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15回国会参議院1952/12/09

文部委員会 第8号

発言数
12
登壇者
6
会派数
3
開催日
1952/12/09

会議録

若木勝藏日本社会党(第四控室・左)

○委員長(若木勝藏君) それでは本日の委員会をこれから開会いたします。  先ず山梨県の教育環境に関する調査報告の件を議題といたします。

岩間正男日本共産党

○岩間正男君 それでは視察報告をさせて頂きます。当委員会の決定に従いまして、基地周辺の教育の重要性がしばしばこの委員会でも問題になつたのでありますが、取敢えず目下問題になつておりますところの富士山麓の状況を視察しようということになりまして、矢嶋委員と私が参つたのであります。これは生田調査員が同行されまして、それで甲府に先ず参りまして、甲府の県庁を尋ねて、ここの県の教育委員会の諸君と懇談し、又教組の諸君と懇談し、更にそれから現地のほうに参りました。  視察をしましたところは山梨県の中野村、山中村、更に忍野村、それから静岡県に参りまして、静岡県の御殿場町、玉穂村、それから原里村、それから富士岡村、以上であります。これの経過について概略御報告申上げたいと思うのであります。尤も視察の範囲が広汎でありまして、この詳細を申上げるというと大変な時間でありまするので、その重要点だけ申上げてみたいと思います。  先ず山中村に参つたのでありますが、この山中村は富士山麓に位置しておりまして、山中湖畔に臨んでおります。それではほぼ同様な農村でありますが、問題の山中部落は、山中湖畔の山梨県から静岡県に抜ける主要道路、旧鎌倉往還の両側にありまして、戸数が大体三百五十戸、そのうち約四分の一が商業、残りは農業、それから製炭、漁撈に従事しております。耕作面積は約六十町歩あるのでありますが、その半数は演習地として使用されているため、現在は三十町歩余りが耕作されて、而も作物としては「とうもろこし」、粟、大豆、甘藷等の、いわば荒蕪作物でありまして、米麦は殆んど栽培できない貧困な土地であるために、曾ては免税されたこともあります。部落民の殆んど全部が血縁関係で結ばれておりまして、家族制度から来る封建思想が強く、改善、進歩ということに対しては極めて臆病な部落であると考えられるのであります。又当部落附近の山林は珍らしい鳥類の分布がありまして、最近の激しい演習によりまして、鳥類は深く山奥に消えたが、昭和二十五年までは御承知のように早晩のラジオ放送に湖畔の鳥の声が毎年聞かれて、国民の耳を楽しませておつたような土地柄であります。  ところが昭和二十四年の六月に、正式に駐留軍の富士キヤンプが設営されまして、耕地面積の半数、三十町歩が接収されました。旧陸軍時代には、演習場でも山林の材採、炭焼もでき、これによつて生活しておつたのでありますが、現在米軍の駐留下になりましてからは、全然これができなくなり、又山中湖の漁撈、漁撈と申しましても鮒とか鯉とか「わかさぎ」とかいつた程度のものでありますが、これに従事しておつた者もあつたのでありますが、駐留軍のボートによる障害によりまして、これもできなくなつたのであります。このような状態のところに、駐留軍相手の特殊婦人、売春婦が、初めは、横浜、横須賀、厚木、立川、東京等から、土曜、日曜日にかけて同部落周辺で取引していたのでありますが、これがオンリー、オンリーという言葉を向うでは通用語として使つております。これは一対一というような意味なのであります。又はバタフライ、これは多数を相手にするというのでバタフライと呼んでおります。こういうような特殊語が殆んど日常語として使われておるところにこの地の性格が出ておりますが、こういうふうにしまして、忍草同様に生活に困窮している同部落に間借り生活が始まり、当初は困窮者だけであつたのでありますが、村の有力者等も置くようになり、新らたに酒場、これは特殊婦人の置屋であり、その取引場所でもあるので、酒場というのは、そういうような実際の内容は、特殊婦人の置屋、その取引場所であるのでありますが、これが設けられまして、大は資本一千万円を投入して十数人の婦人を置く店から、四、五人を置く専門店が次々と建てられまして、現在は二十七軒常業しているのであります。これは他地方の者が主として経営し、又村民も、部屋の改造、藁葺屋根に派手なペンキ塗りの建増し等を施しまして、資本を投入して、西部劇にあるような、どぎつい、けばけばしい町が現出されまして、昨年の夏には、常住者が、特殊婦人というのはパンパンと言いますから、以下パンパンと申上げますが、このパンパンが五百人余りとなつて村に溢れて戸毎に置かなければならないというようなことも起つたのであります。更にこれらのほかに、土曜、日曜のよそからの出稼者を入れますと相当数の婦人が入りまして、一大赤線区域を出現したのであります。夕方になると交通も不自由なほど兵隊と女が通路上にふざけ合つていたほどでありまして、四、五百戸余りの部落に食料品店が七軒、クリーニング屋が二軒、菓子屋が三軒、マーケットが三軒、パーマネント屋が三軒、ドレス・メーカーが四軒等、米兵並びにパンパン相手のこれらの店が殖えたのであります。又著しい特徴としましては、こんな小さい部落で電話の加入数が百二十五本という驚くべき跛行的数字を示したことでも、この部落が如何に最近激しい変貌をやつたかということがわかると思うのであります。併し現在では駐留軍が五百人から七百人余りとなつて、特殊婦人の数も非常に減つて四、五十人余りとなつておるのであります。我々調査班が視察しましたときには、客のいない酒場からスピーカーによりジャズ音楽が流れ、通路上には完全に特殊婦人と判別し得た婦人たちが十四、五人見受けられました。この町を歩いて非常に特徴的に看取せられたのは、藁葺の農家から、その藁葺の戸も締らないような相当古くなつた農家でありまして、その農家の片隅のほうから十坪くらいの赤ペンキのビヤホールが突き出しておる。この対照が何とも言えないのでありまして、この山中部落の特徴を物語つておるように思うのであります。又この町の中に電気を煌々とつけた家があつて、その家の中で大変きれいに花を飾つておる。何だろうと思つて聞いてみますというと、最近ジープに轢き殺された人の四十九日の忌日に当るということであります。この人はジープで殺されたので、これを抗議しましたところが、現場を見た者もない、それに対する証人もないという、こういうことで全然取合わない。そこで、この人たちは非常に忿懣に感じまして、何とか仏の霊を慰めるために、又こういうことを繰返さないために、特に自動車の速力を制限する札を町のあちこちに立てた、こういうことであります。併しこういうような速力何メートルの札というものは完全に無視されておるようであります。  次に忍野村の状況について申上げます。忍野村は富士山麓にやはりありまして、山中湖畔に沿つて東から北にかけて一連の小山に囲まれた海抜九百三十六メートルの高冷地でありまして、山中湖を発端とする桂川及び新名庄門が村を東西に流れ、川辺に耕地があるのであります。この耕地は、水田が百五十七町歩、畑が二百八十三町歩、桑園が四十六町歩、山林が千六百五十三町でありまして、これに村落がありまして、現在演習場として接収されておる地域に桑園が三百町歩、それから採草地を二千町歩持つていたのでありますが、高冷多雨でありまして、而も熔岩地帯であります。火山灰地であるために一毛単作で農業経営は非常に困難であります。従つて現金収入の途を得るために、農閑期には他地方の農事の手伝又は自由労働者として生活をしていた純農村であつたのですが、ここは中野村山中部落と違いまして、昔は郡下の優良村でありました。その例といたしましては、県下の雄弁大会が開かれますというと、殆んどこの青年たちが優勝しておつた。こういうようなことでもこの村の気風がわかると思うのであります。ところが最近におきましては、こういう事態が全然見られなくなつて来たというのであります。然るに、先に述べた桑園三百町歩、採草地二千町歩が昭和十四年度これは陸軍に接収されたのでありますが、その時代には先ほど申しましたように山中部落と同じように採草経営はできておつたのであります。ところが米軍の接収後はそこでも全く立入禁止となりまして、家畜、養蚕の飼育もここではできなくなつて、農家が非常に経済的な打撃をこうむつたのであります。ところが同村には終戦後、県の開拓団が梨ケ原キヤンプの一番近い所に三十戸ばかり入植しまして開拓に従事していたのであります。その人たちを対象としまして、地元の青年の一部が婦人を連れて来たのがきつかけとなりまして、その後、同地は特に同村でも地質が悪く、耕作により収穫を得られぬところに駐留軍が入つて、これを相手とする特殊婦人が、横浜、横須賀、厚木、立川、東京等から、土曜、日曜にかけて同地周辺山林野原で交渉するようになつたのであります。早速これら婦人たちの部屋貸し、置屋、案内又はキヤンプから家までの兵隊運搬の仕事が青年たちの手によつて始められまして、これが相当の収益を上げ、又開拓団相手に、当初これはポン引の役目をしていた村の青年たちが兵隊に馬を貸したりした関係で、同村では申合せ等を行いまして、特殊婦人の村に入るのを防ぐ対策を講じてはいたのでありますが、経済事情と二、三の部落婦女子の暴行、凌辱事件等の止むを得ない防止策として、昨年春以来、忍草という部落が忍野村の入り口にあるのでありますが、この忍草部落では戸数三百大十四戸のうち四割近くまでが部屋貸しを行なつたのでありますが、現在では駐留軍の減少と村人自体の自覚からいたしまして、現在貸している家は二十戸余でありまして、当調査班が視察しましたときも、その婦人たちは地味に、農家の婦女子と同じようなもんぺ姿で、一見しただけではわからないといつたような状態にあつたのであります。これはまあ駐留軍が現在少いために非常に仕事ができにくくなつた、そうしてこういうところに落ちているという姿が見えたのであります。ところで、この忍野村で最近非常に一つの問題になつておりますのは、先ほど申しました忍草部落でありますが、忍草部落の入口でありますところの一等地でもある所に、昨年末から駐留軍相手の専門の酒場が、つまりこれは同じように売春婦を置いておる酒場でありますが、これが最近七軒完成したのであります。そうしてその付近一帯はこのような灯の街となり赤線区域といつた恰好になりまして、これは非常に同村にとつては現在大きな問題になつておるのであります。元来この土地は忍野村の入口に当りまして、米軍の梨ケ原のキヤンプから一番近い所であります。そうして、この土地は五町五反歩ばかりあるのでありますが、昭和三、四年頃、富士山麓電鉄会社がこの土地を買収したのであります。そうして、ここに温泉を掘るという名目で温泉を掘つてみたのでありますが、これが二十六度くらいの低温のために成立たない。これが中止されまして投げ出されておつたのであります。それを戦時中に附近の農民がこれを借りまして耕作しておりました。ところが戦後農地法が布かれることになつて、真つ先にこれが農地法の適用を受ける、こういう問題が発生したのであります。ところがこれに対しまして富士山麓電鉄会社側としましては、ここに吉田、御殿場電車の停留場を作り、又温泉を掘る、こういうようなことで、農地法の除外指定を山梨県農地委員会に対しまして昭和二十三年の十二月に申請したのであります。更に最近二十七年の四月に至りまして、小作人を瞞しまして耕作権を放棄することを、町の繁栄のためだから仕方がないだろう、こういうことでその承認書を取つたのであります。小作人たちは、村の繁栄の点から考えまして、ここのところを一応承認書に捺印した、こういうことができたのであります。ところが実際はそこに停留所はできない。そうして又温泉宿もできない。逆に先ほども申しましたように七軒のパンパン宿がここにできたのであります。ここで非常に小作人並びに村の人たちは、最初の約束と違うじやないかというような点からしまして、これに対しまして最近抗議を起し、最近になりましてこれが問題になつているのであります。ところが温泉会社側ではこれに対しまして、飽くまで現状を変更する意向がなく、最近になりまして臨時仮執行処分をとりまして、ここに立入禁止の立札を立てた。このために附近の数十戸の小作人の人たちは、生活権の問題がからんで来ますので、これに対して最近附近の農民たちが、このような不当なやり方は怪しからんというので、鍬入作業を行なつて会社側と対立しているような次第であります。我々が参りましてこの実情を見ましたときには、まだ豆なんかの収穫が十分に終つていない。従つて農地には益がそのまま残されて収穫されない。こういう所に立入禁止の札が立てられまして、農民の立入を拒んでいるのであります。こういうような実情がありますので、現在におきましては、村人たちは、このような鉄道会社のいわば策謀によりまして、実は町の腐敗と堕落を導くところのこのパンパン宿を設けられたということにつきましては、非常に反対運動が起つているのであります。我々も役場に参りまして、村長はじめ村の議長その他の関係の方々に会つて、こういう事情を調査したのでありますが、これにつきましては、やはり飽くまで純農村としての気風をここで何とか振り戻すために、このような態度に対しては今後とも浄化のために努力しなければならないというような意向が表明され、又小作人を飽くまで擁護するというような立場から考えて、これに対しては山梨県の農地委員会に対しまして農地買収除外指定取消に関するところの折衝がなされているのであります。これは、ここに皆さんのお手許に当院の農林委員会のほうに請願書として出されました請願の文書がございますので、御参考までに御一覧願いたいと思います。  以上二つの部落の報告をいたしたのでありますが、これがどのような影響を与えているかという点を簡単に報告して見たいと思います。両部落ともパンパンの生態が非常に盛んなときには、忍草部落は約半数がパンパンが同居し、山中部落は殆んど全村を挙げてと言つていいくらい特殊婦人が同居しておつたのであります。そのため、児童、生徒は、家庭に街路に始終彼等の生活と生態を目の前に見せつけられるというようなことになりまして、早朝から深夜までレコードの狂噪と、それからパンパン達の矯声によりまして、いろいろな影響があつたのであります。その主なものを我々が調査したり、又当地の人達との懇談において得ましたところのものを申上げてみますと、まず第一に、学習意欲が減退し、一般に元気がなくなつた。これは子供達の上に現れた影響であります。第二に、性的に早熟になり、幼な子は彼等の動作をまね、猥褻な言動が見られるようになつた。第三に、服装が派手になり、真面目さを失い、金銭の浪費癖がついた。第四に、忍野部落ではトラローマ患者が非常に多くなつた。性病の伝染は外面的にはまだ掴まれていないようであります。第五に、特殊婦人をおいている家の者は彼の女連を何と呼んでいるかというと、おねえさん又はガールさんと呼び、他の家の子供達はパンスケと呼んでおり、両者精神的なへだたりが非常にできておる。つまりパンパンをおいている家と、おいていない家の子供達の態度が非常に違うということであります。  次に、一般人、青少年にもどういうような影響を与えたかといいますと、安易な方法で望外な現金収入があるので、外曲的に現れたことでも次のような点が指摘されるのであります。まず第一に勤勉な気風がなくなり、廃頽放縦になり、従来の仕事を怠る傾向が出て来た。第二に、服装が派出になり、金銭の浪費か多くなつた。第三に、少年は非常に早熟となつて、青年層には性病が相当出ている。この性病の問題でありますが、これは学校当局あたりと会つて話を聞いてみますと、それほど現れていないのじやないか、余り青年にはそういう感染の度がないのじやないか、こういう話でありましたが、併したまたまその席上に列席されておりました青年が、いや、実状はもつと詳しく話したほうがよいんじやないか、相当これは、もう多くの青年が性病に侵されているのだ、こういう実情は詳しく話したほうがいいじやないかと言つて、その青年が相当真相らしい真相を話してくれたのであります。ここも詳しくなりますから省略いたします。第四に、盗癖が多く、米、麦、いも類が非常に紛失するようになつた。これは青年達が金銭を似て女と交渉するということが非常に困難なために、家の穀類を盗み出して、それによつてそういう費用に充てている、そういうことが非常に出ているのであります。それから第五に、青年団の集会等、各種の会合の出席が非常に悪くなつた。第六に、駐留軍及び特殊婦人に関連する事件が相当多くなつておる。こういうような点を挙げることができるのであります。  で、これに対する対策としては、どういうことが現在とられているかと言いますと、忍野村は全村こぞつてこの問題に取り組んで、世論を喚起し、従来の優良村にすべく真摯な努力を払つていますが、その対策としては、第一に、公民館を中心とする社会教育を確立する。第二に、社会教育関係団体の指導育成による組織的不良化防止。第三には、学校教育、家庭教育との連繋を緊密にする。第四に、村当局、学校各種補導機関その他による風教対策協議的及び防犯委員会等の結成による積極的な指導等を行なつている。こういうような対策がとられておるのであります。中野村は先に述べたように、村民の殆んどが血縁関係にありまして、封建的思想が非常に強かつた。又改善進歩に対しては臆病でありますのと、特殊婦人の流入当初の儲けた金に、ほかから都合しました金等も入れまして、これを資金として改築やら酒場の設置等に、村の有力者、指導階級が殆んど資金を入れている。このような経済事情のために、殆ど何らの方策も講ぜられていない。当調査班の視察のために学校で懇談会を開いたのでありますが、この懇談会を開くために学校長が努力しまして、盛んに町の人達或いは村当局に対しまして何回となく電話をかけまして、そうしてその出席方を督励したのでありますが、とうとうこの会が終るまで、村の当局者幹部は一名も出席しなかつたのであります。僅かに村の一、二の正論者だけがこの場に出て来ていた。こういう有様であります。こういうことは、我々としては全国今まで何回も視察したのでありますけれども、未だ曾つてこの村の当局者が、責任者がそういう懇談会に出席を拒んだという例はまだ一度もないのであります。で、校長はそのために非常に責任を感じまして、何とかこの人達の出席を督励しておりましたが、我我はその実情が実情であり、それをありのまま見ることが視察である。そういう観点から、そういう無理はおやめなさい、それで結構でしようということでやつたのであります。で、こういうことから考えましても、大体この村の対策がどのようなものであるかということは御想像できると思うのであります。なお現在はそうでないようですが、曾つては、従来はこの村の村長も自分の家にパンパンを置いてれつた。こういうことがはつきり言われておるのであります。併しながら、学校当局教員は、全部落殆んどが、特殊街ともいうべき昨今の事情より、この村当局と村民の態度に合せながら、このような理解の下に教育を守るための努力は、直接には児童生徒を特殊婦人に接近させず、この行動を目撃させぬように、県教育委員会の援助と相待つて、図書の充実、運動用具の設備等によりまして、長時間学校にこれをとどめて置く。それから日曜に授業をして月曜に休ませる、こういうような方法をとりまして、成るだけこのような影響から護ろうとするような努力をしているようなわけで、他の面では家庭を訪問し、生活、経済問題、児童生徒の教育等について、学校教育に対して関心を持たない父兄の教育を行なつている有様であります。ここに学校当局の非常に苦しい立場があるということを我々は見て来たのであります。つまり村全体がこういう経済的な環境から、むしろ米軍がいなくては困る、何とか米軍がもつと多く来てくれないかというような希望をしているときに、一方では子供の悪影響を恐れてこれを教育的に護るということが、如何にこういう、而も小さい、僅かに先生が十人足らずの学校、こういうところでは、どんなに困難であるかということを我々は痛感して来たのであります。  なお御参考までに、昨年七月十三日に県教育委員会の本問題に対する調査を参考として述べると、次のようなことがわかるのであります。これは忍野村と中野村小中学校四年以上千十三人の児童生徒を対象とする調査でありますが、その調査の結果は、一、あなたの周囲における大人の生活に対してよいと思うこと、悪いと思うことで、悪いと思うことは何かの質問に対しまして、特殊婦人を非常に厭がる。それから特殊婦人と米兵との関係、又日本人同志の同一行動として、こういうものを嫌悪する気持が四一・一%、特殊婦人の雇主に対する嫌悪八・二%、牛太郎、ポン引これに対する嫌悪が一・八%その他は三二・九%。その次に第二としまして、第二の調査事項として、あなたの家では間貸をしていますか、それからこれに対する、前から貸していた、今貸しています、ときどき貸します、こういうのを合せまして二七・五%、そのうち厭だという感情を持つていた者が三七%で、その学年別の調査内容は、小学校四年生八・四%、五年生一四%、六年生三二・三%、中学一年生二九・一%、二年生六二・五%、三年生三七・四%になつております。  次に静岡県の報告に入ります。静岡県では、御殿場町、それから玉穂村、原里村、富士岡村、これを見たことは先ほど申上げたのでありますが、これらの地帯はいずれも富士山麓の東麓に位置して、海抜四百米、富士岡村は大体四百米、それから原里村は六百米といつた、こういう地帯にあるのであります。この地帯は富士の火山灰地でありまして、山梨県側の忍野村、中野村に比べまして、幾分この土性というものは、土地の生産量はいいように思われるのでありますが、併し地味はやはり痩せており、高冷、多雨、湿潤地帯でありまして、産業としましては養蚕と少数の家畜の飼育と低地は水稲の栽培が行われ、高地は陸稲、甘藷、玉蜀黍の栽培や炭焼を生計としているのでありますが、いずれも経営面積は平坦地に比して割合に多く、反当りの生産高が低く、出稼ぎや日傭い労務者として生活を維持していた者が多いのであります。そのうち御殿場町は夏季は登山客相手の町として商売をしておつた所であります。従来当地方には、旧滝ケ原廠舎、それから旧板妻廠舎、旧陸軍重砲兵学校等、陸軍の廠舎、学校があつたのでありますが、この跡に戦後駐留軍のキヤンプができたのであります。これを北、中、南、こういうので、ノース、サウス、ミドルと、この三つのキヤンプと呼んでおります。このキヤンプ附近の状態が非常に教育的に問題になつておる所であります。この三村共に駐留軍演習場として、相当の農耕地、採草、山林地帯が接収されまして、もともと経済的に苦しい所が困窮の度が非常に強くなつたのであります。而も駐留当初の婦女子に対する暴行、凌辱事件、こういうことが、山梨県と同様な条件によりまして、駐留軍相手として当地域に入つて来た特殊婦人に対しまして、経済的理由と村の婦女子保護の理由というような立場から、貸間をこの地帯の農家では始めたのであります。キヤンプの数がノース・キヤンプ、ミドル・キヤンプ、サウス・キャンプとだんだんとそれらが増加して参りまして、キヤンプ内の設備が完成され、当キヤンプは山梨県梨ケ原キャンプと違いまして相当の常駐部隊があるということによりまして、逐次特殊婦人が増加して行つたのであります。これに伴つて外部他県から資本が入つて専門店が経営され、当初農家に間借りしていた多数の者を相手としていたバタフライと称する特殊婦人は、これら専門店、飲食店等に移つて、農家に同居している者はだんだん減少して来た。併しその数はまだまだ相当な数に上つております。これは皆さんのお手許にも配つてあると思いますが、特に名前はあげないのでありますが、大体、赤が現在特殊婦人が入つておりまして、こういうような分布でも大体情勢は察知されると思うのであります。これらの特殊婦人の中には、オンリーと呼ばれる特定な人を相手とする者たちは、子供までも自分で育てて、そうしてなお農家に居坐つていると、こういうような現状であります。参考までにその子供の数をあげますと、御殿場町では、こういうようなオンリーの子供を養つている、その子供の数が十名、玉穂村では三人、富士岡村では十人、それから原里村では十二人、計三十五名がこの村で数えることができると言われております。これはこの村にいる者の現在数でありますが、このほかの場所に連れて行き、それを育てている者が、この二、三割はあるということで、大体これらの子供の年齢は、大きいのがもう五、六才ぐらいになつている。まだ就学には間がありますが、この子供たちが就学年齢に達すると非常に教育問題として大きな問題になるのじやないと考えられるのであります。御殿場町は 従来登山客を相手として、駿東地区交通の要地として発展した町でありまして、戦後駐留軍の演習地設置によりまして、この駐留軍を相手とした特殊婦人によつて慰安の町として、昭和二十五年春以来急激にその姿を変え、変化を来たした町であります。駅の正面、主要道路は、その盛んなときの土曜、日曜日は、早朝から深夜まで、兵隊と婦人たちによつて占領されていることでもこの状態がわかると思うのであります。現在でも、新築、改築の建物は殆んどこれらに関係する酒場、専門店等でありまして、商店等もその相当数が特殊婦人に部屋を貸しているか、又はその人たちによつて取引の利用場所になつており、他の場所の住宅も、余力が少しでもあれば、家族が不自由をしても貸間をしているというありさまで、その部屋代は山梨、静岡両県とも大差なく、大体六畳一間で五千円から八千円、食事附になりますと一万三千円から一万五千円くらいで、こういうような小さな町としましては、なかなか現金収入面で住民の生活に大きな経済的影響を与えている。こういう形でなかなかパンパンに対して部屋を貸すということが止みそうもないのであります。  なお調査班は、夕刻から深夜まで逐次街路を視察したのでありますが、日没後、ネオンの下暗い路上に三三五五、一見しただけで判別できる特殊婦人たちがだんだん夜の更けるに従つて増加して参りまして、兵隊たちもその数に比例してだんだん殖え、九時頃と十時半、十一時半頃と潮の干満のように増減し、その最盛時には、現在は大分減つているとの話でありますが、それでも路上には殆ど彼らだけしか見られないというような状態を呈しているのであります。この特殊婦人の年齢を見ましても、小さいものは十五、六歳ぐらい、それから年の多いのは四十五、六歳ぐらい、まだ高等学校在学か或いは今年卒業したとしか思われないような少女も見受けられ、中には親子で商売している者もあるということであります。  又室内もそれと同じように、我々が泊つた当地で一番堅いという宿屋でさえも、十八室余りの部屋に彼らがすでに昼のうちに来て予約をしている、金を置いて予約しているのです。その兵隊達に貸した部屋が我々の泊つた日には十二室もあつたということであります。多いときは全部、二十の部屋が全部塞がるということであります。このように、この町としましては一流旅館で一番堅いと言われている、その堅いと言われている理由は何かというと、これは特殊婦人を置いていない、このことが原因なようでありまして、ほかの旅館ではすでにこのような特殊婦人を置いている。併しその堅いと言われている宿屋でさえも、このように兵隊が部屋を予約し、そうして実際そこを貸す。夜になりますと、米兵が特殊婦人をくわえ込んでその部屋に迫る、こういうことがざらに行われ、そうしてこれに対しては何らもう殆ど刺戟を感じていない。何らこれに対して工合が悪いとも考えていない。話振りでも何でも聞いておりましても殆ど無刺戟な状態になつている。麻痺しているというような現象が見受けられるのであります。これが非常に教育上、それから日本の風教上から考えましても大きな問題になると思うのであります。  それから教育的にここで是非報告をしなければならない問題としましては、我々が最後に見て来ましたところの富士岡中学校の問題でありまするが、この富士岡中学校は先ほど申しましたサウス・キヤンプに当る地域であります。当校は終戦後六三制の実施によりまして建物不足のため、直接駐留軍から旧陸軍重砲兵学校富士分校跡の兵舎を借用しまして兵舎を改造し、応急的に作つた学校であるために、校舎も悪く、而もキヤンプの鉄条網内にある学校であります。この鉄条網の一歩外は特殊婦人が駐留軍を相手とする酒場、専門店、置屋が軒並に濫設され、早朝から電蓄が鳴つて、ジャズで彼女たちが兵隊たちに戯れる嬌声が校舎の窓から直接見られる。こういうところであります。その行為、而もこの周辺は今まで水道がなかつた。そうして僅かに校庭内にただ一つ水道がある。こういうことのために、この附近のつまり街のパンパン屋ですね。こういう所からどんどん女たちが水を汲みに来る。そこで登退校時内にのみ、この学校内に入つて困るというので、そこで学校側では子供たちが登校したり退校したりするときはやめてくれと、こういうことを言つているのでありますが、こんなことは全然無視されまして、授業時間でもこれらの女たちが水を汲みに来る。こういうことで非常に彼女たちの浅ましい姿の化粧や服装の女たちが四六時中出入りいたしまして、これが非常な悪影響を与えている。それから又駐留軍の自動車や戦車の騒音が絶えず聞えるわけであります。酒に酔つた兵隊たちが、授業中の音楽室、教室等に暴れて来たり、校庭内、学校の物置で特殊婦人との行為をやつたり、駐留軍日本人要員の学校便所の共同使用等が行われている。こういうようなことのために駐留軍要員たちが便所を使用しているというのは、駐留軍は日本の要員に対しては便所を使用させない。このために行くところがないので、学校にわざわざ用便のためにやつて来る。こういう実に浅ましい、何と言いますか、ちよつと考えられないようなことが行われているのですが、こういう君たちが入つて来る。そういうことのために、いろいろな学校の自信の経営というものが絶えず混乱され、乱されるというような最悪の環境に置かれておるのであります。更に、この学校は、子供たちの運動場がない。それで非常に困つておりましたので、学校を建てて間もなくのこと、父兄たちの勤労奉仕と寄附によりまして、そうして二千坪ばかりの耕地を土盛りをしまして作り上げたのであります。その他、旧兵営でありますから、これらの校舎の修繕のために、当時の金としましては七、八十万円と言つておりますが、現在の貨幣価値に直しますと約四百万円程度のものを使いまして、そうして学校の設備を改善したのであります。ところが、この二千坪の校地は、その後、間もなく米軍が駐留して参りまするというと、これをすつかり取り上げてしまつて、そうしてそこには鉄条網の柵を張りめぐらし、最初は自動車観場にしておつたのでありますが、後ではこれを自分たちの運動場に使つている。そうして野球やフツト・ボールをやつている。この一番近い教室と、それから校庭のバツク・ネットの距離は僅かに二十メートルなのであります。そうして球が飛んで来て、それをとるために米兵が校庭の中に入つて来るというようなことが頻々として行われた。それが授業中であろうがどうであろうかということは問題にならない。こういう形で、全く学校では授業ができない。従つて黒板も一応反対側に移して、そうしてまるで耳を塞ぐような形で授業を行わせている。こういうような実に悲惨な状態が出て来たのであります。こういうような点を考えますと、これは、我々も今まで、例えばこの前、久里浜の水産大学を見たのでありますが、学校環境としまして便所を改築して研究所に当てた、こういう実に悲惨な例も見たのでありますけれども、我々の見た範囲内では、あの水産大学どころの話じやないと思う。今申しましたように、直ぐ近く、僅か三、四十メートル離れたところはこれはキヤンプです。そうしてそこに鉄条網をして遮断され、今まで校門として使つておつた正門まで鉄条網を張り出されて、そうして一方では今度は反対側の道路にはそのキヤンプの附近にできましたところのパンパン屋、それを明らさまに授業中でも姿を見る。或いは女たちが……。先ほど申しましたように、昼間或いは夜間便所を使用する。中にはアドルムを使つて、その空罐を便所の中に入れる。そういうことのために、おわいを汲んでも肥料にさえならないのだと言つて村長さんがこぼしておつた状態が出ているのであります。こういう点から考えまして、学校側としてはこれに対して、今やこんな所で教育をすることはできないというので、最近移転計画をやつているのであります。この移転計画は、大体六百八十三坪、この総工費が三千二百八十万円、こういうような計画を立てまして、村として比較的これらの影響の少ない地点を選んで現在工事を進めておるようなんであります。これに対しまして内容を話しますと、第一次の文部省の補助金が二百八十三万三千円、二百五十五坪、それから更に又三百九十万を今年度の後期として入ることになつておるのでありますが、これらの金を合せましても、村の負担としましてはまだ千五百万円以上の負担をしなければならない。ところが、このうちで今まで村としましては、先ほども申しましたように、相当四百万以上の寄附並びに労務の提供をしている。このときに当つて父兄にこれ以上の負担をさせることは非常に困難であります。村ではそのために四百五十万程度の財源を一般の財政から捻出しようと考えているのでありますが、なお約一千万程度のこれは財政的な赤字になる。何とかこれを父兄から埋めようというので、父兄から借上げの方法について苦慮しているようでありますが、先ほども申しましたように、この土地は非常に経済的に苦しい土地であります。そこへ持つて来まして、この地方では国有林が多かつたのであります。国有林に対しましてはそれが接収されてから補償が現在出ていない。ところが村有林とか、その他の場合ですと、最近になりましてこれらの離作料或いは遊牧料、こういうものに対しまして補償が出まして、この附近の村の、先ほど申した村の場合は補償料が出ているのでありますが、この富士岡ではそういう補償料もない。こういうような形で、経済的に非常に苦しんでいるのであります。そこへ持つて来まして約一千万以上父兄から借上げるということは事実全然不可能であります。何とか方法はないものか。その点で村長としては夜寝ても寝られないということを申しているのであります。文部省の省令によつて六三制は非常に大急ぎで作れということで、当時幸いに軍の施設があつたので、村としてはそれを借り受け、そうしてほかの地方から比べれば六三制は早く発足さした。むしろその当時は誇りにさえしておつたというのであります。ところが、今申しましたような実情が起つて来て、そうして現在では非常に不完全ではありますが、何とか授業を続けている。ところが、そのためにはすでに四百万程度の村としては財政負担をしているわけであります。ところが、それによつて環境が全然駄目になつて、それを別な所に移すということになりまして、今言つたような負担がここで再びされるというと、二軍負担になつて来るわけであります。而も一方では国家のこれに対する補償がない。こういうことですから、これは村財政を大きく圧迫し、そうして貧困な村財政に対しては大きな脅威になるわけであります。こういう点から考えまして、これは矢嶋君と夜話合つて寝たのでありますが、一体、村の何ら責任によつてこのような問題にならない教育環境ができたわけではない。いつの間にか政府がこの土地を向うのキヤンプとして与えてしまつた。而も条約によりまして行政協定の結果これがはつきり向うに接収されるということになつて、そのために今言つたようなあらゆる非教育的な姿が起つて来たのであります。而も更にこれに加えるに、ものすごい財政負担というものが、村では背負い切れないような財政負担というものが起つて来て、従つてこれは当然国家がこれに対して責任を負わなければならない問題だと思う。従つてこれらの建築に対して、国家が当然これを教育環境としては非常に不当であるという観点から、これを移転させなきやならないのはもう当然だと、我々は判断するのであります。これは誰だつてこの実情を見れば、ここでまさか日本の教育が行われるとは誰一人考えられない。こういう点が若しまだ不十分であるならば、我我としてはむしろ岡野文部大臣が直接行つて、そうしてこの現状を視察されたならば、全くこれは驚かれると思うのであります。そうしたならば、そういうような移転のために当然国家がこれは国家補償の立場をとるべき問題じやないか。ほかの六三制のいろいろな問題が起つておりますが、この問題とは例を異にしている。これを単に村だけの負担に委してこの問題に目を蔽つてしまうということになつたならば、これは国家自身が国家自身の今までの行政に関して起つたこれらの損害を私は教育的に救う途はない、こういうふうに考えるのであります。こういう点から、国家補償を十分にやつて一日も早くこのような、教育的に不完全、不完全とも何とも話にならないところの腐敗と堕落の中に包まれ、而も一方では軍の鉄条網に包まれておるこれらの教育環境というものを、私は十分に保護してやらなければならないのではないかというふうに考えるのであります。  非常に不完全な説明に多くの時間を費したのでありますけれども、以上を以て私の報告を終りたいと思うのであります。  最後に申上げたいことは、この我々の視察の中で二つの少くとも現実的に起つておる問題があると思います。それは只今申しました富士岡におけるところの小学校の補償の問題、もう一つは忍野に起つておりますところの農地取上げの問題、ここにパンパン宿ができておる。これに対して村ではその純化のためにこれを返還してもらいたい、こういうふうな運動が起つておる。又小作権の返還の問題も起つているわけであります。このあとの問題は直接当委員会の所属に属さないかとも思うのでありますが、これは農林委員会なんかとも連絡をしまして、問題の根本的な解決は、やはりこの土地を返還してもらつてそうして村の純化を図るということにあるのでありますから、関連は深いのであります。従つて当委員会としましては、できるだけ農林委員会なんかともこういう点を共同な問題として採上げて、今後の解決に資してほしいと思うのであります。なお、この視察の結果いろいろなこれに対する根本的な対策或いは対症療法的な対策、この二つを進めて行かなきやならないと思うのでありますが、これについての見解は、この報告の中の領域では時間がもう過ぎましたし、それからなお今後この委員会で大きくこの問題を取上げて論及されると思いますので、その席に譲りたいと思います。なお、これに対して不十分なところは矢嶋君から補足をして頂きたいと思います。

矢嶋三義日本社会党(第四控室・左)

○矢嶋三義君 只今岩開議員のほうから詳細御報告して頂いたわけで、ございなすが、私はダブらない範囲内において非常に印象的な点を御報告申上げたいと思います。  なお先程から文化財保護に関しての報告があり又それに対する対策が相当小委員会で論議され、本日更に参考人を招致して意見を聴取するということか決定されたわけでございますが、この我が国六百有余地区に亘る基地局辺の教育というものは、それにも優る、まさに火のついた重大な問題であると思うのでございます。従つて本日の岩間君の報告はすべての議員の方にぜひとも聞いて頂きたかつたのでございますが、政務の御都合でお聞きとりがなかつたようでございますが、ぜひとも私は速記録を読んで、今後本委員会の極めて重大な問題として取上げて頂きたいということを、前もつて要望すると同時に、文部省の所管局長はおいでになつておるわけでございまして、我々の報告をよく聞いておいて頂きたいと思うのでございます。  我々は基地周辺の教育の一つのサンプルとして見たわけでございますが、昨年度は福岡の板付飛行場の近くの小学校の移転問題が起つたことは、管理局長十分御承知の通りでございます。更にこれが発展いたしまして、先日は福岡の市議会は、あの福岡市の近くにあるところの板付飛行場を教育的観点から、更にその他の観点から、福岡市に返還してもらいたいということを満場一致をもつて可決いたしております。これは一つの例でございますが、極めて基地周辺の教育というものは重大な問題である、こういうふうに私は声を大きくして先ず申上げたいのでございます。  先ず第一点として私が非常に印象的に感じたことは、独立国家でないという感じがしたということ、それからそこに勤められている先生は本当にお気の毒である。どんなにして独立国の国民であるという意識を子供に植えつけることができるであろうか。非常にお気の毒に感じたのです。それから生徒児童に対しては、ともかくかわいそうだ。日本の子供としてかわいそうだ、この一語に尽きますが、特に富士岡中学校につきましては、先ほど詳細に御報告がございましたが、かくのごとき中学校が本日まであの静岡に存在したということが、存在さしたということは、これは私は由々しき問題である、こういうふうに私は申上げておきます。  それから第二点として申上げたい点は、この青少年に対する影響については詳細御報告がございましたが、問題は、こういう環境下に育つて行くところの日本の青少年の将来に及ぼすところの潜在的な影響というものは計り知れないであろう。これに副つて我々は対策を講じなければならない。  第三点としては、学校当局は非常に努力しているということを重ねて申上げておきたい。町村当局も努力されております。例えば静岡県ではこれらの対策の協議会を持つていらつしやいます。或いは建築行政、予防行政、教育行政、そういうあらゆる角度から総合的に協議会を持たれております。更に山梨県は県議会に取上げて、風俗保安条例というものを制定いたしております。各町村ともそれぞれ努力されておりますが、ただここで皆さん方のお耳に入れておきたい点は、もうこうなつた以上はいたし方ないという感を受ける点は非常に遺憾に存じます。独立国としての独立意識というものに少し欠けて来たのじやないか。麻痺して来たのじやないか。東洋人の通弊かも知れませんが、まあしようがない、いたし方ないといつたような感じを若干受ける点があることは遺憾に存じます。例えば部屋の問題、貸間の問題につきましても、貸さなければ損だという気持で、曾つては村長、現在においても町村会議員、更に教育委員の中で、自分の部屋をパンパンに貸しているというのがまだ現在そういうのがあるということ、これは我々としてはよほど考えなくちやならん問題じやないかと思つております。  例えば例を挙げますというと、山梨県では山梨地区風俗保安条例というものを設けて、そうしてその地域は知事が指定するとなつております。その条件として、所轄市町村長の申請があつたときという場合と、それから知事が必要と認め、県の議会の議決を得たとき知事が指定すると、二つの場合がある。ところが中野村山中部落というのも随分問題なところですが、そこから知事に対して地域指定をして欲しいという申請がまだないのです。従つて地域指定がされていない。こういう点は、やはり是非報告申上げておきたいと思う。それから借上料というものが相当入つておる。例えば静岡県で申しますと、原里村が百万円、それから玉穂村五百万円、借上料が入つておる。立木の補償が玉穂村は三千万円ぐらい入つております。十ヵ町村合せて一億八千万円入つておるやに承わりました。ところが、富士岡村は全然これが入つていない。従つて借上料が若干入つた原里村と玉穂村なんかはそれで教育施設なんか若干やつておる。村役場の人が……。そういう所と、全然借入料がなくて、ただ害だけ受けておる富士岡村あたりは非常に気の毒です。従つて富士岡中学校が現在まで存在している。こういう所は、国家的な立場から、まあ問題は違うかも知れないけれども、平衡交付金という考え方から何らか対策を講じなければならない問題じやないかということを感じた次第でございます。  それから第四点として申上げておきたい点は、先ほど岩間君の報告がございましたが、忍野村の忍草の農地の問題、それから富士岡村の中学校の前に出現したパンパン宿の問題、これらは教育的な問題からのみならず、農調法違反だと思います。従つて農地行政の面において批判、検討、研究さるべき問題が残されていると思いますので、これは当該委員会に是非共連絡をとりたい、こう思つております。  それから第五点としては、対策については只今岩間君からも抜本的な療法と対症的療法という御説明がございまして、今後討議しなければならないと思いますが、外国軍人がいる以上は、先ず我々が当面考えたことは、補償を十分にやらなければならない、住民の生活からこういうものが起つて来ておりますので、補償を十分にやらなければいけない。  それから社会教育の面からやはり正しい世論の昂揚というものを是非図るようにしなくちやならない。或いは警察の取締行政の適正積極化並びにこれに対する駐留軍の協力というもの、これを外交の力によつて是非とも実現させなければならない、当面火のついた問題だ。こういうふうに御報告申上げたい。  最後に文部省の所管局長が参つておりますので、この際、報告と共に答弁して頂きたいと思う点があります。若し即座に答弁ができない場合には、近く本委員会に資料を提出して頂きたい。先ず第一点、全国に六百有余の基地ができておるわけでありますが、基地周辺の教育の調査はできているか。その対策は如何なる対策を打たれておられるか。第二点、学校建設をする場合には、いろいろ建設予定地に条件があるが、学校ができたのちにその周辺にいかがわしい建物が幾らでもできておる。富士岡中学はその最も典型的な例だと思う。校門の前にできておる。さつき私が写した写真をお配りしましたが、こういうように学校の近くにこういういかがわしい建物ができないように法律で制約するということは前から問題になつておりますが、その立法はどうなつているのか。それをやらない限りは、この富士岡中学校に限らず、全国基地周辺の教育にとつては重大なる問題だと思いますので伺いたい。第三点、一体、六三建築予算は不十分ながらも若干取れているわけでございますが、ああいう富士岡中学のような場合に静岡県教育委員会に如何なる指導と助言を与えたのか。本日までかくのごとき中学校を存在させたということは私は怪しからんと思う。由々しき問題だと思います。静岡教育委員会に対して如何なる指導助言を与えたか。又管理局としては、ああいう特殊な中学校に対しては補助の枠を考慮していないのか。若しいないとするならば、現実を無視したところの教育行政と非難せざるを得ないのであります。それから岩間君が指摘いたしましたところの四百万円、これは如何なる形で補償するか。第四点として伺いたい点は、学校が非常に苦労して子供の教育に携わつておりますが、要は生活指導を徹底的にやる以外、当面の問題としてはないと思います。従つて教職員の動員ということが第一に取上げられなきやならないし、更に報告の中にありましたように、教具とか、まあ具体的に申しまするならば、運動具というようなものの設備を十分にするということは非常に大事だと思うのでございますが、これは予算を伴う問題です。これはその地区の町村だけに任せ、その負担のみでやらせるということは、苛酷だと思います。安保条約、行政協定から出た国策の線に副つた一つの犠牲の町村である。それに対して如何に予算的な立場から解決する考えを持つておるかということ。第五点としては、やや具体的であります。敗戦後の現在のごとき環境下にある日本の青少年の純潔教育、それを通じての独立国としての民族意識の高揚、そういう点の教育の現場に好影響がもたらされるような対策を曾つてやられたのかどうか。現在具体案を持つておるのかどうか。第六、先ほどの報告で我々が見た範囲内では、混血児は合計三十五名で、これは表面に出ただけで、なお隠しがあるかも知れないということだつたんですが、一体、混血児は二十八年の四月から若干学齢に達して入学して来るわけでありますが、これらの混血児に対して対策を立てているのか。日本に国籍のある混血児、アメリカに国籍のある混血児、それらの教育を如何にするか。そういう問題について研究されているか。更にその資料となるところの混血児は幾らあるかということについて、曾つて調査され、現在資料を持つているかどうか。こういう点は今度我々が調査した問題から当然まず取上げなければならん問題になつて来ると思いますので、本日は時間も延びておりますから、そう時間をかけませんが、現在即答のできる点について即答して頂き、更に資料を要する問題もございますので、詳細な資料を後日出して頂きたい。こういうことを要望しまして私の補足報告に換えます。

近藤直人文部省管理局長

○政府委員(近藤直人君) 只今岩間委員並びに矢嶋委員から、山梨県、静岡県のキヤンプ地域における教育の実態につきましてお話を伺いまして、非常に参考になつた次第でございます。只今の御質問の点につきまして、私の承知いたしております範囲におきましてお答え申上げたいと思います。只今日本には六百有余のベース・キヤンプがある。その附近の学校の教育状況はどうかというお話でございますが、この点につきましてはまだ調査をいたしておりませんので、それぞれ手続を踏みまして調査をいたし、又その対策も考えたいと思つております。  それから第二点の学校の附近にキャンプを作らないように法制化したらどうかというお話でございますが、この点につきましてはまだ考究中でございますので、早速この問題も至急取上げて研究を進めたいと思つております。只今のところでは、建築基準法によりまして、キヤンプの附近の住宅の建築の制限並びに住宅の建築の禁止の規定のみでございましてこの点につきましてなお研究を進めて見たいと思つております。それから富士岡中学の問題でございますが、只今お話を伺いまして承知したわけでございますが、今日までのところ県の教育委員会に対しては指導助言をいたしておりませんので、この点、県の教育委員会のほうに至急連絡いたしまして、実情をよく掴みまして、必要な措置をとりたいと思つております。それからかような富士岡中学に対する六三建築予算の補助の枠の問題でございますが、学校の移転につきまして、只今予算上の措置がなされておりませんので、六三の〇・七坪の満了という意味におきましては、予算の配付をいたしておりますので、何坪を満了している上に、更に移転のほうも予算ということになりますと、さような予算は考慮いたしておりませんので、この点につきましても研究を進めたいと思つております。  それから岩間委員の御指摘になりました四百万円の町村の財源負担のお話でございますが、これはお話もございましたように、平衡交付金の措置によりまして、何らか対策を立てられるのではないかというふうに考えますが、この点につきましても、研究を進めて見たいと思つております。  次に学校の教具、或いは運動具等の設備に対する国の補助はどうかというお話であろうかと思いますが、只今のところは産業教育振興法というものによりまして、設備の補助が若干これはこの枠についてなされているわけでありますが、将来これを中学校のほうにも拡充いたしまして、かような措置ができるようにいたしたいと考えております。  只今お答え申し上げられる程度はその程度でございまして、なお全般的にお話ございました環境の浄化ということにつきましては、十分検討いたしまして次の機会にお答え申上げたいと、かように考えております。

田中義男文部省初等中等教育局長

○政府委員(田中義男君) 先ほど来いろいろ実情等を詳細伺いまして、私も非常にかようなことがありますことを、心にしみて遺憾に実は思つておりますので、今後もできるだけ私どもも措置するようにいたしたいと思うものでございます。で、只今近藤管理局長からお答えいたしましたが、実は同時に教育内容の問題になりますると初中局関係でございますので、一つ両局更によく相談をいたしまして、できるだけの措置を講じて参るようにいたしたいと思います。その中でお尋ねのありました六つの条項でございますが、第一点の六百有余の基地全部を調査することについては、実はまだ申し上げるほどの調査はいたしておりませんで、従つて対策等も只今申上げるだけの用意もございませんから、更に一つ検討をさして頂きたいと思います。それから学校建築の法規関係について只今いろいろお話がございましたが、これについては我々としても関心の非常に深い点でございますから、よく協調して御相談を進めたいと思います。それから静岡県教育委員会に富士岡中学についての如何なる指導援助をしたかというお話でございますが、実はいろいろ伺いまして、誠に多少驚いているような実情でもございまするので、なお教育委員会とも十分早速に一つ連絡をいたしてみたいと思います。それからなお第四点の生活指導を徹底的にいたしまするために教職員を動員するということ、特にその点についての具体的な問題は、教具なり或いは運動具等を十分設備してやる必要はないかというお話でございまして、これは誠に御尤もでございます。で、差当り、御承知のように、来年度義務教育費国庫負担法によりますと、教材の一部も国がこれを負担すると、で、私どもとしては大体半額国庫負担を期待をいたして今努力中なんでございますが、それらについてもお話のような点について考慮を加える余地はないかと、只今実は考えておるようなことでございまして、できるだけの一つ努力をそのほうにも注ぎたいと考えております。  それから純潔教育の点でございますが、殊に男女共学等の問題からいたしましても学校教育上いろいろ世論のございますことも御承知の通りでございまして、いろいろ会合或いは協議会等においても、それぞれの協議なり、或いは指示なりもいたして来ておるのでございますが、更に実は先般来具体的に実際に青少年を清く指導するために、先生方の参考になるような手引書といつたようなものを出したいと考えまして、関係者の方々特に実際の指導に当つておられる学校の先生方のお集まりをも願いまして、過去数回に亘つていろいろ御意見を伺つて来ておりまして、只今その御意見を私どもで調整をいたしておるようなことでございまして、さようなことも一助になろうかと思つて計画はいたしておるのでございますが、なお純潔教育の点についても十分進めるように、私ども更に考えたいと思います。  それから混血児教育に対して対策はどうか、なお資料が現在あるかというお尋ねでございますが、実は混血児の問題につきましては、いろいろ世論もございますし、私どものほうといたしましても、いろいろ相談協議もいたしております。殊にいろいろな関係が厚生省等にもございますので、連絡をしておるのでございますが、実はなかなか実態調査が殊に文部省としては非常にむずかしい点もございまして、実際の数字を得ますことにも困難を感じておる一のでございますが、併し本当に来年から大体学齢児童も出て参りますので、そうなりますと、どうしてもこれは法律の現定からいたしましても、だんだんとはつきりした数字が出て参るので、そのときになれば一層確実な数字が得られるものと実は今期待をいたしておるのでございます。で、厚生省の本年の七月の調べによりますと、厚生省関係の乳児院或いは保育所といつたようなものについて調べましたところが、これは世論と違つて案外現実に収容いたしておるものは極く少数でございまして、約五百とたしか出ておりました。それから、その中で来年学校に上ります者が約八十名ばかりというような数字が実ははつきりした確実なものでございまして、そのほかには、或いは十万とか、或いは二十万とか言われておるのでございますが、さようなことで、只今折角の御質問に対しまして、私どもとしてはつきりした実は資料を只今得ておらないのでございます。で、教育上の問題としては、ともかくできるだけその人たちが僻まないように、そうして愛と理解の下に当然教育をいたして行かなければなりませんわけでございまして、それならばそれを特に別な機関において教育して行くのがよいか悪いか、こういうふうな問題もいろいろございまして、私どもも検討いたしておるのでございますが、まあ大体は一応公立学校において普通の子供と同じようにできるだけ一般の理解の下に教育をして行くのが本筋ではあるまいか。ただそれにつきまして、特にそれらの人たちにはきつと生活上の問題も付きまとう方々だと考えられますので、その生活保護なり或いは教育補助等について別途な又考え方をしなければならないかと、かような考えを只今では持つておりまするので、なお更に資料等については一つ検討をいたしまして又お答えさして頂きたいと思います。

矢嶋三義日本社会党(第四控室・左)

○矢嶋三義君 もう質問を繰返しません。私はただ問題点だけを指摘しておきたいと思うのです。それは只今近藤局長から答弁頂いたのですが、どうも私の質問しようとしたことと、あなたの答弁とピントが合つていなくて遺憾に思うのでございますが、要するに両局長から承わつたところによりますると、殆んど調査されておらない、対策というものを持つておられないと、これは皆さん方非常に仕事が多くて御多忙とは存じますが、極めて重大な問題がそういう程度の答弁しかできないということは、私は非常に残念に思います。早急に公務員を動員して調査並びに対策を立てて頂きたいということを要望しておきます。  二点として申上げた点は、近藤局長、学校附近にキヤンプを作らぬというようなことを私はお伺いしたのではございません。そんなことはちよつとむずかしいことだと思うのですが、建築基準法云々というような御答弁がございましたが、学校教育法か何かに、学校の近くには何メーター以内には風俗常業なんかやる建物は造つてはならないというような法的な制約を早急にやる必要があると思うのです。或いはもうできておるのではないかと思うのですが、その点を私は伺つたのですが、できていないとしたら早急にやらなければならん。学校を造るときには、ここはいかん、どこはいかんと言うけれども、できたあと、そういうものが校門の前にできても、これを法的に縛る方法がないわけなんです。だから、その点どうなつておるかということを伺つたわけなんです。  それから第二点として伺つた点は、この富士岡中学の問題は初めて御承知のようですが、私は機会があれば是非一つそのモデル・ケースとして見て頂きたい。これはもう言葉じや尽せないひどいもんですよ。これは私は平衡交付金というのは、一つの例を申したわけなんです。平衡交付金で解決するなんていうことはできつこないです。私はそういうことで申上げたわけではございません。ただもう私が申上げたのは、借上料なんというのが市町村に入つたから、駐留軍を置くことによつて随分と困る問題があるけれども、幾らか借上料が入つた点だけちよつと都合のいい点はあつたわけです。ところが富士岡村というのは駐留軍によつていろいろの迷惑だけ受けて、あらゆる精神的物質的迷惑だけ受けて、借上料というものは全然ないわけです。そういう町村に対しては、国の補助とか或いは起債許可などという場合に、相当顧慮すべき問題があるのじやないか。そういう点を文部省は文部大臣を通じて閣議ででも発言すべきじやないか。当面先ず火のついた問題としては、四百万円というのを、岩間君が報告したように、村並びにPTAで四百万円だけの施設として、運動場もこしらえている。こさえたとたんに運動場は取上げられて、私が写真に示したように、学校の窓から十メートル先は鉄条網で、PTAが汗水流して作つた運動場をでき上つたと同時に取上げられた。この四百万円は、これはあなたのところで補助金を出すときに特別補助金の枠を拡げて、補助金を出すことによつて、その補償をするか、或いはほかにこういう基地に対して別途のところから補償するか、いずれにしても補償しなければならないというのが岩開議員の見解だが、その対策はどうかということを伺つたので、平衡交付金で解決できますかどうかということを伺つたのじやございません。  それから第四点としては、田中局長から御答弁頂きましたが、産業教育法によつて若干の設備の補助ができるようになつたと言いますが、それもありましよう。併し私はそういうことをここでお伺いしようとするのじやありません。先ほど私が申上げましたように、この基地のある町村というのは特殊な町村ですよ。これが安保条約並びに行政協定、こういう国策から出て来たところの日本全国一万有余に亘る地方公共団体の中の極く一部の犠牲になつている町村だ。そういう町村、ほかにもありましようが、例えば教育問題を一つ取上げた場合に、教育を遂行して行くに当つては、運動場も要るでしよう。教具も要るでしよう。予算も要る。それをその町村の住民の負担だけでやらせることは、これは国策の犠牲なるが故に妥当じやないのじやないかと思う。そういう基地の特殊な町村に対して如何なる対策を講ずべき考えを持つているかということを伺つたんです。これは教育のみならず、或いは農林省関係或いは建築省関係、いろいろございましよう。そういうものを総合したやはり国の対策というものが、そういう町村に対してなされなければ、これは該当町村としては非常に気の毒だということを、私は先ず教育面からの答弁を伺つたわけなんです。  それだけで問題を打切つておきますが、ただ承わつておきたい点は、両局長早速この問題を取上げて解決に努力される決意があるかどうかということです。それから、でき得べくんば、管理局長は、地元に迷惑をかけない程度で、私は一遍見て貰いたいと思います。随分と富士岡中学あたりは視察する人が来る。新聞記者さんが来る。雑誌記者さんが来る。或いは教育委員会、随分と来る。国会議員は初めて来た。随分迷惑しているらしい。併しながらいつになつても解決しない。校門から見ると鉄条網で遮断されている。右を見れば十メートルに鉄条網があつて、アメちやんが遊んでいる。投げたボールで硝子を割る。左を見ると運動場のすぐ傍でパンンパンが駐留軍と抱き合つている。ジヤズが鳴つている。足下を見るというと廊下はがたがただ。廊下も歩けないくらい。雨が降れば雨漏りがするというような状況なんです。そういう学校が日本にあるのですよ。私はやはり管理局長さん、局長の椅子に腰掛けているだけじやなく、地元に迷惑を掛けない程度で是非私は見てもらいたい。その意思があるか。  それから、その答弁の前に、政務次官は、本日の岩間君の報告並びにそれに伴う私の報告と君子の問題点を提供いたしましたが、これらにつきまして文教の最責任当局の文部省における文部政務次官としてですね、如何なる感懐を抱かれたか。なおこれらの問題の解決に対する政務次官の所見と決意を承わつて、私は質問を終りたいと思います。

廣瀬與兵衞自由党文部政務次官

○政府委員(廣瀬與兵衞君) 岩間君及び矢嶋君の御説明を伺いまして、私は驚嘆いたしたのでございます。かかる状態が日本にあるということは誠に遺憾に存じます。よつて局長を督励いたしまして、そうしてよく調査もさせます。そうしてこういうことを成るべく早く解決するように、熱意を以つて努力するということを申上げます。

田中義男文部省初等中等教育局長

○政府委員(田中義男君) 私どももいろいろお話を伺いまして、直ちにそれぞれの者を動員いたしまして、調査並びに対策の樹立のために、直ちに一つ努力を始めることをお答え申上げます。

近藤直人文部省管理局長

○政府委員(近藤直人君) 矢嶋委員の今のお話ではつきりいたしましたが、調査するものは調査し、研究するものは早速研究いたしまして、対策を立てたいと思つております。なお現地の調査でございますが、只今お言葉でございますので、私、是非参りたいと思います。若し行けませんでしたら代りの者をして行かせますが、これは私、行つて調査したいと、かように考えております。なおこの研究につきましては、十分誠意を以つて努力いたしたいと考えております。

岩間正男日本共産党

○岩間正男君 矢嶋君からもさつき話されたように、村長が、しばしば今まで見に来た、併し金だけかかるだけで何の効果もない、こういうことをこぼしておられた。これは、ひそかに道を歩きながらこぼした。私はこの窮情を察して実に同情した。併し私たちは単に見に来たのではない。これは必ずこの問題について解決しに来たのである。今までのように映画のエキストラみたいなように馬鹿なことはしない。こういうことを答えて来た。そうして、このことはこれも矢嶋君からさつき話されたのだが、実に委員会としても委員長に特に要望しておきたいのだが、もう少し真剣に取組んでもらいたいと思う。まあ時間の関係もあるのだろうが、この問題について実にここに見えているかたも少い。こういう形でこの問題は等閑に附されるような問題ではない。こういう点から我々出て行つた。この前の水産大学のごときは当委員会で決議して、そうして当時の天野文相と、それから大橋国務相に水産大学を見に行つてもらつた。それに較べると、私は水産大学、さつきちよつと比較しましたが、較べものにならんと思う。そこで必要があれば、無論我我は見て来たのですが、又再調査するなり、又この問題に対して私たちはどんなに努力しても努力し過ぎるということはないと思う。こういう点から考えて、十分にこれは委員長においても計らつて頂きたいと思う。文化保護等の問題も出て来ますけれども、ちよつとやはりこれは比較の対象にはなりません。併し日本が中心問題として一体何を我々がなさなければならないかということは、少くともこれは、政治の面に携わつておる者としては考えなければならん問題だと思う。そういう点から、そういう感を非常に我々は深くした。ところが岡野文相なんか行くなら簡単なんです。何を局長を煩わすまでもない。局長が行く前に岡野さんに実際見てもらいたいと思う。天野さんは行つたのです。決議をされて、それから万障繰合せて大橋国務大臣と行つて実際見た。ところが教育的に考えて、これはもつと切実な問題だと思う。一方では中学のさつきも移転の話をしたのですが、移転はしたが、材木は投げ出しておいて手が付かない。我我はそこを見て来た。材木は幾分運ばれてそうして着工にかかる運びも設定されたけれども、大工の姿も見えないというのは、後の金の捻出ができないからだ。一千万に余る金をどういうふうに捻出するか。できない。それで村長は昼も夜も考えて眠れないと言つていた。私は非常に切実だと思う。村長は終戦後村長になつた人らしいのですが、それでいち早く今の金に換算すれば四百万円もかけて、そうして中学校の問題を解決した。又政府の方針の六三制を解決した。そうやつて、むしろ、あたりに誇つておつたのだそうです。ところが今度のやり方が、今のままになると全然不利になつてしまう。それで一方的に厖大な物価や資材の値上りという段階になつてそうして厖大な負担をするとなれば、村長は自分の政治的体面にもかかわるような問題になつて来るのです。こういう点は、文部省が自分たちの一つの施策の貧困によつてそういうような状態に陥れることは忍びないことだ。私はそういう点で切に文部省当局は当つてもらいたい。当委員会としても一つやつて頂きたい、こういうことを切望するのですが、まあ返答は要りません。私は少くとも岡野さんに伝えてもらいたい。これで我々は教育に対する岡野さんの熱意を測るわけじやないが、大体見当がつくのです。近いところですから、久里浜と大した違いはありませんから、是非見てもらいたいと思うのです。岡野さんが近いうちに行かなければ、日本の置かれている現在の教育の姿はわかるものじやないのです。我々も呆れている。未だ曾つてこういうことはないのです。この点はつきり私は要望をしておきたいと思います。ちよつと速記をとめて下さい。

若木勝藏日本社会党(第四控室・左)

○委員長(若木勝藏君) 速記をとめて。    〔速記中止〕

若木勝藏日本社会党(第四控室・左)

○委員長(若木勝藏君) 速記を始めて。それでは新しい政務次官もお聞きの通り、矢嶋君それから岩間君の調査報告は非常に重大な問題であると思うので、御要望通り当委員会としても皆さんに要望するだろうと思うのです。早速文部当局や大臣を初め調査をしてもらいたい。なおこの問題については今後どういうふうに取り扱つて行くかということについては、委員会としてこれは理事会等にも諮りまして是非一つやりたいと思います。  それでは本日の委員会はこれで閉じます。    午後一時十五分散会

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