労働委員会 第25号
- 発言数
- 30 件
- 登壇者
- 7 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1953/08/01
会議録
○委員長(栗山良夫君) 只今から労働委員会を開会いたします。 本日の案件は電気事業及び石炭鉱業における争議方法の規制に関する法律案、公共企業体等労働関係法の一部を改正する法律案(予備審査)、地方公営企業労働関係法の一部を改正する法律案(予備審査)でございます。 先ず電気事業及び石炭鉱業における争議行為の方法の規制に関する法律案を議題に供します。本案に御質疑のおありの方は順次御発言を願います。
○梶原茂嘉君 若しどなたか質問をされる方がありますれば、私いつでも保留いたしたいと思いますが、差支えなければ大臣に一つお伺いしたいのであります。それは社会通念についての大臣の、労働大臣としての考え方についてであります。今回の法案については、社会通念の成熟或いは社会通念上非とするという考え方が随所に現われておつて、而も相当強調されておるのであります。私はこの社会通念の取扱い方、それに対する大臣の考え方にやや不安、危惧の念を実は持つのであります。立法をいたします場合に社会通念を尊重すること、これは当然のことだと思います。又曾つてこの委員会で堀委員との質疑応答の中にありました、素朴な輿論を尊重するということについても私自身それにはそれなりに共鳴を感ずるのでありますけれども、私が危惧の念を持つといいますのは、現在の新らしい憲法においては、旧憲法と違つて、基本的人権の問題にしても、又労働権と申しますか、憲法二十八条の理念にしても、これはいずれも我々国民にとつては新らしい理念と思うのであります。旧憲法におきます、どちらかといいますれば公益優先主義とは非常に性質の違うと申しますか、対蹠的の立場にある理念だと思うのであります。従つて一般国民にはまだこれらの新らしい理念が社会通念として成熟するに至つておらないと私は思うのであります。従つて新らしい憲法の理念が社会通念としてこれはやはり成熟せしめて行かなければならない性質であろうと思います。その間には相当の忍耐と辛抱が一面において必要でなかろうか。それらの新らしい理念を社会通念として成熟さして行くためには、これは理窟だけじやなしに、特に労働の問題についてはいろいろの現実の事象を通じてその理念を成熟せしめて行くことが必要じやないか。これは日本の労働行政上私は相当困難な大きな問題であり、そこに労働行政としての困難さがあるのではなかろうかと思うのであります。ともいたしますると、一般国民はまだ新らしい理念に成熟しないために、旧憲法時代と申しますか、従前の社会通念が自然のままに置いておけば甦つて来ると、素朴な輿論というものは又そういうところから起つて来るということが、これは当然懸念されるのであります。従いまして社会通念というものを労働行政の面において、労働立法の面において考えて行く場合には、よほどそこは慎重に考えて行く必要があるのではなかろうか。本案は公益事業の問題でありまして、やや趣きが違いまするけれども、一脈共通する点もあるんでありまして、社会通念の取上げ方が、労働行政なり労働立法という観点からいえば私はもつと慎重に考えらるべきで、これをただ輿論を私作上げると意味ではありませんけれども、単純に起つて来た社会通念というものを、成熟したものとしてすぐ取上げて、安易に労働立法をして行くというところに一つの危険性といいますか、心配を感ずるのであります。その点についての大臣の労働行政の責任者としての御見解、これを一つお伺いしたいと思います。
○国務大臣(小坂善太郎君) 社会通念ということにつきましていろいろ深い御理解、又従来の観点からこれを慎重に検討すべしという梶原委員の御見解には深く敬意を表します。社会通念というものを一言にして言い現わしますことは、なかなかむずかしい問題でありまするけれども、裁判所等の判例に見られますように、民法で申しまする条理とか或いは信義、誠実の原則というものより、もつとそれよりくだけて、社会の日常生活におきまする良識或いは一般国民として持つ法意識というものであろうと考えております。争議行為の方法について考えてみますると、争議行為として如何なることをしてもよいというわけではないのでありまして、その正当性につきましても、法益侵害とか暴力の行使は正当でないとか言われるのでありますが、そればかりでなく、健全な社会通念として労働法体系として把握せらるべきものがあると思うのでありまして、従つて国民感情上から許されないというものでなく、一般国民の持つ法意識というか、健全な社会的良識というものが、社会通念であると考えておるのであります。ところでこの一般国民の持つ法意識乃至は健全な社会通念というものは、やはりその時代の背景或いはその時代以前の社会的意識というようなものによつていろいろ影響をせられるということは、その通りであると私も思うのでありまするが、これを労働問題を扱う場合特別にその社会通念というものの把握に慎重でなければならんということは私もよく考えておるつもりでございます。この際に、この法案を問題といたしまする際のこの社会通念の成熟ということが人によつて、いろいろこの委員会においても御議論があるところでありまするが、私どもとしては、非常にそれを普遍的な社会通念を捉えたと考えておるのであります。その理由の一つとしましては、やはり国民の捉われざる投票によつて選挙せられた国会におきまして、前国会においても衆議院において多数を以て議決せられました。こういうことが、この社会通念を見る上に非常に大きな要素ではなかろうか、こう見ておるのであります。で社会通念というものを、非常に一つの高いところに自分が腰かけておるという気持で社会通念を判断するという立場よりも、むしろ一般の中に融け込んで、どういう法意識というものが流れておるかということを見る見方が、やはり私は国会を尊重するという見方に通じておるのではないかと、こう思つております。
○梶原茂嘉君 大臣のお考え方について、それは一つの何といいますか、言葉は当らんかもわかりませんが、やや安易なお考え方だと思います。それ自体私はどうこうというわけではないのであります。又選挙の関係、この問題は又別の私は問題のようにも考えるのであります。勿論これは結び付ければ結び付ける意味合いは勿論ありますけれども、私の聞いておりまする本当の趣旨は、現在労働問題、特に争議については、大ざつぱに言えば二つの通念がある。二つの通念が時を同じくして日本にあるということは、これは異様でありますけれども、それが私現実の実態ではないかと思います。それは新らしい憲法の新らしい理念の下の一つの考え方、これが一つあると思います。これは全体的にまだ私残念ながら成熟しておると思えない。基本人権の問題にいたしましても、労働権の問題にいたしましてもそうではないかと思います。又一面極めて素朴な社会通念としてこれらに対して見ておる一つの通念もあるのであります。労働行政としては、新らしい憲法を尊重して行くという建前においてはまだ成熟しておらない憾みもある。この新らしい理念、それはやはり守つて行くと申しますか、成熟せしめて行くということが今後も必要じやなかろうか、従つて単純にそのときに現われた素朴なる社会通念というものだけに任して行きますというと、一つの将来の日本の労働行政に過誤、過ちが及ぶということを懸念をいたして質疑をしたわけであります。特にまあ選挙の関係、この問題でありますと又別になります。私はこう考えております。将来の労働行政に関する、労働問題に関する社会通念の関連性ですね、これについていま一つ御見解を伺いたいと思います。
○国務大臣(小坂善太郎君) 現在ある社会一般の考え方というものが社会通念であるという理解に立ちまするが、一方において今後どういうふうにすべきか、或いは新憲法の精神に副うて日本の民主主義を守ると、一方にそれに副わざるような、むしろ非常に反動的なと申しますか、復古的な考え方が出て来れば、その新憲法の精神を理解せしむるためにどうした努力が必要であるかという問題と、両方調和せしめて考えて行くということが、やはり必要であるということは私も異議はないのであります。ただこの法案との関連においての御質問でございますれば、それならばこそ私どもといたしましては、まあ昨年の事態に鑑みて、成熟した社会通念を明確にするということが、ここに御提案申上げておるのでありまするが、さればとてそうした考え方を拡大するという考え方は持たん、やはり飽くまでも現実に問題となつたことだけを問題にして、併し一方においてはそうした労働運動について無制限に、一般の社会良識を超えても無制限に何をしてもいいという考え方については或る程度の調整が必要ではないか、まあこういう考え方に立つておるのであります。従つて私どもは、ここに言つておりまする問題は問題として、それを更に他産業に及ぼすというところの拡大主義はとらない、こういうことを、先般来申上げておるのはそうした考え方に立つておるからでございます。
○梶原茂嘉君 やや割り切れない感じが私は残るわけであります。新らしい憲法の理念が一応社会通念として或る程度成熟しておりますると非常にいいのでありまするけれども、未だそういうところまで行つておらず、やつと独立後一年有余であります。従つてこれを安易に見て取扱つて行けば、以前の通念の支配力といいますか、影響力、そのほうが大きくなつて来る。労働情勢にいろいろのそういう面からのトラブルを起して来やしないか、それが新らしい通念、新らしいと申しますか、社会通念だから当然だということでは如何であろうかということを申上げた次第でございます。 それからこれは少し細かくなりますけれども、社会通念上非とする、その結果社会通念上これが正当ではなくなつた、これは一面において行政上違法ということになるかと思うのでありますが、行政上違法とした場合における法律上の効果と申しますか、効力といいますか、これは現行労働法制上どうなるのかという点がいささか私にはわかりかねるのでありますが、その点を一つ御説明願いたい。
○政府委員(中西實君) 行政解釈は別段最後の判定機関である裁判所を拘束いたしません。従つて最後はやはり裁判所独自で判定されるのでありますけれども、行政解釈で一応こうだというふうにきめますれば、例えば刑事関係におきましては、やはりその行為がありますれば起訴するとか、いろいろなそういつたいわゆる行政部門においての措置をとるようになるということになると思います。
○梶原茂嘉君 行政解釈上正当ではないという場合に行政上どういう措置をとるのか、現行労働法制上どういう措置をとれるものか、具体的に御説明願いたい。
○政府委員(中西實君) 例えばこの法案で例を申しますと、刑事政策から検察当局はいろいろと配慮はいたしましようけれども、併し行政解釈上こういつた行為が違法性を阻却しないものだということの行政解釈がありますれば、それによつて普通の場合なら起訴をする、或いは一応それを違法のものかどうかということを調査をするということが起りましようし、更に又違法性を阻却しないということによりまして、民事上の損害賠償或いは雇用上のいろいろの処分、これあたりも一応それぞれ関係者が考えるということになると思います。
○梶原茂嘉君 行政解釈上違法とした場合に民事上の問題が起る、それについては裁判所はその行政解釈を直ちに法律的に何と申しますか、動かし得ないものとして判決するわけではあるまいと思うのです。又検察当局は勿論検察行政の関係で起訴、不起訴の方向に、それを一つの判定の基準にはするでしようけれども、それを拘束するわけでもない。私は行政解釈上正当にあらずということがきまつたとすれば、労働行政上それに対して何らか措置をとり得る途があつて然るべきじやないか、こういうまあ素朴な感じがするのでありますが、現在そういうことがあるのかないのか伺いたい。具体的に申しますると、これもしばしばこの委員会において政府より説明された点でありますが、去年のストにおいて政府は明らかに行政解釈として違法としておることが行われておる。これに対して果して政府は労働行政上傍観せざるを得ないのかどうか。特に例えば炭労ストにおいて保安要員の引揚げは、政府はしばしば違法であると言われて砦わけであります。その政府の違法と解釈しておる行為が、保安要員総引揚げの準備指令として出ておる。それに対して行政上何らかの措置を有権的にとり得るのか、とり得ないのか、こういう立法を設けなければ何らの手を下し得ない、傍観せざるを得ないというのであるのかどうかということであります。
○政府委員(中西實君) 昨年のあのストの際におきましても、只今言われました保安要員引揚げ準備指令が出ました直後政府声明を発しまして、これは明らかに違法な争議であるということで警告を発しておるわけでございます。従つて法律のあるなしにかかわらず、労働争議、争議行為として行過ぎのものにつきましては警告を発し、いろいろと勧告をすることはできます。ただそのことが最後におきまして或いは罰その他と結付きませんとまあ決定的な効果が期待できないというだけでございまして、労働省といたしましてそういつた場合手を拱いて見ておるということだけしかできないということではないということであります。
○梶原茂嘉君 警告を発したり新聞で違法であるという声明をする、これは当然やり得ることでありますけれども、行政的に効果を伴う何らの措置では私はないと思う。お答えによれば、違法の労働行為が行われておつても行政的には有権的な措置はないのだというふうに、私は理解を今の御答弁によつてするわけであります。若しそうであるといたしますると、今回の法案は、現在すでに違法となつておるもの或いは社会通念上非となつて、行政解釈上違法となつたものをこれをこの法律で確認するのだ、単にそれを重複はするけれども、大いに取上げて、その限界を明確にするのだという、従来繰返されました政府の御説明は、私は非常に不十分だと思うのであります。今の御答弁によりますると、これはこの法律によつて新らしく違法になるのであつて、新らしく違法になるのだ。又新らしく違法の法律的の効果が出るのであつて、何と申しますか、単に現在違法となつておるものをここで確認するというのとは非常に違いはしないか、かように私には受取れるのであります。その点を一つもう一度、非常に重要な点と思うのでありますが、はつきりして頂きたい。
○政府委員(中西實君) 確認或いは宣言的とか、いろいろ言葉のニユアンスはございますけれども、おつしやいますように、確かに従来本法案規定のものすべてが裁判所によつてこれは違法だというふうにはつきりいたしておりませんし、又検察当局におきましての取扱いも必ずしも明確とは行かなかつたということは事実だと存じます。ただ幾度も繰返して御説明申上げましたように、スイツチ・オフとか或いは保案放棄というものは、これははつきりとやはり我々としましては違法であるということで来たわけであります。そこで職場放棄、電源の職場放棄、そういつたものは社会的にはやはり争議行為として適当なものじやないということはこれはもうはつきりいたしておつたのでありますが、これが、これも繰返しで恐縮でございますけれども、昨年あたりの経験から、やはり争議行為としてはこれはとめるべきものである、禁ずるべきものであるということにはつきりなる。ここにおいて法律においてこれを明定する、これによりまして国会でおきめ願えれば、一応政府機関、各部門もその意思によつてはつきりと行動がとれるということになるのだろうと思つております。
○田村文吉君 今の社会通念の問題でございますが、まあ私どもはいわゆる国民常識と考えていいと思つておるのでして、伺いたいのは、保要要員の引揚げ及び電気の停電ですね、これは一体終戦の前或いは戦争の始まる前等においていろいろ立法規定が変つて来ておると思うのですが、どういうふうであつたのですか、例えば戦争の始まる前はどうであつたか、戦争が始まつてからどういうふうに変つておるかというような、何か資料のお持合せがございましたらば御説明して頂きたいと思います。
○説明員(石黒拓爾君) 手許に資料がございませんので正確なことは申上げられませんが、鉱山保安法施行以前におきましては、当時のいわゆる行政警察による警察規則といたしましてほぼ同様なことが規定すられていたはずでございます。併しその当時の立法趣旨は勿論現在のような人に対する危害、或いは国家資源というような見地よりは、警察的見地においてなされたものであります。 それから電気のほうにつきましては、これ又はつきり覚えておりませんので甚だ恐縮でございますけれども、現在、旧公共事業令におきまする八十五条のようなものは、これは公共事業令に入つておりまして、八十三条にありまするような電気工作物に器物を接触したり何かしてこれを妨害するというようなことの禁止は、従前の旧公共事業令になる前の法律においても禁止されております。
○田村文吉君 その当時においては恐らくはストライキというようなものは殆んどなかつたのだろうと思いますから或いはそういうあれはなかつたでしようが、併し保安要員の引揚げとか或いは安全を守るというようなことは警察法規としても当然私どもはあつたように記憶しております。それから、電気だつて従業員が勝手に電気をとめるようなことはその当時においても無論できないかつたし、若しそういうことがあれば、当然会社としてはその停電に対しての責任を負わなければならない。併しストライキというようなことは殆んどなかつたからそういうことはなかつたろうと思うのですが、今の社会通念とか、或いは考えをする場合には、広く平面的にものを考案する考え方と、立体的にものを研究する上からいつて、若しそういう点についての御説明ができれば明後日でも一つ御説明願えれば結構だと思うのでございます。 少し関連を離れる問題になるのでありまするが、今度の三カ条の法律が果して過去の解釈規定であるかないかという問題については、すでに連日十日余りに亘つて御審議が尽されて来ておるようでございますので、強いてそういう点について私はもう御解釈を求めるという必要はないと思うのでありまするが、いずれにいたしましてもはつきりとこの際労働者の基本的の権利を制限するということになることには間違いないのでありまするが、さような場合において私は一番先に考えられることは、どうしても事を平和裡に処理するという必要から、あえて私は強制仲裁という言葉を使いたくない、ないのだが、労調法の三十条の第二号の解釈でございまするが、つまり現在では労使双方の同意ある場合において初めて仲裁規定の発動ができるのであります。これは一方の要請によつてもできるとかいうようなことができれば、私はこれによつて、仮に不当な賃金の圧迫を受けておるというような問題も解決ができる。 そこで実は私今個人的にはそういうような規定がほしいと思つて考えておるのでありますが、この間公聴会の公述人の公述を伺いましてもなかなか仲裁という問題は容易にこの問題に行かない。行かない理由はどこにあるかと聞いてみますると、大体現在の労働委員会自体にまだ何かしら物足りなさがある、こういうようなことでないかと思うのであります。そういう点まで今度改めて行くことになるとなかなか容易なことでないのでありまするから、せめては団体協約によつて、そういう場合に一方的にでも話出ることによつて仲裁に移すような方法ができないものか、こういうようなことを私は一番先に考えるのであります。ところがどうも公述人の御意見を伺いますと経営者側におきましても又労働組合側におきましても、必ずしもそれは喜ばんというような状態下にあるようでありまするが、現在の各会社内の団体協約というものは、今の両者同意の場合の仲裁は否定しておりませんが、一方の申出によつて仲裁委に移すというようなことは殆んどきめてない、こういうふうに思つておりまするので、それは一体どこに、……経営者側のほうでそういうことを明らかに主張されておるのか、或いは労働組合側のほうでそういうことを嫌つておるのか、こういう点についての若し御解釈が大体おわかりでございましたらば一つ御説明を頂きたいと思います。
○政府委員(中西實君) 仲裁制度は、若し当事者が合意でかけられますれば、我々としても望ましいと思うのであります。ただ今おつしやいました通り一般におきましてはこれが比較的少いと思うのでございます。これは労使双方共やはりこれを嫌う主張が強いのでなかろうか、結局は仲裁者に対する信頼といいますか、この問題でございます。最近中労委で初めて仲裁の事案がかかつたようでございますが、結局日本の労使は、言つては失礼でありますけれども、合理的解決或いは合理性ということについて非常にまだ徹底を欠いている。従つて己れのほうに不利、な判定があれば常にこれを合理的でないと或いはこれを非難するのでありまして、従つて常に使用者側に有利と考えられる、有利な裁定が出ると考えらたる場合には、これはもう仲裁を喜ぶでございましよう。片一方組合側は組合側に有利なものが出るということがわかればこれは賛成するわけなんであります。ところがやはりそのことが常にはつきりいたしませんし、やはり若干ともかくどちらかに不利であることが予想される場合には双方共が非常にこれを嫌う、そういうようなことで、結局協約におきましても調停、仲裁に付するということの規定がありましても、仲裁の場合は、仲裁は一方申請でなくて合意をしたときはというような註釈が入つておる、そうして争議解決しないときには調停、仲裁をするというだけの規定であります。その場合は一方申請でもできるわけでございます。そういう事例が日本におきまして非常に少いというのは、結局まあ仲裁機関に対する信頼度といいますか、そういうところに主な原因があるのじやなかろうか、更に又先ほど申しましたように、労使の物の考え方でありますが、合理性に対する考え方、これあたりにあるのじやなかろうかというふうに考えております。
○田村文吉君 こういう僅か三カ条の条文ではございますが、いわゆる関係の労働組合側としては非常に必死になつて反対の陳情がある。これも無理からんことでありまするが、又一般の世間、大衆から考えて見た場合に、これは一々ここへ持つて来ないけれども、これは私ども想像するに余りあるのでありまして、他産業及び日常の社会生活、こういうものが停電によつて、而も或る僅かの人のと言つては悪いが、いわゆる国民全部に比べれば僅かの人の要請によつて、自分の労働条件の改善のためにそういう万人に犠牲を与えるということについては非常に不満を持つておることは事実なんでありまして、ただ、一方にさように労働者のいわゆる憲法の与えたる権利を制限するからには、何かして救済打開の途を考えたいということが、こういうことが親切な立法でないかと思うのです。私も実は如何にしてこれを調整する方法があるかということでこれ一つに勉強して参つた。ところが今申した通り、どうも公聴会の御意見を聞いても余り労使共にお喜びになつていない。又非常にその根本の原因は、いわゆる労働委員会自体に不満の点がある、こういうような点がございまするので、さようなことに容易に納得して頂けないというような状況下にあるかと思うのでありまして、私は第三条の保安要員の問題は、これはまあ過去の一般の常識として、自分の職場をこわすようなことを考えること自体、仮にその中にまあ不逞と言つちや悪いが、いわゆる十人なり二十人なりがその職場に残しておる者に、一人の乱暴者が出て来てその職場をこわすということは、これは当然私は一般常識からいつても考えられないことですから、この問題は私はそういわゆる権利の規制とかという問題とまでは私は深く考えないのでありますが、いわゆる電気の問題についてはそういう問題がある。そこで何かしらこういう問題について基本的の考え方を一つ我々は創造して行かなければならん、政府も又これに対して努力して行かなければならん、こういうことを実は考えるのであります。で、私は労働大臣として将来この今の労働三法のうちの、できるだけ労働委員会の仲裁とか調停とかいう方法ですべてのものが平和なうちに解決されるということが、今日の再建日本の、この貧乏な日本の再建のためにも非常に必要なことでもありまするので、何かしらこういう点についての労働行政を考えなければならない、こう考えておるのでありまするが、大臣としては今後こういう点について、一方において権利の制限が起れば、一方においてこういうものを救済する方法を考えるというようなこと、例えばそれが広汎な法規の改正になるにいたしましても、無論それがために相当の時日を要するということが考えられても、そういう点についての御考慮を払われるかどうか、この点を一つ労働大臣にお伺いいたしたいのであります。
○国務大臣(小坂善太郎君) この労働争議をできるだけ平和裡に解決する、そうして我が国の国情から見まして、妥当な点によつて解決方法を持つて行くということが望ましいことは私も至極同感でございます。それにつきまして調停制度或いは仲裁制度というものを、客観的な妥当な判断を下し得るような実体を持つたものにするということは、これは非常に大切なことでございまして、私としましてもどうかこの労働委員会の機構乃至その構成、各部門の充実ということについて立派なものを作り上げたいということは念願いたしておる次第でございます。 これにつきまして私も就任以来いろいろな機会に申しておるのでございまするが、やはり完全な統計というものを基礎にするということが非常に大事なことであると存じまして、労働省の大きな活動分野として統計調査機構を充実して行くということを言つておるわけであります。そうしたものをできるだけ労働委員会におきましても縦横に駆使して頂いて、その間に納得をし得るような調停機関としての充実した活動を見るようにしたい、こういうことを考えておる次第でございます。
○田村文吉君 一番今日労働委員会で、私も実は労働委員をやつたことの経験があるので申上げますのは、一年ぽつきりの任期であつて、非常に社会情勢に制約を、侵蝕を受けると言つては語弊がありますが、そういう影響を受けるということが少くもあり得るので、こういう点について労働委員会の構成自体について検討を要する、こういう問題が私はあると思うのであります。それは即ち、由来日本の国民は平和を愛好する国民でありまして、決して戦いを好む国民でない、労働史のことを私はマスターしておるわけではありませんから申上げませんが、英国の産業革命から始まつて、あのいわゆる自己の権利というものについて非常に強く主張されて参りました。イギリスの労働組合、又それからアメリカに渡りまして、今日ではその組合運動というものが非常に進んで来ては参つておりますけれども、私どもは、日本人としてはむしろ別個の考えで、この平和を愛好する日本人というものにはおのずからこういう問題に対して対処する方法がある。決して欧米というものを学ばなくてもいいのだと、こういうふうにまで私どもは実は考えております。 そこで自分の体験から申しましても、労働委員という者の身分の保障とか、そういう問題についてもつと安全な方法を考えてやる、又、これの機構につきましても、実際に仕事のわかる人たちがその中に入つてもらう、そうして而も私は強制仲裁というような言葉は避けて、飽くまでも協約によつてこれができればなお結構、法律においても当事者の一方が申出たならば、それによつてこれを仲裁する、で、お互いは毎日笑つて自分の仕事に勉強することができる、而も問題の争いは労働委員会において公正に仲裁される、こういうような時代を作ることが我々の義務であると思うし、又責任であると考えておるのでありまするが、そこで私は政府委員にお尋ねしたいのですが、現在ある労働協約、これもできるだけ一つ、強制はできないでありましようが、両者の意見の合致によつてということを、一方的のものでも、取りあえずは一つそれによつて仲裁の行われるようなことに勧奨をなさる御意思があるかないか、こういうことをお尋ねすると同時に、併せて大臣には、こういうがあるから、私は平和的に処理するということは、単なる日本の現状だけの問題でなしに、基本的に考えて、人類が階級的に対立して争つて行かなければならんような時代におくということは、これは政治家としての理念ではないと思う。そういう意味におきまして何かしらこういう問題が平和に解決するような方法が望ましいが、大臣はどうお考えになつているか、こういう意味で二つの御質問を申上げて、私の今日の質問は打切りたいと存じます。
○国務大臣(小坂善太郎君) 労使間が争いによつて問題を解決して行くということでなくて、その間に理解と信頼によつて相互の立場を認め合つて、平和裏に問題の処理をするということが望ましいことは、こは全く同感でございます。どういうようにしてそういう境地を作り得るかということについては、勿論これは相互の自覚が望ましいことは当然でありまするが、労働行政をあずかつておる者といたしまして、只今御指摘のごとき仲裁制度というものを十分充実し、或いはそれを一般的に客観的に信頼し得るような実体を備えしむるということについて極力努力したいと考えております。
○吉田法晴君 先ほどの梶原さんの質問に関連をいたしますが、私どもは今の説明を聞いても納得が行かない。政府がこれほど無理をしてまでも通さなければならんという理由がわからんのでありますが、一体今までのとこの法律の内容とどれだけ違うか、この点を一つ伺いたいのであります。今まで違法とされておつたものを今回この法律の中に織り込んだというならば、今までとこの法律が謳おうとものとは同じだ、それならばこの法律案がどうして必要であるか、或いはこの法律案が通らなくてもそれは今までに変らんじやないか、こういうことが考えられるのでありますが、その点を一つお尋ねしておきます。
○委員長(栗山良夫君) 先ほどの田村委員の質問に対する答弁が漏れております。御答弁を願います。
○政府委員(中西實君) 協約で仲裁に付することを将来とも指導する意思はないかというお話でございました。私ども曾つてから労働協約締結の促進につきましては非常な重点として推し進めて来ておるわけでございます。殊にこの中で平和条項を設けようということにつきましては特に強く勧奨いたして来ておるわけでございます。そこで従来とも苦情処理の場合には最終段階において仲裁に付するというのは相当に普及しておりまして、電産の協約にもございます。で、今後争議それ自体の解決の最終段階を仲裁に持ち込む、殊にこれは公益事業におきましては誠に望ましいので、その点につきましてはできるだけ促進をいたしたいと考えておる次第でございます。
○国務大臣(小坂善太郎君) 吉田委員にお答えいたします。この問題につきましては、しばしば申上げましたように、本来不当である、例えば保安要員の引揚げのごときはそうであります。或いは社会通念上非とせられていたものを昨年の争議を経験上、社会通念が不当なりと成熟したもの、例えば電源スト、停電スト、こういうものをやはり明確化いたしますのがこの法律の趣旨であります。これを明確にするということによりまして、一つの意思の強要的な規律ができない、そこで先ほど申上げましたように、本来不当であるということは、昨年の際政府声明にもあるのでありますが、そういうふうになつておりましても、労働争議であればその違法性が阻却されると、こういうふうに考えておる人もありますの「で、これは労働争議としてでも刑事民事上の免責を得ない、或いは不当労働行為の保護を受けないということを明確化する趣旨である、こういうことであります。
○吉田法晴君 これはもう少しやらんと納得が参らんと思いますが、私はここで質疑をいつまでも続けようと思つてはおりませんが、今まで不当であつた、違法であつたという政府の説明、これについて争いがございます。或いは委員会においても争つて参りましたが、政府はこの法律案を提出して、前もこの法律の内容と同じである。そんならこの法律を特に立法する必要はどこにあるか、或いはこの法律が出なかつたとしても、政府説明によると違法である或いは不当であるということが直るわけではない。こう言われるならば、どこにもこの法律を特に立法しなければならんという理由が出て参らん、そこを申上げておるのであります。それから先ほどもございましたけれども、これは労働政上の解釈を明定したと言われますが、運用に当りましては、この間から明らかになつたように、或いは鉱山保安監督局なりそういう行政部門でおやりになる。そうするとこれもあとで問題にいたしますけれども、争議に当つて今まで勧告をされた、この間九州の電産の争議が行われるか行われんかというときに勧告をされておりましたが、そういう勧告をする、その勧告の内容が多少違つて参るかは知れませんけれども、実際にはその程度であると私は実際問題として考える。そうするとこの法律を特に立法しなければならん理由というものはどこにもないように私どもには考えられるのでありますが、そたについての労働省の御見解を承わりたいというのが関連質問のただ一つの点であります。
○国務大臣(小坂善太郎君) 従来とも不当であるという解釈を政府は持つており、例えば保安要員の引揚げなどについても持つております。併し保安要員引揚げをするかも知れないという状態であるから、そこでこの法律によつてその解釈を明確化する、解釈法規というようなものによつてこの違法性を明瞭にする、こういう必要が現実にあるわけであります。例えば停電ストについても或いは電源ストについてもそういうものが合法であるという主張がある。でございますから、労働争議としてならば合法であるという主張もある。そこで、そうした現実の必要に基いてこの法律によつて明らかにする必要がある、こう思つておるわけでございます。
○吉田法晴君 それでは争いがあるとお認めになつて、その争いについて解釈を一定するということで、問題は、その争いを明らかに今後して行かなければなりませんし、それから実体については政府としては変りはない、この点だけだつたと思うのです。その点についてはなお今後質疑を通じて争いを明らかにして参りたいと思います。今日の質問はこの程度でやめます。
○梶原茂嘉君 私は大臣の御説明では本当のところ十分納得はできないのであります。行政解釈上正当でないということであつても、それは先ほどお答えのありました通りに行政上においても法律的の効果のある措置は現行法においてはとり得ないのであります。例えば行政上不当と認めれば、組合であれば労働組合に対してそのストの停止を命ずるというような規定でもあればこれは別でありますが、何らそういうことはない。従つて行政上これは不当であるということを単に声明するに過ぎないのであつて、法律的には何らのエフエクトは私はないと思う。又、社会通念が非とする、これはあり得ると思うのであります。社会通念がどうもこれはよろしくないということは当然にあるのであります。併しこれは一つの社会通念であつて、それが成熟したから正当ならざるものとなつて、そのこと自体が法律的の効果をもたらすところの違法になるということは、これは法律通念としては私はあり得ないと思う。従つて今回の立法によつて違法性を創造した、クリエートしたということであろうと私は思うのであります。違法性をこの法律によつて作り上げた。作り上げるについてはそれは社会通念も非と考えている、或いは行政上どうもこれは正当ではないと思う、それはそれでいいのであります。法律的の効果として違法性を作り上げたのは私はこの法案自体であると思うのであります。これは主として電産の不作為の場合を考えるとよくわかるので、私はそれを主として対象にして言つておるのであります。従つてこれは見方の相異、考え方の相異だから私はこれ以上申上げませんけれども、先ほど言いましたように社会通念が成熟したから法律的の効果を持つ、違法性ができるとは思わない。又行政解釈上違法だと言つても、それで直ちに違法性ができ上るものでも現在の労働法制においては私はないと思う。従つてこの法律によつて初めて明確になつたのではなくて、初めて違法性ができた、こう私は見るのが法律通念ではないか思う。この点はむしろ労働大臣より法務大臣なり或いは法制局長官の御意見を伺うのが至当だろうと思いますので、今日はこの程度で打切つておきます。
○委員長(栗山良夫君) 本日はこれで散会します。 午後零時五十五分散会