労働委員会 第20号
- 発言数
- 159 件
- 登壇者
- 7 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1952/06/17
会議録
○委員長(中村正雄君) 只今より委員会を開きます。議題に入ります前に、報告したい点がございます。先般の日程を組むときに、委員長に一任されました集団示威に関する取締法案の地方行政委員会との合同審査の日程につきましては、委員長と協議いたしましたところ、地方行政委員会におきましては、二十日まではこの法案の審議はできない、こういう意向でありますので、その会期延長と睨み合せまして、若し延長になりましたら、改めて日程を協議して御報告いたします。 昨日中央労働委員会会長中山伊知郎君から私宛にお手許に配つてあります「中労委文発第二六二号」という書画が参りましたので、一応読み上げます。 中労委文発第二六二号 昭和二十七年六月十六日 中央労働委員会 会長 中山伊知郎 参議院労働委員会 委員長 中村正雄殿 労働法規改正案に関する要望について 標記については、六月十三日開催の全国労働委員会会長連絡会議における協議の結果、労働委員会としての事務運営上から考慮して、貴職に対し左記の通り要望することが申合されたので、特段の御配慮を煩わしたい。 記 一、特別調整委員について 1 特別調整委員は、各地労委の実情に即し必要に応じて任命できるものとすること。 2 特別調整委員の職務並びに運営については、従来の斡旋員候補者又は臨時調停委員のそれに準ずるものとすること。 二、公益事業争議に係る調停申請の却下について 調停申請の却下については従来の実績に鑑み、現行法規の範囲内で一応立案の趣旨を実現できると考えられるから、特に紛議を生じやすい却下の規定は必ずしも必要のないものと考えること。 三、緊急調整について 緊急調整についてはすでに分けにされている各界の意見に徴し、慎重に善処せられたきこと。 四、労調法第三十七条及び第三十八条(改正案)違反に対する処置について 労調法第三十七条及び第三十八条違反に対する処置については、他の点と均衡を失する点もあるので従来の規定の範囲内で考慮せられたきこと。 五、地方委委員の定数について 地労委の仕事は、地方公営企業労働関係法の施行もあつて将来増加することは明白であるので、委員定数は少くとも現状程度を維持せられたきこと。なお、この際特別調整委員は定数とは関係なきものと考えること。 六、その他細部の点については、今回の法規改正を機会に、第六回金国労働委員会連絡協議会において決定し要望された線に沿つて措置せられたきこと。 以上 こういう書面が来ておりますので、法案審議の参考のため、写しを皆さんに配付いたしてありますので、御了承願いたいと思います。 —————————————
○委員長(中村正雄君) 労働関係調整法等の一部を改正する法律案を議題といたします。なお本日の質疑の中心は、議題となりました法案の第二条公労法関係を中心にいたしたいと考えております。質疑を許します。
○菊川孝夫君 労働大臣にお尋ねいたしますが、第一に、今回公労法の一部を改正する法律案を御提案になりましたその一番根本的な労働大臣としての考え方について、お伺いしたいと思うのでありますが、と申しますのは、現在の公共企業体労働関係法は、二十三年のあの七月二十二日附けのマツカーサー元帥の書簡に基いて制定せられたものでありまして、これはやはり占領政策によつて一つ日本政府にその立法を強要といいますか、示唆せられたものでありますが、占領政策でも、占領軍が日本に参りました当時と、それから占領終結当時とでは随分幾たびか変遷をしておると思うのであります。従いましてましてや占領が終結になりました以上、占領政策の一環としてなされました公共企業体労働関係法については、根本的に一つ再検討をして見る、こういう見地に立つて法案を立案されたものであるかどうかという点についてお伺いしたいと思うのでありますが、それはなぜかと申しますと、最初の占領軍が参りました当時には、当時共産党につきましては、極めて寛大なる態度を以て臨んでおりましたし、又日本共産党もこの占領軍を迎えるに当つては、解放軍だと言つてまあ歓迎しておつた。こういう状態だつた。それが戦後の世界政策をめぐつて、米ソのだんだん対立が深刻化するに従いまして、日本共産党に対する占領軍の態度も逐次峻烈になり、又共産党の反占領政策というものもだんだんと露骨になつて参りました。従いましてこの戦後の日本の労働組合運動というものは、共産党の影響というものは、好むと好まざるとにかかわらず、どこの組合でも大抵は先ず影響を受け、なかんずくその指導を受けておつた組合が多かつたのでありますが、特に官公労関係の組合におきましてもその影響力は極めて大きかつたということは、否定できないと思うのであります。その当時に出されましたのがあの二十三年の七月二十二日のマツカーサー元帥の書簡であつた。ところがその後或いは行政整理、並びにいわゆる称せられるレツドパージというもので、この影響力は極めて少くなつた。又一方組合のほうでも、その影響力をできる限り排除して、自主性を回復しようという自主的な動きもだんだんと活溌になり、又共産党の指導に対する批判も強くなつて参りまして、自主性を取戻したといいますか、確立いたしまして、そうしてだんだんと健全なる組合の運動になつて参つたことは、これは労働大臣もお認めになると思います。従いましてそういう影響力の強かつた当時に出された書簡というものは、今日の実情には少くとも適合しないと言つて過言ではないと思うのであります。従つてこういうふうになつた以上は、法律で以て何もかも制限をしてしまつて、がんじがらめにやつてしまつて、形式的にだけは労働組合として認めようという行き方ではなくて、相当管理者側におきましても、だんだんとこの労働行政というものにも慣れて来たし、又組合側といたしましても、労働組合というものはどうあるべきか、特に日本の労働組合はどうあるべきかということをみずからつかんで、そうしてみずから進むべき道をみずから決定するという方向に進みつつあるのであります。この際にはむしろ自由に、できる限り自由に一つ組合の活動というものは認めて行く。まあ法律でこれもしてはいかん、あれもしてはいかん、これをやつちや首を切る、これはやつちやいかんというような制限をするのではなしに、自主的な規制の上に組合運動が進められるように一つ配慮をするのが正しい行き方ではないか、私はかように考えるのでありますが、そういう考え方の上に立つて立案されたのか。それとも又一方におきましては、経営者側のほうでも大分戦後の虚脱状態から自主性を取戻したと申しますか、資本家根性を露骨に現わし出して参りましたので、資本家側の攻勢というものも極めて強くなつて来た。従つて政府のほうでは、その資本家側の攻勢も強くなつて来たので、労働者のほうを守ろうというような考え方で行くのか、それとも資本家側の強くなつた攻勢に便乗して、でき得る限り労働組合は抑えて行こう、こういう方向でこの法律の改正を考えられたのか。一体、結論としてお尋ねしたいのは、我々はそういうふうにどうも考えられて仕方がないのでありますが、占領政策を一つ、その当時の状態と今日では大分変つたのであるから、再検討をして、日本の実情に合うように改正しよう、こういう目的でお出しになつたのかどうか、この点について明快にお答え願いたいと思います。
○国務大臣(吉武惠市君) 今回のこの公労法改正の基本的な考え方でありますが、御指摘になりましたごとく、二十三年にマツカーサー元帥の書簡によつて、公務員については団結権及び団体交渉権、団体行動権というものが制限をされまして、国鉄と専売公社、つまり公社についてだけ団体交渉権が認められることになつたのであります。これは占領政策といえば占領政策でありましようが、同時にその禁止されたゆえんのものは公務員たるものはいわゆる経営者に対する労働組合という関係でなしに、国家全体に対する奉仕者でなければならない。従つてそういうものが団結をして、それに対抗してストライキをやるということであつてはならないという本質に基いて私は出されたものと信ずるのであります。従つて私は、今日においてもその基本的な考え方を再検討をするつもりはございません。ただ実際に全逓と申しますか、この郵政関係の現業職員であるとか、印刷庁における現業職員、これらはいわゆる公務員という点においては、机の上で行政事務をとりまするものであろうと、実際の肉体労働をいたそうと、本質においては変りはございませんが、仕事の実態は、いわゆる一般の行政事務と違つて、国鉄、専売等と本質実態的なものは似通つた点が多い。而もこれらの職員は、戦前といえども組合を持つておつた歴史があるのであります。従つて国鉄と専売は公社なるが故に団結権を持つ、片一方は公社でないから団結権を持たないということは、私は不当である、かように存じまして、是正すべきものはすベてするがよかろうということで、今回これらの現業職員についての団体交渉権を認める、かようなつもりでございます。 最後に御指摘になりました、経営者側も強くなつたから、それで組合側のほうにも強くしようという意図か、こういうことでございますが、今回の改正は、これは経営者側と申しましても、公労法では相手は政府でございまして、政府は依然として変つておるわけではございません。ただ一般的の気持を御指摘になつたものと思いますが、私は、今日の経営者側は強くなつたという表現よりも、この労働問題に対して理解とそれから認識を深めて来たと私は思つております。その点は組合側についても同様であります。御指摘のごとく終戦直後においては、ただ共産党の扇動に委されて、自由自在に動いておつた労働組合が、ようやく自主性を回復いたしまして、自分でものを考えるようになつた。そうして労働問題に対して、法規の上からも、或いは団体交渉のやり方においても、非常に深く掘下げて考えられるようになつた。その点は先般の労働法制審議会等において、私は両方の主張をつぶさに聞いておりまするとよく現われておると思います。でありまするから、決して私は経営者側が強くなつたという表現はどうかと思いますが、今までのように終戦直後は、何でもかんでも吊し上げに会うと手を挙げた、それが労働問題に対して非常に認識を深めて来たというように私は考えております。
○委員長(中村正雄君) ちよつと菊川君にお願いですが、今法務府の法制意見局から政府委員が来まして、昨日の全国選挙管理委員会の組合に出しました指令についての答弁に来ておりますので、その間ちよつとそのほうに譲つて頂きたいと思います。 高辻君から昨日の村尾君の質問に対しまする答弁をいたします。
○政府委員(高辻正己君) 政治資金規正法によつて、労働組合が一定の政治行為と目されることをやつた場合に、常に届出を必要とするかどうかということのように伺つたわけでございます。御承知のように政治資金規正法によりますと、政党、協会その他の団体ということも挙げておりまして、政党については一定の政治活動を本来の目的とする団体というふうに定義しておりまするし、それから協会その他の団体については、別にそれを主たる目的とすることは別に明示がございませんで、ただこういう目的を有するものをいうというふうになつております。ところでこの法律は、制定の国会当時、国会の審議におきましても、すでにいろいろ問題があつたようでございまするが、当時の委員長の御報告等によりますと、やはり労働組合のようなものでありましても、ここにいわゆる目的を有するものというものに当れば、政治資金規正法の適用を受けるんだということが明かにされておりまするので、その点は問題のないところだろうと思うのでございます。ただ問題は如何なる場合に当該団体が政治目的を有する、ここにいわゆる目的を有するということがいえるものかどうかということになるであろうと考えます。これはなかなか困難な問題でございまするが、一応申上げますれば、当該団体がその本来の目的のほかに政治目的を持ち、その団体の目的としているというふうに掲げている場合は、これはもう問題でなく、この法律の規正を受けることは明らかでございまするが、そうでない場合、特定の場合に団体が意思決定をして一定の行動に出たという場合に、直ちに政治資金規正法の規正を受けるかどうかということが結局のところ問題になろうと思います。この場合は、やはり私どもの考えといたしましては、団体がその目的を有するとというそういう性格付けが必要であろう。ただたまたまその一定の労働組合にせよ、そのほかの団体にせよ、たまたまその政治行為の発動を行なつたということで、その一団体がその目的を有するというふうに即断するのは早いのではないか。やはりその行為を通じてそういう団体がそういう目的を保有しておるということが客観的にわかる程度、そういうことが口では言えますが、なかなか困難だと思いますが、法律的に合理的に解釈をするならば、やはり合理的にその団体がそういう目的を有するということが客観的に認められる場合になつて、初めてこの法律の規正を受けるのではないか、こういうふうに考えておる次第でございます。
○委員長(中村正雄君) 御質問しました趣旨は、現実に全国選挙管理委員会が、その地方の委員会に対しまして、現在労働組合がやつておりまする労働関係法の改悪反対運動、これらはすべてその資金規正法の適用を受けるから届出をするようにという通達が流れておるわけなのですね。この通達が、いわゆる政府としては、正しい法の運用であるとお考えになつておるかどうかという具体的な問題なのです。これに対して前の委員会では、労働大臣はこの全選管の指令は行き過ぎであると思うという答弁があつたわけなのです。その後これについて何ら政府から処置をいたしておらないというので只今問題になつたわけで、いわゆる法務府としては、この全選管の通達が、いわゆる具体的なこの通達が、政治資金規正法に適合した正しい措置であるとお考えかどうか、この点をお聞きしておるわけなのです。
○政府委員(高辻正己君) その法律の解釈でなしに、具体的な事実に即して、法の適用が適当であつたかどうかということでございますが、これは実は私どもがお答えするのには、逃げるわけではございませんが、甚だ不適当な問題でございまして、つまりそういう面の行政を握つておりませんですから、法律の解釈だけは一応申上げられますが、これは違反であるかどうかということについては、職掌柄もございまするし、その事実を調査をしてお答えせざるを得ないということを申上げざるを得ないのでございますし、その点御了承を願います。
○委員長(中村正雄君) そうしますと、一応帰つて法務総裁と御相談願つて、勿論全国選挙管理委員会も政府の機関の一つですから、政府として、やつた措置が適当かどうかについては、やはり政府が監督権があるわけですから、お帰りになりまして、法務総裁並びに政府とも相談願つて、この措置が妥当か、一応次の委員会までに御報告願いたい。又具体的な措置を願いたい。それでこの前の委員会で労働大臣にもちよつと言つているわけなんですけれども、一応今労働組合がやつております、それが政治活動であるという認定をなさるとあれは、これはそういう解釈もできると思います。そうすれば政治資金規正法の適用を受けることになるかも知れませんが、ではそれと同じように、経営者の団体は、もつと前から今の内閣に対して、独立後の労働法規を改正しなくてはいかんということをたびたび会を開いて審査しておりますし、その運動をやつております。而もその費用たるや、恐らく労働組合以上の費用を使つているだろう。又参議院で問題になつております地方税の改正につきましては、料理屋組合等が遊興飲食税の撤廃運動を過去二カ年間莫大な費用をかけてやつている。これに対して政治資金規正法の届出という話を聞いたことがない。こういう面も勘案して、現在の労働組合の運動に対しまして、その届出が要るという通達が正しいかどうか、もう一遍次の委員会までに御答弁願います。 次に菊川君の質問、続けてよろしうございます。
○菊川孝夫君 ここで労働大臣の基本的な態度というものは大体わかつたのですが、マツカーサー元帥が書簡を出したときに、ルーズベルトの言葉を引用して、こういうことを言つておるのですが、「すべての政府職員は、普通に知られているいわゆる団体交渉の手段は、公務員の場合には採用できないものであることを理解せねばならぬ。」こういうことを言つて、そうして団体交渉が国家公務員制度に適用せられるに当つては、明確な、そして変更し得ない制限を受ける、こういうことを言つて、後段におきまして、鉄道並びに塩等の専売は、これは普通公職から除外せられていいものと信ずる、そして公共企業体を作る、こういうことを言つておるのであります。ところが今回団体交渉権を、このときに、政府職員といわれておつたいわゆる過去においても経験があるというので、団体交渉権を附与するということは、立案された政府で考えておられるわけでありますが、従つてもうこのマツカーサー元帥のこの書簡というものは、一応これは白紙に返して、そうして取組んでおるもの、こういうふうに解釈してよろしいのでございますね、この点から。
○国務大臣(吉武惠市君) 勿論独立後におきましては、以前に発せられましたこの通牒、声明というものはなくなつておると思います。併し先ほど申しましたように、なぜあのときにそういう声明を出したかということは、今菊川さんが御引用になりましたごとく、公務員たるものは、国家全体に奉仕すべきものであるから、それが団体交渉権を持つべきでないというこの本質については私は変らないと思います。それはマツカーサー元帥が声明したから出て来たものにあらずして、声明の有無を問わず、本質的なものである。私はかように存じております。
○菊川孝夫君 そうしますと、その公務員という解釈について、どういう政府は定義を下さんとしておるか。国から報酬をもらつて仕事をするものはすベて公務員だ、こういうふうに解釈しておるのか。それともいわゆる行政に担当するものを主として原則的には公務員というのであると、こういうふうに解釈をしておるかどうか。この分れをどういうふうに考えておられるか。国から月給をもらう者は一切合財公務員であるか。この点についてお聞きしたい。
○国務大臣(吉武惠市君) 国から俸給をもらうことは勿論のこと、国の業務に携わる者、これが公務員であります。その業務は行政事務であろうと、或いは現業事務であろうと、それは問わないのであります。
○菊川孝夫君 そういたしますると、すべて国から報酬を受け、且つこの国の仕事をやる者はすべて公務員だと、こういうふうな解釈でお臨みになるわけですね。そうするとその公務員の中で、団体交渉権を付与するのと、それから付与しないものとをここで又分けることになるわけですが、そこで今度の公共企業体労働関係法の改正案で、今までは公共企業体となつておつたのだが、それに加えて、国の経営する企業、こういうふうに改められたわけでありますが、この経営する企業というものは、この定義は一体どういうふうにお考えなのですか。経営する企業というものはどこで筋を引かれたか。ここの二に具体的な例を上げて、こういう事業だ、こういうふうにしておられるけれども、抽象的に行きますと、国の経営する企業というのは、この分け方はどこにあるのですか。例えば一つの例を上げて申しますと、この郵便或いは郵便貯金等のこの附帯事業ということになりますと、逓信病院というようなものもここの中へ入るわけであります。ところが一方において国立病院であるとか、療養所なんというのも同じお医者さんだと思うのであります。それで仕事も一緒だし、給料も国から一緒にもらう。ところが一方では国が経営する事業の附帯事業であるからこの適用を受ける。そうして同じような、月給も一緒にもらつておるが、仕事も同じだというような連中はこの二からはずされる、こういうことになるわけでありますが国の経営を分けるに当つて、どこでこういう線をお引きになつたか、この点をお伺いしたい。
○国務大臣(吉武惠市君) 企業という以上は、やはりその事業が収支成り立つものでなければ私は企業といえないと思うのであります。従いましてこの企業は、主として独立採算でやつて行けるものを企業といつておるのであります。
○菊川孝夫君 企業は収支成り立つということはおかしいのでありまして、例えば専売のごときは、収支成り立つどころじやなしに、どんどん儲けるように、あれは税金をむちやに高くして、三円か五円くらいの煙草を三十円くらいに売つて税金をとるのですから、これは収支成り立つようになることはわかつておるのであります。収支成り立つというのが企業だというのじやなしに、国の経営する企業の場合には、或る程度これは公共性というものを考えますから、たとえ欠損になつても、欠損の分だけは一般の租税で賄うという企業もあり得ると思いますが、特に国立病院というものは、そういう経営方針を考えておるのじやないか。即ち患者からは低廉なる医薬代、診療費を取つて、併しそれでは赤字が出るので、一般会計から補填をする、こういう行き方をしておるから、これは病院もやはり見方によつては企業というふうにいえると思うのですが、この点についてどうもはつきりしないのですが、もう一遍……。
○国務大臣(吉武惠市君) 勿論公共性のものでありまするから、欠損が行く場合もありましよう。営利を主としていないことは事実であります。併し企業と名のつく以上は、やはり収支償うことを原則としなければならん、私はかように存じます。病院を御指摘になりましたが、病院も企業としてやることもできるでありましよう。併し今日我々が国でやつておりまする病院は、企業としておるのでなくして、国の医療業務として、勿論一部実費は徴収はしておりまするけれども、企業としてやつていないのであります。
○菊川孝夫君 これはあとは議論になりますから、質問を続けて行きます。 次に今度第三条におきまして、改正するに当つて、今までは労働組合法の第六条は適用を公共企業体において受けることになつておつたのでありますが、これを今度第六条を除かれた理由について一つお伺いしたいと思います。というのは、労働組合法の第六条は、「労働組合の代表者又は労働組合の委任を受けた者は、労働組合又は組合員のために使用者又はその団体と労働協約の締結その他の事項に関して交渉する権限を有する。」これは今度除外して、今まではこれが適用除外になつておらなかつたのだが、今度は適用除外した。今までは法文によつてこれはやることができたのに、今度はこいつを除外しなければならんような改正がなされてないように私は思うのですが、なぜこれを改正されたか。
○説明員(石黒拓爾君) 細部の点でありますので、私から御説明申上げます。労働組合法の第六条は御承知のように、労働組合の代表者又は労働組合の委任を受けた者は、その労働組合又は組合員のために団体交渉をすることができる。即ち組合法の団体交渉における交渉権者は労働組合の代表者又は労働組合の委任を受けた者であるという交渉権限の規定でありますが、本法におきましては、公労法におきましては、第九条によりまして、「団体交渉は、もつばら、公共企業体を代表する交渉委員とその公共企業体の職員を代表する交渉委員とにより行う」とあり、又十一条におきまして、「交渉委員は、公共企業体の交渉委員と交渉するために、公共企業体の総ての職員を代表する排他的代表者である。」と規定しておりますので、従つて組合法第六条は公労法上働く余地のないものに従来ともなつておつたのであります。従来は解釈お組合法第六条は眠つておるものであるというふうになつておりましたので、今回その点を整理して明確にいたしたいという趣旨でございまして、実体におきましては従来と変りございません。
○菊川孝夫君 そうすると、この前のこの法制定の際には、これを適用除外を忘れておつたのだ、労働省の立法技術士間違いだつた、こういうふうに解釈してよろしうございますか。そういうものであつたのを今度は間違いを発見したので直すのだ。改正じやなしに誤謬であつた。そういうふうに解釈してよろしうございますか。
○説明員(石黒拓爾君) これはそういうことになるかと存じます。
○菊川孝夫君 そこで私はこれに関連して申上げるのでございますが、労働組合法の第六条というのは、これは世界各国の労働組合の団体交渉との釣合い、実は昨日も吉武大臣が世界の水準ということを基準法について申されたのでありますが、労働組合法でもそうだと思うのでありますが、労働組合はだんだん基礎も固まり成長するに従いまして、職業的指導者というと言葉は悪いかも知れませんけれども、職員組合主義、社員組合主義というものを余り固執せないようになつておるわけであります。御調査になつたら、アメリカでもイギリスでもそうだと思うのです。一般の労働組合だけは余り職員組合主義を強く規制はしない。ところが政府の機関だけは職員組合主義を非常に強く規制をしよう。これは資本家側から逆の立場に立つて尋ねるならば、政府だつてそういう外部の委任者あたりに交渉させてうるさければ、これは会社だつて同じことだ。鐘紡にしたつて、東洋紡にしたつて、昔からの伝統的ないわゆる社員気質というものがある。社員同志でやつてもらいたい。変な人に代表になつてやつてもらつては困る。こういう要求はあると思う。だからこれは、政府が余り自分のところだけ勝手のような法案ではないですか。世界の情勢からするならば、大体組合というものはそういうものだ。殊にアメリカあたりは顧問弁護士なんかたくさん使うようになつて、その連中に交渉を任して、それが平気で行われておる。それが又普通の状態だ。而も何らそれで弊害がないというときに、あえて国だけはこういうふうによそのものが入つては困る。ところが民間だけはよそのものが入つてもいいのだ。この分け方を何故こういうふうに分けるのかということについて、これは抽象的といいますか、余り技術的な問題じやないと思いますので、労働大臣から一つお答えを願いたい。今後どうやつて行こうかということにつ……。
○国務大臣(吉武惠市君) 先ほど申しましたように、公務員であるという本質においては変りはないのであります。でありまするから、私どもは一般の民間の労働組合と同じようには考えていない。だから公務員である以上は、それならば机の上で行政事務をやるのも、現業も同じじやないかと言えば言つてしまうことができるでありましよう。マツカーサー元帥のときの書簡の例にならえば、そういうことで現業も皆一律にやられたのでありますが、同じ公務員の中でも現業に従事するものは、その給与については、ただ国家が一方的に予算できめるということでなしに、話合いできめるというほうが妥当じやないだろうかということで、その面についての団体交渉を認めているのであります。でありますから、従つて職員の中から代表者たるものが出て、交渉すればいいのでありまして、よそから専門家を持つて来る必要はないのじやないか。むしろそうすることによつて中の混乱が生じ、公務員たるの本質を害することになりはしないか、私はかように存じます。従つて今回提案いたしましたこの法文の中におきましては、団体交渉の範囲についていろいろ先般来御意見もございますがその団体交渉の中に、公務員たる身分関係を除いているのもその理由であります。公務員たる点におきましては、私は一般の行政事務をやるものと否とを問わない。これが本質である。ただ待遇の決定については、現業のものについては話合いで行くほうがほかと比べて妥当じやないだろうか。又従前もそういうことによつて行われて来た歴史を持つているから、そうすべきじやなかろうか、かように存じております。
○菊川孝夫君 いや、私の申上げるのは、政府機関の公共企業体や或いは国の経営するところの企業においては、そういうものが入つて来ては却つてうまく行かないと、これは又一般にこういう思想を押詰めて行くならば、政府も都合が悪ければおれのほうの会社だつて変な代理者を持つて来られたんでは都合が悪いというので、これを締め出ししようとする、そうすると、外国の労働組合の行き方と極めてずれた行き方になつてしまうのではないか。これを押し詰めると、ここの団体交渉の対象とえらいまあ大した違いはないと思うのです。あんたはそれで、国だからしてそういう代表者を、委任した代理者を入れちや困るということになれば、一般企業のほうでは、そういう要求は当然社員同志でやりたい、よそから代理者が来たつて、却つて七面倒くさくなるばかりじやないか、そういうことが私は言えるのじやないかと思うのでありますが、併し、それを押し詰めて行けば、私はよその先進国の労働組合の例とはずれてしまう。だからしてこれは余り強く私は言うべきではないのではないか、国みずからは言うべきではないのではないか、而も労働組合法で以てそういうことを規制しようということは無理じやないか、この公共企業体労働関係法でも無理じやないか、こういうことを申上げておるのでありますが、この点について、私は大臣は答弁をそらしておられるように思いますが。
○国務大臣(吉武惠市君) 私は、民間については菊川さんの御意見であるべきだと思います。それは中の職員からだけだと限定すべきではなくて、自由であるべきで、委任した者が出て当然然るべきものであります。ただ公務員である本質から考えて、私は他から呼んで来てそれに団体交渉させるということは適当でない、これは公務員たる本質に基いての規定である、私はかように存じております。従つて、これを民間に押し出し拡げる意思は毛頭ございません。
○菊川孝夫君 その公務員の本質だから、代理者を頼んではいかんということは、どうも私ははつきり理論的に納得できないのでございますが、何で公務員が人を頼んではいかんのか。例えば公務員はほかの場合には弁護士を頼んでもやれるのでありますが、この団体交渉これはなぜ頼んだら本質にそぐわないのか、この点がどうもはつきりいたしませんので、もう一遍重ねて、どうして本質にそぐわないかという点を一つお答え願いたい。具体的に一つ……。
○国務大臣(吉武惠市君) それは、この前のマツカーサー元帥の声明の中にも引用しておりまするように、本来公務員というものは、国家全体に奉仕するものであり、その給与といえども国家の予算で賄われるのを本質とする。ただ併し現業についてそうきめるのは少し無理じやないかということで、職員の意見を徴し、話合いで行こう、こういうことでありまするから、基本的な観念が菊川さんと私は違つておる。こう思います。
○菊川孝夫君 そうじやないのでありまして、もうマツカーサーは、公務員はそうだけれども、鉄道とか、公共企業体には本当の意味の団体交渉権を与えるべきだと、こう言つているのですよ。マツカーサーは、もう公務員はそうだけれども、併しそれでは余り窮屈過ぎるからというので、今までの歴史等から考えて、それから企業の形態等も考えて、今後は一般現業にも与えよう、企業性のある現業官庁には与えよう、こういうことにいたしたわけであります。一歩前進したわけであります。前進したけれども、この点において、いわゆる代理者云々の点において、これはあとの第四条の三項にも該当して来るので、これは関連して私は申上げるのでありますが、職員でなければその公共企業体の組合員、又はその役員となることができない。これは、この排他というのは、一つは考えようによるということも言い得ると思うのでありますが、そういう職業的、職業的と言つては何だけれども、まあ職業的な組合運動者がやるということは世界の通例になつておる。ところが国の場合にはこれを許すということになつて来ると、このあおつたり、そそのかしたり、という条項があとで出て来るわけでありますが、企業の運営を阻害する、あおつたり、そそのかしたり、これは今の破防法の問題にすぐ発展して考えられるのだが、あおつたり、そそのかしたり、ただ演説しただけでもそれはあおつたり、そそのかしたりになる。それは実行として現われて来なくても、あおつた、そそのかしたということでこの処罰規定に該当して首を切られることになるかどうか。そういう連中は、今度は組合員であるということになれば、自由に、あおつた、そそのかしたという因縁をつけて首を切つて、そうして、今まあ少し元気のいい優秀な組合の指導者をどんどん組合から押出してしまう。そういう意図の下に、この関連を持つてこれは定められているのじやないかと私はどうも考えられるのでありますが、そういうやつぱり真意はそこにあるのじやないですか。実際問題として、本質は公務員の本質だとか何とか言つて、まあ美しい言葉でここで答弁しておられますけれども、実際の狙いはそこにあるのじやないですか。その点を一つはつきりお答え願いたいと思うのでありますが……。
○国務大臣(吉武惠市君) 何度お答えいたしましても同じでございますが、公務員である、或いは公社にいたしましても公務員に準じて取扱われておりますが、この公務員であるという本質を考えますれば、私はほかの公務員でない者が入つて来て、そうして委任を受けたからといつて勝手なことをやることは、私は公務員たる本質を害する虞れが多分にあると思うのであります。又現在国鉄にいたしましても、専売にいたしましても、そういう人を持つて来なければ団体交渉ができないとは考えられない。今回入れようといたしまするものについても同様であります。でありまするから、私は公務員というものは、全体に奉仕するものである。従つてその公務員の中から代理者が出て交渉するということが私は常識的でもあるし、至当であると、かように存じます。
○菊川孝夫君 まあ、私は、その団体交渉の能力あるなしという問題を論じているのではないのですけれども、これはそういうことになれば、民間の組合だつて、そんな余ほどもう小さい中小企業の組合ならばいざ知らず、そういう商売的な人たちを頼んで交渉してもらわなければならんということは、今のまあ一般的な組合で、そんな外部の代理者を頼まなければ団体交渉できないなんということはあり得ないと思うのでありますけれども、だんだん今後専門的な分野に亙つて来るだろうと思う。法律も複雑になりますし、そうなります場合には、どうしてもやはりまああの当時に、私はこの政令が出た当時に、ハロルドという弁護士で、GHQへ来ておつた人が常にそのことを、自分の職業柄であつたからかも知れませんけれども、アメリカでは皆そういうふうにやつておるのだ。日本でももう少し弁護士を使つて団体交渉筆に代理をするという癖をつけなければ、本当の法律を正しく解釈して行くという場合においてやりにくいからしてそうすべきであるという、彼は非常に組合側に、まあ彼の職業柄そういうまあ指導を与えたのかも知れませんけれども、このマツカーサー元帥の書簡の出た当時に、盛んにこれを強調して日本の組合員に指導しておつた。又それが大体世界のどこの労働組合でもそういうふうに向いつつある。特に代表的なイギリス、アメリカ等においては向いつつあるのだということを言つておりましたが、これは吉武さんといつまでやつておりましても、本質だというので、ただ意見の対立になりますから、もう少しこれは御勘考願わなければならん問題だということだけを申上げて、この次の質問に入ります。 次に、この第六条におきまして、「権利を受け、手続に参与することができない。」とあるのでありますが、この公共企業体労働関係法上の権利というのは、定義はないのでございますが、法律上に権利とは一体ここで明確に、どういうものが権利だということを一つ、大きな権利を一つ挙げてお示し願いたいと思うのですが、将来のためにこの権利を受けることができないというこの権利は、具体的に言えば何何の権利、何々の権利というやつを一つお示し願いたいと思います。
○説明員(石黒拓爾君) 御説明申上げます。ここにございます「この法律に定める権利」とは、交渉委員をみずから選出して、その交渉委員によつて団体交渉をする、又苦情処理共同調整会議において苦情の処理をしてもらう、或いは団体交渉がまとまらない場合における調停、仲裁等の手続を受ける、及び第三十六条の規定による仲裁委員会の命令、指示等の仲裁を受ける、こういつたものがすべて権利になつております。
○菊川孝夫君 そういたしますると、そういうことを受けるのは、一つのこれは権利として、この労働組合法で保障しているのは、それは一つの権利であると、こういうふうに解釈してよろしうございますね。それからその次に手続というのですが、「手続に参与する」ということも、やはりそういう仲裁の裁定を受けるといつたり、或いは交渉委員を選ぶということに参加したりすることは、そいつに加わるということをこの手続に参与するという意味で言われておるのですか。
○説明員(石黒拓爾君) 大体お説の通りでございます。なお権利というものは、只今申上げましたものに絶対厳密に限られるという趣旨のものではございません。
○菊川孝夫君 ほかに何かあるのでございますか。
○説明員(石黒拓爾君) 例えば専従職員になる権利というものがございます。
○菊川孝夫君 そうすると、専従職員になる、そういつたものは皆権利と解釈してよろしうございますね。与えられたことさえすれば権利であると解釈してよろしうございますね。
○説明員(石黒拓爾君) 許可された場合になることは権利でございます。
○菊川孝夫君 次に、この労働組合法の第五条第一項但書は、これは公労法にも当然適用されていると考えてよろしいかどうか、即ち個々の労働者の保護、こういう点については。これはなぜかというと、第六条に関係があると思うのですが、個々の労働者の保護というものについては、これは公労法においては当然適用されるものであると、こういうふうに解釈してよろしうございますね。
○説明員(石黒拓爾君) その通りでございます。
○菊川孝夫君 次に今度は、公労法の第四条の監督ということと、それから労働組合法の第二条の監督の意義とは、これは同様に解釈してよいかどうか、それから同じく管理というのは、これは経営上の管理だ、こういうふうに解釈してよいか、即ち、私は具体的に申しますと、盗難であるとか、火災等の監視に当るようなことは、これは管理ではないと、こういうふうに解釈して、管理という言葉は、これは明らかに保安管理だとか、保安と言いますか、蒸気の管理であるとか、そういうものを管理というのではなしに、経営上の管理であると、こういうふうに解釈してよろしうございますか。この点についてお伺いしたいと思います。
○説明員(石黒拓爾君) 大体お説の通りでございます。
○菊川孝夫君 そういたしますと、今度の公共企業体労働関係法の別表の中に、「庁舎又は構内の警備に従事する者でその職務の執行に関し本庁の職員の取締をする者」という、これははつきり言うと、守衛を非組合員の範囲に、管理監督というふうにつけて、わざとあんたのほうはやろうとしておられるのだと思うのですが、経営上の管理ということになると、監督という点につきましても、これは守衛はただ単に盗難、火災或いは庁舎の立入等の取締ができるだけだと思いますが、この本庁でも、鉄道局でも、そういう前表にはなつておるわけですが、これは一体どういうふうに解釈してよいですか。それとの関連を……。
○説明員(石黒拓爾君) 別表にございますように、本庁の職員の取締をすることでございまして、これは経営の管理にも当るし、監督の管理にも当ると思います。
○菊川孝夫君 その点がちよつとわからんのですけれども、本庁の守衛のごときを、ここの第四条の管理に加えるということは、実情にそぐわないように思うのですが、この点についてはどうですか。
○説明員(石黒拓爾君) この別表にございますように、警備に従事するもので、その職務の執行に関し、本庁の職員の取締をすることというもので、具体的に或る程度経営上の管理もいたしますけれども、それよりもより強く、監督の地位にあるものというふうに該当するのではないかと思います。
○菊川孝夫君 逐次一通りやらしてもらいますから、次に公労法の第九条の、「もつぱら、公共企業体を代表する交渉委員とその公共企業体の職員を代表する交渉委員とにより行う。」この「もつぱら」ということは、先ほど実は何回も吉武さんにくどく御質問申上げた、この「もつぱら」という意味は、これは代理者を排除すると、こういう意味であんたは先ほど御説明になりましたけれども、これはそういう意味でございますか、「もつぱら」というのは。
○説明員(石黒拓爾君) その通りでございまして、交渉委員以外のものは団体交渉は行えないということでございます。
○菊川孝夫君 次に、それではこれと関連いたしまして、今度の新らしく提案されました地方公営企業労働関係法案には、交渉単位制というものを今度は規定をしておられないのでありますけれども、この交渉単位制につきましては、過去三カ年間の運用の経験に鑑みまして、まあ複雑であるし、解釈も極めてしにくい問題であつて、余り実際的な私は効果はなかつたと思うのでありますが、これを設ける本当の狙いというものは、一番どこを狙つて交渉単位や、交渉委員というものが、こういうふうにやかましくきめたかというのは、私はあの当時の情勢から考えまして、先ほどちつよつと触れましたように、共産党の組合指導というものは極めて濃厚なものがあつた。だからして、例えば国鉄に例をとつて申しますと、駅長あたりへ内閣打倒、十五日まで回答をよこせという要求書を出して、盛んにデモをふつかけた、こういう事態の中において設けられたので、一つは成るべくそういうことをやらせん、或いは団体交渉をやりますと、傍聴者を入れろというような、今吉武さんの言つた吊し上げ戦術というものをとつた。こういうものを排除しようというので、考えられたのが交渉単位、アメリカにもこういうものがあるからというので、あの当時GHQから一つの示唆を与えられて、そうして日本として実情に合うようにしようと考えられたらしいのでありますけれども、実際には、私は余りあつてもなくてもいいものではないか、特にあると、そういうものをきめなければならんので、複雑化するのみではないか、そういう点から、今回地方公営企業労働関係法ではそれを取入れようとせられなかつたのではないかと思うのです、二つとも。一つは複雑である、一つはそういう情勢ではない、こういう理由からやめられたのではないか、これを取入れなかつたのではないか、私はかように考えるのですが、公共企業体労働関係法では、この点について一つ再検討してみる必要が私はあると思うのですが、これについては検討されたか、まだかどうかということと、今までこれを三カ年間の実績に徴して、果してこれが非常に有効であつたかどうか、有効であつたとするならば、具体的に、こういう場合に非常にあつてよかつたという例があつたら一つお知らせ願いたいと思います。今後ともこれを推し進めて行くつもりであるかどうかということと、更にお伺いしたいのは、日本の労働組合の団体交渉のあり方というものを将来一つのモデル・ケース、これがうまく行つて、両方とも、労使ともに非常にいいものであつたならば、ほかの組合の団体交渉の場合もこれを敷衍し、適用しようという考えを持つておるものであるかどうか、この点についてお伺いしたいと思います。
○国務大臣(吉武惠市君) 交渉単位制をきめましたゆえんは、御承知のように、労働組合というものは自由にできるのでありますが、その際の交渉単位がたくさんございますというと、実際複雑になつて困る場合が多いのでございます。併し組合のほうがたくさん分れてやれば止むを得んと言えるのでありますが、それで現在のところ国鉄にいたしましても、専売にいたしましても、この法案をきめるときは組合は一つでございまして、若しこれが単位が幾らでもよろしいということになると、組合が分れて行く可能性が出て来る。私どもは組合が分裂することは、組合のために決して喜ぶべき現象ではない。従つて交渉単位というものはできれば一つで交渉ができれば望ましいんじやないかということでこの単位制をとつたのであります。その後国鉄は機関労組ができまして二つになつたので、この問題が表に出て参りまして、どうするかということになつたのでありますが、私はこの間のまあ分裂の際にも、両組合当事者と相談をいたしまして若し二つということであれば二つにしてもよろしい。併し二つにするというと、又三つできる、四つできるということになつて組合が分裂すれば、結局お互い同志が損することになるから、この点はできるならば話合いをつけて、一つで交渉する方法はないかと、こういうことで、まあ話がきまつたわけじやございませんが、私は一定の指示をいたしまして、交渉単位は一つにする、従つてその一つの交渉単位に出て来る委員は両組合からそれぞれ職能別に出て来るということでまあ話が一応落着いて、私は話が落着けばそういう方法をとることがいいのじやないか、交渉単位がたくさん出て来ますると、その間を調整するのに非常に私は骨も折れ金もかかる、そこにいろいろな干渉や行きがかりがあつて来るというと、非常に収拾つかないようなことにもなつて来るわけでありまして、一つの企業にありまする労組は、これが二つになり三つになることはまあ止むを得ない、自由であることでありますから止むを得ないが、交渉はできれば一つでやつて行きたいと、かような考えは今も変つておりません。
○菊川孝夫君 吉武さんは、組合の分裂にまで発展して御答弁になりましたけれども、そうするならばむしろ労働組合法の第七条の一号の但書を排除すると……、これは一号但書、これを適用除外しておりまするからして、これは都合によつたらクローズド・シヨツプ制、ユニオン・シヨツプ制をやつてもいいという条項で、これだけを排除している。そして又一方においては組合は作つてもいい、作らなくてもいいという過去の現わし方ですが、これに入つてもよろしい、入らなくてもよろしいという作り方で、如何にも当時は、これを私は繰返して言うのでありますが、マツカーサー元帥のあの書簡が出た当時におきましては、こういうように共産党にぐつと握られてしまつた当時には、まあ成るべくいやな奴は出させるようにそれをし、これを暗にそそのかせるようにこういう表現をしたのであります。はつきりと言うとそうだと思う。第七条は全面的に除外していると思つておつたのだが、今度これを除外しよう……、ところが吉武さんは、まあ組合は二つあつてもしようがない、交渉単位は一つだという規定のつけようをしておりますが、それならばこれは理論的に一貫しないんじやないかと思います。たくさんあつてもそれは仕方がないというのであつたならば、これは交渉単位もたくさんあつても仕方がないので、交渉単位というものを設けないでおいて、その組合の力に応じて交渉させる、この法律によつて交渉させるというふうにすればいいんだが、組合をこしらえたり、それに入つても入らなくてもと自由にそそのかしておいて、一方交渉単位だけは一つにしておいて一方にやらせると言つたつて、これは理論的に一貫しないんじやないかと思いますが、一日分裂したら、或いは入らないということになつたら、長くこれは感情的なものまでも阻害し、利害関係なども非常に錯綜しておりまして、これが一方これを交渉単位だけでやろうといつてもなかなかまとまるものじやないと私は思います。その点からすると、どうも労働省の考え方は終始一貫していないと思うのでありますが、むしろそうするならば、第七条の但書も、むしろ排除するよりも、これはそのまま生かしておいてもいいのじやないか、こういうふうにも考えるのでありますが、この点について一つ、どうも一貫しないように思うのですが、もう一遍御答弁願いたいと思います。
○国務大臣(吉武惠市君) 成るほど、その点だけを御覧になりますると違いがあるように見えますが、私は菊川さんが言われるように、本質的なものは自由であると思う。自由である。ただ自由であるから全部ほつたらかしにして任すか、それともまあ話合いをしてつくならば交渉単位で認めて行くことはできないかと、こういうだけの問題であります。でありまするから、私は交渉単位制を設けたからといつて、交渉単位を無理をして押しつけようとまでは考えていない。ですから先般の機関労組と一般国鉄労組との間でも、ただ独断的に両方の意見を無視して私はやつておりません。両方の意見を十分聞いて、こうやつたら最もいいであろうという私は客観的な認識を得ましたから、ああいうふうな処置を講じたわけであります。でありまするから、若し両方の組合が、おれたちは独自の組合だからどうしても別にやる、そうして両方話が違うということになれば、交渉単位制を設けて、おりましても、両方に交渉させることもできんことはない。併し若しまとまれば一本で交渉させるという努力を払うことは、私は決して悪いことじやないと、かように存じております。
○菊川孝夫君 そういたしますると、その組合の組織の問題にまで、どうしてもその交渉単位というものを一つの理由にして、組織の問題にまで労働大臣の或る程度の指導というものは、まあ干渉という言葉は使いたくないので、指導というものがこれは入り得る余地があると思う。それが交渉単位制ということがなかつたならば、私はその余地がないのじやないかと思う。分裂をどうしても避けさしたいというふうな考え方ならば、むしろ第七条の但書を一つ、一般の労働組合ではこれはやれることになつておる。だからその面においてはこれも公務員の本質と合致しないと、一般の労働組合であつたらこの第七条但書が生きて、それは本質的にはちつとも背馳しないけれども、公務員といいますか、公共企業体関係の職員であつたならばこいつはどうも面白くないという理由は、私は成立たんと思うのでありますが、これもやはりその公務員たる本質から、そういうふうに第七条の但書というものはどうしてもいかんことなのですか。一般の組合だつたらそれはいいけれども、法律でこういうことも認めてもいいけれども、公務員である限りはやはり駄目だ、そういうことはどうも理解しにくいのでありますが、なぜそういうふうにせられるのですか。その点を一つお聞かせ願いたい。
○国務大臣(吉武惠市君) 私は、決して組合の分裂をさせることが好ましくないから交渉単位制を持つんだとは存じておりません。それは先ほど申しましたように、できるだけ団体交渉はたくさんの複雑の交渉でやるよりも、一本にまとめて交渉するほうがお互いにいいであろうということから、交渉単位制を設けておる。で、民間にはどうしてやらないかというと、これは民間はすべて自由であるべきものでありますから、仮に好ましくなくてもこれはお委せをせざるを得ないのであります。その点は公務員たる性質かといえばそうかも知れません。私は、少くとも今日の国鉄、専売、或いは今回提案をいたしました全逓その他のものにつきましても私はそうあるべきだ、同じこの役所の中の労働組合がたくさんの交渉単位を持つて、そうして話がまとまらんというふうなことよりも、できれば一本にまとめて交渉させる。一本がむずかしければ、二本にして交渉させるという努力を私は政府が拂うことは決して悪いことじやないと、私はかように考えております。
○菊川孝夫君 この点につきましては労働法制審議会ですか、あすこでもまあ時期尚早だから、こんな七面倒臭いものを作つては現状に合わないという結論が、これは満場一致で出されたように私は承わつておるのですが、あの会議録を調べてみますと、そういうふうな結論のように思えますが、これなんかはあのほかの問題で意見の一致しなかつた点も相当政府は肚を据えて出しておられるのでありますが、こういうふうにまあ時期尚早だという一応の結論の出たものをなぜそのまま残そうとせられるのか、この点についてちよつと先ほどの労働法制審議会の意見を成るほど尊重しようとしてお聞きになつて、たまたま意見の一致したものぐらいはこの際改正の中にお入れになつたほうが私はいいんじやないか、そういうふうに考えるのですが、これを取入れなかつた理由を、これを廃止するのは時期尚早とお考えになつて取入れなかつたか、この点について一つ……。
○国務大臣(吉武惠市君) 労働法制審議会では、公労法については、この単位制はこのまま残したほうがいいであろうという御意見であつたろうと思います。民間についてまでこれをやろうという意見についてはまだ時期尚早であろう、こういうことであります。
○菊川孝夫君 いや、私の承知しておるのでは、この労働法制審議会ではすベてこういうものは複雑過ぎるし、余り効果はないからやめようというふうに、時期尚早という意見のようにあの何は読んだんですけれども、この点は又あとで調べましてもう一遍お尋ねすることにいたします。 次に組合法の第十四条はこれは引続き公共企業体労働関係法にも適用されることになつておるのでありますけれども、この労働協約の調印について、使用者と組合のこれは連名調印でありますが、この点は交渉単位別であつても交渉は交渉委員でやるし、それから調印は十四条による組合名の調印でやるんだと、こういうふうに解してよろしうございますか。この点について、国鉄なんかも大分複雑な労働大臣や労政局長の通牒が出たようでありますけれども、この点は明快に今日は一つお答え願いたいと思います。
○説明員(石黒拓爾君) 労働協約は労働組合の執行委員長が調印するものでございますが、協定は必ずしも労働組合でなければ結べないものではございませんで、従いまして権限があれば、組合の執行委員長が協約を締結しようと、或いは交渉委員会の代表者が協約を締結しようとどちらでもいいと思います。
○菊川孝夫君 そうすると、労働協約の場合は必ずこれは組合の代表者と、こういうふうに解してよろしうございますね。
○説明員(石黒拓爾君) 組合法十四条からその通りでございます。
○菊川孝夫君 そうしますと、労働大臣は本年度の単位について裁定をして、そして労政局長が通牒で、最初の交渉委員会は金員の同意を要する、こういうふうに解釈したけれども、これは本人の都合で交渉委員会へ出席できなかつた者は当然これは私はまあ権利放棄してもいいと思うのですが、なぜ全員に同意が必要か、而もこれは非常識で、これなんかはどうも今回の改正に言つている交渉単位の問題から言つて、こういう問題にぶつかるからやめたらよかろうと申上げるのでありますが、全員この団体交渉に、交渉委員に出ろと言つたつて、二つとも意見が違つておるのです。だから今度は代表単位でやろうということになりますと、交渉委員の代表を選ぶということになつて、多数決でやつてはいかんということで、すつたもんだして七十日ぐらい団体交渉もやらずに行つてしまつたということを聞いておるのでありますが、一体こういうことがあるから、この交渉単位というものはかえつて面倒臭くなるというふうに私は思うのでありますが、この点もよく御説明願いたいと思うのですが、これはまあ非常識極まるこの間の処置であつた。これは明らかに労働省が行政権を使う場合には非常に結構だと思いますけれども、先ほど冒頭にお聞きしました一つの労働組合を二本のレールの上に乗せて行こうという際においては、これは誠にどうも邪魔になると、こういうふうに思うのですが、この点と、先ほどの交渉単位との関連がございますので、一つ労働大臣お答えを願いたいと思いますが、なぜこんな馬鹿なことを言われたか……。
○国務大臣(吉武惠市君) 御承知のように交渉単位制をなぜ置かなきやならんか、こういうことは先ほど来申上げましたように、一つの労働組合であるならばもうその必要はないので、当然その代表者が団体交渉をします。ところが二つ以上の場合に二つ以上のばらばらの団体交渉が行われてうまく調整ができればいいのですが、同じ従業員の中で、ばらばらのものが話がつかないということで、複雑になつたのでは好ましくないから、できれば交渉単位というものを整理しようということで交渉単位制というものが設けられた。そこで先ほど申上げました、ごとく、今回の国鉄の問題は、国鉄には、初めは一つでございましたが、国鉄労働組合の外に機関労組というものができて二つになり、一つは大規模の多数を擁し、片方は僅かな少数であります。その両方から、代表者が出て、そして団体交渉委員というものができた場合に、全員でなくていいということになると、一部のものが出席しなかつたようなときにでもそれで以て団体交渉ができたんだと、こう言つてやられたのでは、片方のほうの従業員を代表する意思というものが尊重されない。そこで一つにする以上は、交渉委員というものが全員、これは全員が出席ができなければ委任を以て行つたつて構わないんじやないかと思います。全員の意思表示というものを見てきめるということでなければならん。こういうことで、私は決して無理な趣旨ではなかつたと思つております。
○菊川孝夫君 いや、それで具体的にこの二つの組合ができている、国鉄のように……。それだからしてそこから、両方から交渉委員を出して、単位は一本でやれ、こうまあ指示した。それで第一回のときは両方から交渉委員を選んで、それが全員出て来て、最初のときには全員揃つて、而もそれが同意をしなきやあならんと、こう言つたのでありますが、大体二つに分れている以上は、簡単に揃つて金員が交渉してまとまるならば……これはストライキとか何とか、そういう権利が今の法律上制約されておりますから、これがある場合は別でございますけれども、今法律上はないことになつております。禁止されておりまするから、この団体交渉というのは准一つ、一番大事な組合としての組合活動の分野だと思うのであります。その際に、これで意見が一致するくらいであつて、そう簡単に全員が意見が一致するくらいであつたならば、何も分裂して組合を二つ作つておる必要はないのであつて、ところが労働省では、最初の交渉委員会には全員が同意するようにせよと言つておるのでありまするけれども、これはなかなか同意得られつこはない、ということは常識的に考えてもおわかりだろうと思う。それを第一回のときには全員出て同意をせよ、而も代表者になつて来ると、その交渉委員の代表者を選ぶ場合になつて来ると、これはもう数において多数決によつてきめるということができないということならば、どうしたつて満場一致でやらなければならんというので、七十日くらいすつた揉んだの末、漸く最近においてできるようになつたということを聞いておるのでありますが、こういう馬鹿なことを法律できめておくからこういうふうに問題が生じて来るだろうと思うのでありますが、従つて少くともこの交渉単位という問題は、一応再検討の余地が十分あるのじやないかと思うのでありますが、労働省としては、結論的にいつて、最後に開きますけれども、この交渉単位は非常によかつたので残しておこう、こういうつもりで今回の改正には取入れられなかつたか、この点を結論を一つ御答弁願いたいと思います。
○国務大臣(吉武惠市君) 多少の面倒臭さはあると思います。面倒臭さはありますが、それならば自由に交渉単位をきめて、自由にやらした非常に簡単に行くかというと、私はそうも行かん、交渉単位をたくさん設けてやれば、当局との間にいろいろな意見の食い違いができて、当局はやはりそれを調整する面倒臭さというものは残るのであります。でありまするから、私はまあそれは労働組合が二つできたつて、いわば意見が分れてできたのでありましようけれども、同じ日本人で、同じ職場におつて、そう喧嘩をしなきやあならんということは私は思わないので、何とか話をすれば話がつくんじやないか、この間の夏期手当の〇・五でも、菊川さんはそうおつしやるけれども、やはり今のようなやり方で話がついておるのでありますから、多少面倒臭さはあるかと思いますけれども、まあそこはお互いに譲り合つて行くということがこれはいいことじやないかと、かように存じております。
○委員長(中村正雄君) ちよつと速記をとめて下さいませんか。 〔速記中止〕
○委員長(中村正雄君) 速記を始めて。 午前中はこの程度で終りまして、午後一時三十分まで休憩いたします。 午後零時九分休憩 —————・————— 午後二時三十九分開会
○委員長(中村正雄君) 只今より開会いたします。労働関係調整法等の一部を改正する法律案を議題といたします。先ず菊川君の発言を許します。
○菊川孝夫君 それでは現行法の二十四条と三十四条における関係当事者という言葉がいつも出ておりますが、この関係当事者とは公共企業体にあつては国鉄、専売の総裁並びに組合の代表者、それからその他の今度は新らしい現業が加わつて来ると、この関係当事者は組合とそれから大蔵大臣、これは造幣、印刷等については大蔵大臣、林野については農林大臣、これが関係当事者ということに解してよろしうございますか。この点について……。
○政府委員(賀来才二郎君) 公共企業体にありましては、公社と組合ということになつております。
○菊川孝夫君 それから政府の営む企業についてはどうなりますか。
○政府委員(賀来才二郎君) 関係の行政機関でありますが、その長の大蔵大臣ということであります。
○菊川孝夫君 大蔵大臣、郵政大臣は関係当事者、そうしますと新らしく二十四条、三十四条におきまして調停を行う場合に、主務大臣が今度は申請した場合には、調停、仲裁にすぐかかることになりますか。二十四条の五号と、それから三十四条の五号におきまして、主務大臣の申請によつて仲裁並びに調停にかかるということになりますと、従つて先ほどの農林大臣なり大蔵大臣といつたような大臣が、附則にも書いてありますように、主務大臣でもあると同時に関係当事者であるということになるわけです。従つてこれはどうですか。調停や仲裁には、飽くまでもこれを申請する場合には、双方その時期の選び方等において非常にデリケートなものがあると思うので、対等の立場において申請というものは取扱わなければならん。従つて主務大臣という条項は、或いは労働大臣とするか、さもなければ総理大臣が申請するということにしなければ釣合いがとれて来んことになるのじやないか。主務大臣である立場と当事者である立場と使い分ければいいということになりますが、これはなかなか困難になり、いよいよ調停をいつ申請するかというようなときに、組合側のほうは当事者としてのみしかやれないのでありますが、この主務大臣という資格においてやり得るということと、関係当事者と二つの調停申請の権利がある。先ほど御説明になつた権利があるということになると、ちよつと当事者側のほうが有利ということになるから、これはむしろ主務大臣とせずに労働大臣、総理大臣にすることが、公正な労使関係において、そうして正しい判定を下させるという意味においてそういうふうにすべきじやないかと、私はかように考えますが、労政局長に一つお伺いしたい。
○政府委員(賀来才二郎君) 御指摘のように、主務大臣であると同時に当事者になるということでございますが、御懸念のようなことはないし、且つ又当然その機関の責任者たる人が対等の立場で相手方になるほうが適当だと考えておる次第であります。
○菊川孝夫君 御懸念になるようなことはないという説明をいつも受けるのだが、これは最後に、労働大臣が来てから十六条、十七条について私はもつとお聞きしたいと思うのですが、あなたはいつも御懸念になるようなことはないというので、「公共企業体労働関係法の紹介」という賀来さんの著書を見ましても、これによりますと懸念がないはずなんです。労政局長として、十六条についてあんな争いになるようなはずはないと僕は思うのですが、それがやはり争いになつて遂に未だに未解決のままに残されておる。この問題についても、当然懸念がないと言つてしまえばそれまでですが、実際にそういう二つの権利を使い得る。一方は当事者であるだけの権利より使えない。こういうことになると不均衡だということが言い得るのではないか。それでここは労働大臣とするか、総理大臣の申請ということにしてなぜ都合が悪いのですか。又そういうふうにするのが私は正しい行き方じやないかと思うのですが、如可ですか。
○政府委員(賀来才二郎君) 当事者といたしましての大臣は、対等の立場でおのおのその権利を使えますが、主務大臣という場合には、主務大臣としての責任の立場においてやはり考えるわけでありますから、我々は主務大臣が取扱うほうが責任上然るべきものであると、かように考える次第であります。
○菊川孝夫君 これは具体的な問題になつて来たときに、団体交渉の当事者になるのでありまするから、最後にこの団体交渉は決裂するかどうかというふうな判定を下す管理者側の立場から、これは団体交渉ではとてもまとまらないのであるから調停を申請しよう、調停まで持つて行くより仕方がなかろうという判定を下すのは、やはり当事者の最高責任者の大臣である、この人は特別な調停申請権を持つておるということになると、これは当事者であると同時に、主務大臣というのはこれは二重に保護されるというか、この法律によつてその権限が与えられているように考えられますので、これは幾らいつても議論になりますけれども、この点については見解を異にしているということを申し上げて、大臣がお見えになりましたら、もう一遍重ねてこれを聞きたいと思うのですが、なぜ労働大臣がやつては工合が悪いか、それから又総理大臣とするほうが公正に行くのじやないかというふうに考えるのですが、その点意見になりますから、次に入ることにいたします。 十九条の苦情処理共同調整会議に、今までは公共企業体の代表者二名職員の代表者二名ということになつておりますが、今度は各同数というふうに改正をされようとしているのですが、一体今までの二名では都合が悪かつたのだが、同数というのはどのくらいな数に限定されようとするのか、又政令ででもきめようというのか、それはおのおのの企業の間においてきめればいいものであるか、どうしようとしておるのですか。この点について御説明願いたい。
○政府委員(賀来才二郎君) 従来は国鉄と専売公社という二つのものでありまして、そこで二名二名という方針で来たのでありますが、今度は適用の範囲も広くなりますし、複雑にもなるわけであります。同時に現在まで実施した経験から申しますと、特に二名に限定するということにつきましては、やはり実情に副わない点があるわけであります。下部のほうの機関においても、やはり団体的に苦情処理機関が運用されておるという状況でありますので、これは法律できめるよりも団体交渉できめられたほうが適当だろう、かように考えまして二名ということを改正をいたした次第であります。
○菊川孝夫君 それなら同数ということは団体交渉によつてきめればいい、こういうわけですか。
○政府委員(賀来才二郎君) その通りでございます。
○菊川孝夫君 次に調停委員の選出についてでありますが、今までのは専売と国鉄にそれぞれ別の調停委員会を持つことになつておましたが、今度は調停委員会はまとめて公共企業体等の中央調停委員会、地方調停委員会、そうして委員が九名ということに改正されたのでありますが、さてその推薦の方法でありまするけれども、二十一条の三項で以てそれぞれ推薦の方法が規定されてあるのでありますが、この際に「公共企業体等を代表する委員は、公共企業体等を代表する交渉委員の推薦に基いて、」その推薦のやり方でございますが、三省ずつ推薦できることになつておるのだが、組合側としましては、これだけの相当数の、多い組合が寄つて三省を推薦しなければならんことになるのでありますけれども、それらの意見の一致、調整等についてはどのようにして処理をされるか、調整困難な場合等もあると思うのでありますが、午前中にお尋ねいたしましたように、最初のやつは全会一致でなければならないというような賀来さんは御通牒を出すようなつもりでございますか、この点の調整は非常にむつかしくなつて来ると思うのでありますが、どういうようにされる御予定でございますか。
○政府委員(賀来才二郎君) この点は従来の選出の方法、即ち名簿を交換しまして、お互いに選任をし合つて、そうしてでき上つた労使が公益委員を選任するということにつきましては、これは一つの新らしい方法でありますと共に、一つの方法といたしましては、非常に妙味のある制度であつたわけであります。ところがその推薦に際しましても、過去三カ年間の経験によりますると、国鉄と専売公社、或いは国鉄の組合と専売公社の組合、この四者が関係をして来るわけでありまして、この意見の一致もむつかしいというふうな状況を経験したことがあるのであります。まして今度はこれだけの組合の種類が加わつて参りまするし、公社も加わつて参るわけでありまして、これが従来のような制度で参りますると、非常に複雑なものになりまして、適当な委員の選出が困難になる虞れもあるわけであります。従いまして、かような範囲を拡げますのを機会にいたしまして、選出方法を現在の労働委員会の委員の選出方法と同じものに切替えたい、かように考えたのであります。中労委、地労委共に現在ではすでに一定の慣行を確立をいたしまして、労働側にありましては、あれだけの多数の組合でありまするが、委員の推薦をするための協議会を作つておりまして、労働組合は労働組合の間で自主的に規定の委員を選出をいたしておるのであります。使用者団体は又そのような使用者団体の相互の協議によりまして、適当に委員の選出がなされておるのでありまして、中労委、地労委の労使の委員の選出に関しましては、現在のところ問題が起つていないのであります。さような経験からいたしまして、今度の場合はこの方法に改めて行くほうが至当であろう、かように考えたのでありましてただ、今菊川委員のお話のように、全会一致でなければならんということを考えておるのではございません。中労委の委員の選出の慣行に従いまして処置をして頂く、かように考えておる次第でございます。
○菊川孝夫君 一応理窟は成立つようでありますが、中労委のやつは「交渉委員の推薦に基いて」ということはないのであります。これとはちよつとやり方は違つておりますので、「交渉委員の推薦」という意味は満場一致の推薦か、全部これは推薦しなければならんのか、あなたのほうから随分無理なことを出されるから言うのですが、先ほど午前中にお尋ねいたしましたように、最初の交渉委員会には全部出て来い、そうして繩付けてでも出て来て、満場一致にならなければ交渉に入れない、そういうふうにせない限りにおいては団体交渉には入れんのだというような通牒を出したり、そういう指導をされるから、ここで私は申上げるのですが、公共企業体等の交渉委員は全部出て来い、そうして満場一致推薦ということになるのでありますから、多数決で代表者をきめるつたつて、各企業の交渉委員というのは皆違います。数も違います。だからして、ここでは何名、何票使えるというようなことま将来の慣行としてその中において勝手にきめていい。その交渉委員だけできめていいということになりますと、これは別であります。多数決によつて投票するとか、何票とつたものはいいというようにやつて行けば、これは別だと思いますが、併しここでは交渉委員の推薦だから、俺はいやだ、そんなものはいやだということになつた場合には、その異議申立は成立つのですか、この点はどういうふうに今度調整して行かんとするのですか。この「推薦に基く」という意味は、一体その中の大多数が推薦した場合を言われるのであるか、それとも誰でもそれでは俺のほうはいやだということを言つた場合に、これは異議が成立するものであるかどうか、そういう点について、これはもうあなたのほうであんなむつかしいことを言うから申上げるのでありますから。
○説明員(石黒拓爾君) 御説明申上げます。交渉委員が団体交渉を行います場合には、言うまでもなく団体交渉は一つの統一した意思に基かなければならない。交渉委員が全員で一つの統一した意思を持たなければならん。ところが、法律によつて排他的にもつぱらすべての労働者を代表するということになつておりますので、平等の権限を持つ交渉委員、これは全員の一致によつて統一意思を求めなければならないということになるわけでございますが、こちらの委員の候補者の推薦につきましては、そのような統一意思ということが必ずしも必要ではなくて、労働委員会の場合にも各組合員がばらばらで推薦しても、或いは各組合が寄り集まつて連絡協議会を作りまして、そこから定数だけ推薦しても、どちらでもいいようになつておりますから、調停委員会の場合も勿論十分相談なすつて三名ぴたり推薦なさるのが最もよろしうございましようけれども、まとまらないときにはそういうふうにする必要はない、この場合には全員一致とか、多数決という問題は起らないと考えております。
○菊川孝夫君 それで私が申上げるのは、一つの組合がこの調停委員に対してはほかの組合は大体一致した、例えば国鉄だけが、或いは全逓だけがあんな調停委員ではまつぴら御免だというような拒否的な態度に出たときに、果して二十一条をどう解釈して処置するか、こういうことを申上げておるのであります。
○説明員(石黒拓爾君) 例えば国鉄からABCという候補者を推薦し、それ以外の組合がE、F、Gというものを推薦するという場合には、総理大臣からA、B、C、E、F、Gの六人の中から最も適任と認める者を任命する、こういうことになるのであります。
○菊川孝夫君 そういたしますと、「推薦に基いて」という意味は、ただそういつた空気を察知して内閣総理大臣が任命するのであるというのであつて、この「推薦に基いて」というのは必ずしも絶対的条件ではない、こういうふうに解釈していいですか。
○説明員(石黒拓爾君) 「推薦に基いて」ということは絶対的条件でございまして、推薦のない今の例で申上げますとA、B、C及びE、F、G以外のX、Y、Zを任命するということは絶対に不可能でございますが、併し交渉委員の推薦のあつたA、B、C及びE、F、Gならばいずれでも任命で守るという趣旨で、組合法上かように解釈いたしております。
○菊川孝夫君 そういたしますると、私は極端な例を申上げたけれども、極端なことも起り得るのですから、例えば参加する今度の組合員の交渉委員全部それぞれ皆まちまちの、まちまちとは言わんが、それぞれ思い思いの推薦候補者を主張して、そうして推薦が仮に三名ずつ別の人が推薦されたというような場合には、一体その基準はどういうふうに……。これはもうそうすると総理大臣の自由裁量その中から選ぶ、そういうことになるわけでございますか。極端にはそうならないとしても、多少のそういう現われが出て来ないとも限らんと思います。
○政府委員(賀来才二郎君) この選任に当りましては、我、は実際の運営に際しましては、先ほども申しましたように、中労委の場合と同じように、組合は組合側においてお互いに協議して出すような方法を実施して行きたいと、かように考えますので、御仮定のような事情は現在の組合の事情から申しますと、出ないだろうと考えております。併しながら、組合の事情のことでありますから、場合によりましては、おたとえになりましたような状況が出るかも知れません。その場合に、これを推薦に基きまして選任をいたしまするときには、やはりその趣旨はこの調停委員会が円滑に運営ができるように、成るべく適任者であり且つ又おのおのこれに参加いたしまする組合の事情のわかつた人を出すように考慮をして選抜されるものと考えております。
○菊川孝夫君 これは過去において地方労働委員会の推薦の場合において我我もその推薦協議会に参加いたしまして、相当意見が対立しまして、或る組合から絶対にこれはもう拒否するというような強い意思表示もされたような場合があつたのだが、これはまあ組合としてでありまして、この法律のように交渉委員の推薦に基いてというような法律の表わし方ではございませんで、幅がありますから、今の賀来さんの言うような措置もできると思うのですが、交渉委員の推薦に基いてという以上は明らかに交渉委員が全部推薦状に署名捺印して、私は今後正式に推薦されるべきものであらうと考えます。従いまして、そのうちでこの推薦方法については今の現行法のほうがむしろまだ私はやりよいように思うのでありますが、併しこの推薦については将来問題が起り得るということだけははつきりしているのでありまして、そうなつて来ると、労働省の又権限で以て処理しようというふうな今の石黒さんの御説明でありまするが、そこに相当問題が起きるからして、この点については再考を要する。どうせ表わすのであつたならば、むしろ労働組合法のような表わし方をしたほうがいいのじやないか、こんなにはつきりと交渉委員の推薦に基いてというふうに出してしまうことは私はどうかと思うのですが、これはまあ意見になりますから、将来審議の際に申上げるとして、労働大臣がお出でになりましたので、労働大臣にお尋ねしたい点を一つ重点的にお伺いをしたい思います。 今度の公共企業体労働関係法改正案を立案されるに当つて私は一番政府として力を注いで御検討を願わなければならんのは、この第十六条であると思うのであります。と申しますのは、この公共企業体労働関係法の制定当時にも、私も多少その何と言いますか、意見を求められたというような経過もありますし、又私も多少知つておりますので、いろいろな方面から示唆も与えられたのでありますが、そのうちで一つ仲裁という考え方につきまして、仲裁の裁定というものは、丁度スポーツ競技における審判官の、アンパイヤの役目を務める。こういうふうに解釈すれば一番いいのだ。一旦その審判が下つた以上、そのゲームに携つているものは一切文句を言わずにこれに服従する。こういう慣行が打立てられることによつて産業平和というものは維持されるのだ。まあこういう一つ考えを持つてこの仲裁委員会には臨むべきである。例えば不利な裁定が出されようとも、或いは実施に当つて多少困難の伴う裁定が出されようとも、とにかく万難を排してこれを実施するように努めるのが、実施するのが、これが仲裁裁定の意義がそこにあるのだ。又組合側にとつても不利な裁定が下されても一つこれに服従する、こういう慣行をどうしても打ち立てて行かなければならん。仲裁の裁定が下つてから文句を言つたりデモをやつたり、これの実現運動をやらなければならんというようなことでは仲裁裁定の意味をなさん。仲裁の裁定の下つた以上はぴたつと何でもとまつてしまう。今まで宣伝戦その他で双方争つていたのを裁定が一遍下つた以上はすべてそれがとまつてしまう。こういうふうに行かなければならん。それが狙いで、今度の十七条の争議行為禁止ということとからみ合つてその仲裁委の裁定がそうなければならんということで発足したのでありますが、ところがやつて見ますると、政府のほうでは政府を拘束するものではない、こう十六条の一項にあるので、これを楯にとつて、今まで何回もこの仲裁委の裁定が下つたときに、予算上資金上実現不可能だという理由で国会へ向つてこれを承認するかしないか一つ国会できめてくれ、こういう出し方をせられたのであります。その裏はどうだと言うと、これはもう予算上困難だからして国会で不承認だという決議をしてもらいたいと言わんばかりの出し方を今日まで何回かされて参つたわけでありますが、今後も仲裁委の裁定が下つたら、必ず一遍は仮に実施できる場合におきましても、いわゆる補正予算でも何でも組んで実施できる場合でも、必ず一遍国会に持つて来てこれを承認か不承認かきめてくれというやり方を今後も引続いてやつて行かれるつもりであるか、この点について労働大臣に明快な御答弁を願いたい。
○国務大臣(吉武惠市君) 十六条の問題でございますが、これは私しばしば申上げているところでありまするが、成るほど労働法制上においての仲裁委制度というものは、お話のごとく裁定が下れば両当事者を拘束するのが本則であります。でありまするから、そういう御見解を持たれることは私は一応御尤もであると思います。従つて公労法第三十五条本文において、裁定が下つた場合に両当事者を拘束するという文字があるのであります。ところがこの相手方が民間の企業というのであればそれで結構でございますが、公社にしましてもその他の企業にいたしましても、相手が政府である場合に、政府は国家意思の最高の機関である国会によつて決定されるべきである。若しそういう仲裁委裁定というものが最高の国家意思までも左右するということは、これは私は今日の憲法の上において如何かと存ずるのであります。そういうこともやろうとすれば法律で可能であります。可能でありましようが、それは私は取るべきものではない。やはり国家は国家の最高機関であるところの国会において意思決定がなされるべきである。そこで三十五条もその意を考えてか、但書において、但し十六条に該当する場合はこの限りでない、それに従うのだぞということが明記してあるのであります。そこで十六条はどういうことが書いてあるかというと、御承別のごとく予算上資金上不可能である場合は政府を拘束しない、併し政府は拘束されないからといつてそれでいいとは書いてない、二項において十日間のうちかにこれを国会に提出をして承認をすべきか、すべきでないかということを尋ね、国会がこれは承認すべきであるという決定をしたならば、ここに初めて政府はその国会の意思を尊重しまして措置を講ずるというのが、知はこれは今日の国会の建前から言つて当然あり得るだろうかと思つております。そうしますると、菊川さんのお話のように折角国鉄等においても争議権が制限されているのに、そういう権威のないものでは困りはしないかという御意見は一応御尤もだと思います。そこで実際の今日まで行われた慣行はどういうふうになつているかと申しますると、一昨々年の暮でありましたか、第一回の国鉄の裁定が行われた際に、政府は予算上の措置ができないからということで国会にその承認を求めた、どうしますかと。そのときに国会があらゆる努力を払つて、そうしてできるだけ承認をしようという努力を払つたことは恐らく御承知のところだと思います。その結果全部一〇〇%の承認はできなかつたので、たしか六〇%程度だつたかと思いまするが、承認をいたしまして努力を払つて参つた。その次は昨年の三月の専売の裁定のときでありますが、このときも政府は予算上の措置ができないからということで、どうしますかということを国会に求めて参りました。我々は国会においてこれまで慎重に審議をいたしまして、国鉄等は争議権がないのであるから裁定は何とかしてこれを尊重すべきではないかということで、一月間かかつてあらゆる努力を払つた結果、遂に工面をいたしましてこれを承認をし、政府もそれに従つて支出をしたのであります。その後昨年の暮においても同様であります。でありまするから、仲裁裁定というものだけを御覧になるというと、或いはそういう御議論が出ることも私は無理からんと思いますが、相手が国家であります以上、私は止むを得ないと思う。そこで国家がそうであるからと言つてその裁定を無視すべきではない、又国会がそういう裁定を無視するはずがないのであります。我々努力を払つてその実現を期しておる、現にその慣行も行われておりまするので、私は現行法を以て十分である、かように考えております。
○菊川孝夫君 私の申上げたのは国会を拘束せよというようなことを申し上げたのじやない、国会の審議権を左右せよということじやなくて、そういたしますると、古武さんの言うような御議論でありますると、国会へこの裁定の内容が提示されたときに、国会が再びこの裁定そのものを、これを承認するかしないかということになつて参りますると、この裁定を承認するかしないかといつたことになつたらその裁定が正しく下されたか、下されておらないか、今の現状から言つてこれを審判することの権限を国会が持つということに私はなると思うのでありますが、あなたはそういうふうに解釈しておられるのですか。そうすると、国会におきましては裁定が下された場合におきましては、国会へ付議されたときにはその内容に亙つてまでも一々審議して行かなければならんというこにとなると思うのであります。それから一部実施ということを吉武さん言われましたけれども、裁定というものは一部切離してはこれは実施ということは言い得ないと思うのでありますが、全般としてそれ全体を守られてこそ裁定の意義がある、これは今まで出されたものは幸いにして一方に義務を負うような裁定が出ておりますけれども、今後この裁定を出される場合には両方に、当事者双方に向つて、甲側に向つても甲はこうせい、乙はこうしなければならんと、こういう裁定が下されることが往往にしてあるだろうと思うのであります。当然又あり得ると思う。そういうふうな場合にはこれはもう両方を関連して考えて、全部がこれを実施して、甲たけを実施したつて裁定の実施じやない、乙だけが守つたつて裁定の実施じやない、両方とも守つてこそ裁定の意義が初めて活きて来ると思うのでありますが、この点を第二点としてお尋ねしたいと思います。
○国務大臣(吉武惠市君) 国会は、これを、承認を求めて来ました際は、その内容に亙つて私は審議権があると思う。国会の審議権に私はいささかの拘束もないと思う。ただ併し国会が審議する場合に改めて別の裁定を出すということはこれは許されていない、その裁定を承認するかしないかが審議されているのでありまして、どういう裁定をしたらいいかという、別個の裁定を出す権限は国会に委ねられていないと思う。併しその裁定の内容に亙つて審議することができないということは、私はそういうような国会を拘束すべきことはできない、かように思います。 それから一部実施ということはあり得ないということでありますが、数多くの項目の裁定もございます。又一項目の中において全部の予算の支出は不可能であるが、六割程度は可能だという場合もあります。その場合に全部が可能でなければ一切呑めないということは、これは私は労務者に対して酷である、可能な範囲にできるだけ努力するということはこれは私は国会としては当然の義務だと思う。ただ全部が呑めないから仕方がない、オール・オワ・ナツシングで承認か、不承認かきめるということは、私はこれはまあ多少無理からん点もざいますけれども止むを程ない、少しでも努力を払つて実現を期するということは私は当然だと、かように存じます。
○菊川孝夫君 吉武さんのようにこの裁定の内容にまで亙つて審議をするのだというふうにいたしますると、もう殆んど仲裁の委員会というものはただ案をこしらえるだけでありまして、そうしてこれは今後は労働委員会なり、或いはそれぞれの所管委員会において一応審議するということになりますると、これはいいか悪いか、実施すべきであるかどうか、今の国の情勢から考えて全面的に実施すべきであるかどうかというようなことをきめる場合にはあらゆる資料も集めて、そして判定をしなければならんと思うのであります。これを判定するにはその裏付となるすべての資料これは仲裁委員会等において三十日でございましたかの期間に出すことになつておるのだが、三十日くらいかかつて出したものを国会で一週間や十日間でこれはとてもやれつこありません。又それと同じような資料を正しいかどうか実施すべきかどうかということになつて来ると、国会はよりいい国家全般の財政面からも判定しなければならんということになる。より広汎な資料も私は集めて検討する必要が生じて来るということになつて参りますと、むしろ仲裁委員会を設けられた意義がなくなつて来るのじやないか、国会は私の考えでは少くとも予算案として出て来た場合に、政府はこれを実施しようとして、政府が責任があるということになつたら何らかの形において実施しなければならん或いは借入金、公債発行、或いは今度は補正予算を組むというようないろいろの措置を考えて予算案として国会に出して来るだろう、併しその予算のきめ方については、これは今の国の財政状態から無理であるからそれはやつてはいかんというふうな、私は国会はその面においてのみ国会において審議権があるのであつて、内容そのものについては審議すべきではない、そこに私は仲裁委員会の意義があるのじやないか、こういうふうに考えるのでありますが、この点は吉武労働大臣如何にお考えになりますか。
○国務大臣(吉武惠市君) 多少内容という言葉をどういうふうに取るかということで分れるかと思いますが、私はおよそ承認するかしないかということできめるのに、内容を審議しないできめようがないから、内容について私は審議することの拘束はないということを申上げておるのでありますが、同時に申上げたように、それならばその裁定を全然根本からやり変える、又は別の観点から裁定の線を出すということは許されてない。でありますから、裁定のその線でどこが可能であり、どこが不可能であるということを見て、可能なる範囲において承認をする、不可能なものについてはどういうふうにしたら可能になるかということにおいて承認をするなりしないなりするということは、これは許されるものだと私は思います。
○菊川孝夫君 そうすると、吉武さんは一部承認ということが許されるということでありますが、百出たものならば、五十なり、八十なり或いは百というところなら許すというのが、今のよその状態から考えて、よそというのは民間の企業等から考えて、これは百では工合が悪いから百二十というような実施方法ということも国会は拘束しないと、こういうふうにお考えになりますか、この点を一つ……。
○国務大臣(吉武惠市君) 例えば仲裁裁定で百という数字的な量が出たとするならば、それが可能であればそれを承認する、百を百五十という線を出すということは許されておりません。又例えべース・アツプの仲裁裁定が出た、ところがそれを国会が内容を審議してベース・アツプはいかんけれども、仲裁裁定にはない例えば年末の手当だけは別に出そうとかいうようなことは許されているのであつて、飽くまでも仲裁裁定の内容について検討して可能なものを承認し、不可能なものであつても可能な措置を講じて承認するなりするということは許されておると思います。
○菊川孝夫君 そうすると、ベースアツプ千円せいという仲裁の裁定があつた、そうして八百円一部実施ということは許されておるけれども、千百円にしろということは許されておらないというふうに解釈してよろしいのでございますか。
○国務大臣(吉武惠市君) さようでございます。
○菊川孝夫君 じやそれは、その千百円ということはできないということはどこによつてできないということになるのですか、法的にお示しを願いたいのですが……。どういう関係で千百円にしてはいかんと言うのか、八百円にはできると、こういうのは私はちよつとおかしいと思うのでありますが、千百円にしては悪いというその根拠を一つよくわかりやすく御説明願いたいと思うのであります。国会議員として私はよく聞いておかんといかんと思います。
○国務大臣(吉武惠市君) それは今のように裁定を承認するかしないか、別の裁定をするわけじやない、別の裁定をすれば自由であります。百を百二十にしようと或いは二百にしようと、今申しましたごとくベース・アツプの代りに手当を出そうと自由でありますが、それは許されてない、どこまでも裁定は仲裁委員会が許されて出しておる、その出した裁定の承認をするかしないか、それは全部そのまま承認するか、全部が承認されなければそのうちの一部を承認する。こういうことであります。
○菊川孝夫君 そうすると、又議論がむずかしくなるが、裁定というものは千円をと出た以上は、千円というものは裁定だと思うのでありまして、八百円を裁定の内容とすることは少し違つた承認だと思います。八百円の承認ということは。それであつたら八百円承認ができるのだつたら千百円の承認ができないという理論的な根拠はどうしてもわからんのであります。最高限千円、それよりも安いものはできるのだ、国会に権限がある、そんなことは法律にないと思う。そういうものがちよつと明示してあるものがあつたら私ども納得できる、常識論から。あなたはあなたの常識論、僕は僕の常識論からすれば、千円というものを認めるか認めないかということはできるだろう、それは止むを得ないが、ところが八百円だつたらできるが千百円だつたら国会ができないということは、どこに国会の権限を拘束するところがあるのだ、法律的にそういうものがあるのなら示してもらいたい。これは理窟が成立たん。常識論を言うのは余り法律を僕は知らんものだから言うのだけれども、仲裁の裁定というものは千円と出た以上は千円が即ち裁定だと、あなたはそれは五百円にすることは裁定の一部を実施すると言うけれども、それは実情からして審議して行つて、千円では気の毒だというので百円殖やそうと思つても、千百円ではできないというのは、どこかで拘束して、国会にはそういう権限がないということはきめてあるのかどうか、それを一つはつきり調べてもらわんと、裁定というものは千円以下のものを指すのだということも書いてないのでありまして、それはどうも吉武さんの御答弁では満足行かん、納得ができないということをはつきり申上げますが、何か根拠がありましたらもう一度重ねてお願い申上げます。
○国務大臣(吉武惠市君) 私は極めて常識的なことを言つておるのでありますが、先ほど申しましたように、例えば裁定の線が三つなら三つに分れて出ておる。例えばペース・アツプが一つと、それから年末の手当が一つと、それから何か奨励金があるというような場合に全部は不可能である、併し一部なら可能であるとい場合に、菊川さんのようにオール・オア・ナツシングでなければ承認できんということになるならば、事実その一部分は可能であつても承認できんというのは、私はそれは常識に反すると思う。一部でも可能であれば、その一部を可能にするということは法の精神である。私は理窟やら何よりも極めて常識的なことを言つているだけであります。
○菊川孝夫君 労働大臣も常識論を言われるから私も常識論でもう一遍お答え願いたいのですが、議会制度というものはイギリスが一番発達して模範だというふうに言われておりますが、イギリスではこういうことまで常識論から言われておるが、国会でできないものは、多数党を以てできないのは男を女にすることはできない、あとは何でもできるのだとさえも言われておるくらいですから、裁定が出て来たのに、千円を千百円にすることはできないというのは常識論としては私はおかしいと思うのですが、あなたの言われるようにオール・オア・ナツシングというのは、これはもう常識論ではないということになつたら、それを千円を千百円にすということは、ベース・アツプをできないということはどうも常識からすると成立んと思うのですが、どこかでそういうことはできないのだときめてあつたらはつきりお示し願いたい。ところがあなたは八百円か五百円ならば自由にやれるのだという議論を展開されるのだが、僕はそういうのでなくて、裁定が出たら裁定実施ということは千円を実施してこそ初めて裁定実施である。併し八百円というものは他の手段であつて、決して裁定の実施ではないのだ、裁定の実施ができないから止むを得ずほかの手段でこういうことをやるのだこういうふうに解釈するのなら成立つのであるが、一部実施とか何とかいうことになれば、国会に一部実施の権限があるならば、更に水増し実施ということもできないはずはないと常識論から考えるのですが、その点を一つお答え願いたい。
○国務大臣(吉武惠市君) 何度申上げても同じことになりますが、国会は別個の観点で裁定を出すのではございません。どこまでも裁定は仲裁委員会がきめた裁定が最終的なものであります。その最終的な裁定を国会が承認するかしないかで、だからお話のごとく菊川さんのようにオール・オア・ナツシングで、全部呑むなら呑む、呑まなければ全部呑まないということもできるでありましよう。併し一部承認ができるにもかかわらず全部が呑めないからこれは全部不承認にするぞということは常識に反するから、一部でも承認ができるのなら承認するのが常識ではないか、かように言つておるだけであります。
○菊川孝夫君 まあこれは余り議論になりますが、死んだ末弘厳太郎さんが国会で証言されましたときには、とにかく私が今申上げたような、やはりこれはもう法律家でありますから、法律的に表現をされましたけれども、内容は私は同じような内容を以て表現されたと思つておるのであります。従つて常識から出発したものも、あのような博士の法律論から出発しても大体究極においては一致する。我々はこう考えていたのに、今の吉田内閣は、或いは吉武労働大臣の考え方は相当ずれておるということだけ申上げて、あとは議論になりますから次へ移りたいと思います。 それで次には、政府を拘束するものではないと十六条にございますけれども、今度は当事者が、今も賀来さんにお尋ねしたら、例えば造幣だとか林野という場合には、当事者というものは農林大臣であり大蔵大臣である。こういうことははつきりしておるのであります。この農林大臣、大蔵大臣は資格において行政の長官でありますが、この資格において協定に調印した。一体政府の構成員である農林大臣なり大蔵大臣なりが調印したものが政府へ廻つて来たらそんなものは拘束するものではないということになると、ちよつと矛盾をして来るように思うのでありますが、この点一つ今度の改正の際に考慮をする必要があるのではないかと私は思うのでありますが、この点どういうふうに矛盾の調整を考えたらよろしいのでございましようか。
○国務大臣(吉武惠市君) この点も考え方は一貫して同じでございますが、政府を拘束すると申しましても、政府は予算は国会において審議をされ、その他国会の決定に基いてその許された範囲の行政を司るのであります。従いまして政府を拘束するということはそれを貫き、国会の審議権も貫くことになりますから、先ず国会の承認を求める、そうして国会が承認をするということになれば初めてその国会の意思に従つて政府が行動をとる、これが私は今日の憲法の常道ではないかとかように存じております。
○菊川孝夫君 それで、これは議論をいつまでしても、なかなかあなたとは意見が一致しそうに……幾ら御質問申上げてはなかなか一致した回答は得られませんので、今度は更にそれを発展して考えたいと思うのですが、この法律を改正するとしまして、十六条にこの場合には一応拘束はされないとしたけれども、政府としては国会に対して予算案を付けてそうして承認を求めるようにする必要がある、こういう法律の現わし方にすべきであると私は考えるのです。なぜかと申しますと、国会は予算の提出権がございませんので、予算案となるとこれはどうしても政府に提出権がございます。従つて実施するとするならば、少々無理であるけれどもこういうふうな予算を組まなければならん、こういう予算の組み方でいいか悪いかというふうな出し方をしなければならんというふうにこの条文を改めたら少し明確になつて来るのではないかと思うのでありますが、こういう場合に財政法その他等、又いわゆるほかの法律に引つかかつて来るかどうか、この点について御説明を願いたいと思います。即ち予算を付けて出す、承認を求める。併しその予算の組み方がこれはどうも国の財政上工合が悪いから承認するかしないかということは国会できめればいい。併し必ず予算を付けて、若しもこれを実施するとする場合には、こういうふうな予算でやりたいというふうに出すようにすべきである、こういうふうな法律の現わし方にすると非常にこの十六条の表現もはつきりとして来ると思うのであります。併し又曾つてこれが制定される際に、賀来さんを前に置いてこういうことを申上げるのは恐縮でございますけれども、賀来さんが我々組合の代表者をお呼びになつて最初に御説明になつたときに、我々はこの点について将来疑問が起るが、そういうふうに解釈してよろしうございますかと言つたところ、賀来さんの御意見として、これは政府の統一した意見ではなかつたかも知れませんけれども、一応そう解すべきであるというような御答弁があつたというふうに私は未だに記憶をいたしておるのでありますが、やはりそういうことをするということになるというと、ほかのどこか財政法と、憲法その他の諸法律に抵触することがあるかないかという点を一応説明願いたい。あるとすればどこに抵触するかということを一つ御返事願いたいと思います。
○国務大臣(吉武惠市君) これは先ほど申しましたように、現業につきましては相手方は国家である。国家が拘束を受けるのは、やはり国会の意思に基いて初めて拘束を受ける。国家の意思、即ち国会の意思であります。でありますから先ず国会の承認を受ける。そうしてその国会の承認、国家の意思がきまつて、それに基いて政府が行動をする、即ち拘束を受けるなり何なりの任務を果す、こうあるべきが当然であると私は考えております。
○菊川孝夫君 どうも労働大臣のは常識論を出でないのでありまして、予算の提出を付けてやらなければならんというようなことをこの法律に現わすとしたら、ほかの法律といわゆる抵触して工合が悪いかどうか、工合が悪いとするならばどこに抵触するのか。なぜかと申しますと、一般論から申すと、予算を出す場合は国会に補正予算を出してもよろしいかどうかといつて国会に諮つて、それから補正予算を出す措置は講じておらない、補正予算を政府が必要と認めた場合には十分に出す権限がある提出権が……。ところがこの裁定実施の場合にのみ自由に出し得る権限がない、国会の意思を先に聞いてからというのはおかしいと思うのでありまして、そういう法律の表現の仕方について悪いかどうか、悪いとすればどこに引つかかるのだということをやはりはつきり国会議員でございますので法律のどこに引つかかるからいかんというのでなければ、あなたの常識論ばかりの何では勝負といいますか、話にならんと思いますのでこの法律的な根拠を挙げて、これはこういう法律にひつかかるのだから駄目だということを一つ御答弁願いたい。本日無理だとすれば私はあとに譲つてもよろしうございますから……そうせんと納得できませんがね。
○国務大臣(吉武惠市君) 今申上げましたように、私は常識論ではなくて法律論で申しておるのでありますが、つまり当事者の相手方は国である。国家である以上は国家が最高の意思決定であるところの国会の意思を問わずして拘束を受けるということはあり得ない。従つて先ず国会の承認を求める、その意思を問うてそうして国会が承認するということになれば、それに基いて政府が措置をとる、これは私は当然のことだと、かように考えております。
○菊川孝夫君 いや、それは当然の措置だというのは、今のは理窟であつて、常識論でございまして、この法律にそれでは予算を付して提出しなければならん、こういうふうに仮に表現するとしまして、ここで国会に付議してというやつをこの場合に、これに必要な予算書を附してというようなことを附加える場合に、どの法律に抵触するのでありますか。憲法に抵触するというなら憲法第何条違反だという御説明を願いたい。こう言えば、あなたのはいわゆる今のお話でも法律論だと言つていられたが、どこの法律に抵触するのだ、憲法の何条と、或いは国会法の何条と、こういうふうな御説明を願いたいと、私はこういうふうに言つておるのであります。
○国務大臣(吉武惠市君) 今申しましたように、国家というものは最高の国会の意思によつてのみ初めてきまるわけでありますから、従つてそれで先ずこの協約というもので拘束を受けるかどうかということをきめないで、政府が勝手に拘束を受けることを前提として予算を附けて出すということは私は如何かと思う。これは憲法の建前から見て私はいかんと思います。かように存じます。
○菊川孝夫君 それは憲法の建前というなら憲法第何条でというふうに言つてもらいたいというのだ。末弘さんが御説明になつたときにはこれは民法の第何条でというふうに言われて我々にもよくわかつた。従つて今私が申上げたようなことは憲法第何条で、憲法なら憲法の何条で……。憲法の建前からいうのでなくて、それでは今の憲法の前書なんというのはリンカーンの演説を入れたときで言われるような話でございまして、建前からと言われたのでは、そういう論になつて来ると、我々だつて幾らでも憲法論を振り廻せるのでありまして、第何条に違反するからそういうことをやつては困るのだということを御説明願いたいと言うのだが、あなたは時間を急がれるようだが、ぐるぐる廻りをして具体的な答弁がないためにお尋ねしておるのですから、ちよつと待つておつて下さい。これはもう一遍……、これはそういう具体的な答弁ができないというならできないで結構ですから……。
○委員長(中村正雄君) これは労働大臣に御注意申上げますが、菊川君の言う質問は、現在の十六条とは違つて、十六条を政府は履行のための予算をこの国会に提出してその承認を求めなければならんというふうにしようとしたら、そういう修正をするとすれば、改正をするとすれば、現在の財政法とか何とかに触れるかどうかということを聞いておるのでありまして、現行法の解釈として聞いておるのではないのだから、そういうものを出しても、修正する場合には恐らく触れないと思うので、触れないなら触れないと答弁すればそれで片付くのですから……。
○国務大臣(吉武惠市君) 私は本質論を言つておるのでなく、現行法の解釈を言つておるのであります。その本質に基いて現行法は作られておる、従つてその本質は変らない、そう言つておるのであります。
○菊川孝夫君 僕の言つておる本質論はそうではないので(笑声)そういう学説もあるので、死んだ人を引出すわけではないのですが、事実あつた。あの人の速記録はちやんと残つておるのでありますが、明らかにそういうふうにしなければならんものだと、こういうふうに証言しておる。私はあの人らは本当の中庸を行く学者だと、そのように未だに尊敬しておるが、その人がそういう学説を残して死んで行かれておるのでありまして、本質論だ本質論だと言われてもこれはどうしても納得できませんので、その点については更にあの当時の速記録等も持つて参りまして、もう一遍具体的に一つ慎重に答弁を煩わすということで質問を保留いたします。委員長から大分催促がありますので、まだまだこれから公務員法の適用除外の点について更に突込んでお尋ねしたいと思いますが、時間が大分長くなりましたので一応次のかたに譲つて、ただ一応ここで申上げておきたいと思いますがこの点ついてはいろいろ学説がありますし、ここで今言えと言われてもちよつと私も困りますので、その当時の速記録を用意して参りますから、大臣もはつきりとこういう憲法第何条違反だ、或いは財政法の第何条によつてできないのだというように御答弁が願えるように、これはどなたがお聞きになつても、将来この速記録をお調べになつても、私の要求しておりますことに対する労働大臣の答弁がなつておらないということは私の主観であるかも知れませんが、誰に開いても私はそういう判定ができると思うので、その点もお含みの上で質問を保留いたします。では委員長から何回も催促がございますので、一応次のかたにお願いすることにして、これを以て一応打切つておきます。
○委員長(中村正雄君) 労働大臣の、今菊川君の質問に対する答弁はおかしい点があるのですが、今度新たに公労法の適用を受ける団体があるでしよう。仮に郵便貯金とかいう二条にありますものは、これは相手方は国ですか。
○国務大臣(吉武惠市君) そうです。
○委員長(中村正雄君) 当事者は……。
○国務大臣(吉武惠市君) そうです。
○委員長(中村正雄君) 国でしよう。そうすると、三十五条の当事者は組合と国ですね、どうなんです。三十五条に基いて国が拘束を受けて、十六条では政府は拘束を受けないというのは、さつきの賀来君の答弁とあなたの答弁を聞いておると、三十五条では組合と国は最終決定として服従しなければならない。国が服従しておつてそうして政府は拘束しないというのはどういう立論の根拠になるのですか。
○国務大臣(吉武惠市君) だから但書がありまして、相手が国家である場合は、予算上資金上不可能であるという場合は拘束をしない。だから国会の承認を受ければ初めてそこで拘束する。ですから仲裁というものの精神から言えば拘束するのが当り前なんです。ただ問題が厄介なのは相手が国家である。国家は国会の意思の決定によつて初めて拘束を受けるわけです。
○菊川孝夫君 併し末弘さんなんかは債権債務論をやつぱりなにしましたよ。
○委員長(中村正雄君) これはね、労働大臣、前は国鉄と専売ですから、当事者というのは国鉄と専売なんですよ。運輸大臣や大蔵大臣が当事者ではないのですから、今度は国になつているからこの書き方が違うのではないのですか。従つてさつき労政局長の答弁を默つて聞いておつたのだが、今度お考えになるのは、当事者というのは国でなくて林野庁なら林野庁の長官とか、仮に農林大臣でなくてこういうものを意識してこれを書いているのとは違うのですか。
○国務大臣(吉武惠市君) それは即ち国ですね。国の代表者……。
○委員長(中村正雄君) ところがさつき賀来君は、この当事者は大蔵大臣又は農林大臣とこう答弁しているのです。従つて実際の当事者というのは、公共企業体と同じようにいわゆる大臣でなくて林野庁の長官であるとか、そういうことでなければ次の主務大臣と話が合わなくなるのですよ。あなたがおいでになる前に答弁があつたのですが、これは一応、ここで聞かなくともいいですから、もう一遍御検討願つて、違つておれば明日でも御訂正なさり、もう一遍答弁願いたいと思うのです。 自由党から質問ありませんか……。緑風会ありませんか。……じやあ堀木君に発言許します。
○堀木鎌三君 先ず私、労働大臣にお聞きしたいのですが、時間もありませんから端的にお聞きしたいと思うのですが、地方公営企業労働関係法案が今度出て来た。その前提に地方公営企業法というものができておるわけです。ですからそういう法の体系から言いますと、今度は公共企業体労働関係法の第二条に第二号をお附けになつて、国の経営する企業については公共企業体労働関係法を適用するというふうな法案ができて参りますと、今まで公共企業体労働関係法が適用されておつたのは日本国有鉄道と日本専売公社であつて、これは皆公社法によつて身分関係が確立しておわけです。ですから法一の体系から見ますと、本来こういう国の経営する企業については別個の法律が出るべきじやないか、こういうふうに考える。それにかかわらず国の経営する企業についてはそういう基本法がなかつたということはどういう関係ですか。
○国務大臣(吉武惠市君) 今回地方公労法制定に伴つて地方公営企業法が出ておりますから、お話のごとく国についても同じものを出したらどうかという御意見だと思います。これは別に作つても差支えございませんが、今我々が企図している国の企業に従事している従業員に団体交渉権を与え、そうしてそれの解決の方法を規定するのに必要であれば作つても結構でありまするが、私は作らないでもできる。御承知のように現在それらの企業に当りましては、それぞれみんな特別会計法を以ちまして、そうして独立採算でやつておりまするから、別に必要を認めない。必要ならばお説のように一まとめにそういうものを作つても私は差支えはないと思いますが、あえて作らなければできないこともございませんので、意図いたさなかつたのでございます。
○堀木鎌三君 必要ないとおつしやるのはおかしいのであつて、公共企業体労働関係法の適用を受けるものは皆基本法によつて身分関係が一つ規制されて来るわけです。現にあなたのほうでは地方公営企業法に基く地方公営企業労働関係法の団体交渉の範囲、つまり人事委員会なりその他の適用を受ける適用排除の例とですよ、国家公務員であつて今度公共企業体等労働関係法の適用を受けるものとの国家公務員法の適用排除と範囲が違つてるんじやないですか。それはおかしな話なんです。で、そういうふうなバランスがとれないということも、基本の身分関係というものができて来なけりやならない。私はその点が統一性を欠いた一つの今度の三立法の問題だと、こういうふうに考えられる。
○国務大臣(吉武惠市君) 身分関係は多少違つておりますが、特に身分関係を著しく変える必要を認めない。私は先ほど申しましたように、現業に従事している者も公務員たる本質においては同じである。従つて机の土で行政をとろうと、それからとらない肉体労働であろうと、そう本質的に差がないという建前をとつておる。ただ、そんならば全部同じ国の予算で人事院でやつたらということが一応考えられ、今日までやつて来たんでありますが、併し仕事の実態は如何にも国鉄、専売と似ているから、給与その他についてのきめ方は団体交渉のやり方をとつてやる、こういうことに過ぎないのであります。
○堀木鎌三君 そうならば今度は逆に承わりたいんだが、労働関係を規律するほうを同一労働関係法規に入れられたんなら、日本国有鉄道法、日本専売公社法と同じように国家公務員法の適用排除になるのが筋道じやないか。今度は逆に申上げます。
○国務大臣(吉武惠市君) 私ははつきり聞き取れませんでしたが、公社の国鉄と専売と同じになぜしなかつたかというお尋ねかと思いますが、それは公社でありまするから公務員とは本質が多少違います。似通つたものではあるけれども、本質は違う、その本質の差から来るところの適用排除の差というものはこれは当然あり得る。
○堀木鎌三君 どうも私は、労働大臣は人間にして人間にあらずというものをお作りになる、実にその点は滑稽な法律だと思うのです、そういう御解釈は。この間からずつと承わつていますと、どうも人間にたくさんいろいろある。そうするとそれを皆区別なさる、それだから私は一番聞きたくない問題に入らざるを得ない。それならば労働大臣に承わりますが、これは何人もおよそ労働問題の労の字を知つているものは知つている条文ですが、日本国憲法の二十八条の「勤労者」の中には官公吏は入りませんか。
○国務大臣(吉武惠市君) 勿論入ります。
○堀木鎌三君 でありますると、幾ら着物をいろいろ色分けをお使いになつても、二十八条の「勤労者」に国家公務員なり地方公務員が入つて参りますと、その団体交渉その他団体行動権というものは保障しなければならない。どんなにしてもこの点だけはどんなに着物をお替えになつても、それはいろいろの身分の差から制約が起つていることは考えられるにしても、この基本的の人間である本質だけは幾ら着物をお換えになつても変えられないはずです。それが労働大臣の御職責であろうと、こう私は考える。然るにあなたは着ている着物が違つて参りますと、いつの間にかこの二十八条について無視される。つまり本質が変つて来たようにお考えになる。私は本質は厳として憲法二十八条に保障しているんだ、こう考えるのですが、この点についての御見解はどうですか。
○国務大臣(吉武惠市君) ただ勤労者という一般的な観点から御覧になると、成るほど憲法二十八条の適用がある。従つて基本権があるはずだ。我々が常に申上げますように、国家の公務員は国家に奉仕するものである。従つて全体に奉仕する立場に置かれるから、公共の福祉といいますか、公共のために止むを得ずこの基本権が制限を受けるという建前で、今日公務員がいわゆる団結権、団体交渉権を持たない。若し二十八条の本質論だけをお貫きになるならば、それは役人であろうと何であろうと勤労者であるならば全部同じでなければならんという議論になります。そういう議論も立てられるかたはあります。それだから公務員を同じようにせよというのがありますが、私どもはこの公務員は国家全体に奉仕する立場に置かれるものであるから、そういう団体交渉によつて一切の待遇をきめるという行き方はとるべきではない、これはやはり国が責任を負い、国会が予算によつて決定して賄うべきものである、かように思います。ただ併しでき得る限り基本権というものは尊重すべきものであるから、先ほど申しましたように、同じ公務員の中でも国鉄、専売等に似通つたものは団体交渉を認めるべきではなかろうかという努力の下に今回提案した次第であります。
○堀木鎌三君 それだから今労働大臣も御承認になつたように、本質はマツカーサーの書面じやないのです。本質はこの二十八条なんです。それで無論国家公務員の特殊の地位、今御説明になつた国家に奉仕する、国民に奉仕する地位、身分というものから、一つの仕事の内容から起つて来るもので幾分の制約が出て来るということは考えられる。併しながら基本権はなくちやならない。だから本質的に申しますと、この基本権だけは私はどうしても動かしてはいけないんだ。要するにこれに支障のある場合に考えなければならない問題であつて、国家公務員の印しはんてんを着たらすぐさま本質がなくなつて、今おつしやつたように団体交渉の自由がなくなるということでなしに、団体交渉のその権利の行使が実際問題と公共の福祉の問題と併せてどう制限されるかという問題だけが残るのであつて、それだから本質まで取つちやうという議論は私は起らない、こういうふうに私は考える。それが正当な解釈であるべきはずで、非常に労働大臣が、自由党にしては珍らしく労働問題に御精通になつておられる労働大臣……。(「余計なことだな」「少し慎んでもらいたい」と呼ぶ者あり)少しではそれは困るよ。少しでも労働者の権利を認めようとして、こういう国家の公営事業について新しく今まで奪われておつた労働者の権利をやや復活しよう、こういうお気持で入つた以上は、私は当然この日本国有鉄道、日本専売公社と同じような身分関係に少くとも復活させられるのが当然だと、こう考えるのです。(「意見の相違だな」と呼ぶ者あり)あんた大臣じやないでしよう。(笑声)私の相手方は今労働大臣でございますからどうぞそのつもりで……。
○国務大臣(吉武惠市君) 御尤もの御議論でありますが、いわゆる基本権が片つ方に公務員たる本質に基いてどの程度制限をされるかという問題、私どもは公務員たる性質に基いてやはり団結権とか団体交渉というものは許すべきでない、いわんや争議権も許さるべきものではないという観点に立つておる。先ほど木村さんから見解の相違というお言葉が出たんですが、堀木さんは本基的なものはあるのだから多少の制限は仕方がないけれども、まあこれこれのものは認めたらどうかという御意見でございますが、私はやはり公務員というものは全体に奉仕するという立場にありますから、たとえその内容が労働的なものでありましても、やはりそれは国家が責任を負い、国会で条件を決定するということが私は望ましい、かように考えます。
○堀木鎌三君 だからその本質論については、率直に言えば労働大臣は国家公務員であろうと、それから地方公務員であろうと、憲法二十八条の団結権は保障されているんだ、これはもう基本的な人権としてどんな印しばんてんをお作りになろうと、これは残るわけです。実際の問題として公務員としての仕事をして行く場合にどこまで、どれだけ違うか、こういう問題が残つて来るだけだ。これは私は労働大臣が素直に憲法の解釈をなされば、もう賢明な労働大臣ですから、お考えになつておるはずだと思うのです。それでそういうふうな御議論だと、私をして言わせれば、すぐあなたは国家公務員の身分が地方公務員の身分とは違つて来ると、抽象的におつしやると思うが、私どもを更に納得させられるのには、左に掲げる事業を行う国の経営する企業ですね、企業に当つているこの従事員、イロハニホとあるものがなぜ本質的に日本国有鉄道なり、専売公社の従事員と差を付け、労働条件の問題について差を付けなければならないか、別個に身分関係を扱わなければならないか、という実質的な理由がなければならない。そうして更に地方公務員法の適用を受けながら地方公営企業労働関係法の適用を受ける一般職の職員と、実質的に適用範囲を、労働条件に関して実質的に適用範囲を除外される必要のある理由をここに御説明願わなければ、適用範囲が違つている場合には納得ができない、こういうことになると思うのであります。
○国務大臣(吉武惠市君) 仕事自体の形を御覧になりますとそういう意見になる。で、その議論を発展さすならば、同じ電車を動かす、それは国有鉄道の公社が動かそうと同じ電車が動いているのじやないか、片一方においては基本権があるのだから公社だつて全部認めたつていいじやないかという議論と同じでございます。私どもは仕事それ自体の表面から見れば同じでありましよう。併しながら身分が公務員であるかないかというその本質はこれは私は大事なことだと思う。そこを軽く御覧になると同じにしたらどうかという議論が出るようであります。そこで私どもは公社におけるところの職員と、国家の公務員であるところの職員とは本質的に違う、そして公務員である以上は机の上で仕事をしようと或いは土の上で仕事をしようと私は本質に変りがない、ただ併し基本的な人権というものはできるだけ尊重すべきものであるから、差支えのない程度団体交渉を許すという建前であります。
○堀木鎌三君 もうはつきり端的にお聞きしますが、労働大臣は差支えのない限度に労働者の基本権を認められるのだとおつしやるならば、これを区別する差支えをお教え頂きたい。
○国務大臣(吉武惠市君) それは公務員というものは国家に奉仕するものでありまするから、それが団結して国家に対立をして、対等の立場で交渉するという私は本質を持たない、かように考えます。
○堀木鎌三君 どうもすぐ抽象的な御説明になるのですが、私はそれが具体的にどういう支障が起るかということを御説明願いたい。
○国務大臣(吉武惠市君) それは現業でありましようと、机の仕事でありましようと、国家が国会できめた意思決定に基いて政府が仕事を執行する、それは行政の面であろうと或いは現業の面であろうと。それにもかかわらず、それに対するところの奉仕すべき公務員が自分は団結権がある、従つてストライキもやる、そうしてそれに対抗すると、こういうことは私は国家の公務員に許された本質でない、かように存じております。
○堀木鎌三君 労働大臣に私……、すぐ労働大臣はストライキまで持つて行かれるが、これは公共企業体労働関係法のお話なんです。で労働大臣に申上げるが、それじやなぜあなたは、何というか日本国有鉄道法、日本専売公社法というものができておる、片方には。それから今度地方公務員については地方公営企業法というものができておる、だから労働大臣として労働者の権利を擁護される職務にあられるそういうかたから見れば、地方公務員について一応そういう身分的なものを地方公営企業法でお作りになるなら、今おつしやつたように国営企業法をお作りになれば、あなたのように国家公務員だからといつて抽象的な言葉でいろいろおつしやる必要もないのであるので、だからして国営企業法をお出しになるとその点がはつきりして来る、然るに国営企業法は出さないで、そして公共企業体と同じような状態に置きたい、併しそれでは片一方に国家公務員の身分が残るから、成るべく国家公務員の身分の範囲を広くして折角団体交渉権を与えようとして団体交渉の題目を狭めるというふうなことをなさらないのが当然のお立場であり統一したお立場であるはずだ、こう私は考えるのですが、その点について首尾一貫していないことだけはお認めになるだろうと思いますが、如何でございますか。
○国務大臣(吉武惠市君) 私は首尾一貫して申上げているつもりでございますが、堀木さんのお言葉を考えて見ると、国有の企業法を作ればそれで本質が解決するようにお思いになりますが、これは形式であると私は思う、本質を私は申上げているのですから、本質は堀木さんのようにすべきであるということであれば、国営企業法を作らなくても身分関係を外して行くという方法は幾らでもとれる、でありまするから私が国営企業法を作らないと言つたのは、その必要があれば作る、必要がなければ作らない、ですから形式で国営企業法を仮に作つても本質が変らなければ、その企業法の中にやはり公務員たる身分を残すということは、私だつたらとるわけで、堀木さんだつたら、それを恐らく外そうとされるのでありましよう。ですからそれは本質に対するところの見解の相違であつて、企業法を作るか作らないかの問題でないと、私はかように考えます。
○堀木鎌三君 それではもうこの点は冷静に開いて頂けば、どつちが首尾一貫していて、どつちが首尾一貫しないかは、これはまあ労働大臣の何ですか、頭の、見方が違つていれば別ですが、聞くほうは私はよくわかると思う。日本国有鉄道及び日本専売公社法をお作りになつたときに、今の内閣じやございませんが、これは前の吉田内閣のときなんです。そうしてマツカーサー書簡に基いてこういうものについては大幅な労働者の基本権を失わないようにしよう、本来言えば、これはもう吉武さんは非常によく御承知のことなんで、今憲法において二十八条で保障されている以上は、国家公務員といえどもここにある憲法の勤労者である以上は、団結権だけは認めよう、団体交渉権だけを認めよう、併しそれから仕事の性質なり、身分から来るものについては制約しよう、それが守れないで、国家公務員法でやるなんと言うのでキレンが日本を去つたことは明らかなんです。そこまで行つたらもう民主主義も終りだと……。これは確かあなたが労働次官か何かのときだろうと私は思い起すのですが、当時そういう問題すらあつたようであります。さつき言つたマツカーサーの書簡がなくなれば、本来言えば国家公務員についてもこの憲法の基本的な権利だけは認めるべきものであるというのが本当だと思います。せめて今度公共企業体等労働関係法にお入れになる分だけでも従来の日本国有鉄道法、日本専売公社法をお作りになつた当時の意思と同じように、当然これはこれと同等の労働条件について団体交渉の権利を認めるべきが本質でないでしようか。
○国務大臣(吉武惠市君) 折角の御意見ではございますが、私どもはそういう意見をとらないのであります。(「意見の相違だよ」と呼ぶ者あり)
○堀木鎌三君 意見の相違という言葉が出るのですが、意見じやないのです。法制の建前からそういう結論が出て来るだけなんで、それを強いて政治的に物をお扱いになるというところに私は問題が起つて来るわけだと、こういうふうに考えるのであります。労働大臣としてのお立場から言えば、当然何と申しますか、労働者の基本的な憲法に保障された権利を擁護するというふうな立場に立たるべきかただからおわかりになるだろうと、こう思つて言つておるのだが、まあなかなか素直に肯くだけの御雅量がないようで、どうも出した法律にとらわれておるというふうに私はこう思うのです。で私はまだ実は菊川君が午前午後に亙つてやられちやつて、大部分をとられちやつたのですが、それで私さつきの、まあ時間もありませんが、仲裁裁定の問題について又労働大臣と議論すると五日くらいかかるかも知れません。私は現に御承知のように十六条と三十五条だけで五日間朝から晩までやつて来たのですから……。ただこういうことなんですが、今菊川君のお話になつておるのに対して、公労法の十六条と仲裁裁定の効力との関係でおつしやるのに、国会が最高の意思決定機関だと国の意思を決定するのはどうしても国会の承認を得てからでなくちやいけない、こうおつしやるのですが、そういうことをおつしやるのだと、国家が動く個々の行為に先ず事前に国会はこれは御承認なさりますかとお聞きになつて、それから所要の予算をお出しになるというのが、私は政府のやつておられることだとは思わない、政府は対外的な契約で以て効力を生ずることは幾らもある、国家意思をきめるときは何でも国会に先ず事前にお諮りして、事項の御承認を経て、それからそれに伴う法律予算をお出しになつておるのじやないのです。それにひとりこの労働問題になつて来ると、そういう解釈をなさるのが私にはわからない。それはどういうわけですか。
○国務大臣(吉武惠市君) 御尤もでありますが、ここに国会において許された範囲において行動の自由を持つのであります。でありまするから、国会で許されない行動に対しての自由は持たない、だからあらかじめ法律で許されたもの、或いは予算の提出権を許されておれば、その許された範囲内において出すということであります。そこで仲裁裁定というものが出て、それを国が拘束をするということを国会から許されておれば、その範囲ではできるのであります。併しそれを許すか許さないかということは、国会できめるべきであるということを私は建前といたしております。ですから、それはもう政府は拘束してもよろしいと言つて国会が承認すれば、それは別であります。私はそういうものはやはり国会の承認を先ず得て、そうして政府は行動をとるべきものであるという建前をとつております。
○堀木鎌三君 この公共企業体労働関係法は国会が承認するときには、仲裁裁定に対しては両当事者が服従しなければならないということを承認の上でこの法律をきめておるのです。だから残るところは当該裁定を実施するのに予算上資金上可能かどうかという問題だけなんです。だから国会は予算の問題だけなんです。タッチするのは……。だから所要の予算提出権は政府にあるのだから、政府がそれに所要の予算を出されるのが当り前だ、事項別に国会の事前了解を得てから出されるべきものではない。それだけは明らかだと思いますが、如何ですか。
○国務大臣(吉武惠市君) そこが見解の分れるところでありまして、仲裁というものがどこまでも拘束するものだという建前をおとりになれば、それは相手が政府であろうと国家であろうと拘束をするという法律の建前をとるということは不可能じやありません。併しそういうことは私は今日の憲法の上において好ましくない、(「不穏当だ」と呼ぶ者あり)やはり国会というものが最終の決定をして初めて拘束を受くべきであるのですから、先ほどから末弘さんあたりの御意見が出ましたが、末弘さんあたりの意見は、労働法上に重きを置かれて、労働法の仲裁というものが拘束をするものだという決定的な観念がある。従つてそれは国家であろうと政府であろうと、すべて拘束するものであるから、出た以上は予算である、こう言われる。併し労働法と同時に、片方においては憲法に基いて国会というものがある。国会の意思というものは最高意思ということを考えたからこそ、今日三十五条には但書が念のために置いてある。若し仲裁が拘束をするものという絶対的な観念に立つならば但書を置く必要がないのであります。でありまするから、私は両方を噛み合して先ず承認を求めて、承認があつたらすべてを拘束する、こう行くのが妥当ではないかと、かように考えます。
○堀木鎌三君 先ずそれでは前のところから吉武さんにそれでは言いますが、(「まあいいじやないか」と呼ぶ者あり)予算上というのは款項だけだと思うのですが、如何ですか。国会の拘束力を持つた予算の審議権ですね、この予算を国会が拘束するのは款項だけだと思うのですが、如何ですか。
○国務大臣(吉武惠市君) 私は詳しいことは存じませんが、調べましてから正確なお答えをいたします。
○堀木鎌三君 いや、その点正確じやなくてもいいのですが、それでは吉武さんに申上げるが、実はその予算上の拘束が足りないというので、今の政府はわざわざ先ず今おつしやつた国会の議論になる前に予算で以て人件費やその他の費額をきめちやつて、わざと予算上不可能なようにしていたのです。公社法まで直してやるというふうな手段までおとりになつた。それは自由党は絶対多数をお持ちになつておつて、先ほどの菊川さんの話じやないが、男を女にすることができないかも知れないが、これは在来から言えば、先ずそういう手段すらおとりになつて、わざと予算上、資金上というものを更に狭めて行くような処置すらおとりになつておる、これが先ず第一点なんです。今度はそうして第二段に裁定の効力を実質的に不可能になさるという手段をおとりになる、解釈をおとりになる。これは実際に言うと、この条文があつても拘束するのだという見解をとりますが、法律論をしたつて切りがありませんから、一応その点をはつきりと申上げると、そういうふうに団体交渉権を与えると、それはストライキはしちやいかん、その代りに調停仲裁をやるのだと、こう言つておいて、団体交渉と調停仲裁の実質的な骨抜きをなさるというふうなやり方は少くとも反民主的である、反憲法的であるというふうに私は言い得るのじやないかと思う。あなたがそうおつしやるなら、私はそこまで実はその一歩手前のところでも議論をしたくなる。併しその一歩手前のところの議論は無論何と申しますか、非常に労働者の権利を制約されて参つた経過を辿つておる、実際のところで……。それで而もそれが起りましたのは、率直に言えば国鉄の裁定のときに、裁判所に提訴されて一審で負けたので、非常にこぎられたという結果からも起つておるのです。私はあなたの言われるように、何でも国会の意思を聞いてきめるのだ、そのときに効力を生ずるのだ、そういう裁定ではない。もう一つその点で特にこれは政府がよく、お忘れなる、権力を持つとすぐお忘れになるが、その点について申上げたいと思いますのは、公共企業体労働関係法を御覧になると、第四条にあるのです、第四条に労働関係の……、ちよつと待つて下さい。第四条は訂正します。公共企業体の第一条です。第一条の第二項を御覧願うと、「この法律で定める手続に関与する関係者は、経済的紛争をできるだけ防止し、且つ、主張の不一致を友好的に調整するために、最大限の努力を尽さなければならない。」とあるのです。それで裁定が下つたときには政府は関係者なんです。少くとも労働大臣、大蔵大臣は今まで専売公社と、そうして国有鉄道に関してこれはもう関係当事者である。労働大臣は常に関係当事者であります。そうすると、それは裁定ができたんだ、これを承認しましようか、しますまいかと言つて、国会にあの一枚刷りをお書きになるのが最大限の努力じやないはずなんです。私はそういう点から言つても、政府としてこの最大限度の努力をする手続をとるだけのことは現わさなければ、団体交渉権を認められた価値がないのです。こういうふうに私は思う。その点を先ほど菊川君が別な観点から常識論としておつしやつた、こういうふうに考えられますが、而もそれをお出しになつてどこに支障があるかというのが菊川さんの議論だつたのですが、私はどこにも支障がない、こういうふうに考えられる。かたがた今度の日本電信電話公社法案では、予算の問題に関してすら第一次の責任者は郵政大臣になろうとしておる、そうするといよいよ以てそうあるべきはずのものです。こういうふうになる。それは公社をお作りになつた本質、公社から見れば当然それが正道に乗つて来たのです、民主主義的な軌道に乗つて来たのだと、こう実は思うのですが、そういう点について御意見を伺つておきたい。
○国務大臣(吉武惠市君) 勿論この仲裁裁定が下れば、それが尊重すべきものであることは労働法上当然であります。従つて政府は法案にも示してありまするごとく、十日以内に国会にかけて承認を求める、こういうことを言つているわけです。そのときに予算を附けたらどうかとか意見がございますが、私は国会の最高意思の決定を求める場合は、これを呑むとか呑まないとか、予算の与えられた範囲でできることはこれはあらかじめ委ねられていることでありますから、国会の承認なくして私はできると思う。併し予算上資金上でできないという場合には、先ず国会にどうしましようという意見を聞いて、それに基いてやるべきで、政府がすつつかり膳立ててこうやるのだから呑めよ、こう言つて国会に出すべきものじやないと私は感じております。
○堀木鎌三君 政府は常に国策を実施されるのを予算をもつて金額に盛つて議会に御提出になりました。ひとり労働問題だけをそうしないという理由は、私は特別の理由がない。こう考えますが、時間も延びて……。
○委員長(中村正雄君) ちよつと速記をとめて下さい。 〔速記中止〕
○委員長(中村正雄君) 速記を始めて……。 明日午前十時から開会いたしまして、本日はこれにて散会いたします。 午後四時二十四分散会