外務委員会 第6号
- 発言数
- 292 件
- 登壇者
- 21 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1954/02/10
会議録
○上塚委員長 ただいまより会議を開きます。 まず理事の補欠選任についてお諮りいたします。理事池田正之輔君が委員を辞任せられましたので、理事が一名欠員となっております。それゆえにこの際、その補欠選挙を行いたいと存じますが、これは慣例によりまして、委員長より指名することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○上塚委員長 御異議がなければさよう決定いたしまして、野田卯一君を理事に指名いたします。 —————————————
○上塚委員長 本日はまず小笠原諸島旧住民の帰島に関する件を調査するため、参考人より意見を聴取することにいたします。 本日参考人として出席を求めましたのば東京都副知事春彦一君、小笠原島帰島促進連盟委員長横田龍雄君、同じく常任委員藤田鳳至君であります。 議事に入るにあたりまして、参考人各位に対し、ごあいさつを申上げます。本日は御多忙中のところわざわざ御出席をいただき、厚く御礼を申し上げます。当委員会といたしましては国政調査の一つとして、小笠原諸島旧住民の帰島に関する諸問題について調査をいたすこととなり、今回特に参考人各位の御出席をお願いいたした次第であります。 本日の議事の順序について申し上げますれば、まず参考人の方々より、おのおのの御意見を開陳していただき、そのあとにおいて委員より質疑がある予定でございます。なお御意見の開陳は一人三十分程度にまとめていただきたいと存じます。念のため申し上げておきますが、衆議院規則の定めるところにより、発言は委員長の許可を受けることになっております。また発言の内容は意見を聞こうとする案件の範囲を越えてはならないことになっております。なお参考人は委員に対して質疑をすることはできませんから、さよう御了承を願います。 それではこれより参考人から御意見を聴取いたします。なお春参考人は都合によりお急ぎとのことでございますので、まず春参考人より御意見を陳述していただき、その後それに対する質疑を許すことといたします。東京都副知事春彦一君。
○春参考人 東京都の副知事の春でございます。昭和十九年に小笠原から約七千人が引揚げになりまして、その後東京都といたしましては、講和条約が発効いたしますまでの間、小笠原支庁を置きまして、そこに各村の事務所を併置たしまして、東京都といたしましてはそこで戸籍事務、土地台帳のような仕事、島民の連絡等の仕事をいたしておったのでございまして、東京都といたしましてはその村の役場に対しまして、当時の金にいたしまして、年額二十五万円から三十五万円程度の金を毎年出しておったような次第でございます。講和条約が発効いたしましてからは支庁はもちろん廃止いたしたのでございますが、促進連盟の事務所は従来通りに都庁の事務所の一部に存置いたしまして東京都におきましては促進連盟の事務につきましては、都庁の職員をしてこれに協力させて、直接間接に御協力をいたしておるような次第でございます。なお昨年東京都知事が太平洋市長会議でアメリカに参りました際には、東京都知事の最も重要なる要請事項の一つとして、アメリカの著名の方々との会合にあたりましては、この点を強く要望して参つたような次第でございます。簡単でございますが、これだけを申し上げまして御質問にお答えいたしたいと思います。
○上塚委員長 春参考人の陳述は終りましたが、質疑を許します。福田篤泰君。
○福田(篤)委員 ただいま春副知事から本問題につきましてきわめて簡単な御説明がございました。私は具体的な事実につまましてもつとつつ込んた、しかもこの問題の重要性と深刻性にかんがみて、都政の最高責任者としての具体的な御回答をいただきたいと思います。 まず一つお伺いいたしたいことは、今お話にもありました通り、昨年の太平洋の市長会議で、安井知事、佐々木議長が渡米の際に、小笠原島民が同知事並びに議長に対しまして、今申し上げたような帰島要請の陳情があつて、いろいろ御努力なされたというお話がありましたが、実は私の調べによりますと、向うにどういう反応があつたか、どういう答えがあつたか、それについて何ら都の方から御返事がない。これはきわめて不誠意でありまして、先般の奄美大島の返還の際に、わざわざアイゼンハウアー大統領に対しまして都長官としての謝意を表したというように、最近の対外関係上きわめて御注意を払つておる知事でございますのに、きわめて手落ちであると思う。地元の都民の重大問題につきまして、何ら答えがないのでありますが、どういう反応があり、どういうお答えがあつたか、この機会にお答えを願いたいと思います。
○春参考人 お答えを申し上げます。実は私今度参りますについてその点につきまして知事から聞いて参つたのでありますが、知事はあちらに参つております間、朝から晩まで、ほとんど公式の招待その他に臨んでいたわけでありますが、その席上機会あるごとにこの点は強調して参つたと申しております。ただ事柄の性質上、その場でどういう反応があつたというようなことは、はつきりどうこうということを申し上げるようなことはなかつた。しかし自分は絶えず熱心にそのことの要請を続けて参つたということを申しておりました。
○福田(篤)委員 反応自体が具体的でないということにつきましては、これ以上申し上げませんが、しからば、従来大島その他の離島問題につきまして、都の執行部、理事者は非常な熱意を示されて、多額の予算も投じて開発して参つたのでありますが、事小笠原の島民に関しましては、今まで積極的に一体どういうことをやつたか。今支庁の話がありましたが、これについてもう少し具体的に御説明を願いたいと思います。
○春参考人 お答えを申し上げます。小笠原の人たちが引揚げられました昭和十九年の当時は、非常に大勢の方が一緒になつてお引揚げになり、当時は東京都といたしましては、疎開の問題等もあつて、非常にやりにくい条件であつたのでありますが、東京都といたしましては、重点的にこの問題についてできるだけの努力をいたしまして、島民の方々の引揚げに協力した次第でございます。それから先ほど申しましたように、支庁を講和条約の発効まで引続き存置いたしまして、そこで戸籍事務それから土地台帳の仕事、島民の連絡事務等に従事して参つた次第であります。それから各村の事務所を形の上におきましては支庁内に存置いたしまして、昭和二十四年度には二十五万円、二十五年度には三十万五千円、二十六年度には三十四万円の事務費を投じて参つたのでありますが、支庁内に小笠原帰島連盟の事務所を提供いたしたのであります。それから講和条約の発効後は、戸籍事務が東京法務局の小笠原戸籍事務所に移管されたのでありますが、実質的には東京都の役人が兼務の形でそこの事務をいたしまして、その人件費等も東京都が支出をしておつたのであります。それから連盟の事務所もそこに引続き研きまして、東京都の吏員、職員がその連盟の仕事をやつておつたのであります。それから都議会におきましては、国会に陳情をいたしますとともに、連合軍司令官に対しまして嘆願を議決いたしまして、それぞれの要請を続けておつたような次第でございます。
○福田(篤)委員 昭和二十四年以来二十五万円ないし三十万円の事務費を出していろいろ努力をされた、この点は私どもも了といたしますが、しかしこれはあくまで都庁内の事務費の支出であつて、この島民に対しては、都庁側は残念ながら何らの援助も、何らの考慮もしてないことが実態であります。東京都の島嶼引揚扶助規程というものがありますが、その規定によりまして、八丈島、大島の引揚げ島民に対しては、引揚げ後それぞれの島に帰還するまで生活保障を行つている、またその帰島後も軍使用による建物損害等に対しましては補償しておりますが、小笠原島民に対しましては、当時の支庁長が独断で、かつてに都の扶助を断つてしまつている、そして島民は非常に迷惑をしているのでありますが、この事実を副知事は御存じでありますか、お伺いいたします。
○春参考人 お話のように、小笠原の人たちが引揚げて来られました際に、支庁長の中村という人ですが、その意見等もありまして、事実小笠原からお引揚げになつた方々で規定による扶助をお受けにならなかつた方々もあります。 それから東京都当局の努力が足りないということでありますが、東京都といたしましては、引揚げその他につきまして、連盟の方たちと緊密な連絡をとつて、絶えず御協力もいたしているのであります。一時小笠原に対しまして帰島の見込みが非常に濃厚でありそうな情勢のときもあつたのでありますが、そのときには連盟の方たちとも詳細に連絡をとりまして、帰島に対しますいろいろ具体的な計画等も、協力をいたしまして進めておつたような次第でございまして、決して小笠原の人たちに対しまして、努力をいたさなかつたわけではないのであります。
○福田(篤)委員 私が今お話を伺いまして非常に大きな憤慨、義憤を感じたことは、八丈島、大島には当然規定に従つて援助もし、扶助もした、しかし都の職員である中村支庁長が独断で、その規定を無視して、小笠原島の島民に対しては一銭も払わなかつた、この事実を今副知事はお認めになつたのでありますが、これは重大な問題だと思う。中村支庁長が、職員としての一見解で、一職権でこの悲惨な引揚げ島民に対して扶助をかつてに断つてしまつた、それをまた都の最高責任者が黙認をしておつた。これは重大な問題だと思うのであります。何ゆえそれを承諾されたか、また今まで放置しておつたか。またいろいろ協力されたと言われますが、それでは具体的にどれだけの扶助をされ、どれだけの援助をされたか。私には抽象的なものでなくて、具体的な問題をお答え願いたい。
○春参考人 お答えを申し上げます。その引揚げの際に扶助をしなかつたという点は、中村君が役所の支庁長として支給しなかつたというのではないのでありまして、そのときに島民の代表者の方々と中村君とが話し合つた結果、島民の方たちがお受けにならなかつたのだというように、当局の私どもは承知いたしているのでありまして、その間に中村君が村の人たちとどういう相談をしたか私は存じませんが、私どもは、役所として断つたのではなくてお受けにならなかつたように聞いておりまして、役所が支給しなかつたというふうには、私どもは承知いたしておらないのであります。
○福田(篤)委員 これは決して春副知事個人をお責めしているのではなくて地元の都民として、島民に対して一支庁長のごとき地位の者が、そういうような今のお話で、扶助を全然考えなかつた、また大島、八丈島には与えた、これはあなた方が副知事という立場でなく、都の最高責任者としてお考えになつた場合に、そういう冷淡な御答弁で、はたしてそのままお済みになるかどうか、私はこれは重大な問題だと思う。今伺うと、いや都の職員がかつてに断つたのでなくて、島民が向うで断つたと言われますが、われわれの常識に従うならば、軍の強制命令に基いて引揚げ、もう食うに食なく、一物もないような悲惨な人々が、その扶助をかつてに断るようなことは考えられない。このことはあとで、都の御答弁と同時に、引揚者の島民の人のお話を聞きまして、あらためてこの問題は追究いたしたいと思います。 それから小笠原島民は引揚げて以来、やむを得ない事情で全国の各地に分散居住しておりますが、東京都に四千人以上いるそうであります。この人たちに各種の援護をおそらく都としても行うことになると思う、またそれを信じますが、その場合に東京都以外に居住している住民に対しましても、小笠原引揚民として同一の範囲に入れて措置を講ずるお考えがあるかどうか。またそれに関連しまして小笠原引揚げの漁民の例がありますが、その融資を受けようとする要望に対しまして、漁民の一部が東京都内に居住してないというだけの理由で、全島民をもつて組織しました漁民の団体に、東京都がバツク・アップできないというようなお答えもあつた、そういううわさも聞いておりますが、それは少し狭過ぎると思う。事いやしくもこれはあなた方の行政権の管轄下にある最も大事な都民の人々でありますが、こういう援護を今後具体的に行う場合に、今申し上げたように同一範囲で、たとい都内にいなくても、島民全体のカテゴリーの中でお考えになるあたたかい気持があるかどうか、これについてお伺いをしたい。
○春参考人 お答えをいたします。今東京都内に引揚げて来られた方が大多数お住まいになつておるのでありますが、静岡県、栃木県等にも集団でお住みになつておる方もあるのであります。こういう際には扶助をどういうふうにするかという考え方といたしましては、以前に東京都民であつた方というような方に対してするという考え方もありますし、また現在東京都におられる方に対してするというような考え方もあると思いますが、今度外地から引揚げて来られた方の援護その他につきましても、そういう二つの考え方があるのであります。それで東京都の場合におきましては、現在東京都におられる方に対しましてお世話をするということは、これは当然でありますが、以前小笠原におられた方で、現在東京都以外に引揚げておられます方に対しましても、十分の考慮を払つて参りたいと思います。同一な扱いをするかしないかは別といたしまして、包括して考えたいと思います。具体的な方法についてはよく調べた上でお答えをしたいと思います。
○上塚委員長 並木芳雄君。
○並木委員 当時引揚げた世帯数とそれから人数を伺いたい。
○春参考人 引揚げ当時の島民の数が七千七百十一人で、現実に引揚げて来られました方は六千八百八十六人であります。
○並木委員 そこに差がありますけれども、それは島に残つた人ですか。それからあとでこちらから向うに帰島が許された人は何人ぐらいですか、全然ありませんか。
○春参考人 今の差の方は島に残つた方であります。それから講和条約発効後に向うにお帰りになつた方は、百三十五名だと開いております。
○並木委員 その百三十五名はどういう理由で帰ることができたのでしょうか。
○春参考人 お答えをいたします。それはアメリカ側の指定される条件にはまつておられる方たちが、お帰りになつたというふうに聞いております。
○並木委員 外務政務次官にお尋ねします。今春さんのお答えによると、アメリカの方で許した百三十五名の者だけの帰島が実現されております。そうすると残りの者もアメリカの方で許せば希望がかなえられると思うのですけれども、その点の交渉その他どうなつていますか。
○小滝政府委員 この点は今参考人から申し上げたかと思いますが、占領下におきまして帰島を認められた者は、ヨーロツパ人との混血児に限られておつたのであります。しかし混血児だけを帰して日本人を帰さないというのは、人種的の差別待遇ではないかというような点もつつ込んだことはございます。ことにラドフオード提督が日本に参りました際、この点も外務大臣から直接申しまして、そういうことのないように、ぜひ帰島を認めるようにということを懇請したのでありますが、どうも軍事上の立場から、いましばらく帰島を認めることはできないというような返事でありまして、爾来引続きこうした面も事あるごとに申入れをしております。主として軍事的な理由及びまた時には経済的な理由を持つて来たこともありますが、こうした理由のもとに、まだ認められておらないことは、非常に残念であります。今後とも努力を続けたいと考えております。
○上塚委員長 並木君に申しますが、春君が東京都の予算の関係で、急いで帰らなくちやならぬそうですから、まず春君に対して質問をしていただきたいと思います。
○福田(篤)委員 副知事がお忙しいようでありますから、今の質問に関連いたしまして都並びに外務省の見解をお伺いしたいと思います。 百三十五名の混血児をある事情で向うの許可があつたから島へ帰したということでありますが、この国籍はたしか日本の国籍を持つておる。これは明らかに日本人であり、かつ東京都民である。そうなりますと、一部の百三十五名の東京都民が小笠原島に帰つておりますが、これは東京都の理事者としましても責任がある。その教育につきましても、その生活についても、ほかの離れ島にほつておくわけに行かないのでありまして、東京都は彼らの生活につきましてどういう責任を持ち、またどういうことをやつておられるか、これをお伺いしたい。 それに関連しまして、外務省も、日本人がある島に百三十五名だけ行つておる。その間の通信とかあるいはそのほかの保護につきまして、たとえば沖繩につきましても御承知の通りちやんと連絡事務所が置いてありますが、事務所を置いてあるかどうか、ないとすればどういうわけで置かないのか、この理由をまず都側からお答え願います。
○春参考人 御承知のように小笠原は日本の島ではございますが、現在行政権は及んでおらないように聞いておるのであります。従いましてその地域におられる方は東京都民である方でありましても、現在は行政権は及んでいない状態であります。
○福田(篤)委員 平和条約の第三条によつて、これは明らかに日本の領土です。もちろん今言われたように管理権、行政権はアメリカが持つておりますが、東京都はアメリカ側の一方的な解釈によつて、一部の郡民だけがそこに引揚げられた、それについて行政権がないからといつて放任していいかどうか。たとえば、百三十五名の一部では困ります、われわれは七千人島民の問題であるから、一括してお考え願いたいということを、当然主張すべきであると思いますが、これについて何らかの対外折衝をされたかどうか、お伺いいたします。
○春参考人 現に東京都民であり、島におられた日本の方たちが一部お帰りになつておるのでありますから、引揚げられた方たちには、即刻並びに一定の期間を置いて帰りたいという希望が過半数ございますので、東京都といたしましては、都民の方たちの要望が実現いたしますように、できるだけの努力を続けて参りたいと思います。
○小滝政府委員 小笠原におります諸君との通信は、普通の郵便制度がまだできていないので、便船によつて便船のあるごとに行われておるようであります。ただ、その事務所を設けたらいいじやないかということは、この前も福田委員から指摘せられた点でありますが、人数が少いといつても、同じ日本人で重要な点においてはかわりもありませんが、向うの方でそうした点はまだ認める段階に至つていないので、残念ながらまだ事務所は設けておりません。しかし、できればもつとよけい帰つて行ける方向にするという点に、より重点を置いて交渉いたしたいというように考えております。
○並木委員 百三十五名が混血児であるという理由で帰島が許された。混血児という証明はどういうふうにしてやつたのでしょうか、日本人のほかに外国の国籍を持つている人ばかりでしょうか。
○春参考人 はなはだ申訳ありませんが、どういう標準で混血児であるということを認めたかということは、私存じません。
○並木委員 春さんだけと言いますけれども、関連していますから外務当局にお伺いしますが、これはどうなつておりますか。もし証明がつかないようなことで、どういう標準でやつたかということによつては、これは人種的な差別待遇にもなつて来る大問題だと思うのです。みな二重国籍として外国の国籍を持つている人ばかりですか。また当然そうでなければ今の説明は納得できない。
○小滝政府委員 これは先ほど福田委員も指摘しておりましたように、みな日本人であります。ただ当時占領下におきまして、当方の資料を占領軍の方で点検して、そうして適当と認める者を帰したことになつておるのでありまして、必ずしもこれは欧米人でこういう証明があるからというようなものではなしに、日本人の中からそうした種類の者を帰したというのが当時の実情であつたと了解しております。
○並木委員 それについてはあとで議論がありますから、それは後刻に譲ります。 春副知事にお尋ねいたしますが、先ほどお話の出た当時の中村支庁長さんは、現職は何をしていらつしやるのですか。その下の名前はどうなんですか。
○春参考人 当時の支庁長は中村明という人ですが、なくなられました。
○並木委員 その当時島民の代表の方と相談をして、補助を断つたというのですが、それは何か記録が残つておりますか。またその当時の島民の代表はだれであつたか、わかつたらお知らせ願います。
○春参考人 書類で見たのではなくて、その当時に関係していた者から口頭で承つたのであります。
○並木委員 それでは念のためにお伺いしておきますが、口頭で聞いたという関係の当時者の現職名と名前をお知らせ願います。
○春参考人 当時関係した職員というのは、民生局におる藤平という人で、名前は存じておりません。
○並木委員 それから、もちろんこれは強制引揚げだつたのでしょうね。それをお答え願いたいのと、それから当時軍の命令か日本の行政府の命令かどつちかわかりませんが、うちなんか全部焼き払つて引揚げろという命令が出ておつたとも聞いておるのですけれども、その点についてはいかがですか。
○春参考人 そのときには軍の勧奨によつた引揚げだと思います。それから現実に家を焼いたのは引揚げられた後だと私は聞いております。
○並木委員 引揚げられた後焼いたのは、日本の軍が焼いたのですか。
○春参考人 その点は、当時に残つておられた日本の方たちでありましたか、あるいはその当時におられた軍の方たちか、その点は存じません。
○並木委員 引揚げて来られて相当生活に困つておられると思いますが、その中で生活保護法の適用を受けている家族がどのくらいあるかわかつておりますか。
○春参考人 これは非常に漠然たる標準でありますが引揚げて来られた方たちの暮し向きの程度をABCという段階にわけて調べたものはありますが、現実に生活保護を受けている方は何人かという調べは今持つておりません。
○福田(篤)委員 関連質問。それでは最後に大事なことでありますから、春副知事もお急ぎのようでありますから、はつきりもう一ぺん念を押しておきたいことは、先ほど、東京都内におらなくても同一範疇で援護その他は考える、これは非常にありがたいことでありますが、同時に中村支庁長——死んだそうでありますが、中村支庁長が島民の希望で断つたそうですが、もし島民がはつきりと援護を希望した場合には、当然これをさかのぼつて都としても援護すべき義務があると思いますが、これについてのお考えを最後にもう一度念を押しておきたいと思います。
○春参考人 今お話に出ました現在東京都におらなくても同一範疇で考えるということでありますが、同一範疇でやるということは、そういう人たちも対象として考えるということで、現在東京都におられる方とすべてを同一条件で考えるいうふうにはお答えをしていないのでありまして、同一とするかしないかは、そのときの状況によつて考えるという意味で、援護の対象としては考えるという意味に御了承を願いたい。 それからそのときに断つたのではなくて、もらう意思があれば出すかというお話でありますが、現在はその規定もないのでありますが、そういう事情が明らかになるといたしますれば、そういう状態については東京都としてもあらためて考えるということであります。
○上塚委員長 喜多壯一郎君。
○喜多委員 春さんにお尋ねします。もうこまかいことはほかの方がおやりになつたが、私は根本はまだあなたがお答えになつていないと思うのです。サンフランシスコ講和条約によつて、結局沖繩も奄美大島も小笠原も日本の主権のもとにあるということははつきりしている。しかるに距離的には一番日本の首都に近い、またその行政区画の中の小笠原に、サンフランシスコ講和条約ができてから今日まで長い間帰ることもできないし、行くこともできない。これは一体東京都という行政官庁がなまけているのか、あるいは手続が足りないのか、あるいは熱意が足りないのか、それともあなたの方じや行政官庁として十二分のことをしているが、外務当局が腰が弱いのか。それをあなたはどう考えるか。あとの参考人の意見も聞いて一つの標準をとるのだが、あなたの方は全力を尽しているのだというならば、外務省の方に大砲を向けなければならない。どうお考えになりますか。
○春参考人 この問題は国際的な関係が非常に重要でございますので、外務省が中心になつてごらん願いまして、それを管轄しております東京都並びに関係の人たち、三者一体になりまして運動を続けるべきものだと私たちは考えております。
○上塚委員長 福田昌子君。
○福田(昌)委員 ただいまの喜多委員の質問に関連いたしますが、私どもといたしましては、小笠原の返還、琉球の返還というようなものも、一緒に総括してサンフランシスコ条約の締結の際に考えてしかるべき問題であつたと思うのであります。東京都の行政を担当しておられます、そうしてまたその当時も担当しておられた春副知事の立場におかれまして、このサンフランシスコ条約締結のその前に、外務省に伺つてでも小笠原の返還に対して強い要望をなさつたかどうか、そのことを一点お伺いしたいと思います。
○春参考人 お答えを申し上げます。それは東京都議会の名によつてお願いをいたしております。
○福田(昌)委員 私小笠原の現実の状態を詳しく知らないのでございますが、一応日本本土に引揚げられました中で、戦後百三十五名がまた帰島されたと承りました。引揚げられなかつた日本人もあるわけでございますが、日本に国籍がある人たちが、現在小笠原の諸島にはどれだけおられるのか、承りたいと思います。
○春参考人 お答えをいたします。その帰られました百三十五名の人たちだけだと思います。
○福田(昌)委員 初めから日本に引揚げられなかつた方があるはずでございますが、その人たちを含めて現在主権は日本にあるわけでございますから、日本人としての国籍を持つている人が何人あるかということを承りたい。
○春参考人 お答えをいたします。残つておられた方たちはその後ほとんど全部お帰りになつておられるように聞いておるのでありまして、今おられる方たちはお帰りになられた百三十五名の方たちと記憶しております。
○福田(昌)委員 私少し遅れて参りましたので、数字の点がはつきりいたしておりませんが、大体引揚げるべき人員になつておつた七千七百何名かのうち、引揚げられたのが六千八百何名だということを承つたのであります。そういたしますと、その当時すでに九百何名かは残留しておるはずだと計算いたします。それにさらに戦後帰島された方が百三十五名あるということでしたから、また生れた人もありましょうし、そういたしますと、日本の国籍のある島民は何人あるかということをお尋ねいたします。
○春参考人 お答えをいたします。残つておられました九百名ぐらいの方たちは一部の方たちは戦死といいますか、玉砕といいますか、なくなられまして、私どもが承知している限りでは、ほとんど全数お帰りになつて、現在お住まいになつておられるのは、先ほどの百三十五名の方たちだと承知をしております。
○福田(昌)委員 私どもといたしましては、一応潜在的にいたしましても主権が日本にあるので、小笠原諸島に対しましてそういつた人口動態さえ、東京都の責任ある春副知事においておわかりにならないということは非常に遺憾に思います。こういう状態でありますから、従つて日本人がおりながら連絡事務所もおつくりになる意思が現在ないものであろうと考えまして、この点非常に遺憾に思うのであります。重ねてお尋ねいたしますが、こういつた百三十五名プラス幾人かの日本人がおられるわけですが、こういつた人たちの生活はどういつたことによつてささえられているか、その点承りたいと思います。
○春参考人 お答えをいたします。これは私どもは正式な報告などを受ける機会も持ちませんので、又聞きに聞く程度の話でありまして、正式にどういう生活状態で、どうされているということを、ただいま公式に申し上げるような資料を実は持たないのであります。
○福田(昌)委員 連絡事務所をおつくりになる意思はないのでございましょうか。
○春参考人 お答えをいたします。外務省と御相談をいたしまして、そういう方法が許されますならば、そういう措置を講じたいと思います。
○福田(昌)委員 こういつた人口動態さえはつきりいたしておりませんのは非常に遺憾でありますが、少くとも日本人であることにおいてはかわりがない、この日本の人たちに対しまして、たとえば戦争の犠牲に対していろいろな法律ができておりますが、そういつた法律はどの程度適用されておられるか。
○春参考人 お答えをいたします。向うに残つておられました方たちには、東京都の行政権は及んでおりませんので、今のところ何もしておりません。
○福田(昌)委員 調査をしようという状態でも、御意思もないのでございましょうか。
○春参考人 お答えをいたします。私どもは機会があるごとに、向うに行つておられる方たちの状態については詳しく事情を知りたいという希望を持つております。
○福田(昌)委員 小笠原の通貨はどういうことになつておるのでございましょうか。
○春参考人 お答えをいたします。これは外務省からお答えを願う方がいいのじゃないかと思います。
○福田(昌)委員 それでは次官にお尋ねいたします。
○小滝政府委員 アメリカのドルを使つているという情報であります。
○福田(昌)委員 たとえば琉球なんかはアメリカのドルでもありませんし、別個の通貨を持つておりますが、小笠原は完全にアメリカのドルを使つているのでございましようか。
○小滝政府委員 琉球と異なります点は、小笠原の方は海軍がやつておりますので、海軍のやり方は、日本のかつての軍もそうであつたように、やはり陸軍と相当やり方が違うので、小笠原の方ではドルを使つておるようであります。しかも聞くところによりますと、軍票のドルでなしに、普通のドルを使つているという状態であります。
○福田(昌)委員 日本との送金の関係はどういうことになつておりますか。
○小滝政府委員 先ほども答弁いたしましたように、ただいまのところ、そうした便宜のとれる機関ができておりませんので、かりにこちらから送金しようという人があれば、その都度特別の許可を得るというような方法によるより、しかたがないだろうと考えます。
○福田(昌)委員 百何名かの日本の国籍を持つておる人たちが、たとい混血児でありましても小笠原におられるわけでございますが、この人たちの教育状況はどういうことになつておりますか。どういう基準で教育を受けておられるか、その点春副知事に承りたい。
○春参考人 お答えいたします。その点につきましては私どもは存じませんです。
○福田(昌)委員 私どもといたしましては実に残念遺憾な御答弁をいただくわけでございますが、数は少いかもしれませんけれども、一応日本に国籍があるこういつた人たちに対しまして生活の状態も知らないし、教育の内容も一切関知しないというような態度をおとりになつていらつしゃること、非常に遺憾に思います。この点について、今後どのような対策をとりたいという御意思があるかどうか承りたいと思います。
○春参考人 お答えをいたします。外務省の御支援、御協力を得まして、できるだけ正確な情報をもとに、それに基く対策も講じて参りたいと考えております。
○福田(昌)委員 この点につきまして政務次官にお尋ねいたします。
○小滝政府委員 ただいま副知事からもお話がありましたように、協力してできるだけのことをいたしたいと考えております。
○上塚委員長 穗積七郎君。
○穗積委員 春副知事がお急ぎのようでございますから、簡単にちょつとお尋ねいたします。 最初七千七百何がしから六千八百何がしが引揚げられたときに、九百何がしが残留されたとのことですが、それもその後日本へ送られたようでございますが、それは一体だれの権限で、いつどういう状況で送られたか、そのことをお尋ねいたします。 それから時間がありませんから関連してお尋ねいたしますが、副知事のお見えになる間にお答えいただいた方がいいと思いますので、横田さん、藤田さんからお答えをいただきたいと思います。当時の補償を断つたのは中村支庁長ではなくて島民だということですが、その間の事情についてお聞き及びの点がありましたら、島民を代表してお答えいただきたいと思います。 次に第三点でもう一ぺん春副知事に第二問としてお尋ねいたします。それは先ほどお話のように——次官からもお話がありましたが、領土権は日本にございますが、行政権がアメリカに託されておつて、そこで日本の国籍を持つた、すなわち東京都民である百三十五人の生活状況についてはこれを知らないということでございます。しかし行政面がアメリカに委託されておりましても、東京都民である、日本人であることは当然でございますので、従つてその場合におきましては、島民の生命財産の保障、教育等の生活につきましては、アメリカ側が責任をもつてこれを保障する、そういうことをこちらから委託すべきだと私ども常識的に考えます。直接われわれが行政権を及ぼすことはできないにしても、ある意味におきましては行政権を向うの軍当局に委託しておるわけですから、その間において何らかの申合せ、または協定が結ばるべきだと思いますが、それがどうなつておるか。それから生活状況あるいは教育状況につきまして調べたいが、調べるよすがもないので不十分であるというお答えで、実情をお答えできないような状態ですが、そういう状況でございますならば、当然行政権を握つておりますアメリカ側から、政府または東京都へ報告の義務があると思う。それを要求された事実があるかどうか、今後どういうふうにされるつもりであるか、その点について御方針を承つておきたいと思います。逐次三問についてお答えを願いたい。
○春参考人 お答えいたします。最初残留された方のうちで引揚げて来られた方は約六百人だつたようでありまして、これは外地引揚げのように特別の配船によつて引揚げて来られたわけであります。
○穗積委員 時期はいつですか。
○春参考人 その時期はちよつとあとにおまわし願いたいと思います。 それから今の、向うの事情をアメリカ側に正式にこちらから照会するなり、要望したことがあるかという点でございます。これは直接私の方から向うへ請求、要望というようなことはいたしておりませんが、外務省の御支援、御指導を得ましてそういう道を開いていただければ、私どもはできるだけお願いもし、また調査も進めて参りたいと思います。
○穗積委員 外務省は要望された事実がありますか。
○春参考人 この問題につきましては、南方関係の事務につきまして外務省方面とたびたび折衝、打合わせをいたしております。書類によるお願い等はございませんが、事務的な打合せなり、お願いは続けております。
○穗積委員 島民の代表としてはどうですか。
○上塚委員長 藤田参考人。簡単にお願いいたします。あとでまた詳しくお話を承りますから……。
○藤田参考人 この問題につきましては、また後ほど御説明申し上げたいと思いますけれども、先ほど春副知事さんから、救済を断つたのは、島民の意思によるというようなお話もありましたが、これはまつたく反対でございまして当時の支庁長である中村明という人が、小笠原島の島民は軍や政府に協力している人間である、どんなに困つても、そういう援助を受ける必要はない、こういうことを独断で言つて島民を押えつけて当時非常に紛糾を来したようなこともありましたが、当時役人が非常にいばつておつた関係からかもしれぬですけれども、島民がおとなしかつたために、ついその援助をいただくことができなかつた。それでそのことは泣寝入りになつてしまつたというのが事実でございます。
○上塚委員長 戸叶里子君。
○戸叶委員 他の委員から御質問がありましたので、私は一点だけ春参考人に伺いたいと思います。先ほど政務次官も、帰島を拒んでいる理由は軍事上の理由と、また経済上の理由が、ある程度あるというように御答弁になりました。春参考人のお話によつて幾たびか陳情なされたということですが、おそらくその陳情に対する断りの理由として、同じような御返事を得たのではないかと思います。そこで具体的に軍事上の理由なり、経済上の理由なりの内容をお開きになつたかという点が第一点。それから軍事上の理由はいずれにいたしましても、経済上の理由として、一体小笠原はどういうふうな理由をあげられるか知りませんけれども、小笠原にはたくさんの物資、天然資源があるということを承つております。それであるとするならば、経済上の理由で断られるはずはないと思いますが、その点のお考えを承りたいと思います。
○春参考人 私どもが聞いておりますのは、正式な理由としては、まだ適当な時期でないという理由だというふうに承知いたしております。
○戸叶委員 その適当な時期でないというのは、どういう意味でそういうことを言うのかということは、つつ込んでお聞きにならなかつたのでしょうか。
○春参考人 これは軍事上の理由と経済上の理由だというふうに、私どもは推察いたしております。
○戸叶委員 春さんがお考えになることで、経済上の理由は成り立たないとお思いになりませんか、それとも経済上の理由もあるだろうとお思いになられますか。
○春参考人 これは向うの立場から言うことでございますが、今の貨幣制度なんかとの問題と関連いたしまして、広い意味の経済上の理由というふうにも考えられたと聞いております。
○戸叶委員 その点について、あとから私は外務省にもう少し伺いたいと思いますが、もう一点伺いたいのは、講和条約の発効前には支庁、事務所を置いて、そうして当時の金の二十五万か三十万を使つていたという話でしたが、講和条約の発効後全然それを打切られて、小笠原に対する補助金といいますか、そういつたものを予算面に計上なされなかつたものでしようかどうでしょうか。
○春参考人 お答えをいたします。直接行政権が及ばないことになりましたので、形の土の事務補助金というものは、それから計上をやめておるのでございます。しかし実質的には、連盟の事務所に多少の土地を提供いたしまして役所の者が御協力をいたしております。
○戸叶委員 百三十五名の向うに帰島を許された人たちとの通信とか、あるいは内地との往復というものは、何らかの制限を加えられながら、ある程度なされているものでしょうかどうでしょうか。
○春参考人 お答えをいたします。これは又聞きの話でございますが、向うの便船によりましてあるいは沖繩へ来られたり、あるいは横浜へ来られるというような交通の方法をおとりになつておるようでございます。
○戸叶委員 あとのことは後ほど伺いたいと思います。
○福田(篤)委員 今島民代表の御回答によつて、先ほど春さんが言われました島民の希望で援助をしなかつたということは、間違いであることがはつきりしたわけですが、春副知事のお人柄は信じておりますので、おそらく御存じなく、下僚の言葉をそのまま言われておるのだと思います。こう事態がはつきりした以上は——当時の状況を調べますと、大島や八丈島の人は島に帰るまで都が生活を扶助しておつた、十分食えるあたたかい援護の手を仲べたのであります。もしこれが一支庁長の独断で、実際与えらるべき援助が不当に与えられなかつたことがはつきりした以上は、おそらく副知事のお立場からいつても、またあなたの御人格から申し上げましても、当然これはさかのぼつてこの際援助して、そうして島民の新しい希望と当時の状況とを勘案しまして、八丈島ないし大島と同じように島民に支給せらるべきだと思いますが、この点を最後にお伺いしたいと思います。
○春参考人 お答えをいたします。東京都庁といたしましては、その当時小笠原に対して差別扱いをする意思があつたとは私ども考えられないのでありまして、もしその間に行き違いがあつたとすれば、役所としては当然考えなければならないことだと存じております。
○穗積委員 もう一点伺いたい。今の点は福田さんからお尋ねをいただきましたので、補償問題についてはぜひそういうふうに御処置をいただきたいと思いますが、先ほどお答えがございませんでした第二次引揚げの六百何人の方の引揚げの時期と、それらの人々に対しまする補償問題はどういうふうになつているか。それはいつお答えいただけましょうか。
○春参考人 お答えをいたします。今ここに引揚げの資料を持つておりませんので、調べまして後刻文書でお答えをいたします。
○上塚委員長 それでは春君、もうよろしゆうございます。 次に小笠原島帰島促進連盟委員長横田龍雄君の陳述をお願いいたします。
○横田参考人 私ども小笠原島民のため、皆様が貴重な時間をさいてこうした催しをしていただきましたことを厚く御札を申し上げます。私は小笠原の島民がどんな理由で引揚げて来たかということ、そして現在どんな状態であるかというようなことについて申し上げたいと存じます。 まず第一に申し上げたいことは、私どもが小笠原島を引揚げたのは、引揚げさせられたのであつて、島民の自由意思によつて引揚げたのではないということであります。それは昭和十九年二月ころのことであります。南方戦線視察の帰途、陸軍の佐官級の参謀が二名来島して、要塞司令部におきまして、小笠原支庁長や警察署長と会談いたしまして、戦況の推移、また軍需品や食糧の輸送の困難等を考慮しての結果、急速に全島民を本土に疎開させるよう善処方を勧告したのであります。その結果、同年四月三日に、軍船を利用いたしまして第一船で七百十一名の引揚げが行われたのでありますが、島に発疹チフスが発生しているということが本土に伝わり、引揚げられては困るということになりましたので、一時引揚げを中止したのであります。しかるところ六月十五日、小笠原島は第一回の大空襲を受け、戦争の事態が逼迫して来たという理由のため、当時第百九師団長であり、かつ小笠原兵団長の栗林中将は、老幼婦女子を戦闘の惨烈性に加えたくないこと、またこれらの人々がいる場合は戦闘の足手まといとなつて日本軍の用兵作戦上能力を低下させるおそれがあるとの理由によりまして、すみやかに島民を内地に引揚げさせたい旨の意見を具申して、陸軍大臣及び参謀総長に打電したのであります。それは昭和十九年の六月二十五日の由であります。これに対し陸軍大臣より返電があり、六月三十日に島民の強制引揚げを命ぜられたのでありまして即時疎開せよとのことでありました。発令当日の未明に乗船して二見港を出帆したのであります。また所持品は身のまわり品一人当り三個に限定され、一切のものを島に残して引揚げさせられたのであります。しかし軍船の都合で一時に乗船できず、八月初旬までに順次五梯団にわけられて引揚げたのでありますが、わずか三個に制限された荷物も、波止場に出しておいて焼夷弾に焼かれ、何一つ持たず命からがら乗船した者も数多くありました。右のような次第で、そのとき小笠原、硫黄島を合せて八百二十五名の者が島に残されましたが、そのうち硫黄島に残されたものは二百三十名ありました。悲しむべきことには、この硫黄島に残された二百三十名のうち、わずか八名が生き残りまして、他は全部守備軍とともに玉砕してしまいました。また父、母島においても漁撈中あるいは農耕中十数名の犠牲者を出したのであります。この引揚げにあたつては、玉砕しても島に残りたいという者も相当数多くありまして、これらの人たちはまるで生木をさかれるような思いで、泣き悲しんで故郷をあとにしたのであります。しかしこれも命令であつてみれば、どうすることもできませんでした。それが遂に十年この方いまだに帰島も許されないありさまとなつたのであります。 引揚げ作業は、最終回に二十余名の犠牲者を出しましたが、幸いにして老幼婦女子は途中事故もなく横浜港に引揚げができたのでありますが、まる裸同様で引揚げさせられ、大半は身寄りもなく、寺院、学校等の集団居住をして逐次各所に分散して行つたのであります。 次にこの際一言申し上げたいことは、当時八丈島、大島等からも本土への引揚げが行われましたが、これは強制的なものではなく、任意のものでありましてそれで東京都では島嶼引揚扶助規程といつたようなものができており、これら引揚者に対しては何らかの扶助があつた由であります。しかるに小笠原島民に対しての援助は、きわめて微々たるものであり、生活の支柱と安住の地を失つた島民に対する援助としては、まつたく皆無であつたと申しても過言ではないと思います。 顧みれば引揚げさせられてからすでに十年になります。毎日故郷の空をながめて暮している私どもといたしましては、この十年は百年にも思われる年月であります。私たちはこの間、もう帰れるか、もう帰れるかと思い続けて、懸命に帰島の努力をいたしております。中には、引揚げ以来死んだ家族の遺骨を二体も三体もかかえて、帰島してから先祖の墓地に埋めるのだと言つている者もあります。強制的に故郷を追われてこの十年間、米国は帰島を許さず、政府は何らの措置も考えてくれず、島民の大半は今はにつちもさつちも行かないという困窮状態に追い込まれました。一体アメリカはどうして私たちの帰島を許さないのでありましようか。サンフランシスコの講和条約は、前例にもない信頼と和解による条約であつたといわれておりますが、主権の残された日本固有の領土に島民の帰島を許さないというアメリカの政策は、まつたく了解できないところであります。また日本政府も、私どもの過去八年にもわたる帰島の努力に対して、一体どれほどの対米交渉をやつてくれたでありましようか。私たちは石にかじりついても帰島の努力を続ける覚悟でありますが、私たちも今となりましては、どうにもならない状態に立ち至りましたので、このたび政府に救済方を要望したい考えのものに準備しております。 どうぞ国会及び政府の皆様、私たちの事情をよく御調査くださいまして、この念願がかないますようお願い申し上げます。(拍手)
○上塚委員長 ありがとうございました。次は藤田鳳全君。小笠原島帰島促進連盟常任委員であります。
○藤田参考人 ただいま横田君より帰島の当時のことにつきまして申し上げたのですが、小笠原島の全島民七千七百余名は、昭和十九年の四月、日本軍の軍事上の理由によりまして、本土に強制引揚げを命ぜられまして、すでに十年になります。引揚げにあたりましては、所持品品は先ほども申し上げま出たように、わずか三個しか持つことができませんでした。まつたく文字通り着のみ着のままで引揚げて参つたのであります。小笠原島の島民が、東京から六百海里も離れた南方の島で漁業や農業を営みまして、不自由なく生活いたしておりましたものが、まつたく身寄りもない、生存競争のはげしい本土に引揚げて参りまして、この十年間の長い貧乏暮しに、ようやくにして九死に一生を得ているというのが、小笠原島の引揚者全島民の状態であります。引揚げ後の小笠原島民の生活状態につきまして、昨年五月東京都総務局行政部地方課の小笠原関係戸籍事務所と私ども小笠原島の引揚促進連盟で共同調査をいたしたのでありますが、次のように変化しております。これは昭和十九年の引揚げ前と、昭和二十五年と、昭和二十八年の三段階にわけて、調査いたして来たものでございますが、こまごましいことは申し上げませんで、きわめて大ざつぱに申し上げますと、資産を有し、事業を経営して、生活のゆたかなもの、すなわち小笠原において上層階級といわれたものが、昭和十九年の引揚げ前には五十四戸ありました。それが引揚げ後の昭和二十五年になりますと八戸になり、昭和二十八年の五月にはたつた三戸に減つております。それから若干の資産を有して、日常生活に困らぬ中産階級は、引揚げ前には三百三十九戸あつたものが、引揚げ後の昭和二十五年には三十一戸になり、昭和二十八年の五月現在ではたつた二十五戸になつてしまいました。それから収支のバランスが合つて、普通の生活のできる階級は、引揚げ前には三百九十一戸ありましたが、昭和二十五年には三百十六戸になりまして、二十八年には百八十戸に減少しております。それから次に日常生活に困つている下層階級は、小笠原におつたときどのくらいあつたかと申し上げますと、引揚げ前には総計千六十戸のうちわずか七十三戸しかなかつたものが、二十五年には五百七十六戸にふえまして、二十八年五月には九百三十戸にもふえて参りました。それから国またはよその援助を受けてやつと暮しているという最下層階級が、どれぐらいあつたかと申しますと、引揚げ前にはたつた三戸しかなかつたのであります。ところが昭和二十五年には百二十九戸となり、二十八年五月には二百五十二戸、このようにふえております。引揚げ後多少戸数がふえておりますが、これは住居がないため分散した、あるいは結婚のため分散したというようなことから、生じたものであります。 以上の通りでありまして、島民が引揚げ後いかにどん底生活に陥つたか、この数字が如実に示しております。なお当時の調査でありますが、島民が引揚げ後、生活苦のために異常死した者が百四十七名もありまして、そのうち一家心中、親子心中が十二件で、合計十八人含まれております。これは昨年の調査ですが、現在はまだふえておるものと思つております。全死亡者三百九十九人のうち、三分の一強というものが生活苦から死んでおります。まつたくこれらは人道問題といたしましても重要ではないかと私は思つております。しかし現在までのところ残念ながら、これに対しまして政府からも東京都からも、何らの同情的措置を講じてもらえないという状態であります。 終戦後、われわれも沖繩、奄美大鳥の島民同様に、郷土に帰還することは当然許されるものと思つておりました。しかるに昭和二十一年に欧米系に血のつながりのある者だけわずか百三十五名が帰還を許されたのみで、一般の島民はいまだに一名も自分の郷土へ帰ることを許されておらないのであります。サンフランシスコの平和条約によつて、小笠原島は沖繩、奄美大島と同様に、主権が日本に残され、三者は同一状態に置かれたにもかかわらず、何ゆえか小笠原島に限つて島民の帰島も入域も許されておらないというような実情になつております。昨年八月八日のダレス声明によりまして、奄美大島が日本に復帰したことは、これは私たちと同一運命に置かれた仲間の一人が蘇生したということでありまして、まことに喜びにたえないところでありますが、その反対に、沖繩と小笠原島は無期限占領を続けるということを声明されました。主権を日本に残したのでありますから、いつかは返すかもしれません。しかし米国が軍事上必要とする限りは返さないということでありますから、あるいは孫子の代になりましても返さないかもしれません。しかし日本は講和条約第三条によつて、これに何らの異議をさしはさむことができなくなつておるのではないかと思います。してみますれば、われわれの郷土は日本に主権が残されたということだけであつて、実際は政府としましても、われわれ島民としましても、たなから落ちて来るぼたもちを待つよりほかに方法がないというようにさえ考えられるのであります。 われわれ小笠原の島民が直接に要望し、また悲願としておるところは、領土問題は第二の問題といたしまして、自分たちの故郷である島に帰さしてもらいたい、自分の郷土に帰りたい、この一念に燃えておるのであります。父祖の代から島に築き上げた生活の本拠を失つてからすでに十年目であります。われわれがみんな野たれ死にをしてから帰島を許されても、これは何にもならないことでございます。私どもは島に帰りさえすれば、また島には必ず帰れる、米国は寛大なる国であり、キリスト教の国である、まさか島民の帰郷を許さぬということは、常識をもつても考えられない、こういう考えのもとに、過去八年間にもわたりまして、帰郷促進の努力を続けて参りました。これは必ず帰してくれるだろうという一縷の希望のもとに、今日まで苦しい境遇を生き抜いて参つたのでございます。死ぬなら故郷の土で、故郷に帰つたらすぐ死んでもいいから帰りたい、こう言つて泣き暮しておる者もたくさんおります。先ほど横田君が申し上げましたように、家族が死んでも故郷に帰つて祖先の墳墓に骨を埋めたいのでありまして、遺骨を二体も三体も抱いておる者も数多くございます。 私ども小笠原の島民は、はなはだ微力ながらも全力を尽して、全島民結集いたしまして、終戦以来、米占領軍総司令部を初めといたしまして、米政府、米軍、米関係方面の権威筋、あるいは日本政府、衆参両院、その他有力な筋に対しまして、七十回近くも帰郷に関する請願、陳情を正式に続けて来たものでございます。しこうして昨年八月四日の衆議院におきましては、おかげさまをもちまして、全会一致をもつてわれわれ小笠原島の島民の熱望にこたえてくださいまして、小笠原諸島より引揚げさせられた元住民の帰郷に関する決議案が可決されまして、私どもは国会の御好意に感謝いたしたのでございます。しかるにその直後である八月八日のダレス声明で、奄美大島は返すが、その他は現状のまま米国はこれを確保すると言つたのであります。 ただいま申し上げましたように、私どもは米国側に対しまして数十回の請願、陳情をいたしましたが、講和前はまつたくこれはなしのつぶてでございました。講和条約発効後ようやく返事をいただくようになりました。しかしその返事は、国務省筋のものは外交的辞令のようなものでありまして、米軍からいただいたものは、すなわち米軍と申しますと太平洋艦隊司令長官、現在では統合参謀本部議長をしておられますラドフオード大将、それから昨年交代されましてスタンプ大将になつたのでありますが、これらの米海軍当局からいただきました書簡というものは、ことごとくきわめて簡単なものでありまして、ただノーという回答だけでございました。理由は何ら示さずに、われわれはまつたく失望のどん底に陥つておりました。ただ昨年の十一月十二日と思いますが、ダレス国務長官から、具体的解決を切望している、こういつた書簡が福田篤泰代議士あてに参りまして——これは米国大使館からいただきましたのですが、これによつて島民は初めて何か一縷の希望を抱くようになつたのでございます。 私ども小笠原島の島民が、なぜこのように長い間帰島を熱望して来たかと申しますと、それは第一に、今から八十年ほど前から辛酸に辛酸を重ねて築き上げた祖先墳墓の故郷を愛するがためであります。この島は、私どもの祖先が生命を賭して帆船で渡航いたしまして、無人島を開拓して今日の小笠原島を築き上げたのでございます。従つてこれは日本固有の領土でありまして、真にわれわれの生れ故郷であります。台湾や朝鮮とはまつたくその趣を異にしている郷土であるからでございます。 第二に最も重要なことは、故郷を失うことによつて全生活の本拠を失い、暮しが立たなくなつたという現実問題でございます。内地その他の基地問題にいたしましても、皆様の御承知のように、生活の問題のためにはあのような大騒ぎが演ぜられております。しかしこれらといえども、故郷を全部失いまして路頭に迷つている小笠原島の島民に比べましたならば、まつたくお話にならない小さな問題であるのではないかと私どもは思つております。しかしこれらに対しまして、政府はそれ相当の補償をいたしてございます。しかるに小笠原島の島民に対しましては、故郷を追われて十年にもなるにかかわらず、一文の補償もない。内地の軍事基地、たとえば内灘などのようなものでございましても何億の補償をもらつていることを思いますならば、あまりにもこれは気の毒過ぎることではないかと思われるのでございます。小笠原島の島民だけが、いつまでも、いつまでも戦争の罪過を一身ににないまして、この苦しみを続けながら泣寝入りをしていなければならぬということは、理解できないことでございます。現に漁業法の改正のときにあたりましても、全国の漁民に漁業権の補償が与えられたにもかかわらず、小笠原島の漁民に対しては行政権が停止されているという理由のもとに、その恩恵にも浴することができなかつたのであります。そればかりではなく、小笠原島の漁民に対しましては、融資さえかなわなかつたのでございます。実にこれは不合理というか何というか、力のない者は、またおとなしい者は、常に泣寝入りに終つてしまうというのが今日の状態であります。 大体以上のごとくでありますが、ここにあらためて私どもは皆さんにぜひお願いしたいことがございます。それは第一に、一日も早く島民を故郷に帰していただくようにひとつお骨折りが願いたいということ、第二には、私どもが昭和十九年に小笠原島を引揚げさせられてから今日に至るまでの期間、島民の財産の喪失によつて生じた損失の補償をお願いしたいということ、第三には、小笠原の漁民が帰島することができないために留保されておる漁業権の補償、並びに漁業操業のために必要な資金の融資をぜひとも認めていたたきたいということでございます。最後に一言つけ加えて申し上げたいことは、島民の帰島ができますならば、小笠原島は天然の温室でありまして、いわば東京都の温室でございます。また魚群の宝庫でありまして、すなわち内地の寒中にトマト、かぼちや、きゆうり、セロリその他数々の品を内地に送つて、大都市の台所をまかなうことができるばかりでなく、またこれを駐留軍にも供給するようになれば、その利益は非常に多大であると思います。これらの蔬菜類の引揚げ前の内地への移出額はどのくらいかと申しますと、一箇年平均二百二十一万貫も出荷いたしております。またかつお、まぐろ、さわらその他の魚も一箇年約百三十七万貫に達しまして、また鯨は島の周辺で三百頭内外もとれております。私どもの帰島が幸いにかないますならば、長年の経験を生かしまして、島の産業を開発して国家国民のために尽すはもちろんのこと、米軍が要望すれば米軍にも喜んで全面的に協力を惜しむものではありません。小笠原島民を帰郷させることは、これは米国にとつても、対日感情の上からしましても、あらゆる面からしましてプラスになるのではないかとわれわれは信じております。政府におかれましても、その点を特に強調していただきまして、米国との御交渉をお願い申し上げたいのでございます。何とぞ国会のお力でわれわれ同胞のために、また日米両国のために、ぜひとも御配慮願いたいと思います。 簡単でありますが、これをもつて終ります。(拍手)
○上塚委員長 ありがとうございました。 これにて暫時休憩いたし、午後一時より再開いたします。参考人及び政府委員各位には定刻までに御参集をお願いいたします。 午前十一時五十七分休憩 ————◇————— 午後一時二十七分開議
○上塚委員長 休憩前に引続き会議を開きます。 まず小笠原諸島旧住民の帰島に関する件について、参考人並びに政府当局に対し質疑を行うことといたします。福田篤泰君。
○福田(篤)委員 まず官房長官にお伺いいたします。この問題はすでに官房長官も政府の重大問題として関心を持たれておることと私は確信をいたします。七千名のわが同胞が軍の強制引掛げでふるさとを追われて、しかも十年になんなんとする今日においても、一部の混血児以外は一人も帰島できない。しかも一方政府において並びに地元の理事者において、何らこれに対する救済の手を延べていない。これは人道問題であります。同時にまた日米間の今後の友好関係においてほつておけない問題でありますので、私はまず官房長官にお伺いしたいことは、今までの怠慢なりあるいは事情を知らないために、処置をしなかつたということについては、あらためてここに追究はいたしませんが、このような重大な問題について、島民を一日も早く、米国と折衝し、そして島に帰す努力をされるお考えがあるかどうか。 また第二には、とりあえずこの何ら救済の手を延べなかつた七千有余の島民に対しまして、政府として救済の御意思があるかどうか。また意思があるならば、どういうふうにしてこれを実現されるか。また漁業その他の融資につきましても、樺太その他の引揚者については十分やつている例があるのでありますから、その前例に従つて、少くともこの国会中において何らかの処置を講ぜられて、同胞に対する悲惨な状態を救われるという、具体的なお考えないし方法について、御意見がございましたら承りたい。
○福永政府委員 福田さんのただいま御指摘の点につきましては、もとより政府といたしまして重大関心を持つところでございます。御指摘のような事情が生じておりますことは、まことに関係の人々にとつてお気の毒であり、私どもも遺憾にたえない次第でございます。従いましてまず御指摘の第一点の、そういう関係の方々を島に帰れるようにすることのためにいかにするかということにつきまして、具体的な折衝は外務省等において行つておりますので、さような経過等については直接外務省等にお聞き願いたいと思いますが、政府といたしましては、この郷里を離れて非常にお気の毒な状態にありまする皆様には、できるだけすみやかに島に帰れるようにするようにいたすべきものと考えております。さような考えのもとに過去においても折衝等もいたしておりますが、いまだその成果を上げるに至つてないことは非常に遺憾に思つておりますが、今後一層の努力をもつて帰島が実現するように、諸般の折衝をいたさなければならぬとり考えておる次第でございます。なお次にさような状況のもとに非常にお気の毒な境遇にありまする皆さんに対しまして、何らか救済の方法等を考えなければならないということにつきましても、政府といたしましても同感でございます。いかなる範囲においていかなる程度のことをするとかいうようなことにつきましては、それぞれ所管の各省におきましてすでにある程度の研究もいたしております。なお今後も研究をいたさせまして善処いたしたいと考えております。融資の問題につきましても、他に類似の事例の場合に処した方法等もあることも御指摘になりましたが、さようなことも参考にいたしまして、早急に研究いたしたいと存じます。
○福田(篤)委員 非常に誠意のある御答弁でありまして敬意を表しますが、あなたは現内閣の大番頭として吉田総理につきましてもいろいろな密接な御連絡が保ち得ると思いますので、奄美大島の交渉の点につきましても、吉田総理が非常な熱意をもつておやりになつたことは知つておるのであります。このような意味合いにおいて、どうかこの問題につきまして、先般の岡崎・ラドフオード会談並びに吉田・アリソン会談におきましても、われわれはいろいろな情報を得ておりますが、もう一歩つつ込んであなたからも総理に強く要望いたしまして、現内閣のただちに解決すべき問題として政府も取上げ、またこの国会も五月まででありますが、一日も早く国会において立法措置を必要とするならば、必ず政府の責任において、この国会中に処置せられるというお気持を強くいたしまして、総理に強く御進言になつていただきたい。日米関係につきましても、この問題はあまり延ばしますと非常な混乱が起り、また両国にとりましてもおもしろくない結果が必ず起ると思いますので、その点強く内閣の方針として再確認をしたいと思います。
○福永政府委員 御意見の御趣旨に従いまして、極力善処いたしたいと思います。
○並木委員 補償の問題ですけれども、南方連絡事務局か何かで立案中のものはありませんか。
○福永政府委員 南方連絡事務局等においてもただいま研究をいたしておりますが、場合によりますれば、後刻当該事務担当者からしかるべき方法において申し上げてもと思いますが、この途中の研究過程にありまするものを申し上げますことは、いろいろ誤解等も生ずるおそれもございますので、大体こういうことができるとか、その他のやや的確な見通しがつきましたときに、申し上げさせていただきたいと思います。
○並木委員 必ずやるということであるならばそれでもけつこうです。それから沖繩、小笠原とよく並び称せられるのですけれども、沖繩の場合は渡航も帰島もこういう問題が自由であつて、今問題はないわけです。ところが小笠原の場合に限つて、自分の故郷であり、住所であるところへ帰さないというのは、これはよくよくのことだと思うのです。それはどこに原因があるのか、その点は官房長官御存じだと思います。
○福永政府委員 並木さんのお考えと同様に私どもは沖繩と小笠原にそういう差異があるべきでないと考えます。ただアメリカがどういう必要のもとにどういう処置をということになりますと、必ずしもわれわれの考えているのと同じであるとも言い切れないとも思うのでございますが、これらのことにつきましては、直接折衝に当つております外務省等からお聞きいただきたいと思いますが、いずれにいたしましても、今並木さんのお話のような趣旨によりまして、小笠原だけかようなことであつてはというような考えのもとに、日本政府としては今後もなお一層の努力をもつて折衝すべきものであろうと考えておる次第でございます。
○並木委員 その点は所管の方面になお聞いて参りたいと思います。 それからただいま福田さんの質問の中で吉田総理の話が出ましたが、近く吉田総理は渡米及び海外視察に出られるとのことであります。英国からの外電によりますと、すでに英国政府としては日取りまできめて大いに歓迎するというような外電が入つて来ております。官房長官は御存じでしようが、吉田さんの海外出張というものは大体内定したのか、この点いかがですか。
○福永政府委員 吉田総理の欧米各国をたずねますことにつきましては、前々からいろいろ話等も出ておりますが、今国会が終りますれば、行くものと存じます。まだ日程等は確定はいたしておりませんが、大体においてこの会期終了後に行くものと考えております。
○並木委員 ですから、行くものときまれば、ぜひこの問題を大きな課題の一つにしていただきたいと思います。きょうは島民の方々の復帰問題でありますけれども、われわれ国民としては沖繩、小笠原の日本への返還の問題があります。その点は万遺漏なくお忘れにならないと思いますが、それも早急に行かないという場合には、せめて島民の帰島という問題は人道上の問題ではないかということを強く主張していただきたいと思うのです。それも進言していただくようにお願いをいたします。 それからこれが大きな課題にすでになつているとのことでありますが、その通りでございますか。
○福永政府委員 御趣旨に沿うように努力をいたしたいと存じます。 なお大きな課題になつているかという点でございますが、政府といたしましても重大関心を持ちましてそのような点につきまして折衝しております。そういう意味におきまして課題になつているということであります。
○福田(篤)委員 関連して。ただいま南方連絡事務局の立場につきまして並木委員から御質問があつたのでありますが、これは大体私の知つている範囲から考えますと、南方連絡事務局はまことに熱意を持つてこの問題ととつ組んでおられる。これは役所的な気持ではなく、ほんとうに人道問題として、同胞の問題として実に熱心に局長以下努力せられていることを存じております。すでに具体的に素案もできかかつておると伺つておりますが、これが事務的にできた場合、もちろんあなたにすぐ報告があると思いますが、総理府の立場からいつても報告があつた場合、ただちに閣議に付議せられて先ほど来のお話の通り、一日も早く政府の方針として具体化を実行していただきたいと思います。この点お願いいたしたいと思います。
○福永政府委員 南方連絡事務局はただいまお話の出ましたような点につきまして努力もいたしておりますし、ある程度の成果もすでに持つておるわけでございますが、同時に今御指摘の問題は単に南方連絡事務局のみではなくて、相当各省に関連する問題でありますから、南方連絡事務局の性質上、いろいろ連絡をすべきところと諸般の連絡を遂げまして、結論を出さなければならないわけであります。さような意味でいまだ残つている分もあるわけですが、さような点を急ぎますと同時に、結論を得ましたならばその結論の実現に急速に対処する方途をとりたいと考えております。
○穗積委員 お急ぎのようですから簡単に基本的な問題についてちょつとお尋ねいたしますが、領土権の問題、返還の問題はあとにしまして、旧島民の方が国元へお帰りになるのを拒否された理由が、われわれはなはだ納得行かないのでありますが、政府は向う側の理由を、わわわわの知れるよりは詳しくわかつているだろうと思うのです。今まで交渉された経過から見まして、向う側の真実の拒否している理由を一点お尋ねいたしたい。第二点は、われわれの聞き及びところによりますと、旧島民帰還問題につきましては、アメリカ側におきましては海軍の兵隊どもと国務省の役人との間においては多少の意見の違いがある、そういうことに対しましてアメリカ当局側の情勢判断について、政府は一体どういうふうに見ておられるか、そのこまかい、大体今後の対策に役立つような情報がありましたら、この際明らかにしていただきたいと思います。その二点をお伺いいたします。
○福永政府委員 穗積さんの御質問の点につきましては、これは日米間の微妙なことにも関係いたしますので、これはひとつ直接交渉に当つております外務大臣以下に後刻お聞きをいただきたいと思います。
○福田(篤)委員 ただいま政府側の代表的な立場から、この問題を至急必ず実現化に努力するという答弁がありましたので、今度は個別的に各省に対しまして御質問いたしたいと思います。 まず外務省にお伺いしますが、もう今日の午前中からたびたび論じておりますように、この問題は大分日米間の外交問題としてくすぶつて参りました。今やある意味においては時期が非常に熟したと思われるのでありますが、この場合に私どもが外務省にお伺いしたいことは、昨年の夏以来政務次官が対米交渉について全力をあげると言われましたが、この委員会で御答弁以来具体的にどういう交渉をせられ、どういう程度の成果を上げられたか、それを具体的にお答え願いたい。
○中川政府委員 小笠原旧住民の方々が小笠原に復帰されるという問題につきましては、午前中政務次官から御答弁申し上げました通り、一昨年以来政府はアメリカ政府と交渉しておるのであります。その交渉の内容はこれらの方々が一日も早く帰れるようにということのほかに、具体的にこれらの方々が帰られた場合に、経済上どういうふうにして生活されて行くか、あるいは産業の関係がどういうような計画でやられて、従つてこれらの人々が決してアメリカにも負担をかけるということがないというような資料もつけまして、これを詳細にアメリカ側に申し入れたのであります。それに対しましてアメリカ側からは正式の回答はございませんが、口頭をもつていまだその時期ではないという返事が来ておるわけであります。その後におきましても一昨年、昨年を通じまして、数回にわたりまして、外務省は口頭をもつてアメリカ大使館とこの問題の促進をはかつております。大使館当局は非常な理解をもつてこれを本国政府に取次いでおるようであります。しかしながら主として軍事的な理由によりまして、まだ帰島を許すわけには行かないというのが、今日までの非公式な回答でございます。なおその間米海軍当局者が日本を訪れました際に、これにも直接申し入れております。その回答もまだ時期でないという回答になつております。しかしながら米国政府内部におきましても、これは決して最終的な結論が出たとはまだ言い切れないのじやないかと思います。関係各省におきまして依然として検討中である、われわれはかように考えまして、依然として努力を続けておるわけでございます。
○福田(篤)委員 今お伺いしますと、せつかくの御努力にもかかわらず、残念ながらまだ何ら具体的な成果が出ていない、まことに遺憾でございます。 ちょうどこの機会に、昨年の末に大使館のバーガー参事官と私話しましたときに意外なことを聞きました。それはこの委員会で、ダレス氏からバーガー氏を通じまして私に参りました私信を——私信でありますので失礼と思つて全文を発表しないで要項だけをここで外務大臣に御質問したところが、日本タイムスで少し誤つて伝えられまして、島を返還することについてダレス氏が考慮しておるということがタイムスに出ましたために、ワシントンからおしかりを受けて、まことに同参事官にも御迷惑をかけまして、私もあやまりましたが、実はそうではないのでありまして、十二月十二日付のダレス氏からの伝言は、この島に島民が帰る問題について、近いうちに具体的な解決を熱望しているということの御返事でありますので、ちょうどいい機会でありますので、これはあらためてバーカー氏のためにも——せつかくの御好意、御努力中でありますから、この際はつきりしておきたいと思います。 この場合に、この具体的な解決、いわゆるプラクテイカル・ソリユーシヨンという問題につきまして、本日の委員会の結果、再び外務省にも御努力を願い、またわれわれ国会としてもあらゆる手を通じまして目的の達成に進みたいのでございますが、まずその点について一番大きな問題の一つは、この小笠原島を返してもらう、いわゆる日本の領土回復運動、ジヤパニーズ・イレデントの問題は将来民族運動として起るのは当然の問題だと思う。東西を問わず当然の民族運動として起るのは時間の問題と思います。しかしこれはおのずから時間というものがあつて、現在の客観情勢からいえば、アメリカの軍事基地として強力にアメリカが使用を考えるのはあたりまえだ、またわれわれからいえばこの軍事基地には反対しておりません。また日米安全保障条約によつて防衛される立場からいつても、われわれは喜んで協力を惜しまないのでありますが、同島の軍事基地の使用ということと、アメリカ側のそれの希望と、それからこれらの軍事基地に、島民を故郷に帰して行くことと、はたしてそれが矛盾するのかどうか、私は並行的にお互いに両方の目的を達し得られると確信しておるのでありますが、その点は外務当局としてどういう確信を持つて交渉されておるのか。またもしその交渉の結果について単なるノー・コメントで向うが理由なしに断る場合に、その理由についてつつ込んだ反問をされているかどうか、この点についてあらためて伺いたい。
○中川政府委員 ただいま福田委員から御指摘のありました小笠原旧住民の方が復帰される問題と、小笠原諸島にアメリカが軍事基地を持つ問題とは、必ずしも矛盾なく両立し得るのではないかという点につきましては、政府も当初からそのような見解を持つておりました。その見解に基きましてアメリカ側に従来累次の交渉を行つて来たもけであります。われわれとしてはその趣旨はアメリカ側にも十分意を尽して説明して来ておるのであります。またアメリカ大使館当局としては、十分われわれの意のあるところをくんでくれたと思つておりますが、遺憾ながらいまだアメリカ政府の決定として同意を見るに至つておらないのであります。今後ともこの点に関するわれわれの考え方は、十分機会を見つけまして、と申しますよりは、早急にもこれは引続いて交渉いたしたいと思つております。なお最近におきましても非公式等の交渉はいたしておるのであります。
○福田(篤)委員 外務大臣がおられないので、非常に困つた問題でありますが、一昨年、あなたの御存じの通りラドフオード当時の太平洋艦隊司令長官の日本訪問の際に、小笠原の問題について、マーフイー前駐日米国大使と外務大臣が協議したことがある。これについて、内容をあなたが御存じなければ、後ほど外務大臣に正確な資料をとられて、この委員会に御報告願いたいことが一つ。もう一つは、昨年ラドフオード氏が参謀本部議長として来日の際に、この問題について、再び総理並びに外務大臣とお話をされておりますが、これについて内容を御存じかどうか、それについてお答え願いたい。
○中川政府委員 ただいま御指摘のありました米海軍当局者と日本政府側との会談の経過につきまして、こちらからは、われわれの当初の主張であります住民復帰の問題と、軍事基地の問題とは相矛盾しないということをさらに詳細に先方に説明いたしまして、それに対して先方からは、いまだ自分らとしてはその時期でないと思うという趣旨の応答があつたと私は聞いております。なお詳細につきましては、直接外務大臣に伺いまして、機会を見て御返事いたしたいと思います。
○福田(篤)委員 一昨年ラドフオード、マーフイー、外務大臣の三者会談が行われた。この間外務大臣に聞きましたところ、それを認められたのでありますが、その三者会談の際に、今ただちに帰島を認めることはなかなか困難であるけれども、アメリカ側として経済的な援助ないし支出は考慮してもいいということを言つております。この点外務大臣も確認されておる。これについて、私も外務省におりましたので、あなた方の立場はわかりますが、こういう重要な会談は、必ずテーク・ノートして、資料が整理してあるだろうと思いますから、それについてもう少し詳しく伺いたいと思います。
○中川政府委員 ただいま福田委員の御指摘になりました点につきましては、私は申訳ありませんが、大臣から直接話を聞いておりませんので、大臣に話を伺いまして、後刻御報告いたしたいと思います。
○福田(篤)委員 この点は大事なポイントでありますので、アメリカ側のコミツトした点をはつきりと、できれば文書によつて外務大臣の名において、この委員会に御報告願いたいと思います。 それからこの問題について日本政府は、当然救済ないしその他の処置に出ることは、官房長官並びに東京都側の理事者からも、きようはつきりした返事をいただいたわけでありますが、私はこの日米間の交渉の過程において、アメリカ側が言いましたいわゆる財政的な点について、何らか支出してもかまわないといつた点は、これは大きな問題だと思いますので、この場合に、はたして日米行政協定の線でそういう救済ないしその他のことが行われるものであるか、あるいはこれと切り離して、日本政府単独の線で財政支出すべきものであるか、この点について大蔵省並びに外務省の御見解を伺つておきたいと思います。
○中川政府委員 もしもアメリカ政府が、小笠原旧島民の方々の受けられました被害なり損失というものに対して補償するというようなことが起きました際に、どのような手続なり方法によつて、あるいは財源によつてこれを行うかということにつきましては、実はわれわれまだ研究もいたし薫りませんので、その点につきましてはあらためて研究の上御返事いたしたいと思いますが、いずれにせよただいまのところ、さようなアメリカ側による補償という問題は、具体的に取上げられておりませんことを申し上げておきたいと思います。
○福田(篤)委員 これは外務大臣自身が、去年の暮れそういうことがあつたということを確認されておるので、外務省としても大きな問題だと私は思うのです。そこで、あなたは今ちようどアジア局長の地位におられる当該局長であられますので、実際こういう事実がある以上、これは一日もほうつておかないで、外務省の立場から、この法的な根拠についてアメリカ側にもう一歩つつ込んで、どの程度どういう名目においてアメリカ側が出すかということまでつつ込まなければ、これはまたうわさ話に終つてしまうのであります。この点はむしろ大臣よりもあなたが、当該局長としての立場において督励されて、具体的な問題とすぐ取組んでいただきたい。これはすぐやつていただきたいのですが、その結果について、またその内容をもう少し確かめた詳細について、次の委員会に責任のある御答弁を、大臣または局長からぜひお願いしたいと思います。それから大蔵省の方のお考えをお伺いしたいと思います。
○上田説明員 外債課長をやつております上田でございます。ただいまのお言葉の中で、この補償の問題を行政協定の線で考えられるかどうかにつきましては、今アジア局長から御説明がありましたように、外務省が主として御研究いただいておる問題でございまして、大蔵省といたしましては、本件の成果につきましてまだ具体的なことは伺つておりません。この際補償問題に関連いたしますことを申し上げますと、大蔵省といたしましては、小笠原の問題は沖繩の問題と同様なふうに考えておりまして、在外財産問題一般というものよりも、ちよつとかわつたようなふうに考えておるわけでございます。従いまして大蔵省として現在直接私の方でタツチいたしておりますのは、同じ条約の三条、四条の関係でも、在韓財産だとか在台湾財産だとか、あるいはその他連合国だとか中国だとか、そういつたものに対する在外財産の問題で、小笠原の問題は沖繩と同じくやはり昔通りの形のものだ、そう考えておりますので、直接の問題として取上げておらないのであります。
○福田(篤)委員 大蔵省にお伺いしますが、大蔵省は昭和二十一年の三月ごろに小笠原島の引揚者に対しまして、島に残して来た財産の申告をさしておりますが、その内容は一体どういうものか、また金額にしてその総額はどのくらいあつたか、御説明願いたい。
○上田説明員 報告をいただきましたものを集計いたしました数字は、一応土地、建物並びに動産というものを主たる項目といたしまして、合計いたしますと当時の評価額で約一億円余、こまかく申し上げますと、集計いたしましたものは一億一千五百万円という数字が出ております。これはあるいは申告漏れの方もございましようし、あるいはその評価方法については、必ずしも一定基準ということではないかもしれませんので、一応の概数としてお聞き願いたいと思いますが、一億余りのものがあつたようにうかがつております。
○福田(篤)委員 もし大蔵当局に対して島民が、一億一千五百万円という当時の財産の申告をしたことが事実であるとするならば、政府の機関としての大蔵当局としては、こういう気の毒な強制引揚者、しかも先ほどあなたが説明せられたように、ほかの在外の立場と違つていわば沖繩的な立場で考えられて、正しい見解かと思いますが、当然政府として、大蔵省として、何か特別のこれに対する救済措置は講ずるのがあたりまえだと思いますが、今までどういうことをお考えになつたか、またどういうことを実行されたかを伺いたい。
○上田説明員 ただいま外務省からもお話になりましたし、また官房長官からもお話になりましたように、関係各省で現在研究中でございまして、具体的にどうというところまでは、実は至つていないことをたいへん残念に思つております。
○福田(篤)委員 昭和二十一年といえば、もうすでに約十年近くになりますが、その間大蔵省が、いまだに何ら具体的な措置も考えず、また各省と連絡を数年間もしないということは、まことに驚くべき事実であります。私はもつと大蔵当局が、同胞の悲惨な状況に対して同情を持つて、真剣に取組んでいただきたいと思うのであります。幸い南方事務局が中心になり、また外務省、大蔵省もいろいろと今心配をお願いしておるようでございますが、過去の怠慢についてはいまさら申し上げませんが、どうかこの点について具体的に一日も早く結論を見出していただきたい。申告をさしてそのまま十年近くもほうつておいて、何らそれについての研究もしていないということは、まことに問題と思います。これは今後の問題として、至急具体的に御努力を願いたいと思います。それから土地につきまして一言申し上げたいのですが、これは行政協定によつて使用されている土地に準じて考えて補償すべきであると思いますが、土地についてはどうお考えになりますか。それから建物、船舶が強制疎開後、焼かれたりこわれたり徴発されたりしております。これも大蔵省にも報告が行つて御存じだと思いますが、国自体が行つたそれらの措置について、その当時は本土で建物の強制疎開疎あつても補償が行われた、これはあなたも御承知の通りであります。従つてこれは本土並、いわゆる内地並に、当然この補償も考えらるべきであると思いますが、この点について御意見を伺いたい。
○上田説明員 小笠原の特殊性をどの程度まで、どう考えなければならないかという点を、今南方事務局を中心に研究いたしておりますので、大蔵省の見解としてはこれは申し上げかねるのであります。 ついでに申さしていただきたいのですが、御報告いただきましたのは小笠原の方だけじゃなくて、世界から引揚げて来られた方々一般の問題として御報告いただいておつたのでございますので、特にその点を申し上げておきたいと思います。
○福田(篤)委員 その報告は、今御説明がありましたが、これはほかの外国から引揚げた引揚者とは違うのです。全然そういう考えでは、この問題に対する熱意を私は疑わざるを得ない。私は単なる在外引揚げの報告としてあなたがお考えになつたら、とんでもない間違いだと思います。これはあなたと根本的に議論しなければならないのですが、これは御説明の言葉が足りなかつたと思う。そういうものじゃない。特殊な事情です。在来のものじゃないのですから、そういうお考えでなくして特別の考慮をいただきたいと思います。 それから水産庁もおいでになつておりますが、漁業権の問題で一言お伺いします。これは昭和二十四年に漁業法の施行法で、内地の漁業権の切りかえの際に補償が行われておりますが、これについて当然この小笠原を引揚げた漁民の漁業権につきましても、現在アメリカの管理でこれが押えられておりまして非常な損失を受けておりますが、この内地の漁業権の補償というものに準じて補償が行わるべきだと私は思いますが、これについて水産庁のお考えを承りたい。
○家治説明員 御指摘の漁業法の切りかえに伴いまして、内地では漁業権の補償が行われたのでありますが、実は小笠原島になぜ行われなかつたかと申しますと、新漁業法が施行になりまして、それと同時に漁業法の施行法ができました。これが施行になりまして、その両方によつて旧漁業権の消滅をさせまして、その代償として補償が行われたのでありますが、実は両方とも小笠原には適用されないのでございます。当時の構想は、旧漁業権の消滅、それに対する国の補償、それをあとの新漁業権者から免許料あるいは許可料として徴収して填補する、こういう構想でございまして、まず法律が適用されないこと、従いまして旧漁業権を消滅させる方法ないし、新漁業権を設定する方法がありません。そういう関係で、実は御事情は承つておつたのでございますが、適用はできなかつた。なお準用の問題でございますが、先ほど申し上げました考え方で、国が結果的には——最近免許料、許可料が撤廃になりましたのですが、今までの考え方で行きますと、これは免許料、許可料で填補されることを前提としての補償でございます。そういうわけで、なかなか適用はむずかしかつた次第でございまえ今後の問題といたしましては、先ほどるる御答弁がございましたが、いろいろ関係の筋と共同して研究して参りたいと思いますが、漁業法自体では今まで通りいたしたいと考えております。
○福田(篤)委員 水産当局は、御承知の通り、現在李承晩ラインというような、まことにむちやくちやな暴挙によりまして、日本の貴重な漁業権が甚大な損害を受けており、非常な大きな問題になつておりますが、これは後ほど島民代表の方々にも具体的な数字を伺いたいと思つておりますが、私の調査によれば、小笠原近海は非常な漁獲をあげており、従来とも成績を上げております。内地にもずいぶん来ている。こういうような李承晩ラインという政治的に込み入つた問題に没頭するのもけつこうでありますが、同時に今までも日本が主権を持つておつたところの豊富な漁場がある。これに対して、今漁業法だけの法的立場から、せつかくの実力を持つている小笠原島民に対して、一片の法律をもつてこれに対し融資その他の処置を講じないということは、国家的な損失じゃないかと思う。それには何らか必要な範囲で法規の改正をするなり、あるいは特別な立法措置を講じて、今ただちに小笠原の漁民を活用するならば、私は非常な国家的なプラスになると思うが、これについてお考えを伺いたい。
○家治説明員 仰せのように小笠原近海は好漁場でございます。従いまして、あの辺にはもちろん島民の方々もお出かけになつておりましたし、また他県からも来ておりまして、現在でも近海には捕鯨なりその他の関係で漁船も出ております。ただこの沿岸におきましては、いまだわが方の行政権が及びませんので、実は早くその海が漁民の方々の手にもどることを熱望しております。ただ現在引揚げられた方々におかれましていろいろ他府県の漁業者と手を組み、ないしは組合で計画されている事柄もあるように承つておりますが、実は融資の関係では今まで若干話はございましたけれども、実は計画等におきまして金融機関のルートに乗るようなものは、まだ実はできしなかつたのでございます。そのためにまだ融資が行われた実績はございませんけれども、今後の問題といたしましては、やはり地元と軍と、その他関係者の御努力によりまして、たとえば漁船の建造計画あるいは出漁計画、そういつたものの具体的な計画を立てられまして、それに基いて御相談に乗つて参りたいと思います。
○福田(篤)委員 樺太、千島から引揚げた漁民の方々が帰つて参りまして、やはり魚田開発という名目によりまして、融資その他政府の適切なる補助を受けている、この事実はありますかどうか、またその額はどのくらいか。もしありとすれば、私は当然小笠原の島民に対しても特別な立場からあたたかい気持で、何らか融資その他の援助ができると思うのでありますが、それについて植木政務次官もおいでになりましたので、大蔵省並びに水産庁の御説明を伺いたい。
○家治説明員 御質問の漁船金融の件でございますが、これは北海道でまず計画を立てまして、それが国で取上げられたのでございますが、当時千島あるいは樺太からの引揚者が北海道に入りまして、漁業以外にはさしあたりこれという職がない。従いまして北海道のまだ未開発のところに移住いたしまして、そこで新しい魚田を開くという計画ができたのでありまして、それにつきまして国の方からは、ちよつと詳しい数字は用意しておりませんが、大体申し上げますと、最近には四千万ないし五千万見当の金が入植地地帯のたとえば道路とか、共同倉庫とか、あるいは学校の分教場とか、つまり陸上の開拓民と大体同じような考え方の公共事業的な経費に対する補助が出ております。それと関連いたしまして、漁業協同組合の共同施設につきましては、財政資金の融資が行われております。これは単に漁民の人たちの救済の融資というものでございませんで——救済がもちろん目的ではございますが、現実にその未開発な魚田を開くのだという事業に付随した補助金あるいは融資でございます。それで当初は確かに樺太あるいは千島の引揚げの人たちを中心にして、魚田開発を行つて参つたのでありますが、最近では実は北海道の非常に人口の多いところ、あるいは不漁に悩んでいるところ、あるいは東北のそういつた二、三男、そういつた人たちが新しく漁場を求める場合において、これはもちろん資格審査をいたしますが、適格者はそういつた魚田開発の中に入植させる、こういう建前をとつております。もちろん現在のところは、北海道のそういつた一部と東北地帯しか入つておりませんが、たとえば小笠原の島民の方々で入植を熱望せられ、そういつた適格を持つておられる方につきましては、今後考慮できるものと考えます。
○福田(篤)委員 今魚田開発の問題について、樺太、千島からの引揚者に対する政府のお考えを伺つたのですが、私は同じことだと思う。これは新しい開拓的な立場だから政府は考えてやるのだというなら、もしそういう議論が正しいとするならば——私は正しいと早いますが、こういうせつかくの漁民の実力を持ちながら、結局船を持てないために、眠つている魚田をそのまま眠らしておく。これに対して政府は救済的でなく、その力を発揮させて日本の漁獲高を上げるという立場から融資を考えることも当然正しい議論だと私は副いますが、そういう点についてよく御研究願いたいと思います。 それから南方連絡事務局にお伺いいたしますが、所管の中に小笠原の問題が当然含まれております。局設置以来、私の知つている範囲では、実に熱意をもつてこの問題と取組んでおられるようでありますが、現在南方連絡事務局が各関係官庁と折衝せられ、また関係官庁も熱心に御連絡されているようでありますが、一応の具体案ができているものがありますれば、それに対する構想を伺いたい。
○石井説明員 南方連絡事務局は一昨年の七月設置せられまして、それ以来、沖繩、奄美大島とともに、小笠原の問題も所管して参つて来ておりますが、小笠原の問題に関しましては、そのころ、あるいは帰島の見込みがあるのじゃなかろうかというようなこともありましたので、主として、いかようにして帰島の際の島民の運搬をやるか、あるいは向うにいかにして定着せしめるか、あるいはその後の生活の安定をどうするか等に関しまして、いろいろ研究を進めて参つておつたのでございます。しかしながらその帰島の見込みも、早急に進まないようにも思われ、これは島民の非常に熱望されております問題でありますが、もしその帰島が若干遅れますれば、その間の生活の援護を何とか考えてやらなければならぬのじやなかろうかというようなことを、島民の人方の実情を聞きます間にいろいろ考えて参って来ておるような次第でございます。個々のいろいろな問題に関しましては、あるいは島民の代表者、あるいは東京都、あるいはまた関係各省と絶えず協議もし、打合せもして参つておりますが、まだ今日までその成果を得るに至つておりません。まことに遺憾でございますが、先ほど農林省からのお話の融資の問題につきましても、東京都あるいはまた農林中央金庫等につきまして、どういうようなあつせんをした方がいいかというようなことの努力もやつて参つたのであります。しかしながら、島民の方々の要望なり、実情、特に終戦直前強制命令をもつて本土に疎開されたときの実情、あるいはその後の状況をいろいろ調査し、お聞きいたしますと、この島に残して来られました際の財産の損失につきまして、何らかの補償をいたすことが適当ではなかろうかということにつきまして、目下いろいろ関係各省と協議いたしておるのでございます。ただ御承知のように、小笠原島は昭和二十一年一月二十九日以来行政権がアメリカ側に所管されております。また現在本土における駐留軍の使用等のような行政協定も及んでないような状況でありますので、法律的にいろいろむずかしい問題がありますとともに、あるいはまだ土地が所有権を保留しながら向うに残されておる、これについてその損失を具体的にどう考えるべきであるか、行政協定に類した、それと同様な取扱いをしてもいいのではなかろうかというような考え方もありますが、行政協定の場合と若干異なります。また家屋は、強制引揚げ直後、軍において焼却あるいは破壊をしたということを聞いておりますので、内地の場合に建物の強制疎開をやつたと同じような補償が考えられるのではなかろうかというふうな気もいたしております。また農作物あるいは漁業権等につきましても、関係各省でいろいろ研究していただいておりますが、考え方によりましては、行政協定に類するような考え方なり、あるいはまた昭和二十四年の漁業法施行法の際の補償、これとまつたく同一に取扱うわけに行かぬのかもしれませんが、そういうふうな類似のものとにらみ合せて、いろいろ考えられ得るのじやなかろうか、こういうような構想をもちまして目下鋭意検討中でございます。今日まだ結論を得るまでに至つておりません。各省でも小笠原島民の実情に対しまして、非常に同情を持っていろいろ研究をしていただいておりますので、各省と私たち相協力いたしまして、何らかの成案ができますように万全の努力を払つて行きたい、こういうふうに考えております。
○福田(篤)委員 私のお伺いしたいことはまだいろいろありますが、各委員の方もいろいろご質問があろう思いますので、これで打切りたいと思いますが、先ほど東京都は春副知事がその責任において必ず何とかするというはつきりした言明をいただきましたし、先ほどは官房長官が出席されて政府として事務当局案ができ次第、必ず具体的にただちに政府の重要問題として取上げるとはつきり確言いただきましたので、関係各省の皆さんにお願いしておきたいことは、国会においてもおそらくこの問題は各党派を越えまして、真剣に取組む態勢にあると思いますので、政府も一日も早くぜひ具体的の政策を立てられて、必要なる立法がされ、近く何らかの結果を得られるように必ず努めるようにお願いいたしまして一応質問を終ります。
○上塚委員長 福田君の質問はまだ残つていると思いますから、一応留保ということにいたします。次は須磨彌吉郎君。
○須磨委員 本日は小笠原諸島に関しまする問題でございますから、私がこれからお伺いいたしますことは、多少間接的なことになるようでもありますけれども、小笠原島の問題は要しますにわが国の旧領土の問題でございますから、私はこの機会を拝借いたしましてこの旧領土の返還につきまして、何が障害になつておるかということにつきまする私の考えておるところを述べまして政府の御所見をいただきたいと思うのでございます。 御承知のごとく昨年米国上院の外交委員会の東亜部の部長をいたしておりますアレキサンダー・スミスという上院議員が当地を通りました機会に、私は会談をする機会があつたのでございますが、このスミスという人は非常に今の国民政府、すなわち台湾に同情を持つておる人でございまして、ちようど奄美大島の問題があつた際でございますから、私は奄美大島に対しまする国民政府側のいろいろな反対の気勢があることについて、非常に遺憾の言葉を申したのでございます。ところがその後このアレキサンダー・スミス氏が御承知のごとく、先般極東をまわりました報告書を出しておりまして、それによりますと、わが国が軍備をいかにすべきか。五年間に日本の駐留軍を引くとか、いろいろな重要な問題について報告を出しておるのでございますが、わが国の旧領土につきましては、一言も触れておらないのでございます。けれども私がその会談から得ました印象によりますと、何か沖繩、小笠原等この一連の領土をまだ日本に返し得ないことのためには、外交的な問題も含まれておらぬかと思うのでございます。率直に申しますと、国民政府は去年の十一月二十五日に至りまして、葉外交部長が公式にわが国に対して、沖繩並びに奄美大島を返すことに反対であるという意思を表明いたしたのであります。また十一月二十六日には、さような意味の公文書をアメリカの台湾におきます大使館に提出をいたしたということが、公式に報道されておつたのでございます。それで私はまずこの問題からひとつ伺つて行きたいと思うのでございますが、政府においてはさような情報を御入手でございましようか。
○小滝政府委員 ただいま須磨委員のおつしやいましたような情報は、新聞等で承知いたしております。また議会で問題になつたことも承知いたしておりますが、日本の政府に対しましては、正式に何らの申入れも行われておりません。
○須磨委員 私もそう想像はいたしておつたのでございますが、ただ新聞報道並びにラジオ放送等によりますと、さような事実がどうもあつたらしく思われるのでございます。これはわが国から見ますと、第三国間における文書の授受でございますから、問題にする必要はないのでございますが、きようお伺いいたしたいことは、アメリカ側が軍事基地としての施設を持つておるこれらの島々を返すことのできないという理由も、十分承知されるのでございますが、その以外に、かような第三国すなわち私率直に申せば台湾政府の抗議並びに言い分が、多少ともその理由になつていやしないか。実は米国にもさような見解を持つておる人もあるようでありますから、はなはだ、これは重大問題でございますし、外務当局といたしまして、かような外交上の障害を除かれるということが、非常に必要だろうと思うのでございますが、昨年八月八日に奄美大島を返すに至りましたまでの、あるいはその前後の外交交渉におきまして、かようなきざしが、あるいはにおいのするようなことがなかつたでございましようか。
○小滝政府委員 交渉の過程におきまして、またしばしば両院において返還の問題などが決議せられまするたびに、先方に申し出ましたのに対する先方側からの回答からいたしますれば、そういう外交的な見地からでなしに、単に軍事的な点を強調いたしておりますので、これまでの過程を通じてどうであつたかという仰せでありますならば、私どもといたしましては、やはり向うの申出を率直にとりまして、軍事的見地というものが最も重大な理由のように受取つておる次第でございます。
○須磨委員 それはもちろんさように願いたいものであり、私も希望をいたすのでございますが、外交交渉というものはいろいろな内面の話のあることは、これはいろいろな事例に徴して明らかでございますが、ことに沖繩及びこれらの旧領土につきましては、私から申し上げるまでもなく、一八五四年、安政元年に神奈川条約を締結いたしましたついでをもちまして、沖繩とアメリカが条約を締結しておることは、御承知の通りでございます。そのときにアメリカの上院がこれをちゃんと批准をいたしておつたのでございます。それでわが国におきましては、明治五年すなわち一八七二年になりますか、これに対しまして、琉球は日本の領土である、ここに藩を置くのであるということを明らかに示しまして、それで同年の十月二十日に至りまして、日本はその政令を出しまして、同時に、これらの島々は日本に古くから所属しておるのである、今回初めて藩を置くとともに帰属したものでも何でもない、昔からのものであるということを申しまして、アメリカはこれを了といたしまして、遂に明治十二年でございますか、明治十二年に至りまして、アメリカの方ではそれを引受けまして、日本にさような了承をいたしたという文書を送つて来ておるのであります。しかるにその明治十二年、ちようど一八七九年になりますが、六月に、その前に大統領をいたしておりましたグラント将軍が日本に立寄りました際におきまして、これは一つの難問である、日支間に横たわる一つの難問でもある、すなわちアメリカといたしましては、ペルリ以来まず沖繩というものを自分たちは、アメリカとしては重要視して、これと条約を先に結んだことがあるのであるから、さような点からいたしましても、日支間においてこの問題を調整しておくことが非常に必要ではないか。これは外交上非常におもしろい案件として当時伝えられておつたわけでありますが、そのためにグラント前大統領のあつせん等もありまして、日支間に沖繩その他の島々は日本に所属するものであるということをはつきりきめることになりまして、明治十三年、一八八〇年十月二十日に日本の方ではこれを宮古島とか八重山群島の一部の島を支那に譲りまして、その他の島は全部日本の領土である、かようなことを条約に結ぼうじゃないかということを提案をいたしたのでございます。それから二、三年の間もんでおりまして、進展をいたしませんままに今日に至つておるわけでございます。かようなる筋は、日本に参りましたあのアメリカのペルリ・リポートというものにもこのことの全般は書かれておる。アメリカの方でもこれを重要視しております。これは具体的な外交の経過でございますから、かようなことはもちろん政府において御承知の通りであります。われわれはきよう沖繩、小笠原島の問題を聞くにつけて、われわれの同僚各位のいろいろな御質問を聞くにつけまして、またきようの参考人各位のお話によりましても、一日も早く解決しなければいかぬ。これはもう国民の熱望であり、ただいま福田君からもお示しにありましたように、これは超党派的にやらなければならない問題でございますから、さような見地からいたしまして、かような経過等をも参酌して、万金な策を施しますことは、政府としての責務であり、われわれ国民としても熱望する次第でありますから、政府といたしましては、ただいま私が申したような経過等にも顧みまして、機会あらば第三国でありまする国民政府に対しましても、それとなくかような注意を喚起することも必要でありましよう。また執拗に米国に対しては、この返還について軍事上以外の理由のないように、かようなことを御説明おきを願いたいと思うのでございますが、私の今指摘いたしたような点が、今までの交渉上論議に上つたことがございますでしようか。またないといたしますならば、今後かようなお心がけをもちまして、御交渉の資に供していただきたいと思うものでございます。
○小滝政府委員 須磨委員のおつしゃいますような点は、われわれも十分心がけておらなければならないと思いますので、そうした必要のありました場合には、この問題にも留意いたしまして、外交を推進しなければならないと存じます。しかし今までのところでは、こうした問題は出ておりません。ことにこれも私から申し上げるまでもないと思いますが、サンフランシスコ会議の際にダレスもまたイギリスのヤンガーも、いずれも小笠原、琉球に対しては日本が潜在主権を持つているということは、確認いたした発言をいたしておるのであります。またきわめて最近におきまして御承知のように航空協定をイギリスとかデンマークとかあるいはオランダ、ノルウェー、スウエーデンあるいはタイというような諸国と締結いたしましたが、あの航空協定をごらんになりましても、日本の方が主権は持つておるのだということがはつきり出ておるような次第でございまして、この点はサンフランシスコ会議に加入した諸国のみならず、一般に承認せられておるところと見てさしつかえないと存じます。しかし仰せのような点はあるいはあるかもしれませんので、そういう機会がございましたら、十分須磨委員のおつしゃいますような点を留意いたしまして、対外交渉に臨みたいと考えております。
○須磨委員 政府の御趣旨を了承いたしまして、私の質問を終ります。
○上塚委員長 穗積七郎君。
○穗積委員 小瀧政務次官にお尋ねいたします。元の住民の帰島問題の見通しについては、どういう確信を持つておいでになりますか。またどういう方法でこれからおやりになりますか、具体的にちよつとお尋ねいたします。できるだけ努力するということでは、はなはだどうもおぼつかないので、お見通しを加えてお答えいただきたいと思います。
○小滝政府委員 私が席をはずしておる間に、局長あたりから説明したかとも存じますが、帰島が非常に困難であるという理由を考えてみますと、もちろんわが方としてはいろいろ言い分もあるけれども、二つあると思うのであります。その一つは軍事的な理由であり、一つは経済的な理由であります。軍事的な点から申しますならば、日本の海軍といえども実はみんな日本へ帰つていただいたというような事情もありまする点を考えますと、アメリカの海軍としても相当な困難があるだろうと存じます。が、しかしわが方においてそうした心配のないような措置を講ずるならば、早く帰れるということは、必ずしも不可能ではない。そこでそうした懸念がないような方法を、でき得れば具体的に提案したらどうだろうかということが一つであります。経済的に見ますならば、先ほどから参考人の方々もるる述べられましたように、また福田委員あたりからも始終申されますように資源はある。そうして今までも七千人以上の人が住んでおつたところであります。ただ家が焼かれたとか、その後住む人がいないから不毛の状態になつておるというような点で、そこへもう一度入植すると申しますか、そこで経済的に自立するためにいろいろの困難はあると存じます。しかしながら根本的には経済的に百三十五人しか住めないというような場所ではないわけでありますから、こうした経済面については十分具体的な案を立てたならば、そうした点は解決でき得るのではないかと存じます。そうなりますと、内地の関係官庁において衆知を集められて、この復帰ができるような具体案を持つて向うへ当るということが、私は最もいい方法ではないかと考えます。しかし、はたしてそれではすぐ三箇月のうちにそれが許可になるかならないか、その辺は確言し得ないのでありますが、私はそうした方向において、今後の帰島の問題を取扱つて行きたいと考えておる次第であります。
○穗積委員 軍事的理由でございますが、さつき福田委員からもお話がありましたように、軍事基地としてあそこを確保することと旧島民を帰すこととは、何ら対立しない、矛盾しないことだと思うのです。さきに政務次官は旧日本海軍ですら帰したと言われますが、あのときはアメリカがあそこへ攻めて来て、その他の島におきますように一般住民が残虐なる虐殺をされる危険があるから、事前に帰つた方が身の安全だというので、いわば強制疎開みたようなもので、何らこちら側の作戦上の軍事的理由ではない。そういうことは平時の場合とは違うと思うのです。ですから私は今まで政府を通じてお伺いいたしましたアメリカの帰島を拒否しておる理由というものは、正当なものとして私は全然認めるわけには行かない。まつたく権力による無謀な措置だと思うし、しかも私が懸念いたしますことは、昔からアメリカ海軍は小笠原と琉球は、太平洋上におきます重要な有利な海軍基地としてほしがつていたところであります。それを名目は日本の領土権を認めるというようにしておいて、実際は完全な軍事基地の使用——内地におきますような限られた軍事基地の使用の許可を求めるだけでなしに、行政権すら全部向うが押えてしまつた。領土権とは実は名ばかりでございまして、日本国民をだますための名目にすぎないので、実際は三権の統治権というものは、実質上全部アメリカにとられてしまつておる。信勢いかんによつては、いわばアメリカの領土化する危険すらなしとしないと私は思うのです。そういう不当なことをわれわれが黙つておるということならば——たとえば竹島問題について、国民を非常に憤激せしめるような情報を流してあおられましたが、小笠原に対しましてその領土権、統治権はもとよりのこと、さらに帰島すら許さぬということは、まことに私は無謀だと思います。そういう点については一体今まで軍事的または経済的理由でなかなか帰せない、あるいは催促してもその時期でないということだけで引下つておられたのかどうか。もう少し納得の行く交渉経過をお話いただきたいと思うのです。そして同時に、さきに福永官房長官にお尋ねしたのですが、アメリカ側当局内におきまして、この問題については多少違つた意見があると伺つております。たとえば国務省その他のシヴイリアンの諸君は、帰島くらい許すのは当然だという寛大な考えを持つておられますが、海軍の兵隊どもが軍事的理由に籍口して、むやみにがんばつているようなことを伺つておりますので、アメリカ当局のこの問題に対する最近の状況がわかりましたら、お聞かせいただきたいと思います。
○小滝政府委員 先方の言い分を御無理ごもつともと納得しておるのでありましたならば、このように交渉を継続する理由はないのであります。また仰せの通り、軍の基地というものと、その島全部に対する行政権というものの二つは別個のものであることも承知いたしております。ただ平和条約には、今おつしゃいました行政権のみならず、立法、司法等の三権の全部または一部を先方が持つことになつておるわけでありまして日本は潜在主権を持つにすぎないわけであります。こういう条約ができておりますので、こちらから申し入れるについては、先方に対して十分好意的に考えさせなければならないわけでありますが、これまでも再三再四申入れをしている次第であります。 この平和条約ができまするまでのことをいえば、昭和二十三年にも正式な書面で帰島の問題を申入れしておりますし、その後は、先ほどからしきりに申し上げますように、いろいろな決議がありました際などに、東京にある米国の大使館を通じ、あるいはワシントンにある日本の大使館を通じて、いろいろ申入れをしているのでありましてこれにはいろいろ往復文書ございます。ことに先ほども申しましたように、この地域に対する最高の責任者であつたラドフオード大将が参りましたときにも、大臣がるるこの点を申し述べましてこれが打開策について話し合つた事実もあります。さらにその後も屡次申入れをしておるのでありまして、これは決してそのまま等閑視せられておるわけではございません。 しかし、軍事上の必要という点について、もつとつつ込んだ話ということになりますと、これはわれわれとしても非常にむずかしい問題でありまして、こちらの言い分もあるが同時に向うの方でも、こうした特殊の地域に対する保安の関係とかいろいろな点がありますので、これまでのところ、われわれの言い分が成功していないのは、非常に遺憾であります。もちろん向うにも考えがあるでありましようが、しかし先ほど申しましたような具体的な措置について、互いに検討してやるというようになつたならば、もう少し進捗するのではなかろうかという点に希望をかけて今後もこの交渉を推し進めて行きたいと考えておる次第でございます。
○穗積委員 私がこのごろ遺憾に思いますことは、軍事的という言葉がまた再び国民の間にタブーとして、禁句として使われようとしておることであります。そして正当な権利、ままは基本的人権等が、その前には屈服しなければならないというような印象を与えつつあることでございまして、これはもとより、たとえば戦時状態になりましたときに、作戦の必要上国民の一般的な言論の自由、または通信の自由、または財産権の主張というものを十分行使せしめることのできないことがあり得ることは認めます。しかしながら今世界の状況は、特にアジアにおきましては、朝鮮休戦以来、そういう状況とは逆の国際情勢になりつつあるのに、相かわらず常に何かといいますと、すぐ軍事的必要というような言葉を引出しまして、それで国民の正当な基本的人権の主張を押えるような禁句に使おうとする傾向があることは、私は非常に遺憾であります。衝に当つておられる次官自身が、そういう言葉の魔術にかかつておられるのではないか。アメリカ側の言う軍事的必要さということによつて、帰島すら許さないという理由は、私は何ら一点も発見することができないのでございます。従つて率直に言いますと、貧乏な正直者が人の物をとるときには、すぐ実力行為に出ましてやりますが、これは法に反することになる。法に反しまするが、正直でかわいいところがあります。しかし、金持の紳士が人の物をとるときには、合法性のヴエールをかけまして、そうして行政協定による軍事基地であるとか、またがつては中国大陸におきます九十九箇年の租借であるとか、そういうような形をもつて領土権を侵略して来ておる。今度の場合におきましては、先ほど私が申しましたように、小笠原並びに琉球につきましては、アメリカ海軍の伝統的な作戦上の欲望から、これを永久の基地として非常にほしがつておる。従つて向う側の要求、野望からいえば、他の島々とは少し精神が違いはしないかと思うのでありまして、同じ日本の他の島々に対する取扱いとは違つた、こういう苛酷な、りくつの通らたい取扱いをしておる。おそらく琉球においても、あの島の人が全部こつちに帰つておつたら同じことをしていたかもしれない。小笠原はたまたま七千人の人間が日本に帰つて送り込まれておりますし、しかも数が少い。そういうことでほおかぶりしてあそこにすわり込んでしまつて、まるでアメリカの完全なる島になつてしまつておる。しかもそれを永久に続けようとする危惧すら感じられますので、その点は衝に当られる次官初め皆さんは、そういうおかしな軍事的必要というようなタブーにごまかされて、正当な主張をささたりといえども曲げられないことを希望いたしまして、今後とも強い所信を持つて、しかも早急に解決するように御努力が願いたいと思います。 それはそれくらいにいたしまして、次に移ります。
○上塚委員長 穗積君に申し上げますが、外務政務次官はただいま予算委員会から出席を求めて来ておりますから、御質問があればここで総括して続けてやつていただきたいと思います。
○穗積委員 委員長に申し上げておきますが、当委員会は外務委員会でございまして、外務当局が責任をもつてやらなければならないのでありますから、外務省の方はむしろ予算委員会よりはこの委員会を優先的にお考えになつて、これから出席、答弁その他のことについては主力を置いて努力していただくように、委員長からおとりなし願いたいと思います。次官にもそのことを申し上げておきます。
○上塚委員長 できるだけさようにとりはからいます。
○穗積委員 実はさつきちよつとお尋ねして途中で切れた重要な問題ですが、百三十五人ですか、帰島を許されておる日本人、これはあいのこだそうでありますが、一応国籍は日本人だそうであります。この日本人の生命、財産、生活状態については、こちら側は情報すら十分とることができない。しかも数が少いので、あそこに連絡事務所も置いてない。こういうことで、まるで放置状態になつておりますが、それは一体どういうとりきめになつておるのか。向うが行政権を握つて、向うの行政権地区の中に置いておるわけですから、生命、財産その他の保護をアメリカ側に委託してある形になつておるのか、あるいは委託されておるとするなら、一体どういう申合せまたは協定ができておるのか、それからそれができておるとするなら、定期に生活状態、人口動態、教育状態その他について、すべて向うから報告の義務があると思うのです。その間のことは一体どういうふうになつておるのか、ちよつとお尋ねいたします。
○小滝政府委員 外務委員会の重要性にかんがみまして、向うからさつきから要求が来ておるにもかかわらずここにかしこまつて答弁しておる次第であります。(笑声) この百三十五人の人に対しては、先方が非常に救済的な措置をとつておるように、私ども情報を受けております。ただしかし特別なとりきめはございません。先ほど申しますように、平和条約の第三条によつて向うが立法、司法、行政の三権全部を持つておるのでありますから、そうした保護は当然アメリカの方が責任を持つわけであります。向うが権限を持つておるからには、そこに住んでおる人間を保護するのは当然米国側の責任でありまして、米国が保護をしておる。しかしこちらの方からは随時情報をもらうように努めておりますけれども、なかなかはつきりした情報がないのでありまして、先ほど申しますように、もつと具体的に個々の問題を取上げていろいろ紹介をし、またこちらの意向を伝えるというのが、最も適当な方法だろうと考えております。従いまして、とりきめによつて権利を委託して、義務としてこちらへ報告するというような立場でないのであります。これは平和条約の規定に基いてやつておることであります。しかし先方が三権を持つておるにいたしましても、日本の領土であるのだから、できるだけそこの交通もよくし、そうしてできれば沖繩との関係のように——また沖繩の場合と違つておる点は、先ほどから御指摘になつておるように、向うへ島民の人が帰つて行くというような問題がありますので、そうした問題を友好的に話し合つて、こちらの事情を十分述べて、先方が好意的な解決をしてくれるという方向へ持つて行くよりしかたがないだろう、こういうふうに考えておる次第であります。
○穗積委員 時間がありませんから、それでは一括してあと二問次官にお尋ねいたします。 一点は補償問題に関連いたしまして補償のことにつきましては、先ほど福田委員からお話がありまして、これに善処するお約束をいただきましたので、一般問題については申しませんが、その中で一つ、ちよつと私が聞き漏らしたかもしれませんがお尋ねしたいのは、島民の私有財産権としての土地の所有権でありますが、それは今どういうふうになつておるのか。そうしてその土地の登記並びに権利書は今どこにどういうふうに保管されておるのか。そうしてその土地は、使用、収益、処分ができなければ所有権は言うまでもなく死んでしまいます。この財産権というものは言うまでもなく——さつきのお話の漁業権もそうでございますが、潜在的な所有権などというものはあり得ないことでございまして、そのときは財産的利益がなくなりますから、財産権喪失でございます。従つてそれに対する具体的な補償問題につきましては、他の一般的な問題と違つて継続的な性質を持たなければならないものだと思いますが、それらの点について一括してお答えをいただきたいと思います。 第二点は、現在向うへ行つております百三十五人の島民の日本人の本土との間における通信状態でございます。さつき送金その他についてはちよつとお答えがございましたが、通信のことについてお尋ねいたしたいと思いますが、通信の自由があるかどうか。それからもしあるとするなら、検閲制度が行われておるかどうか、その実情がわかつておるかどうか、並びに通信の自由について制限があるかどうか、これこれのことについては私信をやつてはいけない、たとえば身のまわりのことしか通信をしてはいけないとか、そういう制限があるかどうか。従つて通信のことにつきましては、通信の自由が認められておるかどうか、制限があるかないか、検閲制度が行われておるかどうか、その三点を一括して通信の自由の問題としてお尋ねいたしたいと思います。
○小滝政府委員 補償の問題に関連いたしました御質問の点は、むしろ南方連絡事務局の方がよく御承知かと思いますが、われわれの方では、所有権はもちろん日本人の各個人にあるという考えでおりまして、また登記書類も実際こちらに保存してあるそうでございます。
○穗積委員 どこの登記所に保存してあるのですか。
○小滝政府委員 東京都で取扱つておるそうであります。その点は主管局の南方連絡事務局の方であとでお答えをするだろうと思います。またこれに基きまして補償の問題も考えられるはずであります。 その次のこの島民との連絡問題は、私の方の関係の深い問題でありますが、これは現在軍事郵便で行われておるというのが現状でありますので、こちらの方は検閲があるかないか、はつきり通報は受けておりませんけれども、軍事郵便という立場で、あるいはそういうことがあるかもしれません。ただ手紙の内容にどういうことを書いてはならないというような特殊の制限は行われていないそうであります。以上が私どもの了解しておるところであります。
○穗積委員 次官に対してはこれで終ります。
○石井説明員 土地の問題は、私どもといたしましては所有権がある、ただ行政分離されておりまして、帰島が認められていないので、その所有権を行使し得ない状況にあるというように考えております。土地の台帳その他は戦争によつて焼けておりませんで、東京都の方に持つて来てあるそうでございます。土地台帳等の所管は法務省ということになつておるかと思います。東京都並びに法務省関係で詳細な調査はできるということを聞いております。
○穗積委員 行使できない財産権に対する補償……。
○石井説明員 その土地に対する補償についてどう考えるべきかという問題については、先ほど福田先生の御質問にちよつとお答え申し上げましたが、結局軍の強制命令によつて島民が本土に帰り、またアメリカの行政分離の覚書によつて、またその他の関係によつて帰れない、従つてその所有権の行使ができないということの実情にありますので、もし土地に対する補償というものが、ちようど本土の駐留軍が土地を使用すると同じようなかつこうで考えられ得るといたしますならば、多分毎年継続してやるべき性格のものでなかろうか、こういうふうに考えております。非常に性格がはつきりいたしませんので、結論をまだ出しておりませんけれども、そういう性格のものであるというようにわれわれ考えて今研究を続けております。
○福田(篤)委員 次官がお急ぎのようでありますから、簡単に具体的に申し上げますが、今帰島の困難性について理由としてあげられた二つの御発言は非常に重要だと思う。非常にまだ認識の御不足が、率直に申しましてあるのではないか。一つは、日本の海軍ですら帰した、これは違うのです。終戦の直前にいよいよ降伏するというので、足手まといになるから帰したのでありまして決して帰島の困難の裏づけ理由になりません。これは全然認識をお改め願いたい。第二の点は、経済的理由と言つておりますが、これは後ほど島民の代表の方々から農産、水産その他について具体的、数字的に御説明を願うが、十分自活できる。自活できるどころの騒ぎじやない。駐留軍に対しまして今グアム島の重要な兵站基地でありますが、同時に李承晩ラインその他で非常に困つておる内地にも非常に経済的寄与ができる。ただ一定の政府の融資なりあるいはあたたかい手を延ばすならば、自活どころではない、これは日本経済に非常なプラスになるということを御認識願いたい。従つてあなたが対米交渉において、この二つの理由が頭にあつて対米交渉をなさるなら、非常に間違いだ。もつと正しい認識でぜひとも御交渉願いたいことをお願いします。同時に、これはわれわれたびたび言つておりますように、安保条約によつてアメリカがこの軍事基地を使うことを当然われわれは認め、島民も全面的に協力すると誓つておるのであります。喜んで協力します。先ほども穗積さんが言われたように、軍事基地を使うことと島民が帰つて一緒に働くことと矛盾しないと思う。この三点をもう一度お確かめ願いたいと思う。と言うのは、あげられた二点は事実に反しますし、そういう考えでは、対米交渉がおのずから曲つた方向に行くおそれがありますから……。
○小滝政府委員 私が申し上げたのは、ちようど今福田委員のおつしやるのと同じことを申し上げたはずであります。向うの方がそういうように言つておるけれども、参考人の方もおつしやるように、まず経済的な点を見れば、十分自活できるどころではない、寄与することもできるということは、けさからるるお話になりました通りであります。でありますから、向うはそういうことを言うけれども、たとえば、どの島だつたら、お前の方の基地の関係にも関しますが、全然ないからここは入れろというふうに、だんだん具体的な案を持つて行けば、さらに交渉を促進することができるだろう、ということを申し上げたわけでありまして、私は、経済的に困るという向うの言い分が、御無理ごもつともだということを言つたのではなくて、そういうことを向うでは言つているから、それに対しまして、こういう実情なんだ、戦前はこれだけあつたんだ、今度もどうしても基地のそばで困るなら、こういう島が余つているはずだというように、具体的に持つて行こうという趣旨で言つたわけであります。海軍の問題は、なるほど私の申し上げたのは誤解を生じたかもしれませんが、ただ向うの方では、今おつしゃつたような足手まといになるというような言葉を使つて、日本の海軍の例なんかも引いておりますので、これに対しては、軍事的にさしつかえないように、経済問題と同様に具体的にうまく持つて行く方法をとつたらよかろうというわけであります。 それから今おつしゃるような島全体の問題は、基地と別個の問題でございますから、お説のような方向で話をしたいと思います。
○並木委員 関連して。第一点は、軍事上の目的と言いますけれども、朝鮮動乱が済めば、沖繩や小笠原の軍事的必要はなくなると思いますから、従つてこれが返還は早められると思いますが、その点についてはいかがお考えになりますか。
○小滝政府委員 なるほど朝鮮の問題が最終的に解決するということになれば、東洋における緊張状態が緩和することは、だれしも認め得るところだろうと存じます。しかし並木さんの所属せられる改進党の総裁も、おつしやるように、一時的に緩和しても、これは決して最終的に解決するものではないのだ、冷戦というものはなお続くのだということを、重光総裁自身がおつしやつている。こういうように考えますときに、はたしてそれだけでもって、朝鮮事変が解決したからというので、全然そうした警戒は必要がないというように考えるのは、いささか早計な考え方ではなかろうかと考えます。
○下田政府委員 政務次官の御説明の通りでありますが、補足して申し上げます。沿革的に見ますと、沖繩や小笠原、日本の旧南洋委任統治領について、軍事的考慮からアメリカが一定の方策を考えたことは、朝鮮事変の勃発前でございます。それは日本の旧南洋委任統治を一九四七年の安全保障理事会の決定によりまして、米国のトラステイーシツプ・システムといつておりますが、これらの南方の島々に対する米国の関心というものは、朝鮮戦争が勃発するよりはるかに前に考えられたことであります。従いまして朝鮮戦争が終つたからと申しまして、元のアメリカの考えに全部影響を及ぼすということは、沿革的に見ましても、ないのではないかという点を、政務次官の御説明に補足して申し上げます。
○並木委員 そうなると問題はしかく簡単なものでないように受取られます。そこでどうしてもこれは返還に至るまでに、一種の協定が結ばるべきものであると思います。つまり平和条約第三条に関しては、原則を定めたものでありますけれども、これには別に期限がございません。いつまで使うとかこまかい具体的条項はきめられていない。しかるに期限も切らないでアメリカが主権を行使しているのは、ずるくべつたりに続いて参りますと、これは結局領土を取得したと同じことになる。しかも向うは領土を取得したとは言つておりません。領土的野心はないと言つております。しかしこれでは主権を潜在的に持つている日本でもやりきれないし、現に島民もやりきれない。これは障害が起りますので、そういう原則が平和条約第三条にあるならば、今度は具体的事項を何らかのとりきめによつて文書化すべきであると私は思う。この点について政府の所見と、その準備ありやなしやという点をお尋ねしたいと思います。
○小滝政府委員 御承知のように、琉球との間には通信あるいは恩給の支払いとか、相互の交通等について、行政府間のとりきめがあるわけであります。同様なやり方をこの小笠原にもするということは、確かに並木委員のおつしやる通りでありまして、すぐ日本の方へ返してもらえぬということになれば、そうした便法も考慮したいというふうに考えておるわけであります。
○並木委員 それはぜひ早急にやつていただきたいと思います。そうすればその中から、元住民の取扱いをどうするかというようなことが、具体化して来ると思うのであります。また何年くらい使うかという期限もついて参りましよう。ぜひその協定を早急につくり上げるように進めていただきたい。 それから信託統治になるということは、諸般の情勢からもう考えられないと思います。平和条約三条には、将来信託統治にするというふうにきめておりますけれども、これは問題にならないと思いますが、この点についてはいかがですか。
○小滝政府委員 仰せの通り、今信託統治の問題は出ておりませんし、どうもそうした様子はないようにうかがわれる次第であります。
○並木委員 もう一点だけお尋ねしますが、さつき次官は、いろいろ具体的な提案を向うへしたい、こう言つております。けつこうです。しかし具体的な提案をするにも、一度現状というものを視察しておかないと、両方の意見が食い違つてしまうのではないかと思います。この点について政府は、今まで小笠原現地というものを視察したことがありますかどうか。またわれわれ国会議員としてもぜひ一度視察をしたいと思う。そういう希望を出した場合に、もちろん国会議員が行くのですから、渡航などについてとやかく言わるべき筋合いではないと思いますが、そういう点についての見通しを、この際伺つておきたいと思います。それから委員長に、われわれ国会議員としても、ぜひ現地へ視察に行きたいと思いますので、あとで理事会を開いておとりはからいを願いたい。
○小滝政府委員 仰せのような希望は、すでに政府の方からも述べたことがございます。しかしこれも理由を軍事的——と言うとしかられるかもしれませんが、とにかく先方としては、まだその時期でないというので、これまでそれを認めなかつたというような事情もございますので、いますぐにそうした視察に出かけるということは、実際問題としては困難であろうと考えております。
○上塚委員長 並木君の申出につきましては、適当の時期を選んで理事会を開いて相談をいたすことにいたします。 次は増田甲子七君。
○増田委員 私は質問というよりも、政府全体に対する希望であります。この小笠原の問題が、国会段階において昨年八月初めて取上げられたことは、非常に御同慶の至りにたえません。その前は数年間帰還同盟の指導者の各位はもとより、七千人の島民は非常な苦難を長時間にわたつてなめて来られたのであります。政府段階においては取上げられておりましたが、国会段階においては去年八月取上げられた。しこうして本委員会において本日は参考人等の御来駕を願つて、種々各位が熱心に勉強された、非常に私は感謝にたえない次第であります。 もうすでに皆様は御存じの通りでありまして、この問題は大蔵当局が——おそらくそういう意思ではないと思いますけれども、財産の取扱いについては、ほかの海外の同胞が帰還したと同様であるというようなことを言われましたが、これは違うのでありまして、昭和十九年に、疎開として国策に従つてほとんど着の身着のままの状態で内地に帰りました。国策に従つたためにやつたのでありまして、終戦後敗戦国となつて海外から帰つて来た方とは性質が相当違うのでありますから、やはり特殊な配慮をされてしかるべきものと私は思つておるのであります。しかしこの問題は根本からいえば、政府においてまた国会において、沖繩と小笠原島の領土権を持つておるのであるから、統治権を行使し得る状態にしてほしい、返還を要求するというのはこれは当然の権利であります。将来やはり集団安全保障という問題が出ると思いますが、集団安全保障というときは、これはもう対等者の関係であります。領土権がありながら統治権の行使を奪われている状態において、対等者の関係においての相互的の集団安全保障などは考え得られないのであります。日米外交の基礎をつちかうという意味からも、その方が米国から考えても得ではないか、こういう意味において返還をあくまで米国のためにあるいは自由世界のために要求してしかるべきだと思います。また反米闘争だとかその他いろいろ三反運動の好餌になるということもあり得ると思いますから、この点は考えてほしい。もちろんこの点は政府においても努力を継続されておるようですが、しかし私どもは今その点をさしあたり問題にしておりません。結局島民が平和裡に帰還する、そうして昔通りの生業につきたい。東京あたりの生活になじんで、内地の生活をエンジヨイしておると思いきや、あの数千里も離れた故郷に帰りたいという島民の熱心なる希望を聞いて、私はほんとうに涙を流したのであります。住めば都というかもしれませんが、鳥も通わぬ八丈島の三倍も四倍も遠いところへ帰つてそこに永久に住みたいという、その心持に対して私はほんとうに涙を流してしまいました。これは国策にもまた水産関係にも寄与いたしますから、平和裡に帰つてそして生業について国のために尽したい、この希望だけはぜひとも遂げさしてもらいたいと思います。第一は返還であり、第二は平和裡の帰還である。さしあたり第二のことを去年決議をされたにすぎないのであります。 それから今問題になつておるのは第三でありまして、結局国策に従つて昭和十九年に帰つた、昭和二十年八月十五日以降に帰つたのではないのでありまして、財産補償その他のことは、内地の強制疎開者に対してはしておるにもかかわらず、これを全然忘れておる。それから生業関係において融資のこともしてやる必要がある、また漁業権の補償もする必要がある、これらのことはすべて各当局において立案されておるようですが、ぜひとも力を入れてやつていただきたいと思います。 話は飛びますが、先ほどの第二の平和裡に帰還するということは、これは相当高い意識のもとに——日米はお互い友達なんで、ただ安全保障だけは債務者という立場で少しはずかしいのです。双務関係のものじゃないものですから、向うから守つてもらつておるというので、多少劣等感があつて不愉快ですが、将来はほんとうに対等の立場に立つて友達になつて行くということが、自由世界の外交の基調かと思いますから、そういう高い立場からこちらも要求するし、アメリカとしてもそういうことを考えた方がりこうなんだ。それでなければどんなにうまいことを言つても、アメリカはばかを見るじやないか、つまり反米感情とか三反運動の好餌になりますから、結局ばか見やせぬかということを向うにも敬意を払い好意を持つて教えてやつて、そうしてこの問題を解決するようにしたいと思います。 第三の問題は、これも政府または国会においては——今日の委員の方々の発言を聞いておりますと、いろいろ形式は違いますけれども、ほとんど党派を越えた問題のように私ども拝察いたしております。ぜひともやつていただきたい。 それから軍事基地の関係とか軍機保護の関係とかいうことは、これはいろいろ理由もございましようが、そうであるならばミツクスだけをどうして帰したのか、混血児もやはり日本人でありまして、しかも軍機保護の関係からいつたならば、やはりシヴイリアンであるならば注意を要するということになると思うのです。無人島にでもしてそこを軍事基地にしていろいろなことをやるというのならば、これは聞えますけれども、これではどうもりくつが通らない。結局混血児も日本人で東京都民だから、群島でない本土へ帰してしまえばいいじゃないかという議論にもなると思いますが、しかしこれは占領下のことで、要するに軍事基地とか軍機保護とかいうのはりくつにならぬ。大勢いない方がうるさくなくていいということならば別でありますが、アメリカの国務を運営するという国務省の政治的立場から考えた方がアメリカにとつても利益である、こう考えるのです。 それからこれは東京都の問題ですが、今日はもう参考人がお帰りになつたようですが、速記録等を参考にぜひごらん願いたいと思います。要するに帰られておる方は全部東京都民です。それから七千人のうち四千人は東京都に住んでおります。東京都というものは各府県と同じ共同体でありまして、やはり連帯関係においてお互いの生活を保障するという義務を、公共団体においても国家と同様背負つておるのであります。東京都はよその府県と違つて非常に財力があるし、国の方があるいは貧乏な場合が多々あるのであります。それで春君の東京都においては、ぜひともこの問題は国家の財力とにらみ合せて考慮してしかるべき問題である。今日まで相当努力しておつたかどうか、私もあまりよく存じませんが、まず率先して地方共同体においてやるべきである。もし、していなかつたならば大いにやつていただきたい。中央においてはもちろん国会議員各位が党派を越えて政府を督励してやつていただきたい。政府においては特に御勉強願いたい。従来御勉強願つておりますが、なお高い意識のもとにおいて御努力を願いたい、こう思つております。
○小滝政府委員 ただいま増田委員のおつしやいましたような点を体しましてこれまでも交渉したつもりで、ございますが、これから先も一層努力いたしたいと思います。
○上塚委員長 戸叶里子君。
○戸叶委員 小数党になりますとなかなか発言の機会がないのですけれども、じつとこうして聞いておりますと、どうも政府の御答弁にはふに落ちないことがずいぶんございます。午前中に小瀧政務次官は、軍事上、あるいはまた経済上の一部の理由から、帰島がむずかしいというふうにお答えになつたので、私は春副知事に、その経済上のという意味はどういう意味か、経済上にはたして御答弁のできないようなことがあるのかということを聞きましたところが、何か通貨の関係でとかいうふうにおつしゃつて、わけのわからない御答弁でしたので、私は午後もう一度政務次官に伺おうと思いましたら、先ほどの福田委員へのお答えで、経済上には別に理由はあるはずはない、だからいろいろな具体的な問題ををひつさげて行つて、そうして解決に当りたい、こういうふうなお答えでございまして、午前中とは少し違つているようでございました。 それからもう一点、軍事上の義務にいたしましても、政府の方で具体的にどういうふうな点でアメリカが不利だから帰島させないというふうな、そういうことがおわかりになつていて、向うの言う軍事上あるいは経済上の理由で帰島を許さないのだとおつしやるのなら、そうしてそれは秘密にしておかなければならないというのならわかるのですけれども、ただ向うがそう言うのだというのと、もう一つは先ほどアジア局長もおつしやいましたが、幾たびか向うに陳情をしましたが、まだ時期でない、こう言われたからというようなお話でございまして、何たびか交渉せられている御苦労のほどはわかるのですけれども、遅々として進まないというような点を考えましたときに、もつと根本的にいろいろお考えになつてやつていただきたいと思うのです。一体、遅々として進まないからといつて、引下つてしまわなければならないのが外交なのかしらと思つて、私は非常に情ないような気が実はしているわけでございます。ですから、どうかこの帰島の問題は皆さん方が非常に望んでいられることでございますから、一日も早く実現するように努力していただきたいし、またその理由がわからないならば、あくまでも理由をただしていただきたい、こういうことをまずお願いいたします。 それからまた補償の問題にいたしましても、先ほどの南方連絡事務局からのお話では、大体内容はわかりましたけれども、まだその点を考慮しているというお話でございましたが、考慮している間に一家心中や、親子心中が起きておりますから、そういうことをも早く促進させていただきたいと思います。 小瀧政務次官がお急ぎのようですから、政務次官だけの質問を先にしたいと思います。まず伺いたいのは、日本の国の領土である沖繩と小笠原に、アメリカの行政、司法、立法権があるのですけれども、沖繩の場合には政府がある。しかし小笠原の場合にはそれと違つた形に置かれている。何かその区別をつけている理由があるのかないのか、その点を伺いたい。アメリカにあるとお思いになつていらつしゃるのか。
○小滝政府委員 先ほどいろいろ戸叶さんから御訓辞を賜わりましたが、実は軍事上の云々というような点につきましても、私どもがここへ入つて行けると、もつと強く議論のできる点もあるでしようが、そういう点は多少くつを隔てて足をかくようなうらみもございます。しかし、それかといつて、そうですかと言つて引下つているのではなくて、屡次同じような申入れをいたしまして、できるだけ日本の希望を達成するようにと努力しているわけであります。ことに先ほど増田委員からもお話が出ましたように、国務省あたりの立場からいつても、これはおもしろくないのじゃないか、この点もわれわれが始終指摘しているところでありまして、事実アメリカ内部でも、そういう意向もあるようでありますので、そうした大きな見地から、もつとこちらの言い分を聞くように、今後とも努力いたしたいと考えております。御質問の点の沖繩と小笠原と違うという点は、これは先方の方で一方は海軍、一方は陸軍というような関係もあるでございましようが、事実住民にいたしましても片一方の方は八十万以上ありますし、一方の方は二百人足らずであるというような相違もございますので、その実態に即したやり方をしているという見方が、正しいのじやないかというふうに考える次第でございます。
○戸叶委員 一方が八十万で、一方が二百人足らずで、その実態に即したというふうなお話でございましたが、もしもこの帰島を許したならば人数が多くなるわけですけれども、帰島を許さずに少くしておいて、そうして沖繩と違つた方法をとつているというふうな何か根拠があるように外務省はお思いになるか、それとも全然そういうことはないとお思いになつていらつしやるのか。
○小滝政府委員 その辺の点は私ども何とも申し上げかねます。
○戸叶委員 その点何かお聞きになつたことはないでしようか、御不審に思われたことはないのですか。
○小滝政府委員 そういう点については何ら確たる情報を持つておりませんので、これ以上申し上げかねます。
○戸叶委員 情報を持つていらつしやらないという御答弁でございましたが、それでは私なんかはしろうとだからそういうふうな不審の念を抱くのであつて、外務当局の専門家から見るとそういうことはふしぎに思われないものなのでございましようか、その点承つておきたいと思います。
○小滝政府委員 先ほど申しましたように、一応は沖繩の取扱いと小笠原の取扱いとに相違があるということについては、はたから見ても理由があるようであるということを申し上げたわけなのですが、それ以上にまた別個の理由があるかどうか、戸叶さんのおつしやる通り、そうした面について全然疑いがないというわけでもございませんけれども、その理由についてはどうも突きとめかねる次第であります。
○戸叶委員 それでは今後の交渉のときに何かの機会があつたら聞いておいていただきたいと思うのです。 それから私は潜在主権というものがよくわからないのですけれども、潜在主権の範囲とか、あるいはまた潜在主権の法理論上の根拠というようなものがあるでしようか、ないでしようか、その点を承りたいと思います。
○小滝政府委員 これは条約局長から詳しく御説明した方がよろしかろうと思いますが、平たく申しまして潜在主権があります以上、向うが三権を行使することを停止いたしました場合には、当然日本へ返つて来るということが一つの特徴だろうと存じます。結局その主権が今眠つたような状態にあるという地位でありますから、極東の緊張が全然なくなつて、そうして向うが使用する必要がないという場合には、異論の余地なく日本の主権がそこにあるのだから、日本へ返つて日本の三権を行使するようになるということに特徴があると考えます。なお委細は条約局長から御説明申し上げます。
○下田政府委員 潜在主権という言葉につきまして、別に法律的な正確な定義を与えることは困難だろうと思います。ただ平和条約の第三条におきまして、アメリカが提議する信託統治制度というものに日本は同意するという事前の承諾を与えております。これに対しまして屡次の、講和条約ができます前から、日本政府は非常にたくさんの資料を出しまして、できるだけ多くの島が日本国に帰属することを希望して参つたのでありますが、平和条約ができましてからも同じ努力を続けております。潜在主権という言葉はダレス長官が初めてそのステートメントの中で使つた言葉でありまして、一種の形容詞でございますが、そのエンプライズするところは、これは想像になりますが、先ほど並木さんから信託統治制度が採用されることはもうないのじやないかという御質問がありましたが、その問題にも関連して来るだろうと思います。もし平和条約が文字通り実施されますならば、信託統治地域というものに対しましては、日本はもう顕在も潜在も、何らの主権を持たないわけであります。でございますから、一国の責任者が——、当時は責任者でなかつたかもしれませんが、潜在主権は日本にあると言つたことは、やはり将来信託統治制度にする可能性があるかどうかという問題を考えますときに、これは重要な判断資料になるものではないか、そういうふうに考えておりまして、法律的の意味と申しますよりは、政治的に包含されるところの意義が私はあるように存じておるのであります。
○戸叶委員 そうすると今のところは主権がないけれども、主権はお預けしておく、お預け主権というようなものなんですね。
○下田政府委員 潜在主権——たとえば外国に日本国民が参りましたときに、これは人的関係においては日本の主権に属するわけであります。しかしながら外国におります間は、日本の警察がつかまえるわけにも、日本の裁判所が裁判するわけにも行きません。しかし外国である種の刑事犯を犯しました場合には、犯罪を犯した地域が外国でありましても、その人が日本に帰つて来た場合には、完全に日本の主権を行使し得る地域に帰つて参りました場合には、刑法の適用を受けるわけでります。そういう意味におきまして、外国における日本人というものは一種の潜在主権のもとにあるということが申されるでありましよう。しかしながら平和条約第三条の問題に関連して沖繩、小笠原等に対して申します場合の潜在主権というものは、外国にある日本人以上に弱い主権であります。これはもう完全に眠つておる。一切の権限はアメリカが行使しておる。ですから、もう名義上と申しますか、実際の実益がない、ただ観念としてのみ考えられる主権、そういう非常に弱い主権である、私はそういうように考えるものであります。
○戸叶委員 どうも潜在主権などといつて、主権と言われますと、少しでも主権があるように考えるものですから、そこにいろいろな誤解が生じて来ると思うのです。今条約局長のおつしやつたように、潜在主権というものはもう眠つているもので、そしてダレス長官か初めて発明した言葉で、私の言つたお頂け主権かどうかわかりませんが、そういうものだということになりますと、私もわからないでもない。というのは、自分の島であるにもかかわらず、故郷へ帰れないということ自体が私どもふしぎに思うのですが、そういうような点で、今の条約局長の御説明と照し合せてみると、主権がないのだからしかたがない、こう思うよりほかないと思います。そこで一日も早くそういうような主権でなくて、本物の主権にするようにしていただきたいと思います。 もう一点伺いたいのは、前に小笠原三海里以内で日本の漁船が拿捕されて、そしてハワイへ連れて行かれたというようなことを聞いたのですけれども、こういう事実があつたかないか。あつたとすれば、それこそ明らかに主権の侵害ということになるのじやないか。当然それに対して抗議を申し込まれることと思いますが、その点について承りたいと思います。
○小滝政府委員 小笠原の領海で船がつかまつたことは事実でありまして、南洋群島でつかまつたのがハワイのヘッド・クオーターズの方へ連れて行かれたことはあるそうであります。しかしそれは裁判と申しますか、いろいろ取調べの便宜上、司令部のあるところへ連れて行つたというだけの意味と私どもは解しております。
○戸叶委員 それに対して外務省としては何ら抗議を申し込まれないのですか。
○小滝政府委員 実はこういうように申しますとしかられるかもしれませんが、むしろ向うの方から、これに対しては何んべか警告が参つております。向うの領海でありまして、今の潜在主権の話もありますけれども、向うの方が行政権を持つているところであつて、領海は侵害しないという建前になつているわけであります。ところが往々にして、これは過失の場合が多いのでありましようが、向うへ入つて行つたので、アメリカの方ではこういう不祥事件が起らないように、できるだけ警告をして、小笠原の領海へは入れないようにという申出がありました。それについては無電でそうした事態が起らないように、たしか水産庁の方が中心になりまして、警告を発したこともあるように記憶いたしております。
○戸叶委員 水産庁の方がいらつしたら、その後それはどうなつているのでしようか、お知らせ願います。
○家治説明員 私の記憶いたしておりますところでは、たしか静岡の漁船ですが、領海侵犯というのでつかまつたのでございますが、取調べを受けました結果、釈放されて帰つております。抑留中の食費は若干支払つておりますが、無事に帰つております。
○戸叶委員 いろいろほかの質問がございますが、小瀧政務次官に対する質疑疑はこれで打切ります。
○上塚委員長 福田昌子君。
○福田(昌)委員 私ども、今日この外務委員会で小笠原問題が取上げられましたことは、これはもう党を超越いたしまして非常に喜んでいるところでございますし、またこの小笠原の返還問題に関しての外務当局の御努力は、私ども理解できないわけではございませんし、非常に感謝しておる点もございますが、しかし御答弁を承つておりましても、非常に矛盾を感じます点が多々あるのでございます。小瀧政務次官の御答弁によりますと、たとえば小笠原諸島の島民の問題にいたしましても、戦後帰つた百三十五名の島民の生活並びに財産生命に対する保護、保障というものは、当然アメリカ側に責任が歩るわけであつて、アメリカが責任を持つてくれているであろう。それに対していろいろ人道的に思わしくないことがあれば、友好的に話し合えば解決できることだというような御答弁が先ほどございましたが、この点百三十五名前後のこういつた島民の生活が保障されており、そしてまた基本的な人権が守られておるかどうか、その程度の生活が保障されているということを、外務当局としてお考えになつておられますか。
○小滝政府委員 先ほどから申し上げましたように、詳細な点がわからないことは遺憾でありますが、向うの最高の責任者の人などと話しました際にも、この問題が出たことがございます。そして向うは、あるいはやり方が下手なためかもしれませんが、相当救済などに追われている。いろいろ助けてやらなければならない問題があるので、軍としては相当この点に実は悩まされておる点もあるのだが、最善を尽しておるというようなことを責任者の方から承つたこともございます。また便船がありまして、郵便もありますが、特に著しく不当な待遇を受けているというような報告は、私どもとしては受けていないような次第でございまして、もしそういうことがございますならば、もちろん先方へ申入れしなければならないと考えますが、今のところはそういう状態でございます。
○福田(昌)委員 私小笠原の日本国民の百数十名の人たちが、どういう生活をしておられるかを知つているわけではございませんから、外務当局の措置に対してとやかく申し上げる的確な材料を持つておりませんが、しかし外務当局におかれましても、小笠原諸島の事情はよくわからないというお立場でありながら、それにもかかわらずなお百数十名の日本人は、混血児であろうとも、そういつた人たちの生活は、まずアメリカの責任において安泰であろうというようなことは、日本国民に対してはなはだ責任のない御答弁だと思う。私はその点非常に遺憾に思います。なぜかと申しますと、私は昨年夏奄美大島から琉球をずつとまわつて参りました。琉球には御承知のように琉球政府という日本人による傀儡政権がございまして、そこで一応民主的な政治がなされておるというようにアメリカの軍政府も申しておりますが、沖繩県民時代の人たちの生活と比べると、今日琉球諸島としてアメリカの軍政下に置かれている人たちの生活というものは、人権の侵害においても当然でありますが、生活水準においても非常に圧迫された貧しい生活をしておるという事実を見て参りました。潜在的な主権であつても、一応主権というものが日本にあるということをいわれておりながら、日本政府のこれに対する外交的な怠慢というものは、非常に遺憾に思つて帰つて参つたのであります。今日小笠原のお話を聞きますと、琉球の人の水準よりもつとお気の毒な立場に、戦後八、九年の今日捨て置かれておる。引揚げた方に対しましても何らの補償がないし、また向うの島に帰られた人に対しても、日本の政府でありながら、案外無関心な立場をとられたことを非常に遺憾に思うのであります。この点外務省も事務多端の御事情はわかりますが、もう少し誠意を持つてやつていただきたい。そしてまたこの外務委員会におきましても、友好的に話し合えば解決することだとか、小笠原の島民の生命財産はアメリカによつて適当に守られているというような、その場限りの軽はずみな御答弁は、今後差控えていただきたいと思うのでございます。日本の外交陣営が御努力なさつておることはよくわかるのでありますが、琉球や奄美大島や小笠原の諸島に現在居住しております日本人の人口を数えてみますと、八十万から百万あろうかと思うのであります。こういう大きな数の日本人の生活に対して、潜在的ではあろうけれども、一応日本国民として考えました場合、政府があまりにも関心薄いお立場をとつておられることについて、今後の強い御反省をお願いしたいと思うのであります。たとえば、ヨーロツパにおきましては、トリエステの問題にいたしましても、ザールの問題にいたしましても、それは過去の歴史と今日置かれておる立場というものが、必ずしも琉球や小笠原と同じに判断できない点がございましよう。けれども、トリエステの問題にしてもザールの問題にしても、世界各国人の関心事になつております。これがどういう動きをするかということは、各国とも利害関係は抜きにして大きな関心を持つております。しかし奄美大島にしても小笠原にしても、日本政府自体がこういつた島に住んでおる人の生活の実態すら知らないということであつては、はなはだ遺憾に思います。こういう点で、今日外務委員会でこれを取上げていただいたと同じ熱意を持つて、世界の関心を呼び起すだけの、そしてまた潜在的に主権が日本にあるなら、この潜在的な主権に一刻も早く終止符を打つて、はつきりした主権が日本に返るような措置を講ずべく、外務当局は世界に向つて当然の権利として声を大にして運動を起していたたきたいと思います。この点に関しましては、過去の封建性に災いされた日本国民の卑屈な、そしてまた長いものには巻かれろ、権力には服従しろといつた島国根性が、小笠原にしても琉球にしても、島民自体の中に根強く浸透いたし、それが習い性になつておるでありましようし、この点がまた日本国民全部の中に流れておる思想である。外務当局の中においても権力に服従しようという卑屈な精神があると思うのであります。そういつた精神が根本にあるということをあわせお考えいただきましてこの小笠原、琉球の問題をトリエステ、ザールの問題と同じ姿にまで、世界の関心事にまでしていただきたいということをお願いいたしたいのであります。こまかな点についてもいろいろお尋ねいたしたい思います。たとえば、財産の所有権の問題にいたしましても、私どもは、潜在的な主権という名のもとに、現実に何らかの権利が多少ともあるのかと思つておりましたところが、条約局長は、これはもう形容詞のごときものである、また完全に眠つておる主権だ、なきにひとしい主権だということをはつきり御答弁になりました。この点私どもはいささか唖然といたしたのでありまして、こういうなきにひとしい、完全に眠つておる、形容詞にすぎない潜在的な主権という言葉に災いされて、政府当局が安全保障条約を締結され、第三条によるところの信託統治の条項などをおきめいただいたことに対しても、私は非常に遺憾に思つておりますし、この点に対して政府がいささかも責任をお感じにならないといたしましたら、はなはだ残念に思うのであります。こういうばかげ切つた、子供だましのような潜在的主権などという言葉に災いされて、無期限にこの講和条約の第三条をおきめになつたことに対して、今日政府として責任をとつておられるかどうかということを、小瀧政務次官にお尋ねしたいと思います。
○小滝政府委員 平和条約については、もちろんいろいろ議論もあるでありましようが、当時あの条約というものは、あの当時の情勢下においては、あれ以上にはとても出なかつたであろう、日本としてはもつとひどい目にあうだろうと思つておつたものを、米国が中に立つてあそこまでこぎ着けたといつて、一部には相当多数の方が喜んでくれたはずであります。しかし私は、この平和条約がいつまでもこのままであつていいということを申し上げようとするものではございません。この平和条約は、われわれは忠実に実行しなければならぬ。しかし実際の状況に合わないような、また実施にあたつておもしろくないような点は、かりに条約そのものはかわらなくても、実際的な措置によつてこれをよくして行こうということを考えておるものでありまして、先ほど並木委員も申されましたような、実際的なとりきめをするということも一つの方法であろうと考えます。そうした趣旨で今後もこうした問題を取扱つて行きたいと考えます。なおザールの問題とかトリエステの問題のように、世界の輿論を喚起したらとおつしゃいますけれども、これは政治的な意義も違います。これは私から福田さんに申し上げるまでもないと思いますが、特に不当なことがあるというような場合には、もちろん世界の輿論に訴えて、これを是正する措置をとらなければならないのでありますから、もしそういうことがあるとすれば、そうした措置をとらなければならないでありましようが、先ほどから申し上げますように、先方へできるだけ情報をもらうように申入れをしておりますし、機会あるごとにそうした面についてアメリカ側の注意を喚起しておるような次第でございます。
○福田(昌)委員 政府の御答弁は承らない前から大体わかつております。またトリエステやザールの置かれておる立場、条件と違うことも百もわかつております。しかし、政府の今日おとりいただいておる措置を考えてみます場合に、世界の輿論にするどころか、政府自体におかれてさえも、この小笠原や琉球の実態を十分御調査いただいてない。そしてまたとるべき措置も、今日外務委員会で持ち出さなければ、そのまままだ見殺しにしておられるという点に、非常に遺憾な点があるということを申し述べておる次第であります。従いまして政府におかれては、調査すべきものは積極的に調査し、また潜在的に主権があるその意義を生かしまして、積極的に小笠原へでも琉球へでも出向いて行つて御調査いただいて、しかるべき措置を早急にとつていただきたいということをお願いしておきます。 あとの質問は小瀧次官がおいでにならなくともけつこうでありますから、保留さしていただきます。
○穗積委員 次官に一言希望を申し上げておきたいと思いますが、旧島民の帰島の問題については、ここにおられる全委員の一致した要望だと思うのです。ところが次の問題は——実はわれわれもその趣旨ですが、自由党の増田委員からは領土権の完全返還を目標にして進むべきだという御要望がございました。それから改進党の並木委員からは、中間的に信託統治のようなとりきめをしたらどうかという御要望がございました。次官は外務省を代表されまして、そのいずれの御要望に対しても、その趣旨に沿つて善処するということを言われたのですが、今の状態に置かれておる小笠原問題の解決に対しましては、その二つの方法をそのまま善処されたのでは非常に弱くもなりますし、問題が混乱しやしないかというふうに思うのです。従つて、私は増田委員の言われたように、完全なる領土権の返還を要求する建前で進んでいただきたいと思うのですが、一体並木委員に対してお答えになりました趣旨はどういう趣旨なのか、増田委員に対してお答えになつた趣旨との関連において一言明らかにしておいていただきませんと、漫然とその趣旨に沿つて善処するということではわれわれははなはだ心もとない。私としてはもとより増田委員の言われたように、完全なる領土権の返還を終局の目標として前進すべきであるというふうに要望せざるを得ないわけですが、これについて御所見を承つておきたいと思います。
○小滝政府委員 小笠原、沖繩の返還は、しばしば本院及び参議院で決議にもなりまして、その都度米国側へそういう申入れをいたしておりますし、今後もそうした努力は続けなければならないと考えております。その領土返還という問題はもちろん今後とも堅持して行かなければならないけれども、事実上こうした状態が長く続くとすれば、先ほど申しましたように、双方の交通あるとか、あるいはいろいろな通信とかいうものについての話合いをして、できるだけ不便がないようにするために実際的な措置をとつて行こうという考えであります。でありますから、双方何ら矛盾するというのではなしに、返還してもらうという問題を進めると同時に、暫定的にそうたし実際的なとりはからいをいたしたいということを申し上げたわけであります。
○穗積委員 言葉の上ではそうで、つじつまが合うような御答弁もできるわけですが、いやしくもこういうふうな微妙な関係になつております対外交渉の問題は、初めからできない場合はなんということを想定して、しかも国会において政府がそういうことを御答弁になつておる、それを通じてその材料を向うへ提供しておいて交渉に当るなんということで、領土権の返還という要求ができるものじゃない。そういう意味で言つている。ですから、その点はあくまでも一本で進んでいただきたいということを要望いたします。
○福田(篤)委員 次官はお忙しいようでありますから、私は島民代表に御質問申し上げたいと思います。これは私個人の意見であり、またおそらく各委員の方々も御同感じゃないかと思いますが、この問題は島民を島に帰すということが第一目標であります。ダレス長官以下国務省の識者がたくさんアメリカにもおられますし、私はこの問題は必ず国会の皆さんのお力で、また関係官庁の御努力でできるという確信を失わないものでありますが、これについて、先ほど来問題になつた経済的な理由という点について島民の代表にお伺いしたい。私個人の調査によれば、政府がちよつとした力を貸してやれば、島にさえ帰れば農産にしろ水産にしろ非常な力をもつてりつぱな成績を上げられる、しかも内地にもまた駐留軍の方にもりつぱに供給できて、むしろ日本の経済に非常にプラスだと思いますが、それについて引揚げ前の農業並びに水産方面の種類及びその総額、できましたら内地に送つておりました分量について御説明を願いたいと思います。 〔委員長退席、富田委員長代理着席〕
○藤田参考人 ただいまの御質問にお答え申し上げます。小笠原島のおもなる産物は農産物と海産物でございます。農産物で申しますと、小笠原島はいわば東京の温室でございまして、内地で生産のできないときに小笠原島の生産ができるのでございます。かぼちや、きゆうりのごときは十二月ごろから生産されまして、トマトなどは三月ごろがまつ盛り、こういう状態になつております。その当時の産額を申し上げますと、これは昭和十四、十五、十六の三箇年の平均をとつたのでございますが、一箇年当りの生産額は、貫数にして二百二十一万六百四十貫、これが当時の内地に出荷しておつた農産物の量でございます。金額にいたしますと二百二十五万五千七百四十円となつております。現在の金額に換算したならばどうか、こういう問題につきましては、昭和二十七年末の日銀調査東京卸売物価指数——これは「食用農産物」となつておりますが、この指数を乗じますと大体一箇年五億五千四百七十五万七千九百三十一円、これだけのものが今島民が帰れば内地に出荷できる、こういう状態になつております。それから水産物のおもなるものは、さわらとかかつを、まぐろ、それからかめとかたいとかむろあじとかとび魚とかいうものでございますが、これの昭和十六、十七、十八の三箇年の平均の一箇年当りの漁獲高は百三十七万二千三百二十一貫となつております。その当時の価格にして二百四十三万一千五百九十八円、これを同じく昭和二十七年末の日銀調査東京卸売物価指数——これは農産物以外の「その他食料品」となつておりますが、これによつて換算いたしますと、大体四億四千二百四十七万八千八百八十円、こういつたものが内地へ送つた数字となつております。そのほか鯨が島の周辺で年々三百頭内外とれておりますが、その金額はここにございません。 大体以上のようになつております。もし私どもが帰りまして、今までの経験を生かしてこれらの産物を日本本土に送ることができましたならば、これは相当日本経済のプラスにもなるのじゃないか、こういう考えをもつてお願いいたすものでございますが、これにつきましては小笠原の島民は裸でございますから、補償なり融資なりをお認めいただきまして、それによつてこの産業の計画を立てるというより道はないのであります。もちろんこれは帰島ができなければどうにもできませんけれども、漁業ですと別に帰島ができなくとも、帰るまで補償なり融資がありますならば、相当の長い経験をもちまして一年に相当の漁獲も小笠原の周辺に参りまして得られる、こう存じておる次第でございます。 そのほかの農薬類でございますが、農薬類は、御承知の通り小原笠島は亜熱帯でございますから、内地に生産できないコカインとかデリス根とかレモングラスとか、そのほかの香料類もございまして、その大体の貫数はその当時では四十八万三千二百八十貫、その当時の金にいたしまして五十四万八千七百四十円、こうなつておりますが、これはまだ現在の価格に換算いたしてございません。大体大ざつぱに申しまして、このような生産物が小笠原島で得られることになつております。
○戸叶委員 参考人の方に承りたいのですが、伺うところによりますと、向うにいる百三十五人の人たちの結婚の問題なんかで、内地からお嫁さんを送つたりすることができるということも聞いておるのです。それはどういう形でされているのですか。向うから帰つて来て、そうしてお嫁さんを連れて行くというふうにするのですか、自由に帰つて来られるのでしようか、その辺のことを承りたいと思います。
○横田参考人 ただいまの御質問に対しまして、ついでに欧米系人と私どもの関係の一端を申し上げたいと思います。欧米人を祖先に有する者百三十五名の帰島が昭和二十一年十一月、いかなる事情で許されたかはよくは存じませんが、当時私たちも帰島請願をしておりましたので、彼らのみが許可になつたことはまつたくふしぎに思うところであります。私どもが島におつたとき彼らを差別待遇をしたとか、排斥したとかいうことはまつたくありませんでした。彼ら同士の結婚よりも日本人との結婚の方がはるかに多いことを見ても、その事実が証明せられるのであります。ここにすでに三代に及ぶ日本人との結婚が行われております。彼らの生活の様式も一般島民と少しもかわるところがなく、国籍はもちろん全部日本にあり、現に東京都の小笠原関係の戸籍事務所に私たちと一緒になつております。従つて彼らは軍籍——軍籍といつても昔の軍籍ですが軍籍を有し、一般日本人として兵役に服し、日独の戦争におきましては勲章をもらつた勇士もおります。今次太平洋戦争におきましても多数従軍をいたし、戦死した者も三名を出しております。現在においても彼らとわれわれとの関係は昔とかわりなく、最近島から嫁をもらいに参りましても私どもがその世話をいたしております。 〔富田委員長代理退席、委員長着席〕 彼らの大部分は日本人の帰島を希望して、その請願を米軍に対してしたという話も承つております。大体こういう模様でございました。
○戸叶委員 そうすると自分たちが結婚したいからという申出をするならば、日本へ一時帰還することが許される、向うからこちらへ来ることが許されるのですか。
○横田参考人 それは一昨々年までは日本本土に行きたいという彼らの要望がありましたけれども、海軍当局としてもなかなか許可にならなかつた。幸いにして昨年はその許可が実現になつたので、すでに昨年十月ごろでしたと思いますが、二名の者が嫁をもらいに参りました。それらの話を承りますと、あとから続々嫁もらいあるいはお婿さんもらいに来るという話で、その一人もまたこの三月には来ることになつております。今までは南洋の方からもらつてはどうだというような勧めもありますけれども、昔の関係からしてどうしても島民の中よりもらいたい、こういう彼らの意思をもちまして、それでもし島民の中に適当なものがなければ、八丈島あたりからでも世話してもらいたいということを訴えております。
○戸叶委員 そういう人たちは新しく小笠原に入つて行かれるわけなのですね。
○横田参考人 そうです。
○戸叶委員 わかりました。 それで東京都の方に伺いたいのですが、そういう場合の籍は一体どういうことにするのですか、それを承りたい。
○藤田参考人 東京都の方は午前中で帰られたようで、ございまして、私どもの知つている範囲のことを申し上げますが、嫁をもらつた場合は、もちろんこれは東京都に籍がございますから東京都に籍を入れまして、そうして向うに行くことになるのでございます。しかし向うへ行く場合には血液検査だとか、あるいはさまざまなむずかしいアメリカの規定に従つて、アメリカの様式のもとに小笠原島へ渡る、そういう形になつております。
○福田(昌)委員 関連してお伺いいたしたいのですが、戦後帰島された人たちの生活状態を御存じでございましたら、その範囲で御説明いただきたいと思います。
○藤田参考人 これは午前中に大体のことを申し上げたのでございますが、ここに調査しました一つの表がございます。それは昨年の五月に、東京都の総務局行政部の地方課小笠原関係戸籍事務所並びに私ども帰島促進連盟の両方をもちまして調査いたしております。これは非常にめんどうくさいものですが、大ざつぱな分類に直したのでございます。これによりますと、小笠原に引揚げる前におりましたいわゆる上層階級——これは資産を有して事業を経営し、生活のゆたかなもの、こういうものが五十四戸ございました。ところが引揚げ後の昭和二十五年になりますと八戸になり、昭和二十八年五月現在ではたつた三戸しかない。それから中どころの生活をしておるもの——これは普通の一般階級と申しますか、中産階級と申しますか、これが引揚げ前には三百三十九戸ございました。それが昭和二十五年には三十一戸に減り、昭和二十八年五月現在では二十五戸に減りました。それから一般の並の階級——これは収支のバランスが合つて普通の生活ができるもの、こういつたものが小笠原引揚げ前には三百九十一戸あつた。それが昭和二十五年五月には三百十六戸に減り、昭和二十八年五月には百八十戸に減りました。それから今度は非常に生活に因つておる、いわゆるちよつとした下層階級でございます。これは引揚げ前には七十三戸しかなかつた。その当時全島民の戸数は千六十戸ありましたが、そのうち下層階級というものは七十三戸しかありませんでした。それが昭和二十五年五月には五百七十六戸になりまして、昭和二十八年の五月には九百三十戸、このようにふえて参りました。それから国またはその他の援助を受けている者、非常に困つている極貧階級といつたものが、小笠原には全島民のうちたつた三戸しかなかつた。それが昭和二十五年の五月には百二十九戸にふえ、昭和二十八年の五月には二百五十二戸、このようにふえて参つたのであります。多少戸数はふえておりますけれども、これは住居の関係とか、嫁をもらつて分離したといつたような関係で、若干戸数がふえておるのであります。大体このように小笠原島民の生活というものが非常に困つてしまいまして、小笠原にいた当時は地主であり、船主であり、とにかく殿様のような生活をしておりました者が、内地に引揚げて来まして、かつぎ屋をやるとか、あるいはニコヨンと申しますか、自由労働者にほとんどなつておる、こういうような状態でありまして、現在の小笠原島の島民の生活の状況を申しますと、これは実際お話にならぬひどい状態になつております。これも結局は小笠原島でのんびり南方の生活をしておつたものが、内地の生活にもまれ、しかも裸で引揚げて来た、こういう関係のためにどうにもこうにもならなくなつた。このために困つた生活に追い込まれたというような状態になつております。それから死亡者もありますが……。
○福田(昌)委員 詳しい御説明をいただきましたが、私がお尋ね申し上げたのはそういうことではないのであります。百三十五名が小笠原でどういう生活をしておられるか、御存じならお答え願いたい、それを申し上げたのであります。
○藤田参考人 そのことにつきましては、私ども詳しい調査はできないのでございます。但し、先方から内地にときどきたよりがあり、また嫁をもらいに来るとかなんとかいうことによりまして、その人たちの情報を得たにすぎないのでありますが、現在の経済生活というものは非常にゆたかになつております。私どもの聞くところによりますと、魚が十年来濫獲されておらない、そういう関係から魚群が非常にふえておりまして島の周辺で小さい丸木舟をあやつつて、それで一人の漁師が一月に大体五百ドルくらい収入がある、こういうような状態になつておるそうであります。しかしながら、それでは教育はどうか、それから戸籍の関係はどうか、そういうことになりますと、これは先方から通信がございまして——学校も何だかわからぬ学校で、牧師が教えているらしい。それで免状をもらうこともできない。一体自分の子供は将来どうなるのか。また戸籍の問題でありますが、子供が生れてもどこへ届けていいか、どうも意味がわからぬというようなことも実は申して参つております。この点は、現在の状況では東京都としましても、日本政府としましても、手がつけられないというような状態になつておるのではないかと思うのでございます。その他のことにつきましては、別に私どもよく存じておりすせん。
○戸叶委員 その今の子供が生れた場合に、どこへ籍を入れていいかわからないというお話でしたけれども、両親の籍が東京都にあるのですから、手紙でもつて日本の政府の南方連絡事務局か何かを通して、その子供の籍を入れるということもできないのでしようか。 それからついでにもう一つお伺いしますが、先ほど軍事郵便で連絡があるとおつしゃいましたが、こちらの方からの連絡は、どうしてやつていらつしやるかということを伺いたい。
○藤田参考人 子供が生れましても、アメリカの小笠原島の民政府か何かわかりませんけれども、日本の戸籍とか、そういうことは全然問題にしておらぬのじゃないかと私は思つております。ですから、向うで子供が生れましても、人が死んでも、小笠原島の戸籍事務所の方に正式に通知があるというようなことのないのが、今までの状態であります。私はそう思つております。それから軍事郵便、通信、交通の関係でございますが、これは現に小笠原島にいる百三十数名の人たちが、必要とあれば内地へいつでも出て来られる。しかしこちらからは行くことができない。その人たちは、その小笠原島の民政府といいますか、何といいますか、アメリカ軍が管理しておるのでございましようが、その許可があれば、内地に自由に来ることができる。それから郵便の点は、軍事郵便としまして、アメリカのサンフランシスコかどこかをまわつて、こちらから出した場合は届くのでございます。また向うからも同じ形式でもって、軍事郵便としまして、私どものところへ届くようになつております。
○上塚委員長 委員長から外務当局にお伺いいたしますが、今のお話を開いていると、小笠原に生れた子供たちは無籍者になることになるのですが、これはどういうふうに取扱われるのですか。
○下田政府委員 平和条約第三条に規定がございますが、小笠原出身者を日本国民でないとして、日本国民の範疇から排除した法制は何らできておりません。従いまして、日本国といたしましては、彼らを日本国民と認めてごうもさしつかえないだろうと思うわけであります。従いまして、現地にお帰りになつた方々が、出生を内地の役場にお届けになりますれば、これを取上げて何ら法律上支障はないのであります。だからそれをなさつた方がいいじゃないか、出生、死亡等の届出を郵便でお送りになつた方がいいじゃないか。
○福田(昌)委員 重ねてお尋ねいたしたいのでございますが、こういう人たちの生活は、十分御存じというわけにも参らないでしようけれども、大体今局長から御答弁もございましたように、潜在的な主催ではあるけれども、小笠原におられるその島民の人たちは明らかに日本人であるから、日本人としてまた東京都民としての、法律的な、戸籍の面においても、それだけの取扱いを受けてしかるべきだというお話でございました。しかし日本人として当然守られておるからということにおいて、今日の憲法あるいは他の法律の関係ということを持ち出しました場合に、この小笠原島の島民を守つておる法律、憲法というものは、たとえば憲法にいたしましても、新憲法で守られていると認めていいのでしようか、旧憲法で守られておると認めていいのでしようか。
○下田政府委員 当然新憲法のもとにおられるのであります。
○福田(昌)委員 ところがそこの行政権のみならず、三権がアメリカに握られておるということでありますが、日本国民が日本の新憲法のもとにおける権利を主張いたしました場合、どういうことになりますか。
○下田政府委員 日本内地において、新憲法のもとにおける国民の権利義務を主張なさることは、完全にさしつかえないというか、なさつていいわけでありますが、日本が立法、行政、司法一切の権限を何ら行使し得ない地位にある現地においてなさつても、これは現地の当局としては何ともいたし方がない、つまり日本国及び日本国政府との関係において、新憲法のもとにおける人権を御主張になつてけつこうな次第だと思います。
○福田(昌)委員 と申しますと、日本人であるけれども、小笠原におります百三十五名の人たちは、いかなる法律においても守られてない、向う様のなす通りであつて、権利というものはないということになるのですか。
○下田政府委員 先ほど戸叶さんの御質問に答えましたが、ちようど外国にある日本人と同じことでございます。つまりその方が日本に帰つて来られ、または日本の役場に書類をお出しになる限りにおいて、憲法その他の日本の法令の適用をお受けになります。平和条約の第三条の未確定な状態の権利になつておりますが、とにかく小笠原島が日本憲法の現実の適用のもとにないということだけは、現在の事態で明らかであると思うのであります。
○福田(昌)委員 その点了解できますが、しかし小笠原におられる日本人として考えました場合、まことにかわいそうな立場であります。ことにこれからおとなの場合には経済的な問題が、中心になりますが、児童の教育というような点などを考えますと、これはこのまま長く放置できない重大な問題であると思うのです。こういう点に対して政府当局はアメリカ側と何らかの具体的な交渉をなさつたことがあるか、その点を伺いたい。
○中川政府委員 小笠原ばかりでなく、今では返還を見ません沖繩におきましても、現地においてアメリカ当局が立法、司法、行政の三権を行使しておるわけでありますが、そのうちのある部分でも日本政府にまかしてもらう、たとえば教育について日本政府にまかしてもらうというようなことは、全面的にその地域が返還に至らない間におきましても、さようなことを暫定的に認めてもらうというような趣旨のことは、これは従来までは交渉しておりませんが、今後の問題として目下研究いたしております。できればさような申入れをしたいと考えております。
○福田(昌)委員 いろいろお立場があつて御交渉いただけなかつただろうと思いますが、私どもといたしましては非常に遺憾でございます。しかし琉球の教育制度は大体日本と同じような六・三・三・四の改革がなされておりますが、向うの高等学校を卒業すれば、日本の大学などに受験する当然の、日本内地と同じような受験資格があるというような形もとられておりますし、教科書なども日本の教科書が使われておる。もつとも占領時代の、講和条約締結前の教科書でなければならないという軍政部の申入れがあるということを申しておりますが、一応日本の教科書が使われておるというような状態でありました。小笠原の場合は何らそういうところは私どもわからないのでありますが、琉球とまた違つた形にあると思うのです。これらの島民に対する教育制度というものは、少くとも琉球にとられていると同じくらいに、小笠原においてもとられてしかるべきだと思うのですが、これに対して外務当局としては特別に関心を持つておいでにならなかつたような気がいたすのであります。この点について早急に交渉をなさる御意思があるかどうか。この点承りたいと思います。
○中川政府委員 ただいま小笠原におります。百三十五名の方々の教育問題につきましては、至急研究いたしたいと思います。
○福田(昌)委員 ぜひそういう形で早急に交渉していただいて、いやしくも日本人である以上、ある程度日本国内の教育と関連を持つた内容の教育を受けるということは主張してしかるべきだと思いますし、いろいろな意味において必要でもありますから、御交渉をお願いいたしたいと思います。 それから今お話を承りますと、農産物におきましても、また漁業の上における収獲におきましても、相当大きなものがあるように承りましたが、こういうものに関連いたしまして、そういつた経済的な有無相通ずる交流という意味において、経済機構の上から来る政策として外務当局は小笠原の立場というものを考えて、たとえば日本の予算の編成においても、あるいはまたそういう大きな問題から離れて、物資の交流という意味においても、小笠原というものを大きく取上げて、日本の政策の一部に入れて考えるというようなことで交渉なさつたことがあるかどうか。その点を承りたいと思います。
○中川政府委員 小笠原に関しまする従来までの交渉は、第一といたしましてこれの行政、司法、立法の三権を日本に返してもらいたいという、いわば全面的返還の問題であります。これが実現いたしません間の暫定措置といたしまして、本日論議されております小笠原旧住民の復帰問題、これを交渉いたして来ておるのであります。小笠原におきまする産業開発問題、これはわれわれといたしましては、小笠原旧住民の方々の復帰がどうしても前提になる、かように考えますので、復帰の方に主力を注ぎたい。なお復帰するにあたりまして現地の産業状態はどうなるか、復帰された方々が先方で経済的重荷になるということがあつてはいけませんので、それらにつきましては従来いろいろ資料をそろえまして先方に申入れております。先ほど政務次官が申しました通り、今後の交渉としては、この経済的問題に対して具体的案を出しまして、復帰問題を促進するという点に重点を置きたいと思います。
○福田(昌)委員 横田さんでも、藤田さんでもけつこうでございますが、ちよつとお答えをいただきたいのであります。向うからの手紙あるいは向うから来られた方のお話の中で最も要望されておる点、どういうふうにしてほしい、どういう点を一番先に願つておるというような点があろうと思いますが、どういう問題が中心になつておるか、その点を承りたい。 第二点は、アメリカの軍人さんに対するこういつた人たちの感情、どういう感情を持つておるか、そういう点を承りたい。
○藤田参考人 現在小笠原島におります百三十五名の人たちも、中にはいろいろな人があるかもしれませんが、大体におきましてわれわれが引揚げ前におきましても、昔から非常に友好関係を持つておりまして、小笠原島民と何ら異なるところがなかつたのであります。教育におきましても、生活様式におきましても、嫁の関係におきましても、非常に相一体となつて生活をいたして参りました。そのために早く帰つて来るようにしてくれ、われわれの力ではどうにもならぬから、うんと復帰等の運動をして、そうして政府にも要請し、アメリカ当局にも要請して、早く帰つて来てもらいたい。こういうような手紙が非常に多くなつております。中にはあるいは狭い島国根性ですか、狭い考えによりまして、自分たちの漁業、あるいは生活権ですか、それのじやまになるように思つておる人もあるかもしれませんけれども、大体におきまして一般島民は帰島を要望しておるというのが事実かと思います。 それからアメリカの現地軍に対して島民がどういうふうに考えておるかということにつきましては、別にそこに何らの反対運動もなくてこれらも一体となつて何かやつておるようであります。そのほかのことはあまり詳しくわかりません。
○福田(昌)委員 よくわかりましたが、もう一点だけお尋ねいたしたいことは、百三十五名の人たちがぜひ皆様方にも帰つて来ていただきたいというのは、当然の要望でありましようし、またアメリカの駐屯しておられる軍人ともその軍政下においてうまく行つておるということは、非常にけつこうなことだと思います。しかしその人たちが、原則的には小笠原の日本への返還、主権がはつきりと日本に返るということを要望しておるのは当然でありますが、過渡的な現実の問題として、政治機構の上においてどういうふうにしてもらいたいか、あるいは日本政府の南方連絡事務局の支所でも置いてもらいたいとか、そういうことに対する要望が——それのみに限りませんが、お耳に入つておるかどうかということを、重ねてお伺いいたしたいと思います。
○横田参考人 この前お嫁をもらいに参りましたときに、南方連絡事務局に行きまして、ここにお見えになつておる吉田課長さんにも紹介いたしまして、その後無事に向うへついた、そして非常に感謝をもつて礼状が来たという話がありますが、昔のことを言えば何ですが、日本の軍人と同じように、規則がいかにありましても、要塞司令官によつて、たとえば硫黄島のごとき三海里以内につけないところにおきましても、ちよつと水がなくなれば水もやる、また病人ができれば飛行機で本土に送り返して看病してくれる、そういうような識見を持つた司令官もありますし、また人によりますと、三海里ぐらいのところでも警戒をして、漁船なんかが寄つたときには厳重に寄りついちやいかぬというようなこともあります。それから向うにおきまして、二十一年に連れられて行きまして、数年間軍の補給を受けたので、その後参りましたある人の言によりますと、どうも日本様式で生活した者が、向うではパン食なので、まぐろの刺身、かつをの刺身、そういうものにつけるしようゆもない、それからくつみたようなものもげたが一番ほしいとか、あるいはお茶が飲みたいとか、そう言つて非常に日本のものを好みまして、アメリカの軍から与えられるパン食では、とても漁業なんかには耐えられないということを訴えておつたのであります。そういうことが私どもが耳にした一端であります。
○福田(昌)委員 最後に教育内容でございますが、牧師さんが教えておられるらしいというようなお話でございましたが、それは日本語でございましようか、あちらの言葉でございましようか。またその水準が基礎的な教育だけに限られておりましようか。多少は専門的な分野もあるのでございましようか。
○藤田参考人 その点につきましては、私どもは詳しく存じておりません。私どもの考えるところでは、おそらくこれは日本の教育様式でなくて、アメリカの教育様式に従つて、向うの書物を使つてやつておるのではないかと思つております。その点は私どもも詳しく存じません。
○戸叶委員 一点だけ要望ですが、領土権の確保ということが、いかに大切であるかということを再認識されましたし、また帰還できない方々がどんなに苦しんでいらつしやるかということも、ここで再認識されたわけなんですけれども、また私どもは硫黄傷の玉砕者の家族が千名近くもいてその人たちが内地で非常にみじめな生活をしているばかりでなく、若い二十才ぐらいの人が自分の兄嫁と結婚させられて、そうして大きな十八なり十九の青年を子供として扱わなければならないというふうな、若い青年の将来がまつたくみじめにされているというような例を見ております。そういう点もおそらく政府当局のお耳に入つていると思いますので、こういう点についても特に思想的な問題、いろいろな問題にからんで来ますから、御注意いただきたいと思います。また硫黄島の玉砕者一柱に対して六十円の祭祀料しか払われなかつたというようなことを聞くにつけましても、この補償の問題は先ほどから多くの委員によつて要望されましたが、そうした問題も一日も早く、領土権を確保する前の段階として解決されることを、政府に強く要望するものでございます。
○上塚委員長 これにて小笠原諸島旧住民の帰島に関する件の質疑は終了いたしました。 参考人各位には長時間にわたり、種々有益なる御意見を開陳していただきまして、まことにありがとうございました。委員長より厚くお礼を申し上げます。 —————————————
○上塚委員長 なおこれより外交に関する件について、質疑を許します。簡単にお願いいたします。並木芳雄君。
○並木委員 時間がおそくなりましたから、簡単に二点だけお尋ねいたします。一つは条約局長にお尋ねするのですけれども、国際連合軍との協定の問題であります。これは近く調印の運びに至るということを、この前岡崎外務大臣から言明がありましたけれども、いつ調印になりますか。それから懸案になつておつた費用の問題なんか二、三あつたと思いますが、それはどのように解決されましたか、お尋ねをいたします。
○下田政府委員 国連軍協定につきましては、松平外務省参与が交渉の任に当られましてずつと折衝をされておつたのであります。先般大体妥結いたしました。ただ、今まで松平参与が交渉しておられました相手は、少数国の小人数を相手として、つまり会議の形式をとらずに、非公式の折衝の形で折衝されて来ておつたわけであります。従いましてその少数の国々との間には大体話がまとまつたのでありますが、爾余の国連諸国にこういう話になつたといつて、ただいま通報をいたしておる段階でございます。その通報を受けました国連諸国がこの条約案に同意いたしますならば、なるべく多数の国連諸国と調印いたしたいと思つておるのであります。その時期はまだ確定いたしておりませんが、今月の二十日前、おそらく中旬に調印の段取りになることと思います。調印になり次第、国会に付議いたしまして御承認を仰ぎたいと存じております。 第二の、問題になつておつた点はどう解決せられたかという点でございますが、これは御承知のように、国連軍協定の交渉で一番大きな問題は、わが方から言わせれば、刑事裁判権の問題であり、先方から言わせれば、財政問題であつたわけでございます。刑事裁判権の問題は、すでに国会の御承認を得ました議定書で解決をいたしております。日本の主張通り、NATO方式で解決いたしております。残りは先方の要望事項が多かつたのであります。この財政問題につきましても、日本側はいろいろ見地から、関連した問題を提起いたしましてその解決に努力して参つたのであります。第一は施設返還の問題でございます。御承知のように、呉、広地区に国連軍の施設があるのでございますが、この施設の返還の問題も、十数箇所日本に返してくれることに話がきまつております。もう一つの大きな問題は、労務の問題でございます。御承知のように、日本の労務者は米軍と同じように間接方式にしてもらいたい、直接方式で雇われるのはかなわぬということから、間接方式を主張して参りまして、政府といたしましても強く主張をなしておつたのでありますが、これも大体間接方式、米軍と同じようになることに解決いたしました。また財政問題につきまして、施設の借料、これも負けてやるということに大体なつたのでございます。従いまして大きな未解決の問題は、すべて互譲によりまして妥結を見、日本の希望が達成されましたので、先ほど申し上げましたように、近く調印の運びになつた次第でございます。
○並木委員 では第二の点を法務省の井本刑事局長と鈴木入国管理局長にお尋ねしたいと思います。それはほかでもありません。元ソ連代表部のラストボロフの失綜事件についてであります。元ソ連代表部の方から当局の方に保護願があつたとのことでありますけれども、当局としてはどういうような捜査をされましたか。最近私どもが耳にすることは、こういう人を一人探すにも当局は探すことができないのか、また情報によればそうじやないだろう、もうとつくの昔に外国に連れて行かれているのではないか、あるいは自分で希望して行つたのではないかと、いろいろ情報は流れておるわけでございます。従つて私どももそれをほうつておきますと、もし政府の治安力の微力にあらざれば、無断出国をしたというような問題が生じますので、この機会に詳しくお聞きしておきたいと思うのです。それでいろいろ情報はありますけれども、政府としてはその情報のうちどういうものを一番信用しておるか、そういう点をお聞きします。
○井本政府委員 ラストボロフの所在につきましては、検察庁、警視庁、国警などで鋭意捜査中でございますが、現在のところ、まつたく正確なことは判明しておらないと申し上げるよりいたし方ございません。
○並木委員 一生懸命捜査しているのですか。どうもその点が、一生懸命捜査していて今のような答弁では、それこそ日本の警察力というものが、まことにたよりにならないという感じを国民は抱くと思うのです。それともいいかげんで、これは外国に行つてしまつているのだろう、あるいは沖繩に行つてしまつているのだろうというのであきらめて、手綱をゆるめているのかどうか、そういうところをお聞きしたいのです。
○井本政府委員 相手がソ連の残つている旧代表部のことでありますし、新聞の情報によつて、あるいは国外におるかもしれぬというようなことだけでございまして、新聞の発表しておる程度以上には、私どもまことに残念でございますが、法務省の立場で現在彼がどこにおるかということについては、まつたく申し上げかねると言うよりいたし方がない次第であります。
○並木委員 外務省としてはいかがですか。今のような答弁ですと、共産党の幹部の地下にもぐつた問題なんかもありますが、どうもたよりにならない感じがするのです。これは日本内地にはおらないのだ、外国に行つちゃつたのだと思うから、捜査もいいかげんにやつているという答弁なら、これは答弁として成り立つわけです。その点井本局長にもう一度お尋ねするとともに、外務省としての大使館との交渉、あるいは米市との交渉はどうなつておりますか。
○下田政府委員 外務省は捜査自体について何ら関与する立場にないわけでございますが、もつばら米国側、つまりアメリカ大使館と軍側とに折衝いたしております。それで先般政務次官から申し上げましたように、米国大使館からも情報を一切日本政府に通報するという確約を得ております。しかしながらまだ何らの通報に接しておりません。
○井本政府委員 ラストボロフがもし自分の任意の意思で無断で国外に出たということになりますれば、御承知の通り出入国管理令の第二十五条、第七十一条でありますかの犯罪になるわけでありますが、その以外の罰条には触れない次第であります。もし内地に本人が監禁されておる、しかもそれが日本人であればもちろん不法監禁罪でございますが、あるいはアメリカ軍でもさような場合には犯罪になるということになれば、さような事情があれば私どもといたしまして、犯罪事件として捜査いたすということになるのでございますが、犯罪事件ということになるかどうか、現在その程度の情報しかわからないので、本人が一体今どこにおるかということを、関係官庁といろいろ情報を集めておるということを申し上げる以外にいたし方ないのであります。
○並木委員 もしこれが本人の意思で——不法監禁の場合はもちろんでありますが、本人の意思で外国へ行つておる、まあアメリカですが、その場合に元ソ連代表部の方から捜査願が出、保護願が出ておると、日本の政府としてこれに縛られますか。縛られて、アメリカに対してラストボロフ氏を返してくれという申入れをすることになるのでしようか。
○井本政府委員 さようなことは日本の政府としてもできないと思います。
○並木委員 できないというのは、条約局長でもどなたでもけつこうですが、どうしてできないのか、理由を説明してほしい。
○下田政府委員 これは外務省からお答えすべき筋合いでないと思いますけれども、本人の自由意思で庇護を求めるというのは本人のかつてでありまして、刑事局長から申されておりますように、わが方の犯罪容疑がない以上は、これを引きとめる理由は何らないわけであります。
○並木委員 出入国管理令の違反にたりますか。
○下田政府委員 その点は入国管理局長の方から……。
○鈴木(一)政府委員 その前にちよつと先ほどの御質問に関連してお答え申し上げておきたいのは、外国人の管理日本の入国管理局が責任を持つてやつておりますので、ああいう新聞情報を得ましたので、各港に対しましてははたして出たかどうかということにつきまして調べをするように手配をいたしております。現在までのところ、外国人は管理令によりまして、日本内地を離れますときは出国の証印をしなければなりませんが、その証印手続をとりましたものでラストボロフという人はないという報告になつております。 それから今の違反になることは事実であろうと思いますが、万一外に出ました場合に、それをあくまで追いかけて引きもとして、日本の法律に照して処罰するというところまでやるべきものであるかどうかということにつきましては、われわれの方ではそれほどの問題とは考えていない、むしろ外に出ました人が再び日本に入るときに、その人の入国を認めるかどうかという問題になると思います。
○並木委員 ただどうでしようか、元ソ連代表部——これは単なる事実上の存在と言いながら、そこから日本の政府に保護願が出ている、こういう点です。それが出ていると、日本の政府としては、今の答弁のようにほうつておいていいものかどうか。国際慣例なんかもあるじゃないかと思うのです。こういう場合にはどう扱うのが政府として一番妥当であるか。
○下田政府委員 これは庇護権の問題でありますから、庇護を求める本人の自由意思で選択するところに入るのが庇護になるわけでありまして、もし新聞に伝えるように、彼らが共産党の工作のいろいろなことをやつておるとすれば、日本にも共産党員その他がおつて、日本におることは決して庇護にたらぬと思つているかもしれません。それでしたら日本におるよりもアメリカの手に入つた方が安全だと本人が思うかもしれません。ですから本人が自由意思で一番安全だと思うところに行けばいいのでありまして、これはわが方の何ら関知した問題ではございません。
○並木委員 この際お聞きしておきたいのは、これと関連もあり、参考にもなると思いますが、例の鹿地亘の事件というものは、どうなつたのでしようか。
○井本政府委員 鹿地亘に対する電波法違反事件でございますが、これは御承知の通り三橋正雄という共犯者の自首に伴いまして発覚した事件でございまして、国家地方警察東京都本部におきまして、昨年の五月九日から八月二十二日までの間、前後六回にわたつて逮捕状の発行を受けまして鹿地を逮捕しようとしたのでございますが、鹿地が病気のため逮捕することができなかつた次第であります。警察側では昨年八月二十七日在宅のまま書類だけを検察庁に送付して参りました。そこで検察庁では被疑者を在宅のまま捜査をいたしまして、結局昨年十一月二十七日、電波法違反で起訴するに至つた次第でございます。起訴いたしました事件は、鹿地が三橋正雄らと共謀の上で、昭和二十六年九月二日ごろから十二月五日ごろまで九回にわたつて北多摩郡保谷町下保谷の三橋方で無免許の無線局を開設して、三千四百ないし五十五百キロサイクルの電波を発して受送信し、この無線局を運用したという事実でございます。鹿地は北多摩郡清瀬村の清瀬病院で療養中でありまして、起訴後今日に至るまで公判期日の指定もなく、現在の状況では公判開廷の見通しも立たない現状でございます。
○並木委員 アメリカ側の報道では、ラストボロフ氏はソ連のスパイ網の一つであるというようなことがいわれております。ソ連のスパイ網というような場合に、スパイ行為そのものに対する各国概念はまちまちだろうと思うのです。アメリカはこういう場合に極東におけるソ連のスパイ網ということは、どういうようなスパイ行為をさして言つているのでしようか。これは日本政府でも機密保持あるいはスパイ取締法というようなものに関連もして、それをつくるとかつくらないとか、いろいろ考えているのでしようけれども、ただ漠然とスパイ網スパイ網ということで放送されると、日本国民としてはやはり警戒をして来ると思う。その警戒が必要以上であつてはまたいけないと思います。私の身のまわりでは今のところ何にも機密に属するようなことはない、こんなように考えております。ところがソ連なんかでは、やはり日本に来て地図を買つたり、年鑑を手に入れたりすれば、スパイだということになるともいわれておるのです。どういう意味でアメリカが使つておるか、それによつてこのラストボロフ氏の取扱いというものも微妙になつて来ると思いますが、当局はどういうふうにお考えになつておりますか。
○井本政府委員 日本におきましては、終戦後いわゆるスパイ取締りに該当する諸法規はほとんど全部撤廃いたしまして、現在におきましては、安保条約に基く行政協定による刑事特別法に、わずかに少し規定が残つておるくらいでございます。元来このスパイもしくはスパイ網といいますのは、非常に漠然とした観念でございまして、常識的には反国家的の目的で軍の機密もしくは国の機密の情報を収集するというのが、スパイであるというように考えておりますが、日本では戦争中のような軍機保護法も、国防保安法も、軍用資源秘密保護法もございませんで、先ほど申し上げたように、ほとんど取締り法規がないというような状況であります。しかしながら、およそ軍隊のあるところ軍機保護法に類する規定のない国はございません。これはイギリスにしてもアメリカにいたしましても、フランス、イタリアにいたしましても、全部さような軍の機密もしくは国家の機密に関する取締り規則ができております。ソ連のごときは相当高度の取締り法規があるようでございますが、今申し上げたように日本ではさような規定がないので、スパイ行為をしたということがただちに日本の法規に触れるということはほとんどございません。わずかに電波法違反であるとか、あるいは出入国管理令違反であるとか、刑事特別法であるとかいうようなものの規定の適用がある程度でございます。
○並木委員 もう一点お尋ねしておきます。それは先般最高裁で政令三百二十五号の違反事件に対して、免訴の判決が下りました。そのために当局としては、たとえば共産党の幹部の捜査などにぐらつきが来ておるのじゃないかと思うのですが、やはり捜査を継続しておるのかどうか、この際お聞きしておきたい。
○井本政府委員 もちろん、現に松本三益氏の事件については裁判中でありますし、残りの幹部も何とか取押えたいということで鋭意努力しております。
○上塚委員長 それでは本日はこれをもつて散会いたします。 午後四時五十八分散会