人事委員会 第12号
- 発言数
- 72 件
- 登壇者
- 7 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1954/04/07
会議録
○川島委員長 これより開会いたします。 通告順によつて質疑を許します。石山權作君。
○石山委員 まず加藤国務大臣に質問をいたしたいと思いますが、大臣の提案の御趣旨の中に、四月一日までにこの案を上げたいとあり、大分急がれたようでございます。在来も幾多の重要法案、たとえば教育二法案のような場合、あるいはMSAをわれわれが受取る場合においても、少数政党というか、少数の立場からも相当りつぱな論議が展開されたというように私たちは解釈しているわけなのでございます。しかしこのりつぱな論議が、MSAの場合においても教育二法案の場合においても、何らその中に加味されないで終始してしまつたことはまことに残念なことであります。こういうふうな結果を、普通世間の人は多数横暴という言葉で表現しているわけなんでございますが、今回も政府は、いうところの少数党あるいは反対の意見をば批評して、立場が通うからというふうな意味において、この国家公務員法の一部改正というものをば強く押し切つてしまうという御所存であるのかどうか。私たちは、特に政府の手足となつて、政府の意見をばまじめに体して、その行政の末端に働く人たちに対しては、政府は、自分の誠意、自分の持つ気持というものを誤解されてはいけないと思います。そういう点では、国家公務員法の一部改正は、私たちも慎重に審議して、政府も政府の意のあるところをばよく述べて、そこに曲解があつてはならない、誤解があつてはならないと思う。四月一日はすでに過ぎ去つたのでございますけれども、そういう意味で誤解を招かないように、曲解されないように、誠意を尽して、今後ともわれわれ反対少数党がよく納得の行くまで論議して、この問題を終結しようという気持でいられるかどうかということをまず第一に御質問申し上げます。
○加藤国務大臣 先般いつ幾日よりこの法律は施行するつもりかという御意見でございましたが、これは附則に、この法律は、二十九年四月一日から施行するというつもりでありましたから、そのつもりを申し上げたのでございまして、決して言論を圧迫して、急速に成立させなければならぬというような、そういう意味を持つた答弁ではございません。附則に書いてありますから、政府はそういたしたいという熱心なる希望を述べたにすぎぬのでございます。
○石山委員 たいへん理解のある御答弁をいただきまして、ありがとうございます。特に私先ほども申し上げましたように、公務員の方々は政府の手先となつて今後とも働くのでありますから、その気持をまず前提として、熱心にわれわれも討議をしたいのでございます。従つて政府当局も意のあるところをよく了解の行くように、ひとつやつていただきたいと思います。 この公務員法の各章に入るということはまだまだ困難なのでございまして、まず緒論と申しますか、政府がこの案を出そうとした意図をまずお聞き申し上げたいのでございます。この機構改革案は、おもに行革本部で作成されたと思われますので、その方からの御答弁と、足りない点は当局の長官からひとつお願い申し上げたいと思います。 行政機構の一環という言葉をば提案理由の中に使われていますが、行政機構の一環というふうになりますと、目に浮んで来るのは、警察機構の改正がたつた一つ浮んで来るようでございます。それに並んで、普通いう人事院の廃止にも等しいような、骨抜きの行政機構改革案が今回出て来た。この前も少しくお聞きしたようでありますけれども、私はまだ納得ができない。特にこれは前の質問者の舘林氏がこういう意味のことを言つたと思つておりますが、人事院に行政機構改革の面子をばしわ寄せしたような傾向があるのではないか、これは行き過ぎだというふうな言葉ではなく、あらゆるものに突き当つてしまつて、方向転換を求めたのが、たまたま人事院に行つた。しかも人事院の機構改革は、おそらく政府の腹では、現行だつてそうじやないかと思う。権利を与える点では、現行でも同じではないかと思う。それをただ条文化したにすぎないというような意見か腹の中にあつて、こういう措置に出たのではないか。おそらくここならば一番抵抗が少いという意図のもとでなされたのではないか。でありますから、行政機構の一環としてということになりますと、おそらく人事院の次には、来年度はどの省とどの省をこういうふうにするという案が当然出なければ、一環という言葉は使えないと思うのであります。それがなくしては、一環という言葉を使つても、行革全般の案というものはうやむやに消え去ろうとしているような私は印象を受けるのであります。その点ひとつ行革本部の方からお聞きしたいと思います。
○岡部政府委員 お答え申し上げます。このたびの公務員法の改正による人事院の改組の案が、行政改革の一環としては非常に貧弱ではないか、これだけにしわ寄せをするのじやないかというお説でございます。もちろん昨年八月内閣に設けられました臨時行政改革本部は、行政制度全般の改革案の立案及びその推進の任に当るために設けられたものでありまして、戦後の行政制度、ことに行政機構及び行政事務並びに政府職員の縮減ということにつきまして、具体的な案を、しかも総合的な案を立てるというのがその使命であります。行革本部におきましては、約半年鋭意その案の作成に努力いたしまして、行革本部といたしましてはある程度の案がまとまつたわけであります。そのうちどの程度を今期国会に提出して御審議を仰ぐかということにつきましては、これはいろいろな事情がございまして、今度の国会においてやれるものからこれに着手するという建前をとつたわけであります。ことに当初から行革本部の意向といたしましては、占領政策による行き過ぎの是正というような大方針を掲げまして、その第一といたしまして、警察制度を取上げたわけであります。この警察制度の改正ということは、これはきわめて大きな問題でございまして、ただいま国会におきまして御審議を受けているわけであります。その次に取上げましたのが、人事院制度の改善という問題でありまして、これが今御審議をいただいております国家公務員法の改正案であります。これについてはまた後ほど申し上げますが、その他今期国会において具体化いたしますものといたしましては、一つの見本といたしまして国家が現在の状態において、国家自身としてやらなくともいいものは、なるべくやめて行こう、できるだけ民間の手にこれを渡して行くことが正しいというような方向をとつたわけであります。その一つの例といたしまして、農林省の行つております国営競馬を民間に移しまして、従いまして農林省の競馬部を廃止するという案をただいま国会に提出いたしまして、御審議をいただくことになつております。その他総理府全体の機構の改革も考えたのでありまするが、その一つの現われといたしまして、国立世論調査所の廃止ということも近く御審議をいただく予定に相なつております。そういうようなわけで、実は機構改革といたしましては、お説の通りきわめて部分的な面があるわけでありまするが、これは行革本部といたしましてこれに限つたわけではございません。いろいろな事情もありまするので、引続き行政制度、ことに行政機構全体についての改革案を練つておるわけであります。これには非常に易くの問題を含んでおりまするので、次の国会あるいはその次の国会に引続き御審議をいただくという予定で、なお具体案を練つておる次第でございます。その他法令の整理改廃につきましても種々案を練つておりまして、近く御審議をいただくことになつておるわけであります。またそれらに基きまする政府職員の整理につきましては、現在定員法の改正案といたしまして、政府職員約六万名の整理の案につきまして御審議をいただいておるわけであります。実はこの定員法の御審議のときに、こういう御批判をいただいておるわけであります。すなわち定員法における六万名の縮減というものは、これはみんな特定の事務をやめることによつて職員を浮かせた。そしてそれを整理するというのじやなしに、各省まんべんなく、一律に天引きのようなかつこうで、各省みなおつき合いだけで減らしたのはけしからん、仕事に重点を置いて減らすべきだというような御批評を盛んに受けておるのであります。ただいまはまた石山先生から、今度は一つ二つやりますと、一つ二つにしわ寄せをして、ほかのものに手をつけぬのはけしからん、こういうようなおしかりを受けるのであります。あることを一つ重点的にやりますと、重点的にやつてはいけない、全般的にやりますと、全般的にやつてはいけないというおしかりを受けるのでありまして、はなはだ恐縮いたしております。政府全体の考えといたしましては、もちろん全般的にやり、しかも決して個々にしわ寄せをするというつもりではないのでありまして、全般の計画の中で、順を追つてやつて行くというような考え方でございます。またただいま人事院を人事委員会に改組することにつきまして、これを廃止にもひとしい案だと仰せられたのでありますが、これは先般来、参議院の本会議におきましても、あるいは当委員会におきましても、関係大臣及び浅井人事院総裁からも答弁されました通り、今度の改組によりまして、中央人事機構としての当然の職権及びそれを遂行するために必要な独立性に関しては、何らこれを阻害してはいないということを答弁せられておるのであります。その通りでありまして、決して今、石山先生が仰せられたような、廃止にもひとしいというようなことは、毫もその懸念はないことと存ずるのであります。ことにこの人事委員会というものが最も発達いたしておりまするのはアメリカであります。アメリカにおきましては、特別の政治組織のために、こういうような独立性を有する行政委員会が発達しております。すなわち日本の人事委員会のモデルになりましたアメリカの人事委員会、シヴイル・サービス・コミツシヨンというものは、決して日本の人事院ほど強力なものとは考えられません。またイギリスにおきましても、イギリスのトレジュアリー——大蔵省と普通言つておりますが、大蔵省に一部局として人事委員会があるというような状態であります。要するに人事行政というものが、勧告、判定、企画、実施というような、すべての人事行政の総合面を一本に扱う。そういうような複雑な機構を持つ新しい人事行政機構と、その国の内閣制度あるいは行政制度一般とをどういうように調和せしめるかというようなことが、人事院成立以来の一つの非常に大きな問題であります。それをどういうように調和するかということは、今度の問題におきましても完全に解決しているかどうかということは、いろいろ問題もあろうかと思うのでありますが、今度の改正案は、内閣制度とこの人事行政機構との調和ないしは調整ということに一歩を進めて努力するという意味におきまして、御審議いただくものと存ずる次第であります。
○石山委員 なかなかおもしろいことを言われました。全般をやると重点的でないとおしかりを受ける。片方だけ重点的にやると、私のような言い方をする。こういうような意見が出ると言われるのであります。しかし先ほどのあなたの御答弁を聞くと、他に累を及ぼさないというような形容をしておられた。他に累を及ぼさない機構として、一番先に取上げたのが警察であり、人事機構であると言われる。定員法改正の場合に、万やむを得ない場合にと言われるが、人体になぞらえて言うと、指を一本切る。これが生命に累を及ぼすかどうかということになると、まずまず死なねばよろしいという結論が出る。大きなかたわになるよりはいいという意見がどこからか出て来るだろうと思う。しかし人軍院の機構改革の場合は、私は機構改革というふうな言葉で片づけられないものがあるのではないかと思う。人体で言うならば、胃袋をば半分とつてしまうような大手術になりかねない。肝臓もとりかねないような場合もあり得るということは、機構の一部改正じやない。つまり制度の根本ですよ。公務員の持つている一つの権利、この権利の中にメスを入れたというところに問題があるのでございます。それを他に累を乃ぼさないからというような安易な、一つの便法的な考え方で、これをなされんとするように私たちには見えてならないのであります。特に行政上の調和という言葉は、これはまことにどこへでも振り向けられるいい言葉で、強くもなれば、あるときには弱くもなり得る八方美人的な言葉である。しかしわれわれは調和というのを逆に解釈して日本の国政全般の調和ということに考えている。便法的な、行政的な調和じやない。私たちは日本の一つの方向というものについて、終戦後のアメリカ占領軍から受けた一つの行政上の措置の調和ということを考えている。これ安保条約、日米行政協定のできた一つの主眼なのであります。この主眼を、安保条約、日米行政協定の中に盛られた精神を無視して、日本的ま懐古趣味によつて、便宜主義に堕して法令をつくるとするならば、それこそ逆コースである。基本からそれた逆コースである。われわれはよく政府が改正しようとする教育二法案あるいは警察法案その他に対して、新しい一つの日本の民主主義的な立場からも、逆コースということを言つている。同時に日本の基本であるところの日米行政協定、安保条約によつて定められた大きな調和から逆行して行く部分的な法律の改正であるということをわれわれは責めている。国民の全般として、制度そのものが占領軍によつてつくられ、いろいろな意味において、制度そのものの全般が押し流されて行つている場合に、特に取上げられるのは、調和ではなくして、われわれ個人の権利を奪うような方向へ行つておることである。これはやはり基本の日米行政協定あるいは安保条約からの反逆であると同時に、日本国民がせつかく新しい西洋文明から得つつある民主主義の逆行であると思う。これはまぎれもない。これは私個人の意見ではない。成蹊大学の佐藤という教授もこの点を力説しておる。これは昭和二十七年五月の「人事院存廃に関する諸家意見」の中にちやんと書いてある。もつと私は言いたいのでありますけれども、あなたはこれを参考にされれば、私の言わんとするところはもつと御了解が行くと思う。大きな流れの前に、国家そのものがそれを是認しておる。国家そのものが是認したということは、MSAをわれわれが議するときは不愉快であつたし、また反対だつたが、国家全体が、日本の行政上の、制度上の、国際上における調和として受取らざるを得ないというので、MSAを受取つている。しかるに全般が流れておるにかかわらず、これは西洋文明というふうな言葉を使つていますけれども、それを当面与えたのはアメリカである。アメリカがそういうことを与えながら、特にこういうふうな人事院制度をとらなければならぬというのは、逆行もはなはだしい。まつたく吉田政府は封建的であつて、日本の懐古趣味だけを考えているのじやないか。言葉を悪くいえば、あなたを含めた高級官僚群が実権を握つているのではないかということを極言している方々もあつた。私はそういうふうな点であなたの言われる行政機構上の実情に調和した組織というふうな言葉は、まつたく目先の話であつて、日本が今行わんとする機構上から見たならば、人事院をなくすとか、人事院の性格を骨抜きにするとかいうことは、全般の調和そのものを欠くものではないかというふうに考えているのでございますが、その点はいかがでございますか。
○岡部政府委員 お答え申し上げます。ただいまの石山さんの御論議はまことに傾聴すべき点が多いと思つて、拝聴したのであります。実は仰せの通り人事院の組織機構権限というものは、国家公務員法第九十八条の問題と関連して考えなければならぬということは、各方面の一致した意見でございます。すなわち政府職員の団結権、団体交渉権あるいは団体協約締結権及び争議権の制限をする。その制限されることによりまして、公務員の力が弱まる。もちろん制限する根拠がどこにあるかということは、これまた一つの問題であります。これを単にこの際剥奪と考えるか、あるいはこれらの制限を受けるのは公務員の当然の本質から来るものだという考え方をとるか、これはいろいろな考え方があると思います。とにかく第九十八条によりまして、公務員の団結による力が抑制される、それだけ今度は逆に政府の側といたしまして、公務員の福利と利益を正当に保障するだけの機構と方策を、バランスをとつて考えなければならないということに、公務員法の一つの根本的な建前ができておると思つております。そのために人事行政機構といたしまして、強力な人事院というものを設置いたしまして、これにその権限の遂行にきわめて高度の独立性を与え、時の政府によつてその必要な権限の遂行が妨げられないような措置を講ずるということに相なつているわけであります。しからばその人事院の権限として、公務員の利益、福祉を保護するために何を考えているかと申しますと、第一には、給与ベースの改訂等に関する勧告権、あるいは法令の改正に関する意見の申出権、それから公務員が不利益な処分を受けましたときの訴えに対する判定権、あるいは不当な行政措置を受けました場合の申出に対する判定権、あるいは試験、採用、承認についてスポイルズの影響のないように、これをメリツト・システムのプリンシプルにおいて確立するというような権限、これらの権限を与えておるわけであります。先ほど申し上げました通り、これらの権限を十分に行使するために、必要な範囲の独立的な性格を人事院に確保する、こういうことになつておると思います。これが国家公務員報のいわば骨組み——バツク・ボーンであります。しからばこれを具体的に、人事院をどのような行政機構の上に持つて行くかということにつきましては、現在の人事院が、二十三年の七月二十二日のマッカーサー・レターに基きまして、司令部の強い指示、勧奨によつて、司令部の意向そのままにでき上つたということは、これも隠れもない事実なのであります。ただそのようにしてできました人事院が、独立後のわが国の行政組織の上において、先ほども石山さんから御指摘がありましたが、現在の行政組織のもとにおいて、調和がとれた機構にこれを改善して行くという努力を政府側において行うというのも、これまた当然のことだろうと思います。この改善意見につきましては、人事院のおい立ちがそういうようないきさつがあるものでありますから、各方面から、学者と言わず、実際家と言わず、いろいろの改正意見が出ておるのであります。政府が案を立てます場合におきましても、朝野各方面の意見を参照しておるのでありますが、先ほど石山さんが引用されました成蹊大学の佐藤功教授も、この人事院の改組につきまして、あるいは公務員制度全体につきまして、非常に熱心な意見を述べておられるわけであります。その佐藤教授の意見によりますと、そのような人事院の独立的な権限というものは、むしろ実施部門から離して、これを人事委員会という独立な、しかも簡素な機構にして、判定なり、意見なり、勧告なりを独立にやらせる。そうしてむしろ人事行政の企画実施の面は、これを総理府の内局に移した方がよいというような意見と承知しておるのであります。それも一つの意見だろうと思います。しかしなかなかこの人事行政というものは、全体として一体的な性格もありまするので、勧告判定部門を企画実施部門と離す方がいいかどうかということは、これは人事行政機構の一番大きな問題の一つだと思います。そういう意味におきまして、このたびの政府案におきましては、佐藤教授の意向とは反対に、人事行政実施機関全部に対して、この独立的な権能を与えたままの形、すなわち今の人事院のような総合的な権限を有する機構としてやつて行こう、それを現在の行政組織の中にあてはめれば、これはどうしても現在の人事院というものを合議制の機関として置く以上は、これを国家人事委員会という名称に改めざるを得ない。そういう意味におきまして、今度の改正案が成り立つておるわけであります。まだお答えが十分でないと思いますが、あまり長くなりますからこれで終ります。
○石山委員 私は今回の改組案を見ますと、人事院の独立性というものはないと思つています。これは中立性、悪く言えば中性になつたのじやないか、物の役に立たないものになつておる。中立であると言えば、いかにも何かありそうに思いますが、実はこれは中性に近いと思う。独立というような言葉になりますと、今も言われたように、準司法権があると私どもは解釈しております。それでこそ初めて人事院の性格というものが守れるのであつて、それでこそ私たちの言うところの行政上におけるところの公務員諸君の権限が守られる、言うところの調和というものが初めてとれるのではないか。憲法におけるところの団結権というものは、これは何人も奪うことはできないのである。団体交渉権などというものは、これは付随したものであつて、基本は、強いものに対して守る手段は、たくさんの人が団結をして意思表示をするというしか方法がない。これは憲法にしるされようが、しるされまいが、弱い大衆というものは団結権を持つのでありまして、特にこれは憲法上保障された場合においては、行政上重く取扱わなければならない条項だと思います。調和という言葉をもし必要とするならば、われわれはやはり団結権というものを強く主張申し上げたい。そうした場合において、今言つたような独立性を失つて、中立的な立場に移行しておつて、そうしてこの中立というものは、おそらく中性化されるような、行政の権力の前に屈従するような場合がおおむね予想される。そうした場合に、あなたの言われる行政措置上における調和というものは、行政権の強圧にひしやがれたところの、声を出し得ないところの公務員という姿をわれわれは予想するのでございます。そうした場合において、どうしてあなたの言う調和という言葉が保たれるか。こういう点が私たちとしても、まだあなたの調和という言葉に対しては納得し得ない。調和じやない、押し込めるのだ、こう解釈せざるを得ない。 しかしこの問題に関しましては、あなたとの討論を少しく控えまして、人事院総裁にお聞きしたい。人事院総裁は、この前の場合、これは昭和二十三年の十一月の十日、あなたはまことに明快な論旨において、この案をば説明されておる。私はあなたに敬服している一人でございますが、この案が通つたために、大きな問題としては独立性を帯びた、いわゆる準司法的な性格を帯びた人事院ができ上つたのでございます。これが施行されたとき、いわゆる行政上の調和がどうしてもうまく行かなかつたという事例があなたの在任中あつたかどうかということをお聞きしたいのでございます。
○浅井政府委員 私どもといたしましては、さようにも考えておりませんのみならず、すべて法律はその条文の解釈と運用面とは、相当大きく離れるのでありますから、条文の上におきましては非常な独立性を持つておるというようになつておりますが、運用面におきましては、できるだけ他の行政部門と調和をはかつて運用して参つたつもりであります。しかしながら、この調和が破れたかどうかということは、これはその立場の相違でありまして、たとえば、内閣として非常に財政が困難である、ここに至つて人事院が給与ベース引上げの勧告をいたしたといたしますると、われわれ勧告する方は、勧告の本旨にかんがみて、決して調和が破れたとは思いませんが、受ける方は結局人事院にげたを預けられた、それは財政との調和が破れたのだ、こういうことになるのでございますから、それは立場の相違が大いに影響するように思つております。
○石山委員 私は、人事院総裁が立場の相違というような言葉で逃げるのははなはだ卑怯だと思います。人事院総裁が存任牛、調和が失われたというように思わないという答弁だと思いますが、私たちが行政措置上における調和が破れたということは、言葉をかえれば、政府は公務員諸君の声を聞く繁雑さがいやだということだ。人事院総裁が勧告をした、この勧告を足がかりにして公務員諸君がいろいろな闘争を試みた。しかし政府は自分の力にない、自分の力にプラス・アルフアしたものを絶対公務員には与えなかつたはずだと私は思つている。むしろ引下げたようなかつこうで、いろいろな問題を解決したのである。政府が調和という言葉をもし大事にしているとするならば、私は公務員諸君の声を聞くということの繁雑さをいとつた表現が、逆に調和を破つたというふうに言つているので、決して今まで公務員諸君の給与が上つたために、日本の財政上、あるいは日本の経済界にどのくらい影響を与えたか、調和が破れたような影響は与えておらない、そんな腰抜けの自由党の大蔵大臣でも総理大臣でもなかつたと思う。こういうことは言えると思う。こういう場合において、私はだから人事院が、準司法権を持つたような独立機関であつても、今までは決して調和は破れておらなかつた。幾らわれわれが自由党に対して反撃を試みておつても、自由党の持つている資本主義的な感覚において国家の政治、経済を持つて来た今までの経過を見て、決してこの調和を破らざるだけの努力をしたはずだ。われわれはそれを認めておる。しかるにあなたたちは調和を破つたということは、逆に言えば、憲法で保障されているところの、われわれ個人に与えられた人権というものをば、この法律の改正によつて破ろうとする、それこそ調和を破ろうとすることになるのじやないかということをお聞き申し上げたい。
○岡部政府委員 お答え申し上げます。まず第一に、この人事院が今度の改組によつて独立性を失つて中立性のものになる、それは準司法的な機能を失うことになるのじやないかというような御意見のように承るのでありますが、私はこの独立性と中立性というのはほとんど似たもので、両者ともになければならぬ性格のものである、こう考えております。ことにこの人事院が、独立性あるいは中立性を持つ機関であるというのは、どういうところから出て来るかと申しますると、これは今日資料として差上げましたアメリカの独立規制委員会の若干のノートがあるわけでありますが、このアメリカのたとえば行政委員会、すなわちいわゆる独立規制委員会の独立性というものがどこにあるかといいますと、それはこれらの委員会が準司法権を持ち、あるいは準立法権を持つところにあるといわれるわけであります。その準司法権というものは何かと申しますると、これは厳格な意味の行政裁判ではないのでございまして、むしろいわゆる不利益処分に対する不服の申立てに対する、すなわち訴願に対する裁決、裁定権を持つということをこの場合準司法的な機能、キユアサイ・ジユデイシアルという機能といつておりますが、これら準司法的な機能というものを現在の人事院が持ち、改組後の人事委員会も同じように持つております。その準司法的なキユアサイ・ジユデイシアル・フアンクシヨンこれは全然かわりはございません。 それから第二点におきまして、これらの行政委員会は、準立法的な機能、キユアサイ・レジスレイテイヴ・フアンクシヨンを持つているといわれておりますが、アメリカの独立規制委員会は、すべてこれら準立法的な権限、すなわち規則制定権を持つておるわけであります。言うまでもなく、人事院はきわめて広汎な人事院規則の制定権を持つておるわけであります。すなわち公務員法を施行いたしますのには政令によらないで、全面的に人事院規則による執行命令ないし委任命令をみずから出しておるという形をとります。こういう意味におきまして、人事院は準司法的な機関だと従来いわれておるわけであります。このたびの人事院の改組によりましても、国家人事委員会は、やはり国家人事委員会規則制定権を持つております。すなわち準立法権を従来通り持つているという意味におきまして、いわゆる独立性を失つてはいない、こう考えるわけであります。それで今日お手元にお配りいたしましたメモに、この孤立の意味は何であるかというようなことを、アメリカの学者、ことにアメリカの行政学の最高の権威者ホワイトが大体言つておる。すなわちアメリカの学界の通説というようなものをここに書いておいたわけであります。決して独立というのは、それは議会に対して独立という意味でもないし、裁判所に対しても独立という意味ではない。ただ行政府の首長である大統領に対してある程度独立である、そういう意味においてインデイペンデントであるといわれるんだ。しかしある程度の独立というものはどの程度の独立であるか、あるいはその独立というものが具体的にどういうものであるか、あるいはその独立ということが行政府の首長としての大統領の権限と矛盾し抵触する点はないか、あるいはそれをどのように調和すべきかというようなことは、アメリカにおいて長い間発達いたしました行政委員会制度につきましても、まだ解決案はないということになつておりまして、この独立をどの程度まで持つて行くかということは、今後の、なお学問上及び実践上の大きな問題の一つであります。アメリカの独立規制委員会にいわれている独立性の意味は、改組後の国家人事委員会におきましてもごうも失われていないということは断言できると思つております。 それから最後にお話のありました調和の問題でありますが、公務員の団結権を制限することに対して、これが福祉保護をはかるための人事院の権限機能につきまして、その間に調和がとれているかどうかということにつきましては、現在の公務員法及びそれに基く人事院の機能が、九十八条との関係において調和がとれているお考えになりますならば、その点は改正案におきましても同じであると考えていいと思つております。
○石山委員 独立の問題はもう少し研究してからお話申し上げたいと思いますが、ただ人事院の一つの性格が今回の改正によつてかわるということは間違いのないことだと思います。これは、私の言うのは調和がとれなくなるのではないかという心配でございます。あなたの御説に従うと、そういう点は、公務員諸君の利益は万々今回の改正によつても傷つけられるものではない。ただ単に行政上の調和によるところの条文の作成であるというふうに承るのですが、まだまだそういうふうには私は聞きとれない。ということは、われわれの持つている一つの団結権というものの活用の場合を考えてみた場合、先ほども私申し上げたのですが、団結というものは条文に定められるから団結するのではない。強いものに対して自然的に団結するということでございます。だから大多数の者に奉仕をする公務員諸君であるからといつて、これは妨げられてはならない。公務員諸君は、これは学校の先生——教育二法案の場合もよく言われたことでありますが、この人たちが何も人間として特定の人間だとは私は考えられない。ある段階を経て初めて多数の人に奉仕する段階に立ち至るのでございます。初めからこの人たちは、生れつき、天性をもつて多数の人たちに犠牲的に奉仕しなければならないという立場ではないということは、新しい憲法でなくて、明治憲法でもちやんと明記されておる。職業は自由である、宗教も、あらゆるものが自由である立場から見た場合に、やはり人間として一応われわれは問題を考え、その上にプラスしたものを加えてこそ初めて大多数の奉仕者となる。そのためには普通一般民間人よりも彼らに何かを加えてやらなければならぬ。逆に申すならば、それは何によつて加えてやるかというと、今の国家制度から見て、民間人よりも何かをプラスしたためにという事例を私たちは数えてみても、そんなにないのでありますが、当局者はどういうことを民間人よりもプラスされた何かがあるかということを御答弁願いたい。
○岡部政府委員 お答え申し上げます。先ほども申し上げました通り、公務員が一般民間人に比しまして、団結権、団体行動権、争議権におきまして制限を受けている、それに対しましてその利益を保護するために、公務員法に種々の積極的な規定があるわけであります。先ほども申し上げました通り、給与の適正なる水準を保つための人事院の勧告権であるとか、あるいは不当に不利益な処分を受けた場合における訴願の手続問題であるとか、不当な行政措置を受けた場合における行政措置是正の訴えであるとか、あるいは人事院に積極的に与えられておりまするところの公務員の能率、福祉、健康管理上の権限、これらのものは恩給制度その他と相まちまして、一般の民間の従業者に比しまして、公務員に特別に与えられている保護の著しい点だろうと思うのであります。 それからお尋ねの最初にありました、このたびの改正によりまして非常に性格がかわつたと仰せられるのでありまするが、人事院というもの、あるいは人事行政機構の性格の特徴をなす準立法機関あるいは準司法機関という意味における独立規制委員会であるという性格におきましては、全然かわりはございません。ただ人事院というものが、その国家行政組織の上における地位が、はなはだ不明確である現在におきまして、人事院の地位というものがどこにあるかということにつきましていろいろ疑念を免れない点がありまするのを、このたびの改正案におきましては、これを他の行政委員会と同じように、総理府に属します会議制の外局たる国家人事委員会とし、これに国家行政組織法を適用し、定員法を適用するという点におきましては、その行政組織上の地位は明確になつたわけでありますが、理論上あるいは学問上の意味におきまして、人事行政機関としての具有すべき性格につきましては、何ら変更はない、こう考えております。
○石山委員 私は、政府は人事というものを非常に強制的にぱちんぱちんとやつてみたいというふうな考えだろうと思います。逆に言えば、今まで人事院が批判の的になつた。特に高級官吏の批判の的になつたのは、つまり人事院が平面的な規則によつて、生きている人間を支配した、特に各省に関して人事権の何らのゆとりを与えないというところが、今までの人事院に対しての批判の的だつたのであります。極言する人に言わせますと、人事というものは制度ではない、人を見てやれと言うような極端な人もおりますけれども、われわれは国家全盤の行政から見た場合に、どんな場合であつても、制度というものは尊重しなければならないという建前にありますが、今仰せのような考え方になりますと、まつたく人事というものを、行政的な小さな条文によつて金縛りにするようになつているものではないかと思う。つまりわれわれの言わんとするところは、そういうふうな末端なことではなくして、労働者あるいは末端の勤労階級といいますか、公務員の方々があたたかく胸に持つているものを、どのくらいの大きさかわからないが、相当の大きさというふうに彼らは考えているだろうと思う。その大きさに対して情容赦もなく、お前たちはこれこれしかない、これこれしかない、これこれの条文、これこれの条項はよろしいけれども、これこれはやつてはいけないと、ぴしやりぴしやりとやつて行くということだと思う。先ほどあなたの御意見を聞くと、民間人よりもやや何か付加されたような条文が見えます。それをまず拾い上げてもよろしい。政治活動に関する制限などは、民間人が及ばんとしても及ばないほどの苛酷なる制限をしておる。しかもそれが体刑になる。それはどのくらいの声かといえば、民間人でいえばその声は日常茶飯事である。何ら刑法にも道徳にも触れそうなものでもないのだ。官公吏であればこそ政治活動が規制されておる。そうしたならば、もし個人の自由なる立場から見たならば、あなたが列挙されたような利益などはまことに小さなものであつて、むしろ公務員であるがゆえに奪われた面が大きいのではないか、逆にもし公務員の諸君が、あるいは形の上で小さいかもしれぬけれども、何か大きそうだという考え方を持ち得たのが、今までの人事院の機構であつた、性格であつたというようにわれわれは解釈しておる。それをばお前たちの持つているものはこれだけにすぎないということで、今度規制しようとしている。その規制の仕方も、二つにも三つにも四つにも五つにも六つにも分割をして、これこれはだめだ、これこれの程度だというふうに、どこまでもどこまでも押し進めて行つて、行政上の便宜主義を考えて、人事院の持てるあたたかさを失わせたことが、今回の公務員法一部改正法にほかならないのではないか。人事院というものは、特にあなた方はおわかりだと思うが、上層部に立つ方はいつでも末端の方々に希望を持たせるこいうことが必要なのである。何を好んで、お前たちはげすなものである、わ前たちはこういう条文に縛られるものであるというように、こちこちに固まつたものをいまさら出して来る必要があるか。特にこういう一省でやるような人事行政上のものではなくて、国家公務員全般に及び、公務員個人々々の性格にも影響するような改正法は非常に私は残念だと思う。あなたのおつしやることを聞きますと、何ら権利は奪われていないということを言うならば、私は逆に、あなたたちは彼らの持つている小さな権利というものをば露骨に出して、そうして規制法をば大きく見せつけて、官公吏の働く意欲というものをば押しつけるような結果になりはしないかということです。あなた方の目的とすることと離反するような結果になりはしないかということを私は憂えるがゆえに何べんも問うているのであります。その点いかかでございますか。
○岡部政府委員 お答え申し上げます。一番最初にお話がありました一部における、人事というものは制度ではないというような考え方は、これは非常に古い、危険な考え方でございまして、われわれの念願するところは、どこまでも人事行政というものを制度的に確立いたしまして、公務員全般が安心して、信頼して働くことのできるような人事行政制度を確立しなければならぬということを念願とするものであります。従いまして、このたびの人事院の改組が、何か情容赦のない法文の改正であるかのごとき御意見でございますが、これは何か非常な誤解であろうと思うのでありまして全然そのようなことは考えていません。ことに公務員の保護につきましては、先ほど申しましたような、いろいろな具体的な、積極的な権限というものを国家公務員法に規定し、これを人事委員会が実施するようになつているわけなのでありまして、今度の改正は公務員全般に対して非常な不安を与えるような何ものかがあるというようなことは、私どもは毫も考えられないわけであります。ただ御指摘になりました政治的行為の制限ということは、これは見様によりましては非常にきびしいものがあろうかと思うのであります。どうしてこういうようなきびしいものができたかということは、率直に申しまして、一面におきましては、これは確かにアメリカの指導によるところが多いのであります。ところで、どうしてアメリカの指導によつてそういうようなきつい制限ができたかと申しますると、アメリカにおける一般の公務員が非常にきびしい政治行為の制限を受けている。そういう現実からこれは影響を受けているわけでありますが、そのアメリカの公務員が、どうしてきびしい政治的行為の制限を受けているかということにつきまして、アメリカの各方面の学者もこれを批判、研究の対象としておるわけでありますが、それは結局アメリカの政治の上におけるスポイルズ・システムの発達、それを保護するための公務員の政治的な中立性が他の欧州各国よりも強い程度において要求されたという歴史的な事情によつて、これが強くなつて行つたというようなことを大体解釈として言つておるわけであります。日本におきましても、公務員というものが政治的に中立性を議院内閣制のもとにおいて維持しなければならぬということは、これは各方面の一致した意向であろうと思うのでありますが、その政治的な中立性を維持するために、どの程度の政治的行為の制限が妥当であるかということは、これはもちろん御審議、御研究の対象になることであろうと存するのでありますが、その点は今の法案につきましては全然触れてないところでありますので、これ以上申し上げることは省略させていただきたいと思います。
○石山委員 塚田長官がせつかく御出席されたので、二、三お聞きしたいと思いますが、今回の人事機構改革にあたりまして、政府は何の委員会を御参考になられたか、出て来た原本は何であるかということを二、三お教えいただきたいと思います。
○塚田国務大臣 別に何を参考にしてということはありませんので、全体として見て国の行政機構とマツチする、しかも人事院が今まで果しておつた使命を果すにふさわしいものとしたならば、どういうものがいいだろうかということを考えて、この構想を考えたわけであります。
○石山委員 もし政府が民主的であるとか、いろいろな多方面の言葉を聞くこいうような労苦をいとわないとするならば、当面最も影響を受ける公務員諸君の声をどういう手段をもつて一応聞いてみたか、それをお聞きしたい。
○塚田国務大臣 これは公務員諸君の立場を、意見を、どういうぐあいに聞くかということは、必ずしも法律的にやらなければならないこととは思つておらぬわけでありまして、要するに公務員諸君の全体の立場というものが、今度の改組によつてどういう影響を受けるかということに相関的に非常に影響があるということであるならば、それはいろいろな形において意見を聞くということもあり得るわけでありますけれども、今も管理部長から繰返して申し上げておりますように、公務員諸君の立場というものは、この改正によつては、実質的に変更を受けておらない。またそういうような意図は毛頭ないということから、特に公務員諸君の立場を考えて、ある形を通して意見を聞くというようなことはいたしておりません。
○石山委員 そういうところに私は非常に残念な行政上の調和を欠いておると思うのです。もしほんとうに調和を考える人ならば、行わせる人、受ける人が、あまり意見対立がないとすれば、調和を保つわけです。それがあなたの方で机上プランを一生懸命やつて、これはいい案だかどうかわかりませんけれども、受ける方は、利害得失関係が濃厚なものだから、ここに猛反撃をしたと仮定しますと、決して調和のとれた行政上の措置ではありません。あとでは調和をとられるかもしれませんが、当面の調和がとれてないここは、対立なんです。こういう点で、もし私は自由党内閣を批判すれば、そういう点からも民主化される点があるじやないか。たとえば命令する方と命令される方が、もつと何かをつかみ合うことこそ、この場合必要ではなかつたか、特に今回受ける方が、あなたたちの手足となつて働く人たちなんだ。民間人じやない。意見を聞こうとすれば、いつでも意見が聞けるような立場にあつたのではないかというふうに思う。こういう点では、労をいとつたのではないか、労をいとつたということはあなたたちが、そんなに公務員諸君の権利剥奪などを試みておるのではないとおつしやつても、何だ、おれたちに一言も言わないでやつたんだから、これはおれたちを縛り上げるのではないかという懸念を持つのは当然だと思う、弱い者の当然の危惧みたいなものです。だから私たちも、その意味を体して、くどいくらいに何べんも同じようなことを聞いているのです。手続上そういうことをおやりになるということは、私は、はなはだおもしろくなかつたのですが、これをおつくりになるには、そんなに時間がなかつたのでありますか。
○塚田国務大臣 こういう構想は、今度の国会に初めて出たわけではございませんで、もちろん若干の変化は加えられてありますけれども、前国会にも出て、審議未了になつておるという例もあるわけであります。もちろん意見を聞かなかつたといいましても、行革本部なりもしくは行政管理庁が当初立案いたしますには、そこだけで問題を考えたわけでは毛頭ございませんで、人事院というものの今までの機構上、また人事院は今の公務員諸君の立場を絶えず考えて御判断になつておりますから、人事院の意向を十分聞くということで、当面の措置ができるじやないか、従つて人事院の意向を相当長い期間にわたつて伺い、そうして人事院の御意見で、もつともだと思われる面は相当程度入れて、当初の原案には修正が加えられておるわけであります。もちろんそれから先のいろいろな面の意見がございましよう。公務員の立場からの意見もあるでしようし、また国全体の国民の立場からの御意見もありましよう。そういうものは国会の審議を通じて、皆さん方に御質問を願い、またわれわれの気持を率直に申し上げる。こういう段階を経て、公けにして、なお訂正すべきものがあれば、国会の修正という形もあるだろう。こういうふうに私どもの方では成行きをみておるのであります。
○石山委員 大分立場が異なるので、そういう御意見があると思いますが、私はそういう意味ではなくして、やはりこの法を受ける方々は、良識あるりつぱな方たちがこの法律の適用を受けるわけでありますから、そこから意見を聞きとるということは、決してむだなことではないというふうに一応考えていたわけです。人事院からの意見を参酌したならば、人事院の関係の方々が、その人事院の構成の一員として、また意見の具申の作成にあたつた場合、手心を加えて答申したかもしれません。しかしまとまつた団体の意見というものは一応聞く必要があると思いましたので、あえて問うたのであります。一つの省の機構上の問題とか、そういうふうな問題ならば、これは何も労働組合とかそういう団体から特に意見を徴する必要はないかもしれませんけれども、事公務員諸君の一人々々の利害関係に影響する法案の一部改正でございますから、やはりそのくらいの労をとるということが、上に立つ者の一つの心構えとして必要となるのではないかと思いましたので、あえて聞いたわけですが、それはさておきまして、この法案が提出されたときの提案の趣旨というものがございます。それは二十三年十一月十日でありますが、浅井人事院総裁、当時の委員長でありますが、こういうふうな言葉を使つております。国家公務員法は、職員がその職務の遂行にあたりまして最大の能力を発揮し得るように、また民主的な方法で選択し、かつ指導すべきことを定めまして、もつて国民に対しまして、公務の民主的なかつ能率的な運営を保障することを目的といたしまして、というふうに、要約して私申し上げましたが、このときの浅井氏の出した文章は、マ書簡などを引例いたしまして、まことにりつぱな文章の提案趣旨と思つておりますが、おおむね今申し上げたような趣旨に尽きていると思います。この趣旨の本体をなすものは、今の場合でもかわつていないと思いますがいかがでありますか。
○塚田国務大臣 人事院なり、またわれわれが今度は改組して、そうしたいと考えております人事委員会なりが、目的とするところは、今御指摘になりました通りで、少しもかわつておらなと思います。
○石山委員 塚田長官は、かわつていられないということでありますが、かわつているということは、法を改正しようとする意図を持つたということが、まずとりもなおさず一つの証拠になると思います。かわつておらぬといいましても、まず改正するというところに、この趣旨から幾分かそれるかそれないかはしらぬけれども、文字通りのものでないということは、私は言を要しないと思う。そういう点では、このほんとうの中身だけは一応参考にするが、行政的な便法のためには、これを少しく歪曲しなければならないという段階に来たのではないかと思つております。その趣旨が今回の法の改正になりやしませんか。
○塚田国務大臣 同じような目的をもつて、ある機構とか、法律をつくります場合に、法律なり、その機構ができた時代の背景というものはおのずからあるわけであります。そういう背景もかわり、またその後の運営の実績というものに照してみて、もう少し別な機構でその目的が達成でき、またその方がより一層具体的にでき、また国全体の行政機構ともうまくマツチするということであれば、私は、その目的は依然として存置しながら、別の機構を考えるということもあり得ると思うのでありまして、私どもが今度の改組を考えましたのは、そういう観点から考えておるわけであります。
○石山委員 これは時を得たとか、今が時期であるとかいうことになりますと、それこそ感じによつて違うわけですが、先ほど来岡部さんと何べんも討議しているのは、その点でございます。あなたは大ざつぱなことを言われるから、いかにもその通りだというふうに聞えますが、一歩その中へ踏み込んでみますと、なかなかその時期でもないような気がするし、場所としましては、人事院のみにしわ寄せしたような形になる。しかも人事院というものは、一つの省の機構改革でない。つまり公務員諸君の制度にくさびを入れた、権利にくさびを入れたというようなかつこうになるというので、あなた方は、そういう点は決して公務員諸君の一人々々の権利を束縛するものではない、そこに引入れたというふうなことはないとおつしやつても、入れているのだ、入れないのだということで、前々から言つていますが、このところと時期ということになりますと、私は、もう少し塚田長官から深刻に考えていただきたいと思います。特に他省に対して累を及ぼさないというので出発したということを考えてみますと、何か長官がたくさんの計画をお持ちになりながらも、がんこなるセクト的な各省の連中のために、せつかくの良案が実施できなかつた。たまたま人事院の諸君が人がよかつたかどうかは知らないけれども(笑声)何だかそこへずるずると横ばいをして行つた。こういうのは決して私は時と場所を得たものではないというような見解に立つものですから、この点は一応保留しまして、私の今日の質問はこれで終ります。
○川島委員長 山口好一君。
○山口(好)委員 今回の人事院制度を人事委員会制度に改組するという問題、これも相当重要な問題であろうと思います。委員各位からいろいろ傾聴すべき御質疑がございましたが、私はやはり先ほど郵政大臣などが御答弁になりましたように、時勢の変速につれて、国家的に考えまして、最も公正にかつ経済的に機構改革がなされれば、それもけつこうというふうに考えておるものの一人でございます。要は運営の面にあると思考いたす次第であります。ただ、ここにさらにこれとおとらない一層重要な問題としまして、久しくわれわれが実際に考えさせられております問題に、郵政省で申しますれば、裁定の問題がございます。現業の勤務者に対しましては、特に裁定制度か設けられて、特殊な機構によるとこうの給与の決定というものがなされております。しかして現業と非現業というものは非常にデリケートなニユアンスでありまして、ほとんど同じ職場において働いておる者が、裁定制度に基いて、非常に上級の待遇を受ける。同じ職場にある者でありながら、非現業の勤務者としまして、これよりも著しき低き給与を受けねばならぬというような不公平を、目のあたり見せられておるのであります。これらの職場の諸君の間においても、この不公平はすでに看過することができないものとして強く取上げられております。昨年の年末給与などにしましても、この人事院の関係にあります一般給与といたしましては一・二、裁定による方々に対しましては多分一・三五くらいになつておつたように思われるのであります。こういう差別ができておりますることは、これら勤務者公務員諸君にとりましては、勤務上その勤勉性の問題についても相当影響があるのじやないかと思われます。また給与の公平というよな点から申しましても、実質的に非常に不平等であると申さなければならないのであります。幸いにして今回加藤国務大臣が給与全般にわたります担当国務大臣となられ、またこの公務員の待遇、ことに給与問題について重要な役割を演じておりまする人事院が、人事委員会として改組する、こういうことになつたのであります。この際、さらにこうした裁定問題による給与と、人事委員会によつて勧告せられる給与というようなものとの間に、著しこ差が見受けられまする現在におきまして、この間の調整なり、またこれを統一したる機関によりまして決定を見るというような機構改革が、さらに一層必要なのじやないかというふうに、本員は深く考えるものでありますが、この点につきまして、現在いかがお考えになつておりますか、政府の御所見を承りたいと思います。郵政大臣も御出席でありますし、加藤大臣も御出席でございます。また人事院総裁もおられるようですから、この三者の御意見を伺いたいと思います。
○塚田国務大臣 いろいろ御指摘がありましたのですが、結論的に、要するに国家公務員に対しては人事院勧告、それからそうでない者に対しては仲裁裁定という形になつておる。これを一本にする考え方がないかというお尋ねであつたように伺うのであります。この点、私どもは少し感じを異にいたしますので、やはりこれは一本にするというわけには行かないし、一本にしない方がいいのではないかと考えておるわけであります。と申しますことは、やはりおのずから公務員である者と、それから企業体の職員である者と、その中でも一部分すでに公社職員という形で国家公務員法の通用からはずれておる者もあり、また同じような仕事に従事しておりながら、依然として国家公務員としての身分を持ち、ただ一部分だけ公社職員と同じ扱いになつておる者もあり、非常に雑多になつておりますが、しかしごく総括的に言いますならば、公務員である者と、公社職員である者と違うわけであります。そこでそういう違いが出て参りますのは、私は一つはものの性格的な違いもありますが、そういう性格的な違いと同時に、給与がどこから出て来るか、税金からまかなわれるという形になつて来るか、あるいは企業体の料金というような形になつて出て来るかという、そこに給与の面を考える場合に、その給与の給源というものの差から来る大きな違いがどうしてもあるのではないかと思う。そこで同じように国家公務員であるという形式的な面から見て行くならば、私ども同じように待遇されるということが一番扱いいいことなんでありますけれども、それは今申し上げるように、給源が違う。従つてたとえば今依然として国家公務員になつておりましても、私が所管しておりますような郵政の特別会計の従事員の諸君のように、これは私も何とかして独立採算制で能率を上げて、国民にはあまり料金を上げるという形で御迷惑をかけないで、なるべく中で待遇をよくして行きたいという考え方に立つて物を見ますと、やはり別の考慮というものがおのずから出て来てしかるべきであると思う。そういうぐあいに、なるべく能率を上げさして行き、その刺激を与えるという意味において、能率が上つたときに、給与もおのずから上げて行かれるのだという考え方が当然出て来るし、またそうでなければ働くということに対する刺激というものが出て参らない。従つて同じように国家公務員であるという立場からは、一律に扱いたいという上に、さらに企業がそういうぐあいによく運営されて行くという面から、そういう刺激を与えるために、ある程度給与に差が出て来るということも、またやむを得ないというような要素が加わつて参りますので、どうしても結果的に見て、給与に違いが出る。また同じように公社でありましても、ある部分までは同じでありますが、最終段階においては、どうしても若干の違いというものが出て来る。一面から言えば、望ましくないことでありますけれども、また他の一面から言えば、そうすることによつて一層目的が達せられるというような面もありますので、この程度の差というものは、私はあつてもやむを得ないのじやないかというふうに感じておるわけであります。同じように民間企業におきましても、各業態によつて必ずしも一律に行つておらないのでありまして、やはりその事業の成績がいい悪いということが原因するわけでありますから、私どもの物の考え方からいたしますならば、その程度の差というものはあつてもやむを得ない。従つてそういうあつてもやむを得ないという前提に立ちますならば、おのずからその給与を考慮する機構というものは別にして、ある方がいいのではないか、こういうように私としては考えておるわけであります。
○山口(好)委員 この問題はなかなか重要だと思いますが、他の委員会もございますので、きようはこの程度にいたしておきます。給与担当の大臣といたしまして、加藤国務大臣にちよつとそれだけお伺いいたします。
○加藤国務大臣 ただいま山口君の御質問に対しまして、原則論といたしましては、塚田郵政大臣が答弁された通りでございます。ただ私は伺つておるうちに、同じ机を並べておりましても、一方の方は特別会計あるいは政府関係機関といたしまして、別途の方から報酬が出る、あるいは賞与が出る、収入が多くなるのに、同じ机を並べておつても、他の方におきましては収入が均衡がとれぬというような向きが、実際問題としてあり得るだろう、こう思つておりますが、あまり隔たりがあつてはいけないと思いますので、御意見を承りまして、それは何とか考究してみたいと思います。
○川島委員長 午前中はこの程度にとどめまして、午後二時から再開することにいたします。休憩いたします。 午後零時十二分休憩 ————◇————— 午後二時四十八分開議
○川島委員長 午前に引続き開会いたします。石山權作君。
○石山委員 私、加藤国務大臣にお聞きするというよりも、むしろ吉田首相にお聞きする方がほんとうだと思います。ということは、第三国会にこの案が出た場合の吉田首相の説明というものは、まことにはつきりしているわけなんでございます。その例を一つ二つあけてみますと、「国家公務員法は、新憲法の精神にのつとつて、」というふうな言葉を使つて、この公務員法を出しております。今改正をするとなると、この憲法にのつとらなくてもいいというような解釈の仕方になるのであつて、これはやはり問題になると思う。新憲法にのつとつて国家公務員法を出した、こういうことを冒頭に申し述べているわけなんです。それからこれはもちろん占領政策の場合ですから、マ書簡に対してのいろいろの気がねもあつたことは推察されるのですが、「新憲法にのつとつて」ということと同時に、事の重大さは、「なお、つけ加えてさらに申し述べますが、国家公務員法は、しばしば私がここで申します通り、政府といたしましては、すべての決議、法案に先だつて議決していただきたい」という言葉を吐いておる。もちろん憲法にのつとつたという重大さと同時に、何はさておいてもこの法を施行しなければならないという強いことを首相が申しているわけなんでございます。これほど大切なものがなぜ早急に改正されなければならないかということは、私たちとしてはのみ込み得ないわけなんです。言うところの憲法にのつとらなくなつたのか、国家公務員法というものは憲法と逆行してもいいのか、憲法の精神からそれてもいいような立場になつたために国はこの改正法案を出したのか、こういうような疑義が一応生れて来るわけなんでございますが、その点に関しまして、国務大臣としての御答弁を承りたいと思います。
○加藤国務大臣 ただいま今度の改正案は、さきに国家公務員法を出した場合に、総理がこの国家公務員法は新憲法にのつとつたものであるということであつたが、今はのつとらなくてもいいか、早急改正をさらにするというのはどういうことであるか、むしろそういう言明、説明と相反したことでないかという御質問の意味にとつたのでありまして、このことはしばしば岡部政府委員、浅井総裁よりも御説明があつたことだと思いますし、ことに石山君はよく御承知であろうと思われまするがゆえに、私がここでかれこれ説明を申し上げる必要もないと思いまするけれども、当時とただいまとはよほどかわつたところもあるのでありまして、ことにただいま申されましたごとく、当時は占領治下でありまして、国家の意思もほんとうに自由に発揮することができないようなこともありました。のみならず御承知のごとく官公労などが非常に過激な手段に訴えて出たようなことも聞き及びますし、ことにある政党を支持しもしくは時の内閣打倒に出たり、国家公務員としては覊絆を脱した無軌道と申しまするが、無制限な行動をしたこともあるのでありまして、これに対してある一線を引くということは、私は当然過ぎるほど当然なことであろうと思うのであります。ことにただいま新憲法の精神とおつしやるのは、先般来お話がありました憲法二十八条の勤労者の団結する権利及び団体交渉その他争議権はこれを保障する、その権利は保障するとあるのに、これに相反したようなものを出すとは何事であるか、こういうようなことにも相なると思いまするが、これはしばしば他の政府委員より御説明申し上げました通り、常に公務員というものは一部の奉仕者であつてはならず、全体の奉仕者であるということは御承知の通りでございまするし、また公共の福祉に反しない限りということもあるし、また濫用してはならないという文句もあることでございまするがゆえに、その当時の実情が一方に争議権あるいは団体交渉権その他の権利を保障してあるが、一面においてさような制約があるのでありまして、どの線でこの範囲をきめるかというようなこともいろいろ考えなければならぬことでありまして、その後の経過及び実情に即してしたことでありまして、今度の改正たるや、根本において前の人事院機構を改正するというのでなくして、先刻来もいろいろ政府委員から説明がありましたごとく、その一部分を改正するということでありまして、従来の独立性というものは、これはいろいろ意見もあるでありましようけれども、大して害したというようなこともない、かように私は考えておる次第であります。
○石山委員 では首相の言葉の中にこういう点がございます。これはマ書簡をさして言つておる言葉でありますが、「同書簡のいわゆる準司法的機関としての性格を明確にいたしまして、もつて国家公務員制度を同書簡の趣意に即応」云々という言葉を使用しておるわけなんでございます。そうしますと、今回の公務員法の一部改正法案というものは、このマ書簡の中心をなすところの準司法的な性格が保たれておるかどうかという疑義を私は持つておるものであります。保たれないというように私は見解しておるのでございますが、その点はいかがなものでございましようか。
○岡部政府委員 私からかわつてお答え申し上げますが、ただいまお尋ねの件、すなわちマツカーサー書簡には準司法機関としての権能を有する人事行政機構を設けるというような趣旨の言葉が、ございました。それを受けまして、公務員法の改正案の提案理由の説明には、今石山さんの御指摘の文言があつたわけでありますが、先ほども申し上げました通り、人事院が準司法的機関であるということはどういうことを意味するかと申しますると、それは公務員が不利益な処分を受けました場合におきまして、その訴えを受けて判定を下し、救済措置を講ずる権限を有する、あるいは適当な行政措置の要求を人事院が受けてこれを判定するという機能をさすことは明らかであります。これは人事院が持つ最も重要な機能の一つでありますが、それらの機能の点におきましては、今度の改正案は全然触れておりません。従いまして人事院が改組される人事委員会におきまして、準司法的な権限につきましては、何らかわりがない、というように御了承いただきたいと思うのであります。 なお、今加藤大臣から御説明がありましたが、それに補足して申し上げますと、どうして第三回国会におきまして、国家公務員法の審議を他の案件に先立つて政府が急いだかと申しますると、当時は占領治下でありましたために、日本政府といたしまして、占領軍の指示なり命令なりをできるだけ早く実施に移すというのが政府の職責であると考えられたことと、ことにマ書簡をただちに実現するために、御承知の通り同年の七月三十日付で、かの有名な政令二百一号というものが出たわけであります。これは政令による臨時の措置でありまして、これを国家公務員法の改正によりまして、法律制度として設けるということになりまして、なるべく早く、この政令二百一号を本格的な法律制度に改めるという必要があつたことであります。それからこの国家公務員法を新憲法の趣旨に従つて設けるということは、実質的及び形式的に意味があるわけでありまして、形式的に申し上げますと、憲法第七十三条第四号に、内閣の職務といたしまして、官吏に関する事項の基準は法律をもつて定めるということに相なつておりまして、従来におきましては、すべて官吏に関する事項は官制大権の発動によりまして、勅令をもつて定められていたのを、法律で定める必要があつたということであります。第二点は、ただいま加藤国務大臣から申されました、公務員が従来いわれておりました天皇の官吏としてではなしに、国民全体の奉仕者として、国民全保の公僕であるという民主的な公務員制度を、新たに打ち立てるというような実質的な意味におきまして、この公務員法が新憲法の精神及ひ趣旨に沿つて設けられた、こういうように考えられるわけでございます。
○石山委員 私は新憲法の精神にのつとつてということはもう一つあるのではないかということは、天皇の官吏から公の多牧者、全体に対する奉仕者としての官吏という精神はもちろん新憲法の中にある。私は新憲法のほんとうの精神は、西洋のほんとうの民主主義というものが移行されたというふうに解釈しておる。西洋のいう民主主義というのは土台が個人の立場を擁護する、個人の権益を守るという精神が民主主義の基本をなしておるのであります。その場合において新憲法にのつとるということは、私けさほどもあなたに申し上げたように、官公吏の方々のまず人間としての個人の利益を守つてやらなければならないという点が強調されなければならない。官公吏一人々々がやはり奉仕される多数の中の一人だということなのです。これを忘れてはいかぬということなのです。これをオミツトいたしまして、多数者とは全然別個のものだ、官公吏というものは多数者の中には入らない、こういうふうな規定づけが往々にして行われるのが日本の今までの官吏に対しての考え方なのでございますが、われわれは奉仕を受ける多数者の中に官吏の方々の一人々々もあるという考え方なのでございます。ですからあなたの説明された新憲法の精神にのつとるということは、確かに天皇の官吏から多数者に奉仕する公吏に移行したという点では私は納得できますが、その前に新憲法の中にはもう一つの精神があるということです。たつた一人の何にも触れないところの日本国民としての個人の権利を守る、あるいは義務もあるでしよう。それは個人を対象にしたのが新憲法の精神の中にあるのでございますが、私どもの追究したいのはそういうような観念論ではない。そこから土台を発していますから、あなたたちがおつくりになつたのは官吏という点だけの規制をしているということなのです。その以前の個人としての権利を守つてやらないという点なのです。この点はもう一ぺん御答弁をお願いしたい。 それからもう一つ、加藤国務大臣は、これは岡部さんあなたも毎々おつしやつておつた、占領された当時の一つの実力と申しますか、国際上における政治の立場でございましよう、おそらくそういう意味においていつておると思いますが、占領当時と以後の現実の日本というものはどのくらいの相違があるかという点でございます。これは吉田さんに言わせれば、確かに日本は講和より独立した、独立したということを毎々おつしやつておる。しかし私はけさほども申上げたように、日本の財政経済すべてのものは占領の慣習に終止符を打つた。講和条約によつてもたらされた安保と日米行政協定以外にはすべてないということなんです。その事項の中に来て、そうして再軍備を急造し、そうしてMSAを受けている現在の体制において当時とどのくらいの差があるということはだれがいえる、いえないと思う、実際ないのですから。独立という名はレツテルにすぎないのだ、内容から見た日本の独立というのは何らあり得ないというふうにわれわれは解釈している。もしかりにいうならば、その実例としては日本が遠い他国とは交易ができるが、最も手近な国とは交易できないという点だけを取上げてみても私はいえるのではないか、独立国家というものはそういうような規制のもとに生きているものではない。自主性というものがもしかりにあるとするならば、四つの島に八千七百万とかいう言葉が最近使われているほど多数の人間がいた場合に、思想とか何かを乗越えても手近なところから貿易をやる、もうけることでははばからなくてもよろしいという見解がどこかに出なければならぬ。それにもかかわらずやり得ない、そういう点を一つぐらい取上げてみても、われわれは占領された当時、講和条約を結んだ当時の情勢、それからMSAを受けた現今を見ても、どのくらいの相違があるかということ、それがないにもかかわらず、公務員だけに対して日本的な趣味による、私はあえて趣味と申し上げたい、日本的なあこがれによる日本の天皇の大権に属するような官吏の方向に持つて行こうとすることなんです。つまり一般官吏の意欲をばもぎとつて、高級官吏の独裁権を発揮するような方向へ持つて行くのではないかと思う。マ書簡の趣旨にもはつきりしておる。日本の民主化は官僚の民主化をまずなさなければならないと言つておる。ではこの目的が果されておるかどうか、日本の官僚制度は民主化されているかどうかということも私はあえて問いたい。まず第一に憲法の精神には特に個人が強調されていることを認めていただきたい。それから今言つたもう一つは、あなたたちは日本は占領された以後、独立国家になつたから日本的な考え方によつてものごとを考えてよろしいということを言つている、もちろんそういうふうな思いつきはおもしろい思いつきだと思う。しかし日本の諸制度はそういうおもしろい思いつきで現在生きているのではないということなのです。そうして思いつきをやられるためにわれわれは辛い目にあつておる。警察法の問題でもそうだ、教育二法案の問題でもそうだ、今また国家公務員法の一部改正においてもその通りなのです。この思いつきになると実にわれわれの権利が剥奪されるということなのです。日本の個人の自由を守るというその精神が一つ一つ奪われて行こうとする現象、これは皆さんおそらく、特に加藤国務大臣なんかはそうだと思うのですが、西洋文明、自由世界の諸国に対して協調して行こうという考え方があると思つている、あるならばなぜ日本のこの制度をこのままずつと続けて行かぬということになるのか、逆にいうならば占領当時と同じような制度を続けて行つてこそ自由諸国家に忠実であるとし、そのグループに存在する適格性があるといえる、むしろ独立もしないくせに独立したようなかつこうで諸法令を改正することによつて、あなたたちがせつかく意図しているいわゆる自由諸国家群に対しては異例な存在になりかねない、そうして国内においては非常な摩擦が起きて来る、こういう点はやはり人事を担当される加藤国務大臣としてはよく考えられてこの法の答弁をなさつておると思うのですが、そういう点はいかがでございますか。 それから岡部政府委員に聞きたいことは、憲法のうちの三つの要素を認めていただきたい。まずその答弁を願いたい。
○加藤国務大臣 ただいま石山君は個人の権利を非常に強調されました。それは私どもも憲法にあります通り個人の権利というものは憲法に尊重されておることその通りでありますが、しかしこれは先刻申しましたごとく、個人の権利は尊重されますけれども、それはいつでも公共の利益、公共の秩序を乱してはならないという一つの制限は、常識から考えてもあることは当然でありまして、ある程度これが制約を受けるということは、国家社会の秩序を守る上においてやむを得ぬことだ、こう思うのであります。それから独立国になつても占領治下と同様でないかというお考えのようなお説でありまするけれども、当時私どもが知つている範囲においても、マツカーサー元帥というものは憲法以上の至上命令を出したことは御承知の通りでございまして、マツカーサー書簡によつていろいろ動かねばならぬくらいの情勢であつたのであります。それはあるいはMSAとか何とかいうことがありましたが、独立後、人間でありまして、も国家でありましても、あるいは他から金を借り個人が借財をいたしましても、これは違う意味でございまして、私は独立後と占領治下とはもうかれこれ申し上ぐるまでもなく大なる相違を来しておることと思うのでございます。このことは一々事例をあげないでも石山君とくに御了承のことだと存じまして略さしていただきます。
○岡部政府委員 私からもお答え申し上げます、公務員の一人々々が国民の一人としてその人格が尊重され、個人の尊厳性が重んぜられなければならないということはお説の通りであります。私もその通り確信いたしております。ただ公務員の個人としての自由なり権利なりが、公務員というステータスを持つたときにある程度の制約を免れなくなるということも事実であります。できるならば、その制約が少い方が望ましいこともお説の通りであります。ただその制約をどの程度までするかということは、先刻ちよつと申し上げました通り、その国々の歴史的な事情によりまして一様ではございません。その程度、方法につきまして、現在におきましてもいろいろ議論、研究の余地があることもお説の通りであります。そういう点から見ますと、何と申しましても、公務員がかぶつている、あるいは公務員法が公務員にかぶせている制約というものは、相当きびしいものがあろうかと思うのであります。そういう意味におきまして、公務員がいろいろな歴史的、社会的な事情によつて個人たる国民の上にその制約をかぶつているということは、これは私どもやむを得ないことと認める次第でございます。 それから第二点の、独立後のわが国の制度に対するお尋ねがあつたのでありますが、長い占領が終りまして、占領解除後、占領下に与えられた諸制度について再検討の機運が国民、国家の間に猛然として起きるということも、これは当然の勢いであろう思うのであります。こういう点で二十六年の四月から八月にかけまして、内閣に政令諮問委員会が設けられまして、占領下の諸制度につきまして、広い範囲にわたりまして再検討を行い、改正の意見を出し、それに基いていろいろな制度が改正を加えられて行つたということも、石山さんよく御承知の通りであります。その当時から公務員制度も検討の対象になつていたわけでありまして、今度の案はその政令諮問委員会のときともちろん違いますけれども、そういう意味におきまして、公務員制度の検討は昭和二十六年以来十分に月日をかけた問題であるということを御了承いただきたいと思うのであります。もちろん将来の公務員制度がどういう方向に向うべきかということについては、これは国民に奉仕する民主的な、しかも能率的な制度でなければならぬ、そういう方向を狂わしてはいかぬと私も確信しております。しからば現在の公務員制度が完全に民主化されたかということにつきましても、これももちろん完全に民主化されたと言い切る人はないだろうと思うのであります。これを将来逆転しないで民主化の方向に持つて行くということは国民全体の務めであろう、こう確信いたしております。
○石山委員 岡部政府委員と私の話は、少しく接近して行くような、また離反して行くような気がいたしますが、政府委員の言われることも、公務員としての権利義務の場合の平衡がとれていないようにしたということではないと思う。平衡をとろうとしていることは間違いないと思う。私が懸念するのも、今回の国家公務員法の一部改正法において、この権利義務の平衡が失墜するのではないかということであります。これが何も懸念がないとするならば、あえてわれわれが時間を費やしてあなたと質疑応答をとりかわす必要もないのでございますが、どう見てもそういう傾向があるということ、また日本の官僚主義の民主化の問題が、だれに言わせても完了したとは言えない、これはもちろんそうだと思う。しかし大局的に立つた場合に、ここら辺でよろしいだろうという意思表示はできるはずだと思う。それがここになくてこの機構改革に手をつけたとするならば、はなはだずさんきわまるものであるし、政府の意図する真の意思が那辺にありやという疑問も当然生れて来ると思う。それで私は、やはりこの日本の官僚制度の根本的改革は一応役目を果したという認定のもとで、政府は二十六年度から着手したと考えられるのでございますが、その点に対して私は浅井総裁に一言お伺い申し上げたい。浅井総裁は、二十三年十一月十日の本会議の趣旨弁明の中において、はつきりマ書簡の中心的な意味を申し述べておる。国家公務員法は日本の官僚制度の根本的改革が不可欠であるという事実の認識のもとに考えられたものというふうに、マ書簡の内容をばはつきり引例しているわけです。やはり第一の目的はそこにあつた。提案者の方でもそういう気持で提案していると思います。そしてその次には、職務の遂行にあたり最大の能率というようなこと、あるいは民主的な方法で選択かつ指導さるべきものであるというように言つておりますが、この能率、あるいは選択、指導という言葉は、官僚制度を打破つた以後の姿をさしていると私は思う。まず官僚制度を大きく是正しておいて、それとともに、あるいはそれ以後かもわかりませんが、そういう現実的な指導に入つたと思つておりますが、あなたは長い間その任にある方なのでありまして、あなたの感じから申した場合において、これはつらいことだと思うけれども、やはり一応おつしやつていただきたい、あなたの目から見た場合に、当時の目的とした日本の官僚制度の是正は相当大幅になされた、そして政府委員の言葉によるならば、独立以後の日本の諸情勢に照し合せて日本の官僚機構をば少しく改革する時期に来ておると考えられているかどうか、その点お司いいたします。
○浅井政府委員 ただいま御引用になりました国家公務員法の改正当時のことは、今でもその通りに考えております。私としてはそれを取消す必要もありませんし、変更する必要もありません。つまり国家公務員法の制定は、古い日本の官僚制度、すなわち天皇制のもとにあつた官吏制度を近代の公務員制度に変更することであつたことは申すまでもないのであります。その意味をそこに申し述べたのであつて、この仕事は今まだ完成しておりません、今やりつつあるところでございます。これは将来ももつと相当の努力が必要であろうと考えております。
○石山委員 私は、担当者としてはそういうことを言うのは当然であるし、最も現実を正確に把握した言葉の一つとして傾聴に値すると考えております。その点から考えますと、政府委員及び加藤国務大臣の言われることは、どうも先走つた考え方で行政機構改革をなされるのじやないか、こういう印象を受けざるを得ないのでございまして、この法案はたまたま占領国家であるアメリカが、最も新しい民主主義の一つの形態としてわれわれに示した形のものだと思つております。一つの民主的サンプルとしてわれわれはこれを受取つておる。先ほど岡部政府委員は、この人事院機構の最もいいのはアメリカであると御説明なさつたように、私は聞いておりますが、アメリカが私たちに提示したこの条件をば今改正するということになりますと、これはいささか先走つておらないかどうか、浅井総裁はまだこれをば強化してやらなければならないというような御意見のあることを思えば、何か先走つているというように思いますが、その点はいかがですか。
○岡部政府委員 お答え申し上げます。人事院が、アメリカの人事行政制度、ことにアメリカの人事委員会をモデルとして、それに従つてできたということは事実でありますが、実はアメリカにおきましても、人事委員会制度、あるいは広く公務員制度についての検討というものが絶えず行われているわけであります。御承知の通り、このアメリカの人事委員会というのは、前世紀、すなわち一八八三年のシヴイル・サ—ビス。アクトによつて設立されたものであります。従いまして、時勢の変遷につれて、これらの制度の改正につきましてしばしば討論が加えられておる。御承知のフーヴアー委員会におきましても、この人事制度の改善案、すなわち公務員制度をもつと能率的に、もつと民主的に、しかも全体の行政組織と調和をするのには幾多の改善を要すべき点があるというように、リポートを出しておるわけであります。そういう点から見ましても、たまたま占領下の一時点におきまして、新しい公務員制度、すなわち民主的な、しかも能率のいい公務員制度を打立てるためにはこういう制度がいいといつて、占領下に与えられた制度であるからと申しまして、これをその後わが国が独自の立場でさらに検討し、研究し、そうしてその成果を国会に提案して御審議を受けるという態度は、これは政府としても当然とるべき態度ではなかろうかと思うのでございます。
○石山委員 浅井人事院総裁にお伺いいたしたいことは、今田のこの公務員法の一部改正の基本をなすものは、憲法に定められた諸条件にはいささかも制限を加えない、こういうふうなことを一応政府側は言つておる。但し準司法権、準立法権のような、三権分立以外のものを人事院が持つている。これは行政措置上はなはだ不便である。この不便いう言葉は、私はそもそも公務員諸君の権利剥奪の一つの表現になつておるのではないかというふうに思つておるわけなのでございますが、あなたは今までおやりになつていた場合、この三権分立に対しては、前にもたくさん言葉をもつてあなたは御説明をしておられます。たとえば国会をもつて唯一のというような内閣との関係、こういうような三権分立に対しての内閣の持つ権限というふうなものと、人事院の持つ準司法権あるいは準立法権といつてけむたがられているものとは、内閣の行政上の措置に対して何ら憲法上矛盾がないというふうにお考えになつておられるかどうか。
○浅井政府委員 お答えを申し上げますが、行政権が内閣にあるということは、行政権がすべて内閣にあるということではありません。また内閣が唯一の行政機関であるということでないことは、憲法が、唯一の立法機関、あるいはすべて司法権は裁判所に属しておるというような意味の規定を設けておることと対照して、言えることでありますし、人事院設置以来、終始そのような態度でわれわれは国会に対しわれわれの態度を説明して参つておるのでありまして、まだ最高裁判所においても、人事院の存在が違憲であるというような判例は、私はないように承知しておりますから、その点はこれでいいのじやないかと思つております。ただ問題は、この人事委員会というような制度は、三権分立のもとにあるアメリカに発達した制度であつて、つまり議院内閣制でないところに発達した制度を、議院内閣制のもとに持つて来たのでありますから、そこに問題がこれまで生じて来たのであろうと私は考えます。しかし人事院という制度が憲法違反であるというようなことは、私はまだそういう判例はないように考えております。
○石山委員 人事院は一つの国家公務員をば、全般の制度の中から見て、制度の中において、言うところの日本の官僚の封建性というものを打破して行こうという強い信念のもとに組織されて来たと思いますが、最近に申しますと、制度よりも人というふうな言葉、能率、技能、そういうものはテストできるけれども、人格というものはテストできないというふうに表現されて、人事院の機構にメスを入れた由にも承つている。こういうふうな点とかみ合せて、各省に人事のゆとりを今までも見せなかつたのかどうか、人事院の全部の中央集権のもとに今までも人事行政をなさつて来たかどうか、過去の実例をひとつ御説明願いたい。
○浅井政府委員 お答えを申し上げますが、それはまつたく事実と反しておるのでありまして、人事院といたしましては、最初新しい人事行政制度を実施しますときは、なるべく手綱を放さないように人事院自身が持つていたのであります。しかしその後数年たちまして今日の段階におきましては、実施部面はほとんど各省が持つておるわけでありまして、人事院といたしましては、ただそれを総合調整する、あるいは特に重要な部分だけを手綱をにぎつているのであつて、あとは各省にほとんどまかせてやつているという状態なんであります。そこで私どもは、行革本部が、人事委員会のほかに人事局というものを内閣に設けるということは、人事院と各省と二つでやつたものを、三つでやるということになつて、これは内閣の期する行政簡素化の意図にも反するといつて反対して来たのことは、そこにあるわけであります。その案はなくなつたのでありますけれども、私どもはそう考えているのであつて、人事院が全部の人事行政をかつてにやつているわけでも何でもない。各省にまかせているところは、各行政官庁の長がこれをやつているわけでありますから、その意味において、だんだん人事行政の改革に伴いまして、どんどん各省へこれを委任して行く、こういうような状態になつているのであります。ただ今日本の持つている人事院の権限の強さというものは、あるいは今アメリカの人事委員会の持つている権限よりももつと強いかもしれません。しかしこれは今日本の人事院が当面している日本の状態と、そういう状態がとうに過去の事実となつているアメリカの状態と、これは違つているのであつて、すでにもう民主化されている国と、そこに向つてなお努力を続けたい国とは、おのずから人事行政の中央機関が持つ権限が違うだろうと思います。でありますから、これは平面的に見るものではなくて、時間の要素もそこに入れて見なければならぬものと考えております。
○石山委員 一つの制度の発達にはいろいろの変化があるということは、これは当然考えられることでございますけれども、われわれといたしましては、どう考えてみても、今回の機構改革にあたつて、機構の改革という名前において制度をいじるという点に非常に疑義があるという点でございます。私は加藤国務大臣にお伺いしたいのでございますけれども、今までたとえば人事院が独立的色彩が濃く、準司法的、準立法的色彩が濃くて、内閣の行政権から少しく——だけでなく、どうも手に負えないほどはみ出すようなことがたとえばままあつたとします。それを何かカバーするものがあればよろしいというふうな意見が、私の見た参考書類には多く出ているのであります。私は国務大臣は何も限定された大臣ではないと思います。少くとも人事院の一分野を担当するとなれば、浅井総裁と同等もしくはそれ以上の資格を持つて、政府と浅井人事院総裁の中をとりもつような役目にあつて在来の欠点を補うことができるのではないか。そういう意図を持つてあなたは最初御就任なすつたのではないかという点をまず明らかにしていただきたい。
○加藤国務大臣 先刻石山君から、また先走つて今度の改正をするではないかという御意見がありました。言葉じりを言うわけではありませんが、さきの公務員制度というものがむしろ先走つたものであつて、今度はこれを調整と申しますか、国情に合うように調和したということであろうと私は思つておるのであります。言葉じりをかれこれ申すわけじやないが、先走つたのを今度は直そう、こう思つておるのであります。 いろいろ御質問がありますが、今度の改正は人事院の独立性をまつたくなしにしたようなものではないかという非常な御心配のもとに、全部の御質問が集中しておると思います。先般御説明申し上げたごとく、今度の改正は大した改正ではないのでありまして、たとえば宣誓制度をやめることであるとか、二重予算の制度を置かないことであるとか、あるいは内閣と国会に給与ベースの報告及び勧告を同時にすることになつているのを一方だけにしたとかいうことでございまして、これは先般人事院総裁が申されたように、強力にしたという意味ではありませんし、またそれがために非常に弱体化したというものでもないのでありまして、むしろ先走つたものを調整して国情に適するようにいたした、こう思つておるのであります。従つてさように大改正をして逆もどりをしたというようなことは、大局においてないものと私は思つております。
○石山委員 浅井人事院総裁に伺いますが、勧告の効力というふうな問題については今まで政府も言及されたと思います。勧告の効力、というよりも、私に言わせればそれに先立つて独立性を持つている人事院の性格そのものが疑われるのですが、勧告しても勧告されつぱなしであつた例は過去においてもたくさんある。そういう点を考えますと、口では独立性があつた、準司法的であつた、準立法的であつたと言われながらも、実際の面では政府の大きな圧力のもとに生れた結果しかなかつたことは事実だと思います。今回政府が立案したような趣旨のものであるならば、在来あなたがお考えになつた独立性よりももつと弱まつたものにはなりませんか。
○浅井政府委員 人事院の勧告が国会に対してなされることか何を意味するか、これが問題であろうと思つております。これは決して議案を国会に出し得るということではないのでありまして、ただ内閣へ勧告する、同時に国会へも勧告し得る、こういうことにすぎないのであります。それじや議案を出すような力はないのかというと、これは大きな力があるのであります。それはつまり物事がガラス張りの中で行われるということでありまして、これを単に内閣だけの勧告にいたせば、勧告はやみからやみへ葬られる。国会への勧告がそこにございますれば、これはもはや国権の最高機関の手に人事院が何を勧告したかということがわかる。つまりこれは国民全体に公表される。その国民全体に公表された中において、人事院の勧告がいいか悪いか——言葉をかえて申せば国家公務員の給与問題が国民監視のうちに処置されるというところに意味があつたのであります。それで今回は行政官庁の本質にかんがみて、国会への勧告はなくするのだ、ただそれだけだといたしますならば、これは勧告がやみからやみへ葬られるおそれがある。そこでこの改正案におきましては、国会に対する報告の義務を課しておる。しかもこれはきわめて短かい期間を限つて国会に出さなければならない。つまりこれは人事院の勧告がやみからやみへ葬られないように心がけておるのであろうと思いますので——それは精神的な意味は別でありますけれども、その前のものにかわる道は講じてある、かように考えております。
○石山委員 いかにも内容になると同じだというふうな御答弁になりそうですが、内容が同じあるならば、しいて条文を改正しなくてもよろしいのではないかという印象を受けるわけであります。ことに公務員諸君の場合は、一般の民間の方々よりも独立した場合は弱いと思う。団結権が相当に侵害されておりますので弱いものであります。その方々が何を唯一のたよりにしておるかと申しますと、人事院の独立性のある勧告権を非常に重要視しておられる。それが内閣に隷属しないで国会の審議にかかるというところに一つのうまみがある。今回の法律の改正では国会に報告する。その通りだけれども、国会に報告されたら、審議したり決定したりすることは国会の自由行動であるということになれば、それはそれまでの話でございまして、そこにおいて法の精神がすでに歪曲されつつあると思う。それが歪曲されないものとするならば、何も好んで国会に報告するというだけに限定する必要はないのだ、今まで通りでよろしいというふうにいつてもいいのではないかという逆説も成り立つわけなのであります。その点岡部政府委員はいかがでありますか。
○岡部政府委員 このたびの勧告権の処置につきましては、ただいま浅井総裁からお答えがありましたのと同じように考えるわけでありまして、それに対して石山委員は、それなら同じではないか、条文をかえる必要がないじやないかという仰せでありますが、その点が実は違うのであります。と申しますのは、議院内閣制のもとにおきましては、国会に対して連帯して責任を負うのは内閣であるから、国会と直接交渉するのは、内閣一本に統一する方が正しい。そういう意味におきまして、内閣のもとにあるすべての行政機関が独立的な権能を発揮するようにしたい。たとえば勧告でありますが、その勧告を内閣に対してやり、内閣がこれをすみやかに国会に対して報告するということが、議院内閣制のもとにおける行政機関のあるべき姿としては正しいのじやないか。従いまして現在同時に国会及び内閣に対して勧告するとあるのを、わが国の議院内閣制のもとにおける正しい形に、小さな努力ではありますが、改めたということにすぎないのでありまして、この点は浅井総裁から御答弁ありました通りの趣旨であると私も考えております。
○石山委員 その点は確かに相違があります。私の解釈も、あなたのおつしやる点では間違つていないと思う。あなたの説明はあなたの説明通り正しいと思う。ただ私たちは独立性を失うという点に問題を集中しておるわけなんです。ということは、日本の行政機構、官僚機構はまだ民主化されないという前提があるわけであります。皆さんはもう改革してもよろしいという前提なんだ。そうなつたら立場が異なるから、数で来いというような話になれば、これはもともとだけれども、私は私の質問の冒頭に申し上げたように、皆さんの手足になつて働く方々に対して、数でもつて来い、立場が異なるからというようなことでは、この問題はあとにしこりを残す。これは決していい傾向ではないということを申し上げておる。あなたたちは大体官僚機構は民主化されたという御意見だと思う。しかし私は浅井人事院総裁の御意見を聞きますと、非常に言いにくいようなかつこうをしていますけれども、まだ当局者としては日本の官僚制度というものは当初の目的からはほど遠い立場にあるのではないか、目ざした立場から見ると、相当遠い立場にあるのではないかという点があるわけなんです。そこへ持つて来て、あなたたちの言うような国会に対して間接的な行政機関全部にゆだねるということは唯一の頼みの綱を断ち切つてしまう、しかもこれは今までの立場からすれば実質的にはほとんど同じなんだ。同じなんだけれども、条文上における独立性というものはいつかの場合には、これは有利に発動するわけであります。それを私たちは頼みにしておる、どうしても放したくないという点でございます。実質的に同じなんだから、あの条文を改正したつていいじじやないかということになれば、皆様方の説明はうそになる、私はそういう意味に解釈しておりますが、その点はいかがでございますか。
○岡部政府委員 私も石山さんと同じ考えで、この法案につきましては、できるだけ理論的に御説明を申し上げたい、こう考えております。従いまして何ら牽強附会の言を用いないつもりでございます。そういう見地から申し上げますと、終戦後わが国の官吏制度を民主化しようという使命のもとに生れた国家公務員法の目的が、まだ達してないという点につきましては、先ほども申し上げました通り、私も浅井人事院総裁と同じ意見を持つものでございます。そういう意味におきまして、公務員法の今後の完全なる実施ということ及び公務員法の目的達成ということが、将来なお大きな問題として、しかも長い困難な道を歩まなければならぬということも考えておる次第であります。 なおこの際率直に申し上げますと、実は公務員法ができ、公務員法を実施する機関として人事院という機構ができます場合におきましても、この公務員法を実施するための機構として人事院という制度をもつと民主化するくふうを考えろということは、各政党及び内外の学界方面からも非常に強い要求も具体案をひつさげてあつたことでありまして、志は同じといたしましても、現実の制度につきましてこれが正しい方向への改善の努力を加えるということは、これは広くいいまして国民全体の責務であるのみならず、われわれこれに関係いたします者の責任であり、努力をいたさなければならぬところであろうと思うのであります。そういう意味におきまして、人事院のような現在独立性を持つものを内閣に隷属せしめないようにというお話であるのでありますが、現在人事院がどういう地位にあるかと申しますると、公務員法の三条に内閣の所轄のもとにあるということをはつきり書いてあります通り、これはやはりあくまで内閣に属する機関である。ただその独立性というものは、たびたび申し上げます通り、人事院を構成いたします総裁以下三人の人事官の身分と権能及びその進退を十分に保障しておる。先般舘林委員からも御質問があつたそうでありまするが、その任命につきしましては内閣が両院の御同意を経る、その罷免につきましては、内閣がほとんどみずから発動できない。法的な条件に合致する以外は、内閣自体がその罷免権を発動できない。これを罷免するのには、一定の事由に該当いたします場合におきまして、国会が弾劾手続をもつて最高裁判所に訴え、最高裁判所は大法廷において判決をもつてこれを決定する、しかも百日以内というような期間を定めまして、非常に高度に人事官を保障しておる、そういう点におきまして、人事院の有する権能を保障しておる、こう考えるのであります。その点におきましては、しばしば総理府の一外局となるというような仰せでありまするが、これもいつか申し上げたと思うのでありますが、外局という制度にもいろいろあるのでありまして、内閣の統制下にある行政機関として最も独立性を与え得る制度としては、外局という制度以外に現在の行政組織法にはないと考えるわけでありまして、外局になるということは、決してその独立性が弱まるというのではなくて、むしろある行政機関に独立性を与えるためには、外局にする以外に道はないのだというように考えております。
○石山委員 これは舘林さんが先だつて質問しておりましたが、私は今回の改正案は非常に中途半端だということを指摘したいのです。われわれは権利義務とかそういうことを別にして、国家の大局から見れば、たとえば機構改革をなさるというふうな意図を強力に出すとした場合に、これはもちろん人事院だけでやつたのでは不愉快だから話は別として、全般の機構改革に載つけて人事院をあなたたちのような考え方によつて改革をするとするならば、もつと考え方があるのではないか、認証官制度の人事官の制度にしましても、骨抜きされたものに対して形のみを与えるということほど不経済な話はないのでございます。そういう点では中途半端だと思う。もし私に言わせれば、あなたは臨時行革本部の中央部から見た場合の今回の独立性も一応ある程度までは認めておる、公務員諸君からの権利剥奪ではないとすると、加藤国務大臣がたまたま一部担任をされたようなかつこうにおいて、内閣の持つ行政権の中からあまりはみ出さないような仲介の立場、調整の立場をとつて行つたならば、内閣が意図するものはおおむね達成されるのではないか。今のような場合では、何ら意味のない改正案になりはしないか、そういう点で意味のない改正案であるならば、現在の立場において、そうして内閣の権限その他に少しく抵触があるとするならば、加藤国務大臣あたりに調整を願つて行つても、あなたたちの意図することが達成されるのではないかというふうに私は考えるのですが、その点はいかがでございますか。
○岡部政府委員 お答え申し上げます。公務員法がねらつております新しい人事管理を実施するために、中央人事行政機構を設ける、そのために人事院を設けるというふうな方が、大体欧米各国を通ずる新しい人事行政のやり方ではなかろうかと思うのであります。従いまして中央人事行政機構をなくするというようなことならば、石山さんの仰せのように、これは抜本的な改革になるかとも思うのであります。それがいいか悪いかは別問題でありまするが、むしろ逆行するというような形になるだろうと思います。そういうわけでありますから、この方向として正しい今の人事院制度というものをわが国の実情に徐々に合せる。最も摩擦なく、調和のとれた機構として持つて行こうというのには、人事院自体の従来の実績にもかんがみ、それから行政組織全体として政府が見て、しかも公務員の保護にも欠けるところがないようにというような点を考慮いたしまして、できたのが今度の案でございます。従来の人事院制度に比べて非常に微温的であるというように見えるならば、それはその通りであるのかもしれませんが、それは現実には二十三年に人事院制度というものができて、全国的に根本的な改革が行われた。それの引続き手直しであるという意味において微温的であるというわけでありまして、現在の公務員制度が百パーセントあるいは百八十度に転回するというようなことは、これは私どもとしては好ましいことであるというようには考えていない。そういう意味において、それを正しい方向へよりよく持つて行くということにつきましては、仰せの通り微温的であるというようなお感じもあろうかと思います。そういう点がまた進歩的で非常によろしいかと思いますが、いかがでございますか。
○石山委員 私は岡部政府委員とちよつと行き違いがあるわけです。私は機構改革という問題は微温的だと申し上げた。しかし制度というものから見た場合に、政府の考え方は大幅な制圧でございます。これは確かだと思います。そこに政府の音図する調和という言葉が非常にずるいというふうに私は解釈したわけなんです。機構の上においては非常にやわらかい微温的なものであつて、たとえば認証官を三人置くというようなところ、これはまことにうまくやつているのですよ。しかし末端の公務員の制度の方に行きますと、やはり大幅なことをおやりなさろうとしているのが今回の制度改革である。機構改革は微温的である。しかし公務員制度に対しては大きなてこを入れたということは事実だと思うのです。私は個々に入ればあなたとはつきり応対ができると思うのです。今の場合は総括質問でございますので、いささか水かけ論になるのでありますけれども、私の言わんと欲するところはその二点に尽きておる。政府は機構改革においては微温的な能度を示して、私は言葉が悪いからあえて言いますが、高級官僚群に対してはその地位を保障しておるが、しかし逆に個人が最も擁議されなければならない官吏の部門の制度ということになりますと、政府はなかなか微温的ではないという点、行政権の中に繰入れてしまうという点であります。今まで少しく行政権からはみ出したような独立性を持つておる公務員制度をば行政権の中に繰入れてしまうという点で、これはちつとも微温的ではない。大幅な制度の改革であり、公務員の持つている権利の制圧であるというふうに私は解釈しております。その点は私は後に条文においてお話申し上げたいと思います。 時間がなくなつたようでございますけれども、国務大臣にお伺いしたいのは、この法が施行された場合のことを一応想定しまして、はたして公務員の諸君に対して憲法十三条、個人の尊重というふうな点が今まで通り守られるものであるかどうかというような点、あるいは十五条の全体に対しての奉仕者という点、これは今までよりも強化された考え方でこの点が強調されやしないかということは、逆行するという意味でございます。昔のいわゆる官吏というものはえらいものであつて、普通の人間としての言葉を吐くよりもまず官吏としての考え方を申し述べなければならないというふうな、全体に対しての奉仕者ということのみを強調されるのではないか、こういう点で私は懸念を感じております。前々からよく言われておる調和という問題、権利義務というものは平衡を保つてこそ初めて個人としてもその市場を全うし得るし、官吏であつてもその点で能率も上げ得るでありましようし、良識ある行政官としての立場も保持できる。これらのバランスの上から見て、二十八条の団結権もむしろ弱い立場に置かれるのではないかというふうに心配するのでございます。つまり十五条で全体に対する奉仕者という立場が非常に強調されまして、十三条の個人的な立場あるいは二十八条の団結権を失つて、非常に残酷な姿になるのではないかという点を私はおそれるのでございますけれども、加藤国務大臣は現行制度よりもそういうことは絶対にあり得ないというふうに御確言できるかどうか、それをひと御説明願いたいと思います。
○加藤国務大臣 私はこの問題についてはしばしばお答えした通り、決して今回の改正によつて今までよりも国家公務員が弾圧されたり不利益を来すようなことはない、すなわち十三条の個人として尊重せられることはもちろん、しかして二十八条の団結及び争議権が制約されておりましても、この人事委員会の存存によりまして私はさような御心配はなかろうと思います。ことにただいままで岡部政府委員が申しましたごとく、私どもは徐々の改正をして国情に調和するようにしたのでありまして、画期的にやつたらばどうかというようなお話もありましたけれども、私どもは徐々に実情に処して行く方が政治的のやり方であると存じます。今回の改正もわずかの改正でありまして、根本に触れるような、公務員のすべてに不利益になるようなことを少しも考えておらないのでございます。ことに制度の上においてもしかり、また私個人といたしましても、また浅井総裁初め他の人事官としても独立性を維持されまして、顔をうかがつてかれこれ政府の御都合のいいようにされることは断じてないと思つておる次第でございます。
○石山委員 私そういう御意見を聞いて一応安心したような気持もいたしますけれども、ではその裏づけとしてお伺いしたいことは、憲法第十五条にある全体の奉仕者ということをこの改正によつて強調されると思うのです。そのためには人事院規則をば緩和するような御意図はないかどうか。
○浅井政府委員 人事院の独立性を強調される石山さんが、この問題を内閣にお聞きになつては困るのでありまして、これは人事院へお聞きくださるようにお願いしたい。人事院といたしましては、今日までのところ改正の意図は持つておりません。但し将来はわかりません。
○石山委員 私は現行法を遵奉される浅井さんに対して問うということは、これは何も役に立たないのでございまして、政府と官公吏の方々の調整機関として就任された加藤国務大臣こそ、何か胸の中に考えられておるかどうかということをお聞きしたかつたのですが、何らそういうような点はおそらく考えていない思いますが、今の憲法の十三条、十五条、二十八条を公平に調和をとらせるというような責任があるとするならば、私は当然人事院規則というようなものが再検討される立場にあるのではないかという点を申し上げたかつたのでございます。これはもちろん人事院総裁もその職責上一応御研究を願いたいと思います。 次に御質問申し上げたいのは 公務員制度調査会というふうなものについて三月三十日の朝日新聞に出ているのですが、これは三十日に閣議決定になりましたのですか——公務員制度調査会をば政府では閣議決定して設置するというふうな発表がございます。委員は二十名以内で、委員はどういう人で、その審議する内容は云々というふうな言葉がございますが、これは普通発表されたのと内容を同じにしているかどうかということを、この機会に御発表願いたいと思います。
○加藤国務大臣 ただいま調べましたら、三月三十日の閣議で決定いたしました。普通発表されたのと違うか違わぬかということは比べてみなければわかりませんが、おそらく新聞に出たのと同一であろうと思つております。ついでに加えておきまするが、委員は二十名でございまして、今人選中であります。近く決定するだろうと思います。
○石山委員 これには人事院総裁も入つているように見えますが、これは人事院総裁個人の考え方で決定されると思いますが、人事院総裁はこの委員会に委員となる意思でございますかどうか。
○浅井政府委員 ここのところは物の一つの考え方だろうと思うのでございます。国家公務員法によりますれば、人事官は政府部内の他の一般職の官職を兼ねてはならない、これはもう公正独立の地位を保つという意味でございますが、今度の公務員制度調査会はその官職とは見ていないのでございます。これは別に法律によつて設置されたものではないのでございますから、ここにある官職とは見ていないのであります。そこで法律的には就任してもさしつかえないと考えておりますが、問題はする方がいいのか、しない方がいいのか、こういうことでございます。しかし人事院が独立の機関だと申しましても、結局これは内閣に属しておる機関でございますから、内閣に設置せられるさような会に発言権を持つた方が私は万事都合がいいのじやないか、今のところはそういうふうに考えております。まだその委員の人選は閣議としては終つていないように思いますが、もしさような交渉を受ければ私としては就任いたしたいと今は思つております。
○石山委員 浅井さんの言質をとる意味じやないのですが、浅井さんは現行公務員法は正しいと思つていられるかどうか。正しいという意味は公務員のために非常に利益であるかということです。それとも改正された公務員法か、どつちか、公務員の立場を守るような立場をとるということによつて、人事院総裁が出た場合には官公吏の利益代表にもなるであろうし、学識経験者のような立場をとる場合もあるであろうし、政府与党の立場をとるであろうという、いろいろの考え方もあると思いますが、ただ一つ、公務員個人々々の推薦を守るためには政府の意図されている国家公務員法の一部改正の方がよろしいのか、それとも現行法の方がよろしいのか、あなたが担当者として見た場合に一応わかると思います。その点でひとつ御説明願いたい。
○浅井政府委員 これはせつかくのお尋ねでございますけれども、われわれ政府委員といたしまして、内閣の提出いたしました法案をここで公の席上で批判することはできないのであります。それは直接に申し上げます。但し私の意見はだんだんと御質疑に対し御答弁を申し上げたことによつて御判断にまかせるほかはないと考えます。
○石山委員 浅井総裁はおそらく長い間人事院の機構その他に対して研究されておりますし、私の質問に対して、当初の提案された趣旨をいまだ体得しておるというふうに答弁をされているのでありまして、おそらく公務員の方々に対しても有利な証言をこの調査会でしていただけるというように解釈いたしますが、加藤国務大臣にお伺いいたしたいことは、先ほど私はこの国家公務員法一部改正に関しまして直接の利害関係にある官公の方々の御意見を聞くような手続をとつたかということをお尋ねしたのでありますが、その場合とらなかつたというふうになつております。今回も公務員制度調査会の場合には、労働者というよりも、直接に関係のある官公の代表者というようなものから御意見を受けるというか、この委員の中に加えるというようなもくろみがないかどうかということをお聞きしておきます。
○加藤国務大臣 この改正法律案が提出されるようになりましてから、私は相当を引受けたのでありまして、この改正法案につきしましてそういう意見を求められたか、求められなかつたかということは、私存じません。それから昨今聞いたか、聞かぬかというお話でありましたが、私的に来訪の諸君のお話は承りました。しかして今度の公務員制度調査会にそういう代表者を加えるかどうかという問題につきましては、今ここで述べることは差控えたいと思います。学識経験者を求めたいと思いますが、限られた数でありますので、どういうふうになるかということは、これはまだ何とも申し上げられません。
○石山委員 これは質疑というよりも要望になると思うのですが、日本のあらゆる制度の場合、学識経験者が非常なるウエイトを持つていろいろ審査の委員になつております。これは何も否定するものではありません。しかし学識経験者というものは非常にりつぱな学説その他をお出しになりますけれども、反面変なところに盲点があるのでございます。そういうことは彼らは実際に肉体に触つて経験した過去がないという場合があり得るのであります。人事とか、給与とかいう問題になりますと、やはり生きた人間、直接その利害の対象になる団体から特定の人を一人でもいいけれども、そういうようなものから意見を聞くということこそ、公平な立場になれるのではないかというふうに常々考えておりますので、この委員会がもしできる場合には、加藤国務大臣は私の言い分を少し参酌されて政府に具申していただくように御要望申し上げまして、まだ聞きたい点はたくさんございますけれども、きようは総括質問ということになつておりますので、逐条審議の際にとりまとめてもう一ぺんお伺いすることにいたします。
○川島委員長 きようはこの程度でとどめます。次会は公報をもつてお知らせいたします。 本日はこれにて散会いたします。 午後四時十分散会