文部委員会 第2号
- 発言数
- 34 件
- 登壇者
- 8 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1953/12/08
会議録
○伊藤(郷)委員長代理 開会いたします。 これより理事の補欠選挙を行います。田中久雄君が委員を辞任されましたので、その補欠選挙を行います。先例によりその手続を省略し、委員長において指名するに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○伊藤(郷)委員長代理 御異議なしと認め、町村金五君を理事に指名いたします。 —————————————
○伊藤(郷)委員長代理 次に文部行政に関する件を議題とし、前会に引続き質疑を続行いたします。町村金五君。
○町村委員 文部大臣に一つだけお伺いをいたしたいのであります。先般大阪市の私立大倉学園という学校の一中学生がつくりましたつづり方と申しましようか、詩のことが新聞に問題になつておつたのが出ておるのであります。すなわちその題名は「天皇のバカヤロウ」こういう詩であるのであります。この一節をここで読んでみますると、次のように書いてあるのであります。「昭和の天皇は馬鹿野郎だ。世界を向うにまわして戦争をするなんて勝つ見こみはないではないか。敗戦になり僕達は苦しい思いをした。第一に、一番悪いのは天皇だ。日本は敗戦国だと言うのに、のちのちの天皇になる皇太子はイギリスで六00万円もする自動車を買つた。だから日本も天皇制をつぶし、我々国民で日本を建て直そう。」こういうような詩をつづつたといわれておるのであります。この詩をつづりました動機につきまして当時の新聞が伝えておるところによりますると、その中学生は、母親の口を通じまして先生が天皇に反対をするように書けばよい点をやると言われたので一生懸命に書いた、こういうことを語つておるのであります。私どもの考えでははたして一中学生の批判力をもつていたしまして、かような天皇を誹謗するような詩が書けるとはどうも受取れないのであります。かような詩を書くというのは、やはりこれを教育いたしておりまする先生の思想というものが、ここに伝染をいたしておるように考えるのであります。現にその詩を掲載いたしました詩集の編集責任者でありまする某教諭は、他の幾つかのかような詩とともにこれはまつたく傑作であるということで激賞しておるという事実があるのであります。この点を考えてみましても、何か作為的に、意識的に日本の天皇制というものに反する思想を鼓吹するということが考えられるのであります。今日の日本憲法には、天皇は日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であるということを明記せられておるのであります。これを侵害するような教育が学校内において行われているということについては、断じてわれわれは承服しがたいのであります。この事実につきまして、大臣の御所見をまず伺つておきたいのでありまとワ。 さらに、この機会に伺いますが、天皇及び皇室に関します日本人の考え方というものも、戦後かなり混乱をいたしておるのであります。ことに学校教育におきましても、これが反映をいたしまして、学校教育自体におきましても天皇及び皇室に関しまする教育というものが混乱をし、一つの方針のもとに行われていないような感じがいたすのであります。かような点につきましても、文部省はこういつた事態の起つておることに徴しまして、さらに積極的にこれらの問題をお考えになり、将来の御方針をお定めになる必要があるのではないか。そのためにかような問題が起つたとも考えられるのでありますが、この点大臣の御所見を伺いたいのであります。 〔伊藤(郷)委員長代理退席、委員 長着席〕
○大達国務大臣 ただいま町村さんからあげられた事例につきましては、私どもも当時新聞紙上で承知いたしておりますが、書いてあることはまことに非常識というか、私どもから見るとほとんど狂気のさたであると思います。あれは十二の子供とかいうのですが、十二歳の子供がつくつたものとは私は思いません。これはつくらしたものである、実はかように思つております。ひとり天皇制に関することだけでなしに、今日ややともすると学校において特殊な考え方によつて、先生の個人的な考え方に子供をひつぱつて行く、こういうことがあるのでありまして、私どもが学校における教育の中立性が危殆に瀕しておるのではないかということを憂えるのは、まつたくかような事例がしばしば耳に入るからである。これは私立学校において起つた事例でありますが、公立学校の方面におきましても、さような事例があることがしばしば耳に入るのであります。私どもはさようなことにつきまして、これは大事なことでありますから、実情を十分承知いたしたいために、府県の教育委員会の方にもその実情についていろいろ報告を求めておるのでありますが、まことに遺憾なことでありますけれども、報告は実は参らぬのであります。一体かようなことで日本の教育は将来どうなるか。私は現在の天皇についての批評が行われるということは、これをもつてただちに不都合であるとか、これをさしとめなければならぬものとは思いません。しかしながらしばしば申し上げるように、学校の子供にこれを持つて行くというところに私どもはどうしても承服できないところがあるわけでありまして、これは全体が一貫した問題として、ぜひとも早きに及んで、かようなことがないようにということを常々念願しておるのであります。こういう事例が頻発することはまことに困つたことであります。私はもしかくのごときことが放任されておるということであれば、まさに国の将来は暗黒である、かようにまで考えておる次第であります。これにつきましては、どうすれはさような変なことがないようになるか。おそらくかような、いわばむちやくちやなことは世界のどこにもないんじやないかと思つておるのであります。
○相川委員 今の町村委員からの質問に関連しております。私今ここに資料を持つておりませんし、私の記憶のはつきりせぬところもあるかと思いますけれども、たしか本年十月二十日ごろの読売新聞だと思いますが、東京の錦糸堀公園で都内の高等学校、中学校、小学校の運動会があつた。これは朝鮮人学校でありますが、その運動会の仮装行列に、天皇、皇后両陛下の面をかぶらせて、それを荷繩で縛つて、その面をかぶつた仮装の人間の横には、あほうの象徴人間天皇、皇后という札ふ掲げて、そうしてうしろの方には金日成のプラカードをつけて、それに荒繩で結びつけて行進したという記事があります。それで資本主義日本の行方とかいうことが書いてあつた。そこでその校長は日本人の校長でありますか部下の教員を監督することができないということで辞表を出した。こういうことが書いてある。あの記事の通りであるとすれば、やはり朝鮮人学校の中に赤い先生がおつて、その先生の指導のもとにそういうことをやつておつたものと考えられますが、この問題は今の町村委員の質問と関連した大きな問題であります。朝鮮人学校はこういうようなことをしてもよいのであるか。かくのごとく日本の大事な天皇制に反逆して、まるで金日成の北鮮の方に天皇も皇后も人質のようになつてひつばられて行くのが将来の日本の行方だということを暗示するようなものを見のがしておいてよいかどうか。当時私は非常に異様な感じを持つて新聞をよみました。新聞記事でありますから内容はよくわかりませんが、学校の先生も辞表を出した例もあります。自分の部下の赤い教員の監督はできないからやめると書いてある。これについて文部省もお調べになつておりますか。将来朝鮮人学校についてどういうお考えで対処なさるか。きわめて重大なる問題でありますので、これまた文部大臣の御所見を伺います。
○大達国務大臣 この朝鮮人の教育につきましては、これはもう数年前と思いますが、朝鮮人児童をどういうことで学校に収容するかというような点につきまして、文部省として一般的な方針をきめまして、地方にこれを指示したのであります。これによつて集団的に朝鮮人だけを教育するという学校はある程度整備されたのでありますが、当時いろいろな関係上、ことに東京におきましては、これは十分整備をされておりません。その結果今日東京都のいわゆる公立学校として朝鮮人だけを教育しておる学校が相当数に上つておるはずであります。そしてその学校においての教科の内容、これは実は教育委員会と申しますか、学校運営の衝に当る方面の手が全然入つていないと承知しております。全然無関係、いわば治外法権的にこれが放置されておるというのが現状であると承知をいたしております。そこで私の承知しておる限りでは、これらの朝鮮人学校のほとんど大部分は、いわゆる北鮮系の教育といいますか、共産教育をしておるのであります。これはまことに現状放置すべからざる状態であると考えまして、まず私どもなるべく朝鮮人を一箇所へ集めて、そして教育をするということは——しかもかようなむちやくちやな教育をしておるものに公費をもつて経費を支払つておる。東京都においては、これは私の記憶違いがあるかもしれませんが、朝鮮人公立学校に対して支出しておる経常費は八千万円に上つておるように承知をしております。こういういわばばかげた話はないのでありまして、これを何とかはつきりとさせなければならぬということは、これはやはり現在の義務教育の面における一つの大きな問題になつておるのであります。できることならば、特に朝鮮人学校ということでなしに、朝鮮人をそれぞれ分散収容したいと考えておるのでありますが、なかなかいろいろな関係で難点があります。文部省といたしましては大体の考え方をまとめまして、実は関係方面と協議をして今日まで参つておりますが、実はまだその各方面の十分な了解を得るに至らないのであります。これはむろん教育あるいは学校の経営の問題ではありますけれども、実は治安の問題と関連いたしますので、治安当局の了解と申しますか、これがなければならぬのでありまして、さような意味で今日まだ結論に達しておりません。文部省の考え方を一応まとめまして、そして今総理府の審議室ですか、そういうところで関係の方面との協議を進めておるのであります。現状におきましては、ほとんどこれらの教育については手がつけられないというのが現状であります。私は、朝鮮人教育についてそうであるのみならず、先ほど町村君からのお話もありましたが、日本人の教育、つまり日本人の学校におきましてもある意味において手がつけられない状態である、かように考えておるのでありまして、これにつきましては、私どもが年をとつておるからかもしれませんが、しかしながら、ただいま御指摘になりましたような事態が朝鮮人学校ならともかく、日本人の学校において私どもが承知しておる事例は今おあげになつただけではありません。こういうことが行われておるということ、しかもそれが大して怪しまれずにおる。そういうことが新聞記事に出ても、まるでははあまたかというようなぐあいに世間から受取られておる今日のような実情というものは、絶対に放置することができない。こんなことを放置しておいたら日本の国はめちやくちやになると思う。その意味におきましても、いやしくも文教に関係を有します限り、全力をあげてこれをため直さなければならぬ、かように私はかたく信じておるのであります。
○相川委員 今文部大臣の御決意のほどを承りまして、私いささか安心いたしましたが、今私が申し上げた朝鮮人学校の事例でありまするが、これはやはり、日本人がやつた行動、——同じ朝鮮人学校でありましても、やはり一連のこういう教育的の何か脈絡があるのではないかというような気がしてしようがないのであります。どうか、この問題はきわめて深刻なる重大問題でありまするから、文部当局はあくまでひとつ御決意をもつて対処してもらいたいと思います。
○辻委員長 高津正道君。
○高津委員 文部大臣にお尋ねします。 私は昨年岡野文部大臣にかわられた大達文相になつてから、第十六、七、第十八と三つの国会で本会第十議でも委員会でも文相の意見なり答弁なりを聞いて、文相の真意を知りたいと思い続けて参りましたが、今や私の認識は誤つていなかつたと確信するに至つたのであります、腹の中が大切でありますけれども、出て来る政策が妥当、穏当なものであれば別であるけれども、心静かに第十八国会終日の今日、大臣の政策そのものについて、きわめて簡単に要約的に私は検討してみたいと思います。 この内閣の大達文教政策を見ておりますと、まず第一に、さきのいわゆる給与三本建の場合、全国の小中学校の全教職員の全面的反対があつたにもかかわらず、それらの諸君の給与改訂問題には日もくれないで、遂にそれを押し切つて強行されたのであります。これは日教組に対する分裂政策だと今日も批判の高い、あと味の悪い給与改訂措置でありました。 第二に、山口県教員組合編集の小中学生の日記の記事が少し逸脱するところがあつたのをとらえて、教育委員会に通牒を発し、教育の中立性堅持のために、厳重に監督し、逸脱があつたら、ただちに処置されたいという意向を伝達されたのであります。今も町村委員の質問に対して、文相の答えを聞いておれば、日本人の学校において、やはりこういうようなことが行われておる、新聞に出てもまたかと思われるほどにそれがなつておつて、このまま放置しておいては、日本の将来はめちやめちやになるように思われる、だからというように聞えたのであります。 第三に、日本教職員組合の主たる目的は、組合員たる教職員の地位と待遇改善にあることは明らかでありまして、その運動過程において、時として逸脱と見えることもありましよう。それは保守的立場の人々の目には、ひどくにがにがしく見え、許すべからざる行為と受けとれるかもしれません。しかしそれはあくまでも例外的現象であり、今の天皇云々もやはり例外であります。しかし行き過ぎはすぐに反省もされて来ているのであります。しかるに大達文相はこの日教組に対して、初めから戦闘的態度で臨まれ、たとえばその幹部が面会を申し入れても、それは人数が多過ぎるから会わないなどと面会を拒絶され、まさにその態度のために文部大臣室占拠という事件まで発生したのでありました。全国五十万の教職員の集団であるところの日教組に対し、車中談その他の場合に、冷淡あるいは痛烈なる批評をし、これを押えつけよう、これを骨抜きにしようというふりに終始一貫して考えていられるのだ、私はこのような印象を受けているのであります。 第四には、一言に言えば日教組に対する圧迫でありますが、ここにまたまた第五に教職員に対する新たなる猛烈な攻撃が準備されて、明後日から始まる第十九通常国会においてこれが法案化され、提案されようとしているのであります。それは何かと申しますと、教職員から政治的活動の自由を言うところの法案であります。文部大臣はこの法案を必ず休会明けには出されるものだと昨日の朝日新聞は報道いたしておりますが、このようなことを次に今度はそういう法案をもつて教職員に臨まれる考えであるか、この国会中にこの法案を出されるかどうか、これをはつきり聞いておきたいと思います。これは第一点です。
○大達国務大臣 いろいろ私の文教施策についての印象をお述べになりましたが、部分的には高津先生のお考え違いないしは一言に言うと邪推の点が私はあると思います。私はどうして教職員をいぢめよう、そういうことを考えたことはありません。しかしながらたとえば山口県の日記について私が通牒を出した、こういうことまであなたは不当なことであるようにおつしやるけれども、こういうことをしなければ文部大臣はすることがないのであります。教育基本法に基いて、それがちやんと守られるようにするのが文部大臣の仕事でありして、そういうことをするのがよろしくないというこであつては文部大臣は何をしていいか実はわからぬのです。ただいま教職員の政治活動についてのお話がありましたが、私は前々申し上げておるように、ことさらに好んで教職員の諸君に不利益な、またはいやがるようなことをしようという気は一つもないのであります。ただこれは開きわけられることを申し上げておるのでありますが、先ほども問題になりましたように、教育基本法においてはつきり原則として打出されており、これはまた規定がなくともあたりまえのことであります。まだ西も東もわからぬ判断力もない、いわば白糸のような純情な子供に学校の先生が自分の一方的な考えを押しつける、あるいはそういうことで教育をする、これはいけないことは当然のことであります。ただいましばしば例にあがりましたようにそういう事例が起つておる。起つておるものをうつちやらかしておくという法はないのであります。わが国の基本的な教育の考え方としてこれをうつちやらかすことはない。だから教育の中立性ということだけは是が非でも守らなければならぬ、それが今日のように至るところというのは語弊があるかもしれませんが、私どもは先ほど申し上げたように、教育委員会というものに報告を求めても実はなかなか報告してくれない、まことに私は残念だと思つているけれども、報告があつてもなくてもしきりとわれわれの耳朶を打ちます。新聞にもしばしばそういうことが出ております。はつきりした実例としては今の山口県の問題もあります。これは決して偶然とかなんとかいう問題ではない。かりにこれが高津さんの言われるように例外的な現象であつても、そういう例外のないようにしなければならぬのであります。これは例外であるからまずよかろう、うつちやらかしておいてもよい性質のものではなかろう、例外もうつちやらかしても弊害にならないということであるのはものによりけりであつて、これは弊害にも何にもとうてい看過してはいけない問題でありますから、いやしくもそういう事例があればそれに対してそういうことのないように注意をしたい、また一般的に私は日教組という特定の団体を対象にしてこれを何とか抑えつけようとか、そういえ考え方は持つておらぬのであります。私の念願とするところは、ひとえに学校における教育の中立性ということを守りたい、こういうことでありまして、政治活動の制限をするとかいうことは、これは新聞には書きます、新聞には書いてあるけれども、私はそういうことを明言したことはありません、研究ておくのであります。一体今日ややもすると学校における教育の中立性が守られておらぬ、どこからそういうことになるか。教育基本法の規定がちやんとあるから守られているはずだと言えばそれまでですが、事実その規定が守られておらぬ。守られておらぬとすれば何によつてそういうことが起るか、私どもは今検討しているということをしばしば申し上げるが、一体どういうりくつからどういうことが原因になつてこの基本法の八条が守られておらぬか、その原因にさかのぼつてこれを研究をしてその原因を芟除する、そのことによつてのみ教育の中立性というものが確保できるものである、かように考えまするので、せつかくその意味において検討しておるのであります。これは決してこの次の次の通常国会に出すとかいうような悠長な問題でありません。もし結論を得まするならば、この次の、あさつてから始まる通常国会に提出をしたい、これは重要な問題でありますから慎重に検討いたしまして、結論が出なければ何も無理やりに提案するとは言いませんが、結論が出ればこれは決して悠長ないつでもよいという問題でありませんから、できるだけ早く提案をして御審議をいただきたい、かように考えております。
○高津委員 政治活動の制限のためのその法案は今研究中であるが、急ぐ問題である、悠長な問題ではないから結論が出ればこの国会にも出す、こう言われたのでありますが、今までのいろいろ大臣の御発言やそのニユアンスから見ると、出すということに私は受取りますが、しかし表面の言葉のままで話を進めると結論が得られましようけれども、今度の国会にも出すということで質問をいたしますが、それならば大臣にぜひとも聞いておきたいと思いますが、これは質問であります。 〔委員長退席、伊藤(郷)委員長代理着席〕 外電を見てみますと、アメリカの対日政策の行動了定表が載つているのであります。それによると一九五三年たる本年は日本に憲法改正を督促する年間だ、あと三週間余りの後に訪れる一九五四年の一箇年を憲法改正の実際的準備の年とする。しこうして一九五五年、すなわち第三年目をもつていよいよばつさりと平和憲法を殺してしまう順序となつているのだ、このように報道しているのであります。ダレス国務長官は朝鮮をこの夏訪問をして帰つて、吉田さんの名前まで入れて、日本は軍備に対して非常に不熱心であるということを二回も三回も演説をし、また共和党の有力者であるノーランド上院員議が日本に来て、台湾は人口に比例して何十万人の軍人をつくつている。南朝鮮も何十万人をあの人口で持つている。八千数百万の日本としてみれば、もつともつとつくらねばならぬというようなことを言つて、アメリカは日本に再軍備を強要しているのであります。 さてもとへ元りまして、日本には、知らぬは亭主ばかりなりというような言葉がありますが、私は自己の本能から、またみずから抱くところの愛国心から、このようなアメリカの本心を看破しているので、同憂同患の同志と痛憤禁じ得ないものがあるのでありますが、アメリカは何ゆえ日本の憲法改正をそのように計画的に執念深く要求するのかと申しますと、彼らは高まり行く世界の平和精神に背を向けて、ひとり半狂乱のようになつて対ソ戦争を予定し、日本をしやにむにアメリカの第一線前進基地として固めにかかつておるのであります。さて日教組に結集しているところの五十万の教職員は、現に日々民主主義、平和主義という憲法の精神を守り生かそうとして、憲法通りに、またその教科書通りに生徒や学童に教えております。私は日教組こそ町から、村から、離れ島から、文字通りこの国の津々浦々において平和主義、民主主義を守り続けている有力団体であり、アメリカ勢力が真に日本から撤退したあかつきには、後世の史家が大きくページをさいて読む人を感動させるように、私はこれは大きなる勢力であると思うのであります。こう見て来るとき、アメリカが憲法改正の積極的準備期間の年ときめておる昭和二十九年の最初の一月に、朝日新聞によれば、休会明けにアメリカの希望する通りに、打てば響くように、日本の自由党政府の文部大臣が、日教組を憲法改正の最大の障害物とみなして手を打つて来たのだ、これが今回の教職員の政治活動禁止措置の準備であるに違いないのであります。憲法改正の準備という意味であります。御異論がおありでありましようけれども、私たちはそのようににらんでおります。アメリカの日本の調査は、やぶにらみもあるけれども、詳細をきわめたものであつて、労働運動のうちでそのように有力なる日教組を骨抜きにしようと熱望していると見ることは妥当だと思います。私は、文部大臣はこの法案が通過すれば、憲法改正の大きい地ならしになるということを明確に見通し、かつ深く認識していられると思いますが、こういうアメリカの謀略のままに日本の教文行政が乗つて動くということは、愛国者として許すことができない。こういう考えを文部委員の中に持つておる者があるということを十分念頭に置かれて、そしてその言葉の表現から言えば、目下研究中だ、目下審査中だというその審査の場合に十分考慮していただきたい。中央教育審議会もこれを現在扱つておるといいますが、こういう委員の意見があるということをできれはお伝え願いたいと思います。 そこで質問をいたします。民主主義とは国民の自由の幅を次第に広げて行くことであると私は思うのでありますが、文部大臣のお考えいかん。言いかえるならば、民主主義とは国民の自由の幅を次第に狭めて行くことだとは、文部大臣もまさかお考えではあるまいと私は考えているのでありますけれども、大切なことでありますから、念のために国民の自由の幅を次第に広げて行くことが民主主義である、こうお考えになつておるかどうか、これをお尋ねしておく次第であります。
○大達国務大臣 いろいろ高津さんのお説を拝聴いたしましたが、私申し上げておきますが、私はアメリカの対日政策というか、あるいは世界政策というか、さようなものに呼応して日本の文教行政を考えて行く、さようなことは毛頭ありません。またあるべき道理もない。これは高津さんも御承認くださると思うのであります。お言葉の中にさような何かアメリカに策応して、もしくはアメリカから頼まれて、文教政策についての考えをそこに出発さしておるというようなお言葉がありましたが、まつたくあなたの邪推ですから、これはひとつさように御了解いただきたい。 わが国が民主主義のもとに、いわゆる民主国家として新しく出発しておる今日におきまして、日本の教育は民主的でなければならないということは当然であります。そうして民主主義において自由というものが尊重せられ、確保せられなければならない。これまた当然のことでありまして、この点は高津さんと同意見であります。
○高津委員 国民の自由の幅を広げることが民主主義であるという私の見解に同意されたのでありますが、第二に質問いたします。教育の仕事に従事する教職員をかたく締めつける。国民の基本的権利の一つ、すなわち従来当然持つていた政治的活動の自由をなくして、その自由の幅を狭くすることは、先生方を権利少きものにし、萎縮させることになり、預かつている学童、学生に対し、教育そのものに対し、よからぬ影響を与えることに違いないと思いますが、文部大臣のお考えを伺います。肩身狭い思いを先生方にさせることになる。
○大達国務大臣 私は前申し上げますように、教職員の政治活動を制限することにきめた、こういうことは言つておらないのであります。高津さんはそういうふうにきまつておるという前提のもとにお話になつておるようでありますが、これはいずれ検討を終りまして、もしさような提案をいたしました場合には、そのときに十分御論議をいただきたいと思います。もちろんおつしやる通り国民の自由というものは、これは十分に尊重せられなければならない、これは当然のことであります。しかしながら同時に社会の福祉ということと両立しなければならぬのでありますから、その間おのずからそこに限度がある、これまた当然のことであります。人間がいやしくも集団的な生活をして、社会を形成して生活しておる限り、その社会全体の福祉を離れて道徳もなければ自由もないものだ、私はかように思つております。これは今かような議論をするときではないと思いますが、そこにおのずから制限がある、それでこそほんとうの自由であつて、社会の福祉を離れて、ただ個人が自分のしたいことは一切何でもする、こういうことはほんとうの意味の自由ではない、私はかように考えております。
○高津委員 文部大臣の言葉の中に、まだ出ておらない法案だと思われますが、国会議員の任務は、納税者の利害を代表して、集めた金を政府がどんなに乱暴に使うかどんなぐあいに有効に使つておるかというようなことも、それを監督せねばならないし、出た法案を審議するばかりが議員の任務ではなくて、これから出るかもしれない——出すに違いないのですが、出るかもしれないところの法案に対して、あらかじめそれはそこで間違つちやいかんぞ、出してから面子だからどうしてもこれを通さなければならぬと力まれては困るから、あらかじめ意見を述べておくということは、同様にきわめて重大な任務であると思うがゆえに言うのであつて、出ない案に対しては今言わぬでもいいというのは、ぼくは行き過ぎだと思う。脱逸すればやはりそこに規正が必要であります。 ところでユネスコ活動に関する法律なるものがありますが、国連憲章、ユネスコ憲章及び世界人権宣言の精神の実現をはかるためとその目的をうたつておるのであります。御承知のごとく、日本はこれに参加して、ユネスコ運動を行つておる。その運動の主体は日本ユネスコ協力委員会であり、それの上司が文部大臣であることはもちろん申すまでもありません。世界人権宣言、これはいわゆるあなたも私も、二人でここで同意した、次第に国民の権利自由の幅を広めて行くことが民主主義である。基本的人権を尊重するということの、これは後世に残るバイブルのようなものでありますが、今文部省はユネスコの週間で、四日から十一日くらい続くようになつておりますが、この経費はどのくらいであり、今の目標は何であるかを政府委員の方から、きわめて簡単にお答えを聞きたいと思います。
○大達国務大臣 今関係の局長がおりませんので、あとでお答えいたします。
○高津委員 一方においては世界人権宣言の趣旨の宣伝に国民の税金を使い、一万においては同一の大臣がまた与えてやつた権利を奪う法律案を目下考慮中であるということは、私は矛盾であると思います。 最後に一点申し上げておきますが、人間でも団体でもひどく不利になり苦しくなつて来ると、どうしも一種の焦燥感にとらわれ、時としては兇暴性を発揮するに至るものであります。私が今日特にそう感じましたのは事情がありまして、元外務次官で、また太平洋戦争の盛んなりし昭和十八年、あの東条大将が東南アジア地域を視察に参つたときの首席隨員でもあつた山本熊一氏が、当時の体験を書いたのを読んで、大いに感じさせられているやさきだからなのであります。東条大将はシンガポールに滞在中のある日、白衣の勇士二百名が療養する軍病院を見舞つたときのこと、命令一下重傷病者以外の患者を全部講堂に集合させ、東条大将は劔のつかをかたく握つて壇上に立ちました。開口一番、あたたかい慰問の言葉が出るだろうと周囲はみな思つていたのであつたが、反対にすぐにきびしい検問が始まつた、突如として数千の敵落下傘部隊が降下急襲して来たときに君はどうするか。指名された兵はふるえて口がきけない。次にさされた兵は、決死、かみつきますと答弁したが、大将のやり口はまつたくの叱咤であり軍事訓練であつたと、山木態一氏は記録しているのであります。大達文政は、大達文政というその特殊の意味を含めた名前で呼ばれ、大きくクローズアツプされて、評論家からはもちろん、全国の教職員の大多数から反対されているのであります。大達文政を逆コース的と断定しているこれらの人々からは、非常に不人気であります。このようなあまりにも不入気であり、強い反対に出会うと意地になる場合もあるし、性格によつては、あなたを強い性格と見ておりますが、ますます強気で立向つてやろうと出る人もあります。しかし事教育に関しては、冷静な上にも冷静に、慎重に施策を行つてもらわないと、影響するところがきわめて甚大なのであります。 さきにも申し上げましたように、教育の三本建を教育強行しの中立性にかこつけての通牒を出して、いよいよ教員むすくませ保守化させようと企て、今またこのような法律案を用意するという、大臣になられてからまだ一年にもならないのに、そう立て続けに、どんどんこれでもかこれでもかとやつた場合に、今度という今度こそ、私は全国の教員諸君は全部立ち上るということを信じておるのであります。これは総評も立ち上りますし、社会党は、まだ右派の諸君と協議しておりませんが、この問題に対しては全部結果はかたく、あなたとそれこそ真剣に闘うつもりであります。どうかそれらのことを十分考慮に入れて、そうして出そうか出すまいか——反対が強いから出さないというのでなしに、反対が強ければ出してやろうというようにひねくれないで、これはほんとうに自由党のためを思つておやりにならないと、自由党に孫子の末まで教職員が恨みを持つことになります。このことをあらかじめ、目下考慮中のあなたに対して、私はこういう輿論、こういう情勢だ——今までは日教組の本部が言えば、その指令のままに動いた四分の一動員に出てくれといえば四分の一すつと出るというように、数がかたまつているのでありまして、荒療治すると下手にします。そうして窮鼠かえつてねこをかむといいますから、今度という今度は、あなたは首をかけての法案の提出であろうとは思うが、吉田さんにしても、その他の諸公にしても、情勢の動きは私はわかるまいと思う。非常に不人気であるから、最後にむちやをやり出す、東条のあのような兇暴化した事実もあるのでありますから、不人気だからといつて、やれやれといつて、しやにむにやれば必ず失敗します。このことを強く申し入れておく次第であります。
○伊藤(郷)委員長代理 松平忠久君。
○松平委員 私はまず大臣にお尋ねしたいと思うのですが、大臣は文部大臣に就任されてからいわゆる文部省の四大方鈍というものを宣言されました。その第一項において、愛国心を養つて行く基礎となる道徳教育の涵養、こういうことを言われておるのですが、その一例として社会科から歴史科というものを独立させて教えて行く、こういうことをおつしやつておられました。その後教科書審議会等の意見、その他の文化団体等の意見によりますと、社会科から歴史教育を独立させるということはまずいというような結論が出ておるということを聞いておりますけれども、その辺のいきさつはその後どういうふうに進展しておられるのか、また特に愛国心を涵養する教育についての特別の具体的な方法等について、研究なさつてそれを実行させておるか、あるいは今後実行されんとするのであるか、まずその点についてお尋ねしたいと思います。
○大達国務大臣 この前申し上げましたのは、教科内容の刷新と申しますか、改善として、歴史教育をもう少し徹底的に行いたい、こういうことを申し上げた。同時につけ加えて、しからばどうすればもつと効果的にこの歴史教育を行うことができるかという点については、これはおのずから教育技術の問題であるから、教育課程審議会の審議にまつて具体的な決定をいたしたい、こういうふうに申し上げておつたつもりであります。この前、いわゆる社会科というものから歴史教育というもの、歴史科というものを分離してやる、こういう意味は申し上げておらぬので、そのやり方については、これは専門的の分野であるから専門家の検討にまちたい。ただ実質的に歴史教育をもう少し徹底して行うことにいたしたい、かように申し上げたように記憶しております。その後教育課程審議会におきまして結論が出まして、それに基いていわゆる歴史というものを社会科の一環としてこれを教える。 〔伊藤(郷)委員長代理退席、委員長着席〕 しかし従来のようなことでなしにもう少しこれを系統的に教えることにする、こういう結論になりまして、目下学習指導要領に改訂を加えて、その趣旨に沿うて学校の教育が行われるように着々事務的な準備を進めている次第であります。 また愛国心の涵養という点につきましても言及いたしたのでありますが、これはその当時もあるいは申し上げたかと思いますが、私はただ国を愛せよとか、国は愛すべきものであるとか、そういういわば中身のない抽象的なこと言つても、それで愛国心が起る、こういうものではないと思いますので、いわゆる歴史教育——あのときの発言をよくあらためて検討していただけば御了解いただけると思いますが、歴史教育、道徳教育あるいは地理教育、こういうものをもう少し徹底させることによつて愛国心の振起を促したい、こういうふうに申し述べたつもりであります。私は愛国心が振起せられるということがややともすると、さようなことを言うと、それは再軍備の準値をしておるのではないかとか、あるいはアメリカと何か考えて池田・ロバートソン会談でそういう話があつたではないかというふうにすぐ思われがちというように思うのでありますが、私は何もいくさをするときだけ愛国心が必要だとはひとつも思つておらぬのであります。およそ人間が社会を形成して、そうしてそれをよりよき社会、より美しき社会にするためには、お互いにその社会を愛するという、りつぱな社会をつくり上げたいというその気持が基礎になるのであります。その気持を離れていい社会を建設するということはあり得ないと考えておるのであります。また今日、日本の当面の課題である経済の自立の問題にいたしましても、国民おのおのが日本の国を愛するといいますか、一日も早くりつぱな、名実ともに独立国に再建するという、こういう熱意があつてこそ、初めてそれができるのであります。めいめい民族を愛し、郷土を愛するという気持がなくて、ただ自分のことばかり、個人的の人権だけを主張するのに明け募れしておつたのでは、私はいい社会はできないと思う。その意味においてどうしても愛国心を振起するということが今日最も必要である、かように考えてそれを申し上げたのでありまして、何もいくさをするとか、再軍備だとかいうことにすぐ結びつく理由は私はないと思うのであります。 それじやこの愛国心教育はどうしてするのだ、こういう御趣旨の質問でありますが、私は国を愛するという気持は、まずわが民族は一体いかなるものであるか、またわが国は一体どういう国であるか、どういう状態において世界の社会に参加しておるのであるか、この実態がわからずに国を愛するとか、民族を愛するとか、国土を愛するという考え方は起り得ないと思うのであります。まず愛する対象であるところの民族、あるいは国土、こういうものを知るということが前提でありますから、その意味におきまして歴史教育を徹底させ、地理教育を充実するということがすなわち愛国心を振起するゆえんである、かような考え方で申し上げたのであります。自分の民族がどういうものであるか、過去においてどういう足取りをとつて来たか、あるいはわが国の国土というものは一体世界のいかなろ場所に位置をして、いかなる形において世界の経済に参加しておるかということを知ることが愛国心のまず第一歩である。その意味におきまして私はいろいろ愛国心を振起する方法はありましようが、歴史、地理の教育を徹底させることによつて、愛国心を振起することを期待しておるわけであります。
○松平委員 ただいま文部大臣からの御答弁で、愛国心の涵養の一つの方法として歴史というものを教え込んで行こう、つまり愛する対象であるものの実態を把握させる、こういうことから始めて行くというお考えをお述べになつたのであります、また今の学校の教育におきまして、そういつた技術的に審議さしたその結果についてもお話があつたのでありますが、具体的にそういう新たに教科書を再編集というか、そういうことをさせてやつて行くというお考えであるのか、なかそのほかに何か具体的に愛国心の涵養のために特別に教科内容そのほかの点でかえて行くというような、そういう具体的なお考えがあるかどうか聞かしていただきたいと思います。昭和二十九年度からでもよろしゆうございます。
○大達国務大臣 教科書の問題をおつしやつたようでありますが、教科書につきましては、従来も「日本歴史」というような教科書を使つておつたのでありますが、しかしいわゆる系統的な点において多少再検討するような必要がありまして、それともう一つは、いわゆる歴史地理あるいは社会、こういうことを一括したやり方が今までのいわゆる社会科であります。それに対して学校によつては地理の教科書、歴史の教科書、そうしてあと残る政治、経済というような社会科学といいますか、人文科学に関する教科書、この三本建の教科書を使つてやつて行く。それがよいと思えばそういう方法もとり得る、こういうことに実は改訂をしたのであります。これは御承知のように社会科という行き方は、今まで日本はあまりやつていなかつたアメリカ式のやり方であります。そこで末端の小、中学の先生方では、このやり方についてどういうふうにやつてよいかよくわからぬという声が相当あるのでありますから、そういうやり方をすることは別にとめるべき筋合いのものではないけれども、しかしそれよりはやはり歴史は歴史、地理は地理と、別に教科書を使つてやつた方がやりよい、こういう向きに対しては、そういうやり方もできるように、中学校の教科書を三本建にし得るということにいたしました。それから高等学校の教科内容につきましては、まだ審議会において審議を継続しております。これはいろいろ問題がありまして、急速に結論がなかなか出にくいようでありますが、高等学校においては少くとも歴史は歴史、地理は地理として必須の課目として子供に教えるようにいたしたい、かように考えております。
○松平委員 なお先ほども大臣からの高津正道氏の質問に対する答えも、また先ほどの御発言に対しても、外国から強要されたような愛国心を涵養するつもりはないということをはつきり言われたわけでありますが、この愛国心の問題について、先ほど大臣も言われたMSAの問題に関連して、アメリカ側に対していわゆる自由党政府のレジスタンスと申しますか、アメリカに対する抵抗でありますが、この抵抗の一つの表現として、日本人の愛国心の問題を池田さんが言われたということを聞いておるわけでありますが、それに対してアメリカ側においては、教育を通じて日本人の愛国心をもう少し涵養しなければならぬということを強調したというようなことが新聞等において伝わつております。このことについて、何らかアメリカ側から直接または間接に文部大臣に伝わるような意思表示があつたかどうか、この点をお聞きいたします。
○大達国務大臣 お尋ねの点は、実は池田特使とロバートソン氏との間にいろいろな意見の交換があつたということは、私も新聞で承知をいたしております。しかしそれについて文部省といたしまして、アメリカ側から特段の意思表示があつたとか、あるいは池田特使の方からもそういう意味のお話は直接にも間接にも伺つておりません。
○松平委員 ニクソン副大統領がこの間来ましたときに、日本に平和憲法を押しつけたのはアメリカの誤りであつたということをば述べておるわけです。総理に対してもおそらくそういうことを言つただろうと思うのですが、これに関連しまして、ロバートソンではなくて、東京において、ニクソン副大統領なりあるいはアチソン大使なりというものを通じて、何らかそういう間接的な意思表示というものがありましたか。ぬの点も念のためにお伺いしておきます。
○大達国務大臣 その点も私どもの関する限りでは何もありません。
○松平委員 その点は文部大臣が明白に御答弁されたので、それ以上追究いたしませんが、先ほどちよつと触れました教科書の点について、一言御質問申し上げたいと思います。現在の教科書のあり方に対してとかくの非難を聞くのでありますが、その第一の非難は、売らんがためにほとんど改正しなくてもいいようなところをちよつと改正して売る。こういう状態であつては、今までのようにお下りを兄弟が便うことができないということが一つと、それからもう一つは、教科書を売り込むために非常にはげしい競争をして、何億というような広告費その他の金を使う。それらの金がことごとくやはり教科書の代金に入つておるというふうに、買う方は了解しておるわけでありますが、こういう問題につきまし文部省では一体どういうふうにお考えになつてるかお、あるいはこれに何らかの取締りというか、あるいは制限ということについてお考えになつておるかどうか、お伺いしたいと思います。
○大達国務大臣 これは御承知のように、戦後におきましてはいわゆる国定教科書という制度が廃止されまして、検定制度になつておりますそ。うしてその検定に合格した教科書のうちから適当な教科書をその学校の考えでもつて採用して教科書に使う、こういうことになつておりますので、非常に多種多様な教科書が出ております。検定は文部省がいたしておりますが、文部省といたしましては一提の基準に合致しておるものについては合格ということにいたしますので、その数を制限するとかなんとかいうようなことは、実は今日できないことになつております。これは実際上いろいろ不便を伴うことでありまして、今お話になりましたように、しよつちゆう教科書がかわるとか、上の子が使つた教科書を次の弟が使えないとか、あるいはちよつと何かの都合で家族がどこかへ引越しをするというような場合、その土地で使う教科書は前の土地で使つておる教科書と違うか新らしく買い直さなければならぬとか、それから教科書が高いから父兄の負担が多いとか、いろいろな面で困つたという声が相当に出ておるのでありますが、これはいわゆる両一的な、押しつけた教育はしない、従つて国定教科書のような一律な教科書の制度はとらぬという建前から来ておるので、ある程度やむを得ない状態になつているのであります。文部省といたしましてはなるべく教科書があまり高くならないように、最近におきましては検定をする場合に価格の点もあわせて検定の対象としておるわけであります。業者の方でも不合格になると何にもならないのでありますから、あまり高い教科書については合格させないということを業者に示しまして価格の点も検定の対象にして、あまり高いものにならないように抑制をしておるわけであります。それとともに、ただいま御指摘になりましたように、教科書の売込みについて猛烈な競争が行われておつて、ややもすると不正競争というか、その間にいろいろ好ましからざることが行われておる。これは社会的にも非常に非難があるということは御承知の通りでありまして、これにつきましては文部省といたしては極力業者の自粛を促しまして、最近では業者の間にお互いに自粛する意味の組織ができまして、前のことはよく存じませんが、以前非常に世間で非難があつた当時に比べますと、よほどよくなつておるように聞いております。今のように父兄の側から見て困ることがあることは事実でありますが、これは現在の制度として画一的な、天下り的なあるいは押しつけ的な教育はしないという建前から、ある程度そういう問題が起ることはやむを得ないものと思います。
○松平委員 私もある程度まではやむを得ないということはわかるわけです。従つてこれを反動的にどうしろということはむろん考えておりませんが、その弊害がやはり相当大きくなるというならば、そこに何らかの措置をとることが必要ではないか、こういうように思いますので、この点は御研究願いたいと思います。 なお先ほど文部大臣が申されました中に、転校したような場合に教科書が非常に入手難だということがありましたが、入手難の一つの原因は教科書送付の郵便料金にあると思うのです。転校して一冊の本を買うという場合においては、その定価と郵便料金があまりに違うのであつて、現在の郵便料金においては本屋が損するわけであります。そういう教科書送付の郵便料金について文部省は一体どういうふうに考えておるか。はがきとか手紙のように義務教育の教科書については全部画一的にするお考えがあるかどうか。現在どういうふうになつておるのか。その点は専門的にわたりますので、政府委員のどなたからでも御答弁願いたいと思います。
○緒方政府委員 教科書の送料の問題でありますが、先ほど大臣から答弁がありましたように、教科書の定価につきましては文部省としても非常に注意いたしておりますが、御承知のように教科書発行の臨時措置法によりまして、定価につきましては文部大臣の認可を受けることになつております。この認可をいたします場合には厳密に原価計算をいたしまして、原稿料、紙の価格それに送料も含めまして定価をきめておる次第であります。そして発行君がこれを製造して供給する責任を持つておるわけであります。送料まで含めた定価でこれを地方の学校まで送る責任があるわけであります。これは普通地方では特約店を通じてやつておりますが、規定の上から申しますと送料は発行者の方で負担をすることになるわけであります。今お話のように、転校したような者があとで一冊買わなければならぬといつたような場合にも、当然発行者の方で負担をすることになるのでありますが、実際問題としていろいろ問題があるわけであります。これにつきましてはよく実情を調べまして、監督すべき点は監督して行きたい、かように考えます。
○松平委員 今の送料の点ですが、そういうことになるならば、重京で取扱つている場合においては、東京で買う場合は定価としてあるけれども、取扱い業者というものは東京の場合と九州、北海道の場合とは非常に値段が違うのじやないかということと、もう一つは端数、つまり一冊ずつの場合は、われれれの聞いておるところによると、発行者が損をするということで、そのために結局入手ができない。損をしてまで業者は取扱わない、それで入手ができないということを聞いているのですが、その点についてはまだ御研究がないわけですね。その点についてちよつとお伺いしたいのは、この教科書の送付ということについて何らか郵政省と話合つてこれを全国画一的な送料にするような、そういう御方針があるかどうか、その点を伺いたいと思うのです。
○緒方政府委員 輸送料の方の扱いでございますが、これは国鉄と話をいたしまして特別な扱いをしてもらつておるわけなのです。大体二割程度低額で輸送をいたしておる次第であります。ただ、ただいま申し上げましたように、定価をきめます場合に送料をこめて計算をいたすと申しますことは、これはプール計算といたしましてさような関係になるわけでございまして、各一冊々々の教科書につきまして、ただいまお話の点につきましてはまだ研究いたしておりません。
○辻委員長 暫時休憩いたします。 午後四時二分休憩 ————◇————— 〔休憩後は開会に至らなかつた〕