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第16回国会衆議院1953/07/27

労働委員会公聴会 第4号

発言数
9 件
登壇者
5 名
会派数
1
開催日
1953/07/27

会議録

山花秀雄日本社会党(左)

○山花委員長代理 これより労働委員会公聴会を開会いたします。  本日、赤松委員長は事故がありますので、私が委員長の職務を行いますから、御了承願います。  この際公述人の皆さんに、私より委員会を代表いたしまして、一言ごあいさつを申し上げます。本日は公私多忙のところ、わざわざ御出席をいただきまして、厚く御礼を申し上げます。本日御意見を聴取いたします公共企業体等労働関係法の一部を改正する法律案及び地方公営企業労働関係法の一部を改正する法律案につきましては、ただいま当委員会におきまして審議中でありますが、何分にも重要な法案でありますので、去る二十五日の公聴会に引続きまして、本日も公聴会を開会いたしまして、皆さんの腹蔵なき御意見を拝聴いたすこととした次第であります。なお審議の都合もありますので、はなはだ恐縮でございますが、御意見は大体十五分ぐらいでお述べになりますようお願いいたします。  それでは中山公述人より御意見をお述べ願います。

中山一日本都市交通労働組合連合会中央執行委員

○中山公述人 私は都市交通労連組合に属する中山一であります。  今回の改正案について、意見を申し上げるのでありますが、まずわれわれの基本的な立場、考え方から申し上げますと、われわれわは戦前戦後を通じて憲法に保障されておりますところの労働三権というものは持つておつたのであります。私鉄の従業員の方と同じように、公営交通として経営主体あるいは身分関係がいかようにあつても、基本的には憲法二十八条に保障された労働三権というものは、何ら不当制限をこうむるものでないという考え方に立つておりますので、あえて労働三法とかわつた、特別法によつて律せらるべきでない、こういう考えをもつて、労働三法完全適用という主張を続けております。従つて改正案では、まだわれわれの基本的な目標には不十分でありますが、今回の改正案を通覧しまするに、戦前戦後持つておつたこの労働基本権を制約されておる現行法の思想というものは、二十三年のいわゆるマッカーサー書簡によつて、政令二百一号というものが発布され、占領治下における特殊条件のもとに、公務員に対して全面的に団結権、団体交渉権、争議権というものを剥奪しておつたのであります。講和発効後になれば、ポツダム政令は自然解消して、二十三年七月以前の状態に復元することを、われわれは期待しておつたのであります。それにもかかわらず、時の政府はポツダム政令三百一号の恒久化、法制化をはかつたというのが、現行法の基調であります。これは公労法の右へならえという形において引継がられておりますので、公労法あるいは国家公務員法、地方公務員法というような公務員に対する労働権の不当制限というものは、講和発効とともに排除さるべきが至当であつたのであります。それが公労法が占領治下における特殊条件のまま何ら不当制限解除の改正がなされないままにありましたので、われわれ都市交通関係に適用するところの地方公営企業労働関係法の制定にあたつて、国鉄、専売等に適用しておるところの公労法の線よりも、労働者にいいものを与えるということになると、天びんにかけた上において困る、こういう観点から、一切をあげて公労法の右へならえということになつたのであります。  この制定当時における労働大臣は、吉武さんが就任しておつたのですが、当時の吉武労相は、現行地公労法の制定にあたつて、参議院の労働委員会において重盛委員に対する答弁におきまして、こういうことを言つておるのであります。公務員といえども、憲法二十八条に規定するところの勤労者であるということを、はつきり答弁されておるのであります。このことは、憲法二十八条は、申すまでもなく団結権、団体交渉権、団体行動権ということで、ストライキ権まで労働者に対しては与えなくてはならない、こういう規定であります。その与えられるべき対象である勤労者であるということを、はつきり答弁されておるのでありまするから、従つて、少くとも若干の制限はあるとしても、基本的には争議権を与えるべきであるということに、政府答弁が明確になつたと思うのであります。その吉武労働大臣の答弁からいたしますならば、現行十一条、十二条は当然削除されなくてはならない。しかるに多数をもつてあの不当な違憲性の強い現行法ができ上つてしまつたのでありますが、今回の改正案は、まずもつてこの点において、労働者を本然の姿に帰さす新憲法の精神にのつとつて改正が施されておる、こういうことからいたしまして、この改正案において、われわれの基本的立場からするならば、あえて特別法は設けなくていいのでありますが、現在の客観情勢からして、改正という方法をもつて実質的に幾らかでも労働者の基本的人権というものを広めて行こう、本然の姿に帰して行こう、民主主義を守つて行こうという考えからいたしまするならば、次善の策としては、今回の改正案は私は相当にいいものだと考えております。従つて、われわれとしては、この改正案には全面的に賛成の意を表するものであります。  現案の争議権の問題について、制定当時も申し上げたのでありますが、都市交通関係の労働者に対して争議権を禁止しておるということが、いかに矛盾であるかということは、例を大阪の地下鉄の従業員と、東京の地下鉄の従業員と比べてみればわかるわけであります。それがストライキを行つた場合における住民に対する影響、こういうものも同じであります。また労働内容も同じであります。しかるに、経営主体と身分関係だけのゆえをもつて、大阪の地下鉄の従業員はストライキができない、東京の地下鉄の従業員はストライキができる。呉市の市電は、公営であるということによつてストライキができない。こうした矛盾は、全国至るところにあるのであります。こういう点についても、制定当時詳しく申し上げてあつたのであります。  そこで一体公務員なるがゆえにストライキができないのかどうか、こういう点に対する重盛委員の質問に対して先ほど申し上げたように、吉武労働大臣は明確に、公務員といえども、憲法二十八条によるところの勤労者である。従つて労働三権は保障さるべきものであるという答弁がなされているのであります。こういう点からいたしましても、この改正は当然でなくてはならないのであります。  時間の許す範囲内において、逐条的に意見を申し上げたいと思うのでありますが、第一条の改正は、労働法の建前からいつて労使対等の立場、これが労働法の基幹となる建前でありますので、こうした改正は賛成であり、当然のことと思います。  次に第四条の改正でありますが、われわれに労働基本権を与えるということになりますならば、労調法あるいは労組法上におけるところの特別排除規定は必要がなくなりますので、これは当然新憲法の精神にのつとつて、他の条文において労働基本権を与えるということになりますならば、当然第四条の括弧内のものは排除さるべきが当然であり、この改正はしごく当然のことと思つて賛成であります。  第五条の削除の問題は、団結権に対して、現行法は不当制限をしております。しかも、現行法の第二項のごときは組合員の範囲というものを政令と各地方における条例によつてきめるというがごときは、団結権に対する不当制限もはなはだしい。かくのごときは官製の労働組合をつくろうというねらいでありまして、絶対にこのことはわれわれが承服できないのでありまして、これが改正さるべきは理の当然であります。この第五条の改正についても、全面的に賛成の意を表するものであります。  第六条の改正については、専従職員というものを、現行法は許可制をとつておりますが、これを組合と企業当局との協定、話合いで専従職員を設定するという改正となるのでありまして、これまたきわめて現実に即した改正でありまして、これについても賛成であります。  次に第七条は、団体交渉の範囲であります現行法はその第一項に、管理運営に関する事項は除くとしてありますが、われわれは何も経営権や管理権に介入せんとする意思はないのであります。こうした第一項が不要であり、平和的な労働関係確立の上にかえつてマイナスになるということを、われわれはくれぐれも言つておいたのでありますが、今度の改正案はこの点を削除してあります。この点は管理運営に関する事項といいますか、管理運営とは何ぞやという具体的な問題になると非常にあいまいになります。そうして常に具体的な労働条件の団体交渉と、管理、運営に関する事項が錯綜いたしまして、そのために紛淆が絶えない。およそ労働法の制定目的は、平和な労働関係を確立する、紛争をすみやかに解決するというのにもかかわらず、紛争の種をまく条文をこしらえておくということは適当でありませんので、その点を削除したということは実に賢明な策でありまして、これについては全面賛成であります。なお、交渉事項の中に採用ということ、あるいは苦情処理機関に関する事項、これらの問題を挿入したということは当然でありまして、これまた賛成であります。  次に、十条の改正は、予算上、資金上の問題でありますが、資金上の問題については、企業法において、企業当局が一時借入金をする措置がなされておりますので、その企業法の援用によつてこの問題は解決さるべきでありまして、資金上の問題において、せつかくつくり上げたところの協定の履行について制限を付するということは、不必要なことであつて、これは協定したことを履行しないための口実を設けるにすぎないものであつて、これは企業法との関係においてまつたく不要のものであるので、これの削除は当然であります。また予算の問題につきましても、現行法は、協定をしても履行しないための口実を設けるためにごしらえ上げた条文としか解せないのであります。そういうことでありまして、企業当局において、あるいは公共団体の長において、協定をしておきながら、その協定履行のための予算措置を講ずる何らの責任を感ずることのないような現行法においては、これは紛争の絶え間がない。せつかく平和的に団体交渉によつて労働協約を結んでもそれを履行しないでほつぽらかしておくことができる。こういうような現行法ではならぬのでありまして、今度の改正において、その協定を履行するための予算措置を講ずるために議会に提出する責任を負わせたということは、理の当然でありまして、かかる改正によつてのみ、初めて平和な労働慣行が打立てられるのであります。そういう意味におきまして、この第十条の改正については全的に賛成の意を表するものであります。  次に十一条、十二条の削除の問題でありますが、これは争議行為の禁止条項と罰則条項であります。これは先ほど申し上げましたように、当然基本的に与えられなくてはならないものを与えないという政令二百一号の超憲法的な不当制限を排除する改正であります  ので、これまた理の当然でありまして、この十一条、十二条の問題は、われわれ組織をかけても貫徹しなければならぬと思つておるのであります。  次に十三条の問題ですが、十三条の問題については、多く理由を申すまでもなく、この改正で尽きておると思います。これは賛成であります。  それから十四条以下の問題ですが、争議権を与える以上は、強制仲裁ということは不必要になり、従つて任意仲裁でよろしい、こういうことで、労使おのおのに自主的に労働問題を解決させる。両者に責任を負わせて、そうして一歩々々平和な労働関係を打立てて行くという思想に立脚しておりますので、これまた賛成であります。  大体以上が逐条的に述べた意見でありますが、総括的にいつて、今回の改正案は、公労法あるいは地公労法においても、われわれが政令二百一号発布以来四年の長きにわたつて忍従しておつたということは、占領治下という超憲法的な政令の存在が、また占領下であるのでやむを得ないというところであつたのでありますが、講和発効後においては、違憲性の強い、憲法違反の法律をここに存在させておくということは、一刻も許されない。こういう意味におきまして、今回の公労法の改正と地公労法の改正については、全面的にわれわれは賛成の意を表して、私の公述を終る次第であります。

山花秀雄日本社会党(左)

○山花委員長代理 次に平林公述人より御意見をお述べ願います。

平林剛全専売労働組合中央執行委員長

○平林公述人 専売労働組合の平林剛であります。  現在の公労法は、御承知のように昭和三十三年七月二十一日のマッカーサー書簡から制定をされました特殊な法律でありまして、占領政治の名におきまして、当時国鉄、専売の労働者が基本的人権を剥奪あるいは制限されたものでありまして、初めからあの法律は多くの矛盾を含んでいたように思うのであります。だから、本来この法律は、昨年講和が成り立つたと同時にただちに撤廃をされるのが、当然であつたように思います。特に専売の労働者は、この法律の第一条の目的に書かれております「公共の福祉を増進し、擁護することを目的とする」という名目によりまして、その基本的な人権が無視されているように思います。専売公社のようなタバコを製造しておる、あるいはタバコを販売している企業に対して、公共の福祉という考え方は一体どういうところにあるのか、たいへん理解に苦しむところであります。専売の職員に対して、もしストライキ権を与え、かりに紛争のためストライキが行われたというような場合、それがいわゆる公共の福祉とどういう関係にあるのかということを考えれば、よくわかると思います。タバコは、御承知のようにタバコ小売店を通じて販売をされておりますが、店頭にはかなりストックがありまして、ストライキが直接国民大衆に影響を与えるということはあり得ないのであります。そのストライキが産業を破壊するというようなことも、もちろんあり得ないのであります。専売公社の公共性というものが、一般公衆に対して生活必需品を給付したり、あるいはサービスするということにあるといたしましても、それにしては、政府がタバコの価格をきめている現在は、どうも国民の一人としても納得し得ないほど、タバコはたいへん高い価格であります。これは政府が専売公社を、ただ国民から税金を取立てる大衆収奪の場所にしているにすぎないからなのではないだろうか、こういうことがいえるのであります。専売公社の公共性を、今度は財政経済の目的の上から見ましても、二箇年ばかりの公労法の実際上の運用を通じて見て参りますと、第一条の目的にありますような、職員の労働条件に関する苦情または紛争の友好的かつ平和的調整をはかるように、団体交渉の慣行と手続とを確立することにあるという公労法の目的につきまして、常に平和的な友好的な調整を欠いておつたのは、むしろ政府、大蔵省の側でありまして、財政経済上の目的から見ましても、政府の今日までいわれておりました専売公社の公共性というものを労働者側に肩寄せして、ストライキ権を剥奪してしまうということは、どうも不当なようなことになると思うのです。こういう意味で、公労法に対するわれわれの態度は、まずこの不当な法律を撤廃することであるということであります。私は修正案として申し上げたことがあります。第二条から「日本専売公社」という字を削除してもらいたいということが、私の打つているただ一つの修正案であつたわけであります。この態度は、今でもかわりありません。しかし、今回の公共企業体労働関係法の一部を改正する法律案は、公労法のために苦しんで参りましたわれわれ労働者が、長い間慎重に準備を重ねて、今回野党の手によりまして労働法の改正という純粋の立場から討議される傾向になつたものでありまして、将来の歴史に、労働者の一つの前進として記録されるように思うのであります。こういう意味で多くの方々に積極的に好意ある御支援と援助を賜わつていることを、専売の労働者といたしましても深く感謝をいたしております。ただ、今日の国会における勢力比を考えますと、純粋な労働法の改正という考え方だけでは、法律改正の措置が成功し得ないということがあまりにも多かつたことにかんがみまして、この点は、取扱いにおきましてもいろいろの御考慮をお願いをいたしたいと思つております。  今日までの労働法の立法上におきます歴史を見ますと、ことごとく労働者の弾圧法としてのみしか私は理解できないのでありまして、その点今日までの吉田内閣の国会対策は、なかなか巧妙であつたように思うのです。たとえば、公労法を成立させておきましてから後に、これを足場にして地公労あるいは一般労働法の改正をはかつたり、あるいは昨年は、電通その他の組合に団体交渉権を与えるというようなたいへんうまい条件をちらちらさせて、一般の労働法の改正をはかつて、労働者側の法律反対闘争を分裂させてしまうというような点で、たいへん巧妙でありました。今回国会で協議をせられましたストライキ禁止法につきましても、今度はその逆に、電産、炭労の一部の争議行為を制限するのだという理由のもとに将来の足場を固めるというぐあいに、労働法に対する今日までの政府のとつて来た態度というものは、逆な意味でたいへん巧妙であつたようであります。われわれといたしましては、純粋な労働法の改正ということを、政府並びに与党がどういうふうに理解をするかという点について、今後の成行きに心配をいたしておるのであります。真に労働者の利益を守り、憲法に保障された基本的人権を守るためには、いろいろな意味でご心配くださる方々のいろいろなご配慮をお願いいたしておきたいと思うのであります。特に私は、公労法の仲間の中でも、専売の労働者から罷業権を取上げているということは、先ほど申し上げましたように、きわめて不当な、りくつに合わぬことでありますから、国会におきましても、どうかこの点を俎上に載せて鋭く御検討願うことが、今日までの公労法に対する政府の態度を、国民大衆にはつきり理解してもらえる近道ではないかと思うのであります。  公労法の一部を改正する法律案についての提案理由を見るに、争議権行使の禁止に見合う制度としての仲裁制度は、その実施状況を見るに、十分にその趣旨を発揮していないことにかんがみ、今回提案するとありますが、この点につきまして、私が今日まで公労法上の団体交渉あるいは紛争の処理に当つて来た経緯から、その実相を申し上げまして参考に供したいと思うのであります。  第一に、結論的に言いまして、今日の仲裁裁定というものは、専売の労働者に関する限り、前後四回下されましたが、その都度組合側が、政府の一万的な態度によりまして紛争を拡大し、あるいは不利益をこうむつて参りました。争議権行使禁止の代償としての職員の生活保障は、絶えず不安な状況下に置かれておつたと言つても過言ではないと思うのであります。第一次の裁定は昭和二十四年の十一月三十八日に下されましたが、このとき政府は、予算上、資金上困難であるという理由で、紛争が実質的に解決いたしましたのは三月の十日のことでありまして、組合が要求を提出いたしたのが昭和二十三年の六月の二日でありましたから、実に解決をするまでの間に九箇月余の時日を費しておるのであります。このときに下された裁定の一つである賞与制度に関する問題は、今日いまだに根本的な解決を見ていないというありさまであります。第二回目の仲裁裁定は二十六年の三月二日下されました。これは基準賃金を七千九百円にすることを主としたものでありますが、実際に解決いたしましたのは五月の十九日、組合が要求を提出してから同じく九箇月の期間を経過しておる。第三回は、昭和二十六年十月十二日、基準賃金を一万四百円とするという裁定を中心にいたしたものでありますが、これは政府の予算上、資金上不可能であるという理由で、やはり同様にかなり長い時間もあました。当時は国会において補正予算を審議中でありましたが、政府は遂にその予算案を変更することなく、そのままの状態で裁定を実施するという無理な結論をしいる結果になりましたので、このために専売公社の職員は、定員を実質的に削減させられたり、年末手当の支払いが困難になつたりいたしまして、結局年間給与の総額の上において、裁定で生活を保障してもらおうという点は、まつたく無意味なものになつてしまいました。最近の例は昭和二十七年の十一月二十七日、昨年の暮れに出た裁定でありますが、これは昭和二十七年度の八月以降の給与を平均一万三千百円にする、こういう裁定であります。このときの政府の言い分は、もう明らかに予算上、資金上の理由ということなんかは通り越しまして、むしろ他とのバランスをとるということにあつたのは、記憶に新しいことであります。結局この問題も、八月から十月までの分についても、一時金を支給するということになつておつたのでありますが、大蔵省の権力によりまして、専売公社としては、結局につちもさつちも行かないために、そのはね返りは公社職員に参りました。結局この裁定は、から約束に終つてしまつたわけであります。そのときの裁定の中で、昭和二十七年度の決算において、予定以上の利益を生じた場合は、その一部を業績賞与として職一員に支給するとあるのでありますが、これも今日に至るも解決を見ないまま、引続き現在も紛争が継続をされておるという始末であります。繰返して申し上げますと、われわれは争議権の代償として、調停、仲裁の機関による紛争解決を与えられたのでありますが、これは常に調停委員会に行きましても、仲裁委員会に行きましても、問題の焦点をぼかされてしまうということだけではなくて、要求を出した時から解決するまでの期間がきわめて長いために、今日までの情勢におきましては、職員は緩慢なる飢餓に置かれておつたといつてよいでありましよう。またその判定は、常に組合側に不利であつたと思うのであります。特に期日のかかるということにつきましては、私はやはり公共企業体の職員に対して、公共の福祉という名をもつて、争議権を奪つたというところに最も原因があると思うのであります。だから、争議権がないから、相手側もすこぶるのんきに構え、紛争は九箇月の長きにわたつてだらだらと続き、調停委員会もやはりさような空気の中でありますから、二箇月の時間一ぱいゆつくり使つて、手続の方が重要であつて、職員の生活権を守るという点は、第二義的な状態になつておるのであります。私は一年間のうちに、こう長い間紛争が続くというようなことは、もし公共性ということを中心に考えましても、よくない現象であると思いまして、この紛争の解決を早期にするためにも、今回の改正案のように罷業権を労働者側に与えることによつて、紛争を早く解決するという結果が生れて来ると思いまして、こういう意味からもこれを歓迎するのであります。そういう意味で、今回の改正案につきましては、今日の段階におきまして、われわれは使用者側に対抗し、その生活を維持するためには、少くとも今回程度の改正はわれわれとして心から切望しておるところでありまして、一日もすみやかに国会において、これが日の目を見るようなことを期待しておるのであります。  ただ、二、三私どもからお願いをいたしておきたいことがございます。それは今回は労働法として、公労法だけの点にいろいろ各人の注意を払うということになつておりますけれども、これと並行いたしまして、専売公社の場合であれば日本専売公社法、国鉄の場合でありましたら国有鉄道法の一部改正が、必ずこれの裏づけになりませんと、せつかく問題の十六条以下のところにおきましてぐあいのよいようにいたしましても、別な法律がこれを阻害するというような結果になるのでありまして、十分これにつきましても、御配意を賜わりたいと思うのであります。  また法律に全部こまかい労働関係の慣行等について記載するわけに参りませんので、常に施行令あるいは政令等がしかれておりますが、これがまたなかなか今日の実態から申し上げますと、注意をしなければならぬ点でありまして、この政令や施行令の中で結局紛争を処理するにあたつて、労働者側が損になるというようなふうに規定をされて行くようなおそれが、今日の状態のもとでは十分予想せられるところでありますから、これらの面につきましても、十分国会が監視をせられてもらいたいと思うのであります。  以上、希望意見を申し上げまして、今回の改正法律案についての私の意見にかえる次第であります。

山花秀雄日本社会党(左)

○山花委員長代理 それでは次に瀬口公述人の御意見をお述べ願います。

瀬口琢東京都交通局労働部長

○瀬口公述人 私ただいま御紹介をいただきました東京都交通局労働部長の瀬口でございます。今般当労働委員会において地方公営企業労働関係法の改正案が審議されるにあたりまして、特に公聴会をお開きになりまして、私を公述人としてお呼びいただいたことは、まことに光栄に存じております。と同時に、責任の非常に重大なことを深く感ずるのでございますが、実は私労務担当者としまして、就任いまだ日が浅いために、地公法だとか、あるいはこれに関連する法規に暗く、なおまた本改正法案も十分に研究する日時がなかつたのでございまして、法文の個個にわたる意見は差控えさせていただきたいと存ずるのでございます。しかしながら、私平素労務を担当しておる者といたしまして、今回の改正案と比較対照して、最も重要な点について、二、三私見を申し上げることをお許し願いたいと思うのでございます。  提案の理由を拝見いたしますと、改正要点の一つに、公営企業といえども私企業と何ら選ぶところがないのだから、原則的に同様に取扱うべきだというような点が骨子になつておるやに見受けられるのでありますが、私ども交通局の場合を例にとつてみますと、電車とバスの両方を経営しておりますが、路面電車で二百十キロ、バス事業で六百七十キロというような厖大な営業キロを持つておりまして、日々約二十二万キロ、地球を約五まわり半もするほどの大きな営業を富みまして、日々約二百万という都民の方々を輸送しているような次第であります。それで今不幸にいたしまして争議行為でも発生したと仮定いたしますならば、どうでございましようか、都民の方がいかばかり難渋されるかは、想像くだされば十分御了承いただけることと存じます。  次に、団体交渉の面でございます。管理監督の条文が削除されているやに見受けられますが、この事柄は非常に重大な紛争の原因になることを、私どもおそれるのでございます。およそ物事には、一つのけじめというものが最も大切なことと存じますので、現行法通りの明瞭な区分が置かれてあることを私どもは希望いたします。  最後に、運輸事業のような重要な公益事業に従事する立場にあります私どもは、都民の奉仕者といたしまして、労使一体となつて、相互の間に信義と友愛の念によつて相協調し、また管理者としましては、都民によつて容認される限り企業職員の労働条件の改善、向上に努めまして、企業職員が安んじて業務に精励して、相ともに公共の福祉の増進に寄与することができるようにしなければならないと考えているところであります。  以上、申し述べましたことく、結論としましては、現在の法規が公布されましていまだ一年にも満たず、この間労組との交渉その他のことで、何らトラブルを起したという事例がないのでございます。このことは、ひとり東京都のみならず、五大都市におきましても、ちようど一昨日労務担当の主管者が相会する機会がございましたので、それぞれにつきまして意見を徴しましたところ、やはり東京都と同一意見を持つておるのでございまして、現行法規の通りで何ら支障ないではないかというのが結論でございましたので、申し添えておきます。  以上、簡単でございますが、私の公述を終らしていただきます。

山花秀雄日本社会党(左)

○山花委員長代理 次に沼田公述人より御意見をお述べ願います。

沼田稻次郎東京都立大学教授

○沼田公述人 総じて申しますと、私この法案に賛成でございます。むしろこの法律の改正は、昭和二十七年になさるべきであつたと考えております。と申しますのは、この公労法というのは、御承知のようにポツダム政令二百一号に発する、内容的には、どつちかといえば、違憲のにおいの強い法律でございました。従つてわが国が講和いたしますと、当然もつと合憲法的な内容に改正されてしかるべきであつたと考えております。のみならず、政策的に見ましても、このような法を持続させるということは望ましいとは考えておりません。そうした意味で、今度この公労法に対する改正案が出ましたことは、むしろおそきに失したといつてもよいくらいだと考えるわけであります。従いまして、私の公述は、どうしましても現行法に対する批判という要素が入らざるを得ないのであります。  この改正法案の根本的な思想と申しますか、それはまず民間労組との間に区別を設けるという考え方を撤廃して行こうということが、第一点として考えられますし、次に、争議権を確立しよう、並びに団体交渉権の制限を排してその本来の姿に帰ろう、それから団結の自主性をあくまで守つて行こうという、いずれも労働法の根本原理からいえば、正しい方向を示しているように思うのであります。ただ私、欲を申しますれば、この法案は依然として公共企業体等労働関係法以上のものではない、つまり適用範囲が特に拡張されておらないという点であります。旧労組法のもとにおきましては、権力的な国家の作用に携わつておらない、いわば現業公務員と称するものは、すべてが団体行動権を保障せられておつたのであります。そうして、その方がわが国の憲法成立当時の意識から見ますと、もつともと考えられておつたわけなんで、今日せつかく公労法を改正なさるならば、いつそ現業公務員すべてにこの改正法案の適用を広げていただいた方が、より合理的であつたと考える次第であります。そこで若干問題点を追うて賛成する理由を申し述べてみたいと思います。  まず現行法第三条を修正なさろうとされている、現行法の第三条によりますと、労働組合法が適用になるわけでありますが、その労働組合涙の適用の中から、六条と七条一号但書と、八条の規定が現在の法律では適用にならない。しかしそれを適用させようという改正法案の考え方、これは私賛成なんであります。どういう意味で賛成かと申しますと、現行法によりますと、つまり団体交渉をやるものは、ある労働組合という組織体の代表者として団体交渉をやるという建前が六条には出ているわけであります。ところが公労法では、団体交渉というのは、ある何らか交渉単位というふうなものを持ち込んで、そうしてさらに交渉委員制度という、交渉単位と必ずしも結びついたものでないような形での団体交渉制を打立てられておるのであります。その点で、あとでもまた触れることでございますが、この交渉単位制、交渉委員制の廃止と照し合せて、この団体交渉の本義に帰ろうとなさつているのが、この組合法第六条を適用しようという御趣旨だろうと思います。まつたく賛成であります。  それから七条一号但書を適用しろということは、これはユニオン・シヨッブ条項を承認しろということにほかならないのであります。現在の公労法によりますと、オープン・ショップ制なんであります。オープン・ショップとか、ユニオン・ショップというものは、これは本来協約できめるべき筋のものでありまして、多年の労働運動の実例から見ますと、ユニオン・ショップというものは、労働慣行として成り立つていると見てよいのであります。アメリカにおきましても、現在ユニオン・ショップの適用を受けている労働組合は、六〇多を越えている状態だと思つております。それでこのユニオン・シヨツプというものを法律をもつて排除するということは、労働慣行を押えつけた法律のあり方であつたと評せざるを得ないのであります。従つて、このユニオン・ショップという制度を承認するということは、結局労働組合が労働慣行に従つた労働運動をなすことを承認することでありまして、団結の自主性を確保するという要求と相照し合う規定だと思います。  それから八条の規定を適用するというのは、これはストライキの禁止をしております現在の公労法十七条、十八条を廃止するという規定と照し合わされるわけであります。ストライキ権が保障されておる以上は、このストライキ権に基くストライキ行為の民事免責というものは、当然承認せらるべきだということから、現在排除せられております労働組合法の八条を新たに適用しろという要求であります。これはあとで十七条の廃止とからんで、争議権を確立するという要求に結びついて来るわけであります。私も公労法関係の労働者に、ストライキ権を全部禁じてしまうということは、賛成しがたいので、従つて十七条廃止にも賛成でございますし、そうである限りは、民事免責も当然認められなければならないというふうに考えておるわけであります。次は、現行法の四条から六条までの削除ということでございます。五条はすでに削除されておるわけですが、四条の削除ということは、四条ではオープン・ショップ制をまず述べておるわけでありますが、このオープン・ショップ制を削除してしまう、つまりオープン・ショップ制を法律できめることを削除するのであります。だから、当局と団体交渉をやることによつて、ユニオン・シヨツフ制をとるかとらぬかということを協定する。これはあとからの交渉の問題なんであります。ユニオン・ショップ協定が成り立大すして、オープンーショツプのままで残るかもわかり免せんけれども、法律でオープン・ショップを義務づけることを排除しようというのでありまして、しごくもつともであります。  次に、同じく四条の第二項には、非組合員の範囲について規定しております。つまり管理または監督の地位にある者及び機密の事務を取扱う者は、組合を結成することができないという規定が第四条の一項にありまして、そのような者の範囲は政令で定めるということが四条の二項にあるのでありますが、本来どの程度の労働者をもつて労働組合を組織するかということは、労働組合の自由なわけであります。管理または監督の地位にある者、あるいは機密の事務を取扱う者が、自分の職務内容と労働者としての労働組合に対する忠誠義務との間に矛盾を感ずるとすれば、その場合には組合を出るということがあつてもいいですけれども、入りたいと言つておる限りは、これを入れないというのは、あまり原則的な態度でない。いわんや現行法では、オーブンン・ショツプ制を押しつけておるのでありますから、オープン・ショップ制のもとでは、どこまでを組合員の範囲にするかということまで法律できめるとなると、これはまつたくの干渉となつて参りますので、この干渉を排除してしまうという態度は、組合法の原則に帰つて来たもので、よかろうと思います。  それから第四条の第三項でありますが、これがかなり有名な、批判の対象となつておつた規定でございます。といいますのは、公共企業体等の職員でなければ、その組合の組合員または役員となることができない——これは一般にいわゆる逆締めつけ協定という形で、一般の民間の労働組合なんかでも、協約においてこういう規定を持つておる場合が少くないのであります。しかしながら、このような組合員はすべて従業員でなければならないというような逆締めつけ協定というものは、学者の間では、大体効力なしというふうに考えられております。と申しますのは、労働組合が何も自己を結成するために、ある企業の労働者にだけこだわる必要はさらにないのであつて、労働運動の歴史から見ますと、むしろ企業別組合というものは珍しい。これはどちらかというと、使用者が意識的につくり上げて来た制度であると考えられる場合が多いので、アメリカなんかでもカンパニー・ドミネーテツド・ユニオンーこれは御用組合で、カンパニー組合なんであります。そういう状態から見ますと、本来組合運動史から見ますと、労働組合というものは、クラフト・ユニオンとインダストリアル・ユニオン、つまり経営を越えた組織であります。そういう経営を越えた組織であるのが、むしろ労働運動から見れば本筋でありますが、戦後のわが国の労働組合の組織というものは、いわば特殊的な形態であるとさえも思われるのであります。その特殊的な形態から組合が脱皮して、逐次産業別制あるいは企業別制に発展して行く、こういう動きも当然出て参ることでありましようが、それにもかかわらず、現行法によりますと、公共企業体等の職員でなければ組合員であることができないというふうな企業別組合を押しつけて来ておるのであります。これは多少議論のあるところではありますが、このようなことを、もし民間の組合に対して使用者が押しつけますと、これは協約として結べば効力がないというだけではなくして、押しつけるということ自体、不当労働行為になると考えられるのであります。そうしますと、民間企業において不当労働行為になるような事柄を、現行法は法律をもつてかえつてこれを義務づけておるということは、労働法の統一ある理解をする上にきわめて困難を来すところであります。その点で、この規定を排除しようとされる法案の趣旨は、まつたく賛成であります。  それから第六条でございます。組合規約というのは、この労働組合法第五条第二項各号に掲げる事項を規定しなければ、この法律に定める権利を受け、手続に参与することができないということでございますが、本来規約というものは、どういうふうなことを規定しなければならないということを、法律をもつて規定すること自体がよけいな介入である筋合いのものでありまして、これは今度の労組法の適用と相連関しながら排除されたものでありまして、これもけつこうであります。  それから第七条の改正というのは、専従職員の許可制度と称して、今まで一方的に許可によつて専従職員をきめる、こういう許可制度であつたのでありますが、専従者というものは、あくまでも組合独自できめる筋のものである。しかしながら、その専従者は、給与はやはり組合が払うとはいいながら、いろいろな意味で、身分はなお依然として国鉄なら国鉄の職員であるということでありますし、やはりそのほかの利益を享受するわけでありますので、従つて組合がきめたというだけでは、ただちに専従者の数は無制限にきめていいとはいえない。その意味では、やはり協定をしなければいけない。だから、この改正法案では、専従者については、まず組合が自主的にきめるけれども、協定して一定数をきめるのだ、こういう建前をうたわれておるので、理論的に正しいと思います。  それから団体交渉に関する規定でありますが、ここでは思い切つた改正がなされております。思い切つた改正をなされておるといつても、これは別の観点から言えば、普通の団体交渉に帰すというわけでありまして、詳細をきわめておりながら、欠陥だらけの現行法を一掃してしまつて、元の形に帰つたということであります。これは技術的にもずいぶん議論のあつたところで、公労法の一番ウイーク・ポイントであつたと考えられるのです。交渉単位制とか交渉委員制とかいうものは、アメリカの交渉単位制というふうなものとも多少違つた、妙な受入れ方の上にでき上つた制度でありまして、できた当初から、いろいろのあつたところであります。こまかくは申し上げる時間もございませんが、とにかくそうしたいわくつきの団体交渉手続を一掃せられまして、あくまでも団結意思に基くところの、そして団結力をもつてする団体交渉という、わが国の交渉概念の本旨に帰られようとしておるという意味で、まつたく賛成したいと存じております。  それから十六条の改正と申しますのは、これまたきわめて有名な法文のように私は考えております。公労法においてストライキが全面的に禁止せられましたとき、これにいわば一種の、見返り物資じやないですが、見合うものとして出て来たのが、この職権仲裁制度であります。職権仲裁制度をやつて、とにかく公正な労働条件をきめるということを片方に置きながら、ストライキを押えてしまう、こういうような形で、この公労法ができたときは、当局などは主張されておつたと思うのであります。ところが、遺憾にしてストライキは遂に行われないで、今日まで組合は隠忍自重しておるわけでございましようが、それにもかかわらず、それに見合わされてできたこの職権仲裁制度というものはどうなつておるかといいますと、せつかく裁定案が出ましても、議会ではいつもつぶされることにきまつておるのです。これでは、一体この労働問題を何らか解決しようという意思を持つて法を運用されておるのか、それとも労働者を押えつけようとして法を運用されておるのか、わからなくなつてしまう。本来、労働問題を法が取扱う場合は、原則としてこれをいかにして合理的に解決するかということが、この指導原理とならなければならない。ところが、今までの運用を見ますと、ストライキは押えつけておく、そして一斉賜暇などをやると、ただちに解雇というふうな、かなり問題の多い態度さえとられておるにかかわらず、それと見合いにして、最も組合にとつて一応合理性を持ち——それでさえ組合にとつては不満があると思いますが、それでも合理性を持つ職権仲裁裁定制度というものは一向通らないということになつたのでは、これは労働組合としては、かかる規定を排除するという態度に出たいというのは、もつとものことであります。しかしながら、これは排除しようとしましても、わが国の国鉄とか専売とか並びに国営事業というふうなものは、きわめて深く国家の予算に規定されておりますので、どうしてもその面から縛られるということを拒否しがたい。そこで改正法案は、いやしくも両者の間に約定ができたからには、今度は政府はその約定を尊重して、それに必要な予算案を組んで議会べ出せというこの要求であります。これまたこれ以外には適当な手もないと存じ、賛成いたすものであります。このような考え方は、昨年の法律改正のときにも、たしか改進党あたりの万々もこのような議論を持たれておつたかに私記憶いたしておるのでありますが、合理的にものを考える限り、当然これを承認せざるを得まいというふうに思います。  それから、今度労働争議調整機構というふうなものを改正しようとされております。あるいは理想的にいえば、公労法だからといつて、別の何らか調整機構を必要とするということもいえないじやないかと思われる。つまり今の現行の中央労働委員会によつて、公労法の争議も片づけてよいというようにも考えられるのでありますが、一つの過渡的な形態でございましようが、とにかく公共企業体等の労働委員会というものを特設される構想を一応とられております。しかしながら、現在の形態をかえて、もつと一般の労働委員会に最も近いもの、いわば現在の労働機構の特殊部門とでもいうような形にまで一般化されて来ておるのは、私は方向としては賛成したいと存じております。そしてこの機能によつて、争議をなるべくうまく解決して行こうとされておるわけであります。  それから、今まで組合の証明などというものは、労働省が握つておるというようなかつこうで、きわめて権力的な色彩が独かつたのを、これを労働委員会の手に帰すというような形になつて参つた。これまた当然そうなつてしかるべきだろうと思います。  それから不当労働行為に関する指示救済命令を出すことを労働委員会に認めて、しかもそれを十分確保しようという意思が見受けられて、これまた当然であろうと思います。  最後に争議権の禁止規定、これを廃止された。これは先ほどからも申しましたように、当然のことであり、また望ましいことだろうと思います。一体争議行為を押えることによつて、労働問題は解決するものじやなかろう。争議ができるということ、そのできるということを背景にしながら、当事者の間に合理的な線をそこに見出して行くというところに、争議解決の要諦があるので、従つて今まで争議権を押えておつた方が、憲法二十八条との関係で問題になるというだけでなく、同時に、政策的にも賢明でなかつたのではなかろうかと考えます。その意味でこれを廃止せられて、一般民間の労働組合と同様に一つの争議権を打立てようとされたのは、賛成であります。ちようど公益事業並になさつたということでございます。大体どこでも公益事業並にする、パブリック・ユーティリティーというカテゴリーの中に入るものなのでありまして、交通事業というものを公益事業並にせられたのは、もつともであります。緊急調整という現行制度を別に否定なさらないままに、この緊急調整があるものだから、当然争議は認めていいじやないかと言われているような感じを、この法案で受けるのであります。そう言われてみれば、何をか言うことがないので、緊急調整を承認して、しかも争議権の禁止規定をはずせと言われておるのに至つては、まつたくもつともなことであります。もつと考えるならば、緊急調整自体からあるいは改正されてしかるべきなのかもわからないと私は考えております。その意味で、この法案は、これからさらに緊急調整というような制度にまで食い込んだ改正法案に発展して行かれた方が、労働法の充実のために望ましいのではなかろうかと存じます。  地方公労法の方につきましては、これは交渉単位制というような妙なものもございませんし、それから総じて公労法の趣旨に沿つてできたものでございます。従つて改正案もまた公労法改正案の趣旨に沿つてなされておりますので、これについては、特に立ち入つて陳述することを避けたいと存じます。  私の陳述はこれで終ります。

山花秀雄日本社会党(左)

○山花委員長代理 公述人各位に対する質疑を許します。御質疑はございませんか、  それでは、公述人各位におかれましては、御多忙中にもかかわらず、長時間にわたつて御意見をお述べ願いまして、まことにありがとうございました。委員長より厚く御礼を申し上げます。  これにて本日の公聴会は散会いたします。  明二十八日は午後一時より委員会を開催いたします。     午後三時十一分散会

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