議院運営委員会 第28号
- 発言数
- 72 件
- 登壇者
- 9 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1954/03/15
会議録
○菅家委員長 これより会議を開きます。 先般の委員会の決定によりまして、本日は、国会法改正について、参考人の御意見を聴取することにいたします。本日お見えになられました参考人は、矢部貞治君、塩谷信雄君、それから今ここにまだ見えませんが、住本利男君の御三君であります。参考人の方方はいずれも御多忙中のところを、本委員会からの懇請をいれられ、御出席をいただきまして、まことに感謝にたえません。委員会を代表して、この席から厚く御礼を申し述べる次第でございます。 すでに新聞等で御承知でございましようが、本委員会におきましては、一回も国会法の改正を見ずに来ましたが、占領下から独立国になりましたこの機会に、国会の運営につきまして、新憲法以来の今日までの経験に徴し、あるいは占領下の特殊事情からわが国に取入れられました特殊な制度等についても再検討を要するのではないかという考え方のもとに、一両年前より国会法の改正の議が起りまして、その後引続き当委員会においてその研究に当つて来た次第でございます。先般は、本委員会から、各国の議会制度の視察——主として国会法、議会運営等に関して、各党代表が欧米諸国の実態の視察に出かけて参つた次第でございます。その後引続き当委員会において国会運営上の国会法改正の委員会をしばしば開いて参つたのでありますが、特に国会運営の中心をなす常任委員会制度のあり方、最近特に世論のやかましくなつた議員歳費の点等につきまして、学識経験者及び各界の代表者の方方から御意見をお聞きしまして、審議の参考に資したいということに相なつた次第でございます。何とぞこの際忌憚なき御意見の御開陳をお願い申し上げます。それに対してさらに各委員よりまたお尋ねを申し上げることに相なるかと存ずる次第でございます。簡単でございますが、一応これまでの経過を申し上げた次第であります。 まず第一に、矢部貞治君のお話をこの際お願いいたしたいと思います。
○矢部参考人 特に常任委員会制度と、それから議員の歳費についてということでありますので、国会法の問題も非常にたくさんの問題があると思いますけれども、大体常任委員会制度を中心にして、私の考えておりますことを申し上げたいと思います。 特に常任委員会制度の構成そのものと、それから常任委員会を中心にした議員立法手続に関する点が問題になろうかと思うのであります。そこで私は、以下のような意見を申し上げます観点、角度を簡単にひとつ御了解を得たいと思います。 第一には、国会の権威と信用を高めるということが、とりわけ現在は非常に大切だという見地から、この問題を考えたいというのであります。国会が国権の最高機関だということは、それだけ国会の責任が重くなつているということだと思うのであります。最高機関だということは何をしてもよいというような意味ではもちろんないと思うのであります。 第二には、国会制度、とりわけ議会政治という昔からの一つの政治形態の本質でありますが、これは、議会の発達しました歴史に徴しましても、できるだけ国民の税負担を軽くするということ、それから国家の財政が膨脹することや、あるいはまた濫費されないように国民にかわつて監視抑制するということが、議会の本来の任務であつたと思うのであります。この点は今日といえとも私はかわつておらないと思うのであります。従つて、国会自身が財政膨脹の原因になるようなことをするのは、これは国会の本質に反するのではないかというふうに思うのであります。とりわけインフレの防止とか、健全財政の必要というふうなことを考えれば考えるほど、この点の反省が必要ではないかと思うのであります。 それから、第三に、政界に金力による腐敗の手が侵入する戸口をやはり慎重にふさいでおく必要があるということであります。これは各国の過去の歴史にたびたびそういう問題があつたことでありますので、この点も特に重要視したいと思うのであります。 それから、第四番目には、やはりこういう問題を考えます場合には、多くの議院内閣制度の国が採用しております制度を十分に参照してみる必要があるということでございます。 そういう観点で私は以下のような意見を申し上げますので、何とぞ御了承いただきたいと思います。 国会の現状に対する批判が当然出て参ると思うのでありますが、私の念願は一にただいま申しましたようなところにありますので、門外漢でございますから、実情に関するような点でもし間違つたことがありましたら、御訂正いただければ、喜んで私も改めるつもりでありますから、あらかじめひとつ御了承いただきたいと思います。 そこで、まず常任委員会制度の構成そのものに関してでございますが、私は二つの点を申し上げたいと思うのであります。 一つは、議院内閣制度のもとでは、常任委員会の数はそれほどたくさんある必要はないということであります。わが国の国会法の常任委員会制度というものは、アメリカの制度にならつて来たところがあるように思われるのであります。議院内閣制度の祖国であるというイギリスにおきましては、常任委員会制度というものは四つしかないのであります。あとはみな特別委員会であります。ところが、アメリカは、御承知のように大統領制度でありますので、議会と政府とは全然別個に行動するわけであります。政府は法案というものを出せないわけでありますし、要するに国会が政府と別個に計画し立案して行くという形になつておりますから、そこでどうしても複雑ないろいろの社会経済問題、政治問題などを審議いたしますのに、多くの専門的の委員会というものが必要になつて来る。アメリカの議会では大体委員会中心に運営しておるということは当然なのでありますけれども、イギリスのような議院内閣制度になりますと、大部分の法律案というものは政府がつくるわけであります。いわゆるプライヴエート・ビルという個人の法案は極度に抑制されておりまして、大部分の法案は政府がつくつて出すということになります。従つてその審議も本会議と全院委員会というのが中心になつておる。こういうわけでございます。しかし、他の議院内閣制度の国では、必ずしもイギリスほど少い数でやつているわけでもないのでございまして、たとえば一九二二年のドイツでは、やはり常任委員会の数は十五ございましたし、フランスの一九一五年の議事規則では、十九の常任委員会があるというわけで、議院内閣制度の国でも、かなりの数の常任委員会の数があるところもございます。国政がだんだんと専門的に複雑化しております現在では、やはりこういうように常任委員会が細分化されておりますことは確かに有利な点もあるのでありますけれども、しかし、アメリカなどと比べてみれば、議院内閣制度を採用しておりますわが国では、これほどたくさんの常任委員会が置かれる必要はないのではないか。とりわけ、これは衆議院には関係ございませんが、議員の数も非常に少い参議院にまで衆議院と同じように二十二の常任委員会をつくつておくということは、これはどうだろうかというふうに思うのであります。そういう意味で、まず議院内閣制度の国では常任委員会の数は比較的少くてもいい、こういうことが一つの論点でございます。 それから、その次に、それではなぜ今日のようにたくさんの常任委員会制度のいわば弊害とも言うべきものが出て来るかという点を申しますと、大体わが国の常任委員会が各行政官庁とほぼ並行した形で置かれているというところに問題があると思うのであります。そのため、勢い各行政官庁と各常任委員会との間に密接な関係ができるのでございまして、これは密接な関係ができること自体が悪いと言うのではありませんが、これにさらに外部の利益団体とか圧力団体というふうな力が及んで参ることが非常に容易になつて参りますので、そこでここに常任委員と各官庁とそれから外部の業者との不明朗な結託関係が生れやすいのであります。それがいわゆる陳情政治とか利権政治というふうなことを促進するおそれがあると思うのであります。この点は、実はわが国だけではなく、アメリカでも相当にこの問題がやかましい問題になつておりますし、フランスなどでも昔からこの点は常に批判の対象になつているのであります。特にわが国では、昔から日本の経済というものは大体国家権力の庇護のもとで発達して来ております。しかも、政党というのは、多くはその党の資金を経済界からもらつておるというふうな関係がありまして、国家権力とそれから政党と経済界というものとの関係がとりわけ政治の腐敗を招きやすい社会的な特殊性があるのであります。そういう意味で、この常任委員会制度がそういう官庁と議員と業者との結託を容易にするような形になつておるということは、やはりこれはよほど反省する必要があるのではあるまいかと思うわけであります。 そういう二つの論点から考えまして、この際常任委員会の数はできるだけ少くしていただきたいというふうに私は思うのであります。これほどたくさんある必要はないのみならず、こういうふうな各官庁との並行関係でできておるような常任委員会制度というものは政治の腐敗を招きやすい。各国の実例から申してもそうであります。官庁との並行関係をなるべく切断する必要があるのではあるまいか、そして、その上に、この常任委員会の委員を、なるべく固定させないで、更迭するような制度をとつていただく必要があるのではないかと思うのであります。それで、常任委員会の数の減つた部分は特別委員会をもつて補うことができるのでありまして、問題ごとに特別委員会をつくつて、そしてそれに適当な委員を配して審議することは、これはできることだと思うのであります。そういう意味で、幾つにこれを減らしたらいいかということは、私はこまかい点は考えておりませんけれども、私の希望といたしましては、常任委員会の数は現在の三分の一程度に減らしていただけば、この点の疑念は晴れるのではあるまいかと思います。この改正案に出ておりますように、人事委員会を内閣委員会に併合するとか、電気通信委員会を郵政委員会に併合するとか、図書館運営委員会を議院運営委員会に併合するとか、懲罰委員会を特別委員会にかえる、両院法規委員会をやめるという程度では、今私の申したような問題は十分に解決されないように思うのであります。これが常任委員会の制度そのものについて私の感ずる点でございます。 それから第二に、立法手続と関連いたしましての常任委員会の問題ということを簡単に申し述べたいと思うのでありますが、常任委員会制度の構成がどうでありましても、いわゆる利権法案とかおみやげ法案とかいうようなものができにくいような制度になつておりますならば、大した弊害はないと思うのでありますが、わが国ではその点が非常にルーズになつておるように思うのであります。第一に、立法の手続を考えますと、法律案は一人の議員でも発議できるようになつておるわけであります。しかも、昔のような読会制度というものが採用されておらない。もつとも、議院運営委員会が特に必要を認めれば、本会議で議案の趣旨の説明を聞くことはできますけれども、しかし議院運営委員会がそういうふうな必要を認めなければ、一人の議員でも発案できる、この法律案がすぐに常任委員会に付託されるというふうな形になつておるわけであります。従つてこのことは、当該委員会の委員と、それから関係者少数の者のほかは、どういう法律案がどういう委員会で審議されているのかということが、はつきりわからないのではあるまいかというふうに想像されるのであります。ところで、その委員会をそういう形で法案がパスしてしまいますと、あとは本会議に上程して通つてしまうということは、きわめて容易な形になりますので、そういう意味で、どうも十分に審議されない法律案が容易に通過する傾向があるように思うのであります。これは立法の手続が少し簡単過ぎるのではないかという感じを起させるのであります。現に今まで通りました議員立法というものを拝見しましても、とても納得しかねるような法律案がかなりたくさんございます。これは一々取上げて申しませんけれども、それはやはり立法手続があまりに簡単過ぎるというところにあるのではあるまいかと思うのであります。しかし、そのような議員立法の簡単さというものが、予算を伴わない議員立法の場合はまだしも弊害か少いと思うのでございますけれども、議員立法に予算を伴うということになりますと、これは非常に重大な問題になつて来ると思うのであります。この問題は、予算の増額修正という問題についても同様な問題がございますけれども、今は常任委員会を中心に申しますので、予算の増額修正のことは私は言及いたしません。この予算を伴う議員立法というものが、なぜあのよりにたくさん生れるのか。新聞などの報道しているところによりますと、第十六国会だけでも、もし予算の措置をとれば全部で五百何十億に及ぶというような議員立法ができているわけであります。そこで、政府が歳入と見合せて予算を組んで出しましても、国会に出ると、それと無関係に予算を伴う立法が行われることになりますと、国家財政は幾らでも膨脹いたしますし、健筆財政とか均衡予算とかインフレ防止こいうようなことも非常に困難になつて来るというわけでございます。のみならず、それが世間で問題になつておりますような、いわゆる利権法案とかおみやげ法案というふうなものが生れて来る最も大きな原因の一つになるのではないかと思われるのであります。先ほど申し上げました常任委員会の構成と、それから立法手続の簡単なことと結合いたしまして、政治の中に腐敗の手が入つて来る可能性がこういうところから出て来るように思うのであります。このようなことは、政治の腐敗を防止するという点からも、さらに先ほど申し上げました財政の膨脹と濫費を監視、抑制するのが本来の国会の任務だという点から考えましても、これではどうしても不完全だというふうに私は思うのであります。 その点で、今回の改正案が、議案の発議には二十人以上の賛成を必要とする、それから予算を伴うものには総議員の四分の一以上の賛成が必要だということにしよう、それからさらに予算の増額修正には総議員の三分の一以上の賛成を要するということにし、さらにまた予算を伴う法案には政府に意見を述べる機会を与えねばならぬというふうに改正しようとされております点は、私は非常に賛成でありますけれども、これだけで十分に私どもの心配が解決されるかと申しますと、やはりもう少し足りないように思うのであります。この問題は、慎重にも慎重をもつて、金力の腐敗が政治に入り込む余地を残さないように、この際考慮していただきたいということを切願いたすのでありまして、その意味でせつかくそこまで議員立法、とりわけ予算を伴う議員立法、それから予算の増額修正を幾らか抑制しようというふうにお考えになつたのでありますならば、百尺竿頭一歩を進めていただいて、予算を伴う議員立法というものは禁止していただきたいというのが私の意見でございます。これは予算の増額修正についても同じでありますが、これは、先ほど申しましたように、ただいまの直接の問題と少し離れますので、増額修正のことは申しませんが、これはひとつ明確に禁止をしていただくのがいいのではないかと思うのであります。 これは世界各国の憲法、国会法を見ましても、予算を伴う議員立法というものは大部分の国が禁止しております。これは政府に専属させておるのでありまして、イギリスとかオーストラリア、カナダ、ニユージーランド、そのほか比較的健全な議会政治の行われている国は、みな予算を伴う議員立法はやらない。少しでも経費を必要とする法律案は政府が出すという形をとつておるのであります。また、かりに禁止というところまで行きませんでも、少くとも各国の国会法は財源の明示を条件とする。どういうところの財源でこの法律をやれという財源の明示を要件とするとか、あるいは予算を伴う場合においては政府の同意を必要とすることを要件とするとか、さらにもつと進んだ国は、予算を伴う議員立法に対しましては、政府に拒否権を与えまして、そしてこの政府の拒否にもかかわらず再可決をしようとする場合には、特別に重い要件を要求しておるのが普通でございます。フインランドの憲法のごときは、予算を伴う議員立法を政府が拒否した場合に、国会が再可決をしようという場合には、その前に一度総選挙をしてからでなければならぬというふうに規定しておるくらいでありまして、これを非常に強く抑制しておるのでございます。また、予算の増額修正につきましても、これも、英米を含めまして、もつとたくさんの国が禁止しておるのであります。これはつまり長い間に、予算の増額修正とか予算を伴う議員立法権というものは、ともすれば濫用されまして、財源を顧みない、国家財政の膨脹が起つて来るというところから、国会自身がそのような禁止条項を設けた国が多いのであります。これは、先ほどから申しますような国会の本質から考えましても、また国家財政の健全という点から考えましても、その上にさらに政治の腐敗を防止するという点から考えましても、この予算を伴う議員立法をやらないというふうになつておつた方がよいのではないかと考える次第でございます。 なお、常任委員会を中心とします立法手続に対しまして、少しこまかい点ではございますけれども、少くとも法律案が提出されました場合に、昔のような読会制度というものは、これはなかなか困難だと思いますけれども、たとえば、法案が出された場合、その法案の提案の理由は何であるかということを簡単に本会議で全議員に知らせるというふうな手続がとれないであろうかということと、それからもう一つ、委員会の審議には原則として傍聴を禁止する方がよいのではあるまいか。ただ報道関係だけは例外でございますけれども、委員会の審議を冷静に、しかも徹底的にいたすためには、やはり傍聴を禁止することを原則とすべきではあるまいかというふうに考えております。要するに、私の意見は、常任委員会の数をできるだけ少くしていただきたいということと、予算を伴う議員立法は禁止していただきたいということ、これが私が現在とりわけ国会の権威と信用のために切望にたえない意見でございます。 それから、いま一つの議員歳費の問題でございますが、これは私はそれほど大した問題だというふうには思わないのでございます。真に国政審議のために必要な費用であるならば、私はもつと多くても一向かまわない。国民は納得すると思うのであります。ただし現在のような、たとえば滞在費とか、あるいは旅行手当であるとか、それから立法調査費とか、秘書の給料とかいうふうな項目で出されております手当の支給、給与方法というものは、国民のふに落ちないものが大分あるのであります。私はそういうこまかい実情を存じませんので、ただ伝え聞くだけでございますので、その点ははたしてそうであるかどうかは存じませんが、たとえて申しますと、国会の休会中でも、あるいは東京に住所のきまつている人でも、とにかく会期中は滞在費をもらえるとか、あるいは、たとえば臨時国会が今日まであつて明日からそのまま通常国会に続くという場合でも、あらためて選挙区からの旅行手当が出るとかいうふうなことも聞いております。これは間違つておりましたら訂正いたしますが、そういうふうなやり方は、やはり国民に何となく——こういう言葉を使うとおしかりを受けるかもしれませんが、国会議員ともあろうものが少しさもしいというふうな感じを起させると思うのであります。でありますから、そういう項目別にしたこまかい支給方法というふうなことは、ひとつできるだけやめていただいて、むしろこの議員の歳費というものは一本建にしていただく、そして十分に議員の職責が果せるような額をきめていただくという方が、かえつて国会の権威のためによいのではないかというふうに考えております。 たいへん簡単でありますけれども、大体の要点を申し上げました。
○菅家委員長 御質問でもあれば………。
○椎熊委員 常任委員会のあり方について私どももいろいろ考えて参つたのでありますが、ただいま先生のお話は、ほとんど私どもの小委員会の全員が主張しておる審議経過から見て、大部分の点が一致しておるので、非常に私ども喜びにたえないのであります。 ただ、常任委員会の数を、今われわれは二十三から十四、五くらいにしようと思つておるのですが、先生のお話だと三分の一くらいかよかろうということでございます。それについてはわれわれもなお研究の余地があると思います。 それから、議員歳費の点は、これはまつたく、先生が今おつしやつた点と、われわれがこれから国会法でどうしよりかというのと、ぴつたり一致した意見でございます。こまかくわけて通信費だとか、調査費だとか、滞在費とかあるいは秘書の手当等、御指摘のようにわかれていることが、ともすれば誤解を招きまた論議の種になつておるので、これは完全に一本化したらよかろう。そこで先生にお伺いしたいのは、われわれが外国の例を見たところでは、議員の歳費というものは何であるか、俸給取りの給料みたいなものが、あるいは実費の弁償であるのかどうか、そういつたところに非常に問題がありまして、これが租税の対象になるかどうか。していいものかどうか。日本の租税の体系からいうと、収入ある者は租税負担をするということで、給料という意味なら当然租税の対象になる、実費弁償だとそうでないかもしれぬということを言われる向きもあるのでございます。そういう点では、ぼくらは確信を得られない。一本建にしても、どういう方法のものがいいのか。程度においても、漠然と国民は正しい政治をやるなら相当多額をとつてもいいのだということでございますが、そうではなくして、現実の今の社会状態とにらみ合せて、国会議員として、年中国会を開いているような今日の国会のあり方からいつて、どんな程度が社会通念上妥当だろうか、そういうことを遠慮なく聞かしていただければ、それが一番参考になると思います。
○矢部参考人 議員の歳費の性格でございますが、これも厳格な法律的なことは私も法律家でないのでわかりませんが、初めのころは各国ともに、議員の歳費というものは実費というような意味ではなくして、むしろ議員というものは名誉ある地位、こう考えられておつたものですから、歳費はただほんの一部の実費を弁償する程度の意味であつたと思います。それで、各国の貴族院とか上院議員には歳費というものはなかつたというのが一般的通念でありますから、本来の性格は、幾らか名誉職についておる実費という程度のものではなかつたかと思います。けれども、十九世紀の終りごろから、いわゆる無産階級とか労働階級というところから国会言がだんだん出るようになりましてから、それではやれないということになつて参りまして、大体現在では、やはり給料、俸給という意味が非常に強くなつておるように思うのであります。ですから、そういう意味で、相当大きな額であることは私けつこうだと思いますけれども、ただ、それならば、同じように国務大臣などもやはり一定の給料でやつているわけだし、そういうものと比べて、国会議員だけが飛び抜けて多くの給料をとるということも、また社会的にはちよつと納得しにくいかもしれません。それで、今非常に国会議員に金がかかるということは、これはみんな了解しておりますけれども、金のかかるということがむしろ改められねばならぬ点がたくさんあるのではないか。そういう意味で、やはりいくら金がかかつても、その金を全部歳費でまかなうということは、ちよつと筋が通らないと思うのでありますが、現在程度の額でありましたら問題はないと思います。それで、給料という意味になりますと、やはり課税の対象になるということもやむを得ないのではあるまいか、恩給などでも課税の対象になつているわけですから……。
○椎熊委員 今の国会法では、国権の最高機関である構成分子の議員は、一般公務員の最高給より不足でない金を受けるというのが規定なんでございまして、従つて、一般公務員の最高給というと、特別職を除いては、各省の政務次官が最高のようなんです。それとにらみ合わせて、現在われわれが受けておるのは、事務次官と大臣の間くらいの額をとつているわけです。従つて公務員のベース・アツプがあるごとにスライドして上つて行くので、世間はそれをお手盛りと称しているわけなんですが、世評はともかくとして、事務次官と大臣の中くらいという現在のねらいは必ずしも私は高額に失するものではないという気がするのですが、それらの点の批判はどうですか。
○矢部参考人 それは私は同感でございます。事務次官より少くていいという法はないと思います。
○土井委員 いろいろ参考になる御意見を聞かせていただいて、ありがとうございました。今歳費の問題等が議論になつておりますから、その問題に関連して一応お伺いいたしたいと思います。矢部先生の方では、いろいろ歳費の関係において御存じない点がありますし、それから、こういう機会に、やはり議員がどの程度の手当を受けているかということと、それから議員が実際上の面においてそれでやつて行けるか、やつて行けないか、いろいろ批判もおありだろうと思います。 それで、大まかに申しますと、先ほど来のお話の中の秘書手当というものは、御存じの通りこれは秘書に全部やることになつておりますから、議員の直接の収入にはならないわけです。 旅費の関係というのは、大体昔はキロ数だつたのでありますけれども、実際的な面においては、これは国会に参ります上京しますところの日数、一日千五百円という関係ですから、大体日本のどんなところにおりましても四日間ぐらいで打切られている、そうすると往復一万二千円というものを国会開会のとき出されるという程度のものであつて、一日しかかからないというところは千五百円しか出さないという関係になつている。もとより国会議員は鉄道パスをもらつておりますから、実質的にはいらないのですが、しかし、出て来るためには相当の、いろいろ寝台券であるとかその他のものもかかるということで、これらをみなとられるわけです。それから、現在われわれが考えて、議員が副業、言いかえれば会社、工場の顧問とか事業を経営しているとか、そういう特殊な人はやつて行けると思いますが、いわゆる無産階級、一般の議員は、たとえば郷里に家庭を持つて、こちらに来て議員宿舎その他に入つているという場合、現在の手当ではなかなか困難じやないか。一例を簡単に申し上げますと、大体今実際上の面から行けば、七万八千円に通信費一万円、八万八千円という数字が現在の議員のもらつているものです。ところが、これに対する税は、こまかいことを言えば三万円、五千円所得税がかかります。それから各党でそれぞれ違いはありましようが、約一万五千円から二万円くらい党の費用というものを給料の中から差引かれてしまう。そのほかに、今度は地方の自分たちの県の県連とかあるいは支部とかいうものに、多いのは一万円から一万五千円ぐらいとられる。少くとも五千円ぐらいはみなとられるという制度になつております。これはわが党に関する問題ですが、そういうふうになつている。そこへ持つて来て、今度は地方税、住民税というので、これが大体年に五万四、五千円かかるでしよう。ですから、月に割りますと、これまた相当の額になる。こうしますと、滞在手当がかりにない場合は、議員の生活というものは実際上成り立たない形になつている。その計算で行くと成り立たない。滞在手当が、たまたまこの前新聞などではたたかれましたけれども、従来の千円が二千円になつた。しかし、これを年額にして、六箇月会議が開かれるとしましても三十六万円、休会中は手当はもらえませんから、六箇月間国会があるものとして、結局これを平均しまして月に三万円というものがそれに加わるという計算です。そうすると、議員が議員の品位を維持することのために必要な費用ということになると、問題にならないくらいです。もとより、それ以外に、たとえばよく言いふるされているが、傍聴人が来るとか、あるいは見学に来るとか、そういう人々に対して食事を出すとかということは問題にならない。実際は、そういうことはわれわれの党ではほとんどやつておりませんが、しかし事実上受ける手当というものは問題にならない。 そこで先ほど先生のお話になつた現在の程度ならよろしいということですが、私らは現在の程度がはたして妥当か妥当でないか。たとえば汚職であるとか疑獄であるとかいうことが起る大きな理由は、議員が現在の手当でなお生活が困難であるという実情です。現に私が申し上げましたような費用というものは、これは実費でほとんどそれだけかかります。生活費もその中から出さなければならぬ。そのほかに交際費、俗にいう議員としてのいろいろな関係の交際費というものが、ほとんど出す余地がないというのが実情なんです。そこで、われわれとしては、そのほかに、たとえば解散があり、選挙があれば、それぞれ必要以上の多額の金がいる。本来ならば、歳費をある程度まで貯蓄しておきまして、選挙の場合には他から援助を受けないで、一本立ちで最低限度の選挙はやれるというくらいのことがなければいけないんじやないか。選挙の場合に必要以上にたくさんの金がいるから、自然いろいろな方面に応援を求めなければならない。そんなものが直接間接に、やはり先生の心配されている金力の弊害が政党に加わつて来て、実質的に疑獄や汚職のような問題が起つて来る遠因になりますか、あるいは近因であるかわかりませんが、直接間接の形でこういうことが行われておる。議会政治にできるだけ権威を保たせる上には、議員の行動というものがやはりそういう弊害から隔離されるくらいのものになつて行かなければ私はいけないと思う。そこで、現行でよろしいという考えにはにはかに賛成できないのです。今私はいろいろこまかくお話申し上げたのですが、先生はやはり、そういうような具体的な事例の上に立つてでも、現行以上にとつてはいけないというお考えでしようか、どうでしようか。
○矢部参考人 私はそういうこまかい点を直接存じませんので、今伺つてたいへんはつきりしたのでありますが、さつき申し上げましたのは、そういうことが国会の権威を保つために必要であり、国会議員の審議のために必要であるなら私はもつと多くてもいい、こう申し上げたのでありまして、その給与の仕方とか取り方というものが、いかにも国会議員らしくないという感じを起させないようなやり方で、一本化していただきたいというのが主眼だつたのであります。額の点は、どうも私どのくらいということをちよつと判定しにくいのでありますけれども、ただ国会議員だけが飛び抜けて他の公務員よりも多いとか、みんながそれぞれ貧乏しながら暮している状態の中で、国会議員だけは、とにかく十分に給与があつて、そしてこれを貯蓄することもできるんだ、こういうことは、理想ではありましようけれども、現在の日本の状態から見て、かえつて国会議員に対する国民の批判を刺激するようなことにもなりはせぬかということと、それから国会の権威をできるだけ保つというとをどの辺で調和させるかということが問題ではないかと思うのでありまして、額の点は私は今よりもふえても、そういう意味では少しもそれはさしつかえないと思います。
○土井委員 もう一つちよつとお伺いしたいのですが、先ほどはきはめて抽象的な御意見てございましたか、金力の弊害が政党に入らないようにしたいものだという御意見ですが、先生は、何かこういうふうにしたならばそういう弊害を防止することができはせぬかという御意見があれば、聞かしていただきたいのです。
○矢部参考人 それは、先ほど、つまりこの国会法に関する限りは、私は予算を伴う議員立法を禁ずるということが一番いい方法だと思うのです。その次には、常任委員会を官庁と並行につくつておる現状を少し改めまして、もう少し数を減らして、官庁と常任委員との関係が、そのまま並行するというのではなくて、幾らか切断するようた形にしていただくということがやはり一番大切ではないかという意味で申し上げたのです。
○土井委員 それで、こういう点はいかがでしよう。先生の今お考えになつている、金力が政党に弊害を及ぼさないことのために、政党は御存じの通り非常に金がかかるわけですが、要するに、われわれがまわつて調べたところによると、政党に対して国家から費用を相当に支弁しているところも各国の例であるわけです。日本のような場合においても、たとえば、資金規正法をこの際改正して疑獄や汚職の起らぬようにしよう、あるいは選挙法を改正して金のかからぬようにしようということですが、同時に、やはり政党が常時非常に金がかかるということと、その弊害を除去することのために、一定の規律を定めなければならぬでしようけれども、政党として合法化されたものに対して、たとえば議員を何名以上出している政党とかいうものについて、政党の維持のために国費からある程度の援助を出すというようなことについてはいかがでしようか。
○矢部参考人 そういう制度を採用している国は確かにあります。イギリスなども昔はやはり政党に国費から援助を与えておつた国ですが、これはしかし、政党がだんだん実力を持つて来るに伴いまして、イギリスでも廃止されましたが、日本のような場合に、政党の腐敗を防ぐために必要だということであれば、私はいろいろな名目で国家が政党を援助するということはあつてもいいと思う。現に今の立法調査費などというのも一つの現われだと思うのですが、ただ、立法調査費という名目で出しますと、立法のことを調査するのは議員の当然の職責じやないか、それがために国家から金を出すのはおかしいという議論が出て来るのであります。そういう意味ではなくて、政党というものを維持する必要から国家がある程度の支出をするということは、日本のような場合にはあつてもいいのではないかと私も考えます。
○土井委員 そのかわりそういうような場合においては、政党はいかなる団体からも寄付を受けてはいかぬというような、反対的な制度もつくらなければならぬと思うのですが、それはやはりそうでしようね。
○矢部参考人 その政党の資金の規正の問題というのが実は一番重要な問題だと私は思いますが、きようの諮問されている問題でなかつたものですから触れなかつたのですが、これはやはり、党の組織を確立して、党費を中心にまかなつて行くということと、それからやはり営利会社あるいは営利の企業からの献金は禁ずるというようなアメリカの立法のようなことも必要になつて来ると思うのです。そうしますと、結局小額の寄付というようなことになつて参りますので、なかなかこれはやりにくくなつて来る。そこでやはり、政党がほんとうに自立できるようになるまで、国家が何かの名目で政党の費用をまかなつてやるということは、私はあつてもよかろうと思います。
○山本(幸)委員 一、二点だけ伺いたいと思います。先ほど、議員の発議の問題で、先生のお説によると、早くいえばでたらめで、議員一名でもできるのだ、これが弊害を起しているのだということで、私もそうだと思いますが、それで問題なのは、各国はいざ知らず、日本の現状は、どの党がどうということは私は申しませんけれども、たとえば、党に所属している議員が、その党がこれはよろしいと思つたものでも、自己が反対する場合がある。けれども、党議でそれがきまるという場合があります。そういたしますと、結局、小会派の場合は、五名とか八名とか十名とか、とにかくそういう非常に少数の党の場合は発議することができなくなる。二十人、三十人に制限されますと、発議することができない。そういう場合、どういう打開策をお考えになるでしようか。全然発議権がなくなつてしまいますね。
○矢部参考人 そこは私もちよつと考えていなかつたので、即時に意見が出ないのでございますけれども、しかし本来、二十人にも足りない数で全国民を拘束するような法律をつくろうということが無理なんじやなかろうか。そういう意味で、私はやはり二十人ぐらいの制限はあつてしかるべきだと思いますけれども、これが予算を伴うものでない場合は、私はもつと少くてもけつこうだと思います。私は、予算を伴う立法化、そういうことを一番重要視いたしますので、予算を伴わない場合ならもつと少くてもよかろうと思います。しかし、おおむね法律には何らかの予算がやはり伴う傾向がありますので、予算を伴う立法は議員としてはやらない、これはやはり財政の全貌を見ておる政府がやる、こういう形にしていただきますれば、予算以外の立法ならそれほどやかましく現在の制度を批判する必要もないだろうと思います。
○山本(幸)委員 私はまあ大会派で小会派じやないんですから心配ないが、私の言うのは、先生も大体御同意願つたのですが、まだ現在の日本の政党のシステムでは、何かいい意見があつても、小会派だと同意してくれない場合が多いのです。いいと思つても、いろいろな事情から党が賛成しないとか同調しにくい場合もある。事実上発議権がそこで抑制されてしまう。従つて、これはもう少し考えてみたらどうかというつもりで実はお尋ねしたわけです。 第二の点は、常任委員会制度の問題ですが、これも、お説のように、やはり現行の各省と並行したような姿の常任委員会は、なるほど国民の陳情も多かろうし、陳情が多いということは、自然に利権が伴うような危険性も多分にあると思うのです。そこで私は、だからといつて常任委員会を少数にしたから陳情がなくなるとか、利権が伴わないとかいうのではない。これを防ぐということはなかなかむずかしい問題なんで、これはやはり議員個々人の、個々政党の問題とも関係して来ると思うのです。そういう点もあると思うのですが、私が今のところちよつと迷つている点は、先生のお説のように、常任委員会を整理して、なるべくそれを少くする、利権だとか陳情を少くするという点にも賛成だが、もう一つ悩みのあるのは、日本の今の審議方法で行けば、やはり各省別にわけて検討することが何か審議がやりやすいようにも思えるわけです。そういう二つの悩みにぶつかつておるわけです。原則的には、やはり常任委員会が少いということは、私も一応はいいんじやないかと思つておりますが、だからといつて常任委員会を少くすれば、今まで各省別にこまかく審議をやつているのが、非常に審議が大まかになつてしまうじやないかというきらいもあると思います。もう一つの点は、これに対する特に大きな悩みなんですが、予算を伴う法律でも、ほんとうに客観的に見れば、この法律は予算を伴つてもこれは出してやるべきだという場合が実際問題としてあると思います。今各国の例をお示しになつたのでありますが、ところによつては禁止しておる、あるいはところによつては拒否権を発動しておる、ないしは再決議する場合には、その前に選挙をやるなど、いろいろおもしろい例をお聞かせ願つたんですが、私は、自分たちの見ておる点では、これはこまかい点を申し上げなければわからないのですが、端的に申し上げると、今の日本の現状では、禁止をただちにするとか、ただちに拒否権を持てるようにするとかいうことは、ちよつと早いような気がするのです。従つて、それよりその前に一つの段階を設けられるような、あなた方の御研究があるかどうか。ということは、たとえて言うと、予算委員会のシステムを少しかえる。一例をとるなら、予算委員会の中で歳入、歳出別に小委員会をつくる。あるいはまた、分科委員会の中には、それぞれ予算を伴うような法律を提出せられる諸君の関係しておる常任委員会が、制限せられた——分科委員会が運行できる程度に制限せられた員数を分科委員に加える。そこで、分科委員会で、この法律はかりに予算が伴つても必要である、あるいは必要でないという点を確定して、それを先ほど申し上げた歳入歳出の別々の委員会に必要事項をかけて、そこで確認して予算総会にかけて行くというような方法をとつて調整したらどうかということも、しろうと考えで私考えておるわけですが、その点について先生の御意見をひとつ承りたいと思います。
○矢部参考人 いまの数を少くしても、やはり陳情なんか減らぬじやないかという考え方は、結局は、国会議員のモラルの問題でありまして、それは確かに根絶はできないと思いますけれども、今のように一つの官庁と一つの常任委員会が並行しておるという形をやめまして、一つの常任委員会が三つか四つくらいの役所の問題を審議するという構成になつておると、どうしても委員の数もふえますし、いろいろの考えを持つた人もそこに加わつて来るしするので、多少とも利権とか陳情とかいう法案は、そこにもつと慎重な審議をすることになりはせぬかということにすぎないのであります。それから、お説の通りこまかくわかれておる方が専門的な審議には便利なんです。ですから、先ほど申しましたように、予算を伴う議員立法とか利権法案とかいうものができないような方法になつておれば、常任委員会の構成はどうでも、大した問題でないということを申し上げたので、そつちの方で救済されますならば、現在のような数でも私はかまわないと思います。けれども、それが私の言うところまで禁止されないということになります、やはり、委員会の構成の方でも、幾らかそういう法律案の成立は慎重にするような構成にしていただきたい、こういう意味です。 それから、やはり予算を伴う議員立法の禁止は少し早い、予算委員会の中に歳入委員会、あるいは歳出委員会というふうな分科会をつくつて、そこで審議して行く、こういう御意見は、これは確かに考えるべき一つの案で、アメリカなどのやつているやり方なのです。ただ、私は、よほどそういう案をここで申し上げようかと思つたけれども、しかし、やはりこの際は、一時予算を伴う議員立法は明確に禁止するというくらいな国会の態度をお示しくださることが、むしろ国会の権威を高めるゆえんになるのではないか、国会の委員会でそういうふうに調整するということになりますと、筋はよろしいけれども、やはりそこにいろいろまたなれ合いとか情実とかいうことで、必ずしも国民が納得しないようなものが生れる危険もある、そういう意味で、やはりこの際はひとつ禁止していただいた方が、国民はよほど国会を見直すんじやないか、こう考えております。
○椎熊委員 国会を通過した予算の裏づけとなる法律が、たとえば補助立法など七十三件ほどあるが、それをこの国会で特別委員会をつくつて整理しようということです。私はその委員ではありませんが、先般その委員会では、憲法学者を呼んでいろいろ意見を聞いたようであります。その意見を聞きますと、二人見えた憲法学者が、異口同音に、政府が議員立法で補助を与えるとした法律を打切る予算を立て、そうして打切る提案をしておるということは憲法違反だということを強く主張された。私はどうもそれには納得行かないのでありまして、その一人の方は、極端に、政府側から法律案を提案することも憲法違反だ、日本憲法にはそういう憲法上の根底がない、そういうことまで言われた。私は、少くとも政府が国会を召集するの権能を持つておつて、そこに案件を提案するの権利がないということはあり得ないと思うのでありますが、学問的にはそういう議論も成り立つのでありましようか。
○矢部参考人 私は、議員立法でできた法律を、そのときの情勢で政府がこれをやめてもらいたいという発案をするということが、これが憲法違反なりとは考えない。それをかつてに廃止するなら問題でございますけれども、議院に、これは考え直してもらいたいということを、一定の期間の後に、それだけの納得の行く事情に立つてやることであるならば、当然内閣でやつていいことだと思う。 それから、法律案を内閣が出すことはできないという議論が憲法学者の一部にある。それは憲法の規定の中にそのことが明確に書いてないのであります。しかし、内閣法の第五条は、内閣が法律案を出すということをちやんと規定しておる。だから、もしそれが憲法違反なら、内閣法が憲法違反だということになるわけでありまして、憲法の法律的解釈はどうなるか知りませんが、内閣が法律案を出すことができないなどということは、常識から言つても私は問題にならないことだと思います。
○菅家委員長 最後に、私から一点だけ簡単に申し上げたい。先ほどの常任委員会制度のお話と議員歳費の問題は、今のところ各党のこの委員会に連なつておりまする委員間では、ほとんど同趣意のもとに審議が続けられて来まして、先生のお話のような考えとまつたく一致した考えであります。 そこで、常任委員会の数を三分の一にというお話がございましたが、できるならばそういうような方法でもと考えて、各党でこれを研究してみたのですが、実際の運営面からいいますと、各省別にこれを七つか八つにいたすということは、ちよつと至難のように考えられるのですが、これは取扱いの件数が多くなつておるということも一つの理由、それから、実際の運営面で、今の三分の一というのもちよつとむずかしいように考えられますが、何か具体的に先生の方でお考えになつておることがあれば、ひとつ参考にお聞かせ願いたいと思います。
○矢部参考人 まあ三分の一と申しましたのは大体の見当を申し上げたので、この中でどれをどこに統合するというようなことは、私どもは実情を存じませんので、むしろ申し上げてもかえつてよくないと考えたものですから、ただ大体の見当を申し上げたのです。何も必ずしも三分の一でなければならない、こういう意味ではないのです。
○菅家委員長 大体御趣意のような審議の進め方になつておるようですが、非常に有益なお話を伺いまして、どうもありがとうございました。 どういたしましようか。ちようど昼の時刻になりましたが、塩谷さんに続いてやつていただきましようか。時間の都合もありましようが……。
○塩谷参考人 私の方は簡単ですから……。
○菅家委員長 それでは御迷惑でも続いてひとつ願うことにいたします。
○塩谷参考人 簡単に私から意見を申し上げます。技術的な問題は別といたしまして、私が国会の運営についてどういうふうに考えておるかというような点から申し上げます。 占領が終つてから、国会の運営がどういうふうになるかということは、労働者としても非常に注目をいたしておつたところであります。占領が終つた後もなお国会の権威は必ずしも高まつておらない。最近に至つては非常に忌まわしい事件が次々に起つて、事件の巣のような感じを一般国民に与えやすい運営がなされておる。こういう点は非常に心配しておるところであります。しかし、この憲法はやはり民主憲法のもとに運営さるべき国会であるという建前から、私は国会法の規定の改廃については相当慎重を要するものがあると思うのであります。たとえば、お尋ねになつておられます常任委員会制度の問題でございますが、確かに、今日は各省別に設置されておつて、ちようど各省の出店のよう感じを与えたり、あるいは業者が寄つてたかつてこの常任委員会に食い下つて来る、こういうような実際上の場があるように思うのであります。しかし、この点につきましても、今各省別にされておるものを相当圧縮することが実際問題として可能であるか、こういうことになりますと、民主的な運営をはずさずしてなお圧縮することは、そう簡単には参らぬのではないか。もちろん各省別に常置するということは適当でないと存じますが、やはりそう無理をしない圧縮の程度が望ましいのではないかと考えられるわけであります。常任委員会自体が立法権を持つておるわけでありますし、常任委員が一定期間専門的な職務について経験を持つて仕事に当つて行かれるわけでありますので、やはりこ制度は尊重して行くべきであろう、こういうふうに考えるのであります。これをただちに廃止せよというような意向もあるようでございますけれども、この点については、労働者側としてはやはり慎重に運営の実を発揮すべきである、制度の難点というよりもむしろ人の問題にあるのではないか、この点を十分反省すべきではないかと考えておるところであります。 議員の立法の問題でございますが、議員が個人でも立法ができる、こういうことは確かに憲法の建前上そういうことになつておるわけでありますが、しかし一面、権利の濫用という点も考えられなければならぬと思うのであります。先般、私はその行方はよく存じておりませんけれども、ハイアライ法などという法案が飛び出したような気がするのであります。権利の濫用という意味と審議の能率化という意味から言うならば、この議員の発案権そのものを制限するわけではないけれども、やはりある程度議事手続として調整をする必要があるのではないかと考えられるのであります。特にこの予算を伴う法律案の問題でございますが、先ほど矢部先生からこれは禁止すべきだという御意見が出されたのでありますが、確かに、予算を伴う法律案が権利の濫用ということに相なりますと、国家財政を膨脹させ、政府の一定の財政計画をくずすという結果になるおそれがあると思うのでありますが、しかし、この点につきましても相当慎重な態度をとつておるし、今日の日本の現状から申しますと、日本の国会自身が、必ずしも、民主的な、何と申しますかノーマルな発展を遂げておるとは思われない。国会もその中にあつて、非常に激流する反動期の中に国会の運営が続けられるという場を考えて参りますと、私は、国民の声を代表いたします国会が、主権を持つた国民の代表機関としての国会が、議員が予算を伴う法律案を出せないということは、これはやはり筋が通らぬばかりではなく、現実にも即さないのではないかと考えるのであります。この予算を伴う法律案につきましても、先ほどの議案の発議と同様に、その濫用を防止するという意味におきまして、議事手続の点においてある程度の調整をするということは、これは当然のことであろうと考えるのであります。 委員会の傍聴の点につきまして、これまた矢部先生からは禁止したらどうかというようなお話であつたようでありますが、この点は私ども適当ではないと考えておるのであります。むしろ私は現在の法律の方が適当ではないか、特定の制限を加えまして、そうして傍聴をさせる、こういう建前の方が現実に即しておるのではないか、この改正意見にありますような案よりも、現在の法律の方が適当ではないかと考えておるのであります。 それから、予算委員会の問題について若干申し上げたいと思いますが、予算委員会の運営は何か本会議の延長のような感じを多分に与えておると思うのであります。一般的な質疑が大半を占めておる、こういうふうに考えられておりまして、予算委員会本来の使命を軽んじておる運営の仕方になつておりはしないか、その点はやはり反省すべき必要があると思うのであります。従いまして、今後その運営の方法については、先ほどの予算に関係ある法律案を審議するという権限も実はこの予算委員会に与えた方がよいのではないか、そうして現在の大蔵委員会等をこれに統合いたしまして、全体として歳入歳出の審議のみならず、歳入歳出にそれぞれ関係がありまする法案をも同一の場でこれを審議決定することのできるような運営をいたしたならばいいのではないか、こういうふうに考えているのであります。その点については、たとえて申しますると、私ども珪肺法の提案をいたしておるのでありますが、その珪肺法につきましても、予算の裏づけがありませんと現実問題としては意味をなさないのでありまして、やはりただいま申し上げているような方向から効果的な運営をはかつてもらつて、予算提出後において予算を伴う法律案が提出されましても、両者の間に矛盾が起らないような調整をして行くべきではないかと考えておるのでございます。議員の歳費の点について若干申し上げたいのであります。この点はたいへんむずかしい問題であると私ども考えておりまして、今日の議院の構成からいたしまして、それぞれの党によつてかなり実情を異にいたしておるのではないかと思うのであります。ただ、一般的国民感情から申しますると、確かに、滞在費の問題であるとかあるいは旅行手当の問題、秘書手当の問題、通信費等、かなり疑惑を持たせ過ぎる点があると思うのであります。従つて、この点について一本化をはかる必要があるのでございますが、ただ、現実の国民感情から言いますると、今の歳費をただちに上げるということについてはたして納得が行くかどうか。私どもは労働者として実は今日のこの情勢の中でいろいろ賃金値上げ等をやつておるわけでありますが、一面においては賃金ストツプを主張せられておる立場もあると存ずるのであります。こういう方々はみずからの歳費の引上げについてかなりの困難を感じられる立場にあろうかと思うのでありますが、これは議員もしくは党派によつで内情を非常に異にしておればその取扱いを異にするというわけには参りませんから、従つて現在程度の歳費が経済情勢によつて変動いたして参りますることはいたし方ないといたしましても、特に費目をあげて引上げて参らなければならぬとか、あるいは秘書手当等以外のものでかりに引上げなければならぬとか、こういうことはなかなか納得のしがたい問題ではないか。確かに、そういう意味では、全体を一本のものといたしまして、現在の経済情勢からの変動はこれはある程度やむを得ないものと私どもは考えておるのであります。 簡単でありますが、以上で終ります。
○菅家委員長 何かあれば……。椎熊君。
○椎熊委員 たいへんけつこうな御意見を拝聴いたしまして感謝いたします。そこで委員会傍聴禁止の問題なのでございますが、私は元来委員会は秘密会でやることが原則だと信じて疑わない一人なのでございます。各国のやり方等を見てもおおよそそういうものが多い。アメリカの場合はちよつと違いますが、その他はほとんど秘密会でやつておるようであります。先刻の参考人のお話だと、新聞や報道機関は別だということです。これは別にしてもけつこうだと私は思いますが、一般の傍聴は禁止するのが原則であつてよろしいと思います。そう思うゆえんのものは、終戦以来の国会の状況を見て、公開しておることのための非常な弊害を私は痛感する一人なのであります。たとえば、労働委員会における問題、内閣あるいは人事委員会における地域給などを審議する場合の問題等、事組織労働者の間に影響のあるような問題になりますると、非常に多数の傍聴人が堂に満つるがごとき状態で押しかけまして、中には委員の発言に対して威圧を加えるがごとき行動に出る、やじを飛ばす、制止を聞かない、そういうことで、清純なる感覚において冷静に審議を進めて行くということに非常な支障を来しておるのではないか。組織労働者の方々の院外における行動に対しては私どもは何事も申しませんが、いやしくも民主主義の憲法のもとに国民代表として出て来ておるものの審議に外部の力が作用するということは、適正なる審議の進め方ではないと私は思うのであります。報道関係は、新聞の上ではいろいろ批評はしましようけれども、委員会で新聞記者が別に声を出したなんというためしは前例もありませんし、まつたく報道のためにやつておることですから、これは審議の上には一向さしつかえない。それも私は、ほんとうから言うならば、新聞に表現し伝えられて行くことに委員が心を奪われて、心にもないようなスタンド・プレーをやるようなことが間々あるので、英国のごとくそういうものを一切禁止しておる方法も悪くはないと思つております。日本の場合におきましてはいろいろ伝統もありますし沿革もありますものですから、一時に報道機関の報道をさえぎるようなことは、私どもは、ことに民主主義の憲法を持つておる今日としては行き過ぎだと思いますから、これは別といたしまして、一般の傍聴人は厳格に禁止してやつた方がいいという個人的な意見を持つておるのであります。あなたの今おつしやる現行法のようにある程度の制限を加えて許せ、これには相当の理由があることだと思いますが、その点がどうも私どもには納得のできない状況で、熱心の余り議員の清純なる感情をも束縛するような行動に出る状況が現実になおかつ行われております。たとえば、今日現にやつておる教育二法案のごときでも、傍聴人が殺到しておるありさまでございます。ある人の言動に対しては拍手をする、ある人の言動に対しては反対の気勢を示すなどというような現状は、私は、各国にあまり類例を見ないことである、これはいいやり方でないと思つておるのですが、その辺をもう一ぺん伺いたい。
○塩谷参考人 現行法がこういうふうな規定をするには、それだけの理由が確かに御指摘のようにあつたと思うわけです。私が冒頭に申し上げたように、確かに今日の国会の権威を高めるという問題はきわめて必要なことであります。しかし、同時に、この民主国会をどう育成するかということも、あわせて考えなければならぬ重要な問題であると私は考えます。確かに、日本人全体が民主主義について十分な理解をしないままに、ときに行き過ぎがないでもないと私は思うのであります。その点は同感でありますが、角をためんとして牛を殺すというような結果にならないまでも、やはり民主国会を育成するという立場から言うならば、現行の制限公開の制度を、そういう実害があつたからといつてただちに禁止してしまうというような行き方は、これは考えなければならぬ問題ではないか。私は、現在のいろいろな一般的、常識的に見て行き過ぎの問題も、民主的な訓練の中から育てて是正して行くべき問題であるから、やはりそういう長い目で見て行くことが必要ではないか。国会の場でどういうふうに国民の代表が自分たちのために働いておつてくれるかという面に対して目をふさいでしまうということは——確かに本会議その他の会合はありましようけれども、非常に制限されておるわけですから、せめて委員会の傍聴をしたいというのが一般の国民感情だと思います。本会議に傍聴に参りましても、実際は委員会にまわされておるというのが普通の状態でありますから、これを禁止してしまうということになると、むしろ本会議に相当殺到しなければならぬということになる。ところが、本会議の方は数ではつきりと制限されてしまうわけです。若干の行き過ぎがないとは言えないかもしれぬけれども、長い目でこれを育成して行くべきではないか、そういう意味から、長い目でこの弊害を是正して行くべき問題ではないか、こういうふうに私は考えているわけです。
○椎熊委員 これに関連しておるのですが、私どもが国会法改正と同時に国会の運営上に今心配しておる問題の一つに、労働組合の集団デモが、何百人あるいは多きは何万人というものが国会を取巻いて、喚声を上げて審議に支障を来すがごとき行動をやり、それが陳情と称して、必要以上の数をもつて、各党あるいは議長その他必要な人たちに面会を求められる。求められた方は、それに対して相当のあいさつをしなければならぬ。それが往々にしてアジ演説のようになつて、国会の構内がまるで混乱の状態になるというようなことがこれまでしばしばありました。そこで、議運の中の院内秩序維持に関する小委員会では、いろいろこれに対する制限等を加え、ことに参議院等は、一切デモ的な陳情は入れないとまで、議長の権限できめたような現状であります。私は、これは労働運動のあり方としても清純なあり方ではないと思われる。あなた方の希望というものはいろいろな形で現われましようが、事いやしくも国民の代表が審議を続けておる最中に、威迫のごとき行動、デモンストレーシヨンのごとき行動をもつて国会に意思を通ずるということは、民主主義のルールからいつても本質でないように私は考えるのです。あなた方の陳情は陳情として、これを静かに判断できるような状況において申し出、聞く方も冷静にこれを受入れて、判断は公正かつ適正に行わなければならない。今のような状態だと、まるで乱闘し、赤旗を振り、拡声機でじやんじやんこの窓に響い来るような大声を発し、あまつさえ、これを防禦するために何百人もの警官隊とせり合いを演ずるなんというような議会を取り巻くデモの行動というものは、まるで暴動の前夜のような感じがするのであります。こういうことは互いに慎しみ合わなければならぬことだし、よろしくないことだと私は思つておるのです。これがだんだん高じて来ると、私どもは、審議を冷静に続けるために、この周辺の道路をデモ隊の行進禁止区域にしてしまわなければならぬとさえ考えるのであります。そういうことまで行くとすると、だんだん摩擦が多くなつておもしろくない。そこで、デモはデモでよろしかろうが、あまり国会の審議に支障を来さないまうに、また面会して陳情する場合には、何百人が一挙に押し寄せるということでなしに、相当の代表者がおられるわけですから、数名の人をもつてしても意思は十分に到達できると思う。そういうふうに是正していただいて、国民の特権である陳情の制度、請願の制度を生かしつつ、国会もまた快くこれを受入れる体制をつくるということでなければならぬと思うのですが、そういう点についてはどんなお考えでありましようか。
○塩谷参考人 最近の労働者に対する一般的な政策というものが、私どもの方から見ておりますと、非常に民主的なルールからはずれて行く方向がむしろ強いと思つているのです。御承知の通り、たとえば仲裁制度にいたしましても、制度をつくつておりながら、その勧告を踏みにじつてしまう、こういう筋の立たない処置をとつているわけでありますが、しかも、そういう原因を与えながら、結果についてだけ法規で取締つて行く、こういうことが確かに最近の傾向にさえなつているんじやないかと私は心配しているわけです。やはり、他に対して要求をするものは、みずから範を垂れて進んでほしいものだと考えておるわけでありまして、最近の傾向は、一般的に見れば確かに御指摘のような点はあるかと思いますけれども、そのためには、やはりもう少し筋の通つた労働政策なり対策を立てられてこれを具体的に実施することが、言いかえれば、労働者の納得し得るような措置がとられることが先決ではないかと考えているわけです。最近の一般的な憲法初め法律その他が、私どもの方の立場でこれを見ておりますと、きわめて一方的に踏みにじられているという感を強くしているわけです。ところが、他の法規の面では、法規の建前をとつて労働者にのみその実行を強要する、こういうことは民主主義のルールからはずれている行き方ではないか。もう少しやはり筋を立てて、さつき申し上げたような対策を示されるならば、労働者も納得の上でおのずから常識の線に入つて来るのではないか。だから私は、先ほど申し上げたように、この際やはり民主主義の育成過程にあるということをお互いに考えて進んで行かなければならない問題ではないか、こういうふうに思つております。
○椎熊委員 立場の相違等もあつてどこまでも一致しない点もあるようですが、民主主義のルールを守つて、国会は国民の代表の府であるということの認識においては一致しているように思われます。ただ日本の民主主義が過渡期にあるという点も私は同感なんであります。私は思うに、それであればこそ、お互いが了解づくで——現に国会に対する陳情運動のごときは、あなた方と非常に近い組織の中にある社会党両派の方々といえども、最近まで行われておつたやり方というものには必ずしも同感しておらぬのです。これは困つたものだ、何とか秩序ある方法に直したいというのが一致した見解であります。従つて私は、急激にこういうものをどう禁止するとか抑圧するとかいうことではなしに、あなた方の意欲を清純な冷静なうちに伝えられることのできるような方法で、よく納得行くような相談で、もう少しきれいなやり方で行きたい。いやしくも国会に威迫的なことによつて意思を到達せしめんとするがごときは、議会政治の運営の上からは許さるべき行動でないのではないか。それが過渡期であるからやむを得ぬとなれば、気がついた段階においては、やはりお互に自粛し合うということでなければならないのではないか、こう私は考えるわけです。しかし、あなたとの立場の相違等もあつて、この点はなかなか一致点に達しないかもしれません。あなたの御意見としては非常に貴重な御意見ですから、私は非常に参考になつたと存じます。
○菅家委員長 それでは、午前中はこの程度で休憩して、午後は日本新聞協会の住本さんにお願いします。 なお塩谷さんには、お忙しいところ、どうもありがとうございました。 午後零時二十九分休憩 ————◇————— 午後一時三十七分開議
○菅家委員長 これより午前に引続き会議を開きます。 ただいま参考人としてお見えになりましたのは、日本新聞協会より御推薦になりました毎日新聞の住本利男君でございます。住本さんには、御多忙のところ、本委員会よりの懇請をいれられまして御出席をいただき、まことに本委員会として感謝にたえない次第であります。厚く御礼を申し上げます。すでに新聞等で御承知のごとく、本委員会におきましては国会法改正の問題をただいま取扱つておりますが、今日は常任委員会制度、議員歳費その他について率直な御意見を承りたく、ここにおいでを願つた次第でございます。ではどうぞ。
○住本参考人 それでは、私個人の意見を申し上げます。新聞社の意見ではございません。私個人の意見を申し上げてみたいと思います。 やはり一番問題になるのは常任委員会制度だと思います。たとえば、日本の国会が常任委員会制度というものを率先してとつたということは、私は議会制度の上で一つの進歩だと思います。今までのようなああいう読会制度でない制度で、その点では、常任委員会制度というものは、やはりいろいろ議論がありましても、確保して行くべきものではないかというふうに私は思うのでありますが、ただ、いかんせん、これには少し欠点といいますか、現状において二、三の欠点が出て来ているように思います。その欠点をある程度是正することは必要でありますが、常任委員会制を捨ててしまうというような考え方は、われわれはどうも賛成しにくいように思います。欠点というのは、言うまでもありませんが、常任委員会が一省対一委員会という各省別になつておる点で、多くの人たちから今まで何度も触れられた問題でありますが、省と委員会とが結びつくという利益の点は確かにあると思いますが、最近はやはり弊害の方が何か著しく出て来ているような感じがするわけです。たとえば、率直に申し上げますと、一委員会の委員というものが、結局その官庁との結びつきが非常に濃くなつて来る、なれ合いみたいな場合も出て来ますし、また義理、人情ということもからんで来るように見られるわけです。たとえば、議員の方は、その官庁に対して陳情に行く、どうしても官僚との間に頭が上がらなくなるというようなことも私はあると思う。あるいはまた、その結びつきが非常に濃くなつてしまつて、最近のように、たとえば常任委員長が各省の中に部屋を持つというふうな、これはちよつと行き過ぎだと思われるようなことも見られます。それからまた、そういうなれ合い、結びつきが濃くなつて来ますと、各省でもつて予算案編成の際大蔵省からけ飛ばされたような法律案、予算を伴う法律案を、その各委員会の委員が、大蔵省に諮らずして議員立法、そういうようなことでもつて持ちだして来る場合も私はなきにしもあらずだと思うのであります。こういうのは今われわれが一番心配している一つの欠点ではないか。 それからまたもう一つの欠点は、常任委員会制をとりましたので、たくさんの法律案がいきなり委員会に持ち込まれてしまう。大部分の議員は自分の委員会にかかる法案だけしか知らない。二百なり三百なりの国会に出て来る法律案のうち、実際問題としてそのかかつた法律案の名前を大部分知つておるというふうな議員は、現状では少いのじやないか。もつとも、最近は、国会法改正によつて読会制のいいところを少しとつて、重要法案については本会議で趣旨弁明を聞くということになつているようですが、この点については、もう少し私ははつきりしたものを出してみたらどうか。重要法案といいましても、これは議運でかかるようですけれども、野党はこれは重要法案だと認めても、政府の方は、本会議に一々かけて説明するのはめんどうくさいから、なるべくこれを逃げようとするというふうな政治的なごたごたも起きやすいと思います。何が重要法案であるかということをきめるのは、なかなかめんどうですから、そういう線をもう少しはつきりさしてはどうかという気もするわけです。 そこで、結局は、常任委員会制をあくまで筋を通すとしましても、現在の各省別による委員会制は直した方がいいじやないかという気がするわけです。一番いいのは、数の上で現在の二十二は非常に多いですから、議員が一個の常任委員になるためには、相当数の委員会が必要だろうと思いますが、改正案を見ますと、大臣、政務次官など常任委員から除外する意見が入つておりますから、そういうふうなものを除外して、そうして十四、五に縮小して行つたらどうか。それから、省別の委員会ではなくて、できれば事項別といいますか、そういうようなものにかえて行つたらどうか。新国会の初めには、外務委員会とか、地方委員会とか、文教委員会とか、労働委員会とかいうように、比較的事項別だつたと思いますが、これを元に返して、事項別の委員会にして行つたらばどうかというふうに考えております。これによつて官庁と国会の議員との結びつきというものをできるだけ薄くする。委員会が、官庁やあるいは業者の出先機関に堕してしまつては、これは非常に困るものだと思います。あるいはまた問題になつておる汚職の原因なども、われわれはこういうところに見つけたいような気もするわけです。そういう点を避けて、あまりに利害関係の結びつくような制度はこの際改めて行つたらいいじやないか。もちろん各省別には利益な点がありまして、各官庁にとつては、一省一委員会ということは、事務の上でもつて非常に簡単だろうと思いますし、やりやすいと思いますが、しかし、その官庁と国会との連絡というもの、このことは別個に私は検討して行かれた方がいいじやないか、こういうふうに考えておるわけです。 これに関連して、予算委員会ですが、現在の予算委員会の審議などにもちよつと疑問を持つております。現実の予算審議というものは比較的おろそかにされて、ここが一種の本会議の延長、大きな政治問題あるいは重要法案を論ずる一つの場になつて来ました。これは本会議というもので読会制度が廃止された一つの影響だろうと思いますけれども、もう少し、たとえば明治初年に予算委員がそろばん片手でもつて委員会に臨んだというああいう態度をまねるというわけではないけれども、予算自体の審議にもつと重点が注がれることが必要ではないか。この点に関連して、本会議で代表質問その他政治的な問題を討論する機会をもうちつと与えて、予算委員会では予算審議に重点を置いて行くというふうなことが必要じやないかというふうに思います。 まず大きな問題だけを先に申し上げて行きますが、もう一つ、国会法の上で最近大きな問題になつておりますのは、予算を伴う議員立法の問題があると思います。私は、議員が議案を発議するという原則は絶対にくずしてはならないと考えておる一人であります。その意味で、こちらからの改正案の要綱の中に、議員が議案を発議する際に議員二十名以上の賛成を要するというふうに制限を加えたことは、私は原則としてあまり賛成したくない。とにかく、新国会の基礎というものは、議員立法という点に重点があると私は思う。議員立法の現実は、準備が不足であつたり、不十分であつたり、あるいはあまりに利害の立場から出過ぎたようなものが確かにありますが、しかし、新国会において両院に法制局を設けたり図書館を設けたりしておるのも、議員立法を促し育てて行くためだと思うのですが、その意味で、よしんば過渡的に好ましくない議員立法がたくさんあつたにしましても、これをあまり制限するということは、私は新しい憲法あるいは国会の精神に反するんじやないか。たとえば、一つの問題について非常に国民が要望しているような事態に対して、政党が話し合うた結果議員立法として出て来ることが一番好ましいでしようけれども、政党がそれをやらない場合、一、二の議員だけが率先してその議員立法を出すという、そういう少数の委員の立場も私は十分に認めておいていただかなければならないのではないかと思います。ただ、予算を伴う議員立法あるいは予算の増額修正ということは、各国の例を見ましても、みな著しい制限を付しておるわけです。その意味では、予算を伴う法律案を発議する際には、これはもう十分な制限を加える必要があると私は思います。制限の仕方には、各国の例を見てもいろいろのやり方があるようです。賛成議員の数で制限するとか——この改正案の要綱は数で制限をするようにできておりますが、あるいはまた予算を審議しておる予算委員会に一応その案を配付して行くか、こういう方法にはいろいろ考え方があると思いますが、とにもかくにも、各国の例にならつて予算を伴う法律案を制限するということは絶対に必要だと思うのです。大体がとにかく国民の税金でまかなわれる国費をやたらにふやすということは、議員の立場からしても私はおかしいと思うのだけれども、それが現実に幾たびか行われているわけですから、この点について改正案の要綱に示されておりました四分の一以上の賛成を要するという数の制限は、まず妥当だと思います。同時にまた、議員みずからのそういう点についての配慮が、私はほんとうはもつと必要ではないかというふうに思うくらいです。それから、われわれの新聞の方の立場から参りますと、第五十二条ですか、委員会の公開という問題がございます。これについては別に改正案の方は触れていませんが、しかし御意見があるようにわれわれ聞いておるのです。これは、憲法第五十七条の精神から行きまして、私は、委員会をあくまで公開して、ガラス張りの中でもつてやつてもらいたいということを強く主張するわけです。現在の国会の建物、委員会室などによつて、人数の上で多少制限の出ることはやむを得ないと思いますが、この原則は絶対にくずしてもらいたくない。それからまた、第五十二条に「委員会の決議により秘密会とすることができる。」という条項がありますが、これはもちろん濫用さるべきものでは絶対ないと思います。というよりも、むしろこういうふうなものがないことをわれわれは実は希望するくらいです。もちろん、各国には、たとえばアメリカのように委員会は非公開の場合がありますが、日本の政治の現状を考えてみて、まだまだ私は政治自体が幼いと思うし、逆もどりする危険がたくさんあると思います。その意味では、当分の間といいますか、とにもかくにも委員会の公開を原則とし、それを現実の上でもつて履行されるように希望したいと思うのです。 それから、もう一つの問題は歳費の問題であります。これは、この前の国会が歳費をお手盛り値上げをしたということに対しましては、どこの新聞社にも実にたくさんの投書が殺到して来まして、ほとんどすべてがこれを非とするものである。これは値上げ自体が悪いということではなくて、むしろやはり国会自身が、みずからの手でもつて歳費を値上げしたということに非難の中心があるように思います。とにもかくにも、国会法でもって、一般官吏の最高の給料額よりも少くない歳費を受けると規定してありますし、国民としても、国会議員が国会議員としての立場にふさわしい歳費をもらうということには別に反対ではないと思います。ただ、やる場合は、あくまでも自分の手でやらないで、むしろ第三者を集めた委員会とか調査会とかいうふうなものにその問題をゆだねて行くべきにはないか、自分からやることは必ず国民からの指弾をこうむらなければなならないことは、もうこの間の例でよくわかつていることだと思います。そこで、歳費の内容でございますが、現在のように歳費、通信費あるいは滞在手当というようなこまかいわけ方、このほかに役員手当というようなもの、あるいは秘書手当というようなものもありますが、この歳費の立て方が少しずつきりしないように思うのです。これをできるだけ一本にまとめる必要があるのではないかと思います。それからまた、この改正案の要綱を見ますと、例として一般国家公務員との給料の比較をしきりにしておられる。しかし、議員というものと国家公務員とを比較するということは、私自体がどうも納得が行かない気がいたします。しかし、最近はとにかく国会がほとんど年中開かれておる。ですから、歳費というものの中に一種の生活費的な要素が入つていることは、もちろん私は否定いたしませんかしかし、議員の歳費というものは、本来やはり実費弁償的なものではないかというふうに思います。議員としての体面を維持する、それからまた政治家として政治の腐敗を招かないような程度の額、すつかりひつくるめて年額十万円……。
○土井委員 それは月額ですか、年額ですか。
○住本参考人 月額です。失礼いたしました。このくらいのところが妥当ではないかという気がするわけです。よく議員の諸公に聞きますと、金がかかる、金がかかると言われます。それからまた、現実に議員の生活つまり歳費の出費の内訳などを見ましても、なかなか苦しいこともわれわれはよくわかります。これは確かに認めますが、同時にまた、われわれは、一方においては、選挙民の自覚によつて、あまり議員諸公に負担のかからないような政治訓練というものを同時にして行かなければいけないまうに思うのです。今のようにバスや何かでたくさん国会へやつて来て、議員がめしを出さなければならないというふうな制度は、これは選挙民自体に私は責任があると思いますし、別の方法によつて政治教育というものをあわせて行つて行く、それでできるだけ自分の選挙区の政治家に金のかからないようにするということも私は必要だと思いますが、いくら金がかかるからといつて、歳費の値上げ問題をあまり国会から持ち出すということは、逆に国民の反発を買うだけではないかというふうに考えます。 現行法の三十六条には、「退職金を受けることができる。」。これは別に今のところ規定はないようですけれども、しかし、一部にこういう退職手当制度を設けようという議論があるようにも聞きますが、これはそう簡単に手を下されると影響が実に大きいと思うのです。歳費の値上げももちろんそうですけれども、国会が歳費を一旦値上げしますれば、必ずこれは地方議会に波及いたしまして、地方議会の値上げを来す、あるいはまた、退職金制度を国会がつくれば、これは地方議会が必ず全部まねをするだろうと思うのです。そういう意味で、財政的にも非常に負担が大きくなるし、三十六条は条文はありまするが、手を下すについてはよほど慎重でなければならないというふうに思うのです。ただ、尾崎咢堂翁のようなああいう功労者は、これはその都度、単行法で、特別立法でもつて措置することができるのではないかと考えます。 それから、もう一つ、あとはこまかくなりますが、条文ごとに初めの方から申し上げます。 臨時会の召集に発議すべき件名を記載してという改正案は、私は賛成であります。どうも臨時国会の召集その他が政治的に利用され過ぎておりはしないかと思います。同時に、この改正案の中で、たとえば、内閣が要求書を受取つた場合に、その日から四十日以内に臨時会を召集しなければならないというところがありますが、大体、臨時会と申しますのは、これは臨時に緊急に必要があるという場合でありますから、これを四十日待つということは少し長過ぎはしないか。とにかく、今までの例ですと、政府が、臨時国会の要求があつても、半年くらいたつてやつと開いたという例があります。はたしてこれが緊急な用に間に合うかどうか、常識的には疑問だと思う。その意味合いで、この改正案の中の四十日以内に臨時会を召集しなければならない、これはどうも少し長過ぎはしないかという気がいたします。 それから、第十条の常会の会期が百五十日間ということは、これも常識的に、やつてみて長いと思うのです。そのほかに臨時会、特別会などが最近はひんぴんとありますから、年がら年中国会を開いているようなかつこうになる。しかし、この百五十日間というものは憲法に規定されておることですから、将来、今後の問題として御研究いただいたらどうか。 それから、十二条で、会期の延長問題があります。これはわれわれ見ておつても、どの国会も必ず会期末になると延長問題でもめる。国会の混乱する一番大きな原因は延長問題ではないか。どうせ、そのころになつて、会期末になつて両院に残るという法案は、政府にとつては重要な法案ですし、政治的にうるきい問題を含んでおる。しかし、各国の例を見ましても、会期の延長問題などは、比較的、与党、野党がうまい話合いでもって、大した波瀾を起さずにきまつておるのです。日本の場合ですと、まあ与野党の対立がはげしいせいもあるかもしれませんがこれはどうもうまく行かないんです。これは、法規の上でどうこうということはできるか、できないか、まだ私考えたことはありませんけれども、しかし、会期の延長問題はもつと事務的に行われることができるし、また行われた方がいいんじやないか。あまりに会期の延長が政治的であり過ぎる。その点についてひとつ御考慮を願いたい、会期末の混乱は一にここにあると思うのです。 それから、もう一つは三十三条、逮捕の際の院の許諾の問題でありますが、これは、御承知のように、皆さん方のお扱いになつたように非常にいろいろな問題を引起しました。今度の改正案では特に改正点の中に含めていませんけれども、もう少し疑義のないようにかえて行く必要があるんじやないか、こういうふうに考えます。おそらく、この改正要綱をつくるときは、ああいう事件が起きていなかつたせいじやないかと考えるわけです。 それから、五十一条に公聴会があります。私どもときどき公聴会へひつぱり出されたのですが、多くの公聴会に出された方がいつも言いますのは、公聴会なんて役に立たない、行つてしやべつてもそれが実際取上げられるのかどうかさつぱりわからぬ、聞きつぱなしになつておるんじやないかという不満を私は絶えず公聴会に出席される人たちから聞きます。みな同じような感想を持つておるわけであります。これはもちろん法規の点ではないのですが、公聴会を運営するに際して、参考人の今までのそういういろいろな不満をひとつ十分いれていただいて、公聴会を開いて実効の上るようにしてほしい。これはたくさんの参考人たちの要望であります。 それから、今度の改正法を見ますと、やたらに、何と言いますか、どうも少し少数意見がきびしく制限されてい過ぎはしないかという気があちらこちらでいたすわけです。たとえば、さつき申し上げた議員発議の中で、五十大条の但書の「委員会の決定の日から休会中の期間を除いて七日以内に総議員の五分の一以上の要求があるものは、」云々というふうな点、これは私は現行の方がいいんじやないかという気がいたします。それからまた、七十四条の中もそうでありますが、議員の内閣に対する質問書が「簡明な主意書を作り、議員二十人以上の賛成者の連署をもつて、」というふうに、ここでもやはり制限をして来ております。その他あちらこちらでこういうふうな制限をきびしくて来ておりますが、議員の職能を妨げるという意味合いで、私は、質問とかいうふうなものはできるだけ自由にしておかなければならないというふうに考えるものの一人であります。それから最後に、これは国会法そのものにはあまり関係はないのでありますが、しかし、百十六条には、明らかに会議中議員が議場の秩序を乱しまたは議院の品位を傷つけるときはと、ちやんと書いてあるのですが、どうも、最近の国会を見ておりますと、議員諸公の言動に議院の品位を傷つけるものがまことに多いんじやないか、日常茶飯事のようになつているんじやないかと思います。やじがことにそうであります。国権の最高機関と言われる国会でもつて最下等の言葉がやたらにかわされるということは、どうもわれわれから見て好ましいことではないと思います。これは国会法の上でもつてどうこうということではないのでありますが、たとえば、英国では、国会で使つてはならない禁句がちやんと慣習的にできているようですし、日本の場合も、これはもちろん一ぺんにはできないでありましようが、慣習として国会の用語について、もう少し各議員諸公が注意をされるような、何らかの申合せでも何でもけつこうですから、少しお考えを願つたらどうかというふうに思います。問題は、やはり、今まで国会法の改正問題について私個人の意見を申し上げましたが、いくら規則をかえたところで、議員諸公の問題は議員諸公の、運用する人の問題にあると思うのです。 〔委員長退席、坪川委員長代理着席〕 国会軽視の念が非常に強まつておつて、われわれも心配にたえませんが、そういう念を払拭するのは、だれでもない私は国会自体だと思います。国会の品位を高め威厳を高めて行くということにおいて、国会法改正とももちろん関連いたしますが、特にその点を私は強くお願いしたいと考えます。 大ざつぱに申し上げましたが、私の改正案要綱に対する卑見はこれくらいであります。
○坪川委員長代理 何か住本さんに対する御質問はありませんか。——椎熊君。
○椎熊委員 たいへんけつこうな御意見を拝聴して、感銘しております。そこで二、三なお掘り下げて伺つておきたいのですが、第一番に委員会の公開、非公開の問題なんです。私の考えから申し上げると、私は委員会は非公開が原則であるべきものだという信念の上に立つておるのでございます。 〔坪川委員長代理退席、委員長着席〕 もとより政治はガラス張りの中で行われることはけつこうなんですが、審議をほんとうにするためには、外部の何ものにも災いされずに、公平に冷静に自由に発言できるためには、私は傍聴人のいない方がいいんだという感じがいたします。それは、ひとり私個人の考え方ばかりでなしに、各国の議会がやはり大体そういうようにできておるようであります。ただ、各国がそうだから日本もそうしなければならぬというのじやなくて、やはり日本の国会には日本の現状もあり沿革もあるのですし、民主主義の憲法の上に立つておる今日の日本は、やはり国民とのつながりが深くなければならぬのですから、これは絶対に秘密主義でなければならぬというのじやなくて、やはり国会における報道機関というものは特別の扱いをする。これは何も審議に関係がないのですから、国会を批判する場合には新聞紙上でやるだけで、その委員会では何ら委員の行動に制肘も加えている前例はありませんから、そういうものはいいと思います。ただ各新聞社の方があそこでにらんでおるというだけでも、これは相当の監視監督にはなるようであります。それは私はいいと思うが、そのほかの一般傍聴人がいる場合に、しばしば私はその弊害にたえないものがあると思う。たとえば、労働者に関する問題のときは、組合員が組織的に入つて来る。そういうことで、中には委員に威嚇を加えるごときやじとか行動に出たものも前例としてはあります。それから、議員自体も、委員その他に聞かせるのでなくて、傍聴人に聞かせるような発言をしたりしておる者もおつて、私は弊害にたえないと思うのです。ただ、現行法でも、現に委員長が許せばある種の制限を加えて許すのですが、原則はやはり秘密会議がほんとうであつて、例外的には多少の緩和があつていいものです。その方がほんとうの審議になるのじやないかというような考えを私は深く持つておるのですが、その点はどうですか。
○住本参考人 要するに、椎熊さんの御意見は非公開が原則であつて、新聞記者その他はこれを例外として認めるという立場ですね。
○椎熊委員 そうです。
○住本参考人 これは私の意見などとはまつこうから対立することになるわけなんですが、おつしやるように、確かに、議員の中には、スタンド・プレーで、たとえば業者などが委員会に傍聴に来ておると、その業者に聞かせるために利益代表的な立場から発言をする者もあるでしようし、あるいは労働組合などでやじが出るというお話も今ありましたが、しかし、たとえばスタンド・プレーをやる議員などというものは議員自体の問題であつて、委員会を公開するという原則をかえるという理由には私はならないと思うのです。おつしやるように確かにアメリカなどは非公開の委員会ということになつておりますが、私は日本のいわゆる議会政治というものはまだ非常に幼いというふうに考えておる一人です。ですから、これを秘密会的なもの、非公開にしてしまうと、私はむしろ弊害の方が大きいのじやないかと思う。戦前の議会におきましては、貴族院が委員会を新聞記者にも公開しなかつたことは御承知の通りです。衆議院の方は新聞記者に公開いたしましたが、貴族院はしませんでした。あのときわれわれは、経験からしても、この委員会の非公開というものはいかに特権的であり、しかも国民との結びつきを断つものであるかということを痛切に感じたわけです。幸いとにかく日本の国会法は一応公開という原則になつておるのですから、この原則はおつしやるような弊害が確かにあると思いますが、やたらにこれをかえるということはまだ非常に危険じやないか、もつと議会政治というものがしつかり固まつて、国民から指弾を受けず、あるいは国会軽視の弊がなくなるまでは、公開の原則をあくまでも私は立て貫いて行つてほしい、これが日本の政治をよくする非常に大きな要素じやないかというふうに考えるわけです。やはり公開された場でもつて議員が意見を述べ、その立場を明らかにするということは、今の日本の議会政治を育てて行く上において最も必要なことじやないかというふうに信じております。
○椎熊委員 その点はよくあなたのお説を尊重すべきであろうと私は思いますが、もう一つは、議員歳費の問題なんです。あなたはよく議会の実情を御承知の方だから、ざつくばらんにいろいろお聞きしたいのですが、われわれもこの問題では実際当惑しておるわけでございます。こんな肩身の狭いかつこうで歳費のことを批判されることは実は残念なんですが、あなたのお話のように国の費用を使う問題を国会以外の機関によつてきめるということは、私は憲法上からも疑義があると思う。どうしても国会を通じてきめなければならぬことなんだから、われわれはあくまで自粛すべきは当然でありましよう。従つてわれわれも、今日まで歳費自体の値上げということはやつておらぬのです。国会法に従つて、公務員の最高給よりも下であつてはならぬという原則でスライドして来ておるわけですが、それでは非常に困るものですから、滞在費、通信費といつたようなものが特に考えられたわけです。その当時は占領治下にありまして、アメリカ側のそういう方法によつて増額しろという指令等もあつたわけでございます。それは今日独立国になつたのですから、私どもはそんなものにとらわれる必要はごうまつもないのです。ただ、私は、国家最高の機関の構成分子の議員の歳費は、それが実費弁償であろうと、給料的性質のものであろうと、そう低くあつてはならないのではないか。たとえば、明治憲法時代のごときは、議員の歳費によつて国会議員というものの資格に非常な制肘が加えられておる。たとえば宮中席次などというものが非常に重んじられた時代で、今とは非常に違う時代ですが、その際は高等官二等と三等との間の待遇を受けた。国民代表が各省の課長以下のような待遇を受けた。それはなぜかと言うと、議員が受けておる金の額から来たのです。今はそういう宮中席次とかなんとかいうことは重んじられていない時代ですから、民主的にいろいろあろうと思います。特に今回国会法を改正するのも、ほんとうに国民が納得するような適正な方法で、適正な金額を受けたいという念願からなんです。多くとりたいがゆえに国会法を改正する意味はごうまつもありません。しかしながら、国会議員たる、国民代表たる者は不適正であつていいはずはないのだし、そのきめ方に、あなたのような御議論があるとすれば、非常に私ども迷わざるを得ない。国家支出が国会以外の機関によつて審議されて行くということは、憲法の根本精神に抵触するところがないだろうか。形から言うと、自分のことは自分でやらぬで人にきめてくれということは、体裁はいいようですけれども、体裁ではなくして、ほんとうにものをきめて行く上においては、やつぱり、どのような批判の対象になつても、国会議員がそれ自身の責任においてきめて行くことが私は正しいのだ、こう思われてならないのです。 そこで、わが党などでは、一体通信費だとか、滞在費だとか、項目が幾つにもわかれているところに国民が疑惑を持つ原因があるのではなかろうかと思いまして、一本にすつきりしたものにする。たとえば、あなたは、月に十万円くらいとることはけつこうじやないか。それでは一体十万円は実質的に受取る金なのか。十万円を歳費として、それから税を引かれるということになりますると、非常に低額なものになるわけです。現在でも各省次官よりも上だということになつてはいますけれども、実質的の計算から言うと、ずつと下なんです。あの人たちは、宴会費、食費等は自費負担でやつておるが、役所において自動車を持つておる、超過勤務手当をとる、そういうこまかいことを計算して行くと問題になりません。けれども、半面われわれは名誉職たるの立場にもある。国民から選出された名誉を重んずる国会議員が、金のことに拘泥して妙な批判を受けることは残念なことです。しかしながら、昔のように武士は食わねど高楊子という時代でも私はないと思う。ことに今日では、自分の生活を犠牲にして国会に出て来ている。たとえば、職場を放擲して出て来ているという人の数が非常にふえて参りました。従つて、名誉職の実費弁償だけではなしに、やはり歳費の中には生活費というものが重要な要素として考慮されなければならぬのが、今の現実の世相だと私は思うんです。そういうときに、国会でなるべくきめて行くんだけれども、今後は多数の人の意見を聞いて、先ほどあなたは公聴会は権威がないように言われましたが、やはり公聴会の御意見を尊重して、そういうものに従つて国会自体がきめて行くということになると、われわれもそう肩身を狭くしない状態が、ものの考えようによつてはできると思うんです。 そこで、私の疑問に思うのは、国会以外の機関が国費の費途について参画するということは、民主的原則に根本的に触れる問題だから、その線をくずしてはならないのではないかという気がするんですが、それはどんなものでございましようか。
○住本参考人 それは憲法とうまく合わない、——第三者にきめてもらうという言葉を私は使いましたが、もしそれが憲法に抵触するということになれば、私は方法は幾らでもあると思う。ただ、要は議員が自分の手でもつてきめる。世間ではこれをお手盛りと言いますが、その形をできるだけ避けたい、避ける必要があると思う。何と言いましても、一般国民のわれわれ新聞に集まつて来る投書などを見ますと、その点は実にはげしい口調です。みな困つているんだ、ところが議員は、国会法によつて、会期中及び公務のために自由に国有鉄道に乗れるしやないか、あるいは自動車もある程度与えられているじやないか、あるいは通信料その他諸手当ももらつているじやないか、あるいは自分の子供や親戚の者を秘書にしているじやないか。確かにわれわれ新聞に集まる世評というものは非常に強いものです。また、今お話の中にありましたが、税金を引かれるということは、これは全国民がみなひどい目にあつているので、私は議員だけが税金云々を言うべき問題ではないと思う。また、議員の歳費についても、今私も少し触れましたが、生活費的な要素が非常に多くなつておることも確かに認めます。しかも最近は国会が年中開かれているので、自分の仕事を持つておられる議員もそれを放擲しなければならぬ、これもよくわかります。ただ、その場合に、国民の感情、世論というものを考慮して、自分できめない。もし憲法に抵触するならば、議運なら議運でもつて専門家あるいは識者たちに一種の参考人というふうなことになつてもらつて、議運の方々がその人たちと一諸に研究して、妥当な線を出すということもできるだろうと思う。第三者にきめてもらうということは、形式的に委員会をつくるとかなんとかということでなしに、冷静な立場から、妥当な立場から一つの線を出してもらう、それをあなた方が採用するという形ならば、まだまだ世間も受入れやすいのではないか。世間が反対しているにもかかわらず、自分たちだけで歳費のお手盛り案を通してしまつたということが、世論を反発させる大きな理由である。そういう意味で、私は、第三者の専門家その他の人たちからあなた方が御意見を聞いて、しかも研究を尽して——一回くらい公聴会の意見を聞いたというのでなしに、そういう人たちとあなた方が意見をかわしながら、次第に一つに固まつた案にするというような方法をとることを私は主張したわけであります。
○椎熊委員 よくわかりました。実はあなたの話とわれわれの意図するところは完全に一致しているわけであります。私もこの問題でかなり苦悶したわけなんでございまして、それで、今回公聴会を開くにつきましても、一番の重要点をそこに置いたのですが、議員歳費の問題と、ことに世論の中心になつておりまする常任委員会のあり方について、特に指摘して御意見を求めているゆえんはそこにあるのです。従つて、旧来の公聴会はどうであつたかわかりませんけれども、今回この国会法改正に伴つて議員の歳費をどうするかということは、かなりあなた方の意見が尊重せらるべきだろうと思いますし、私は尊重したいと思う。そこで、ざつくばらんの話ですが、新聞の方の報道も、われわれから見ると非常に誇張されて報道されたと思われる向きがあつて、世間では大体国会議員が十七万四、五千円とつているという常識になつているのですな。これはいろいろなもの全部総合してそういうことになるというところであつたんでしようが、現に国会召集中一日二千円の滞在費をもらつても、今日われわれ歳費の袋に入つている金というものはそんなにないのです。実際的には、地方税を抜かないで、源泉課税をとられただけで、今月の十日に受取つた分は十一万円そこそこであつたと思います。それからまた、地方税を引かれ、所属する政党のあれを引かれることになるのであつて、実質的にはあなたのおつしやつた十万円ということとは事実はあまり遠くない状態です。しかも、それは国会召集中だけで、召集してないときは月に六万円の滞在費はないのです。このごろは一箇年のうちに半年は議会にいると思わなければならない。そうすると、滞在費だけでも月平均して三万円ぐらいになると思います。七万七千円かそこらの歳費の上にそれを加えて、その他通信費等を加えますと、——秘書の手当というものは秘書に直接行くものであつて、議員には来ないものですから、これが議員の収入と見られることは非常に心苦しいのであります。そういう実態の調査をよく御検討願つて、常識的に一体国会議員はどのくらい収入があつてしかるべきか、そういうことの御教示を願つて、それが世論の大半であるならば、われわれはやはりその世論に従つて行くべきである、こういう考え方なんですけれども、何も、今回の国会法の改正は、また歳費お手盛りのためにお集まりを願つて意見を聞くという意味でなくて、われわれが国会議員としてほんとうに適正で国民が納得する線はどこにあろうか、その方法はどういうふうにしたらいいのかという点で御意見を承りたいわけです。ただいまのあなたの御説明によると、たいへん御親切な御教示でございまして、われわれの考え方とそう違わないと思います。そのゆえにこそこの問題を爼上にのせて意見を聞いているわけであります。大体しかし御教示の点はよくわかりました。
○山本(幸)委員 いろいろいい御意見を伺つて感謝しているわけでありますが、まず私ひとつお伺いしたいのは、あなたのおつしやる第三条の臨時会の召集の問題でございますね。これは、御承知のように、臨時会というのは主として政府側が臨時会を計画する場合、たとえば補正予算とかなんとかの関係で計画する場合、それからさらに今度は議員側ですが、端的に申し上げますと、政党側が要求する場合、大体いずれも緊急欠くべからざる場合が多いと思うのです。そこで、この案で参りますと、総選挙の日から三十日以内、これはよろしゆうございますね。もしくは国会閉会の翌日から五十日以内、これは要求できないということになつております。従つて前段の五十日は要求できない。それから五十一日目から要求ができるので、さらにそれから四十日以内に召集しろ、こういう期限付になるわけです。そこで、あなたのお説のように四十日は長過ぎる。たとえば、これを中庸をとつて二十日にしますと、前段の五十日を入れて七十日。七十日かかつたんでは、これまた緊急欠くべからざる臨時国会の要求の本質がぼやけてしまうわけですね。従つて、これとのかね合いについて何か御意見がございましたら承りたい。
○住本参考人 先ほど私申し忘れたのですが、今の国会閉会の翌日から五十日以内というのは、私個人としては長過ぎると思います。もう少し短かくしなければ、緊急なという臨時会の本質からはずれるのじやないかというふうに考えます。
○山本(幸)委員 それから、第二の点は、非常に私も同じ意見で参考になつたわけですが、全体を通じて少数意見が苦しくなつている。これは私もそういう意見で最初から主張しておつたわけです。ところがこういう意見もあるわけですね。少くとも一議員が議員立法の要求ができたりあるいはいろいろな発議できるということになりますれば、結局おみやげ法案をつくつたりあるいは無権威なものを次から次へ出して、むしろ逆に国会の審議のマイナスになるのじやないか、そういうことを防止するためにやはり一定の制限が必要なんだ、しかも、その制限をということになれば、少くとも二十人あるいは二十人前後の同意がなければこれは権威がないのじやないかという説もあるのです。私はそれもまた一応もつともだと思うのですが、そうだとするなら、実は議会というものは法規的には議員個人が集まつて構成するわけですが、しかし、実際の現象としては、やはり政党が早く言えばそれぞれ構成した形をとつているわけですね、一面において。従つて、そういう場合に、少数派が、二十人の制限をきめたら、十八人とか十五人あるいは十人しかいなかつたという場合、少数派の意見というものは反映しないと思う。一面また、それでは無制限にすれば何でもかんでも発議ができて、かえつて国会の審議を無権威にするという点も考えられる。従つて、その調和をどの程度に持つて行つたら一番よろしいかということを、特にあなた方しよつちゆう見に見えておわかりだと思うので、その点の意見を承りたいと思います。
○住本参考人 予算を伴うものあるいは予算案の増額修正その他は別ですけれども、一般の議案については、先ほど申し上げましたように、提案権を制限することは私はやはり原則としてすべきでない。今お話のように、おみやげ法案なんというものがたくさん出て困る。これは私は議員の個人の素質の問題だと思うのです。素質の問題から国会のあり方について、素質が悪いからといつて国会のあり方を制限して行くということはおかしいのじやないか。だから、これは議員が悪いのであつて、いずれは選挙民が落選させるなり、おそらく淘汰されるという結果になるべきであつて、国会のあり方は、あくまでも、こういう議案についての提案権制限したり、文書の質問を制限したりしないような原則を貫くべきだと思うのです。ですから、この場合二十人では多過ぎるが、十人がいいか、十五人がいいか、五人がいいか、数の問題は私はあまり考えておりません。
○山本(幸)委員 もう一つ、これは歳費の問題ですが、実は今椎熊さんが言われたように、何新聞か覚えありませんが、十七万七千円とか八千円とか発表しているわけです。それは滞在費を入れると出て来るのですね。七万八千円の歳費、六万円が開会中の滞在費、一万円が通信費、立法調査費が一万円、秘書手当一万九千二百円ないし三百円、それで十七万七千円ないし七千数百円ということになる。こういう形で発表されておりますが、そのうち御承知のように立法手当は党の方がもらつている。それから一万九千円というものは秘書のお金、また六万円という滞在費は、一箇年に六箇月ないしは七箇月といたしますと、月に三万円ないしは三万二、三千円ということになる。そうすると、結局議員の方に渡る金というものは、トータルで十一万八千円ないしは十二万円ということになるわけです。そこで、これは議員によつてそれぞれ違うと思いますが、先ほども土井さんがほかの方にも申されたのですけれども、これは、私個人の例を申し上げてみても、十一万八千円ないしは十二万円の金から、大体所得税を一箇月二万四、五千円引かれておるわけです。それから地方税を約五千円引かれておるわけです。それからあと通信費が、私の経験によると、いろいろなことの調査だとか問合せが来ますから、その返電あるいは返事、電話等を入れますと、やはり八千円ないしは一万円、そのほかに党からそれぞれ負担金を引かれる、あるいは関係団体に引かれる、あるいは地方の支部に引かれる。これは、そんなことお前歳費から引くのはおかしいじやないか、それはもう別の問題だと言われれば、これは私その通りだと思う。けれども、いずれにしても、結局差引してみると、私の場合で実際は大体六万四、五千円です。六万四、五千円から、東京の生活費がやはり二万五千円ないし三万円いる。飯を食つたり、間借りをしたり、タバコを吸つたり、こまかい話ですが、そういうことになりまして、そのほかに慶弔費だとか、あるいはこういうことは言つていいか悪いか知らぬが、たとえば交通費とかあるいはお客のお茶代とか、陳情団の——これは陳情団の問題ともからみ合いますので、片方の抑制と言うか、正しくしなければ直らない問題だと思いますが、現実にはこういう状態なのです。そのほかに収入がないもの、あるいは国会議員なるがゆえに、前には収入があつたが、その方に手がまわらなくて収入の道が断たれたもの、こういう状況でして、文字通り赤字財政の状態なのです。だからといつて、今あなたのおつしやつたように、それどころの騒ぎじやない、もつと失業者があつて飯も食えないじやないか、こういう国民感情の強いことも私はよく承知しております。そこで、問題は、さような国民感情の強いこともわかるが、同時にまた議員があまりにみじめなことでということになれば、そこにはやはり不正だとか汚職だとかいろいろなものが関係して来ると思うのです。従つて、先ほどあなたは十万円程度だとおつしやつたのですが、そういう点は、今後ともいろいろ国民感情も考え、それから議員が利権だとか汚職だとか、そういう関係からも断ち切られて、国会審議に全力をあげることができる、こういうような点を十分かね合せていただいて、そうして次の機会にぜひ御意見を承りたい。あるいはまた、今椎熊さんが言われたように、もし歳費のことなんか出れば、そういうような機関というか非公式のものをつくつて相談をして、そういう問題の検討をしなければならぬと思うのです。そういう点を皆様方の方で十分御検討いただいて、そうしてこの問題の適当な処置がとれるように今からお考えを願いたい、こういうふうに特にお願い申し上げるわけなのです。
○山田(長)委員 常任委員会と特別委員会の委員長の点について、参考人の御意見を伺いたいと思います。常任委員会の決算と特別委員会のうちの行政監察、この二つの委員長だけはどうしても原則として与党の中から出すべきではないという感じが、自分が携わつてみてそういう印象を強く受けるのですが、この二つの委員長だけの問題について御意見を伺いたいと思います。
○土井委員 今の問題に関連しまして、現在参議院の方は選出議員の按分比による委員長の選出ということになつております。衆議院の方は、この前の選挙の情勢で、与党が絶対多数でないという関係から、選出議員の按分比においてそれぞれ委員長が出ておるわけです。わが党などは委員長をとつておりません。辞退しておるわけですが、たとえば、従来は自由党が絶対多数のときには委員長を全部与党でとつておつた。与党でとるのがいいか、按分比でとるのがいいか、その常任委員会の運営面においてお考えがあれば、今の質問と一緒に御意見を聞かしていただけばけつこうだと思います。
○住本参考人 常任委員長のポストというのは、常任委員会が国会運営の中心であるだけに非常に重大だと思うのです。改正案要綱を見ますと、幾つかの考え方がありますね。現実に与党かり出せという議論と、按分比例でやれこいう議論とありますが、やはり私個人の考えでは、長老制というのですか、セニヨリテイ・システムというのですか、これはアメリカのやり方ですね。それは、党派にこだわらずに、その常任委員の中の識見、経歴というふりなものがすぐれた人を選ぶべきではないか。その方が常任委員会の運営が公平にできるのではないか。数字的に要員の割当によつて按分比例でやる、あるいは与党だけやるということになると、私は往々にして不適格者が委員長になるおそれがあると思います。あるいは順番であるとか何だとかいうことも出て来るでしよう。何といつても常任委員長のポストというのは重要なので、そういう点では私はむしろ長老制が一番いいんじやないかと考えています。
○土井委員 今の長老制というその問題の範囲をもつと具体的に言いますと、たとえばアメリカなどでは、長老といつても年をとつておる人というのではなくて、大体その委員会における継続年数、そういうふうに解釈してよいですか。
○住本参考人 年数だけというわけにも行くまいでしようね。これは政治的な経歴もあるでしよう。
○土井委員 識見とかなんとかいうことになると、これは解釈上の問題も出て来るわけです。
○住本参考人 ですから、現実に日本でセニヨリテイ・システムをとるとしたら、おそらく混乱するでしよう。
○椎熊委員 日本の国会法では、委員長は本会議できめることになつております。本会議できめるということは、究極的には選挙できめるということですね。少数党で内閣がつくられているという今の状態は、新憲法は予想してないことなんですね。だから、議院内閣制であつて、多数派から内閣ができて総理大臣が指名されるにきまつておる状態なんですね。その際には国会法はちようど適正にできておるのです。本会議できめるということは、選挙でやるということになれば、絶対多数の与党で全部とるのです。私は、最初にこの国会法をつくる際に、そういうことではいかぬのじやないか、与党が全部とつてしまうのはいかぬのじやないかということで、当初は按分比例でやるべしということを強く主張して、各党の間に了解ができて、按分比例で一応きまつたとたんに、その当時GHQがおりまして、それはいかぬ、選挙でやることは与党で全部とることだということで、ウイリアムズ氏などはわざわざ国会まで来て、われわれ呼びつけられて、しかられて、ああいうことになつた。私は、そういうことをきめておるのは実際いかぬので、やはりこれは按分比でやつた方がよいのじやないか、長老制でやるということは日本の場合非常に困難性が多いから、せめて按分比でやつた方がよいのじやないかということを現に主張しておるわけです。これはなかなかめんどうな問題だと思うのですけれども……。
○住本参考人 もう一つは、今の日本の常任委員会というものは非常に便宜主義になつておる。たとえば、問題によると委員をさしかえる。臨時委員を差向けたりしますね。そうしますと、常任委員としての、「常任委員は、会期の始めに議院において選任し、議員の任期中その任にあるものとする。」という四十一条の建前は一応堅持して行くべきではないか、そうすれば、自然その中からいわゆるセニヨリテイ・システムというものが生れて来るのではないか、常任委員会というものは少しこうも便宜主義的にやり過ぎておるから、そういう制度が育つて来ないのではないかというふうな気がしますね。
○椎熊委員 それで、まだ常任委員会制度になれていない点で、今御指摘のように都合により委員をさしかえるということですね。これがまた委員をさしかえられないということになつたら、実際問題としてたいへんな不便があるわけです。たとえば、今議論になつておる懲罰動議なんかが出て来る。懲罰委員なんというものは、ふだん仕事がないから、なるべくひまな人がやつておられる。具体的に言うと、わが党などは総裁が懲罰委員なんです。これは中曽根君が懲罰委員会に付せられるということにもしなつたとすれば、総裁にあそこでやらせるのは不適当だから、どうしても委員をかえるという現実の問題に逢着して来る。そこで私は、懲罰委員会などは常設委員会にすべきでないと思う。こんなことを予想して常任委員会をつくつておるのがいけないのであつて、不幸にして懲罰動議に付せられるような事案が出たら特別委員会でやるというのは、そういうことから私は主張しておるわけです。
○住本参考人 今のお話の懲罰委員会が常任委員会になつておるというのは、あまり各国に例がないのではないかと思います。これはもう恥さらしの見本みたいなもので、むしろやはり常任制でなく特別委員会にして、事案が起きたらその特別委員会でやるというがいいのではないかという気がしております。
○土井委員 もう一つ、今の問題と関するのですが、今は国会法によつて理大臣、国務大臣、政務次官、官房長官、正副議長、これらの人々は実際には委員会に名を連ねて——これは、国会法の中で、議員は一つの委員会の委員を持たなければならない、こう書いてありますから、自然どうしても一つの委員会の委員は持たなければならないことになるのです。今今度の改正では、それらの人々は持たなくてもよろしいということに改正しようと思うのです、そこで、今たまたま椎熊委員から話が出ました問題で、いわゆる党の総裁とか書記長とか、こういう者を法規の上ではあれですが、特殊なる議員は——議員というか、そういう党の役職についておる者は持たなくてもいいということを入れる。それで事情によつて持たない方がいいかどうかということですが、今の場合にはそういう便法が全然ないわけです。今度は総理とか国務大臣その他はありますけれども、党の総裁が事実上そういう委員会の出ていろいろな問題を議するというのもどうかと思う。総裁や書記長は党全体を指揮する立場にあるわけですが、そういうことについてのお考えはどうですか。
○住本参考人 改正要綱の議長、副議長、内閣総理大臣その他の国務大臣を常任委員からはずしたということは、現実から見て妥当ではないかと思います。ただ、政党の総裁その他の役職員を委員からはずすということは、これは私考えておりませんでしたから、とつさのお答えになると思いますが、そこまで議長その他いわゆる国会の役職についていない人、あるいは政府機関に出ていない人まで議員の任務をはずしてしまうということはどうかと思います。
○土井委員 そこで「議員は、」ということですから、そういう総裁とかなんとかいう名前を書かないで、議員の中で、特に事情があれば、委員にならなくてもよろしいという……。これはなるべきであるというふうに国会法では書いてあるのです。
○住本参考人 私はちよつと疑問を持ちます。
○椎熊委員 そこで最後に、百十六条に関して、議員の品位の問題でたいへん痛み入つた発言を聞きまして、私どももちろん反省しなければならない。ことに私は非常に反省せざるを得ない一人であります。これは御指摘のように英国ではちやんと不穏当な言辞を摘出してありまして、われわれの手元にもその参考資料が来ております。日本はそういうものがないかといえば、日本でも実はあるのです。よくごらん願いたいのです。それらは、議長から、速記録を調査の上不穏当な言辞があれば措置するという発言等をときどき聞くわけです。けれども、御指摘のものはきつと国会のやじのことだろうと思います。これはまつたく世界中にあまりない例で、私どもは非常に痛み入つておるところで、ことに私は指摘される多くの責任を持つておる方ですが、本日の御発言がなくともみずから戒めて、このようなことがないようにと日ごろ心がけておる次第なんですが、ときどきかつとなつてはしかられる。 そこで、あなたにお願いしたいのは、実は国会もそういつもやじばかりで応酬しておるわけではありませんで、最近の国会で教育二法案あるいは防衛に関する法案等の審議の際などは、この数年来まれに見る厳粛な会議が行われておつたと私は思う。そういうときの翌日の新聞を見ると、必ずこれをほめてくださつてはおりません。国会は気が抜けたようだ、まるでなつていない、このように書かれますことは、それは一体あなた方はどつちの方を奨励しておるのかわからぬような場合があるのでございます。けれども、新聞の批評いかんにかかわらず、私どもは厳粛な気持で議会に臨まなければならぬことは当然でございますから、ただいまの御発言等は私はけんけん服膺してりつぱな国会にしたいと思いますが、新聞の方でも、さらを投げたり不都合な言辞を使つたりする者を奨励なさるようなわけはないはずなんだが、どうもその方が国会は活気があるというような書き方には、どういうものか私どもはふだんいつでも疑問に思つておりますので、おしかりはいつでもお受けいたしますし、悪いところは敢然として直す決意でございますから、ひとつ悪い方を奨励なさらないようにお願いしたいと思います。
○住本参考人 悪い方を別に奨励しておるわけではございませんので、今椎熊さんの言われた厳正な審議というのがあたりまえなんです。あたりまえなこととして特にほめないというふうにおとりを願いたいと思います。
○菅家委員長 大体各委員からの御質問も尽きたようでありますから、こういう機会にあるいは不適当であるかとも思いますが、幸い新聞協会から御推薦になつて、しかも議会政治、政党その他の関係には多年住本さんは御関係が深かつたその方の権威者でもあられるので、不適当であると思いましても、ちよつと一点お願いを申し上げておきたいと思うのであります。実はこの委員会で、新聞側——ひとり毎日新聞というふうなことでなく、大きな新聞と、国会側というか、議運の希望というか、両方でもつてそういう機会をつくりたいというような全員の希望がありまして、そのうち伺おうと思つておつたのですが、毎日国会法その他で忙しいものですからなかなかその機会を得られませんでした。きよう参考人としておいで願つたこの機会では、ちよつと礼を失するかとも思いますが、二、三分のことですから、この機会にお願い申し上げておきたいと思います。 それは、先ほど来国会法全般に対してまことに公正妥当な御意見を種々伺つたのでございまして、今後の審議の上に非常な参考になつたと思うのですが、今度参考人の御意見を伺うについて最も重点となつたのは、各党の意見で議員歳費の問題、これは言うまでもなく言論界の方から非常な非難を受けた次等であつて、しばしばこの委員会においても、この事柄については再検討もし、また自己反看もいたしておつたのでありますが、今回いよいよ国会法を改正するということになると、その中に官吏という名前を使つておるのは一般公務員、この一般公務員より少くあつてはならないのだというこの条文をいかに取扱うかということは、最初からこの国会法改正の中心問題であつた。あれだけ世論の反撃を受けたのだから、まずこの際各界の代表者の意見をひとつ承るということが最も重要な問題の一つだつたわけです。きようは率直な意見を承つてわれわれ非常に参考なつたのですが、実はお手盛りが問題になりましたのは、滞在雑費の千円を二千円に上げたこと。その他を上げたわけではないのですが、一日千円の滞在雑費を二千円に上げたのがお手盛りだということで、非常な反撃、批判をこうむつたわけであります。この是非は別問題としまして、今後はひとつ、それに備えるのには、お手盛りでなく、議員以外の者でこれを決定せよという学界の人々の意見が新聞に出て非常に疑問に思つておつたのです。国会の経費を議員以外できめるということは、どういう方法によつてきめられるのであるかということを考えておつたのですが、きよう伺えば、そういう憲法違反とかその他手続の問題があれば、公聴会あるいはその他幾らでも世論を聞く方法があるんじやないかということでありました。これはしごくごもつともなことでありまして、今後はおそらくそういうような経緯を経ることになるだろうと思われますが、そこで新聞にお願い申し上げたいことは、この前もしばしば各社の諸君がおいでになつたときに申し上げたことは、新聞に報道されている基礎的な議員の受ける給料の額が違つておる。たとえば、新聞は、遺憾なことには、秘書は置いてならぬという御意見なら御意見でいいと思う。議員は秘書を持つことはいかぬ、秘書の手当をとることはいかぬ、また議員立法の一万円はいけない、これは議員がとるべきものではないとかいうことであるならばよろしかつたと思うのでありますが、われわれ議員の手に入りますのは、歳費と通信費と滞在雑費、これだけであります。この総額を新聞は、いくら訂正を申し込んでおいても、そうですかと言つて訂正しないでしまわれて、次の日の新聞を見ますと天声人語とか二行評論とかどつかに、やはり十七万何千円というように終始一貫新聞は訂正されないでいる。そこで私どもは、新聞は、この問題を、議員がお手盛りの案だといつて世論に悪く響くような報道をする建前に立つような深い印象を受けたわけです。私どもとしては、今の幼稚な日本の国会としては議員に秘書を与えることが不適当だという批判であれば、やはりこれは一つの批判として受くべきだと思う。それから議員立法として議員が一万円ずつもらつて各党にこれをやる、この制度が悪い、これはどうもお手盛りだ、まことにけしからぬという御意見なら、これも一つの批判としてわれわれは傾聴しなければならないと思われるが、それらを全部ひつくるめて、議員がこれだけとるのだといつて、何も基礎的なものを示されないで新聞が報道されると、一般の受ける感じは、議員というものは、たいへんべらぼうな金をとつているものだという印象を与えて、それらが新聞に投書となつて現われて来る最大な原因を私はつくつていると思うのですが、それでこういう場合は、新聞の方でも——私どもは決して自己反省しないつもりではありません。やはり世論に従うという考え方でなければ議員として立つて行くことができないものであるから、新聞の方でも、基礎的な数字の間違いとかなんとかという問題には、十分正確なものをお願いしたい。私どものこの希望の筋が無理であれば、無理だということで御採用にならなくてもけつこうですが、決して無理なお願いではないと思うのです。 もう一つのお願いは、これは別にあなたの新聞とかなんとかいう意味ではありません。新聞協会にお願いして、新聞協会からの推薦で、いわばその方面を代表されておいでになつたような形になつておるのですが、大新聞といいますか、大新聞といえば世間ではどれどれというように認めておるのですが、国会がやじとか野卑な言葉を使うということが国会の品位を下げるということは御指摘の通りだと思う。これは国会側も深く反省しなくちやならないと思うのですが、新聞の方においても、何か用語の上において、何という言葉で言い表わしたらいいですか、たとえて言つてみますと、議運族というような言葉を使われるということは、大新聞の立場に立つものとしては、これはよくないことではないかと私ども思つておるのです。たとえば、私も元新聞の方をやつておりましたが、新聞屋と言われることを非常に不愉快に思つておつた。そしてそのたびに議論したり、けんかしたことがあるのですが、新聞屋という言葉に含まれておるものには、幾らか皮肉といいますか、いや味というか、妙な要素が含まれておるので、私ども新聞屋という言葉に対しては非常にきらつたものです。これが何かゴシツプ程度に扱われるところにそういうものが出て来るのならいいのですが、報道の実際の文章に現われて来ておる。私は必ずしも議運族だけとは言いませんが、この種の言葉というものは、新聞はやはり自省さるべきではないかという考え方を持つておるのであつて、何かの機会に各社の方々にお話合いをしてみたい、そういう希望もあつたのですが、その機会を得なかつたので、本日この席をかりて意見をつけ加えて、住本さんにお願いしておく次第であります。
○住本参考人 ただいまの御意見について、ちよつと申し上げますが、新聞は、議員の収入について、何かよけいとつておるのだというふうな報道の仕方をしておる、こういう感じをちよつと受けましたが、そういうことはございません。これはむしろ議員みずからがもつと生活の実態、議員の収入、あるいはこれは人によつてもちろん違うだろうと思いますけれども、そういうものの実態を明らかにすることが必要ではないか。これがまた世間の誤解を招く一つの原因でもあるのですが、決してわれわれ不当にそういう印象を与えようとしておるわけではない。 それからもう一つ、今御指摘の議運族その他の言葉でありますが、言葉というものは必ずしも土台のない上に生れるものでは私はないと思う。実態が消えれば言葉というものはわけもなく消え去つてしまう。そういう意味もやはりお考えにならなくちや困ると思うのです。これを私は御意見に対する私のお答えといたしておきます。その他の御要望はよくわかりました。
○土井委員 今の問題には、ぼくらもいろいろ議論があるのですが、今ここで議論してみたところでしかたがないことですから、ある意味において保留しておきます。
○菅家委員長 ただ、私の今述べたこの問題は、幾たびか新聞社の方にはわれわれの実態、受くべきものは発表しておるのです。この基礎は間違いない、この基礎をもとにして批判してくれということを言つておるのです。あなたの方の新聞社からおいでになつて、あなた個人のあれはどうだというから、私個人のものは全部話して、すつかり調査されて、それは非常によくできておつた。ああいうふうにやつてもらえばいいのですが、あの以前には、議員立法の手当が幾ら、秘書は幾ら、手当は幾らというように報道されないで、ただ総額だけが出て来ておつた。あの当時の新聞の大きな切抜きを私は持つておりますが、私どもは少くとも、これはこうだ、これはこうだ、そして合計は幾らだということの上に立つての批判でなければならないと考えておつたわけであります。 それから、言葉を返すわけではございません。御意見は御意見として私ども聞いておきますが、実態がなくなつたら言葉がなくなるというお話ですが、私は、その逆であつて、実態がなくなつても新聞はそのことをよく伝えて来る例を私ども実例としてたくさん持つております。実態がなくなつてもその言葉が消えないことがあるのです。しかしこれは意見の相違になりますから、これ以上はこの点についてはこの機会には不適当だと思いますので、御意見のある点はよく拝承しておきます。 本日はこれにて散会いたします。 午後三時十分散会