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16回国会衆議院1953/07/13

行政監察特別委員会 第6号

発言数
361
登壇者
6
会派数
3
開催日
1953/07/13

会議録

吉武恵市自由党

○吉武委員長 これより会議を開きます。  前会に引続き接収解除貴金属及びダイヤモンド関係事件について調査を進めます。ただちに証人より証言を求めることにいたします。  ただいまお見えになつておられる方は森賢さんですね。——この際証人に申し上げますが、戦時中多数国民諸君より供出せられましたダイヤモンド、金、白金等は、平和条約発効と同時に接収解除となりまして、現在日本銀行地下金庫に収納され、大蔵省によつて保管されておるのであります。このダイヤモンドの収納保管の経過、処理の方法等につきましては、世上大いに疑惑を持つて、関心を抱いている向きもありますので、これが真相を明らかにすることはきわめて意義のあることと考え、本委員会は本件の調査を進めて参つた次第でありまするので、証人におかれましては率直な証言をお願いいたしておきます。  それでは、ただいまより接収解除貴金属及びダイヤモンド関係事件について証言を求めることにしいたします。  証言を求める前に、証人に一言申し上げます。昭和二十二年法律第二百二十五号、議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律によりまして、証人に証言を求める場合には、その前に宣誓をさせなければならないことと相なつております。宣誓または証言を拒むことのできるのは、証言が、証人または証人の配偶者、四親等内の血族もしくは三親等内の姻族または証人とこれらの親族関係のあつた者、及び証人の後見人または証人の後見を受ける者の刑事上の訴追または処罰を招くおそれのある事項に関するとき、またはこれらの者の恥辱に帰すべき事項に関するとき、及び医師、歯科医師、薬剤、薬種商、産婆、弁護士、弁理士、弁護人、公証人、宗教または祷祀の職にある者またはこれらの職にあつた者が、その職務上知つた事実であつて黙秘すべきものについて尋問を受けたときに限られておりまして、それ以外には証言を拒むことはできないことになつております。しかして、証人が正当の理由がなくて宣誓または証言を拒んだときは、一年以下の禁錮または一万円以下の罰金に処せられ、かつ宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の懲役に処せられることとなつておるのであります。一応このことを御承知になつておいていただきたいと思います。  では、法律の定めるところによりまして、証人に宣誓を求めます。御起立を願います。  宣誓書の御朗読を願います。     〔証人森賢君朗読〕     宣 誓 書  良心に従つて、真実を述べ、何事もかくさず、また何事もつけ加えないことを誓います。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 それでは宣誓書に署名捺印を願います。     〔証人宣誓書に署名捺印〕

吉武恵市自由党

○吉武委員長 これより証言を求めることになりますが、証言は証言を求められた範囲を越えないこと、また御発言の際には、その都度委員長の許可を得てなされるようお願いいたします。なお、こちらから質問をしておるときはおかけになつていてよろしゆうございますが、お答えの際は御起立を願います。  それではお尋ねをいたしますが、第一に証人の略歴についてお述べを願います。特に東京第一造兵廠会計課倉庫係長をしておられた期間及びその後の職業についてお述べを願います。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 ちよつと年数月日は明確なことが申し上げられないかもしれません。終戦前会計監督官をやつておりまして、それから、終戦ちよつと前に計算係長をやりまして、それから倉庫係長をやつて、終戦六箇月ぐらい前に輸送隊ができまして、しばらく転勤をやつておりまして、それから終戦後になりまして、終戦後は繊維の生産会社に勤めまして、ただいま生地と洋装の職業をやつております。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 それでは、次にお尋ねいたしますが、証人は、倉庫係長をしておられるときに、ダイヤの取扱いを所管しておられたようですが、それについて次のことをお聞きしたいのです。  第一に、どこから受入れられたのか、そうしてその後その保管はどうしておられたか、そうしてその処分はだれの命令によつてどこへ払下げをしたか、そうしてその記帳はどういうふうになつていたか、これらの点についてお述べを願いたいと思います。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 貴金属の受入れは、行政本部がありまして、行政本部の指示によつて造兵廠へ来るわけでございます。造兵廠の資材課がありまして、資材課で本部との連絡をして書類関係をやります。その指示によつて倉庫係が物品を保管いたします。出納は資材課の命令によつて出納いたします。当時造兵廠にも貴金属がありまして、資材課の命令によりまして出納をしておりました。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 今の一般的でなしに、ダイヤについて、あなたがどこからそのダイヤを預かつて、倉庫に入れ、それからそれを出したりするかということについてお話を願いたい。一般の倉庫係としてただやつたということでなしに、ダイヤについて、特にいつごろから、だれから言われて倉庫に納め、まただれから言われて倉庫から出して来たかという点をひとつ……。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 私が倉庫係をやりましたときには、もう現品が金庫に入つておりました。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 あなたの倉庫係になつたのは何年何月でしたか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 二年ほど前……。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 終戦の二年ほど前ですね。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 はあ。一年半くらいかもしれません。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 一年半から二年ぐらいで、そのときにはダイヤがもう倉庫に入つていた。それで、あなたが倉庫係になつてからも入りましたか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 入りました。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 それはどこから言われて入れたんですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 実は、来た経過というものは、倉庫係では実際わからないのであります。そういう政治面というか行政面は、資材課で取扱つておりました。倉庫係は、ただ現品が来た、来たものを預かる、出せと言われれば出す、こういう保管出納といいますか、その任務、仕事でございます。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 そうでしよう。それで、あなたのところへ来たのは、そうすると資材課から、これを倉庫へ入れてくれ、そう言われて入れたというわけですね。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 はあ、そうです。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 それから、出すときはやはり資材課から言われて出したのですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 そうでございます。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 それで、いつごろから出しましたか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 もう私が倉庫係をやつてすぐから、ぽつぽつ出納がありました。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 入つて来るのは入つて来る、出すのは出す、こういうことですね。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 そうでございます。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 それについての記帳というか、受払いの帳簿というものは、あなたがちやんとしておつたわけですね。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 ありました。それは。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 今でもありますか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 実は、それは、焼却の命令が出まして、いろんな書類と全部焼いたんじやないと思いますが、その点は、最後まで私いませんでしたから、ちよつとここでわかりません。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 あなたはいつごろまでいたのですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 三箇月。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 終戦後三箇月いたわけですね。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 はあ。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 そうすると、その帳簿が焼却されたかどうか、ちよつとあなたにはわからないですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 はあ。大体、もうその当時命令が出まして、全部焼くべく準備したということだけは知つておりますが、その中にそれが入つておつたかどうか、ちよつと私、わかりません。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 それでは、次に東京第一造兵廠が受入れたダイヤの品質、数量、それから払い出したものの品質、数量、及び終戦当時残つていたものの品質、数量というものはおわかりになりませんか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 大体ダイヤモンドと白金とにわかれております。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 ダイヤはどういうものがどれくらい……。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 ダイヤの中には、特に大きいものが三つだつたですか四つだつたですか、特に記憶があります。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 それから……。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 それから、そのほかは、光るのと、それから原石でございます。光らないものと二つにわけられていました。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 光るというのは装飾用ですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 そうでございます。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 それから工業用と、両方あつたのですね。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 さようでございます。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 どのくらいの分量ありましたか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 どれだけという数量は、実は記憶がないのでございますが、相当あつたにはありました。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 相当というと、どれくらいですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 このくらいでございます。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 それは何に入つておりましたか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 箱の中と、紙の封筒の中に入つたのとありました。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 紙封筒は大きな封筒ですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 そうでございます。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 それは両方別々にわかれてあつたのですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 そうでございます。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 白金はどうでした。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 白金は、いろんなごたごたのものが、量で言うとどのくらいでございますが、こんな程度だと思つておりますが……。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 わかりました。それから、今あなたは、自分の在職中に一部は払出しをしたと言われましたが、そうすると、今の預かつたこれくらいのものから、どういうふうに払出しをしたのですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 実は、いいものを逐次分類しようという大綱方針をきめつつあつたのです。それで、資材課の方から人が派遣されまして、たしか鑑定人だと思いますが、鑑定人もついて来まして、よりわけて、一つずつ出納しておつたわけです。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 よりわけて出納したというのは、よりわけて記帳するのですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 よりわけは、全部はなかなかできないので、一部出して、それを持つて行くわけです。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 持つて行つたというのは、庫から出したわけですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 持つて行つたと言うと語弊がありますが、私の方からいうと庫出しをしたわけです。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 それは、だれが持つて行つたということはわかるわけですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 わかります。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 帳簿が残つておればわかるわけですね。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 わかります。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 そうすると、今あなたは、これぐらいのものだと言うのですが、それは、帳簿の面では、それがこまかく、何が何ぼあるということはわかつていたのですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 わかつていたはずです。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 終戦当時残つていたものも、帳簿があればわかるわけです。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 そうでございます。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 それでは、終戦当時残つておつたそのダイヤは、だれの命令でどういうふうに処理されましたか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 資材課の命令によつて宮内省に持つて行きました。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 宮内省へは、あなたが持つて行つたのですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 はあ、そうでございます。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 だれにお渡しになりましたか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 筧さんと申します方……。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 それから、終戦当時第一造兵廠で保管しておりましたダイヤが接収されたようですが、その接収状況はどういうふうでしたか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 その接収は、実は私が立ち会わなかつたのです。あとから別の人がそれを引継いで、進駐軍が来たときに渡したらしいのです。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 そうすると、あなたは終戦後三箇月ぐらいおりましたね。その間は接収はなかつた、あなたがかわつてから接収が行われたんですね。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 そうでございます。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 一応委員長からお尋ねする事項は終りましたが、委員のうちお尋ねになる方がございましたら……。中野四郎君。

中野四郎改進党

○中野委員 いろいろお聞きしたいことがあるのですが、今委員長からお話が出たようですから、それに関連して側つて行きたいのですが、宮内省へお持ちになりました中身は、数量、あるいは物品はどういうものであつたか伺いたいと思います。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 ダイヤモンドの装飾用と工業用と、白金の加工品でございます。数量はちよつと今ここで覚えておりませんが、相当量引継ぎました。

中野四郎改進党

○中野委員 当時宮内省へお持ちになつたのは、あなたとだれが行かれまして、筧さん一人でありますか、あるいは他の方が立会つたのでありますか、号内省へ持つて行つた当時の状況をもう少し詳しく御説明願いたいのです。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 主として筧さんがおられまして、その数量を明確にして渡しました。

中野四郎改進党

○中野委員 私の今お伺いしたのは、あなた一人ではなかつたはずでありますが、他のどなたとこれを持つて行かれましたか、当時の状況を詳しく御説明願いたいというのです。ダイヤ、金、白金をお持ちになりましたでしよう。あなた一人で持つて行つたのか、他にだれかついて行つたはずですが、その人の名前、それから筧さんにお渡しになるときに、筧さん一人ですか、他に立会つた人があるのですが、これを伺つておるのです。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 おもに最初から最後までそこにおられたのは筧さんでございました。それから、最初実は資材係長と一緒に行くべきところ、資材係長が急用ありまして、一人で行きました。だから、そのときは二人か三人でございました。

中野四郎改進党

○中野委員 名前をひとつ……。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 名前はちよつと今忘れました。

中野四郎改進党

○中野委員 これは、率直に申し上げて、名前もわかつておるのですから……。当時これだけのたいへんなダイヤ、白金、あるいは金等をお持ちになりましたのですから、あなたがだれの命令でお持ちになつたか御記憶のないはずはないのです。それから、筧さん一人でこれを受取つたという理由もないのです。そこで、お名前をあなたがおつしやらなければ、後ほどこちらから申しますけれども、一体どういう意味で宮内省へこのような莫大なるダイヤ、金、白金をば持つて行かれたものでありましようか。いやしくも造兵廠あるいは行政本部の品物であるということがわかつておるのに、何を好んで宮内省へこれをお持ちになつたのか、その経過を明確に御説明願いたいのです。どういう意味で宮内省へ持つて行つたのか……。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 どういう意味だと言われても、私にはわかりませんが、上司からの持参しろという出納命令によつて行動したというわけでございます。

中野四郎改進党

○中野委員 その上司はだれでありましようか——。あなたに直接命令をした人は。何かやはり命令をするからには、これを持つて行つて受取りをもらつて来いとか、これをどういうふうに処理するかというような内容がなくてはならぬわけであります。子供の使いじやないのですから……。特に八月の十六、七日といえば、宮中では、御承知のように陛下の録音盤までも捜査をしたというような混乱状態にあるときなんです。何を好んで宮内省にそのような品物を持つて行かれたか、釈然としなければならぬわけであります。しかも宮内省にこれが一年間も置いておかれ、後にこのことがたいへんやかましくなつたので、やむを得ずこれをば進駐軍に、かりに幣原さんに頼んで接収をしてもらつたという経緯については、国会の権威にかけても調べなければならぬ問題なんです。従つて、あなたがどういう意味でこれを持つて行つたかわからぬと言うならば、これを命令した人を調べればわかるわけなんです。ただ、ここで一点お断りしておきますが、死んだ人の名前を出されることはまことに困るのです。近来いろいろなダイヤの事件を調べておりますと、終末においては必ず死んだと言うのです。その死んだ人にずいぶん転嫁されていることがあります。従つて、あなたに直接命令を下した者はだれであるか、命令の範囲は、ただ持つて行けと言つたのじやなく、筧さんとあなたとは話をしたはずであります。しかも、当時あなたとほか一名行かれた人が袋の包みを開いて、中を十二分に調べて、目方をはかつて、そしてこれをば渡して行かれたはずでありまするが、この当時の状況を説明していただきたいのです。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 死なれた人の名前を言うなと言われましても——実は私の長が会計課長でありまして、会計課長から呼ばれて、会計課長のところへ行きまして、資材係長のところへ行きまして、そしてそこで突然な話で、実は宮内省へ持つて行けというわけで、そこの理由なり、どういう関係からと言われましても、私にはそこのところはわからないのでございます。

中野四郎改進党

○中野委員 中をお調べになつたんでしよう。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 そこではかつて渡しております。

中野四郎改進党

○中野委員 その数量はわかりましよう。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 そうであります。わかるわけであります。

中野四郎改進党

○中野委員 おつしやつていただけませんか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 私は覚えておりません。ここでは。

中野四郎改進党

○中野委員 あなたは、一兵卒じやなく、元の少佐でいらつしるでしよう。そこで、当時軍の構成上から言えば、少佐というのは相当ないわゆる上級官です。特に連れて行かれた方は、御承知のように現在中央社会福祉協会におられる佐野恵作さんです。あなたは特に内容を十二分に見て渡しておられるのですから、ダイヤがどういうような品物であつたか、およそどのくらいのものであるか、それが装飾用であるか工業用であるか、あるいは白金はどういうものであつたか、金の未処理品はどういうものであつたかということは、御記憶になくてはならぬと思う。まだ終戦以来八年、いくら敗戦ぼけしたからといつて、当時の状況を思い出せばすぐわかることなんです。これは少量のものではありません。軍としましては相当高貴なものであります。こういうような装飾用の金やダイヤや白金を持つて行つて、ただ積んでおけばよろしいというわけのものではない。特に内容においてはあなたは御承知のはずでありますから、装飾用のダイヤはどういうふうな品物であつたかということは御記憶であろうと思う。一番大きいものはどういう色をしてどういうものかということを見きわめてあなたは渡しておられるのでありますから、その当時の状況を御説明願いたいと私は申し上げているのです。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 数は、三個だつたか四個だつたか、はつきりわかりませんが、そのくらいの特定のものでございますが、特に大きいものでありまして、一番大きいものは……。

中野四郎改進党

○中野委員 この記章くらいよりもつと大きいでしよう。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 それ前後だと思いますが、一つは確かに一番大きかつた。そうですね、もうちよつと大きかつたかもしれません。それから、あと二つはもう少し小さかつた。それから最後のだつたと思いますが、これはあまりぴんと頭に来ないような状態です。それから、数量でございますが、私もちよつとその当時メモも書いておりましたし、役所にもそれはあつたと思うのですが、ここでは私はその数量を覚えておりません。容積の見当は大体ついておりましたが、それが何グラムだつたか、何カラツトだつたかと言われても、ちよつと覚えておりません。書いたものも実は火事にあいまして、自分の所ももちろん焼かれまして、そういう書類が残つておりません。それから、子供の使いでない、——なるほど、ここで現在考えますと、子供の使いでない、確かに子供の使いでなかたわけでございますが、あの当時を考えてみますと、ちようど係長を二つやつておりまして、その引継ぎその他、そこへ持つて来て終戦という混乱のあれで、ここで私は十二分に説明したいのでありますが、もしも、説明ができない、子供の使いでないとおつしやられるなら、そういう者が出て来るのはちよつと何ですが、私がその当時を思い出して——こうやればいい、ああやればいいと今言われれば、言われるかもしれませんが、とにかく呼び出されて、品でこうしろと言われたことを実行するというように平素から習慣づけられて、倉庫係というものは、そういう政治面とか行政面とかいうものにはタッチしないで、出納だけをやる。ですから、上の方でどういうわけで持たして行つたかを、今ここで私に聞かれても、それは行政本部なり、えらい合が知つているのじやないかと思うのでございます。この程度でよろしゆうございますか。

中野四郎改進党

○中野委員 あなたがダイヤや金、白金を保管して見える一番担当官でしたが、もつとほかにたんさん数字が載つておりますが、なぜ一部分だけ宮内省に持つて行つたのでしようか。それは上司の命令でこれだけ持つて行けと言われたのですか。あるいは、それが倉庫の中の全部なんですか。私の方の調査によれば、全部ではないように出ておりますが、当時あなたが保管していらしつたダイヤの総数量は何によつて調べたらよろしいでしようか。たとえば、あなたの方に帳簿がありますが、この帳簿を見ますと、昭和十九年以降というものはダイヤが入つておりませんし、現存の品物の数量から参りますと、どうしてもマッチしないのです が、そのほかのダイヤや貴金属はどこへおやりになつたのでしようか。終戦の当時。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 分散をしておりました。その分散先からあとから持つて来た分がたしかにあつたのじやないかと思つております。

中野四郎改進党

○中野委員 どうでしようか、森さん。もし少し詳しく——かたくならぬでけつこうですから、あえてあなたを疑つているじやないのですから。当時造兵廠あるいは行政本部にはどういうふうな意味でダイヤが集まつておつたのか。元来から申しますと、これは工業用のダイヤであつてしかるべきでありますが、装飾用のダイヤが多くここに集まつておつたことが一点私らは疑惑を持ちます。それから、終戦前から終戦と同時に突如として行政本部あるいは造兵廠関係のいわゆるダイヤ、貴金属等がただちに各方面に分散して、その後行方不明になつてしまつたことが疑いの第二点。特に、宮内省に相当量の——数量もここにありますが、あなた方の数量を伺つておかないと判明いたしませんから、大よその点を伺つて参りますが、相当量のものを宮内省に持つて行つた。何で持つて行つたか、ここのところがよくわからない。しかも、その当時の関係官であるあなたの上官である鷲尾会計課長大佐は——不当財産当時においても実は第一造兵廠事件において小林廠長を調べ、その内容をだんだんれ追究して行きますと全部この鷲尾という大佐が背負つたことになつているのだが、その鷲尾大佐を追究した結果、死亡していることが判明した。結論において、先ほど申しげたように、多くの人は死んだということになつている。新聞でお聞き及びでありましようが、宮内省にダイヤモンドが返されましたが、このダイヤモンドも金庫の中に入つたきり、沓として行方が知れない。皇太后様、皇后様から奨励のおぼしめしで下されたダイヤが、金庫に返されたまま行方が知れない。だんだん追究して行きますと、最後に小林という事務官、その人を追究すると、これも死んでしまつたという。どうも私の納得できない点が多々ありますが、先ほど申し上げた第一の疑点、第二の疑点、第三の疑点について、ひとつあなたの御存じの範囲を説明していただきたいと思います。ここにはなくてもいいんです。大体どのくらいあつたか、そうしてどのくらい分散して、どういうふうに処理したか、宮内省にはどのくらい持つて行つたか、なぜ持つて行つか、こういう点を、想像でけつこうですから、偽証にどうとか何とかいうけちなことは申しませんから、あなたの当時の環境から自分の感想を述べてもらいたいと思う。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 どういうわけで持つて行つたかということですが、先ほど申し上げたように、私にはちよつとわからないのです。宮内省に行つたときには、連絡がしてありまして、すすつと簡単一に面会ができて、簡単にお渡しできた。そういうわけで、連絡がそこにできていたのではないかと思います。それで、何かそのときにも……。

中野四郎改進党

○中野委員 どうも、伺つている点と違うのです。メモをなさつてもけつこうですが、第一番に、あなたの所管にかかるダイヤが相当数量あつたはずです。しかもそれは帳簿に載つていないのです。あなたのところには相当数量のものがあつたはずでありますが、全部でどのくらいあつたかというのです。これが第一ですが、それからお答え願いましよう。あたたの所管にかかわるものが全部でどのくらいあつたか。ダイヤ、金、白金がどのくらいあつたか。もしここで数量が明確にならなければ、何を調べたらよろしいか。あなたの方の帳簿はここにいただいておりますが、この帳簿には載つておりませんので、わかりません。数量だけではあつたのですが、どうしたか、処理がわかつておませんから、どのくらいあつたか、その点まず第一に伺います。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 数量といいましても、平素タバコが何個あるかというようなわけに1今実際記憶がないのでありまして……。

中野四郎改進党

○中野委員 何の帳簿によつたらわかりましようか。あなたは倉庫係長だから、何か証拠がなくては、出したり入れたりできぬじやありませんか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 倉庫係長といいましても、実際、またへんな評でございますが、当時、もう最後の輸送隊の設立ということで追われて、平素の実際の具体的な面というよりも、造兵廠の下つ端の方の行政面といいますか、そういう問題が、非常に仕事が煩雑で、多うございました。ダイヤ、白金のみならず、ありとあらゆる品目をあげたら、とにかく実に厖大なものでありまして、なるほば、私は倉庫係長だから、私に聞けば何でもわかると思われましようが、貴金属にかかわらず、砲弾にしろ何にしろ、その数量がどれだけあるかわかれば、今こんなぼやぼやしていないわけです。実際厖大なもので、言葉で言い表わせないのです。思い出しましたが、たとえば食糧油なんかでも相当ありました、どうかすると、カンが何年かほうつてあつて腐つてしまう。その保管の責任はこつちにあるし、そのカン探すにも、当時はなかなかない。そういうわけで、カンを腐らせるなら国民に配給くらいしてもいいじやないかというくらいに考えて、課長会議に持ち出したりしたくらいです。そのくらいの状況で、一体どれだけあつたかと言われても、具体的にほんとうに私にはわかりません。

中野四郎改進党

○中野委員 それでは、立場をかえて申し上げるが、一体あなた方の方では、ダイヤモンドの受入れや、金、銀の受入れは、どの帳簿でおやりになつたのですか。これは係長だから御承知でしよう。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 現品出納簿というものです。

中野四郎改進党

○中野委員 そうすると、造兵廠の関係なんかは、二十年度に入つて全然ダイヤモンドの受入れをしたようには帳簿に載つていないから、従つて現在どれだけあるかということの帳簿はあるわけでしよう。こちらにある帳簿では、その受入れのあれが載つていないのです。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 その帳簿は、どううい帳簿でございますか。

中野四郎改進党

○中野委員 東京第一陸軍造兵廠の物品出納簿ですね。そうしてこれは、昭和二十年度より昭和年度に至るとだけ書いてありますが、これには載つていないのです。どういう帳簿で処理をしておりましたか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 おはずかしい話ですが、帳簿といいましても、買入れた資金関係によつて帳簿が数種類にわかれていたと思います。たとえば、今の話の菜種油にしても、同じ菜種油であつても、何、調弁によつた分とか、あるいは他の資金によつて入つたとかいうようなわけで、おそらく、そういう貴金属類でも、各種類にわかれていたと思います。

中野四郎改進党

○中野委員 そうしますと、この約七千七百四十カラツトというダイヤモンド、これが十一月の九日に接収されております。そうしますと、宮内省へ持つて行つたダイヤモンドは、一体どういうふうになつておりましたか。帳簿外のダイヤモンドですか。帳簿の中にあるダイヤモンドなんですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 それは進駐軍に引継いだものですか。七千七百四十カラツト……。

中野四郎改進党

○中野委員 そうです。それが接収されたのです。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 それは、おそらく、私の今の記憶をたどつてみると、どこかの製造所にあつたものをあとから持つて来たような記憶であります。

中野四郎改進党

○中野委員 すると、宮内省へ持つて行つたダイヤ、金、白金というものは、どの帳簿によつて、どういうような処理をなされたのですか。あなたは子供の使いではない。先ほどおつしやつたように、ただ持つて行く——命令行為はよろしいけれども、これをあなたが向うへ持つて行かれるのには、物を移管するのですから、帳簿に載つていなければならない。どういう名目で、どの項目に載せたのでしようか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 記入自身私はしたことはありません。おそらく何千冊の帳簿といいますか、それはここではちよつとおわかりにくいかもしれませんが、私の任務範囲というものは、特に第一造兵廠は、陸上関係の兵器生産で、最後は海軍の仕事まで引受けて、特にうちの資材課は、何でも集めるという主義で集めたように、私の記憶に残つております。倉庫を何ぼ広げましても入り切れない。いかにしてこれを入れるか、いかにしてこれをほんとうにいたまないようにするかということで苦労しておつたのであります。しかも、輸送の面から、いつでも駅に滞貨しまして苦 労しておつた。そんな状況で、ちよつと私の言葉ではその当時を御想像できないかもしれませんが、帳簿だけでも何千冊あつたかわかりません。実は私は、責任としては目を届かすのが当然でございます。だれかがやつたことについての責任は私が負うべきでございますが、一々その帳簿を見ておりません。その帳簿がどういうふうになつておるか、責任は私にありますが、おはずかしいお話でありますが、実際に帳簿は一冊も見たことがありません。伝票類でも、一日このくらいまわつて来ます。そのまわつて来たものに、実は私が一ぺん判を押すことになつております。ところが、新規打合せ、新しい部面の発展のために、その業務に判を押すだけができませんので、一人おつて、私の印鑑を別々に押しておるわけです。それによつてそれが記帳される。個々の金属の面でも、そういうわけで、その伝票の中に含まれているわけなんです。そうして、くるくるまわつて行くわけです。もちろんその出納も具体的に知るべきでございますが、伝票は私見たということになつておるわけです。

中野四郎改進党

○中野委員 そうしますと、こういうふうに聞えるのです。当時あなたの所管にかかるところのダイヤ、金、白金は相当数あつたんだが、しかしながら、帳簿がたくさんあつて、自分で目を通しておらぬから、どれだけあつたかわからない。そこで、これを私らが想像しますと、ある一つの職におる者が、もし悪心を出して、それらをばてんでんに分散せしめ、かつてに処分をすることも容易な状態にもうかがえるのです。たとえて言えば、海軍の関係をあなたは今おつしやつたが、今の那須温泉の黒磯駅のところの加島平吉などという人の鶏小屋の中には、三万カラツトに及ぶところのダイヤが隠してあつた。特に装飾用の一箱はそのうしろのえさ箱の下に隠してあつたというような状況もわかつておるのです。それから陸軍航空本部関係の一万八千カラツトというようなものも、接収されておりますから如実に出ております。もちろんあなたの方の関係で相当数量のダイヤが消えたということだけは、これはどうもわれわれが想像するにかたくないような気がするのです。たとえば、帳簿がどこにあつたか、どういうような径路によつてあなたが宮内省へお持ちになつたかすらわからないとなりますれば、一つの職におる人間がかつてに処分できるような状態にあつたのでしようが、いわゆる終戦のどさくさまぎれに、軍人の身分の将来というものが非常に不安な段階にあつたかと思います。こういうときに、やはりいろいろな醜悪な事件が起つたことも想像にかたくないと思うのです。将官連中が自分の職権を利用して思う存分トラツクにでも積んで各方面に運んで行けば、将校連中はトラツクでは悪いからオート三輪でというふうに、しまいには、兵隊は背負えるだけ背中に背負つてというような状態で、国の品物を処分してしまつたということが現実にあるのです。しかし、私らが追究するものは——兵隊が背負えるだけ背負つたつてわずかなものです。いくら背負つたつて、毛布の三枚か四枚、ゲートルの三組か四組、飯盒の三つも持つて来ればせいぜいなんです。ところが、われわれの一番心配をいたしますのは、金、白金、ダイヤモンドというような、少量にしてしかも価格の高いもの、こういうようなものを処分する処分権というものがあつたかどうかは知りませんが、いわゆる処分のできる立場におつた人のためにどうでもなつたというふうに想像できるのですが、はたしてそうでありましたか。一々帳簿を照し合せて、その帳簿にこれはどこに移管する、これはどういうふうに処分をするということを明確に書かして、係長の判をもらつて、しかる後に処分するのでなくて、かつてに、てんでんに持つて行かれたのでしようか、こういう点に私は疑惑を感ずるのですが……。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 処分権などというものは当然ありません。どうにもなつたとおつしやるのですが、そんなばかなことは考えることもできません。帳簿と現品が合わないことは、若干の相違はいろいろなものであつたかもしれませんが、特に高価なものについては、そんなばかなことは考えられません。ただ、私の言つたことは、その帳簿だけごらんになつて、その帳簿が私の知つている範囲の全部だつだかどうかということは、私は今日わからない。帳簿はいろいろあつたから、いろいろな品目によつて、ダイヤモンドの口座だつて数種類あつたと思います。それとの照し合せばはつきりできたと思う。ところが、その合計はどれだけあつたか、そう言われて、そうですといつてお答えすることは、記憶がないのです。

中野四郎改進党

○中野委員 だから伺つてるんです。宮内省へお持ちになつた白金や金、ダイヤモンドは、少くとも部外品でない限りにおいては帳簿に記入しなければならぬ。そうして、しかも、あなたはお持ちになつて、これに対する理由を述べておられる。あなたは、ただ上官の命令でこれを持つて行つたと言つておられるが、もちろん持つて行けと言われたのは上官でありましよう。直接の上官が資材課長であつたか会計課長であつたかは、あなたの説明を聞かなければわかりませんが、あなたは筧氏に会つて、ちやんと話をしておられる。しかも、中の物品について目方もはかつておられる。その袋五袋に対して、あなたは一々なわで縛つておられる。その事実をあなたに述べてくださいと言うのだが、あなたは先ほどから黙して語られないから、やむを得ませんから、こういうように順序を追つてお尋ねするような傾向になつたのです。宮内省へお持ちになつた品物は少量のものではないのであります。いわんや、中に、あなたのおつしやつたこの記章にふさわしいような大きさの、十八カラツト四四という黄色い色のダイヤモンドがあつたはずです。後にマレー大佐がこれをサンフランシスコに持つて行つて、そうしてこれが物的証拠となつて重労働十年になつたというような品物まで入つておつたのです。私は、項を追つて、どこからこれが入つて来たかということをだんだん聞いて行かなければならぬのでありますが、第一番に、あなたは宮内省にお持ちになつて、ただ置いて来られただけではない、何かちやんと言つておられるはずです。その言つたことをあなたに述べてくださいと言うんです。この品物をただ子供の使いのように持つて行つて、上官の命令だから置いて行くよ、さよなら、といつて帰るはずはないんです。ちやんとあなたはこれに対して理由をつけておられる。ちやんと理由も述べて宮内省へ持つて行かれた。筧事務官にあなたのところの会計課長鷲尾大佐から連絡かあつて、森賢少佐ほか一名の人が数包の紙の袋を持つて来られて、そうしてこれを預かつてくれ、こういつて来られたのです。その預かる理由はどこにあるかということなんです。ただ預かつてくれといつて預かつただけではないんです。何か預かるには理由があるわけです。それをあなたに述べてくださいと言つておる。どういうわけで所管違いの宮内省なんかにそういう莫大なものを持つて行つたんですか。これはあなたが御承知のはずです。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 理由と言われますけれども、私が持つて行くことを自分自身で考えたのじやありませんので、持つて行けという命令によつて持つて行つたのです。その持つて行けという命令を出す人がその理由を考えているのだと思います。私が持つて行つたときには、もう連絡がありまして、初めてで、私もどこに持つて行つていいのか、宮内省なんか行つたことがないものですから……。もう受付でも中でも連絡があつたわけです。

中野四郎改進党

○中野委員 それでは、森さん、私の方から御説明しましよう。昭和二十年の八月二十三日、あなたはこの品物を持つてお行きになつて、筧氏に総務課でお会いになりました。そうして、これは終戦後進駐軍が上陸をする、その場合において、非常に貴重なものであるから、この散逸をおそれて保管を頼むとあなたが言われたはずです。散逸をおそれてと言つておられる。ばらばらになることをおそれて保管を頼むと言つておられる。それから、あなたは、宮内省で保管をしてくれと言われた後において、同じく八月二十九日、再びあなたは佐野恵作という人を連れて行かれまして、この立会いのもとに、目方から内容をお調べになつていらつしやるはずです。しかも当時の宮内省の大金次官に渡しておる。だから、私は当時の状況を伺いたい。あなたが上官の命令で一つの物をお持ちになり、一事務官である筧さんがそれを黙つて受取るわけはないのです。何らか上司の命令を、あなたはちやんとそれだけのことは伝達されておられるわけです。そうして、筧さんは、当時の加藤あるいは犬丸という主計課長、総務課長に相談して、さらに大金次官に相談して、大金次官がそれでは預かろうといつて預つておられる。その預かつたときは、領収証か何かなければならぬわけです。そういう当時の状況を私は説明してもらいたいと思つて伺つておるのだから、ただ上司の命令で持つて行つたと言われては、子供の使いだと私は思います。日にちは確かに申し上げましたから、御記憶を新たになさればおわかりになると思う。この点はおそらく間違いないでしよう。そこで、あなたに当時の状況を説明してくださいと申し上げておるのです。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 散逸を防止するということを言つたと言われますが、おそらく私はそんなことを言わないと思います。

中野四郎改進党

○中野委員 何とおつしやつたのでしよう。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 上の方から持つて行けというわけで持つて行つたら、電話連絡があつて、向うは承知の上なんです。私があらためて散逸を防止するという理由からその場で説明をして納得して受取つてもらつたということはないのです。

中野四郎改進党

○中野委員 寛さんは現在清瀬病院に入院中なんです。これは死んでいないのです。それで、御本人がそういうことを文書をもつて答えておられるのです。今名古屋の行政監察局長をしております犬丸さんは当時の主計課長です。それから、皇室経済審議官か何かをしておられる加藤さんは当時の総務課長です。従つて、この寛さんの報告に基いて、主計課長、総務課長が大金次官に相談したものであつて、大金さんは、先日ここに参りまして、そして、どういうわけでこれを預かつたか、事前に何らかの連絡があつたかと聞いたところが、事前に連絡はないと言うておられる。突然森賢少佐ほか一名の方がこれを預かつてくれといつて持つて来られたと言うのです。それで、おしではないのですから、あなたはただ黙つて置いて行くわけじやないのですから、そこで何かおつしやつたはずです。どういうわけでこの所管違いの宮内省にこの品物を持つて行かれたか、こういうことを聞いておる。私らのよい意味から想像すれば、ああいう混乱時であるから、皇室でも将来経済的に非常に苦しい思いをなさるかもしれない、こういうときに役立ててもらうために、預けるともなく、あるいは献納するともなく、ただ何となく置いて来たという気持なら、私はある意味においてくみとれるのです。しかし、散逸をおそれてあなたの方で保管を頼むといつて頼んだからには、これをほかに持つて行かなければならぬ。持つて行くことができるのです。ところが、あなたの方は保管を頼みつぱなしで、一年間は放置しておられた。それで、昭和二十一年の十月二十一日に、幣原さんに頼んで接収されたのです。もう一つ例があるのです。宮内省に、あなたの方と前後して海軍の将校の方が三人ほど見えて、そうして、同じように白金、ダイヤモンド、金の未処理品を預けて行つたのです。ところが、すぐ一日たつて海軍の少将ほか四、五名の兵隊が来て、そうして、その日はちようど貞明皇后が軽井沢へ疎開をなさる日なんです。昭和二十年八月二十日午前九時です。そのとき、海軍の品物はちよつと必要だからくれといつて、すぐそのまま持つて行つてしまつた。一旦保管を頼んでおいて、すぐ海軍は持つて行つてしまつた。ところが、陸軍はどうして預けつばなしで一年間ほおつておいたかということなんです。私にはちよつとのみ込めない。どういうわけで所管違いの宮内省にこれほどの莫大なダイヤや金、白金を持つて行つたのか。そこのところの理由は、当時いやしくもあなたは少佐でいらしやつて、御存じないというようなばかなことはないはずです。私らも兵隊に行つておつたが、上等兵なり二等兵なら、お前これを持つて行けと言われると、はつと言つて、置いて来るのですが、いやしくも少佐の方が、子供の使いのように、置いて来て何もわからぬというのでは、ちよつと釈然としないのですが、この点、森さん、少しその当時の状況を述べていただきたいと思うのです。そうせぬと、数量の食い違いがはつきりわかつて来ないのです。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 散逸を防止するとほんとうにぼくが言つたと相手の人が言われたと申されますが、私は、今ここで何ぼ考えても、そういうことを言つた覚えはないのです。それから、保管を依頼する、——これはもう電話連絡か、あるいはだれが言つたのか知りませんが、とにかく、持つて行くときにも、上司の方では、連絡してある、持つて行けば、向うから先ほども連絡があつた、行けばわかるようにできておるというわけで、行つたらわかつておつた。そういういきさつでやつたのでありまして、主観的な考えから、散逸を防止するなんということは夢にも考えたことはないし、今も思い出せません。

中野四郎改進党

○中野委員 そうしたら、あなたがお持ちになつたときに、寛さんは、わかつてすぐそのまま受取りましたか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 数量をはかつて受取りました。

中野四郎改進党

○中野委員 何も言わずに、わかつておりますというので……。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 そうであります。

中野四郎改進党

○中野委員 そうしますと、だれか前もつてあなたの方の上司から宮内省に連絡があつたということは想像にかたくないことであつて、筧さんの言うておられる文書が間違つておるかもしれぬ。それは、さらに筧さんや加藤さんなり犬丸さんをここにおいで願つて、だんだん伺つて行けばわかつて来ると思う。しかしながら、あなたが当時持つて行かれた包の中の金や白金は、どういうような品物があつたか覚えていらつしやるはずですが、それはどういう形において処理されておりましたか、また大体の大きさはどのくらいありましたか、これを伺いたいと思うのです。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 ダイヤは、装飾用と工業用とにわかれております。容積にしましてこんな程度だと思います。箱に入つて、袋にわけてありました。それから、白金は加工品でございました。数量も大体この程度です。

中野四郎改進党

○中野委員 大分そこに食い違いがあるのですが、あなたのおつしやるのは箱でしたか。間違いなく箱ですか。箱に入つて袋に入つておりましたか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 そうです。

中野四郎改進党

○中野委員 袋は紙ですが、きれですか。箱の大きさは、大体幅はどれだけで、長さはどのくらい、深さはどのくらいのものですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 深さはこのくらいあつたと思います。幅はこのくらいだと思います。

中野四郎改進党

○中野委員 一尺五寸くらいですね。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 ええ。それは二箇ございました。

中野四郎改進党

○中野委員 どうも、ここでまつたく食い違つておるのです。宮内省から、昭和二十一年の十月になつて、どうもこう世の中がやかましくなつて来てはたまらない、——金や白金、あるいはダイヤモンドを隠しておるものは処分されるということが言われて、そのごろは吉田第一次内閣のときで、幣原さんに頼んで上月貞夫という中将にお願いをして引渡したという。ところが、大金さんのここでの証言は、速記録を後ほどごらんになつてもわかりますが、箱ではないのであります。持つて参つたときは紙の袋であつて、その袋は五つにわかれておつたと言うのです。そうしますと、あなたのおつしやるのは、大分箱の大きさが大きいのです。宮内省に一年あるうちに、だんだんにしなびて、目方が減つてしまつたか、とにかく、だんだんに小さくなつて、出されたものはきわめて少量のものなのです。数量を申し上げてもよいが、一体持つてみて二つの箱でどのくらい目方があつたのでしようか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 箱といつても箱だけで持つて行つたのじやないのです。もちろん箱の中に紙包みになつて入つておりました。

中野四郎改進党

○中野委員 その箱がないのです。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 箱はその場で出して持つて来たか、その場へ置いたのか、はつきりしないのですが、紙包みだつたのは確かです。

中野四郎改進党

○中野委員 そんなばかなことはないじやないですか。貴重なものを、上げたのじやないでしよう、預けたのでしよう。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 いや、そこで目方をはかりましたから……。

中野四郎改進党

○中野委員 だから、預けたのでしよう。預けるなら、箱のまま預けて来るのがあたりまえじやないですか。箱を持つて来て、袋だけ置いて来るのは、ちよつと常識では判断できないですね。これは、さつまいもや大豆ではないのですよ。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 預けたというのですが、私は今思い出したのですが、預けたというよりも、献納するのだということを聞いたような気がします。

中野四郎改進党

○中野委員 献納となれば、これは問題がおのずから別なんです。大体私もそうだろうと想像するのですよ。そういう過程をふんで来たのだろうと私は思うのです。預けておくというのはちよつとおかしいから伺つてみたのだが、献納するということになれば、宮内省は献納品については非常にやかましいのです。お米一俵を献上申し上げても、やかましい書類を五通も十通もつくつて、判の三十も押さないことにはもらつていただけないような状況にあるのです。それはここ二、三日前に大金次官のここに来られての証言にもあつたのです。もちろん献納される場合においては、私の方においては、いかに手続が困難なときにおいても手続をすると言うのです。献上をするようにしたものなれば、大金次官の手元だけで、宮内省の帳簿には何も載らずに、官内大臣にも報告せず——当時は石渡さんが宮内の大臣です。その後は松平慶民さんでありましたが、宮内次官の一存で、献納品を自分の手元に、しかも自分の本箱にひとしいところのロツカーの中に一年もほつておくわけに行かないのです。そこに私は疑惑が生ずるのです。そして、今あなたがおつしやつたような箱の中には入つていないのです。およそ目方はどのくらいあつたのでしようか。お持ちになれば、大体三貫目とか四貫目とか、わかるはずですが……。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 今預けたということと献納と違うと申されますが、なるほど今考えればそうかもしれませんが、その当時は、今思い出して来ましたが、たしか献納だと聞いたはずです。もう連絡もとつてある、行けばわかるという趣旨で行つたようにぼくは記憶しておるのです。

中野四郎改進党

○中野委員 目方は……。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 目方は、とにかく重かつたですね。

中野四郎改進党

○中野委員 およそどのくらいありましたか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 この速記者のいすはどのくらいあるのですか。

中野四郎改進党

○中野委員 二、三貫あるでしようね。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 それでは十貫くらいというふうに言えるのじやないかと思うのでが……。

中野四郎改進党

○中野委員 だんだん真相が明らかになつて来たです。正直のところそのくらいあつたのです。ところが、宮内省で出したときは、残念ながら一貫三百匁しかないのです。一貫三百匁というのはわずかですが、あなたが持つてみてもわかる通り、あなたの方でお出しになつたダイヤの数量と、接収されたときの数量とがまるで違つておるのです。つまり、私のお尋ね申し上げたいのは、あなたの方で何がゆえに宮内省にそれを持つて行つたかという疑点と、それから、あなたの方でお預けになつた数量が、接収されたときの数量とたいへん食い違つておる疑点がありますので、一年間の間に宮内省でこれが溶けてなくなつたのか、あるいはこれが縮んでしまつたのか、とにかく、えたいが知れないのです。陛下は民主化されようと非常に御努力なすつていらつしやるのに、菊のカーテンの裏に隠れておるところの宮内官僚が、ややもすれば、両陛下の気持とは逆に、封建的な非民主的な行動をとることに、私らは大きな疑いを持ち、またこれを是正しなければならないのであります。そうしてこそ初めて日本の再建の基礎条件が備わつて行くようにも考えておるのです。ところが、前にも申したように、宮内省に置かれた五つのダイヤモンドはまつたく行方不明になり、皇后様は、御心配のあまり、宇佐美次長に向つて、二度も、これに対して明確なる捜査をするようにというお言葉があつたのです。特に、あなたの方で持つて行かれたダイヤ、金、白金というものは、今あなたが言われたように、およそ十貫としましても、あるいは少し割引いて八貫でも七貫でもけつこうですが、その品物が一年間宮内省に、献上だか預けたのか、何の意味だかわけのわからない形で置かれて、しかも、一宮内次官限りにおいて、帳簿にも載せず自分の文書箱の中にはうり込んでおいて、これが上月中将を通じマレー大佐に引継がれる段階において一貫三百匁に減つたとあつたならば、それは一体どうしたのかという疑点は当然国民にもわくと思いますし、あなたでもわくと思います。もし大金さんとか、あるいは寛さんが悪いことをしなかつたのならば、これはあなたの方の所管の人が途中ちよいちよいとりに行つたのかもしれません。そんなことはないとおつしやるならば、向うに預けつぱなしで置いてあつたとするならば、宮内省の方で何らかの形で消耗したと見るよりほかないのであります。そこであなたに伺つたのですが、一体ダイヤモンドはどのくらい持つて行かれたのか、持つて行かれたダイヤモンドその他金属の数量はどういうものであつたか、その数量の受渡しの状況、その後のあり方というものをはつきりきわめなければ、国民全般がこの問題については重大な関心を払つておるのですから、釈然といたしません。たいへんお忙しいところをおいで願つて恐縮に存じますが、古い記憶を呼び起していただきまして、こういうような間違いがあつたならば、これを国会の責任において是正して行くという態度をとつて行きたいというのでありまして、あながち罪人を出したり、あるいはことさらに非をあばこうというような気持は毛頭ないのであります。あなたが常識で御判断になつても、どうしてもおわかりにならないでしよう。どういうわけで宮内省へ持つて行つたのか、預けたのか、献納なのか、これがはつきりしない。献納ならば、陛下のもとに手続がされておるはずであり、宮内大臣の耳にも入つておるはずであります。宮内省の帳簿にちやんと載つていなければならない。ところが、その帳簿には全然載つておりません。ただ頼まれたから預かつたと向うは言つております。かりに預かつたとしたならば、何の意味において預かつたかということの疑惑が起つて来るのは当然であります。それから、その物品の中には、相当未処理品があつたと思います。つまり、めがねで申しますれば、めがねのふち、時計で申しますれば、時計の側、こういうもので、そりままで出されたものが相当数量あつにはずであります。特にダイヤの数量は非常に多く、金、白金の未処理品はきわめて少いのでありますが、当時金、白金が同じような大きさの箱に一ぱい入つていたとすれば、あなたはその内容をお調べになつて、その袋をあけて目方をおはかりになつたのですから、どういう品物が中に入つておつたかをお答え願いたいと思うのであります。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 今お伺いして初めて驚いたのでございますが、当時の考えと気持を呼び起しますと、命令があつて——宮内省といえば、私自身も一応無条件に信頼はしておつたわけなんです。現在の頭で考える考えと、その当時に命令を受けたときの頭の考えと、おそらく違つておるように今考えられます。おそらく相当重いものであつて、それが今おつしやるように一貫三百匁というと、実に考えさせられるところがあります。持つて行つたことについては、そういうわけで、その当時の頭としては、もうあしたにもどうなることやら、まして上司からいろいろなデマも飛ぶし、特に、私たちのところは、兵隊ばかりでなくて、一般工員の方々が大部分で、おそらく九五%というような数字が当時で言えば背広姿、カーキ色姿が五%ぐらいだと思います。その中で、一ぺんにああいう状況になつて、瞬間呼び出されて、持つて行けと言われて持つて行つた。その数量も、その当時は覚えておりました。まさか今おつしやるように減るということは、ちよつと私考えられないし、それから、途中でだれかとりに行つたということも、ちよつと私考えられません。その当時の思想なり考えなりは、確かに、こういう世の中だから、とにかく持つて行け、もう連絡はしてあるのだから、宮内省ならいいんだ、一にも二にもそういう頭で、命令を受けて一直線に行つたというだけしか私は言えないのであります。

中野四郎改進党

○中野委員 中にあつた品物は……。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 品物は、白金は確かに加工品の——原石でなくて、白金板とか棒でなくて、一つ一つの指輪とか時計とかいうような品物に加工されたものばかりだと思つたのであります。中には、加工品と見るのかどうか知りませんが、まんまるの、ちようどパチンコの玉ぐらいの、あんな大きくはありませんが、そういうものとか、平らとかいうものは若干あつたかもしれませんが、そういう加工品というか、未完成品といいますか、原料としての形態じやなかつたと思います。

中野四郎改進党

○中野委員 金はどうですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 金はありませんでした。金に関しては、私は取扱つておりません。

中野四郎改進党

○中野委員 それでは、私ばかり質問しておつてもいけませんから、他の委員の方の質問もありますから、私はきわめて簡単に四点ばかり質問いたします。  第一は、白金の重さです。一尺五寸あるいはダイヤと同じような箱に入つておつたというのでありますが、その白金の重さはどのくらいあつたかということを、大よそでけつこうです。  それから二は、あなたの方で持つて行かれた品物は、買上品なんですか、恤兵品なんですか、その性質。  それから三は、あなたは佐野恵作さんを連れて行かれたのですが、どういう意味で連れて行かれましたか。  四点は、この白金の指輪にはダイヤが入つておりましたかどうか。つまり石を抜いてしまつた白金なのか。ダイヤというものは、工業用のダイヤ以外のものは裸でいるわけではない。大体装飾品に入つている。あれをはずすのは専門家でないとやつかいです。そういう見地から、これが恤兵品であるか、買上品であるか、恤兵品だといたしましたならば、この恤兵品はどこで受付けたものであるか、買上品ならば、どの径路を経て買い上げたものであるか、この四つの点をお答え願いたいと思います。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 白金の重さでございますが、十のうち白金の方が六で、ダイヤの方が四ぐらいだと思います。  それから二は、これはちよつと倉庫係ではわからないのでございます。その当時の帳簿には、先ほどちよつと申し上げましたように、帳簿が各種類にわかれている、そういう関係から、口座が別になつていた……。

中野四郎改進党

○中野委員 第三はどうですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 宮内省へ持つて行つたということについて、工員その他から、——金庫から持つて行つたのでありますから、どこへ持つて行つたかという疑いが非常に多かつた。それで、確かめに行つたのであります。  第四の、ダイヤが入つていたかどうかということですが、入つているものと、入つてないものとあつたように記憶いたします。

中野四郎改進党

○中野委員 私の伺つた第三点ですが、今の御説明ですと、当時部内でダイヤや白金をどこへ持つて行つたかといううわさが大分高かつたものだから、佐野さんを、現品が宮内省にあることを確かめるために御同道なさつた、そういうふうに承つたのですが、そうなんですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 佐野という人を、ぼくは今ちよつと……。

中野四郎改進党

○中野委員 だれでしようか、連れて行かれたのは。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 宮内省に行つたということは言うなというような指令を受けて、どこに行つてのだろうというような疑問は非常にあつたわけであります。

中野四郎改進党

○中野委員 お尋ねしておる佐野恵作さんという人は、これはここで名前を申し上げることは困るのですが、当時の責任者が明らかに言うておるのです。これも、御本人は現在中央社会福祉協会におられるから言うてくれるなと言うのです。どうもこの人を呼び出されては私が困るし、名前を言われては困ると言うけれども、ではなぜ一体陸軍から佐野恵作という人を連れて行つて立会いで目方をはかつたかということ、——もし佐野さんという人を御存じないならば、当時一人でなく、あなたが二度目に二十九日にお行きになつて目方をはかるときに立ち会つた方、あなたが陸軍から連れて行つた方があるはずです。その方はだれであつたでありましようか。これを聞けばわかるはずです。お一人で行つていらつしやいませんから、だれかということは、あなたの方で記憶していらつしやるはずです。私は、私の調査に基いて、佐野恵作氏なりと思つておるのですが、どなたでありましたでしようか。陸軍が何がゆえにそういう人をつけてやつたのか。あなた一人で行つたのではあぶなつかしいのか、あるいは何かほかに理由があつて人をつけてやつたのか。この人が立会いで行つているはずでありますから、そのときの立会者はだれであつたでありましようか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 確かめるためだと思います。

中野四郎改進党

○中野委員 どなたでしようか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 浦野大尉じやなかつたかと思います。

中野四郎改進党

○中野委員 どうも、伺えば伺うほど奇怪千万なんですがね。あなたは最初に上司に命令されて持つて行かれたとあるからには、上司は当然正しい方向にあなたに命令をしたものなりと断定を下すのが正しいと思う。もし正しい観点に立つて上司が国家の品物を皇室に献納なり、あるいは宮内省にお預けをするというのであれば、一体部内であれだけたくさんのダイヤモンドや白金がどこに行つてしまつたであろうという疑いのうわさが立つはずがあり得ないと思うのであります。しかも、その疑いを確かめるために立会いをせしめた人があるのでありますから、私はやはりこの上司がどこかに自分の主観によつてこういう行動をとつたのではなかろうかというような疑惑がわくのです。しかし、このことは、ほかの委員諸君の御質問もありましようから、私は簡単に切り上げますけれども、とにもかくにも、宮内省の中に一年間あなたの持つて行かれた物品が何も意味なく置いておかれて、しかも供出されたときには、あなたは先ほど白金とダイヤモンドだけだとおつしやいましたか、その出された中には、少量の金の地金が入つておるのであります。この金の地金が、どういう意味ですか、白金、金、ダイヤモンドと区別をして出されておるのです。ところが、二度目に口づてお調べになり、しかもあなたは倉庫係長で、持つておいでになつた御本人がおつしやるのですから、私は間違いないと思いますけれども、宮内省に持つて行かれた目方と、宮内省が出した目方とがどうしても合いません。どうも、ここに釈然としないものが二点も三点もわいて来るのです。この問題は、この国会においても、陸海軍の買上げ数量、あるいは終戦時における処理方法、こういう点について、この疑惑を十分に糾明するために、本委員会でも追究をいたします。先ほど来あなたのお話で伺つた点については、どうも釈然としないのです。上司が命令したものを、疑われて、わざわざ立会人を連れて見に行かなければならなかつた、こういう点に私は疑惑を持ちますけれども、これ以上私がお話することも何ですから、他の方にまかして、私は一時質問を中止いたします。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 田渕委員。

田渕光一自由党

○田渕委員 私がまだ納得ができないのは、宮内省に持ち込んだ日はいつなんですか。もう一度再確認するために伺いますが、あなたが上司の命令で持つて行つた日はいつですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 終戦後二、三日目だと思います。

田渕光一自由党

○田渕委員 そうすると十五日に大詔が出て、十七、十八日ごろということに大体想像がつくのであります。そう伺いますと、なるほどどさくさしていたときでありますけれども、目方を立ち会つてはかつて渡したという証人の御証言ですが、そのはかつたものは、ますでありますか、看貫でありますか、あるいはどういうものではかられましたか。それをひとつ伺います。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 グラムばかりだと思います。     〔「砂糖屋やみそ屋にあるような、台の上に乗せてやるやつですか」と呼ぶ者あり〕

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 いや、そうでなく、こうやつて手でつるやつですね。

田渕光一自由党

○田渕委員 大体何ではかつたかという御記憶は出ませんか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 グラムばかりであります。

田渕光一自由党

○田渕委員 何グラムくらいずつはかつたか、わかりませんか。あなたが今おつしやるように、相当の目方ですから、とても小さいものでは相当な時間がかかつたろうと思う。たとえば、みそ屋や八百屋にある二キロばかりとか、あるいは五キロばかりとかいう針が動くものか、あるいは、こうやつて横にしてやる棒ばかりであつたかということがわかれば、それでおよその数量が出て参りますが……。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 ダイヤはグラムばかりだと思います。

田渕光一自由党

○田渕委員 それで何十回くらいはかられましたか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 何十回もやりました。

田渕光一自由党

○田渕委員 グラムばかりでこれだけのものをはかるのには、私は相当な時間がかかつたろうと思いますが、どのくらいということの御記憶はございませんか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 半日くらいかかつていると思います。

田渕光一自由党

○田渕委員 そうすると、ダイヤの方は、そういうぐあいで、紙包みのままはかつて、別のところに入れて行く。何べんもべんもされて、半日ぐらいかかつて、そのときに立ち会つたのが、犬丸君や寛君や、そういう人たちですか。それから、金の方は、相当重いですから、グラムでははかれないと思いますが、これは何ではかつたのですか。白金の方は……。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 金は知りません。

田渕光一自由党

○田渕委員 白金は……。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 白金は袋にたしか書いてあつたと思います。大きい袋に……。

田渕光一自由党

○田渕委員 そうすると、白金の方は、袋にたとえば五百グラムとかあるいは何キロとか書いてあるわけで、はからずに、大体白金は白金で袋のまま渡した、こういうふうに伺つてよろしゆうございますか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 ばらで行つたものははかり直したかもしれません。

田渕光一自由党

○田渕委員 あなたは当時の主計少佐なんです。その当時から見れば造兵廠の高級廠員です。炭やみそや油のような安いものじやないのだから、一生のうちにいらえるかいらえないか、そういう機会はあり得べきことではない。そういうような記録的なものを扱つて、およそ十貫目ぐらいだとかいうようなことでなしに、およそあそこではつきり渡したものはどれくらいだ、大したものだよ、はかつてみたらどのくらいあつたよというような記憶はないものでしようか、どうでしようか。漠とではなく……。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 実は、それを記帳しておつたのですが、先ほど申し上げたように、火事にあいまして、そういうものが少いのでございますが、実際、数量は、私ここで記憶の点から言うと、漠としております。

田渕光一自由党

○田渕委員 皇室の藩屏であり、われこそは陛下を守る者であるという陸軍の幹部、ことに高級廠員、当時の主計少佐として、それが、上司の命令とは言え、宮内省へあなた初めて行かれたのでありましようから、今から想像しまして、相当感激深く行くのが私は当時の軍人精神じやないかと思つております。ことに、終戦後八年にわたつておりますけれども、あなたは当時の主計少佐とされて、少くとも陸軍中の優秀なる主計少佐なんだ。造兵廠における高級廠員なんだ。その方が、感激あふれる宮内省に献納というようなことで持つて行くときに、数量がおよそ千グラムであつたか、一万グラムであつたか、あるいは数百グラムであつたかというような、百単位であつたか、千単位であつたか、万単位であつたかぐらいはおわかりになりませんか。半日もかかつたんでしよう。当時あなたとしては、これくらいだから、これだけすぐに献納してよろしゆうございますか、——預かりましようということを聞かれて、引揚げて行かれたと思いますが、この点をひとつ記憶を呼び起こしてくださいませんか。少くとも、その部屋でなり、お帰りになる自動車の中で、大したものだよ、どれだけあつた、それが百単位であるか、千単位であるか、万単位であるか、ちよつと記憶を浮ばしていただきますと、およその数量がわかつて来ます。決してあなたを追究しようというのではありません。私たちは物の真相を知りたいためにやつておるのであります。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 何度も言うようですが、その当時当然わかつておりましたし、記帳はしておつたのでございますが……。

田渕光一自由党

○田渕委員 およそでけつこうです。     〔「さつきは七、八貫と言つたのだがね」と呼ぶ者あり〕

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 大体の見当がね……。それだけ違うとおつしやると、ちよつとぼくもそうは……。     〔「君が持つて行つた貫数だけの予想を言えばいい」と呼ぶ者あり〕

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 でも、あまりにも違うような数量が出たから……。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 証人の記憶をそのままお述べ願いたい。

塚原俊郎自由党

○塚原委員 関連して……。あなたは主計少佐であります。私は主計には関係ありませんが、やはり軍隊に行つておりましたので、少しは知つておりますが、この主計官は、員数の点は非常に重んじます。タバコでも、梅ぼしでも、あるいは乾麺麹でも、非常に重んずると私は考えております。いかにどさくさまぎれでも、たくさんの品物があるといつて、そういつた員数を控えないで倉庫係が受付けるとは私には考えられません。しかも、きよう問題になつておるのは貴金属であります。ダイヤとか白金とかいう貴金属であります。あなたが倉庫係長になつたとき、すでに金庫の中にあつた、また行政本部から資材課長を経てあなたのところに入つて来たということを先ほどおつしやいましたが、ただこれだけのものを預かれと倉庫係長に言うことは、私はないと思います。あなたは一応、員数あるいは数量というものは、倉庫係長として立ち会つて保管されたと思いますが、そういう点はいかがですか。そのときに数量があなたはわかつていたと私は考えるのですが、いかがなものですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 その当時は、全体の数というものは知りません。入つて来たその個々の場合の数量とか伝票というものは、当つたはずです。

塚原俊郎自由党

○塚原委員 あなたが倉庫係長になつて来られたとき、すでに行政本部から資材課を経て金庫にあつたという数量は、それでは幾らですか。どれくらいありましたか。あなたが倉庫係長を前任者からおそらく申継ぎ、引継ぎをされたと思いますが、そのとき、非常に大事なものですから、それぐらいな数量はあなたの頭にあると私は考えます。あなたが係長になつたとき金庫の中にすでにあつたということを、さきに委員長の質問に対して証言をされておりますが、そのときにはどのくらいの数量がありましたか。

中野四郎改進党

○中野委員 関連して、ちよつとお聞きします。寛さんから領収証をおとりになりましたね。持つて行つたとき、あれは何に書いてくれましたか。その領収証は、紙は何に書いてくれましたか。その領収証はどこにおやりになつたでしようか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 最初は名刺だつたと思います。それから紙切れにしてもらつて、そうしてその領収証は倉庫係の方に保管さしておいた記憶があります。

中野四郎改進党

○中野委員 倉庫係のどこへ……。司に報告しなければならぬのでしよう、上司の命令でお持ちになつたのでしようから。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 報告はしました。

中野四郎改進党

○中野委員 報告して、その領収証を……。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 報告というのは当然でございますから、報告をして、倉庫係に保管しておつた。

中野四郎改進党

○中野委員 だれでしよう、上司というのは。——その領収証を渡した人、報告をした上司は。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 課長と係長と……。

中野四郎改進党

○中野委員 何という名前ですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 鷲尾……

中野四郎改進党

○中野委員 いいです、大佐で。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 それから、資材係長です。

中野四郎改進党

○中野委員 何という人ですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 何とか技師といいました。

中野四郎改進党

○中野委員 関連して伺えば、こういうことになるのです。今塚原君が聞かれましたね。数量の点について、こういうことを聞いたら、だんだんほぐれて来るだろうと思うのです。あなたも、古いことだから、いろいろ忘れておられる点が多々あろうと思うのです。そこで、記憶を呼びもとしていただくのに一番いい方法は、相当数のダイヤを持つておいでになり、保管しておられたうちに——終戦直前ですよ。大本営の参謀少佐と、それから兵本の中佐、この人々がたびたびあなたのところに来られて、支那の方の宣撫工作に使うのだというので、その中のダイヤでも相当大きい優秀なダイヤを、たびたびにわたつて持つて行かれたはずでありますが、そういうことは御記憶があるはずでありますが、いかがでしよう。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 記憶があります。

中野四郎改進党

○中野委員 大体その中のいいダイヤばかり持つて行かれたと思うのですが、ここで一点伺いたいのは、一つわからない点があるのですが、連合軍が日本に進駐してから、日本銀行の地下室一全部納めたのです。一応いろいろなとこにあるのをば接収したのですね。陸海軍も接収しましたし、それから一般の交易営団とか中央物資活用協会で民間から買い上げたダイヤも接収したのです。ところが、その中のものをば、進駐軍が、これは外地から略奪したものだというので、かつてに約十万七千カラツトばかり返してしまつたのです。その中に、世界で三番目という大きなダイヤがあつたのですが、非常に大きなダイヤです。英国のエリザベス女王の持つておいでになるのは世界で二番目だという話です。これはシンガポールから持つて来たものだと伝えられておるのですけれども、五十三カラツトというような大きなダイヤもあつたのですけれども、これが一体どこから入つて来たのか、どこへ行つてしまつたのか、今わからないのです。あなたの方ヘダイヤを納めておつたのは、昭和通商株式会社というのが、民間や業者から買い上げて、あなたのところに納めておつたと思いまするが、それはどのくらいの数あつたのですか。相当数量ですがね。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 昭和通商というのでちよつと思い出したのですが、その昭和通商は、現品のあれには関係があるのですが、買い上げたときの状況というのは、資材課と行政本部関係がタツチしているのじやないかと思うのですが……。

中野四郎改進党

○中野委員 数量です。大体でけつこうです。こちらにも大体の数字はあるのですけれども……。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 数量は、ちよつと実際私ここで……、それは、なるほど、主計少佐がと言われるけれども……。

中野四郎改進党

○中野委員 わからなければいいのです。それは、今帳簿を持たずに、どれだけ買い上げたかということをお聞きしては、無理かしれません。ただ、たびたび、今言う参謀少佐とか、あるいは兵本の中佐連中が持つて行つたことは、これは事実であつて、その数量はどのくらい持つて行つたものでしようか。大きな、いいやつばかり持つて行つたようですが、この参謀少佐と、それから兵本の中佐というのは、苗字は何というのでしようか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 おそらく、その持つて行つたものは記帳されておるものと思うのでございますが……。

中野四郎改進党

○中野委員 記帳されておるのです。だけれども、その持つて行つた人の名前です。大本営の参謀少佐……。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 実際頭が悪いので申訳ないのですが……。

中野四郎改進党

○中野委員 これは、たびたびとりに来ておるのですからね。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 その当時のことは、その名前も……。

中野四郎改進党

○中野委員 兵本の中佐は……。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 中佐です。

中野四郎改進党

○中野委員 それは何というのでしよう。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 それは、どうして私が名前を知らないかというと、名刺の交換をやつて、今後つき合うというような関係でつき合つておる者ならよく覚えておるのです。ところが、そういうふうにして来る方は、年中とにかくあつちからもこつちからも人が来られまして、特にその方なんかは、顔は記憶はあるようですが、もう名前を言わないのです。ちやんと資材課のだれか連れて来て、話するのは資材課同士、内輪で話しておる。その場で立ち会つておるのはその中佐なり少佐なんです。別に紹介を受けたわけじやないのですから、確かにそれは、名前を——私の相手は、中佐、少佐じやないのですから、同じ同類の中におる。作業課と会計課というのは密接な関係がありまして、作業課の人が来て連絡をとりますものですから、名前は、今ここで、どうしてお前少佐で知らないのか、そう言われれば、なるほどそうなんですが、そのときのいろいろの仕事のやりつぷりで、中には忘れた人もありますけれども、特に個人的につき合つておりませんものですから、作業課の人が連れて来て、作業課と話しておるのです。私の方は、別にその人に渡すのじやなくて、作業課に渡しておりますから、ときたまその人がおつて、その政治的な面は折衝しておるわけです。行政的な面は。

中野四郎改進党

○中野委員 そうしますと、こういう場合の帳簿はどうするのでしようか。つまり、顔は知らぬが、中佐が来たり少佐が来たり、陸軍には中佐や少佐が大勢いるのですが、帳簿にはどう載つけるのですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 作業課の指令で、作業課も必ず伝票がまわつて行くものですから、伝票の発行は作業課が発行してサインするのですから……。

中野四郎改進党

○中野委員 今、新橋のところにシヨウボートという非常にきれいなカフエーがありますね。あのシヨウボートの主人というのは、御承知のように、あなたのところの一番御大将——第一造兵廠長をしておつた小林少将なんです。あの君の弟さんがシヨウボート主人をしたり、処女林というカフエーを経営しておられるのです。これは相当ダイヤ当時関係があつた。あなたは係長として面識はありませんか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 小林つて、あの廠長ですか。

中野四郎改進党

○中野委員 そうです。その人の弟さん、現在やつている人は……。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 初めて聞きました。そうですか。

中野四郎改進党

○中野委員 わかりませんか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 ええ。

中野四郎改進党

○中野委員 私が伺つておるのは、どうしていいダイヤばかり持つて行つたのでしようか。その数約一万カラツトばかり持つて行つておるのです。相当な数量なんですが、あなたがお渡しになつたダイヤの中で一番大きいのはどんなのをお渡しになつたのでしようか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 一カラツトは〇・二グラムでございましたか、どうもカラツトのことが頭にぴんと来ないのですが……。

中野四郎改進党

○中野委員 そうです。〇・二グラムです。持つて行つたダイヤの一番大きい形を聞かしていただきたい。相当いい装飾用のものをたびたび持つて行つているのですが……。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 その当時はいいものばかりです。

中野四郎改進党

○中野委員 パチンコの玉以上ですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 それくらい大きければ大したものです。あんまり見たことがない。

中野四郎改進党

○中野委員 装飾用ですね。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 もちろんそうです。

田渕光一自由党

○田渕委員 私は、半日もかかつてメモしたというようなことが出て来たから伺つたのですが、ただ、その何枚かにメモされたものは罫紙であつたか、はがき大の紙であつたか知りませんけれども、総量の計算は、計算器でなさいましたか、そろばんでなさいましたか、あるいは、いわゆる筆算といいましようかで合わされましたか、どうでしようか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 そろばんでやつたように記憶いたしております。

田渕光一自由党

○田渕委員 それは、あなたがなさいましたか、犬丸君がやりましたか、寛君がやりましたか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 私はそろばんをやらなかつたのです。寛さんだと思います。

田渕光一自由党

○田渕委員 それでは、寛さんと犬丸さんの記憶を呼び起していただくならば、大よその数量が出るわけですね。千グラムであつたとか、一万グラムであつたとか、大よそのトータルのグラム計算が出るわけですね。どうお思いですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 ちよつと私、逆にお伺いしますが、一貫三百匁というのは何グラムですか。

中野四郎改進党

○中野委員 全部で言うと、金の地金が三百五十グラム、白金の地金が五百七十グラム、これは風袋ともです。それから、ダイヤモンドの方が四千四百八十グラムです。これを貫目に直しますと、大体一貫三百匁ばかりですね。こればかりです。大したものじやないです。少しですよ。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 容積はどのくらいですか。

中野四郎改進党

○中野委員 容積は……。三つの包みに入つているのですね。一つの包みに白金の地金と、二つの包みの中にダイヤモンドが入つているのですね。あなたのおつしやる包みの数と違うのです。だから、当時あなたが宮内省へお持ちになつたときと、そのまま保管されておつたならば、形体が同じものでなければならぬはずです。それが、だれかその後になぶつた者があるから、結局包みもかわつて来るし、箱もない、目方もまるで違つて来たという結果になるのです。あなたが持つて行かれたときの貫目はもう少しあるのじやないでしようか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 幾包みになつていますか。

中野四郎改進党

○中野委員 三包みに相なつておるんですね。あなたのお持ちになつたときは五包みでございましよう。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 白金が一包みで、ダイヤが二包みになつて、——大きさはどんなものでございますか。

中野四郎改進党

○中野委員 大きさはここに書いてありませんけれども、目方が書いてあります。この間の大金さんの話では、大よそこのくらいだ……。あなたの言うのは、こんな箱が二つ……。大分違いますね。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 もちろん、箱といいましても、私は箱の中に入つたものを持つて行つたのですから、箱のすみからすみまでそういう金属が詰まつていたかどうかは言えないわけですね。それから包みも、封筒なり紙が中には二重、三重に入つていましたですから、セロハンできちんとやつておりましたものですから……。

中野四郎改進党

○中野委員 お持ちになつたときの貫数——大体こつちは調べているのですが、受取つた人と預かつた人と、そこに大分食い違いがあるのです。それから、接収された、いわゆる供出されたときと、このときの形態がまるで違つておるから、あなたにおいでを願つて聞いておるのです。だから、あなたの場合は、ほかのことは全然頭に入れられずに、あなたがお持ちになつたときの目方と形をおつしやれば、それでいいわけなんです。結論を申し上げてしまつたものだから、結論と頭を結びつけようとすると、そこに矛盾が生ずる。われわれの方では、証言を願うときには、初め負このことはさしつかえのない範囲においてはここで言うていただかないと偽証罪が成立するということを委員長から申し上げてあるのです。だから、ほかのことは頭に入れられずに、便宜上私があなたに申し上げた、あなたが持つて行かれた当時の状況さえ明らかになればけつこうなんです。目方も、ここに、あなたのお持ちになつた当時のことは筧君、犬丸君、加藤君等に直接聞いたものがあるのでありまして……。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 ちよつと失礼しますが、あれと違うのでありますか。筧さんのとこれが……。

中野四郎改進党

○中野委員 きようはあなたのお話を聞けばいいのです。違つても違わなくてもいいのです。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 私の今のメモが、火事がなければ、あつたのです。それを今日ここへ持つて来てはつきり言えたのです。役所にもあつたわけなのです。

中野四郎改進党

○中野委員 それは焼けないでしよう。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 最後の見届けを私しませんでしたから、その点は……。

中野四郎改進党

○中野委員 これは、あなたが最初に寛さんの受取りをとられたんでして、二十九日の日にあなたが再びお行きになつて目方をかけたのですから……。それをグラムでおかけになつたか、あるいは貫目でおはかりになつたかということを先ほど田渕さんがお聞きになつておられるのです。そうして、貫目の受取りをとつたのか、グラムの受取りをとつたのか、ただ内容だけの受取りをとつたのかということの説明を求めておるのです。そういう点をあなたに、良心に従つて真実を述べていただきさえすれば、事が明らかになつて来るのです。結末を云々言うたのでは疑惑はうんとありますけれども、その疑惑を一々あなたに釈明を求めておつたのでは、三日かかつても解決しない点が多々あるのです。あなたがお持ちになつた当時の状況だけをここで述べていただきたい。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 グラムだろうと思います。

中野四郎改進党

○中野委員 グラムでもいいのです。その数量はどれだけあつたか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 私が今グラムを聞いたのは、別に比較する意味じやないのであつて、これがグラムの容積だと、今おつしやるあれから考えますと、私の考えている容積と、頭で考えまして、この数字が四千なら四千と合うか、要するに一貫三百匁と合うかどうか、頭の中で比較して考えてみたかつたものですから伺つたわけですが、実際火事にさえやられなければ、その手帳があつたわけですから、非常にはつきりした数字が申し上げられると思うのですが……。

田渕光一自由党

○田渕委員 それでは、こう伺いましよう。少くとも当時の帝国軍人、第一造兵廠の高級廠員にこういうことを聞くのはまことに失礼だと思いますが、こういうことから聞いて参りましよう。当時の状況についての御記憶をます出していただくために、宮内省の玄関へ、自動車で行つたんだから自動車で着いたに違いない。そして石の段々を上るのに、あんたかが持つて行つたのか、従卒が持つて行つたのですか。その点からまず伺つておきいと思います。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 私が運んだと思います。

田渕光一自由党

○田渕委員 私は、さもあらんと思います。少くとも鷲尾大佐が信頼して倉庫係長の主計少佐にしたのでございますから、うやうやしく持つて行つたと思う。そうすると、持つて行かれたときに、相当重く持つて行かれたか、それとも軽く持つて行かれたかということを伺えば、およそ常識上想像がつくのですが、どうですか、率直に言つてください。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 相当汗をかいたといいますか、重みを非常に感じて、とても重いものだという感じを持ちました。

田渕光一自由党

○田渕委員 重いものとするならば——、少くとも十貫目くらいのものはこういうふうにしてかかえて行かなければ持つて行けない。石油カン一つでも相当重いですよ。かりに七貫としても、このくらいに持つて行かなければだめだと思う。それはどうなんです。あなたの体格でも、あの階段を上つて部屋に行くまでは相当重い。汗をかかれたそうですが、そこなんです。木の箱で、まるきりから箱なら五百匁もありません。二つでも一貫目です。相当重いものなら、今言つた一貫三百匁と食い違いが出て来る。そこをはつきりしておいてもらわないと、宮内省の筧君なんか呼んで聞いたときに、大きな食い違いが出て来る。だから、そこをはつきり伺つておきたい。あなたはその当時は帝国軍人です。陛下の股肱の臣です。おそらく陛下に持つて行くのにうやうやしく持つて行つたと思う。それで汗をかいたというのですから、相当重い。一貫三百匁のものなら、そんなに重く持つて行くはずがない。ここをはつきりしてもらいたい。別にあなたをどうこうというわけではない。少くとも、大金証人のこの間の話では、繩でくくつたものを持つて行つた、一貫目くらいだから軽く持つて行つて、そこで自分は軽く本箱へ入れたと言うのですが、大金次官に持つて行くまでに、——犬丸君とか筧君とかあなたが立ち会つたそのときと、大金次官のところに持つて行くその時間の間になくなつているのです。——もし大金証人の言うことが真実であるとするならば。私は大金証人の証言を実際は信じたいのです。まずここが大事なところだから、ここをしつかりしておきたい。少くとも、私が思うのに、半日もかかつて計算したくらいのものを、これのトータルができたときには、これが何万グラムであつたか、何千グラムであつたか、たとえば、かりにあなたに奥さんがあつたとすれば、大したものだ、宮内省に献上したものはえらいものだということは、家へ帰つて言つただろうと思う。炭や、だいこんや、油や、タバコや、造兵廠で預かつているようなざつぱなものじやありません。少くともこれだけのものがあなたの記憶に浮ばれないということはないと思う。あなたが老いぼれなら、そんなことは申しません。まだいわゆる敗戦ぼけするような年でもなし、こういうことをあなたに聞くのは非常に失礼だと思うけれども、やむを得ないから聞いて行きたいが、汗をかいて持つて行つたというならば、少くとも重りいものであるということだけははつきして来た。そこで、それが三貫目であつたか、五貫目であつたか、あるいは六貫目であつたか、何万、何千グラムであつたかというくらいなことは、およそ想像ができなきやならぬと思うのですが、いかがでございますか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 汗をかいたといつても、私は汗かきですから、その関係もあろうかと思いますが……。

田渕光一自由党

○田渕委員 それでは、もう一度伺いますが、証人は、速記台のいすを軽くさげて、これは二貫目くらいですと言われたが、それじや、十貫目あつたというのならば、少くとも今さげたくらいより重かつたのですか。倍くらい重かつたと思いますか、今考えてみて、よほど重かつたとお思いですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 相当重いものだなという印象を受けておるのですから……。まことに申訳ないですけれども、数字を……。

中野四郎改進党

○中野委員 それでは、その重さをはかるのに、どうですか、あなたは当時の資材班長水野中佐を御存じありませんか。——資材班長はだれですか。当時来ているだれかに聞けばわかるんじやないでしようか。あなた一人が持ち出したわけじやないのですから、目方はわかるわけですね。特にあなたはこういうものを持ちまわつたのですから、なおわかるだろうと思います。あなたは元来倉庫係長をしておられて、すべての物を出し入れするには課長の決裁を受けて、守衛所の中にある格納金庫から出されるのでしよう。金庫のかぎは倉庫係長のあなたが保管しておられたはずです。金庫のかぎを持つておられて、特に守衛所内にあつた貴金属格納金庫からお出しになつたのですし、ほかに隠してあつたものでないから、目方がわからぬことはないのです。何キロ何グラムという正確な目方はわからないかしれないけれども、あなたはおよその重さがわからぬことはさり得ないはずです。いわんや、二度目に調査に行つて目方をはかつていらつしやる。目方をはかつたばかりでなく、内容も全部見たということをおつしやつておる。目方をはかつてちやんと処理して、受取りまでとつて来ておられ、あなたが班長に報告しておられるのですから、その受取りはちやんとあなたのところに保管してあつたはずです。かぎを持つて、あなたが出し入れの責任者であつたのですから、その目方がわからぬというばかなことはありません。最初におつしやつたことを否定なさるなら、否定する根拠を言つてもらいたい。私は、あなたに好意を持つて、善意に解釈をして結論を申し上げたのです。それを、しつぽと頭とつじつまを合せようとお考えになるから、そこに矛盾が生じて来る。あなたがほんとうに誠意をもつて真実を述べられようとするならば、そんなことくらいわからぬはずはありません。田渕さんが言われるごとく、私は何も警察じやありませんから、あなたにいつまでも聞いておろうなんとは思いませんけれども、あなたもゼントルマンとして、それだけの気持をもつてお答えを願いたいと思うのです。あなたが持つて行かれたものに対して、あなたの罪をどうしようとか、こうしようという考え方は毛頭ないことは、田渕さんも言つておられる通りで、ただ当時の真相を知りたいのです。そこで、持つてお行きになつた本人であり、倉庫の金庫をあなたが預かつておつたことから、お出しになつて宮内省に持つて行つたあなたに、その目方がわからぬという、そんなばかなことはありません。そこで伺つておるのです。もう少しそこのところだけは正直に述べていただきたいと思うのです。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 私、別にうそを言つたり、隠そうという気はさらにないのです。それから、数量の点も、なるほど帳簿を見れば全体の数はわかるのです。ところが、当時分散計画で、金庫が五つも六つもあつたわけです。一つの金庫であれば、常時これだけだけということがわかつていたわけです。

塚原俊郎自由党

○塚原委員 持つて行つた分量だけ言えばいい。途中はどうでもいいんだ。また、聞きたければこつちで聞くから、持つて行つた分量はどうだ。十貫目とさつき言つたけれども、間違いないんだね。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 こうなつて来ると、ぼくの錯覚かもしれません。

塚原俊郎自由党

○塚原委員 じやあ、大体どれくらいなんだ。言つたらぐあいが悪いわけは全然ないんですよ。

田渕光一自由党

○田渕委員 こう聞いて行けばわかると思う。大体終戦直後二、三日に第一回のときは持つて行つたのでありますから、それが八月十七、八日。それから、非常にやかましくなつて、あの金塊はどこだ、ダイヤはどこだといつて騒ぎ出して来たので、浦野大尉とあなたがさらに八月二十九日に行つておる。ここでも計算をされておる。このときは計算をしなかつたのですか、それともしたのですか。これを思い出してください。それで、そのときに、物がどこにあつたか確認させて、この通り宮内省にあるではないかと浦野大尉を安心させたのか、なぜ私がこれを申し上げるかといいますと、当時私は陸軍大阪糧秣廠の監督の方をやつておつた。ぼくは、佐官級の待遇を受けておつたが、佐官ではなかつた。ところが、あの当時の大阪糧秣廠の七転八倒というものは、隠す一方なんだ。みな将校は将校で持つて行く。それをみな私は知つておる。いかにして占領軍から隠そうというので持ち出す。それがために内輪げんかだ。尉官級は尉官級でけんかしておる。佐官級は佐官級でけんかしておる。こんなことをあなたの方でやつたとは思いませんけれども、陸軍大阪糧秣廠に関する限りは私は知つておる。これは、帝国軍人のほんとうの断末魔だと思つたくらい、私は情なかつた。ふだんはりつぱなことを言つておつた。われわれをぶんなぐりたりしてりつぱなことを言つておりながら、何とあさましいことかと思つた。上を下へのけんかをしている。だから、この金塊がなくなつた、ダイヤモンドがなくなつた、どこに隠したというので、高級将校あたりがけんかをした、また尉官級でけんかをして、それで確認に行つたということはあり得る。これは事実あつたのであります。ちようどこのころは、九月三日に上つて来るどさくさに隠したあとで、いよいよ怒つて、あいつはどこに持つて行つたろう、高級将校が持つて行つたということで、これは大阪の糧秣廠であつたんだから、これもないとは言い切れない。そこで、あなたは、八月二十九日に、この計算はどうなされたか、これです。実際私は、帝国軍人のあさましさというものを実に情なく思つたのです。八月二十九日に行かれて——こういう状態がよその廠にもあつたから、そこにあると私は断定して申し上げるのではありませんけれども、八月二十九日に、やかましくなつたから、どこにあるかを再確認したと言うから、再確認した以上は、品物をまた計算しなくちやならぬ。この計算をなさつたかどうか。まずこれを伺いたい。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 結論から申し上げますが、一貫三百匁というのはどのくらいあるか、それじやないということは言い得ると思うのですが……。

田渕光一自由党

○田渕委員 一貫三百匁と十貫匁とは大きな違いじやないか。八貫何百も違つちや……。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 だから、多過ぎると思います。

塚原俊郎自由党

○塚原委員 一貫三百匁にこだわる必要はないんだ。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 いや、こだわりませんが……

小林進日本社会党(右)

○小林(進)委員 大分証人もお疲れのようですから、気分抜きにお聞きしたいのですが、証人は陸軍の一体何期生とおつしやるのですか、ひとつお聞きしたいのであります。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 兵四期です。

小林進日本社会党(右)

○小林(進)委員 終戦後いつごろ軍隊をおやめになつて、それからどういう職業につかれて今日まで来られて、今日またどういう職業をされておるか、いま一度ひとつつまびらかにお聞かせ願いたいと思います。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 終戦後数箇月で、ちようど、私のお店に昔おつた人が、その当時成功しておりまして、その会社へ入れていただきました。それが地方にありまして、東京の方にまだなかつたんですが、最初は東京関係の連絡所という仕事をやつておりまして、逐次東京に本社を移しまして、東京の社長に信用を得まして、大分まかされてやりました。それから、その会社も最後にうまく行きませんでございまして、洋装と生地をうちの者がやつておりましたんですが、その店を開いて今日やつておるのであります。

小林進日本社会党(右)

○小林(進)委員 私は、あなたにひとつ御注意までに申し上げるのでございますが、何もおやめになつて数箇月ということでなしに、軍服を脱がれて地方人になられて一箇月というふうに明確になさつて一向さしつかえないと思います。それからまた、何か出入りしたお店の人などという表現ではなくして、何職業で、地方なら地方の何県のどこにどういう商売の方があつて、そこで東京の連絡所のどこどこで私が連絡に当つたというふうに、いま少し私は御親切な答弁をいただきたい。そういうようなお答えの仕方では、私ども実は、疑わなくてもいいことまで疑いたくなる。明確にお答えになつて私はよろしいと思う。それからまた、うちの人とおつしやるのですが、あなたの奥さんが洋装の店をお出しになつた、その後御主人も協力をして今日に至つておるのでしようが、そういうことも何月何日から自分の店を持つてこのようにしておるというふうに、いま少し親切な、明確なお答えをしていただいてもいいのじやないかと思います。もう一回お答え願いたい。決してあなたに迷惑をかけることじやないと思います。いま少し親切にお答え願いたいと思います。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 やめたのは三箇月くらいたつたあとです。それから、会社は愛知県にあります。蒲郡町です。

小林進日本社会党(右)

○小林(進)委員 何という会社ですか、会社の名前は。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 日吉紡織です。     〔中野委員「日吉紡織に今もいるのですか」と呼ぶ〕

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 今おりません。     〔中野委員「そこをおやめになつたのは何年ですか」と呼ぶ〕

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 やめたのは……。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 およそでいいのですが、わかりませんか。     〔中野委員「やみでひつかかつておつた当時ですか。それから後にやめられたのですか」と呼ぶ〕

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 そうです。

小林進日本社会党(右)

○小林(進)委員 終戦後の経歴くらい、あなたは答えられないのですか。答えられないということなら私は質問を打切りますけれども……。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 二十六年です。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 二十六年の何月ですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 やめたといつても、大きな会社と違いまして、社長の個人的な仕事をまたあとでやつておりましたものですから……。

小林進日本社会党(右)

○小林(進)委員 それから、奥さんと一緒に今度商売をやられたのは何年ですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 二十四年からやつておりました。

小林進日本社会党(右)

○小林(進)委員 それは現住所でおやりになつたのですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 いや、別のところです。

小林進日本社会党(右)

○小林(進)委員 どこですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 新宿の歌舞伎町です。

小林進日本社会党(右)

○小林(進)委員 今はどこで御商売をおやりになつておるのですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 今は角筈でやつております。

中野四郎改進党

○中野委員 あまり長くなつても悪いし、どうもあなたもはつきり言われないから、私の方から名前を申し上げて、それで記憶があるかないかをお聞きした方が簡単でしよう。私らも、ここまで参りますには、調査員を相当数使つて、かなり厳密な調査をしておるのです。それを確認し得る言葉をあなたから得られるかどうかというのでおいでを願つておるのですから、こちらが何の材料も持たずにただあてずつぽうに聞いておるとお思いになつたのでは、大きな見当違いであることを御了承願つておいていただきたいのです。あなたのところへちよいちよいダイヤモンドをとりに来た兵本の中佐というのは松尾中佐ではないのでしようか。軍需動員本部の松尾中佐であつたということをあなたは記憶のうちに思い出されますか。どうですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 思い出します。

中野四郎改進党

○中野委員 間違いありまませんか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 ええ。

中野四郎改進党

○中野委員 さらに伺いたいのは、資材係長の木村技師が、あなたと御関係があつて、当時状況を知つておるはずだと私は思うのですが、それはどうなのですか。宮内省へ持つて行かれた当時あつたダイヤの数量等は、木村技師というのがよく知つておられたと思うのですが、どうですか。当時の記憶を思い出して……。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 そうです。木村技師が一番よく知つております。

中野四郎改進党

○中野委員 それをおつしやつていただけば、先ほどから伺つておることは何でもないのです。兵本の中佐がだれであつたか、参謀少佐がだれであつたか、あるいは新橋のシヨーボートの主人である小林少将の弟がどういう人であつたかということをだんだんに聞いて行けば、簡単に済むことです。  それで、一点伺つておきたいのは、佐竹金次という中佐、後に大佐になつたということですが、これは多摩の陸軍技術研究所の第三科長ですが、この人は御存じですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 全然知りません。

中野四郎改進党

○中野委員 佐竹中佐、当時の中佐が、相当数ダイヤを持つておりまして、その数量は、私もあなたと同じく目方ではわかりませんけれども、碁石を入れるこけといいますか、その中に約八分目ダイヤモンドが入つておつたのです。その品物を私が確認しておるのですが、このダイヤモンドの出所が兵本の関係のものであるか、あるいは第一造の関係のものであるかということが大分問題になつておるのですが、当時あなたのところの行政本部の総務部長をしておられた伊藤という方があるはずですが、この方のところに相当ダイヤが持つて行かれた傾向があるという記憶がありますか、どうですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 伊藤という人は知りません。

中野四郎改進党

○中野委員 総務部長を覚えありませんか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 ええ。

中野四郎改進党

○中野委員 そうしますと、優秀なダイヤを、いわゆる支那の宣撫工作に使うといつて、たびたびとりに来られた兵本の中佐というのは、この松尾中佐に間違いないということは言えるのですね。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 そうでございます。間違いございません。

中野四郎改進党

○中野委員 さらに伺いますが、当時の参謀少佐はだれであつたか、苗字だけでけつこうですから、おつしやつていただければいいのですが、松尾中佐の名前を思い出されれば、参謀少佐の苗字はおわかりになると思いますが、わかりませんか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 実際名前は忘れてしまつて、どうも申訳ありません。

中野四郎改進党

○中野委員 もう一点、それでは、あなたが退官されるときに、浦野秋十郎という方が後任になつたわけですが、この人は昭和二十年の八月三日付で仙台から転任して来られたのです。従つて、あなたが引継ぎをされておるのですが、当時ダイヤモンドはどのくらい浦野さんに引継がれた記憶があるか、この点を伺いたい。浦野さんに引継ぐときに、どのくらい倉庫の中にあつたか。全然なかつたのですか、あつたのですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 ありました。

中野四郎改進党

○中野委員 どのくらいあつたでしよう。数量がわからなければ、それは装飾用のダイヤであつたか、工業用のダイヤであつたか、装飾用なら装飾用、あるいは工業用もあつた、装飾用の中にはどういう粒のものがあつた、——大体ダイヤモンドは大粒なものはあまりない。お互いダイヤモンドをばらばら持つているわけにもいかぬし、あなたも日吉さんのところにおられて、日吉さんをよく知られておる。従つて、いくら日吉さんがダイヤを持つているといつたつて、そこらにころがしておるほどあるわけではないから、どのくらいのダイヤが浦野さんに引継ぐときにあつたということを答えていただけばよろしいのです。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 ……。

中野四郎改進党

○中野委員 あつたことは多数あつたのですか。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 ほんとうに覚えておりませんが……。

中野四郎改進党

○中野委員 その後に接収されたのですから、接収された数量と合せれば……。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 大体相当あると思います。

中野四郎改進党

○中野委員 大体じや困るのです。あつた数量は相当あつたのです。相当な数量があつたのが、接収の数量があまりにも少い。だから、接収の数量と、残して行かれた、引継がれた数量が食い違つておる。従つて、その食い違つておる数量は、はたして陸軍の連中が宮内省に持ち込んだのか、——十貫目あつたか八貫目あつたか知らぬが、あなたり御記憶での想像ですから、半分の五貫目にしてもけつこうです。それだけの多数のものを宮内省に持つて行かれるのですから、あの終戦のどさくさにまぎれて、かなり各方面に分散したと思うのです。従つて、浦野さんが引継がれたときに、あなたがどれだけぐらい残しておかれたか、その数量のおおよそがわかれば、接収の数量と照し合わせて対照してみれば、あとの残つた数量がどこかに行つていることはわかるのです。これは、かなり軍人が——あなたじやありません。軍人が、どさくさまぎれに、台帳が焼けたということを理由にして、陸軍に保存されてあつたところのタイヤや、金、白金等をば持ち出して適当な処分をしおるのです。その事実はいろいろとあるのです。従つて、あなたが倉庫班長でそのかぎを持つていらつしやつた。そのかぎを次の人間に渡すからには、そのときに大体どのぐらいあるかということは、これは何もつけものだるの数量を聞いておるのではないのですから、おわかりだろうと思う。記憶を呼び起されれば出て来ると思う。あなたは初めから承知をしておるが、私が名前を申し上げたからその通りだとおつしやる。参謀少佐でも、大体あなたは苗字は御存じのはずだ。

小林進日本社会党(右)

○小林(進)委員 これは議事進行についてですが、もう五時になりましたし、とてもきよう中でこの問題は解決しないと思うのでありますが、実は私も主計兵でありましてポツダム大尉であります。従つて、主計の少尉がどういうような仕事をし、主計の中尉がどれをやり、大尉がどれをやり、少佐がいかような仕事をし、中佐が何をやり、大佐が何をやるかということは、私も主計将校をやつておる限りは、大体推定がつくのであります。つくのでありますが、かつての軍隊が今日まで続いておれば、森氏は私の上官でありまして、私はびんたの二つも三つももらつている立場であつたかもしれません。そういう立場でありますから、私は非常に好意的にお話を承つておりました。そうして、願わくば、やはりかつては私どもの陸軍に所属する主計陣営の先輩として、実は明確な答えを打出されることを私はひそかに期待しておつたのでありますけれども、ことごとく私は期待を裏切られた。どう答弁されようとも、わが軍隊において、敗戦時は悪い軍隊であつたけれども、とにかく軍隊の保管にかかるようなダイヤが、そういうようなぐあいに扱われて、そういうぐあいに持つて行かれて、そんなぐあいに宮内省に置かれたということは、私は、どう善意に解釈しても、それは信用し得ないのであります。信用し得ない。現に私は、最後は仙台の軍司令部に所属した。仙台が空襲でやられると、私は裸一貫で出ましたけれども、私は班長をしておつたので、私は軍司令部の倉庫の中にあつたタイヤからシャツから石けんからタオル一本に至るまで、全部数量を帳簿に書いて、何百種類の品物でありますが、全部帳簿と現品を照し合せまして、そうして私の所属の高級——当時は大佐でありますが、その大佐に引継いで、私の後任者に引継いで、私は一箇月後に裸で引揚げて来た。私どもはそのようにやりました。あなた方、いやしくも軍隊において主計の少佐なるものが、大佐や中佐と、持つて行くそのダイヤの処分その他については、みんな打合わせて、一つの謀議をして、お互いに協議の上でその処分をはかられているということは、何と言つたつて間違いがない。これを持つて行つてただ宮内省に預けて来いなんということは、これはもう上官が将校に命令される言葉じやないのであります。そういう命令は下士官以下の兵隊に命令する言葉であります。ましてや、少佐以上は上級職であります。上級職に与えられる言葉というものは、一応事情を話して、了解のもとにそれを持つて行かれる仕事だ。ところが、あなたの先ほどの話は、まるで一人の中佐なり大佐が下士官や兵隊にそれを持つて運ばしたという、下士官職以下にしかとれないような答弁をされた。そんなものではないのでありまして、これは委員長、いかに追究したところで、とうてい私どもは今の証言には納得し得ないのでありまして、いま一度日をあらためて、証人に十分目分の記憶を呼びもどどしていただいて、いま少し軍人の少佐なら少佐らしい答弁をやつていただきたい。本日は、私は、ここで一応打切られるよう動議を提出する次第であります。

田渕光一自由党

○田渕委員 私は、今の動議はそれでよろしい。そうしなくちや進みません。しかし、当事務局の清水事務局員が行きましたのが本年の二月か三月ごろらしい。すなわち、今国会は第十六特別国会でありますから、解散になつた第十五特別国会の本年の三月ごろ清水事務局員が証人に会つて、しかもつぶさに聞いたけれども、わからなかつた。それからはや今日で見れば約半年かかつておる。その間にも記憶をたどつていなければならぬと私は思う。これだけの重大な問題であるから、メモがないまでも、私は何とか考えて来たと思つておつた。しかるに、今小林委員が、やはり主計大尉でおられたというのでいろいろ話されたが、まつたくそうであると思う。少くとも、こういうものは、にんじん、だいこんなどというような、そこらの倉庫に一ぱいになつておるものではありません。そういう他の物品とは違います。少くとも貴重品中の貴重品であります。それを、管少将、あるいは中将かもしれませんが、それに、言うなと口どめされたということも私は想像がつく。そこで、証人は、この国権の最高機関である国家の当委員会において真実を述べないとするならば、われわれは追究をしなければなりませんが、記憶をたどるまで一応待つてみる、そうしてなお記憶もたどれぬ、われわれの納得の行かぬことがあり、後日偽証がかりに成立するならば、われわれは断固として考えなければならぬ重大な問題である。これでは国民感情は治まりません。こういうような意味で、私は小林委員の動議に賛成すると同時に、十分研究して、資料を持つて来て、軍人らしく決意されて、かつての帝国軍人の主計少佐というような、いわゆる皇室の股肱の臣というような精神で、この国権の最高機関の国会に臨んでもらいたい。今までの答弁では、いかにもわれわれを愚弄したようにしか思われません。

中野四郎改進党

○中野委員 打切り動議に先だつて、もう少し伺つておきたいのですが、先ほど森さんに申し上げた、一貫三百匁ばかりではなかつたということだけはお認めになるのですね。十貫目であつたか、八貫匁であつたかはよくわからぬけれども、一貫三百匁ばかりではないということは、はつきりと確認ができるものであるかどうか、この一点だけを伺つておきたいと思います。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 先ほどから主計少佐と何べんも出まして、それだけの値打のないということが……。     〔「認めるか認めないか、問題はそれだけだ」と呼ぶ者あり〕

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 もう少し多いような気がしておりますけれども、何分にも資料がないものですから……。     〔「いいかげんなことを言うな」「ご   まかすな」と呼ぶ者あり〕

中野四郎改進党

○中野委員 だから、細部のことにとらわれずに、——一貫三百というのはきわめてわずかなものなんです。私の方で調査いたしました資料と、受取つた当時の状況の資料があるのであります。従つて、あなたに内容を申し上げずに伺つたのであります。従つて、あなたが十貫目と言われたのは、必ずしも十貫目でなくてもいいのです。八貫目でも七貫目でも、あるいは五貫目でもけつこうなんです。ただ、あなたの記憶から言つて、一貫三百匁という目方はきわめて軽いものなんです。それではないということが確認できるかどうかと伺つておるのです。あなたは先ほど、長さ一尺五寸ばかり、幅も約一尺、深さもやはり一尺ばかりの箱を二つ持つて行つたとおつしやる。宮内省では、箱を見ておらないと言うのです。紙の袋だけしか持つて来ないと言う。五袋持つて来たと言うて、ここにまず第一の食い違いが生じて来るのです。かりに紙の袋——当時ナイロンの袋はありませんから、紙の袋だけでそんな目方のものを手にぶら下げて行くわけには行きませんから、ふろしきに入れて行くとかなんとか、あるわけです。海軍の将校は白いふろしきで持つて参りました、陸軍の森少佐は、ほか一名の方とともに紙の袋に五つ持つて来られた、それを荒なわで縛つておいた、こう言うのです。まず第一番に食い違うのです。——あなたの持つて行かれたのと。しかも、ああしたダイヤモンドや、金、白金をお持ちになるのに、これも先ほどおつしやつたように、白金は、内容は指輪とか、いろいろな未処理品でありますから、これは紙に包み、袋に入れ、箱に入れてお持ちになるのが常識だと思います。こう考えれば、箱の目方というものが相当重いかもしれませんけれども、一貫三百匁ぐらいのものではないということは、あなたが先ほどこのいすをお持ちになつてもわりますように、こんなものじやなかつた——もし二貫目にしてもこんなものじやありません、これを二貫目として十貫目と、ひよいとした言葉が出たのでありますから、必ずしもこの言葉じりをとりませんけれども、一貫三百匁ぐらいのものではないということだけは、あなたは日吉においでになつたんだから、紡織をおやりになるんだからわかるでしよう。目方は手に持てば大体わかるのです。私もあちらの方におつたから、ああいうものを扱うのには勘でわかるのですが、大よその目方をあなたが感じられて、大体先ほど申されたことが間違つたかどうか、この点だけ一点伺つておけば、それでまたあとのことは後刻伺うことにします。

森賢元陸軍第一造兵廠会計課倉庫係長

○森証人 いかにも少いような気がいたします。

中野四郎改進党

○中野委員 もうそれ以上は伺いません。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 他に御発言はありませんか。他に発言がなければ、森証人に対する本日の尋問はこれにて終了いたします。  証人には長時間御苦労さまでした。  この際委員長より、報告及びお諮りいたしたいことがございます。本日の理事会におきまして、理事諸君と協議の結果、接収解除貴金属及びダイヤモンド関係事件につきましては、今国会中に一応の結論を出すことに意見の一致を見ましたが、つきましては、接収を解除され現に日本銀行に保管中のこれらのダイヤモンド等の処理につきましては、国民が真に満足するよう早急にこれが適切な処置を講ずる必要がありますので、これらの処理方法等につき一応理事諸君で御協議を煩わし、その結果を待つて本委員会において御審議を願うことにいたしたいと存じますが、御異議ございませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

吉武恵市自由党

○吉武委員長 御異議がなければ、さよう決定いたします。

小林進日本社会党(右)

○小林(進)委員 ただいまの森証人でございまするが、これは、私は相当虚偽の証言があると思いまするので、行政監察専門員諸君がひとつ主力を注いで、その身辺や、終戦後の経歴を洗うように努めてもらつて、いま一度本人の証言を尋問していただくと同時に、それまでに徹底的に洗つた調書もあらためて事務局から提出するように、委員長から特別のおはからいをお願いいたします。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 承知いたしました。  次会は公報をもつてお知らせいたします。  本日はこれにて散会いたします。     午後五時十五分散会

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