公職選挙法改正に関する調査特別委員会 第10号
- 発言数
- 88 件
- 登壇者
- 16 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1954/04/28
会議録
○森委員長 これより会議を開きます。 前回の委員会で、政治資金規正法の一部を改正する法律案及び公職選挙法の一部を改正する法律案の両法案について参考人より御意見を伺うことになつておりますので、これより参考人として学識者の蝋山政道君、戒能通孝君、公明選挙連盟から前田多門君、選挙管理委員会よりは佐野保房君、日本弁護士会連合会より三上英雄君、主婦連合会より春野鶴子君、労働組合から総評の小室三夫朗君、総同盟の丸山隆一君ら各位より御意見を伺うことにいたします。なお、報道関係より朝日新聞の関口泰君の御出席を予定いたしておつたのでありますが、関口君よりやむを得ぬ先約のため出席いたしかねる旨の通知がありましたので、御了承をお願いいたします。理事会において出席を依頼することにした経団連からは、適任者がない旨の申入れがありましたので、これもあわせて報告いたします。なお、参考人の方々が八名になりますので、時間の関係上午前四人、午後四人ということにし、委員の質問は参考人の意見の開陳が済んだ後にまとめてお願いいたしたいと思います。なお、蝋山先生はお急ぎの御用がおありの由ですので、先生に対しては質疑があれば先にお願いします。 各参考人の方々に申し上げますが、ことさらに時間の制限をいたすつもりはありませんが、なるべくならば時間の関係上お一人十五分ないし二十分程度にまとめていただきたいと存じます。それではお願いします。参考人蝋山政道君。
○蝋山参考人 最初に、政治資金規正法の一部を改正する法律案について私の考えておるところを申し上げたいと思います。 この法律の趣旨が特に選挙に関する資金についてのみ規定しておるのであるか、あるいはもつと広く一般に政党等の資金について規定しておるのであるか、いささか明瞭を欠いておると思うのでありますが、この改正案の趣旨といたすところは、おそらく、単に選挙に関してのみならず、一般の場合を含んでおるのではないかと思うのであります。その点で私の意見はこの規正法自体の解釈から出発するのであります。規正法というものは選挙法の特別法のような関係に立つのではないかと思うものであります。但し、この法律は、沿革的に考えますと、いわゆる政党法というものが考えられておつたのが、それができ上らないで、こうした規正法になつたということもありますので、ひとり選挙に関する資金のみではないという解釈も成り立つのではないか。また規正法自体の第一条に「この法律は、政党、協会その他の団体等の政治活動の公明を図り、選挙の公正を確保し、以て民主政治の健全な発達に寄与することを目的とする。」とありますので、これは広義にも解釈できると思うのであります。 そこで、この改正案は広い意味から提案されたものと思うのであります。しかし私は、この点につきましてこの提案の趣旨に賛成でありますので、その趣旨を全うするためには政治資金規正法の考え方を少し狭く解釈しまして、選挙に関する場合に限定した方がいいのではないかというふうに考えるのであります。そういたしますと、政治資金規正法というものが選挙法の特別法の関係に立つものだというふうな私の意見に近くなるのであります。そういう観点から申しますと、この改正案は一般の場合をさしているので少しく広きに失しはしないか、こういうふうに考えるのであります。それならば、政治資金の規正の方法といたしまして寄付を制限する、あるいは禁止すりという方法はこの改正案で足りるかと申しますと、もし選挙に関してなされる寄付でありますならば、もつとこれを広くすべきものであつて、この提案にありますようにいろいろの法人の場合が規定されておりますが、私はむしろすべての法人というふうになすべきではないかと思います。つまり、この資金規正法の趣旨は、選挙というものを通じまして、そこにおいてなされるところの資金はすべての法人でなければならないので、ひとりこうした政府と特別の関係のあるような法人のみに限定する根拠はないと思う。もしこれだけの改正をいたすものといたしますならば、一切の法人とすべきものではないかというふうに考えるのであります。但し、この改正案の趣旨は、選挙ばかりではない、一般の場合にも適用するという意味におきまして、広い意味の政治資金であるから、その法人の種類を限定するというふうになつているのではなかろうかと思うのでありますが、私は、政治資金規正法の趣旨はやはり選挙ということを中心にしてやるべきものだ、そういうふうに考えられるので、こうした広い意味における政治資金を政治資金規正法の中で考えるということは、必ずしも違法とは思いませんし、法の趣旨に反するとも思いませんけれども、この効果を全うせしむるためには、選挙に関し従来はそうなつておりますから、そういうふうにして、またその法人の種類を一切の法人に及ぼすべきものではないか、これは米国の法律も大体そうなつておりますので、そういうふうにしたらどうかというふうに考えております。 なお、ついででございますが、こうした資金の規正に関しましては、なおほかにたくさんの規正の方法がございますので、現行の資金規正法及び選挙法はその点において非常な欠陥を持つておるのでありますから、なお、こういう機会に、その資金の規正特に寄付の制限につきましては、もつと詳細に規定すべきものではなかろうかというふうに考えております。さらにまた、寄付の制限でなく、たとえばその寄付のあるいは支出の公開性につきましても、なおたくさんのいわゆる抜け道ができております。また支出額の制限につきましても、これをもつと励行する方法があると思います。また支出の種類につきまして、その正当な支出であるか不当な支出であるかにつきましての規定が、もつと明確になされるべきではなかろうかというふうに考えますので、この資金に関しては、もつと詳細な厳密な規定をなされることを希望するのであります。 政治資金規正法の改正案につきましての私の意見はそうでありますが、公職選挙法の一部を改正する法律案、いわゆる連座制に関するところの問題につきましては大体賛成でありまして、ぜひこうした法案の採用されますことを希望するのでありますが、ただ、ここで一言いたしたいと思いますことは、これも沿革から来ておることと思うのでありますが、どうもこの連座制というものを実施するために多少の障害になつておると思われますのは、いわゆる候補者の当選効果に及ぼす問題であるだけに、その候補者と代理関係にあるところのいわゆる総括主宰者であるとか、あるいは出納責任者であるとか、そういうものがつまり一人でなくていろいろあるというところに欠陥があると思いますので、私は出納責任者一本にしてほしいと思うのであります。出納責任者の地位をもつと重からしめまして、いわゆる総括主宰者といつたようなものを認めないようにして、あらゆる支出が一切一本に出る、要するに信任関係というか、代理関係にある者は一人だけしかない、候補者自身の支出ももつともつと制限いたしまして、あらゆる選挙に関するところの資金は一人の手から出る、こういうふうにするように選挙運動の組織そのものをもつと合理化する必要がないか、この連座制そのものは趣旨としてはもちろん異存はないところでありまして、おそらく輿論も全部これに賛成しておるのではないか、しかるに議員諸公がいろいろこれについて反響されたりあるいは実情についていろいろ考えておられるゆえんは、選挙運動の方式において当選効果に及ぼすようなこの処置をとられるということについて危惧の念があるというのは、選挙運動の形式に少し複雑なものがある実情から来ておるのではないか、そういたしますならばこの連座制を強化する、いわゆる但書を削除するという趣旨を全うすると同時に、その候補者と信任関係にあるところの者をたつた一人にする、——これは英国の例でありますが、一人のエージェントしかないというふうにしなければならないのではなかろうか、そういうふうに選挙運動の形式を整理して整備して行くという方面の改正を同時にされる必要がなかろうかと考えております。それはもちろん事実上の問題であつて、法律の趣旨からいえばすでにそうなつておるとも言えるのでありましようが、なかなかそういう事実上のエージェントになるような者がたくさん発生するのが今日の実情でありますので、そういうふうな行動から当選者が当選を失うというようなことになつてはたいへんだという心配が、これに対する反対ではなかろうかと思うのであります。それならば、その方を整備して行くという方の改正も必要ではなかろうかというふうに思うのであります。この改正案自身、いわゆる連座制強化ということについてはもう絶対に賛成であります。 以上私の意見を申し述べた次第であります。
○森委員長 蝋山先生は先ほど申しましたように、お時間が非常にございませんので、本来ならば参考人が全部済みましてから皆様の御質疑をお願いするのでありますが、蝋山先生に対しましてはこの際御質疑があれば許します。——大村清一君。
○大村委員 きわめて簡単にお尋ねを申し上げたいと思います。連座制をとるにつきましては、ただいまエージェントは一人に集中せよという御意見でございます。私はそうであろうと思います。さらにお尋ねいたしたいと思いますことは、連座制を行うにつきましては、私はどうしても小選挙区でなければうまく行かない。今日のようなわが国の中選挙区ないし大選挙区におきましては、一人の候補者が運動する上につきましても、とうてい全区域に力が及ばないということがありますので、それらの事情が反映いたしまして、複数のエージエントになる傾向があるのであります。そこで選挙区を一人一区の小選挙区に切りかえるということが、私は連座制を施行する上におきましての絶対要件であるというふうに考えるのであります。イギリスの制度も一人一区の小選挙区であります。まだ連座制は行つておりませんけれども、アメリカあたりが近ごろ選挙が大分粛正されて来ております点も、これも一人一区の小選挙区が基本になつておるように思うのであります。この点につきまして先生の御見解を承りたいのであります。
○蝋山参考人 私は年来小選挙区の主張者でありますので、当然小選挙区がとられることを希望するものであります。その連座制と小選挙区とは必ずしも論理的に連関があるとは考えられないのであります。また、小選挙区にすれば、その選挙区の範囲、区域が狭いということから、今私の申しあげましたような趣旨をよりよく徹底するごとにはなるだろうと思いますが、それが絶対の条件であるとは思いません。同時に、連座制の効果というものは、金がかからなくなるということが問題なのでありまして、イギリスの例で申しますと、一八八三年にこの連座制が強化されましたときと、それから次第に急激に選挙費用が少くなりましてずつとその後一九〇六年まで二回、三回の選挙がありましたが、ほとんど半減しております。そういつたような選挙費用の軽減ということに効果があるのでありまして、必ずしも選挙区の問題ではないと思います。と申しますのは、選挙区は同じであつたわけです。ただ、日本の場合のようにやや広い中選挙区をとつております場合よりも、小選挙区の方がよりよく効果を発揮することができるだろうということは言えるだろうと思います。
○島上委員 第一にお伺いしたい点は、選挙に関してなら、もつと範囲を広くして、すべての法人にという御意見でございましたが、どなたかの説でございましたが、選挙に関して選挙権のないものが寄付をするということはおかしい、妥当でないというような御意見を雑誌で見まして私はこれを傾聴すべきだと思いましたが、そういうような意味で、すべての法人に範囲を拡大すべきである、こういうような理由でございましようか。それとも他にもつと理由がおありでしたら、それをお聞かせ願いたいと思います。
○蝋山参考人 私の趣旨は、選挙権というものは個人が持つておるものであります。従つて寄付をするということ自身は悪いことではないと私は思います。正当な寄付でありますならよろしい。そして、それは個人が出すべきものであるということを大原則に考えております。ところが、法人というものが出すということは、それはいろいろの動機がありまして、特に政治的な動機を持つておる場合が多いと思います。そうして法人が出しますと、個人の意思を越えたものになるおそれが多いのであります。往々にしてそれは、法人自身といたしましては一極の背任関係を生ずるようなおそれすら多いと思う。そういう意味から、私は、法人というものはこの際選挙の公正を期するためには出すべきものではない、出すならば、たとえば会社の重役にしても個人として出すべきではないかというふうに考えるのであります。
○島上委員 連座制の問題でございますが、ただいま先生は、出納責任者一本にして、すべての選挙に関する支出は出納責任者ただ一人、従つて連座も出納責任者一人のみという御意見のように承りましたが、遠い先に行つてからはどうか知りませんが、現在の現に行われておる選挙を見ますと、これは選挙法その他の欠陥から来ているのかもしれませんが、選挙に関する支出は、出納責任者があつても、出納責任者以外からも現実に出されておる。たとえばここで名前をさすのは控えておきますけれども、現に選挙法違反で問われている者の中で、妻が多額の支出をしたり、むすこが多額の支出をしたりということで問われている例が実に多数ある。私どもは、そういうような現状から見まして、出納責任者一人だけに限定しても、抜け道がどんどんあつて、真の効果が上らぬのではないか。この市川先生の改正案は、出納責任者と総括主宰者、この前の本委員会においても総括主宰者と出納責任者、こういうふうに範囲を広げようということでは意見が一致しておりましたので、私は、むしろ、現状から見て、妻やむすこが選挙に支出をした場合にも連座するというふうにすべきものではないか。これの反対意見は、そうすると、反対候補者側のスパイが意識的に入つて来て、当選を無効ならしめる、そういう謀略が行われる心配がある、こういうことです。もちろん無制限に広げますと、こういう心配があることは事実ですが、しかし妻やむすこに反対側からそういう謀略があるということはとうてい考えられない。現に妻やむすこが支出をして違反に囲われている事例がたくさんあると思う。こういう悲しむべき現状から見まして、その点からむしろ範囲を広げるべきではないかとさえ考えているわけですが、そういう点に対する御意見を伺いたいと思います。
○蝋山参考人 私が選挙に関しというふうに限定したいという趣旨は二つあるのでございまして、一つは時の問題であります。選挙というのは必ずしも選挙運動が行われる期間というわけではございません。これは、イギリスの判例でもありますように、総選挙が近いという場合に、総選挙がまだ行われない以前におきましても、すでに今日、日本の場合で言えば、いわゆる事前運動をも包括する意味でございます。それは時の問題については私は広く解しております。それから、いま一つ代理関係にある者の範囲の問題を一本にせよと申しましたのは、いやしくも候補者以外の者としては一本にすべきではなかろうかという趣旨であります。ところで、今御指摘のような妻であるとかむすこであるとかいうものは、候補者自身と私は解釈したいのであります。それは候補者にとつて他人ではないのでありますから、これは裁判の場合において当然考慮すべきものかと思うのでありまして、候補者とそれ以外の者としては一本にしたい、そういうふうな趣旨でございます。今妻や子供が候補者以外の第三者であるように解釈されるとすれば、それはむしろ趣旨としては法の解釈を狭きに失しているのではないかというふうに考えるのであります。そういうふうにして、本人の候補者自身の責任ももつと広くいたし、候補者以外の者としてその者が候補者の当選に効果を及ぼすような場合は、できるだけ一本にして行く方がいいのではないか、こういう趣旨でございます。
○島上委員 それは妻やむすこの場合は候補者自身と同じように解すべきであると考える。ところが現行法はそう解釈していない。そういたしますと、その点はやはり法律の上ではつきりと、現行法をそういうふうに拡大解釈をするのではなくて、現行法では現に解釈しておりませんから、その妻やむすこの場合、候補者自身と同じように解釈するといたしますと、現行法をそのまま解釈を拡大するのではなくて、現行法にそういう何らかの改正を加える方がはつきしりしてよろしいのではないか、こう考えますが、この点いかがでありますか。
○蝋山参考人 その点は、私は現行法の解釈並びに判例等について詳細な知識を持つておりませんけれども、もし法律の改正を要するとすれば、やはり法の改正をすべきものではないか。問題は当選ということの効果がどうかという問題でありますので、それは普通の個人々々の関係の問題ではなくて、候補者というものにおける信任関係の範囲の問題であります。そういう趣旨から、特別のそういう候補者に及ぼすところの範囲の拡大も、もし法の改正を必要とするとすれば、つまり裁判の方の解釈ではなくて、どうしても解釈ではできないので、法の改正を必要とするとすれば改正すべきものではないか。しかし、選挙法というものの趣旨、特に連座という制度の趣旨を考えれば、現行法でそのように解釈できるものと一応私は考えているのでありますが、その辺は詳細に研究しておりませんし、専門的知識も欠けておりますので、はつきりしたお答えはできません。
○鍛冶委員 蝋山先生に根本論として承りたいのは、今おつしやつたように、選挙に関して法人からもらうことはいかぬ、こういう法定をしようとおつしやる、そのねらいの法益は一体どこにあるのでありましようか。どういうことを法益としてさような法律を定めなければならぬというお考えか。その点をお伺いしたい。
○蝋山参考人 御承知のように、今日の法人というものは、株主総会とかその他いろいろの法定の機関というものがだんだん無力になつて参つております。そして大体経営者というものが中心になつて動くのが法人というものの動き方ではないかと思います。そういうようなものが政治資金を出すということになりますと、法人というものが、正しい、何といいますか、法人の建前に反するおそれが非常に多くなるおそれがあると思います。そういう点から見ましても、また国家と法人との関係が、次第にいろいろの点において、ここの趣旨にもすでに上つておりますように、補助金やいろいろな関係もできて参りまして、政治と法人との関係は非常に密接になつて参ります。そういうような点から考えまして、法人というものが、選挙に際しまして、その自己の利益のために資金を出すおそれが非常に多くなると思うのであります。法人というものの現代の社会における地位の重要性、その政治的圧力の重要性を考えまして、これを制限するにあらざれば政治の公正を期することはできないのではないか。すなわち、この政治資金規正法第一条の趣旨のようにいたしまして、やはり政治活動の公開ができ、そうして公明さが確保されて、選挙が公正になされて行くことにおいて民主主義というものが健全に確保されるのではないか。もし法益ということに対して明確にこれが法益というならば、一番大きな法益は民主主義を確保することではなかろうか、こういうふうに思うのであります。ただそれが、特に法人というものの現代社会におけるところの圧力の重要性に関連して、特に法人というふうに私は広く解釈して、特定政治関係があるもののみに限定すべき必要はないというふうに考えるのであります。
○鍛冶委員 法律的の議論をしておつてもしようがありませんが、どうも先生の御議論を聞いておると、法人の収支を明確にするということの御趣旨のように承ります。民主主義の確立ということになれば、これは一般がそうなので、われわれは、この法律をつくることにおいてこういうことを求めるのだということを聞くのです。そこでどうも、先生のお言葉を聞いておると、法人というものがだんだんルーズになつたから、その収支を明確にすることが目的だ、こういうことになりますと、これは選挙法の問題でないように伺うのですが、大分議論になりますから何ですが、私はちよつと納得が行かないのです。 それから連座制の問題でありまするが、これもどうも法律的に言うとたいへん問題になりまするので、なるほど、先生のおつしやるように、むすこが出したり妻が出したりする、これはもう同一人に取扱つてもいいのだ、そういう考え方はよろしいのでございますが、法律論としてはさようなことは成り立たぬと思います。いわんや刑罰ですから、認識なきところに刑罰責任のあろう道理がございません。実際はあるのかもしれませんが、認識ありという立証のできない限りは、それは罰することはできないのであります。それを罰しようとするならば特別の法律がなくちやいかぬ。そこで結局そういう法律をつくるということになると、連座制を広くするということになる。今あなたのおつしやるように、出納責任者と連座にする、こういうのと同じように、妻の出した場合も連座にするのだ、せがれの出した場合も連座にするのだ、こういう考え方でないと出て来ないと思いますが、そこまでのお考えの上での御議論でしようか。それとも、妻やむすこは同一人格だから罰すべきものだ、こういう御議論なのか、その点を承りたい。
○蝋山参考人 私は、当選の効果に及ぶという連座の意味は、単なる刑罰とは考えていないのであります。つまり、妻であろうと、子供であろうと、その人の選挙に関する犯罪を犯したのは、それが刑罰の対象になることは言うまでもありませんが、その効果を連座的に候補者の当選にまで及ぼすということは、完全なる刑事法上の刑罰とは考えていないので、選挙法上の罰と考えております。だから、妻や子供が個々に選挙犯罪を構成した場合に、当選の効果にまで及ぼすということは、立法措置を必要とするならば立法すべきではないか。しかしそれは裁判所の裁判の問題で法の解釈としてできるのではないかという考えでありますが、しかしこの議論は派生的な議論で、島上さんの御意見から出て来たので、私は、必ずしも、妻なり子供の関係と、候補者たる夫なり親との関係をそう積極的に考えてもいないのであります。
○三輪委員 蝋山さんに一点伺いたいと思います。今島上君から妻や子供というようなことでお話が出ましたのですが、私は、総括主宰者という問題は、これはやはり事実問題ではないかと思うので、出納責任者一本にまとめるというような責任の所在を明らかにするということは、私はそれはそれでけつこうだと思いますけれども、しかし候補者を中心とする選挙運動の集団の犯罪、その不正によつて当選を獲得したという場合は、今お話がありましたように、ほんとうの意味の刑罰という意味ではなくて、その当選を無効にしよう、こういう制裁を加えて行こうということであると、どうしても、総括主宰者と申しますか、とにかく実際に買収選挙の中心になつてやつた者をつかまえて、その責任と当選者の責任とを結びつけて、そうして当選を無効にする、こういうふうにしなければ、御存じのように選挙の場合は選挙事務長には申し分のない人を立てる。その人は買収をいたしません。ところが、わきの方から買収をする、それがかなり候補者からその方に金が行つたりしておる、それでもそれはのがれる、こういうところに問題があるので、現実の選挙において、買収なんかを候補者を中心としてやつているものを押えようとすると、どうしても総括主宰者という広いものを認めて行かなければならぬのではないかと思うのでありますが、先ほどお話の中の出納責任者、あるいは候補者の妻や子供とかいうような関係だけでは律し切れないものがあると思うのでありますが、その点はいかがでしようか。
○蝋山参考人 総括主宰者とか、隠れたる主宰者とかいうようなものが実際上発生することは、私は認めておるのであります。従つて、連座制を効果あらしめるためには、そのような総括主宰者の場合をも認めようというのは、私はよくわかるのであります。と同時に、そういうふうに総括主宰者はその責任権限も法律上明らかになつていない。出納責任者のみはつきりと選挙法上に資格要件なりあるいはその責任権限の問題が明確になつておる。総括主宰者というのは何であるか明確にとらえられていないものに対しましてこういうような関係を結びつけますと、そこにまた連座制という第一の問題に対する抜け道をつくるということになるおそれがある。その意味で、この際連座制を実施したいから、そういうふうに限定したらどうかと私は考えておるのであります。もし今の実情をそのまま法が採用いたしまして両方とも連座制が強化できるならば、それに越したことはないのですが、ただそういう総括責任者というものがこういうふうにはつきりしていない、その者の行動が候補者の当選に影響を及ぼすような制度であるがゆえに、できるだけこれはその責任の関係をはつきりと一本にして、あとは解釈上で行つたらどうか、こういうふうなことを問題にしておるのであります。今の英国の場合におきましても、エージェントがだれであるかということはなかむずかしい問題で、判例の上でもずいぶん苦心しておるのでありますが、制度としてはやはり一本になつておると私は解釈しておる。日本もそういうふうにしたらどうか。そういうふうにして、今の二本建で連座制が強化できるということは、今日の実情を基礎にした議論であつてけつこうな議論ですが、それがゆえになかなか反対論があるのじやないかろうか、こういうふうに考える。そういう意味では、一本にするということを明らかにして、あとは、総括主宰者であろうと何であろうと、今度の出納責任者との関係において解釈上やつて行つたらいいじやないか、こういうふうに考えておるわけであります。今の提案のような事例がそのまま採用されても私はけつこうだと思うのですが、これに対する反対論がありますので、その反対論を予想いたしまして、そういうふうに一体にして行つたならばいいのじやなかろうか、こういうふうに考えております。
○三輪委員 私どもといたしましては、選挙運動の団体と申しますか、候補者を中心とする選挙集団に相当たくさんの買収、違反というものが起つた場合においても、やはり連座制をそこまで拡充いたしまして、候補者の当選を無効にする、ここまで持つて行かなければ、私はほんとうに腐敗選挙を除くことはできないと思うのであります。先ほどのあなたの御説から申しますと、それも不可能ではない、また趣旨においては御賛成であろうと思うのです。そういうことまで考えますと、今の制度として出納責任者一体に持つて行くということは望ましいことである、こうなりましても、現実の腐敗を除くということが一番重大なことでありますから、それを考えれば、そこまで譲歩しないで、やはりここは広く総括主宰者というものを認めてそれを連座制の中に入れて行くということにしなければ、実際の腐敗を除くことができないということになると思うが、もう一度その点お伺いしたい。
○蝋山参考人 もちろん実際問題としてはそうだろうと私は思います。またそのような形で採用されることを私は希望いたします。しかしそういう場合に実際反対論があるのじやないか。その反対論に対して理論的に対立して行くのには——今事実上の総括主宰者というものが出ることについてのいろいろの反対論が予想できますので、これに対しては、純理論でもつて行けば、出納責任者一本にして、それに対して連座制を認めることに反対する何らの理由もごうまつもないと私は考えます。そこを一本に追究して行つたらどうかというのが私の趣旨なのであります。もし、さらに今日の実情を考慮して、もつと広く連座関係を認めなければいけないという趣旨にお認めになるなら、それはけつこうなことであります。私はそれは少しも反対しない。それはむしろ多々ますます弁ずるという意味において賛成なのでありますが、あらゆる連座制に対する反対を考慮いたしまして、どの反対論に対しましても出納責任者一本にする、この連座制に反対する理由はごうもないというような趣旨から、この点を強調したわけであります。
○森委員長 それでは一応蝋山さんに対する御質疑はこれで終りました。蝋山先生、どうも御苦労さまでございました。 次は前田多門氏より御意見の御開陳を願います。
○前田参考人 ごく簡単に意見を申し上げてみたいと思います。 政治資金規正法一部改正につきましては、大体私はこの原案のようなものが実現せられればけつこうであろうと思います。今日政治界に暗い影を投げておりますいろいろの問題の中でも、政党に対する献金の問題が大きな幅を占めておるように思うのであります。御承知の通り、現行法におきましてはただ一つの制限がございまして、国と請負その他特別の利益を伴う契約の当事者は献金ができないけれども、その他の場合は無制限にできるということのために、その法の欠陥をくぐりまして、国から一般的にいろいろな利益を受け、あるいは受ける可能性の非常に多いような団体が、その国の意思を構成いたしますところの国会議員及びその根拠になつておりまする政党という面に向いまして献金をいたしまする場合には、それが認められるということになりましてそのために会社等が献金をいたしますることは、今日ではほとんど常識的に一種の投資になつておる。何か献金をすることによつてはねつ返りが来るだろう、こういう予想のもとになされるというようなことが多く、はなはだしきに至りましては、政見を同じくする、その政策を支持するために献金するというならば、政治的に是認すべき根拠があるのでございますけれども、一つの会社が、保守政党から革新政党に至るまで、まんべんなく献金をするということは、これはどうしても投資としか見られないわけでありますので、そういう穴をふさぎまして政界を浄化いたしまするには、この御提出になりましたような法案が実現されますれば、相当目的を達するのではないかと思いますので、私はこの法案に賛成いたす次第でございます。 なお、それに関連して私ひとつ希望を申し上げたいと思いますことは、なるべくこの選挙、政治運動等に対しまする献金は、今日は大口の寄付金でなければ事実上まかなえないわけでありますが、最も望ましいことは、政党が発達をして、党費でまかなつて、よそから金を補助されないでもやつて行けるということが必要であつて、選挙の場合もそうであると思います。以前選挙粛正運動のございましたときに、故人でございますが、私の友人の田沢義鋪君がその粛正運動をいたしましたときに、こういうことをやつたのでございます。投票をする人が候補者に金を贈る運動、今の法定選挙費用の計算上からいたします単位、その時分はたしか一人三十銭でございましたが、投票をいたしまするとともにその二十銭を自分の意中の候補者に送りまして、私はあなたに投票しました、同時にあなたに費用を差上げます、こういうことをやろうじやないかという運動を起されたのでございますが、私はそういう運動に共鳴をいたしたわけでございます。しかしながら、聞くところによりますと、さようなことをただいまやりますると、政治資金規正法に触れる場合が相当多い。いろいろ各論的、末梢的な規定に触れまして、一例を申しましても、たとえばそれを匿名でいたした場合には、むろん匿名寄付でできないというようなことにもなりますし、報告その他の点におきましていろいろむずかしい点がありまして、そういう清い運動を展開しようとする者も、法に触れるために遠慮をしておるというような実情でございますが、なるべくそういう零細な金——それが積り積つてどれだけの力になりますか、なかなか疑問があるでございましようが、精神的に見ましてそういう気持がだんだん実現されることは望ましいことでありますので、御研究くださいまして、そういうことがあまり法に触れないように、むしろ積極的にそういうものを奨励するような規定を御案出願つたらどうかというように私は考えるのでございます。 それから第二の、いわゆる連座制の規定でございますが、これは私は双手をあげて賛成をいたすわけでございます。私の関係いたしております公明選挙連盟におきましては、昨年の夏以来、学識経験者その他の方々——一々名前は申しませんけれども、法曹界のお方、選挙の行政事務についての御経験のあるお方、ここにおいでになります蝋山さんもそのお一人でございますが、学者のお方、評論家、実業家、そういう方々の中から十二名の委員のお方にお願いをいたしまして、この連座制の問題につきまして御研究を願つたのでございます。数箇月間かかつてあらゆる方面から御検討くださいました結果、その答申をお出しになつておるのでございます。この答申は多分お手元の方などにも送つたかと思いますが、世間にもこれを頒布いたしておるのであります。その委員会の答申とこの法案とは大体において一致いたしておるわけでございますが、ただここにございませんのは、こういうことが加わつております。つまり選挙運動を総括主宰した者の犯罪についての候補者の連帯責任、連座制ということに対して、今日それを骨抜きいたしております但書の免責規定を削除するということはこの通りでございます。それからさらにその関係を持つ者の中に出納責任者を加えて、出納責任者のいたした犯罪行為があつた場合においては、やはり候補者の当選を無効にする、連帯責任を負わせることとなります点においては、この法案と同じでありますが、さらに加えましてこういうことがその答申にあるのであります。著しく多数の選挙人または選挙運動者が悪質の犯罪をいたしまして刑に処せられました場合に、その違反行為が当選人の当選に重大な影響を及ぼしたものと認められるときは当選人の当選を無効とする、こういうことまでひとつやろうということが加わつております。これにつきましては、委員中にも相当の議論がありまして、実際の場合におきまして、著しく多数の選挙人または選挙運動者という、その著しく多数というものの限界がどうであろうか、あるいは違反行為が当選人の当選に重大な影響を及ぼす、その重大な影響とは何であろうかということで、これは相当あいまいな点も起つて来るというのでいろいろな議論がありましたが、結局、ひとつ選挙を粛正するという意味において、こういうことまで実現をお願いしたいものだということで答申ができたわけであります。そこで、ただいま私が考えますのは、この公明選挙連盟において委託いたしましたこの特別委員会の答申が全部実現せられることが希望でありますけれども、しかしながら、まず第一歩といたしまして、この第二の点につきましてはまだ相当御研究になるべき点も多いかと思いますので、せめてここに出ておりますところの、現在ございます連座制がただ但書免責規定のために骨抜きになつておりますのを除去していただいて、そうして正しくこの規定の趣旨が実現せられるようにひとつやつていただく。このことが一つできるだけでも、選挙界の空気が非常に明朗になることだと思いますので、この点につきましてはもう相当世間の輿論も固まつておるように思いますので、ぜひともこれをひとつお取上げくださつて、一日も早く実現せられますように希望してやまない次第でございます。
○森委員長 それでは戒能さん。
○戒能参考人 第一の政治資金規正法について申し上げます。 私としてもこの改正は賛成でございますが、もう一歩進んで、むしろ選挙に関する法人の寄付全体を禁止するという方向まで進めていただきたいと思うのであります。とかく法人の寄付というような問題は、やはり昔から腐敗とくつついたものであります。 アメリカにおきまして法人の寄付の問題が特に問題になりましたのは、一八九六年の大統領選挙に関しまして、マツキンレー大統領候補の参謀長でありましたマーク・ハンナという者が、非常に組織的に各会社から選挙資金を集めまして、その選挙資金を用いて大統領選挙運動を行いまして、遂にマッキンレーを当選させたのであります。ところが、その後に出て参りましたのは、寄付会社がみな国にたかりまして、ものすごく腐敗現象が起つて来たことであります。ここに至りまして、法人の寄付に対する反省がアメリカでも強く起つて来たのであります。それ以前におきましてももちろん法人の寄付がなかつたわけではございませんが、マッキンレー当時におきましてそれが非常にはげしくなつて来たと言われておるわけであります。その結果といたしまして、遂に一九〇七年法人寄付の取締り法規がつくられまして、それによりますと、中央銀行、連邦並びに連邦法規によつてつくられた特殊法人は、一切の選挙に対して寄付してはならないということになりました。そうしてそのほかの法人は、連邦の大統領、副大統領並びに国会議員の選挙に関しては寄付してはならないという法規になつて来たわけであります。さらに、これは一九四〇年のハッチ法の改正によりましてもう少し範囲を広げられまして、大体今度の改正案に出て来る程度の、法人が一切の選挙に対して寄付してはいけないということになつたのであります。その後に至りまして、アメリカでも資本家側の労働者に対する反撃が出て参りまして、その反撃の結果といたしまして、一九四三年のスミス・コナリー法というものによりまして、労働組合も一般団体と同じような取扱いを受けるというようなことになりました。そうしてさらに一九四七年のタフト・ハートレー法によりますと、一切の団体は選挙に関して寄付もしくは支出をなすことはできないということにしたのであります。支出を禁止したわけであります。それによりまして、労働組合というものが実際活動することはずいぶん困難となつたのでありますが、しかし、同時にそれと対応いたしまして、選挙に関連して営利会社が寄付をすること並びに選挙運動を間接に行うことも禁止されるに至つたわけであります。もちろん、アメリカの経験によりましても、政治献金の禁止法というふうなものは、実際におきましては非常に多くの点で裏くぐりをされております。必ずしも文字通りに実施されたわけではございません。また予定通りの成果を上げたわけではございませんが、しかしともかくある程度まで団体の寄付というものは禁止されているわけでございます。そして団体寄付を禁止した基礎は、経験的に申しますると、マツキンレー大統領以来の腐敗現象と結びついている。もう一つ理論的に申しますると、団体、法人というものは国政に対して直接の関係を持つものでないということ、国政がよくなるかどうか、いかにしたら自分が幸福になれるかという問題に対して関心を持ち得るのは、これは個人であつて、法人ではない。それで、法人の事業というものは、どんなふうに国政が動いても、その事業が重要であれば保全されることは事実であります。これはアメリカの本に書いてあるわけではございませんけれども、たとえば、資本主義国家におきまして硫安事業がありますが、しかし同時に社会主義の国家におきましても硫安事業は出ております。それからまた自動車製造業は、資本主義の国家でも認められておりますが、同時に社会主義の国家でも認められております。つまり企業自体が社会に対して有用なものであれば、企業としては、自分の企業の繁栄を、自分の企業と同種企業の繁栄をはかるために必ずしも寄付する必要はないのだ、政治に対して関心を持つ必要はないのだということ、つまり、何と申しますか、法人としては自分の企業というものの立場を考えますると、それに対して寄付をするということ、企業の繁栄を求めるために寄付をするということは、遠く全般的に見れば一種の汚職なんだという立場からこの問題が取扱われているように思うのであります。 この意味から申しますと、政治資金規正法というものは、これはアメリカにもございますが、この日本にできました政治資金規正法は、これは大体一九〇七年のやつを基礎としているように思いますけれども、しかし他面また少し違う点もございます。たとえば個人が政治資金を献金したような場合には一々届出させられるようなことは、これはアメリカにはございませんし、またこれは私としてはむしろなくてもいいのじやないか、特にこれは届け出ろということになりますと、個人の秘密投票権の侵害になるおそれがございますので、これはむしろ削除してもいいのじやないか、しかしながら団体が政治資金を献金する、政治献金を行うということになりますと、この行為は何と申しましてもただちに政治的腐敗に結びつく現象でございますので、この点はできるだけ厳格に禁止していただきたいものであると思うのであります。その第一歩の意味におきまして、この改正提案というものに大いに賛成したいと思うのであります。 第二の法案でありますところの選挙法改正案というものは、これはやはり、先ほどからお話がございました通り、最低限度の要求として実現していただきたいと感ずるわけでございます。実際問題になりますと、いろいろ問題があり得るわけでありますし、それを条文的にどういうふうに把握して行くかということはかなり困難であろうと思います。しかもこれはその中で一番下の方で把握しておる、一番簡単に、できるだけ問題の起らないように把握しておると思うのでありまして、先ほど島上委員のおつしやつたような意味で、親子、それから夫婦というような間が取扱いにくいという事実も出て来るわけであります。しかしこれは、法律論として見ますと当面やむを得ないのではないか、少くともこの範囲においては連座制を認めていただくことをお願いしたいと思うのであります。
○森委員長 佐野君。
○佐野参考人 私は、法案の趣旨には賛成いたします。但し、この政治資金規正法の成立の沿革あるいはまた性格からいたしまして、個々の内容についてはにわかに賛同しがたい箇所もございます。また成文化の問題につきましてはさらに配慮を要すべき点もあろう、かように存ずるのであります。すなわち、この第二十二条の二について言いまするならば、寄付を制限せられておるものの範囲があまりに広きに失するのではないか、こういうふうに思うのであります。その意味において、多少性格の相違はございまするが、本条の第一項中の第一号と第四号は除外してよろしいのではないか。ことに補助金、奨励金あるいは助成金、負担金等を国家が交付しておる会社、これはいずれも国家の存立なりあるいは繁栄上国策としてやつておるのでありますから、これらの会社法人のなすところの寄付を禁止するという絶対の理由は純粋には認めがたいのであります。 次に、本条の第一項中の二号につきましても、これには直接、間接ということになつておりまするが、もしも間接の場合をも制限するということになりますと、これもまた行き過ぎではないかと思う。おそらく、これまで行きますのならば、将来この法の解釈運営上幾多の問題を惹起するおそれが当然予想されます。従つてこれもはずした方がよいと思うのでありますが、しいてこの間接という言葉を残すならば、この点についてはもつと用意周到な配慮が必要であろう、こう思うのであります。 その次に、本条各号の場合につきましても——これは残された部分について言うわけなんですが、この場合におきましても、私は一定額を限度として寄付を許してよいのではないかと思うのであります。これは、理論的にもまた実際の面から見ましても、いわゆる大口献金というものはひもつきでありまして、これが問題を起しておるのにすぎないのでありますから、小口を残しても別に弊害を惹起するおそれはない。ことに私は、寄付というものの将来に対して一つの指向を与えるというような考え方のもとに、まず本条において、ある限度を画して寄付を認めるというような事柄を取入れておつた方がよいのではないか、こういうふうに思うのであります。 これを要するに、私はこの法案のうちで賛意を表さない部分は、いわばこれはあつものに懲りてなますを吹くというような感じがあるのでありまして、現代のわが国における民主政治なりあるいは政党政治の発達の過程から見まするならば、これは適当ではない、こう思慮するのであります。また本条がかりにそのまま成立する、こういうようなことになりますると、あまりにも寄付権の圧縮ということを極端なる制限を加えるということによりまして、必ずこれらの裏を行くところの寄付行為というものが現われて来るということは、これは経験上明らかでありますから、むしろこの政治資金規正法のねらいとする政治資金の透明をはかろうとする本法本来の趣旨にそむくところの逆効果をもたらすのではないか、そういうおそれが少くともある、こう思うのであります。 それから、二十六条には、これは全面的に賛意を表しますが、その実効を期します上に、私は、その制裁規定の中に、さらに一としては、これらに違背して受けた寄付による利益は没収または相当額を徴収する、こういうことを入れたいのであります。それからその二としては、これらの違背者に対しては、被選挙権を停止して政治面から追放するというような措置を講じてもらいたい、その二つの趣旨をひとつ加えていただきたい、こう思うのであります。 最後に、私は、この政治資金規正法の威力なり効果を十分に発揮するためには、収支についての審査機関というようなものを設置してもらいたい。さらに、報告書の公開を徹底いたしますために、これを公表する方途なりあるいは裏づけの予算措置について立法的措置を要望いたします。 次に、公職選挙法の一部を改正する法律案でございまするが、この法案は、私ども選挙管理委員会なりあるいはその連合会が選挙公明化の核心をなすものの一つとして多年要望して参つた、いわゆる連座制の強化に関するものでありまして、今その内容を分類してみますると、その第一は、連座制の条文から免責規定を削除しておることであります。第二は、出納責任者の買収犯罪というものを当選無効原因に加えておることであります。第三は、出納責任者の義務違反あるいは買収犯によるところの当選無効というものが、訴訟手続によらずして、当選無効として扱われるということであります。第四は、公民権停止の強化。第五は、刑量に制限を加えておる。この五つにわかれる、こう思うのでありますが、私はこれに対して全面的に賛意を表するものであります。 もとよりこの各項目に対しましてはそれぞれ賛否両論がございましよう。またそれらの理由は大方すでに論じ尽されておりますので、私はことさらに全般にわたつては賛成の理由を申し上げる必要はないと思いまするが、第三の項目につきまして、すなわち出納責任者の義務違反または買収犯による当選無効は訴訟手続によらずして当然当選無効となる、このことにつきましては、連座制の完璧を期するという上から、その考え方が従来よりは散歩前進しておると思います。そこでまたこれに関連して私も若干その希望を持つておりまするので、この点について一応見解を申し上げてみたいと存ずるのであります。 すなわち、第三の項目は、二百十二条を削除いたしまする結果、出納責任者が二百四十七条の規定やあるいは二百五十一条の二項によつて処罰されました場合は、当該当選人の選挙は当然無効になるのでありまして、別に訴訟手続を要しないことになつておるのであります。そのために、その連座制の実効を期する上において、これはあらゆるむだが排除されるわけでありますので、もとより躊躇なく賛成するものでありますが、この場合にただちに関連的に想起されますることは、しからば費用超過による当選無効の二百十条あるいはまた総括主宰者の選挙犯罪による当選無効の二百十一条、この問題を一体どうするかという問題が起つて来るのであります。そこで論理を一貫いたしまするならば、当然に、この二つの場合におきましても、訴訟を提起せずして当選無効と同一に扱うべきところの理論構成が正当に成り立つて来ると思うのでありますから、将来はよろしく、費用超過の場合にも、ある種の罰則を設けるとか、あるいはまた総括主宰者を定義づけるとか、あるいはこれにタッチするというような規定等を設けまして、二百十条、二百十一条も二百十二条と同様に削除して行くことがより選挙の公明化を期するゆえんだ、かように存ずるのであります。 なお、いわゆる連座制の適切なる整備強化が一に選挙の浄化、公明化を期する以上は、私はさらに、次の二点につきまして、あわせてこの委員会においてこの改正に御努力を願いたいと思うのであります。それは、常時啓発費に関する第六条なりあるいは二百六十二条等の改正整備の問題であります。一面においてこの制限なり罰則を強化することももとより必要でございましよう。しかし、より根本的なものは、何といいましても国民の政治思想あるいは選挙に対する自覚の向上、さらには政治意識の高揚というようなことが非常に肝要だと存ずるのであります。従つて、これは本法案と雁行すべきものであり、いわば双翼をなしているものであると存ずるのであります。けだし、このことは全国の各選挙管理委員会が多年一致して熱望して参つているところのものでありますので、その会長である私から特にこの場合皆様方にお願い申し上げたいのであります。 以上大体この二つの法案に対しての私の意見を申し述べたつもりでございます。
○森委員長 それでは御質疑をお願いいたします。鍛冶良作君。
○鍛冶委員 前田先生にお伺いしたいのですが、私が御議論としてたいへんけつこうだと思いましたことは、選挙費用は選挙人に負担させる、候補者みずから負担すべきものでないという御意見であります。これはまことにけつこうなことでございますが、理想として、もしくは政府教育としてお述べになるのはもちろんけつこうでございますが、実際においてそういうことが行われると御認識になつておりますか、どうですか。その点を伺いたい。
○前田参考人 お答え申し上げます。行われるというお言葉の意味次第でございますが、そういうことをすれば、候補者は、まつたく空手でもつて、費用を使わなくてもそういう零細な金が集まつて選挙運動がでるのだ、こういうのが一つの理想でありましようが、そういう理想境に到達できますかとお問いになります意味ならば、これはほとんど実行不可能ではないかと思うのでございますけれども、それは政治教育の上から行きまして、そういう現象が起つて来るということは非常に望ましいことであつて、集まつた金がどれだけになりますかわかりませんけれども、たといわずかでもそういう金が良質の候補者に来たということは、非常に選挙界に明朗な空気を起すことだと思いますので、二十年前に田沢君がやりましたときも、額はわずかでございましたけれども、そういう効果が相当ありまして、その実績があつたわけでありますから、そういう選挙界の空気を明朗ならしめる意味において奨励したい。ところが、ただいまの規定は、私は専門家でございませんからわからないのでございますが、それがちよつとできないようになつているのでございます。それを何とか除去していただいて、大した助けにはならぬだろうけれども、そういうこともやり得るのだということをむしろ奨励するような意味をひとつ規定の中にお考えくださればという、それだけの趣旨でございます。
○鍛冶委員 私もそういうことを考えまして大分やつてみたのですが、かえつてあだをなすことであります。そこでそういうことが行われるということになると、選挙費用というものは、悪い意味でなくても絶対に必要なる金もいるわけでございまして、その金をわれわれが持たなければ選挙をやれぬということになりますが、そうするとどこからか寄付を集めるよりほかにないのであります。しかるに、どうも法人全体にこれを及ぼすということはなぜ法人なるがゆえに悪いのか。大きな金を出すからだとおつしやるかもしれぬが、どれだけ大きな金を出したからといつて、それが悪いところにさえ使われなければいいのではなかろうか。従つて悪いところに使われぬことを考うべきものであつて根本は選挙民が負担すべきもので、寄付をとつてはいかぬのだ、こういう思想のように聞えるのでございますが、その点はどうお考えでございますか。
○前田参考人 私は今日はこの出ております案を支持する意味を申したので、法人全体から寄付を禁ずるということまでは——他のお方はそこまで御言及になつておりますが、私はそう申しておらないのであります。この案にございますように、国家から特別に大きな利益を得るような会社、法人が寄付をするということは、非常に弊害を起しやすい。つまりそういう会社は一つの投資の意味でもつて献金をするということは、もう常識上明白なのであるから、そういうことを阻止したい、こういう趣旨だろうと思いまして、この案に賛成するわけでございます。私は、理想的に申せば、アメリカの規定のように、法人なり会社はできない、労働組合までできない、つまり団体からできないという方がいいと思うのでございますけれども、ただいま御指摘のように、今すぐそれを日本でやるということは実情にどうだろうかと思いますので、最もその弊害の起りやすい献金と汚職と紙一枚の差だというようなおそれの起るもののその穴をふさぐ、そういうことは必要であろうと思いますので、その意味でこの案が出ておると思いまして、これに御賛成申し上げておる次第でございます。
○鍛冶委員 先ほど連座制のことで十二名の識者の意見を聞いたとおつしやいましたが、その十二名には選挙の経験のある人が入つておりましたか、また入つておつたら、何人ございましたか。
○前田参考人 私は一々御経験があつたかどうか知りませんが、名前を申し上げましよう。海野晋吉氏、坂千秋氏、蝋山政道氏、川原次吉郎氏、宮沢俊義氏、高橋雄豺氏、関口泰氏、坂西志保氏、中野好夫氏、中島健蔵氏、原安三郎氏、大竹武七郎氏、なるほど選挙の候補にお立ちになつた人ではないようでございます。
○鍛冶委員 戒能先生に承りますが、今あなたが法人全体だとおつしやつたことは、一面なるほど悪いことになるであろうという予想はできますが、そうかといつてそれでは金がなくてやれるのか、そういうことを言つておつたら切りがないから、寄付をすることよりか、それを悪いところに使わぬというところに力を入れるべきものではないかと思いますが、その点はいかがですか。
○戒能参考人 大体政治、特に選挙になりますと、大衆行動でございます。何万という人間を相手にするのでございます。だから、一々当該の事項が正しかつたか正しくなかつたかということを個々的に判断することはできません。大衆を相手にすることでありますから、一々小刀細工できれいにほりものをこしらえる、不都合なところはきちんとのけて、りつぱな、どこも傷がないといつたふうな法規をつくることは、おそらく不可能であろうと思います。どんな法律をつくりましても、多分あつちこつちに傷が出る。ここは実情に沿わないではないか、ここは何だというような非難が出るのじやないかと思うのであります。なるほど、おつしやる通りに、筋としては献金はいいだろう、しかし悪く使わないことを考えればいいだろうということになりますけれども、およそ選挙というふうなことが、もつぱら大衆を相手にして行動するものであるということを考えてみますと、その元を押えなければ、結局成果は上つて参らないと思うのであります。つまり、今までの実例によりますと、単に日本だけではありません。外国における実例などを考察いたしましても、法人が寄付するというのは、概して申しますと、自分の社のために有利なとりはからいをしてくれという運動であつたことは間違いない事実でございます。もちろん中にはそうでない法人もございますし、また法人といいましても、日本の今の状態でございますと、株式会社の制度はとつておるけれども、実は個人経営であるとか、いろいろな問題が出て来ると思うのであります。従つて、会社の金は出したが、それは自分の金を出したのと同じだとか、いろいろな実例は出て来るだろうと思いますけれども、しかしおよそ現在までの傾向から申しますと、各種の事業者が会社の金を出してそうして選挙運動をするというところに、結局選挙腐敗の原因があるというのは、あえて日本だけの現象ではございません。自分のお金でございますと、第一出すお金というものがたかが知れて参ります。つまり自分の全財産を出しましても、決してそれほど大きなものになりませんし、それからまた自分の全財産を出すような場合におきましては、相当自分の支持政党に対して好意を持つて、また候補者に対して熱心な支持を持つて出しているに違いございません。この場合におきましては、かりに産を傾けて候補者を援助いたしましても、それをもつてただちに汚職の原因というふうに見るわけに行かぬかと思うのであります。もちろん中にはそれが汚職の原因であつて、一種の政治賭博をやる人もございます。しかしそれはなるべく善意に解釈すべきであると思うのであります。しかし、会社自身か企業会社が金を出してそうしてある政党を支持する、ある候補者を支持するということ、これは、多くの場合におきましては、自分の会社をよくしてくれ、何かの割当のときに自分のところをめんどう見てくれという意思表示である、こういう推測した方が間違いないんじやないかと思います。従つて大衆行動としての政治につきましては、結果のよしあしとか、当面個個の問題についていろいろな特殊事情というようなものを取扱うわけに行かないと思うのであります。やむを得ませんので、これはやはり一律に、そうしてどういうことが大量的に観察したら一番正しいかということを見ていただきたいと思うのであります。その意味におきまして、私は団体が寄付するということに対してむしろ全面的に反対したいと思います。
○鍛冶委員 今あなたのお言葉の中にありましたが、会社といつても、実際上においては個人であるかもわからぬということは、あべこべに、個人ならばよいのだといつて、社長なり専務なりが個人で出したといつても、事実上は会社から出るということが多いと思いますが、この点はいかがでしようか。
○戒能参考人 それはございます。そしてある程度までそれはやむを得ないと思つております。ただしかし個人で出し得る金額であるかどうか、それとも個人で出し得ない金額であるかということは、調査すればわかることだと思います。どんな会社の社長さんでありましても、非常に失礼ですけれども、おそらく一千万円という金は、そんなに個人としては出せないお金だと思います。その点が問題になつて参りますと、かりに所得税法違反だとか、いろいろな他の問題が出て参ります。従つて現在のところ問題になつている造船事件なんかになりますと、特に保全経済会とか日殖事件になりますと、贈賄収賄で起訴することはかなり困難でございましよう。しかし、他人の何か血の出るようなお金をもらつて、そうして何にもしてやらないというのは、政治道徳から申しますと、はなはだけしからぬじやないか。またかりに他人の血の出るようなお金をもらつて、保全経済会や日殖を援助するような働き、それに補助を与えるような働きをいたしますと、同時にまた私どもの血税がそちらの方に向けられる。その間に因果関係があるということを厳密に追究することはできませんけれども、しかし何らかの意味でそれを処置するということ、そうしてそれがある場合におきましては不当ということもありますけれども、政治問題についての不当は始終起ることでありますから、これはしかたがないんじやないか。現に選挙自身だつてそうでございましてたとえば三千万人投票者がいる。ところが千五百万人と一人だけある候補者に投票した場合、その残りの人は結局無駄になる。またもつと厳密になりますと、少数党に投票したものは、実際の問題になりますと、法律なり予算になかなか反映しない。だから実際問題になつて参りますと、不公正はいつも起つているのでありますから、多少の不公正はやむを得ないのだと思うのであります。
○鍛冶委員 私は別にここで議論するわけでありませんが、現在の選挙の実情から申しましては、相当の金のいることは免れないのです。そこで金がいれば、だれかから寄付してもらわなければ、金を持たぬ者は候補者になれぬ。それではたいへんだ。それで私は、そういうことを考えるよりも、まずその前提として選挙に金のいらぬことを考える。それができればそういうことを一切やつていい。それをやらないでこれをやるということは、かたきをしいるものではなかろうかと私は考えますが、その点いかがですか。
○戒能参考人 まさに御説ごもつともでございます。金のいらない選挙というのは非常にほしいと思います。そうしてで得べくんば、選挙もわれわれの生活の問題でございますから、国の費用ないし地方自治団体の費用で何とかしてまかなう程度の選挙公営費を出していただきたいと思うのであります。今のところは多少それがきゆうくつに失するという面もあろうかと思います。この点はもう少し出していただきたいとも思つております。この点では私も鍛冶さんのおつしやるところにまつたく同感であります。しかし、他面から申しますと、選挙に金がいるということは、金を使う人が悪いのであります。金を使わないということに努力することが非常に必要ではないか。そうして現在の法定費用ぐらいでしたら、およそ国会議員になろうという方は、何とか個人的にもくめんができるのではないか。法定選挙費用で当選しなかつた、それはあたりまえだとおつしやるならば、選挙法自身が悪いか、それとも選挙法を利用されて当選された方が悪いか、どちらかだと思うのであります。
○鍛冶委員 選挙をやつてごらんになればいいのですが、われわれは法廷費用ではなかなか容易にできません。この点はやつてみなければわかりません。 それから連座制ですが、最小限度の連座とおつしやいましたが、これはひとつあなたの御見解をお話しいただきたい。
○戒能参考人 私自身としては、選挙の法定費用というふうなものが確かにきゆうくつに失していると存じております。これは私もちろん選挙をやつたこともございませんけれども、しかし想像しただけでもきゆうくつに失するということは認めております。しかし同時に法定費用を厳格にきめた以上は、法定費用を突破したものは落選、当選無効というところまでやつていただきたい。それからさらに買収事件というものが実際起つている。それが少くとも当選人もしくは総括主宰者もしくは出納責任者が関知し、かつ制止すれば制止できたであろう条件のもとでかりに一件でも十件でも選挙買収が行われていることを証明された場合には、当選無効まで行つてもらいたいというふうに感じております。もちろんこういうこともおつしやる通りになるほど実情に沿わない、お前は選挙をやつたことがないとおつしやられればそれまででございますけれども、しかしそこまで厳格にやつて行くということ、特に選挙運動費を厳格に制限することは望ましいものだと思つております。そうしなければいけないと思つております。 連座制の範囲としては、一番基本的には、法定選挙費を越した費用が支出された場合には、総括主宰者もしくは出納責任者が法定費用を突破する選挙運動費を出した場合においては、すべて当選無効にしてもらいたいということでございます。
○鍛冶委員 この点は佐野さんの議論を承りたいと思いますが、ある一定の人が選挙違反になれば当然に当選無効になる。それは訴訟せぬでもいいのだ、それをさらに拡張して、費用超過の場合も超過がわかれば当選無効にする、こういう御議論でありますか。さようなことはでき得ますか。おそらく、選挙違反があつたということは、刑事事件でわかるだろうと思います。刑事事件があつたからといつて、法律上定めればどうか知りませんが、超過であるということも訴訟か何かでやつてみなければわかるべきはずがない。そこで初めて出て来る問題である。訴訟をやつたら無効だ、これなら問題はない。訴訟をやらなくても無効にするのだというのでは、法律家としてちよつと私にはわからないのですが、その点はどういう理論構成になつておりますか。
○佐野参考人 ごもつともな御質問だと思います。この法案の場合でありますと、訴訟を起さずして当然に当選を失うということは二百五十一条を削除した結果起るのですが、この法案のねらいはここだけなんです。総括主宰者の犯罪によつて処罰される場合も、費用超過の場合も、ひとしく訴訟手続を要せずして同一手続に扱わなければ理論上矛盾があるのではないかということですが、さようにとりはからう場合において、現行法の法律上のむずかしさは、総括主宰者について考えてみましても、これは二百五十一条でありますので、一応この犯罪についての刑事上の判決を受けます。そこで確定の時期がわかるわけですが、ただこの場合においても、現行法では総括主宰者というものを定義づけていないわけです。これを届け出る義務も課していない。そしてまた総括主宰者というものは数人あり得るというのが従来の慣例です。そうすると、御質問のように本人の意思に基かない総括主宰者というものが出て来るわけであります。それの犯罪によつて責任が負わされるということはおかしいじやないかという議論は確かにできるのですが、先ほど蝋山先生のおつしやつたように、一応刑事責任は別として選挙法上の責任を負わせることはそれほど不当でない、不合理でないということは、理論的な根本問題でそういうことが言えますが、ただ総括主宰者を定義づける法文なりあるいは判決の場合に、それをキヤツチする、あるいは判決の主文の中にうたうとか、とにかく総括主宰者という認定をすることを義務づける法律が必要ではないか。それから費用超過の場合は罰則は現行法ではございません。そうすると、費用超過の場合においてどういうふうにして費用超過を確認するか、こういう問題が出て来るのであります。事実関係においては、まさに費用が超過しておるという場合もあるでしよう。それからまた、出納責任者が報告書を提出して来て、その報告書自体がもうすでに超過しておるという場合には認定はつくのですが、おそらくそういう報告書を出すばかは一人もいない。そこでどうもそういうことはキヤツチしがたいということになるので、理論は成り立つても、実際に現行法の解釈ではできないのではないか。おそらくこの提案者は賢明にしてその二点に触れなかつたと思うのですが、理論を一貫するにはやつたらいいのじやないか。やるなら、費用超過の場合には一つの罰則規定でもこしらえる。とにかく私の申し上げたような理論を補うためには、現行法をもつと理論的に整理してかかるということが前提になるということを申し上げておるのであります。
○森委員長 前田先生は非常にお急ぎになつていらつしやるようですから、この際前田先生に対する御質疑のある方は……。
○竹谷委員 前田参考人にちよつとお尋ねいたします。 先ほど公明選挙連盟からいただきました要望書の第三項の著しく多数の選挙人また選挙運動者云々というこの問題でお尋ねいたします。十二名の委員会でこうした結論を得たこの委員会の論議の過程において著しく多数の選挙人また選挙運動者というものの範囲は、なかなかむずかしい問題で、はつきりした絶対の結論は得られなかつたかと思いますが、どの程度のものが著しく多数であるか。それらの点について、要約した十二人の委員会の御意見を承りたいと思います。 もう一つは、当選人の当選に重大なる影響を及ぼしたというこの重大な影響とは、大体どの程度以上のものを無効原因とするかというような点につきまして、いろいろ意見があつたろうと思うのです。その御意見のあらましをお聞かせ願いたい。
○前田参考人 これは、私の方から十二人の委員会にお願いして御調査を願つたのでございます。私は、一々その調査会の審議の席に立ち会つたわけではございませんから、正直なことを申しますと、どういう詳細な討論があつたかということは承知いたしておりません。けれども、私の関知しておる限りに上りますと、新聞紙上等におきまして、相当大勢の者が違反をいたしてあげられておる。これは、一人の総括主宰者がやつた犯罪というよりは、全体から常識判断で言えば、それ以上の悪質の者がみすみす法網をくぐつておるということは実にけしからぬ。そういう買収行為等によつて非常に投票の数がふえたというものが相当ある。これに対する委員諸君の義憤からこういう説が出ましたので、これに対しましては、法曹界の方も、初めはむしろいわば牽制する意味においてお考えになつたのでありますけれども、しかし選挙を公明ならしめる、そういう趣旨を徹底して連座制をほんとうに完全ならしめるためには、そういうところまで行かなければならないのじやないか。これの判断は結局裁判所できめてもらうよりしかたがないのでありますが、社会上の通念からいつて、著しく多数と認める場合、これは何人と切るわけに行きません。また重大な影響というのは、何票そういう汚れた投票があつたということを数できあることはできないが、しかしこれは裁判官の判断でもつてきめてもらつてやるといたしましても、一つあつた方がいいのじやないか、こういう義憤の現われがここに出たわけであります。そこで私は、冒頭に申し上げました通りに、ただちにこの規定をこのまま実現するようにお願いしたいということを今日は申すわけではございませんが、しかしながら、公正な立場で御研究になりました委員会では、ここまでの議論があつたのだ、ここまでの結論が出たのだということを御承知おきを願いたいという趣旨で申し上げた次第であります。
○竹谷委員 著しく多数ということはなかなかめんどうな問題であり、また事実上の選挙運動の総括主宰者というようなことは、長い間の判例でわかつたようなわからぬようなことでありまして、これは私ども賛成の規定でありますが、非常に立法的には困難な内容を含んでいるので、実は苦慮しているわけであります。それでお尋ねしたのですが、第二の当選に重大な影響という方は、それよりはもつと具体的に行くのじやないか。これは違反によつて得た得票が当落を決定する原因となつたほどの重大な影響を及ぼす、こう認められるようにも考えられますが、この方は何とか法案の立案の場合に考えようがあると思うのですが、実は前の方の著しく多数という方は非常に規定することが困難なように考えられるので、参考として御意見を承りたい、こう思つた次第でございます。 ところで、この中に、公職選挙法二百二十一条、これは買収犯、同二百二十二条、これは多数人に対して働きかけた場合、これはいいのですが、その次の同二百二十三条、これは何ぼ出すから候補者に立つことをやめろというような犯罪であるわけでありますが、これは、著しく多数の選挙人が関係する場合ではなくてほとんど極秘のうちにごく少人数で行われる罪でありますから、これに著しく多数の選挙人または選挙運動者が二百二十三条の罪を犯したということになると、これは著しく多数の選挙人ということで制約を受けて、二百二十三条の罪を犯しても著しく多数ではないからさしつかえないというようなことになつてはいけないわけで、二百二十三条の方は別途に規定をしなければならぬのではないかとも考えますが、これはいかがなものでございましよう。
○前田参考人 ここに列挙いたしました趣旨は、一口で申しますと、悪質の選挙違反をやつて刑せられたときはという趣旨であります。その悪質な選挙違反という点におきましては二百二十三条も加わるわけでありますから、ここに列挙せられておるわけであります。著しく多数の者が二百二十三条の場合においてはどういう関係を持つだろうということについては、御指摘の通りに、他の場合よりはよほど複雑微妙な関係を持つことでございますけれども、観念上はこれは決して不可能であるとは考えられないので、要するに悪質の犯罪という意味を表わすために列挙いたしたものと私は解釈いたしております。
○竹谷委員 当選人に重大なる影響のある問題につきましては、ただいま私は私個人の見解を申し上げましたが、これはいかがなものでしよう。重大なる影響というのは、当落をその投票によつて決定されたというような場合に限るべきか、もしくは、もつと広汎にもつと広義に立法する方が適当かどうか、御意見を伺いたい。
○前田参考人 その広汎な場合もございましようけれども、やはりそれによつて投票数が非常に増大するというような場合をよけい眼中に入れておると私は推測いたしております。
○森委員長 他に前田さんに御質疑はありませんか。——では前田さんよろしゆうございます。どうもありがとうございました。
○島上委員 戒能先生にちよつとお伺いしたいのですが、先ほど、範囲をすべての法人にされたほうがよろしいというような御意見の際に、アメリカの例をお話になりましたが、アメリカでは、すべての法人、会社ばかりではなく、遂には労働団体等の寄付もしくは支出を禁止した。これはアメリカの例としてお話になりましたので、戒能先生御自身の意見であるかどうかということは私はつきりしなかつたのですが、戒能先生はその点に対してどういうふうにお考えになつておられますか。会社というものは、献金をすれば必ず反対給付があると予想して献金する、汚職の原因をそこにはらんでおるということは確かに言えると私は思う。労働組合等の場合には、たとえば勤労所得税を廃止してほしいとか、あるいは労働組合法を改正してほしいというような政治上の一定の意見があるのですが、もちろんそれは、自分の組合だけの特殊な利益ではなくてすべての労働者、あるいはもつと範囲の広い場合が多いのです。そういうような政治上の意見を持つているためにそれを実現したい、しかし労働組合の活動の分野というものはおのずからきまつているから、その実現をする手段として、同一の意見を持つている政党ないし候補者に対して選挙の際の献金をする、寄付をするということは、これは、会社が反対給付を考えて献金する場合とは違つて、汚職や疑獄の要素をはらんでいない、従つてこれは同一に見るべきものではない、このように私は考えておりますが、この点に対する御意見を伺いたい。
○戒能参考人 今までの事例から申しますると、労働組合が献金禁止ということになりましたのは、これは主として労働組合に対する弾圧時代に入つてからのことでございます。アメリカの場合でございましても、労働組合が献金禁止になりましたのは一九四三年以後でございます。ちようど太平洋戦争が終り、そしてだんだんビツク・ビズネスが組合はけしからぬと言い出して来てからでございます。ことにタフト・ハートレー法という組合としては非常に憤慨している法律でございます。このタフト・ハートレー法によりまして、労働組合は普通の会社とともに献金禁止ということが明確にされているわけであります。しかし問題は、やはり、組合というものに対する献金禁止というものは、組合運動の制限というところに置かれていることは明瞭でございます。それからまた、組合運動の中におきましては、御説のように事実組合という特殊の利益じやなくて、全社会的なあるいは労働階級の利益を代表するという趣旨が入つているということが十分言えると思います。しかし問題は、一体平等待遇の原則をどう取扱うかということじやないかと思います。つまり団体の禁止ということが一旦始まりますと、団体としての献金禁止というのは、ある意味におきましてやむを得ざる結果になるのではないかと思います。平等待遇の原則というものを維持するならば、お話の趣旨ではございますけれども、やはり労働組合も献金禁止規定というものに入つていいのではないか。これははなはだ反動的な意見でございますけれども、しかしそういう面は十分あるんじやないか。そしてまた、資本家側につきましても、労働者側につきましても、個人としての寄付金募集をやることは何ら妨げるべきことじやありません。だから、社長さん自身が、自分の会社の株主に対しまして、個人としての寄付金募集や、あるいは寄付金募集が完了するまで一時みずから銀行から金を借り入れて寄付する、そしてあと寄付金が集まつたら返すというようなことがあつてもいいのではないか。労働組合でもまた同じようなことがあつてもいいのではないだろうか。 それからもう一つは、組合の中におきますところの組合員の政治的自由というものがここに入つて来はしないかと思います。組合の金として集まつた組合費がある特定の政党に対する献金ということになりますと、ひよつとしたら組合員自身の持つ政治的自由というものと衝突するおそれがあるのではないだろうか。この点におきまして、私としては、もし献金禁止というものを認めるならば、むしろ平等に全部に献金禁止をした方がいいのではないだろうかと考えているわけでございます。
○島上委員 理論的にはあるいはそういうことになるかもしれません。しかし、会社の場合には、これは社長なり重役なりがかつてに献金するのだ。労働組合の場合には、ちやんと機関で十分相談して、組合員の総意に基いてやつているのです。しかもそれは、組合の経営費から献金するのではなくて、今度の選挙に関しては特に組合員からどのくらい出してもらおうというようなことを十分相談してやるのですから、そこで会社の場合とは全然性質が違つている。そういう意味において、組合の場合には、組合員が組合員の総意によつてやる。これは個人々々が献金する場合とまつたく同一に見ていいのではないか。何となれば、ある組合員が、その政治献金に反対して自分だけ納めなかつたという理由のために除名されたためしはないのですから、納めなくても、おそらく、私は、組合としては、それを統制委員会にかけて除名するという措置はどこでもとつていないと思います。要するに、組合員の自由意思によつて、組合の機関にそれが反映してきめられたものである、こういうふうに解釈するならば、私は、会社の場合と同一に扱つて平等の原理によつて組合も禁止すべきだということが当てはまらないのではないか、こう考えるのです。
○戒能参考人 ごもつともでございますが、その場合に、組合の名前で集金しなければならないものでございますか。それとも、機関の決定に参加した役員の名前で献金を集めてはいかがなものでございますか。私の先ほど申し上げましたのは、会社の社長の名前で献金を集めることはごうも妨げない。同時にまた、組合の役員の名前で献金を集めることもごうも妨げない。しかしこれはあくまでも個人のものとして取扱うということになつていいんではないか。そうして、ただいまのお話を伺いますと、政治献金をしなかつた組合員が除名されたことはない、そのほか統制委員会にかけられたことはないということになりますと、結果において同じことになるのではないかと思うのでございます。ただ、私の申し上げたいのは、結局団体というようなものが存在している場合におきましては、団体の中におきましてもやはり平等待遇の原則というものがあつていいのではないだろうかということ、これは純粋に法律論として申し上げているわけです。 それからもう一つ弁明しなければならないのは、私としては、一応問題になるのはこの改正案でございますので、改正案をもう一つお考え願うための参考意見として申し上げたのでございまして、この点はなお私としては私の意見を申し上げまして御論議願いたいところでございます。
○竹谷委員 佐野参考人にお尋ねします。先ほど選挙費用の収支に関する審査機関の設置を御提唱になりました趣旨は、非常によいと思うのですが、実際は今は訴えがなければ審査をしませんので、何らこの規定が効果を発していない。選挙が終つたならば、一箇月以内に全部審査機関が審査して、その結果に基いて処置するということになれば、選挙の公明を期する上に非常に有効だと思うのでありますが、ただ、この収支の審査機関の組織、人選それから審査の手続、これがなかなか考えて行くとやつかいで名案が出て来ないのでございますが、何か選挙管理委員会連合会等で、あるいはあなた個人として、収支の審査機関に関する何らか参考になる御意見がありますれば伺いたい。
○佐野参考人 私もまだその構想を持つておりません。それから連合会といたしましてもそういうことを審議したことがございませんので、ただ、この参考公述に呼ばれますについて、私自身がいろいろな法の関係条文を調べたところが、指揮なり監督についての権限はあるのですが、それからまた調査権というものがあるのですが、どうもこれを発動した事実がない。歴史がない。従つて、問題になつてこれを審査するという場合に何かあるかと思えば、それもない。そこで、これではこの法律を十分に活用する上において不十分だ、そこで本法案の改正と同時にひとつ御心配を願つたらいいのじやなかろうか、こう思つたので、お願い申し上げたわけであります。
○島上委員 佐野さんに一点お伺いしたいのですが、先ほど、二十二条の一号、二号と項目がございますが、この中で、直接はよいが、間接というところに非常に問題があるというような御意見のように承りました。私どもは、この間接をやらないことにはもう大穴だらけでどうにもならぬ、こう思うのです。と申しますのは、御承知のように今日現行法百九十九条は、「請負その他特別の利益を伴う契約の当事者である者」、こういうように規定してある。ところが、今日問題になつております造船疑獄の際を見ますと、海運会社、造船会社はこれには該当しないわけです。開発銀行というトンネルを通つてその先でございますから、間接で該当しないということになりますので、私どもは、この際この間接ということが最も大事な点ではないか、こう考えている。この間接をここから抜いてしまつたならば、現行法と五十歩、百歩どころじやない、九十歩、百歩ぐらいのものになつてしまうのではないかという点を心配するわけですが、その点はどのようにお考えですか。
○佐野参考人 御提案の趣旨は私もよくわかるのですが、これを表面的に見ますと、直接または間接ということの意味がいかにも深く広過ぎる。実際に問題が起つたときに、はたしてどのところでとめるか、たとえば因果関係が相当やかましくなつて来るのではないか、あるいはまた、その他今の民心の程度というか、情勢というか、そういうものから見ても、間接まで行かなくても一応いいのではないか、もし提案の御心配のような趣旨があつて、あくまでそれを解決するというお考えであれば、もう少しこの表現について、あるいは対象を明らかにするとか、何かくふうがあつてしかるべきではないか、こういうふうに先ほど申し上げたわけです。
○森委員長 他にございませんか。——それでは、これにて午前の参考人の方々の意見聴取を終ります。 この際委員会を代表して委員長より一言御礼の言葉を申し上げます。本日は各参考人御多忙中にもかかわらず、本委員会のために時間をさいていただき、貴重なる御意見を承り、委員会の審議の上にも非常な参考となりました。ぜひとも御意見を審議の上にも反映させたいと思います。どうもありがとうございました。 それでは午前はこれで終りまして、午後一時より開会いたします。 暫時休憩いたします。 午後零時三十二分休憩 ————◇————— 午後二時五分開議
○森委員長 午前の会議に引続き、これより参考人の方々の御意見を伺います。 午前の参考人の方々には申し上げましたが、時間を別に制限いたしませんが、できる限り十五分ないし二十分程度にお願いいたしたいと存じます。なお、各参考人の御意見を聴取した後に質疑を行いたいと思います。 それでは参考人小室三夫朗君。
○小室参考人 最初に、公職選挙法の一部を改正する法律案について意見を申し上げたいと思います。 現在政界をめぐる造船疑獄ないしは造船汚職というような問題が非常な大きな波瀾を呼んでおりまして、これによる国民の政治に対する不信というものははかり知れないものがあるのではなかろうか、こういうふうに考えておるものであります。現在国会におきましてどのようにこの問題を考えるといたしましようとも、国民の目は欺くことはできず、輿論の大きな反撃というものが現在集中されておる、こういうふうに考えておるものであります。こういう造船汚職ないしは疑獄というような問題が、なぜ政界を汚濁の中にたたき込んで行つたかという点でありますが、その点につきましては、いろいろその理由というものを探究して参りますならば、幾多あると思うのであります。しかし、これを金の面に限りまして考えてみました場合、政界と金とのつながり、金のない者が政治家として伸び得ないような機構、ないしは常に政治というものが金と結びついているというところに、現在の政治的な問題があるのではないだろうか、こういうふうに考えておるものであります。この政界と金ないしは金と権力との関係というものを断ち切つて参らない限り、この粛清ということはなかなかむずかしいのではないだろうか、このように考えております。これを選挙に限定して考えてみました場合、いわゆる金のない人は立候補することができない。すでに御承知のことと思いますけれども、いつも選挙のときにあたりまして三当二落とか、そいうい言葉が盛んに言われております。これはその選挙のたびに値上りして参りまして、万単位が百万単位になり、前の選挙のときには、新聞紙上にもよく見受けましたように一千万円が単位になつておる。このようなことが堂々と公的報道機関である新聞に報道されて行く。こういう点を考えてみました場合に、いかに公職選挙法の現行法によつてこれを取締ろうというても、事実その取締りないしは粛正というものはなかなか困難であるということを端的に物語つているのではないだろうか。いわゆる政治家あるいは政党というものは選挙を離れて成立し得るものではありませんので、あくまでも政治家たらんとする人が、選挙を目当にして、それに当選することを唯一の方法と考えるのは当然であります。その方法としての事柄について莫大な経費というものがまず先に立つ、こういう点を考えてみました場合、その選挙に多額の費用がいるというのは一体どこに原因があるか、こういう点を考えざるを得ないのであります。もちろん、公職選挙法の中ではいろいろの罰則規定を設けまして、それに違反した場合に当選無効あるいは公民権の停止というようなことを種種規定いたしておりますけれども、その法律の網が常にくぐられて、具体的な問題としてこれが提起されることが数少い。率直に申し上げますならば、前の選挙におきましても、一国の責任者の選挙問題というものが大きく新聞紙上をにぎわしたという実例があつたわけであります。私はその事実の有無を申し上げるわけではありませんで、いずれにしろそういう方が新聞等で問題になるところに、選挙と金との結びつきというものを端的に見せつけられておつたものであります。これはどうしてもこういうふうな金のかかる選挙というものを払拭しない限りにおいて、どのように法律というものの網の目をこまかくして参りましても、なかなかこの取締りというものが困難ではなかろうか、こういうふうに考えておるものであります。特に二百五十一条の一項、二項の問題であります。第二百五十一条の問題に関しましても、但書によつて十分に当の御本人はその罪をのがれ得るような方法が講じてある。法律でこうしたわけではありませんでしようけれども、いわゆるこれを実施する場合に、法の適用を受ける方が、法の盲点をついて、本人はそれに関知しないという態度をとり得るというこの一つの盲点というものは、現在まで非常に大きな問題として起つて来ていたのではなかろうか、こういうふうに考えるわけであります。 そこで、今度の公職選挙法の改正案でありますけれども、このいわゆる二百五十一条の改正をいたしまして連座制の規定を強化するということに対しまして、全面的な賛意を総評といたしましても表するものであります。いわゆるこの連座制を適用いたしまして、その当の候補者、公職の候補者というものもそういう違反をした場合に責任を負うというこの態勢の確立こそ、当面最も大事な一つの選挙の粛正という問題に関連いたしまして大切なことではなかろうか、こういうふうに考えておるわけであります。 そういう点から申し上げまして、先ほど申し上げましたように、この改正法案については私どもといたしましても全面的な賛意を表するものでありますが、ただ、繰返し申し上げました通りに、禁止条項ないしは違反条項の取締り条項というものをいかに数多く設定いたしたといたしましても、なかなかこれの取締りがむずかしいということは、現実のいろいろの問題が物語つておる点でありまして私どもの一つの考えといたしましては、現在の公職選挙法を抜本的に改正いたしまして、あくまでも公明なる選挙、金のかからない選挙というものを実施しなければならない、こういうふうに基本的には考えておるわけであります。この改正法案だけに限つて申し上げますならば、いわゆる出納責任者につきましては、公職選挙法に基いて届出は法的な責任の裏づけというものはありますけれども、総括主宰者につきましては、何らそこに法的な一つの立場というものがとられていない。こういう点を考えてみまして、連座制を強化するという趣旨に沿うならば、あくまでも総括主宰者というものも法的な責任を負わせる、そうしてあくまでもその責任体制というものを確立するということが必要ではなかろうか、こういうふうに考えておるものであります。 さらに第二点といたしまして、この二百五十一条には、運動員の問題につきましては全然触れておりませんけれども、やはりこの運動員、いわゆる候補者なり出納責任者なり総括主宰者の手よりないしはそういう裏づけに基いて運動員が違反事項を犯した場合においても、当然当選した者の候補者の当選を無効にする、こういう方法が講ぜられるべきではないか。この問題につきましては、私どもといたしましても、具体的に何人くらいの運動員をどう規定するというようなところの検討にまでは至つておりませんけれども、いずれにせよ、運動員もやはり法的に人数を限定いたしまして、ある運動員の行つた違反につきましても、あくまでもその当事者が責任を負うというような体制を確立する必要がある、こういうふうに考えておるわけであります。 その次に、第三点といたしましてこの法案について考えておりますのは、いわゆる出納責任者ないしは総括主催者というものがこれこれを行つた場合にはこう、こういうふうな規定になつておりますけれども、いわゆる総括主宰者ないしは出納責任者ないしは当の候補者が、いわゆるそういう行為をやらせたとはつきり認め得る場合には、いわゆる出納責任者であろうと、総括主宰者であろうと、それが第三者であろうと、私は厳正にこれは規正すべきである、こういうふうな考え方を持つておるわけであります。 私が今申し上げましたことは、欲を言えばという点になるかと思いますけれども、この改正法案の趣旨その他につきましては、先ほども申し上げました通りに全面的な賛意を表する次第であります。しかし、そういう点をよく御検討願つて、なおこの改正法案というものを公明選挙のために実施して行くというような点で御考慮願いたい、こういうふうに考えているわけであります。 先ほどもちよつと触れましたけれども、私どもの考えといたしましては、連座制というものの規定を強化されたら、すぐにこれが金のかからない選挙になり得るかどうかという点につきましては、多くの問題点が残されていると思うのであります。いわゆる連座制の強化ないしは罰則規定の強化によつて取締る方だけいくら取締りましても、限られた取締りの人員ないしはその他もありますので、法律の網の目をくぐつて、そうして選挙をよごすというようなことも起きて参りますので、あくまでも、基本的な態度といたしましては、抜本的な公職選挙法の改正によつてほんとうに明るい政治、明るい選挙というものを確立されるようにすべきではなかろうか。そのためには、具体的な一例を申し上げますならば、選挙の公営というような点もありましようし、ないしは選挙区制の問題に関しましても種々この問題が提起されて来るのではなかろうか。お聞きいたしますと、本委員会においても公職選挙法についての抜本的な検討を現在おやりになつているそうでありますので、そういう点についても、ぜひとも、私どもの希望といたしましては、ほんとうに取締りでなく、明るい気持で候補者も選挙を行うことができるし、選挙人の方も明るい気持で投票することができるようなよりよい策をぜひお考えいただきたいと考えているわけであります。この抜本的な改正にいたしましても、たとえば選挙の公営にいたしましても、いろいろ現実的にはむずかしい問題が起きて来るであろうということは考えられますけれども、そういう問題も克服できない問題とは必ずしも考えておりませんので、そういう点ぜひこの改正法案に附加いたしまして意見として申し述べさせていただきます。 第二点の政治資金規正法の一部を改正する法律案でありますが、この法案に対しましても私どもは全面的な賛意を表するものであります。いわゆる現在の疑獄、汚職というようなものがどういうところから出て来たかというような点を考えてみますならば、事こまかく申し上げるまでもなく、すでに大部分の国民の承知しているところであると考えております。いわゆる権力というもの、政治というものと、それからいわゆる営利会社、特に国の予算に基いて補助ないしはその他をちようだいしているというような会社についての権力との結びつきにおけるこの問題が、現在のいろいろな問題をかもしておると思いますので、この法案によつてそういう点を抜本的に禁止をしたという点につきましては、非常にけつこうなことだ、こういうふうに考えているわけであります。この改正法案にいたしましても、いろいろこまかい点を申し上げますならば欲もありますけれども、しかしながら、現段階においてこういうことを一つ一つ実施しながら、ないしは改正しながら、選挙というものを明るく、ないしは政治というものを公明にして行く。ガラス張りの中で行われる選挙、政治、しかもその中に各政党がいて、あらゆる政党の資金等についても国民の前に公開し、そして正々堂々と政治を行つて行くことができるという態勢をしくべきではなかろうか。こういう点から、この政治資金規正法の改正法案に対しましても、私ども総評といたしましては全面的に賛意を表するものであります。 こまかい点について申し上げれば極秘あると思いますけれども、概略二法案に対して賛意を表しまして、私の意見を終ります。
○森委員長 次は三上英雄君。
○三上参考人 私は日本弁護士会連合会の推薦ということになつておるのでありますが、連合会といたしましてはまだ結論的の意見が出ておらぬのであります。そこで、私がここで申し上げるのは、連合会所属の一人といたしましての私個人の意見になるのでありますが、しかしながら、法律家といたしまして、在野法曹としての立場においては、大体において多くかわるところはないのではないかと考えておる次第であります。 まず連座制について申し上げたいのでありますが、ここで高遠なことを申しましても釈迦に説法でありますから、結論的に概括的に申しますが、政界の粛正をするということは、民主政治有終の美をなすために必要である。その手段として考えられるべきことは、まず第一に、国民の政治思想の普及、啓蒙、向上ということが一番必要である。それから選挙について考えてみますと、強度の厳罰主義で当面のところは臨まなくてはならぬのではないか。それから混合開票——いわゆる選挙ボスが投票を引受けるという悪い制度を根絶する、できるだけ防止するという意味において、開票をするときは全部まぜて開票する。それから選挙の公営を徹底して、金による選挙というものをせず、金のない有能な人も選良になることができるようにする必要があるのではないか。もう一つは、これは議論があつてなお検討の余地があると思いますが、小選挙区制をしくことも必要である。それから、ここにあわせて御審議になつております政治資金規正法の適切なる運用も必要であると私は思うのであります。さらにもう一つつけ加えたいのは、選挙違反が出たときに、司法官がこれに対して勇断を持つて臨まなくてはならぬ。検事が、大官であるとかりつぱな地位の人であるというので、その人の選挙違反を調べる上において遠慮がちにし、そうして大きい魚を逸して細鱗を網するということがあつてはだめだ。大臣の選挙違反だろうが何だろうが、しつかり調べて、悪いものどんどん起訴する、裁判官は、そういう考えで、法廷のうちに心をひそめて外部のことに遠慮せずにどんどん判決する、こういうふうに行かなくてはいけないのではないかと私は考えておるのであります。ここに審議されております連座制の強化という点につきまして、私は全面的に賛成するものである。現行法では、総括主宰者の選任、監督について相当なる注意をしておれば当選が無効とならぬとか、あるいは総括主宰者であることを知らなかつたときには当選が無効とならぬとか、もう一つは、制止したにかかわらずその者が選挙運動を総括主宰したという場合は当選無効にならぬ、こういう免責規定がある。そのために、これは非常にあいまいなる規定としていよいよ問題となつたときに法廷において司法官がこれを決定するに困る。法廷においては、いろいろ証拠の点であるとかその他の点で争われて、結局、いわゆる免責規定に隠れて、免責規定の保護によつて当選者の当選が確定するということになつておるのであります。こういう規定が現行法にあるけれども、当選人の当選がこういう場合において無効となつたという事例は今日までまれであります。そういう点から見ると、現行法の当選人の当選無効というのは死文、空文である、何ら選挙の粛正に稗益するところがない、貢献しておるところがないということが言い得ると思います。こういう点からいたしまして、私はこの提案はきわめて適切であると考える。ところが、ある方面からは、こういう規定を置くと、反対者からスパイが潜入して、悪辣なる活動をして候補者を陥れるおそれがある、こういう反対論があるのであります。この憂いは一応もつともである。しかしながら、こういう場合はまれにある例であつて、こういうことに深く拘泥しておつてはいけない。たとえば、百の中で一つある事例に拘束せられて気がねをして、九十九の必要なるところのものを逸するということになるのであるから、そういうことを危惧する必要はない、私はかように考える。むしろ私は、スパイが入つても、スパイに乗ぜられるような不正選挙を行わないということになつたならば、何ら恐れるところはないと考えるのであります。そこで、はなはだ飛躍した所論でありますが、一面から考えてみると、お出しになつておるこの法案の総括主宰者、出納責任者に対する場合のみならず、もう一つ進んで主要なる事務員のこういう行為についても連座制を置く、さらに飛躍して、選挙運動員全体のこういう場合についても連座制を置く、こういうくらいにやつたならば、さらに選挙の粛正をすることができるのではないか、すなわちこの連座制の一大強化と対応して厳罰主義が行われたならば、ここに国民も候補者も運動員も相そろうて警戒をして、こういう間違いの生じないように行くのじやないかということを考えておる次第であります 最後に申し上げたいのは、選挙法の改正は現在の議員の方が制定権を持つておる。これはここにおられる議員の方のことを申し上げるのじやないが、自分の都合の悪い選挙法の改正はやらない、すなわち自己本位の精神でやつたならば、ほんとうの選挙法の改正というものは百年河清を待つにひとしい。しかし、そういうふうに世論を無視しておるということは、結局国の政治の発展を阻害し、その人といたしましても、みずから墓穴を掘ることになるのでありますから、思い切つてひとつこの委員の方々が改正の励行、実施をはかるように御努力を願いたいと思うのであります。 そこで、ある説によりますと、政府からも提案をして、そうして議員だけにこの制定権をゆだねずに、学識経験のある人を集めて、委員会でもつくつてやるようにという説がありますけれども、しかしこれは、現在の法制のもとにおいては、言うべくして行われない。立法権は両院議員にあるのだから、憲法の規定あるいは国会法等と関連するのでありますから、これはいわゆる社会上の一つの議論としては言い得るところでありましようが、そこまでやるのには、それまでまた非常にむずかしい立法の手続を経ねばならぬのでありますから、これはなかなか困難である。そこで、明治憲法におきましては緊急勅令というのがあつたから、今日のごとき政界の状態を見て、これではならぬ、この次行う選挙のときから、粛正選挙によつて日本の国の再建をはからねばならぬ、政界の粛正をはからねばならぬという考えを持つ勇気のある一大政治家が現われて、選挙法を緊急勅令でやる、そうして選挙をこの次から緊急勅令でやつて政界の革新をはかるということが、やればできたのでありますが、現在の憲法にはそういう緊急勅令に匹敵するような規定がないのでありますから、どうしても順序として議員さん御自身でこの選挙法の改正をおやり願わなくてはならぬ。そういう意味において、私は、立法府の議員各位が、みずから大いに発憤をして、自覚をされておやりくださることを、われわれは国民の一員として願つておる次第であります。 連座制については以上をもつて終りまして、政治資金規正法について一言申し上げたいのであります。この法律は、昭和二十三年日本が占領政治の行われておるときに、総司令部の指令でできた。今までの世界唯一の立法例を持つておるのはアメリカであつたという関係で、日本がこの法律を制定せられたのであります。この法律に基いて、今日まではたして適正にこれが守られておるかどうかということを見ますると、寄付の届出に虚偽の記入がある、あるいはまた届出漏れがあるというような場合で、遺憾ながらこの規正法は円滑にその目的を達成すべく運用されておらぬ、こういうふうに私は思うのであります。そういうふうに考えてみると、この政治資金規正法は、まさに試験時代の法律である。この試験時代の法律を、どうしてもこの法律は必要なよい法律だということにするのには、運用という面と、法律の改善という面との両方から行かなくてはならぬと思うておるのであります。 そこで、この改正案のうちの第二十二条の二の二項に、寄付を受けてはならない期間を、一年間と、それから事由の存続する間ということになつております。これは、こういうふうな立法をされたについては相当なる理由があるのでありましようが、見方によると、これはあまりにも短かきに失するのではないか。この短かい期間というものを見越して、あとでまた取引するというようなことがあり得るのではないかということを考えてみるのであります。 それからもう一つ、銀行というふうな公益企業の政治献金を禁止するというようなことも、ひとつ考えてみられたらいかがであろうかと考えます。これは改正案の第二十二条の二の一項の六号に、「国又は公共企業体(日本国有鉄道、日本専売公社及び日本電信電話公社をいう。)」とあつて、三つの対象がちやんと列記してあるのであります。これは銀行なんかは入つておらぬのでありますが、実際銀行なんかを挿入する事例は少いかもしれませんけれども、せつかくこういうふうにお書きになるなら、ここにひとつ銀行というものを書き加えるようにされてもよいのではないかと私は考えております。 それから次に、大口の寄付を禁ずるということが一つの方策ではないかということを考えます。今日現前における問題を考えてみますると、大口の寄付が、まとめて何百万円とか一千万円とかいうものが出て来て、問題になつておる。こういうふうな点を禁ずる、そうしてある一定の金額の小口の番付にとどめるというふうにしたらどうか。むろん、こういうことにいたしましても、いわゆる法をくぐる方法が講ぜられるでありましようが、講ぜられるおそれがあるからというので野放しにしておくと、さらに弊害が甚大になつて来るので、こういうことも考える必要があるのではないかと思うのであります。この大口の寄付を禁ずるということは、日本の四つの経済団体ですか、多くの経済団体と政党との関係がここに相当清掃をされ粛正をされることになるのではないかと私は考える。従来は政治家が財閥と関係することを非常に国民の前に恐れて、なるべく関係がないようにしておつた。ところが今日では、この政治資金規正法が規定せられたためであるかどうか知りませんが、堂々と大きい財閥から金の献納がある、寄付がある。それをこれによつて届け出ればそれでいい、こういうことになるのでありますから、遂には内閣がかわるとか、あるいは政党間における内紛があるとか、あるいは政策をどういうふうにきめるかというときに、今度は天下晴れて経済団体から政党や内閣に向つて注文をするというような状態になつて来る。これが私は政治と財閥とのかかり合いというものが生ずる一つのものではないかと考えるのであります。そういう意味から、大口の寄付を禁じて小口の寄付にとどめるというふうにすることも一つの方策であると私は思うのであります。 最後に、この規正法の運用について考えねばならぬのは、この規正法の運用の促進、励行を期するために、超党派的に常設的な機関を設けてやつたらよかろう、かように考えます。現在選挙管理委員会やあるいは自治庁というものがあつて、これに届出をする、そうして時あつて違反があつたならば、これを検事が調べて起訴するという建前になつておるけれども、寡聞にいたしまして、検事が、これに違反したというので、起訴したというような事例を私は耳にしておらぬのであります。選挙管理委員会とか自治庁とかいうものは、ただ届出をするというだけである。いわゆる規正法に関係のある官庁、機関は、現在のところでははなはだ消極的である。それではいかぬ。これほど重大なる日本の政治というものを左右するについての重大なる関係のある法律の運用を督励をし励行をし促進をするためには、立法的にもう少し考えなくてはならぬ、専門的の一つの機関を常設するようにしたらどうかということを私は考えるのであります。 なおもう一つ、こういう選挙の粛正をはかつたり、政治資金規正法の運用を円滑ならしめるために、これらと相まつて政党法というようなものをつくつたらどうかと私は思う。政党法はどういうことを内容としてつくつてやるかということについては、これからいろいろ研究をせねばならぬことでありますけれども、政党というものは今日以後日本の政治の中心になる。この政党というものに何ら規範がない、野放しになつているということは、国民から見ましても、政党に入つておられる方から見ましても、物足らぬような気がするであろうと思う点がある。政党のあり方とか、場合によつては、政党の正しい運用のためには、国費を出してこれに充てる。今日議員の方一人について一万円ずつの立法費というものを出されておる。そういう点を考えてみましても、この政党法によつてやるということは非常にいいことだと考えておるのであります。こういうような関連したいろいろな問題を総合してひとつ御審議を願つて、いい法律をつくつていただきたいということをお願いいたします。政治資金規正法の改正法案に対しましては、私は賛成をいたす次第であります。 以上をもつて私は終ります。
○森委員長 次は春野鶴子君。
○春野参考人 主婦連合会の春野でございます。 公職選挙法の一部改正についてでございますが、婦人団体などでは三、四年前から連座制の強化という声が出ておりましたが、今度ようやく特に連座制の強化を主眼とされたる改正法案が提出されたので、実はたいへん喜んでいるわけでございます。なぜかと言いますと、婦人有権者たちも今まで何回かの選挙を体験して参りましたが、そのたびに、いつも選挙のあとに、あるいは選挙の行われている中間に、違反その他の忌まわしいニュースが新聞をにぎわすのでございます。そのたびに、相当綿密な公職選挙法ができておりますにもかかわらず、なかなか守られない、何か裏から裏に抜けられて行つて、世間の風説だけできめてしまうということはいけませんが、ああいう人がなぜつかまらないのだろうか、ああいう違反をなぜもつと追究されないのだろうかというふうに多数の人が思つていても、選挙が済んで一箇月かそこらいたしますと、何事もなく消えてしまう。そしてこまかい違反にひつかかつた方たちが非常に苦しめられるというふうな通弊が、選挙のたびに起つていたわけでございます。 連座制の強化ということを、私どもは通称但書を削除しなければいけない、こういうふうに言つて来たのですが、それが今度の改正ではみごとにそのものずばりと出してあるので、たいへんうれしいのであります。なぜかと言いますと、今申し上げましたように、現行法でも守ろうという意識がないのかしら、そういう社会的な通弊が長い間続いていたと思う。そこへ持つて来て、但書がありますために、ごく最近の選挙でも、一、二相当著名な方々をめぐる事件があつたようでございます。これをぜひ削除していただきたいのであります。英国の実例をいろいろ聞かされるのでございますが、そのように、ほんとうに選挙違反あるいは買収その他という忌まわしいやり方というものが、日本から一掃されて行く、前の方もるるお述べになりましたように、連座制だけでなく、選挙法全体にわたつて改正しなければならぬところもあると思います。また私も二、三の点を考えておりますが、ともあれ、そういうふうに今ここで広げて行きますと、かんじんな連座制の強化ということがぼやけたり、あるいは国会議員の方々自身に相当強く改正しなければならぬという声があるにもかかわらず、国会議員の中から改正ということがなかなか叫ばれなかつたというのは、私どものかつてな意見かもしれませんけれども、議員さんたちの首を自分で締めるようなおかしい法律は、とても国会ではつくらないのじやないか、そう言つておつても、二年、三年、うわさだけで立ち消えになつてしまつた、こういうふうにひがんで考えていたわけであります。そうでなくて、現行法の全体の改正に手をつけられるよりも、一番忌まわしいところ、そして選挙違反が押えられるキー・ポイント、それが連座制の強化だろうと思うのですが、これをぜひ取上げていただきまして、国会議員の方々自身が早くこのルールをおきめいただいて、国民に率先して選挙のたびに守つて行く、こういう美風をお出しくださいますならばたいへんけつこうだと思います。と同時に、選挙のたびに、一千万とか二千万とか、実に金がかかる。金がなければできないのだということが社会常識のようになつておりますけれども、立候補される方々が、あるいは現在七百人もおられる両院議員の方々の皆様が、そんなにお使いになつたと思いませんし、お使いになる方でも好んでそれだけの金を選挙のためにお使いになろうとは思わないだろう、いやいやながらそうでもして勝つて行きたいという、ほんとうにお気の毒な御心情でもつてはげしい選挙に臨んで来られたと思う。ですから、金と政治と選挙、この三つの悪循環を断ち切り、しかも淳風美俗になるべく、日本の選挙から買収その他そういうくだらない弊風は一掃するのだ、それを自分たち自身がまつ先に守つて行くのだ、陰でいかに悪いこと、違反をうまくやつて当選するかという競争ごつこでなく、いかに公明選挙で競争するかというような、そういう美風をこれから打出していただきたいし、かつまた、一般の国民の中にも、青年団とかあるいは婦人会など特にそうだと思いますが、純粋な考えで選挙に臨み、お金があろうとなかろうと、ほんとうにいい方を出そうという情熱がはげしく今燃えかかつておりますので、そういう新しい芽からは、依然として昔のような一ともかく衆参両院の方々の選挙といたしますと、何々候補は、東京ですと、もう何人区会議員をかかえ込んだとか、あるいは何人の市会議員がだれさんの味方に入つたとか、そのたびにどうもその陰に金が動いておるのじやないか、こういう実にいやな習慣をこの際ぜひとも一掃していただきたい。また、そういつたふうな行き方は、清純な青年層とか婦人層、そういう人たちにはもはや受入れられない旧来の行き方だと思う。そうして、そういう人たちは、目立たないようですけれども、相当金をお使いになつたようでいて、みごとに落選しておられる方々の実例が続々と出ておるようであります。また一面には、これも実例があつたようでございますが、全然公明選挙一点ばりでみごとに当選されたという実例も出ているわけであります。ですから、連座制の強化がここではつきりとりあえず打出されまして、選挙の裏に金は絶対に動かない。いずれの人も、出す方も出される方も公明選挙の競争ごつこである、違反ごつこでなくして、公明なる行き方の競争だ、そういうふうなことが美風を打出すキー・ポイントになるのではなかろうか。そういう意味で、私どもは今回の連座制の強化という改正法案に心から賛成と喜びを覚えておるものでございます。 さらに、この中に市町村議員の方々が衆参両院の大きな選挙で関係されて違反があつた場合には、公民権の停止をはつきりされる。これも従来あつたのですが、連座制強化で、金銭買収の場合と同じように、市町村議員の方が公民権を停止されるということは、何よりもたいへんな損失でございますので、これもやはり、改正の趣旨にありますように、たいへんなきき目を発揮するのではなかろうか、こう思つております。いろいろ重複することもございますので、とりあえず一応その意見を述べまして、最後にひとつお願いなり希望なり申し上げますのは、現行の法律にいたしましても、たとえば、ここでねらいますように、連座制が強化されたといたしましても、これを守ろうとする気持、それから守らなければならない、それからまた不幸にして違反を犯した場合に、選挙違反というものに対する罪悪感が一般的に非常に薄いのでございます。ひどい人になりますと、違反の五、六回もして刑務所に二、三回入つてみないと、ほんとうの政治通にはなれないとか、あるいは政治家にはなれないというくらいの言葉が言われておるくらいでして、これは、選挙違反というものは、強盗とか、詐欺とか、そういうもの、いやそれよりももつと道徳的な良心の責めを感じる犯罪の一つである、そういうふうに厳粛に考えなければならないと私は思つております。ですから、いくらよい法律が強化され、つくり上げられて行きましても、今日の日本の社会のように、政治家が金と選挙と、実に目をおおい耳をおおいたいような腐敗堕落の大元締めのような一つの弊風がはつきり打ち出されておる風習を、現在の議員先生方を初めとして、一般の有権者のみなが一緒になつて努力をしてぬぐい去るというようなはつきりした決意の上に立つことが、まず改正よりも何よりも先であろうと思いますけれども、そういう決意を私ども固めますと同時に、なお今日まで願つておりました連座制の強化の但書の削除、そういうことが率先して行われますならば、これに越した喜びはないと思います。 政治資金規正法の一部を改正する法律案、これの方は、私ども法律的の専門家でもございませんので、提出されておりますものについては十分熟読させていただいて、昨今の政界あるいは政党とお金の悪因縁、それからもたらされておる今日の国会の臭気ふんぷんたるありさまから考えまして、こういう政治資金規正法の改正案というものは非常に時宜に適したけつこうなものだと存じますので、これも今度の国会で取上げて行きますように切望する次第であります。
○森委員長 三上英雄参考人はお急ぎだそうですから、御質問がありましたら……。
○三輪委員 三上さんは選挙を数回おやりになつておつてくろうとでいらつしやる。そういう意味で聞きたい。先ほど選挙公営という問題を持ち出されました。公営というのは大体どの範囲に持つて行つたらよろしいという御意見でありましようか。あらましのところを伺いたい。
○三上参考人 お答えいたします。まず文書ですが、これを現在より以上に公営で頒布ができるというふうにすることが一番重大だと思います。現在は選挙公報だけ許されておりますが、かつてありましたように、各候補者がある規格の紙と字数と文章で自分でそれをつくつて、そうして配布することができるようにしたい。それから演説会の費用、これも一晩二箇所以上でやると相当乗物賃がかかる。また演説会の経費ももう少し現在よりよけい公営でやつて行くというふうにしたい。それからポスターももう少し公営でふやすようにしたい。そこで私は、今の自動車な乗つて、自動車の上でペコペコして歩かなければならぬチンドン屋のような選挙のやり方はやめて、なるべく公営によるよい選挙運動を、やりたい。こういうふうにしたらということをとりあえず私は考えるわけです。
○森委員長 なおお願いいたしますが、小室三夫朗君も非常にお時間を急がれておるようでございますので、小室さんにもあわせて御質問願いたいと思います。
○三輪委員 もう一点お聞きしたい。政治資金規正法の関係で、大口の寄付をやめたらいい、小口だけは認められる、こういうことですが、大口、小口と言いますが、その限界を大体どの程度に置くのが妥当であるというようなお考えでございましようか。
○三上参考人 その点については、私自身が確定意見を持つておらぬのでありますが、アメリカなんかの例から見て、小口の限度はまず二万円か三万円程度にしたらどうかと思つております。あるいはこれは少きに失するかもわかりませんが、私は今のところとりあえずそこらに標準を置きたいと思つております。
○島上委員 三上先生にお伺いしたいのですが、たくさんありますけれども、簡単に二点だけ伺いたいと思います。 現行法によりますと、かりに総括主宰者の犯罪が確定しても、ただちに当選は無効にならないで、選挙民または他の候補者から、当選人を被告として三十日以内に高等裁判所に当選無効の訴訟をして、その確定を経なければ無効にならない、こういうふうに記憶しておりますが、これは、私どもは、総折主宰者、さらにこの改正案によつて出納責任者が連座して、当選無効となるべき罪を犯して判決が確定した場合には、今のようにさらにあらためて裁判を起すということを必要としないで、有罪確定と同時に当然に無効とする、こういうふうにすべきものではないかと考えますが、それに対するお考えをひとつ。 もう一点は、今度は候補者が当選無効となるような罪を犯した場合に、第一審の判決があつた場合、当選無効とする部分についてのみはただちにこれを執行する、けれども、この場合は、繰上げ当選とか補欠選挙等は裁判の最終決定に至るまでは行わないことにしなければならぬと思いますが、少くとも第一審の判決がありましたならば、当選無効とする部分についてのみはこれを執行するというふうにしたらどうか、こう考えておりますが、この二点に対して御意見を承りたい。
○三上参考人 お答えいたします。前者の御質問につきましては、これは、たとえば総括主宰者で言えば、総括主宰者を被告として刑事の公判を開かれておるから、自然判決は総括主宰者の選挙違反の犯罪で判決をする、こういう建前である。そこで今度それがために当選者を無効にするかどうかということは、これは刑事公判ではなくて別な訴訟になりますから、第二段の別な手続になつて来ておる。これは今お尋ねの通りであります。そこで、そういうふうな時間を要し手続を重ねることをしないで、総括主宰者の選挙違反の刑事判決と、当選人の無効という判決が合一にできるようにするということは理論的には私はさしつかえないと思うのですが、やはりこれは立法でそういう規定をされることにしたならばよろしかろうと思うのであります。たとえて申しますれば、今まで、交通事故で人の生命を奪い身体を損傷した場合において、被害者の側から損害賠償の請求を独立してもできるのであるけれども、交通事故の方の傷害致死罪とかいうような公判に附帯私訴というものができるようになつていた。刑事の公判と損害賠償の私訴が、一つ裁判の手続で一つ判事で相次いで行われたのであります。今日は改めて附帯私訴というものができぬことに相なつたのでありますが、そういうふうに附帯私訴をして一つの訴訟手続でずつとしばらくの間やつておつたのであります。そのような意味から考えてみて、立法では御説のような二段にあらずして一段に合一してやるということもできると私は考えております。ただこういう規定が通過すればそういう心配はなくなるわけであります。 それから後者の手続ですね、いわゆる仮執行と申しますか、これは、民事訴訟法では、一審判決がありまして、金を支払え、家屋の明渡しをしろという場合において、前項の判決は仮にこれを執行することを得るということになりますと、あるいは保証金を積んで許される場合もあるし、保証金を積まなくとも許される場合もある。そうして本執行と同じようにどんどんやれるわけであります。ところが仮執行の場合には、やはり仮でありますから、相手方は停止命令という手続をして、また保証金を積むというような手続をして、二審の上訴審の判決があるまで停止するというような手続も、また民事訴訟法においてはあるわけであります。そこで今の御質問ですが、当選が無効となつた場合において、仮に効力を発生せしめて当選者の資格を奪う、こういうことでございますが、これもやはり立法でやればやれぬことはない。法律は万能でありますから、やればやれぬことはないのでありますが、今の民事訴訟法における仮執行は、何と申しましても私権の問題であり、選挙権とか被選挙権とかいう問題に関することは公権に関することでありまして、民事訴訟法においては、私権の救済の場合においてすら、仮執行をされようとする者は保証金を積んで、それもまた停止命令がとれるというようなことができるのでありますが、今の場合において、当選が無効になつたというので上訴しておるのに、もう当選が確定したと同じようにして、議員としての資格を全然喪失するというようなことになることは、感情的にも公権の上においても多少考慮すべき問題ではなかろうか。ことに上訴において反対の判決を得た、候補者が有利な判決を得たという場合には、停止されておる期間内におけるところの不利益というものはほとんど償うことができないというようなことになるであろうと思うのであります。そういう意味において、後者の場合の御質問はなおよほど研究すべきことであつて、今の場合においてこれを実現することについては私は反対の気持であります。
○島上委員 お忙しいところを恐縮ですが、もう一点だけ。これは午前中にも私質問しましたが、どうもはつきりした御答弁が得られなかつたので、法律家であるあなたにお聞きしたいと思います。それは連座の規定の問題ですが、私どもは、総括主宰者及び出納責任者にするというだけではなお不十分だというふうに考えております。先ほど小室参考人から、運動員にまでというような御意見がありましたが、私どもも大体そういうように考えております。ところが、現在の選挙の実態を見ますと、総括主宰者でも出納責任者でも運動員でもないが、候補者の妻が買収に働く、むすこがやるという場合が非常に多いのです。現に最近ありました判決でも、それがあつた。しかしこれが全然連座していない。連座規定に反対する反対論者は、相手の候補者からスパイに入つて謀略にかかるということを唯一の論拠にしておるようですが、妻やむすこは相手にスパイされるということはないことだと思う。そういうわけで、私は午前中の参考人にも伺いましたが、妻やむすこの場合には本人と同様に解釈すべきものではないか、こういう御答弁でございました。しかし現在の法律ではそういう解釈はできないと思います。そこで私どもは、はつきりと妻やむすこの場合も連座するように法的に規定すべきではないか、こういうふうに考えておりますが、その点に対する今の午前中の御意見にありました本人と同様に解釈できるのではないかということをも含めて、ひとつ御意見を承りたいと思います。
○三上参考人 今の場合、細君や子供が一体となつてやるということは、その身分上の立場からいえば、これはほとんど本人と同じであるのであります。が、法の適用、法の運用という点から見れば、本人と同様ということは私は言いかねると思うております。むしろその妻や子供というものは総括主催者と見てもよろしい場合があるのではないかと私は思うております。それでありますから、解釈によつて、細君がその地位によつてやる、せがれというその地位によつてやるということは、総括主宰者としてこれを取調べ、また起訴なら起訴、判決なら判決ができるものだと私は考えております。もしそれでもいけないということになつて、もつと明確に、いやしくも妻とも子供ともあろうものが、ほとんど同一体となるべきものが、そういうことをするということはいけないというならば、お説のように明文をもつてやれば、これはその立場において疑いないことでありますから、きわめて明瞭であると思うのであります。大体総括主宰者ということが非常に解釈に疑義の存ずるところなんでありますが、そういうふうに総括主宰者の方に入れて解釈したらよかろう、それでもなお不安であつたならば、妻と子供ということを明文に表わしたらよかろう、こう私は考えております。
○高瀬委員 私はただいま伺いまして、参考人各位の御意見を拝聴せずに意見を述べるのは失礼でありますが、政治資金規正法と公職選挙法のいわゆる連座制の改正について、多少私どもの立場から率直に意見を述べてみたいと思う。この前、市川房枝君と中村高一君の提案理由の説明がありましたが、私自身はこの法案の内容をよく研究しておらないので、その点もお断りして伺いますが、実は政治資金規正法を見ますと、かなりあの規正の方法では——選挙そのものに制限しろという蝋山さんの意見が午前中ありましたが、あの法案によりますと、必ずしも選挙に関係していない。そういたしますると、私どもの立場、たとえば改進党の立場、自由党もこれは大同小異だと思うのですが、政治資金をふだん党活動に集める、あるいは選挙の際に個人が金を集めるというような場合に、率直にいいますと非常に支障を来す。これ偽らざるわれわれの立場なんです。そこで、もしあの政治資金規正法のようなものによつて規制された上に選挙を行うといたしますると、先ほど春野さんの言われたように、粛正された、いわゆるまじめな、ほんとうに民意を代表するような選挙を行わない限り、今の状態では物価も高いしなかなか金もかかるという状態になります。ところが、あの中で、たとえばここに島上君なんかおられますが、早い話がこの間の教育二法案の改正などのときに、うそかほんとうか知りませんけれども、教員組合などでは約七千万円からの阻止のための運動資金、阻止のための経費を計上しておる、こういうことも開いておる。それから、この前の選挙のときには、四十万円から百何十万円程度の政治資金を四十何名の教員関係から出た社会党左派の議員の諸君に出しておる。こういうことになると、一体これらの点はこの政治資金規正法によつては全然規正されない。そうして保守党の方は、たとえばある一つの例を引いてみますと、専売とか鉄道とか、そういう企業に関係して請負をしておるものなどからすらその選挙資金を得るのに寄付を受けてはいかぬのだ、こういうわけである。そうなると、ほとんど私どもの立場が——率直にいいますと、選挙の金などは、ぼくみたいなやつは、たいていもらつてやつておるのですから、集まらない、こういうことになる。これは政治家に対するおさい銭ですから、私は自信を持つてありがたくちようだいしておる。そうすると保守党関係のやつはてんで金が集まらない。片方は、たとえばそこにも総評の小室さんがおられますが、あらゆる方面でそういうところのルートを通して社会党関係の人には金が集まるが、保守党関係には集まらないで、われわれ選挙では惨敗してしまう。これは、率直に言つて、こんなもの——こんなものということはありませんが、こういうようなことをまじめに考えてつくられると、因るのはどうかというと、改進党とか自由党とかわれわれの方の政党だと思うのです。ですから、そういう点について、各種の労働組合なり、あるいは教員組合なりのいわゆる政治資金の献金というものが、これによつては何ら規正されない。それが正しいものであろうとは思いますけれども、それらのものと保守党に集まる資金との調整がこの法案の中では全然できていないということを私は非常に遺憾に考えておる。これについて参考人の各位はいかようにお考えになつておりますか、一応御意見を拝聴したいということが一つと、それから、この連座制の問題についてはいろいろ御議論があるようでありますが、事実問題として出納責任者あるいはいわゆる総括主宰者というようなものが選挙費用の報告をする、あるいはその他のいろいろな選挙を具体的に行う場合に、ああいう程度で規正され、罰則を適用され、選挙権を剥奪され、あるいは公民権を失うということになりますと、とうていその選挙が行い得ない。私は五回選挙をやりましたが、そういう点についておそらく今まで良心に訴えて正しい報告はなされていないと思うのです。法律的にいわゆる瑕疵のない報告はしております。たとえば選挙費用が三十万円ならそれ以内に報告をする。いろいろな点について、極端に言いますと、各種の場合に虚偽の報告が平気で行われておる。これは自由党といわず、改進党といわず、社会党といわず、共産党だつて同じだと思うのです。(「いや、ぼくの方はないよ」と呼ぶ者あり)それはどうかわかりませんが、そういう点について、私はそう恐る恐る推察せざるを得ない。従つてこんな方法で政治資金規正法を適用するということになりますと、大づかみに言いまして、個々の場合いろいろな陰謀が行われるとか、そういうことは別として、わが国の国民性からいつて非常に明朗闊達なるところの選挙運動なり選挙が行われない。罰則規定などを設けた結果、非常に萎縮した選挙が行われて、妙に選挙がゆがめられてしまいはしないか。だから、なるほどりくつはいいのです。政治資金を規正する、あるいは連座制を設ける、これは非常にりくつはいいのですが、実際やつてみると、とうてい実行不可能ではないかと私は思う。それらの点について、根本的に選挙の粛正あるいは国民の道義の高揚とか、あるいは政治常識の発達にまつほかないと思いますけれども、とにかく私はこれは非常に問題であろうと思う。これらの問題を私はざつくばらんにぶちまけて皆さんの御意見を伺いたいと思つて、ただその御意見を伺う材料を提供したのですが、ひとつ率直な御意見を拝聴したいと思います。
○小室参考人 今の第一点は、政治資金規正法の改正法案に関して、いわゆる革新政党と申しますか、そういうものと労働組合とのつながりで非常に不均衡を来すのではなかろうか、こういうふうな御質問かと存じます。この政治資金規正法の改正法案にいたしましても、ないしは公職選挙法の百九十九条ないしは二百一条の規定にいたしましても、ここで規定されておりますのは、いわゆる行政機関ないしは国家権力、地方権力、こういうものとの結びつきにおける選挙関係の費用の提出というか、寄付というものを禁止しておるのでありまして、別の、逆な言葉で言えば、権力を利用し、あるいは利益を利用してそういつた政治献金が行われる、こういう点がこの政治資金規正法では非常に問題になる点ではなかろうか。それから労働組合と革新政党との関係でございますけれども、これは何も、国家権力とか権力に基く利益の授受とか、そういうものに関係づけられておるのではありませんで、あくまでも個人対個人の問題としてこの関係が確立しているのではなかろうか。こういう点から言いまして、私どもといたしましては、この政治資金規正法でこういうことを規定したから、保守政党と称せられるものが不均衡を来すということにはならぬと思うのであります。別な言葉で申し上げますならば、高瀬先生のおつしやいました保守政党というものがほんとうに力を国民の間に伸ばして来るとするならば、当然この保守政党というものに対する国民の輿論が高まつて、おのずからそこに当選というような可能性も生れて来る、こういうように考えておるものであります。そういう点から言いまして、別段その点は問題はないのじやなかろうかと考えております。 それから第二点の連座制の問題でありますけれども、公民権が剥奪されて、さらに罰則規定が強化されるならば、選挙が非常に萎縮して来るのではなかろうか、こういうふうな問題でありますが、いわゆる公民権剥奪にいたしましても、その他の罰則規定にいたしましても、要するにこういう方法で明るい選挙を行おうとすることに対する違反事項でありますので、これは一部の限られた者に対する罰則ということになりますから、そこにこの罰則規定を適用したことによつて国民全体が不明朗になるという事態は別段起きて来ない、こというふうに考えております。むしろ国民が自粛自戒いたしまして、次の選挙においてはほんとうに公明な選挙を行おうとする意欲の方がむしろ逆にわいて来るのではなかろうか、こういうふうに考えております。この選挙費用の問題についてでありますけれども、法定額というものが公職選挙法で規定されておりますので、別段それ以上使う必要もないのじやなかろうか、もしもかりに法定額が少いとするならば、これは公職選挙法において妥当なる金額を設定いたしまして、皆さん方が安心して——皆さん方と申しましては失礼でありますが、公職の候補者が安心してその金額によつて明朗な選挙が行えるようにすることが、改正の趣旨に沿うゆえんではなかろうか、このようにこの連座制については考えているわけであります。ですから、この連座制を強化したからといつて、国民自身が萎縮したり、ないしは投票を拒否したりするような事態は起きずに、むしろ逆に、国民自体が伸び伸びと、何にもかかわりなくこの選挙に参加できるのではなかろうか、こういうふうに考えております。
○高橋(英)委員 関連して。今のお話のうちに、権力を持つておると犯罪性が生じ、権力を持つていないと犯罪性が生じないというように聞える点があつたのですが、たとえば社会党が権力を握つたら、現在非難さるべきものでないとしておる者でも非難されることになり、それからたとえば自由党なんかが在野党になれば、現在非難されている者でも、権力の場からおりたのであるから、それは清浄なものになるのだ、犯罪性がなくなることになるのだということになるのですか。すなわち、同一行為でも、権力を持つていると持つていないとでもつて、犯罪性というか、不浄性といいますか、そういうものがあることになり、またないことになるというのか、ちよつと聞いているとそういうふうに聞えますが、どうでしようか。
○小室参考人 私の申し上げたのは、権力というときつい言葉になりますが、いわゆる為政家と申しますか、そういうふうなものによつてこの犯罪というものがどうこうするというようには御説明申さなかつたつもりなんですが、そう聞えたとするならば私の説明不足だと考えております。私の申し上げたいと思いましたことは、要するに、保守党であれ、革新政党であれ、国民の輿論の上に立つた政治であつたならば、その人たちが国民全体から支持され、そこに政治資金というものもほんとうの浄財として翕然として集まつて来るのではないか、そういうふうな建前に立つて行わるべきであつて、この政治資金規正法の一部を改正する法律案にいたしましても、公職選挙法の百九十九条ないし二百一条にいたしましても、こういつたいわゆる国家というもの、ないしは地方の行政機関というようなものと利害関係の生ずるようなことが政治上おもしろくない、こういうような自治はおもしろくないというようなところからこういう改正法案が出た、こういうふうに考えておりますので、先ほどのような説明をいたしたわけです。この点、もし説明不足で誤解の点がありましたならば、御了解いただきたいと思います。前に申し上げました通り、社会党が政権をとろうが、自由党が政権をとつておろうが、ないしは改進党が政権をとろうが、その関係においては、いつ何どきでもこういつた犯罪構成というものの判定にはかわりはない、こういうふうに考えております。
○森委員長 春野さん、先ほど高瀬傳君から質問がありました点についてお答えを願いたいという中出が高瀬君からありましたが……。
○春野参考人 先ほどの御質問は二点だと思いますけれども、先ほどの御発言の中に、先生が堂々五回当選されて、代議士として国政に直接参与され、大いにお働きになる、それにいろいろ献金があるので、それはお礼という言葉でしたか、当然ありがたくちようだいして、平常の御活動なり、それから選挙の場合でも、そういうものがあるから、相当に金がかかるのに——法定費用にしても相当の金額であるということは私も多少承知いたしておりますけれども、それでまかなつて来ているというそのお言葉に、私ちよつと疑義を感ずるのでございます。当選されましたら、どなたも公平な歳費をおもらいでございますし、それからまた立候補なされたお気持そのものが、ほかの人ならば、そういうやつかいな仕事をするよりも、自分の生業なりあるいは金もうけに専念したいでしようが、それを乗り越えて、そして全国民のために公僕としていわゆる粉骨砕身お働きになる。それに対する報酬は、国民の税金でまかなわれます歳費が当然支払われているわけなんですけれども、総括的に言いまして、政治とは、あるいは政治活動をする場合には非常に金がかかるのだ、そこらがわからないのは、それは女子供のあさましさで、察しが悪いじやないかとおつしやられるかもしれませんが、多少お察しできないこともありませんけれども、立候補されるときの悲壮な御決意、それからまた四年間にしろ何年間にしろ、国民は無報酬であなたにいろいろなことをお願いしているのでもございません。そこで今まで相当かかりましたでしようけれども、あなたを支持なさるごく一部の方々には、相当お金をお持ちの階層もありましようし、あるいは会社もありましようし、あるいは一労働者の方もありましよう。だけれども、献金が多かろうと少かろうと、いずれの人々のためにも公平にお働きいただくのが、これが立候補なさるときの純粋なお気持じやなかろうか、こういうふうに思うのです。ところが人間というものは弱い者でございまして、ある階層から相当まとまつた献金がありますと、その方の利害にどうしても動きやすくなる、これは人情の当然だろうと思います。それをそうだからといつて、何らここに規正することなしに、保守政党が国民の中のどういう階層に支持されている、あるいは社会党その他の党の方々がどういう層を基準にしておられる、こういう色わけは自然と出ましようけれども、旧来のように、政治とは金がかかるものだ、ある程度何か顔をきかせば、何か口をきいてあげればもう非常に——これはうわさでございますが、本会議で何かの法律に対して発言なさると、それに一声何万円とか何百万円の謝礼が行くというふうないやなうわさがかりに今日の私どもの耳に入る常識とすれば、実に直なき大衆というもの、一銭も献金できない大多数の大衆というものは、一体だれが代弁し代表してやつてくださるのだろう、そういう嘆きを平常味わわないものでもないのでございます。ですから、やはりお金もかかりましようし献金も必要かと思いますが、野放図な行き方というものを規正するということは、これは政界運営の道徳的ルールとして必要かと、こういうふうに思つているわけであります。 それから、たとえば選挙の場合の罰則の強化ということのみをやたらに強くして、全体的に選挙というものが萎縮されないだろうか、こういう御心配のようでございますが、私どもは、あべこべに、今まで通りの常識で運営して行きますならば、たとえば運動員あるいは法定費用の問題にいたしましても、もうわからないように、わからないように、陰から陰に何となく——敵は自動車もそつと五台使つておる、じやこちらも十台使えというような、何といいますか、違反ごつこというようなことに際限がなくなるのじやないか。またそういう意味の弊害も今日まで非常に多く出ていたと思うのです。そういうことではなくて、今度はいい面できまつたルールというものは——もちろんそのルールをきめるときには大いに——たとえば私はさつき意見を申し述べましたときにちよつと触れたかつたのでありますが、おつしやる通りに、出納報告などというのは、私も一、二度選挙のお手伝いをして多少実際の体験があるのでございますが、たとえば婦人会から百匁のビスケットの陣中見舞があつたといたします。それをまた正直に百匁のビスケットの寄付があつた、そう書きましたところが、これはこんなふうに書かれては困るというふうなことで、きわめて零細なことのようですが、非常に規則がやかまし過ぎて細則のところでむしろ規則がやかましくてほんとうのことが書けない。うつかりしますと、ふなれな者はそういつたことが違反だなどとおどかされるわけでありますが、角をためて牛を殺すような行き方でなくして行政の叡知でもつてそういうルールで明るく行こうじやないか、公明な競争をやろうじやないかというふうな方向にできれば急転回していただきたい。その方がむしろ、遠い将来を考えたときに、このままの弊風が伸びて行きますよりも、いいものごつこの将来という、ものに実は非常に期待をいたしておるわけでございます。
○島上委員 私は高瀬君とは大分考えが違いますが、御承知のように、この政治資金規正法は国から直接、間接に利子補給なり投資なり援助を受けておる会社が政党に献金をしてはいかぬというのですから、これははつきりしておる。国が国民の血税を集めてこれを補助しあるいは投資したものから献金を受けることを禁止するということは、これは汚職、疑獄の温床ですから、これはこのようにいたしましても、なお他の会社が無数に存在しましておそらくこれは相当おさい銭をお上げになることだと思う。従つて労働組合と革新政党との間が不均衡というようなことは決してあり得ない。そこで伺いたいのですが、午前中の参考人から私はこれに関する非常に積極的な意見を聞いた。積極的な、あるいは進歩的なと申しますか、それらの意見によると、この法案にある範囲にとどまらずに、さらにすべての法人、労働組合までを含めてのそういうすべての法人及び団体の献金を禁止すべきではないか、献金は選挙に関係のある選挙権を持つておる個人がすべきもので、団体がすること自体が間違いだ、こういう積極的な意見があつた。これは傾聴に値すると思います。もちろんこれは労働組合が個人にカンパを求める、組合の役員が連盟をもつてカンパを求める、あるいは社長が株主に社長の名前でカンパを求めるということは、これは会社でやることと、あるいは団体がやることとは別ですから、それは自由であつてよろしいが、会社とか団体というものは選挙権を持つていないわけですから、選挙権を持つていない会社や団体が献金をするというそこまで範囲を広げるべきではないか、こういう意見があります。そういうふうになると、高瀬君の御心配が非常に実際的になつて来るわけですが、午前中の参考人のこの積極的な御意見に対して皆さんはどういうふうにお考えになるか、お二人から簡単でけつこうですから伺いたい。
○小室参考人 今の問題は先ほどの御質問と非常に関連が深くなつておると思いますけれども、いわゆる個人的なカンパと申しますが、憲法で保障されている私どもの政治に対する投票権、ないしは崇拝する政治家に対するそういう問題というものは、これは禁止すべきではない、あくまでもそういつた基本的な人権の立場に立つて行くべきである、このように考えております。現在までいろいろ行われている総評関係等のこういう問題に関しましても、あらゆる民主的な会議等を開いて意見を聞きながら積み上げてやつておるものでありまして、個人の意思を無視するとかいうことは全然ございません。たとえばどのように私どもの組合というものが強いものでありましても、個人の意思を無視してまでもこれを強制することはできませんので、自主的な個人々々の判断に基くカンパ、こういつたような了解に立つてそれをとりまとめるというような態勢になつておりますので、午前中の参考人の方があらゆる団体というものの献金を禁止すべきであると言いますが、一概にみそもそもそも一緒にするというようなやり方というものは、これこそ高瀬先生のおつしやるいろいろの点におけるところの選挙に関する干渉というものになりはしないか、こういうふうに考えておるわけであります。
○鍛冶委員 私は、先ほどの説明を聞かなかつたので、先ほどからのお話に関して伺いたいと思います。腐れ縁ができるからというお言葉がございましたか、それで私は吐きたいのですが、この法案にあなた方が賛成せられるのは、どういうことを守らせようというのですか。われわれの言葉で、言えば法益ですが、この法律をこしらえればこういう点がよくなるのだ、そういう点をどこに置いておられるか。要するに腐れ縁ができるから政治が曲るというのか、それとも金を集めたら選挙が腐敗するからというのか、そこらのところだと思うのですが、そこら辺をあなたの方から……。
○小室参考人 腐れ縁という表現をしたとしますれば、これは表現の方法はいろいろあると思いますが、私の申し上げましたことは、いわゆる政治資金規正法にいたしましても、公職選挙法の改正法案にいたしましても、いわゆる政界の明朗化、公正化、それからもう一つは、国民の前にほんとうに各政党がガラス張りの中で何の恐れもなく政治を行つて行く、こういう点と二つのねらいがあるのではなかろうか。この公職選挙法の改正にいたしましても、現在まで、先ほど御指摘になりました金を集めるから公職選挙というものが不明朗になるのでなくして、いわゆる金を使うから不明朗になるのだと私は思うのです。金がいくらあろうとも、たとえば社会党が何十億円政党として持つていようとも、また自由党が何十億持つていようとも、それはその政党自体の問題であります。その政党がほんとうに国民の信頼にこたえる政党ならば問題はないと思います。だから金を集めるというのではなくして、その金の使途について問題点があるという点であります。先ほども申し上げましたように、現在行われております選挙というものは、法的には別といたしましても、現実的には三当二落という三千万円単位というふうに巷間に流布されておる。こういう点を是正して行く。そのためにいわゆる立候補する方が金銭的に御苦労をなさる、そういう点を排除して、ほんとうに日本の国の中でりつぱな人たちが国政に参与する、こういう態勢を開くべきではないか、私としてはこういうふうに考えております。
○森委員長 小室さん並びに春野さんに対するところの意見聴取はこれをもつて終ります。 次は、丸山隆一君より願います。
○丸山参考人 大体前の参考人の方が言い尽しておられると思いますので、できるだけ重複する部分を避けて簡単に申し上げたいと思います。 政治資金規正法と、それから公職選挙法の改正原案に対しては、結論を申し上げますと、総同盟は賛成であります。ただ多少希望意見がありますので、それを簡単にまとめて申し上げたいと思います。 まず、政治資金規正法の中でございますが、この政治資金規正法の改正案の中の第二十二条の二の第二項に、寄付の禁止期間が一年というふうになつております。先ほども参考人から申し上げましたが、これは一年では短かいのではなかろうか。従つて、私どもとしましては、少くともこの期間は三箇年にしておくことがよろしいのではなかろうか、こういうふうに考えておるのであります。 それから、改正の第二十六条でございますが、これは規正法の原文の方を見ますと、「その支部の代表者若しくは主幹者その他の責任者を三年以下」云々ということになつておるのでありますが、今度の改正の方を見ますと、「協会その他の団体又はその支部の代表者若しくは主幹者、会計責任者その他の責任者で当該違反行為をした者は、」というふうに、特に違反行為をしたというような人を抽出して規定しているように思うのであります。この違反行為には、やはり公職選挙法の改正と同じように、一つの連座制があつてしかるべきではないか。私は法律の専門家でないので、あるいは間違つておるかもしれませんが、今のような解釈にいたしますと、むしろ、現行の二十六条の罰金に処することができるというのを、罰金に処するというふうに直した方が、改正の趣旨を明確にするのではなかろうか、こういうふうに考えておるのであります。 そういう建前から、現在の改正案二十二条を見ますと、そういう意見が出て来るのでありますが、先ほど三上先生からも言われておつたのですが、第二十二条の二で列挙してある法人もしくは会社は、全部国が直接または間接に何らかの援助をしている会社であります。先ほどの参考人の方にも、戦後は財閥と政党とが公然と結びつく、むしろそういうことのないように、遠慮がちに結びついた方がよいのではないかというような意見のように私は承つたのですが、現在の資本主義経済と申しますか、この中では、保守政党はおそらくいわゆる財閥の何らかの援助をお受けになるものと思うのであります。それは、この資本主義経済の本質からして、われわれとしても多少理解できる点はあるのであります。少くとも二十二条の二に列挙してある会社は、財政的な援助なり利益を国から受けている会社でございます。従つて、こういう会社が政治資金あるいはその他の寄付金をやるというような余裕はなかろうというふうに考えますので、第二十二条は政党その他の団体が寄付を受けてはならないというふうに書いておられますけれども、むしろこういう会社は政党その他団体に寄付行為をしてはならない、あるいは政治資金を支出してはならないというふうにかえた方が適当ではなかろうか。はなはだ不勉強で申訳ないのでありますが、この寄付行為を万が一こういう法人または会社がやつた場合に、それを処罰する規定が何もないように考えておるのでございます。従つて、もしこの改正案の建前をとるにいたしましても、法人その他の会社の寄付、あるいは政治資金も含めて禁止する案をとるにいたしましても、やはりその禁止するものにある程度の制裁を加えることが必要ではなかろうか、こういうふうに考えているのであります。 それからその次には、政治資金の改正案につきまして強く感ずるのでありますが、政党、協会その他の団体、そういうものにこういう会社、法人が寄付をしてはならない。これは、さいぜんから申し上げておるように、私はあまり法律は知りませんが、こういう会社が、たとえば私が何々党の総裁であつたという場合に、私個人に番付なりあるいは財政的な援助をして、私が自己の政党にその資金を寄付として出すというような場合の防止規定というものがないように思いますので、これもやはりつくつた方が適当ではないかと考えておるのであります。 それと、これは公職選挙法にも関係して参りますが、罪の時効というものがみな一年あるいは一年以下であると思いますので、これもやはり三年程度にしておく方が適当ではないか、かように政治資金規正法に関しては考えております。 なお、政治資金規正法につきましては、これは先ほどの参考人の方の御意見にもありましたが、もつと厳格に取締らるべきではなかろうか、こまかい帳簿の記入であるとか、あるいは形式的な面をやかましく言つて、かんじんの大きい魚を逃がしておるような面がありますので、やはり取締りもそういう実情に即してやられたらいかがであろうか、こういうような意見を持つております。 それから、話が前後いたしますが、この中で選挙に関してという事項が全部出ております。選挙に関してこういうことをしてはいけない。選挙に関してということは、選挙に関する事項を動機とした場合という政府の−見解であつて、そのために、検察当局が違反を明らかにするためには、検察当局が立証の義務がある。立証義務を負つて立証しなければできないという話を聞いておるのでありまするが、もしそういうことがあればこの法の目的にかないませんので、その点の字句あるいは選挙に関してというものがそういうような検察当局の立証の義務を負わすならば、あるいは選挙に際してというように書き改めて、はつきりとこの点を出した方がよろしいのではないか、こういうふうに考えておるのであります。 それから次に、公職選挙法につきましては、罪の事項というものを全部これはやはり三年にしておいた方がいいのではないか。と同時に、二百五十二条の三項にありまする公民権の停止等も、悪質犯に対しては、これは先ほども参考人からも申しておられましたが、選挙違反は決していわゆる国事犯ではございません。われわれは、これはやはり破廉恥罪、買収その他の悪質犯は破廉恥罪の一種であるというふうに考えておりますので、こういうものに対してはやはり体刑をもつて臨むことも必要であろうし、公民権の停止に関しましても、永久停止とは言いませんでも、ある程度長期間の停止をする、こういうことが政治制裁としては必要ではなかろうかというふうに考えておるのであります。この点に関しては、常に、そういうふうに行うと選挙が非常に暗くなる、明るい選挙ができないという御意見が出るのでありますが、そういうふうに改正してこそ初めてわれわれは明るい選挙ができるのではないか。お互いに民主主義のルールをきめたものが公職選挙でありますから、民主政治のルールを的確に守るということの方がかえつて明るい選挙ができますし、その結果、出て来た方々も、決して自分たちは選挙の実質上の違反をしているんではないということをはつきりするためにもよろしいのではないか。極端な言葉であるいは語弊があるかもしれませんが、現在のような選挙でありますと、国民の一部には、衆参議員のみならず、各下級機関の選挙にしましても、その当選した者は、何らかの形で、あるいは形式的に実質的に選挙違反をして出て来たのではないか、当選したのではないかというようなことを考えるとすれば、きれいな選挙をして出られた方々にかえつて迷惑をかけるので、こういうふうなものは、やはり政治的な制裁として相当の厳罰をもつて臨まれることが適当ではないかというふうに考えられます。 と同時に、違反の裁判に関しては、もつと何らかの迅速に行われるべき措置が講ぜらるべきであろう。選挙法の裁判に関してのみに一審制をとるということは、現在の法規ではできかねると思うのでありますが、そういう点も、いわゆる最高裁にまで持つて行くうちに、その選挙が済んで次の選挙がもう半ばに入つておつたということもありますので、何かこの違反の裁判に関してはもつと迅速に終結がつくようなことをひとつお考え願いたい、かように考えるのであります。 それから、この公職選挙法の改正の中心になつております連座規定の強化というものは、これは当然のことであろうと存じております。候補者のみならず、選挙運動の総括主催者、あるいは出納責任者、これは全部連座規定を適用すべきであります。連座規定が適用できないというのは、これは、われわれしろうとか考えますと、選挙の際に、自分の意思でなくて、推薦によつて候補者になるというような人があるので、その方が当選した場合に、その推薦によつて自分の意思でなくて出て来た者に累が及んではいかぬというようなところから、連座規定が多少ゆるやかになつているのではないかというふうに想像をするのでありますけれども、そういうふうな場合におきましても、そういう場合であればあるほど、選挙運動の総括主宰者やあるいは出納責任者というものは、より公明な選挙をしておろうと思いますので、あまり大してそういう面に考慮を払う必要がなく、むしろ出納責任者、あるいは選挙運動の総括主宰者、さらには現実の運動員にまでこれを及ぼして、連座規定というものはもつと強化されて行くということが必要であろうと思うのであります。実は、その場合に、私自身も出納責任者をやつたことがあるのでありますが、出納責任者のいろいろな取締りといいますか、あるいは届出というものが非常に形式的なものばかりを重視している。たとえば選挙運動のために使用しておる人々の交通費の報告をする場合に、こまかい区間の料金、あるいはこういうものを報告しなければならぬというような形になつておりますけれども、そういうような形式的な面は、もつと総打開に金額を支出する方法を求めるなり、認めるなり何なりして、簡単にもつと実質的な血でやはり公職選挙法の届出及び取締りを行うべきではないか、こういうふうに考えておるのであります。 以上重複するところを避けて簡単に申し上げましたのですが、結論といたしましては、先ほど申し上げましたように、政治資金並びに公職選挙法のこの改正案については、少くともこの程度の改正案というものは当然であるというようなことで、総同盟としてはこれに全面的に賛成をいたしております。
○森委員長 これにて午後の参考人の方々の意見聴取を終ります。 この委員会を代表して委員長より一言お礼の言葉を申し上げます。本日は、各参考人には、御多忙中にもかかわりませず、本委員会のために時間をさいていただき、貴重なる御意見を賜わり、本委員会の審議の上に非常に有益なこととなりました。ぜひとも御意見を審議の上にも反映させたいと思います。どうもありがとうございました。 本日はこれにて散会いたします。次会は公報をもつてお知らせいたします。 午後三時五十八分散会