労働委員会 第22号
- 発言数
- 101 件
- 登壇者
- 5 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1952/06/19
会議録
○委員長(中村正雄君) 只今より会議を開きます。 只今審査いたしております労働関係調整法等の一部を改正する法律案、労働基準法の一部を改正する法律案及び地方公営企業労働関係法案に関しましては、これら諸法案が特に重要なる法律案であり、各地方の意見を求め審査の参考にする必要がありましたので、委員会の決定に基き各地に議員を派遣いたしまして、労働組合、事業主並びに学識経験者等の意見を聴取して参つたのでありますが、各地からの公述の速記も集まり、その要旨の要約もできましたので、これを会議録に掲載することによつて地方公聴会の経過報告に替えたいと思いますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(中村正雄君) 御異議ないと認めます。それではさよういたします。 労働関係調整法等の一部を改正する法律案を議題といたします。先ず堀君に質問の発言を許します。
○堀眞琴君 先ず第一にお伺いしたいのは、特別調整委員の設置の問題であります。もともと労使関係の自主的な解決を土台にしての労働関係調整法というものが設けられ、特に中央労働委員会乃至地方労働委員会の役割に大きな意味を持たしているのがこの法律の目的だと思うのであります。ところが今度の改正法案によりまするというと、特別調整委員会制度が設けられて、もともとこの労働関係調整法の趣旨から言うならば、むしろ中央労働委員会乃至は地方労働委員会の労働委員会制度というものを強化するということが先決問題ではないかと思うのでありまするが、ところが新たに又中央労働委員会及び地方労働委員会に特別調整委員会委員というものを設けて、そうして特別調整委員というものを任命するということになりますることは、結局中央労働委員会乃至地方労働委員会の強化ということよりも、その権力の帰趨をあいまいにするということと並んで屋上屋を架するというような結果になりやせんかということが心配されるのであります。その点について先ず第一にお伺いいたしたいと思うのであります。
○国務大臣(吉武惠市君) 特別調整委員は、現在の中労委若しくは地方労働委員会と別個の機関であるかのように受取れ勝ちでございますが、そういう意味ではございません。これを置きましたゆえんのものは、各種の専門的な事項に当る場合に、それに対する委員というものも考えなきやならんだろうし、又予備員的な意味で準備をするということでございます。ただ名前が特別調整委員とこうあるものですから、何か中労委或いは労働委員会以外にそういうものが集まつて委員会でも作るかのような感じを與えておりまするけれども、実質はつまりそれに補佐すると申しますか、予備的な委員として置いておく、こういうことでございまするから、そういう意味に御了承願います。
○堀眞琴君 予備員的な性格を持たせるという御答弁でありますが、若しそうだつたら中央労働委員会を強化すると同時に、その事務当局を強化すれば御説のような問題の解決に支障を来たすというようなことは私はないと思うのであります。ところが今度新らしく特別調整委員を設け、更に何條か條文はちよつと私忘れましたが、何條かに調停委員の指名も亦特別調整委員からこれを指名するというようなことになつておりまして、特別調整委員としての今後働くべき役割というものが、何か非常に中央労働委員会の中に設けられながら特殊なものとして活動するような形になりはせんか。そうなると中央労働委員会そのものが非常に労働委員会としての役割を果す上に支障を来たしはしないかということが心配されるのであります。その点もう一度重ねて御説明願いたいと思います。
○国務大臣(吉武惠市君) 御言葉の中に、そういう意味ならば事務局を強化したらどうかという御意見でありまするが、事務局はこの委員会制度の下働きでございまするから、それを強化しただけでは私は意義を達しないと思います。その点も勿論必要でございましようが、そういうことよりも実際権限を持つて働く人を強化しなければならん。事務当局はどこまでもその補佐役でなければならん、その委員がそれならば初めから数を多く増してそういうものを包含して常置したらどうかということもありますが、委員会は余り数多くを常置しておくということも、これは私は考えものだと思います。これは普通常置しておくと申しますか、正規の委員というものはやはり大きいところは七人ずつであるとか、或いはそうでないところは五人ずつとか三人ずつとかいうことにしておいて、そうして何か専門的な事項に亘る場合とか何とかいうときに、その特別調整委員が加わつて行くという行き方のほうが私は時宜に適した取扱ができるのではないかと、かように存じております。
○堀眞琴君 先ほどのお話ですと、その特別調整委員というのは予備員的な性格を持つたもの、こういうお話であります。予備員とすれば当然中央労働委員の補佐的な、或いは欠員の場合にはこれに代るという意味での性格を持つものだと思うのでありますが、同じ私は事務局だけの強化を申上げておるのじやないのですよ、中央労働委員なり、地方労働委員なりのそれぞれの委員会の委員を強化すると同時に、いろいろな調査の事項もありましようし、その他の関係で事務当局ももつと強化することが必要ではないかというくらいに考えるわけなんであります。労働大臣のお話では、予備員的な性格を持つ特別調整委員の性格とか、或いはその任務というものが極めて漠然としておるわけです。法案によりますと、特別調整委員は政令で定めるところにより云々ということで、その性格や何かは極めて漠然としておりまして、一切は政令で定めるからいいのだというお考えかも知れませんですが、併しおつしやるような重大な任務を持つとするならば、やはり特別調整委員もその性格或いはその行うところの仕事などについても法文で明確にすることが必要ではないかという工合に考えられるのですが、その点の御説明をお願いしたいと思います。
○国務大臣(吉武惠市君) これは勿論任務は政令その他において規定して行く必要があろうかと思いますが、要はこのあらゆる事象に即応するところの調停機関というものを設けるという必要からでありますが、その際に先ほどから申しましたように、あらゆる事象について対処するという点を考えて、常時一つのきまつた機関を置いておくということになると、勢い数多く設けなければならんようになる。これは委員が余り数多くおられますることは却つて話をまとめる上においてこれはいいこともあれば困ることもある。ですからおよそ今日まで慣行として行われて来ました大きい都会地は七人ぐらいでやるとか、或いはそうでない所は五人ぐらいでやるというのが私は正規の機関としてはいいのじやないか。そうしまというと、いろいろ専門的な事項が出て来たり、臨時的な仕事が出て来たりしたときにそれではこと欠く場合がある。そうすればそれに対してこの特別調整委員的なものを置いておいて、そうしていつでもそれが役立つというようにするほうが私は彈力性があつていいのではないかと思つて置いたわけであります。地方の労働委員会なんかにおいて、この問題について多少の意見がありますが、何かこれが置かれると自分たちの権限を侵されるのではないか、或いは自分たちの機関より別の機関ができてしまうのではないかという心配をされる向きもありますが、私はそういう意味で作つているわけではないので、どこまでも調停機関、仲裁機関というものは、中央においては中央労働委員会、地方においては地方の労働委員会、それに対して人数に限定がありまするから、いざというとき、或いは専門的な場合に彈力性を持たして、特別調整委員というものを置いておいて、そうしてそれが加わる。その加わる方法というものはそれぞれの委員会でいろいろな取扱もできることでありまするから、私はあんまり何か置くというと、今までの権限を侵すというような観点でこれを見られることは甚だ心外に実は思います。
○堀眞琴君 いまもう一つお尋ねしたいのですが、これが性格もその他すべてが政令に委ねられておるわけですね。そのような重要な役割を演ずべき特別調整委員なら、労働委員と同じように法律で以て或る程度明確化すべきではないかと思いますが、その点はどうなんですか。それからその政令できめられることになりますが、大体どのくらいの人数を中央労働委員会の場合には置かれるお考えなのか、それらの点に対してもお尋ねしたいと思います。
○国務大臣(吉武惠市君) いずれ政令できめますが、これを法律で規定するということになりますと、先ほど申しましたように、余りにこれを嚴格ながつちりしたものにしますと融通性がなくなります。でありまするから、運用に応じてうまく行くような工合に政令で定めておこうという意味で政令に委ねておるわけでありまして、私は従来の行われておるところの委員会の権限を侵す、権限を奪う、その邪魔になるような考え方は毛頭持つておりません。それから人数でありますが、人数もおよそ常識的なものでありまして、大きい都会地で争議がたくさんある所と、そうでない所はおのずから違うだろうと思いますが、現在の労働委員会のメンバー以上に殖すほどの必要はない、必要に応じて設ければいいじやないか、その点は余り窮窟に考えないで、これは別にそう強い権限を持たせるつもりもございません。補助的なものでありまするから、適宜に応じた人数のほうがよくはないかと考えております。
○堀眞琴君 彈力性を持たせるために政令できめることにしてあるというお話なんですが、あなたの説明を聞いていますと、特別調整委員は補助的な任務をやるにしましても、とにかく労使双方の問題の解決のためには相当大きな役割を演ずるものだと思うのです。従つてそういうものを一々政令できめるということは、この法の趣旨から言つても私は賛成できかねるのです。特別調整委員はどういう仕事をやるのだということのあらましくらいは法律で以てきめるのが正しい行き方ではないか、法の建前から行つてそういう工合に考えるのですが、その点彈力性ある取扱をするために政令できめるというのでは私は納得行かぬのです。むしろ法律で以てこれを明確化し、その他の簡單な手続やその他は政令できめることはこれは当然でありますが、併し少くとも特別調整委員というものがどういう仕事をやるのだということくらいは法律の上にはつきり出て参らぬことには、その性格も何も明確を欠くのではないかとこう思うのです。その点もう一度、單に彈力性あるということで以て政令できめるという説明だけでなく、もう少し労働大臣のお考えを述べて頂きたいと思うのです。
○国務大臣(吉武惠市君) 勿論基本的なものは大事でございまするので、それぞれの條文の中に大事なところは入つております。二十一條を御覧頂きますると、二十一條で調停委員会に若し参加する場合は「労働委員会の会長がこれを指名する。」というふうになつておりまするし、又三十一條の五でありますか、仲裁委員会の中に特別調整委員が入ります場合も「仲裁委員会の同意を得て、その会議に出席し、意見を述べる」という工合になつております。
○堀眞琴君 今のお話ですと、二十一條の調停委員会の中に特別調整委員も参加するのだ、こういうお話がありますが、この二十一條の條文を見ますというと、「調停委員は労働委員会の使用者を代表する委員又は特別調整委員の中から、労働者を代表する調停委員は」云々というふうにありまして、労働委員会の使用者を代表する、或いは労働者を代表する、或いは公益を代表する委員のほかにそれに「又は」としてここに附加えられてあるわけです。従来はそういうものがなくて、それぞれ労働委員会のそれぞれ代表者が三者構成で以てこれを構成するという形になつている。特別にここに特別調整委員を「又は」として加えてあるのです。労働委員会の構成する三者の代表者の意向、それに必ず加わるという意味ではないのですね。又はそれが加わるということになつて参りますというと、この條文では特別調整委員でなければならないような仕事といいますか、そういうものが出て参らぬのじやないかと思うのです。それから三十一條の五も私は同様だと思うのです。そうしますと、この二十一條乃至は三十一條の五ですか、三十一條の五だけの規定で以て特別調整委員の任務がはつきりしていると申すことはできないのじやないかと思います。その点に関してもう一度御説明願いたいと思います。
○国務大臣(吉武惠市君) これは私ども別に他意があるわけでもございませんし、先ほど申しましたように委員会は数に限りがあつてそうたくさんの委員を常置しておくわけにも参りませんし、それから争議に関しては各種の企業についての相違が出て参ります。それでこれは使用者を代表される委員或いは労働者側を代表される委員は、大体主な企業からそれぞれ出てはおられます。一つの企業に片寄つているというようなことは選び方においても先ずないわけでありますけれども、そうかといつて五人乃至、七人くらいでありますれば、それがあらゆる企業を代表されるとも言えない。そうしまするというと、それぞれの専門的な争議になりますれば、相当専門的な知識も要るわけであります。それでこれをまあいろいろ意見を聞いて考えまする際に、一つの考えとしては労働委員会というものはその職業別に、そう企業といつても何百とある企業に一々こういう調停機関を置くというわけには行きませんが、併し大きい部門別にこういうものを設けたらどうかという意見もあるわけです。併しそれは却つて複雑にするから、労働委員会というものは従来通りに固まつて来たのが中央においては一つ、地方においては一つずつというほうがよくはないか、併し欠陷を補うにはこの予備的な特別調整委員を置いて、そうして専門家を委嘱して置く、そうしていざそういう場合にはそれにお手伝いを願うということが、彈力性と言いましたけれども、時宜に適した処置ではないだろうか、私はかように思う。それでこの公労法におきましても、多少そういう観点から、従来は国鉄は国鉄、専売は専売というふうになつておりましたのも、一つはそれぞれのやはり多少専門的なものを要するという観点から出たのでありまするけれども、これも今回のように現業の企業をたくさん追加しますると、それに皆一つずつ作るわけに行きませんから、統合はいたしましたが、統合すれば、一つにすればその半面に欠陷というものが出て来る。それを補うというには、やはりこういう制度のほうが実際に即した行き方じやないか。これも私のほうが勝手にこの争議にはこの調整委員を使うのだということを政府は言つてるわけじやございませんので、一に労働委員会が自主的に決定されて行くものでありまするから、私はこの制度が極めて運用上いいものであると存じております。
○堀眞琴君 その特別調整委員を認めるに当りましても、私がお尋ねしたいのは、なぜこの特別調整委員の行うべき任務を法律の上で明確に書いておかないかという一点です。その点が二十一條や三十一條を挙げられてお話になつたのですけれども、これを見ても二十一條や三十一條からは決して特別調整委員の任務というものがはつきり出て参らんのです。労働委員会を構成する三者の代表委員又は特別調整委員の中からと、こう書いてあるわけです。又はですから、それで以て特別調整委員の任務をはつきりさせることはできないのじやないか。あなたのお話ですと、なおいろいろ産業別に問題も多いからして、労働委員会の委員をそうたくさん置いておくこともこれも考えものであり、従つて予備員的な、補助的な意味においてこれを置かれるのだ、こういうお話なんですが、それにしましても、その任務がはつきりしておらんのではないかということを申上げる。で政令でそれはきめるのだというお話ですが、併し重要な任務を持つものだからして、私はやはり法律でその大綱は掲げるのが当然ではないかということをお尋ねしているわけです。
○国務大臣(吉武惠市君) 任務の基本的なものは第八條の二にございまするように、「中央労働委員会及び地方労働委員会に、その行う労働争議の調停又は仲裁に参與させる」と、それでどの委員はどういう仕事にどういうふうに参與するのだということを一々法律できめなくても、それは労働委員会にお任せして、この争議にはこのかたを加えようか、加えまいかということは、自主的に私は行かれるほうが却つて円滑を期するのじやないか。法律で余りこの調整委員はどういう仕事とどういう仕事を、この調整委員はこれとこれでなければいかんというふうに余り細かくきめることは、却つて労働委員会の自主的なものを私は損うことになる、私はさように存じております。
○堀眞琴君 次にお尋ねしたいのは、この調停申請の却下の問題であります。私は最初に最近のこの中労委で扱つた事案について、調停事件が発生してからその事案が解決されるまでどのくらいの日子がかかつておるかということを先ず第一にお尋ねしたいし、それから調停期間中に実力行使をやつたような事例が幾らくらいあるかということを先ず最初にお尋ねいたしたいと思います。
○政府委員(賀來才二郎君) お尋ねの前段の日数は、五カ年間全国平均で五〇・四日になつております。それから第二点につきましては、今はつきりした回数は記憶しておりませんが、電産の場合におきまして、クーリング・タイム経過後における調停の進行が非常にゆつくりしておるから、それを促進するという意味において、そういう行為をやつた事例が二回ほどあつたように記憶しております。
○堀眞琴君 二回ですか、過去五年間に二回ですか。
○政府委員(賀來才二郎君) はい。
○堀眞琴君 そうしますと、この調停期間中に実力行使をやつたという場合は非常に稀な場合だ、例外的な場合だということがそれで以て一応結論されると思う。それは半面から言えば、日本の労働組合が非常に発達して来たとも言うことができると思うのです。つまり争議問題の解決のために相当組合側も反省をしながら問題の解決に努力して来たのだということの私は証拠になるのじやないかと思いますが、従つて又クーリング・タイムというものに対する労働組合側の考え方も労働省当局が考えている考え方に比べて大分進んだものを持つているのじやないかという気がするのでございますが、その点お尋ねいたしたいと思います。
○政府委員(賀來才二郎君) 只今お答えいたしましたのは、現実に行われたものについて申上げたのでありまするが、最近の衆議院から以来の御審議を通じまして、例えば十八條の強制調停、俗に言う強制調停、請求調停委員とも言つておりまするが、労働大臣から調停の請求したものが何件あつたか、三件だということをお答えいたしますと、僅かに三件ではなかつたか、或いはクーリング・タイム後に行わなかつたではないかというふうなことが論ぜられたのでありますが、実はそういう状態になりました原因の一つといたしまして、勿論労働組合は漸次非常に良識的な活動をするようになつておりまするし、特に二十三、四年以来におきましてはその傾向が強いのでありまするけれども、過去五カ年間におきまして、大体回数にいたしますと、大きな争議で二十三、四回の争議、特に公益に関しまする争議につきましては、当時占領軍の強い示唆がありましたり、或いはメモランダムが出ておりまして、そうしてその間におきまするそういうような事案の発生の防禦に非常に力強い協力がなされたというような事実もあるわけであります。従いまして、御報告申上げました表面の件数のみからいたしまして、過去五カ年の実績がどうであつたからどうという結論はにわかに下しがたい点があると考えるのであります。併しながら一面におきまして、堀委員の御指摘のありましたように、私鉄にいたしましても、電産にいたしましても、いずれも最近におきましては極めて良識的な運動をいたしておるということを否定するわけではございません。
○委員長(中村正雄君) 只今衆議院にこちらから送りました労働金庫法案がかかつておりますので、提案者として出席するように通告がありましたから、委員長の職務を波多野理事と交代いたします。 〔委員長退席、理事波多野林一君委員長席に着く〕
○堀眞琴君 この調停申請の却下は結局労働委員会が申請を却下するということを判定して、そうしてその却下に基いて結局は当事者双方の意思が無視されてしまうという、そういう一つの私は懸念があると思うのです。言い変えるならば、却下されることによつて労働組合側が不当にその争議問題に対する態度について何といいますか、後退を余儀なくされるといいますか、或いは労働基本権の制約を受けるということにならざるを得ないと思うのですが、若しそうだとするならば、非常に重大問題でありまして、我々としてはそういうふうな労働基本権の調停申請却下、而も事前に十分に労使間に話合いが行われなかつたということの理由だけで、これが行われるということになりますと、勿論労働委員会としては、そういうふうな判定を下す場合には相当の慎重な態度をとるだろうとは思いますけれども、併し事前に十分な話合いが行われなかつたという理由で以て、言い換えるならば、使用者側がこれに応じないというようなことのために調停申請が却下されるという途を開くことになり、その結果は労働者側に非常な不利な状態をもあたらすのではないかということが心配されるわけであります。この点につきまして、政府当局はどのように考えていられるか、御答弁を願いたいと思います
○国務大臣(吉武惠市君) この点はお話のように、若し濫用するということであれば重大問題であります。併しながらこれは公聴会でもお聞きになつたでありましようが、私どもも説明いたしましたように、今回の現行法で以て三十日間のクーリング・タイムが置れておりますのは、その間にできるだけ調停幹旋で話を片付けようということでこの公益事業についてはクーリング・タイムがある。ところが過去七カ年間の実績はどういうふうになつておるかというと、法の考えておりましたように実は運用されないで、争議権獲得のために早く切符を買うということで、一応形式的に使用者側なら使用者側に要求をしていつまでに回答をくれ、回答がないと駄目だ、それじやすぐ申請を出す、そうして一月経つてそれからおもむろに争議の計画を立てる、これは法律の意味を没却することであります。でありまするから、そういうことでなしに、三十日間のクーリング・タイムが仮に半分の十五日くらいにしましても、一応双方で話を付ける、自主的な解決をすべて努力をしてもらう、そうしてそれが行かなければ、勿論労働委員会が取上げて間に入ろうという意味のことでありまするから、善意に御解釈になれば、私は極めて常識的な修正案であると思います。それで公聽会でも後藤さんの御意見でありましたか、後藤さんの御意見では末弘さんが書かれた本の中にも、現行法でもすでにそういう意味は解釈されておる、現行法でも若しもう少し折衝の余地があれば、それをもう一遍一つやつてみたらどうですかと言つて差し戻すことはできるのだということを末弘さんも言つておつた。こう言われるのであります。私は直接末弘さんから聞きませんけれども、若し本当に調停機関の立場におられた末弘さんとしてならば、その実態を見て、如何にもこれは形式的におれのほうに持つて来たなというときには、そういう考え方が浮ぶのは私は尤もだと思う。それならば、労働委員会にそういう権限を與えると、今堀さんが言われるようにこれを濫用して、いつでも却下してやるかというと、これはやはり公聽会で岩垂さんでございましたか、この人の証言にもありましたように、恐らく今日の労働委員会でそんな却下をするという勇気のある人はないであろう。恐らくやられてもなかなか却下ということはむずかしいでしよう。私はそれが実際の実情であろうと思う。労働委員会が若しこの却下をどんどんやつて、そうして労働者の権利を制限するのだというようなつもりでやれば、もう労働委員会というものを信用し手がなくなります。でありまするから、この点はこれだけの改正を若しお認めを頂きましても、私は運用の面においては御心配になるようなことはないのではないか、かように思うわけであります。
○堀眞琴君 後藤君の証言やその他を引用されてお話でありますが、後藤君のお話では現行法でも十分やれるのだ、従つて改正をしてまでこういうような調停申請の却下というような規定を設ける必要はないのではないか、そのために末弘さんの著書を引用されて、あなたの御答弁と全くあべこべになつておるわけです。私たちもあなたの今の御答弁の中にもありましたように、実際に労働委員会としては、この調停申請を却下するなんということは、実際の場合なかなかやれるものではないというお話でありますが、やれそうもないようなこういう規定を新たに設けるという必要はどこにあるのか。現行法でもやれるものを、殊更に調停申請の却下を設けた理由はどこにあるかということが、疑問になるわけであります。後藤君やその他の人々の証言もあなたのお話とはまるであべこべという工合に私は考えるのですが、その点についてもう一度御説明を願いたいと思います。
○国務大臣(吉武惠市君) 私は後藤さんの証言とあべこべだと思いませんが、後腰さんは今日の現行法の解釈でできるという解釈をされるのであります。併し私は、後藤さんも法律学者でありましようが、こういう処置が法律の解釈でできるとは考えてない。やはり法律というものは、こういう権限の制限になる事項につきましては、擴張して解釈すべきものではございませんから、私は現行法ではできないと思つております。ですから現行法でできることならば、何もあえて私どもこんな改正をするはずはございません。これはやはり明文を置かなければできないから、明文をおいておることでありまして、その必要性は後藤さんも否定されておるわけじや私はないと思います。でありますから、濫用の虞れがなければ、こういうことは私は結構じやないか。調停に当るところの人がもう少しお互いで御相談なさつたらどうですか。そうしてその間に両方の空気も見れば、言い分も聞くという……、いきなりぱつと書類を突き付けられて、そうして三十日経つのを待つておるというのは、如何にもどうも法の趣旨を没却するというふうに私は存ずるのであります。
○堀眞琴君 その事前に十分に両者の間に話合いが行われない、解決のために努力が行われなかつたということが法文に出ておるわけなのですが、併し大体今までの例について見ますと、使用者側が組合側に対して或いはその要求に対して理解がないとか、或いは利益の追求に専心しておるとかいうようなことから、遂に組合側としても相当決意をせざるを得なくなる、こういう場合があるわけです。併しながら事実はこの規定によりますというと、それが申請を却下するという一つの大きな理由になつて来るであろうと思います。勿論使用者が全部そうだとは申すわけじやないのですが、併し過去の例で見ますというと、ストライキのあつた場合大体においてそういう傾向をとつておるのじやないかと思う。そうしますと、徒らに争議期間というものが長引くことになりはしないかということも推定されて来るわけです。これは現行法を解釈する場合には、擴張して解釈してはならぬ、私もそれには賛成なんです。必ずしも法文を擴張して解釈するということは、これは正しいことではないと思います。併しながら現行法でも僕は或る程度十分調停申請についての取扱はできると思うのですが、殊更にこれを設けてそうして争議期間を長引かすということをあえてなさろうとする理由は十分には呑み込めないわけです。その点経営者、使用者側のそういうような態度についてどういう工合にお考えになるか、もう一度お伺いいたしたいと思います。
○国務大臣(吉武惠市君) これを長引かせる手段に使うとお考えになれば、堀さんのおつしやるような議論も立つと思う。私どもはそういう考えは持つておりません。長引かして決していいことではございませんから……。ただこういう意見が出たというのは、これは労務法制審議会で出ているのです。私どもから出した意見ではない。なぜ労務法制審議会でこういう意見が出るかというのは、あれに参画されたかたには労働委員会に参與されたかたがたくさんおられる。それが過去の実績において如何にも形式的にすぐ書類を持つて来て受付けるという、これはもうとにかく意味のないことだから、何とかしようじやないかというところからこの案が出ているのです。でありまするから、使用者側が持つて行つたつて駄目だぞと見極めがつけば、労働委員会といえども労働問題については日頃から関心を持つていることですから、これを見てもう一遍突つ返してみても駄目だと見れば受付けるでしよう。それからまだどうも様子が余りやつていないぞ、もう少しやらせてみたほうがいいぞと言えば、もう一遍やりなさいと、実に公正なる労働委員会の裁量に任してあることでございまして、政府がこれにいささかも關與する肚はございません。ですから、これで長引かそうなぞという考えで御推察の下にこれを御解釈になることは、私どもは甚だ迷惑するのです。
○堀眞琴君 併し実情は労働大臣どうです、調停は申請した、併し十分に解決のために両者の間に努力が行われなかつたと、こう認める場合にはそれを却下する。そうなりますると、当然争議が長引くことにならざるを得ないわけです。あなたが長引かせるためにこれを濫用するという意図は勿論持つていない、こういうお話ですけれども、実際問題としてはそうなるのですね、その点が私は問題だと思うのです。結局そうなれば労働者の権利も制限を受けざるを得ないでしようし、或る場合にはストライキの権利というものもそこで停止されるという事態も起つて来ないとも限らんと思うのです。ごとごと長引かして行けばもういい加減に労働者のほうでも息切れがして来る場合もあると思うのです。そこを狙つての調停申請の却下ではないかというようなことと想像されるわけなんです。従つて自主的な解決のための努力がなされなかつたということで以てこういう規定を設けることは、不当に争議期間を長引かすという結論にならざるを得ない。濫用はしないの、だと、そういうことにさせないようにするのだというお話ですが、実際問題としてはそうならざるを得ないのです。そうは思いませんですか。
○国務大臣(吉武惠市君) 私どもはそう考えておりません。これを長引かすつもりで却下するということでしたら、現在のクーリング・タイムが三十日ありますものを、あとでわざわざ十五日にするはずはないの、であります。そういうことではなくて、お互いに争議というのは自主的に解決するのが建前でありまするから、お互いに折衝してみる、そうして話がつかんときには労働委員会が引取るという建前をとつておりまするから、やはりその努力をなすということは、私これは必要じやないか。その際の認定を誤つて、もう何でもかんでももう一遍やれ、もう一遍やれということによつて突つ返えされるということになれば、それを何回も繰返すというと、三十日が半分になつたけれども、結局そのほうが長く間をあけるということにそれはなります。併しそれは今言つたように、労働委員会がそんなことをしたら、労働組合は労働委員会を信用しません。これは恐らく寄りつかないと思うのです。それで私どもは争議が解決するとは考えない。ですから、労働委員会を信用してのことでありまするから、私はこういう制度があるほうがいい。そして三十日は十五日に縮めても一応双方の話が付かんで、そうしてこの点とこの点はどうも両方とも意見が合わないのだ、それでまあ一つあなたのほうでやつてくれんかというほうが事実に即するのではないでしようか。初めつからもう案を労働委員会にぶち込んで、労働委員会がいろはのいの字から始めて両方の意見を聞き合せて行くという行き方は、どうであろうかという考え方なんであります。
○堀眞琴君 何度もお尋ねして大変恐縮なんですが、どうもなんです、若しこの調停申請の却下をやれば、労働委員会を信用しなくなるだろう、たびたびそれを行えば、成るほどそうだろうと思いますが、そういうような懸念があるものとするならば、法文の上に殊更にそういうような規定を設ける必要はないのじやないかという気がするのです。あなたのお話によるというと、そういう場合も予想してこれを設けることが必要なんだというお話なんですが、そういう例外的な場合はむしろ法文の上には出さんでおいて、そして運用の妙味によつてそれを解決するという方法をとられるほうが労働省の当局としても賢明な策ではないかと思いますが、どうですか。そのようにはお思いになりませんですか。
○国務大臣(吉武惠市君) 事が基本権に関する事項でございますから、やはり法律に明らかにしておかないと、私は紛議の基になると思います。
○堀眞琴君 次に仲裁委員の委員会の構成の問題であります。勿論争議の問題は労使双方で自主的に解決することが一番望ましい。従つてその観点から言えば、第三者が判断をして、そして何らかのそこに解決策を見出すということもできることならばそれをさせることが望ましいわけです。ところが仲裁委員会制度が設けられまして、そしてこの仲裁委員会の判断に基いて仲裁が行われる。併しその場合でも勿論慎重を要することは当然だと思うのですが、併し果して現行法で十分この問題が解決されておつたものを特に仲裁委を設けなければならんという理由が必ずしも明確にはなつておらんわけです。その点について御説明を願いたいと思うのです。
○政府委員(賀來才二郎君) すでに御承知だと思いますが、従来の規定によりますると、仲裁委員会は二十一名全員でやるということになつております。それでは大変でございまして、そこで公労法の経験から見まして、公益側の少数でやり得るというようにいたした次第でございます。
○堀眞琴君 公労法の精神に則つて少人数でやる。これでは三名でこれをやるということになつておるのですが、これは又従来の二十一名が多すぎるとすれば、三名は又余りに少なすぎやしないかということが心配される。それから委員の構成の仕方ですね。労働委員会の本来の形式である三者構成というものをここではとつておらんわけです。そういう点については我々として何かどうも余り少人数ではないかということと、それからその構成の仕方について疑問があるわけですが、その点を御説明願いたいと思う。
○政府委員(賀來才二郎君) 数の問題から先ず申上げますと、実は末弘先生には終戰後からずつと調停その他をやられる場合には補助者としての仕事をされております。又公労法ができましてから仲裁委員会の委員長としての末弘輩のいろいろお話を聞いておりますと、仲裁という場合にはすでに調停も通つておりまするし、労使、或いは公益のほうで十分意見が闘かわされた後であつて、もう残りの問題点というのは非常に集約されたものである。従つて公労法における仲裁委員会は三人でありますけれども、結局これは一人でいいんだというふうなことを言われておつたのであります。勿論これには末弘先生というその人の人格なり、或いは能力なりということが非常にその重要な條件になつておるとは考えるのでありますけれども、お話を承つておりまするというと、その筋といたしましては、我々が傍におりまして拝見いたしておりましても、御尤もだと、こう肯ける筋合があるわけであります。従いまして二十一人全員で仲裁をすると申しましても、実際にこれが動いた例はありませんが、動く場合におきましても、恐らく少数の人々の間で小委員会のようなものが作られまして、そして更にそれが又集約された問題について協議するような形になるものと思うのであります。従いましてさような実状でありまするならば、やはりこれは三人という数で最も円滑に運営されるものである、かように考えておるのであります。それから労働委員会の構成が三者構成というところに非常な特徴があるわけであります。併しながら仲裁ということになりますれば、先ほども言いましたように問題は極めて集約されて参るわけでありまして、仲裁に立ちました公益委員の人が労使の意見を聞きつつ公正なる判断をせられるということが最も実状に適したものである、かように考えておる次第であります。
○堀眞琴君 仲裁問題ですが、もう一点お伺いしたいのはですね、最近の中労委で以て扱つた仲裁に関する事案の例はどのくらいあるか、それをお聞かせ願いたい。
○政府委員(賀來才二郎君) これもはつきり私の記憶にありますのは、過去五カ年間におきましては、中労委が正式に仲裁という立場をとりましたのは一件であります。
○堀眞琴君 次に緊急調整の問題に移りたいと思うのであります。緊急調整は御承知のように輿論の面でも非常なこの問題に対しては反対の声が強く、結局労働大臣の労働問題解決への政治的な介入であるとかいうようなことで非常に反対しておるわけでありますが、我々もこの緊急調整に対しましては非常な疑問を持つておるわけであります。例えば労働大臣が関與される場合でも一方的な判断でこれに関與されるのではないかという危険も感ぜられるわけであります。これはたしか吉武労働大臣によつて、前にこれは政府の責任において、主務大臣として労働大臣がそういうことをするのであるからして、決して一方的な判断でやるのではないという話もあつたのであります。併しながら官憲が大巾に労働争議に関與するということは否定することはできないし、従つて又その点から政治的に問題が取扱われるところの危險も生じて来るということも心配されるわけであります。その点に関しまして、労働大臣はどのようにお考えになりますか、先ずそこからお尋ねいたします。御答弁願いたいと思います。
○国務大臣(吉武惠市君) 緊急調整の決定を労働大臣がする点についての御意見でございますが、これは午前中も申しましたように、この公益性の強いいわゆる公共の福祉に重大なる支障を来たすようなもので、これを放置して置いたならば国民生活に重大なる損害を及ぼす、こういう場合はこれは恐らく今日の政治においてもそれを放つといていいという意見は私は立たんだろうと思う。そのときには必ず国民の意見としては、政府は何とかならんのかということになる、そこで政府がそういう事態を認識いたしまして、政府みずからが勧誘することではなくして、中央労働委員会にその解決の方法をお願いするということであります。これを政治的に抑圧するためにやる虞れはないかということでありますが、そういうことをすれば、必ず私は政治的な責任を追及されるだろうと思います。それで今日の政治におきましては、そういうことはできるはずがございませんし、又我々が発動する上においては、勿論輿論というものを十分考えまして、成るほど輿論が何とかしなければならんという場合にこれを発動すべきものだと思う。それで労働大臣がそれをやるのはどうか、総理大臣がやつたらどうかという意見もございますが、私としては労働大臣が一番その間の事情というものを知り得る立場にございまするから、労働大臣の責任でやるほうがよくはないかという意味で労働大臣にしたわけであります。 なおそれから労働委員会の意見を聞くということもございますが、労働委員会の意見を聞くということも一応は考えられるべきものでございまするけれども、労働委員会は御承知のように三者構成でできておる。その際にそういう緊急な事態でございますから、労働側を代表するかたはどうしてもお立場上賛成ということがむずかしくないかと思う。そうかると、そういう三者構成があと引受けて解決をしなければならんきとに、その始まりにおいて内部の意見の対立を見て、意思を決定するということはあとあとのためにどうだろうかという懸念もございまして、実は政府の責任において決定したらどうか、かように考えるわけであります。
○堀眞琴君 この緊急調整の規定は、恐らくはタフト・ハトレー法の例のナシヨナル・イマージエンシーを招来する場合のストライキといわば対照されるものだと思うのです。ところで今労働大臣がこれを緊急調整の決定をなす ことを当然だというお話でございますが、タフト・ハートレー法によりましても、大統領がナシヨナル・イマージエンシーを招来するようなストライキであると認めた場合においては、これを先ず調査委員会に付託して、そうしてその調査委員会をして調査せしめる、その調査委員会の報告を受けるというと、これを連邦調停幹旋委員会に送付する、そうしてその内容を公表するといつたようないろいろな手続きが規定してあるわけですね、そうして又ストライキの差止めの命令を行うのは裁判所であつて、決して労働大臣であつたり大統領であつたりするということはタフト・ハートレー法の中に見えておらんわけです。ところが日本の今度の改正法案では緊急調整ということで以て労働大臣が言わば一方的の判断によつてこれを行うということになつておるわけであります。この点は私はタフト・ハートレー法そのものがすでにアメリカにおいて非常に批判を受けて、あのためにストライキまで起つておるというような悪法なんですが、それ以上の悪法としてこの規定が設けられたんだという工合にも考えられるわけなんです。タフト・ハートレー法のかような規定と日本の労働大臣の緊急調整の決定をなす規定と、どちらがあなたはより労働争議の解決のために有利か、どういう工合にお考えか、その点をお尋ねしたいと思う。
○国務大臣(吉武惠市君) これはアメリカのタフト・ハートレー法をまねたわけではございませんが、労務法制審議会の答申で、答申ではございません。中立委員の出されました意見をそのまま、そのままでもございませんが、多少字句が変つておりますが、大体その趣旨をとつて立案したものでありますが、タフト・ハートレー法は、只今お話のように大統領が決定をいたします。その点はこれはまあ先ほど申しましたように、労働大臣がいいか総理大臣がいいかということは、これは考え方によつてはどちらがいいとも言えるでありましよう。この場合に委員会を設けてそれに調査させるということはございます。それは事実調査をさせるのでございまして、緊急調整の決定というものは大統領が自分から意思決定をして、そういうものに事実調査をさせるので、その委員会が緊急調整を決定するわけではございません、それからなおアメリカのタフト・ハートレーにおきましては検事総長がその委員会の報告に基きまして、たしか検事総長がこの裁判所に申請をする、そうして裁判所においていわゆる争議差止めの件を発動するということでございまして、委員会が緊急調整を決定しておるのじやございませんので、手続はございますが、その意味においては私は変つていないと思います。そこで裁判所が決定するという制度でございますが、これはアメリカはどういうふうな関係でございまするか、歴史がそういうふうになりまして、裁判所がこの争議差止めの権限を発動しております。インジヤンクシヨンというものを出しておりますが、これは私は、日本においては、やはり三権分立をはつきり立てておる国といたしましては、裁判所がそういう行政権の発動をさせるということはこれは私はよくない。やはり国会において責任を関わるべき政府の責任において発動すべきものである、かように存ずるのであります。
○堀眞琴君 ところでタフト・ハートレー法によつて、大統領がナシヨナル・イマージエンシーを招来するストライキだといつて発動した場合は殆んどないのです。この間鉄鋼ストライキについて鉄鋼業の接收を行いましたが、あれはタフト・ハートレー法の発動ではなくて、一昨年の非常事態の宣言に基くところの措置であつたと思うのです。アメリカでも実際においてこれは行われておらんのです。ところが日本の場合には、若しこういう規定が起つて参りますると、恐らく相当政治的に解釈されて、労働大臣の権限において緊急調整の決定が行われるという心配がたくさんにあるわけです。まあ吉武さんは労働問題をよく御存じですから、恐らくはやられんだろうと思いますが、併しあなたがいつまでも労働大臣をしているとは考えられんので、結局その時の労働大臣がこの緊急調整の決定権を振り廻すという結果も我々としては予想しないわけには行かんわけです。でタフト・ハートレー法に対しましては、ナシヨナル・イマージエンシーということについては相当の問題が起つておるということはまあ吉武さんも御存じのはずだろうと思いますが、日本でこの規定が設けられまするというと、これは恐らくこの間の公聽会もそうでありまするが、今後も労働界、労働法界において相当問題が起つて来るんじやないかと思うのであります。我々としてはできるだけ労使双方の自主的な解決によつて問題を解決して行くというのが最も望ましいのであつて、第三者としての、特に政治的な力がこれに介入するということは、これは労働法規の建前からいつて当然避くべきものであり、而も一方においてはゼネスト禁止法を出すんだ、出さないんだとか言つてちらちらさしておる。いわばそのタフト・ハートレー法に代るべき措置としてここに出て来たので、実際は出して来ないのかも知れないが、出す、併し考慮中だと言つてこれをこつそり、或いは治安的な取締的な規定をここにこつそりと入れられているということは、労働関係調整法の建前からいつても私は望ましい仕方ではないという工合に考えるわけです。従つて労働大臣としては、この緊急調整の條項を削除される意思がないかどうかとこいうことを最後にお尋ねしたいと思うのです。
○国務大臣(吉武惠市君) アメリカのタフト・ハートレー法が余り発動されいないということは、私もさように聞いております。併し全然発動されないことはございませんで、数回発動した例があるように思うのですが、これはなぜ現在のトルーマンがあのタフト・ハートレー法によらなかつたかというのは、御指摘になりましたように、片一方に工場の接収権があつたイマージエンシ—・アクトといつて、工場の接收権があれば、そのほうが手つ取早いので、そのほうをやつていたわけで、先般アメリカにおいても工場接收法は憲法違反というような判決もあつたりして、そうなればタフト・ハートレー法も発動しなけりやならんじやないかというような輿論も起つておるので、片一方にこういう工場接收権がなかつたとしたならば、恐らく私は、このタフト・ハートレー法による場合がより多かつただろうと思います。併しいずれにしましても、私はこの緊急調整を作つて、これをしばしば発動したいというつもりは、ございません。これは緊急調整の名の示すごとく、緊急な場合に限るわけでございます。私どもはできるだけその発動は少いことを希望するものであるし、又そうなくてはならない、かように存じます。そんな一体今後そういう緊急事態というか、そういう必要が全然ないかというと、午前中にも申上げましたように、今日の組合はだんだん健全化しつつあるけれども、併しアメリカにおいてさえ、健全な組合において且つタフト・ハートレ一法があるように、やはりこういう場合が起り得ないとはいうことでございまするの撤回する意思はございません。
○堀眞琴君 この緊急調整の條件としての、例えば「公益に著しい障害を及ぼす労働争議」であるとか、或いは「国民生活に重大な損害を與えると認めたとき」という、この言葉の意味を御説明願いたいと思うのです。
○国務大臣(吉武惠市君) これはもうこの文字に現われておる通りでございまして、公益事業でありまするとか、大規模の争議とか、そういうもので而も公益に著しい障害……普通の争議で公益に全然障害がないということはございません。それは多かれ少かれあるでありましようが、多少とも障害があつたからといつて、これを発動するつもりはございませんで、そこに著しい障害がある場合、而もただ著しい障害があつただけでなくて、更にこれを放つて置いたならば、国民生活に重大な損害を来たすような場合、即ち午前中も言つたように、輿論として放つて置けない、何とかしなきやいかんじやないかというときに、いやこれは基本権の発動であるから、どうにも手が出しようございませんと、仕方がないというのでは、私、政治はやつて行けるものじやない、それは如何なる政党が内閣をお取りになりましても、私はそういうときにはそれに処するの途が必要ではなかろうか、かように存ずるわけでございます。
○堀眞琴君 又タフト・ハートレー法を持ち出しますが、例えばタフト・ハートレー法においては、「国民生活に重大な損害を與へる」という表現に対しまして、国民の健康と安全に対してこれを害する場合という工合に、非常に具体的になつておるわけですね。而もそれが現実的な危險を及ぼすというようなことが調われておるわけなんですね。ところが今の御説明で聞いておりますと、公益に著しい障害を與えるというのは何か非常に抽象的でありまして、おつしやる通り、どんな争議だつて公益に対し或る程度の障害を與えるだろうと思います。従つて又国民生活にも何らかの影響を與えるだろうと思うのです。その著しい障害であるとか、或いは国民生活にとつて重大な…この重大なというような抽象的な言葉でこの條件を規定するということになりますると、労働大臣の緊急調整決定権というものが非常に簡単に、場合によつてはこの争議は重大なる影響を與えるからいかんというような形で、どんどんそれは緊急調整決定権が出されるという結果にもなると思うのです。従つてこの「国民生活に重大な損害を與へる、」或いは著しい障害を公益の上に及ぼすとかいうような面について、もつと具体的な御説明を伺わんと納得ができないのです。そこで具体的な御説明を伺いたいと思う。
○国務大臣(吉武惠市君) これは午前中にも申上げましたように、一言で言つてみるならば、輿論としてこれを救つておいたらどうにもならん、放つておけないという場合を表現いたしまして、「著い障害」、或いは「重大な損害」を及ぼすとかいう文字を使つたのでありますが、タフト・ハートレー法を御指摘になりましたけれども、タフト・ハートレー法においても国民の健康或いは安全を危うくするという言葉でございまして、これとても言葉は違いまするけれども、別にこれだつたらそれじやどういうふうな危險かということになつて、私は文字だけを余り詮索されましても大して意味はない。私どもの書いておりまする文字が若し妥当でなければ、他の文字に替えましても、これは一向差支えないのでありまして、私どもが申上げまする真意は、先ほど申しましたように、多かれ少かれ公益に支障のあることは当然ではあるけれども、而もこれを放つておいたならば、国民生活に重大な損害を来たして、放つておけないというときに発動をして、合理的な機関で解決をして行く、こういうことでありまするから、そういう趣旨で一つ御解釈を願います。若しその文字が適当でなければ、適当な文字をお選びになつても結構です。
○堀眞琴君 例えばこういう場合はどのように解釈されるのです。私鉄の電車の場合に、私鉄の電車がとまれば、それは国民生活に重大な影響を與えると思うのです。各人はみんな不便を感ずるだろうと思うのです。併しそれかといつてそれが国民生活に重大な影響を與えるのだというので、若しその電車をとめることはいかんのだ、ストライキをやつてはいかんのだということになりまして、そしてその議論を推し進めて行きますと、結局私鉄の労働者は奴隷的な賃金でも甘んじて受けて行かなければならんのだ、国民生活に重大な影響を與えないためには、ストライキなんかはやれないんだという解釈にも発展するんじやないかと思うのです。そういうようなことについては、たしかロスコー・パウンドが一九二〇年代に、社会生活と公益事業に携わる労働者のストライキの関係について書いたものがあるのですが、それらを見ましても、特に最近の、特に二十世紀になつてからの労働者の運動というものは單に抽象的な、国民生活に影響を與えるとか、或いは重大な損害を與えるということだけで以て、その公益事業の労働者の労働争議を拒否することはいかんのだということを指摘しておるわけです。その私鉄の場合、或いは電気の場合でも同じことだと思うのですが、労働大臣としてはどのようにお考えになるのですか。
○国務大臣(吉武惠市君) これはそう一々の例をとつて申上げるのもどうかと思いますが、御指摘のように電車がとまる、とまることは公共に支障を来たすということは当然であります。それで直ぐこの緊急調整を発動するということであるならば、これはもう私鉄は争議してはならんということと同じでありまして、そういうことは考えておりません。多かれ少かれ国民に障害を及ぼすことはこれは争議の性質上あり得る。でありますから、公益事業については、あのクーリング・タイムその他の制限はございますけれども、それまでも否定しておるわけではない。ここに規定しておりますのは、放置すれば国民生活に重大な損害を来たすという、例を挙げれば、まあ終戰直後に行われた二・一ゼネスト、これは実際に行えなかつたから、どれだけの国民に損害を與えたかはわかりません。わかりませんけれども、あの当時の御計画を御覧になれば、全国の鉄道は全部とまつてしまう、或いは電気は消えてしまう、役所も全部仕事がとまつてしまう、こういう状態が若し行われるとするならば、これは私は国民生活に重大な損害を及ぼすものである。これも憲法二十八條の保障したところの基本権であるから、政府はどうにもなりませんということでは私は済まんのじやないかと思う。それから昨年の石炭の争議でございますが、石炭の争議が仮に行われたとする、その石炭の争議は全国的な規模で行われれば相当影響がございます。影響がございますが、併し普通の場合、石炭の争議が全国に行われたといたしましても、それが直ちに国民の生活に重大な損害を及ぼすかというとそうではない。それでには石炭の争議はいいかというと、昨年の秋、非常に電気の危機のとき、水がなくて、一週間のうちに工場も二日も三日もとまる。或いは家庭でも電気を何時間もとめなければならんというときに、もう雨は一滴でも欲しい、火力でやるにも石炭が足りないというときに、若し全国的な規模において石炭争議が数日も行われて行くということになりますると、これは私は国民に非常な不安を起させる、重大な損害を及ぼすということでありまして、私はそのとき自体の状態で判断すべきものだと思う。そういう事態が全然ないかと言われると、まだ私は心配の点はあるという気がいたします。
○堀眞琴君 どうも労働大臣は、先ほど労働組合は非常によく発達して来たんだという話ですが、労働者を信用しておらないのですね。どうもそういう気がするんです。もう少し労働者を信用されて行かれたらどうでしよう。例えば今お引きになつた炭労のストライキであります。炭労のストライキといえども、輿論を無視してまで恐らく何日ものストライキをやるなんてことは殆んど私は不可能だと思う。できはせんだろうと思う。或いは電産のストライキにしましても、短時間の電源ストならできるでしよう。これを二日も三日も続けて電源のストライキをやるということになつたら、輿論が承知しないと思う。その輿論を無視して労働組合がストライキをやるなんてことは殆んど考えられないと、こう思われるのです。ところがあなたの説明によると、放つておいたならば、電産のストライキ、炭労のストライキも何日にも亘つて行われるだろう、こういうお話で、そのいい例として二・一ストをお引きになる。併し私はその例証のお引きになり方は必ずしも適当でないと思う。炭労のストライキでも、炭労がストライキを決定する、併し決定したからといつても、今言つたように輿論を無視して何日もこれを続行することができないという、こういうことになれば、炭労の執行部としても、ストライキの決定をしても、短時日の、一日か二日のストライキに終らざるを得なくなると思う。そこにはおのずから輿論との間の調整を考えて、労働組合の執行者はストライキを決行するような決定をやると思う。あなたは労働者をどうも信用されておらんので、それでそういうような発言になると思いますが、その点重ねて御説明を願いたいと思います。
○国務大臣(吉武惠市君) 私は、今日の労働組合は終戰直後から比べますとだんだん健全化に向いつつあると存じますが、労働者を信用しないわけではございませんが、そんならば全然心配がないかとおつしやいますと、私はまだ心配がある、かように存じます。輿論を無視してできないということはお説の通りであります。その点は労働組合といえども考えるべきでありましようが、併しなかなか輿論が仮に悪くてもやる場合があるのでありまして、今日労闘が行なつておる政治ストにいたしましても、恐らく今日のどの新聞を御覧になりましても、新聞の論調は、政治ストはやるべきでないという論調を掲げておりまするけれども、なお政治ストをあえておやりになる現状でありますから、必ずしも信頼しきつていいというわけには行かないのじやないかと、かように存じます。
○堀眞琴君 今労闘のやつております第一波、第二波乃至は第三波のストについて輿論が反対した、新聞が皆これに対する反対の論調を挙げておるというお話でありますが、私は、労闘のストライキも、結局御覧のように何日もストライキをやるというのではなくて、或いは二時間、或いは三時間、或いは八時間、或いは長いのは二十四時間もあるでしようけれども、とにかく輿論を無視してまでストライキを飽くまでもやつて行こう、乃至は例えば破防法が破棄されるまではストライキを執行するのだというようなことは、労闘の執行部においても全然考えておらんと思うのです。結局労働者の破防法なり労働法規の改正法案に対する反対の意見表明としてあれをやつておるわけでありまして、それを労働大臣は政治ストだからいかんとか何とかいうことで以てそれを抑えつけようとなさる、私はこれは非常に間違いだと思う。而も破防法の問題にしましても、労働法規の改正の問題にしましても、これは決してあなたのおつしやる政治的な目的の政治ストであると断定することができないのです。破防法にしましても、労働法規の改正法案にしましても、労働者の労働條件に非常に大きな影響を持つておるわけです。だからこそとにかく労働も第一波、第二波のストライキを打つたのだ、こういう工合に考えなければならないと思うのですが、あなたのお話によると、あれについては皆反対である、輿論も反対しているのだと、こうおつしやいますが、若し輿論が挙つてあれに反対ならば、恐らく労闘としてもあのストライキを打つことはできなかつたと思うのです。ところがあなたの御説とはあべこべに、大学においても、学生も教授も、或いは文化団体も、その他の恐らく団体という団体が破防法にしましても、労働法規の改正にしましても、必ずしも賛成しておらん、むしろ反対しているのです。むしろそのほうが輿論としては現われた形の上において私は見られるのじやないかと思うのです。ところが労働大臣は、輿論は全部挙つて反対だ、その根拠が單に新聞が政治ストを云々と言つているということだけなのでありますが、私は新聞の論調も相当尊重すべきだということは勿論でありますが、併しあなたの輿論が反対しているということの根拠が極めて薄弱ではないかと、こう思うのです。これはまあ緊急調整の問題から外れてしまいますが、とにかく労働者を信頼しないがために、こういうふうな規定を設けられたのだというようなことを私はやはり重ねて申上げなければならんと思うのです。そこでこういう緊急調整の規定が設けられることになりまするというと、結局公益事業ばかりではなくて、公益事業でないものも五十日間は争議が禁止される、差止められる、これは重大な基本権の制限になりはせんかという工合に考えるのでありますが、その点についての御説明をお願いしたいと思う。
○国務大臣(吉武惠市君) 破防法や労働法に対して反対をされること自体が、私は決して輿論に反するとかどうとかいつておりません。つまりそれに反対する方法として、ストライキをおやりになることが輿論としては賛成をしていないということであります。次に公益事業ならばともかくも、公益事業でないものにもということでありますが、先ほど御指摘いたしましたように、公益事業でありましようとも、或いは民間企業でありましようとも、大規模の争議であつて、それが公益に著しい障害を来し、而も放つて置けないという場合はあり得ると思う。先ほど指摘いたしましたように、電力危機であるとか、そのときに、もう石炭で火力をやつても補い切れないというようなときに争議が若し発生して行く、併しこれも民間の争議だから仕方がないのだというふうにはいかない、それは全体を見て、そうしてそういう緊急事態には緊急事態に処する方法を考えるということが私はやはり必要である、かように存ずるのであります。
○堀眞琴君 緊急事態には政府として責任をとるというお話のようでありますが、ただ私は何度も繰返すように、ストライキというものが勿論労働者としてはそうそうやるべきものじやなくて、いよいよ問題の解決が到底民主的な話合いでは解決できないというような場合にストライキを止むを得ずしてやるものなんです。従つて組合側としても、ストライキに対しては相当慎重なる態度をとらざるを得ない。極く簡單に、ストライキをやるのだということを決定して、下部の組合が皆それに同調するかというと、そんなことはない。例えば労闘の今度のストライキにしましても、労闘の執行部においては何日もこの問題について討議を重ね、それから下部組合の意向なども慎重に考慮して、そうして何日には破防法反対、或いは労働法規の改正反対のストライキを打つのだということを決定しておるわけであります。従つて労働組合側としては、相当慎重にこの問題を決定しておるわけであります。決してあなたのお考えになるように、簡單に労働組合が争議を決定するなんということはあり得ない。ましてや輿論のこれに対する反撥もありますから、その点も考慮して決定しておると思う。そうだとするならば、労働行政の当局としてはむしろ労働者に信頼して、そうしてこういう緊急調整の決定というような政治的な介入の余地を残すというような規定は、むしろやめるべきではないかという工合に先ほど申上げたのだが、やめる御意思はないと、そうなると結局労働者を信頼しない。労働組合の最近の健全な発達の状況について全く目を蔽つておられるのだ、こう申上げても過言ではないと思う。緊急調整の場合においては、五十日間は争議が停止されるわけでありますが、この五十日間停止されるという、冷却期間を五十日間とされた理由をお伺いたしたいと思う。
○国務大臣(吉武惠市君) 労働組合を信頼するかしないかということでございますが、私は信頼をいたします。いたしますが、御承知のように、争議というものはそういう事態に立入る可能性を持つもので、今日アメリカでタフト・ハートレー法がございます場合に、アメリカのそれでは大統領は、アメリカにある労働組合を信頼するかしないか、恐らく私は信頼しておると思う。私どももアメリカの労働組合は共に健全なる民主的な組合だと私は信じておる。それでもやはりそういう事態はある。現にトルーマン大統領はタフト・ハートレー法を発動しないでも、工場接収権を発動したということがあるわけであります。だから信頼するかしないかということで、この問題はそう取扱うわけには行かない。そういう事態になる虞れがあるかないかということになりますると、私はまだその虞れはある、かように存ずるのであります。なお五十日にいたしましたのは、労務法制委員会の公益委員の案をそのままとつたのでありますが、恐らく公益委員も過去の実績に徴して、先ほど労政局長から申上げましたように、大体今まで中労委等で取扱つておりまする期間が五十日くらいであります。でありまするから、先ず五十日くらいあれば、その間に大体解決がつくのじやないだろうか、又それくらいの間につかすべきだというところから、五十日になつたものだと私は考えまして、そのままを採用したわけであります。
○堀眞琴君 タフト・ハートレー法の話が出ましたが、タフト・ハートレー法については、当時大統領もヴエトーの権限を行使したことも御存じだろうと思います。トルーマン大統領はあれに対しまして反対の意思を表明いたしております。なおあれが出ましてから、輿論の上でも相当の反対が持ち上りまして、タフト・ハートレー法に対するところの反対運動は何度も相当強く行われておつたわけであります。アメリカではタフト・ハートレー法があるが、併し労働者は信頼しておるのだ、日本でも同じように労働者を信頼しておる、併しアメリカの場合について申しますと、トルーマンはタフト・ハートレー法に反対なんです。ですから、タフト・ハートレー法については、これを発動しようということを殆んど大統領としては考えておらんわけであります。あなたは先ほど、何回かナシヨナル・イマージエンシーを招来する争議の差止めを行なつた場合があるということでありますが、実際においてはない。タフト・ハートレー法によつてこれを行なつたことはない。ただ非常事態の宣言乃至はそれ以前の戰時状態におけるところの大統領の権限によつて話合いを行わせるとか、斡旋をさせるとか、或いは例えばルイスの率いる炭鉱組合に対して、大統領が書簡によつて両者の斡旋をやるということはやつておりますが、併しタフト・ハートと法をナシヨナル・イマジエンシーだといつてこれを発動したのではない、これらを考えると、アメリカでも、現在の政府当局がタフト・ハートレー法に対して、それほどこれを適用しようというようなことを考えているということは、私はないと思います。あなたはタフト・ハートレー法を例に引かれて、そうして日本の場合においても、日本の労働者を信頼しながらも、アメリカのナシヨナル・イマージエンシーと同じような権限を労働大臣が持つのが正しいのだ、こういうお話でありますが、アメリカの場合と日本の場合を比較することがそもそも間違い、タフト・ハートレー法が今申上げた法律でありますからして、これらを参照することは私は間違いだと思う。日本は日本としての、これこそ最初の独立後の労働法規に対する改正法案なんであります。労働大臣としましては、労働大臣としましては、労働者をもう少し信頼されて、ストライキがどういう情勢で起るものであるかということについて考慮されるならば、こういうような規定を設けられることは、実は非常に適当ではないという工合に私どもは考えているのでありますが、その点についてもう一度労働大臣としての御所信を伺いたい。
○国務大臣(吉武惠市君) アメリカのトルーマン大統領がタフト・ハートレー法を余り使いたくなかつたということは私ども聞いております。併しそれではトルーマン大統領はそういうふうな処置を必要としなかつたかというと、トルーマン大統領は非常権のほうを発動しまして、工場接收権をしばしばやつております。工場接收権をやれば、タフト・ハートレー法を適用するより、そのほうが手つ取り早いということが言えるのでありましよう。つまり争議禁止であります、工場接收権ということは。言葉を換えて言うならば、争議禁止、それをしばしばやつてる事態があるということを御了承願わなければならん。而も日本におきましては、御承知のように、占領中はマツカーサー元帥の声明というものがございまして、ゼネストは禁止されておる。これも現にその声明によつて、一回にとどまらず、二、三回もそれによつてとめられた事実があります。その上司令部の権威によつて呼び出して、そうして或る程度とめられた事実があるのであります。でありまするから、我々は労働組合は信頼はいたしまするが、ただ信頼をするから放つておいていいということにはならない。やはりそういう緊急なときにはどういうふうにして処理をするかということは、今日私は考えておくべきである、かように存じます。
○堀眞琴君 いま一度その点お尋ねしたいのですが、実は今のお話で、工場接收をやるほうが手つ取早い、こういうお話なんですが、工場接收をやられたのは、非常事態の宣言に基く行政措置として行われたのである。それで戰時中並びに戰争直後の時代においては、戰時上の大統領の行政権限に基く措置として国会によつて認められて、いろいろの措置を八手おるわけであります。非常事態の宣言は、いわば戰時状態の宣言に等しいものなんです。従つてそれは平和時において行われるべきところのものではないわけであります。非常事態の宣言は一昨年の十二月です。あの非常事態の宣言が行われたからこそ、今度の工場の接收も行われておるわけであります。従つて平和時におけるところの労働争議に対する大統領の権限としてこれを認めたものではない。これは工場接收を平和時における大統領の権限として認められたものではないということが重大なわけです。アメリカは、御承知のように、軍備擴張をどんどんやつておりまして、いわば準戰時態勢とでも申すべき時代になつておるわけであります。そのためにこそ非常事態の宣言も行われておるわけなんであります。 〔理事波多野林一君退席、委員長着席〕 それで日本の講和によつて平和になつたというこの事態において、準戰時態勢ともいうか、或いは戰時態勢というようなアメリカの例を引かれてそうして日本にも緊急調整が必要だということを主張されることは、これはちよつと筋違いではないかと思うのですが、その点についてもう一度御説明願いたい。
○国務大臣(吉武惠市君) 成るほど大統領の非常権発動は、戰時立法として規定されたものであります。併しながら戰争が終りましても、なおそれによつて発動した事実がある。而も私が先ほど指摘いたしましたのは、トルーマンがタフト・ハートレー法を余り発動しないのじやないかというような御質問でございましたから、それを発動しないのは、他に非常権として工場接收権があつたから、それを発動したので、片方を使わなかつたということを申上げておるだけであります。終戰後におきましても、アメリカにおいてさえそういう事態がある。従つて日本においても、私はそういうことを考えておく必要があるということを申しておるわけであります。
○堀眞琴君 次に、個人責任の問題について質問いたしたいのであります。現行法を見ますと、三十九條から四十二條ですか、大体において使用者側の不当労働行為に関するところの規制が現行法の建前になつておるわけです。ところが今度の改正法案によりまするというと、労働組合側の責任を、まあそうは書いてありません。三十九條にしても、四十條にしても、三十七條或いは三十八條の規定に違反する行為があるときということになつておりまするが、併しその法律の改正した趣旨を考えまするというと、どうも労働組合側の責任を追求するという点が強く出ておるのではないかという感じがするのでありまするが、先ずその点について御答弁を願いたいと思います。
○国務大臣(吉武惠市君) これは、従来も御承知のようにクーリング・タイムに対する違反がございました場合には、処罰の規定もございまするし、今回もそれは勿論のこと、今回の新たに入れました緊急調整にいたしましても、その制限に違反をすれば処罰があることは止むを得んと思います。ただお尋ねの点は、よく問題になつておりまするように、従来は組合の責任者が処罰をされる。それが今回の改正では、個人が処罰されている。この点がどうかということが問題であろうかと思います。従来の組合の幹部、責任者が処罰されるのを個人罰に変えましたゆえんのものは、組合が組合の行動として常に行われる場合は、勿論組合の幹部が責任をとるべきであると思います。併しながら一昨々年でございましたか、国鉄の争議の際でも、国鉄の中央執行委員会、或いは闘争委員会では争議はしないということを決定しました。それにもかかわらず川崎でありましたか、神奈川の方面の組合員或いは三鷹方面の組合員の一部には、その決定に基かずして、勝手にいわゆる争議をやつておる。そういうことはあるのであります。そういう際には、それは個人がやつたことだから違反にならない、やつてよろしいということでは、折角こういう法律を設けました趣旨というものは目的を達しないのであります。でありまするから、やはりこういう処罰というものは、その行為者を処罰するということが、これは罰則の原則であります。でありまするから、個人を処罰することにしたわけであります。
○堀眞琴君 国鉄の場合、例の山猫争議というものであつたろうと思いますが、あの場合におきましても、成るほど中央の執行部においては争議をやらないという決定をしております。併しながら下部の山猫争議をやつた組合においては、その組合では組合の決定によつて、下部の組合の決定によつてあの争議をやつておるわけであります。従つて組合として行つた行動だと見なければならんわけです。若しそうではなくて、組合の決定によらないことでありますれば、それは組合の、組合法規の保護を受ける必要はないことは、これは言うまでもないところなんであります。私が実際問題としまして見ますというと、山猫争議にしましても、下部の組合がそれぞれ決定し、その決定に基いてやつたということになりますと、組合として行つた行動ではないかと、こう考えられる。その組合として行動したことに対して、組合に対する責任ではなくて、個人に責任を負わせるということは、組合の団体性というものを無視する結果になると思います。そういう点では、非常に私は今度の改正案というものは当を得ないものである。而も公労法にも、地方公営企業労働関係法にも、こういう規定はないわけであります。はつきり何万円以下に処するという、こんな個人を処罰するということはありません。ただその組合の指導者がクーリング・タイムのときにどうしたといえば、公労法においては、例えば解雇をされるとか、或いはその他の処罰を受けることはありましよう。併し罰金を科せられるという規定はないわけです。今度初めて罰金を幾らというのが出て来ておるわけなんでありますが、こういうような団体性というものを無視した規定というものは、労働法規の建前から言つて、当を得ないものではないかという工合に考えますが、その点についてはどのようにお考えになりますか。
○国務大臣(吉武惠市君) 私が御指摘いたしました一昨々年かの国鉄のときの山猫争議は、決して下部の組合が組合として決定してやつた行動ではないと私は記憶しております。組合内の一部のフラクの人が集まつて、そうしてやつた私は争議であつたように記憶しております。そういうことは起り得る、日本の労働組合には往々にしてあり勝ちであります。でありまするから、そういうものはそういう違反をしてそれが罪を免がれる。そうして意思決定もしない組合の幹部が責任を負うということは、私は刑法の刑罰の建前としてはとるべきではない、かように存じます。それからそれはただ保護を受けないだけでいいじやないかというお話でありまするけれども、このいわゆるクーリング・タイムの問題にいたしましても、今度の緊急調整にいたしましても、事は公益上の、公共の福祉という点から掲げられておる制限であります。でありまするから、そういう制限を違反しても、それに対して処罰はないのだということでは、私は公益の保持は保てない、かように存じます。
○堀眞琴君 公益の上からこの規定は当然な規定であるというお話でありますが、こういうことにしますと、結局組合としての団体性が無視されるばかりでなくて、組合の内部分裂を招く危險があるわけです。クーリング・タイムを無視して争議をやつた、そこで争議をやつたものを罰するということになりまするというと、組合内部がそこで対立して来るわけなんです。そういう点からもこの問題は非常に重大な問題だと思うわけですが、この点についてはどのように労働行政当局はお考えになつているか、お聞かせを願いたいと思います。
○国務大臣(吉武惠市君) 私の経験では、こうすることが組合を健全に進めるゆえんだと思います。従来のように、組合の中の一部のフラクが勝手なことをやる、これが放任されるということでは、いつまでたつても私は組合というものは正常化しない、かように存ずる次第であります。
○堀眞琴君 その一部のフラクがこういうことをやることに対してはこれを処罰することも当然だというお話でありますが、この場合はクーリング・タイムを無視して組合が決定してストライキをやつた場合、こういう場合になるだろうと思うのです。組合の決定によらずしてストライキをやつたものについてはこれは保護する必要はないと思いますけれども、組合が決定して行なつた場合、それに対して、組合の指導者に対してこういうような罰金刑を科することは当て得ないと私は思うのです。そういう場合には、公労法その他の何によつて、解雇されることができるとか、何とかいう程度の、つまり現行法の規定で十分私はそれは取締ることができると思うのです。その点に関しまして、労働大臣のもう一度説明をお願いしたいと思います。どうもはつきりしないと思うのです。
○国務大臣(吉武惠市君) 組合の決定でやつた場合というお話でございまするが、法律で制限し禁止していることを組合が決定をするということはあり得ないことであつて、そういう違反行為をあえて組合員がやるということは、又仮にやつたといたしますれば、それは勿論やつたものが責任を問われることは当然でございます。これは禁止、制限されておる。ですからその禁止、制限されておることをあえて行なつたものが責任を問われることは私は当然のことである、かように考えます。
○堀眞琴君 私のお尋ねしているのは、組合の決定で、たとえ違法行為にせよ、組合として若しそれをやつた場合に、その責任者の責任が追求されることは、私もそれは否定しないんです。責任者の責任を追求するのはいいが、併し団体性の考えの上からいうならば、当然公労法やその他に規定しているような解雇処分を受けるとか、何とかいう程度で私は十分だと思うのです。ところがそれをあえて罰金刑にまでしなければならんという理由はどこにあるか、それをお尋ねしているわけなんです。
○国務大臣(吉武惠市君) 法律を以て制限若しくは禁止する事項は、公益の保持上必要あつて規定していることでありますから、その公益を保持するためには止むを得ません。罰則というものを以て臨まなければならんということであります。
○堀眞琴君 どうもその点非常に納得しにくいんです。公益を守る必要上、どうしてもこれを罰則を以て臨まなければならんというのでありますが、私に解雇その他の処分で十分その目的は達成せられると思うのです。ところがあなたはなぜ解雇処分その他の処分でその目的を達成することができないかということの説明をなすつていらつしやらないんです。これを罰金刑に処することが至当だ、こういうお話なんですが、然らばどうして罰金刑をこれに科することが至当であるか、解雇その他の処分を行わずに、罰金刑によつて処罰することが何故に正しいかということをお尋ねしておるわけです’もう一度その点、もうこれでおしまいにしますから……。
○国務大臣(吉武惠市君) およそ法律において、公益上の必要から禁止又は制限している事項については多かれ少かれ罰則を以て臨むということは、これは普通の私は法規の建前である、かように存じます。
○堀木鎌三君 どうもその点よくわからないんですが、労働大臣は、法律に違反したものは罰せられるのは当り前だ、これは水みたいな話で、誰でも法律に違反したものは罰せられる、而もそれを労働組合法の問題として、労働大臣が治安大臣になつたような御答弁をなすつているんだが、労働組合法のそれは範囲外であつて、他の法令によつて罰せられることである、そうお考えになるのが治安大臣としても当然であれば、労働大臣としてもそうお考えはなるのが当然だ、こう思いますが、如何ですか。
○国務大臣(吉武惠市君) およそ法規にある罰則は、すべてが治安大臣が規定するのではありませんで、各種のあらゆる行政法規において、公益上制限若しくは禁止している事項がございます。それはそれぞれの所管大臣の立案いたしまする法規に織込まれているのがたくさんあると思つております。
○堀木鎌三君 これは労働関係の法律だと、それじや新たにもう一つ逆に聞きますが、今までの団体及び団体を代表するものを罰しているのは間違いだつた、こういうようなお話ですが、現行法規は非常な誤りを犯しておる、曾つて恐らくこの法規もあなたが労働省におられるときに関係された法規だと思うのですが、そのときのお考えと変つて参つたのはどういうわけですか。
○国務大臣(吉武惠市君) 組合というものはすべて団体的な規律の下に行動するものと思つて立案をいたしましたが、過去の経験に徴してみますると、先ほど申しましたように、団体の規律に従わないで違反するものが大変ございましたので、こういうふうに変えたわけでございます。
○堀木鎌三君 大変多かつたとおつしやるなら、大変多かつた例を挙げて頂きたい。
○国務大臣(吉武惠市君) 先ほど申しました一昨々年の国鉄争議におきましては、方々にこの事例が出て参つたのであります。
○堀木鎌三君 山猫争議を一件だけお挙げになつて、それをほうぼうにあるようにしたつて……、あなたがさつきからおつしやつた話では、労働組合はだんだん堅実になつて来た、而もお挙げになるのは過去の事例だけだ。そうして将来に対して心配だ、こうおつしやるのですが、山猫争議事件でそういうようなお考えに到達されたということは我えとしては不審に堪えない。又事実組合の意思決定によつて、団体としての意思決定によつてやらない行為がここにおいて出るということは、これはあれだけの団体を持つておるとき、それは一つの社会なんですから、その一員がいろいろな行動に出る場合には、他の法令、それこそ刑罰法令とか、あなたのおつしやるように公益を害するなら、何も労働組合法に規定しなくて、他の法令によつて罰する法令が十分あります。その法令によつて該当するかどうかで然るべきものだ、こう私は考えますが、如何でありますか。
○国務大臣(吉武惠市君) 勿論組合の意思に基かないが、個人が勝手なことをやれば、違反にかかつて処罰することもできるでありましよう。併しながら労働組合運動としてやられる場合に、それが組合の意思決定でやつた場合と、そうして意思決定でなかつた場合と、そう判然と区別をして、組合の意思決定によつたときには処罰されないが、意思決定でなかつた場合には、組合行動も一切治安法規、刑罰法規で処罰ができるのだということは、労働運動の実態から見て、これはそう簡單には扱いにくいと私は存じております。
○堀木鎌三君 どうもさつきから堀君との質疑応答を聞いておりますと、どうも労働大臣は、おれはこう考えるのだということだけで以て、間違いなきことく断定されるのは、労働法制定の上から見て私は非常におかしく思うのであります。労働法の制定から見れば、そういう点については十分いろいろな意見をお聞きになることが当然であり、そうしてそれによつておきめになるべきはずのものだと私は思うのでありますが、この点についてどれだけの手段、方法をお盡しになつたか、その点をお伺いしたいと思います。
○国務大臣(吉武惠市君) こういう違反についての処罰につきましては別にほかの意見を聞きません。私ども、刑罰法規を考えておるところの責任官庁の意見を十分聞きました上できめたものであります。
○堀木鎌三君 労働大臣にお伺いしたいことは、而もあなたは三年前にあつた山猫争議をつかまえて、この事例になさる事実は、非常に労働組合のいろいろな行動の末から起つて参りましたことではありまするが、併しそういう点につきまして労働法上の問題としてどう考えるかということはひとり私は刑罰関係の人の意見、だけをお聞きになるべきものではなかろう、こう考えますが、その点は如何でございましようか。
○国務大臣(吉武惠市君) 処罰するかしないかという刑罰関係につきましては、やはりその専門家の意見を聞くことが私は妥当であると考えております。
○委員長(中村正雄君) ちよつと労働大臣に、先ほどから堀君なり堀木君に対しまして御答弁なさつた点で、非常に矛盾していると感じられる点があるので御質問いたしますが、今の三十九條は、その前に、一応労働組合という一つの団体が法律に違反する意思決定をすることはあり得ないと、法律に違反する意思決定をすることはその団体の意思ではない、こういうふうな御答弁があつたと思うのですが、さように解釈していいのですか。
○国務大臣(吉武惠市君) あり得ないと思いますが、併し往々にして違反をされることもあり得るかと思います。でありますから、処罰規定があるわけでございまして、あり得ないとは存じません。
○委員長(中村正雄君) 私の申上げましたのは実際問題ではないわけで、いわゆる法律に違反する意思決定は、その団体の意思決定とは認められない、こういう御答弁かどうかということをお聞きしておるわけです。
○国務大臣(吉武惠市君) それは意思決定をいたしますれば、組合の意思決定であると思います。
○委員長(中村正雄君) そうしますと、先ほどの堀君の御答弁と違つておると思うのですが、そういうことがあるから現在三十九條という規定があるのだろうと思うのです。従つて三十九條の規定によつて十分行けるわけなんであつて、若し団体の意思決定によらないところの労働大臣の御指摘なさいましたような行動があつたら、これは労働法に示しておりまする刑法三十五條の適用を受けない、保護を受けないということであつて、それは一般の経済事犯になるわけでありまして、この労働法規で秩序罰を科する必要はないと思うのですが、そこにこの法規の矛盾があると思いますが、どうお考えになりますか。
○国務大臣(吉武惠市君) 御尤もだと思います。先ほど堀木さんの御質問にお答えいたしましたように、法律を嚴格に解釈すればその通りであります。つまり組合が組合の行動としてやつた場合に初めて組合の活動であるから、それに違反があればその責任者を処罰する。若し組合の意思決定に基かずして行なつたものは組合活動でない、でないからそれぞれの刑罰法規にすべてひつかかるのだという解釈も私は立つと思います。併しそのことは現在行われておるところのいわゆる労働運動、労働活動という実態から見るならば、そういうことにおいてそれをすべて処罰するということには私は無理がありはしないか。それは個人が汽車をひつくり返すとか何とかいう場合には、それは勿論明らかに刑罰法規を以て臨むべきであろうと思います。併しながら組合活動が仮に意思決定で行われないにしても、その下部において一部の者が組合活動をやつた、その活動は即組合活動でないからすべて刑罰法規にかかると即座に判定をすることは、これは法律の当然の帰結ではございまするけれども、労働運動という面から見まするというと、私は無理がありはしないかと、かように存ずるわけであります。
○委員長(中村正雄君) 只今の御答弁が非常に矛盾しておると思うのですが、労調法というのは、いわゆる労働関係を規律しておるわけでありまして、従つてこの法律に違反する場合は労働関係から排除すればいいわけでありまして、そこには解雇その他の規定があるわけであります。これが団体の行動でなくして個人の行動であるとすれば、それが他の法律に融れる場合は、その法律によつて処断されるわけでありまして、労働関係から見れば、そういうものは労働関係から排除すれば事足りるわけでありまして、刑罰を持つて行くということはおかしいという結論になると思うのです。従つて法理論のことは明日でも又質問するとして、若し今のような改正案でありますると、仮に一万人の団体なり労働組合が法規違反の意思決定をして、労働組合運動じやないかもしりませんが、その法人の活動であることは間違いありません。法人が意思決定をし、その法人が行動した場合に、一万人の人が同じ行動をした場合に、改正法の処罰規定はどういうように適用になるか、具体的に御答弁願いたいと思います。
○国務大臣(吉武惠市君) 勿論多数の人が行いました場合には、この刑の裁量におきまして十分考えられるべきものじやないか、かように存じます。それは多数の犯罪においていつも起り得ることであつて、その首謀者が罰せられ、ただそれについて行動したすべてが同じように処罰されるということはないから、私はそれによつて処理されるじやないか、かように考えます。
○委員長(中村正雄君) 私の申上げるのは、それは最後は司法問題になれば裁判所が判断をするのですけれども、団体の行動として多数の者が同じ行動をとつた場合に、勿論同じような金額の罰金ではないとしても、やはり罰金の高につきましてはこれはあるでありましよう。首謀者と随行していた人間については差はあるかも知れませんが、今の改正法規でありますれば、一万人が行動すれば一万人が有罪になるということだけは一応考えられる。罰金の高については違うかも知れませんが、具体的にそうなるとすれば、今度の改正は非常に矛盾した、或いは苛酷な改正法になるわけですが、この点につきましてはどういうふうにお考えになつておりますか。
○国務大臣(吉武惠市君) その場合に、すべてが有罪になるということは、これは情状酌量の際に当然考慮されることじやないか。従つてそういう多数の者が団体的な行動として規律の下に行われたとするならば、その責任者というものは処罰される。それについて行つた者がすべて同じ、或いは同じでなくても差がついて皆有罪になるということは、私は考えられないのじやないか、かように考えております。
○委員長(中村正雄君) それは労働大臣は考えられないとおつしやいますが、あなたが裁判するわけではありませんので、裁判は裁判官がやるわけでありまして、従つて全然罪がないとは言えない。勿論その刑の量定のときには、微罪であるから起訴しない場合もありましよう。それはそのときの情勢によつてきまることで、労働大臣が全部の人が罪にならないだろうということは、一つの法律の適用における想像だけであつて、法律を審議するときにおきまして、そういう想像によつて法律は審議できないと思います。従つて若し個人主義だという場合であるならば、やはり一応法律を審議する場合には、一万人の者が同じ行動をやつた場合には一万人が処罰されると考えなければならない。十万人の者が同じ行動をやつた場合には、十万人が同じように処罰されると考えなければ審議はできない。刑の量定その他は裁判所が決定するところでありまして、これは労働大臣が決定されることではないので、こうなれば、非常に今度の法律は私は苛酷なものであるということを御想像なさつて立案されたかどうかということを伺いたい。
○国務大臣(吉武惠市君) その点は先ほども申上げましたごとく、公益法人に関する規定では、その違反した行為をした者を処罰するという建前は、これは私はそうあるべきだと思います。ただ団体の責任者が処罰されて、実際やつた行為者が処罰されないということは、処罰の建前から見れば私はあべこべではないかと存じます。
○委員長(中村正雄君) 私の質問しておるのは、団体の代表者でなくして、団体の意思決定によつてやつたときに、すべての者が今度の改正法では有罪になり得る可能性がある。ところが現行法律でありますれば、その団体の意思決定によつてそうして団体員全部が行動した場合でも、これは団体の責任として団体の責任者が処罰の対象になつておる、こういうふうになつておるわけでありますから、あなたの御答弁のように、全然行為をしない団体の責任者が処罰になると、こういう場合のみではないと思うわけなんです。私が示しました例は、団体の責任者も含めて、すべての人が団体行動をしたそのときに、現在の法律であれば団体罰として団体の代表者が罰せられる。これは一挙にして一万人、五万人、十万人の団体の構成員を全部罰するというふうに、これは恐らく司法罰ではありますけれども、刑罰法規としては非常に大転換をした僕は改正だろうと思うんです。こういう一つのいわゆる労働行政を担当しておる労働大臣が、公益に関するものであるからこうしなくちやいかんというような、そういう理由だけでこれだけの大きな問題の改正をなされることについては、相当なやはり理由があり、決意がなければならんと思うのですが、その政治的な理由について御答弁があれば願いたいと思います。
○国務大臣(吉武惠市君) 成るほど委員長のお話になりますように、多数が違反をした場合には、多数が皆処罰しきれんじやないかというふうな感じは、これは常識としてあり得ることと思います。併しながらおよそこの公益規定において、こういうことはしてならないという禁止規定があり、その禁止規定に違反をあえてすれば、そのあえて行なつた違反者が処罰されるということは、私はこれは刑罰法規の建前である。これは例えば公務執行妨害を多数でやつた。そのときに個人が偶然に公務執行妨害をやる場合もございましようし、或る団体が、一つ今度実力行使をやろうじやないかといつて、多数組合せまして公務執行妨害をやる場合がある。その場合にでも、それに参加したものは、これは一応はみんな違反をすれば違反にかかります。併し実際の処罰はどういうふうにして行われるかといえば、その首謀者が処罰をされるということで、私は公益保持の規定である以上はそれにあえて違反をすれば違反者を処罰するということは、先ほど来申しましたように、今まで団体規律だけで行なつておるということが保持できればこれだけでも結構でありまするけれども、過去における争議においては、むしろ団体の首謀者はそうしないにもかかわらず、末端の一部でやるということがございまして、若し団体の責任者だけを処罰するということにしますると、そういう場合が出て来るわけでございます。それは堀木さんの言われるように、刑罰で以てどしどしやればいいじやいか、こう言われますが、いわゆる組合運動として行いまする場合には、そう言い切れないものがあるのじやないかというところから今回の改正をしたわけでございます。
○委員長(中村正雄君) 今労働大臣の摘示されました点を私も言つておるわけです。仮に団体の意思決定として団体員全部が行動した場合でも、これは労働関係調整法におきましては、これは労働関係から排除されるべきものであつて、従つて刑法の三十五條の適用は受けないわけです。従つて一般の刑法が適用になつて、やつたものが全部なるか、首謀者が刑が重くなるか、これは労働関係法には全然関係がないことなんです。刑法三十五條の適用を受けませんから、労働関係法の保護を受けない、従つてそれと今おつしやつたこととは全然別個なわけです。而も大臣の答弁を聞いておりますると、行政罰というものを司法罰と混淆なさつて答弁なさつておると思うのです。一応時間もありませんから、明日までにこの間の刑事関係の、行政罰と司法罰との関係、大体現在の行政罰には相当団体罰が中心になつております。こういう面も一応御検討願つて、明日でも御答弁願いたいと思います。ほかに御発言なければ、時間が相当経過いたしておりますから、如何でしようか。 〔「散会」と呼ぶ者あり〕
○委員長(中村正雄君) 本日はこれにて散会いたします。 午後四時十三分散会