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16回国会衆議院1953/07/08

行政監察特別委員会 第5号

発言数
96
登壇者
7
会派数
4
開催日
1953/07/08

会議録

吉武恵市自由党

○吉武委員長 これより会議を開きます。  前会に引続き接収解除貴金属及びダイヤモンド関係事件について調査を進めます。  ただちに証人より証言を求めることにいたします。ただいまお見えになつておられる方は大金釜次郎さんでございますね。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 さようでございます。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 この際証人に申し上げますが、戦時中多数国民諸君より供出されましたダイヤモンド、金、白金等は、平和條約の発効と同時に接収解除となりまして、現在日本銀行地下金庫に収納され、大蔵省によつて保管されておるのであります。このダイヤモンドの収納、保管の経過、処理の方法等につきましては、世上大いに疑惑を持ち、関心を抱いている向きもありますので、これが真相を明らかにすることはきわめて意義のあることと考え、本委員会は本件の調査を進めて参つた次第でございますので、証人におかれましては率直なる証言をお願いいたしておきます。  それでは、ただいまより接収解除骨金属及びダイヤモンド関係事件について証言を求めることになりますが、証言を求める前に、証人に一言申し上げます。昭和二十二年法律第二百二十五号、議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律によりまして、証人に証言を求める場合には、その前に宣誓をさせなければならないことと相なつております。宣誓または証言を拒むごとのできるのは、証言が、証人または証人の配偶者、四親等内の血族もしくは三親等内の姻族または一証人とこれらの親族関係のあつた者、及び証人の後見人または証人の後見を受ける者の刑事上の訴追または処罰を招くおそれのある事項に関するとき、またはこれらの者の恥辱に帰すべき事項に関するとき、及び医師、歯科医師、薬剤師、薬種商、産婆、弁護士、弁理士、弁護人、公証人、宗教または祷祀の職にある者またはこれらの職にあつた者が、その職務上知つた事実であつて黙秘すべきものについて尋問を受けたときに限られておりまして、それ以外には証言を拒むことはできないことになつております。しかして、証人が正当の理由がなくて宣誓または証言を拒んだときは、一年以下の禁錮または一万円以下の罰金に処せられ、かつ宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の懲役に処せられることとなつておるのであります。一応このことを御承知になつておいていただきたいと思います。なお、証人が公務員として知り得た事案が職務上の秘密に関するものであるときは、その旨をお申出願いたいと存じます。  では、法律の定めるところによりまして証人に宣誓を求めます。御起立を願います。  宣誓書の御朗読を願います。     〔証人大金益次郎君朗読〕     宣誓書   良心に従つて、真実を述べ、何事もかくさず、また何事もつけ加えないことを誓います。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 それでは、宣誓書に署名捺印を願います。     〔証人宣誓書に署名捺印〕

吉武恵市自由党

○吉武委員長 これより証言を求めるごとになりますが、証言は証言を求められた範囲を越えないこと、また御発言の際には、その都度委員長の許可を得てなされるようにお願いいたします。なお、こちらから質問をしておるときはおかけになつていてよろしゆうございますが、お答えの際は御起立を願います。  まず第一に、証人の略歴についてお述べを願います。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 大正八年東京大学校科卒業、同年内務省に入りまして、大阪府、高知県、京都府などの他方官を歴任いたしまして、昭和二年五月宮内省参事官として宮内省に入りまして、その後宮内大臣秘書官、侍従、宮内省総務局長などを経て、昭和二十年六月宮内次官になり、二十一年五月侍従長になり、二十三年六月退官いたしました。経歴は以上の通りでございます。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 第二に、終戦前後において、東京第一造兵廠からダイヤモンドをお預かりになつたことがございます。もしあれば、その経緯についてお述べを願いたい。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 申し上げます。昭和二十年八月と記憶いたしております。八月、終戦聞もないときでございました。陸軍造兵廠から多量のダイヤモンドを宮内省に差上げたいといつて持つて参つたという報告を、当時の宮内省総務課長から私受けました。それで、私しばらく考えたのでありますが、当時は、御承知のように、軍の軍需物資が非常に多量に民間に放出されまして、世上にときならぬ波紋を投げて騒がれておつた時代であります。そういう時代でありましたために、私は、このダイヤもあるいはその一つではなかろうかと考えたのであります。考えました結果、その報告に参りました総務課長に、とにかく一応預かつておきなさいという返事をいたしました。それで、紙包みになつた相当大きな包みでございましたけれども、それを私の部屋の机のうしろの本箱に入れておいたのでございます。その後、御想像もつくかと思いますけれども、宮内省は非常に多忙でございまして、毎日々々が戦場のような騒ぎであつたのでございまして、私も、それを思い出すこともなく、また軍の方からとりに来たという報告にも受けることなく、そのままになつて、記憶から消え去つてしまつておりました。しかるところ、翌二十一年五月ごろ、私は宮内次官の職を去るごとになりまして、事務の方の忙しさからやや解放されて、事務の方がひまになつて参りましたものですから、終戦前後の記録をまとめておこうと思い立ちまして、いろいろ当時のことを振り返つて考えて見ましたときに、はしなくもそのことを思い出しました。これはまことにどうも大変なことをしたと自分で思いました。それで、さつそく、当時幣原国務大臣が復員局の事務を担当しておられた大臣でありましたために、幣原さんのところに参りまして、事情を打ち明けて、これを引取つていただきたいということをお話しいたしました。幣原国務大臣は、よく考えておこうというようなお話がありまして、その後間もなく、復員局長が私のところへ見えまして、これはGHQの方に引渡す手順がついたから持つて行くことにするというので、私がその包みを——包みと申しましても、ちよつと前後いたしますけれども、それは帆包みでありまして、破れてもし散逸するようなことでもあつては非常に大友だと思いまして、それを私、自分の部屋にあつた四角な木の箱に入れまして、その上になわをかけておきましたその箱を持つて復員局へ参りまして、復員局長その他と立合いの上、量目をはかつてGHQの方に引渡した次第でございます。その引渡しのいきさつにつきましては、私タッチいたしておりませんものですから、どういうふうな径路であるかは存じません。大体の筋は以上のことでございます。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 わかりました。一応委員長からお尋ねすることはそれで大体わかりましたが、委員各位の中で御質問があれば……。中野四郎君。

中野四郎改進党

○中野委員 お尋ねをしたいのは約六点ばかりあるのですが、第一に伺いたいのは、大金さんが次官のときに、このグイヤモンドをば、宮中に差上げたいといつて持つて来られたというのですが、今のお話だけではちよつと徹底しないのですが、持つて参つた人は何という人で、それから中に入つておる物品については、たしかごらんになつたと思いますが、御記憶があるはずと思いますから、ダイヤは工業用であつたか、装飾用であつたか、しかもどの程度のダイヤがあつたか、つまり持つて来た人、そうして中身のこと、そうして当時の状況です。これはもちろん少し先走つた私の考え方かもしれませんが、あの国内混乱のときに、皇室において非常な経済的に苦しい場面にあわれることも想像して、これをば皇室に差上げたいという気持はあつたかもしれないのですけれども、いやしくも国のものなんですから、これをただ陛下に差上げるというには、もらわれる手続をふまれる——次官の職においでになつたあなたとしては、当然それぞれの書類の上にこれを載せるとか、何か正式な手続がなくてはならぬと思うのです。たとえて言えば、ある一つのものをば陛下に献上したいと思いましても、なかなか手続のやかましい宮内省なので、並たいていでは、いも一貫目ももらつてはもらえない。その宮内省の手続状態から言えば、多量のダイヤモンドが、皇室に献納されるという形をとられたにしましても、何か記録がなければならぬと思うのですが、この点について御証言を願いたい。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 お答えいたします。私は、造兵廠から来た人に会つておりません。それから、その名前も全然記憶に存しておりません。それが第一点でございます。もう一つは、献上という意思が軍部にあつたかもしれぬという御質問でありますが、それはあるいはあつたかも存じません。実は、私が直接その陸軍の人に会つて向うの意見か説明かを聞き、また私の考えを言う機会をつくらなかつたのは、私の手落ちであつたかもしれないのであります。どういう意思であつたかは、私、はつきりいたしておりませんが、ただ、私の当時感じたことは、これだけの大きな貴重な物資がもし隠滅してしまうようなことがあれば、それは国家のために非常に損害ではなかろうか、いずれ世の中が静かになり、あるいは適当な時期が来れば、陸軍の方からとりに来るかもしれないし、あるいはとりに来なくても、私の方から引渡してやつてもよろしい、従つて、こちらは献上ということを全然念頭に置いたことがないのであります。と申しますのは、ただいま御指摘のように、献上は非常にむずかしい手続を要するものでありまして、まず第一に、陸軍大臣なら陸軍大臣なら宮内大臣あてに献上願を出し、そうして宮内省で詮議した結果、その献上を受理するという返事を出しまして、その上で物品の受理があるのが普通の建前であります。いかに混乱の時代とはいえども、ただ現物を持つて来て、このままこれを差上げるということは、あり得べからざることであります。その点からいいましても、献上とは、私、全然考えてなかつたのです。単に一時、適当な時期が来るまで置いてやつた方がいいだろう、その方が大きくいえば国のためになるのではなかろうかと、はなはだ僭越な考えであつたかもしれませんけれども、思いまして、とにかく一応預かりなさい、こういう返事をした次第であります。また足りないところがありますればお答えいたします。

中野四郎改進党

○中野委員 装飾用であつたか工業用であつたか、その内容を伺つておるのですが、どういうものか、たしか白金も入つておつたはずですが。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 私は、そのものを受取つてから復員局に引渡すまで、全然中身を見ておりません。復員局へ参りまして、これはGHQに引渡す関係がございましようから、やはり内容を調べて、何かはかりにかけるとかなんとかする必要があつたのでございましよう。そこで初めて開きました。聞きましたときに、私はその内容が非常にたくさんであつたということに第一驚きました。それから、ダイヤばかりでなく、白金が相当あつたこともそのとき認めました。白金は、多く時計の側とか指輪とかいうようなもののつぶされたようなものでございました。金の方については記憶がございません。以上でございます。

中野四郎改進党

○中野委員 今の御説明ですと、献上でない、つまり預かつたというなれば、これは相当問題が複雑化すると私は思うのです。当時の宮内省の状況は、今証人のおつしやつた通りです。まさに混乱状態でありまして、もし貴重なるものを預かるとすれば、むしろ不適当ではないかと思える節があるのです。すなわち、陛下の録音盤に至るまで、兵隊が中に侵入しましてこれを捜査したというような事態の直後であります。宮内官の方面では、今まで私の方で調査したところにおいては、戦々きようきようたる状態にあつたときに、このような多数の貴重品を宮内省に持ち込んで預かるという、その心理状態を私は疑わざるを得ないのです。これが一点です。それから、大金さんのお話の中に、どうも釈然とせぬものがあるのです。今あなたは、自分の机のうしろの本箱の中に置いておいたと言われましたが、私の調査の範囲内においては、宮内省の金庫は、たしか一つの廊下を隔てて、中にとびらが二重になつておるはずでありまして、一つのとびらをあけた廊下に鉄のロッカーがあり、さらに網戸があつて、それをあけてさらに中に金庫がある。いわゆる鉄のロツカーの中に入れておつたと聞いておるのですが、あなたの本箱の中にあつて整理のときに出たというのはどういうことか、この点がわからないのです。以上二点を説明願いたいと思います。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 お答えいたします。こういう事情なのでございます。最初預かつておきなさいという返事をしたときに持つて参りましたところは、私の宮内次官室の一隅にありました鉄のロッカーでございます。ところが、そのロッカーはだれでもかぎであけられるロッカーでございまして、その中には私の私物や何かいろいろ入つておるものですから、そんなものと一緒にしておいては困ると思つて、そのロツカーから私の席のうしろの本箱の中に入れたのです。その本箱には歴代——何代の次官がおつたかしれませんけれども、かつて使つたことのないような古い文書類とか、古い寄贈図書とか、そんなものが入つておるのでございます。先ほど仰せになりました宮内省の金庫といいますのは、これは内蔵寮の金庫でございますか。

中野四郎改進党

○中野委員 そうでございます。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 それに入れたことは全然ありません。

中野四郎改進党

○中野委員 人の名前をあまり出しては、お互いに迷惑で、事宮内省に関することですし、特に私は、この問題を今日まで延引いたしました最大の原因は、皇太子様がエリザベス女王の戴冠式に御出席になりましたために、もし万が一外国の記者等に誤り伝えられて、そうして宮内省にこのような多数のダイヤモンド、金、白金が預かつてあつた、一年間放任されておつたということが結びつけられて、われわれの想像もできないようなデマが放送されてはならないとわれわれは考えたがゆえに、実は今日まで、この調は十二分にしてあつたのでありますが、延ばしておつたのであります。幸い皇太子様も近い将来に無事に御帰朝になると聞きましたので、これをいつまでも延び延びにほつておくわけに参りませんので、今日ここにおいで願つて、名前を一々申し上げなければならぬという状態になつたのでありますが、先ほど大金さんのおつしやいました、持つて来た人間はだれだか知らない、その当時の状況は知らないとおつしやいまするけれども、これは当時の総務課長、それから当時何課長をしておられましたか、犬丸さんも、それから加藤さんでございますが、この両君ともに関係をしておられまして、大金次官には品物を見せたと言つておるのですが、大金さんが内容を御存じないということが、ちよつと私には納得できないことと、それから、もう一点は、持つて来た人は森賢という少佐であると私は思うのですが、あるいは私の記憶が違つておるかもしれませんが、当時あなたが直接持つて来た人間にお会いにならぬまでも、東京第一造兵廠のその持つて来た人間の名前くらいは、係官あるいは筧君からあるいは課長に、課長から次官に、当然進達されていなければならぬものでありまして、何人がいかなる径路によつて持つて来たかわからない——すなわち、当時のどさくさまぎれで、盗んで持つて来たものかもしれない。そういうものを、いやしくも皇室の側近にはべられるところの次官が、名前もわからぬ、状況もわからない、預かつたのでもない、献上でもないというので、漠然とあなたの私物の箱の中に一年間も放置されておくということは、ちよつと、いかに混乱のときといえども、常識をもつて律する三とはむずかしいと私は思うのです。当時の人の名前も、あげればたくさんあるのですが、御存じの点だけ、どうかひとつ御遠慮なく、決してそれがためにはたに御迷惑を及ぼすようなことはいたさないつもりでおるのですから、当時の状況をありのままにひとつこの委員会で御報告を願いたいと思うのです。そうして、これはあくまでも、国民が釈然としてなるほどとうなずくところに持つて行かぬと、いわゆる伝えられる菊のカーテンの奥において依然としてこういうような非民主的な行動がとられておるということで、一般国民に疑惑を持たしめることは、決して私は今後の皇室のためにとるべきではないと思う。従つて、当時その重職におられました大金さんとしては、今日ここで、釈然とするような、ありのままの実態をひとつ御説明願わなければならぬところではないかと思うのです。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 御趣旨はよくわかります。ただ、その当時、総務課長なりその他のだれかから、持つて来た人の名前を報告されたかもしれませんけれども、事実私は、全然記憶から消えてしまつて、ただ造兵廠の軍人が持つて来たということだけは記憶しておりますけれども、名前はどうも、何とお尋ねになられても記憶がないのでございます。

中野四郎改進党

○中野委員 当時の状況を少し……。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 先ほどもちよつと触れましたけれども、当時、混乱しておつた世相から、いろいろの名目と申しますか、いろいろの径路から軍の物資が宮内省へ持ち込まれるということがたびたびございました。むろん断わるべきものは断わつており、保管転換と申しますか、引継ぎを受けてさしつかえないようなものは引継ぎを受けたこともあります。その一つの例として、私、記憶いたしておりますのは、やはりほとんどその同じころでございましたろう、海軍の方から、やはりダイヤ及び貴金属などを宮内省へ持つて来られまして、そうしてそのときは献上すると言つたそうでありますが、それを、先ほどお話になつた、いわゆる金庫に入れたという事実がございます。ところが、間もなく、海軍の人が再び——間もなくというのは、当日であつたか、翌百であつたか、私記憶いたしておりませんが、参りまして、あれはやはり引取つて行きたいというので、それを引取つて持つて行つたという事実がございます。それから、内閣あたりの重要書類でございますが、重要記録でございますが、そういうものも一時預かつてくれというような希望もありまして、預かつたようなこともございます。要するに、いろいろの方から、いろいろな理由で宮内省へ持つて来た事案があるのでございます。そういう点から、先ほど申し上げましたように、陸軍のものもやはりその一種であるという感じを私は持つたのであります。そのために、むろん献上を受くべきではございませんでしたし、宮内省でそれを引取るような気持もなかつたのでございますけれども、とにかく預かつておいた方が散逸されないでよかろうという気持で預かつたのでございます。献上を受けない理由は、形式的に申しましても不備であるし、また当時——これも何でございますけれども、終戦前からであつたかもしれません。当時天皇陛下は、皇室の財産をすべて民間に放出して、国民の福祉のために差出したいというような御意思がありまして、私ども、そういうことについていろいろ計画をし、計算をし、少し後になりますけれども、幣原内閣総理大臣にGHQと折衝してもらうように御依頼をしたこともございます。そういう、陛下が財産の方は一切お持ちにならぬという気持をわれわれは承知いたしておつたのでありまするから、献上を受けるというようなことは毛頭考えたことはないのでございます。

中野四郎改進党

○中野委員 これは、ちようど一年間お置きになりまして、昭和二十一年の十月二十一日でございますが、日にちが一日二日違いますかもしれませんが、第一復員局長の有末中将のもとに出されたのでありまするが、初めからしまいまで、あなたはその内容を御存じないでしようか。あるいは、いつの機会にかこの内容を見たことがあるのかどうか。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 それは、先ほど申し上げましたように、復員局に持つて参りまして内容を調べたときに、初めて詳細に見ました。そしてその、中は、装飾用ダイヤもあり、工業用ダイヤもあつたと記憶いたしております。これは、私自身そういうものの見わけは全然つかない人間でございますけれども、復員局の者がそう申しておりましたから、確実と思います。

中野四郎改進党

○中野委員 こちらの調査によりますれば、白金の地金が一包みで五百七十グラムですか、これは風袋ともだとしてありますが、それからあとの一包みは四千四百八十グラムのダイヤモンドとしてあるのですが、装飾用どのくらい、工業用どのくらいあつたかということを伺いたいのですが、おわかりになりませんか。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 私は、そういう点についてはまつたくわからない人間でございますので、全然知りません。

中野四郎改進党

○中野委員 ここで一つ問題になるのは、当時陸軍の造兵廠に装飾用のダイヤがさように多数あるわけは、ちよつと納得できないのであります。昭和十九年の七月二十一日に、軍需省においては、工業用のダイヤのかわりとして、一般国民の装飾用のダイヤを求めまして、これを工業用に転用しようとしたのであります。当時陸軍にも海軍にも、合して八万カラツト以上の数量があつたのであります。しかし、日本内地で買い上げ、外地で買い上げましたいわゆる装飾用の品物というものは、実質上において軍需省、あるいは軍需省がまだ自分の手元へ届かぬ前は中央物資活用協会、あるいは交易営団というものが持つておりまして、実際上には軍に入つておつたのは少いはずであります。これは、私の想像が違うかもしれませんが、もしありとするなれば、これは外地から略奪したものか、あるいは軍需省から特に——陸軍省、海軍省が軍需省からわけてもらえるわけはないのです。陸軍省、海軍省は持つておつても、軍需省に一つもやらなかつたのですから、従つて、もらえるわけはないのです。敗戦の原因と言われる陸軍、海軍の軋轢、摩擦がここに大きく写されて来るわけなんです。従つて、私が想像すると、造兵廠から装飾用のダイヤが相当数出ておるというのは、ちよつと納得ができないのですよ。しかしながら、こちらにも装飾用ダイヤとしてありますから、あなたの御記憶もその通りと思います。  そこで、もう一点伺いたいのですが、海軍からたしか箱の中に入れた白金とダイヤモンド、それから未処理の金を持つて来たはずでありまするが、先ほどおつしやいましたが、持つて来て、その目一日は宮内省でお預かりになつて、翌日再び数名の将校が来てこの箱を受取つて行つたわけですが、これは献上したいと言つたと今おつしやいましたが、一体献上の手続をとられたのか、あるいはただ品物を預かられたのか、ここでちよつとどうしてもわからない。むやみに宮内省がダイヤモンドを出すとか、あるいは海軍省、陸軍省のものというものを、むやみに大金次官だけで預かつてしまう、次官限りにおいて預かるということが、ちよつとわからない。当時の宮内大臣はこのことをよく知つておらないようでありますが、次官から宮内大臣にはこのことを御報告になつたかどうか、それだけ一応伺つておきたいと思います。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 ただいまの、造兵廠から装飾用ダイヤが出たのが納得が行かぬというお説でございますが、これは私も、どうもそうおつしやられれば納得行かぬと申すほかございませんけれども、何の理由で来たのか、私も全然わかりません。ただ来たことは事実であります。それから、海軍の方から持つて参りまして翌日持ち帰つたということは、これは事後に私報告を受けたのでございまして、私はそのものも見ておりませんし、その人にも全然会つておりませんし、それですから、むろん名前も存じません。ただ、持つて来たけれども持ち帰つたという報告を受けたのでございます。

中野四郎改進党

○中野委員 一体この当時の宮内省のだれを呼んだら一番はつきりいたしますか、これを一つ伺いたい。と申しますのは、かぎを持つておつた小林君は死んでしまいましたし、金庫には関係あつても、ほかには関係ないから困るのです。当時の状況はだれが一番詳しいか。犬丸君であるか加藤君であるのか、あるいは他の何人かであるのか。それから、何べんか立つていただくのはやつかいですから、立つたついでに申し上げますが、造兵廠から持つて来られたときは袋に入つておつたはずでありまして、それを後にあなたが箱に入れて出したとおつしやいましたが、その袋の中の形とか大体の重さというものはわかると思います。いなごが入つておるのか、ぎつちよんが入つておるのかわからぬというわけはない。これがダイヤ、これが白金と言えば、袋ですから大体わかります。そこで、造兵廠から持つて来た当時の状況、大体の形、重さ、それから一体だれを呼んだら一番よくわかるか、この三つについて伺いたいのです。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 実は、どうもこのことについては、私以上に申し上げられる者はないと思います。はなはだどうもふかしぎにお考えになるかもしれませんけれども、犬丸君のごときは、おそらく海軍から来たときの金庫のことくらいで知つておるかもしれませんけれども、陸軍から来たものについては全然知つておるはずではございません。加藤君もこの問題には触れてないように私は思います。あるいは寛総務課長あたりから聞き知つたかもしれませんけれども、私は全然話をいたしませんでしたから、おそらく知つてないと思います。  それから、大臣に報告したかという御質問でございますが、これは、当時は石渡莊太郎氏が宮内大臣でございまして、私は全然報告いたしておりません。と申しまくのは、さつき申したように、いずれとりに来るだろうし、返すときが来るだろうという気持がそのときあつたからでございます。  それから、持つて来たときのその内容でございますが、私のところへ来ましたときは、とにかく紙包みであつたことは間違いございません。紙包みは、その上になわをかけてございました。そして大きさは、直径七、八寸くらいございましたろうか、さげてみても相当重いもので、何ともどうも、そういう数量に対する知識は私ございませんが、一貫目くらいあつたかと思います。それで、箱に入れかえるときに、外の紙を解きまして、解きますと、中にまた紙袋にわけて入つております。その中の袋を箱へ入れて、私がなわをかけたのでございます。中の袋は私は全然あけてみませんから、どうも承知いたしておりません。見たのは復員局で見たのでございます。

中野四郎改進党

○中野委員 結局、どうも大金さんは、いろいろな人の名前を出すのがいやだから、かばつていらつしやる。その気持はわかるけれども、あなたが今言つておられる程度のことで、それだけの品物を預かつて、しかも一年間もほうつておいて、これを復員局に出すという理由はあり得ない。だれが持つて来て、いかなる理由か、内容は何か、それがいずれもわからぬということでは、これは私は納得できないのです。当時この係で、陸軍から持つて来て、寛君が直接会われて、現に寛君は清瀬病院に入つておるが、その御本人が会われて、そうして内容を聞かれて、その持つて来た人間も知つておるのです。寛君にしても、犬丸君にしても、加藤君にしても、大体のことは御存じだと思うけれども、その終局のいわゆる責任者であり、すべてのものをお扱いになりました担当者であるあなたに伺えば大体出て来るだろうと思つて、私の方では伺つておるのでありますけれども、加藤君にしても、ここへ来るのはいやでしようし、犬丸君も、現在名古屋の監察局長までやつておる人が、行政監察で呼び出されて、この前のダイヤモンドの行方まで聞かれたのでは、面目まるつぶれでしようから、私らの方では相当考慮して、あなたから大よその内容がわかればよいと思つて伺つておるのでありますが、今あなたのおつしやつただけでは、ここにおいでになる委員の方でも釈然としないと思います。あなたの知つておる程度の事実がすべてで、あとはわかる人がいないだろうとおつしやるのでは、これは納得行きません。従つて、これは当然あなたが名前を御指摘にならなければ、加藤君も四国かどつかに行つておられて、今は東京におられるが、相当迷惑な役におられるはずでありますが、おいでを願つたり、犬丸君にも寛君にも出て来てもらわなければならぬことになるのでありますから、持つて来た兵隊の名前がわかりたいのです。というのは、終戦までに至る戦争中に相当国民が軍に献納をしたものもある。それから、御承知のように、ダイヤ、金、白金の供出を命ぜられて売つたものもあるのであります。しかし、この買い上げられた総量、供出された総量と、実際今日実在しておるものと、実際に消費したものとの間に、大きな開きがあるのです。終戦の混乱時におきまして、悪質な軍人だとか、悪質の官僚が、これら国民、国家のものをばかつてに私物として処分をしたり、それがために今日相当の地位身分についたり、財物をためておる人間があるのであります。当然敗戦国で起り得ることでありますが、日本を再建する上において、まず道義の確立をしなければならぬ。正直者がばかを見るというような政治をこのまま打捨ておいてはならぬのであります。このことをあくまで改めるところにこの委員会の使命があると御承知願いたい。従つて、あなたのところに持つて来たものが献上でないとすれば、預かつたというならば、どういう見地に立つて、いかなる責任においてあなたのところにこれをお預けになり、いかなる機会にこれを引きもどしたのか、預かつたからにはもとして行かなければならぬ。あなたのところに一年間あつて、出されたからよろしいけれども、先ほどのお話をわれわれが推察いたしますとあなたのところに預かつておる、軍は解体されてしまう、この前預けておいたやつを返してくれというので引出してしまつて、途中適当に分配をしてしまつても、文句の言えないような事態にあるように私には考えられる。ですから、当時あなたのところへ持つて来たいわゆる兵隊、それからその人の身分地位というものも、——ある程度私の方にはわかつておるのですが、なお詳細をきわめたいのです。この関係から割出されて来る人が相当あるのです。またダイヤモンドを私した人間がたくさんあるのです。けれども、そういう者は、一つ一つの物的証拠を示さなければ、なかなか本人はうんと言いません。現に、あなたに預けた人間でも、知らぬと言つておる。それから、あなたは、ダイヤモンドを接収されるにあたつて、吉積軍務局長と御相談なさつたのではないでしよか。何か軍務局の方に適当に御相談なさつたはずだと思いますが、この方面の御関係はどういうふうにされましたか。ただいままでのお話では、幣原さんに御相談になつたということですが、幣原喜重郎さんに話す前に、あなたの方では軍務局に対して相当御相談をなさつた機会があつたのではないか。どういうわけで軍務局と相談をするか。造兵廠から預かつたものを、軍務局と相談するわけはない。吉積さんの下には鷲尾という大佐もおつたし、それから荒尾という大佐もおつたし、それから南という中佐もおつたし、國武という中佐もおつたのですが、南という人はなくなつてしまい、鷲尾という人もなくなつてしまつておつて、全部ここに責任が転嫁されておつて、わかつておりません。ですから、その経過について、もう少し大金さんから詳しくお話していただきたいと思います。あなた一人でのみ込んでおつても、それはいかぬと思います。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 持つて来た軍人の名前でございますけれども、それは、どうも私、記憶してないのでございますから、何とも……。

中野四郎改進党

○中野委員 あなたはお会いになつたのではないとおつしやつたのですから、当然あなたは顔も覚えていなければ、服装も覚えていないでしよう。しかしながら、あなたまで持つて来る過程において、だれが受取つたか、その受取つた人間の名前はわかりませんか。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 それは寛君でございます。寛君から、造兵廠の軍人が持つて来て、こういうことを言うが、どうしようかという話があつたので、しからば一時預かれという指令を出したのです。持つて来た軍人の名前というのは、ただいま中野さんからお話になりましたように、森とかいう人であつたことは間違いないと存じます。そちらでお調べになりました通りでさしつかえないと思います。それから、私は、何ごともまつたく、知つておるだけを申し上げておるのでありまして、知らないことは……。

中野四郎改進党

○中野委員 軍務局長に会つたことは絶対にありませんか。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 一度もございません。私が気がついたときに、幣原国務大臣のところに参りまして、事情を話して、そして引取つてもらうことはできないかという相談をしました。そのときに、幣原さんは、これはいずれGHQの方に差出さなければならぬと思うけれども、よく考えておくという返事がございまして、その結果と思いますが、復員局の方は上月中将ですが、私のところへ参りまして、向うへ引渡す手配ができたから持つてきてくれ、こういう話があつたのであります。

中野四郎改進党

○中野委員 そのときに、そういう領収証を上月中将からおとりになりましたか。あるいは、上月中将が出さなくても、有末から、有末が出さなかつたならば接収担当官が領収証を出さなければならぬ。特に皇室にあつたものでありますから、これは当然領収証を出したと思いますが、領収証をおもらいになつたか。領収証をおもらいになつたとすれば、どこにその領収証はありますか。その内容等を見ればわかると思いまするから、この点について伺いたい。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 私は、領収証を受取つた記憶はございません。と申しますのは、こういう筋でございましよう。大体復員局の方の手から向うに引渡したのであります。復員局の方に領収証は来ておるのではないかと思います。

中野四郎改進党

○中野委員 そうしますと、これは宮内省にあつたものではないということで出しておるのですか。——復員局にそういう領収証が来るというのであれば。私は、宮内次官であるあなたが預かつておられたのであるから、当然あなたが接収、被接収の当面の人でなくちやならないと思うのですが、何がゆえに復員局長の有末なら有末という人に領収証を発行せしめるようにしたのですか。当時のいきさつはどうなんですか。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 これは少し私の想像が入るかもしれませんが、お答え申し上げ事。私はもともと預かつたという一本やりで考えておつたのですから、復員局に返した。復員局は軍の方の復員事務を担当するものであるから、軍から来たものを復員局へ返せば、元へもどつたものと私は考えておつたのであります。それでありますから、GHQの方に引渡すのは、復員局から渡したものでありまして、従つて領収証は復員局に来たもの、こういうふうに考えるのであります。多少の推察は入つておりますが三…。

中野四郎改進党

○中野委員 お預かりになつたという感覚でお話を聞けば、筋道は立ちますが、あなたの日記とか、宮内省の日記とかなんとかに、お預りになつたということは載つておるでしようか。たとえば、この点さらにつけ加えて申しますが、昭和十九年七月二十一日、軍需次官通牒によつて、ダイヤモンドを買い上げるということになりまして、要綱を発して、全国民にこれの供出を命じたのであります。そこで、これの奨励のおぼしめしをもつて、御承知の知り、あなたが総務局長のときでございましたか、宮内省から王冠を出されております。皇太后様から一個、皇后様から、王冠ではないかもしれませんが、王冠に類するものを二個、奨励のおぼしめしをもつて出されております。このダイヤがはずされて、三千数百個のダイヤがありました。中にはいかがわしいものもありましたけれども、その中で一番大きいダイヤと称するものをば、今ただちに使わないにもかかわらずこれをうやむやにするのは悪いというので、宮内省に五個納めに参つたということは御承知だろうと思います。ところが、当時の主計課長あるいは総務課長であつた人々が、これを内蔵寮の金庫に入れたのですけれども、小林という人がかぎを持つておられて入れられたのですが、いまだにその行方がわからず、あなたも御心配になつたことはあるはずなんで、これは白根さん集いへん騒ぎ、いろいろ言われ、それから犬丸さんにもいろいろと聞いてみたけれども、はつきりしない。金庫の底が漏れたのか、あるいはころがり出たのか、いつのまにか消えてなくなつたのか、わからぬである。こういう事態もあるわけでありますから、お預かりになつたときの何か記録がなくちやならない。——中が何だということはおよそ御承知なんですから。私は五個のダイヤがなくなつたとき、宮内省に調べに行つたのですが、ところが、わずかに内蔵寮の帳面の上に、ダイヤの件として、鉛筆で走り書きで、百二十五カラツトと棒が引いてあるだけなんです。こんなような状態で、中身は全然破れてしまつて、どこへ行つたかわからないような状態なんです。そういうわけで、私は近ごろ宮内省の記録には少々疑惑を持つておるわけですが、少くとも大金さんがこれだけたくさんの品物をお預かりになりましたからには、——これはダイヤだけでも一貫百九十匁、約一貫二百匁あつたのです。ダイヤモンド一貫二百匁といえば相当なものです。その中に装飾用の特級ダイヤなどが入つておつたとするならば、これはもう金額にすれば莫大なものなんです。白金は、五百七十グラムですから、わずかなものなんです。全部で一貫三百二十匁、その中に白金があつて、あとはダイヤだというのですから、相当巨額なものなんですから、あなたの方の帳面に何かなくてはならない。お預かりになるからには、だだ単に預かつて、そのままにしておくというルーズのものではないと思うのですが、どうなつておるのでしようか。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 記録のことについてのお尋ねでございますが、実は私、総務局長時代までは、ほとんど欠かさず日記をつけておつたものでございますが、次官になりまして以後は、非常に多忙でございまして、日記をすつかりやめてしまつて、書かなくなつてしまつた。それでありますから、私自身の記録というものは全然ございません。ただ寛総務課長は割合筆まめな人でありますから、あるいは何か日記のようなものを書いておるかもしれませんが、私にはございません。  それから、もう一つ、何でございましたか……。

中野四郎改進党

○中野委員 五個のダイヤの事件です。あれはあなた一番御関係なさつたんですが……。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 これは、私、まことに——あのときの総務局長であつたか、次局であつたか、どちらにかかつていたか知りませんけれども、まことに申訳ないと、いまだに思つております。ただ、あれを供出しますときには、松平宮内大臣、白根次官と一緒に王冠についたものを拝見したことは明らかに記憶いたしておりますけれども、帰つて来たという報告は全然受けておりません。

中野四郎改進党

○中野委員 いや、ダイヤは帰つておるのです。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 その後何かの必要であれを調べてみたことがございまして、調べてみて初めて、帰つて来ておつたんだということを知つたわけでございます。まことに残念でございますけれども、帰つて来たこと、及びその五個のことは、私は、報告も受けた覚えはございませんし、全然知らないと申し上げるよりほかございません。

世耕弘一自由党(分)

○世耕委員 関連して——。つかぬことをお尋ねするようですが、証人は待従長をお勤めになられたということを、今説明のときにお聞きしたのでありますが、待従長というのはどういうお役をするのか、一応御説明願いたい。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 待従長と申しますのは、官制上の言葉で申し上げますれば、常時奉仕と申しまして、日常おそばで御用を勤めておる、——いろいろお尋ねがあれば、そのお尋ねを各担当の方面に伝達するとが、あるいはまた、各省所管の仕事で直接陛下に申し上げるほど重大でないもの、あるいは非常に急ぐような場合には、待従長がそれを伺つておいて陛下に申し上げる、要するに、陛下の日常の御生活についてはまず大体——ごく奥のことは存じませんけれども、日常の御生活については大体ことごとくタッチしておる職務と御了解を願いたいと思います。

世耕弘一自由党(分)

○世耕委員 御説明のようだと、侍従長という役は非常に大役であり、陛下のおぼしめしは常にあなたがよく御承知なくてはならぬというわけですね。そういうことは判断できる。しかも、今証人のお話によりますと、陛下には戦後皇室財産を全部国民に提供して、国民の苦難を救いたいというおぼしめしのあつたということをあなたからおつしやいましたことも、われわれは、皇室に対するいろいろな関係を知る上において、さもあらんと考えられる。しかもそういうような陛下の側近である待従長の大職にあられるあなたが、えたいの知れない巨額のダイヤをむぞうさに受取るということは、陛下のおぼしめしに反するのではないか。しかも、終戦まぎわのことでありましたが、陛下御自身、金銀、特に食器の端に至るまで、すべてこれを軍需に使うようにといつて、みずから進んで仰せられたことも、われわれ拝聴しておる。のみならず、両陛下から進んで王冠その他貴金属を供出されておることも、これは周知の事実である。しかるにその陛下のおぼしめしを裏切るような行動をあなたがなさつたということは、もし昔の言葉で言えば、不忠の臣ではないかと考えられる。この点、少しあなたの心構えが違つていやせぬか。そういう疑惑を持つならば、今中野君の質疑応答の中の言葉も、おのずからそういう方面から判断すると、はなはだ疑惑を深めることになります。  それから、もう一つお尋ねいたしますが、宮中に長くおいでになつておられたのだから、ダイヤモンドの鑑別は、くろうとでなくても、一応目は高かろうと私は想像する。われわれと違うはずである。しからば一貫何百匁もあつたそのダイヤの中に工業ダイヤが入つておつたか、ないかくらいのことは、一目でわかるはずだ。今御説明によりますと、工業ダイヤも入つておつたというようなお話ですが、当時の装飾用ダイヤは、最高品で大体一カラツト二千円、工業用のダイヤなんていうのは一番くずなんです。それをその中へ混じて持つてくるはずはない。いくら何でも、宮内省の最高の地位にあるあなたの手元へ保管してくれというのに、工業用のダイヤを持つて行くのは非常識だ。話の合わないことである。何かこの点思い違いをしていらつしやるんじやございませんか。これは私の推断でありますが、すべてこれは装飾用のダイヤでおつた、またいろいろな調査の結論から見ても、さように判断できると思いますが、この点いかがでしようか。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 ただいまの御質問はまことにごもつともと思います。全財産を投げ出すという陛下のおぼしめしと背馳した行動であるという御指摘でありますが、これは、そういうお考えもあるいはごもつともかと思いますけれども、もし、そういうものを外部から持つて来たのを受取つて、宮内省なら宮内省、陛下なら陛下のものにしようという気持でそれを受取つたのでありますれば、まさに背馳した行為である、不忠の至りでございます。ただ、先ほど来申し上げておりますように、このままに放置してしまえば、あるいはこれが民間に散らばつて隠滅してしまいはせぬか、当時官庁の機構というものは非常に微力になつておりまして、どこへ持つて行つても相談する余地のないような状態であつたために、これは私、自分の職務でも何でもないけれども、はなはだ越権の処置であるかもしれぬけれども、ここは一国民としてもさえぎるのが処すべき道である——、非常にあさはかであつたかもしれませんけれども、そういう感じでそれを一時受取つたのでございます。  それから、側近におつたためにダイヤの鑑別はくろうと近いものだろうのは、まことに当らない御推測でございます。私は、実ダイヤというものを見ましたのが、そもそも陛下、皇后様、皇太后様からお出しになつた王冠についているものを見たのがほとんど初めてくらいでございまして、全然そういうものの鑑識眼がございません。それから、工業用ダイヤのことでございまするが、これも私、復員局へ持つて行つて中身を調べましたときに、私が工業用ダイヤと認めたのでございませんで、復員局の人が、この中には工業用ダイヤも入つているなということを言つたのを聞きまして、さては工業用ダイヤも入つておるのだなと思つただけでございまして、その点は、何とも、お考えと違うようでございますけれども、そう申し上げるよりほかありません。

世耕弘一自由党(分)

○世耕委員 それでは、工業用ダイヤであつたということは、あなたはただ聞いただけのことであつて、確認したわけではないということは申し上げることができると思います。なお一点、先ほどお尋ねしたことについては、私の聞いたことだと不十分な気がいたしますから、お尋ねいたします。陛下のおぼしめしはあくまでも正しい。しかも、戦前戦後を問わず正しい行いを常に国民に示されておる。あなたはそれの侍従長をなさつておられる。もし今この高価なダイヤをあなたのところで預かつてくれというのなら、その預かつてくれという筋合いを聞かなければならぬ。盗んだものでも、預かつてくれと言えば、それは大事なものだから預かつておかなければならぬということをあなたはなさいますか。私のような下賤な者ならそういうことができるが、陛下の側近者として、そういうことははなはだ軽率ではありませんか。こういうことに対して、あなたの態度は不公明だ。もしさようなものを預かつてくれというのなら、この中に何が入つておるか、しかもダイヤであるとすならば、このダイヤの所有者がだれであるか、すべて明らかにしておかれなければならぬ。もし終戦後の司令部関係との交渉がこのダイヤにかかわるようなことがあるとするならば、皇室の重大なる汚名になるわけだ。これはかような処置をとりなさい、あるいはこうごうすべきだ、そこまであなたがなさつて、初めて輔弼の大任が果せるのではないかと思う。ぐるになつて隠しておると言われても、言い訳が立ちますか。これは率直な話だが、はなはだ遺憾です。私は、日本の皇室にさような側近者があるとは考えられない。あなたの言葉が足りないのではありませんか。非常に大事なことだから、ひとつおちついて御返答を願いたい。私は、あなたがなさることは陛下のおぼしめしのように解釈される。あなたは侍従長ですから、陛下のおぼしめしがあなたの心に現われて来なければならぬ。重ねて申しますが、陛下みずから進んで皇室の先祖伝来の国宝に属する王冠すらお出しになつた。そうした側近におつたあなたです。私が記録を調べたときに、宮中で常にお召しになつておつたところの銀のさじや、あらゆる器物も、ことごとく出すようにと宮内大臣に御下命になつたことも漏れ承つておる。そういうような純潔な、まことに感激にたえないような御態度を示しておられる。その側近の大任を負われておるあなたがこの態度で、りつぱな態度であつた、おれには少しも省みてはずかしいところはないのだとは、どうやら私どもとしては言いにくいような感じがする。ここはすつきりと御返答なさる方が、皇室のためにも、あなたのためにも、非常に適当なことじやないかと考える。特に私は感じたまま率直にお尋ねする次第であります。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 一々ごもつともな御意見と存じます。ただ私がダイヤを受取つた当時は、侍従長ではございませんで、宮内次官のころでございました。その後侍従長になつて、間もなく、預かつておつたということを思い出して、幣原さんに相談に行つたのでございまして、時間的にはそこにずれがございます。陛下のおぼしめしのありがたいことはいまさら申し上げるまでもございません。私どもも常々感激をいたしておるのでございまして、その尊いおぼしめしに沿うような行動を私がとることができなかつたということは、これはどうも私の不徳のいたすところでございまして、まことに申訳ないと思つております。打割つて何でも率直にという御希望でございますが、私はもうほかに何も隠すこともないのございまして、考えておる通りのことを申し上げたのでございますから、それは御了承願いたいと存じます。

中野四郎改進党

○中野委員 今の世耕さんの質問と関連して少し聞いておいた方がいいのですが、預かつたと言われますけれども、これは結局軍がダイヤモンドを隠匿する意思があつたのではなかろうかというふうに御想像にはならなかつたでしようか。またそういうふうには感じなかつたでしよう。しからずんば、軍がこのダイヤモンドをを隠匿するのでないという場面を想像するなれば、これは先ほど申し上げたように、皇室が経済的に今後非常に不安な状態に陥られる、その場合のお役に立てていただきたい、また以心伝心でこれをお役に立てたいという考え方であなたが預かつておかれたのか、このいずれかということに想像がかたくないと私は思うのですが、当時の環境から御想像を願つて、感想を述べていただきたいと思います。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 軍が隠匿する——隠匿というのも何でございますけれども、進駐軍の追跡を避けるために一時持つて来たのではないかという気持は私は当時いたしましたけれども、それほど疑う気持もありませんで、ただ、何と申しますか、あのころ内閣かどつかで軍の所有しておる物資は民生安定のために役立てるようにという指示が出たとかいうお話がございます。また現に多量の物資が流出したのでございますから、その一つの現われで、こういうものはちよつと民間に出すのも何だから、皇室にでも差上げたらいいだろうというような気持であつたかもしれません。ただ、先ほど来申し上げておりますように、献上ということは私は全然問題にいたしませんでした。問題にする気持もなかつたことは、今断言申し上げてもさしつかえないと思います。それから、隠匿をするならば、棒組ですか、——になつてやろうというような気持でなかつたことも確実でございます。

中野四郎改進党

○中野委員 大金さんの人柄から——私はちようどこの事件直後にあなたと御一緒に豊橋に、陛下の行幸で、二日か三日参りましたから、あなたの人柄から、そんなことをなさる人だとは考えておりませんから、棒組などとは考えておりません。しかし、大事な問題は、このように軍が隠匿する意思がもしあうたといたしますと、実体は百貫あつたものをば、あなたのところに一貫目持つて行つても、途中で九十九貫あるいは九十五貫というものをば自分らがかつてに処分をし得る過程にあるわけです。事実あるのです。豊川出身の佐竹という大佐は、これをドイツから終戦当時に買つて持つて来たと称しておる。国会ではまだ調べておりませんが、本人は、警視庁で、買つて来たと言つておる。私には、ドイツで私がかねて研究中の研究室において集めたものを持つて来たと言つておるのですが、私が見た目においては、碁の石を入れるごけの中に約八分目相当数のダイヤがあつたのであります。これなんかは、今調べて行きますと、宮内省に持つて行つた森賢少佐並びにそれらに関連があるように想像がき得る過程にあるのです。ドイツから日本にのがれて来るのですから、ダイヤモンドをそんなにたくさん持つて来られるわけはないのです。しかも、その人は、陸軍造兵廠の関係で第三課長までしておりました。ダイヤモンドを専門になさつておつた人なんです。こんな人が終戦後において多量のダイヤを持つておる。工業用もありましたが、装飾用のダイヤもあるのです。こういうようなものを、私の住んでいる牛込神楽坂の花柳界に払い下げようとして、たまたまその依頼先が私の知合いであつたから、これを持ち込まれて、摘発しようとしたのですが、本人はそれを持つて逃げ出して、そうして、それをなくしたとか、紛失したとかいうことで、警視庁に長い間とめられて、調査された記録もこちらにあるのです。というのは、みんな宮内省に持つて行つたというけれども、途中においてごまかしていたのです。だからあなたのところに持つて行つたというのは一貫二百匁ばかりのものですが、途中でどうなつているか、さつぱりわからないのです。これをきわめる必要があるからお尋ねするのです。そこで、さらにもう一点伺いたいが、あなたが吉積中将と美山庶務課長と管行政本部長と三人で復員局にお行きになつたと存じますが、その復員局で、あなたはダイヤをごらんになつたと私ほ思うのですが、あなたは先ほどからダイヤは見たことがない、王冠についたダイヤしか見たことはないとおつしやるのですが、この引渡しのときに、現に吉積中将、美山少将、管行政本部長と御一緒にお行きになつたと記録には載つておりますが、そのときにダイヤをごらんになつたのではないですか。あるいは御一緒にお行きになつたとすれば、そのときに受取つた八はマレー大佐といつて、日本銀行の地下室に入れてありました相当数量のダイヤをば私して、帰国に際してこれを持つて行ごうとして、途中においてこの人は、それが日本銀行の地下室に占領軍が保管中のものであるということが明らかになつて、横浜の軍事裁判で懲役十年、重労働十年という判決を受けましたが、さらに控訴されて、五年という判決を受けて、二年ばかり勤めて出ておられる、このマレー大佐であつたと思うのですが、このマレー大佐にあなたがお引渡しになるときの状況を伺いたい。そうすると初めて、マレー大佐事件のこの大きなダイヤのあることもわかるし、どういうダイヤがあるということもわかるのです。大体宮内省にあつたものをばマレー大佐は持つて行つたのではないかと想像できるのです。というのは、日本銀行の地下室にあるものを、自分が全部の係じやありませんから、全部持つて行くわけには行かないのです。こういうような宮内省にあつたものは、えたいの知れない存在なんです。たとえば、頼むから、うるさくならぬようにひとつ引取つてもらいたいといつて、軍に頼まれた、幣原さんに頼まれたものだから、上月さんにしても有末さんにしても、名前の出ないように、うやむやのうちにというので、マレ—大佐が受取つておるのですから、マレー大佐に対して、お手やわらかにというので持ち込んでおるに違いない。そうすれば、マレーは、このうちの半分くらいごまかしても、だれも文句言うことはないじやないかということになる。私は、マレー大佐が持つて行つた品物の大部分がこの中に含まれているのじやないかと思いますが、復員局長にお会いになつた当時の状況と、それから、マレーにお渡しになつた当時の領収証はこちらにありますが、当時の状況をひとつお話を願いたいと思うのです。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 お答えいたします。第一段の御説明と申しますか、御意見と申しますか、それを私今伺つて、なるほどそうだと思つたくらいでございまして、当時そういうバツクにいろいろなことがあろうということを全然考えてもみなかつたということは、私の不行届きでございます。ただ、持つて来たものはとにかく預かつた方がいいだろうという一念でやつただけでございます。  それから、復員局に参りましたときには、私は一人でそれを持つて参りました。そのところに、上月復員局長のほかに二、三人、元軍人らしい方が同席されておりましたが、そのうち管中将というのは、前にお会いしたことがあつて、顔を見知つておりますが、ほかの方は存じません。それから、そのとき見たことは、もう先ほど来申し上げておりますように、その復員局で封を開いて、中身を検査したときも、私はみな見ました。それから、マレー大佐というのに引渡したというのは、これは復員局の復員局長でございましよう。だれが行つて渡したか、私も存じません。私、そこに列席いたしておりません。以上のようでございます。

中野四郎改進党

○中野委員 そうすれば、あなたはダイヤを見ておいでになるはずですから、ダイヤはどういう状況で入つておつたか。五袋ですか、その五袋の中にどういう状況で入つておつたか。つまり、小さいのも大きいのも、みんな一緒に入つておつたのか、あるいは分類されて小さい紙包みに入れてあつたのか、その状況が伺いたいのです。白金についても、その当時の状況を教えていただきたい。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 紙包みが幾つあつたか、私、はつきり記憶しておりませんが、白金だけは、さつき申し上げましたように、指輪のあれとか、時計の側とかいうものが別の一包みになつておつたと記憶しております。ほかの包みは全部ダイヤでございましたけれども、それがどう種類が違うのか、私には……。

中野四郎改進党

○中野委員 ダイヤの大さは。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 大きさは、いろいろ違うような袋に入れてあつたことを、はつきりではございませんけれども、記憶いたしております。何か非常にこまかい、よごれたようなものだけが一袋になつておつたり、割合大きな、きれいなものが別の袋になつておつたりしたことを覚えております。

中野四郎改進党

○中野委員 一番大きいのはどのくらいのものがあつたでしようか。やはりダイヤなんか見ますときは、人情として、これは大きいな、ずいぶんでかいなというような話が出るわけです。きようも日本銀行へ調べに行きましたが、やはり大きいのだとか、小さいのだとかいうのをちよつと見てみたいのが人情です。その袋の中の一番大きいのはどのくらいの大きさでございましたでしようか。あなたのごらんになつたので一番大きいのは。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 確実ではございませんが、一番大きいのは、直径三センチくらいございましたろうか。

中野四郎改進党

○中野委員 色は。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 何か黄色い色をしていたように記憶しております。それが一番大きなものかどうか、確実には申し上げられません。

中野四郎改進党

○中野委員 それが問題の十八カラツト四四といいまして、名古屋で買い上げまして、その後行方が知れなかつたのでありまして、いわゆるマレー大佐事件の発端になつたダイヤなんです。きよう各委員諸君も見て来られた黄色い色で、大体今あなたがおつしやる大きさなんです。これをマレーが持つて行つたのです。サンフランシスコへ上陸するところをば軍の命令によつて引きもどされまして、物的証拠として一一示されたのです。その結果、名古屋の近藤という人が当時二十一万四千円で売りましたダイヤで、鑑定人が名古屋で買い上げた品物だと言うので、遂に罪に服したのです。それまでは絶対に否認しておつたんです。従つて、あなたがそのダイヤモンドをごらんになれば、たいていわかるはずです。ダイヤのこんな大きいものはあまりない。珍しいものです。世界で三番目という、軍がシンガポールから持つて帰つた五十三カラツト二三という大きなダイヤはどこかへ行つてしまつた。返還されたかどうかわからない。これからこの委員会で調査をすることになるかどうか知りませんが、とにかく、今言つたのが、現段階において日本銀行の地下室にあります一番大きいダイヤなんです。そういう珍しいダイヤですから、今あなたがごらんになれば、おそらく御記憶に浮ぶだろうと思いますが、どうでしようか。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 一つしかなければ、見れば思い出せると思います。

中野四郎改進党

○中野委員 一つしかないのです。そのほかに大きいのといいますと、それに準ずるようなものはどんなものがありましたでしようか。どうせ幾つかお広げになつたでしようから、あつたと思います。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 そう詳しく見ておりません。事実、——私だけのことを言うようで恐縮でございますけれども、ああいうものには一向興味のない性分でございまして、見せてもらつても、きれいだとは思いますけれども、感興を起さない性分なものでございますから、さつき申したような黄色つぽいやつは、何だか違つた色をしているというので覚えておりますけれども、ほかは何も記憶ございません。

中野四郎改進党

○中野委員 あまりしつこく伺つては悪いですから、これ以上はお伺いいたしませんけれども、あなたが総務局長のときになくなりました五個のダイヤの問題です。これは当然あなたは総務局長として、当時総務課長である加藤さんでしたか、あるいは主計課長の犬丸さんでしたか、こういう人から報告を受けられたと思うのです。そして当時かぎを持つておつたのは小林さんという人で、これはなくなつてしまわれたのですが、五個返されたダイヤモンドをごらんになつたことがあるかどうか、もしあるとすれば、いかなるケースに入つておつて、どういう形であつたか、そのケースはどういうケースであつたかということをお聞かせを願いたいと思います。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 これは、先ほど多少それに触れて申しましたけれども、帰つて来たことについては報告を受けた記憶がございません。それから、帰つて来たものを見た記憶もございません。ただその後、宮内省あげていろいろ調査しましたときに、犬丸君からでありましたろうか、何かケースに入つておつたものを受取つたというようなことを聞きましたけれども、また聞きでございまして、私自身は、見てもおりませんし、報告も受けておりません。

中野四郎改進党

○中野委員 私、実は、犬丸君にこの間お目にかかつたのです。この人も、この前御一緒になつて心安いものですから、いろいろ雑談の中にお話して、願わくは事皇室に関することでもあるからお許しを願えぬであろうか、あまりしつこくしないでくれないかというお話があつた。それはけつこうなことです、私もあえて重箱のすみをつつつくようなまねはしたくないというので話をしたのですが、あの当時の状況は、タバコの百本入りの白い箱の中に五個のダイヤを紙包みにして確かに受取つた、そうして一応金庫に納めたことは間違いない、その後私は金庫の中を調査するような機会もなかつたから、しなかつたのであるが、皇室の経済調査か何かがあつたときに、この問題が追究されて、実質上ないというので、大奥のいろいろな関係のところまで、恐縮ではあつたけれども調べてみたが、どうしても知れない、その後皇后様から二度にわたつてこれは宇佐英君かあるいはどなたか知りませんが営内次官にあてて、そういうようなものがなくなつておるというが、どういうふうになつておるかという御下問があつた、なお恐懼して一生懸命探してみたが、杳として行方がわからない、こういうことです。そこで、当時の宮内次官は白根さんでありましたから、白根さんがこれを武内次官から受取つたというので、私は、白根さんも私の近所におられますから、心安いので聞いてみると、本人も記憶がないと言う。ただわずかに記憶のある者は、犬丸、加藤、筧、小林という、この四君なんです。一番かんじんな小林さんが死んでしまつた。かぎを持つておつた本人が死んでしまつて、内容が行方不明になつておるという、しり切れとんぼになつておる。ですから、少くとも当時の総務課長であり、当の責任者であるあなたが、当時の朝日新聞には大きく取上げられておる問題でありますので、これを御存じなかつたというわけは、ちよつと私には了承できないのです。実物はごらんにならなかつたかもしれないが、当時総務課長なり主計課長から、この点の報告はなかつたのでしようか、いかがでしようか。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 まことに残念でございますけれども、当時報告を受けた覚えはございません。

中野四郎改進党

○中野委員 もう一ぺん前に逆行して恐縮に存じますが、海軍から一尺四方ぐらいの箱の中にダイヤ並びに白金——その白金は何といいますか、標本を入れるような四角いケースの中に棒状のものが入つて、それを持つて来たというのですが、それは、そのときにはごらんにならなかつたが、その翌日にこれを引渡すときに、海軍の将校と立会つて中を見られたというのですが、その内容は何があつたでしようか。大金さんが立ち会われましたか、あるいは他のだれが立ち会われたのでしようか。海軍に、一晩だけ置いて返すというときです。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 これも私は、持つて来たときにも立ち会つておりませんし、引渡すときにも立ち会つておりません。まことに不届きな総務課長で申訳ないのでありますけれども、当時は非常に忙しくて、各部局がほとんど独立のような仕事をしておつた状態ですから、報告を受けなかつたのでございましよう。私は、持つて来て、そして翌日持つて帰りましたという報告を受けただけでございます。

中野四郎改進党

○中野委員 もう少し詳しく申し上げると御記憶が新たになるかもしれないが、海軍の少将ほか四、五名の将校がふろしきに包んだものを持つて、ちようどその日は貞明皇后が軽井沢に疎開される日でありまして、昭和二十年の八月二十一日の午前に再び兵隊が来まして、そしてこれをとりに来たのですが、貞明皇后が軽井沢へ疎開される日でありまして、宮内省でも非常に混雑しておつた日だと私は想像いたします。兵隊がとりに来たときに、これを渡すのに中を調べて渡したというのですが、あなたがお立会いになつていないとすれば、だれが立ち合つたかということを伺いたい。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 今、日にちのことを伺つて思い出しましたが、皇太后陛下が軽井沢へ御転地の当日でありますれば、それは私、お供をいたして軽井沢へ参つておりました。そのために立会いもせず、報告も受けなかつたのだろうと思います。もしそのとき立会いをした者がありとすれば、これは当時の寛総務課長のほか、ちよつと想像できません。

中野四郎改進党

○中野委員 大金さん、もう少し御記憶を新たにしていただくと明らかになると思うのですが、もう八年にもなるとお忘れかもしれません。たとえば、あなたがおつしやつた森賢という人が、二十年の八月二十三日にこの品物を持つて来たのです。そのときに、本来は、宮内省で保管してくれと言つて持つて来て、あなたのところの総務課でこれは一応保管するという態度をとられたわけです。二十九日の目に森賢というのが来まして、佐藤恵作という人が立ち会つて目方をはかつておるのです。内容についてもごらんになつていなければならぬわけです。この当時の宮内大臣は、先ほどおつしやつたように石渡さんでありましようけれども、供出をなさつたときの宮内大臣は松平慶民さんであられる。従つて、われわれの調査とあなたの証言とが大分違うのです。先ほど、復員局に行つたときに初めて見たとおつしやるけれども、そうでないと思われる節があるのです。われわれの調査によれば、あなたは受取つたときに一応目方をはかり、内容について聞いておられるはずだ。あなたが聞いてないとすれば、犬丸、加藤、筧、小林という四人の中で——あるいは他の人がおられるかもしれませんが、その人々が会つて、どういうわけでこの品物を預かるかということの打合せをちやんとしておられる。単に預かつておいてくれ、承知をいたしましたというような、菓子折りを預かつたというような簡単なものではないようにわれわれの調査ではなつておりますが、この点、いま少し釈然とするように当時の御記憶を新たにしていただけないでしよう。私はこれ以上しつこくは伺わぬつもりです。まだいろいろ調べればあるの手。続いて申し上げておきますが、あなたが受取つた中に、未処理品として金歯のあれとか、時計のくずしたものとかがごつちやになつて入つておつたことも実は承知しておるのです。そういう当時のこまかいことをここで申し上げるよりも、預かつて一年間忘れたといつたつて、これほど大きな金額のものですから、五粒のダイヤでも大騒ぎをするというのに、とにかく一貫二百匁に相当するダイヤモンド、しかも先ほどお話のように、十八カラツト四四というのは日本でも珍しいのです。日本銀行の地下室に十六万一千百八十五カラツト入つておりますけれども、その中にすら一個しかないという大きなものです。だからマレーがこれを持つて行く気になつたのです。こういう高価な貴重なものを、端的に大金さんが、ただ、頼む、よござんすといつて、預かつたとも預からぬともつかぬ、献納でもないというような漠然とした意味でお預かりになるわけはないと私は思う。だから、ここに以心伝心といいますか、何か含まれたものがなくてはならぬ。従つて、こうして表面へ出て問題になつた限りにおいては、ある程度釈然とするような御説明が願いたいと思うのです。数字をあげろとおつしやれば数字もあげますし、日にちを述べろとおつしやれば日にちも述べます。さらに内容についても申し上げるだけの用意を持つて申し上げているのでありますから、この点について、ひとつ記憶を新たにしていただきたいと思います。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 ほんとうに御親切な質問で、感謝いたします。森という人が来て宮内省に引渡し、またあとで来て量目を調べたというようなことも、全然寛君から報告を受けておりません。それで結局、物がダイヤであることは確実であると私もそのときは思つたのでありますけれども、要するに、どうしましようかという相談に来られたときに初めて私はその問題にぶつつかつたのでありまして、その前に以心伝心で打合せができておつたように御推察なさることもあり得ることでございますけれども、残念ながら私は、そういう打合せも、心と心のつながりもなかつたのであります。それを非常にたやすく引受けて預かつておつたということは、これは私のケヤレスといえばケヤレスであります。ただ、当時の情勢かり、何となくやみがたい気持でそういう処置に出たのであります。もう一つ、長い間忘れておつたのも私の不覚でございます。ただ、これも御承知でございましようけれども、あれからあとは、例の皇室財産を民間に放出するために、内閣総理大臣や大蔵大臣、内閣書記官長、外務大臣その他いろいろの方面に話をして、GHQ、ことにマツカーサーと折衝してもらうような段取りをやつたり、あるいは皇室財産がなくなるについて宮内省の機構を大幅に縮小しなければならぬというようなために機構改革のことをやつたり、その他寧日ないようなその日の仕事に追われておつたために、思い出すこともなく過ぎたということが真実でございまして、いまさらまことに遺憾でございますけれども、さようなわけでございます。

中野四郎改進党

○中野委員 今中央社会福祉協会におられる佐野恵作さんと立会いで、森賢という兵隊が持つて来たときに目方をはかられたのですが、これは御記憶があるのですか、ないのでしようか。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 これは、最近になりまして——最近と申しましても、四、五箇月前でございますけれども、ここの事務局に来てくれというお話があつて、御質問を受けたときに、私は全然そのときは知らなかつたのでありますがその後、宮内庁に参りまして、宇佐美次長に会つて、私はこういうふうにしか記憶していないということをお話したところが、宇佐美次長の手で筧君の日記や何かを調べてもらつて、その結果、佐野恵作と、筧と、向うから来た何とかいう軍人と立会いで量目をはかつたということを聞いたのであります。それまでは知らなかつたのであります。

中野四郎改進党

○中野委員 これ以上お聞きすることを私はやめますけれども、一点だけ申し上げておきたいことは、軍需省から宮内省へ返された五個のダイヤモンドの行方不明事件といい、それから、今のごとく、陸軍並びに海軍から何の理由かわからずにお預かりになりまして、しかも一年間放任され、後にこれをあえて接収を頼むというような事態が世間に公けになりますと、一般国民は、天皇というものに対してあくまでも親しみを感じ、そうして国の象徴としての天皇に対してのあこがれと敬意を表し、従つて天皇のお住まいになる皇居というもの、あるいは宮城というものに対して、お互いにあたたかい国民的気持を持つておるのですけれども、このように次々と菊のカーテンの裏における秘密と申しますか、こういう不明朗な事件が表面化されますると、今の天皇あるいは皇室というものに対して間違つた感覚を持たれるおそれが多分にあると私は心配するのです。従つて、われわれは、日本の天皇の立場と皇室というものが常に民主化されようとする一つのあり方を国民にはつきりと反映せしめるためには、当時御関係になつでいらつやつた証人としては、こういう行方不明になつておりますダイヤの事件とか、預かつて一年間も不始末でほつてあつたということは、一大金次官と怠慢とか、あるいは端的な一個人の問題というのでなく、事は大きく国民感情の上に反映する問題だと思うので、どうか、この問題に対してはひとつ記憶を新たにされ、旧宮内官としてあなたが重職についておいでになつた建前からも、すみやかにこの問題が明らかとなつて、国民が釈然として天皇中心に国の栄えるような過程へ進むようにおはからいを願いたいと思うのです。このように不自然な、不明朗なままに放任しておくことは、断じてわれわれの了承できぬところでありますから、国会においてもこの点について関心を大きく払つて、たいへん長い時間でありましたけれども、あなたに対してしつこく私は質問したわけであります。どうか私の意思のあるところを十二分にくみとられて、今後この問題の解決について御協力を願いたいと思うのであります。他の委員諸君の質問もありましようから、私の質問はこれをもつて打切ります。

前田榮之助日本社会党(右)

○前田(榮)委員 証人にごく簡単に一、二点だけお尋ね申しておきたいと思います。今中野委員からの質問に対するお答えの中に、復員局の方へお持ちになつてお渡しした、しかも領収証もとらない、内容については、ただ、工業用のダイヤだとか、装飾用のダイヤだというようなことは、そこにおつた人が言うのを聞いて、そうだろうということだけであつた、こういうことですが、その際に、あなたがお渡しになるかならぬかは別として、進駐軍の者に渡すときに、数量を調べて、ちやんとそれをメモしておいたものかどうか、その点明確でないようでありますので、ひとつその点を率直に明確にお答えを願いたいと思います。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 復員局へ持つて参りまして、内容を調べて、数量をはかりまして、幾らあつたということは復員局の記録にはつきり残つているはずでございますけれども、私自身は、数的観念がはなはだ乏しいものですから、全然何だか覚えておりません。

前田榮之助日本社会党(右)

○前田(榮)委員 一年間ほど保存されたものを渡されて、あなたは領収証も何もとらないということであるそうでありますが、われわれの常識では、それがなかなか納得が行かぬのであります。後において、あなたのところへ幾ら幾ら預けたのにもかかわらず、これだけ減つておる、失われておるというようなことがないということは、私は保証はできぬと思う。しかも、これが現在の価格にいたしますと何億円というようなものであるぐらいのことは、あなたも大体想像されておつたところだと思う。一貫目はどのものであり、これが工業用のダイヤであるという認識のもとに渡されたのだから、われわれの個人生活から行くと想像もつかぬところの莫大な財産を渡されるのに、領収証も何もとらないで渡されるということは、われわれには想像がつかぬのであります。あなたを疑つてはまことに申訳ないと思いますが、調査をする責任上、心を鬼にしてお尋ねするわけです。要は、このダイヤが減つておるとかなんとかいうことに何か欠陥があるから、そういうものを何もとらないで、そこを何とかごまかしがつけば、渡して受取つてくれさえすれば、あとは何とかなるだろう、こういうことでやつたのではないかと私らは想像がつくのでありますが、そういう疑いも、疑つたら疑われるのであります。まことにあなたを疑つては申訳ありませんけれども、そういうことにあなたが気がつかぬということは、ちよつと想像がつかぬのでありますが、その点はどうなんですか。良心的に、私が預かつておる聞にそういうことは断じてないという自信があるなら、受取るときの数量はわからなくても、渡すときの数量だけははつきりしておれば、あとで疑われても間違いないということに気がつけば、そこで数量を調べたということなら、一応仮領収証でも何でもとらなければならぬと思うのでありますが、なぜそれに気がつかなかつたのかという感じがするのでありますが、そのときのあなたの考えはどうであつたかということを、ひとつここでおつしやつていただきたいのであります。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 御質問はまことにごもつともであります。ただいまの常識からすれば、当然そのくらいの処置はとらなければならぬはずのものであることは、私は承服いたします。ただ、当時の世相は、先生方も御承知でございましようけれども、まず一つの握り飯の方が大事だというような時代であつたのでございまして、食糧デモとかなんとかいう騒ぎが頻繁に起つておるときでありまして、ああいうものに対する関心が非常に低下しておつた時代であることを御了承願いたいと思います。ことに、私個人のことで、はなはだ何でございますけれども、私は、自分がやつていることについて、決してよそから疑われるようなことはないと、かたく信じ切つておつたものですから、そういうことを少しも意に介しませんでした。今から言えば、それは重大な私の失策でございます。ただ、私の気持はそうであつたのでございますから、お含み置き願いたいと思います。

前田榮之助日本社会党(右)

○前田(榮)委員 どうも、これ以上申し上げても、のれんに腕押しのようなことになりますから、その点は十分お考え願うことにいたしまして、このダイヤをあなたのうしろの本箱か書だなの中へ納めておつたということですが、これが相当高額のものであるということがおわかりになつた限りにおいては、少くともわれわれから考えますと、金庫へ納めて、しかもあなただけが簡単に受取るのではなしに、やはり金庫のかぎを持つておるほかの者も立ち合わして納めなければならぬと思うのでありますが、それは何か特殊な事情があつてそういうことをされたのか、その点をお尋ね申し上げます。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 私の部屋にただごろごろ置いたということは、おそらくもう近いうちにとりに来るだろうというのが第一私の考えでございました。それですから、一々金庫や何かに持つて行く必要もない。それと、そういうものをそまつに扱つたのは申訳ないことでありますけれども、また数量的に言えば非常に貴重なものであるということは、私は観念的には認めますけれども、実際そのときに、そのものを私の部屋に置いて盗まれるというようなことを想像したこともございませんし、そのために、きわめて簡単に取扱つたのが事実でございます。

小林進日本社会党(右)

○小林(進)委員 関連して、ちよつとお伺いいたしますけれども、二十年の八月二十一日に、海軍が何か箱のようなものを持つて来たときに、ちようど貞明皇太后様が軽井沢へ行かれる日であつて、あなたも随行されて軽井沢へ行かれたというのでありますが、それは間違いございませんでしようか。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 間違いないと思います。

小林進日本社会党(右)

○小林(進)委員 そういたしますと、二十一日に軽井沢に随行されて行かれまして、いつまで御滞在になつていたか、東京をその間何日お留守にされていたかかを承りたいと思います。

大金益次郎元宮内次官

○大金証人 翌日東京へ帰つて参りました。

小林進日本社会党(右)

○小林(進)委員 それで私の質問は実は終つたのでありますが、同じく八月の二十三日に森賢少佐なる者がダイヤを運んでいるのでございますから、あなたが軽井沢に二、三日間滞在されていれば、その受取りの場合にタッチされないということも一応考えられるのじやないかと思いまして、実は証人に有利なる証言をさそうと思つてお尋ねしたのでありますけれども、翌日お帰りになつていれば、二十三日は間違いなくダイヤをお受取りになつていらつしやるでしようから、私の質問はこれで終ります。

田渕光一自由党

○田渕委員 私は、前田委員の御質問も中野委員の御質問もごもつともだと思うのでありますけれども、あの終戦直後の世相と天皇制がひつくり返るか、天皇が戦犯にかかるかからないかというようなことで、宮中は上を下への大騒ぎであつたと思います。加えて陛下のあの詔勅によつて、ともあれ大きな戦争が終つて間もなくであります。私たちも、あの当時を思い起しますと、あれから一週間や二週間というものは、どさくさでわからない時代であつたのでありますから、この点は、御記憶がないとか、忘れたということも、あるいはお忙しいことですから、やむを得ませんが、順序ある領収証だとか、あるいは証拠だとかというようなものは、下の方のやる人がやればともかく、当時のおそばに近い証人として無理であるということは各委員も御納得いただけると思います。この点は同じだと思いますので、大体おわかりになれば、ここらで一応きようはいかがかと思うのですが、いかがですか。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 ほかに御発言がなければ、大金証人に対する尋問はこれにて終了いたしました。  証人には長時間御苦労さまでございました。     —————————————

中野四郎改進党

○中野委員 ただいま大金証人を喚問していろいろ聞きましたところ、結局宮内省から復員局を通じてマレー大佐に接収されるまでの段階はわかりますけれども、この品物を第一造兵廠から宮内省に持つて来る過程を明確にしなければならぬのでありまして、当時陸軍にどれだけのダイヤモンドが保有されておつて、しかもそのダイヤモンドはどこから流れて来たものであつて、何がゆえに宮内省に預けたかということを明らかにするために、持つて来た責任者である元陸軍省の会計課の倉庫係長であつた森賢少佐をば喚問する必要があると思うのであります。森賢少佐をここへ呼んで、その理由をただせば、森君がはたしてだれに命令をされて、そしてどれだけの品物をどこへ持つて行つたということが明確になりますから、さらにその先を尋ねて行くというようなことが必要であると思いますので、次回の委員会におかれましては、どうか森賢元少佐を喚問されんことをば、委員諸君の御賛成を得てお願いをいたしたいと思います。

吉武恵市自由党

○吉武委員長 ただいまの中野四郎君の提案を承認するに御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

吉武恵市自由党

○吉武委員長 御異議ないと認めて、さよう決します。  次会は公報でお知らせすることといたしまして、本日はこれにて散会をいたします。     午後五時五十三分散会

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