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16回国会衆議院1953/07/17

行政監察特別委員会 第7号

発言数
56
登壇者
5
会派数
3
開催日
1953/07/17

会議録

吉武恵市自由党

○吉武委員長 これより会議を開きます。  前会に引続き接収解除貴金属及びダイヤモンド関係事件について調査を進めます。  ただいまより参考人より意見を承ることになりますが、その前に委員長より参考人に一言申し上げます。戦時中多数国民諸君より供出されましたダイヤモンド、金、白金等は、平和条約発効と同時に接収解除となりまして、現在日本銀行地下金庫に収納され、大蔵省によつて保管されておるのであります。このダイヤモンドの収納保管の経過、処理の方法等につきましては、世上大いに疑惑を持ち、深い関心を有する向きもありまするので、これが真相を明らかにし、供出されたダイヤモンド、金、白金等の処理については、国民諸費が真に満足すべき処置が講ぜられることはきわめて有意義なることと考え、本委員会といたしましては、第十三国会以来引続き本件の調査を進めて参つた次第であります。参考人におかれましては、この際腹蔵のない御意見をお述べ願い、本委員会の調査に積極的御協力を切にお願い申し上げる次第であります。  では、接収解除貴金属及びダイヤモンド関係事件につきまして、これらの貴金属及びダイヤモンドの所有権に関する法律上の疑点について、参考人東京大学教授我妻榮君より御意見を承ることにいたします。最初に委員長より概括的にお尋ねをいたしますが、その後委員諸君よりお尋ねを願いたいと存じます。  では、お尋ねをいたしますが、戦時中、政府は、軍需品の生産資材に、供する目的で、昭和十九年七月ダイヤモンド買上実施要綱を制定をいたしまして、これに基き買上げ機関たる交易営団をして民間からダイヤモンドを買い上げさせたのですが、その買い上げたダイヤモンドの所有権についていろいろの意見がございますので、次の点について御意見を承りたいのであります。  第一に問題になりますのは、交易営団の法律上の性格はどういうものであつたと考えられるかということであります。それから、第二点は、ダイヤモンド買上実施要項によつてダイヤモンドの買上げをやつておつたのでありますが、その場合に、国家と交易営団との間の法律関係はどういう関係にあつたと見たらよいものであろうか。そこで第三の問題に入つて来るのですが、従つて、交易営団の買い上げたダイヤモンドの所有権はどこにあると考えたらよいかという点をまずお尋ねしたいと思うのであります。その点につきまして、あらかじめ資料を差上げておるかと思いますが、交易営団法が第八十一回の帝国議会に提案されましたときに、当時の岸国務大臣は、衆議院の委員会においてこう言つておるのであります。交易営団は政府と一体となつて、その事業は高度の国家的性格を持ち、政府で決定した物資交流の物動計画を直接実行するものである、少しく例は悪いが、交易営団というものは政府の方針と一致して交易という事柄を自分の責任でやる、いわば交易省というようなものができたような状況になるので、統制会に権限を委譲したのとは趣が違うことを申し述べておられます。まず第一の交易営団の法律上の性質について御意見を聞かせていただきたいと思います。

我妻榮東京大学教授

○我妻参考人 この問題は、今一、二、三とお尋ねでありましたが、いずれも関連しておりますので、相関的に考えなければならぬ問題だと思いますそれから、問題が相当込み入つておりますので、意見のわかれるところかとは思いますけれども、何と申しますか、一般的な考え方に多少食い違いがあることが、問題をさらにこんがらかせておるように思われますので、はなはだ恐縮ですけれども、初めに民法の講義のようなことを言わせていただきたいと思います。と申しますのは、ある人が他の人に事務を委託する、ダイヤモンドの買上げとか、株券の買上げ、あるいは家屋の売買、何でもよろしゆうございますが、ある取引をすることを頼む、広い意味で委任するという場合には、その頼む人と頼まれた人との間の関係、いわば内部の関係、それと頼まれた人がその頼まれた事務を処理するために相手方と、あるいは第三者と申しますか、そういう人と取引をするやり方、いわば対外関係、この対内関係と対外関係とをはつきり区別して考えることが必要で、もちろん、この二つの関係はあとで互いに関与して参りますけれども、しかし、事柄の筋としては一応離して考えなければならないということがはつきりしておりませんと、議論をいたずらにこんがらかせるのではないかという感じがするのであります。そこで、そのある人に取引を頼んだ場合の内部関係と外部の関係ということを、恐縮ですけれどもこの際初めにお話申し上げたいと思います。  その場合に、内部の関係と申しますのは、人にものを委託するのでありますから、こうこういうことをやつてくれ、それをうまくやつたら報酬を出すのだ、あるいは、まずくやつたら損害賠償をとるというような普通の契約者間の債権、債務の関係が生じます。これが内部の関係になります。それから、外部の関係と申しますのは、頼まれた人か、外から物を買い入れる、そして自分のものにして、自分の手元にそれを引取る、その場合の資金がもし必要ならば、資金を頼んだ本人からもらえなければ、どこからか借りる、そうした、事務を処理するために頼んだ人でない他の人と取引をしなければならないという、二つの関係が生ずるのであります。そこまでは普通の場合ではつきりわかると思いますが、実は頼まれた人が物を買つた場合の所有権がどこに帰属するかという問題は、ただいま申し上げました対外的の関係と対内的の関係と両方にまたがる。その両方にまたがるということがはつきりしないものですから、所有権の帰属についてどつちかにきめてしまおう、あるいは内部関係が委任であれば所有権は営団のものになるのではないか、あるいは国家のものになるのではないかというように、割切ろうとするので問題がこんがらかるのであろう、こういうように考えるのであります。  そこで、所有権が一般的に言つてどういうように帰属するかと申しますと、私の考えるところと申しますか、民法で普通考えているところによりますと、所有権の帰属が三通りあります。一つは、まつたく頼まれた人のものになる。まつたくと申しますのは、そのものがこわれたら頼まれた人の損になる、そのものが値上りすれば頼まれた人の利益になる、まつたく経済上の計算まで頼まれた人がやる。名実ともに頼まれた人の所有になるというやり方をするのが第一の場合であります。株券を買つてくれというようなことを頼むときには、あるいはこういうことになる場合が多いかとも思われます。それから、第二の場合は、名実ともに頼んだ人のものになる。この場合には、法律の形で言いますと、頼まれた人が代理人としてやる。代理人としてやりますと、名実ともに所有権は本人に帰属しますから、こわれたときの損失も、値上りしたときの利得も、全部本人に帰属する。ところが、もう一つ第三の形がある。これが往々見落されているのではないかと思います。第三のやり方と申しますのは、外に対する関係では頼まれた人のものになるが、内の関係では頼んだ人のものになる。これを比喩的に申しますと、所有権は対内的には頼んだ人のものになりますが、対外的には頼まれた人のものになるという関係があり得るのであります。その適例は、御承知の売渡し抵当、売渡し担保という場合にその事例が現われて参ります。金を借りて、その担保にする場合には、御承知の通り普通は質権とか抵当権を設定するのが普通でありますが、ときによりましては、売渡し担保と申しまして、金を貸した人に所有権を移転してしまう場合がある。その場合に、大審院の判決なんかでも、所有権はいわば対外的には金を貸した人、担保にとつた人のものになる、しかし対内的には金を借りた人の方に残つているというような説明をしているのであります。対外的には金を貸した人のものになるということをもう少し説明いたしますと、たとえば、金を借りた人が破産をしたという場合に、金を貸した人はそれを自分の所有物だといつて破産財団からそれをとりもどすことができる。あるいはまた、金を借りた人の債権者がそれを差押えたような場合には、金を貸した人は自分の所有物であると言つて異議を述べることができる。それから、金を貸した人がそれを人に売る。人に売りますと、買つた人は無条件に所有権花取得する。そういつたような意味で、金を貸した人、借りた人以外の者から見ますと、所有権はまつたく金を貸した人の手元にあると考えていい。その意味で、対外的には売渡し担保物の所有権は金を貸した方の人のものになる。しかし、内部の関係ではなお金を借りた人の所有に残る。——という意味はどういう意味かと申しますと、期限に金を返さなかつたときにどうするか。そのときには、元利を合計したその金と目的物の評価価格とを清算いたしまして、その差額があればそれを返す。それから、そのものが非常に値打のないものであつたとか、あるいは不可抗力でそれがなくなつたというような場合には、金を借りた人の責任になる。つまり、貸した人と借りた人との間では、そのものの価格というものと債権関係とは常に見合つて、そして無条件で金を貸した人の所有といいますか利得にはならない。そういう考え方をしているわけであります。これがつまり、外に対する関係では所有権は頼まれた人の所有に属するけれども、内部の関係では頼んだ人の所有に属しているのだということが考えられ得る。普通民法学者はそれを所有権の信託的譲渡というようなことを言つております。あるいは信託的に所有権が相方に移るというふうに言つております。  そこで、この事件について私の結論を最初に申し上げますと、第三番目の場合であるのではないか。つまり形式的な第三者に対する関係は営団の所有になつているであろう、しかしそのものについての利得は全部国家に帰属している。さらに申しますと、営団がだれかに売る。これは売れないことになつているわけですから、売れば信託違反ということになります。しかし、とにかく売れば国家との間には信託違反の責任を生ずるけれども、所有権は第三者のものになる。そういう意味でまた営団の清算と関係しましようが、もし営団が破算でもして、債権者が差押えるということになりますと、これは債権者の所有権に属し得る。しかし、そうした第三者が関係しない限りは国家に保有されている。従つて、売り渡したという関係で言うと、元利を計算することをしなければならない。そして評価額と元利計見との差額は国家にもどる。そうした関係から、つもり、もし営団がそのダイヤモンドを買うためにある銀行から数十億の金を借りている、それについて利息を払わなければならぬということであれば、これはみんな国家が清算して渡してやらなければならぬ。しかし、なおかつ利得が残りますと、その利得は営団に帰属するものではなくて国家に帰属する。そうした意味において、内部関係においては国家の所有になると考えていいのではないかというのが私の結論なんであります。  そこで、さようなことを一般的な考え方と結論を一緒に言つてしまつたわけでありますが、今委員長のお尋ねに一つ一つ答えて参りますと、第一の問題は営団の性格ということでありましたが、どうも営団の性格というものは、あの当時の日本の政治機構といいますか、あるいは法律機構がかなり異常な状態を示しておりましたので、はつきりつかむことは相当困難だと思います。のみならず、私に言わせますと、これが公法的なものだとか、あるいは国家の一部分だというか、そういうことによつて問題が一律に割切つてしまえるものじやない。国家的な性格と申しましても、やはり濃い薄いがあつて、あの当時できたいろいろな広い意味での国家政策の代行機関というものにも、国家的色彩、あるいは公法的色彩の薄いものと濃いものとが非常にたくさんありますので、これが公法的なものであるか、あるいは国家の一部分であるかということを言いましたところで、それから問題がすぐ解けて来るものではないというふうに考えますので、営団の性格ということは、むしろ第二、第三の問題を考えるときに、それを吟味して行けばいいのではないかこいうふうに思うのであります。岸国務大臣の説明をここで承つておりますけれども、これも法律的に申しますと、あまり筋が通つていないので、やはりその当時の気持を現わしているのだ。相当国家的色彩が強い、しかしある意味において独立している機関だというようなことになるのではないかと思います。もし言葉じりをとらえますと、岸国務大臣のお話で「政府の方針と一致して一つの交易という事柄を自分の責任でやる、」ということを書いております。もし私が申しましたように損失も利得も全部自分が背負う、経済的財政的意味において責任を負担するという言葉にとりますと、私の先ほど申しました結論と違つて行くように思われますけれども、岸国務大臣は、すぐそのあとで、いわば大きな交易省ということを言つておられるので、もし経済的にも法律的にも自分の責任であるならば、交易省ではあり得ない。交易省は国家の一部分でありますが、自分の責任と言われていても、そうした正確な意味ではない。国家の一部分とも言うべき、しかしある程度の独立性のあるものというくらいに考えておつていいのではないかというふうに思います。  それから、第二の問題は、当該のダイヤモンド買上げということについての国家と営団との関係ということでありますが、これは、どうも当時の法律関係を正確に研究しておりませんので、確信を持つて申し上げますことは困難でありますけれども、いろいろ御調査の結果などを拝見いたしますと、これは特定の法律に基いてやつているのではなく、営団のなし得る事項の中に来るという前提で、特にダイヤモンド買上げということを国家が頼んだというふうに見るのが正しいじやないか。そうしますと、私がさつき申しました広いお意味における委託関係があると考えていいと思います。先ほど一般的なものの考え方として最初に申し上げました、そのある人がほかの人にある取引を頼んでこう申しましたが、広い意味で頼むということの中に入つているというふうに考えるのでございまして、それで少しも支障がない。それが私法的のものであるか、公法的のものであるかということを議論することは大した意義のあることじやないものと考えています。  そこで、三番目の所有権は国か営団かということでありますが、これは何といいましても、買上げてありますから売つた人のものでなくなることは確かである。いまさら売つた人が返してくれと言うことはできないことだと思う。売つた人の所有でないことは、これはごく明らかなことであると思う。そこで、買つた営団のものか、それとも国のものか。それが、先ほど三つの場合があると申しましたが、そのうちの第三の場合だろうと申しましたが、名実ともに国家のものになつたということを言つても言えないことはない。そういう余地さえあるのじやないかということも考えられるのであります。と申しますのは、名実ともに国家のものになるということは、つまり、代理人としてやるということを申しまして代理人としてやる、——形式的に申しますと、取引をやる人自身の名前で取引をやるのか、それとも頼んだ人、すなわち本人の名前でやるのかということが、法律的に申しまして代理の場合になるじやないかと思います。そうしますと、ここに営団の名において買つたのであつて、国の名前で買つたのではないだろうということになると、そうすると代理人ではなかつたということに一応なると思いますが、しかし、代理人が本人の名を示すということは、必ずしも甲何がしの代理人、乙何がしの代理人とはつきり言わなければならないものでもない。周囲の事情から本人のためにやつているということがわかれば代理人が成立するということは、民法百条の規定からわかるし、ことに、商法では、代理人が取引をするときは本人の名前を示す必要がないということを商法五百四条で言つております。そうした取引の場合には、本人がだれであるかということはあまり関係がないから、そういう商法の規定ができているのでありまして、この場合には必ずしも適切ではありませんが、しかし、ただ、本人の名でやつたか、頼まれた人の自分の名でやつたかということは、それほど形式的にやかましいものじやないということ、これは民法の規定からも商法の規定からも言えるであろうと思う。そうしますと、あの当時国民全体が——一体交易営団というものが、岸国務大臣が言われるような、初めから性格のはつきりしないものでありますから、それを国家からは独立した別個の計算をする、法律上別個の人格者だというようなことを国民全体がどこまで意識していたか。あの当時は、国家がおやりになるのだろう、だからしかたがないから売るという気持が非常に強い。結果論をするようでありますが、もしそれが処分できなくて残つたときには、その買つた営団が利得をするのだということを知つたならば、おそらく売らなかつたろう。これは結果論から言つても何人も承認するところであろうと思う。結果論をするようでありますが、それを逆に言いますと、当時の国民の気持を考えて行きますと、交易営団というものはやはり国家の一部分だ、国家が買うのだというふうに考えたとも言えるのじやないか。そうすると、営団が買つたというのは、なるほど形式的に見ると営団の名において買つているけれども、取引全体から見ると、なるほど国家の名において買つたと解釈する余地さえあるのだろう。もしそう解釈しますと、もう代理人であつて、所有権は名実ともに国家のものになるということになると思います。ただ、しかし、今私が申しましたのは相当結果論も含まれておりますので、虚心坦懐に考えますと、それは多少無理かもしれない。そこで、やはり営団という法律的に別個の人格を持つたものが買つたのであつて、特に国家にかわつてということを示さなかつたのだから、営団の所有になるということが解釈としては穏やかだろう。ただ、私が申しましたのは、しいて言えばそこまでりくつをつけられないこともないだろうとさえ考えるということを申し上げたわけであります。そこで、名実ともに国家のものになつたのではない、営団のものになつたということを認めるのが妥当であろう。しかし、営団の所有でありましても、先ほどから一般論として申しましたように、買上実施要綱なんかを見ますと、手数料をやるのですから、もしあやまちがあつたらその危険は国家が負担して、それに対して補償をするということをきめております。それから、買つたものをどこにどれだけ売るかということも全部きまつております。そうしたわくの中で動くのであれば、所有権を取得すると申しましても、その所有権についての実体と申しますか、価値と申しますか、それまでが営団に帰属するという意味ではない。その実質は国家に保留されている。——先ほどの言葉で言いますと内部的に国家に帰属ている。外部的に所有権は営団に帰属するだろうが、内部的に所有権は国家に帰属しているというふうに考えることが至当なのじやないか。もつとも、この判定を誤つた場合の危険負担というようなことについては、一定の率を定めているようであります。もしほんとうに国家が利得の責任を負うということになりますと、これは、誤つた場合に個別的に損害を負担するということが一層徹底しているのでありましようが、しかし、こうした取引の場合には、それをあらかじめ見積つて、そうして一定の率でやるということをやつても、これは少しもさしつかえない。ですから、危険負担を国家が負うているということは、たといそれを一定の率でやつておつても、決して利得をも営団に帰属せしめるという趣旨と解釈する根拠にはならないというふうに考えるわけであります。  それから、先ほどもちよつと申しましたように、そのために借入金をしたというような場合には、この借入金の債権者は内部関係における国家の債権に優先するということを考えなくてはならない。先ほども申し上げましたように、売渡した場合に、その金を貸した方の者、対外的にはその人の所有になつているのでありますから、その人が破産をし、その人の債権者が差押えたというふうなときには、その方が優先すること当然でありますから、それと同じように考えていただきまして、このダイヤモンドについて借入金をしている、その債権者がダイヤモンドから弁済を受けたいといういようなことを言つている場合には、これはむろんその方が優先をする。そしてそれらに払つてやる。そうして残りがあれば国家に属するというふうに考えます。もう簡単に結論を申し上げますと、そのダイヤモンドについての損失を営団に負担させるということはできない。それはすべてを清算した上で、残りがあれば、これは国家のものになるというのが私の考えであります。  以上の三点につきまして公述を終ります。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 ありがとうございました。それで、もう一つ、こういう関係があるのでありますが、連合軍が各方、面から接収したダイヤモンドの一部は、接収後連合軍から処分されたものがあり、また解除されたダイヤモンドは混合されているような事情もあるわけであります。そうした場合に、その接収解除になつたダイヤモンドは、所有権をどういうふうに見たらいいかという問題が一つあるのですが……。

我妻榮東京大学教授

○我妻参考人 物が、大勢、——数人の所有に属するものがまじつて、どれがどれかわからなくなつたとか、あるいは溶けてしまつたとかいうような場合、学者が普通よくあげる例としましては、金塊、銀塊というものなら溶けてしまう。それから、酒というような液体であれば混合して、わからなくなつてしまう。あるいは固形のものでありましても、まじつて、わからなくなつてしまうというような場合があります。それを普通添付と申しておりますが、そういう場合には、民法においてできるだけ公平にそれを処理するようなことを考えたわけでありますが、今あげました例をもう少し具体的に申しますと、たとえば三人がそれぞれ所有の金の杯を預つている場合、まじつてしまつて、どれがだれの杯かわからなくなつてしまつた、しかし当時の杯の所有者は三人、杯は三つですから、どれかがだれかのものに相違ない、という場合は、しかたがないですから、三つの杯が三人の共有だということに一応いたして、そうしてそれを三人にわける。それぞれ杯をわけて行くことになりますが、それぞれ三つの杯のどれかをとりますけれども、どれかをとらせることのために法律的には一応共有にしてある。そうして、その共有の分割ということにするわけであります。そのうちの一つがなくなつてしまつたという場合になると、非常にはつきりして参りまして、その場合にもしなくなつたということになると、残つた二つを三人で共有する。なくなつたものはだれのかわからないわけでありますから、そのなくなつたことについてもし保険金でもとり得るとすれば、その保険金も三人の共有になる。そこで、三人は、残つた二つの杯に対する共有、それから保険金に対する共有ということになりまして、それをまたしかるべくわけるということにしまして、結局わけるのだが、一応共有というかつこうをとつて行くわけであります。ですから、その場合共有ということは、結局わけるのだ、物参があつたら物でわけるだろう、物が少しになつてあと金になつたら、その少しの物と金とを何とかしてわけるだろう、全部が金になつたらその金をわけるだろう、そのわけ方は、共有物の分割でありまして、結局は協議で、その協議をとりはからう裁判所がわけるというように持つて行きますが、そこに持つて行くきつかけとして一応共有ということにしたのだとお考えくださればいいと思います。そこで、この場合どうなるのだろうかということですが、民法の規定は大体、今杯の例をあげましても、甲乙丙という三人がABCという三つの杯を持つていて、その三つの杯のうちで一つがなくなつたとか、三つがみんな混合してわからなくなつたとか、そういう外側がはつきりわかつている場合なのでありまして、非常に大勢の人のダイヤモンドのうちのあるものの一部分がダイヤモンドで残つていて、ある一部分は何か連合軍から来たチエツクならチエツクにかわつている、あるものはかわりのもの、金になつているというふうなことになつているときは、民法が直接規定しているところではないと言えるだろうと思います。ただしかし、私の考えでは、その場合でも民法の趣旨をそこに適用して行きまして、とにかく接収された人全体というものと、それから接収された物全体というものとを一つに見て、そうしてその中に今の民法の規定を類推して行きますと、結局問題は片づくのじやないか。それから、もつと正確に言いますと、金塊の場合とダイヤモンドの場合とは所有者の帰属がちよつと違うようでありますけれども、金、白金その他は民間人の所有も残るだろうと思いますが、ダイヤモンドの場合は、民間人の所有もあるかもしれませんが、むしろ交易営団とそのほかの国家の所有ということになるのじやないかと思いますが、とにかく所有者がはつきりしていないものがいろいろのものとまじつてしまつたり、溶けてしまつたり、かわりの物や金になつてしまつたりしているという場合、そうしたものが一括してあるわけでありますから、その一括してあるものに全然その人はその中に関係していない、その人のものはまつたくここからはずれたという証明の立つものは、これははずれるのです。それから、この人のものだけはこの金の茶がまだということがはつきりわかるという場合は、その人の所有として返す。しかし、それ以外のものは、大きく見てかわるものなのですから、そのかわるもの全体の上に、所有者であつた人全体が広い意味での共有関係になるというふうにして事を処理して行くことができると私は考えております。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 わかりました。そこで、第三にお尋ねしたい問題は、大体第一の問題で所有権の帰属になつての御意見と今後の場合の御意見を聞いたのですが、いずれにしましても非常に複雑な問題があるので、これはやはり特別の立法でもつてそれをはつきりさせるということがいいのではないかとも思えますが、ただ現在の民法その他の解釈だけでお説のように処理できるものか、やはり特別の立法でやらなければならぬものか、いかがでしよう。

我妻榮東京大学教授

○我妻参考人 その点につきましては、問題を二つにわけなければならぬと思います。一つは民間人に返すという問題、それから、国家のものなのだが、その国家の財産をいかに処理したらいいかという問題があるのじやないか。そしてダイヤモンドの場合は、もし私が解釈が通るといたしますと、清算した残りは国家の財産ということになりますが、それをいかに処理するか、それは単に行政上の手続でいいか、それとも特別の法律を必要とするか、そうした方面から考えなければならぬ。それからまた、主として、ダイヤモンドを除いた貴金属になると思いますが、これを民間人に返すという問題があるのですが、その方を今御質問のように民法の解釈だけにまかしていいか、それとも特別の立法を必要とするかというふうに問題をわけなくてはならぬと思います。あとの方の返還するという方の問題、これは、私の結論を申しますと、やはり法律をつくることが問題をなめらかに処理する方法として適当だと考えます。なぜそういう結論を考えるかと申しますと、今民法の解釈でもそう行き得ると思うということを申したのですけれども、これはいろいろ争いにもなる余地がありますので、もしその問題を各個人が主張して、役所がそれを聞いてくれないときは裁判所に訴えるということになつてはたいへんめんどうなことになるだろう。そこで、もう少しそれを具体的に説明しますと、先ほど申しましたように、ある特定の人の金の茶がまなら金の茶がまというものだけは、ちやんとその人のものだけということがわかれば、これは挙証ができますから、所有権に基いてそれを持つて行つてしまう。しかし、そうでない場合は、自分のものはどこかにあるんだろうと主張をしても、返すことは事実不可能である。しかし、お前のものだという証明が立たないから民法の原則をはずすということになつて来ると非常な不公平になる。自分のものだということがはつきり言える人は返してもらえるけれども、そのほかの人は返してもらえないという場合が非常に多い。私は、民法の解釈としてそれはそう行けるだろうと申したのですが、しかし、それはだれが主張するか、みんなそうした人が一緒に共同して争つて行くならばそれは行けるが、しかし一人々々が民法の規定の趣旨を解釈して、こういう形で返してくれということを主張することは困難であります。それから、その主張が通ると考えましても、さつき申したように、結局は共有物の分割ということになるのでありまして、何百人あるか何千へあるかわからぬけれども、そういう利害関係人が単に私法的な関係として相提携して共有物分割請求の訴えをすることは、事実まつたく不可能です。この共有物分割請求の訴えは必要的共同訴訟で、みんなが一緒にやらなければだめだと言われてみたところで、それはとうていできない。従つて、そうした問題を解決するために法律をつくることが妥当ではないか、こう申したのであります。ただ、民法の解釈でそう行けるだろうと思うと私申しましたのは、もしそういうことをしたならば憲法違反にならぬかというようなことがしばしば言われるのであります。憲法二十九条の解釈については、私はあまりやかましく言う気持もない。国会の承認を得て法律をつくつた以上は、それが私有財産を侵害するということはあまりやかましく言わない方がいいのではないかという根本的な考えは持つておりますけれども、しかしその考えはしばらく別といたしましても、私が今民法の解釈でもそう行けるだろうと申しましたのは、法律をつくつても憲法二十九条違反というような懸念は少しもないということだけは言えるのじやないか、そう考えております。  それから、さつきのダイヤモンドの問題は、これは私の理解が足りないのかもしれませんが、個人がどれだけ加わつておりますか、個人に返すものが加わつておるとしますれば、その点は、今の貴金属の場合と同じように、やはり問題になつて来ると思います。しかし、ここではむしろ、さつき申したように、私の解釈を通して、清算した残りが国のものだということになりますと、その国の財産をいかに処分するかということが、国有財産法そのものとの関係にもたつて来るだろうと思うのですが、いわば、しろうととしての意見をちよつと申し上げますと、やはりここでも特別の法律をつくつて、なめらかに処理する方が早いのではないかというふうに考えております。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 今のお答えの中をもうちよつとわけてお聞きしておきたいと思うのですが、ダイヤモンドの方につきましては、大体営団をして買い取らした。そうすると、そういうものについては、先ほどお話があつたように、個人と営団との関係においてはもう個人の所有権は移つたものと見てよろしゆうございましようか。

我妻榮東京大学教授

○我妻参考人 そう思います。私理解が不十分で、もしダイヤモンドの中にも、ちようど貴金属を占領軍が預かると申しますか、接収と申しますか、そういう接収したようなものがあれば、これはやはり貴金属を個人に返すと同じようにダイヤモンドを返すということもあるかもしれません。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 そうですね。直接接収したものがあれば……。

我妻榮東京大学教授

○我妻参考人 そうです。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 わかりました。それから、第二に、さつきの営団の関係ですが、先生のお話によると、三つにわけた場合の第三の、買いもどし条件付のときと同じにしたらどうかという結論でありましたが、同時にもう一歩前進して、実質的に考えれば、代理行為としてやつたとも見られぬこともないというお話なんですね。そういうふうに考えますと、これも特別立法で形式的に営団に渡して、そしてその清算したものをまた国にもどすというよりも、初めから立法で国が処分するという方法をとることはどういうものでございましようか。

我妻榮東京大学教授

○我妻参考人 それはいいだろうと思います。国が処分する、そして営団のそれに関する負債は全部払つてやるということをするわけです。ですから、その根本の考えが、借金は全部払つてやつて、売つた残りの利得といいますか残額は国に帰するという、その根本を動かさない限りは、それでいいわけです。あとは手続の問題になるが、その手続はやはり法律手続で行つた方がうまく行くだろうと思います。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 それから、もう一つお聞きしておきたいのは、杯の例が出たのですが、この接収されたものの中には、買い上げたものと、それから買い上げるときに、これは軍の用に供しなかつたときには返すというはつきりした証書をとりかわして買い取つたものが現にあるわけです。そしてその氏名もわかつておりますか、そういうのはどういうふうに処理したらいいのですか。

我妻榮東京大学教授

○我妻参考人 その例は今初めて伺いますが、もしそうであれば、やはり条件が成就したわけでありますから、返すということにしなくてはならぬだろうと思います。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 そのときの価格の問題ですが、買い上げたときと今との価格がかわるのですが、そういう問題というものはどうなるのでしようか。

我妻榮東京大学教授

○我妻参考人 そのものがないという場合ですね。そのものがはつきりあれば、それを返せばいいので、問題は簡単です。但し、そうした約束であつて、今申しましたように、そのものがいろいろまじつてわからないということになりますと、多少問題でしようが、しかし、これは占領軍があとから預かつたか、あるいは接収したものと同じように取扱つて行けばいいじやないですか。つまり、条件が成就したのだから返さなければならぬ。そこで、もしそのものがはつきりわかつていれば、それを返す。はつきりわかつていなければ、ほかの返すべき人があつて、しかもそのものがどこにあるかわからぬのと同じじやないですか。それと同じに扱うというのでいいと思います。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 今の点ですが、買い上げたときには何ぼかでそれを一応買い上げて、そしてこれがいらなくなつたときにはそのまま返すという場合に、その金の授受は一応行われているものですから、それを返金させるという問題が出て来るわけです。

我妻榮東京大学教授

○我妻参考人 それは、そのとき受取つた金ということになると思いますね。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 大体私のお聞きすることは終りました。中野四郎君。

中野四郎改進党

○中野委員 たいへんお忙しいところを恐縮に存じます。営団の性質については大体伺いましたのですが、この買上実施要綱の中に、買上げ機関として交易営団本部及び支所、(ニ)代行機関として中央物資活用協会、それから代行店としてあるのです。つまり、大体の様子は、妻類をもつて先生のところにかねて差上げてありますから、御承知願つていただいたと思いますが、もう少し詳しく申し上げておかないと、御意見を伺うのにも不便な点があろうと思います。たとえば、今日本銀行の地下室の中にあります品物は、むろんこれはアメリカが一旦接収をいたして、そうして接収解除になつた品物ではありまするが、いろいろな種類があるわけなんです。たとえて言えば、ダイヤ、金、白金、銀、それからそのほかにもう一つは、売もどし条件付買上げというやつもあるわけなんです。つまり金杯とかあるいは美術品、貴金属の骨董品、これをこのまま鋳つぶしてしまうのは惜しいという品物が個人にたくさんあつたわけです。その場合においては、日本銀行が各方面に向つて、これをもし戦争で使わなかつたなれば現品をお返し申し上げる、使つた場合はやむを得ないから、代金を一応払うのだからごしんぼう願いたいということで買い上げたもので、従つて今日残つておるものは相当数量あるのです。大判とか、小判とか、金のかまとか、あるいは金杯というものもあるのです。しかしこれは、政府が日本銀行に返してやれば、日本銀行は当時の契約に基いて、使わなかつたのですから、条件に従つて返せばいいのです。本人もみなわかつております。これはもうきわめて明白なんですが、問題は、さらにその別の方の金、白金、銀、ダイヤモンドなんです。この日本銀行に集まつておりますものは、ひとり交易営団が買い上げたものだけではないのでありまして、図面に示しておりまして、ちよつとおわかりにくいかとも存じまするが、交易営団は七つの都市に対して、デパート等を利用して買い上げたのでありまして、さらにこの中央物資活用協会という代行機関があるのです。代行機関と代行店というものがどういう性格を持つたものかを先生から伺わなければならぬので申し上げるのですが、現在日本銀行の地下室の中にあるダイヤにいたしましても、金、銀、白金にいたしましても、これは陸海軍の品物もあるのです。恤兵品ももちろんありましようし、買い上げた品物もあります、あるいは交易営団、中央物資活用協会等から買い上げたものもあるのでありまして、すべてが混淆してしまつております。そこで、交易営団対国家というものの解釈を明らかにすると同時に、中央物資活用協会というものと国家というものの関係も明らかにして行かなければならぬわけであります。買上実施要綱の中に、代行買上げ機関として中央物資活用協会を指定しておるわけであります。その中央物資活用協会は、「(ロ)ノ代行店ヲ設置スル七都道府県ヲ除キタル内地一円ヲ担当スルモノトシ巡回買上ゲヲ実施ス、」つまり、交易営団が買い上げておりました以外の地域、内地一円においては、中央物資活用協会を、これを買う代行機関として指定するということになつておるのです。さらに代行店というものがあるのです。これは東京、神奈川、愛知、大阪、京都、兵庫、福岡の七つの府県においては交易営団の指定せる百貨店をば代行店として常時買上げを実施する、こういうようになつておるのでありまするが、この場合の国家対中央物資活用協会というのは、国家対交易営団と同等、同一視すべきものか、あるいは交易営団は買上げ機関として指名はしたが、さらにその代行機関としての中央物資活用協会というものは、どういうふうに解釈をしたらいいかということを伺いたいのであります。

我妻榮東京大学教授

○我妻参考人 その点は、抽象的に申しますと、交易営団というものと、それから中央物資活用協会及び代行店というものと、(イ)と(ロ)と両方は、やはり交易営団が中央物資活用協会及び代行店にものを頼んだ、こつちは頼まれたことをやつておるというのであります。だから、三つの場合があり得るということは、抽象的に言えばそうなると思います。しかしここでは代行店ということを非常にはつきり言つておりますし、先ほど申しました文面全体から考えましても、まさか百貨店が、自分が利益するために買つておるというわけではないので、これはまつたく代理機関だと考えてよいわけです。だから全部交易営団に帰属するというふうに考えていいと思います。

中野四郎改進党

○中野委員 そこで、もう一点お伺いいたしたいのです。さきの国会で、証人を喚問いたしまして、この委員会で証言を求めたのでありますが、そのときに、当時ダイヤを買い上げる担当官、いわゆる軍需省の軍需官であつた私市という人は、当時の要綱は軍需次官通牒により、信託的に交易営団をして買わしめたものであるから、買上げダイヤモンドは信託的には国家のものであり、交易営団は処分の自由を持たなかつたというふうに証言をしておるのであります。ダイヤモンド買上実施要綱は、軍需次官通牒によつて、国家と交易営団との間にかような信託的な関係があつたと解釈することができるのですが、この信託的関係というものが、先ほどの先生の御説明では、ちよつと私ら、しろうとにはわからない点があるので、もう少し何か例をあげて、わかりよいように御説明を願えるとたいへんありがたいと思うのです。どうも一般の常識から考えましても、必勝態勢確立のために政府は必要としてこの工業用ダイヤは求めたのですけれども、事実においては、陸軍、海軍は当時八方カラツト余のものを持つておつても、敗戦の原因と言われるような軍と軍の間のトラブルから、軍需省には一片のダイヤもわけてくれなかつたようなわけなんです。従つて、やむを得ず、高いことは承知、緊急やむを得ずとして、この買上実施要綱を発して、そうして一般国民の装飾用のダイヤを買い上げて、これを工業用ダイヤに転換しようとしたのでありまして、その買上げ目的はあくまでも国家目的でありまして、先ほど先生のおつしやいましたように、国民も、デパートに売ろうとか、交易営団というものに売ろうなどとも考えておりませんし、当時の新聞等の控えがここにありまするが、これを見ましても、買上げ当時には、情報局が中心となつて、ここで都道府県知事に命令を発しまして、当時のあらゆる戦時態勢の団体を動員して、この品物を買い上げておるのでありますが、むろん国民は、国家的に一時も早く役立つていただきたいという考え方で、惜しいものをば涙をのんで出した事情は御承知の通りであります。ただ問題は当時その予算的措置が緊急間に合いませんでしたものだから、ときがちようど昭和十九年七月二十一日ですから、従つて、便法上交易営団にあります商業資金二十億のうちからこれをばまわして、一応買い上げておけ、そこで、これに対するところの買上げの期間とか、あるいは価格、実施区域、買上げの方法あるいは場所、受渡し代金の支払い、こういうようなことは全部きめまして、さらに買上げ手数料を買上げ機関に交付し、空襲等がありましたから、危険な場合には負担金の交付をする、さらに、買上げ品は軍需省指定品であつて、品質とか重量の鑑定人を選びまして、これに再鑑定をさせておく、または買上げ品の処分は軍需省の指示によるもので、処分価格は営団の買上げ手数量及び危険負担引当金を加算するというふうに、買上げ要綱の中にはあるのでありますが、実質上は、あくまでも国民は国家に売つた、そうして必勝能勢を貫いてもらいたい、国家は必要欠くべからざるものとして国民に要求した、こういうような本質上の問題から見ましても、どうも交易営団あるいは中央物資活用協会というものが所有権を主張するところに、われわれの疑義が生じて来るのである。さらに、もう一点申し上げておかなければならぬことは、もしこの所有権が営団にあるといたしますると、この物品は一応営団にまかせて営団が処理をするということになる。そうして営団が自分の損失を差引いて剰余金を国家に返すのか、あるいはこの処分権は国家にあつて、国家が処分をして、当時のいわゆる銀行、あるいは運転資金に対するところの補填をしてやればいいのか、こういう点が明確になつて来ないと困りますものですから、先生の御意見を伺いたいと思うのです。

我妻榮東京大学教授

○我妻参考人 御質問の中に二点あるように思うのでありますが、最初の信託所有権という証人のお言葉は、私が申しました広い意味の、ものを頼むというものの中に入ると思うのです。その広い意味でものを頼むという中に、所有権を取得した場合に、その所有権が、私の申しましたいわば内部的には頼んだ人のものであり、外部的には頼まれた人のものであるという場合を、特に信託的な行為と言うことがあるのです。ですから、ここで国家が営団に対して信託的にやつたといわれるものは、私が申したこととまつたく同じだと思います。だから、軍需省の方の証言は、これを拝見しますと、私の言つていることと同じになる。ただ、ほかのところでの証言を速記録で見ましたときには、どうも少し違う。頼まれたにせよとにかく営団が買つたのだから、営団の所有になり切りになるというような趣旨の証言がむしろ見えたのではないかと思うのですが、今お話になつた信託的のもの、あるいは国家から信託されて買つたのだということになれば、それは私の言つたことと同じになる。もう一度繰返しますと、広い意味でものを頼む頼み方のうちの一つにそういうことがある。そして、買つたものはお前は処分してはいかぬ、そのかわり損をかけないといつて、全部実質をこつちで押えているような頼み方をしているわけですから、それを信託的に頼んだといい、その結果信託的に所有権が国家のものだということになる。さつき売渡しの例をあげましたか、それも広い意味で行けば頼むという中に私は入れるつもりだつた。金を貸してくれ、そのかわりこれを担保に入れる、それを大事にしてこわさないようにしてくれ、他に売つてはいかぬぞと言つて処分権を押えるわけです。そういう賞味で、やはり一種の頼まれている関係になるということなんです。ただ、そのときに、処分権は国家が持つていたんだが、信託に違反して人に売つたらどうなるだろうかというときに、売れば営団の信託違反という責任は生ずるけれども、買つた人のものになるだろう、そういう意味で、対外的には営団のものになると申し上げたのです。  それから、第二の点は、非常に重要な点でありまして、私もちよつと頭の中で考えていたわけですが、民法の普通の理論から行きまして、とにかく形式的にせよ営団の所有になつておるということを認め、そのために営団が金を借りておれば、その債権は優先すると申しましたが、普通にほつておきますと営団が処分をする。しかし、必要以上の処分はむろんできない。ですから、商業資金二十億借りておるとすれば、それに必要なものしか処分できない。それ以上全部処分はできないが、必要なものを処分して、残りのものはとちらに返すというときに、むろん現物で返さなければならぬことは確かです。全部処分して金にかえて返すという権利はない。それはちようど売渡し担保の例をあげましても、担保に家屋を三つぐらい置く。ところが、元来清算するために一つ売ればたくさんだというときに、三つ売つて、金を返すという権利はありません。必要な範囲において処分する権利しか持たない。だから、必要な限りにおいて処分をして、処分をする必要が全然ないというときには現物を返す。そして必要不可分で処分をしたときに、残額があれば金を返す。こういうことになると思います。しかし、一応事を進めて行く権限は営団の方にある。営団がそういうことを責任をもつてやるということになる。だから、あるいは手続が遅れるかもしれない。政府の方からへお前の方で清算して借金を払うためにはダイヤをどのくらい処分すればいい、その残りはこちらに渡せという請求はできると思いますが、しかし主客は向うが主になる。それを主客転倒して、政府がその問題を全部管理して、政府の責任において借金を払つてしまうということを立法によつてやるのはどういうものであろうかと考える。それは事柄を非常になめらかにする上でけつこうだ。そして所有権の侵害という問題は起らない。なぜならば、初めからその所有権はそうした意味の価値しかない所有権だつたからこう言えると思います。

中野四郎改進党

○中野委員 そこで、疑問がさらに起つて来るのです。これは通常的なお話ですが、ダイヤに限つてお話を限定していただきたいと思いますが、たとえば、今日本銀行の地下室に十六万一千百八十五カラットのダイヤモンドがあります。これは、ものの性質上、鑑定のいかんによりましてはえらい値段の差が生ずるものであります。従つて、この処分権をもし営団等にゆだねるという場合におきましては、価格、格付等において相当大きな問題が起つて来る。もう一つの点は、そのダイヤモンドは営団のものであると主張する根拠が薄弱であるのであります。なぜ根拠が薄弱であるかと申しますと、昭和二十年の八月十八日にこの品物を接収いたしました接収担当官は、当然領収証を発行しなければならない規定になつております。ところが、当時営団はこの品物をすなおに出そうとしない。むしろある程度自分の方の品物として持つておりたいという考え方がありましたので、その持つている品物の実態を示すリストがあれば示せ、それによつて証明書を書こうと言う担当官に対して、リストは一切焼いてしまつて、ない、ただこの容器の中に入つておるということで、魔法びん九つを示して、この中にダイヤモンドが約十万カラットの余人つておるということを言つたのであります。そこで、担当官のキヤツツ大尉は、その品物をば受取つて、日本銀行の地下室へ完全保管するという段階まで行きませんでしたので、これに対しては、ただ三井信託の倉庫から日本銀行の倉庫に移管する、こういう意見を大使館を通じて言うて来ておるのであります。従つて証明書はないのであります。交易営団はこれに対して証明をしてもらいたいということを再々GHQに要求いたしましたが、当時のGHQはこれを証明する何ものもない、ただお前の方にあつた品物を日本銀行に移管したことは事実だ、こう言うておるのです。これはもう少し具体的なお話を申し上げぬとおわかりにならぬと思うのでありますが、実はダイヤモンドが十万カラツト入つておつたと申しましても、実質上にダイヤであつたかどうかということを立証することができ得ない裏づけが一つあるのです。というのは、ダイヤを持つて行きまして、これを一ぺん魔法びんからあけて混淆してしまつた、その節、あのびんの中には砂、砂利等がダイヤモンドと一緒に混淆してほうり込んであつたのが多数ありました。これをば後に日本政府が一応保管を命ぜられましたのが昭和二十六年の五月二日であります。そして昭和二十七年の四月二十八日、講和発効の当日まで仮保管をしておつたのです。保管中に、アメリカから、ワシントンの博物官の次長でダイヤ鑑定の専門家だそうですが、これがもう一人の専門家を連れて東京へ参りまして、これをすつかり格付けをしまして、そしてある程度の値段を付してニューヨークへ持つて行こうとしたのです。その再鑑定をいたしましたときに、今申し上げる混淆しております中に、さらに砂、砂利が相当数入つておつたのであります。現在日銀の地下室にありまする先ほどの数字の十六万一千余カラットのダイヤの中にも、最悪品と称するものの中にはいまだ砂のまじつたダイヤが相当量残つておるのであります。こういうようなわけで、交易営団の品物であるということを立証する何ものもない。それから、中央物資活用協会は、わずか一方カラツトばかりは立証すべき証明はあります。これは接収担当官が何と何を今日接収するということの証明を置いて行つておりますから朗らかになりまするが、しかしながら、その他のものは、今申し上げた交易営団と同じように証明書を出していないのです。それから、ここ数日来この委員会で調査をいたしまする一つの過程から、当時の陸軍、海軍の所有しておりましたものが、接収引継ぎをいたしております数がはなはだ少いものですから、それぞれの調査員を派して調べました結果、それはごく一部分のものでありますけれども、黒磯のある個人の家に三万カラツトのダイヤが隠してあつたとか、あるいは貫目にいたしまして、証人は十貫目あるいはそれ以下と言つておりますが、現実に接収されましたものは一貫三百目がかりのものですが、これが、宮中に預けてあつたのでもなければ献上したのでもなく、ただ何となく大金次官のもとに一年間放任されておつた。こういうようなものも全部接収されまして、中に混淆したのでありますが、その宮内省の中に預けてありましたものを調べておりますうちに、われわれ非常に疑惑を感じて参りましたのは、かつて日本銀行の地下室にありますうちに、マレーという監督官が相当量のダイヤを持ち出して本国へ帰ろうとしたのです。それがどこからか漏れまして、サンフランシスコに着く前に、こちらヘ引返せという命令を出されまして、持つて行つたダイヤモンドを全部横浜ヘ持ち寄せまして、日本中の買上げ当時の鑑定人を全部呼びまして、この中にお前らの買い上げた当時の品物に覚えのあるものがあるかどうかというので調べさしたところが、名古屋で買い上げました十八四四カラットというダイヤのきわめて大きいものでありますが、そういうようなものが見つかりましたために、これは日本銀行に置いてあつた品物であつて、その職権を利用してマレー大佐が持つて行つたものであるという結果になつて、マレー大佐は重労働五年という判決を受けましたが、とにかく、そういう事態もあつたのであります。その中の十八・四四カラツトのダイヤに類するものが宮内省の中に一年間あつたかのように、証言から推測しますとなるのであります。そういうものが日本銀行の地下室に現在集まつて十六万一千カラット余をなしておるのでありますが、まつたく交易営団のものであるということを立証すべき何ものもなく、また中央物資活用協会が買い上げたものだと立証すべきものはきわめて少数であります。恤兵品があり、陸海軍の接収品もその中に混淆されておる。大体は三十万カラットから四十万カラットあつたのですが、連合軍がかつてに混淆したあげく、いいものだけはオランダとか中国とかいう方面に返してしまつて、大体二十万カラットくらいは消耗されているのであります。従つて現在ありますダイヤは、なおその所有者がだれか、その所有権を主張し、立証し得べきものがないのであります。そこで私は先生に伺いたいのですが、こういうような場合、その立証すべきところの証明もなく、端的に買い上げた当時の品物を、これだけおれの方は買い上げたのだから、当然これに対しては所有権を主張する権限があると言うておるのですが、一体この所有権は何をもつて立証すべきものかということがわからないのです。全部の買上げの総数は交易営団の現在の清算過程においてはわかつておりません。なぜわかつておらぬかと申しますと、彼らはリストが焼けたと称して全然そのリストを示していなかつたのです。当今これが接収解除になりまして、いよいよ元の所有権を明らかにしてこれを返すというときになつて、ふしぎにもリストができて来た。そこで、私の方は、このリストに疑義ありとして、全国の買上げ機関全部に命令をいたしまして、書類を取寄せて、何度やりましても、交易営団の清算人の持つリストと私どもの方で集めた物的証拠になるリストとが食い違いを生じて、何回かここに清算人を呼んでその内容を証言せしめるのですが、どうしてもその内容がはつきりしないのです。ですから、今申し上げたような、自分のものであるということ、それから、どれだけのものを今新たに請求すべき権限が何をもつて裏づけとしてできるのであろうかという点を、私らはふしぎに考えるのでありますが、こういう場合はどういうふうにお考えになりまするか、御意見を伺いたいと思います。

我妻榮東京大学教授

○我妻参考人 非常に具体的な問題であつて、わからぬのですが、現在政府が保管しているわけですから、もし普通の裁判の問題としますと、交易営団からそのうちのどれだけが自分のものだからよこせという主張をするわけです。それを結局裁判所が認めるかどうかということになるわけですが、さつき申し上げました、金がたまたま茶がまだということがわかる人は簡単に返してもらえるが、あとはどうにも返してもらえない人があるということと同じだろうと思います。今仰せのことが事実だとすれば、営団は遂にどれが自分のものだか立証できなくて、あるいは返してもらえないということになつて、その結果今度はダイヤを買い上げるために借りた金さえ返せなくなるということになるかもしれない。しかし、そうなつてはまた事柄全体から見て公平じやないだろう。このダイヤという証明はできないだろうけれども、とにかくいろんないきさつがあるにしても、ここに来ているということのプロセスをフォローすることだけは常識でできるだろう。そうなれば、そのダイヤのうちから交易営団に損をかけないだけの清算をしてやることがやはり公平じやないだろうかと思うのです。しかし、そうした実質的なことをうしろに控えて、それなればこそますます法律で政府がちやんとそういう措置をすることが事柄をなめらかにする、こう思うのです。

中野四郎改進党

○中野委員 私の伺いますのは、処分権の場合に起りますものですからね。かりに、その処分権の場合に、それだけに相当するものを交易営団にやつて、そうして品物で返せばいいという御意見なのか、今日のようなこういう特殊の場合でありまするから、これを政府が処分をして、交易営団あるいは中央物資活用協会の損害が一定認められる限界に来れば、これを補填してやるのがいいのか、あるいは物そのものを交易営団のもの、中央物資活用協会のものとしてかりに処分権をまかせ得ることができるのかどうかという点に疑念を持つのです。

我妻榮東京大学教授

○我妻参考人 その点は、先ほども申し上げたと思いますが、特別の法律をつくりませんと、営団は借金を払つて清算するに必要なものは処分することかできる、それ以外のものは処分権がない、従つて、処分する必要のものは自分で処分して、その金を政府によこす、それから必要でないものは物で返すということになると思います。ただ、そういうふうにしますと、おつしやる通り、評価が違つたり何かして、それではどれだけの部分が借金を返すのに必要かどうかという争いを生ずるだろう。従つて、それらの争いを一掃するために、初めから政府が全部を管理し処分して清算するという法律をつくつても決して憲法違反にはならない、こう申し上げているわけです。

中野四郎改進党

○中野委員 たいへんその点は明らかになりまして、ありがとうございました。そういうような過程において双方円満な解決ができれば、これに越したことがないということが心配のもとだつたのですが……。  そこで、交易営団の性質をもう少し具体的につつ込んでおかなければいけないと思いますので、さらに伺いたいのですが、やはり前回の国会で元軍需省の機械局長、つまり担当局長さんですが、これがこういう証言をしているのです、交易営団は国家のためにできた機関であるから国家の代行機関であるということを明らかに証言されているのであります。交易営団が国家の代行機関であつたと言うことができるか易営団というものに対する解釈が非常に広い意味に解釈されるように私は聞いたのでありますが、これが今の機械局長の証言のように、交易営団が国家の代行機関であつたということがはつきり証言できるかどうかということです。それから、国家の代行機関として法律上どういう意味を持つたものになるかという点。この二点を伺いたいと思います。

我妻榮東京大学教授

○我妻参考人 それは、あとの方からお答えすればよい。私の理解する限りでは、代行機関ということは法律的にはつきりした意味がない。従つて、代行機関だと言つていいか悪いかと言われたつて、どうにも——つまり、だから、代行機関だから、どうだと言いたいつもりなのか、そこを聞かないとですね。この意味においては代行機関だと言えるだろう、あるいはこの意味においては代行機関とは言えないということを言うべきであり、一般的に代行機関かどうかということを言つて、それさえきまれば快刀乱麻を断つがごとくすべてが解決するものではないだろう。先ほどちよつと岸国務大臣の言葉を聞いたんですか、そのときにも代行機関をもつて責任をもつてやらせていると言いながら、その責任というのは法律的にいう権利帰属の責任ではないのだから、そう法律的にどうということを言つても片づかないのだから、言う必要がないだろうというのが私の感じなんです。

中野四郎改進党

○中野委員 その場合には限定されているんです。ダイヤ買上げで別な買上げ要網ができている。つまり白金の場合は別なんです。銀は、当時御承知でありましようが、統制でなかつたのでありまして、白金の場合には非常に買上げ要綱の中にきびしい買上げ条件がついている。場合によれば、ある一定の時期は、そういうものを保有している者は没収されるおそれがあることを一般所有者にほのめかしていいという条件がついております。非常にきびしいものでございまして、やはりそれを処理するにあたつては、これは並行して伺つておかなければならぬと思いますけれども、この場合には、ダイヤに限つて、限定されている。このダイヤを買い上げられるにあたつて、交易営団というものは政府の代行機関として代理の役目を勤めているのかどうか。交易営団が全部が代行機関であるかどうかという点は広過ぎますから、狭い解釈から言つて、買上げ要綱等を参照いたしますと、ダイヤ買上げに関する限り、この代行機関としての性格を十二分に備えているかどうか、こういう点でございます。

我妻榮東京大学教授

○我妻参考人 その点も、あまり言葉じりをとがめるつもりではちつともありませんけれども、代行機関であつて代理人かと言われましたけれども、そこが問題なんであつて、代行機関という言葉は法律的に厳密な意味のない言葉ですけれども、おそらく国家がやるべきことをかわつてやる、国家の政策をかわつてやるという意味だろうと思う。その代行をするときに、しからば国家の名においてやられるのか、自分の名においてやられるのかで、代理であるかないかがきまつて来るのですから、代行機関だと言つたところで、常に代理人とは言えないだろう。理論的に申しましてですね。しかしながら、私が最初に申しましたように、この場合には代理人と解釈できないこともないと申しましたのは、代行機関という一般的な意味でなく、あの当時のダイヤ買上げは、今言われたように、含みはまつたく国家にやる気持であつたということから言えば、その代行機関がさらに進んで代理人としてダイヤを買い上げたんだと言えないこともないだろう、こう申し上げた。しかし、それは法律論としては多少無理かもしれない、そうすると、実質的には国家の取扱いだということだけは断じて言える、というのは、代行機関であるということを前提にしているのだ。ただ代行機関と言つても、代理人とまではちよつと言えない、こう言つているのであります。

北山愛郎日本社会党(左)

○北山委員 ただいままでのお話で、買上げ当時の国と営団との買上げに関する法律的な関係、その解釈を伺つたわけですが、ちよつと疑問に思いますのは、それは、その当時の交易営団とか、そういうものを基礎にして考えられた解釈である。しかし、その後営団が解散になつて清算に入つているわけです。そして閉鎖機関令によつて特殊清算人というものが営団の清算事務をやつている。そうしますと、前の法律はそうであつても、閉鎖機関令によつて新らしく財産の処分がやれるような権限を清算人に与えられているのじやないか、要するに、買上げ当時の法律的な関係においては今おつしやつたようないろいろな解釈ができると思いますが、閉鎖機関令によつてその関係が影響を受けているのじやないだろうか。従つて、もし新らしい立法措置をとらなければ、現在の特殊清算人というものは、この閉鎖機関令によつて、第十条の財産の管理及び処分というものを専行することができるというような権限を与えられているので、所有権なり何なりを主張したりする。あるいは、もしもこのダイヤが——これは日本銀行にあるから事実上処分はできませんけれども、手元にあつたとした場合に、これを処分することが閉鎖機関令によるとできるのじやないか。ですから、新らしい立法措置を前の法律関係に基いてつくらない限りは、現在ではこの閉鎖機関令によつて法律関係が規定されているのではないかという疑いがあるのですが、その点いかがですか。

我妻榮東京大学教授

○我妻参考人 それは、閉鎖機関令によりますと、営団の財産を管理、処分するとなつておりますけれども、その営団の財産なるものを一体どれだけ具体的に持つているかということを今まで考えたわけですね。それが実態においては国家のものであり、名目的には第三者に対する関係では営団のものだという、そういう内容の財産なんですから、その財産をその限りにおいて管理、処分するという点では権限がありますけれども、それ以上、少いものを多くしたりするようなことは、閉鎖機関令によつてできるとはちよつと考えられないのですがね。つまり、ほんとうは、一つの財団ですから、財団の今までの理事なり取締役なりそうした機関が動かすべきことを清算人がかわつてやれるだけのもので、前の理事者がやれなかつたものが、閉鎖機関令によつたためによけいなことをやれるということにはちよつと解釈できないと思います。

北山愛郎日本社会党(左)

○北山委員 そうしますと、買い上げたダイヤの性質というものは、やはり清算後においても、清算人は、その趣旨というか、その法律関係に基いてやらなければならぬという義務を負つているわけですね。

我妻榮東京大学教授

○我妻参考人 ええ、そうです。義務も負うておりましようけれども、第一できないです。つまり、理事者のできなかつたものが清算人ができることにはならないわけで、ほんとうならば理事者が、民法で言えば清算人という名前にかわつて、清算するわけです。それを、民法でないときは理事者を排斥して他の清算人ができますけれども、それはあくまでも理事者のなし得たことがやれるので、それ以上はやれない。一般論としてはそうなんですが、閉鎖機関令で何か特に、これだけは今までやれないことをやれるようにしたということがあれば何ですけれども、よく調べてみなければちよつと答えられないのですが、ないと思いますね。

北山愛郎日本社会党(左)

○北山委員 確かにお話の通りだと思いますが、しかし、実際の当時の法律関係が、代理の行為であるか、あるいはいろいろな解釈があるわけなんで、疑問な点があるわけなんです。そういうことで、要するに、当時の法律関係を不明なままで、閉鎖機関令には何もこまかいことは書かないで、単に財産の管理及び処分というふうに大ざつぱに言つておるということは、実際上さがのぼつて解釈をすれば、そういうふうにもどつて来ますけれども、現実の財産処分をどしどしやつてしまえば、実際問題として法律関係は錯綜しますけれども、清算人としてはそういう解釈でやつたのだというようなことでもつて、事実行為はできるのじやないかという気がするのですが、現在の規定だけでやれば、もしも政府がそういうふうな代理行為でやつたのであるから、実質上は所有権は政府に帰属するのだということがはつきりしておるならば、閉鎖機関令のときに、そういうことを条項の中にはつきりうたわなければならないじやないか。これをうたわないで、大ざつぱに閉鎖機関令で清算人の任務を指定したものですから、そこで清算人の方は、もう前の戦争中の法律関係というものは一応片づいて、あとは品物として清算すればいいんだというように、誤解かもしれませんが、そういう解釈をとつてやることもあり得るのじやないか。要するに、そういうような解釈が行われる危険があるので、立法措置を一日も早くやらなければいかぬのじやないかという心配から申し上げたのですが、どうなんですか。

我妻榮東京大学教授

○我妻参考人 結論はまつたく賛成で、それも法律をつくることの必要の理由の一つにあげられると思いますが、ただ、言われたことで、財産を管理、処分するという、財産と書いてあるからといつて、処分権が全部的に、名実ともに営団にあるものであるか、あるいは名実ともに国家にあるものであるか、このどつちかでなければならぬとお考えになつてはいけないので、財産というものは、内部的には国家のものであるが、外部的には営団のものだという、そういう財産があるのだから、その財産と考えてもいいのじやないか、こういう意味です。しかし、法律論としますと、そうであるかどうかは法律できまるので、また営団の清算人が、そんなやつかいな財産じやない、まあいいのだろうと思つてやつたといえば、清算人の責任を生ずるかどうかという問題になるので、問題の面が違つて来るわけですね。そういうことをやられるかどうか、それだけのものが営団にあるかどうかは、法律の解釈できまる。それを誤解して清算人がやつたときに、清算人の賠償責任が生ずるかどうかという問題で、あるいは誤解するのももつともだという場合には賠償責任は生じないかもしれない。清算人が間違つてやることは、法律論としてはわけて考えなければならない。ただ、結論として、そういう危険もあるから、早く法律をつくつたらいいということは、まつたく御同感です。

中野四郎改進党

○中野委員 やはり閉鎖機関の問題を伺うについては、根拠となるべき書類を一応申し上げた方がいいと思いますが、連合軍が接収解除をいたして来ますときの日本政府あての覚書、その中には、「現在迄民間個人の財産であると認められたものについては、真実の所有者に返還のため、」——これは、先ほど申し上げた売りもどしの条件付買上げあるいはそのほかのものでもあつたのでありまするから、これはよろしいのですが、「日本政府宛に右物件を解除する措置が採られている。然しながら、本措置に含まれる財産の凡ては公共の財産として接収保管されたので、表示された根拠記録は単に照合の目的の為にのみ使用された。」従つて、これは、公共の財産としてその接収をしたということを明らかにしておるわけでありますが、今まで杉村先生、横田先生においでを願いまして、接収、それから接収解除というような問題の中に入りましたのです。先ほど申し上げたように、最初大蔵省の人間は、立法計画をするにあたつては、この接収、接収解除の法律的根拠をきわめていなかつたということを委員会で申されておるのであります。端的にどういう形においてこれが接収され、日本銀行の地下室にあるかということを明らかにするために、昨年の九月三十日付をもつて、これを報告すべしという法律案を提案して参りまして、これは通つたのでありますが、つまり接収の場合における陸戦法規から申しましても、接収というのが没収に該当するか、今度の日本の場合にあたつては、特別ないわゆる接収の方法をとつたのかどうかということが大分問題になるのです。そこで横田先生の御意見を参照いたしますれば、今度の接収というものは、今季での陸戦法規による没収の形とはちよつと違うというような御意見があつたのであります。しかし、向うの接収解除にあたりましては、財産のすべては公共の財産として接収、保管されたものであるということを明らかにし、どこそこから入つて来たという表示された根拠記録は、単に照合の目的のためにのみ使用された、こういうふうになつておりますが、そうすると、公共の品物として接収したのですから、接収解除の場合においても、ここにちよつと問題が起つて来るのです。そこで、今御質問があつた閉鎖機関の問題なんですが、交易営団は終戦の後に閉鎖機関に指定されて解散し、目下清算中であることは御承知の通りでありますが、特に次の点に関して御所見を伺つて参りたいと思うのです。閉鎖機関の特殊清算人は、閉鎖機関令の第十条の規定によると、財産の管理及び処分をする職務を有しておるが、本件ダイヤモンドはこの規定のいわゆる財産には該当しないと解釈すべきかどうか。これはひとつ注釈を加えて申し上げた方がいいのですが、交易営団の黒瀬特殊清算人は、本年の一月十四日付で、こういう手紙を大蔵省に出しておるのです。閉鎖機関交易営団所有の被接収貴金属、ダイヤモンド、白金の返還請求の件という毒面を大蔵大臣に提出しておるのでありますが、閉鎖機関令第十条特殊清算人の職務は左の通りとすると規定されてあるのを見ますると、五つにわかれておりまして、一は現務の急速な結了、二は財産の管理及び処分、三は債権の取立及び債務の弁済、四は残余財産の処分、五は指定業務の執行、こういうふうに区分されておりまするが、特殊清算人が前項の職務を行うについて、一切の裁判上または裁判外の行為を専行する権限があるかどうか、こういう点についての御所見を承りたいと思います。

我妻榮東京大学教授

○我妻参考人 その点は、この十条の財産の中に入るかどうかと言われれば、入るのですけれども、財産と言つたからといつて、名実ともに自分のものだという意味で解釈はできない。ちようど信託的所有権の所属という関係における財産なんですから、それをもつと具体的に申しますと、第十条に基いて清算に必要なだけを返せと言う権利はあるということになるわけです。それを、さつきからお話のように、評価が違つて、清算人が非常なたくさんのダイヤを請求して来るかもしれない。それは、政府の方では、そんなにいらない、おれの方の評価ではこのくらいやればいいんだといつて、必要なだけを渡してやるということになつて、そこにいざこざが起る余地はある。しかし、さつきから申しておりますように、清算人は清算に必要な限りにおいては、政府からダイヤモンドの返還を受けて、それを処分して清算に充てるという権限を持つておる。しかし、清算に必要でないダイヤモンドは、たとい十条に何と規定していようと、返還責任はないと解釈していいと思います。

中野四郎改進党

○中野委員 もう一つお伺いしたいのですが、先ほど申し上げた条件付買上げというのがありますね。つまり日本銀行の中にあります金杯とか金のかま、こういうものが相当数量あるのです。大判、小判が約八万枚ばかりあるのですが、こういうものは全部住所、名前も明記されておりますけれども、この買い上げたときの価格は非常に安いのです。そしてこれは事実その人のものであるということを立証すべき証明書もあるのですから、これを返す場合において、たとえば当時の買上げ代金を換算して返すのか。そういうことになりますと、不公平な問題が多々見えて来るのです。たとえて言えば、交易営団なら交易営団でけつこうなんですが、当時一億九千万円の買上げ支出を要した。これに対して、金利あるいは手数料も付して返してくれと言えば、その当時の金額で返すべきが妥当であるかどうか。つまり時価に換算するのか、当時の金でいいのか、こういうことなんですが、日本銀行の地下室にありまする条件付買上げをやりましたものとして、金杯一個七百二十円で買つたといたしますと、その七百二十円の今日の貨幣価値をもつて金杯を売りもとしてやるかどうかというような場面は、どういうふうにお考えになりますか。

我妻榮東京大学教授

○我妻参考人 それは、個人に所有権があつて、個人に返す問題でございますね。政府と営団との関係でない…。

中野四郎改進党

○中野委員 違います。

我妻榮東京大学教授

○我妻参考人 ですから、個人のものなら、ただで預かつたものなら、ただで返します。それから、多少金をとつてあれば、あるいはその当時の金で返していいのならば、その当時の金でそれを今あれば返す。それが出発点ですから、もしそのものがほかのものとまじつていれば、ものがあるという立場で問題を片づけて行けると思う。

中野四郎改進党

○中野委員 交易営団の方はどういうような関係になりましようか。交易営団が当時ダイヤを買い上げたものが、実際一億九千万円であるかどうか知りませんが、清算過程には一億九千万円と出ているのです。そうしますと、この一億九千万円を返してやればよろしいのであつて、それ以外の何ものでもないという結論になるのじやないでしようか。

我妻榮東京大学教授

○我妻参考人 それは、逆の方から言つて、清算に必要な金ということで押えるのと違つて来ますか。

中野四郎改進党

○中野委員 その問題がここに残されておりますのは交易営団は相当赤字を出しておるのです。従つて、清算過程において政府の責任においてこれだけ払えという相当な要求があろうと思うのです。ところが、ちようどダイヤが出て来たのだから、ダイヤでこれを埋め合してしまおうという考えであつてはならぬと思うのです。あくまでもダイヤ買上げに対しては、ダイヤ買上げの条項に従つてやつたものでありますから、清算過程においてその損害を補填してやる、それに付随するところの利子を払つてやろうというならわかるのですけれども、その意味とはちよつと違うのです。向うが現物をくれということは、その現物によつて交易軍団全般の損害を補填しようとしておる。そこに私らの疑点が生じて来るのです。

我妻榮東京大学教授

○我妻参考人 理論的に言いますと、ダイヤを買うときに、金がなくて、銀行から借りて払つたのですから、私が今申し上げましたのは、ダイヤを買う、それは結局国家が出してやらなければならぬ金であつた、だからその金を出してやるというのも、それから、国家は出さないのだから、ほかから借りてやつたというのも、どつちから勘定しても同じじやないかと私が言いましたのは、もしそうじやなく、営団全体が非常な赤字なんだというのは、ほかのことでもつと損をしているからということになるでしよう。しかし、それには全然関係がない、ダイヤはダイヤとして切り離して清算する、それがいわゆる信託的所有権ということだ、そう言わなければならぬと思います。

中野四郎改進党

○中野委員 そこで、いろいろ問題がありまするけれども、民法上の結論だけを得ておきたいと思いますのは、たとえば、先ほどからの先生の総論なり各論を伺つておりますと、私らの考え方と大体同じ過程ではありまするが、一点私らかここで確かめておきたいと思いますのは、その処分権が、かりに交易営団にあるといたしますと、そこで問題が煩雑になつて来るわけなんです。その処分権であるところの自分の所有権を立証すべき何ものもないということなんです。そこで、先ほどのお話のように、結論としては、これは新たなる立法措置によつて、現在接収解除を受けた物品を払い下げて、その代価によつて交易営団が、あるいは中央物資活用協会が当時受けた負債に対してこれを補填してやるという方法をとつても決して憲法違反ではない、こういうふうの解釈をとつてよろしゆうございますか。

我妻榮東京大学教授

○我妻参考人 ええ。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 よろしゆうございますか。ほかにございませんか。

我妻榮東京大学教授

○我妻参考人 ちよつと希望をいわしていただきたいと思います。私は、今、民法学者として、民法の解釈の信ずるところを述べたのでありますが、結局結論は、どつちの場合でも、国家と営団との、主としてダイヤモンドをめぐる問題でも、それから民間人に返してやるという場合でも、どつちでも法律をつくつた方がいいだろうということが結論になつたのでございますが、その法律をつくる際についてちよつと希望を申し士けたいと思います。  最初に、営団対国家という問題は腹さえきまれば、法律のつくり方はそんなにむずかしくないと思う。ところが、民間人に返すということになると、お話のように、一方にはちやんとどのものだということまでわかつている所有者がある、それから、杯というものはあるが、どの杯だかわからない、溶かされたということはわかるが、もちろんどれだかわからない、さらに、アメリカさんがそのかわりにチエツクをよこした、かわりの地金をよこしたということもある。それは、民法の規定の趣旨を立法の上に現わして行くということが妥当だと申し上げましたが、そういう法律をつくるときに、たとえば大蔵省なら大蔵省という省がその法律をつくろうといたしますと、御承知の通り、それが民事局なり法制局の意見を聞くことになるとなかなかむずかしい。私でも、論文を書いたら、おそらくあちこちの学者が反対するだろうということを覚悟で書くわけです。たとえば、大蔵省の一局が主として立案して、それを民事局や法制局へ持つて行つたら、民事局や法制局がつつつくのは簡単です。民法通りの法律をつくることは簡単であるが、多少その趣旨を盛つた法律をつくることははなはだ困難である。そこで、そういうことを考えますと、たとえば大蔵省がその局に当つて苦労するのはかまわないが、われわれ第三者から見て、つつつくから妙なところで妥協してわからなくなるということが、卒直に申して、ちよいちよいある。そういう場合に、法律をつくる側から考えまして、わかりやすい法律をつくるということにいたしましても、関係官庁か話合いをして、できるだけ個人に返すという建前で行こうじやないか、あるいはできるだけ返さないで行こうじやないかという建前だけははつきりきめて、その建前の上で立案する。そうすれば、今までの貸借論ではおかしいけれども、何とか筋が通りそうなものがつくれる。どうも、法律をつくるときに、われわれが見ておりますと、繰返して申しますが、一つの局が担当する、ほかの局がつつきまわす、その結果うまく法律にならない、妥協するからわけのわからないものになるということをしばしば現認している。今度のがそうだと言うのではありません。今度の事件は、法律をおつくりになると、技術的に非常にむずかしいことになりますので、私の希望としては、そうした意味で関係官庁が話をして、こういう方法で行くんだというところをきめてから、技術的なものをつくるようにしていただきたい。おそらく議員立法にでもなされば、その問題は解消するかもしれませんけれども、もしある省のある局が担当するということになつたら、ぜひそういうふうにしていただきたいということを希望しておきます。

中野四郎改進党

○中野委員 お説はたいへん敬意を表するのでございますけれども、この間順をここまで具体化して参りまする最大の原因は、当時担当局でありました大蔵省の理財局が、先入観に非常にとらわれてこれを扱おうとした傾向が強いのであります。ただ、今先生のお話のように、立法府と行政府との間でお互い相談ずくでまとめたいという念願にほかならないのでありますが、最初この立法計画を国会へ出して参りました当時の状況は、必ずしもそうではない。この立法計画にあたつては、接収あるいは接収解除という法的根拠もきわめず、所有権の那辺にあるということもきわめず、端的に言えば、これは当然交易営団のもの、あるいは中央物資活用協会のものという先入観のもとにこれを取扱おうとしたところに問題が生じて来た。その裏づけとなる証拠には、かれらは、これを払い下げる一つの過程において——日本銀行に現在ありますダイヤは種類は多くありまするし、特に世界中の相場が大分違う。ロンドン相場、ニューヨーク相場、日本相場というものは違う。特にロンドンの相場は一番安く、一カラット四百六十ドル、十六万五、六千円ですが、日本相場は、いいもので一カラツト三十五万円くらいしている。こういうダイヤモンドをば、払下げを受ける過程にある者と払下げをする者とが事前に話し合つて、払下げを受ける過程にある者が一々再鑑定されて、値段をきめ、格づけされるという結果になつている。従つて、今日の日本銀行の地下室にあるダイヤモンドは一カラット平均四万円である。これは工業用のダイヤに毛の生えたようなものである。これは、きわめて参りますと、なかなか容易ならぬ問題でありまして、現在行政府のその衝に与つておる者の考え方が、先生方の御意見を参酌して根本的にかわつて来れば、これはまた別として、現段階では、所管局の意見をそのまま通す気持にはなれぬ。ほかの方はいざ知らず、私はそう考えておるのです。こちら側からすぐ議員立法で行くというような処置については、慎重に議する必要があると考えまして、本来は公聴会を開いて右左の意見を伺うのが筋でありますが、まずその基本的条項となる法的根拠を、国際法上の見地、また接収あるいは接収解除に関する問題の公法上、民法上の見地をきわめて、しかる後にその処置に出て行きたい、こう考えておるのであります。先生の御意見はたいへんありがたく拝承いたしますが、以上のような理由で、この問題の解決にあたつては、行政府の担当省にまかすことは難儀なのでありまして、もつと長面にはたくさんのスキャンダルとトラブルがあるのであります。今まで伺つたのは、所有権の点と処分権というような大ざつぱな点を伺つたので、今後においては、十二分に御意見を尊重して、できるだけそういう方向に進めるようにいたします。御了承おき願いたいと思います。

田渕光一自由党

○田渕委員 まだ一、二お伺いしたい点もありますが、時間も時間ですので、これはまた書面等で伺つても間に合うことですから、そういう点を御了承願つて、今日はこれだけにして終りたいと思いますが。いかがでしようか。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 ほかに御発言がなければ、我妻参考人よりの意見の聴取はこれにて終了いたします。  参考人には御多忙のところ御出席を煩わし、長時間にわたつて、本委員会の調査上にまことに有意義な御高見を伺い得ましたことを、厚く御礼申し上げます。     —————————————

吉武恵市自由党

○吉武委員長 この際お諮りいたします。接収解除貴金属及びダイヤモンド関係事件につきましては、証人として、元宮内省総務局庶務課長筧素彦君、元宮内省総務局庶務課員佐野恵作君、元海軍技術研究所会計課材料係書記川崎宗一君、株式会社三平興業加島平吉君、元陸軍兵器行政本部総務部長伊藤鈴嗣君、元陸軍航空本部経理課長景山誠一君、元陸軍軍務局軍事課員国武輝人君、以上七名の諸君を本委員会に出頭を求めたいと存じますが、御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

吉武恵市自由党

○吉武委員長 御異議なければ、さよう決定いたします。なお、出頭を求める日時等につきましては、委員長に御一任願います。  次会は公報をもつてお知らせいたします。  本日はこれにて散会いたします。     午後零時五十六分散会

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