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19回国会衆議院1954/03/26

厚生委員会 第22号

発言数
77
登壇者
10
会派数
4
開催日
1954/03/26

会議録

小島徹三改進党

○小島委員長 これより会議を開きます。  まず母子福祉資金の貸付等に関する法律案を議題とし、審査を進めます。本案はすでに質疑を終了しておりますが、ただいま委員長のもとに各派共同提案になる修正案が提出されておりますのでその趣旨の説明を求めます。青柳一郎君。

青柳一郎自由党

○青柳委員 御存じのようにこの法案は、一昨年当厚生委員会におきまして、各派共同提案をもつて成立せられたものでございます。今回政府がこれに適当な改正を加える点につきましては、私ども一様に賛意を表するものでありますが、ただここに一つ、現在二十才未満の子供を擁する未亡人に対しましては生業資金の貸付、支度資金の貸付、技能習得資金の貸付、生活資金の貸付及び事業継続資金の貸付の五種類が認められております。しこうして子供の方に対しましては修学資金の貸付及び修業資金の貸付が認められておるのみでありまして今回政府の提案によりまして、これを孤児に押し及ぼすものでありますが、この孤児につきましても修学資金の貸付及び修業資金の貸付にとどめております。しかるに従前から本法律の運営に際しまして、各地より非常に要望が強くございますのは、それは子供についても支度資金の貸付を許せということでございます。従いましてここに修正案を提出いたしまして未亡人である母を擁しております子供に限らず、この孤児につきましても支度金の貸付を母に対してこれを貸しつける際に定められておりまする条件と同じ条件を持つて与えんとするものでございます。ここにこの修正案を朗読いたします。   母子福祉資金の貸付等に関する法律の一部を改正する法律案の一部を次のように修正する。   第三条の改正規定中「第六号を」「第二号、第六号」に、「第七号を」を「第七号をそれぞれ」に、『同条第二項中「前項の場合において、」の下に「配偶者のない女子であつて現に児童を扶養している者に対する」を加え、』を『同条第二項中「修学資金又は修業資金の貸付については、その貸付により」を「配偶者のない女子が扶養している者の支度資金、修学資金又は修業資金の貸付については、その就職し、」に改め、』に改め、第三条第一項第六号の改正規定の前に次のように加える。   二 配偶者のない女子若しくはその者が扶養している児童又は父母のない児童の就職に際し必要な資金(以下「支度資金」という。)   第八条の二第一項及び第八条の三の改正規定中「修学資金」を「支度資金、修学資金」に改める。かかる修正案を提案いたす次第でございます。  この修正案はひとり自由党のみならず各党共同提案になるものであることを加えまして、私の説明を終ります。

小島徹三改進党

○小島委員長 以上で説明は終りました。ただいまの説明についての御発言はありませんか。——なければ母子福祉資金の貸付等に関する法律の一部を改正する法律案及び同案に対する修正案の両案を一括して討論に付します。山下春江君。

山下春江改進党

○山下(春)委員 ただいま青柳委員から御提案になりました、母子福祉資金の貸付等に関する法律の一部を改正する法律案の修正案に対しては、私も満腔の賛意を表するものであります。  この母子福祉資金貸付法が立法化されましてからまた日が浅いのでございまして、非常に多くの欠陥をまだ発見はいたしておりませんけれども、全国からの支度資金に刻する要望は、青柳委員御説明の通り非常に強い要望がございます。このことが今回修正されますことは非常に時宜を得た処置でございまして、まことにけつこうだと私ども喜んでおります。従いましてこの修正案に賛成いたしますとともに、修正部分を除く政府原案に賛意を表しまして、私の討論を終ります。

小島徹三改進党

○小島委員長 萩元たけ子さん。

萩元たけ子日本社会党(左)

○萩元委員 私は日本社会党を代表して、ただいま上程せられました母子福祉資金の貸付等に関する法律の一部を改正する法律案の修正案並びに修正案を除く改正原案に賛成するものであります。ただ修学資金に対する利子の問題でございますが、これは国の犠牲になりました母子、孤児等のための資金でございますので、当然ただで国が提供してもよい費用、だと思いますにもかかわらず、これに利子をつけるということは——他の育英資金の場合には無利息でありますのに、これに利子がつくということは、何としても賛成できかねるのでございますが、これが一日も早く改正せられることを希望いたしまして、この法案は一歩前進したものであるのでございますために、賛成の意を表するものでございます。

小島徹三改進党

○小島委員長 ちよつと速記をとめ  て。    〔速記中止〕

小島徹三改進党

○小島委員長 速記を始めてください。杉山委員。

杉山元治郎日本社会党(右)

○杉山委員 たいへんおそくなつて申訳ありません。  母子福祉資金の貸付の問題につきましては、私どもが以前望んでおつたところに一歩前進して参りまして、非常にこれはけつこうだと存じております。そういうような意味合いにおきまして、修正案に賛成し、なお修正部分を除いた原案に賛成いたします。  以上をもつて討論といたします。

小島徹三改進党

○小島委員長 以上で討論は終局いたしました。採決いたします。  まず各派共同提案になる修正案を可決するに御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

小島徹三改進党

○小島委員長 御異議なしと認めます。よつて本修正案は可決いたされました。  次に、ただいま修正いたしました残りの部分を原案の通り可決するに御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

小島徹三改進党

○小島委員長 御異議なしと認めます。よつて本案は修正議決いたしました。  なお本案に関する委員会の報告書作成に関しましては、委員長に御一任ありたいと存じますが、御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

小島徹三改進党

○小島委員長 御異議なしと認め、そのように決します。     —————————————

小島徹三改進党

○小島委員長 次に、戦傷病者戦没者遺族等援護法の一部を改正する法律案及びらい予防法の一部を改正する法律案を一括して議題とし、質疑を続行いたします。高橋等君。

高橋等自由党

○高橋(等)委員 政府委員に若干質問をいたしたいと思います。  まず第一にお伺いいたしたい点は、第三十四条の関係であります。軍務に服しておつて、それによつて戦病死というか、病死をいたしまして、なお公務とみなされないで、弔慰金をもらえない者があるのではないかと考えられます。この条文で申しますと、勤務に関連して云々という言葉があるのでございますが、この点について御説明を承りたいと存じます。

田辺繁雄厚生事務官(引揚援護庁次長)

○田辺政府委員 勤務に関連する負傷または疾病と申しますのは、当該勤務が原因または誘因となつた負傷または疾病であるということに考えております。またその負傷または疾病がその勤務によつて一層程度が増進して、その結果、死亡に至つたという場合も、勤務に関連する場合であると考えております。現在の援護法においては、公務上という言葉を使つておりますが、これは恩給法に規定してあります公務のためという言葉と同じ意味にとつております。公務遂行と疾病との間に一定の相当因果関係があつたということが言われておりますが、それよりは非常に広いのでありまして公務遂行に際して受けた傷痍疾病は、故意または重大な過失による場合以外はおそらくすべてこれに入るのではないかと一応考えております。

高橋等自由党

○高橋(等)委員 具体的に伺いますが、学校の教官などをやつておつたところの軍人の身分を持つた人、これ、が病気になつてなくなつたというようなものについては、どういうふうにお考えになつておりますか。

田辺繁雄厚生事務官(引揚援護庁次長)

○田辺政府委員 学校の教官であられたような軍人の方々が疾病にかかつてなくなつた場合の取扱いについての御質問でございますが、一般文官との振合い等もございますので、目下検討いたしております。かような場合に今度の弔慰金を差上げるということになりますと、その勤務の姿勢で、一般文官と比較して、認めることができるかどうかという点に問題があると思いますので、その点はもう少し研究さしていただきたいと思います。

高橋等自由党

○高橋(等)委員 この法案が上るまでの間に御回答いただきませんと、そうした点を、研究というようなことであとへ、残したくないのであります。というのは援護法でやる場合に、いろいろわれわれの考えておりましたことと政府のおやりになつておられることが大分食い違いつつあることは、公務の認定の範囲おいてたびたび申し上げておることでございますが、どうぞ明日の委員会でこの点をあらためてお答えをお願いしたいと思います。  次にこの法三十四条の二項でありまするが、この項の終りごろに「但し、その者が、在職期間内又はその経過後一年(厚生大臣の指定する疾病については、三年とする。)以内に、当該負傷又は疾病により死亡した場合に限る。」これは結局経過後一年、要するに在職期間をはずれても、一年内の死亡でなければやれないという御趣旨であると私は考えるのでありますが、その点と、「指定する疾病については、三年とする。」というこの指定する疾病とは何であるか。これを御質問しておきたいと思います。

田辺繁雄厚生事務官(引揚援護庁次長)

○田辺政府委員 前段の御質問につきましては、御指摘の通りに考えております。在職期間が経過した後一年間以内に当該疾病によつて死亡した場合、それが一年以内であります。  厚生大臣の指定する疾病というのは、主として結核を考えております。

高橋等自由党

○高橋(等)委員 そこで「経過後一年」というのは、私の記憶では、今度新たに改正がなされたように見受けるのでありますが、この法の改正案の附則の一を見ますると、「この法律は、昭和二十九年四月一日から施行する。但し、第三十四条及び第三十八条の改正規定は、昭和二十七年四月一日から適用する。」こう書かれている。そうすると、昭和二十七年四月一日から本日に至るまでの問、在職期間後一年以上を経過して死亡した人も今までの法律では認められておつたわけです。ところが今度の改正法によつて、特殊なものを除いて退職後一年以内に死亡した場合だけを認めまして、それ以上のものは認めないということになると、従来与えられておりました権利がこの法律によつて非常に狭められることになる。その点はどうなのですか。

田辺繁雄厚生事務官(引揚援護庁次長)

○田辺政府委員 従来の年金、弔慰金は公務のため傷痍、疾病かつ死亡した場合でありまして、この点に対しては従来の取扱いと今後もかわらないのでございます。今回改正になりました部分につきましては勤務に関連する傷痍、疾病でございまして、その関連の程度を判定するということはきわめて困難でございますので、在職期間が終つた後に、短期間に死亡した場合でございませんと、その関連を推定することが困難であるということを考慮いたしまして、期間を限定いたしたのであります。従つてこの期間を限定した規定の適用は、いわゆる公務死亡でない場合にのみ適用されるのでございまして、公務の場合におきましては従来とかわらないと考えるのでございます。

高橋等自由党

○高橋(等)委員 その点はもう一度念を押しておきますが、大丈夫でございましようね。その点をはつきりお答え願いたい。私は条文を読んで非常に疑問を持つておりますから伺つておきたいのであります。

田辺繁雄厚生事務官(引揚援護庁次長)

○田辺政府委員 従来の公務のための死亡の場合は、三十四条の第一項でございます。これについては期間の限定はないのであります。公務以外の死亡の場合が三十四条の第二項でございまして、これは期間の限定があるわけでございますので、法文上もその点ははつきりいたしておると思います。

高橋等自由党

○高橋(等)委員 そういたしますと、附則に但し、第三十四条の改正規定は「昭和二十七年四月一日から適用する。」となつておる。第三十四条第二項の改正規定と書いてないのです。どうも三十四条は全文改正になつておる。これはどう考えればいいのですか。

田辺繁雄厚生事務官(引揚援護庁次長)

○田辺政府委員 三十四条の第一項の規定は、死亡の時期が昭和十六年十二月八日以後であつた場合においては、それ以前の負傷、疾病の場合であつても弔慰金を支給するというふうに改められたわけでございます。その点はやはり遡及して適用する、こういうことでございます。ただいま御指摘になりました期間の制限は、公務死亡の場合には書いてございませんので、従つて公務上の死亡につきましてはそういう問題は起らないと考えております。

高橋等自由党

○高橋(等)委員 次に内地で敵の攻撃にあつて死亡いたしました軍属についてですが、徴用工その他の場合は三万円の弔慰金が出るようになつておる。ところが同じように敵の攻撃で倒れましても、内地軍属に対しては出ない場合があるのではないかと考えておるのですが、この点はどういうふうになつておりますか。

田辺繁雄厚生事務官(引揚援護庁次長)

○田辺政府委員 内地の雇用人軍属の場合は業務遂行中に敵の空襲等によつて、死亡した場合、これに対しましては御承知の通り旧陸軍につきましては、戦時災害救恤規程というのが適用になつております。海軍におきましては、海軍の共済組合に規定がございましてこの場合につきましては年金が支給されることになつておつたのであります。しかしその場合に年金を支給される遺族の範囲に制限がありまして死歿者によつて生計を維持しておつた遺族に対して年金を支給する、こういうことになつております。これは現在の共済組合の制度に引継がれておるわけでございます。そこで主として生計を維持しておらなかつた遺族に対してはどういう処置をとるかといいますと、その場合につきましては相当額の一時金を支給するのが、陸軍ではさきの規程、海軍では共済組合に規定しておつたのであります。従つて生計依存関係になかつた遺族でございましても、相当額の一時金を支給することに相なつておりますので、おそらく大部分の方がその一時金を支給されたものと考えておるのでございます。

高橋等自由党

○高橋(等)委員 ちよつと愚問のようですが、雇用人でない軍属についてはどうなつておりますか。

田辺繁雄厚生事務官(引揚援護庁次長)

○田辺政府委員 雇用人以外の嘱託等でございましても、陸軍の場合におきましては戦時災害救恤規程は全部適用になつております。それから共済組合でございますれば、共済組合の組合員たる資格を持つ者については、共済組合は全部適用になりますので、嘱託等も原則として大部分の方はそれに入つておるものと考えます。

高橋等自由党

○高橋(等)委員 そこで伺いたいのですが、共済組合の規定というものと、援護法の関係におきまして、受給者の資格に制限がある。これはただいまお話になつた通りであります。そこでこれは先ほど御質問しましたところの空襲によつてなくなつた人というだけでなしに、外地においても同じような例がたくさんあるのです。共済組合の金がもらえない、あるいは今まで全然もらつていないというような人、これは弔慰金も何ももらえないのです。これについて何か援護法で考えなければいかぬ問題がたくさんあるのじやないかということが考えられますが、それについてはどういうようになつておりますか。

田辺繁雄厚生事務官(引揚援護庁次長)

○田辺政府委員 内地の雇用人等の軍属で、業務遜行中に戦時災害で死亡された場合、年金を一支給する場合と一時金を支給する場合があるということを今申し上げたのでありますが、一時金支給につきましては、支給される遺族の範囲が広うございまして、やはり兄弟姉妹にまで及んでおるのでございます。現実にもらつたかどうかという点は、あるいはもらつていない人があるかもしれませんが、少くとも共済組合の規定からいえば、その方々は相当額の一時金をもらう権利があるわけであります。おそらく今日でも、それは現在の共済組合の制度に引継がれておるのではないかと思うのです。私どもが過去におきまして、いろいろそういう御陳情を受けまして調べてみましたけれども、資料のはつきりしている方については、一時金を支給した例が、ちやんと記録に載つております。あるいは多数の中にはもらつておられない方があるかもしれませんが、その方ももしもらつて、いないという事実がはつきりいたしますれば、これはよく調べてみないとわかりませんが、今でももらえるのではないか、こう思つておりますが、なおその点共済組合当局に確かめて、後日またお答え申し上げます。

高橋等自由党

○高橋(等)委員 ただいまの件は、また今後お調べを願つて、明日でも御返事を願いたいと思います。  そこで伺いますが、共済組合の一時金というものは俸給の何箇月分に当るのか知りませんが、その俸給というのは、今どういうようにやつておりますか。昔の俸給を何倍かしたものか、あるいは今改訂をされておるか、それは援護法の弔慰金の立法の精神が、大東亜戦争以後、で死亡した人には弔慰金が出ることにしてありますが、中にはもう死亡特別賜金をもらつた人もある。もらわない人もおります。もらわない人が多いという考え方からこの弔慰金をあらためて出すというのがこの制度であります。そこでこの敵の攻撃によつてなくなつたところの軍属の人々というものは、いつごろなくなつておるかといえば、少くとも内地においては戦争末期なのであります。そこでこうした人々が一時金の請求をほとんどしてないと考えるのが私は妥当であろうと思う。そういうような考え方から行きまして、この共済組合関係の一時金しかもらえないような関係の人についても、何か考慮しなければいけない問題があるのではないか。徴用工の、いわゆる学徒動員の方たちが三万円の弔慰金を一律にもらう、しかも一方は何ももらつてないというような問題が起ります。また今お聞きしますように、よしんば共済組合で一時金を出すとしましても、その額が一体どれくらいになるでしようか、非常な不均衡がそこにできはせぬかということも心配いたす。実際問題としてはもらわない人が非常に多いのだということによつて立法の精神を統一する必要があるのではないか、こういう考えをもつてお伺いいたしておるわけであります。この点け明日お答えを願えばけつこうであります。  次に年齢制限の問題でございますが、恩給法によりますと父母の年齢に対しては制限がありません。若年停止もないわけです。それがこの援護法におきましては六十歳という制限があるわけでございます。これについて、一体どういうわけで今回これが改正案に盛られなかつたのだろうという点は、これはひとしく全国の援護法の適用の父母の方々の重大関心事でございます。この点をお答え願いますとともに、これが予算的な理由であるとしますれば、そんなに金はかからないと考えておりますので、一応御研究を願わなければならぬものと思うのであります。それに対するお答えを承ります。

田辺繁雄厚生事務官(引揚援護庁次長)

○田辺政府委員 戦傷病者戦没者等遺族援護法の第一条に、この法律は国家補償の精神に基き遺族を援護することを目的とすると書いてあるのでございます。すなわちこの法律は国家補償ということと援護ということ、この二つの精神が立法の基礎になつていると考えております。この二つの精神が融合一体となつてこの制度の支柱となつている、こう考えているわけでございます。この点は高橋委員においても、かねて主張せられている御持論であると承つております。従いまして、国家補償という考え方に基いて実施をいたすのでありますが、実際の支給の対象となる金額等をきめる場合におきましては、援護という観点を加味してやつているわけでございます。そこで遺族の範囲につきましても、一般に稼働能力があると考えられます六十歳未満の者につきましては、原則として遺族の範囲から、年金の支給につきましては対象から除外をいたしております。恩給法の場合におきましては援護という精神が加味されておらないと考えておりますが、もちろん恩給法の場合におきましても、ある程度の社会政策的な考慮は入つていると考えられるのでございます。たとえば純然たる国家補償の場合でございますれば、遺族に対して支給するいろいろの金を、子供の場合未成年者に限る理由はないわけでございます。また父母が再婚した場合の年金をストツプするという場合におきましても、一定の制限を置いてその制限に該当する場合においては年金を停止する、あるいは若年停止であるとか、あるいは多額所得者に対する調整ということは、ある程度の社会政策的な考慮が加わつていると思うのでありますが、援護法の場合におきましては、それをさらに明文化いたしまして援護するという規定を置くことにいたしまして、国家補償のその恩給法的なそういう精神にプラスしまして援護するという観点から、先ほどのような一般的に稼動能力があると考えられるような方々は原則として一定の線を引きまして対象から除外する、こういう考え方をとりましたので、六十歳未満であるとか、あるいは子供の場合におきましては十八歳というふうに限定した次第でございます。

高橋等自由党

○高橋(等)委員 どうも思想統一がとれてないようでありますが、確かに先ほど言われましたように、国家補償の精神に援護を加味したものであるということは、援護法の性格として私は考えている。しかし政府がこのたび提案になつております障害年金について一応考えると、この場合は恩給法との均衡ということを非常に力説されている。これは提案理由の大臣の説明の中にちやんと書いてある。一方の方ではそういうような立論をされる。結局はりくつの問題ではなしに、やはりこうしたものは同じように戦争に行つてなくなつたのだ。しかるに一方は六十歳にならなければもらえない、一方は年齢制限はないというところに、社会通念上非常な不満が起るのである。これについては将来御研究をお願いいたしておきたいと思うのであります。  それからいま一点、この一点だけでありますが、恩給法と援護法の両用の場合を考えると、旧民法を適用する場合と新民法を適用する場合とがまちまちになつている。そのためにとんでもない飛ばつちりを受けた気の毒な人が実は出て参つている。ここに援護法と恩給法の間の一つの盲点であるように考えるのであります。この点を十分に御研究をお願いいたしたいのであります。  いま一点伺いたいのは、たとえば分家をした場合、その父母が援護法を実施した年に満六十歳になつている場合は、援護法の適用を受ける、六十歳になつておらない場合は永久に援護法の適用は受けられないというようなことがあるのですかないのですか、この点を承つてみたい。

田辺繁雄厚生事務官(引揚援護庁次長)

○田辺政府委員 先ほど障害年金または障害一時金の支給については、恩給と歩調を合すようにしておきながら、遺族援護の場合においては年齢制限をするということは、考え方が統一しておらないではないかという御質問があつたわけでありますが、今回障害年金または障害一時金を支給する範囲を拡大いたしましたのは、お説の通り恩給法の改正にある程度歩調を合せることでございますが、しかしこの場合におきましても、支給の範囲につきましては若干相違がございます。恩給の場合におきましては、旧七項症、現在の一款症でございますが、一款症から五款症まで全部に対して年金または一時金を支給するということになつておるのであります。私の方ではそれを一款症から三款症までに限定したのであります。と申しますのは、恩給法の規定にもございますが、第三款症の中に精神的または肉体的作業能力に軽度の妨げある者という規定がございます。従いまして四款症、五款症以下は、援護という観点から申しますならば、一応除外してもよかろうじやないかということを考えたのでございます。もう一つは今回の厚生年金保険法の改正案につきまして、三款症までも年金または一時金の対象にするという改正が今回企図されておりますが、内部疾患のような方に対しましては、三款症まで年金を出す、外部の傷害に対しましては症状が固定した場合に一時金を出す。これも三款月までに限定いたしておりますので、こうした社会援護立法と歩調を合わす意味におきまして援護という観点を加味いたしますために、恩給法と若干建前を違えているような次第であります。  それから恩給法と援護法との食い違いの問題でございますが、お説の通り、いろいろお気の毒なおかし華例星じております。これは恩給法が民法改正前におきましては、戸籍の同一ということを要件にいたしており、民法改正後におきましては、世帯の同一ということを要件にしておる。従つて死亡した時期が民法改正前の場合であれば、戸籍の同一ということで縛られており、民法改正後であればそういう事態は起らない。先ほど御指摘になりましたような分家の場合におきましては、そういう事態は起らないわけでございます。その点は恩給法が過去の制度を復活するということにあまりにこだわり過ぎたという気がいたすのでございまして、これは援護法と恩給法との調整の問題というよりは、むしろ恩給法自体の立て方の問題ではないか、かように考えております。  最後に御指摘になりました六十才未満の父母があつて、死没者が死んだときにおいて世帯が同一であつたけれども、分家をしておられた、こういう場合におきましては、援護法では遺族という範囲に入りまするが、年金支給の対象としては、年齢の制限にひつかかりましてこれはもらえないのでございます。恩給法の場合はどうかと申しますると、死亡した時期が旧民法時代でございますれば、戸籍が同一ということを要件とされまするので、その要件からはずれてしまう、こういうことになるわけでございます。そこで先ほど申し上げましたように、世帯の同一という要件で一貫いたしますれば、かような矛盾は起らないわけでございまするが、これも先ほど申し上げました通り、援護法と恩給法との調整というよりも、両法の歩調を合せるために、恩給法の立て方を若干考慮した方がいいのではないか、かように考えておるわけであります。

高橋等自由党

○高橋(等)委員 そういう事例の場合に、六十歳になつたら援護法の適用を受けるのですか、どうですか、その点を伺います。それとともに、厚生大臣がもし御出席になるようなことでもありますれば、私は大臣に対する質問は保留いたしまして、これで私の質問を終りたいと思います。

田辺繁雄厚生事務官(引揚援護庁次長)

○田辺政府委員 援護法は御承知の通り、昨年の八月恩給法が成立いたしましたときに、軍人恩給との調整を根本的にはかりまして、八月一日現在をもつてすべて軍人恩給の方に移管するということになつております。従いまして軍人に関しましては、八月一日以降におきましては、権利は発生しない建前をとつておりますので、こういう方々が六十歳になりましても、その死没者が軍人であつた場合におきましては、援護法上の権利を与えないことになつております。

高橋等自由党

○高橋(等)委員 もう一点……。八月一日現在で六十歳になつておれば援護法の適用を受ける、なつていなければもう今度は六十歳になつてもだめだ、こうなんですか。もしそうだとすれば、私は非常な悪法だと思う。少くとも経過規定でもつくつて、これが救済されなければいけない。ほんとうに悪法ですよ。その点をどうお考えでありますか。

田辺繁雄厚生事務官(引揚援護庁次長)

○田辺政府委員 確かにお話の通り、非常に矛盾があるわけでございます。ただ八月一日現在をもつて恩給法と援護法との根本的な調整をはかつたのでありまして、同一の対象に対しまして、同一の原因で死亡した場合に、同じような目的を持つた二つの法律が競合することはおかしいことでありまして、立法の体系としては、恩給法自体の中において調整をなさるべき筋合いのものではないか。そういたしますれば、今御指摘になつた問題も解消するわけでございますので、新民法施行後におきましては、死亡したときにおいて世帯が同一であれば、戸籍云々ということは問題ではないのでありますから、その点をもし調整するとすれば、恩給法の方を調整するのが、立法の体系としては適当でないか、かように考えております。

高橋等自由党

○高橋(等)委員 そうすると、八月一日で六十歳になつておれば、これは恩給法の適用は受けないが、援護法の適用を受けることは間違いありませんね。従来も適用を受けておつたのだから……。もしそうであるとすれば、むしろ恩給法を直せとか、援護法を直せとかいうよりも、恩給法の適用がないものならば、ここで援護法で、六十歳になつたらそれが支給ができるという規定を一応考えるのが親切なのじやなかつたかと考える。それはどういうようにお考えですか。なすり合いでなしに、何とか解決しなければならぬ問題だ。こんな具体的な例を申し上げて恐縮ですが、はつきり申し上げなければいかぬから、申し上げておるわけであります。

田辺繁雄厚生事務官(引揚援護庁次長)

○田辺政府委員 八月一日現在までに満六十歳に達しておられた方であつて、片方の恩給法の方で扶助料の支給を受けることのできる余地のない場合におきましては、既得権を尊重いたしまして、擁護法でそのままこれを存置するという考え方をとつております。確かに二つの法律の間に御指摘のような矛盾があるのでございますが、これは何とか調整して行かなければならぬ点については、まつたく御同感でございます。ただいろいろ私の方でも検討したのでございますが、立法の体系としては、調整の面というよりは、やはり恩給法自体の中で——一定の時期を限つて、その場合は戸籍が同一でなければならぬ、それ以後は戸籍が同一でなくてもよろしいということも、おかしい点があるわけでございます。過去の制一度を復活すると申しましても、これは法律の体系は新しく権利を取得するという建前をとつておりますから、その辺のところは考慮されてしかるべきではないか。しかも同じ目的をもつて同じ対象に対して、二つの法律が適用になるということについては、原則としては立法体系としておかしいことでありますので、これは恩給法の中で解決すべき問題ではなかろうか、私はそう考えております。

高橋等自由党

○高橋(等)委員 その問題について恩給法では適用にならなかつたが、援護法では、恩給法でできなければ、六十歳になつたらその人々はもらえるはずですね。そうでしよう。そうすると、もうすでに援護法の権利は条件つき、期限つきというか、発生しておるのじやないかというふうに私は考える。そういう解釈を下してでもこれを救済なさる意思があるかないか。これは今非常な問題がある点です。はつきり腹をきめてもらいたい。既得権問題はどういうようにお考えですか。

田辺繁雄厚生事務官(引揚援護庁次長)

○田辺政府委員 やはり六十歳になつたときに権利を発生するという考えを一とつておりますので、現在の援護法ではそういう方に対しては遺族年金を支給することは、法律上はできないと考えております。

小島徹三改進党

○小島委員長 青柳一郎君。

青柳一郎自由党

○青柳委員 私はただ一点、ただいまの戦傷病者戦没者遺族等援護法の一部を改正する法律案について御質問したい。それは今最初の部分で問題になつておつた第三十四条の二項の但書であります。戦争に関する勤務に関連する負傷または疾病で、在職期間内またはその経過後、一年あるいは三年以内に当該負傷または疾病によつて死亡した場合には、五万円の弔慰金が出る、こういう規定であります。ここに在職期間経過後一年あるいは三年以内に死んだ場合に限るという規定がなされますと、こういう問題が起る。それは疾病、負傷を受けて病院に入つて、病院で一応症状が固定したものとして、そこで在職期間が尽きて民間に出る。ところが前に病院に入つたときと同じ病気で死んでしまつた。それが再発であるかどうかというような問題にからみまして、その死んだ時期が、病院を出てから一年または三年以内でないとこれはもらえないのではないか、こういうような疑問が起ると思うのですが、その点は政府ではどういうふうにお考えになつているかということを承りたい。

田辺繁雄厚生事務官(引揚援護庁次長)

○田辺政府委員 病院で一旦なおつて、そうして退院した後に一年以内に死亡された場合におきまして、もちろん死んだ病気にもよりますが、死亡の原因となつた病気がはたしてその在職期間内に受けた病気であるかどうかということを調べた上で処置しなければならぬと思います。これは非常に判定に困難な場合があろうと思いますが、時間がたてばたつほど判定が困難になつて参りますので、一応一年と限つたわけでございます。しかし一年と限つた場合においても、お話の通り、死亡の原因となつた疾病が在職期間内における勤務に関連する疾病であつたかどうかというむずかしい問題が起きます。しかしこれは一年間でございますので、調査をいたしますればある程度判定はできるものと思つておる次第であります。

青柳一郎自由党

○青柳委員 今の問題ですが、病院から出るときに症状が固定していた、それが病気が再発して死んだ、そういう者については、今までの法制では一応症状固定なり、なおつたのだからというので、何らの措置もとられておらなかつたのであります。ところが今同こういう規定になりますと、従前われわれがこの委員会で相当論議しておりました、これは再発であるか再発でないかという問題が、今までよりもよけいに起るはずであります。私どもの気持としては、医学的なことはよくわかりませんが、でき得るだけ同じ病気、同じけがであるならば、再発の措置をとつていただきたいのであります。どうも私の気持から申しますと、その点は、今までわれわれが知つておつたよりも何となく門があけたようた気がするのであります。そういうふうに考えられないかどうかという点を、もう一度伺いたいと思います。

田辺繁雄厚生事務官(引揚援護庁次長)

○田辺政府委員 一旦治癒ということで退院をされて、一年以内にその病気のためになくなつたという場合におきまして、もしその病気が同一のものであるという場合におきましては、これはその法律の建前上適用になると思います。同一であるかどうかということは、事実認定の問題だと思いますが、その辺は実際問題について、個々の実情に即するように考えて行くほかないのではないかと思つております。

青柳一郎自由党

○青柳委員 ただいまの問題はことに結核などについて起る問題だと思いますが、ただいまの御答弁のごとくであるならば、われわれの意図がここに少しく実現しておるというふうに私どもは感じて、はなはだうれしいことであると思います。それでよろしいのかどうかということを重ねて伺いたい。

田辺繁雄厚生事務官(引揚援護庁次長)

○田辺政府委員 再発というのは、違つた病気であるのか、昔の病気がそのままの形であつて実はなおつておらなかつたかということは、非常にむずかしい問題になると思いますが、しかし個々の認定にあたりましては、一年以内という期間を限つてございますので、社会常識に従つて善処したいと思います。

青柳一郎自由党

○青柳委員 非常にうれしいことなんですが、その辺の解釈はできるだけあたたかい心をもつてやることを切にお願いをいたしておきます。

小島徹三改進党

○小島委員長 山下春江君。

山下春江改進党

○山下(春)委員 ただいまの青柳委員の御質問は非常に大切なる質問であり、私どももそこをよく聞いていただきたいと思いました。次長の御答弁もたいへんあたたかみのある御答弁ですが、この通りに、一年以内に再発と認定される者の証明は、いかなる証明をもつてこれをお取上げになる御所存でございましようか。

田辺繁雄厚生事務官(引揚援護庁次長)

○田辺政府委員 現在も実はいわゆる在郷死亡と申しまして、除隊になつて帰つたあとでうちでなくなられた方の認定については、非常に苦労しておるのであります。これが一般の病院というような、資料の整つているところならいいのでありますが、自宅で療養しておられてなくなられたというような場合におきましては、非常に苦労しているわけであります。これはなくなられたときの疾病の名前は死亡診断書に一応書いてございますし、さようなときには法務局の方でわかるようになつております。そういうような手をできるだけ尽しまして、当時の事情を聞き、確かにその病気が在営期間中公務のために受けた病気であるということがはつきりしておりまして、それと同一の病気だと考えられた場合には、先ほど申しましたような一般のわれわれの裁定上の体勢ら得ました一つの考えでやつておるわけでありまして、その場合には、除隊から死亡するに至つた期間ということも相当考えなければならぬと思います。今度の場合一年ということに限りましたのは、実は服務に関連する疾病と認定できるかどうかということが日にちがたつに従つて困難になりますので、一年ということに限つたわけであります。従つて逆に考えれば、わからない場合はあまり厳格に解釈しないという気持が現われておるわけであります。しかし実際に当つてみますと、いろいろな困難なケースが出て来ると思いますが、善処したいと思つております。

山下春江改進党

○山下(春)委員 次長のお気持はよくわかるのですが、これはたいへんめんどうな問題で、しかも今、山積というと大げさですが、関係の厚生委員の方々のところには十人や十五人はこれら同じケースのものが出て来ておると思います。と申しますことは、今援護法があらゆる角度から非常によくなりましたが、終戦直後は病院の設備も非常に悪いし、狭くもあつたしということで、固定したと称してどんどん追出してしまつたが、実際問題としては固定しておらなかつた、それで帰ると間もなく——これをかりに一年間と限られたということは、これはやむを得なかつたと思います。三年も五年もたちましてはその判定が困難になるということも想像できますから、かりに一年は了承いたすといたしましても、三箇月なり四箇月なりでまたたく間に再発でなくなられたその親たちは、どの法律参をひつくり返してみてもひつかかつていないという嘆きは一通りではない。従つて今次長がここで御答弁されるそのあたたかい気持、それから次長個人の気持はわかるのですが、それでつつかからないようにきちんときめておかないと私どもは非常に困ると思いますので、その認定の方法として死亡診断書に明記はしてありますが、その他の方法として私個人で考えられますことが一つあるのです。これは今日では他の問題とも非常に抵触するのでありますが、遺家族などにボスだなんと非常に悪口を言われる団体もありますけれども、しかし戦後の援護法あるいは恩給法等の国家の救済の手のないときは、ともすれば困つておる家族たちは共産主義に走るような傾向のある者を、地方のほんとうに理解のある遺族会の幹部たちはなだめながら、そういう方面に走らないようにあらゆる個々のめんどうを見て参つた点も買つてあけなければならないと思うのでありますが、それらの人々が国家から手を差延べてもらえませんので、その人たちの死亡のときには、公務死と同じような待遇を地方でしてやらざるを得なかつた。あなたの方では病気で死んだからもうほつておけばよいのだといつて普通のお葬式にしておくことがたえられなかつたような実情が幾つもあつたのです。そのためにいろいろ死亡の原因あるいはその他の葬祭の方法についても、公務死の方と同じように扱つて差し上げておる例がたくさんあるのです。従つてこの遺族会の中の非常に善意の方々によつて、こういう不明瞭なものを認定する委員会のようなものを、七人ぐらいをもつて組織いたしまして、それはその地方におけるいろいろな判定の困難のものを個々について知つておる人たちに認定させる。それでその忠実なる認定は、援護局におきましても、あるいは恩給局におきまましても、これを採用するというような道を開く気はないかどうかということをちよつと伺つておきたいと思います。

田辺繁雄厚生事務官(引揚援護庁次長)

○田辺政府委員 現在擁護庁へ弔慰金、年金の申請が出ておりますのは、今は別に申請する資格を限定しておりませんので、悪く申しますれば、悪意のある者も全部申請しておるわけでございます。これを私どもの方で受付けて、公務に該当するものは裁定するし、公務に該当しないと認定したものは却下しておるわけでございます。困難なものは丁重に詳しく調べておるわけでございますが、それらを見ますと、在郷死の場合におきましても、死亡の原因がどうであるかということはわかつております。またその方が除隊になりますとき、または在隊中に受けた病気ということも、ある程度資料は整つておるようでございますので、そんなにむずかしくないのではないか、むずかしいケースもあるかと思いますが、大部分の人については裁定ができるのではないか。問題は現在公務死であるかどうかという点において問題があるわけでありまして、公務という点を除外して見ますれば、そうむずかしいケースは多くはないのではないかと一応考えております。これはすでに書類がたくさん出ておりますので、なおよく当つてみますると、困難なものと困難でないものと一応かわつて来ると思いますが、目下のところはむずかしいケースはそう大部分を占めるというぐあいにならないのではないか、かように考えております。またこれはこの前に私ぶつかつた例でございますが、除隊になりましてから二月目に死んでおられるということ、これは医者の診断書がついておりまして、その当時の状況を詳しく書いてあるのでございます。それを信頼しないとすれば別でございますが、それを信頼するといたしますれば、それからわれわれのような者が常識で判断いたしましても、これは当然に公務であり、しかも在隊中における疾病ということが常識的に判断されるものがあるのでありまして、これは極端な例かもしれませんが、そういう例があるのではないか。そういつたことで今までそう苦労もしておらないようでございますので、御心配のほど大量にあるとは考えられないのでございます。これはなおよく調べてみないといけませんが、現在のところではそういう実情でございます。

山下春江改進党

○山下(春)委員 この点は今の次長のお心構えそのままの気持で扱つていただけば、たいてい困難な点が少く、多くの人たちが救済されるであろうことを期待するものでありますが、役所に行きますと、どうも扱い方が少し冷たくなりますので、どうか今の心持そのままの気持でこの門をあけてやつていただきたい。長い間悲しんでいた母たちに非常に大きな福音だと思つて、この点を私たちも非常に喜んでおるものであります。  それから私十六国会から恩給が改訂される際にもやかましくお願いしておいたので、今度のこの援護法の改正にあたつて、そういうものが少し頭を出して来ればたいへんありがたいと思いましたが、相かわらず落ちております。それは援護庁の方でもまだ御調査が非常に困難な問題で、調査が十分でないという話でございますのでやむを得ませんが、いつも申し上げますが、船に乗りました者、これは軍人軍属の範疇でなかろうかと思います問題が未解決でございます。これは大東亜戦争、いわゆる十六年十二月八日の前、十二月一日、あるいはちよつとその前ごろに支那海域でたくさんの人がけがをしたり死んだりしております。それから終戦直後あるいは終戦のまぎわころ、このころにこの疑問を残しております。これも総体百名以内でございます。その問題がどこかに頭を出して来れば非常に好都合だと思いましたが、これは人数が少いために声が小さいのでございます。そのためにどうも当局の方でもこれに手をつけることが遅れておりますが、実は声が細いということと傷が小さいということとは違いまして、非常に苦しんでおります。この問題をどうにかしなければなりませんが、どうにかするといつても、ここでどうにもしようがないので、役所の方の考えを私はよく聞いておきたいと思います。あれだけ何回も何回もお願いしておるのですが、まだ援護局の方ではそのことに対する実態がつかめていらつしやらないかどうか。と申しますのは、この前も申しましたように、南方などで外国の船を拿捕して、そうしてその船に乗せた日本の船員、これは船舶運営会に登録してあつた船員か、あるいは船そのものが船舶運営会に登録されれば、それに乗つた船員ならばC船員と認められるはずの船員、どちらに該当するかということは研究しないとわからないと思いますが、それらの船員がまつたく軍事行動をとつて戦死しておる者が九十七名あるはずでございます。それが一切の処遇を受けておりません。それからその前の大東亜戦争直前の支那海域で戦没あるいは負傷いたしました者は約千四、五百名あると記憶いたしております。これらのものもそのままになつております。それらのものに対する御調査がどの程度進んでおりましようか、お聞かせ願いたいと思います。

田辺繁雄厚生事務官(引揚援護庁次長)

○田辺政府委員 最初に御指摘になりました問題は、ただいま述べられました通り現在調査をいたしております。前段の問題は、実は援護法の原則に触れる問題でございます。援護法の対象をどの程度までするかということは、これは非常にむずかしい問題でございまして、いろいろ議論があつたわけでありますが、結局昔の軍人恩給を復活するという考え方で行つたわけであります。それに加えまして戦争中内地の有給の雇用人に対しては国家補償の道を開いた、しかるにその際当然なすべくしてなさなかつた戦地における雇用人については何もしなかつた、これは間に合わなかつたのであります。これは軍において検討しておるうちに終戦になつたという関係で、企画立案をしておつた事実があるのでございます。しこうしてその場合におきましては、大東亜戦争以降の軍属に適用する、こういうことになつております。従いましてこの援護法では非常に厳格に相なつておりまして、過去においての軍人恩給及び過去において当然なすべきであつたと考えられておつたものを復活する、こういつた考え方で来ておるのであります。従つて御指摘のように支那事変中に戦死された雇用人等に対しまして援護の手を差延べるということは、われわれの方で考えていないわけではございませんが、その問題は、現存援護法の対象から漏れております、いわゆる学徒であるとか、あるいは徴用工であるとか、そういつた一般の問題とも関連があるのでありまして、これをどう扱うかという問題いかんによりましては、範囲が非常に広がつて行く、今のところでは、過去における軍人恩給その他の当時の社会通念において処遇せられ、また国家としても処遇するという制度のあつたものを復活するという線で、必要を感じてやつておるわけであります。この点は現在の援護法の考え方から行きますと、なかなかむずかしい問題であるとは思つております。なお研究はいたしまするが、そういう実情でございますので御了承願いたいと思います。

山下春江改進党

○山下(春)委員 それに関連してお尋ねして、おしまいにいたしますが、援護の範囲かどうかということになつて範囲が広がるとおつしやいますが、明日援護庁の閉庁式があるなんていうことでありますが、こういうことが自体間違つておるのであつて、援護をこれから社会保障の線にだんだん移行して、これを統一しなければ、こういう不統一のままに置いておくということは非常に不幸を残すということになると思います。援護の問題は非常に幅が広くなつてよろしいのであつて、これは私のなわばりではない、これは私のところは扱わぬということではいけないのであつて、これらの問題はことごとく援護庁で扱わなければならない問題であります。恩給局というところは実に話のわからないところでありまして、先ほど高橋委員の御指摘になりました旧民法下における問題の矛盾というのは、これも数限りなくあります。どう話をしてみても、どう談判をしてみても恩給局では解決できない。ああいう考え方を持つてこの問題に臨むことは、これから先私どものどうしても納得の行かない線が幾つも幾つも残つおるのでありますから、恩給の場合に対してもいろいろ考えられる今日でございますから、援護庁は援護局にして幅を狭める、なわばりの範囲内でやるというお考えではいけないのであつて、今の学徒の問題もそれから徴用工の問題も、これから先の問題がこの際残されてはいけないのでありまして、そういうことのすべてを総合しておやりになるべき役所でありますので、なわばり以外だなんていうことをお考えになることは根本的な間違いであることを指摘いたしまして、今後この法案に漏れました一般の徴用工あるいは学徒、その他これらの支那事変中に犠牲を受けました民間船員、いわゆる軍属——あるいは軍属までも行かなかつたかもしれないが、それらの仕事に従事いたしました着たちの全部が救済されるような方法に、もう一回改正されることを希望して、あるいは改正するという御確約をいただきつつ私の質問を終りたいと思つております。

田辺繁雄厚生事務官(引揚援護庁次長)

○田辺政府委員 お気持はよくわかりましたが、国家財政の関係もございますので、なお研究いたしたいと思います。

中野四郎改進党

○中野委員 ちよつと関連して伺いたいのですが、今度のこの法律案は、戦傷病者に対する援護の対象を拡大するということが一つのねらいでもあるのです。それで不具廃疾の程度及び状態というふうに改正をして来られたのですが、そこでこういうケースをひとつ伺いたいと思います。これは珍しいケースでもありますから一例をあげた方がよいと思いますが、愛知県の幡豆郡の吉田町というところに神谷冨士夫という人がおります。これは戦争中軍人としてりつぱにその役責を果して来た人なんです。ところがこの人が帰還後、戦争中の恐怖によつて精神異常を来しております。つまりこういうのは何というのですか、精神分裂症とでもいうのですか、平素はちやんとしておるのですけれども、一日のうちに三度か五度発作を起して、小料理屋さんなんですが、たとえて言えば、おさしみを二十人前とか三十人前とか切るときは命ぜられた通りに切るのですが、何かひよいつとシヨツクを受けると、そのまま自転車に飛び乗つて、十五日でも二十日でもわけもわからずにぐるぐるまわつて、そのたんびに所轄警察から親のところへ呼出しが来て、もう近来は目が放せないのでついて歩いておるというような状態にあるのです。ところが何らこれに対するところの国家的な補償といいまするか、めんどうが見られておらない。その原因は何かと言えば、はたして戦争中のそのためにそういう精神異常を来したかどうかという点に疑点があるというのです。しかしその人の家族には精神異常者というものは系統的にないのです。いわんや実際上において、戦争に行く前はそういう症状はなかつた。しかしサイパン島でしたかどこかで、非常に熾烈なる戦争で恐怖症になつたわけです。何かひよつとしたシヨツクでおびえるとそういう症状が現われて来るのですが、私はこれは当然戦争によつて受けた一つの疾病だと思うのですけれども、これに対するところの態度が明らかになつていないのであります。こういうのは、どういう扱いをされるつもりでおられるのか、あるいは当然この今度改正をされる不具廃疾の程度及び状態という点に私は関連して考えるべきものだと思うのです。現在厚生省の方でもこれに対しては何ら処置をとつておいでにならない。まず第一に、こういう状態のものをどういうふうに扱つて行かれるかという点を田辺さんに伺いたいと思います。実例でありますから、係りの方で御存じの方があるかもしれませんが……。

田辺繁雄厚生事務官(引揚援護庁次長)

○田辺政府委員 詳しい点は、実際に事例を調べた上でなお研究させていただきたいと思いますが、考え方といたしましては、精神病が必ずしも公務でないとは言えません。また実際問題といたしまして、精神病を公務として扱つた事例もございます。ただ今度この援護法を一部拡張した結果、それが対象になるかどうかという御質問であつたように思いますが、それは現在の状態がはたして六項症以上であるか、あるいは六項症以下であるかということでありまして、その原因が公務ならば、それは援護法の対象になり得る方ではないかと思います。特にこの方は軍人でございますので、援護法の問題というよりも、むしろ恩給法の増加恩給及び傷病年金の方の問題ではないかと思いますが、いずれにしても考え方は同じでございまして、公務のためそういつた病気になつたということでございますならば、そのなつた時期が在隊中であろうと、あるいは除隊後にそれが原因となつて出たものであろうと、それは必ずしも要件ではないと思つております。一般的に精神病が全部公務にならないというわけでもございませんので、その方の勤務せられた当時の状況、あるいは戦況、あるいは勤務時間、そういうものを総合的に考慮いたしまして、これに該当するかどうかを今後判定して参りたいと思つております。

中野四郎改進党

○中野委員 その件ですが、これは除隊後一年ないし一年半を経過した後にそういうような状態が出たというので、最初は軽微であつた、そういう症状もきわめてまれでありました。ところがだんだんそれが深刻になつて来て、近来は、先ほど申し上げたような状態なんです。こういうものをやはり公務として扱うことは必要だと私は思うのです。これは本来は恩給法上の問題でもありますから、ここで伺うのはどうかと思うのですけれども、一面においてはその発病の時期が非常におそいから、従つて公務上病気になつたとは考えられない、あるいはその判定に苦しむということが今日取扱い上の重大なポイントになつておると思うのです。こういうものについてはどういう処置をすることが一番適当であるか、この機会に御説明願つておきたいと思うのであります。  それから立つたついでですから、もう一つ伺いたいのは、先ほど青柳さんの御質問の過程にあつたのですが、やはり第二項ですが、この法律の目的は太平洋戦争開始の日以後に死亡した軍人等の遺族に対して弔慰金を支給する等の必要があるという御意見でありまして先日私は軍人、準軍人並びに軍属にまで及ぼすことが必要だと思うということを事前に明らかに申し上げておきました。この法律案の中には軍属が除外されておる、先日概略は伺いましたが、こうして法案が現実に提案された限りにおきましては、いかなる理由によつて軍属のみをばこの弔慰金の対象から除外しなければならぬかという点を、さらに明確にしていただきたいと思うのであります。それから、その節お願いしておきました軍属の数です。すなわち除外される軍属の数はあなたの方にあるというお話でしたから、これはどのくらいの数になるかということをこの機会に発表願いたいと思います。この二つを伺いたい。

田辺繁雄厚生事務官(引揚援護庁次長)

○田辺政府委員 第一点の取扱いの問題でございますが、これは御本人から申請がありますと、私の方で調査をいたしまして、いろいろの書類をつけまして恩給局に送つて、恩給局で最後の判断を願うことになつておるわけであります。この方がもし増加恩給受給該当者であれば、従来までにそういう書類を出すことができますし、もし増加恩給の程度まで至らない方であれば、今年の四月から実施されます傷病年金と申しますか、そういう制度によつて手続をするわけでございますが、出て来ましたときに医者の診断であるとか、あるいは当時の状況を書きましたものをいただきましてそれを恩給局に私の方から申達いたしましてそうして恩給局の方でこれが公務であるかどうかということを御判定になり、また現在の症状がどの程度の状態であるかということを御認定になつて増加恩給なり傷病年金を支給する、こういう段取りになるわけであります。  それから、今度の公務にあらずとして却下されます戦没者の遺族に対する弔慰金の支給範囲を軍人に限つた理由でございます。これはこの前も申し上げたのでございますが、軍人は昔の旧憲法におきましても、権利義務が非常に制限せられておりまして陸海軍の法令または紀律に抵触しない場合に限つてのみ一般国民の権利義務を持つておつた、こういう建前でございまして、国家との間におきましては、特別な勤務内容を持つ方々であつた、つまり常住座臥その行動を厳重な紀律によつて極度に制限されておつたという特殊性があると思います。また兵役の義務によつて強制的にそういつた特殊の勤務関係を持つべく、任務関係を設定された方々でございますので、一般雇用人のごとく、そういつた厳重な制限もなく、またその関係に入るのもおおむね御自分の意思によつて入つた方とは格段の相違があるのではなかろうか、またそういう厳重な紀律のもとにあるということが、やがてまたそういつた病気との関係においても関係が大きいということも推察できるのではないか、こういう考え方から、実は今度の法に際しては軍人に限つたのでございます。  またもう一つは、過去の制度におきまして、下士官兵の場合におきましては、公務外の死亡の場合におきましても、転免賜金という一時金が支給されておつたのでありますが、これは転免賜金に関する勅令がございまして、これによつて下士官兵に限定して、非公務の場合にも一時金が支給されておつたのでございます。今日これを復活するという考えからいたしましても、下士官兵だけに限定することはどうも実情に沿わない。たとえば学生が兵役の義務を果すために現役に入ります場合に、終戦直後あたりは、みんな学校から特別志願をいたしまして、予備学生あるいはその他学生となつて、見習い士官となつて行つた例も非常に多いのであります。これは召集または現役兵の入営と何らかわつたところはないのでありまして、下士官兵にだけ限定するということも実情に即しないし、またわれわれ裁定をいたしております実際の状況を見ますと、戦地においてビルマ作戦に最初から参加し、非常な武勲を立て功績を立てまして、最後に捕虜となつて公務とは考えられない病気によつてなくなつておられる、こういう将校の方もおられますので、下士官兵にだけ限定して昔の制度を復活するということよりは、やはり今日の事態においては軍人全部に対してこういつた非公務の弔慰金を支給するのが至当であろう、こう考えたわけであります。従いまして、われわれの考えとしましては、軍人という身分及びその身分に基く勤務の特殊性及び過去における転免賜金等が支給されておつた実績ということを考えまして、軍人に限定したわけでございます。  それから、軍属で非公務のために死んだ方、これは内地と戦地と両方あると思います。内地の方ははつきりいたしません。戦地は、私どもの方の現在の推察では五百ないし六、七百というところではないかと思います。

中野四郎改進党

○中野委員 従来は、軍人援護会というものがあつてこういう軍属なんかに対しても、あるいは法律で定められざる者に対しても、援護の方途が講ぜられておつたのです。大体十五億くらいの予算があつたのですが、マツカーサー指令によつて解散を命ぜられ、その金もどこへ行つてしまつたかよくわからぬようであります。しかし今度これだけの拡大をはかられたことは、たいへん好もしいことではあると思うのだが、私は、さらに一歩前進してその数がきわめて少数のようでありますから、国家民族のために召集されて、そのことによつて死亡されたとかいう方に対しては、軍属であろうと軍人であろうと、従来の古い型にとらわれずに、これも広い意味において援護をするという意味から、弔慰金を支給することが妥当だと思うのでありますが、そういうふうに考え直していただきたいと思う一人であります。  そこでもう一点だけ伺つておきたいのは、臨時看護婦というのがありますね。この臨看がかりに召集を受けて船に乗り組みます、これは軍属ですね。陸軍の委嘱を受けていわゆる陸軍病院に所属して船に乗る、そしてたまたま患者を輸送中に伝染をしてなくなられた、こういう場合においては当然公務としての取扱いを受けて適当なる恩給法なりあるいは援護法なりの何らかの対象となると私は考えるのでありますが、現在私の方からあなたの方に申請をしております一名に、これが公務としての取扱いを受けない、いまだ裁定審査中だという状況下にあるのですが、一体あなたの方では、臨時看護婦であろうと臨看学校の生徒であろうと、何であろうと、公務と認める意思があるかどうか、もしそれが認定が非常に困難だというなら、今度のこの弔慰金の対象になるのかどうか、この点を伺いたいと思います。

田辺繁雄厚生事務官(引揚援護庁次長)

○田辺政府委員 臨時看護婦でございましても、それが有給軍属であり、戦地勤務である場合においては、援護法による対象になるわけであります。従つて、その方が戦地における公務遂行上戦時、災害によつてなくなつた場合においては、当然援護法による年金と弔慰金が支給されるわけであります。問題は、それ、がいわゆる公務——もつとも軍属の場合には、明文上は戦時災害という言葉を使つておりますが、しかし、戦時災害と申しましても、戦時及び戦地におけるいろいろの災害でございますので、疾病等も広汎にとつております。従つていわゆる公務に該当するかどうかということが問題でございますが、それは個々のケースについての実情をよく調べまして、たとえば、すでに申請になつておるというお話でございますので、よく調べまして、早く結論をつけるようにいたしたいと思います。  それから、そういう方が公務でないということになつた場合においては、先ほど申し上げました通り、今度の弔慰金の支給の対象にはならないことになるわけであります。

中野四郎改進党

○中野委員 こういう例は多々あると思うのです。というのは、このケースは戦争の末期にはもう一々正式の手続をふんでいない。船がいよいよ出帆する、そのときに看護婦の数が足りない、臨時看護婦学校の生徒をばとにかく相当数これに乗船せしめ、そういう輸送をしておる間に感染する、感染したことによつてなくなる、病院に入つておつてなくなるというようなものが、今度のこの軍属の対象から消えてしまうというようなことになれば、私は今度この拡大される意義というものは抹殺されて行くおそれがあると思うのです。というのは、あなたは先ほど軍属を除外した例をそこに述べておられるが、それと今度はややケースが違うと思う。こういうような軍属は当然この弔慰金の支出の対象とすることが正しいと思うのですが、それをしも除外するのはどういうわけですか。先ほど軍人一並びに準軍人というものに対しての支給の方途についてはお聞きした。軍属を除外する理由は伺つた。これらは明らかに戦争に従事したことによつて感染をし、そのことによつて発病し死んだのでありますが、その認定が非常に困難で、もしこれが公務でないと認定された場合には、一体この人は何のために死んだかという結論が生れて来る。こういう軍属を何がゆえに除外しなければならないか。一律に軍属を除外するという方法が私らには納得が行き得ない。この点の説明を求めておきたいと思うのです。

田辺繁雄厚生事務官(引揚援護庁次長)

○田辺政府委員 どうもお話を伺いますと、その方は一応雇用人の身分を持つておつたのではないかと考えるのでございますが、この点は実際問題でございますので、それを調べてはつきりさせなければ、御説明はできないわけでありますが、船に乗つている間に伝染病にかかつた、その伝染病も、船ももちろん入れまして、戦地伝染病による場合になりますから、われわれの方では相当広範囲に公務にとつているのでございます。どういう伝染病でおなくなりになりましたかよく調べまして、公務遂行上そういう伝染病にかかつたということでございますれば、公務の範囲に入るのではないかと考えられるのであります。ただもしそれが公務との関係においてと認めがたいということになりますと、今度の援護法の対象から除外されるわけでございます。それを除くのはどういう理由かというお話でございますが、これは個々の例の中にはそういう区別がしにくいものはあるかもしれませんが、一般的に観察いたしまして、軍属の勤務及び勤務の態様というものは、軍人とは違つておつたものがある。しかも個々のケースについてもし広範囲に広めますと、大部分のものにつきましては、他の戦争犠牲者との関係において、雇用人、軍属だけを特にせられるということが困難ではないか、こういつた考え方で行つたわけでございます。具体的に御指摘になつた例につきましては、よく実情を調べまして、できるだけ早くその結論を出して行きたいと思いますが、今お話を伺つたところによりますと、伝染病と申しますのは、おそらく急性伝染病と思いますが、輸送船に乗つている間に、おそらくその場所も戦地であろうと思いますが、(「内地の病院だ」と呼ぶ者あり)内地の病院だと言つても、かかつた場所は戦地なり船の中だろうと思いますので、その場合には、その場所は伝染病につきましては特別の取扱いをいたしておりますので、どういうわけで保留になつておるかよく調査をしてみたいと思います。

中野四郎改進党

○中野委員 例をあげただけなのです。従つて一人で、あつてもこういうものに漏れてはならぬと思う。軍属のケースというものは多岐にわたつておるのです。あなたの御説明の軍属というのは了承いたしますが、そういう一時賜金の恩恵を受けた者に対しては一応了といたします。しかしケースは非常に多岐にわたつておる。その実例を申し上げたのです。今申し上げた臨看学校の看護婦でそういう状態下にあつて審査中ではありまする、が、もし今度公務となれば申分ないのです。しかし非公務となつてその援護の対象とならない、それから弔慰金ももらえないということになると——これは現にこういう人が一人あるということになれば、この法律の大きな欠陥の一つと言わざるを得ない。だから軍属のケースといつても、必ずしもあなたの御説明のような一様のケースではないと私は思うのです。他の委員の諸君もおそらくいろいろな事件、事案について御存じだと思うのですけれども、非常に複雑多岐にわたつておるのだから、除外する一つの例として先ほどあなたが御説明になつたような軍属ばかりあるならよろしいが、しからざる限りにおける軍属に対してはどういう処置をとるつもりなのか。片方は公務のいわゆる援護も受けず、恩給ももらえず、あなたの方の弔慰金ももらえず、一時賜金はもとよより恩恵に浴さず、一体これは何のために死んだのか意味をなさない。こういう人が一人でも国家に現存するということになれば、この法律を制定する上における欠陥であると言わざるを得ない。従つて法律案が提出されている場合においては、こういう個々の問題でも一つ一つの事実をば取上げて、そうして軍属というもののケースが多岐にわたつておれば、軍属の中でもこういう範囲の人は除外をするけれども、他のこういう範囲の人たちはこの中に含むというような考え方をもつて法律案が提案されることが、政治の妥当なる処置であると私は思うのであります。今の事例については今後の審査過程にある問題ですから、いろいろと御勘案を願わなければならぬでしようけれども、ただ問題はこの二項の中にある軍属を除外した中には、こういう例があるのであるから、さらにあなたの方で考え直して、そういう軍属に対しては何らかこの支給の対象にするというような考えを持つておられるかどうか、この点だけを確認しておきたいと思う。

田辺繁雄厚生事務官(引揚援護庁次長)

○田辺政府委員 よく研究してみたいと思います。

小島徹三改進党

○小島委員長 両法案に対する爾余の質疑は次会に譲ります。     —————————————

小島徹三改進党

○小島委員長 次に国立病院、国立療養所の定員問題に関して発言を求められておりますのでこれを許します。長谷川保君。——簡単に。

長谷川保日本社会党(左)

○長谷川(保)委員 委員長から簡単にというお話がございますので、かいつまんで要点を伺いたいのであります。  御承知のように、ただいま内閣委員会におきしまして、行政機関職員定員法の一部を改正する法律案が審議せられております。この中に厚生省関係の国立病院、国立療養所の職員の問題も入つております。国立病院、国立療養所の現状を見てみますると、まずたとえば国立療養所のごとき、昭和二十七年には千五百床増床されておりますが、全然職員がふえておりません。昭和二十八年におきましては、一部国立病院の国立療養所に対する転換によつてその部分だけがふえております。また二十九年の今回の予算におきましては、国立療養所のふえまするものが、新設が千床、三派の共同提案で復活しております。そのほかに四百五十床、こういうものがふえるようでございます。定員法の改訂が二十六年になされ、それ以後かように二十七年、二十八年、二十九年と収容ベツドがふえておる。にもかかわらず定員はふえておらぬ。さらにまた国立病院等におきましても完全看護あるいは完全給食、また新たに完全寝具というようなことが行われまして、仕事の実際の量はふえておるのであります。あるいはまた医療法におきましても、治療の技術が進みまして、結核等の場合でもむしろ純然たる外科病院的なものになりつつあるような次第であります。非常に外科手術がふえておる。こういうことによりまして、今までと違いまして、よほど医療職員、医師や看護婦の定員がふえなければならぬ。また事務職員の関係におきましても、結核予防法等の関係におきまして、あの煩雑な事務をやらせるので、ずいぶん職員の牧がふえなければやれないのであります。しかるにただいま申しましたようなわけで、現状におきましても、医師、看護婦だけでも二千名くらいの職員の定員の不足を実際には来しておる。もし医療法を確実に実施するということになりますれば、国立病院、国立療養所が一番先に医療法違反になるという現状、このときにどうしても職員定員を減らす、大体二%、一千名を減らすという案のようでありますが、こういうことをされましたのでは、これは国立病院あるいは国立療養所の職員の過労のもととなつて、そのしわ寄せは結局患者のところに来る。すでに私ども現場をあちこち歩いて見ますと、そういう点が非常に見えて来ておる。こういうことは断じてしてはならないと思いますが、厚生当局の御意向を承りたい。

曽田長宗厚生技官(医務局長)

○曽田政府委員 国立病院及び療養所におきまして職員の数が足りませんので、非常に業務が過重になつておる。これは私どもも非常に心配しておる点でございまして、今も御指摘がございましたように、療養所の診療内容もかわつて来ておるということに応じて、定員をいろいろ改めて行かなければならぬということは、私どもも考え、いろいろ努力もいたしておるわけでございます。しかしながらただいま御指摘がありました点につきましては、いろいろ私どもの方もできるだけのことは手を尽しておるわけでございます。今もお触れになつたのでありますが、たとえば、国立の療養所というものにつきましては、御承知のように、国立病院が療養所に転換されたというような際に、今日までの国立病院及び療養所の定員の病床に対する割合というようなものを見ますと、療養所の方がずつと少くなつておるわけでありますけれども、その分の減員ということをいたさずに、従来の国立病院の持つておりました、従つて療養所に転換されれば冗員になります分は、他の手不足の療養所にまわすというような方法をとつて参つております。もちろん私どもはそれでも追いつかないというふうに考えております。さような処置も講じて来ておるような状況でありまして、ここに述べられおります療養所というのは、癩とか精神というものも含むのか含まないのかはつきりいたしませんが、全部含めて参りますれば、特殊なそういうような施設におきまして、はつきりと定員の増加というようなことも形に多少現われて、少くとも明年度の予算というものまで含めてお考え願いますと、それは幾分入つておるわけであります。しかし私どももここにおきまして、特にいわゆる雑仕婦というようなものが足りないために、看護婦の定員を非常に食つておるというような事情については、まことに遺憾に考えておるのでありまして、また国の財政が許しますならば、この面においては将来増員をお願いしなければならぬというふうに考えておるわけであります、そこで今回ここに千人近い者を整理するということはけしからぬではないかというようなお話であります。私どもこの点につきましても、国立病院、療養所の特殊性にかんがみまして、できるだけ人員の整理というようなことから除外していただくように、いろいろ努力もいたしたのであります。そうしてその趣旨はある程度くんでいただいたのであります。すなわちほかの機関に比べますれば、その整理率というものは非常に低いのであります。しかしこれを全然ノー・タツチで行くということは許されませんので、最低限はこの整理をお引受けするということになつたわけであります。しかしそれにいたしましても、病院職員の中でも特に医師、看護婦というようなものについては、これも御指摘の通り、最も手不足を感じておるものでございますが、この明年度の整理の中には医師と看護婦の整理、減員は全然見込んでおりません。他の事務職員の整理だけであります。もちろん他の事務職員と申しましても、この整理に相当無理はあると思うのでございますが、今日の状況といたしましては、国立病院についても、ある程度の減員に応じまして、そのほかのいろいろな施設とか、あるいは器具機械類、あるいは病院組織というようなものに改良を加えまして、そうしてこの定員減というようなことを何とか切り抜けて参りたいと考えております。なお明年度に増床を予定されております一千病床というものに対する人員の配慮がないではないかという御質問に対しましては、これは御承知のように、国会の修正によりまして千床入つたのでありまして、私どもも千床増設していただきますならば、これに応ずる運営費及び人件費というようなものは、ぜひ必要と考えておるわけであります。しかし建物だけでも明年度つくつていただきますことは、私どもとしても、また国民としても非常にありがたいことでございますので、これは私ども非常に感謝しておる次第であります。この足りない部分の、このいただきました施設は、大体組んでおります予算のできるだけの合理的活用というものをはかりまして、無理のない程度にこれをできるだけ動かして参りたいと考えておりますが、どうしてもこれは無理がございます。これは次年度においてその部分は組んでいただきたい。また私たちそのように努力いたすつもりでございます。

長谷川保日本社会党(左)

○長谷川(保)委員 三派の方々の早々の間に出されました予算の修正でありましたから、人員あるいは療養所の経営費、予算等についてそれが不行届きの点があつたということは了承できるのでありますけれども、しかしいずれにしても、現状において医師、看護婦で医療法を施行しますならば、この国立結核療養所、結核病院等で約二千名足らぬというのが私どもの持つている資料であります。事務職員の程度でも、先ほど申し上げましたように、非常に事務屋がふえておる。行政整理によつて人員を減らすということは、私ども必ずしも反対ではありません。それはむだな仕事をしておるようなところについては整理すべきであつて、いよいよ仕事をしなければならぬのに定員が足らぬというようなところ、たとえば国立療養所にいたしましても、さつき申しましたように、昔と結核の治療が違い、内容が違つて来ておる。今はむしろ外科が主になつて来ておる。そういう傾向でありますから、療養所などは看護婦なら看護婦の定員が少くてよいというときと内容が違つて来ております。でありますから、国の機関が医療法を守らぬ、厚生省の管轄の医療法を守らぬということでは困るのであります。これではどこが一体法律を守るのかわからなくなつてしまうのでありまして私はこういうときに新しく千床あるいは四百五十床が自然にふえて行くという二十九年度の情勢を見て、これが余つてむだなところなら人員整理をすることは当然でありますけれども、こういう足らないところで人員整理をすることは絶対に了承すべきでない、増員をしなければならぬ。実際におきまして第一線のこの病院療養所等に参りますと、患者は決して満足しておりません。非常に看護の手がなくて不満である、やむを得ず付添いをつけざるを得ないということになつて実際完全看護と言いながら、やはりそういうことでやつておるというのが現状であります。そういうことでは困るのでありまして、そのしわ寄せが患者自身に行つてしまうということでは困る。何としてもこれは減員をされては困る。すでに聞くところによりますと、大蔵委員会の関係でも、減員をすべきではないということで、決議をもつて内閣委員会の方に、行政整理による定員の減員に対しまして反対の申入れをしておるわけであります。私どもも現状を見まして、やはりこれはそうすべきだと思うので、この際委員長にお願いしたいのでありますが、時間がありませんからこまかいことは申し上げませんでしたが、厚生省の方でもそういう現状では困るということは認めておるわけでありますが、どうもやむを得ずということで行革の方に押されておるようでありますから、この際われわれの方でも全国の国立病院、国立療養所の患者たちを守るという立場からいたしまして、また厚生省管轄の医療機関なりが医療法を実際に行い得るようにしたい。現在厚生省自体が医療法の違反をしては困るのでありまして、この際この定員を減ずることについては反対をするという当委員会の決議をし、そうしてこれを内閣委員会の方に申入れをしていただきたいと思います。

小島徹三改進党

○小島委員長 長谷川委員に申し上げます。次会において理事会及び委員会にお諮りいたしまして、しかるべく取扱いをいたします。  本日はこれにて散会いたします。次会は公報をもつて通知いたします。    午後一時三分散会

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