文部委員会 第6号
- 発言数
- 64 件
- 登壇者
- 8 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1953/07/10
会議録
○委員長(川村松助君) これより文部委員会を開会いたします。 それでは文部大臣の説明に対する質疑を行います。順次御発言を願います。
○大谷贇雄君 過日大臣から文教に関しまする御方針の説明がございまして、経済自立をするにも道義の振興が極めて肝要である。従つて学校道徳教育の振興をせしめたい、こういう御意見でございまして、私も全く同感でございます。そこで道徳教育の、このうちお話を承わつておりまするといろいろな徳目について研究なり、又不日答申があるから、それについて方針を決定をしたい、こういうお話でございますが、私は道徳教育の根抵として国民全体の宗教的な情操の陶冶ということが極めて大事であると存じておるのであります。従つて無論学校におきましては宗教教育はできざることは当然でありまするけれども、その情操を涵養し陶冶をするという点につきましては、これは憲法、教育基本法等の精神からも差支えのないことであり、又積極的に奨励をすべきだと思いますが、それに関しての大臣の御意向を承わりたいと思います。
○国務大臣(大達茂雄君) お答え申上げます。お話になりましたように、学校教育の面におきましては特定の宗教を教育の内容に盛り込むということはできないのでありますが、宗教はそれぞれの民族の道徳観念と申しますか、倫理生活に従来非常に密接な関係を持つておつたことは、これは申上げるまでもないことであります。その意味から宗教の社会生活におけるさような地位につきましては、全般の教育としてこれを無論尊重して行かなければならんと考えております。
○大谷贇雄君 只今のお話は宗教の社会的な価値、並びに貢献については無論学校教育でも尊重しなければならんと、こういう御意見でありますが、それは無論当然のことでありまするけれども、宗教的に情操の陶冶をするということは、私は今日の青少年のみならず、一般社会においても極めて肝要であると存ずるのであります。これはすでに安藤正純氏が文部次官でございましに時分に、昭和十年だと覚えておりますが、宗教的情操の涵養に関しての訓分を詳細に亘つて出しておられます。又その後に、終戦後におきましても、これは生きておるという点につきまして、重ねて文部省からこの点に関しての表明があつたと思います。更に終戦後の本国会におきまして、これは本会議の席上、一般社会国民の宗教情操陶治の決議案が出されておるのであります。更に又教育刷新審議会の答申におきましても、学校教育、社会教育、又家庭教育における宗教的情操の陶冶の尊重すべき、又奨励すべき点についても答申がなされておるのでございます。その点について承りたいのであります。
○国務大臣(大達茂雄君) お答えいたしますが、宗教的な情操を涵養するということは、国民のそれぞれの人格の完成という点から言えば極めて重大でありますので尊重しなければならないと、こう考えておりますが、これは勿論宗教的な活動というものはそれぞれの宗教団体においてそれに当つておられるのでありまして文部省といたしましては勿論特定の宗教というものに偏つた態度をとることは許されないことであります。一般的に見て宗教的な情操を涵養するということが大切であるということは異論のないことでありますが、従つて文部省といたしましては、いわゆる宗教団体、民間宗教の活動せられることに遺憾のないように期したい、こういうふうに考えておりまして特定の宗教に偏ることは勿論許されないと思います。その辺が宗教的情操の涵養と申しましても極めて漠然としたことであつて、空想になりやすいという点があると思われます。これらの点は今後なお実際問題としてさような制約の下に宗教的情操を涵養するということに努めて参りたいと、こう思います。
○大谷贇雄君 大臣のお話は一般の宗教団体のする宗教活動と宗教的情操の陶冶ということの区別がはつきりしておらんと思います。人間にとつて宗教的情操の涵養ということは当然なことであり、従来文部省におきましても先ほど来申しまするように各界の意見等を採択いたしましてそうして学校教育におきましても無論特定の宗教を教えるというようなことは、これはフランスの例にならいましても明らかに禁止をすべきことでありますけれども、道徳教育の根抵として神仏を敬う、更に敬虔な心持を持つて行くという宗教的な情操の涵養ということは当然必要なことだと思いますので、そういう点について大臣が深い関心をお持ち下さることを御要望申上げたいと思うのであります。なお従つて大臣の宗教活動を学校でいかんということは当然なここであります。宗教活動自体のことを私は申しておるのでなしに、青少年の道徳教育の重大の要素としての宗教的ば情操を涵養するということについての御意見を承わりたい、かように申しておるわけであります。
○国務大臣(大達茂雄君) 仰せになりよすように、私は道徳教育の一環として宗教的情操を涵養するということは極めて大切なことであると信じております。これはどういうふうに具体的に現われますか、それらの点につきましては今後とも努力をして行きたいと思います。
○大谷贇雄君 なおその問題につきましては更にお尋ねを申上げたいと思いますが、今日は午前中だそうで、なお他のかたからも御質問があると思いますので、この程度にいたしておきまして、その他一、二お伺いいたしたいと思いますが、大臣、この頃のお話では社会教育の振興をいたす、こういう御方針も仰せになつて私どもといたしましては非常に結構だと思つておるのでありますが、それで今回予算にも青年学級の問題につきまして予算が計上をされておりますが、この青年学級を開催いたすのは主として公民館がこれを取扱う。今日公民館は戦後急速に発達した地域社会教育活動の中核をなすものだと思うのでありますが、この公民館運動に対して大臣の御所見を承わりたい。
○国務大臣(大達茂雄君) 仰せになりまするように、公民館は特に終戦後発達して参つたものであります。これが各地域々々における社会教育の中心的な立場に立つておるのであります。これは申されますように近頃発達して参つたものであります。その点まだその利用と申しますか、活動の面において十分じやないものがあります。又地方におきましては公民館の施設そのものにも不備があると思います。これらにつきましては今後十分にその使命を達成して行くことに相成りますように折角指導して参りたい所存であります。
○大谷贇雄君 次に今回初めて幼児教育の重要な点を御勘案になりまして、公立幼稚園に対しまする施設整備費の計上をされておりますが、私は従来幼児教育に対しまする文部省の力の入れ方が非常に少かつたと思うのであります。今回多少でも予算上に計上されましたということは非常に喜びに堪えない次第でありますが、これに関しまして、ここには公立幼稚園に対してのみ計上されておりますが、殆んど全国の幼児教育の機関は私設団体、私立がいたしておると存じます。これに対して将来私設幼稚園に関しても助成の御意思があるかどうかということが第一点。なお幼児教育を取扱います所管は文部省とそれから保育園を取扱つておる厚生省という二本建になつておる。これが地方では非常な錯雑をいたしておる。保育園はもともと、社会福祉の一環としてなされておるのでありますが、殆んどその内容に至つては幼稚園並びに保育園は同じようなものである。従つてこれは教育的な立場から取扱つて行きませんというと、幼児の教育上ゆるがせにできない問題が起ると思うのでありますが、これに関しましての文部省としての御意見があらば承わりたい、かように思います。
○国務大臣(大達茂雄君) 御承知の通り、戦後義務教育制度と申しますか、六・三制度と申しますか、十分な用意をすることなしに発足した感じがありました。今日におきましても義務教育の面において制度は所期しておるような事態にまだ到着していない。従つて従来文部省といたしましては、この教育の中核である義務教育の自立性ということに力を注いで参りました関係上、幼椎園その他幼児の対象とする教育の面におきましては遺憾の点があつたかと思いますが、本年度の予算におきましても六百五十万円程度のものが漸く公立学校の幼稚園の設備として計上されております。無論これを以て十分とは言えません。御指摘の通り私立のものが多いのであります。これにつきましては今日ではその点御存じの私学振興会というものを通じまして、そうして資金の融通をするという方法を講じておりますが、なお今後もその助成についてできるだけ努力をいたします。かような考えであります。それから厚生省との関係、これはまあお話になりまするように極くまあ幼児でありまして、その点、厚生省関係の方面で考えるべきものもありますし、同時に又教育関係においても考えなければならないということでありますが、今後これはできるだけいろいろ調整いたしまして、成るべく統一した方針の下に幼児の教育がなされますように、今後とも努力するつもりであります。
○長谷部ひろ君 先だつて文部大臣からいろいろ教育行政一般の問題についての所信をお伺いいたしまして、ほんとうに共鳴するところが多かつたのでございます。昨日来いろいろなかたが御質問になりまして、私もちよつと中座をしましたけれども、大体のところを伺つておりますので、今日は質問というよりも、文部大臣に私聞いて頂きたいことがあるのでございますが、文部大臣先だつて道義心の高揚とか愛国心の振興とかいうことをおつしやいましたが、非常に結構なことで、これは飽くまでも時代に即したもので、正しい人間としてのあり方、それから特に社会人としてのいろいろな要素、そういつたようなものの正しい考え方をどうしても子供に教えて頂かなければならないと思つているのでございます。そこで学校の先生の問題になつて来るのですが、学校の先生が子供を指導するのに非常に不適当なかたが多いというように私伺つております。そこで先生の生活というものについてもう少し聞いて頂きたいと思うのであります。私の周囲に幾多の先生がおられますけれども、その先生の給與ベースでは本当に最低の生活ができない現状にあるのでございます。そこで先生が学校から家庭にお帰りになりましても、大抵のかたはアルバイトをしておられるんです。そのアルバイトが、筆耕をしている先生もありますし、絵の上手なかたは活動の看板を描いていられます。それから又塾を開いておられるかた、そして家庭教師になつているかた、さまざまなアルバイトをしておいでになります。こういうかたがたは心身ともに疲れて、翌日又学校においでになりましたときに、子供の魂の中に訴えるような御指導がおできになるかどうかということを本当に考えて頂きたいのであります。で、私ども子供の頃の先生は非常に人格の御立派なかたで、そうして知識も高い。私ども今でもその先生がたの教えというものが自分の身に本当にはつきりついているというこをよく知つているのでございます。今でもその先生がたがそういつたようなアルバイトをしないでも生活できるだけの給与ベースになつたならば、必らず、やはり御勉強もなさることができますし、衣食足つて礼節を知るといつたような諺もあります通り、やはり先生がたでも本当に子供の気持の中に融け込んで、子供の教育に専念して下さるかたが多いと思うのです。そこを大臣に本当にお考え頂きたいと思います。 それからもう一つ、子供の躾というものは学校の先生だけに任しておくことはできないので、やはり家庭の教育と社会の教育という三つのものが一本にならなければならないと思います。そこで今家庭で以て母親が子供の教育に専念できないような実情にあるということは、やはり家庭の経済が絡まつての一つの面にもなりますけれども、私が先だつて或る場末の映画館に参りましたときに、その観衆の三分の二を占めているのが小学校の上級生と中学校の下級生でございました。上映されている映画は本当にあくどい卑猥なものであるとか、西部劇というようなもので、そういつたような映画から白紙のような子供の美しい気持の中にどういうふうに大きく影響して来るかということを考えたときに、本当に恐ろしいと思うのです。映画館に子供が行かなければならないようなその状態というものはやはり母親は子供が家庭におりますと非常に手足まといになるというのは内職をするからなんです。そこで子供に完全な、本当に健康な遊び場所もないということも一つの問題ですし、子供が自然にそういう場所に行つて見て来る映画が、そういう変な映画なんでございます。そこでこの映画というもののお取締りもやはり一つ考えて頂かなければならない。子供の遊ぶのにも西部劇の真似をするものもよくありまして、或る中学校なんかではパチンコといいますか、ゴムテープの先に石をつけてそれを放すのでございます。それで怪我をした事実に対して、先生は子供に注意をなさいましたけれども、何故そういう遊びをするかということは御注意にならん。それはやはり映画の影響もございますし、今若い青年男女がああいつたような無軌道な状態におりますのもやはり映画の影響とか、それからああいう非常に卑猥な本、そういったようなものの影響が多いと思いますから、そういつた面のお取締りも一つして頂かなければならないと思うのであります。そこで子供に道義心を持たせる、本当に正しい愛国心を植付けるということも、やはり学校と家庭と社会と、この三つが一環とならなければならんと思うのであります。以上お伺いするというのじやなしに、日本の母親の気持というものを大臣にわかつて頂きたいと思つて申上げたわけであります。
○国務大臣(大達茂雄君) この学校の教職員の給与が非常に少いがために、先生がたが自分の尊い教育の使命に専念することができない、これは御指摘の通りの事情であるわけです。文部省といたしましても、できる限り従来とも教職員の待遇は向上いたしまするように、御承知の通り、国庫負担によつても漸次増額することにいたしまして、その点の改善に努めておるのでありますが、併し今日非常な窮乏な状態におりますのは、ひとり学校の先生がただけというのではなくて、これはもう殆んどいずれの面におきましてもさような状態が現われていると思うのであります。これは結局我が国が戦いに破れて非常ないわば窮乏のどん底に陥つておるということから来る現象であろうと思うのでありまして、只今御指摘になりましたように子供の家庭教育にいたしましても、お母さんがたがやはり内職をするとか家底の経済的な苦しい状態にあるために、子供の教育にも十分気を付けてやるということはできないのです。さような点は大きく申しますると、やはり日本の経済は徐々にでも回復をいたしまして、国民の生活水準が上り、又国民の個々の家庭の経済、又各職場職場におる人々の経済状態が向上するということに待たなければならん問題であると思います。併し御指摘になりましたように、特に教職員の仕事が重大であるという点から見まして、文部省といたしましては極力これを改善、向上を推進して行きたいと、かように思つております。殊に今日は一種のいわば社会的混乱が起きておると思います。これも漸を逐うて平生と言いますか、秩序を回復しつつあると思いますが、さような関係で、特にこの子供の教育の面におきましては、これを野放しにいたしておきますというと、その社会環境から来る影響が非常に強いのでありますから、その点全くお話のように学校、家庭、そしてこの社会と、三者一体になつて子供の前途を見てやる、こういうことでなければならぬと思うのであります。社会の状態がさようなことであり、日本全体が非常な窮乏な状態でもある、そこでこれはなかなか思うように参らん点があろうかと思います。極めて大事な点でありまして、私といたしましては、家庭において戦争前のような気持でなしに、自分の子供を学校に預けておいて、それでもう安心だということでなしに、殊に家庭の主婦のかたがたに、その意味で子供の教育にもう少し力を入れて頂きたい。これは実情はなかなかむずかしい点があろうかと思いますが、これはよその子ではない、自分の子供のことでありますから、その点に家庭の主婦の自覚と配慮を促したい、かように考えております。それからこの社会教育の面で映画に子供の教育上面白くないものがあるということでありますが、これも私はそうであると思います。ただ終戦後の何と申しますか一種の指導原理といたしまして、広く映画にいたしましても出版にいたしましても、言論にいたしましても自由というものが非常に強調されておるのであります。従つて映画の検閲制度におきましては、この映画が悪いとか.いいとかいうことを簡単に殊に役所の側からこれをいい悪いの区別をさせるということは、これは一面から申しますと、やはり今育ちつつある自由というものをその芽生えにおいて抑えつけるような、その点に目前の利害はあるわけでありますが、やはり今日では映画の取締と申しますか、根本的な検閲問題でありますが、これは今日はその意味においてできない実情でございます。そこで成るべく文部省といたしましては、教育上こういう映画は誠によろしいというようなものにつきましては、これを推薦をして学校の先生方にそういう映画を子供に見せるようにして頂きたい、こういうような考え方で、そういう方法を講じております。映画を作りまして又これは悪いから、これを見せてはいけないということは、これは学校の子供を扱つておる先生の良識と子供を現実に見ておられる家庭の両親という面で、悪い映画は余り見せないことを強く希望している次第でございます。
○長谷部ひろ君 大臣のお話、よく分つたのですけれども、先生の給与なんですが、それが先生だけの問題でなくて、今、日本の経済状態がこういうのだから、一般が全部低いのだから耐乏生活をしなければならないというようなお話でしたが、それはよくわかつておりますけれども、併し私本当に人間を教育するということが根本であると思うのです。それにはいい先生をやはり多く採用しなけれぽいけない、それにはやはり先生の最低の生活の安定の確保だけはしなければならない。ですから、やはりこの給与の問題に来るわけなんです。そこで、本当に私は率直に言いますけれども、本当にもう少し教育予算というものを殖やして頂くことができないのですか。私が素人考えで考えましたのは、この国防費というようなものをもう少し教育のほうに頂きたいのです。本当にそういうところから出して頂けるのじやないかと思いまして、それを教育予算の上に頂けたら随分みんなが仕合せになるのじやないかとこう思つているのです。
○国務大臣(大達茂雄君) 学校の教職員の給与をできるだけ引上げたいということは全く同感でありまして、今後とも私ども努力を続けて参りたいと思つております。ただ予算の中のどの点に冗費があり、どの点に節約の余地があるというような点については、今日国家の財政の面は御承知の通り極めて窮乏しております。でありますからして、楽な予算、これは国民全体の経済が低いのでありますから、国にとつてもその基盤に立つ以上、国の財政も極めて貧弱であり、底が浅く、従つて今日の予算がやはり絶対必要、こういう以外にさような冗費とか節約の余地というものはなかなかない、こう考えるのが当然であろうと思うのであります。これはただ人々の意見によりまして、この点が大事だからもつと殖やせ、この点をもつと緩めたらどうだ、これはそれぞれの意見としてあろうと思うのであります。それは第一には予算を審議をされる国会で、その点を篤と御検討を頂くほかはないのであります。
○長谷部ひろ君 もう一言だけ、それで今度愛知県は富裕県の中に入つているのですけれども、愛知県だから言うのじやないのです。どうぞ一つそういう差別をなさらないで、同じに二分の一負担して下さるなら、富裕県だけについてそういうお考えをなさらないで、平等に一つして頂きたいと本当にお願いたします。
○国務大臣(大達茂雄君) この富裕県についての義務教育負担の特例法というものは、これはただ現在の府県の間に非常に財源が偏つておりまして御承知の通り非常に窮乏しておる県もあるし、それから比較的に余裕が、余裕があるとは言わんけれども、よそより困つていない、これは数字の上でそう出て来るのでありますが、そういう県につきまして特例法を定めて来たわけでありす。教員の給与をますますできるだけ上昇してやつて行きたい、こう思つておるのであります。これらの府県におきまして、これはまあ政令の問題でありますが、他と比べて非常に現在の給与が高いのであります愛知県におきましては東京、大阪、そういう方面に比ぺて非常に高い実情でありますので、この高いのをとめるという意味はちつともない。これは高い給与を出して頂ければそれに越したことはないのです。併し国としては全体の公正を保つ上から言つて、国の負担する限度を或る程度で抑える、こういう趣旨であります。
○長谷部ひろ君 今大臣のおつしやつたお言葉の中にちよつと聞きとれないところがあつたのですけれども、高いというところが。
○国務大臣(大達茂雄君) これは、政令の話は別ですが、給与に関連してお話でありますから申上げたのでありますが、いわゆる富裕県のうち東京、大阪、愛知と、そういうほうは実は他の府県と比べて従来教員の結与が著しく高い府県である。この高く支出されておるということは非常に結構なことであります。これは是非とも続けて出して頂きたいと思うのでありますが、併し他の府県と比べて非常に高いものですから、これを或る限度で抑えまして、そうして国庫負担の金額はその程度でとめる、こういうことになる。これは只今申上げまするように、主として地方の財政の不均衡の点、それと国家財政の点、こういうふうな点から来ておることでありまして、私どもとしては止むを得ないことである、かように思つております。
○長谷部ひろ君 それは御尤もなお話でございますけれども、やはり富裕県と申しましても実情はそうじや絶対にないのです。それはもう本当に今までだつて二部教授が解消できないところがありますし、老朽校舎もたくさんございますので、先生だつてそういう実態でございます。ですから本当にみんなが給料が最低の生活をできるだけ全体としてそういうふうにならなければならないのでございますが、特別なそういう措置を講ぜられるように、そのお考えだけをどうか一つ是正して頂きたいと思うのですが、私の質問はこれで終ります。ほかのかたもたくさんおありになりますから。
○須藤五郎君 今長谷部議員がエロ、グロ映画が氾濫して、そのために子供の教育に非常に困ることが起つておる。これは全く私は同惑ですが、これに対して何とか法的処置をしたらどうかという意見が長谷部君から出ましたが、それに対して大臣は自由の立場から、それを法的に検閲制度などはやらないというお言葉だつたのですが、そういうふうに確認していいわけですか。検閲制度は絶対にやらないというふうに。
○国務大臣(大達茂雄君) 検閲制度は今日廃止せられております。それが他の刑罰法令その他に引つかかつて来るのは別ですが、一般に検閲制度は取りやめになつておるのが今の現状です。従つて文部省といしましては文部省が教育上の見地から見て好ましくないという映画がありましても、それをとめる力を持つておりません。これはただ直接児童の教育に当られる先生がた、家庭のお母さんがた、こういう人の良識に待ちたい、こういうふうに考えております。
○須藤五郎君 私も検閲制度の復活には反対する一人です。ですから検閲制度をとらないという大臣のお話に対して私同感なんです。それでは検閲制度をとらないで、この問題をどういう方法で解決するということになりますか、それに対して大臣の御意見を伺いたいと思います。エロ・グロ映画に対してお母さんたちが子供に対して話して、行かないようにする、こういうことで実際に効果が達成するかどうか。
○国務大臣(大達茂雄君) なかなか的確な効果を期待する方法は只今ないと思います。文部省といたしましては一応教育に当つておる関係の人々に、そういう点についての指導、助言と申しますか、そういう程度のことをしたいと考えております。
○須藤五郎君 中国が今の中国になる前、蒋介石政権のときにおいてもいわゆる映画のボイコツトということですが、そういうことをやはりやつたということを聞いておりますが、日本の学校の先生なり或いは労働組合なり、或る組織でこういつた日本にとつて好ましくない、いわゆるエロ・グロ映画、教育上好ましくない映画が上映された場合に学校の先生たちがこの映画は面白くない、あの映画は観に行かないという申合せをしてそれを生徒に宣伝する、家庭にも宣伝するということを積極的にやる場合、これは問題なしに文部大臣がそういうことに対して賛成をしてもらえるかどうか。
○国務大臣(大達茂雄君) 学校の教職員諸君が不良な映画を子供に見せないように連絡をとつて指導されることは非常に結構なこととと思います。そのこと自体は異論がない。ただ問題はこの映画はいいとか、この映画は悪いとかという判定を下す場合に、これが一般の社会的な良識から見て妥当であるということが前提であるということは勿論であります。併し教職員が児童を教育して行くというその責任のある立場から家庭と連絡をとつて子供に悪い影響のある映画を見せないように指導すべきである、これについては誠に結構だと思います。
○須藤五郎君 これが具体的になりまして或る映画館、甲という映画館に今こういう映画がかかつている、この映画は児童の教育上おもしろくないからこの映画は見ないようにしようじやないかと、そういうふうに学校で申合せをする、又PTAの中でそういう申合せをするということは、そこで営業上の立場から営業妨害という問題にぶつかつて来る、その場合文部大臣は教育上のの立場に立つて飽くまでそういうことを守られるかどうか、そういう熱意を持つていらつしやるかどうか。
○国務大臣(大達茂雄君) やはり映画を見る見ないということも人間の自由でありますから、これを強制するところまで行つては行過ぎであると、こういうことになるのじやないか。ただ指導の常識上至当と考えられる範囲において見ないように子供を指導して行く、又家庭とも連絡をとる、これは私は差支えないと思います。
○須藤五郎君 そこでもう一つ伺いたいのですが、今、日本の映画会社で一年中に作る映画で封切されるものは大体二百二、三十本、それから外国から入つて来る映画の本数もこれと同じ本数が輸入されておる。而も外国映画二百二十本のうちアメリカ映画は百五十何本という大多数を占めておるわけであります。ところが今日長谷部先生が御心配になつたいわゆるエロ・グロ映画の大多数というものはアメリカ映画が占めておる。日本映画というものは戦後一時非常に悪い傾向を辿つた、ところが、最近良心を取戻していい傾向に向いております。日本の映画会社で作つたもので児童が見ちいけない、子供に絶対に見せていけないというものは非常に少数になつた。ところがアメリカ映画こそ日本の児童に見せて好ましくないというものが大多数である。ですから本来ならばアメリカ映画の輸入を制限しなければならない。どういうものかあなたの所属しておる政府はアメリカ映画に対しては非常に無制限に、権利を認めているのか存じませんが、ほかの外国の映画は非常にやかましく言つて、アメリ力映画は百五十何本も入れておる。これが日本の教育上非常に害毒を流しておるということを長谷部先生も御承認になつておる。これは当時のPTAでも問題になつている問題で、フランスや、イタリーや、英国や、ソヴイエト或いはほかの国々が制限されておる。英国やイタリー、フランスは一年十五本くらい、ソヴイエトは僅かに一本か二本しか入つていない。ところが我々の立場から見ると英国や、フランスや、ソヴイエトの映画は何ら児童に悪い影響を与えていない。非常に道義的であり又芸術的で非常に質の高いものである。アメリカの映画は本当に何ら芸術的な価値がない三文の価値もない。その狙うところは実に馬鹿げたものである。それが日本に非常に悪い影響を与えておる。それに対して文部大臣はどういう処置をしようとお考えになつておりますか。
○国務大臣(大達茂雄君) 私はまだ実は余り映画を見ておりませんので、実際のことは知らない。従つて申上げることが抽象的になりますが、お話のように日本映画はだんだん変なものが少くなつていいほうに向つておるということも承知いたしております。それから外国の映画につきましては、これも余り教育上、風紀上面白くないというようなものこれも検閲制度というものがないのでありますから、外国映画であろうとも、日本映画であろうとも、これはいけないと極印を捺してこれをとめることは、少くともその関係において、為替とか何とか別面で制限することは、これは別問題でありますけれども、その意味で検閲するということはできません。又検閲の結果さような映画の輸入をとめる、そういう意味で輸入をとめる、これは現状上できない相談になつております。事実上は映画に関する協会というものができてお互いに自粛して、余り変な映画は入れないことにしようという、何か協会ができておるようであります。そうして遂次これは業者の良心的な考えに待たなきやならん。承知の上でこれは儲かるというので余り変な映画を入れるというようなことがないようにお互いに申合せて行く、これが漸次余り変な映画は入らんようなことになる一つの準備だろうと思います。私は先ほどから申上げるように私ども文部省といたしましては、これに対してどういう対策を考えるかと言われるけれども、この映画はいけない、入れちやいけない、こういう立場はとり得ない、これは検閲でありますからこれはとれない、まあ映画に限らず出版物、絵画なりについても同じだろうと思います。
○須藤五郎君 僕は大臣の考えは少し甘いと思います。そういうことじやとても駄目なんです。ですから要するにあなたたち政権を握つているもののやることはそういうことなんです。外国映画の大多数、エロ・グロ映画がすべて占めるようなアメリカ映画でも全部が悪いとは申しませんが、いい映画も少数はありますが、併し非常に悪い映画を大量に入れるということが問題なので、日本映画の育成に努力して、百五十本を少く制限して、そして欧洲映画をどんどん持つて来られるのがいいんじやないかと僕は思います。一つそういう手続きを取つて頂きたい。それと日本映画の育成に努力して、もう少し日本映画に補助金でも出してどんどんいい映画を作らなくちやならん。すなわち教育映画などというものは今文部省は余り金を出しておらないと思います。いい映画をやろうと思つても作れないんです。だからそういうところにどんどん補助金を出して、子供たちのためにいい映画をどんどん作らしてやる。そういうような施策を練つたらどうか、特にそうでもしなければ、あのアメリカ映画の悪貨を駆逐するということはなかなかむずかしいことですから、是非そういうことを突込んで考えて頂きたい、そういうふうに考えております。
○国務大臣(大達茂雄君) これは予算の問題でありますから、なかなか思うように参らん点があると思いますが、文部省といたしましてはいい教育映画というものは作つておる。又民間の映画につきましても、これは教育上非常によろしいというようなものについては、まあ何と言いますか、認定と言いますか推薦と言いますか、そういうこともしておるのであります。まあできるだけ予算を取つて教育上いい映画がどんどん出ることによつて、余り子供が悪い映画などを見ないようにして行きたい、こう思います。
○須藤五郎君 私文部省大臣の教育方針に対するお話を九州に行つておりまして聞き逃しまして非常に遺憾に思つておりますが、それはよくあとで速記録なんか調べまして一般の方針に対しましては質問したいと思いますが、今日はこれで。
○木村守江君 時間がありませんから簡単に御質問をいたします。 次に教科書の問題であります。御承知の通り教科書が検定制度になつて五年になりますが、この現在の検定制度をこのまま現在のままやつておつても果して教育上に支障なく、又これでいいかどうかということの一つお考えを伺いたい。
○国務大臣(大達茂雄君) 又検定制度で今日やつておるのでありますが、第一に非常に教科書が高くつく、父兄の負担が重いというようなことがここに強く指摘されておるようであります。そこでこの点につきましても最近は教科書の定価の問題までも考慮に入れて検定をしておると、こういう実情であります。この内容につきましては、これはなかなか見る人によつてそれぞれ意見があると思うのでありますが、特に非常に不都合であるというようなことは私はまだ余り承知しておらんのでありますが、ただ私ども実際子供の持つている教科書を見ましても非常にむずかしく、私どもが学校で教わつたのとは教わり方が違うかもしれませんが、書いてあることを見ますと馬鹿にむずかしいことが書いてあるかと思うと、非常に他愛もないことが書いてある。これは私だけの感じでありますが、これも国定にでもすれば大変値段が安くていいということになりますが、これはどうもやはり画一的な教育になるという点から、新制度の趣旨から言いましても急速にこれを採用することはできないと思います。現在の検定制度をなるべく害のないようにして行こうという考え方をしております。今度法律案として国会に提出しておりまするけれども、従来とても当分の間ということで文部大臣が検定しております。今後も当分の間ということでなしに続けて検定を文部大臣がやる、そういうふうにきめました。これは検定があつちこつちばらばらになりますと、これもやはりいろいろ困つた問題、面倒な問題も起る余地が出て来ると思います。文部大臣で検定は一元的にするということによりまして、漸次現在の検定制度によりいろいろな困つた点等があれば、これについて文部省の責任においてだんだん改めて行きたい、さように存じております。
○木村守江君 只今大臣が鮮明されたように、実際現在の義務教育に関係する教科書を見ますと内容が昔とは変つて来たことは勿論でありますが、非常にきれいだという点では大変いいとは感じておりますが、実際の面で小学校で五百円から六百円、中学校で九百円から九百二十円というような状態では、これは相当児童を持つ父兄の負担が大きくなつて来ると考えるのです。教科書の高くなる原因を探究した場合に、これは検定制度に名を籍りまして発行部数が非常に少いということと、それから或る程度値段が自由にされておる関係上これは相当高い。それからいろいろな会社がいろいろな方法で宣伝運動をするというようなための経費も相当かかりますので、そんなことを考えますとその高くなつておる原困というものは、これは非常に教育に少くとも関心を持つものは考慮しなければいけないんじやないか、高いためにその内容がよくなると言うのだつたらこれは問題がないのですが、高くなる原困というものは、教育の効果に余り直接関係のない要素が高くしておるんじやないかということから考えまして、そういう点からも一応現在の検定制度をままに放任するということは考えるべきじやないか。それから内容の面から申しますと、実際は展示会が十日足らずで各学校からその展示会に教員を送りまして、その内容を検討するということになりますので、実際十日間で二百種から二百五十種もある教科書の内容を仔細に検討して、それがいいか悪いか、決定できようがないと思います。私も実際この問題に関係しておりますが、展示会に出席する教職員、教育関係者は何と言うか、一口に言いますと、とても感じのいいやつに是非やろう、あの教科書の紙は悪いからやめよう、あれは画が立派だからあれにしたのだというようなことが、決定する大きな要素になつているのじやないかということを考えますと、これは両方の点から考えまして、算数と国語、社会科のような時々刻々に変わる問題は別ですが、そういうようなものについては、都道府県で大体同じような方針でやるとか、大綱的に同じような方向をとつてもちつとも差支えないんじやないかと思います。別に日本の国語は東京も北海道も、青森も九州も違わんし、算数という問題もそういうふうに変わるべき問題ではないと思います。社会科の教科書の問題は別ですが、算数と国語の問題については、或る程度やはりこういうような方針をとつたほうがいいんじやないかというような、文部大臣或いは次官通牒にでも、ちようど今回各委員会に教職員の政治活動ですか、ああいうような問題について何か通牒を出されたという話を聞いております。新聞なんかにも出ておりましたが、ああいうふうに好意的に教育委員会を指導、助言するような方向をとられて、そうして教科書の高い内容、いいものを選んで教育の効果を挙げる方向に政府も持つて行く考えはありませんか。如何ですか。
○国務大臣(大達茂雄君) 誠に御尤もな御意見でありまして、現在検定制度に伴つて或いは教科書の不正の競争であるとかいう、いろいろ社会からも批判を受けておるようなことが非常に多いのでありまして、こういうことにつきましては、教科書協会というものがそれぞれ自粛して、余り世間から見てみつともないような批判を受けることのないように一つこの点をせいぜい指導をしておるのであります。それから今の展示会で十日や半月の間にみんな見る。これも実際できない相談であつて、こういう点におきまして改善を要する点は相当あろうかと思います。これは今後実情と合せまして、特に研究改善をいたしたいと思つております。又一部算数とか国語というようなものについては、別途の考え方で指導すればいいのではないか、これは私も御尤もに思いますが、具体的にどういうふうな、何と申しますか、なお研究いたしまして検定制度の趣旨を破壊しない限度において成るべく不都合の起られんような指導をして参りたいと思つております。
○木村守江君 この問題につきましては、大臣新らしいからわからんのですが、これは毎年起る問題で、文部省としてはいつでも考えておる、何とかしなくちやいけないといつている問題なんですがね。やはりこの際大臣になられたのを契機としまして、この問題の解決促進をして頂きたいと思うのです。特に私たち非常に苦々しい問題は教科書の売込みというものは、或いは教育委員関係者であるとか、或いは教員組合関係者であるとか、或いは教育のいわゆる大きなボスとかいうようなものが入り込みまして、どうにもできないような恰好で、本を買わされるというような実態が特にあるのではないかということを考えますと、やはりこのまま放置しますと、曾て明治三十八年の金港堂事件という涜職事件を起したような時代が又来るのではないか、そういうふうな教育の大きな疑獄を起す前にやはり手を打つて頂かなければならんのではないかと思います。これも私考えております。
○国務大臣(大達茂雄君) 誠に御尤もに思います。一つ鋭意研究して改善するようにいたします。
○木村守江君 それから学校給食の問題ですが、私はこれは今日の自立経済、食糧自給というような大きな問題から考えまして、それは食糧増産に農林省もその予算をたくさんとりまして、そして積極的に増産を図るということも非常に給構で、勿論そうしなければならぬ。勿論それと同時に日本の食糧事情のいわゆる解決には、どう考えても食生活の改善、いわゆる米にのみ依存する食生活の改善ということも図らなければ、いつまで経つてもこれは永劫に解決できない問題だと思うのです。そういうう点から考えましても、学校給食によつていわゆる国民の食生活の改善という大きな目的から考えて、将来給食の問題も大きく取り上げて行くお考えがありますか、ちよつとお伺いいたします。
○国務大臣(大達茂雄君) お話のようにこの日本の自立経済の達成という、そのうちで一番大切な食糧問題を解決するためには、食糧の増産も必要であるけれども、とにかく食生活の改善と言いますか、これが撒底して行われるということが極めて重要なことなのです。ただ長い間の慣習と申しますか、そういうこともありますから、一朝一夕に米食を或る程度抑えるということはなかなかむずかしい問題であつてーそういう意味で子供の時にめて一食はパン食にするということを身につけさせるということが一番大切だと思います。大人になつてからではなかなかむずかしいですから、子供の時にそういうことに躾けて行く、それにつけてもその意味において学校で粉食を中心とする主食の給食をするということは、これは学校の給食の面においても必要なことでありますが、大きな意味で日本経済自立の将来大きな方針とするということは誠に重大な問題だと思つております。ただ御承知の通り、今日は昨年度において給食実施のための予定された経費をまだ使い切れない、本年度においては去年二十七年度においてはまあ十六億程度でありますが、これは去年の実績がそうであるから、これは国が勧め考えたほど実際給食が行われないというのは、父兄の負担に相当上つておるということもありますし、又日本の地方々々の事情もあると思います、一概にこれは言えませんがなるべくお話のように文部省としては給食を成るべくして行きたい、そういう習慣を子供のときに植えつけておく、こういう考え方をしております。これは多少いろいろ子供の教育に資する点がありますから、これは是非今後とも拡張してやつて行きたい。ただ実際はついて来ないという現状であります。これらはいろいろ事情があると思いますが、アメリカの進駐軍物資を分けてもらつて給食していた当時に比べると、内容が悪くなつた上に負担が重くなつた。昔の言葉で言えば隘路という言葉で、要点は食生活の改善を目指すということであれば、無論国で補助をするなり、半分負担するなり、或いはこれを非常に父兄の負担を丸でなくするようなことにしてやつたんでは、私は果してどういうものかという気がしておるのです。只ならばそれを買うということになるけれども、家へ帰れば只というわけに行かないから本当に費用を負担する、国民食生活としてこの粉食というものが一般習慣の中に入り込んで行くということにならなければならんと思う。然らばどの程度に国が奨励する意昧で父兄の負担を持つかということは実情に応ずる問題であり、又その時その時の国の財政や、予算の関係で結局はきまるという問題であろうと思います。今日は只今の程度で父兄に負担をしてもらいまして、そうして今小学校ですか、半分ぐらいしかない。地方地方の実情があつて一概に言えないとは思いますが、普及するようにしたいと思います。こういうふうに考えております。
○木村守江君 昨年の予算が使い切れなかつたというのは、使い切れないような恰好に持つて行かれるから使い切れないので、これはやはり少くとも進駐軍の放出の資があつたような時代の父兄の負担と違うと思いますから、先ほど申されましたように、これは長い間の、建国以来の日本の慣習を直して、本当に自立日本としての問題を解決するものとしては、これには私はやはり日本としても大きな犠牲を講じてもいいのではないか、講じなければいけないのではないかと思います。やはりこれはどうでもいいんだというような恰好でなく、これはどうしても日本の食糧の自給ということを図るのだというようなことは、やはり食生活の改善以外に方法がないと思うのです。そういう点からも、これは勿論父兄の負担を全然なくするということは私も賛成しませんが、やはり父兄の呑めるような程度に国家もこれを改善して、子供の時代じやなくちや…、青年会は婦人会でそういうものを扱つてもやはり駄目ですから、学校の時代に子供に……。聞くところによりますと、政府は小麦がうんとあつて困つておるという話を聞くんです、こういうような現状ですから、要するに小麦を鼠に食わしてしまうなら、これを給食用に使うというのはいいことだ、国家的に、経済的に考えて使つていいのじやないかという考えを持つておるのです。これは大臣としてお考えになるべきことだと思います。大臣の時代に私どもやつてもらいたいと考えております。
○高橋道男君 大臣の施政方針の中で学術研究に力を入れるということを伺いまして、誠に結講だとは存ずるのでありますが、実際には大臣でそれをおつしやらないかたはないと思うのですが、具体的にどういうような御講想を持つておいでになるか。本日は時間もないと思いますから、そのうちで特に大学の講座の増加ということについて問題になつておりますが、具体的にどういう御講想をお持ちになつておるか、お伺いいたします。
○政府委員(稻田清助君) すでに御審議頂きましたように、本年度におきましては大学院の創設に関連いたしまして、約百名の教授を充実させることによりまして、不完全講座増設の第一年を発足いたしたわけでありますが、爾後も年次計画的にこれは充実いたしたいと考えております。大学院を置かざる大学の教室の充実の問題は、年次的に御審議を頂きました予算のように専門教育、一般教育ともに徐々に充実いたしておりまするけれども、我々といたしましてはその講座の構成等を更に科学的に研究いたしまして、目的に即するように組織して参りたいと思つております。
○高橋道男君 それに関連してでありますが、学株設置法などで大学に置くべき講座或いはこれに代わるべき制度は省令で以て定めるべしということがあるが、その省令が出ていないということを聞くのですが、実際出ていないのですか。
○政府委員(稻田清助君) この点につきましては省令を作る意味におきまして講座研究会というような名目をもちまして、現場において教育、研究に従事せられる先生がたの委員会を組織いたしておりまして、いろいろ研究いたしております。そこで一つの基準的な目途を出しますれば、先ず第一は大学院の基盤になる講座あたりから着手いたしまして、省令的に整備いたしたいと思つております。
○高橋道男君 その問題と少し離れるのですが、大学管理法案を用意されて未だこれができていないという半面において、大学の協議会に関する点について省令を出されたことを聞くのですが、これは事実なんですか。
○政府委員(稻田清助君) その通りでございます。大学管理法は先般来制定の要望がございまして、鋭意志しておりまするけれども、まあ幸い中央教育審議会ができたことでございますので、その御意見を伺つてまとめたい、こういう段階でございます。然るところ、すでに大学が完成年度になり、又大学学長その他の選挙等も行われるに当りまして、教育公務員特例法の予想いたしております大学の協議会という規定の全国的基準のない点が各大学において非常に不便とされております。ところで国立学校設置法の規定によりますれば、そうした組織は省令を以て定め得るということでありますので、その不便を除去する意味におきまして、暫定的な措置として評議会の構成を規定いたしまして、その内容はすでに大学管理法として提案いたしました評議会の内容と大体同一である、而も又従来の勅令、国立総合大学令のうちに規定しておりまする評議会の規定しておりまする評議会の規定とほぼ同様でありまして、この辺につきましては大よそ争いのないところだと考えまして、規定いたしたわけでございます。
○高橋道男君 その点につきましては、更に別の機会に詳しい御意見を伺いたいと思うのですが、私どもの見解といたしましては、評議会などに関するものは、殊にこれは省令として出される場合には相当大学の管理について束縛を与えると思うのであります。而もこれは相当政策的な面も考えられると思うのでありまするが、殊にこれまで管理法が制定されないままに、そのうちの一部に相当することを省令で出されるということと、それから先ほどお尋ね申しました大学の講座に関しては、これも私の考え方でありまするが、政策的と申すよりは、むしろ事務的に考えられる面が多いと思いまするし、従つてこれは省令によつて賄われて行くべきものだということが肯定されておりますことを比べて考えました場合に、一方は、省令を以て定むべしということについては省令を出さずに、一方法律で出さなければならんというものが省令でやろうというところに、これは文部行政として変なものが現われているということを私は憂えるのでありますが、この点については大臣から御答弁を一つお願い申上げます。
○国務大臣(大達茂雄君) 只今局長から申上げましたように、教育公務員特例法でありますか、この規定のうちにおいて、大学の管理運営につきまして評議会というものが前提になつております。従つて評議会というものはどうしても大学の管理運営について必要な機構である、こういうことになつておりまするので、どうしてもそれに関する規定を設けなければ、差し向き大学の管理の上に非常に不便がある、こういう実情であるのであります。勿論大学管理法が制定されますれば、当然これは管理法の重要な一つの内容としてその中に盛り込まるべき筋合のものでありますが、御承知のように今日まだ大学管理法が十分に政府の意見がまとまつて、国会に提出される段取になつておらんのでありまして、中央教育審議会においてとくと検討を続けておる、こういう状態であります。そこで大学管理法が制定されるまでの間どうしても大学の管理の面において必要とせられる評議会につきまして、取りあえず暫定的に省令を以て規定してあるのであります。事柄は大学の管理の面において重要な地位を占めることでありますけれども、これは大学設置法におきまして省令に法律を以て委任をせられておる事項でありますので、その問題だけを最小限度現在の大学管理の上において必要だと考えられるその問題だけに限つて、省令を規定しておるのであります。従つて法律におきまして委任の規定がありましても、これ以上の省令の範囲を拡げて大学管理法の内容になるべきことを順次省令で皆片附けて行く、かような考え方はしておらんのであります。最小限度の問題だけについて大学管理法が制定されるまでの間、暫定的に法律の委任に基いて省令で規定をした、こういうわけでございますから、どうぞ御了承を願いたい。
○高橋道男君 本日は比重の異なる問題についてそういうやり方が逆転しないように御注意を願いたいということだけに止めておきたいと思います。更に講座に関連があるのですが、旧制の時代から帝国大学であるとか、或いは他の何とか大学とかいうようなところには、正規とは申せないでしよう現在の状態では、慣例的に講座を設けてある。それから新制大学の場合には、講座とはつきり称すべきものが設けてないというような上から、予算のとり方において講座を担当するというか、講座費というものは、講座を設けてない大学よりは予算が多く組まれておるということを聞くのでありますが、その比較はどうなんでありますか。
○政府委員(稻田清助君) 大体普通の大学の講座と、大学院を置きます大学を構成いたします講座の講座研究費の比率は二倍の違いがございます、と申しますのは、やはり大学院を置きますような大学は、非常に学術研究に重点を置いております、大学院学生もありますし、そのほかいろいろ研究生等もございますので、自然研究費を充実する必要がありますので、この間に差等を設けておるという次第であります。
○高橋道男君 その場合に、教授という立場において見た場合に、講座をはつきりと設けられている大学における教授の待遇、これは待遇としては同じかも知れませんが、講座費、或いは研究費等を更に増給されるというようなことがあつて、講座を設けられてない大学の教接に、個人的な見方において差等がついておるというようなことはないのでありますか。
○政府委員(稻田清助君) 今申しましたように両者の根本的な、二倍というような差等はあるわけであります。で、ただその考え方が今申しましたように、多いほうの、大学院を置くような大学におきましては、実際において使い途が多いので殖やしておるようなわけであります。それから新らしい大学について、従来の講座制と同じような形態を設ける必要があるかどうかという問題につきましては、新制大学という新らしい出発点において教室制とか或いは科目制というような問題で今講座研究会で考えております、従いまして旧制大学の講座の組織というものを基準にして、新らしくできた多くの大学の研究費の単価を考えなければならんということはないと思つております。
○高橋道男君 新制大学としては、すべてが一つの平等な基準にすべきものだというふうに私は考える上から、そういう教授の実際上の立場において差等がつかない方策を是非早急にお立て願いたいと思いまするが、それについてどういうようにお考えですか。
○政府委員(稻田清助君) 教育機関としての新らしい大学、これは勿論差等があるべきものではないと思います。ただ現実に、そこに大学院が附置せられておつて、大学院と言つても専任教授がないわけでありますから、学部講座担当の数官が大学院の指導に当るわけであります。従つて大学院のある大学におきましては、講座に関係する研究費が増高することは当然である、そういうような場合においては、大学院のある大学と、然らざる大学との差等は止むを得ないと思います。そういう要素を除いての一般の学部の教室とか学部の科目というような意味合いにおきましては、担当教官の研究費には差等があるべき性質のものだとは考えておりません。
○高橋道男君 この問題も細かくなると思うので、又別の機会に譲りたいと思います。又新制大学としては全部が一つの平等な基準にあるべきだと私は申しましたが、文部省のお考えとして、これは大学だけでなしに、教育一般をお考えになる場合に六、三、三、四の系統のどれが重くて、どれが軽いというようなお考えは毛頭ないと思うのでありまするが、今度はその間に逆に働いて大学部も小学部も同じように考えなければならんというような上から、これが或る見方からすれば却つて不平等になつて大学の教育をなおざりにするということはありませんが、まあ弱い、殊に予算面から考えて弱いというようなことを感じることが再々あるんでありますが、そういう観点からいたしまして、以前はそういう制度があつたと聞くんでありますが、大学の管理に関しまして特別会計を設けてこれを助長するというようなお考えはお持ちになつていないかどうか、お伺いいたします。
○政府委員(稻田清助君) 大学財政を考えまする場合によく問題になりますのは特別会計制度でございまして、お話のごとくこれには相当利点がございます。我々としては非常に研究いたしております。ただ従来特別会計であつたのを廃止いたしましたのは、やはり年々いろいろな関係で政府支出金に依存する度合が非常に強くなつて参りました、特別会計が特別会計として運用せられるだけの実質を伴わなくなつたようなわけでございます。まあそういうような点は現在としてもございますので、十分これは研究しなきやならん問題だと思つております。
○高橋道男君 教育の問題はその程度にいたしまして、もう一点宗教の問題について大臣に伺いたいのであります。申すまでもなく政教分離によりまして政治と宗教とは明確に分離をされておりまするが、併し国家との関連におきまして宗教は宗教法人法によつて保護助長されるような政策がとられておるわけであります。その点政教分離ということは必らずしも政治の面から野放しにされておるという状態ではないんじやないかと思うんでありまするが、その点大臣如何にお考えになりますか。
○国務大臣(大達茂雄君) 先ほど御質問がありましたが、宗教的な情操ということが人間の生活の上の一つの潤いであり、又これが人間の道徳生活といいますか、倫理生活と極めて密接であるということは、これは過去のいずれの民族においても歴史の証明するところであります。従つて我が民族の上に裕かな宗教的情操が盛上つて行くということは極めて望ましいことであります。とにかく終戦後におきまして一種の社会的な、革命といつては大げさかも知れませんが、社会革命が起つたということに伴いまして、いわゆる政教の分離というようなこともはつきりと打立てられたことであり、従つてまあ何と申しますか、国として、宗教活動、そういう方面に対する温か味が多少なくなつているという実情は、これは私はあると思うのです。これは結局一口に申すと時勢の影響という点も考えられます。これは私としては漸次に宗教的の情操が国民のうちにいい意味で盛上つて行くということを期持もいたしますし、又そういうふうな情勢になるように努めたい、かように考えます。
○高橋道男君 今仰せられたように宗教に対してのまあ温か味が薄れているというような感じは、どうもそのまま是認せざるを得んと思うのですが、殊に政教分離というような政策の上から申しましても、終戦後政府と宗教団との間が全く冷却しているような私、感じを抱きます。これは政策の影響を宗教団体に与えるということについての配慮の上からということで、善意に解すればそれで差支えないわけでありまするけれども、一方この宗教団体のほうの状況から申しますと、或いは言葉が当らんかも知れませんが、戦前或いは戦時中というような場合には、政府との接触も多かつたために、その政府のとつている政策というようなことにつきましても、相当理解をしやすかつたのでありますが、現状においてはそういう繋りがないために、国の動きなんというようなものにつきましても私は本当の理解が足りないのじやないかというふうに思うのであります。併しながら宗教団体自体も、これは日本の国の外にあるわけじやないのであつて、宗教団体を構成している人という立場から考えれば、当然日本国の内部におきましては全部が日本人であるということも考えまするならば、政策の影響ということには触れないで、又これは警戒しなければならんと思いまするが、政府のやつていることについての或る程度の了解を与えるということは私は必要じやないかと思うのであります。又こういうことが大臣の仰せになつている道義の高揚というようなことにも、私は宗教団体自体の前進する動きの上から、相当の国民への影響を考えることができると思うのであります。そういう上から東京には財団法人日本宗教連盟というものがあることはすでに御承知でございましようが、これはそれ自体が宗教団体ではないのであります、大臣が如何に接触されようとも問題を残すことは私はないと思うので、この面から考えまして、そういう宗教団体の首脳者と会見をして、宗教団体のほうに、或いは宗教首脳者のほうに現在の国情の上から宗教信念を活かして道義の高揚に資せられるようなお考えはないかということをお伺いします。
○国務大臣(大達茂雄君) 御意見の点については、私、同感でありまして、只今お述べになりました御趣旨に副うようにいたしたいと思います。
○委員長(川村松助君) ほかに御発言がなければ本日は散会いたしたいと思いますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(川村松助君) 御異議ないようでありますから、散会いたします。 午後零時三十九分散会