補助金等の臨時特例等に関する法律案特別委員会 第11号
- 発言数
- 113 件
- 登壇者
- 12 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1954/03/24
会議録
○葉梨委員長 これより会議を開きます。 補助金等の臨時特例等に関する法律案を議題といたします。前回に引続き、本案に対して留保せられている分についての質疑を継続いたします。井手以誠君。
○井手委員 長官に再三御出席を求めまして、法律の解釈について種々ただしたのでありますが、割切つた説明がないために、また本日もおいでを願つた次第であります。法律と予算の関係について、時に先般の法律に明記されておる国庫の義務負担についての解釈は、おそらく長官も衷心忸怩たるものがあろうかと考えるのであります。今日になつてどうにもならないので、何とかつじつまを合せておるような感がいたすのであります。あくまでも法律論とおつしやいますけれども、それは私どもはどうしても政治論としか考えませんし、牽強附会な答弁だと考えるのであります。私は各方面の法制局関係あるいは学者方面の意見を聞いて参りましたが、日本国有鉄道法によりまするあの毎年度予算をもつてこれを定めるということについては、私が聞いた範囲では、全員私と同じ意見を持たれておるのであります。毎年度予算でこれを定めるというのは、事務費を全額負担しなくてはならない建前上、金額を明示しなくては、せつかくの国庫負担の規定が死んでしまうおそれがありますので、その全額を毎年度予算に計上するという建前である。それは何人もそういう解釈を立てられるのであります。私はこの点についてさらにお聞きしたいのでございますが、昨日厚生関係の予算を審議中、新たな疑問が生じたのであります。まずその点を承りましてから、お尋ねしたいと思います。 昨日現われました事柄は、厚生関係におきまして食品衛生法、予防接種法、寄生虫予防法、「トラホーム」予防法、伝染病予防法等々の各法律に、それぞれ国庫負担の義務が明示されておるのであります。ところが、二十八年度予算においては、その義務負担についての予算が計上されておりません。当局の説明によりますると、二十八年度までの地方財政平衡交付金に盛つてあるという御答弁ではございまするけれども、いやしくも国庫の負担金である以上は、はつきりした項目によつて国庫負担の予算を計上しなくてはならぬと私どもは考えるのであります。考えによりますると、平衡交付金に入つておればいいじやないかという考えも起きまするけれども、御承知のように、あの平衡交付金は地方財政を調整するのが建前であります。いわゆる基準財政需要あるいは基準財政収入の差額を国庫から交付する基礎として、ただ漠然とは交付されませんので、その要素として、そういういろいろなものが積み上げられ積算されておるのが交付金であります。従つてひもつきではありません。国庫負担金というものは、はつきりと使途を明示したひもつきのものでなくてはならぬのであります。それを、地方の財政のいかんによつては、どの費目にも充当されるというような一本になつた交付金として、支出されておるのでは、国庫がどれを負担するかという義務は履行されないのであります。昨日林次長から若干の御説明はいただきましたけれども、私どもは林次長の答弁には納得が行かないのであります。この国庫が負担する、あるいは地方が支出した金額の二分の一を国庫が負担するというふうに明記されておる国庫負担金については、はつきりとした費目によつて支出されなければならぬと考えるので、この点についての長官の御意見、法制局の見解をこの際承りたい次第でございます。重ねて申しますが、交付金とか、いわゆる地方に一本で交付されるものは、これは法律上の拘束力はないと私どもは考えるのであります。そういう意味から質問を申し上げておりまするので、明確な御答弁を願いたいと存じます。
○佐藤(達)政府委員 ごもつともな御疑念であると思います。今おあげになりました厚生関係の法律の一々を私は存じてはおりませんけれども、確かにさような問題があることは承知しております。ところが、ただいまのお尋ねの関係でございますけれども、法律の明文の手当という点は別問題といたしまして、ただいまのお言葉にありましたように、平衡交付金制度というものに、ある時期において乗りかかつておるわけであります。それは、平衡交付金法の改正によつて、乗りかかつておるという段階が間にはさまつておるしけでありまして、その意味で、前法、後法と申しますか、そういう理論が働いて、法律的には、ただいま政府のとつております処置に誤りはないというふうに考えるわけであります。しかも、これにつきましては、数年来、年年予算と合せて御審議をいただいておることでもありますので、決してやみで、そういう不当なことをやつているということにもならないというふうに私は考えるわけであります。
○井手委員 もしおつしやる通りに平衡交付金にこれを吸収しておるということでありますならば、附則か何かにこれを明記しておくことが必要である。そうでなければ、地方団体によつて、貧乏な府県によつては、どの方面に交付金を使用しようと、法制上の拘束は受けないのであります。そうすると、国庫の負担というものは府県に徹底しない。いわゆる政府の義務支出が完全に履行されないということになるのであります。もし、おつしやるように、すべてを平衡交付金に吸収しておるというものでありますならば、当然平衡交付金の法律に書かねばならないと思う。それを書かずして、一方では完全に国庫が負担するというものが生きておる。前法、後法というものであれば、その中間に、伝染病予防法なら伝染病予防法のあとに平衛交付金の法律ができた。そのあとに臨時特例の法律もできておりますので、前法、後法の関係は、さらに複雑になつて来るのであります。私が以上お尋ねしようと思いますのは、平衡交付金にもし吸収されるというならば、なぜその旨を平衡交付金の法律に書いてないのか、その疑問を私はお尋ねいたします。
○佐藤(達)政府委員 技術的に考えますと、お言葉の趣旨はよくわかります。従つて、平衡交付金の方に善くということよりも、あるいは厚生省関係の法律の方にはつきり手当をしておくべきじやないかという御趣旨だろうと思います。それはよくわかります。手当をした方がさらにいいということもわかりますが、手当をしていないということによつて法律的の効果が違うかどうかということも、先ほど申し上げましたように、そういう関係の法律は、法律相互の同じような関係のものは他にも例がございますので、法律解釈論としては全然私は疑問がない、こういうふうに考えております。
○井手委員 書いた方がより明確である、その方がけつこうであるという意味ぐらいならば、私は質問申し上げないのです。平衡交付金では、これは法律上の拘束力がない。義務支出が完全に履行されるとは言えないのであります。平衡交付金として一本で参りますが、地方ではどういうものが積算されておるか。なるほど法律には道路とかなんとかいろいろなものがありますけれども、使う場合にはどこにしようと法律上の拘束力はございません。従つて伝染病予防法なりに規定されておる金を使わなくとも済むわけであります。それを履行しないからといつて、持に問題はないのであります。そういうことになりますと、この単独法にある国庫の負担というものは履行されていないということになる。法律が執行されないことになります。そういうようなあいまいなことでは私はいけないと思うのであります。私が先般来申しますように、法律の解釈がああにもできる、こうにもできるということでは、私は許されないと思います。くどくどしくなりますので、そういつまでも申し上げたくありませんが、いま少し明確にするとか、あるいはその方がけつこうだということでなくして、私はこの単独法が改正されない限り、あるいは平衡交付金、補助金の法律に何か救う条文がない限り、やはり依然として政府は別途に国庫の負担の義務があると考えるのであります。もしそれをしなければ、政府は法律を忠実に執行したとは言えないのでありますし、同時に法律の違反になると私は考えるのでありますが、いかがでありますか。
○佐藤(達)政府委員 先ほどのお言葉の裏の面になると思いますが、ただいまも仰せられました平衡交付金の方に、はつきり条文で規定すべきじやないかというお考え方であります。これはごもつともだと思いますけれども、しかし平衡交付金制度そのものの建前の問題になりますと、今御指摘の費用ばかりでなく、ほかの一般の費用についても露骨なひもつきの形はとつておりません。これはひもつきの形を平衡交付金に入れることが、平衡交付金制度そのものの根本の性格に私は関係があることと思いますから、その趣旨から、平衡交付金に取入れた以上、ひもつきの形は露骨に出さないということに論理はなると思います。ただ、今のお話のように、それじやこの平衡交付金に、御指摘のようなお金の問題を移すときに、なぜ平衡交付金の中にひもつきの形で移さなかつたかということは、ただいま申しましたような趣旨からいつて、おそらく平衡交付金制度の本質から、そういうひもつきの形はできなかつたかと思います。従つてこれは平衡交付金の方に移すときの政策問題であつたと思います。それは一応国会の御批判、御審議を経て平衡交付金に移したわけでありますから、そういう建前から言いますと、平衡交付金の方に露骨なひもつきの形を載せるべきじやなかつたか。しかし私は、率直に申し上げますけれども、先ほども触れましたように、むしろ食品衛生法とか、そつちの方の法律の手当を、理論的に考えれば考えるという趣旨のことではないか。その内容についての法律論は、先ほど申した通りであります。
○井手委員 ただいまの長官のお言葉を拡大解釈いたしますと、すべての法律について国庫がこれを負担するというすべての国庫負担のものを、かりに地方財政需要の単位費用に幾ばくなりともこれを組んでやる。単位費用に盛られておるとするならば、全部の国庫負担金というものは、それにまかしているということになるわけでありますが、その点はいかがでありますか。
○佐藤(達)政府委員 それは、平衡交付金制度の改正をして、それに組み込んだときの立法趣旨の問題になると思います。これらの経緯をたどつてみますと、立法趣旨は、今申しましたような趣旨でできておるようでありますし、その後の実際の運用におきましても、そういう解釈のもとに予算上の措置をとりまして、国会の御審議を経ておるということでございますから、法律解釈としては、政府のとつておる解釈も、国会のおとりになりました解釈も一致しておつたのじやないかというふうに申し上げるわけでございます。
○井手委員 平衡交付金の立法の趣旨は、お互いが承知しておりますように、先ほども申しましたように、戦後の地方財政を調整するという建前でございます。従つて一本で行く。そこで私どもが問題に考えますのは、単独法においては費用の二分の一を負担するという規定が明記されておる。ところが、単位費用から行きますと、二分の一にはならないという場合が非常に多いのであります。現在の平衡交付金の金額から行きますと、まず政府は総額を千億であるとか千二百億であるとか、そういうふうに初め押えておいて、それに合せて行くというやり方をされておる。従つて、かりにいろいろな単独法に規定されておる国庫の負担金をそれに織り込んだといたしましても、実際はその通りひもつきでやるといたしましても、実際は二分の一のものか三分の一になりあるいは四分の一になる場合口が非常に多いのであります。ひもつきになつてもそういう場合がある。またほとんどそれが多いと思う。そうなりますと、単独法においての二分の一を負担するという規定が曲げられて行く。それでは私は法律を忠実に執行し法律を履行したとは言えないと思うのであります。そういうことから考えると、私は、あくまでも、この単独法の国庫負担の規定というものは生きておる、そういうふうに解釈することが正しいのじやないかと考えるのであります。いかがですか。
○佐藤(達)政府委員 その御趣旨の点は、要するに、前決、後法の、いわゆる法学通論を論ずる理論の問題になると思うのであります。たとえば、たくさん例はあげておりませんけれども、民事訴訟法の中で恩給に対しては一部差押えを認めておるような形の条文があつて、その後にできた恩給法では差押えを全面的に禁止しておる。これは矛盾しておる法律が二つ並行して存在するという場合におきましては、民事訴訟法の一部は許されるようになつておりますけれども、後にできた恩給法の方が優先的に適用されて、全部差押えが禁止せられるという解釈が当然出て来るわけであります。そういう建前から申しますと、ただいまの平衡交付金に対する手当の問題と、今までにあつた食品衛生法との条文の関係は、前のものがあとのものにかわられるということに言わざるを得ないと思います。しかも、常識的に申しましても、平衡交付金で一応まかなうことにしておきながら、さらに多額の国庫補助が別に厳存するということは一応考えられないことでございますから、その点から行きましても、その結論は間違つてはいないというふうに言えると考えております。
○井手委員 私は前法、後法の関係はこれにはないと思う。従来のいろいろな単独法による国庫負担をすべて国庫負担金としての平衡交付金に吸収するものであるということが平衡交付金の法律に明記されておれば、それは言えるかもしれません。しかし平衡交付金の法律は地方財政を調整するのを目的としてされたものであります。いかにしてその金額をはじき出したかということについては、それぞれ人口とか道路とかいう単位費用を積み重ねてきめるのでありまして、それは一つの要素にすぎないのであります。いわゆる前法にある国庫負担の規定をこれに乗りかえるという前法、後法の関係は私はないと考えるのでありますが、それでもまだ関係があるとおつしやいますか。
○佐藤(達)政府委員 前法、後法のりくつは、これは立ち入つて考えますと二色にわけることができると思います。一つは、今おつしやるように、明文を置きまして、ちようど今度の法律案もそうですが、何とか法の規定にかかわらずということをはつきりうたつて、前の法を殺す、あるいは前の法律の一部を削除するとか改めてしまうとかいうのは、やはり前法、後法の働きで、あとの法律で前の法律を直すということができるという一部面だろうと思います。もう一つの部面としては、先ほど私は恩給法の例をあげましたけれども、そういう矛盾したと思われる法律がそのまま生きておる。それがちようど今御指摘の場面に適用される例になると思いますが、その場合にどつちに従つた方がいいのか、恩給法に従うか、民事訴訟法に従うか、矛盾があるようですが、民事訴訟法の規定にかかわらずと書いてあればいいのですが、その場合もやはり前法、後法の理論が入つて、後の法律の方を優先的にするというのがいいだろうと考えておるわけであります。
○川俣委員 ちよつと議事進行について。今井手委員と法制局長官の答弁を聞いておりますと、現に会計検査院が文理解釈をいたしまして月別検査をしておる方針と、大分食い違つておるような御答弁が出ております。現に会計検査院の報告書の申には、今御答弁になつたことと違つた審査報告が出て来ております。そこで会計検査院の院長をここへお呼び願いまして、この間の食い違いを調整いたしたいと思いますので、会計検査院の院長の出席を求めたいと思います。
○葉梨委員長 交渉いたすことといたします。
○井手委員 今まで長官といろいろ質疑応答して参りましたが、意見は根本的に違つておるようでありまするので、不満はありますけれども、この程度で交付金と単独法の関係については私の分は打切りたいと思います。ただ、私はこの際特に長官に申し上げたいことは、長官は、吉田内閣のもとにおいて、長い間法制局を担当された一番の権威者であると私は考えて敬意を表しておりますが、先ほどからの御答弁を聞きますると、厳固たる方針のもとに解釈され、また運用されねばならぬ法律を、ああも解釈し、こうも解釈されるような言葉をおつしやつていますので、非常にちぐはぐな、まちまちな考え方、答弁が多いようであります。これではどうも、私どもは日本の法制局に対して信頼しかねるものがある。特にこの交付金と単独法については、しばらくおくといたしましても、先日来問題になつております日本国有鉄道法の、あの毎年度予算でこれを定めるという解釈に至つては、このくらい私は結果から見てこじつけられた理論はないと考えるのであります。国有鉄道法によれば、明確に、国庫はこれを負担すると書いてある。何を負担するかといえば、共済組合法による共済組合の事務費全部を負担するということになつておる。その事務費の全額は毎年これを予算をもつて定めるということになつております。どういうふうに人が解釈しようと、はつきり予算に出して、国庫がこれを負担することが正しいことである。それを毎年度予算に定めようと定めまいと、予算に組もうと組むまいと政府のかつてである、いわゆる毎年度予算でこれを定めるということが本来であつて、国庫がこれを負担するということは従来の立場であるという御答弁は、これは一国の法制局長官がおつしやる言葉ではないと私は考えるのであります。その点についてとくと御研究をお願いいたしたい。これはまた別の機会を持ちたいと考えますが、本日は、私は、毎年度予算をもつてこれを定めるという解釈をはつきりと聞いて、それで私の分の質問を打切りたいと考えております。
○佐藤(達)政府委員 いろいろありがたいお言葉をちようだいしたわけでございますが、今御指摘の毎年度予算の問題は、私が独断で編み出した結論ではございません。二、三の部外の人の意見も聞いております。その結果として、毎年度予算をもつてこれを定めるというこの条文自体の解釈は、私の申し上げたのは間違つてないという確信を実は得ておるわけであります。この間もちよつと例に申し上げましたように、国会法で、議員の方々の退職金については別に定めると書いてあつて、そうしてちつともその別の定めができておりません。依然としてまだ退職金の制度というものがないわけであります。これをもしも定めなければならぬものであるということならば、またそこに同じような問題が私はあると思いますから、その点は自信を持つております。ただ率直に申しますと、私はむしろその問題よりも、国鉄法の第五十八条の組合法に掲げる費用を負担するという条文と、今御指摘になつた共済組合法との条文の関係の方が、率直に言えばあるいは疑問になり得る問題だと思いますが、これも先般来申し上げましたように、この五十八条というのは、前の五十七条の条文で全面的に準用をして読みかえをし残しておる部分の補足的な手当として、この五十八条ができておるのであるから、共済組合法に打勝つだけの趣旨をもつて書かれたものであるとはどうしても読めません。従つて先般来の結論は少しも間違つておらないと私は考えております。しかしこれはまた御批判は別でございますから、国会の御批判は国会の御批判としてあるわけでありますから、それを押しつける気持はございません。私はそう思つております。
○井手委員 私はこれを総じまいにして終りたいと考えております。もうくどくなりますけれども、国有鉄道法には、五十八条に、国庫は共済組合法第六十九条第一項第三号に掲げる費用を負担すると書いてある。これはもうはつきり負担すべき義務規定になつております。その共済組合法の第一項第三号には、「組合の事務に要する費用の金額」というふうにはつきりうたつてある。これはいかなる場合でも負担しなければならないことになる。そこで、この第三号というのが骨であるが、しかしせつかく国がその費用を負担するという場合に、予算に盛らなくては効果がありませんので、そういう意味で、いわゆる事務に要する費用の金額を生かす意味において、前三号の規定するころに従つて、国が毎年度予算をもつてこれを定めるということになつておるのであります、百万円であるか一千万円であるかわからない、そういうことでは国庫負担の義務が生きないので、そういう意味からこれを生かすために、毎年度予算でこれを定める、こういうふうに解釈することが私は正しいとあくまでも信じております。しかしそうでないとおつしやいますので、これ以上申し上げません。これはあるいは行政訴訟その他によつて解釈するとか、また別の機会に申し上げることもあろうかと存じまするが、私は、この解釈については、あるいはあなたは権威者であるかもしれませんけれども、私は、私の方の解釈が正しいということをこの際申し上げて、法制局長官に対する質問を終りたいと思います。
○葉梨委員長 文部大臣がお見えになつておりますので、この際文部省関係の質疑を許すことといたします。 その前に、まず関係条文について、大蔵省主計局総務課長から、一応の補足説明を聴取いたしたいと思います。
○佐藤(一)政府委員 それでは、私から、文部関係の今回提案になりましたことにつきまして、ごく簡単に御説明申し上げます。 最初の公立高等学校定時制課程職員費国庫補助法、これに関する特例でございますが、公立高等学校で定時制の課程のみを置くものの校長と、それから主としてその定時制の課程の授業を担任するいわゆる教職員でございますが、これの給与に関する経費は、従来予算の定めるところに従いまして国庫がその十分の四を補助することになつておるという規定がございますが、この規定は、実のところを申し上げますと、いわゆる平衡交付金に従来からも計上せられておりまして、将来もこれが活用されて行くという見込みもございませんので、この際これを停止したい、こう思つておるわけであります。 それから、その次の社会教育法、これは、御承知の公民館を市町村に設置いたしますが、その公民館を設置いたしました際に、予算の定めるところに従いまして、その運営に要する経費の補助というものを行うごとになつておるのでありますが、当初に御説明を申し上げましたように、今回の補助金の整理におきましては、維持運営に関する経費の補助はできるだけこれを地方の一般財源に移す、こういう方針にいたしましたので、今回は、維持運営に関する経費については、これを極力地方にまわすことにいたしまして、そのかわりに、公民館の施設設備に要しますものは、これは奨励的な意味におきまして初歩的なものでございますから、それの補助をなす、こういうふうな規定にかえたい、こういう趣旨でございます。 これは、その次の図書館法におきまして、公民館と同様でございまして、従来のいわゆる運営費、維持費、こういうものに対する補助を、むしろ施設や設備、図書の購入あるいは設備をいたすという場合の経費の補助をするというふうに振りかえて行つた方が補助としても適当であろう、こういう内容になつております。 それから、一つ飛びました博物館についても、同様の趣旨で、同じような改正をいたしております。 それから、産業教育振興法でございますが、これにつきましては、従来産業教育関係の教科書、すなわち理科の教科書等の発行につきましては、経費が少しかかるというので、いわゆる教科書を発行する者に対して補助をいたしておるわけであります。これにつきましては、全体の中の一部分の問題でございまして、いわゆる民間の補助というものは極力整理をして参りたいという考え方から、今般これを停止したい、こういうわけであります。 それから、博物館法は、先ほど申し上げたように公民館と同じ思想であります。 それから、従来、新たに小学校の一年に入学いたしました児童に対して、いわゆる算数、国語の教科書を無償配付するという制度がございました。御承知のようにこれには五億ほど予算を使つておるわけでございますが、いわゆる無償の原則というものがこういう非常に糊塗的な形で現われておると思うのであります。これにつきましては、むしろ、現状におきましては、一方に生活保護を要する児童については生活保護法による規定がございまして、教科書等の購入について国が十分補助し得る仕組みになつております。そういうものについては、算数や国語という限られたものでなく、もつと全体の教科書についての補助ができるようになつております。今般補助金等を整理いたします際に、いわゆる負担力のある者に対しても無償で出す、相当の予算をそのために食つておる、こういう関係もございますので、ほかとのバランス等も考えて、これの整理をいたしたわけであります。 大体以上であります。
○葉梨委員長 吉川久衛君。
○吉川(久)委員 私は、同僚議員諸君が相当論議を進められて参つておりますので、なるべく重複を避けまして、本案について若干の質疑をいたしたいと思います。 大臣が見えたり見えなかつたりいたしまして、ほんとうならば全部そろつたところで一貫してお尋ねをしたいのでございますが、この特別委員会は、特別に軽視されたのか、そういうような運びになつていないことは、はなはだ遺憾でございます。 そこで、文部大臣が先ほどからお待ちのようでございますから、文部大臣にお尋ねをいたします。本案について文部省関係の条項を見ますると、特に社会教育等についてまことに冷淡な考え方をもつて措置されておりますけれども、国家の基本をなすものは教育であるということは、文部大臣も十分御承知のことと思います。文教関係の予算というものが、今日までを通じて見まして、きわめて私は軽い取扱いを受けていたのではないかと思います。その上に、文部省当局の教育に対する施策というものの実施にあたつて、私は非常に欠くるところがあつたのではないかと思う。その一つの現われが日教組のあのような活動となり、しかもそれを取締ることもできないで、とうとうここまで来て、そうして法律をもつて教職員をひつくくらなければならないというような悲しむべき事態に持ち込んだということは、私は文教の府にある文部大臣として一体どういう教育についてのお考え方を持つておりますのか、まずその根本的な考え方を承つておきたいと思います。
○大達国務大臣 御承知の通り、戦後におきましては従来のわが国の教育制度というものが根本的にかわりまして、いわゆる民主的な運営ということを基調として、教育委員会制度によつて学校教育の面は運営される、かようなことになつて参りました。従つて文部省といたしましては、学校の教育がよく行われるような、あるいは予算の措置を講ずるとか、そういう物質的にも精神的にも教育の環境を整備充実するということにどうしても重点を置いて、直接学校の運営については、法律に定めてありまする全般的な教科内容の充実というような点を除きましては、行政面において、学校の運営に対して直接な指揮監督といいますか、強い拘束カのある発言権というものはなくなつておるわけであります。これは、教育委員会というものが、わが国においてはまつたく今まで聞いたこともないほどの変革でありますので、しかもその運営に当る教育委員会の委員の人々は、民衆の側から直接選挙によつて出て来た人々でありまして、従つて事務的に行政的に十分慣熟しておらぬという関係も当然考えられるのであります。さような関係から、これが今日においていまだなお正常な軌道に上つておるということが言えない面があると存じます。御承知の通り、さような場合に際して、戦後における国全体の窮乏ないしいろいろな影響から来た思想的、社会的の混乱、こういうことがやはりいろいろの作用——これは私はひとり教育の面だけではないと思いますが、全般的にそういう敗戦によるところの窮乏と混乱というものが、いろいろな形において社会の相として現われて来ておると思うのでありますが、教育の面におきましても、かような影響から免れることはできなかつた、こういうふうに存ずるのであります。今後、私どもとしましては、とにかく民主的運営の基調である教育委員会制度というものを育てたい、そして文部省当局は、いわゆる指導、助言という関係において、これとできるだけ緊密に連絡をして、戦後の新しい日本の教育制度を育てて参りたい、かように考えておる次第であります。
○吉川(久)委員 戦後民主的な運営をするようになつた、従つて民主的な運営を期待し、しかも教育委員の活動に期待をするということをおつしやつたのでございますが、はき違えたところの民主主義をもつて行き過ぎの行動をとつておる者に対して、拘束力を持たないところの指導をなさずとも、啓蒙をするような指導が今日まで行われたかつたのではないかという点を、私は遺憾に思うのです。山口日記に驚いて初めて次官通牒が出るというようなわけで、教員組合等の行き過ぎについて今日まで文部省が何らの手を打つていないというようなことは、私はこの教育の問題については怠慢ではなかつたかということを痛感しているのです。今後、こういう点については、もつとよりどころがあるところの、たとえば学校教育法とか教育基本法とかあるいは人事院の規則等がありますので、そ運用の全きを得るならば、教育二法案のごときああいう悪法を出されなくとも、教員たるものは、一応話せばもののわかる階層であると私は信じておりますが、そういうものにほんとうに反省の機会を与えるような手を文部省は今日まで打つたことがあるのかないのか。私はなかつたと思うのですが、今後、ああいう法律でなくて、何か私は手の打ち万があると思うのです。たとえて申しますと、私の郷里の長野県におきましては、数年前までは、私のことを保守反動と言いまして、長野県の教員組合の諸君は絶対に私を支持しなかつたのです。ところが、非常に行き過ぎまして、校長等が選挙違反に問われて首になつた連中もあるのです。後に県会議員になつたり村長になつたりした諸君もありますが、その行き過ぎで反省をいたしまして、文部大臣御案内の通りの今日の長野県の県教組になつているわけでございます。だから、自然に反省をして、みずからの自覚によつて正常な状態に立ちもどつて来ることを期待しなければならない。またそういうことが期待できるような努力を文部省が怠つて法律でくくるというようなことは、私は適当でないと思うのでございますが、しかし、ああいう法案を出した以上、一応文部大臣としてはこれの通過を期待されるでございましようが、その後の文部委会その他における論議等において、あなたは、これはどうも行き過ぎであつた、これの通過は今は大して期待をしていない、できることならば今後文部省がひとつ奮発をして、長野県の教組のように、全国の教員組合の反省を促し、そして正常な状態に立ち直るようにしたいというお考えにただいまなつておられますかどうか、その辺をお尋ねいたします。
○大達国務大臣 従来、文部省がさような事情を知りながら手をこまねいていた、あるいは少くとも怠慢であつた。これはいろいろ御批判あることでありますから、それぞれの批判にまかせるほかはありませんが、文部省としては、少くとも事情を承知しなから手をこまれいておつたということはないと思つておるのであります。これはごく法律的な話になりまして恐縮でありますが、学校の教育面に、教育の内容について、規定の上で文部省でタッチしますおもなものは、教育内容としていわゆる指導要領というものをつくつて、教育が片寄つては因るというようなことを書いて、これを教育委員会、各学校等に流しておりまして、この点は特に留意しておるのであります。たださような点が事実上なかなか徹底をしておらぬ。この徹底をさせることにて、いろいろ御批判もあると思いますが、これは今後とも文部省としましては、その趣旨の徹底方をはかつて参りたいと思つております。長野県には信濃教育会というような、従来の伝統のある歴史を持つた健全な組織の団体もありますし、いろいろな関係から、いわゆる偏向教育というものもほとんどないと言われておることは、まことにけつこうだと思います。ただこれは御存じの通りでありますが、ごく率直に申し上げますと、日教組というものを一つの思想的に利用しようとするものがあるやに、私どもは思つております。また日教組も、やはりそういう線で動いておるのじやないかという点が看取できるのであります。でありますから、これが一種の思想団体であり、あるいはまた政治的な団体という実質を持つておつて、特定な目標、意図を持つて、日本の教育の場にその影響を与えようとしておるということも、ほぼ考え得ることであります。従つて、ただ反省を促すとか、先生方の自重を促して、これで行けれは一番いいことなんでありますが、なかなかそう簡単な事態ではないと私どもは思つております。今回の二法案というものも、さような事態の認識に立つて、これをこのまま放置することはできない、かような考え方から提案をいたしたのでまして、いろいろ熱心に御論議をいただいておるのでありますが、私どもは初めからさように思い、また院内における御議論等につきましても、やはりこの法律案はどうしてもひとつ通していただきたい、この際ぜひ成立さしていただきたい、かように考えておりまして、撤回する意思は絶対にありませんから、御了承願いたいと思います。
○葉梨委員長 質疑はなるべく本案の範囲内においてなされるようにお願いいたします。
○吉川(久)委員 実は、私は文部大臣に恨みごとを言いたかつたのです。と申しますのは、きよう私は正午から、党の中央常任委員会で、教育二法案に対する党の態度を決定しなければならない。そこで、この特別委員会は私にもう順番だからやらなければいかぬと言い申すが、ほんとうはやりたくないのです。これは午後ゆつくりやらしてくれることを委員長がお許しくださるならば、私は、本筋を若干はずれた質疑はこの際遠慮すべきことであると思うのですけれども、少し恨みごとの意味で言つたわけです。どうです、委員長、午後でいいですか。
○葉梨委員長 御継続願います。
○吉川(久)委員 改進党の党の態度は重大な影響を持ち崩すから、それでは残つたところは午後にまわすということで、本筋だけ簡単にお尋ねします。 アメリカの占領政策において、わが国の現状に適さないものが相当あつたと思います。ちようど私が満州へ参りまして、満州国で日本の島国的な主観でもつてやりまして、今顧みて恥ずるものがあります。ちようどアメリカの連中が、あの大陸的な主観をもつて、この島国の連中に押しつけようとしているのに似ているものを私は感ずるのです。従つて日本には必ずしも適切なものばかりでなかつたと思います。むしろ適切でないものが多かつたであろうと思いますが、中には見るべきものも若干あつたと私は思います。その一つとして、社会教育の問題でございます。社会教育の問題が強く戦後取上げられるに至つたことは、学校教育と相まつて、いわめて重要な事項でございますので、この点は私は認むるにやぶさかではございませんが、それがどうやら軌道に乗りかけて来たときに今回社会教育法に基くところの諾施策に対してこれを打切る、もしくは削減するというような、こういう予算的な措置を見ますると、一体この社会教育というものを今後どうなさるおつもりなのか、あるいは地方のみずからの力に期待されると言われるでございましようが、今日の地方財政の状況から考えまして、このような措置をとられるということは、私はせつかくの占領政策のうちの、たつた一、二のこのプラスの面を捨てることは忍びないのでございますか、この問題にについて、文部大臣は、これは暫定的な措置であるからやむを得ないというのでございますか。それとも、主張したけれども、大蔵省の圧力に耐えかねてやむを得ずこうなつてしまつたというのでございまし上うか。その辺のいきさつと、今後の社会教育に対する所見を御披瀝を願いたい。
○大達国務大臣 社会教育の重要なことについてのお話は私もまつたく同感であります。ことに戦後非常に混乱をしておりますから、またその間における青少年の動き等から考えて、少くとも当面の関係から申し上げると、私は、今日社会教育のきわめて重要である点は、学校教育と比べても、まさるとも劣らないものである、かように考えております。ただ従来、御承知のように、社会教育に関する政府の施設というものは、きわめて貧弱であるというよりは、むしろほとんど一定の型もできておらぬ、というようなものか多いのでございまして。従つて、この予算になると、どうしても学校教育の方は、かつちり筋が通つておりますから、経費を減らすといつても減らす余地はほとんどない。また子供がどんどんふえますから、これも自然に数学的に必要に応じてふえて来る。ところが、そこへ行くと、社会教育の方はそれほど社会的に——法律的にはともかくとして実質的にかつちりしたものでありませんから、どうしても緊緒予算というような場合には、よけいなたが振われるという結果になることは、まことにやむを得ない。ただ、社会教育は、まだようやくいろいろな施設が、種をまいて、ようやく芽がふいたくらいのところでありますから、これは少額であつて大したことはなかろうということで、芽のうちにみなつみとられてしまつては、元も子もなくなる。これから発展すべき施策でありますから、ぜひとも社会教育に関する政府の施策というものは強力に進めて行かなければならない、しかもある程度急速にしなければならない問題であろう、かように私は考えております。ただ緊縮予算でありまして、さような点から、社会教育の方面に、同じ文部省予算といたしましても、そこに自然削減——大蔵省の考え方としてもそこに削減の余地が出て来ておるという関係から、二十九年度予算としては、ほかの方から見ると、比較的に社会教育の面でマイナスになつておる。これは御指摘の通りであります。これは、私どもとしては、最後まで実はお願いしてこの程度にまけてもらつたのであります。これは今後財政事情の許す限り——むろんこれでは足りないのであります。これはいわばようやく芽かはえかかつたようなものでありますから、これを芽のうちになくしてしまつたのではどうにもならぬと思つておりますから、今後ともこの点は極力努力したい、かように思つております。
○吉川(久)委員 閣僚中において最も有力な文部大臣がまけてしまつたということは、まことに私は残念に思います。それから、教育委員会に非常に期待をかけておられるようでございますが、教育委員会の予算というものが非常に貧弱で、人的にも、農村においては各種の議員あるいは委員、いろいろの役職についておるところに、突如として教育委員会制度というものが下まで流されたので、適当な人を得ていないということと、かりに人を得ても、財政的な措置が施されていないということで、まつたく有名無実の状態にありますので、この委員会の制度については、二十九年度の予算でもまことに見るべきものはないのでございますが、今後これについてどういうようにおやりになりますか。その点をお答えいただきまして、文部大臣に対する質疑は打切つておきますが、文部省の政務次官以下の方については、なお若干技術的な問題等について質疑を保留いたします。
○大達国務大臣 教育委員会のことでありますが、これは初めての制度でありまして、極端にいうと、どういうふうに一体運営していいものか、委員の方々もまだよくおわかりにならない、そこへ持つて来て、何しろ小さい村でも町でもみんなそれぞれその狭い区域で教育委員会というものが運営されておりますから、さようなことから財政的にも非常に行き詰まりを生ずる、また国のこれに対しての財政措置というものもきわめて不十分である、かような点から、有名無実と言つては、少しそこまでは行つておらないと思いますけれども、しかしとにかくいろいろな点で批判がある。これは、町村合併というようなことが今日強力に推進されておるようでありますが、そういうことでもできれば、よほど小さい村で無理に委員を置いておくというようなこともおいおいなくなろうかと思いますけれども、とにかく教育委員会制度というものを今さような関係でやめてしまつた方がいいじやないかということは、御承知のように、社会党の諸君だけでもなしに、自由党でも改進党でもほとんどそういう意見が非常にある。しかしこれは、私どもから言えば、発足早々予算もろくにあてがわないで、これをだめだと言つてしまうのもずいぶん早計な話じやないか、もう少し実際の功罪を見た上できめるべきじゃないか、とにかく法律ができて、しかもこれはどうでもいい法律じゃないので、戦後の日本の教育機構の根本の機構でありますから、これはとにかくできるだけこれを育成して行くだけの措置を講じて行かなければならぬ、かように私どもは考えておるのでありまして、ただ、ちようど緊縮予算の際でもありますから、そうでなくてもやめてしまえというような声が朝野にあるものですから、さようなことで、予算の上からいつても私どもとしてもまことに不満足な程度にがまんせざるを得なかつたわけでありますか、これは私どもとしては常に育成して行かなければならぬ、これか育成されて行くことが、日本の教育が民主的に運営され、また健全な軌道に乗る基礎になるものであると考えておりますので、その点ははつきりさような考えを持つているということを申し上げます。
○吉川(久)委員 文部大臣の御意向はよくわかりましたが、こういうものは地方財政の現状から考えまして、やるならば十分にやる、やらないならばやめてしまう、こういうものこそ、はつきりけじめをつけるべきだと思うのです。中途半端にして置くことは、弊害のみ多くして利益には少しもならないと思いますので、今後この点について十分ひとつ御配慮をお願いしたい。
○川俣委員 二、二点文部大臣にお尋ねしておきたいと思います。第一点は、第六条に、新たに入学する児童に対する教科書用図書の給与に関する法律を当分の間執行停止するということがうたわれておりますことは御承知の通りであります。問題は、まだ幼い児童、しかも新しく児童する児童でありますが、文部大臣といたしまして、二十七年度に法律ができまして、二十八年の入学生だけこの恩典に浴して、二十九年度の児童はこの恩典に浴さないということは、幼い児童に与える影響は非常に甚大なものがあるというふうにお考えにならないかどうか。子供というものは、自分の子供でありましても、大体に公平に育つて参らなければなかなか育てにくいものであるということは、大臣みずから御経験があるだろうと思う。従いまして、二十八年の児童だけが国の恩恵に浴し、二十九年は浴しないのだ、またいつかなつたら浴するのだというようなことでは、文部大臣は教育の一貫性を説いておられながら、みずから破るものであるというふうに相当苦慮いたしておらなければならないはずだと思いますが、この点に関する所見を伺いたいと思います。
○大達国務大臣 これは、先ほど御説明がありましたように、約五億円くらいの経費が必要であります。そこで、緊縮の際、これもやむを得ず削除するということになりました。その結果、この法律案でこれの施行を一時適用しないことにしようというのであります。お話の通りこれが継続することは希果すべきことでありますけれども、右様の次第でそうなつた。ただこれは算数と国語だけであるし、それからそのときだけで、上級に行くときはそういうことはなく、一種の入学のプレゼント、お祝いと、いう形でありまして、まことに温情のある措置でありますけれども、政策としては不徹底な感もある。それからもう一つは、金持の子でも貧しい家の子でも、これはプレゼントとして一様に行われておる。この点からも、生活保護法で貧しい子供には一応その手当ができておるわけですし、かたがたまことに遺憾なからこれはとりやめにするということになつたのであります。
○川俣委員 どうも説明が不徹底だと思うのです。貧富の差があるから、気の毒な家庭にはこれを残すというならまだその趣旨はわかると思うのです。その政策もあり得ないことはないと思う。それなら初めからそういう趣旨にこれは立法化されなければならなかつたと思う。またそういう趣旨を貫こうとするならば、そのような改正の必要もあつたろうと思う。プレゼント、恩恵であることはその通りです。しかし、その恩恵というものは、二十八年度の入学生だけに特に与えるということは慎まなければならないことではいか。二十八年度には与えて、二十九年度には与えない、そういうことは文部行政の 貫性からいつて厳に慎まなければならないのではないか。そういうふうに厚薄があつてはならないというのが教育の基本でなければならない。それを金額にして五億円だと言われますが、これが精神的に与える影響はきわめて大きい。こういう政府の恩恵を厚薄にするような教育をいたしまするならば、その精神的の影響をとり返すまでに容易ならぬ経費を要さなければならないと思う。この点もう一度はつきりと御答弁願いたい。
○大達国務大臣 ただいま申し上げましたように、これはこういう経費が不必要であるという意味でこういう法案が出たわけではありません。緊縮の際、まずこの辺はがまんするのはやむを得なかろう、こういう考え方から出発しておるのであります。ただいま申し上げましたように、貧困な家庭の児童に対しましては、それが生活保護を受けておる家庭につきましては、生活保護法で教育扶助というものを手当してあるのであります。決して望ましいことと考えておるわけではありませんが、まずやむを得ずこういうことに暫定的にはせざるを得なかつた、こういうわけであります。
○川俣委員 やむを得ずと言われまするけれども、こういう子供に紅白をつけるようなことはいけない、全体の予算の上からどうしても必要だということを、基本的に文部省から要求されてしかるべきじやないかと思うのです。これは、子供にしても家庭にいたしましても、わずか一冊の本が、どうして去年はくれられて、ことしはくれられないのかという気持が起つて来る。これは国全体としては五億でありますが、一家庭としてにわずかなものであります。これかどうして去年与えられて、ことしは与えられないのかというのは、当然起つて来る国民的感情だと思うのです。この国民的感情を無視して教育行政なんというのは行われないのです。そこでこれは「当分の間、その施行を停止する。」というのなら、大臣は何年くらいのつもりでありますか。ことし一年限りでありますか。
○大達国務大臣 「当分の間」ということは、財政事情かまた許す時期が来れば、元通りにプレゼントとして子供に無償交付する、こういう気持があるわけであります。
○川俣委員 今私は文部大臣に法律解釈を聞こうと思わないのです。「当分の間」は当分の間にきまつている。そのことをお聞きしているのはないのです。ここは小学校じやないのですから……。その言葉を聞いているのではない。文部省としては一年くらいでやめてもらいたいと思つているか、二年くらいでやめてもらいたいと思つているか、その方針を聞きたい。
○大達国務大臣 文部省としてはできるだけ早く教科書無償交付を復活したいと思います。しかしもともとこの起りが財政事情から来ているのでありますから、これは文部省だけできめてしまうわけには行かないが、できるだけ復活するように希望しております。
○川俣委員 ここで私がお尋ねしているのは——国の財政ということはもちろん必要ですよ。これを考えないで国の政策は立ちませんからね。しかしなから、全体の予算から見まして、入学する児童に対する一冊の本という考え方が出て来るのです。この本が与えられないほど今の政治が貧窮であるかという思想がわいて来たならば、これはたいへんじやないか。それをおそれておる。あなたは、国全体の予算からこれは犠牲になつてくれと言うが、犠牲にするならば、今度新しく入学する児童などを犠牲にしなくても、もつと大きなところで犠牲にするところがあるはずだ。その意味において、文部省は、この教育行政を一貫して立てるということになりますならは、もう少し強く主張されなければならぬじやないか。他に削るところがあるではないかという強い主張をなぜなさらないのか。あなたは、ほかの方面だとか教育二法案に対しては、非常に熱意をもつて何かやつておられるようです。私はそれとこれとは違わないほどの熱意を持たなければならぬと思うのです。どうも文部大臣は少し見当違いをしておられはせぬかというような気がするのですが、どうですか。
○大達国務大臣 御意見は御意見として拝聴するほかはありません。なるほど一兆億という大きな金の中であるから、五億くらいはどうにでもなるというふうにお考えになるかもしらぬが、この五億というの実はなかなかたいへんな金であります。そこで、文部省予算の中で、これを復活して、ほかにそれにかわつてやめてしまつてもいいというものは、私どもとしてはないつもりでおります。
○川俣委員 国家財政の上から所々に大蔵省が大なたを振わなければならぬことはよくわかる。それを否定しようとは思わない。しかし、か弱い新しく入学する児童を対象にされるということは、あまりにむごたらしいとお考えにならないかどうか。この点なんです。われわれに少しぐらい耐乏生活をせよと言われることは承知しますよ。しかし、新しく入つて来る児童にそんなむごたらしいことをしなければならないほど、日本は貧弱な教育行政かということなんです。この点なんです。どうですか。
○大達国務大臣 私はそう無情残酷に考えているわけではないので、ただいま申し上げるように、これがどの程度の影響を及ぼすかということは、これは人によつて考え方が違いましよう。川俣さんのお考えはよく拝聴いたしましたが、先ほど申し上げるように、これをそうするのがいいということで、無情冷酷な気持でこれをやめてしまつた、そういうことでは決してないのでありますから、了承を願います。
○川俣委員 続いてちよつとお尋ねしておきます。これはこの際大蔵省にお尋ねしておきたいのです。同じ補助金の問題について、この法案に、博物館であるとか図書館というようなものについては、「予算の範囲内において、左に掲げる経費について、その一部を補助することができる。」となつておりまして、三項で「前項の経費の範囲その他補助金の交付に関し必要な事項は、政令で定める。」ということで、補助金の立て方としては一応体裁ができているのです。ところが、他のことになりますると、補助金の規定でこれを抜いているというのが多々あります。ところが一様に補助の削減をいたしておることについては、後ほど大蔵大臣から御答弁をいただきたいと思いますので、文部省に関する質問はこの程度で保留をいたしておきまして、後ほど大蔵大臣から御答弁を願いたいと思います。
○葉梨委員長 松平忠久君。
○松平委員 文部大臣にお尋ねいたしたいと思います。第四条に産業教育振興法というのがありますが、これも「当分の間、適用しない。」ということになつております。これは、御承知のように、日本の産業教育が衰えているというのでこの立法が行われたのでありますが、この規定はもともと任意規定であつて、「補助することができる。」というのですから、金がなければ補助しなくてもいいわけです。それを「当分の間、適用しない。」というようなよけいなことをしなくてもかまわぬじやないかと思うのですが、まずこの点をお伺いしたいと思います。
○大達国務大臣 当分の間補助することができるという法律でありますが、当分の間補助しないということなんです。
○松平委員 言葉のやりとりでありますが、「補助することかで、きる。」いうのですから、したくなければ何もしないでいいわけで、それをあらためて「しない」というふうに書かなくてもいいのじやないか、こういうのが私どもの考えですが、そこはどういうわけで改められたか。
○大達国務大臣 法律をそのまま残しておいて、補助してもよし、補助しなくてもよろしいというのを、補助しないということにきめたのであります。
○松平委員 その点は追究いたしませんが、次にお伺いたしたいと思いますのは、全般的に公民館とか図書館とかに対するごくささいな補助金を削る、そのための所要の改正をここに書か二てあるというわけでございますけれども、大体日本の教育は大学教育から小中学校に至るまで研究費とかいうようなものが非常に少いのじやないか。俸給等も少い。ことに大学あたりは思想的に非常に左翼の人が多い。それから大臣が最もきらいだと言われる日教組一つとつてみても、左翼にきまつている。しかしそういう左翼というものと研究費の不十分とか待遇の悪いとかいうことが、日本においてはやはり非常に関連を持つているのじやなかと思つているのです。そこでできるだけ研究関係の費用というものは削らずに、研究費その他も十分やつて十分な研究をさしておく。そうしていわゆる赤の温床というか、そういうものをつくらないということが国家全体として必要である。ことに日本の今日のような状況におきましては、それが非常に必要ではないかと思うのであります。そういうことを念頭に入れ、ずにやりますと、かえつて逆効果が現われて来る。先ほど川俣委員からも御意見がありましたけれども、小さい児童でありますからそこまでは考えないにしても、親の方がそういう考えを持つに至るということを私どもは非常におそれておるのでありますけれども、そういう研究費その他を削るということと思想の悪化というようなことについて、大臣は一体どういうふうに考えておられるのか。
○大達国務大臣 研究費ということでありますが、国正学校の学問の研究費というものについては何も削つてありません。むしろ増額計上してあります。
○松平委員 私は研究費等と言つておるわけでありまして、この公民館の費用あるいは図書館の補助というようなものもやはり同じ考えなんです。だから、そうしやくし定規に解釈なされずに、私の言うことをすなおに取入れて答弁願いたい。
○大達国務大臣 予算としては学問の研究の費用とこういうものとは区別しておるものですから、先ほどのような答弁を申し上げたのです。お説の通り、今日は社会的に見て思想が混乱しております。しかし、文部省が、思想とはかくのごとき方向に向え、こういうことを差示して青少年を指導すべきものではない、こういうふうに私は思つております。結局これは、社会一般の教養か高まりその良識が回復されるということが前提になつて、いわゆる健全な思想というものがそこに芽ばえて来る、また青少年の動きも堅実になつて来る、かように思つております。そこで、この図書館とか公民館とか、つまりこういうものが一般の社会的な教養を高め良識を深めて行くという政府の施策としてとるべきことである、かように考えておりますから、この図書館の費用とか公民館の費用というものは、先ほどもちよつと申し上げましたが、社会教育の面においてはきわめて重大なものである、こういうふうに思つております。決してこれを減らしたいとは思つておらない。できるだけ今後とも充実させて参りたい、かように思つております。
○松平委員 国の法律でこういうふうに減らすという場合において、むろんこれを地方公共団体独自の立場においてやることにおいてはさしつかえない、こういうことなんでしよう。減らしたのを、今度は公共団体が、自分の立場において、公民館に補助するとか図書館に補助するとかいうことはさしつかえないのですね。 そこで、この際ちよつとお尋ねしたいのですが、こういう図書館の補助金の復活であるとか、あるいは特定の条例というものを県につくつてもらうという場合におきまして、教員がそういう条例を制定してもらうという運動をして行く場合において、たとえば署名運動をやつて行くとか、その運動をするために会費を出すということは、今度提案されました法律によりますと、三年以下の懲役または十万円以下の罰金に処せられることになつておるのであります。一体それはどういうわけですか、どうもおかしいのです。
○大達国務大臣 あの法律案については、松平委員も文部委員でいろいろ御審議いただいておりますが、どうもいつまでたつても誤解が解けない。ただいまのような場合には絶対に罰則の対象にはなりません。
○松平委員 ここは文部委員会でありませんから詳しくはやりませんけれども、ただ一点お聞きしたいと思うのは、大臣はそう言つておりますけれども、人事院規則によりますと、そういう条例を制定する運動を教員がするという場合においては、その運動の仕方が、かりに署名運動をしたり、あるいは会費を出したりすれば、罰則か適用されるようになつているのじやありませんか。あなたがいくら言つたつて、法律にそう書いてある。
○大達国務大臣 人事院規則の解釈の問題になりましたが、私の承知するところでは、なるほど条例の制定を要求することを目的とするということは、人事院規則の上におけるいわゆる政治的目的といううちに入つております。しかしその政治的目的をもつてする行為が一切罰則に触れるというものではない。その政治的目的をもつて人事院規則に掲げてある特定の政治行動をする場合に、この目的と行動と両方がそろつて初めて罰則の適用があるのであつて、その目的があるだけでは何もひつかからない。
○松平委員 その通りですが、著名ということと会費を出すということは政治的行為なんです。それが禁止されているのです。その人事院規則をよくお読みになつてください。
○大達国務大臣 署名したとか署名に参加したということだけでは、人事院規則には牴触いたしません。署名運動を主宰するとか、積極的に企画をするとか、積極的に参加するとかいう場合か抵触するのであります。 〔「そのための会費はどうですか」と呼ぶ者あり〕
○葉梨委員長 私語を禁じます。本法案の範囲内だけにおける問答にとどめて、文部委員会に属する部分は文部委員会においておやりくださるようにお願いいたします。
○大達国務大臣 私は、きようはこの委員会には人事院規則はいらぬだろうと思つて、持つて来なかつたのですが、私もどうも覚えが悪いですから人事院規則をそらんじておりません。そこで、それかために金品を集めるとか、そういう運動方法をしてはいけないことになつていると記憶しております。
○葉梨委員長 この際、運輸大臣が出席しておりますので、先般来井手委員より留保せられております運輸大臣に対しまする質疑を行つていただきたいと思います。井手以誠君。
○井手委員 運輸大臣に一点だけお尋ねいたしたいと思います。補助金等の臨時特例等に関する法律案の中の第一十一条にありまする日本開発銀行に対する利子補給契約の停止のことでございます。この点につきまして当局よりいろいろと説明を承りましたけれども、開発銀行に対する三億円近くの利子がまだ現実に交付されていないことが判明いたしたのであのます。私もこの席で造船疑獄に関していろいろとは申しません。あれほど天下の耳目を衝動さしたこの疑惑の利子補給ではあるが、あるいは外航船舶建造に必要があるため、あるいは海運日本を再建するために利子補給の必要があるという説は私も一応わかるのでございます。しかし新聞に報ぜられているようなあの臭気ふんぷんたる造船の問題がある中に利子補給を強行されるということについては、よほど慎重に取扱わねばならぬ事柄ではないかと考えるものであります。幸い利子は支払つてない——すべてやめてしまえとは私は申しませんけれども、問題が解決するまで、国民の血統をもつてするこの利子補給は停止しておく必要がこの際あるのではないか。法律に定められているからとか、あるいは外航船舶建造が必要であるとかいうたけでは済まされないものであろうと私は考えるのであります。特に開発銀行においては昨年十月金利引下げの措置が講せられてあるし、今後は政府より利子補給を受けなくとも、開発銀行自体において金利引下げの措置を講ずる。すなわち船会社に対しましては、その差額の支払い延期をやらせよう。おそらく今後海運が活発になることはちよつと予想されません。そうなりますと、相当期間開発銀行が自主的に金利引下げをやると同じような措置がなされるのであります。そういうことを考えて参りますと、造船疑獄ということと、それから開発銀行自体の金利引下げの措置ということをあわせ考えまして、この際法律にあるからといつて、利子補給を強行されることは、はなはだ好ましくないと私は考えまするので、大臣の所信を承りたいと思うのであります。この点につきましては、局長からも次官からも一応はお聞きいたしましたけれども、やはりこの点については、最高責任者である大食から、運輸省としての最高方針を承りておきたいと存ずる次第であります。
○石井国務大臣 お答えいたします。二十八年度分の開発銀行に対します利子補給は、もう御承知と思いますが、同行の外航船融資の昨年の八月十五日から九月三十日までの利子に対して、一分五厘を補給しようとするものでございますが、開銀の立場といたしまして、一分五厘の利子補給があるものという前提でそれを予算に入れまして、開発銀行の資金融資のわく内に入つておるのでございまして、これを今やめるということは、開発銀行としては、非常に迷惑な立場になると思うのでございます。先ほど三億円ほどだとおつしやいましたが、当初の案では三億円でありましたが、補正で一億円に減額されておりまして、利子の額は一億円余でございます。そういうふうなわけでございまして、開銀としてはどうしても困る。もう必要もないことでもありまするし、予定をした使い方もいたしておるわけでございますから、これはどうしても今月中に払つてやらなければならないと思うのでございます。それから開銀と運輸省の間には、大体においてこの話を進めて、ほとんど結了の段階に来ておるのでございます。大蔵省にこれから協議をいたしまして、ただちにこの月内に払うという手順にいたしておるわけでございます。さつきお話のありました、この機会において、問題もいろいろ世間的にうるさい際であるから、利子補給なども、やるごとには必ずしも反対ではないが、しばらく待つたらどうだというお話でございます。私どもそういうことができればたいへんけつこうたと考え、一つの案と思うのでございますが、本年度内に契約してそれを払い出さなければ、時間的に実際にいつて今度の予算が使えないのでございます。どうしてもこの月内に契約をいたさなければならないという次第になつておるわけでございます。それから、もし造船会社、海運会社においてリベート等があつたということがはつきりした場合において、それに対する利子補給をあとでまた払いもどさせる、そういうような方法は今度の約款の中に織り込んで、一応出すが、あとで問題があればそれを返す道も一応考えてあるようなわけでございまして、開銀に対しまする本問題につきまして、いろいろ御心配いただいておりますが、私どもとしては、この際ぜひやつてやらなければならないものだ、こういうふうに思うておるのでございます。
○井手委員 大臣の大体のお考えはそれでわかつたのであります。しかし開発銀行は民間の会社と違つて、政府の関係機関であります。またどの会社にしろ、どの銀行にいたしましても、予定はされておるではありましよう。あるいは金を多くもらうことに異存はない。きまつたものならやはりどんどん催促してもらおうというのが建前であります。しかし、これほど問題が大きくなつておるときに、これを法律かこうだからということで年度内に解決してしまおう、今月一ぱいに解決してしまわなくちやならぬ、もしいけなかつたらあとで是正という行き方は、私は相当考慮すべきごとではないかと考えるのであります。三億と一億の違いはあります。私この前二回ほど聞きましたので、私もどちらが正しいかはつきりいたしませんが、いずれにいたしましても、大事な国家の金をこういう疑惑の際にやられるということは、私は国民を指導して行く政府のやり方としては好ましくないと考えるのであります。何か金を先に払うのではなくて、あとで払うという措置ができないものか、ほかに方法はないものかと私は非常に考えるのであります。何回も同じような御答弁であればいただかなくともけつこうでございますけれども、開発銀行という性格から考えても厖大な資金を動かしておる、自分だけの力でも金利を引下げて行こう、二十九年度からこうして行こうという、そういう大きな銀行である開発銀行に対して、おつしやるように一億が正しければ、一億くらいのもので開発銀行の存廃に関する重大な意義を持つとは考えません。やはりこの際、契約上あるいは無理があるかもしれませんけれども、あの問題に対する国民の疑惑を幾分かでも解くことの方が私は大事であると考えるのであります。 私はいろいろ考えた上で申し上げておりますので、もう一回だけ御方針を承つて、あとで今度は大蔵大臣の方にお伺いをいたします。
○石井国務大臣 今のあなたのお心持はわかるのでございますが、私どもも、契約を二月とか三月とかあるいは半年とか延ばして、そこで契約をやつて、そうして払うものは払う、何か問題があればそこできちんとして払つた方がいいじやないかということは、常識的に、だれでもすぐ出て来る考えであるので、私どもも何かそんな手はないものかと思うて一度聞いたことがあるのでございます。しかしこの三十一日までに契約をいたしませんと、これは永久に払う道かないのでございます。今の第一段におつしやつた点はどうにも方法がないと私どもは了承いたしております。 それから次に、実際の問題として、開銀は二十九年度はみずから三分五厘に下げて、一分五厘の分はある時期に来て海運業者が成績がよくなつたとき払うという、平たく言えば出世払いのようなことさえ開銀がやれるくらいなんだからいいじやないか、また一億円くらいだからあの大きな会社で何とかなるだろうというお話でございますが、それは本問題とは少し別なお考え方ではないかと思うのでございます。開銀は政府の委託を受けて大きくやつておるところでありまするが、一億円でも二億円でもこの法律によつてきめられ、予算によつてそれがきまつており、これか入るということで仕事の手順をいたしておるところに、お前のところは大きいからいいだろう、そういうことで簡単にすると、私は開銀の運用にもあまりおもしろくない影響を及ぼすのではないか。これは私個人の考え方でございます。それから先の問題は、今おつしやつたように、ここ当分いつ海運界がうまいぐあいになるかどうかは、見当は来年よくなるたろう、再来年よくなるだろうとははつきり申し上げられないのでありますが、いずれにいたしましても、これは一分五厘はある時期に返つて来得るという見込みのものでございます。ところが、今度の一億円は、さつき申しましたように、私どもの了解しておる程度では、法律上この三十一日までに契約をしてしまわなければ永久に開銀に払う方法はないということになるのでありまして、そこの差もおのずからあるように思いまして、私どもは、造船疑獄の問題はこれは別問題といたしまして、今後の海運界のために粛正とそのりつぱな発展のための助成というものについても、新たな線に立つて考慮すべきものは考慮しなければならぬ、そういたすつもりで努力いたしております。本問題はおの、すから別にお考え願いたい、こういうふうに私は思います。
○井手委員 それでは大蔵大臣にお尋ねいたします。大蔵大臣もお忙しいところを出ていただきまして、ただいまお聞き及びでありましようか、あなたの方から出されました補助金等の臨時特例等に関する法律案、これはずつと今まで当局の説明を聞いて参りますと、各省ともあなたの方の圧力と申しますか、財政の都合と申しますか、泣く泣く承知された、また与党方面でもしぶく承知されつつあるというふうに私どもは聞き承つておるのでございまするが、このように、先刻もお聞き及びでありましようか、小学生に配付する教科書すら停止しなければならないという、一兆円予算のために涙を振つたと申しますか、こういう法律案が出されておる。そういう際に外航船舶に対する開発銀行への利子補給、こういう世間環視の中にある利子補給について、そういつたこの補助金等をずたずたに切るというほどの英断を持つておられる大蔵大臣であるならば、この利子補給についても同様な英断なりお考えがあろうかと考えるのであります。ただいま運輸大臣は、なかなか方法も見つからないから約束通りやろうというお言葉でございますが、やろうと思えば、改正法律案を提出することもまだ目にちがありますので可能であります。一兆円に押えてあらゆる法律を切られておる大蔵大臣としてどういうようにお考えになつておるか。一億円か三億円か知りませんけれども、開発銀行に対する利子補給に対してどういうように大臣はお考えになつておりますか。この点をお尋ねいたしたいと思います。
○小笠原国務大臣 二十九年度分については、お出ししております二十一条ですか、これでよくはつきりとわかると思うので、井手さんの質問は二十八年度分についてのお話だと思います。開銀としてはおそらく一億円くらいの補給を受ける問題にすぎないと思いますが、御承知のごとく、法律の建前からいたしましても、また開発銀行の資金計画の上から申しましても、これを中止するというわけには参りかねるのでございます。年度末が近づけば、やはり契約しておかぬと、ほかに出す方法がありません。あなたがおつしやつておることもちよつと私一応考えてみたのですが、それは今の法律では全然許されておりませんので、従つて私どもはこれは認めるほかに方法がないからこれを認める、こういう考え方であります。
○井手委員 これは別の機会にと思つておりますが、現に法律がありながら、国庫がこれを負担すると規定がありながら、全然予算が計上されておらないことも先日私ども指摘したことであります。大臣も御存じでございますが、法律々々とおつしやるならば、そういうものこそ私は当然国庫負担の予算を計上すべきであると思う。このくさい造船の利子補給については法律によつてやらなければならぬ、この問題についてはどうも日にちがないからとおつしやいます。どうもその点が、せつかくの大臣のお言葉ですけれども、まつたく反したお言葉になつているのであります。あれほど緊縮予算、緊縮予算といつてあらゆるものを縮められているのに、この利子補給を停止するというお考えが起きないというのが私はふしぎでたまりません、日にちもございますが、改正法律案でも出そうというお気持はないのでございますか。もう一ペんお伺いいたします。
○小笠原国務大臣 改正法律案を出す意思を持つておりません。
○内藤委員 ちよつと関連して。今石井さんと小笠原さんのお話を承つておりますと、どうもふに落ちぬのでありまして、同じことをむし返すことはあまりいいことではございませんけれども、これだけ大きな問題が出ておりますのに、どうして小笠原さんのようなお感じが出るのか、そうなればなるほど疑いが深まつて来るような気がしてならぬのであります。小笠原さん、どうでございますか。そういう疑いのあるときに、それこそ法律をひとつお出しになつて、もう少し延期する、こういうことをおやりになるのが、この政治の信用を失つているときにその信用をとりもどす大事な手段ではないかと思うのでありますが、そういう手段をあえて顧みず、だんだん政治に対する国民の信用をみずから失墜しよう、こういう御努力をなさつておるのでありますか。それをお伺いいたしたい。
○小笠原国務大臣 私は政治の信用を高めるためには努力をしているつもりである。お言葉であるが、失墜させるために努力をするということは人間だれもやらないであろうと思う。もしたまたまやつている人があれば非常に不心得なる者であろう。私はさようなことに考えておりません。但し、この法律は、三党協定でいろいろなものがありますが、それかできておつて、しかもこれは一ぺんきまつた期日内にやらなければ、あと出す方法がないというものなんです。それで疑獄は疑獄で司直の手にさばかれたらいいのであります。しかし現在そういう法律が現存しており、しかも開発銀行の資金関係等を一変するわけには参りません。従つてこれを認めることは私は当然だと考えている。
○内藤委員 どうも考えの根本が違うのかどうか存じませんけれども、今のはこの補助金等と直接関係のあることではございませんけれども、これだけ造船に対していろいろな疑惑も持たれているときに、この三十一日までにどうしてもしなければならぬことでないのじやないかと思います。手段方法がないというならば、それはあなたの方も法律改正のできる立場にもありますし、私どももそういう方面に対していろいろと配慮する手段も許されており、できるのでありますが、そのあなた方のお考えがどうも私どもはふに落ちぬのであります。これは御答弁はいりません。大臣のお述べになつたことからいえば、いよいよ政治に対して国民の信用を失うだけだということを私は申し上げておきます。
○楯委員 ちよつとこの前の保留を、簡単に済みますから……。
○葉梨委員長 簡単にお願いいたします。
○楯委員 十九条の共済組合の国庫負担の問題であります。これはほかの委員から数日来いろいろ質問があつたことと思いますが、私は、この問題とは別に、将来この問題を解決する方途というものを一つ盛つていただきたい、そういう観点から御質問を申し上げるわけでありますが、現在の当問題に関する法律は、専売公社、それから電電公社、国鉄と相違しておるということを大蔵省の方から聞いております。私はこれを将来一本にして行かなくてはいけないのではないかというふうに考えておりましたところ、つい二、三日前に運輸省のどなたかにお聞きしたのでありますが、公共企業体共済組合法、こういう案をつくつて大蔵省の方に提案しておる、こういうことを聞いたのでありますが、運輸大臣として、この法案をどういうふうな取扱いをなさるおつもりか、この点が一点と、大蔵省の方としては、この機会に一本にまとめて、この法案の実現をはかつた方がいいと私は考えておりますが、この法案がまだ国会に出ておりません。どういう取扱いをなさるのか、お聞きしたいと思います。
○石井国務大臣 公共企業体の共済組合法につきましては私はまだ何も聞いておりませんが、下打合せか何かやつておる程度ではないかと思つております。私は聞いておりません。
○小笠原国務大臣 これはあるいは事務的にそういうような話が起つておるかもしれません。けれども、また事務的にこういうことや何かについて、いつでも検討しておるようでありますが、まだ私の方へ正式の話は何ら受けておりません。事務的にはそういうことをおそらく検討しておるのではないかと思います。
○楯委員 表面には出ておりませんが、大体事務的な打合せをしておるらしいように聞いております。私はこの際大蔵大臣に要望を申し上げたいことは、公共企業体は国鉄の場合は昭和二十四年に企業体になりました。ところが恩給法の適用を受け、かつ共濃組合法の適用を受ける、こういうようなことで混線状態にありますので、いい機会でありますから、ぜひこの法案を至急出していただきたい、こういうふうに考えるでありますが、今国会に早急に成案を得て提出をすることができるかどうか、この点についてお答え願いたいと思います。
○小笠原国務大臣 これはどうもいろいろ問題もありますし、まだ国鉄等の管理者である運輸大臣の方でも御存じないくらいでありますから、従つて私どももこの国会にはたして出し得るかどうか、これは私は疑問に思つております。けれども、こういうことは十分検討いたしまして、私ども何かまとめることができればまとめた方がいいと感じております。
○葉梨委員長 吉川久衛君。
○吉川(久)委員 大蔵大臣にお尋ねをいたします。同僚委員からすでに質疑があつたことと思いますが、総括的な意味において最後に念のために特に明らかにしておきたい問題は、法律的には、この各条項中にございますところの「当分の間、」という表現がございますが、この「当分の間、」とは半永久的のことを意味するようにもとれるのでございます。たとえば九十九箇年というような期限も考えられるのでございますが、この「当分の間、」とあるのは、大蔵大臣はどの程度の期間を意味しておるのでございますか。これはおそらく同僚委員からずいぶん重ねて御質問のあつたことと思いますけれども、最後にもう一瞬ひとつお答えを願いたい。緊縮予算の必要上から来る表現であるとするならば、二十九年度の予算に関してでございますから、二十九年度に限るものと私は思いますが、その点を明らかにしていただきたいと思います。
○小笠原国務大臣 これは吉川さんのお話でありますが、私も実は、この当分の間ときめるにあたりましては、今仰せになつたような緊縮予算の一つの見地もございます。そうしてまた二十九年度予算、ことに緊縮予算を第一着手として、日本の物価をだんだん国際水準に近づけて、国際競争力を持たして、そうして国際収支を合そう。しかしこれは五分ないし一割という物価引下げでありますから、おそらく二十九年度だけでは行きますまい。三十年度ぐらいあるいは三十一年度にかかるかもしれぬ、こういうことも実は私申しておるのでありますが、こういう財政方面から来ます考慮は、大体二、三年以上は頭に置いておりません。それらのところを考えておるのでございます。従つて、内容的に見て、やはりよくお話の出るもので、地方の自治を強化する意味で、もう少し地方に負担力を持たした方がいいのではないか、同時に一方で財源を与えろという御意見も出ておりますが、地方の独立強化のお話も出ておりますので、この「当分の間、」というのは、最初の一つ一つについては、やはり内容によりまして、たとえば早く財政的にこれがやり得る分で適当と認めますれば、早くやりたい。一応の考え方としては二、三年以上は実は考えておりません。今お話になつたような九十九年というような考えは、毛頭持つておらぬということは申し上げるまでもございません。
○吉川(久)委員 この法律案は臨時特例法という名前になつておりますので、臨時特例法だといたしますと、これはこういう表現をいたしますと半永久的な意味を持つて参ります。ですから、この「当分の間、」ということは、私はきわめて重要な意味があると思います。ことに二十九年度の予算は一応衆議院を通りましたけれども、この二十九年度以降の長期計画というようなものが明らかにされておりません。従つて一応の見通しとして二、三年ということでございましたけれども、この点については、どうも大蔵大臣のお答えのごとくでは私どもちよつと了解に苦しむのでございますが、これは同僚議員の諸君からも大分尋ねられた問題でございますので、なおわれわれは、懇談会においてこの問題についてはひとつお互いに話し会つて、調整をとつてみたいと考えております。緊縮予算を二十九年度編成しなければならなかつたという必要性については、私もこれを認めるものであります。改進党でも自立経済五箇年計画というような半長期的な計画も考えておりますので、そういう観点から、私は緊縮予算の編成問題については決してこれを認むるにやぶさかではありませんが、ただ二十九年度の予算編成のやり方から見まして、非常に弱いところにしわを寄せるという、イージー・ゴーイングな措置をとられておるという感じがしてならないのです。この委員会にかかつておりますところの法律案のごときも、これは二十三本で総額三十億程度というものでございます。こういう弱いものにしわ寄せをしなくとも、もう少し斧鉞を加うべき点か多々あつたと思うのでございますが、こういうところしか手が加えられなかつたということについては、何か財政上の見地からむずかしい問題でもあつたのでございますか。それとも、弱いところからくずして行くのだというのか小笠原大蔵大臣の財政上の御方針であつたのか、御信念であつたのか、まずその辺をお聞かせ願いたい。
○小笠原国務大臣 私は弱いものにしわを寄せるというような考えは毛頭持つておりません。ただ、吉川さん御承知のように、非常に多数に上る補助金を整理せよという要望は、長い間相当強くありましたが、今回法律案の改正として出しているのは二十三件ほどございまして、金額も三十億円でございますが、そのほかにも、全体のそれまで含めた件数で申しますと、百件、六十億円に上るものを実は整理いたしておるのであります。これは財政上余儀ないところから出ておるのでございまして、私どもも、でき得れば、私の心持を率直に——あなたは信念とおつしやるが、信念で言うなら、なるべくそういう弱いところへは多く出したいと考えておるくらいでありまして、しわ寄せするというような考えは持つておりません。ただこれが地方の自治を強化する上、そのほかいろいろな見地から見まして、非常にわずかな金額ならむしろこういうものはなくてもいいというような意見等の出ておるところもあり、また今の財政上からどうしてもそれくらいの措置をしなければならない等の意見がございましたので、それでは臨時的に、たまたま今吉川さんのおつしやるようなしわ寄せになるかもしれませんが、それも忍んでいただきたいと思つて、こういうふうにした次第であります。従いまして、あとでなお個々の一つ一つについて調べまして、それぞれの立法によりまして、できるだけ実情に沿うように持つて参りたい、かように考えております。
○吉川(久)委員 弱いところにしわを寄せたわけじやないということでありますが、事実弱いところにしわが寄つているのでございます。しかも、その弱いところが最も国が力を入れなければならないものである。大きなところはほうつておいても育つて行くのに、小さなところや弱いところは、特に政治的な国の配慮をしなければならないところであると私は思うのであります。こういうところへしわ寄せをいたしますと、一般の国民は、政府のやり方はちつとも小さなものを育ててくれるという考え方でないのだというので、政府のやり方にただいま非常なひがみを持つております。私は、大臣のお答えでは非常に抽象的で納得はできませんけれども、私の尋ね方がそうであるからかもしれませんが、たとえて申しますると、農林省の所管の関係のところにございますが、あるいは水産庁の所管あるいは改良局等の問題について見ますと、試験研究などの問題については、最近政府が、特に大蔵省はこの問題に理解を持つて来てくれているやにわれわれは聞いて、非常に好ましく思つていたのでございますが、緊縮予算に名をかりて、二十九年度の予算ではこの点について何らの配慮がありません。ことに、試験研究というものは長期にわたつてその効果を現わすものでございます。今日まで試験研究等の問題はほとんど象牙の塔に立てこもつておりまして、末端に技術の浸透を見なかつたのでございます。その技術の浸透を十分ならしめるために、農業改良普及員の制度とかあるいは生活改善普及員の制度とかいうようなものが生れて来たわけでございます。こういう問題についても、せつかくこれから軌道に乗ろうというそのときに挫折させるような措置は妥当でないと私は思う。これは交付税等によつて地方でやつたらいいだろうというようなお考え方もあるようでございますが、その考え方の中心をなすものは、地方自治の観点からである。地方自治の観点から強い要望があつたからだというようなことが、政府の提案理由の説明の中にもございますけれども、現状において、地方の財政の状態でこういうことが十分補われるものであるかどうかということについては、私は非常な疑義を持つております。 ことに、現状においては、この程度の措置では中央の行政力が地方の末端にまで浸透することはできないと思う。大臣は御案内かもしれませんけれども、地方は直接事業にタッチをしておりますので、先ほど文部大臣も申されました通り、戦後国民の思想、道徳は非常に頽廃をしておりまして、文部省の方でも手かつかないような状況にあることは論ずるまでもございません。今日国会において汚職の問題が盛んに取上げられておりますけれども、これが国家の縮図じやないかと私は思う。地方の事業を直接監督いたします町村、県等においても、徹底的に調査をしたならば、相当大きな問題になる点があるのではないかと考えられる。こういうときに、官選知事のもとにあつて、しかも交付税等をもつて多少配慮いたしますとも、私はせつかく軌道に乗りかけた事業というものが、地方まかせでは、ほとんど後退をするのではないかというような心配がされてならないのであります。具体的な一つ一つの問題を取上げてみますと、今申し上げたようなわけで徹底を欠くのでございますけれども、こういうわずかな金額ではあるけれども、大事な問題である。これらの問題について、大蔵大臣の考え方は見当が根本的にはずれておるのではないかと思うのでございますが、どうでしようか。予算も衆議院を通過してしまつたことでもあり、私の党でも賛成をしてしまつたことでございますから、正直に申しまして、これは二十九年度だけにとどめて、三十年度からは斧鉞を加えるべきところには加えて、このような軌道に乗りかけた重要な問題で、しかもわずかな金で措置がとられるとするならば、これは考え直しをして行こうというようなお考えになれませんかどうか、その辺を伺います。
○小笠原国務大臣 御意見の中には相当御同感の点も実は少くないのでございますが、ちよつとお話が出た農業技術改良員の関係の補助金、あれは大体二分の一にいたしますが、交付税及び譲与税等の関係で地方に財源はまわしてあるので、そのもの自体か減つておるわけでは全然ございません。これは私ともが地方自治を強化するという意味でそうしておるのであります。 なお、試験研究費のお話が出ましたが、これも実は御同感であります。これは若干ではございますが、金額は昨年より増額いたしております。乏しい予算の中で増額しておるような状況でございまして、それらの点は御了承願いたいと思うのであります。 大体から申しまして、この法律は臨時特例に関する法律となつておりまして。時限立法ではございません。暫定的な臨時立法でございますが、しかしこれは今後の実行状況に考えてみまして、繰り返し申すようでありますが、個々の制度一つ一つにつきまして十分検討して、あるいは恒久的にこう持つて行つた方がいいかどうかということをとりきめたいと実は考えておる次第でありまして、これを出しておいて、それを出しつぱなしにするという考えは毛頭持つておりませんから、その点は吉川さもひとつ御了承願いたいと存じます。
○吉川(久)委員 大臣も御案内の通り、試験研究費については若干の増額を見たとは申しますが、その若干の増額を見たところの費用によつて研究されたものが、これを末端に移すところの機関において予算を減らすということでは、それが下部に浸透せずして、まつたくむだに終るということを申し上げているのです。しかし、それについては、各府県に資金をまわしてあるということでございます。その府県にまわしたということは、これは地方自治の観点からである、こう申しますけれども、現在の地方自治の段階において、そういつたやり方が適切であるとは私は考えない。あるいはそれは見解の相違であると大臣は言うかもしれませんけれども、私は、現状においては、もつと中央の行政力が地方に浸透のできるというような形をとつた方がより効果があると考えているのです。だから、地方自治を強化するということには決して私は異論はございませんけれども、子うかといつて、こう臨時特例に関する法律案に盛られている内容等の問題については、これを地方まかせにしたならば、ほとんど消えてなくなつてしまいはせぬかと私は思うのです。中央でも、予算の編成にあたつて、こういう小さなものにしわが寄せられるのです。だから、これが地方まかせになつ参りますと、ますます弱いところへしわが寄せられる。今日各府県会の状況等を案ずるに、私はこの点についてまことに不安でならないのです。こういうことは、当分の間、むしろ地方まかせにするよりはもつと中央でめんどうを見て、そうしてこれが一本立ちができるようになつたときに、初めてこれを地方に委譲する、だんだんに委譲して完全に地方まかせにする、この育成をする時期においては、中央がもつとめんどうを見なければならない、こういうように考えるのですけれども、この点はどうでございますか。
○小笠原国務大臣 今の御意見はよく承つておきますが、実は吉川さん御承知と思うが、地方制度調査会というのがありまして、あそこでいろいろ立てたものには、もつと地方を強化して地方へ持つて来いという意見が多くて、実は今度の中央地方を通ずる税制の措置なども、大体あの方針に基いてやつておるのであります。従つて地方の財源を与えるということの方を主にしましたので、従つてたとえば三分の二のところを二分の一だけにして、そのかわりあとの分は地方へ財源として配分する、こんなぐあいになつておるのであります。また税制調査会でも大体同じような答申が出ております。しかしあなたがおつしやることもごもつともですが、一方あまり地方集権に過ぎるぞといつて、なかなかそれに対するいろいろな非難もあるわけであります。この点はもう少し考えさせていただいて、一応これでひとつ……。それで非常に不自由が起つて来たときには、これは法律のことですから、皆さんのところでお改めくださるのは、政府ももちろん注意して提案をいたしますけれども、できることですから、これは将来実情に即して改めて行きたい、かように考えておる次第でございます。
○吉川(久)委員 府県には貧富の懸隔が相当ございますことは、大臣もごらんの通りでございます。それから末端へ行けば行くほど、具体的な問題には身が入りますけれども、試験研究とかあるいは復旧事業というように、この技術指導とかいうようなワン・サイド・ゲームというか、いろいろやつても具体的にすぐ右から左へと効果の目に見えて現われるものでないものについては、常に軽視せざるを得なくなつて来るのであります。国家の基本をなすところの最も重要なる問題は私は教育だと思いますけれども、その教育の問題についての予算を見ますと、そういつた抽象的なものについては、きわめて私は国の予算面から見れば冷酷だと思います。そういうように、この法律案より見ましても、弱いところ、抽象的の事業、具体的にすぐ効果の目に見えないというようなものに非常な冷酷な扱いをしがちでございます。しかも、末端に行けば行くほど、そういうことがはつきり現われております。いうことを振り返つて見ますときに、こういうものについては中央でめんどうを見て、その他の具体的なすぐ効果の現われるような問題については、これはできるだけ地方に委譲して、地方自治の確立をするという行き方をするのが順序でもあり、それがまた親切なやり方ではないか。そういう行き方をすることが、ほんとうの行政の府にあるところの大蔵大臣の特に御注意をいただかなければならない点ではないかと私は思います。どうもそういう点についての考え方が私と大分径庭のあることははなはだ遺憾に存じます。今日はこういう点についてお答えをいただかなくてもけつこうでありますが、そういう見方がある、そういう現状であるということを十分御認識をいただきまして、今後十分ひとつ御検討願い、善処せられんことを望みまして、大蔵大臣に対する質疑を打切ることにいたします。
○葉梨委員長 大蔵大臣に対する川俣清音君の質疑をこの際許可いたします。川俣清音君。
○川俣委員 私は数点にわたつて質問を保留申し上げておつたのでございますから、この際これをまとめて御答弁いただきたいと思います。今、地方制度調査会の意見を尊重いたしまして、地方制度、地方自治の強化をはかる方針のもとにこの法案を出され、しかも予算編成をせられたという御答弁でありますが、今日の新聞でも問題になつておりますように、自転車競技法に基く国庫納付金制度を停止いたしまして、これを地方へ委譲されるのたという説明でありました。ところが、通産省では、これをもう一ペん吸収して、自転車振興会に自転車産業振興のためにこれをもう一度吸収しようという計画が行われておるようであります。現にそういう通牒が発せられたやに承るのであります。これは非常な行き過ぎでございまして、まつたくあなた方の説明と実際とは違つておるのではないか。同じ政府部内で、これは大臣の説明と実際とは大分異なつて来る。このような点はこのほかにもまだありますけれどもこれは一つの例でありますが、これに対する御見解を承りたい。
○小笠原国務大臣 これは国の予算とは何にも関係ございませんし、私は通商産業大臣から報告は何にも受けておりません。何にも国としての予算には今申しましたように関係がございません。
○川俣委員 非常にそれは無責任な答弁です。地方に委譲して強化するのだという説明をされておる。それを吸収して地方に行くんだ。それでは説明になりません。その点を聞いておる。別に通商産業省の政策を聞いておるのではない。あなた方がこれを国庫へ納付しないかわりに地方の充実にまわそうかという説明と実際とは違うのじやないか。
○佐藤(一)政府委員 実は大臣は詳細についての資料をお持ちでないと思いますので、私から一応かわつて御答弁申し上げます。この問題につきましては、当初御説明申し上げましたように、私どもといたしましては、こういうものは国の収入としては適当でない、せいぜい地方競馬と同じように地方の収入として認める程度であるという考え方に基きまして、一応の整理をいたしたわけであります。ただ御承知のように、この収入はいわゆる臨時的な収入でございまして、相当浮動性のあるものでございますから、私どもは、この収入を地方財源に組み込みます際にも、相当ゆとりを持つて組んでおることは事実でございます。今後地方に移しました場合に、地方の収入がさらに予定より上るかもしれませんし、そこいらの見込みは多少浮動があると存じます。そこで、私どもとしては相当下目に地方財源に組んだつもりでございます。そこでこれは、私どもも聞いたのでありますが、直接私どもが積極的にこれをどうという気持はさらにございませんけれども、国会の通産委員等におかれても、通産省等と御連絡なさつて、この際自転車事業その他機械事業の方面にこの競輪の収入を活用したいというお気持から、多少ゆとりもあるだろうという点に着眼されて、これを直接機械事業団その他をつくつて、納付金制度をつくろうという試みをお考えになつておるということは聞いております。これについては、私どもの考え方としましては、国の収入としては適当でないという考え方で整理いたしましたので、その結果そのあとの問題をどう解決するかという点については、通産省あるいは通産委員会の方々等が今案を練つておられるようでありますが、もちろん地方自治体の立場もございますから、おそらくまだ検討されている最中かと思います。
○川俣委員 私は国庫納付金制度をおやめになつたことに対する意見を聞こうとしておるのではないのです。一応そういう説明をお聞きすると、これは多額であるか少額であるかは別にいたしまして、一応地方財源に振り向けたという政策をとつて出されたのです。ところがそれがいけないということになつたならば、政策が違うのじやないかという点をお尋ねしているのです。何もこれが悪いというのではない。それだけ振り向けたと言つて予算を組んでおられる。地方財源に振りかえた、こういう説明があるにかかわらず、そういう計画があれば、その説明通りにならないのではないか、この点を指摘しているだけなんです。これじや趣旨と違うのじやないかということです。
○小笠原国務大臣 それは地方財源へ振り向けてあるのですが、その振り向けたときにゆとりを持つて見てあるので、それだから地方財源として若干見込んであることは見込んである。しかしながら、なおそれ以上のものについて何か話が起つているようだが、それは私は何も聞いていないので、率直に聞いていないと言つて答弁したら、そんな耳の遠いことじやどうするかというおしかりですが、これはしようがないと思う。
○川俣委員 大臣はこの場限りの答弁をされるけれども、私はその政策を言つている。通産大臣に聞いているのではない。大蔵省としては地方財源に振り向けたと言うが、その通り実行されなければ困るのじやないかということをお尋ねしているのです。
○小笠原国務大臣 そういうふうに振りかえてあるとお答えしておるのです。
○川俣委員 あなたは振りかえたとおつしやるけれども、今の計画によりますと、余裕が出来たから取上げるというのではなくて、初めから余裕が出て来るとして取上げて参りますと、振り向けた分が足りなくなりはせぬか、幾らか余裕はあるであろう、それは時期的なものであつてなかなか把握できない、それを把握できるということで取上げて参りますと、財源に振り向けた分が行かないのではないか、こういうことなんです。
○佐藤(一)政府委員 川俣さんの御心配はごもつともでございます。それで、私どもの考えといたしましては、御承知のように競輪の収入は全部で大体二十二億ぐらいは上るだろう、こう見込んだわけであります。しかしこれについては一面いわゆる富裕団体に行く分もございましようし、ただいま申し上げましたように、元来がこの収入というものは浮動性に富んでおるものでございますから、そういう点で少し安全を見て、地方財源に入れなければならぬというので、二十二億のうち十三億しか地方財源に見ておらないわけでございます。その残りが差引き九億というものがあるわけでありますが、これはもともと臨時収入でございますから、本来富裕府県のロスだと全部を言い切るわけに行かないわけでございます。そのうちで富裕府県にどの程度行くか、あるいはその他の府県におけるゆとりというものはどの程度になつているかという点の計算は、実際上しにくいのであります。そこで、私どもといたしましては、そういう意味で、地方財政全体としては大きな幅でございますし、そういうようなある程度の浮動性もありますから、そこのところをある程度のものをねらつておやりになつておる。それで、これがもし自治庁その他直接に地方財政の管理をされておる方面で非常に反対がなくて、ある程度のものならばのみ込めるだろう、こういうことになりますならば、ある程度先行き見込みが立つだろうと思います。今伺うところによりますと、その点はなかなか見通しが困難であつて、通産方面におきましても、いわゆる強制的に納付金をさせるということでなくて、自治体の方から任意に補助をさせる、その自治体の財政状況によつて、競輪収入の一部をそういう方面に金を出してもいいという場合には、出し得るという任意な方法にしたらどうか、というような意見も出ておるそうでありまして、そこらのところは、その金額が将来地方財政に食い込むかどうかという判断にかかるわけでありますが、自治庁、通産省で相談をされておるようであります。もちろん、いわゆる既定の財政計画に支障を明らかに生ずるというようなことであつてはならないと思いますが、そこまできつちりと、今の問題が地方財政に支障を来すというところまでは断定できないと思います。
○川俣委員 私は別に深くこれを論じようとも思わない。地方財政に計画通りのものが行くというならば、それはそれでいいと思います。それに食い込みはせぬかとおそれたのが一点。それから、もう一つは、通産省がいわゆる国策的に、あるいは産業政策的にそういうものを必要とするならば、やはり国庫納付金制度というものを残しておいて、あらためて国が支出すべきが当然ではないか。必要でなければ、だめです。必要だとするならば、一部は地方にまわす、一部は国でやはり納付金制度でとつて、それを国家財政上から見て適当な費目を何か考えられてその支出が行われることが、全体の財政政策の上から、経済政策の上から最も必要じやないか。はずしたものは、それは任意に使われるというのは何も禁ずる必要はない。どこかに効果が現われるのでなければ、補助金の制度にする必要はない。そういう意味で今まで私は理解しておる。だから、必要だとすれば、一部はやはり国に残しておいて、そうしてその必要とする国の財政計画の上にのつとつて支出されて行かなければならないのじやないか。全部地方にまわした場合、地方に任意に使わすべきものではないか。それを、通産省は相当の実権を持つておりますから、強圧でとつて来るということになりますと、税金負担以外の負担を強要をして参りますと、国の政策が一貫性を欠いて来る。財政政策の上にも経済政策の上にも一貫性を欠くことになる。あなた方に一つの政策があるのだから、その政策に合うような支出を考えるべきじやないか。それがこの法案を出された理由なんでしよう。私はそう理解しておる。
○佐藤(一)政府委員 御趣旨ごもつともな点もございます。実は、ただいまの、通産省は相当権力があるから、地方団体をある程度押えつけるおそれがないかというお話の点は、自治庁という機関が、御承知のように地方財政のために存在しておるわけでありまして、自治庁と通産省と十分話がつかなければ、もちろん政府といたしましてはその制度を発足させるという結論が出ないわけでありまして、地方自治庁の立場からいたしましても、まあこの程度ならば支障ないだろうという見解が出ましたときに、初めてそういう問題が政府としては起るわけであります。国会等の議員提案でぜひともやれというお話がありますれば、これは別でございます。しかし、政府といたしましては、自治庁と通産省が話し合いまして納得いたしません上は、この問題は発足しない、こういうわけであります。 それからもう一つ、収入自体は、当初も申し上げましたように、地方の収入にするのがふさわしい、こういうことであります。実は、川俣さんは、いやそれを国にとつて国が出した方がいいというお話でありますが、今申し上げましたように、そういう点では御安心願つてよろしい。つまり通産省のみが、自治庁の方に相談せずに、地方を圧迫するというおそれはございません。
○川俣委員 その問題は将来に関心を持たれるということで、私は十分足りると思います。 次に、前から残つておりました根本問題ですが、二十一条の外航船舶建造融資利子補給及び損失補償は、法律が出て、その法律に準拠して当然組まなければならないのであるから、財政のやりくりをしてそこへ予算を向けておる、従いましてその実行を迫まられておる、こういうことは一応ごもつともだと思うのです。そこで問題は、そういう観点に立たれますならば、この間から大臣の留守中に問題になつておりました、政府の負担すべき法律の条項があるにかかわらず、負担になつていないのがあるのです。これは何とかかんとか逃げられておりますけれども、やはり負担すべきものであるならば、これは負担しておかれなければいけないのではないか。一方の造船の方だけは法律があるからどうしても負担しなければならない、ほかの方はのがれるだけのがれておこう、これでは大蔵省は一貫性を欠くと思うのです。そういう点では、厚生省では結核の予防法とか五、六件あるようです。今これをもつて大臣に食い下ろうという考え方はございませんけれども、今までの審議の過程を見ますると、当然負担しなければならないものが負担されていない。それならば、やはりこの外航船舶もこんなに問題になつているのだから、これまた負担をやめられたらどうか、こういう問題が出て来ると思うのです。同じ船でも、漁船の損害補償法の場合は、これは一昨年の二十七年に法律ができまして、これによつて、漁船が掛金をいたしましたり、あるいは損害保険に入りましたりいたしまして、これは二十七年度の計画もすでに負担いたしておる分も相当あるのです。それにもかかわらず、実際上すでに義務を負つておるものがあるにかかわらず、二十九年度からこれを廃止する、こういうようなかつこうです。そこに吉川君のような弱い者いじめじやないかという議論も生れて来たのではないかと思う。漁船の損害でも同じです。損害保険につきましては、すでに掛金をかけている人もあるのです。それが二十九年度から大きな打撃を受けることになるのです。法律がこんなに早く出ると思えば、そんなことはしなかつた人もあるかもしれない。まつたく百トン以下の小さな漁船です。そういう点を勘案いたしまして、今度の法律を見ますと——今までずいぶん補給金の問題について総務課長にお尋ねしておるのです。なぜ一体法律によらないで補給金を出したのだ、こういう質問に対しましては、こういうふうに御答弁になつておる。私も御答弁はある程度うなずける。というのは、法律があろうがなかろうが、極端な表現で言えば、たとえば補助職員のようなものは、厚生省であろうと農林省であろうと一様にやはり考えて行かなければならぬものだから、不公平のないような基準をつくつて補助職員としての補助をして来た、こういう御答弁なんです。事務当局としては私はもつともだと思うのです。法律があろうとなかろうと、農林省の補助職員だからよくしてやるとか、あるいはどこの職員だから減らしてやるということができないことは、事務当局としてはよく理解できる。その通りと思う。ところが、内閣としては——ここなんですよ、根本は。内閣としては、やはり法律に準拠して補助金を支払わなければならない義務を負つておられる。これは事務当局と内閣とは別な考え方をしなければならぬ。事務当局としてはできるだけ公平にやらなければならぬ。これは、不公平にやられては困るから、公平にやるということは当然なことです。これは私は認める。ところが、一方においては、法律が明らかに区別をつけておるにかかわらず、区別をつけないというところにまた法律上の問題が出て来る、内閣としての責任が出て来るのではないか、この点はどういうふうにお考えになりますか。
○小笠原国務大臣 政府が法律を遵守して予算を編成する、これは当然のことでありまして、私どもはもちろんその考え方でやつておるのであります。ただ、この間うち二、三問題になつた、たとえば国有鉄道の共済組合の問題などは特殊の問題でありますが、今あなたから過去のいろいろな事柄については内閣としては責任があるのではないかというお尋ねがあつたのですが、実は内閣というものは、あなたも御承知だと思うが、原局が出して来ないうちはそういうものを一々予算でやるということはやらないのです。これは原局が主張して来るので、それを大蔵省では百方査定して、その査定に不服があるというのが普通です。君のところは出して来ないが、これは盛り込んでやるぞということは実際どの予算でもやつておらない。しかし、そういうことがあつたにしても、それはいろいろ欠陥があるのではないかというような御意見であつたならば、今後は十分注意して検討したいと思いますが、実は特に今の国鉄の関係の分は、二十六年でしたか一回出して来ただけで、あと何にも要求がなかつたということから、二十九年度以降についてははつきりと——しかし疑いがあつてはいかぬから、こうしろと書いたのです。あなたの言われる趣旨はよくわかるのですが、また内閣というものは、今のような予算の編成をとつておれば、各省は予算をとることは血眼になつてやるのが普通であるのに、一方何も言つて来ないものを、君のところは何も言つて来ないけれどもということは、普通内閣はやらないのです。これも法律があるから若干でも認めなければいかぬじやないかということは、よく承つて将来何しますが、過去のことはこれはどうもやむを得ぬことと御了承願いたいと思います。
○川俣委員 そこでこういうふうな予算の組み方は、常に事務当局の考え方が内閣の考え方だというふうに出て来ることは、内閣の権限に関することを事務当局が侵すということになると思うのです。こうなると官僚独善主義の弊害が生れて来る。そこで立法機関である国会に重点を置こうという憲法の改正が行われておると思うのでありますが、これについては今時間がないからやめます。問題は、こういう法律があるということを大蔵省当局が実行しないとすれば、予算が決定してから、あるいは補助額が決定してから、末端の執行にあたつてどのような弊害が起きるかということです。会計検査院の報告を見ますと、法令または予算に違反をして支出をした云々ということで大分弾劾的な報告書が出ております。この法令の条項に違反すると、大蔵省みずからが法令に違反いたしますと、末端でまた法令に違反するような行為が出て来るのです。これは悪意でないにしましても、町村財政が赤字でやりきれないから、町村が負担しなければならない何ぼかの補助を、これをできるだけ町村の予算の範囲内において仕上げようとするところに、その事業が無理な事業となつて現われて来るということによつての弊害が一番大きいことは、大臣もよく御承知のことと思う。国が財政計画上ある程度法律を侵してもいいということになれば、町村もまた町村財政上ある程度侵してもいいという考え方が出て来るのです。私はこれをおそれて今までるる述べておるのです。この点についての大臣の見解を求めます。
○小笠原国務大臣 よく知つておりますが、これは実際、仰せになつたように、予算計上の際のやり方に多少適当でない点があつたことは私も率直に認めます。けれども、それも、今申し上げたよういろいろいきさつもあることでございまして、今後こういうことは慎しむということ以外にどうも申し上げることはない。これは今後予算を計上する場合には十分注意いたしましよう。けれども、今まで予算を計上しなかつたのは、あるいはいろいろないきさつがあつて当時やむを得なかつたと実は私は考えるのです。なお、法律にそむくことを大蔵省がやると言われるが、大蔵省としては意識してやる考えは毛頭持つておりませんが、注意が足らなかつた点はあるかもわかりません。もちろん法律を遵守する点において少しも私ども誠意を失つておりませんけれども、そういうような点について多少欠くるところがあつたかもしれませんが、今後は予算の厳正なる執行について十分責任を果す所存であり、近く予算の適正なる執行に関する云々という法律を出します。それに基いて予算の執行上に今まで幾らかでも誤りがあつた点を避けたいと存じている次第であります。
○川俣委員 会計検査院は、予算執行職員等の責任に関する法律というものをかなり潔癖に適用いたしておるようであります。もちろんこれは法令ばかりでなく、予算の遵法まで責めておるようです。これは当然だと思います。そこで、たとえば農業改良普及指導でも、研究員と専門員とそれから一般の職員とある。これは今まで一緒くたにして出しておられた。法律自体から言いましても、これは一緒くたにやるべきものでない。それをよそとの均衡上やむを得なかつたという事情によくわかりますよ。他の補助職員との均衡ということはよくわかりますが、本法ができましたときは、いわゆる昔の高等官を研究員、専門員にする、こういうような建前でできておる。それを予算のわくだわくだとだんだん削つて行つて、今は最高が新しい俸給表の七級くらいだそうです。当時は今の十一級に当るくらいの人がおつた。それをだんだん予算のわくだわくだというので減らして行つた。そういう趣旨でできていないものまで曲げて行くということになりますと、地方財政もまた国にならつて、緊縮財政に基いて何とか予算を削減して行かなければならぬことになりましよう。そうしてこれに見習つて行くということになりますならば、結局質の低下あるいはその法律の趣旨に違つたような場当り的なことで糊塗するような結果が生れて来ることが予想できます。それではせつかくの国費の補助というものが死金になつてしまうのではないか。補助が少いために場当り的に人を選んで行くということになると、まつたく国費が死んだ金になつてしまいます。生きて使用されようとする意図をもつて支出されるものが、効果のない支出になつてしまいましたならば、大臣の言う目的は達成できないと思う。そこで、なお改良助長法につきましても、特に試験研究というようなものについては、今度は多く出しておるからよいじやないかというようなことだけをもつて満足できない。途中で試験研究費が打切られたために、今まで出した試験研究の費用がまつたくむだになつた例もたくさんあります。すなわち、財政の支出というものは、国全体から見て緊縮しなければならない場合において、やはりどこに重点を置くかということを考えるのが中心でなければならない。ところが、法律にあろうがなかろうが、この補助を打切りました結果、あるいは補助を低下いたしました結果が百何億に上るという大臣の説明です。しかしそれはおのおの法律が別なんです。法律に牴触しないものもありましようし、厳重に牴触するものもありましよう。現に、法律があつたにもかかわらず。それを軽視して予算を組んだものもありましよう。それを一からげに同一に考えられるところに大きな問題が起つて来る。法律があるならばあるように予算を執行して行かなければならないはずです。まずないものを今年から切る、あるものは来年から切つて行く、こういう順序でなければならぬ。法律があつてもなくても同じような結果になるということは、やはり遵法精神のない予算の組み方ではないか、こう考えるのですが、この点はどうですか。
○小笠原国務大臣 お答えいたしますが、遵法精神に欠けるところはないつもりであります。
○川俣委員 今度の会計検査院の報告書を見ますと、先ほども触れましたけれども、今の大蔵省が組んでおられるようなことを地方でやつた場合に、これに対しては厳重な戒告がなされております。私は、会計検査院の方を呼んで、現在支出しておられるような支出の仕方に、はたして会計検査院としてどのような関心を持つておられるかということを、大蔵大臣のおる前で確かめたかつたのでありますが、会計検査院の方がまだお見えになりませんし、大臣お急ぎのようでありますから、一応留保いたしまして次の機会に譲りたいと存じます。
○葉梨委員長 これにて質疑は終了いたしました。 明後二十六日金曜日午後一時より理事会を開き、修正の問題等について協議を行い、二十七日土曜日午前十時より開会いたし、討論、採決を行うことといたします。 本日はこれにて散会いたします。 午後二時十九分散会