本会議 第9号
- 発言数
- 8 件
- 登壇者
- 3 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1954/02/02
会議録
○議長(堤康次郎君) これより会議を開きます。 ————◇—————
○議長(堤康次郎君) 議員熊本虎三君は昨二月一日逝去せられました。まことに痛惜哀悼の至りにたえません。 この際弔意を表するため島村一郎君から発言を求められております。これを許します。島村一郎君。 〔島村一郎君登壇〕
○島村一郎君 ただいま議長から御報告に相なりました故衆議院議員熊本虎三君に対し院議をもつて弔詞を贈呈し、その弔詞はこれを議長に一任するの動議を提出いたします。 昨二月一日、われわれは突如熊本君の計報に接し、深い驚きと悲しみに打たれたのであります。 私はこの際、諸君の御同意を得て、議員一同を代表し、つつしんで哀悼の辞を申し述べたいと存じます。(拍手) 君は佐賀県の御出身でありまして、大正八年県下の唐津製鋼所に入社されましたが、数年の後志を立てられて上京、桜田機械製作所に御入社に相なり、引続き労働に従事せられておつたのでありますが、君の今日ある基礎は実にその青年時代にあつたと申して誤りでなかろうと存じます。 君は、つとに労働運動に専念して熱意を傾倒され、大正十五年同志とともに社会民衆党の結成に参加せられまして、黎明期のわが国労働界に貴重な足跡をお残しになつたのであります。 越えて昭和七年、社会民衆党は発展的に解消し、新たに社会大衆党として再出発したのでありますが、この際もまた党の結成に参画いたされまして、重要な役割を果されたのであります。 さらに、昭和二十年には日本社会党に加わりまして、かつては同党の会計監査に推され、また現に中央執行委員の重職にあられまして、衆望を集めておられたのであります。 今君が経歴を顧みまするのに、私的には昭和初年すでに日本労働総同盟常務執行委員の要職につかれ、その後、日本労働組合総同盟副会長、同東京都連合会会長、同全国化学労働組合同盟副会長、同全国食品産業労働組合同盟会長等、総同盟内にあつて常にその育成助長に献身され、労働者の福祉増進に寄与せられた功績は枚挙にいとまないのであります。なお、戦後中央労働委員会委員として御活躍になられましたことは御承知の通りであります。 公の方面におきましては、まず東京府下の大島町会議員を第一歩として、その後、城東区会議員、東京府会議員、東京市会議員あるいはまた東京都議会議員といたされまして、大東京の自治に貢献せられたのであります。一昨年衆議院の総選挙には初めて御出馬に相なつたのでありますが、この際は不幸落選いたされましたが、次いで行われました補欠選挙におきましては、みごと栄冠をになわれて御当選に相なつたのであります。御当選後間もなく本議場におきまして破壊活動防止法案外二件及び労働三法改正法案の討論を試みられました際の名演説は、いまなお印象深くわれわれの脳裏に刻まれておるのであります。(拍手)なお、その後の総選挙には、いずれも大衆の圧倒的支持を得て引続き御当選、今日に至つたのであります。 君は、資性きわめて温厚であつた半面、燃ゆるごとき熱情と、かたい信念を包蔵せられ、その人格及び貴重な体験と不断の練磨による識見とは、常にわれわれの尊敬おくあたわざるところであつたのであります。(拍手)舌端火を吐く君の熱弁はしばしば傾聴したのでありますが、今や永遠にその機会は失われたのであります。まことに痛惜哀悼にたえません。(拍手) 君は在職いまだ二箇年に満たず、われわれは君の今後の御活躍こそ期待しておつたのでありますが、君ゆいて帰らず、われわれは心から君の御長逝をいたみ惜しむものであります。 ここに、議員一同を代表いたしまして、つつしんで哀悼のまことをささげるとともに、御冥福を祈る次第であります。(拍手)
○議長(堤康次郎君) ただいま島村君から提出されました動議に御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○議長(堤康次郎君) 御異議なしと認めます。よつて動議は可決せられました。 ここに議長の手元において起草いたしました文案を朗読いたします。 衆議院ハ議員熊本虎三君ノ長逝ヲ哀悼シ恭シク弔詞ヲ呈ス この弔詞の贈呈方は議長においてとりはからいます。 —————————————
○荒舩清十郎君 日程第一は延期し、本日はこれにて散会せられんことを望みます。
○議長(堤康次郎君) 荒船君の動議に御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○議長(堤康次郎君) 御異議なしと認めます。よつて動議のごとく決しました。 本日はこれにて散会いたします。 午後一時三十九分散会