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15回国会衆議院1953/02/04

法務委員会 第19号

発言数
90
登壇者
8
会派数
3
開催日
1953/02/04

会議録

田嶋好文自由党

○田嶋委員長 ただいまより会議を開きます。  本日の公報の議案の中に、戦犯釈放に関する件ということが議題になつておりますが、これは先般参議院の方から当委員会の方に申入れがありましたことと、次いで全国弁護士連合会の方から申入れがありましたことに関連いたしまして、お諮りをしたいと思つたのでございます。今日戦犯釈放運動は国内にほうはいとして起つておりますので、これが実現を期するために、関係国に対して、戦犯釈放陳情のための人を派遣したいという趣旨の協力方であります。そこで皆さんにお諮りをしたいと思つたのでございます。本日午前中理事会を開きまして、この問題を検討いたしました結果、正式に委員会でこれを取上げるよりも、各党においてその意見をまとめ、これが実現を見るべく最大の努力をした方がいいだろう、なお委員長においては、政府当局、衆議院議長等に対しまして、これが趣旨を伝えて、その方面に動くように努力を重ねる方がいいだろう、こういうことになつたわけでございます。その趣旨を委員諸君におかれましても御了承を願いたいと思います。

田嶋好文自由党

○田嶋委員長 次に広島市等における暴力団に関する調査の件について御協議願いたいと存じます。お諮りいたします。本件を本委員会に取上げ、本委員会において調査をしたいと思いますが、いかがなものでございましようか。——この際皆さんに全貌がおわかりになつていただけていないとすれば、その結論を出すのにむずかしいと思いますので、今日まで委員長の手元で調査いたしました実情につきまして、専門員より簡単に報告せしめたいと思います。御異議がなければさようにいたしたいと思います。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

田嶋好文自由党

○田嶋委員長 それでは小木専門員から、簡単に報告させます。

小木貞一専門員

○小木専門員 命によりまして、調査いたしました結果を御説明いたします。  世界史、人類の発展史上にエポツク・メーキングであつた原爆第一号を受けました広島は、一瞬にして二十万というとうとい人命を失つたのでありますが、その後世界平和の発祥地として発足して来たことは、皆様御承知の通りであります。ところがこの広島が、今や暴力と恐怖の町に化し去ろうとしているのであります。すなわち、今回の暴力団の台頭とその対立抗争が、これを雄弁に物語つておるものでございます。私どもが調査いたしました資料は国警、広島の自治警、それから法務省の公安調査庁、刑事局並びに新聞その他の報道でありまして、従いまして現地における必要な調査はもちろんまだしていないのであります。暴力団の活躍の状況は、お手元にお配りしてあります別表の通りでございます。  これを簡単に御説明いたしますと、昨年の十一月五日午前零時ごろのジャック・ナイフによる傷害事件から、本年の一月十二日午後八時ごろのピストルの射ち合い事件に至るまで、約十八件の殺傷、暴行、脅迫等の事件が起つておるのであります。その内訳を申し上げますと、殺人が一件、殺人未遂が六件、傷害が五件、暴行が二件、脅迫が四件、拳銃の射も合いが二件ということになつておるのであります。これら暴力団の事件を通じて見ますと、特に次の諸点が注目に値するものと考えられるのであります。第一には、ピストルが十三件について飛び出しておるということであります。なお現在両方の暴力団の所有しておりまするピストルは四、五十ちように及んでおるということであります。押収されました拳銃は六ちようで、カービン銃の弾薬が百一発、拳銃弾が五十九発ということになつております。  第二に、ピストルのみならず、場合によつては、カービン銃やあるいは機関銃までも飛び出しまじき形勢にあるということであります。  第三には、両暴力団は単に広島のみならず、中国、四国、近畿地域にその連絡とか背景を持つているのではないかと疑われる点であります。進んでは、これは全国的つながりにまで発展するおそれなしとしない点であります。  現在両暴力団の勢力はどうかと申しますと、岡組は岡敏夫、四十歳——これは年齢の数え方によつて正確でないかもしれませんが、これを親分として、子分、身内が約百名、それから、村上組は、高木達夫、三十一歳を親分として、子分が約五十名と言われておりますが、中国、四国のテキ屋仲間に連絡がありまして、岡組に劣らない勢力を持つているということであります。  第四に、治安機関について強力な総合的警備態勢を整える必要がありはせぬかと思われる点であります。彼ら逮捕せられた犯人は、異口同音に、「警察は手を引け」という趣旨のことを豪語しているありさまであります。  第五に、団体等規正令の廃止が、この種暴力団の台頭の一因となりはしないかという点であります。  なお御参考までに、この暴力団の両組の歴史なり実態を申し上げます。  まず、岡組から申しますと、これは昭和二十年の八月ごろに結成されまして、事務所は広島市猿猴橋町三十八番地、主要なメンバーとしまして、親分は先ほどの岡敏夫、主要な子分といたしましては、網野光三郎ということになつておるのでありますが、この親分の岡敏夫は広島市内に生れまして、昭和十年ごろに当時大阪に在住の親分の天本菊美の子分となりまして、いわゆる遊び人仲間に身を投じていたのでありますが、広島に帰つた後、昭和二十年の八月ごろに土木建築請負業岡組なるものをつくりまして、逐次子分を増加して、先ほど申しました天本が引退した後は、その跡目を受継ぎまして、主として広島市東部一帯に勢力を張り、組長岡敏夫を中心としまして、親分子分の関係で強く結ばれていた団体で、賭博を常習とし、しばしば殺人、傷害、恐喝、脅迫、器物毀棄等の犯行を続け、土木建築はただ看板だけのことでありまして、この岡組は暴力主義的団体として、昭和二十四年の九月八日に団体等規正令によりまして解散を命ぜられていたのでありますが、表面上は一応この組を解散して、岡は昭和二十五年の夏ごろから、広島市内において特殊下宿業——パンパン屋でありますが、これを開業したのであります。しかし、事実上は依然として子分が出入りしていたのであります。そして、昭和二十六年に、先ほど申しました子分の網野光三郎が刑務所から出所したので、実権は同人にゆだねられたもののようであります。ところが、講和の発効後に団体等規正令が廃止となりまして、公然と勢力を拡張して、広島市の東部一帯の風俗営業者等からカスリをとる等、解散前の状態に帰つて来まして、一般市民から非常に恐れられておるという団体であります。  次に、村上組でありますが、これは昭和二十年の八月ごろに結成せられまして、事務所は広島市の松原町六百三十八番地、おもなる構成メンバーとしましては、親分の高木達夫——元は村上三次というのが親分であつたのでありますが、それの次男の村上正明がこの後見役となつております。この村上組は神農会の流れをくむ、いわゆる香具師の団体でありまして、旧親分の村上三次は、従来広島市において露店商を営んでいたのでありますが、終戦後はいわゆるテキ屋の親分となり、多数の愚連隊を集めまして子分とし、広島駅前の一帯をなわ張りにして勢力を張り、当時の組長村上三次を中心として親分子分の関係に結ばれた団体であつて、前組長の次男村上正明はいわゆる愚連隊の長となり、ともに恐喝、傷害、暴行、脅迫等をやつて来ていたのであります。この村上組も昭和二十四年九月八日に団体等規正令によつて解散を命ぜられ、表面は一応解散となつていたのでありますが、村上組の若い者と称し、広島駅前付近を徘徊し、依然として相当の勢力を持つていたのであります。そのうち、昭和二十六年七月この村上三次が引退しまして、純然たる香具師としての跡目を、先ほどの高木達夫に譲りました。そうして、次男の村上正明はその後見役となつたのであります。当時村上正明は刑務所に入つていたのでありますが、講和発効の後に団体等規正令が廃止になりまして、同年六月に村上は刑務所から出て来まして、それを機会に勢力を挽回して、村上組を名実ともに再現し、一般市民から同様に非常に恐れられておる団体であるということであります。  この両団体の抗争のいきさつについて警察当局がこれをどういうふうに見ておるかということについて簡単に御報告しておきます。今回の事件の前に、すでに、対立抗争は始まつていたのでありますが、岡、村上の両組はいずれも、先ほど申しますように、戦災復興の中心地である広島市東部一帯を地盤として勢力を扶植するに至つた結果、両者の間には勢力争いが展開せられ、すでに昭和二十一年十一月十日に村上正明は子分の原田倉吉、近藤というものを伴いまして岡組の事務所に乗り込んで、親分である岡敏夫を殺害しようとしまして、拳銃で傷害を与えて未遂に終つております。その報復としまして、昭和二十一年の十二月三日に岡組の輩下の網野光三郎外一名が広島市の仁保町の大原で、先ほどの原田倉吉を拳銃で射殺して、畑の中に埋没しておるという事件が起つておるのであります。ところが、その後に、岡組の親分岡敏夫、網野、原田あるいは村上組の村上三次、村上正明等、両方の主要人物が相次いで投獄せられましてそのために表面に現われるような具体的事件は一応中止の形になつておりました。また一方昭和二十五年ごろ、呉市の下条何がしという者が、この両者の間の仲介になりまして、一応両者の間には手打ちができ、対立抗争は一時休止の状態にあつたもののようであります。ところが、その後に、先ほど申しますように、順次有力メンバーが牢獄から出獄して来た。そして、団体等規正令が廃止になつたということで、先ほど申しました最初の、昨年の十一月の事件が起り、次いで六日にその報復があつて今回の事件になつた、こういうふうなことであります。  それから、現在までに検挙された者の数を申しますと、これは村上組の方が十二名、うち起訴された者が六名、それから岡組の方は逮捕者が本名、うち起訴された者が六名、こういうふうになつておるのであります。  なお、この事件につきまして暴行の実情を写真にとつたものがございますから、後ほどお手もとに配つてごらんを願いたいと思います。  簡単でございますが以上御報告申し上げます。

田嶋好文自由党

○田嶋委員長 お諮りいたします。本件を取上げ、本委員会において調査を進めることに御異議ございませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

田嶋好文自由党

○田嶋委員長 御異議なしと認め、さよう決定いたします。     —————————————

田嶋好文自由党

○田嶋委員長 次に人権擁護に関する件のうち、鹿地亘君関係事件について調査を進めます。さきの本委員会におきまして、外務当局に対しまして調査研究を御依頼いたしておいたわけでありますが、本日は欧米局長が御出席でございますので、外務省欧米局長よりさきの本委員会において調査研究をお願いいたしました件のお答えを願いたいと思います。参考までに申し上げますが、本委員会において鹿地事件関係者の証人として、関係外国人を喚問することができるかどうか、これに対する法律上の見解並びに取扱いの方法、事情等でございます。

土屋隼外務事務官(欧米局長)

○土屋政府委員 私どもの方で研究いたしました結果を一応御報告を申し上げます。  国会は国政の調査権に基いて、国政調査のため必要なる者を証人として喚問する権利を有することは申し上げるまでもないわけであります。喚問された者は、これに対して応ずる義務がございます。正当な事由がなくして喚問に応じない者を処罰することもまた規定しておるところでございます。従つて外国人でございましても、国際法上の特殊的地位を認められている者——たとえば外交官であるとか、あるいは在日米軍、一般的に申しますと、駐留外国軍隊の構成員というような者は除外されますが、そうした特権的地位を認められている者以外の者ですと、喚問することができることは法律上の建前だと存じます。ただ実際問題といたしまして外国人が任意に出頭して証言する場合は別ですが、そうでない場合に強制的に国政調査上の証言を徴するということ、これは先例を調べ、その他実際上の国際慣行を調べてみましたら、いずれの国におきましてもこれは異例中の異例と考えられる措置のように見受けられます。従つて国際法上の特権地位を持たない外国政府の一般職員の場合もそうでありますが、何ら公の地位を持つていない一般外国人の場合におきましても、その所属国の政府を通じて任意に出頭してもらうというような措置を講ずることが、国際礼譲上の見地から見ても妥当な措置だと考えられるわけであります。

田嶋好文自由党

○田嶋委員長 ただいま土屋外務省欧米局長より、さきの委員会において調査を依頼した件に関し報告がございましたが、これは御承知くださいますように松岡委員、猪俣委員より動議の提出がありまして、その動議は呼ぶべきであるという動議の提出がありまして、それに対する決定の方法、資料として今の調査をお願いいたしたわけであります。ただいまの説明によりますと、当委員会に呼ぶことは法律上はこれを許されるといたしましても、一般外国人の場合任意の出頭ということが国際慣例のようでございます。呼ぶべきであるという動議につきまして、皆さん方の御意見を拝聴いたしたいと思います。——発言がないようでございますが、委員長といたしましては、やはり今後国際慣例を守つて、われわれの独立を十分国際的に生かして行くためには、この場合他の方法をとる方が適当でないかというような考えを持ちますが、いかがでしようか。

猪俣浩三日本社会党(左)

○猪俣委員 われわれが呼ぶべきと決定いたしましても、向うが出て来なければ何もならぬ。またそれを出頭せしむるように日本の外務省がにらみをきかせることができるかというと、これもできないと考えられます。しからばできないことを決議いたしてもしかたがないと思いますから、委員長の説に賛成でありますが、われわれが証人として出頭願いたいと申したことは、わが法務委員会の国政調査に基く結論をして、公正妥当ならしめたいという念願以外に何ものもないのであります。そこでそれができない、証人として呼ぶことができないということに相なりますならば、それにかわるべき何らかの方法によつて、真実を発見したい。そこで当委員会から疑念と思うことを向うに聞きただして、そして進んでアメリカ側から回答を得たい。これは先般外務省から発表せられましたる向うの回答書を見ましても、この事件については極力協力したい、真実の発見に努力するということをアメリカ大使館でも誓われておるのでありますから、その趣旨を了といたしまして、われわれが疑問に思うところを委員会から質問をさしてもらいたい。これはもちろん外務省を通じて答弁を得るようにおとりはからい願いたい。あらためてそういうふうな動議に私どもかえたいと思います。

田嶋好文自由党

○田嶋委員長 ただいま猪俣委員から御発言がありました趣旨は、当委員会に外国人を証人として喚問するということの動議を取消すわけですね。

猪俣浩三日本社会党(左)

○猪俣委員 そうです。

田嶋好文自由党

○田嶋委員長 それでは動議を取消すということに御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

田嶋好文自由党

○田嶋委員長 御異議なしと認めます。それではそうはからいます。  重ねて猪俣委員から当委員会においてこれにかわる方法として、外務省を通じてアメリカ当局に質問をしたい。質問をすべきであるという動議が出ました。これは去る一月二十五日に、本件について外務省の提出いたしました質問書に対するアメリカ大使館の回答に接したのであります。しかしながら、この覚書によりましても、なお本委員会といたしましては不明の点が多々あります。従いまして本委員会といたしましては、その不明の点につきまして、外務省を通じてアメリカ大使館に再回答を要求したいというのが本動議の趣旨だと思います。今の動議に対しまして、さようとりはからうことに御異議ございませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

田嶋好文自由党

○田嶋委員長 それではただいま委員長の手元におきまして、質問書の原案を作成いたしました。これを小木専門員をして読み上げせしめます。     〔「省略」と呼ぶ者あり〕

田嶋好文自由党

○田嶋委員長 それではただいま省略してはという言葉がございましたので、お手元に配付いたしました委員長の手元において作成いたしました質問書、これを外務省に提出し、外務省を通じてアメリカ大使館に回答を求めることに御異議ございませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

田嶋好文自由党

○田嶋委員長 ではさようとりはからいをいたします。  なおこの際お諮りいたしておきますが、字句の訂正、内容の作成その他の手続に不備の点がございましたならば、委員長に御一任願いたいと思いますが、御異議ございませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

田嶋好文自由党

○田嶋委員長 御異議なしとしてさよう決定いたします。  なお、ただいま決定願いましたアメリカ大使館に対する外務省を通しての質問書の質問条項は、委員長の手元において作成いたしましたものを速記録に添付してとどめおくに御異議ございませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

田嶋好文自由党

○田嶋委員長 御異議なしと認めます。ではさようとりはからいます。

猪俣浩三日本社会党(左)

○猪俣委員 ちよつと欧米局長に質問したいのですが、アメリカ軍が日本を占領中、日本人の逮捕あるいは監禁については、日本政府に通告するというような趣旨を含みましたメモランダムが日本政府とアメリカ占領軍との間にとりかわされておつたやに私は承知しておるものですが、さようなことがありましたかどうか、もしあつたとすればいかなる内容のものでありましたかを御説明願いたいと存じます。

土屋隼外務事務官(欧米局長)

○土屋政府委員 ただいま占領軍が日本の国民を逮捕もしくは監禁した場合において、占領軍から日本政府へその事実についての調査を報告もしくは通報するという覚書があつたかどうか、その覚書があつたとすれば、その内容はどうかという御質問のようでございましたが、私どもの調べたところによりますと、当時占領軍からそうした覚書は、日本政府に一切来ておりません。ただ委員の方に私の方の本件についての関係事項を申し上げますと、逆に日本側が連合国人を拘禁した場合におきましてはこれを占領軍に報告しなければならないという覚書は、一九四六年、すなわち昭和二十一年二月十九日付の覚書をもつて日本政府に渡されております。この覚書はその後多少の変更を経ておりますが、そういつたいきさつはございました。しかし、御質問のような趣旨の覚書はございません。

猪俣浩三日本社会党(左)

○猪俣委員 そうすると、具体的に鹿地事件を考えてみましても、昨年の四月二十八日以前は、鹿地をアメリカ軍あるいは何らかの機関において逮捕留置したとしても、日本に通知する義務はなかつたという結論に相なりますかどうか。

土屋隼外務事務官(欧米局長)

○土屋政府委員 通知する義務はなかつたという結論に達します。

猪俣浩三日本社会党(左)

○猪俣委員 いま一点お尋ねしたいのでありますが、へーグにおいて締結された陸戦法規の四十四条には、占領軍が被占領国民をスパイなんかに使つてはならないという禁止の規定があると思いますが、外務省としてそれをお調べいただいたと思うのでありますが、その正確なる条文等を御説明願いたい。

土屋隼外務事務官(欧米局長)

○土屋政府委員 陸戦に関するへーグの条約は、今猪俣委員からお話がございましたように、戦争中、特に占領中における占領軍と被占領国との関係、あるいは被占領国人との関係を規定する項目が多々あるのでありますが、うち御質問の要点になると思われます項は、へーグ条約第四十四条の規定するところかと思います。これによりますと、占領軍は占領されている国の国人に対してその一方の——ということは、占領される日本です。日本の軍及び防禦手段につきまして情報を提供されることはないという項目がございます。ただいまちよつと手元に正確な条文を持ち合せませんが、もう一回正確な条文として私が記憶しているところを繰返しますと、占領軍は占領されている国の国人に対して強制により、その他の、つまり占領される国の軍及び防衛手段について情報を提供することをしてはならない、こう書いてございます。そこで今回の事件に関連いたしまして、この条項に該当するかどうかという問題がお答えしなければならない問題だと思いますが、私どもはこの条文が適用されるためには二つの条件が必要だと思います。一つは被占領国人が情報を提供するにあたつて強制せられたという事実、この事実がまず第一だと思います。第二には、提供した情報が日本の軍及び防衛手段に関するいわゆる軍事情報であるかということが要件をなすものだと思います。そこで今回の問題につきまして、この二つの要件を考えてみますと、まず第一にアメリカ側の説明によりますと、本件は強制せられたものではなく、本人の任意によつて情報を提供したものだというふうになるのであります。これは議論がございましようが、いずれにしても、この強制の事実を確認することがまず第一だと思います。第二には、提供した情報が軍事情報か、被占領国たる日本に関する情報でなければならないわけであります。ところが今回の場合は、自国である日本に対する情報ということよりも、第三国の情報であろと思われますので、この点から見て、本条項をそのまま適用するということは無理だと考えております。

猪俣浩三日本社会党(左)

○猪俣委員 先ほどちよつと順序は違いましたが、占領期間中日本人を逮捕、監禁しても日本政府に通告する義務が法的にないという御説明であります。そこでこれについて二つのことをもう一度お尋ねいたしますが、法的の義務がないけれども、国際慣例と申しますか、あるいは政治上の徳義と申しますか、占領軍といえどもその被占領国の国民を逮捕、監禁した場合には政府機関にこれを知らせるという慣例があるのではないか。  それから第二点は、鹿地以外の事件について、相当日本人が逮捕、監禁せられておりますが、それはこの慣例に従い、政治道義に基いて日本政府に通告せられておつたのではないか、この二つをお尋ねいたします。

土屋隼外務事務官(欧米局長)

○土屋政府委員 政治道徳もしくは慣例として日本側に通告するということになつていたかという、先ず第一の御質問にお答えいたしますと、これは法律論ではございませんから、いろいろの議論があり得ると思います。日本に関する占領につきましては、そうした政治道徳もしくは政治道義という考えに基くべき慣例というものは確立されていなかつたと考えられます。遺憾ながら占領というのは、現実に力の問題と考えなければならないわけで、その点からそうした慣例が遺憾ながらなかつたというのが事実であります。  第二に鹿地事件以外の事件についていろいろな事件もあつた思われるが、報告がなかつたかという御質問でありますが、私どもが外務省といたしまして終戦連絡事務局を通じまして、司令部との折衝に当つたのでありますが、この終戦連絡事務局を通ずるということは、ある意味では日本政府に対する口頭であろうが、何であろうが、正式の通告になるわけであります。そういう見地から正式の通告はなかつたというのが事実でございます。

田嶋好文自由党

○田嶋委員長 ちよつとそれに関連して委員長からお尋ねいたしますが、占領中、占領軍が被占領国内に居住する人民を捕える場合、法的手続をとらなくして捕えたような場合の責任というものは、どういうようにして追究されるのか。占領中は占領している国に住む人を切捨てごめんで、そのまま手放しで行くことが許されているのか。この点をお尋ねいたしたい。

土屋隼外務事務官(欧米局長)

○土屋政府委員 ただいまの点は法律上では、性格に調べますと、いろいろの点に触れて参りますので、私から正式に国際法上、あるいは国際慣行上こうだという断定を下すことはできませんから、お許しをいただきたいと思います。ただ今の御質問に対しまして私どもが考えておりますところを申し上げますと、日本はポツダム宣言を受諾するという降伏文書によりまして、占領の大綱を承諾してあるわけであります。この占領の大綱といいますと、一応日本人と占領軍との関係、あるいは日本政府と占領軍との関係というものを大綱から規定してあります。この規定はここで読み上げるまでもないのですが、大幅に日本側のあらゆる権利というものを制限されているわけであります。その点を離れまして国際法上の慣例から申しますと、占領軍は被占領国の立法、司法、行政についての従来のあらゆる法律関係をできるだけ尊重するという一般的な原則がございますが、被占領国のそういつた公権などに対して制限を加えたものに対して、それを占領軍として行使してはならない、つまり占領軍の権力を行使してはいけないという禁止規定はないと思います。従つて日本国におきまして法的もしくは事実上日本の国民、あるいはその他の者を逮捕もしくは監禁するという場合につきましても、占領軍として法的に国際法上禁止されている規定、というものはないと思います。

田嶋好文自由党

○田嶋委員長 そこでもう一度重ねてお尋ねいたしますが、占領軍が被占領国の国民を逮捕する場合、占領軍の法規によらずして逮捕した場合の責任はどこがとるのか、どういうようにして被占領国の国民はこれを追究するのか、この点をお尋ねいたします。

土屋隼外務事務官(欧米局長)

○土屋政府委員 被占領国の国民が占領中における占領軍の越権行為に対して追究できるかという問題は、かかつて講和条約の条項によります。講和条約の条項において被占領中における占領軍の越権行為に対して救済の方法を規定している場合においては、その規定に従います。今回の対日講和条約におきましては、占領中のそうした場面において、日本はその権利を放棄しておりますから、従つて今回の問題につきましては、占領軍の占領中における法的な越権行為に対して救済の手段が、ございません。

猪俣浩三日本社会党(左)

○猪俣委員 国警長官にお尋ねしたいと思います。ただその前に、私がなぜ  この質問をしつこくするかということにつきまして御了解を得ませんと、いかにも私が執拗な人物のように思われ  て遺憾でありますので、ちよつと弁解させていただきたいのですが、実は鹿地亘及び山田善三郎という両人は、私のうちに二週間滞在をいたしておりました。これは、彼の非常に孤独なあわれな姿に同情いたします点がありますけれども、私は極力親切にして、彼の良心に訴えて事の真実を聞きたいという熱意の余りでありまして、徹底的に親切にしてやりまして、十二月二十四日の午後帰宅したのでありますが、その前日の二十三日に、すべての人払いをいたしまして、私は鹿地と二人でこたつの中に入りまして、懇談をいたしました。そうして、ほんとうのことをぼくに打明けてくれろと、私の疑点と思うことを数々鹿地に浴びせました。しかるに彼は、自分はまつたく三橋なる者を知らない、スパイなどやつたことは絶対ない、これはアメリカのトリツクであるということを私に言つた。そこで私は、現在鹿地を白と考えているのでありますが、国警方面においては、有力なる物的証拠があると称し、鹿地が三橋に渡しましたるはがきがある、三橋は、鹿地なる名前は、本件が発覚して新聞に出るまで知らなかつたと言つておりますが、鹿地は三橋の住所、姓名を知つておつたということに相なりまして、それに連絡のはがきを出しておる。しかもそれは鹿地の名前じやない、偽名である、こういうことでありまして、鹿地は、実にけげんにたえない、私は絶対そんなことがないから、これは何か今にボロが出るに違いありません、ということを私に極言いたしました。しかるに二、三日前の新聞を見ますると、その絶対唯一の証拠と称しまする鹿地から三橋に渡したというはがきが紛失したということが書いてある。私はこれに対しはなはだ疑義を持ちます。公判が本月の七日である。検察庁からその証拠書類を国警は要求せられたに違いない。そこになつて来てから、実ははがきは紛失した。私どもは疑義に思う。鹿地の、これは必ず今にボロが出ると言つたことが現われて来たのじやないか、と私は思うのであります。国警長官にお尋ねいたしますが、一体さようなはがきが真実に存在したのであるかどうか、それをお答え願いたい。

斎藤昇国家地方警察本部長官

○斎藤(昇)政府委員 国警の捜査官が、捜査の途中におきまして重要な証拠物件を紛失いたしましたことは、まことに申訳ない次第だと考えているのであります。ただいまさようなはがきが現実に存在したのかというお尋ねでございます。私の方のただいまの取調べといたしましては、はがきの存在しておりましたことはまつたくの事実でございます。これを写真にとりまして、ただいま筆跡鑑定中でございます。従いまして、写真の原板もまた写真もあるわけでございます。現物は紛失いたしましたが、しかし紛失いたす前に検事にもこれは見せております。また三橋にも確認をさせて調書にもとつてあります。その後に紛失いたしましたので、写真の原板及び写真は依然証拠になるものと考えて、これは公判に提出をいたす考えでおるのであります。従いまして、このはがきというものは、さように私は偽造のできるものとは考えておりません。

猪俣浩三日本社会党(左)

○猪俣委員 しからばその鹿地から三橋に渡したはがきというものは、国警が三橋の家宅捜査でもして現われて来たものであるか、鹿地のいわゆる自白調書なるものと同じように、何らかの機関からそれが渡されたものであるか、それをお答え願いたい。

斎藤昇国家地方警察本部長官

○斎藤(昇)政府委員 私は、三橋事件を調査いたしておりまする段階におきまして、アメリカ側の機関において持つておられる証拠あるいは資料等について、さしつかえのないものはできるだけ提出してもらいたいということを依頼いたしました。それに応じまして提出せられた資料の一つでございます。

猪俣浩三日本社会党(左)

○猪俣委員 アメリカ側から提出せられたものといたしますならば、もうそれで事案ははなはだ明白になつたと思う。もう自白調書なるものが出ているのですから、そんなはがきは幾らも出されているはずである。まあ国警が家宅捜索でもした結果出たと私は思つたのですが、やはり鹿地が言うがごとく、さような虚構な事実だと思われるのであります。アメリカ側から出たということは今はつきりいたしました。その筆跡の鑑定はもう相当長い間かかつているはずであり、公判もこの七日に来るのでありますから、筆跡の鑑定はなされたと思いますが、鹿地の真筆でありやいなや、その結果をお聞かせ願いたい。

斎藤昇国家地方警察本部長官

○斎藤(昇)政府委員 ただいま鑑定中でございまするので、最後的な結論を申し上げることはできないと思います。今まだ公判前でありますが、ただいま鑑定中であるということで御了承を得たいと思います。ただ私の方としましては、資料として公判に提出するという考えを持つておりますることによりまして、われわれがこの真実性をどのように考えているかということを御判断いただきたいと思います。やがては公判で明瞭になると思います。

田嶋好文自由党

○田嶋委員長 他に御質疑はありませんか。古屋貞雄君。

古屋貞雄日本社会党(左)

○古屋委員 長官にお尋ねしたいのですが、その今のはがきのなくなりましたのは、検察庁へあなたの方から立件して記録を送つた後でしようか、その前でしようか。

斎藤昇国家地方警察本部長官

○斎藤(昇)政府委員 紛失は立件送致の後でございます。

古屋貞雄日本社会党(左)

○古屋委員 そうしますと、私は非常にふしぎに思うのでございますが、立件をいたしましたときにそういうような証拠がございましたならば、三橋の調書とともに、必ず証拠として検察庁へただいまのはがきをともに送検しなければならない、その手続をとることが普通の手続だと思つておりまするが、何ゆえにそれを立件し、記録を検察庁に送つたあとに国警に保存しておつたか、その理由はどこにあるか。

斎藤昇国家地方警察本部長官

○斎藤(昇)政府委員 検察庁に一応事件を引継ぎと申しまするか、送検をいたしましても、なお警察側において調べる場合もあるのであります。いろいろ調書あるいはその他の証拠というものは、公判開始前までに追送するという慣例になつておるのであります。この点につきましては、法務省の刑事局長もおられますから、そういう刑事法上の手続につきましては、法務省から御答弁願う方が正確であろうと思います。さような習慣に従つてやつておる次第でございます。

古屋貞雄日本社会党(左)

○古屋委員 ただいまのようなことは納得が行かないのですが、証拠が記録と一緒に検察庁に送られなければ、検察庁では明確な捜査ができない、従つて起訴、不起訴の決定ができないと思うのですが、さような慣例に普通なつておるのでしようか。私どもは普通にはなつていないと確信をいたしておるのですが。

岡原昌男検事(刑事局長)

○岡原政府委員 かわりまして私から答弁しますが、事件の送致あるいは引継ぎの際には、それまでにできました調書類あるいはそれまでに収集されました証拠品類等をまとめて送るのが大体原則でございます。ただしこれにはいろいろ例外がございまして、たとえば捜査のいろいろな段階で、これはいましばらくこちらに置いた方がいいというものは一件記録といたしましては、いわゆる証拠品として警察署保管という形で送るという場合もございますし、それから警察署に保管したまま送致記録の中には入れないという手続の場合もございます。それでもしさような記録の中にそれがない場合には、国警長官が今お話になりました通り、追送という形で後日証拠品が送られて来るわけでございます。訴訟記録一般につきましても同じような手続になるわけでございます。

古屋貞雄日本社会党(左)

○古屋委員 そこで先刻猪俣委員からお尋ねしたような疑問があるのですが、そうしますると、そうした重要な証拠物件を——新聞で拝見いたしますると、一係警部が自分のカバンに入れて持ち歩いておつた。そして紛失したというようなことを新聞で承つたのですが、さような取扱いを国警では慣例としておやりになつておるかどうか。

斎藤昇国家地方警察本部長官

○斎藤(昇)政府委員 当日主任捜査官が、八王子地区署におりまする三橋被疑者に、これをさらに確認をさせるために持つて参りました。そこで三橋にこれを見せて確認をさせ、土曜日でありましたので、そのまま家へ帰つてさらに調書を完成をする必要がありましたので、日曜日に在宅のまま調書を完成したいというので、資料を持ち帰つたのであります。非常に大事な資料ではありまするが、公判を控えておりまする前でありまするので、事情やむを得なかつたものと考えております。だが紛失についての責任は、私の方としましては十分にたださなければならない。紛失の状況その他原因をさらにつきとめ、またその責任は十分たださなければならないと、かように考えております。

古屋貞雄日本社会党(左)

○古屋委員 そういたしますると、その日に三橋からとりました調書とともに紛失したのでございましようか。それとも調書と証拠物件は別個に保管する方法で持ち歩いたのか。まことにわれわれはその点が疑問なんです。必ず調書と証拠物件は同一な保管処置をすべきが原則でございますが、その点一はいかがでございましようか。調書と証拠物件を別々に保管の方法を講じた事実があつたかどうか。そうして紛失したのかどうか。

斎藤昇国家地方警察本部長官

○斎藤(昇)政府委員 調書もカバンの中に一緒に入れておつたようであります。だがはがきは別になつておりまして、非常にすべりやすい封筒といいますか、袋の中に、それだけ切り離して入れてありましたので、あるいはカバンを途中であける際に、それがすべり落ちたのではないだろうか、この点はただいま追究しておる点でございます。

猪俣浩三日本社会党(左)

○猪俣委員 私どもは、そんなものはトリツクだと思うから、あまり追究しないのですが、真実そんなはがきがあつて紛失したとすると実に重大問題だと思うのです。ほんとうの有罪無罪を決定すべき重大な証拠物件、これがすべりがいいのですべつて落ちたろうというような御答弁には納得できない。そこでこれは検察庁にお聞きしますが、起訴された以上は、すべての捜査の指揮権は検察庁に移る。証拠物の保管その他のことも、検察庁の指揮命令によつて、あるいは警察が保管する場合もありましようけれども、その第一の責任者は検事でなければならぬと考えられるのでありますが、これに対して岡原局長の御意見を承りたい。

岡原昌男検事(刑事局長)

○岡原政府委員 ただいま猪俣さんのお言葉のうち、起訴されたならばというのは、送致されたならばという意味だと存じますが、さようでございますね。

猪俣浩三日本社会党(左)

○猪俣委員 いやいや。

岡原昌男検事(刑事局長)

○岡原政府委員 ちよつと今、起訴されたならば検察庁にそれが全部移るというお話でしたが、送致されたならば全部移るという意味でございますね。

猪俣浩三日本社会党(左)

○猪俣委員 そうです。

岡原昌男検事(刑事局長)

○岡原政府委員 先ほどもお話いたしました通り、原則として記録、証拠物等は、その段階によつて完成したものはすべてこれを検察庁が引継ぐなり送致を受けるということに取扱い上もなつております。ただ実際の問題として、まだ整理が不十分であるとか、持運びが非常に困難であるもの等、それから捜査の都合上、その一部を原送致庁において保管するのが適当であるというふうなものにつきましては、これを原庁においてしばらく持つておるという取扱いの実例があるわけでございます。そこで実は今度の事件について検察庁に聞いてみましたが、まだこまかいその落した以後の状況を聞いておりませんので、確実なことは申し上げかねますが、その書類なり証拠物に対する検察庁の責任というものは、現実にそのものが移つたあと、初めてこれに移つて行くというふうに考えるのが妥当ではないだろうか、換言いたしますれば、記録、証拠物等を一旦検事が手にいたしまして、それでさらにこれを警察の方に貸し下げたということになるのやらならぬのやら、実はそこまで調べておりませんので、それによつて結論が若干違つて来るのじやないか、かように考えております。

猪俣浩三日本社会党(左)

○猪俣委員 今の局長の答弁は、どうもいつもの頭のさえた答弁と違つて、さつぱりわからぬ。もう少しそこを御研究になつて、今ただちにでなくてもいいと思います。抽象論ではわからぬかもしれぬが、鹿地事件、本件の場合に限りまして、責任の所在がどこにあるのか聞きたい。近来日本の政治体制は綱紀弛緩いたしまして、責任の所在がぼやかされている。責任の所在がどこにあるのであるか。そういう大切なる人権に関する重大問題であります。こういう重大問題の黒白を決すべき証拠物の保管の責任がどこにあるのか。すでにこれだけの大事件に発展し、検事は起訴をいたし、裁判にかからんとしている際に、警察官が持つて歩いて落しましたというようなことは、実に奇怪なことだと思う。もしさようなことがありましたならば、その際の詳細なる責任の所在を次会までに明らかにして、当委員会に御報告願いたいと思います。

古屋貞雄日本社会党(左)

○古屋委員 これは検察庁と国警長官にお尋ねしたいのですが、紛失いたしました時日、並びに国警長官が紛失した事実の報告を受け、あるいは承知した時日、同様に検察庁が本件の大事な証拠を紛失したという事実をいつどういう方法で承知したか、その時日を御報告願いたい。

斎藤昇国家地方警察本部長官

○斎藤(昇)政府委員 紛失いたしましたのは一月十七日の夕刻ころではないかと推定をされます。ただちに国警の東京都の隊長がその報告を受けております。私はかぜをひいて日曜日から休んでおりましたので、この報告は二十日に受けました。その間に東京都の国警本部におきましては、この捜査あるいは紛失の状況というものを一生懸命やつておつたのであります。今日もなおこの発見に努力をいたしておりまするが、まだ発見に至つていないのであります。

岡原昌男検事(刑事局長)

○岡原政府委員 検察庁につきましてその点を聞いてみましたところが、十九日にその事実の報告を受けたということになつております。

古屋貞雄日本社会党(左)

○古屋委員 そこでお尋ねしたいのですが、国警長官におきましては、この前の委員会で私が承知しておりますのは、鹿地を被疑者として考えておらないというように承つているのですが、そうしますると、三橋の提出しましたそのはがきは、鹿地の被疑事件にお使いになるために国警長官において保存しておつたのか。それとも三橋の捜査をさらに裏づけるためにこれを利用すべく保存しておつたのか。その保存の目的はいずれにあるかを御答弁願いたい。

斎藤昇国家地方警察本部長官

○斎藤(昇)政府委員 これは私の手元において保存いたしておつたのではありません。第一線の捜査当局にすでに保管がえをいたしておつたのでありまするが、この物件は三橋の自供が物的に証拠立てられるかどうかという証拠になるのが一つ。もし鹿地氏を被疑者として呼ぶというように検察の方針がきまれば、その際にはやはりその証拠になる、かように警察当局では考えておるのであります。

古屋貞雄日本社会党(左)

○古屋委員 どうもその点が私ども納得が行かないのです。検察庁で鹿地を被疑者として取調べをする場合にはこれを使いたい、こういう御説明が今ございましたが、それといたしまするならば、検察庁にその証拠が送致されましても、何時でも検察庁からさしず、指揮を受けてその証拠によつて捜査ができるはずなんだ。なお三橋については、すでに記録とともに証拠が検察庁へ移つておりまするから、むしろ検察庁がこれは取調べをすべきものであると私どもは承知をいたす。あるいは検察庁がみずから取調べをするのを、国警に指揮命令して取調べをさせるということはあり得ると思いますけれども、独立して国警に三橋をお調べ願うという筋はないと思うのですが、この点はどういう事情になつておるのでしようか。

斎藤昇国家地方警察本部長官

○斎藤(昇)政府委員 送致後の取調べは、警察が独立をしてやつておりますのか、あるいは検事の指示のもとにやつておりますのか、私は法的関係をはつきりと確かめてはおりません。実際上緊密に連絡をし、相談の上やつていたということは、事実関係として私は知つておりますが、その場合にはつきりこれは検察の指示だということでやつておりますか、あるいはそういうことなしにやつておりますか、この点はまだ調査いたしておりません。

古屋貞雄日本社会党(左)

○古屋委員 もう一つ、鹿地事件に対する私の質問はどういうお答えになるでしようか。検察庁が鹿地を被疑者として取調べをするようになる場合があるかもしれないから保管しておつたという御答弁がありましたが、その点を明確に御答弁願いたいと思う。なお私どもは、猪俣委員が申し上げたように、はがきそのものが紛失しておる。しかも非常に重要な証拠でありながら、軽率に警部がほかの書類をカバンから出すと同時に落したんだろうというような推測をされておるのですが、これは重要問題でありまして、われわれはこの点を明確にいたしておきたいと思いまするが、その点の明確な御答弁をしていただきたいのです。

斎藤昇国家地方警察本部長官

○斎藤(昇)政府委員 その場合に落したのだろうとまだ断定しておるのではありませんで、そういう場合が一つ考えられる。一応カバンをあけたという事実が一つあるわけでありますが、そのほかに途中であるいはすられたかなんかしたか。これらの点はさらにただいまも追究中でありますので、紛失に至つた原因はまだ捜査中でございます。  もう一つのお尋ねは、鹿地氏が被疑者として取調べられるという場合には、その資料にもなり、その証拠品にもなる、かように申し上げたのであります。現在は三橋を送検し、三橋が起訴されておりますので、ただいまの段階におきましては、三橋の自供しております事柄の裏づけの一端として、こう言つておることもこういう証拠で立証できるという立証の一端であります。三橋自身の証拠物件といたしましては、さような立証に役立つものだと考えております。

古屋貞雄日本社会党(左)

○古屋委員 これは検察庁にお尋ねしたいのですが、三橋が起訴されました日時はいつでございましようか。

岡原昌男検事(刑事局長)

○岡原政府委員 昨年の十二月二十九日と承知しております。

古屋貞雄日本社会党(左)

○古屋委員 そういたしますと、三橋が起訴されて、その事件が裁判にまわつた後に、国警ではさらに裏づけの捜査をし、三橋を調べるということが一体あり得るのでしようか。国警長官にお尋ねいたします。

斎藤昇国家地方警察本部長官

○斎藤(昇)政府委員 検事と連絡の上、あるいは指示を受け、あるいは事実上相談の上、公判の始まるまではさらに必要と思う記録の管理、あるいは証拠の裏づけということは、今いたしておるのでございます。

古屋貞雄日本社会党(左)

○古屋委員 どうも私はその点が納得が行かないのですが、起訴されてしまつて後に、事件が裁判に移されてから後に、直接被疑者のところへ、国警がその事件の裏づけで捜査に行くということが一体ありましようか。私どもは何十年弁護士をやつていますが、いまだかつてありません。その点が私は納得がいかないのです。裁判所に事件があるのに直接警察が被疑者のところにその事件の捜査に行くということは、われわれ弁護士としても——私の未熟かもしれませんが、いまだかつて経験がない。どういう必要があつて起訴後にさような捜査をしたか。またそういう事実があるかどうか。

斎藤昇国家地方警察本部長官

○斎藤(昇)政府委員 勾留中の被疑者に対しまていろいろと証拠固めをするということは、現実に他の事件においてもやつておるのが実情でございます。

古屋貞雄日本社会党(左)

○古屋委員 それは裁判所の方の御了解を得ておやりになつたのでしようか。了解を得ずに、かつてに国警がその勾留中の被疑者に面接し、捜査をするというようなことは私どもはあり得ないと思います。裁判所の許可を受けたかどうか。

岡原昌男検事(刑事局長)

○岡原政府委員 実際の問題としてどうなつているか、実はそこまでこまかい用意はして参りませんでしたが、概括的に申しまして、さような場合もできるという従来の取扱いでございます。

古屋貞雄日本社会党(左)

○古屋委員 私承つておりますのは、その係の裁判長の了解か許可を受けてやつたかどうかという事実だけを承りたい。

斎藤昇国家地方警察本部長官

○斎藤(昇)政府委員 その点は私は報告を受けておりません。後刻調査をいたしましてお答えをいたします。

古屋貞雄日本社会党(左)

○古屋委員 その点は重要でございますから、次回の当委員会に国警長官の御報告を願うということで私の質問を終ります。

田嶋好文自由党

○田嶋委員長 木下郁君。

木下郁日本社会党(右)

○木下(郁)委員 国警長官に一、二点お伺いいたします。問題のはがき、それからほかの書類をアメリカの係の人から受取つた。それは好意的に受取つたのでしようか、何か法律的な根拠があつて提出を求めて、向うがその義務を履行したわけでありましようか。

斎藤昇国家地方警察本部長官

○斎藤(昇)政府委員 法律的な手続はございません。法律的にこちらから要求すれば資料を出さなければならないという、そういう手続によつたものではございません。

木下郁日本社会党(右)

○木下(郁)委員 それではその書類は、国警長官としてあなたがアメリカの係の機関から預かつておいでになる書類ですか。

斎藤昇国家地方警察本部長官

○斎藤(昇)政府委員 預かるというよりは、警察側に渡してしまつたということだと私は了解いたしております。

木下郁日本社会党(右)

○木下(郁)委員 それではそれをあなたが面接じやないにしても、あなたがアメリカの好意による書類をお受取りになつて、それを紛失したのでありますから、その点についてはアメリカの方にとりあえず御報告をなさつておりますか。

斎藤昇国家地方警察本部長官

○斎藤(昇)政府委員 私は受取つたという受取書を向うへ出しております。従つて受取つたものはこちらのものでありますけれども、それが紛失をしたわけでありますから、その旨を私は報告をいたしました。

木下郁日本社会党(右)

○木下(郁)委員 受取つたんだから自分のものだ、所有権が移つたという御解釈ですか。

斎藤昇国家地方警察本部長官

○斎藤(昇)政府委員 所有権の関係はさように考えております。しかしそういう関係でありますから、その事実の報告はいたしております。

木下郁日本社会党(右)

○木下(郁)委員 所有権が移るというが、これは証拠物なんですけれども、それはもともと鹿地が言う通りのものだとすれば、鹿地から三橋に出して、三橋のところの家宅捜索か何かで、アメリカの占領軍の逮捕のときに手に入れたものと思う。そうしますと、それは証拠書類としては、アメリカのものでもなく、やはり三橋のものなんだ。そういう意味についての御考慮はお払いになりませんでしたか。

斎藤昇国家地方警察本部長官

○斎藤(昇)政府委員 ただいまも申し上げましたように、所有権といいますと非常にむずかしくなつて参りますが、事実はただいまおつしやいましたように、三橋が受取つたはがきで、それをアメリカ側に任意提出してあつた、それを私が向う側から領置をした、そして私が捜査当局に領置がえをした、こういう形であります。

木下郁日本社会党(右)

○木下(郁)委員 アメリカの方にその紛失のてんまつを報告されたのはいつでありますか。

斎藤昇国家地方警察本部長官

○斎藤(昇)政府委員 私はしよつちゆう行くわけには参りませんので、正確な日はただいま覚えておりませんが、数日前でございます。

木下郁日本社会党(右)

○木下(郁)委員 アメリカの方にもこの事件の捜査については協力を求め、また委員会からも外務省を通じていろいろ質問もするようにしておる。さような場合にこういう申訳のないことをしでかしたのでは、われわれとしましてもアメリカの方に協力を求める態度の上に非常にマイナスを受けるわけであります。さような次第で、どうか今後も、あの手記も失つてしまつた、写真だけ残つておるというようなことのないように、またアメリカに報告するにしても、委員会なんかにもそういうことは虚心に話していただきたい。これは何でもない証拠なんです。もうずつと以前に、それを失う前に、暮れにわれわれの委員会の方に出してお見せになつておけば、この問題にしたところで、これほどやつかいな問題にならなくて済むと思う。ただあなた方の手の中だけにあつて、そしてそれは写真をとつてある。写真をとるくらいに大事なものなら、もつと取扱いを慎重にしていただかなければならぬ。これは今後については十分気をつけていただかなければならぬと思う。なおこの問題に対する対外的の意味もありますし、事件の性質からいつても、また先ほど猪俣委員から言われましたように、綱紀を粛正するという意味においても、最高の責任者のところまで責任を追究して行くということにしなければならぬと思いますが、それはまた別の問題でありますから、きようはくどくどしく申し上げません。今後手記とか自供調書とかいうものを失いましたということのないように十分御注意を願いたい。

田嶋好文自由党

○田嶋委員長 他に発言はございませんか。——他に発言がなければ、次会は公報をもつてお知らせすることとし、本日の委員会はこれにて散会いたします。     午後三時五十一分散会

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