公職選挙法改正に関する調査特別委員会 第3号
- 発言数
- 36 件
- 登壇者
- 9 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1953/01/31
会議録
○大村委員長 これより会議を開きます。 この際、当委員会当面の運営方針につきまして、昨日開きました理事会の模様を簡単に御報告いたし、各位の御了承を願いたいと思います。 昨年末から各関係方面に要求をいたしておりました資料も大部分提出せられまして、各位のお手元において御研究を願つておるのでありますが、なお議院法制局におきましても、これらの資料を系統的に整理いたし、問題の箇所を集録するよう作業を進めておるのでありますが、それができ上るまでの間、なお一両回、前会に引続きまして、フリー・トーキングの形で議事を進めたらよいではないかという申合せがあつた次第であります。 なお、先回にも申し上げたことでありまするが、今国会の会期が三月三十一日に終るといたしますると、法律によりまして、五月の五日までくらいに、参議院の選挙が行われることになるのであります。従いまして、選挙期日の告知は四月早々に行われる、こういうことを予想いたしますと、改正法律の趣旨を普及徹底させるために、相当の時間も必要でございますので、改正法律は三月十日ないし十五日ころまでには成立をさせなければ間に合わないというような点を考えますと、この委員会におきまして、相当審議を急がなければならぬというような事情があるように考えるのであります。何とぞこれらの点も念頭に置かれまして、すみやかに審議を進めまして、適当な結果を得るように努力いたしたいと思うのであります。各位の御協力と御努力をお願い申し上げたいと思うのであります。 それでは、理事会の申合せによりまして、本日もフリー・トーキングで進むことに御異議ございませんか。
○森(三)委員 先ほど前田種男君から要求されました、先般の衆議院選挙にあたりまして、相当大量な選挙違反が摘発された。ところがその処理にあたりまして、われわれは、検察当局の方針並びに起訴、不起訴の決定等に対しまして、選挙法の解釈並びに検察方針等について、幾多の疑問を持つておるのです。これは今度の選挙法改正にあたりまして、大きな一つの参考資料であり、またそれに関連してわれわれは改正の要点もつくらなければならぬ、かように考えるのでありまして、やはり私は、検察当局の長であるところの検事総長を当委員会に喚問して、そうして先般の衆議院選挙におけるところの違反の摘発に対する調査、並びにその結果の諸点について質問したい、それから私はフリー・トーキングに入つていただきたい、かように考えます。
○大村委員長 ただいまの点は開会前にお話がございましたので、ただちに今出席を要請しておりますから、結果がほどなくわかると思います。検事総長が見えましたらば、その方の議事に入ることといたしまして、この際フリー・トーキングを進行したらいかがでございましようか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○大村委員長 それではこれよりフリー・トーキングに入ります。なるべく改正問題につきまして、続々御発言をお願いいたしたいと思います。
○前田(種)委員 選挙法の改正につきましては、根本的には選挙法について、相当各党とも、あるいは各委員とも意見があろうと思うのです。特に衆議院の選挙の場合を考えますと、現行の別表と今日の人口の状態等から考えましても、いろいろな問題が出て来ますし、また今日のような選挙区制がいいか悪いかという点についても、相当の議論があるのです。しかし委員長が先ほど報告されましたように、そうした根本的な議論をしておりますと、なかなか会期中に結論を見出すことが容易でないという問題にぶち当りますので、そういう基本的な問題を一応避けて、当面の改正の要点を一体どこに求めるかという点についても、年末にもいろいろ意見がございましたが、そういうある程度極限された範囲内において、改正の点について意見を申し上げますならば、私は総括的にもつと公営の方法を拡張するという点を力説したいと思うのです。もちろん、これは予算とも関係いたしますが、予算が膨脹いたしましようとも、徹底したある程度の公営の方法に持つて行きたいというのが一つ、それから選挙運動の面につきましては、具体的に申し上げますならば、街頭の方法、個人演説会のあり方、ポスターの問題等につきましても、各党の中でもそれぞれ相反する意見があるのじやないか、もつと街頭を幅広くしたらどうか、あるいはもうトラックはやめたらどうかという意見もあるわけです。あるいはあの標旗というものを、一本じやなくして、もつと数本認めたらどうかという意見もあろうと思います。それから個人演説会につきましても、やめたらどうかという意見もこの前ありましたが、個人演説会の屋内の会場は割合に秩序が保てるから、回数を制限せなくても、野放しでもいいじやないかという意見もあります。またポスターにつきましても、ある程度のポスターを認めて、それを告知用に使おうと、宣伝用に使おうと、自由にするというような意見等もあります。さらに、罰則を強化しなければならぬという点につきましても、どういうように強化したらいいかという問題、それから、検察当局からも参考資料が出て来ておりますし、その他の選挙事務を担当しておりますところの地方の選挙管理委員会、自治体等からもいろいろな意見が出ておりますが、そういう点については耳を傾けて考慮しなければならぬ点もありますし、あるいはその必要のない点もあろうかと考えますが、私は大別して、要するに選挙公営の範囲をもつと幅を広めるという点と、それから個人演説会の問題、ポスターの問題等はもつと楽な方向に持つて行く、その反対に、街頭の方は、やはり現行法の自動車一台という程度が妥当じやないかという意見も持つておりますが、これまたおのおの意見があろうと存じます。そういう点を端的に申し上げまして、皆さんの中からもいろいろ意見があろうと思いますが、あとでその中からいろいろ取捨選択いたしまして、具体的にはあるいは小委員会等で審議されると思いますが、そういうところが改正の中心になるのじやないか。ただ、今度は参議院の選挙が中心で、一応対象として考えられる場合は、むしろ参議院側から積極的な意見が出て来ぬと、われわれ衆議院側から、参議院の選挙を目標として、積極的な意見を出すことについては、対参議院の関係におきまして、もつと参議院に積極的な意見を出してもらうことが、本委員会の進行上非常に好都合と思うのです。その意味では、むしろ委員長から、あるいは参議院の議長なり担当の委員長に対して、参議院側のこの選挙法に対する改正意見の主たる点がどこにあるかというところをお確かめ願つて、本委員会の進行の材料にするように、ひとつ御努力を願いたいという希望を申し上げておきます。
○大村委員長 ちよつとこの際申し上げますが、参議院の側の意向につきましては、先会の委員会にもちよつと触れておいたのでありますが、参議院では衆議院のように選挙法改正に関する特別委員会というものがございませんので、地方行政委員会で担当をいたすことに相なつておるのであります。ところが、地方行政委員会におきましては、選挙法の改正点につきましては、ほとんど今まで論議をしていない模様であります。委員長にも、すみやかに参議院側の意向も伺いたいという申入れはいたしておりますが、なおこの委員会におきまして、公式に御要請もあつたことでありますから、さらにこの空気を向うに伝えまして、すみやかに向うから何分の申出をしてもらうように交渉いたします。
○只野委員 私は、選挙法の改正の重点について、一つ考えておることがございます。それは、端的に言えば、金を持つた者と金を持たない者の勝負でございます。これが選挙法の生命になる中心問題である、こう考えております。それで、金を持つた者と持たない者とが選挙運動をやつた場合に、結果が同じになるような規定にしなければならぬ。金を持つた者が有利な運動ができて、金のない者がみすぼらしい運動になつて、いわば勝負にならぬ、そういうふうな愚かなことになつてはいけはい、少くとも法定費用の範囲内で動く候補者であつたならば、一千万使おうと二千万使おうと、その金を使う者と五分の勝負ができるような選挙法にしなければならぬ、こういう点をまず第一に考えております。そうなれば結局宣伝の方法においても、運動の方法においても、法定費用以外は使えない貧乏な候補者に、最も都合のいいところを中心とした法規をこしらえて、金持が何ぼ金があつても、その金を生きたように使うことができないという選挙法にしなければならない、そういう意味で、たとえばトラックが一台、あの規定は私はいいと思います。トラック一台か自動車一台、標旗一本、これもいいと思います。なぜかと言えば、トラックが二台、標旗が二本も三本もということになれば、金の余裕のある人は、トラックを二台も使い、標旗を二本使つてどんどんやります。金のない者はトラック一台、標旗一つでようやつと間に合うという場合が多いのです。そういう意味から、自動車を二台にしたいとか、標旗を二本にしたいというのは、これはブルジョア候補者の言うことである、私はそう感じております。ですから、そういうのはやはり一台で、そのかわり、大衆をうんと集めて話をするのに一番いいのは立会いですから、立会い演説のような公営の方は、できるだけフルに使うことができるようにした方がよろしい。この線で行けば、今後選挙が非常に浄化されて来る。そういう意味で、私は前の発言者の方に同感でございます。 それから、もう一つ申し上げたいのは罰則の規定でございます。連座制の問題や、その他いろいろ罰則の規定があると思いますが、私は、やはり選挙違反というものは普通の犯罪と違いまして、もののわかつている連中がやるのですから、これはうんと厳重にして——普通の犯罪というものは、生活苦に追われてやむを得ずやるのですから、これは情状酌量によつて刑の執行の猶予を考えなければなりませんが、もともと国家の指導者あるいは地方の指導者たらんとして立候補する者は、何もかもわかつておるのですから、従つて罰則規定はうんと重くすべきである。これが第二の要点です。 第三に考えますのは、せつかくの罰則規定が情実によつて左右されるような弊害があつたならば、選挙法の改正も何も意味がない。そこで私どもは、罰則の実行にあたつて、国会自体はむろんそれを監視する必要はあるし、またお互い同士がそれをしつかり見きわめて、罰則をほんとうに厳正にやつておるかどうかということに対しては、十分に注意しなければならぬと思います。私の方の同僚の代議士諸君の間でも、いろいろとお話を聞かされるのでありますが、ある地方において、千円くらいの金を二日分の日当としてもらつたのが選挙法にひつかかつて、一万も二万も罰金をとられた。ところが五万も十万ももらつておるようなボスどもが、平然として法をまぬがれておる。そういうのがはつきりしておるが、何ともしようがない。ことに検察当局の方から、あれのやつたのは少し手をゆるめてやつたらいいだろうというような、何か特別な指令でも出ているのではないかというような疑いを持たれるようなことも、ずいぶんと聞かされております。そういう意味で、選挙法をいかに改正しても、その実行がうまく行かなければ意味がないことであるから、その実行をうまくさせるようなことをくふうすることが、法を生かすことだ、こういうふうに思います 以上、三点について私の所見を申し上げます。
○中峠委員 私は、まだ初めてでありますから、ちよつと御質問申し上げますけれども、この委員会におきまして、独自の立場で何か成案が出て、そしてそれを今度各政党に持つて行くのでありますか、あるいはこれはどうせ政党との関係が非常に密接なものとなつて参りますので、従つて各政党とも何か案をつくりまして、それをこの委員会へ持ち出しまして、それを中心にして審議して行くのでありますか、その点が私はまだはつきりいたしませんので、御説明をお願いいたします。
○大村委員長 この点は私も考慮してみたのでありますが、選挙法の改正につきましてこの委員会の活動が始まりますれば、各政党の方もおのずから刺激されまして、いろいろ意見も持ち込まれることになろうと思います。ひとつ各党におかれても、各党所属の委員各位の御配慮によりまして、この委員会の活動と、また各党のこの問題に対する要請とがびつたりとよく合つて行くように、御配慮願いたいと思います。自由党におきましても、一、二の方とも相談をしたのでありますが、予算総会あるいは国務大臣の演説に対する質問でも終りましたころを見はからいまして、党内でこの選挙法の改正問題についての意見の交換をするように、われわれの手配で進めてみたいというように考えておるのであります。ひとつ各党におかれましても、個々の委員の御配慮によりまして、その辺よろしくお願い申し上げたいと存じます。
○中峠委員 これは初めに委員長が、三月十日ごろまでには完備したいと仰せられました時間的の関係もありますので、できるだけその方を早くやつていただかないと、これが進まないのじやないかと思います。
○森(三)委員 きようはフリー・トーキングでありまして、皆様もいろいろの御意見を持つておると思います。特にまたわれわれ政党所属の関係から、各政党における政策審議会その他の機関によつて各党の基本的な改正案というものが出るわけでありまして、われわれ社会党といたしましても、今後機会をつくりまして、基本的な改正案というものをつくつてみたいと考えておるのであります。従いまして、きようここで発言することは、そうした党の機関にかけた意見ではありませんで、私個人の意見としてお聞取りを願いたいと思います。 とにかく昭和二十一年、三年、三年と、毎年この選挙法改正の委員会が持たれまして、私もその委員をやつて来ましたが、いろいろ意見があるのであります。しかし根本的には、金をかけないで理想的な人物を選ばなければならない、このことにはだれも意見が一致しております。しかし具体的ないろいろな選挙運動の方法、たとえばトラツク一台でよいか、あるいはマイクロフオン一台でよいか、その他運動員を幾人にするかというような個々の問題になつて参りますと、これは多少意見があるわけです。しかし、だれも金をむちやくちやに使いたい人もありませんし、また金をかける選挙は理想ではないということには、意見が一致しておると思います。従いまして私どもは、政党なり候補者の政見というものを、短縮された期間においてできるだけ多く知らしめるという方法をいかにすればよいか。それには演説会という一つの方法と、それから文書の頒布によつて知らしめる、あるいはまたラジオを通じて知らしめる、この三つの方法があるだろうと思います。現在この三つの方法がとられておりますが、公営という方法を強くするならば、私はもつとラジオの放送なんかもふやしていただいてもよいと思います。各選挙区によつてこれは多少違うかもしれませんが、私どもは、選挙の期間におきましては、二回放送することができたのであります。しかしこれも二回では少かろう。しかも時間はわずか五分に制約されておるのでありまして、たとえば立会い演説会等とぶつかりますと、せつかく与えられた貴重なラジオ放送の時間とかち合いまして、とうとうやることができなくなつてしまつたということもあるわけであります。(「ことしは録音だからかち合わないはずだ」「北海道は録音じやない」と呼ぶ者あり)かりに録音であつても、二回しかやつていないからね。選挙に金をかけないでやるということになれば、やはり二回で少ければ、三回なり四回なり私はやらなければならぬと思う。時間が五分ですから、言わんと思うことも十分言えないですよ。しかしそれも候補者が多ければ制約を受けるのはしかたがないですが、時間がかりに五分だとすれば、少くとも四回、多ければ五回くらい放送をやらせてくれればたいへんいいと思うのです。それから文書の問題につきましても、字数も相当の制限があつて、それらの点についても相当緩和してもらえればいいだろうと屈うのですよ。とにかく政見というものを大衆に知らせて行く。北海道では寒いですから、この間の選挙では暖かかつたからいいけれども、大衆というものは寒いときはわざわざ来ないですよ。さつき綱島さんあたりから屋内演説会の話もありましたけれども、北海道あたりは零下三十度でしよう。やつたつて寒くて来ないですよ。公営選挙の場所は、ストーブもどんどんたいてやつてくれればいいけれども、なかなか石炭も高いし、そんな寒いところへ行くよりか、家で寝ころんだ方がいいということになるので、やつぱりラジオ放送をやつてもらえれば、家におつても聞けるのだから、どうしても文明的なラジオというものを大いに利用してもらう。それから文書による方法もやつてもらう。それから立会演説会、これはもちろん皆さんと同じように私はいいと思う。街頭演説もやはりやる方がいい。そういうような方法で、できるだけ金のかからないようにやつていただく。ラジオ放送なんかもこれは無料でやるのですし、また文書も無料です。個人演説会となると若干かかりますが、個人演説会も手放しで制限せぬ方がいいだろうという皆さんの意見ですが、私もこれは賛成です。ただ、個人演説会のポスターですが、これをむちやに張らすということは、やはり費用の問題で、さつき只野さんも言われましたが、金のある人はりつぱなきれいなポスターをつくることができますが、金のない者はそう無制限にポスターもつくれない。ですから、ポスターについても、できれば国家の費用でやつていただければ、たいへんけつこうだと思うのです。 それから選挙の摘発の問題ですが、昔は相当政党政派によつて摘発が行われた。政府党は摘発しないで野党を摘発したということがあつたようであります。今のところは、私はそういうことが行われておるという断言は必ずしもいたしませんが、どうもそういうにおいもせぬわけでもありません。そこで、先ほど只野さんも言われましたが、みんな選挙の処罰規定を強くする、強くすると言うんだが、人がひつかかつているうちは強くするのもいいけれども、自分がひつかかつて来るとたいへん困る。今度の選挙でも、自分の身内の者が二、三酒を飲んだからといつて検察当局に呼ばれた。行きましたところが、とにかくちよつとしたことでももう刑務所へ入れちやうのです。ですから、戸別訪問をしたといつても何でも、自白しなければ一応刑務所へ入れるのです。検察官の言う通りにしなければ、十日でも二十日でも入れる。入れておかれるということ自体が、相当これは新聞にも出るし、刑罰にもひとしいのであつて、やたらに重くといつても死刑にもできないし、厳罰々々と言うけれども、程度問題であつて、とにかく戸別訪問を五軒、六軒やつたというので、刑務所に十日も二十日も入れられている。罰金はかりに千円なり一万円食うにしても、刑務所に二十日も入れられているということは非常に大きな問題である。 余談になつて失礼ですが、私はそのときに帯広の検察庁の副検事のところへ行つて話した。大した問題じやないから釈放せいと言つても、もう少し調べてみなければわからない、今忙しくてなかなか順番がまわつて来ないということで、その間ただ刑務所に入れて遊ばせている。私は非常に憤慨したのですが、ゆうべの朝日新聞に「副検事が暴行未遂、北海道帯広で」という見出しで、選挙違反を取扱つている寺地という副検事のことが載つている。帯広市西二条食堂谷津春子さんの所に行つて、「二階の子供の部屋に上り込み三女啓子さん(一七)にいどみかかり、騒がれて逃走した」ということが出ている。これは法務委員会でやるというのだが、そういう副検事が選挙違反なんかを摘発して、そして順番が来ないから調べられないというので二十日も入れている。実に矛盾したところがある。だから選挙処罰規定を強くするのもいいが、人がひつかかつているうちはいいが、身内の人がひつかかつたときにお互いに困るのですから、めちやめちやに処罰を重くすることは適当じやない。その点について、牧野良三さんは、選挙違反にひつかかつた者は減点しろということを言つている。大体国家のために選挙した者を、刑務所に入れるということは間違つている、選挙違反は減点しろというのはおもしろいことだと思う。しかし減点といつてもだれが引くか、どういうふうにして引くか、なかなか行われませんから、これは理想であつて実現できないと思うが、本来ならば選挙である人を応援して、それが戸別訪問をやつたからといつて一々刑務所に入れられては困る。お前はどこそこを戸別訪問しただろうと言つて、検察官の考えの通りに戸別訪問したと言わなければ刑務所に入れる。処罰規定を強くしたからといつて、必ずしも選挙違反がなくなるというものでもない。結局公平な建前において処罰規定を取扱わなければならないのであつて、ただ何でもかんでも処罰規定を厳重にせよというばかりでもいかぬと思う。 まだ申し上げたいことはありますが、一応この辺でやめておきます。
○綱島委員 ただいままでいろいろ御意見を伺いましたが、私が今度はこういうことをやつてみたらどうかと思いますのは、選挙法を通じて、選挙そのものを社会的に高い目で見て行くような考え方を起すような撰挙法をつくる。今度の選挙を見ると、共産党の幹部を一人も検事局があげ切らない。警察が一つも手をつけられない。その埋合せに立候補者などをめちやくちやにやつたりして、それで世間の非難を埋め合せるような気味が非常にあつたと思う。そういうようなわけで、選挙法というものはもう少し高い考え方から考えなくちやいけないと思うのです。今までのような、代議士というものは何か悪いことをするものだ、選挙になれば必ず悪いことをするものだという先入観を捨てて、選挙というものを通じて、大体候補者もその通りであるが、選挙民もでき得る限り民主化されて来るようにし、世界の情勢についても、国内の事情についても、国民が納得し得るような機会を、まじめな意味でつくり上げて行くことに値するような選挙の方法を考え出す、こういうことが必要であると思うのであります。 それから費用のような問題も、絶対にできないようなことを考えてみたり、今までの選挙法を見ますると、夜明けから夜中まで選挙運動をしておる者に、握り飯でもやればもう選挙違反になる、その人の労務賃と差引にしておつても、厳密に言えば選挙違反になりそうだ、こういうように事実できないようなことを前提として立法しておるということは、選挙法を立法した者の中に非常な責任がある。もう少し具体的に、事実に合い、善良なる考え方で、選挙に臨む者がけがをせずに選挙のできるような立法を、今度はするということを考えるべきじやないか。こういう大きな方向で、まじめな意味で選挙をすれば、しろうとでもひつかからないし、費用超過にもならないで、事実有効な選挙ができる、そうしてその選挙の結果が、でき得る限り公平な機会を持ちあとうような選挙を行う、こういう点を大体の選挙法改正の基本線としたらいかがであるかと考えるのであります。そういう点を大体確立すれば、それによつて、なるほどこういう条項はこう書いて行こう、費用はこういうふうに書いて行こう、罰則はこうやろうというようなことが、おのずから明らかになるのではないか。むやみに、ただ小手先で、この条文はこうすれば犯罪をすることはできないというふうに、何か不良少年取締規則みたいなつもりで選挙法をつくるということは、選挙というものが民主主義の確立の上に非常にフエアなものであつて、非常に大切なものであるということを根本に置かずに、あたかもこれは犯罪が行われるものであるというような考え方からの立法措置という根本的の態度がいけない、私はこういうふうに考えるものであります。選挙法立法の建前は、民族の経済生活においても、文化生活においても貢献し得る線をつくり出すということが根本である。そういう点からこのたびの選挙法立法の基礎をきめていただいて、これによつて取捨していただけばいいのじやないか。すべての規則を見ますると、教官制度にいたしましても、何にいたしましても、大体文化的に進めるというような方法で、だんだんと改訂されて来たようでありますが、ただひとり選挙法だけは、いかにも非常な処罰主義なんです。箇条書をふやして処罰主義なんです。こうしたら縛れるだろう、こうだから縛れるだろうというような考え方ばかりで、選挙の持つておる文化的価値というものについて考えることが薄いのじやなかろうか。こういう点から委員会は脱却して、それこそ今度は飛躍した考え方を持つて行かなければならぬじやないかと考えるわけであります。 特に私がそのことにつれて考えることは、あのトラックであります。これはからだのためにも非常に悪い。しかも非常に品位を損ずる。品位というものがなくていいというならば、国会などへも裸で入つて来てもいいことになりましよう。候補者はなるべくこびを売らずに公明な政見を発表して、それによつて当選をする。民主主義というものは非常な長所があるが、心にもなきこびを売るということは、私は民主主義の基本的な欠点の一つだと思う。しかしこれを補うに足る非常な長所がありますから、もちろん民主主義は悪いというものではありません。しかしながら、いかにいいものであつても、その基本的の欠点に対しては、できるだけ修正を加えて行くということが、われわれの務めであると考うるのであります。 そういう点からかんがみまして、トラックに乗つて、どつちもこつちもおじぎをして行かなければならぬ。そして選挙というものは政見を発表するというけれども、あれをやることは政見発表にはなりません。名前を言つて、やあ何がし、それがし、こうだこうだというようなことを言つて歩いて、それが選挙であるというならば、政見を発表して大衆の支援を受けるということに、いかに遠き事実であるかということは明らかであります。トラツクを走りまわしての演説が、むしろ政見に関係なくて、政見をごまかす役割になつていることを、皆様御否定になることは困難であると思う。もしそれ政見を発表なさるならば、ただの自動車で行つて、そこで発表なさればよろしい。そして一定の時間をかけて十分に大衆の胸に入るような御意見を発表くださればいい。ボスだけが当選するような式の——それは保守党式なボスであろうが、労働組合式なボスであろうが同様であります。ボス的な存在を有効ならしむるような選挙法の構成は、だんだん世界が開けて来た時代には逆行する事柄であると私は思うのであります。 英国などでは、代議士のことを名前を言うものはほとんどないそうであります。オーナラブル・マン、尊敬に値する人があそこにおると言うそうであります。日本では、代議士というものは何かいいかげんなものだというように、新聞の書きぶりもそうであれば、世の中もそれに便乗して、むやみやたらなことを——先ほどからもおつしやるようないろいろな検挙方針をやる。また代議士が、そういうことをやられそうな選挙法を得々としてつくることは、民主主義の社会としてはまかふしぎな事実ではないか。公平にやるならばいい部分で公平につくればいいので、君子みずから卑しめて他に軽んぜられることはまずやめるべきである、こういう考えを持つておるわけであります。 要するにこのたびの選挙法の改訂は、基本的に民主主義がりつぱな線に確立するような線で改訂していただくことが、われわれの任務ではなかろうか、ただ、参議院の選挙に合せるということは、時間的の制約があるかもしれませんが、実は基本的な点を取急いで、委員諸君のクリアーな経験から考察なされたら、たちどころにりつぱな選挙法ができると思いますので、ぜひひとつ今度は皆様の御奮励を願つて、それこそりつぱな尊敬に値する選挙法——複雑怪奇にして読むことさえ困難な選挙法にとりかえるに、明瞭にして尊敬に値する選挙法を制定することを、この委員会の任務とすることを提言いたしたいと存ずるわけであります。
○河野(金)委員 私ただいまの御意見の前の半分には賛成で、あとの半分は反対なんですが、確かに選挙法はややこし過ぎます。この前お互いに選挙法をつくるときでも、たとえば選挙事務所では湯茶しか出してはいかぬということは、実際には行われないということは、法律をつくるお互いが知りながら、菓子ぐらいはよいことにしようじやないかと言つたら、それではたいへんなことになるというので、結局、必ずその選挙法は行わないということを前提にしてつくつたような選挙法であつたのであります。ぼくなどもおつたのですが、実際その通りで、けしからぬことだと思います。だから、あまりこまかい制限をすることは無意味だと思う。選挙を不明朗にし不公平にするのは、買収と饗応だと思う。買収と饗応だけを徹底的に取締つて、あとのことはあまりこまかい制限はしない方がよいと思うのです。これは、前田君などと一昨年イギリスの選挙を見に行つたときの話にも、イギリスでも百年ぐらい前には買収や饗応が非常に多かつたそうだが、選挙法を改正して、買収や饗応をやつた者は、それがわかると、おれはこれだけもらつて来たとか、あの人にこういうごちそうをしてもらつたとか申し出ただけで、選挙の途中でも立候補をやめさせる。当選してからでも、そういうことがわかると、五年か十年の立候補禁止期間が設けられておつたようであります。そのために、イギリスでは買収や饗応が一つもなくなつてしまつたということでありますが、そんなにこまかい制限はやめてしまつて、買収と饗応さえなくなれば、あとのことはむずかしいことを言わない方がよいと思うのであります。だから、できれば、この委員会においては、枝葉末節の、実際には行われないということを知りつつ、法律の改正をするようなことはやめたいと思う。そうじやないと、良心的ではないのです。一番元の法律をつくるお互いが、行われないということを承知で、これをつくるということはけしからぬことだと思う。選挙費用などでも、確かにあの選挙費用ではやれない。やれないなら、やはり今の実情に合うようなものを見て、そうして買収と饗応だけを徹底的に取締ることをやつて、あとの制限は一切撤廃する。放送なども、先ほど出ましたが、できれば二回でも三回でも四回でもよいし、あるいは文書なんかも千五百字で制限したけれども、これも許されるならばもつと多くしてもよかろうと思うのです。演説会なんかの制限もやめてしまつた方がよいと思います。トラツクのことは今大分反対があつたようでありますが、たとえば、今の選挙法では、立会い演説をやれば人が集まつて来る。個人演説でも相当集まつて来る。けれども、それは限られた人であります。新しく日本においては若い人とか女の人が選挙権を得ておるが、そういう人は実際はあまり演説会場には来ません。従つてわれわれの代表というものの顔を知らせるという意味においても、トラツクは有効である。何も頭を下げて歩く必要はない。頭を下げて歩く人は弱い人でありまして、決して頭を下げないで、見せて歩くだけの人もあるのであります。腰かけて行く人もあるのでありますから、演説会場に行く途中において、演説会場に来れない人々に、自分たちの候補者の顔を知らせるという意味においても、トラツクというものはそう排撃する必要はないのじやなかろうかと考えております。いろいろありますが、今度のこの選挙法の改正で、買収と饗応の点に対して徹底的の制限を加えていただいて、かつてイギリスでやつたことく、途中においても立候補をやめさせる。あとですぐやめさせて、五年ぐらいの追放と同じような期間を与えたならば、最初のうちはそれにひつかかる人が出て来て、気の毒ではありますが、一回か二回の選挙をやつたあとにおいては、明朗な選挙が行われるようになると信じております。
○前田(種)委員 私は綱島委員の言われたこと、今河野委員の言われたことについて、できればそうやる方がいいということは前から主張して来た。私は選挙というものは、できるだけイギリス式に野放しにやつて、自由に勝負をするということが一番明朗でいいと思う。ただ問題は、日本の今日の常識、日本の国民の今日のような状態であつて、スムーズにやれるかやれないかという見通しの問題だと思う。これは選挙法だけではない。綱島さんは法律の専門家であるからよく御承知のように、一切の日本の法律は、悪いことをする者を対象にして法律ができている。具体的に言えば、十人のうち大体八人まではそういうことをしないが、あとの一人か二人が悪いことをするから、八人の人が迷惑をこうむるようなきゆうくつな法律になつているのです。これをイギリス式に、自由であればあるだけに相手に迷惑をかけない、ごまかしはしない、悪いことをしない、——われわれが選挙事務所に行つて、いろいろ具体的に日本式に質問しましても、そんなばかなことは通りませんよということを、簡単にイギリスの選挙事務所で答弁してくれるのです。日本では、かりにトラツクを出しても、五百円出しても百円くらいにつけておけということが日本の常識です。ここに日本の国民の生活の現状と常識の程度と、イギリスの常識の高い程度との比較があるわけです。それで三、四回総選挙をやつて、相当混乱しても押し切つてやるという決意ができますならば、私は野放しにやつた方が一番いいと思います。要するに買収と饗応の点だけを強化して、あとは戸別訪問しようとも、あるいはイギリスのように、投票当日車をもつて送り迎えしようと、十分にやらせて、判断できるようにするためには、ある期間混乱があつても、押し切つてやろうとするならば、私は野放しにやつていいと思います。しかし、日本の現状において、二、三回総選挙が相当混乱して、たいへんなことになるということを覚悟することができ得なければ、次善の策として、今日の常識程度に合うような法規にしなければならぬということにまた返つて来るのです。これは選挙法だけではないのです。弁護士諸君が法律的に法廷で争われる場合に、真剣に法の解釈で議論されるというよりも、白を黒としても争うというような日本の常識が相当多いのです。すきさえあればそのすきをついて、法律にないからこういうことをやれるという解釈でどんどんやつて行くというのが、今日の商取引の面においても、日常生活の面においても、それが行われております。私たちは、法律になくても、社会に迷惑をかけ、あるいは自分が道徳的にどうも恥じるということがありますならば、あえてやらないというだけの反省でき得るような状態に、日本の国民の常識を高めて行かなければならぬ。そうすることによつて、法律は大わくだけで、あとは常識で間違いがないということになりますと、当局の煩雑も非情に緩和されると思います。日本の現状においては、法規の不備さえあればその不備をついて、あるいは法の解釈をたてにとつて、こういうことをできると言つて押し切つて、不都合なことをあえてやるというような常識程度でありますから、私はここになかなかめんどうな問題があると思う。しかし、それもあえて覚悟の上で、高い識見の上に立つて、ある程度の野放しをやつて、その間二、三回の総選挙は混乱しても、その後にはかえつて国民の与論に反撃されまして、浄化されるという道もあると思います。また、そういう賢明な方針をとつて、あえて選挙法によつて先頭を切つて行つて、日本の国内の法律全体を、もつと簡素化するという道も出て来るという見通しもついております。しかし、そこまで踏切りができなければ、今日の常識に相応するような状態にしなければならぬ。そうなつて来ると、選挙運動の過程において、取締りの立場からも簡単に取締りのできるような状態にしてやる。また、選挙違反の行為ができるだけ明瞭にわかるような法規にして、そこが混乱の起きないようなことにしなければならぬということになるし、またもう一つは、勝てば官軍だ、負ければ結局だめだということで、死にもの狂いで最後は争うというような選挙の実態を見てみますと、よかれあしかれやつてしまつたら勝ちだというような日本の国民の常識が一番災いしている。これが、たとい負けようとも、不道徳なことや常識に反するようなことはやらないというところがなくてはなりませんが、残念ながら、今日の日本の現状はさようになつていないと私は見ております。ここに問題が残りますから、今の意見等につきましては、十分われわれも考えつつやりたいとは思いますが、現実の問題がはたしてそれで行けるかどうかという点にぶち当ることを、われわれは残念に思つております。それさえなければ、ある程度野放しに、高い方針の上に立つて、基本的な問題だけを押えてやつて行く。これには賛成することにやぶさかではないが、現実の問題を静かに考えてみて、一体どうするかという点が大事だと思う。それは、先ほど森君は、人を責める場合には罰則を強化して、自分の身にふりかかる時分には、と言うけれども、これはわれわれ立法の任に当る者として、人の場合であろうと自分の場合であろうと、もつと高い広い立場から、われわれの責任の分野に立つて、公正な判断の上に立つて法律をつくる、あるいは改正するというふうになつて行かなければならぬと私は考えます。
○松岡(松)委員 今河野君からもお述べになつた点について、社会の実情に沿わない法律をつくれば、たとい選挙法でなくともあらゆる法律は無理が起る。現在の選挙法というものは非常に無理がある。今ほど指摘されたように費用の点なども出て来る。たとえば、今資料が出ておりますが、今度の選挙法違反を見ましても、「買収」、「その他の買収」という項目に、「買収」の件数だけで九千七百一人、「その他の買収」で二万九千七十二名という厖大な数字が出ている。選挙違反の総数は四万六千三百七十九名、そのうち公判を求められた者は五千五百五十六、略式を求められた者は一万二百五十名、トータルが一万五千八百六名、このパーセンテージは三三・四%、このうち六七%というものが起訴も略式もされておらないのです。これを見ますと、大体世間では検挙された者を即犯罪者と考える傾向があり、いかにもたくさんの選挙違反を犯したように見えますが、これを見ると、結局三割三分しか処分の手続をとられていない。しかも、これも公判において無罪になる者がどのくらいの数になるか、これからでないとわかりませんが、こういうことを考えてみますと、さらにこの「買収」、「その他の買収」とありますのが、買収であつたのか、あるいは買収でなかつたのか、これは裁判をしてみなければわかりません。現在私どもの調査したところによりますと、この点は法務委員会でも問題になつているのですが、この買収事件と言われている中に、費用関係が非常に多いのです。いわゆる従来のブローカー的なものが少くて、費用の関係からそういうことになつたものが非常に多い。なぜかというと、法定選挙費用が非常に不自然に無理にできている。現在の貨幣価値、経済実情というものを無視してできている。先ほどもお話があつたように、朝の六時から晩の十二時まで運動員が働かされて、三百円以下の金で三食を食べて、それで働けなどということが、はたして現在の社会の実情に即応するものやいなや。皆さんはおそらくかようなことには賛成なさらぬと私は思う。それが選挙法に組み立てられている。こういうことが私は不自然だと思う。結局先ほど河野さん、綱島さんから指摘されたように、買収と饗応というのは不自然な行為である。おそらくこれを犯す人は犯罪意識を持つて犯している。ところが費用の多寡などに至つては、おそらく犯罪意識などというものはありません。大部分は、費用の多寡というものに対して、おそらく犯罪意識を持つている人は少いと思う。ところが、これが制限になると非常にひつかかつてしまう。結局こういう法制を改める。私は、きゆうくつなことをやめて、自由に候補者が選挙民に自己の主張なり政策を十分に披瀝して、そうして選挙民をして自由なる判断を行わしめる機会をつくり上げるということが目的なんです。そのためには、買収饗応に対してはきびしい制限を加えることが必要であります。先ほども厳重なる処罰、厳重なる処罰とおつしやいますが、これは強盗や詐欺や脅喝などと違うのでありまして、違反すればすぐ監獄にたたつ込むというような考えは、あまり現在の社会の実情に沿うものとは私は思いません。その違反に対する処罰の方法も、相当考え直さなければならぬと私は思う。 結局、問題をせんじ詰めて行きますと、現在の法定費用というものは社会の実情に沿わぬものであります。これを根底から直さなければいけません。第一、政党の組織が現在はまだ公明なる選挙にする実情までに、その組織自体が細胞的に伸びておりませんから、そのために選挙に非常に無理がかかる。その点はイギリスやアメリカの政党の方が、はるかに政党の組織が社会の中に伸びております。ところが日本の現在の政党では、自由党、改進党、社会党にいたしましても、まだまだ社会の組織の中に十分に伸びがない。従つて政党と候補者との運動の連繋が非常に薄い。このために私は選挙に非常に無理がかかつて来るものがあると思う。この点は見のがしてはならないと思う。ですから、ある意味において選挙運動に非常にウエイトがかかる。イギリスあたりは、政党が非常に組織が伸びておりますから、政党の力というものはずいぶん選挙に影響して来ます。ところが日本においては、候補者自体が自分の力においてこれを展開して行かなければならぬことが非常に多い。そのために非常に費用もかかる。また多くの運動員も働かなければならぬという結果に相なると思う。実際金がかからぬように、かからぬようにと先ほども話がありましたが、これは最も喜ぶべきことであります。だれだつて金をかけて選挙することを好む者はありませんが、さりとて社会の実情に沿わないことを要求して、それに反する者はことごとく違反者などと言つて処罰いたしますことは、これは犯罪者をつくるようなものであります。法律をもつて犯罪者をつくるようなことをしては私はいけないと思う。この意味において、今度の委員会におきましては、費用を根本的に社会の実情に即応して考える。それから、先ほど公営の費用の拡大について御意見がありましたが、ごもつともであります。今度の選挙にかんがみまして、立会演説会というのは全国どの会場でも大なる盛況でありました。個人演説会に比較して立会演説会が非常な盛況であつたということは、選挙民の公営的な立会演説会に対する関心が非常に高かつた。これは大いに私は広げてよろしいことだと思います。しかしながら、何でもかんでも選挙は公営にせよ、大いにやれと、こういうことになれば、結局費用がきゆうくつだから、公営の方にずらして行くのであります。そのずらして行くことは、結局国民の負担になることであります。国民の負担は幾らかけてもかまわない、個人の支出はなるべく出さぬということでは、そこに一つの問題がある思う。結局われわれは、あらゆるものについて安価なことを希望するのであつて、金のかからぬ政治が一番よろしい。従つて公営々々と言うけれども、すべて公営なので、その費用は国家の負担であります。国家の負担イコール国民の負担であります。いわんや重税に悩んでいる国民は、さらに公営を強化されて、その費用をまた税金によつて請求されればますます苦しくなる。この点も大いに考えなければならぬところでありまして、費用は、社会の実情に即応して行くならば、おそらく現在の法定費用の三倍以上はやむを得ない。私、具体的な数字を今申し上げるのははなはだ早計かもしれませんが、現在の法定費用に即応して考えるならば、三倍以上くらいの数字が当然出て来る。三百円くらいで朝の六時から晩の十二時まで働けるものではありません。おそらく選挙運動する人だつて、自分の商売をやめて、その上三百円くらいの弁当代をもらつて、それで働けなどということはめちやくちやな話です。こういう点を改めて行けばいいのではなかろうか。 それから自治庁方面から出ている連座制度の問題でありますけれども、私はこれは非常に考えてみなければならぬものがあると思う。おそらく選挙というものは、わずかな期間に、総括主宰者にしても、出納責任者にしても、候補者との間に連携が生まれるのであります。しかも選挙運動員だつて、選挙が始まつてから終りまでの期間における関係でありまして、短時日の間の連携関係であります。それを長い間に結ばれた関係のごとく——あるいは一つの事業、あるいは企業、あるいは官庁、あるいは組合のような永続的組織におけるところの関係などとは、これはほんとうに違うのであります。この連座制度を強化するということは、実際選挙組織というものの実情を少し無視している傾向がある。従つて主宰者と候補者との関係、主宰者と出納責任者との関係、出納責任者と運動員との関係というものは、そう緊密なものではありません。ただ一つの運動において、候補者を当選させるという目的においては共通しているかもしれませんが、運動その他あらゆる諸活動において、しかく緊密なものとは思われないものを、連座制度を強化するということは、私は実情に即応するものではないこれは大いに考えなければならないと思う。かなり机上空論的な改正意見が、自治庁方面から出ておるようでありまして、今度の選挙を一つの試験台にしてこれに違反したもの、これを乱したものは、全部また法律を改正すればいいというようなやり方は、根本を考えていない。末梢ばかり考えている。ですから、結局悪法をもう一ぺん悪法にする傾向に陥ることは、私は警戒しなければならぬと思います。 ですから、われわれは根本に立ち返つて考える。結局考えれば、買収と饗応以外のことはできるだけ自由にして行く。先ほどの河野さんの見解に対しては、私非常に支持するのであります。ですから、あまり末梢的なことを考えないで、——先ほども金持、貧乏人の問題が出ましたが、しかし私どもは、何も金で勝負をつけるということに賛成するものではありません。人間生活をするにはやはり費用がかかります。これは結局金でありまして、金というものを無視するわけに行かぬが、金によつてよき人材が埋もれて行くということも私は好みません。しかしながら、社会の実情に沿わないことをやつて、違反者を出すということも考えなければならぬ。先ほども出ましたが、戸別訪問して警察に二十日も勾留された。これは元来選挙民が立ち遅れているのでありましよう。警察官自体も立ち遅れている。あるいは検察当局自体も立ち遅れているかもしれませんが、今度の選挙違反においては統一がない。これははつきり言える。選挙違反検挙方針に対する統一を欠いていたということを私は指摘したい。そのために、司法警察官が単独捜査権を活用した、つまり行き過ぎ程度までに活用したために、いろいろな弊害が起きている。検察当局でも責任を痛感していただかなければならぬことは、七割近くの未処分者が出ている検挙ということは、これは大いに考えなければならぬ。十人つかまえて来た者の七割が起訴をしなかつた。こういうことなら、無実の者をつかまえて来て警察署にとめておつたということになる。そのために迷惑を受けた者は莫大なものであります。一名の検挙者が受けたる被害というものは一名ではありません。その家族が五人とすれば五人に及ぶ。親類一統かりに五十名、六十名、百名にも及ぶのであります。その迷惑たるや実に枚挙にいとまあらざるものであります。それを考えないで、たいてい見込みをつけてひつくくるところの従来のやり方が、まだ横行しております。こういうことは、結局司法警察官の独立捜査権というものの弊害がここに現われて来ておる。そして検察当局が逆に警察当局に圧迫されてしまつて、引ずりまわされている傾向があります。これでは逆であります。少くとも知能において、経験において、社会的な信頼において、私は、検察当局というものが中心になつて、一つの選挙方針の対策を講じなければならぬと思うが、ちりぢりばらばらに行われてい弊害というものが、こういうところに現われて来ておるのであります。つまり犯罪者を生まないような法律をつくればよろしい。犯罪者のできるような法律をつくつておいて、犯罪が出た、犯罪が出たと言つて騒ぎまくることは、それ自体われわれは大いに考えなければならぬと思います。 党の意見もまとまつておりませんので、私の個人的な意見を御参考までに申し上げておきます。
○大村委員長 ちよつと申し上げますが、御要求になつた検事総長は公務出張中で、刑事局長がかわつて御出席になつております。御了承願います。
○前田(種)委員 私は今の自由党の方の意見に対して意見があります。しかし、それをここで反発するという考え方は持つておりません。費用が常識的に少いと言われますが、労務者一人当りの三百円の単価が安いとは認めません。それから運動員の一人当りの実費弁償あるいは弁当代等の制限を、もつと上げるということは考えられるが、大体平均して衆議院選挙の場合は五十万円です。しかもトラツクと自家用車はそれ以外の費用になつております。だからその二つを費用外にのけて、今日の選挙法の許された範囲内での選挙運動をやる場合は、それ以上の金は絶対いらぬ。総額においてそれをふやそうとすることは、必要以上に人を使つて、必要以上にやろうとするからです。どこから計算しても、それ以上の金のいるような選挙運動は、この法律では許されていない。だからその面では、決して今日の物価と比較検討して、五十万円の金が安過ぎるということにはならないのです。ただ、法律以外のことをやろうとするから、この法律で制限されているその範囲がいかぬということになる。もつと幅を広めて十分にやらす、その意味で選挙費用が少いというのならば、それはうなずけますが、この法律で許される範囲内の選挙活動というものは限られておりますから、限られた範囲内での選挙運動のためには、そうした費用はそういるはずがないのです。常識的に私はそう考えております。しかし今日の五十万円が妥当であるか、これを七十万円にすることはどうかということについて、それを一々私がどうこう言うわけではありませんが、百五十万円にしなければならぬということは、とんでもないことだと私は考えております。だからこれは選挙法の内容の結論が出ました上で、一体選挙費用はどの程度が妥当かということを、数字を押えてその結論を出せばいいと私は考えております。問題は、えてしていろいろの問題をやろうということは、それ以外の、勝てば官軍式の選挙運動やるから、一千万、二千万、それ以上の金を使うというようなことをやるから、選挙界が毒されることになる。むしろその面では、選挙費用の総額の問題ではないと私は考えております。しかしこれは議論になりますから、さらに後日またゆつくり論じてもいいいと思います。 刑事局長にお聞きしたいのは、過日の選挙の結果の選挙犯罪の処理が、今日どうなつておるかということが一つ。それともう一つは、暮れにも私はお尋ねしましたが、時間がありませんから一ぺんに言つておきますが、最初は特別国会というものは、総選挙後少くとも半月くらいの日程で特別国会が開かれる。その開議員の中でも身柄を釈放する。しかし特別国会が済めば、さらに調査をしなければならぬという人もあつたはずです。それが議会の都合で延び延びになりまして、年末には、さらに今年の三月三十一日までというように特別国会が延ばされておる。そのことのために、議員に当選しておる者の中に、身柄が拘束できないということのために、調査が十分できぬのではないかという点もあるはずです。こういう点等について、何ら支障はないという明確な答弁ができるかどうかという点も、あわせてひとつ答弁していただきたいと思います。
○岡原政府委員 今回の衆議院議員総選挙の結果につきましては、昨年末の最も新しい統計を、お手元までお配りいたしてございます。こまかい数字はそれによつて御承知いただくことにいたしまして、総数だけを一応申し上げますと、検察庁の受理件数が四万六千三百七十九、これに対して処理が四万五千八百二十五、未済五百五十四ということに相なつております。なおこの処理のうち、起訴は公判請求が五千五百五十六名、略式一万二百五十名、さらに不起訴が二万二千三百七十名、かようなことに相なつております。ただいま松岡さんからも御指摘のありました通り、起訴のパーセンテージは——数字がちよつと印刷が間違つておりまして三四・四%でございますが、御訂正願います。結局全体の約三分の一というものが起訴の手続をなして、あとは不起訴である、あるいはその他の処理になつておるということは、要するに、その他の事件については、警察において不必要にたくさん検挙したのではないかという疑い、これはごもつともでございます。ただ、この不起訴のうち、相当多数の者がいわゆる起訴猶予処分というものでございまして、犯罪の成立は認められるけれども、諸般の情状からこれは起訴しないのを妥当とするというような事件もあります。あるいは相当手を入れて調べたけれども、結局一部は嫌疑がなかつたという、松岡さんのおつしやるようなこともあつたろうと存じます。従来の選挙違反の起訴率をずつと調べてみますと、大体二二、三パーセントから二五、六パーセントくらいになつておるのでございまするが、今回の選挙の起訴率が割合に高かつたということは、総数において従来よりも多かつたということと相まちまして、おそらくいわゆる公明選挙というかけ声が警察にも徹底して、通俗的な言葉で言いますと、相当張り切つてその処理をした、またその当つた事件がかなりに実質的な犯罪が多かつたということになろうかと存ずるのであります。従いまして、この第三表の罪名別処分表をごらんいただくとわかるのでありますが、先ほども御指摘のありました通り、いわゆる買収犯、これは二百二十一条の一項一号のほかに、その類似の買収をずつと並べてございますが、その数が約四万近くになつておりまして、これが受理人員のほとんど大半を占めておるということに相なつておるようでございます。但し、このあとの欄にずつとございます通り、その他の犯罪の中には、形式犯と言われる非常に軽い文書違反、運動違反等もございます。これらにつきましては、なるほど実際の取締りの面として警告し、あるいは事前に指導してなお足らなかつたために、やむを得ず検挙したという事犯もあつたのかと思いますが、これらについても起訴率は割合に低くなつていると思います。 それで、われわれ取締りに当る者といたしましては、国警、自治警も同様でございまするが、かようないわゆる形式犯の検挙処罰につきましては、かなり細心な注意を用いているのでございます。それにもかかわらず、実際の処理に当りますると、こんなのはかわいそうだというような事犯が大分あるようでございます。従いまして、これらは寛厳よろしきを得るようにというふうに、全国の検察庁にも、国警その他の関係庁にも申してあるつもりでございます。 なお第二表は、受理の区別、それから党派別、資格別処分の人員がございます。これらは、大体受理区分によりまして、大部分警察官の送致が多い。それから、選挙事犯の区分の党派別の調べによりまして、各派それぞれ、必ずしも立候補者の比率に一致はいたしておりませんけれども、それぞれほぼ似たような比率をもつて起訴の処分がされているということが、おわかりだろうと思います。 それから、資格別の処分表によりますると、候補者の人員が二百二十六名、このうち五十八名が求公判ということに相なつております。未済がまだ若干ございまするので、いずれ時効完成ということのないように、逃げている者はどこまでも追究する。また、もしそれまでに調べがついて、右か左かはつきりした場合には、もちろんこれを処分する。そういうような方針で、たしか最近最高検察庁から、全国の検察庁に通知が出されてあるはずでございます。 なお、その他の一般の選挙人あるいは官公吏等の身分による犯罪のそれぞれの表は、あとの欄にある通りでございます。 先ほど、特に今回の選挙に際し、国会の会期の関係上、一部の身柄を釈放し、そのためにその後の捜査にさしつかえを来したのではないかというふうなお尋ねでございますが、この点につきましては、先般も最高検とも十分打合せをしたのでございまするが、実際に事件の処理に当つている各地の検察庁から、この点につきまして特に著しく支障を来したという強い要望と申しますか、抗議と申しますか、そういうことの来ているのはございませんけれども、これは常識的に考えましても、若干の支障があつたことは事実だろうと私は存じます。しかしながら、これはいろいろの面から考えまして、われわれ検察庁といたしましては、諸般の法律の実効をはかるという意味におきましても、さような処置をとつたのは一応妥当と現在は考えている次第であります。 なお、それらの事件の成行きでございまするが、すでにそれらの議員のうち、ある者については起訴をいたし、また引続き捜査に当つている者も、先ほど申した通り若干あるわけでございます。 大体以上のような次第でございます。
○前田(種)委員 今の刑事局長の報告を聞いておりますと、最後に、会期の関係上若干の不便があつたということを当局は認めております。私は遠慮してそういう答弁をしておられると思います。ここに問題が上つて来ます。具体的に申し上げますならば、岡崎さんの場合は一体どうか。いまだに出納責任者が出て来ません。出納責任者は藤沢の市会議員で、有力な人であつて、はたして当局が捜査できないかどうかという点等は、もつと明確にせなければならない。それともう一つは、岡崎さんの場合は、出納責任者が出て来ないために、岡崎さん名義で十六万何がしかの選挙費用の報告をしているということを新聞で見たのです。先ほどの自由党の人の弁を借りて言つても、一ぱい使つても足りないという場合に、一体十六万何がしの清算書を出して、これが正しい選挙の報告書であつて、これに対してそのままそれを認めて、それで当選が確定するかどうかという点は、私は怪しいと思う。出納責任者がいなければ、候補者みずからの責任において処理しなければならないことは、法がはつきりと命じております。岡崎さんの報告書は何ぼになつておるかということを、私は新聞を見ておりますから、明確にここに数字を報告してもらいたい。そして、岡崎さんの場合は、聞くところによると不起訴になつておるということでありますが、はたしてそういう会計報告をして、それでもいいのかどうか。出納責任者がのがれて、時効になるという場合に、ほんとうに捜索しておるかどうかという点を十分見てもらいたい。その点に対しても、当局の答弁をもう一度促しておきたいと思います。(「きようはフリー・トーキングじやないか」と呼ぶ者あり)自由党側で言つておりますが、選挙法の改正に対して重要な実績の上に立つた参考資料になりますから、これは当然なことだと思います。もしこれが、野党でこういう問題を引起した場合に、自由党がこういうことで承知するかどうかということは、過去の議会活動の実績の上に立つて、自由党の人に判断してもらつたら明瞭になると思います。
○綱島委員 ちよつと待つて……。そんなことは法務委員会でやればいいじやないか。
○前田(種)委員 わざわざ委員長の許可を得てやつているんだ。
○大村委員長 ちよつと申し上げますが、きよう開会劈頭に出席を求めて、質問をしたいということでありまして、当局もせつかく見えておりますから、質問を簡単にやつたらよかろうというのでお願いしたわけです。
○綱島委員 そうですか。それは知らなかつたから……。理事会の決定では、きようはフリー・トーキングということだつたんです。
○大村委員長 フリー・トーキングで始めながら、開会の劈頭に出席を求められて、皆さん御同意であつたから、御出席になつたのです。それではどうぞ簡単に……。
○岡原政府委員 誤解のないように一応申し上げておきます。先ほど当局も支障を来したことを認めておるという御判定でございますが、そう申し上げたのではございませんで、常識的に見れば、普通の場合は、さようなことであれば支障を来すこともあるということは、事実だろうというような表現を使つたはずでございます。具体的に岡崎さんの事件でございますが、これはまだ不起訴の決定をいたしておりません。目下金子四郎なる出納責任者についての捜査を続行しておりまして、かなり国警方面において、強力にその所在の捜索を遂行しておるはずでございます。
○前田(種)委員 岡崎さんの報告書の記憶はないのですか、十六万何がしという金は……。
○岡原政府委員 その関係はこの犯罪に直接の関係がございませんので、特に正確な報告は受けておりませんけれども、確かこの点に関して、いわゆる法律的には犯罪の成立が困難であつたかと存ずる次第でございます。
○前田(種)委員 この法の百九十一条、二条を受けた第二百四十六条の点は、当然今岡崎さんの犯罪の対象になつたこととは別個でありますが、虚偽の会計報告をした場合は、当然違反行為になるのは明確に法律になつておる。この点を当局が見のがすということはとんでもないことであつて、これは報告書は出ているはずでありますから、その報告書が正しいかどうかという点等については、今の犯罪の対象とは別個であるかどうかは別として、常識上から考えても、十六万何がしの会計報告をして、それしか使つておりませんとということで言いのがれができるかどうかということは、もつと当局は考えなければならない点だと私どもは思います。
○岡原政府委員 この点は前回の当選挙法の改正の趣旨から、そうなつたかは存じませんけれども、法文の中に、この事務代行者を所罰する規定が欠けているのでございます。
○前田(種)委員 事務代行者がいなければ、当然この会計報告というものは当事者がしなければならない。候補者が、この会計報告が虚偽であり、あるいは期限内に報告ができなかつた場合は、当然当選に影響する罰則があるはずだと思います。私は専門家でありませんからその点はわかりませんが、当然、その期日内にできなければ、候補者みずからが出さなければならない。そのみずからやつたものが虚偽であるという場合は、追究されることは当然であると私は考えます。
○岡原政府委員 ところが、先ほども申し上げた通り、どういう間違いかその点が欠けておりますので、私どもといたしまして改正意見として申し上げている点でございます。
○前田(種)委員 三浦さん、欠けておりますか。こんなところ、そんなことはないですよ。出納責任者がいなければ、候補者みずからが報告書を出すのはあたりまえだ。
○松岡(松)委員 今のその問題は何回もやつた問題で、法務委員会にそれを譲つていただけばいいじやないですか。
○前田(種)委員 そういう法規上の不備欠陥があるということは、たいへんなことであつて、出納責任者がいなければ当然候補者が報告をしなければならない。その立場において報告したはずである。その報告が妥当であるかどうかということの明らかになることは当然のことである。
○綱島委員 ぼくはそういう呼出しをして質問をするということを、きよう遅れて来て知らなかつたのです。きのうの約束では、三日ばかりはフリー・トーキングでやると理事会で決定したから、何だか変だと思つたが、どうですか、ここらへんでやめたら。
○大村委員長 本日はこの程度で散会いたします。次会は公報をもつてお知らせいたします。 午後零時三十七分散会