P政策ポータルPOLICY PORTALウォッチ
19回国会衆議院1954/03/23

外務委員会公聴会 第2号

発言数
30
登壇者
9
会派数
1
開催日
1954/03/23

会議録

上塚司自由党

○上塚委員長 これより外務委員会公聴会を開会いたします。  本日は日本国とアメリカ合衆国との間の相互防衛援助協定の批准について承認を求めるの件外三件につきまして、昨日に引続き公述人より意見を聴取することといたします。  開会にあたり本日御出席の公述人各位にごあいさつを申し上げます。申すまでもなく、ただいまのMSA関係四協定は、今国会における最も重要なる案件の一つであります。よつて本委員会におきましてはすでに前後十一日間にわたり連日審議を重ね、よりやく総括的質問を終りましたところであります。これより逐条質疑に入りますにあたり、さらに広く各層にわたり学識経験者各位の御意見を聞き参考にいたしたい考えであります。従つて各位におかせられましては、その立場々々より御腹蔵なき御意見の開陳をお願いいたします。公述人各位には御多忙中のところ、貴重な時間をおさきくださいまして御出席いただきましたことを、委員長より厚く御礼を申し上げます。  なお議事につきまして申し上げますと、公述人の発言の時間は、大体御一人二十分ないし三十分程度におとどめを願いたいと存じます。念のため申し上げておきますが、衆議院規則の定めるところによりまして、発言の際は委員長の許可を受けることになつております。また発言の内容は、意見を聞こうとする案件の範囲を越えてはならないことになつております。なお本日は各公述人いずれも正午までに本会場を退席されねばならぬ用件がありますので、公述人の意見を聞くにとどめまして、委員よりの質問は御遠慮を願いたいと思います。  それではまず酒井鎬次君よりお願いいたします。元陸軍中将、軍事評論家であります。

酒井鎬次軍事評論家

○酒井公述人 ただいま委員長からの御紹介を得ました酒井でございます。私は、この協定には賛成をする意見を申し上げます。私の研究の関係から、主として軍事上の面から申し上げたいと存じます。  申し上げる項目は、大体七項目にわたつておりますが、その第一は、軍事上世界の現状ということであります。現在の世界の現状は、軍事上から見ますと、ソ連及びアメリカの両国のほかには、その他の国は、独力をもつてこのいずれか二つの国に対して交戦をする力はないという現状であります。  第二項目は、第二次世界大戦における教訓であります。第一項に申し上げましたように、世界の二大強国のほかには、独力をもつてこれらの国と交戦する力のある国はないのでありますが、第一次世界大戦におきまして、こういう小国がどういう運命に落ちたか。御存じの通りに、一九三九年、ヒトラーがあの電撃作戦をいたしました際、デンマーク及びノールウェーは小国で、ごく小さな軍備を持つておりましたが、まつたく無力でありまして、ほとんどヒトラーの軍は無血をもつてこの両国を侵略することができました。次に同じく第一次大戦の始まりました翌年一九四〇年になりまして、ヒトラーが初め東のポーランドに向つたものが、ほこを返して西の方へ向つた際のオランダとベルギーの中立の態度及びこれに対するヒトらーの侵略であります。御存じの通りに、ベルギーもオランダも、前年の三十九年にヒトラーがポーランドを侵略しましたけれども、連合側の累次にわたる外交交渉にもかかわらず、中立を守つておりました。これはごく善意に出た中立でありますけれども、結果から見ますと、実に第二次世界大戦を起した重大なる原因の一つに数えられるものであります。すなわち、もし平時から連合側の要請をいれて、オランダ及びベルギーが英仏と相互防衛同盟を結んでおりましたならば、ヒトラーは、西の方はほうつておいて安んじてポーランドを撃つことができなかつたでありましよう。従つて、御存じの通り、あの情勢においてさえも、ドイツの軍部はヒトラーの無謀を非常に押えておつたのでありますが、もしこのベルギー及びオランダというものか、中立を守らずに、一方の陣営に参加しておりましたならば、なおさらドイツの軍部はヒトラーを押えたでありましよう。しかもこの三九年にポーランドをヒトラーがやすやすとと攻撃している間に、フランス及びイギリスの連合軍がドイツのおしりを突くことができなかつたのは、結局この中立国たるオランダ及びベルギーの地域を通りませんと、ヨーロツパの戦場においてヒトラーのおしりを突くことができない現状でありました。従つて、英仏は涙をのんで、ヒトラーが東に向かってゆうゆうと作戦しておる間、このオランダ、ベルギーの中立のためにドイツを突くことができなかつたのであります、しかも四〇年の四月になりますと、ヒトラーは、まつたくこのオランダ及びベルギーの中立無視して、あの電撃作戦に出まして、御存じの通り、オランダ及びベルギーの諸都市から、諸国民から、すべての軍事施設というものは徹底的に、瞬間にたたきつぶされました。こういう善意に出た中立も、その結果から見ますと、春秋の筆法をもつてすれば、世界大戦を起し、あるいはヒトラーをして一時欧州に作戦上の優勢を保たしめた原因になるのでありまして、オランダ及びベルギー両国の不幸は別とて、世界の平和のために非常に大きな問題となつたのであります。  そこで第三目に移りまして、相互防衛援助協定の現状であります。御存じの通りに、共産側におきましても、その中心国たるソ連との間にみな相互防衛条約を結んでおります。また自由主義陣営におきましては、主としてアメリカを中心として、北大西洋条約及び太平洋方面におきましてはアメリカが個別の安全保障あるいは相互防衛協定を結んでおりまして、両陣営ともにこの相互防衛援助協定を結んでおる現状であります。  第四項目、わが国の政治的及び地理的の地位と世界情勢との関係について申し上げます。わが国は、不幸にしてこの東西両陣営の境界線上にあります。ちようど第二次世界大戦におけるオランダ及びベルギーとやや似た地位にあります。しかも第一次大戦後において吾人の周辺に趣きた事実を見ますと、朝鮮戦争といいあるいは仏印戦争といい、まことに物騒なありさまであります。かく見て来ますと、わが国において侵略の危険なしとは決して言えぬ世界情勢であると信じます。  次に第五項目は、私の専門外でありますけれども、州民の一人として私の意見を申します。現憲法におきましても、不法なる侵略に対するわが国の自衛権というものはあると私は考えるのであります次に現在の程度で憲法第九条のいわゆる戦力に該当するやいなやという問題は、私は該当せずと信じます。第三にはこのわが国の憲法ができました第二次世界大戦後における軍事上の情勢は、すでに原爆及び誘導爆弾、これはドイツか主として使つておるのですか、誘導爆弾というものの初歩のものができておつた時代でありまして、すなわちこの憲法をつくつた人は原爆及び誘導爆弾というものがあることは知りながらつくつた憲法であると信じます。これはわわれが想起してよい問題であろうと思います。  第六項目は、わが国の主権を侵害するのではないかという論に対しまして、これも私は専門家ではありませんか、国民として意見を申し上げます。およそ、外国との条約を結べば、それが自国の自由なる発意によつて決定する以上は、決して主権の侵害ではないだろうと思うのであります。但しいかなる条約でもそうでありましようが、ことにこの種の国家の安全に関する条約におきましては、自己の発意によつて結んだ以上は、主権の一部に抑制が加えられることは他の条約においても同様でありますが、こういう種類の条約は、当然主権の一部の抑制はみずからの自由意思によつて行うものであろうと考えます。従つてこれは侵害にならぬと考えます。  第七は、この日米相互防衛援助協定及びその付属の経済協定というものを総合しまして、細部のことはわれわれ民間人にはわからぬのですが、希望を開陳しますと、第一は純軍事上の問題でございます。最近のフランスのフイガロという新聞に、フランスのベトワールという将軍が、フランスの国防、ひいては世界の一般国防について論じている長い論文があります。その内容を一々御紹介しませんが、こういうことをその中で言うております。フランスも米国の援助を受けて今国防を完成せんとしているのだが、米軍の特色ということを考えなければいかぬ。米国はその人員もフランスに比べればゆたかであるし、その富もゆたかである。しかも彼らは大なる海を越えて遠征軍の形をもつてヨーロッパに兵を出しておる。従つて大体におきまして米軍の編成は戦時の編成である。またその後方部隊、すなわち補給部隊その他の衛生部隊とかいう勤務部隊、こういうものも定員を充足しておる。これはアメリカの特殊の事情によるものである。フランスのごとく、自分の国内において動員をする人員、資材について、現地にある国軍においてこの米軍の編成をまねるのは、非常な不経済な軍備であるということを力説しております。すなわち私の希望は、わが国はフランス以上に狭い国で、あらゆる有事の際における補充をする施設は、米軍とはまつたく違つた関係にありますから、国家の財政状態から見ましても、なるべく経済的軍備という立場に立ちまして、いたずらにアメリカの編成の去れはできるだけ了解のもとにやめられて、少い金で有効なる軍備をするということを努力していただきたいと思うのであります。  第二はわが国の防備は政治経済に大なる関係があります。従つてなし得ればやはり強固なる経済の背景のもとに、それにふさわしい軍備ということは望ましいのでありますから、この付属協定の経済協定につきましては、その実施にあたつて将来経済上の支援に努力せられることを希望したいと思います。  以上で終ります。

上塚司自由党

○上塚委員長 ありがとうございました。  次は一橋大学教授都留重人君にお願いをいたします。

都留重人一橋大学教授

○都留公述人 ただいま御紹介にあずかりました一橋大学の都留重人であります。私は主として経済問題を中心に意見を申し上げることになつておるのでありますが、不幸にして世の中が不安定でありますときは、どうしても経済問題の中に政治の問題が入り込んで参りますので、ある程度政治のことにも触れることになるかと思います。その点御了承をいただきたいと思います。  まず最初にその序説的な政治の面について申し上げますが、今度の協定の本質的な性格は、一口をもつて申しますならば、政治的な反共軍事協定であるということであると思います。あえて、私が政治的ということを申しますのは、いろいろな論証を要するのでありますが、時間の関係上ごく簡単に一、二の例をもつて申し上げたいと思います。  その一つは本協定の付属書Dをごらんになりますと、「日本国政府は、共通の安全保障のため、世界平和の維持を脅かす国との貿易を統制する措置を執ることについて、アメリカ合衆国その他の平和愛好国の政府と協力するものとする。」こういう表現が使つてあります。この表現だけを読みますと、私たち国民は一体世界平和の維持を脅かす国とはどこの国なのか全然わかりません。ただ想像できることは、「アメリカ合衆国その他の平和愛好国」となつておりますから、アメリカが平和愛好国の一つに数えられているということは明瞭であります。そこで世界平和の維持を脅かす国とは何かということになりますと、これは政府の解説を待たずしては、あるいはアメリカ側の解説を待たずしては、私にはわからぬのでありますが、その後の岡崎外務大臣その他の御説明を拝見いたしますと、どうもこの国というのは、大陸にあります中国とソ連をさすものであるらしい。ほとんどこのことは確実のようであります。なぜこのような表現になつたかということにつきましては、かつてこの委員会におきまして、岡崎外務大臣が、昨年の九月四日のことでありますが、改進党の並木議員の質問に答えられまして、貿易制限の規定については、国会の決議に反するととられるのは困るから、その表現などを十分考慮するという発言をしておられます。おそらくは、この表現上の苦心の結果がこういう協定文の付属書になつたのだと思われるのでありますが、私は国際的な協定の文面において、かくもはつきりと、世界の一部の国は世界の平和を脅かす国であり、他の一部は平和愛好国であると断定いたしましてみずからをそのみずからで規定いたしましたところの平和愛好国の側につけてしまつておるような規定は、きわめて政治的なる規定といわなければなりません。もちろんそういう規定があり得ないというのではありません、私は国際条約の上ではこれは政治的なる規定である、かように解釈するのであります。  なお岡崎外務大臣は、調印のときのあいさつにおきましても、この協定がどういう目的のためにできたかということを説明されまして、平和という目的のために自由世界の安全保障を強化したいという希望からできたのだということを言つておられまして、世界の平和を確保するためにできたのだとは言つておられない、自由世界の安全保障を強化するとは何か。これは通常新聞などではそういう言葉を使われておりますが、平たく申しますならば、アメリカを中心とした諸国に軍事力ということにほかなりません。だといたしますると、明らかに本協定は政治的な意図を持つたところの協定でありまして、そういう性格を持つているからには、条文の一つ一つにつきまして技術的な解釈なり解明なりをいたしましても、そのすべては一貫したこの政治的な規定から流れ出ておる限り、私はほとんど無効であろうと思う。やはりこの本質的な政治的な規定そのものを問題にするのでなければ、この協定の適否を私たちに論ずることができないと思うのであります。  なおこの協定はその前文を初めといたしまして、随所で国連の原則ということをうたつております。国際連合憲章の原則に従つてこれが運営されるのであり、またできたのであるということを申しておりますけれども、国連の原則とは、サンフランシスコ会議のときのいろいろな説明なり、その後の発展なりに照しても明らかなように、大国の協力の上に世界の平和を築くということでありまして、そのためにこそ、安全保障理事会には大国の拒否権ができておつたのであります。その後不幸にして朝鮮動乱などをきつかけといたしまして、国連が、世界中の一部の国か他の一部の国々に対して利用するところの手段と化したのは事実でありますけれども、元来の国連の原則というのは、何とかして大国の一致の上に、一致ができないならば協力の上に、世界の平和を確保したいということであつたのであります。もしこの国連の原則に従つて協定ができたといたしますならば、付属書Dのごとき、かくのごとき言葉の表わし方というものは、まことに政治的――最小限の批判を申しましても、まことに政治的といわざるを得ないのであります。  なおさらに日本の立場を考えてみますというと、すでに五十余箇国が調印しておるMSAであるのだから、日本が調印してもさしつかえないではないかとい意見をたびたび私たちは聞かされておりますけれども、日本は特殊な立場にあるということを私は考えます。日本は第二次世界大戦における敗戦国といたしまして、いまだに一部の諸国と講和を結んではおりません。講和も結んでいないし、数多くの諸国との間に賠償のとりきめもまだできておりません。賠償につきましては、私などはかねてから日本政府が十分に誠意を披瀝しないということを公にも批判して参つたのでありますが、日本が侵略した諸国に対する賠償も済まぬうちに、また日本が侵略した中国大陸との講和も済まぬうちに、このような政治的な規定をこしらえるということは、明らかに世界平和という観点から見ます場合には、刺激剤であつて、何らの緩和剤にもならない。この基本的な重要なる政治的な規定につきまして、私はもう少し詳論したいのでありますが、私の主題である経済問題に一つの背景をなす限りにおいてここに申し上げたにすぎないのであります。  なお安保条約が結ばれましたときに、アメリカの軍隊がここに駐留することは、かえつて刺激になるのではないかという議論を一部の人がいたしました、私もいたしました。それに対しまして多くの人たちの反論は、だからこそ早く日本も再軍備をして、アメリカの軍隊がいなくてもいいようにしなければならない、もしも一刻も早くアメリカ軍に撤退してもらいたいと思うならば、日本自体が再軍備すべきであるという説をされたのであります。しかるに今日になつてこのMSA協定ができたのを拝見いたしますというと、なるほどアメリカの陸軍は徐々にのいて、行くことが予定されておるようでありますが、海空軍に対してはどうか、この点につきましては木村保安庁長官が去る九月四日にこの委員会におきまして次のような発言をされたことがあります。防衛力強化は、日本にある米軍地上部隊にかわるものを考えているのであつて、アメリカの海軍や空軍にかわるものの建設までは考えていない、アメリカの海軍や空軍にかわるものまでつくろうとすることは、憲法を改正しなくてはできないという発言を九月四日にしておられるのでありますが、そういう解釈から申しましても、おそらく今度のMSA協定は、アメリカの地上部隊にかわる日本の保安隊の増強ということをねらいとしておるのでありまして、アメリカの海軍、空軍の基本的なる部分については、何ら撤退の意図が見られないものと見なければなりません。もしそうだといたしますならば、ソ連とアメリカとの間の冷戦が続く限り、日本にアメリカの海空軍の基地があるということから生ずる刺激は、MSAかできる前とできた後と何らかわりはないのでありまして、安保条約の際のそれを賛成した人たちの議論が、いかに空虚なものであつたかということが、今度のMSA協定によつても明らかにされておると思うのであります。  さて次に、今度のMSA協定によつて日本の自衛力を強化するのだということがいわれております。はたしてこれは日本の自主的な判断と計画に基いたものでありましようか、この点を国民はお尋ねしたい。アメリカは早くから、MSA体制の中に日本を組み入れる計画をしておつたようであります。そのことは昨年の春から夏にかけて、たびたび私たち新聞紙上その他でもつて アメリカの上院などにおけるダレス国務長官その他の証言を伺いました。それによりますというと、六月二十二日に岡崎外務大臣が衆議院の予算委員会で川崎秀二議員の問いに答えまして、何度も申し上げたようにMSAは受けるかどうか折衝したことはありませんと、新聞の報道によりますと語気を強くして、一字一句を明瞭に否定いたしました、そのころにすでにアメリカは、日本に対するMSA援助の金額その他をほぼ決定してしまつておつたのであります。また吉田首相は六月一十六日の衆議院予算委員会におきまして、このときはすでに、御承知のように日本側から質問書を呈しまして、アメリカ側からMSAというものはどういうものか、日本の憲法に反するかどうかとか、海外派兵は義務になるかどうかというような質問をいたしましたのに対しまして、アメリカの答えが参りましたその日でありますか、その日に吉田首相は、ただいまは現在の保安隊より増加させないつもりだ、今後もこの方針通り進むということを育つておられるのでありまして、日本側の態度は、明らかにアメリカのMSA援助がアメリカ側できまつたころには、いまだどのころの保安隊のままでやつて行くというような態度でやつておられたしかるにアメリカの方ではどんどん話が進入まして、その後折衝しているうちに、やれ三十二万五千だ、二十五万だという数が明示されるようになりまして、次第々々に押されるようにして現在の十八万目標とか二十一万目標とかいう数字が飛び出すようになつたのでありまして、私らから拝見いたしますと、どうも日本政府は自分の自衛力を強化すると言いながら、自主的な判断に基いて自分の計画によつて防衛力をこしらえておるのではなくて、どうもアメリカに引きずられてやつておるように見えてしようがない。この点については国会議員の皆様方がより正確なる資料をもとにして御検討になつておられることと思いますので、国民の一人といたしましてはその点を特に明らかにしていたたきたいと思うのであります。私は、愛知揆一氏か池田政調会長について特別使節としてアメリカに渡られましたあとで、帰つて来て、このMSAを受けた場合にどういうことになるかということを毎日新聞紙上に発表されたのを読んだことがあります。その中に次のような注目すべき言葉があります。このMSA援助を受けている国々は、ちようどわが国の地方公共団体が東京に出張所を設け、陳情や予算編成にいろいろ動いているのと同じように、ワシントンに出先を設け、MSA援助をめぐる折衝に頭を痛めている様子である、余談になるが、日本の予算編成についても日本の主計局長あたりがワシントンに出向き、防衛費を中心とする地固めをやらなくてはならなくなるかもしれない、こういう発言をしておられるのであります。新聞の報道でありますから、私は新聞紙を信頼するよりほかございません。もし愛知さんの発言が間違つておつたならば、私はもちろん喜んで撤回いたします。こういうふうにMSAに関しましては、どうも日本の自主的なる計画に基くものとは考えられないということが非常に問題になります。といたしますと、いかなる計画に基き、だれの指示によつてこれができつつあるのか。言うまでもなくアメリカでありします。  そこでアメリカの世界政策、アメリカの戦略は、一体どういうことを頭に描いているかということが、非常に重大なる問題になるのであります。この点につきましては、時間がございませんので詳細なことは申し上げませんが、特に注目すべき事実は、昨年の十一月以降において――特に私が十一月以降と申すのは、池田ロバートソン会談が十月中に終了しておるからその点を特に強調して申し上げるのでありますが、十一月以降において、新しい戦略、いわゆるニュー・ルツク政策というものをとるようになりまして、同地的な防衛、すなわち事が起つたらその事が起つた場所で相手になることはやめて、一旦共産側がどこかで手を出したら、ただちに共産側の中心地である北京なりクレムリンなりに、アメリカの選ぶ手段、選ぶ兵器をもつて報復をするという、いわゆる即時報復戦略というものができておるのであります。この戦略の立場から考えました場合、その戦略ができます。以前に構想がなされましたところの日本の保安隊の増強その他につきましては、おそらくは改訂を要するのではないかということも考えられる。そういう点につきまして、もしもMSAがアメリカの防衛政策、アメリカの戦略のもとに起案されたものとするならば、アメリカ側の戦略なり、政略なりがどういう性質のものであるかということを慎重に検討していただきたい。  次に私は、主として経済問題につきまして、プラスといわれる面とマイナスといわれる面について、検討してみたいと思います。経済面と申しましても、非常に広い解釈をしなければなら大いのでありますが、プラスの面といたしまして第一にあげられますことは、もちろん防衛がこれでできる、少くとも防御の一助ができるということでありますが、これは私の専門ではありませんから評論はいたしません。ただ一市民として考えてみますと、アメリカの基地が日本にある限り、そして米ソ戦か可能である限り――これは米ソ戦が不可能であるというならば問題ないのでありますが、そういうものがある限り、日本の防衛は保安隊を百万にいたしましてもでき得ないと私には考えられる。もしアメリカが新戦略で言うように、仏印で中共軍で国境を越えてホーチミンに味方をするようになれば、アメリカは東洋にある基地を使つて、北京そのものに原爆を落すのだと、ダレスさんが言つた通りにアメリカがするならば、そのときには日本の本土が共産側の報復的な原爆爆撃を受けても何らの申開きがないのでありまして、そういうような状態にある際に、日本がアメリカに基地を貸しておる限り、その基地を使つてアメリカが何をするかわからない限り、そして米ソ戦が可能である限り、日本の防衛は保安隊を百万にしてもできないと私には考えられるがどうか。  〔「野党側の質問だ」「発言をじやまするな」と呼び、その他発言する者多し〕

上塚司自由党

○上塚委員長 静粛に願います。どうぞお続けください。

都留重人一橋大学教授

○都留公述人 私は意見を申し上げておるのでありまして、私の考えでは、日本の防衛は保安隊を百万にしてもこういう条件のもとではできない、こういう意見を申し上げておるのであります。  次に、経済援助のことについて申し上げますが、経済援助につきましては、最初に政府はかなり過大な期待を国民に与えたようであります。私は最初このMSAの話がありましたときに、あまり経済援助に期待できないのではないかと考えておつたのでありますが、外務省が発行されました「世界と日本」第一号、六月二十日に出ておりますが、それを拝見いたしますと、今度のMSA援助計画でも、日本に対する間接の経済援助、特に日本の経済自立を促進する線に立つて、援助を考慮されておる模様であるという言葉がございます。これは、岡崎外務大臣などが、まだMSAの折衝は全然いたしておりませんと賞つておつた当時に、外務省が発表されたものでありますが、さらに六月二十六日の例の有名な質問書におきましても、MSAに関しては、日本の経済安定そのものか、これを受入れる先決条件だと思うがどうかというように日本が問うたのに対して、アメリカはうまく言葉をかわしまして、必要なる要件だと思う、こういうふうに答えております。日本の質問書は、私たち拝見いたしましてなるほどけつこうな考えだ、経済の自立安定こそ先決要件であるというふうに考えました点が、うまくかわされたということについては、十分の印象をわれわれは新聞紙上では受けなかつた。さらに池田ロバートソン会談の議事覚書が日本側とアメリカ側と両方別々に発表されて、その内容が違うのでありますが、日本側で発表されましたものの中には、あたかも間接的な経済援助のような、経済援助的なものが考慮されつつある模様であるというような表現になつておりまして、やはりこのMSAを通じて、相当の経済援助があるのではないかという期待を実業界などにも与えたようであります。愛知揆一氏自身も、池田さんについて行つて帰られたときに、やはり十一月二十日の毎日新聞紙上におきまして、ECA系統のMSA経済援助をあわせてやつてもらうように要請し、アメリカ側もこれを了承してくれたというように表現しておられます。そこで経済援助については相当の期待が持てるのではないかというふうに、心頼みにいたしておりましたところが、ふたをあけて入ますとほとんどそれがない、あるものは小麦だけであります。  そこで小麦につきまして私の意見を申し上げますが、大体五千万ドルほどの小麦と大麦とを日本に援助するということでございますが、小麦のうちの最高限度一千万ドルだけは、約三十六億円でありますか、これだけは日本に援助する、ただで与えるということになつておりまして、三十六億円について、は明らかに日本に対する援助であると一応は見られる。その他の分につきましても、これはドルを払わなくてもいいのだから、円でもつて買えるのだから、明らかに援助であるというふうに考えられるのでありますが、しかしながらこの八割に当りますところの……。   〔発言する者多し〕

上塚司自由党

○上塚委員長 私語を遠慮してください。どうぞお進めください。

都留重人一橋大学教授

○都留公述人 この八割に当りますところの約四千万ドルにつきましても、ほとんどそれが域外買付に予定されておりますから、元来ならばそのうちのかなりの部分はドル収入として日本に入るものを、日本が円でもつて売るということでありますから、何らドルの上ではプラスにならない。特に問題になりますのは、この小麦の価額、大麦の価額でありまして、小麦につきましては幸いにして政府側の御努力があつたことと存じますが、国際小麦協定の値段で買えることになりました。たいへんけつこうなことだと存じます。しかしその際問題になりますことは、日本に売つてくれます小麦が古いものではないか、つまり小麦にもピンからキリまでありまして、非常に質の悪いものはやはり安いのありますが、アメリカは余剰小麦で相当困つております。から、相当質の悪いものを売られる危険はないか、その点が心配になる一つであります。大麦につきましては、これはやはりアメリカの値段でもつて買わなければならぬのでありますが、昨年の九月から十二月までの値段を見ますと、カナダの大麦はCIFで、つまり日本の港につけるまでの値段といたしまして一トン六十ドル平均で入つております、ところがアメリカのは七十三ドル平均で人つておるのでありまして、そこに約割二割の差があるのであります。従つて小麦援助の二割はほんとうの援助であると申しましても、値段が二割も高いものを買わされたのでは帳消しになつてしまう。この帳消しになつてしまうということを考えますと、三十六億円全体が日本に対する援助であるということはただちに断定できない。さらに一歩譲りまして、この三十六億円が全部日本に対する援助であると考えることができたといたしましても、これが何に使われるかと申しますと、明らかにされております通り兵器産業の育成であります。しかも兵器産業の育成は、この三十六億円何がしが呼び水となりまして、これをいわば一部の資金としてさらに拡大する可能性があるのでありまして、日本の経済が非常にゆたかに自立を速成しておるときならともかく、それができていないときに兵器産業の方向へ傾斜をする――かつて傾斜生産という言葉がはやつたことがございますが、兵器生産の方向にこの三十六億円をてことして、呼び水として傾斜をするということについては、相当経済上問題があるのであります。  さらに投資保証協定につきまして申し上げますと、これはアメリカの資本がなるほどこれを通じて入りやすくなると思います。入りやすくなるかもしれませんが、私の判断するところによりますと、日本の経済は外国の資本により救われる救われないの状態にあるのではなく、国内の経済態勢がもつと計画化されなければ救われないのではないかという段階にあると考えるのでありますが、そういたしますと、この投資保証協定によつてアメリカの民間資本が入つて来て、その利潤その他を保証するというかつこうになればなるほど、日本経済をほんとうに自立させるために必要な計画化とか、あるいは国有化とかいうような問題は、それだけむずかしくなる。その点を考慮すべきであると私には考えられるのであります。  以上プラスといわれる面につきまして検討して参つたのでありますが、マイナスの面につきまして二、三意見を申し上げます。  第一はこれも防衛に関することでありますが、本協定の第八条によりまして「自由世界の防衛力の発展及び維持に寄与」するという約束をさせられております。従つて他国の防衛に日本が寄与することになつておる。これは明らかに新しい義務でありまして、それだけの負担を負うことがあるかもしれないのであります。それだけこの協定はマイナスわれわれに与える。これに関連いたしまして、海外派兵の問題も起るのでありますが、なるほど義務はない、義務はないけれども、日本政府が自主的にきめたときにはその可能性がある日本政府が自主的にきめるというとは、日本がきめるのでありますから文句を言うことはありませんが、私はたとい日本政府がきめるのであつても、海外派兵を可能性としてはらんでおるような協定を結ぶということは、相当問題であると考えられるのであります。最初に私が申しましたような政治的な色彩を持つた協定の背景を頭に置いて考えます場合には、この海外、派兵ということは義務ではなくても、可能性として存する限り相当問題である。政府側の説明も最近はこの可能性を認めておるように、私は新聞紙上で拝見いたしております。  次にいわゆる中共貿易でございますか、付属書Dにおきましては「世界平和の維持を脅かす国」となつておりますから、中共が世界の平和を脅かす国でないという判断になりますれば、そのときにはもちろん中共との貿易も何ら障害はないものと解釈されるのでありますが、現在までの説明によります限り、この付属書Dは特に中共を頭に置いて考えられたものであると思いますので、どうしても中共貿易は抑制される。中共貿易を開いたからといつて、私はただちに実質的な効果があるとは考えません。考えませんが、よくこのMSA法で使われました用語をそのまま拝措いたしますならば、それは突破口になると思います。それを出発点といたしまして新しい通も開けて行く。日本の機械設備などが入るようになれば、それから広がつて行つていろいろな需品、部品その他が売れるようになる可能性もあるのでありまして、ことに現存ヨーロッパにおきまして東西貿易についての機運が脈々として起りつつありますときに、このときに新たなるこのような条文でもつて中共貿易を制限するということについては、経済的に申しまして非常に疑問があると思われます。第三に、このMSA協定によりまして、日本経済は軍事的な傾斜を受ける。私はこの点が非常に軍記要であると思うのでありまして、日本経済の自立が完成されておるならば文句はないのでありますが、日本経済は危機という言葉を使うのは言い過ぎかと思いますが、非常に困難な状態にあります。特需が七億、八億ありましても、なおかつ二十八年度においては約三億ドルに近いところの国際収支の赤字を出しておる状態でありまして、非常に困難な状態にあります。そういう困難な状態にあるということは、これはアメリカの援助がなかつたためにそうなつたのではなく、私はむしろアメリカの援助があつたためにこうなつたのだと考えるのでありまして、援助があつたがために、実業界の方を初めとして多くの人たちかそれになれてしまう、それが非常に危険なのでありまして、私は援助があるがためにこの危機を招いておるという状態を直視いたしますならば、やはり日本経済の自立を達成することに根本的に考え直す時期に立つておるのでありまして、そういうときにこの日本経済に軍事的な傾斜を与えるということは、きわめて危険なこと、自立の目標、その見通しをはるか遠くへ押しやることでありまして、そうなればなるほど、将来アメリカへの従属性も強くなる、その心配を私はするのであります。  以上簡単に申し上げましたが、国民経済面から見ましたプラス面、マイナス面両方を考えてみますと、プラスといわれるものにもほとんどプラスらしいものはない。しかもマイナス面については、どうもわれわれの心配になるとばかり多い、これは非常に心配なことであるのであります。しかしながら、もしも不可欠のことであれば、どうしてもしなくてはならないということであれば、私たちは経済の負担そのものを何らいとうものではありません。貧乏な方でも、子供を何とかして教育したいと思うときには、自分の食事を三度のものを三度にしても、子供の教育に努力しなければならぬ。国家といえども、もしこれだけのことはしなくてはならぬということであれば、私たちはどんな努力をしても、それを負担するだけのことは決意するのであります。吉田総理大臣は、経済の許す限りというような表現を使われまして、アメリカ側からの圧力を外交的に押し返したような口吻を見せておられますが、これはまさに語るに落ちるものであります。もともとアメリカ側の圧力によつて保安隊の増強がなされて来たものであることを、みずからの発言によつて告白しておるようなものでありまして、日本の自主性の欠如が明瞭に出ております。問題は、日本自身の立場から長い目で見た場合を考えまして、防衛政策にしろ、あるいは経済政策にしろ、どのようなものが必要であるかを定め、一旦定めたからには、経済の負担を忍んでもなすべきであると私は考えます。国民が張合いのあるものであることを確信したときは、みずから進んで私たちは夜業もし、超過勤務もするのであります。国の行いますところの政治が国民のためであることが明らかなときには、民族のエネルギーと呼ばれます力がどこからともなくほうはいとして出て来るのであります。結局はこのMSAも国会の多数決できまると私は考えるのでありますけれども、二足す二は五であるということまで多数決できめることはできません。たといおきめになりましても、そのきめたところの余波は、その影響たるやいろいろな悪影響が残るのでありまして、昨年の八月七日にも緒方副総理は、羽生議員の質問に答えまして、戦力という言葉の政府の解釈が正しいか正しくないか、国会がきめるのだという発言をされたことがあります。なるほど私たちの家庭で、今晩はうどんにしようかパンにしようかということを家族が集まつて多数決できあることはたいんしばしばありますし、けつこうなことであります。また国会でおきめになるすべてのことは多数決であつて、その中にはわれわれ国民としては何ら論争の余地のないものもありますが、問題によつては、これが国の長い運命をきめることでありますから、十分な討議を尽していただくということだけは、お願いしなければならぬと言えるのでありまして、事実上、法律的に申しまして多数決できまつたのたから正しいのだということで通りはいたしますが、その結果はどういうことになるか。それがもしもわが国の社会の求めておる、国民の求めておるものに反するときには、その結果はどういうことになるか。これは期せずして明らかなのでありまして、そのためにこそ、かえつてMSAなどで心配しておられますところの共産主義的なものか、国民の間に出て来るのであります。議会主義が正しく運営されることを私たちが望めば望むほど、重要なる問題につきましては十分なる討議を尽されて、単に多数決だからそれできまるのだという態度ではなくて、十分に審議を尽されたその上で、多数決できめていただくということにしていただきたい、かように考えるのであります。  やや時間を超過いたしまして申訳ございませんが、これをもつて私の公述を終ります。(拍手)

上塚司自由党

○上塚委員長 ありがとうございました。次は弁護士久米愛君にお願いいたします。

久米愛弁護士

○久米公述人 私ただいま御紹介にあずかりました久米でございます。私は経済の専門家でもなく、また外交に関するまつたくのしろうとでございますので、この今回問題になつております相互防衛援助協定というものに関する意見を求められましても、これはほんとうに一市民の持つ意見であるということ、何ら専門的な分野にわたらないということを初めにあたりまして御了解を得たいと思います。それでここは意見を言うところであつて、質問を呈するところではないようでありますけれども、しかし私は私の抱いております疑問というものがだんだん広がつて行きまして、私の意見を構成し、その疑問というものが解決を得まして初めて納得をし、そうしてそこに考えもまとまつて来るものでありますので、あるいは私の説明か意見の開陳ではなくて、疑問の提出に終るかもしれませんけれども、必ずしもそれは意見と縁のないものではないので、ございます。(「了解々々」と呼ぶ者あり)  それで、今回政府がこの相互防衛援助協定に調印する理由といたしまして…(「態度が明瞭でない」、「反対か賛成か」と呼ぶ者あり)では初めに反対であることを一言申し上げておきます。自衛力漸増の既定方針に従い、保安隊や海上警備隊を増強すべく、装備その他の援助を同法に基き受けるとを希望するということを理由の中に申し述べておるのであります。そしてさらにこの協定を結ぶにあたりましては、わが国が条約上負つておる軍事的義務が、日米安全保障条約に基く義務以外にないこと、また協定の実施が憲法上の規定に従うべきこと、わが国の防衛力の増大にとつて経済の安定が不可欠の要素であることということを説明書につけておるのでありますけれども、そもそもこれらの政府の説明が私の疑問を呼び起させるものなのでございます。それで、このMSA協定に基いて日本がアメリカから軍事的あるいは経済的な援助を受ける結果というものかどういうふうになるかということを、私の理解に基いて説明いたしますと、まず第一に、このMSAという法律はアメリカの国内の法律でありまして、それは何よりもまずアメリカ国家というものの安全もしくは防御を企図参るための法律なのであります。それで私はごく素朴に考えまして、どこの国でも自分の国家というものを一番大事にするのであつて、もし他国に援助の手を差延べた場合であつても、それはその差延べることによつて自国に益するところがあるから、そういう助力の手を差延べるのであると私は考えております。従つてこのMSAというものは、アメリカがその政策を実現する一つの法律でありますけれども、その政策の目的というのは、結局はアメリカ民主主義と称するものを世界的に確保しようというものであつて、その方法というのは、アメリカが考えておるような軍事力をみずからが持ち、かつこれをアメリカ圏に属するところの他国に分担させるところのものなのであります。従つてMSAに基く協定を受入れるということは、この現在の冷戦にありまして、日本がはつきりとアメリカ圏の一部となり、そのアメリカの目的とするところの世界の防衛に一つの任務をになうということになるのであろうと思うのであります。この点が私は常にMSA協定の疑問であると同時に、これを考えるときに忘れてならない一点であると考えております。そしてこの性格については、アメリカの世界に対して自国を防御するところの政策が何であるかということを、ただいま都留氏より明瞭な説明がありましたので、私はそれに蛇足を加えることを省略いたします。皆さんすでに御理解のことと存ずるのであります。  それでそういうMSAの協定を受けるに当りまして、はたしてこれが政府の申しておりますように、まず第一番に憲法上の規定に従うことという問題であります。新聞によりますと昨日当公聴会におきまして、憲法批判の問題についてはすでに幾多の専門家からの意見の開陳があつたので、私はこの点時間の関係より詳細に入ることを省略いたしますか、MSA協定によつて日本か援助を受けますことにより、ただいまも都留氏がおつしやいまし、たように、この協定の第八条によつて日本が自国の防衛能力の増強に必要となることなら、すべての合理的な措置をとるということすなわち日本が自衛力を増して行かなければならないという義務を負うのであります。そうしてその自衛力というものが、単にわれわれが自衛力ということを考えておりますときには、日本の国が他から侵略を受けた場合にそれに対して反撃を加えることでありますが、このMSA協定というものの内容をしさいに考えてみますと、それは日本の国だけの侵略を考えているのではなくして、現在世界に存在するところの二つの世界、すなわちアメリカ圏とソ連圏との戦いの中に日本の巻き込まれるということを意味するのでありますので、それは私たちが本来考えておりますところの自衛の意味とは、はなはだ遠いものになつて来ると思うのであります。さらにここに数字をもつて詳細に説明するしたくがございませんが、自衛力の増強と申しましても、MSA援助によつて保安隊か増強しておりますものを見ますと、それは私たちの常識では明らかに戦力と考えられるのであります。かつまたこのMSA協定によりまして、アメリカ圏の中の国として、その自由、主義諸国の防衛をになうという点におきましては、すでに自衛力の問題を離れておるのでありまして、政府がいかに強く戦力ではないと申しましても、これが憲法に違反することは明らかな事実であると思います。どんなに憲法の規定に従うべきことということを申し述べたといたしましても、憲法に反する、とは明らかなのでありまして、この点につきまして、憲法の改正をまつことなく、現在の憲法のままでMSA協定を結ぶことはできないと私は考えております。しかし百歩を譲りまして、自衛のための軍力は日本の憲法の上で持つてもよろしいのである、しかしてこのMSA協定によつてでき上るところの日本の兵力と申しますか、そういうものはあくまでも自衛力であつて、憲法には少しも反しないのだという議論がかりに成り立つといたしましても、私はやはりこのMSA協定に反対したいのであります。それはただいま申し上げましたよりに日本は過去の戦争において戦争というものはほんとうにすべきでないということを肝に銘じて知つたはずであります。いまなお戦禍がちまたにあふれ、いまなお復員しない人が異境の空にたくさんいる状態であります。このときにおきまして、戦争を誘発するような政策は、絶対にとるべきではないと考えるものでございます。そこでまずこのアメリカの援助を受けまして、日本がその陣営内に入ることによつて平和は期待し得ないのでありまして、日本といたしましてはほんとうに国際的な紛争の手段として戦争によることを、憲法にあるごとくそういう手段によることを捨てて、むしろ自由主義諸国とそれから共産主義諸国というものが、いかにすれば現在の世界で共存して行けるかという方に目を向けて、共存の側に努力をすべきであつて、その一方に加担すべきではないと思います。世界を戦争から救うただ一つの道は、ソ連とアメリカ合衆国とが共存することであり、またその共存は私は絶対に可能であろうと考えておるのであります。  さらにもう一つ、自衛力が絶対に必要であるという世間の議論に、戸締りをしておかなければ、どろぼうが入るという比喩がございます。これははなはだわかりいいのでありますけれども、もし日本がアメリカ圏に入りますことによつて入つて来るところのどろぼうは、とほうもない大きいものでありまして、われわれが自分の全財産を投じて戸締りをしたところで、防ぎ切れないものなのであります。そうしてその原爆の恐ろしさというものは、最近起きましたところのまぐろの話によりましてもわかりますように、とうてい日本があらゆるものを犠牲にいたしまして兵力をつくつたところで、そういうものに対処し得るものではないのであります。私は自衛々々といつて他の多くの部面を犠牲にいたしまして自衛の兵力をつくつても、それは国民の生活を苦しめるだけであつて、何ら国家としてプラスにならないのではないかと考えておるのであります。結局は、さつき都留氏の説明にも、ございましたように、日本がアメリカ圏に入つてその旗じるしを明らかにするごとによつて、世界平和を脅かす刺激剤になるだけという結果しか来さないと思うのでございます。  それから経済問題のことであります。私は経済につきましては何も知らないものでありますか、これによつて感じます。不安というものは、この援助によつて――今の都留氏の説明によりますと、私たちが考えているよりもはるかに経済援助というものは少いそうでありますけれども、その一百六十億だか何だかの援助が、どういうものに使われるかということを考えてみますと、それは外国の金による軍需品の需要であります。これによつてほんとうに独立をしていない日本経済というものが軍需産業に行つて、平和産業とのバランスがとれなくなつてしまう。私は経済の専門家でありませんのですけれども、過去に徴しまして軍需産業というものが、どういう結末に社会をひつぱつて行くものであるかということだけは、目の前に見て参つた者の一人であります。それは実に恐ろしいことであつて必ず戦争を惹起いたし、あげくの果てにはその経済機構を根本から不具にしてしまうものであろうと思うのであります。そうして日本が経済的に自立するということは、この協定の中にもうたわれておりますが、まさにその通りでありまして、個人においても国家においても、経済的な独立なくして真の独立はあり得ないのであります。従つて日本が真の独立国家として存在するためには、どうしても経済というものがほんとうに独立していなければなりません。そうしてその経済の独立というものは、単にそういう外国の援助による軍需産業の振興ということではなく、真に日本が貿易によつて、ほんとうに他国との平和な商業のやりとりによつて、金をもうけて行くということでなければならないのであつて、私はこの経済的な援助というものから、何ら日本の経済に対して明るい見通しを持つことができないのでありますけれども、あるいはこれは、私がそれに対して知識が足りないためであろうかと思つております。  最後にもう一つ私が疑問にいたしたいことは、社会保障と軍備との関係であります。今日いずこの国におきましても、ことに敗戦後の国家におきましては、社会保障というものかたいへん大きな重みを持つておると考えるのであります。私が最近読みました本の中にも、今や社会保障というものは、ただ単に資本主義の修正にすぎないというのではなくて、これは必然的になされなければならないものである、個人の窮乏というものは個人の責任ではなくて、社会の責任である、そして国家がその国民たる個人に対して、社会的な責任を果すことによつてのみ、民主主義というものは存立し得るものだということがありました。そしてわれわれが恐れておりますところのあらゆる種類の革命、暴動、そういつたようなものを防ぎ得るものは、この社会保障によるほかはないのであります。各国に各国のおのおの違がつた社会的な条件というものがあることは、いまさら申し上げる必要がないのでありますけれども、アメリカのように恵まれた国には、おそらくは共産主義などというものは栄える必要も必然性も持てなかつたかもしれません。しかしもつと貧しい国では、そういうことの起り得る可能性が十分にあるのでありまして、もし共産主義を恐れる人があるならば、そういうものの起り得る原因を除去することなくして、そのものを抑圧しても、それはまことにむだであります。私は日本の国家が、ほんとうにそういう社会的な暴動あるいは暴力革命というようなものの危険をなくするためには、ほんとうの社会保障によつて、福祉国家として存立して行くこと以外に道はないと思うのであります。すでにこれは日本国憲法の要請するところでもあるのであります。  それにもかかわらず、今日の予算を見ますと、政府は今年度の予算を相当のところまで削減することに成功したようでありますが、これも専門家に言わすと、MSA協定を受けるために、ことさらそうしたというようなことが言われておるのであります。しかしながら簡単に申し上げて、決して防備費というものは減つておらないのであります。防衛費は大体全予算の一三%を占めておるのに比して、純粋の社会保障費というもの、たとえば社会保険費あるいは失策対策費というようなものの合計は三百億円で、国防費の四分の一にしか当らないのであります。それで、私ども一市民が予見できますことは、一のMSA協定によつて日本が漸次防衛力を増強して行かなければならないという義務を負うことによつて、もとより貧乏な日本でありますために、どこかに犠牲が起きなければなりません。その犠牲を最も多く受けるのは、この社会保障費にほかならないのであつて、すでに本年度の予算にその傾向が多分に見られておるということであります。私はただいま申し上げましたように、どこまでも憲法に規定してありますように、日本が福祉国家として、ほんとうに日本の国民が生活の不安のないという状態山、それは一非常に理想的なことでありましようけれども、そういうように努力を続けて行くところの政府が生れて、初めて社会の不安というものはなくなつて行くのであります。そういう努力を忘れて、軍備ばかり伸ばして行くということが、ますます社会の不安を大きくするのではないかということを不安に思う者の一人であります。  ごく常識的に考えまして、私は以上の理由から、日本の国というものをほんとうに憂え、そしてほんとうにいいところになることを希望する者として、この協定にどうしても賛成できないのであります。  以上をもちまして簡単でございますが、私の公述を終ることにいたします。

上塚司自由党

○上塚委員長 ありがとうございました。  次は、経済団体連合会副会長植村甲午郎君にお願いいたします。

植村甲午郎経済団体連合会副会長

○植村公述人 私は主として、現実経済の面から、結論としては賛成論を申し上げるわけであります。この私の意見を申し上げます前に、その基礎になつております大体の私の考えを二、三申し上げてみたいと思います。  先ほど来いろいろ議論がございましたが、独立国としてやはり自国の防衛はやりたいというのがまず第一段階、ただ現在の日本の国力から行きますと、自分だけで防衛ができるだけの武力がありませんので、結局集団に加わるという形で防衛をやつて行く。また力がないという点は主として経済力の問題でありますので、経済力として耐え得る程度の防衛は準備して行くよりしかたがない。これが一つであります。同時に防衛と申しますが、保安隊を増強して、これにアメリカから武器を持つて来る、現物給与の形で防衛力のごときものができましても、その基礎になります工業力かなければ、その防衛力というものは非常に薄弱なものになつて来る。それから同時に先ほど来地上部隊というものが主であるというお話がありましたが、もとより初めの形といたしましては、そういう形のものになるかもしれませんが、私としてはやはり均衡のとれた防衛力を持ちたいということであります。  そこでMSAの今回の協定の経済面の問題でございますが、これは一つはいわゆる域外調達、オフシヨア・パーチェスがどういうふうな影響を日本経済に持つて来るかということ、その次には小麦の協定、さらに投資の関係の保証の問題、技術援助という大体この四つになつて来ると思います。  そこでこのオフシヨア・パーチェスの問題でありますが、これは今議会の質問応答でも、大体一億ドルというようなお話が出ております。この点につきましてこの一億ドルの域外調達というものが、日本経済にとつてどういう意味を持つか、先ほど来このMSA協定を受けますれば、非常に軍需生産に傾斜される。これは産業構造としておもしろくないという御議論があつたのでありますが、この一億ドルがかりに二倍、三倍となりましても、そういう懸念は一方ではないと思います。同時にこの問題が日本の経済として非常な大きなプラスになるということも、その面から言いましてないと思います。と申しますのは、統計を見ましても、工業生産の二十七年の出荷額というものは四兆七千億以上あるわけであります。それから三十九年におきましてはおそらく推定として五兆六千億程度のものがあるのではないか。そういう工業生産、工業出荷額の全規模から考えてみまして、一億ドル、二億ドル、三億ドルというものは、そう大した割合を占めるものではないのでありまして、ことに一億ドルというようなものは何パーセントになりますか、きわめて少いパーセンテージになつて、従つて経済全般に及ぼす影響というものをこの面から見ますと、そう大したプラスのものでないのではないかということが言えると同時に、また、傾斜生産になつて産業構造が非常にかわるというような心配もないと思うのであります。ところがこれを一面、いわゆるドル収入という面から申しますと、一億ドルという数字は決して小さい数字ではございません。最近において日本の輸出貿易が非常な困難な状況にある。これを一億ドル増しますことは、なかなかそうなまやさしいことではないと思うのであります。この点からいいますと、一億ドルというものは、ドル収入として考えますれば決して軽々には見ることはできない。私どもといたしまして、この物価の引下げというふうな面から、どうしてもデフレ政策をとらなくちやならぬ、縮小均衡という形になりますので、この点は相当犠牲があるわけであります。しかしながらこれもやむを得ないのでありますが、要するに八千五百万が何とかして、お互いに食つて行くという面から行きますと、この一億ドルのドル収入というものは、決して軽々に見ることはできない、こういうように考えるのであります。  なお、この域外調達につきまして、先般来スタツセン長官初めいろいろな人が見えているようでありますが、その方々のお話を聞きましても、まず域外調達というものは相当量ある。これは日本におけるMSAの金を使うという面におきましてあるばかりでなくて、アジア地域におけるMSAの援助によつてできます各地の軍隊に対する装備品、これはもとより当初においては現物をもつて給与されるのでありますが、それの代替と申しますか、とりかえという面から申しますと、日本でこれをつくつて供給するというような計画になつておるようであります。そういたしますれば、ここのところ何年間というものは、この域外調達によりまして日本はドル収入を得ることができる。これはまさしく輸出貿易と同じ効果を持つものでありまして、日本経済がほんとうの再建に行く間の問題といたしまして、非常に重要なものであるというように考えるのであります。  それからもう一つは技術援助ということがございますが、これに関連いたしまして考えられますことは、この兵器生産というものが、ただドル収入ということばかりでなく、工業技術の向上という面から行きまして、相当の影響のある問題であるのであります。遺憾ながらただいま注文を受けておりますのは、砲弾、銃弾――銃弾はほんの少しでありまして、迫撃砲弾というものかおもでありますが、これらの製作につきましては、日本の技術はあまりそうアメリカに教わらなくてはならぬというふうなものではないのであります。しかしながらもう少し進歩しました、あるいは航空機の関係であるとか、あるいはこのごろ問題になつております電波兵器の関係というような問題になりますと、とにかく終戦後の何年間かのギヤツプというものを埋めますことは、なかなか問題があるのでありまして、これらの機械工業、広い意味の機械工業面における技術に対する貢献というものは、相当大きいのではないかというように考えられるのであります。と申しますのは、申し上げるまでもなく、この兵器というものは技術的に先端を行かなければならぬ性格を持つているのでありまして、従つてこの技術面について終戦後の何年間かのギヤツプを急速に埋めるという意味において、この技術援助を受けて、早く現代の段階まで達するということは非常に意味があることである。これは機械工業全般、あるいは化学工業そのものにまで影響を及ぼす問題であると思うのであります。  それから先ほどの小麦の問題でありますが、なるほど一千万ドルでありますから三十六億円でありまして、この額は大したものでありません。しかしながらこれはことしだけの問題と考える必要はないのでありまして、いかなる形態によりますか、こちらの態勢を整えることができますれば、アメリカとして相当の――経済援助という言葉はいろいろ使われますが、経済的な、ことに設備等については現実な援助を考えることができるのじやないかというふうに、これはアメリカの人たちといろいろ話をいたしました結果から考えられるのであります。  それからなおもう一つ、先ほどの本年度の域外調達について申し上げますが、約一億ドルと申しますが、遺憾ながらその大部分というものはやはり砲弾類、あるいはごく簡単な迫撃砲というようなものであります。私どもの問いておりますところでは、そのほかにもう少し進みました武器について、注文がおそらく来るであろうというものの総額は一割にも満たない程度であろうと思います。この意味から行きまして、先ほど私の申しました均整のとれた防衛力を持ちたい、その準備をしたいという点から行まますと、まだ遺憾の点が非常にあるのでありまして、これは将来の問題として、むずかしいものを日本でつくれるように持つて行かなければならぬ問題だと思います。同時に当面の経済事情から申しますと、それらの問題につきましてはすでに準備がほぼできておるのでありまして、私ども推算いたしましても設備資金として投入する額というものはまず四、五十億程度で、本年のものでは武器等に関する限りできるのじやないか。そうしますといわばこの金融の非常に逼迫したときでもどうにかやつて行ける。ことに三十六億の問題もあるということになるわけでありまして、これによりましておそらく一億五千万ドル程度の注文を引受ける設備はできるのじやないか、こういうように思います。これは先ほど申しました均整のとれた防衛力という点からいうと、はなはだ遺憾な点があるのでありますか、当面の経済事情から言えば、手初めにこういうことが始まつたということは、現実的に考えて非常に行けるという感じを持つのであります。ただ航空の関係につきましては、来年度のアメリカの予算からだんだんにジェットエンジンのオーバーホールをこちらへ出そうという気組みでおりますが、これは相当の金がかかる問題であります。ただ飛行機をこちらで製作する、エンジンも製作するという形で行きますと、初年度においておそらく百億円近いものが設備資金としているという結論になつて参ると思いますが、結局ここは経済力と見合つた問題として、年次計画を延ばしてやつて行くというよりしようがないという形になると思うのであります。いずれにいたしましてもこの域外調達というものの日本経済に及ぼす影響というものは、先ほど申しました輸出にかわるものとして、とにかくドルをかせいで行くという面から、当面非常に重要である、しかも割合に設備資金等をさらに追加投資しないで済むことに当面なつておる、こういうことが考えられるのであります。  なお投資保証の問題がございますが、これはいずれにいたしましても、日本に対するアメリカ資本の投資を容易にする。この受入れにつきましては、こちらとしてもただ金を投資してくれればそれでいいというわけのものでありませんので、それぞれの具体的な問題にぶつかりましたときに検討をしてきめるべきものと思いますが、いずれにしても投資しやすくなる。但しこの問題は、日本の現在行われておりますいわゆるデフレ政策というものか相当の効果を奏しまして、経済の安定が得られるという見込みが多くなつて参りませんと、現実にはなかなかできない問題だろうというように存じます。たたこういう投資保証というような制度がありませんときには、日本に対する投資は非常な危険を包蔵しているとも見られるのでありますが、これができますと、アメリカ資本がこちらへ入るのがよほど楽になる。ただ受入れについては、われわれとしても具体問題として相当検討は要するだろう、こういうように考える次第でございます。  これを要するに、先ほど来申し上げましたように、日本の経済の現状を見ますと、やはりこのMSA協定というものは、これを批准するというところまで早く運ばせたい。ただその内容につきましては、先ほど来申し上げました前提上、アメリカ側に対して将来要求すべき点は相当ある、こういうように考えるのでございます。  私の公述は簡単でございますが、以上でございます。

上塚司自由党

○上塚委員長 ありがとうございました。  これにて公述人の意見の陳述は終了いたしました。  公述人各位には種々専門的な御意見を開陳していただきまして、まことにありがとうございました。委員長より厚く御礼を申し上げます。  午後は一時半より再開いたし、公聴会を継続することとし、暫時休憩いたします。    午後零時二十四分休憩      ――――◇―――――    午後二時二十八分開議

上塚司自由党

○上塚委員長 休憩前に引続き公聴会を再開いたします。  公述人各位には、御多忙中のところ貴車な時間をおさきくださいまして御出席をいただき、まことにありがとう存じます。委員長より厚く御礼を申し上げます。  議事について申し上げますと、公述人各位の発言の時間は大体一人二十分ないし二十分程度におとめを願いたいと存じます。念のために申し上げておきますが、衆議院規則の定めるところによりまして、発言の際は委員長の許可を受けることになつております。また発言の内容は意見を聞こうとする案件の範囲を越えてはならないことになつております。  なお委員各位に一言いたしますが、午前中の議事経過にかんがみまして、公述人各位の発言中はなるべく静粛にして、公述人をしてその意を尽さしむるよう御留意をお願いいたしたいと存じます。  それではこれより意見の開陳を願います。山根キク君。新橋区区会議員であります。

山根キク新宿区区会議員

○山根公述人 今国家をあげて皆様がいろいろ討論討議なされておるところのMSA問題につきまして、今日は不肖私のごとき者の意見をも国民の一人として、女性の一人としてひとつ聞いてやろう、こういうおぼしめしだそうでありますが、何しろ職業は一区会議員でありまして、専門家のようにるる皆様の傾聴なさるような理論はもとより、また経験におきましても皆様の参考になる議論は全然ないと思います。しかし愛する国の一員として、皆様方の御苦労をラジオや新聞を通じて拝聴し、拝見するたびに、皆様の忠誠なる国家代表としての御労苦に対して、敬意を表しておるのでありまして、これにつきまして私が少しはかり自分の意見を申し述べますが、大別してこれを三つにわけてみたいと思うのであります。  第一はMSAを受けんとする日本は、日本の日本であるか、世界の日本という立場からか、どういう立場にあるかということ、それを比較してみたい。第二は今憲法というものが非常に問題にされておる。その憲法なるものはいつつくられたか、どういう目的かあつてつくつたものであるか、内容はどんなものであるか、第三はこれが経済的あるいはあらゆる面、自衛の面において、ほんとうに日本のためになるのかならないものであるかということであります。  最初に第一の日本というものを考えてみたい。客観的にながめてみますと、御承知の通りごく最近ではございますが、ニキビ島ですかビキニ島ですか、われわれの知らない範囲の島の名前が出て来まして、はなはだ間違いやすい名前であります。私どもの若きころに非常にニキビをこしらえましたが、その方が覚えやすいくらいなごく狭隘なる島で、日本の漁師か数名放射能の被害を受けて帰つて来た。私どもの台所ではまぐろというものをおぜんに上せられないで、たいへんおかずの点に困つておる。そういうことで非常に密接に私ども婦人にも影響がある。ひいては日本並びに世界の軍備の上にまでこれが上つて行く。決してそれぞれ関係のないものではない。まぐろ一匹の問題、おかず一つが大いなる世界情勢と関係がある。もう一つは二、三日前でしたが、十一時ごろに興安丸が引揚者を積んで参つたときの録音放送がありました。平凡なことで新聞に出ていたように帰つて来たかと思つておりましたが、終りごろになると老人の女が、この世に自分の血縁といえばたつた一人の弟しかない、その弟の名前を盛んに叫びながら泣いておつた。一人取残されてたそがれの海をながめなからさん橋にうずくまつておるのを録音でとりまして、いろいろ問答しておるのを聞きました。十一時ごろでしたから、みんな寝ておりまして、私一人茶の間でお茶を飲みながら、その録音に耳を傾け、思わず私の両眼には涙が出た。なぜかならば私は四人のせがれを育て上げまして、孫もできておる。すでにその方面の重荷は肩から取れた。もしこれが四人のうち一人でもソビエトに抑留されておつたならは、録音を聞いて涙を出すよりも、毎日涙を流しているのじやないかしら。このごろは配給が、よくなつて食べることにはあまり苦労しないでおるけれども、おそらくこの一事でもつて私はこんなに太れないだろうと思う。この一事で青い顔一をして、やせて悩むだろうと思うのです。太平洋に日本海に、私どもはほんとうに人間として深刻に、まじめに考えなければならぬ問題がある。あるいはわれわれ日本のお互いだけではない。まだ一度も、一歩も踏み入れたことのないドイツ、フランス及び英国にまではるかに思いをはせるならば、こうした嘆きが地球の土には多多あると思うのです。

上塚司自由党

○上塚委員長 ちよつと申し上げますが、公述は時間の整理上二十分たいし三十分でおまとめくださることを希望いたしますから、どうぞ本論にお入りください。

山根キク新宿区区会議員

○山根公述人 かしこまりました。  しかもその国々が日本と同じようにMSAの問題にひつかかつておる。ただ勝つた国であるからといつて、英国が基地を持たないではない。MSAを受けないではない。やはり同じように協定を結んでおる。負けた西ドイツもやはり同じように受けておる。三十何箇国の国々がこのMSAを受けておるということです。その点から見て日本がこれを受けるとか受けないとかいうことを一人がんばつてみたところで、世界の日本になつているからには、これを単独で絶対に拒否することができるかどうか。  それからもう一つの問題は、憲法の問題であります。私健忘症ですが、憲法ができたときには、皆さんの中にも英文憲法である、こんなものは屈辱憲法だからいかぬと盛んに論議されたように私記憶があります。間違いであるかどうか知りませんが、そう思つております。ところが憲法々々、憲法々々と耳にも目にも触れるのは、その憲法をもつてこれに反対するということです。これはどなたがなさるかわかりませんが、これも私には疑問の一つであります。両国の憲法に準じてこれを定めるということがうたつてありますけれども、憲法のどこがいけないか。私どもはこの屈辱憲法が非常に幸いしまして、こうして区会議員にもなつておれる。ここにも御婦人の衆議院議員の方がおられます。参議院にも出ておられる。まことにけつこうな憲法だと思うのに、いけないいけないと言われる方がある。いけないのはなぜか、憲法九条これからしていけないのであります。絶対に戦争には持つて行かないという憲法九条が一枚看板で、このMSAに対してあくまでも反対するのだというのですか、これはどうかと思う。過去に仰せの通り屈辱憲法あるがゆえにまる腰にされた。この節あれは失敗だつたという方もあります。失敗かどうか知らないが、あの当時はまる腰にさせられた。なるほど屈辱かもしれない。独立した今日、自衛力なくして独立なしと、世間の人はよく言いますけれども、自衛力のない独立国が一体どこにありますか。スイスのようにしたいという声も皆さん方国会であつたそうですが、なるほどスイスはよい国でしよう。しかしスイスでさえも聞いてみると、女にまで兵隊の訓練をやつておるというじやありませんか。南鮮といえばすぐそばです。この間の戦争において南鮮が困つたのは軍隊が十分なかつたからですが、やつとこさつとおちつきました。ところが今軍隊のない日本が、竹島はとられるし、壱岐、対馬もどうやら危ういということになつてしまつた。これは人情であります。弱いところにつつ込んで行くということは理の当然で、私どもの方にも日々居住権を認められないで圧迫されている未亡人がおります。きのうもそれがために一生懸命になつて私働きました。個人においても国においても人情にかわりは大い。ですから憲法第九条がいけなかつたというのなら、皆さんの力で何とか国民に問うなり、三分の二あればいいのだから、良心的に考えて屈辱憲法だからこいつはかえようというなら、一貫してやつてもらいたい。きのうは屈辱憲法できようは憲法をたてにしてこれに反対するなんということは、あまり日本人として大いばりにいばれない。  それからもう一つは、これから先、日本に軍備ができたのでは困るという。しかし私は軍備ができることは決して悪いものではないと思います。第一、自衛力といい軍備といい、これは神といい仏というのと同じことで、名前は違うかもしれない、小さな軍備かもしれない、原子爆弾、水素爆弾があるときに、鉄砲持つたり大砲持つたりして何になるかというかもしれない。けれども持たぬよりは仕合せである。私ども国民はまる腰になつていて平和が来るなどという根のないクリスマスツリーにはだまされない。いつかそのクリスマスツリーはごみために持ち込まれて枯れてしまう。根のある平和論ならば私は皆様にぜひやつてくださいと叫びます。根がないのですよ。平和の鐘がボール紙で銀紙が張つてあるだけで鳴りやしません。皆様の平和々々ということは、アルバイトが選挙のときに言うだけで、点かせぎにはいいかもしれないけれども、点かせぎでない、少くともこの国会の議事堂において、平和々々といつて、あまり国民を――ばかであるかもしれないけれども、国民全体をそう見くびらない、まじめなる平和根のある平和論をひとつ立てていただきたい。その意味からして、どうしても私は、少くとも日本に最小限度の用心のために、軍備を持ちたい。われわれ女子いうものは、もし少しでも力ある男が夜留守番に来れば女だけで留守番しているよりは気が強い。それと同じように、少しの武器でもあるならば、いざというとき、火炎びんでも投げられたときには、その武器が役に立つかなと愚かながらも考えさせられる。この意味におきまして、MSAによる軍備協定というものは、ぜひとも私は必要であると思う。  その次に経済問題ですが、小麦、大麦あるいはバター、とうもろこしなどを買いつけまして向うから買うその金をすえ置きまして、五千万ドルかの金を日本に置いておく。その中で一千万ドル、すなわち邦貨に直しまして三十六億というものは、日本でそれをいろいろ使つてよろしい。三十六億と一ぺんに言いますけれども、相当にこれを有用に使えば、私どもの仕事の上にも、あるいはあらゆる問題の上にも、これを使うことができると思う。四千万トルというものは、それは軍事援助の物資を域外に買いつけるのだから、四千万ドルといつたつて、それは軍需工場に使う命じやないかといえばそれきりですが、しかし文なしの日本が、たとい幾らかの金でも、それを融通して国内産業に向けることができるということは文なしよりもいいじやないか。個人としては、皆様の中で御商売をなさる方や事業をなさる方は御存じかもしれませんが、ある場へ品においては高利貸しから高利の金を借りる場合もあるじやありませんか。ただ使う人の能力による、腕による。高利貸しから金を借りてもその人がもうけられるということは、その人の腕があるから、能力があるから、働きがあるから。この働きをするのは国会議員の皆さんだ。皆様の腕次第頭次第で、その金も有用に使つてください。皆さんが喜ぶように使つてもらいたい。福祉の方にも使つてもらいたい。それからまた、国民もあなた方のみに責任を負わせるのではありません。国民もあなた方の指導によつては、よし、それではおれもやろうということになつて一生懸命働けるのです。皆さんが不平ばかり言つていればあれもああ言うからおれもなまけようということになるから、できるだけ働く意欲をそそつていただきたい。あなた方の中には、労使協調ということは陳腐な言葉と思われる方があるかもしれない。私は言葉は古いかもしれないが、西ドイツの状態を見ても、これには新しい意義があると思う。大いに労使協調して、慈悲慈愛の心を持つて、お互いが生きて行こうという意欲さえあるならば、日本だつて西ドイツに負けないだけの政治ができると思う。そのできないということは、皆さんが個人主義、一党一派に片寄つて争うがゆえにそれができないのだ。だから、西ドイツの政治家に見習つて、皆様たちがまず隗より始めよで大いに反省して、日本の将来のためにひとつしつかりやつてください。日本の貧困な政治はあなた方に責任があると思う。根のある平和論ならよろしいが、根のないクリスマス ツリーの平和論は、きよう限りおやめいただくように、この際をかりてお願いいたしまして、MSA絶対賛成の意見を申し上げる次第であります。

上塚司自由党

○上塚委員長 ありがとうございました。次は元陸軍中将遠藤三郎君にお願いいたします。

遠藤三郎軍事評論家

○遠藤公述人 私明治四十年に軍服を着ましてから終戦によつて軍服を脱ぐまで、かれこれ四十年近くも軍人生活をやつて来たものでございます。その後開拓農民として百姓をやつておりますので、まことに野人礼にならずで失礼なことを申し上げるかもしれませんか、あらかじめお許しを願います。  ただいま御婦人からたいへん景気のいいお話を承つたあとを受継ぎまして、軍人であつた私がまことに不景気なお話を申し上げるのは恐縮でございますが、時間があまりありませんので、単刀直入に申し上げます。私はMSA援助受諾には反対であります。この点賛成しておられる方々にはお耳ざわりのことが多かろうと思いますけれども、特に反対なさる方々に聞いていただきたくて来たのでありますから、どうぞがまんして聞いていただきたい。  この協定を拝見いたしますと、なるほどその文字の上においては憲法に抵触しないように用意周到に書かれてあるのを認めますが、それにもかかわらず、私この条項の中で気になるのが二つあります。本質的にはあとで申しますが、文面の上で気になるのが二つあります。その第一は、第三条に秘密保持の責任を負わされておることであります。これは軍隊のあるところ必ず秘密があるのでありまして、秘密のあるところ必ずスパイかあります。スパイのあるところ必ず取締りがあります。この援助を受けて日本が再軍備をいたしましたならば、この秘密保持のためにわれわれの自由がどんどん束縛されることは覚悟せなくてはならぬごとと存じます。私航空兵器総局長官時代この部屋にも参りました。そして皆様の御要望によりまして、航空兵器生産の状況を秘密会において御説明申し上げたことがあるのであります。これは私はぜひ国民とともに憂いをともにし、喜びをともにしたいから発表さしてくれということを再三再四陸海軍の当局にお願いしたけれども許していただけぬ。しかし議員諸公の御要望もありましたし、私はどうしても言わなければならぬと思いましたから、秘密会で申しましたところ、それでさえ遠藤は軍の機密を漏らしたから厳罰に処しろという陸軍当局の御意向でありました。それだけじやありません。私の部下で軍需省に勤めておつた皇族に縁籍関係をごく近く持つておられる大尉でしたが、突如として憲兵に勾留されました。何のためかと思つて調べてみますと、宮中関係に航空兵器生産の秘密を漏らしておるからだという。それがどうしてわかつたかというと、その部屋に勤めておるタイピストが憲兵のスパイであつた。私が軍人であつて、統率しておる日本の役所にさえスパイが入つたのだ。そうして宮中関係に大した秘密でもないことを話したからというて勾留される。  沖縄作戦の中途でございます。陸海軍の当局は、沖縄をもう捨てる気持になつたらしい。本土決戦という、そんなことはできるものじやないと私は思いましたので、九州方面の飛行場を視察した帰りに、大阪に立ち寄りまして、飛行場に集まつた新聞記者諸君に、千台の戦車といえども船の上にあるときは何ら戦力にならない。しかし一台の戦車といえども、陸地に上つたら手ごわいのだ。だから本土に敵を引きつけて戦争するがごときは、下の下策である。海の上で船に乗つておる間に沈めるのが上策あり、その本拠を覆滅するのが上々策であるということを申しました。これは戦術の原則です。それを申しただけで、東京に帰つたらさつそく参謀次長が私のところにやつて来まして、君は日本の作戦計画を批判した、あれじや困るじやないかという抗議を申し込まれた。参謀総長に私直接お目にかかつてそのやり方のまずいことを申し上げたところ、参謀総長は、それはもつともだけれども、参謀本部の若い幕僚連中は非常に激昂しておる。君これから参謀本部に来るならば、憲兵の護衛をつけて来いということを申されたほどやかましいのです。相当私は軍の古参格でもありましたし、要職におる人でさえもかくのごとき目にあうのです。いわんやこれから再軍備いたしまして、一般国民がどんなに言論の自由を束縛されるか想像に余りあります。われわれ日本人が物質的にはなかなか恵まれそうにもない。経済生活においてはずいぶん不自由は忍ばなければならぬと覚悟しておりますが、せめて精神生活だけでも終戦後軍隊がなくなつて、明朗な生活に入り得たことを喜んでおる。言論の自由が圧迫されぬで喜んでおるそのやさき、今度このMSA援助によりまして、秘密保持のための責任を負うということになりましたら、この精神生活もまた暗くなるということを御覚悟願いたい。  その次に気になりますことは、この付属書のD、これによりますと、どうもソビエト陣営といいますか、赤色陣営といいますか、ソビエトとも中共とも国交を回復するつもりなのか、しないつもりなのか、私は疑問なのであります。もし国交回復をせられぬとするならば、これは日本の将来に私は非常に暗い影を残すものと思います。またそれが原因となつて、窮地に陥りはせぬかということを心配いたします。というのは、これと国交回復せずに、軍備を持ち、軍隊を持てば――私は大正十一年に陸軍大学を卒業いたしまして、その翌年から参謀本部の作戦課において作戦計画をみずからつくらされておりました。相当長い間参謀本部におりまして、また軍令部の作戦課の兼勤参謀もやつておつたのであります。作戦計画をみずから立案したのですが、これがくせものであります。今これには明確になつておりませんけれども、おそらくあの条項から見ますと、中ソをやはり仮想敵国として作戦計画が立案されるものと思います。軍隊をつくつた限りは、これは必ず作戦計画を立案するものです。その作戦計画を立案しておりますと、いくら政治家がしつかり監督しておるなんていいましても、これは軍隊の本質、軍人の本質から見まして、だんだんその作戦計画を研究して行くうちに、ついその作戦計画を実行したくなるのが弱点なのであります。そこを十分御警戒になりませんと、非常な誤りを来しはせぬかということが心配なのです。これは今申しましたのは、文面の上の私の心配を申し上げました。しかもこれは憲法が正しく解釈され、厳格に守られておるという前提のもとにさえも、この心配を私は持つております。いわんやこの憲法がいろいろに解釈され、悪口を申しますれば、無視しあるいは曲解するようなことかあつたといたしましたら、この軍隊がどうなるかということは、よほど慎重にお考えになりませんと、うつかりしたことはできないと思います。  ところでその再軍備問題に当然触れなければたりません。この協定の底に流れておるものは再軍備であります。これは争われぬことと存じます。この再軍備ということになりますと、これは実に重大な問題でありまして、現在の憲法はこれを禁止しておりますから、このままやるということは、それは頭打ちしてどうせ大きなことはできない、現有の程度のものにちよつと毛の生えるくらいでありましようが、しかしほんとうに必要なら、憲法を直されてやつたらよろしいと思いますが、私は軍人生活四十年の体験の結論として申し上げます。現在軍隊をつくることは誤りであると言いたい。なぜかならば、再軍備される人のお話を聞きますと、そこに根本的に間違つておることが三つあると私は思う。一つは情勢判断です。再軍備しようとする方は、やはり赤色陣営の侵略を覇に描いておられる。私ももちろんその間接侵略に関しては非常に恐れております。が、少くとも直接侵略に関しては私はないものと判断しております。これは決して私が第六感だなんといつて言うのではありません。根拠を持つて申し上げます。これは歴史と、もう一つソビエトの戦力であります。その戦力も特に油の点から申し上げたい。ソビエトはどれだけ油を持つておるか。原子時代になりましたけれども、せんだつて二月十五日でございましたか、湯川博士並びに伏見博士のお話を有田八郎さんのお宅で承りました。原子爆弾や何かは進歩しておりますが、まだ軍隊がこの原子力によつて自動車を動かし、戦車事を動かし、飛行機を飛ばし、軍艦を動かすまでにはなかなかならぬ。いわんや日本のごときは、そんなことは雲をつかむようなものだということであります。そうしますとソビエトは、今油の保有量から見まして、とうてい本格的武力戦をやる能力はないと判断するのが、これは機略眼のある者は当然納得していただけることと存じます。(「いやそれは甘いな」と呼ぶ者あり)いや甘くても聞いてください。甘いかもしれません。しかしこれは決して私の独断ではありません。最近ソビエトに十四年間おりまして、そうして欧州諸国をまわつてアメリカに帰りましたあのフィッシャーという新聞記者、これが私と同じことを言うております。リーダース・ダイジェストの二月号を見ていただきます。それから先ごろ参りましたサンーローラン氏ですかカナダ首相も、第三次大戦はないものと判断しておられるようであります。しかしこれは判断でございますから、あなたのおつしやるように甘いと言われるかもしれません、それで、あつたとまず仮定しても、はたして日本の再軍備が役に立つかということをお考え願いたい。大東亜戦争のときと現在とを比較しますと、攻撃兵器の進歩は実におびただしいのです。私から一々申し上げるにも及びません。その攻撃兵器の進歩した今日、現在われわれが予想し得るような軍隊を持つて、はたして直接侵略ありと仮定した際に、国防ができるかどうか。大東亞戦争のとき、太平洋を渡つて来る敵に対して、どれだけの防衛力をわれわれが持つておつたか。硫黄島はわずか一方里半を二万五千の軍隊をもつてあれほど防戦に努めましたけれども、全員玉砕、その他の島も全部調べてごらんになればわかります。これは日本の戦争だけではない。古来の戦史を御研究になりますと、上陸防禦なんというものは成り立つたためしがない。真に武力をもつて防禦しようと思つたならば、兵学の鉄則に従うよりほかにない。それは攻撃は最良の防禦なりでありまして、敵が攻撃して来るであろうという、その武力の本拠を覆滅せぬ限りにおいては、絶対に防禦というものは成り立つものじやありません。いわんや、MSA援助、その他なけなしの国費を費してつくり得るところの軍隊に、どれだけのことができるか。大東亜戦争の末期、本土決戦をやるなんて言うたときは、無傷の陸軍二百五十万ありました。それに海軍を加えますれば  海軍は連合艦隊の船がなくなつたのでおかに上つておつたのですが、瀞百万の軍隊をもつてして、何で防禦できるか。現に原爆二発の爆撃によりまして、降伏せざるを得ないようになつているのであります。こういうように軍隊をもつて、真に武力をもつて侵略しようとするような敵に対して、内地におつて防禦するなんということは、絶対にできない相談であります。いわんや、日本がつくる軍隊はどういう軍隊であるか。それは金を借りて優良な装備にするということは、あるいは不可能じやないかもしれませんけれども、軍隊の機動力を動かすためには何が必要であるか。さつきも申しましたように、油がなければ自動車も動かぬ、飛行機も飛ばぬ、戦車も動かぬ、船も動かぬ、その油が日本にあるかどうか、これをよく考えていただきたい。アメリカから油をもらわぬ限りは動けない軍隊である。生殺与奪の権がちやんとアメリカに握られておるのでありますから、独立国が独立の軍隊を持たなければならぬといつて軍隊をつくれは、ますますもつて日本の自主性がなくなるものと私は判断しております。アメリカからにらまれ、油やらぬぞといわれれば、軍隊をつくつたつて動かない。その軍隊を、かかしならまだ国力を消耗しませんが、食わせなければならぬ。われわれ国民の双肩にかかつておるのであります。それをアメリカのごきげんをとらなければ動かぬような軍隊をつくるのは、かえつて自主性がなくなるのみならず、だれが見たつてこれはアメリカの軍隊であるというふうになりますから、ソビエトのマレンコフ氏がたといいくさをしたくなくとも、当の相手が軍備を拡張すれば、自分も拡張しなければならぬようになつて、ここに軍備競争が再び起るようになると思う。その結果は、米ソ間の関係をますます尖鋭化いたしまして、第三次大戦に陥らぬとは断言できない心配を私持つております。むしろ日本は軍隊を持たずに、アメリカの友邦もけつこうでありますが、アメリカの友邦であるがゆえに、ただちに中ソを敵にまわす必要はない。すみやかに友好関係を回復いたしまして両者の間に立つて、できる限り全力を尽して、米ソ衝突、武力衝突をなくするように努力することこそ、われわれの責務でもあり、使命でもあり、またそこにわれわれが生きがいを感ずるものと私は思つております。  それからもう一つ、ついでに申し上げたいのですが、これは少し失礼な言かもしれませんが、軍隊をつくつてほんとうに軍隊になるかどうかということを、ほんとうに真剣に考えていただきたい。私、軍隊におりましたので、こういうのは少し手前みそのようでありますけれども、天皇の軍隊という誇りのもとに私どもは相当団結しておりました。それでさえ、革命の動機がしばしばあつた。三月事件しかり、昭和六年の十月事件しかり、五・一五事件しかり、二・二六事件のごときは、現に軍隊を動かしているのであります。その際に師団長にして、あの反乱軍に激励の電報を打つた者もあります。当時は統帥権が天皇に帰属しておつたのでございまして、師団長に対して命令を与える権限は天皇しかなかつた。幸いにあれで済んだのでございますが、決して天皇を統帥者として軍隊をつくれという意味じやありませんよ。これからできる軍隊と比較して申し上げたい。これからできる軍隊は、遺憾ながら政党色があるものが人つていることを御覚悟願いたい。自由党びいきの人もあるでございましようけれども、社会党びいきの人も入るでございましよう。あるいは改進党びいきの人もあるしようし、時によつたら共産党に興味を持つている連中も入らぬとは言えない。そういうこんとんたる者が入りまして、現在の日本の政情におきまして、しかも日本の経済状態におきまして、実際赤の宣伝なんかなくとも、赤にならぬとは言えないような不安な状態に置かれておる際に、その軍隊を指揮する最高指揮官はだれになるのか。まだきまつたわけじやないでしようけれども、おそらく総理大臣がなられるでございましよう。その際に、はたして無色透明に、真に国民大衆のために動くかということに、私多大の疑問を持つております。まかり間違えば、政治家がしつかりしておればよろしい、あるいは文民優位で押えているからよいと言うかもしれませんが、やはり軍隊をつくりますと、サーベルを下げた者が暴力を振うのは、これは争われざる事実であると思います。乾盆子事件、張鼓峯事件、ノモンハン事件におきまして、中央部でやつちやいかぬというのに現地の軍人がやる。世界のどこの革命の歴史を見ましても、必ず軍隊がそこに介在しておつて、軍隊が革命をやつておるのであります。もしそれ政治的に動く者がありましたら、たとえば現在の内閣をつぶしてやれという気になれば、これはサーベルを持っておる者ならわけがない。自分で革命を起して殺すようなテロをやらぬでも、たとえばどつかの飛行機が飛んで来た、領空を侵したかどうかわからないけれども、それを撃墜する、外交問題を引起す、あるいはどつかへ兵を出すということにして、大きな外交問題、政治問題に持つて行く、その責任を問われれば内閣をつぶすということはわけがないことになります。私がもし軍人でそういう野心があつたら、それはやらぬとは言えぬほど私は恐れておる。こういうふうに非常に危険である。あまり軍隊にけちをつけて悪いのですか、そこまで念を押しておやりになりませんと、取返しがつかぬことになります。  それからもう一つ、今再軍備しようとされて、現にやつておるわけでありますが、国にどれだけの再軍備するだけの基盤があるのか、まつたく基盤ができておらない。こんなときアメリカからもらつた古兵器で武装したところの軍隊というものは、役にも立たぬし、悪いことはせぬにしても、将来災いをなすのであります。というのは、これを新たなる装備の軍隊、近代的な軍隊にしようとするには、どうしたらできるかというのです。今からつくつておりますと、宇垣一成さんか陸軍大臣時代に、予算をふやさずして近代化をしようとした。人員を整理したり、あるいはときによつたら師団を減したことがあります。しかしなかなか近代装備にかわり得ない 一旦こさえた軍隊というものは、なかなか改善して行くことは困難であります。それを宇垣さんがやろうとして、評判が悪くて、何べんも総理のにおいだけかいでできなかつた。陸軍の反対が強い。現在行政整理を叫ばれておりますが、刀を持たない、サーベルを持たない官僚官吏諸君は、整理しようと思つておつてもできない、いわんや軍刀を持つた軍隊を今からつくつておつて、将来兵器が進歩いたしまして、再軍備するに従つて、私はしないのですけれども、される方々が、現在軍隊をつくつておつて、将来新たにりつぱな、兵器ができて、人員を整理いたしまして、近代装備のりつぱなものをつくろうとするときにはたしてできるかというと、非常に困難を来すものであります。そこを私は十分お考えのもとにやつておられるかどうか。現在直接侵略の心配はなし、そうして現在これほど窮迫に陥つておる日本か、あれだけの軍事予算を組んで、そこにまわしておるがために、いわゆる基盤をつくるために使用すべき経費というものはそれだけ少くなるわけであります、つまり基盤をつくるにも遅れるわけでありますから、再軍備を希望される方々にも御忠告申し上げたい。されるならばしばらく基盤のできるまで待つておつたらよいだろうと思います。ことにふしぎにたえないのは、今度保安庁法か改正になりまして直接防衛任務を授けられることになるが、それができないことは先ほど申した通り、しかし依然として国内治安維持に関して任務を持つようである。国内の治安維持に軍隊を使うというとは実に矛盾しておる。国内治安の乱れる根源はどこにあるか、私から申し上げるまでもなく、政治の貧困、伴つて国民生活の不安から来るのであります。貧困から来るのであります。それが再軍備によつていよいよ国民生活が窮迫すること、これは争えない事実であります。それを武力をもつて押えるなどということはとんでもないことでありまして、むしろ内乱の原因になる、治安の乱れるのは、武器を持つておる武装団体があるから、かえつてあぶない、これは決して私が抽象的に言うのじやありません。満州事変の翌年、昭和七年に私は、石原莞爾――後の中将です、関東軍の作戦主任参謀の後任として向うに赴任いたしました。そのときあの烱眼をもつて知られた石原参謀は、満州の治安を回復するには二十年かかるよという申送りでありました。なるほど奉天に到着してみますと、その到着の晩すでに奉天市中に銃声を聞く。馬賊の国にさらに張学長の二十万の軍隊が治安を乱すのですから、手も足も出ない。それで最初軍隊をもつて討伐などやりましたけれども、なかなか治安は回復できない。従つて地方民は、ことに日本人は、自衛団と称して武装団体をつくつておりました。これがかえつて災いをなすということがわかりましたので、私は翌年から方針をかえました。日本の軍隊以外のものは武装団体を全部やめさす。それから武器は全部買い上げる。どんなぼろ鉄砲でも高く買うからということで、みな買い上げました。武器の密輸入路をふさぎました。そうして満州国内から武器をなくし、武装団体をなくしましたところが、わずか二年にして治安を回復し得た経験を持つております。これは日本と満州とその趣きは違うでございましようが、絶対安全ということは決して言い得ぬのであります。現に武器がない共産主義者が火炎びんであばれたこともあります。火炎びんくらいは大したことはないです。それに同調するかもしれぬ武装団体をつくり、また兵器を民間において製作しておる。その兵器が革命を企図しておるところの赤の諸君にまわつて行つたならば、それこそ革命もできるし、内乱もできる。そこに解放軍というような名のもとに来ないとも言い得ないのであります。ですから現在日本が再軍備するというのは、根本的に間違つておると思うのでありますが、再軍備を必要だとされる方も、現在はまだ早い。もう少し基盤を固めてからゆるゆるとお考えになつてそのときの情勢に応じて決心されるべきだ。現在はどこまでも武装のない国として進むべきじやなかろうか。われわれの国の進む道は、私は終戦の御詔勅できまつたと思う。万世のために大平を開くというのか、われわれの進むべき道であり、また人類社会の歩む正しい歩み方というものは、その方向に行つているのじやないか。現に世界のすみずみから世界連邦の声も聞いております。それからせんだつて来られましたレスターさんもそういうようなことを言うておられました。レスターさんでちよつと思い起したのでつけ加えさせていただきますが、あの人が河井参議院議長の公邸にお呼ばれになつてお話されたのですが、私も呼ばれて面接お聞きしました。一番強く言われたのは、権力のあるところは必ず堕落ありということであります。これを何べんも繰返されました。このことはあながちレスターさんのお話を聞くまでもなく、私フランスにおりましたとき、 フランスの義務教育の本をあさつてみました。民主国として一番先輩であるフランスが何を一番心配しているかというと、一人の君に権力を与えることは最も危険であり、最も不幸であるということを繰返し繰返し児童に教えているのであります。わが日本がどれだけ民主的に訓練されておるか。私まだとても十分訓練されているとは思えない。マツカーサー元帥から十二才の子供とまで言われたほど幼稚かもしれません。それが今軍隊をおつくりになりまして、その統率の権が総理大臣のところに行きます。総理大臣の権限はどれほど大きくなるか。警察官の任免権、知事を官選する、あるいは行政権を持つておられるのは当然でありますが、なおまた多数党の総裁として立法権さえ相当程度動かし得る、そういう絶大な権限をお持ちになるということは、たとい総理御自身は清廉であつても、やはり昔からいう虎の威をかる何とかやらで、まわりの者が腐敗せぬとは言い得ない。現在私どもが非常に不愉快に思つております汚職事件あるいは疑獄等も、やはりこういうところに胚胎しておりはせぬか、これが一つの大きな私の心配でありますし、もう一つは憲法をほんとうに日本人として正しく守つて来たと思う私どもとして、現在やつておられるところの進み方というものは、どうしてもまじめに憲法を守つておられるように思えない。指導的地位にある人が懸法をあのようにされるならば、われわれ庶民、国民大衆は上の好むところ下これよりはなはだしきとはなし法網をくぐり、法律を軽視するのは当然――当然と言つては相済みませんか、相当多くなることを覚悟しなければならぬ。この二つを非常に心配しております。私が再軍備に反対するのは、何もいくさに負けてこりごりしたからではありません。いくさのことをしやべるのは相済みませんが、私は実際いくさは上手にやつて参りました。金鵄勲章を二回ももらいましたし、感状も四回もらいました。至るところの戦場を勝ち抜いてやつて参りました。しかし結局において負けましたから、私も敗軍の将の一人でありますが、私が再軍備に疑問を持つたのは、昭和二年の海軍の軍縮会議でジユネーヴに行つたときから持ち始めた。それから昭和六年の軍縮会議のとき委員を仰せつけられまして研究したときに、相当程度私はこれは軍縮すべきであるという確信を持つたのでございます。満州事変に私お目付役の任務をもらつて関東軍に行つたのです。参謀本部の作戦課から行つた。そうしてあそこに行きましてお話を聞きますと、満州には理想の土地をつくるのだ、東洋のバルカンにしちやいかぬ、あそこに理想境をつくるのだということでありました。理想境をつくるにどうしたらいいかということをわれわれ相談しましたけれども、なかなかわからない。その際満州の干冲漢という学者がわれわれに教えてくれた。理想の満州をつくるならば、軍隊のない独立国家にしなさいということを教えてくれた。私は非常にありがたく感じました。それからフランスに遊んでおりましたとき、あのクーデンホーフエの欧州連邦の説によりまして、近代国家観は修正しなければならぬ、独立国家であるからその主権が絶対であるというような考えを持つておつたのじや、いくさは絶えません。どうしてもこれは修正しなければならぬ、連邦組織にして行くべきであるということをクーデンホーフエの説によつて、いくらか頭を進歩させていただいたわけです。

上塚司自由党

○上塚委員長 遠藤君にちよつとお諮りいたしますが、本会議が三時半から開かれるという通知が参りました。あと二人残つておりますが、五分間ずつでもやつていただきたいと思いますから、はなはだお話の途中でありますが、どうかひとつ……。

遠藤三郎軍事評論家

○遠藤公述人 承知いたしました。それで私の再軍備反対は決して一朝一夕に起つたのじやありません。これは終戦直後私航空関係の各位にごあいさついたしましたあいさつ文が、八月二十三日に全国の各署各新聞に載つておりますが、そのときの私の考えと今日の考えと毛頭違つておらぬということを申し上げまして、私のお話を終らせていただきます。たいへん長いこと失礼いたしました。(拍手)

上塚司自由党

○上塚委員長 ありがとうございました。次は中央大学教授法学博士田村幸策君にお願いいたします。

田村幸策中央大学教授

○田村公述人 この鰻はいろいろな方面から論ぜられておりますが、私は時間がなくて五分間しかちようだいできないので、ただ法律上の問題を一、二申し上げます。  日本の憲法には、御承知のように世界の他のいかなる憲法にも発見されないような珍しい規定が少くないと思うのであります。そのうち、今日私どもに課せられました問題に直接関係のありますきわめて根本的な条項が一つある。それはこの日本の憲法は、日本が世界の強い国のどこかに依存をし隷属しなければ、その生存を保ち得ないということを、立国の大精神として憲法の明文に書いておるのであります。これは言うまでもなく、憲法の前文に、日本国民は平和を愛好する諸国民の公正と信義に信頼してわれわれの安全と生存を保持しようと決意しというように書いてある。これによりますと、初めから、われわれはどこかの国の庇護を受けて、その道義心、あるいは同情にすがつて日本の生存を続けるということを建国の大方針としておるということを、憲法の中に書き上げておるのであります。国際法の分類から申しますと、これは実質的には保護国とか、扶養国とかというカテゴリーに入りますので、いわゆる半独立国、半主権国であることを日本人自身が声明して、しかもこれを子孫に伝えようとするのであります。いやしくもこれは、個人でも国家でもそうでありますが、矜恃を持ち、自尊心を持ち、独立心のある国ならば、人様のごやつかい、人様の世話にならずに、自分で自分をやつて行くと書くのが正常であるべきはずなのです。しかるに日本の憲法は、逆に人様に依存をし、隷属しなければ自分の生存が保てぬという自己否定的なことを、麗々しく憲法の前文に掲げておるのであります。しかもこれをもつて子孫を拘束しようとする。そうして戦争を放棄するとか、独立を自分で放棄しておるのであります。美濃部先生は、「憲法概論」という書物の中に、自力をもつては国の生存を維持することを得ず、国際信義に依頼することによつてのみその生存を保つことを得るのは、独立国たるの実を失つたものであると教えてござるのであります。これに関しまして一番顕著なコントラストをなすものは、お隣の李承晩さんの大韓民国憲法なるものであります。これを見るとこういうことが書いてあります。前文に、悠久なる歴史と伝統に輝くわれら大韓民国は云々、ここに民主独立の国家を再建し、そうしてわれらとわれらの子孫の安全と自由と幸福とを永遠に確保することを決意し、とあります。まことに新興国の意気軒昂たるものがあるのであります。たといそれが作文にせよ、いやしくも一国の憲法をもつて――憲法というものはどうしても国民の理想を掲げ、向うべき道をさし示すものでありますから、そういうときには少くとも李承晩君のように書くのがほんとうであるのに、われわれのようなのは理想に合つていないということをまず申し上げたい。しがも平和を愛好する諸国民と書いて、いかにも大中小のすべての国に日本は依頼しておるように書いてありますが、実際は日本の安全を侵し、日本の生存を害するものは大国だけであります。中小国にはありません。そうしますと、大国ということを具体的に申しますれば、アメリカか、イギリスか、ロシヤか、中国か、この四箇国しかないのであります。われわれはこの憲法の規定というものは――これらの国か平和を愛好しなかつたら、それこそ全然初めからわれわれ投げ出しているのですから、どうなるか。それで実際今だれに守つてもらつておるかというと、日本の安全はアメリカによつて守つてもらつておる。それですから、非常に皮肉な逆説的な言い方でありますが、今われわれがいわゆるMSA協定によつてアメリカから援助を受けるというのは、こういう隷属的憲法を最も忠実に守るゆえんなのであります。しかし私はそういう解釈は絶対に排斥いたします。むしろそういう隷属的な依存性のある憲法から一日も早く脱却したいために、その過程の一つとして、人がくれるというのだからもらつてやれ、こういうのか私の解釈であります。そうして日本が一歩でも自分で自分を守るような境地に近づくということが、すなわちその隷属性から脱却するゆえんである。早く脱却しなければいけない。この点においてわれわれは、憲法擁護運動というものにはぜひお願いしますが、何を擁護されるか知りませんが、こういう隷属的なものだけは、現代人の義務として第一子孫に残しておきたくないのであります。それでございますから、こういう隷属性の憲法があるために、ほかの国、二十九箇国のMSA協定を結んでおる洞のどこにも起り得ないような日本独特の憲法上の問題が起つて来るのであります。それは何かと言うと、どういう兵器をもらいますか、その兵器の性能とか内容とか種類とかいうものはわれわれしろうとにはわかりませんが、かりに相当精鋭な近代兵器をもらうと考えましても、それが戦力とかいわゆる軍隊という憲法の規定に該当すれば、憲法違反ということになるのであります。まだそれがどのようなものかわかりませんが、ただ抽象的に言い得ることは、こういうものがたといいかに精鋭のものでありましても、それだけでは金属の固まりでありまして、戦力とか軍隊というものにはならないのであつて、日本自身が提供いたします人的資源とこれとが結合することにより、さらにそれを運営する組織というものかできて、初めて軍隊となり、戦力となるのである。そういうものの段階になるかならないかは事実の認定問題であつて、そういうことはわれわれには今何とも言えません。そういうことになればこれは戦力ということになる。ただそういうものをもらつて戦力になつてもいいのだという私の解釈というのは、結局自衛戦争というものを日本の憲法で今まで禁じていないものであるならば、それは一向違憲のことが起らない。戦争を放棄しておる国は日本のほかにも五つほどありますが、こういうところには自衛戦争も禁じておるというような議論は一つも起りません。イタリアでもフランスでもスペインでもそうなつておるが、しかしながら日本だけで起りますのは、日本では戦争放棄のほかに戦力を放棄しております。御丁寧に交戦権まで否認するという三段構えになつておりますので、ここでコンヒューズして参つておるのであります。  そこで私は、次の四つの理由から日本にも自衛戦争をやり得る権利があるのだということをこれから申し上げてみたいと思います。  第一の理由は、日本の憲法は他の五つの戦争放棄憲法と同様に戦争を放棄しておりますけれども、条件がついております。無条件、無留保ではありません。一切の戦争を放棄するとは書いてありません。不戦条約以前にできましたフランスの憲法とブラジルの憲法には、征服戦争を禁止すると書いてあります。不戦条約以後にできたスペインの憲法とフィリピンの憲法とには、国策の具としてという、不戦条約の文句が使つてあります。今度の戦争後にできました日本とイタリアの憲法には、国際紛争を解決する中段としての戦争というふうに、ちやんと厳正な条件がついております。それ以外の国家または個人としての自衛のためのものを禁止する規定がない以上は、これは当然認められてあらねばならないのであります。ところが日本の場合は、そのほかに今の戦力と交戦権がさらに二重になつております。交戦権の問題はちよつとあとにまわさしていただきまして、戦力の問題でありますが、この戦力の放棄も日本の場合には厳重な制限がついております。これは芦田さんの強い主張でありまして、あまり多数の賛成者を得ていないのでありますけれども、非常な条件がついております。少くとも「前項の目的を達するため」という十一の文字がついております。憲法のような簡潔をとうとぶ文章に、これだけ十一字も書いておる。これを全然ないものと認めるのは穏当でない。前項の目的というのはすなわち国際紛争を解決する手段ということで、そのためには戦力は持たぬと書いてあるから、これを無視するのは少し妥当でないと思います。  第二の理由は、マリカーサーのいわゆる手記であります。選挙のあつた二十一年二月三日にホイットニーにあてて、日本の憲法に必ずこれを入れろと書いたマッカーサーの手記なるものには、日本は自己安全のためですらも戦争を放棄しろと書いてあります。これは放棄と書かずに廃止と書いてあります。そうするとマッカーサーは、日本に対して明らかに自衛戦争までも禁止する趣旨であつたのであります。ところがこれをもらつた松本憲法委員会は不満足であつた。そこで司令部は自分で憲法の起草委員会をつくつて憲法を起草したのであります。その起草委員に対してこれを必ず憲法に入れろと書いたものの中に、今申し上げた自衛戦争禁止の規定があつた。ところがさすがにマッカーサーは軍人でありまして、憲法をつくつたもののこれは法律のわかる人じやないから、そんなことは何も知らない。そうするとこの憲法を書く人は、まさか自衛戦争までも禁止するわけに行かぬというので、これを故意に削除したのであります。これは私はたいへん重大な問題であると思う。本院でありましたか参議院でございましたか、この問題をこの間お取上げになつた方があつて、私は非常に敬意を表したのであります。私はすでにここ四年間、このことを書いたりしやべつたりしておりましたけれども、だれも聞いてくれなかつたのであります。今日諸公の耳を汚すことはたいへん光栄に存ずるのでありますが、この間お取上げになつた方は私と逆な考え方で、マッカーサーが自衛戦争までも禁止するという手記を与えているのだから自衛戦争も禁止された、こういう解釈であります。私は正反対。マッカーサーが特に自分の部下に命じてこれを入れろと言つたのを部下が故意に削除したわけでありまして、これが憲法解釈のかぎであります。憲法第九条のあとの条項はマツカーサーの文句通りなのであります。ところがその条項だけはちやんと削つてある。これは非常に大きな意義がある、こういうふうに私は解さざらんと欲しても得ないのであります。  第三の理由は、対日平和条約の第五条であります。これによりますと、日本は主権国として、国際連合憲章第五十一条の個別的、集団的自衛の個有の権利を持つとちやんと書いてある。つまり自衛権というものがあるのです。そしてこの国連憲章の第五十一条の自衛権には定義があるのであります。すなわちアームド・アタック、武力攻撃があつた場合にのみ発動されるのが、国連憲章第五十一条の集団的及び個別的自衛権でありまして、これはただ脅威があつたとかいうのでは絶対に発動し得ないのであります。武力攻撃に対して、から手で守るわけには行かないのでありますから、どうしても武力には武力をもつて防衛しなければならぬ。そうしますとこれが武力攻撃に対してのみ発動し得る自衛権である以上は、当然武力をもつてこれに対抗せざるを得ない。それが与えられた権利である。これは世界の普遍的なことなのです。国連憲軍にある条項が対日平和条約によつて日本にきめられたのですから――この平和条約が日本の憲法と抵触するかどうかという問題は、そのときにどういう議論がありましたか知りませんが、この条約は憲法の範囲内で、わく内で結ばれ、少くとも憲法に抵触しないという推定を受けてできておるのに相違ないのでありますから、この点から見ましても日本に自衛戦争というものがなければならぬ。これも本院で取上げられた問題で、たいへんいい着眼でありまして敬服しておりますが、自衛権を発動するときに領土権の外に出てもできるか。この不戦条約を結ぶときに、アメリカの上院にかかつたときに、上院で附帯決議ができております。自衛権を発動したときには領土権の外に出てもよろしい、そういう意味でわれわれはこの不戦条約に判をつくものだということをアメリカは附帯決議としておるくらいであります。  第四の最後の理由は、サンフランシスコ会議でグロムイコが対日平和条約に十三箇条の修正案を出しまして、その中に日本は「自衛のためのみ」云々と書いてある。そういう言葉が使つてある。自衛のためにのみロシヤは日本に十五万の陸軍、七万五千トンの海軍、人員にして三万五千人、それから三百五十機の空軍、兵員にいたしまして二万人、そうして戦車二百台、これを持て、こういうことをグロムイコが提案しておるのであります。この日本の憲法はマッカーサー司令部でできたのでありますが、これはワシントンにあります極東委員会にかかつてあそこで承認を経ております。この極東委員会では、もとよりソ連はアメリカと相並んで最も有力なメンバーであつて、日本の憲法はすつかり知つておるはずであります。このソ連がそれから三年たつたサンフランシスコ会議のときには、自衛のためにはこういう軍隊まで持つておつてもよろしいということを言うておる以上は、ちやんと初めから自衛のためには軍隊を持ち得るということをソ連ですらも認めておるのであります。以上の理由で私は、この戦力とか戦争放棄というのは、自衛戦争以外のもののために書いてある、いわゆる国際紛争解決の手段のみに限る、こういう考え方であります。  もう一分間だけ言いたいのは、交戦権の問題であります。これはきわめて重大な問題でありまして、戦争も放棄し、戦力も放棄すれば、もう交戦権なんというものはいらないのではないか。ところがもう一段あつて三段構えになつております。そうしてこれにはまた重大な理由があるのであります。なぜこれをマッカーサーが書いたかといいますと、東条裁判のときにキーナンが――ドイツのユールンベルグの裁判のときには、犯罪の罪状は三つしかないのであります。平和に対する罪、人道に対する罪及び普通の戦争犯罪、たとえば捕虜を殺したとか虐待したとか、この三つしかなかつた。ところが日本の東条裁判にはいま一つありました。ワンモア・カウント、それはマーダー、殺人界というものがあつたのです。東条には殺人罪がある。それは何を意味するかといいますと、日本とアメリカの戦争は、真珠湾の攻撃によつて、ハワイ時間の一九四一年十二月七日の午前七時五十分に起つたのではなくて、ワシントン瞬間の十二月八日の午後四時五分、すなわちアメリカの上下両院が決議をしたときに初めて日米戦争が起つたのだ、こういう解釈をしておるのであります。それでありますから、その間に起きた事件は――交戦権というものは平生持つことのできない権利であります。戦争によつて初めて人を殺し、物をこわす権利ができる。これが交戦権であります。戦争が始まつたならば堂々とやれる。ところが平町ならば、いかなる国といえども人の国の軍艦をこわしたり、人を殺すことはできません。つまり十二月七日の午前七時五十分から翌日の午後四時五分までの間にやつたことは、人殺しで物をこわしたのであるからマーダーだ、これが東条裁判で出たのであります、これが日本の軍隊には交戦権を認めないと書いてある。交戦権というものは認めるとか認めないとか、人から認められる問題ではない。戦争が始まれば、当然それに伴う影の形に添うごときものでありまして、人から認められるとか否認されるとかいうものではないのです。これを認めるとか認めないとかいうことは第三者が言うことなのです。そういうべらぼうなことを、日本が日本の憲法の中に自分で認めないというばかなことを書くておる。そういうことはあり得ることではないのでありまして、これはキーナンの考え方とマッカーサーの交戦権の問題というものは、同じ思想が二つの方面に現われておるだけのことであります。日本の軍隊は、非常に上下都合なやつだ。こんなやつに堂々と人を殺す権利などを認めるべきではないというのが、日本の憲法ができた当時の彼らの頭であつたのです。こういうわけでありまして、これはまつたくトートロジーといいますか、ダブつた規定でありまして、書かなくてもいいものを書いた規定であります。これがために、逆に戦力放棄即あらゆる戦争放棄だという非常にルーズな考え方で、交戦権がないからあらゆる戦争が、自衛戦争までできないのだ、こういうことは非常に根拠のない議論だと私はかねがね考えております。今日機会を与えられまして、そのことを申し上げ得ることは、はなはだ光栄に存じます、これでやめます。まだ非常にたくさん用意して参りましたが……。   〔「まだ時間があるじやないか」「ベルが鳴らないじやないか、ベルが鳴るまで大丈夫だ」と呼ぶ者あり〕

上塚司自由党

○上塚委員長 もう一人あるのです。

田村幸策中央大学教授

○田村公述人 MSAに対しましては、反米運動とタイアップいたしまして、かなり広くかつ深く浸透しておるようでありますが、これは私どもは、やはり感情が理性に勝ち、宣伝が真理に勝ち、小説が事実に勝つた、こういうふうに見ておるのであります。ソ連の憲法を見ますと、ソ連の憲法の百三十一条に、国家を防御することはソ連各市民の神聖なる義務である、こう書いてあります。およそ軍隊に投ずるといなとを問わず、いやしくもソ連市民はだれでも祖国を防衛すべき神聖な義務を持つておると書いてある。これはひとりソ連の市民のみならず、全世界に普遍的に妥当すべき大原則でなければならぬと思うのであります。人様に今のような贅六的なことを言うて子孫までこれを拘束しようというようなことではならないのであります。アイゼンハウアー大統領も、大統領に就任されたときの演説の中に、こういうことを言つておられる。非常に私の胸を打つたのでありますが、その言葉は、軍人になつてになう背嚢の重さの方が、捕虜になつてつながれる鎖の重さよりも軽いというのであります。ごく最近ソ連から引揚げて来られた方々が、にんじん一本とつたら懲役七年なんという、こういう捕虜となつてつながれた鎖の方がはるかに重い。それよりはむしろ軍人になつてになり背嚢の方が軽いと私は思うのであります。そういう意味において、また大統領いわく、最後に、愛国心というものは武装した軍隊とそうして用意の整うた市民層からなつておるのだ、こういうのでありまして、結局愛国心というものは決して日常生活から遊離した高遠な観念ではないのだということを言われておるのであります。

上塚司自由党

○上塚委員長 田村君にお諮りいたしますが、非常にけつこうな貴重な御意見でありますけれども、時間がございませんので……。  次は九州大学教授高橋正雄君にお願いいたします。

高橋正雄九州大学教授

○高橋公述人 私は昭和二十一年四月から昭和二十五年三月まで当時の占領軍の経済科学局の経済統計調査の方の顧問をしておりまして、政策のとは何も存じませんけれども、いろいろな人と会う機会がありまして、アメリカの方から偉い人が来たときに、その人のお供をして、当時NHKの会長をしていらつしやつた高野岩三郎先生のところに案内いたしました。そこでこういう話がありましても、日本という国はアジアのスイツツルになるという覚悟がいいのじやないでしようか。これから先アメリカにくつついたり、ソ連にくつついたりしていまさら国際政治、国際軍事の中に人つてどうなりますか。むしろ軍備を持たないで、もし予算が余つているなら、社会保障なり国土の経済的、建設的な防衛の方に使う方がいいのではないか、そういう話が出まして、高野先生も、そのアメリカからきた方も大いに意見が一致したことを記憶しております。それで先ほどから日本の憲法の話が問題になつておりますけれどもこの憲法が出たときに、マッカーサーはたしかこういうことを言つております。日本はこれからいつまでも中立国になつており、再軍備などをするな、日本のような資源の貧弱な、生活水準の低い国が再軍備などをするなら、あなた方の生活はめちやくちやになるぞ、それからもう一つ、アメリカにくつていてもソ連にくつついても、日本民族は滅亡するではないか、そういうことをマツカーサ―が日本国民に言つたはずであります。そういうとき、日本の中には別に心から反対するような声はなかつたはずであります。アメリカの方でなぜそういうことを偉い人が言つたかというと、その中には二つの魂胆といいますか、二つの考え方があつたように思います。一つは、これから先、日本がアメリカにとつて脅威になるアメリカの安全を脅かすような軍事力、経済力を持たせては困る、そういうアメリカ側のまつたく利己的な、身がつてな立場からああいう政策をとつた、そういう面が確かにあると思います。しかし同時に、アメリカの中にも保守反動勢力だけではありませんで、民主的な考え方を持つ人々があるわけであります。そういう人々は、せんだつての戦争というのは、日本やドイツあるいはイタリアのフアシズムを打倒して、民主主義の社会を実現するのだ、そういうことを考えた連中があつたわけでありまして、そういう人々はそういう人々で日本へ来て日本の民主化の政策をとつたわけであります。こういう日本を弱くしよう、小さくしようという政策と、日本を民主化しようという政策とが終戦直後はさしあたつては手に手をとつてやれたわけでありますが、たとえば軍備をなくす、これは日本を弱くする意味にもなりますし、職業軍人というふうな変な人種がいない国の方が、何といつてもそういう人間がいる国よりは民主的だということは、申し上げるまでもないことであります。それから財閥や大資本や独占資本をいじめる、これは中小企業の肩を持つ。農地解放をして、土地を地主から小作農の手に渡す、これは農村における搾取なりあるいは封建的な圧迫なりを何とかしてほどこう、それから申し上げるまでもなく労働階級に対する労働三法というものを与えたわけであります。いうのは、一方からいえば、日本の弱小化を考えたことにもなりますけれども、他方からいえば、日本の社会を今度こそまともな社会にしてやろう、そういうことを考えた政策ともとれるわけであります。そういうことの結果は、当然に戦争が済むまで大きな顔をしていた方々が大体占領軍からいじめられて、それまで下積みになつていた人々が大いに頭をもたげて自由の空気を吸える、こういうことになつたのだと思うのであります。ところが、そういうはなはだお大気のよかつた、晴朗な天気は長続きはしませんでして、なぜ続かなかつたかと申しますと、原子兵器に関するアメリカ側の独占というのが怪しくなりまして、どうも原子兵器だけではソ連をやつつけかねるというか、確信が動揺いたしました。もう一つは陸軍力などは中国から幾らでもつれると思つておりましたのに、蒋介石が没落しまして台湾に亡命するようなかつこうになつて参りました。こうなりますと、日本に対するアメリカ側の政策はかわらざるを得ないわけでありまして、保守的な勢力が安定していて、そうして陸軍兵力をどつさり提供してくれるようなものとして日本をもう一ぺんつくり直したい、そういうふりに考えるのは、アメリカの人々の立場に立てば、無理もない考え方だと思うのであります。  そこで朝鮮戦争が始まりますと、今度は恥も外聞もないというようなかつこうで、アメリカの方は今までの政策なり宣言を片つぱしからひつくり返し始めまして、たとえば有名なレイモンド・モーレーという評論家がおります。この人はルーズヴェルト大統領の顧問をやつたほどの人でありますが、昭和二十六年の正月ころ対日政策という続きものの論文を書きまして、こういうことを言つております。終戦直後は、われわれは日本を弱くしようと思つた、そこで民主化などという口実を設けて資本家階級、保守勢力に対して圧迫を加えた、しかしこれは今や変更されなければいけない、早く追放などをやめてしまえ、財界に対する圧力をやめてしまえ、それから、天皇制をまだなけなしにしてしまわなかつたから、そろそろこれを利用すべきだということを書いております。やがてそのうちに大元帥陛下説が出て来るかもしれないというふうな感じを持たせるような論文であります。それから、日本には青年があり余つている、これを材料にして兵隊をつくれば、非常に強い軍隊ができ上る、ことに陸海空の職業軍人があり余つて、まともな仕事がなくて困つているらしい、こういう人たちを集めれば、非常にいいのではないか、日本国民は食いぶちが安い、仕着せ料がはなはだ安く済む、こういうことを書いております。そういう議論がアメリカにありまして、そのあげくの果てが昭和二十六年の秋の講和条約、安保条約になり、それが二十七年から発効して今日に至つているわけであります、大体ソ連に対するアメリカ側の自信がなくなつて参りましてから、日本に再軍備をさせる、つまり戦争前と同じような日本に早くして、ただアメリカにきばを向けないように、別な向にきばを向けさせる、そういう日本にしようというのが、目があつて見ていれば、だれにでもわかるアメリカ側の政策だと思うのであります。  そこでこういう問題が出て来るわけであります。なるほど日本に再軍備をさせよう、戦争前の日本と同じ日本にしよう、そういうのがアメリカの政策であるにしても、そういうことが日本自体にとつても利益ならけつこうじやないか、向うの魂胆がどうあろうとも、日本にとつてプラスなら、それを受けたらいいじやないか、それはその通りであります。しかし、はたしてアメリカ側の身がつてな方針から来る対日政策の変化、その変化に便乗することが日本にとつて有利か不利かということは、真剣に考えてみる必要があると思います。その点は先ほど遠藤さんがおつしやいましたから、私は何も申し上げませんが、日本がアメリカの援助で、アメリカの規格で、再軍備をどしどしやつて行く場合に、中共やソ連がどういう気持ちを持つか。もし向うが希望するなら、その方面から幾らでもいろいろな物資なり人間なりを日本の海岸に送って来られるわけでありまして、わざわざ好んで日本をを混乱に陥れるものではないか、そういう点は、そういういたずらは向うはしないかもしれませんから、考えないにしましても、わざわざ日本までが今からアメリカ側のしつぽにくつついて国際対立を激化して――起らないかもしれませんけれども、先ほどの遠藤さんのお話でも、そういうことをやつていれば起りがちだ。およそ必然的といつてもいいような世界情勢の緊迫化、緊張化というものに、何で日本までがわざわざ協力する必要があるのか。こういう意味で、アメリカの希望に従つて日本側がMSA協定を受け、軍備をだんだん進めて行くということは、アメリカとソ連を結局は戦わせるかもしれない、そのとばつちりを日本民族も受けるかもしれない、もう原子爆弾は、二発か三発でけつこうではないか、そういうふうに考えるわけであります。かつてマッカーサーほどの人が言つたことだから、全然うそではないはずだ、この辺でひとつ中立ということをはつきり考えてみようではないか、そういう考え方をしていい時期ではないかと思うのであります。  それから経済の問題に限つて議論いたしますと、MSAの援助を受ければ、日本にとつてプラスだから、プラスだけもらつて、いいかげんなときが来たら、もうアメリカのひもを切つて、しまえばいいじやないか、そういう議論を、昔軍人だつた方でほんとうにまじめになさつている方があるようであります。しかしこれもよく考えてみなければいけない議論でありまして、早い話が、今度のMSA協定につながつて小麦を、三十六億円くれるはずでありますが、あの三十六億円だつて、日本政府が、三十六億円だけの金を別に出して、それと向うの三十六億円とを合せて、日本の再軍備――言葉の上では経済安定とか産業開発とか言つておりますけれども、実質的には軍需産業を保護奨励する方に向けられる。日本側も出すなら、アメリカもこの三十六億の小麦代を使わせるけれども、日本側が出さないなら、これはアメリカだけでかつてに使うぞ、そういうことを言つているらしいということが伝えられております。そういう意味で、プラスといつても、単純にプラスになるものではないわけであります。  それから小麦代は別といたしましても、アメリカから援助を受けますと、日本側でも防衛力の漸増ということをするわけであります漸増ということは、言うまでもなく、防衛費が年々歳々増加して行くということであります。ですから、アメリカからももらうかもしれませんけれども、日本側の財政支出もどしどし増加していく。これはきまり切つたことだと思つてよろしいと思うのであります、そうしますと、一定の時期が来て、アメリカ側から援助をもらわなくても、日本だけでやれるという場合、どうなつて来るかと申しますと、日本の財政の中から一千億円なり、二千億円なりあるいはもつと多くの金額が、毎年々々恒常的に軍事費として支出されて行くということになります。そうしますと、日本国内ではそういう政府の軍事費をお客さんとして経営する産業――狭い意味での軍需産業ではないでしようけれども、とにかく政府や国防や再軍備をやるというその予算の関係で成り立つている会社、産業というものが当然だんだん多くなつて来るはずであります。そうしますと、アメリカの援助がなくなつたら、日本だけでやろうといつてもその場合には、先ほど遠藤さんがおつしやつたように、軍備というものは、始めればなかなかそうはとめられないのだということで、満州事変ごろからこつちの日本と同じ道を歩むことになるのではないかと考えられるわけであります。ですから、プラスになる、プラスになるというのは、さしあたつて政府の注文をもらう業者からいえば、プラスであることは確かでありますけれども、日本経済全体、日本国民全体の立場から見れば、ぜひ考え直してみる必要があるのではないか。それはせんだつて、一兆円の予算を削ろうとして、どういう経費を削ろうとしたか、その点をお考えになるだけでもおわかりだろうと思うのであります。  それからもう一つ、じやお前はそういうことを言うけれども、MSAの援助を受けなかつたら、日本経済は成り立つか、こういう心配があります。これは確かにその通りでありまして、日本は、現在のままでは、年に十億、ドル近い赤字が輸出と輸入の間に出ております。二十三億ドルも輸入しているくせに、輸出の方は十三億ドルくらいしかできてないのでありますから、どうしても十億ドルくらいの赤字が出ているわけでありまして、どこかでこの十億ドルをかせがないことには、現在の日本の経済は維持できないということはわかり切つたことであります。その十億ドルを何とかして削ろうとするには、どうするかといえば、輸出を奨励して、輸入を減らそうとするわけであります。輸出を増加させるためには、物価を下げて行かなければならぬ。物価を下げるためには、弱小企業や労働時間なり労働賃金なりに手をつける、あるいは米や何かの値段を下げなくちやいかぬ、いわゆる緊縮財政、緊縮経済で行くしかないわけでありますが、日本の現在の大実業家も大政治家の諸君も、そういう道を行つても、とうてい日本経済の国際収支が均衡するということはできないというふうにお考えのようであります。確かに私もできにくいと思うのであります。そこでアメリカの方を向いて、財政なり経済の点で緊縮をするようなかつこうをしながら、これだけわれわれはがんばつているのだから、何か援助があつていいではないか、そういうことを考えているとしか思えないのでありまして、そこで一般にはりくつはどうでも、すきでもきらいでも日本としては別途に、商品を普通の貿易で売つたり買つたりするほかに、何とかしてドルを手に入れるしかないじやないか、その別途ドルを入れるためには、MSAなどを受けてとにかく当座をしのぐしかないのじやないか、そういうふうに考えて、これがMSA協定を受けることの非常に強い賛成意見として流布されていると思うのであります。それは今の当面のところを今のままで行こうとすれば確かにそうであります。しかしそういう道をどこまでも歩んで打つていいのかというと、先ほど申し上げましたアメリカとソ連の対立に一役買つていいのか、日本の軍事費が膨脹して、財政膨脹、インフレというふうな混乱をがまんしていいのか、さらにアメリカの援助をどこまでも受けて行つてどうなるのか、そういうことになると思うのであります。私はそういう場合に、じやどう考えたらいいかという質問に対しては、こういうふうにお答えしているのであります。  それは昭和二十年八月十五日に、われわれはといいますか、日本は無条件降参をしたわけであります。あのときの無条件降伏をする場合の決断、決心、その覚悟というものに比べたら、今度MSA協定を断つた結果どういう情勢になるにしろ、それこそ日本の自力で自主独立的にやり方を考えればできないことはない。たとえば非常に変なたとえのようでありますけれども、もしアメリカに大地震がありまして、アメリカ合衆国が今晩からあしたにかけてなくなつてまつた、大西洋、太平洋のもくずに消えた、あすから日本はのたれ死にするかというと、そういうことはないのでありまして、三箇月や半年の混乱はありましても、日本の国民はちやんとそれをどうにかこらえてやつて行ける。いくら今MSAをやめたつて、アメリカが最後通牒を突きつけて日本を攻めるはずはないのでありまして、経済的な面でいろいろないやがらせをすることは確かでありますけれども、しかしそれだつて覚悟さえできておれば、そう大きな変化はないはずだ、少少あつてもこの道を行つて先ほどから申し上げておるような結果になるのよりはずつとましじやないか、そういうふうに考えまして、私は日本国民としては、どなたでも日本民族のことを現在だけでなしに将来のこともお考えになれば、どういう立場に立つというようなことにかかわりなしに、MSA協定などを受けて、いまさらどこかの国の、アメリカの下働きをするような軍隊をつくり、そういう軍隊に青年諸君を供出して、現在のようなのんきな生活ができなくなるようなことをしないでもいいのではないか、そういうふうに考えるわけであります。

上塚司自由党

○上塚委員長 高橋君にちよつとお諮りいたしましすが、だんだんと開会時間が迫つておりますから、あと五分間くらいで御集約願いたいと思います。

高橋正雄九州大学教授

○高橋公述人 そんなにいただいて恐縮であります。もつと短かく切上げます。  それではおしまいに、ここに持つて参りましたのは、日支事変が始まりましてから今度の戦争で負けますまで、約八年間にわたつて枢密顧問官をし、いらした深井英五さんの「枢密院重要議事覚書」という本であります。広告によりますと、日華事変から敗戦に至る暗黒八年間の記録というふうな題がついております。その中で深井先生はこういうことを書いていられます。これだけでおしまいであります。満州事変から今度の戦争が――先生は七十五歳で昭和二十年戦争に負けた年の秋になくなられまして、これから読み上げますのは終戦前一箇月の七月十七日に友達の方に送つた手紙の中にある歌であります。こういう歌であります。「国も亦気の狂ふことありとして歴史の謎は解くべかりけれ」。日本の当時のことを深井先生が静かに枢密院の会議からこらんになつているとどうにもこうにもりくつに合わないことばかりで、こういう歴史のなぞはどうしたらいいかというと、これは国が気違いになつたという形でしか説明できないのじやないかということを歌つて、嘆いていられるわけであります。今度MSA協定を中心として心配されますのは、まだ日本の国は幸いにして気通いになつてはいないようでありますが、どこかに刃物を持つた気違いがいないでもないのでありまして、今度こそそういう気違いのお供をする道連れをするというようなことは、ひとつ考えてみてはどうか、そういうのがMSA協定の問題についての私の結論でありまして、その方が向うさんに対しても親切であり好意ある考え方ではないか、そういうふうに考えておるのであります。

上塚司自由党

○上塚委員長 どうもありがとうございました。  これにて公述人の意見の陳述は終了いたしました。公述人の各位には種々有益なる御意見を開陳していただきまして、まことにありがとうございました。厚く委員長よりお礼を申し上げます。  これにて公聴会を散会いたします。    午後四時八分散会

国会会議録検索システムで原文を見る ↗