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19回国会衆議院1954/02/17

外務委員会 第8号

発言数
156
登壇者
13
会派数
4
開催日
1954/02/17

会議録

上塚司自由党

○上塚委員長 ただいまより会議を開きます。  日本国とインドネシア共和国との間の沈没船舶引揚に関する中間賠償協定の締結について承認を求めるの件を議題といたします。本件につきましてはすでに質疑を終了いたしておりますので、ただちに討論に入ります。討論の通告がありますので順次これを許します。野田卯一君。

野田卯一自由党

○野田委員 私は自由党を代表いたしまして本案を承認することに賛成の意を表します。

上塚司自由党

○上塚委員長 並木芳雄君。

並木芳雄改進党

○並木委員 改進党としても異議はございません。これを契機として、次に来るべきアサハン開発、その他順次賠償の実施条項に入つて、円満にかつすみやかに賠償問題が解決せられるよう政府に希望を申し添えて賛成の意を表します。

上塚司自由党

○上塚委員長 穗積七郎君。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 社会党を代表いたしまして、本協定に賛意を表します。ただ一言申し上げておきたいと思いますのは、本協定は、元来から申しますと、賠償問題全体のとりきめが先行すべきものであるというふうにわれわれ考えております。特に昨年の本委員会に問題になりましたフイリピンとの間におきます中間沈船引揚協定につきましては、同様の趣旨をもつて、私どもそのことを強く希望いたしました。特にこれらの国々との賠償協定が本ぎまりになりませんのにつきましては、かの方にもいろいろ事情があることは十分察知できますが、同時に日本の政府当局の考え方や、あるいは努力の不足をわれわれも遺憾ながらいささか見出さざるを得ないのでございまして、さらに前にフイリピンとの協定におきましては、かの国におきます総選挙直前でございましたので、新しい政権の性格、方針を見た上で、これをとりきめることが妥当であろうという政治的な所見を申し述べまして、これに反対をいたしました。しかしこのたびは、そういう特別な政治情勢もございませんので、先ほど申し上げましたように、賠償そのものの本格的なとりきめが早くアジアのお互いの理解と親和を深め得ます目標をもつて促進されることを希望いたしまして、本中間協定に賛意を表するものであります。

上塚司自由党

○上塚委員長 戸叶里子君。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 ただいま議題になつております協定に対して、社会党といたしましても、日本とインドネシアとの間の友好関係が前進することを希望して、賛意を表するものであります。

上塚司自由党

○上塚委員長 これにて討論は終局いたしました。  これより採決いたします。日本国とインドネシア共和国との間の沈没船舶引揚に関する中間賠償協定の締結について承認を求めるの件を承認すべきものと議決するに御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

上塚司自由党

○上塚委員長 御異議なしと認めます。よつて本件は承認すべきものと決定いたしました。     —————————————

上塚司自由党

○上塚委員長 次に、第二次世界大戦の影響を受けた工業所有権の保護に関する日本国とデンマークとの間の協定の締結について承認を求めるの件を議題といたします。  本件も質疑を終了しておりますので、これより討論に入ります。野田卯一君。

野田卯一自由党

○野田委員 私は自由党を代表いたしまして、本協定の締結に承認を与えることに賛成の意を表します。

上塚司自由党

○上塚委員長 並木芳雄君。

並木芳雄改進党

○並木委員 改進党も賛成であります。

上塚司自由党

○上塚委員長 穗積七郎君。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 社会党もこれに賛意を表したいと思います。

上塚司自由党

○上塚委員長 戸叶里子君。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 私どもも賛意を表します。

上塚司自由党

○上塚委員長 これにて討論は終局いたしました。  これより採決いたします。第二次世界大戦の影響を受けた工業所有権の保護に関する日本国とデンマークとの間の協定の締結について承認を求めるの件を承認すべきものと議決するに御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

上塚司自由党

○上塚委員長 御異議なしと認めます。よつて本件は承認すべきものと決定いたします。  なお、ただいまの二件に関する報告書の作成につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

上塚司自由党

○上塚委員長 御異議なければさよう決定いたします。     —————————————

上塚司自由党

○上塚委員長 次に琉球諸島住民の実情に関する件について参考人より意見を聴取することといたします。本日参考人として出席を求めましたのは、元首里市長。沖繩諸島復帰期成会代表仲吉良光君、沖繩協会会長神山政良君、沖繩在京婦人あけぼの会会長瀬長佳奈君の三名であります。  この際参考人各位に対しごあいさつを申し上げます。  本日は御多忙中のところわざわざ御出席をいただき、厚く御礼を申し上げます。当委員会といたしましては、国政調査の一つとして、琉球諸島住民の実情について調査をいたすこととなりましたが、今回現地の実情を伺う必要を生じましたので、特に参考人各位の御出席をお願いいたした次第であります。  本日の議事の順序について申し上げますと、まず参考人の方々よりおのおのの御意見を開陳していただき、その後において委員より質疑がある予定でございます。なお発言の時間は一人二十分程度にお願いをいたしたいと存じます。念のため申し上げておきますが、衆議院規則の定めるところにより、発言は委員長の許可を受けることとなつております。また発言の内容は意見を聞こうとする案件の範囲を越えてはならないこととなつております。なお、参考人は委員に対し質疑をすることはできませんから、さよう御了承を願います。  それではこれより参考人の方々より御意見を聴取いたします。沖繩協会会長神山政良君。

神山政良沖繩協会会長

○神山参考人 当衆議院外務委員会におきまして私どもに沖繩に関して皆さんに申し上げる機会を与えてくださつたことを心から感謝をいたしたいのでございます。  御承知の通り、現在において沖繩における五十万同胞の最も重大と見ておる問題は、沖繩の復帰の問題でございます。この復帰問題が国民感情から出発しておることはもちろん当然でありますが、そのほか沖繩における政治情勢、経済情勢並びに教育、こういつたような事情のためにさらに一層その必要を感ずるのでございます。  沖繩における政治情勢、経済情勢並びに教育について簡単に私から御説明申し上げたいと思うのでありますが、最初に政治情勢について申し上げることにいたします。  沖繩戦が終末を告げましたのは一九四五年、昭和二十年の六月二十二日でございます。その四月一日にアメリカ軍が沖繩に上陸いたしまして、最初三週間か四週間の予定であつたようでありますが、三箇月もたつてようやく終結したわけで、その間アメリカとしては四万トンに上る鉄量を打込んだといつております。また沖繩としましては現地人だけでも十六万人の犠牲者を出したような非常に悲惨な戦争を続けた結果、そういうようになつたのであります。アメリカが上陸しますと同時に、戦後沖繩行政の根本規則となつております合衆国海軍政府布告第一号というものをアメリカ軍は出したのであります。これが沖繩における統治の根本原則になつたのであります。その後いろいろ布令もありましたが、さらに一九五〇年十二月十五日軍政府が民政府というふうに形をかえたのであります。しかしこれは単に形をかえただけでありまして、やはり琉球列島米国民政府布告第一号、こういうものが出まして、それによつて布告もそのまま効力を継続するということを宣言しておりまして、結局戦時行政がそのまま継続されることになつたのであります。それから一九五二年二月二十九日沖繩の憲法ともいわれる琉球政府設立に関する布告というものが発表になつたのであります。これが沖繩の現在の統治の原則となつておるのでありまして、この条文は十条からなつておりますが、必要な点だけを簡単に申し上げてみますと、第一条には、立法機関、行政機関及び司法機関を備える琉球政府をここに設立す。こういうことを言つておる。第二条には、琉球政府は琉球における政治の全権を行うことができる。こういうことを言つておるのですが、但書で、但し、琉球米国民政府の布告、布令及び指令に従う。こういうふうになつております。第三条には、琉球政府の立法権は琉球住民の選挙した立法院に属する。こういうふうになつております。それから第四条には、琉球政府の行政権は行政主席に属するものとし、主席はこれが選挙制になるまで民政府副長官がこれを任命する。こういうふうになつております。それから第六条になりますと、信教、言論、集会、請願及び出版の自由及び正当な法手続によらない不当な捜査、逮捕及び生命の自由または財産の剥奪等に対する安全の保障を含む民主国家の基本的自由は公共の福祉に反しない限りこれを保障す。こういうふうになつております。それから第七条には、民政府副長官は必要な場合には琉球政府その他の行政団体またはその代行機関により制定された法令規則の施行を拒否し、禁止し、または停止し、みずから適当と認むる法令規則の公布を命じ、及び琉球における全権限の一部または全部をみずから行使する権利を留保する。こういうふうになつておるのであります。  従つて非常に一方においては自由民主国の便利が認められておつて、また一方にはそれを取去つておるというふうに、右に与えて左にとるというような状態になつておるのでありまして、ほんとうの立憲政治は行われておりません。相かわらず軍政府のもとの独裁政治というものになつておるのであります。これは単に民政府副長官の権利は留保するというだけでなく、事実今までもこれがはつきり実行された例がいくらもあるのであります。たとえばこういう例があるのであります。昨年の四月一日に立法院の選挙がございましたそのときに、米軍当局の反対した候補者が当選しましたら、その選挙は無効と宣告されたのであります。それから米軍当局は選挙で敗北した政党から行政主席を任命しておるのであります。行政主席は憲法にあります通り、当分選挙制がしかれるまでは任命になつておりますが、その選挙も何べんも選挙公選を布告しながら、いまだに公選が行われないでまだ任命制になつておりますが、その任命権を利用して敗北した政党の中から主席を任命した例があるのであります。  それから立法院で労働に関するちようど日本の労働三法に類したような法律をつくつたら、米軍の方で何か気に食わないところがあつたと見えてそれを拒否したのであります。やはり拒否権を持つておるから拒否したのであります。それからかつて日本の国会に沖繩復帰の陳情をするための決議を立法院でやりましたところが、その決議を握りつぶして、とうとうこちらに伝達しなかつたこともあります。そういつたようなことで、また生命財産についても非常な不安定な状況にあります。これは占領治下の日本にもたびたびあつたことでありますが、よくジープで途中で遊んでおる子供がひかれた。それに対して何ら責任の所在もわからないで補償もしないといつたようなことがあつたり、あるいは琉球住民は軍票は所持できないという布令を出しながら、アメリカ人がハイヤーを雇つて払うときには軍票で払う。あるいは物を買つてその代価を軍票で払う。それを聞かぬ場合には鉄拳を食らわせるというように、ちようど占領治下における日本のような状態がいまだにあるということでありまして、まつたく人間の根本権利、生命財産というようなものについても非常に不安な状態にあるのであります。そういう点からしても、これは一日も早く日本に帰らなければならぬというようなことになつておるわけであります。  それから軍用地の収用の問題であります。軍用地は、これは基地があるので軍用地の収用は必要でありますが、その収用に際して非常に地価が低いということ、それから収用の方法が非常に乱暴であるというようなことがしばしばあるのでありまして 一例を申せば軍用地の地代が昭和十二年以後の十箇年平均の地価を基準としてきめたために非常に安いのでありまして、一坪一年にわずかに二・二セントとなつております。それがアメリカのきめた例であります。ところが実際の相場は九・八セントになつておる。実際の適正価格の約一割か二割くらいにしかならないのであります。そういうわけで地価は安いし、それから土地が三分の一も軍用にとられておりますので、元来が狭い土地でありまして耕地が少いので、生活の基礎が脅かされておるようで、非常に問題が起きております。最近の事例は飛行場の付近にある部落でありますがもともとこの土地は三十二万坪も耕地があつたのでありますが、飛行場拡張のために六万坪に減らされた。それをまたさらにラジオ・ビーコンをつくるというためにそのうちから一万六千坪をとられることになつた。ところがその残されたものはほとんど荒廃地で、実際耕地に適するのは四千坪しかない。そこでその部落の死活問題だというわけで、アメリカにその中止を嘆願しておつた。それがいよいよブルドーザーで土地をならすということがわかつたものだから、村の人が千人もそこへすわり込んだのであります。そこでアメリカ側から三百人も武装した兵隊を連れて来て、催涙ガスなんかを用意して、その武装のもとにそれを阻止し、この土地の売渡しをしたというような事例もあるのであります。そういつたようなことが方々でありますので、非常に不安を感じたわけです。そういうことからも、どうしても一日も早く日本に帰りたい、こういうのが実情でございます。  それから経済の方から申しましても、元来御承知の通り、沖繩はすべてのものが——雑貨はこちらから行つておるのでありますし、向うの産物はみんな日本本土に持つて来るわけでありましてすべてが日本本土依存の経済になつておるのであります。それがこの戦争の結果隔離されために、ほとんど孤島経済の非常な苦境に陥りました。一時はアメリカから出した放出物資とかそういつたものでようやくしのぎをしましたが、とうていこちらでは想像のつかぬような食糧問題の難境に陥つたこともあります。食糧はそういうふうでありましたが、そのほかの雑貨のごときは、にわかに向うで小さな工業を興して、自給自足をはかるというようなことをやつたり、あるいは密貿易が盛んになるといつたようなことでしのいでおつたのでありますが、その途中に貿易商が行きまして、正式に日本との貿易もできるようになりましたから、日本からたくさんのものが行つて、ようやく経済状態も安定して参りました。従つて戦後小工業はできるし、一応は、一般的には安定しました。それから一方には、アメリカの軍事施設のために、相当な労務が必要で、そのための労賃がかなりの額に上り、また一部の特殊婦人の関係で、特需経済というか、そういうもののために一億ドル以上の収入が上つたこともありました。最近は労務が約三千万ドル、今のサービス関係が三千万ドルというふうにいわれておりますが、そういつたようなことで、とにかく一時のしのぎはやつておりますけれども、これは単なる表面のことであつて、実際の生産業はあまりよくありません。かつて向うの非常に重要な換金作物であつた砂糖がほとんど戦争で壊滅されまして戦前は一億三千万円も生産しましたのが、今ではまだその一割にも達しないというような状態でありまして、ほんとうの産業はまだ興つておりません。たださつき申し上げた特需景気のために、表面は非常に活況を呈しておりまして映画館とか料亭とか、そういつたものが雨後のたけのこのようにどんどんできましたので、ちよつと行つた人には非常に沖繩はいいというふうに見られるようになつておりますが、その底を聞けば、やはりそういう非常に不安定な基礎のもとにあるために、米軍工事は二、三年しか続かぬだろうといわれておりますが、もしそれがなくなれば、沖繩経済はほとんど崩壊するのではないかと心配されるほどであります。  そういう点からしまして琉球政府におきましても、最近ようやく総合経済計画を樹立しまして、昨年でしたか、五箇年計画を立てて本式の経済をやつております。しかしながら琉球におきましてはいまだかつて自給自足した歴史はないのでありまして、何としても本土に依存しなければやつて行けぬ状態にありますから、日本政府の絶大なる御援助をお願いしたいのであります。  まずそれについて例の砂糖ですが、これは向うの非常に重要な産物でありますから、これを復興しなければなりませんが、それにはたとえば砂糖消費税——今日本に砂糖消費税がありますが、これを免除されて、その税に相当する分を琉球政府に肩がわりして、向うで、その金を今の復興事業に使うというひもつきの免税にでも移行してくれたらいかがかとわれわれは考えます。それから何といつてもいろいろ産物を出さなければなりませんが、その船賃が非常に高いのであります。戦争中でも高かつたのでありますが、現在でも本土と沖繩間の船賃は非常に高いのであります。何でも香港の倍になるということであります。それで沖繩へ行つている船会社はみな黒字だという話であります。そういう状態であるにもかかわらず、こういう高い運賃をとつているのは、沖繩の産業発展上非常におもしろくないという点を御考慮くださいまして、運賃の低下について皆さんのお力添えをお願いしたいと思うのであります。  それから技術の援助でありますが、この沖繩にはまだ資源が幾らもあるのでありまして、海産物では真珠の養殖、これは最近幾らか見当がついたようであります。陸上においては、薬草の栽培とか、しようのうの栽培とか、タバコにおきましても、非常に適当な気候でありますけれども、どうも指導がよくないために、あまりいいものを出しておりません。そういうものでも国家的にりつばな技術員でも派遣して、指導、改良されたならば、経済復興に相当役立つのではないかと思うのであります。そういつた点もお願いいたしたいと思うのであります。  それから次は教育の方でありますが、終戦後一番先に復興に着手したのが教育でありまして、相当努力しております。ところが戦争でもつて優秀な教員が大部分犠牲になつた関係で、そのあとが続かないために、教員の質が非常に低下することと、数が少い。それから校舎の備品その他に非常に不足を来している。こういう状態のもとに努力したのでありますが、そういうような関係でいまだ十分な効果を発揮し得ないのであります。  それについてここでお礼申し上げたいことは、校舎の復興につきまして、全国の学童に呼びかけて、向うの窮状を訴えましたところ、全国から非常な同情を寄せられまして、一人当り四、五円とか十円という零細な金を寄せられ、その総体が約四千五百万円になつておるのであります。こういうような種類の寄付金、またこういう全国にわたる寄付あまり例がないと思います。この点は全国民の皆さんの御同情の結果でありましてこの機会を利用して厚く御礼を申し上げます。  こういうふうな校舎の関係は別でありますが、私どもが心配するのは、現在の沖繩の状況が学童に及ぼす精神的影響であります。今のような、日本の国籍を持ちながら、日本の国民でありながら、また外国でもなし、何だか非常に中途半端で、どつちつかずの変なような存在になつておりまして、日の丸の国旗を掲げるのでもどうも遠慮し、また君が代を歌うのでも大きな声で自由にやれないというような、非常に妙な境遇にあります。そのために、何といいますか、精神的にさびしいといいますか、学童としてはまことに希望がないような状態にあるわけでありまして、これは形はどんな形でも、中心となつて、何か誇るに足るようなしつかりしたバック・ボーンでもなければ、いくら教育しても魂の入らないような教育になつて、若い純真な子供なんかの将来にも悪い影響があるように思いますので、教育の点について、もつと早く、何をさしおいてもまず第一に教育から御留意をお願いしたいと思います。教育というものはとても一朝一夕ではつくれません。相当の年数がたつてから効果があるものですから、今やらなければ、将来後悔しても及ばないようなことになりますので、全体的な復興はもちろんでありますが、それができる前にまつ先にお願いしたい思います。こういう希望をわれわれは持つております。  それから最後にちよつと申し上げておきたいと思いますことは、最近奄美大島が日本に復帰しましたために、政府としては相当の予算を出している、そういう状態であるから、沖繩も日本に帰ればまた相当に金がいるだろう、こういうふうな心配をなさる人があると聞きます。しかし私たちはこう思うのです。沖繩がこういうふうな悲惨な状態になつたのは、沖繩がかつてにやつたわけではない、つまり日本防衛のために、進んでそれに殉じたわけであります。そういう状態にあるものを、今日本にとつてはプラスにならぬから——ちようどそれは、親のために犠牲になつて、他人の人質になつたような子供が、しきりに親元に帰りたいという悲痛な叫びを聞きながら、手元が不如意なものだから、いましばらくがまんしておれということは、道義的にもどうかと思いますので、日本としてもそういうことは考えられぬと思います。のみならず、この沖繩復帰についての国家の支出は一時的のものであります。将来沖繩が完全に復興しますれば、皆さんも御承知の通り、戦前におきましては、沖繩は砂糖の産地として相当なものでありました。今台湾のない日本としては重要なる砂糖産地であります。それから例のさつまいも、これも気候の関係上沖繩でなければ栽培できません。従つて、戦時中非常に食糧難の時に食糧難を助けた農林一号とかいうものは、みんな農林省の示唆によつて沖繩が改良したものであります。そういつたように、非常に食糧問題の解決にも役立つものであります。それから蚕種の製造については、気候の関係上沖繩が非常に重要であることは皆さんも御承知の通りであります。そういうわけで、今後沖繩が復興すればそういつた方面から十分経済的にもお役に立つことができると思います。その他寒いときの青物の栽培、野菜の栽培は、こちらは温室でなければできませんが、向うは非常に暖かいですから、どんな寒いときでも何でもできますので、かぶでも、きゆうりでも、トマトでもどんどんつくつて戦争前には大阪、東京の市場にも数十万円、百万円以上の品物を出して皆さんの食ぜんに供したことがあるのであります。そういつた点から申しましても、単に道義的、感情的じやなしに、経済的に見ても決してマイナスにならないとわれわれは考えますので、どうかそういう点も十分お察しを願いまして、ぜひ一日も早く沖繩が復帰するようにお願いいたしたいと思います。

上塚司自由党

○上塚委員長 ありがとうございました。  次は沖繩在京婦人あけぼの会会長瀬長佳奈君、沖繩の教育、文化、社会問題等についてお話を承りたいと思います。瀬長佳奈君。

瀬長佳奈沖繩在京婦人あけぼの会会長

○瀬長参考人 私は女の立場から、ことに母親の立場から皆さんに少し沖繩を御紹介したいと思います。  政府が、沖繩の復帰問題につきましては、事ごとに、折に触れ問題に取上げてくださいましたことを、沖繩県民はもとより、関係の深い私どもも深く感謝申し上げております。しかしながらアメリカはなかなか沖繩を手放そうとはいたしません。むしろ多少の物質的援助は与えて永久にこれを統治下に置きたいというのが、アメリカの意思じやないかと私どもには考えられます。現に今沖繩では日本復帰運動ということが壁にぶつかつたような状態にございます。しかしながら私どもの復帰運動というものは、決してアメリカを排斥する運動ではございません。むしろ彼らとよく理解し合い、かたく手を握り合つて、彼らの基地の確保を助けてあげながら、そして教育の面だけはぜひ日本に返してもらいたいというのが本筋なのでございます。もちろん基地もともに返してもらえばこれに越したことはありません。願つたりかなつたりでございますけれども、現在の日本におきましては、日本でさえもアメリカの協力を得なくしては立ち行かない現状におきまして、あの小さな沖繩がアメリカに反対して立ち行くものとは決して思われません。そこで、とにかく私どもはこういう時代に即応いたしまして、基地はともかく、教育だけは一日も早く日本に返していただきたいというのがくれぐれもの私どもの念願なんでございます。  その教育の面でございますが、これは教育者の待遇があまりにも貧弱でございますために、戦争前に比べまして教育者が四〇%くらいに減つております。正当な教師は師範学校なんかで専門の教育を受けてそしてりつぱな先生になるというのが本筋でありますけれども、その先生を養成する何ものもございません。ですから、さつきも申されました通りに、先生がどうしても持合せといいますか、非常に低下して行くゆえんだろうと思います。それで先生の待遇があまりにも貧弱でございまして自分たちの生活ができません。できませんからどうしてもほかに転業しなければ生活の安定を得られないというので、どんどん転職してしまいます。  それは先生の立場でございますけれども、先ほども申されましたように生徒の入ります校舎は、もうこれはたびたび皆様にもごらんになつていただいたこととは思いますけれども、まるで馬小屋、馬小屋よりかむしろ板くらいの校舎でございます。雨が降りますと、雨が漏るのじやなく、雨が降る教室でございます。もちろん床もありません。壁もありません。そして机はありあわせの箱をひつくり返してやつているというのが彼らの、生徒の勉強の教室でございます。この教室で生徒がどうして安心して勉強ができましよう。それはああいう占領下にございますから、向うの政府としてもいろいろ気づかうところもございましようし、気苦労のこともございましようし、また物質的な面から申しましても、金がないためにそういうことはできないということも言えるのでございますけれでも、とにかく教室だけでもいいから子供たちに早く満足に勉強させるようにしたいものだということで奮つて立たれたのが沖繩教職員会でございます。この会の会長その他の役員の方は、たしか一昨年でございましたか、昨年でございましたか、全国にこれを訴えまして、小学校、中学校、高等学校に呼びかけまして戦災校舎復興の募金運動をいたしました。幸いにいたしまして、今日までこれは東京丸ビルの七階に事務所を置きまして、今にその募金の運動を続けております。自分たちの思うようには行きませんでも、皆さんのありがたいお志をちようだいいたしているのでございますから、私どもはほんとうにうれしく存じ上げております。  そういうようなわけでございますから、どうか教育の方面を日本に復帰させてください。これは日本も今困つているのだから、なかなか荷やつかいになるのじやないか、もうしばらくそのままにしておいてもいいじやないかという方もおありになるということを私は聞いております。私はそれはたいへんな間違いではないかと存じます。これは損得ということを越えて、そうして日本の国民が日本人の本然の姿に帰るということが当然の義務ではないでしようかと思います。また日本という国が北は寒い北海道から南は熱帯に近い沖繩諸島を持つておるということが、地球上では小さな日本ではございますが、私は地理的に非常に恵まれた国だと思います。そしてその南の要所に私ども日本人が存在をしている、力強く働いているということが、どれだけ私どもに力強い気持を与えることでございましよう。それは私がくどくどと御説明申し上げなくても、皆様十分におわかりのことと存じ上げます。  次に、あのような小さな島でございますけれども、文化の面におきましては他に類のない国だと存じます。美術工芸、これはもう世界にもたびたび発表されていることでございます。それから芸能その他すべて完全にあの小さな島だけで備わつているというところは、ちよつと他に例のない国だと私は思います。現在では、あれだけきびしい戦災に何もかも焼け尽されたあとでございますから、みな打ちくじかれてしまいましたけれども、これが将来必ず復興したあかつきには、日本に貢献するところが大きく、そしてまた貢献し得る国民だと私は存じます。  戦争中のことでございますが、思い出してもまことにいやなことでございますけれども、戦争中のときに沖繩が働きましたあの行動は、まことに私ども沖繩の者にとりましては実は胸の迫る思いがいたします。年寄りと子供はみんな疎開させられました。そして疎開のできない者あるいは働ける者の全部が島に残りまして、軍人と同様に防備に当りました、抗戦いたしました。そして十六万人という戦死者を出しました。その戦死者の中には男の十七、八の中学の生徒、師範学校の生徒、それから女学生、十七、八の女の子、これがみんな戦死をいたしました。もつとはなはだしいのは、十二、三になる子供が敵の上陸を防ぎますために手榴弾を握りまして、浜に出て敵に手榴弾を撃ち込んで戦死いたしました。この民族魂は私は大いに誇りとするところと思います。そういう純情な、優秀な民族だと私は信じております。  また社会教育の方にいたしましても、今は青少年の犯罪が大分ふえております。それは今申し上げましたあの戦争によつて、働き手を失つた関係上、非常に苦しい思いをいたしておりますので、自然に子供たちは悪い方に行く、背に腹はかえられないというたとえで、女がこびを売つて生活費にするとか、あるいは小さい子供がお腹がすいてたら人のものを盗むとかいうことも、すべてこれ経済上の結果でありまして、まことにかわいそうなことだと思います。今日では遺家族の援護法もできましたし、また生活保護も多少はございますけれども、これも大したことはございません。また恩給法の制定もございますから、これの実施が沖繩の方にも一日も早く与えていただきますように、政府でどうぞ御尽力をお願いいたしたいと存じ上げます。  それで子供たちはみなもとより日本にあこがれて、日本の日の丸を見まして彼らがどんなに喜ぶかということは、かつて戦争後六年目の夏のことでございましたけれども、初めて日の丸の旗を見たと言つて大騒ぎして喜んでいる生徒もございました。また上京いたしました運動選手が会場に入つて、国歌を歌いましたら、彼らは泣いて国歌を歌つて喜んでおりました。そういうことで、子供たちも日本に帰るということに非常にあこがれておることでございますし、これは子供だけではなく、一般島民もみなそうでございます。最近那覇に南方連絡事務所の出張所ができまして、ここには毎日高々と国旗が上るそうでございます。それを見て島民は非常にうれしがつて、もし国旗の上らない日はどんどん苦情を言つて来てたいへんだということを聞きました。これがほんとうに日本に帰りたいという全部の意思と私は信じて疑いません。どうぞこれ以上もなお沖繩を御研究くださいまして一日も早く、特に教育が日本にもどりますように、そうして日本と同じ制度のもとに教育が施され、日本と同じ技術、方法で教育していただき、そうして日本と同じレベルに引上げていただくようにお願い申し上げたいのでございます。どうぞよろしくお願いを申し上げます。

上塚司自由党

○上塚委員長 ありがとうございました。  次は沖繩諸島復帰期成会代表仲吉良光君。

仲吉良光沖繩諸島復帰期成会代表

○仲吉参考人 アメリカが特に沖繩を重視するようになりましたのは、毛沢東が中国を支配して、中ソ友好条約を締結されて、それによりまして、アメリカの国防省はアリユーシヤン群島、日本、沖繩、フイリピンという一線を画しましてその一環となつたのが沖繩でありまして、特にそれ以来重視をいたしました。終戦直後はたとえば沖繩におけるアメリカの兵舎などは、風よけの設備もしないで、昭和二十三、四年ごろに講和会議が開かれるようになりましたころは返すという考えでありまして、御記憶でありましようが、マッカーサー司令官の政治顧問のアチソン氏なんかは、そういう書類を持つてワシントンに帰るその途中、ハワイで飛行機事故でなくなりましたが、そういう人たちからも多分返すはずだというふうに私などは聞きまして非常に喜んでおりましたが、今申し上げる通り、中国の政治の大変化とともににわかに向うを重視することになりました。そうしてアメリカの人に言わせますと、沖繩からウラジオまでが千二百マイル、上海までがわずかに四百四十マイル、ウラジオから香港に至るところの厖大なる大陸を攻めるに最も屈強のところが沖繩である、西太平洋の防禦線として一番かんじんなところであるということで、そこに航空基地をつくるという、計画を立てまして四、五年前五千万ドルの費用を投じて向うに航空基地につくるようになりまして、日本からは清水組だの鹿島組だのという有力なる請負業者が行つて、材木だのセメントだのその他の電気の設備なんかをいろいろな道具を持つて行つて、向うで今軍事基地の工事をやつております。そうして向うの青年連中を四万人、五万人毎日使つて今依然として軍事基地の工事を続行しております。そうして沖繩の位置をどうしようかと思つて、最初は多分日本から全然切離すつもりであつたろうかと思います。四年前、五年前ですか、日は忘れませんが一月十二日に、元の国務省の長官のアチソン氏がワシントンの新聞記者クラブで沖繩辺を国連の信託統治に置くということの声明をいたしました。われわれ非常に狼狽をいたしまして、政府及び各政党を歴訪いたしまして、どうしても信託統治を阻止してもらいたいということをお願いいたしました。政府も各政党もむろん御異議はない、これは極力阻止して沖繩は元通りの日本の一地方としておかなければいけないというお話でありまして、そこでわれわれの方もアメリカの方に陳情書を提出しました。信託統治は国連憲章によりますと自治能力の発達しないところに置こうというので、沖繩は日本の自治制度によつて各県同様に県会があり市町村会があり数十年自治を運用した自治能力ある日本の一地方である、それから日本の国政にも参加をいたしまして、衆議院にも定員五名の議員を選出してある、文化、教育すべて全国と水準は同じだ、ここは断じて信託統治を行うべき地域ではないということを強調いたしております。また国連憲章によりますと、信託統治をする地域の住民は、将来独立国家になすのが国連の目標になつておりますが、沖繩の人は日本から離れて独立しようという考えは毛頭ない、もしこれをしいるとすれば、民主自由国家の精神に相反するものであるということを強調しまして、政府、政党もこの意味におきまして最初にダレス特使が参りました時分に、政党の各代表がダレス氏に会いまして、ここは武力もしくは軍事力によつてとつた地域でない、もともと日本の領土であり、また信託統治をする地域でもないということを、書面及び口頭でお述べになつていただいて、その結果ダレス氏も日本国民の領土問題に対する関心の深いことに感激をいたしまして、特別にあの条約第三条が二条と離れてできまして、沖繩、小笠原に対しては日本の領土として今日領土権はとにかく日本にあります。これは実に重大なるできごとでありまして、日本の領土をそれだけでも保持していただいたということはまことにありがたい。これは国会がこれに力を尽していただいたために領土権が日本にあるようになりました。それからその三条にはまだ信託統治をやることになつておりますが、その各政党の代表及び政府がいろいろ御努力の結果、アメリカとしてはその条約で必ず信託統治しなければならないという義務づけの条約文になつていない。これはダレス氏が非常に苦心の結果であるといつて常にわれわれにも恩を着せているのでありまして、ダレス氏の好意には非常に感謝しますが、これは国会各政党の御尽力のたまものと深く感謝をしております。それで第一関門は突破をいたしました。そのときの国会各政党の力を今度集中していただきまして沖繩に対する日本の行政権の回復をお願いしたい。今度の問題はこれを専心してやつていただきたいとお願いする次第であります。奄美大鳥ももう返還されまして、残る南の方の問題は沖繩と小笠原でございますから、今後は中心問題はこの沖繩、小笠原を日本に一日も早く返還してもらうという方面に、特に外務委員会の方から政府の方に鞭撻督励をしていただきたいというのが第一番であります。  けれども非常に困難な立場になつております。御承知のごとく、先月七日にアイゼンハウアー大統領が一般教書で沖繩その他を無期限で米国が保有するということを声明しております。また同じく二十一日に予算教書で大統領は講和条約で得た沖繩に対する管理権を無期限に行使するということを声明をしておりまして、沖繩が日本に返ることは今はなかなか困難な状態になつております。そこでこの沖繩にいる米国民政府長官オグデン少将が大統領声明をたてにしましてすでにアメリカの意図は判明しただろうから、復帰運動はやつたつて無益であるという声明書を沖繩島民に出しまして、そうして日本と違つて沖繩は特殊な事情があるので、民行政と軍とは切り離すことはできない。それだから依然として軍政を続けるということで、沖繩の人は非常に失望をしている次第であります。しかしながらこれは技術上の問題でありまして、この問題は日米両国政府で友好的にお話くだされば、必ず話は解けるであろうと思います。それを日本の政府から話の糸口をまず切つてもらいたい。これを外務委員会の方で政府にお勧め願いたいということをお願いする次第であります。ダレス氏も国務長官になる前は、両国の話合いによつて解決する道があるということを言つております。沖繩に日本の行政がしかれても、決してアメリカの軍事活動にじやまになるようなことはない。そうしてアメリカ人がつくっている沖繩の空軍基地というものは、日本軍がつくつた飛行機基地を主として使つているのであります。もちろん日本軍が使つたときよりは拡大強化しておりますし、そのほかにもありますが、中心はやはり沖繩の人と日本軍が協力してつくつた軍事基地、空軍基地を使用しております。たとえば南の方で那覇飛行場、それから中部において日本軍がよく使いました中飛行場、それからその隣の北飛行場、この三箇所が主として向うの空軍基地になつております。そのほか港湾なども専用の港湾などもつくつておりますが、空軍基地などもあとで図面をお目にかけますが、こういうところにございまして、このほかのところについては日本の行政権がありましてもさしつかえないように思います。日本軍も向うに基地をつくりましたけれども、軍は軍務、行政は当時の県庁及び民間にこれを許したので、アメリカがいかに何でも必ず軍政をしかなくちやならぬということは、われわれにはどうしてもわからない。でありますから、もしアメリカが日本の主権を尊重して、日本との友好関係を持続しようと思いますならば、住民及び日本国民の希望に従つて、行政権だけは日本に許していいのではないかと思うのであります。われわれは決して無理なことをお願いするわけではありませんが、この図面をごらんくださればわかりますし、またアメリカの方でも沖繩における米軍の基地の安全化を保障されるのは、日本との協力にまつのみである。日本との協力がなければ、沖繩における軍事基地も維持できるかどうか困難であると唱える人も、多くは国務省系の人でありますが、おりますから、政府がお話になつてくだされば、アメリカも了解してくれるのではないかと思いますけれども、非常に困難でありますから、政府の方もかたい御決心でやつていただきたい。それはどうしてもこちらにあられる外務委員会が、一日はこの問題でひとつ政府の方と御懇談をやつていただきたい。こちらに外務省の方も見えておりますが、一日だけはこの領土問題について政府の方と御懇談をやつていただきたいと思います。沖繩、小笠原は今お二人からお述べになりました通り、われわれは軍事基地にも協力をしている。アメリカとは協力して行くが、アメリカのために生きているのじやない。本土同胞と、日本国民と共通な国家目的遂行に力を入れてこそ生きがいがある、張合いのある生活を営むことができる、こういうことをいつておりますし、小学校あたりでは運動会のときに日の丸を上げまして、プラカードを掲げて祖国復帰貫徹、こういうのをぐるりとまわしますし、アメリカの百円よりも日本の二、三円、こういうプラカードをまわしますし、またあるところでは、よそのおばさんのお菓子よりは自分のおつかさんのおいもがいい、こういうふうなことを書いてやりまして、とにかく一刻たりとも早く帰りたい、朝夕の念願は祖国に帰りたい、こういう念願でございます。それで今申しましたオグデン少将が、日本復帰の運動をよせという勧告を十一日に教書で出しました。そうして学校の職員連中に、それをよさなければ学校の建築材料をやらないとまでおどしておりますが、決して聞きません。何ゆえ自分の父母の国に帰りたいという希望を表明する運動を中止できないか。けられてもなぐられても、われわれは復帰運動は中絶しないということで、がんばつておりまして、学校の教員男女五千人、それから男女青年連合会が六、七万人、それから酒造組合とか、漁業連合会などという業種団体も入りまして、復帰期成会という団体をつくつて、たたかれても、けらてもこの運動は断じて中絶しません。それできのうもわれわれをこの外務委員会にお招きになるということを聞いたからでございましよう、きのう夜おそくなつて電報が参りました。これは学校の職員組合の代表者と、期成会の会長、それから青年連合会の代表者から、外務委員会にお願いをして沖繩が早く日本に帰れるように決死運動をしてお願いをしてくれ、こういう電報がゆうべ参つておるのであります。  それから昨年の秋、奄美大島返還声明後に開かれました特別国会で、ここにおいでになる委員長が、各派の国会対策委員長とお打合せになりまして、沖繩、小笠原の返還要求決議案を本会議に上程されまして満場一致可決されたことがあります。その翌日の新聞——向うから新聞記者も二人見えまして議場の光景を向うに報道したわけで、その新聞記事を見ましたら、ある村の議員などは、その記事を見てもうじつとしていられない、すぐ役場の方に走つて参りますと、やはり四、五人の議員が集まりまして、村長を囲んでお茶を飲みながら、日本の国会が沖繩を返してくださると言つて非常に喜び合つておるのであります。これほど沖繩の人たちは国会を力にし、各政党を命の綱と頼んで、一日も早く祖国復帰が実現されるようにと祈つておる次第であります。そうして産業も教育も日本に復帰しない限り、日本の行政下に入らない限り、決して再建はできないのであります。それから国会議員、日本の政治にも戦前同様に参与して、向うからの議員も出してもらう。戦前までこちらに中央の支部がありまして、国策もしくは地方の問題などもその線に沿つて論議をするし、選挙のたびに中央から応援の弁士その他がおいでになりまして、政治的な知識の向上をやつております。今日はあつちだけの地方問題で、蝸牛角上の争いをしております。一つも政治上の向上発達ということがないのでありまして、これほどの国政に対する参与権でさえも、アメリカはくれないのであります。さつき元の外務次官から、アメリカが日本を疑つておるから沖繩、小笠原などは返さぬだろうというふうなお話がありましたが、その通りであります。誠意を尽して、たとえば法律上の問題で、スパイを向うが忌避するならば、それの取締りを日本政府と同様にやるというような話合いすらできないで、一方的に軍と民行政は不可分であるといつて現状のようなことをやつておりますが、これを外務委員会のお力で政府を鞭撻奨励していただいて、早く沖繩、小笠原が帰れるように御尽力をお願いいたします。(拍手)

上塚司自由党

○上塚委員長 ありがとうございました。これにて参考人各位の陳述は終了いたしました。  これより質疑を許します。並木芳雄君。

並木芳雄改進党

○並木委員 私は主として政府に質問をいたします。ただいまもお聞きの通り、軍政をしかれておるということは、まことに理解に苦しむところであります。一体平和条約に調印したあと、旧敵国の領土に軍政がしかれるというようなことの前例があるのでしようか。これが撤廃について、政府としては今まで交渉をしておるものと思いますけれども、交渉はどのようになつておりますか、お伺いいたします。

小滝彬自由党外務政務次官

○小滝政府委員 現在における沖繩の行政が軍政であるということは、あるいはそういうように感ぜられる向きもあるかと存ぜられますが、法律的にいえば、アメリカの方が占領いたしましたときに、ニミツツの布告と申しますか、今おつしやいました参考人の陳述によれば、軍政が出たわけでありますけれども、平和条約ができました後、四月の三十日かに民政府布告を出しましてこれまでの規則がそのまま適用せられるのだという趣旨のことが来たわけでありますから、内容はなるほどかわつておらないかもしれませんが、しかし法律的にいえば、この民政府布告によつて現在行政権を行使しておるというふうに見るべきものと私どもは解釈いたしております。

並木芳雄改進党

○並木委員 それにしても、お話を承ると、日本人に対するいろいろの待遇がひどいようであります。こういうことは人道主義に基くアメリカとしてはとらざるところでございますけれども、日本の政府としてどのくらい今行政措置が及んでおりますか。たとえば先ほどお話のありました学校の先生方に対する給料なども、これはやはりアメリカの方が払つておるのですか、日本の方で払つておるのか。要するにそういう点でどのくらい日本の政府として、日本国として支出をしておるか、その実情。それから現在島の中に日本人が合計何名ぐらいおりますか。そうして終戦後渡航した数、それから最近の渡航の手続、それから通用しております通貨の問題、これの交換の状況、そういうような点について一応御説明願いたいと思います。

石井通則総理府事務官(南方連絡事務局長)

○石井説明員 アメリカ側との外交交渉に関しましては外務省で担当しておられますが、琉球諸島との関係に関しましては、日本政府の南方連絡事務局並びにその出先機関によつて処理いたしておるものでございます、その仕事の行い得る範囲の問題でございますが、これに一昨年の四月にアメリカ側から外務省に対しまして琉球に日本政府の機関を設けることを適当と認めるという招請状が参りまして、その行うべき仕事の範囲は、たとえば渡航の問題あるいは軍人遺家族恩給等の問題というように限定いたしまして、その設置を招請したわけでございます。その招請状に基きまして一昨年七月に南方連絡事務局ができ、ただちに現地の出先機関を設けておりますが、この仕事の範囲に関しましては、いわゆる琉球に在住し、琉球の憲章に基いて琉球住民とみなされる以外の日本人に関する仕事あるいは琉球住民の日本側に対して持つておつた債権債務等の整理の問題、あるいはまた日本本土と南西諸島との文化、貿易等の交流に関する問題等に限定されておりまして今日日本政府の機関といたしまして、琉球政府の行政に関与するということはできない状況になつております。従つて日本政府側で支出いたします諸経費に関しましても、琉球政府の行政の分野にありますものについて、たとえば学校の校舎の復旧について助成金とか、あるいは経済復旧に対する助成金というようなものは、日本政府から支出することを拒否いたしておるのでございます。南方連絡事務局におきましては、直接その所管として予算を組んでおりますものは、あるいは元官公署の職員の退職手当、死亡賜金等に関する予算を組んでおります。また元恩給法上の公務員でありまする人の恩給支給の経費は、恩給局の所管に組まれております。また軍人遺家族援護に関する経費は、厚生省の援護費の中に計上されておる次第でございます。ただ終戦後あるいは軍人の復員業務あるいは軍人遺家族援護の琉球政府で処理していただかなければならぬ手続上の経費等に関しまして、琉球政府並びにその市町村の経費といたしまして、二十八年度に約三百万円の委託金、目下御審議願つております二十九年度の予算には、約五百万円の琉球政府に対する委託金を計上いたしております。その他の経費、恩給あるいは退職手当、死亡賜金、軍人遺家族援護の経費は、直接その手続の完了後、個人々々に琉球政府の郵政局を通じて支払うというようなことにいたしております。南方連絡事務局で計上いたしております退職手当、死亡賜金等の予算は、本年度約七千万円でございますが、その事務の進行がなかなか困難でありまして二十九年度に繰越す分が相当あろうかと思いますが、二十九年度では新たに四千万円を計上いたしております。恩給の方は金額大体五、六億程度を予定されておるかと思います。それから軍人遺家族援護の経費は、特に内訳がはつきりいたしてはおりませんが、本年度並びに来年度合せて十億見当は、請求が来れば支払えるような状況になつております。それから終戦後あるいは行政分離後、工事その他で日本本土の渡航せらるる方々に関しましては、渡航手続が必要でございまして、これは各県を経由して南方連絡事務局にその身分証明書の発給の申請が提出され、南方連絡事務局から極東軍の許可をとりつけて、各渡航者に身分証明書を発給いたしておるような次第でございまして、南方連絡事務局ができましてから昨年の暮れまでに一万六千人近い人たちが渡航いたしております。これらの渡航の方々は、大部分は一時渡航でありまして、軍工事に若干長く行かれておる方もありますが、その数は的確には今把握いたしておりませんが、最近若干減りまして、四、五千人程度の本土人が軍工事に向うで従事しておるというように推定いたしております。  それから通貨の問題でございますが、本土と南西諸島との取引はすべてドル決済でやつておるのでございまして、ただ現地におきましては、一種の軍票でございますが、一般の琉球に居住しあるいは旅行する人々は、B円を使用いたしております。B円は、日本円三円に対しましてB円一円の割合になつております。現在ドルを介しての交換はできますが、B円と日本円との直接の交換はできないようになつております。

並木芳雄改進党

○並木委員 私は、アメリカが治めることですから、さぞかし鳥の皆さんも幸福な生活を送つておるのだろうと想像しておつたのです。しかし聞いてみますと、なかなか案に相違しての、相当みじめな生活のようでありますが、大体アメリカはどのくらい琉球の民政のために支出をしておりますか。その額がわかりますか。軍事施設や何かの費用と一緒に、その額がわかりましたらお知らせ願いたいと思うのです。それとともに、最近、これは、ごく一部の報道ですが、報道というより一部の人の言つていることではありますけれども、どうやらアメリカの島民に対する待遇も前よりはよくなつて来ておる、この分ならばあまり日本復帰の運動を起さなくても何とかやつて行けるのじやないかというような報道があると思うのでございますが、この点についてどなたでも参考人の方でけつこうですが、政府の答弁が済んだあと、お知らせ願いたいと思うのです。

石井通則総理府事務官(南方連絡事務局長)

○石井説明員 アメリカ側の琉球に対する援助は、ガリオア資金の形で出ておりますが、昭和二十一年、二十二年ごろにおきましては四千万ドル程度、二十三年が三千二百万ドル、二十四年には五千百万ドル、二十五年に三千九百万ドル、その後相当減つて参りまして、二十六年に一千五百万ドル、二十七年に一千万ドルという程度でありましたが、現在進行しております予算年度、昨年の七月から本年の六月までの予算年度におきましては、約三百九十七万ドルと聞いております。なお本年七月から進行します年度におきましては、これは情報でございますけれども、四百万ドル余りということになつております。

仲吉良光沖繩諸島復帰期成会代表

○仲吉参考人 これもさつき申し上げましたように、この七月から始まりますところのアメリカの新年度にアメリカが沖繩にやるのは、一箇年に四百五万ドル、日本金にしまして十四億五千八百万円、これは本年度よりは少し増しております。それで、教育費は本年度が五十五万四千ドルでありましたが、来年度からは四十六万八千ドルになつて、減つております。多分これは奄美大島の関係だと思います。それから経済援助費が約三倍くらいになつております。沖繩方面の町村に対するいわゆる平衡交付金でございますか、これが四千七百万円ですが、これは非常にわずかなもので、日本本土の普通の各町村における平衡交付金の五分の一くらいにしかなりません。その他町村財政援助は非常に稀薄でありまして、向うの町村は金がないのだから事業なんというものはできない。町村事業というようなものは、戦前は今の平衡交付金のかわりに日本政府の分与税というものがありまして、それを各市町村とも日本の市町村並におもらいしまして、それで土木、衛生その他の事業をやりましたが、町村はこういうふうにわずかなものしかもらつておりませんから、町村は事業というものはできないわけであります。それから山林でございますが、昔の日本の国有林がありましたが、これは琉球政府が今持つております。それから町村が持つているいわゆる公有林なども戦争によつて非常な打撃を受けまして、これを育成するのにアメリカ軍政府はあまりめんどうを見ておらない。それは向うの山林技師が私のところに来て泣いて訴えた。山のごときも、元の国有林も公有林も決して育成されてはいない、われわれは沖繩人の金でやつとかつとやつているというようなことを言つておりまして、あらゆるものが日本の行政権に、日本の憲法治下に帰らない限りは、再建しないということをひとつお含みを願つておきたいと思います。

並木芳雄改進党

○並木委員 大臣が見えましたから大臣に質問いたします。  沖繩の問題ですけれども、奄美群島返還のときの最初の交換公文の中に、奄美群島を除く他の島々に対しては管理を継続して行くという条項が入つたことは御承知の通りですが、これはあとから削除されました。そのいきさつはどういうのでしようか。かつて平和条約に調印するときに、吉田首相とアメリカの要人との間の約束をしたときから見ると、最近は情勢が悪化しておるということを意味するのでしようか。  それからまた奄美群島の交換公文からは除かれましたけれども、その節日本政府としてはアメリカとの間で、文書にはしなくても、何か口約束とか、そういう約束をされておるような事実はございませんか、お尋ねします。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 奄美大島の際、御承知のように、先方で国務長官が同様の趣旨のことを言つております。アメリカ側としては、奄美大島は返すけれども、それじやすぐにほかの島も返せと言われても、今すぐにはできない事情であるという意味で、初めの文書の中にもそういう趣旨を織り込もうという意思だつたのでありますが、そうすると何か日本側から見ると、これはいつまでも返らないのだという印象を与えるおそれもあるので、取除いたわけであります。これはアメリカ側もよくわかつて取除きましたが、同時に、それじやすぐにあとからからほかの島もということには、今の国際情勢ではならないのだからということで、国務長官の方の一方的な声明が出たのであります。従いまして別に悪化したとかいうようなこともありませんが、ただいまの東亜方面の情勢から見ると、少くともアメリカの政府側から見れば、日本を守るためにももうしばらく平静になるまでは沖繩に現状のままいる必要がある、こういう判断になつている。われわれの方としましては、この前総理が国会の施政方針演説の中で言われましたように、今後とも国民、ことに島民の希望にこたえるべく努力をいたしたい、こう考えております。

並木芳雄改進党

○並木委員 ただいま東亜の情勢というお話が出て参りました。これは、私は軍事専門家ではありませんから、専門的なことはわかりませんけれども、ただ最近朝鮮の動乱が下火になつて来て、休戦ということが伝えられておるわけなのです。そうすると、東亜における情勢はかなり緩和されて来ておるのではないか。そういう見地からしますと、沖繩とか小笠原とか、そういうものもさほど必要でなくなる時期にそろそろ入りつつあるのではないかと思うのですけれども、その点については大臣のお考えはどうでありますか。またアメリカとの間の話合いはどういうふうになつておりますか。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 先ほど御質問の中にありましたのをちよつと申し落しましたが、奄美大島返還の当時、文書以外の口約束で何か約束したことがないか。これは全然ございません。これは文書に出たものだけでございます。  それから東亜の情勢と申しましても、今のところは主として共産陣営側のいろいろな手段による攻勢であつて、これは平和攻勢である場合もあり、武力の攻勢である場合もあるかもわかりません。要するに、根元にあるものがあつて、たとえば悪いかもしれませんが、噴火山のように、根元にあるものですから、それがあちらこちらに出て来る。朝鮮に出なければ、インドシナに出て来る。出て来るというのは、ちよつと語弊があるかもしれませんが、つまり朝鮮の休戦はできているけれども、政治会議は前途なかなか困難であろうと思います。他方インドシナの情勢は必ずしも楽観を許さないというようなことのように私は判断しております。

並木芳雄改進党

○並木委員 大臣もあまり専門家でないと見えまして抽象的な答弁で、ちよつとわかりにくいのですが、そういうような情勢観測を続けて行きますと、これは結局先方の主観的な考え方で、いつまででも延ばされて行くことになるのではないでしようか。どこかに終止符を打つところがないといけないと思うのです。それでアメリカがどうしても必要だということであるのであれば、一応何箇年というような期限を切つて、これを潜在主権を持つている日本から借りるのだというような協定ができてもいいのじやないか。今のままで行きますと、行政、司法、立法の三権を把握して、まつたく実質は領土と同じだと思うのです。領土権については何ら保有の意思はないのでありますから、これはアメリカの本意とも違うと思う。もし沖繩とか小笠原がそんなに大事であり、また日本も大事だということになれば、逆説的にいうと、なぜ沖繩とか小笠原だけを日本の本土から切り離して、こういう取扱いをやつたんだ、いつそのこと日本の占領を続けておいた方が、軍事的には有効ではなかつたかというふうなことまで出て来るわけです。私どもは日本本土とこの二つを切り離した理由というものが、どうしてもつかめないわけなのです。  そこで大臣にお尋ねしますけれども、ただいま申し上げたような方法で、ここに一つの区切りをつける協定を結ばれる御意思はないか。それからもう一つは、日本と同じように、これはこの前も大臣が答弁されましたけれども、日米安保条約を拡大して、沖繩、小笠原に及ぼしていただいたらと思うのですけれども、こういう点については、早急に先方と交渉する御意思があるかどうか。その辺のところをお伺いしたいと思います。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 私は米国政府なり、米国の国民なりがいつまでも沖繩にいたいと考えておるとはとうてい信じられない。でき得るならば、引揚げたいと思つていることは間違いないと思います。ただ今までの情勢ではそれを許さないという実情だろうと思います。他方今お話のような考え方ももちろん考慮せらるべき問題であると思いますけれども、平和条約の規定は、政府としてもこれは欣然としてあの平和条約を受諾するということを首席代表から声明しております。また国会でも平和条約全般に対しては圧倒的多数で承認されたものであります。この平和条約の規定をかえるという趣旨の問題につきましては、まだ十分研究してからでないと、今ただちにどうするかということを申し上げることは差控えたいと思います。

並木芳雄改進党

○並木委員 保安条約を拡張して、あそこに及ぼしてはいけないのだという理由を、大臣は把握されておりますか。どうしても今のような形でもつて沖繩、小笠原を管理して行かなければ困るのだ、安保条約を適用して、その条約に基いて米軍が駐留するこれでは困るのだ、その違いというものを大臣は把握されておりますか、お尋ねをしたいと思います。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 これはいろいろあると思います。たとえば一つは、これは大した理由にならぬかもしれませんが、国民政府の立法院では反対のような決議をいたしておる実情もあります。国民政府と米国政府とは非常に密接な関係を持つておるというような事情も多少はあるかもしれませんけれども、これは大きな問題じやないと思います。しかしいろいろの関係から見まして、ことに最近のように反米的な運動が表面だけであつてもなかなか国内でも熾烈であり、軍事基地反対運動なんというのが盛んに行われているような状況では、なかなかこれは向う躊躇する場合もあろうかと考えております。だんだんに情勢がかわつて来ることはわれわれも予想しておりますが、ただいますぐにどうするということをここでお答えする段階にはまだなつておりません。

並木芳雄改進党

○並木委員 沖繩と小笠原とはおのずから事情も多少違うようであります。これはもし日本に返還になれば同時であるべきと思われますか、それともあるいは奄美がまず第一に着手されたと同様に、これを切り離してどつちか先にやるといつた方が有効ではないかというようなことはお考えになつておりますか、もしお考えになつていればどちらから先に手をつけた方が日本のために有利であるか、お答えを願いたいと思います。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 ただいまのところ小笠原に対しましてはむしろ元居住しておつた人々の帰ること、これを特に取上げております。まず帰ることが第一、こう考えておりますから、沖繩とはおのずから意味が多少異なつて来ておりますが、われわれとしては先方もそうであろうと考えます。もう必要なし、こういうことになれば、どちらでも先に必要のなくなつた方から返す。われわれの方も何も一緒でなければらぬというりくつはないので、どちらでも先の方からでけつこうであろう、こう考えております。

並木芳雄改進党

○並木委員 これは小笠原も同様でありますけれども、せめて沖繩に対して日本の行政権だけでも及ぶように大臣に早急交渉していただきたいと思いますが、交渉していただけますか。ことに費用なんかは、これはアメリカの方の負担は軽くなるわけです。先ほど数字を聞いてみましても、私ども常識的に見ても実にこれは少額であつて、このくらいの支出であそこの民政をつかさどつておるのかと思うと、それは確かに島民はお気の毒だと思うのです。日本が行政をやることになれば、われわれは苦しくても支出をして行く。それだけアメリカとしては負担が軽くなるのでありますから、まずせめて行政だけでも日本がやるという交渉をしていただきたいのであります。その決意のほどをお伺いいたします。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 これはなかなか行政権だけというのは——お話のは立法権、司法権とは離してということのように聞えますが、この三権というものはおのおの独立しておるべきものでございましようが、これをその中のどれとか一つだけ離して別扱いということは、実際は私はなかなかむずかしいのじやないかと思います。やるならばみんな一緒にということでなければ円滑に行かないのじやないか、こう思うのであります。言葉の関係もありましようし、いろいろの点でむずかしい。ただいま考えておりますことは、奄美大島で前にやりました場合のように、できるだけ内地並に取扱うようにやつて行きたい。こういう一つ一つを解きほぐして行けば行けないこともないと考えております。またこれも実際上今おつしやつたようにアメリカ側の負担が減る場合もある、さしあたりはそういうふうに持つて行きたいと考えております。

並木芳雄改進党

○並木委員 それでは私はまたあと一般外交に対する質問がありますから、これでこの問題についてはやめておきます。

上塚司自由党

○上塚委員長 穗積七郎君。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 最初大臣にちよつとお尋ねいたしますが、どうも私はアメリカの国内にも民主主義を口で言うだけでなしに理解しておる人もあると思います。この沖繩の問題は、言うまでもたく、先ほど参考人の方の熱烈な島民を代表する要望がありましたが、それけ自然発生的な民族自決の統一の要望という意味で本国復帰を要望されていると思うのですが、そういうことがわからないはずはないと思うのです。しかしどうもつらつら見ますのに、アメリカの軍部の諸君は、これは明治以来の伝統でございますが、小笠原と琉球というものは太平洋における垂涎の、好個の軍事基地として自分の方へとつてしまいたいという考え方がずつとあつと思うのです。それで今度の平和条約におきましてもやはり合法的なべールをかぶせて、アジアにおける情勢がまだ日本に復帰する——すなわち潜在的主権というものを顕在的なものにすることができない、はなはだ遺憾だというような言葉でごまかしながら、私は国際情勢に名をかりて、これは今のような政府の態度で進んでおると、アメリカの軍事基地のために永久にとられてしまうということを実は危惧するわけでございます。そういう意味におきまして、奄美大島と琉球、小笠原とは格段の違いがあるという認識をまず第一に持たなければならないと思います。ところが先ほど大臣の御答弁を聞いておりますと、まるでアメリカ側の政府の役人のような御答弁でございまして、せつかくきよう参考人の方に来ていただきましたが、島民の今の民族的な要望なり、あるいは民主主義の政治下において、当然の生活の基本的人権を確保したいという熱列な御要望が、大臣の耳にはまだ聞こえていないように思うので、これは大臣がここへお見えになります前に三人の参考人の方からるるお話があつたのですが、あらためて一ペん大臣もお聞き直しをいただきたいということを最初に要望申し上げておきます。  そこでお尋ねいたしますが、認識の相違として、平和条約でアメリカの統治にまかせることを認めて、それは理由はあくまで軍事的な理由であろうと思いますが、そういうことでありましても、沖繩の島民の生活、しかも基本的な人権や生活が脅かされておるような状態をそのままにしておいてアメリカの統治権を継続する要望を認めておるということは、これはおかしな話であつて、アメリカ側が真に民主的な友好関係に立つて沖繩の統治をやろうというなら、そして軍事基地として使おうというなら、そこにおきます日本国籍のある日本人の基本的人権や生活の確保というものは、アメリカ側並とは言いませんが、少くとも日本本土の一般的な生活水準にまで生活、教育その他の施設等について、同等の取扱いがなされることを日本政府として要望するのは当然な権利だと私は考えますが、そういうことについて今まで外務当局はどういうような交渉をなすつて、どういうよりな経過になつておるのか、その間のいきさつをこの際参考人もおられますので、明らかにしていただきたいと思います。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 これは大体並木君にお答えしたところで尽きております。要するにできるだけ内地と同じような取扱いにいたしたい、こう考えてアメリカ側とも随時話をいたしております。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 随時話をされたいろいろなこまかい経過があると思いますが、その経過は別といたしまして、時間がありませんからお尋ねいたしませんが、その要望なすつた上になおかつ——日日島民の方々は泣いて暮しておられるのですが、それを一体いつになつたら本国人並に引上げることを実現される見込みと御決意を持つておられるのか。努力はしておるが、なかなかできないというようなことでこれを納得させることはできてないと思うのです。そういう意味でもう少し誠意のあるお答えをいただきたいと思います。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 誠意のあるお答えをいたしておるのでありますが、それは穗積君とはどうも基本的な考えが違うものですから、私の言うことがどうも十分に御理解がいただけないのだと思います。今それじやいつできるかということはまだ申し上げる段階に立つておりませんが、政府としてはできるだけ早くそういう実現をやりたいと思いますし、また一時に全部でなくても、一つ一つでも解きほぐして行きたい、こう考えております。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 それでは遅々としてどうも進まない。そういうことでは島民の方々には安心していただくわけに行かぬと思います。先ほどちよつとお話がありました那覇における日本側の連絡事務所でございますか、それを通じてちよつとお尋ねいたしますが、それとアメリカ側の民政府との関係は、法律的にどういうことになつているのかお尋ねいたしたいと思います。

石井通則総理府事務官(南方連絡事務局長)

○石井説明員 アメリカ側と日本側との南方連絡事務所における折衝は、広くいえば一つの外交折衝の問題であろうと思います。ただ現地におきましては、こまかい日常の業務がございまして、外交折衡によつてきめられましたその範囲においていろいろの事務を処理いたしております。その事務の範囲は昨年の十一月に外務省と米大使館と交渉せられまして、十三箇条の項目ができております。その項目の範囲内によつてやつておるのでございまして、大体私どもの考え方といたしましては、特に属人的な法律といいますか、そういうものはできるだけ現地に及ぼして行きたい。しかしながら属地的な法律に関する限りにおきましては、アメリカの管理権との関係がございますので、なかなかこの点は困難でないかと思つております。現在のところやつておりますことは、大体属人的な法律関係、それから南方と日本との貿易のとりきめによるその実施の問題とか、あるいは郵便為替の協定による実施の関係とか、そういうことを取扱つているような次第であります。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 所管事務の割当といいますか、分割については先ほどもお話を伺いましたが、私がそれに関してもう一度お尋ねいたしましたのは、つまり向うの島におきましては日本の主権は潜在的にはあるが、実はないわけでありますから、そこで向うが統治をしているわけですが、そうすると日本の連絡事務所というものは、向うの民政府の統治権の委託を受けてある事務についてやつて行くのか、日本政府の出張所もしくは日本政府を代表する政府機関として、日本独自の方針でやつておられるのか、その行政権の権原についてお尋ねいたしておるわけでございますが、そのことは一体どうなつているのかということをお尋ねしているのでございます。

石井通則総理府事務官(南方連絡事務局長)

○石井説明員 那覇の事務所は、日本政府の代表機関という立場で、日本政府の独自の立場からそぞれの所管事務をやつているわけであります。ただ琉球諸島におきまして日本の主権が潜在しているという関係から、いわゆるほんとうの外交というようなことでたくやつておりますので、那覇に出ております人たちは、外交権というものを持つた機関ではないのであります。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 潜在的主権という言葉はわれわれもそう思つている。他の委員からもお尋ねがありましたが、条約局長からもこれはまつたく観念的な権利であつて、実在しない、実体のないものであるというふうに言われたわけで、その通りだと思うのです。そういたしますと、日本の政府のつまり出張所というか、連絡事務所というものの行政権の権原は、日本の本国の統治権から発しておるとするならば、沖繩においては二つの行政権、つまり統治権が並行して存在しているわけでありますか。

石井通則総理府事務官(南方連絡事務局長)

○石井説明員 地域的には二つの権限が現在並行している——ほんとうは考えられませんが、その居住者に対しまする日本政府の権限、あるいは責任というものが、日本の法律の根拠等に基いて起るものと考えておるのでございまして、たとえば外国におります元公務員の恩給の支払いというものも日本政府が行わなければならぬわけでありますが、琉球諸島におります元日本政府の公務員というものは、元の公務員の身分というものはあるわけでございますから、それに基く恩給権、あるいいは退職手当の権限が発生しておりまものについては、日本政府として独自の立場からこれを支給して行かなければならぬ、こういうことであると思いいます。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 どうもその点が十分納得できないのですが、かの地におきましてば三権とも、統治権は全部実質的にはアメリカ側が握つている。そこで私のお尋ねするのは、日本側として出張所の行政権のオリジンは日本の政府にあるということ、そんなことはわかつておりますが、行政の問題は対人民の問題だと思うのです。人民に対する権利義務の関係は、アメリカが全島民にわたつて統治権を握つている。それへ持つて行つて一部の事務でございましても、日本の出張所がそこに置かれて、そうして日本政府がアメリカ民政府から行政事務を委託されて事務を行つているなら、これはわかりますが、そうでもなしに日本の政府の行政権をオリジンとする連絡事務所が、日本本国の統治権によつて、それを権力の基として、沖繩島民に対して今申しました恩給その他の一部のものでありましても、それに対して行政権を握つている、こういうことになりますと、かの地においては二つの統治権が並立しているという解釈をするのか。あるいはまた、先ほど申しましたようなアメリカの民政府の委託を受けて、それで日本の役人がそれを行つておるのか。または外国のように領事館、公使館のような日本政府の在外機関というような意味で、それが権力の、つまりアメリカ民政府と日本の出張連絡事務所との行政統治権の関連でございますが、その一体どの場合に当るのか、もう一度よく説明していただきたいのです。

石井通則総理府事務官(南方連絡事務局長)

○石井説明員 南方連絡事務局の機能は、領事館の機能と大体同じといいますか、似ておるようなものと考えております。ただ領事館におきましては、琉球政府にいろいろ事務を委託するというようなことがあまりないのじやないかと思うのですが、むしろ琉球政府の委託によつてやつておるというよりも、日本独自の、領事館類似の権限を、必要によつては琉球政府に委託して事務を援助してもらつておる。従いまして軍人遺家族援護の場合におきましては、その援護法の適用は日本の国籍を持つておる者は適用になるわけでありまして、琉球に多数在住しております者に対しましては、日本政府として軍人遺家族援護金を支給しなければならないわけでございます。これは日本政府の独自の権能、責任であると思うのでありまして、琉球政府から委託されてやつておるのじやなくて、むしろそういう事務で個人々々の問題は別に琉球政府の承認を求める必要はないことになつておりますが、琉球政府あるいは市町村、要するに琉球民政府下の機関を利用する、あるいはその援助を求めるという場合におきましては、民政府の承認を得なければならぬ。従つてその承認を経て、現在は日本政府の権能を琉球政府に委託しておるというかつこうになつているのでございます。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 ちよつとどうもはつきりしないのですが、そうしますと連絡事務所の日本の官吏は、外国におきます領事館または公使館員と同様の待遇を向うから受けておるのかどうか。それからもう一点は、時間がありませんから一緒にお尋ねしますが、その出張所は日本人であります全島民の生活事情の実態調査をする自由を持つておるかどうか。それから従つて一定の、たとえば軍事基地その他以外の地域におきましては、自由にそういう行政事務の一端としての調査統計、その他の陳情を受ける自由を持つているかどうか、その点と、それから第三点は、その出張所が向うのいわば本国政府、つまり民政府でございますが、琉球政府に対しまして、日本人の不当弾圧または生活困窮に対しまする生活改善の要求を、向うへ日本政府を代表して交渉し要求する権限を持つておられるかどうか、この三点についてお尋ねいたしたいと思います。

石井通則総理府事務官(南方連絡事務局長)

○石井説明員 南方連絡事務局のアメリカに対する関係は、実質上におきましては領事館のような仕事、また実質上におきましてはそれに近い待遇は受けておりますけれども、いわゆる正式に領事館と同じような資格といいますか、それは認められていないわけでありますので、事務所に勤務しております者は、いわゆる外交官の資格は持つていないということであります。なお向うに居住しております全日本人に関しましては、その調査、あるいは陳情を受けるというような自由は認められていないのでございまして、ただ日本本土から南西諸島に参つておりまして、本土に籍を持つております者に関しましては、それらに対する保護の権能が与えられておつて、あるいはそういう人たちが、不法に逮捕されたり勾留されたりするような場合におきましては、米合衆国の機関と協議することができる。しかし、いわゆる琉球に戸籍を持つております琉球住民に対する、あるいは弾圧とか不当な取扱いとか、それに関しましては、あるいは実際上陳情があるようなことがありましても、これを取上げて米民政府と交渉するという権能は与えられていないのでございます。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 私は実はもう少しお尋ねしたいのですが、委員長が時間がないから早くしろということでありますから簡単にいたしますが、どうも私はやはり向うの民政府の、めんどうくさい恩給その他の行政事務、これを委託処理せしめられておる機関のようにわれわれには考えられるのです。どうもその点が、こちらの出張所の行政権のオリジンは日本政府の統治権にあるのだといつて、そしてあたかも外国における領事館のごときものだといいながら、領事館というものは、やはりその地におきます日本人の経済、産業、貿易または生活、それから基本的人権が確保されているかどうかそれを調査する自由を持ち、さらにそれらの陳情に従いまして、かの国の政府に対して、いろいろな交渉をし、要求する権限があるのは当然だと思うのです。それがないということで、まるで県庁と地方事務所との関係よりさらに下のようなかつこうになつてしまつておるので、これはかの地におきますそういう日本の統治権を権原とします事務所じやなくて、どうもめんどうなことだけお前ら来てやれという委託事務所のようなかつこうだと私どもは考えて、はなはだ遺憾に思う。そこで岡崎大臣にもう一ぺんお尋ねいたしますが、そういうような状態です平和条約三条によりまして——その平和条約を結ぶことはわれわれあまり賛成ではございませんが、それは認識の相違といたしまして、一歩譲つたといたしましても、われわれは琉球、沖繩の軍事基地化につきましては、日本政府は十二分にそれに協力しておられる。にもかかわらず、向う側は民主主義政治の当然の義務でございます人民の基本的人権、あるいは最低限の生活の確保、こういうようなものに対しまして、まるでこれを履行していない。それを黙つて、どうも何かアメリカ側に軍事的な事情がアジアにおいてはまだあるらしいということを言つて引下つておるのは、少しおかしいので、これをはつきり要求するか、沖繩の返還そのものは後の問題といたしまして、眼前の問題は、まず住民の基本的人権と生活をいかにして確保するかという問題から、現実の政治としては出発しなければならない。そういう意味において、われわれはこの義務を十二分に履行しておるのに、あなた方はさつぱりやつていないということで、これを十分やつてもらうようにもつと強く要望する。それができないならば、もう返してもらいたい。本国並に完全なる日本側の統治権を認めて、向うにおける軍事基地は軍事基地として、日本の本土における軍事基地並に取扱えという意思表示をされることは、講和条約締結当時とは情勢が変化しておりますので、向うがその義務を履行しておらぬのですから、当然のことだと思うのです。何もアメリカに反抗するとか、不当な要求をせり込んで行くというわけではなくて、話合い当時の当然の権利であり、義務だと思います。そういう意味で、この点に限つて、島民の基本的人権と生活の確保という点について、アメリカに強く要望される御意思はないのかどうか、もう一ぺん大臣にお尋ねいたしたいと思います。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 おつしやるようなことは、常にアメリカ側と連絡してやつておりまして、そのために、先ほど問題になりましたダレス長官の十二月二十四日に出た声明にも、米国としては条約上の権利を持つと同時に、沖繩の住民のウエルビーイング、安寧確保について努力するばかりでなく、またその経済上、文化上の交流等についても、十分守るつもりであるということを言つておるようなわけでありまして、これは実際上こういうことを言つたからそれでいいというわけでもなければ、また事実上の生活状況等もよく注意しなければなりません。政府としては、常に住民が文化的な生活を営むことができるように努力をいたしますし、今後もできるだけするつもりであります。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 言つただけでは何もなりませんので、強く要望されることを希望いたしまして、前へ進みます。  こまかいことでございますが、沖繩におきます土地その他不動産の強制収用並びにそれに対する補償問題でございますが、これは一体どういうふうに取扱つておるのか。伺いますと、どうも本国並と違うようでございますが、その点の事務はどういうふうにやり、どういう折衝になつておるのか、その点をお尋ねしたいと思います。特に先ほど次官は、軍政府は去つて、民政府だというふうに言われまして、いかにも民主的かつ平和的に住民の基本的人権が発生したかのごときことを言われましたが、占領中の布告はそのまま生きておりまして、しかもなおかつそれだけではない。その後におきます行政事務、収用補償等につきましてのやり方というものは、実に一方的でございます。先ほど神山さんのお話によりますと、ここに御配付いただきました記事の中にも出ておりますが、実に装甲車を持ち出して来て、そうして武装いたしました兵隊が来て住民を圧倒する。さらに住民の要望を聞かない。こんなことは戦争中の日本の軍部でもございませんでした。そういうことがいまだに、しかも昨年のようでございますが、講和条約締結後、すなわち民政府に移りました後において、公々然として行われておる。私はこんなばかな話はないと思うのですが、そういうことは一体どういうふうな処理をされておるのか。先ほど示された事件は、一つの事件であつて、すべてではないと思いますが、それにいたしましても、議論をしぼりますために、こういう事件に対して政府は一体どういう交渉をされたのか、その点をお尋ねいたします。

石井通則総理府事務官(南方連絡事務局長)

○石井説明員 琉球におきまする軍の使用します土地不動産の強制収用等につきましては、軍の——現在の民政府でありますが、民政府の布告によつて行われておるのでございまして、この布告により、土地の収用が行われ、それに対する補償が支払われるということになつております。その補償の金額が低いということは事実のようでございます。この問題は、条約三条に基く行政権管理の発動でございますので、現在のところ南方連絡事務局といたしましては、これに対して交渉するという余地は与えられていないのでございます。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 もう一点お尋ねいたしますが、かの地におきましては、米軍に対しまして、その建設工事その他軍の行動に対する補助的な労務契約もできておると思うのですが、それもやはり同様でございますか。日本政府からの発言権は全然ないわけですね。または協議をすることも認められていないかどうか。

石井通則総理府事務官(南方連絡事務局長)

○石井説明員 一般の労務条上項につきましては、同様でございます。ただ日本本土の土建業者が向うに行きまして、こちらから連れて行きました日本本土出身の労務者に関しましては、日本政府の代表機関として、干渉あるいは交渉する余地はあるのでございまして、その業者につきましては、日本本土と同様日本本土出身者に限つて、労働者災害補償法の適用もしております。また安全衛生規則等の遵守等についても指導はいたしておりますが、日本本土出身でない現地の人たちの雇用問題に関しましては、交渉する権限は与えられていないのでございます。

上塚司自由党

○上塚委員長 穗積君、もう大分長い時間を費しましたが、この程度に……。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 簡潔にこれで締めくくりをつけますから……。そこで先ほど言いましたように、島の復帰、統治権の潜在的主権を全面的に顕在化してもらう、つまり島を復帰さしてもらうということは、島民の方々とともに、われわれ当然の目標として要求いたしますが、もう一つ手前のところで、先ほど言いましたように、基本的人権なりあるいは生活が保障されていない、こういうことに対して、私は強く交渉される意図はないかとお尋ねいたしましたら、交渉する意思があり、交渉しておると大臣はお答えになりました。そこでこの生活問題に関連いたしまして特にさらに切り離して、もう一歩具体的に一つ一つほぐして行くという意味で、今の収用並びに補償の問題、それから労務協定、特に米軍または米政府との間におきまする労務協定でございますが、これらの問題は、生活確保の中の一部でございまして、少くともそれだけはやはり日本人の感情をやわらげますためにも、理解ある政治を行いますためにも、どうしても必要だと思うので、少くともその二つに関するだけでも、国内と同様の取扱いにしてもらうことを切り離してアメリカ側に交渉をされ、それを実現するように努力される御意思はないかどうか。これは局長からでもけつこうでございますが、この際お尋ねいたしたいと思います。時間が過ぎているようでありますから、はなはだ遺憾ですがあと続けて一ぺんにお尋ねいたしておきます。渡航の数その他については先ほど石井局長からお話がございましたが、渡航、通信の手続、それに対して向う側から受けております制限の事実をお尋ねしたい。  それから参考人の方に、どなたでもけつこうでございますが、最後にひとつお尋ねいたします。向うにおきまする経済的な、特に対外的なことで、たとえば日本本土に物を売るとかあるいはこちらから物を買つて持つて行くとかいうことに対して苦渋を感ぜられたり、そのことのために非常に生活を圧迫されている事実があるかないか、それが一点。それから、日本本土の生活水準も、国際的に見ますと低うございますが、それにいたしましても沖繩におきまする現在の生活状態よりはいいわけであります。非常にみじめな生活をしておられるわけです。従つて今のような状態が政府のなまぬるい態度でもつてなかなか解決できないでいつまでも続くならば、むしろ日本本土へ移住をして、そこで技術を持つておられる方はそれ相当の生活の基礎を得られることも可能でございましようし、多少の資金を持つておられる方は商売をなさる可能性もございましよう。そういうことについて島民としては御希望はないのか。あくまでこれを死守して、郷土において建設して行きたいという御希望であるのか、その点をお尋ねいたしたい。第三点としてもう一点お尋ねしたいのは、先ほど並木委員からもお尋ねがございましたが、今まで沖繩の全島民の方が日本への復帰を強く要望しておられる。それは実は純粋なる民族的な感情ではなくて生活が苦しいから早く本土へ結びついてやりたいのだという要望も一部にあるわけでございます。すなわちかの地におきましてアメリカ側が心を入れかえて、少くとも日本本土地の生活に引上げ、自由を認めるならば、島そのものに対する統治権は日本に復帰せぬでもいい、かように復帰運動の基礎が弱いものであるのかどうか。この三点をこの際お尋ねいたして逐次お答えをお願いいたします。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 労務とか収用を切り離してというお話でありますが、それより先に、先ほど政府委員が申した交渉の権限があるとかないとかいうことは現地の事務所の問題であつて、日本政府として米国政府に対して話し合う、あるいは交渉することは何事によらず可能であります。従つてできるだけ内地並にしようということで、これをどれから先に取扱うか、たとえば教育の問題からするか、労務の問題からするか、こういうことは事務所ともよく連絡をいたしまして適当な方法をとろうと思つております。いずれにしても、住民の生活の向上のために、政府としてはできるだけ努力するつもりでやつております。  渡航その他の問題は政府委員からお答えいたさせます。

石井通則総理府事務官(南方連絡事務局長)

○石井説明員 ただいま御質問の通信に関しましては、何ら制限がございません。  渡航に関しましては、極東軍の許可をとりつけなければならぬということになつておりましてその許可のとりつけの段階といたしまして、極東軍から特に南西諸島に居住をしております渡航者のスポンサーに対する照会等がございます関係から、若干日時がかかつておるような次第でございます。ただごくまれな例でございますが、極東軍から渡航の不許可を出すことがございます。これは極東軍からは何ら理由を示しませんし、また聞いても回答してくれないのでございましてあるいは思想問題その他刑罰を受けたことがあるとか、いろいろな何かの理由があるのではないかと考えております。これはごくまれに例があるだけでありまして、そう大してはございません。

仲吉良光沖繩諸島復帰期成会代表

○仲吉参考人 商業については非常に障害があります。向うから物を買おうとするときにここの通産省の認可を受けます。それと東京銀行で為替をしなくちや物を送つて来ません。たとえば向うの砂糖でございます。砂糖をこつちから買おうと砂糖商人が大阪や名古屋や九州から参りますが、金を向うに為替で送らなければ向うから送つて来ないのであります。そのために注文があまりないから、生産意欲を非常に減退させております。また東京でもありますが、あわもりという向うのしようちゆうがあります。これは以前東京でも百軒余りその小売店がありまして、必ずしも沖繩出身者ばかりでなくて、ここの人の退職官吏とか、あまりはやつてない絵かきとかいう人の奥さんたちが商売をしましたが、それを向うの酒造家に金を送らなくても以前は送つて来たが、今は金を送らないと来ない。そういうところのは小さい商売ですから送れない。そこでここに問屋がありまして、その問屋からわけてもらつておるが、高くついております。そういうふうに商売は非常に不自由である。そこで向うの生産意欲は伸びない。それだから向うのある政党に一政策がありまして、通商商業の自由ということをうたつております。これは昨年の衆議院の各派一致の御決議に、沖繩などに日本の施政権の及ばない不便を除去するために、早く帰属させてもらいたいという御決議がありました。これは確かに時宜にかなつたものであるとわれわれは考えております。商業は向うから注文するのは非常に不便であり、これほどの障害はありません。またこちらから参りますのは、前は定期船がありまして鹿児島から那覇、那覇から鹿児島、神戸から那覇、那覇から神戸というふうに日がさまつておりまして、少しくらいの暴風でも必ず出しました。それでこちらから野菜を積み出す時分に、百姓はたいていその日は出てやりました。またこちらからくだものなどが行く時分にも、いろいろと腐れないような設備をしておきましたが、今は定期船とは申しながら、また船会社も多いのでありますが、あつちへ寄つたりこつちへ寄つたりして相当の日数がかかりますので、こちらから行きますくだものが腐れるものが多いのでありまして、双方とも損をしておるわけであります。航路の問題からいいますと戦前は定期船がちようど汽車の発着のように定期日にありましたがそれが今はない。それで非常に商人、生産者双方とも不便を来しておる。それから第二は向うの技術者がこちらに来て仕事をやるのは大いに望ましいことであり、向うの技術が、たとえば戦前ならば自動車の工場にいる、あるいは船会社のドックで労務をやるとかいうようなことがありましたがみんなこつちにその会社あたりが呼んでもらえれば非常にいいのですが、こつちも人はあふれておるようなぐあいで中々参りませんし、非常に優秀な技術者はやはり依然として帰れないで向うにおりますから、それは多数は望めないわけであります。しかしこういうふうに往来が自由になつて、旅行券や何かとらないようになりますれば、つてを求めてそういうところの運転手とかあるいは造船所に行くとか、昔は鶴見あたりも相当にありましたが今はそれがあまりありません。それから第三のは並木さんのさつきのお話で生活がゆたかになつているということでありますが、一部はそうであります。たとえばアメリカの方から何とかして都合して石油をおろしてもらつておる、あるいは何とかいう酒類をおろしてもらつているというところの連中がおり、あるいはまた請負業者との中間に立つてやつているところの一部は生活がゆたかになつておるというのがおりますけれども、全体というと今の労務費もここの半分ぐらいですから決してゆたかじやありません。もしそれがゆたかでありましても、羊や牛、豚みたいな生活じやなしにやはり精神上の問題であります。だから向うの復帰問題というのは、生活問題もありまして今の生産意欲を、砂糖のごときはよほど増産される、それも一つはありますが、根本にはやはり民族意識、どうしても日本人たる生活目標を持たなければ生きがいがない、日本国民とともにさきも申し上げた通り共通の国家目的を遂行した方が生きがいがある、こういうふうに感じたので、生活問題のためばかりじやなしに自然にわくあれでありますから、いろいろ向うからわれわれの方にも言つて来る人もありますが、それは一部の話でありまして、全体はそうじやありません。その証拠には向うの学校の五千人の男女職員、それから青年男女の連合会がことごとくこの復帰期成会に入つております。たとえば戦前同様に国会議員にもなりましてそうして皆さんと同様に国家の政策を論じ合う、社会的の知識も得るというアンビシヨンもあります。これは民族意識でありまして、単なる生活問題からじやないということをひとつ御納得いただいて、どうぞこちらに外務大臣も見えておりますから、もつとお掘り下げを願いまして大臣を鞭撻してぜひひとつ早くしてもらいたいと思います。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 どうもありがとうございました。

上塚司自由党

○上塚委員長 戸叶里山子君。なおこの問題のあとに国際情勢に関する質問があつて大臣もまた急いでおられますから、なるべく簡単に御質問をお願いいたします。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 本日は沖繩の方からいろいろとお話を伺いまして、一日も早くその復帰がなされなければいけないということをさらに強く感じ、また岡崎大臣もそれらの三人の御意見が伺えなかつたことを私はまことに残念だと思いますけれども、多くの議員からの御要請もあり、またそういつた沖繩の方々からの要請もございますから、どうか一日も早く復帰されるように政府としてもなお努力をしていただきたいと思いますけれども、今私は外務大臣に四点だけ伺いたいと思います。  まず第一に伺いたいことは、一体アメリカは沖繩や小笠原を国連に対して正式に信託統治にするような手続をする意思があるのだろうか、それともまた無制限に不明確な今のような状態にそのまま置こうとしている考えなのだろうか、大臣のお見通しといいますか、幾たびかの折衝で感じられた感は一体どうであつたか、承りたいと思います。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 おそらくアメリカ側も事情が許すならば引揚げたいという気持は多分に持つておると思います。従いまして奄美大島のようなかつこうにする方が簡単でありますから、なかなか信託統治ということには行かぬだろう思いますし、われわれもむしろ奄美大島の例から見ましても、信託統治になるよりは、今のままでだんだん返つて来る方が早道ではないかと思つております。それで信託統治にはあまりなる可能性は少いのじやないかと思つております。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 信託統治になる可能性が少いとおつしやつたんですが、そこで一体国と国との間の条約というものと、それから国連憲章というものとはどちらの方が優先するのでしようか。私は国連憲章の方が優先するものだと思うのですが、その点大臣はどういうようにお考えですか。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 これは御質問が非常にあいまいで御返事ができないのですが、もう少し具体的におつしやつていただかないと……。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 たとえば日本とアメリカとの間の講和条約で第三条が決定されておりますが、それとそれからまた国連憲章の中の信託統治の条項がございますけれども、それとを比較いたしましたときに、国連憲章の方が優先して考えられると思いますが、その点はいかがでしようか。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 要するにアメリカが信託統治に持つて行けば国連憲章がそれを支配することは当然であります。それに行くまでは平和条約に基いて規律される、こういうことであります。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 それでは国連憲章の七十八条の中に、「国際連合加盟国の間の関係は、主権平等の原則の尊重を基礎とするから、信託統治制度は、加盟国となつた地域には適用しない。」こう書いてございますが、もしもアメリカが日本の沖繩を信託統治にしなかつた場合には、日本が国連に加盟いたしましてもこの条項は適用されないことになるのでしようか、どうでしようか。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 それはその実際上の問題で今どうなるということは申し上げられないと思いますが、平和条約と国連憲章とが上か下かということであれば、それは上下ではなくて別であつて別の問題を規制しておるわけであります。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 そうしますと、日本の国連加盟が急速に行われた場合に、この七十八条の条項というものはその場合には適用されないのでしようか。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 それは実際上の場合の問題で、たとえば国連加盟はかりにできたとしたときに、平和条約の第三条の規定をどうするかという取扱いは別に考慮されるわけであります。それをそのまま国連憲章で律するか、それとも平和条約にある三条はある種の留保になつて入るかということは、そのとき日米間に交渉し、また国連当局と話し合うべき問題なのでございます。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 それでは次にお伺いしたいのは、先ほどから伺つておりますと、沖繩の民政府々々々と言つておられますけれども、この民政府の長官にいたしても、副長官にいたしましても軍人であつて、これは実際は軍政府というべきではないかと思いますけれども、その点はどうお考えであるかという点と、それからまた、先ほどから軍の使用地の強制収用については民政府の布告で行われていると言われましたけれども、そうなつて参りますと、これは民政府の布告でなくして、軍政府の布告ということになるのですが、その点について伺いたいと思います。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 それはちよつとりくつがおかしいように思うのです。たとえば戦争前におきましてグワムはほとんどずつと長い間何も軍事施設もなくてグワム総督がおりましたが、そのときずつと見てみますと、アメリカの軍人が総督になつておりましたが、別にそれでグワムに軍政をしいているというようなことは聞いたことはありません。また例は違うかもしれませんが、台湾や朝鮮の場合におきましても軍人がいたことはずいぶんあるが、別に軍政をしいているというふうに解釈されていないと思います。それからたとえば戦前におきまして日本に軍隊がある場合でも、軍隊の用地に対しては軍隊が収用するのではなくて、政府が収用した例はしばしばありますが、それで日本は軍政がしかれておつたかというと、そんなことはないと思います。おつしやることはまつたく違うと思います。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 それでは沖繩の場合は軍政府ということでなくて、あくまでも民政府というわけなんですか。軍政府といつてもいいわけですね。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 これはアメリカ側ので名称でありまして、アメリカ側がやつておるのであつて、それを実質的にどう御判断になるかは別問題でありますが、これは民政府となつております。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 もう一点伺いたいのですが、先ほど参考人の方の御意見によりますと、アメリカがどんどん軍事力を増加させているというふうに伺いましたけれども、一体旧敵国領土、日本に領土権があるといいながら、その行政、立法、司法を握つているのでありますから、大体占領した形でありますが、そういうところに軍事施設をする場合に、その限度というものはどこまでもなされていいものであるかどうか、ある一定の何か国際法上の規定というものがないかどうか、その点を承りたいと思います。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 国際法にはそういう限度はないと私は考えております。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 そうするとそういうものはどんなにしかれて参りましても、何ら日本側としては意見なり何なりを述べる権利はないわけなんでしようか。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 国際法の見地に立てばそうだろうと思います。しかし同時アメリカは住民の安寧福祉を十分に考慮して、その生活向上をはかるということを声明いたしており、日本政府にもそういう話をいたしている。従いましてその点からは十分交渉の余地がある、こう考えます。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 そういつた問題につきましても、今後ただ軍事上の施設のみを増強いたしますと、先ほど参考人から伺いましても、民政の圧迫ということが大分見られておりますので、そういう点についても特に御考慮をいただきたいと思います。私は残余の質問は一般国際情勢のときにまわしたいと思います。

上塚司自由党

○上塚委員長 福田昌子君。

福田昌子日本社会党(左)

○福田(昌)委員 まず沖繩の問題だけに限つて質問させていただきたいと思います。ほかの問題はあとで伺わせていただきたいと思いますが、私一番先にお伺いさせていただきたいことは、外務大臣として主権が日本にある沖繩また小笠原諸島に対して重大な関心を持つておられると思いますが、こういうところに出向いて行つて実地に見聞なさり御調査なさつて、そしてアメリカ側に交渉なさる御意思があるかないか、その点承りたいと思います。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 私は方々に出向いて行きたい所がたくさんありまして、これらの島にもその一つであります。時間と機会が許せば行きたいと思いますが、まだ別に具体的に計画は持つておりません。

福田昌子日本社会党(左)

○福田(昌)委員 大いに関心を持つていただいているわけでありますから、どうか早急に具体的に案をお立ていただきまして、こういつた潜在的な主権が日本にある島々の日本人たる島民の生活の安寧のために御努力いただきたいと思います。  次にお尋ねさせていただきたいのは、南方連絡事務局の出張所が那覇にありますが、この出張所が置かれたのは日本政府の意思によつて置かれたのでしようか。向うの島民の要望によつて置かれたのでしようか、あるいはアメリカ軍政府関係の意思によつて置かれたのでしようか。この点承りたいと思います。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 しばしば島民から内地並の取扱いを要望せられておりましたので、その一助になるかと存じまして、アメリカ側と話合いの結果、こういうことをいたすことにいたしたのであります。

福田昌子日本社会党(左)

○福田(昌)委員 南方連絡事務所の職権というものは、どういう範囲どの程度の仕事をするというおつもりで置かれたのでしようか。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 これは政府委員から申し上げます。

石井通則総理府事務官(南方連絡事務局長)

○石井説明員 南方連絡事務所の設置に関しましては、いろいろ琉球諸島の懸案事項が多数ありまして、そういうものの解決を主にしてこれを設置するというようなことであつたと承つております。現在その趣旨から南方連絡事務所の権限というものも日米双方の協議できまつているような次第でございます。

福田昌子日本社会党(左)

○福田(昌)委員 島民の要望によつて置かれたこの南方連絡事務所でございましたら、島民の要望いたしますところは沖繩の通商上の問題あるいはまた貿易の問題また島民自体の生活の安定、日本人たる尊厳に関する問題、いろいろな点が要望の事項の中にあつてこういう事務所を置いてもらいたいということになつたのだろうと思うのでありますが、そういう目的のために置かれた南方連絡事務所ではございましたでしようが、現実の問題といたしましてこの南方連絡事務所のお仕事というものは、いささか島民の期待まで達していないという感じがいたします。南方連絡事務所そのものは行つて見ましてもがらんといたしておりましていろいろな日本政府に対する連絡事務所の方々からの御意見もございますし、連絡事務所の方々自身も十分に活躍できない立場に置かれ、また島民のための日本人たる権限を守る意味においての福祉ということになると、いささか離れたものがあるのを感じます。その点よく再検討して、南方連絡事務所の権限をこれから拡大するようにおはからいいただきたいと思うのでありますが、今外務大臣の御答弁によりますと、アメリカ政府に交渉いたしたこともあるし、そうしてまたアメリカ政府としては沖繩の島民の生活の安定、福祉安寧のために絶えず努力して、その維持向上に対する責任を持つているという答弁をアメリカ側からもらつているというお話でございますが、そのアメリカ側の御答弁によりまして、あるいはまた実地を調査されまして、外務大臣とされては沖繩の島民の生活というものがアメリカ側の言明にあるように十分守られているとお考えでございましようか。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 守られていないところはできるだけ早く改善したいと思います。

福田昌子日本社会党(左)

○福田(昌)委員 外務大臣も守られてないところという御指摘がありましたが、確かにそういう点が多々ございますが、これに対しまして今後どういう具体的な交渉をなさる御意思でございましようか。少し具体的な御答弁をいただきたいと思います。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 十分資料を整えましてアメリカ側と改善を話し合いたいと思います。

福田昌子日本社会党(左)

○福田(昌)委員 これから資料をお取寄せいただくという御答弁でございますから、私どもといたしましてはまことにおそきに失する御調査と思います。しかし、していただいて早急に御解決を願わなければいけませんから、この点重ねてお願いいたしますが、私どもが沖繩の島民の生活の実態を見ますと、沖繩復帰の問題が島民自体の中から起つて参りましたということは、アメリカの占領政策たる政治が必ずしも十分適切に行つていないという点もその理由にあげられると思うのです。占領政策が十分適切に行かないという一つの理由といたしましては、やはり島民自体が民主的にアメリカ軍政府の政策に対しての是非の輿論を遠慮しておつたという点もありますが、もう一つ重大な点は、琉球政府のお役人が日本政府と同じように、占領治下に置かれて萎縮して、島民の生活を守るために十分勇敢でなかつたという点もあるということを断言させていただきたいのであります。このことは結局アメリカの人たちにいたしましても、ことにアメリカの駐留いたしております軍人が一方的な見聞のために正しい沖繩の実態を見誤つておる。琉球政府の説明もないし、日本政府のこれに対する交渉も薄かつたということから沖繩の実態を見誤つた。そういう点からこういつた占領政策の失敗も生れて来ておると思うのであります。こういつたところから、沖繩にそうした反米思想が出ておるのでありますが、こういつた点はある程度日本政府の責任といえばいえると思うのであります。つまらない反米思想をここに醸成したということは、これまで日本政府としてやるべき措置をとつていなかつたという点も私どもとしては非常に遺憾に思うのであります。沖繩の教育事情なんかは大臣も十分御承知だと思いますが、終戦以来今日なお豚小屋同然の校舎で授業を受けておる。また未就学児童も相当ある。生活困窮者の姿というものは、とうてい内地の比ではないわけでございますが、そういう実態に対しまして、外務当局は、アメリカ側とは十分折衝する権限の自由があるとはおつしやりながら、今日ここまで立ち至つたということを非常に遺憾に思います。私どもといたしましては、当然琉球、小笠原の日本復帰ということが最後の目的でありますが、その過渡的段階といたしまして、政府当局におかれましては、琉球政府に対しましてある程度関連を持つて、日本政府として日本人たる琉球人に対しての生活の安寧の上からも干渉し得る権限をアメリカ側に交渉していただいてしかるべきだと思いますが、そういう御意思があるかどうか伺いたいと思います。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 御意見は御意見として伺つておきます。

福田昌子日本社会党(左)

○福田(昌)委員 外務当局におかれましても、もう少し英断を持つて積極的にやつていただきたいと思いますが、重ねてお伺いいたしたいことは、外務大臣とされて、今後沖繩島民の生活の安定のために、アメリカ側と具体的な折衝に入るつもりだというような御答弁を、これまでたびたびこの委員会でも承りましたが、具体的にどういう点を取上げて折衝に入ろうとしておられるのか伺いたいと思います。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 先ほど申した通り、それぞれの資料を整えまして必要な交渉に入りたい、こういうことであります。

福田昌子日本社会党(左)

○福田(昌)委員 沖繩の島民の生活の実態また沖繩の経済というものは、日本経済の悪い点をみなさらけ出したような、実に倒錯した経済の状況であります。消費経済とパンパン的な女性の貞操を主としたところの基地経済、もちろんその中には内地の酌婦なんかの問題も入つております。また向うの軍事作業に従事いたします労務者というようなものも入つておりますが、実にこの軍事基地経済と消費経済によつて沖繩の今日の経済というものはやつと維持されている状態ですが、しかしアメリカの軍事作業といたしましても、そう今後何年間も長く続くわけでもございませんでしようから、アメリカの軍事基地としての作業がとまつたとたんに、沖繩の経済というものは転倒する状況にあるわけでございます。沖繩に対する主権が日本にある日本政府といたしましては、沖繩の経済の将来の動向ということを考えていただかなければならないと思うのですが、そういう見地に立つてみますと、沖繩の今日の産業というものはほとんど無視されておりましてこの点も主権は日本にあるけれども、産業の開発なんかは日本政府の関知するところではないというような状態にあると思うのであります。時期に対してはいろいろ問題がありましよう。しかし主権が日本にある以上、この沖繩の経済の再建という点に対しては、日本として関心を持つべきだと思いますが、こういう沖繩経済の問題をとらえて、日本の外務省としては、日本の通産、大蔵両省に多少とも関心を持つように交渉されたことがあるかどうか、この点承りたいと思います。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 政府としては外務省とか通産省とか特にあげなくても、あらゆる省が——厚生省もございますし、農林省もあります。全部の省が沖繩については十分なる関心を持つております。

福田昌子日本社会党(左)

○福田(昌)委員 十分な御関心を持つていただいているそうでございますから、私どもここで感謝すべきかとも思いますが、関心は持つていただいているらしいのですが、現実はこれに対して一歩も具体的な手を打つていないというのが実態でございますから、どうかこれは具体的な線まで行つていただきたいと思います。沖繩の今日は相かわらず日本の旧憲法に支配され、社会福祉というものはほとんど皆無でありまして、労働三法については聞くところによりますと、やつと昨年の春できたということで、これは軍基地作業員には適用されず、沖繩の労働者の半数以上の人が、労働三法の恩恵を受けられないというようなことであります。社会福祉になりますと、もちろん母子福祉というようなものはありませんし、沖繩の未亡人——われわれ女性として沖繩の女性を見ました場合、同性の女性のその生活の困窮というものは、とうてい涙なくしては見得ない点が多々あるのであります。そういう点がいまなお残されております。日本の厚生省も関心を持つているそうでありますが、そういう点も抜けている。また外務当局もこれからこういうことについて御調査なさるということで、われわれ非常に遺憾であります。  経済の実態にいたしましても、これはだれでも気がつくことでありますが、卵からおしようゆからみそからバケツから日常の生活必需品はみんな日本から沖繩に渡つております。沖繩の産業の自立経済という大きな目標を立てないにいたしましても、沖繩の島民の生活の実態に即した経済の再建ということを考えましたら、こういう生活の必需品まで日本本土から入れなくてもいいはずだと思うのであります。  貿易の点におきましても、先ほどお話がありましたように、先に現金を送らなければ沖繩の品物が買えないというようなことを、外務当局はいつまでもこのまま見殺しにしておりましたら、沖繩経済の再建、貿易の発展というものはでき得ないわけであります。こういう点よくお調べいただきまして、早急に手を打つようにしていただきたいと思うわけであります。  今後御調査いただきそうして善処されるということを私どもは非常に期待いたしておりますから、その点重ねて要望いたします。

上塚司自由党

○上塚委員長 この際委員長より石井南方連絡事務局長に簡単に御質問いたします。  昨年恩給法が制定せられまして、沖繩にもこれが及ぶことになつておるはずでありますが、沖繩にはまだ恩給がわたつていないそうであります。これはどういう点が障害になつて遅れておりますか、わかつておりましたら御説明願いたいと思います。

石井通則総理府事務官(南方連絡事務局長)

○石井説明員 恩給の最終的な所管は恩給局でございますが、私から聞いている範囲の程度をお話申し上げたいと思います。昨年議会で御議決いただきました元南西諸島官公署職員等の恩給等に関する特別措置法で、南西諸島に対しまして恩給を支給する道が開けたのでございます。ただその恩給の問題に関しまして二種類のものがあるのでございます。一つはすでに行政分離前元沖繩県知事の発給した恩給証書で、すでに昭和二十三年だつたと思いますが、恩給局長裁定に書きかえる問題があつて、それは従来外務省時代から引継いで恩給局に申達をいたしております。この分は外務省から申達されたものと、南方連絡事務局になりましてから申達したものが約五百件程度あるのでございます。これと昨年出しました特別措置法によりまして元南西諸島官公署職員で、琉球政府の職員に引継ぎになつたものにつきまして、身分継続の措置をとつたのでございますが、この法律の中にその前の書きかえの分に関しましても、その送金の委託事務を琉球政府に委託して行うことができるということになつておりますので、その昨年の法律で初めて前のものも支給し得る道が開かれたのでございます。現在恩給局に申達しておりますのはそれだけでございまして、新しいものは目下那覇に申請書が相当集まつておりまして、履歴その他の審査をいたして、まだ当局には参つていないような状態でございます。その前の書きかえの分に関しましては、恩給局に申達いたした関係から、恩給局でなるべくすみやかにその証書の書きかえと書きかえ後の証書の交付をしていただくように再三交渉もし、お願いをいたしておるのでございますが、あるいは以前申達したものに関しましては住所等がかわつたり何かして、その実態を新しく調査する必要のものがあつたり、あるいはまたこの前にベース・アップの関係がありまして、一応裁定が済んだと思われるものがまたそのベース・アップの書きかえ等をやらなければならぬというような関係で、目下恩給局の方でその手続を進めておられるように聞いております。南方連絡事務局といたしましては、できるだけ恩給局の方に早く証書の書きかえをやつて交付としていただきますように、目下お願いを申し上げておるような次第でございます。

福田昌子日本社会党(左)

○福田(昌)委員 石井南方連絡事務局長にお尋ねいたしたいのでございますが、遺家族援護法が適用されることになつておりますが、この琉球の島民に対する援護法の適用の範囲は、たとえばひめゆり部隊とか健児の塔なんかの悲劇が出ておりますが、そういう家族にも及ぶのでございましようか。また護郷隊というような、郷土を守るために全部の男子が出陣いたしておりますが、そういう人にも適用されるのでございましようか。

石井通則総理府事務官(南方連絡事務局長)

○石井説明員 軍人遺家族等援護に関しましては、現在やつておりますのは、復員業務の完了いたしました約一万八千名につきまして手続を進行いたしておりましてこれは昨年の十二月二十八日に初めて援護金を支給し、本年になりまして一月末以降に約百数十件の援護金を現実に支給いたしております。その後の復員業務の完了していないもの、ことに学徒隊等に関しましては目下いろいろ調査いたしおるのでございまして、大体軍の命令によつて行動した者は軍属として取扱えるのではないかと思つております。具体的に個々の事態を調査して取扱いをきめるということになつておりますので、個々のものによつて判断されますから、全般的に軍属になるということは申し上げかねますけれども、おおむねそういう取扱いにできるのじやなかろうかというような考えを持つております。

福田昌子日本社会党(左)

○福田(昌)委員 そういたしますと、たとえば健児の塔、ひめゆりの塔で殉死された家族の力たちに対しても、ある程度適用されるというふうに考えてよろしいのでございましようか。また御調査の上とありますが、大体いつごろまでにこれは軍属としての取扱いを受けるようになるか、いつごろまでという目安をつけて御調査しておられるのか、その点も承りたい。

石井通則総理府事務官(南方連絡事務局長)

○石井説明員 大体におきまして健児の塔その他多分軍属に認められるのじやなかろうかと考えておりますが、具体的に個々の場合を調査してきめるということになつています。なお調査のめどでございますが、実際の軍人であつた人たちも含みまして約十万近い復員未調査のものがあるわけでございます。それには学徒隊等ももちろん入つて大体十万と見ておりますが、その十万の調査に関しましては二十九年度で本格的な調査をいたしまして、その調査に基いて復員名簿をつくり支給する、従いまして逐次調査ができたものから支給いたしますので、二十九年度でも相当支払いが進むのではなかろうか、こういうふうに考えております。

福田昌子日本社会党(左)

○福田(昌)委員 二十九年度中に御調査が完了し何らか具体案が出るということでございますから、ぜひそのようにしていただきたいと思いますが、沖繩の島民の現実の生活ということを考えますと、こういう日本政府でできます援護のあたたかい手というものは、できるだけ早急に、そうしてまた幅広く差延べていただきたいと思うのでございます。この点石井局長におかれましても十分お含みの上、御調査を早めていただきたい、なるべく幅の広い範囲で援護していただきたいと思うわけでございます。その点お願いしておきます。  重ねて一点外務大臣にお伺いしておきたいのですが、講和条約の第三条信託統治の件であります。あれには期限を暗示するような点が全然ないのでございますが、あの条約を交渉なさるときに、この期限についての申入れというものを外務大臣としてはなさつたのかどうか、その点一点伺わしていただきたいと思います。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 私は当時内閣官房長官で外務大臣でございませんので、役目が違つておりました。

福田昌子日本社会党(左)

○福田(昌)委員 政府の上員としてのお立場でどういう態度をとつておられたか。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 私は交渉いたしておらないのです。

上塚司自由党

○上塚委員長 これにて本件に関する質疑は終了することといたします。  参考人各位には長時間にわたつて、種々有益なる御意見を開陳していただきまして、まことにありがとうございました。委員長より厚く御礼申し上げます。     —————————————

上塚司自由党

○上塚委員長 次に外交に関する件について政府当局に質疑を行うことといたします。並木芳雄君。

並木芳雄改進党

○並木委員 おそくなつてしまいましたから、一、二点だけ大臣にお伺いいたします。  十五日に大臣はアメリカのスタツセン対外活動本部長官とお会いになりましたが、その節MSAについてどういうお話が出ましたでしようか、またMSA以外ではどんなお話が出ましたか、お尋ねいたします。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 スタツセン氏はいわばカーテシイ・コールに見えたのでありますが、ちようどいい機会でありますから、私の方からは日本の現在の経済状況、緊縮予算、輸出の必要性についての実情を話しました。直接の具体的なMSAの交渉には言及いたしません。

並木芳雄改進党

○並木委員 アリソン大使はいう帰つて来るのですか。MSAの調印は大体いつごろでございますか。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 まだはつきりしたことは私は知りませんが、大体二十四日前後に帰つて来られるというふうに聞いております。協定の調印は、先般御報告しましたように今月中に行いたい、こういう考えで進んでおります。

並木芳雄改進党

○並木委員 MSAの調印でありますが、その際例の千五百トン以上の艦船についての協定は別途だということでございますか、それとも一緒に調印されるようになるのでしようか、今その方の協定の話はどのように進めておられるのですか。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 MSAの規定の中には千五百トンまでの船というふうに書いてありますので、いわゆるMSA交渉におきましてはその範囲の船舶について話をいたします。それ以外のものにつきましては、保安庁において必要と認めますればアメリカ側と話をいたしましようし、外務省としてもこれに協力いたしまして別途話をすることがありましようが、これはMSAの交渉とは別問題であります。

並木芳雄改進党

○並木委員 本年度の在日米軍の支出及び調達が約八億ドルに達したけれども、一九五四年度にもアメリカは高度の軍支出を日本で続けることになるであろうというふうにスタツセン氏は言つておられたようにも聞いております。この八億ドルというのはこの六月に終ると思うのですけれども、その八億ドルは来年度、つまり二十九年の七月から三十年六月に終る年度にも大体この水準が保てるという見通しでございますかどうか、高度の軍支出を日本で続けるということの裏づけとなる数字であります。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 私自身は、先ほど申しましたように具体的な問題についてスタツセン氏と話をいたしませんので、その点はスタツセン氏がどう言つたか、またどういう意味で言つたかはここで御説明することができません。しかし大体においていろいろのものを集めまして、日本に貿易外の外貨としては、その程度のものは当然入るものと予想しております。

並木芳雄改進党

○並木委員 もう一点だけ聞いておきます。それは本年度、六月末までに総額約一億ドルに上る軍需資材の購入を行うことを期待しておるとスタツセン氏は語つておるのです。これは要するに域外買付だろうと思いますが、この一億ドルに上るということは、さつきの八億ドル・プラス一億ドル、すなわち九億ドルになるのでしようか、それとも八億ドルの中の一億ドルであるのでしようか。それと、これが日本に対する、アメリカの年度でいう一九五三年度の域外買付の合計額という意味なのでしようか。要するに今まで域外買付としては五千五百万ドルあるということが言われておりました。それでMSA小麦の四千万ドルが加わつて九千五百万ドルになるであろうと思われておりましたが、むろんこれではないと思うのです、スタツセン氏がおみやげに語つて行つたのですから……。そうすると今まで言われた五千五百万ドルを含んでの一億ドルでありましようか、それともこの一億ドルを加えて一億五千五百万ドルになるのかどうか、こういう点でございます。年度がアメリカと日本とずれておりまして、われわれとしては非常に数字の整理がやりにくいのですけれども、その点がわかつたらお知らせ願いたいと思います。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 私はスタツセン氏についてそういう具体的な話はしておらないのでありまして、ただ新聞でスタツセン氏がそういうことを言つたというのをあとで聞いたのであります。しかし他方面でアメリカ側がたまに説明しておるところでは、この一億ドルという字がよく出て来まして、それは小麦の四千万ドルと、予定しております五千五百万ドルを合せて九千五百万ドルですが、大体一億ドル、こういうふうに見ておるようであります。但しこの一億ドルがスタツセン氏の言う八億何がしに入るか入らないか、これも非常に明確にはなつておりません。おいおいこういうものは明確にして行くわけであります。

並木芳雄改進党

○並木委員 確かに大臣もそう感じられたと思いますが、不明確であります。なおこの点はこの次また質問しますから、はつきりさせておいていただきたと思います。  それに関連して小麦の四千万ドル分ですけれども、この四千万ドル分は小麦を買わなければ出て来ないのだというこの前の政府の答弁なのです。そうすると小麦を買わなければ五千五百万ドルで終りということであるのでしようか。要するに日本における域外買付は本年度幾らであるかということが固定しておりませんので、小麦の四千万ドル分は小麦協定を結ばなければふいにるぞと言われても、われわれとしては納得が行かない。それがふいになろうとなるまいと、しからば、固定的な日本における域外買付は幾らでございますか、それを伺いたいのです。ただいまの五千五百万ドルだけでしようか。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 域外買付というものは、向う側でもはつきりとこれだけは日本に落すということは言い得ない立場にあるようであります。というのは、その時期々々によつて注文が出るのでありますが、原則としては、これは一番能率のいい、一番安いところから調達するということになつておるようであります。従つてりくつから言えばドイツのものを買おうと、フランスのものを買おうと、日本のものを買おうと、そのときに一番安くていいものであればそれが適当だということになるのだろうと思います。従つてはつきりしたものはないと思いますが、大体従来程度のことは、われわれは日本も域外買付があると信じております。というのは、それに応ずるために日本でもいろいろ工場の整備等いたさなければならぬ、それが急にある年はなくなる、ある年はふえるということでは困るので、大体コンスタントのものはあるべきであり、また先方ともこれは了承しておる。従つてスタツセン氏も、いろいろなものをまぜてではありますが、八億ドルぐらいのものというようなことを言つておるのだと思います。ただ小麦の問題は、これは小麦を買わなければそれだけ来ないのはあたりまえでありますし、それはつけたりになるものと考えております。

並木芳雄改進党

○並木委員 つまり小麦を買つて、向うは無理をしてそれだけつけたしになるというのははなはだおかしなわけで、その分だけ当然小麦を買おうと買うまいと、アメリカが調達をしなければならないのであつてそれに食い込むだけではないか、その点でだまされるのではないかという懸念を私は持つておる。だからその点をはつきりさしていただきたい、こう思います。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 たとえば小麦を買いますれば、アメリカから武器を供給する場合にも、これをアメリカでととのえずに、日本で円貨でととのえられるものは、日本でととのえるというような場合もありましよう。従つて四千万ドル程度のものは、一応大体の目途でありましようが、予定しておるものに加えても一向おかしくはないと思つております。またわれわれとしてもMSAの協定に入り、かつ小麦を買うということも、一つにはやはりある程度域外買付もふえるであろうという見通しを持つておりまして、そういう考えもあつてやつておるのであります。

並木芳雄改進党

○並木委員 それではあとはこの次にします。

上塚司自由党

○上塚委員長 戸叶里子君。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 私は先ごろの九十九里浜の実弾射撃の点について、二、三点外務大臣に伺いたいと思います。  私どもが調査に行つて参りまして、そのときに得た情報によりますと、今度の事件というのは、米軍が漁民の生命というものを無視して、一方的に漁民を圧迫する処置としか考えられないのでございます。その理由は、沖へ出た漁船が帰り道に漁をあさりながら射撃場の中にずつと入つて通つて来たときに、海岸にいたレーダーがその漁船をキヤツチした、その日はちようど月曜日から木曜日までの演習日の木曜日で、そのときに連隊長かだれか知りませんが、中央から来ていたために非常にいらいらしてどうしてもこれを敢行しなければいかぬというので、そこに注意に行つたところの保安庁の船の「なみちどり」にだけ退去を命じて、漁船はいてもかまわないからといつて、そしてそのまま敢行したというふうに伝えられております。またその土地の人に聞いてみますと、漁夫の奥さんの言われたことですけれども、いつもよりも非常に震動がはげしくて、開いた戸だながきようは締まらない、ずいぶんきようはひどいねということを知らずに言つたというようなことまで聞いております。そういうふうなことを聞いてみましても、人道上の非常に大きな問題だと思うのです。そしてまた、そこへ参りました連絡の方のお話によりますと、レーダーで漁船はキヤツチしたけれども、その漁船のいない方に機関銃の砲を向けたように思つたから、自分は危険を感じなかつた、自分は大丈夫だということを考えたと言われますけれども、そこに居合せた漁船の人から聞いてみますと、すぐそばに二百メートルくらいのところに不発弾が落ちた、こういうふうなことを聞かされたのでございまして、これらを勘案いたしてみましたときに、人道問題をやかましくいうところのアメリカの軍隊の人が、そういうふうな方法をとるということは、非常に漁夫をなめ切つた態度であつて、今後においてもゆゆしき問題として残ると思うのです。しかも行政協定の中には、合衆国の軍隊が使用する施設及び区域における作業は、公共の安全に妥当な考慮を払つて行われなければならない、こういう条項があるにもかかわらず、決して公共の安全に妥当な考慮を払つていたと思われない今度の態度でございます。そこでこういうふうな人権無視の態度に出た今回のあり方というものに対しては、外務省でも今後こういうことがないように十分に申入れをしなければいけないと思います。まず今回の問題についての解決方法として、日米合同委員会にこの問題について抗議を申し込まれることが必要ではないかと思いますが、その点に対する外務大臣のお考えを承りたいと思います。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 これは戸叶さんも現地へ行かれたのですから十分調べられたと思いますが、ただこういう問題についてはいろいろな説が飛ぶのでありまして、ある人の説をそのままおとりになると間違いもできるわけであります。こういう委員会でお話になるときは、十分御調査の上で願いたいと思うのであります。ある人がこう言つた、ほかの人がこう言つた、それでなくしてそれに基いて実際どうであつたかということを実地に御調査願いたいと思うのです。この問題の起りは、何もこの間始まつたことではないので、アメリカ側からはわれわれは始終申入れを聞いておりました。というのはここで演習をやることの可否は別として、今は演習をやることにきまつておるわけです。時間も曜日もきまつておる。これを沿岸の漁業家たちにも十分知らしてありまして、それでそこにその日のその時間に入れば危険であるということをしばしば言つてありますが、いつもそれが守られないで時間が狂い、また演習が困難になつてアメリカ側も非常に困つておりまして、しばしばこれを改善するように要求もされておつたのでります。われわれとしてはそこの海面における漁業ができない時間があるから、これについては多い少いは別として、とにかく補償も出しておるわけであります。従つて日本の安全を守るための軍隊の必要とする演習は、一定の日を限り、一定の時間を限つてそこでやらせることにいたしておる。そしてこれは漁民にも周知しておるのでありますが、なかなかそこを去らない漁船があるという事実で、ずつと前からこれは問題になつておる。だんだん話合いをしまして、その地方の漁船は無線機等をつけまして、特に大漁の場合には射撃を延期してもらうというようなことも沖合いと基地でもつて連絡する。いよいよ時間になつたらアメリカが撃ち出すぞという連絡も無線でする、そうすると退去をする、こういうようなこともいたしておつたのでありますが、今度の場合に限つて、その連絡をしてもどうしても通じない。今まだ調べておりますが、ことによるとその地方の漁船で無線を持つているものではない。つまりよその方から来た漁船で無線もないし、そういうこともよく知らないで来た船が相当あつたのじやないかとも思われます。そうすると先ほど戸叶さんの言われたような危険区域に帰つて来るというのではなくして、むしろ帰るというよりは外へ出ることになるかもしれないのですが、これを調査中でまだよくわかりません。それからたまがどこへ落ちたかということについても、これは昔の海軍の専門家でも目測というものはずいぶん狂うのでありまして二百メートル近いと思つたところが、それが千メートル以上もあつたというようなこともしばしばあるのであります。ある人がそれは二百メートル近いところへ落ちたと言つたから、それで二百メートルだと断定することもなかなかむずかしいと思います。われわれの方の調べた報告よれば、大体二キロ離れたところへ一番近いのが落ちたというふうにも聞いておりますが、これも実際たまが落ちた跡がないのですから、ほんとうにはつきりはわからぬと思います。少くともアメリカ側が漁船を目がけて撃つたということはないので、警告のために撃つたものと思います。しかしながら、警告のためでもそういうたまを撃つということは、これはおもしろくないことでありますから、本会議でも申したように、今後無線で連絡をするとか、あるいは監視船を出すとか、また場合によつては飛行機も飛んでおるのでありますから、飛行機で退去を要求するというようなことをいたしたいと思います。同時に漁船の方も、日ははつきりわがつており、時間もはつきりわかつておる、また特に大漁の場合には考慮をすることにもなつておりますから、その範囲内でこの規定は守つてもらいたい。こう強く考えております。ただいまは抗議というほどの問題ではないと思いまして、よく先方と話し合いまして、今後不測の事故が起らないように、十分要望いたしたいと考えております。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 今の岡崎外務大臣の御答弁で、合同委員会なりで十分要望していただけるというお話をいただきましたので、ぜひそれをしていただきたいと思います。ただ先ほど、調査をして来たのだろうけれども、一方的に聞いて来たのをもつて正しいと思われては困るということでありましたが、私はそういうことのないようにと思つて、あらゆる人からいろいろな意見を聞いて参りまして、総合して来た事実でありますから、その点御了承をいただきたいと思います。  それからもう一つは、この漁船がどうもよそから来たのではないかというような御判断をいまだに持つておられるようでありますけれども、これは違うのでありまして、現にそこにおり、また自分たちの仲間がいたのだと言われた漁船の人たちにも会つて参りましたから、これはよそから来た船でないということだけははつきり証明できると思います。それから先ほど大漁のときには話し合つて、そうして延期してもらうことができるというお話でございましたけれども、お魚をとりますときには、網を十二時なら十二時に張つて、すぐ引くわけに行かないのでありまして、たくさんお魚がおりますと、そのお魚がそこにおればよいが、出て行つてしまう。補償金をもらつても、一年三千円や四千円ではどうしても家族を養つて食べて行かれません。従つて演習とかなんとかいうことを考えるひまもなく、この魚だけはとつてしまいたいという気持でとるのは、これは生きて行かなければならないところの漁夫の心理だと思います。そういう場合に急に連絡する方法がないとするならば、また実弾で射撃されるという場合が起ると思いますけれども、今お魚を見つけたのだ、もうしばらくでとれてしまうのだという場合には連絡の方法を今後考えられますか。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 大体現地の船でありますれば、少くともその群の中には無線を持つておる船が必ずあるはずであります。無線で連絡ができるはずであります。しかしそれ以外にも監視船も出すことにして、もう一昨日から出ておるそうでありますが、連絡は今後十分いたすようにしたいと思います。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 ぜひそういうことがないようにしていただきたいと思いますが、そこで問題は何といいましても、漁船はお魚をとらなければならない、とらなければ食べて行かれない。現地の人などに聞いてみますと、自分たちは食べなければならないのだから、そういうふうな演習日というものがあつても、ある程度操漁を敢行しなければならないような場合があるのじやないかというような強硬意見を吐いていた人さえもございました。そういうことになりますと、問題も大きくなりますし、できれば一日も早くこの射撃場をよそへ移すということが一番大事なことで、国民の蛋白資源を供給するこの漁業地というものを守るためにも、よそへ持つて行く、撤退するということが第一条件で、それを前提として私は一案をここに考えてみたいと思うのでありますが、それは今月曜日から木曜日までの四日間という長い間演習をするといわれておりますけれども、それを逆にいたしまして、日曜はしないで、一週間二日くらいにしてもらうように頼むような御意思はないかどうか、この点を承りたい。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 これはいろいろ前からも話合いをしております。前にはもつと、長かつたのを、あそこの要望によりましてかなり縮めたのであります。これ以上縮まるかどうか、これはアメリカ側としましては日本を防衛する必要上、これだけの演習、これだけの訓練はしなければならぬという責任を持つており、彼らも日本を守るという責任を負わされておるのであります。従つてできるだけ漁民の生活を考えまして減らす方には努力いたしますが、まだそれが今おつしやつたような案になるかどうか、それはちよつとここで申し上げかねます。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 この次またこういうようなことを繰返さない意味におきましても、ぜひとも撤退を前提として今後演習の日数を減すということを至急に要望していただきたいことを私はお願いいたします。  それからもう一点伺いたいのですが、どうしても九十九里にあります演習地というものをよそへ持つて行くということはどんなに頼んでもできないものでありましようか。そのできないという大きな理由は一体どこにあるのでありましようか。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 これは演習するものは首都、東京の防衛に当る部隊であります。演習が終れば常時東京に帰つて来なければならぬ。そうして東京を守つて行かなければならぬ、東京ばかりじやありませんが、東京付近を守つていなければならぬ。従つて非常に遠くに出ることはできないのであります。次に高射砲その他を運びますために橋、道路等の関係があります。従つてかりに近くによいところがあつても、橋や道路がずつと完全でなければ出て行かれないという考慮もあります。第三には、これは航空機の航路になつておるようなところは危険でありますから、使えません。それから船の非常に頻繁なところ、たとえば京浜地区であるとか、湘南地区は航路として使つておりますから、使用はできません。従つて結局ただいまのとこはいろいろ研究いたしてみましたが、現在の地以外には適当な地がない。こういうことになります。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 私はそういうふうな理由でしたならば、まだ考える余地があるのではないかと思うのであります。たとえば橋や道路の問題をお取上げになりましたが、当然そういうものはアメリカ側がその費用において修理なりして、そうして運搬の方法を考えてもらえばよいのでありまして、またほかの理由にいたしましても、もつと考えてみましたならば、こんな人の生活権に大きな影響のあるところに置かなくてもよいのではないかと考えるものでございます。ことに九十九里はいわしの三大漁場の一つであるということは大臣も御存じのところでございますし、また蛋白資源の乏しい日本人にとつてどんなにそこが必要であるかということを考えあわせてみましたときに、よそへ移つた方が今の場合もつと必要なことだと思いますので、もう一度お考え直しいただきまして、一日も早く、千葉県の知事以下全部の人が県をあげて撤退を要求いたしておりますので、そういう点も考えていただきたいということを私は要望いたしますが、その点いかがでございますか。

岡崎勝男自由党外務大臣

○岡崎国務大臣 名案があれば考えます。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 これは押問答になりますから、もういたしませんけれども、撤退をぜひお願いいたしたいと思います。もう一つ、先ほど申し上げましたように、演習の日数を撤退を前提として減らすということをしていただきたいと思います。  次に保安庁の方がおいでになりますから、一点だけ伺いたい。先ほども申しましたように、当日「なみちどり」が、漁船に連絡のためいたのだそうでありますけれども、実弾射撃をするから、保安庁の巡視船だけしりぞいたらよいだろうと言われたので、さつさと、漁船がおるにもかかわらず、退避したということを聞くのでありますけれども、一体それでは巡視船の役目というものが何であるかということを疑わざるを得ないと思うのであります。巡視船はそういうような場合に、実弾が落ちて来たらたいへんだからというので、漁船をあくまでも守つていなければならないと思うにもかかわらず、漁船をそのままにしておいて、退避したというふうな態度に出ましたならば、一体巡視船の任務いずこにありやと言わざるを得ないと思いますが、その点に対してのお答えを承りたいと思います。

上村健太郎保安庁長官官房長

○上村政府委員 実は巡視船は海上保安庁の船でございまして私どもの方の船ではございませんので、御答弁いたしかねます。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 私は海上保安庁の方と思いましたけれども、保安庁の方でしたらよろしゆうございます。この次に答弁を保留しておきたいと思います。

上塚司自由党

○上塚委員長 それでは今日はこれをもつて散会いたします。    午後五時二十一分散会

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