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19回国会衆議院1954/10/22

人事委員会 第33号

発言数
79
登壇者
8
会派数
2
開催日
1954/10/22

会議録

川島正次郎自由党

○川島委員長 開会いたします。  公務員の給与に関する件を議題として調査を進めます。  これより懇談会に入りたいと思いますが、御異議ございませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

川島正次郎自由党

○川島委員長 御異議なしと認め、さようとりはからいます。     〔午前十時四十三分懇談会に入る〕     〔午前十一時五十九分懇談会を終る〕      ————◇—————

川島正次郎自由党

○川島委員長 懇談前に引続き再開いたします。  去る十月十九日千葉県教育委員会におきまして、官公労の機関紙問題についてその発行責任者である佐久間官公労事務局長に対し、人事院規則第十四の七に該当せず、その責任を負う必要があるとは断じがたい旨の決定をいたしました。この事件につきましては、当委員会において八月中旬関係者を参考人として招き、その意見を聴取いたしたのでありまするが、いまだ結論を得ないということで、詳細の調査を後日に譲つたのであります。その結論も得ましたので、本日は大連文部大臣及び関係官の御出席をいただき、政府当局の千葉県教育委員会の結論についての見解を質疑いたすことにいたしました。質疑の通告があります。順次これを許可いたします。永田亮一君。

永田亮一自由党

○永田(亮)委員 ただいま委員長から御説明があつた通りに、官公労の機関紙の事務局長であつた佐久間孝一氏に対する千葉県教育委員会の結論が去る十九日に出されたのであります。私どもはこの結論について、去る十九国会において初めて通つた教育二法律の最初の適用でありますので、その結果がどうなるかということに重大なる関心を持つておつたのであります。この結論を見ますると、千葉県教育委員会においては処罰する根拠がないという結論に到達いたしております。これにつきまして私は文部大臣及び人事院事務総長にお尋ねをいたしたいと思いますが、ちようどこの結論が出される二月前の八月十九日に私がこの問題で文部大臣及び人事院総裁に御質問申し上げましたときに、文部大臣はこういうふうにお答えになつたのであります。この吉田内閣打倒という問題でありまするが、吉田内閣打倒というようなスローガン自身が政治的目的を有する文書であるということについては、これはだれが見ても疑いの余地はないのである、これを発行し、また交付した人が公立学校の教職員という身分があるのであるならば、これは先般成立した特例法によつて禁止せられた行為をした、こういうことに該当する。これは私は速記録の通り抜き書きして参つたのでありますが、こういうふうに御答弁になつております。     〔委員長退席、田中(好)委員長代   理着席〕 また人事院総裁は、この問題についてお尋ねいたしましたところが、人事院規則の十四の七政治行為の第六項の十三号でありましたか、政治的目的を有する署名または無署名の文書を回覧し、掲示しもしくは配付云々という項目に該当しておるという御答弁であつたのであります。そういたしますとこのたびの千葉県教育委員会の結論の、処罰するだけの根拠がないという結論と、文部大臣及び人事院総裁のお考えとは反対の結論が出ておると思うのであります。まずこれに対しまして文部大臣及び人事院事務総長の御見解を伺いたいと思うわけであります。

大達茂雄自由党文部大臣

○大達国務大臣 人事院規則におきまして政治的目的を有する文書の発行、掲示、配付、これが禁じられていることは人事院規則の明文によつて明らかであります。そうして佐久間孝一君の行為がこれに該当するということも一目瞭然でありまして、ほとんど論議の余地はないと考えるのであります。この点はこの前の委員会において申し上げた通りであります。不幸にして千葉県の教育委員会と解釈の結論を異にいたしました。千葉県の教育委員会が独自の解釈をとられることはともかくといたしまして、この千葉県教育委員会において違反にあらずという結論の理由として掲げられておるところを見ますると、私どもの考えではいわゆる情状論の程度にとどまる、こう思つております。違反は違反でありましても、それに対して行政処分の処置に出るかどうか、それが適当であるかどうか、行政処分を行うにしても、その程度をいかにするかということは、これは情状によつてきまるところであります。千葉県の教育委員会において理由として掲げられたところは、私どもの見解によれば情状論の範囲を出ないものと考えております。法律の解釈論としては遺憾ながら私は全然首肯しがたいものである、かように考えております。千葉県の教育委員会において、この教育二法成立後において、ほとんど初めてとも言うべき事態において私どもと全然対立した解釈結論が生じたということはきわめて遺憾に存ずる。その責任は、いいか悪いか、これは正当な解釈であるかどうかということは人によつて違いましようが、こういう解釈をされたということについての責任は、あげて千葉県教育委員会にあるものである、こういうふうに考えております。

佐藤朝生人事院事務総長

○佐藤説明員 総裁が本日病気で欠席いたしましたので、私からかわつてお答えいたします。  ただいま御質問がありました千葉県の事件につきまして、法律上の解釈といたしましては、人事院規則の解釈上今回の官公労事務局長の行為が十四の七の十三号に該当することは明らかであると私は思います。法律的解釈だけにとどめさしていただきます。

永田亮一自由党

○永田(亮)委員 ただいまのお二人の御答弁ではつきりわかつたのでありますが、さらにこの千葉県の教育委員会から出ている見解というのをちよつと見てみますと、千葉県教育委員会では、佐久間氏はただ単にその官公労の機関紙の形式上の署名人にすぎなかつた、だから責任は負わなくてもよいのだというふうに書いてあります。そうしますと、この機関紙という文書の責任者はだれになつて来るのか。形式上の署名人だからその発行人に責任がないということになると、一体この機関紙の責任者はだれになるかということ、これは法律上の解釈かもしれませんが、人事院の方で規則をお考えになられる場合に、発行責任者はだれになるかということをちよつと伺いたいと思うのであります。  それからこのあとの方の理由に、本案のような事項の片言隻句をとらえて論ずべきものではないという一文があるのでありますが、吉田内閣打倒ということが片言隻句かどうか。私はいやしくも一国の政府を打倒するという一文が片言隻句とは考えないのでありますが、千葉県の教育委員会で発行されたものを見ますと、これが片言隻句として片づけられているのであります。この二つのことについて御見解を伺いたいと思うわけであります。

大達茂雄自由党文部大臣

○大達国務大臣 千葉県の教育委員会においてはその結論に対する理由としていろいろの点をあげておられるようであります、署名人にすぎないということを言つておるということでありますが、これはただほんとうに署名人というか、発行責任者ということにとどまつておつて、事実その記事について佐久間君が全然知らなかつたということであれば、これは印刷物の発行人としてのいろいろな責任は別といたしましても、私は違反にはならぬ、かように存じます。この点は事実問題でありますから、本人が全然知らぬということであれば別であります。ただ私も詳しいことは存じませんが、その次の官公労の新聞において本人はそれを十分承知した上でやつたということを前提とした弁明といいますか、記事が載つております。でありますから事実問題としても知らなかつたということはないだろうと思うのです。しかしこれは事実問題でありますから、本人が全然関知しなかつたということであれば、少くともこの人事院規則、ことに国家公務員に対しては罰則をもつて規定しておるのでありますから、これは違反にはならぬと思います。しかしその行為そのものの形が人事院規則に禁止されておる行為に該当しておるということは、これは先ほど申し上げたように論議の余地はないと思います。ほとんど人事院規則に書いてある政治行為そのままに当てはまる内容を持つておる行為だ、こういうふうに私は考えております。  それから片言隻句、これは一口に言つたという意味であるかどうかその辺がわかりませんが、しかし吉田内閣打倒ということがいいとか悪いとかいう問題は、これは別問題であります。ただ人事院規則の政治的目的というものとして、「特定の内閣を支持し又はこれに反対すること。」ということを政治的目的というものの内容として掲げてあるから、いわゆる政治的目的を有する文書というものを解釈する場合に、この文書が政治的目的を有する文書なりやいなやということの判定の場合に、特定の内閣を支持または反対する、こういうことにそれが該当しておれば、人事院規則にいう政治的目的を有する文書、こういうふうに解せざるを得ない。それが簡単な言葉を用いたから違反にならぬ、長く言えば違反になる、そういう御都合のものでないことは明瞭であります。なお申し上げておきますが、私はこの千葉県の教育委員会が、ことさらに法の解釈をまげたというふうには断定することはもちろんできません。しかしながらかくのごとき一見明白な点についてこれは遺反にあらず、こういう結論を出して、もしこれが世の中から見て、そういう結論を前提にしてりくつはあとからつけたんだというふうな印象もしくは誤解を与えるということであれば、これは私はきわめて重大な問題であると考えております。この教育委員会は、申し上げるまでもなく教育行政を担当する責任を持つておる公共の機関であります。行政を担当する公共の機関が法律の解釈あるいはその運営にあたつて、ことさらに一定の結論を前提にしてあとからりくつをつけるというような印象を世の中に与えたのでは、これは公の行政機関としての仕事はできない。非常に支障を起すであろう、こう思います。でありますから、この点はただ雑誌の論文であるとか、新聞でそういう意見を述べたとかいうことは違います。いやしくも公の機関として行政に当つておるその当該公共機関が、法律の解釈あるいは運営にあたつて、特殊な考え方で仕事をやつておるという——やつておつたとは私は断定いたしませんが、しかしそういう印象を世間に与え、あるいはそういう誤解を世間に与えるということは、きわめて重大に考えるべきことであり、また他の教育委員会に対する影響、これは初めてのケースであるといわれておりますから、この教育二法の解釈並びに運用について一般的な影響も重大なものがあろうと考えます。できるならばそれらの点について適当な措置を講じたい、かように考えております。

佐藤朝生人事院事務総長

○佐藤説明員 発行人のことについてお尋ねがありましたが、官公労発行責任者といたしまして佐久間君の名前が書いてあります。特別な反証のない限りは、一応発行責任者と書いてある佐久間君が発行責任者だと思います。特別の反証のない限りは佐久間君が発行責任者であります。

永田亮一自由党

○永田(亮)委員 今大臣のお話を伺つたのでありまするが、政治的目的を有する文書ということ、これはこの前人事院総裁も非常に強調されておつたのでありまするが、この機関紙が政治的目的を有するということは、客観的に見てその通りであるという御見解であつたわけであります。その場合に、今大臣は、もしも佐久間君が全然これを知らなかつたのであるならば、罰するわけに行かないと言われたのでありまするが、もしも全然知らなかつたという場合に、しかもこれが政治的目的を有する文書であつて、人事院規則に違反するということであるならば、佐久間君以外のだれが責任をとつたらいいかということについてお尋ねいたしたいと思います。

大達茂雄自由党文部大臣

○大達国務大臣 これは先ほど人事院のお答えにありました通り、発行責任者として署名しておる限り、一応そういう責任が推定されるものであつて、全然関知しなかつたということが立証されない限りは、発行人としての責任を負う、こういうふうに考えております。しかしたとえばその人が外国に旅行しておつて留守である、しかしその刊行物の発行人としての名義はそのまま残つている、こういうことで、本人は全然それを知らなかつたということであれば、刑法的に言うと、故意と申しますか、他意がない、全然関知しないことでありますから、そういう場合には刑事責任はない。国家公務員については罰則を伴いますが、この佐久間君の場合には地方公務員で罰則の適用はありませんから、その違反に対して責任を負うべき立場にない、こういうふうな意味を申し上げたつもりであります。それではだれが責任を負うか、これは事実問題としてその場合に実際それに当つた人がだれであるかということになります。そしてその人が国家公務員の身分を持つておる場合には、人事院規則に当てはまる違反として処理されるべきものである。地方の公立学校の教職員であつた場合には、やはりその人が今日佐久間君が擬されておるような同様な責任の立場に立つ、これは事実問題で、だれがやつたかという事実に帰着する問題である、こう思います。

永田亮一自由党

○永田(亮)委員 この千葉県の教育委員会から出されておる理由書にはいろいろ書かれてあるのでありますが、一つ一つ申し上げないで、これを一括して疑問に思われる点について、文部大臣にお尋ねいたしたいと思うわけであります。  この理由書というのを読んでみますと、まず第一に、千葉県の教育委員会では、この問題は偏向教育と無関係であつたということを強調しておるようであります。偏向教育ということに非常に力を入れて、それでこの機関紙は偏向教育と無関係だと主張している。しかしこの二法律は、偏向教育の排除を最後の目的とはしておりますけれども、その手段とか方法として偏向した政治活動を禁止したのが、その目的じやないかと思うのであります、この千葉県の教育委員会で発行された理由書では、偏向教育とは無関係だから佐久間君は何ら関係がないと解釈をしておるのでありますが、この点について御見解を承りたい。  それから二番目は、やはりこの理由書に載つておりますが、憲法に保障された言論の自由との関係であります。もちろん言論の自由は最も尊ぶべき民主主義の原則でありますが、それと接触した場合にこれが拡大に解釈されたと言われておるわけであります。この理由書の中には、九月の何日でしたか、釧路の裁判所で破防法の違反の裁判があつたときに、憲法の言論の自由が重く見られて、無罪になつたという例証まで書かれておるのでありますが、この二法律違反の問題と憲法の言論の自由という関係、これについての御見解を承りたい。  次に第三番目には、この理由書の中に、この規則の適用が六月の十三日であつた、そしてその官公労の機関紙の発行が七月の十日であつた、わずかに一箇月しかたつておらない、たつた一箇月のことでこういうことを適用するのはどうかと思うというような意味を書かれてありますが私ども常識で考えますと、こういう規則が適用されるならば、その適用された日から効力を発するのが当然ではないかと思うのであります。もしも適用されてまだわずかしかたつておらないというようなことが理由になるとすれば、それならば一体何箇月あとならよいのかという疑問も起きて来るわけでありまして、これに対する文部大臣のお考えを伺いたいと思うわけであります。  それから最後に、この理由書の中に、こういうような例が今まで国家公務員についてたくさんあつたけれども、問題にされておらない。しかるにこのたびに限つて教育公務員についてのみこのことを取上げて追究することは苛酷じやないかという議論であります。これに対する文部大臣の御所信を承りたい。  以上四点についてお答えを願いたいと思います。

大達茂雄自由党文部大臣

○大達国務大臣 この教育二法というものが、教育の現場における偏向教育の是正ということをねらいとして成立した、この点は私どもも同様に考えております。その偏向教育を是正し、もしくは偏向教育を防ぐという意味におきまして、教育公務員に対して政治行為の制限をする、こういうことになつておるのでありますから、法律が成立すれば、その禁止せられた政治行為をすると違反になる、これはきわめて明瞭であります。御承知の通りこの教育公務員特例法の改正は国家公務員の例による、つまり人事院規則をそのまま持つて来る、国家公務員の例によるという形式をとつております。もちろん国家公務員というものは教育公務員だけじやありません。一般の公務員全部を包含しておるのでありますから、国家公務員の例によつて、人事院規則というものによつて、その行為の内容をそのまま規制をして行く、こういうことであれば、その場合に偏向教育を伴うとか伴わないとかいうことが、問題になる余地はあり得ないのであります。人事院規則にしたところが、国家公務員に関する政治行為の制限にしたところが、偏向教育とは直接何らの関係がない。そういう制限に服せしめることによつて、教育の現場における偏向教育が起らないようにしたい、こういうことでありますから、この点は法律論としては、偏向教育を伴わないから違反でないというようなことは、私から言うと、暴論に近いものであると思います。これは議論の余地はありません。  それから次に言論の自由、これはなるほど憲法によつて保障されておるのであります。しかしながら各般の法律によつて、それぞれ言論というものはある限度において制限を受けておる。これはすべての法律にあることであります。公共の福祉と安寧を維持するために必要な制限を加えるということは、これは当然のことでありまして、憲法に言論の自由の原則があつたからといつて、各個の法令において禁止せられておる言論というものが全部解放されたものである、これもどうもひどい議論である、こう私は思います。もしこの論法をもつてすれば、各種の法律において言論に加えられた制限というものは、憲法の原則によると全部解消される、法律は何のためにできたかわからぬということになろうかと思います。いわんや拡張解釈である、これはさつきから申し上げますように、このケースは文字通り人事院規則にそのまま当てはまる場合であります。これは拡張解釈という問題は起り得ない。もしこれを拡張解釈というならば、私は、憲法の規定する言論の自由というその規定に対する拡張解釈から、こういう議論が出る、こういうふうに思います。であるから、何がゆえにこれが拡張解釈であるかということの論拠がはつきりされない限りは、ただ拡張解釈であるというだけでは、これは議論にならぬのであります。  それから一箇月にしかならぬ、これはおそらくはそれを非常に強い理由としておられるのではないだろうと思います。法律にはそれぞれ施行の日がさめてありまして、御承知のように交付の日から施行するというのが普通のやり方であります。これは私の記憶違いかもしれませんが、この教育二法については特に周知させる必要があるという意味から、公布の日から施行するということでなしに、十日間の余裕を置いて施行されたと記憶しております。法律は施行された日から行われるべきであつて、一月ぐらいじや行われぬ、これも議論にも何もならぬのであります。  それから、ほかに例があつた場合に、これが罰せられておらぬからというのですが、これも法律論として、法の解釈論としては問題にならぬ、私はこういうふうに思います。ただほかにそういう例があつたかどうか、これは私は精密なことは知りません。知りませんが、あつた場合にこれが看過せられておつた、だからこの場合だけを取上げてやかましく言うのは無理じやないか、ひどいじやないかという議論は、先ほど申し上げましたように情状論としては、とにかく一応の考え方であろうと思います。ほかにこういう違反があつた場合もあるから、今度は行政処分までしなくてもいいではないか、もしくはするとしても懲戒免職とかそういう強いものでなくて、戒告とかなんとかいう程度でとどめておいていいじやないか、こういうことは情状論でありまして、法律の解釈論でないことはむろんであります。総じて先ほども申し上げましたが、千葉県の教育委員会において理由として掲げられておるものは、私の見解に従えばいわゆる情状論の範囲を一歩も出ておらぬ、かように考えます。情状論によつて法律の解釈そのものをかえるというわけに参らぬ、もしそれでやるならば法律がないのと同じになつてしまう、こういうふうに私は考えます。

永田亮一自由党

○永田(亮)委員 今だんだんと文部大臣のお返事を伺いまして、この佐久間氏の問題が人事院規則に違反しておるという強いお考えのように思われたのであります。私は今思い出すのでありますが、この前の人事委員会のときに社会党の池田禎治君が、一旦法律として実施されたならばわれわれは法治国の国民としてその法律に従うのが当然である、かりにそれが悪法であるとしてもその法律を守らなければならぬということを申されたのであります。私はその言葉を今でもはつきり覚えておるのであります。しかしこれがよい法律か悪い法律かということは別問題にいたしまして、一旦この法律が出された以上、もしもこの人事院規則に違反しておるということが文部大臣の御見解としてはつきりされておる場合に、しかも任命権者である千葉県の教育委員会がこれに対して何らの処罰をなし得なかつた、こういう立場に立たれた場合にこの処置をいかにお考えになつておられるか、その処置について文部大臣の立場から御回答願いたいと思います。

大達茂雄自由党文部大臣

○大達国務大臣 先ほどから申し上げましたことは、すべて文部大臣としてのこの法律の解釈についての意見であります。私の意見であります。でありますから、千葉県の教育委員会において独自の見解をとつて、これを違反にあらずということで進まれるならば、文部大臣として私の持つておる解釈を押しつけるということはできません。拘束力はないのでありますから、その点について文部大臣としての意見を述べて、そして参考にするというか、いわゆる勧告というか、そういうことはできましようが、拘束力をもつて教育委員会を指揮命令することは現在の法制においてはできないことになつております。従つて先ほどちよつと申し上げましたが、この結論によつて生ずる一切の責任は千葉県教育委員会にある。文部大臣は遺憾ながら現在の法律のもとにおいては、これを強制してかえさせることはできないのであります。

永田亮一自由党

○永田(亮)委員 今の御答弁で大体わかつたのでありまするが、もしもかりにこういうような問題が次から次へと起つて来た場合に、やはり同じような御見解であられるかということ、それからこういうような問題が起つて来たために、世間ではまたいろいろと揣摩臆測といいますか、教育二法あるいは教育委員会法というものについて、あらためて考え直すときが来たんじやないかというような議論をする人もあるのであります。たとえば教育二法を行政罰から刑事罰に、またもとにもどすかというようなことを考えておる人もなきにしもあらずと思うのであります。まず第一点はその教育二法をこういうことのために改正しようというような意図があられるかどうかということ。  それから二番目は教育委員会法の改正の問題でありまするが、教育委員会というものは、この法律ができた趣旨は教育というものは外部からの不当な支配に服することなしに厳正にやつて行こうという趣旨でありまして、まことにけつこうだと思うのであります。しかしこういうような問題がたびたび起つた場合に、世間では非常な疑惑の目を持つておる人もあると思うのであります。それで文部大臣がこの前も申されたのでありまするが、教育委員会というものを廃止する意図は毛頭ないということを言われておるにかかわらず、このごろも世間ではいろいろとこの教育委員会というものの前途に対して不安を持つておる者があるのであります。あるいは府県教育委員会も町村教育委員会も廃止してしまうのではないかというような考え、あるいは府県教育委員会は置いておくけれども、町村教育委員会は廃止するのじやないか、あるいは両方とも置いておくけれども単なる知事、市町村長の諮問機関のようなものに直してしまうのではないかというようなこと、あるいはまた一説によりますると地方自治体の長を教育委員会の委員として中へ入れたらどうかというような議論も巷間に流れておるようであります。この教育委員会法を将来改正されるようなお考えが出て来られたかどうか。この二点についてお尋ねいたしたいと思います。

大達茂雄自由党文部大臣

○大達国務大臣 この千葉県の教育委員の決定された今回の事件、この一つの事例をもつてただちに法律制度を改正しなければならぬというふうには私は思つておりません。しかしまだ教育二法というものも成立したばかりでありまして、その法律成立の趣旨というものが実際行われるかどうかということは、これは今後の実際に徴するほかはありません。ただその実際において法律はできてみたけれども——法律というものはもちろん国民がそれを守るということを前提にしなければ無意味であります。でありますから法律はできたけれども、一向法律をばかにして守らぬということが一般の風潮であるということであれば、それは教育二法が成立したことが無意味となりますから、それに対しては適当の方法を講ずることが考えられると私は思います。しかし千葉県にそれがあつたからといつて、ただちに教育二法の改正をするというふうには考えておりません。  それから教育委員会についても同様でありまして、教育委員会がそれぞれ独自の、独立の立場を持つておることは先ほども申し上げた通りであります。全国にわたつて一万を数える教育委員会でありますが、これらの教育委員会がそれぞれ自分でかつてな法律の解釈をして行くということになれば、これはとにかく大事な行政機関でありますから、行政機関が何かの関係で法律をかつてに解釈をして行く、責任を持つた法律の運営をしないのだということが一般的な風潮として出て来るならば、一国の、あるいは一地方の行政機関というものが、法律によらずに、かつてに仕事を進めて行くということであれば、これは当然にその行政機構そのものについての検討に向わざるを得ない。これは私は当然であろうと思うのです。しかしそれは今そういうふうになりそうだとか何とかいうことを仮定して考えるべきものではないのであつて、やはり現在の制度というものを、制度の趣旨に合うてりつぱこその職能が果されるように指導して行くという必要があろうかと思います。また指導することは文部省の、あるいは政府の責任でもある、こう思つております。しかしお話のように、他日はしにも棒にもかからぬというような事態が起つて来れば、これがただ普通のものでなくて、大事な行政機関でありますから、それについて根本的な検討を加えるということは当然であろうと思います。しかしこれは仮定の問題でありますから、そういう意味で御了承願います。

櫻井奎夫日本社会党(左)

○櫻井委員 本日は、昨日のこの人事委員会の理事会で、千葉県教委の出しました結論について、大達文部大臣がどういう御意見を持つておられるか、それを承るという委員会でございまして、委員会自身が何か結論を出すとか何とかいう筋合いのものでもございません。従いまして、私どもはなお大臣の御意見は御意見として、承りますし、また人事院の見解も承りますし、その後においてこの結論を出した千葉県教委の方々の御意見も承りたい、こういうふうに考えるわけでございます。  先ほど大臣の御意見を承りますと、今回の千葉県教委が出したところの、官公労機関紙問題に対する結論というものは、これは情状論を一歩も出ていない、しかも非常にこの結論というものは首肯しがたく、かつ遺憾である、こういうことを非常に強調されておるわけでございます。従つて大臣の意見は今の永田君の質問に尽きておると思うのです。大体あなたの考えておられるところは、はつきりいたしたわけでありますが、その永田君の質問に対する答弁の中に、これが非常に影響が大きいから、大臣としては適当な処置をとりたい、こういうことを言つておられるわけであるが、その適当な処置というのは一体どういうことを言つておられるのか、具体的に承りたい。

大達茂雄自由党文部大臣

○大達国務大臣 先ほども申し上げましたように、文部大臣は教育委員会を指揮監督する権限は持つておりません。しかしながら、もしこの千葉県の教育委員会のとられたような結論が、同じような場合が起つたときに、他の教育委員会においてもみな風を望んでそういうことに影響されるということであれば、こたは相当重大に考えなければならぬと私は考えます。文部大臣として助言、勧告、指導ということは文部大臣の職責でありますから、この事態はこのまま看過することはできないのであつて、やはり一般に教育委員会に向つて何らかの形で自重——こういう場合にはきわめて慎重にやられるように希望するとか、文部省の見解を明らかにするというふうな適当な方法を講じて、千葉県の教育委員会はすでに決定されたことで、おそらく再考を促してもなかなか再考する余地はないかもしれませんが、一般的に文部大臣の法律上の解釈について、今までもそうでありますが、明らかにして一般の注意を喚起したい、そういう意味で何か通達を出すとか、そういう点は具体的にどういうことになりますか、何かの措置をとりたい、こういう考えであります。

櫻井奎夫日本社会党(左)

○櫻井委員 これが千葉県の教育委員会だけでなく、ほかに波及した場合、何らか勧告とか、文部省の意向ですか、こういうものを明瞭にしたい、こういうことを言つておられるわけでございますが、そうすると、地教委が設立せられておるところの精神、教育委員会法の第一条の精神、あくまでその地方の実情に応じて、教育委員会は独自の立場に立つて見解を披瀝するのであつて、これは教育委員会にそういう責任があるわけです。それに対して文部省が一方的にそういう見解を述べ、示唆するということは、この地方教育委員会の自主性を侵害するというふうにお考えにならないかどうか。

大達茂雄自由党文部大臣

○大達国務大臣 文部大臣が拘束力をもつて指揮命令をすることはできない、これは当然であります。しかしながら、地方の実情に応じということは、これは地方の教育委員会を置いた趣旨でありますが、しかし教育というものは、一面においては全体的の内容を持ち、国民全体に対して責任を負うて行わるべきものである。でありますから、文部大臣は地方の教育委員会を指導し、助言し勧告をする、こういうことは、法律に定められた文部大臣の権限であると同時に、文部大臣の責務であります。それに基いて通達をするというようなことは、教育委員会法第一条の規定に抵触する、またその精神に反するということは全然あり得ないのであります。ことに法律に違反するかしないかというような、たとい地方の事情はいかようにあろうとも、それぞれ地方々々によつて法律の解釈が二、三になるべき筋合いのものでない。地方によつてこの情状論はありましようけれども、法律の解釈そのものが地方々々の教育委員会によつて区々にわかれて行くというものではない、こういうように私は思います。

櫻井奎夫日本社会党(左)

○櫻井委員 私の質問せんとした意図は——私の質問の仕方が悪かつたわけですが、委員会法の第一条は、教育が不当な支配に屈することなく、国民全体に対し直接の責任をもつて行わるべきである、こういう自覚のもとに地方教育委員会が成立した。その場合、一方文部省独自の見解を出して、しかもその見解にかりに従わなかつた。その思う通りにならなかつたという教育委員会があつたとした場合、あなたはこういう事態が次々に起つて来た場合には適当なことを考えなくちやならぬとおつしやつておられますが、そのような、文部大臣の所見と申しますか、そういうものと相反するような結論をほかの地教委がまた二、三十した、そういう場合に、抜本的にこの教育委員会法なり、あるいは教育一法なりをさらに改正する、こういうことを考えておられるかどうか。これは永田君の質問とちよつと違うのです。あなたがそういう勧告なり指示を出された場合、これにまた具体的問題が出て来て、二、三その通りにならなかつた、服しなかつたというような地教委があつた場合に、教育委員会法なり二法の方の改正を考えておられるかどうか、こういうことです。

大達茂雄自由党文部大臣

○大達国務大臣 勧告に応じなかつた、つまり文部省の言うことを聞かないから制度をかえる、考え方としては、そういう考え方は持つておりません。先ほど申し上げるように、現在成立している法律の趣旨が守られない、あるいはまた法律が無視されておる、あるいはさらに進んで教育委員会が何かの関係で、ことさらに法律を曲げて解釈をするというようなことがもし一般的の風潮として考えられる場合には、それは何らか適当な措置を講じなければならぬと私は思います。むろんこれは立法手段によらなければなりません。これはむろん立法手段によらなければならない。これはそういう認識に立てば、最善と考える案をつくつて国会の審議を経ることは言うまでもない。考え方として文部省の言う通りにならぬから何とか考えなければならぬ、こういうものの考え方ではない。なお申し上げておきますが、教育委員会法にいう不当の支配に屈せずということですが、その不当の支配というものは一体何か。私の解釈するところに従えば不当の支配というものは、法律に何らの根拠のない支配ということです。法律に何らの根拠を持たない支配を教育に及ぼそうとする、そういうことが不当の支配であると考えます。文部省の通達が勧告であり指導であり助言であるということは法律に基礎のあるものであり、逆に言うと私どもとしては当然なさなければならぬ責任に属することであります。でありますから文部大臣が通達を出すということは、これは内容にもよりますけれども、一般的の観念からいえばこれは不当の支配でなく法律上当然なすべきことであります。法律に根拠を持たない支配というものが、教育の場に行われるということが私は不当の支配であろうと思う。私どもは今日日本の教育の場に不当の支配が行われておると思います。これはどうしても排除しなければならぬと考えます。

櫻井奎夫日本社会党(左)

○櫻井委員 今大臣は現在の日本の教育に不当なる支配が現在行われておるとおつしやつたのですが、その具体的な例を一つあげてもらいたい。

大達茂雄自由党文部大臣

○大達国務大臣 たとえばごく手近かなところで千葉県の教育委員会の決定に対して日教組は声明を出した。その声明によると教育を不当の支配から守るためにこの結論に対してはこれを支持して、そうして教育を守るために今後も努力をするという支持の声明であります、先ほどから申し上げますように、これは法律による支配というよりも法律の規定そのものが教職員の行為を規制しておるのであります。法律そのものの直接の規制であります。それを排除するというそういう考え方が私は不当だと思う。のみならず教育の場を守るために努力をしておるということは、私は法律に根拠を持たぬ教育界に対する不当の支配を及ぼそうとする動きであると考えております。その実例を言えということでありますが、これは幾らもあります。たとえば先ごろの教育法案の審議最中におきましても日教組は指令を出して日曜日と月曜日をとりかえて授業をした。日教組は何ら学校の管理運営については法律上の権限を持つておりません。何らの権限を持たぬものがそういう指令を出した。しかもその結果として全国の六割、七割という学校が日曜日と月曜日をとりかえた。こういうのを私は不当の支配のテイピカルなものであると思います。

櫻井奎夫日本社会党(左)

○櫻井委員 千葉の教育委員会の決定に対して日教組がこれを支持するという声明を出した、これは明らかに日教組そのものの不当な支配であるというような大臣の御見解でございますが、この千葉の教委の決定についてこれを支持するといつた論説を出しておるのば日教組だけではない。毎日新聞の十月二十日の解説をごらんになりましたか。これも明瞭に千葉教委が今回出した決定というものを明らかに支持しておる。これは大臣読まれたと思う。そうするならば朝日新聞の勢力も緒方さんが関係しておられたわけですが、これも不当なる勢力ですか。

大達茂雄自由党文部大臣

○大達国務大臣 私は朝日新聞を詳しく読みません。——ちよつと読みました。これはその方が穏やかだというような趣旨であつたように思います。(「そうではない」と呼ぶ者あり)それは朝日新聞の意見であります。しかし日教組は今までにしばしば末端の学校に対して指令を出しております。決議をすればそれを流しておる。この例は幾らでもあります。そういう働きかけを常に教育界に対してしておる団体であります。(「教員の団体だ。」と呼ぶ者あり)教員の団体といえども学校の運営なり教育の上に法律によらざる支配を及ぼす理由はありません。そういう今までやつておるものが今度支持声明を出して、そしてわれわれは教育を守るために教育を不当の支配から防がなければならない。(「当然だ。」と呼ぶ者あり)それが当然でないのだ、内容が。それは日教組の今までの動きから見て教育に不当の支配を及ぼさんとする動きである、こういうように私は判断いたします。

櫻井奎夫日本社会党(左)

○櫻井委員 大達さんは日教組のある限り、これをたたき潰そうとしておるのですから、日教組に対する見解を聞いておるのではない。あなたの日教組に対する見解は明瞭です。ただ、この問題について支持したのは日教組だけではない。日本の大新聞といわれる朝日あるいは毎日などの論説に載つておりますが、これは遺憾ながら大達さんの意見に同調していない。千葉県の教育委員会の出したところの結論こそ、日本の教育を守つておるということをはつきりと書いてある。これは朝日新聞の意見だとおつしやいましたが、これは公共の言論機関です。こういう日本の輿論をあなたは無視して——無視してというと語弊がありますが、よく読んでいないとおつしやる。日本の思想がどういうふうに動きつつあるか、こういうことは日本の文教の最高の責任者であるあなたとしては勉強なさる必要がある。こういう大新聞があなたのおつしやつておるような千葉県の教委の出した結論はきわめて遺憾であるとか、首肯しがたいとかいう結論が出ておらないのはどういうことですか。大臣はどういうふうに考えておられるか、御見解を承りたい。

大達茂雄自由党文部大臣

○大達国務大臣 朝日新聞の論説は、こういうことを言つては失礼かしらないが、法律論としてはきわめて杜撰なものであります。しかし、これ朝日新聞の意見でありますから、私はかれこれ言う必要はありません。私としては、かりに朝日のような大新聞が書いた社説でも、これを首肯することはできません。それから朝日新聞なりその他の新聞の論説は、この問題についての意見を発表したものだと思います。今後そういうことに持つて行くために朝日新聞は大いに努力するということは言つていない。日教組は不当の勢力を教育界に及ぼそうとする。私の見解に従えば、不当の支配を及ぼそうとする動きがある。そこに問題がある。(「核心をはずさないようにしてもらいたい。」と呼ぶ者あり)朝日新聞が不当な支配をしようとするのかということをさつきお尋ねになつたから、そうは思わないということを言つたのです。

森三樹二日本社会党(左)

○森(三)委員 ちよつとその点について文部大臣にお伺いするのですが、日教組が千葉教委の結論を支持するという、そういう意見を表明することが不当の支配だということをあなたはおつしやつたのですが、一つのそうした団体が千葉教委の決定、結論等を支持するとかしないとかいうことは、これこそまさに言論の自由、憲法に保障されたところの思想の自由に通ずるものではないのですか。とにかくそのことの内容、千葉教委の結論のよしあしを今ここで聞こうというのではない、いいとか悪いとかというあなたの表現はわかつておりますが、それを日教組が支持するとかしないとかいうこと自体はさしつかえないのではないですか。

大達茂雄自由党文部大臣

○大達国務大臣 むろん日教組がそういうことを言つたということが違法だということは言つておりません。私は日教組の発言の内容が不当である、こういうように考えておるだけであります。これは憲法の問題には関係はない。決してそれを言つたのが法律上不都合であるとかなんとかいうことを言つたのではありません。その内容について私の考えを言つただけであります。

森三樹二日本社会党(左)

○森(三)委員 内容についてですが、しかしあなたは先ほど不当な支配云々ということを言われたのですが、結局不当な支配か不当な支配でないかということは、やはり憲法の、基本法の精神から判断しなければならないと私は思う。公共の福祉とかあるいは言論の自由とか、基本的な問題から割つてこれを判断しなければならないのである。しかる以上は大達文相のつまり不当なる支配を排除せいとかいうようなこと、それを言うのはさしつかえないじやないですか。結局そこをあなたが、自分の見解と反対の意見を表明した者は全部不当だ、そういう見解に立つているとすればおかしいと思うのです。いかがですか。

大達茂雄自由党文部大臣

○大達国務大臣 申し上げるように、私の意見に反対したからどうこうというわけではありません。そこは誤解のないようにしていただきたいと思います。私は教育基本法にいうところの不当な支配というものは、これはきわめて観念的な書き方でありますから、不当な影響ということにも読めましよう。不当の勢力ということにも読めましよう。とにかく教育というものが外部から来る影響を受けないで、直接民衆の意思を体して行われる、こういうことを書いたものであると思います。従つて逆に言うと、外部から教育の場にいろいろこうせい、ああせいということを言うことは、あそこにいうところの不当な支配と一応考えられるものである、こういうことを言つておるのであります。そうして日教組が従来それをしばしばやつておるのであります。今のように振りかえ授業をやれとか、あるいは赤い羽の募金には生徒、子供を出してはいかぬということを、しよつちゆう言うておるのです。こういうのを私は不当の支配だと言うのです。そうして不当の支配を今までやり続けて来ておる日教組がこの問題について、ただこの結論は正しいから支持するという新聞の論調とは違つて、吾人もまた教育を守るために全力を上げてこれに邁進する、こういうことを言つている、そこにどうもちよつとにおいがするというのです。

森三樹二日本社会党(左)

○森(三)委員 要するに悪法を排除しなければいかぬということを国民が叫ぶ。自分らの利益を侵害されるような悪法があつた場合に、われわれはこれは悪法であるから撤廃せいということは当然主張しなければならない問題だと私は思う。それはあなた方の立場とあるいは立場々々は違いますが、その立場に置かれた不当なる弾圧を受けるというように考えた団体が、その悪法を排除するためにその悪法をやめろということを主張すること、また今の千葉教委の決定は正しいのだ、われわれはこれを支持するということ、これを主張すること自体は、大達文部大臣としても当然に認容し、当然とお考えになることが正しいのではないかと私は思うのです。御見解はいかがですか。

大達茂雄自由党文部大臣

○大達国務大臣 私は今申し上げたように、そういうことを支持するといつたことが不都合とかなんとか言つているのではありません。そういう意味で先ほどから申し上げたのであります。

櫻井奎夫日本社会党(左)

○櫻井委員 それでは人事院の方にお聞きします。人事院規則の十四の七に、いわゆる政治的目的をもつて政治的行為をした場合には罰せられるというふうに、詳細に項目をあげてあそこに列記されてある。この規則の制定にあたつては、これは国民の基本的人権を侵害するのではないかというふうに、当時非常に論議があつたことは御承知の通りでございます。この規則に非常に詳細にわたつて具体的に掲げられておることは、これはやはり基本的人権に関係する重大問題であるために、この公務員のいわゆる利益なりそういうものを守るために、あのように詳細にわたつて書かれておるのか、あるいはあの幾つかの例の中にひつかかるものがあつたら片つぱしからこれを処罰しようという、そういう意図のもとに列記されておるのか。これは大きな問題でございますので御見解をお伺いしたい。

佐藤朝生人事院事務総長

○佐藤説明員 人事院規則は御承知のように国家公務員法によりまして非常に広汎な委任立法を認められておりますので、この人事院規則をつくりますにつきましては、最も慎重にやらなければならないことは当然でございます。国家公務員が政治的中立を守るために政治的行為の制限を受けることは国家公務員法に規定がございます。その具体的行為についてはほとんどが人事院規則に委任されておりますので、この人事院規則に掲げている行為が非常に詳細をきわめておりますが、これが詳細をきわめておりますのは国家公務員がこういう基本的人権の制限を受けるのでありますから、この人事院規則の違反になるような行為は、最も明らかにしておきませんとぐあいが悪いので、こういうふうに詳細に規定されておるのでございます。その点におきましてはこの人事院規則の運用に対して最も慎重にしなければならないと思つております。

櫻井奎夫日本社会党(左)

○櫻井委員 この取扱いにあたつて慎重を期するというようなことでございますが、それは衆議院の人事委員会で総裁が明瞭に答えておられる。それは従来これに対する違反らしきものは非常に多かつたのである、しかしながら何分にもこの規則は政治的行為を制限し、言論の自由その他を広範囲に取締つておるために、人事院としてはなるべく慎重の態度をもつてこれに臨み、いやしくも行き過ぎのないようにやつて来たのである。この総裁の見解によつて、これはいたずらに公務員の中からそういうものを出すというようなのがねらいでなくして、これはやはり人事院の機能から行きまして公務員を保護する、こういう趣旨で出されたのであろうと思うのであります。先ほどから大達文相は法律が守られていない、無視されておるというようなことをおつしやつておりますが、法律論になると必ずしもあなたの見解の通りではないと思う。法律家においてもやはり異論がある。たとえばこの吉田内閣打倒というスローガンを官公労の機関紙に出しておる、そのことを見ればこれは政治的目的を持つておるかのごとく、一見常識的に考えればそういうふうに考えられます。しかしながらこの官公労の機関紙というものは機関の決定をニーユスとして流しておるにすぎない。佐久間君が吉田内閣をどうしても打倒しなければならないという政治的目的を持つて、その目的のもとに流したのではない。官公労という一つの組織体が正常な決議機関をもつてそれを決定し、その大会の模様、来賓にはだれが来た、来賓の式辞はこうであつて、運動方針はこうであるということを、傘下の組合員に徹底させるためにこれを流しておる。そういう見解に立ちますならば、佐久間個人をあなたのおつしやるように法律に立つてこれを処罰しなければならないという態度は必ずしも出て来ない。これはわれわれは法律の専門家ではありませんから、ここで法律論をあなたと闘わせようというふうには考えませんが、この法の解釈そのものをもう少し慎重にあなたは御検討願いたいと思う。そうしてもしかりに地方教育委員会にあなたの御見解なり御所見なりを通達なさるというような事態がありますならば、これは必ず慎重にも慎重を期して、十分こういう日本の言論機関の動き、考え、こういうものを参酌されて、一方的な文部省の官吏の頭だけでこれを押しつける、こういうようなことのないように——そういうことが多いからたまたま現在の大達文政を打倒しろという声が出て来る。一国の文教の最高責任者たるものは、十分この動きというものを考慮して、日本の教育行政にあやまちなからぬような賢明な御処置をとられんことを切に希望申し上げまして、私の質問を終了いたします。

森三樹二日本社会党(左)

○森(三)委員 今櫻井委員からも言われましたが、大達文相はこの千葉教委のような、自分の意思に反した結論が今後出るような場合を考慮して、何らかの処置を講ずるというようなお話でありましたあなた自身も、自分は教育委員会に対して、そういう決定は違法であるということを言うような権限はないのだと言つておられます。この教育委員会というものが民主教育を守るためにつくられてある以上、あなたは今後千葉以外でもこういう事態が発生して、自主的な意味でどういう判断をするかしれませんが、そういう判断がなされたことに対して公的に、あなたがあなたの主観を入れた意見を通達するというようなことは、やはりその委員会の自主性を破壊するおそれがあると思うのです。私は、いわゆる不当弾圧のおそるべき考えをあなたは意図しているのではないか、かよに考えます。むしろ私はそういうような通達を出さないで、その地方の委員会の自主性を尊重することが、やはり今日の民主憲法を守るゆえんであると考えますが、御所見はいかがですか。

大達茂雄自由党文部大臣

○大達国務大臣 通達その他適当な措置ができれば、そうしたいという意味のことを申し上げたので、今具体的にどうしようということまで考えておるわけではありません。ただ、私の個人的な考えで教育委員会を引きずりまわして行こうということはむろん考えてもありませんし、またそういうことのできる筋合いのものでもありません。ただ主観的意見といわれますけれども、私が責任者である限りは、やはり私の意見によつて勧告すべきものは勧告し、助言すべきものは助言し、指導すべきものは指導する、これは私の主観の問題ではなくしてそうするのが職責上当然であると考えております。でありますからして、なるほど世論とかあるいは各方面の意見というものはもちろん尊重しなければならない。もちろん尊重しなければなりませんが、さればといつて、それがあるから自分というものの考えを全然なくしてしまつて、ただ職に晏如としておるというわけには参らぬのであります。これはたれがやつても私は当然だと思います。教育委員会に対して不当な圧力をかけるとか、そういう気持は毛頭ないのでありまして、要するに文部省の勧告、助言の内容が、もうだれが見てもひどいものであり、乱暴なことを通達するという場合にはそういう批評も起ると思います。しかし一般的に助言、勧告なりというものに基いてなす通達そのものをしてはいけないということでは仕事にならないし、責任も果せない、こういうふうに考えております。なお御意見のお気持のあるところはよくわかります。私としても行き過ぎのたいように、そういう外部からの批判を受けることのないように、乱暴な得手勝手なことを通達しておるというような批判を受けないように十分気をつけたいと思います。

森三樹二日本社会党(左)

○森(三)委員 文部大臣のただいまの御答弁ですが、私は文部大臣の職務権限はおのずからわかれているものだと思います。たとえば最高裁判所の長官といえども、個々の判決に、そういう裁判はよくないのだ、その法律はこういうように適用しなけければならぬのだというような、裁判の判決の内容にタツチして指揮命令する権限はありません。たとえば、この問題にも関連がありますが、破防法の問題について、釧路の裁判所ではこれに無罪の判決を下している。これに対してまた検事控訴が行われておりますけれども、そういう地方裁判所の判決に対して上級の最高裁判所の長官が、そういう判決をしてはいかぬじやないかということは言えないはずです。しかしながら、地方裁判所の構成であるとか裁判官の身分、転勤というようなことにつきましては、上級の長官に権限がある。従いまして、千葉県の教育委員会のような具体的事案の決定等に対しては、やはりその委員会の自主性を尊重すべきであつて文部大臣の意思をもつてこうした委員会の意思を左右すべきものではない。あなたの職務権限の範囲外だと思うのです。先ほどの文部大臣の意見の中にも、教育委員会を左右する権限はないということがあります。従つて職務権限の明確さをあなたみずから認められておるようであるが、またこういうことが起きたならば通達を出さなければならぬというがごとき、あなたの考えが非常に混乱しておるように思うのですが、御所見はいかがですか。

大達茂雄自由党文部大臣

○大達国務大臣 通達を出したからといつて、その通牒は教育委員会を拘束する力はないのであります。これは先ほど申し上げた通りであります。それはあくまでも助言であり、勧告であり、指導である、こういうふうに御承知を願いたい。従つてそういうことをすることが教育委員会の自主性を無視しあるいは破壊するということにはならない。教育委員会はもちろんそういう点について考慮はされるでありましよう、また考慮していただきたい。けれどもその決定自体、教育委員会のとる具体的な措置についてはこれは、教育委員会が自主的に決定すべきものである。文部大臣が、それはいかぬからこう直せとか、そういうことをすれば無効であるとか、そういう権限のないことは申すまでもない。通達というものはあなたがお考えになつているほど強いものではありません。通達はことごとく命令だという意味ではない、これは法律によつておのずから規定してありますから。そうすると、法律に規定してある助言、勧告というものも、通達を出さないということになれば法律になぜそういう規定があるのかわからなくなつてしまうのであります。でありますから、その通達の内容が、一般的にごらんになつてあんまり乱暴なことを言つているという御批評は場合によつてあるかもしれません。またその内容いかんによつてはむちやなことをするということになるかもしれません。しかしながら、通達を出すことが自主性を破壊するものである、こういう御議論は私は承服できません。

森三樹二日本社会党(左)

○森(三)委員 いや、あなたはとにかく非常に不当なる支配をすると言つてむきになつていらつしやるが、その通達とか助言とかいうものは、その法的な内容を検討すればわかることでありますが、非常に決定的な、支配的な文書になるおそれもあり、大きく影響を与えるとすれば、その委員会の空気を、あなたは命令でなく単なる通達だと言われますが、そのあなたの通達とか助言とかいうものが非常に強い影響を与えた場合には、その委員会の意思は大達文相の意思が大きく支配していると言われてもしかたがないと思うのです。従つて私は、こういうような問題についてはあなたは非常に慎重な態度をとらなければいかぬと思う。今後こういう事案が起るか起らぬかわかりませんが、しかし少くとも民主的な委員会の意思を、あなたはできるだけ寛容な態度をもつて見守つて行くというぐらいの腹がなければならぬと思う。これくらいのことでもつて、あわてて、さあたいへんだといつて通達を出すというようなことは軽々にすべきではないと思うのです。そこに大きな間違いを私は起して来ると思う。その点いかがですか。

大達茂雄自由党文部大臣

○大達国務大臣 通達を出すことから何らかの影響が考えられる、これは当然であります。強い弱いは別として、それは受取る委員会によつても違うでありましよう。しかし通達を出すことは、影響を前提とするから通達を出すのであります。影響を与えるということがいけないということであれば、通達を出すということは無意味であります。指導し勧告し助言をするということは、それがその通りにおいて影響を与える、但し意思を左右するわけではない、自主性を左右するわけではない。しかし影響があるということを前提にして通達を出す。影響がなければ通達を出すということは無意味であります。文部大臣が法律の定むるところによつて通達し、その勧告なり助言の精神がいれられて、そうして教育委員会がそれによつて影響を受けること自体が誓いということをお考えになるのはどういうわけですか。

森三樹二日本社会党(左)

○森(三)委員 私はこれはおのずから職務権限の範囲があると思うのです。教育委員会の構成とかあるいは運営とかいうことについて、あなたが助言とか勧告をなさるのはいいけれども、こうした重大なる問題を委員会が判断する場合に、おれはこう思うのだこう言えば、あなたはいわゆる命令ではないのだ、これは通達だと言いますけれども、これは換言すれば命令というような解釈も出て来るのではないですか、私はそこに非常に問題があると思うのです。しかもあなたの意見というものは、新聞を通じておれは反対しているのだということはもうしばしば表明されている。そこへ持つて来てさらにあなたが文書をもつて、自分の意見はこうなんだ、お前らの考えは間違つているのだというように——その文書の書き方にもよりまするけれども、しかしながらあなたは命令ではなくて通達だ通達だと言いますけれども、そこに命令と通達とどれだけの差があるかというのです。これは文章のあやとか書き方によりますけれども、そこに非常に私は危険性があると思う。だからこれはあなたが十分慎重な態度をもつておやりにならなければ、これが大きな間違いを起すもとになつてはいけない、私はかように考えるのですが、いかがですか。

大達茂雄自由党文部大臣

○大達国務大臣 むろん通達を出す場合に慎重にしなければならぬことは言うまでもありません。しかし命令ではない。この点は法律において明らかであります。一般に上級行政庁が不級行政庁に命令をする場合に、その命令に違反した措置が行われれば、上級庁はこれを取消し得るとか、あるいはしければこれをかわつて執行するとかいうように拘束力を伴つておるのでありますが、この通達には何らの拘束力は伴つていない。これは法律においてもそうであります。従つてこれは命令というものではありません。命令ということではないけれども、しかしこれが全然地方にいらざる干渉であり、こういうことを言つては悪いというものではない。これは法律がそういうことを期待して、法律においてそういう権限を文部大臣に与えておるのでありますから、それは勧告し助言をすることをことごとく馬耳東風で聞き流してしまうということが前提であれば、これは無意味な規定であります。私は当然に十分考慮せらるべきものであり、それが法律の趣旨であると考えております。ただそういう勧告、助言の権限があることにかりて、そうして乱暴な内容の指示をしたりあるいは特殊な別の目的を持つて、いわば特別な政治的目的のもとにそういう通達を出したりすればこれは非難さるべきことでありましよう。しかしそうでない限り、通達を出すこと自身がいけないのだということは、法律で定めてある文部省の職務そのものを限ろうとするということであつて、私はどうしてもそれはお考え違いではないかと思うのであります。どうしてこの場合に通達を出してはいけないのですか。文部省がかくあるのが当然であると考えても、その通りするかせぬかは受取る委員会の考え次第によることです。しかしそれをしてはいけないという理由は私はないと思う。

森三樹二日本社会党(左)

○森(三)委員 もちろん法定されているあなたの権限であるとすれば、それはあなたが出されるのはやむを得ないと思うのです。しかしこういうときにただちにあなたの意見というものが相当新聞紙上等においても発表されている今日、その文書の内容にもよりまするけれども、あなたとしては弱い、委員会を左右するような非常に強い文書ではないと思つてお書きになられても、あるいはそれが圧倒的に委員会を支配するがごとき重大影響を与えるおそれなしとはしない。だから軽々にはお出しにならないことがいいのじやないか、私はかように考えておるわけなんです。こういうものが出たからといつてすぐそういう文書を流せば、これは当然に全国の教育委員会を左右するがごとき結果を私は恐れますので、そういうことを申しておるのです。従いましてあなたが今後この事案を慎重にお考えになつて——文書を出すか出さぬかもあなたとしてはまだきまつていないとさつきおつしやつた。まだそういう意思を御決定になつておるようにも私は聞いておりません。あなたは今後自分としては慎重に考えて、出すかもしれぬが出さぬかもしれぬというお話だつた。従つて私は当然にこれは出すんだというお考えを持たれないようにしていただきたい、こういうことを申しておきます。  それからこの千葉の教委の決定でありますが、この当該の佐久間君は昭和二十六年の五月以来休職をして、東京に在住して官公労の機関紙の専門の係をやつておられた。従つてたとえば千葉県なら千葉県の学校の教員として現職にある場合と、相当立場が違うのではなかろうかと思う。すなわち官公労の機関紙の事務局長としてそうしたところの機関紙を——佐久間君は事務局長になつたからといつて特につくつたものじやない、従来からずつと発行されておつたものです。その地位に彼がすわつたような場合、これはおのずから問題が違つて来ると私は思うのです。彼が事務局長に就任して、そうして初めてそういう新聞をつくつてばらまいたとかいうのではなくて、つまり官公労の諸君の生活問題を闘つて行く上において、従来発刊されておつたところのその新聞の事務局長になられたのであつて、私はこれは立場が相当違つて来るのではないかと思うのです。佐久間君が千葉県におつて、自分でガリ版とか活字版の新聞を起して配布したというのと、判断の上において相当違うと思うのですが、御所見はいかがですか。

大達茂雄自由党文部大臣

○大達国務大臣 その点はやはり情状論としては、たとえば政治的目的を有する文書を発行配布いたしても、本人は何ら政治的目的を持つていなかつたというような場合には、本人がみずから政治的目的を持つておつて、しかもそういう行為をするという場合とは、かりに実際の国家公務員の場合につきましても、その処罰については情状論としては非常にそこに考えをしなければならぬということがあると思う。今のお話の点も情状論としては私はやはりそういうことは考慮のうちに入れなければならぬものだと思います。つまり処罰をするかしないか、ないしは処罰をするとしても、どの程度の処罰にするかということの考慮をする場合には、そういう点も当然考慮しなければならぬと思います。しかしその情状論をもつて、だから違法にあらずという結論になつたのでは、これはわけがわからぬことになるということを、先ほどから申し上げておるわけであります。なるほど本人は休職中の者であります。しかしこれは人事院規則にもその点ははつきり書いてある通り、「臨時的任用として勤務する者、条件付任用期間の者、休暇、休職又は停職中の者及びその他理由のいかんを問わず一時的に勤務しない者をも含むすべての一般職に属する職員に適用する。」こうあるのでありまして、法律の解釈論としてはこの点が違法、適法のわかれ目になることはあり得ないと私は考えております。ただ情状論としてはそういうことは考慮せられてしかるべきものである。先ほどから申し上げますように、千葉県のいわゆる決定の理由というものは、情状論を一歩も出ていない。法律の解釈論としては私はどうしても首肯できません。

森三樹二日本社会党(左)

○森(三)委員 文部大臣はもつぱら情状論で片づけようとしておりますが、われわれとは見解が相違します。あなたとここでもつてこれが処罰に値するとかしないとかいつてやつたところで、いつまでたつても解決がつかない問題であります。しかし私どもはやはり基本的な言論の自由というものを守るために、こういう機関紙がいわゆる現政府を打倒することを主張することは、当然処罰に値しないものだ、こういう見解をとつております。しかしあなたの判断だからといつて、あなたは自分の主観が絶対に正しいのだというようにのみ考えることも、私は危険ではないかと思うのです。たとえば例の学生の選挙権の問題もあれだけ論議され、学者の間でもずいぶん論議がありましたが、一昨日最高裁で学生の選挙権は居住地にあるのだという判決がありました。従つてこれは裁判でもしてみれば別な話でありますが、そうでない限りあなたがそうだと思つても、われわれはそうではない。だからあなたのように一方的にのみこうだと言つて非常に強がりするのも、私は非常に危険ではないかと思うのです。ここはやはり冷静にお考えになつて、今後のこうした問題を御検討になる必要があるのではないか、私さように考えておる次第であります。大体この程度にいたします。

田中好自由党

○田中(好)委員長代理 西村力弥君。

西村力弥日本社会党(左)

○西村(力)委員 大臣にちよつとお尋ねいたしますが、官公労の機関紙に載つた吉田内閣の打倒あるいは国会の即時解散という声は一般的なものでありまするが、この声というものに対して、吉田内閣の閣僚であられる文部大重ばどういう見解をとられておるか、それをひとつお尋ねしたい。

大達茂雄自由党文部大臣

○大達国務大臣 そういう声が一般に相当あるということは私も承知しております。これは世間の人の声であります。こういうふうに考えております。

西村力弥日本社会党(左)

○西村(力)委員 もう一段と答弁を進めていただいて、吉田内閣の閣僚として自己反省的なものがないかどうか、真摯にそういうことはやつてもらいたいと思う。教員を痛めつけることに集中しておるがごとく私たちは受取つておるのですが、そういうことでは結局こういう声は消せない、私はさように思うのです。こういう声を消すことはそういうところにあるのではなくして、もつともつと真摯な態度で国民に臨むべきである、あるいは国会の答弁等においてもすべてにそういうものがにじみ出なければならない、かように私は思うのです。もう少し進んだ御答弁をいただきたい。

大達茂雄自由党文部大臣

○大達国務大臣 私が教員を痛めつけることに専念しておるというようなことでありますが、私はそういうことはありませんし、そういう気持もありません。

西村力弥日本社会党(左)

○西村(力)委員 私の片言をとらえての答弁でありますが、私の要求しておるのはそこではない。さように今の御答弁に現われておるように、この問題も単に現われた片言隻句をとらえて、そうして法の拡大解釈をやつて、ぎりぎりと全教員を不安に陥れようとするようなぐあいに意図するとしないとにかかわらず、そういう状態になつておる。今のような答弁ではなくてもつと真剣な答弁を私は求めたい。国民にそういう声を聞かしてもらいたいのです。こういう声というものはこれはおおうべくもないのです。これがたまたまここに現われておる。それが法違反であると言つて——違反でない、違反であるというぐあいに、さまつな問題で今論争が進められておるが、こういうことが違反であるとすれば、こういうことに対する原因についての自己反省が痛烈になされるべきだと思うのです。それに対する答弁は何らなく、私のあげ足とりのような答弁に終ろうとすることはけしからぬと思う。ひとつ真摯な御答弁を願いたいのであります。

大達茂雄自由党文部大臣

○大達国務大臣 私は法律の解釈を正確にするということはきわめて大切なことだと思つております。決していいかげんにすべきものではない、こういうふうに考えておるのであります。私自身は私自身の法律の解釈に従つて行動するほかはありません。これはむろんそれぞれの方面の意見も十分聞きますし、世論も聞きますが、しかし私の考えによらずして私が仕事をするということは不可能であります。そうして法律の解釈ということは行政の基本でありまして、これはきわめて重要なことであつて、どうでもいいことではないと思う。あなたが今言われたような千葉県の教育委員会はこれを片言隻句であるからかまわぬのである、拡張解釈である、こういうことを言つております。何ゆえに片言隻句であれば違反にならぬということになるのか、何ゆえにこれが拡張解釈なのか、そういうことをお示し願いたいと思う。

西村力弥日本社会党(左)

○西村(力)委員 大達茂雄文部大臣は単なる行政官ではないと思うのです。政治家であると思うのです。しかも内閣の一閣僚として席を占めておる限り、みずから顧みての発言を求めておるのに、この点に対しては何ら御答弁がなくて、私と片言隻句論をまたやろうとしたつて、そんなことは意味がない。そんなことだけが国会において論争されるべきではない。こんなことは法律学者にまかしておけばいいのではないかと思われる。それは全然まかせるわけには行かぬでしようけれども、もう少し大所高所に立つた政治家の発言を求める。吉田内閣打倒の声は国民の声ですよ。それにあつてこれを乗り切つて吉田内閣の延命をはかろうとする姿、みずから顧みるところがなければならぬと思うのです。こういうものについて御答弁願いたいのですよ。それをさつきから要求しておるのですが、なかなか上手に焦点をぼかせるというか、戦闘的にフアイトを燃やされるようですが、そういうところで小ぜり合いをやつてもしようがない。それは国会の問題としてさきまつな問題であると思う。

大達茂雄自由党文部大臣

○大達国務大臣 西村君がどういう点をお聞きになつておるのか。つまり世の中で吉田内閣の評判が悪い。それについてどう思うかというお尋ねでありますか。何を聞いておられるのかよくわからない。法律の解釈というものが、これはそのまま国会を通しての国民の意思であります。だからこれが正確に解釈されるということが国の秩序の基本であります。いわんや行政面においては法律を離れての行政はあるべきはずがないと思つております。従つてこれをさまつな議論などとは毛頭思つておらぬ。しかも今問題になつておるのは法律の解釈をめぐつての議論であります。でありますから私はそれについてお答えをしておるのでありまして、いいかげんな、どうでもいいことを言つておるという気持は私には決してありません。それでどういうことをお尋ねになつておるのか、今日吉田内閣の評判が悪い、悪いについてどう思うか。それが学校教員をいじめることから来ておるのだ。こういう論法は私は返事のしようがない。

西村力弥日本社会党(左)

○西村(力)委員 そういうぐあいに、回というか、非常に確固たる御自身の信念で生きられるので、大達さんたいへん御人気があるようでありますが、それだけであつてはあまりに一方的であるのではないかと私は思う。どうしても私の質問に御答弁なさらない。すなわち言うにたえないというか、みずからをみずから批判するのだから言うにたえない、あるいは全然みずから省みることがないというか、それはいずれにしても、私たちこの際その答弁を求めようということはやめましよう。  この佐久間君の問題は、発生すると同時に大達文部大臣あるいは人事院の見解というものが表明されて、これは明らかに違法である。断固処罰せらるべきものであるという趣旨の発言がなされておる、それが千葉県の教育委員会の手によつて御意に沿わない結果になつたということなのでございます。そうなりますと、ここにはつきりと教育委員会の存在意義があつたのであります。文部大臣としてはあまり執念深くやらずに、これで教育委員会の自主性というものを立証せられた、こういうぐあいにおおらかに考えられないか。自己の意見というものを最後まで通そうとするようなことは、むしろ教育委員会法そのものの精神を侵すことになるのではないか、この際文部大臣としては大きい立場から、これでよろしいのだ、通達を出す云々などということはやめて、こういうぐあいに打切つてもらう方向をとつてもらいたい。それで一切さつぱりしてやるべきことは多々あるのじやないかと思う、地方財政の赤字はきようの新聞に出ておる、これがほんとうに一番大きくかぶさつて来るのは教育費の方からです。しかも来年は八十万児童がふえるということをいつておる。教員たちはもう四十歳そこそこで首の座の不安におののいておる。こういうことが教育のほんとうの効果にどういう影響があるか、そこに文部大臣の全精力を傾けらるべきが至当じやないかと思う、そういうぐあいにお願いしたいのです。ここで千葉の教委はほんとうに自主性を持つて委員会法の精神を立証した、ほむべきことだと言わないにしても、まあまあこのくらいでということは言わないにしても、今後通達を出すなんということは、やめるとはつきりおつしやつていただきたい。

大達茂雄自由党文部大臣

○大達国務大臣 先ほども申し上げましたように、これは千葉県の教育委員会にどうでもこうでもこれを直せということを言つてやるつもりはありません。そういう気持はないのです。ただ  一般に及ぼす影響というものを考えて適当の措置を講じたい、そういう気持であるということを申し上げます。しかしこれは出しても馬耳東風で聞き流されて何ら効果がないということになればやめますが、効果のないものに出す必要はないからやめますが、しかしこれをこのままほうつておくということは私は不適当だと思うから、適当な方法があれば請じたい、こういうことを申し上げたのであります。

西村力弥日本社会党(左)

○西村(力)委員 どうしても最後までやられるという執念深いことですが、こういうことは結局あまり政府だけがやり過ぎるのであつて、日本の国では現在行政委員会組織を持つてそれを認めているのでしよう。そういうところにおいて最後までそうやられるのはいかぬじやないか。しかも俗に言う教育二法案というものが非常に憲法上からも疑義を持たれつつ立法せられた、こういうものがへんに拡大解釈されたら、人民は恐怖の日々を送らなければならぬということになる。それでこういうものの解釈というのは、あまりに政府側の意向だけを専行せしめないで、すなわち政府の意向あるいはこの問題を直接担当する教育委員会の意向あるいは一般の輿論、こういう三者の意見というのがあるわけですが、そのあとの二者の教育委員会の意見と輿論というものが一致した場合において、なおかつ政府の意見というものを強行しようというようなことは、あまりこれは好ましいことじやない。しかも法がはつきり文句なく解釈されるならとにかく、今はつきり千葉教育委員会の意見と文部大臣の意見が対立するかのごとく、法解釈そのものが非常に拡大解釈とか、何か疑義を招く点が非常に多い、そういうときにはやはり担任者がそういう意見である場合、文部大臣としても、この際あまりに政府の意向だけを最後まで押し切るというようなことなく、こういうぐあいにこの際さつはりするという方向に行くべきじやないか、そうでなければ行政委員会制度を置いたその根本の日本の行政組織自体に対する否定というような傾向も出る。教育委員会法そのものに対する根本的な存立意義も失われる、あるいはあぶない解釈を伴う、こういう法律の場合の権力というか、上級機関というかの専行、そういうものだけが押しかぶさつて来るということになつて、いずれにしてもあまりに好ましいことではないし、将来に一つの危険を持つものであると私は思う。どうしてもおやめになるわけには行きませんか。これはむしろ喜んでで千葉教育委員会の決定を迎えるのが、教育法委員会法制定の責任者である文部大臣としてのお立場ではないかと思いますが、再度御答弁を願いたい。

大達茂雄自由党文部大臣

○大達国務大臣 千葉県の教育委員会に対して、一たび教育委員会の意思としてきまつた今度の決定を、もう一ぺんやり直せというような意味の通達は出さない方がいいだろう、私の方ではこう思つております。いろいろお話になつてお気持はわかつたのでありますが、これはすべて行政面に関することであります。一般的な通達を出すのがいいか悪いかということはこれはまつたく行政上の措置でありまして御意見は拝承はいたしますが、そうかといつてこの問題に関してはもう通達は一出しませんというお約束をこの席でするわけには参りません。先ほど他の委員の方からも大体そういう御意向のお話がありましたが、私申し上げましたように、御意思のあるところは十分考えますけれども、そこでこれを言えということになれば、これははなはだ失礼な言い分だけれども、とにかく立法司法行政とこう政治組織がわかつておるのですから、それを行政措置についてこの席でどうしてもこういうふうにはつきり言え、約束しろということを言うのは、あたかも私が千葉県の教育委員会に対してこれは間違つておるからこれをやめろ、取消してくれということを、はつきり迫るのと同じことじやないかと思います。

西村力弥日本社会党(左)

○西村(力)委員 出す出さないは未決定だというようなところまで話が進みましたが、しかし出そうという意向、いまいましいという意向は抜け切れないように思うのです。そういうところが抜けないからまた出そうかというような気持が出る、私は行政権を押えようとは思わない内閣そのものが司法権を侵したり、国会の立法権を侵したりしておる事例が出ておる、私たちは侵そうと思わないからほんとうに真剣に考えてもらいたいことを私は希望するのです。  私しろうとでございますが、人事院にちよつとお尋ねしたいのです。官公労の機関紙にこれが載つたことが違法である、それ以前の官公労の決定そのものに対しては人事院はいかに取扱われるか、吉田内閣打倒との決定に対し  ていかに取扱われるか。

佐藤朝生人事院事務総長

○佐藤説明員 お答えいたします。この問題が起りましてから官公労の新聞あるいは官労の新聞をいろいろ調べてみましたところ、これに類似したものが五十件ないし六十件あつたわけであります。これにつきましてはどういうふうな書面になつておるかというようなことにつきましてもまだよく調べてございませんし、またこの問題につきましては第一次的に任命権者が責任を負うものでございますから、私どもの  ところではそれだけのことしか今わかりません。

西村力弥日本社会党(左)

○西村(力)委員 そういう決定をたくさん調べられてあげられたのですか。それはやはり違法だという前提のもとにやられたことかどうか、決定そのものが違法だという前提のもとにあるかどうか。

佐藤朝生人事院事務総長

○佐藤説明員 官公労新聞に出ましたものがその文句と、それから発行責任者等の方から見まして、その記事が違法であるのもあると思います。

西村力弥日本社会党(左)

○西村(力)委員 違法であるのもある、ないのもある、こういうわけですね。そうすると機関紙に載つたその場合の決定はどういうげあいに把握しているか。この佐久間氏の署名をもつてその事務局長名をもつて出したその決定が、大会か何かの決定を新聞に載せたのでありますから、それはどういうぐあいにお考えになるか。

佐藤朝生人事院事務総長

○佐藤説明員 今の御質問は決定そのものでありますが。決定そのものが政治的行為、例の人事院規則十四の七には該当しないと思います。

西村力弥日本社会党(左)

○西村(力)委員 どうも決定そのものは違反しないということになつて、これを機関紙に載せるだけが違法だとすると、こういうところはどうも私にはわからないのです。機関紙は決定したことを忠実に組合に報告するだけのことです。その前提としての大会の決定が違法じやなくて、載せたことだけが違法だという解釈は、しろうとの悲しさといいますか、私にはわからない。

佐藤朝生人事院事務総長

○佐藤説明員 十四の七をつくりますときに、先ほど申し上げましたように非常に慎重にこれを規定したわけでありますが、いろんな制限的行為を列挙しまして、それに該当したものだけ十四の七違反というふうにしてございますので、これに該当しないものは一応入らないということに私は解釈しております。

西村力弥日本社会党(左)

○西村(力)委員 私は大会決定が違法じやないのに、ここに載せたことが違法になるということを聞いておるのです。前提が違法ではないのに、載せたことが違法だということは、ちよつとわからないのです。

佐藤朝生人事院事務総長

○佐藤説明員 先ほどから申し上げております通り、人事院規則は非常に制限的に列挙しておりますので、ただいまのこの政治的行為の制限に該当いたしますのは、職員そのものの行為を律するわけでございます。それでこの職員——公務員そのものが、この項に掲げてありますような行為に該当するときに、この政治的行為の制限に関する違反というふうになるのでございまして、この政治的行為制限の規則そのものから、大会と申しますか会合についての行為を規制しているものではないと思います。

西村力弥日本社会党(左)

○西村(力)委員 決議そのものはなんですけれども、これは官公労の議長個人によつて代表される。だからその人は国家公務員であるかどうか今ちよつとわかりませんが、官公労の議長は横川君でしたか、そういう個人の行為になつて、それはやはりその人自身がまた罰せられるのではないかどうですか。

佐藤朝生人事院事務総長

○佐藤説明員 先ほどから申し上げております通り、この人事院規則にいろいろ列挙してございますが、結局は外部に行為が現われない以上は、罰する対象にはならないと思います。

田中好自由党

○田中(好)委員長代理 もう時間が来ておりますから、森君に一分間だけ…。

森三樹二日本社会党(左)

○森(三)委員 ちよつと話は違いますが、文部大臣にお伺いしたい。洞爺丸事件の次に起きました相模湖の内郷丸の事件、あれくらいいたくしい事件はないと思います。これは根本的に修学旅行が是か非かという問題、これもずいぶん世論ではやかましい問題でありますが、この修学旅行に遠いところから汽車で来ますが、急行列車を使わないで来る、そうして不眠不休で汽車の中で寝ている、そうして疲れはてておりますので、百人来るとそう中の一人、二人の児童は事故を起すか、身体障害を起すか、あるいは生命を失つているような事件があります。でありますから乗物も、船によるあのような災害のみならず、バス電車が転覆したとか、あるいはひかれたとかいうような非常に悲惨なことがあるのであります。これはあなたは非常に重大なお気持を持つてこういう事故を未然に防止するような措置を従来講じておつたか現在はどういうふうな措置を講ぜられておるか、これは非常に重大な問題である。秋から修学旅行も非常に多くありますので、この際慎重なる態度を持つてほしいと思うが、御所見いかがでありますか。

大達茂雄自由党文部大臣

○大達国務大臣 修学旅行に際していろいろな事故が起つて、ことに最近の相模湖の事件は非常な問題であります。この修学旅行には文部省としては前々からきわめて綿密な通牒を出しまして、それぞれの教育委員会の方面に指導しているわけであります。これは事件の起きる前々からやつているが、なかなかその通りに行かない、昨年私が就任しましてほとんど直後でありましたが、昨年の七月でありましたか、そのときもきわめて詳細な修学旅行についてのいろいろ注意を出したわけであります。それから修学旅行については協会があります。そこでも常にこれについてはいろいろこまかい注意を与えており、また指導もしており、また東京に出た場合に、できる限り適当な宿屋の世話、そういうこともやつて関係方面ではできるだけの注意をして参つておるのであります。それにもかかわらずいろいろの事故が起る、また事故とまで行かなくとも、世間から見ていろいろ芳ばしくない批評があるということも事実であります。これはいろいろ原因があるかもしれませんが、今後も極力指導して、そういうことのないようにしたいということは、常に文部省としては念願をしておるわけであります。詳しい通牒を出していつも注意はしているわけであります。  それから職員についても修学旅行等に行く場合の、気持のゆるみのないようにというようなことも、常に通達その他によつて指導しているわけであります。今後ともその点は十分気をつけて参りたいと思います。

田中好自由党

○田中(好)委員長代理 お諮りいたします。機関紙の問題につきましては本日政府当局の見解を聴取したのでありますが、当事者でありまする千葉県教育委員会関係者の意見を聴取する必要があろうと思いますので、本委員会において教育委員会関係者を召喚して、その意見を聞きたいと存じまするが御異議ございませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

田中好自由党

○田中(好)委員長代理 御異議なければさように決定いたします。教育委員会関係者を招致するに決しました。この人選と日時は委員長におまかせを願います。  本日はこれにて散会いたします。     午後一時五十九分散会

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