水害地緊急対策特別委員会 第1号
- 発言数
- 15 件
- 登壇者
- 7 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1953/10/30
会議録
○杉山委員 これから会議を開きます。 私が年長者でありますので、委員長が選任されますまで、衆議院規則第百一条第三項によつて委員長の職責を行います。 ただいまより委員長の互選を行います。
○大久保委員 委員長の互選は、投票を用いず、村上勇君を委員長に推薦いたしたいと思います。
○杉山委員 ただいまの大久保君の動議に御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○杉山委員 御異議なしと認めます。よつて村上勇君は委員長に当選になりました。 委員長に本席を譲ります。 〔村上勇君委員長席に着く〕
○村上委員長 ただいま委員各位の御推挙によりまして、不肖私が、前国会に引続き、重ねて委員長の重責をになうことになりました。私といたしましては、本院がこの特別委員会を設置いたしました趣旨にかんがみまするとともに、災害地の窮状を最もよく承知しておる者の一人といたしまして、誠心誠意完璧なる水害地対策の樹立に努力を尽す所存であります。 顧みまするに、前国会におきましては、本特別委員会は、委員各位の御協力によりまして、国会史上まれなる超党派的運営によりまして、多大の成果をあげたのでありますが、今国会におきましても、この上ともなお一層の御協力を賜わりますよう、しかして、よりよい成果をあげ得られるようお願い申し上げる次第であります。 簡単でありますが、一言所信を申し述べまして、ごあいさつといたします。(拍手) これより理事の互選を行います。理事の員数及び互選の方法についてお諮りいたします。
○大久保委員 理事は、その数を七人とし、委員長において指名せられんことを望みます。
○村上委員長 ただいまの大久保君の動議に御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○村上委員長 御異議なしと認めます。よつて動議のごとく決しました。 委員長は、理事に 熊谷 憲一君 田渕 光一君 綱島 正興君 岡部 得三君 滝井 義高君 稲富 稜人君 濱地 文平君を指名いたします。 この際当委員会の付託事件について念のため申し上げますと、北九州の豪雨による被害並びに西日本一帯の水害、和歌山及び奈良両県を中心とする南近畿地方における豪雨による被害、長野県下における豪雨による被害、北海道における豪雨による被害、鹿児島県下における豪雨による被害、東近畿地方における豪雨による被害及び台風第十三号による被害を調査し、その対策を樹立するの件であります。なお、右の付託事件に関連する諸議案及び請願が提出された場合には、今後本特別委員会に付託せらるることと相なつております。以上念のため申し上げておきます。 —————————————
○村上委員長 この際、前国会閉会中に台風第十三号による被害の実地調査のため、委員が各地に派遣されたのでありますが、今回台風第十三号による被害調査の件が付託されましたので、その御報告を願うことといたします。綱島正興君。
○綱島委員 静岡、愛知、三重視察班の委員の調査報告を申し上げます。委員は橋本清吉君、加藤清二君、田中幾三郎君、濱地文平君と私でございました。 静岡、愛知、三重、三県における十三号台風の被害状況につきまして、派遣委員を代表して私から御報告申し上げます。 十三号台風被害地域の調査は、十六回国会において成立を見ました二十四の水害地対策諸法律の適用の関係、及び今回の台風被害の特殊事情に対する対策の関係、並びにこれに伴う予算的措置の関係から、ぜひ一度現地視察の必要ありとして、さきに本委員会において正式に委員派遣の決定を見たものでありますが、われわれ一行は、十月十九日より六日間にわたり、静岡、愛知、三重の各県における塩害及び潮風害の状況、護岸破壊の状況、地盤沈下の状況等、現地における悲惨なる状況をつぶさに調査いたしまして、これに対する緊急なる対策の必要を痛感いたして帰京いたしたのであります。 以下各県における被害の状況を順次御報告いたします。 まず、静岡県における被害について申し述べますと、被害総額百十三億五千万円余、そのうちおもなるものは、農作物被害七十四億円余、土木関係被害二十三億円余であります。 九月二十五日潮岬南端より伊勢湾を経て本県を通過した台風十三号は、遠州灘、駿河湾の満潮時とたまたま一致いたしましたために、海岸線ははげしい高潮に見舞われ、海岸線一帯及び浜名湖周辺は多大の被害をこうむつたのでありますが、特に静岡を中心といたし、金谷台地より東は、興津に至る地帯、当日湿度が下降いたし、気温が上昇いたしましたために、空気が乾燥状態になり、台風により塩分を多量に含んだ強風を受けていためられた上、やわらかい穂は急激に水分を奪われて根から吸い上げる水分がこれに伴わず、穂先の水分の不足によつて水稲がいわゆる白穂の状態になり、枯死して、二万六千町歩にわたつて壊滅的打撃を受けたのであります。白穂は実に三県を通じて静岡県だけでありましたが、先般のアイオン台風のときにはその後稲が持ち直した関係もありまして、晩生穂はしかたがないとしても、中生穂だけは何とかなるかという期待を抱いておりました農民諸君も、むしろ漸次その被害が深刻なことが判明いたすにつれまして、ぼう然自失をいたした状態でありまして、静岡から浜松に至る沿岸の水田地帯の農民諸君からは、途中至るところにおいて坪刈りを行つたもみを持参され、切々とその窮状を訴えられ、明年までの食いつなぎの措置、生活及び営農資金の融通等についての陳情を受けて参つたのであります。この白穂による被害は、水田そのものに塩害が及んでいるわけではありませんので、冷害に対する対策と同様、明年までのつなぎの措置が必要でありますが、小笠郡、榛原郡及び盤田郡南部海岸地帯並びに浜名湖沿岸一帯には海水が浸入いたしましたので、これはこのまま放置いたしますれば、水田は四、五年、畑地は二、三年収穫不可能であります。これに対し、除塩対策といたして、石灰を投入するとか、真水で塩を流すとか、客土をいたすとか、何か適切な対策を緊急にとる必要があると認めた次第であります。 なお、浜名湖沿岸におきましては、一丈余の高潮により堤防護岸は決壊され、海水が奥地まで浸入し、三千町歩以上の水田、畑地が十六箇町村にわたつて全滅するという惨状でありましたことを御報告いたしておきます。 次に、愛知県の被害状況について御報告をいたします。 愛知県被害総額は六百四十六億円余、そのうちおもなるものは、建物その他三百五十五億円余、公共土木関係百六十億円余、農林水産関係七十九億円余、商工関係五十億円余であります。 本県海岸一帯は、近年続発した南海地震及び三河地震により地盤低下を来しておりました上に、台風来襲時はちようど大潮の満潮の時期でもありましたので、異常の災害をこうむり、知多半島及び渥美半島を含む三河湾沿岸の海岸堤防は寸断され、人畜の死傷はもちろん、家屋の倒壊、流失、農地の流亡及び港湾、船舶の被害は莫大な数量に上つたのであります。ことに知多半島、渥美半島の海岸地帯のごときは、道路の決壊により交通は杜絶し、災害時より一月を経過した今日においてやつと応急工事が完成し、渥美郡におきましても知多郡南部におきましても、政府筋及び国会関係の調査は従来一度もなかつたという状態でございました。 渥美半島部におきましては、波浪の浸入及び潮風によりまして水稲は全滅的な被害を受け、水産関係は、漁船、漁具、加工施設等の流失によつて、これまた壊滅的打撃を受けております。 豊橋の神野新田におきましては、六十メートルに及ぶ決壊箇所の水圧が強く、一日のうち工事ができ得るのは朝夕十分間程度という驚くべき事柄でございまして、応急工事もいまだ完成に至らず、現在でも八百町歩の美田は一面海水におおわれておりまして、すぐに水が引けば助かるような農家が、水が引かないために次々に損壊して行く状況を目の前に見つつ、応急工事に従事する農民の姿を見るにつけ、災害救助の対策のすみやかなる実施の必要を痛感いたした次第であります。幡豆郡に至りましては、昭和二十六年十月のルース台風による堤防護岸の決壊をようやく完成を見たところに、このたびの台風に遭遇し、堤防護岸が寸断され、えんえん四千百町歩に及ぶ水田が一面海水の湖と化し、住民は、家財を初め食糧、燃料はおおむね流失し、残つた物資も浸水のため使用できず、ただちに明日の生活に窮する状態でありまして、羅災後一箇月を経た今日においても、なお満潮時には堤防の決壊口から非常な勢いで海水が浸入しており、干潮時にも道路上二、三尺ありまして、災害救助法による救援物資によつて一時をしのいでおるような状態であります。かくのごとき状態でありますので、当該地域の住民は言うに及ばず、他町村からも毎日数百名の応援を得て、潮どめあるいは補強の突貫工事に全力を尽しておりましたが、決壊が広範囲であり、また水圧も強力でありましたために、復旧も容易でない状況でありまして、一方市街地の一部が難を免れております関係等もあり、彼此比較しますときに、あまりにも長くかくのごとき状態を放置するときには、危険なる事態を惹起するおそれなしとしないと見て参つた次第であります。 知多郡におきましては、従来名古屋から、比較的被害の少い知多半島中央部を通つて、半田に出て、それから幡豆郡の方へ抜けるコースが視察の時間を食いますので、政府関係、国会関係の視察で知多半島南部を視察したのはわれわれの視察が初めてであります。被害の状況はきわめて惨たるものでありまして、海岸線一帯の護岸、港湾施設は壊滅に瀕し、海岸線に沿つて走る観光道路は寸断され、部落間の交通が杜絶する状態が長期にわたり、われわれもジープに便乗してやつと視察を行うことができたような状態であります。護岸の決壊の状態が、いずれの場合も同じでありますが、護岸を乗り越えた波が護岸の背面をたたき、士がえぐられて波にたたかれるのと、みずからの重さとで自壊するというのが、ほとんど軌を一にしておりますことは、今後の護岸工事施行の際に一考を要するものと見て参つた次第であります。 今回の台風におきましては、警戒特報が早かつた関係で、死傷者こそ比較的少かつたのでありますが、愛知県海岸部全般にわたつて人家の全壊流失等が多く、その損害額が愛知県全体の被害額の半分以上を占めておることは、道路護岸の壊滅的な状況から察することができるほどでありまして、その当時の台風の脅威がいかに想像を絶するものであつたかは、愛知県下の至るところで訴えられましたことが、応急の復旧工事ではいつまた災害にあうかもしれぬという不安の念のため、人心動遙して安んじない状態でありますから、すみやかに護岸等の本格的工事に着手して、一日も早く住民の精神的不安を除去してくれるようにという切々たる陳情であつたことを、この際御報告申し上げておきます。 次に、三重県の災害状況について御報告申し上げます。 三重県の被害総額は六百億円余、そのおもなるものは、住宅建築関係三百億円余、土木関係被害八十二億円余、農業関係四十六億円余、耕地関係四十二億円余等であります。 三重県における被害は、愛知県と同様、ほとんど海岸地帯を主とするものでありまして、護岸決壊の状況、堤防の決壊による水田の被害状況等も、愛知におけると同様の様相を呈しております。本県におきましても、いまだに満潮時に海水が浸入する状況を至るところに見ることができました。たとえば一志郡鵠村もその例でありまして、八十八にもなる老齢の村長が陣頭に立ちまして、村民総出で潮どめの工事に精励いたしておりましたが、何分にも砂俵を積み重ねる応急工事でありますので、潮に洗われますと土俵がくずれるような弱い状態にありまして、われわれが視察に参りましたその晩に土嚢が決壊するという状態でありました。土木関係の技師の話では、この潮どめ工事を行うために、相当多量の土嚢を重点的に集中的に投入する必要があります。現在のような規模の継ぎ足しの工事では、潮に洗われるとすぐ浸水するようになるが、ただ村民諸君が、麦の穂をふところにして、一日も早く潮どめを行い、稲はだめでも、せめて麦の種付でもという気持でいるので、すきなようにさせておくということでありました。現在村長は老躯を挺して、自宅から舟で水に浸つた役場に出て、事務をとり、応急工事を指揮するという毎日を送つておるということでありましたが、現地被害民諸君の熱烈なる復興の意欲に深く打たれた次第であります。 三重県一帯の海岸地帯は、南海の地震以来、平均一メートル近くの地盤沈下があるということでありますが、度会郡中島村、鵜倉村を視察いたしましたときには、ちようど満潮時近くにあたりましが、海岸の通路すれすれに海面がありまして、あたかも海の上に家を建てたかと思われるようで、ちよつと高潮でもありますと、すぐまた災害を受けるといつた状態にありました。護岸がめちやくちやに破壊され、バスの通つた県道も跡形もなくなつたような台風の恐怖を味わつた村民が、このような状態に置かれては、一日も安堵することができるわけがございません。地盤沈下を考慮に入れた災害復旧工事の施工の一日も早きことの必要性を、現地の諸君とともに痛感して帰つた次第であります。 北牟婁郡の太平洋沿岸長島、相賀、引本、尾鷲等の護岸、港湾施設等の被害も、いずれも相当なものでありました。この辺一帯は有名な木材の産地でありますが、今回の台風により、林までがやられ、製材工場が被害をこうむりまして、漁業施設等の被害とあわせまして考えますときに、今回の台風があらゆる方面にその被害を及ぼしていることを見て参つた次第であります。 以上、大体の現地の状況を御報告申し上げましたが、現地の被害はきわめて大きく、本委員会としてはすみやかにこれが対策を考究する必要ありと認めて帰つて来たのでありまして、先般成立を見ました水害対策関係二十四法律は、十三号台風の被害地域にも適用し得るよう、すみやかに法的措置を講ずるとともに、また十三号台風により潮害をこうむつた水田に対する除塩のための対策と、愛知、三重等に見る地盤沈下対策は、従来に例のないものでありますから、これに対してもすみやかに特別の法的措置を講ずる必要があることを申し述べまして、私の報告を終る次第であります。(拍手)
○村上委員長 次に、京都、滋賀、福井地方の被害調査の報告を求めます。福田一君。
○福田(一)委員 第一班の調査いたしました京都府、滋賀県及び福井県における台風十三号による被害の実情について御報告申し上げます。 この際、まず特に強く申し上げておきたいことは、この地域における被害は非常なものでありまして、まさに文字通り滄桑の変であります。家ありしところに家なく、橋ありしところに橋なく、道ありしところに道なきはもとより、川ありしところに川なく、川なかりしところに川生じ、山なかりしところに山生じ、農耕地変じて見ゆる限りは一面の砂原となり果てております。食糧を失い、祖先伝来の耕地を奪われた農民が、どろにまみれたかごを片手に、かまを持つて、わずかに現われておるこれまたどろまみれの稲穂を、涙をこぼしつつ苅り取つている姿は、鬼気迫る思いがあります。あるいは、私どもの参りますところに来ては、手放しで号泣しながら、そのそでをとらえて、どうしても離してくれないというようなところも多々あつたのであります。 以下、その実情について逐次御報告申し上げます。 去る九月二十四日、三重県を横切り愛知県を襲つた台風第十三号は、その左手に雨を携えて来たのでありますが、これがその数日前より京都、滋賀、福井等の府県境に停滞いたしておりました寒冷前線と合流し、この地域を中心に、かつて見ないところの豪雨をもたらしたのであります。すなわち、当時の雨量を申し上げると、福井県中名田村の七百余ミリを中心として、京都府の北東山間部、滋賀県の琵琶湖の西北山間部、福井県の若狭地区等においては、いずれも六百ミリから五百ミリの降雨を見たのでありまして、これを福井県に例をとりますならば、過去五箇年間の平均雨量の八箇月分が二十四日、二十五日の二日間で降つたということになつております。この豪雨が一挙にしてわれわれの参りました三府県全体を襲いましたために、川という川は、上流から下流に至るまで大氾濫、大浸水を起し、また警戒水位三十センチといわれる琵琶湖のごときも、二十五日には九十八センチまで水位が上つたのであります。かくて、三府県下の川、湖、沼沢のあるどころ、文字通り余すところなく、すべての地域が水魔の犠牲となつたのであります。今雨のことを申したのでありますが、これが今回のこの地域における災害の特徴でありまして、台風十三号による風害よりは、台風十三号のもたらした豪雨を原因としているのであります。 次に、被害の実情を、二つの型にわけて、順次御報告申し上げます。一つは、各河川の上流、山間部に見られるいわば峡谷型であり、他の一つは、各河川の中流あるいは下流の平野、湖、沼沢等の周辺に見られるいわば平地型であります。 第一のいわゆる峡谷型は、三府県境で分水嶺を一つにしておるところの京都府の丹波高原の北東部、滋賀県の琵琶湖の北西部、及び福井県の若狭地域に見られるものであり、水系で申しますと、京都府では日本海に注ぐ由良川の上流地域、滋賀県では琵琶湖に注ぐ安曇川上流地域、福井県では南川等の地域であります。これらの地域では、川はいずれも峡谷を縫つて流れており、この川に沿つて部落が細長く延び、農耕地もまた川に沿つて帯のような形になつて開けているわけであります。従つて、この山間部では、いずれも耕作を生業とするとともに、耕地面積が少いために、農耕のみでは生計が立たず、農耕とともに、炭を焼くのをも生業としているわけであります。 台風のもたらした豪風は、一挙にしてこれらの地域を襲つたのでありますが、先ほど申した通り、量がでたらめに多い上に、地形上その流水速度またはげしく、従いまして川は至るところで氾濫するとともに、いわば鉄砲水ともいうべき勢いで、すべての峡谷を総なめにしたのであります。堤防を押し破り、また乗り趣え、耕地をのみ、これをえぐりとり、人家、土砂、岩石、樹木その他当るを幸い押し流し、峡谷は一瞬にして向い合つた山と山とを両岸とする激流うず巻く大河川と化したのであります。数メートルを出でざるものが幅数百メートルから一キロ、あるいはそれ以上の大川に化し、水深また数尺から数丈に及んだのであります。しかも、これらの地域は地盤が水のためゆるみ、至るところ山くずれを伴い、いわば腹背から各村は襲われたのであります。 こうむりました被害を例をあげて申し上げます。京都府北桑田郡鶴ケ岡村では人命七名を犠牲にし、人家、公共建物、非住家四百十二戸のうち七十七戸を流失全壊し、半壊浸水を含めると実に九割以上の三百八十九戸が被害を受け、罹災人員は全人口二千七十六人中千九百八十人の多きに達し、田千四百四十七反のうち千三百十三反、畑二百九十八反のうち百九十三反を流失埋没し、その他はすべて冠水したのであります。さきにも触れました通り、道路、橋梁、護岸堤防、井堰、水路がほとんど流失、決壊、埋没したのは申すまでもありません。 これらの例はまだいろいろございます。福井県大飯郡青郷村等におきましても、あるいはまたその他の地区においても、これらの例は多々ございますが、これは省略させていただきます。 このようなひどい惨害の中にありまして、一切のものを失いました農民たちは、米もなく、金もなく、着るものもない。来年度の植付のことはおろか、今日明日をいかにして生きるかに思い迷い、ぼう然自失のありさまであります。人心は極度に不安に陥つております。子供たちはすでに栄養失調べの過程を進みつつある者が多く、青白いほおに暗い陰を浮べて、学校を破壊された者は板囲いのにわかづくりの教室で、あるいは学校を失つた者はわずかに残つた寺、公会堂、役場等で、すき腹をかかえて授業を受けておるような状況であります。せつかく進んだ高等学校を退学せねばならぬ者も相当出て来ております。以上が峡谷型の地域における実際の概要であります。 次に、いわゆる第二の型、各河川の中流あるいは下流の平野、湖、沼沢等の周辺に見られる平地型について御報告いたします。 これに含まれるのは、京都府では由良川の中流から下流の地方、日本海沿岸地方、京都府南部の巨椋池干拓地帯、滋賀県では、琶琶湖の西では安曇川下流、さらに東では愛知川、日野川、野流川下流地帯、福井県では日野川下流の福井市附近であります。便宜上これを海岸地帯のものと、川の中下流のものと、干拓地との三つにわけて報告をいたします。 日本海沿岸地方は、たとえば舞鶴地方を見てみますに、ここでは雨量は四百七十ミリ、年間平均降雨量の三箇月分が二日間で降つたということになつております。この多量の雨に加えて、海からは高潮、波浪に襲われ、市内を流れる高野川の決壊による氾濫を初めとし、すべての流れが氾濫したため、全市ほとんど浸水し、全壊、流失、半壊戸数は二千二百十二尺、浸水を加えて被害戸数は二万戸を越えるものであります。人的被害のごときも、死者五十三名の多数であります。 〔委員長退席、熊谷委員長代理着席〕 また山に寄つた地帯は、山くずれによる被害も多く、さきに述べました第一の峡谷型と同様の惨状を随所に見受けるのでありまして、海岸におきましては防波堤、桟橋、物揚げ場、護岸等、至るところ破壊され、漁民たちは生計の手段を奪われてしまつております。 次に、三府県の各河川の中下流地帯の実情の概要を申し上げます。これらの地帯は、第一の峡谷型で申した地方にあふれました水が、おのおの支流を入れ本流に合したために、各河川の警戒水位をはるかに越えまして、堤防を越えて氾濫するとともに、水圧によつて堤防を決壊し、きわめて大規模な浸水をしたのであります。たとえば、京都府福知山市は、由良川が東より流入し、日本海へ向つて北に彎曲する地点にあるのでありますが、この由良川が警戒水位三・五メートルを越えること四・四メートルに達し、堤防また百メートルにわたつて決壊しましたので、濁流は全市をのみ、全壊、半壊、流失家屋は二千戸、二階浸水四千戸に及んでおります。この上流にある綾部市からこの下流の大江町、日本海入口に至る由良川沿岸は、ことごとく濁流に没し、数十メートルの幅員を持つ川が、ここでも山と山とを両岸とする数キロあるいはそれ以上の幅員を有し、水の深さまた数十メートルに及ぶ大河と化して、沿岸の市町村ことごとくを洗い去つたのであります。この地方におきましても、家財を失う者、農耕地を失う者数知れず、生活を脅威にさらされて、住民ことごとく不安のうちに日々を送つておるのであります。 また、眼を滋賀県に転じますと、安曇川がやがて琵琶湖に注ぎ入る地点にある本庄村、青柳村、新儀村の一帯は、安曇川の氾濫、堤防の決壊、琵琶湖の温水により、全村ことごとく水中に没し去り、いまなお排水は完了せず、ここでも農耕地、道路、川の区別は一切失われ、全村ことごとくどろ沼あるいは河原と化し、うつろな不安な眼をして、わずかに流失を免れた傾きかかつたどろだらけの家に堆積した土砂を掘り出しておるような姿を見ますときに、私どもは涙なくしてここを通ることができませんでした。 福井県におきましても、福井市付近一帯が日野川の氾濫と決壊のために冠水し、福井の穀倉地帯は冠水し、収穫は極度に減じておる状況であります。 次に、干拓地関係について見ますと、巨椋池干拓地域にいたしましても、滋賀県愛知川河口に近い中之湖干拓地にいたしましても、これはことごとく元の巨椋池、中之湖に返り、これまた一面の河原あるいはどろ沼と化しております。低地のため、いまなお排水は完了いたしておりません。はなはだしきは、この干拓地が襲われたため、全村いまだ水中にある巨椋干拓地の御牧村のごときもあるような状態であります。 これら平地型の地域におきましても、農耕地を奪われ、家を失い、衣食住に事欠く者が多く、今日明日をどうしのぐかに思い迷うありさまでありまして、これは峡谷地方とほとんど同様であります。なお中下流の比較的広い地域であるため、地方的な都市があり、たとえば舞鶴市、福知山市、綾部市等、全市がことごとく水に浸され、ために商業上の被害は驚くべきものがあつたのであります。さらに、平地であるために排水状況きわめて不良で、さきにも述べましたように、巨椋干拓地、中之湖干拓地、その他琵琶湖周辺の干拓地等、あるいは河川の下流、海あるいは湖に注ぐ地域におきましては、いまだ浸水状態を続け、農耕地はとろ海となつております。農作物はことごとく腐り果て、家屋内の土砂はいまだ除かれず、家にありて家なきにひとしく、これまた生業を奪われておる者が多いのであります。以上がいわゆる平地型の水害状況の概要でございます。かような状態でありまして、いずれの府県におきましても相当額の被害があるのでありますが、いずれも標準帆収入をはるかに越えておるのであります。従つて、各府県とも、あるいはどの市町村におきましても、とうていみずからの手で立ち上ることはできません。従つて国家の絶大なまた迅速な援助が望まれております。土木関係、農林水産関係、農耕地関係、衛生関係、民生関係、商工関係、教育関係等、各般にわたつて徹底的に打ちのめされ、どこにおきましても住民はぼう然自失の体であります。率直に申しまして今必要なものは何といつても金であります。ずたずたに寸断された道路、橋梁を復旧し、杜絶した交通を回するにも、河川、堤防、耕地の復旧によつて農民たちに明日の希望をつながせるにも、あるいは民生の安定等々にも、一にまつて相当額の金額の資金を放出することが必要であると、私たちは観察いたして参つたのであります。なお、その他の復旧にいたしましても、従来のような原形復旧という方式にとらわれてはならないという要望が非常に強く、われわれもこれには同意をいたして参りました。河川、道路、橋梁等にいたしましても、今回被害をこうむつたところは、いずれも従来もしばしば災害をこうむつたところであります。それを原形復旧によつて建直しをやつて来たのでは、さらにまた同じような災害が今後起らないとも、何人も保証することができません。自然こそは技術者であるといわれる。この際私たちは、今までのやり方を根本的に改めまして、国家百年の大計のために改修するくふうを講じて、災いを転じて福とする必要があると考えるものであります。 復旧のためには民生の安定が必要でありますが、飯米に事欠く現在、住民たちに復旧の意欲さえもわかないのは当然であります。そこで、十分たる金と十分なる食糧を与えるようにしてやりたいものであると存じます。 以上は、各地とも被害をこうむつたところ、共通の課題であります。また、第一に解決せねばならぬことでありますが、われわれが調査いたしました地域において特に考慮を払いたい問題が二、三ございます。すなわち、一つは、干拓地に対する抜本的な対策であります。困難な食糧事情を克服するために営々として築き上げられた耕地が、京都、滋賀等におきまして、何千町歩が元も子もなくなつている。それから排水について特別な措置を講ずることでなければならない。これはぜひとも何らかの方法をここに特に考える必要があるのではないかということを深く痛感いたしました。土砂の堆積につきましては特別な考慮が払われることになつておりますが、排水の問題については、従来の立法では何ら特別な措置が認められておりません。しかし、これはどうしても何か特殊な措置を考える必要があるのではないか。われわれ一班の者は、各員一致してこの方途を講ずべきであるということに意見がまとまつた次第であります。第三に、私どもの参りましたいわゆる峡谷型の地方におきましては、耕地が少いため、ほとんどが炭焼きを重要な生業といたしております。この炭焼きかまどがほとんど破壊し、さらに耕地も失い、しかも林道が流れております。また需要地まで運びますところの府県道あるいは国道もいたんでおります今日におきまして、このままの状態にいたしておきましては、とうてい生活を続けて行くことができない。従つて、これに対しても何らか適切な措置を講ずる必要があるということを痛感いたした次第であります。 以上によりまして、今回の水害地調査に基く実情の概要の報告を終りたいと思いますが、特に重ねて申し上げておきたいと思いますことは、飯米の問題、すなわち生活を安定させてその後に復興させるというようなことに特に力を入れなかつたならば、この復旧復興というものは、非効果的で非能率的になるのではないかということを痛感いたしたような次第であります。 以上をもつて私の班の報告を終らせていた、だきます。(拍手)
○熊谷委員長代理 次に、大阪、和歌山、奈良地方の災害調査の報告を求めます。中野四郎君。
○中野委員 第二班の水害地調査の概況について御報告申し上げます。 去る十月二十二日より六日間にわたり、大阪府は奈良県及び和歌山県下について、主として台風十三号の被害調査をして参つたのであります。 まず大阪府の被害状況について概略を申し述べます。 台風十三号は九月二十五日午後二時潮岬に上陸したために、近畿一帯はその余波を受けて、同日午後より強雨をまじえた最大風速三十二メートル五に達する猛台風となつて、夜半に入るとともに、淀川は刻々増水し、急速に警戒水位をはかるに突破して、午後十一時には遂に枚方標六メートル九十七という未曽有の最高水位に達して決壊寸前の状態となり、官民警の決死的な水防作業の結果、大阪市の生死のかぎを握る大淀の激流も危機一歩手前でやつと食いとめることができたのであります。 数字をあげて申し上げますと、土木関係においては三十六億五千万円余であります。耕地及び農業用施設関係は一億八千万円余であります。農作物関係は三億円余であります。山林関係が一億一千万円余であります。一般家屋が九億円余でありまして、公営住宅関係が七千万円余であります。その他を合算いたしますと、総被害額は百三十億円余に上るわけであります。 以下、視察をして参りました箇所について、被害状況の概略を申し述べます。 まず高槻市及びその周辺地区について申し上げますと、淀川危うしの声で、本流に気をとられておる間に、淀川本流の水が支流に逆流いたしまして、比較的護岸の弱かつた檜尾川、芥川の堤防を破つて低地帯に浸入し、高槻市、三島郡などは長さ四里、幅半里のどろ海と化したのであります。芥川の決壊口は二百メートルに及び、安威川と淀川の本流にはさまれた二市六箇町村の耕地一千二百町歩が浸水して、農地の流失埋没約四十町歩、浸水家屋は五千戸に達したのでありまして、また檜尾川の決壊により、高槻市五領地区の低地帯約二百六十町歩の耕地は瞬間にして濁流にのまれ、家屋四百余戸はもちろん、百二十九戸の府営住宅の浸水は二メートル半以上の高さに達しました。しかも約二週間浸水したままでありまして、檜尾川堤防を切り開いて淀川に放流し、ポンプ等によりまして十月十九日ようやく排水を完了したような状態でありまして、田畑約二百六十町歩は、色が黒ずみ全滅の状態で、調査班が参つたときにも臭気があたりに充満していたほどであります。従つてこれらの地区の重要な対策は、収穫皆無または著しい減収を予想される農家の更生対策であり、荒廃した農地の整地、耕作の問題であることを痛感させられたのであります。 次に、北河内郡四条畷町付近の状況について申し述べます。降雨のために山津浪が随所に発生いたしまして、水流は猛烈な勢いとなつて奔流し、権現川初め各河川及びため池の決壊を生じたために、住宅の全壊十八戸、流失十八戸、半壊三十八戸に及び、農地はほとんど全町にわたる約三十六町歩稲作田の冠水及び浸水を招来いたしました。町村道及び林道は全面的に崩壊し埋没しておつたのであります。その被害総額は四条畷町のみで約四億円に及ぶ惨状を呈しており、山くずれのために部落の大半が砂に埋もれてしまつておりました。大げさに言えば、ボイベイ市の発掘のごとき復興作業が続けられておりました。すぐ裏の飯盛山には各所に山くずれの跡が見られ、豪雨でなくとも、相当の雨が降れば、すぐ山くずれの危険性が感ぜられました。四条町も同様の悲惨な状態を呈し、町村管理の小河川が大災害を招いたこの地区の救済は、単に管轄違いだと言つて放置することは断じて許されない問題であると考えられました。 最後に、南河内郡の一般的な状況について申し述べますと、この地区は、東条川右岸の破堤により、石川村、磯長村の二箇村にわたり、農地の埋没流失七十八町歩余にわたる災害がありましたが、平坦地区と趣を異にいたしまして、奈良県、和歌山県に多く見られる山岳地帯特有の被害であつて、三百ミリに近い雨量が奥地で降つたために、広範囲にわたる山くずれ、小河川の氾濫等により、道路はまつたく寸断され、決壊場所は深くえぐり坂られておりました。田の稲はすべて倒伏しておる状態で、南河内郡被害総額は二十三億円に上り、罹災者総数は一万四千五百名を数え、小被害といえども合算いたしますとまことに厖大な被害数字を示しております。わずかな田畑を失つて林道をなくした千名にも及ぶ山かせぎの人々は辛うじて応急復旧工事に従事したりしております。これらの人々の憂いは非常に深く、治安問題も惹起することが杞憂されました。復興意欲に燃えさせる適当な策をすみやかに講ずることが必要と認められるのであります。 なおこの際付言いたしたいことは、南河内郡においては災害救助法を発動する機を失したのであります。これは山間部の交通杜絶及び電信電話連絡の不通によるものが主たる原因と見られますが、実際は同法の発動と同様の救済を行つたものでありまするから、これらの市町村については災害救助法の発動をしたものと同等の坂扱いをすることが当然と認められるのであります。 なお、この機に一言いたしたいと思いますが、枚方市、船橋川が淀川に合流する地点で、船橋川左岸堤防幅約三メートル五十が約三分の二肩と裏の両側にずり落ち、中間部に約一メートル余残つたにすぎません。淀川上流宇治川の決壊で辛くも淀川の決壊を免れたとはいえ、先にも述べたごとく水防団、消防団及び保安隊の必死の水防作業が効を奏したことは明らかであるのであります。もしこの枚方の地点で淀川本流が決壊したとしたならば、枚方市、中河内、北河内郡の全滅はもちろん、大阪市の東部、北部を始めすつかり水浸しとなり、罹災者は全府民の約半数二百万人に及ぶ大惨事となつていたことを思えば、まことに慄然たるものがあつたのであります。これらの決死の水防作業に従事した諸君の表彰については、すみやかにこれを行うことが当然であろうと思われるのであります。 次に、奈良県の被害状況について概略を申し述べます。 奈良県においては、九月二十五日正午過ぎより次第に風雨が強まりまして、全県下暴風圏内に入り、最大風速は二九・七メートル、雨量は大台ケ原九八七・八ミリ、一時間最大が一一九・八ミリに達し、日本最高記録に次ぐ驚くべき降雨量を記録し、各地の降雨量もまたきわめて多く、これがために各河川は急激に増水をし、警戒水位を突破して氾濫し、各所に堤防は破れ、橋梁は流れ、山はくずれ、道路決壊を生じて、県下交通は瞬時にして麻痺状態となり、土木、耕地、林道関係その他に甚大なる損害を生ぜしめたのであります。これがために災害救助法の適用を受けた指定町村は一市六十九箇町村に及び、県下市町村の過半数以上に達したのであります。これら被害額を数字で申し上げますと、土木被害が二十五億円余であります。農業生産物の被害が十一億円、農業用施設その他の被害が九億円、林業の被害が十二億円、耕地の被害が十二億円余であります。その他合算いたしますと、総被害額実に百二十億円余の巨額に上ります。 次に、視察して参りました被害箇所について概略申し述べますと、驚異的な降雨量のために、奈良市でさえも初めて床上浸水五百戸を数えたのでありますが、吉野郡を中心とした山岳地帯の被害がきわめて甚大であつたと言えるのであります。 大和高田市における葛城川の水防作業に必死の努力を続けて決壊寸前の堤防を守り、遂に大和高田市一帯の浸水を防禦した水防団その他に敬意を払うとともに、これが表彰方についてはすみやかに手続を構ずることが至当と認められるのであります。 五条町について申し述べますと、吉野川の急激なる増水によつて、午後七時遂に八メートル二二に達したために、建築物被害は、全壊百十戸、半壊二百十六戸、流失十四戸、床上浸水二百五十三戸、床下浸水二百九十五戸を数え、耕地被害では、流失埋没約十五町歩、冠水田畑五十四町歩に及び、罹災者数は三千七百人余を数えたのであります。 吉野郡の四郷村について申し述べますと、家屋流失三、倒壊五、半壊その他六十四戸を数え、橋梁流失三十、木材流失七千石、山くずれ百七十五箇所、田畑流失、土砂浸入は八町歩に及び、村道の破損決壊八十、林道は決壊五百二十一、破損三百四、延長七千五百四十メートルに達し、稀有の惨状を呈しており、搬出不能材積約八万四千五百石に上つております。 川上村もまつたく同じ状態で、総被害額二億円余の多きに達しております。わずかな農耕地を流失または埋没し、山で生計の資料を得るこの地方の労務者はまつたく失業状態となり、困窮は想像に余りあるものがあるのでありまして、何はともあれ降雪期までに至急林道、橋梁復旧を完遂し、木材の搬出を可能ならしめることが緊急事であることを強調するものであります。なお、木材搬出直前の製材が多数流失し、吉野川沿いの製材工場がほとんど流失または冠水のために操業を停止しており、橋梁の流失、破損が随所に見られ、食糧物資運搬にも事欠く状態が見られるのであります。国樔村のごとく、村内を貫通する河川の橋梁流失四箇所に及ぶというがごとき町村もきわめて多いことを、この際申し述べておきます。 和歌山県の被害状況について概略申し述べます。 九月二十四日夕刻より降り続いた豪雨は、二十五日午後二時ごろ、台風十三号が本県南端通過の際は風速三十七メートル以上の暴風となり、和歌山県一帯特に山間部は五百ミリ以上の豪雨となり、前後数時間は文字通り大暴風雨となつたのでありまして、ために紀ノ川、有田川、日高川等の各河川に急激に増水氾濫し、橋梁は破壊流失せられ、堤防は決壊し、建築物、農作物等は流失埋没あるいは倒壊倒伏し、また海岸線は高潮の襲来を受け、通信、交通は杜絶し、人家、耕地、林業、土木、教育施設等に多大の被害を与えたので、災害救助法が全県下にわつて発動されたのであります。さきの七月十八日の水害の応急復旧工事は、今次の台風によりほとんど流失破壊され、再び復日別の振出しにもどつたのであります。これらの被害総額は二百三十二億円余に上り、耕地関係だけでも三十八億円余、土木関係においては四十三億円余、林業関係二十三億円余、農業関係十八億円余、水産関係で三億七千万円余その他となつておるのであります。なお和歌山県は今次の十三号台風を含めて、本年実に五たびにわたる災害を受け、本年度災害の累計額は千四百十二億という厖大な数に上り、県市町村とも財政的の疲弊はおおい隠せないものがあるのであります。 以下、視察して参りました被害箇所について概略申上げます。 まず紀ノ川流域について申し述べますと、九月二十五日正午過ぎより逐次風力を加え、午後八時過ぎには橋本町において六・二〇メートルを示し、沿岸地区に氾濫しさらにこれに注ぐ中小河川も決壊流失相次ぎその溢流は伊都郡、那賀郡の広範囲にわたつて収穫前の水稲を倒伏または流失せしめ、水稲、果実の収穫皆無の地帯も相当に上る現状であります。 伊都郡については、被害総額五十五億円余に達し、耕地十億円余、土木十一億円余、一般住宅十七億円余その他となつており、死傷者百六十七人を数え、罹災家屋は五千四百七十一戸、罹災者数は二万四千八八百九十人の多数に上がつております。四郷村について申し述べますと、総被害額約四億円以上にになると推計され、全壊流失家屋は三十七戸半壊十六戸に及び、水田面積四十五町歩中約六割が流失埋没の被害を受け、このうち約十町歩はほとんど復旧の見込みがない状態でありまして、かき、柑橘類の落果も多く、これら被害はきわめて甚大であり、道路の決壊は千四百十一箇所、橋梁の流失等は四十一を数えるありさまで、特に林道の寸断により、木材、木炭の搬出はもとより、あらゆる必需物資の輸送が杜絶されているので、緊急に復旧策が講ぜられるとともに、降雪期までに諸工事を急速に進捗せしめ、すみやかに復旧の方途を講じなければならない状態であります。 那賀郡については、被害総額約二十億円でありまして、さきの七月十八日の水害により五百町歩の水田を奪われ、今また旬日にして実らんとしている水稲二千百町歩が倒伏、折損の上に冠水し、郡内の水稲は全滅に近い状態であります。なお人的被害も、住家の全壊流失三百三戸を初め、罹災者は二万八千四百六十九名の多数に上つております。麻生津村より岩出橋の間約十三キロメートルにおいて十八箇所、三千六百メートルに及ぶ決壊を見たのでありますが、近時年々河床が隆起し続けている紀ノ川堤防の根本的復旧について、再検討を加える必要をこの際強調する次第であります。 有田川流域について申し述べますが、有田地方事務所管内の被害総額は三十億円余に達し、下流地区の箕島町、保田村、宮原村、糸我村、藤並村、田殿村、御霊村の被害概況を申しますと、全壊または流失家屋二百六十八戸、半壊は三百五十二戸に上り、浸水家屋は三千戸を突破する状態で、その罹災者は一万八千人以上となるのであります。多くの家屋とともに、県下一と称せられるこの地方の美田が、数百町歩にわたつて一瞬にして濁流に洗われ、土砂に埋まつた状態は、正視するにたえない悲惨な光景でありました。箕島町については漁船、漁具、漁港その他水産関係の被害が四千三百万円余に上り、防波堤その他の港湾施設も、原形復旧では十分その任にたえないことが容易に想像されるのであります。箕島町の安諦橋及び御霊村の金屋橋などのコンクリートの永久橋が破損または流失しているのを見ても、当時の水勢のはげしさ及び流木等の漂流物のおびただしさを知ることができるのであります。日高川流域について申し述べますと、十三号台風の襲来により、日高郡一帯に各河川は氾濫し、仮堤防は崩壊し、橋梁及び仮橋は流され、道路は決壊、交通不能となる惨事を起したのであります。七月十八日、水害後間もないことでもあり、風水害に対する事前対策を講じたため、人的被害は比較的軽少にとどまつたのでありますが、水害でいためつけられた家屋の多くは、風でもろくも倒壊されたのであります。また一部難をのがれた農作物、果樹類は、今次台風で全滅のうき目を見たのであります。打続く災害に、郡民の経済的、精神的打撃ははかり知れざるものがあるのであります。土木関係十二億円余、農地関係二億円余、農業関係三億円余、その他を合算すると約二十二億円余となるのであります。さきに述べました有田川流域の復旧がきわめて活発に行われているにかかわらず、この日高川流域の復旧作業が遅れておりまするのは、関係当事者の積極性にいささか欠けるものがあるのではないかと考えられるのであります。従つて、一層の積極的な復旧活動がなされるよう、すみやかに処置を講ずる必要があると認められます。 富田川流域について申し述べますと、この地区は押し流された砂礫が一面川をおおい、沿岸耕地は川底より低い状態なので、一度に相当量の降雨があつた場合は、有田川、日高川以上の惨事をもたらすことが想像されるのであります。河床が近時年々高くなり、かつての護岸が埋まつて、元上部であつた弱い部分が現在の護岸となる結果となり、そのためにがけくずれとか、さらに土砂を多く流すことになるのでありまして、堤防を高くする一方、砂礫を除去する方法を積極的に考慮すべきであると考えられるのであります。 以上、各府県の被害概況を申し述べたのでありますが、各府県において特に考慮されねばならないと考えられる共通点を次にあげてみますと、淀川、紀ノ川等の根本的改修はもちろんのこと、補修計画の再検討をなすことが必要であります。第二に、直轄河川の国営工事と府県工事との密接な連絡提携が望ましく、支流河川への逆流に備えて、支流にも重点を置くことが必要であり、これがためには、本流からもう少し上流まで支流工事を国家工事で行う必要があると考えられるのであります。三、山岳地帯においては、渓流の砂防工事の完全実施を急速に行う必要がある。四としては、営農資金を早急に融資するとともに、最高貸出額を増額すること等でありまして、大阪府においては、排水作業に要した費用については国家補償の対象とすること。奈良県においては、山間僻地の罹災地に対する食糧その他の輸送に関しては格別の努力を払い、降雪期までに林道その他の復旧工事を急速に行うこと。和歌山県においては、農地の流失埋没により減収または収穫皆無を予想せられる農家の更生対策、及び埋没耕地の整地問題について、緊急に処置を講ずること等が強く主張されたのであります。 最後に、災害復旧工事の進捗状況を見守り、かつこれが工事の監査に至るまで、当委員会として強力な手を広げることが今後に残された重要な職務の一つであることを強調して、報告を終ります。(拍手)
○熊谷委員長代理 これにて台風第十三号による被害の実地調査の報告は終りました。 派遣委員各位におかれましては、御多用中のところを、遠路水害各地を実地に視察せられ、親しく罹災民を激励されますとともに、貴重なる資料を御収集の上、詳細にその状況を御報告いただき、今後の本委員会の審査の上に大きな成果をあげることができると存じます。ここに委員長といたしまして、派遣委員の方々に厚く御礼を申し上げます。なお、地元御出身の委員の方々には、派遣委員に絶大の御協力を賜わり、調査の目的を達成することのできましたことを、あわせて厚く御礼を申し上げる次第でございます。 本日はこれにて散会いたします。 午後零時四十一分散会