水害地緊急対策特別委員会 第3号
- 発言数
- 16 件
- 登壇者
- 6 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1953/07/04
会議録
○委員長(矢嶋三義君) 委員会を開会いたします。戸塚建設大臣が先ほど本会議において災害地視察の報告をなされたわけでございますが、本委員会に出席を願つて、本会議で報告した以外の点について補足的に報告を受けたいと思います。
○国務大臣(戸塚九一郎君) 先ほど大要について御報告申上げたわけでありますが、なおもう少し附け加えて私が見て参つたところを申上げたらば、今回の被害の実情についてなお御参考になりはしないかと思つております。 実は私が向うへ到着いたしましたのは二十七日の夜十時でございました。そのときも雨がまだ盛んに降つておりました。飛行機が着陸するのに困難であつて、二、三十分間上空で下との連絡と言いましようか、というような状態でありました。 それから直ちに福岡県庁に参つたのでありますが、たまたま前日福岡県知事が久留米のほうへ視察に行つて、そのまま向うへ閉じ込められて、帰り道が遮断され途絶したので帰つて来ることができないというので、その他の関係の人がおりまして、いろいろお話を聞いたわけであります。何分これは引くるめてでありますが、通信も不能のところが多いし、又交通は殆んどいずれの方面に対しても途絶したというような状態でありまして、なお雨が続いておる。殊に筑後川の沿線、或いは遠賀川の決壊場所の附近などは、一口に言えば孤島化したと言いましようか、連絡ができないような羽目になつておつたので、十分の事情はどうしても理解するに困難な事情でありました。 その次の日には飛行機でとにかく上空から全般を見ることがいいという考えで、駐留軍の航空司令官が自分が案内すると言つてくれたのであります。ところが朝からこの日も相当な強い雨でございました。昼過ぎまで待つておりまして、結局時間がたつばかりである、雨を衝いてもというので、わざわざ迎えに来てくれまして、飛行場へ行つて一、二時間待つたのであります。これますます雨が強くなつて、到底これでは飛行も困難だというわけで、遂にその日は中止するの止むなきに至つた、で、私はそれからとにかく筑後川の沿岸に行けるところまで、どこか行つてみたいというので国道筋を参りましたが、途中で佐賀県と福岡県の県境になる大木川という川が、これは支流でありますが、これから切れておりまして、それから先へもう行けない状態でありました。そこで大体の沿岸の冠水の状態を見て帰つて参つたのであります。 その次の日には又飛行機を当てにしておつても、天候の工合で駄目になつてもいけないと思いましたので、今度は諦めて朝から鳥栖、その前日見ましたところの更に南になるところでありますが、鳥栖から先ほど松岡委員が報告せられておつたと同じようにガソリン・カーで久留米寄りの行けるところまで行つて見て参りました。久留米はその日の夕方知事が脱出して舟やら迂回路を通つて、辛うじて帰つて来たという程度の連絡状況でありました。 それから佐賀のほうに入りまして勿論鳥栖も佐賀県でありますが、国道筋を佐賀まで参つたのであります。国道から左側、つまり筑後川寄りのところは全部水に浸つておりました。国道もところどころ水に浸つておるということで、佐賀県の神埼というところに参りました。神埼の町外れに城原川という河が流れておりまして、その国道に架つておる橋が落ちておりました。これは先ほども申上げましたが、保安隊の長崎における工作隊が資材を持つて来て、仮橋を架けておるところでありました。これは数時間でしようか、或いはその日の朝からかかつたかも知れませんが、丁度架橋工事の最中でありまして、私はそのレールの上を渡つて向うに行きました。それから国道を通つて佐賀に参つたのであります。三、四キロあるかと思いますが、その間の三分の上程度はまだ水に浸つておりました。その中を辛うじてトラックで渡つて行つたという状況でありました。佐賀県庁で佐賀県の事情を大体聞いたわけであります。今申上げましたような冠水の状況でありました。殊に二十八日はまだ盛んに降つておるというようなことで、筑後川の本流に近いところでは、全く四方の交通ができない、通信も十分できない。併し遠くから見れば、向うで旗を振つておるのがわかるというようなところもありました。ここは恐らく二、三日は全然連絡ができなかつたと思います。私が佐賀に参りました二十九日のその日の朝、国警の決死隊とでも言いましようか、五艘の舟に分乗して、そのうち二艘が先発として茂安という村だと思いますが、そこに今到着したという報告が参つておりました。後から更に三艘が物資を積んで、今本流を遡つて行つておるところだというような話でありました。そういうふうな箇所が多々あつたと思いますが、その間に保安隊が舟を特つて来るとか或いは今の救助連絡というようなことに非常に活動してくれた。殊にそういう場所は水が非常に困つておりますが、濾過機を舟に積んで、そういう濾過機があるそうですが、私は見たことはありませんが、積んで行つて現場で濾過した水を飲料水として、すぐ配給するというようなこともやつておるそうです。佐賀県知事の話では全く保安隊が活躍してくれたので助かつた、自分のほうではどうも手を挙げざるを得ないような状態であつて、非常に助つたというような話をしておりました。こういう断片的な話を聞いたようなわけでありますが、その佐賀県庁にいるときに、これも長崎県との境の北松の炭鉱地帯で佐賀県地内の一ヵ所に地滑りがあつて、その地滑りのために二十五人の犠牲者が出たという報告がそのときに参つたようなわけでございます。佐賀県庁も全くごつた返しておりました。で、帰りに先ほど申上げました神埼のところの橋の作業がほぼ終りかかつた。まだそのときも勿論歩いてしか渡れませんでしたが、ほぼ終りかかつておつて、恐らく私が通りましたのは五時頃でありましたが、その後夕方までにはできただろうと思うが、これらが仮橋としては一番早く、仮橋ではございましたが復旧した。幹線でありますので、非常に大切な橋であつたように思つております。 その次の三十日には天候もややおさまつて参つた。今日こそ飛行機を出してやるということでありましたので、これも朝のうちは天候を気遣つて躊躇しておりましたが、昼少し前にようよう出掛けまして、飛出したのが十一時半ちよつて過ぎておつたと思います。熊本にどうしても行く道がなかつたが、熊本へ是非行つてみたい、筑後川の大体の川筋の状況を見たいということを、主眼としておつたのでありますが、その通りに筑後川の大分県地内夜明しというのがダムを工事している、それから下流、河口までなお佐賀の上空も見せてくれた。これらは殆んど依然として冠水しておつた場所であります。それから熊本へそのまま参りまして、熊本の上空を一周して、熊本の郊外の飛行場に着いたのであります。そのときに空から見まして、もう熊本の市街が殆んど全部水をかぶつたろうということは、空から見てはつきりとわかるように、上流から流れて来たらしい木材が市内に点々としておつた。それから飛行場から熊本に参りまして、県庁に行く途中で被害の最も大きかつたと言われる子飼橋の附近を見て参りました。橋に上から流れて来た木材或いは家の壊れたのが非常に大きく溜つたわけです。それがために水道が塞がれたような恰好になりまして、勿論下のほうは流れておりましようが、上は塞がれたようになりまして、子飼橋というのは丁度角で、曲つて間もなくのところに橋がある。その角地の住家が相当あつたところ、そのまま上からさらつてしまつた。そうして橋のたもとに普通の住家があつたところをぶち抜いて新しい川ができたというような状態で、それがために先ほど本会議で御報告申上げましたように、百数十戸の家が一遍に流れた。百数十人、数はいろいろ言うておりましたけれども、百数十人の犠牲者が出たという非常に悲惨なところであります。それらなお熊本の市街は雪国で雪を両側から下ろしたような恰好に一間位の高さに両方の家から━━阿蘇の火山灰が流れついている泥といいますか、土の塊を両方の家から掻き出したのが、丁度雪が積つたのを掻き出したように、非常に市内は混雑しておりきた。併しなかなか市民は元気に活動しておつた。市内の交通もまだなかなか困難な状態であります。併し熊本市は白川の水は早く引いたと見えまして、熊本市内は冠水しておりません。むしろ久留米はまだ上のほうから見て一部分に水が溜つておりましたが、熊本のほうは水はかぶつておりません。ただ白川の熊本市から海岸寄りのところが相当部面冠水しておる、こういう状況でありました。如何にも熊本の惨禍は私ひどいものだというふうに感じたのであります。 その次の日、一日には私午後五時の飛行機で向うを発つたのでありますが、その前に遠賀川筋を見たいと思いまして、その方向へ参りました。これも破堤した現場へはどうしても時間の関係もありまするが、道がまだ到底通じておりません。で、止むを得ず、むしろ冠水した状況を見るにはと思いまして、遠賀川の鉄橋のところまで参りました。それで行くにもやはり途中の海老津というところが遠賀川の手前の駅であります。それを過ぎた間もなくのところから、やはり国道が水に浸つておつて、船で渡してもらつた。併し国道を無理に歩いておつた人もありますが、まだももの辺まで水があるところが一番水が深い程度でありました。これはあとで遠賀川の駅長に聞きましたが、私が参りましたときには、遠賀川の駅はすでに水は引いており、その駅長室など最も高い場所ですが、一番水が出たときには、その駅長室の腰板、これくらいの所まで水が来たという説明をしておりましたところから、私が見た当時とは相当の開きがあつた。恐らく二メートルくらいの開きは十分あつたと思う程度で、まだ駅前の部落は家の中で膝から腰くらいの深さまで水が溜つたままで、これは丁度破堤した所から芦屋に向つて流れまして、これが殆んど河道を変ええるような恰好になつて来ておりました。急いで破堤個所を直して、同時に国道なり或いは鉄道なりの開通をやらなければならぬと思いまして、まだ水が引いておらないときから、私の参りました前晩から、つまり三十日の朝から破堤個所の工事に取りかからせようというようなわけでございました。そういうわけで見た場所はちぎりちぎりの随分簡単な少しの所ではありますけれども、これを以て全般を捕捉ができるのではないかというふうに感じております。 で、先ほども申上げましたが、私は今回こういうふうな場合に、どうしても必要な輸送路を早く直すということが、何よりの復旧に大切であるし、同時に又救助、救済の資材を運ぶとか、或いは人が交通する上に一番大切なことでありますので、そういう面では取りあえずできるところをどんどん復旧して行くがいい、或いは仮りの締切りでも堤防を早く直す、それから又道路、橋というようなものを急いで直すことがいいというような考えで行く。県の当局にもそういうふうに話をいたしまして、これを数日前に決定いたしました。直轄河川の復旧が六億くらい、又地方の公共団体に融通する十億というものも、そういうような意味で少しでも早くという気持で取りあえず決定をいたしたようなわけであります。まだ全体の模様などは今日に至つても十分にわかつておりません。勿論早く知ることが大切でありますけれども、余りそういうことに執着するよりは、ともかく眼の前必要なことをどんどん復旧し、或いは適当な施策をやつて行くことがいい、かように考えて進んで参つております。九州におきまして大野国務相以下の対策本部も、そういうふうな方針で進んで参つて行つておるものと承知をいたします。 甚だ簡単でございますが、私の見たところだけを御報告申上げました。
○委員長(矢嶋三義君) 只今戸塚建設大臣から報告がございましたが、なお大臣のほかに政府委員として自治庁次長の鈴木君、説明員として建設次官の稻浦君がお見えになつておりますので、質疑のあるかたは願います。
○松岡平市君 私は今回の九州を主とした災害県の調査に行つて今朝二時頃帰つて来て取りあえず先ほど本会議におきまして概略を報告いたしておきました。あらかじめ断つて、私の報告は甚だ粗漏であることを訴えておきましたが、私たちは現地におきまして、是非参議院においても従来の慣例等に捉れずに、今回は特別委員会を設置して頂きたいということを調査団全部が感じまして、先日福岡に落ち会いますと同時に、それぞれ銘々の所属いたします会派に向つて相はかつて電報を打つたのであります。ところが今朝帰つてみますと、もうすでに三十日の目にかかる緊急対策特別委員会ができておつて、誠に我々といたしましては、我々の調査報告を待つまでもなく、参議院が誠に活溌な活動をこの災害に対して始めて頂いたということを、調査団といたしましても大変喜んでおる次第であります。 すでにもはや昨日か本特別委員会は開催された模様でありまして、どういうふうにこの特別委員会を運営されるかということにつきまして、我々調査団に所属いたしておりました本特別委員会の委員は、先ほど委員長の懇談会でお話をただ聞いておつて、従前はどうであつたか知りませんが、幸いにして今回の災害に対してはこれは切離して特別に調査対策を講ずる、こういうようなお話であつたので、この点につきましては、我々も是非そうして頂きたいと思つて別段の意見も述べなかつたのでありますが、何しろ一つの河川或いは一つの或る集団的な耕地において水害があつたという例は、或いはもつともどいものがあつたかも知れません。併し我々が調査した範囲におきまして、かくも広範囲に、或る県例えば佐賀県のごときは全県が殆んど余すところなく非常にひどい災害をこうむつておる。福岡県、熊本県、長崎県、大分県におきましても、その災害の及んでおる範囲は非常に広く、而も災害は非常に重い。私たちは不幸にして時日を持たなかつたので、山口県を調査することはできませんでしたが、実は山口県等においても、その他の県についても現地の状況に応じて調査をしろという命令を受けておりましたけれども、何しろ限られた日にちの間に交通誠に不便でありましたので、山口県等は調査することができなかつたのでありますが、山口県の被害も甚だひどいようであります。或いは鹿児島県、大分県のごときも全然被害皆無というようなわけではないようでありますが、とにかく調査した範囲だけでも誠に予想外の被害でありました。これが対策につきましては少くとも今眼の前ですぐやらなければならんいわゆる緊急を要する対策、将来かかる災害を繰返さないようにする基本的な対策と両面あると思うのであります。本特別委員会は緊急のための対策であると、かように先ほど委員長からお聞きしましたが、少くとも緊急なる対策ならば、ここで多くの論議をする余裕はない。論議をする余裕はもうないはずだ。ただ速かな予算措置を、政府においてもできるだけの予算措置を講じて頂きたい。今はいろいろなことを言わずに、困つておる、現に熊本市のごときにつきましては私も報告いたしましたし、今改めて再び建設大臣からそのひどい災害についてお話がありました。併しともかく熊本市は如何にもひどい被害をこうむつておつて、すでに保安隊が数百人を以て、路上に堆積しておる泥土はどんどん大きなトラックで運んでおります。捨場に困ると言いながらも、とにかく主要なる道路はそういうような泥土が排出されておる。とにかくこれだけこの泥土というものを持つて来た。即ち白川の上流の岩盤を露出してしまつたと言われる耕地については、誰も再びその耕地を持つてやるという仕事は手をつけておりません。そこには熊本市の住民ほどの多くの住民ではないかも知れませんけれども、山間に数百年来細々と農業を営んで来た農民が、眼前の見渡す限りの耕地は、全部洗い流されて何ら施すすべもない。而も熊本市に対して訴えるには、今日なお交通通信の便がないというものが出にたくさんあるのであります。そうしてこれらのものは対策を講ぜられるにいたしましても、非常に速い将来であろうし、これらの人々が訴えるに途がないという状況に鑑みましても、私たちは是非ここで多くの論議をせずに、これらの人々に緊急の措置を講じてやれるように、一つ本委員会を運営して頂きたい。 たくさんの被害、それから金額を私は本会議におきまして一応報告をいたしました。併しながらこれらの数字は決して信憑を得るものとは考えません。と申しますのは、例えばそれぞれの県庁におきまして、私たちが到着をいたしました際、これらの名地の状況は未だ交通通信が杜絶しておつて、よくわからないと言いながら、すでに印刷された金額を上げて、資料が県庁に提出されてある。これらはすべてこうもあろうかという推定の数字であるが、それが積り積つて或いは二百億になり或いは六百億になるというものであつて、これらをここで基本にして調査をしても、多くの真実は得られないと思う。差当りは是非被災府県の県知事に相当大きな権限を与えまして、これに要する金を目分量でも結構だから、先ず要る金を政府の講じ得ます予算の範囲内においてどの県には何億と一応任して与えてやる、そうしてあとでそれが適正に行われておるか、行われておらなければ、それを是正させるというような方途を講じて頂きたい。今ここでこれだけの者が集りましていろいろなことを論議しておりましても、折角、早ければ何とか僅かの金でも喜んで、政府の施策或いは代々のそれに対する協力を喜び得るものが、ただ荏苒日を長引かして、もらつた金は僅かなものだというようなことで、さなきだに困窮している農民或いは漁民というような人たちの思想を悪化させることは甚だ当を得ないと思います。是非一つ本緊急対策委員会の本質に鑑みまして、基本的対策につきましては、先ほど御意見もありましたが、是非改めて我々は十分ここで検討論議を尽しまして、政府の従来の施策において改むべきものがあるならば、十分改めさせるということに、私たちは結論を得たいと思うのでありますが、差当りの緊急の対策につきましては、重ねて私は余り多く論議をせずに、政府と予算のことにつき直ちに折衝に入つて、緊急対策を講ずるということに是非して頂きたいと思うのであります。 調査団は三班に分れまして相当な調査をして来ておりまして、すでに九州の現地の対策本部からもいろいろな資料が来ておるようでありますから、各府県当局は府県当局、町村当局に至るまでいろいろな資料を出しているようであります。資料については少きを私は歎ずる必要はなかろうと思いますが、資料の調査等に日を費すことも一つ成るべく省略して頂きたい。又私たちの調査につきましても十分、一応調査団としては責任を持ち得るつもりでありますが、その多くはこの本特別委員会にも任命されておるのでありますが、若し他の委員にして必要があれば、本委員会に来て調査の結果をお話申上げたい、かような希望を私は受けております。是非さような点についても然るべく取計らいをお願いいたしたいと思います。調査団の団長でありました関係から、これは私個人の考え方でありましたけれども、私の意見としてお聞きとり願いたいし、皆様の御賛同を得たいと思います。
○吉田法晴君 私も今調査団の団長の御報告になつた通り、全く賛成です。緊急対策については多くの論議はいらないので、現地の要請に対して繋ぎ融資の形でもいいから急いでやつてもらいたいのは賛成であります。 なおあと僅かな時間ですが、建設大臣が折角来ておられますから、ちよつと伺いたいと思いますが、それで、あとのことはよくおわかりにならんかも知れませんが、お話の中にございました国道関係の主要交通網ですね。門司から博多までは大体昨日通じたというお話でありますが、佐賀のほうはお出でになりましたときも、今お話がございましたように大体通じておるようであります。熊本へのあそこの筑後川の国道その他、その辺はどうなつておりますか、若しおわかりになつておれば……
○国務大臣(戸塚九一郎君) 先ほど申上げましたように、丁度大木川という川がございます、私が第一日に行つてみたと申上げましたが、この大木川という支流が二、三ヵ所切れておる。ここで水が来ておるのだから、そこの道路も通れないようになつておりまして、私はここを直ぐ直さなければ熊本には、少くとも久留米まで行けないのだから、これをできるように早速直す、堤防は勿論道路もということで指示しては参りましたが、その後の結果はわかりません。それから矢部川も、あそこはまだ不通になつておりましたから、この点もどうかと心配しております。まだこのほうが通じたという報告も参つておりません。とにかく主要線を一日も早く直すようにという指示はして参つておるのであります。なお先ほど松岡委員からの急ぐものというお話でありましたが、私からもくれぐれも申上げたつもりでありますが、政府としては努めてそういう必要のものを少しずつでも、小刻みでも、必要なもので、ここを直そう或いはここへというような点がわかれば、それだけでもやつて行きたいと、こういうふうに考えております。直轄河川について六億円、それから各県の地方団体に対して融通するのが十億円と申上げたのは、そういうような趣旨で、個所を一々私ははつきりいたしませんけれども、そういう必要に迫られておるものをまとめたもので、取りあえず支出を決定しておる、こういうつもりであります。なおその配分等についても現地のにつきましても、今申しました緊急工事に相当力を入れてやるように、これは一々個所を明確にいたしませんが、それぞれ県の調査に基いて、一つでもそういうことを早く進めて行くということを申上げたつもりであつたのでありますけれども、十分御理解が願えなかつたかも知れませんが……。
○河野謙三君 そうしますと、現地の緊急対策というのは何ですか、予算的措置をとつた六億とか何とかいう金額に縛られてやつておるのか。それとも現地が臨機応変にとるべき応急対策をとつて、そうしてそれが十億なり十五億かかつても、それはあとでおれのほうで面倒を見ろ、こういうような幅の広い応急対策であるのか。我々は幅の広い応急対策でなければならないと思うのですが、その点は一体どういうふうになつておるのか。
○国務大臣(戸塚九一郎君) 私は現場の者或いは県の当局に対しては、只今お話のように、手続として遺憾の点があるかも知れませんけれども、必要の所は直ぐやつて欲しい、それによつてこちらに要求いたしてもらいたいというように話して参りました。但し、それは何でもかでもというわけには参りませんから、それがために私のほうから河川局長以下も参つておりますので、そういう連絡なり打合せは、それぞれいたすものと考えております。
○阿具根登君 ちよつとこれは私の見損ないかも知れませんが、今日見た新聞の中で、一戸当り一万円とか何とかという対策資金が出ておる。或いはこれは地方の新聞だつたかも知れませんが、今日私は外で新聞を見ましたから、今それをここに持つて来ておりませんからはつきりわかりませんが、そういうような対策が出ておるのかどうか。地方の人は、罹災者はもう生活には心配ないのか、或いはもう立上るだけの準備ができておるのか、私はこれが一番大切だと思います。六億出しても十億出しても、これは公共事業の対策の一端であつて、緊急に、食もなく、家も流されてしまつた方々の対策は十分できておるかどうか、これを私は第一にお聞きしたい。そののちの恒久的な問題は十分考えておると思う。こういう点について、衣料、食糧、それから生活立直し資金、こういう問題はどういう対策を建てられておるのか、お尋ねしたいと思います。
○国務大臣(戸塚九一郎君) 差向きの食糧、その他衣料等については災害救助法の発動を各県ともやつておりまして、それぞれ手配を怠らずにやつておることと、私は現地でも承知して参りました。只今お話の各戸に何ほどということはちよつと承知いたしませんが、これは私が所管が違うということで、いい加減に考えておるわけではありません。やはり各県でそれぞれ至急にそうした救済、救護というような対策は怠らずにやつておるものと承知いたしております。
○阿具根登君 それは或いは地方新聞だつたかも知れませんが、相当全壊とか半壊その他の詳細な詳しいことを書いてあつたのを見たと思います。それで一応そういうようにやつてもらつておるならいいけれども、衣料、食糧、医薬品、その他の問題もまああるかも知れませんけれども、立上り資金、どうしても殆んど家をなくしておる人がたくさんあるとするならば、握りこぶしでは、やはり食糧をもらつても、着物をもらつても、或いは薬をもらつてもできないわけです。そういう対策は何か県のほうで考えておられたかどうか、それは任せて来られたのですか。いわゆる一人当り幾らとか、そういう全壊、半壊とか、或いはなくなつたものに対するところの対策等の金融面は、向うに任されておるのかどうか、そういう資金は全部揃つておるのかどうか、その点をお尋ねしたいのです。
○国務大臣(戸塚九一郎君) 先ほど申上げました十億の融通というのは、主として公共事業費の問題でございます。それから全壊、半壊というような住居の問題は、これは罹災救助法で直ちに仮バラックを作ることになつておりますが、そういう手配ができておる。なお立上り資金というような問題については、その後恐らく研究をされておると思いますが、これはそれがために福岡に対策本部ができて、各関係者が連絡をとつてやつておるのでありますから、もう今頃は相当進んでおるのじやないか、私が帰つて参りまするまでは、そこまでは参つておりません。
○阿具根登君 緊急対策委員会が参議院で作られた第一の目的は、私はそれだと思うのです。やつておられるだろうということでは、私どもがほかのことを一生懸命事情を聞いて対策を立てたことが、間に合わないのじやないかと思いますが、何か連絡がしよつちゆうあつたかと思うのでありますが、そういう点は全然わからないのですか。やつておられるものと思うということですが……、
○国務大臣(戸塚九一郎君) これは私がそこまで十分聞いておらんというので、厚生省のほうでお聞きとり願えば、相当連絡をしておる点があるのじやないかと思います。
○委員長(矢嶋三義君) 速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(矢嶋三義君) 速記を始めて。 それでは本日の委員会は散会いたします。 午後二時四十八分散会