法務委員会 第15号
- 発言数
- 64 件
- 登壇者
- 20 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1953/07/16
会議録
○小林委員長 これより会議を開きます。 刑事訴訟法の一部を改正する法律案を議題とし、参考人及び関係各当局より、本案について意見を聴取することにいたします。 この際参考人並びに関係当局各位にごあいさつ申し上げます。本案は刑事手続の運用の実績にかんがみ、勾留に関する規定を整備し、検察官と司法警察職員との関係を明確にし、逮捕状濫用の防止をはかり、控訴審における事実の取調べの範囲を拡張するとともに、有罪の陳述に基く簡易な公判手続を創設して審理を迅速ならしめ、その他現行法の不備を補修するため緊要な改正を施し、もつて運用の適正を期することを理由として提出されたのであります。本案は去る第十三回国会に初めて提出されまして以来、再度の衆議院の解散によりまして今日に及んだのでありますが、爾来わが国刑事手続のあり方に関して、また人権擁護の立場からいたしまして、幾多の論議が展開されて参つたのであります。本委員会といたしましても、この重要性にかんがみまして、慎重審議を重ねているのでありますが、広く各界の意見を聴取し、もつて本委員会の審査に資するため、ここに各位の御出席を願つた次第でございます。各位におかれましては、まことに御多忙中のところを、お差繰りくださいまして御出席くださつたことに対して、厚くお礼を申し上げます。 次に議事進行について念のため申し上げておきます。各位は御意見陳述の前に、まず御身分または職業とお名前とを御紹介願い、御意見の陳述は検察庁、自治警察、国家地方警察及び裁判所はそれぞれ二十分程度でおまとめを願い、中島参考人は十五分程度でおまとめを願いたいと存じます。各位の御発言の順序は、支障のない限り名簿の順序によることといたします。 なお衆議院規則の定めるところによりまして、発言の際は委員長の許可を得ることになつており、発言の内容は、意見を聞こうとする案件の範囲を越えてはならないことになつております。また委員は参考人に対して質疑をすることができますが、参考人は委員に対して質疑をすることはできませんから、この点もあわせてお含みを願います。 それではこれより順次各参考人並びに関係当局の意見の開陳をお願いすることといたします。佐藤検事総長が所用のため遅れますので、田中警視総監からお始めを願います。警察側は自警、国警それぞれの立場から今回の刑研改正案に関する一般的御意見を伺いたいと存じますが、特に第一、起訴前の勾留期間の延長の点、第二、供述拒否権告知の制度の点、第三、検察官の一般的指示の点、第四、逮捕状請求に関する検察官の同意の点等を含めて意見の開陳をお願いいたします。田中参考人。
○田中参考人 私は本日刑事訴訟法改正に関する意見を申し述べるためにお招きを受けました警視総監の田中榮一でございます。 今回刑事訴訟法改正に関とまして、当委員におかれましてきわめて慎重なる措置を講ぜられて、われわれ実務家の意見を御聴取くださいますことに対して、深甚なる感謝の意を披瀝いたしたいと思うのであります。ただいま委員長から御指摘にあずかりました四点でございまするが、自治体警察を代表いたしまして、第一点、第二点につきましては特に意見はございません。ただ第三点、第四点、検察官の一般的指示の問題並びに逮捕令状請求に関する手続の点につきまして、自治体警察側こしまして政府原案に対しまして反対の意見を持つておりますので、この点だけを特に意見を申し上げたいと考えております。 現在、これは警視庁のみならず、全国の自治体警察――国警もそうと存じまするが、全国の自治体警察と検察庁との関係は、きわめて密接な連絡協調の体制を持つておりまして、かかる親密なる連絡協調の関係にある際に、かかる法案を改正されることにつきましては、何ら改正すべき理由を認めない、かように考えておるのであります。しかしながら、この点は以上二点の点についてのみであります。その他の点につきましては、われわれとしましては、改正されることに対しましては何ら意見はございません。御同意を申し上げておる次第であります。現在の警視庁の例を申し上げるのでありまするが、公務員犯罪、選挙事件、公安事件、これは主として思想を背景とした公安事件等の重要な、複雑な、または特異な事件につきましては、逮捕状の請求はもとより、捜査の着手及び捜査の実行過程におきまして、随時検察官と事実上の連絡協調をはかつておりまして、検査官側の公訴維持の見地からする法律的のアドヴアイスを快く受けまして、その意見を尊重しつつ現在捜査の万全をはかつておる次第であります。その間何らの支障もないのでございます。また捜査と公訴とはきわめて密接な不可分の関係にあるのでございまして、検察庁側から捜査に関する御注意、アドヴアイスということは当然いただいてさしつかえない。またわれわれも快くその助言をいただくことを歓迎しておるのであります。現実の状況からいたしますと、両者の間はきわめて密接な関係にありまするので、ここにあらためて規定を設けまして、法律の上に明文を設けて、検察官が警察に対して一々指示をするというようなことは毛頭必要はないと考えておるのであります。御承知のように、新刑事訴訟法は当事者主義でございまして、警察官はあくまで犯罪捜査に従事する。検察官はあくまで公訴の提起並びに公訴の維持をするという、すなわち犯罪捜査と公訴の提起維持、両者がおのおの分野を相守りまして、そしてそこに相協力し、相牽制しながらするところに新刑事訴訟法の新しい目標があるのでございまして、これを今再び元の職権主義によるところの旧刑事訴訟法のような形態にこれを逆行させるということは、現在の警察の捜査権の自主性から申しまして反対であると考えるのであります。 なお今回の改正で「捜査を適正にし」という言葉を新しくつけ加えるということになつておりますが、検察と警察との関係につきましては、現在の刑事訴訟法の建前を明確にするために行われるということは、ほとんどその事由を了解するのに苦しむものでありまして、むしろかかる改正によりまして、警察に対する検察官の指示権が強化せられて、警察の行う捜査の実質内容について検察官が指揮掌握することになりまして、捜査に関し司法警察職員を検察官の従属機関たらしめて、いわゆる旧刑事訴訟法の考え方に逆行させるというものしかないのでございます。およそ責任を持つて仕事をやる、捜査をやる上におきましては、必ず自主的にやらなくてはその責任が持てぬのであります。いやしくも捜査官が捜査する以上におきましては、捜査官並びにその直属長官が一身に責任を帯びて捜査に従事さしておるのであります。それにもかかわらず、それが横合いから――捜査に関して具体的な指示を受けるようなことがありましたならば、その結果の善悪を問わず、かりによくなろうが悪くなろうが、その結果につきまして責任が持てない。それからまたことにその結果が悪く行つた場合におきましては、その長官はただちに責任を負わなくてはならぬ、かような点から申し上げまして、警察の自主性というものを尊重していただき、その長に責任をはつきり持たせるというようにしていただきたい、かように考えておる次第であります。昨年、破防法に関するすべての事件については、必ず検事正の指揮を受けなければならぬというような御通牒が検察庁から出たようでありまするが、これに対しまして、全国の自治体警察、国家地方警察官は反対の態度をとつたのでございまして、この点においてすらかような状態でありまする丙で、今後かような法律の明文によつて規定されることはまつたく苦痛にたえないのであります。 次に委員長から御指示がありました第四点、百九十九条の司法警察職員の逮捕令状請求について検察官の同意を要するということでございます。この改正は、警察側において逮捕状の濫用が行われておるという非難に基く問題から起つたものと考えておりまするが、この点につきましては、警察側の責任者として深く反省をいたしておる次第であります。警視庁におきましては、人権に重大なる影響を与えまする逮捕状の請求にあたりましては、必ず署長、課長の指揮を受けてこれを行う。現在警視庁の犯罪捜査規範というものがございまして、その犯罪捜査規範に署長、課長の指揮を受けねばならないということが明定をされておるのであります。一部において、あたかも署長、幹部の知らないうちに逮捕状の請求を行つて、かつてにその交付を受けて、かつてに逮捕しているというようなことが巷間伝えられておるのでありますが、絶対にさようなことはないのでございます。またある意味におきまして、一般の司法警察職員の行う逮捕令状の請求に対して、その署長とか課長とかいうものが指揮に当ることはおかしいではないかという御議論もないではないのでありますが、署長、課長といえども、全部これは司法警察職員でございます。それから警察法の四十八条には、警察署長はその部下の職員を指揮監督するということになつております。この警察法の根拠に基く指揮監督権に基きまして、司法警察職員たる署長が司法警察職員たる部下を指揮監督することは当然のことでございます。ことに部下の行つた行為につきましては、当然上長官が責任を持たねばならぬ。全部の責任を上の者が負う以上は、部下のやる仕事に対しまして指揮監督することは、責任の体制からいつて私は当然であろうと考えておるのでございます。御承知のように、捜査というものは、必ず逮捕令状を請求して捜査するということが捜査の建前ではないのでございまして、捜査はでき得る限り任意捜査によることを建前としております。ただ被疑者の逃亡、証拠物件の隠滅のおそれというような場合に限つて、やむを得ず強制捜査を行つているものでありまして、逮捕令状濫用について問題になりますのは、かかる強制捜査の必要性及び妥当性の有無についてであると私は考えるのでございます。逮捕令状請求にあたつては、容疑の内容であるとか、軽重、影響等を十分に検討いたしまして、被疑者の年齢、健康等を考慮し、逃亡、罪証隠滅のおそれがあるかどうかということを十分に判断をいたしまして、そうしてまた逮捕するに必要なる、十分なる疎明資料を整えまして、そうして判事に令状の請求を行つているような次第でございます。従つて部下の者がかつてに、やたらに令状を請求するというようなことは絶対ないのでございまして、現在警視庁におきましても、たとえば選挙違反を捜査する場合におきましても、刑事部長を中心にいたしまして、捜査本部を設けまして、捜査本部指揮のもとに、各署がかつてに捜査令状を請求してはならない。必ず捜査本部にその状を具して、相談をして、捜査本部において、これは当然逮捕令状を請求せねばならない事件であるというときに限つてこれを許して、そうして各署長から逮捕令状を請求してやるというようなきわめて慎重なる方法によつて令状の請求をいたしておる次第でございます。事件によりましては総監がこの相談にあずかりまして、そうして総監自体としましても、前後の状況並びにそのときの情勢等を判断し、また証拠物件がどの程度にあるか、犯罪の内容がどの程度であるかということを十分に検討いたしまして、その上で令状請求に対して許可を与えるというような、きわめて慎重な態度によつて令状請求をさしているような次第でございます。 なおかかる点につきまして、今警視庁の例を述べたのでございますが、これはおそらく全国の自治体警察はもちろんのこと、全国の国警におかれましても同様な方法によつて、令状請求につきましてはきわめて慎重な態度によりて令状を請求させ、よつてもつて人権の保障の万全を期しておると考えておる次第でございます。 そこで何分にも多数の事件でございます。警視庁におきましても、一年間に約十八万件ほどの刑法犯の事件があるのでございます。そこでこの十八万件の中で、もちろん令状を請求するのもあるし、しないのもありますが、過去におきましても、多数の事件でございますから、完全にその捜査官のやつた手続の上において遺憾はないかといいますと、これは決してそうではないのでございまして、やはり警察官も人間でございますので、あやまちがあり、また過失があり、また証拠収集不十分の点があり、またいろいろ捜査の上においても手落ちがありまして、全部が全部絶対に間違いがなかつたということはいえないのでありまして、これは警視庁の例でございますが、昭和二十年から二十七年に至る間のいわゆる逮捕令状請求に関しまして違法または不当に捜査をしたと認められる事件が十四件ございまして、これにつきましては、それぞれあるいは免職をいたしましたり、あるいは諭旨免官をいたしましたり、減俸あるいは譴責というように内部的に厳重なる懲戒処分をいたしておる次第でございます。従いましてわれわれも内部的には十分に監察制度を整備いたしまして、現在かような不当または違法に令状請求をしたとか、あるいはそれによつて不当に逮捕したというようなことは内部的にも十分に反省をいたしまして自粛をいたしておるような次第でございます。 そこでこれは警察側の立場をいうのでありますが、御承知のように自治体警察というものは、検察官に比較いたしまして、直接民衆の批判看視を受ける機会がきわめて多いのであります。たとえば皆さんも御承知のように、ちよつとした警察官の失敗にいたしましても、ただちに新聞によつてこれが攻撃を受け、あるいはまた国会においてすらこれが糾弾されるというようなことがしばしばございまして、警察は常時民衆の代表者であるところの公安委員会の管理に服しておるとともに、都府県議会、市会等におきまして、常に警察の責任者が出席を求められまして、一刑事の行つた不法不当な捜査、あるいは行き過ぎの捜査があつた場合におきましては、ただちに峻烈な質問を受け、糾弾される、そうしてその事実調査の上必要があれば、ただちに処分せねばならぬというように、非常に直接の批判糾弾を受けるように露出されておるのであります。また新聞その他一般輿論の監督もきわめて厳重でございまして、一巡査の非行、行き過ぎにつきましても、ただちに輿論の非難を受け、それによつてまたいろいろ処断をされるというような場合があるのであります。たとえば皆さんも御承知のように、昨年でありましたか、東大問題がありました際にも、巡査が国会にまで呼び出されまして、その糾明を受ける、それからまた築地問題にいたしましても、ただちにわれわれ関係者が国会に呼び出されて質問を受けるのでございますが、現在検察庁の検事が国会に呼び出されて、直接議員さんから糾明を受けたという例はおそらくないんじやないかというようにも考えておるのであります。このように警察は常に民衆の批判、監督を厳重に受けておるのであります。従いまして令状請求につきましても、もちろん全司法警察官はかような直接の国民の批判があるということを考慮に入れまして、慎重なる態度によつて令状請求をいたしておるのであります。従いましてわれわれとしましては、この令状請求につきまして、いたずらにこれを濫用するとか、あるいはこれによつて人権を蹂躪するというようなことは、極力お互いに戒め合つておるわけでございます。かりに逮捕状請求につきまして、検察官の同意を必要とすることといたしますれば、逮捕状の請求が捜査の重要な段階であるという点から、結局個々の犯罪捜査について、検察官の指揮を受けるようなことになるのであります。その結果警察運営の面に重大なる支障を来すことが予想されるのであります。 第一に考えられますることは、本来の警察の任務は、これは警察法第一条に明定されておりますが、犯罪の予防、鎮圧のために、警邏、防犯、捜査等有機的総合的に運用されて、初めて効果を発揮すべきものであるにかかわらず、特に犯罪捜査だけを切り離しまして、事件処理の観点から、検察官の指揮を受けるということになりましては、真の効果を上げることは困難となるのであります。 次に、最も重要な問題は、警察組織における上下の指揮命令の系統を乱し、警察の責任体制をくずすおそれが生ずるということでございます。現在公安委員会によるところの民主的指導、監督を有名無実にしてしまうおそれが多分にあるのではないかということであります。警察は民主的制度たる公安委員会の管理のもとに、執行体として組織的な活動を形成いたしております。しかるに警察がみずからの責任である捜査の実行にあたりまして、警察以外の別系統の指揮者を持つこととなりまするならば、警察の指揮系統は乱れまして、責任の所在はあいまいとなり、責任体制はここにくずれてしまうおそれがあるのであります。警察長は部下の犯罪捜査に関しましては、直接間接に全責任を持つておるのであります。すなわちかりにこの全責任を持つておる者が、横合いからその最高責任者の捜査の方針に反した捜査方法を指揮いたしまして、もしその事件がかりに失敗した場合におきましては、横合いから指揮があつたからといつて、警察長の責任を免れることはできないのであります。その責任はあくまで警察長が負わなくてはならぬ。かような意味から申しましても、私は横合いからの捜査の指揮ということは、絶対に排除せねばならない、かように考えておるのであります。ただ検察庁側が好意的に捜査に関して助言をいただく、こうしたらいいじやないか、この問題は公訴手続に必要なものであるから、こうしてもらいたいという助言に対しましては、われわれは心からこれを歓迎せねばならぬと思うのであります。現にわれわれはかような見地から検察庁の御助言、警告、忠告、そういうものは快く引受けまして、これと相協力して捜査に努力しているような次第でございます。 それからまた実際の場合を考えまして、これは警視庁の例をとつてはなはだ恐縮でございますが、現在警視庁管下には私服――これはいわゆる一般の強力犯あるいは知能犯の捜査係、それから防犯、思想的犯罪を捜査する公安の係の刑事、これらを含めまして、私服刑事と認められる者が五千九百四十七人おります。この五千九百四十七人の私服刑事が、防犯にあるいは犯罪の捜査に従事いたしておりますが、東京地検には、検事、副検事合せて約百七十人であります。この数多い刑事が犯罪を捜査しても、なかなかむずかしい。非常に手不足である。もう捜査に音をあげておる。この実情において、百七十人の検察官が事実上指揮をとられたところで、はたしてほんとうに有効適切な指揮ができるかどうか、こういうことであります。検察官はあくまで公訴の提起、公訴の維持というものに重点を置かれまして、司法警察職員が犯罪捜査したものを、それぞれどしどし処理していただく、それによつてすなわち治安が確保される。いわゆる訴訟事務がどしどし進行される。保釈すべき者はどしどし保釈して行く。これがほんとうに人権擁護の趣旨に合するのではないか、かように考えるのであります。数少い検察官がさらに具体的な捜査にまで出動されまして、一々刑事に指揮されるということは、刑事といたしましても苦痛にたえないのであります。ときにはまつたく刑事の捜査方針に反したよな捜査の指揮もありましよう。それからまた何と申しましても、刑事はこれで数十年間めしを食つておるのでありまして、検事さんは公訴の維持の事務については御堪能でございますが、実際の捜査の事務、捜査の仕事につきましては、どうしても刑事には劣るんじやないか。その検事さんが公訴維持のための指揮といいますか、その御意見ならばわれわれ喜んでこれを受取るのでありますが、実際の犯人の捜査にまでかようなことになりますれば、むしろ捜査というものはこれによつて渋滞するおそれがある。また一面において公訴の事務が渋滞する。従つて訴訟全体が渋滞して来る。そうなつて来ますと、釈放すべき者も釈放できないという結果になりまして、これはまた人権擁護の上から遺憾の点でございます。検事はあくまで公訴を提起し、またはこれを維持する。警察官は犯罪を捜査する。この二つの分野を十分におのおの守り合つて、お互いが協力して行くところに、治安の確保というものができるんじやないか、かように考えるのであります。 それからなおわれわれといたしましては、もし逮捕令状が濫用されるというおそれがありますならば、私どもは、この濫用されるという御批判に対しまして、ほんとうに真剣にこれをお受けしたい。そしてわれわれ自体としましても、この弊を十分に排除しなくてはならぬ。それがためには、検察官の同意ということでなくして、あくまで警察の全責任において、かかる非難のよつて起るゆえんをなくするように努力をいたしたいと考えております。われわれはこの非難については率直に反省いたしまして、警察の責任体制をより強化いたしまして、幹部の総指揮権を掌握し、監督、教養を強化すると、ともに、さらに逮捕令状請求を慎重にするためには、逮捕状請求を一般の司法警察職員に当らしめず、あるいは署長であるとか、課長であるとか、捜査主任であるとか、そうした幹部において令状を請求するように、内部的に措置することが一番いいのではないか、かように私どもは考えておる次第であります。 ただいま私の申し上げました意見は、きわめて大ざつぱな意見でございまして、まことにおわかりにくい点もあろうかと存じますが、これは国警、自警ともに同じような意見であろうと存じます。また現在政府におかれまして、かかる刑事訴訟法の改正の案を無理やりにお通しになるということは、将来警察、検察の間に大きなみぞをつくる心配があるんじやないか。今かかる問題で警察、検察があたかも対立しているような感を与えて、こうやつて公聴会においてわれわれが立つてしやべるということも、何だかどうも対立しているような感じがあるのでありまして、われわれは今こそ両者の協力体制をさらに強化いたしまして、国内治安に邁進すべき時期ではないかと考えておるのであります。従いまして私は今回の政府の提出されました原案に対しましては、より高度のお考えを持つて、法務当局において本案を何か直すようなことについてお願いを申し上げたい、かように考えておる次第でございます。 はなはだ説明が不十分で申訳ないのでございますが、以上自治体警察を代表いたしまして、実際の仕事を担当しておる者といたしまして、意見を具申した次第でございます。
○小林委員長 これにて田中参考人の意見の開陳は終りました。なお委員の質疑は、自治体警察及び国家地方警察の意見の開陳後に、この両当局に対して一括してお願いすることにいたします。 それでは次に斎藤国家地方警察本部長官にお願いいたします。
○斎藤(昇)政府委員 私は国家地方警察本部長官斎藤昇でございます。ただいま委員長から御注意のありました点につきまして、御意見を申し上げたいと存じます。 今般の刑事訴訟法の改正点、ことにただいま委員長から御指摘になりました四点につきましては、警視総監が自治体を代表せられて御意見の開陳をせられたのでありますが、私もまつたく同意見でございます。刑事訴訟法の百九十三条、百九十九条の点を除きましては、私は法務省の原案につきまして、警察といたしましてもなるべくすみやかに御審議を願い、そうして適当な御決議によつて一日も早く実現いたされんことをお願いを申し上げるのであります。この点は検察側とわれわれの側とまつたく同意見でございますから、これにつきましては申し上げません。百九十三条及び百九十九条につきましても、ただいま警視総監よりるる御意見の御開陳があつたのでありますが、私は御審議の御参考になれば仕合せと存じまして、まずこれらの案がどうして出て来たか、われわれがなぜこの二点についてかように真剣に反対をしているのかということを御理解を願いますために、この背景について少し述べさせていただきたいと存ずるのであります。 警視総監からお話がありましたように、検察側と警察側の日常の業務は、末端におきましても中央におきましても、きわめて円滑にスムーズに、お互いに意見を開陳し合い、そして意見のまとまつたところで実行して行くということになつておるのでありまして、この間にいささかの間隙も現在はございません。私は地方に出張をいたしますたびに検事正の方々にもお目にかかつて、御意見を伺うのでありますが、現地は非常にうまく行つておるから安心してくれ、警察もよくやつておる、あるいはおせじであるかもしれませんが、さように現在も承つておるのであります。ところが今回この法案の二点につきまして、前国会と今国会に提案になつたのでありますが、この百九十三条、法務省側の説明によりますと、ただ在来の意味を明らかにするだけで、何らそれにつけ加える点がない、かような御説明であり百九十九条はただ逮捕令状の濫用防止だという御説明でありました。それにもかかわらず警察側は、かくもなぜ皆様方に訴えてお願いを申し上げておるか、この御理解を得ますために、少し背景を申し上げさせていただきたいと存じます。ただいま警視総監も一言触れられましたが、昨年破壊活動防止法が国会を通過いたしまして施行になりました際も、この破壊活動防止法の運用はきわめて慎重であり、それがために人権をいささかも損することに相なつてはならないという国会側の強い御意見もございまして、法務省におかれましては、この対策として破壊活動防止法違反の取締りにつきましては、検察側と十分協議を整えた上でやろう、そしてこれは全国的にも関係をする中央からのまた十分の指示下においてやりたいという御意見がございました。私事務当局からその御意見を聞きまして、まことにけつこうである。今までこの種の犯罪につきまして、検察側と警察側と意見を異にして、そして捜査を始めたという事件は一件もないのであります。また今後といえどもさようなことは考えられません。従いまして私は、これ六をさらに確保して行くということはきわめて賛成であるということを、交渉にあたつております事務局にも申し上げたのであります。しかしただそれはどういう方法でこれを確保するのであるか。私といたしましては、これは警察と検察の協議、申合せによつてこれを実現するのが最も適当である。これは百九十九条の指示というものであつては、将来に禍根を残すおそれがある。すなわち破壊活動防止法の捜査の慎重を期するという意味から、その捜査の内容について、一々検察側の承認を得なければやれないというようなもし指示があるとするならば、あるいは選挙違反の取締りについてもさようなことが百九十三条においてなし得る。さような解釈は、この公訴を全うするために必要な一般的準則に一体入るのか、私は非常に疑問がある。この点を十分了解をしてもらいたいということを申し入れたのでありますが、その点はなかなか御了解に相ならなかつたのであります。そこで私は、両方の事務当局の意見において相違をするならば、大臣――当時は木村法務総裁でありましたが、木村法務総裁のところで法務府側の事務意見、警察側の事務意見、これを十分にお話を申し上げて、そうしてそのきめられるところに従おうじやないですかということを私は申し入れたのであります。私は事柄が所期せられるようにほんとうに実現をするならば、それでいいのではないか、こり際に百九十三条を解釈として指示権として出すということは、いかにも穏やかではない、今の法務当局あるいは検察当局は、さようなお考えを持たないであろうけれども、今後これがほかの犯罪に影響するところは甚大であるから、一々検事の承認を受けなければ搜査に着手してはいかぬというような指示を、これが一般的準則として、出されるということでは、現在の刑事訴訟法の根本を誤るものではないかということを私は強く感じたのであります。ところがこのことを私は法務府の法務次官にも――当時はまだ法務次官の制度はなく、法務総裁、従つて検務長官でありますが、清原長官にも十分申し伝えておいたのであります。しかもこのことについて夜おそくまで電話で話し合い、最高検の検事さんにも私はこういう点で反対をしておるから、大臣のところで一度意見を聞いて、それから大臣の決裁を得てくださいというておつたにもかかわらず、翌日検事総長が法務総裁の決裁をとられたということを聞きましたので、私は法務総裁にはたしてそれが事実であるかどうか、お尋ねをいたしましたところが、今決裁したところだ。それは警察側が、ことに私が強く反対をしておるという説明がありましたかと申し上げたところが、警察との話はついた、こういうことであつたからこれは判をついたというお話でありました。それはまつたく事実と違います、ここに清原さんを呼んで今までのいきさつを聞いてくださいと申し上げたのであります。そこでまずその前にその文書を施行しないでもらいたいということを大臣を通じて最高検に申し上げたのでありますが、今施行してしまつた、しからばその内容はどういう内容でありますかと聞いたところが、ちよつと待つてくださいというわけで、その施行文の内容が二時間たつてようやく大臣あるいはわれわれにも届いたのであります。そこでその内容を見ますと、「破壊活動防止法違反の捜査については、特にその適正を期する必要があるので、司法警察職員は次の通り取り計らわれたい。一、捜査の端緒を得たときは、被疑者または犯罪事実の異なるごとに、その捜査に着手する前に、事案の概要を検事正に報告し、その承認を得ること。」いわゆる捜査の着手の承認を得るという書出しから「逮捕、差押え、捜査または検証のため令状請求についてはあらかじめ検察官と協議すること。あるいは同法違反事件に関する重要な事項を随時検察官に連絡すること。」というような内容が示されておるのでありまして、これを各地方の検事正から都道府県警察隊長、各管内自治体警察隊長、特別司法警察職員の長あてに通牒するようにという検事総長の指示が出たわけであります。そして国家公安委員長に対しまして、かような指示を出したからという通知がありました。そこで私は大臣にも申し上げまして、とにかくいま一度考え直していただけないかということを申し上げたのでありますが、とにかくもう指示は出てしまつたというお話でありまして、国家公安委員会に報告しました。当時国家公安委員に、今東京の検事長になつておられる花井氏がなつておられまして――弁護士でありましたが、公安委員もしておられたのであります。この花井検事長の御意見も私の意見とまつたく同様でありました。国家公安委員会といたしましては、かような指示は、警察を検察に従属させるようなおそれを抱かせるから賛成しがたいという返事を出しておいたのであります。自警の方におかれましてもこれを聞かれまして、ただいま警視総監から話がありましたように、非常な反対をされたのであります。従つて、この指示は出されたようであり、われわれの方としてはこれは少しおかしいじやないかというので、実際は宙ぶらりんという形になつておるのであります。しかしながらそれと同時に、われわれといたしましては、この趣旨はどこまでも貫徹しなければならぬのであるから、地方においては検事正と十分協議をし、協議が整わなければ実行してはいけない、また同時に、中央の最高検とわれわれとも相談をする必要があるから、そういう連絡も密接にしてほしいということで、この最高検の意図せられる事柄が十分達し得るようにわれわれの方としては末端に手配をいたし、また自警においてもさようにいたされておるのであります。もともとかような種類の犯罪につきまして、今申し上げますように、警察の独断で捜査に着手をする、検挙をするということは、今までかつて例がないのであります。それを何ゆえに、国会で捜査を慎重にしなければならぬという声が高かつたという理由でこれを百九十三条の指示とされるのか、この解釈をもしどうしてもとられるというのであれば、国会の皆様方の御意見も承つて、ほんとうに正しい解釈はかくなければならぬということをきめていただきたいと、当時から私は強く念願いたしておつたのであります。それは昨年の七月でございます。ところが今年になりましてさらに刑訴の改正が少し追加されるというお話を聞いておりまして、その中で警察と検察との関係がさらに附加されるらしい、ことに令状の濫用防止についても、その手段が刑訴の中に織り込まれるのじやないかといううわさを聞きましたので、私は法務次官に、警察と検察と直接関係をするものについては、法制審議会に案を出される前に、十分事前に研究し合つて、よい案を得て出そうじやないですか、委員会でぱつと案が出て、そこでけんかをし合うというようなみつともないことはやめたいということを申し入れたのでありますが、法務次官はまつたく賛成であるということを申されたのであります。ところが突如通知が参りまして、法制審議会の刑事部会を開催する、案は次のことしというわけで、その案が送り届けられたのでありまして、私どもといたしましては、この案ができる前に、実際議論をいたしておる点について十分検討を加えて、完全な案にして出していただきたいという念願が水泡に帰したのであります。しかもその提案された原案は、ただいま国会に提案されておりますあの二つの条文だけではなしに、一般指示のほかに、「検察官は、捜査が違法又は不当であると疑うに足りる相当の理由があるときは、その管轄区域により、司法警察職員に対し、事件を指定して、捜査に関する報告を求め、捜査の着手につき検察官の承認を要するものとし、又はすでに着手した捜査の中止を指示することができるものとすること」いわゆる個々の具体的事件の捜査についても、検事の判断によつてその捜査を中止させたり、あるいは承認を求めさせたりすることができるという規定を設けようというのが一点。それから「検察官は、司法警察職員に対し、捜査を適正にし、公訴を実行するため必要な事項について、実務修習の指導をすることができるものとすること」いわゆる警察官に対して実務修習をすることができるということを法律に明確化する。それから「検事総長、検事長又は検事正は、司法警察職員が正当な理由がなく検察官の指示又は指揮に従わない場合において必要があるときは、警察官又は警察吏たる司法警察職員については警察官等適格審査会(仮称)に懲戒処分の勧告を、その他の司法警察職員についてはその者を懲戒する権限を有する者に懲戒処分を請求することができるものとすること」こういうものをつけ加えておつたのであります。それからもう一つは、令状の請求の場合に検察官の承認を要することというのがあるのであります。これらを一貫いたしまして、私どもは、これが今の刑事訴訟法の警察と検察の関係を変更するものでなくて何であろうかということを強く感じたのであります。法制審議会におきましては、今回取上げられました以外の点については、これはあまりにひどいではないか、あるいはその必要がない、ということで削除をせられたのでありまして、そうして残つたのがこの二条ということになつたのでありますが、この残つた二条といえども、さような意味合いから私どもは非常に大事な点だと考えておるのであります。 そこで今般の百九十三条は現行の法の意味を明確にしただけであると言われておるのでありますが、しからばその明確なる意味というものにつきまして、われわれといたしましては個々の事件の捜査について検事がただちに指揮し得るような内容を持つ一般的指示というものが、この中に入るのであるか、入らないのであるかということを聞いておつたのであります。もし入らないのならばよろしいが、入るということであるならば、その解釈を明確にするように解釈規定をもう一本附加してもらいたいということを申し入れたのであります。一応これは入らないということに解釈をするからということでありましたから、しからば私は百九十三条につきましては、国警側としては異存はありませんということを言つておいたのであります。ところが後になつてそれを明確にいたしたいと思いまして文書をもつてこれを確かめたのでありまするが、この返事がまだございませんし、また口頭の御返事はきわめてあいまいである。私はこの点はどうしても明確にしていただきたいと思うのであります。すなわち破防法のときに出されたような百九十三条の一般的指示として、捜査に着手する前に一一前記の承認を受けなければ着手ができないんだ、そういう指示はここで言う一般的準則たる指示であるかどうか。もしそうであるとするならば、これは今の警察と検察との関係を著しく変更するものであるのでありまして、重大な問題であると考えておるのであります。この点については明確な御返事をいただいておりません。この点をどうぞ明確にしていただきたいと思うのであります。 それから令状の濫用防止につきましても本国会に提案される前に、さらに令状の濫用防止ということをもう少し実体的に両者相寄つて研究をし、その原因をきわめ、その方法を研究しようじやないかということを申し入れたのでありますが、そのことが提案までになされなかつたのであります。私はなぜさように申しておるかと申しますると、逮捕令状の濫用は一般に強く言われております。しかしこの濫用の形態あるいは原因というものはいろいろあると思うのであります。たとえば捜査の便宜のために令状を濫用するのじやないか、いわゆる自白強要のために令状の濫用が多いという声が高いのか、それならそれに対する手当が必要である。また実際そうであるかどうかを検討する必要がある。あるいは捜査官の悪意と私心によつて捜査令状を濫用することが多いのか、またこの点を強く指摘されているのか、それならばそれに対する用意をしなければならない。後者であるならばこれはむしろ捜査官の個人監督の問題であります。前者であるならば自白強要のために――先ほど警視総監から御説明がありましたように、令状を請求いたします前には一応検察官と相談の上でいたしておるのであります。その際にわれわれはこれは重大な犯罪だからということで、はたして令状を請求する必要があるかどうか、いわゆる逮捕をしなければいけないのかどうかというところまで検討をしないで、知らず知らず令状の濫用に陥りはしないか、それらをもう少し検討する必要があると私は考えます。それにはどういうやり方が最も適当であるかということを研究すべきである、かように申し入れておつたのでありますが、とにかくこれはこうきまつているからこれで出すということのほかに何の御返事もないのであります。この点は非常に私は遺憾に思つておるのであります。政府部内のことを申し上げましていかにもおはずかしい次第でございますが、しかし事柄がきわめて重大でありますので、こういつた背景を御参考に願いまして、ほんとうに令状の濫用が防止され得るような方法をお考えいただき、われわれといたしましても先般当委員会において申し上げましたような方法も考えておるのでございますが、これは繰返しません。 以上背景を申述べましてはなはだお聞き苦しかつたと存じますが、意見といたしたいと思います。
○小林委員長 これにて国警長官の意見の開陳は終りました。 これより自治警、国警両当局に対する質疑を行います。なお質疑は御承知のようにたくさんの参考人がおりますので、時間の都合もありますから、要点を簡潔にお願いしたいと思います。 この際質疑の通告があります。これを許します。佐瀬昌三君。
○佐瀬委員 刑事訴訟法並びに警察法のそれぞれの根本精神を堅持しながら、なおその上に立つて警察官と検察官の職分を調節しながら捜査の目的を達成するということはきわめて重要であります。それぞれの権限争いあるいは権限の拡大というような思想ではなくして、国会の求めるところは以上に尽きるのであります。 そこで時間の関係もありますから簡単に二、三お尋ねしておきたいのでありますが、ただいま国警長官の説明によりまして、百九十三条の一般指示というものによらずして、たとえば破防法等におけるがごとくに何らかの納得合いの上の申合せによつて、捜査の機能的円満を期したいという御意見があつたようでありますが、私もこれに対証しては満幅の賛意を表するのでありますが、そこでかつて制度は違つておりましたけれども、そういうねらいのもとに司法警察官職務規範というものがあつて、多少その使命を果しておつたのでありますが、現在の基本法の上に立つでなおそういう新しい性格を持つた職務規範的なものを両者が納得の行くように会議決定されたならば、以上のような摩擦とか、そういつたような点も、あえて法の改正によらずして解消ができるのではないかという点を考える一人でありますが、この点についての警察当局の御意見を、国警並びに自治警の方から承りたい。
○斎藤(昇)政府委員 司法警察官の職務規範につきましては、ただいま御指摘のように、国警においては公安委員会の規則で設けてございます。各自治警においても同様でございますが、しかし、これは最高検及び法務省と十分緊密に連絡をいたしまして内容をきめたのでございます。なお、今後この職務規範について、こういうように改正をしたかいい、こういうようにしてほしいとさし示される点が法務省の側からあれば、われわれはこれを改正するにちつともやぶさかではないのであります。つくります際にも十分協議をいたしまして、意見の一致を見て内容をきめた次第でございます。これが今まで法務大臣の訓令であつたのがなぜ警察側の規則になつたかと申しますと、一つは建前がかわりました点がございます。それから一つは、どちらの方が実際これを適用して従事をする職員に守らせるのによろしいか、われわれの警察側の規則でありまするならば、これを守らなければ、われわれの規律違反としてわれわれ側でわれわれの出したものについて処罰が十分できるのであります。また守る方から見ましても、所轄の監督者から出されておることの方が、守るのにいいんじやないか、かよに考えておるのであります。しかし内容につきましては両者協議をする、そうして敬意をもつて御意見を取入れるということには、決してやぶさかではございません。
○田中参考人 警視庁におきましては、ここにございます通り、警視庁犯罪捜査規範と申しまして、全文二百四十七条の規範がございまして、この規範につきましては、今斎藤国警長官が言われましたように、検察庁側と十分内容を打合せまして、そうして二百四十七条という大きなものをつくりまして、これによつて全部司法警察官は拘束を受けておるわけであります。従つてこれをごらんになるとわかります通り、令状請求なんかも相当慎重に規定されておりまして、もしこの規定に違反をしてかつてなことを司法警察官がやつた場合におきましては、今斎藤長官が言われたように、内部で規律違反として監察に付せられるというような厳重な制度がかかれておるわけであります。従つて、これにつきましては、今までこういうことがあるためでもありますが一刑事諸君が犯罪捜査をしたり、あるいは令状を請求する場合におきましては、事前に十分検察側との連絡協調を遂げておりますから、何ら事天上両者の意見の相違したことはないわけでございまして、従つて私どもの考えとしましては、現在でもかような状態であるので、ことさら波を起すような規定をおつくりにならなくても、十分この活用によつて目的は達せられるのではないかと考えておるのであります。
○佐瀬委員 この規則なり規範なりについては、なお検察側の希望もあると思いますから、それは他の機会に譲ることにいたします。 もう一点お伺いしておきたいのは、警察官から副検事に転官というのですか、かわつておる人員がどの程度あるか、またその任免関係については、実態はどうなつておるか、またそれに対する警察側の希望でもありましたら、その点をあわせて承りたい。
○田中参考人 全国の例は存じませんが、警視庁だけを申し上げますと、従来警察官で副検事に転官をいたしました者が十二、五名あると心得ております。誤つていたらお直しいたしますが、私の記憶では十二、三名くらいじやないかと思います。いずれも捜査に相当体験を持つた優秀な者がなつております。ついせんだつて主として強力犯の方をやつておつた浦島捜査第一課長、これがこの間副検事の試験も受かつております。相当な者がこちらから行つておりますので、おそらく全国的に見ましても、相当な警察官が副検事に任命されておるものと思います。
○佐瀬委員 先ほど、二十年から二十七年の間に十四件か、何か不法逮捕のあれがあつたというのですが、これは逮捕状を成規に請求されて許されたものと考えるのですが、なお警察側から逮捕状を請求して、裁判所で拒否されたというようなものが統計的にわかりましたら、概数だけでけつこうですから……
○田中参考人 ただいま二十年から二十七年までに逮捕令状の請求に関連して処分を受けたのが十四件でございますが、これは令状請求を署長に許可なくしてやつたとかいうのも、中にはあるかも存じませんが、どうも令状を請求した原因が著しく不純である、これは警察官の職務執行に非常におもしろくないというような点を考えまして処分したのでございます。署長の許可なくしてやつたというようなものはほとんどないと思います。
○斎藤(昇)政府委員 全国では、自警、国警を通じまして、昭和二十六年の十月中について調べましたものによりますと、これは警察側と人権擁護局が一緒になつて調べたのでありますが、一万九千七十五通につきまして九十八通で、〇・五%となつております。それは国警〇・四%、自警〇・六%、あまりかわつておりません。
○小林委員長 吉田安君。
○吉田(安)委員 たくさんの参考人でありますから、こまかいことを聞いておつては時間の関係でお困りと思いますので、端的にお尋ねいたします。 斎藤国警長官にお尋ねしますが、さいぜんのお話の中に、百九十三条、百九十九条のことですが、こういうことが諮問される場合には、一応検察側と警察側の首脳部で十分意見を交換して、なるべく円滑にやつて行きたいというようなことを再三お話があつたらしく、のみならず斎藤国警長官は、法務次官にまでもそのことの申出をされた、こういうことを言つておられますが、その申出はいつごろなさつたことですか。
○斎藤(昇)政府委員 法制審議会の刑事部会の開催の通知と同時に案を示されたのが本年の二月十四日であります。私はたしか一月ごろ、こういつたうわさを聞いたときに申し入れておるのであります。さらに解散後本国会にまた提案されるかもしれないと予想をいたしまして、選挙が終りまして間もなく、さらにあの二条について十分事務的に検討いたしたい、この点は私は大臣にも申し入れておつたのでありますが、しかし事務的検討が十分できなかつたという次第でございます。一度大臣のところで法務次官とは話合いましたが、もつと掘り下げてそして実証的に研究する必要があるじやないかと申し上げたのでありますが、これはもう今度は時すでにおそしということになつたわけであります。
○吉田(安)委員 どうも割切れない感じがするのはその点ですが、国警長官の申出の気持はよくわかる、そうあるべきはずだと思うのです。それを法務次官にまでも申し入れ、なおその他大臣にもそういうことを言つておられるのに、やはりそういうことをせずしてただちに法制審議会に諮問する、そのあとでまた今度の国会でもこういうことが出やせぬかという議もあつたから、それでまた話をすると、もうすでに時期が遅いのだ――一体司法当局はどういう考え方ですか。何もおそいことはないはずだ、こんな重大な問題であるだけに慎重審議内輪々々で話されて、その上で納得が行つたときに初めてそれをさらに法制審議会あたりに諮問をされて、そしてこれを持ち出されるというのが順序であろう、私はこう思う。それほど熱心に申出があるにかかわらずあえてそれをしないで、そしてあとでまた心配してそのことについて申出をする、時すでにおそしというようなことは、私はそのうしろの方に何か割切れない思想が流れておるがごとき感じがするのであります。私はきのうも穏やかにさようなことには触れるがごとく触れないがごとく大臣にもお尋ねをしたのであります。私は何かこの問題については、この警察法の改正案が出て来るその前に妙な問題があつて一貫した流れがある、こう考えるのでありますが、このことはもう少し国警長官にお尋ねいたしたいのでありますけれども、それも困難なことだと存じます。一般的指示ということをさつき国警長官ははつきりしてくれ、こういうことであつたがそれも不徹底のようであります。私どもはこの改正案についてははなはだ割切れない点を持つておるのでありますけれども、これをきようつつ込んでお尋ねいたしたところでいたしかたないのでありますが、次期に譲りたいと思います。
○小林委員長 猪俣浩三君。
○猪俣委員 実は四点ばかりお尋ねしたいと存じましたが、時間がないようでありますので一点だけお尋ねいたします。 先ほど破防法に関する取扱いに関しまして検察庁から通牒が来た、それで国警長官は政府委員であられますから、その通牒を当委員会に出していただきたいと思います。 そこでお尋ねしたいことは、御承知の通りこの破防法につきましては全国的に反対があり、そしてその反対の中核を突き進めて行けば、法文それ自体よりも、それを執行する第一線の捜査官に対して信用がないということから来るのが大部分であります。法律ができてしまうと、それをまつたくの武器として弾圧をするというところに反対のほんとうの意思がある。法務大臣は、その点につきましては極力基本的人権と調和をはかることを国会に対して再三再四繰返されておるのであります。さればその責任上さような通牒となつたと存じますが、そこで私どもがここにお尋ねいたしたいことは、一体この捜査というようなことは基本的人権に対しまして重大な関係がある、その奥底には国家の刑罰、科刑権が横たわつておるのでありまして、重大な権限であろうかと存ずるのであります。それの適正なる運用ということにつきましてここにいろいろな方策がありますが、第一に責任の所在を明確化するということが最も重要だ。そうして責任の所在を明確にするということは、結局国民の代表でありまする国会に対して責任を負う機関が、その捜査の権能によらなければならないというふうに私どもは考えるのですが、そうなりますと警察における最高の責任者は公安委員会だということになる。この公安委員会なるものは、国会に対して何らの責任を負うておりません。国会に対して何ら法律上の責任を負わざるものが、国家科刑権の発動としての捜査に関する全面的な権能を掌握する、これは民主政治の本体から遠ざかるじやないか。公安委員会というような運営は民主的であるようでありますが、国家の最高機関であつて国民の代表機関である国会と関係のない機関だということになりますと、ここに私は一つの問題があると思う。検察庁ならば法務大臣に掌握せられまして、これが国会に対して責任を負うことになるのでありますが、国家公安委員会は負わぬ、自治体公安委員会はなおさらのこと、何ら国会に対して責任がない。この点はどういうふうに御理解なさつておるのかお尋ねいたします。
○斎藤(昇)政府委員 私どもといたしましては、これは一体警察法の問題として解決をさるべきものじやないだろうか。先般の警察法の改正の際におきましても、いわゆる警察の政治責任の明確化という点が非常に大きな一つの理由であつたわけです。これを検察を通じて責任を明確にするのが適当であるか、あるいは警察は警察として責任を明確にするのが適当であるか議論の存するところであろうと私は存じますが、私どもの意見といたしましては、検察と警察の関係は現在の建前の方が人権の擁護にまた捜査の適正にふさわしい。それから責任を明確にするという点、それと民主的な折衝、これは若干食い違うかもしれませんが、両々折り合えるような、そういう点で警察法を改正して行くということが望ましいと私は考えるのであります。ただ単に捜査というだけではなく、警察の仕事には、国民あるいは国の存立にも影響する大きな職務は捜査以外にもあるわけでありまして、これらはやはり警察全体として考うべき問題であろう、かように私は存じます。
○猪俣委員 よろしゆうございます。
○小林委員長 古屋貞雄君。
○古屋(貞)委員 時間がございませんから結論だけを申し上げます。斎藤長官でも田中総監でもけつこうですが、お二人の御意見を集約いたしますと、現在の刑事訴訟法においては、捜査権は検察官並びに警察が各自にそれぞれ持つている。従つて従来の日本の民衆警察の建前から、さように二つにわかれているものを逆行して一つに集約されて、検事の指揮下に置かれるのであるから反対だということに承つていいのでありますか。結論でございますが、いわゆる二つの指揮権が独立しておつたものを今回の改正によつては集約されフアツシヨ的な検察官一人に握られるということになつて、警察の従来の民衆警察の使命あるいは基本人権の保護の上に欠ける点があるから反対するということに承つていいのかどうか。
○斎藤(昇)政府委員 最も大きな理由はそれでございます。
○田中参考人 同様でございます。
○林(信)委員 時間の関係がありますので、簡単に御質問申し上げますから、簡単に御答弁をいただきたいことをあらかじめお願いしておきます。 国警長官にお尋ねいたしますが、率直な打明け話を承りまして、非常に参考になるのでありますが、その楽屋話の際に、結局こういう法案が検察庁側の希望するところとして出て来たのですが、その希望せられるゆえんをどういうふうにお聞きとりになつたか、抽象的にのみお聞取りになつたのか、あるいはある程度の具体性のある事柄としてお聞取りになつたか、あるいはもつと端的な、個々の具体的なものをあげて、かくかくであるからこうしたいのだ、こういうところまでのお話をお聞取りになつたのでございましようか、その点を承りたい。
○斎藤(昇)政府委員 一言で申しますると、きわめて抽象的でございます。たとえば令状の点につきましては、令状濫用の声が高い、これは警察にまかせておいてはあぶないということだから、警察よりももつと良識の高い検事にやらせる方がいいのだ、それだけでございます。それ以外は具体的には一つもございません。むしろわれわれはいろいろ具体的の理由を話し合つてやろうじやないかと言つておつたのであります。それから百九十二条の点は、これは捜査を適正にするという事柄が公訴を全うする上に必要であるから、そのことを明確にするのだ、それ以外に他意はないという御説明だけであります。これを修正せられて、そうして今まであるいは解釈が違つておるということによつて出せなかつたものはどういうものか、修正をしてどういうものを今度は出そうとお考えになつておるのか、それから破防法のようなああいうものが一般指示として解釈の中に入るのかという点につきましては、御返答をいただいておらないのでございます。
○林(信)委員 田中さんにお伺いします。先刻逮捕状の濫用の点について、数字をあげて御説明があつた。すなわち十四件ばかりある。しかもそれは二十年から二十七年にわたる長年月間における違法不当なものであると認める、こういうお話であつたのであります。これはその後に斎藤さんのお話もありましたが、悪意をもつてやつた極端なものであろうと思うのであります。今逮捕状の濫発問題として一般的に考えられておりますることは、そういう極端なものはもちろんでありますけれども、そうでなくして警察法の本旨として、いわゆる任意捜査を主体とすべきものを、いわゆる強制捜査の方法にたより過ぎる。そこに問題がある。かような関係から考えました場合に、どうも田中さんのお考えは、特にたちの悪い悪性のもの以外には、逮捕状は、これはもう当然だというふうなお考えじやないかという印象を受けるわけなんです。そうでないことを望むわけなんですが、印象の関係から一応お聞きいたしておきます。
○田中参考人 ただいま私が件数を、申し述べましたのは、直接令状請求が違法であつたというのもあるかも存じませんが、令状を請求しまして逮捕してから後に、警察官としてあるまじき行為をしたというのがありまして、直接令状請求しなくて、いいのを、請求したというのはほとんどまれじやないかと思います。それからお説のようにわれわれももとより任意捜査というものがやはり重点でありまして、任意捜査ではどうしても捜査の目的を達することができない、たとえば先ほど申し述べましたように、犯人が逃げてしまう、あるいはお互いに事前に話し合つてしまつて、罪証をお互いに消し合つてしまうというようなおそれのあるものについてのみ、強制捜査をやむを得ずやるのでありまして、できればやはり司法警察職員といたしましては、任意捜査によつて犯罪を捜査するというのが、捜査官として最も知恵のある者のやり方ではないかと考えております。
○林(信)委員 簡単に一点伺います。率直に、勇敢に所信を述べられましたので非常に参考になるのでありますが、私らは虚心にいずれの立場の方にも御意見を聞いておるのです。お話の中にありました警察官、一巡査に至るまでその職務行動というのが国民の前にさらされておる、強い批判を受けておる、強い目で見られておる、こういうこともわかるのでありますが、その中に一点だけ、われわれは国会にまで出頭して意見を聞かれたこともあるのだか、検事さんにはその例がない、こういうお話で、私は検察庁の肩を持つわけじやないのですが、現実に検事も呼ばれた例があるのです。ですからこれはおそらくあなたの思いつきだけで言つたのじやないかと思うのです。そういう点について特に警察側が、批判の目が強いからということで自負されるとか何とかいつたような拠点にはならないのじやないかと思うのであります。検事は国会に出頭して意見を求められたようなことはないというのは、どういう点に基いて言われたかお尋ねするわけです。
○田中参考人 私が申し上げるのは、自治体警察を例にとつて申し上げますと、たとえば選挙事犯を検挙いたします。警視庁で申しますと都議会でございますが、捜査の責任者である私どもが都議会に出頭を命ぜられまして、個々の問題について一々釈明をいたします。それから同時に警務委員会等におきましても、月に二回ほど開かれまして、その席上におきましても相当批判を受けるわけであります。私が言いました本旨は、かりに警察官側にちよつとした誤りがありますと、ただちにそれが民衆の代表である議員さん方に相当糾明を受けるわけでございます。従つてわれわれとしてはその糾明を受けた状況を、君たちがこういう間違いましたからこういう糾明を受けているぞということをはつきり知らしておりますが、そういう関係から刑事諸君は、上になるべく迷惑をかけぬようにわれわれの行動を慎重にしようというので、逮捕令状を請求する場合におきましても、意識的に相当慎重な方法で請求しようという気持が、全部に行き渡つておるわけであります。そういう気持で申し上げたのでありまして、決して警察官におかれまして自責の念が少いという意味で言つたのではないのでありますから、その点は誤解のないようにお願いします。
○花村委員 私は一点だけ簡単に質問いたします。これは昨日ですか、国警長官に一部質問をいたしたのでありまするが、申し上げるまでもなく刑事訴訟法百九十九条においては、警察から逮捕状を請求し得るものは司法警察職員ということに相なつておりますことはきわめて明瞭であります。そこで司法警察員でありまする以上は、自己の責任において逮捕状の請求を自主的立場で、できることは、これは明瞭であります。しかるに先ほども警視総監の説明によりますると国警と同じようでありまするが、国警の犯罪捜査規範を見ますると、司法警察職員が裁判官に逮捕状を請求する場合には「順を経て警察隊長又は警察署長に報告し、その指揮を受けて、これをしなければならない。」とある。こういう規定を設けたことはよくわかります。逮捕状を濫発してはならぬ、逮捕状の請求に対して非難を受けざることを念願して、こういう規定を設けたその気持はよくわかる。わかるけれども、翻つて冷静に考えてみると、こういう規定を設けておること自体が、逮捕状に対する非難を呼び起しておるということに気づかなければいけないのじやないか。これによりますると、要するに司法警察職員のうちで上長が一々指揮をして行かなければ、独自の立場で逮捕状を請求し得るところの能力を持つておらない者があるのだということを雄弁に物語つておる。やれ署長なり、隊長なりが一応目を通していなければ、下僚の警察官だけでは独立、自主的な立場において、刑事訴訟法において与えられた権限を自由自在に使う能力がないということを証明しておるものであると考えられることが一つ。それからもう一つは、刑事訴訟法においては、司法警察職員の一人一人の責任において逮捕状が請求できるという規定に相なつておりまするにもかかわりませず、この犯罪捜査規範によると、その責任を分担をしておる、警察内部の規約によつて刑事訴訟法で与えられた権限を分担しておる、わけ合つておるというところに、この逮捕状請求に関する非難が起きて来るということを私は考えなければならぬと思う。これが問題である。でありまするから、もし警察で発した逮捕状が不当であるということになれば、それは、出した司法警察官の責任ばかりでない、「順を経て」云々とあるのだから、その上の捜査主任また捜査主任を監督しておる人、そうして最後は署長、これらの人が連帯してその不当なる逮捕状に対する責任を負わなければならぬということになる。はたしてしかりとするならば、一警察においてその逮捕状の是非に対する糾弾のメスを振う権限を持つた者はだれであるか。何人もないじやないですか。これはやはりさらにそれから上へ上つて行つて、警視総監なりの方から言わなければ、一つの警察署の内部においてその不当なる逮捕状に対して、この逮捕状は不当じやないか、この責任は一体どうするのであるかと言うて、その責任の所在を問う機構が一つもないんです。
○小林委員長 花村君に申し上げますが、午前中にまだ四人あります。斎藤国警長官はいつでも出て来られますから、田中警視総監に聞くだけ、簡単に願います。
○花村委員 これだけ。そういうわけですから、一つの警察においてその責任を負うところの者がないんだ。連帯してみな負うんだ。でありまするからして、いつでもなすり合いになる。下の方に言えば、これは署長の許可を得てやつたんだから署長に責任がある。署長に言えば、下の者がやつたんだと言うのです。こういう機構自体が誤つている。でありまするからこういう機構をなくして、そうして刑事訴訟法で与えられた権限を、司法警察官がめいめい自分の責任において行使し得るところの体制に直さなければならぬ。そこでもしその司法警察職員のうちで、逮捕状を一人でりつぱに、公正に請求し得る能力がない者ありとするならば、その能力のない者は一体どうするか。能力のある者にかえるか、しからずんばこれに対して再教育をするか、あるいはその他もつと程度を高めたる質のよい者を持つて来て当てしめるか、いずれかにしなければならない。こういうことは、一体あなた方は考えておられるかどうか。その規約でいつまでもやつて行けば、そまつな上官が下官の信用のできないような者に逮捕状をまかしておくということが依然として行われて行く。いつまでたつたつて直らないんだ。であるからこれをとにかく是正することが根本の問題だろうと私は思いまするが、この点に関する御意見を承つておきたいと思います。
○斎藤(昇)政府委員 昨日もその点について私の意見を申し述べたのでございまするが、この監督が不適法であるかどうかという点は、十分私も研究いたしたいと存じます。司法警察職員のうちで令状を請求し得る司法警察職員を、さらに限ることができるということを刑事訴訟法で明らかに定めていただければ非常に仕合せだ。私の方としましては、令状の請求は警部補以上でなければできない、こういうようにされるのが一番いいんじやないかと考えております。しかしそれ以外の職務は、あるいは巡査部長でもやれまするから、司法警察職員のうちの職務をわけて、令状の請求は階級の高い者に限るということのできるような道を、刑事訴訟法でお開きいただきたいということを私は法務当局にも申し入れておつたのでございます。
○田中参考人 ただいま下級警察官を抑制することはおかしいじやないかというお話でございますが、これは抑制はしてないのであります。ただ令状請求をする場合における手続として、承認を与えるとか、指揮を与えるとかいうことになつております。必ずしも下級警察官が無能であるがゆえに、抑制しているということはないのであります。司法警察官と申しますと単に巡査部長以上の警察官でありますから、私も同様に司法警察職員であります。従いまして同じ司法警察職員として、警察法四十八条には警察長は部下の職員を指揮監督できるという規定がございます。そしてもし令状請求につきまして不当、違法がありました場合は、最後の責任は私が負わなくちやならぬことになつております。従いまして令状請求につきまして手続を慎重にする意味におきまして、私の信頼する部下に令状請求について指揮を行わせるということは、責任者として当然のことじやないかと私は考えておるわけでございます。 それからなお能力の問題でございますが、もちろんこれにつきましては、もし非常に目立つて能力がないという者がありましたならば、これは当然かえなくてはなりません。それから絶えずこうした問題につきましては、刑事として必要なる素養を養わせるために、教養を高めるために全力をあげております。
○小林委員長 中島参考人がお急ぎのようでありますので、この際参考人中島健蔵君より意見を聴取することにいたします。中島健蔵君。
○中島参考人 私は法律の専門家でないので、用語その他におきましてあるいは適当でないものがあるかもしれませんが、その点は御了承願います。このたびの刑事訴訟法の一部を改正する法律案の本文その他いろいろなところに出ております諸材料を拝見いたしまして感じたことを、簡単に申し上げたいと思うのであります。 このたびの改正法律案を拝見いたしますと、いかにももつともな理由があるのであります。つまりこの理由といたしましては、別に反対する理由がないように見えます。と同時に、これは法律を改正したらばただちに是正される、つまりそのもつともであるという裏に、はたして法律改正だけでうまく行くかどうかということになりますと、技術的ないろいろな改正は別といたしまして、やはりこれは法の運用あるいは法の運用者の質の問題というようなところに来るのではないかと思います。従つて私はこれに賛成であるか反対であるかということは別といたしまして、どういうことが考えられるかということを、二、三申し上げてみたいと思うのであります。 いろいろありますが、権利保釈の問題でございますが、これは確かに私どもが考えて、権利保釈が非常にゆるやかに行われ過ぎることによつて起る実害は想像できるわけであります。すなわち凶悪な脅喝犯のような人が保釈されて出て来て、これは法文の説明書の中にもあるようでありますが、お礼まわりに来るというようなことは、これはまことにそれこそ公共の福祉を害するものでありまして、ごめんこうむりたい。そういうものを防ぐためにはおそらく何らか法律によつてこれを改正する必要があるだろうということはわかるのです。と同時にまた権利保釈についていろいろ制限をつけることを一体どの程度に広げていいか悪いかということになりますと、これまた解釈によつてはいろいろあると思うのです。たとえば九十六条一項の四の「被告人が、被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者の身体若しくは財産に害を加え若しくは加えようとし、」云々というのはまつたく賛成せざるを得ない。 そういう点についてはあまり問題はないのでありますが、その他この改正案で一番問題になると思います主要な点は、やはり百九十三条、百九十八条二項、百九十九条、そこらのところにあると思う。この司法警察の逮捕状の請求に検察官の同意が必要である、その他いろいろここに書いてありますことについて、私はこういう感じを持つのであります。というのは、年々警察官による人権蹂躙の事実が公式に報告されておるところを見ても、また逮捕状の数は多くなくても不当に発せられるというのは、これはわれわれとして歓迎しかねる点である、これは明らかであります。その事実が全然ないとは申せないということになれば、これはやはり人権を蹂躙するおそれがあるところは何とか是正しなければならぬだろうということはわかるのです。と同時に、これは逆に考えますと、私は自分自身の経験からも、検事、検察官の諸君は検事一体の原則というものを持つておられる。これはきわめて強力なんであります。私は検察官が強力であることを少しもいかぬと言つているのではないのでありますが、事柄によつてはこれは驚くべき力を持つている、国家権力、さらに組織の上からいつて、検事一体の原則というものから来る強力な組織というようなことは、どうしてもやはり認めなければならぬ。捜査などにつきましても、警察の方々は、警察の捜査権が検察官の指揮下に置かれるのは困ると言つておられますが、私どもが考えますと、あるときになりましたならば、検察官の強力な力と警察の強い力が一つになつて働いたときにはやはり問題がある。これも事件によつては当然その方がいいと思います。しかし事件によつては困るという点が非常に問題だと思います。 それから私は、この改正案全体につきまして決して疎漏な案とは思つておりません。 〔委員長退席、佐瀬委員長代理着席〕 むしろいろいろお考えを尽したでの案だろうと思つております。しかしここでわれわれ国民として考えなければならぬきわめて重大な点がある。それは現に警察の関係の方々がさまざまな理由をあげてこれに反対しておられるのであります。私はこの際警察の関係の方々が私心を持つて、あるいは私の権利のためにこれをいろいろ言つておられると考えることはできない。つまりこれはどちらにりくつがあるにしても、とにかく問題があるということは事実であります。しかもその問題がどういうところにあるかというと、私どもが考えますれば、今言つた通り、いわば公益の代表者としての検察官に、さらに捜査の任に当つておられる警察官が一緒になられるという点についても非常な疑念を持つ。ところがさらにその手前に実際の捜査上これは不便であるということがわかつているとすれば、あるいは検察側ではそういうことはないとおつしやるかもしれませんが、現に非常に責任のある方々がそう言つておられる限りは、これは疎漏で早く出しすぎた法案というよりは、まだまだ根本的に解決しなければならぬ点がある法案ではないかという印象を非常に強く受けます。またほかの諸点におきまして、裁判所、検察官、警察それから弁護士という方々のさまざまの御意見に相当の食い違いがある。これは否定することはできない客観的な事実であります。私ども直接の関係のない者として、そのいろいろな議論をもう少し尽していただきたい。つまり対立があるまま、あるいは解決のないままでこれをうのみにするということになると、われわれもそのもやもやを背負い込まなければならぬということに至つては国民としてはなはだ困却いたすわけであります。全体の印象といたしましては、専門的にはいろいろの議論があると思います。しかもこれはあわてふためいて出した法案ではないというだけに、よけいそういう根本的な問題についての御審議を願つて、そしてできるならばこのままの形でお通しにならぬ方がいいのではないかというふうに国民の一人としては感ずるわけであります。 まだいろいろあると思いますが、時間がありませんので小さいことを簡単に申し上げますが、たとえば『百九十八条の第二項中「供述を拒むことができる旨」を「自己に不利益な供述を強要されることがない旨」に改める。』という改正案がございます。一応これはもつともなことだと思います。というのは、供述を拒むことができる云々というのだから何でもかんでも拒んでしまう、それが必ずしも被疑者の利益にならぬという説明は納得できます。しかし私はそのほかに、はたして改正案のこの文章がすべての被疑者に理解し得るかどうかということも、これは文学の立場から考えます。というのは被疑者は決して知識階級ばかりではないのであります。中にはほんとうに気の毒な人たちもおる。はたして自己に不利益な供述という言葉がわかるかどうかという点について、私は大きな疑問を持つのであります。これは東京地方裁判所あたりの実例を見ましても、裁判官なりときには検察官がよほど親切に誘導してやらなければなかなかよくわからないということがあるのであります。さらにもう一つの問題は、自己に不利であつても平気で自白する者がおるという事実をわれわれは知つております。ある種の犯罪に属する特殊の性格の人間は、自分の手柄話のようにやりもしない犯罪を言つてみるというようなことがある。これはこの条文とは直接関係がないかもしれませんが、そういうときに「供述を拒むことができる」ではなるほど不足かもしれない。むしろ「自己に不利益な供述を強要されることがない」というだけでなく、もつと問題があるかもしれない。これはきわめて簡単な技術的なことのようにも見えますが、実は裁判における根本問題ではないかと思う。つまりいかにして尋問し、いかしてこれを判断して行くかということについては、実際の裁判の運用上言語の上においていろいろな問題がある。簡単に申しますと、容疑者あるいは関係者にわからぬような法律用語もある。こういう言葉をお使いになるならば、私の希望といたしましては、いま少し広い人々にお聞きになつたらいいと思う。われわれが読めば「自己に不利益な供述を強要されることがない」ときわめて明確のように見えますが、時として考えると、これはわからないのであります。おそらく不利益であるか、利益であるかすらも判断できない人々が、しばしば裁判の被告になる。こういうこともお考え願いたい。また捜査の対象になるということもお考え願いたい。 まことに簡単でありますが、私は以上のような感想を持つた次第であります。
○佐瀬委員長代理 中島参考人の意見の開陳は、これをもつて終りました。御質疑はありませんか。――ただいま言語についてお話がありましたが、逮捕状という言葉に対する社会的感覚というか、文学者あるいは評論家として、それに対する御感想があれば、承つておきたいと思います。
○中島参考人 逮捕状あるいは勾引状ということは、なるほどちよつと本を見れば書いてありますが、たとえば今度の改正法律案にも、開示という言葉がありますが、これは何とか直していただきたい。開示というのはさつぱりわからない。これは法律全体として、本改正案だけに限りませんが、特に刑事訴訟法は、一般の民衆にきわめて関係の多い法律であります。法律が法律専門家にしかわからぬというのは、いわば法律フアツシヨでありまして、これでは困る。われわれがわからなければ困るのであります。大体刑法そのものは、よくわかるようにできておりますが、刑事訴訟法の改正におきましては、そういう点もお考え願えれば非常に幸福だと思います。
○佐瀬委員長代理 ほかに御質疑はございませんか。――なければ、次に検察庁当局の意見を聴取することにいたします。佐藤検事総長。
○佐藤参考人 時間の制約もありますので、本改正案のうち、特に警察と検察との関係について問題になつておるようでありまするが、その点だけを申し上げまして、あとは御質疑にお答えすることにいたします。 現行刑訴の百九十三条ができました経過は、皆様も御存じのことと思いまするが、その前に警察法が制定されたのであります。警察法が制定されましたのは、これも一般に明らかになつておりますように、戦前の日本の警察というものは、世界に類を見ないくらいに能率的な警察であつた。その反面において、非常に中央集権的な警察であつたということは、これは明らかなのでございます。そういうふうに非常に能率の上つておる警察を、占領政策の一環として、司令部が解体を命じました。そして警察の分散、つまり権力の分散の一つの形として、警察法が生れたのであります。御承知のように、国家地方警察、それから各都市町村に至るまでの自治体警察というふうに、ばらばらに警察というものがわかれたのであります。中央にはなるほど国家警察本部というものはありますけれども、これを統轄しておる国家地方警察に関する公安委員会は、どういう権限を持つておるかと申しますると、先ほど猪俣委員からも申されましたように、大部分は行政管理の権限を持つておる。運営管理については、ほとんど持つていないといつてもいいくらいの権限であろうと思う。しかもその管轄の区域は、全国の村落だけであります。各都市のうちでも、おもなる大きいところは、全部都市の自治体警察の公安委員会が、それぞれ責任を持つ。こういうふうに、権力がすつかり分散されまして、この警察の全国的な運営について、何とかこれを統制しなければならぬじやないかというような気持から、おそらく先般の警察法の改正案も立案されたことと思うのであります。幸いに現在は、ばらばらになつておるそういう普通の警察のほかに、鉄道については鉄道公安官、海上保安庁については海上保安官、また最近の保安隊については、司法警察の職務を行う者もできました。こういうふうに、司法警察の職務を行う者が、全国にいろいろな種「類が数え切れないほどわかれておる。そのほかに、刑事訴訟法、また検察庁法の建前からしても、検察官は、刑罰権の実行について、初めから終りまで責任を持つ。その段階によつて厚薄はありますけれども、犯罪が発生すると同時に、国家の刑罰権が発生する。その刑罰権の発生したときから、刑の執行を経て刑罰権がなくなるまで、検事がそれに責任を持つておる。そういう建前から、刑事訴訟法の改正にあたりまして、第一線の司法警察官に、犯罪捜査権を、戦前と違つて独立して持たせた。戦前は、すべて検事の指揮のもとに犯罪捜査を行うということになつておりました。制度上はそうなつておりましたが、実際は身分の監督権も持つていない検事が、全面的に指揮するということは、事実上なかなかできがたいことであつたのでありまして、戦前にどういう姿で司法警察権が運営されておつたかということは、私から説明するまでもないのであります。刑事訴訟法の改正の際に、司令部におきましては、制度上指揮権を持つておつても、何もできないじやないか、それよりも、責任を明確にして、第一次的な指揮権を警察官に独立して持たせる、もちろん検察官も、これは本来の職務として捜査権は持つべきであるという建前で、百九十二条まで来たのであります。それで、さようにばらばらの犯罪捜査権を持つておる者が、犯罪を捜査する結果、国家的に見て、このばらばらの捜査を調整し、統制するということがなければ、適正な捜査というものが期待」がたいのではないかという点にぶつかつたのであります。百九十二条には、犯罪捜査の機関はそれぞれ横の関係で協力するということはきめてありますが、ただ協力するだけでは、なかなかうまく京ないだろう、これを国家的に見て、どこかの機関で調整し、統制することがなければ、犯罪捜査の適正を期しがたいということについては、だれも異論はなかつた。そこで百九十三条の条文を作成するときに、リーガル・セクシヨンにおきましては、やはり検事において全面的に指揮する、第二次の捜査機関ではあるけれども、最後には捜査した結果を検事に持つて来て、そして起訴、不起訴をきめて、公訴維持、刑の執行、すべて検事がやらなければならぬのであるから、検事においてそれを指揮するようにしたらどうかというような意見も、この立法の経過を申し上げますとあつたのであります。ところがそのデイスカツシヨンをしておる間に、司令部のPSD、パブリツク・セーフテイ・デイビジヨン、警察を担当しておるPSDの方から相当な異論といいますか、意見が出た。そこでリーガル・セクシヨンの方でもそのとりまとめに相当苦心をいたしましてできたのが百九十三条であります。そこで百九十三条を見ますと、全面的に指揮するという思想はないのであります。たとえばさつきから聞いておりますと、警察側の方で百九十三条の第一項を改正すると、いかにも元の指揮下に置かれるような誤解をしておるようでありますが、この百九十三条のでき上りから考えましても、そんなことは全然考えておらない。ばらばらに捜査をする、その捜査を公訴提起の唯一の機関である検察官において、捜査を適正にするために調整をとる、調和をとつて行くというだけの役目なのであります。それが百九十三条の第一項について、捜査に関して重要な事項については一般的な指示をすることができる。第二項においては、ばらばらの捜査についてこれをお互いに協力してやるように指揮することができる。第三項では、検察官がみずから捜査をする場合には警察官を指揮することができる、こういうふうな三つの種類にわけまして、文字はなるほど「指示」とか「指揮」というような文字は使つておりますけれども、第一次的な警察官の犯罪捜査に対して干渉するとか、あるいは全面的に指揮をするといようなことは初めからねらつておらないのであります。ただばらばらの捜査をだれが調和をとり、調整をとつて行くかということを百九十三条で定めたのであります。それでありまするから、百九十三条の第一項の改正において、もしこの改正案において立法制定当時と違つた何らかプラスするということであるならば、これは異論があるかもしれませんが、百九十三条の第一項は政府委員の説明によりましても、これは何もプラスするのじやないのだ、現在の百九十三条第一項の規定の解釈について異論を差しはさむものがあるから、解釈を明確にするために字句をただ明確に直しただけだ、こういう説明なのでありまして、私どもはその意味において百九十三条第一項の改正に賛成しておるものであります。 なお問題になつておる百九十九条の逮捕状の請求について、司法警察官が裁判所に令状を請求する場合には、検察官に連絡をとつて検察官の同意を得て初めて逮捕状を請求するようにという手続を慎重にしようという趣旨の改正案のように了解いたしておるのであります。この点も警察側におきましては、そういうふうに逮捕状の請求について、手続を慎重にするために同意を得るというようなことがあると、やはり昔のような指揮下に服することになりはしないかということを非常に心配しておられるようでありますが、これは何もそういうことをねらつておるのではないのであります。もともとこの百九十九条の改正が生れましたのは、これも御承知のように、国会においてもたびたび質問をされたこともありますし、それから在野法曹からも何とか最近の逮捕状の濫発についてこれを引締める方法がないかということをたびたび聞いたことがあるのであります。そういう一般の声に応じまして、何とか逮捕状の請求について手続を慎重にして、そして逮捕せられる者ばかりではなく、一般国民が納得の行くような逮捕令状を執行することができるなら幸いだ、こういうように考えておるのでありまして、さような意味合いにおいて百九十九条の改正にも私は賛成いたしておるのであります。 それからこの点は警察側においてももちろん賛成いたしておりまするが、起訴前の勾留期間が、現在十日、特別の場合には十日の延長ができるというのを、さらに重い犯罪、しかも当事者が多数であるとか、あるいは証拠書類が多数のために、なかなか二十日の期間で調べおおせないような特殊の場合には、裁判所の方で勾留期間を五日間に限つて延長することができるという、勾留延長の問題であります。この点は、そこの法案にも例示しておりますように、当事者が一ぺんにたくさん逮捕せられた、あるいは証拠品が山のように積つてしまつたというような事例がよくあるのであります。たとえば多衆集合して暴力事犯を犯したというような場合、また偽造団がありまして、大勢の者からそれによつて詐欺をしたというような場合は著しい例でありまするが、さような犯罪については、現在の勾留期間では、どうも起訴前の勾留期間としては不十分である、勾留期間を延ばすことによつて、勾留期間が延びればただちに人権尊重の趣旨と反するものではないかというような御意見も出るでありましようけれども、事案の捜査についてのこれまでの経過をかえりみますと、勾留期間が足りないからといつて、そのまま不起訴にすることもできない。そうして釈放して調べを続けると、釈放のままではなかなか思うような捜査もできない。しかしながらどうしてもこの事案を不起訴にすることができないから、起訴にするというような事例もあるのでありまして、また公判に入つてから、勾留中にもう少し詳しく調べることができたならば公判に公訴を提起しなくても、あるいは不起訴にできたのではないかというような事例さえもあるのでありますから、勾留期間を延ばしたからといつて、必ずしも人権侵害になるとは限らないのであります。現在の捜査の実情から見まして、この起訴前の勾留期間の延長についても皆さんの御賛成を得たいと考えておるのであります。 たいへん時間の制約があるようでありますから、私から申し上げることはこれだけにして、何か御質疑があればお答えいたしたいと思います。
○佐瀬委員長代理 次に東京地検検事正馬場義続君の意見の開陳をお願いいたします。 なお質疑は両氏の意見の開陳が終つて後にお願いいたすことにいたします。 馬場義続君に今回の刑事訴訟法改正案の一般について御意見を承りたいと思うのでありますが、馬場検事正は、特に第一線において検察の任務に携つておられるので、その経験から、起訴前の勾留期間延長の問題、権利保釈の問題、供述拒否権、告知制度の問題、検察官の一般的指示の問題、逮捕状請求に関する検察官の同意の問題、これらの点について意見の開陳を重点的にお願いいたしたいと思います。
○馬場参考人 最初に逮捕状の請求に対する検察官の同意の問題について実情を申し上げたいと存じます。 〔佐瀬委員長代理退席、委員長着席〕 この逮捕状請求について検察官の同意が必要であるというような立法が計画されるに至りました動機は、ただいま検事総長からも説明されましたように、国会でもしばしば質問がありましたし、私どもに対しましては在野法曹からしばしば警告を受けたのであります。また運用の実際におきましても、あるいは勾留状請求の理由が十分でなかつたり、また任意捜査でやれるのではないかと思われる事件について逮捕状が請求される事例が必ずしも少くないのであります。一つの例を申しますと、旧刑訴時代は御承知のように二百五十五条で検事が強制処分をする権限を与えられておりました。そのほかには特殊な場合に百二十三条で、もう一つありましたが、代表的なものは二百五十五条であつて、現行犯は論外にしておきますが、そのほかには捜査官が身柄を逮捕する権限は与えられておらぬのであります。これがはなはだ法制的に不備でありましたために、御案内のごとく検束というものの機会に犯罪捜査が行われる、裏から申しますと犯罪捜査に検束を利用するというような非難が相当あり、また実際非難を受けてもやむを得ない事例もあつたと思うのであります。その結果終戦後の憲法の改正に伴い、すべて令状がなければということになつたので、逮捕状の請求権が与えられたのでありますが、二百五十五条の運用の場合の例は、検察庁では相当きびしい制約を受けて検事長の認可にかける、内部で検事長に一応報告してやるというくらいに行われておりましたから、まず任意出頭を求めて朝から夕方まで調べまして、そしてどうしても身柄を拘束しなければ捜査の目的を達することができないという場合に、初めて強制処分の請求というのが許された、私どもかけ出しのころは六時ごろからあわてて指揮を求めて強制処分の請求をするというような目にあつたのであります。ところが今度の刑訴改正後の実情を見ますと、まず任意出頭を求める前に逮捕状を請求して、逮捕状を持つて出かけるというのがむしろ原則ではないかと思われるような運用の実際であります。私は検事に対しましても、少しおかしいではないか、まず任意出頭を求めて、それから逮捕状を請求するのなら請求すべきではないかということを申しますと、検察官の諸君は刑訴の百九十八条で、「検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。」その次の但書には「被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又出頭後、何時でも退去することができる。」、この規定がありますために呼びに行つて来ないおそれがある、だから持つて行かなければならぬという意見を相当強く述べられておりますし、またそういう場合も私はないではないと思うのです。そういうことで両々相まつて今日逮捕状を請求して捜査をする、捜査の原則は先ほども申されましたように任意捜査ということが大原則でなければならないと思うのでありますが、ある程度行くとまず逮捕状を持つて行くというようなやり方が全然ないとは言えないのを私は遺憾に存じておるのであります。そこで非常にそういう声がありまして、東京では警視総監もいろいろ心配されまして、二人で相談いたしました結果、昨年の一月に警視庁の方面本部に対応いたしまして主任の警察官を指定いたしまして、その本部管轄の事件は、こちらの担当の検察官に逮捕状請求についても一応相談することにしようということを両方の幹部が集まりまして相談をしてやつて参つたのであります。その結果従来より私は相当に改善されていると思いますが、今日の実情では警視庁管下で逮捕状の請求について検察庁を経由している署が五十署、経由しない署が二十三署あるのであります。これが今日の私の方の実情でございます。その結果どういうようになつているかということはちよつと統計がとりにくいので、詳細を申し上げることができないのを遺憾に思いますが、たとえば渋谷区検管内の警察署は検察庁を経由しない、直接簡易裁判所の判事に令状を求める庁の一番大きなところでありますが、そこで請求数一千四十四に対しまして発付数が九百四十六、それに対しまして裁判官が却下したのが九十八、九・四%、約一割近くが却下されている、こういう庁はほかにはないのであります。経由している庁ははるかに少い割合で却下されている。これはおそらく今日の裁判所の運営の実際から申しますと勾留の必要であるかないかということは判断のそとにして、要するに法律的に見て理由があるかないかということを中心に裁判所は審査しているのでありますから、もし検察庁を経由しておりますならば今度は勾留しなくても在宅のまま捜査ができるという面で、もう少しこの勾留状、逮捕状を出さないで済む場合がふえるのではなかろうかというふうに考えているのであります。この逮捕状を検察官を経由するということにすると、検事が警察官を全面的に指揮するというようなことになりはしないかというような非難が行われているようでありますが、これは私どもの考え方は先ほど検事総長も言われましたように、何とかして少しでも逮捕状の不必要な、というと言葉が過ぎるかもしれませんが、強制捜査によらないで捜査をする面をできるだけ多くしようというような考え方でやつているので、決して検事が一手に権限を握つてそうして指揮をして行こうというような考えでやつているのではない、立案者もそういう考えで立案していると思いますし、私どもの希望もさような事情であるのであります。この検察官経由によつて検事が全体の捜査を指揮するということは、結局任意捜査という広い面のあることを私は論外に置いた理論ではないかと思うのであります。 それからまた今日の訴訟法の建前が、警察官に第一次の責任を負わせて独立の捜査権はもちろん持たしておりますが、それはわずかに四十八時間だけであります。その後の勾留状請求権は検事にのみ与えられておりまして、その後の身柄の拘束につきましては検事が責任を負わなければならない建前になつているわけでございます。 〔委員長退席、田嶋委員長代理着席〕 でありますから四十八時間後には検事に持つて行かなければならぬ。そうしますと、検事が勾留を請求するに間違いを起さないためには、なるべく早い機会にその事件について相談を受けて、足りない部分については補充捜査を頼んでおく、それの方が事務的に申しましてもスムーズに行くのではないかと思うのであります。それからまた、私ども多年の経験から申しましても、捜査の欠陥というものは、公判でその事件の非難を受けて初めて身にしみてわかるものでございます。これは弁護士御出身の委員の方々には私から申し上げるまでもないことでありますが、若い検事に対しても、私どもはいろいろ公判で非難をされ攻撃を受けた経験に基いて指示もしておるわけであります。すなわち、公訴の実行が検事の責任であるから、検察官が法廷に立つて公訴維持をしなければならぬ事件の捜査について、初めから相談を受けるということはごく自然なことで、これを何だか検事が特別な意図のもとに要求しておるということは、少し考え過ぎの議論ではなかろうかというような感じを私は持つておるのでございます。 もう一つ、これも実例でございますが、警視庁の実情といたしまして、俗に捜査一課の本部事件と申しておりますが、いわゆる強盗殺人等の事件、この事件の扱いにつきまして、私は警視庁の諸君の非常に慎重であることについて敬服いたしておるのであります。たとえば一世を驚した平沢事件のごときも、あの事件で逮捕した数は、平沢のほかにもう一人、非常に容貌が似ておつたというので逮捕したが間違いですぐ放したという例、そのほか二、三人の水戸その他であつたと思いますが、これは他の犯罪の容疑もあつて一緒に逮捕したので、本筋から申しますと平沢一人を逮捕したといつてよいくらい慎重であつたのであります。また最近荒川で行われたいわゆるばらばら事件につきましても、結局あの婦人をたぐり出して、あれ一人しか逮捕していないのであります。これは少しくこの方面について興味を持つておられる方は御記憶にあると思いますが、戦前こういう強殺事件が起きた場合には、非常にたくさんの容疑者を検束して、その中からたぐり出すということが行われておつたのが、今日のような結果になりましたことは、警視庁のこの方面を担当の諸君の非常な努力と研鑽の結果で、私は敬意を表しておるのであります。ところが、それに反しまして、詐欺とか横領とか涜職とか、そういう知能犯的な犯罪につきましては、大分事情が違つて参りつております。これは、その方面担当の諸君がただ何でも逮捕しろというふうに考えておられるというのではなくて、これらの事件は法律的な知識が非常に重要な要素になつておる。強殺事件は事実を固めて行く、事柄は割合に簡単であります。ところが一方は法律的に非常にデリケートな場合が多いので、逮捕状の請求について、御本人は主観的に正しいと思つてやつておられても、結果的に非常にまずい場合が少くないと思うのであります。現に私の方でとつた統計でございますが、これは逮捕状請求それから緊急逮捕、現行犯と三つ含めた数字しか出ておりませんから、逮捕状請求だけについての結論は申し上げかねますが、二十六年度には、身柄が検察庁に送置されて来て私の方で釈放しましたのが二六・九%二十七年度には二七・六%、二十八年度の上半期には三二%というふうに相当な割合で、検察庁で勾留請求をしないで釈放しておるのもあるのであります。これらの中にはもとより勾留しなくてもやれるというのが相当あるだろうと思いますし、また理論的に、たとえば民事事件の債務不履行を詐欺だというような誤つた見解から逮捕して来ているのもあると思います。こういう今日の実情であるということを申し上げてこの点の御説明を終りたいと思います。 次に起訴前の勾留期間の問題でございますが、起訴前の勾留期間は、御承知のごとく一応十日ということに限定されて、やむを得ない事由があるとき十日の延長を認められておるのであります。先ほども申しましたように、犯罪の捜査は任意捜査を原則とするのでありますから、二十日勾留するということも勾留期間として決して短いとは言えないと思うのです。しかしながら捜査の実際に当つてみますと、二十日間の勾留期間をもつてしても、事案の真相を糾明して起訴するかどうかをきめることができずに、釈放したり、あるいは一部の犯罪について公訴を提起した後に、余罪があるということをもつて裁判所の了解を求めてさらに捜査を継続するというやり方をいたしておりますが、起訴後においては、弁護士の交通権の問題、権利保釈等の問題があつて、最初の二十日間のように検事がその真相の糾明に遺憾なきを期することは困難であります。さようなわけでありますから、客観的に真相を知つておる人から見ますと、検察庁はあんな端つこばかりつかまえて大事なところをのがしておるではないか、これは何か政治的な手が及んでおるのではないかというような誤解をされておる向きもあると思う。これは私どもとして非常に苦しい点でありますが、実際今日の私どもの捜査権の行使という点から申しますと、はなはだ隔靴掻痒の感を深くいたしておるのであります。そこで、結局よくいわれます基本的人権と公共の福祉の調和点をどこに置くかということになると思いますが、先ほど検事総長からも申されましたように、多衆犯罪の場合とか各種偽造事件の場合、あるいはまた複雑な取込み詐欺事件、会社事件とか複雑な手形操作事件、こういう事件はとうてい二十日で十分な結果を得ることは困難でございます。もちろんこれらの事件について、初めから逮捕するばかりが能ではなくて、内偵をして、ある程度になつて逮捕することになるのでありますが、たとえば偽造事件等で、偽造の手形とか公債、紙幣が流通する場合には、何段階にもなつて流通しておるその最後、末端の者がつかまつておる。それからだんだんたぐつて行くことになりますが、今日は供述拒否権も認められおりますし、いろいろな防禦権を持つおつて、調べてもなかなか言わない。傍証から固めて、いろいろ苦心をして捜査をしておりますが、一段階か二段階しているうちにはもう二十日の期限が来て、出さなければならぬ。だんだん上に進めて、ようやく首謀者に近くなつて来て、元の者を調べようと思つても、もうどこかへ行つてしまつておるという例もありますし、また多衆犯罪に至りましては偶発的に起ることが多いのでありまして――あるいは偶発的でなく、こちらの捜査不十分であるかもしれませんが、今日の実情ではとにかく偶発的に起きている事件が非常に多い。そういう事件では内偵ということもちよつとできかねる、しかも数が多い。供述拒否権を極度に活用して、検事並びに検察官をてこずらせる。そういたしますと、現行犯的な末端の者につきましてはある程度これを検挙して訴追することができますが、これらはいわゆるあやつり人形で、おどらされておる場合が多いのであります。かんじんの人形師はいつも安全なところに控えてちつとも検挙の手が延びないというのが今日の実情で、また捜査をする側から行きましても、非常に歯がゆく感じておる点でございます。 時間がございませんから詳しいことはさしおきますが、次にまた取込み詐欺とか会社事件等につきましても、それなら帳簿を押えてそれから検討して、行つたらいいじやないかという御意見が必ず出ると思いますが、帳簿を調べればすぐ犯罪がわかるような記帳をしているというのはよほどおめでたい方で、みんな細工をしているのであります。そこである程度調べて、細工があるということになると、身柄を逮捕しなければ、在宅のまま調べておるとその細工を合法化するように、証人をつくるというような証拠隠滅の手段を講じますから、どうしてもこれは相当の期間がなければ目的を達することができないのであります。私どもは実務家として、今回の改正におきましてはせめて十日くらいの延長をひとつお願いしたいということを強く要望したのでありますが、いれられずに五日ということになつておるのであります。しかもこの五日には法規にありますように非常に厳重な条件が加えられておりますから、決してこれがために濫用されるというようなことは万々ないと考えておりますし一また私ども責任者といたしましてさようなことはしないように心がけて行くつもりでおります。現に今日の運用の実情を見ましても、延長するものは決して非常に多いわけではなく、十日を越えてさらに延長されたものが、本年の一月以降五月までの東京地検の統計によりますと、勾留総人員の三一%でありまして、過半数は十日以内に処理されておるのであります。それから十六日以上に及んでおるのは全体の二二%であります。これを昭和二十六年以降に比較してみますと、勾留延長の請求が昭和二十六年度の三四%から、二十七年度の三二%、同二十八年度の一三%と漸次減少しているのであります。東京は比較的事件がめんどうな場合が多いのでこのような数字になつておりますが、全国的な統計でみますと、もつと延長の割合は少くなつておることを、多分政府委員から御説明申し上げておると存ずるのであります。 時間がございませんから、次に権利保釈の問題でございますが、これにつきましては今度新たに追加されましたものが、いわゆるお礼まわりの弊害、これにつきましては先ほど中島参考人からも賛成の意見がありましたが、これは具体的な事例がたくさんあるのであります。 それから多衆犯罪の場合の弊害につきましても、私ども御質問に応じて申し上げる事例を持つておるのでありますが、多衆犯罪の場合には被告人の供述が相互に証拠となる関係にあるのでありますから、この事犯の被告人が保釈される場合においては、通謀等によつて互いに証拠を隠滅する危険が最も大きく、特に組織的な背景を有する多衆犯罪にありましては、証人となるべき者もまた当該組織の一員に属する場合が多いので、これらの者との通謀あるいは幹部の圧迫によつて証拠隠滅をし、あるいは供述を拒否するというような例が非常に多いのでございます。「氏名又は住居の判らないとき。」これはもう御説明を申し上げるまでもないと思うのであります。 次は供述拒否権告知制度の問題でありますが、これは先ほど申しましたように、考え方としては当然のことでありますし、憲法にも、供述を強要してはならないという規定があるわけでありますが、これを告知する必要があるかどうかということにつきましては、いろいろ考える余地があるのではないか。よく学校の社会科なんかで教えておる場合に、犯罰を犯しても言わなくていい、こういう教育をすることがはたしてわが国の実情に合うかどうか。アメリカだつてワシントンが七つのとき、親の大事にしておる桜を切つてあやまつて非常に美談になつておる。どこでも正直であるということが、人類社会のある限り当然要請せられるところであると私は思います。ただ捜査官がこれを無理に言わせるということは厳に避けなければならない点でございます。そこで私は、この応急措置法のようにあの憲法の規定を刑事訴訟法の中に入れればそれが一番適当ではないか。まだ若い、何にも知らない子供に向つて、悪いことをしてもこれは言わなくてもいいのだぞ、こういうような教育が行われましたならば、長い国家の将来を考えてみますと実に寒心すべき点であると思うのです。それでこれについては、まだ日本の民度は低いからこれを教えてやる必要があるのだという意見もあるのであります。私はこれはむしろ社会教育の任務であつて、刑事訴訟法の中にかような規定を設けることが妥当なりやいなやということは相当論議の余地があるように思うのであります。しかしながら法制審議会等でいろいろな論議が尽された結果、原案にありますような形になつておりますので、今日の段階ではこの程度の改正でも行われれば一歩私どもの方に近づくというふうに考えておるのでございます。 検察官の一般的指示の問題につきましては、先ほど検事総長から詳しくお話がございましたからこれに譲りますが、要するに私どもの考えといたしましては、決して今度の改正によつて何でも検事が「手に押えて、そして自分の懇意を強行しようというような考えはさらさら持つていないのでございます。それで終戦後憲法改正に伴つて検察庁法を立法するときに、こういう意見もあつたのであります。政党政治がはげしくなれば、検察権につきましても相当な圧力がかかるだろう、だから、それならばむしろ検察庁も裁判所と同様に内閣の外に置くべきではないか、こういう意見をする向きもあつたのであります。
○田嶋委員長代理 大分時間が超過しておるようですから簡単に願います。
○馬場参考人 しかし私はそれはいけない、やはり検事の仕事というものは政治の一環として行くべきもので、非常に強大な権限を持つておるものが外におるということはよくない、ただそのかわり大臣が指揮する場合はすべて検事総長に指揮するということにすれば、その点は防げるのではないかというような意見を申し述べて、大体そういうことになつておるわけでございます。今日盛んに検察フアツシヨということが言われておりますが、検事総長はともかく法務大臣の指揮を受ける立場にありまして、検事総長が無理をしようとすれば法務大臣は検察審査会に対して罷免の要求をすることもできることに法制上なつております。私はあり検察フアツシヨ論というものについ」はいささか理解に苦しんでおるということを申し上げて、私の陳述を終りたいと思います。
○田嶋委員長代理 時間の都合がございますので、次に東京地裁の小林判事より意見を聴取することにいたします。小林さんには裁判所の立場からながめた今回の刑事訴訟法の改正についての御意見を、なるだけかいつまんでお述べ願いたいと思います。
○小林参考人 ただいま御紹介いただきました小林判事でございます。先ほど委員長から逮捕状請求に関する検察官の同意の問題、権利保釈の問題、簡易公判の手続の問題、勾留理由開示の手続の問題、この四点について簡単に意見を述べよという御趣旨でございましたので……。
○田嶋委員長代理 時間がございませんので、今申し上げましたように裁判所の立場から……。なおあまり多岐にわたらないように……。
○小林参考人 私は東京地方裁判所の裁判官といたしまして、昭和二十四年一月一日現刑事訴訟法の施行以来、その運営に当つておるものでございますが、今回の改正案を通読いたしますと、数点において同意しかねる、賛成しかねる点がございますが、実務の上から見まして、大体においてけつこうな、賛成すべき改正案だと考えております。賛成しかねる点はこまかい点は省きますが、検察官の起訴前の勾留期間の再延長の問題、この点は条件付で賛成いたしますが、本質的には賛成しかねます。それからもう一点は、控訴審における事実取調べの拡張の点であります。これは第一審裁判官として、この改正には賛成しかねる、大体大きな点はさような二点であります。 ただいま警察関係の方、あるいは検察庁関係の方から、逮捕状の検察官の同意の問題をめぐつて対立的な御意見があつたようでございますが、検察官と警察官の協調指揮権に関する点はさておきまして、われわれ実務の面から見ますと、この警察官の請求による逮捕状の場合に、検察官の同意がいるかどうかという点について、私はこの改正案を支持するものでございます。賛成いたします。その理由は、私どもが、この新刑訴の運用に当つておりました当初から、私ども実務家の間に、少くとも検察庁を経由するということが、令状請求としては好ましいことだという意見が大分ございました。といいますのは、警察官は捜査に熱心のあまり、まず身柄を確保してから調べに当ろうというような傾向がどうしても強い、これは否定できない事実でございます。それから私どもの側からいいますと、令状は出したが、さてその結果多少気になる、あとで連絡してみたいという点もたまにございます。さような場合、われわれが警察官と連絡することはかなり現状においては困難でございます。そういつた場合に、検察官が介在しているという場合に、ただちにその検察官に連絡ができるということも考えられます。もう一つの最も大きな理由は、まことに警察官にお気の毒ではあるのですが、警察官の法律的素養がいまだ十分でないという点でございます。なるほど型通りの請求書を持つて参るのですが、それが犯罪構成要件として不備のものがかなりございます。われわれ逮捕状を出す立場、すなわちそれを認可するという立場に立つた者が、一方的な捜査官憲にこれは違うじやないか。これはこう直すべきじやないかということを指示することは、これは不適当でないと考えます。さような例が非常に多いのでありまして、幸いにして今日ではかなりそれはあらたまつて、やや体裁をなしておるというのがございます。しかしそういつた場合に、その要件が足りない場合は却下いたします。しかし証拠その他から見て、これは逮捕状を出するのが当然だと思われる場合でも、そういつたことのために却下するということは、治安上あまり好ましいことではない場合もあると考えられます。そういつた意味で、検事が一応目を通す、ある意味でチエツクするということは必要じやなかろうか、こんなふうに考えております。 それから権利保釈と勾留の更新に関する点でございますが、すなわち六十条、八十九条、この改正の点でありますが、八十九条の一号に「無期若しくは短期一年以上の懲役」を加えたのでありますが、実例を申しますと、二年以上の強姦罪、あるいは一年以上の営利誘拐罪、あるいは五年以上の強盗罪等については、犯罪の性質上普通の犯罪よりは保釈の日数がかなり少くなつております。さようなこともこの八十九条一号にこれを追加することによつては、いささかも実務上被告人の権利保釈の権利を狭めるということにはならないではなかろうかと考えております。第四号の「被告人が多衆共同して罪を犯したもの」というのでありますが、この趣旨には大体賛同いたすのでありますが、「多衆共同」なる用語、これがはなはだ明確を欠く、大方の御審議によりまして、適当な文言にかわるべきのが至当ではないかと思います。刑法百六条あるいは百七条あるいは暴力行為等処罰に関する法律第一条等に「多衆」なる文言が使用されておりますが、これはかなりむずかしい解釈が場合々々に起きまして、将来この法律案が施行になつた場合は、この多衆なる解釈をめぐつて相当の混乱が予想されると思いますので、適当なる文字上の訂正が必要ではなかろうかと考えます。第六号にいわゆるお礼まわり、そういつたものを保釈のらち外におくという改正でございますが、これまた適当であります。 第七号の「氏名及び住居」を、「氏名又は住居」とした点、実はこの点は、この法律が施行になりました当時、私ども実務家は、「氏名及び住居」は「氏名又は住居」の誤りではなかろうかとさえ思つたのでございまして、氏名がわかつても住居がわからないという者を保釈にするということは、条理上どうもおかしくはないだろうか。もちろん実務におきまして、保釈にするのが相当と認めた場合、かりに住居がわかりません者でも、いわゆる身柄引受人、その他の関係者のところに住居を指定いたしまして、保釈をするという実例も多数ございます。 〔田嶋委員長代理退席、委員長着席〕 従つて、「氏名及び住居」を「氏名又は住居」と変更したことによつては、実務上権利保釈の範囲を狭めることにはならない、適当な改正ではなかろうかと存じております。 時間の関係上、もう一点だけ申し上げて、私の意見の開陳を終りたいと思います。八十三条、八十四条、八十五条、八十六条の勾留理由開示手続の改正の点でありますが、御案内の通り、最近においては、この勾留理由開示手続なるものが、わが東京においてもしかり、全国的にも非常に多数に及んでおります。昭和二十五年には、東京地方裁判所では、二百十四人、二百十四件、昭和二十六年には二百九十人、二百九十件、昭和二十七年には三百二十人、三百二十件という勾留理由開示手続が行われております。この現行法の規定は、勾留理由開示の手続の性質が、憲法第三十四条、あるいは人身保護法との関係において、いかなる意味と理由を持つかについては、私はつまびらかにいたしません。しかしこの手続の現状は、立法者の意思とはかなり違つた形で現在現われておるのではなかろうか。あるいは法廷闘争の一手段として、あるいはある種政治上の意見を法廷を通じて表明することに利用しておるというケースが、あまりに多くはなかろうか、こう考えられるのであります。従いまして、この制度は、ただいまの憲法三十四条、人身保護法との関係において、さらに根本的に検討、あるいは改正を要すべき問題ではなかろうかと考えております。さきに昭和二十五年の暮れに、いわゆる意見の開陳なるものを十分に制限いたしました。さらにここに、書面をもつて意見を述べることができると制限することは、実情から見まして、不当な制限ではない、やむを得ない制限であろうかと考えております。 もう一点、ぜひ実務家として申させていただきたいことを思い出したのでありますが、それは二百九十一条、三百七条、三百十五条、そういう一連のいわゆる簡易公判手続の創設の点でございます。私はぜひこの改正は通過していただきたい、こう思うのであります。実務上、被告人が全部自白しておる、弁護人もすべて検察官の提出しておる証拠に同意をしておる、証拠調べ手続も相当簡易化されておるというのが、法律の建前はともかく、法廷の慣習として現在行われておる点であります。法律の精神からいいますと、かかる簡易手続が正道ではないということに、私どもはいささかうしろめたいものを感じておるのでありますが、本改正のごとく法律上規定いたしますれば、そういつた慣習が法制化されるという意味で、けつこうなことではあるまいかと考えております。もちろん私どもは、この簡易手続をとるにいたしましても、慎重の上にも慎重を期しまして、有罪である旨の陳述も、事実はその通り相違ないということのほかに、自分はそのことによつて処罰されてもよろしいのだということの意思表示を含むものと私どもは解釈いたしますので、その点十分注意して運営したいと思うのであります。あまり卑近な例を申し上げて何ですが、私はごく最近、こういう事例を経験したのであります。それは自転車どろぼうで検挙された被告が、他に余罪ありと称して、短刀をもつて脅迫して、強盗未遂を働いたということを自白したのであります。警察においても、検事のところにおきましても、また私の法廷でも、さような自白をしておりました。弁護人も全部意見がございませんので、いわゆる簡易な手続によつて結審はいたしました。検察庁の提出した証拠を見ますと、どうも被害者の供述が幾分おかしいという点で、私も多少疑いを持つたのでありまするが、一応結審してみようと思つて、結審いたしました。さて判決を書こうと思いまして、さらに記録を検討いたしましたところが、どうしても判決が書けないのであります。心のすみに何かがひつかかるのであります。そこで私は再開をいたしまして、その被害者を実地について調べてみました。ところがその被害者は、その被告と主従関係がある。雇つておつた。その日も午前中は自転車を借りてどこかへ遊びに行つて、午後帰つて来た。夕方一ぱいやつていたところへ、短刀を持つて来て、おじさん金はないか、こう言つて示した。何をするのか、お前そんなものを持つて来てあぶないぞ、そこへ置いて行けと言つたら、ああそうかと言つて帰つた。その男は前科五犯もありまして、あまり世間から好遇されておらなかつた。しかしその人にはかなり心服しておつた。その被告は、平素短刀を持つておるということを自慢にしておる。どうもあの際は、短刀を見せびらかしに来たにすぎないものとしか、自分には思えない。なるほどそういうような短刀を突きつけて、金を出せと言つたことがあつたから、警察官が尋ねに来たときには、その通りのことがあつたと申し述べたが、実情はさようなことである。こういう供述であります。さらに各方面からその供述を検討いたしましても、その供述に誤りないと私は認めましたので、結局被告には、強盗の意思はもちろん、脅迫の意思もなかつたということで、強盗未遂罪については、被告は最後まで違いないと主張しておりましたが、無罪を言い渡した事件がございました。かようなことは、非常にまれなケースではございますが、私どもは裁判を行うにあたりまして、いささかたりとも良心に触れるものがありましたら、いかなる簡易手続であろうとも有罪の裁判をいたす気は毛頭ございません。さような意味合いにおきましてこの改正はしかるべき改正じやなかろうかと考えております。 その他いろいろ申し上げたい点もございますが、時間の都合上この点はこのくらいにいたします。御質疑がございましたら、私は長く東京地方裁判所の第一線の刑事裁判官をやつておりますので、東京地方裁判所の実情につきまして御説明をして各位の御了解を得たいとも考えております。
○小林委員長 これにて小林参考人の意見の開陳は終りました。 それでは暫時休憩いたします。午後二時より再開いたします。 午後一時四十二分休憩 ――――◇――――― 午後二時二十九分開議
○小林委員長 休憩前に引続き会議を開きます。 なおこの際申し上げておきますが、本日参考人として出席を予定されておりました阿部知二君から今朝電報で出席不可能となつた旨の通知がありましたので、さよう御了承を願います。 刑事訴訟法の一部を改正する法律案を議題とし、参考人より本案について意見を聴取することといたします。 この際参考人各位にごあいさつ申し上げます。 本案は、刑事手続の運用の実績にかんがみ、勾留に関する規定を整備し、検察官と司法警察職員との関係を明確にし、逮捕状濫用の防止をはかり、控訴審における事実取調べの範囲を拡張するとともに、有罪の陳述に基く簡易な公判手続を創設して審理を迅速ならしめ、その他現行法の不備を補修するため緊要な改正を施し、もつて運用の適正を期することを理由として提出されたのでございます。 本案は、去る第十三回国会において初めて提出されまして、以来再度の衆議院の解散により今日に及んだのでありますが、爾来わが国刑事手続のあり方に関して、また人権擁護の立場からいたしまして、幾多の論議が展開されて参つたのでございます。本委員会といたしましても、その重要性にかんがみ、慎重審議を重ねているのでありますが、各界の意見を聴取し、もつて本委員会の審査に資するため、ここに各位の御出席を願つた次第であります。各位におかせられましては御多忙中にもかかわらず御出席くださいましたことに対して、深甚の感謝をいたします。 次に議事進行について、念のため申し上げておきます。各位は御意見陳述の前に、まず御身分または職業とお名前を御紹介願い、御意見の陳述は、各参考人それぞれ十五分ないし二十分程度でおまとめを願いたいと考えております。各位の御発言の順序は、支障のない限り名簿の順序によることといたします。なお衆議院規則の定めるところによりまして、発言の際は委員長の許可を得ることになつており、また発言の内容は意見を聞こうとする案件の範囲を越えてはならないことになつております。また各委員は参考人に対して質疑をすることができますけれども、参考人は委員に対して質疑することはできませんから、この点をあわせてお含みを願います。 これより順次各参考人の御意見の開陳をお願いすることといたします。それでは東京大学教授団藤重光君よりお願いいたします。 ちよつとこの際申し上げておきますが、団藤、江家御両君には、刑事訴訟法学者のお立場から、刑事訴訟法の改正のあり方について御意見を述べていただきたいと存じます。特に第一検察官の一般的指示の問題、第二、逮捕状請求に関する検察官の同意の問題等を含めてお述べを願いたいと思います。
○団藤参考人 東京大学教授団藤重光でございます。委員長のお示しの内容を含めまして、多少一般的にいろいろの問題に触れてみたいと存じます。こまかい問題を申し上げますと、ほとんど各条文について問題があるかと思いますが、特に重点的に、大体六点にわかちまして申し上げたいと思います。第一は強制処分、第二は捜査、第三は公訴、第四が第一審公判、第五が控訴審、第六が略式手続、これらについて順次申し上げます。 まず第一の強制処分の点に関しましては、幾つかの問題があるのでありますが、便宜上その一としまして、勾留期間更新の問題及び保釈の問題について述べたいと思います。勾留期間の更新の回数の制限を撤廃するという点につきまして、六十条の第二項の改正によつて保釈に関する規定を援用いたしておりますので、まず保釈の関係から申し上げますと、第八十九条の改正において新しくいろいろのものが入つて来ております。この中で特に問題として取上げたいと思いますのは、第四号の「多衆共同して罪を犯したものであるとき。」という点であります。こういう改正案が出されたという趣旨につきましては、わからないわけではないのでありますが、他面においてまた非常に大きな疑問があると思われるのであります。「多衆共同」の意義につきましては、解釈上非常に困難があると同時に、実質的に申しましても、多衆共同して罪を犯す、いわゆる集団犯というような場合におきましては、なるほどこれを調べる方の側から申しましても非常に骨が折れる、身柄を拘束しておかなければならない必要があるということが言えるかもしれませんが、また他面においては、そういう集団犯罪においては、各自の嫌疑というものが非常にあいまいになるわけでありまして、ややもすれば無実の者がその中に巻き込まれるというおそれも多分にあるのであります。そういう点から申しまして、かりに多衆という言葉をかなりはつきりと限定するといたしましても、私はこの点については賛成いたしかねるのであります。 第六号のいわゆるお礼まわりの関係につきましては、これは実際の運用上やむを得ないと思われますので、この点は賛成するほかないと思います。 第一号の短期一年以上の懲役、禁錮にまで拡張しました点については、これまた根本的には賛成するのに躊躇するのでありますが、これも実際上の必要の問題でありまして、積極的に賛成するとまでは申し上げられませんが、実際上の必要がやむを得ないとあらば、これはしかたがないと思います。 この関連において勾留の期間の点に触れたいと思うのでありますが、大体現行刑事訴訟法は英米の刑事訴訟法を大幅に受入れたものでありまして、英米の刑事訴訟法では、権利保釈の点を十分に保障すると同時に、勾留期間の点についてはこのような厳重な制限は置いておらないのであります。勾留期間の制限は大体ドイツ法系の建前でありまして、これを権利保釈の面と両方の面で制限して行くということになりますと、これはきゆうくつに過ぎることになるものと思われるのであります。従つて私は八十九条の権利保釈を狭くすることに反対すると同時に、その反面において六十条の勾留期間についてある程度これを広くするということには賛成いたします。但しその更新の回数をはずすはずし方につきまして、はたして八十九条をこのような形で運用することがいいかどうか。たとえば多衆共同して罪を犯したということによつて、勾留期間が普通ならば一回に限られるところが、何回でも更新することができるということになつていいものであるかどうかということについては、なお疑いを持つものであります。 強制処分に関するその二といたしまして、勾留の理由開示に関する点に触れたいと思います。法案の八十三条以下のところでございます。これにつきましては、私は根本的に反対でございます。私も実際上の必要からして現在のような法廷の様子では、とうていやつて行けないという点は認めるのでありますが、その点ならば、もともと私は反対でありましたけれども、現在は法廷等の秩序維持に関する法律というものができておりますので、これを十分に運用することによつてまかなうべきものではないかと思うのであります。被告人等に意見を述べさせるのに、書面によるということは、私の考えを率直に申し上げますと、これは違憲の疑いがあると思うのであります。憲法三十四条後段においては、拘禁されました場合には、公開の法廷において、しかも本人及び弁護人が出席するところの公開の法廷において、その理由を告げるということになつております。これは言うまでもなく英米におけるヘビアス・コーパスの手続を、少くとも刑事手続の範囲において受継いだものであります。ヘビアス・コーパスの手続は、拘禁されたものがそれについてこれを不法といたします場合に、裁判所に人身保護の令状を求めて拘禁者とともに裁判所に呼び出してもらうことを求めるのであります。その法廷でもつて裁判所は拘禁した側の理由と被拘禁者の意見とを聞いて、はたしてその拘禁が正当なものであるかどうかということを判断しまして、もしその拘禁が不法なものならば、即座にこれを釈放する、こういう制度でございます。従つてそれを受けた勾留理由開示の手続にいたしましても、被告人の方に意見を述べさせるということは、これはどうしても憲法上の要求であると考えざるを得ないのであります。特に弁護人の出席をも憲法が要求している趣旨は、これは被告人の方の側に意見を陳述させることを認める趣旨である、こう見なければ、非常に意味の少いものになつてしまうのでありまして、そのような意見の陳述を述べさせないというような解釈は、これはとうていとることができないと私自身は考えるのであります。意見を述べることが憲法上の要請であるといたしますならば、これは公開の法廷において意見を述べるのでありますからして、勢い口頭でもつて意見を述べるということになると思うのであります。従つて書面でもつて意見を述べるということについては、これは憲法上の疑義があると思うのでございます。時間がありませんから詳しくは申し上げませんが、実質的に見ましても、勾留理由開示で十分のことを言わしておけば、本案の審理の方はかえつてそうてこずらないでやつて行くことができるのではないか。もしここでこの道を封じますと、今度は公判廷でもつて、たとえば勾留の取消しを請求する、こういうことが起つて参ります。そういたしますと、これは公開の法廷の申立てによつて決定をしなければならない場合でありますからして、当然に意見を聞かなければなりません。その関係でかえつていろいろなごたごたが起つて来るおそれがあると思います。従つて裁判所の立場にかりに立つて考えるといたしましても、理由開示については現行法のままの方がかえつていいのではないか。そして先ほど申しましたような法廷等の秩序維持に関する法律を適当に運用するということによつてこれをまかなうべきものではないか、かように考えるのであります。 その三といたしまして、鑑定留置について申し上げます。これは百六十七条及び百六十七条の二の関係でございます。これについてはおおむね私は賛成してよろしいのでありますが、ただここに資料として法務省刑事局から出ておりますところの逐条説明書によりますと、現行法の解釈として勾留中に鑑定留置をした場合には、その期間中勾留が停止されるのが当然の解釈である、これは現行法の解釈を明らかにしたにすぎないというような趣旨に読まれるのでありますが、この点は私は現行法の解釈として反対でありまして、現行の解釈としては、少くともこの鑑定留置が行われましても、勾留期間はそのまま進行する、かように考えるべきではないかと思うのであります。従つてこの案の百六十七条の二というものは、現行法の正当な解釈に比較いたしますと、不利益になる面があると思われるのであります。しかし実際上かような点は必要かと思われますので、結論としては私は賛成してよろしいのであります。 第二に捜査の点について申し上げます。その一といたしまして、まず検察官と司法警察職員との関係の問題、すなわち百九十三条及び百九十九条に関する点について申し上げたいと思います。百九十三条の一般的指示は、これは現行法でも認められているのでありますが、現行法では公訴の実行のために必要な限りにおいて、捜査についても一般的指示をするということになつているのであります。これに対してこの案では、捜査を適正にするためにも一般的な指示をすることができるように読まれるのであります。前国会に提出されました案では、「捜査を適正にし公訴の遂行を全うするため」とありましたのが、今回の案では「その他」という字がその間に入りましたので、捜査を適正にしということが、公訴の遂行を全うするために必要なということのいわば例示のようにもとられるのでありまして、もし単なる例示であるといたしましたならば、すなわち公訴の遂行を全うするために、その限度において捜査を適正にするために必要な事項、こういう趣旨であるといたしましたならば、これは私は現行法の解釈としても当然であつて、それに対して何ら異論はないのでありますが、この点は現行法の解釈を明らかにするという趣旨であるかもしれませんけれども、この用語によつてはたしてその趣旨がはつきりするかどうか、むしろ公訴の遂行を全うするため以外に、単に捜査を適正にするためだけの一般的指示もできるように読まれなくもないのでありまして、そうなると、これは非常に大きな問題になつて参るのであります。検察官と司法警察職員は、それぞれに捜査機関の地位を持つのでありますが、少くとも主たる捜査機関は司法警察職員であるべきであります。検察官の主たる任務は、むしろ公判に入つてからの公訴官としての任務にあるのであります。従つて検察官が捜査の方面にまでこのように立ち入つたことをするといこうとになりますと、勢い公判における公訴官としての任務がおろそかにされる心配があるのであります。現在においても当事者主義が十分に運用されていないように見られるのでありますが、その一つの原因は、検察官の公訴官としての働きが不十分であるところにあるように思われるのであります。ましてこのように捜査の方に一層首をつつ込むことになりますと、これは当事者主義の公訴から言つておもしろくないのではないか。当事者主義を将来やめてしまつて、旧刑訴のような方向に行くというのなら別でありますが、当事者主義の建前をとる以上は、この行き方は少くも改正の方向として、はなはだ妥当を欠くように思うのであります。そのような意味におきまして、私は百九十三条の改正には賛成いたしがたいのであります。 百九十九条の関係につきましても、根本的にはこれと同じことが言えるのでありますが、なお、さらに技術的な問題といたしまして、検察官の同意がはたしてどの程度に実質的に行われるかという心配があると思うのであります。おそらくこの改正がありますならば、最初のうちは検察官が十分慎重にこれを運用するであろうことは疑いをいれないと思いますけれども、行く行くこの同意というものが形式的に与えられるということになりますと、これはかえつてこの改正の趣旨と反対の方向に行くおそれがあると思います。と申しますのは、裁判官の方では検察官に対してはまあかなり信用があるでありましようから、比較的楽に逮捕状を出す。警察官に対しては、一応まゆにつばをつけてかかるというようなことがあるかと思われますが、それが検察官の同意がありますと、これは検察官の同意があつたということでもつて、いわばめくら判を押すような傾向が出て来はしないか。そういたしますと、一方では責任の問題につきましても、警察の責任であるか検察官の責任であるかということについて明確を欠く点が出て来ると同時に、かえつて被疑者の立場から見ましても、これが利益であるかどうか問題であろうと思います。のみならず通常逮捕についてこのような厳重な制限を置きますと――これは私の杞憂に終れば幸いでありますけれども、緊急逮捕あるいは現行逮捕という方面にそのはけ口が求められはしないか。通常逮捕が簡単にできないので、そのかわり緊急逮捕をするというようなことになつて参りますると、これは現在でも一層大きな弊害が出て来はしないかと思われるのであります。この点については、根本的には憲法三十三条、三十五条の精神の問題になるのでありまして、強制処分については裁判官が司法官憲としての地位においてこれを抑制する、これが憲法の精神であります。いわゆる司法的抑制、ジユデイシアル・チエツクというのがこれであります。もし逮捕状の請求の濫用のおそれがありますならば、裁判官が十分にこれを抑えることができるように、そちらの方で手を打つべきではないかと思われるのであります。検察官の同意によつてその弊害を押えようというようなことが、憲法三十三条、三十五条の精神を等閑に付するものではないかという感じがいたすのであります。 捜査に関するその二といたしまして、供述拒否権の告知、百九十八条の関係を申し上げたいと思います。現在では供述拒否権を告知しているのに対して、そういうことをやると、本来ならば自白する者も自白しなくなるという検察庁側の意見は十分わかるのでありますけれども、実際問題といたしまして、供述拒否権を行使して始末に負えないというのは特殊の事件の被疑者、被告人でございます。そういう人たちならば、何もわざわざ告示しないでも供述拒否権があることを十分知つているのでありまして、この改正によつてその人たちは何ら痛痒を感じないのでありますが、むしろ問題はそうでない普通の弱い被疑者たちでありまして、そういう人たちに対して、単に自己に不利益な供述を強要されないということを告げるだけで、はたして十分であるかどうか。場合によりますと、自己の姓名でありましても、特殊な関係ではそれによつて自分が犯人であるということが判明する場合もあるのでありまして、そういう場合に氏名を言わなければならぬのだということを捜査官が言うといたしますならば、これは被疑者が当然憲法上持つているところの権利を十分に行使させないことになりはしないかと思うのであります。のみならず公判手続に参りますと、三百十一条によつて一般的な黙秘権が与えられております。またこの権利については、冒頭手続においてこれを被告人に告げることになつております、実際問題として、供述強要のおそれがありますのは公判手続に入りましてからよりも、むしろ捜査の段階においてでありまして、そういう点から申しまして三百十一条との権衡上も、この百九十八条第二項の改正については賛成を躊躇せざるを得ないのであります。 その三といたしまして、起訴前の勾留期間の問題、二百八条の二の関係について申し上げます。起訴前の勾留期間がこのように延びるということは根本的に賛成いたしがたいのでありますが、これは治安当局の実際上の要望とあらば、単なる学者の意見をもつてすぐにこれを否定することはできないかと思われますけれども、そのかわりこのように起訴前の勾留期間が長くなるならば、少くとも刑事補償をこれに与える道を開くべきではないかと思います。現行法上も、もし被疑者が起訴されました上で無罪等になりましたならば、これは起訴前の勾留についても補償がありますが、もし不起訴になりました場合には、これは刑事補償の範囲外になつております。もしこのように起訴前の勾留期間を延ばすことになれば、同時に刑事補償について適当に考える必要があると思います。またこの二百八条の二の規定の中で、共犯その他の関係人が多数であるということが一つの要件になつておりますが、共犯が多数であるということは、先ほど申しましたように一人々々について見ますと嫌疑の弱い場合が考えられ得るのでありまして、そういう点からも問題があると存じます。 その四といたしまして、差押えに関する緊急処分についての二百十九条の二について申し上げます。これは実際の必要があることは、これまた認めざるを得ないのでありますが、他面において、憲法との関連においてやはり問題が若干あると思われます。憲法三十五条によれば、差押え令状には場所と差押えるべきものとを特定しなければならないことになつております。特にその英訳によりますと、個別的にこれを特定記述することが要求されております。実際の運用上はある家屋における何々被疑事件に関する証拠物件というような一般的な特定が行われておるようでありますが、これ自体がはたして憲法の要請に合致するかどうか問題であると思います。しかしその点をかりにおくといたしましても、その場所が、その後移動した場合についてこのような方法をとることができるかどうかという点は、はなはだ問題であると思います。それはこの規定の最後の方にあります「その場所を看守する」ということにも関連して参ります。ここで特に「場所を看守する」という文句を使つて、物そのものを看守するということにしておりませんのは、その場所をただまわりから取巻いているというだけの意味であるべきであります。そうならば、これは憲法上の疑義もそう大した問題ではなくなると思います。ただ私が心配いたしますのは、これまた資料として出ております逐条説明書によりますと、この場所の看守ということの解釈として、その場所に出入りすることを禁止することもできる、またほかに持ち去られたり、またそれを滅失したりすることを押えることもできるというような解釈がとられているようであります。これはこの規定ができましたあかつきにおいて、学者としてそういう解釈をとり得るかどうか問題でありますが、もし実務上そういうような運用になるといたしますならば、これはその物に対して官憲の管理、すなわち占有が及ぶことになると思います。そういたしましたならば、これは令状なしにかりに差押えるということとほとんど違わないことになるのでありまして、ちようど三十三条の関係の緊急逮捕の場合と同じように、三十五条の関係でいわば緊急の差押えを認めたのとそう違わないことになりはしないか。三十三条の関係で緊急逮捕を認めることについても違憲の疑いが全然なくはないと思いますが、三十五条の関係で緊急の差押えを認めるというようなことになりますならば、これはなおさら問題であると思います。これはこの「場所を看守する」、特に看守という言葉の意味内容に関連いたしまして、あるいは違憲ではないという説明もつくと思いますが、もし法務省当局の説明書にありましたような解釈になるといたしますならば、これは問題になると思います。実務的にそういうふうに指導されることをもし予想いたしますならば、私はこの規定にも反対せざるを得ないのであります。 第三に、公訴の関係について申し上げます。この関係では特に公訴の時効が問題となると思いますが、これは二百五十四条及び五条の関連においてであります。二百五十四条一項但書が削除されることになつておりますが、これは現行法においては一定期間内に起訴状の謄本の送達がない場合には、公訴の提起後公訴そのものが初めから効力を失うという点からして、これは最初から時効が停止しないという建前なのであります。この改正案ではそのような場合に公訴棄却の決定をするということになりますので、その関連においてこの但書が削られたものと思われるのでありますが、かような場合に公訴棄却の決定がどのようにして送達されるのでありますか。起訴状の送達そのものができない場合におそらく公訴棄却の決定の送達もできないと思われます。そういたしますと「確定した時からその進行を始める。」とありますが、その確定がいつまでも延びるのでありまして、言いかえますと、このような事件についてはいつまでも時効が完成しないでいるということになると思われます。この点については送達制度を一方において完備しなければならないのでありまして、送達制度を完備しないでおいて二百四十五条但書を削るということは、はなはだ大きな問題になると思います。同様なことは二百五十五条についても言えるのでありまして、略式命令の告知ができなかつた場合に、二百五十四条の関係から申しますれば、そのような場合には公訴の提起によつて時効が停止したままで継続することになります。二百五十五条では略式命令の告知ができなかつた場合のうち、犯人が国外におる場合あるいは犯人が逃げ隠れておるために略式命令の告知ができなかつた場合と特に限定しておりますが、これは二百五十四条と五条との間にギヤツプができることになると思います。これまた略式命令の措置についての、すなわち広く申しまして送達についての規定が完備しないことから来ると思います。二百五十四条、五条の関係ではぜひ送達制度の完備を要望したいのであります。 第四に、第一審公判の関係で、まずその一としまして被告人の出頭の関係すなわち二百八十六条の二について申し上げます。これはいろいろの意味で非常に問題であると思いますが、結論から申しますと、もしこの規定ができた以上は被告人が予想されるような抵抗もしなくなるのじやないか。この規定ができることによつて弊害を未然に防ぐことができるのではないかと思います。その意味においてこの規定は賛成であります。但しそれについてはかような場合には被告人が出頭しなくても公判手続が行われるということを被告人が知つておらなければならないのでありまして、その点を被告人に知らせるための何らかの措置が必要であろうと思います。たとえば召喚状の送達によつて召喚するときにはその旨を付記するということにしなければ、これは片手落ちになるおそれがあると思います。 その二といたしまして、簡易公判手続について申し上げます。これもいろいろ問題があるかと思いますが、もし英米のアレインメントの制度をそのまま取入れるということになりますと、これは憲法三十八条との関係で違憲問題になると思います。しかしこの簡易公判手続の趣旨はそうではなくて、有罪である旨の陳述をした場合に、証拠関係において一方では証拠調べを簡略にし、他方では伝聞証拠に関する制限をゆるめるということでありまして、これは憲法の解釈としても十分成り立つものであると思います。それも一気にすべての事件に持つて行くのではなしに、さしあたり重罪以外の者に限定しておるのでありまして、かような事件について、しかも非常に簡単明瞭な事件を一々こまかくやりますよりは、こういう点は裁判所の精力を十分にセーブして、それをほかの事件に振り向けるのが妥当だと思います。詳細に申し上げませんが、簡易公判手続については賛成でございます。 第五に控訴審について申し上げます。その第一点としまして三百八十二条の二の関係でありますが、現行法においても三百九十三条第一項但書がもともと最初の原案にはなかつたものが国会でもつて入りました。その控訴事実審との関係で多少疑義が出ていたのでありまして、私はそれを解釈でもつて補つておりましたけれども、これを明文でもつてはつきりさせるということは、これは至当であろうと思います。三百八十二条の二についてはまつたく賛成であります。 その二といたしまして、三百九十三条の第二項及び三百九十七条第二項、すなわち控訴審についてある程度続審的な性格を認めるという点について申し上げたいと思います。現行刑事訴訟法の建前は全体として当事者主義になつているのでありまして、その結果として、第一審の手続は非常に複雑なかつ慎重なものになつております。すなわち事実に関する限りは、これは第一審でもつて大体決定的なものにする。ただもし第一審の判決が誤つている場合に、これを控訴審で事後的に審査して誤りを正す、これが現行法の根本的な建前であります。すなわち第一審重点主義ともいうべきものが現行法の建前であります。ただ実際問題としまして、特に簡易裁判所等においてはなはだおもしろからぬ事例があるようでありますので、第一審を絶対的なものにするということについては、これは問題があるかと思うのでありますが、これはむしろ第一審裁判所を強化するという方向に持つて行くべきであると思います。第一審判決の当時において、もしそれが正当のものであれば、それはよろしい。もし第一審判決当時に立つて見て、それが誤つているという場合に、それが法令の違反であろうが、事実の誤認であろうが、刑の量定の不当であろうが、これは控訴でもつて矯正する、こういうことになるべきだと思います。そのようないわゆる事後審の構造を動かすということになりますというと、これは一方において上告審との関連において控訴審が不当に厖大になるおそれも出て来るのでありまして、この上訴制度全体としての調和を破ることになると思います。ただこの改正案の程度でありますならば、ただちにそれが上訴制度の調和を破るというところまで行くわけではありませんが、しかし理論的に申しますならば、このような例外を認める必要が一体どれだけあるかということを疑問としたいのであります。実際に問題となつて来るのは、第一審判決後の示談であるとか、被害の弁償であるとかいう点であるかと思いますが、解釈論といたしましては、たとえば傷害被告事件において第一審判決後にその被害者が死亡した、すなわち傷害致死の事件になつた。そのような場合に、この規定で申しますならば、犯罪事実そのものとしてこれを訂正することはできませんから、おそらく事実の認定としてはやはり傷害の点だけを認定することになるかと思います。少くとも法令の適用は傷害罪の規定を適用する以外にはなかろうかと思います。しかし刑の量定の面において、被害者があとで死んだというようなこともここに入つて来ることになつております。そのような場合について、被害者がその傷害の結果死んだということを認めながら、それを事実に認定しないあるいは傷害致死罪の法令を適用しないということは、はなはだ中途半端なことになるのでありまして、理論的にはこの規定は割切れないと思います。ただだからといつてこれをもつと徹底した続審の制度に持つて行くということになりますと、なおさら問題がありますので、徹底した続審制度に比べますというと、まあこれでがまんするほかないかと思います。私個人の意見としましては、この点も現行法通りにした方がいいように思うのであります。特に第一審ですぐに示談をすればできるのに、それをしないでおいて、第一審の判決の結果を待つて、もし執行猶予等で済めばそのままにする、実刑になれば、そこでそのあとで弁償して、控訴審で争うというようなことも全然予想されなくはないのでありまして、こういう規定についての弊害の面も同時に指摘しておきたいのであります。なお第三項の関係でも多少問題がありますが、時間があまりたちましたから省略いたします。 第六点として、略式手続の点につきましては、これまたいろいろの問題があると思いますが、結論としては私は賛成であります。現在の手続はかなり無理になつている点があるのでありまして、それを一方では、略式手続の趣旨を初めに十分に被疑者に告知することになつておりますし、また正式裁判の請求期間が十四日延長されましたので、それらの点を総合して考えまして、略式手続の改正には賛成でございます。 なおいろいろこまかい点はございますが、たいへん長く時間をとりましたから。
○小林委員長 次に早稲田大学教授江家義男君にお願いいたします。
○江家公述人 早稲田大学教授江家義男でございます。 私も学者という立場から意見を述べることになるのでありますが、大体のところは団藤教授の意見に一致する面が非常に多い、ささいの点では違う点もございますが、大体において意見が一致いたしますので、あるいは私の申し上げることが団藤教授と重複するようなことになるかとも思いますが、私個人の意見という意味においてお聞取りを願いたいと思うのであります。 大体六点ほど、問題になろうかと思われる点だけを拾い上げて申し上げてみたいと思います。一応項目だけ先に申し上げますると、起訴前の勾留期間の問題、次に権利保釈についての問題、次は供述拒否権告知制度についての問題、次は検察官の一般的指示についての問題、その次に逮捕状請求に対する検察官の同意についての問題、さらに勾留理由開示手続についての問題、大体これらの問題について私の意見を申し上げたいと思いまするが、意見を申し上げる順序は改正案の条文の順序で申し上げます。 順序といたしますると、第八十三条の改正、すなわち勾留理由開示手続についての改正案でありまするが、大体の私の結論的な意見といたしましては、この改正に反対であります。その理由につきましては団藤教授からすでに説明がありますので、重複のきらいはございまするが、私もこの改正は憲法違反の疑いがあるということを申し上げたいのであります。これは憲法の解釈についてはいろいろ意見があり得るのでありまするから、結局意見の相違であるということになろうと思いまするが、私は憲法違反の疑いがあるという意見に賛成であります。と申しますのは、憲法第三十四条に被告人及び弁護人の出席する面前において理由を告げるとあります。これは団藤教授の言われました通り、ただ単に耳から聞かせるというだけではないのでありまして、その出席の面前において告げるというのは、その際に被告人及び弁護人に意見を述べる機会を与えるという意味が含まれていなければならないと考えるのであります。しかも公開の法廷で意見を述べさせるということになりますると、当然これに書面ではいけないのでありまして、口頭で述べさせる機会を与えるということでなければならぬと思うのであります。ただ多少制限をなし得るかと思いますのは、刑事訴訟法の規定でありますると、その意見を述べる権利を持つておりますのは、被告人、弁護人並びに勾留理由開示手続の請求者ということになつております。ところで憲法の規定は、被告人及び弁護人とあるのでありまして、被告人及び弁護人の意見の陳述の機会を奪うことはできないと考えますけれども、請求者について意見の陳述権を与えなければらぬということは、必ずしも憲法の要求しておるところとは考えられないのであります。従つて手続の紛乱といいましようか、現在勾留理由開示手続においていろいろ法廷闘争その他の形において手続が混乱しておりまするが、それを防止するという意味におきましては、請求者の意見の陳述ということは、これは制限しても必ずしも憲法違反にはならないと考えております。あるいは改正案の書面による陳述というのは、請求人に関する限りにおいて認めるという程度のことならば、私は憲法違反ではなかろうというように考えておるのであります。 次に条文の順序で参りますと百九十三条の改正であります。すなわち検察官の捜査に関する一般的指示の準則のきめ方でありまするが、これも団藤教授と同じ意見でありまして、私は反対でございます。その理由について、また重複いたしまするが、新刑訴の建前は、捜査の主体的な機関、捜査機関は警察ということになつておるのであります。検察官は公訴官としての機関的機能を営むのが本来の建前であります。もちろん検察官といえども捜査権は持つておりまするが、新刑訴の建前としてはやはり警察官、いわゆる司法警察員が捜査の主体的な地位にあるのであります。従つてこの改正案のような捜査それ自体の適正について一般的指示すなわち準則を定めるということになりますると、検察官がややもすれば捜査機関の捜査そのものに干渉をするというおそれがどうしても出て来るのではなかろうか。必ずしもこれを検察官のフアツシヨ化とまで言う必要はないのでありまするけれども、ある一部からはそういうような目で見られる危険も相当あるように私は考えるのであります。そういう意味において、この改正案には賛成いたしかねるのであります。 次の問題は百九十八条第二項、すなわち供述拒否権告知制度の改正でありまするが、この改正にも私は反対といいましようか、こういう改正を特にする必要はないという意味合いであります。と申しますのは、この改正で行きますると、告知制度そのものを廃止するのではなくて、告知の仕方、文言を改正するという形になつております。現在の刑事訴訟法の規定でありますると、供述を拒否し得る旨を告知する。それを今度は自己に不利益なる供述を強要されるものではない。すなわち憲法三十八条一項の文言そのままに改正しようというのでありまするが、供述を拒否し得る旨を告げるというのも、その精神はやはり憲法三十八条第一項と同じく不利益な供述を強要するものではないという精神にほかならないのであります。従つて今度の改正によりまして実質的にどれほど――実質的といいましようか、むしろ法律論的にどれほどの改正になるか、大した改正にはならないと考えるのであります。むしろかように字句を改正することによりまして、ある弊害が予想されて参るのであります。それは改正案の逐条説明書にもちよつと出ておるのでありますが、説明書では犯罪事実とはまつたく関係のない氏名、住居等については黙秘権がないというような考え方でこの説明をしておるのでありますが、この点は団藤教授も先ほど申されましたように、氏名、住所を告げることが犯罪捜査の端緒になる。犯罪捜査の端緒になるということは、被疑者にとつて不利益な供述をしたということになるのであります。最近アメリカにおきましてもこの被告人の黙秘権というものをある程度制限する方が適当だという意見も大分盛んなようでありますが、私は広くは読んでおりませんが、ウイグモア教授の著書を簡単に読んでみましても、この点に触れまして、被告人すなわち公訴を提起せられた後の被告人の黙秘権については、ある程度の制限をつけるということもよろしいが、捜査の段階における被疑者については、完全なる黙秘権を認むべきである、これを制限することは結局供述を強要する危険をかもすものである。こういうような意見をウイグモア教授は述べておるのであります。そういう点から考えましても、私はこの改正は実質的には改正になつておらないと思う。ただこういうように字句を改正したことによつて、今後いかにも被疑者にその住所、氏名等は供述しなければならぬというように思わせる、その点が一つの弊害であると考えるのであります。なお住所、氏名等は犯罪事実に関係ない、結局不利益な供述にはならないのだという意見もありますが、もしもそれが犯罪事実に関係がない、もう少し広く言いますならば、捜査には関係のないことであるならば、捜査機関として何も住所、氏名を聞きたがる必要はない。それが捜査の端緒になればこそ住所、氏名を聞きたがるのであります。そういう点から見ましても、やはり住所、氏名は被疑者にとつて不利益な事項になる、こういうように考えざるを得ないのであります。 次に百九十九条第二項の改正、すなわち司法警察員が逮捕状を請求する場合に、検察官の同意をあらかじめ得る、この改正でありまするが、この改正についても私は反対であります。元来逮捕状その他いわゆる強制処分についての令状は裁判官が発する。何ゆえに裁判官にそういう令状発付権を認めたかといいますると、裁判官という公平な地位にある者が、人権擁護の見地から適正な判断を下して令状を発付する、こういう精神であろうと思うのであります。もしも現在司法警察員の請求した逮捕状が濫用され、濫発されるおそれがあるといたしますれば、この濫発を制限するのは検察官ではなくて裁判官でなければならないと思うのであります。裁判官が適正に判断するならば濫発は防げる、裁判官が盲判を押せばこそ濫発になるのではなかろうか、こういうふうに考えるのであります。もつとも逮捕状の発付につきましては、逮捕の理由だけを裁判官が審査すべきで、その必要性までも審査すべきでないという意見も相当有力でありますので、この点法律学的にはかなりの問題がございます。もし裁判官としては逮捕状発付の必要性まで審査するものでないというのであるならば、しかも逮捕状の濫発を防止する方法をどうするかということでありまするならば、私は一応こういうことでも逮捕状の濫発が防げるのではなかろうかと思うのであります。それは裁判官が必要があると認めた場合には、その逮捕状の発付について検察官の意見を求めることができる、この程度のものでよろしいのではなかろうか、もしその程度になつておりまするならば、警察官、いわゆる司法警察職員といたしましては、逮捕状を請求する場合に、あるいは逮捕状が発付されないおそれがあると認めた場合には、あらかじめ検察官に同意を求めて、それから裁判官のものに請求する、こういう手続を当然とることになるであろうと思うのであります。法律の条文によつて、初めから義務的に同意を得てから逮捕状を請求する、こういう形式をとらなくても済むのではなかろうか、こういうように考えておるのであります。なおこの逮捕状の請求について検察官の同意を必要とするということは、先ほど申し上げた捜査手続そのものに検察官が干渉するということの弊害といいましようか、現行刑事訴訟法の本来の建前と相反する面があるということも注意すべき事柄であると私は考えております。 その次に二百八条の改正、すなわち起訴前の勾留期間の延長の問題でございますが、これも結論としては賛成いたしかねるのでありまするが、先ほど団藤教授も申されましたように、これが実務としてどうしてもその必要がある、そうしなければ現在の実務というものが運用できないというならば、われわれとしては譲歩せざるを得ないのでありまするが、でき得る限りは起訴前の勾留というものは短期間であることが望ましいのであります。でき得る限りはこういうような延長ということは認めてほしくないのであります。なおこの二百八条の改正案が通りました場合、次に問題になりまするが、権利保釈の制限、これが多少関係があるように思います。これは後に申し上げます。 権利保釈についてでありまするが、これも団藤教授が先ほど申しましたように、大体新刑事訴訟法は英米法にならいまして、権利保釈というものを原則としておるのでございます。これを制限する、すなわち裁量保釈の範囲を広めるということは、なるべくやめたいというのがわれわれの考えでありまするが、特にこの改正案におきまする八十九条第四項としての追加規定、すなわち「被告人が多衆共同して罪を犯したものであるとき。」これを権利保釈から除外いたしまして、いわゆる裁量保釈にまわすということについては相当の疑問があると思うのであります。元来裁量保釈にします場合は、根本的な考え方としては、罪証を隠滅するおそれがあるという場合に限定さるべきものであります。もちろんそれだけに限定することは種々の観点から不便がありますので、現行刑事訴訟法も裁量保釈の場合を認めておりまするが、根本はそこになければならない。ところがこの改正案で参りますると、単に多衆共同して罪を犯したものであるということだけで、権利保釈というものが否定される形になるのであります。この点理論的に考えましてどうも満足できないのであります。 なお先ほど申しました二百八条との関係でありますが、二百八条のいわゆる起訴前の勾留期間の延長、この条文でも大体わかりますように、この改正の規定が適用されますのは、多くは多衆共同した犯罪になろうと思うのであります。そうしますと、すでに起訴前において五日勾留期間が延長される、そういうものがさらに公訴を提示した後に権利保釈が否定されるということになつて参りますので、二百八条の改正案が通るか通らないか、この点とも関連いたしておりますけれども、被告人が多衆共同して罪を犯したという理由だけで権利保釈を否定することには賛成いたしかねます。 次に簡易公判手続について申し上げますが、この改正案には私賛成であります。実は私個人の意見といたしましては、現在の簡易裁判所の事件のごときは、被告人が公判廷で自白をいたしましたならば、しかももちろん裁判官かそれによつて有罪の確信を得た場合には、それだけですでに判決を下してもいいもの、そういう手続にしてもよりしかろうと考えておるのでありますか、しかしそういたしますと、一部の学者の間の意見でありますが、御存じの通り、それは憲法に違反する。自白を唯一の証拠として有罪の判決はできないという憲法に違反するという意見もございますので、私個人としてはそこまでやつてもよろしいものと思うのでありますけれども、改正案といたしましてはそこまで簡単化することを主張するものではございませんが、とにかく簡易公判手続というものは必要であり、またこれによつて審理というものが簡潔に片づくということを考えますと、本改正案には私は賛成いたしたいと思うのであります。ただ多少の疑問が残りますのは、被告人に弁護人がついておらないような事件についても、なおこの簡易公判手続が行えるのかどうか、その点はさらに考慮を要すべきものがあるというふうに考えております。 最後の問題といたしまして、控訴審の問題について申し上げます。その中の一点だけ、これは団藤教授と多少意見が異なるかと思うのでありますが、三百九十三条第二項の改正であります。すなわち「控訴裁判所は、必要があると認めるときは、職権で、第一審判決後の刑の量定に影響を及ぼすべき情状につき取調をすることができる。」現在の刑事訴訟法のいわゆる事後審的性格というものから見ますと、この規定は続審的な性格を入れたものとして反対される面もあろうかと思うのでありますが、しかし元来この事後審的なものにいたしましたのは、やはり英米法の裁判制度というものが参考になつておるものと考えます。それは第一審中心主義といいましようか、重点、主義になつておるということにも関連があるのでありますから、英米法で第一審重点になりますのはいわゆる控訴事実の審理、言いかえますと、犯罪事実の存否に関する審理でありまして、刑の量定につきましては、この原則は英米法では当てはまらないのであります。と申しますのは、英米法では刑の量定そのものは、いわば訴訟の対象と言いましようか、訴訟当事者の争いの対象とはなつておりません。まつたく裁判官の自由裁量によるのであります。公判廷において、情状についての事実取調べということは行わないのであります。そういうような点も参考にして考えますると、新刑訴における事後審的性格、特に第一審重点主義というのは犯罪事実の審理という面についてのみ考えれば足りるのではなかろうかということも、一応意見としては出せると思います。従つて刑の量定のみに関係のある情状については、続審的な性格を含めましても必ずしも新刑訴の控訴審の性格と矛盾するものではないのだということが言えるかと思うのであります。ただ二、三この改正案の適用について疑問が起きるかと思います。それは、先ほど団藤教授も述べられましたが、刑の量定に影響を及ぼすべき情状と言いましても、いろいろなものが考えられます。純粋なものとしては、被害弁償をした、あるいは示談をしたというようなことでありましようけれども、先ほど団藤教授も例に上げましたように、傷害事件において第一審の判決後に被害者が死亡した、その死亡したという事実が刑の量定に影響がある、こういうように考えますると、結局単純なる情状でなくて、犯罪事実の構成部分に属する事実までも取調べるということになるのではなかろうか、条文の解釈としてはそこまで行き得るような解釈にもなるということが考えられます。その点に大分疑問が起きると思うのであります。あるいはこれを、そういう犯罪事実の構成部分に関係ある取調べは除外するということをはつきりさせるためには、これは言葉としては足りないかと思いますが、審議の際に御考慮を願いたいと思うのであります。条文には、職権で「第一審判決後の刑の量定に影響を及ぼすべき情状」とありますが、少くとも刑の量定のみに影響を及ぼすべき情状というぐらいの言葉の改正が必要ではなかろうかと思うのであります。なおこの条文の解説といたしましては、たとえば第一審判決後の被害の弁償とか、示談という例をあげておるのでありますが、この条文ができますと、これは必ずしも被告人の利益にのみ適用されるものではない、検事控訴の場合には検事側において刑を重くする情状があるというようなことを主張し、それを職権で調査するということもあり得るかと思うのであります。解釈としては両方ができると思うのであります。はたしてそういう場合まで認めるのが適当かどうか、当事者対等主義という見地からしますると、被告人に利益ある情状の取調べができるならば、被告人に不利益な情状の取調べもできるということは、理論としては一貫するのでありますが、あるいはこれは被告人の利益に関するもののみに限定するという主張もあつてもよろしいように考えるのであります。時間が参りましたので、これで終りたいと思います。
○小林委員長 次に島田武夫君にお願いいたします。島田武夫君は弁護士として今回の刑事訴訟法改正案について一般的な御意見を述べていただきたいと思いますが、特に第一、起訴前の勾留期間延長の件、第二、権利保釈の件、第三、簡易公判手続の件、第四、検察官の一般的指示の件、第五、逮捕状請求に関する検察官の同意の件等を含めて意見をお述べ願いたいと思います。
○島田参考人 ただいま御紹介にあずかりました島田武夫であります。私は長い問弁護士をやつておりまして、弁護士としての実務の方面から、この刑事訴訟法の一部を改正する法律案について卑見を申し上げたいと考えます。 御存じのように連合軍の占領下の立法にはかなり行き過ぎがあるのでありますが、その当時はこれをいかんともすることができなかつたことは御存じの通りであります。刑事訴訟法の改正のごときもその一つでありまして、刑訴施行後五年間の運用によりまして、この刑事訴訟法の行き過ぎの点があざやかに露呈されるに至つたのであります。これを実情に合うようにしようというのが今回の改正であるようであります。もつともこの改正案の全部が一様にさようであるとは言えないのでありまして、その中にはまた復古調を帯びた、旧刑訴に郷愁を感じているものもあるようであります。そこで私の見るところによりますると、このたびの刑訴改正案の中には二通りのものが混然と含まれておるようであります。その一つは行き過ぎ是正のいわゆる改善案と、第二は復古調その他改悪案と二つがあるように思うのであります。 第一の行き過ぎ是正の改善案について申し上げてみたいと思いますが、これは刑訴第百九十三条第一項後段、第百九十九条三、四項の改正案であります。百九十三条の一項の後段は、検察官の警察員に対する捜査の指示権に関するものでありますが、現行法でも検察官は捜査に関して警察員に対して一般指示権のあることは御存じの通りでありますし、またここで多くの参考人の方が述べられたのであります。この場合の一般指示というのは、公訴を実行するために必要な犯罪捜査の重要な事件に関する準則を定めることによつて行われることになつております。改正案ではこれを捜査を適正にし、その他公訴の遂行を全うするために必要な事項に関する一般的準則を定めようとすることになつております。この改正案は文字の上に多少の相違がありますが、単に形式的な改正で、実体を改正するものではないように思うのであります。現行法が「犯罪捜査の重要な事項に関する準則」としておるのを、改正案では「捜査を適正にし、その他公訴の遂行を全うするために必要な事項に関する一般的な準則」こういうように書きかえたのでありますが、公訴権といい、捜査権といい、その実体は異なるものではなく、公訴権を実行するために捜査をするのでありますから、この二つの条文は言葉のあやが違うだけで、実体には変化はない、かように思うのであります。ところがこの文句の相違が、改正案の百九十九条第三項、四項に関連して実質的な変化になつて現われていると見る向きもあるようであります。これは私の見るところではたいへんな誤解である。この改正案は現行法の意味を明らかにしただけで、これを変更したものではないと思うのであります。現行法の百九十九条第一項は、御存じのように逮捕状に関する規定であつて、検察官や警察員は裁判官の発する逮捕状によつて被疑者を逮捕することができる規定になつており、第二項は、逮捕状は検察官や警察員の請求によつて裁判所が発出することを規定しておるのであります。これによりますと、検察官も警察員もおのおの独立して逮捕状の請求ができるのであります。この規定だけを見ると、警察員は検察官から独立して捜査ができ、独立して逮捕状を請求することができることに書かれてあります。しかしただいま申し上げるように検察官は警察員に対して捜査に関する一般的指示権があるのでありまするから、この指示権を行使して、逮捕状の請求についても指示を与えることができなければならないのであります。これは指示権の当然の結果で、言うをまたないと思うのであります。ところが、現行法の百九十九条二項が、「逮捕状は、検察官又は司法警察員の請求により、これを発する。」と規定し、両者の間に連絡がなく、おのおの独立して逮捕状の発出が請求し得るように規定したために、逮捕状の発出請求については検察官は指示権を有していないかのように解せられるに至つたのであります。この意味はさらに拡大されまして、警察員は犯罪捜査の全権を有し、検察官は裁判所に対する公訴権を行使するものである、かように分業をここに認めるような見解が出て参つたのであります。これは私は賛成することができないのであります。現行法の百九十三条一項は、明らかに検察官の警察員に対する捜査の指示権を認めておるのでありまするから、捜査のために行うところの逮捕状の請求についても指示権を行使してよいわけであります。改正案の百九十九条の「司法警察員は、第一項の逮捕状を請求するには、検察官の同意を得なければならない。」というのは、検察官の指示を受けねばならないというのと同じ意味であつて、指示といつても同意といつてもその内容に異なるところはない、かように考えるものであります。アメリカでは、警察員は捜査を行い、検察官は捜査の結果に基いて公訴権を行使するということになつておるそうでありますが、日本ではまだ警察員が独立して捜査権を行使し得るほどには発達していないと思うのであります。警察員が捜査をするには検察官の指導を必要とするのが現状であります。刑事訴訟法が改正されたからといつて、改正前の警察員や検察官がそのまま居すわつているのが現在の状態であります。その素質や能力や人物に何ら変化がない、変化したのは刑事訴訟法が改正されただけであります。かように司法機関は同じであるものが、一夜にして、訴訟法が改正されたからただちに司法警察員の素質が向上したということはとうてい認めることはできないのであります。司法警察員の捜査、ことに逮捕状が往々にして濫用されることは私どものしばしば耳にするところであります。その一、二の実例を申し上げて御参考に供したいと思うのであります。 昭和二十五年十一月の三十日新潟県糸魚川警察署員は、これは名前はわかつておりますが特に申し上げませんが、某を放火犯の容疑で逮捕して、警察へつれて行つて一晩留置いたしましたが、令状の執行は翌十二月一日午前九時四十五分でありました。これはいかがでありますか。一日の留置期間というものは正式な令状なくして警察へとめ置いたのであります。そうしてこの事件は、証拠不十分で不起訴になつた事件でありますが、こういう例はまだ他にもあるのであります。 それから昭和二十五年十一月十八日、被疑者は任意出頭の形で静岡県三島署に連行され、翌十九日逮捕状を執行されましたが、これは横領罪の告訴状だけによつて逮捕したものであります。しかもこの告訴状には、被害者の出した告訴状でありますから、事実相違の点が多数あつた、にもかかわらず、強い嫌疑をかけて被疑者を調べたのでありますが、その調べる際に、告訴人を警察の調べ室に入れて弁済を強要せしめておるのであります。これは、金を貸した人が債務者に対して横領したのだという告訴状を出した、そこで警察で、この横領したという告訴状に基いて三島署に被疑者を連れて来て、しかも債権者を立ち会わせて、警察署員と告訴人が被疑者に弁済を求めた。こういう例もまだ他にあるのであります。群馬県にもその例が出ておりますし、福岡県にも出ております。これは、警察員が逮捕状を利用して民事の示談をする、その裏にはまた不正なことが想像されるのでありますが、こういう例が多々あるのであります。 第三には、兵庫県鳴尾村警察署員、これは二十五年五月二十九日のことでありますが、十六歳と十四歳の二人の少年が、一一これは大阪の著名な商人の子供でありますが、キヤツチ・ボールをしている際にボールがえんどう畑に入つた。畑の所有者である某女がそのボールを拾つて、しかもその子供に返さなかつた。そのためにその少年がその某女を強くひつぱつたら畑にしりもちをついた、そうしてけがをした。こういう事件でありますが、これをバットでなぐつたとして警察へ訴え出たものであります。この事件が起つたのは五月五日でありますが、五月十八日付の診断書が添えてある。この点にも非常に疑惑があるのでありますが、それにもまして、警察署員は、この二人の少年の親権者に何らの通知もせずに、学校で授業を受けているこの少年を教室から逮捕した、こういうことがあるのでありますが、これのごときはまことに非常識なやり方であります。 第四に申し上げたいのは、これは大阪府の某警察の署長某でありますが、昭和二十四年八月三十一日午前十一時、同署員の、自分の部下の某巡査部長の請求した逮捕状によつて逮捕された。署長が自分の部下の某によつて逮捕された。これは、署長が日通の職員であると偽つて国鉄のパスをもらつて、そうしてこのパスを利用して東京、日光方面に旅行したのが詐偽であるという嫌疑を受けたものであります。これはかねてからこの警察署内に署長派と反署長派の反目があつて、反署長派の某部長が一巡査の名義で逮捕状を請求して、そうしてそれでもつて逮捕したということであります。 次に、昭和二十六年五月ごろのことでありますが、東京の某家のむすこを――これは不良少年ですが、窃盗の嫌疑で警察署員が逮捕にやつて参りました。ちようど夕食中であつたので、夕食の済むまで巡査部長と巡査の二人の警察員は玄関に待つていました。そのむすこは食事を終えて、したくをして出かけるというので二階に服装を着かえに上つて行つたのでありますが、いつまで待つても二階からおりて来ない。そこで母親が二階へ上つてみると、いない。屋根伝いにその少年は逃亡していた。そこで警察員は非常に怒つて、その母親がせがれを逃亡さしたのだ、犯人を隠庇したのだというので、母親に無理難題を言つて怒りつけたのでありますが、その家の部屋のすみつこに進駐軍のタバコのあき袋がころがつておつたのを見つけ、進駐軍物資をお前のところでは持つているという難題をふつかけて、かつてに家の中へ上つて捜索した。これは令状も何もないのに、押入れからふとんやら家財道具、みんなひつぱり出して捜査したが何も進駐軍物資は出なかつた、こういうことがあります。 それから昨年の秋の衆議院総選挙、これは近県の有力な、知名な代議士の方でありますが、選挙の最中に、その候補者の末端運動員が違反をしたという嫌疑でもつて、候補者には何ら嫌疑がないのにかかわらずその候補者の宅の家宅捜査をやつた、これは非常に悪辣といいますか、非常識なやり方であつたわけです。その候補者の知つておる弁護士が検事正に会つて、なぜああいうことをさせるかと厳談したところが、一向知らない。それから次席に会つて聞いたが、一向にそういうことは知らぬ、全然検察庁とは連絡なく、選挙のさ中に候補者のうちを突然家宅捜査をした、こういうことがあるのです。まだ申し上げれば数限りなく弁護士連合会で全国の資料を集めておりますが、その一端を申し上げればかような次第であります。 そこで逮捕状の請求には検察官の同意を得なければならないことにして、警察員の行き過ぎを是正することが望ましい、かようにわれわれ連合会の者は考えておるのであります。これによつて人権がある程度擁護され、憲法の精神も貫くということになるのであります。警察法の一条には、警察は「犯罪の捜査、被疑者の逮捕及び公安の維持に当ることを以てその責務とする。」と言つてありますが、この犯罪捜査と被疑者の逮捕というのは別々のものではなくて、広く言えば犯罪捜査なのであります。そこで検察庁法の第六条によりますと、「検察官は、いかなる犯罪についても捜査をすることができる。検察官と他の法令により捜査の職権を有する者との関係は、刑事訴訟法の定めるところによる。」ということになつておりまして、検察庁法にも警察法にも刑事訴訟法に矛盾する規定はなく、検察官は警察員に対して指示権を有することは争う余地はない、そのように考えるものであります。しかし私は検察官と警察員とが、権限の争いをすることを決して好ましくは思わないのであります。両者いずれも国民の生命、身体、財産の保護を任務とするものでありますから、互いに協力してその目的を達成せねばならぬのであります。将来警察員の素質が向上して、独立してその職務を行い得るようになることを祈つてやまないのでありますけれども、現状においては、検察官の指示を受けるのはまことにやむを得ないものである。これを今ただちにアメリカの制度のように扱うということは時期が早過ぎる、かように考えるのであります。また一部の方は、公訴の全権を検察官に与え、捜査と公訴権は警察と検察官とに分業になるということが訴訟法の建前であり、法律的には理論的に正しいというお説の方もおありのようでありますが、法律は決してそういう法律理論のためにあるのではなくして、これは国民の現実の生活に即して立法されなければならぬのであります。理論がいくら正しくても、建前がいかようになつておろうとも、国民の現実の生活に矛盾する法制というものは、決していい立法ではないと私は考えます。こういうことを申し上げるのははなはだ恐縮でありますが、こういう次第で、警察員の逮捕状を請求するのについては、検察官の同意を要するという改正には私どもは賛成するものであります。 それから改正案の三百八十二条、控訴の審理の範囲を拡大した改正案が出でおりますが、これについても一通り申し上げたいのであります。この点については前かた団藤、江家両教授のお説もありましたように、私の考えておることとほとんど一致しますので、くどくどと申し上げることを差控えたいと思います。なおちよつと附加して申し上げたいのは、実は刑事訴訟法は第一審を本体として、そのつけたりとして上訴があるような仕組みになつているのであります。ところが現実は、第一審の裁判所が、刑事訴訟法が要求しておるような完全な審理、裁判をやることができないような状態にあることは、まことに嘆かわしいことであります。それから人員不足ということであります。また第一審でそれほど重要な責務を果すためには、少くとも会議裁判官でなければならぬと思うのでありますが、今日の地方裁判所というのは、昔の区裁判所と同じように単独判事がおもであります。大部分は単独判事であります。そして簡易裁判所のごときに至りましては、必ずしも素質のいい裁判官であるとばかりは申し上げることができない方もおるのであります。そういうわけでありますから、今日第一審を基礎として、第一審で裁判のほとんど全部を片づけてしまう、不服のないような裁判をしてもらうということは、これは事実不可能なことになつておるのであります。でありますから、これはやはりある程度控訴で、一審の不十分な点あるいはあやまちを是正することは、現在の状態としては当然なことでありましで、この意味におきまして、控訴の範囲を、審理の範囲を拡大した三百八十二条以下の規定には、私は賛成する次第であります。 次に改悪の改正案について申し上げます。その一つは、改正案二百八条の二であります。これは起訴前の勾留に関するものであります。現行法の二百八条によると、起訴前の被疑者の勾留は十日間ということに原則は定められており、やむを得ない事由があるときに限つて、これをさらに通計十日間にまで延長することができることになつております。それで勾留前の拘束期間三日を加えると、二十三日間被疑者は拘束されることになるのであります。この期間内に起訴しないときには、当然被疑者の身柄は釈放されねばならぬのでありますが、この二十三日という期間は相当長い期間でこのくらいの期間があれば、どんな事件でも捜査に支障はないとわれわれは思うのであります。現在どんなふうに捜査が行われ、この起訴前勾留期間が利用されておるかということを考えてみまするのに、第一、この二十三日という期間は必ず被疑者を拘束せなければならない期間ではないのでありますから、犯罪の嫌疑が晴れて捜査が済んだならば、ただちに釈放すべきものであります。しかるに実際には、この期間の終るまでは法律上被疑者を拘束し得るという考えから、捜査が終つて嫌疑が晴れても釈放しない場合が、往々にしてあるように見受けるのであります。第二は、また捜査の途中で数日間放任しておるように思われる場合が少くない。検察官は他の事件の捜査が忙しくてそこまでは手がまわらぬのである、こういうふうに言われることもありますが、それなら、そんなに早くから身柄を拘束しないでもよかつたわけであります。第三に、改正案にも書いてあるように、証拠物が多数で二十日の期間に取調べが完了しないというような事件については、あらかじめ証拠物を取調べて準備を整えてから被疑者を拘束して、短期間に取調べを完了するという手もあるわけであります。それから第四に、被疑者が多数であるために二十日以内に取調べができないというのは、捜査の方針が確立していないためであると思われるのであります。最も重要な被疑者、たとえば内乱罪や騒擾罪の首魁とか率先助成者あるいは選挙違反なら事実上の主宰者、会計担当者というような者を拘束して、すみやかに事実の全貌をとらえ、時を移さず末端に及べば、短期間で捜査は終ると思うのであります。しかるに末端から一人ずつ調べておるのでは、いつまでたつても捜査は終らぬということになる。現行法の被疑者拘束期間の二十三日は現在のところまだフルに利用されていないと思うのであります。これだけの期間があればどんな捜査でもできないことはあるまい。取調べの終つた者から順次起訴して行けば、関係者が多数でも取調べを次々と行えばよいのでありますから、これ以上延長する必要はない。しかるに改正案ではこれをさらに五日間延長しようとするのであります。これは在野法曹こぞつての反対であります。この改正案は最初十日間の延長を規定いたしましたが、きびしい反対にあつて七日間に短縮し、さらにこれを五日間に短縮したものであります。われわれはたとい一日に短縮されましても必要がないと考えるものであります。もしこれを是認するときには、五日間を七日間にし、さらに十日間にされるおそれがある。この一角がくずれると人権の擁護は危殆に瀕する結果に相なるのであります。改正案では五日間の延長にはいろいろの制限があるから濫用されないといつておるのであります。すなわち五日の延長は第一に「犯罪の証明に欠くことのできない共犯その他の関係人又は証拠物が多数」である場合に限られるのだ、こういつておりますが、法律上多数というのは御存じのように二以上のことを多数というのであります。どんな事件でも関係人が一人もいない事件というものはありようがない。証拠がたつた一つしかないというものもまた珍しい。すりがきんちやくをとつても、きんちやくとその中の札は別で、二つになるわけであります。金がたくさんあつたら何十もの証拠があるわけで、証拠はたつた一つ、関係人は一人もいないというような事件というものはないのですから、この点から見ればすべての事件がこの五日間勾留延長にあうという危険があるわけであります。 第二に、二十日間では関係人や証拠物の取調べが終了しない場合があるといつておるのであります。しかし二十日間の長い期間をフルに利用していたか、どうか。これを十分に一時間のむだもないように取調べをしたかどうかということは、その取調べをした人以外にはだれも知る者はない。 それから第三に、被疑者の身柄を釈放したのではそれから関係人または証拠物を取調べることが著しく困難になる、こういわれますが、はたして困難になるかいなかは取調べておる人以外にはだれもこの点について知る者はない。従つて検察官の考え一つでかつてに拘束期間が延長できるという結果に相なるのであります。 第四に、死刑、無期もしくは長期三年以上の懲役もくしくは禁錮の罪にあたる者の事件に限られる、それだから五日間延長しても全部の被疑者にはあたらない、こう言われるのでありますが、刑罰法の規定を見ますと、ほとんど大多数の犯罪が三年以上の懲役もしくは禁錮になつているのです。ここには長期三年以上とありますが、刑罰法には三年以下と書いてある場合が多い。この三年以上といつておる中には刑罰法規で三年以下の懲役もしくは禁錮が含まれておるということは言うまでもない。三年というのは以下とも以上ともとれるのでありますから、三年以下と書いてあるのはみなこの中に入るということをよくお考え願わなければならぬのであります。たとえば選挙違反の罪については、形式犯以外はほとんど三年以上の懲役、禁錮ということでこの条文にあたるのでありますが、三年は軽い方で、選挙違反には四年、五年と書いてあるものもあります。政治資金規正法の刑も形式犯のほかは三年以上の懲役、禁錮で、この改正案にあたるのであります。刑法の犯罪についてみましても賄賂罪、名誉毀損罪、傷害罪、偽証罪、常習賭博犯等ほとんど三年以上でないものはないと言つて過言ではないのであります。改正案の説明書には、本案は特殊の事件について五日の範囲内で勾留期間を延長するんだといつておりますけれども、改正案の条文の字句から見れば、むしろ一般犯罪について起訴前の勾留期間を延長することになるのであります。私の経験では、二十日の勾留期間で取調べができなかつたという適切な実例を当局から伺つたことがありません。また当局から実例として説明されたもののうち、むだな期間を徒過したものもあるようであります。これは二十日の期間を有効適切に利用していないからこういうことになるのであります。二十日の期間をフルに利用することの確証があげられない限りはこの案に賛成することは絶対にできない、これが私の信念であります。 次に改正案の二百九十一条の二、三、三百七条の二、三百十五条の二、いわゆるアレインメントの制度を改造して刑事訴訟法に取入れたいという簡易公判手続の問題でありますが、これは私は必要がないと考えるのであります。この条文を見ましても、この規定によつてどれだけの手続が簡単になるか、審理が促進されるか、はなはだ疑問であります。現在でも、みずから罪を犯したことに疑問のない人は起訴状を認めるのであります。そして検察官が提出した書類を証拠とすることに同意します。従つてすぐその場で証拠調べ手続は済むのでありまして、この方法は旧簡易公判手続の規定においてもその程度の証拠調べはすることになつておりますから、条文をふやすだけで、実際にどれだけのものが簡易化されるかという具体的な問題になつて来ますと、はなはだ疑問であります。それから、事実については自分は争わない、その通りのことはした、起訴状の通りであります、それは承認するが、法律上の点については非常に疑問があるというような場合に、簡易公判手続でこれを片づけていいかどうかということについては、改正案には直接それが書いてないように思います。そういうことが往々にしてありまして、たとえば賄賂をもらつた、やつたという場合に、金をもらつたとかやつたとかいう事実は争わないというので認めますが、しかしそれが公務員の職務に関するかどうかということについては、少からざる疑問があつてちよつとわからない、検事は嫌疑があると思つておられる、判事もそうかしらんと思う、そういう場合にこの簡易手続と済むものかどうかということが非常に疑問になると思う。そういう場合のためにやはり控訴でもつて事実の調べをする必要が十分にあるので、さきに申し上げた控訴審における事実の調べをするということがここに意味がある。ここに関連し控訴の事実審理の範囲を広げることに私は賛成するものでありますが、簡易の公判手続ということは、実際自分が裁判をする人になつて事実を見ますと、それほど簡易化されない、現在の程度を出ない、かように考えますので、これは必要はない、かように考えます。 時間がございませんで、まだ申し上げたいことはたくさんありますが、要点だけを申し上げて失礼いたします。
○小林委員長 次に横浜市警察公安委員長近藤桂司君にお願いいたします。
○近藤参考人 横浜市の公安委員長近藤桂司であります。 私は刑事訴訟法の改正の中の第百九十三条の第一項の後段の改正と、それから第百九十九条の改正について意見を申し上げたいと思います。 まず第一に第百九十三条の第一項の後段でありまするが、犯罪捜査の運営の実情につきまして、横浜市警におきまするところの犯罪の捜査の状況は、公安委員会は規定として定められておるところの犯罪捜査規範というものをもちまして運営せられておるのであります。この手元にありまするところの市警犯罪捜査規範という、こうした相当内容の詳しいところのものをつくりまして、そうしてこれに従つて捜査の運営がなされておるのであります。その内容は、検察官の要請せられるところの一般的な指示の内容をなす重要な事項もほとんど包含せられておるのでありまして、今日までこの規範によつて運営せられ、格別捜査上の支障があつたというようなことは、検察官からも指摘せられておらないのであります。従つてもしさらに検察官の立場から、公訴を実行するに必要な事項を追加することを要望せられまするならば、両者協議の上これを捜査規範に取入れまして、捜査の適正をはかることはさしつかえないことでありまして、また必要のことでもあり、こうした協力の実によつて十分目的を達成することができると考えておるのであります。法律の形式上はどうありましようとも、検察官と警察は同一の目的に向つて努力しておるものでありまして、法の規定のいかんにかかわらず、両者の協力なくしては、いずれの立場も完全な仕事をなし遂げ得ないことは言うまでもないところであります。両者がおのおの自主性を保持しながら相互に連絡協調をはかつて行くところに、いわゆる権力集中の危険を排除しつつ民主的な運営ができるものと考えておるのであります。もし今回の改正法案が、在来の一般的な指示権の内容を拡大強化するという方向をたどつて、また具体的に個々の捜査に対して指揮する結果となるものでありまするならば、警察組織体におきまするところの指揮系統はどうも乱れがちになりはしないか、また責任の所在を不明確にいたし、あたかも検察官が警察をその支配下に置くような形となりまして、従つて強力なる権力集中を招来するおそれがあるのではなかろうかと心配するのであります。民主主義下の行政運営にあたりましては、可及的に権力機関は分離牽制せられて、権力集中から来るところの人権の侵犯の弊を防止することが要請せられるのであります。ことに両権力機関の連絡、協力によつてその実効をあげ得る範囲の問題につきましては、かかる権力の集中の危険を冒してまでも、このような改正がなされるということは行き過ぎではなかろうか、また適正を欠く処置と考えざるを得ないのであります。私ども公安委員会といたしましては、従来その管理にあたつては、検察官との連絡、協力につきまして常に意を用いて指示して来たところであります。今後におきましても、誠意と積極的な熱意とをもちましてその運営の改善向上に努めたいと考えておるのでありまして、法の改正がなくとも、検察官の要望にこたえて、両者協議の上に捜査の万全をはかつて行く、権力の濫用に陥るようなことなく、適正なる捜査の実現に格段の努力を尽す覚悟でおるのであります。従つて今回のごとき改正はその必要がないと私どもは思うのであります。すなわち現在の捜査の実情に照しまして、相互協力、相互努力をいたしまするならば、捜査の適正を期することは現実にできると考えられるのであります。 第二の第百九十九条の改正でありまするが、逮捕状の請求の実情であります。横浜市警におきましては、これは他の警察も同様と考えるのでありまするが、裁判官に令状の請求をする場合は、原則といたしまして課長あるいは署長の指揮を受けるように犯罪捜査規範の第九十一条に規定せられておるところのその内容をもつて、請求者は司法主任、これはおおむね警部補でありますが、これが当つておるところであります。また公務員の犯罪、公職選挙法の違反、破防法その他公安関係の事犯等、重要な特異事件の捜査につきましては、あらかじめ検察官と十分連絡協調いたしまして、逮捕状の請求につきましても、事実上検察官の認印を受ける等の手続をやつて、円滑なる運用に努めておりまして、今日は格別の支障を見ておらないのであります。逮捕状の却下の状況でありまするが、裁判官も逮捕状の発付につきましてはきわめて慎重でありまして、横浜市警について調べてみました結果を申し上げまするならば、通常逮捕の状況は、昭和二十七年中請求数が五千四百五十件、そのうちから却下されたところの数は六十件あるのであります。さらに昭和二十八年に入つて請求数が三千八十三件に及んでおりまするが、その却下数は七十一件であるのであります。これによつて見ましても、裁判官もよくその容疑の疏明資料につきまして調査の上発付されておる実情であるのであります。十分この点については両者ともに留意をいたして、慎重な方法を今日とられておるということが、これによつても立証せられておるのであります。 人権の侵犯に対するところの警察の処置でありますが、公安委員会は自治警察の民主的な運営のために設置されたものでありまして、私どももこれが管理にあたりましては、民衆の立場、すなわち相手方の立場に立つて、慎重にして親切なる取扱いをなすように、特段の指示、督励を行つて来たところであります。従つて新しい警察が旧来のそれに比して親しみがあり、何となく身近な感じを与えることは、一般の認めらるるところでありまして、これは一面民主化への努力の一つの姿であると考えられるのであります。従つて私どもは、警察官の人権侵害については、神経過敏な程度に心を用いているのでありまして、もしそうした事案の発生を知つた場合におきましては、ただちに監察官をして十分な調査をなさしめ、法に触れる者はあえて送検の手続をとりまして、その他の場合はそれぞれ懲戒の処分を実施して、綱紀の粛正をはかることに努力いたしておるのであります。とかく旧時におきましては、臭いものにはふた式に、事案を糊塗することがないではなかつたのでありますが、横浜市警においては、公明なる考えに立つて正しい処置をとつている次第であります。なお私どもは、慎重なるこれらの方法を考慮いたしまして、第一線に働くところの刑事係の任命並びに研修の問題でありますが、まず任命の方の問題におきましては、警察実務三年以上の優秀な警察官であるということを原則といたしておるのであります。そうした中から警察の署長の推薦いたした者につきまして、三箇月の刑事養成特別教養を実施いたしまして、その終末試験に合格をいたしました者を刑事係任命候補者の名簿に登録をいたしておきまして、欠員を生じた都度これを任命する、こういうような慎重な方法をとつているのであります。研修の方におきましても、警部補の研修は検察事務の見習いをまず行わしめ、そして毎月司法主任の会同を行いまして、教養及び事務連絡によつて能率の向上、処置の適正を期しておるのであります。また年一回の刑事特科教養を一箇月間実施いたしておるのであります。 個々の捜査に際しまして、逮捕状の請求に検察官の同意を要することは、これは一般的な指示権の強化と相まつて、警察を検察官の支配下に属せしめる結果となるようなきらいもありますので、捜査に対するところの警察幹部の熱意の低下という問題をまずおそれるのであります。また指揮系統の乱れを醸成するようなおそれも生じはしないか。また責任の不明確を招来いたしまして、さらに権力官庁の上に他の権力官庁が指導力を持つようなことは、これは民主主義の大きな指導原理たるところの権力分立の立場にも反するのではないかと考えさせられるのであります。権力の集中によるところの弊害についても、これは相当警戒すべきものがあると思考されるのであります。しこうして法案改正の説明の中にも、一般的にあらかじめ同意を与えられる事件としては、窃盗、賭博等の通常の刑事事件などが考えられるし、違反、贈収賄、破防法事件などは、通常個々に同意を要する事件となるであろうとせられておりますが、明文化をまつまでもなく、現在でもこれらの重要な特異事件につきましては、あらかじめ検察官と連絡協議を遂げまして、逮捕状の請求についても認印を受け、円滑なる捜査の遂行に努力しておるところであります。格別の支障もなく運営せられておるのが今日の実情であるのでありまして、いまさらこれを法文化するというような必要は、私どもには認め得られないのであります。もし必要とする場合でも、これについて両者協議の上で、必要なる事項については、犯罪捜査規範に規定して実際上の効果をあげることができるものであると考えておるところであります。明文はなくても相互の連絡協力によつて行われる場合は、相互のその自主性を尊重する立場に立つておるのでありますが、一度これを法文化してしまいますと、自然のうちにその法上の権限に酔い、警察を支配下に見るというようなことが生ずる分ではなかろうか。こういうような種々な弊害がいつの間にか招来せらるるということは、ひとり私どもの杞憂のみではないと考えさせられておるところであります。私どもはあくまでも自主性を保持しつつ、相互連絡の実効をあぐる方法に努力をいたしたいと考えておるのであります。 もちろん私どもは今後におきましても、人権の尊重に対しましては特段の意を用いまして、その侵犯の絶無を期して努力すべきでありますが、逮捕令状の請求を慎重ならしめるために、横浜市警におきましても、今度警視または警部は請求責任者となつて、その責任を完全に遂行せしめる方針をとつておるのであります。ことに重要特異事件につきましては、必ずあらかじめ署長または課長の承認を受けて実施することを、今後とも正確に、忠実に実行せしめる覚悟でおるのであります。かくして逮捕状請求の濫用防止にわれわれはできるだけの努力を払つて行きたいと考えておる次第であります。 以上いろいろ所見を述べましたが、要するに、本改正によつて両者がその同一の目的への協力者たる自覚を持ちまして、虚心坦懐に胸襟を開いて協議実践することによつてなし遂げられる問題ではなかろうか、かように考えておる次第であります。 以上二つの問題につきまして、私ども実際公安委員に立つております者の立場から意見を申し上げた次第であります。
○小林委員長 次に戒能通孝君にお願いいたします。学者として、また評論家として人権の立場から今回の刑訴法改正をどうお考えになるか、御意見を伺いたいと思います。
○戒能参考人 愛知大学教授戒能通孝であります。今までお話をずつと承つておりますと、今度の改正案というのは検察、それから警察側を有利にするようにできておるのではないかということをしみじみ感じたわけでございます。今までの程度では足りないからして、しばらくみんなにがまんしてもらう、しばらく監獄に入ることも留置場に入ることもがまんしてもらうのだ、こういうような形でできておるということをしみじみ感ぜずにはいられないのであります。そうなるとわれわれとしては、まず第一に、いかにしても警察制度をあるいは検察制度というものを改善いたしまして、われわれががまんしないで済ませ得るようにすべきではないだろうか、それがほんとうの道ではないだろうかということをしみじみ感ずるわけであります。現に警察の場合について申しましても、警察官の科学的訓練というものは十分できていないと私は信じております。現在の警察官に対しまして、捜査技術、それから顕微鏡の使用あるいはまた無電連絡、その他の科学的な訓練が十分にできていないのではないか。この反対に警備警察と申しますか、そちらの方につきましては、非常にむずかしいことまでも教えているか、ないしは知識を要求していると思うのであります。警察官の各種の受験雑誌などを見ますと、警備警察、いわば昔の特高警察でありますが、それに関しましては実に高度の問題が出ておりまして、特に共産党関係の問題につきましては、高度の模擬試験問題が出ております。相当むずかしいことを知らなければ、ちよつとした党員では知らないことを知らなければ、巡査部長試験に合格しないのではないかということを疑われるほどになつております。これに反して、捜査に対する技術の関係に対しましては、左の死亡は窒息死と言えるかというふうな、定義的な問題などが出ているところを見ますと、ほんとうに科学者らしい訓練というものは、どこか足りないところがあるのじやないかと思うのであります。この点を改めて参りましたら、先ほど島田さんからもお話がありましたように、二十日の勾留というものはぐつと減つて来るのではないかと思うのであります。 さらにまた現在の警察官には仕返しをするという人がいること、これに関しましては十分な注意が払われていたいのではないかと思うのであります。私自身が東京の裁判所の記録をとつた一つの事件によりますと、まつたくつまらないこと、電車の中でお米をちよつと置引きしたという程度の、持ち逃げしたという程度のことにつきまして、警察側に不利な証人になつた人については、その人のまわりを警官がうろうろやつて来る。そうしてとうとう自分の過去の失敗を暴露されてしまつた。そして失職のうき目にあつたという事件なども法廷に出ているわけであります。警察官はともすれば自分が逮捕した人が有利である、無罪であると言う証人になりたがる人の身辺につきまといまして、その証人の真実性を調査するのだという名目で、その家のまわりをまわるというふうなことをやりかねないものだと私は感じるわけでございます。もしそういうことをやりますと、たいがいの人は非常に困ると思うのでございます。しかもそれらの点は十分に国家賠償法の規定などで補償していないこと。国家賠償法の訴訟というものが、どれだけむずかしいものであるかということは、これは民事の裁判官たちもことごとくはつきり認められておるところであります。 こうしてみますと、警察官に対しまして、もつとしつかりした訓練を与えることによつて、そうしてまた復讐意識を持たせないことによりまして、あるいは警察に関係をつけられるとはなはだ迷惑だという感じを一般民衆に持たせないことによりまして、もつと容易に証拠を集めて、そして容易に無罪者の釈放ができるのではないだろうかと思えるのであります。のみならず、現在の裁判所が国選弁護人に対して与えておる制度は、はなはだよろしくないと思うのでございます。犯罪容疑者として出て来る人たちの中には非常に貧しい、貧しいがゆえに自分の権利を防衛できない人たちがずいぶんございます。この人たちに対しまして、国が国選弁護人をつけているということはこれはもちろん申すまでもございません。国選弁護人に対してどの程度の報酬を払つておるかと申しますと、何でも東京において一日当り四百円前後の報酬しか払つていない。ややむずかしい地方裁判所事件になりましても千五百円からせいぜい二千円くらいしか払つていない。この程度のお礼しか出していないのであります。これに反して高等裁判所になり、最高裁判所になると、むしろ逆にその報酬を高めて行くという話を私聞いたことがあります。第一審が非常に大事だ大事だと言いながら、このありさまは一体何たることだというふうに言わざるを得ないのであります。第一審は非常に尊重しなければならないとすれば、第一審の国選弁護人に対しまして、もつと自由に自分で材料を集めて、被告人のために防衛してやるだけの努力ができるような道を開いていただきたい。これに反して第二審、第三審になつて参りますと、多かれ少かれ記録が完成しておりまして、この記録を動かすことはかなり困難がある。そしてまたその記録を中心とした法律論が問題になつて来ているわけでございますので、この点は第一審に比べますと、実地の調査費用その他は軽減されるのではないかと思うのでございます。これらの点が十分に尽されていない。被告人、容疑者という者に対しまして、犠牲を重くしようという形でこの改正案ができているのではないかというふうに疑われるわけでございます。 まず第一に勾留の理由の開示の問題につきまして、先ほど団藤教授及び江家教授から反駁がございました。これはやはり私としては違憲立法であると思います。現に改正案自身の八十三条におきまして、勾留の理由の開示の手続は、公開の法廷で行うということを書いております。そして八十四条の方に持つて来まして、書面審理にしております。私ども公開の法廷という以上は、これは無言劇だとは思つておりません。書面審理にして、無言劇で公開の法廷を開く、これはまつたく矛盾ではないかと思うのであります。このように無言劇的な非常にこつけいな公判手続というものはやはりやめるべきである。これはやはり現在のような口頭主義に改めるべきであると思うのであります。もちろんそうしますと、いわゆる法廷闘争が行われるということがしばしば言われます。しかしときによりますと、かなり理由のない逮捕が行われておるのではないか。少くとも容疑者自身を納得せしめるに足るだけの理由がない逮捕が行われているのではないか。その人たちが、自分の権利を主張するのは当然の行為であります。日本人はとかく頭をたれて、そうしておとなくしていますと、いい子だということになつて参ります。それがはたして現在の刑訴法の適用を受けるべき人間であるかどうかということは疑わしいと思うのであります。自己の権利は大きな声を出して主張することを認めておるのが、現行刑訴法ではないかと思うのであります。それである以上は、裁判官は多少やかましいとしてもがまんするのが当然だろうと思います。 第二に、権利保釈の要件制限及び保釈の取消しに関する点であります。この点はすでに島田さんから非常に詳細な御説明がございましたので、私としては繰返したくございません。しかし島田さんのような弁護士の方だけではなくて、検察官もやはり同じような必要を認めておられるということだけを私としては申し上げておかねばならぬと思うのであります。 昭和二十六年の二月号の法律時報で、出射東東京高等検察庁検事が述べておられますが、出射さんはおそらく東京高検における最も優秀な検察官であると私は思つております。その方がこんなことを言つておられます。昭和二十一年にどこかの小学校でガラスを八枚盗んだという事件がありました。これが逮捕された。ところが有罪の判決を受けたわけなんです。その後出射さんがアメリカに行かれまして、昭和二十五年の六月に帰つてみると、まだ未済になつている、こういう状態であります。ガラス八枚盗んだので三年か四年かほつたらかされている。まだ確定判決を受けていない、こういう状態であります。こういうふうな人たちになりますと、一体数年間というものどうしたら一体めしを食つて行けるのだろうか。結局出射さんはこういうふうに言つておられます。「保釈がよく問題になつて、権利保釈は悪い、再犯するとか逃げるとかよくいうのですが、しかし考えますと逃げるのはあたりまえですね。保釈をしておいても一月から二月の間に公判があれば逃げやしません。ところが保釈しておいて二年も三年も公判を開かなければ、その間食つて行かなければならないから、再犯をしてその間露命をつなぐか、逃げて人の知らないところへ行つて職につく以外にない」と言つておられます。この保釈取消しというものをみだりに認めますと、ほとんどその人を無理に勾留する、無理に拘束するということになるおそれがございます。また出射さん自身がいろいろ経験されたところによりますと、「もう一つの事件では、身柄を拘束して、結局無罪になつたのですが、釈放したらすぐ死んでいる。年以上拘束している。それでこれは無罪にしたのだから実体真実発見だと考えていては大変なことで、実は一人殺しているということも考えなければならぬ。」一人殺しているのだ、死刑の判決をしたのと同じことになつている、事実上は死刑になつている。こういうことになると思います。このことは保釈の条件及びその取消しの条件につきましてよほど慎重にお考えをいただきたいと思うのでございます。ことにこの権利保釈の制限条件の中に、被告人が多衆共同して罪を犯したときというものが入つております。ストライキだのピケツテイングだのというものはもちろんこの中に入ると思います。もちろん選挙違反の事件もこの中に入り得る。そして若干の干渉的行動というものがこの場合に起り得るということも考えられると思うのでございます。 さらに先ほどからよく皆様は、よた者や何かがお礼まわりその他をやることは非常にいけないからして、改正案の第六号はいいのだというお話もございました。私は勾留というものを決して予防的措置ではないと思うのでございます。従つていかによた者であろうとも、その人の人権というものはやはり尊重されなければならないと私は信じております。もしその人がかりにもう一ぺんお礼まわりをやり、脅迫をやれば、そこで新しい犯罪行為をするのでありますから、そのときに初めて保釈の取消しをするとか、あるいはまた新規に逮捕するとかいうことが起ればいいのではないかと思うのであります。どんなくだらない人間であるというふうに当局から見られた人でありましても、そのくだらない人間の人権を保障しないで、結局人権を保障するという道はございません。刑事裁判の被告人になる人たち、容疑者になる人たちというものは、多くの場合におきまして当局からはくだらない人殺し、悪人と見られた人であります。その人たちの立場こそほんとうに保護されるべきではないかと思うのでございます。この意味におきまして、先ほどの団藤さんその他のお説と同じように、私としては権利保釈の条件の緩和というものに対しましては、全面的に反対したいと思つております。氏名、住所の場合においても同じでございます。また保釈の取消しに関しましても同じ立場をとりたいと思うのでございます。 さらに改正案は百九十八条の黙秘権告示のところでございますが、このところも、現在聞いてみますと、大体におきまして、お前は言いたくなければ言わなくてもいいぞというふうなことを、決しておとなしくは言つていないようでございます。小さい声で言つてみたり、言いたくなければ言うなとどなつてみたり、あるいはあとで聞かしてみたりというようなことをやつているというふうに聞いておるのでありまして、むしろこれはできるだけ現行法が守られるようにまず第一にやつてみなければならないと思うのであります。そして黙秘権の告示は、若干の共産党員が使つて困るとよく言われますけれども、しかしこれは団藤さんが言われるようにとても考えられないと思うのでございます。共産党員で戦闘的な行動に出る方は、おそらくそのくらいのことは告示されてなくても御存じであろうと思うのであります。結局それに藉口して、一番弱い、一番おどおどした人がこれにひつかけられて、そして最後には自白を事実上強要されるということになりはしないかと思うのであります。こうなりますと、いかに優秀な弁護士がつきましても、なかなかこの自白――時によりますと誤つた自白をくつがえすことは困難であるということ、これは特にこの中で弁護士としての御経験のある方は、皆様そのことをお考えになつていらつしやるのじやないか、なぜあんな自白をしてくれたかということをお考えに、なることがしばしばあるのではないかと思うのであります。 起訴前勾留の問題につきましても、私どもはやはり反対でございますが、この点は先ほど非常に詳細な御説明がございましたので、省略さしていただきたいと思います。 さらに改正案の二百八十六条の不出廷に関する問題でございます。この点も一見したところもつともらしゆうございますけれども、しかし留置されている容疑者の中におきましては、拘置所その他におきまして相当虐待されている人がいるということもお考え願いたいと思うのでございます。人権擁護局の人権擁護局報第五号、昭和二十八年三月号というものに次のような事件が報告されております。これは監獄の看守が留置されている人に対しまして、何かちよつとけんかを売られたことを非常に憤慨いたし、「俺はお前達を人間と思つていないぞ、担当看守を甘く見くびるな」と罵倒し、所携の捕繩でKの両手を後方背部にねじり上げて緊縛し、約十分間その場に直立させておいた」というふうな事件が報告されているわけでございます。このような事件は例外だ例外だと申しましても、しかし中に入つておる人は非常に脅威を感じておる。そのときに何かちよつとした圧力が出て参りますと、それを非常にひどくとる。そして気の短かい人はやはり出ないと言い出す、お前の言うことなど聞かないということを言い出すといつたこともあり得ると思います。ですからこれは当然拘置所その他の問題、ほんとうに囚人扱いしていないかどうかということを正確に実態的に御調査願いたいと思うのでございます。 さらにアレインメントの制度でございますが、このアレインメント制度というものは多少危険があると思うのでございます。日本人がもし公判廷外の取調べに対しまして断固として自己の権利を守り得るということになつておりましたら、アレインメントも場合によれば成立するだろうと思うのであります。略式手続もある程度まで認められていいと思うのであります。ところが先ほど申し上げましたように、どうも実際の警察の取調べというものは誘導的であり、時によるとサード・デイグリーと申しますか、強要的であるということが起つておるのではないか、そして事実とは多少違う、もしくはほんとうに違う自白調書を作成されてしまう。そしてその自白調書を作成されたところの、自白を書いたところの警察官が検察官のところへ同道して、検察官の前で取調べが行われるということになりますと、取調べられておる容疑者自身が検察官の前で、そばにいる警察官の顔を見て何にも否認できないということになつて来ます。そうした状態でずつと続いて来た人が、裁判所に行きまして、私の言つたことはうそだつたということをはつきりと言い得る道はむずかしいと思うのでございます。先ほど小林判事はこの偽りの、あるいは間違つた状況についてみずから発見された話がございましたが、そういうことはまさに偶然なんでございます。自白の形態が非常によくできておる、あるいはまた調書がよくそろつているような場合におきまして、どんな神秘的能力を持つておる裁判官にいたしましても、みずからその人の本能でこれが間違つておるということをかぎわけることはむずかしいと思うのでございます。だからしてこの略式手続の問題になりますと、アレインメント的な制度になつて参りますと、これはよほど注意していただきたいと思うのでございます。 さらに三百六十条の上訴権の放棄の問題でありますが、わざわざ放棄まで認める必要はないという感じがいたします。ほうつておけば消滅するのですから、わざわざ放棄まで認める必要はないのではないかというふうに感じておる次第であります。 さらに三百八十二条二以下の控訴審における事実調査――証拠調べの点でありますが、この点私はちよつと迷つておるわけであります。この迷つておる一番大きな理由は、理論としてはやはり第一審で結着をつけるのが正しいと思つております。しかし事実問題になつて参りますと、かなりあやふやな自白その他を中心にして、第一審がそのまま終つてしまう。ことによく起る現象は、国選弁護人をつけて第一審をやつてもらう、ところがその判決が意外にも有罪だつたというような場合、そこで初めて自分の全財産を投げ出しても新規に何かやつてみようという希望が起ります。これは国選弁護人にも貴人があると思うのでございますけれども、こういつた特殊な場合は多少認めておいてもいいのではないかと思えるのであります。しかし本来はなるべく控訴審は事後審にするのが正しいと思つております。 それから四百九十九条の、押収物の還付の方式は、政令で定めた方式で公示するということが書いてございますが、政令で定めなければならぬ理由というものはないのであります。現行法通り官報で公告するという建前をとつていただきたいと思うのであります。あくまでもこれは私有財産制度の問題と関連いたしておるのでありますが、押収物といえども、私有物である以上、何人かの権利、私権の対象である以上、この私権の尊重ということは、やはりこうしたところにおきましても十分考えていただきたいと思うのであります。 これを要するに、今度の改正というのは、全般的に申しまして、警察もしくは検察側の手を省くために被疑者、被告人というものの立場を苦しめるということになるおそれがあるのではないだろうか。しかも、私たちといたしましては、どろぼうしないということは約束できますし、人殺ししないということも約束できるのでありますけれども、どろぼうも人殺しもしないということを疑われないという約束は絶対にできないと思うのであります。ことに選挙のような場合におきましては、選挙違反をやつたと疑われないという約束は何人もできないと思うのであります。疑うのは他人でありますから、心すべての犯罪について疑われないという約束はできないと思います。そうなつて参りますと、その疑う人間というものの資格をしつかり高めることによりまして、刑訴法の改正をまたなくても犯罪が確実に証明され、無罪者が無罪者として通用するというかつこうをつくつていただくことをお願いしたいと思うのでございます。
○小林委員長 次に、守屋典郎君にお願いいたします。評論家の立場から御意見を述べていただきます。
○守屋参考人 守屋でございます。最初に、きわめて一般的に申しますと、今度の刑事訴訟法の改正だけでなくて、場刑事訴訟法そのものが単に法律上の手続だけの問題じやないということであります。刑事訴訟法の改正と申しますと、きわめて手続的な事務的なもののように考えられがちなのでありますが、そうじやなくして、刑事訴訟法の中の非常に重要ないろいろ規定が、御承知の通りに憲法の基本的人権のうちに規定されておるということ、これは非常に重要なことだと思うのであります。人類が野蛮な状態からだんだんと進歩するにつれまして、刑事訴訟法の内容というものが、たとえば奴隷制度、封建制度の当時におけるところの刑事訴訟法と、それから資本、主義になり民主主義になつての刑事訴訟法とどのように違つているかということをお考えになると、この点は明らかになると思うのであります。現在の刑事訴訟法に規定されておるいろいろな問題が、基本的人権の問題といたしまして憲法に規定されたということ、これは日本の国民がそれだけ進歩した、それだけ発展したその成果であるということであります。従つて、この重要な刑事訴訟法そのものに手をかけられるという場合にあたりましては、非常に慎重にこの点を御論議していただきたいというようにまず最初に希望する次第であります。 ところが今度の刑事訴訟法の改正案なるものを見ますと、この点は、先ほどから多くの参考人の方々が述べられましたように、実に退歩した内容を多く含んでおるのであります。これを一口に申しまするならば、現在われわれが到達しておる刑事訴訟法というものは、科学的捜査ということを前提としておる刑事訴訟法であります。この科学的捜査を前提としておる刑事訴訟法ということは、これは人権の尊重ということをその前提としておる刑事訴訟法ということであります。しかるに、この改正案そのものを見ますと、科学的捜査というものが非常に困難である。その困難であるということは、これは犯罪者の方の責任ではないのでありまして、むしろ調べる方の責任であるにもかかわらず、この困難という問題をことごとく犯罪者あるいは被疑者、そういつた一般国民上に振りかけることによりまして、捜査官、検察官あるいは裁判官が安易にこの問題を進めようとする、こういう態度を表わしたものだというように考えていいのじやないかと思うのであります。これらの点が今度の刑事訴訟法の改正に非常に現われておるということ、それがまず第一の点であります。 それから第二に、非常にここで気がつきますことは、従来この刑事訴訟の手続におきまして、弁護士の権限というものが検察官あるいは警察官と比べて不当に低められて来ている、そういう伝統を持つている日本の刑事訴訟の手続であります。この手続の中におきまして、現在の刑事訴訟法は、従来のものに比べると、とにもかくにもここで弁護士の権限を相当高く認めたという点においてこれは一つの特色を持つている、またすぐれた内容を持つているものということができると思うのであります。ことに、あの太平洋戦争の間に弁護士の権限というものがいかに不当に削減されておつたかということは御承知の通りであります。人の被告人に対して二人以上の弁護士をつけることができないとか、あるいは犯罪の種類によりましては、特定の認可を受けた弁護士でないとそれの弁護人になることができないとかいつたようないろいろの制限がありました。こういう制限が戦争が終りまして廃止されたということ、この点は非常に重要なことなのでありますが、この現在の刑事訴訟法の内容におきましても、なお弁護士の権限というものはできる限りこれを低めようとする努力が絶えず検察官、警察官等によつてなされているということをやはり御注意願いたいと思うのであります。時間がありませんから簡単にいたしますが、たとえば簡単な一例をあげますならば、弁護人の被疑者に対する面会権であります。この面会権が現在どういう状態に置かられているか、これは御承知の通りであります。現在では、弁護士が自分の権利として被疑者に会うという場合は非常に限られた例外的な場合だけでありまして、普通は検事の許可があつてのみ初めて会うことができるという状態であります。この弁護人が被疑者に会う場合には検事の許可がいるということは、現在ではむしろ原則となつているような状態であります。こういうような例を一々あげまするならばいろいろありますが、これは省きますけれども、こういう状態になつている。この場合、刑事訴訟法を改正するというならば、より以上に被疑者の権利を尊重した、また弁護士の権限をより高めた法律に改正しなくちやならぬというようにわれわれは思うのでありますが、しかもこういうことがなされていない。そうして先ほども申しましたように、科学的捜査が困難であるから安易な方法でやるということは、これは本質において以前のおかつぴきの方法であります。おかつぴきの方法というものは国民の納得する方法ではありません。これは根本的に申しまするならば、国民が法律を守るということは、国民が法に対するところの尊敬を持つており、正常な法感情を持つているときにおいてのみ初めてなし得ることであると思うのであります。しかもこういうような状態でなくして、国民をして納得せしめない方法によつて犯罪の捜査をやり、そうして起訴する等々のことをやろうとする、そういう状態がこの刑事訴訟法の改正に見えると思うのであります。具体的に申しますならば、――すでに先ほどから多くの方々によつていろいろな点が述べられましたのであまり重複することは省きたいと思うのでありますが、先ほどから戒能教授や団藤教授によつて述べられましたように、勾留理由開示の、刑事訴訟法第八十四条の問題であります。これが憲法違反の問題であるということは先ほどから述べられた通りでありますが、この憲法違反であるということは、単に憲法の条文と矛盾する、憲法の方が形式的に上であるというだけの問題ではない。この場合においては問題は基本的人権に関連しておるということが、ここで非常に注意されなければならぬだろうと思うのであります。またその場合におきまして、こういうような書面審理を勾留開示の場合に許すということは、また弁護人の意見の陳述を不当に制限するということと関連して来る問題であります。こういう意味におきましてこの改正はもちろん反対しなければならぬ点であります。 それからその次には八十九条の問題であります。すなわち権利保釈の除外の問題なのでありますが、これにつきましても今までにいろいろ述べられたところでありますから、詳しいことはこれ以上述べる必要もないかとも思います。ただこの第一号におきまして、「短期一年以上の懲役」というように改めたこと、この点はもとより反対するのでありますが、こういうことによりまして非常に検察官の権限が高まるということ、従来の八十九条においてはこれは権利保釈に対する例外的な規定というのでやられておるのでありますが、今度のような改正になりますと、むしろ権利保釈を禁止するということが原則になつて来る。原則と例外とが正反対になつて来る。これは単なる量的な変化だけではないのでありまして、まさに質的な変化がここに存在するということであります。 それから次に第四号の追加でありますが、有名な「多衆共同して罪を犯したものであるとき。」という場合であります。この場合におきましてもこの「多衆共同」という言葉の意味が非常にあいまいであるということは先ほどからたびたび言われておるところでありますが、多衆というのは二人以上というふうに暴力行為取締法では解釈しておりますが、こういうように解した場合においてはほんとどすべての罪が多衆共同になつて来る。特に贈賄罪あるいは選挙違反といつたようなものはことごとくこの中に入つて来るということ、このことはやはり注意していただきたいと思うのであります。 それから第六号の問題。これは単に例のお礼まわりだというように解釈されておりますが、これも単にお礼まわりだけではありません。この場合に八十九条の問題が、一般的に申しますと、先ほども申しましたように、保釈をさせないということを原則とするというように法律の意味をひつくり返すものであるということでありますが、特にこれらの改正が特定の政治的な問題と非常に関連を持つということがここで注意されなければならぬのであります。しかもその特定の政治的な傾向、はつきり申しますならば左翼に対する弾圧とこの八十九条の改正が非常に関連しておるにもかかわらず、そのことが同時にまた選挙違反と、左翼じやないほかの方――あなた方と言つてはどうも失礼なんでありますが、右翼の政治的な問題とも非常に関連をしておるということ、これは一つの皮肉であろうと思うのでありますけれども、いずれにいたしましてもこういうことは間違いである、こういう点は誤りであるということが言えるのじやないかというふうに考えるのであります。 それからいろいろな問題がありますから一々逐条的には時間の関係もあるので申しませんが、その次に百九十八条の例の黙秘権の問題であります。「供述を拒むことができる旨」を「自己に不利益な供述を強要されることがない旨」に改めるという規定であります。この場合、これも先ほどからしばしば述べられておるのでありますが、ここで一つ重要な点は、「自己に不利益な供述」という場合に、その「不利益な」ということをだれが一体解釈するかということであります。この「自己に不利益な」ということを被疑者が解釈するならばあるいはまだいいかもしれませんが、取調官が自己に不利益であるかないかということをかつてにきめることができるというようにするならば、ここのわずかな改正の間に非常に大きな問題が存在するわけであります。まず被疑者の氏名だとか住居といつたような問題につきましては、それはそんなことを言つたつて別に自己に不利益だということはないだろうという解釈が成り立ち得るわけであります。従つてそこから、氏名だとか住居というものは供述しなくてはいけない、これに対して被疑者が供述を拒むならば、これは強制的に供述させることができるのだという理由でもつて、これに対して非常に苛酷な取調べ方が行われるだろう。現にこういう問題につきまして、現行刑事訴訟法においてすらたとえばつめの間に針をつつ込むとかなんとかいつたようなことがやられておるのであります。こういうことが一般警察官に一般化した場合に一体どういう結果になるだろうか、これは単に字句の解釈だけの問題ではないと思うのであります。 次に二百八条の二の勾留期間の延長の問題、これも先ほどから多くの方々によつて述べられておりますが、ここで一つだけ注意していただきたいことは、この「五日を超える」という五日間の問題であります。単に二十三日が五日ふえて二十八日になるというだけの問題ではないと思うのであります。われわれこういう事件にある程度携わつている者から申しますならば、現在の勾留期間が十三日で済むと考えておるような者はほとんどないのでありまして、やられたらもう二十三日というふうに一応最初に考えるのでありますが、つかまつた方の側から申しますならば、十日目が来ますと十日間の勾留であるからこれで釈放されるのだというので、それを一日千秋の思いで待つておるというのが実情であります。それがまた十日延ばされるというので、その次の十日というものは非常に苦しい十日でありますが、さらにそれに加えての五日ということになるわけで、従つて初めから二十八日の勾留だ、こういうふうにつけられた勾留であるならばまだ楽でありますけれども、十日、十日、五日というふうに延ばされ延ばされたその最後の五日の勾留の問題であるというふうにしますならば、この五日という問題がそんなに短かい問題でないということが言えると思うのであります。先ほど島田先生が、今までの例からいつて二十日間の勾留期間中に取調べ得なかつたようなことはほとんど聞いたことがないというようにおつしやつておられましたが、まさにその通りでありまして、ここで五日延ばす、これは先ほども申し上げましたように、単に勾留期間を延ばすことによつて被疑者の自白を強要する、これによつてやつて行こうということを目的としておるものと言わざるを得ないのであります。 次に二百十九条の二でありますが、この問題はきようのこの席におきまして数人の方が述べられましたけれども、その述べられ方は比較的少かつたのじやないかと思うのであります。しかしこの二百十九条の二というものは、もしこれが適用になりますならば、とんでもない規定になるだろうと思うのであります。今度の改正の中で最も重要な規定の一つが、この二百十九条の二ではないかというように思うのであります。それはこれに書いてありますように、検察官などが令状に差押えるべき物の所在すべき場所が記載されておつて、かつその場所においてこれを発見することができなかつた場合の問題であります。こういうことがこういう場合において、かつてに検察官が、物があると思う場所を看守することができるということになつたら一体どうなるか、そうすると検察官は最初から、差押えるべきものを捜査するというめんどうなことをやることは、おそらくよしてしまうだろうと思うのであります。きわめてかつてに、たとえば選挙違反でありますというと、その選挙違反に関する問題を押えようとすると、その選挙事務所をその物の所在する、こう書いて出しさえすれば、あとはどこだつていいのでありますから、一人々々の運動員のところへ参りまして、ここに物があるのだから、その場所を看守するのだというので、そこを取巻いて動かさないようにするということもできると思うのであります。これをもしやりますならば、非常な政治的な弾圧方法として使われることは明らかであります。ことにこの内容に書いてある字句のあいまいさでありますが、その「被疑事件を告げてその場所を看守することができる。」その場所というのは物の所在する場所でありますが、場所というのは一体どういうことを意味するのか、たとえば一軒の家を意味するのか、あるいは一つの部屋を意味するのか、あるいは押入れの中を意味するのか、こういうようなことがいわれるわけであります。もし押入れを意味するのだということになりますと、そこを看守することができるのですから、そこへ警察官が来まして、朝から晩までずつとすわつておつてもそれは仕方がない、堂々と二百十九条の二でおれはやるのだということができると思うのであります。看守というのもまた非常にあいまいな言葉でありまして、どういうような内容を含んでいるかということは、非常に問題だと思うのであります。 次に、二百八十六条の二でありますが、欠席裁判の問題であります。これもまた非常に不当な規定である、この場合おそらくこれはこの間のメーデー公判でありましたか、被告人たちが出なかつたということに対しまして、こういう規定を入れたのかもしれませんが、そのことのためにこういう規定をもし入れたとするならば、これは非常に一般化されたために大きな問題を生じて来ると思うのであります。たとえば被告人がいないところで、証人を呼ぶということもできるわけであります。こういうことがもしできるならば、これはまたとんでもないことになるだろうと思うのであります。 要するに、私のきようここで申し上げたいことは、今度の改正というものが先ほどから申しますように基本的人権を尊重したその基礎の上に従来の刑事訴訟法がともかくもつくられておる、そうして捜査方法は、科学的な捜査方法を基調としておる、これに対してこれをやめて、以前のおかつぴき的な捜査方法、誘導尋問による方法、自白による方法、こういう方法をここに持ち出す。そのために長期間の勾留をここで規定する、あるいは保釈をしないということを前提とする、原則とするというような、いろいろ規定がつくられたのじやないかというように考えるのであります。現在の刑務所における被告人の取扱いというものは、決して人権を尊重しておるやり方ではありません。きようも裁判所において問題になつたのでありますが、一人の被告が毒殺されかけたのじやないかという問題が生じまして、公判廷で大きな問題になつております。私はたまたまその公判廷を傍聴いたしたのでありますが、魚が出た、その人は魚があまり好きじやなかつたので、しつぽを少し食つたところが下痢をした、その残りをハトロン紙へ包んで、自分の監房の外のどこかへ置いておいた。どこかとははつきり言いませんでしたからわかりませんが、そこへすずめが来てそれを食つたら、死んでしまつたというのです。これでは自分の生命が保障されないので、これは徹底的に調べてくれということを言うのでありますが、調べてくれというその被告人の要求に対しまして、裁判所の方では、それはおれの権限じやないということを申します。また検察庁の方ではそれは自分の方の問題じやない、これは法務大臣に届けるべき問題だろう、こういうように逃げるのです。ところが刑務所の所長の方に面会を求めますと、刑務所の所長は面会しない、そうして何日でもほうつておくというような状態ですからどうすることもできないからきようここで公判廷で言うのだと、公判廷でその被告は言つておりましたが、こういうような実例すら起るのであります。こういう場合に保釈をしないことを原則とするというような刑事訴訟法の改正、これはどういうことを意味するか、実にはだえにあわの生ずる思いがするのであります。こういつた意味におきまして、今度の改正は私は全面的に反対であるというように考えるのであります。
○小林委員長 これにて参考人の御意見の開陳は全部終りました。参考人各位には御多用中を長い時間にわたりまして、熱心に御意見を述べていただきましたことはまことにありがとうございます。ここに衷心より感謝の意を表します。どうも御苦労さまでございました。明日は午前十時三十分より会議を開きます。 本日はこれにて散会いたします。 午後五時二十九分散会