行政監察特別委員会 第9号
- 発言数
- 417 件
- 登壇者
- 5 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1953/03/03
会議録
○内藤委員長 会議を開きます。 前会に引続き接収解除貴金属及びダイヤモンド関係事件について調査を進めます。ただちに証人より証言を求むることにいたしますがただいまお見えになつておられる方は福田廉三さんですな。
○福田証人 そうです。
○内藤委員長 この際証人に一言申し上げます。昭和二十二年法律第二百二十五号、議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律によりまして、証人に証言を求める場合には、その前に宣誓をさせなければならないことと相なつております。宣誓または証言を拒むことのできるのは、証言が、証人または証人の配偶者、四親等内の血族もしくは三親等内の姻族または証人とこれらの親族関係のあつた者、及び証人の後見人または証人の後見を受ける者の刑事上の訴追または処罰を招くおそれのある事項に関するとき、またはこれらの者の恥辱に帰すべき事項に関するとき、及び医師、歯科医師、薬剤師、薬種商、産婆、弁護士、弁理士、弁護人、公証人、宗教または祷祀の職にある者またはこれらの職にあつた者が、その職務上知つた事実であつて黙秘すべきものについて尋問を受けたときに限られておりまして、それ且外には証言を拒むことはできないことになつております。しかして、証人が正当の理由がなくて宣誓または証言を拒んだときは、一年以下の禁錮または一万円以下の罰金に処せられ、かつ宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の懲役に処せられることとなつておるのであります。一応このことを御承知になつておいていただきたいと思います。 では、法律の定めるところによりまして、証人に宣誓を求めます。御起立を願います。 宣誓書の御朗読を願います。 〔証人福田廉三君朗読〕 宣誓書 良心に従つて、真実を述べ、何事 もかくさず、また何事もつけ加えな いことを誓います。
○内藤委員長 それでは宣誓書に署名捺印してください。 〔証人宣誓書に署名捺印〕
○内藤委員長 これより証言を求めることになりますが、証言は証言を求められた範囲を越えないこと、また御発言の際には、その都度委員長の許可を得てなされるようお願いいたします。なお、こちらから質問をしておるときはおかけになつていてよろしゆうございますが、お答えの際は御起立を願います。 福田廉三君は、松屋にあつた交易営団の雑貨部長等をやつておられたようですが、あなたの経歴を簡単にひとつお述べ願います。
○福田証人 私は、大正二年に当時の東京高等商業学校を出まして、すぐに当時の三井物産に入社いたしまして、爾来昭和十六年までと記憶しますが、大体満州に約五年、それからアメリカに約十二年、それからオーストラリアに約六年おりまして、それから本店に帰りましたのが昭和十三年と記憶しておりますが……。委員長ちよつとメモを見ていいですか。
○内藤委員長 よろしい。
○福田証人 昭和十三年に帰朝いたしまして本店にもどりました。それから十六年に東亜輸出入組合連合会、これは貿易統制最初の段階の団体でございますが、その常務理事になりまして、三井物産をやめまして、それから十七年に貿易統制会の理事として入りました。さらに十八年に交易営団の理事として営団に参加いたしました。越えて終戦後二十二年の二月に営団が閉鎖になりましたが、総司令官命令によりまして営団に残されまして、二十三年の五月に営団を退職いたしました。爾来日本皮革製品貿易株式会社というごく小規模な貿易をやつております。それで現在に至つております。
○内藤委員長 交易営団にお入りになつておられた時分の地位、並びにその職務の内容等について簡単にお述べ願いたい。
○福田証人 お答えをいたします。交易営団では理事といたしまして雑貨部を担当いたしておりました。その仕事は他の各部に属しておらぬものー当時おもなる部といたしましては繊維、農水産、鉱産、鉄鋼、大体そういうものがございました。その各部で扱わないものを雑貨と総称いたしました。おもなるものはダイヤモンド以外に、陶磁器、ゴム製品、セルロイド関係、それから化粧品関係、そういうものがおもなるものでありました。
○内藤委員長 雑貨部長は、ダイヤの買上げにつきましては、営団の中心的な立場であつたと思われますが、当初軍需省より交渉のあつたいきさつから、ダイヤの買上げ、その状況及びこれが運搬、保管、あるいは工具作成に配給等の仕事もおやりになつたようですね。その経過をお述べ願いたいと思います。
○福田証人 ダイヤモンドの買上げにつきましては、かなり前から当局ではいろいろと準備を進められおりまして、その結果、多分十九年の八月、暑いころでした、買上げ要綱というものが出まして、それに従つていろいろの組織をつくつたのであります。当時私の担当いたしておりました雑貨部と申しますのは、八つの課が部内にございました。そのうち物資を取扱つておりましたのが五つございました。そのほかは運輸保管、会計、総務という一般的なものがございました。その五つございました課の中で、当時雑貨部第一課という課がこの買上げを主管いたしておりました。それから次長が私の下に二人おりました。その一人がダイヤの方を監督する、こういうことにいたしました。それで最も苦心いたしましたのは、営団の当事者といたしまして総裁以下いずれも、ダイヤモンドというものは指輪になつておるとか、そういう完成した装身具という形のみを知つておりまして全然知識を持つておりません。それと、それからどのくらいの量が供出されるものであろうかということがわからなかつたのであります。私の記憶によりますと、当時専門家の間では大体二万カラットくらいが出れば好成績じやなかろうか、こういうような予想であつたのですが、それにいたしましても、これは非常にやつかいな仕事である、一粒々々が相当高価なものであるということと、それから、当時におきましては、実は一カラット以下の小さな石というような頭を持つておらなかつたのでありまして、ダイヤモンドというのは普通指輪になつているものとか、大きいものというような考え方をいたしておつたのであります。そこでいろいろ研究いたしました結果、当時営団の本部は銀座の松屋にございました。多分その七階であつたと記憶いたしますが、そこの総裁室に充てておりました部屋をあけましてこれは大小二つの部屋で全然別になつておりましたが、そこに鑑定室というものを設けまして、保管は最も安全なところということで、当時の三菱と三井信託、これの地下の保護預かりに入れるということにいたしまして、それから次には、買上げを依頼いたします各百貨店、これの施設をどうするか、これも各百貨店の非常な御尽力で、できるだけ、売りに来られる方にめんどうをかけないで、最も手早く処理できるようにというようなことを考えたのであります。それから買上げに入つて参りました。ところが、買上げを始めますと、案外に供出者が多くて、各百貨店ともに非常な混雑をいたしました。当時たしか軍需大臣が藤原さんだつたと記憶いたしておりますが、私は二度ほどお小言をちようだいいたしたのであります。もつと手ぎわよく早く仕事をしろ、こういうことであつたのでありますが、とにかく非常な人気であつたのであります。 そこで、百貨店におきましては、当時各階に便利な買上所というものをつくりまして、お客様と直接折衝をいたしますのは、大体金属関係の番頭さんたちが当つたのであります。そこで、客から出されるものを目の前で鑑定をいたしまして、値段をきめてお客様の承認を得てこれは現金でお支払いをして買い取つたのであります。御承知の通り、ダイヤの買上げはどこまでも法律の力によつたものではございませんので、自由供出の建前をかたくとつたのであります。そこで百貨店では、買上げごとに紙の袋に包んで入れまして、それに百貨店の鑑定書というものをつけて、これは各鑑定人の判を押しまして、これを営団に持つて来たのであります。営団ではこれを一々鑑定室にまわすということをやりませんで、いろいろの場合があつたのでありまするが、大体多くの場合、これを先ほど申しました信託の保護預かりに入れました。そうして鑑定室ーこれは鑑定人の出席率その他で、鑑定室の能率が非常に違うのでありましたが、ともかくも、鑑定室の一日分は大体このくらいという量を鑑定室にまわしたのであります。五日分あるいは三日分の場合もあつたかもしれません。あるいは一週間分というような場合もあつたかもしれません。各百貨店別にいたしまして、これを鑑定室に出す。鑑定室ではこれを初めてあけるのであります。あけて再鑑定をやりまして、その一日分の終了いたしましたものを各百貨店別に整理をいたしまして、これを包んで袋に入れまして、それに鑑定室の鑑定番というものをつけまして、そうして初めて鑑定室から第一課の方にまわして参ります。大体その鑑定書というものはコピーをつくつておりまして、そこで第一課はその一つのコピーをとつてこれを運輸保管課にまわす、運輸保管課はこれを銀行の保護預かりに返す、こういうふうに仕事をいたしておつたのであります。 さらに、交易営団といたしまして、仕事は常に三本建の整理をしておつたのであります。それは、業務の面と経理の面とそれから保管、これを運輸保管部と言つておりましたが、その三本建でやつておつたのであります。そこで、保管の責任は運輸保管部長がとる、金銭の支払いその他は経理部長がこれをやる、買上げその他の実務は各部がこれに当る、こういう仕組みになつておつたのであります。それで、今申し上げたような形でやつておつたのでありますが、だんだん戦局がひどくなつて参りまして、多分昭和二十年、降伏の年の三月十日に東京に第一回の大きな空襲があつたと記憶いたしておりますが、その前に一回、有楽町から築地一帯にかけて銀座の中心が爆撃されたことがあります。営団は、そのときは被害を受けませんでしたが、その三月十日東京に大きな爆撃があつて、たしか本所、深川方面で非常な被害があつたのでありますが、その前後から軍需省指定鑑定人がだんだん疎開を始める、それから営団に出て来ることが非常に困難になる、また鑑定中に警報が出るというようなことになつて参りまして、さらに、大体の買い上げたものの量から申しまして、かなりの部分はもう三月くらいまでに鑑定が済んでおつたのでありますが、まだ一部のものが残つておりましたが、これをとても松屋の鑑定室でやつておれぬということからいたしまして、当時桐生に営団の出張所がございました。私は行つたことがないのでありますが、これは三階建か四階建の鉄筋コンクリートの建物でありまして、ここの三階に一つ臨時の鑑定室をつくりまして、それから、多分当時の三菱銀行であつたか、安田銀行でありましたかの支店が桐生にございまして、ここに保護預かりがございましたので、ここに預けることにいたしまして、そうして少量ずつを東京から桐生に持つて行つて、鑑定の済んだものをまた持つて帰る、こういうことを大体八月くらいまでやりました。これはいろいろ途中に困難があつたり、列車が機銃掃射を受けたりするようなことがありましたが、当時の下谷署の協力を得まして、大体警官に二人くらい護衛についてもらいまして、上野からー御承知の通り二等というようなものはございませんでしたので、一般の乗客を入れる前に、営団のダイヤを持つて巡査がついて車に乗りまして、最も安全な席にすわる。そうして桐生につきましてからは、向うの警察がついて行つて運んでおつたのであります。それから接収の模様もございましたか。
○内藤委員長 接収の模様はいずれ聞きますが、その当時工具の製作等に配給もしておられたようですね。
○福田証人 工具の方は、多分、第一回にやつたのは御下賜のダイヤとその他のものとあわせてやつたのが第一回だと思つております。工具をつくりますためには、ダイヤモンド工具組合に依頼いたしまして、これも軍需省の指示でやつたのでありますが、使いますダイヤのいわゆる格付をやつたのであります。これは、まだその表が焼けなければ残つておると思いますが、これに詳細なダイヤの格付をやりまして、そうしてその中から製作にまわして行つたのであります。それで、特に私の記憶に残つておりますのは、御下賜品については、工具に多分日の丸をつけたのじやなかつたかと思います。私はその現物を見ておらないのでありますが、特別のマークをつけまして、これは恩賜品であるぞということで、その工具を使う人たちにまで行き渡るようにという処置をやつたのであります。
○内藤委員長 大体さようなお仕事をされたことは、それは軍需省との契約に基いたものでしようか。あるいは永た軍需省の命令でおやりになつたの産すか。
○福田証人 お答え申し上げます。巌団は、営団法並びに営団の定款によりまして、仕事は政府の策定する計画するいは指示に基いて、その範囲内でこれを行つたのであります。ただ、といたしましてはーこれは私の解釈になるかもしれませんが、政府から什権限の委譲は受けておらなかつたものと解釈いたしております。それが、後に営団の役員が追放にならなかつた原因だと承知いたしております。従いまして営団は、命令と言いますか、要するに政府のさしずによつて仕事をいたして参つた。
○内藤委員長 政府の指示ーまあそれは言葉の使い方ですが、大体政府の指示によつて仕事をしておつた。そういう場合に、軍需省に対してあなたの方、営団としては、何か請書のようなものでも出しましたか。
○福田証人 その指示に、別に請書というものを出した記憶はないのであります。報告書を出さなくてはならぬというので、報告の形でいろいろなことを出しておりました。あるいは私ども、先ほど申し上げましたように、物産会社で長年育つたものでございますから、その習慣上請書という形のものも出しておつたかもしれません。その点ははつきり記憶がございませんが、書類が残つておりましようから、もし必要でございましたら書類によつて調べてもよろしうございます。
○内藤委員長 請書というようなものを出したかどうか、ひとつ書類を調べて、委員長まで早く御提出を願いたい。
○福田証人 はい。
○内藤委員長 それから、今証言を聞いておりますると、あなたの下に二人の次長がおつて一人が専門にダイヤをやつたというような証言であつたと思いまするが、その次長の名前は何と言うのですか。
○福田証人 お答えを申し上げます。ダイヤの方をやりましたのは細不二といいまして、これは過労の結果、終戦後に結核が再発いたしまして、非常に悲惨な姿で死んで行つたのであります。
○内藤委員長 そこで終戦になりましたが、終戦後占領軍によつて接収されましたが、その接収の状況を簡単にお述べ願います。
○福田証人 お答えをいたします。多分これは九月の終りか十月だつたと記憶いたしますが、当時営団は、四月に松屋が戦災のために焼けましてそこで今の室町の地下鉄ビルの五階を中心にして本部を置きまして、各部がそれぞれに分散をして、雑貨部は現在の品川区小山という所に住宅を借りまして、そこに雑貨部を置いておつたのでありまするが、これはいろいろその後も調べてみたのでありますが、何のためでありましたか、その日には午前中私はいなかつたのであります。もつとも、私も五月に戦災にあいましたが、ともかくその朝、八軍のキヤツツという大尉が部下を何名かつれまして、営団の本部、今申し上げました室町の地下鉄ビルに乗り込んで来ました。そうしてダイヤを渡せ。そこで、たまたま本部におりまして英語がわかる中村という人が、雑貨部はここにないからと言うので、ジープで今申し上げました小山の雑貨部に乗りつけましたが、今申し上げました細次長もまだ出て来ておりません。当時細君は鎌倉におりました。私は焼かれて、つい近所に部屋を借りておつたのでありまして、私のところから営団まではほんの四、五分であつたと思いますが、私は行き合わしていなかつた。そこで出ておつた人たちが、待つようにというようなことを言つたらしいのでありますが、聞かないで、またまた運輸保管部の方、つまり保管を担当しておつた人間がおつたものですから、それをジープに乗せて、今の室町の三井信託の地下室に乗りつけた。そうして金庫をあけさせて、そこでダイヤを持ち出した。そのときは魔法びんのあきびんでありますが、これは外は金属でできておつた。この九本にダイヤが……。
○中野(四)委員 それは室町ですね。
○福田証人 はい。当時は、さつき申し上げました三菱銀行と二つにわかれておるのが不便でありましたから、後に三井信託一箇所に集めたのであります。そこでその九本の魔法びんを出して来て、そこへ次長の細がかけつけたのであります。細君は長年香港におりましたので、英語が相当達者であります。そこで、その当時の話を聞きますと、外国の新聞記者もおつたようであります。写真をとつたそうであります。そこで、その九本の魔法びんの八本までは全部シールをして、それを入れかえをやつたときに立ち会つた人たちが、判を押しておつたのであります。それで一本はシールがしてなかつた。それは、万一あとから出て来たものを入れなければならぬ、こういうためにそういう措置をとつてあつたのであります。それをキャプテン・キヤツツが引取つて行つたのでありますが、そのときに細次長が受取りの請求について相当やかましい交渉をしたのでありましたが、敗戦の日本の者が何を言うか、われわれに受取りを請求する権利はありやせんじやないかというようなことで、おつぼらわれたのであります。当時は、御承知の通り終戦間もなくで、多分司令部ができましたのが八月の末であつたのじやないかと思いますが、接収前にも、営団には何人かの将校が尋ねて来たのでありますが、これらはいずれも実弾を身につけて、拳銃を持つておつたのであります。何が起るかわからぬぞといつたようなことがありました。同時に、大体私どものぶつかりました将校は、いわば戦場をくぐつて来た連中でありまして、非常にラフな連中であつたのであります。それで、そのまま接収をされてしまつた、こういうことなのであります。その後名古屋、大阪の接収が行われたのでありますが、それはいずれも翌年の二十一年でありまして、総司令部の機構も相当整備されておつたと見えまして、これにはあらかじめ向うから予告をし、命令を出して来て、そしてレシートをそろえて接収を行つております。
○内藤委員長 その三井信託に保管されておつたダイヤは、全国のそれぞれのデパートあるいは貴金属商等から買い上げられた全数量の、ほとんど三分の二以上の大量であつたと調査されておるのですが、これが保管の万全を期せねばならぬ営団のいわば最高責任者の地位として、あなたは重要な職務であると私には考えられますが、昭和二十年の十月十八日の午前九時、接収のため占領軍が証人の事務所まで出張したときは、証人はまだ出勤していなかつたようですね。これはただちに連絡されて、ダイヤの保管場所である三井へかけつけて、あなたは接収に立ち会うべき筋であつたとぼくは思います。ところが今証言を聞いておると、当日占領軍の来ることは、あらかじめ証人は知つておつたようであつて、故意に出動しなかつたのじやないかと思われる節がありますが、その点はどうですか。
○福田証人 お答えいたします。前もつて通知があつたとは私は申し上げなかつたと思います。ただ大阪、名古屋に接収に来たときには、前もつて通知があつた。東京の場合はまつたくの突然でありまして、むろん前から通知がありますれば、細なり私もむろん立ち会うべきなんですが、ことに私は、先ほど履歴の点で申しましたように、海外に長かつたものですから、雑貨部においては当時は私が一番英語をしやべつたのであります。ですから、私は当然行つておるわけでありますが、私がその接収という事実を耳にしましたのは、その接収が終つてからあとのことでありまして細君がようやくかけつけた、こういうことなのであります。
○内藤委員長 名古屋や大阪の場合にはあらかじめ通知があつて、東京の場合だけ突如として来るということは考えられない。しかしそういうことがないとは申しませんが、どうでしよう、あらかじめ軍需省から通知等はなかつたですか。
○福田証人 ございませんでした。当時はおそらく総司令部というようなものも、創立早々で、はつきりした組織もなかつたかもしれませんし、それから、接収に来たのは軍でありまして、総司令部の文官の方の組織ではなかつたのであります。後にCPCのもとに入つたのでありますが、それまでは、まだ戦後の、何もかも非常にがたがたしておつた時分でありますから、おそらく軍需省の御当局でも御存じなかつたと思います。
○中野(四)委員 ちよつと関連して……。あなたのところは日本政府より確かに電話で知らされておつて、昭和二十年十月十八日午前に、わが方からあなたのところの所有の金剛石、白金、金、銀並びに金剛石以外の他の貴石をも占領軍に引渡すために行くという電話があつたはずです。あらかじめ事前に報告がないというのはどういう意味ですか。
○福田証人 事前にそういう電話があつたということは、私承知しておりません。
○中野(四)委員 事前にあなたの方へ確かに電話連絡がなかつたとおつしやるのですか。
○福田証人 ええ。
○中野(四)委員 交易営団のあなたの方からお出しになつた書類の中には、明らかにそれが書いてある。日本政府より電話によつて知らされて、昭和二十年十月十八日午前、わが方所有の金剛石、白金、金、銀及び金剛石以外の他の貴石を占領軍に引渡すために行くからということで、わが方は、当雑貨部の細氏及び鈴木丁の両氏、及び総務部の中村Y氏を三井信託の地下室に派遣した、前もつて日本政府の方から通知したとあるのですが、どうですか。
○福田証人 私はそう思つておらないのであります。
○中野(四)委員 記憶がありませんか。
○福田証人 ありません。
○中野(四)委員 あなたの方の交易営団が進駐軍に出した書類ですよ。証明してくれといつて出した書類に書いてある。
○福田証人 その書類を拝見させていただいてよろしゆうございます。
○中野(四)委員 どうぞごらんください。 〔中野(四)委員書類を証人に示す〕
○福田証人 これは雑貨部から出ておるのでございます。
○中野(四)委員 営団から出ておるものです。もちろんあなたの方で、雑貨部の御関係です。
○内藤委員長 われわれは相当の根拠に基いてあなたにお尋ねしておるのだから、もう少し思い出して……。
○福田証人 お答えいたします。私はダイヤの接収の状態というものは、その後もいろいろの場合にみんな寄つたりして話をしておつたことで、記憶は相当確かで間違いはないと思つて今申し上げたのですが、なおそのとき立ち会つた人間が幸いまだいますから、そういう人を何して、きよう私の申し上げた記憶が文書と違う、どういうわけであろうか、これを取調べて委員長まで御報告申し上げたいと思いますが、よろしゆうございますか。
○中野(四)委員 私のお問いしておるのは、取調べて後に聞かしてくれというのじやないんです。あなたの責任を委員長が聞いておるんです。同時に、進駐軍が接収するにあたつて少くとも雑貨部長であるあなたが、次長の細君にまかせず、しかも小山の営団本部の雑貨部のすぐ近所に住んでおられる。してみれば、細君がおられない場合には、むしろ次長よりも雑貨部長に第一番に報告するのがあたりまえだ。にもかかわらず、あなたは知らぬでおつたとおつしやるから、故意にあなたは行かなかつたのではないかと委員長は質問しておる。ところが、あなたは突然来ておるから知らないとおつしやるから、私は証拠を示して、あなたの方から明らかにこういうものをお出しになつていらつしやる。特に私の方があなたを証人にここへ喚問する限りにおいては、あなたの一方的な意見を伺つておるのではないのです。あらゆる傍証を固めて司令部の方における当時の状況も詳細にこちらに取寄せて、そうしてそれと合せて伺つておるんです。従つて委員長は、当日あなたのいなかつたのはおかしいじやないか、なぜ出て来ないんだ、故意に出て来なかつたのじやないか、こう聞いておるのですから、その点をあなたが証言すればよろしいのです。ただここに一つの反証として出ておるのです、しかも、雑貨部から出ておるところのこの書類の中に、あなたの方で出した英文の中に明らかに書いてある。だからその点をお答えになればよろしいので、当時の詳細などを聞かなくても、あなたは大体御存じのはずなんです。営団のダイヤ買上げに対する全責任者としてダイヤ処分に対するあなたの在職中の責任の上から見ましても、地位の上からいつても、当然答えられるものというので今伺つておるのです。
○内藤委員長 大体国民が戦いに勝つために、愛国の至情から供出したこの莫大なダイヤを、当時最高の責任者であつた証人は立ち会いもせず、しかも今聞けば、何か拳銃と実弾を持つておつたから云々ということで、受領証をもとらずして引渡しておる。一体国民に対してあなたは何と申訳しますか。国民の戦いに勝つための愛国の至情に対して、あなたは一体どういう気持でおりますか。
○福田証人 受取りがもらえなかつたということは、先ほど申し上げた事情でありまして、決して私が故意にその場を避けたということは毛頭ございません。受取りがもらえなかつたという当時の事情をお考え願うよりほかないのでありまして、それでも、お前はもらわなかつた、けしからぬじやないか、これはまことに委員長のおつしやる通りであります。
○中野(四)委員 あなたはなぜ立ち会わなかつたか、当日どうしておつたかということを聞いているんです。
○福田証人 それは、先ほど申し上げましたように、どうして私の耳にそういう事実が入らなかつたのか、これを自分でもふしぎに思つておりますので、先ほどおしかりを受けたようでありますが、そのときにいた人間に、いやそれはあなたのところへ行つたのだというようなことを、もう少し確かめてみたいということをお答えしたのです。私は、責任を十分知つておつて行かなかつたということは絶対にございます。それは、そのあとのいろいろのことからしても、私がみずから責任を避けてどうしたかということはないのです。それから、さつき鉄砲云々と申し上げましたのは、なかなか当時の軍人が気が立つておつて次長に対して受取りをくれなかつた。お前は敗戦国の人間じやないかという言葉まで吐いたということを聞いたのを、そのまま申し上げただけでございます。
○内藤委員長 ダイヤの数量が符合していない。あるいは行方不明の分は、受領証がないのを幸い、これをみなしわ寄せをしたであろうと言われましても、あなたの方では答えはないと思う。その当時の心境、また今日の心境はどうです。
○福田証人 今の数量の問題でございますが、これは先ほど御説明をいたしました百貨店から営団に石を持つて来たときにつけておつた百貨店の鑑定書が不幸にして焼けてしまつておる。これは鑑定室の次の部屋に置いてあつたものでありまして、かなりたくさんのかさであつたのでありますが、それが焼けてしまつたのであります。これがあれば、本部で取扱つたものは完全な数量が出て来るわけでありますが、遺憾ながらそういうものが焼けてしまつておりますので、今では残つておる記録資料によつて探し求める、こういう手しかないのであります。それと営団の焼けました直後、あるいは前に出しております報告書があります。官庁に買上げの数量を報告してあるものがある。そういうものをたどつて調べ上げて行くという方法しかないのであります。
○中野(四)委員 委員長の尋問中はなはだ悪いのですけれども、どうもしよつぱなから違う点があるので、二つ伺つておきたいのだが、第一は、証人は桐生に行つていないとおつしやるが、ここの証言は、一般参考人と違つて宣誓を願つておりますから、虚偽の陳述をされた場合は三月以上十年以下の懲役の罰則がありますから、はつきりお答えを願いたいのです。あなたは桐生に行かなければならぬはずでありますが、一ぺんも行つたことはないかどうか。それから、今委員長の質問に対するお答えの中に、書類は焼けてしまつてないと言われましたが、松屋における重要書類は、ことごとく松屋の焼失前に桐生に移した事実があります。従つて、桐生で焼けるわけはないのですから、一体その書類がないということがはつきり言えるか、焼けたということがはつきり言えますかどうか。後日出て来たら証人はどういう責任をとるおつものであるか。この二点を伺いたい。
○福田証人 桐生には、先ほど申し上げましたように、私は参りませんでした。それから、今の書類が焼けたというお話でございますが、これは私が今申し上げましたのは、もしも焼けずに各百貨店から出て来たものがあつたらば、これは必ずはつきりした数字が出るだろうが、それは焼けておる。今桐生に疎開云々のお話がございましたが、実は私も、どういう書類が焼けて、どういう書類が残つたか、どういう書類が桐生に持ち出されたか、また現在それがどういうふうに集められておるのか、そういうことは存じません。(「無責任だよ」と呼ぶ者あり)いや、私は先ほど申し上げましたように、営団をしりぞきまして以来、直接にはその書類云々という問題には関係しておりませんので、こちらから昨年以来一、二回事務所においでくださいまして、いろいろの問題を御質問を受けまして、それで必要な問題をお答えをするだけには、幸いまだ営団が清算中でございますから、その事務所へ参りまして聞いてお答えをしたということでありまして……。
○中野(四)委員 私の聞いておることとあなたのお答えと違うのです。あなたは、営団の書類は焼けたからわからぬとおつしやる。あなたは雑貨部長でしよう。先ほどおつしやつたダイヤモンド買上げの当面の責任者じやありませんか。本日どのくらい集まつて、あるいは一箇月後どのくらい集まる、どういうふうな業績であるということは御存じでなくちやならぬ。だからこそ、一番最初には、大体二万カラット集まればいいじやないかという考えでおいでになつたというのだから、すべての指揮采配を振つておる者が、ー当時松屋が焼ける前に、空襲がはげしくなつたからといつて群馬県の桐生へ疎開した。その疎開したときに、重要書類は全部松屋の焼ける前に桐生へ持つて行つたんでしよう。それをあなたは知らないですか。それを伺つておるのです。あなたは雑貨部長として一体何をやつておられたのですか。私がわからぬのはそれなんです。雑貨部長なら一切の指揮をしておいでになるはずですから、当然、当時の書類がどこに行つておるか、またダイヤが桐生にどのくらい行つたか、後ほど私の方でお聞きしますけれども、そういうような点について、あなたが一切覚えていらつしやらなくちやならない大事な問題です。今日になつて、細君が死んでしまつたからといつて、細君に押しつけられてもーこの書類の中には全部細君の名前を出しております。あるいは死んでしまつたから、書類が焼けてしまつたからということは聞いていない。焼けてない書類があります。私どもはちやんと集めております。そしてあなた方の言われる証言について、うそであるかほんとうであるか、行政措置が適当であつたかどうかということを伺うのです。そのために証人においでを願つたのです。松屋が焼ける前に、確かに松屋の書類がどこかに行つておるはずですが、一々ここで場所を指摘しないでよろしい。雑貨部長だから御存じなはずです。それも焼けたとおつしやるなら、宣誓に基いての証言ですが、あなたははつきりここで証言できますか、それを聞いておるのです。他のことは言わないでよろしいのです。
○福田証人 ですから、全部の書類が焼けてしまつたとは申し上げなかつた。もしも百貨店からついて来た明細が残つておれば……。
○中野(四)委員 雑貨部長なら知らぬわけはないじやないですか。明細が残るにも、残らぬにも、あなたは書類の行つた先ぐらいはちやんと御承知でしなう。それがわからぬのですか。
○福田証人 どの書類がどこに行つた、かというようなことまでは、私ここに申し上げる……。
○中野(四)委員 第一あなたは金もうけをするために集めたのじやないでしよう。してみれば、あなたが先ほどおつしやつたように、国民の愛国心の結晶でしよう。その大事なものを預かる書類がどこに行つたか、あなたが知らぬわけはないじやないですか。
○福田証人 そうおつしやいますけれども、先ほど雑貨部の構成を申し上げた通りでありまして、特にダイヤの書類がどこにどういうふうに持つて行かれたのか、ただいまこの席で申し上げるだけの記憶を私持つておらないのであります。
○内藤委員長 中野君に申し上げますが、大体この答弁を聞けば、このあいまいさでほぼ想像がつくのだから、いずれ後ほどあなたの御発言のときにお願いいたします。 委員長の尋問はこの程度にいたしまして、発言の通告がありまするからこれを許します。佐々木秀世君。
○佐々木(秀)委員 福田証人に数点お伺いいたしますが、ただいままでの委員長からの尋問を聞いておりますと、あなたはなかなか過去の記憶はしつかりしているようであります。ただ、そこにいろいろな自分の考えを入れたり、あるいは思案すると、いろいろ証言に食い違いが出て参りまして、一層われわれの判断を混乱させるようなことがありますので、どうかひとつ記憶のままを率直にお答え願いたいと存じます。 そこで、第一にお聞きいたしたいことは、あなたの証言によつて、ダイヤの買上げは軍需省の命令でやつたのだということが、まずはつきりしたわけであります。軍需省の命令でやつたということになりますと、あなたのもとにおいて買い上げられた数量は、どこで幾らというようなこまかい部分までは別として、買い上げた数量をまとめて、その都度軍需省に報告されたと考えられるのですが、報告いたしたのでありますか。その点はつきりお答え願いたいと思います。
○福田証人 何回報告をしたということは記憶いたしておりませんが、報告をいたしております。
○佐々木(秀)委員 その報告は、責任者であるあなたのお手元から出されると思いますが、報告を受ける方の軍需省の係官はどなたでありましたか、お答え願いたいと思います。
○福田証人 当時の軍需省の担当局長は機械局長だつたと思いますが、そういたしますと、最初は先日なくなられた美濃部さんで、そのあとが橋井さんであつたと思います。 〔委員長退席、高木(松)委員長代理着席〕
○佐々木(秀)委員 死んだ人はいたし方ないといたしまして、橋井さんという人が、当時のいわゆるこのダイヤを工具に使う方の軍需省の責任者、その方に報告が参ることは当然でありますが、あなたは、先ほどの証言の中に、ダイヤの買上げが、非常に鑑定が遅れて、軍需大臣からおしかりを受けたこともあるということでありますので、たまたま軍需省にもおいでになつたと思いますが、当時の機械局長でありました橋井さんにお目にかかつたことがありますか、そうして直接ダイヤのお話をなさつたことがございますか、その点証言願いたいと思います。
○福田証人 それは何だけはつきり記憶があるのですが、終戦直後軍が入つて来るとどんなことになるかもしれぬ、それで、その非常事態に備えて準備をしなければいかぬというようなお話があつたときに、橋井さんにはダイヤ問題としてお目にかかつております。ですから、その前後何回かお目にかかつておるのじやないかと思います。ただ、ちよつとつけ加えさせていただきますが、後に橋井さんが通産省に来られた時分に、また何度かほかの仕事でお目にかかつておりますので、その度数とか、どのくらいであつたかというようなことがチャンポンになつておりますが、しかしダイヤの問題でお会いしたことはございます。
○佐々木(秀)委員 そうすると、大分橋井証人の証言と食い違つて来る点があるので、ここではつきりしておかなければならないのですが、あなたがダイヤのことで橋井局長とお会いになられた。しかもそれは、終戦のときのいろいろな混乱の中で、重大な時期だと思うのです。国民から買い上げたダイヤをどうするかというようなことも、おそらく相談なされたと思うのです。保管はどうしようか、あるいは現在数帯はどのくらいあるのだというようなことが、おそらく話合いに出たと私は想像するのですが、その当時の模様をひとつお答え願いたいと思います。長くこまかく言わなくてもよろしゆうございますから、重点だけをひとつ——橋井局長との話合いをなさつた概略をお述べ願いたいと思います。
○福田証人 多分そのときは奥田局長も一緒でなかつたかと思うのでありますが、私は、アメリカ軍が来るのだから、そうめちやなことはしないだろう、だから、やはりできるだけ一箇所に安全なところにまとめておく方がいいのではなかろうか。それで、当時もつとどこか安全なところへ移したらどうかというようなお説があつたのでありますが、私は、それはどうもすぐ上陸して来れば見つかることじやなかろうかと思うから、やはりまん中にある信託の地下室に入れておくのが一番安全じやなかろうか、こういうことを申し上げまして、結局それじやそうしておこうということで、そのまま移動させないでおいたわけであります。
○佐々木(秀)委員 その移動させないで一箇所に置いたという数量が、先ほど証言の中に魔法びん九本に入れていたという数量であると思いますが、間遮いありませんか。同時に、また全数量がその当時カラットにしてどのくらいありましたか、御証言を願いたいと思います。
○福田証人 その当時の全買上げ数量は、大体私の記憶にありますのは、十五万四、五千カラツトであります。買上げ金額がたしか一億七、八千万円くらいであつたかと思います。そうして、本部に接収のときに、本部の所管で、地下室に、銀行の保護預かりにありましたものが大体十万四、五千カラット、十一万はなかつたと思います。
○佐々木(秀)委員 総買上げが十五万四千カラットという証言、これは調べたところによりますと、十五万三千五百五十カラットということになつておりますが、その数量は、もちろんあなたがここですらすらと出るように記憶がはつきりしているのですが、その当時機械局長であつた橋井さんもその全数量は知つていたと私は考えるのですが、その全数量の話はそのときなかつたのですか。
○福田証人 全数量の話があつたかなかつたか、実ははつきりしないのでありますが、大体当時の営団の、私だけでなくして、幹部でも、大体十五万カラットぐらいじやないかということが、常識といつてはおかしいですが、その当時そう言つておりましたので、おそらく局長も、十五万カラット前後ということは御承知であつたのではないかと想像されます。その席でおそらく数字の話も出たと思いますが、そこまでははつきりいたしません。
○佐々木(秀)委員 そこで、買上げの責任者であられたあなたに対しまして、買上げの状況につきまして数点お伺いしたいのでありますが、このダイヤを買い上げるにあたりましては、軍需省から、買うのに対むての標準というものが定められたと思うのです。それであなた方の方では、はつきりこの標準を軍需省から示されて買つたと思いますが、間違いありませんか。
○福田証人 さようでございます。私の記憶によりますと、その価格をきめるには大分軍需省でも御帯心になつたようで、その買上げをやりましたので、鑑定人からいろいろ話を聞く機会がたくさんあつたのでありますが、大体一カラツト千五百円でございましたかが標準といつたようなことになつておるのであります。それがはたしてどういうものを基準にするのだということになりますと、ちよつとわれわれにはわかりかねるのでありますが、大体そういう基準で行つて、ただそれじや半分のカラツトのものは半分かというと、そうは行かぬらしいのであります。また倍のものは、それが三千円になるかというと、これはまたもつと高くなるということでありました。
○佐々木(秀)委員 あなたのお話のように、軍需省からは十級にわけて詳細な一つの指示があつたようです。それは軍需省といたしましても、国民から買い上げるものですから、国民に損害をかけてはいかぬという考え方から、そういう一つの級別にわけて、そうしてそれを厳重にやるということであつたろうと思うのでありますが、証人は買上げの最高責任者として、最も重要な買上げの要綱を鑑定人に徹底せしめる責任があつたと思うのですが、その鑑定人に対して、どういう指示をなさつたか、お話を願いたい。
○福田証人 これは十級にわけてある、このことはおそらく私も鑑定人に言つたと思いますが、鑑定人には間違いなしにやつてもらいたいということは言つたのでありますが、しかしどういうふうに鑑定するんだというようなことは、私、鑑定人をさしずするだけの石の見方というものを知りません。なかなかむずかしいことのようでございます。ですから、鑑定人がこれはこうだと言つたことを、それは迷うというようなことは言えなかつたのであります。
○佐々木(秀)委員 せつかく軍需省では十階級にわけてそして国民に損害を与えてはならぬという方針をしたのにもかかわらず、今日までの調査によりますと、その買上げの状況がいたつてずさんなものであつて、しかも国民の愛国心にこたえるような処理をしていないということが、われわれには考えられるのであります。たとえば、松屋においては、金子証人は三階級に分類した、こう証言しています。それから喜多村鑑定人は、自分の目でやつたということを証言しているのであります。そうすると、各鑑定人がそれぞれ目でやつたり、あるいは勘で鑑定したのでは、その鑑定の経験の長短、あるいは目の良否によつて相当違うと思うのであります。しかもその鑑定人のきめたものによつて、国民には代価を支払われるのですから、そこに大きな損害をこうむる国民も出て来るわけであります。しかし、当時は戦争でありますから、国民といたしましては、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んで、愛国心の発露のままに、予想以上にー最初は二万カラツト程度であつたろうと思われたのが、十五万カラットも出たという、いわば好成績を上げたのであります。そういう状況から見まして、われわれはこの買上げの状況を詳細に調べますと、いかにもずさんである。しかもそのために、国民の中に非常な損を受けた人がたくさんあるのじやないか、こう思うのであります。そしてしかも品質ごとに価格も特に例外許可をしたのにもかかわらず、いろいろ鑑定人のただ勘できめたということになると、当時の物価統制令を無視してやつたように私には思われるのですが、物価統制令違反であつたとあなたはお考えになりますかどうか、御証言を願いたいと思うのでございます。
○福田証人 物価統制令違反というようなお話が出たのですが、これは私は初めて伺つたことなのですが、その点はおそらく違反でなかつたろうと考えます。それから、損をした人があつたかもしれないというお話があつたのですが、ないとは私も断言できませんが、あの基準の価格をきめましたのは、大体あのころから十年くらいさかのぼつた期間に買つた人ならば損がないということで、ああいう基準がきまつたと私は承知しておあます。それから、これは百貨店には何度も言つたことなのでありますが、自由供出なんだから、できるだけ売りに来た方から、無理に買わないようにしてもらいたい、納得づくで買うようにしてもらいたいということは、たびたび注意をしたこともございますので、そう非常な損をさしてこれは愛国心で出すんだから、損だけれどもかまわないということは多々あつたと考えますが、実際問題にそう大雪な損があつたというような話は、私はあまり聞いて、おりません。それから、鑑定室のお調べの話がありましたが、これは少しいい石といいますか、良質のものとか形の大きなものが出たというようなときには、やはりみんなが会議して決定しておつたようでございます。一人の人の勘だけではなしに、その日に出て来た鑑定人が相談し合つて、そうしてきめておつた模様でございます。
○佐々木(秀)委員 国民にそう損をかけなかつたというようなあなたの証書でありますが、これは考えようでありまして、ただ私の考えでは、せつかく十級に分類して買うようにというのを、三級に分類して買つたとか、あるいはまた目でただ勘でやつたというようなことになれば、そういう弊害が想像されるということを申し上げたのであります。 次に、ダイヤの鑑定が終つたとき、各窓口から別の袋に入れて分類して中央に送つて来たようですが、中央に送つて来ると、今度は保管するときに、その分類したままでなく、ダイヤはダイヤとして一緒にしてしまつた、そういうことを聞いておるのですが、そのダイヤの良否によつて保管していたのですか、それともただ数量だけを一緒くたにして保管していたのですか、その点をひとつお聞きしたい。
○福田証人 それは、先ほどちよつとお話申し上げたと思いますが、一日鑑定をやり上げましたものを、出て来た百貨店別に包んで袋に入れたのでございます。ですから、各百貨店別に整理されておつたわけであります。但し供出者別には整理されておらないのであります。
○佐々木(秀)委員 そうすると、買うときにはいろいろ光沢とかあるいは大小とか、きずがあるかないかということで非常に値段が違つて来る。われわれしろうと考えでもそう思われるのです。しかし、買つたものを一緒くたにして買上げ別、たとえば松屋なら松屋一どこどこのデパートならデパートということになると、総数量だけがわかつて、その品質のよい悪いということがもう御破算になつて来ると思うのです。そうなると、そこに非常な弊害が生れて来る。数量さえあればいいのだというような考え方になると、その品質のよさ悪さということによつてダイヤの価格が非常に違つて来るのでありますが、そうすると、そこに数量さえまとめておけば、よいものはどう処理しても、悪いものを入れておけばわからぬという結果になるのです。最近保管した状況を調べてみると、数量だけまとめるために、はなはだしいのになると、そのカラットを合せるために砂が入つていたという事実も出て来ておるのであります。そういう点に対して、買つたものを一緒にしてよいというような指示がどこから出たのか。いろいろ命令でやつたと言われるのですが、軍需省から、買つたものは数量でまとめてよいということの指示を受けたのかどうか、その点をひとつお聞かせ願いたいと思う。
○福田証人 そういうこまかい指示は多分なかつたろうと思いますが、営団といたしましては、買つたダイヤはこれを工具にするということを考えておりました。整理の手続等で、百貨店からまわつて来ました各人別のものそのままで整理をして行くということは、非常にたいへんな仕事でありましたし、もう一つは、保護預かりのスペースの関係から、一々状袋をつくつておりますことは、当時としては許されませんでした。それで、一日分をもとめて計上した。一日分といいますのは、買上げの一日じやございません。鑑定の一日であります。そしてそれだけずつ包んでおつた、こういうことなんでありまして、別にないがしろにしたということはございませんので、整理上そういうふうにやつたのであります。それは使用目的が工具作成ということでありますから、それで、おそらく官庁もそれはむろん御承知だつたと思います。ですから、先ほど申しましたように、工具をつくるときに、さらにダイヤモンド工具組合にそれをわけさせて表にして、その中から出して格付と申しますか、やりました。
○佐々木(秀)委員 そうして集まつたダイヤが、軍需省の機械局の指示に基いて各使う方に配給されたのですが、工具に使われる場合、その配給するのにダイヤの大きさを指示して来ているかどうか。軍需省から、ただ数量だけを配給したのか、それもこういうカラットまでも指示して配給したのか、その点をひとつお尋ねいたしたい。
○福田証人 その格付は非常な明細が出ております。その中から何カラットの石を何個というふうにして製造家の方にまわして、それを何個使つたか、それで何個の工具をごしらえた、こういうことで工具を引取つておつたわけであります。
○佐々木(秀)委員 軍需省の方から何カラットのものを何個という指示があつたとすれば、買つたときのものを一緒にしてしまつたのですから、またそういう鑑定が必要になつて来るわけです。そうすると、配給するときもまた鑑定しなければわからないのですが、それは鑑定人がやつたのか、それとも営団の職員がやつたのか、配給したダイヤは同級品であつたか、今御存じならばお答え願いたいと思います。
○福田証人 軍需省の指示が何個で何カラットと今申し上げたのではございませんので、営団が製作人に渡しますときに、多分軍需省からの指示はカラツトで来ておつたのではないかと記憶しますが、個数まであつたかどうかは確かでありませんが、その格付表に格付されたものは別になつておりますから、その中で、たとえば一カラットの何級品を何個、それから十寄せて一カラットになるような小粒の石はそういうものを何個、というふうにして渡しておつたのであります。
○佐々木(秀)委員 そうすると、軍需省は何カラットのものを何個というような指示がなかつたとすれば、どのくらいのカラットが必要なのだ、それでどこへ配給せよということだと思います。そうすると、多くのダイヤからそうした配給品を出す場合に、あなたの方の職員がやつたとすればこれはダイヤがこういう問題になりましたので、私たちはどこまでも一応疑つて考えるようになるのですが、その出し入れの際に、いいものを取出して悪いものを入れておいても、これはわがらぬわけです。そういう不正が私たちは起きたのではないかと、これまた疑うのですが、そういうおそれがあつたかなかつたか、ひとつ御証言願いたいと思うのです。そういうような危険ですよ。やつたかどうかということよりも、出したりあるいは入れたりする場合の不正が行われるおそれがあつたかどうか。あなたのいわゆる当時の責任者としての立場から、ひとつ御証言を願いたい。
○福田証人 なかなかこれはデリケートな問題になりますが、ああいう小さなものでございますから、それが完全無欠に行つたかについては、危険は始終あつた、始終というと語弊がありますが、危険は多少ともあつたと思います。しかし、格付をダイヤモンド工具組合でやりましたので、それを渡すときもおそらく専門家が見て渡しておつたのではないかと思つておりますが、やつた人たちは、ほんとうに命がけでダイヤの仕事をして来たのでありまして、悪いことをやつたと私には思われません。
○佐々木(秀)委員 私の聞いているのは、悪いことをやるやらないというのではない。あなたの方の保管いたすあるいは渡す制度あるいはいろいろな方法において、そういうことのやり得る可能性があつたのではないかということです。そうじやないというならば、われわれの方はこうして監督してこうやつたら、そのおそれは全然ないというふうな、どちらかのお答えを願いたかつたのでお聞きしたのですが、当時の渡す状況をもう一回考えてみていただいて、そういう不正は全然起らない制度であつたかどうかというこ……。をお聞きするのであります。
○福田証人 制度は、先ほどもちよつと申しましたが、大体百貨店から入つて参りまして、裸で石をいじるのは鑑宗室の鑑定人だけだつたのであります。鑑定室には営団の人が二人と助手が二、三人おつたと思いますが、鑑定人というダイヤをやつている連中は、干渉といいますか、私などにも手をつけさせないで、完全に自分たちがやつておつた。そうして元の通りに包んで袋の中に入れて、それが運輸保管部の手を通つて銀行の地下室に入るのでございますから、その途中で袋を破つてとるというようなことまで考えますれば別でございますけれども、盗むというようなことは、組織の上から三本建で押えておりますから、どうかと思う。ただ、今度は工具に出した。これはおそらく石そのものを見て格付表に合せて紙に包んで渡しておつたと考えますので、盗もうというような悪心を持てばあるいは何とでもしたかもしれません。その点、これを引受けるのに、ずいぶんいろいろと考えたのでありますが、ある点までは組織の力で行きますけれども、何しろ小さいものでありますから、それ以上になりますと人間で、信用もある程度まではしなければならぬ。いかにこまかくやりましたか、これは一つの話でありますが、鑑定室で、一カラット以下の小さな石を、女の子が何か書類を片づけるときか何かに一つ下に落したので、これを探すために、半日以上その女の子が泣きながら探してようやく見つけたというような話があの当時ございました。まず取扱い方につきまして、銀行に入つて行くというところまでには間違いがなかつたということは申し上げられると思います。ただ、工具に出しましたときの状態でございますけれども、これは今申し上げた通りだと私は考えておりますが、私が一々そのときに立ち会つて渡したかどうかははつきりいたしません。ただ悪い石から渡して行つたということなんであります。なるべくよいものはあとにしようということもあつたのです。
○佐々木(秀)委員 あなたのいろいろな話を聞けば、盗難ということは別だが、その組織の上においては不正を行うような情勢ではなかつたということを今承つたのですが、宮内省から皇后、皇太后の王冠についていたダイヤがお下渡しになつたということは、あなたは御存じだろうと思うのですが、そのダイヤがいまだに行方がわからぬというような問題まで起きておるのです。あなたの先ほどの証言によりますと、宮内省からお下渡しになつたダイヤは、小さいものでも日の丸をつけて、そうしてこれが皇室から出たものであるぞというような、いわゆる当時の全国民の志気を鼓舞するようなことまでもやつたんだということであれば、王冠についていたダイヤなどというものは、むしろ丁重に扱われて、そのありかがはつきりしなければならないと私は思うのでありますが、あなたは、そのお下渡しの王冠のダイヤが幾つであり、あるいはお下渡しの時日、保母の状況、その後のことについておわかりの点がありましたら、お述べを願いたいと存じます。
○福田証人 王冠は私も現実に見たのであります。大きな石は、あらかじめ軍需省から指示がありまして、大きなものはお返しするんだということで、これはお返しをいたしました。それでどのくらいの石がありましたか、ちよつと記憶がございませんが、こういうことを私は思い出すのです。久米さんという鑑定人と御一緒に軍需省へ参りまして、初めて王冠というものを見せていただきました。そのときに、どなたでありましたか、軍需省の方から、一体これは石が幾つあつて、何カラットぐらいあるのだろうという質問が出まして、それを久米さんがはずさずに、そのままその席でお調べになつてお答えになつたという事実を私は覚えております。それで小さな石が非常にたくさんあつたという記憶があります。それから、王冠がイギリス製のものと、日本製のものとあつたという記憶がございます。その他には、案外簡単なものだなという感じを持つた記憶が残つております。非常にりつぱな大きなものだというような感じを実は頭に持つておつたのですが、割合に簡単なものであつたという記憶を持つております。 〔高木(松)委員長代理退席、委員長着席〕
○佐々木(秀)委員 大きいものはお返ししたという証言でありますが、そのお返ししたという事実はどこからお聞きになりましたか。それとも、あなたのお手元からお返ししたのか。また軍需省の方でお返ししたのか。ただお返ししたという風聞を聞いた程度のものですか。
○福田証人 そうじやないのです。これは報告ですか、手紙が出ておると思うのですが、非常に大事に扱いましたから、営団から書いたものが軍需省に出ておるという記憶もあるのでございます。
○佐々木(秀)委員 書いたもの……。
○福田証人 軍需省の方から、要綱といいますか、指示といいますか、こういうふうに扱えというものが出たのです。ですから、その扱つたという報告が出ておらなければならぬと思うのです。
○佐々木(秀)委員 これは大事な点ですから、ちよつとしつこいようでありますけれども、もつとお尋ねしますが、そうすると、軍需省の方から、扱い要綱でありますか、ことに王冠についておるダイヤに対しての何か書面があつたのですね。
○福田証人 御下賜品について……。
○佐々木(秀)委員 それは王冠だけでなく、御下賜品についてという……。
○福田証人 私はあつたという記憶を持つております。
○佐々木(秀)委員 そうすると、それは営団の方にちやんとその書面が来たのですね。
○福田証人 営団の方に参つたと私は考えております。その指示と申しますか、書類があると思います。
○佐々木(秀)委員 現在ですか。
○福田証人 現在まだあると思います。
○佐々木(秀)委員 どこにあると思われますか。
○福田証人 それは特殊清算事務所でございますか、今営団の整理をやつております。
○佐々木(秀)委員 一問一答のようになりますが、そうすると、当時お返しする場合は、あなたの方でお返しするのですか。それとも軍需省の方でお返しすることがあるのですか。それはどちらでございますか。
○福田証人 私の方は軍需省との関係だけでございます。宮内省に直接にどうということはないのでございます。
○佐々木(秀)委員 お下渡しのダイヤだけは軍需省が保管しておつたのですか。そういうことになりますか。
○福田証人 いや、私そこははつきりしませんが、大きなものは別といたしまして、私の記憶では、大きな石は非常に少かつたと思うのです。そのほか工具に使うものは、営団が別に保管しておつたのではございませんか、あるいは軍需省が保管しておりましたか、その点はつきりいたしませんが、今と違つて、その当時でございますから、お下渡品というものはたいへんなことであつたのですから、別に営団が保管しておるとしますれば、それは報告なり表なりに出ておらなければならぬと思います。
○佐々木(秀)委員 どうもそこが解せないのですが、軍需省が直接そのダイヤを保管するなどということは、この買上げの制度から言つておかしいと思います。営団が全部委任をされているような形ですから、軍需省が一部分を保管しておることはないと私は思うのです。当時のお下渡しのダイヤは、全部あなたの方で保管されていたと私は考えるのですが、その点がはつきりいたしませんか、よくお考え願いたい。
○福田証人 当時は、当然全部営団で保管しておつたのですが、大きなものは即座にお返ししたのではないかと思います。あまり長く持つておらずと……。
○佐々木(秀)委員 そうすると、お下渡しになつた王冠について、大きなダイヤその他小さいダイヤ、これは別に軍需省でお下渡しを受けて、そして軍需省で展示会か何か開いたでしよう。
○福田証人 軍需省で私が見ましたのは、王冠そのものでございます。
○佐々木(秀)委員 それを展示会を開きましたね。
○福田証人 展示会ではございません。担当の方だけだつたと思います。次官室か何か大きな部屋でございました。
○佐々木(秀)委員 大きな部屋に飾つて、関係者が一応それを拝観したというのですか。
○福田証人 そうでございます。
○佐々木(秀)委員 見せてもらつたということであつた。そうするとその当時お返しすることは、軍需省できめた二とになりますね。大きなものはお返しするという……。
○福田証人 むろん営団ではきめるわけに参りません。
○佐々木(秀)委員 そうするとそのときの軍需省の取扱いの責任者は、橋井局長ではなかつたのですか。それとも別な方ですか。橋井さんはそのとき秘書官でしたか。
○福田証人 美濃部さんか橋井さんが局長で、どういうふうにその時期にかわつておりますか私記憶がございませんが、美濃部さんのあとが多分橋井さん……。
○佐々木(秀)委員 わかりました。 —————————————
○中野(四)委員 この際緊急動議を提出いたしたいと存じます。 すなわち、先日来よりダイヤモンド事件について証人を喚問し、証言を求めて参りましたところ、証人の証言は、はなはだ遺憾ながら真実を述べておらぬ人々がたくさんありますので、本委員会の権威保持の上からも、速記録を調べて理事会にかけられて、宣誓に基く偽証罪として告発の手続をとられんことを望みます。
○内藤委員長 ただいまの中野四郎君の動議につきましては、理事会を開きまして理事諸君と協議の上適当の処置をとりたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○内藤委員長 御異議なければさようはからいます。 なお田万廣文君及び中野四郎君の質問の通告がありまするが、ちようどお昼の時間でありまするので、暫時休憩をして午後一時半より福田廉三君に対する尋問を継続したいと存じます。 それでは暫時休憩いたします。 午後零時四十一分休憩 ————◇————— 午後一時四十三分開議
○内藤委員長 休憩前に引続き会議を開きます。 この際お諮りいたします。本日出頭を求めておりました巽忠春君並びに黒瀬勘一君については、明四日委員長において出頭手続をいたしましたので、さよう御了承を願いたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○内藤委員長 それではさよう決定いたします。 —————————————
○内藤委員長 福田証人に対する尋問を継続いたします。田万廣文君。
○田万委員 大分福田さんに長く証言台に立つていただきまして、お疲れと思いますが、もうしばらくごしんぼう願います。 まず第一にお尋ねいたしたいのは、交易営団の雑貨部関係で買い上げられました装飾用のダイヤの数量について、軍需省へあなたが報告した様式によつてでけつこうでありますから、その明細な事実をあなたの品からお聞きしたいと思います。
○福田証人 お答えいたします。明細な数字は、きようはメモといつたようなものを持つて参りませんでしたが、先ほどもちよつと申し上げました約十五万五千カラット前後と記憶いたしております。
○田万委員 御報告なさつたその数量ーただいま御証言があつたのですが、この算定の基礎となりましたものは何でございますか。
○福田証人 それは鑑定室で鑑定をいたしましたカラット数を基礎にいたしております。大阪及び名古屋も同様であろうと思います。
○田万委員 次にお尋ねいたしたいのは、軍需省の命令によつて、装飾用買上げダイヤのうちから、工具製作用として会社に配給した数量を、会社別にお述べになつていただきたいと思うのですが、わかりますか。
○福田証人 それはちよつと……。記録が残つておるはずでございます。それがありませんと、こまかい数字はお答えできませんでございますが……。
○田万委員 ただいま私が質問した点に対する数量関係並びに会社別のものは、どこかへ報告書としてまとめて書類で出した事実がありますか。
○福田証人 私はあると思います。それはかなりこまかい指示が来ておつたと思います。会社名、それから工具の種類とか数とかいうものを指示して来ておりましたから、それを引渡したという報告が出ておるはずでございます。
○田万委員 それはどこへ出された書類ですか。
○福田証人 それは全部軍需省へ出しました。
○田万委員 軍需省へあなたが差出された書類の内容を、今わからなければ、あとで書類で提出してもらいたいと思いますが、それはお手元でできますね。
○福田証人 それは、先ほども申しました営団の清算事務所がございますから、そこへ参りましてつくるようにいたします。でございますから、あしたと言われてもちよつと困るのでございますが、少し時日をいただきさえすれば、できるだけ早くいたします。
○田万委員 工作用として会社に配給した最後の配給の年月日などはただいまわかりますか。はつきりした日にちがわからなくても、大体のところでけつこうです。
○福田証人 終戦の翌年だつたと思います。ですからおそらく二十一年の後半ではなかつたかと思いますが、確かではございません。
○田万委員 何月ごろですか。
○福田証人 五月以降だつたと思いますが、確かではございません。
○田万委員 その返品されておつたときの状況なんかを、少し詳しくお話を承りたいと思います。品物が会社から帰つて来るー終戦になつて返品の請求をしたことがございますね。工作具として現に使用されておらなかつた残りのダイヤモンドの返還方を会社に対して請求して、もとしてもらつたというようなことがあると思うのですが……。
○福田証人 工具にならなかつたものですか。
○田万委員 さようでございます。
○福田証人 それはこういう御質問でございましようか。石を工具の製造の方にまわして、そうしてでき上つた工具がもどつて来たときのことでございますか。そうでなしに配給した工具をまたとりもどしたということでございますか。
○田万委員 ちよつと私の聞きようがまずかつたから言い直しますが、終戦と同時に工具の製作は中止になつた。従いまして製作用のために出しておつたダイヤモンドの返還方を確かに請求したに違いない。するとすでに工具として製作せられておつて、未使用の分並びに工具の過程に至らないダイヤモンド、そういうものを一括して、返還を交易営団の方で求められて帰つて来た品物があるに違いない。その点についての詳細なお話を聞かしてほしいということです。
○福田証人 詳細はちよつと今はつ昇りいたしませんが、今お聞きのようなことはあつたと思います。石を渡したものが全部工具にはならず、石としてもどつて来たものがあると承知いたしております。
○田万委員 その点先ほどと同じようによく御調査になつてできるだけ明細に書類で出していただきたい。それを委員長から請求しておいてください。
○内藤委員長 ただいまの田万委員の請求されたものは相当重要性を持つておりますから、あなたの証言によると終戦の次の年の五月ごろまで配給をしておつたようですが、そうすると戦いが終つてからまでダイヤをまわしておるということになりますから書類にまとめて、少くとも一週間ほどの間に委員長あてに御提出を願います。
○福田証人 私の記憶に相違があるかもしれませんから、一切調べましてー委員長名で事務局の方へ差上げるわけでございますね。かしこまりました。 それから田万さんに伺いますが、これだけの石を出したということを、それからどれだけの工具ができて、工具と石がどれだけもどつて来たかということ、それから工具をどういう会社にどれだけ渡したかということになりますね。
○田万委員 さようでございます。
○福田証人 承知いたしました。
○田万委員 次にお尋ねいたしますのは、先ほどいろいろ同僚委員からもお尋ねがあつた点でございますが、それは接収の際の話です。接収に来られた際にはたまたまお留守だつたと言いますが、間違いございませんね、接収に立ち会われなかつたということは間違いございませんね。
○福田証人 はい。
○田万委員 そうすると、接収されて後に、ただちにその点について、その当時GHQというのですか、相手方の方に交渉に行かれたようなことはございませんですか。その接収関係について、その接収が真実の軍関係の人が来て接収したものであるか、あるいは掠奪的な人たちの手によつて、接収の名において引上げられたものであるかという点などについて、責任者としてのあなたが交渉されたことがあろうと思うのですが、それはいかがですか。
○福田証人 事実のずれが多少あるかもしれませんが、CPCがいつできましたのですか、最初は日比谷公園のわきに事務所ができたのです。そこへ参りましてその問題は聞いたことがございます。それでCPCの管下に営団の接収した石が行つておるという言辞を聞いた記憶がございます。
○田万委員 いつですか。
○福田証人 それはやはり終戦の年であつたように思います。
○田万委員 月日は……。
○福田証人 そこまではつきりいたしません。
○田万委員 接収に来られたのは、先ほど聞いておると二十年の十月十八日だという御証言でしたね。
○福田証人 いや、あれは手紙にそう書いてあります。私が申しましたのは九月か十月であつたろうと申し上げたのです。さつき中野さんからお見せいただいた手紙には、十月十八日ということが出ておつたのであります。
○内藤委員長 十月十八日午前九時。
○田万委員 そのころですか、あなたがCPCに行つたのは。
○福田証人 それより後だと思います。
○田万委員 一週間くらい後ですか。
○福田証人 もう少し後じやないかと思います。
○田万委員 では、お調べになつた結果においては、接収に来られた外人は正当な権限を持つた人間であつたということが確認されたわけですか。
○福田証人 さようでございます。
○田万委員 接収に来た際には、九本の魔法びんとかいう話がありました。八本はシールをして一本はシールをしてなかつた。その九本の魔法びんに詰め込まれたダイヤの量はどれだけであり、その後そのダイヤがどういうふうに流れておるか、あるいはどこに保管せられておるかというような点について、詳細にお話し願いたいと思います。
○福田証人 九本でありまして、接収されました後にダイヤを日本銀行の地下室で見た者は、先ほど申し上げましたが、次長の細だけでありまして、入れてもらえなかつたのであります。非常に厳重で、営団の者といえども入れてくれなかつたのでありまするが、多分先ほど見せていただきました手紙の目付の直前であつたはずでございますが、ハリス大佐という方がこの営団物資の管理をやつておりました課と申しますか、そこのチーフとして赴任して参りまして、この人が、たまたま細君がその人のところに行つているときに、自分は責任を持つて来たのだから、一ぺんそのダイヤを見なくちやならぬ、お前一緒に来ないかということで、その場から一緒に行つて細君は見たわけであります。それで帰つて来た報告で、実は封印がはずされておる、だから、ハリス大佐に、自分が引渡したときには一本だけで、あとは全部四人か五人かの判こが押してあつたのだ、それが全部封印がとられておる、はたして石が営団のものであるかどうか、これを認定できぬと言つて帰つて来たのであります。それについて、ハリス大佐から、これはたいへんなことだから手紙にしろと言われて、それで出したのが、先ほど中野さんがお持ちになつておつた手紙だと思います。それでどういうわけだということを聞いたわけでございます。その問題につきましては、その後二、三回催促をいたしましたが、とうとう、なぜその封印がとられておつたのかということについての、GHQの返事はなかつたのでございます。
○田万委員 その後ずつといまだに……。
○福田証人 はい。
○田万委員 先ほどから聞いておると、折衝に来られた時分にはずい分あわてて出したような様子があるのですが、その際全部を渡さずに、どこかに一部を残して出したというような事実があとでわかつたことはございませんか。
○福田証人 それはございません。その後に、ごくわずかのものが営団に来て、そして、多分第二回目に幾分かのものを渡したという記憶がございますが、そのときは八軍でなくてCPCであつたろうと思います。
○田万委員 その接収に来た際に渡した全部の数量、カラット数、これはわかつているはずですが、接収されて渡すときに、はかつたでしようか。そのときの書類はありますか。
○福田証人 渡すときには、はかつておらないのであります。
○田万委員 なぜはからなかつたのですか。
○福田証人 なぜという理由も別になかつたのですが、要するに非常にせかれてそしてそこにあつたものをそのまま全部相手が持つて行つてしまつたわけなんです。
○田万委員 どうもそういう点が非常に責任を追究せられるようになるのではないかと私は思う。少くとも国民の精熟に燃えた愛国的な気持で出したダイヤについて一滴々々の愛情がこもつておるダイヤを引渡す際に、そのカラット数、品質などもよく吟味せずして、ただ出せといつたから無責任に無責任と一言つては申訳ありませんが、結果的には私は無責任だと思います。その数量もはからずして、出せといわれたからすぐ出したということは、これは重大な責任の懈怠が私はあろうと思います。今から言つても追いつかぬといえばそれまでですけれども、なぜそういうふうな軽卒な渡し方をいたしたのか、あなたが立ち会つておられなかつたということですが、それを引渡した方に、あとからあなたはそういう責任を追究したことはございませんか。
○福田証人 受取りをとれということは言つたことがございますけれども、なるほどただいまおつしやられました点から言えば、非常に責任が重大であつたのですが、当時の状況といたしましては、俗な言葉で言いますと、有無を言わせずといつた空気のもとであつたのでございます。しかし、それでもなおかつ手落ちじやないかとおつしやるならば、まことに申訳がなかつたと思いますが、当時としては事情やむを得なかつたと考えておつたわでございます。
○田万委員 カラツト数もはかつておらず、また受領証も、先ほどの証言によると、とつておらない。その理由としてあなたが述べられるところは、当時の状況、言いかえるならば、非常に進駐軍に対して一種の恐怖を感じておつたというようなところから、そういうことになつたというお話をしようとしておられると私は考えるのですが、しかし、少くともその責任の地位にある者としては、数量の点並びにそれに匹敵するところの正しい領収書、これを渡してもらわないで品物を引渡すということは、これはどこまで行つたつて重大な責任の懈怠があつたと私は考える。私はそう思います。その受領証の請求もしておらないし、のみならず、カラット数の測量もしておらぬということになれば、これはもう向うはどれだけの量を持つて帰つても、あとで向うさんが一方的に、これだけのものを受領したと言えば、それで承認せざるを得ないような立場に追い込まれて来る。そうすると、かりに十万なら十万のカラットを向うは実質的に持つて帰つて、そうして五万カラットしかなかつたぞと言つたときに、五万カラットの数量の食い違いというものはだれが責任を負うことになりますか、これを御答弁願いたい。
○福田証人 先ほど申し上げました九本のびんに入つておつた、それを全部引渡した、受取りをとらなかつた、これはまことに申訳ないことでありますが、これを今証明しますには、その引渡すときにおつた人たちに全部を渡したという証言と申しますか、それをしてもらう以外に方法がないと思います。
○田万委員 あなたはその際おられなかつたので、責任はないというふうにやはり考えておられるわけですね。その携わつた人に責任があるというふうに考えられますか。
○福田証人 いいえ、そういう意味のお答えをしたわけでありません。私は、雑貨部長として、雑貨部の中で起つたことについては、自分がその衝にぶつかつておつたとおらぬとにかかわらず、間違いが起つたものに対しては責任を感じますし、また責任をとらなければならぬと思つております。今申し上げましたのは、その数量について、かりに十万渡しましたものを、向うが五万しか受取らぬといつた場合に、その証明としてはその方法しかあるまいということを申しましたので、私が立ち会わなかつたから責任がないという、そういう意味ではありません。
○田万委員 どうもこのダイヤの問題について、いろいろ私も委員の一人としてたくさんの証人を喚問したわけですが、はつきりしないのです。御答弁がはつきりしているようではつきりしない。私どもは多大の疑問をさらに重ねて行くわけでありますが、今私がお尋ねしたような点、すなわち接収に来た際に、その引渡しの数量並びにこれを証明すべきところの受領証、そういうものを何らとつておられない。また数量もはかつておられないというような、きわめてめちやくちやな引渡し状況というものが私ははつきりわかる。わかるだけに、十万カラット渡したものが、五万カラットしか向うは受領しておらないという際に、その五万カラットの行方について多大の疑問を抱かざるを得ない。かりにアメリカ側において、その五万カラットというものをほしいままにいたしたとすれば、これはやはり国際関係の問題になつて来る。その数量のいかんにかかわらず、やはり国際信義に違反する問題だと思う。しかも引渡した日本側の責任者は、当然重大な責任を感じてもらわなければならぬと私は思う。その重大な責任を感じてもらわなければならないところの責任者はだれであるかといえば、ただいま証言なさつていらつしやる当時の交易営団の雑貨部長の福田さんだ、私はこう思います。いかに向うが乱暴なことをし、インチキなことをしても、それを打破するだけの証拠というものをつかんでおらなければならない。その証拠を何らとつておらぬ。そこにおいて、あなたが、単にここで口の先だけで、自分は責任者であります、申訳ないと言うだけのことで済むべき問題でありましようか、どうでありましようか。どういう責任をおとりになるのですか。
○福田証人 これはあるいはお求めになつておる御質問に沿わぬかもしれませんが、ずつとあとになりますが、営団の持つておつた物資の調査をしてCPCに届出をしたことがございます。その中に、当時買い上げました営団の数量をもつて、これだけのものを営団が持つておるという報告を出しておりまして、これはそのままCPCに受入れられておりましたので、私としましては、先ほど申し上げましたように、受取りをとらなかつたということには責任を感じますが、同時にあとから、そのときに渡した数量がCPCによつて認められたということによりまして、先ほど申し上げましたような、十万持つて行つて五万しかない、というような二とはなかつたというふうに解釈をしたのでございます。これはいささか責任の問題とは違いますけれども、そういうことであつたのであります。
○田万委員 先ほど佐々木君からもお尋ねがありましたが、お下渡しになつた王冠の問題についてお尋ねします。王冠が飾つてあるのを、こらんになつたという話ですが、その際何個でしたか。
○福田証人 それは先ほども私申し上げましたのですが、非常にたくさん小さいものが……。
○田万委員 王冠の数ですよ。ダイヤなんかと違いますよ。
○福田証人 王冠の数は多分三つじやなかつたかと思います。そのうちの一つが日本製じやなかつたかと思います。これは二個であつたという説もあるのでございます。そのときたいた中で、二個といつた話をしておる人もいるのですが、私はどうも三個だつたと記憶しております。先ほど申し上げましたように、一緒に行つたのが久米さんでありまして、久米さんの話とおつき合せくださればー私は三個あつたように思います。それで、外国製と日本製があつたという記憶があります。
○田万委員 三個のうち、外国製が二個で、日本製は一個……。
○福田証人 そごまでははつきりいたしませんが、その中に外国製、イギリス製、日本製があつたという記憶がございます。
○田万委員 そのイギリス製と日本製というのは、あなたが話を聞いて知つたわけですか。
○福田証人 いいえ、入れ物に書いてあつたのです、王冠にじやなしに。ちやんとした箱に入つておつた記憶があります。
○田万委員 箱が三つあつたというわけですね。
○福田証人 はい、そういう記憶があります。それに書いてあつたのであります。
○田万委員 確かにそれは三個……。
○福田証人 確かにと言われますと……。
○田万委員 確かなところを言うていただかぬと困ります。確かなところを言うていただきませんと、かりに真実に三個出ているのを二個でごまかされると、一個が迷惑するのです。あなたが見たところですれ。確かですね。
○福田証人 ですから、私は三個あつたと思います。私の記憶ではそうでございます。
○田万委員 そのお下渡しになつた王冠のダイヤを、全部工作にまわしたわけではないらしいのでありまするが、一部を残したという、その一部はどういうものを残されたか、御存じでしようか。
○福田証人 それは御下賜品の中ですか。
○田万委員 そうです。
○福田証人 御下賜品は、ほかのものよりかも特に先にこういうふうにやれという指示が軍需省からありましたのが、御下賜品のダイヤはほとんど使つておつたのじやないかと思いますが、あるいは多少残つたものがありましたか。その数量についてという点になりますと、ちよつとはつきりいたしませが……。
○田万委員 御下賜品の王冠についていたダイヤの中で、特別のあるものは、これはすぐに工具にまわして行くのにはもつたいない、だから一応残しておいたらよかろうということで、残したものがあるというような証言をなさる人もあるのです。そういうことについてあなたはお聞きになつたことはございませんか。またお聞きになつたというよりも、あなたが職務範囲として知り得た情報はございませんか。
○福田証人 これは先ほど申し上げたかと思いますが、全体的に工具にはなるべく品質の悪いものから使つて行こう、硬度さえあればよいのだから、いきなりよいものを使うのはもつたいない、だから順次に、よいものはなるべく残して行こうということはありました。特に御下賜品についてそうであつたかどうか……。しかし大体においてそういう方針は一貫しておつたのでありますから、もし御下賜品の中で残してあつたとすれば、比較的格付のよいものが残されておつたわけであると思います。
○田万委員 最後に一つだけお尋ねして、あとの委員に譲りたいと思います。きようあなたが証言に立たれる前に、良心に誓つて真実を述べ、何事も隠さず、ありのままの姿で申し上げるという誓約をなすつた。その誓約に従つて良心的な供述がなされておると私どもは考えるが、しかし、もし証言の中においてはつきりと事実と食い違つておる証言があつた場合においては、あなたは、間違つた証言をここでなさつたことに対する責任を十分とられなければならないと思います。この点はよく御了承の上で今まで御証言なさつたことと思いますが、そうでしようね。
○福田証人 はい。
○田万委員 それで、最後の牧量の点でもその気持でお話願いたいと思いますが、いろいろ各方面に書類で、問題のダイヤに対する買上げ数量、あるいは接収されたときのダイヤの数量の記録があるわけです。その数量は帳簿の上ではいろいろしるされておりますが、これは単に形式上都合よく羅列されたものではなかろうか、真実とマッチしておるかどうかというところに、疑いをかけると失礼でありますが、そういう疑いを持つた上でなければ調べができないわけで、事実であればけつこうです。それぞれの数量について、十分確固たる証拠によつて、これが真実であるという証明をせられる必要があろうと思います。従つて、その証拠をここでお示し願いたいと思います。数量の基礎たるべきこれは真実のものであるという証拠を御提出になつていただきたい。
○福田証人 数量の報告は何回も軍需省あてに出ておると思います。それは、先ほど申し上げましたように、鑑定室から出ました数量をもとにして報告をいたしております。ですから、鑑定表に間違いがありさえしなければ、その通りの報告が出ておると思います。
○田万委員 これで終ります。
○内藤委員長 それでは中野四郎君。
○中野(四)委員 最初に福田さんにお伺いしておきたいのは、一体このダイヤモンドは、何がゆえに一般国民の装飾用のダイヤを買わなければならなかつたか。だれが必要として出す人は何の目的で出したか、この点を最初に伺つておきたいと思います。
○福田証人 これは営団の発意ではございませんので、私の承知しておりまする限りでは、政府で工具に使う工業用ダイヤの輸入がとまつて、だんだん日本の国内の手持ちが減つて行くので、これから軍需生産が、その当時のことですが、ふえて行く、そうなると不足を来すおそれがあるから、今のうちにその不足に備えて一般の供出をやつてもらおう、こういうことであつたと考えております。
○中野(四)委員 だから、国が必要として、国民は国のために出したということはわかりますね。
○福田証人 それは私もそう考えます。
○中野(四)委員 当時陸軍と海軍には相当の工業用ダイヤがあつたのです。約八万カラット余あつたのです。どうして軍需省だけが装飾用のダイヤを買わなければならぬか。これは営団をして一般のダイヤを買わしめるには、軍需省としてはそれ相当の理由がなくてはならぬわけです。普通陸軍、海軍に工業用ダイヤが八万カラット余もあれば、軍需大臣は東条英機ですから1内閣総理大臣であり、陸軍大臣であり、軍需大臣であり、大東亜大臣であり、一世の権限を一人で掌握しておつたのです。従つて自分にその意思さえあれば、軍需省が必要なものであれば、陸海軍からまわしてもらうのがあたりまえなんです。それを生命財産と人間は一口にいいますが、その生命に次ぐ財産です。このような大きなものをぱ第一群に買い上げなければならない。これにはよほど当時の事情があつたし、軍需省でも営団と御相談になるときには話があつたと思いますが、どうですか。
○福田証人 そういう問題についての話は私存じないのでございますが、ただ今申し上げました必要で買上げをやるという話がきまつてから後に、政府からどういうふうにやるかというような御相談はございました。それから今の陸海軍の問題は私は全然存じません。
○中野(四)委員 これは大体あなたの常識で判断されていいのです。あなたはお立会いにならなかつたかもしれないが、営団がダイヤモンド、白金、金等を買い上げるにあたりまして、一体陸海軍にはそんなにダイヤも金もないのかしらんと、一応、当時の軍の事情を知らなければ、考えますね。しかし、私がちよつとふしぎに思うのは、当時営団にも工業用のダイヤが約五千カラットあつたはずであります。それから陸海軍にも、先ほど申し上げましたように八万余カラットのものがあつたのです。当時の消費をする量から見ますると、まだ戦争には相当余裕が、工業用ダイヤに限りあつたわけです。それを軍需省が必要としたのは、先日来の証言によりますれば、陸海軍の軋轢です。すなわち敗戦の最大原因といわれる陸軍、海軍の間の軋轢が、軍需省へ一粒のダイヤをもよこさなかつたということです。そこで軍需省は買上げ要綱をつくつて、交易営団あるいは中央物資活用協会というものを通じて、国家が今日航空機を製造するのになくてはならぬ工業用ダイヤが軍需省関係はないから、従つて、一般国民の装飾用のダイヤをこれに充てたいという考え方から、買上げを実施したというのであります。だから、私のお尋ね申し上げた第一の要点は、先ほどあなたが御証書になつた通りです。国家が必要欠くべからざるものとして要綱を出し、そのお手伝いを営団あるいは中物等に頼んで、そうして国民も中央物資に売るのでなく、交易営団に売るのでなく、戦争に勝ち抜くために、国家のために、ほしいものではあるが出すというこの一貫した気持は、お互いが知らねばならぬことだと思うのであります。お立ち会いにならなかつたとあるなれば、先ほど御証言の通り、国家が必要として国民が国家に出したのだということがまずおわかりになつていらつしやれば、私はよろしいと思います。 それから、先ほど証人の御証言の中に、法律ではないとおつしやいましたが、その通りなんです。任意供出であります。しかし任意供出ではありますけれども、その任意供出は、普通の任意供出とはたいへん違う。今前提として申し上げたような理由により、緊急欠くべからざる工具用ダイヤとして急速に必要だというので、それに対しては、婦人会あるいは在郷軍人会、隣組、町会を通じまして、都道府県を通じまして、半ば強制的に置い上げたものであります。このことはラジオや新聞で宣伝し、政府はその宣伝と啓蒙にあらゆる力を尽したことは、あの成績を見てもわかると思うのです。ただ、白金の場合におきましては、要綱の中にずいぶん乱暴な文章が載つておりますが、あなたは御存じでありましようか。今日は大体ダイヤモンドだけに分離して伺いたいと思つておりまするけれども、営団は金、白金、貴石あるいはダイヤモンド等を買い上げておりますから、伺うのですが、白金買上げの軍需次官通牒の中には、相当乱暴な言葉が載つておりますることを御存じでし上うか。これを御存じであるかないかによつて、法律ではないけれども、単なる任意供出でなかつたということがおわかりになろうと思いまするが、当時の御記憶を呼び起していただきたいと思います。
○福田証人 白金の場合は、たしかその要綱の中に、必要であれば強制的に云々ということがあつたと思います。これは最初やはり任意供出の形で白金の買上げをやつたのですが、間もなく強制法が出たのでありますが、そのときに、営団といたしましては、そういうものではない、やはり任意でなくちやいかぬじやないかということを、これは総裁まで主張したのでありますけれども、ダイヤの買上げと非常に違つておりましたことは、白金の方は海軍がかなり自分で乗り出して参り幸して、それで営団何を言うかというようなことがございまして、一人の海軍将校などは、営団は生意気だ、総裁、責任者をたたつ殺せといつたような激論まで出たのでありますが、営団はその強制には反対であつたのであります。でございますから、その要綱には、多分、必要ならば強制するぞといつたようなことがありましたことは覚えております。
○中野(四)委員 それのみならず、ある場合には一定の時期持つておるということができなくなるぞということを、一般の国民にそれとなく示唆してもよろしいという、今日からいえば乱暴な言葉ですが、しかも軍需次官通牒の中にあつたことを考えますと、とにかく当時の戦争の熾烈であつたことを考え、国家がいかにこれを早急に必要としたものかということが私はわかつて来るのです。それなればこそ、お下渡しの場合においても、天皇陛下、皇后陛下におかれては、国民の愛国心を高揚される意味でもありましようし、一面においては、みずからもその範をたれられたわけなんです。そこで、あなたの方にも、工業用のー工業用といつちや悪いが、装飾用のダイヤを軍需省にお下渡しになる、あるいは白金もお下渡しになつて、軍需省の機械局長から、昭和二十年の四月の十日に、交易営団に対してお下渡しダイヤモンド工具生産指示の件というのがたしか行つたはずです。このうちの加工用のダイヤモンドに関しては、即刻交易営団より支給いたすべきにつき右了知相なりたくという、機械局長から交易営団に書類が来ておるはずでありまするが、そのダイヤモンドは来たのでしようか。たとえばバイトやいろいろなものにあなたの方でなさるために、工具になさるために、このダイヤモンドは御下賜品として、機械局長からの通牒に従つて参りましたでしようか、お宅へ。
○福田証人 その通牒と一緒に御下賜のダイヤが来たという記憶は私は持つておりません。やはり営団の保管しておりました御下賜の、先ほど申し上げました大きいのを返したあとの石の中から、それが出ておるものだろうと思います。その通牒と一緒に石をもらつたという記憶はございません。
○中野(四)委員 一緒ではないでしよう。即刻交易営団から支給するというのですから、即刻があとであつたでしよう。しかし、おもらいになつて、その石を配給された先はたしかわかつておろうと思います。たとえば、あなたの方で工具製造会社にまわされて、あるいは工具になり、営団にもどつて来て、さらに指令に基いて配給をいたします。先ほどちよつとお話の日の丸の、あるいは何かそういう意味のものをつけたかもしれぬというお説でありますが、こういう皇室の御下賜品でありまするから、当然そういう処置をとられたことは適宜の処置だと思いますが、その配給先は全部わかつていなければならぬわけであります。たくさんのものじやございません。ダイヤの数が個数にして三千六百個、カラットにしまして百二、三十カラットのものであります。従つて、その配給先ですね。工具としてどのくらいおつくりになつたか。そうしてこれを配給された書類は確かにあると思いますが、当時の記憶でけつこうでございますから、これに対して御証言を願います。
○福田証人 工具はたしか八千くらいできたのじやないかと思つておりますが、これは先ほどの田万さんのと一緒に、そのときに御報告を申し上げたらいかがかと思います。
○中野(四)委員 配給先です。わかつておりますね。
○福田証人 はい。
○中野(四)委員 そこで少し順を追つて伺つて行きたいのですが、あなたは交易営団の理事でいらつしやつたのです。しかも雑貨部長という要職においでになりました。交易営団は、八十一議会において、当時の岸商工大臣の発言に基いて、交易営団法というものででき上つたものであります。その交易営団設立の目的は御存じだろうと思いますが、御記憶でけつこうですが、おつしやつていただきたい。
○福田証人 営団の目的は、営団法の一番初めに、戦時に際し国家の経済力増強、こういうことだつたと思います。
○中野(四)委員 その通りなんです。あくまでも総合戦力増強のために集中動員せねばならぬという考え方に基いて当時の多元的な統制機構及び間接的な統制方法をもつてしては、とうていその目的を達することができないから、従つて、交易営団というものをその中枢機関としてつくるということが趣旨であります。仰せの通りなんです。従つて、この交易営団を設置するにあたりまして、その資本金は御承知のように政府が二億五千万円、民間から五千万円、その株数三百万株、こういうふうに大体の筋を立ててできたものであります。従つて、先日来本国会におきまして証人を喚問しまして、各方面の話を聞きますと、結論的にいえば、交易営団というものは国家機関である。従つて、そのむずかしい交易営団というものをば、よその会社とか個人的な協会とかいうふうに考えておらぬというのですね。大体国家機関なんだ。国家が必要として営団法をその目的のためにつくつたものであつて、どうもあまりやかましいことを考えていなかつたというのが一致した結論のようであります。しかしながら、私はこの際福田さんに聞いておかなければならぬのです。つまり軍需省からダイヤモンド、白金、金を買い上げるにあたりまして、営団との間に当然何らかの話合いがなくちやならぬわけです。たとえていえば、買い上げるには、買上げ要綱に従つて十種類にわけて鑑定をして買い上げる、ことに値段も当時よりいささか上まわつて国民が売りやすいようにする、政府も買上げの成果を期したい、こういう考え方から要綱ができておるのです。そうしますと、結局それに対して利益というものがあるはずであります。手数料ですね。あるいはこういうような貴重な品物でありますから、こういうものが戦災等にあつたり、途中災害を受けた場合におけるところの砦の補償とか、いろいろなことがあるはずであります。こういう場合に、ただそういう権利だけを主張したものでなく、軍需省と交易営団の間には、何らかの文書の上において明らかに契約がなくてはならぬと思うのですが、どういうようなお約束を軍需省と交易営団はなさつたでしようか。すなわち貴金属、ダイヤを買い上げるに際して、雑貨部長として当面の方ですから、どういうふうに当時の状況を扱つておいでになりましたか、詳細に御説明を願いたいと思います。
○福田証人 お答えいたします。営団と政府との間の契約というようなものはございませんでした。これも先ほどちよつと申し上げましたが、営団の仕事の行き方は、別に政府と契約とかあるいは政府の委任を受けるとか、そういう行き方ではございませんでした。少くとも雑貨部に関する限りは、あらかじめむろん下話と申しますか、ダイヤを買い上げるというお話がありまして、それじや大体こういうことで行つたらばどうか、営団としてはこうだ、たとえば、全国的には営団としてとてもやれない、それでは大きな都市だけにしよう、そういうような話はむるんあつたのでございますが、いよいよ実行に入りますには、要綱の指示というものが出て参りました。それによつて実行して行く。営団と政府の間は矛ういう関係でありましたから、別に却約といつたような行き方はしておらないのであります。
○中野(四)委員 営団に対しては政府は公債を発行しておりますが、しかしながらダイヤを買い上げるには資金がいります。この資金はたしか商業資本をやりくつて使つておつたのでありますが、営団が商業資金を使うについて、軍需省と何か話がなかつたのですか。ただ、そこにあるものを使つてやつておいてくれ、こういう話合いですか。どういうふうになりますか。
○福田証人 金融の面は経理部の仕出でございまして、雑貨部といたしましては、先ほど申し上げましたように、初めは大体二万カラットというようなことが一般に言われておつたのでありますが、やつてみると、よけいにいりそうだということで、大体の計画はこのくらいいるだろうということは、経理部長に報告をいたしておるのであります。あと金融の関係は私直接やりませんで、旧横浜正金銀行から借りたものが一番大きいと思います。それを経理部で何して、経理部が計画を立てて支払つて行く、こういうことでございます。
○中野(四)委員 そうしますと、買上げ資金の点で、あなたは御関係がなかつた。当時軍需省と営団の方の、ダイヤ、金、白金の買上げの交渉に当つた当面の方はだれでありましようか。
○福田証人 全体的にわたるような問題、あるいは大きな問題の会議とか交渉とかいうものには私が出ておりましたし、また実際的のこまかい打合せは次長あるいは課長が出て、軍需省の担当の方と話をする。それによつて私が報告を受ける、そういう行き方でありました。
○中野(四)委員 福田さんの感覚からいえば、交易営団というものは国家の代行機関のようなもので、そんなむずかしい契約をとりかわしするほどの仲ではない、こういう感覚でしようね。それでなければ、物を買つて莫大なる資産士投ずるならば、何かそれに対して裏づけがなくちやならぬ。契約がなければ、そんなばかな交渉はできるもんじやないのですが、どうなんですか。
○福田証人 これは、営団というものは、御承知と思いますが、物資管理営団と貿易統制会というものに対する仕事を一緒にあわせてやるような形のもので、当時私は統制会の方におりましたのですが、資本と経営の分離ということを交易営団の組織の中には非常に織り込んでおられたので、最初は資本金はいらぬということであつたようであります。それではやはりぐあいが悪いということで、かなりあとから資本という考え方が出たのでございます。それで、営団といたしましては、国の仕事をやるんだという考え方はむろん持つておつて、別に特に政府と仲がいいとか悪いとかいう問題ではないのでありますが、密接に連絡をやつておりました。初めから営団は政府の契約なり委任なりで権限の委譲を受けてやる、こういうことではないのでありまして、指示によつてやる、あるいは報告の義務を営団が持つ、政府が厳重に監督する、こういう考え方でした。ですから、別に政府機関であつたから契約をしなかつたというわけでもなかつたろうと思います。
○中野(四)委員 ちよつと明確でありませんね。営団法によつて営団が設立されまして、八十一議会の承認を得ますときには、明かに国家目的をうたつております。従つて、その前はともかくとして、交易営団となりましてから後は、国家目的のために動いたものでありまして、ほかの雑貨の問題は、この際混淆しますから伺わぬ方がいいと思いますが、特に一番最初に伺つたように、国家が緊急必要として、ダイヤ、金、白金を買い上げるにあたつては、その要綱を示してあなたの方と御相談したんだから、あなたの方で商業資金をやりくつて出したとあるからには、あなたの今の御説明の筋からいえば、何かはつきりした契約ーすべてのものがなくちやならぬ。ところが、今のお話や各証人のお話を総合的に聞きますと、当時はそういうような約束はしなくても、営団というものはいわゆる国家機関なんだから、従つて、八十一議会の承認を経ている過程において、きわめて簡単に、交易営団をして買上げをせしめたんだ、こう言うているのです。だから、あなたはそういうことが了承できるか。そうでなくて交易営団というものはまた別の観点から買上げをしたかということを聞いているのです。
○福田証人 今の御質問はー営団は国家機関ということでありましたので、政府のお役人にわれわれが接しましても、今で申します公務員でございましよう、ほかの職につくことも禁じられるということでありましたから。むろんほかの貿易統制会長といつたようなものよりも、よほど政府に近かつた、それはその通りでございます。
○中野(四)委員 それでどうですか。交易営団は大体今清算に入つておりますが、雑貨部長として、いろいろ近ごろ新聞、ラジオで、ダイヤモンドの事件はお聞き及びでしよう。また関心を払つていらつしやることもよくわかります。交易営団の清算について、大分営団は利益が上つておるように報告が出ておりますが、あなたはどのくらい営団の清算の結果利益が上つたとおぼしめすか。
○福田証人 私は清算の現状は知りませんが、私ただ個人としての、雑貨部長としての考え方から行きますと、営団の清算というものは、まだ全部の債務を払うだけのものがないんじやないかという気がいたします。と申しますのは、いろいろな補償といいますか、そういうもののかなりの部分は敗戦後に打切られてしまいましたし、それから今のダイヤというものも、営団の清算過程には入つておらないように聞いておりますから、どうも利益が出るということはおかしいので、むしろ非常に大きな赤字が出るんじやないかと思います。
○中野(四)委員 これはあなたに聞くべき性質ではありませんけれども、ちよつと伺つてみておいたのです。これは清算人が来れば、データでは出ておりますが、幾らもうかつて幾ら損しておる、ダイヤを幾ら買つた、白金を幾ら買つたというようなことがあるのです。これはあなたにお伺いすべきではないが、一応営団との関係で伺つておいたのです。 そこで本筋なんですが、営団が買い上げるにつきましては、全国七箇所の支所、こういうものに命ずると同時に、デパートを利用して買上げをしました。そのほかに、代行機関として中央物資活用協会に御依命になりましたね。これと営団とはどういう契約を結んでおりましようか。これは、ただ頼んで、あとはよろしいというわけでもないでしようが……。
○福田証人 これは、私の承知いたしておりまするところでは、生活物資活用協会は、営団のー実は当時交易営団は軍需省、その前は商工省の監督下にあつたのでございますが、たしか生活物資活用協会というのは大蔵省関係ではなかつたかと思われます。そういうような関係であつたろうと思いますが、営団が百貨店を代行店に依頼してやつたという関係とちよつと違つておりまして、物資活用協会としましては、営団のやりました七都市以外のところは、営団の代行というよりかも、むしろ物資活用協会自体として買い上げて、ただこの買い上げたものは、物資活用協会がかつてに処分するのではなくて、営団が引渡しを受けて再鑑定をして引取る、こういうことで、たしか代行店という名前にはなつておらなかつたと思います。つまり百貨店よりかも格が上だ、そういうようなことだつたと思います。
○中野(四)委員 ちよつとお説と食い違うのです。なるほど、仰せのように、中央物資活用協会というのは、大蔵省、軍需省、内務省の許可を得て設立したものなんです。従つて軍需省にも許可権、認可権があつたわけです。ただ、私が伺つておるのは、営団と中央物資活用協会の関係なんです。軍需次官通牒によりますれば、買上げ機関と代行機関を明らかにしております。その代行機関の中に、買上げ場所は「七都府県二於テハ代行店タル百貨店内トシ共ノ他ノ道県二於テハ中央物資酒刑協会ノ臨時設置セル指定買上場所トス」となつておりまして、他は売上げ代金とか、いろいろなことが載つておりますが、明らかに軍需次官通牒の中に代行機関というものが明記してあります。これはダイヤモンドの買上げです。
○福田証人 物資活用協会が代行して、百貨店と同じようになつておりますか。
○中野(四)委員 そうです。そこで、私があなたに聞きたいのは、あなたはほかの下つぱの人たちと違つて雑貨部長であるのですから、従つてこういうような買上げを委任する行為をする場合、中央物資活用協会とか百貨店というものに対しては、あなたの方からその利益に対して三分の手数料を払う、あるいは政府があなたのところに話をしたと同じように、途中において間違いのあつた場合においてはこれを補償する、というような軍需次官通牒が出ております。この日にちは昭和十九年の七月二十一日になつております。従つて、あなたのところと中央物資活用協会とはどういう契約を結ばれたか。ただ彼らがものずきに、おれが買つてやろうといつたわけではないでしよう。いわんや、金銀運営委員会というものは、あなたが当時御関係を結んだのでございまして、全国の時計屋さんや金銀を扱うところの業者であります。番頭とおつしやいましたのは間違いであつたのでしよう。店主であります。あるいは店員であつたかもしれません。こういうような人たちが国家に協力するというので、業者の仲間にどのくらいあるということは業者が一番よく知つておるから、まずこの業者の方に頼もうということで、彼らが金銀運営委員会というものをつくりました。しかしながら業者は、一般のお客とじかに取引をしておりますから、お客が持つて来たものを便宜上これを取扱うということをしておつたのです。だから、終戦前に静岡の検察当局で、金銀運営委員会の会員が、白金の横流しをし、銀の横流しをして、軍人に賄賂を使うために銀のウイスキーのびんをつくつたり、莫大なバンドのバツクルをつくつたり、あるいは金杯をつくつたりして献納したことがばれて、静岡の刑務所にたくさん収容された事実もある。しかしながら、金銀運営委員会にいたしましても、中央物資活用協会にいたしましても、あなたの方から委嘱するのには何らかの契約がなくちやならぬ。そこで、どういう契約をしておいでになるかということを聞いておるのです。ここに軍需次官通牒があるのですから、何かこれに基いて契約したはずです。
○福田証人 百貨店の方は契約した覚えがあるのでありますが、中央物資活用協会の方は、連絡は密接にやりましたが、契約したという記憶はないのであります。これは百貨店よりも敬意を払つたと申しますか、そういう意味であつたわけです。
○中野(四)委員 これは重要問題なんですが、軍需次官の通牒の中には、「イ中央物資活用協会」(ロ)ノ代行ヲ設置スル七都府県ヲ除キタル内地一円ヲ担当スルモノトシ巡回買上ゲヲ実施ス」となつておるのです。ごらんに入れましよう。 〔中野(四)委員書類を証人に示す〕 中央物資活用協会はあなたのところとは関係がないのですか。
○福田証人 いや関係がないとは思いません。中央物資活用協会は、買つたものは営団に持つて行かなければならない。百貨店とは違うのです。
○中野(四)委員 もちろん百貨店とは違う。ダイヤモンドを七都府県を除いた内地一円で買い上げる役を勤めたのです。よろしゆうございますか。してみますと、この物資活用協会は、白金の場合も同じなんです。ただ金銀運営委員会は、ダイヤの場合は違います。従つて、中央物資活用協会というものが、軍需省直接に依命を受けてやつたのか、軍需省から依命を受けて、交易営団がさらに中央物資活用協会と相談をしてやつたのかということを聞いておるのです。交易営団が新たに中央物資活用協会と相談をしたならば、そのすべての書類がなくてはならない。どういう契約をなすつたかということを聞いておるのです。
○福田証人 今申し上げましたように、百貨店との契約は記憶があるのですが、中央物資活用協会と契約をとりかわしておつたかは記憶がないのです。しかし、百貨店と違いまして、軍需省と買い上げについていろいろな相談をする場合には、よくこの中央物資活用協会と一緒に買い上げをやつたのであります。しかし、今おつしやられたその契約をしたか、あるいは軍需省から命令を直接したのか、あるいは営団が買い上げを中央物資活用協会に直接に依頼したのかとおつしやられますと、私はどうもその中間がはつきりしないのですが、百貨店には直接政府は話をされなかつたはずです。中央物資活用協会の方は、百貨店よりかも政府は近く話をしておられた、表現はまずいのですが、こういうふうに考えております。
○中野(四)委員 あなたは当時雑貨部長としてダイヤ、金銀を買い上げたのですよ。一番重要な中央物資活用協会を代行的他位に置かしめておいて、わからなかつたなんというのでは済みませんよ。書類があるのです。お読みしましようか。中央物資活用協会は大蔵省と軍需省がおもに監督をしております。認可権を持つておつたのです。特に金、銀の買い上げについては大蔵省が監督をしておつた。それから白金、ダイヤ関係では軍需省がやつたのです。しかも中央物資活用協会の報告によりますれば、中央物資活用協会のダイヤ買い上げは、交易営団の下請として実施したとしてある。あなたのところの下請であるところの中央物資活用協会を知らぬとおつしやれば、これはちよつとうかつです。決して福田さんをとかく言うのではないですよ。今、日本中の人が、この接収解除になりましたダイヤモンドをめぐつて、ややともすると、政府の一部の官僚と営団あるいは中央物資活用協会、鑑定人、業者というようなものが、何となく一連の目標のもとに動いておるかのように、疑惑を持つて見ておるのですよ。そこで当委員会においても、この調査に乗り出したわけなのです。私は、先入観の疑惑の上にあつて、あなたに伺うのではないのです。今日の所有権を明らかにする上においては、まず国際公法上の問題もありましよう。あるいはポツダム宣言を受諾した条章もありましよう。従つて、平和条約によつて日本がすべての請求権を放棄した条章もありましよう。接収あるいは接収解除というものの法的根拠も明らかにしなければなりません。一面においては国内法、自分の国の秩序を立てる上において憲法があります。あるいは民法、商法もあります。個人の権益をあくまでも擁護しております。この所有権を明らかにしなければならないこの大事な問題について伺つておるのです。その所有権の発する端はどこにあるかというと、当時のあなか方の契約いかんにあるのであります。ところが、残念ながら契約は何にもない。そこで交易営団が政府から依命を受けて、ダイヤモンド、金、白金の買い上げを行つたけれども、それは七都道府県に限つておつた。いわゆる七つの支店に限つておつて、その代行をデパートに頼んだけれども、さらに全国的に買い集めをしなければならぬから、適当な場所で買い上げをずるには、中央物資活用協会、すなわちさきの戦時物資活用協会を活用する必要がある。そこで、あなたの方が中央物資活用協会に頼んだのか、軍需省が直接物資活用協会に、交易営団のやつていたいところで買うことは全部お前のところでやれ、と命令をしたものか、これをまず聞くのです。もしあなたの方が中央物資活用協会に下請として頼んだならば、あなたの方は親請ですから、下請との間にまた交渉の余地があるわけです。おのずから契約がなくてはたらぬわけです。中央物資活用協会の買い集めたダイヤ、白金、金を納めるところは交易営団だぞという政府の命令ならば、あなたにこれ以上聞かなくてもよろしい。交易営団が政府から依命を受けて、それからさらに中央物資活用協会へ一体頼んだのか、どうなのか。頼んだなら契約がある。その契約の内容を示せと言つている。頼まなければそれでよろしいのです。
○福田証人 雑貨部としましては、旨い上げをやる前に中央物資活用協会とは関係がないのでありまして、七都市以外のものは物資活用協会にやらせようじやないかということは、政府側から出たものと私は了解しております。形式は営団から依頼したような形になつて、契約書が出たかどうかははつきりしませんが、親請、下請というような手続はとつたかもしれませんが、営団が初めから、これ以外はひとつ中央物資活用協会を使いたいと申し出たのではないのであります。
○中野(四)委員 もう一ぺん伺つてみますが、あなたのお言葉を要約しますと、大体中央物資活用協会のダイヤモンド買い上げは政府から頼んだものであつて、営団が直接関係したものではない、だからそこに契約がない、こういう意味ですか。はつきりさせておいてください。
○福田証人 私の申し上げたのは、中央物資活用協会をして当らしめるということは政府側から出た、しかしその手続、形式はやはり営団から依頼するということで、もしお手元の軍需次官の指示が、依頼せよということであれば、その通りにやつたと思う。
○中野(四)委員 そうじやない。あなたの意見を聞いておるのです。
○福田証人 ですから、私は契約したという記憶はないと言つておるのです。しなかつたとも言い切れませんが……。
○中野(四)委員 それは困りますね。大事なところなんですが、こういうことは忘れるような問題じやないのですからね。買上げの手数料をあなたのところで中物に払つておいでになるでしよう。買上げ手数料は、営団は代行店に対し一定の買上げ責任量を提示し、その責任量までの買上げに対しては買上げ価格の百分の二を、責任量超過分については百分の五以内の手数料を支払う、となつておりまするが、あなたの方で中央物資活用協会におやりになつておられたか、やらないのですか、政府は払つたんですか。
○福田証人 政府では払つておりません。なぜならば、営団が中央物資活用協会の買い上げたものを、百貨店と同じように、再鑑定して買い上げたのです。但し全量はとつておりません。一部のものはとれなくなつてしまつたのです。
○中野(四)委員 これをだれが頼んだんですか。中央物資活用協会に頼んだ人間がいなければならぬでしよう。政府なら依命した者がなければならないし、あなたの方ではあなたの方で頼んだはずです。つまり中央物資活用協会はものずきに出て来たのじやない。軍需省からの命令によつて、買上げをきめるために買上げ要綱によつてやつたんでしよう。それが買上げ要綱の中にも明らかに載つておるんです。その中央物資活用協会というものは政府が依命したものか、あなたの方から頼んだものか、そこをまずはつきりさせて一段階つけなければならぬから伺つておる。出発の第一歩なんです。
○福田証人 今そこでそれを拝見したのですが、それを読むと、どうも代行店ではないように読めるのですが、それと私の方と契約したかどうかということは、おしかりをこうむつて何ですが、記憶がはつきりいたさないのです。しかし、政府が直接物資活用協会に命令をしたと私は申し上げたのではありませんので、物資活用協会を使おうじやないかという打合せの席の問題でありまして……。
○中野(四)委員 私の申すことがわかりますか。
○福田証人 今あなたのおつしやつたのは、直接に政府が命令したのか、その次官通牒によると代行店となつて……。
○中野(四)委員 いや、通牒によらなくていいんです。あなたの記憶を聞いておるのです。
○福田証人 ですから、私の記憶は、どうも百貨店とは違つた関係にあつたように思います。
○中野(四)委員 違つた関係とはどういう関係ですか。
○福田証人 それは、先ほどから申しましたように、中央物資活用協会というものをもう少し重くわれわれは見ておつた。百貨店は自分のところの出先で、自分がさしずをする。中央物資活用協会の方はもう少し尊敬するというか、オーソリテイを認めたといいますか、そういう気持でいましたので、書面をもつて依頼をしているかもしれませんが、どうも契約というものをした記憶はないのでございます。
○中野(四)委員 そういう大事な日本国民の愛国心に訴えて貴重なものを求めるその衝に当る方々だから、あなた方もおそらく日の丸のはち巻を締めたつもりでおやりになつたのでしよう。善意の悪結果と申しましようか、結果から見れば、今日からあなた方を批判すれば、まつたくうかつ千万というのか、怠慢千万というのか、納得できない。そうでしよう。あなたと一緒に買上げを実行する者は、日本に三つしかないのですよ。交易営団、中央物資活用協会、金銀運営委員会と、この三つが大体買い上げておつたのです。従つて、その衝に当つた交易営団が政府から依命を受けてその代行機関として中央物資活用協会を利用したのか。政府から面接中央物資活用協会に買上げ命令が来たのか。その一番交易営団の買上げの衝におつたあなたが、知らぬというようなことを言えるわけがないじやありませんか。重く見るか軽く見るかということは後日の問題で、その出発点にあたつては、一体だれが依命したのか、だれが一体頼んだのか、これを聞いているのです。そんな重い軽いの問題はどうでもいいのです。おつき合いの偉そうなやつとか、金のありそうなやつとか、そんなことを聞いているのじやない。この出発点において、どういう経過によつて頼んだのか。頼まなければ頼まないでいいのです。それを伺つている。特に中央物資活用協会は、七大府県を除いて、全国の都道府県の知事に依頼をして、その協力のもとに買い上げているのです。端的に言つて買つているのじやないですよ。道のまん中にテントを張つてさあ売つてくれと言つたのじやない。それぞれの政府機関の命ずるところによつて買い上げた。その実例をあげれば幾らもありますが、そんなことをここであげているひまはありませんから、まずあなたにその根本を聞いているのです。重い軽いということを聞いているのじやありません。あなたの方で頼んだ賞えがあるかないか。なければないでいいのです。どちらなんでしよう。
○福田証人 私が今御返答を申し上げましたのは、中野さんの御質問が、政府から直接何したのか、営団が頼んだのかという御質問、そうでございましたね。
○中野(四)委員 そうです。
○福田証人 そういうので、話は政府から出たのだということの御返事をいたしましたのですが、それなら契約をしたかという御質問がありましたので、契約をした覚えがどうもないように思う。しかし、もちろん買上げを物資活用協会に営団はお願いしたのでございますから、それはお願いいたしていると思いますが、それを、先ほど申しましたように、あるいは書状でやつたのか、手紙の形式でそういうふうにやつたのか、あるいは契約をしたという、そこがどうもはつきりしない、こう申し上げているのでありまして、もしも私の記憶がいかぬということであれば、これはやはり私にも時間をいただいて、調べさせていただきたいと思うのであります。
○中野(四)委員 結局買上げは頼んだんですね。
○福田証人 そう思います。
○中野(四)委員 書状は残つているか残つていないかわからぬけれども、買上げは頼んだ記憶はあるんですね。
○福田証人 頼んだ記憶は私にもございます。
○中野(四)委員 だれに頼んだのでしよう。
○福田証人 それは、私は、主として物資活用協会の方で何しましたのは理事の方であつたと思いますが、中田さんと言われたと思いますが、理事長はたしかその当時非常に偉い方で、お目にかかつたことはございません。主としてたしか中田さんと言われたと思いますが、その方が会議とかいろいろなものにも出ておられました。
○中野(四)委員 一人じやなかつたでしよう。物資活用協会から出た人が三人いるはずですが、一人じやないでしよう。御記憶を呼びもとしてください。だれかそのほかにおりませんか。
○福田証人 名前として覚えておりまして、顔もはつきりしておりますのは中田さんでございましたが……。
○中野(四)委員 ほかから来られたような記憶はございませんか。
○福田証人 ええ。
○中野(四)委員 どこでそういう御相談になりましたか。
○福田証人 その時分目比谷公園の元華族会館、あの中のお部屋で相談をした記憶がございます。
○中野(四)委員 続いて伺いますが、中央物資活用協会が買い上げまして、利益を相当払つていますね。つまり買い上げた手数料。総数どのくらい買い上げて、どのくらいの利益金をお払いになりましたか。
○福田証人 それは、営団の方のものよりも大分少かつたのじやないかと思いますが、それに私の記憶によりますと、物資活用協会の事務所が戦災にかかつたことがございまして、その当時にたしか一部の買上品が焼けたようなことなどがございまして、それで後に、残りを営団が通牒通りに買い上げろということで、そのときは営団は終戦の翌年の三月であつたかと思いますが、総司令官から活動をとめられたのでございますが、そういうような事情で多分お引取りができないで、そのままになつておつて、後にCPCの方に物資活用協会からお渡しになつたというふうに私は伺つております。おそらく営団が引取りました量はきわめて少かつたのじやないかと思います。はつきりした数字は覚えておりませんが、しいて申し上げるならば、一万カラットか二万カラット程度のものじやなかつたかと思つております。
○中野(四)委員 大分妙なところはお詳しいようです。中央物資活用協会の倉庫が焼けたことを大分よく御存じですが、中央物資活用協会が買い上げたものはどこえ入れておいたのでしよう。こういう貴重品ですから、あなたのところは、最初は三井信託に入れられたり、三菱に入れられたり、日本銀行の地下室に預けられた。これほど大事なものです。物資活用協会としても大事なものですから、当時空襲盛んなときですから、大事なところにしまつておかなければならぬはずですが、どこへしまつておいたとおぼしめしますか。
○福田証人 今妙なことをよく知つているというお話でありましたが、ダイヤが焼けたというので、当時やかましいといいますか、営団の鑑定人の間なんかでも、焼けダイヤ、焼けダイヤということが言われたものですから、それで実は記憶に残つております。ですから、一部おそらくそれは金庫だつたろうと思いますが、活用協会がそんなにいいかげんに扱つておられたはずはないのでありまして、やはり営団と同じように保護預かりに預けておかれたんじやないでしようか。そこまでの記憶はございませんが、おそらく保護預けに間に合わなかつたものが金庫に残つておつてそれが焼けたんじやないかと思います。
○中野(四)委員 二つ三つ一緒に聞きますから、メモしていただいてけつこうですが、あなたの買い上げ当時の処理方法は、どういうふうに処理しておつたかということ。そこで、買い上げた石の中に、全国から集まつたものの中には相当大きい石があるはずですね。日本がシンガポールから持つて来たのには、五十三カラットという世界で三番目の相当大きなものがありましたが、何カラットのものが一番大きくて、幾つぐらいあつたか、値段は幾らで買い上げたか。これが一つ。それから、買い上げてどういうふうな始末をしておつたか。どういう処理方法をしておつたか。再鑑定をして、そうして再鑑定をすると同時に、どういう始末の方法をしておつたか。この二つをまず伺います。
○福田証人 私の記憶では、営団の買い上げましたダイヤの中で、カラットの大きいものといいますのは、十六、七カラットというものが一番大きかつたのではないかと思いますが、そういう石はおそらく幾つ1二つか三つかごくわずかなものでなかつたかと思います。大体営団が買いました石は、数から申しますと、割に小さなものがよけいあつたと記憶いたしております。 それから買い上げの価格を今お聞きになりましたが、これはちよつと私も記憶がないのでございます。標準が千五百円でありましたか、それの一体何倍くらいだつたか。この間朝日新聞でどなたかのお話をちよつと見ました。何十カラットで何百万円ということでありましたが、何でもそんな何十万円、何百万円という石はなかつたように覚えております。大体大きいもので十六、七カラットくらいがとまりじやなかつたかと思います。
○中野(四)委員 処理の方法を聞いたのですが……。あなたの方で買つて、再鑑定室へまわしてどんなふうにやつておつたか……。
○福田証人 それは、先ほどちよつと全般的の点を申し上げましたが、百貨店からはこういう紙の袋に丁寧に包んで、そして鑑定書をーこれは鑑定人の判こが押してありまして、それを、必ずしも毎日ではなかつたと思いますが、営団に持つて来る。最初の一日はどうなつたかと言われますとちよつと困るのでありますが、大体営団で買上げを担当しましたのが第一課でありまして、一課がそれをまず受取りましてこれを運輸保管課にまわして、運輸保管課がそのまま銀行の保護預かりに入れる、そして今度は鑑定室から、大体きようどれだけのものがやれるということになつて、その命令をまた第一課が出します。それは伝票の形式で行つておりました。それで運輸保管課が銀行の保管から出して来まして、それを鑑定室に持つて参ります。この保管は御承知でしようが、このくらいの高さのひきだしみたいにしてあるのが保護預かりにあります。その中で大体日付別と各百貨店別にしてある中から出して来るわけでありますが、鑑定室に行きますときには三越の分、松屋の分というように出されてもそれを順次鑑定をして行きます。これは、カラットをはかつて、それから鑑定人が見るわけであります。それで鑑定ができ上りますと、鑑定表というものがございまして、それにいさいを書き入れて、それが多分二通出たと思いますが、それがついて鑑定室から第一課と運輸保管課の方にまわつて、そして済んだものを運輸保管課でまた地下室に入れて保護預かりにもどす、保護預かりの中は大体百貨店別に整理される、こういうことになるのであります。
○中野(四)委員 当然雑貨部長でいらつしやるから、そういうふうに詳しく内容を御存じのはずです。 そこで伺つて行くのですが、ものは初めがあつてしまいがあるのですから、買上げ総数が幾らあつたということも、大体書類によつてわかるはずなんです。それから政府に幾ら納めたかということもわかるはずであります。たとえば、政府依命によつて交付して、各方面に配給した数はわかる。伴つて、残というものがあなたのとこるにどれだけあるかという結論が出なければならない。それが買い上げた総数量と、間接ではあるが中物あるいは全銀運用委員会から納まつて来たもの、あるいは松屋というような代行店から持つて来たもの、こういうものの総数、買い上げたものの総数、政府に納めあるいは政府依命によつて配給したものの数、その残というものがわかるはずです。こういうものが雑貨部長竹あれば当然わからなければならぬ責任がある。小使のような役はやれぬでしよう。これはあなたの役としてやらなければならぬはずであります。その書類はたしかあるはずですが、それは現在あなたのところにあるか、これを提出する用意があるかどうかを伺つておきたい。
○福田証人 書類は、私は先ほど履歴のところで申し上げましたが、二十三年の五月にやめまして閉鎖以後は閉鎖機関整理委員会の管理下に置かれております。それで、今中野さんのおつしやつたような書類は、焼けないものは必ずどこかになければならないはずで、ただ、営団が閉鎖になりましてへらーその前からそうなんですが、特に閉鎖になりましてからは、営団の持ついる物資の監督はCPCがやつておつた。閉鎖以後の清算の監督はCILCであつた。CILCは実はGHQの会融課の下にありまして、金融課の人たちがCILCに詰めておつた。そのしめに二頭にわかれておりまして、われわれとしても非常に困つたのでありますが、その当時CPCの方が独立した一つの官庁で、少将がその上に立つていた。金融課はたくさんのESSの中の課でありまして大分格も違つているし、荷物の処理については、これはスキャップ・インストラクションによつて営団の荷物を処置しております。これは全部CPCから出ておつた。そういうことでだんだん閉鎖後にもやはり営団は室町の地下鉄ピルに全部おつたのですが、それがCILCの中では、何と申しますか、外様大名みたいなふうに見られておつた。それでCILCの方からも、しまいには机を一つ持つて来て、人が監督に来ておられたのですけれども、そういう関係から、非常に早くほんとうのCILCの中のものにしてしまいたいというような考え方が相当に強かつた。それで、五月に私がやめました直前に、CILCの中に特別に資産処理局というものができてきまして委員が局長になつて、あらためて営団全員が資産処理局の方に行つたのですが、その引継ぎを非常に急がれてしまつてそこで営団の各部が部と部というように引継いで行けば非常によかつたのでありますが、ばらばらに営団から行つた人があり、そういうことのために、書類の引継ぎ等が非常に急がれてうまく行つておらなかつたということもあるようで、書類を探し出すことはなかなか困難です。私は、ただ一回しか経験がございませんが、小石川の倉庫に、いつでありましたか、営団時代であつたかと思いますが、一ぺん行つてみましたが、なかなか出て来ないのです。そういう状態でありますから、時間がかかると思います。しかし、焼けない書類は残つておらなければならぬと思います。
○中野(四)委員 現在の営団の清算人は、誠意がなくて、ほんとうの書類を出さないのです。こちらから要求しても出さないから、全国の銀行あるいは全国のデパート、各方面に資料を求めたら、あわを食つて出して来たのです。食い違いばかりです。これは黒瀬清算人の問題ですから、ここではあえて申しませんが、あなたは、とにかく買い上げ中には雑貨部長をしておつたのだから、その総数だけはわかるでしよう。十五万何千カラット、それが大体総数でございますか。
○福田証人 そう私は承知しております。
○中野(四)委員 そこでさらに伺うのですが、あなたが雑貨部長で一番責任を持つておられたのだから、詳しいことは先ほどから大分御存じなんだが、松屋や何かで買い上げておりますね。そうすると、はかりは御承知の通り百分の一ー二けたしか零が出ませんね。一カラット、点を打つてあと二、三、ここまでは出ますね、それから四、五、六は、はかりの目が出て来ません。かけるものははかりに対しては正確であります。一個・二個の場合は出ぬでありましようが、たくさん集まつて来ますと、このはかりの目に出て来ないものが相当たくさんな数字となつて出ますね。全国から買い上げた十五万カラットのダイヤモンドの出目が相当あるはずです。これは金を払つておりませんね。一般国民には渡してはなかつたでしよう。たとえば、これだけのものの目方をかけますと、これだけのはかりがありますね。ところが、はかりの正確さからいえば、これだけのものが入つてない。目に出て来ない。ともかく個々の場合だけ見れば、こんなものだからはかりに入りませんけれども、全国から何万カラット、何十万カラットと集まつて来れば、たくさん集まれば一つのはかりの目になると思います。いわゆるこれを出目と言いますね。松屋やデパートなどで買い上げたものは、これは一定の袋に入れて、あなたの方には少し甘く出してあるのです。一あなたの方ではこれを受入れて——先日ここの証人、鑑定人に聞くと、松屋から来たものは、はかつて少しは違つておつてもそのまま通しておりました、何しろああいう場合でしたからという話でした。そうしますと、そういうような甘い目は、証拠がありませんからここでは申しませんが、少くともはかりの目に出てないものが全国から集まつて、相当数の出目となつておるのですが、営団においては、この出目の収入は一体どういうふうに処理したのでしようか。国民には金を払つておらない。しかもあなたの方は相当の金で売つておられる。あるいはあなたの方の手持ちがある。こういう不労所得は、営団ではどういうふうに扱つて、一体どの項目に雑貨部長として入れておられたか、これを伺いたい。
○福田証人 今の出目のお話は、先ほど申し上げました通りに、営団の再鑑定で間違いがあつたということであればやむを得ませんが、大体二日分とか三日分とか百貨店で買い上げたものを政府が再鑑定をしまして、その鑑定した日のものを百貨店別にわけて、これが一括されてカラット数が出ておりますから、そのときに、また甘いという御説が出るならば、帳簿上にそういう計算が出て参ろうかと思いますが、これは一個々々でなしに、百貨店の買い上げた一日分、二日分ないし三百分が一緒になつてはかられておりますから、それが営団の数字のもとになつておりますので、営団としてそういう出目が……。
○中野(四)委員 当然出なければならぬ。
○福田証人 出るといいますか、そして、その支払いの方は再鑑定の……。
○中野(四)委員 支払いはよいのです、支払つてないのだから。
○福田証人 百貨店の方の支払いは、たしか再鑑定の結果でまとめて支払いをいたしておると思います。ですから、もしそういう大きな出目があれば、これは百貨店の方へ移つて行くのじやないでしようか。営団としては、まとめてはかつておりますから、そういうものは出て来ないのでございます。それでも多少は出るかもしれませんが……。
○中野(四)委員 営団から松屋やデパートには一切払つておりません。営団の収入になつておるから、あなたが雑貨部長だから聞いておるのです。なぜかならば、先ほどあなたがおつしやつた通り、松屋で買い上げるでしよう。中野四郎なら中野四郎から買いますね。そして、これを裸では持つて来ませんから、金は幾ら、あるいは石は幾ら、ダイヤは幾らというふうに分類します。そして、それについては四枚の紙を切つて、一枚を客に渡し、一枚は松屋に置いておく、一枚は営団に持つて行く、一枚は石にくるんで持たしてやるという式で買い上げておつたのです。従つて、松屋でも松坂屋でも、買つたものは個々のものであれば再鑑定室に持つて行つておる。再鑑定室でこれをかつてに一緒にしてしまつたのです。そうすれば、松屋では、中野幾ら、高橋幾ら、鈴木幾らというふうに買つておるのですから、個々のものでは、出て来ない。結論的にいえば、営団の不労所得が出目となつて現われている。それをあなたが御存じないなら御存じなくてもよいが、知つておるなら、一体どうしたのですかということを聞いておるのです。
○福田証人 私の答弁がまずかつたと思いますけれども、出目の利益というお話が出たのでありますが、これは非常にむずかしい。営団全体のダイヤを処分して、利益云々ということになるのでありますが、今私の申し上げましだのは、なるほど売つた方は、百貨店が甘い計量をしておれば損になつておる……。
○中野(四)委員 わからなければわからないでよいのです。
○福田証人 いや、わかつておるつもりなんです。営団としては今申し上げたようなまとめた計量をいたしておりますから、営団の数字はそのまま出て来る。そうすると、今出目とおつしやつたものは、あれば営団のストックとして出て来るわけです。
○中野(四)委員 利益……。
○福田証人 利益という言葉をお使いになるとちよつと困るのです。これを処分すれば、あなたのおつしやるように帳簿上の利益にはなります。ですから、そういう意味で、出目利益とおつしやればそれでよいのでありますが、それは当然営団の量の中に含まれておる。ですからその利益をどうしたか……。
○中野(四)委員 あなたが当時雑貨部長としてそういうものをば分類なさいましたか。
○福田証人 いや、先ほどたびたびお返事申し上げましたように、営団は一日の鑑定室の鑑定量を、もつとも百貨店別でありますが、総合して、それによつて記帳しておりましたから、それで個々の出目がどうなつておるかということは出ておりません。
○中野(四)委員 取扱いについては、他の方が聞かれるだろうし、時間の比較的少いのに、今ここであまり聞いておつては、かえつて私の方も困るし、あなたも困りますから、勘どころだけ伺つておきます。当時接収に当つたアメリカの陸軍大尉キヤツツは、はたして接収する権限を持つておつたかどうかということが議論の中心です。先ほどの御答弁を聞いておりますと、あなたの方で、領収書をくれ、いや出さない、くれ、負けた国が何を言うかというようなことで、鉄砲の実弾におどかされて渡したというようなあなたの御意見でありました。ところが、あなたも交易営団の理事としておいでになる限りにおいては、当時の状況は、なるほど一般民間は混乱状態にあつた。しかしながら、マッカーサー元帥は、日本に上陸するにあたつて、接収を開始するには必ずこれに対しては領収書を担当官からとるべしということは、あなたの方の名古屋、大阪の例を見ても、明らかにメッセージが載つております。従つてあなたの方が、当時接収にー昭和二十年十月十八日の午前九時半三井信託にキヤッツ大尉たちが来たときに、一体この人たちはほんとうに接収する権限を持つておる人と思つたかどうか、これを伺いたい。
○福田証人 これは先ほどお話が出た点でありますが、そう思つたのであります。先ほどからたびたび中野さんからも、けしからぬことじやなかつたか、何も確かめないでそういうことになつたのは、けしからぬじやないかというお言葉があつたのでありますが、それはまことに申訳ないと、今から申せば言うほかはないのでありまして、当時私どもがそう感じたこと、そう思つたことが違つておつた。それから、今の総司令官からそういうことが出ておるじやないか、名古屋、大阪もそうじやないかというお言葉に対しては、これは大分時日が遅れておりますので、私の考え方では、向うでもそういう指令が行き渡つて、手続等をやるようになつたのではないかということを先ほども申し上げました。今も同じことを申し上げるよりほかないのであります。それでもなおかつ、そういうことはもつてのほかではないか……。
○中野(四)委員 私はもつてのほかと育つたのじやないです。権限を持つておつたのか、持つていなかつたのか。
○福田証人 持つと思つたので、そう申し上げたのです。
○中野(四)委員 その折、司令部の渉外局から外国新聞の記者が配布したと称せられておるビラによりますると、三井信託から日銀に移転するときの護衛に当つたとあるが、この大尉は接収の権限がないから受領書が出せなかつたのではないか、こういうことは考えられると思うのです。あなたのものじやないのだ、国家のものなんだ、国が必要として国民が国のために出した品物を、あなたの方でお取次をしたその大事な品物を、委託品を、あなたの方でかつてに何だかわからぬ人間に渡してしまうというのは危険じやないごすか。それは申訳ないと言うだけじや済まぬ。少くとも権限があつたと思うならば、その権限に対してあとでどういうような手続をとられましたか。たとえば、すぐ司令部へ飛んで行くとか、あるいはそれぞれの所管課へ飛んで行つて、いやあの品物は実はこういう品物であるから、これに対しては証明書を出してもらわなければ困る、あるいはこうしていただかなければ困るということをすぐなされなければならぬことは、雑貨部長として当然です。これをあなたはやつておりますか。後にこの書類の中には、細君が云々と書いてありますが、細君、中村君、鈴木君の問題ではないのです。雑貨部長福田廉三君として、少くともあなたはただちに所管課へ向つてこの品物を持つて行くならば証明書をたちどころにもらわなければ困るということは……。
○福田証人 政府にはそのときに連絡はいたしております。
○中野(四)委員 政府のだれにですか。
○福田証人 だれにと言われても困りますが、必要な連絡はしておりますし、それからCPCには、先ほど申し上げましたように行つて聞いたわけであります。ただそのやり方が悪いんじやないか、GHQに飛び込んでなぜやらなかつたかと言われればこれは……。
○内藤委員長 証人、そういう問題は、政府のだれにやつたか、おわかりなら明瞭におつしやれば、さようなことをくだくだ申さなくてもわかるわけであります。
○福田証人 だれにやつたか、その点覚えておりませんが……。
○中野(四)委員 だれがやつたのですか。ただちに政府に交渉したというのはだれがやりましたか。
○福田証人 それは細がすぐ飛んで行つたと思います。これが立ち会つた人ですから……。それで当時の監督課は機械局機械課ですか、おそらくその課へまず行つたのじやないかと思います。
○中野(四)委員 そのキヤツツ大尉の権限を確かめて、そしてその善後処置をあなたがやつたのですか。やつたとすれば政府のどこへ行つたのですか。どこへ行つてだれにそういうことを言うたのですか。それから細君が行つたのは、それは渡した後の連絡に行つたのです。だから雑貨部長として重大な問題ですから、ーあなたはそのときは剣付鉄砲を突きつけられて、どういうふうな関係かで出られなかつたかもしらぬけれども、接収されればたいへんな問題ですから、あなたはただちにもう走りまわつて、この善後処理をつけておかなければならぬ重要な役割の人なんです。他人のことを言つておるのじやない。福田さんはただちに善後処置に当られたか。当つたとすればどういう善後処置をしたかということを聞いておるのです。
○福田証人 この点先ほど申し上げたのですが……。
○中野(四)委員 聞いておりません。
○福田証人 私はCPCへ行つたのであります。
○内藤委員長 それは数週間後でしよう。
○福田証人 数週間と申し上げましたか。
○中野(四)委員 私が言つたのは、直後にやつたのですか、やらぬのですか。
○福田証人 そこまで行きますとはつきりしないのですが、官庁の方へ、私個人としては直後には行きませんでした。行つた記憶がございませんでした。
○中野(四)委員 どうして行かなかつたのでしよう、大事な問題を。
○福田証人 そのときにはCPCに行つてこれは先ほど言つた数日ー数週間と申し上げたかもしれませんけれども、ともかくもCPCに行つて確かめて、接収であるということで終つたのであります。
○中野(四)委員 あなたの職務としては、たいへんな怠慢ではありませんか。接収時におけるところのあなたの行動というものは納得できませんよ。営団本部のすぐ御近所においでになつて、しかも鎌倉から出勤するところの次長に報告する人間があるにもかかわらず、すぐ隣近所に住んでおるところのその上役である雑貨部長に報告せず、三井信託の地下室で十一万カラットになんなんとするところのダイヤモンドを接収されるにあたつてそのキヤツツ大尉がはたして権限のある軍人であるかどうかということも確かめず、ー当時の状況がごわかつたといえば、これはお察しをいたします。しかしながら、接収されて日本銀行に運ばれたとあるならば、その後においては、当然あなたは責任者として、ただちにキヤツツ大尉が権限ある軍人であるかどうか、あるいはこの品物がどういう処理を受けるものであるか、当然これに対しては各方面の状況を勘案しても領収書が来るものなんだから、たとい正式の領収書でなくても、何らかの領収書を得られなければならぬ。こういう善後処置は、雑貨部長として当然おやりにならなければならぬ立場においでになるではありませんか。それをあなたはなすつていらつしやらぬ。CPCに行つただけでは通らぬではありませんか。しかも、政府に話したとおつしやるが、政府のどういうような人間に何者をしてやらしめたか、この点も明らかにしていただきたい。あなたの言行を伺つておりますと、まつたく当時のあなたは、日の丸を頭に引締めておやりになつたというような点が寸毫もうかがわれません。私らの納得できない点はこの点にあるのであります。だから、今お尋ねしましたCPCではだれに会われたか、どういうことをなされたか、これも伺つてけつこうです。それより先、日本政府に対してこれはこういう処置を受けたということの報告をし、ただちにその手配を頼んでおかなければならぬ。今日、昭和二十七年九月三十日までに元の持主と称される者は証拠物件をつけてただちに出せ、こういう命令が来たら、あなたはあわを食つてこういう文書を印刷してお出しになりました。しかも、大蔵省とどんな話合いが進んでいるかもわかりませんが、あなたが出した文書は、大蔵省においては領収書ありという報告になつておる。私が先ほど申し上げる大蔵省の一部役人と交易営団、中央物資活用協会あるいは鑑定人、業者というものが、一連の目標のもとに関連を持つておると一般の国民に疑惑を抱かせるのはここにある。すなわち今までのお話の通り、あなた方がお出しになつたものに、証拠物件となる領収書は一枚もないにかかわらず、大蔵省の役人が国会の要求に従つて出した書類の中には、あなたの出した十万何千カラットというものは領収書ありとして出して来ておる。国会においてこれをつぶさに検討した結果、領収書としてこれは見る価値がないから、石田理財局長、阪田管財局長を呼んで、どうしてこんなばかなことをするかと言えば、まことに済まないと言つておる。あわてて出したからそういうことになつたという答弁があつた。速記録をごらんになればわかる。どうも私は納得が行かない。あなたは非常にたくさん御存じなんですが、こういう勘どころにおいては、雑貨部長としての責任を一体果しておいでになるのですか。不可解千万だと思うのです。一体どういう処置をとられましたか。その節の言行についてつぶさに御証言を願いたいと思います。
○福田証人 今申し上げた通りであります。だれに会つてどうしたかというようなごまかいことになりますと、申し上げた通りを申し上げるほかはないのでございますが、これももしこういうことが許されますものならば、さらにもう一ぺんーなぜ私の耳にそういうことが届かなかつたか、よほどあわてたことは事実なんです。そうすると、先ほど中野さんのお話のように、前もつて手紙や何かが出ておるから、そういうことはないんじやないかという御質問があつて実はさつき食事のときもよく考えてみたんですが、前もつて通知のあつたものに対して、私が知らぬ顔をしたということはあり得ない。それで、どうも通知があつたということが合点が参らないのであります。どういうように善後処置したということも、私がCPCに行つて会つた人はまだ少佐でした。ハリスといつたように思いますが、はつきり名前は記憶しておりません。それから政府のだれに言つたか、とにかくたいへんなことであつたのですから、私がCPCに行くと同時に政府に報告したのです。
○中野(四)委員 あなたが、とられたことを知つたのはいつなんですか。
○福田証人 その日の午後でございます。
○中野(四)委員 その日の午後ならば、午後ただちに処置しなければならぬでしよう。
○福田証人 そうです。
○中野(四)委員 一番責任のあるあなたが、買い上げたものをみんな持つて行かれてしまつた。これが責任のある人か、ない人かわからない、領収書をくれないんですから。あなたは部長としてそれそぞれ所管の係の者に命じておつた。細君も、鈴木君、中村君、みんなおつたのですから、ただちにどういう処置をおとりになつたのですか。
○福田証人 だれが行つたかという御質問ですから、今申し上げたように、これはおそらくその席にいた一番上のやつ、細が行つたろうと申し上げたのでして、さつきからその日の情景を思い浮べておるんでございますが、それ以上どうもはつきりと……。
○中野(四)委員 私の聞いておるのは、それからどうなすつたかを聞いておる。
○福田証人 ですから、そこから考えをつけて行つておるんですが、細も報告をし、善後処置を確かにとつたろうと思います。そんなことを忘れて、はなはだけしからぬとおつしやれば、その通りなんですが……。
○中野(四)委員 思い出せないのですね。
○福田証人 今のところ、明確に思い出せません。
○中野(四)委員 大事なところがはつきりしないから、国民の疑惑がますます深まる。あなたの方に、キヤツツ大尉にはたしてどれだけ持つて行かれたかを立証する何ものもないということなんです。そうでしよう。あなたの方がこれだけあつたと言つても、キヤツツ大尉なる者がどれだけ持つて行つたか、あなたの一方的証言だけであつて、これを立証する何ものもない。その後司令部に向つて、あなたの方から再三これに関して証明を要求しておりますが、司令部はいまだかつてさようなものに回答をよこしておりません。日本の外務省を通じてアメリカの政府なりあるいは連合軍に回答を迫りましたが、さようなことは答える限りでない、事実がもしあつたとすれば回答するが、さようなことは答えないという回答しかないんです。従つてこれは、悪意にとれば、全国で買い上げた品物が途中でなくなつた。たとえば買い上げるときの、再鑑定のところでこれをずさんに扱つたことは、あなた方のひとしく認めることです。あなたはその場合においでにならなくても、鑑定人や商人はみんな言つておる。従つて、その品物がさらに三井信託の地下室、三菱銀行の地下室あるいは桐生に疎開し、そして終戦になつて、ただち各方面にてんでんばらばら、ごまかしたというようなことも考えられる。すると、営団の買い上げた品物と、実際政府に納めた品物、政府の命令によつて配給した数の残との残高が合わたい。従つてここべ全部しわ寄せしてしまつて、大体のつじつまを合せて、これだけはおれの方にあつた、従つておれの方に何とかしてくれというようなことも言えるのです。そうだとは言わないが、そうも言えるのです。それに疑惑がわいて来る。あなたが営団の雑貨部長として当面の責任者であるたらば、さような疑惑は明快に解いて行くべき責任者であるにかかわらず、勘どころへ来てはわからない、思い出せないと言う。だれが何と言つても、お互いに一番大きな財産であるところの品物をば米軍に持つて行かれたら、その責任者ですから、あわを食つて日本政府あるいは連合軍に、これはどうなつたのでしよう、どうなつたのでしようと、あくまでも糸目をつけて、その終局の処理をしておかなければならぬ。その大事な人がその処理をしておらない。そして政府のだれにどういう書類をどうしたか。端的に報告をしただけでは通らぬことなんです。そして今時分になつて、九月三十日までに、法令ができてこういうものを出されるから、われわれが納得できないの外す。しかしながら、私はさらにあなたに伺つて行きたい。接収されたダイヤは魔法びん九個に入れてあつたと言しれますが、鑑定して買上先ごとに分類して金庫に整理してあつたダイヤを、何ゆえに魔法びんなどに、しかも裸のダイやを木綿袋に一緒にしてしまつて入れる必要があつたのか、これがちよつとわからない。何の意味でこういう処置をされたか、証人に伺いたい。
○福田証人 それは先ほどちよつと申し上げたと思いますが、どういうときに軍が上つて来るかわからぬから、いつでもどこへでも避難といいますか、疎開といいますか、行けるような準備をしろということで、そういうことをやつたのです。
○中野(四)委員 あなたの証言を聞けば、あるいはそういうふうにもとれるのです。ものはその立場々々から、見ようによつてかわつて参ります。すなわち竹内軍需次官は、全国のさような軍需品とかあるいは交易営団の所持しておつたものをば、終戦と同時に進駐軍が上陸すると、とられるおそれがあるから、適当に処置しろという命令を出したと言われております。だからこそ、昭和二十三年国会に隠退蔵物資委員会をつくつて、全国の摘発をやつた事実がそれを裏書きしております。だから私の考えによれば、橋井君あるいは竹内軍需次官等のそういうような考え方をば総合いたしますると、営団においてはこれをばどこかへ隠匿するつもりで、隠匿というのは悪い意味でございませんよ、今あなたのおつしやる適当な処置、どういう場合があつてもただちに移動ができる、言いかえれば隠匿するつもりでこういうような魔法びんに入れられておつたのではないでしようか。そしてその魔法びんというのはどのくらいの大きさで、どういう形をしたものか、御説明を願いたい。
○福田証人 今中野さんのお話で、悪い意味でなしに隠匿というお言葉をお使いになつたのですが、営団がこれをどうしようということではございませんので、これも軍需省の方からお話がございまして、場合によつてはそういう処置をとらなければならぬかもしれないというので、そのしたくをしたのであります。それから、先ほど申し上げましたように、結局そういうことはしない方がよくはないかということを申し上げて、ー先ほどどなたかの御質問にお答えいたしたと思うのでありますが、多分橋井さんと奥田局長であつたと思いますが、それではそうしようということでそのまま動かさなかつた。 それから魔法びんでありますが、これはどれくらいでありますか、普通のフラスコ型のものであります。そして、あれはドイツ製のものではなかつたかと思いますが、中のこわれておるものですから、外側だけであります。
○中野(四)委員 水にしてどのくらい入るものですか。
○福田証人 水でしたら、そうですね、一升近くも入るかなり大型のものであります。一升まで入りますか、この水入れぐらいの大きさのものであります。
○中野(四)委員 こんな作業をして、いろいろ、魔法びんに入れたり、あるいはこれを隠すか隠さねかというふうにまごまごしおる間に、悪いやつがあれば、高級品とうんと悪いもの、あるいはガラスまがいのような品とすりかえてしまうということも、私は想像ができると思うのです。悪いやつがあればですよ。あるいはこの折に紛失した、こう想像されるところのいろいろのものがそこにしわ寄せされることも考えられる。大蔵省の再調査では、砂が入つておつてまことに驚いたと言つておるのですが、一つの容積の中に間違つて入つたのか、その数量だけをはかる意味で砂を故意に入れたか、こういうものがあつたというのです。一体だれが魔法びんのようなものに、高級下級の別なく一緒にしてしまつて入れるような命令を出したのでしようか。営団最高の責任者であるあなたが、軍需省の命令によつてやつたのか。あなたが命令して魔法びんに入れろと言つたのか。これははつきりしておかなければならぬ問題ですから伺います。
○福田証人 これは、先ほど申し上げたように、軍需省からのお話があり、当時それに適当なかぎのかかるものはございません。たまたまそういうものが営団にありましたので、これに入れようということにしたのであります。それから、砂が入つておるというお話は私初耳であります。そのときは四人であつたか、五人であつたかもしれませんが、その人間で信託会社の地下室でやつたのでありまして、その者が全部団結してとつたのでなかろうかという疑問が出れば、これは別な問題でありますが、私としましては、そういう者はなかつた、あるだけのものを入れたと思います。
○中野(四)委員 あなたが命令して入れさせたのですね。
○福田証人 私から出ております。
○中野(四)委員 軍需省から隠した方がよいと言われたので、そうせぬ方がよいと言つた。しかしながら、さあというときにはすぐ出せるようにということで、魔法びんに入れよとあなたが命令して入れさせたのですね。
○福田証人 はい。
○中野(四)委員 それではもう一つ伺いますが、昭和二十年十月十八日キャツツ大尉が来たときに、権限のある軍人というならば、なぜあなたはあるものを全部一ぺんに出さなかつたのですか。その後二度も三度も摘発、接収を受けていますね。昭和二十三年に至るまでの間に、合せて三回の摘発を受けている。なぜこんなに小出しにしたのですか。権限のある軍人であり、しかも接収されることが明らかになつて、こわいながらもあなたの方は渡したというならば、三井信託の倉庫にあるものを一ぺんに出したらよかつたのだが、なぜ出さなかつたのですか。それを区切つて出したのはなぜですか。
○福田証人 それは先ほども御説明申し上げたと思いますが、九本の中で一つだけ魔法びんにシールがしてなかつたのであります。それはまだダイヤが来はせぬか、それは各支部その他の関係で。そのときにあるものだけは全部入れて渡したのでありますから、その後何回か接収になつたとおつしやられたのは、多分装飾品ダイヤとしてはあとから来た……。
○中野(四)委員 そうではなくて工業用ダイヤです。初めからあるのです。
○福田証人 工業用ダイヤは実は雑貨部のものではございませんので、営団の鉱産部のものであります。雑貨部でやりましたのは装飾用のダイヤだけでですから魔法びんに入れる云々と申しましたのは雑貨部のものでありまして、違うのであります。
○中野(四)委員 そうすると、工業用のダイヤは鉱産部のものですね。鉱産部でどうして二度にわけて出したのですか。一回は少しばかり出して、二回目のときにはたくさんのものを出しておるのです。その接収を受けたとき、あなたは雑貨部長として御存じないのですか。
○福田証人 私は工具を渡したときには、私の方のものでございますから参りましたが、鉱産部のものを渡すときには私は関係がございません。
○中野(四)委員 あとのものは鉱産部のものですか。
○福田証人 私の方でこしらえさせた工具は、装飾用のダイヤが入つております。
○中野(四)委員 ここには工業用ダイヤと書いてあるのです。工業用ダイヤとして工具がとられておる。そうするとあなたの方の関係のものではないのですか。
○福田証人 それは工具として鉱産部か機械部で買い上げたものが多少あるはずでございます。それから、今私が鉱産部と申しましたのは、工業用ダイヤでございます。石でございます。工具ではありません。
○中野(四)委員 それはとられておりませんか。日銀の地下室で、その後接収を受けておりませんか。二度にわたつて受けたのはどういう意味なんですか。
○福田証人 それは私の方のものではございませんので……。
○中野(四)委員 あまり長くなつても何ですし、まだ聞きたいことはたくさんあるのですが、最後に一点聞いておきます。 あなたは接収されるときにキヤツツ大尉が来たときに、この品物がどうなると思いましたか。
○福田証人 私は、そんなに甘い考え方では困るとおつしやられればそれまででありますが、米軍のにせものが軍服を着て、命令のないのに出て来てむちやなことをするようには、当時思つておりませんでした。後に盗難問題が出たときには、実は非常に驚いたのであります。
○中野(四)委員 そうでなく、接収に来たとき、この品物は一体どうなると思いましたか。つまり米軍がこれを持つて行つてどうすると思つたのでしよう。一時預かつておくと思つたのか、あるいはこれは占領されると思つたのか、それを聞いておるのです。
○福田証人 それは報告もございますが、多分インパウンドという字を使つたようであります。これはあとのことでありますが、インパウンドという言葉を辞書で引いてみますと、押収して管理するという意味のことになつておるので、これを米軍が持つて行つてしまうのではなく管理されるものだ、こういうふうに解釈いたしておりました。
○中野(四)委員 それでは、あなたはなぜ証明をとらないのですか。押収管理されておるならば、当然返してもらわなければならぬでしよう。返してもらうときに一体何を証拠にとるのでしようか。ここではつきりしなければいけないのですよ。問題は、占領という、あの当時の状況は、あなたは非常に恐怖を持つておられたという。剣付鉄砲で持つて行つたのだから、ある実力をもつて来たものです。してみれば、これはもちろん占領であり、接収という言葉は後日生れたかもしれません。しかしながら今インパウンド、すなわち押収管理すると言われたが、その押収管理であれば、これは将来返してもらわなければならぬ。そのときあなたは、何を証拠にこれを要求するのですか。その証拠物件であるべきところの領収書を、あなたはなぜそれでは要求に行かなかつたのですか。おかしいじやありませんか。あなたの言うておることと、やつておることは、全然違うではありませんか。
○福田証人 今の御質問は、先ほど私申し上げました通り、別にとらなかつたことは、当時の事情上そうであつたのですが、まことに申訳ないというふうに考えております。それからどう感じておつたかというお話でございましたから、まさかアメリカがこれをとつてしまう、戦利品としてこれを持つて行つてしまうというふうには考えておらなかつた、こういうことでございます。
○中野(四)委員 だからこそ、その物的証拠になる、押収された品物の証明がなくてはだめではないですか。証明なしにどうしてこれをもらうのですか。
○福田証人 ですから、その点今申し上げたように、受取りをとらなかつたのはけしからぬ……。
○中野(四)委員 けしからぬじやなく、どうしてこれをもらうのです。これを返してもらうときに……。
○福田証人 これはしかし……。
○中野(四)委員 証拠物件は一つもないじやないですか。
○福田証人 最初に申し上げたと思いますが、このCPCとの間にストックとして営団の出しました買上げ数量、むろん接収されたものを込めました買上げ数量でございますが、これを営団のストックとしてCPCに、他のストックと同じように届出をいたしまして、これを認めてもらつた、こういうわけであります。
○中野(四)委員 そんなばかなことはない。幾らあるかわけのわからないものを、CPCにただ運動して判を押してもらつたつて、何もならないじやないか。あなたの方とCPCがなれ合いでやつても……。
○福田証人 運動して云々ということでございましたが、私の申し上げたのはそういう意味ではございませんので、受取りの問題は何をもつて証明するのだというお言葉がございましたので、被接収量を入れたものを営団のストックとして出し……。
○中野(四)委員 その証明書がこつちに来ておりますか。CPCの……。
○福田証人 いやCPCから証明書というものを私がとつたと申し上げているのではございません。営団のストック……。
○中野(四)委員 認めてくれと言つて出したのでしよう。
○福田証人 営団のストックとして、向うの命令によつて非常にこまかく調べて、各商品のストックの表ができました。
○中野(四)委員 それはあなたの手元にあるのでしようか。
○福田証人 私の手元にございません。
○中野(四)委員 要求するときにあるようだから、あなたの方に書類はあるでしよう。先ほど焼けて知れないとおつしやつたが、それはあるはずです。
○福田証人 私の手元にはむろんございません。
○中野(四)委員 どこにありますか。
○福田証人 あれば清算事務所のどこかに……。
○中野(四)委員 清算人に聞けばありますか。あなたが出したのだからなくちやならぬ。これは焼けてしまつて……。
○福田証人 ちよつと待つてください。あなたは混同されている。
○中野(四)委員 いや混同しておりません。
○福田証人 焼けたという問題は、先ほどお話した通りですが、今申し上げましたのは在庫表と申しますか、そういうものを何したので、それに営団の買い上げたダイヤ、むろん接収された……。
○中野(四)委員 それがわかればいい。
○福田証人 接収されたものを入れて、それを営団のストックとして出して、それに対してCPCは、そのストックの報告によつてそれを認めて、ダイヤは向うが管理しておりましたから、そのほかの物資はそれをもとにして処置を指令して来たわけであります。
○中野(四)委員 と言うと、あなたのところにその出した書類が、当時あなたがかかり合つたときにはあつたのですね。
○福田証人 ええ。
○中野(四)委員 営団にあつてお山田しになつたのですね。
○福田証人 営団でこしらえたのです。
○中野(四)委員 そうでしよう。そうしてみれば、それを資料にして国会の要求に対して答えればいい。ところがそれはないと言つて答えない。
○福田証人 いやそれはおそらく……。
○中野(四)委員 買い上げた総数量がわかればいい。そして営団のストック、すべてのものの状況を知らせよとごつちが要求しているのです。
○福田証人 私も、ごく最近そういうことを思い出しました。こういうものがあつたはずだがということを思い出しました。ですから清算事務所の人にも、こういうものがなかつたかしら、私は覚えているのだがということを申し上げたのですから、探しておられるとは思います。これは非常にやかましい監督で、部数をきめてこしらえたものであります。
○中野(四)委員 なんぼやかましくても、こういうことを調べる一番重要な資料をこちらが要求したときに出さない。従つて、委員長におかれましては、これは即刻出すように要求していただきたい。黒瀬清算人を調べることに必要なものですので、どうかひとつお願いします。 最後に一点だけ伺つておきますが、今日本銀行の地下室にあるものは、大体あれは装飾用のダイヤばかりだということです。工業用はあまりないという。これはどういうふうに処理するか、これからの問題ですが、一体営団が当時お手伝いをしていろいろしたと言うが、そこであなたの方では、一体あれは国家のものだとお思いなさるか、営団のものと思いますか。国家のものだと思つたならどういう理由で、営団のものと思うならどういう法的根拠によりて営団のものと言い得るか、この二つについてお答えを願います。
○福田証人 所有権の問題ですか。
○中野(四)委員 そうです。それは当時雑貨部長としてのあなたの考え方を伺うのです。
○福田証人 私はこういう考え方を持つております。営団法で営団の業務の規定がございます。その中に売買という規定がございます。売買をやるということになつております。ですから、私としましては、売買を営団がやるのだから、売買という行為には所有権というものがついてまわらなくちやならぬ。そこで営団は、買上げの指示によつて、その売買業務の一つとして買入れをした。それは自由供出のものを営団が現金を支払つて買つた。それからもう一つは、これも先ほど申し上げましたが、営団は政府の権限の移用を受けておらないので、指示によつて、営団の自立性と申しますか、営団自身が業務の一端として買つたものであるから、所有権は営団にある、管理権が日本政府にあると、こういうふうに私は解釈しております。
○中野(四)委員 証人の本心はそこにあると思うのです。従つて証言の内容には納得できない。私はまだたくさん福田証人には聞かなければなりません。しかし本会議で定足数の問題があるようですから、私は一応打切つてもよろしゆうございますが、この福田証人をもう一ぺん来てもらうような段階になるかもしれません。なるほど今のあなたの証言は、国内法によつていえばそれで通るのです。それでいいですが、敗戦という現実の上に立つて、接収という行為が、へーグにおける国際法の中の陸戦法規の何条に当てはまり、いかなる見地に立つて接収されたか、接収解除というものは、日本と平和条約を締結して、その何条によつてこれが解除され、あるいはその解除されたのは、はたしてどういうような感覚に立つてやつたかというようなことを考えておらない。あなたは端的に、旧国内法、戦争に負ける前の国内法で、自分だけの自己権を主張しようとしている。先ほど第一番に聞いたのはそれです。国家が必要として国民が国家のために出したものです。いわゆる委任行為です。営団にしても、中央物資活用協会にしても、金銀運営委員会でも委任をされただけである。委任行為であつて、その裏づけは多分にある。たとえばわが国の民法学者の権威であるところの我妻教授は、あの要綱の内容を詳しく見て、買い上げダイヤが営団の所有などとはもつてのほかのことであると言つておる。これは民法の委任契約の条項によつて解釈すべきものであつて、政府の委任によつて売買という法律行為を行つたのであつて、これは政府の名によつて行う場合と、受任者たる営団の名によつて売買行為をやる場合と両方ある。営団か借金をしても、実は政府の借金をしたのと同様で、後にこれが返済方式も指示してある。すなわち形式は、営団が借金をして営団の名で買い上げたが、実態は政府が借金をして政府が買い上げたのである。従つて、その所有権は政府にあるというべきであるとの意見である。これは考えなければならない問題なんです。あなたの方が損するというが、あなたの方で払いはしない。営団で払いますか。全部このすべての処理はだれがやるのですか。あなたに聞くべきではないけれども、このダイヤの清算にあたつて、あなたの方の清算はこの清算条項の中に入つていないと言つていますが、一億九千何百万円というものがちやんとこの中に入つています。近来の営団のやり方というものは納得が行かないから、私はそう言うのです。あなたは、敗戦という現実の上に立つて、そうしてかつて日本国にはなかつた進駐、そして即時行われた接収、さらに国際情勢の推移によつて、接収解除というものをばまず主眼にして考うれば、おのずからものは律せられるのです。端的に、これはこういうような条項の一部に、こういう売買という言葉があるから営団のものだというような断定が、私は今日のあなたのすべての証言の中心をなしておるものとも思えるのです。私がそういう言葉を言うては悪いかもしれませんが、一番にかんじんなところに言つて、あなたがいまだにおつしやらない点がある。ここは裁判所や検事局じやありませんから、しつこく問いません。しかしながら、われわれはすべての傍証をもつて、その立証の上に立つて、あなたの方に今後の質問をします。しがしながら、私一人でいつまでもやつていても、多数の委員がおりまして悪いですから、私は一応やめますが、場合によれば、再喚問をして伺う機会があるかと思います。しかしながら、今日あなたが忘れられて、委員長より要求せられたい点は、即刻、なるべく早い時期に書類をもつてお答えいただきたい。こちらの要求したものに対してもそのようにしていただきたいと思います。 私の質問を終ります。
○内藤委員長 他に御発言もなければ、福田証人に対する尋問はこれにて終了いたしました。しかしながら、中野委員からの申出もありますので、あるいはもう一度喚問しなければならぬことに相なるかもしれませんから、その節は準備をして、相当資料等をお持ちの上、責任ある証人としてのおいでを願います。 証人には長時間御苦労さんでありました。 それでは、この際お諮りいたします。本日出頭を求めておりまする中田玉市君は、後日、日をあらためて出頭を求めたいと思いまするが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○内藤委員長 御異議がなければ、さようとりはからいます。 次会は明四日午前十時より開会し、閉鎖機関交易営団清算人黒瀬勘一君及び鑑定人巽忠春君より証言を求めることにいたします。 本日はこれにて散会いたします。 午後四時二十六分散会