P政策ポータルPOLICY PORTALウォッチ
19回国会衆議院1954/10/30

海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第17号

発言数
35
登壇者
12
会派数
5
開催日
1954/10/30

会議録

山下春江新党同志クラブ

○山下委員長 これより会議を開きます。  本日は海外同胞引揚に関する件及び引揚者定着援護に関する件について議事を進めます。  まず初めに、海外同胞引揚問題につきまして、先般中共に参りました中共視察議員団が去る二十六日帰京いたしましたのですが、中共視察団が残留同胞の引揚げ問題について中共当局と種種会談され、その成果をあげて参りましたので、この際中共視察議員団の一員として行かれました委員青柳一郎君より特にその事情等の報告を伺いたいと存じます。青柳委員。

青柳一郎自由党

○青柳委員 今回中国視察に本委員会から行かれました方は、私のほかに村瀕先生、さらに社会党左派の田中先生は当時中国におられましてこの引揚げ問題にも御尽力を大いに願つたのであります。ただ御指名でございますので私から御報告をいたしたいと存じます。  今回のわれわれ議員団一行が中国を視察いたしますようになりましたのは、日本の国と中国との間に遺憾ながらまだ国交が回復いたしておりません。従いまして、中国人民外交学会の名においてわれわれを招聘せられたのであります。その目的とするところは親善が主たるものであつたと存じます。しかしながら、われわれ一行の気持といたしましては、現在日本と中国との間に大きい問題となつております引揚げ問題、さらには漁船の拿捕の問題、また貿易問題等の重大問題につきましては、何とかしてこの機会を利用し中華人民共和国政府と談合を重ねてその解決に努力したいという気持を持つて参りました。われわれが北京にやつと安着いたしましたのは先月の二十九日の昼でございましたが、このわれわれが政府当局と折衝などいたしまして解決をはかろうとする問題に取組み得ましたのは——ちようど当時御存じのように中国では第五回の国慶節が行われました。その前の各種の行事、その後の行事など山積いたしまして、これらの問題に取組み得ましたのはその後であります。引揚げ問題につきまして前からわれわれ一行から要望をしておつたのでありますが、それに応じまして中国紅十字会の会長李徳全女史から、われわれに来てくれろと言われましたのは十月六日でございました。われわれと中国紅十字会の幹部との間の話合いは十時から十二時半まで二時間半に及ぶものでございました。まず杉山元治郎先生がわれわれ一行を代表して簡単なごあいさつをなされました。さらに、社会党左派の佐々木先生が、一般居留民の問題につきまして、できるだけすみやかに釈放をしてもらいたいという御要望をされました。それに引続きまして私は一行を代表いたしまして数項に及ぶ要望並びに質問を申しました。  それはどういうことであるかと申しますと、次のようなことであります。  まず第一に、従前から李徳全会長以下中国紅十字会の日本人送還問題に関する御努力を非常に謝するとともに、われわれが日本を立ち去つた日かその翌日ににまた引揚船が舞鶴についたことを思うと、まことに感謝の意にたえないものである。これから一般居留民問題並びに戦犯の問題につきまして、わけて要望なり質問なりをいたそうと思います——。  まず第一に、居留民の問題についてでありますが、これにつきましては四つの点の要望があるのであります。第一に、個別帰国希望者に中国紅十字会が帰国の援助をされることになつていることについては、これは非常にうれしいことであつて、感謝の意を表します。ついては、その援助の内容と方法についてお知らせ願いたいと同時に、機会あるごとにその援助の内容について日本人居留民にもそのことを周知徹底させてもらいたいという点であります。第二は、日本におきましては、便船によつて個別的に帰国する者につきましては、本人及び留守家族が船の運賃を負担することができない場合、日本政府においてこれを負担する制度が設けられているのであるが、このことをすべての居留民に知らせてもらいたいという点であります。第三は、すべての残留日本人について家族との通信ができるように中国紅十字会においてあつせん援助をしてもらいたい。居留民の中には現在通信の便宜があるということを知らないか、あるいは何らかの事情で留任家族に通信を送れない者があつて、その安否が不明のために留守家族はいたずらに焦慮しておるので、そういう人に対しては、日本の家郷に通信することをあまねく勧奨されるように紅十字会の極力の御配慮をお願いしたい。特に日本における留守家族の現住所が判明しないため通信を送り得ない者については、直接本人から日本赤十字社へ当該留守家族宛の通信を寄託することにするか、または中国紅十字会において一旦通信を一括して受託されて、これを日本赤十字社へ送る方法か、いずれかの方法による通信が実現されるように御配慮願いたい。最後のお願いは、われわれ議員団一行からのお願いでなく、あるいは日本赤十字社からのお願いになるかとも思うが、私自身は実は日本赤十字社の役員であるのであえてお願いするが、最近まで通信があつた者でその後とだえたもの、または何らかの事情で帰国していない者に対して昨年六月以来特に中国紅十字会の調査をご依頼したけれども、いまだ何らの回答に接していない。いろいろの事情で調査が困難と思うが、今後ともあとう限り御協力願いたい。さらに、もう一つ、すでに帰国船で日本人たる夫に従つて入国した中国人である妻、さらにまた中国人の妻である日本婦人で単独帰国した者の中で、最近中国に帰りたいと申し出て来ている者がある。これらの婦人の再渡航に関する中国政府の御意向が聞きたい。この五点が一般居留民に対する要望であり、質問である。  第二の問題は、先ほど申し上げましたように戦犯に関する問題でありますが、これから私が発言する内容は、そのすべてが李徳全会長の主催する中国紅十字会の任務ではなく、他のあるいは軍関係のものが多いとも思うけれども、従前からの御厚情によつて、しかるべくそちらの関係の方に御伝達の上、われわれの希望実現にご協力願いたいと申しますと、李徳全会長は、喜んで伝達し、協力を誓うと答えられました。なお続いて一括して質問を戦犯について続けてもらいたいということでありましたので、私は四項目にわたりましてそれを申したのであります。  最初に、一九五〇年、昭和二十五年の夏に日本人戦犯九百六十九名、これがソ連政府から中国政府に引渡されたとのことであるけれども、これらの人人、さらにその他の戦犯者及び中国によつて何らかの処罰を受けている服役者、これらの氏名並びに刑期を知らせられたい。なお、これらの人々については釈放並びに減刑など寛大な措置がとられて一日もすみやかに帰還の機会が与えられるように願いたい。第二の問題は、戦犯者並びに服役者については現在日本の家族宛に通信が来ていないか。聞くところによりますと、ソ連邦におきましてはすでに戦犯者に通信の自由を与えている。われわれも二、三日前に北京におきまして監獄を見ました。その監獄には政治犯もおります。そして、聞くところによりますと、これらの者には通信の自由が与えられているのであります。わが国の戦犯のみに通信の自由が与えられておらぬということはどうしてもわからないのであります。何とぞこの通信を許していただきたい。第三の点は、ソ連においては戦犯者に対して留守家族からの慰問品を送ることを許しているが、中国はまだこれを認めてくれない。何とぞ日本からの小包を届けるようにしてもらいたい。さらに第四の点は、戦犯者、服役者中の死亡者についてその名簿をいただきたい。中国においては病院も監獄も整備している。これらの死亡者はわかるはずであるから、何とかしてその死亡者の名簿をもらいたい。日本におきたしては、戸籍の整備、相続の関係もあつて、すみやかにその安否を留守家族に伝える必要があるからである。これが私の要望であります。李徳全女史はそのごあいさつの際に赤十字の精神を説かれました。そしてその人類愛を基調とすることを高く叫ばれたのであります。引揚げ問題は、国家と国家の間のいわゆる国際政治問題ではありません。外交問題でなくて、実に人類愛に基く情熱で解決しなければならない問題であります。引揚船が舞鶴に入港するとき、その船に自分の夫の乗船していないことが明らかなのにかかわらず、子供の手を引いてその港に立つて、引揚者を迎える家族の喜ぶ状況を見てまた帰つて行く若い母あるいは子供の多数あることを考えてください。私は今日日本国民を代表して申し上げるのではありません。日本に生きている人間を代表して李徳全会長の人類愛におすがりし、なお一層の御協力を願うものであります。さらにこの際つけ加えなければならぬ問題は、戦争中日本で生命を失つた中国人の遺骨送還の問題であります。これらの問題は、日本において七箇所に安置せられ、先だつてもその慰霊祭が行われました。われわれはこの送還に今後とも十分努力をいたしたいと思う。李徳全女史は近く日本に行かれることになつているが、日本に行かれた際に李徳全女史が日本に対して要求するこれはそのことでもあろうし、その成功もわれわれとして期待したいものであるということを申したのでございます。ただ、私の言葉が過ぎた点があるかもしれないけれども、それは人間として許してもらえることであろうとつけ加えました。  これに対して、李徳全会長の答えは、私はまず日本人の帰国に際して起る困難に対しては進んで援助をしております。しかし、今日私の任務以外の点についてのお話もありましたが、それについてはお答えすることはできません。これらのことは関係方面によくお伝えして協力をいたしましよう。中国人遺骨問題については、前にも送還していただいてまことに感謝にたえない。ただいままたその後の遺骨送還に努力すると言われた。まずもつて前からお礼を申し上げておく。国際間の友好関係は今後も十分強力なものにしなければならないと思います。戦争は日本人だけでなく中国人にも同じように困難を持ち来しました。中国人は戦争によつていろいろな困難な目に会いました。中国人は、戦争によつて与えられた損害については忘れられないのです。何とぞ中国人民の心中も了解してもらいたい。帰国したい日本人を帰す問題は、政府より依頼があれば、自分は必ず援助をする。ところで、お尋ねの中国から帰国する日本人に対する援助については、さきに三団体の方々が北京に来て話し合つて発表したコミユニケに明白である。日本までの旅費、宿泊費、食事代は援助をいたします。そうして生活困難な者に対しては一定のそのほかの物質的の援助も与えます。今後もこの援助は同様に実施いたします。帰国するために船に乗るまでの間のことは中国において必ず援助をいたします。さらに通信については、中国は従前から相当の援助を払つて参りました。日本人が紅十字会を通じ日本赤十字社に通信を送つてくれと言えば、喜んでこれを実行してあげましよう。直接日本赤十字社に出してもよろしいです。さらに東北の居住日本人については、自分の聞いているところによると、奉天に民主新聞というものがあつて、その新聞社と日中友好協会とが連絡して、その日本における家族の住所を確かめることができたと聞いております。これも一つの答えであります。戦犯者についてもいろいろ聞いて知つているが、しかし現在のところ私はこれについて責任を持つて言うことはできません。そこで私は今度は青柳さんに質問がある。日本に帰つた人々の生活はどうであるか、と言うのであります。  私は、その大部分のものはすでに職業について、住居も与えられました、こう答えたのであります。ところが、それがほんとうであればまことにうれしいことである、こう重ねて言われるのであります。私といたしましては、さらにそれに答えて、中国から帰つて来た日本人の方々に対しては、就職についても優先的なあつせんをいたしております。さらに住居がないときには、大きい施設ではございませんけれども、小さいながらも住居を新設などもしておるのであります、こういうふうに答えたのでございます。 これが最初の十月六日の会見の模様でございます。  ところが、この十月の六日宿に帰つてみますると——、その前にわれわれ団体から、われわれを招聘した中国人民外交学会を通じまして、今回われわれは東北地方に行く、従つて東北地方におると思われる一九五三年にソ連から中国が引受けた戦犯に会いたいという要求をしております。ところが、ちようど李徳全女史に会いまして宿に帰りましたその日の夕方、これに対しまして、遺憾ながら貴意には沿いがたいという返事が参つたのであります。それはあとのお話にいたします。  ところが、十月の十日の夜中でございましたが、あくる日いよいよ周恩来との会談が持たれるということに相なつたのであります。この周恩来との会談は実に数時間にわたるものでございましたが、そのうちで周恩来の口から直接引揚げにつきまして朗報を受けた点を御報告申し上げます。  すなわち、その言うところによりますると、戦犯者をつい先月末にまた帰国させたのであるが、その数は四百余人である。従つて現在中国に残つておる日本人戦犯者の数は十名余にすぎない。これには二種類ある。一つはソ連から中国が引受けた九百名余りの者である。他は閻錫山軍に参加して中国人民と戦争した者のうちの罪刑の重い上級者約百名である。われわれはこの問題を処理する用意がある。われわれの政府になつてから戦犯者に対してむごいことをしておらぬことは知つておるだろう。前の国民党政府はああいうむごいことを戦犯者に加えたが、われわれとしてはそういうようなことはしないのである。できるだけすみやかにこれらの戦犯者についての処理を行おうと思う。さらに、皆さんの心配しておられるという戦犯者と日本にある家族との間の通信は、これを許可することとするということを言明されました。またさらに、中国紅十字会長李徳全女史以下の同会の幹部は今月の末に日本に行くけれども、そのときにこれら戦犯者の名簿を持参して日本赤十字社といろいろそれによつて相談をしようという明言もこの際得たのであります。さらに、周恩来総理の言うところによりますと、一般日本人居留民は日本国内と通信することは現在許しておる。このうち大多数の者は日本に帰りたくない者である。帰りたい人は帰りたいように希望を十分に達せしめてもおるし、今後も進めて行く。強制的にとどまらせる意思は少しもない。本月は何十名、その次の月は何名というふうに長期にわたつて帰国させる。集団的のものは今後行わないことになる。さらに、中国人民は日本に四万人ほどの多数が現在とどまつておる。そのうちには本国に帰りたい人もあるし、また少数の者には台湾に行きたいという希望を持つておる者もある。私は彼らをその自由意思によつて行動させようと思う。しかしこれらの問題すべてを通じて、結局中日間の交通を復活させねばならぬというところが重点である。こういうことが周恩来総理のわれわれに対する引揚げ問題についてのお話であつたのであります。  この会談は実に友好裏に数時間に及びました。そうして、周恩来の返事も、一時間半あるいは二時間ぐらいの長さにわたつて、いろいろな自分の意見を交えての話がありました。そうして最後にまた重ねていろいろな意見の交換がありました。われわれの同僚のうちから、この際周恩来に対して発言をして、そうして東北にわれわれが行つた場合に戦犯者と会えるようにしてはどうかと言うて私に勧める人が多数にございました。しかし、事は非常に友好裏に進んでおるし、軍当局が許すか許さないか、この問題を表面に取上げることについては何だか遠慮がされました。従いまして、そこでおわかれするにあたりまして私は直訴をいたしました。通釈の人を連れて行つて、周恩来に対して、お国のソ連から引受けた戦犯者には日本の人を一ぺんも会見を許してくれておらない、これは先般ソ連も許しておる、またお国の政治犯を含む監獄においても通信なり面会がやはり許されておるのに、何とかしてこの際会わしてくれろ、会うことによつて、これら戦犯者が元気でおるということを国に帰つて報告することがどれだけこの戦犯の家族の方々の心情をやわらげるかわからないのだ、何とかしてこれをやりたいのだという要望を直訴いたしました。これに対して、周恩来は、もつともであります、そう初め申しました。そうして、少し考えさせてください、——この少し考えさせてくださいと通訳が言い終つたときに、またちよつとそれをとめて、少し検討させてくださいと言い直しました。  さらに、次のこの問題についての会談は、われわれが北京を去つたは十月十四日でございましたが、その前の日、十三日に紅十字会また李徳全先生から呼ばれたのであります。そして、このときの話は、これは李徳全さんの話でありますが、中国紅十字会は人道主義にのつとつて日本人の帰国を希望する人には必ずかなえてあげる。しかるにここに帰りたくない人がある。自分たちの計算によるとそれは第一に四千七百人以上に上る日本婦人である。これは中国人とすでに結婚しておる人々であつて、帰国するならば離婚して帰らなければならぬ。政府はこれらの人が離婚して帰国することを勧めもしないし干渉もできない。帰りたい者があるならば、離婚して帰るときにはいかようにもお世話いたしましよう。さらにこの四千七百人の日本婦人、その五分の一の数に当る日本人が帰国を希望しておらないのである。これらの人々は多く東北すなわち満州の奉天並びに上海におつて、これらの人々に面会することはよろし。これが帰りたくない人である。その他の日本人で帰国を希望する人もおる、それらの人々が現在香港をまわつて帰る旅費の問題に悩んでおるけれども、中国はこれらの人々に各種の援助を行うことはさきにお答えした通りである。先月末に四百十七名の戦犯者と百人以上のその他の日本人を帰したのであるけれども、かかる人々を日本の三団体と交渉してなお本年十二月か来年一月に帰国させる。これには二隻の船がいる。これが終つたならば締切りである。李徳全女史の言う私の日本訪問は二十五日前後に日本に着くことになるということ。さらに、現在中国におつて帰国を欲しない日本人が日本の国におる家族を呼びたい、すなわち日本から家族を呼び寄せたいというときには紅十字会はこれに援助すると申した。この援助するということは、中国政府で方針をきめておつて、それを紅十字会が援助するものであるという声明であると感じました。さらに私どもがさきに願つた、日本人の妻として夫とともに日本に行つておる中国婦人及び中国人の妻で引揚げて日本に行つた日本人にして、日本におりたくない、中国に来たいというなら、中国に帰つて来ていいような措置をとりましようと申しました。さらに、一番最後は、日本におる華僑からの手紙によると、日本政府から圧迫され困難をしておるという模様である。中国にどうしても帰れと言われて困難している者があるとのことだ。中国は完全に日本と友好関係を持ちたい。紅十字会も、日本人民及び中国政府の希望に基いて日本と友好関係を持ちたいものであるという発言を向うからまず聞かされたのであります。これに対しましては、過日周恩来総理と会談のときに戦犯者への通信を許してくれるとか名簿を持つて来るとかということを聞いて喜びにたえないところである、しかしまた今日ここで新しくいろいろなわれわれの要望を入れた御回答に接しましてまことにありがたい、ついては一点だけ質問させてくれ。それは何かというと、近い将来行われる二つの船による集団引揚げにはいかなる人を乗せるか、それに乗せる人を集めるにはいかなる方法をとるかという点である、こう質問いたしました。それに対して——先ほどの李徳全さんの話は戦犯者もその他の一般の居留民も含んでの話であるように聞いたのでありますが、今度の答えは、それは主として経済上困つておる人を集めて帰すことにするのである、その人々を乗せるためには、あらゆる手段を講じて周知徹底させるということでありました。もう一点質問させてくれろと言うて、先ほど、今度の二つの船による引揚げが行われると、それで締切りであると言われた、その際まだ残つておる日本人で帰りたい者があつた場合はどうするのか、これをつつ込んで聞きました。そうすると、その答えに、もし残つておれば、それはさらに個々に引揚げるという答えもあつた次第でございます。それが十三日の会談の状況であります。  われわれは十四日に奉天に着いて、そして十九日に上海に出発したのでありますが、その前日の十八日突如としてわれわれに対して、今回やつて来た日本議員団一行に対して一時間の時間を限つて戦犯と面会を許すという軍事委員会からの許可が参りました。突如十八日の一時半であります。われわれはただちにバスに乗つてその戦犯拘置所におもむいたのであります。この戦犯拘置所は、御存じの方もおありになると思いますが、奉天から撫順に参ります。そうすると、撫順の入りがけに運河が流れております。それに大きい橋がかかつております。その橋を渡らないで手前を左の方へ約一キロ進んだところでございます。撫順の北の郊外と思われます。そういう許可が得られましたことは、まことに私どもといたしましては最後の目的が達せられたように思いまして、全部の人々がともどもに大きく喜んだのでありますが、ここに行つてみますと、やはり普通の監獄であります。新築でありますが、約四メートルくらいの壁をめぐらしまして、その上に電流を通じた鉄条網、あれで二町四方くらいございますかの広さ、四角なところです。四隅に監視台がございます。まん中に本館があつて、その本館の上にも監視台がある。新しくできたものでありまして、大体清潔でございます。われわれは全部戦犯の収容所の中を一時間を限つてまわつたのであります。初め参りますと、両側に三部屋くらいずつ中国の人がいる、これらの人々は皆さんに関係のない人で、見る必要はないと申しましたが、私と一緒に行つた方々がちらつと見ると、そこには満州国の前大官である支那人が監禁されておりました。それを過ぎて参りますと小さい部屋がある。大体四人ないし五人くらいずつ日本人が監禁されている。私はその一つの部屋で私の高等学校時代の親友である前満州国総務庁次長古海忠之君に会いまして言葉をかわすことができました。元気でおれよと言いますと、君も元気でと言うて、非常に元気で迎えてくれました。そういう小さい部屋を通りますと大部屋があります。これは十五、六人ないし二十人ぐらいいる。大体勉強しております。教育を受けているものと思います。これらの戦犯者は仕事は別に与えておられぬそうであります一日に四時間の運動をやるということであります。そこを通りまして病室を見ましたが、病室なども非常に完備しておりました。お医者さんも数は七、八名、看護婦も十九人とか申しましたこれはガラス越しに見たりしたのでありますが、中も清潔でありまして、この病室に二十五人の人を発見いたしました。帰つて来てから、どれくらいおつたろうかという計算をしたのですが、これはなかなかむずかしかつたのでありますが、一応われわれの考えを申し上げますと、小さい部屋が二十四、大きい部屋が三十二、これを計算いたしますと、病室におつた二十五人を加えて、多く見ても六百であります。九百六十九名全部が入つてはおらないというのが私どもの結論でございました。  そのほか御報告すべきことは、奉天において、さらに上海において在留日本人の十数名と会談する機会を得させてもらつたのでございます。これらは主として帰国を希望してない人々であります。大体の考えとしては、われわれは新中国の建設のために努力をしたい、その理由は、新中国の建設ができることは日本のためになるからであるというのが、こういう人々の大体の考え方でありました。しかし、ひざ突き合せて話してみますと、日本に帰つても職業はない、——約七割の失業ということを言つておりましたが、これは何らかの間違いであろうと思いますが、日本に帰つても職業はない、また中国において相当優待されておるというのが理由であろうと存じます。たとえばお医者さんにしましても、国家試験はありません。看護婦をやつた人が女医として働けるというようなことは、向うではできても日本に帰つてはできないというようなこともあろうと考えます。上海におきましても、上海の居留民との会談を済ませましてひざ突き合せて話し合いますと、やはり帰りたいという気持は持つているように察せられ、非常に苦悶の色が顔に現われるという状況を私は現に見たと思うのであります。  これらの私ども一行が行いました引揚げに関する努力、これに対します中国紅十字団会を通じての中国政府の好意、この好意は何としても忘れられぬ非常に大きいものでありました。われわれといたしましては、この引揚げにつきましては、中国政府なり中国紅十字会に心の中から深く感謝感激しておる次第でございます。  まことに粗雑な御報告をいたしました。ちようど村瀬先生も田中先生もおられます。私の足りないところは両先生から補つていただきたいと存じます。これをもちまして私の御報告を終ります。

山下春江新党同志クラブ

○山下委員長 なお、同時に本委員会の委員村瀬宣親君は中共、田中稔男君はソ連・中共へ行かれましたので、その事情を補足御説明願いたいと思います。まず田中稔男委員。

田中稔男日本社会党(左)

○田中(稔)委員 青柳委員から詳細なる御報告がありまして、中国に関しましてはほとんど補足申し上げる必要がないと思います。また青柳委員と私とは政党の立場は異にしておりますけれども、本問題のごときは、これは政党政派を超越した人道上の問題でありますから、もちろん私どもそういう気持でこのことに当つて参りましたし、従つて、観察いたしました結果につきましても、ほとんどこれは意見の相違はないと思います。しかし、せつかくの委員長の御指名でありますから、ソ連のことを若干申し上げまして、それから中国のことについてもほんの一、二点補足いたしたいと思います。  ことしの夏、各党の議員諸君と一諸にソ連に参りまして、ヴイシンスキー外務次官にお願いをいたしまして、モスクワから約三百キロ余離れておりますが、イヴアノヴオという町の近くにある戦犯の収容所に参りました。ここには、御承知の通りに、山田元関東軍総司令官以下三十八名の高級戦犯が、ドイツの戦犯約二百名と一緒に収容されております。日赤の社長以下も先年おたずねになつたので、大体これはわかつておると思うのでありますが、その三十数名の戦犯は非常に健康で、食物も、その他のいろいろな待遇もきわめて満足すべき状態であることは戦犯諸君自身から聞いたのであります。なお、強制労働というようなこともないし、本人が花を栽培したり、あるいは何か畑の手入れでもしたいということであれば自由でございますけれども、特に強制して労働させるということはない。大体戦犯の方々の年齢も相当みな高齢でありますから、それは当然のことであります。ただ、人情としても早く帰りたいという気持はあるわけでありますから、私どもがそろつてお目にかかりましてごあいさつを申し上げた場合も、山田元大将から、戦犯一同を代表して、私から申し上げるまでもなく、われわれ一同の気持ちがどういうものであるかということはおわかりだと思いますから、皆様方のひとつ御明察によつて、一日も早く故国に帰れるようにおとりはからい願いたい、こういうことでありました。皆さんとお目にかかつたあと個別にもいろいろお話をいたしましたが、全体の時間が一時間余りでありまして、そう詳細なことにはわたらなかつた。一つの例でありますが、ある戦犯の人はソ連に対して非常にきびしい批判をしておりました。私がお会いした人じやありませんが、私と一緒に行きましたある同僚議員がお目にかかつた人は、ソ連について非常にきびしい批判をしておりました。特に戦犯の収容所の付近にあります農村では、私どもがちよつと自動車で通りましても、土地がきわめてやせた土地で、従つて収穫なんかもどうもあまり思わしくないような土地だと思いましたが、その付近の農村の事情なんかについて特に例をあげて、うまく行つていないいろいろ漏らした。どうも場所柄そんなふうなことをお聞きするのは意外であつた。ところが、それにもかかわらず、つき添つておつたソ連の将校は、笑いながら、それをとめるわけでも何でもない。そして言うことには、この戦犯は自分の国である日本が世界で一番いいのだという考えを持つておられる、その考えを少しもこの人は反省しようとしない人だ、しかし日本人としてはそれは当然なことだ、そしてそういう目から見てソ連をいろいろ批評される、これは自由なんで少しもさしつかえないというようなことを言つて笑つておつたのでありまして、それは何もわれわれとの会見のときだけでなく、平素こういうふうな態度であつた。この例をあえて私が申し上げますのは、ソ連については、口を緘して何も語つてはいけないというような事情が収容所の中にはないということ。もう一つ反対の例でありますが、私の東大時代の学友がたまたま一人そこにおりました。学生時代は、私どもは社会主義で、その人は上杉慎吉先生門下の、七生社という保守的な団体の幹部でありまして、それと数十年ぶりで初めて会いましたが、その私の学友は、やあ、今になつておれは君と同じ考えになつたのだと言う。そうして彼のベツドのところへ参りますと、マルクスやスターリンの著書もありまして、ひまなときに勉強している、——しかし、それも何も強制されてそういう本を読んでいるというのではもちろんないのでありまして、自分から自発的にそれを読んでいる、こういうことでありました。とにかく、戦犯収容所の中の空気はそんなにきびしいきゆうくつなものでなく、そうしてまた、みな高齢の戦犯の方々でありますから、向うの態度もきわめていたわるというような態度であつた。内部はそういう空気であります。何せ、モスクワから三百キロありますが、実は私はモスクワのそばにシべリヤがあるのかと思つたくらい広漠たる原野の中にあつた。そのまん中にはりつぱな公園がありますが、周囲は荒涼たるところであつた。私どもは、政党政派を離れまして、一日も早くお帰りになるように努力したいと思い、これは各党の議員そろつてヴイシンスキー次官にも嘆願した次第であります。  それから、中国の方でありますが、まあ青柳さんからおつしやつた通りでありますが、私からちよつと申し上げたいと思うのは、戦犯にあらざるいわゆる居留民であります、向うでは日僑と言つていますが、この日僑でまだ帰国していない方々の考え方でありますけれども、今青柳さんもおつしやつたように、上海で十数名のそういう種類の人に会つたが、いずれも帰国を希望しない、むしろ新中国の建設に協力したいという気持ちで残つているということで、その裏面の心情を伺えば、あるいは日本に帰れば失業しなければならぬとかなんとかいうようなことももちろんあります。実は、李徳全女史から、われわれに対しまして、帰国した日本人は一体国内でどういう生活をしておりますかという問いがありましたときに、青柳さんは、まあ大体みな就職して幸福に暮しておりますというふうな御答弁でありましたが、ただこの一点については、私ども社会党左派の議員は青柳さんと少し所見を異にしておつたのであります。しかし、そのことを中国の方を前に置いてあえて申し上げるということは控えたいと思いまして、もちろん申し上げなかつたのでありますが、気持の上でそういうことを私どもは感じておりましたのですが、現在、帰りました日本人は決して満足な就職状態にない。大体私の見たところは四割程度しか就職していないと思つておりますが、これは事実でありますから、そのことを伝え聞いて、帰ることを見合せておる。同時にまた新中国の建設に積極的に協力したいという気持もあつて帰らない人が私は相当あると思う。それで、これは一つの例でありますが私どもの委員長の鈴木氏のおいにあたる人が実は中国にまだ残つておる。前には大連におつたのでありますが、その後転々としてちよつと最近消息がとだえておるということで、鈴木委員長は出発前に郷里の役場に問い合わせたところが、現在は寧夏省の銀川市というところの国営農場に働いておるということがわかつた。そこでおいのことでもあるし、北京に着いたら故国のかおりのする浅草のりとか何とかいうものを少し持つて行つたので、それをとりまとめて小包みにして送ると同時に、自分が北京に来たということを電報で知らせてやつた。それに対して何か帰りたいとかおじさんひとつ帰ることについて骨を折つてくれというような返事でもあると思つて期待しておつた。ところが、間もなく返電が参りまして、どう書いてあつたかというと、平和のために御健闘を祈るという電文であつた。それで、鈴木委員長は笑いながら、このおいは昔は何も政治のことなんか知らなかつた単純な男だが、どうもこの電文を見ると私よりも少し進んでいるのじやないかというようなことをじようだんにわれわれに言われたのでありますが、その電文を見ましても、鈴木さんのおいはやはり新中国の建設にむしろ協力したいという気持で私は残つているのだろうと思います。なお、これは私聞いたことでありますが、河北省の保定という町に現在高級中学の二年生の女の生徒がおつて非常にみなからかわいがられておる。これも聞きますと、両親はすでに帰国した、しかし本人は、自分はどうも日本の今のような状態では帰りたくないということで残つておる、そうして自分は日本と中国との将来の結びの糸になりたいということで保定地方の方言まで話して非常にみんなにかわいがられているということを聞いたのであります。そのほか、こういう例はたくさん聞いたのであります。ですから、日本で心配するように残つている人が強制的にいやな思いで暮しておるとは私どもは考えられないと思います。これは幾らか御参考になると思います。しかしながら、どんな人でも自分の故国には帰りたいのでありますから、これは本人が帰りたいというのならば帰るようにしなければなりませんし、中国当局においてもこれについて十分援助するという話は青柳委員長の話があつた通りでありますから、われわれとしてはこれは努力しなければならぬと思います。  最後に、実は今度の国会議員団一行の方々を北京でお迎えしたのでありますが、それは党の方から連絡がありまして、鈴木委員長一行が来るから君北京で迎えてくれという話だつた。最初わが党だけ迎えるということに話がきまつておつて、あとから各党一緒ということになつて各党でいらつしやつたのでありますが、李徳全女史がお見えになるから君ひとつ先に帰つて日本で少し歓迎陣その他について遺漏のないように手伝つてくれと言われて帰つて来たのであります。これは特に、松本治郎氏がわが党の参議院議員で日本中国友好協会会長をしておりますから、その代理というので帰つたのであります。実は帰りますときに李徳全女史の一行に何か御注文はなかろうかということを紅十字会に聞いたのでありますが、今度は一切日本側の歓迎のスケジユールにおまかせして、自分の方から滞在日数を延ばしてくれとかあるいはその他何か特殊な御注文は申し上げません、まつたく今度は日本と中国との友好親善のために幾らか役に立てばいいというので参りますから、少しも懸念はないということでございました。しかし、今度衆議院議長の方でも招宴が用意されておるようでありまして、わが委員会は特にこのことについては今まで努力して、いよいよ李徳全女史の一行の御来朝が実現したのですから、私は同僚委員諸君とともにこの歓迎については十分な誠意を尽したいと思つております。  簡単ながらこれをもつて御報告を終ります。

山下春江新党同志クラブ

○山下委員長 次に村瀬宣親委員よりお願いいたします。

村瀬宣親改進党

○村瀬委員 青柳、田中両委員の御説明によりましてすべては尽きておるのでありますが、私は居留民に会つたときの特に印象に残りました点を二、三申し上げて報告にかえたいと存ずるのであります。  十月十七日の夜瀋陽の東北旅行において元奉天の居留民に会つたのであります。また十月二十日の夜はわれわれの宿舎でありました上海の錦江飯店というところで二十二名ばかりの上海の居留民と会つたのですが、一体居留民がどういう生活をしておるかということがまずわれわれの知りたかつたことなのでございます。みんなに会つて聞いてみますと、給与などは中国人と全然差別はつけておりません。力に応じて、技能に応じて中国人と同様の給与を与えられておるということを全部の者が言つておりました。たとえば、例をあげますと、東京四谷出身の森川純子さん、この人は二十六才で映画会社に勤務しておられましたが、この方に聞きますと、自分は月給は七十万元もらつておる、主人の中国人が八十万元もらつておるので、夫婦百五十万元になるから、生活はかなりゆたかにできるということでございました。一体中国の七十万元とか八十万元というのはどういうものかと申しますと、イギリスの一ポンドが六万八千五百九十元、アメリカの一ドルは二万三千四百三十元ということになつております。日本の円も北京ではかえてやるということでありまして、そのときの換算率は日本の一円を五十二元でかえてやるということであります。しかし、これは、先ほどの一ドル二万三千四百三十元を三百六十で割りますならば六十五元となるのでありまして、六十五円と五十二元の差は、今の日本のいわゆる三百六十円のレートというものが中国では通用しないということになるのでありますが、そういう関係でありまして、この森川純子さんの七十万元の給与はかなりいいのであります。普通の中国の労働者の一箇月の生活費は十万元から十二万元くらいで立つておるという状態でありまして、上海の中学校を視察いたしましたときにも、中学校の寄宿舎の費用は、食費が一箇月十万五千元、寄宿舎の室料が一箇月一万元ということでありますから、これらのことから考えますならば、森川純子さんの七十万元は、日本で言うならば相当いい給与ということになるのであります。この点から考えましても、日本の居留民が決して差別待遇とかあるいは特に力のわりに少い給与を受けておるということは断じてないということがわかりまして、一応安心をいたしたのであります。  ついでに物価をちよつと申しますと、米は一ポンドが千二百八十元、綿布は切符制になつておりますが一フイート二千五百八十元、これはいずれも中国の人民券によるものでありますが、そういうようなことになつております。今上海地区で一番日常生活で困るということはありませんけれども、買いにくいものは砂糖だということでありまして、切符制はしいておらないけれども、一人四十匁以上は売らないので、朝三時ごろから列をなして買うのだということを申しておりました。  そのほかに、税金関係についても一応調べてみたのでございますが、大体中国の歳入歳出というものにつきましては、発表によりますると、本年度は歳入が二百七十四兆七千八十六億元、歳出は二百四十九兆四千五百七十八億元で足るのであつて、相当歳入超過が見込まれておるというのでありますが、そのうちで個人の商工業による税金というものは一五%四しか見ておらないのであります。大体国営事業その他いわゆる国家的な収入が六九%になつておるのでありまして、個人の税金は全体の率から申しますならば、ほとんど一五%そこそこであります。居留民の一人の話によりますと、その人は四億五千万元の仕事をした、その場合に百万元について三万五十元の営業税をまず納める、それから一年の終りに所得税として四億五千万元の仕事に対して二千十五万元を国に納めた、従つて税金としてはかなり私たちは苦しいんだ、こういうことを言つておりました。先ほど申しまする通り、全体の国の財政に対してわずか一五%ほどにしか該当しないこの個人の税金も相当徴収はしておるのでありまして、それによつていろいろなすばらしい建設をやつておる状態なのであります。従つて、個人の営業というものにつきましては、やはり中国の進み方は自然国営方針に進んで行くのでありますから、個人の利益というものがあまりたくさん残らないような仕組みになつておることは当然であろうと考えるのでありますが、しかし、こういつた人も、中国の婦人を妻にめとつて八人の子供があるそうでありまして、うち四人学校へやつておるが、十分この学校にやれるのだ、ところが八人の子供を日本に連れて帰つても、とうてい四人も学校へやれないと思うから残つておる、こう言つておるのであります。  最後に、もう一つ、大塚美朗という兵庫県尼崎出身の二十四才の学生に東北の瀋陽で会つたのでありますが、この人は東北財経学院に学生として残つているそうでありまして、日本へは実は帰りたいと本人は言うのであります。しかし、考えてみると、こちらにおれば大学は全部無料である、千元くらい小づかいまでくれる、そうして勉強も十分できて、大学を卒業すればそれぞれ働きがいのあるところで仕事ができるのだ、従つてこの中国の建設に努力することが、やがては祖国日本に対しても間接に尽すゆえんであると思つて、私は両親も何もないので、さびしいけれども一人で生活しておる、こう言つておりましたが、その大塚君という二十四歳の学生が特にこういうことを言つた。今中国でわれわれ学生の仲間で会合があるたびに聞かされることは、祖国を興すということである。祖国という言葉を聞かない日はほとんど一日もない。そうすると、私は祖国を離れてここへ来て一人で勉強をしておるのであるが、祖国の姿を思うて、そのときに非常に胸をしめつけられる。自分がここに来て、中国のこのわれわれと一緒に勉強しておる青年たちは祖国々々と言つて毎日努力をしておるのに、自分は祖国に何が尽くせるかと思うと、これほどさびしいことはないが、しかし私が中国に残つておるのは決して祖国を忘れておるのではない。日本のすべての人の仕合わせ、住みよいような国になることを私はこの瀋陽の空から望んでおるのだと、切々としてわれわれに話したこの熱意には私たちも打たれたのでありますが、その言葉を聞いてから数日たつて、私たちが上海から杭州を一日案内されたのでありますが、このときにしみじみこの大塚君の言葉をまた思い出して胸を打たれましたのは、あの景色のよい杭州に有名な岳飛の廟がありますが、この岳飛の廟に行きますと、尽忠報国と書いてある。われわれ議員団が、これは日本人が書いたのだろうと言いましたら、その案内の人が色をなして、いや日本人が書いたのではない、われわれが書いたのだと言われましたが、その廟の中に入つてみますと、忠孝完入、統忠貞孝とかいう言葉で大きな額にいつぱい書いてあるのであります。その額の下で、百人ばかりの小学生を寄せて先生が熱心に何かを説き聞かせておるのであります。手足を振つて説いておる。そうすると、その生徒が実によく先生と視線が合つて、われわれに対して見向きもしないでそれに聞き入つておる姿を見たのであります。私はこのときに、大塚君が、今中国は祖国を興せということで燃え上つておる、自分は日本に帰れないでここで勉強しておるけれども祖国のことを思うと言つたその至情に非常に打たれたのでありまして、中国に残つておる日本居留民はみんなそういう気持で働いておるということを知りましたので、ここに御報告にかえる次第でございます。

山下春江新党同志クラブ

○山下委員長 本件ににつきまして、特に今夕李徳全女史も着かれることでございましようが、それらについて何か御質疑か御発言がございましたらお許しいたします。——ご発言がなければ次に移ります。  外務省のアジア局第二課長が先般の国連捕虜特別委員会に出席いたしましたので、この際そのときの事情を聴取いたしたいと存じます。小川アジア局第二課長。

小川平四郎外務事務官(アジア局第二課長)

○小川説明員 それでは、ただいまの御指名によりまして、先般九月にジユネーヴで開かれました国連捕虜特別委員会の第六会期の模様をご報告いたします。  初めに、この第六会期の始まります前の模様でございますが、国連事務局からの情報によりますと、今回は会議を公開せずに非公開で行うという情報がございましたので、私どもとしましては、ぜひこれは公開していただきたいということをニユーヨークの国連事務局に澤田大使の方から申し入れてもらいまして、ドイツ、イタリア等とも連絡いたしまして、ぜひ公開の会議にしてもらいたいということで長い間交渉いたしましたけれども、委員会としましては今回は公開することは不適当であるので非公開で行うということに決定されました。結局第六会期は公開されませんでございました。従いまして、委員会の方も、各国に対する招請状というようなものは出さず、内部的な会合である、しかし、もし各国から最近の事情そのほかについてご報告していただくならば、これは非常に歓迎するところであるから、出席されて結構であるということでありました。さらに、会議の始まります約一月ほど前に、この委員会の事務局長をしておられますゴードンという方がたまたま日本を通過して行かれました。そのときのお話しによりましても、今回の委員会は、内部の意見をまとめ、さらに新しい報告を作るという意味であるので、もしいらつしやるならばひとつ事情のわかつた方が詳しい資料を持つてきていただくと非常にありがたいということでございました。そこで、そういう趣旨に沿いまして、今回は私と厚生省の未帰還調査部長をやつておられます吉田さんとが参りまして出席いたしました。  九月六日に開会、第一回の委員会内部の会合がございましたが、その直前に、しばしば前にも問題になつておりました、この委員会は今回をもつて最後にするという意見がニユーヨークの事務局の方で出ているという通知がございましたので、これはたいへんだということで、開会前にジユネーヴにおられます田付総領事が委員長のゲレロ博士にお会いしまして、ぜひ今回をもつて最後とするということでなく、引揚げ問題が完全に解決されるまであくまで委員会を継続していただきたい、今回をもつて終会とするというようなことは決定されないでいただきたいという申し入れをいたしました。ところが、ゲレロ委員長も、いや、皆さんがそういう御希望ならば、もう一回考慮してみようということでございました。そこで九月六日に委員会は内部の会合をいたしまして——そのときはもちろん各国の者は出ておりません。委員会内部の会合で、今回の会期の予定を決定いたしますと同時に、委員会存続についても議論いたしまして、結局あくまで存続するということに決定した模様でございます。  翌日の九月七日に、——日本のほかにはドイツとイタリアとが係官を出しておりましたが、日本が第一番に呼ばれまして、七日の会合に出席してくれということでございましたので、田付総領事と吉田さんと私と参りました。そうしましたところが、ゲレロ委員長が発言されまして、委員会をやめろというような問題があつたけれども、委員会は存続することに決定した、引揚げ問題の解決を見るまではあくまで存続して、できるだけの努力をしたいと思うという御発表がございました。それでその問題は一応解決した次第でございます。その日に日本の方からは田付総領事があいさつをされまして、今までいろいろ委員会が努力してくださつたことに対しては国民全部が非常に感謝しておる、なおただいまのお話では最後まで努力していただくというお話しを伺つて非常にありがたく思つておるので、その将来の努力をお願いしたい、それから、本会期は非公開でございましたので私どもは詳しい資料を提出いたしません、要望事項としましては、前回及び前々回すでに十分お耳に入れてあることでございますから、さらに繰返しはいたしませんが、特に生きておると思われる者のすみやかな送還及び状況不明者の完全な通知、それから通信を許可するのみならず奨励するようにしていただきたい、及び、赤十字安否調査をやつておりますが、これについても全面的にご協力願いたい、こういうような要望をいたしまして、あいさついたしました。次いで提出いたしました資料を説明いたしました。提出いたしました資料は、九月の初めに厚生省から発表されました「引揚未帰還のしおり」とほとんど同一でございますので、内容は皆様御存知の通りのものでございます。そのほかに、日本側ではどうやつて調査をしているか、たとえば船が着きましたときにこういう調査をし、さらに国に帰りましてからこういう調査をし、あるいはまたそれを最後に厚生省でもう一回チェックするという方法、それから留守家族との連絡、それから現地との通信の状況、こういうような各種の方法によつて調査しているのであるという調査方法の説明を提出いたしました。これには実際に使つております未帰還調査の報告書とか、あるいは各人の経歴書などの写真版をとりまして、ありのままの状況を提出いたしました。そこで、そのおのおのの資料につきまして説明をいたしました。翌日はドイツの代表が参りまして同様の説明をいたしました。さらに翌日はイタリアの代表が同様な説明をいたしました。この三国からの説明を委員会が聴取いたしまして、それをおのおの検討いたしまして、報告書の作成に移つたわけであります。  この三日間を終わりましてからあとは、さらに細部につきましての説明を、随時事務局に参りまして、主として事務局長に詳しくいたしました。先方も報告をにらみつつ疑問点をどんどん通報して参りまして、それに対してこちらからも回答するということで、その間委員もときどき自分が読んでいる報告について疑義があつたときに連絡がありまして、私どもが参つて説明いたしました。委員に中では特にビルマから出ておられますカイン参事が日本の関係については興味を持つておられまして、熱心にいろいろ質問をせられました。質問が出ましてやはり一番わかりにくかつたと思われますのは、未帰還者の集計表でございます。これは年次別になつております。この点がわかりにくいようでございましたが、年次別にどういう風にして作成したかというような点を詳しく説明いたしましたところが、これは非常に正確にできているということを認識してくれたようでございまして、この点は理解を一歩進めたと存じております。さらに先方が興味を持ちましたのは、一般人と軍人との比率がどういうふうになつておるかというようなこと、それから調査方法のさらに詳しいこと、それから中共にソ連から渡されました戦犯についての消息が何かないか、少しはあるのじやないかというようなこと、それから最近九月に帰りました五百六十六名の方々の身辺調査がどうかというようなことでございました。最後の点につきましては、私ども行つておりますうちに船も出るというようなことで日本からも電報が参りましたので、それをさらに資料として提出し説明いたしました。こういうことを委員会はドイツ、イタリアについても同様に実施いたしておりまして、逐次報告書を作成して参り、九月の十八日に最終の報告書を採択いたしました。その委員会がありました際に、もう一回日本側からも出席いたしまして、今回の委員会における努力を感謝いたしまして、さらに努力を継続していただきたいことを申し入れました。  それで委員会としては打ち切りまして、二十日に新聞発表がございました。これは非常に簡単なものでありまして、今会期は非公開で引揚げ問題の現状を検討した、各国から報告を受けて貴重な資料を得られたことを感謝しておる、数年前に比べて引揚げ問題の状況は大分明るくなつたと思うから、委員会としてもさらに努力を継続したい、こういう発表がございまして終わりました。  この委員会の作りました報告書は、その場では直接発表せられませんで、国連の事務総長に送付せられました。国連の事務総長から各国に配布するという段取りになつておりましたが、最近その報告書が、ニユーヨークの国連事務局から日本側にも到着いたしましたので、ただいまそれを翻訳しておりますが、翻沢でき次第御配布できることと思います。  その内容は、第一章として前回からの経過を簡単に書きました。第二章としまして、前回の会議から今回の会議までの間に行われました各国における帰還の状況を、日本、ドイツ、イタリアと分けて書きました。それから第三章といたしまして、各国がどういう調査をやつておるかということ、第四章としまして、現状すなわち各国の未帰還者の状況、それから第五章としまして委員会の決議というふうになつております。帰還状況、調査状況、それから現在の未帰還者の状況、これは日本の部に付きましては「引揚者のしおり」にも出ております通りで、皆様御承知のことでございますから省略いたします。最後の決議のところは、結局新聞の発表にもありましたように、最近の状況は数年前に比べて相当改善されておると思う、この際各抑留国、被抑留国がさらに協力して完全な情報の交換を行えば、引揚げ問題の解決は難しいものではない、この委員会としてはこの目的を達成するためにさらに努力を継続して行きたい、こういう趣旨のものでございます。  この報告書は後刻御配布できると思いますが、特にドイツ、イタリアの点につきましても相当両国の状況を明らかにしております点が、われわれといたしまして参考となる点でございますので、その点を簡単に申し上げますと、やはり未帰還者の数はドイツが一番多いわけでございまして、ドイツは現在のところ東部戦線で百十五万六千人というものがまだ行方不明となつております。このほかにソ連に俘虜としてつかまつておるということが判明しております者が九万七千七百七十人おります。そのうち大部分は一九五一年五月一日以前の資料によるものでございまして、それが八万八千五百六十人、一九五一年五月以降に判明いたしております者が九千二百十人というふうになつておりまして、やはりドイツも古い資料のものが多く、最近の資料につきましては少いという状況で、この調査につきましては非常に苦労しておる模様であります。俘虜のほかに民間人の行方不明者が十二万九千人、これにつきましても、ドイツ側では、こういう者がいなくなつておるという記録がございますが、状況についてはまつたく不明であるというような状況でございます。さらにドイツの俘虜でポーランド、チエコスロヴアキアにおると思われます者が、ポーランドにつきましては約一万五千人、チエコスロヴアキアにつきましては約六千人というふうになつております。イタリアにつきましては、はなはだ帰還者も少く資料の入手も困難なようでありまして、ドイツほど資料は整備されておりません。ただ概数としまして、ソ連につかまつております者は、イタリア側では六万三千十五名という記録がございますが、最近の状況はまつたく不明のようでございます。今年初頭に三十六名帰つて来たそうでありますが、すべて監獄に入つておりましたために、他の者の状況はまつたくつかんでおらないということで、イタリア側といたしましては非常に調査の困難を感じておるということを訴えておりました。  いずれ報告書の翻訳ができ次第委員会の方にもお届けいたしますが、大体の状況はそういう状況でございます。

山下春江新党同志クラブ

○山下委員長 並木委員より発言を求められておりますので、これを許します。並木委員。

並木芳雄改進党

○並木委員 ただいままで報告を承りましたが、私、それに関連して、政府当局にこの際、李徳全女史が間もなく日本に着きますので、これに対する態度、方針というものをはつきり承つておきたいと思います。  李徳全女史の来日については、政府は従来非常にかたくなな態度をとつておつて、これを歓迎しない方針でおつたわけなんです。しかし、各方面の熱望によつてようやく来日の機会が実現した。そして間もなく到着される。これについて政府としては、やはり従来のような、これは中共の平和攻勢の一環であるという見方を続いてしておられるのがどうか。それともこの李徳全女史の場合に限つてそういうものとは切り離して虚心坦懐にこれをお迎えするという気持になつておるのかどうか。たとえば、きようこれから外務省ではだれかお迎えに行くかどうか。迎えにも行かないでそのままほつたらかしておくのかどうか。また日本に到着されてからあと政府としてはその処遇についてどういう取扱いをして行く方針であるか。その点についてまずお伺いしたいと思います。

中川融外務事務官(アジア局長)

○中川説明員 今回紅十字会の代表が日本に来られるということは、日本赤十字社の招待で参られるのでありまして、日本側から招待したのでありますから、これは政府といたしましても、いわゆる平和攻勢の一環というふうには考えておりません。向うから押しかけて来るのではない。こちらから招待しておるのであります。しかし、これは日赤が招待しておるのでありまして、政府が招待しておるのではないのでありまして、政府はいわばこれの入国を許可するというだけの関係になるわけであります。従つて、滞在中の日程の作成、案内、あつせん、世話ということは全部日赤がすることになつておりまして、本日団長が到着するという場合におきましても、出迎え等は日赤が全部いたします。政府としては特に出迎えをするという考えは持つておりません。

並木芳雄改進党

○並木委員 ただいま平和攻勢の一環として考えていないというアジア局長の答弁でございましたが、これは今までの態度から見ると非常な飛躍だと思います。私としては、いい意味での飛躍である、こう考えます。そこで、平和攻勢の一環でないというふうな心境にまで政府がなつたのなら、竿頭さらに一歩を進めて、政府としても積極的に丁重に取扱い、ただいままで報告のありました通りいろいろの重要な問題について積極的に李徳全女史にも接近してお目にかかつて、政府としての意のあるところを伝えることも、やはり今日日本と中共との間の国交が回復しておらないときでございますから、これも一つの方法ではないかと思うのでございますが、その点について政府はどのような考えでおられるか、承りたいと思います。

中川融外務事務官(アジア局長)

○中川説明員 日赤が賓客として招待した方々でありますので、これを日赤及びその他の民間の方々が丁重に扱われるということは当然であろうと思います。政府としてその点について決して反対というような考えを持つていないのであります。なお、一行が滞在しております間の警戒措置等につきましては、直接には日赤が責任者で警備当局に連絡しておるわけでありますが、政府としても万全の措置をとるように警備関係とも連絡いたしております。この紅十字の代表が滞在しておられる間に政府が直接向うと連絡していろいろな問題について話合いをしたらどうかという御趣旨の御質問であつたと思うのでありますが、その点につきましては、一つにはいわゆる引揚げ問題について今後どうするかということについての打合せがおのずからあると思うのでありますが、この方は昨年の北京での話合いによりまして、引揚げ問題については先方は紅十字会であり、日本はいわゆる三団体というものがこれに当るということになつておりますので、今回も三団体が先方とお打合せすることになろうと思うのであります。政府としても、もちろん、何か適当な機会があれば、政府といたしましてまた直接いろいろそういうことについてのあつせんをお願いするということをして決して悪いとも思つておりませんけれども、やはり正面これの打合せをするのは三団体でするのが筋道であろう、かように考えております。

並木芳雄改進党

○並木委員 その点は非常に重要な点であると思いますから、今までのいろいろのいきさつもあるでしようし、また私どもとしてもソ連とか中共に対しては言い分はありまして、政府の気持もわかるのですけれども、事引揚げの問題については、とにかくその目的を達してしまつて、文句があつたらあとから言う、こういう態度も必要じやないかと思います。これはあとから他の委員からも御質問があると思いますので、私はその方に譲りますが、外交というものはいつでも直球ばかり投げるのが能ではなくて、たまにはカーブも投げなければならぬし、ウエスト・ボールもあるのです。ぼくも野球の方では名ピツチヤーですが、直球ばかりではほんとうに困る。それで、ここのところは政府の方も大分折れて来たようですから、上手にやつていただきたい。  それから、もう一つお伺いしたいのですが、李徳全女史が戦犯のリストを携行されてこちらへ来て発表されるという報道であります。これも私は非常にけつこうだと思うのです。それに対して政府はどういうふうに考えますか。気持よく、快くお考えになりますか、それとも不快な念にかられておるかという点です。要するに、これは今まで一応李徳全女史がやつてくれたことに対して政府は率直にその功労を感謝しておるかどうかということの現われにもなるのですが、今般戦犯のリストを発表されるのであるならば、ぜひ日本の政府としてはこういうことをしてほしい、もしそうしてもらうならば非常に幸甚であるというような率直な気持でおられるのかどうか。これに対する所信をお伺いしたいと思います。

田邉繁雄厚生事務官(引揚援護局長)

○田邉説明員 李徳全女史が今回来日されるにあたりまして、戦犯者として扱われている方々の名簿を持つて来られることが報道されております。これは非常にわれわれとしては喜ばしいことであります。これは従来とも、こういうものは当然われわれに知らされるべきであるというふうな要求をしておつたのであります。先般の「未帰還者消息の現況」というパンフレツトに関連して発表された厚生大臣の談話の際にも触れております。すでに、ソ連の場合におきましては、一昨年日赤の方々がおいでになつた際に、向うから名簿を渡されておるのでありまして、今でもおそくはないのでございまして、これによつて状況不明の方々であつて名前が判明する方々の家族のことを考えますと非常に歓迎すべきことであろうと考えます。

並木芳雄改進党

○並木委員 私はただ戦犯という言葉だけはどうもふに落ちないところがあるのです。この際これも政府の考え方を伺つておきたいのですが、あれはほんとうの意味での戦犯でない、こういうふうに感じます。向うではやはり原語でどういう言葉を使つておるのか。あれは日本語に訳せば戦犯になつてしまうのですか。どうも、今までのところでは、真の意味における戦争犯罪者でない人までが抑留を受けて戦犯という名前で呼ばれている節があるのです。もしそうだとすれば、本人はもとよりその家族なんかに対しても過酷なことになると思うのです。戦犯々々と言つては気の毒なんじやないか。真の意味の国際法上における戦犯ではなくて、何らか特殊な、一方的な犯罪者扱いではないかと思う。もしそういう点があるならば、この際政府としてははつきり解明をすることが、両国の間の了解を深めるためにもいいと思う。戦犯というような文字を使つてもらいたくない、そういう気持から私は確めておきたいと思うのですが、いかがでしよう。

中川融外務事務官(アジア局長)

○中川説明員 ただいまの御質問の御趣旨、われわれも、今度の戦争の結果各国においてそれぞれいわゆる戦争犯罪人ということの指定あるいは裁判というようなものがありまして、そういういわばレツテルを張られた人がたくさん出たわけでございますが、そのうち、われわれとしてどうしても実体から見てなかなか納得が行かない点がたくさんあるわけであります。特に今まで共産圏に抑留されておりました方々のうちで、いわゆる戦犯と称せられる方々の中には、何ら戦犯たるの実質が備わつていないと思われる方が非常に多いのでありまして、たとえばソ連に抑留されておられた方で帰つて来られた方、あるいはこれから帰られるという方等に戦犯という肩書きがそのままつくということは、われわれとしても納得できない点があるのであります。中共に抑留せられております千名内外の方々も、一応戦犯という肩書きになつておるようでありますが、はたしてこの方々がほんとうに戦犯の実体にあたることをした人たちかどうかということにつきましては、われわれとしてはもちろん別個の見解を持つておるわけでありますが、これらのことは結局、日本はすでに独立国になつておる関係からして、日本の国内法におきまして独自の措置をとることができるのであろう、かように考えております。当面大事なことは、これらの人々をできるだけ早く自由の身にして国内へ引取るということが先決であろうと思いますので、今後の処遇等につきましては、国内に帰られてから適当な措置をとりたいと考えております。

臼井莊一改進党

○臼井委員 関連して。ただいま並木委員から御質問があつたのですが、いろいろ政府において論議があつた李徳全女史の招聘も許可されて、そうして本日お着きになるということは、私ども国民の一人として、また引揚げに関係する議員としても非常に喜ばしく考えておるのでありますが、現在日本と中国が友好の関係にない、こういうことは非常に残念なことだとわれわれ考えますし、隣国の関係にあるというこの事実は否定できない問題であります。それが、いろいろ政治形態とか思想とか、その他いろいろ問題がありますが、それがために友好関係が政府と中共との間に開けないという問題もありましよう。あるいはまたアメリカに対する遠慮というものもあると思うのでありますが、こういう機会に、できるだけこれをとらえて、世界の平和、アジアの平和のために利用すべきだというふうに私たち考えるのです。先ほど申し上げたように、思想上の違いとか政治形態の違いということのために永久に友好が開けないということは考えられないのであつて、卑近な例をとらえてみれば、お隣の人が仏教だ、おれの方はキリスト教だというのでにらみあつて感情的になることがあるようにも考えられるのですが、政府としては一日もすみやかに中国と日本が友好の状態に進むことを希望しておるのかどうか、その点をひとつお伺いしたい。

中川融外務事務官(アジア局長)

○中川説明員 日本としては、もちろん世界のあらゆる国と友好関係に立ちたい考えであるわけであります。遺憾ながら、現在の国際情勢におきましては、一つの国と称しても二つの政府があるというような事態がいろいろの国においてあるのでありまして、さような場合仲よくするというわけにもなかなか行きかねる事態が生じて来ておるのであります。中国の問題につきましても、台湾政府あり、さらに本土の方には中事人民共和国があり、いずれも自分が正統政府であるということを言つておる場合でありますので、簡単にその両方と仲よくするというふうにもなかなか行きかねる事態であります。従つて、原則論としては、あらゆる国、あらゆる民族と仲よくするということに賛成でありますけれども、具体的の方法になると、その時期、あるいはそのうちのどちらを正統政府として認めるかというような問題が出て参りますので、なかなか簡単には参らぬわけであります。それと同時に、先方のわが国に対する態度というものもやはり根本的に考えてみなければいかぬわけであります。日本をいまだ敵国と考えて、それに相応した条約関係を持つておるという国に対しましては、日本としても相当警戒を要すると思うのでありまして、そのようないろいろの複雑な事情から、簡単に中華人民共和国政府と親交を結ぶというわけには、ただいまのところ行きかねておる状況でございます。

臼井莊一改進党

○臼井委員 これは吉田政府の外交方針という問題でございましようから、事務当局の局長さんにお伺いしても無理かもしれませんが、しかし、許し得る範囲内で、できる範囲内においてはできるだけ好意を示して、その糸口でも開くようにするのが私は外交だと思う。お役人のやる外交というのはわかりませんが、われわれの考えることはできるだけそういうことをやるのが一つの政治であり、そういう端緒をおつかみいただきたいと思うのでありますが、一方、外務省としてはそうであるけれども、厚生省として、一番重要な引揚げ問題について、紅十字会の会長として李徳全さんがおいでになるということについて、外交は別として、何らかこれに対して歓待の方法の御計画があるのかどうか、その点をお伺いしたい。

田邉繁雄厚生事務官(引揚援護局長)

○田邉説明員 政府としての態度は、先ほど中川アジア局長からお答えがあつた通りであります。また、帰国問題、引揚げ問題につきましても、従来からの建前がありまして、紅十字会と日本側三団体が正式のルートになつております。但し、私どもといたしましても、適当な機会がありますれば、先ほどアジア局長からお話がありましたように、紅十字会にはいろいろ骨を折つていただいておりますが、今後とも一層の御努力をお願いする機会がありますれば、それをこばむ意思はないのであります。

臼井莊一改進党

○臼井委員 引揚げと、それから日本の赤十字、中国の紅十字会とは関係の深い厚生省におかれて、外交的にはなかなかむずかしい問題であるかもしれませんが、人類愛の立場から、厚生省の務めがやはりそこにおありになると思いますから、ごやつかいになつたという感謝の意を表する何かのことをしても、罰も当らないと考えるので、できるだけそうすることが私は日本の国民の気持だと思う。やはり政府がそういうことをこの期間においておやり願いたいということを希望して、私の質問を終ります。

長谷川峻自由党

○長谷川(峻)委員 李徳全女史の来朝にあたつての大きな外交上の将来の問題については、ほかの委員から御質問があつたようですが、私はこの際特に政府当局の方々にある要望をしておきたいことがあるのです。というのは、先日中共にわが国会の各党派の議員諸君が訪問した際に、帰るにあたつて、わざわざ周恩来総理が、李徳全女史の身辺の警戒については特にお願いしたいというふうに要請されたように聞いておるのであります。その李徳全女史一行の先遣隊の方々がもうお見えになつておりますし、香港はあの通り政治上に非常にむずかしいところがあるのが一つと、それから、最近われわれの耳に入つておるのは、わが国内においても、中国が二つの政府にわかれておるその関係と、さらにまた国内における思想的な対立上の関係からして、李徳全女史が日本におられる間に何か身辺の警戒の上に問題が起るのじやないかという不安は、これはひとり周恩来総理だけでなく、みな心配されておると思うのです。そういう意味からいたしまして、大きな外交上の問題は別といたしましても、このおいでになつておる間に、引揚げの関係を将来円満にして行く意味合いからいたしましても、特別に、おられる間につまらない問題が起らないように、ぜひこれはひとつ政府当局はしつかり御警衛に当つてもらいたいということを特に要望し、また、来朝にあたりましても、実はみんなでお待ちしておる模様でありますけれども、その日時がまだはつきりしていない、われわれ国会議員がお会いする日もきまつておつたけれども、それが延期されていつになつたかわからぬというようなことがどうして起つたか、一体どういう情報が政府当局に入つておるか、それもあわせてお伺いしたいと思います。

中川融外務事務官(アジア局長)

○中川説明員 紅十字会の代表一行の滞日中における警戒につきましては、先ほども御説明いたしましたが、政府としてもこれの警備につきましてはあらゆる努力をしたい、かように考えております。一行が日赤のつくりました日程に沿つて行動しておられる限りは別段危険はないのじやないか、かように考えております。なお一行が二組にわかれまして、最初の先発隊がまず到着し、団長を含む本隊がまだ到着していないのでありまして、その間の事情は、われわれの方に香港の総領事館から入りました報道によりまして、何らかの都合で団長以下の香港到着が遅れまして、広東から、昨日じやなかつたかと思いますが、香港に到着したようであります。本日のカナデイアン・パシフイツク・エア・ラインというので羽田に着くという報道が入つております、おそらく本日の夕刻には全部羽田へ到着するのではないかというふうに考えております。

福田昌子日本社会党(左)

○福田(昌)委員 いろいろ御答弁を承らしていただきまして、大体政府の当局が李徳全女史の来朝に際しましては従前よりは一歩進んだ態度をおとりいただいておることは多といたしますが、私どもといたしましては、引揚げ促進の問題に対する関心というものは国民あげての関心事であり要望でございますので、政府当局が引揚げ促進は三団体にまかせておるのがこれまでのやり方であるから、それで万事事足れりというように御答弁が聞えました点は、いささか遺憾に存ずるのであります。日本の国会議員が中共へ参りまして、国交回復いたしておりませんが、しかし中共でそれぞれ非常に優遇されたというようなことを伺いますが、そういう中共のとりました態度に対して、李徳全女史をお迎えされる政府当局の態度というものが、これまで伺いました委員会でのお言葉では、いささかこたえるに少いものがあり過ぎるという感じがあります。周恩来氏が李徳全女史の身辺の警護をわざわざ頼まれたということにつきましても、日赤のプランに従つて行動しておれば十分だというお話でございます。李徳全女史も日赤のプラン通り従うということを言つておられますが、また十分でなければならないわけでありますが、それであるからといつて、外務省が手をこまぬいてそのまま傍観されるのか、あるいは外務省自身から警備の担当局に相当な要請をされておるのか、その点をこまかくお伺いいたしたいとい思ます。  それから、李徳全女史の日赤のプランでございますが、どういうふうなプランで——二週間御滞在ということを承つておりますが。その二週間の間のプランも伺わせていただきたいと思います。これは日赤のプランであつて外務省とか厚生省は御存じないとおつしやるかもしれませんが、その中でも、外務省、厚生省が李徳全女史のこのプランの中にどの程度、非公式であるかもしれませんが入つておられるのか、関係のある日程がどのくらいあるか、そういうことを少し詳しく御説明いただきたいと思います。

中川融外務事務官(アジア局長)

○中川説明員 一行滞在中の警備に関しましては、もちろん日赤が、招待しました当事者としてまず警備当局と連絡しておるわけでありますが、政府としても、一行滞在中に万一のことが起きましたら、これは非常によろしくない次第でありますので、政府当局、つまり外務省からも警備当局に対しまして万全の警戒措置をとるようにということをお願いしております。  なお、一行滞在中の日程につきましては、前から政府がこれにいろいろ関与することはよくないというような各方面の要望もありますし、政府としてもこれに関与する考えはないのでありまして、日赤がもつぱらつくつておるのであります。なお、最近一行の到着が予定よりも遅れたという事態が生じましたために、日赤においては今までつくつておりました計画を相当変更した模様でありますが、その結果については私ども承知しておりません。日程につきましては日赤から御聴取願いたいと思います。

福田昌子日本社会党(左)

○福田(昌)委員 たいへん抽象的な御説明をいただきましたが、外務省からも警備当局に万全の措置を講ずるよう申入れがしてあるというお話でございますが、その万全の措置はどういう形でお願いしておるか、具体的に御説明願いたいと思います。それから、李徳全女史の日本国内におきますいろいろな処遇につきましては、政府がくちばしをいれることはよくないといういろいろな申入れがあつたと伺いましたが、どういうところからそういう申入れがあつたか、この点も具体的に伺いたいと思います。私どもは、こういう引揚げ促進の問題は、政府が小さな量見で、いわば感情的な動きとも言われるような行動をされることは大いにお慎み願いたいと思うわけでございます。これは実際絶好の機会であるわけでございますから、政府御当局がいろいろな国際上の思惑から正式な李徳全女史との交渉ができない場合があるかもしれませんが、非公式にはできるはずでございます。にもかかわりませず、厚生当局の方が李徳全女史とどういう形で会合なさるかということも伺えませんし、外務当局の方も事務的にどういうとりはからいを李徳全女史との間にするというようなお話も伺えないのでございます。これは吉田外交の従前通りの姿であるからあたりまえだと言えばそれまでのことでありますが、世界の情勢というものにもつと大きく目をお開きいただき、そうしてまた人道的な立場からも外務省もこの際英断をもつて大きな前進をやつていただきたいと思うわけです。抽象的な御説明はよく承らしていただきましてわかりましたが、私たちが知りたいのはもつと具体的なことであります。今晩お着きになるそうでありますが、その際、こまかいことを申し上げれば、外務省はお迎えに出るのかどうか、非公式でも事務当局は李徳全女史とこの点についてお話合いになるお考えがあるのか、その点も伺いたいと思います。それから警備についてももう少し具体的に伺いたいと思います。

山下春江新党同志クラブ

○山下委員長 福田委員にちよつと申し上げますが、本委員会におきましても、それから本会議におきましても、日赤の社賓としてお招きをすることを決議いたしました関係上、日赤が非常に詳細な在日中のプランを立てておりますが、たづいま読み上げますのには相当時間がかかりますので、後刻この日程をごらんになりまして、その詳細を御了解願うわけに参りませんでしようか。政府は外務省も厚生省も答弁するのに必要な詳しい資料を今お持ちにならないと私は了解いたしておりますが、それを答弁させることがあなたの希望であるにもかかわらず、さえぎることはたいへん恐縮でございますが、そういう建前であることを本院は了承しておるのでありまして、いかがでございましようか。

福田昌子日本社会党(左)

○福田(昌)委員 その点は了承して、私ども、日赤が主体ということは心得ておりますけれども、この重要な問題には、非公式の形においても、政府がもう一歩前進できるはずと思いますから、それに対するお心構えを承りたい。

山下春江新党同志クラブ

○山下委員長 お心構えということでございますから、ひとつ厚生省、外務省からそれぞれお心構えを御発表いただきたいと思います。まず田邉引揚援護局長。

田邉繁雄厚生事務官(引揚援護局長)

○田邉説明員 日赤の社賓としてお呼びする根本の趣旨につきましては、私ども申し上げる必要ないと思いますが、但し、お話の通り絶好の機会でございまして、この機会に、引揚げ問題を一歩前進させるばかりでなしに、根本的な問題についてはつきりと解決をしたいというのがわれわれの念願でございます。その点につきましては、従来からこの仕事を相当しておる関係もありますので、われわれのところにいろいろな方に集まつていただきまして、この際引揚げ問題に関して何を李徳全女史一行に広く日本側として要望するかというようなことにつきましてもいろいろ御検討をいただいておるわけであります。これは大してむずかしいことはないのでありまして、先ほど青柳委員がお話になつたことに尽きると思います。ただ、二つの点をわれわれといたしましては要望しておるわけであります。一つは、今年の冬から来年の春にかけまして二隻の配船を要求しておられるのでありますが、私どもは、この機会に、日本人居留民であつてこの際帰りたいという方は全部帰るようにしてもらいたい。昨年の集団引揚げ終了後現地から通信が参つております。その中で帰国の意思を表明しておられる方々が相当多数おられます。すでに向うの政府の方針が、帰国を希望する日本人居留民はすべてこれを帰すということがはつきりしているわけでありますが、今度の集団引揚げの配船があります際には、その方針を日本人居留民全体、また向うの末端の関係機関に十分徹底さしていただきまして、そのために徹底の機関がいるのであれば一つ、二つ置いていただいて、そうして十分徹底さしていただいて、この際帰りたいという方は全部帰ることができるようにいたしたい、こういうように考えております。もう一点は、先ほど青柳委員が李徳全女史に会つたときのお話に、残留者の数につきまして、婦人の数と男子の数とありましたが、われわれの調査によりますと、男子の方が女子よりもちよつと少うございますが、昭和二十三年以降のある時期において生存資料のある者が八千名以上であります。女の方が多くて、男は大体四千名くらいだと思つております。もちろんこの数が現在中共に生存残留しておる者の実数そのものであるか、政府にはわかりませんが、しかし、それに近いものであると思われます。あるいはもつと多いかもしれませんし、少いかもしれませんが、これはわかりません。しかし、今度名簿が参りますれば、その範疇に属する人の名前は全部わかるので、その家族の方は御安心いただけるわけでございます。それ以外の方々につきましては、それだけではまだはつきりしないわけであります。そこで、われわれは今日中共地域内において生存残留しておられる日本人の方々を全部知りたいわけでありまして、名簿がちようだいできればそれが一番いいわけでありますが、それが困難であるにいたしましても、何らかの方法によつて今日中共地域内において生存残留しておられる方方の姓名と場所を全部知りたいという念願を持つております。こういう点については日赤その他の方々にも十分御検討をいただいておりますし、留守家族の方からも強い要請がありますので、われわれの方が中に入ることもありますし、直接日赤当局におきましても十分御検討になつておられると思いますので、この点につきまして十分研究いたしまして、引揚げ問題の促進にぜひ役立つようにいたしたい、こう考えております。

中川融外務事務官(アジア局長)

○中川説明員 ただいまの御質問に警備の具体的内容という点がありましたが、具体的内容は警察側にまかせてあるわけであります。われわれとしては、外次務官から警察庁長官あての公文によりまして、一行の滞在中の警備に十分の措置をするよう依頼してある次第であります。  本日団長一行が到着いたします際には外務省から迎えに行くかという御質問でございますが、これはお迎えには参りません。  なお、全体の心構えという点につきましては、われわれもこれを機会として邦人引揚げということが促進され、できればこれによつて完了を見ることを強く希望しておる次第であります。

受田新吉日本社会党(右)

○受田委員 今の福田さんの質問に関連するのですが、この間英国労働党の議員がやつて来たときに、羽田空港においてその取扱いがはなはだ冷淡であつて、税関その他の調査なども非常に厳重であつて、英国議員団も、中共やソ連に行つたときと違つた日本の冷淡さに、入国手続の上におけるはなはだ不親切なるやり方に、不満があつたようですが、これに対しては、日本政府としては、そうした外国のお客さんを迎える場合には、特に筋のわかつたお客さんを迎える場合には、もう少し紳士的な取扱いをしてあげるように、入国した人に悪い印象を与えないようなお取扱いをされてはいかがかと思うのでありますが、さしあたり今晩おいでになる李徳全さんの入国手続に対しては何か特殊の措置が用意されてあるのでしようか、依然として厳重な手続によつて右往左往させて入国手続をあいまいにしてあるのでしようか、この点、事実外交を推進する意味において非常に大事な問題だと思うのですけれども……。

中川融外務事務官(アジア局長)

○中川説明員 外国から、いわば政府の賓客あるいは国民のお客さんというものが来られる際に、第一印象がきわめて大事でありますので、羽田の税関における入国の関係はできるだけ簡易にし、できるだけいい感じを与えるようにするということは、前々から政府として注意しておるところであります。ただいま御指摘になりました英国労働党代表一行の入る際、一部の新聞には非常に税関で手間取つて右往左往したというようなことが出ておつたのでありますが、その後真相を聞いてみますと、そのような事実はなく、税関はすつと通つておいでになつたということだそうであります。むしろ、お迎えの人が多く、そのためにごたごたしたということのようでありますので、あの点は一部新聞の報道はむしろ事実に反しておつたようであります。しかし、このことは大事なことでありますので、将来とも十分に気をつけたいと思つております。終戦後における日本の税関の態度というものは、戦前に比べますと、正直なところ、これは非常によくなつております。今までのところ悪いという例がないように、実はうぬぼれかもしれませんが思つております。紅十字一行の入国に際しましては、日赤が入国管理局及び税関と事務的な打合せをいたしまして、できるだけ簡易な手続で入るようにという措置をとつておるはずであります。先日先発隊三名が到着いたしました際には、非常に簡易な方法をもつて通関したということでございますので、本日団長一行が来られる際には、決して悪い印象を与えるようなことはないであろうと考えております。

山下春江新党同志クラブ

○山下委員長 本日はちようど幸いでございますから、われわれ海外抑留同胞引揚げ国民運動をなしておりますこの特別委員会も、この紅十字会のお客様をお迎えするのにはある意味では主体でございますので、ただいま委員会終了後このお迎えについての具体的な御相談を申し上げるつもりでございます。政府の責任もちろんでございますけれども、引揚げ問題は今日までこの引揚特別委員会が主体となりまして、主として国民外交をもつて非常に成績をあげて来ておりますので、委員の諸先生方におかれましても、われわれもまたその重大なる責任者であるという会合をこの委員会終了後に持ちたいと思いますので、よろしくお願いいたします。  本日は引揚者住宅問題につきましての大蔵省の見解を明らかにしたいと思いましたが、時間もございませんので、引揚者の定着援護問題は後日に延期いたしまして、本日はこれにて散会いたします。     午後一時二分散会

国会会議録検索システムで原文を見る ↗