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16回国会衆議院1953/07/15

外務委員会 第14号

発言数
255
登壇者
26
会派数
4
開催日
1953/07/15

会議録

上塚司自由党

○上塚委員長 ただいまより会議を開きます。  本日は前二回に引続きまして、日米行政協定に基き駐留軍に提供する施設及び区域に関する件を調査するため、参考人より意見を聴取することといたします。  議事に入るにあたりまして、本日御出席の参考人各位にごあいさつを申し上げます。本日は御多忙中のところ遠路わざわざ御出席をいただき、厚く御礼申し上げます。当委員会におきましては、国政調査の一項目として、日米行政協定の実施状況を調査して参りましたが、今回現地の方々の意見を聴取するため、特に参考人各位の御出席をお願いいたした次第であります。  本日の議事の順序につきまして申し上げますと、まず参考人の方々よりおのおのの関係区域に関する御意見を開陳していただき、その後において委員より質疑がある予定でございます。なお御意見の開陳は一人十分ないし十五分程度にとどめていただきたいと存じます。念のため申し上げておきますが、衆議院規則の定めるところにより、発言は委員長の許可を受けることになつております。また発言の内容は意見を聞こうとする案件の範囲を越えてはならないことになつております。なお参考人は委員に対して質疑することはできませんから、さよう御了承をお願いいたします。     —————————————

上塚司自由党

○上塚委員長 この際一言委員各位に御了解を得たいことがございます。昨日午後三時外務大臣より次のごとき情報文化局発表を午後四時半一般に発表するゆえに、その以前に外務委員会において発表いたしたき旨の申出がございました。しかるに昨日は委員会開会の日でもなく、にわかに会議を開くいとまもありませんでしたので、事務官をして連絡を得る限りの人々には連絡をせしめましたけれども、連絡できなかつた方もあると思います。今朝の新聞にてすでに発表せられ、各位においては御承知のことと思いますが、今後の例ともなることでございますから、外務省発表事項を速記録にとどめておきたいと考えます。事務官をしてこれを読み上げさせます。     〔書記朗読〕  外務省情報文化局発表、日米両国間  の相互防衛援助協定交渉に関する第  一回会合は、日本側から岡崎外務大  臣、米国側からアリソン駐日大使出  席のもとに明十五日午後二時半外務  省で開催することに決定した。当日  の双方出席者左の通り。  日本側、外務省岡崎外務大臣、奥村  外務次官、土屋欧米局長、黄田経済  局長、伊関国際協力局長、下田条約  局長、情報文化局係官、経済審議庁  平井次長、大蔵省鈴木財務官、通産  省小室企業局次長、保安庁上村官房  長、米国側アリソン大使、ステイヴ  ス一等書記官、力—一等書記官、バ  ツシン法務官、フイン二等書記官、  ヘンダーソン情報官、在日米軍関係  者一名、以上であります。

並木芳雄改進党

○並木委員 たいへんにいい習慣がついたと思うのです。非常にけつこうです。そこで今度外務委員会が開かれる都度、このMSA交渉についての経過の報告、並びに必要ならばわれわれのそれに対する質疑というものを必ずされるように、委員長から外務大臣に申入れをしていただきたいと思います。

上塚司自由党

○上塚委員長 並木君御要求の趣旨はただちに外務大臣あてにこれを通達いたします。     —————————————

上塚司自由党

○上塚委員長 今日は、奈良県RRセンター関係の参考人、奈良市長高椋正次君、奈良市団体事務員松井喜三君並びに滋賀県餐庭野演習場関係参考人、前川利吉君、堀井セイ君、堀井重造君並びに岡山県日本原演習場の関係人、岡山県会議員鷲田庄平君、岡山県新野村村会議長植月覚君同じく豊並村村会議長延原芳太郎君、岡山県会議員内藤一己君、岡山県北吉野村村長芦田卓三君、岡山県豊田村村長須一源平君、これらの方々においでを願つております。これより参考人各位の意見の陳述をお願いいたします。  まず奈良県RRセンターから開始いたします。奈良市長高椋正次君。

高椋正次奈良県奈良市長

○高椋参考人 ただいまRRセンターの問題につきまして意見を求められたのでありますが、元来このRRセンターの設置につきましては、市当局であります私といたしましては、何もこれを知らなかつたのであります。突然RRセンターの設置がなされまして、あとからわれわれはこれがRRセンターであるという事実を知つたのであります。当時はむしろこのRRセンターに関係のある業者の方が先に知つておつたというような状態でありまして、これに対するカフ工—、キャバレーあるいは名産品店、そうしたものをつくるにつきましての土地の借入れあるいは購入というようなことが先に進んでやられておつたのでありまして、現実にはわれわれに何の相談もなく、何も知らなかつたという状態であります。     〔委員長退席、熊谷委員長代理着席〕 ところがこのRRセンターを開始せられますと同時に、大阪、京都方面から街娼と申しましようか、いわゆるパン。ハンというような人たちがやつて来るというようなことになりましたが、その際にただそうした婦人だけではなくして、これに伴うところのいわゆるポン引というものが盛んに活躍し出した。そうして当初はわれわれの方でもこれに対する処置ということにつきましては、まつたく考えておりませんでした。ただいま申し上げましたように、RRセンターの設置ということを知らなかつたわけでありますから、何らの措置も講ずることができなかつた。そうしてそこに現われたのがRRセンターであり、これに伴つて出て来たのがポン引あるいはパンパンということになつたのであります。  ところがなぜこれが市民の間に問題になつて来たかと申しますと、いわゆるパンパンがRRセンターに来る兵隊を引くというのは少くて、むしろポン引が客の争奪のために盛んに兵隊をひつぱるということが多くなつて参りまして、それが街路上において行われるということになつて来たのであります。それで市民の間にそれが問題になつて来た。それは大阪、京都からわざわざ自動車を持つて参りまして、そうしてRRセンターの付近にそれを駐車させて、その兵隊を、まあ何と申しましようか、無理やりに勧誘するというような状態において、大阪、京都に連れ去るという状態であつたのであります。その争奪戦が市内において行われた。そうしてそのポン引仲間の間におきましても、争奪のために血を見るというようなことが起つて来たというようなことから、われわれの方といたしましても市警を動員いたしまして、そうしてこのポン引のそうした状態を掃減するためにいろいろ努力をいたしました。また軍当局とも相談をいたしまして、せつかくできたRRセンターでありますから、われわれといたしましてはどうもいたし方がない。その兵隊をそうしたポン引やパンパンにただちにゆだねるということをしないで、奈良市の観光あるいは京都、大阪の観光方面にその兵隊を連れて行くということに、正常な手続でやらせるという方法を講じ、市の方からもまた県の方からも通訳等を派遣いたしまして、そうして善導するという意味合いにおいてやつたのであります。しかしながらどうもそれが完全にも参りません。しかし幾分その目的は達したのであります。それからその後に、あるいは自動車の停車位置を制限したりなんかいたしまして、そうした路上に現われますところの醜態をなくするように努力をいたしましたので、現在におきましては休止されておりますけれども、その直前におきましては、あまりそうしたポン引の争奪戦というようなものは見られないような状態にまでなつて参りました。しかし一面から申しますと、兵隊の大部分が奈良市におるというわけではなくて、大部分はどうしても京都、大阪の方に参ります。しかし一部はやはり奈良市に残りまして、そうしていわゆるパンパンとともに手をつないでその宿舎に行くというような状態はまだ存在しております。ところが市民の間におきましてもやはりそのパンパンに部屋を貸す——パンパンは相当高い部屋代を出すというような関係から、また生活の上からやむを得ないという人もあつたでせう。また利欲の関係から貸す人もありまして、市内の家屋で相当部屋を貸しておるという状態は事実であります。ところがこのRRセンターのあります場所は、奈良市のいわゆる旧市内から、あれで二キロぐらいは離れております。そうしてそれはまだ奈良市内ではございますけれども、旧市内とは相当離れておるのでありまして、教育上の弊害というものもこれは十分認められるところではありますけれども、これが全市に及ぼすというわけ合いではなくて、野中にRRセンターが立つております関係で、ちようどそのそばに小さな、五、六十戸の部落がありますが、その部落が一番被害関係を持つておりまして、そこに住んでおる子供たち、学生、生徒も、もちろんこのRRセンターに関しまするパンパン等の関係で、教育上おもしろくない行為を見ておりますので、教育上及ぼす影響も非常に多いと思いますが、しかしながら市内の関係におきましては、このRRセンターだけではなくて、さらに市内の東南の方のすみにキャンプがあります。そのキャンプに多少の兵隊が現在残存しておりまして、その周辺にもやはりそうしたパンパン等がおるわけであります。その辺も多少教育上のおもしろからぬ結果を来しております。こうした教育上や、あるいはまた衛生上の面から考えまして、こうしたものの存在は決してよいとは言えない。しかし教育上の面から考えましても、全市の学生、生徒全部に及ぶというわけ合いものではなくて、一部に大きな影響を与えておると申し上げてよいのではないかと私は考えております。全体から申しまして、RRセンター、あるいはキャンプといつたものは、奈良市が観光都市であるという建前から申しますと、経済的な面において必ずしも反対をしなければならないという状態ではないのであります。しかし教育上、衛生上の面から申しますと、考えなければならない面も相当多いのであります。従つて私といたしまして今日までとつて参りました態度は、個人としての気持はありますけれども、理事者の立場に立ちますと、奈良市が観光都市であり、しかもそれを国際文化観光都市という建前において、議会から特別法の通過までしてもらつてやつております奈良市としては、必ずしも経済上の面を否定するわけには参りません。私といたしましては賛成とも反対とも態度をはつきりいたしかねておる状態であります。もちろん市内におきましても、経済上の関係から、商人の人たち等につきましては、やはり教育上の面を捨てて、経済的な面から賛成をしておる人たちも相当多いのであります。そうした点で私としては非常に困つた立場におります。しかし御存じの通り、奈良市が非常にたくさんの古文化財をかかえておるというようなことから考え、さらにまた戦争中におきましても京都、奈良は爆撃を受けなかつたということ、それが必ずしも古文化財があるという原因からとは断定できませんが、しかし少くとも現実の事実として京都、奈良は爆撃されることがなかつたということから考えまして、将来におきましても、この古文化財等の保護という面から考えますと、そうしたキャンプとかRRセンターというものがない方が、奈良市としてはよいのではないかということも私は考えております。しかしただいまの現実面におきましては、私としてはその両者いずれかに偏してお答えをするということはちよつと困難な立場に立たされておりますので、この点御了解を願いたいと思います。大体私が申し上げましたような事情を御勘案いただければ、そこにその是非が十分見きわめていただけるのではないか、かように考えておるわけであります。

熊谷憲一自由党

○熊谷委員長代理 次に松井喜三君にお願いいたします。

松井喜三奈良県奈良駅勤務

○松井参考人 RRセンターの設置が去年の五月初めになされましたが、そのセンターのありますところは、今市長さんからお話のように奈良市から約一キロ半ほど西のところでございます。これは大阪市の住友ビルから奈良に移つて参つたのでありますが、その設置されておりますところが、実は白鳳、天平期の奈良朝、平城京の一番中心である大極殿の、現在文部省の特別史跡に指定されておりますすぐそばにありまして、昔の大極殿から南に通ずる朱雀大路と三条大路の交叉するところでありまして、いわば当時における一番の大きな繁華街だつた、こういうところであります。従つてこの西約五丁のところには、鑑真和上の開きました唐招提寺、薬師寺、法華寺、あるいは西大寺のごとき、天平、白鳳期のすばらしい古文化財を持つておりますすべての大寺院等が、その周辺に多数ございます。こうした環境の中にセンターが設置されまして、その付近にはスーヴエニア、あるいはいろいろの風俗営業関係の店等が約七、八十軒、西部の町のようなかつこうで、いなかに忽然と現われたわけであります。こうしたセンターが設置されておりますけれども、単にセンターばかりでなく、奈良にはほかにキャンプ、それから病院、各家族を収容する家族宿舎、それから射撃場、こういうふうな施設が現在の奈良市内にあります。従つていわば奈良市には完全とまでは行かないまでも、一応軍事基地的性格を持つた施設が現在置かれておるわけであります。これに伴いますいろいろな弊害面につきましては、相当考えさせられるものがあるわけであります。  従つて第一点といたしましては犯罪の面でありましようが、現在売春、街娼の問題につきましては、県の衛生部で発表いたしているところによりますと、約三千と推定されております。ところがこの実数は相当つかみがたいと思いますので、若干これよりも上まわるのではないかと私たちは考えているのでありますが、権威ある県当局の発表を基準といたしましても、現在人口九万余りの奈良市については、人口三十人に一人の割合で売春婦がうごめいているとさえ考えられるのであります。さらにこうした売春婦を背景といたしまして、大阪の南に根城を置きます極楽組を中心といたします反社会的集団がポン引となりまして、ここにいろいろの問題が提起されるのであります。そうしてキャンプには駐留軍の兵隊が若干おりまして、平時勤務に服しておりますけれども、いわゆる朝鮮戦線から帰つて参りました兵隊は、完全に性の処理もできておりませんし、しかもなお三箇月、四箇月という長い間向うで荒々しい勤務に服して参りましたので、これらの国連軍の兵隊は非常に能動的でありますから、帰つて来ましても平時勤務の兵隊よりもその行動がきわめて露骨であるという関係から、このポン引とパンパン、そしていわゆる過激な兵隊と三つどもえになつたいろいろの景色が奈良市内に展開をされるわけであります。こういう帰つて来た人たちはかなり多額のお金を持つておりますから、センターに帰つて参りますと、シャワーでからだを洗つて服を着かえて、ドルを円にかえて市内にいわゆる五日間の休暇をもらつて出て来るわけでありますが、これを目がけてうの目たかの目でこれらの売春婦とポン引が実はうごめくわけであります。  こうした実情の中で去年の五月から今年の四月末まで、いわゆるRRセンターを中心といたします民間の犯罪というものは、実に四百九十件を数えるに至つております。これは成人の犯罪でありまして、ほかにいわゆる少年法による年少の犯罪も多数あるわけであります。従つて月平均約四十五、六件の犯罪がこのセンターを中心にいろいろと展開されているわけであります。こうした犯罪の陰にはさらにやみからやみに葬られたものがやはりあるとわれわれは考える。こうした表に現われたものは氷山の一角であろうと考えるのであります。しかもなおこれらの売春婦が市内及びセンターの付近には百十一軒という、これは四月末の数でありますが、いわゆる提供民家と申しますか、春の宿がございます。これは主として裕福な家庭の者でなくて、貧民窟などの貧しい人たちがパンパンに春の宿を貸しているわけであります。そこで駐留軍の兵隊といろいろな目に余るような行動が展開せられます。従つてそれの及ぼすいわゆる児童への影響、教育への影響というものは、いまさら論ずるまでもないと思います。従つてその結果は、すぐに子供たちに現われて参りませんけれども、やはり結核菌が体内を虫ばむようにじりじりといわゆるこうした悪い結果が子供たちのところに展開されて来ます。パンパンごつこ、あるいはスカートめくり、こういうふうないろいろな遊びがはやつて、子供たちの純なる魂が次第に虫ばまれて行く傾向で、その遊戯にいたしましても、小中学校の便所にある楽書を見ましても、非常に見るにたえないような結果を生んでおります。ことにこれから夏になつて参りますと、やはり外は涼しいのでございますから、このRRセンターの付近の学校の校庭等でいわゆる青空交響楽と申しましようか、外で性の処理をする、そのあと衛生器具をほつたらかすというようなことも、去年の夏にはたいへんでございました。あくる日登校して来た子供たちがその衛生器具を風船玉にして遊ぶというような事実も今まで散見されたのであります。こういうような教育上に及ぼす弊害があると同時に、さらに奈良は特殊ないわゆる古文化財を多数持つておるところであります。少くとも外務省の情報文化局等の考え方を散見いたしましても——去年の七月十四日と記憶しておりますが、ハリにおいてユネスコの特別委員会が招集され、そこで戦時文化財保護条約という条約の審議をなされましたときに、日本政府から永井三樹一教授あるいは文化財保護委員会の関野建造物課長を派遣されまして、いわゆる戦時における国際的な古文化財は、国際的な管理機構のもとにこれを守ろうとするこの条約に対しまして、奈良あるいは京都の多数の古文化財を持つておるところは、その保護対象にしたいという見解さえも当時は発表されておつたようであります。このように外務省までも奈良という特質を認め、いわゆる新国宝と重要文化財として三百九十八件という古文化財を持つております。こうしたところに今申しましたように、一方においては半軍事基地的性格の施設を置き、そしてこれを外務省を中心とする日米合同委員会において認めており、一方におきましては外務省が奈良の戦時古文化財を守ろうとする、平和都市にしようとする考え方を持つておるというふうに、外務省の見解が二つにわかれておるとさえわれわれはうかがえるのであります。このように奈良に軍事基地の施設のあるのを教育上、犯罪上あるいは古文化財を守る上におきまして、きわめて私たちは遺憾としておるわけであります。従つて市民が中心となりまして、ほんとうに経済的にもプラスになることが——きようの十円や二十円の金よりも、あすの新しい日本をわれわれの奈良市を築くために、教育上あるいは先祖から受継いで来ました民族の古文化財を、私たち市民がぜひ守る必要がある、こうした義務感にかられまして、私たちは現在センターを中心にしますこの施設について設置されることに、強い反対をいたしておるわけであります。  以上申し上げましたように、こうした静かな奈良が、昔のように華麗な文化をそのまま存置された奈良でありますことを、心からお祈りいたしまして、ぜひ国会においてもこの問題を、少くとも民族の古文化財をどうか守つていただくことを心から念願いたしまして私の陳述にかえる次第でございます。

熊谷憲一自由党

○熊谷委員長代理 奈良県RRセンターに関する陳述はこれで終ります。  次に滋賀県高島郡今津町饗庭野に関する陳述をお願いします。前川参考人。

前川利吉滋賀県今津町長

○前川参考人 私は饗庭野演習場の所在地滋賀県高島郡今津町町長であります。  高島郡と申しますのは琵琶湖の西岸にありまして、昔は北陸と京阪を結ぶ重要路線に当つていましたが、地域が狭小で特産もないため、明治以来近代的交通機関に恵まれず、文化的にも経済的にもたいへんな後進性を示している土地であります。しかし一面かつては近江聖人中江藤樹や、忠道の鼓吹者浅見絅斎を生んだ土地柄だけに、人情に至つては非常に淳朴であります。  今津町は大津市と隔たること五十余キロ、人口わずかに六千、そのうち市街地戸数六百戸の小さい町であります。しかしながら高島郡の政治、経済、文化の中心地として、地方事務所、税務署、警察署、保健所等が所在し、特に湖西地方唯一の高等学校が存在しているのでありますが、しかしこの間文化的なあるいは享楽的な施設が何もないところであります。  さて饗庭野と申しますのは、今津町の西南に数町村にわたつて展開している原野でありまして、明治の末期から旧陸軍が買収して、近畿地方所在部隊の共同演習場として使用し、本町にそまつな廠舎を建てていたのであります。終戦後占領軍によつて接収されてこの演習場なり、講和発効後は安保条約並びに日米行政協定に基きまして、米軍演習場として引継がれていることを了承しておるのであります。接収当時はもちろん私どもの希望も意見もいれられるような状態ではありませんから、いかなる事態についてもやむなき隠忍の日々を送つていたのであります。その後国際情勢の変移のためか、いわゆる朝鮮事変の勃発のためか、米軍の長期演習駐留のことがいつのほどからかなくなつて来たときは、実に住民一同蘇生の思いをいたしたのであります。しかるに今また米軍の演習場として復活され、昭和二十二、三年当時のごとく、米軍の専用演習場または基地として使用せられるやの情報を聞いて慓然としてはだにあわを生じた次第であります。  駐留当時の兵員の醜状暴挙は実に目に余るものがありました。このうち二、三の点につきましては、同行の者からよくお聞き取りを願いたいと存ずる次第であります。当時の恐怖と憤激に満ちた記憶は、いまだになまなましいものがあります。いなか者のかたくなさと申しますか、この恐ろしく情なかつた感銘は、住民の心にいかなる方法をもつてしても解くことのできぬ、一つのしこりとなつて現存しているのであります。  昭和二十七年十月饗庭野には、保安隊今津駐屯部隊の設置を見ました当初におきましては、再軍備反対の思想面よりする一部の反感策動がありましたが、幸い保安隊幹部の良識ある指導と隊員の自重的行動によりまして、漸次町民との融和も実現するようになりまして、また一面経済面におきましても、近隣部落の野菜の計画生産、あるいは商業者の諸物資の調達納入等を通じまして、漸次密接なつながりも生じ、保安隊の常駐によつて、逐次町の経済発展を推進がす礎石は打たれつつある現状であります。こうした状態が饗庭野の恒久的な姿であると信じていただけに、五月二十日行政協定第二条の目的のため、日米合同委員会分料会の視察の報は、まつたく寝耳に水の驚きでありました。地方民はただちにかつての身をさいなむ忌まわしい記憶を想起したのであります。その夜ただちに町政関係者による対策協議会が持たれ、その翌日は千名以上の町民の参集による反対蹶起大会へと発展したのでありますが、由来今津町は小商業地の通弊か、諸会合には全然人の集合がない、人の集まりの少いところであるにかかわらず、早朝よりたれ言うとなしに、自発的参加による千人余りの町民が集まつたということは、町としても最初のことでありまして、このことがいかに町民全部の必死の念願であるかということはわかつていただけると思うのであります。大体席上即刻反対実行委員会の組織と県庁への陳情が、満場一致議決された次第であります。町長としてはこの運動が内灘のごとき思想的運動に発展することを非常に恐れているのであります。私はどこまでもこの運動は、出発当初の至純な愛町運動でなければならないと存ずる次第であります。地域住民の平和な生活を守るという方向を踏みはずすことのないよう、指導をしなければならないと存じておる次第であります。  この報が一たび伝わるや、共産党及び極左諸団体よりの思想的策動もようやく活発となり、しばしばそれらより共闘の申入れがあつたのでありますが、断固としてそれを排撃しつ、幸いに秩序と統一を保つて今日に至つたのであります。そうした態度が正しく各地方自治団体に反映いたしまして、高島郡町村会並びに議長会、滋賀県及び県会並びに県市町村会、同議長会といつた権威ある各地方団体みなこの運動に協力をしているのであります。六月二十六日の県会にも意見書となつてそれが現われているのであります。  私町長といたしまして指導しております今津町の願望と申しますのは、結論的に見れば、現状維持でありまして、日米安全保障協定が現存する今日におきましては、最低現状維持と決定されるよう熱望しているのであります。米軍の演習場ではあるが、保安隊に、現在のごとく専用されているという事実を変更しないでほしいということは、決して不法不当の願望ではないと信ずるのであります。もしこの願望が人れられずに、米軍専用化ないし基地化ということが施行されるならば、淳朴であるだけに、かたくなな地方民の性情よりいたしまして、町内の混乱は内灘以上のものが想像されるのであります。町長といたしまして、秩序の維持にまつたく責任の持ちあたわない状態が、発生するのではないかと案ずるのであります。またそのことが町一帯に広がつて来るという恐れも、地理的環境から見て多分に推察されるのであります。  また一面におきまして、こうした問題は、地方住民にいたずらに抗米思想を扇揚し、国家百年の計を誤らしめるのではないかと思えるのであります。また地方住民のためにこうして尽瘁する地方の町村長の立場を、非常に苦しめる結果になるものであると私は信ずるものであります。なおこの演習キャンプが教育機関に非常に接近している。百メートル、二百メートルという近接したところに小学校、中学校、高等学校その他あらゆる教育機関があるということや、この演習場内におきまして、私有農耕地五十反歩余りのものを持つていること等をつけ加えておく次第であります。     〔熊谷委員長代理退席、委員長着   席〕  外務委員の皆さんにおきまして、この窮状を御賢察いただきたいと思う次第であります。

上塚司自由党

○上塚委員長 次は堀井セイ君。

堀井セイ滋賀県餐庭野婦人会会長

○堀井(セ)参考人 ただいま町長から申されましたように、饗庭野基地化のため五月二十日に日米合同委員会が現地視察に来られるということで、町民大会が急に開かれまして、悲壮な決意のもとに絶対反対の決議をせられました。私どもは婦人といたしまして独自の立場から、風紀及び教育上静座するに忍びませず、有志婦人会を催しましたところ、伝え聞く母親たちや、老婦人たちまでが皆集まつて来まして、会場はたちまち未曽有の盛況となりまして、期せずして大会となつてしまいました。いかにこの町の母親、女性たちがこのことを気にかけておるかということがうかがい知れるのでございます。即座に七百名の連署ができ上りまして、すぐ中央に出していただいたような次第でありました。いかにこの町の女たちが恐れおののいでおるかということがわかります。私ども婦人が饗庭野基地化に反対いたします理由といたしましては、女として風紀と教育に関してでございます。しかもこれは私どもが必死の悲願でございます。なぜそんなに強く反対するかと申しますと、その根拠は、終戦直後短期間ではございましたが、数回にわたつて進駐軍の演習がございました。その駐留中には今思い出しても身の毛のよだつような忌まわしい、悲しい、そうして恐しい、なまなましい事態を身をもつて体験したのでございますから、それで今思い出しましても皆がそんなにそのことに熱心になつて来るわけなのでございます。  先ほども町長から申し上げましたように、今津町は全体で人口がわずかに六千という町でございまして、しかもキャンプに連なつておりますところの大字今津は、戸数六百余の小さな僻地ではございますが、それでも人情は非常に温和で質朴でございまして、私どもは楽しい平和郷としておるのでございます。そうして近江聖人藤樹先生の遺徳を重んじまして、私どもの町は一人の不良青少年も出さない覚悟で、婦人が一生懸命に今までがんばつて参つたのでございます。それでまた文化の異なつた全然言語の通じない他国の軍が駐留せられるようなことになりましたら、前のような不幸な事態を引起しまして、教育、風紀に及ぼす有形無形の影響は実に甚大であつて、ただただ恐怖のちまたと化すのじやないかと思います。前のように日没と同時に家は全部戸を締めまして、そうして暗くして死の町のようになつたほどでございましたから、またそういうふうになるのじやないかということを非常に案じるのでございます。  それから先ほども申しましたように、そのキャンプに各教育機関、各学校、幼稚園に至るまでずいぶん近いのでございますので、この間ジエツト機が五、六機演習に参りましただけでも、そのジエツト機の爆音によりまして授業が不可能であつたということを先生方がおつしやつておりました。それから最もキヤンブに近いところの高等学校、中学校はほとんど二百メートルぐらいしかございませんので大きい声で呼んだら聞えるくらいのところでございます。そんなふうでございますから、その中学校、高等学校の女生徒の通学が不能になりはせぬかというおそれがございます。その以前の演習の当時は高等学校は男性ばつかりでございまして、女性はおりませず、各中学校もめいめいの村の小学校に寄寓いたしておりましたそうでございましたけれども高等学校の小使さんの娘さんがただ一人おりましたのが、脅威を受けました事実がございます。それでその当時は、女子青年の会合などはまつたく不可能であつたのでございます。そのように考えて参りますと、目前の教育、風紀上の目に見える悪影響だけでも、こういう淳朴な誠実な民心の建直しがたい破壊であると存じます。このことは地方百年の疲弊困憊は申すまでもなく、青少年の堕落をいかにいたしましようかと思うだけでも、夜もおちおち眠れませんありさまでございます。どうか外務委員の方々、よろしく御賢察をお願いいたしたい次第でございます。  その前のいろいろなことにつきましての実例は、多少ございますけれども、省かせていただきます。

上塚司自由党

○上塚委員長 次は今井町会議長堀井重造君。

堀井重造滋賀県今津町会議長

○堀井参考人 まず問題の発端から申しあげてみたいと思います。五月十六日農林省の平川農地局長から県の指導課を通じまして、五月二十日に日米合同委員会が現地を視察するという電話連絡が当地にあつたのでございます。続いて五月十八日に地方事務所におきまして、県の開拓課と外務課の事務官が参りまして、二十日の日米合同委員会の現地視察の場合に、地元の要望があろうと思うから、その視察をスムーズにするために、一応事前に地元の要望事項をまとめておいてくれというようなことで、同日関係町村長、代表者のこの種の協議会があつたのであります。こうした報道が一たび伝わりまして、町民に与えました精神的な衝撃は、予想以上にはげしかつたのでございます。と申しますのは、終戦直後餐庭野が接収されまして、当時の進駐軍が、小部隊、短期間ではございましたが餐庭野に演習に来ました際、地元に与えた不安と恐怖と暴行と醜行為の追憶が全町民にきのうのごとくによみがえりまして、その憤激は期せずしてただいま申し上げました町民大会になつたのであります。町民大会におきましては、どういう決議がなされたかと申しますと、参加しました者は千名以上でありましたが、餐庭野が米軍の専用演習場または基地化されることに対しては、命を賭して絶対反対するというきわめて悲壮な決議をしたのでございます。こうした大会におきまして反対の決議が採択されますとともに、ただちに反対の運動に出ることを総会の総意でまとめまして、ここに反対実行委員会が生れたのでございます。私、委員長に選ばれまして、さつそく実行委員会を招集し、今後におきます私どもの運動のあり方について種々検討したのでございますが、最近全国的に問題になつておりますこの基地の問題が、その根底に横たわる大きな問題点のあることを私どもは考えたのでございます。こうした点をはつきりしない限り、基地の問題は根本的には解決されないとは思つたのでございますが、そうした問題はそれにはつきり取組んでいただける方々があるということをまず考えたのでございます。同時にまた私どもはそうした問題が必要であれば、また別な機会におきまして、この問題と取組む機会と方法があることを考えますとともに、大会の決議に現われました総意によりまして、餐庭野が現状を越えて米軍の専用演習場または基地化することに、反対するという基本的態度をはつきりしたのでございます。こうした態度から、私どもはただいま町長が申しましたように、愛町運動として、ただ一遂に郷士の平和と秩序を維持して、同時に地元民の生活擁護のための運動とするという決意のもとに、私どもただいま各関係方面に陳情しておるわけでございますが、私どもはこうしたことが祖国を正しく守る道であり、民主主義の正しい発展の過程であることを信ずるのでございます。  なお同時に申し上げたいと思いますことは、この反対運動が決して観念的な抽象運動でないことでございます。終戦直後、ただいまも申しましたように、アメリカ軍が餐庭野に来まして、当時いかなる足跡を地元に残して行つたかという事実であります。ただいま婦人会の代表から文教、風紀の点の御説明がありましたので、私は特に産業経済の面から、そうした事実の二、三点について率直に申し上げてみたいと思います。  大体今津町は、ただいま町長が申しましたように、ほとんど農業者でございます。接収地域内には百六十反の耕作地ありますが、当時はこの百六十反の耕作がの自由はまつたく奪われておりましたし、接収地に接続します水利あるいはその他の関係によるそうした地域が千九百反あります。こうした地域は非常に水利の点で迷惑があり、同時にアメリカ軍の暴徒によります不安のために、農民は極度に恐怖し、動揺いたしまして、生産の低下ははなはだしかつたのでございます。一例を申し上げますと、委員さんのお手元には地図をお渡し申しましたが、金吹池という私どもの貯水池があるのでございますが、この池を千三百反の貯水源として私どもは利用しておるのでございます。接収当時不法にもアメリカ軍はこの池の水位を五メートル以下に下げてはならないという立札をしたのであります。およそ貯水池にして水位の制限があるならば、貯水池の目的がどこにあるかということを私どもは考えるのでございます。当時演習場が狭隘であるために、接収軍の要求事項といたしまして、地元の意思を極度に圧迫されて一方的な見解による接収区域が要求されたのでございます。この区域がきわめて広汎にわたりまして、私ども非常に大きな迷惑をいたしました。しかもなお私どもそれにつきまして心外に思つておりますことは、その接収区域から二百メートル以内には農作場といえども液体を使つてはならないというようなこと、あるいは国道に沿います五百メートルの地域にわたつては、大麻の栽培は絶対に禁止するというような不法なことをやつて来たのであります。こうした中におきまして、昭和二十三年当時国内の食糧事情の窮迫から、私ども農民には大きな供米の責任が負わされたのでございます。私どもは関係機関にこの地域の実情を訴えまして、特に供米に対する割当の軽減方をお願いしたのでございますが、それも国の立場からやむを得ぬというようなことで、事前割当の形でこうしたきわめて悪条件にあります農民に対しても、一律に普通の割当量が来たのでございます。従つてこの地域の私どもは、五月、六月の季節をはずしては稲作ができませんので、夜間牛を使い馬を使つて田植をやり、除草をやり、中には七月の除草のために、まむしに手をかまれ足をかまれた人もあります。そうした非常な苦難があり、ことに秋になりますと、夜は冷えて参りますし、非常に夜間の作業は困難でありますが、そうした中を冒して私どもは刈取りをやりまして、一応農民としての義務を果して来たのであります。そうしたことをやつて参りまして、どこに私ども農民生活の喜びがあるか、あたたかみがあるかということを考えるのでございますが、こうした点に特別に御関心がいただきたいと思います。  なお旧陸軍が持つておりました餐庭野におきましては、採草、採薪にはきわめて地元民に好意と便宜をはかつてくれまして、私どもはここに薪炭を求め、あるいは自給飼料の給源を求めていたのでございます。ところがこれが接収されますと、たちまち禁止されますので、非常に私ども農業経営上困りますことと、なお大正十三年に旧陸軍が演習場が狭隘なために、一方的な軍部の圧力をもちまして、私どもの里山というのを追加買収したのであります。これにつきましても地元としては、当時私どもの同志の中には憲兵に検束されてまで、この強制買収に反対したのでございますが、そうした圧力のもとに私どもは涙をのんで屈服した事実を思い返しまして、こうした追加買収による地域の返還を機会あるごとに叫んで来たのでございますが、もしも餐庭野が演習場になり、あるいは基地化されます場合には、当然接収区域が拡張されることを予想いたしまして、私どもはそうしたことについて極度の不安を持つておるわけでございます。  なお精神的な打撃によります将来の損失について、特に私はお考えいただきたいと思います。今津町を中心にいたします餐庭野周辺の自然的条件、あるいは社会的条件につきましては、ただいま町長の方から説明がありましたので、私は省きたいと思いますが、ただそうしたきわめて生産の低位地帯あるいは社会的な文化水準の低いところでありながら、なお私どもはその地域に生れたことに喜びを持ちますとともに、将来への希望を持つて喜んで生活をしております。と言いますことは、私ども住民は私どもの土地が生みました先賢中江藤樹あるいは浅見絅斎先生の遺徳を継ぎまして、お互いが助け合うという美しい気持で、心のゆたかさあるいはあたたかさに、現実の苦難を乗り越えまして将来への希望に生きている、こういう地域でございます。そうした中に、ただいま婦人会の方からも言われましたように、アメリカ軍が来ることによつて私どもの環境が一変する。しかもその結果が、ただいま申し上げましたようなきわめてまじめな淳朴な勤労意欲を失い同時に他面淫蕩、頽廃のちまたと化するということになりますならば、その損失は私いかなるものをもつてしても償えない、こう思うのであります。  なお私どもがこの専用演習場または基地化に反対いたしますもう一つの理由は、地元がただいま申し上げましたようなきわめて小さいところでございます。たらいの中にはうりました石の波紋と、大海に投じました石の波紋とは、私は大きな差があることと思うのであります。私どもの地元にはそうした悪影響を包容消化するという何ものもありませんので、そうした環境の一変に伴う被害というものは予想以上であります。そのことは、私ども先年終戦直後アメリカが地元に参りましたときに十分承知しておりますので、この点を非常に恐れるものであります。  最後に、私は特に外務委員会の皆さんを中心に、アメリカ側にも、日本側にも、日本のすべての政治家にも望みたいと思いますことは、ただいまも申し上げましたように、こうした私ども純良な人間生活の喜びを求めまして、より前進的な面に人間生活の喜びを求めて、そうして現実の苦難を乗り越えて行こう、しかもそこには未来の創造というものに現実の苦難を克服したい、将来への希望に生きて行こうという地元民の誠実なる意思が、あるいは戦勝者の一方的な強圧によつて、あるいは国家の強権によつて、蹂躙されますならば、私はその結果ははかり知れないものがあろうと思うのでございます。そうしたことは徳川の圧制下におきます農民一揆をお考えくださいますならば、私どもの気持がおわかりだろうと想像するのでございます。私どもは大きいことはわかりませんが、少くとも自由諸国の一員として世界の平和を求めたい、こう考えているときでありますが、こうしたときに、ただいま申し上げましたように、私どもの誠実なる意思、誠実なる願いというものがもしも踏みにじられるということであるならば、これは民主主義の逆行であると私は思うのでございます。同時にたとい国に破防法の制定があろうとも、そこに恐るべき思想の乱調があり、また自由諸国の一員として考えますならば、反米思想の温床があろうと私は思うのであります。こうしたことは祖国再建の途上におきます一大不詳事と考えますので、外務委員長の方々はこの私どもの叫びを十分御賢察いただきまして、私どもえの特別なる御配慮をお願いいたしたいと思うのでございます。

上塚司自由党

○上塚委員長 これにて餐庭野関係参考人の意見の陳述は終りました。  次は岡山日本原演習場に関する意見の陳述を進めます。まず鷲田庄平君、岡山県県会議員であります。

鷲田庄平岡山県会議員

○鷲田参考人 鷲田であります。私は多くの関係者が参つておりますので、概念的に日本原の問題を申し上げたいと思います。該日本原は名称を日本原と称しますが、大体は広戸村、北吉野村、新野村、豊並村、豊田村を中心とする地域をさして名称を日本原と称しておるのであります。これは御承知の人もあると思いますが、中国山脈の中心で、那岐山の裏は鳥取県であり、表は岡山県の南端に面する地域であります。大体面積は東西八千メートル、南北二千五百メートルを基準とする地域にあります。この土地が軍に使用されることになつたのは、ちようど私が十三、四才のころであります。私はこの土地の最もこの演習地の中心に位するところに生れたのであります。当時の状況は日本が、日本勝つた、日本勝つた、ロシヤ負けた、負けても降参すればよいじやないかといつてちようちん行列をやつた時代、それを契機として日露の勇士が該地に帰還して来たのであります。その当時はまだ演習地として決定はしてなかつた。この土地に引揚げて来て、当時響くひげをはやした軍曹、曹長の長い刀を見て喜んだ。その当時は一年間を通じて演習をされたことが一週間、長くて二十日間くらいです。野砲と山砲と工兵隊の時折の演習だつた。それについては買収の条件として、農地はつくらしてやるのだ、従来の既得権は全部残つておる、土地は耕作さしてやる、薪炭林はさしつかえないようにしてやろう、雑草は提供してやろうという習慣によつて、大体今日まで来ておりました。  該地域の中に十六箇所のため池がありますが、このため池は勝田郡北部の面積何千町歩かの水源でありますることは論をまたないのであります。この地域は竹田わせの産地として最も多くの酒米を供する地域であり、この軍用地内に雑草を求めて、その農業を経営しておる。従いましてこの日本原の演習地は、一般軍用地の演習地であると同一の考えをもつて扱われることは、私は意外とするところであります。該地域の中にはまだ神社の境内を持つております。演習地を除きますと、その大半は民有地でありますとか、各村が持ちます共有地であります。この共有地には植林をいたしております。私の豊田村だけにおいても百何十町歩かの植林をしております。この植林に演習のたまが入りますと売れない材木ができる。直接間接に長い間農民が受けた損害は莫大でありますが、当時の状況におきまして地方の農民としてこれを強力に主張する力がなかつた。また損害があれば補償をしてやろうという契約も、四十年の久しきにわたつてほとんど一厘ももらつたことがないというのが事実である。当時の農民の考え方は、税金のいらない土地が持てる、資産の対象にならない土地が持てる、これなれば立ちのかなければならないという立場から、大体において一期、二期、三期にわたつて百二十戸が転居いたしました。この人が中心としてかつての既得権を持つている土地を耕作し、事実はこの土地は長年一種の売買ができているのであります。この点が私たちが他の演習場と違つて特別なものであるということを御理解があずかりたいと同時に、終戦当時よりしばしば国、関係の方面に対して返還を訴え、県議会においてはこれを決議し、農業委員会、あらゆる団体、知事、各方面から関係機関に運動を続けましたことは、請願、陳情、意見、幾たびかこれを出しましたことによつて御承知であろうと思います。幸い願つた点がかなつたのであろうか、今度初めて外務委員会が認められて、われわれに意見を述べよという機会を与えられたことには私たちは感謝いたしております。ただ私の申し上げんとするところは、一般の演習地でない、さらに現在は決定しておらないのに対して立入り禁止の札が立てられた。決定前に立入り禁止がしてあるという無謀なこと、他に及ぼします影響は他の地区と同一であります。思想上、教育上、利害上、むろんこの地域におきましても、よそと同様一部の利益を守る人もありましよう。大局的には該地域がもし演習地として使用されるようなことがあれば、近郊八箇村の経営はもちろん、関係町村はもう農業経営は成り立たない、牛を飼うこともできなければ、薪炭類を求めることもでき得ない、関係町村の農民の死活の問題であります。従つて農民は私たちが上京することを聞くと押し寄せて、どうかこの意見を述べてくれということが懇願されまして、そういう状況下に上京して来た次第であります。特殊の状況にあるということを再調査再検討されまして、よろしく御処置あらんことをお願いして私の説明を終ります。

上塚司自由党

○上塚委員長 次は岡山県県会議員内藤一已君。

内藤一巳岡山県会議員

○内藤参考人 前もつてお断り申し上げたいと思いますが、議会議員として公式の席上ではつきり私の意見を申し述べることのできない立場にあります。この岡山県日本原の演習場の問題につきましては、日本全体と地元並びに県におきまして議論の的となつておりますが、大体現在まで出ております線は、保安隊が使用するのか、あるいは日米共同使用をするのではないかというような線でありまして、行政協定に基くところの接収という問題については、最近あまり声がないようであります。ところが最近五月でありましたか、保安庁の保安局長が来岡されまして、三木岡山県知事とこの演習場の問題につきまして話合いがありました。その内客につきましては、新聞によりますと保安隊使用という点であつたようであります。それにつきまして三木知事は県民を代表して反対意見を述べられたようでありますが、その後岡山県議会といたしましてもこの問題が重大であるというので、去る六月十八日に何とかこの日本原演習場問題に対する態度を決したいという意見が出ました。しかしながら県としても重大な問題でありますので、これは直接関係の深いところの農地経済部常任委員会において、十分の研究を遂げて結論を出そうというようなことになりまして、現在その農地経済部常任委員会が熱心に研究を進めておる段階でありまして、議会の議員といたしまして、本日の席上において私の意見をこれに対してはつきり申し上げる立場でないということを御了解願いたいのであります。  しかしながら日本原を持ちますところの地元の議員として多少申し上げてみたいと思いますことは、ここが陸軍演習場になりましたのがちようど明治四十四年でありまして、何でもその演習場になつた場合に、陸軍が使用しなくなつた場合には、地元に払い下げるという約束になつておる、そこで終戦後相当期間米軍の演習場として使用されておりましたが、ぜひとも地元に払い下げてもらいたいという熱烈な要求があることは事実であります。私も地元議員として考えますのにこれは当然でありまして、できますことならば、千三百余町歩の土地を元の地元に払い下げてもらつて、その土地の向上発展のために資したいという点につきまして、何ら他意はございません。しかしながら日米行政協定が厳存し、従いましてわが国が駐留軍に対して演習場を提供する義務がある、その点から政府におきまして指定をされるならば、いかに反対運動をしても、現在これが国有地である以上やむを得ないということを考えるわけでありまして、その場合、現在反対の理由になつておりますのは、大体四項目であると私は思うのであります。まず今まで他の基地の問題につきまして御意見がありました風紀の問題、さらに実弾射撃の関係で人畜に危害を及ぼす問題、軍事基地としての絶対反対の問題、農耕地の問題、大体こういう問題がおもな反対理由であろうと思うのでありますが、国会におきましても、政府におきましても、全国的にこの基地の問題は相当にぎやかになつておりますので、いろいろの弊害、不利益などについては十分御承知であろうと思うのであります。従いましてもし折衝をされるならば、現地住民の声を十分に取上げてもらいまして、風紀の問題もあるいは人畜の被害の問題も農耕地の問題も、その他土地の向上、発展に役立つという強い線を出していただくということによつて現地住民の反対の声をできるだけ納得さしてもらうということよりほかに方法はないと思うのであります。私のはつきりした意見は、ただいま申し上げましたような事情で、目下岡山県議会において研究中でありますので、申しあげられませんが、そういう声が相当にあるということを申し上げまして、私の意見にかえたいと思います。

上塚司自由党

○上塚委員長 次は岡山県北吉野村村長芦田卓三君。

芦田卓三岡山県北吉野村長

○芦田参考人 日本原と唱えられます演習場の現在の面積は、千百六十町歩だと大蔵省は最近発表いたしております。陸軍の買収以来今日までの事柄につきましては、他の方から申し上げますので、重複を避けたいと思いますが、われわれこの演習場に関係しております四箇村の議会、村長は、戦後日本原の演習場は陸軍が解体した後は農耕地になるのだ、こういう率直な意見であるのであります。現在から考えますと、戦後七年、その間いろいろ制度の変遷もございますし、当時の感覚とはずれがございますが、お互いの村々にそのような土地のあることはふしぎであるから、困難がいろいろあろうとも、町村住民を代表する町村長あるいは議会議長ともに手を携えまして、関係方面へ一生懸命懇請しようというのが、払下げ運動の第一ページであります。当時六、三制教育の推進がありまして、町村の財源興亡をかけての新築校舎に追いまくられておりましたので、私を中心に関係村長、議会の決議によりまして、軍政部あるいは英連邦軍へ交渉を開始したのであります。従いましてあのときのまことに雑な兵舎ではございますが、日本原に当時残存しておりました兵舎と材木は新制中学校に、軍政部の許可を得てわれわれの力でそのように目的を達した。同時に大事なことは、その熱意に動かされました当時の岡山軍政部、またこれに勤務しておりました行政官、そういつた立場の方々の理解で、日本原の千三百町歩のうち百八十町歩が、米軍から解除されるということがあつたのであります。従いまして現在千百六十町歩が一時解除の残存面積であります。これは津山という都市がございますが、津山、鳥取に通ずる二級国道の北側でありまして、北側に鳥取県境でございます山脈を中心に展開しておる地帯であります。そのようなことでございまして、限られた時間に数々申し上げることはできませんが、要するにお互いの村のそういうところを、できるだけお互いの力で山になるところは山にしようじやないか、開田適地のところは隘路があろうとも、何とかお互いの村の自主性において、お互いの力でやろう、そういうようなものがはつきりしたのでは施策が遅れる、こういう気持は、払い下げられるだろうという期待感とともに今日かわりはないのであります。その後新しい状況といいますか、講和発効といい、行政協定といい、新しい段階に入りまして、国有財産である軍用地が再び村民の関心の的になつておるのであります。地元村長といたしましては、当初の気持は住民とともにかわりはないのでありますが、開田適地だということにつきましては、農林省当局より相当額の調査費も岡山県を通じて交付されまして、開田計画構想の一端に着手されているというような開墾計画もあるのであります。いずれにいたしましても、地元の念願はさようなことであります。しかしながら国策上それがかなわないということにつきましては、饗庭野から申出もございましたように、農村の現状を破壊しないようにということは当然要求し得ることでございましようし、不必要な場所に、至るところに軍事基地の設定がなされないということも行政協定にうたつてあるのですから、われわれの期待し得る御処理ができるだろう、さようなことを待つている次第であります。

上塚司自由党

○上塚委員長 次は豊田村村長須一源平君。

須一源平岡山県豊田村長

○須一参考人 なるべく地元関係者との重複を避けて行きたいと思います。  この演習地のことにつきまして、先ほど買収当時の条件のお話があつたわけでありますが、このたび新たに国有地に演習場を設けるのだという線から、いろいろな新しい構想のもとに今後長きにわたつて使用されるような計画ができますることは、たいへん私どもの不安に思うところであります。今まで述べられましたことが一般的な面にふれておりますので、各村の実情というようなところをお話いたしたいと思いますが、豊田村の場合をかりに申し上げてみますと、豊田村の中に耕地が一割強あるわけであります。そして百二十数戸の者がこれを耕しているという状態でありまして、村の平均反別から見ましても、非常に重要な反別の割合をその中に持つているわけであります。これが耕作できないというようなことになりますと、村としては大体困りますし、同時にこの千百六十町歩という面積の中に、豊田村の持つているものが三百七十町歩くらいあると思われるのでありますが、この面積は豊田村の山林の経済経営のできる面積の三分の二以上を占めるものであります。従つて豊田村は農山村でありますけれども、炭焼きを業とする者が現在一人もおらないというような山のない村になつているわけでありまして、今後村をよくして行きまする村長の立場から考えてみますと、どうしてもこうした土地をこの際村に使うようにさしていただくということが、一番大切なことだと私どもは思つているわけであります。そこで芦田村長の言われましたように、どうしてもこれは払い下げてもらいたいという要望を持つているわけであります。それからこれは広戸村という村と関係がありますが、広戸村のこの演習地に接しておりますところには未開発部落があるのでありまして、ここは八十戸ぐらいな部落でありますけれども、相当刑に服している人があり、村長の話によりますと、現在八十五戸ほどのところから十一人ぐらい刑務所に行つておるという話であります。もちろんこうした関係の部落でありますから、いろいろ問題がありまして、他の面からするところのそうした犯罪を犯したということにもなりましようが、ここの耕地面積は平均二反歩だと村長は言うておるのであります。すぐ隣が演習地でありますから、ここに耕地を広げる、しかも芦田村長が言いましたように、新しい農耕地を求めるという計画によつて、それらに土地を与えて行くということは、私どもお互い郷土をりつぱにすることにしごく大切なことであると私は思つておるのであります。こういう様子でありまして、この土地は、天然資源のほかにない、耕地にばかしたよつて生きて行かなければならない者たちにとりましては、他にかけがえのないものであります。四十年間の長きにわたつて陸軍に使つていただいたのでありますから、この際はぜひ私どもの先輩なり先祖がお願いをいたしておりましたことを、いろいろとお考えを願いまして払い下げてもらうことを念願いたしておる次第であります。以上で私の陳述を終りたいと思います。

上塚司自由党

○上塚委員長 次は岡山県豊並村議会議長延原芳太郎君。

延原芳太郎岡山県豊並村会議長

○延原参考人 さつきから内藤県議、鷲田県議、両村長の話がありました。私は豊並村の村議会議長をやつておりますが、去る本月の十日に豊並村議会において反対決議をやつてくれという、青年団というか、早く申しますと、まず社会党左派系、もしくは共産党に籍を置いたり置かなんだりといつたような青年団の連中から、またそれと何ら関係のない純真な青年まで、すなわち青年団の名をもつて、議会に対しまして豊並村の反対決議の要望があつた。そのときに前二人の村長からお話がありました関係六箇村の村長たちの会議で、いろいろ各村の事情もあるけれども、大体において軍事基地設置に対しては反対であるということの空気が濃厚であつたのであります。私の村は新野、北吉野、豊田といつた村とは趣を異にしておりますために、この反対の熱度もあまり熾烈でないという実情にあつたわけでありますが、七つの部落がありまして、その最北端の鳥取県境に接しておる部落がこの演習地接収のために被害をこうむる。その部落は高円部落と申しまして、大体百戸ほどの部落でありますが、これが実弾射撃のために採草に多少の困難を来すということであり、ここに共産党のいわゆる信者というか、思想的に信奉する青年、あるいは議員等がおりまして、これらの連中が特に地元として強烈に反対意見を開陳いたしましたが、私は豊並村の実情は大したことはないと思うのであります。人がおどるから自分もおどらなければならぬという義務はない。お互いに生活権擁護のために憲法に保障されたところの人間としての生活ができるようにという念願のために、われわれは衆参両院議員諸君に対して一票を投じたのである。しかるにこれがいわゆる反対意見の議員の多い場合には、われわれと反対意見が思わぬ方面に多数出て来る。しかしながらこれが一たび立法として制定され、われわれが出した議員諸公の定められたところの法によつて、これが国有財産となつて政府が執行し処理をするという場合に、むやみやたらにけんか腰で反対するということもどうかと考える。またいたずらに逡巡して言うべきことを言わないということも、国民の義務を果さないものだと言える。豊並村といたしましては、これらの観点に立つて頭から反対するという必要はないが補償の制度があるならば、これらに対して補償をやつていただきたい。実弾射撃によつて危険をこうむり、草刈りに行けないということに対する補償があるならば、その補償をやつていただきたい。またパンパンが来るから風紀上問題があるからといつて、補償せいといつても際限があるまい。これは要するに金をもつて算定すべきものではないと考える。これらのことは、私どもは一応地元選出の信頼する議員諸公に頼んでおけば事足りると考える。われわれはそのために信頼して出しておるのである。あまり声を大にして両院議員諸公の前にさまざまのことを申し述べるということは、はなはだ感心せぬと考える。しかし実情がわかつていない場合においては、大いに述べる必要があるし、又義務もあり権利があると思うのであります。かような意味で、本日も突然やつて参つたのでありますが、私どもは政府のなされるところのこの、国有財産の処分に対してはまつこうから反対しません。よろしくやつていただきたい。すなわちわれわれの生活権を擁護するためにわれわれが選出した議員諸公が、われわれのためにやつていただくのであるからして、けつこうだと思います。その際に両村長、両県会議員の言われたようにやかましく言わなくても言つても、われわれ日本国民の生活の全責任は、いうまでもなく両院議員諸公にあると考える。それであまり多くは言いませんでもこれを党勢拡張に利用されたり、もしくは個人が何か利権を得んだめにこの軍事基地反対を高く掲げるようなことのないようにすべきだと思う。もしそういうことがあれば、選良諸公においてこれらの点を是正されて、よろしく御検討願いたい。そして日本原軍用地接収の問題につきましても、生活権擁護のために、特に格段の御考慮をお願いしたい。私の供述はこれで終ります。

上塚司自由党

○上塚委員長 次は岡山県新野村村会議員植月覚君。

植月覚岡山県新野村会議員

○植月参考人 私はただいま皆さんよりお話のありました日本原演習地の地域が、六箇村にまたがつておりますが、その中の新野村と広戸村の二箇村の接合地のようなところに位しております日本原の、いわゆる商業地帯としての住民代表の名において供述させていただきます。重複を避けまして、ごく簡単に箇条書に申し上げます。  一、講和条約をもととしまする安保条約並びに其の他諸条約を全面的に否定する一部の方々とは、根本的に主張が異なつております。  二、民主憲法のもとに成立した条約や保安隊設置は、国民として容認し助長すべきが当然な義務であると考えております。  三、保安隊の存在する以上、これが訓練に必要な場所を提供することは、しごく当然でありまして、日本原は国有地であるため最適であることは言をまたないのであります。新たに国有地以外に土地を求めんとすれば、摩擦の多いことは内灘の例に見られるごとくで、国民に不必要の動揺を与える結果となるでありましよう。  四、日本原使用は、専門的な確言はできませんが、農耕地に大した影響がないということであります。農耕地とは既耕地の意味であります。  五、演習地に最適な日本原を開拓するより、既墾地増収施策の方が国利で、しかも近道であると存じます。  六、日本原に保安隊が駐屯するとせば、付近農家は生産品その他の物資の納入等により、有利な地歩を得ることは確実なことであります。  七、演習地廃止と同時に、豊田村を初めとし各地域内の山林が、盗伐により国家林産資源に脅威を与えた事実があります。  八、現在出張演習中の保安隊員の規律整然たる動作行動は、風紀上決して悪影響を及ぼしておるとは見られないのであります。  九、演習爆音は四十有余年試験済みで何ら不安はないと存じます。  十、開拓者入植といたしますれば、既農家は採草採薪炭に必要な土地を失う結果となるため、むしろ迷惑を感じ、演習地として既得権を存続する方が有利であるとする者が、農家の中に多数あるを見のがしてはならぬと存じます。  十一、最近日本原軍事基地反対陳情書捺印が、半強制的、半恐喝的になされております。私も見たり事実聞いておりますから間違いありません。  右の条項を検討するに、国家的にも功罪はただちに判然すると思うのであります。反対の実体は一部の方々の党勢拡張にあつてはならないと強く感じるものであります。かかる行動こそ、一般民衆の福利を顧みず、ためにせんがための何ものでもないと極言せざるを得ませぬ。  最後にわれわれは、日本原周辺の農業経営者のほんとうの福利こそ、日本原商業地帯住民の幸福への道であることを忘れてもおりません。農業者の既墾地その他の既得権益は最高度にこれを認めていただいて、補償等の面におきましては最大なるものをこいねがつてやまない次第であります。  以上本日の米軍に軍事基地を提供するという課題におきまして、実は的をはずれたことを申し上げたことになりますが、われわれの聞き及んでおりますところにおきましては、日本原の軍事基地ということは、あながち駐留軍が実際に使うのではないということを仄聞しております。ためにこうしたことを的はずれに述べたことに相なりましたが、その点御了承を願います。以上であります。

上塚司自由党

○上塚委員長 これにて奈良県RRセンター、滋賀県餐庭野及び岡山県日本原に関する各参考人の陳述は終了いたしました。午後二時より再開し、参考人並びに政府に対する質疑を行います。参考人各位には午後二時当委員会にお集まりを願いたいのであります。  暫時休憩いたします。     午後零時二十一分休憩      ————◇—————     午後二時三十分開議

上塚司自由党

○上塚委員長 休憩前に引続き会議を開きます。  これより参考人及び政府当局に対する質疑を進めます。なお質疑は各区域ごととし、一区域の持時間を一時間ずつといたします。従つて一人十五分程度におとどめ願いたいと存じます。  まず小瀧外務政務次官より発言を求められておりますから、これを許します。小満外務政務次官。

小滝彬自由党外務政務次官

○小滝政府委員 先日本委員会におきまして須磨委員から御発言がありまして、アメリカ大使館の方へ、ダレスの議会で述べた点について詳細な事情を聞いてやるようにという御意向でございました。その際申し上げましたように、もうすでに私どもは十一日にワシントンの大使館に問合せを出しておつたのです。ところがちようど土曜日であり、翌日が日曜でありましたために、回答が遅れて参つたのでありますが、概要申しますと、十個師団云々というダレスの発言は、あらかじめ準備せられた説明のあとで、マグナソン議員との質疑応答の際にエクスペイシエイトリーに行われたものであつて、それを速記録によつて見ると、いわゆる警察予備隊を十個師団を目標に持つて行く予算を日本は通過させるものと信ずるというようになつております。あるいは原文をお知りになりたいかと思いますから、これを読み上げます。ウイ・ビリーヴ・ザ・ジヤパニーズ・ウイル・パス・ゼヤ・バジエツト・ホイツチ・ウイル・プリング・ソーコールド・ナシヨナル・ポリース・フオーセス・アツプ・トワード・ゴール・オプ・テン・デイヴイジヨンズ、こういう言葉を使つておるのであります。なおその際国務省の係官の方では、このダレスの言つた趣旨は、次のようなものであるという説明をいたしております。日本のMSA受諾は、保安の部隊の規模を増加することに基礎を置かなければならない。長官の言は日本において誤解されないように希望する。日本が究極においては少くとも十個師団を保持することを必要とすることは、米国の軍事専門家の率直な感じであるが、さしあたつての目標ではない。MSAは日本の保安の部隊維持の現在の費用に充てることを援助するだけのものであるというふうな趣旨を言つたそうであります。なお本日いよいよ話合いを開始することになつて、第一回の会合を行うことになつておりますから、だんだん向うの考え方もわかつて、さしつかえない限り、随時ここに御報告することができるであろうというふうに信じております。

須磨彌吉郎改進党

○須磨委員 ただいまの御説明はその通りだろうかと思いますが、十一日にそれがあつて、さらに十三日にこれを解説いたしたものを私はラジオで聴取いたしておるのであります。それによりますと、アメリカの方では、日本の防衛軍というものを究極においては三十五万、これをアメリカの数え方でいたしますと十個師団、これを必要とするものと見るのである。この究極でございますが、究極においてと申しましても、そういうことを目標といたしますためには、今から軍事専門家の立てる案でございますから、わが日本の当局者とも、たとえば保安長官等とも何らかの打合せがあるものと思うことは常識だと思うのでありますが、さような事実はないのでありましようか。また三十五万、十個師団というがごときものは、政府がよく申されております、経済力の伴わないうちは防衛軍は置けないという趣旨からいたしますと、きわめて天文学的数字のごとき大きなものになるわけでありますが、これに対しては政府は今まで何らの御疑念をお持ちにならなかつたのでありましようか。その点お伺いしたいものであります。

小滝彬自由党外務政務次官

○小滝政府委員 ただいまの須磨委員の御質問にお答えいたします。これまでのところ、こうした兵力量というようなものについては、全然話合いがなかつたように私は承知いたしております。今後あるいはそういう数字が出て来るかもわかりません。この三十五万という数字が正しいとすれば、須磨委員のおつしやる通り、私どもも非常に厖大な数字であるという感じを持つわけでありますが、これまでのところは決してそういうことを聞いたこともないしと、実はわれわれもびつくりしたような次第であります。今後の話合いによつてだんだん明らかになつて来ることと存じます。

須磨彌吉郎改進党

○須磨委員 いま一つ、ただいま政務次官からの御説明の中にありましたマグナソン議員との問答の話でありますが、その間答は私もラジオで聴取いたしております。それによりますと、マグナソン議員は先般当地に参つて、朝鮮にも参つたということでありますが、そのときの感想からいたしまして、もし朝鮮で何か攻撃力が起つたならば、日本はあるいはあぶないかもしれぬ。そうなると日本にはどうしても防衛力は必要だと思う。これに対して長官は、さようであると答えている。それからすぐ次いで、その防衛力を今は——保安隊と警察予備隊と間違えておるようでございますが、警察予備隊と呼んでいるようであるが、その名前はどうであつても、という質疑応答があつたようでございます。この点は先月の本会議における質問のときにも申したのでありますが、名前はどうであつてもということはアメリカの方でも申しておることでありますが、この質疑応答の状態から見ましても、アメリカにおいてすでに、名前は保安隊であろうと警察予備隊であろうと、それはいざ鎌倉というときには日本の防衛に備えるものである。かようなことをいかにも思わさせることが、現にこちらに参りました上院議員のマグナソン、しかもこの人は去年もおととしも来て、日本の事情には通じた人でありますが、この人の印象の中にもあるわけでございます。マグナソンは総理大臣とも会つた様子でありますから、政府の方ではさようなアメリカ側の御感想を受けておられるかどうか、これを伺いたい。

小滝彬自由党外務政務次官

○小滝政府委員 日本でも自衛力の増強ということはかねがねから申しているところでありまして、自衛力を漸次増強して行くということは考えているところでありますので、その点においては一致すると存じます。しかしそれでは今の保安隊は、名前はいずれにせよ、直接侵略、間接侵略双方に対して備え得るものであるというようにアメリカ側は考えておるかどうか。この点については須磨委員の御解釈は名前はいずれにしてもその意図を持つてやつておるというお考えでありますが、しかしまたこの前ダレスが十個師団云々ということを申しましたさきの言明を振り返つて考えてみましても、その中には日本の憲法上の困難があるとか、あるいは保安隊は純粋に防衛的なもので、日本国土の防衛及び治安にだけ使用されるものであるというような言葉も使つておるのでありまして、その点はあるいは思想的に多少あいまいな点があるかもしれませんが、保安隊の性格そのものについての根本的な考え方は一向うでもわかつておるのじやなかろうかというように、私はその情報を読んだのであります。

須磨彌吉郎改進党

○須磨委員 まさに私の問うているところをお答えくださつたようなわけで、向うでもわかつておる、われわれもわかつておる、これは本質的には防衛の軍隊であるというように思つておる次第であります、今申された憲法のことをわかつておるというのだが、きようは私は英語を申すことは差控えたいのでございますが、向うでも憲法の条項があるから日本はできないということを、日本が口実にいたしておるということをしよつちゆう申しておる。憲法の条項を今の政府が持ち出しているということは、それでもつて警察隊というもの、保安隊というものを軍隊にしない口実にしているのだということが、アメリカの一般の印象であります。これはマグナソンとの応答の間にもあり、また従来の新聞論調等にも現われ、すでに私は先月十八日の本会議において指摘したところでございますが、向うは憲法というものを口実にしているということを、あの国防省次官補のフランク・ナツシユという人が十七日の公聴会においてはつきり申しておるのであります。この口実ということをよく考えなければならないのであつて、私どものよく問題にいたしますのは、本質的にこれは防衛に当るものではないかということを申すのでありまして、ちようどこういうように参りましたからお尋ねをいたしたいのでございますが、きのうから始まりましたMSAの交渉というものが、これは防衛でない、軍隊でない、ただの警察のためにやるというのならば、日本が独立してから警察のために外国の資本を借りるなどということは、独立を抹消する事実であります。どうしても先ほど来申されたように実際は向うでもわかつておる、やはり防衛に当るものだと思つておるようだと考えるのでありますから、いま一応伺いたいのでございますが、この憲法というものを向うは口実にしていると思つておるのであつて、今次官の申されたような意味ではないと思うのでありますから、この口実から離れて、実質的にだんだん経済力ができたら防衛軍を持ちたいと思つておる、その軍隊に当るものではないでしようか。軍という名前がきらいならば、私が名前をつけましようか、国土防衛隊としてもいいかもしれない、そういうものに当るものではないのでございましようか。現に外務省からお出しになつた文書にはホーム・デイフエンスという言葉がございますが、それを訳しましても国土防衛隊というのは当るかもしれません。それこそ名前はどうでもよろしいのでありますが、その実質的な性格をアメリカではそう見ておるのではないかと私どもは考えるのでありますが、それについて一言承つておきたいと思います。

小滝彬自由党外務政務次官

○小滝政府委員 将来そういう須磨委員のおつしやるような性格のものになるかもしれぬ、それは存じませんが、現在におきましては憲法下においてあくまで間接侵略に当てるということにしている、保安庁の官制を見てもそういうようになつておるのであります。ホーム・ディフェンスの話もございましたが、ホーム・ガードというものは直接侵略に対抗するところの軍隊の補助のようなもので、イギリスにあつたように記憶しておりますが、義勇軍のような、正当防衛でやむを得ないときにその方にも使わざるを得ないという事態が起るかもしれないけれども、目的としてはあくまで保安庁の官制が示しているようなものであるというように御了承願いたいと思います。

上塚司自由党

○上塚委員長 須磨君もう時間が来ましたからこの程度にとどめていただきたい。

須磨彌吉郎改進党

○須磨委員 ちようど重要な点に参りましたから、もう一言申しておきたい。それはもし防衛ということにしないというのならば、保安庁法の第四条というものを改正しなければならぬと思う。あれには平和及び秩序のためとなつて、これが警察予備隊令第一条にもそうなつておる。どこを探しても防衛のためなんという言葉はございません。ホーム・デイフエンスのためになんということにするのならば、保安庁法の改正を要することになる。しかしきようはただいままでの私のお尋ね申したことに対するお答えの御趣旨は私は言外によくわかりましたから、かつ時間をとらないためにこのままで私は質問を打切つておきます。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 ただいま重要な説明をいただきましたが、MSAの問題について、せんだつてから外電にありましたようなダレスの証言もありましたし、われわれ早く外務当局にこの問題に対する真相を明らかにして所信を伺いたかつたのでありますが、きようはあいにく前もつて参考人の方々を遠くの方から呼んでおりますので伺う機会がないので、こまかいことは次の委員会に譲りたいと思いますが、先ほど委員長を通じて当委員会にも報告がありましたように、きようから正式な交渉に入つているわけなのです。このMSA問題につきましてわれわれが最も心配いたしましたところは、MSAの五百十一条に規定するところのミリタリー・オブリゲーシヨンをどういうふうに日本にこなすかということであつて、それにこれは関連しておるわけです。従つてこの問題は、今須磨委員に対しまして、今まで兵力増強の計画は向うから何ら正式の交渉を受けていないというお話でありましたが、しかしながら向うではもうすでに議会においてそういうことが討議されております。しかもそれはただしたところが、当面の政策ではなくて究極の政策であるということであつた、こういうお答えでございましたが、究極とは一体いつを目標にしているのか。一つの段階に至るときに、たとえば昭和三十年なら三十年に十個師団というような場合には、二十九年まで現状維持で、三十年でもつて一ぺんにやれるようなそういうことは、技術的にもまた予算の措置からいたしましても困難でございます。従つてグラデユアルに漸増する計画を日本にも立てさせなければ、向うとしてはその目的を達することができない、従つてこういう重大な発言をしております。しかもMSAにおきましてははつきりこのミリタリー・オブリゲーシヨンという言葉を使つておるわけです。それがただ日本においては憲法の条項があるので、そこでひつかかるから何とかこれをごまかさなければならぬ、さらに向うのダレスその他の人々の談話を見ますと、憲法の問題については内政干渉であるから、この問題については日本人が適当に処理するであろうということであります。そういうことを言つておる。憲法を改正し、またはしなくても兵力をつくることを適当にやるであろうということを言つて、あくまで兵力増強の計画については一貫して今日までに至つております。従つて、きようから交渉に入られたようでありますが、交渉の劈頭、この兵力増強に対する向う側の真意と日本に対する要望を出されまして、次の委員会に責任のある答弁をしていただきたい。向う側の増強計画を日本にどういう形でどういう内容をもつて要求しつつあるのか、向うから正式なる交渉がなくても、この問題については、今言いましたように向うでもすでに談話を発表しているし、それからMSAの法律条文の中にそのことが書いてありますので、これによる援助を受けますためには、日本に対する兵力増強計画その他のミリタリー・オブリゲーシヨンをどういう形で要求しているか、その内容をまつ先に交渉の劈頭に相手の真意をただして、それをまず当委員会に政府のまとまつた責任ある報告として報告していただきたいことを特にお願いいたしますが、よろしゆうございましようか。

小滝彬自由党外務政務次官

○小滝政府委員 まず第一に究極というようなことが書いてあるが、これは一体いつごろを意味したものであるか、漸増しなければそういう究極に達しないではないかというお話でございますが、これは向うのダレスが一方的に言つたことであつて、先ほど読みました点は、向うがこういうような考え方で行つておるということを現わすのでありまして、私どもとしては仰せの通り、向うと話し合つてみなければ、どういうことを考えておるのかわかりません。  それからミリタリー・オブリゲーシヨンということをおつしやいましたが、これにつきましては、すでに六月二十六日のアメリカの大使館からの回答等で明らかだと存じます。これは決して安保条約の条項以上に出るものではないということを、はつきり回答して来ておりますから、あの回答でこの点はおわかりくださるだろうと存じます。なお今後交渉にあたつて兵力量というようなことは非常に重要な点だから、その点をまずつつ込んで聞いていただき、ただちに委員会に報告しろというお話でございますが、これは兵力量のみならず、MSAの援助を受けるということになれば、あらゆる点が重要でありますから、われわれとしては十分そうした点を究明いたしたいと考えております。しかしそれをただちにこの委員会で説明することができるかどうか、これは外交交渉のことでもありますし、心構えとしてはできるだけ皆様にお知らせして、国民の批判を仰いで進んで行きたいと考えますけれども、それをただちにここへ報告し得るようになるかどうかということについては、残念ながら確約をお与えすることはできないと思います。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 委員長……。

上塚司自由党

○上塚委員長 穗積君、もう本題に入りたいと思います。そうやつておると切りがないのです。MSAの委員会でありませんから、これはその辺にしてもらいたい。  次に奈良県RRセンター関係について通告順によつて質疑を許します。穗積七郎君。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 政府委員の方にお尋ねいたしますが、奈良県の接収の場合には、市長初め市当局には何ら予告なく、突如としてこの作業をお始めになつたということを聞いております。しかも市長の御陳情によりますと、どういう形であるか知らないが、一部の業者にはこれが漏れておつた。これはむろん政府から正式な情報として業者にお流しになつたわけではないと思いますが、市長なりその他の市の当局の立場からいたしますならば、業者にすら漏れておるのに、市の責任者に対して何ら予告なりあるいは打合せがないというようなことは、非常に立場上苦しくならざるを得ないのであります。そういう意味で、一体どういうわけで予告なしにこういうことをお始めになつたのか。しかもこの問題は占領中のことではございません。講和発効後のことでありますが、そうしますならば、正式な法律的基礎なり、あるいは独立国の政治としての常識的な手順をふんでこの話を進めらるべきであると存ずるのでありますが、そのゆえんを最初にお尋ねいたしたいと思います。

嶌内敏郎外務事務官(国際協力局第四課長)

○嶌内説明員 私は本問題については、直接担当しておらなかつたから詳しいことは存じませんが、奈良の施設につきましては、これは占領中調達されたものは、その後ラスク・岡崎交換公文によつて継続しようという形をとつて参つたわけであります。またこのRRセンターが設定されたということは、年月日は覚えておりませんが、これは朝鮮動乱後の問題でありまして、講和発効後ではないと存じております。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 市長にお尋ねいたしますが、これはいつからでございましたか。

高椋正次奈良県奈良市長

○高椋参考人 昨年の五月一日と記憶いたします。今政府委員さんからお答えのありましたように、元はキャンプとして使用されておりました。その後継続しております。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 それでは従来のキャンプとしての使用を継続し、しかもこれを拡大するという手続でおやりになつたのですか。

嶌内敏郎外務事務官(国際協力局第四課長)

○嶌内説明員 これは施設としてそのまま継続使用であつて、その前のキャンプと称するものに関しましては、あるいは名前が違つておつたかしれませんが、軍の仕事の内容は大体ほぼ同じようなものであつて、ただRRセンターという名前がついたのはいつか存じませんが、その過程においてであると存じます。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 市長さんかあるいは松井さんどちらでもけつこうでありますが、これは先ほどのお話でわれわれ理解するのに、なるほどあえて答弁すれば継続使用になる。しかしながらその規模において、それからその後奈良市並びに奈良市民のこうむりますいろいろな影響については、単にやや規模が拡大されたというような性質のものではなくて、名前がかわつておるごとく、相当質的に拡大されたものだとわれわれはお話を伺つたわけですが、そういうふうに大きな変化が、新設しますのと同じほどの変化が、奈良市並びに市民に対してあるような施設をやる場合に、今のお話のように継続使用でやつたので予告はしなかつたのだというお取扱いについて、一体満足されておらるるでしようか。

松井喜三奈良県奈良駅勤務

○松井参考人 今御質問のように、実は元はほとんどたんぼでございましたが、終戦前に興亜機械工業という航空気の部分品をつくつておつた工場でございまして、戦後賠償指定工場になつたように承つております。その後これが駐留軍によつてキャンプになつたかどうか、実は今はつきりと記憶はいたしておりませんけれども、去年の五月一日に大阪の住友ビルから移つて参りましたキャンプは——当時キャンプという名前がついておつたかどうかは記憶しませんけれども、その工場がいわゆる賠償指定工場で六年も七年もほつてありましたから、ほとんど雨も漏り、そうしてあばら家同然になつておつたものと記憶いたしております。その後急にここに手を加えられて、PXやあるいは倉庫などが次々に建てられて、敷地はほとんどそのままでありますが、内容の施設については、外の三条大通りを通つておりましても非常に目につくほど、施設が拡大強化されておつたと、私は一年前の状況を記憶しております。従つてその付近一帯には農家が三十二軒しかありませんが、そのセンター街の前には、その後六月、八月に及んでキャバレーあるいはレストラン等が百軒近く相次いで実は建設されました。従つてわれわれは決して継続使用という考え方を持つておりません。むしろそうしたあばら家同然の施設が、五月に移つて参りましたときに拡大強化されたというふうに、一般の市民は印象づけられております。

高椋正次奈良県奈良市長

○高椋参考人 松井君とは多少私理事者としての関係で立場が違いますから申し上げておきます。このRRセンターのございます場所にある施設としての建物は、その以前に駐留軍が使用しておりました建物をさようにたくさん増強したとは考えられておりません。私もそう思つております。私は一昨年の四月から市長に就任いたしておりますが、その状況は前に使われておつた施設の建物の状態とあまりかわつていないように思います。しかし中の施設はすつかりかわつておる、私はかように申し上げていいと思います。その周囲の範囲というようなものも従前と同じであります。市民はその中を見たものはほとんどないのでありますが、われわれも一回か二回中に入れてもらつただけでありまして、中の様子は外から全部わかるはずのものではない、そういう状態であります。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 続いて参考人の方にお尋ねいたしますが、先ほど、昨年五月にわれわれに予告なしにこういう施設がどんどん名前もかわり、また増強されるようになつたというお話で、その言葉の中に継続使用であるからこつちに断らぬのは当然である、継続使用であつて名前がかわつた程度で、やむを得ないというようなお気持ではなくて、予告なしに昨年五月からこういうことが始められたことに対して、心外に思われるような口吻をわれわれさつきの供述の中からうかがつたわけであります。そこで、どういうわけで今まで継続使用であつたものを、ここで続いて使用されるのに、昨年五月あらためて断らないのか、意外なことだというような不満といいますか、そういうものは一体どこから出て来ているのか、それを伺いたいのであります。たとえば一例を申しますれば、占領中のことであるからやむを得ないが、独立国になれはこれはむろん解除されるものだ、つまり解除されるものだ、そのキャンプは撤去されるものだという予想に立つていたところへ、さらに拡大して名前をかえて恒久的にすわり込んで来た、こういうことで、そのときに一ぺん断らないのはおかしいというふうにお思いになつたのは、どういう理由によるのか。断らないのが当然とお思いになつて、言葉の端でそういうことになつたのか、断るのが当然だとお思いになつておるのか、その点をあらためてお伺いいたしたいと思います。

高椋正次奈良県奈良市長

○高椋参考人 ただいまのお尋ねでありますが、当初はキャンプと同じようなものだと心得ておりました。RRセンターというものがどういう形態において現われて来るかということはまるつさりわからなかつたのであります。それで別に異議を申したわけでも何でもないのでありますが、あそこに設置されましてから後の状態を見るにつけましても、こういうものであるならば、一応われわれのところへ話してもらつにらどうかという気持を申し上げたのとあります。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 政府委員にお尋ね申し上げますが、今高椋参考人のお話によりますと、名前がかわつただけでなしは、市民生活に及ぼします影響は質的な変化を来しておるようであります。その事実が、今日これを撤去してもらいたいという地元の要望になつて現われて来ておるわけであります。従つて先ほどは継続使用であり、名前をかえただけであるというふうなお話でありましたが、こういうふうな半恒久的な施設をここへすわり込ますというようなことになれば、今市民の方が感じておられるような、それによる影響の変化があるわけですが、政府の方はそれを予測されなかつたでしようか。

嶌内敏郎外務事務官(国際協力局第四課長)

○嶌内説明員 私は手元に資料を持つているわけではございませんが、ただいまのお話に対してお答えいたします。われわれの聞いた範囲においては、この使用内容等がかわつたからといつて、町に対する影響の変化が大きかつたというようなことは聞いておりません。むしろこの奈良における施設の問題につきましては、一部においてはぜひとも置いていただきたいというような強い要望もあつたくらいでありまして、われわれ事務当局といたしましては、すべての要素をすべての面から研究して結論を出すということになつております。町の要望というものも一応考えなければならないし、またその使用内容はかわつたとて、その影響が非常に大きかつたというようには聞いておりません。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 あなたは午前中の参考人の供述をお聞きになつたかどうかは知りませんが、これは何も一派に偏した方々ではなくて、市長並びに団体の役員の方々のお話によつてわれわれが伺いましても、非常に中正妥当な市民の要望を訴えられる御意見だと伺つたのでありますが、RRセンター設置後におきましては、あげてこれに対し非常に、顰蹙をし、不満を持つておられる事実をるる御供述になりました。あらためて政府の方でも、その変化並びにその後起きております市民の要望を、ひとつ謙虚にお聞きいただきたい。  きようは参考人の方をまじえての会合でありますので、あとの処理の問題につきましての問題については必ずしも参考人の御同席を必要としませんし、また伊関局長もお見えでないようですから、あらためて御出席いただいた機会にお尋ねいたしたいと思いますが、これに関連してもう一つお尋ねしておきたいと思いますのは、この奈良のRRセンターだけでなしに、そのほかの地区におきましても突如としてという言葉を再々伺いました。それは一一ここに書きとめておりますので申し上げることはできますが、政府は何ら地元の一末端の農民ではなくして、責任ある理事者、または議会関係、こういうものにすら全然予告なしに、方針をきめて乗り込んで来られる。たとえば山形のごときは無断でもつてどんどん木の伐採を始めてしまつたというようなことを訴えておられます。こういうことはかつての戦争中の内閣ですらしなかつた。それが民主主義の本家であるような顔をしておるアメリカ軍と、その協力者で、戦争後民主義でなければ夜も日も明けぬといつておる政府が、そういうことをやつておる。しかもこの間の委員会でも問題になりましたが、予告しないという政治的なミステークだけでなしに、法律的な手続すら完了しないでやつておるのは、どういうおつもりでやつておられるのか。それは占領中に接収されたところでは、占領中であるからやむを得なかつたということを口実にされたのですが、今日に至りますならば、占領中のものでもこれは一旦切りかえなければならない。のみならず、内灘とか、ここに新しく接収、設置しようとする場合におきましては、法律的にも政治的にも当然十分なる、民主的なる手続をとつてしかる後にやるべきだとわれわれは思うにもかかわらず、何とかすわり込んでおれば——伊関さんの御答弁を聞いてもそうですが、とにかくすわり込んでおるならば、既成事実をつくつておけば、あとはあきらめやすい日本人であるから、何とかあきらめてくれるであろうという式のやり方を随所でやつておられる。これをわれわれは非常に遺憾に思いますけれども、今までの供述の中でもこのことを随所で伺いました。こういうことに対しては、今までのこともありますが、これはあらためて伊関さんがお見えになつたときに伺いますが、そこで今後のことについてこの際よく伺つておきたい。そういうやり方に対していささか非を感じておられるか。もし非を感じられるならば、今後はそういう政治的または法律的なミステークはやらないということを確約していただけるかどうか。その点をお伺いいたしたいと思います。

嶌内敏郎外務事務官(国際協力局第四課長)

○嶌内説明員 ただいまの委員の質問は漠然とした質問ではございましたが、私の知る範囲内においてお答えしたいと思います。抜打ち的にいろいろな処置をとるというようなことは、事務当局としてはあえてするというようなことはありませんし、むしろ地元と相談の上きめて行くという方針を現在とつております。また占領下においてはいたし方がなかつたというようなことはあつたといたしましても、講和発効後においては、多少占領の惰性においていろいろ間違いが起つたと思いますが、ただいま立木の伐採だとかなんとかという例があがりましたが、これにつきましては、一般条件に関する件というものが合同委員会において成立し、これによつて地元の方において米軍と日本側との間に懇談会を設けて、地方において話し合つて解決して行く。私ども中央におる者は小さいことまで一々目が及ぶわけでもありませんので、地方的にこれを解決して行くようにただいま努力している次第でありまして、今の委員の要望通り努力していることはここで再三申し上げた通りであります。

上塚司自由党

○上塚委員長 穗積君、時間をすでに三分超過いたしました。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 それでは最初地元の方に一点お尋ねし、政府にお尋ねして、それで終りにしますが、今RRセンターができております土地は、戦争中に工場ができてたんぼが接収されたということであります。全国的に戦争中の工場設置の場合は、もしその工場をやめたときにはその耕地は耕作農民に返すというような条件で、売却または使用権を譲渡した場合が多いのです。そういう事実がある。すなわち土地の問題については、現在は所有権または使用権が向うへ移つておるけれども、その工場がやまつたときにはこちらへ返るという既得権がついておる土地であるかどうかを伺いたい。これは後に補償問題にも関連いたしますから承つておきたい。  もう一つは、次官に特にお尋ねいたしますが、お聞きになりませんでしたかどうか知りませんが、ただいまのRRセンターの問題につきましては、第一が犯罪が激増しておる、第二はパンパンあるいはまたポン引等が市中を公然と横行し、あるいはその業者の争いで血を流すような事実すら出て来ておるということで、衛生、風教上よろしくないという点、第三点は、世界的な古文化財を保有しておるところであつて、そのゆえをもつて京都、奈良は戦争中ですら爆撃を受けなかつた。そういうところへRRセンターほか軍事基地があるのですが、そういうものを誘致すれば、そのことによつて、いざ何か緊急事態が起きましたときには、直接の爆撃の目標ではないが、軍事基地を爆撃する目的をもつて、奈良市の古文化財もその被害をこうむらざるを得ない。何がゆえにこういうところへそういうものを設置されるのか。これを撤去してもらいたいというのが御要望でございます。われわれ伺いまして、他区とはまた違つた意味の納得の行く理由がつけ加わつておると思うのです。この文化財保護の問題について、政府は奈良地区における軍事施設その他について再考慮する心がけでないかどうか。これを切望いたし、同時に質問といたします。

高椋正次奈良県奈良市長

○高椋参考人 敷地の問題についてお答え申し上げますが、この敷地は元競馬場でございます。従つてこれは一般人の所有ではなかつたはずであります。競馬場が他に移転をいたしましたために、そこに残つておつたものを工場に買い受けてやつたのであります。

小滝彬自由党外務政務次官

○小滝政府委員 犯罪の点でありますが、全般的に見れば年々犯罪数は非常に減少して前よりもよほどよくなつたことは、統計的にも御存じだと思います。しかし特に奈良にはパンパンが横行するというお話でありますが、これは駐留軍の方でも非常に残念に思いまして、今日本側と協力して現地で連絡協議会を設けるようになつておることも、これまで政府委員から説明した通りであります。また文化財があるのにそこに軍事基地のようなものがあれば、万一のことがあつたらたいへんであるという御懸念まことにごもつともでありまして、でき得れば他にかわるべき地区があればそこに持つて行きたいと考えますが、これにつきましては、すでに参考人の方からいろいろお話があり、また市長さんも御熱心であるということでありますから、さらにいろいろ現地の方から事情を承りまして善処いたしたいと思います。

上塚司自由党

○上塚委員長 次は戸叶里子君。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 私午前中おりませんでして、ほかの方を通して聞きましたので、もし間違つておりましたらお容赦願いたいと思いますが、まず第一に伺いたいことは、このRRセンターにおります兵隊さんは、大体朝鮮から帰つて来た人たちであるというお話のように承つておりますが、その通りでしようか。

高椋正次奈良県奈良市長

○高椋参考人 朝鮮戦線におる兵隊たちのようであります。そしてそれは五日間だけ滞在いたします。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 そこで小滝政務次官にお伺いしたいのですが、そうするとこれは駐留兵でなしに国連軍ということになると思います。そうすると国連軍が来る場合には日米合同委員会にかけなくてもいいというようなことがあるのでしようか。

小滝彬自由党外務政務次官

○小滝政府委員 日本におります米国の駐留軍は、日本の安全を維持することはもちろんでありますが、同時に極東における平和の維持に当るという規定も安全保障条約の中にあるはずであります。そこで現在日本におります米国の軍隊に関する限りは、施設一区域などについてはすべて合同委員会にかけるのでありまして、朝鮮戦線に出た者であるからといつて、国連軍の取扱いをするというようなことはないのが実情であります。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 私はそういうふうに考えられません。もしそうであるといたしましたならば、国連軍がアメリカの兵隊だけであるならばそういうこともおつしやれると思いますが、それならイギリスや濠州の兵隊の問題は、一切やはり日米合同委員会で処理なさるのでしようか。

小滝彬自由党外務政務次官

○小滝政府委員 ただいま申しましたのは、日本におる米国の駐留軍の一部が朝鮮戦線に行つても、これは行政協定の規定によつて律せられるのであるということを申した次第でありまして、これが濠州の軍隊ということになれば当然別個の問題であります。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 そうするとアメリカ以外の国連軍に属する人たちは、どういう協定によつて日本に駐留することになるのでしようか。

小滝彬自由党外務政務次官

○小滝政府委員 御承知のように、協定は今できておらないので(「めちやくちやじやないか」と呼ぶ者あり、笑声)これは非常に残念でございますが、米駐留軍に準じてこれを取扱います。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 そうすると米軍以外の国連軍がもしも日本に四日なり五日なり滞在するための、たとえばRRセンターのようなものがどこかに設けられるような場合にはやはり合同委員会におかけになるのでしようか。それとも国連軍との協定がないために、かけずに適当にうやむやのうちにそういうものが決定されてしまうのでしようか。そういう点を承りたいと思います。

小滝彬自由党外務政務次官

○小滝政府委員 現在の実情では、RRセンターのようなものをつくりますときには、合同委員会で話し合つて決定するわけでございますが、しかしかりに米軍以外の軍隊がそういう施設を必要とするような場合には、便宜米国の駐留軍がこれに使用を認めてやるというようなとりはからいになつていると考えます。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 そうしますと米軍の駐留兵がこれを認めてやり、同時に日本がこれに対してその土地の方が同意した場合にだけ設けられるわけなんですね。

小滝彬自由党外務政務次官

○小滝政府委員 このような施設及び区域を提供いたしますときには、先ほど嶌内課長から申しました通り、できるだけ現地の方の意向を体して、そうして現地の実情に即するように、できるだけ弊害の少いようにしてそれを設定するわけでありますから、その限りにおいては、十分現地の方の意向を尊重するという方針で進んでおります。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 先ほどのお話を伺いましても、現地の方はどうもRRセンターをおきめになるのに、無断であつたというような御答弁の方が私は強かつたように思うのです。そこで私が考えましたことは、これは国連軍との協定がないためにこういうような結果になつたのではないかと想像いたしました。ところが今の政務次官のお話を承つておりますと、正式な協定はないけれども、やはり国連軍の場合も、駐留軍に準じた方法をとるという御答弁でございました。そうすると外務省の当局といたしましては、現地の方が何とおつしやるにもかかわらず、RRセンターを設立されるには、当然現地の方からの承諾を得たからこれをきめたというふうに、一方的な解釈の上におきめになつたとしか私にはとられないのです。そこでその点につきましては、もつと根本的な問題を議論するために、質問を保留いたしておきますが、こういうふうなRRセンターと同じような性格のものが、日本のどこかにあるかということが一点と、それからまたこのRRセンターに収容できる人員は、大体どこのくらいであるかということを現地の方に承りたいと思います。それからまた現地の方がごらんになつた目でアメリカの人たちだけでしようか、あるいはほかの兵隊さんもおられるかどうか、そういう点も承りたいと思います。

高椋正次奈良県奈良市長

○高椋参考人 現在は休止されておりますので兵隊は来ておりません。しかしこの間休止される前まで来ておりましたのは、黒人もおりますけれども、私はアメリカの兵隊だと思つております。イギリスあるいは濠洲、そうした方面の兵隊は見ないように思います。そうして数は一日に大体百五十人くらい来るということを伺つているのでありますが、その数字ははつきりいたしません。

松井喜三奈良県奈良駅勤務

○松井参考人 今市長さんから御説明があつたので大体御了解いただけたと思つておりますが、大体この施設は私たちが聞いているところによると、センターは横浜と小倉と奈良の三箇所だと聞いております。それから現在の収容人員というお話でありますが、私も一ぺんだけ向うの現地司令官に御紹介いただいて中に入りましたが、ベツトなどもありまして、大体中ではほとんど休む人がない。みな外に出て行く。シャワーでからだを洗つて新しい服に着かえて、ドルを円にかえて、ひげをそつて外に出て行くということでありました。それから大体アメリカの兵隊だけだという印象のようでありましたが、私たちが散見したところでは、他国の人たちもおつたように記憶いたしております。それからさらにこの設置の問題でありますけれども、さつき言い忘れましたので敷衍いたしたいのでありますが、市長さんもここで御証言なさつておられるように、知らない間にできたということでありましたが、今年の休戦会談が進展するに際しまして、さらに施設を拡大強化する必要があるということで、五月四日にいわゆる大阪の商工会議所に西南軍司令部のマクドナル少佐からセンターをさらにもう一箇所創設したいから何とか適当の建物はないか、こういうことで実は大阪商工会議所に申入れがありました。ところが奈良にその後たくさんの方々が実情調査に来られて、せひこういう施設は反対しなければならないということで、大阪を中心にした衛星都市の方々がこぞつてこれに反対をなされたので、その反対のおもむくところ、正式にはつきりと商工会議所では六月一日に西南軍司令部のマーチイン少佐に対しまして、設置は反対である、こういう意思表示をいたしております。従つて当然今年になつてからは、このように米軍の方からも設置をしたいという前もつての申入れがあつたようでありますが、占領しまつてからの奈良においては、いわゆるキャンプであつたかどうか記憶いたしませんけれども、設置に対しましては、市長さんも御証言なさつておられるように、無断でやられている、こういうふうに私は承知いたしております。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 小滝政務次官に伺いたいのですが、ただいまのお一人の参考人からはアメリカの兵隊だけだというお話、もう一人はほかの国の方もいたようだというお話でございました。むろんそれはどちらがほんとうかは外務当局が御存じだと思いますので、その点が伺いたいことと、もう一つは横浜、奈良、小倉の三つにこういうふうな国連軍に関するRRセンターと同じようなものがあるようにただいま承つたのですが、そういうところにおられる人たちにもやはりいろいろな国の人がいられるかどうか。それからまた今の御答弁によりますと、どうも外務省の方は了解を得たようにおつしやいますけれども、現地の方は了解を得ておらないというお話でございますが、そういたしますと、国連軍関係のこういうふうなRRセンターを設けるということが、一体いつ日米合同委員会でかけられたのか。それがおわかりであつたら承りたいと思います。

小滝彬自由党外務政務次官

○小滝政府委員 奈良にいるのは、私どもの承知しておりますところでは、あるいは色の黒い人がおりましてもアメリカの軍隊であつて、それを他の国の軍隊と誤解せられたのじやないかと思います。それから今組合の方がおつしやいましたように、日本には大体三箇所こういう休養施設があるようでありまして、一つはキャンプ・ドレイク及び横浜、その次は奈良、それからその次が小倉ということになつております。この三箇所は大部分、ほとんど例外なしにアメリカの兵隊でありまして、あるいはときに他の国の軍隊が便宜入ることがありまして、その際一々軍隊の移動についてまで通報を受けませんので、詳細は私どもとしては申し上げかねるのであります。  現地の人たちと話合いをつけてやるというように当局の方は言つておるが、そうじやないという言明があるが、その際はどうしたものかとおつしやいましたが、現地にもいろいろな方もおられますので、全部の方から了解をとつておるように申し述べておる趣旨ではございません。そうしてまた現地でもだんだん事態の進展によつて、最初は大体了解せられましても、あとで御意見のかわることもあることを御了解願いたいと思います。  この奈良の休養施設が開始せられましたのは、大阪の住友ビルにあつたものが、昭和二十七年の五月一日以降こちらに移駐したというような記録になつております。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 私もう一つ伺いましたのは、おそらく日はわからないにいたしましても、先ほどの御答弁を推察いたしますと、日米合同委員会でこれが決定されたように承つたのですが、はたして日米合同委員会にかけられたのでしようか。そうして普通は日米合同委員会にかけられてあと現地の承諾を得ることになつておると思うのですけれども、そういうふうな手続をおふみになられているかどうか、ちよつと伺いたい。それとも国連軍関係なので、そういうことなしにやつたかどうか、その点を承りたい。

小滝彬自由党外務政務次官

○小滝政府委員 これは国連軍関係というのではなしに、米軍との関係において、当然合同委員会にかけらるべきものと私は了解しておりますが、ただいま資料を持つておりませんので、後ほど御報告いたします。

上塚司自由党

○上塚委員長 戸叶君、時間が参りました。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 私、餐庭野の質問をいたしませんから、これをもう少しやらせていただきたいと思います。  それではその国連軍の朝鮮から帰つての日本の足場として、アメリカの兵隊さんだけでなしに、ほかの国の人たちが休養するような場所というのは一体どこにあるのでしようか。

小滝彬自由党外務政務次官

○小滝政府委員 呉及び岩国にありますほかは、ただいま記録を持つておりませんけれども、ほかにはないというように存じております。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 そうすると、呉や岩国もやはりこういうRRセンターと同じようなものと了承いたしますが、その場合の呉や岩国のこのセンターを設けるにあたつても、やはり合同委員会にかけられたのでしようか。といいますのは、アメリカの兵隊の場合には、駐留兵も国連軍も同じだと言えると思いますけれども、ほかの国の兵隊さんはそういうことが言えないと思いますので、その点をちよつと承りたいと思います。

小滝彬自由党外務政務次官

○小滝政府委員 国連軍側との協定ができておりませんので、吉田・アチソン交換公文の趣旨によりまして、従来の施設を使つておる、そうしてその費用は先方が持つというような関係になつておる次第でございます。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 私がこの問題を非常に心配いたしますのは、国連軍の協定ができておらないということをたびたびおつしやいますように、その通りで、いろいろ問題が起きましたときに、今後協定がないために困ると思うのです。ことに日米行政協定が私どもは一日も早く改訂されることを望んでおりますし、政府のたびたびの御答弁を拝聴いたしましても、じきになさるように拝聴いたしておりますが、そこで日米行政協定ができても、国連軍との協定ができないために、国連軍との間に起きた摩擦の解決が非常に困ると思うのです。そこで一日も早くこの国連軍との協定というものが結ばれませんと、たとえば呉とかあるいは岩国等のそういつたRRセンターの近くで起きたいろいろな問題が、協定がないからというのでやむやにされる可能性がありはしないか、こういう点をおそれるから申し上げるのですが、一体国連軍との協定というものは近く結ばれる可能性があるものでしようか、ないものでしようか。

小滝彬自由党外務政務次官

○小滝政府委員 国連軍との協定は一日も早く締結いたしたいと協力して参つたのでありますが、御承知のようにこれまででき上つておりません。それでは一体いつできるかということは、いろいろむずかしい問題でありますけれども、幸いにして朝鮮の休戦でもできまして、向うが全部撤退するというようになれば、自然協定の必要というものは、これまでやつた債権債務の関係をどうするかというような清算的な意味を持つものになるだろうと考えます。しかし朝鮮の休戦もどうなるかわかりませんが、現在のところ私の感じを率直に申し上げますならば、何とか清算はしなければならないが、しかし新しい事態を律するような協定は、その必要性がだんだん減退して来たというように見ておる次第であります。

上塚司自由党

○上塚委員長 戸叶君、もう一回ぐらいでおやめ願います。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 それではやめますが、一日も早く結ばれることを望むと初めにおつしやいまして、あとからは減退してそういう必要性がないというように私は拝聴したのですけれども、その点のところをもう一度はつきりしていただきたいのが一点、それからついでですから、私市長さんに伺いたいと思いますが、事件が四百九十件ぐらい起きたとおつしやつたと思いますが、それはおもに何であるかということと、そういう事件が起きたときに一体どういうふうな手をお打ちになつたか、その点を承りたいと思います。

小滝彬自由党外務政務次官

○小滝政府委員 私は国連軍との協定が必要がないというようには考えないのであります。ただその重点がだんだん清算的な方面に移るだろうと思います。どの道この協定の話合いをつけなければならないと思いまして、私ども努力しておる次第であります。

高椋正次奈良県奈良市長

○高椋参考人 犯罪の件数は、私先ほど申し上げておりません。しかしながら、ただいまお話のように、大体五百件ばかりあつたわけであります。その事件の内容は、奈良市に売春条例という名前ではありませんけれども、そうした条例をつくつておりますので、その違反事件、これは昨年の五月から今年の六月までの分であります。それが二百三十九人、それからたばこ専売法違反、これは外国タバコの所持者ですが、これが八十九人、軽犯罪法違反が五十一、覚醒剤の取締り違反が五十七、銃砲及び刀剣の関係の所持違反が十八、外国人登録令違反が十九、それから外国為替及び外国貿易管理法違反が二十七、大体その程度であります。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 どういう手を打つたか。

高椋正次奈良県奈良市長

○高椋参考人 これに対しましては、ただいま奈良の市警が検挙いたしました数字でありまして、ポン引その他の関係者の取締りにつきましては、大体巡査部長あるいは巡査というもので約十名ばかりも派遣いたしております。そうしてほとんど毎日そこへ常駐させるというような状態によつて、取締りをいたしておるわけであります。

戸叶里子日本社会党(右)

○戸叶委員 もう少し伺いたいのですが時間がありませんので私の質問はこれで終ります。

上塚司自由党

○上塚委員長 次は岡良一君。

岡良一日本社会党(右)

○岡委員 松井君にお尋ねをいたしますが、松井君の見られるところでは、先ほどの御陳述のように大体五日間の予定でやつて来る、そうしてまた朝鮮の戦線へこの兵隊さんたちは帰つておるわけなんですか。

松井喜三奈良県奈良駅勤務

○松井参考人 大体私の聴視いたしておりますところでは、朝鮮戦線から伊丹へ飛行機で帰つて参りまして、それからバスで奈良へ出ます。そうしてセンターに入つて一応の訓示を受けて、先ほど申しましたようないろいろな身の手入れをして出る。そこを待ち構えておりますのが、いわゆるポン引と街娼のおおかみであります。そうして五日間外で思う存分遊んで、そうして集合の地に集まつて、今度はまたバスに乗つて伊丹に帰つて朝鮮戦線へ行くというのが、大体今までの経緯のようであります。

岡良一日本社会党(右)

○岡委員 RRセンターへやつて来る国連軍の兵隊さんの動静は、ただいまの松井君の陳述のように外務省の方でも御承知でございますか。

嶌内敏郎外務事務官(国際協力局第四課長)

○嶌内説明員 外務省で承つている点は大体似たようなものでありますが、まず伊丹に来て、それからまたバスまたは電鉄で奈良に来て、そうしてバスでもつてセンターへ帰つて来て、そこで身なりを直して風呂にでも入つて、それから訓示を受ける。その訓示は印刷になつて私の方にもその写しが参つておりますが、相当厳格なものであります。そうして特に奈良は日本の文化の粋の集まつているところであるから、これはこのように親しまなければならない、また文化施設を親しむというようなこともございますし、また日本人とのつき合いをどうしようというような訓示もございますし、それから出て行くのでありますが、そのあとは今参考人から言つたような状況もあるわけでありまして、軍としては非常に困つているという実情であります。

岡良一日本社会党(右)

○岡委員 私がお聞きしたいことは、結局そうして再びまた朝鮮の戦線に帰る。そこで政務次官にお尋ねをしたいのですが、私どもの常識からすれば、先ほどの戸叶君に対するところのお答えでは、とにかく国連軍とはいうものの駐留軍である。これが司令官の命令によつて朝鮮戦線へ行つているものであつて、それが一時今のお話のように戦線から帰つてまた戦線へ帰るとすれば、一時的な帰休をもらつておるようなかつこうであります。しかしそうなれば国連軍というものは、私どもが申し上げるまでもなく、あの朝鮮動乱勃発後における国連総会において不法侵入という断定のもとに、国連加盟の諸国がいわば兵力を供出して、警察軍として出動しておるものである。また日本における駐留軍というものは、これまた申し上げるまでもなく、安全保障条約の規定に基いて日本に駐留しておるのであつて、たとえその司令官が同一人であつても、その指揮編成においては全然別個のものではなかろうか。してみれば、単に駐留軍が朝鮮戦線へ行つて、国連軍になつても、本質は駐留軍であるというようなことから、これを同一に取扱うということは、われわれとしては納得できないので、国連軍の編成下にあるものはあくまで国連軍である。駐留軍の編成下にあるものはあくまでも駐留軍であつて、その性格が、私は本質的に違つておるものでなければならないと思うが、その点は政務次官はどういうふうにお考えになりますか。

小滝彬自由党外務政務次官

○小滝政府委員 おつしやるお気持は私どももよくわかりますが、ただ日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約の第一条にもうたつております通り、この軍隊は、極東における国際の平和と安全の維持に寄与するというように掲げられておるのでありまして、安保条約に基いて日本におりますところの米国の駐留軍が、朝鮮戦線におきまして活動しているということは、ただちにもつて米国の駐留軍が性格をかえるものではなくして、これも駐留軍の任務の一つであるというように解釈いたしておるのであります。

岡良一日本社会党(右)

○岡委員 しかしそれはアメリカ側に立つてのお話であつて、安保条約を受諾しておる日本側としては、その解釈をそのままに受入れるということになりますと、そういう類推解釈が漸次拡大されることになるのです。将来もいろいろな問題をはらむのじやないかと思う。そういう点で、単にそういう条約の概念的な拡張解釈で問題を処理されるということは、政府としてはいささか軽卒だろうと私は思う。その点はまたいずれ後に譲りましよう。  次に参考人の方にお伺いいたしますが、松井さんは奈良が文化財がゆたかにある、この民族的な文化財を守るという立場において、かくのごときRRセンターが存在しているということは、地元の者としてはまことに了解しがたいものであるとおつしやいましたが、その点簡潔に、なぜ奈良が文化財がゆたかな土地であり、そのようなことのために、いかなる具体的な悪い影響を受けておるかという点を、簡潔にもう一度お話願いたいと思います。

松井喜三奈良県奈良駅勤務

○松井参考人 実は日本ユネスコの国内委員会のニユース・レターにも掲載されておりますように、昨年の七月二十日から八月十四日まで、ハリにおきまして行われましたいわゆる武力紛争時における文化財保護条約の特別委員会におきましても、日本政府からパリの大使館の永井常駐代表、松永外交官補、文化財保護委員会の関野課長の五名を派遣いたしまして、この条約のいわゆる草案起草に参加をいたしております。そのときの新聞等に出ました外務省のいわゆる情報文化部談なるものによりますと、奈良と京都は全市を保護対象にしたい、こういうふうに実は述べております。このように新聞の報道によりますと、外務省は一方で非武装、ほんとうに世界的な古文化財を守るためには、まつたく軍備を持たず、どんな紛争が起きても、そこだけは世界の古文化財として、正倉院を初めたくさんの重要文化財があるから守りたいという念願を持つておるようであります。ところが一方においては、先ほど政府委員の方が述べられましたように、日米合同委員会におきまして、センターを中心として、ほかに兵舎あるいは病院あるいは射撃場、家族宿舎というような軍事基地的性格を持つ施設を持つておるのであります。従つてここに二つの異なつた措置がとられておるやに私たちは考えるのであります。そこで奈良は特に天平、白鳳の世界的に誇ることのでき得る正倉院の数万点のあの御物を初め、三百九十八件に及ぶ厖大な新国宝と、さらに重要文化財を持つておるわけであります。しかも現在センターの周辺には、午前中にも申し上げましたように、すでに東京の各百貨店においても開帳せられましたような唐招提寺、薬師寺を初め十数の白鳳、天平の寺院があり、さらにキャンプ・ナラ・A・B・Cの周辺には、天平期の優秀な仏象を持つております新薬師寺を初めとしていろいろな史蹟があり、しかもこのセンダーのある周辺が、特別史蹟に指定になつております平城京趾であり、大極殿の跡があり、私たち民族の心のふるさとである文化財を多数かかえておるのであります。しかもそれが設置されることによつて、西部の町のようなけばけばしいものができ、朝夕キヤバレーから流れて来るジャズなどのために、勉強もろくにできない環境となり、非常な迷惑を感じておる実情であります。そうして私たち民族の古文化財は、古典的な静かな環境の中に置くことこそ最も良心的な態度であろうと考えます。従つてこういうふうな環境からも、また現在の古文化財を守るためにも、軍事基地としての性格は反対である、しかもこうした西部の町のようなものがあるということは、私たちは現在の古典的環境を守るためにも反対をしておるわけであります、

岡良一日本社会党(右)

○岡委員 お気持はよくわかります。  そこで次官にお伺いをしたいのですが、外務省の方では今おつしやつたようなわけで、ユネスコでは奈良などは全市をあげて戦禍を免れるような保護の指定地区にしたいというようなことまで申し出られ、外務省もそのことのために大いに努力をしたいというようなことを新聞を通じて報道されておる。ところが一方地元の諸君は、今お聞きになつたように、古代の民族の誇りとする古美術のたくさんあるところの奈良が、今もおつしやつたようなわけで、まつたくその環境的な条件におつても、これらの古都としての文化的な雰囲気というものが、かき乱されるということは非常に遺憾だ、こう言つておられる。そうすると、外務省の方ではいわゆる外交の基本的方針として、少くとも文化的な外交の方針としてはまつたく矛盾した措置をとつておられるとも考えられるわけなのであります。この点いかが思われますか。

小滝彬自由党外務政務次官

○小滝政府委員 先ほどもすでにお答えいたしました通り、他に適当なところがあつて、最も弊害の少いところがあれば、十分現地の希望も考慮いたしまして善処いたしたいと考えております。ただあそこに宿舎なりRRセンターがあるということをもつて、ただちにこれが軍事基地であるというふうにおつしやるのは、多少誇張かとも考えるのであります。あるいは兵隊の素行によつてよろしくない影響があつたかと存じまして、この点は非常に遺憾に思つておりますが、あそこに三百人なり四百人のアメリカの兵隊が参りますれば、日本の文化財を観賞して、そしてアメリカに対して日本の文化を理解せしめる一助にもなろうかと考えます。一部には悪い兵隊もおるかもしれませんけれども、しかし大部分が悪い兵隊ではございませんので、そういう点もありまして、そうした反面もあることを御理解願いたい。本日もいろいろ参考人の方もおつしやいましたので、こうした点については十分矛盾のないように考えて進めるつもりでおります。

岡良一日本社会党(右)

○岡委員 あなたは午前中おられなかつたのですが、餐庭野の方々から、餐庭野もやはり一年間余りアメリカの兵隊さんがやつて来られたために、日本人の側では、アメリカ人のいいところを見ないで、非常に悪いところを見ておるというふうな御陳述があつたわけなのです。それで少くとも奈良は国際親善文化観光都市といわれているのです。しかしそれが地元において、かえつてこういうところへ持つて来ることによつて、国際親善どころか、反米感情までが起ろうとしておるということは、適当じやないと思うのです。それはそれとしまして、私は特にこの点をお聞きしたいのは、ペダンチックではありませんが、実は三年前に私は社会主義インターの創立準備のためにロンドンに行つたとき、帰りにパリに寄つて、パリでパリの外務省の諸君といろいろ話をしたとき、こう言つておつた。フランスは武力もない、経済的にも劣つておる、しかしフランスが世界に誇るものは文化だけだ、だからフランスの外交方針の基盤は、もはや通商条約でもなければ政治でもない、文化政策だということを口をそろえて言つておつた。ぼくはこれは非常に教訓だと思つた。ところがなるほど他に適当なところがなかつたとおつしやいますが、そして少くとも外務省がはつきりとこれは戦災をも免れしめなければならない国際的な任務もあるのだというような立場で、ユネスコ総会でこれは保護地域として指定をしてもらいたいということを堂々と申し込んでおるようなところを、よりにもよつてRRセンターにしなくてもいいじやないですか。

小滝彬自由党外務政務次官

○小滝政府委員 環境がいいというためにあそこを選んだというよりも、私の了解しておりますところでは、あそこはこれまでああいう施設がありましたので、そこでなかなか他で新しいところを求めるということになりますと、いろいろの摩擦もありますので、とにかくあそこへ一応そうした基地としてでなしに、休養地として考えて行こうというところからスタートしたのだろうと考えております。文化国家としての外交が重要なことは、私どもも十分了解しておるつもりでありまして、フランスとも文化協定をいたしましたし、今後ともそうした方面に努力したいと考えております。奈良につきましては、具体的にこれからさらに研究いたしまして、御趣旨に沿うよう善処いたしたいと思つております。

岡良一日本社会党(右)

○岡委員 それではもう一点。結局前線の兵隊が帰つて来る、レスト・アンド・レキュペレーシヨンです。一体これが何であるかということ、またどういう事態が起るかということぐらいは、あなた方も兵隊さんに行かれたこともあるのだから、よくおわかりになるだろうと思う。しかし、これは申しますまい。私は何も観念的にRRセンターが軍事基地だから反対だといつてるのじやないけれども、しかし実際的な取扱いとして、いささか手落ちがあつたのじやないかということを申し上げておるのです。  そこで建設省の方が来ておられますのでちよつとお尋ねをいたしますが、この問題が日米合同委員会の議に付されたものであるとすれば、昨年の六月二十七日の次官会議の了解で、行政協定第二条による在日米軍に提供する施設及び区域を決定するための手続の件、こういうものが次官会議の了解事項として決定されておるはずである。それにはとにかく米側が出したりスト、資料及び説明については関係各省各庁が協議をする、そこで協議の結果を調整した上で、あるいは分科会に付し、あるいは本会議に提出するということになつておる。そこで奈良は、先ほど市長もおつしやつたように、国際親善文化観光都市とかいう、まことにいかめしい名前で、奈良の文化的発展というか保障というものが法律で与えられておるはずである。そうして見れば、当然この場合、これがRRセンターということになつて、しかも前線から帰休して来た荒々しい兵隊さんの一時的なレスト・レキユペレーシヨン・センターになるということは、国際文化観光都市なる奈良が、あるいはまたいろいろな意味においてマイナスを受けることになるかもしれませんので、その場合当然次官会議の了解に基いて建設省も都市建設に関する相談を受けておると思われるが、そういう話があつたかどうか。これはもう一つさらに軽井沢の場合もそうだ、浅間山の接収はこれはさたやみということになつたが、軽井沢はやはり国際親善の文化観光都市建設法でもつて日本の国会はその文化的な発展を保障しておる。市長にもその任務があるはずである。そこで建設省はこういう相談を受けておるかどうか、その点をお聞きしたい。

石原耕作建設技官

○石原説明員 ただいまのお尋ねは、たしか昨年非常に多くの箇所につきまして意見を聞いて来られたことは覚えておりますが、しかし奈良の問題につきまして、RRセンターがそこにできるというふうな問題については、その事項が載つておつたかどうかということは今はつきり記憶いたしておりません。けれども一応そういう問題について御相談を受けた記憶はございます。

岡良一日本社会党(右)

○岡委員 それでは外務省の方にお尋ねするが、そういうことについて外務省は奈良がそういう法律によつて保障されておるということを御存じであつたかどうか。もちろん御存じでなければならないはずだが、建設省に御相談になつたかどうか、建設省の方からやはり何か意見が持ち出されたことになつておるのだが、協議の結果どういう点が持ち出されて、どういうふうな取扱いになつておるか、その点覚えておられませんか。

嶌内敏郎外務事務官(国際協力局第四課長)

○嶌内説明員 かつてのPD地域及び施設につきましては、約一年前講和発効後九十日以内にいろいろ整理されたのでありまして、その時代は合同委員会ではなくして予備作業班時代でありましたが、これは各省とも連絡の上、決定されてないものはラスク・岡崎交換公文で決定しようというようなことで、七月二十六日付の行政協定の施設区域に関する附表に載つたと記憶しております。

上塚司自由党

○上塚委員長 次は堤ツルヨ君。

堤ツルヨ日本社会党(右)

○堤(ツ)委員 それでは先ほどの戸叶委員の質問に関連いたしまして次官にお尋ねをいたしますが、次官は先ほど、国連軍との協定はできるだけ早くしなければならない、しかしその協定のポイントは次第にかわつて来るだろうということをお答えになりました。ところが私が政務次官にここであえて反問いたしたいのは、各大臣などが地方へ出られましたときに、朝鮮戦線において休戦に対する調印ができたときには、おそらく前線の国連軍は引揚げるだろう、その引揚先はどこかといえば日本である。そして国際政治会議で朝鮮をどうするかというような問題が難関に逢着して、何箇月かかかつてこれが議される間、アメリカに引揚げることはあるまいというのは世界の常識であります。すればその間駐留するところの国連軍の数はおよそ十万といわれておりますが、半分引受けたといたしましても五万であります。その五万が日本民族の好むと好まざるとにかかわらず駐留を余議なくして、われわれがこれをどこかに引受けなければならないものとするなれば、国際連合軍との協定は消極化されるどころか、また清算の境に入つて行くどころか、むしろますます盛んに御使用になるについての問題が起つて来ると思うのでありますが、これは岡野通産大臣が大阪にお帰りになつたときも、また犬養法務大臣のごときも地方で、前線から引揚げて来た国連軍は日本にとどまることになるだろう、その収容施設はますますいるだろうということをおつしやつておる。このお言葉と次官の認識とは非常に違つて来る。これをどういうふうに御解釈になりますか。

小滝彬自由党外務政務次官

○小滝政府委員 休戦になりまして、政治会議が三箇月続くか六箇月続くかわかりませんが、一時的にアメリカの軍隊が多くなるだろうという認識においては、私も他の方と全然かわつておりません。ただ私が申し上げましたのは、他の国連軍のことでありまして、他の国連軍については、フイリピンにいたしましても直接兵隊を送つておる、パキスタンもそうでありますし、インドもそうでありますので、アメリカ以外の国の軍隊は、あるいは一時ここを通過することがありましても、それほどふえることはない。むしろ米軍を除く他の国連軍は直接軍隊を送つておるのが多いから、その数は減つて来る、こういうように考えておるわけであります。

堤ツルヨ日本社会党(右)

○堤(ツ)委員 それではその辺で答弁は一応受けておきまして、意見の相違になつて参りますから次の質問をいたします。  次官は先ほど奈良市のRRセンターについての三人の公述のときにおいでにならなかつたのですが、市長ははつきりと地元へ何の前ぶれもなくこれが建つて行つたということをおつしやつています。私も一泊とりまして、奈良のRRセンターにつきましてはすでに視察をいたし、夜の風景などもこの目で見て帰つておりますが、実際に地元の理事者の長であるところの市長を無視したこういう行き方に対しまして、市長自身にもお尋ねしたいのでございますが、市長はそれについて、政府並びに国連軍なりアメリカ駐留軍に対して、正式に何かの抗議をお申込みになつたか。それからもう一つお聞きしたいことはポン引の集団であります。あれは自動車からおりて参りますところの兵隊をポン引団が取合いするのであります。そして三人の兵隊なり五人の兵隊なりに一人の女をぶち込んで、観光地の神戸、大阪、京都へ送り込んで、ホテルと連絡がとれておるというような始末になつておりますが、このような鬼のごとき醜行に関しまして、外務省は、すでに先ほどのあなたの横におられる方の答弁によりますれば、兵隊がからだを洗つて金を握つて出て行くことが耳に入つておる、しかもポン引団が横行し、そういう一つの組織があるということはわかつておるとお答えになつておりますが、こうした醜悪な国際的にもはずかしい日本人の行動に対して、法務省関係と連絡をおとりになり、国警なり警視庁なりの力でもつてこれに警告を与えたり、積極的な手をお打ちになつたり、何か処置をなすつたことがあるか。私はこれらの横行をほしいままに許して、何もなすつたことがないのではないか、かように存ずるのであります。しかも市長にお尋ねしたいのは、市警を動かしたとおつしやいますけれども、市警を動かして捕えられる程度のものは、ほんとうにささやかなものであり、しかもあのRRセンターの区域にある店頭の中心に立つておる警察官の行動を、私は暗やみの中から一時間ほど見て参りましたけれども、何か裏に契約があるように、ただ形だけ立つておるような観がある。すれば、地元のあなたのお動かしになつておる市警の程度ではどうにもならない。従つて中央に応援を求めて、もつと大きな力でもつて国家的な見地から、国際的な恥だということで外務省に応援を求め、法務省に応援を求められたことがあるか。また外務省は法務省関係と連絡をとつて処置をなさつたことがあるか。この間ミセス・ルーズヴエルトがおいでになつたけれども、パンパンやポン引集団、また部屋貸しをするところの日本人の行動に対しては、アメリカの政府やミリタリーは手を出すことはできない、だから日本が自主的にやつてもらわなければ片がつかないということをあの人は日本人に反問しておる。そういう点は日本政府に訴えて、その後にアメリカの兵隊を非難することは許されるかもしれませんけれども、何ら積極的な手が打たれないとすれば、私はここに日本側に非常に大きな欠陥があると思うのですが、これらの始末について両方から承りたい。

小滝彬自由党外務政務次官

○小滝政府委員 このRRセンターは地元の了解なしに取上げられたのではないかという点が第一の御質問だつたと思います。この点は今資料を持つておりませんので、どういう手続でやつたかを調べまして、この次に局長からでも御提出いたしたいと思います。  次にポン引がどうとかというお話でございますが、私どもこの点については非常に重大なる関心を持つておるのでありまして、最近も現地で連絡協議会を設けて風紀上の取締りをどうしよう、それにはPTAの代表者の方々であるとか教育委員会の方、市町村の方、こういう方々がみなお加わりになつて、現地の将校もこれに加わるというふうにいたしまして、警察の方でも十分取締りをしていただく、また米軍の方でも、どうしても兵隊の方の行状がよろしくないならば、立入り禁止の区域を設けるというふうにしまた、先ほど嶌内説明員からも申しましたように、兵隊が外出するときには十分の訓示を与え、日本の風習も納得させるようにするというふうに協力しておりますから、われわれといたしましては関係官庁に十分の連絡をとつて、何とかしてこうしたおもしろくないことが起らないように努力しておるつもりでおります。現地の警察もだんだん協力してくれまして、奈良は県といたしましてもそうした状況が改善されておるところも少くないのでございます。

高椋正次奈良県奈良市長

○高椋参考人 ただいまお尋ねの点でございますが、当初RRセンターの設置せられますことにつきましては、私の方に話のなかつたことは事実であります。しかしこれに対しましてはただちに抗議を申し込んだということはございません。これはRRセンターができましてすぐにどういう事態が発生するかということがわからなかつたために、そのままに当初はなつておつたのであります。しかしそうした事態ができて参りましたので、その取締りをするよりほかにしかたがない。今ただちにこれを撤廃してもらいたいということを申し込んだところで、それがただちに  できるものではなかろうということを私は考えておりました。従つてただちにこれに抗議するということはございませんでしたが、その後においてRRセンターをさらに増設するというお話がありました際には、増設は絶対にお断りをするということを、外務省の伊関協力局長に私は申入れをいたしました。現在の状態においては、他に移転する場所がないとするならば置かれておることはやむを得ない。しかしこれ以上に増設されることは困るということを申し込んだのであります。現在は休止されておりますが、今後どうなりますか、さらに私は外務省にお伺いしたい、かように考えております。  それから警察の点でございますが、これは私の方は市警といたしまして十分の取締りをしておるつもりであります。人手が足らないというようなことはないはずでございます。もし足らないとすれば、これは奈良県の国警にも依頼し連絡してやつているはずでございます。とかしこの取締りの面につきましては私どもとしましては詳細はわかりません。奈良市公安委員会がすべてその責任を持つてやつております。その内容の詳細は私にはわからないのでございます。

堤ツルヨ日本社会党(右)

○堤(ツ)委員 外務省の政務次官にとくと申し上げておきますが、日本の女の方が今日ストリートガールとなつて売淫行為をやつておりますが、この売淫行為をやつている日本の女の姿を見て、女だけが売淫行為をやつていると思つたらたいへんな間違い。これのうしろには大きな組織がありまして、ぼん引をする者、店を経営しながら横から協力する者、家を貸してピンはねをする者、大きなボスの一団があつて地元の警察署ではどうにもならないのであります。むしろ極端に言いますれば、地元の警察はこの中に巻き込まれている。はなはだしきは地方の議会の議員さえもその中に巻き込まれている場合さえがある。しかしそういう事実を考えたときに、市警や地元の警察官にこれをまかしておいて、この国際的な恥辱である日本の女の売淫行為を禁止することができるかどうか。しかも次官に申し上げたいのは、あなたは外務省の非常に高い責任者でありますが、占領当時のアメリカの兵隊の質と駐留軍になつてからのアメリカの兵隊の質とはがらりとかわつておりますよ。これをお気づきになつておりますか。あなたはこれに対して、あまりに若い分別のつかない、あやまちを起しやすい、訓練のしてない兵隊が多過ぎるのじやないか、アメリカに自重してもらいたい、という申入れを外務当局としてなさつたことがあるかどうか。これもひとつ私は忠告と同時にお尋ねいたします。

小滝彬自由党外務政務次官

○小滝政府委員 先ほど堤委員の御質問にお答えいたしました中にも申したつもりでございますが、アメリカといたしましても、日本で基地問題をめぐつて反米思想が広がるというようなことは、米国の立場としても非常に好ましくないところでありましてできるだけ協力しようという態度に出ているのであります。でありますから立入り禁止の所もつくろう、また兵隊が遊びに出るときには一々訓示をする、日本の習慣というものを尊重しなければならないというようなことを申しているのであります。しかし立入り禁止の例をとりましても、オフ・リミット、立入り禁止を向うで指令いたしますと、それでは困るというので、ある町ある村あたりからはぜひそれを撤回してくれというような申出がありまして、そうした措置をとりやめにしたというような事態もありますが、アメリカの首脳部といたしましては、下の若い兵隊さんはとにかくといたしましても、責任者はできるだけアメリカの兵隊が行儀よくするようにそういう間違いを起さないように協力しているわけでございまして、この点は常に合同委員会で問題になつており、ことに風紀関係を取締つておりますところの小委員会の方では、始終こちら側からも注意いたしまして、先方があやまちのないように私どもとしての措置はとつているつもりであります。

堤ツルヨ日本社会党(右)

○堤(ツ)委員 私は時間がありませんからRRセンターについての質問はこれで終りますが、どうやら国際連合軍と駐留軍との使いわけが、政府においては向う様のすきなようにされていらつしやるような形跡がある。従つて日米合同委員会におけるところの記録なり経過なり日本側からの申入れ事項なりは、少くともこの外務委員会の国会議員諸公に私は明らかにされるところの責任があると思いますから、何だか日米合同委員会、日米合同委員会と言うてすつかり逃げてしまう一つの暗いターミナルにしてしまつて、そうしてこれを閣議というトンネルを通して日本民族をごまかしなさるとするならば、これはゆゆしき問題であり、ことに反米思想を必要以上にあおる原因にもなるのでありますから、ひとつ次の委員会では、日米合同委員会におけるところの速記録なり経過なり日本の言い分なりがあるでありましようから、それを明らかにされたいということを要望いたしまして、RRセンターに対する質問はこれで終ります。

上塚司自由党

○上塚委員長 RRセンターに関する参考人並びに政府に対する質疑は終了いたしました。  次は滋賀県餐庭野に関する質疑を続けます。須磨委員。

須磨彌吉郎改進党

○須磨委員 餐庭野の問題につきまして午前御説明がございましたことについて、前同時長にお伺いいたしたいのでありますが、ここは現在日本の保安隊の演習場となつているというお話があつたようでございます。これと米国の軍隊との共用ということをしている次第でありますが、そこの御説明を願いたい。

前川利吉滋賀県今津町長

○前川参考人 ただいまの委員の御質問に対してお答えいたしたいと思います。大体餐庭野は先ほど説明いたしましたように、終戦後アメリカの演習場というようなことになつていたのでありますが、これはまず一年に二、三回、比較的使つていなかつたのであります。終戦当時はある程度使つていたが、しかしいわゆる朝鮮事変になつてからは、もうほとんど使わない状態になつているというようなことであります。そうしたときに私の聞いている範囲におきましては、保安隊の方において、この餐庭野の演習場は保安隊の演習場に使つた方がよいというようなことで、保安隊の専用演習場として使用する、というようなことを実は承つたのであります。それで昨年の十月から保安隊が入つて来て現在演習をやつている状態でありまして、米軍の方はときたま爆撃の演習があるというような状態であります。

須磨彌吉郎改進党

○須磨委員 政府委員の方にお伺いしたいのでありますが、この餐庭野の演習場を保安隊専用の演習場とする方が適当であるというようなお考えはございませんか。

嶌内敏郎外務事務官(国際協力局第四課長)

○嶌内説明員 餐庭野の使用につきましては、ただいま参考人からの説明のように、米軍の使用の頻度は非常に少く、朝鮮事変後はほとんど使つてないのであります。しかしこの使用については保安隊と米軍の共同使用という覚書がありまして、日本の領土は御承知の通り非常に狭隘であり、これを保安隊のための演習場、米軍のための演習場と二重にもつくることは国家の事情が許さないということで、共同使用という覚書によつて、共同使用ということになつておりますが、ただいまの餐庭野につきましては、占領中米軍に徴発され、PDされ、引続き講和発効後になりましても継続使用の部類に入つているわけでありまして、実際の使用は一応米軍というわけになつております。しかしこれは遊ばせておくわけに行かないので、保安隊の演習場が必要であるということで保安隊が現在使つている次第であります。

須磨彌吉郎改進党

○須磨委員 先ほど今津町長からのお話の中にございましたが、この演習場は終戦直後二、三年にわたつて非常に米軍に荒された、そのときの影響は非常に言語に絶するものがあつたというお話でございましたが、内容の説明が足らなかつたと思いますので、ちよつとその代表的な事例をあげていただきたい。

前川利吉滋賀県今津町長

○前川参考人 ただいまのことについて二、三説明いたします。説明すれば非常に数限りなくあるわけでありますが、特におもだつたものを二、三説明いたしたいと思います。  実は先ほど私が申しましたように、そのキャンプというのは学校いわゆる教育機関に非常に近接していまして、中学校といえば物心のつくころであります。その中学校に二百メートル、高等学校に二百五十メートル、小学校に三百メートルということで、その他公民館はその近辺にある、あるいは分教場、保育園などその近辺にたくさんあるのであります。ほとんどの教育機関が呼べば答えるという状態にあるわけであります。そうして運動場におきまして、実は先ほどどなたかのお話にあつたかと思うのでありますが、いわゆるゴム製品が落ちておる。それをあくる日になれば子供がふくらしているということがたまたま見受けられる。また最もわれわれとして寒心にたえないことは、その演習場の近くに伝染病舎があるわけであります。その伝染病舎に実はたまたま腸チフスの患者がおつた。その腸チフスの患者に母親がついて看病に行つていたわけであります。ところが、実は野中に伝染病舎が建つているわけでありますが、そこにその当時演習に来ていた、どこの国籍かはその当時のことでありますので、わかりませんが、襲いかかつた。そうして母親を押えつけたというわけであります。そうしたらそこに看護婦が、日赤の病院から来ておりまして、その看護婦がそれを助けに行つたら、今度は看護婦の方が年が若いので、これの方がよいというので、実はその方に向いて襲いかかつた。非常にくたくたになつて、ほとんど顔色も蒼白になつているということで、町役場といたしましても非常に困つたのでありますが、まことに危機一髪というところに、ちようどその当時は盆踊りの関係で村の青年がおりまして、野中の叫び声を聞いてそこにかけつけたということによつて、どうにかその危機を脱したということもあります。  それからまたある料亭でありますが、そこの女中さんをつかまえておどりかかつたので、女中さんは、そこは非常に強いのでかぶりついた。そしたらアツパーケットをくつて、その後一週間も二週間も顔をまつ黒けにしていたというふうな事実もあります。  最もわれわれの寒心にたえないことは、教育機関が近い所でそういうことが行われておるということです。これは実は学校へ行く前の幼稚園の生徒でありますが、その兵舎の近くであります。そこに一定の小さいくつとズボンが脱いであつたということであります。どうしてこんなのがここに脱いであるのかというふうなことで、周囲を探して調べてみたところが、実は草むらの中でパンパン遊びをやつていた。これが小さい子供たちだけに、われわれとしては非常に寒心にたえないものを実は持つている次第であります。  話が少し余談になりますが、最近高等学校の生徒が——高等学校もやはり二百五十メートルほどの近辺にありますので、そうした周囲の、その当時のことを思い起しまして、あの当時は敗戦というふうなことによつて虚脱した状態であつたので、われわれとしてはしかたがないというふうにあきらめておりましたが、このことがいろいろ伝わるに及んで、その高等学校の生徒が非常に思想的な影響を受けまして、現在騒然たるような形になり、高等学校の先生方からも、この問題を何とかして未然に防いでいただきたいということをわれわれのところに申して来ているような状態であります。

須磨彌吉郎改進党

○須磨委員 ただいまの説明並びに午前中の堀井セイさんからのお話等を総合しますと、大分他のところとは違つた程度における忌まわしき事情があつたやにも思われるのでありますが、政府といたしましては、日米関係のきわめて機微なるこういう際にあたりまして、もうすでに進駐以来の悪い歴史を持つておるかような土地は、ひとつほかの方へ移して、ちようどあたかもよし進駐軍の当時にやつた罪悪を償う意味でもございませんが、ほかのところをあてがつて、ここは保安隊の専用演習場にするというようなおとりはからいができ、ないものでございましようか。

嶌内敏郎外務事務官(国際協力局第四課長)

○嶌内説明員 餐庭野の使用に関しましては、まだ最終的な結論は実際は出ておらない次第でありますが、今のところは米軍の使用部隊の移動等の関係もあつて、使用しないという申出はございまして、まだこれに対しての最終検討は済んでおらない次第でございます。

須磨彌吉郎改進党

○須磨委員 きようのことばかりではない、前からのことにも関係し、特に今日は堤委員からのお言葉などにも関連するわけでありますが、かような問題は、合同委員会がきめておられたと思うのでありますが、合同委員会のきめるところが非常に影響が多い場合がある。私は合同委員会のこまかな組織は今宙には覚えておりませんけれども、たしか外務省その他の官吏の方々がやつておられるようでありますが、この機微なる国際関係にかんがみまして、この合同委員会の中に、たとえば地方行政に明るい人でございますとか、国会議員もその一つでありましよう。そういうような人たちも入れて、これは正式のメンバーでなくても、たとえばカウンシラーでもよろしゆうございます。そういうようなことでお入れになる方が、政府の方でもやりよくなるでありましようし、また事情も非常にわかるようになるのではなかろうか。ことに独立後の日本は国際面に幾多の問題が、これから予想しない問題が起つて来ると思いますから、さような意味において合同委員会を改組するという根本案をお考えになつてはいかがかと私は思いますが、さようなお心組はないのでありましようか。

小滝彬自由党外務政務次官

○小滝政府委員 ただいまの御注意はごもつともな点でございまして、私どももそうした考え方を何かの方法で実行いたしたいと目下慎重に考慮いたしております。

須磨彌吉郎改進党

○須磨委員 これをもつて打切ります。

上塚司自由党

○上塚委員長 次は堤ツルヨ君。

堤ツルヨ日本社会党(右)

○堤(ツ)委員 今津町長にお尋ねいたします、があなたの供述の中に、「米軍の長期演習駐留のことがいつのほどからかなくなつて来たときは、実に住民一同蘇生の思をいたしたのであります。」というお言葉がございます。米軍が長期演習駐留をいつのころからかやめたということは、完全にこれを使わないというアメリカの証拠はないのでございます。従つてあなたが先ほどおつしやいます通り、保安隊に家を貸しておるけれども、場所を貸しておるけれども、それはあくまでも貸して使わしているものであつて、あくまでも権利はアメリカ側にある、しかもときどきジエツト機を持つて来て演習をアメリカがして、共同使用の形になつている。こういう状態の中において今津町の理事者として町民の方々に反対運動をなさる、日本人の保安隊ならば今のままでならばけつこうであるが、しかし人種の違うアメリカの駐留軍はごめんだ、だから保安隊を増強してもらつて、アメリカ軍が来ないようにしてもらうようにわれわれは仕向けたいというふうな指導をなさり、またそういう運動を実行委員全体もおやりのように拝聴し、また仄聞しておるのでございます。さすればときどき共同使用しているところの米軍が、保安隊の施設を増強、充実するのだという名目のもとに、その目的はやがてたくさんの駐留軍が来て使用するときに備えるのであつて、目下地元の反対がやかましいので、目をくらますために、保安隊の施設増強だと言つてこれを偽つて、やがて保安隊が追い出されて、駐留軍がここにずつと来たときのことを理事者としては当然考えなければならぬと思いますが、いかがでございますか。

前川利吉滋賀県今津町長

○前川参考人 ただいまの御意見でございますが、これは大体私町長として基本的に実は考えているのであります。と申しますのは、日米行政協定というふうなものがあり、岡崎・ラスク会談によつてある程度の基本線が打立てられているというその厳然たる事実は、少くとも町長という公共団体の長はそれを没却した考え方に立つてはいけないというようなことを実は最初に考えたのであります。そうしたことを前提として考えるときに——あるいはそれは餐庭野の使用というようなことについていろいろな法方があると思います。農業関係の振興でも、その他いろいろなことにおいてもあるいはできぬことはないと思つております。しかし岡崎・ラスク会談ということは一応は認めざるを得ぬという私の立場に立つて考えたのでありますが、そうしたときには、一応われわれとしてはそうした既成の事実は認めるが、しかしあの当時の忌まわしい思い出、先ほども私が申しましたように、いなか者にしみ込んだ一つの考え方というものは、なかなか抜け切るものではないし、ほんとうに解くことのできないしこりというふうなものがあるわけであります。従つてわれわれはそうした報道、米軍が保安隊にまた入れかわる、昔のような形になるということを聞いたときには、実際われわれは奈落の底へ落ちるような形に突き落されたわけであります。そうしたことが大体問題になりまして、これをいかにしてとめたらいいかというようなことが、われわれとしての唯一の望みなのであります。どうしてこれをとめたらいいかというような結論になれば、やはり現在ある保安隊とわれわれとのつながりというものは、お互い同胞同士のつながりというような形においてできている。そして高島郡と申します湖西の産業的に遅れたところに、ある程度のいぶきを与えつつあるというようなことから考えまして、これは地方民としては志願でき作るものであるというようなこと等を勘案いたし、最小限状維持というものはわれわれとして不法不当な要求ではない、こういうふうに考えるわけであります。しかも高島郡の中央、いわゆる湖西の中央としての今津町に、米軍の——昔のような形でなくても、こうしたことをしいられるというふうな状態になれば、湖西地の全体に及び、しかも高等学校の生徒が先ほど申しましたように非常に敏感な青年の気持をもつてその動きを見ているというような事実は、実に地方を誤らす大きな問題であるという立場から申しているわけであります。

堤ツルヨ日本社会党(右)

○堤(ツ)委員 私の質問と少しピントが合つておらないようでございますが、ときどき米軍が来て保安隊と共同使用しているのに、町民の方々が保安隊が強化され、増強されるのだと思つているけれども、外務省とアメリカ政府との間において、密約があつて、それがあにはからんや敵は本能寺にありで、駐留軍のための施設増強をやつて、将来これがどかつと来るような間違いが起りやしないかということも、理事者として一応頭に入れなければならぬ。そういう場合をお考えになつて、あなたは、責任者として案じられておらないか。もし案じられているならば、絶対反対を叫び、あなたを信用してついて行つている町民に対して、そういう問題が起つたときにどういうふうに処置されるか、そういうことを私は聞いているのです。

前川利吉滋賀県今津町長

○前川参考人 非常にありがたい御質問があるわけであります。保安隊の施設が増強され、また米軍の施設にかわるようなことがあつて、そして町民に対して非常に不都合な形になる、あるいは予想外の形になるというふうな場合の町長としての立場の問題でありますが、大体現在そうしたことは保安隊関係であれば、保安隊関係の方の調査団によつて調査しているようであります。たとえば道路の問題であれば、建設省、あるいは建物に対しても建設省関係であります。駐留軍関係、米軍に対しては特調関係のものが出て来ているようであります。餐庭野はああいう複雑な状態でありますので、実は両方の調査団が現在、今までにもときどき出て来ているようであります。しかしその出て来ているのは特調であれば米軍の関係になりますし、建設省関係になれば、保安隊関係になつているので、大体の区わけはついているのでありますが、どちらにしてもその点はわれわれ町民といたしましても、今後十分に関心を持つてやらんければならぬと思う次第であります。ただ、地元民の気持をほんとうに踏みにじつてと申しますか、そこなわれたときの状態を考えるときに、私、町長といたしまして実に寒心戦慄の思いがいたします。

堤ツルヨ日本社会党(右)

○堤(ツ)委員 私は外務省の政務次官に今の私の質問がおわかりになつたと思いますが、どうやらこの外務省のこのごろの行き方は、非常に国民をなめた行き方をされる。たとえば内灘の処置の問題はまたあとからでございますけれども、内灘の場合はどうかと申しますと、日本の保安隊があそこで鉄砲のたまを試射するいうことでは、日本政府は政治的に非常にたたかれる。従つて保安隊が鉄砲のたまを撃つておるのではない、いやアメリカの兵隊が撃つておるのだと言うて、あそこではアメリカと打出した方がいいから、また世間体もいいから、また思いが通るから、保安隊のたまの試射でありながら、駐留軍とこう銘を打つていらつしやる。逆に滋賀県の餐庭野の場合は、地元の人たちが保安隊ならかまわないと言つおるのだから、保安隊だ保安隊だと言つて地元をだましながら、駐留軍の施設増強に協力しておる日本の政府というものが、今日ほうふつとするのであります。そういう意味において内灘を欺き、また今日保安隊だ保安隊だと言つて、やがてどかつと設備の整つたときに駐留軍を持つて来て、地元民を一方的に抑圧して、そうして地元民のこの血の叫びを無視してにわかにそういうことをやられないとは断言できないわけでありますが、政府は道義を重んじて、しかも今の理事者の声をお聞きになつて、内灘のような裏切り行為は少くもやらないというようなお気持でございますか。どうもやむを得ない、政府の方針だということで、内灘のときのように法律をもつてしても強制的にやらなければならぬというお気持で、あえて今日以後も強行されるおつもりか。いろいろごまかすことにより、その場によつて、地元民の気持を押し殺してやる、こういうように見えるが、内灘の場合と同じようなやり方で、餐庭野のときには保安隊だ保安隊だとうそぶきながら、目的は駐留軍にあるやに私は考えますので、政府の誠意のほどが非常に疑わしいのでありますが、そうした一方的なばかにしたことはやらないという確約が、地元民の前においておできになりますか、どうですか。

小滝彬自由党外務政務次官

○小滝政府委員 私どもはこれまでといえども、ごまかしてやつたつもりはないのでありますし、今後もまた絶対にないということを断言するのであります。内灘の例が出ましたけれども、あれはアメリカの予算でやつておるのでありまして、最終的には保安隊が使うかもしれないけれども、そういう政治的顧慮からああいう措置をとつたのではなくて、事実他にかつこうなところがないので、やむを得ず、そこを選定したような事情がある次第であります。なお今問題になつております地点につきましては、予算の出どころも違いますし、保安隊に提供すべきものをすぐごまかして駐留軍の方に移管するというような、もちろん密約はないし、またそういうことをすることは政府として許されないことでありますから、絶対にそういうことはないということを私はここで断言いたします。

堤ツルヨ日本社会党(右)

○堤(ツ)委員 まあ誠意のほどを一応了承いたしまして感謝いたしておきますが、今津町長にもう一つお尋ねいたしたいのは、私たちが外務省に行つていろいろと話を聞きますと、伊関国際協力局長は、餐庭野の問題については、保安庁などは、今あの場所を保安隊が使わしてもらつておつても、何も日米間の事情は知らないのだ、だからあんなものはいつほうり出されるかもしれない、あくまでもアメリカが使うということで日本政府と約束ができたのであつて、いつまでも保安隊がおつて、保安隊を増強するために駐留軍を持つて行かないという保証はできないのだということを私に申しております。あなたはたびたび陳情においでになつておられますが、こういうことを御存じですか。

前川利吉滋賀県今津町長

○前川参考人 今堤委員の言われるようにそういうことだと思つております。これは別に保安隊を増強することによつて米軍を阻止するというふうなことはでき得ないものである、別個の問題だというふうなことは了承しております。しかしそういうようなことは、非常にデリケートな問題だと思いますが、われわれといたしましては、とにかく地方の実情から見て、どうしても地方に相談なしにやつていただいたのでは、実際内灘以上の状態になるということだけは申し上げられると思います。

堤ツルヨ日本社会党(右)

○堤(ツ)委員 それでは町長、議長、実行委員長にお尋ねいたしますが、供述の中に五月十八日に第三分科会の連中が来て視察をしたいから、県庁が案内をしてもらいたい、そして地元の関係市町村の希望も聞き入れる機会をつくりたいから、下ごしらえをしておけという知らせがあつて、この知らせによつて地元は沸き立つたという御陳述があつたということは町長もお認めになると思いますが、その五月十八日から、今日は七月の十五日でございますから二月ほどたつておりますが、その間に日本政府なりまた県庁を通して、駐留軍から直接何らかの交渉なり、これだけ騒いでいる地元に対してごあいさつが正式にあつたかどうか、そして地元の今日の意向というものを民主的に聞いて帰られたという、政府なりアメリカ駐留軍の誠意が地元に披瀝された実績があるかどうか、それを一度伺つておきたいと思います。

前川利吉滋賀県今津町長

○前川参考人 その問題につきましては、町長といたしまして五月二十日日米合同委員会の分科会が今津町に見えるというふうなことであつたわけでありますが、それが動機になりまして、非常に騒がしくなつたわけであります。それは行政協定二条の目的であるというふうなことであるのであります。そういうふうなところから推して、これはどうしてもそうである、そうでなくても町民全体が非常に不安に思つておつたときに、そこへもつて来てそういうふうな通知が来たというようなことで、町民としても騒がしくなるのは当然だと思つて見ていたのであります。つきましては、日米合同委員会がこうした問題の一番重要なポイントである、しかもその合同委員会の分科会というのが、そのうちでも一番重要な一つのポイントであるというようなことを感じまして、日米合同委員会を中心にいたしまして、つまり日米合同委員会を構成しているメンバーのところを主として、われわれとしては実は陳情に行つたわけであります。もちろん農地局の方面におきましても、財務局の方面におきましても関係がございますので、行つたわけでございますが、そのうち大体お聞きしたところのことは、大体餐庭野に行くというのは、米軍のいわゆる駐留というふうなことを目的としてではなしに、ただ単に実情を調査に行くのだというふうなことを承つたのであります。しかしそれは財務局関係はそういうふうなお話であつたわけでありますが、ほかの方面においては非常に濃厚であるというふうなことを実は承つたわけであります。それで大体政府関係官庁に対して主として実は陳情をいたして今日までやつて来たわけであります。しかしそれに対して合同委員会からは、何ら正式の通知には接していないというふうな状況であります。

堤ツルヨ日本社会党(右)

○堤(ツ)委員 次官にお尋ねいたしますが、岡野通産大臣が大阪においでになつたときに、これは一箇月ほど前でございますが、滋賀県の餐庭野の軍事基地は、朝鮮戦線から帰るところの国際連合軍の一つの収容施設になるであろうということを発表いたしております。それは地元といたしましては、奈良のようなRRセンターの恐怖も新たに生じて来るわけであります。このことについて正式な申入れは、あちら側からありましたでしようか。アメリカ国連軍と申しますか、国連軍と駐留軍の区別が外務省ではついていないようでありますが、あちら側から正式の申入れがありましたでしようか。私の間するところによりますれば、伊関国際協力局長のところへはアメリカからラブレターが来ておつて、だれにも秘密でこれがそつとひきだしの奥に入れてある。公開はされておらぬけれども、どうやらそれの交渉らしい、申入れらしいということを聞いておるのですが、もしそれがあるならば、いつまでもお隠しにならないで、ここではつきりおつしやつていただきましたならば、だまさないでやつていただける一つのしるしになると思いますが、いかがでしようか。もしはつきりしなければ、日を改めてはつきりしていただきたいと思います。

小滝彬自由党外務政務次官

○小滝政府委員 私どもの方には何らそうした正式な通知が参つておりません。     〔堤(ツ)委員「うそやないね、ほんとですね」と呼ぶ〕

上塚司自由党

○上塚委員長 堤君、発言を求めてください。

堤ツルヨ日本社会党(右)

○堤(ツ)委員 それから一つ堀井セイさんにお尋ねしますが、今町長が御陳述になりましたように、それからあなたが涙とともに供述されましたように、幾多の暴行事件、許すまじきものがある。当時からこの地元の今津町におきましては、暴行、醜行為に対しまして、正式に抗議を申し込まれなかつたか、その場で泣寝入りであつたのでありましようか。それは理事者にもお尋ねしたいのでありますが、暴虐行為を受け、損害をこうむるところの町長として、泣寝入りせずに、こちらから正式な抗議の申入れがあつたと思うのであります。その点について申し込んだけれどもこうであつたとかなんだとか、そういうことをどういうふうに処置されたか。泣寝入りであつたのですか、それともアメリカさんに直接言うのはこわいから、日本政府に言つて、日本政府に協力してもらおうというので、外務省にでも何か陳情なさつたことがあるか。外務省はその陳情を受けてアメリカ側に、そうした暴行に対しての国としての申入れを堂々としたことがあるかどうか。

堀井重造滋賀県今津町会議長

○堀井(重)参考人 お尋ねのことにつきまして私からお答えいたします。当時私どもは決して泣寝入りをいたしておりませんので、当時の警察並びにMPに強力に申し入れたのでございます。ところが当時の警察は、私どもが行つて、今こういう事実があるから早く来てくださいと言つても、いやどうにもならぬのだ、しかたがない、あなた方が自分でやつてくれといつて決してしりを上げてくれなんだというのが、その当時の警察の状態であります。当時私どもは渉外課を通じまして、MPにも申し込みました。ところがそうしますと、さつとジープでMPがやつて来て、あばれている兵隊を連れて帰るのですが、その兵隊がまた帰つて来るということで、毎晩それを繰返しておりましたので、当時キャンプの入口まで、その自動車をつけて行つたのですが、そこに行きますと、MPはただちにその兵隊を自動車からほうり出してしまう。それがまた酒に酔つてもどつて来るというので、何回も繰返すというのがMPの処置であるということを、私は責任をもつてここではつきり申し上げます。それから私たちが強力に申し込んだことがあるのです。それは私どもの町には二つの銭湯がございまして、一つは福助湯という銭湯なのですが、そこはキャンプから二百二十メートル程度の距離にありまして、毎晩のように女ぶろを襲いに来る。ふろ屋の主人も非常に迷惑をいたしまして、もうかんにん袋の緒を切つて、アメリカの兵隊に帰れということを言つたのです。そうしましたら五人のアメリカ兵が、そのふろ屋のおやじをつかまえまして、浴槽の中にぶち込んだ。まさにおぼれ死にせんとするところまでぶち込んで、ふろに入つている人が裸で外に飛んで出て、火事だ火事だと大騒ぎをやつて、近所の連中がどつと出て来た。その騒ぎに驚いて彼らは逃げて帰つた。その事実を渉外課に連絡をしまして、こういう事実があつたが、あなたの方で責任を持つて処置してもらいたいということを申し込んだのです。当時進駐軍の方から、それならその兵隊を処分しようというので、ふろ屋のおやじに首実験に来いということで行つたのですが、同じ顔をした者がずらつと並びましたので、だれがだれやらわかりませんために、結局わかりませんということで泣寝入りになつたということがあります。但し私の方は気持においては絶対に負けておらないので、あらゆる方法で抗議を申し込んだのですが、当時敗戦国民の悲しさで、あらゆる暴力に私どもは屈服しなければならない状態であつたことを御承知願いたいと思います。なお先刻堤委員さんから実行委員長に、あるいは合同委員会あるいは政府当局が誠意あるこの私どもの陳情運動に答えがあるかどうかという御質問があつたのでございますが、町長の方からも申し上げましたが、なお私の方から二、三補足させていただきますことは、私どもは決してこの運動をかけひきの気持においてやつておりません。これは私どもの生活を守るために、まつたく自分たちの人間としての生活を維持するために、血の出るような叫びを叫び、運動をしているのでございます。私どもの真実は必ず通ずるということを私どもは信じております。伊関局長が岡崎・ラスク交換公文によつて、餐庭野が接収されているということは既定の事実だが、あなた方のお話はようわかる、私どもも同じ日本人だ、決して同胞を裏切る気持はないので、できるだけ最大の努力を払つて、あなたの気持に応ずるだけの私どもは心の余裕もあるし、それに向つての努力もするということを確約していただいているわけであります。もしも私どもが絶対に信頼する政府の高官が、私ども同胞を裏切るような気持であるならば、私はもう何をか言わん。期せずして私どもはもつとはげしい気持において闘う運動をしなければならぬと思います。私どもは政府の責任ある人たちはほんとうに日本人の一人として、私どものこの真心の叫びを、真実の叫びを実際聞いていただけるものだと信じております。私どもは極東軍司令部訓練課長パソール大佐を訪問したのでありますが、当時お留守で、その代理官のエラソンという大佐に私ども陳情団はお会いしております。エラソン大佐は、あなた方の言うことはよくわかつた。アメリカ側は何らそういう線を考えていないので、結局日本政府に私どもは相談するのだから、あなた方の気持は十分日本政府にお伝えなさい、こういうふうに言つていただいておりますので、私どもは日本政府にまず強力に私どもの考えを伝えたい。今日私どもは、共産党を初めといたしまして、あらゆる民主団体あるいは思想団体、あらゆる文化団体、県下におきますそうした諸団体の統一戦線の申込みを受けております。にもかかわらず私どもがこうした静かなる運動を展開しております気持は、私どもの誠実なる願いは必ず通ずる、こうした確信のもとに、中江藤樹先生、浅見絅斎先生らの、そうした先賢の道に学びまして、こうした運動を続けているわけでございます。私どもは先ほど申しましたように、決してよたや慰めで騒いでいるのではございません。もしも餐庭野が現情の線を越えまして、これが米軍の基地になり、あるいは専門の演習場になりました場合は、おそらく前轍を繰返すことによつて、私どもの産業構造は根本的に破壊され、私どもの精神生活は根底から蹂躪されることと私ども確信しているのであります。こうした私どもの願いは幸いに国会にお取上げいただきまして、直接私どもの代表機関でありますこの外務委員会に、私どもの叫びをお聞き願える機会を持たさしていただきましたことを、私どもどれだけ喜んだかしれません。この私どもの、きよう三人出て参りましたが、この背後には六千町民がついております。

上塚司自由党

○上塚委員長 質問の範囲においてお答えください。——次は岡良一君。

岡良一日本社会党(右)

○岡委員 保安隊が現在餐庭野を使つておるのは、どういう手続で使つておられますか。保安隊の方に伺います。

大森頼雄総理府事務官(保安庁経理局土木課長)

○大森説明員 保安隊が今使つておりますのは、行政協定ができる前でありましたが、保安庁の次長と保安顧問部の部長との約束で、向うがあいておるときその間だけ一時的に使うという約束で使つております。そのために、向う側が使うときには、六十日の期間をおいてまた使うからと言われれば、すぐに立ちのかなければならないということを了承して、臨時的に使つておつたのであります。

岡良一日本社会党(右)

○岡委員 先ほど地元の方のお話では、ときどきやはり駐留軍が使つておるというお話でありましたが、そうでございますか。

前川利吉滋賀県今津町長

○前川参考人 ただいまのお尋ねでありますが、ときどき使つているというのは、大体通常部隊というのではなしに、爆撃関係の飛行機部隊が模擬弾のようなもののために出て来ているというわけであります。

岡良一日本社会党(右)

○岡委員 そうすると模擬弾を餐庭野へ投下しているのですか。

前川利吉滋賀県今津町長

○前川参考人 そうです。それもめつたにないわけですけれども………。

岡良一日本社会党(右)

○岡委員 しかしめつたになくても、これはたいへんな問題だと思うのです。岡崎・ラスク交換公文を見ますれば、とにかく行政協定が効力を発生してから九十日以内に、これまで占領下に使つておつたものが引続き使用される場合においては、合同委員会の議がなくてもこれを認めるというような約束のように私は承知しております。餐庭野は先ほど来の陳述を聞きますと、昭和二十二年、二十三年という二箇年ばかり使われたことがある。それ以後一応当時の占領軍の使用は停止されておる。ところがまた新しくこれが使用されるということになれば、これは普通継続という言葉の常識的な通念からいつても、継続使用じやないのでないですか。当然これは日米合同委員会の議にまたなければならないものと思うのですが、この辺の御見解はどうなんですか。

嶌内敏郎外務事務官(国際協力局第四課長)

○嶌内説明員 これは占領時代においてPDがございまして、米軍の演習場に設定されたわけでございまして、その後使用はあまりなかつたというような陳述もございまして、それも事実でございますが、実際に使用がほとんど停止したということは朝鮮動乱の影響であつて、今後朝鮮事変もどういうふうに治まるか、これはわれわれも知りたいところでありますが、わからない未知数の問題でありますから、少くとも米軍は使用し得る状態に置いておいてもらいたいという希望でございまして、昨年の七月二十六日未決定のものについては、これを継続使用という、ラスク・岡崎交換公文によつて使用を許しているわけでありまして、これはまだ存在しているわけであります。

岡良一日本社会党(右)

○岡委員 しかしそれはとにかく九十日以内には未決定であつても、当然それは、交換公文を見ても、合同委員会にかけられても、まだまだその話の決着は認められないが、継続使用の形で認めるということで、当然合同委員会の議に付さなければならないのは付さねばならないのでしようね。

嶌内敏郎外務事務官(国際協力局第四課長)

○嶌内説明員 ただいま言葉が足りなかつたかと思いますが、講和発効後九十日以内に決定されなかつたもの、と申しますのはこれは使用条件であります。これは日本側の要望をすべて考慮に入れて提供を決定する。その決定にまだ至つておらない状態であります。

岡良一日本社会党(右)

○岡委員 簡単に申しますと、餐庭野を使用することについては、やはり日米合同委員会の議に付されて、閣議決定でなければ使用はできないのでしよう。

嶌内敏郎外務事務官(国際協力局第四課長)

○嶌内説明員 それはもうPDの引続きとして、岡崎・ラスク交換公文によつて使用はできることになつております。

岡良一日本社会党(右)

○岡委員 それではこの日米合同委員会の手続についてちよつとお伺いをいたしたいのですが、要するにいろいろ分科会その他が検討の結果、日米双方で合意を与えたものについては、日米間に別途協定がなされることを条件として、合同委員会の日米双方の代表に場おいて調印をするということになつておるわけです。そこでもし日米間に別途協定かなされない場合には、この調印された決定も無効になるわけですね。要するにその別途の協定というのは、日米両国は、日本側においてその結果を閣議に提出して、その決定を見た上、これに基いて協定を締結するとなつておりますから、要するに閣議決定において協定が確認されないという事態が起つた場合には、日米合同委員会における双方の調印というものも無効になるわけですね。

嶌内敏郎外務事務官(国際協力局第四課長)

○嶌内説明員 ただいまの御質問の趣旨がよくわからないのでありますが、多分外務委員のおつしやつたことは、この協定と申しますものは、合同委員会を経て閣議決定があつて、初めて正式にラスク・岡崎交換公文の部分からはずれて提供になるということでございます。

岡良一日本社会党(右)

○岡委員 私がお尋ねしておりますのは、お手元に差上げております五項なんですが、要するに合同委員会の日米双方の代表をもつて調印をする、その調印の条件としては、日米間に別途に協定がなされることが条件である。その次の項には、日米両国は、日本側においてこの五項の結果を閣議に提出してその決定を見た上で、これに基いて協定を締結する。従つて閣議決定を経た上において協定が締結される。この協定が締結されることを条件として、合同委員会において日米双方の代表が調印をする。であるから日米双方の代表が調印をしても、閣議の決定においてそれが非と出れば、結局その調印は無効になる、そう解釈してよろしゆうございますか。

和栗博農林事務官(農地局管理部入植課長)

○和栗説明員 農林省の入植課長でございます。合同委員会の仕事にタッチしておりますので、私の方から説明を申し上げます。  大体お話のごとく、演習場はすべて合同委員会にかかりまして、当初合同委員会の陸上演習場の分科会で日米間で協議をいたしまして、意見が一致いたしました場合は普通ならば閣議に全部かけまして、その場合に地域と使用条件——米軍がどういうふうに使えるかという使用条件の両方をきめまして、それを閣議にかけまして、閣議の了承を得たものを今度は日米合同委員会の本会議で調印をする。そういう順番で処理いたしております。ときどき外務省で何かの御都合があるのでしよう、分科会できまりましたそのままを本会議にかけて話合いをされることがございますが、そのときは閣議を通るという条件付になつておりますので、閣議で訂正があるとかなんとか、通らなかつたというような場合には、本会議で話合いをしたものは一応もう一ぺんやり直すという形になつております。全部そういうふうになつて参るのでございますが、それは行政協定の第二条で、日本政府が米軍に正式に提供するときの形でございます。餐庭野の問題は、餐庭野ももちろんそういう形でかかつて行くのでございますが、これがまだ決定してないで、正式に提供になつていない。しかしさつき外部省の方からちよつと御説明がございましたように、正式提供ではないけれども、一応米軍が餐庭野の使用権を持つておる。と言いますのは、これは岡委員から御指摘がありましたように、前のPD地区につきましては岡崎・ラスク交換公文によりまして使用権だけは向うが持つておる、そういうようなことになつておるわけであります。

岡良一日本社会党(右)

○岡委員 そこで私がお伺いしたいことは一点なのですが、そうしますと、日米合同委員会の本会議で双方の代表が調印をする、サインをするという決定が最終的決定なのでしようか、それとも閣議決定が最終的な決定なのですか。

和栗博農林事務官(農地局管理部入植課長)

○和栗説明員 ただいま申し上げましたごとく、最終決定は日米間におきましては、日米合同委員会でございます。日本の国内手続といたしましては、日本政府のものといたしましては、合同委員会で最終決定をする前に必ず閣議を通す、閣議決定後に日米間で正式に決定する、そういうふうな順番に相なつております。

岡良一日本社会党(右)

○岡委員 承知しました。それではこの餐庭野の場合は、閣議決定は必要でないとおつしやるのですか。

和栗博農林事務官(農地局管理部入植課長)

○和栗説明員 さつき申し上げましたごとく、行政協定の第二条に基きまして、正式にこれを米軍に使用させる提供地域として出す場合は、やはりその地域なり使用条件をはつきりきめまして、それを閣議決定して、本会議で調印するということに相なります。その前に、今実際問題としては米軍は使用してないとかいう話ですが、たまに来て何かちよつと使つたということがあつたといたしました場合に、それは今は正式の提供になつていないのでございます。いわゆる岡崎・ラスク交換公文によつて、米側は使用権を持つておるという形になつておるのでございます。

上塚司自由党

○上塚委員長 岡君、時間が参りました。

岡良一日本社会党(右)

○岡委員 あるいは何かのきつかけで来たというのでなしに、ジエツト機が来て爆弾を投下するというのはなかなかなことだと思うのです。しかしその方は時間がありませんから、あとにしましよう。そこでそういう場合は、閣議決定でもつて日本側の政府がアメリカ軍に対して使つてもいいという通知を出して、アメリカ軍が正式に使うわけですね。その場合、餐庭野というものは占領下においてすでに使用権を向うに与えておつた。だから占領後においても使用権は向うにあるのである。従つてたとえば行政協定の実施に伴う国有財産の管理に関する法律とか、あるいは行政協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別置措法とかいう法律の適用は受けなくて、そのままずるずるに向うに行くのですか。

和栗博農林事務官(農地局管理部入植課長)

○和栗説明員 ただいま申し上げましたのは日米間の問題を申し上げましたので、今度は国内手続の問題になつて参ります。それはそれぞれの地区によりまして、やはりそれぞれの処置を講じなければならぬということに相なります。

岡良一日本社会党(右)

○岡委員 そこで餐庭野の場合には国有地と民有地があるわけです。法律的根拠は国有財産の管理に関する法律とか、土地等の使用等に関する特別措置法に基いて使用されるわけですが。

和栗博農林事務官(農地局管理部入植課長)

○和栗説明員 民有地と国有地との関係は、私ちよつとど忘れいたしましたが、やはり国内法の手続に基いてそれぞれ処理するのが筋になつております。

岡良一日本社会党(右)

○岡委員 そうすると、ここには十六町歩ばかりありますが、これは民有地でしようね。

前川利吉滋賀県今津町長

○前川参考人 十六町歩は民有地です。

岡良一日本社会党(右)

○岡委員 この民有地をこの特別措置法によつて使用されるとすると、この民有地は政府が正式に通知をする前に、当然特別措置法の六条の規定に基いて、地元との間の話合いがつかなければ土地收用法を発動しなければならぬ。先ほど聞いたように、地元ははげしい反対をしておる。命を賭してもという決意をしておられる。当然土地收用法というものを適用して、初めて米軍のジエツト機が爆弾を落すべきであつて、何らその手続が済まないのに、ジエツト機が爆弾を落しておるのは引続き使用の惰性であると思うが、それの究明はあとにいたします。これだけ反対をしておるのだから、しかも特別措置法の手続を経て土地を提供するとすれば、当然土地收用法の手続を経なければならぬ、そうすると滋賀県の土地収用委員会が反対すればこの民有地は使えないということになりますが、そのように了解してよろしゆうございますか。

大石孝章総理府事務官(調達庁不動産部次長)

○大石説明員 現に餐庭野の演習場の提供管理に当つております調達庁の方からお答えをいたします。今、岡委員のお話のように、餐庭野は民有地と国有地の両方から構成されております。国内手続としましては、今農林省の方からお答えがありましたように国有財産に対しては国有財産の管理に関する法律、これによつております。それから民有地につきましては、もしその所有権者がどうしても御納得が行かないということになりますれば。今、岡委員の御発言の通り、特別措置法が適用になるわけでありますが、現在は賃貸借契約が結ばれておりまして、賃貸借するという点でお互いに納得が行つておるということなのであります。

上塚司自由党

○上塚委員長 岡委員に申し上げますが、時間が相当経過しております。

岡良一日本社会党(右)

○岡委員 あと二点だけ、ここはかなめの点ですから……。  そうすると賃貸借契約というものはそれは占領当時にあつたのでしよう。そこで先ほど和栗説明員の説明によれば、そういう契約はやはり講和発効後は閣議決定に基いてああいうものを収用するという国内の手続を経なければならない。その法律的な根拠としては、もし地元が承知しなければ当然特別措置法を援用して、これに基いて収用法を発動しなければならないというのでしよう。そうすれば占領治下にあつて、とにかく賃貸借契約を結ばれた。その契約というものはすでにその効力がないわけです。だから当然閣議決定をやり、地元が承認をしなければ特別措置法を援用して来るということになる。そこで滋賀県収用委員会が反対だということになれば使えないということになるわけです。法律的に見て賃貸借契約というものはすでにないのじやないですか。

大石孝章総理府事務官(調達庁不動産部次長)

○大石説明員 私どもの見解では賃貸借契約があるという見解でございます。というわけは、御承知のように私どもは毎年々々契約を更新いたしております。それで今日も民有地の所有権との間に賃貸借契約が結ばれて、そうして相当の賃賃借料が支払われております。

岡良一日本社会党(右)

○岡委員 これで打切ります。

上塚司自由党

○上塚委員長 これにて餐庭野演習場関係の質疑は終了いたしました。  次は日本原演習場の質問を続けます。参考人として鷲田庄平君、内藤一巳君、芦田卓三君、須一源平君、植月覚君、延原芳太郎君が出席いたされております。穗積七郎君。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 時間がありませんので政府委員にお尋ねするのはあとまわしにいたしまして、今までこの委員会で九基地の参考人の陳述をいただいたのでありますが、特にこの日本原だけが初めて地元で歓迎するという意味の陳述があつたわけであります。各地区とも党派あるいは思想の立場を離れまして、一切の人が軍事基地設定には全部反対して来られました。ところがきよう初めて日本原の、特に二人の方がこれを歓迎する趣旨の御陳述があつて、実はわれわれ驚いたわけです。そこでまず、政府との間におきます取扱いの方法についてお尋ねする前に、地元におきます実情を明らかにいたしておきたいと思いますので、最初に延原さんでもあるいは植月さんでもどちらでもけつこうでありますが、この日本原の使用は保安隊に限るんだということを基礎にして、先ほど言われたような御陳述、御意見を述べられたのですが、この基地に使うか使わないかということは、他の参考人からもお話がありましたように、地元の農民の生活にとりまして重大な影響を持つものであります。それを決定するのに保安隊が使うのだからということで言われる以上は、何か確たる筋から責任のあることをお聞きになつたのだろうと思うのですが、一体だれからいつ、保安隊がこれを使用するのだということ、また米軍が使わないのだということをお聞きになつたのか、それをまずお聞きしたい。

植月覚岡山県新野村会議員

○植月参考人 仄聞するところによりますれば、日本原演習地は保安隊が使用するのであるというふうなことを聞いたと言いますのは、はつきりした機関から聞いたのではありませんが、地方から村長、その他の方々が上京される都度、関心を持つております関係上関係筋から聞いていただいたことと考えております。そういう方々から聞いたところを総合しております。なお保安隊の幹部の方からの言葉もあつたかに承つております。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 それではまず須一村長さんからお尋ねいたしますが、そういうことを断定してよいと思われるようなことを保安隊または外務省から正式に村長としてお聞きになりましたか。

須一源平岡山県豊田村長

○須一参考人 ただいまお問いのようなことは、私としましては聞いたことはありません。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 そうしますと、あなたは仄聞するところによつて——こういうあなた一人の利益のためではなくて、地元多数の農民の生活に影響いたしますことを、しかもあなたはこういう公式の席上へ個人として来ていただいたのではなくて、地元の多くの人、あるいはみんなの人にお聞きしたいところを、そういうわけには行かないので、実は代表として、現状をお尋ねするために来ていただいたわけです。にもかかわらず、あなたの御証言によりまして、これがどういうふうになるかということは大きな影響を及ぼすわけであります。そういうことでありますならば、今責任のある村長さんが聞いておられない——あなたは同じ村の村会議員をしておられる、そういうことでこういう席上において村長さんとは違つた陳述をなさることに対して、あなたは不適当だとお思いになりませんか。

植月覚岡山県新野村会議員

○植月参考人 ただいま須一源平村長からお話のありましたことは承りましたが、私は須一さんの村ではございません。前陳述申し上げましたように新野村であります。関係村は六箇村あります。一箇村ではありません。他に村長は五名あるわけであります。もし村長というのであれば皆のお方にお聞きくださればわかると思います。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 今あなたのおつしやる通り、関係するところは六箇村なのです。そこであなたの陳述は六箇村の農民の運命に影響するわけです。そういう責任を持つておられるのであります。ここへ来られる以上はあなたは六箇村全部の関係、あるいはまた知事その他の方々の意見を徴して来ていただきたいのです。が、そこまでしないことを手落ちだとは申しませんが、しかし少くともここへ来られたら、ここへ来られた六人の方が六箇村の農民の運命を左右することを陳述されるわけですから、あなたのようなりつぱな立場におられる方が、そういうことを基礎にしてこういうところで決断をされるということに対しては、私は委員といたしましてはなはだ遺憾の意を表せざるを得ない。  それは別として、そこではなはだあいまいでございますが、政府の方へお尋ねいたしますが、一体どちらがお使いになるのですか。

嶌内敏郎外務事務官(国際協力局第四課長)

○嶌内説明員 日本原演習場につきましては、これはまだ何ら最終決定はなされておりません。現状は米軍のPDによつて——使用権はラスク・岡崎交換公文によつて米軍にあるわけであります。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 地元の方そろつてお聞きの通りであります。従つて、保安隊が使用するのだという前提に立つて軽々しい意見をお述べにならないように、そのことは、参考人の個人の利益または責任の問題ではなくて、最少限度に見ましても、関係六箇村農民の運命にかかわることでございますから、ぜひひとつその点はお考えを改めていただきたい。今政府委員からお答えの通りでありまして、米軍が使うという名目になつておつて、しかもそれがどちらが使うかということすらわからない。今餐庭野の方におきましては、米軍が使うことになつておつて、実際使つておるのは保安隊であるということですが、米軍が使うのと保安隊が使うのと紙一重である。もし保安隊が使うならば、ここにまつ先に書いてある日米行政協定云々の中に入らないわけですが、そうでなくて、明らかに日米行政協定に関するところの基地としてで、保安隊がアメリカ軍に関係なしにこの接収をやつておるのではないのです。従つて、あなた方がいろりでただ伝え話に聞いてそういうことを断定せられるならば別でありますが、一農民の立場ではなくて、先ほどから再々申します通りに、全農民の利益に関することでありますから、その点は修正していただきたいと思います。  続いてお尋ねいたします。これは私の仄聞するところでありますが、一部の方がここに米軍または保安隊が来ることを歓迎する意味の陳情でありますか、請願でありますか、お出しになつたというような事実も、私の友人から聞いたことがありますが、その事実は御存じでございましようか。

植月覚岡山県新野村会議員

○植月参考人 先ほどの仄聞するところによればという前提のもとに申し上げたその言葉を修正するようにというお言葉でありましたが、私は修正の必要を認めません。権威ある公職者からはつきり承つております。しかしそれを申し上げることは差控えておきます。修正はいたしません。  なお陳情、請願のたぐいの書類を差出したことにつきましては、事実差出しております。間違いありません。その内容は、先ほど私が申し上げました内容とほとんど合致しておると思います。大差ないと思います。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 私は実はあなたの個人的な責任を追究しないで、事を穏便に済まそうと思つておつたのですが、あなたは重大な発言をした。公職についておる人から聞いたことを基礎にして言つたのだから修正しないと言われた。おそらくあなたは地元の農民にそういうことを材料にして説得されるでしよう。今国会のこの権威ある外務委員会で、政府の責任者としての当局からのお話で、まだどちらときまつておらぬということは、お聞きになつた通りであります。一体だれでありますか。この問題をはつきりしなければいけない。人心を惑わします。これは法律上保安隊が使うのか、アメリカ軍が使うのか、その点をはつきりしないことには、あとわれわれがこれを処理する点で大きな問題になつて来ますので、この際あらためてお尋ねいたします。だれからお聞きになつたのか、責任ある公職者とは一体だれでございますか、それを聞かぬとこの問題は処理できない。

植月覚岡山県新野村会議員

○植月参考人 お聞きしたのは政府当局者ではありません。それは反対の立場におられる方からの話でありますので、この席ではどうぞ御容赦願います。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 もう一ぺんお尋ねいたしますが、それは岡山県の公職者でありますか。政府の役人ですか。

植月覚岡山県新野村会議員

○植月参考人 岡山県の人であります。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 それではこの席では、公開の席でありますから伺えないということであれば、場合によつては祕密会でもけつこうでありますが……。

植月覚岡山県新野村会議員

○植月参考人 祕密会ならば発表いたします。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 この問題は六箇村の運命にかかる重大な問題でありますから、今公開でありますから、あとでまた祕密会のときにぜひ伺うことにして、ほかの問題に移ります。  今度は鷲田さん、あるいは須一さんでもけつこうですが、先ほど言われました中に、反対陳情の運動をする場合に、一部のいわば左傾の青年が反対を決議するように要望して来た。またその調印をとるときに半強制的に調印をせしめておるという重大な御証言がございました。これはさつき餐庭野の方からもお話がありましたが、たとえば内灘のごとく非常な思想問題になるように御理解になつておられるようですが、この委員会にも各地の責任者、内灘の方にも来ていただきましたが、それによりまして、これは外部の一部の者の扇動、または外部の者が入り込んで来てやつた運動では断じてない、そういう者が手伝いに来たかもしれないが、しかしわれわれがやつたのはそれとは別個に全村民、全県下あげてこの軍事基地設置には反対しておるのだ、そういう事実は毛頭ないということをはつきり言われました。また岡崎外務大臣は、過ぐる本会議におきまして、内灘問題につきましては、一部外部の者が扇動するかのごとき状況があつたということを言つて失言されましたために、国会が非常に混乱したことがあります。そのときにも実は内灘の方に申し上げたのでありますが、一体そういうことによつて動いておるのか、それに反対の意思を表明しておるのは、ほんの一部の左傾した者によつて行われておるのか、そういう者も反対の意思を表明しておるかもしれないが、一体地元の農民としては全体として賛成ではないのか、今同じ関係町村の中でお二人の方は賛成の意を表しておられますが、県会議員の方の大きな目で率直にごらんになつて、事実は一体どういう状況になつておるか、賛成者と反対者の比重を伺いたい。

鷲田庄平岡山県会議員

○鷲田参考人 私はこの点ははつきり申し上げておきます。ここに文書を持つておりますが、県議会といたしましては二十七年六月二日であつたと思いますが、岡山県の一切の軍事施設を返還してもらいたいということを議決いたしまして、当時県会議長及び知事が関係各省をめぐり陳情いたしております。それから私も当時農地部委員として再三参りましたことは、ここにおられる和栗課長もとくと御承知の通りです。農地部委員会の委員長も数回上りまして各方面に陳情いたしており、さらに二十七年七月二十日、九月五日、二十八年四月十八日には知事も参つております。また県会議員も参つております。そうして私の関係する機関において議決したことを地元に行きまして村民にもしばしば報告しておるのであります。その報告の上に立つて村民の多数がここに反対の運動を展開したように思つております。それ以外で地元において反対運動をやつた者はありません。報告については、私県会議員として情報を地方民に報告する義務を持つております。その議決した条項の内容は今印刷したものを持つておりますが、これは県が印刷したものであります。これに基いて報告しました。地元に対しての手をとつての反対運動はいたしたことはありませんが、事情は尋ねられましたがままに報告いたしております。反対の方は、地元でどういう径路をふんで各種団体が反対議決をしているかということは、私より私の村の村長須一源平氏が見えておりますので、その方から……。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 お願いします。

須一源平岡山県豊田村長

○須一参考人 山田保安局長という方が見えまして、知事とのお話ができたということが新聞に出まして、このことに対して非常に関心を持つておりました。耕作関係並びにそれらのことに関係のある者が心配をいたしまして、翌日すぐ知事のところへ行きましていろいろお話を承つたのであります。そうしたことをきつかけといたしまして、最近の最も正確な情報を説明せよということであります。従いまして私どもが知つている限りの状態をいろいろと話をいたしましたけれども、この反対というようなことにつきましては、村長としての見解はともかくといたしまして、一切の村民、また各種団体に関係のある人々がその動向をきめるのは、それぞれ自主性を持つた団体でありますので、従つてこれは団体の協議にかけて、民主的に評議をしてやりなさい、反対することはいけないということになればそれでもよろしいし、反対せざるを得ぬということならそうされるがよかろうということで、村長としての立場と、そうしたことを説明した立場とははつきりと区別しておりました。従いまして私どもはその調印のことについて一ぺんも強制した覚えはありませんけれども、調印の結果としましては、私の村はほとんど全村にわたりまして調印がまとまつております。その運営の方法をどう持つて行くかということにつきましては、期成会が設立されておりますので、その期成会がきめるだろうと思うのです。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 政府の方にお尋ねいたしますが、誘致してもらいたいという陳情はお受取りになつておりますか。

和栗博農林事務官(農地局管理部入植課長)

○和栗説明員 私の知つている限りでは、日本原の分は承知いたしておりません。

延原芳太郎岡山県豊並村会議長

○延原参考人 さつき穗積先生から、私と植月君と両名に対する質問があつた。植月君とは午前中参考人としての証言においてとくと申し上げたはずです。七箇部落はおのおの趣を異にいたしております。仰せになつたかどうか知りませんが、七つの部落のうちで私は鳥取県境における馬桑部落の人間である。その一部落たる高円部落が非常に被害を受けるということになつておる。ところがここに見えている鷲田県会議員あるいは須一村長の御見解を伺うと、これを基地として許すということになれば、駐留軍が使わなくても、今日の段階においてはいずれ予備隊が使うということになつて、遂にはこれを拡大強化して駐留軍が使うことになるおそれが十分にある。それは、あると想像すればある、ないと想像すればない、想像の上に立つものである。従いまして植月氏のごとく、あるいはその他の方面からも、村長から聞いたとかあるいは国会議員から入つたとかいうようなことはとにかくとして、いわゆる灰関するものもあれば風聞もあるので、その言葉じりをつかまえて聞かれたのでは、われわれ初めていなかからここへやつて来た百姓は胴ぶるいがしてとても太刀打ちができない。もう少し親切に、恐ろしがらぬように、言葉じりをしやくらぬように、先生方においてしかるべく思うことを言わせるようにしていただきたい。これがすなわち土地の実情を知ることであろうと考える。私は特に山ざるでありまして、あそこに女史がおられますが、しきりに笑つておる。しかしながら言うことはほんとうのことを言つておる。私は宗教家の端くれでありますから、うそをよう言いません。私は議会議長としてたびたび農林省に対しましては豊並村九町三反歩の演習地払下げについては相当苦いことを申し上げて参つたのであります。ところが農林省においては必ず払下げになるかのような楽しみある言葉をお答えいただいたものだから、われわれ百姓は一生懸命苦心さんたんして東京通いをいたしました。そのためにわれわれの上京費は相当かさんで参つた。その責任の追究を受けてきゆうゆうしておる。かくのごとき状態で真剣にわれわれは要望いたしておつたのでありますが、国会に参つてみると、ろうそくの火がまさに消えんとするような状態で、おそらくこれは見込みがないように想像されました。ここにいる芦田村長、内藤一己君らも、どうも見込みがないらしいというので、方向一転いたしまして、私どもは日本原を踏台にしたわけでありませんが、さつき政府委員の回答になつたことく、日本原が米軍の権利下にあるとするなれば、いずれは予備隊が使うか、駐留軍が使うかするだろう。これはむやみやたらにけんか腰で対抗しても持たないから、言いたいことも言わずに、長いものには巻かれろという筆法で、もらえるものはもらつて行かなければ立ち行かないという意味でやつて来たわけであります。そこでこれはいち早く二級国道に編入の請願の方に力を注がなければならぬというので猛運動をいたしました。(穗積委員「時間がないから簡単に。質問にはずれている」と呼ぶ)質問にはずれておらぬ。そういつた意味において私どもはやつて来た。ですから私たちは賛成したんだとおつしやるが、駐留軍が使うことには反対である。その反対決議は……。

上塚司自由党

○上塚委員長 なるべく簡単に願います。

延原芳太郎岡山県豊並村会議長

○延原参考人 しかしながら反対決議はやつたけれども、それは全村でない。この実情をちよつと申し上げぬといかぬ。私はここに村会の会議録を持つておりますから、これを読んでください。私がるる説明いたしましたところが、青年の方から陳情が出ておるし、村長の方からも同じようなことを出しておる。だから青年の方に一応の見通しを持つておるのかと聞いたところ、大体同じようなことを言う。だからよろしいというので議会にかけたところが反対である。高等学校も六箇村、中学校も三箇村でやつておるし、いろいろ頼み合わなければ、ならぬこともあるので、決議だけしておこう、こういうことでまず決議へ持つて行つたという実情であります。そこで実行委員長をということであつて、まず共産党の村会議員から実行委員を出してくれということであつた。そこで実行委員を頼んで、青年の方にも実行委員を頼んだけれどもなり手がない。(「簡単簡単」と呼ぶ者あり)ないからして、ぼくがどうしたものだと言つたところが。選抜方法は議長に一任というので、ぼくは小田親君に、あんたの部落の上に実弾が来るというのだから、あんたが先頭を切つてはといつて、小田君を実行委員長として出した。だから駐留軍が使うことには今反対でやつておる。しかし植月君が言つたように、予備隊がこれを使用するということになれば、現在の地域を拡大せぬということでちようだいできる補償があるなれば、何でもよろしい、補償がもらえるなら最大限度にちようだいするということについては、社会党の諸君と何ら異なるところはない。よろしくお願い申し上げます。さような意味において私どもは何も言わぬ。今日も旅費をもらつてやつて来たことは不当千万だと言われるけれども、私どもは出て来いと言われたから出て来たのであつて、もしも失言がありましても、これはほんとうのことを言つておるのだから御了承願いたい。私どもはさような意味で日本原を予備隊が使うということに相なるならば、お互い国家の興亡をになつて、そうしてわれわれとしても税金によつて微々たりといえども、国家を保護するという観念のもとにおいて、やるということならばけつこうだと思う。だからそれはいたし方がない。それで撤廃してもらおうというので運動をやつたけれども、これはならぬということならば、国家の現段階においてやむを得ないというのが、これが私の意見であります。

穗積七郎日本社会党(左)

○穗積委員 一方は政府に、一方は地元の方に希望を申し上げて、一方はお尋ねしたい。それであとは同僚の委員に続いて質問していただきますが、実は軍事基地の中で特殊な方が内々賛成をされる場合がある、あるいはまた公然と陳情書を出される場合があります。そういう場合は数を見るだけでなしに、その実情をよく見ていただきたい。たとえばさつき奈良の場合が出ましたし、あるいはまた私の郷里の愛知県の場合もそうでありました。あれだけ挙県一致してやつている場合でも、中には来てもらつた方がよかろうというような意見を漏らす人がある。このことによつて自分だけが利益するような場合の人が多いのです。奈良の場合におきましても、パンパン屋のおやじであるとかあるいはポン引きとか貸宿のおやじというものは利益するから、一般市民の風教とか、世間のことを無視して、ほんの自分の利益のためにこれを誘致したいというような動きを示す場合がございます。今の岡山県の方で植月さんあるいは延原さんがどういう利益のある稼業をしておるか私は知りませんが、そういう点も表面だけでなしに、よく実態をごらんになつて理解していただきたい。これは注意であり、希望として申し上げておきます。  それから地元の方にお尋ねいたしますが、すべての方の御公述が、この土地は演習地でなくなつたならば、当然地元に農耕地として払下げになるのだ。しかも国有地である場合においても地上権が認められておつたのだということを言われ、またはその払下げを期待されておるということを言つておられます。そのことについて、今言つたようにここで意見がわかれて、保安隊であるならば来てもらつた方がよろしいという意見もあるわけでありますが、そうなりますと、実は農民のほとんどすべての人の払下げ希望というものと対立するわけなんです。またここで大きなわかれ道になると思う。のみならず、贊成された二人の方もいまだに、一部のほかのどなたか知らぬが、その方の言を信じて、ここで政府の責任者がどちらかきまつておらぬと言つていることも信じないということなんだ。それを信じないで、岡山県のどなたかの証言を信じて、保安隊が来るのだという仮説に立つておられる。日本政府の責任者の答弁はどちらかまだきまつておらない、こういうことなんです。従つてその点はひとつよく皆さんの間でお話合いになつて、そうしてすべての方が、ここにおられる六人の方ですら、今までの既得権を認めてもらつて、そうして払下げを希望する。そうして平和な農耕地の開拓並びに農村を建設したいということでありますから、その点はぜひひとつ重ねて認識をしていただきたいと思いますが、それをお願いいたしまして私の質問を打切ります。

延原芳太郎岡山県豊並村会議長

○延原参考人 御注意なり、御注文はありがたく受けますが、私どもはためにせんとするのでも、何でもない。ただ仮定だからその仮定の上に立つて申し上げるだけで、もしそういうことがあつたのではいけないというので反対決議をやつた、これは先ほど申し上げた通り……。しかしこれは社会党と同じなんだ。私がさつき申し上げたぐあいのように、国家の現段階においては、われわれはやむを得ないと考える。国家の今の状態においては何とかしなければならぬ。だれも日本国民がアメリカから金を借りたり、毛色のかわつたのに来てもらつて保護してもらいたいというようなことはない、自力をもつてやれるならやりたい。しかしながらそれができぬ現段階においてはやむを得ないと考える。だからわれわれは次善の策としてこれをとるというだけだ、誤解のないように願いたい。従いまして、私は賛成々々と言われるが、賛成じやない。反対だけれども、国家の現段階においては、これはやむを得ないということなんだ。御了解を願いたい。

上塚司自由党

○上塚委員長 堤ツルヨ君。

堤ツルヨ日本社会党(右)

○堤(ツ)委員 延原さん興奮していらつしやるようでありますが、そこでちよつとお尋ねしたいのでございますが、日本原にはまわりに六箇村がある。その六箇村の方々全体の総意となつて来ますと、一村にとつては別にさしさわりがなくて、どつちころんでもよろしいんだけれども、五箇村と共同歩調をとつた場合に五箇村が利益になるということだつたら、一村が犠牲になつて五箇村と共同歩調をとつて運動なすつた方が、それが地元のためであり民主主義でもあると思うのでありますが、そういう考えにおなりになれないものでしようか。

延原芳太郎岡山県豊並村会議長

○延原参考人 御注意ありがとうございます。しかし民主主義もいろいろはき違いがありまして、このような場合に豊並村五百五十戸、五千数百人のすべての意見によつて行うということであれば、村会議長としてはさように考える。

堤ツルヨ日本社会党(右)

○堤(ツ)委員 見解の相違でございますから、私は延原さんにはこれくらいにしておきます。次に外務省にお尋ねしたいのは、この日本原の問題について、あなたの方に対して非常に確信をもつて保安隊云々ということをおつしやつておりますが、保安隊の方から何か最近話合いがあつたということはないのでしようか。

和栗博農林事務官(農地局管理部入植課長)

○和栗説明員 まだ正式に保安隊と日本原の使用について話し合つたことはございませんが、過去においてはいろいろ話の間に希望とか意見が述べられたことはございます。

堤ツルヨ日本社会党(右)

○堤(ツ)委員 延原さん以外の村の方方にお尋ねいたしますが、ここへおいでになつて意見が対立すると申しますか、切に払下げを願い、かつ農民が生きて行くために何とかこれを使わないでほしいという御希望に対して、御近所の村で反対の方があるということに対しまして、何か今まで村同士で話合いがあつたことがあるのでございましようか。どなたからでも順番でよろしゆうございますから……。

須一源平岡山県豊田村長

○須一参考人 別にそうしたことについて話合いを村としてやつたことはないわけであります。今延原さんの言われましたように、四十年という長い間陸軍に使つていただきまして、演習という言葉が耳に響くのが、他の初めてたまの音を聞かれる人よりは鈍い、なれつこになつておるというような観点から、割合に甘く見ておると、反対の立場からすると見られるような向きもあるのではないかと思われるのであります。そういう観点から、延原さんも言われましたように村会では決議ができた。しかししようのないことをどんどん言つたところでいけぬのだからということで、きようここでの陳述は延原さんが以上申し上げましたようなことになつております。六箇村でございますが、実際に関係のありますのは現在四箇村でございまして、二箇村は、日本原の演習場を使う場合に最も出入りのはげしくなりますところが、三間ほどの道を境にいたしまして北と南に町ができておるわけでありますので、演習地は直接ないけれども、人の出入りによつて、演習地に使われることに利害関係を持つ人がおるわけであります。

鷲田庄平岡山県会議員

○鷲田参考人 ちよつと御磁明申し上げますが、この地区が御承知のように軍用地を囲むところの関係が八箇町村ある。土地には関係ないが、現に大村先生の郷里であります勝加茂村のごときは、この軍用地を越して雑草の取入れ、軍用地を越して薪炭の採集に行くので、こういう方面の関係は一致して反対の決議をいたしておるわけであります。ただその一部の、これによつて利益をする人が共鳴をいたさないというのは、これはどこでもある事実であります。要はその反対する個々の農民は自分の土地の返還を要求しておる。雑草の手入れ、あるいは薪炭備林のかつての習慣を失うようなことがあれば、関係八箇町村の農業経営の破壊であることは論をまたない。ことにこの地区は、足立晴風先生が北海道を開拓しての帰りがけに、ここを開拓するのだというのでそこに開拓の塾を開いた。この塾が大村先生の卒業された勝間田農学校であります。そうして日露戦争後当時の陸軍が開墾のやむなきに至つたところであります。今日は勝北地区総合開発計画が立てられ、私もしばしば参りました。和栗課長さんもよく御承知でありましようが、国の調査費を二箇年連続していただきました。また広戸村の奥津川に二百五十万トンもの水をためまして新野、広戸の四百町歩の灌漑用水とし、さらにこの軍用地内の五百町歩の水田を開拓して、この地方農民四十年の犠牲のせめてものお礼としてもらいたい。こういう気持でしばしば運動いたしまして、岡山の事務局長、農林省の方々はとくと御承知であろうと思いますが、これがいかにいい適地であるか、さらに終戦後解放されました百五十町歩の土地は、日本一の開拓地として農林大臣より表彰されておるほどの適地なのであります。これが軍の用地として再び使われるということがあり得るならば、われわれは断じてこれを黙視し得ないというのが農民の声であります。農業を離れておる人のためには利益になるということは論をまちません。願わくは現地に来られてよく視察をされまして、演習地として適地である以上に農地として適地であればこそ、農林省においても認められ、勝北地区総合開発計画がなされておるという事実も十分御調査をくださればわかることであります。  多くを申し上げたいと思いますが、時間がないそうでございます。時間がございますならば、四十年間の長きにわたるわれわれの犠牲、協力、幾多の問題を話して御了解いただきたいと思いますが、私一人が申し上げることは恐縮でございますから、願わくは一たび調査されて、これがいかなる地域であるか、この地域におる農民がなどてこれに涙なくして見ておりましようか。きよう私たちが来ておることも首を長くしてどうなるかと待つておる。どうなるかということは広戸村、新野村を問わず全農民が一致した気持でありまして、おそらくわれわれの一言一句をも聞こうとしておる。私は四十年間犠牲になつた農民のために、再びここが演習地に使われることなく——何千町歩とまとまつた、しかも理想的の機械化経営のできる農地は日本にはないと信じておるのであります。なればこそ日本原の称号を持つているのであります。どうかわれわれ農民のために、文化農業経営のために、四十年間の犠牲のお礼の意味にでもやつていただきたいということを重ねてお願いしまして終りといたします。

堤ツルヨ日本社会党(右)

○堤(ツ)委員 皆様の御意見を聴取いたしました当委員会は、後ほどまた理事会を開いて実地踏査なり、あらためての研究なりいろいろ方法は尽されることでありましようし、また今のあなた方の御意見を十分いれまして、当委員会は調査をして善処させていただきたいと存じますが、今月おいでになりました一部の方々のように、われわれの村は受入れてもいいとおつしやれば——御承知の通り、どこを喚問して見ましても軍事基地歓迎、演習地歓迎、そしてRRセンター歓迎というところは全国に一つもないのであります。ところがこうした席上で一部の何人かの方々がそういうことをおつしやいましたならば、私先ほど来から私語の中に、困つたらみな日本原に引受けてもらえということを申しておりますが、そう思われてもしかたがないような発言をなさるということは、せつかくおいでになつた皆さん方のために、私は残念にたえないと思います。左派の穗積七郎委員が御忠告の通り、よく地元と話合いになりまして、日本政府にもよく了解されるように、今後努力をされることをお願いいたしたいと思います。  私の質問はこれで終るのでございますけれども、私は委員長に残念ながら申し上げたいのは、本日相当たくさんの参考人の方々をお呼びして、権威ある外務委員会が開かれているのでございますけれども、選良として国会に送られた国会議員が、参考人の意見を聞かなければならないのにかかわらず、選挙民の意思に反してかくのごとく御出席がないということは——今日の政府の政策上与党の方はお困りでございましよう、また再軍備賛成の政党の方はお聞きづらいであろうと思いますけれども、これは何万人かの国民の声でございますから、当然謙虚な気持になつて法律ととつ組んで、委員会に出席していただきたい。国民を代表して国会に登院すべき議員が、この委員会に出ておいでにならないというこの姿をごらんになつて、参考人諸君は、国会議員とは何たる品物ぞやとお思いになると思うのであります。私は、委員長が終始一貫それに努力せられておりまして、委員長にははなはだお気の毒でございますけれども、どうかひとつ委員会の権威のために、委員長は全委員の出席をお促しになつて、山積する大切な問題をお片づけになるように一言御忠告を申し上げて、善処をお願いいたしておきます。

上塚司自由党

○上塚委員長 すでに数回にわたつて事務官をして出席の督促をいたさせておるのであります。しかしながら今日は他の委員会その他の関係で、出席ができませんことをはなはだ遺憾と存じます。  次は山崎始男君。

山崎始男日本社会党(左)

○山崎(始)委員 私が最後になりましたので、たいがいのことは同僚の皆さんからお聞きになつておられますので、私はなるべくダブらぬようにいたしたいと思います。なお委員長は十五分とおつしやいましたが、最後でございますから、多少負けていただきまして、時間になりましても少々はお許し願いたい。  まず最初に当局の方にお尋ねいたしますが、日本原の軍事基地接収の問願に対して岡山県の責任あるいは当局、たとえば知事部局であるとか、県議会の議長というような方面へ、公式にせよ非公式にせよ外務省の方からお話になつたことがありますか、この一点をお聞かせ願いたい。

和栗博農林事務官(農地局管理部入植課長)

○和栗説明員 お答え申し上げます。日米合同委員会でやつております仕事のやり方は、米軍の方から使用計画あるいは要望が出て参りました場合には、それをすぐ地元へそのまま一応県庁を通じておるしまして、地元の方々の御意見とこれに対する県庁の意見をいただきまして、それで米軍の方との折衝をやつておりますので、大体各演習地とも地元へは話はできております。

山崎始男日本社会党(左)

○山崎(始)委員 それは正式に外務省の方からお話があつたということでありますか、さように理解してよろしうございますか。

和栗博農林事務官(農地局管理部入植課長)

○和栗説明員 合同委員会の事務の方といたしましては、外務省から行くこともございますし、ときによりましては陸上演習分科会の関係といたしまして、農林省の方から公文書が参ることがございます。

山崎始男日本社会党(左)

○山崎(始)委員 そうすると外務省としてはないということに理解してよろしゆうございますか。

嶌内敏郎外務事務官(国際協力局第四課長)

○嶌内説明員 外務省としての公文書は別といたしまして、合同委員会と申しますと、これには外務省の伊関局長が日本側の代表であり、そうしてその合同委員会の下におのおの問題を取扱う分科委員会というものがございまして、陸上演習分科委員会の日本側委員長は、農林省の農地局長であります。その資格において農林省から地元の方または県の方にいろいろな公文書が行つており、いろいろな連絡があるということは多々ございます。

山崎始男日本社会党(左)

○山崎(始)委員 保安庁の方が見えておられますようですが、保安庁の方から知事部局の方に正式にお話になつたことがありますか。

大森頼雄総理府事務官(保安庁経理局土木課長)

○大森説明員 日本原演習場について、保安庁があそこに小さな部隊を置くために、一部使いたいと言つたというお話が先ほど出ましたが、山田保安局長が岡山県の知事に対して話をしたことはございません。しかしあそこに置くということがきまつて配置したというのではなく、まだ一つの部隊の位置がきまつておらなかつたために、いろいろな候補地を探すときの、一つの候補地としてお話したことはあります。

山崎始男日本社会党(左)

○山崎(始)委員 日本原の接収の問題が日米合同委員会の議に供されたことがありますか、ありませんか。

和栗博農林事務官(農地局管理部入植課長)

○和栗説明員 先ほど御説明申し上げましたように、各陸上演習場はすべて日米合同委員会の議にかかるのでありまして、この問題も昨年からもんでおります。

山崎始男日本社会党(左)

○山崎(始)委員 ただいま保安庁の関係の方からの御答弁によりますと、山田局長から話をしたことがあるやに聞いておるということでありますが、私の聞いておりますのには、昨年度津山・日本原間の道路の改修費として三千二百万円が、県の土木部の方に、いらないというのに繰込まれて来て、県はまことに迷惑千万だ、すなわち知事部局、県議会両者とも軍事基地には岡山県は絶対に反対なんだという建前だと私は思いますが、これをつつ返した。ところが本年もまた送つて来たというのでありますが、事実でありますか、どうですか。

和栗博農林事務官(農地局管理部入植課長)

○和栗説明員 私はちよつとその話を地元の方から一度聞いたことはございますが、その後それが予算化されて地元におりたとか、あるいはつ返したとかいうようなことにつきましては全然承知しておりません。あいにくちようど今関係省の、建設省の方がお留守でありますので、ちよつとわかりかねます。

山崎始男日本社会党(左)

○山崎(始)委員 そういたしますと日本原の軍事基地という問題は、一応使いたいという意思はあるが、いまだ最終的な結論には至つていないと先ほど申されたように記憶いたしますが、今の三千二百万円が津山・日本原間の道路改修費として、要求もしないのに、断りつつあるのに、県の土木部の方に繰込まれた、もしこういう事実がありましたならば、その計画というものは、もうすでに既成の事実として、県民一般は知らないうちに、もうきめられておるのだというふうな解釈をしなければならないと思うのでありますが、この点に関しまして、どういうふうにお考えになりますか。

和栗博農林事務官(農地局管理部入植課長)

○和栗説明員 建設省の方ではないのでありまして、正確なお答えができるかどうか知りませんが、私の知つております限りで申しますと、ほかの演習場の場合でもそうでありますが、地元における要求はたいてい県庁を通して中央に出ます。その場合にその要求がなしに建設省の方でそういうふうなことをやるということはないと考えます。

山崎始男日本社会党(左)

○山崎(始)委員 この点は私重大な点だと思うのでありますが、あいにく建設省関係の方がいらつしやらないので、深くお聞きするわけに行きませんからまた他日に譲りますが、既成の事実がもうでき上つている。もしそういうふうなことが事実——私は事実だと理解しているのであります。これはすぐ調べればわかることでありますから、私が根も葉もないことを申し上げているわけでもございませんが、不幸にして建設省の方がおられませんから追究するわけに行きませんが、かりにもしそれが事実であるとするならば、日本原はもうすでに政府の方におきましては、演習地として確定をされているという解釈をせざるを得ないのであります。  なおこれは先ほども植月参考人が申しておりました保安隊が来るのだと仄聞するという言葉で言つておりますが、私は植月参考人が申しました保安隊云々という、臆測といいますか、推察といいますか、それも結局ここらあたりから出ているものではないかと私は解釈するのであります。いずれにいたしましても県民といたしましては、先ほど鷲田参考人が答弁しておりましたように、知事部局も県議会も全部反対をしている。しているのに保安庁の方から山田保安局長がここの土地へ持つて行つて、七、八千万円の鉄筋コンクリートの施設をつくるのだ、こういう言を漏らしておられます。同時に驚くなかれ三千二百万円というものが断りつつあるところの県当局のさいふの中に入つて来るということは、私はまことに奇々怪々だと思うのであります。建設省の方がおられませんので、私この点は保留いたしておきますが、聞くところによりますと、この二千数百町歩の日本原の軍事基地というものは、日本におきましてもこれを開墾いたしまして日本の農地拡張という面における候補地といたしましては、軍事基地中において第二番目に位するほど、これを開墾すればすぐ美田になるということを聞いているのであります。同時に過去二箇年にわたりまして奥津川ダムを開発して五百町歩の新田をつくり、同時に隣接八箇町村に対する四百町歩の灌漑用水をやるという総合計画も県にあるのでありますが、農林省の方でも二箇年実地調査をなさつた。これを開墾すれば先ほど私が申し上げましたように、日本において基地の中においても、これを開墾するならば日本の食糧自給の上からいいましても、国土的な観点から見て、非常に有望な、りつぱな土地だという折紙がついておればこそ、おそらく二年間調査されたと思うのでありますが、そういう事実はありますか、ありませんか。

和栗博農林事務官(農地局管理部入植課長)

○和栗説明員 お答え申し上げます。最初にあの合同委員会におきます日米間の折衝の状況は、これは簡単に申し上げますと、こちら側は、米軍に対しましてはつきりした日本原の使用計画を示さぬ以上は、これを正式に提供することができないという態度で臨んでおります。米軍側の方は、今ははつきりした計画を日本側に示すことができないけれども、朝鮮が休戦になつたような場合に、どうしても入れる場所が必要なのだから、ぜひほしいのだというような話を向うが申しております。私の方ではそれはそのときの話によつてとりあえず、それでは日本側に返したらどうだという議論が現在の折衝状況でございます。簡単に申し上げますとそういうことになります。従いまして、これは提供するか提供しないかということは、まだ交渉の途中にあるというふうに御了承願いたいと思います。それからここの土地が非常に有望なよい土地だということも私どもは了承をいたしております。地元の方々もどなたもキャンプとか補給所とかいうような場合は、誘致をされる方も中にはございますが、演習場と申しますものは、これはどこへ行きましてももう皆さん大反対でございます。これは一致いたしております。演習場は反対なのでございます。反対でございますが、中にもう絶対反対だという方と、いわゆる安全保障条約その他の関係で、反対なのだけれども、やむを得ないじやないかという議論で、どの程度それでは地元として譲歩するかというようなお話にたいてい相なつております。従いましてきよう岡山の方もたくさんお見えになりまして、いろいろ参考人の方がお話になりましたけれども、やはりそれぞれの立場におきましてのお考えをお述べになつたことだと思います。御質問の開拓適地云々という問題に対しましては、農林省といたしましては、これはもう演習場でなくなつて、その土地が食糧増産に寄与し得ることは、農林省の立場とすればもちろん希望いたしておるところでございますけれども、現在の合同委員会における接収状況はそういうことで対立のままになつておりますが、一応岡崎・ラスク交換公文の形におきまして、日本原におきまする一応の使用権というものは、米軍が現在握つておるというようなかつこうに相なります。

山崎始男日本社会党(左)

○山崎(始)委員 今の御答弁を聞きまして、私はこのように感じたのであります。日本原の土地は、いわゆる農林省としてはただそれぞれの当局が円満に話合いがついて、結論的にこれは演習地として接収しないのだという結論が出たならば、これは日本の食糧対策のためにおきましても、自立経済のためにおいても、まことに惜しい土地だ、開拓するならば実に美田ができる、大いに農林省としては力を入れてみたい、こういうまことに誠意のあるお考えがあるような気に私は拝聴したのでありますが、そのように解釈いたしましてよろしゆうございますか。

和栗博農林事務官(農地局管理部入植課長)

○和栗説明員 ただいま申し上げましたのは、農林省としての希望でございます。日本政府といたしましては、いろいろの観点から総合的に判断した結論を下さなければならぬというふうに考えます。

山崎始男日本社会党(左)

○山崎(始)委員 それでは私ちよつと参考人の方にお聞きいたします。先ほど穗積委員からお尋ねになつたのでありますが、私も午前中はおりませんので、速記録を見なければよくわかりません。わかりませんが、私のまた聞きしたところによりますと、岡山県から六人出ていらつしやる、他の基地の関係からはお二人ないし三人出て来られまして、それが声涙下るがごとき反対の論拠を展開されたにかかわらず、岡山県だけは六人出て来られて、一応四人の方は反対であり、あと二人の方ははつきりと賛成だ、反対の四人のうち二人の方が、これは中間派といいますか、わけがわからない、どうも腹の中ではわしは賛成だというようなことをにおわせるような方があと四人来られた、こういうことを聞いたのであります。しかも何かきのうかおととい突然あとの四人の方がきまつたというようなことも聞いたのでありますが、私はそこまで申し上げたくないのであります。いずれにいたしましても、非常に印象的な、こういう公式の国家の機関が参考人としておいで願つた中で、まことに他の地区には見られないような賛成公述があつたということを聞きましたので、先ほど堤委員からRRセンターの奈良の問題ではありませんが、いやなら日本原に持つて行つてもらえ、賛成しておるのだからというやじが飛んでおるくらい強い印象を受けておるのであります。私は時間がございませんので、さつそくお尋ねいたしますが、植月参考人は、あなたは御商売は何でありますか。

植月覚岡山県新野村会議員

○植月参考人 自分は製材並びに木工業であります。

山崎始男日本社会党(左)

○山崎(始)委員 それだけでありますか。

植月覚岡山県新野村会議員

○植月参考人 そうであります。

山崎始男日本社会党(左)

○山崎(始)委員 ほかに何かやつていらつしやいませんか。

植月覚岡山県新野村会議員

○植月参考人 ほかには自分はやつておりませんが、自分の家族はやつております。

山崎始男日本社会党(左)

○山崎(始)委員 家族の方は何をやつておられますか。

植月覚岡山県新野村会議員

○植月参考人 旅館とダンス……。

山崎始男日本社会党(左)

○山崎(始)委員 その村で旅館業をやつていらつしやる方は何人おりますか。

植月覚岡山県新野村会議員

○植月参考人 現在正式に許可を得ておるものが二軒あります。それから申請中のものが一軒であります。

山崎始男日本社会党(左)

○山崎(始)委員 聞きますところが、あなたは賛成派の陳情書をあなたの名において八十人でありましたか、八十一人の署名をとつて出しておられるということを聞きましたが……。

植月覚岡山県新野村会議員

○植月参考人 違います。

山崎始男日本社会党(左)

○山崎(始)委員 その間の事情をちつとお話願いたいと思います。

植月覚岡山県新野村会議員

○植月参考人 陳情書は私の名前ではありません。

山崎始男日本社会党(左)

○山崎(始)委員 午前中の陳述におきまして、先ほど穗積委員が言つておりましたが、大部分が誘致に対して賛成だ、演習地に対しては賛成だ、あとは政治的な意図を持つた人間だけが反対をしておるのだというような意味の御陳述をなさつたそうでありますが、私たち理解いたしておりますのは、先ほども申しましたように、県の知事部局も大反対、県議会も大反対、農業会関係も大反対、ましてや先ほど延原参考人の言のごとき、形式的ではあるけれども、わしらは反対の署名を村でやつておるのだということを言つておられましたが、あなたのお言葉は非常に誤解を生む。私は重ねて穗積委員の趣旨と同じことを申し述べまして、御注意を申し上げたいのであります。先ほどあなたはお取消しにならないと言われましたが、まことに私は重大だと思うのであります。皆さんが何も御存じなく聞いていらつしやるそのときに、私は率直に申し上げますが、あなた自身の利害というようなものを中心にして、あなたは御陳述になつたのではないかというふうに私は解釈するのでありますが……。

植月覚岡山県新野村会議員

○植月参考人 個人の利益のためになしたというような山崎先生のお話でございますが、さような気持でやつておりません。私はきようここに参る予定ではありませんでしたが、代表者の方が突然さしつかえがありまして、ために私がかわつて参つたのであります。商売まで詳しくお聞きくださいましてたいへんありがとうございましたが、個人のそうしたあれにおいてやつているのじやないということを申し上げまして、なお大部分の者が賛成であつた云々というお言葉がありましたが、それは私の午前中の陳述に速記録にあると思いますからどうぞお調べ願いたいと思います。  なお委員長にお許しを願いまして穗積委員に一言。秘密会の必要を申されましたが、ただいま山崎委員のお言葉の中に、その氏名を山田保安局長それから岡山県知事のいきさつを申されましたので、その事実でありますから、あらためて必要がないと思います。その通りでございます。

上塚司自由党

○上塚委員長 これにて参考人に対する質疑を終了することにいたします。参考人各位には遠路わざわざ御上京くだされまして、長時間にわたり種々参考となる御意見を陳述せられましてまことにありがとうございました。委員長より厚く感謝いたします。  本日はこれにて散会いたします。     午後六時二十三分散会

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