるのであります。 従つて、こういう状態に対して、日本労働組合総評議会はどういう態度をとるかということはやはり重大な問題であります。われわれはただ平和憲法のもとに、一労働者として、一国民として、当然の権利、当然の義務を主張しておるにすぎません。われわれが今守ろうとしておるのは、厖大な労働者の向上した生活ではありません。一番先に求むべきものは人間の自由であり、次に人間の自由を守るためには、どうしても民主主義を守らなければならない。民主主義を守るためには、この民主主義を破壊してやまない軍国フアツシヨ、戦争、こういうものに対して反対をせざるを得ないということを、日常茶飯事においてささやかに抵抗しておるにすぎません。ところがそういうことをやりますと、総評は共産党で容共的だというお話がありますけれども、その点については、いずれか平和憲法のもとに正しい行動をとつておるか、国家百年の大計として、民族の独立と民主主義に対して、いずれの側が――吉田内閣が正しいのか、総評が正しいのかは、今後の歴史の中ではつきりするだろうと、われわれは確信をいたしております。 従つて、最後に申し上げますことは、今の日本の中で、斎藤国警長官やいろいろな方が、大塩平八郎的な米一揆といいますか、こういうものについて恐怖を感じておるようでありますけれども、この共産主義の台頭、いわゆる共産党の暴力革命を防止しておるのは、大体総評と左派社会党ではないか、かようにわれわれは確信しているのであります。われわれはあくまでも平和的にわれわれの生活を守ろうとしておりますから、その意味では平和革命だと思うのでありますけれども、もしここで総評の幹部が全部資本家やあるいは資本家の方に都合のいい人たちよ一緒になつて、労働者の生活やささやかな首切りをも闘わないとしたならば、おそらく国民大衆はこぞつて共産党の方へ行くでありましよう。われわれはそういう意味では、断固今の日本の中で許されている範囲において、徹底的に行動する、徹底的にわれわれの団結を守る、こういう中でのみ共産党の暴力革命に対抗でき得るのであつて、単にこれを警察をフアツシヨ化したり、一切の権限を政府権力が握つて弾圧をすることによつて、国民大衆の不満抵抗というものを押えることはできない。あくまでも労働者や国民の生活を守る中からのみ、そういう北鮮と南鮮のような状態については防止し得ると考えておるのであります。従つてもしも国家百年の大計を考えるならば、その点を十三分に先生方もお考えの上、日本の産業の中心である労働者階級と十二分に話し合う襟度を打つべきではないか。そういう場合にはわれわれは右派社会党、左派社会党、労農党といわず、改進党とも、自由党とも十三分に話し合う考えを持つておるのであります。
○西村(久)委員長代理 時間が迫りましたから結論を急いでいただきます。
○石黒公述人 先ほど申し上げましたように、平和憲法のもとではこの予算案はもう無効に近い、こういうことを申し上げましたので、あとくどくどしく申し上げません。ただはつきりしてもらいたいことは、われわれが出した税金の中からいろいろな疑獄事件がたくさん起きておる。これは改進党をも含めて一所懸命でこの疑獄を摘発するために努力をされておるようでありますけれども、これは単に国会議員あるいは大臣の面子の問題ではありませんで、国民生活いわゆる国民大衆の生活の問題でもありますし、今後日本が、中国における蒋介石政権のように腐敗堕落をして、中国を追われるような醜態になるのかならないのかという民族の独立の問題にも関係がありますので、十二分に調査をして司直の手にゆだねてもらいたい。そういう中で今吉田内閣がやつております政治は悪いのでありますけれども、ほんとうに悪い政治ではあるが、正しいことは一応正しいとしてやつておるという信頼を持たせるように自由党もやつてもらいたい。そういうぐあいにやらなければ……(「悪い政治だとは何事であるか」と呼ぶ者あり)これは見解の相違であります。われわれ労働者といたしましては……。 〔「委員長注意をしろ」「公述人の問題から逸脱している」「悪い政治ではあるが自由党もやつてもらいたいとは何を言うか」「あとで質問すればいいじやないか」と呼びその他発言する者多し〕
○西村(久)委員長代理 静粛に願います。――静粛に願います。
○石黒公述人 総評といたしましては、自由党の政治は悪いというふうに考えておるのであります。――――――――――――――――。 〔「見解じやない」「よけいなことを言うな」「国会を何と考えておるか」「自由にやりたまえ」と呼び、その他発言する者多し〕
○西村(久)委員長代理 静粛に願います。
○石黒公述人 私は一人で個人の意見を申し上げておるのではありません。昨年七月における総評大会の決定の中から、ささやかに出しているにすぎません。 〔「八千六百方の国民を代表しているのではない」と呼ぶ者あり〕
○西村(久)委員長代理 静粛に願います。
○石黒公述人 だから公聴会には労働者、農民学者、いろいろな人が出ておるのでありますが、たまたま私は一労働組合の代表として出ておるのでありまして……。 〔「八千六百万の国民を代表しておるのではない」と呼ぶ者あり〕
○西村(久)委員長代理 静粛に願います。
○石黒公述人 ――――――――――――――――総評の代表として申し上げるのであります。(「証言を慎め」と呼ぶ者あり)―――――――――、ほんとうのことを言うのが国民の責任であります。
○西村(久)委員長代理 静粛に願います。石黒君結論を急いでください。質疑応答の点はおやめを願つて、あなたの御意見をお述べください。 〔「悪い政治と何が断定できるのだ」「なまいきだ」「なまいきとは何だ」「あとで質問したらいいじやないか」「言論の自由である」と呼び、その他発言する者、離席する者多く、議場騒然〕
○西村(久)委員長代理 静粛に願います。石黒君に御注意を申し上げます。なるたけ言葉をお慎みおきを願います。結論を急いでいただきたいと思います。
○石黒公述人 ただいまおしかりを受けましたし、貴重な時間を費したことを申訳なく思います。しかしわれわれ一労働者といたしましても、あるいは総評といたしましても、あるいは町に住む一国民といたしましても、自分の思つたことを自由に述べる――この公聴会にいたしましても、やはりこれは日本という祖国の一部にすぎない。そういう日本の祖国の一部にすぎないところで、国会へ来たときには、うそを言わなければならないということでは、私は一国民として生きる喜びを失うのであります。従つて反対は反対、悪いものは悪いということをはつきり申し上げるために公述人として私をお呼びくださつた、こういうように考えまして冒頭にお礼を申し上げておるのであります。
○西村(久)委員長代理 石黒君に御注意申し上げます。議論にわたることはおやめ願つて、あなたの公述だけをお急ぎ願いたいと思います。
○石黒公述人 ―――――――――――――――――。
○西村(久)委員長代理 余談は控えて御意見をお述べください。時間も差迫つておりますから、簡潔にお願いをいたします。
○石黒公述人 私は……(「議事進行」と呼ぶ者あり)発言中であります。私が今まで申し上げましたことは、われわれが考えておるわれわれの生活の中における単なる一こまの公述にすぎません。そういう意味でまだまだ不十分だとは思いますけれども、今度の予算案の中で公述人としていろいろな意見をということを言われましたので、はつきり申し上げておきますが、一番重大なる問題はやはり何といいましても農民対策が十分でない。―――――――――――――――――だから農民対策については……―――――――――――――――今回の一兆予算は単に国会議員のみによつてつくられ、国会議員のみがその予算によつて生活するものではありません。
○西村(久)委員長代理 石黒君に御注意いたします。討論ではないのですから、御意見をお述べください。
○石黒公述人 従つて農民対策につきましても。いろいろな問題で……(「委員長、発言をとめろ」と呼ぶ者あり)農業対策費が少いということについて、この輸入食糧補給金九十億円、これはお米を麦にかえたから安くなつたのでありますけれども、いわゆる補給金制度というものがなくなる。そうしてこの中では農民の米価はすぐわれわれの消費米価になる。こういうことになつておるのでありますけれども、一番重大な問題は昨年あのように水害や、冷害やいろいろな形で荒れ果てた農地に対する対策費が少い。こういうことはおそらくますます日本の食糧自立という意味では困難になるのではないか。この点は日本の今後の問題といたしまして十二分に考えてもらいたい。 それから中小企業の問題でありますけれども、大手の企業ですら、今度の財政投資では少くなつておるのでありますから、中小企業については当然少くなるのがあたりまえであります。われわれが経営者と労働者で出しておる八百億に上る厚生年金の問題にいたしましても、われわれのために使われておるお金は三%くらいでありまして、それも六分五脚という高利、ところが大企業につきましては短期融資ではありますけれども三分五厘で貸付をしている。こういう八百億に上るものをわれわれ労働者、その他経営者が半分出しておりますから、そういう意味では労働者だけでは使えないと思いますけれども、こういうお金などにつきましても、住宅やいろいろな形で使われるならば、もつともつと有意義にわれわれは考えるのでありますけれども、この点などが、中小企業へなぜもつと出せないものか、われわれが積んだお金を――いわゆる予算案の中におけるお金を出すというのではなくて、われわれが積んだ予算を中小企業の融資に出せないものかどうなのか、こういうような点についても、もう少し中小企業というものを甘く見ないで、大事に育てる考え方を持たないと、吉田内閣は一兆円予算を実施するどころか、基盤が失われるのではないかと労働者側として心配するのであります。次に、そうしてわれわれの生活と国会における予算とはまつたく離れたものとしてできておるのであります。こういう形の中ではわれわれは生産人といたしまして、労働者といたしまして日夜職場で働いておりますけれども、国家の独立と自立経済に対して、十二分に協力をするという気持が起きて来ない。ましてや町の中にはわれわれ労働者が十三分に希望を持つて働けるような文化がありませんから、そういう意味で労働者、国民一般ますます頽廃化して行く、そうして政治は政治で疑獄をたくさん起しておる、こういう中では日本はまさに危機だと思うのであります。従つてわれわれはこの予算案を、軍事費がどうだのいろいろな点もたくさんありますけれども、ほんとうに労働者も農民も中小企業も、あらゆる人々を含めて、もつともつと積極的に自立経済ができるような政治をやつてもらいたい、それはもちろん今の吉田政府ではだめだと思いますけれども、そういう意味のことも吉田政府に対するというよりは、予算公聴会の中における、それをやろうとする人々に対してお願いをするのであります。繊維消費税その他物価が上るようなものがたくさん出ておりますが、こういう大衆生活の窮乏化の中で、MSA軍事予算はますます国民大衆、われわれ労働者を貧困化させ、その貧困化した不満と抵抗に対して、あらゆる権力を集中いたしまして弾圧する。そういう中で日本の前途が非常に案ぜられるのでありますけれども、われわれ総評といたしましては、吉田内閣のMSA軍事予算のいかんにかかわらず、日本の独立と平和を守るために、鋭意国民大衆の中で一労働組合といたしまして、国家百年の大計の道を堂々と歩む考えでおりますから、その点共産党に対するような考え方と一編にいたしまして、恐怖を感じたりあるいは驚いたり悲観をしないようにお願いをしたいと思います。
○西村(久)委員長代理 石黒君のお言葉のうちに、速記録を調べた上、不穏当なお言葉があられるようでございましたら、委員長の方で適当にこれを処理することにいたします。
○山本(勝)委員 私は公述人の方があとからあとからと来られるために、最初に委員長から注意された公述人に対するいろいろな注意が、徹底していないのではないかと思う。ですから最初に申されて、あとから来られた場合には、発言台に立たれる前にもう一度繰返して、公述人に対する注意をしてもらいたいと思うのです。ただいまの話はもちろん予算に無関係とは申しませんけれども、九九%までは私どもの了解では、問題外にそれておつたように思う。 私は公述人に一言伺いたいのですが、ただいま申されたことはすべて総評の意見であるのか、それとも心無さんの考えであるのか。総評の意見であるとすれば、お話の原稿の筋書でも総評の会議に正式にかけて、こういう話をする、総評の責任においてやるということで、そういう手続をとつて来られたのか、それともそういう手続をとられないでここで発言されたのか、その点を伺いたいと思います。
○石黒公述人 ただいまの問題については、個人の意見であるのか総評としての意見であるのか……。
○山本(勝)委員 総評の意見とすれば正式手続をとつて来られたかどうか。
○石黒公述人 予算公聴会として一々そういうことをきめてわれわれを呼ぶときにやつておればまた別ですが、私どもとしては常任幹事会という一つの機関があるわけです。この常任幹出会で、予算公聴会に対して総評から一人出てくれと言つているが、だれを出すかということで、政治部長だからお前が行け、こういうことで私が参りました。それから私が原稿をとりまとめましたのは、労働組合の幹部というのは大会における行動方針がありまして、その行動方針に基いて一切の行動をするわけであります。従つてそういう行動方針に基いて私の本公聴会における公述をした、こういうことであります。
○山本(勝)委員 手続をとつて来られたのか来られないのか、その点をはつきりしてもらいたい。今申された内容について一応正式に諮つてこれでよろしいということで来られたのか、そうでなしにあなたが単独にここで話されたのか。
○石黒公述人 だから常任幹出会で私が出るということをきめて私は出て来た。私が行つている行動については、第七回総評大会で決定した方針に基いて動いておる、こういうことであります。
○尾崎委員 それでは伺いますが、総評大会の決定に基いた方針によつてお述べになつたということでありますが、そうすると公述人は総評を代表した意見をお述べになつた、こういうつもりでお述べになつておるのであるか、あるいは今おつしやるような、幹事会等においてここにおいでになることはおきめになつたでありましようが、総評の中の幹事会でここへ出ることをきめて、石黒清さんとしてお述べになつたつもりであるのか、それをひとつ伺いたい。
○石黒公述人 日本労働組合総評議会政治部長石黒清として述べたのであります。
○尾崎委員 そうしますと総評を代表した意見、こういうふうに了承してよろしゆうございますか。
○石黒公述人 そうでございます。
○小平(忠)委員 先ほどの公述の中で石黒さんは、民主主義と平和を守るものは総評と左派社会党であるとおつしやつたように私は記憶しておるようでありますが、そうだとすればきわめて重要な発言でありますので、その発言はあなた個人の発言か、あるいは総評として決定された事項に基いて発言されたか、まず伺つておきます。
○石黒公述人 簡単に言えば民主主義と平和を守るのは総評または左派社会党というぐあいに言つたわけですが、(「はつきり言いたまえ」と呼ぶ者あり)これはもうはつきり総評は左流社会党を中心に日本の平和と独立と民主主義を守る、こういう形でやつております。また総評という組合は大体左派社会党を中心に支持をして、おりますが、ただ右派社会党、労農党というのをつけ加えなかつただけで、右派社会党と労農党は日本の平和と民主主義を守つていないという考えは持つておりません。
○西村(久)委員長代理 予算に関係のない言葉の質疑はお許しいたしません。従つて悪い言葉がありますれば、委員長の方で処理すると申し上げてあるのであります。 石黒君に対する質疑はこれで終了いたします。 次に静岡新聞会長の稲宮又吉君の公述を求めます。稲宮又吉君。
○稲宮公述人 二十九年の予算を大観いたしまして、歳出の絶対額が国力に比較いたしまして非常に大きいような感じを受けるのでございます。いま一つはこの四、五年の歳出予算というものは、乱調子と申し上げるとしかられるかもしれませんが、非常に動揺をいたしておるのでございます。その次には課税の率が一方において非常に高くついておるということでございます。 歳出の絶対額が動揺いたしておりますのは、二十四年度は二千七百九十億というものを前年からふやしておる。二十五年度は逆に七百六十四億円というものを減しております。これは皆様御承知の事情によつて減つたのであります。それから二十六年度は千三百九十一億ふえておるのでございます。二十七年度は手荒百八十八億ふえておるのでございます。二十八年度は九百四十八億、それから二十九年度のこの予算では、逆に二百七十七億減つておるのでございます。数字を申し上げて恐縮でありますが、これをグラフにいたしますと非常な凹凸、らんぐいと申しましようか、このような動揺常なき予算を組んだとすれば、国の財政計画はもとより、産業、経済によほどの狂いが出て来るのではないかと思うのでございます。 次に、国力に比較して歳出が大き過ぎるということは、日本の歳計の標準年度を昭和九-十一年に押えておりますが、これの適当であるかどうかは議論のあるところでございましようが、その標準年度を見ますと、大体において、平均は二十二億千七百万円でございます。しかしこの年度中には満州事変と内地における軍部の勢力の台頭によりまして、予算の四、五・八%、十億千六百万円というものをとつておりますから、これを引きますと残りは十三億百万円でございます。これに対し、二十九年度の歳出予算からとにもかくにも保安庁費と防衛支出金合計千三百七十三億を引きますと、八千六百二十二億八千万円になります。そうだといたしますれば二十九年度の予算は、標準年度の予算に対しまして七百十八倍になるのでございます。物価が大体標準年度の三百五十倍というときにあたりまして、七百倍からの歳出予算を組んでよろしゆうございますかどうでございましようか。物価が何倍であろうとそこに国の力の発展があればよいのですが、この予算を見ますと、国力を反映いたしまする国民所得はどうでありましよう。標準年度の平均は百三十億六千万円とされております。二十九年度の国民所得は、御発表によりますと五兆九千八百億というので、四百四十四倍でございます。七百倍からの歳出の予算をこのようにしてどこできめるのでございましようか。さらに国民所得とは申しますが、これは総所得でございます。 〔西村(久)委員長代理退席、小峯委員長代理着席〕 個人で申しますならば、その後人口の増加によりまして、標準年度では一人当り百九十五円、二十九年度では一人当りが六万七千八百三十七円、三日四十八倍であります。国全体の所得が四百四十倍でございますが、個人の所得は三百四十八倍と下つておるのでございます。このような点と、また一方におきまして、銀行預金な、とは約二百八十倍になつたといわれておりますが、大衆の貯金であります郵便貯金のごときは九十六倍、百倍になつておらぬのでございます。それならば、こういうときにおきまして、七百倍の歳出予算を組むことは、少しむずかしいのじやないかと私は思うのでございます。もともと税などにはしろうとでございます。従つて非常な高率な税金を――大体税金は標準年度に比較いたしまして、八百十七倍になつておるのでございます。標準年度の平均租税は九億千七百万円でございます。二十九年度は七千四百八十九億円、それで八百十七倍になるのでありますが、この中に酒の税の六百五十二倍、砂糖消費税の四百六十三倍などという低いのがあるので、こういうことになつたのでありますが、もしも所得税だけを見ますと、千二百二十九倍になつておるのでございます。法人税は例でございます。これは標準年度の所得税に対する二十九年度の所得税の倍数でございますが、二十九年度でなしに、標準年度の時代には、御承知でもございましようが、所得税は筋一種、第二種、第三種と三つにわかれております。第一種が法人税第三種が利子所得税、その次には、第三種というのは、一般の個人の所得税でございます。その年度を詳しくわけますと、時間がかかりますから、よしますが、大体において標準年度の所得税の半分が、今日の法人税の先祖であるところの資本利子税とか、その他のものである法人利得税になります。農業、営業、勤労の個人の所得は標準年度が半分でございますから、ただいま千二百二十九倍と上し申げましたけれども、実際は二千五百倍に近いのでございます。国民全体の所得が四百四十倍、個人の所得が三百七十倍という時代に、七百倍からの歳出をいたしますことは、相当な響きが来ると私は思う。それは今日の国の歳出の上からいつていたし方ないだろうといわれるかもしれません。けれども一例を申し上げますならば、会計検査院-今日においては非常な重要な役目を持つておられますが、会計検査院の予算のごときは標準年度の、平均におきまして二百九十八万四千円でございます。それが二十九年度では三億九千九百万円になつております。百三十四倍こういうところもあるのでございます。いろいろな事情がありましようけれども……。このように国民の所得の少いことは、全体から見ましても、個人から見ましても、数字に出ておるところでございます。その際に、八百倍からの倍率を持つている税をおとりになる。ことに税のとり方が、勤労者農民、営業の個人方面に非常に強いのでございます。先ほど農民の代表が出ないというお話がありましたけれども、だれでもわかつておることであります。この方面の代表必ずしも出なくてもわかるところでございます。私の話を申し上げてはなはだ恐縮でありますが、理髪屋のおやじが、空襲警報はいやだつたけれども、税務署もいやだ。あの時分にはわしのところに税務署が来なかつた、税吏は空襲よりもこわいという重税虎よりも恐ろしいという現代版じやないかと思います。私はこの一点を予算委員各位におかれまして、十分御研究せられて、何とか善処してやつていただきたいと思います。法人税は別でございます個人の農民、営業者、勤労所得者に対して、六万円とか七万円という時代ではございません。なぜこれくらい大きな倍率になつておるかと申しますと、その時分にとつてはならない、とらなかつた千円以下の所得者、今日で申しますと、物価では議論もありましようが、三十五万円、昔の千円、そこそこでございますが、これらの方面に非常に税金がかかつておるのであります。これをはずしましたらおそらく歳入歳出が合わないとおつしやるかもしれませんが、しかし現にそれをやつて来て、百四十倍にならぬ役所があるじやないかと私は思うのであります。 はなはだ簡単に申し上げました。(拍手)
○小峯委員長代理 御公述ありがとうございました。ただいまの公述に関しまして御質疑がございましたら――御質疑ないようでありますから、これで終ります。これにて公述人の御意見は全部聞き終りました。 この際、昨日来御出席くださいました公述人各位に対しまして、一曹お礼を申し上げたいと存じます。何かと御多忙のところ、御出席をいただき、貴重なる御意見をお述べいただきまして、本委員会今後の審査の上一に参考になることが多かつたと存じます。ここに厚おく礼を申し上げます。 明後十五日は午前十一時から委員会を開きまして、質疑を継続いたします。本日はこれにて散会いたします。 午後零時二十三分散会