文部委員会 第8号
- 発言数
- 67 件
- 登壇者
- 8 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1954/02/24
会議録
○辻委員長 これより会議を開きます。 文部行政に関する件を議題とし、前会に引続き質疑を続行いたします。高津正道君
○高津委員 私に日本学術会議に対する文部大臣並びに現内閣の態度に関して、二点だけ質問をいたします。 その一つは、学術会議と政府とを結ぶために、科学技術行政協議会という重要機関があるのでありますが、その会長に内閣総理大臣がなつており、副会長に文部大臣が就任しておられるのでありますが、会術会議の結成以来、総理大臣は一度もそれに出席していないし、大達文相もそれに就任以来一回も出席しておらぬということは、私は非常に科学というものに対して、またこの学術会議に対して不熱心であると思うのであります。どうしてそういうようにこの学術会議に対して冷淡なのであるか。これははでな問題ではないけれども、現在の内閣並びに大達文相が、科学に対して不熱心であるということを物語っておる有力な一つの材料であると思うのでありますが、何ゆえにあなたはこのように学術会議に対して冷淡をきわめられるのであるか、これをまずお伺いいたします。
○大達国務大臣 科学技術行政協議会の副会長として、私はその任務に当つております。私文部大臣になりましてから間もなくその会合がありまして、当時私出席したのであります。ただその後におきましては、役所のいろいろな都合がありまして出席をしておりません。ただ文部省の関係の役人がいずれの場合にも出席をしておりますし、それから行政協議会の事務当局と申しますか、その方は常に連絡をして、私報告を受け、決裁もしておるのであります。ただ普通の場合には、事務的と申しますか、会議自体の運営に関するような事柄が非常に多いのでありまして、これも文部大臣としての仕事にさしつかえない限り出たいと思っておりますが、さようなわけで、特に不熱心であるとか、冷淡であるとかいう気持はないのであります。
○高津委員 役所の都合があって出席していない、文部省の者が出ておるという答弁であります。そうしてまたもう一つの大臣の理由づけは、機構などの問題がその会合では非常に多いからというお話でありますけれども、その協議会は月に二回も会合を開いておるのであり、大臣が出られれば、大臣に対して向うも親しく言いたいこともあるのであろうし、私は、自分の部下と言うのですか、適当な言葉を知りませんが、他の文部省の関係者を出して、自分はそんなに出ていないということは、怠慢のそしりを免れないと思いますが、やはりあなたは同じようにお考えでありましようか。
○大達国務大臣 怠慢であるかどうかとい点については、これは御批評のことでありますから、私が怠慢であるとかないとかいうことを申し上げるべきことでにありません。しかしながら私が多くの場合に出席ができないためにその方の仕事の面に支障を来すというようなことは、私としては考えておりません。学術問題でありまして、学術局長け、常にその方面と連絡をしておりますので、もし詳しい説明が必要でありますれば、学術局長からお話申し上げます。
○高津委員 第二にお伺いいたしたいのは、文部大臣は行政改革の副本部長でありますが、今この日本学術会議は民間のものにされようとしておるといわれておるのであります。私はさきの委員会において承ったのでありますが、どうも明瞭を欠いておるようなので、――それは大臣の直接答弁ではなかったのでありますが、これを民間のものにするような行政改革が行われようとしておるのであります。民間のものにするならば、現在の仕事もできなくなり、日本の実情においては学術会議というものをまるで殺してしまうようなことになる、こういう叫びが、学術会議から大きくあげられておるのでありますが、行政改革副本部長として、また文部大臣として、これに対して、日本学術会議のほとんど全部の人の意向の生きるように大いに力を尽してもらいたいと思うのであり出すが、現在のところはどういうように進行しておるのでありますか、その点をお伺いします。
○大達国務大臣 この行政改革本部の仕事につきましても、私文部大臣としての仕事を持っておりますので、実はとぎれとぎれに会合に出るような模様でして、ことに最近はほとんど出ておりません。さようなわけで、行政改革本部としてどの程度にこれが進行しておるかということについてに、申訳ないことでありますが、実は私存じておらぬのであります。ただ、民間に移すとか、あるいはまた文部省の方にそれを所管がえをするとか、いろいろ議論があるようでありますことは承知しております。またそれに関連して、学術会議の茅会長以下非常に心配して、民間に移すということのないように、少くとも文部省で引取つてくれるようにというようなことを、非常に熱心に私どものところに申し出ておられます。私どもは茅会長の言われることもそれぞれ理由があると思つておりますが、しかし御承知のように学術会議というものは、文部省所管ということでもありませんし、また行革本部としてまだ正式な意見を決定しておるということでもありませんので、それが文部省に関係して参ります場合には、私どもとしても考えをきめなければならぬわけでありますが、今のところ成行きを見ておるという状態であります。
○高津委員 参議院の内閣委員会において、日本学術会議の所管をかえるか、あるいは民間に移すか、あるいは従来通りにするかというような問題について、近く公聴会が開かれることになつておりますが、私は、内閣委員会だけでなく、この文部委員会においても、この問題について発言権を持つて、そうして大いにわれわれの意向をその処理に反映したいと思うのであります。どうか大臣に、こういう委員の意向があることを忘れないで、この問題に対しては善処していただきたいと思うものであります。私は本日はこれだけで質問を打切ります。
○辻委員長 小林進君。
○小林(進)委員 いろいろ大臣にお伺いいたしたいのでございまするが、第一の問題といたしましては、最近どうも憲法の改正とか、あるいは再軍備とかいうようなことが唱道をせられおります関係上、学校の教職員諸君が、この憲法に基く平和教育を行うという点においてはなはだ自信を喪失いたしておる傾向があるのでございますが、こういう教員の教育に対する心構えといいまするか、憲法に対する心構えというものをひとつお伺いをいたしておきたいと思うのであります。
○大達国務大臣 この憲法の精神に従い、また憲法を守る、これは当然のことでありまして、わが国の教育の上にも最も大きくこれが取上げられなければならぬ、かように考えております。
○小林(進)委員 昭和二十六年に地方公務員法が施行せられましてから初めて公立学校の教師となる者は、赴任地の教育委員会へこういうような宣誓書を出すことしなつておるのであります。大臣も御承知と思いまするが、「私は、ここに主権が国民に存することを認める日本国憲法を尊重し、かつ、擁護することを固く誓います……」こういう宣誓書を地方教育委員会へ提出して教員諸君は赴任をいたしておるのでありますが、この宣誓書に基いて教員諸君が憲法擁護の運動を各職場において行うことがはたしていいか悪いか、この点をまず文部大臣にお伺いいたしておきたいと思います。
○大達国務大臣 教職員が就任する場合にそういう宣誓書を出しておるということは私も承知をしております。そうして、その宣誓書の中にあるところの、憲法の基本的精神である主権在民、これを尊重し、その憲法を守るということを固く誓う、これは当然なことであろうと思います。 ただ私が考えますには、憲法が現に存在して、いる限りその精神は重んぜられ、その憲法が守られなければならぬことは当然きわまることでありまして、基本的な法律があるにもかかわらずその精神が蹂躙される、これはいけない、これは私は問題にならぬと思うのであります。ひとり憲法だけではありませんが、憲法を改正するという議論が政治的な議論として片方にあり、また、現行憲法をそのまま維持した方がいいという主張がある。その場合に、憲法を改正した方がよろしいという議論をする者が憲法をこわすのだとか、また、憲法に改正しない方がいいということを言う主張が憲法を擁護するのだというふうに私は考えておらぬのであります。憲法の中にももちろん改正をせられることあるべきを予定した改正に関する規定もあるのですから、その所定の手続をふむこと前提として、また国民の投票によって憲法が改正せられる、この前提と、その仮定に立つて憲法を改正する方がいいか悪いかということは、これは政治上の議論であります。この場合にそういう見地に立っての憲法改正論、何でもかでもこれに反対するということが必ずしもその宣誓書にいうところの憲法擁護、こういう意味とは少しずれておるのじやないか、こういうふうに思いますから、その点は念のために申し上げておきます。
○小林(進)委員 大臣の御迷答に接して、今の御説明が何を意味しているのか、私ははなはだどうも了解に苦しむのであります。御迷答の迷は迷うの方でありますから、その点はひとつ御了承願いたいと思うのであります。いやしくも自分が宣誓をして、あくまでも憲法を擁護することをかたく誓いますと宣誓をした、その宣誓に殉じて憲法擁護に邁進をし、なおかつその擁護せんとする運動を阻止あるいは反対をなする者に対して反対論を述べて、自分の擁護せんとする主張を貫くことがどうして一体悪いのか、私はその点をいま一度お伺いいたしたいと思う。
○大達国務大臣 その場合に反対の意見を述べるということは悪いというわけではないのであります。こういう意味で申し上げたのじやない。反対の意見を述べても、また賛成の意見を述べても、それはさしつかえないと思います。ただ憲法を擁護するという意味は、憲法の存する限りその法規に従つて行くべきものである、こういう意味だと私は解釈するのであります。その場合に憲法改正論を言う者は憲法を擁護せざる者である、憲法をこわす者である、こういうふうには考えておりませんから、そこのところを念のために申し上げたので、決してその改正論をすることがいいとか悪いとか、またそれに反対して現行憲法を存置すべきであると言う者をいいとか悪いとか、そういう意味ではないのであります。ただ擁護けるという意味は、現在の憲法の存する限り、いわゆる遵法精神ということであつて、たとえばこれは具体的に、あまり脱線しては悪いのですけれども、現行憲法をそのまますえ置いて再軍備をやるべし、これは憲法が守られておらぬということだと思う。けれども、現行憲法というもののある限りはそれを尊重して行くということは、これは法律を守るということであつて、それと改正反対と、この分は別途の問題であろう。憲法を改正してこういうふうに改めた方がいいのだ、こういうことを言う議論も決し憲法を守るとい範疇の外に出るものではないと思う、こういう意味のことを申し上げたのであります。
○小林(進)委員 憲法改正論が憲法を破壊するものではないと言うが、憲法を守るために憲法擁護の主張をなしていいか悪いかという私の質問に、なぜそんなことまでつけ加えて御説明される必要があるか、私はその点非常に迷うのであります。いわばこの宣誓に基いて憲法擁護の主張を続け、憲法擁護運動を実際行動に教員諸君が示すことは、憲法が改正されるまでであります。もちろん改正された後において現憲法の正しさを主張し、あるいはこれの擁護運動を実践することは、これはもちろん私どもは支持するものではないのであります。現在の憲法が存在する限り、改正に至らざる限り、これの擁護も主張も続け、なおかつ宣誓に基いて擁護するための実践運動を具体的に教員諸君が行うことは、これは妥当であると私は信ずるのでありますが、この点ひとつ大臣の簡明なる結論をお聞かせ願いたいと思うのであります。
○大達国務大臣 先ほど申し上げましたように、そういう政治的な主張をするということは別に何のさしつかえもないことであります。その限りにおいてはさしつかえない、こういうふうに思います。
○小林(進)委員 これは重大問題でありますから、執拗でございますが……。今主張することはさしつかえないという大臣のお答えをいただきました。具体的に実践運動をやることは、これも私は妥当であると信ずるが、この点をお伺いしておきたいと思います。
○大達国務大臣 実践運動というきわめて抽象的なお尋ねでありますが、その実践運動ということも、観念的には私に少くとも現行の法制のもとにおいてはさしつかえないと思います。しかしその実践ということはどういうことで、具体的にはいろいろやり方がとられるだろう、そのやり方のいかんによつてはこれがいろいろな現行法規に触れるということでもあれば、これはそのそれぞれの場合について判断されるべきことで、ただそういう主張を実況するための運動するということそれ自体は、観念しては別にさしつかえないことである、そう思います。
○小林(進)委員 それでは具体的に一つの事例をあげて御質問申し上げまするが、これは現在憲法擁護国民連合というものができ上っておりまして、超党派的な団体でございまして、この連合の議長に片山哲氏、委員代表に有田八郎氏、こういう各界の名士がその座にあられて、日比谷の公会堂等で盛大なる発会式を行われ、爾来全国的に各地で講演会やら大会が行われている。たとえて言えば、憲法擁護の大会をその地区における教職員あるいは教職員組合の諸君が主催いたしまして、講演会やらあるいは宣伝その他に具体的な運動を展開することが、これがはたして合法であるか、合法でないか、私は妥当であると信ずるのでございますが、この点ひとつ大臣のお答えを願いたい。
○大達国務大臣 ただいまお話になりました限りにおいて、私もさしつかえないと思います。ただ、具体的な宣伝運動、こういうふうにおつしやいますが、これに必ずしも教員だけではありませんが、それぞれの場合の具体的の事実に基いて法規に牴触することがあるかないかということは、これは事実問題でございますから……。しかし今おつしやつた観念としてはこれまた私はさしつかえないと思います。
○小林(進)委員 この問題は大体大臣のお考えを承りましたので、次に別の問題をお伺いいたしたいと思うのでありますが、それは映写機の問題で、いろいろございますので入れ違いで順序不同になつて参りますが、手近なところからひとつ……。文部省が米国との協定で映写機を無償でアメリカからもらうような協定というのでありますか、私はしかし文部省が協定なんかできるはずはないと思いますが、協定をされたというような話である。「文部省によつて代表される日本国政府と在東京米国大使館文化交換局によつて代表されるアメリカ合衆国政府間の協定」こういうようなことで、これは真実かどうか知りませんが、「ナトコ映写機及びスピーカー一千二百七十五台、映写幕一千九百三十九本、レコード・プレヤー四十七台、ヘスラー幻燈機七百十一台(以上の一連番号別紙の通り)をアメリカ合衆国の所要数を超過している故を以て、ここに文部省によって代表される日本国政府に贈与することとする。」こういうような協定を文部省がやられているかに承っておりまするが、一体これが真実であるかどうか、内容をひとつ詳しく承りたいと思うのであります。
○大達国務大臣 これは間違っていれば事務に直させますが、従来のナトコといいますか、アメリカの占領当時からのことで、映写機を貸与して、いろいろな文化映画というようなものを写して便宜をはかつておつた、こういうことがありました。ところがアメリカの方でもうフイルムまで持つて来るということはできないことになつて、それで今まで使つておつた映写機をそのままくれてやる、無償で所有権を移すから適当にやつてもらいたいというような話であると私は思います。その辺は今その担当の事務の者がおりませんので、もし必要がありましたら詳しく申し上げます。
○小林(進)委員 これは特に重要問題でございまするので、詳しくお尋ねをいたしたいと思うので、ございまするが、事務の方がおいでにならぬければ、どうか早急にひとつお呼びを願って、詳しい、納得の行く御説明を伺いたいと思うのでございます。ただ事務の方が来られる前に、こういう外国との協定を文部省だけにおいて一体行うことができるのかどうか、この法律解釈を私はまず文部大臣のお伺いしたいと思います。
○大達国務大臣 実は私この協定がもう成立しておるかいないのかも、はなはだ相済まぬことでありますが、はつきり承知しておらぬのであります。ただこれは従来条約とかなんとかいうようなむずかしいものではないので、ただ寄付を受けておる。たとえばこの前の冷害、水害の場合でも、ユニセフの方に頼んでミルクを大分もらいましたが、それと同じようなもので、向うの寄付をただもらう。それを協定という名前をつけておるのかどうかしりませんが、向うから寄付を持つて来たからそれを受取る、こういう性質のものと私は解釈しております。
○小林(進)委員 これは私は文部大臣としては実に雑駁な、不穏当な御答弁だと思うのであります。災害のときにもらつたミルクと、この今もらつた映写機と同一のケースで判断されるなどということは、一国の文部行政をつかさどる文部大臣として、私は実に不穏当もはなはだしいと思うのであります。ということは、私が今ここで申し上げることが間違つていたらひとつ御訂正を願いたい。「上記機材は文部省に贈与され、日本国民の利用に供するよう、文部省から各都道府県教育委員会その他の公共教育機関に配布される。」第二が「機材の維持費並に補修部分品の補給に要する経費は、全て右機材を責任を以て配布をうけた日本側各機関の負担とする。」これは経費の負担でありまするからこの一、二にけつこうであります。三、四が問題なのでありまして、三は「文部省はアメリカ合衆国広報機関からの提供の続くかぎり、USISフイルム及び同手引書(研究と討論)を受領して、これらを都道府県教育委員会その他の公共教育機関に配布する責任を負う。」第四は「文部省は、ナトコ映写機による映画上映に際しては、必ずUSISフイルムを上映することを条件としてナトコ映写機を配布する。」これはまるでアメリカの宣伝機関じやありませんか。第五「文部省は、在東京米国大使館映画部に対し、USISフィルムに関する上映月報を引続き提出することを承認する。」何ですか、これは。月報まで出して実際アメリカに隷属しておるではありませんか。第三、第四、第五の内容について私はいま少し詳しく御説明をお聞きしたいと思うのであります。
○大達国務大臣 その方の担当の者が参りましたならば、なお詳しく申し上げたいと思いますが、しかしそれはこういうふうに御了承いただきたいと思います。つまりその映写機の寄付者の条件であると思います。そこで実は文部省としましては映写機がこわれたり、いろいろ修理を要するとか、あるいは部分品をとりかえなければならないというようなことで経費がいりますので、大蔵省の方へ、映写機をくれるというから、その修理その他に要する経費をわずかではありますが、要求したのでありますが、認めてくれませんでした。そこでそのもらい受けたものを文部省が持つていても修理することはできなくなりましたので、教育委員会の方にそれをまた渡す。これは教育委員会の方が経費の都合等によりまして受け取つてもしようがない。こう言えば無理に強制して経費の負担を持たせるということではないのであります。今あなたの仰せられることも、これはアメリカの寄付をするについての条件というふうにお考えくだすつていいのではないかと思います。
○小林(進)委員 大臣はどうも実に安易にお考えになっているのに驚くのです。かつて大臣も滿洲國や、昭南やら、北京やら、植民地政策の先端をお進みになつたから、這般の事情はよくおわかりだと思う。滿洲國へ行つて各市町村に日本が映写機を、くれてやつて、わが日本帝国の宣伝フイルムをやつて、機械をくれてやるから、費用はお前が持つて大いにやれ、そうしてその映写機の宣伝効果は毎月月報を出せ、対占領政策、植民地政策でこれほど巧みな手段方法はないと思う。私は、何もアメリカが日本を植民地化するがためにそういう巧みな宣伝方法としてこの映写機を無償でくれたのであるというような独断的な結論に出しませんけれども、いやしくも外国が外国製の宣伝フイルムを無償でくれ、各地で映写をして、そうして毎月その効果を月報で出せというようなことを、安易な考え方では、私は大臣の常識を疑わざるを得ない。これがアメリカの宣伝でないという証拠がどこにありますか承りたい。
○大達国務大臣 なるほどアメリカの側からいえば、アメリカの事情を紹介するとか、あるいはそういう目的があると思います。そのお読み上げになつた条項に従えばそうだと思います。私どもの方では、これが日本の教育の上に幾らかでも資料として有益である限り、これを拒否する理由はないと思つておるのでありまして、その流して来たフイルムの他がわれわれの方から見て好ましからざるものであれば、もちろんそういうものを上映する必要はありません。いわんやアメリカが日本を植民地化するというような意図をもつて妙なフイルムをよこす、こういうことであれば、それは上映する必要は一つもないのでありまして、上映しなければならぬ義務があるわけじやない。寄付を受取るについての条件でありますから、そういうフイルムが来れば、いつでもその寄付を断つてもいいことで、あると思います。ただ諸外国との文化の交流、諸外国の事情を知る、こういうことは私どもは教育上決して悪いこととは思つておりません。たとえばこのごろ問題になつておりますフランスの政府が松方コレクシヨンを日本に返すということ、それもやはり条件をつけまして、フランスの美術、フランスの文化の紹介宣伝をするという意味で日本へそれを返す、こういうことでありまして、それが日本の政治の上に悪い影響を持つものであれば、これを向うが言うたからといつて受取らなければならぬりくつにありません。しかし、そう狭く考えないでも、これが世界各地の文化なり事情たりをいろいろ知る上において有益で、あると考えられれば、それを断らなければならぬということはない。そう偏狭に考える必要はないのではないかと思つております。
○小林(進)委員 偏狭ではないのであります。大臣は今フランスの松方コレクシヨンの例を言われた。わが日本に対する圧力はフランスとアメリカとでは違います。フランスならば、いやしくもわれわれは敗戦国でありますが、やや対等のつき合いは許されておる。私は松方コレクシヨン、文化の交流、フランスとの関係に大いに賛成であります。しかしアメリカは違う。特に今ここで、言われておるところのフイルム、映写機の問題に、これは新たに独立を回復いたしました日本が対等の立場で結んだ内容でいありません。アメリカが権力をもつてわが国を占領しておるときにやつていたそのフイルム、映写機ではありませんか。占領政策の継続そのままである。独立日本としての対等の交渉は一つもない。大臣は、わが日本の国情に合わないフイルムならば、いつでも拒否してよろしいと言われたが、一体この契約書の中のどこにそれがありますか、一つもない。しかもこれは何もそのフイルムを映写する義務がないとおつしやつた――ここにあるじやありませんか、第三には「その他の公共教育機関に配布する責任を負う」とちやんとあるではありませんか。責任を負うということは義務があるという押しつけじやありませんか。占領中のそういうフイルム、映写機を押しつけられて、われわれは責任で負わされて市町村へまわして、しかも毎月その月報を出さなければならないなんという、これ以上の植民地政策がどこにありますか。私は偏狭なことを言っているのではない、事実に基いて言つているのであります。こんなことにやめてもらいたい。大臣の御答弁を願いたい。
○大達国務大臣 それはただいま申し上げるように、寄付の条件として向うのそういう希望に基いてつくられたものと思います。しかしさればといつて、その送付せられるフイルムがどんなものでも、その規約によつて無批判に受取つてこれをまわさなければならぬ、そういうふうな解釈なすべからざることは、これは常識上当然であると思います。極端な例を申し上げると、どんなエロ映画を持つて来ても、どんなむちやくちやな映画を、持つて来ても、それを流さなければならぬ、こんなことは常識上考えられぬことでありまして、日本の立場から見て、これを流すことが教育上有害であるというものについては流す必要はない、私はそう思つております。これは当時どういう話合いか、当事者を今呼んでおりますが、その辺はわかりませんが、しかしこれは当然そう解釈すべきものであつて、これは寄付の条件ですから、もし向うが押しつけてくれば、その寄付をあらためて断ればよいことである、私はこう思います。
○小林(進)委員 私はいかに大臣が御答弁をされても、この文書に現われた五つの条件をそのまますなおに解釈した結果に基くと、とうてい了承することができないのであります。しかし、これを具体的に契約をされた当事者がお見えにならぬというのでありますから、私はこの質問に留保いたしておきましよう。その当事者から詳しく内容を承り、その結果に基いて私もまた態度を決したいと思うのでありますが、これがもしそのような内容であるならば、これはもはや一文部委員会の問題ではない、大きくわが日本の独立を侵害される国会全般の問題として取上げても、文部当局の猛反対を促さなければならないと思います。しばらくこの問題は留保いたしておきます。 次に、あまり大きな声を出すのも能ではありませんので、ひとつ大臣の日常の御多忙な生活の一面をお伺いしたい。文部大臣に御就任をされまして、公的な面会をされる面会人その他は平均して一日どれくらいであるか、これは大臣でなくてもおそばの人でもけつこうでございますが、お知らせを願いたいと思うのであります。
○大達国務大臣 それは思想調査以上の問題でありますが、(笑声)私は一日どれくらいだということを覚えてもおりませんし、またそのような御質問に対してお答えする必要もないのではないかと思います。これは何も文教行政に関係ないことであります。
○小林(進)委員 われわれがこれから大臣の文教行政を承るためには、こういう公式の格式張つた回答だけではなく、ときには大臣室に大臣を訪れ、ときには必要によつては私宅に訪れて、ひざを交えてわが日本の教育行政に対する大臣の真意を伺う場合も出て来ると思う。そういうときにもしも大臣の身辺が公的生活に伴つて非常に面会人や接客が多いということになれば、いささかわれわれも遠慮しなければならないし、もしも閑古鳥の鳴くような文部大臣室でひまのまま晏然としていられるということになれば、進んで面会を申し込むということにもなりますので、そういう意味から私は日常どれくらいの人を相手として話をしていられるかをお伺いしたのであります。
○大達国務大臣 私は非常に面会人の多いときもありますし、割合に少いときもあります。一日平均、どれくらいになるかということは別に勘定もしておりません。ただ、私に御用があつてお話があるということであれば、いつでも喜んでお目にかかります。ただその場合に、やはりさしつかえのあることもありますから、電話なり何なりで御連絡くだされば、そのときにお返事申し上げる。どうも平均の人数ということは私にもわかりません。
○小林(進)委員 喜んでお会いくださるという大臣のお言葉、私に非常に感謝にたえない。おそらく文部委員としての私なるがゆえにそういうお言葉をくださつたと思うのでありますけれども、話は少し古くなりますが、文部大臣は、じかに自分が掌握せられて、ほんとうの指導あるいは監督をしなければならないのは教職員じやないか、なぜ一体教職員諸君に対して今も言うように喜んで面会してくださらぬか。いわゆる昨年起つた居すわり戦術の問題であります。教職員諸君が四十名――これは数においては私は決して多いとは思わない。大臣だつて、島根でございますか、地方郷里の連中が上京して参議院に出て来るときには、確かに三十人、四十人も喜んで面会をされておるはずだ。ないとおつしやるならば、私もこれは調べさしてもらう。私だつて私の郷里の連中が私をしたって来る場合には、四十名より五十名がうれしい、五十名よりは六十名の方がうれしい、喜んでお会いいたしておるのであります。大臣にすれば選挙区の連中が四十名、五十名来るのは確かにうれしいに違いないが、教育行政の主管者として一片の愛情があるならば、自分が指揮監督をしている教職員の代表諸君が四十名、五十名面会に来るということは、喜んで私は会見、面会するのが至当じやないかと思う。それを会わなかった。そして教員諸君は会いたい一念で居すわり戦術を文部省でやつた。これが社会の大きな顰蹙を買つて、今教職員組合あるいは教職員を弾劾する輿論の一つの材料になつておる。先生という身の上でありながら居すわりをすることは何事だ……、だれがそうさせたか、だれが面会をしなかったか。これが大蔵省とか労働省とかという別の官庁へ先生方が行つて居すわりをしたというならともかく、あなたは主管者であつてなぜ一体会わなかったのか。なぜこんな非難を生むような欠陥を教育行政の主管者として出来したのか、その心境を私は承りたいと思うのであります。
○大達国務大臣 これは昨年の夏でしたかの、いわゆるすわり込み事件についてのお尋ねだろうと思います。これはその当時文部委員会におきまして相当のお尋ねもあつたり、いろいろ申し上げておったのでありまして、これは特別国会当時の速記録をごらんいただけば詳しくわかります。私当時の記憶を申し上げますと、当時国会は開会中であります、そうして文部省に――これは人数は何人であつたか知りませんが、四十人であつたか、五十人であつたか、会いたいという申入れがありました。当時は国会開会中であつて、この委員会なり本会長に始終呼び出されるのであります。そこで私はこちらへ来てもらえれば会いましよう、政府委員室で――ただ時間は答弁の関係で多少待つようなことがあるかもしれぬが、国会の方へ出向いてもらえれば会いましよう。政府委室は御案内のように狭いですから、せいぜい十人か十五人程度にしてもらいたい。そうして時間も開会中でいつ呼び出されるかもわからぬし、私の方も国会の関係でいろいろ準備をする仕事もあります、だからそう長い時間はとにかく、三十分程度ならばひまができると思うから、国会の方へ来てもらいたい、政府委員室で会いましよう、こういう返事をしたのです。これは当時この席でも申し上げた。ところがさようなことは承知せぬという。文部省で会いたい、そうして人数については無制限、時間についても無制限の時間をもつて面会をする、こういう申入れであつたのであります。私もからだが二つあるわけじやないから、国会におりながら向うへ行くということにできない。いわんや無制限の人間に対して、無制限の時間で会う、こういうことは普通の面会申込みの常識を離れた話であります。無制限の人間ということは、これは不特定多数の人間に面会するということであつて、そういう無法な申入れには、当時の私の事情として――面会人が日に何人来るかというお話でありますが、私は当時文部省でぶらつとしておつたのではない。特別国会でこつちにおつた。だからしてそういう返事をした。ところがその晩は泊り込んで、翌朝になつてあらためてそういう申入れがあつた。私は前のようなことならば会うけれども、そういう申入れで会うことはできない。それでまたその晩も泊り込みになり、あげくのはてに文部大臣室に入つて騒ぎ出した。これはだれが見ても決して穏当な行為じやない。やむを得ず警察官に来てもらつて、部屋の中に入った人だけは出てもらいました。ところがまたさらに同じ要求が繰返された。そのうちに人数はだんだん増して、これははつきりした人数はわからぬが、文部省の職員の報告によると、ほとんど五百人に近い人数が文部省に入つて来た。こういうことなんです。そこでどうでも会えという談判であるから、さようなほとんど面会を目的とするものでなくして一種のデモンストレーシヨンをする、その一役を私に買えと言われても、これはできない。いわんや国会開会中であつて、そういう無制限の人間に無制限の時間会うということは無理です。不可能です。それで会わない。今度は会わないと言いました。そのときは。とにかくそういう示威運動がましいことはやめて。今夜の九時だつたか十時かまでに一応引取つてもらいたい、示威運動の威圧のもとに会うということは私にはできないから引取つてもらう、引取つてあらためて会うというならば、国会に出る前、九時半から十時までの三十分間、執行委員、役員の責任のある人、この人に会いましよう、それでなければ会われない、こう言つたところが、結局その晩みた引揚げた。引揚げて翌朝会見しました。会見の相手は五十人であります。傍聴と称する者が――とにかく第一会議室で会ったのでありますが、部屋は立錐の余地もなかつた。そういう経過でありまして、決して面会を拒絶したとか何とかいうことはない。これはいずれに理があり、いずれに非があるか、おのずから明らかであると思います。
○小林(進)委員 大臣は、それを鬼の首でも取つたように、日教組や教員の政治活動禁止の一つの材料としてあらゆる方面で御説明になつているだろうから、まことに今の御答弁に暗記してるごとくすらすらとよどみなく説明が出ました、敬服の至りであります。実に名文章であります。おそらく熟練工の域に達しておると思います。しかしその大臣のりくつは、りくつは立ちますけれども、しかしそれでは文部大臣として、文部行政の適任者であるといういささかの裏づけにもならない。言つては悪いけれども、それがもし大達文部大臣ではなくて他の文部大臣であつたら、はたしてそういうような形ができ上つたかどうか。もうそれはりくつの問題じやないと思う。お互いの信頼の問題だと思う。大臣は教職員の代表の諸君を信頼せず、だから教職員にこの大臣はわれわれをけ飛ばしたという怒りに燃えて、だんだん信頼感が反抗の形に燃え上つて行った。だれが悪いのか。あなたのおつしやつたことは決して文部大臣としてのりくつじやないのであります。昔の内務大臣のりくつであります。警察隊長のりくつなんです、そういうりくつをつけて教職員や自分の所管の人々を取締り縛るのは、非常にりくつに合つた名文句ではございますが、いわゆる人情とあたたかさとヒユーマニズムをもつて日本の教職員組合を育てようとする、いわば文部行政の長としてに、決して私は了承できないのであります。この問題はいずれまたあらためて大臣の真意をお尋ねしたいと思う。私は論争するのが目的じやありません。 なおそう、いうようなお言葉をお出しになりますところの大臣が、ほんとうに文部大臣として適任であるか、どうか、私に、文部委員長、これあるがゆえに文部大臣の経歴を詳しく承りたいとお願いした。そうしたらわが文部委員長は、参議院の議員要覧をながめろ、それでなお及ばざるところは文部大臣に問うてただせばよろしい。こう言われたのであります。こういう冷淡な返答――いやしくもわれわれがその人の思想、その人の動静を知らんとするならば、まずその人の本質をきわめなければならない。われわれは大達文部大臣の文部行政に協力し、お力を貸したいと思うからこそ大達文部大臣の経歴を調べたいと思つたが、文部委員長に協力しない態度をお示しになつた。非常に私に残念であります。幸いにして私どももあらゆる方面で大臣の輝ける過去の御経歴を知ることを得さしていただきました。大臣の経歴は、戦争日本とともに輝ける経歴でございますが、この経歴を承ることはあとまわしにいたします。 次に宗教関係でお伺いいたしたいと思うのであります。われわれは行政監察特別委員会におきまして、たまたま富士山頂払下げ問題で非常に論議を闘わしたのでありまするが、大蔵省が国有財産社寺境内地等無償払下げに関する法律第五二号などというようなものを、憲法に神社や宗教を国家が保護してはいかぬと定めてあるにもかかわらず、こうした法律をつくつて、神社や宗教団体に国家の財産の莫大な払下げをしてしまつた。たとえて言えば、男體山、筑波山あたりに一千万町歩というような土地を払い下げた。それが進み進んで富士山頂八合目以上――静岡県の淺間神社という一神社に、名山富士山の山頂を払い下げるといういうな恐るべき結論を出すに至つたのでありまするが、辛うじてわれわれ行政監察委員会では、その払下げは不当であるということになつた。それこれは別にいたしまして、この神社そのものの行政をつかさどる文部大臣とされまして、この法律五三号は憲法に違反しているんじやないか、そういう神社や宗教に対する無償払下げは、これすなわち憲法に対する違反行為でないかどうか、この御見解をまず承つておきたいと思うのであります。
○小林(行)政府委員 国有境内地の処分に関する法律が憲法違反ではないかというお尋ねであつたと思いますが、御承知の通り、終戦後現憲法におきましては正教分離の根本方針をとつております。従つて戦争中あるいにそれ以前のように、国が宗教に対して援助をすることができないことになつております。従来いろいろな関係で、神社につきましては国家から援助があつたのであります。その一つの形体といたしまして国有境内地、すなわち国が神社にその土地を境内地として無償で貸しておったのでございますが、戦後にはこういう経済的な援助をしてはならぬということから、政教分離の建前で境内地の貸付を廃止するということで、この境内地処分に関する法律ができたものと考えております。従つて現憲法の精神によつてできておるものであるという意味で、現在の憲法の精神には反しないものというふうに文部省としては解釈いたしております。
○小林(進)委員 政教分離の建前で、従来の宗教や神社を援助してはならないことになつている。ならないことになつているのに国有財産を無償でくれてやる、こんな援助がございますか。貸してやつても援助でございます。便宜を与えても援助でございます。国有地を無償でくれてやる、これが援助でないという証拠がどこにありますか。
○小林(行)政府委員 援助するということは、断絶するためにこの措置がとられたもの。従つて境内地をくれるということに、その関係を断絶するためのものであるというふうに了解をいたしております。
○小林(進)委員 断絶するための理由であるといなとにかかわらず、憲法では、国家が宗教に干渉して保護することも援助することも相ならぬといつている。断絶するというのはこれにりくつであります。理由は何であろうとも、くれたという現在は――無償で払下げてやつてくれたというこの現実は、援助している結果になつているではないか。くれたということは、事実において援助し保護したという結果になっているではありませんか。それを私は承りたいのであります。その結果を聞いているのであります。
○小林(行)政府委員 御承知のようにこの法律では、境内地を無償で譲渡するためには条件がございます。従来社寺の境内地であったものを、国がw沿革的に取上げたというような場合で、現在でも神社が無償で借りておる。そうして境内地として必要な場合に限りこれを神社に無償払下げするという厳格な条件でございます。沿革的にそういつた神社から取上げたというような、すなわち譲渡を命じたというような特別な理由のある場合と思いますので、必ずしもそれが、宗教に対して、国が援助しているということにはならないと私想つております。
○小林(進)委員 小林さん、あなたは調査局長でございますか、部長でございますか。(「局長だよ」と呼ぶ者あり)実に嘆かわしい。けれども事務当局の答弁としては、まあそこら辺が手一ぱいでございましよう。もうそれ以上追究するのにやめますが、そういう宗教活動に必要云々というような条件は、私も了承している。けれども物をくれてやつたんだ。くれてやつてなおかつそれが援助したことや保護したことにならないというような、そういう三百代言的な答弁をおやりになる。だからあなたは事務官の域を出ない。いま少し頭をクリアにして答弁を願いたい。その問題は私に了承しません。これにまた別な新ただ委員会で論ずる。論じてあくまでもこの問題は糾明いたしますが、あなたの答弁じやこれ以上追求してもむだと思いますからやめておきますけれども、どうせ宗教問題が出たので、この際大臣に宗教一般について伺いたい。 古き昔をたずねれば――今も言うように、わが日本には淺間神社だの、筑波神社だの、男体神社というような、山を祭つたり川を祭つたりする因習的た宗教の名残りがまだ残つている。これを、今私が言つたように、国有財産を払い下げて、政府みずから助長援助している結果を現わしていることに嘆かわしいと思つている。この際宗教と国家との関係を断ち切るとともに、宗教に対して文部行政みずからが一つの見識を持つていてくれなければならぬと思う。古い宗教に対してもそうでありますが、特に最近の新しい宗教についてそうであります。あるいは靈友会、あるいは何とかお光様とか、あらゆるものが七百種類も乱立いたしまして、これがまた国民の思想あるいは道徳を低下せしめる上に重大なる影響を及ぼしておるのでありまするが、これに対し文部大臣の総括的な御見解をまず承つておきたいと思うのであります。
○大達国務大臣 宗教の問題でありますが、これはやはり人間の信仰の自由と申しますか、非常に根本的なものでありまして、どの宗教が健全な宗教であつてどの宗教がいわゆる淫祠邪教であるか、こういうようなことはそれぞれの人によつて意見はありましようけれども、そういう断定が容易に下されるべきものではないと私は思うのであります。法律に示してありますように、学校教育において宗教的情操というものを涵養する、これは必要でありますけれども、少くとも国立、公立学校においては特定の宗教に片寄つてはならぬということもきめてあります。従つて文部大臣としましては、この宗教についていいとか悪いとかいうことは言えないのではないかと思います。
○辻委員長 ちよつと受田君に申し上げますが、かねてからの質問通告が順番をお待ちになつておりますので、きわめて簡単にお願いをいたしたいと思います。
○受田委員 文部大臣は今宗教に関する御見解を表明されたのでありますが、私はこの機会に伺いたい。文部省はかねて日本の宗教団体に対する財産上の保護、その他の法的効力をあらしめるための宗教法人法案を提出し、二十六年四月以来これが法律として実施されておるわけであります。その法律を運用する責任にある文部大臣といたしましては、国家の法律によりまして免税でのその他税法上のを受けておるこの宗教法人が、その認証にあたつてはその宗教団体の所在地の都道府県知事がこれを認証することになつておるけれども、その認証にあたつてはなはだしく不正が行われ、策謀が行われ、誤られた判断に基いて認証がされたという場合には、これを取消しすることができる規定も宗教法人法の補則に規定されておるのでありますが、宗教法人がその目的を逸脱した場合において取消しをした事例があるかどうか、その点についてまずお伺い申し上げたい。
○小林(行)政府委員 宗教法人の規則の認証にあたつて何か不正が行われたというような場合について、規則の取消しをやつた事例があるかというお尋ねでございますが、私の記憶に間違いなければ、現在までは規則の取消しということはやつたことはないと思います。
○受田委員 文部省の宗教課長を、やつておられた篠原義雄氏は、その在任中において靈友会の認証その他に対する便益供与に収賄の疑いありというような嫌疑等によつて、法のさばきに服するような運命になつている状況でありますが、これに対してその所管長官である文部大臣としては、ずつと以前のできごとで私の在任中ではないという御答弁があるかもしれませんけれども、少くとも文部行政の責任者として、その所管する責任者が犯した過誤に対しまして、これを無責任に逃避することはできないと思うのでありますが、文部大臣としてこの篠原宗教課長の犯した罪悪に関し、その術に当つていろ人がその地位を利用して、特に宗教を認証することに対する便益供与などという忌まわしい行為に対して、国の基本的な宗教政策の上からいかなる所感を持つておられるか、この点をお伺いしたいのであります。
○大達国務大臣 宗教法人の認定に関係しまして現在犯罪容疑事件が発生しております、これは私にははなはだ遺憾に存じておるのであります。いずれこれに裁判の結果はつきりすることと思いますが、ただ宗教法人の設立の許可と申しますか、認可でありますか、これは宗教法人審議会というもので、審議をされまして、そして所定の形式なりその他のことについて審議されて、その上で決定されるのでございます。それに関係する事務をとつておつた篠原という人について収賄の事実があつたかなかつたか、これけいずれ決定することでありまして、かりにあつたといたしましても、その宗教法人の認可の手続の上に、法律にきめてあることを間違えて、それに違反して行われておる、つまり間違つて認可が与えられたというような場合には、取消し等の問題も起ろうと思います。しかしたまたまそれに関係した官吏が、つまり事務をとつた官吏がそれに関係して謝礼をもらつたということであつて、その事柄自体が正規の手続のもとにきめられたということであれば、これはいずれよく実際を調査しなければわかりませんが、それはすぐ取消しの問題にはならぬのじやないかと思います。これはいずれ篠原何がしのいかなる点において犯罪、収賄というものが成立されたか、それに関連して法人の設立認可というものについて違法な手続その他がとられた、その点が明瞭になれば、そしてこれの認可を取消すべきものと認めれば取消さなければならない、こういうようなことになるのではないかと思います。
○受田委員 文部大臣は宗教法人審議会が責任もつて認証の取扱いをするもので、あるということを申されたのでありますが、宗教法人審議会そういう認証に関する調査等をする機関である、認証の主轄庁は一応都道府県庁ということになつておりますし、同時にこの法人審議会の委員というものは文部大臣が任命をされるのであつて、文部大臣の職権によつて任命される人なんです。従つて文部大臣の腹のよくわかつた人間が常に委員におるわけです。従つて文部大臣の部下であつて宗務課を主宰しております宗務課長なるものに、その宗教法人審議会を動かすためには絶大な権能を打つておるということがはつきり言えるのであります。そういたしますと、宗務課長の動きなるものは結局宗教法人審議会を動かす、こういう結果に結論的になる。この点は文部大臣としても十分心得ておいていただかないと、宗務課長なるものの力がいかに偉大であるかということをはつきりしていただかないとこれはたいへんな過誤が起ろうと思うのです。 もう一つ、そういう文部大臣のお考えによるとするならば、この認証にあたりましてもし誤りがあつたという場合には、収消しをするのにやぶさかではない、また解散の規定もある、こういうことになりますが、この靈有会の認証をした昭和二十六年の四月法律施行の当初は靈友会は――私は靈友会の宗教としての立場を云々するのではありません、宗教は国憲によつてはつきりと自由が確言されておるのであつて、靈友会の宗教的立場にいささかも異議をはさむものではありませんが、この靈友会の指導者である人々の中に、当時すでに金塊事件あるいは麻薬事件等で検察庁の取調べを受けており、あるいは当時の占領下における忌まわしい事件として関係占領諸国家の間においても議論があつたような立場の者がある、そういうものの調査究明をしないで簡単に認証されたというところには、何か疑義かあるということは、これは疑いをさしはさむまでもないことです。従つてこういうものの調査究明を徹底的にして後に認証がさるベきではないか。従来施行令であつたときの立場と、法律として生れた立場とでははつきりそこに区別ががされておると思う。例の熱海にあつた観音教団のごときも施行令のときにはよかつたが、法においてはこれを認証することはできなかつたという事例もあるので、そういう点においては少くとも文教の府の最高指揮官である大臣としては、高い見識を持つて、過去の問題についても現在の立場から責任を負うというのが私は文部大臣の立場じやないかと思うのです。 もう一つは、この靈友会の指導者的立場にある人たちが、目下司直の手によつていろいろと疑惑を抱かれておる。しかもこの靈友会の顧問弁護士である木村保安庁長官は、この靈友会から贈られた金品を顧問料として受けておる。そしてそれは税法上の脱税行為になるというので、改進党の栗田君から告発されたような事件もあつたのでありまするが、こういうふうに政府の要路の人々が、この宗教法人法によつて認証された宗教に関係し、その他現内閣及び前閣僚の中にもしばしばそうした靈友会の諸会合に出まして、鼓舞激励を繰返しておるというようなことで、外部的に見ましてもまた内部的に見ましても、宗教法人が、宗教の自由というものの立場ではあろうけれども、いかにも外部に疑惑を抱かれるような立場に置かれておる。この問題に対して宗教法人を管轄する文部大臣としてはいかがお考えになりますか。宗教法人がその本来の布教の目的のための行為以外にそうした政治的な効きをする、政治献金をする、あるいは特に靈友会がその名刀を木村保安庁長官に贈り、木村長官の名義にまで、これが書きかえられておるというような事態などは、これは政治的に宗教が利用される、政治家を宗教法人が利用して、その宗教の布教のために大いに宣伝に努めようというような疑いもあるのです。保全経済会のその顧問の名につられて、多数の会員が吸収されたと同じような誤りが、またそういう現在の政府の大臣の立場にある人々が盛んに出入りをし、顧問弁護士として、あるいは顧問料として多額の金品をもらうとか、名刀を贈られるとかいうようなことによつて、この宗教の宣伝のために悪用されるというようなことになつたらば、もはや宗教法人としての本来の使命を逸脱して、政治的な方向にこれがなびいておるというふうな認定をされると思うが、これに対して大臣はいかが御見解をお持ちでありますか。
○大達国務大臣 この宗教法人については、これが宗教団体であるという点が確認せられれば、その他は所定の形式をふんでおれば一応認証せらるべき筋合いのものであります。その内容に立ち入つてこれがいいとか悪いとか、そういうことに審査の限りではない、こういうふうに私どもは思つております。これに信仰の自由という見地から来る当然の要求であると思うのであります。そうしてすでに認証せられて、宗教法人として成立した宗教団体の役員その他の者が、横領とかあるいはその他の刑罪に触れるというようなことがありましても、宗教法人なんというものはその役員のものではなく、これを信仰する者のものでありますから、そこで役員にかりに不都合な人間があつたからといつて、宗教団体そのものがそれだけの意味で否定されるべきものではないのではないか、こういうふうに私は思うのであります。ただしかしながら、宗教法人という名のもとに非常に公共の福祉に反することをするとか、一口にいえば悪いことばかりする、社会の福祉安寧の上から見てもその存在々許すべからざるものである、こういう場合も当然考えられるのでありますけれども、しかしこれを行政官庁においてそうであるないをきめるということに、そうしてその法人に解散を命ずるとかあるいは取消しをするとかいうようなことに、これにその宗教を信奉する人々の信仰の自由というものに圧迫を加えることになるのでありますから、行政官庁においてさようなことは極力避けなければならぬ。こういう建前からこの宗教法人の法律においては非常な異例の立法であると思いますが、裁判所が認定する、つまり犯罪その他のいわゆる処罰の関係をつかさどる裁判所が認定する。これは「法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為を、した」とかあるいは「宗教団体の目的を著しく逸脱した行為をした」とか――つまり宗教団体に対する批判あるいはそれをなくすることは、とにかく信仰の自由に対する圧迫でありますから、そういうきわめて極限せられた場合にのみ裁判所という特殊のものがこれを判断するということになっておるように私は思うのであります。そこで文部大臣としては、この宗教団体の中にそういう悪いことをして刑罰に触れる、そういう人が出るということは、これに非常に嘆かわしいことと思いますけれども、しからばといつて、これを信仰しておる多数の人がおるのでありますから、それをただちにいけないからということにはなかなか行かない。これは結局一般の人々の健全なる信仰また良識というものによつて、そういういわゆるインチキ宗教団体のようなものは早くなくしてしまうということが一番望ましいことである、こういうふうに思つております。
○受田委員 文部大臣はすでに教育に関するその中立性を叫ばれた立場から、二つの教育者弾圧法案を出されたわけでありますが、この法案は教育の中立性を一方的に破壊しようという形に結果的になつて来ておる。それはなぜかというと、大臣にこの法案をお出しになるのに、伝えられるところによるならば、法案起草の責任者の中には、大臣を中心に大臣の意図をくんだ数名のブレーントラストが新たに任命されて、いわゆる旧内務官僚系のそうそうたる方々が集められて、そうして文部大臣のはえぬきの純粋な立場に立つて教育を守ろうとする人々を押しのけて、ここに大達文教行政の宝刀を引抜いて、現下の教育の中立を自由党の大達色一色に塗りつぶそうという形があるように世間に伝えられております。こういうようにその時の文部大臣の考え方一つによつて文部行政を動かすということは、もはや中立性が破壊されておるのです。政党政派を越えた立場で文教の府を守らなければならないということは、あなたの前任者たちの中にもしばしば繰返されたことなのであつて、自由党の政策を強行しようとする立場から、その人事にまで特定の人をもつて、強硬な決意をもつてお進みになるということ、これははなはだしく世間に疑惑を抱かせておる最も大きな問題なのでありますが、そういうことまでして大臣が教育者断圧をしようとしておられるときに、宗教に関しては何らこれに関与されることなく、この法律の解放の規定の中にある裁判所の立場を申されて答弁としておられる。この問題などははなはだしく無責任きわまりないと思う。特に現在の閣僚、あなたと同じいすを並べておられる閣僚の中に靈友会から多額の金品を受けられて、それを脱税しておるという容疑まで持たれておる人がある。そして名刀まで贈られ、名義まで書きかえられておる。こういう事態に立ち至つておるのに、それに関与しようとなさららず、これ助長しようとし、一方的にある特定の宗教から多額の献金をさせたと同じことに結果的になつておるのであります。自由党の議員であり、自由党の大臣が金をもらつておるということは、結局特定の宗教団体から献金を受けておるということに結果的になるのです。こういうことに対してはまことに冷淡であるということは片手落ちではないか。宗教と教育ということは少くとも平和を守るための、しかも中立を犯してはならない一番大事なもので、あると私は考えておるのですが、その宗教と教育の一番大事なかぎを握つておられる文部大臣としては、一国の文教の府にある最高責任者として、宗教に対しても中立性を守らなければならない。しかるに閣僚の中にあるいは前閣僚の中にどんどん宗教を利用し、政党献金させ、文部省の宗務課長というような責任にある者が全国区参議院議員に立候補いたしまして、そして靈友会等から相当の選挙資金を出してもらつておるというような疑いさえ持たれておるのです。こういうことを考えてみると、いたずらに日教組のみを弾圧して、自由党に奉仕しておるところの多くの宗教団体を見のがしておるということは片手落ちだと考えますが、この点についてのお考えをもう一度伺いたいと思います。
○大達国務大臣 いろいろ文部省の人事を、何か非常な無理をして、私のごく個人的な考え方で文部省をかつてに引きずりまわすというようなことでやつておるという気持に、私にはむろんございません。つまりがあるかないかということは、よく本人が知つておることで、はたで憶測していろいろ言われますが、これははなはだ私としては遺憾に思うのであるが、ためにするところがあつてする宣伝でありますから、一々言うてみたところで、今お話のようにそうじゃないというのだから、私としてはやむを得ないことであります。 宗教法人の問題でありますが、先ほど申し上げましたようにつまらぬ宗教団体なるものに――これはどれがつまるかつまらぬかということはわかりません。個人としてはそれぞれ見るところがありましようが、とにかく一般的にいうそういうくだらぬいわゆるインチキ宗教のようなものは一般の良識あるいは、健全なる信仰という見地から、早くなくなつてしまうということが、まことに望ましい。ことに宗教に関係するような人々が法規に触れるようなことをするのにまことに遺憾であるということを申し上げたので、決してこれを助長するとかなんとかい気持は毛頭ありません。それに政府なり党なり、どういう人が関係して、どうしておられるか、それは私は関係するところではありません。それぞれその信仰に入つて、その人のいわゆる信仰の責任でありましよう。それが金をもらつたとかもらわぬとか、それは私は知りません。私はさようなことを究明する立場でもない。ただこれがすなわち自由党に対する献血になるとかなんとか、非常に一足飛びのお話でありますが、私はこれはそういうものではない、こう思つております。もとよりその辺の実情はよく存じません。しかしこういうインチキのもの助長奨励するということは毛頭考えておりません。先ほどの答弁にもこれははつきり申し上げたのでありますから、そこを誤解のないようにしていただきたいと思うのであります。
○辻委員長 町村金五君。
○町村委員 小林君の御質問の中途に、たいへん小林君の御寛容によつて多少時間ちようだいいたしましたから、今までこの委員会であまり論議をされておりません二、三の問題について御意見承つておきたいのであります。 先ほども高津委員からちよつと日本学術会議の問題についてお話があつたのでありますが、私も科学振興の問題について御所信をただしたいのであります。御承知の通り今日のわが国の現状を考えて参りますときに、日本の経済を自立させて参りますのには、科学の振興を本気になつてやつて行く以外に日本の進むべき道はないのではないかということを、日ごろ私は痛惑をいたしておるのでありますが、今度の政府の予算などを拝見いたしましても、一兆億円という厖大な予算の中に、科学振興のために盛られた予算はわずか十億円に満たないというような、まことに九牛の一毛にすぎないような情ないみじめな予算の状態に相なつておるのであります。従いまして今日の日本は、科学の進展におきましてはヨーロツパあるいはアメリカの諸国に比べてみますと、格段の遅れを見せておるということは、各方面の識者の一致しで指摘されておる問題なので、あります。今日のような状態が続いて参りますならば、現在二十年なり三十年なり遅れておる日本の科学の水準は、だんだん、ともっとその幅が広くなるのではないかということが懸念されるのであります。歴代の内閣も常に口を開けば科学振興ということは言われておるのでありますけれども、これがほとんど口頭禅に終つておるようなことで、現実の政府の施策なり予算なりに現れて来るところのものは、御承知のようによるとにすずめの涙ような情ない状態に相なつておる。なぜこの重大な問題が真剣に官民によつて取上げれないのか。この問題を特に文部大臣にお考えいただきたい。かような状態が続けて参りますならば、おそらく日本は経済的にはとうてい自立する機会を持ち得ないのでないか、この経済自立の根底をなすものは、確かに科学振興ということが重要な要素をなすものだと私は思う。しかるに今日まで大事だということは常に言われるのでありますけれども、実際の施策の上には、ほとんどこれが現われていない。なぜこれが現われていないのかということをまずひとつ伺いたいのであります。
○大達国務大臣 御指摘の通り二十九年度予算に現われております科学振興に関する経費は、大体前年度程度のものを維持し得たにどどまつております。これは緊縮予算の関係が多分に影響な及ぼしまして、科半技術振興のきわめて重要であるということに、これは朝野のひとしく認めところで、あり、政府としてもまつたくそのように考えておるのでありますが、しかし財政の関係で、大体科学振興経費としてその項目で計上されておるのは、ただいまご指摘になりましたような八億五千万円ですが、この程度の、つまり前年度と大体同じ程度にとどまざるを得なかつたのであります。ただこの科学振興の経費につきましては、これは今町村さんの言われましたのは全体的の問題でありますから、この予算の内訳の説明を申し上げる必要はないと思いますが、ある程度のようなものはその年度で完了するようなものもあります。従つて前年度通りということは経常的なものもありましようけれども、来年度において新しく入つて来るものも実は相当あるのでありまして、たとえば原子核の研究所の経費であるとか、あるいは天文台の何か非常にりつぱな望遠鏡を新しくつくるのであるとか、そういうようなものも相当新しいのが入つております。ただ予算のわくが大体前年度並になつておる、こういうことであります。そうしてその研究所の運営その他につきましては、これは大学の運営費のうちに入つておりますから、この方で三十億程度増額になつていると私は思つておりますが、さようなわけで乏しい中で極力これをやつて行きたい、それでご承知の通り文部省の関係する科学の振興というものは、大体基礎的な研究方面でありまして、これが経済産業の各方面に応用されるものにつきましては、むろんこれは関係はあるのでありますが、大体において基礎研究はいわゆる学術の研究として文部省がしておる。そうしてそれが経済産業方面に応用される面につきましては、これに各省にそれぞれ応用方面の研究の経費が盛られておるのでありまして、今それが総合してどれだけの経費になつておりますか、資料がありませんが、このいわゆる科学振興費八億幾らというきわめて貧弱なものということだけではないので、大学の運営費の方にそれが事実上同じ性質のもので入つているものもあります。各省のうちにもあります。けれどもただいま町村君が言われましたように、わが国の当面する経済の自立という問題を達成して、そうしてこの戦争中のブランクを取返して、他の諸外国の水準まで追いつくためには、これは非常な努力をしなければならぬ、またこれは非常な大切なことである、この点においてにまつたく同感であります。今後文部省の関係する分野におきましても、この点については極力努力を進めて参りたい、かように考えております。
○町村委員 私この間ある国立大学へ行つて先生に会つていろいろ話を聞いてみたのでありますが、今日わが国の各官庁の研究機関であるとかあるいは国立大学の研究機関というようなものは、数だけから申しますれば、必ずしも諸外国に比べてみてそう少いというようなわけではないそうでありますけれども、しかしながらこれらはほとんど形だけであつて、その設備のごときものはほとんど全部老朽化しておる。経費もわずかに人件費をまかなうにとどまつておつて、新しい必要な研究をやろうとしてもほとんど研究費などは、新しいものは計上されていない、従つて今日各地にありますところの研究所などは、外国ですでに研究が完成したものであつて、実際に今日の日本としても、また国際的に考えてみれば無用なものまでも、そのままに依然とし存在しておるというようなものなども、しさいに調べてみると非常に多いのだそうであります。わずかな金が非常にむだに使われておるというようなことも非常に多いそうであります。しかもまたこのわずかな経費なり貧弱な設備をもつて行われたところの研究の成果というものを総合的に調整するというようなことがほとんどできていない。これに各大学の研究機関あるいは各官庁の研究所というようなものが、またこの場合におきましても他の場合と同じように、実はにはなはだしいセクシヨナリズムにとらわれておる。そのからの中にこもつおつて、お互いの成果を利用し合うというようなことさえ遺憾ながらできていないというのが、今日のわが国の現状だと言われておるのであります。私もしろうとでありまするから、その実情はよくわかりませんけれども、とにかく科学技術の振興によつて、これを産業の方面に実用化して参るということは、今日当面の最も喫緊な輿論であると私どもは思うのでありまするけれども、これらについて何らかこれを打開して参るくふうはないのだろうか、費用の点については先ほどもお話がございました通り、あるいは文部省の基礎的研究以外に多少各官庁たり大学の経費のうちにあるのかもしれません。もちろんその経費とてもわずかなものでありますが、しかし今日の日本の財政の状態でとにかくひねくり出したその予算というものが、またきわめて実効の上らないような非能率的な運用に置かれておるということは、私は政府として深く考えられる必要がおある点じやないかと思うのであります。最近聞くところによりますれば、何か科学行政全体につきましての行政機関を、新たに統合してつくるとかいろいろなことが一部の方に言われておるようであります。この点も深く傾聴すべき問題だと私は思うのでありまするが、何かそういつた各省間の研究所なりあるいは大学においてそれぞれありまするところの研究機関が、乏しい金でやつておるその成果というものを、何らか実効をあげるというような点について、文部省としては積極的にお考えになる必要があるのじやないかと私は思うのです。その辺の御見解をひとつ伺つておきたいのです。
○大達国務大臣 ただいまお話になりました、ようなセクシヨナリズムといいますか、そういう面から十分にその成果というものが活用されない点があり、従つてまた少い経費がむだに使われている、こういうようなことによく言われておることであります。政府におきましてもその見地から科学技術庁というものをつくつた。ただいま町村委員の行われましたそういう意味の要請に応ずるという意味においてこれをつくつた。こういうことがありまして、そうしてこれに行政改革本部の方で取上げられて鋭意研究を進められたようであります。ただ私はこれがどういう経過であり現状であるかよく存じませんが、やはり今仰せられたような意味でほんとうに活発な、能率の上る、そうしてただちにこれが経済の実用の面に移されて行くというような機関をつくることが、やつてみるといろいろな面でなかなかむずかしい点がたくさんある、こういうことで、まだ成案に達していないような実情であると承知しております。文部省としましては、そういう方面の総合的にやられるということは非常にけつこうでありますが、ただ応用面に非常に重点が置かれて、基礎的な研究の方との関係がどうなるかということには相当の関心を持つておりまして、文部省としてはとにかく基礎研究ということが重点でありますので、そういう点からこの問題についてもいろいろ検討を加えて参つておるのでありますが、今申し上げるようなことでまだ成案に立ち至つておらぬようであります。何とか非常にいい案が早くできるように、これはひとり日本だけではないと思いますけれども、いろいろセクシヨリズムというものは御指摘の通りあると思いますから、これは一応ある程度あるものとして、そうしてそれを乗り越えて能率の上るようにしなければ、セクシヨナリズムをなくしてしまうということもなかなかむずかしいのではないか、こういうふうに思つております。
○町村委員 大学の研究が基礎的研究でなければならぬということは、大臣の御指摘の通りだと思うのでありますけれども、私の見聞したきわめて狭い範囲では、今日の大学の研究室あるいは研究所というものは、ほとんど金がないために、実際は基礎的研究ができていない。そのためにどういうことをやつておるかというと、ある会社から委託を受けて、その委託費に基いて委託の範囲において研究するというようなことになつてしまつておるのが、むしろ今日の大学の研究室の大方の姿じやないかということも私に多少聞いて参つたのであります。基礎的研究をやるという建前になつておる大学が、ある会社の要請に応じて、その委託研究に日夜没頭しているということであつたのでは、せつかく大学の研究室にりつぱな学者を備えておきなながらも、国家の真に要求する基礎的研究がほとんど行われないとい現状になるのであります。私どもは、大学の数が非常にふえて、研究室がたくさんふえて参つたということは、まことにありがたいことのように思うのでありますけれども、実質的にはむしろ各大学全体にごま塩をまいたような非常にわずかな予算がばらまかれておる、どこも十分な研究ができていないという現状になつておることを考えてみますと、これは大学全体の整理統合という根本問題とも関連をいたして参るのでありますか、それは一応問題にいたしまして、とにかく今日の大学は、実際には委託研究機関になつてしまつておるといつて必ずしも過言でないという点も、ひとつ特に御研究を願つておきたいと思います。 なお、先ほど私は原子核研究所の費用を今度に多少計上しておるというお話を伺つたのであります。私はこの前もこの問題について簡単に御意見を伺つたのでありますが、私からいまさら申し上げますまでもなく、今日の世界はすでに原子力時代に入つて、欧米各国では原子力の産業方面での平和的利を盛んにやつておるという段階に入つておるということを、私どもは科学者から、聞かされております。見様によつてはこの原子力の平和産業への利用ということは、新しい第二の産業革命じやないかということさえも言われるのでありまして、さように考えて参りますと、わが国におきましては、そういつた方面の研究がまつたくない。これはもちろん占領期間中に原子力の研究を禁止されたということもあずかつて力があると思うのでありますが、とにかく今度原子核の研究所の設置に乗り出されたことはけつこうなことでありますけれども、わずか五億円をもつてすればただちに完成し得るものが、いかに予算がないとはいえ、今年度わずかに一億三千万円しか計上されていない、これが完成に何年かかるというようなまことに手ぬるいことをやつておりますならば、世界に各国ともに非常に大きな原子核の研究所あるいは原子力の実際の利用が行われておるときに、いよいよ大きな差がついて来るのではないかということを私は非常に残念に思うのであります。先ほど申し上げたように、今日の世界がすでに原子力の平和産業への実際の活用時代に入つたというのであるならば、他の経費は多少割愛をしても、これを重点的にやつて参るということが、この新時代に処すべき政府の予算編成の方針でもあるべきはずであり、また文部省といたしましても、千数百億の予算のうち、わずかにその千分の一しかこれに計上されないということは、あまりに残念のような感じがいたすのであります。いずれにいたしましても、この原子核の研究所ではもちろん足りない、この十倍、百倍程度のものが諸外国においては各地にどんどん建設されておるという状態から考えてみますと、かようなことでもちろん文部大臣は満足をしておられるはずはないのでありますけれども、今後どの程度の抱負をもつてこれにお臨みになろうとしておるか、その点を特にお伺いしておきたいと思います。
○福井(勇)政府委員 町村委員の御指摘はまことにごもつともな次第でありまして、最近の世界の原子核研究の躍進は非常に刮目すべきものがあると存じます。御存じの通り、日本にポツダム宣言受託に伴いまして、ウラニウムを使用しての原子核研究というような実験物理学上の問題については禁止されておりました。ところが先般これが解除されましたので、日本といたしましても現在においては原子核研究に乗り出し得る態勢に置かれておるわけであります。ところが戦時中並びに戦後の数年間が空白になつておりましたために、非常な遅れとなつておることは御指摘の通りであります。それから現罪日本の平和産業利用に関する原子力の問題が遅れたという他の一つの原因は、こういうことにもあるのであります。原子力といえばすぐ戦力あるいは原子爆弾だというように断定する人が従来では大部分であつたのでありまして、それがために原子力の問題を政府で取上げようとすると、すぐ戦力と結びつけて非難を浴びせかけて来るというけはいが濃厚でありました。現に学術会議などにおきましても、昨年これが議題となつて数回討議されたのでありますが、そういうふうに結びつけたようなけはいも相当濃厚でありました。今日産業利用の面における原子力の問題は、いわゆる戦力における原子爆弾の問題といろいろ誤解されておるような面があります。現に日本が今度東大へ附置する原子核研究の施設にいたしましても――一例を申し上げますと、九月にフランスのペランが参りましたが、ペランは、原子力すなわち原子爆弾などに直接関連のある原子破壊装置などは約百万電子ボルトで足りるのであります、ところが最近の実験物理学上における原子核研究となると十億電子ボルトを必要といたします、それを比較いたしますと、普通の原子爆弾は電子ボルトとして百分の一くらいにしか当りません。そういう点をもう少し解いて申しますと、原子核研究の項目が一番大事な主題となつておつて、原子力の研究というのはその中の一項目でしかない。パーセントで表わすのはどうかと思うけれども、〇・五%ぐらいにしか当らないだろう、こう説明している。そういうふうにだんだんこの説明が日本の識者間にも徹底して来まして、原子力こそ今日産業利用に特に注目しなければならないということが認識されて来たことは幸いであります。そこで現在アメリカにおきましてもすでに原子力発電所の試験が済みまして、一千キロ程度の原子力発電所にすぐ運転できる態勢にあるようであります。それからイギリスにおいても同様であります。それからウラニウム資源がないフランスにおいては、今後十五年以内に全フランスで使用する電力を原子力に転換するという一応のめどが立つたと言つております。これらの点については非常に注目すべき問題でありまして、これはペランの説明によりますと、フランスは石灰がない、それから水力発電所の水源地というものも非常に少いので、今後は原子力発電にまつ以外には方法がない。しかし現在のところでは、ウラニウムの含有量が非常に少いものは役に立たないという状態にあるけれども、今後プルトニウムにしても、ウラニウムにしても、フランスでもどこの国でもほとんど発掘し得る核分裂をする原料でまかない得るという予想がついたので、十五年後にはこれが達せられる予定だ、こういうふうに申しております。ぺランやアマルデイやハイゼンベルグは、現在ヨーロツパの合同原子核研究所の中心人物でありまして、アメリカと対比いたしまして決して劣る人々ではございませんが、こういう人たちがこういうことを声明しておりますことは、日本も原子力の産業利用に特に注目しなればならないというこの段階においては、よほど研究しなければならない事態に立至つた、こう思つております。 そこで今後どういうふうにするかというお話につきましては、最近学術会議においても公聴会をこの二十七日に催し、それから一方アメリカの原子力委員会のストローズ原子力委員長にあてて連絡をとり、なおヨーロツパの合同原子核研究所、あるいはインドのターター物理学研究所などに、こちらから直接あるいは湯川博士などを仲介して連絡して、今後日本の原子力の向うべき方向について、遅れながらも遺憾なき方法を講じたいと思つております。巷間、あまりにも遅れてしまつておるので、いつそのことヨーロツパの合同原子核研究所あるいはアメリカの合同原子力委員会に一切すがつて、こちらではもう原子核の研究の設備も、あるいはウラニウム資源も向うからいただいて、動力として十分使える時期になつたときに、あるいは特許のごとき、あるいは原料のごとき、いただけばいいじやないか、そういう説をなす人が一部にありますが、とんでもないことでありまして、その学者も相当日本にあり、その能力もありますのに、受入れるときにその態勢がなければ絶対に目的を達することができませんので、こういう巷間の説については私たちは取上げないという考えを持つておるのであります。今後原子力に対する遺憾なき処置は、せつかく政府においてもとりたいと思つておるのであります。
○町村委員 なおこの機会にもう一つ伺つておきたいと思いますのは、いわゆるPBレポートというものの大量頒布の計画をされる必要があるのではないかという問題であります。これは申すまでもなく、戦後米英両国が、西ドイツにおいて戦時中に行われた各種の研究を、非常な緻密な計画をもつて詳細に研究をし、その成果をいわゆるPBレポートというものにまとめ上げたものだそうであります。その一部は最近ようやくにわが国会図書館にも取り寄せられたということでありまするが、この内容は、高度に達しましたドイツの科学の水準というものが一目瞭然にわかるような仕組みになつておるのでありまして、戦時中あるいは戦後非常に遅れて参りました日本の科学界といたしましては、先ほども申し上げた通り、わずかの金でそうして狭い視野にとどまつて研究をしているようなばかげたことをしておりますものは、すでにこのPBレポートの中においては十分に研究し尽され、その成果の現われたものがたくさんあるといわれているのであります。従つてそれを研究してみれば、今各研究機関でやつているような事柄は、ほとんど無用に帰してしまうというようなものがたくさんあるとさえいわれているのであります。しかるにそういうように重要なものがアメリカの考えによつて世界に公表されて、これはだれしも、どこの国といえども自由に活用ができるというような状態になつているときに、そういつた大事なものを研究してみれば、今日本でやつているものの研究がいかに無用なものか、またさらにこれはこういう点においてあやまちを繰返しているというような、先人のいろいろな努力の結果というものがただちに実は利用できるような状態になつている。にもかかわらず、これを利用せずに旧態依然たることをやつているというのは、まことに井戸の中のかえるにひとしいような愚かなことを繰返しているにすぎないと私は思う。従いまして、今日日本としては、この二十年なり三十年あるいは四十年遅れた科学の水準というものを取りかえすためには、まずPBレポートというものを政府としては大量に頒布をして、これを各大学はもちろんのこと、あるいは大会社の研究所なり、そういうところにはこれをなるべく多く頒布をするくふうをして、少くとも西ドイツが戦時中に到達したレベルにまでは、それを研究することによつて、一年なり二年なりの間にただちにこれが回復できると私は思う。そのレベルに達した上でさらに研究を続けて行くということであれば、私は欧米の科学の水準に必ずしも追随して参ることが不可能ではなかろうかと思うのであります。そういうような点について、実は国会図書館の関係その他においてはかなりこれを要望されたそうでありますけれども、これもわずかに一部を辛うじてコツピーをとつたにすぎないというような状態だといわれているのでありまして、科学技術に対しまして、乏しい日本の財政の中からこれを重点的に振り向けて参るというような場合に、どうもただ過去の惰性にとらわれて従来の予算を計上しているにすぎないのであります。そういつた新しい時代に対処して日本の科学を画期的に発展させるというような点についての着眼が非常に不十分である、同時にそれに対する努力がはなはだ足りないじやないかということは、まことに遺憾にたえないのでありますもすでに学界等においてはかようなことに強く要望されているのだそうでありますが、それがほとんど政府によつて十分に取上げられていないということは、まことに遺憾しごくであると思います。これらの点については、何とか急速に具体化する方法を講ぜられることが最も急務であろうと思うのであります。この点の今までの経過並びに将来ついてのお考えを伺つておしきたい。
○福井(勇)政府委員 PBレポートにつきましても、また他の御指摘の問題につきましても、しごく同感でございまして、大体すべての予算的な裏づけが非常に遺憾な状態にありましたので、十分なことができませんでしたけれども、今後これらの研究成果の利用あるいは実施につきましては、格段の努力をいたしたい、こう存じております。
○小林(進)委員 私はまだ質問がたくさんあるのでございます。ただ先ほどたまたまわが党の受田新吉委員が発言をいたしました中に、旧内務官僚云々という言葉があつた。これについて私は、週刊朝日の二月二十八日号、これはきのうかおととい出たばかりでありますが、その中にやはり同様の言葉がございます。これは全国に流されておる雑誌でございます。この際この点も大臣みずから明確にお答えいただくことは、将来の何かに必要かと存じますので、いずれまた詳しいことは、社会党の高津老委員より(笑声)また御質問もあると存じまするが、私はこの点だけ一点読み上げて、大臣の御答弁を承つておきたいと思うのであります。これは週刊朝日の八ページにございまするが、「旧内務官僚トリオ」こういう大きな見出しでございます。「とにかく、氏は」――氏というのは大達大臣のことでございます。「生き残りの旧内務官僚の典型といえよう。日教組から、就任後初めて大臣室に坐りこまれたあと、「こんな奴らを一刀両断にたたき斬れないいまの法律はなつていない」といきまいたともいわれる。げんに、文部部省生えぬきの西崎恵次官、久保田藤麿調査局長の首を切つたのも、この二人が、教育中立法に積極的協力をしないので、業をにやしたためだともいわれている。そして、後任の田中義男次官」――きようはおられないようでありますが……(笑声)「現次官は、大達氏が満洲国総務長官のころの部下で、特高の経験もあり、これに大達昭南市長時代の司政官だつた緒方信一」――おられますな。(笑声)「緒方信、初等中等教育局長、昭南で陸軍大尉で参謀をしていた齋藤正地方課長の二人を加えた、いわゆる「文部省の内務トリオ」が、大達文政の推進力となつているとは、旧文部官僚の専らの噂である。」こういうような記事が載つておるのであります。これに対してどうかひとつ私に対する答弁ではなく、この週刊朝日の記事を読んでいる全国の関係教職員、あるいは一般職者、一般国民にその真意を教えるというお気持で、懇切丁寧な御答弁をお願いしたいと思うのであります。
○大達国務大臣 今お読み上げになりましたものは、非常にうまいぐあいに書いてありますが、これは相当に事実と違つておるということを、初めにまずもつて申し上げます。「就任後初めて大臣室に坐りこまれたあと、「こんな奴らを一刀両断にたたき斬れないいまの法律はなつていない」」こういうことを言つたともいわれるというので、これは言つたというわけじやありませんが、全然うそであります。次に「げんに、文部省生えぬきの西崎恵次官、久保田藤麿調査局長の首を切つたのも、この二人が、教育中立法に積極的協力をしないので、業にやしたためだともいわれている。」これも「ともいわれている。」という書き方でありまして、これも事実に反したことであります。もつとも西崎次官と久保川局長が退官せられたことは、事実でありますがそのあとに書いて、あることはこれもうそであります。当時教育中立法というものの立案には全然着手していなかつたのであります。それからその次に、このうちには事実とうそと両方あるのですが、「後任の田中義男現次官は、大達氏が満洲旧総務長官のころの部下で」云々、私は満洲國の総務長官を昭和十一年の暮れに退官をして、内地に帰りました。田中君はよく存じませんが、おそらくそれから五、六年たつて満洲に行かれたのであります。私が満洲から帰つて五、六年たつてから、文部省の官吏から満洲の文教方面を担当する人として行かれたように思いますが、これは本人がちょうど今おりませんから、あるいは事実と違つておるかもしれません。ただ私の部下でもなければ、もと内務省におられたということはあるようでありますが、私は昨年文部大臣に就任をして、初めて知合いになつた人であります。念のために申し上げておきますが、昔は文部省で直接高等官の候補になる身習いというものは採用しなかつたようであります。内務省でとりまして、内務省の人が文部省に入つて来る。いわゆる文部省はえぬきの人というのは、比較的に近ごろから始まつたことで、従つて古い文部省の役人は一旦内務省に籍を置いた人がほとんど全部であります。たとえば私どもの知つておる堀田君でも、河原君でも、それから次官をした菊池君でも、みんなもと内務省におつた人であります。田中君もその意味で、内務省から文部省へ引越して来た人であろうと思います。それから「大達昭南市長時代の司政官だつた緒方信一初等中等教育局長、」これはこの記事の通りであります。私がシンガポール市長時代に、私の部下として緒方君は働いておりました。それから「昭南で陸軍大尉で参謀をしていた齋藤正地方課長」これは齋藤君が昭南で陸軍大尉をしておられたかどうか、私は全然知りません。これは知らぬのもあたりまえでありまして、これは司政官ではない。参謀でおられたとすれば、これは私が知つておるはずはありません。これは文部省へ来てから、これ齋藤君という人と私は初めて知合いになつたわけであります。「文部省の内務トリオ」これはトリオと言つたつて、齋藤君は何も関係がない人なんで、これが「旧文部官僚の専らの噂である。」ということは、ほんとうであるか、うそであるかわかりません。
○小林(進)委員 これは大臣の御説明で、私個人は了承いたしました。しかし広く国民大衆が了解するかどうか、あるいは他の委員が了解するかどうかは、おのずから別個の問題でございますので、そこまでは私は責任を持ちませんから、御了承願いたい。 さて、本論にもどりますが、(「腹が減つた、もうやめぬか」と呼ぶ者あり)これはまた生理的要求があれば別でありますから、それでは今の発言を議事進行にかえまして、私の質問はまだ泉のごとく無尽蔵で尽きないのでございますが、お互いに生理現象でおなかもすいておりますし、特に老齢に達せられた大臣のお疲れもはなはだしいと思いますので、この際一服いたしまして、また休憩後に質問を継続することをお許し願いたいと思います。右提案する次第でございます。
○辻委員 本日はこの程度で散会いたします。 午後一時十一分散会