水産・法務・外務連合委員会 第1号
- 発言数
- 175 件
- 登壇者
- 17 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1953/02/23
会議録
○委員長(秋山俊一郎君) それではこれより水産、外務、法務連合委員会を開会いたします。先例によりまして私が委員長を勤めることにいたします。 本日この連合委員会を開会いたしましたのは、去る二月四日済州島附近の農林漁区、第二百八十三漁区におきまして、福岡市北湊町大邦漁業株式会社所属手繰船、第一、第二大邦丸、いずれも五十七トン、乗組員二十二名でありますが、操業中韓国側の官憲から不法にも機銃射撃を受けまして、両船が拿捕されたばかりでなく、第一大邦丸の漁撈長、瀬戸重次郎君が射殺されたという不祥事件が突発いたしました。このことは新聞等で皆様方もすでに御承知のことと存じますが、事件発生の場所は公海でありまして、国際法上何人も自由に漁撈をし得る海域であります。それにもかかわらず韓国の一方的な行動によつて国際法を無視し、暴力によつて漁船を拿捕抑留し、あまつさえ人命を殺傷するに至りましては、誠に言語道断というほかはないのでありまして、我々といたしましては断じてこれを黙視することはできないのであります。聞くところによりますと、以西底曳業界におきましては、この事件発生以来深刻な打撃を受けまして、朝鮮水域の出漁船の引揚を行い、或いは出漁を見合わすなど関係漁民は大きな衝動を受けておるようであります。このことは単に漁獲が減少するという単純な問題ではなく、平和回復後我が国の水産業が外洋に向つて発展しようとする矢先に、暴力によつてこれを阻止する悪例を残すものでありまして、由々しい事態といわなければなりません。従いまして本日はこの不祥事件の真相をきわめこれに如何に対処するか、万全の措置を検討しなければならないと存じますので、三委員会の連合会を開くことにいたしました次第であります。幸いにして本日はこの事件の関係者第一大邦丸船長浜行治君、第二大邦丸通信士切手律君、第二十八海鳳丸船長久保田俘良君、大洋漁業株式会社長崎支社漁業課長永井次作君、日本遠洋底曳網漁業協会常務理事加藤喜八郎君を証人として出席を求めておりますから、これらの諸君から第一、第二大邦丸の拿捕当時の模様、瀬戸漁撈長が射殺されました状況、その他全般に亘つて説明を求め、十分真相をきわめることにいたしたいと存じます。 次に是非この際一言付加えなければならないと思いますことは、今回の不祥事件が必ずしも突発的、偶発的な事件ではなく、その根本に韓国側の国際法を無視した公海における漁業権益の主張が伏在するということであります。御承知の通り韓国政府におきましては、昨年一月十八日朝鮮半島周辺の広範な水域に亘りこの主権を主張し、いわゆる李承晩ラインなるものを一方的に宣言いたしました。而もこれを既定の事実として、昨年一月には漁業資源保護法を制定し、韓国漁船たると外国漁船たるとを問わず、李承晩ライン内における漁獲はすべて韓国政府の許可を必要として、許可なき漁船は逮捕することになつたと伝えられております。誠に不可解千万と言わなければなりません。今回の不祥事件もさような韓国政府の国策の一端の現れとも言えるのでありまして、従つてかかる不祥事件を再び惹起することのないようにするには、政府が至急に外交交渉によつて、国際法の認める公海自由の原則を確立すると共に、一方海上警備の充実を図り、かかる不祥事件から我が漁船を防衛する措置を講じなければならないと考えるのであります。かような意味で本日は政府側から廣川農林大臣、清井水産庁長官、岡崎外務大臣、倭島アジア局長、石井運輸大臣、山口海上保安庁長官、犬養法務大臣、鈴木入国管理局長、木村保安庁長官、山田保安局長、その他関係官の出席を要求いたしております。委員各位におかれましてはこれら政府関係当局並びに証人と十分質疑応答を交せられまして万全の措置を御検討あらんことを切望いたします。 それでは証人の宣誓に入りますが、その前に一言証人のかたに御注意を申上げます。若しこの証言に虚偽の陳述をされたというような場合は、議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律第六条によりまして三カ月以上十年以下の懲役に処する罰則があります。又正当の事由なくして宣誓若しくは証言を拒んだときは同法第七条によりまして、一年以下の禁錮又は一万円以下の罰金に処せられることになつておりますから、この点十分に御注意をお願いいたします。但し民事訴訟法第二百八十条(第三号の場合を除く)及び第二百八十一条(第一項、第一号及び第三号の場合を除く)の規定に該当する場合に限り宣誓又は証言若しくは書類の提出を拒むことができます。念のために民事訴訟法第二百八十条の該当部分を朗読いたします。 第二百八十条 證言カ證人又ハ左ニ掲クル者ノ刑事上ノ訴追又ハ處罰ヲ招ク虞アル事項ニ関スルトキハ證人ハ證言ヲ拒ムコトヲ得證言カ此等ノ者ノ恥辱ニ歸スルヘキ事項ニ関スルトキ亦同シ 一 證人ノ配偶者、四親等内ノ血族若ハ三親等内ノ姻族又ハ證人ノ家ノ戸主但シ親族ニ付テハ親族関係カ止ミタル後亦同シ 二 證人ノ後見人又ハ證人ノ後見ヲ受クル者 次に民事訴訟法第二百八十一條の該当部分を朗読いたします。 第二百八十一條 左ノ場合ニ於テハ證人ハ證言ヲ拒ムコトヲ得 二 歯師、歯科醫師、薬劑師、薬種商、産婆、辯護士、辯理士、辯護人、公證人、宗教又ハ祷祀ノ職ニ在ル者又ハ此等ノ職ニ在リタル者カ職務上知リタル事實ニシテ黙秘スヘキモノニ付訊問ヲ受クルトキ 前項ノ規定ハ證人カ黙秘ノ義務ヲ免セラレタル場合ニハ之ヲ適用セス 以上であります。 それでは証人の宣誓を求めますから、全員御起立を願います。浜行証人から順次宣誓を願います。 〔総員起立、証人は次のような宣誓を行なった〕 良心に従つて真実を述べ、何事もかくさず又何事も附加えないことを誓います。 証人 浜行 治 良心に従つて真実を述べ、何事も隠さず又何事も附加えないことを誓います。 証人 切手 律 良心に従つて真実を述べ、何事も隠さず又何事も附加えないことを誓います。 証人 久保田伴良 良心に従つて真実を述べ、何事も隠さず又何事も附加えないことを誓います。 証人 永井 次作 良心に従つて真実を述べ、何事も隠さず又何事も附加えないことを誓います。 証人 加藤喜八郎
○委員長(秋山俊一郎君) 御着席願います。それではこれから証人の証言を許すことにいたしますが、各証人はお手許に差上げてある発言事項に従つて大体十分以内くらいに要約して御発言願います。順序は浜行君、切手君、久保田君、永井君、加藤君の順序に願います。又委員各位におかれましては、一通り証人の陳述が終りましてから、各証人に対し質問して頂き、そのあとで政府当局と質疑応答を重ねて頂くようにいたします。それでは浜行証人の発言を許します。
○証人(浜行治君) 私は第一大邦丸の船長浜行であります。 私は昭和二十八年一月二十二日午前十時、僚船第二大邦丸と共に福岡を出航し、同日十八時頃二神、大島海より農林漁区二百七十五区に進路を定め、同月二十四日午前二時、推測二百七十五、推測左下附近に到着操業を開始しました。同附近で三日、更に推測二百八十三区西下附近で操業、二月八日推測二百八十四区西下附近で操業中午前七時本船の南西方より北上する漁船二隻あり、本船の西方約一マイル附近より順次進路を東に転じて、本船第一、第二大邦丸に接近して来ました。接近して来て日本語で「魚は獲れますか。」と話をした。そのまま行過ぎ、その附近で停止して操業状態にありました。当時船上には投網準備がしてあり船員のみしか見えませんでした。それで私たちはこれはこの附近で操業するもののみと思つて操業しておりましたが、丁度揚網時間が来たので第一、第二大邦丸を接近して第二大邦丸のワイヤロープをもらい、第一大邦丸は揚網作業にかかつたのであります。この接近した船は約五十五トンくらいの木船で、一見日本の漁船と何ら変るところはありませんでしたが、南鮮のマークが操舵室の横に書いてありました。そこで第一大邦丸が揚網中ワイヤロープ六百メートル、綱約二百メートル揚つたとき、右舷船尾距離三十メートル附近より突然発砲して来ましたので、その綱を切断して直ちに遁走に移りました。当時この昌運丸船上には兵隊らしき服を着た者が五、六名自動小銃で狙撃いたしておりましたが、我々は一心に遁走しましたが、八時十五分頃僚船第二大邦丸が拿捕されておりましたが、私たち第一大邦丸はそのまま逃走しておりましたが、操舵室附近に命中弾が余り烈しかつたので遁走を断念して停止しました。このときに昌運丸は本船に接近して来て「翰林に行け」と日本語で言いました。そのときに第二大邦丸は第二昌運丸に曳航されて翰林へそのあとは随航して行きました。そのときに操舵室の中央に休憩中でありました瀬戸漁撈長にこの旨を伝えましたが、瀬戸漁撈長は何も返事をしなかつたので、不審に思つてよく調べてみると、右後頭部に弾丸が命中しておりましたので、早速船医を呼び手当をしました。拿捕された時間は午前八時三十分頃で、これより、昌運号に守られながら済州島の翰林面という所に随行しました。時間は午前十一時三十分頃で、入港後早速憲兵に負傷者のある旨を伝え、病院の手配を依頼し、収容されましたのが翰林面の高医院という普通の民間家でありました。病室は勿論設備も全くなく、医師は診ただけでこれは駄目だと言つて何の手当もしてもらえなかつたので、我々船員は警察へ行つてこのことを言つて、軍病院かどこかに入院させることを依頼したのでありますが、警察は、我々は軍の命令によつて行動したのであつて、我々に責任はないと拒絶されたので、憲兵隊に行つてこのことを言つて、病院に収容することを依頼しましたが、そのとき憲兵隊長は盲貫銃創だからとても駄目だと言つて断られたのでありましたが、船員側から再三再四頼んだあげくやつと軍病院へ入院することが許可され、そのときに車は直ぐ来ますからというのでそのまま負傷者のところへ行き、軍病院へ行くまでの間でも死なないようにと思つて、医者にリンゲルを一本うつてくれることを要求しましたが、リンゲルは韓国では十一万円ぐらいしますので、医者は躊躇しましたが、我々は私物を売ることを約束してやつとリンゲル一本うつてもらいましたが、待てども車は遂に来なく、四日の二十三時リンゲル一本をうつたのみで負傷者はそのまま死亡しました。そしてその翌日負傷者を解剖しましたが、その解剖は死因の究明でなく、命中した弾の摘発によつて軍の弾であるか、或いは警察の弾であるかということを判明さすためでした。これは私が解剖した医師より直接聞いたのであります。結局解剖の結果摘発されたのは憲兵隊の弾であることが判明しました。そして翌日火葬いたしましたが、五日目より警察にいろいろ我々より頼んでみましたが、何の手配もされなかつたので、私たちは寝棺から荼毘に至るまで一切我々船員の手でいたしましたが、薪に至つては一把一万幾らもするので、私たちはそれを買う金も持つていなかつたので、私物を少々売つて少し薪を買いましたが、私物にも限度があり、火葬するだけの薪が集められなかつたので、足らない分は附近の松の枝などを折つて来て我々の手で火葬したのであります。場所は翰林より約二キロぐらい離れた野原で行いました。そして漁獲物は一、二大邦丸共合せて千六百五十箱約一万貫ぐらいありましたが、それは韓国の警察によつて没収されました。我々が入港当時、負傷者を病院に連れて行つた後、憲兵が武器の有無を理由に船内を調べましたときに、私物及び船備品の目ぼしい物はすべて持去られておりました。翰林に入港して七日より全員監禁状態にされ、場所は警察署の前の防空団詰所でありまして、広さは約四畳ぐらいの所に十八人監禁されました。食糧に一切支給されず船内食糧を差入れておりました。取調べの内容は本籍、現住所、氏名、宗教、思想、出航より拿捕されるまでの操業状況及び拿捕位置こういうものがありまして、拿捕位置については我々は翰林に入港した行程及び針路を逆算し、又操業当時の水深底質等で推測北緯三十三度三十三分、東経百二十五度五十五分でありましたが、当時昌運号船長の証言は翰林より九哩附近であると主張しましたが、私は昌運号のコンパスの時差及び速力などを鋭く指摘しますと、それでは君たちの位置と昌運号の位置の中間をとろうというので、翰林より約十三哩附近を拿捕位置として捺印させられました。十日二十時頃突然済州に連れて行くというので、私たちは私物を警察に預けて、中型自動車に乗せられましたが、そのとき船内に残つておりました者が何も遺骨を持つて来なかつたので、私たちはせめて遺骨だけでも我々と共に行動したいと言いますと、警察署長はもう時間がないから駄目だと言つて断られましたので、我々は車に乗ることを強硬に反対しますと、それでは一人だけ残して残つたあとの者は船で明日済州へ回送するというので、やつと納得して十日に済州に送られました。済州では十日二十三時頃済州警察査察課第二係に渡されました。その日は食事を与えられずそのまま留置場に入れられました。留置場は約四畳ぐらいの間に便所があり、他の韓国人と一緒に入れられました。食事は粗麦を約一食一合くらい、一日二食で、おかずはほんだわらの塩もみでした。済州での取調べの当時、我々に最初は李ラインをどうして侵犯したというので、私たちは李ラインは韓国が一方的にきめた法律であつて、何ら国際法上認められていないということを言いますと、次にそれではクラーク・ラインはどうして侵犯したかと言いますので、クラーク・ラインは設定された当時、業者側より陳情に来たときに、米国公使より作戦の妨害にならなければよいという説明がありましたので、私たちはそれを信用して入つた、こういうことを言いますと、韓国の領海は島と島とを結んだ線より外三哩は領海であると言い張りましたが、島と島とを結んだ線が領海であるということを言つておりました。そうして私を調べるに当りましては、最初に瀬戸漁撈長はこういうことを言うたが、君の言うのは嘘だ。漁撈長のとは全然違つているというようなことを言つて、係官はメモをして来たものを持つて来た。それは韓国字と日本字で書きましたので、調書にはどういうことを書いたか私たちにはわかりませんでしたが、あとでそれを読んで聞かせましたが、そのときに済州島の極く近距離まで接近したということが書いてありましたが、その場所は海図上においても実際に曳網される場所ではありません。海図を出して調べるときには丁字定規一つを持つて来て、たばこ及びマッチを以て測るような測り方をしておりました。留置場に入れられて食糧は我々は全然口に入れられぬような有様であつたので、取調べの際に再三、再四私たちより外事主任に何とかしてくれるようにと頼みましたが、その後何とか考えましようというだけで、何ら待遇を改善されませんでした。そうして突然二月十五日午前七時頃外事主任より君たちは今日帰すというので、留置場から出されて、その日査察課に全員集り、中型ジープで水上署まで連れて行かれました。そのときに、査察課の課長が挨拶をしましたときに、死亡した人に対しては非常にすまない。今韓国は戦時下であるので、君たちに食糧をやりたくてもやれないのだからと、こういうことを言つておりまして、余り内地へ帰つても韓国のいわば官憲の悪口を言わないようにしてくれというような挨拶があつて、午後一時に船体の受渡があり、十三日済州を出港して、十六日十七時半頃佐世保に入港しました。航行中は米国のフリゲート艦七十号より護衛されながら佐世保まで入港して、十九日佐世保を出港、二十日午前七時福岡に入港しました。大体私の証言はこのくらいです。
○委員長(秋山俊一郎君) 次に第二大邦丸通信士切手律君、大分時間が超過するようでありますから大体十分程度で御発言を願います。
○証人(切手律君) 私が第二大邦丸通信士切手律であります。只今第一大邦丸の船長より説明がありましたのでそれの抜けましたようなところをば入れましてこれを補足したいと思います。拿捕されたときの状況は第一大邦丸、第二大邦丸が操業しているとき、私の乗つておりました第二大邦丸の左舷約五メートルから十メートルのところに来まして、魚は入るかということを聞きましたので、今船長が申上げた通りであります。そのとき私はブリツジの戸をあけて見たのでありますが、そのときは官憲らしいものは全然なく、網を使つて投網できる状態にしてありました。次に八時五分頃より私は通信状態に入りまして、韓国手繰りに接近され襲撃を受け今遁走中という第一報を発しました。その後詳細に福岡漁業無線所に対して電報を出したのであります。八時五分頃通過して行つたその第一昌運号は再び引返しまして、そのときワイヤ・ロープを第一大邦丸に渡して水深測定のため後走を開始しました第二大邦丸の左舷後方より突然発砲して来たのであります。そのときに停止命令は全然私ども二隻の船員全く聞いておらないわけであります。そのとき拳銃であつたように記憶いたしております。そのとき私らは何のために打たれたのかもわかりませんし、身の危険を感じて遁走を開始したのであります。遁走を開始いたしましたけれども相手は相当に速力が速く、私らの七マイルぐらいの速度に対して九マイルくらいの速度であり、又最初から距離が近かつたので約五分から十分にして拿捕されましたのであります。第一大邦丸に残している弾痕は約七十八発でありまして、私の第二大邦丸に命中しております弾痕はブリツジ一発、艫その他で約十一発であります。拿捕されました時間は第一大邦丸の船長は八時三十分と申しておりましたが、私の時計ではそのとき八時二十分。そうして約一時間曳航されてロープが切れ、そのためあとは独走して来たのでありますが、最初から曳航されている途中も第二大邦丸の後走しておりますので速度は大体同じくらいの速度であつたと記憶いたしております。十一時二十分翰林に入港し、それより瀬戸漁撈長の収容なんかありまして、そうしてその日の夕方より船員名簿の作成その他船長の留守を預りまして私が代理したのであります。そしてその夜狭い消防団詰所に収容されまして、そして大体九日頃までに調書の作成を終りまして、そして十日の夜済州邑に着き、そして済州邑でも同じく取調を受け、そして十五日釈放され、まあ日本に帰国したのでありますが、その取調の内容につきましては、大体本籍、現住所その他大体今船長が申しました通りで、そのとき、翰林面におきましては僕らの主張する点を大体に認めてもらえたように思いましたけれども、済州邑に行つて警察局の外事係で取調を受けましたときに、私らは申し立てましたが、そのとき、向うが、あとで調書を作成したものを読み聞かしてくれた前のとは全然別個なものが来ておつたと感じました。それは位置その他につきましては特にそれがひどく、お前はこういうことを翰林では申し立てながら、どうして済州邑に来て、ここではこういう嘘を言うかというように強要され、今船長が相手の測定方法を申しましたが、船員が、大体済州島より三十マイルぐらい、これはまあ最初操業しておつたときの状態でありますけれども、三十マイルぐらい離れたところで操業しておつたと申述べるのに対し、相手の係官はその三十マイルを、あそこの済州に漢羅山という高い山がございますが、あれの頭より、その方向を以て測りますためにその位置たるや、同じ三十マイルでございましても、それの下のほうから、少し西のほうの海岸のほうから測りましたら、そこがたつた七、八マイルぐらいしか離れていないのであります、海岸線のほうから。そういう測り方をしまして、それでもどつちにしても、繰業していた位置が領海内に入らないために、第一、第二大邦丸が拿捕されたときの向うの証言が九マイルだとしましても、これは国際的な面で規定されております三マイルに入らないわけであります。それで今度は拿捕される前、操業しているときに、馬羅島の近所に一回、それから済洲島の真西にあります遮帰島沖というところがございます。それが約ニマイル半くらいのところ、辛うじて領海に入つておる、そこへ入つて操業したことがあるということを船員の一人が洩した。お前からはどうしてそれを承認しないかという、そういう全く嘘をでつち上げて来て、私らがそれを反駁するにもかかわらず、遂にそれに強制的に捺印させられたようなわけであります。それから待遇その他につきましては、浜行証人より大体申上げましたから、その程度にいたしまして、拿捕される当時乗つておりました向うの官憲は、警察、憲兵隊、特務隊、情報隊の四つの官庁の方でありました。警察が約六人から七人くらい、憲兵が二名、特務隊一名、情報隊一名、土地の顔役らしい人が二名ぐらい乗り込んでいました。これは翰林港入港以後判明したものであります。そして私らが釈放されますときに、今浜行船長より話も出ましたが、米軍に対して第一、第二大邦丸の船体及び船員を受渡すというその調印が行われましたあとで、査察課長は、今浜行証人の申しました通りでありましたが、食糧の点につきましても、差上げたいのは山々であるが、まあ買つて帰つて欲しいというようなふうで、そのときは警察でお世話しましようというような状況でございました。それから参考事項としまして、済州島周辺で拿捕されました船が現在済州島に、水上署に保管されている点を少し申上げたいと思います。第二十八海鳳丸、これは米式網巾着漁船であります。それから松寿丸及びその附属の火船一隻、それから七福丸という以東底曳船が繋留されております。網は、カバーをかけてあるのはほんの一部分に過ぎず、全く使用されないような状態になつておりますし、併しながら、浸水、浸入して来る水だけは辛うじて引いておるようでありました。 大体これを以ちまして終りますからあとは質問によつてお聞き下さいませ。
○委員長(秋山俊一郎君) 次に第二十八海鳳丸船長久保田伴良君。
○証人(久保田伴良君) 私は第二十八海鳳丸船長久保田伴良であります。 海鳳丸は米式網巾着漁船で、九月十一日午前十時半長崎を出港して同日午後十時頃、天気が悪いために五島の荒川に入港しました。以後の経過報告をちよつと説明したいと思います。九月十二日午前八時頃済州島東方海域出漁の目的で荒天準備をしたまま出港して、九時嵯峨島に並行してからコース・ノース・ウエスト二分一点西に定針して十五時まで航走して、推測位置の北緯三十三度六分、東経百二十七度五十三分の地点でウエスト・ノース・ウエストに変針しました。十八時に、推測位置北緯三十三度十二分、東経百二十七度二十九分の地点で針路北西微西に変針して航走途中、雨を受け視界不良となつて僚船の第四十七大邦丸を見失つてから十九時に無線方位で四十七大漁丸、四十九大漁丸の方位を知り、位置を確かめ、二十時頃から機関を半速で航走中に二十一時、推測位置北緯三十三度二十一・六分、東経百二十七度八分八の地点で韓国の巡視艇三百一号に拿捕されました。そのとき巡視艇に私が主張した位置は、当日の天候・潮流などから考え併せまして、本船の最大到達地点を推定して北緯三十三度二十五分、東経百二十七度六分を主張したわけであります。併しながら韓国艇の三百一号はこの地点を領海内北緯三十三度二十四分、東経百二十六度五十七分と言い張つたのであります。その後松寿丸が、本船が二十分くらい走つてから拿捕されましたから、城山浦に投錨してからの逆算位置を求めますと、本船はむしろ私の推測した位置よりも東の方で、済州島から十マイルくらいは十分にあつたわけであります。以上を以つて経過を終ります。 拿捕当時の模様を申上げます。二十一時左舷尾より突然発火信号して来ましたので、局長に応答させた瞬間探照燈で照らされたと思つたら突然大砲を二発撃たれました。それまでは無燈のままで全然わかりませんでした。大砲を撃つた直後に怪船が本船のすぐ脇に近付いて来てストップし、船を付けろと言つたので、やむなくストップし、実弾を撃たれて危険なので怪船に横付けしましたが、怪船は韓国海軍巡視艇三百一号でデッキの上には水兵が自動小銃の銃口を本船に向けており、大砲の砲口も本船に向けておりました。船長は本船に来いと言うのでやむなく私は行きましたが、小銃を突き付け、ブリッジに横付けさせられて数人の幹部等と船位のことで四十分くらいやり合つた。本船の位置を彼らの言う北緯三十三度二十四分、東経百二十六度五十七分だと言い張つて銃を突き付けてこちらの言い分を通してくれないので、いたし方なく彼らの言うままに確認書を書きました。確認書の内容は「日本国大洋漁業長崎支社所属第二十八海鳳丸九九・九八は檀紀四二八五年九月十二日午後九時三十分韓国領海内北緯三十三度二十四分、東経百二十六度五十七分に侵入したることを確認す。追記貴船の積載物及び私有物に対して触手しなかつたことを証明する。」という内容でありました。その後本船に続行せよ、無線は使うなと強く言われて帰されたので、本船に帰りみんなにこの旨を伝えたのでありますが、この上彼らに反抗すると危険だからと言い、危険だからと思つて二十二時三百一号艇に続行したところが、二十分くらい経つた頃三百一号は又四、五十発を発砲したのでびつくりして本船もストップしたら別に日本船一隻拿捕されたのであります。二十三時再び続航を命ぜられた、そのときのコースはウェスト・ノース・ウエストで時速四マイル、午前零時頃牛島をちよつと見てから午前一時半頃よりサウスに走り、午前二時半頃城山浦に三百一号艇の脇にストップ投錨したのであります。夜が明けて七時半頃三百一号艇に横付けさせられて将校や水兵が船内検査をしてダンブルに魚がないのでがつかりしていたのであります。このときになつて昨夜捕つた船は長崎県の第二松寿丸である二とがわかりました。十三日八時頃から二隻とも連行されて牛島の水道を通り、十二時半済州邑に入港しました。午後二時頃海軍憲兵が来て、船内常備書類を出せといつて重要書類を持つて行きました。その後午後四時頃海軍警備府に漁撈長と二人呼ばれましたが、司令官は本船に同情してくれて、明日は釈放されるであろうと言つてくれました。それで安心して船に帰りましたが、十四日になつて待てども釈放の通知がないので司令官の所に行つて尋ねましたら、一時釈放の通知があつたけれども又すぐそのまま抑留するように緊急電報が来たということを言われまして、善処方を依頼して帰りました。九月十八日午前中に責任者五名は済州島の警察局査察課で刑事の取調べを受けましたが、夕方五時頃拘束令状も見せず留置所にぶち込まれました。二十日から二十七日まで刑事から引続き取調べられましたが、訊問事項は日本の警察の取調べと殆んど同じで、他に出港日時、スピード航走進路、拿捕位置、島が見えたかなどすべて終つてから調書に署名しろと言いましたが、自分の答えた通りに書いてなかつたので、いやだと言つたら腰の拳銃に手を当てて署名しろうと言うので、突張つたのでありますが頑張り切れず翌日署名しました。刑事らは一方的に調書を作り上げ木浦刑務所にぶち込む、豚箱に放り込むと言つて船員を脅迫していたのであります。九月二十七日警察局から刑法六十五条刑事訴訟法百八十六条一項違反として書類と共に検事局に送致されました。そのとき検事はお前たちは共謀の上で韓国領海内に侵入して漁撈作業の目的で来たのだろう、これに相違ないかと言つたので、そうではないと答えますと、生いき言うなと言つて頭から受付けない。十月七日午後四時頃済州の地方員検事室で検事の取調を受けましたが、内容は刑事の取調事項と大体同じでした。十一月二十二日留置場に入れられて六十六日目であります午前中、検事室で検事は魚探の使用法を聞いたのでありますが、魚探がどんなものか全然知らず魚探を使つたら魚が死ぬのだろうと思つていました。この日の昼頃検事、判事その他関係者十名くらいが本船まで魚探装置の実地検証に行きました。操業法、漁業種類について朝鮮漁業会を見ながらお前の船はトロール漁業ではないか、或いは機船底曳網漁業ではないかと言うので、米式巾着網漁業だと説明したのであります。該当条項はないので遂には定所集魚漁業にでつち上げてでたらめな調書を作り自分勝手な国内法を適用したのであります。収容中の状況は非常に苦しかつた。留置場は一部屋四畳半くらいで、部屋の隅に便所があり、朝鮮人と一緒にぶち込まれて、多いときは一部屋十人、全部で八十人以上もおり、憲兵、兵隊、弁護士、刑事など全然区別なくどんどんぶち込んで、ときどきパンパンのかり込みでこれらが入つて来れば女だけの部屋を作るので部屋を空けるために部屋は超満員になつて寝ることもできませんでした。又俗に言う地獄の沙汰も金次第の譬の通り殺人犯も執行猶予で出たりすることもありましたが、中には苦しい余り便所から逃げようとして便所の中を泳いだ者もおりました。食事は丸麦一合くらいを一日二食、おかずは大根の葉つぱの塩漬を毎日々々七十三日間も食わせられて、局長は栄養失調になり二十日くらいも入院しておりました。留置場に入つた頃からどうせお前たちの船は国策で没収だと言つていましたが、船が欲しいので何とか理由をつけて没収しようと計画しておりました。七十三日間は外に出ることが殆んどなく部屋に座つたきりで精神的に、肉体的に苦痛はひどく、我々の参つた頃を見計つて裁判したのです。留置場の看守に万年筆、バンドを取られ、船ではロープが盗まれ、双眼鏡、時計、無線機械場の部分品などが紛失しており、第五十七大漁丸が積んで来た雑誌などを受取つたときも数は少く、刑事らは船に来てまで雑誌を盗んで行つた状態です。 裁判は十一月二十二日午後四時頃済州道法院で検事、判事らが出席して型通り開廷しました。検事の起訴理由は、漁業令違反と外国人出入国登録令違反であります。判事は船位測定法、拿捕された地点、魚探操作法などを聞きましたが、判事も魚探を使つて魚を殺して獲るのだろうということを言いました。二十三日は航海日誌を基準にすると言つて昨年一月十八日発表の韓国海洋主権宣言の水域内、即ち李ライン内で操業した日時、地点、漁穫高、価格などを抄録しましたが、一回は集魚したものも含まれておりました。我々も事件発生の九月十二日にはまだク・ラインは設定されていなかつたのであります。午後五時頃検事の求刑がありましたが、求刑要旨は、被告らは拿捕当時悪天候のため視界悪く、知らず識らずの間に韓国領海内に入つていたと供述しているが、これは共謀の上韓国領海内に侵入しすでに午後三時頃より魚探を使用して操業しつつあつたものと考えられ、各被告に対し次の通り求刑する。船長懲役三カ月、罰金三十万円、漁撈長懲役二カ月、二十五万円、その他二カ月、二十万。求刑後二人の弁護士が弁護しましたが、どんなことを言つたのか朝鮮語のため内容は全然わかりません。又書記の通訳も殆んどわかりませんでした。十一月二十八日午後二時頃済州道法院法廷で判決があり、判決要旨は次の通りでありました。一、漁業令違反により六月から九月十二日までの間韓国領海内、即ち昨年一月十八日発表の海洋主権宣言の水城内において十数回に亘り操業し多額の漁獲をなしたことに対し次の通り判決を言い渡す。船長罰金二十五万、漁撈長罰金二十五万、機関長、航海長罰金二十万、局長十五万でありました。船体及び漁具は没収である。二、外国人出入国登録令違反により起訴された件に関しては当時悪天候のため視界悪く知らず識らずの間に侵入したという事実を認め無罪でありました。以上でありました。これらの判決は余りに以外だつたので、その夜留置場の中で上訴するか、このまま服罪するかと漁撈長その他幹部と相談しましたが、結局上訴しても又一方的に処理されるので意味がないという結論に達し、皆の身体も相当衰弱していたので、今後は国際裁判で正当な解決をしてもらうことにして一同無念の涙をのんで翌日判決を承認して二十九日釈放され釜山経由で十二月十九日百日目に長崎に帰着いたしました。この事件について考えさせられますことは、我々第一線に働いている漁船船員に対してまだ政府は何ら安心して働けるような保護対策のないことであります。どうか一日も早く海上治安が回復し、我々漁船船員が安心して働けるように御配慮をお願いいたします。以上を以て終ります。
○委員長(秋山俊一郎君) 次に大洋漁業株式会社長崎支社漁業課長永井次作君。
○証人(永井次作君) 私は大洋漁業株式会社長崎支社の漁業課長をやつております永井次作でございます。 私はこの第二十八海鳳丸が拿捕されます航海に、その前の航海を八月中旬から九月の初旬まで乗組員と一緒にこの該当の漁場に出ておりまして、魚群の状態並びに操業の実績等をずつと調査しておつたのでございます。そうして私が下船した直後においてこの拿捕事件が起きまして、爾来ときおり拿捕されましたところの船員のうち幹部五名は留置場に入れられて連絡は取つてくれませんでしたが、他の船員が済州邑に入港したL・S・T、佐世保にあります米船運航株式会社でございますが、ここのL・S・Tの乗組員から再三現地の模様を手紙によつて知つたのでございます。非常に食糧事情並びに秋口から冬に入りかけている状態で、衣料も夏のままの支度で行つているというので、現地では食糧に困り、衣料に困り、薬品等がなくていろいろな患者が出ているというふうな情報がどんどん入つておりましたので、水産庁並びに外務省を通じましてでき得るならば現地に我々を出して頂けないか。そうして船員を救出する問題と、船員の健康を保つ問題並びに拿捕された位置が、いわゆる正しい位置であるかどうかというような問題でいろいろ研究したいと思いますので申請をしておりましたところ、十一月に入りまして韓国側からも許可を得まして、十一月の二十四日私第五十七大漁丸に乗りまして、二十五日の昼過ぎに済州邑に入つたのであります。そうして原地で拿捕をした海軍側並びに取調べた警察、それから裁判に関連しておりましたところの弁護士あたりともいろいろと打合せをしたのでございますが、結局私が行つた許可になつた日にちが遅いために、私としてはもつと早くから行きたいと思つておりましたが、二十四日に出るような状態でありまして、着いたときにはすでに二十六日に第二松寿丸の判決があつた。又二十八日に第二十八海鳳丸の判決がありました。この判決内容その他を私弁護士ともいろいろ話をしあつたのでありますが、何なら自分も二十八海鳳丸の特別弁護人或いは特別補佐人として出さないかということまで申入れたのでありますが、どうしても向うの検察当局のほうで受入れてくれなかつた次第でございます。結局第二十八海鳳丸は二十八日に漁業令違反と外国人出入国取締令によりまして送検されておつた。この問題は漁業令のほうは違反として罰金を受けておりますが、取締令のほうでは無罪を言渡されておるのであります。その前の二十六日に判決のありました、第二松寿丸のほうは漁業令違反として罰金は各人が五万円ずつで、反面逆に出入国取締令違反として懲役二カ月の体刑を言い渡されるというふうな結果がありますので、私いろいろ向うで漁業令の内容はどういうものであるか、或いは出入国取締令というものはどういうものであるかということを聞いたのでございます。そうしたところそういう法令は取締令のほうはこれは韓国の独立後においてできた法令らしいのでありますが、肝心な領海侵犯を謳つてある漁業令というものは朝鮮総督当時における漁業令をそのまま踏襲をしておるというので、その内容を税関で実際に検討をしてみたのであります。併し船体を没収する、いわゆる船舶の没収という項目はどうしても私判断がつかなかつたのであります。でいろいろ向うの弁護士あたりとも話をしましたが、弁護士あたりは人間を返すことが先ず先決である。同時に併し船舶の没収ということはどうも自分は合点が行かないということを言つた弁護士もありました。この事件の起きました一番肝心な拿捕位置がどうであるかということと、その裁判の判決はどうであつたかという問題から見ましたとき、あのここに示してあります赤のラインが昨年の一月に李承晩大統領の宣言によつて一方的に宣言をされたところの海洋主権宣言の区域でございます。これは日本の対島の西海岸を通りまして、鬱陵島の南の日本領であるところの竹島まで含んだ領海になつております。我々の二十八海鳳丸よりもこの拿捕時間から二十分足らずして拿捕されました松寿丸の位置、これはこの二点になるのでございます。この事件のあつた九月十二日の以降、彼らとしても李承晩宣言に対するところの裏付法規が全然ないということで多分慌てたんだと思いますが、十月の四日付かで以てこの一方的な宣言を裏付けるための外国漁船捕獲審判令というものを十月の四日に設定をしております。なお防衛水域問題で出ておりますのがこの青線のラインでございますが、これは九月二十何日であつたか私はつきりおぼえておりませんが、九月の二十七日に青線ラインは出ております。それで本船の行動位置を、例えば韓国海軍が言いましたところのオンペールの沖である三十三度二十四分、百二十六度五十七分の位置で以て彼らが拿捕したのであるならば、向うの三百一号艇並びに松寿丸、海鳳丸が本船と行動をしてWNWの地点から、二十二時からコースで走つて、これが牛島でありますが、この牛島を見て南下して、ここにちよつと出ておるところのこれが城山浦という港でありますが、この城山浦に二時三十分頃入つておる。そうしましたならば、このコースに入れて走つたならば、彼らの言う位置が正しいとしたならば、海鳳丸並びに松寿丸は済州島の山の中に、八マイルのところに入つて、すでに坐礁しなければならん状態にある。逆に城山浦という港が最終地点として一番はつきりしておるのでありますが、この地点から逆算で以てそのコースを入れて行きますとこの地点になつて来ておる。船長が言つている位置よりもなおかつ二マイルも東に今度は入るというような状態になるのであります。そうすると船長が、自分の推測位置が三三度二一・六分の一二七度〇・八八分のこの位置を船長としては推測位置として出しておりますが、併しその当時、影響を考えて、これよりももう少し行つたところのこの地点を示しておるということは、この位置を私は正しいものであるということがうなずけるのであります。なおわれわれの持つておりますこの米式漁船、或いはあぐり網漁船であります、第二次松寿丸というものの操業位置というものを考えましたときに、彼らの言うオンペールのあの近くまで入つて行つたのでは操業はできないのであります。その理由は網の深さが深い。水深が違う、結局網の深さが非常に大きいために、あそこら辺の八十メーターの水深のところでは操業ができないのであります。なお沿岸によりますと振動が激しいために投網しようとしても投網できないという状態であります。御参考までに申上げますと海鳳丸の網の長さは一間五尺にしまして五百間の差渡しがあり深さが九十間ということは大体百二十メーターの前後になるのであります。それから向うで私弁護士から聞いたのでありますが、本船の漁群探知器と音響測深器による水深は百十三メーターを示しておつたそうでありますが、百十三メーターにしますと、今私が示した赤の三角地点を、大体百十メーターから十五、六メーターの水深になつておる。韓国側の言う拿捕地点の水深というものは八十メーターくらいしかないのであります。次に漁業令の問題でありますが、帰つて参りましていろいろと漁業令を調べたんであります。向うの判決の理由書を、判決文をくれないかということも相当強く申入れをしたのでありますが、どうしても判決文の内容を私に示してくれないのであります。ただ機会があればあとから送ろうというだけでありまして、私は十二月一日に向うを立つて帰つたのでありますが、帰るまでは私に入手することができなかつたのでありますが、併し日本は従来の朝鮮漁業会というものが従来からもありますので、それによつて内容をいろいろと研究してみましても、船舶の没収規定を示してあるのは七十四条の第二項に、「前條ノ場合ニ於テハ犯人ノ所有シ又ハ所持スル採捕物、養殖物、其ノ製品、船舶(属具ヲ含ム)漁具、有毒物、爆發物及ビ電氣器具ニシテ、朝鮮刑事令ニ於テ依ルコトヲ定メタル刑法第十九條第一項ノ物ハ之ヲ没収ス」という項目がございますが、これがこの前条が該当するものが何かと言いますと、この三十七条によつて、三十七条第一項の状態を示しておりますが、三十七条を読んでみますと、「公共ノ用ニ供スル水面、公共ノ用ニ供スル水面ト連接シテ一體ヲ成ス公共ノ用ニ供セザル水面其ノ他朝鮮総督ノ指定シタル公共ノ用ニ供セザル水面ニ於テハ水産動植物ヲ採捕スル爲有毒物、爆發物又ハ電流ヲ使用スルコトヲ得ズ」という項目がありまして、先ほど船長が言いましたところの魚探が魚を殺すのではないかというような考え方を持つておつた。或いは定所集魚漁業じやないかということを言つておりますが、魚探が魚を殺すということになりますと、この三十七条の該当になるわけでありますが、魚群探知機が魚を殺すか殺さないかということは、皆さんも御承知の通りこれは水深を測ると共に、中層、表層における魚群の状態を観察する一つの道具であります。それでは定所集魚漁業というものはどういうものであるかと申しますと、向うの漁業令の第六条に、養殖漁業、定置漁業、定所集魚漁業、施網漁業とありまして本法に沿岸の漁法を謳つてありますが、これによりますと、七十四条に罰則があるのですけれども、この罰則の七十四条では「犯人ノ所有シ又ハ所持スル採捕物、養殖物、其ノ製品及漁具」です。船舶属具を含むの没収規定は全然ないのであります。又許可漁業としての取締規則等を研究してみましたが、施網漁業の取締規則に該当するようないわゆる禁止区域、或いは禁猟区域というふうなものはこの地域にはないのであります。私が長崎を出まして、十一月の二十五日の朝牛島を廻つて済州邑に行くまでの間に、済州邑と言いますのは済州島の済の字の書いてありますあの直上の位置になりますが、そこに行くまでに向うの室戸の巾着漁船が十二艘くらい操業をしております。これは沿岸二マイルくらいの位置からずつと十二艘の漁船が展開をして操業をしておりますので、向うの漁業令でいわゆる施網漁業の取締禁止区域、或いは禁猟区域というものもこれに該当しないというふうに私考えられるのであります。それから結局本船が行動しておつたところの、あの青線ラインを挾みまして、黒点がぽつぽつ書いてありますが、あの地点が彼らのいう十何回の操業地点だと、これを以て領海侵犯だというふうに言つておるのでありますが、あれは李承晩ライン内の位置であつて、当時防衛ラインが設定されたその位置にも該当しないのであります。防衛ラインはこの事件のあとに設けられたラインなのであります。我々第三国人、いわゆる韓国の国民でない我々日本人が向うの国内法であるところの漁業令に当てはめられなければならないかどうか。いわゆる領海を侵犯をしておれば別です。領海は侵犯をしておらないのに彼らのいう漁業令に該当するかどうかということをよく御認識願いたいと思うのであります。まして第二十八海鳳丸に至つては、外国人出漁取締令は無罪だということをはつきり裁判の判決で謳つております。そうすると取締令違反でないということはいわゆる領海を侵しておらないということをみずから自認しておるのじやないかというふうに私には考えられます。で向うの弁護士も言つておりましたが、捕獲審判令を何とかして適用したいというふうに考えておつたらしいが、結局捕獲審判令では何ら謳つておりません。にもかかわらず捕獲審判令の附則の三十一条では、捕獲審判所を設けて審判所は十月四日付以前の拿捕事件をも取調べることができるように謳つてはありますが、この特異な事件に対しては捕獲審判令を適用しておりません。私行つたときにも検事が何回となく釜山との間を往復しておつたということを聞いております。結局あれに当てはめてこれをやろうかというようなことで先方でも相当苦労したのじやないかというふうに考えております。
○委員長(秋山俊一郎君) 証人に申しますが、大分時間が経過しておりますから、簡単にどうぞ。
○証人(永井次作君) ちよつと御参考までに海鳳丸の、この六月から大体この地域で商売をしたのでありますが、六月から九月までに水揚をいたしました実績は、七万二千貫の一千三百万円というものを水揚しております。それでこれに対する損害は、海鳳丸としての直接損害は三千二百六十七万、間接損害が一千二百十万で、直接間接合せまして合計四千四百七十七万近くの損害を受けておる次第でございます。なお同一の事件であるところの松寿丸の直接損害が一千六百八十万、間接損害が一千百十万、合計二千七百九十万というものを受けております。この領海侵犯をしたというふうな事件で、向うで処罰をされておる事件が第十五金比羅丸、第五七福丸、第二十八海鳳丸、第二松寿丸。なお十二月の下旬には日繁丸という船が同じような状態でやられまして、現在その船員は馬山に抑留をされておるという話を聞いております。以上で終ります。
○委員長(秋山俊一郎君) 次に日本遠洋底曳網協会常務理事加藤喜八郎君の発言を許します。
○証人(加藤喜八郎君) 日本遠洋底曳網漁業協会常務の加藤でございます。時間も迫つておるそうでございますから、簡単に申上げます。私がこれから申上げますところの資料は、協会自身で調べた資料と水産庁の御調査と、それから関係船員各位からの報告書に基いたものであります。 韓国の周辺におきまする大型の漁船といたしましては、約千七百隻余りがあの韓国の周辺にある漁船の総数であります。このほかに小さいものもありまするが省略いたします。このうち最も大きなものは底曳網漁業でございまして、底曳網漁業には東経百三十度以西と以東と二通りあります。東海岸の、クラーク・ラインが通つておりますがあれは百三十度であります。それから私のほうの遠洋底曳網漁業協会と申しますのは、百三十度より以西の海面で操業する底曳網でございます。船数も八百隻、トロールを加えまして八百隻であります。それからこちらのほうの同じ底曳網でありましても百三十度以東の底曳、山口とか、島根の底曳でありますが、そのほうが朝鮮の東海岸に出て行きます。これも底曳であります。それで主なものはあじ、さばの巻網漁業であります。これは春から秋にかけまして南鮮方面から東の海岸に出かけます。それからもう一つの主な漁業はさば釣漁業であります。これは釣と申しますと如何にも船が小さいように考えられるかも知れませんけれども、これは小さくても三、四十トン、大きなものは五、六十トンもありまして、この船が又夏から秋にかけまして南鮮の方面に出るのであります。小さい船は別としましてこれらの船を併せまして約千七百隻ばかりの船が出漁いたします。でそれらの乗組員は合計三万一千人になつております。漁獲高は約二十一万トンで七十三億円となつております、それだけが朝鮮周辺から掲げられるところの漁獲高であります。このほかに私どもの底曳が三十度以西でありますから、朝鮮周辺以外に支那東海及び黄海において仕事をいたしますので、これらを併せまして約百五十億円という魚が獲れているのであります。これらのものは北九州は勿論、関西地方大都市の鮮魚の入荷量の六割以上は確実に占めております。これらの漁業につきましては我々日本人漁業者が五十年の歳月を経まして幾多の犠牲と努力によつて初めて開拓した漁場でありまして、我々といたしましてはこの漁場とはどうしても離れられない運命にあることを申上げたいと存じます。 拿捕事件の経過を申上げます。韓国拿捕は昭和二十二年から始まりましたのですが、二十六年までとそれから二十七年以後は著しく内容は違つておりますから、二十二年から二十六年末までのものを申上げますと、総数九十七隻の日本漁船がとられております。この中の八割以上が沿岸底曳網漁業関係の以西底曳とトロールであります。これは全部拿捕されましたのでこれらの船員が向うに行つては非常な屈辱と待遇を受けて、殆んど言語に絶するような待遇を受けて来ております。当時はもう打つ、蹴る、殴るのは殆んど帰つて来る船員の大部分がそのような目に会つております。中にはもう帰つて来るときにはふらふらになつて栄養失調になつて帰つて来る者もあります。拿捕のときの状況はこれはもういろいろでありますが、無論大部分のものが発砲して参ります。そうして死者三名と殴打されて負傷したものなど負傷者が二名出ております。でつかまえたのは全部これは海軍関係の船だと、こういうのでありますが、誠に名ばかりの軍関係のものでありまして、実際はここにありまする中には殆んど、昭和二十五年の三月の四日にとらわれましたところの大山丸という船のごときは四十トンばかりの機帆船であつた。それで炭を一ぱい積んでおつた。何とも普通の船だと思つたところがぱんぱんとやつて来まして、そうしていきなり殴打をされまして、この船員が一人大きな怪我をしておる。これらの九十七隻とらわれました船は、大部分向うの船は国旗を挙げておりません。船名も何もありません。殆んど海賊船だとこう思つておつた。ところが連れて行かれてみるとそうじやなくて軍関係のものであつたような状態であります。でこの九十七隻のうち幸い四隻は逃げて参りました。その他のものは数カ月、或いは長いものは一年以上も船をとられましてGHQの斡旋でやかましく言つて、数回に亘つて帰つて参つたような次第であります。で七隻ぐらいは一年以上もおりましてそのときは船員を先に帰しましてそれから船が今度こちらから、いよいよ帰すというときには一年後でありますが、迎えに行きましてもらつて来たような次第であります。で帰すときこれらのものは勿論でありますが、数日或いは数十日、数カ月抑留されたようなやつは大部分船員も一緒に乗つて帰つて来ておりますが、帰すときには全く丸裸であります。漁具、漁獲物は直ちにとつてしまう。漁具、船具などその他船舶の備品、計器類とか或いは無電の機械をとり上げるとか、無電の備品、機関部の備品というものは全部、ひどいのは部屋のカーテンまで外して、或いはベットまではぎとられて帰つて来ておるような船がたくさんあります。これが帰つて来る状況の実相であります。そうして船員の大部分のものは私物を没収されております。ところがこの九十七隻のうちで八隻はまだ現在未帰還になつておる次第であります。以上が二十六年までの拿捕の概況であります。 二十七年に入りますと一月の十八日に李承晩ラインが設定されまして以来拿捕の内容が著しく違つて参りました。一月の十八日が李承晩ラインの設定でありまして、その前後から四月の上旬までの間に十三隻の以西底曳が略奪に会つております。でこれは拿捕じやありません、略奪であります。そうして海上におけるところの海賊行為であります。でその所属は軍であるか警察であるかはつきりわからないのであります。いずれも軍服か制服らしいものを着た兵隊か警官かわからないようなものが乗つておつて、銃器を以て銃撃して来た。で一月の初まりから四月の上旬までの問にこの十三隻は、相手船は申合せたようにお前らは李ライン内におるのだから当然拿捕すべきだけれども、今回は内緒にしてやる、公けにしないからその代りに漁具を置いて行け、この当時はほかからの情報でありますが韓国は非常に漁具に困つておつた時代だそうであります。あのときはそういうようなことからかどうかわかりませんがそういうようなことをしております。そういう報告であります。で当然私どもは外務省を通じて厳重な抗議を行なつたのでありますが、承わるところによりますと、その回答は韓国海軍関係でも調べたけれども一向そういう船は心当りがない。ないはずであります。報告してないのであります。ひよつとしたらそれは中共船の拿捕じやないかというようなことを書いてあつたそうであります。この十三隻の中に第三石宝丸というのは一名即死しております。銃撃によつて即死しております。第十七日米丸というのは船員が一人銃弾を受けて足の股かどつかに貫通銃創を受けたというような話であります。こういうような次第であります。それでも四月になりまして、四月の二十八日に講和が成立いたしますと、それともこの前の外務省からの抗議がきいたのかどうか、それとも四月の二十八日の講和が成立したからかどうか、それから六月一ぱいは甚だ平穏でありました。やれやれと思つて我々も喜んでおつたところが、それも束の間でありまして、七月十七日から八月三日にかけまして又々韓国船によるところの七件の臨検がありました。で、これはいずれも李ライン内から退去せよというのであります。これは略奪はなかつたようであります。それから八月に入ると更に今度は様子が変つて来まして、八月の十四日には第五七福丸という船、それから九月の十二日には今の証人が言われました第二十八海鳳丸、第二松寿丸というこの三隻がいずれも、松寿丸や海鳳丸は李ライン内かどうか知らんがあの辺でありますが、七福丸のごときは三十マイルばかりラインを離れておつたそうであります。そこで拿捕されまして済州へ連行されまして、三隻ともあの牛島の沖二マイルとか二マイル半におつたとかいう自認書を書かされたそうでありますが、それによつて国内裁判に出頭させられております。そうしてこの第五七福丸のごとき、話を聞きますと、お前を捕まえたのは済州島の東三十マイルだけれども、前日済州島の近くでやつたのはお前の船だつた、というような自認書を書かされて証言をしております。それから去年の九月の二十七日になりますと、突如として国連ラインが設定されますと今度は得たり賢しとばかり続けざまに十九隻の日本漁船が済州島の西のほうで威嚇発砲を受けております。このときは大体威嚇発砲で物を取られたというような報告は来ておりません。十二月の十三日になりますと、今度は遂に民間船が大挙して日本漁船を追つかけております。で、日魯漁業の十七、十八日進丸という船が巨文島の近くで、いずれにしても公海であります、そこでこの十数隻の韓国漁船によりまして包囲されまして連れて行かれました。併しこれは一カ月、三十五日ばかり抑留されまして脱出して逃げて来ております。それから十二月二十三日でありますが、これは戸畑の以西底曳であります。二十三日に戸畑を出港して二十七日に対馬に入港いたしたのであります。寄港いたしてそのまま対馬を出帆して沓として行先がわかりませんでしたが、海上保安庁の情報によりますと、南鮮の馬山にいるという情報がありましたので、外務省のほうからその交渉をお願いしておりましたのであります。
○委員長(秋山俊一郎君) 証人にちよつと御注意申上げますが、随分時間が経過しましたので成るべく簡単に述べて頂きたいと思います。
○証人(加藤喜八郎君) はい。その船はそういうわけで、手紙が来ましたところによりますとはつきりわかりませんが、ライン内一マイルのところにおつたというので十二月三十日につかまつた。ライン内一マイルのところにおつたというので、つかまつて裁判をされまして全員九名がおのおの百万円づつの罰金を言渡されて、二月五日から服罪しなければならんので、何とか金が送れんかというような手紙が来ておるのであります。以上が二十七年の事件であります。二十七年は拿捕三隻と事件船が三十二隻出ております。 それから二十八年に入りまして、東海岸で一月に略奪を受けた底曳が、以東底曳に一隻あります。それから二月四日には御承知のように第一、第二大邦丸、只今の射殺事件がありまして、二月五日には第一太平丸という船が済州島の西の二百五十三区で拿捕されまして北のほうへ連行されたということを、僚船の第二太平丸が帰つて報告いたしております。これも外務省へお願いしてあります。以上が韓国の拿捕の大要であります。簡単に申上げます。 それからこのほかに支那東海におきまして日本の底曳船が百七隻、それからトロール船が五隻、合計百十二隻というものが、昭和二十五年十二月七日から本年の二月六日までの満二年と二カ月の間に拿捕されております。総トン数において二十七トン、乗組員千三百六十九名のうち、九百一名が、帰つて参りまして、現在は差引四百六十八名が残つております。これが業界の窮状であります。御注意ありましたので窮状とそれから我々の要望は一応中止いたします。よろしうございますか。
○千田正君 議事進行について。これは重大な問題でありますが、先ほど委員長が冒頭に外務大臣、農林大臣、或いは法務大臣の出席を申されておりましたが、見るところ見えておりませんのですが、どういうふうになつておりますか、出席するのですか。
○委員長(秋山俊一郎君) 外務大臣は出席されるということでありましたが、まだ予算関係で手が空かないようであります。それから廣川大臣も同じような事由で、松浦政務次官がお見えになるということであります。それから石井運輸大臣も衆議院の運輸委員会に今出席しておるので、出席の予定ではあるが遅れるような模様であります。それから法務大臣も同じような警察関係の予算で出られない。木村長官は目下旅行中で不在でありますので岡田政務次官がお見えになつております。それからあとは水産庁の長官、それから海上保安庁の松野警備救難部長、三田警備救難監。それから保安庁から只今申しました岡田政務次官、増原次長、水産庁の清井長官、それから保安庁から山田保安局長が見えております。海上保安庁は山口海上保安庁長官が見えております。
○千田正君 我々が本日この会議を持つておるということは、政府の責任ある答弁を一応聞きたいから我々は要望しておるのでありますから、特に各大臣の出席を更に求めます。
○委員長(秋山俊一郎君) 今連絡をいたします。 これで証人の御発言は全部終了いたしました。これから委員各位の証人に対する質疑に移りたいと思いますが、証人は発言の際はその都度委員長の許可を得て発言をするようにお願いいたします。それから質疑は各証人共通の問題がありますから、必ずしも一人一人順序を追うて質問を行うということは困難と思いますが、先ず浜行証人に対する質疑から始めて頂きます。
○松浦清一君 私はこの質問をいたしまする冒頭に、この種の重要問題に大臣が一人も出席をされないということは甚だ遺憾であるので、大臣の出席を要求いたしまして出席されてから質問をいたしたいと考えておつたのですが、折角遠方からお越しを願つた証人の各位に時間を取らせることは甚だ気の毒でありますから、遺憾ではありますけれども大臣不在のままで証人に実情について二、三点伺つておきたいと思います。 今まで第一、第二大邦丸、その他の証人諸君よりの証言によりますると、この発砲されたときの両船の船の位置は、北緯三十二度三十三分、東経百二十五度五十五分の地点であつた、こう証言されておるのですが、その地点であるということを確認したのは、何によつて確認をされておるかということを先ず一番最初にお伺いしたい。天測をおやりになるのか、それとも翰林面の飛揚島錨地ですか、あすこまで連れて行かれた。その船の速力を逆算してその船の地点を確認したのか、その点を最初にお伺いしたい。浜行君から。
○証人(浜行治君) その位置は推測の位置でありまして、操業当時の水深及び底質、それに翰林面に入港した、針路、及び速力を逆算したものであります。
○松浦清一君 射撃を受けた推測地点とその翰林面というところの距離が、済州島と一番近かつた点ですか。つまり連れて行かれた翰林面と、推測された今申しておられた地点とは一番近い済州島の距離ですか。わかりませんか。船がその射撃されたときにおつた地点と、それから済州島の一番近い陸地との距離はそこが一番近かつたのかと、こういうのです。
○証人(浜行治君) はい、そうであります。
○松浦清一君 そうすると、済州島から今の北緯三十三度三十三分、東経百二十五度五十五分という地点はマイルで言いますとどのくらいになりますか。マイル数で表現するとどういうことになりますか。
○証人(浜行治君) 約十九マイルくらいであります。
○松浦清一君 向うの官憲に取調べられた尋問書と言いますか、そういうものに、しばしば諸君が言つておられましたように、殆んど強制的にその判をおさせられたという向う側のその船の地点は、何マイルと言つておつたわけですか。
○証人(浜行治君) 向う側の証言では九マイルであります。
○松浦清一君 これは浜行君に限定していないで、関連がありますから……。
○委員長(秋山俊一郎君) 限定をしないでよろしうございます。
○松浦清一君 これは二十二日の朝日新聞、読売新聞等で、金韓国公使の談話として発表されたものなんですが、これが正確であるかどうかということは後ほど政府に質したいと思つておりますけれども、この際の金公使は、「韓国警察艇が発砲したのは、日本船が韓国当局の合法的な検問を無視した際、同船を停止させるだけの目的のためであつた。」とこういうことで表現をしておるわけであります。ところが只今の証言を聞きますと、二月四日の一時四十分頃操業中のその両船に韓国の漁船が近付いて来て、そして魚は獲れるかというようなことを会話式で話しかけて来たのです。でその後あれも朝鮮の漁船であろうと考えておつたところが、いきなり二十メートルくらいのところへ接近して来て射撃をやつた、こう証人諸君は証言をしておられる。そこに非常に大きな食い違いがあるのですが、諸君の証言を信用しないわけではございませんが、証言通り簡単に魚は獲れるかというようなことを話かけて来てそして不意に射撃をやつた、こういうことは確かなことでありますか。それを一つ確認しておきたい。
○証人(切手律君) お答えいたします。その魚は入るかということで通過したのでございますが、そして少し行つてストップし、そして各手繰漁船が操業する、網を入れるときの状態に向うはあつたと記憶いたしております。そうして先にも申しました通り、一号にロープを渡してあと水深測定のため航走を開始した途端に、引返して来、そして二十メートルか三十メートルくらいのところより発砲して来たのであります。
○松浦清一君 昨年の一月十八日に、この周知の李承晩韓国大統領が海洋主権宣言をやつたわけなんですが、それから続いて昨年の九月二十七日に、国連軍のクラーク司令官から防衛水域というものを設定したということの通告を日本が受けた、こういうことで、我々国会のほうではしばしばこの水産委員会その他の委員会でも、李承晩ラインというものに対して日本政府はどのように考えておるのかと、こういうことを質問をいたしておつたのに対して、政府からは、国際法上から言つて李承晩ラインの海洋主権宣言というものは、あれは一方的な宣言であつて日本はこれを認めない、こういうことを我々しばしば聞いてそのように我々確信をしておつたのであります。 それからその次のクラーク大将のこの防衛水域の問題、この点についても具体的にそんならばこの防衛水域の中に日本の漁船が入つて行つていいのか悪いのか、若し入つて行つて今のような射撃を受けるとか、或いは拿捕されるとかいうような事件が起つた際に、その責任の所在は一体どこにあるのか、或いはこれを護衛をするというような方法はどのようにしてとるのかと、こういうような我々国会議員側からの質問に対しまして、李承晩の海洋主権宣言は肯定しないのだから、中に漁船が入つて行つても差支ないと了解しておる。これは外務省の倭島局長がそう言つておつたのです。はつきりとそう言つておつたのです。それから向うの防衛水域の中にも、国連軍が防衛水域を設定したという目的は、日本漁船を入らせないということが目的でなくして、具体的に言えば当時巨済島あたりの共産軍の捕虜が暴動を起したりして非常に危険であると、そういうようなことを取締るために防衛水域というものをこしらえたので、普通の状態における日本船舶の航行、或いは漁船の操業等については、何か特別の標識を付けて、これは向う側の作戦を妨害するというようなことをやらないというようなことがはつきりすれば、向うの作戦上支障が起るというようなことがあつた場合には警告をするなり、或いはその針路を変えてもらうなりそういうことをやると、こういうことを向う側が言つたと、こういうわけなんですが、そういう李承晩の海洋主権宣言が出たということのあなたがたのその受取方ですね。それから防衛水域が設定されたというような受取方を、政府からどのような経路を辿つて船のほうが受取つておるかということを知りたい。例えば李承晩ラインの中には入つて差支ないと、こういうような政府の方針を我々は聞いておるが、それを業者がどのように受取つて、そうして操業に出かけて行く漁船にそれが通達されているか。或いは防衛水域が設定されたと、その水城内において操業する場合には、かくかくの標識を付けてやれば差支ないのだと、こういうようなことがどのような形で政府から通達をされ、業者が受取るのだろうと思いますが、業者のほうから船のほうに通達されているか。その経路を一つ大洋漁業のかたのほうから伺いたいと思います。
○証人(永井次作君) 証言いたします。昨年の一月十八日でありましたか、李承晩ラインに対しては、明確な資料は私ども現在覚えておりませんが、新聞等で我々国会の内容を、いろいろ審議の状態を見まして、李承晩ラインは政府として認めておらないということを確認しております。それで私漁業課長として各漁船を出しますときにも、李承晩ラインは全然我々としては念頭におく必要はないということを皆に言つておりました。それから防衛ラインの問題は、九月の二十七日に設定されてからあと、いろいろ私たち自身も非常にこのラインがどうなるものであるかということを非常に懸念しておりましたが、当時の岡崎大臣であつたと思いますが、大臣の談話も新聞で拝見しましたし、又水産庁からも通達が底曳協会を通じて参りまして、日本船舶であるという標識をブリツジ、並びに船首の見やすいところに、大きな日の丸の標識を付けたならばいいだろう、そうして作戦に支障のない限り防衛水域内における操業が許されておつたということを私たちは知つております。そうしてそのように又漁船には伝達しております。
○松浦清一君 それは単に新聞で見て知つておるというだけでなしに、李大統領の、俗にいう李承晩ラインの問題はこうである、或いは防衛水域の点についてはこうである、こういうようなことを政府の責任ある筋から正式に書面で受取つておりますか。
○証人(加藤喜八郎君) それにつきましては政府当局から、私らの協会に向いまして非公式に話がありましたが、これは改めて公文では出さない、だけれどもこういう趣旨であるから漁船にはそのように通じてくれという話でありました。その通りに通じております。
○証人(永井次作君) もう一つ落しましたので申し上げます。先ほどの日の丸の標識と同時に日本漁船であるという確認書を我々水産庁から頂いております。そうしてこの防衛水域に出入りする問題に対しては、確認書を交付することによつて、防衛水域内の作戦に支障のない範囲における操業は許されたものであつたというふうに私たちはとつております。
○証人(加藤喜八郎君) 私の只今の証言が言葉が少し足りませんでしたから、補足させて頂きます。そのときの日本政府のお話では、これは正式の文書にしたり外部へ洩れますと、却つて朝鮮のほうへ刺戟してマイナスになる。これは口では言うのだけれども、そのように伝えてくれ。従つて我々はそれは口頭ではありまするけれども、日本政府の正式の通達、このように考えております。以上であります。
○松浦清一君 書面で受取つておらんでも、日の丸の標識を掲げたり、或いは日本漁船であるという確認書を発行したということは、これはもう明らかに政府がそれを認めておるということに了解するのですが、そういう点から考えて、これは船員側の証人諸君に伺うのですが、李承晩ラインの中に入つても、日本漁船であるという明らかな標識を掲げておる限りにおいては、クラーク防衛水域の中に入つても差支えない、こういうことを船主のほうから言われて、それを信用してその中に入つておつた、こういうことなんですね。
○証人(切手律君) 今お問いの通りであります。そう信じておりました。
○團伊能君 それは第一大邦丸、第二大邦丸のかたに一つ伺いたいのですが、両船ともその前夜は日本から出た航行中でありましたか。つまり夜を明かした回数は日本から出て何回になりますか。
○証人(切手律君) 日本を出港いたしましたのが一月の二十二日の午前十時頃出港いたしまして、一月二十四日の午前二時頃、あの第二百七十五というところの左下ぐらいにて操業を開始しまして、二十六日の午後八時頃まででそこを切上げ、その左上手にあります、二百八十四区の西側に移つたのであります。そこで約一週間二月の三日夜八時頃まで操業しまして、そうして拿捕された位置に参りましたのは四日の午前二時頃であつたわけでございます。
○團伊能君 そうするとその間、夜間或いは潮流風速その他の関係に流していて、済州島でなくとも、附近の島嶼の附近に近付いたという記憶はありますか。
○証人(浜行治君) 全然記憶はありません。
○團伊能君 諸君の測定によつても島に近付いたと後に考えられることもありませんか。
○証人(浜行治君) 済州島のごく近距離は水深がとても深くて我々は網をやつても魚が入りません。
○團伊能君 次に伺いますが、接近して来て発砲し、且つその船を停止命令した船につきまして先ほど御説明がありましたが、少しはつきりしませんでしたが、その船の船種と言いますか、その船は漁船に近いと言われましたが、漁船として造られた船でありますか。
○証人(切手律君) お答えいたします。私ら第一、第二大邦丸を拿捕いたしました第一、第二昌運号という船は日本の大分県の津久見とかいうところで建造された船でございまして、これは現に済州邑を基地といたしまして手操船として操業しております民間の船でございます。それに、その船が、前夜、二月二日の夜でございます、翰林面に入港いたしまして、荷役のあと官憲に日本漁船約十二隻ぐらい韓国近海において操業しているというような密告をして、官憲を乗船せしめ出港したものであるということをあとでその翰林面にありますところの元林兼漁業部の会社の倉庫番をしておつたという人間より聞いたわけであります。
○團伊能君 只今の証言のところ、少し言葉が聞取れませんでわかりませんでしたが、その船は大分県の船で、それが拿捕されて翰林面に行つていた、その船に官憲が乗つて出て来たということでありますか。
○証人(切手律君) 訂正いたします。その昌運号という船は、韓国側より日本のその造船所に対して発注されて韓国側が買つた船だそうでありまして、拿捕した船ではございません。
○團伊能君 その船は漁業の目的で造られた船でありますか。
○証人(切手律君) 純然たる手操船として建造せられておりますし、現に我々を拿捕いたしました当時も、網を入れるばかりに、ちやんと網を入れるときに、こういう左舷に台がございまして、これに網を積重ねて置いて、走りながら放り込むのでありますが、その状態に置かれてありまして、最初も申しました通り、魚は入るかど呼びかけられたときも、軍人らしい何も見えておりませんし、ただ漁夫そのままの服装でありましたから、私らも、もう純然たる漁船であるということで安心しておつたわけであります。
○團伊能君 その船は何ら朝鮮の警察の警備船であるとか、或いは軍艦であるとか、或いは国籍を示すような標識がついておりましたかどうか。
○証人(切手律君) お答えいたします。ブリツジの横に韓国の国旗を記してありましたが、ほかに官憲とか何とかいうような別の標識は全然認めておりませんでした。
○証人(加藤喜八郎君) 昌運丸の写真は船長から協会を通じて出されましたのでお手許のほうへ、先ほどそこへ差上げてありますが、それを御覧願いたいと思います。
○團伊能君 そういたしますと、その船は完全に漁船の姿を以て、警備船でもなく又諸君をして或る攻撃的な意味を持つということを少しも思わせない一つの擬装の下に、韓国の兵隊なり警邏隊なりが乗込んでいたものと考えてよございますか。
○証人(切手律君) 今おつしやつた通りでございます。さようでございます。
○團伊能君 諸君が出漁している間に、そういう韓国の漁船としばしば出会う場合がありますか。
○証人(切手律君) お答えいたします。私の第一、第二大邦丸は、この航海も前の航海も会つたことございません。そしてその拿捕されました前夜、福岡の秋田水産所属の第六秋田丸と無線連絡いたしましたところ、附近に三組の韓国手操船がおるということを知らせてくれましたので、その船はどういうふうにしておるかと言いましたところ、ただ我ら日本漁船と同じように並んで操業しているというようなことを受けましたし、それでまだ拿捕される直前もそのときの船であろうというようなふうに安心しておつたわけであります。
○團伊能君 ありがとうございました。
○千田正君 第二大邦丸の切手君に伺いますが、先ほどの証言の中に停止命令をせずにいきなり発砲して来た、これは止れとも何も言わずに直ちに発砲して来たのでありますか。
○証人(切手律君) お答えいたします。両方第一、第二大邦丸二隻に船昌二十二名乗つておるわけでありますが、その停止命令を聞いたという人間は一人もおりません。また向うの第一、第二昌運丸の船長の証言によりますところの調書を読んで聞かされましたが、約六十メートルの距離で停船命令を何回も発したというようなことを申しておりましたが、あのときの状態は時化模様でありましたし、機械も相当高い音をたてておりました関係上、六十メートルというようなところから発射された何は聞こえないと思いましたし、誰も聞いておりません。
○千田正君 何か燈火信号その他において停止命令らしきものを表示するようなこともなかつたのですか。
○証人(切手律君) 全然なかつたと記憶しております。第一発砲されたのは船の前方へでなく、左後方からであつたことを聞いて頂ければわかると思います。
○千田正君 それで、これは第一大邦丸の浜行君と又切手君にお伺いしますが、向うの狙つて発砲した標準はどの辺を狙つて射つておりますか。
○証人(浜行治君) それは弾痕によつてもわかりますが、操舵室四十二発、機関室附近に二十二発、その他外板であります。
○千田正君 浜行君に伺いますが、あなたたちは日本を出港してからその拿捕される地点に行くまでの間に、日本の海上保安庁の監視船或いは巡邏船若しくは農林省の指導船、巡視船等に遭遇したかどうか、その点はどうですか。
○証人(浜行治君) 出航してから拿捕されるまで全然会つておりません。
○千田正君 全然会つていないわけですね。あなたがたが済州島の近くで今度拿捕されるまでの間に、今回ばかりではないと思いますが、曾て今までの間に操業中日本のそうした官庁の船に会つたことがありますか、或いはそこへ行つてはあぶないからそこへ行つてはいけないとか、そういう注意を受けたことがありますか。
○証人(浜行治君) そういうことは一度もありません。
○千田正君 一度もない……。第二大邦丸切手君はどうですか。
○証人(切手律君) お答えいたします。私の乗つておりました第一、第二大邦丸はそれに遭遇しておりませんし、又注意も受けたことがございませんが、ほかの船の無線連絡その他によつて再々そういうことはあるということは存じております。
○千田正君 二十八海鳳丸の久保田君はどうですか。
○証人(久保田伴良君) お答えいたします。本船は昨年九月十二日拿捕されるまで済州島方面では全然遭遇しておりません。併しながら無線連絡によつては済州島方面にまあ出動しているようなことを聞いておりますが……。
○千田正君 第一大邦丸の浜行君に伺いますが、あなたがたの同僚であるところの瀬戸漁撈長の死体を解剖するという際に、これはあなたがたに解剖するということに対して何らか協力を求めて来ておるか、或いは向うはどういう意味で解剖するということについてあなたがたに了解を求めるというようなことに出たかどうか、その点はどうでありますか。
○証人(浜行治君) その時は死亡者の兄弟の二号の漁長がおりましたが、私らは何も聞いておりません。
○千田正君 切手君はその間の事情はわかりませんか。
○証人(切手律君) 私もその時は漁撈長及び船長なんかが向うに行つておりました関係で、私は当時おりませんので、事情はわかりません。
○千田正君 死体解剖の結果頭部にとまつた弾痕が韓国の憲兵が発射した弾であるということは、あなた方確かめもしないし、そういう了解もしないのだが、後からそういうものであつたということを誰に聞かされたのですか。
○証人(浜行治君) この時には二号の船長及び二号の漁撈長が立会うており、憲兵隊の弾であつたということは、後刻この解剖をした医師より私直接聞きました。
○千田正君 それじや死体解剖にはあなた方の誰か同僚が立会つておるわけですね、全然立会つておりませんか。
○証人(浜行治君) そのときは助田船長と瀬戸漁撈長が立会つております。
○千田正君 立会いに際して向うから一方的に、これは解剖するのだと、こういうのでお前たち立会えと言われて立会つたのですか。それとも何らかの相談を受けて、それなら解剖してもいいという意味であなた方も同意してやつたのか、その辺の事情はどういうふうなのですか。
○証人(浜行治君) その点については私は全然わかりません。
○千田正君 浜行君に伺いますが、北緯三十三度三十三分、東経百二十五度五分というのが、あなたがたが拿捕された地点でありますが、又松浦委員のお尋ねに対して大体十九マイルぐらい離れておるように考えておつた、その十九マイル離れておるというのは、いわゆる済州島の海岸からですか、それともどこから大体十九マイルぐらい離れておると考えたのですか。
○証人(浜行治君) それは翰林港よりであります。
○千田正君 翰林港よりですね。大体宜しいでしよう。
○委員長(秋山俊一郎君) 外務大臣がお見えになつておりますが、大変今日の委員会は、本会議が急いでおるようでありますから、今後当局に対しての質問がありましたら、成るべく外務大臣に対するほうを先にして頂きたいと思います。
○松浦清一君 証人に対する質問がすんだら証人は帰つてもらうのですか、おつてもらうのですか。
○委員長(秋山俊一郎君) おつてもらつても結構です。
○千田正君 外務大臣にお尋ねいたしますが、防衛水域内部におけるこのたびの不祥事件でありますが、これに対して拿捕に向つたところの韓国軍は、これは国連軍の命令によつて行われたものとお思いになつておりますか。それともこれは韓国独自の行動でこうした拿捕をやつておるというふうに外務大臣はお考えになつておりますか。
○国務大臣(岡崎勝男君) 国連軍の命令ではないと信じております。
○千田正君 もう一つ伺いますが、先般これは外務大臣のお口から伺つたのではありませんが、新聞紙上に現われておるところによりますと、当方からの一応の申入れに対しまして、韓国の代表部の金代表の答弁によるというと、日本は我々が共産軍と対峙して戦つておるときに、後方において安易な生活を行いながら何ら協力しないじやないか、こういう言葉を表現しておりますが、これは現在の日本にとつては非常に重大な問題だと思うのでありますが、全然日本が国連軍と協力しておらないというふうに隣国の韓国の代表は考えておるようであつては、この問題はますます紛糾するほかないと思うのでありますが、この点につきましては、外務大臣は、どういうふうにお考えになつておられますか。
○国務大臣(岡崎勝男君) これは私も新聞紙上で見ただけで、外務省に申入れがあつたわけでもないですからして、正式のどういう申入れがあるか、こちらからは抗議を出しておるわけであります。その申入れを待つて判断したいと思うのです。新聞等によりましてこちらがそれで以ていろいろ批評を加えるということは、徒らに問題を紛糾することにとどまると思いますから、正式の申入れを待つて私は政府の態度を明らかにしたいと考えますが、新聞に出たところを見ますると、これは甚だ当を得ていないということは私も考えております。
○千田正君 外務大臣も当を得ていないというように考える如く、我々は甚だ不当だと思つておると同時に、それに関連しまして、日本の海員組合は、そのような態度で韓国が出るとするならば、我々としてはこれほどまで国連軍に協力して、我々の同志が輸送に当つておるこの際、こういう問題がはつきりしない限りにおいては、海員組合の諸君は出動しないというような申合せがあつたように、これ又新聞紙上に出ておりますが、そういう事態が生じたとするならば、これは非常に大きな問題になつて参りますので、この点に対しまして外務省といたしましては国内的、又国連軍に対しまして如何なる処置をとられましたか、或いは現在とりつつありますか、その点どういうふうになつておりますか。
○国務大臣(岡崎勝男君) これも私はまだ新聞で見ただけですが、国連軍というのは韓国政府ではないのでして、従つて韓国の政府が仮に不当というか、当を得ない発言をしたからといつて、直ちに国連軍のほうに当るというのは私は筋が違うのじやないかと思いますが、いわんやまだ韓国の代表が日本政府に対して、正式な発言をいたしておらないのでありまして、もう少し事態を明らかにして見なければならないと思います。そこで我々も一応新聞で見たところとか、或いは今現に漁撈長が死んだというような事実から見て、海員組合その他漁業組合等が非常に神経が高ぶつているのは、これはもう当然なことと思うし、我々としてもこういう事態をなくすべくあらゆる努力をするのは、これ又当り前の話でありますが、ただ売言葉に買言葉のようなことで更に事態をむずかしくすることは私は考えるべきじやないと思うので、落ちついて先方のはつきりした意向を聞き、国連軍の側の態度も確かめた上に適当な処置を考えるべきである。こう思つております。現にすでに国連軍側にはいろいろ事情の調査も依頼しております。それに対する国連側の態度というものも確かめつつあります。
○千田正君 外務大臣の仰せられることは御尤もであるし、又韓国との日韓会談を前にしてかかる不祥事件を私は誠に遺憾とするものであります。できるならばこれは将来の日韓の国交上の、禍いを転じて福になるような方法をとらなければならん。これはお互いに国民としても政府当局としても、当然考えなければならないことでありまするし、我々は今日一日も早くこういう問題を解決したい、かように考えて今日もこういう証人を呼んでの公聴会をやつておるわけであります。大体今大臣のお答えのあつたように、国連軍当局に申入れて十分に調査中ということでありますが、一体これはいつ頃見通しがつきそうでありますか、その点は如何でございましようか。
○国務大臣(岡崎勝男君) これはいつ頃と言われても、私ちよつと見当つきませんが、普通の慣例から言えば、日本政府から正式に申入れを韓国側にいたしているのですから、これに対する回答は遅からざるうち、つまり数日中には来るものと期待いたしますが、回答が来たから解決するわけじやありません。どういう回答が来ましても、只今の韓国代表部の新聞に出たような言明が事実とすれば、回答なるものもそう解決に近付くほうに来るかどうか、甚だ心もとないものがありますけれども、如何にしてもまず回答が来て見ないことには始まらない、その上でどういうふうにするか、直接に交渉する方法も無論でありますが、そのほかに世論に訴えて、どちらが正しいか判断してもらう方法もありましよう。又関係するところは韓国だけでなくて、国連軍防衛水城内でありますから、国連軍側の立場というものはどういうものか、確かめてみる方法もありましようし、いろいろの方法はあると思いますが、ただどのくらいで解決するかということはちよつと申上げかねます。
○千田正君 なぜ私はそういうことをお尋ねしたかといいますのは、こういう事態が生じて一つには国内における漁撈者のかたは一日も操業しておらないというと、食つて行けない状況にあることと、それからこういう不祥事によつて生じたところの家族、或いはその他の非常な不安な立場にあるので、速かに解決の方法を図りたいというのが我々の考えでもあるので、お尋ねしたわけでありますが、相当時間がかかり、或いは期間が、確定した回答を得るまでには相当の紆余曲折があるとすれば、これは国内的に、例えばその保護の任に当るところの海上の保安庁、或いは農林省等においてそれ相当の善処する方法を考えなければならない。こういう点がありまするので、外務大臣の大体のお考えを伺つたわけであります。この点につきましては只今外務大臣のお話のように、いつそういう回答が来るかということは、確答はできないということでありまするとすれば、今後におけるところの海上における、安心して操業のできる方法をどういうような方法でとつて行くかという、こういう点につきましては、海上保安庁及び農林省においてはどういうふうに考えておられるか、その点を各省の代表者にお伺いしたいと思います。
○政府委員(清井正君) 私から先お答え申上げます。只今のお問いでございますが、私どもといたしましては、当海域が水産上極めて重要な海域でありますために私どもといたしましても、この重要性と国際性ということを考えまして、この方面に八隻の監視船を配置いたしておるのであります。いずれも傭船ではございますが、相当トン数のものを配備いたしまして、常に漁業者の保護に任じまして、安全に漁撈ができますようにということで、現在実施いたしておるのであります。残念ながら海域が広汎に亘りますために、先ほどもお話ございましたけれども、なかなか思うように行かん点もございまするけれども、最近の情勢に鑑みまして、現地の関係者を督励いたしまして、更に緊密に就撈漁船とも連絡をいたしまして、保護に当るようにということを努力いたしておるのでありますが、最近にも地元の責任者を呼びまして、更に一層安全に就撈できるよう、保護に万全を期するようにということを特に厳命いたしまして、私どもといたしましては目下努力をいたしておるところであります。この問題につきましては、私どもといたしましては、只今のところは関係官庁ともよく相談をいたしまして、差当りの対策といたしましては、当該海域において完全に操業ができるようにということを念願いたしておるのでありまして、専らその方面について問題の解決するようにということを努力いたすことが大切であるというふうに考えておるのであります。 なお、今後の状況の進行によりましては、そのときの事態に応じまして、又その対策を立てなければならん、こういうふうに考えておりますけれども、差当りは我々といたしましては、只今申上げました通り安全に就撈できるようにということを念願といたしまして、その方面の措置について万全を期したい、こう考えております。
○政府委員(山口伝君) 運輸省といたしましては、昨年の五月の閣議決定に基きまして、漁船拿捕が頻々とございますので、水産庁の監視船と相協力してこれが保護に当るために、その閣議決定に基きまして、昨年の九月から朝鮮海峡水域、それと御案内のように北方の水域更に東支那海の水域、それぞれに巡視船の派遣方を決定して今日まで参つたのでございます。隻数は遺憾ながら海上保安庁といたしましては、只今のところ全国に九十三隻程度しかございませんので、先ず東支那海のほうでは九州に配属されております四百五十トン型新鋭巡視船六隻を二隻ずつ組合わせまして、交代出動さしております。朝鮮海峡につきましては四百五十トン型と二百七十トン型を交代でこれは第八管区と申しまして、舞鶴から西のほうになりますが、その辺の配属の巡視艇が逐次交代で常時一隻乃至二隻出ております。更に北方水域につきましては、北海道配属に新鋭の巡視船四百五十トン型が常時二隻出て特別哨戒に当つております。最近の防衛水域内、朝鮮海峡方面のこの事態に鑑みまして、できることならば更に巡視艇の業務状況から搾りまして、一隻でも二隻でも増派したいと、目下研究いたしておるわけでございますが、いろいろ火砲の取付けとか、そういう仕事も今後出て参りますので、そうたくさん派遣することは今のところ遺憾ながらできないのであります。伴し今後関係官庁ともよく御相談申上げて、我々としてはできる限りの少い巡視船の中から何とか差繰つて増派いたしたいという気持で一ぱいでございます。
○千田正君 外務大臣には時間が余りないようでございますから、もう二点だけお伺いします。それは今度の不祥事件で第一大邦丸、それから第二大邦丸或いは海鳳丸等の御報告によつてもわかる通り、なおほかに拿捕されて所在の不明な船員がおるということと、先ほどこの底曳きの協会の加藤常務理事から報告のあつたようだ支那東海、黄海、こういう海域は先般も御承知の通りの台湾が自由な立場において或いは大陸反攻をするかしないか、あの海域が解放された今日におけるところの今後の一体漁業の操業が従来と変りなく可能であるかどうか。又この方面に出動してすでに拿捕されておつて未だ帰らざる船員その他に対しては調査は十分届いておるか、この三点についてお伺いいたします。
○国務大臣(岡崎勝男君) 東支那海のほうは御承知のような現状でなかなか実際にむずかしいと思います。台湾海峡につきましてはこれは国民政府が現在行なつておるのは、大陸の港を封鎖するという措置であつて、公海においてそれの疑いのない船に対して妨害を加えるとは考えません、何か大規模の作戦でもあれば別でありますが、そのような気配は見えないのでありまして、公海における漁業には影響がないであろうと考えております。拿捕されたり、行方のわからない船員というのは、こちら側での調査はできておるはずでありまして、私も今数字を持つておりませんがこれはわかつておるはずであります。これの返還とか帰還についてはいろいろの方法で、つまり直接間接の方法でやつております。台湾のほうとは話はできる、朝鮮のほうとも不十分ながら話はできます。中共のほうについてはこれはなかなか捗らないというのが遺憾ながら実情でございます。
○千田正君 そうしますと、今のお話であるとすれば例えば台湾海峡或いはそれに近い方面においては、当然いろいろな事態が生ずることがあつても、いわゆる友邦としての立場から、事前に万遺漏なきを期せる態度は持てる、こういう自信があられるわけでありますね。
○国務大臣(岡崎勝男君) それは今申した通り今のところ大規模の作戦等はある気配がない、そんな何か特別の気配が起れば別であります。それでなければできる。
○松浦清一君 外務大臣に少し基本的なことについてお伺い申上げておきたいのですが、昨年の一月に李承晩大統領の海洋主権宣言というものが一方的に公表された際に、日本の政府はそれが李承晩大統領の一方的な宣言であるから、国際法上から考えて日本はこれを認めない。こういう態度をとつたのですが、今でもその基本的な態度に変りはございませんですか。
○国務大臣(岡崎勝男君) これはその通りでありまして、海洋自由ということは、これは日本のみならず民主主義国家においては一様に尊重するところでありますからして、この中で例えば魚族の保護に必要なる措置を講ずるということは、お互いに平等な立場でやるということはこれは話合いによつて一向差支えないと思います。それ以外に一方的にこの海域は入つちやいかんとかいうようなことは、これは日本政府としては到底承服できないことは前と変りありません。
○松浦清一君 朝鮮のほうではああいう宣言を公表しているのであるから、どの国にかかわらず外国の漁船が入つて行くことに対しては拿捕するんだという態度をきめて、日本の方針なり考え方如何にかかわらずあれ以来続々として韓国に日本の漁船が拿捕されておる。速やかに、願わくは日本の政府の方針が向うに肯定されるということが望ましいわけでありますけれども、現在までそれが肯定されない故にこそ、日本の漁船があの海域で拿捕されておる。政府も努力されておるではあろうと思いますけれども、あれ以来一年余りの時が流れておるにかかわらず、具体的にその日本の方針というものが先方をして肯定せしむるに至らないという主要な原因は一体どういうところにございますか。
○国務大臣(岡崎勝男君) これは勿論先方の、先方は国際法等を無視してといいますか、先例ありと向うは言つておるのですが、その先例は私はないと思うのですが、そういう先例ありと言つて主張しておるのであるから、なお日韓会談が開かれておりませんために、直接に議論をたたかわす機会がないことも原因でありましようけれども、前に日韓会談を可なり長期に亘つて継続して、お互いに議論はもう実は出尽しておるのですが、この問題は必ずしも日本と韓国のみならず、例えばアメリカとカナダの間にも議論があつて長年、これはもう一年、二年じやない長年解決しないで未だに懸案になつておるような次第でありまして、それとこれとは公海の中ですからかなり違いますけれども、併し往々にしてこういう問題は長期に亘ることもあり得るのでありますから我々としてはこれ以上もう忍耐強く先方がよく了解するように努力する以外に方法はないと考えております。
○松浦清一君 先般李大統領が来日をされて吉田総理と会談をされた。その結果これは新聞報道で、外務大臣よく新聞報道を基礎にされて議論されることは上手ですが、日韓会談に若干の進歩を見せるであろうというような観測が行われておつたのですが、李大統領と吉田総理との会談はその内容が公表されておりませんので知るよしもないわけなんですが、この日韓会談の再開促進のために役立つたわけなんですか、役立たなかつたわけなんですか。
○国務大臣(岡崎勝男君) これは私の今国会劈頭述べました、今国会というのは一月になつてからですが、外交演説で簡単でありますがはつきりしておる通り、李大統領と総理なり私なりの間には、日韓両国の関係を速かに改善するということ、及びそのためにできるだけ早く会談を再開したいということについては、原則的に意見が一致したということを外交演説で申しております。その通りであつて、日韓間の関係の改善については李大統領の来訪によつて相当に促進されておると考えております。
○松浦清一君 単なる促進されておるというお考えでなしに具体的にその後どのような交渉かがございましたのですか、それともそれきり幾らかでも好転するというお考えを持たれただけで、具体的には一つも進歩しないわけですか。
○国務大臣(岡崎勝男君) これはここにおります金公使と外務省の局長なり次官なりも会見いたして会談再開についての下打合せを行なつております。併しながら問題は会談を再開することよりもむしろこの前もう議論は出尽しておるのであるからして今度は共産陣営の侵略に対して後方にある二国として如何なる態度でこの会談を解決に導くかということについて、我々も譲歩し得ることは最大限に譲歩すべきである。そのためには従来の会談をよく検討して新らしい観点から早く話が実を結ぶような準備をしなければならない。只今その準備をしておる最中であります。
○松浦清一君 朝鮮の後方にある二つの、共産国に対する共同の態度といいますか、そういう問題は又極めて重要な問題でございますけれども、そのほかにこの以西底曳関係、東支那海の漁業関係というものが現状を御了承の通り危殆に瀕した状態になつておりますか、そういう問題だけを切離して日韓漁業条約といいますか、協定といいますか、そういうことをやろうとしたことがございますが、それを切離してはできないものですか。
○国務大臣(岡崎勝男君) これは今まで我々の了解しているところでは、日韓の会談については五つの大きな点があつて、そのうちでなかなか解決のむずかしい問題もあるから、むずかしい問題は先に廻して、できるものから解決して行こうということを昨年は数回先方に話合いをいたしたのでありますが、先方は全部の問題を一括して話をしなければ応じられない態度で来ておりますから、会談が再開できなかつた。現在でも先方はその態度でおります。従つてどの問題かを取出してそれだけを解決することは今の韓国側の態度から言えばむずかしいことであります。
○松浦清一君 日韓会談の問題も極めて基本的な重要な問題ですが、李承晩ラインは日本がこれを認めてないので、そのライン内における日本漁船の操業は差支えないという方針を日本政府は今日までとつて来ております。それからクラーク防衛水域の問題については、今までの証人の証言、それから私どもが今日まで知り得たものによりましても、日本船であるという標式、日本漁船であるという政府の確認書、そういうものを所有して防衛水域内で国連軍の非常なる作戦に支障のない限り操業しても差支えないという態度を政府も業界もとつて来たわけなんですが、現在でも外務大臣はそれを確認されて、これから先もそのような状態で続けて行つても差支えないと、こういうふうにお考えになつておられるのですか。
○国務大臣(岡崎勝男君) ちよつとお断りしておきますが、日本の漁船であるという国籍をはつきりした標示を付ければいいとか悪いとかいう問題ではないのでありまして、それはただそのほうが便宜であるという点だけであります。そこで李承晩ラインについては、これは今申したような理由で日本の漁船の出漁、これは自由であるという立場を変えておりませんが、防衛水域についてはこれは少し違うので、初めから我々の立場は少し違うのであります。というのは先方で作戦上の必要から防衛水域を設けたのだから、できるならばこれに協力してこの水域の中に入らないことが望ましい。入ると先方でもいろいろ監視船を出したり、その他の作戦に支障を来すような船の配置をしなければならないから、成るべくならば入らないほうがよろしい。併し漁業にどうしても必要であるというならば、これは入るのも止むを得ない、若しそれに入らなくても漁業ができるような場合には入らないことが望ましい、こういう気持でおります。その入つた場合には退去を命ぜられることもあるのである、そのときはおとなしく従わざるを得ない、こう思うのです。
○松浦清一君 問題になつております書面によつても、大体外務大臣のおつしやる通りのことが書いてありますが、その際に今度起つた問題は連合国軍側から起つた問題ではなしに、朝鮮の漁船といいますか、朝鮮の船に日本の船が拿捕されて、そうして射撃をされて一人の漁撈長が死んでおる。こういう事件が起つたことが今日のこの連合審査の目的になつておるわけですが、こういうことが起つた場合に、外務省から出ております書面にはこういうことが出ておる、「防衛海域附近における韓国側の我が国漁船に対する不法行為に関しては国連軍として十分なる配慮を払う」、こういうことなんです。これは防衛水域が設定された直後に政府から米国大使館等を通じて交渉をした際に向うが、アメリカ側が言つておることなんですが、そこでこういう問題が起ると、ここに書いてあることが真なりとすれば、日本政府はアメリカに対して韓国側に対して善処することを要請するといいますか、希望するというか、そういう警告を発することが可能であるように解釈をされるのですが、これはどういうことになりますか。
○国務大臣(岡崎勝男君) 私もまだ法律的な関係をよくはつきり研究はいたしておらないけれども、つまり作戦上に差支えない場合に、成るべく入らないほうがいいが、どうしてもそこへ行かなければ魚がとれないという場合には、日本の船も入つても差支えないという立場を日本側はとつておるのでありまして、その半面ひつくり返せば、今度は作戦に必要でない場合には韓国の船もその中にやつて来ても無論これは差支えないということになるわけであります。従つて国連軍としては、防衛水域というものは、一定の水域に対して作戦上の必要の場合にはここから船を退去させるという立場をとつておりますが、そうでない場合には一応どこの船も入つても特に差支えはないわけであります。従つて韓国船が入つて来ることもこれに予知されるのであつて、その際に行われた不法行為というものはこれは韓国側の責任であり、間接には防衛水域の管理をしておる国連海軍の受持ち区域ではありましようけれども、私はそれは国連側に対しても斡旋を求めたり、或いはこういうことのないように尽力を求めることは当然であると思いますが、それ以上の国連海軍の責任を追及するというような問題ではないだろうと法律的に考えております。
○松浦清一君 私は国連軍に対して抗議をするとか、文句をつけるとか、こういうことではない。朝鮮と日本の間に会談さえ行われないというような事態にあるから、国連軍のほうからこの種の事態が将来起らないように韓国側に勧告するとか、或いは起つたこの具体的な事件に対しての解決に対しても国連軍のほうから朝鮮に対してやつてもらいたい、こういう意思表示はできるのじやないかと、こういうことです。
○国務大臣(岡崎勝男君) 私はそれはできると思います。できると思いますが、かくのごとき事件は元来二ヶ国間の問題であるからして、国連軍なり、或いはその他の国々の介入によつて解決するよりは、日本の独自の立場で解決したほうがよいと考えておりますから、今のところ特に交渉の斡旋を頼むということは考えておりませんが、将来非常にこれが話がむずかしくなつた場合には、又打開策の一つとして何らか考えてもらう場合もあろうかと思つております。
○松浦清一君 これは新聞報道ですから外務大臣は否定されるかも知れませんが、一昨々日ですか、クラーク司令官がこの問題の斡旋のために努力するような口吻を洩しておることが新聞で報道されておりますが、このことについては日本政府としては何も確証を握つておいでになりませんか。
○国務大臣(岡崎勝男君) 折柄ジユアン元帥がフランスから来ましたものですから、私もクラーク大将と同席の機会が数回ありまして、この問題も自然話に出ましたが、私は今言つたような立場で国連側の斡旋を求める気持は今のところありませんから、別にそういう希望を述べませんし、クラーク大将も非常に心配はいたしておりましたが、我々が依頼もしないのに特に出て行くというようなことはしないだろうと思います。
○松浦清一君 この問題が起りまして、日本政府から韓国に口上書というものを発表したか、出したかということなんですが、その口上書の内容というものは一体、私は寡聞にして知らないのですけれども、どういうことを口上したわけなんですか。
○国務大臣(岡崎勝男君) これはこの口上書を我々としては発表しても一向差支えないのですが、国際慣例によると、相手国と協議して両方が納得した上で発表するということになつておりますから、発表は差控えたいと思います。併し内容については、たしか二月の十三日だと思いますが、この報道があつたので、とにかく船が拿捕されたことは確かであるからして、これに対する抗議と、その当時漁撈長が射殺されたという報道があつたがまだ確認されておらないので、これに対する調査と、私がかかることの非常に不当なことを指摘して注意を喚起したのが口上書の内容です。続いて二月の十八日に船が帰つて来て内容がはつきりしましたので、この漁撈長の射殺されたことに対する強い抗議を出しております。
○松浦清一君 第一、第二大邦丸を引渡される際に、オールソン韓国防衛水域封鎖司令官というのが関佐世保海上保安部長、それに大野大邦丸船主に対して会見の申入れがあつた。そうして十八日の午後四時に会見が行われて、その際にオールソン韓国防衛水城封鎖司令官が、今後日本漁船は防衛水域内において操業することは一切できない。若し操業しておる場合は拿捕を行い、拿捕した漁船は返還しない、こういうことを強く申渡したということが、これも新聞報道なんですが、こういうことについて政府は何かお聞きになつておりますか。
○国務大臣(岡崎勝男君) 我々もそれを聞きましたが、それはおかしいと思いますので、只今アメリカ側に真否を照会中であります。
○松浦清一君 若し照会した結果、それが真実であるということがわかりました際に、日本政府はどういう方法、態度をおとりになるつもりでありますか。
○国務大臣(岡崎勝男君) これは防衛水域の性格が変つたならばいざ知らず、然らずんば今までと違う扱いでございますから納得できないのでありまして、防衛水域の性格が非常に変つてどこの国の船も一切入れないということであれば、これは勿論別問題でありますから、今のところそういうふうには考えられませんから、何かのこれは誤伝ではないかと思つております。
○松浦清一君 いろいろ御質問申上げましたが、最後に具体的な問題についてお伺いしたいんですが、そうしますと、こういう事件が頻々として起つて来るということは、日本の以西底曳漁業全体にとつて非常に大きな脅威であると同時に大きな大事である。併しながら如何に李承晩ラインがあり、防衛水域の関係があつても以西底曳関係の業者とか船員はこの業に携わらない限り生活ができて行かない、こういう苦境に直面をいたしているわけですが、この中において今まで通りの方法において操業することは差支えないという見解をお持ちになつておりますか、お伺いいたします。
○国務大臣(岡崎勝男君) これは底曳業者の生活の問題のみならず、日本の蛋白資源といいますか、食糧における大きな問題でありまするから、できるだけ盛んにやつてもらわなければならんわけです。他方この国連協力という建前がありまするから、防衛水域以内における軍事行動に邪魔になるような行為は我々はいたしたくない。その範囲においてはできるだけこの漁業の安全を図つて大いに漁業をやつてもらうつもりで考えております。
○松浦清一君 その漁業の安全保護を図るという具体的な方針は、今日よりもその安全保護を図つて行くということの具体的な事実が強化されない限り、この危険というものは解消されないということになりますが、何か具体的に、これは外務大臣でなくても水産庁長官、それから保安庁の長官で結構ですが、具体的な何か案をお持ちですか。
○国務大臣(岡崎勝男君) これは今水産庁なり、運輸省なりの船の配置等のお話が千田君かの御質問に御返事があつたと思いますが、根本問題は船による安全の保護ではなくして、先方が乱暴なことをしないということに一番あるわけです。そこで根本的には我々は韓国側の反省を更に強く促して、こういう不法行為のないことを期さなければならない。がそれが一朝一夕にできないとすれば特にここで保護の措置を講じてその間に話を進めて行く、こういうつもりでおります。
○松浦清一君 最後にもう一点、話が細かくなりますが、具体的に伺つておきたいんですが、この射殺をされた漁撈長に対して、先方に対して何か損害賠償の要求がこの口上書の中に入つていますか。
○国務大臣(岡崎勝男君) 抗議文の中に入つております。
○松浦清一君 今までの日韓会談の再開要請にかかわらず、なかなかそれができないという韓国側の態度から見て、この口上書或いは申入れに対する韓国側の正当な満足な回答がそう早急に出ようということが非常にむずかしいように思われるのですが、若しそれができなかつた場合に、不幸にして射殺された漁撈長に対する何か慰問救済の方法を講ずべきであると思いますが、これに対して政府は何かお考えになつておりますか。
○国務大臣(岡崎勝男君) これは甚だ漁撈長には気の毒でありますが、そこの所属の会社等で以て適当な慰問なり、処置を講じてもらつて、そして先方から損害の賠償がそれに肩代りする、こういう方法しか今ないんじやないかと考えます。又これが過去においてしばしば行われたやり方であります。
○千田正君 今の松浦委員の御質問に対して外務大臣のお答えがありましたが、漁撈長の射殺に対しては一応抗議文の中に加えているということでありますが、ここにも第二十八海鳳丸ですか、船長の久保田君等向うに不当に監禁されて懲役の判決を受けたり、或いは罰金何十万円という到底払い得られないような罰金の、早く言えば被害者でありますが、こういう被害が相当累積していると思いますが、この問題の大邦丸事件の解決と同時に、そういう問題も一応解決するという御意思は外務省当局としてはお持ちでありますかどうか、その点をお答え願いたい。
○国務大臣(岡崎勝男君) これは解決できればしたいと無論考えております。併しながら恐らくなかなか困難じやないかと思います。我々は若しさような場合には日韓会談の中で更に解決に努力する、こういうつもりでおります。
○片柳眞吉君 私は一つ水産庁、海上保安庁に質問いたしたいと思います。
○委員長(秋山俊一郎君) 外務大臣には別に御質問ございませんか。
○片柳眞吉君 それは先ほど千田委員の質問に水産庁と海上保安庁から御答弁があつたのでありますが、そこで私はまあこういう疑問を一つ持つたわけなんです。先ほど証人の切手君の証言によりまするというと、銃撃を受けた際に無電で今不法な銃撃を受けている。又拿捕されているということをこれも無電で通報しているわけでありますが、こういう場合に水産庁の出先機関なり、或いは海上保安庁の出先でこれの無電を受けたかどうか。又受けてどういう処置をとつたかどうか。ただ無電を受けて何もしておらなかつたかどうか、これを一つまず伺いたいと思います。
○政府委員(清井正君) 只今残念ながら確定的なことを申上げかねますけれども、只今のところでは、その情報が現地では受けておらなかつたようにも聞いておりますけれども、或いはそれは関係の会社から或いは出ているかも知れませんが、正確のことは確かめてから申上げます。
○説明員(松野清秀君) 第二大邦丸が拿捕されました当日、丁度巡視船のクロカミが農林漁区の二百六十五区におりまして、大邦丸からの無電を受けてこれを七管区本部に打込んでおります。七管区本部はその情報を放送で一般に流しております。但しこのクロカミは、この当時のポジシヨンは第一大邦丸が拿捕されました現場から約八十マイルで、従つて当時向うへ向けましたが、手を打つことができなかつたような、こういう実情になつております。
○片柳眞吉君 そこで私は今日の証言を聞きますると、向うが一方的に非常に無法に拿捕しているということは事実でございます。それに対して予防方法といたしましては、先ほど千田委員の質問に対して、水産庁は監視船を派している。それから海上保安庁のほうは巡視船でやつている。それは船を出しているというだけの御答弁でありまするが、そこで私は水産庁の監視船なり保安庁の巡視船の性格というものがどういう性格を持つているか。例えば今回のような問題が起きて無電の通報を受けた場合に、すぐ現地へ急行して間に合つた場合においては、現地で向うの船に直接交渉してそういう拿捕を取り返すというようなことができるかどうか。ただ巡視したり監視をしておつて、或いは漁業法の違反であるとか、或いは領海侵犯だけを見るのであつては、これは私はこういう問題を未然に防ぎ得る権限はないとこういうふうに思うのですが、今の海上保安庁の御答弁ではそのときにはクロカミ号ですか、八十マイルも離れておつたので実際上は現地に行くことはできなかつたということはわかりますが、仮にこれが非常に近間に水産庁なり保安庁の船があつて、領海以外で他国の船に不当に襲撃を受けた、或いは拿捕されんというときにおいては、現在の両方の船が現地でそれを取り戻すとか、折衝してこれを奪還をするというようなそういう機能があるかどうか。これはないとただ船をぶらぶらさせるだけの話であつて、消極的に漁業法なり領海侵犯を、侵されるものだけを見る船であつて、これではやはり漁船は不安だと思うのですが、そういう消極的な権能しかないか、積極的に不法拿捕をこれに干与してこれを是正し得る権能があるかどうかを、基本問題だと思いますので、それにつきまして一つ明確な御答弁を頂きます。
○千田正君 今の片柳委員の質問に附随しまして私も聞きたいのですが、さつきの外務大臣の御答弁によるというと、李承晩ラインは当然これは我々は認めておらない、いわゆる世界の公海である。ここにおいて漁業が自由に操業するということは当然のことであるというお答えのようであるし、我我もそう考える。然らば現在のような立場においては、とても漁業者の諸君は安全に航海すらもできない。この状況において然らば日本の海上を守るべきところの保安庁はどういう今後態度に出るつもりであるか。並びに日本の基礎産業であるところの水産業を指導し、そうして増産を図らなくちやならないところの水産庁は、如何なる方法を以て今後この種の事件を防ぎ、或いはそれに対して保護するつもりであるか、その点をはつきりお答え願いたいと思うのであります。
○伊達源一郎君 今の片柳さんの質問にちよつと私も便乗したいのですが、今のような場合に、日本の警備官は発砲若しくは武力行使をしてでもその目的を達するだけの機能があるかどうか。その点は今度フリゲート艦を借りたりなんかしたところに非常に意味のあることであつて、そこのところを小さい戦争をしてでも、その目的を達する。そのためにあのフリゲート艦なんかは立派な大砲を持つているので、この大砲なんかをそういう場合に使うような場合があるかどうか、その点まで踏み込んで御答弁を願いたいと思います。
○政府委員(岡田五郎君) 保安庁関係の状況、又今後の対策につきまして、一応御答弁申上げたいと思います。 昨年の暮の国会におきまして御承認を頂きました日米船舶貸借協定に基きまして、実はアメリカからフリゲート艦とLSSLを借りることになつております。現在におきましてフリゲート艦七隻とLSSLといいますか、上陸支援艇十一隻の引渡しを受けまして、目下保安庁の警備隊員が乗りまして、東京湾近くで訓練をいたしているわけであります。遠からず協定に基きます十八隻のフリゲート艦、上陸支援艇五十隻は引渡しを完了いたすことと存じますが、これらの船舶によりまして訓練をいたしまして或いは本年の八月なり、九月頃には数船隊群に分れまして、日本沿岸の警備即ち日本沿岸におきまする人命財産の保護の任に着き得る。かように確信をいたしている次第でございます。たまたまこれが第二大邦丸事件が起りました当日はまだフリゲート艦の引き渡しを受けました早々でございまして、まだ訓練の目下最中でございまして、救援に赴く暇もなく、実は訓練をしておるという状況でございますが、先はど申しましたように、今後沿岸の警備力の充実は昨年の御承認頂きました協定に基きまして着々と日を追つて充実されることとかように存じておる次第でありまして、先ほど申しましたように、数船隊群に分かれまして、沿岸警備の微弱な面へと船隊の哨戒の度を高めまして、日本の人命、財産の保護の完全を期したい、かように考えておるのでございますが、勿論海上警備隊の任務は海難救助と漁船の保護がこの責任の大半でございまして、責任官庁といたしましては海上保安庁が一応海上の治安を維持することになつておりますが、御承知のように海上の特殊性に基きまして、保安庁長官が総理大臣の承認を経まして、いつなんどきでもこの人命財産の保護の任に就くごとに相成つておりますので、緊急事態にはかような任務を完了し得る、かような確信を持つておるのでありますが、何分軍艦でもございませんし、先ほどのような不法行為が行われる場合は、フリゲート艦がその両船の間に入りまして、何が故にかような不法行為をあえてせられるかということを十分糾明いたしまして、又糾明後においても不法行為をあえてしようとされるならば、むしろこの漁船の保護の態勢をとり、又保護の態勢を続けることができなければ、正当防衛又は緊急避難行為として或る程度の何といいますか、実力行使をあえてせざるを得ないというような数段階を経まして今後の任務を完了いたしたい。かように考えておる次第であります。
○松浦清一君 今のに関連して私は大変重要なことで聞いておきたいのですが、そのアメリカから貸与を受けるフリゲート艦が日本の沿岸、それから漁船等の保護に当ることは、これはもう当然でしようが、若し朝鮮の今のように向うの船がやつて来て発砲するというようなことに会つたら、フリゲート艦はそれに向つて発砲するのですか。
○政府委員(岡田五郎君) 向うから発砲行為がありました場合におきましても、できるだけ国際紛争を起さないように最善の努力はいたしますが、発砲やまずして万止むを得なければ正当防衛、緊急避難行為として応戦せざるを得ない。かように考えております。
○政府委員(山口伝君) 海上保安庁の巡視船は只今のところ火砲は持つておりません。数挺の拳銃を持つている程度で業務に従事いたしております。それで先ほどから申上げます特別哨戒に出ておりますが、朝鮮海峡について申上げますと、一応特別哨戒の線は防衛水域の中には入らないということで今日までやつて来ております。但し防衛水域の中といえども、事故がございました場合には、もよりの巡視船が近くにおりましたら、すぐさま現場に行くことの建前となつております。そうして現場に直航して、そこで間に合えば先方と交渉に当る、平和裡に……。不法であれば不法な点を主張いたしまして、そこで交渉して取返えすわけであります。ただ遺憾ながら飽くまで向うが不法な態度で連れて行くようなことがありました場合には、それが聞かれない場合は、止むを得ませんので拿捕地点がどの地点であるか。その他そのときの様子なり模様なり、いろんなデーターを少くともそれは取つておきまして……。ただ遺憾ながら今日まで出ております海上保安庁の巡視艇が数が少いので、たまたま大邦丸の場合は比較的近くであつて、なお且つ八十哩であつた。これまで余り近くにいないので、非常に頼りにならんと言われてもおりましたが、遺憾ながら一隻乃至二隻がおるだけで、そういつた現場に行つて直接効果を発揮したという実例は遺憾ながら持つておりません。ただ、一回たしか向うが臨検しそうだというような情報を無電でキヤツチしました場合に、すぐさまそこへ向つて、今から行くから待つてくれという無電を打つて、そこに直航いたしましたところが、それを聞いたのか、聞かないのか知りませんが、そのときは難を逃がれたという実例はございます。遺憾ながら今まで近所におつたことがないものでありますから、実績を申上げると、非常に効果的だということを申上げにくいのでありますけれども、今後巡視艇は御承知のように或る程度の火砲を装備することになりましたから、これは先ほどのフリゲート艦と同じでありまして、射つことを目的とはしておりませんが、これらは今後の装備の強化という意味で或る程度の交渉には裏付になつて、有利になつて参るのじやないかと思つております。二十七年度の補正予算で二十六隻分が目下装備の進捗中でございますし、二十八年度の予算案は残り三十三隻についてそういつた装備を進める予定になつております。
○政府委員(清井正君) 水産庁関係でございますが、私のほうの関係します点は、御承知の通り主として漁業法違反を取締るという建前から出ておつたのであります。いろいろ漁業の種類によりまして法律上の漁法、漁具等につきまして制限がございますので、その規則が守られているかいないかということを主として監視する意味において監視船というものができたのでありますが、最近の情勢に基きまして、更に保護を加えるということのほうに重点が移つて参りまして、目下その海域におきまして監視いたします監視船は、いわゆる漁業の保護という見地から監視をいたしまして、もつぱら安全に漁ができるということを使命といたしているのでありまして、法律上これが問題になつたときに相手方と交渉する権限があるかという点につきましては、私はそれはできないじやないかというふうに考えている次第でありますが、いずれ又細かい点、なお不足の点はあとで補足いたしたいと思います。
○片柳眞吉君 まあ大体わかつたような……すつかりわからないのですが、実は今のお話を聞いておると、海上保安庁の巡視船の性格と、水産庁の監視船の性格は、まあ今の水産庁長官の御答弁と、殆んど接近して来ておるのですが、併しまあ建前は水産庁のは漁業法関係、海上保安庁はまあやはり一般の海上保安という関係そこで何か両者の連繋ということがないと、まあ船も少いのに広い海域でやつておつて、さつきの証言を聞いても殆んど船に出つ食わしたことがないという状況で、非常に効率も悪いような関係らしいのですが、併しこれはまあ私は直ちに実力行使がいいかどうかは、これは私も実際問題としては、よほど慎重にしなければならんと思いまするが、併し性格上やはり公海において日本の漁船が不当な危害なりを受けた場合においては、これを防除し得るという態勢がはつきりすれば、それは実力を行使せんでも相当な私は効果があると思うのですが、まあその点について多少私は若干の疑念を持つておりまするし、時間がありますれば外務省当局の御意見も承わりたいと思いますけれども、私はこの問題は更に自分でも勉強して、適当の機会に質問したいと思います。 本日は私の質問はこれでやめます。
○千田正君 法務省からどなたかお見えになつておりますか。
○委員長(秋山俊一郎君) 今帰られたようですが。
○千田正君 それではあとから伺います。漁業法とか出入国管理法と国際私法との関係を私は聞きたかつたのですが……。
○委員長(秋山俊一郎君) 出入国管理局次長は見えております。
○千田正君 お見えになつておりますか。それでは先ず先に農林省の水産庁長官にお伺いしますが、こうなるというと、なかなか農林省としましても、予算のないところを機動性や何かで、必要のところに廻さなければならないですが、現実の問題としては、明日からでも船を出さなければならないのに、実際の海域においては現在起きているような非常な不安な状況である。こういう状態に対して、この底曳の漁業或いはその他の漁業者、漁民に対して、何か指令を直ちに出しておりますか。それとも今出そうとする準備があるのでありますか。今後とも多少なりとも今までより安全に漁業ができるような方向に対しての何か措置とか或いは方策を考えておられますか。その点を承わりたいのであります。
○政府委員(山口伝君) 只今の御質問の点でございますが、その点は先ほど御質問に対してお答えいたしました点でございますが、差当りの方策といたしましては、八隻の監視船をできるだけ能率的に使う。必要あれば必要な地域にこれを廻して行つて、この方面の監視を強化するということでやつて参りたいというふうに考えておるのでございますが、まあその他一般的に、事態に対処しての必要なる措置につきましては、まだ具体的には措置をいたしておりませんが、この問題は必要な地域に出入しておりまする漁業関係者の非常に影響のある問題であることは私どもも十分認識しておりますので、如何にこの点につきまして処置するか、目下研究いたして対処いたしたいと考えております。
○千田正君 さつきの外務大臣のお答えによるというと、国連側に申入れて、更に韓国側に抗議して、更にその答えを聞えてからでなくては外務当局としての方針が定まらない。日本政府のとるべき方向がまだきまらない、こういう現在の状況であります。又海上保安庁のお話を承わるというと、目下訓練中、何とかしてその方向に廻して行きたい。併しながら一方以西底曳なり、それからこの方面に出動しようとするところの漁民の増産意欲なり又生活保障という面から言いまするというと、一日もゆるがせにできない現況にあることは私が申上げるまでもありません。そこで私がお願いするのは、政府としてどういう、一体今日からでも明日からでもこの方針をとるのか。この不安定のままで待機して、政府が回答を受けるまで待つておれということであつたならば、然らば何かの国内対策をこうした被害者なり、こういう業務に携わる人たちに対して考えておるのかどうか、その点を政府当局にはつきりさせたいから、私は先ほどから水産庁長官としてはどういう方策を持つているのか、政府としてはどういう態度で今後の安全なる漁撈をやらせるつもりなのかと。この点を私ははつきりしておかないと、いつまでも国連軍の回答を待つてから、それからやるということは、なかなか容易じやない。再び同じような状況の下に不祥事件が繰返されると私は杞憂を持つております。この点につきましては、政府当局を代表して、農林省の水産庁長官でもよろしい、それから政府当局から次官のかたでもどなたでもお見えになつておるようですから、はつきりした御答弁を承わりたいと思います。
○政府委員(中村幸八君) 先ほど外務大臣からお答え申上げました通り、この本件当面の問題については、韓国側の回答を得てからでないとこれが対策はできかねるわけであります。外務大臣は先ほど、或いは打開策の一つとして国連軍に対してというようなことも申されておりましたが、その他必要なる、適当と見られるいろいろ措置につきましても、十分その節に考えたいと存じます。但しそれまでの間に非常に不安のあるという問題でありましたが、その点につきましては、海上保安庁のかた、或いは水産庁のかた、又保安庁の関係のかたからお答え申上げましたような措置を急速にとつて頂く、こういうことであろうと存じます。外務省といたしましては、今回の事件が起りましてより今までの我々の考え、即ち李承晩ラインというものが国際法上認められておらないところの不法行為である、又防衛海域内の国連軍に対する関係におきましても同様と考えております。その線に沿つて関係各庁一致して対策を講じて行きたい、かように考えております。
○松浦清一君 今の問題でちよつと附に落ちないところがあるのですが、農林省の漁業法違反をやつたり何かして取締りを主とした船と、それから海上保安庁の船と、それから警備隊の船とあるわけですが、そうするとフリゲート艦というのは警備隊でしようね。それから海上保安庁の船というのは、そういう漁業安全、保護を図るというような任務をやはり持つているわけですか。
○政府委員(山口伝君) お答えします。本来海上保安庁の巡視船は沿岸の警備に当り、海上の治安を守り、救難があつた場合にはその救助に出るのを建前にしておりますが、各水域における漁船も殖えて来ましたので、相当遠距離に特別哨戒に携ることに昨年の閣議できまりまして、以後漁船の拿捕、襲撃に対する保護の任に水産庁の監視船と相協力してやつているわけであります。日常のやり方は、水産庁の監視船と巡視船とはおのおの哨戒に出た場合には、毎日お互いにその位置の通報をやつております。それから特別哨戒の効果でありますが、先ほど少し言葉が足りなかつたわけでございますが、私どもの考えでは、或る程度の効果は認められるのでありまして、例えば北方海域等におきましてはソ連の監視船と遭遇することはございます。そういう場合に、当方の巡視船の姿を見るとこれを避けて通る、そういうことのために拿捕を免かれたと思われる事例もあるわけであります。それから又東支那海或いは朝鮮水域等でも、視巡船は一行動中大体十日乃至十数目でございますが、行動中に巡視船から数十隻の出漁船を認めておりまして、そして業務上巡視船が持つております方探或いはレーダー等によつて怪しい船をキャッチしたような場合には、随時無線でこれは流しているわけであります。放送をいたしておるわけであります。一つの例としては、東支那海では巡視船が中共の船と接触した場合に、向うが逃げたような、避けて行つたと思われる事例もあるわけでありまして、ただ現在のところは遺憾ながらあの広大なる水域に二隻とか或いは一隻程度しか出し得ない状況にありますために、今日までめざましい効果を挙げておらないのでありまして、目下或る程度増強を検討中でありまして、出せば出しただけの効果は勿論あろうし、殊に先ほど申上げるように、目下補正予算で一部火砲取付をやつております。これができれば無言の力を示し得るのではないか、かように考えております。
○松浦清一君 先ほど大邦丸のように、射撃を受けた場合にはこちらのほうが発砲を以てこれに応戦するのだ、こういうことで、私は笑つて済ましましたけれども、岡田次官からなかなか勇壮な御答弁を聞いたのです。若し外務大臣に聞いたら、そういうことをやる前に、外交折衝でそういうことの起らんように努力する、こう外務大臣は言うだろうと思うのです。岡田次官はなかなか活発なことを言うたのですが、こちらが発砲してでも防戦をするという船は、一体警備隊の船ですか、保安庁の船ですか、水産庁の船ですか、見付かり次第やるわけですか。
○政府委員(岡田五郎君) ちよつとの答弁の仕方がまずかつたと思いますが、私が最初答弁いたしましたのは、先ず何が故に不法行為を解決せられるかということを究明し、然る後において日本の漁船を保護する態勢をとる二段がまえで、さような保護の態勢をとつた後においてもなお発砲をされて来るというような場合に、漁船を保護する最後の手段として、或いは緊急避難又は正当防衛の行為として或いは発砲するような事態があるかも知れない、こういうように私は前段において御説明といいますか、御報告申上げたと思うのであります。その後松浦先生から、射撃を受けた場合に防戦応戦するかという御質問を受けたのでありますが、私が聞いたのは、直接フリゲート艦に向うから発砲をされるというような場合かと思いまして私は御答弁出上げたのですが、できるだけ待避といいますか、応戦の態勢をとつて、なおこれでとりきれない場合は応戦する、かような意味について私はお答えいらしたのであります。最初、具体的な例を言うと却つて失礼に当るかも知れませんが、一発大砲をぶち込まれたらすぐ折返しこちらから打ち返すと、こういう性急な応戦行為を私は予期して出上げたのではございません。万般策尽きた場合にやつてこそ正当防衛であり、又避難行為である。かような意味でお答え申上げたので、若し答弁のまずかつた点はさように御訂正を願います。
○松浦清一君 これは非常に重大な御答弁で、私は前に、速記に載つているでしようが、例えば大邦丸のように具体的に射撃を受けた場合には一体直ちに発砲してこれに応戦するのかと言つたら、それはやるのだと言つたのですが、その点は私は御注意申上げますけれども取消しておかれたほうがいいな、あれは……。
○千田正君 どうですか松浦君が言う通りなのだが、むしろ速記に残さないような方法をとられたほうがいいと思いますが、この点委員長から御注意願います。
○政府委員(岡田五郎君) 諸先生の好意ある御忠告によりまして速記に残さないようにして頂ければ……。
○委員長(秋山俊一郎君) その点は委員長に御一任願いたいと思いますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(秋山俊一郎君) では速記録を調べましてそういうことにさして頂きたいと思います。速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(秋山俊一郎君) 速記を始めて。
○團伊能君 なお一つだけ伺つておきます。そもそもこの問題が起つて参ります一つの原因といたしましては、昨年の一月李承晩大統領が発表いたしました李承晩ラインというものが、韓国側におきましては成立しているものである、即ち合法的なものであるという考えが韓国の官憲その他末梢にはそういう工合に映つておりまして、国際的にはこれが少しも合理的でなくとも、韓国側ではこれを或る程度の認められたものなりというような考えが存在いたしますところに拿捕事件というものが起る一つの原因があるかのように察せられますので、昨年来李承晩ラインにつきましては我が外務省はこれを認めないとか、相手にせずとかいうお考えでいられますけれども、現実といたし李承晩ラインはマツカーサー・ラインを引継いで声明せられましたために、あるかのごとく信じている向きが多いと考えます。そこで日本の外務省といたしても従来のような相手にせずという態度でなく、むしろこれを積極的に非合法であるということをこちらから言われて、そうして李承晩大統領その他韓国政府に十分この撤回を要求することが私は至当の道だと考えます。それのみならずこの李承晩ラインは決して合理的なものでなく、国際的に考えて単に公海の上にその線を引いたばかりでなく、我が国の国土として考えましても誠に不便なところに引かれておる。少しも客観的に立つて合理的に引かれているものでなく、例えば朝鮮海峡のごときも対馬に切線となつて引かれておりまして、全部これを認める場合、この観念では朝鮮海峡をも李承晩ラインの中に入れておりますばかりでなく、我が国の現に領土であるところの鬱陵島の南にございます竹島までも李承晩ラインの中に入れて、我が国の国土の主権を明らかに干犯しているようにも思われますので、こういう不合理なラインの存在が、たとえ一つの仮設に出るものであるとしても、これに日本が抗議しないでおくところに一つの禍根があるのではないかと思いますので、私はこういう問題を解決する一つといたし、我が政府におきましてはもう少しはつきりと韓国政府に向つてこの李承晩ラインを撤回する、或いは朝鮮沿岸の漁礁の関係は我が国がすでに研究し尽しておるところでございまして、或る程度漁礁の保護に関する立入禁止、漁業禁止区域のごときは曾つて日本が朝鮮半島に責任を持つておりましたときにもすでに実施いたしております問題でございますから、決して日本が未知のところではございませんから、或いは積極的に吉田ラインというようなものを作りまして、両国間における漁礁保護の十分科学的な研究に立脚しての一つの線を出して、これを韓国に示すということも一つの手であると思います。その点私は外務省当局の御意見を承ることを以て私の質問を終りといたします。
○政府委員(中村幸八君) 外務省といたしましては決して今まで相手にせずというので放置しておつたわけではないのでありまして、長期に亘る日韓交渉の間においても、又その後に起りました再々の事件のたびにも、李承晩ラインの不法なるゆえんを強く抗議いたしているのであります。又只今お話の、竹島が李承晩ラインの中に入つている、その通りでありまして、かるが故に一層この李承晩ラインなるものは不法であるということを強調いたしているのであります。又我が国の漁場として非常に重要だ、吉田ラインというようなものを設けてこれに対抗したらどうか、こういうお話でありまするが、吉田ラインが、棒を引くことがいいか悪いか、これは又十分検討を要する問題でありまするが、これらの問題につきましては日韓会談におきまして双方の魚族保護というような見地から漁業協定を是非とも結ぶ必要があるのじやないか、こういうふうに考えておりますので、事務的にも関係当局においてそれぞれ折衝いたしているような次第であります。
○委員長(秋山俊一郎君) 速記をとめて。 〔速度中止〕
○委員長(秋山俊一郎君) 速記をつけて。 お諮りいたします。連合委員会はこれを以て終局したものと認めて御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(秋山俊一郎君) 御異議ないものと認めます。連合委員会はこれを以て散会いたします。 午後五時三十四分散会