予算委員会 第14号
- 発言数
- 88 件
- 登壇者
- 19 名
- 会派数
- 7
- 開催日
- 1952/03/04
会議録
○委員長(和田博雄君) それでは予算委員会を開催いたします。本日は公聽会であります。公聽会に御出席下さいましたかたがたには、非常にお忙しいところを御苦労でございます。ではこれから公聽会を始めますから、順次御陳述をお願いいたしたいと思います。 最初に農林中央金庫の理事長の湯河元威君にお願いいたします。時間は一応三十分といたします。延びても結構ですし、短くても結構です。 —————————————
○公述人(湯河元威君) 私は農林中央金庫の湯河でございます。参議院の予算委員会の予算の御審議に関連いたしまして、公述人として農業関係の所員を若干申上げてみたいと思います。 最近経済自立計画というふうなことが世間でいろいろ問題にされておりました。我が国の将来の復興自立のために、各部門の産業経済に亘りまして、総合的な観点からいろいろ御検討がふり、そうして将来の見通しが明らかにされて来ております。農業におきましても、主として食糧増産ということの見地に立ちまして、この自立計画の山にそれぞれ目標が示されておるのでございます。このことは我が国の将来のために誠に結構なことで、ございまして、又農業関係者としてもこのことを深くよいことだと考えておりまする次第でございます。と申しますのは、従来食糧増産とか農業増産とか申しましても、一体どこまでやるのだということ、又どこまでやつたらいいのかということも、はつきりしておりませんでした。全体の産業経済の中において農業が如何なる地位を占めるべきか或いは又どれだけのことはしなければならないか、又してもいい、そこまでは当然やるべきだというふうなことがはつきりいたしませんで、ただ自分だけでこれだけやるのだということを言つておりましても、他との関係も明らかにされておりませんときには、とかくやり過ぎもあるかも知れません。むしろやり過ぎよりも、やり足りないというところがあつたんじやないかとも思われます。この経済自立計画によりまして、しなければならないというその目標がはつきりし、又全体との関係において、そこまでは、しようとすればできるのだということが明らかにされましたことは、農業のためにも非常に結構なことだというふうに考えられております次第であります。それで、この経済自立計画におきましては、総合的観点において、工業はここまで、鉱山業はここまで又農林業はここまでというふうに目標が立てられましたことは、その目標の達成ができますれば、国全体の経済が最もよく調和した状態において発達する、国民の経済生活水準も、その均衡状態において一番高いところに達するということが明らかにされておるわけであります。で、我々がさような計画に基きましてそれぞれの産業の発展を図つて行くということは、これは戰前になかつたことであります。終戰後に現われました一つの進歩であろうというふうに思われるのであります。ところで、この経済自立計直なるものは、その後の推移を眺望見ますると、政府におかれましてもこれについて必ずしも適確にこの計画通りに事態をお運びになつていらつしやるようにも見えないのでありまするが、又他面におきまして、この計画樹立の際に予定いたしました前提たる條件は、その後においても相当大きな変化がございまして、従いまして今日経済自立計画の進行過程を眺めて見ましても、必ずしも予定通り行つておらないように存じます。例えば工場等におきましては、二十八年度において実現すべき目標をすでに二十六年において実現しておるというふうなことが言われております。然るに農業におきましてはその点は著るしく立ち遅れておるようにも見えるのでございます。この点は先ほども申上げましたように前提たる條件に相当の狂いがあつたということでございまして、この最も大きなものは朝鮮動乱の影響ではないかというふうに思われるのでございます。それに引続きまする世界的な再軍備的傾向等が我が国にもいろいろ差し響きまして、さような状態になつたのではないかというふうにも思われるのでありまするが、併し問題はそればかりではないようにも思われるのでありまして、この農業関係からごの事態の推移を眺めて見ますると、農業の立ち遅れというものは、これは單に朝鮮動乱のひずみである、影響であるというばかりでなく、事態の推移が今日自由経済的な方向に諸般の統制等も解けて参りまして、そのために農業計画目標遅成ということが相当阻害されている面があるのではないかというふうに思われます。計画をいろいろ立派に策定されましても、その計画の遂行のために必要なる措置において欠けるところがあると、その通り実現できない。その措置申しますればいろいろございましようが、やはり勝手気ままに、自由気ままに事態を推移させて置きますれば、自然と力の強いほうに、よく、ものは進むということが考えられるというふうに思われます。で、折角できました計画でございますが、それがその通りに実現するためには、やはり弱いところにはそれぞれ必要なる措置が必要ではないか、とられなければならないのではないかというふうに思われるのでございます。特に我が国の農業につきましては、過去に長い間それぞれ懇切親切なるいろいろの行政上の措置がとられております。或いは指導と言い、或いは監督と言い、或いは督励、助成等の措置がいろいろとられておつたのでございまするが、これらの措置は過去におきまして必ずしもそれが全部よかつたとは申せません。或る場合におきましてはそれが非常の官僚的な措置であり、又農民を非常に、何と申しますか、卑屈にするような結果も出ておるというふうなことも考えられるのでございます。併しこの自由経済に対する或る程度の是正、調整的措置というものとしての価値はあつたわけであります。ところが終戰後におきましては、そういうふうな措置は殆んど見る影もなく取り拂われてしまいまして、例えば保護助成等の点につきましても、財政の規模が非常に縮小しまして又補助金、助成金等は支出すべきものではないというふうな思想からいたしまして、農業に対して過去にありましたようなそういうふうな措置は取り拂われております。又指導監督等の点におきましても戰時中から相当きびしい措置をとりましたことがうまく行かなかつた、戰争に負けたというふうなことからして、それについて政府の当局におきましても自信を喪失して、そうして監督とか指導とかということを当然すべきことも適切にしていないというふうなこと等がありまして、それらの点が我々は常々かえつて羹に懲りて膾を吹いているのじやないかというふうに思われたのでありますが、経済自立計画の遂行過程におきましても、すべきことをしない、この只今申上げましたような農林業と鉱工業との間に破行的な進行を見ているというふうなことが問題になるように思われるのであります。で、この農業の立ち遅れというふうなことになりますればそれは自立経済計画の総合的観点におきましては、立ち遅れということはその部門の不仕合せであるのみならず、全体のためにそれはよくない、均衡を破るという意味におきましてよくない結果を来たしておるのでありますから、この点は国民経済的な見地に立つても、問題にすべきではないかというふうに思われるのでございます。 併しこの有様を見まして感ぜられますことは、農業自身においても努力の足りなかつたという点がないではないのであります。農業関係者においても十分反省しなければならんところがあるということは我々も切実に感じております。それと共に、農業外部の方面におきましても、それぞれ農業の立場がかようなことである。而してその農業は立ち遅れてはいるが、是非それを目標のところまで持つて行かなければ、これは農業のために不仕合せであるばかりでなく、全体のために、即ち農業以外のためにも不利益であるということをよく理解してもらいたいと思うのでございます。それと共に、国家、公共団体等におきましては、経済自立計画の達成ということが国民経済的に必要であるならば、農業に対してすべきことは、やはり盡して頂きたいということを切にお願いしたいのであります。これは指導とか監督とかいう、或いは奨励とか、助長とかいう面において、それがなければ経済自立計画の目標が達成されないという点からいたしまして、国家又は公共団体におきましても、所要の措置はとるべきものであるという二とをよく御理解頂きたいのであります。かような見地にお立ち頂きまして二十七年度の予算等も御審議頂くことができまするならば、農業関係者としては仕合せであると、かように存ずる次第でございます。 で、食糧増産ということは今日国内各方面においてこの必要が述べられておるのでございまして、我々も農業関係者といたしまして、農業の生産力の増進ということにつきましては日夜苦慮いたしております。その中心をなしますものとして考えられますものはいろいろございまするが、その一例をとつて申しますならば、農業の投資の問題であります。生産力を高めるために必要なる投資はいろいろの面にあるかと存じますが、この投資を十分にして参りませんことには、やはり只今申上げましたような経済自立計画におきまする目標の達成はできないということになるのでございまして、この点が相当大事な問題かと思うのでございまするが、農業の投資が如何にしてなれるか、農民自身が自分で農業の投資をするということはもとよりでございまするが、併し農業の構造自身から申しまして、利潤が薄いということは、農民自身が自分でその余剰を蓄積するということは困難であるのみならず、又農民自身がこれに投資するということにつきましても、よりよき有利な事業がほかにありとすれば、それを措いても農業に投資するということに相当の困難があるわけであります。併しいずれにしましても、農民自身が多くの投資をするということができませんのは今日の事態でございます。これが他の産業でございますれば、株式会社等の形態がすぐ考えられるわけであります。今日、日本の農業を株式会社経営でするというふうなことはおよそ考えられないことでございます。そこで、そういう場合に農業の投資を盛んならしめるためには、金融の措置をとるということ、これは勿論当然なことであります。農業の金融はこの方向において幾多努力すべきものがあるように存ぜられるのでございまするが、もう一つ考えなければなりませんことは、金融とか、投資とかいうことができませんところにおきましては、先ほど来申上げましたように、国家、地方公共団体等の財政支出によるところの助成、即ち補助金の交付、或いは財政資金の融資というふうなことも又考えられて然るべきではないかと思うのであります。で、国の財政から農業に対して支出されまするものは、農業行政費、その中には純粋に行政費、事務費もございましようが、又一面におきまして事業に対する相当の多額の助成金がある。この助成金につきましては、先ほども申上げましたように、財政の規模が終戰後縮小いたしましたために十分賄えぬという点と、又、徒らに補助金、助成金等は支出すべきでないという見地からいたしまして、終戰後相当大幅に削減されたことが一度ございます。その後、この点はそうばかりもしておられませんので、漸次こういうふうな面が殖えて来た点もあるわけであります。併しこの過去の補助金行政というものにはいろいろと非難されるべき欠点もございましたわけであります。併しその助成金政策を貫くものの中に大事な点があると思うのでございます。それは、先ほど来申上げましたように、農業投資ということが、農業それ自身でできない。農業内の蓄積というもりも、得てして農業外部に流出する。これは広く申しますれば、税金とか、或いは賦課を通しての流出であるとか、或いは金融機関を通しての流出であるとか。或いは保険料、いろいろな形におきまして農業内部の蓄積が農業外部に自然と流れ出て行きまして、農村を中心といたしまして、農村外部との間の出入りを考えて見ますると、どうしても農村内部の蓄積は農村外部に流れ出るという傾向が相当あるように思われます。それをそのままにしておきますれば、農業内部の投資が不十分で、農業が相当予定された程度に発達いたしませんのを是正する意味を以ちまして、政府が税金その他の形におきまして蓄積を図つて、それを農村内部に還元するという作用を財政がしておるわけであります。で、この点は全体の均衡的発達を図ります上においてさような補足的な措置を財政が担任するということは、全体の経済の運行をそのままにさせておきませんで、或る程度是正する意味を以ちまして、非常に意味のあることだと思います。それが過去におきましてはそれは軍なる農業の保護政策、農民が我がままを言うておるのだというふうにおとり頂いたのではないか、このために、終戰後はそういうものは、やめてしまえというような御意見が出たのではないかと思われるのであります。その点は相当考えなければならない点ではないかと思われます。最近におきましては、助成金というものを支出するよりも、それはむしろ財政資金を金融的に金融機関に渡して、交付して、それを融資させる、融通させるというほうが適切であるというふうな御意見も出て参りまして、政府が各種の出資をしていらつしやいますけれども、農業関係におきましては、昨年来、農林漁業資金融通特別会計ができまして、その特別会計より農業の面に対しまして、政府の一般会計資金、或いは政府信用によつて集められました資金運用部資金等が農村に投資されるというふうなことが起つて参りました。それらの措置は、先ほど来申上げましたような自立計画の目標を達成する上におきまして極めて重要な役割をなすものでございますので、この財政によりまするところの補助又は融資というふうなものにつきましては、さような見地におきまして今後も十分必要なものはこれを実現するようにして頂きたいと存じます。そうして何を助成金にすべきか、何を融資にすべきかということにつきましても、これはそれぞれ然るべき基準をお立て頂きまして、無理のないように、或いは助成、或いは融資というふうな振分けをして頂くことが必要であろうというふうに存ぜられるのであります。農業投資のための金融につきましては、これは今日の情勢から申しますると、主として組合金融という形において行われております。ところで組合金融と申しますものは、一般の金融機関の金融とよほど性格が異なつておりまして、又運用が極めてむずかしいのでございます。私は日頃この組合金融関係の仕事に関係をいたしておりまして、種々悩んでおるのでございます。今日、組合の金融事業はいろいろ欠陷がございまして、必ずしも予期のような成果を挙げておりません。組合員が協同組合運動というもの又組合金融というものに対する理解が十分でない、或いは組合それ自身の経営が極めて拙劣であつて、又過言いろいろと不始末がありまして、組合の信用を失墜しておつて、そこに預金が集まらない、或いは組合当事者が組合経営を誤つて、努力が不十分である、或いは時によつては間違つたこと、不正なこともしているというふうなこともございます。いろいろのことがございまするが、組合それ自身が預金の秘密性を守ることができにくい組織になつておるというふうなことは、今日、組合預金の集まりません大きな欠点になつております。これらの点につきましてはいろいろ工夫を凝らしまして農民それ自身が協同組合金融というものにつきまして、もつともつと努力をする必要があるということを切実に我々は感じております。それとともに、今日、組合金融の捗りません理由の中には、他の金融機関がいろいろ立廻りまして、いわば高金利を以て組合金融の資金を誘惑しておるというふうな点もございまするし、又郵便案がいろいろと名寄せをしないとかいろいろなことがありまして、組合金融の預金の集積を阻害しておるというふうなことも見落せないところでございます。最近にはこの組合金融の一つの大きな心配になりますることは、郵便貯金が金利を上げるとか或いは貯蓄債券を政府が出すであろうというふうなことは、組合金融にとりましては非常に心配の種でございます。これらの点につきましては、組合金融の資金が農業投資のために農民の唯一のよりどころであるというふうな点につきましては、十分の御認識を持つて頂きまして諸般の御処置におきまして、組合金融の、組合金融それ自身の努力は努力いたしまするから、どうか一つ組合金融のために御配慮を頂きたい、かように存ずる次第でございます。 今日、組合金融の資金の不足を相当補なつておりまするものは食糧管理の資金の運用であります。食糧管理制度下におきましては、供米代金の前渡金又は貯金振替というふうな措置は、組合金融資金の大きな供給源になつておるのでございます。このことは、将来食糧統制が解除されて参りまするに連れましては組合金融に大きな影響を来たすことを懸念される次第でございます。その資金の前渡金或いは貯金振替等の措置がなくなりますに従いまして、食糧管理特別会計から組合金融に流されておりましたところの資金の供給は漸次減つて参りますとともに、組合金融といたしましては、自由販売になりました農産物の販売金融ということにつきましては、資金需要が漸次大きくなつて来るというふうなことが予想されるのでございます。で、今日、食糧管理資金が組合金融をかように潤おしておりますということは、これは食糧管理当然の結果ではございまするが、ひつくり返して見まするならば、先ほど来申上げましたように、何としても農業と農業外部の間の勢力関係からいたしまして、農業内部の資金がとかく農業外部に出て行くというものを農業内部に還元する措置が、この食糧管理というふうなことを通して出ておるというふうにも考えられるのでありまして、これは、軍に食糧管理がなくなればそのまま消えてしまつてよろしいというものではなく、これが将来なくなりましたときには、何かこれに代るべき措置等におきまして、やはり農業内部にとかく資金が蓄積されない、農業投資が不十分であるということを補います意味におきましても、何か考えをめぐらさなければならん問題ではないかというふうに思う次第でございます。 これらの資金は、組合金融資金と申し、又食糧管理の資金と申しましても、いずれも短期の主として流通金融の面にこれが廻転しているわけでございますので、農業の生産力を本当に伸ばします上におきましては、どうしても農業の長期の投資がなければならん。この長期の投資が組合金融内部に、農村内部にできるほどの蓄積はなかなか得られないのでございます。今日これを賄つておりまするものは農林中央金庫によつて扱われておりまする農林債券の発行、それによる資金調達でございます。これとて一般市中の資金を農林債券で集めるといたしましても、市中の金利水準が相当高いために、これを以ちまして農業に然るべき投資をするということには余ほど困難がございます。それらの点からいたしまして、先ほど申上げましたように、今日我が国の態勢といたしましては、財政によります融資というふうなことが起つて来ておるのであります。このことは、先ほど来申上げましたような根本的な考え方においても、是認されると申しますか、推進さるべきものであると共に、目先の問題といたしましてもこの点は切実にその必要を感じておる次第でございます。 で、我々は昨年来この農林漁業資金融通特別会計の資金を相当多額に農山漁村の方面に融資のお扱いをしておりまするが、これをお扱いしておりまする気持から申しますれば、従来到底、金融では何ともならなかつた、又助成金でも行渡らなかつたような農山漁村の隅々まで、極めて小規模なものもいとわずに、この融資が行われているのでございます。我々はこの実態を見まして、この御措置は誠に農山漁村の実情に適応した結構な御措置だと思つておるのでございます。二十七年度におきましては、この予算は前年度に比較しまして大幅に拡張されておりますようで、今後といえどもこれらの極めて有意義な価値の高い御措置につきましては、予算の御審議においても十分な御検討を頂きたい、かように存じております。併しこれをお扱いしておりまする金融機関の立場に立ちますると、これは誠に複雑な仕事であり、又これをお借りになろうとなさいます農山漁村の人たちにとりましてもなおなお手続等は面倒臭いのでございます。これらの点につきましては将来十分改善をする必要がある。又この資金は相当多くなりますときには、金融上の問題につきまして、金融機構の問題につきましても十分考えて行かなければならんというふうに思われるのであります。 私は主としてかような金融のことを申上げましたのでございまするが、この金融をお扱いしておりまするものが農村におきましては農業協同組合、この協同組合というものが今日の有様は、皆様も御承知の通りに、いろいろと困難な事態に逢着しており接して、過般農山漁村の、農林漁業の協同組合の再建整備ということをして頂かなければならなくなつた。これらの点につきましては、農民としても十分の反省をしなければならないと思うのでありまするが、この点につきましても、私は先ほども申上げましたように、農業協同組合の制度それ自身にいろいろと欠陥がある、或いはその指導監督、督励等に欠陥があるというふうなことをやはり切実に思うのでありまして、これらの点につきましては、法律施行後、漸次政令等においての改正も見て参りまして、検査制度等も最近充実して参りましたようでありますが、私は、農業協同組合というものが、今日のように自由勝手に、気ままにあれ、勝手にしろというふうに放任されたことは、過去五、六十年の歴史において曽つてなかつたことであり、やはり農民の良識というものに期待する、農民の自主性に期待するということは結構ではございまするが、併しそれだけに手放しにするということはどうかというふうに考えられるのでありまして、農業を、先ほど来申上げましたように国家の必要に応じて、自立経済計画の中においてその目標を達成させるためには、必要なる指導とか、監督というふうなことにつきましては、やはり政府当局においても勇敢にやつてもらいたい。それを徒らに干渉であるとか或いは官僚の独善であるというふうにのみ批判することなく、そういうふうなことはもとより排除しなければなりませんが、それを排除すると同時に、すべきこともしないというような事態は、これは、やはりいけない。協同組合は、過去五十年の歴史を顧りみましても、いろいろと手厚い親製指導なり、監督なりの下に、やつとその地位を築いて来たのであります。今後におきまして、再建整備等のこともございましたが、今後やはり協同組合に対しては相当の指導監督等を厳重にして頂くということが必要であろうというふうに存ずる次第であります。 私は、最後に、これは今度の予算ばかりではございません。終戰後の予算をずつと拜見しておりまして感じたことを一言申上げておきたいと存じます。それは、先ほど来申上げましたように、農政というものは、農業増産等は自立経済計画の中において推進する上において、先ほど来申上げましたように適切なる指導監督或いは保護助成というふうなことは必要であるということを申上げたのでありまするが、それと共に、最近切実に感じますることは、農政の中におきまして、農民の魂と申しますか、農民の心構えと申しますか、さような精神的な要素が強調されることが非常に少いということを残念に思つておる次第でございます。過去の農政におきましては、農民精神或いは協同組合精神というふうなことがよく強調され、又農業教育等につきましてもいろいろと適切なる配慮がされていたやに思うのであります。今日さようなことが著るしく欠けておるように存じます。何と申しましても、農業と申しますものは他の産業と違いまして、どうしてもこれは一人一人の人がその中心になつて働いておる、この人間的條件に依存することが大きいのであります。又その生産性が低く、ときに災害に見舞われるという経済的な條件もよくないために、ここに働く人の勤勉とか、忍耐とか、勇気とか、共同精神というふうないろいろの徳が説かれた、道徳的なことが説かれて来て、農民が激励されていたのであります。この点が戰時中余りに行過ぎましたために、戰後はそういうことについては一切物を言わないというふうな態度でございます。誰もそういうふうな指導者がなくなつたということは、これは農民の本当に良識を持つて立つている、一人一人が立派な者でありまするならば、それでもいいかも知れない。併しやはり過去長い間の経験からいたしまして、この農民に、これらの勤勉とか、忍耐或いは勇気とか、共同精神とかいうふうな徳を説くことがやはり必要なのではないかというふうに存じられます。又戰後軍隊生活というものがたくなつて来た。これは農村にとつては軍隊生活ということはいろいろな意味があることでございましようが、農民の中に質実剛健なる思想或いは団体行動の訓練、秩序の尊重というふうないろいろのよき結果ももたらしていたのでございまするが、さようなことが終戰後なくなつております。又農業教育の面におきましては、一応の教育制度が今耳立つておりますが、六・三・三制のあの教育制度の下におきましては、農業教育は非常に後退しておるのであります。優れた農学校等も今日ではみんな高等学校になつておるというような例もございます。最近、産業教育振興法等の御制定もありまして、産業教育ということが非常に重視されて来たことは誠に結構でございますが、やはり農政上これらの教育というふうなことは切実にその必要を感ずるのであります。我々といたしましては、金融とか投資とかいう最も物質的なものを扱つております者でさえ、こういうことをいうのであるということを、よく一つ御理解を願いたいのであります。今後の農政におきましてはこの精神的な要素を強調するというふうなことが必要である、これも又やり方が間違いますると、農民を間違つた方向に持つて行く危険があるというようなことからいたしまして、過去において余りにも行きすぎたことを、すべて羹に懲りて膾を吹いておるような今日の諸般の施策を眺めますと、我々はその危険を感じつつ、併しその危険を避けていわゆる民主的なる姿においてすべきことは是非して行くようなことを考えて頂きたい。農政は又経済的な物質的なものだけでは達成できないということを切実に感じております。かようなことを申上げておきます。誠にくだらぬことを申上げまして恐縮でございました。
○委員長(和田博雄君) 只今の公述に対しまして、御質問おありのかたありますか。
○深川タマヱ君 今日の日本の協同組合は放任しておかないで適当な指導監督が必要だと御説明になりましたようでありますが、具体的に申しますと、差当りどういう指導監督が必要なことになりますか。
○公述人(湯河元威君) 監督の方面から申しますると、協同組合の検査等はもつと厳しく嚴格にやつてもらいたいと考えます。又指導の面から申しますると、漸次復活はして来ておりまするが、協同組合の経営者或いは組合等に対しまして、組合経営上のいろいろ講習をする、或いはいろいろ実地に基きまして懇切に経営上の指導をしてもらいたい、かように考えております。
○深川タマヱ君 農林債券が今日、日本の農山漁村のすみずみまで行き届いて非常に功績を立てておるそうでございまして、而もそれはあなたの農林中央金庫で取扱つておいでのようでございますが、どういう條件でおやりになるのでございましようか。貧乏人には貸してもらえないんだろうと思いますが……。
○公述人(湯河元威君) お話が農林債券ということでございましたが、農林債券ではございませんで、農林漁業の融資であろうと存じますが、今日農林漁業資金融通特別会計の資金は、政府の御指定によりまして、法律で定めましたところによりまして、定められましだ土地改良でございますとか、共同設備でございますとか、いろいろ目的が定めてございます。それに対応いたしまして、御融資の申込がありましたならば、我々のほうで審査をいたしまして、それに対して政府のほうで貸付の決定をして頂くのでございます。これは相当金利も一般の市中金利よりも安く、それぞれの事業目的に適応いたしました金利をそれぞれ政府が予算及び法律を以てきめていらつしやいます。
○松永義雄君 簡單に二点ほどお伺いいたしたいと思うのであります。中金に対する資金の申込額及びこれに対して必要なりと思われる額、且つ中金としてこれに対して供給し得る融通量、この点先ず先きに……。数字だけで結構です。
○公述人(湯河元威君) 農林中央金庫に対しまして融資の申込みはどれだけあるかということは、これはちよつと申上げにくいのでございますが、今日農林漁業資金融通特別会計の、この予算に御計上になつていらつしやいます資金、これにつきましての申込みは相当多く殺到いたしております。それは現に本年度の二十六年度の資金総額は旦一十億になつておりますが、今日すじに百五、六十億の申込がこの中金に米ておりますようなわけでございます。我々はこれは当然二十七年度の二百億の融資額に引継ぐつもりを以てお欠けしておるような次第でございまして、各方面から相当多額の申込がございます。それから農林中金それ自身に刑する資金の申込は、これは相手が各協同組合でございますので、そちらと話合いをいたしまして賄いを付けておりような次第でございます。
○松永義雄君 只今御質問もありましたし、いささか触れられておつた点でのりますが、最近協同組合の間違いが非常に多くて、先ず全国的に一般的であると言つても過言ではないのであります。具体的に申しますと、最近埼玉県において、一度ならず二度までも検察庁の糾彈に会つているのであります。そうしてくだくしく話をすると一限りがありませんから簡單に話しますが、信連へ集まつた金が農村へ廻らないで以て都会へ来て、そういつたようなわけで、農村の利用が非常に多いはずであるにもかかわらず、その方面へ金が廻つておらぬ、そうして経営の衝に当るかたがいろいろ間違いの問題を惹き起しておる、こういうようなものに対して、只今検査なり監督なり、仮借なくこれを行なつたらいじやないか、こういうお話がありましたが、具体的に一体法律的にどういうような監査をしたらぱよろしいか。それから一案として理事者に対して供託金見たいなものを出さして、例えば組合長或いは常務理事なりに百万円とか、五十万円とかいつた金を供託さして、そうして万一損失を惹き起した場合には、それから賠償せしむるというような方針をとろう、すでにそういつた形が何か関西方面に存在しておつて、それを真似たらばよろしいといつたふうな考え方があるのでありますが、一体現在の農協の幹部の指導、監督、監査の具体的方法はどうしたらよいか。ただお役人に任して、そうしてお役人のほうから口やかましく言われたらいいのだ、こういうような今お話がありましたが、どうもそれだけでは足りないし、又なお精神教育のお話がありまして、若い連中に対する教育の点に触れられたようでありますが、併し農村の指導済階級に対する教育ということもかなり必要ではないかというふうに考えているのであります。終戰後のインフレ的な頽廃した気分が農村にも彌漫していると、こう言えば言えるのでありますけれども、とにかく農村を通じて上から下まで何かの教育の、農協に関する教育の組織を作つて、これを具体的に指導して行かなければならんと考えておるのでありまするが、もう少し何かあなたに具体的な案がありましたらお話し願いたいと思います。
○公述人(湯河元威君) 監督のことを先ほど申上げましたが、もとより官僚の監督だけが望ましいというわけではございません。お言葉のごとく組合員それ自身にもつと自覚をしてもらう必要がある。又組合役職員というものも非常に職責が大事なことを考えて自粛してもらうということが必要であるのであります。組合員が選ぶ役員であります。組合員がもつと目をはつきりさして、立派な役員を選べばいいのであります。それはとかく選挙で出て来るものに間違いが多いということがあるのは組合員がいけないのだ、それから只今仰せのごとく教育の問題は、組合教育をするということは、これは農業協同組合、協同組合には附きものでありまして、今日各県にそれぞれ組合教育の講習所が設けられております。中央にも協同組合があるところがございまして、それぞれ組合の指導者、経営着たるべきものの養成にまあ当つておりますのであります。これらにつきましても、今日国家の施策として、十分これの内容の充実、又規模の拡張をやつて頂くことが必要だと思うのでございます。それから供託金的なお話がございましたが、これは組合員の仲間で何かそういうお話合いをなさるということがあれば、それはまあそれでいいと存じますが、制度としてさようなものを作りますことは、協同組合としてはむしろ好ましくないのではないか、お互いの信用で本当に任せきる人を選んで、その人に任せるというような方向のほうがいいのではないかというふうに考えます。
○松永義雄君 お役人の監査並びに組合員諸君が自覚してよき人を選ぶというような、間違いの防止方法について一応のお話があつたのでありますが、何か仲間同士で外部から行つて監査するとかいつたような組織でも作るとか何とかしなければ、ただ農民の自覚に待つというだけでは今十分でないような気がいたすのです。だからこそ供託金、私は供託金がいいとか、悪いとかいうのではないのですが、何かそういう具体的な形の上に外部から何か組織を作る方法をとつて行かなければならんというところまでの必要を感じているように我々思つているのです。何か外部から一つ監査をするとか、何とかいう方法を考えなければいけないというところに来ているのじやないかと思うのですが、まあその点……。
○公述人(湯河元威君) 只今のお言葉誠に御尤もでございます。過去におきましては産業組合時代、それから農業会時代に監査連合会というものがございました。それは組合又は連合会が集まりまして、監査をすることを専門にして連合会を作つておつたのでございます。これも組合員が集まつてそういうものを作るという意識が高まりますと、そういうものが生れて参りますのであります。これは昭和十三、四年頃でございましたか、できましたのであります。終戰後協同組合に切り替わりましたときに、協同組合が皆勝手気ままなばらばらな気持になりましたので、到頭それを存続することができませんで解散いたしたのであります。又法律も特別の法律がございましたが、それが廃止になりましたのであります。この協同組合がそういう気持になりまして、監査機構をみずから持つということになりますことは誠に適切でございます。今日協同組合の一部にさような動きも出ておりますことは、只今の御質問に将来お答えできるものというかうに考える次第でございます。
○高良とみ君 只今前質問者の中にもあつたと思うのでありますが、私の伺つておきたいことは、農民の間に滲透しておりますところの利益追求的な、極めて、金銭を中心にしたその思想に対して、曽つての日本の農業協同組合の母体の時代にあつたような、土を愛し、土地の表皮を流さないというよう非常な土に対する愛着の念というようなものが、今金銭追求思想に切換えられているのじやないかということを非常に憂うるものなんであります。で、この点その方面の権威でいらつしやる湯河氏にお伺いしたいのでありますが、一体こういう思想の混沌しております中にあつて、例えばドイツ式でもよろしうございますし、デンマーク式でもよろしうございますが、日本の農民の、一つの土を深く掘つて、これを民族の生活の基礎とし、そこに一つの哲学なり、そこに一つの文化を生み出すというような愛情を作り出すためにどういう御努力がなされておられるか、或いはこれに対する末端の市町村の学校とどれだけ提携しておられるかということを伺いたいのであります。御無理な希望かもわかりませんが、教育も又中心からのみその思想或いはそのテクニックを指導されるのじやなく、農民の実態の中から湧出して来る思想或いは教育の思想というものがもう生れていいときではないかと思うのでありまして、これは中央の機関の任務の一端ではないかと思う、先ほど教育の面にお触れになりましたので、あえてこの点をお伺いしたいと思う、このくらいのときに、この日本の国土に対する愛着をつけませんことには、全く植民地的な、或いは金銭追求的な立身出世的な思想で、農村の若い青年たちも、老いたる人たちも土から離れて行くのではないかということを思うのでありますが、一応御理想を伺えれば非常に仕合せだと思います。
○公述人(湯河元威君) 只今のお話誠に御尤もでございます。殊に私金融機関におりますので、実質的なことばかり考えておりますのでございますが、お言葉の通り、今日都会と言わず、農村と言わず、人々はインフレーシヨンのあの刹那的な気持がまだ消えずにおりまして、そうして今お言葉のごとくに金銭追求的な、利益追求的な傾向が相当ございます。殊に今後自由経済で米の統制でも外されますると、農村はこの利益追求的な気持がもつと強くなり、営利的になつて行くのじやないかということが懸念されるのであります。併し他面におきまして、それではいけないのだという気持は、我々も金融機関におりましてもそういうことを感ずるわけでございます。教育ということをおろそかにして頂いては困るということからいたしまして、いろいろと心あるかたにお教えを頂いておるのでございます。農村の内部におきましては、皆様御承知でございましようが、今日政府が設けましたいろいろの施設、団体施設ばかりでございませんで、農村の中に、若い人たちで真に農民がこのままじやいけないという意味で立上りました農地研究会、懇談会というふうな仕組がもう芽生えて来ております。又曽つての老農と申しますか、篤農家のかたがたも気を取り直されまして、今後日本の農村はこのままではいけないのだというお気持ちから動いて来ていらつしやる御様子は我々にも見えるのでございます。今後かようなことにつきましての関心が、国会、政府或いは社会の各方面にあふれて参りまするならば、そこによき方法とよき措置がとられるようになるのではないかというふうに期待いたしておるのであります。私も自分のことにかまけて申上げては恐れ入りますが、ここにいらつしやる和田委員長と共に、内原の農民鯉淵学園という学校を経営しております。又協同組合教育のために協同組合学校というものも作つてささやかな努力を捧げておるのであります。かような面は今後皆様がたの御理解によりまして一層進めて頂きましたならば、地方の農村にはもうそういう芽生えが出ておりますので、それと連なつた気持ちが盛んになることができると、かように考えております。
○高良とみ君 只今のお答えで大体の方向がわかつたのでありますが、ついては農林中央金庫としましても、だんだん農地改革、農業の技術改革等に対しても投資をなさるお考え、又実績を挙げておられるのでありますが、よその国でやつておりますように、学校教育、殊に郷土の小中学校を今までのように国の教育機関からのみこれを流して行くというふうなことでなく、農業形態そのものの中に包括して行く、更にその一部教育活動として成人学校であるとか、或いは農業の技術指導であるというような、従来の組合活動をもそのエクステンシヨンとして、教育が青少年を国の将来のほかの業態へ従事する人を出すと共に、大人の教育も、又更に農業技術者の再教育のためにも活動しておる形態に対しまして、農林中央金庫のようなところが、そういう教育の諸設備、この活動に対してこれを投資の対象としてお考えになつたことがあるかどうかということを伺いたい。申すまでもなく六三の教育は、殆んど地方の町村民の半額以上の寄附によつてできております。勿論国の学校教育の教員の手当は地方団体の支給でございますが、種々教育の欠陷があります。例えば六三教育のごときは、P・T・A学校と言われておるようなところが高等学校の形においてあるのであります。そういうものに対してもつと農業の金融機関が母体として育成して行かれるような傾向を、組合経営と共に中央からもお考えになつたことがあるかどうか伺いたいのです。
○公述人(湯河元威君) 御趣旨はよくわかりますのでございますが、金融機関といたしましては、そういうふうな教育事業に対する融資ということはちよつと考えたことはございません。これはやはり公共的な資金を以ちましてやつて参るべきものだと思うのでありまして資金を御融資いたしまして、それを利息を出してお返しして頂くということはちよつと困難な無理なことではないかというふうに考えております。
○東隆君 政府が土地担保金融制度を準備しておるようなことが新聞に出ておりますが、私は農業の投資に、長期金融の場合に土地担保の金融制度をこしらえることは、往年の不動産銀行の小作人農家になつたようなああいう状態を起し、折角の農地改革の成果を壊してしまうのじやないかと、こういう考え方を持つておりますが、理事長さんは土地担保金融制度についてどういうお考えをお持ちですか、お伺いをいたします。
○公述人(湯河元威君) 非常にむずかしい問題だと思うのでございますが、農地改革後の土地担保金融というものは、今日政府が自作農維持施設を講じております。あれと関連を持たせてお考え頂いたならば、只今仰せのような御心配はない、土地を担保として金を借りる人が、万が一返せなかつたときは抵当流れをする。併しその抵当流れをした土地は、政府がそれを買取られまして、政府は又それを以て自作農創設をして行かれるおつもりのように承わつております。私も土地担保金融につきましては、今度農地法を政府がお定めになりますというふうに、農地改革を恒久化するというときが一つの機縁になると思います。これは農地改革をこのままでもう終らせてしまうならば、昔の不動産抵当という形で進んで行くということも止むを得ない、政府が固い決意を以て農地改革の成果を農地法で保つて行かれるという御決意がございますならば、只今申上げましたような自作農維持施設と関連を持ちまして、そういうことによつて今御心配の点もなくなり、不動産金融が少しずつでも実現するのではないかと考えております。
○東隆君 私はその不動産金融の制度の前に、やはり借金を拂うのには、農業経営から挙つた余剰で以て沸つて行くよりほかに方法がないというように思います。そのためにはどうしても中心になつて働く人の生命が、これが一番大切であろうと、こう考えるのであります。却つて不動産金融制度をはつきりさせる前に、生命保険であるとか、或いは家屋共済ですね、火災共済ですか、そういうような面を協同組合にどんどんさせることによつて、一方において担保的な性格を持ち、又農村の資金を蓄積して行くと、こういう方法が、これが先にとらるべきものではないか、そういう考え方を持つわけであります。それで土地担保の金融制度は、これは非常な危険性をはらんでおる、こういう考え方を持つておるのでありますが、私の考え方はどうでしようか。
○公述人(湯河元威君) 初めのお言葉につきましては、よく考えさせて頂きたいと思います。そういうことも大切だろうと存じております。それから土地担保金融が危険だというお言葉でございますが、これはもとより過去において抵当流れなどで悲惨な例がたくさんございます。それから徒らに土地をたやすく担保に入れ得るようにいたしますと、農民が土地を手放すことに近付くことが多くなりまして、これは滅多にしないほうがいいというような感じもいたしますが、これも羹に懲りずに、全く正しく適切に、指導と言つては何でございますが、よく自覚をしてもらいましてそうして純経済的にそれが動くという場合を考えて見ますると、折角の土地というものが不融通物のような形になつて、経済的にそれを資金化できないということは何とか取除いて上げたいというふうな気持がしておりますので、そごは先ほど申上げましたようないろいろな点は十分に考えた上で、一つそういう施設を作つたならばいいじやないかと思います。
○楠見義男君 簡單に一つだけ伺います。農村金融の資金源の問題でありますが、一つは組合金融の内部の資金、一つは国の財政支出による資金、この二つが現在は主要な資金源でございますが、この以外に、私は一般金融市場との結び付きということについてこれから考えて行か有れば、なかなか組合金融の自己資金なり、或いは財政支出だけでは十分な資金需要を賄つて行けないじやないか、こういうふうに思いますが、この場合に、一般金融市場との結び付きば、金利の関係その他或いは農業自体の余剰分が少いとか、そういつた二とからなかなか困難なのでありますが、この金融市場との結び付きの可能性に関連して、それを可能ならしめる條件として、政府においてどういうようなものが、援助と申しましようか、できれば、その可能性があるというような二とについて、ふだんお考えになつていることがございますれば、この機会にお漏らし願いたい。
○公述人(湯河元威君) 只今の御質問は、我々も常々何とかならんかというふうに考えておりますですが、非常に今まで考えたところは、まだ智慧が足りないせいでございますが、むずかしいのでございます。今辿り着きましたところは、農林債券を市中金融機関に引受けてもらいましてそうして資金を我々のほうに導入するというふうなことは考えられております。それから又、これも一般というわけには参りますまいが、日本銀行それ自身との関係におきまして農業手形を出して、これを日本銀行で割引いてもらう、担保にして貸してもらうということを考えておりますのであります。市中銀行との取引は相当困難がございまして、政府の御施策等で、何かそれを促すということはなかなか困難ではないかと思うのであります。今のところお答えするものを持つておりませんので、なお一つ併せて研究さして頂きたいと思います。 —————————————
○委員長(和田博雄君) それでは次に日本生活協同組合の中央委員をやつておられます野村カツ君に御公述を願います。
○公述人(野村カツ君) 只今御紹介頂きました生活協同組合のお仕事を長年いたしております野村でございます。今日は協同組合のお仕事をしておりますそういう立場でなしに、平凡な一国民といたしまして、消費者の立場から、全く素人の域を脱しないのでございますが、自分の感じましたままの感想をざつくばらんに御専門の皆さまがたに申上げて、何か御参考にして頂きたいと思います。 今度の予算を拜見いたしまして、先ず第一に私が感じましたことは、私たちの生活の実情に果して今度の予算が即しておるだろうかどうかという大きな疑問を持つたことでございます。どうも私たちの生活の実情に副ぐわない何か無理な予算じやないかという点、この点が非常に強く感じられたわけでございます。と申しますのは、私たち国民の八〇%、九〇%を占めております働く貧しい階級の人間が、一体毎日どういう生活をしておりますかということを家計面から分析して見ますと、本当に私たちの国民の生活というものは誠に貧しい、動物以下の生活をしておると言えるのじやないかと思うのでございます。で、例えばそれを家計面から割出して見ましても、五人家族でどうしても私たちの生活は月に三万四千円余り要るのでございます。厳密に申しまして三万四千三百二十八円十五銭というような計算が出ております。皆さんは恐らく五人家族で三万四千三百二十八円十五銭の收入を得るといよことは少し贅沢過ぎやしないだろうかというふうにお考えになるかも知れません。けれども、この收入というものは決して贅沢な收入じやございません。例えばこの生活というのは、一カ月食費に五人で一万六千三百七円と七十四銭支拂つております。それから又嗜好品といたしまして二千三百十円を拂つておるのです。で、どういう生活をしておるかと申しますれば、例えば御主人が一カ月にお酒をたつた三分の一升だけお上りになる、毎日煙草を、新生十本お上りになる、それからお茶を月に一・三斤くらい飲む生活、そしてお菓子を、百匁百円くらいのお菓子ですが、それを一日に四十五匁、四十五円食べる生活、これが嗜好品の内容でございます。こういう生活で果して贅沢だろうか、更に又交通費を考えてみましても、都電八円、これは前の計算でございますが、都電八円といたしまして、旦那さんと奥さんとが片道一月に五回だけ都電に乗るのです。又バスも十円といたしまして旦那さんと奥さんが月に五回だけバスに乗る、それから国電往復、御主人が三回、奥さんが二回、子供さんが二回、汽車は東京から甲府まで一年に一回だけ旅行すると、こういう交通費の内容でございます。通勤費は含まれておりません。又修養娯楽費といたしまして新聞を一つだけとる、旦那さんと奥さんが百二十円の雑誌を一冊ずつ買う、二百円くらいの單行本を一冊買う、子供さんに絵本を二冊、映画に月に一回行く、それとラジオ、大体こういう生活内容でございます。又住居費も僅か二千四百十一円二十九銭の家賃のところに住居費をかけておる、一体こういう生活内容が果して贅沢だろうか、決して私贅沢じやないと思います。本当につつましやかな、むしろ動物に近いような生活じやないだろうかと思うのです。こういう生活をいたしておりましてすら、五人家族で大体三万四千三百二十八円十五銭の月收入がなければ暮していけないのでございますけれども、皆さんこの三万四千円余りの收入を得るという人は一体どういう階層に属する人でしよう。恐らく官庁の局長さんでもこの何はもらつていらつしやらないだろうと思います。今朝こちらへ参りますときに、電車の中で或る私立大学の教授にお会いいたしました。先生失礼でございますが、私立大学の教授というのは一体幾らほど收入をとつておるのでございますかとお尋ねいたしました。そうですね。まあ一万円以上とつておる人というのは大学に一人もあるかないかでしようねというようなお答えでありました。こういう私たちとしては毎日の生活をいたしております。そうして日本の国民の大多数がこういう生活を毎日営んでおるのでございます。それから又とにかくこれだけのつつましい生活をするのですら、三万四千何がしのお金が要るにかかわらず、私たちの実收入というものは、殆んどこれの半分ももらつていないというようなことであります。で、最初にアメリカから日本に注文を受取りましたあの日立製作所が、一時間四十八セントで物を作れ、原材料を除いた一切の加工賃を含めて四十八セントにしろ、こういうアメリカからの発注を受けて仕事をいたしておりますが、その日立製作所の昨年七月末における新給與、新賃金を見ましても、やはり三十一歳の男のかたが、勤続八年で三人の子供さんを抱えておられます。この人の賃金ベースが一万三千五百二十六円になつております。これが恐らく日本の国民の大多数を占める勤労階級の実態だろうと思うのです。こういう私たちは苦しい生活をいたしておりますが、その中から税金を、本当に血の出る思いをして税金をお出ししておるわけです。この勤労所得税というものは国の收入のうち大体三八%を占めております。これに国税、地方税吏に専売益金等を含めますと、こういう働く人たちの納めております税率というものは税收入の四七%を占めております。このようにして私たちの收入面が賄われておるという点に非常に大きい問題があると思います。ですから私たち本当に苦しい生活をしておりますから、この間の補正予算で随分、四百億円でございますか、減税をして下さつたのでございますが、まだまだ税金が高すぎると私は言いたいのでございます。で、これが四百億円の減税という点にもいろいろ問題がございまして、恐らくこれは物価の上昇と賃金の割合から見まして、税法上の單なる減税に過ぎないということはもはや常識になつておりますが、このようにして一応減税はして下さつたにもかかわらず、こういう苦しい生活をしております私たちにとりましては、まだ税金が高過ぎるということを予算委員のかたがたに訴えたいと思います。只今、昨年でございますが、二十六年度におきまして、大体国民一人当り六千七百二円国税を拂つております。それに所得税を二千五百九円拂つております。これを昭和九年から十一年くらいの貨幣価値に直しますと、国税が三十円地方税が十一円になるわけでございます。昨年二十六年度におきまして、私たちは国民一人当り昔のお金になおして国税三十円、地方税十一円を支拂つておるのでございます。ところが戰前つまり昭和九年から十一年にかけまして、その頃の国民は国税に十七円、地方税に十円しか拂つておりません。こういうふうに考えますと、昨年私たちのお支拂いした税金というものはまだまだ高過ぎるということは、こういう面からも立証されるのじやないかと思います。つまり昭和九年から十一年にかけまして、国民一人当り地方税、国税合せて二十七円を拂つておつた。ところが二十六年度において私たちは四十一円も支拂つておる。差引き十四円支拂い過ぎておる。これをこの間における三百四十倍の物価をかけますと、四千七百六十円たくさん税金を支拂い過ぎておるのじやないかという結論になるのであります。而も私たち生活水準は戰前に比べましてまだ八二%しか回復しておりません。こんなにいたしまして、税金が高過ぎるということにつきまして、いろいろな家計の面からも立証できるのじやないだろうかと考えます。こういう意味におきまして、非常に政府にいろいろ御協力頂いておりますが、もつと税金を引下げて頂きたいという点をお願いいたしたいのでございます。 そのほかこの税金の点についていろいろ問題点があると思うのでございます。つまり非常にお金持の人には有利な点が設けられているというような点でございますね。例えば譲渡所得の軽減、無記名定期預金というものがこの二月十一日から行われております。無記名定期預金とか、或いは法人税の徴收を猶予する場合にその利子税が四銭から二銭に下げられているという点。それから高額所得者の税額というものが非常に引下げられている、こういう点。やはり私たち貧しい家計を預かつております主婦の立場からも何かいろいろそこに問題があるのじやないだろうかと思うのです。これが大体今度の二十七年度の予算の收入面に対する私の率直な批判と申しましようか、感想でございます。 それから今度は二十七年度の支出面について申述べますと、やはり私たちの生活の実情にそぐわない、無理な予算だということが随分言われると思うのです。先ず第一に防衛関係費と内政費との均衡が非常に保たれていない、不健全だという点です。予算説明書に現われました数字だけを見まして、純粋な防衛費とみなされる額は全体の予算の二一%を占めております。そうして内政費は七九%という割合になつておりますが、これは非常にアンバランスな支出だと思います。防衛関係費と申しますと、今の政府は再軍備というような言葉を非常にお嫌いになります、防衛力の漸増でございますか、むずかしい言葉ですが、何かそういう言葉をお使いになりますが、私は言葉の表現は何でもいいと思うのです、実体は同じでございますから。それを防衛力の漸増とおつしやろうが、再軍備費とおつしやろうが何でもいいと思うのですが、とにかく実体は軍備への第一歩を踏んでいるということは、私たち主婦の眼から見ましてもこれは歴然とした事実だと思います。こういうふうな防衛費関係に二一%も支拂うということは歴史上そうたくさんあつたろうかと思うのです。各国のこの国民所得に対する軍備費の割合を見てみますと、平時におきましては大体四—五%が普通でございます。どこの国におきましても、そのようになつております。ところが平時において二一%もそういう方面に金を出すということは、これは実に常識で考えられないべらぼうなことではなかろうかと思います。そのほか、純粋に防衛費とみなされるのは二一%でありますが、この内政費をもつともつと分析してみますと、この防衛費に関係するような費目がまだまだたくさんそれに加えられて来るのでございます。例えば一般公共事業費の中の二一%は恐らくこの防衛費に関係がある額だと私は考えるのであります。例えば一般公共事業費の中の河川に用いられております百八十七億円、このうち三十五億は電源開発のために用いられております。それから又非常に大きなパーセンテージを占めております道路港湾の修理費といいますか、それなども非常に大きい額です。航路標識、こういうようなものを合せますと大体公共事業費の二一%を占めるのでありますが、道路にいたしましても港湾にいたしましても、昔の古い軍港を又いろいろ改築して行くと、こういうことは明らかに防衛費に関連する額だと思うのです。このようなことは軍に一例に過ぎません。で、内政費をいろいろな方面から分析してみますとまだまだあると思うのです。政府の投資の中でも日本開発銀行でございますかあすこへもお金を出している。一体日本開発銀行に投資すると日本の貿易が盛んになつて結構でございますが、東南アジアの開発ということも直接間接にやはりこの防衛費に関係している費目だと私は思います。このようにいたしまして間接的に防衛費に関係する費目をかき集めれば今度の予算の恐らく半分くらいは防衛関係費に、もつとざつくばらんに言うならば再軍備費につながる額ではなかろうかと思います。そして内政費に僅か七九%、或いは五〇%が用いられていると、こういう予算の組み方が果して平時においてこういうことでいいかどうか非常に疑問だと思うのです。而も又物価が非常に値上りしておりますから、同じ内政費七九%と申しましても物価が値上りしておりますので事業分量において非常に縮小されるということも附加えなければならないと思うのです。で、このように私は防衛関係費と内政費とが非常に不均衡であるという点、そして而も防衛関係費に巨額の支出がなされるということは、私たち国民の生活の実情から推しまし誠に不釣合なそぐわない無理な予算だと私は言えると思います。更に又二十七年度は警察予備隊十一万を計上されておりますが、来年度は三十一万にするということです。でこのために恐らく又補正予算が直ちに組まれて、而もその補正予算の大部分がこういう防衛関係費の費目の支出が非常に多いのではないかということを考えますと、当初予算並びに補正予算を加えまして二十七年度の予算というものは非常に多く防衛関係費に使われて行くということ、これは国民の一人として本当に不満だと思います。できない相談です。私たちの家計、私たちの主人や私たちの働らいて持つて帰る收入から割出すならば、こういうことは到底できない相談だと思うのでございます。でこういつた非常に無理をされておるという点を指摘したいと思います。 それで一体その次に問題になりますのは、では政府はこの予算は一体私たちの国民の普通の生活を本当に真劒に考えていてくれるのであろうか、国民一般の生活をもつと豊かにしてやろう、もつと楽しく明るくしてやろうということについて本当に政府はこの予算はその点一生懸命に考えていてくれるのであろうかどうかという点は非常に大きい疑問です。でそのことを例証するかのように、私たちの国民生活と一番近い関係を持つております文教、厚生その他の社会保障制度費というものの額が非常に少いのです。具体的に申しますと例えば文教、厚生等の施設のために本年度は百二十三億計上されて昨年度よりも額としては殖えておりますけれども、二十六年度の物価の上昇を計算に入れて考えますと、昨年度は百十二億で今年は百二十三億になつて確かに殖えておりますけれども、物価の上昇を考えますとむしろ文教、厚生等の施設費は去年よりも減額されておるということになるのでございます。少し数字は古うございますが、一九五〇年の五月の日教組が調べた統計によりますと、今なお国立、公立、私立の小学校、中学校の復旧状態は半分にも達しておりません。まだ窓ガラスが破れ雨漏りのする校舎で勉強しておる子供がたくさんある。まだ復旧されておるのは僅かに平均して四二%ぐらいであとの五八%はまだ復旧されないままで、雨漏りがしたりガラスが破れたりそのままになつておる、そういう状態です。教室の不足も大体十四万七千だというふうに書いてございます。その他教育資材の不足というような点を挙げますならば、本当にこの文教施設のためにもつともつとたくさんの予算が組まれていいのじやないか。私が住んでおります家のすぐ前に上北沢小学校という学校がございまして、そこでは四教室を増築するために只今P・T・Aと学校側と区が三つ巴になつてけんかしております。町の壁新聞なんかにでかでかとそのけんかの経過報告が書いてございます。一体何をそんなにけんかすることがあるのかと尋ねてみましたらば、たつた四つの教室を建てるのにお金が四十万円あればいいのです、四十万円あれば四つの教室が建てられて、子供が皆楽しく勉強できるというのです、この四十万円のお金がどうしてできないのか、本当に悲しいことだと思います。警察予備隊員の費用というものは一月に大体四万三千円かかるのです。ですから若しもこの予算において警察予備隊員を〇・七人、一人じやありませんですよ、〇・七人減して下さるならば、私の前の小学校の校舎が四つ建つのです。たつた〇・七人の警察予備員を減して下されば四つの教室が建つのです。本当に、私は大切な子供の教育をあずかる母として悲しいことだと思います。 それから先だつて私が厚生省に参りまして、母子寮や保育所は、私が昨年調べたのでございますが、その後昨年から今年にかけてどんなに殖えておるだろう、非常にその殖えておることを楽しみにいたしまして、厚生省に参りまして、どんなに殖えておりますかとお尋ねをいたしましたところが、母子寮や保育所の増設は依然として悲しい数字でございます。幾ばくも殖えていないという事実を知りまして本当にさびしく思つたのでございます。例えば全国におきまして公立、私立の母子寮は三百六十四カ所しかないのです。百八十万の子供を抱えた未亡人がございますが、全国に母子寮はたつた三百六十四カ所しかないということ、又保育所は全国において公立、私立を合せて四千百五十四カ所しかないということ、これが子供と未亡人とを保護する政府のやり口でございます。これが果して私たちの生活を真劒に考えていてくれるのだろうか、母と子の問題を真劒に政府は考えておるだろうかということについての数字を以てのお答えであります。 更に又国立学校運営費、本年度は二百五億計上されております。昨年度は百七十億で確かに殖えておりますけれども、やはり物価の上昇を考えれば名目の増額でございます。この国立学校運営費というものに使われますその各施設一カ所一カ所の運営費というものを私割出してみました。平均いたしままして千百三十万円です。一つの施設に対して一月に千百三十万円、これで一体病院だの研究所だのが賄えて行けるだろうかと、そんなにちつぽけな運営費で立派な研究ができるだろうかと、大いに疑問とするところでございます。それからそのほか育英事業に二十九億取つてございます。昨年度より五億だけ殖えております。育英費には昨年度より五億だけ殖やしております。けれども国警に対しては百八十七億、昨年度の六倍もの予算が計上されております。育英事業のためにはたつた五億の増額しかしないけれども、国警のためには六倍もの支出を本予算において計上しておる。而もその対象人員はどうであろうか、育英事業に対しましては十六万四千人が計上してございます。国警は百八十七億の費用を以てたつた七万人の費用です。つまり育英事業と国警に要する費用との対比を見てみますと、額の面においては五億しか殖えていない。国警は六倍もにしておる。取扱う人間の数からいうと、育英事業の対象となる学生は十六万四千人もいるが、国警はたつた七万人、つまり国警のほうが育英事業の対象となる学生の数よりも半分になつておるわけです。数が半分で額は昨年の六倍もになつておる。こういう面におきましても、政府がこの育英事業、教育ということにどの程度の関心を持つておられるかということが数字の面においてはつきり出ていると思うのでございます。そのほか学校給食の問題を取上げてみましても、これも私文部省に行つて調べて参りました。一体学校給食のために政府はどれだけお金を今年出してくれる予定なんですかと尋ねてみましたところが、二十七年度の下半期におきまして、学童一人一年間の学校給食費用は四千二百四十円四十四銭だそうです。このうち父兄の負担が三千七百八十八円九十四銭になつております。ですからこの政府の負担というのは、学童一人について父兄が三千七百八十八円九十四銭も拂つているのに、政府の負担は四百五十一円五十銭しか出してくれないということです。子供に僅かパンとミルクとその他つつましやかな副食を與えるためにこれつぽつちの……ともかく学童給食のために政府が完全給食をしてくれる、そのために要する額は何でも四十億くらいあればいいそうですが、これは数字は確かじやございません、ともかく僅かなものだと思いますけれども、こういうことにもお金を出し澁つているというのが事実です。これは本当に何と言いますか憤りを私感ずるのであります。 今度は文教費を離れまして、生活保護費の問題に移りますと、今予算におきましては二百四十六億円計上されております。成るほど昨年度よりも殖えております。けれどもやはり物価の上昇を勘案いたしますと、二十七年度保護費二百四十六億円は昨年よりも実質的に減額されておるということが言えます。昨年度は二百十二億でございます。それに一・三三をおかけになりますとわかるのです。減額されておるかどうかということがわかります。ともかくこれだけの予算の支出を生活保護費にあてて、五人家族六大都市において一カ月七千円支給をすると言つております。五人家族で七千円、これで一体何が買えると皆さんお思いになりますか。私は今朝お米屋さんに参りまして、五人家族で配給米をとるのに幾ら要りますか計算してもらつて参りました。五歳から七歳までの子供一人、九歳から十三歳までの子供が一人、成年の子供が一人、その親子五人の世帶におきまして一カ月の配給米、内地米十日、外米五日、麺類、麦類十五日分で計算いたしまして闇を一つも買いません、配給米だけで三千二百五十一円要るのです。七千円もらつて配給の主食代だけに三千二百五十一円拂つてしまつて、一体そうしたらあとの費用でどうして生活して行けるのです。何とか生活をやろうと思つて働き出すと働いた途端に生活保護費はストップされる。こんな矛盾したことがあるでしようか。全く見せかけの生活保護費の提供だと言えると思います。そのほかいろいろな資料に基きまして、これはやはり何と言いますか、マーケツト・バスケット方式による算定でございますが、五人世帯で食費はどうしても一万六千三百七円七十四銭要るのです。マーケット・バスケットというあの方式でございます。あれで計算いたしますと、どんなに内輪に見積つてもこれだけ要るのです。けれども生活保護費として七千円しかくれない、こういうことでありますが、本当にこれも雀の涙ほどのお金だと思います。そのほか結核対策や失業対策やいろいろありますが、これは省きます。住宅の問題につきましても依然として三百三十四万戸の絶対数が不足しているのに、本年度は住宅金融公庫に対して五十億、昨年度よりも三十億一般会計から減額されております。国民金融公庫、これもたつた三十億、こういうような住宅や国民金融公庫に対する政府の投資は非常に少額です。それに反しまして先ほど申しましたように、日本開発銀行などに対しましては百三十億も大きな投資がなされております。日本開発銀行は昨年度七十億でした。それが今年は百三十億、一躍にして一年にして六十億円もぴよつと上つておる。けれども住宅金融公庫や国民金融公庫のようなものには減額こそされ増額されていない。こういう政府の投資の方針を見ましても、政府が私たち国民の生活を真劒に考えていてくれるのかという疑問が生まれて来るわけです。 それから今度は又遺家族援護の問題に入りますが、この援護費にしましても二百三十一億を終戰後やつとごさ六年目に頂くわけです。皆さんに聞いてみましても、今千円頂くよりも、あの終戰直後の苦しいときた十円でも百円でももらつたほうがどんなに助かつたか知れやしない、今頃もらつたつて、皆さんこんなにおつしやつております。どうして私は遺家族援護費を今頃になつて拂うのか、勿論これは司令部から差止められていたという理由もありましようが、ここにはやはりいろいろな政治的な意図が含まれておると思います。先ず私は率直に申しまして遺家族援護費を取つた第一のポイントは、町軍備への準備といたしまして、又再軍備をして戰争で戰死してもこうして遺家族援護費を上げますよと、こういうことのために算定されたのだろうと思います。それから又もうじき選挙がございますから、やはり選挙対策の一つとしてこういう費目が計上されたとも考えられるでしよう。非常にひねくれて見ますが、私はそういうふうに直感いたしました、率直に申しまして。いずれにいたしましてもその意図の如何にかかわらずともかく二百二十一億、母と子が月二千二百円くらいしかもらえない、これで一体遺家族に対して礼を盡しておると政府はお考えになるのでしようか。戰争でさんざんの目に会わして、愛する夫や子供を殺しておきながら、母と子に対して月二千二百円で勘忍してくれ、これでは余りに失礼ではないかと思います。これを西ドイツの例にとつてみますと、西ドイツは昨年、一九五一年度から国家予算の大体二〇・四%を遺家族援護のために用いております。もつと具体的に申しますと、西ドイツでは四十歳以上の未亡人に対しまして、七千七百四十円を安排つております。日本では四十歳以上の未亡人に対して千六百円しか支拂われない計算になります。同じ敗戰国でありながら、そうして同じように産業がめちやくちやに破壊された国でありながら、西ドイツにおいては予算の二〇・四光を遺家族援護のために用い、日本ではたつた雀の涙ほどのお金しか使つていない、こういう点にもいろいろ問題があると思います。このように、いろいろ文教、厚生或いはその他の社会政策的な費目について一体政府は私たちの生活をどう考えておるかということを検討してみますと、私の公述によりまして恐らく皆さんはお答えをもうお持ちだろうと思います。本当に真劒に考えておるか、私たちの生活のことを真劒に考えてくれておるのかどうかということ、この答えは申さなくてもいいと思います。 これに反しまして、一体今度の予算を見まして、物すごく政府が力を入れておるというような費目、こういう費目を拾つてみました。これは最初にも申しましたように、防衛分担費、或いは警察予備隊費、安全保障諸費、海上保安庁経費、或いは連合国の財産補償費、平和回復善後処理費、こういうようなものに非常に力を入れております。分けても防衛分担費六百五十億というものは、文教、厚生施設費の約五倍に相当いたします。この六百五十億、これはアメリカと何でも折半するそうでございますが、新聞で見ますと、日本は六百五十億の分担費を拂いますが、アメリカのほうは五百五十八億しか拂わない二とになつております。これは少し以前の新聞でしたからその後変つたかも知れませんがそういうふうになつております。私は日本の国とアメリカの国とは月とすつぽんほど違う、アメリカはお金持の国です。私も二年ほど前にアメリカへ三月ばかり渡米の機会を與えられまして行つて参りましたが本当にお金持ちの国です。同じ貧乏といつても貧乏の内容が違う、質が違う、ともかくお金持ちの国です。こういう月とすつぽんのような、世界中で一番お金持のアメリカと一番貧乏な日本の国と防衛費を半々にするという点につきましても、もう少し私は政府が腹に力を入れて折衝して頂きたい、こう思うのです。何故に日本だけが防衛分担費において約百億たくさん拂わなくちやならないのかということも、率直に申しまして私たち国民には、内部の事情のわからない私たちにはよくわかりません、納得行きません。こういう点ももつと御努力して頂いて、防衛分担費の引下げという点について、或いは又こんなものは本当はなくてもいいと思いますが、こういう問題があると思います。 それから警察予備隊費の五百四十億、前年度の繰越金三十億を入れまして合計五百七十億です。今年度は十一万人だそうです。先ほど申しましたように一人の警察予備隊員をかかえるために四万三千円の経費がかかるのです。これは表立つた経費です。もつともつと内輪の間接的なものをこれに加えれば、恐らく警察予備隊員一人を維持するために七万も八万ものお金が月に要るのだろうと思います。来年はこれを更に三十一万にする。何ですかローリングとかいうアメリカ航空参謀長官か何かがアメリカの下院において証言しておりますね。こんなにして三十一万も来年は殖やす、私はきつと又補正予算でたくさんの予備隊費が組まれるだろうと今から覚悟しております。 それから安全保障諸費というのは、五百六十億取つてあります。このなかでも大体のこの各費目についての算定の基礎というものを、この予算説明書においてもつと詳細に書くべきだと思います。けれども何か知りませんが、安全保障諸費五百六十億につきましてはこうこうこういうものに要るということが書いてあるだけで、各費目についてどれだけ要るかということは、大体の算定の基礎が全然書かれていない、こういう点も私には非常に不満であります。これもざつくばらんに申しますと、恐らく防衛分担費や警察予備隊費にもつと金が要るだろう、けれども最初から当初予算に、警察予備隊費の五百四十億だけでも、最初から七百億要るとこういうふうに出せば国民がびつくりする、或いは防衛分担費六百五十億としてありますが、最初からこれを八百億とか九百億だとか書けば国民がびつくりする、こういう恐らく御懸念があつたために安全保障諸費というような形をとりまして五百六十億というお金が計上され、そうしてこのお金が警察予備隊費や防衛分担費に恐らく実質的には流用されるだろうと私は推測するのでございます。そのほかはいろいろございますが、先ほど申しましたように、一般公共事業費の中でも私の計算だけでも二一%というものがこの防衛関係、再軍備に関係するところの費目だ、こう思います。 こんなのをかき集めますと、まあ恐らく最初にも申したように、二十七年度予算の表向きには二一%ですから恐らく実質的には四〇%、五〇%の費用というものがこういう二とのために使われている。こういう事実は一体政府がどういう考えを持つて政治をなさつていらつしやるのか、何に重点を置いて今後の日本の政治をやつて行こうとしていらつしやるのかということが答えなくても明らかになると思います。つまり政府は民生の安定というようなことには余わに乗り気でなくて、何でも、或いはソ連が攻めて来るかも知れないというようなこういう仮想敵国を予想して防衛という点、或いは再軍備と申しましようか、そういう点に非常に力を入れていらつしやつて予算を組んでいらつしやる。こう思います。再軍備の言葉を使いますと、恐らくこの公述が済んであとから質問が出るだろうと思います。何を以てお前は再軍費と言うのかというような質問が出ると思いますが、どのように質問いたしましてもこれは私は実質的には再軍備だ、これは国民皆なひとしくそう思つているということを私はこの際はつきりと政府のかたがたに、議員のかたがたに申上げたいと思います。率直に私たちお母さんがた、奥さんがたはむずかしいそんな防衛力漸増ですか、そんな二とはわからないのです、とにかくも再軍備と同じですねと率直にそうおつしやいます。こういうことのために非常に政府が意を用いていらつしやるという点は本当に子供を持つ母としまして、又愛する夫を持つ妻としまして耐えられないことでございます。そうしてそのことは精神的にも耐えなれないばかりか、最初にも申上げましたように、私どもの家計費から考えてみましても、これは全く不健全な、無理がある予算だと申上げられます。このようにいたしまして結局二十七年度国家予算は私たちの国民の生活を楽にしてやろうという意図で組まれた平和予算、いわゆる憲法の二十五條的精神に基く予算ではなくて、戰争準備予算である、再軍備予算である。而も何かアメリカのジヨンソン国防長官も言つておりますように、アメリカの国土防衛の一環として日本の政府経済を掌握して行こうというような、こういう他国から強いられたような再軍備予算である。こういう結論が、私は身近な家計の問題や子供の教育の問題、学校給食の問題、こういう面からも申上げられると思います。私はそういう意味におきまして、母として再び戰争することは絶対にいやでございます。そういう母としての立場から今年度予算の組み方に対しまして満腔の不平、不満、憤りをこの際はつきりと申上げたいと思います。そうして私は本当に政府に対しまして、どうかそういうことのために意をお用いにならずに、もつともつとこの経済の不均衡、昭和二十六年六月におきまして鉱工業の生産指数は一四〇・七%戰前よりも復帰しております。けれども国民の生活水準は八二%しか回復しておりません、このように鉱工業の生産指数がものすごい勢いで上昇しておるのに、国民の生活水準は依然として戰前を割つている。こういう日本経済のアンバランスというものをどのように調節して行くかということに、もつと意をお用いになる必要があるのじやないか。そうして長期にわたる日本経済の基本方針というものを確立して頂きたい。そうして長期にわたるところの財政々策というものを確立して頂きたい。こう思うのであります。で、丁度一年ほど前の国会におきまして、吉田首相もそれから池田さんも、両方とも一年前の通常国会におきまして施政演説をされております。その施政演説を見ますと、こういうことをはつきりおつしやつておる。敗戰国日本におきましては再軍備するなどということはとても考えられないことだとはつきりおつしやつておる。にも拘らずまだそのおつしやつたことが、舌の根がかわかないうちにまだ一年か僅かしかたつておらんのに早くもその施政演説を裏切つて実質的に再軍備に力を入れていらつしやる。又池田蔵相にいたしましても施政方針の演説の中で、もう二十五年度、二十六年度に貫いて財政規模の縮小、減税、それは財政々策の基本方針だと、こういうことをおつしやつておるにもかかわらず、実際には財政規模は縮小されないで今後ともますます膨張して行く。そうして減税されない。減税は名目の減税であつて実質的には減税どころではない、実質的には増税されておる。こういうようなことでございますから、私は本当にこの際おつしやるごととなさつていらつしやることが一致するような、長期にわたる財政々策の確立ということを、日本経済の今後の見通しを通じて私は立てて頂く。こういうことを結論として申上げて私の公述を終りたいと思います。
○委員長(和田博雄君) 質問がありますか。
○愛知揆一君 只今野村さんの公述を承わつておりまして、その立論の基礎にされております指数の点でちよつと如何かと思われる点がありますので、質疑と申しますよりは御注意を申上げたいと思います。
○公述人(野村カツ君) はあ、有難うございます。
○愛知揆一君 それは防衛費の関係でありますが、昭和二十七年度予算案におきまして百八十二億円、これは御指摘の通りでありますし、それから一般会計の予算の総額に対しまして二一・四%、これも御指摘の通りでございます。ところが野村さんの御説によりますると、平時におけるどんな国でもこんな高い二一劣というような高率の防衛費の予算を組んでいる所はない。平時においてはさようなパーセントは四—五%である。こういうような御説明がございましたが、これは恐らく国民所得に対する防衛費の比率の間違いだと思います。
○公述人(野村カツ君) そうでございます。
○愛知揆一君 ところがこの我が国におきましても、昭和三年度におきましては当時の軍事費の支出は一般会計に対して二八・五%、当時の国民所得に対する割合は四・六%でございますから恐らくごういつたような数字をお取りになつたのだろうと思うのであります。ところで昭和二十七年度におきましては、御承知と思いますが、国民所得の総額に対しまする今の千八百二十億円というものは三・六%でございまするから、我が国におきましても昭和三年度当時に比べましてまだその比率は遥かに低いことになります。又同時に一九五一年から一九五二年、大体現在のところで諸外国とこの比率を比べて見まするならば、アメリカは国民所得の総額に対しては一四・五%、一般会計総予算に対しましては五六・一%、西ドイツにおきましては国民所得に対する割合が七・六%、予算に対しましては三四・九%、こういうふうになつておりまするので、この点を念のために御注意申上げておきたいと思います。
○公述人(野村カツ君) 有難うございました。
○木村禧八郎君 私もそれに関連しまして質問というよりやはり御注意を申上げておきたいと思います。 愛知君は今各国の国民所得とそれからそういういわゆる防衛費と軍事費を比べる場合に、やはりこの国民所得というものをお調べになつて欲しいと思うのであります。アメリカと日本の国民所得がどれだけ違うか、それから又生活水準というものがありますから、生活水準がどれだけ違うかですね、殆んど貧乏線にある生活水準で、アメリカと同じ比率に、仮に同じ比率であつても、又アメリカより低くても如何にその負担が重いかという点もありますから、愛知さんの先ほどの御注意と併せて私もそれを考える場合に、この二つの点を参考にして頂きたいと思うのです。
○公述人(野村カツ君) 只今お二かたから大変いい御注意を頂きまして有難うございます。確かに私先ほどのは国民所得の間違いでございます。で、御参考に申しますが、国民所得に対する割合というものをあとのかたが、何とおつしやいますか木村さんでございますか、木村さんがおつしやいましたように、確かにこの国民所得というものの非常に違うという点、これは大きい問題であります。大体アメリカは一九四九年、国際連合の統計調査部の資料によりますと、一九四九年におきまして、日本が国民所得を一〇〇といたしますと、アメリカは一四五三になつております。イギリスが一三七三、スエーーデンが七八〇、フランスが四八〇、西ドイツが三二〇と、こういう国民所得の比率になつております。ですから同じように国民所得のこの何%、例えば日本の国では三・五%だと、英仏などは一〇・六%だ、だから日本はよその国に比べて非常に低いというこの先ほどのこちらさんの委員の愛知さんのお説に私やはり反対いたします。 それから生活水準の問題でございますが、これにいたしましても、大体アメリカにおきますエンゲル係数は三〇%から三五%でございますが、日本におきましては官庁調べにおけるエンゲル係数ですら今なお五〇%、六〇%、実質的にはもつとく七〇%或いは八〇%ぐらい出しておると思います。このようにいたしまして、生活内容もやはり違うという点も十分考えまして、ただその国民所得の割合に対する軍事費の率だけを問題にすることは、私誤まつておると思います。
○深川タマヱ君 私は男子の先生がたのように、公述人に対して御注意を申上げるのではないのでありまして(笑声)克明なる御研究に基く尊い多くの示唆を與えて頂きましたことを厚く御礼を申上げるものでございます。又伺うことのできなかつた御研究をもうちよつと伺いたいのでありますが、例にお挙げになりました五人家族の一カ月分の生活費、三万四千三百二十八円十銭、その中の修養費とか、交通費とか、住居費とか、嗜好費などを伺いましたけれども、私たちの考えておりまするのは、一番貧乏人の生活では食費が多うございます。お示しになりました食費では、その五人家族で一万六千三百七円七十四銭になつておりますが、大分ここで計算いたしたのでありますけれども、相当贅沢なようにも思うのであります、私の生活に比べまして……。一カ月分、二カ分でなくても一週間でもいいのであります。そこに若し献立表をお持ちでございましたならばお示しを願います。なおお持ちでなかつたならばあとで結構でございます、
○公述人(野村カツ君) それは大体国民栄養審査委員会でありますか、何かそういうものがございまして、そこで算定いたしましたカロリー計算に基いて算定した数字でございます。それにつきましての細かい資料は私手許にここに持つておりますから、若し御必要でございましたらお貸しいたします。 もう一つ私深川先生に申上げたい点はちよつと予算の討議から少し外れて恐縮でございますが、大体五人家族の食費に一万六千三百七円七十四銭拂つておるのは多過ぎやせんかと、この御懸念が皆さんにあるのじやないかと思うのであります。私はそもそもそふ間違つておると思うのであります。私たちは健康にして文化的な生活を営む権利を有しております。健康にして文化的な生活とまでは行きませんけれども、せめて毎日親子揃つて一日にお菓子を人二十匁くらいずつ食べられるような生活をしてみたいと思います。それは当然であると思います。旦那さんが一月にたつたお酒を三分の一升しかたべられないような生活が贅沢でございましようか。私は物の考え方がともかく、この食費にそんなにたくさん拂つている、生活にこんなにたくさんかけているというのはどうもおかしい、というのは、余りに私たちは貧乏になり過ぎて、その貧乏をする物的生活だということを知らないから、そういう気持、感情が出て来ると思います。私はこういう感情、気持を拂拭しなければならない思います。私まやはり一月に一四や二回はコーヒーやココアぐらい人間である以上は食べられてもいいのじやないか、それは決して贅沢ではないと思います。やはりそういうもつと積極的な意欲を持つて生活しなければいけない、こういうふうに思います。
○深川タマヱ君 私の認識不足で、ございました。文化生活という立場からお考えになるとそういうお答えも出るのかも知れませんが、私は今まだ敗戰国でありまして、飢えさえも凌げないような人もあると存じますので、大分観点が違つておりました。今日の街の物価を拜見いたしましても、私はもう少し安いお金で、もう少し栄養の取れる方法が幾らもあると思つたので申上げたのですが、これは討論になりますから、この答えは頂かないことにいたしまして、次のお尋ねをいたします。 母として再び戰争をすることは絶対にいやでございます、このお言葉に対日ましては全幅的に私も賛成申上げます。ところが如何にして平和を維持するかの方法につきまして、若干私は見解を異にいたします。野村さんのみならず、こういう御意見のかたがたに対しましていつも私は不安に思うのでありますが、私が研究が足りないためでもございましようけれども、何らの防衛も整えずに置きましたならば、どこからも攻めて来ないという何か確固たる確信に基いておつしやるのか、野村さんはさつきのお言葉の中に、防衛費は全部廃止してもいいとさえ極論されておるようでございますけれども、どこからも攻めて来ないというはつきりした確信が持てるのか、それとも攻めて来た場合に少しも防がずに手を挙げて敵の占領に任せまして直ちにその国の政治、経済機構のような変化を受ける、それでもいいという開けたお考えなのか。それとも三番目には日本の防衛というものはどこかの国が受持つてしてくれるという気楽なお考えなのか。それともよく聞きますような、国民生活の水準を少し高くしておいたならば、第五列の誘惑とか、国内暴動の原因にならないとか、或いはそれが原因になりまして、外敵の誘発にもならないというようなお考えに基くのか。或いはそれ以外のお考えもおありだろうと思いますけれども、もう少し私にこの防衛しなくても安心していられる根拠をお與え願いたいと思うのでございます。
○公述人(野村カツ君) 今日は予算委員会の予算に関する限りにおいてのデイスカツシヨンであろうと私は思います。そういう意味におきまして、一体平和は如何にして確保されるかという問題は、又これは別個に考えるべき重要な問題であると思いますが、私が申上げたい点は、例えば一家の、家中の者が、親も子もみんなが家の中でお粥をすすつて毎日々々三百六十五日暮している、こういう生活をしておりながら、いや泥棒か来るかも知れな、というので、厖大な鉄筋コンクリート塀をめぐらして、そうして家の中ではお粥をすすつている。こういう点に問題があるという点を私はこの予算委員会の問題として取上げたい。つまり、それは非常に不健康な、不健全な生活態度ではなかるりかという点を私は問題にしたいのでございます。そういう意味で申上げたのでございます。そして又、予算委員会において討議すべきポイントというのは、そのポイントにおいて討議すべきことでありまして、平和を如何にして確保すべきかという点はおのずから又問題は別個で、予算委員会を離れて討議すべき問題だと思います。私は只今何度も申しますように、お粥をすすつて食べながら、鉄筋コンクリートの近代的な塀を張りめぐらしてそうして仮想敵国が、泥棒が来はしないか、来はしないかと不安に怯えて暮しているというところに問題があると思います。そうして問題は鉄筋コンクリートをなくしてしまつてもよい、或いはもつともつとしろとかいうことは問題が別ですが、とにかくそれは身分不相応な塀を張りめぐらすということに問題があるということを、予算の面に限つて申上げたいと思います。
○山本米治君 私はさつき愛知委員が指摘された点について、私も直ちに感じました数字の間違いであつたのでございますが、なおほかにも防衛支出金を日本が六百五十億でアメリカが五百五十八億だ、こういうお話がありましたが、これもお間違いじやないかと思うのでございます。日本は五百五十八億のほかに九十二億を施設等の借入金として拂うことになつておりまして、合せますと六百五十億になるのですが、アメリカも六百五十億出しまして、その六百五十億と“本の五百五十八億と合せたものを両国で相談して出し合つて行くということに承知しておるのであります。その点に関する限り日本が余計負担しておるというわけではないのであります。更にアメリカの軍隊の装備とか、食糧とかいうものは無論先方持ちでありますので、その点に関する限りで日本のほうが余計負担するのだということは間違いのように思うのですが、それはまあ御注意までに申上げることにいたします。野村さんが、さすがは御婦人の立場から非常に我々と違いました角度から御研究の結果を我々にお示し下さいまして大変敬意を表するのでありますが、全体の感じは私はややセンチメンタルじやないかと思うのであります。(笑声)なお又多少のひがみと申しますか、色眼鏡があるのじやないかということも感ずるのでございます。例えば先ほど防衛費というものが土木事業の中にも含まれておる。開発銀行の中の支出金にも防衛費が含まれておるというように言われましたけれども、これらの点もやや色眼鏡じやないかと思うし、又今度遺家族の援護費を出すことも再軍備のための前提であり、或いは又選挙対策であるというようなこともおつしやいましたけれども、これは少し気を廻し過ぎておるのじやないかというふうに感ずるわけでございます。それで、それらは感想でございますが、そうして野村さんが本当に我々の生活をよくするということの画からこの予算が非常に不備なものであるということをおつしやる点はよく気持としてはわかるのでありますけれども、先ほど深川さんからお尋ねのありました一点は、私は軍に予算技術の問題、ここのデイスカツシヨン外の問題だとは思わないのであります。予算というものはあらゆる観点から支出を考えるものでありまして、今、世界の、国際情勢のこの荒波というようなものはどういうふうになつておるか、それは全く平穏であつて、軍隊はもとよりのこと、警察官一人置かなくてもよろしいという前提でありますれば、私はこれらの費用というものは挙げて文教費なり、その他社会事業、そういうものに使うことも誠に結構だと思いますが、そこにやはり国際情勢に対する御認識はどうであるか、そういうものは一切度外視してみんな直接民生のために、我々の生活をよくするために使えばとおつしやるが、やはり先ほど深川委員からお尋ねになりましたように、国際情勢、この中にある日本として一体その点はどういうようにお考えなんですか。それは予算外の問題だから一切それは別にして、予算だけを考えればいいというふうにお考えのようでありますが、私はその点意見があるのでありまして、やはりその点をお考え頂かないと、警察予備隊員を〇・七人減らせば教室が幾つか殖えるというお話がありましたが、ややセンチメンタルな予算論ではないかと思うのでありますが、この国際情勢と予算との関係をお伺いしたい。
○公述人(野村カツ君) 私は本当に国民の平凡な消費者の一人でございますので、大変むずかしい議論はわからないのでございまして、確かに御指摘のように消費者としてのセンチメンタリズムらいろいろ申上げまして、又数字の面におきましても専門家でございませんから、いろいろ間違いおかしておると思うのでございます。けれどもそういう点御勘弁頂きたいと思います。 先ほどのアメリカの分担金五百五十八億というのは、私も詳しい資料に基いて言つたわけではございませんが、ただこうした新聞の切抜きをいたしておりますものでありますから、その中でただ一行だけそういう二とが書いてありました。ですから国民としてはむずかしい専門的な資料をふだん読むわけではありませんから、ただ新聞を通じて読んだときに直感いたしましたとき、アメリカが五百五十八億、日本が大百五十億、これはちよつとおかしいとこういうふうに思つただけでありますから、これをここに率直に申上げたという程度であります。その点が一つ。 それから国際情勢と予算との関係でございますが、確かにおつしやいまするように、国際情勢は今なお二つの世界の対立が縞を削つて、解消いたしておりません。本当に悲しいことでございます。けれども国際情勢の分析もただ單に二つの世界の対立ということのみに限定してお考えになることもどうかと思います。確かにそういう大きい勢力の二つの角逐はございます。この二つの勢力の角逐の中を縫つて何とかしてこれを和解させよう、平穏ならしめようという、こういう又第三勢力といいますか、或いは又第三地帶と申しましようか、そういう一つのゾーンというものがやはりこの国際情勢の中にも動いておるという事実を、底流として動いておるという事実を忘れてはいけないまあそれの端的な現われとしてインドなどがございましよう、或いは又欧洲国民の感情を考えてみましても、何とかして戰争はしたくない、そうして民生の安定ということに意を用いたいというのが欧洲各国人の偽らない気持だろうと思います。こういう気持が国民の中に、各国の国民の中に、又大きくは一つの政治的な流れとして、この二つの世界に何とかして巻き込まれないようにしたい、そうしてこの二つの世界の対立を解消したいという、こういう一つの真撃な動きがあるということを私たちは忘れてはいけないし、そうしてそれは非常に重要な動きだと思います。私たち、ですから、ただ国際情勢は二つの世界観の対立と、こういうふうにきめ込んでしまつて、その数式ですべてを割つて考えるということは本当に私は余り感心しないのです。特に日本はあのみじめな戰争をいろいろ体験いたしまして、世界に日本が今後貢献すべき点は、何とかして再び戰争をしないで、この世界の国際情勢の中に底流いたしております二つの世界の融和ということを考えて行くこの政治、この力、この願いというものをますます大きく強めて行く、そのことによつて二つの世界の対立を解消して行く方向に今後の国際情勢を持つて行かなければならない。こういうふうに努力することこそ私は日本国民としての、世界に対していろいろ罪を犯しました日本の国民として今後歩むべき、道徳的な人間としての、日本国民としての歩むべき道だと思うのであります。そういう意味におきまして、私は片方の世界だけに加担することによつて二つの世界の対立をますます激化したり、強めて行くというような方向に入つて行くということはいけない。こういう意味におきまして私はこういう防衛費というようなものをできるだけ削減して行きたい、こういうふうに考えるものでございます。こういう立場で只今お話申上げた次第であります。
○鈴木直人君 国家地方警察の費用が昨年に比較しまして六倍になつておるという数字的根拠を一つお尋しておきたい。
○公述人(野村カツ君) 国家警察でございますか、はい、国警は今年百八十七億でございませんですか、昨年度の恐らくこれが六倍になつておりますから……、何しろ数字を読みますのも大変素人なもんで……。
○鈴木直人君 昨年はどうなつておりますか。
○公述人(野村カツ君) 昨年……ちよつと私非常に大きい間違いをいたしております。皆さんにお詫びいたします。昨年の当初予算の計算をしたんでしようか、昨年度補正予算を合せまして百五十八億になつておりますから、六倍になつておりませんですね。当初予算のことを私考えたんでございましようか。当初予算は幾らになつておりますんでしよう。
○鈴木直人君 只今野村さんの言われた通り昨年は百五十八億、今年は百八十七億でありますから、六倍にはなつておりません。
○公述人(野村カツ君) そうでございますね、間違つておりますからどう、そお許し下さい。
○委員長(和田博雄君) ほかに御質問がなければこれで午前は終ります。午後は一時二十分から行います。どうも野村さん御苦労さまでした。 午後零時四十三分休憩 —————・————— 午後一時四十三分開会
○委員長(和田博雄君) 午前に引続いて委員会を再開いたします。公述人のかたがたにはお忙しいところを御出席頂きまして、委員長として厚くお礼申上げます。それでは先ず日本官公庁労働組合協議会議長岡三郎君の公述をお願いいたします。 —————————————
○公述人(岡三郎君) 只今紹介を受けました日本官公庁労働組合協議会議長の岡でございます。予算全体に亘るところの意見は一応差控えまして、当面我々官公庁に勤務する公務員の立場から、我々が要望する点を織り交ぜて意見を開陳したいと、こう考えるわけでございます。 本予算を見て、前に衆議院においてもそれぞれ公聽会が持たれたのでございますが、いろいろと批判、検討されているうちにおいて、本予算が軍事的な性格を持つた予算であるとか、或いは国民経済が限界に来ている段階において、この再軍備に要する費用が非常に過大であるというふうないろいろな意見がございますが、私はこの予算を通して、まじめに働くところの国家、地方合せた公務員の今後の生活の状態を考えて見なくてはならんと、こういうふうに考えております。それで、昨年、その前の一昨年、つまり人事院が開設されて以来、公務員の給與は人事院の勧告通りに実施されたことは未だ曽つて一ぺんもございません。これが現在の官公吏の最も不満とするところなんでございます。それに要する経費はその都度々々我々が要望して参つたわけでございます。大体の見積りは、国家公務員にあつては、大体あと二百六十億程度あればいいのではないか、それから地方公務員は大体三百四十九億、合せて六百億程度の金があるならば、大体実施されて来たと我々は計算をしているわけでございますが、このような勧告の実施状態が続くにつれましてインフレの高進によつてようやく生活水準がやや向上するかに見えた段階が再び過ぎ去つて、インフレの中に生活水準が切下げられて行くという想定に立つたときに、我々は本予算を見たときに誠に心配危惧に堪えないということをはつきり言わなくてはならないと考えます。そこでこの予算の中にいろいろと盛られておりますところの一番問題は、インフレの性格を持つている予算であるという点が指摘されなくてはならぬと考えます。それで講和関係の処理費をめぐつて準軍事的な要素としての千八百二十億、そのほか非生産的な各種の予算を検討したときに、巷間伝えられているように、秋に向えば物価はますます高騰して昨年以上と大体想定されていると我々は聞いております。昨年のCPIから考えても約二四・四%の上昇ということになるならば、今年はもつとそれ以上に上昇の懸念があると断言しても憚らないのではないかと、こう考えます。そこで私はここで訴えたいこ芝は、まじめに働いて一応職をやめて退職金をもらつて行く公務員、この中にはまじめな教師も含まれているわけでございますが、インフレの中で退職金をまじめに郵便貯金なり銀行に預けておいていつの間にかそれが貨幣価値が低下して逐次なくなつて行つておる。こういう現象でございます。つまり貨幣で言えば、大体我々の計算によつても昨年の一万円の金が今使うならば、断言してもいいと思いますが、七千円ちよつとくらいにしかならないのではないかと考えるわけです。つまり物価は二四%強上昇しておると言つても、貨幣価値としては大体の我々の計算では三割くらい安くなつて来ておる。こういうふうな現象が続く限り、当然賃金要求は起らなければならないし、やめて行つた人はそれに伴うところの恩給とか、退職金とかいうところの損害を一体誰が補償してくれるのかというふうなことを考えて行つたときに、やはり生活不安というものがそこから大きく起つて来るということを考えております。そこでこれらのようなインフレの要素が逐次上昇して行くということになるならば、この問題を我々は考えて、現在人事院、政府に対して我々は賃金要求を出しているわけでございます。ところが現在の八千五百何がしかの総予算の中において、我々公務員の給與の單価は一万少々の現行給與で抑えられておりますが、これが当然今後の物価の上昇に俘つて改訂されるということになるというと、一体その財源をどこから出して来てくれるのか。昨年のように自然の増收ということを言つて水増しをした中から出して行くことになれば、当然その中にインフレの要因も入つて来るわけでございますけれども、それよりも、政府がしばしば言つているように、増税をしないで、これらの費用というものを考えて行くならば、当然又水増予算になるということを考えております。昨年水増された予算が、現在地方に今税金が取立てられておるわけですが、現行から考えるならば、我々としては是非ともこのような大きな費用の中からインフレの要因になるところの再軍備費その他をやはり削減して、この民政安定費のほうにこれを計上してもらいたい、この要望を私たちは強く叫ばざるを得ないわけでございます。 第二点といたしまして、このインフレの中において給與のベースが改訂されて行かなくてはならないと思いますが、一方政府はしばしば税金を減らしておる、税法上の減税を言つておるわけでございますが、これに結びつくところの計算を我々がしてみたわけでございます。ところが、実質的に税金は下つておるかどうかと申しますというと、扶養家族二人で一万五千円程度とつていた者が、成るほど昨年の所得税の改正に基いて千七百二十九円のものが一千四十九円になつた、ところがベースが改訂されてこの人が一万九千六百二十五円になつたとすると、その徴税額が二千四十一円というふうになつております。この計算をしますというと、大体若しも実質賃金が昨年と同様であるというふうに我々が考えて行くならば、この所得経費は実質賃金として一万七千五百八十四円もらつているわけですが、これが一万七千九百何がしにならなくてはならんというふうに考えております。つまり物価が上つて賃金がそれに及ばないという状態が出て来ておりますので、所得税で非常に軽減されたと言うても、一千七百円が二千四十一円に伸びて、而も実質的には低下しておると、政府が言つておるところの減税でもこういう状態になつております。そのほか間接税の砂糖消費税とか、その他一般的な間接税が相当大きく見積られて、これが直接勤労大衆の生活にしわ寄せが来ておる、こういうふうに考えてみたときに、先ほど私が申上げましたように、百円の貨幣が七十円そこそこ、七十一、二円程度の価値にしかなつて来ておらない。こういう状態が逐次これから繰返えされて行くならば、賃金を要求して行くたびごとにその実質賃金は低下して行く、この根本的な問題は、やはり最近にめぐるところの国際情勢の中において、余りにも日本が一辺倒になり過ぎて、講和経費というものを多く見積り過ぎて、結局民生の安定をその力が足りないのではないかということを私たちは指摘せざるを得ないのでございます。 このような問題について、更に細かい統計数字がございますが、省きまして、一つ一例を申しまして、昨年度に上つたところの諸物価の問題について考えて見ても、電気料金が八月から三〇%上つて、ガス料金が同じく八月から三三%上つて、米麦の消費者価格が同じく八月から一八彫、風呂賃が十月から二〇%、国鉄の運賃の旅客が十一月から、二五%、貨物が同じく三〇%、郵便料金の平均値上げが十一月から四〇%、電信電話の料金が平均やはり二九%、私鉄運賃が三〇%、こういうふうに非常に値上げがされて来ておる。而も最近においては更に電力料金の値上と、それから賃貸価格、不動産の賃貸価格の更新という方面からますますこの傾向が助長されて行くという点は、はつきりここに言えると思うのです。そういう中において当然公務員の給與をどうするかという点がやはり使用者としての政府は考えらるべきであるのに、この問題については更に考慮を今のところ拂つてもらえない、こういう点に大きな我々は不安を持つているわけでございます。これが地方のほうへ参りますというと、昨年衆参両院で平衡交付金の増額の決議案が上つて、我々としては何とかしてこの増額の方向を貫いてもらいたいという念願があつたわけでございますが、相当考慮するという言葉が述べられたのでありまするが、時間の経つまにまにこれが打捨てられて現在来ておるわけでございます。この地方税のほうの問題といたしまして、我々が率直に訴えたいところは、本年度の地方財政の窮乏はもう起債は限度に来ておりますし、知事会議の査定でも、大体四百二十五億円ぐらいに赤字が累計して来ておる。この四百二十五億円と起債が大体限界に来ているということになるならば、当然平衡交付金で何とか賄つてやつてもらいたいという要望が起るのは当然だと考えております。これに対しまして、政府は昨年の地方税の收入と対比して、自然増收が本年になつて約二百七十億、このほか雑收入が同じく二百六十億出て来る、地方財政の増を百五十億、或いは行政整理その他によつて四十七億五千七百万円、或いは地方税の増收、課税の変更等による課税率の引上げに伴うところの九十七億、こういうふうに不当に、過大に見積もつて現在平衡交付金を昨年の五十億程度の増額で賄おうとしておるわけでございますが、この中には大体地方の行政機構の改革に伴うところの行政整理費すべてを含んで大体百億程度の犠牲を強いておるわけでございます。こういうふうな状態の中において、地方公務員に今見舞つておるものは、行政整理の五分の強制と、そのほか各種の給與の切下げ、つまり定期昇給とか昇格をストップして、そうしてその犠牲を一般公務員に強いて来つつあるのが現在の状況でございます。このような中において、いろいろと問題があるとしても、少くとも我我としては平衡交付金を更に増額してもらいたい、この要望は、我々としては当然赤字に上るところの四百二十五億の要求として出て来るわけでございますけれども、それほど、でないとしても、少くとも我々としてはあと二百億程度の増額を要求せざるを得ない、こういうふうに考えております。そこで平衡交付金につきましては、本年のこの財政計画その他から考えまして、参議院のほうで修正ができなければこれはお陀仏になつてしまうわけでございます。昨年の延長戰としても是非とも参議院においてこの平衡交付金の増額を一つかち取つて頂けないものか、こういうふうに我々は考えておるわけでございます。 次にこれらの関係の中で少し教育費関係に言及さしてもらいたいと思いますが、現在教育費関係は最低を割りつつあるわけでございます。三月二日の新聞紙上に文部省から発表された数字がございますが、我々の調査した数字は更にあれよりも教育費が苛酷に圧迫されておるということを教えております。つまり現在〇・七坪の最低基準の施設に対しても殆んどこれが逐年置いておかれまして、老朽校舎その他災害によるところの各種の我々の言つておるところの負担は、結局追いつけないという状態になつております。この〇・七坪のこれを完璧にやる費用として六十何億、つまり大体七十億程度の金があればできるわけですが、これは我々が言えば駆逐艦の大体半分、六分ぐらい造る金ならば、これだけの学校の設備が一応完成できるのではないか、こういうふうな計算を今しておるわけであります。そういうふうに全体の国家、地方官公吏の給與ベースを考え、実質賃金の状態を考えて行つたときに、民間との比較から考えても非常に低額であるし、而も今後のインフレの高進、上昇ということをこの予算がはつきりと示しておる中において、我々、ますます行政整理の荒波の中において国家にまじめに奉仕しているところの公務員に対して幾ばくの裏付のある予算が計上されておるかと言えば、それも皆無である。今後補正予算を以てこれに報いてくれるとするならば、それは増税以外の途はないのではないか。増税することによつてますます実質賃金の切下げになるということになるならば、政府はいわゆる水増しによつてこの費用を捻出するということになるかもわからないけれども、そうなればますます国民に対するところの圧迫というものが強化される。そういうふうに考えて行けば、結論としては、現在の予算のどこに我々の突破点を求めるかと言えば、イデオロギーを抜きにしても日本の国家財政全般からいつて、吉田内閣が計上しておるところの再軍備的の性格のこの講和予算が余りにも苛酷であり、余りにもひどい、こういうふうに我々はここに言わざるを得ないと思うわけであります。私たちはそのような観点から、国家公務員なり、地方公務員なりが、今後の給與改訂においてもこれらの要素を十分国会において審議検討せられて、我々に対して少くともこれ以上生活を割るような悲境に陥れないような方向に御善処を願いたいと言わざるを得ないと考えております。私たちはそのような中において、現在まで民主的な労働組合を編成して闘つて来たわけでありますが、このような状態が続く限り、如何に政府が再軍備を焦り、日本の動員体制強化に奔命しようとも、或いは様々な団体を統制し、或いは彈圧法規を以て公務員に対し、或いは労働組合に対して臨むとしても、これは一時的の便法にはなるとしても、これ以上日本の労働者或いは官公吏に対する生活の切下げということは無茶ではないかと我々は考えております。各種の経済学者の言を借りて見ても、漸く昭和五年から九年の平均値の七〇%に生活水準が回復して来た。この回復の上昇過程において我々は漸く戰後の疲弊の中から一つの望みを託したわけであります。現在これらの我々の前途に横たわるものは茨の道である。我々自体も日本国民でありますので、ただ甲に労働者の利害を考えるだけでなくして当然国民全体の規模の中に立ちたいという念願はここに申すまでもないことでありますけれども、少くとも現行の給與から行くならば、国家、地方の公務員に課せられるところの負担が余りにも苛酷に今後なり行くのではないか、こういうふうに訴えます。 そのほか本予算に計上されておる中において我々が最も心配しておることは、結局先ほど申しましたように行政整理とか名和の問題、或いは彈圧によつて取締つて行くとしても、抜本的には日本の国家全体の中において、最後に強調したいことは、インフレをやめてもらいたいということなんです。これは同じことを繰返すことですが、我我の要求というものは生活に根ざしておる要求であるということを確信しておるわけであります。インフレを上昇するように、つまりインフレの上昇ということは言葉を換えて言えば大衆課税、大衆收奪という言葉が適切であると私たちは考えておりますが、インフレによつて、折角まじめに働いた公務員が三十万なり五十万の退職金をもらつて、何か生業資金にしようとして行こうとする金が一年たてば三割なり二割なり下落して行つてしまう。郵便貯金に預けたり銀行に預けても、その利子は追いつかないということになれば、当然これは肚の中においては全く絶望的な気持を持つて行かざるを得ないと私たちは考えております。そのほかいわゆる恩給にしてもすべてそうでございますが、遺家族の援護費にしてもやはり私は真実に機争のための犠牲者を救うということになるならば、これは宣伝的な意味において、今後再軍備の一つの要素としてそのような、いわゆる戰争の苦難の途を嘗め、本当に苦しんだ人たちに報いるという気持ではなくして、今後の一つの想定の上に立つような意味合いにおいて少額のものを計上するのでは、結局国民、本当の日本人自体の精神の確立には私はなり得ないのではないかとこういうふうに考えます。すべてこれを集約するならば、インフレの中におけるところの公務員、日本の国民自体が今後の政府の施策によつて茨の道と言つても苛酷、先の見当の付かないような道の中に我々はうろくして行かなくちやならないのじやないか。このようなうろうろするような過程の中においてやはりこの国会自体が現行総予算の中において、民生安定費のほうにやはり十分御検討、メスを入れられて、我々の要望する方向に御努力が願いたいということが私たちの念願でございます。 非常に細かい数字その他は私自体のほうとしても研究しておりますが、私のお願いは以上の点に盡きるかと存じますので、以上の点を述べて本日の御参考に供する次第でございます。なお質問がありましたならば、その御質問にお答えするということで、甚だ簡單でございますけれども、これで公述を終りたいと思います。
○委員長(和田博雄君) 質問がございますれば……。ございませんか。なければ次に一ツ橋大学教授都留重人君の公述を願います。 —————————————
○公述人(都留重人君) 私は只今御紹介にあずかりました一ツ橋大学経済研究所長の都留重人でございます。私は予算の一般的な問題について二、三の見解を述べさせて頂きたいと思います。が、時間の制約等もございまするので、論点を比較的かいつまんで申上げることもあろうかと思います。趣旨が徹底いたしません場合にはあとで更に敷衍させて頂きたいと思います。 最初に比較的簡單なことでございますが、一言させて頂きたいことがございます。それはごういつた予算の基礎を作りますときの基準となります物価水準乃至は給與のレベル、一品で申しますると、私らは俗に分母と申しておりますが、その分母がはつきりしないというと、分子だけで論じましてもどれくらいの大きさになつておるかわからない。戰前の貨幣価値と現在の貨幣価値と比べて如何にそれが変化したかということは皆様おわかりの通りでありまして分母が非常に大きくなりますると分子が幾ら大きくなりましてもそれは大きくなつたとは言えないのであります。それでこの予算の分母は何かという問題、これを実ははつきりして頂きたいのであります。大蔵省のほうでお作り下さいましたこの予算の説明書を拜見いたしましても分母が何であるかはつきりいたしません。何年何月の物価を基準にしてこの予算を立てておられるのかはつきりいたしません。給與はいつのレベルで以て立てられておるかということは、これは私らは新聞その他、又自分自身に顧みましてもわかつておるのでありまするが、物件費等の分母が何であるかということはわからない。そのために政府当局の御説明を伺つておりますると、政府に都合のよいときには絶対額でおつしやいます、殖えたということをおつしやいます。分母がわかりませんから、事実金額の上では殖えておりまするけれども、実質的な水準に直して見ますると減つておることがございます。例えて申しますならば、地方平衡交付金は増額されたということを大蔵大臣は言つておられます。成るほど殖えてはおるのでありまするが、物価水準がどうなつておるかということを計算に入れまするならば殖えたか減つたかはわからないのであります。内政費が殖えたということをおつしやいますけれども、これも物価水準を計算に入れますというと、個々の場合にはどれが殖えどれが減つたかということはわからないのであります。例えば農業パリティ、これはやはり一つの物価水準を現わしたものでありまするが、農業パリティの変化を調べて見ますというと、昭和二十六年度の予算が起案されましたときの。ハリテイの基礎は、戰前の一九三四年—三六年度の平均を一〇〇といたしまして一八二・二でありました。今度の予算ではそれが二五五となつております。これだけ上つておるのでありまして、尤も昭和二十六年度の予算が起案されましたのは、今年度の場合と比べまして非常に早うございまして、物価騰貴が十分に斟酌されておりませんでした。併しこのように分母が変化いたしておりまするので、私らがこの予算の説明書を昇見し、且つ予算の内容について検討いたしまする場合には、どうしても分母を伺わなければ何とも言えない。願わくば今後大蔵省等におかれまして予算の説明をお作りになる場合には、分毎を明らかにし頂きたいということを最初に申上げたいと思います。 私が本日申上げたいと思いまする主な論点の第一、これは今度の予算の最大の特長が再軍備第一年度の予算であるということであります。而もそれが自主的に編まれたものではないということであります。仮に再軍備第一年度の予算といたしましても、若しも、まさに独立せんとしておる日本が自主的に編まれたのでありますならば、なお恕すべき余地があるのでありまするが、明らかに自主的に編まれたものではないということであります。現に起りつつあり、又近く予定されておるところのこの警察予備隊の拡充その他の処置が果して再軍備であるかないかという問題は、吉田総理大臣の言葉の言い廻しによつてきまることではなくて、現実の実態によつてきまることであります、果して現在の日本のこの警察予備隊等の拡充その他の防衛の措置が戰力の名に値いしないかどうか、再軍備と呼べないかどうかということは、たまたま昨日の夕刊読売出ておりました外国の新聞記者フロム氏の説明の中にもございまするように、全世界の首都におきまして、逆説的にも日本だけを除いて、現在の日本のこの警察予備隊等の拡充は再軍備であると解釈しておるということが書いてございますが、私はこの席で果してこの予算で以て予定されておりまするような防衛力の拡充が再軍備であるかどうかということは論弁或いは論断いたそうとは思つておらんのであります。むしろ私が問題といたしたいと思いますことは、国民の間にはその点について非常な疑惑があるのでありまして、本当に再軍備であるのではないか、吉田さんはあんなことを言つておるけれども、これは再軍備らしい、どうも憲法第九條の改正を必要とするのではないかという心配が非常に強くあるのでありまして、専門の学者の間でもその点につきましては、憲法の改正を必要とするという意見が述べられております。そういう状態にありまする場合には、私の見解ではこの予算を審議される前に、先ず憲法との関係を明らかにされるということが先決であろうと思います。憲法第九條に停るか悖らないか、若しも憲法第九條に悖るということであるならば、この予算を審議すること、ましてやそれを通過させるということは、これは憲法の精神を蹂躪し、且つその條文を踏みにじられたと言わなければならないのでありましてどうしてもこの憲法第九條との関係を最初に明らかにして頂きたい。その点についての国民の疑惑を解いて頂きたい。憲法第九條に悖らないということを国会であつしやるならばそれで差支えないのであります。併しながら私も必ずしも政治については玄人ではありませんけれども、現在の日本の憲法の成立ち、その他から申しまして、憲法違反の場合に具体的な事例なくして国会でそれを直ちに取上げられることができない二とは承知しております。又アメリカの憲法の実情から申しましても、憲法に違反したようなことを行政府が承知の上でやつてのけることがあるということも知つております。曽つての一九三。年頃ニユーデイール時代のいわゆるNRAというのは憲法違反かも知れないということを政府は承知の上でいたしました。その後具体的な事例が裁判所に訴えられまして、その結果憲法違反であるということが明らかになつてNRAは廃止となつたのであります。でありますからアメリカの憲法に或る程度似せて、或る程度でありまするが似せて作られたと申される日本の憲法であるからには、そういう状態が予期されているということも考えられます。憲法違反を承知の上でやる、具体的な事例が起つて、最高裁判所がこれを違憲といたしたならば、そのときにはやめるということも考えられるのでありまするが、この再軍備の問題は、そうして憲法第九條の問題は、NRAの場合とは比較にならんほど根本的な重要な問題であります。日本の戰後における民主国家として再建するための出発点における一番重要な精神であります。そうであるからには、たとえ具体的な裁判事例がなくても、当然このことは国会において審議されるべきことでありまして、憲法第九條との関係を明らかにせずしてこの予算を審議されるということそれ自体に私は非常な疑いを持つものであります。 更に自主的でないという点につきまして一言させて頂きますが、安全保障條約の性質から申しまして若しも日本の経済力に余裕さへあるならば自分でしたであろうところのことを、余裕がないから外国にしてもらうというのが今度の防衛力であります。この点は吉田総理も池田大蔵大臣もたびたび言つておられます。経済力がないから再軍備しないのだ、併しながら日本としてはこれだけの防衛力がなければ安全保障できないのだ、日本の経済力でそれはできないから外国にそれをお願いするのだ、安全保障條約には明らかに、日本からお願いしてアメリカの兵隊におつてもらうということが書いてあります。これは双務的な相互的な安全保障條約ではなくして、日本からお願いして駐留してもらうという恰好をとつているのでありますから、日本の安全保障の目的のためには、現在予定されております日本の警察予備隊等の増強と、又現在予定されておりまするアメリカ軍の駐留を合せたもの、それを若し百といたしまするならば、百だけのものがなければ日本は安全ではないということが想定されております。その百だけのものを日本は賄うことはできないから、そのうちの二十五を賄う。大体アメリカ側の計算によりまするというと、全部で六千億円乃至七千億円の経費を使うということが書いてありますので、日本の拂う分は大体二五%ということになるのでありますが、二十五だけを賄うということになります。そうして経済力が回復するにつれて、生活水準を押下げない程度において残りの七十五の分を日本は肩替りする。従つて漸増するというのが現在の建前であると私は解釈いたしておるのでありますが、果して日米の防衛力を合せまして一応私が百と申しましたところの指数全体の合計、これが日本の防衛費、安全保障するために必要なる防衛費として必ず必要であるということを誰が断定したか。誰がきめたか。国会でおきめになつたかどうか。私は国会でおきめになつたとは聞いていない。予算の面におきまして防衛分担金、安全保障費等をおきめにはなるようでありますけれども 日本の安全保障のために必要とされる総経費、これはすべて安全保障のための防衛力でありまするが、それをおきめになるところはどこであるか。果して独立せんとする日本が自主的にきめたものであるかどうか。その他の貧しい日本の経済力の中で賄わなければならない、多くの諸経費を犠牲にしてまでも賄わなければならないものであるかどうかということを十分に審議されたかどうか、その点が問題になるのであります。何となれば、この点を出発点において問題にしておきませんならば、必ずや今後の漸増と言われる言葉の中に含まれておる含意は、第二年度、第三年度におきまして当然雑上に土つて来るのでありまして、現在の国際情勢のうちにおきましてこれだけの、日米合せただけの約七千億円の防衛費が必要であるという断定、これは非常に重要なる点だと私には思われるのであります。最初にかなり根本的なる疑惑を投げかけましたけれども、すでに衆議院を通過いたしておりまする予算でありまするので、私は如上の点につきましてはこの際これ以上申し上げることを差控えまして、一応審議をなさり、且つ遂にはここをお通りになるであろうかも知れないということを考え、ここになお二、三の具体的な点について申述べさして頂きたいと思います。 第一の点は、平和回復に伴う経費の中に安全保障諸費というものがございます。五百六十億円でありますが、これは最初大蔵大臣が議会で御説明になりましたときには、治安の確保をするため警察予備隊、海上保安庁経費のほかに計上したものであるという御説明に過ぎませんでした。その後遅ればせではありまするけれども、約一カ月後に自由党の議員のかたに対する質問に答えられまして、大蔵大臣はこの五百六十億円の内容をやや詳しく説明されました。皆様御承知の通りであります。営舎建設費三百七億、通信施設費七十億等々、合せて五百六十億円であります。この内容を拜見いたしまするというと、はつきりは書いてはございませんが、司令部その他現存基地の移転費であります。移転のための費用でありますと私は解釈いたしました。大部分がそうであるかに見受けられます。若しこれが移転費であるならば明らかにこれは一年度限りのものであります。二十七年度限りのものであります。二十七年度中に移転が完了できないというならばしようがありません。二十八年度にも幾らか移転費は計上しなければならんでありましようが、大体におきましてこれは二十七年度限りのものと解釈されます。大変厖大な移転費でありまして、この五百六十億円の金が若しも学校建築等に使われ得たといたしまするならば、どれくらい私たちの子弟の教育が豊かなものになるかということは測り知れないのでありまするが、その点の臆測はやめたいと思います。で、若し移転費であるといたしまするならば、この金額はいわゆる防衛費からは一応差引いて別建てにすべきものと私は解釈いたします。たびたびの国会の答弁におきまして、池田大蔵大臣が防衛費は千八百二十億円ということを一まとめにして言つておられます。あたかも防衛関係の既得権のごとく千八百二十億円という数字を言つておられるのでありまして、この内訳を更に二つに分けて、臨時的な移転費である五百六十億円と、純防衛関係である千二百六十億円とに分け、若しもこの移転が二十七年度中に完了するならば、二十八年度におきましては、防衛経費が殖えない限りは五百六十億円だけ減税ができるということが政府としても言えるはずではないか。若しもそれを千二百六十億円では足りないから殖やすんだという二とであれば、そのときに防衛分担金は幾ら殖えた、警察予備隊の拡充に幾ら殖えた、海上保安庁に幾ら殖えたというふうに具体的に項目を明らかにして増額を要求されるのが至当であります。恐らくそうされることでありましよう。然るに若しこの五百六十億円の移転費を現在の防衛関係費の中に含めて議論されまするならば、千八百二十億円という金が防衛関係の既得経費のごとく印象を與えまして、これより減らすことができないという感じを與えるのであります。或いはそうかも知れない、そうかも知れないけれども、この予備費的な、且つ一年だけの臨時的な性格を持つておりまする安全保障諸費というのをその性格を明らかにされまして、これが一年限りのものであつて、二十八年度はなくて済むものであるという言辞を政府がお與えになる用意があるかないか、その点を伺いたいと思うのであります。最初に私が述べましたように、再軍備予算でありまするために、圧迫された面というものが非常にたくさんございまして一々枚挙にいとまがないのでありまするが、項目だけを申上げまするならば、治山治水費は非常に殖えたということを大蔵大臣が説明されておられますけれども、治山費は絶対額で、つまり分母を問題にしない額で申しましても四十四億から四十三億に減つております。失業救済費も殆んど橘ばいの状態でありまして、これで以て十分賄われるかどうかも疑問であります。給食費は御承知のごとくゼロになりました。住宅建設関係の政府の補助金、資金等もその実質的な内容におきましては二十六年度より減つておることはもとより、二十五年度よりは一層減つております。更にインベントリー・フアイナスの金額といたしまして現在の外貨の手持、今後の外貨の動き等を考慮いたしまする場合、政府が参在計上しておられる金額で以て足りるかどうか。あれだけのインベントリー・フアイナンスで以てインフレを食いとめ得るかどうか、その点に非常に疑問があるのでありまして、恐らくは総額を八千五百二十億円に抑えるためにインベントリーの所へしわ寄せされたというような感が非常に強いのであります。更に電源開発に対しましても、独立第一年の日本といたしまして、向う三年、四年くらいに三百三十万キロワットぐらいの電力を開発しなければ日本の経済としてやつて行けないということは安定本部が言つておられながら、その点の政府出資は極めて不足勝ちでありまして、私は電源開発の方面の専門家でありませんので、この点は詳しくは申上げる用意はないのでありまするけれども、そういう印象を受けております。その他数え上げますというと非常に多いのでありますが、この点は時間の都合もございますのでこれ以上申上げません。 次に大きな問題といたしまして私は取上げたいと思いますのは公共事業費の問題であります。公共事業費は今年度から、つまり二十七年度から組み方が少し変りまして、昨年度公共事業費と称せられたものを全都合せまするというと千四百五十六億円になつております。今年から農業関係事業費が落されましたので、それを別にいたしまするならば、昨年に比べて二四%余りの増加であります。これは物価の騰貴等を考えますると、果して増加を意味するかどうか一応疑問でありまするけれども、他の内政費との振り合いから申しまするならば、明らかにより多く殖えておるということは確かであります。説明書を拜見いたしまするというと、最重点を災害の復旧及び治山治水事業に置いたということが書いてございます。併しながらその内容を更に詳しく検討いたしまするというと、私は多くの疑問を持つておるのでありまして、先ず過年度災の三〇%を整理するということを言つておられます。過年度災と申しまするのは、過ぎ去つた年度においてすでに起つた災害で、未だ災害復旧費がついていなくて復旧ができていない分を指すのでありますが、これは建設省その他の推計によりまするならば、二十六年度末において、つまり今年の三月末において二千八百億円になるという推計であります。この予算を組まれました場合には、明らかに二十五年度末、つまり昨年の三月末の過年度災を基礎に三割ということを言つておられるのでありまして、言葉は二十六年度以前の過年度災、以前という極めてあいまいな日本語によつて私たちを惑わし勝ちな表現がしてありますが、若しも二十六年三月末の過年度災を合計いたしまするならば二千八百億円であります。その三割が八百四十億円でありまして、ここで計上されておりまするような四百二十億円ではありません。ここで計上されております四百二十億円の二倍はなければ過年度災の三分の一をここで処理することはできないのであります。治山につきましては、先ほど申上げましたように、むしろ前年度よりも減つております。他方食糧増産関係が別個になりまして、御承知のように百五十億から二百十五億へとかなりの激しい増加を見せておるのでありまして、御趣旨は誠に私は結構だと思います。ところが趣旨が結構である予算項目に限りまして、従来の経験から申しまするというと不合理な政治力が介入する余地があるということを私たちは新聞紙上その他で聞き知つておるのでありまして、この際食糧増産経費に特段の措置が講ぜられました限りは、この経費が実質的内容通りの予定の業績を挙げられるよう国会で十分監視されるよう希望するわけであります。 さて公共事業全体につきまして、いよいよ日本が独立しようとする時期に当り私は最大の重点をここに置かれたという趣旨には満幅の賛意を表するものでありまして、むしろ過年度災二千八百億円の三分の一、八百四十億をここに計上して頂きたいとさへ思うのであります。昔は災害はその年のうちに処理するという原則が貫かれていたのでありますが、例の昭和九年の関西の風水害がありまして以来、日本における災害復旧費というものはうなぎ上りに上りまして、公共事業費の中の割合から申しましても、昭和九年以前には三%乃至六%でありましたものが、昭和九年から大体戰争の終りました年くらいまでは約二〇%、その後昭和二十二年には三五%、その後逐年増加いたしまして三六、四〇、四九というふうに増加して参つております。これは一つには非常に災害を受けやすい状態になつておるということが言えるのでありまして、昭和九年以降、特に戰争準備のために忙しかつた日本といたしまして、国土の保全ということに十分の力を盡し得なかつたことは明瞭でありまするが、最近建設省で昭和二十五年度災害についてお調べになりました七千カ所の災害地域についての調査によりまするというと、不可抗力によつて起りました災害は全体の五一%でしかないということが書いてあります。その他の四九%は若しも維持管理よろしきを得るならば、若しも為政者が十分の注意力を以て災害防止のために努力しておられたならば起らずに済んだところの災害であるということが書いてあります。これほど災害というものが年中行事として非常に大きな位置を占めるようになつておるということは、私たち極めて遺憾に感ずるのであります。特に復旧を一旦怠りまするならば、復旧を怠りました所に再び出水がありまして、二度目の増破、いわゆる増破というのが起りますというと、そのために必要とされるところの災害復旧費は当初額の二・五倍ということが、建設省河川局防災課、昭和二十五年度災害の実態報告書の中にも書いてございます。過年度災害を放つて置きまするならば、ますますその災害を受けやすい状態は悪化するのであります。曽つては災害はその年のうちにという原則をほぼ貫くことができました。終戰直後には、まだ災害が起わますというとその災害の三〇%くらいはその年度のうちに片付く、翌年五〇%三年目に二〇%、いわゆる三〇、五〇、二〇という比率で以て予算の振分けをしておつたのでありまするが、現状におきましては、災害が起りました年は、その災害について二一%乃至一五%しか資金の振当てができないという現状であります。こういう状態でありまする限り、たとえ戰力、再軍備のみが豊かに伸びましても、国土は次第に荒廃に帰するのでありまして、独立第一年の日本といたしまして、民主日本国家の建設の基礎となるこの国土が徐々に蝕まれて行くことを私たちは見逃すことはできない。従つて何よりも第一に、私はこの災害の根源を衝いて頂きたい。独立となりました記念に、向う三カ年計画乃至は五カ年計画で過年度災を一掃して頂きたい。そのためには従来までの記録をされておりますところのこの二千八百億円という推定自体が一応洗われなければならぬでありましよう。その一応洗う過程を経た後に三年間乃至は五年間の予定で以て過年度災を全部一掃するという意気込みで以て予算を組んで頂きたい。そのほうが戰力の増強よりも遙かに先であります。従つて私はこの一千四百億何がしの公共事業費に対してもなお不満を感ずるものでありまするけれども、これよりも更に重要な点はこの金の使い方であります。昨年度の衆議院の予算の公聽会でも私はこの点に特に力点を置いて委員の諸氏にお願い申上げたのでありますが、公共事業費に関しましては金の使い方に非常に不明朗な点があることは今更私から申上げるまでもございません。世に有名になりました天狗橋事件は九牛の一毛にしか過ぎないのであります。いろいろ情報はございまするけれども、公の文書といたしまして政府のお役人さんのお書きになりました安定本部から出しておられる経済月報というのの昨年の五月号に、災害復旧事業にひそむ不純、という論文が載つておりまして、安定本部の監督課の事務官のかたが、いろいろ調査された結果を発表しておられますが、それによりまするというと、公共事業費の不純度は二〇%である。少くとも二〇%であるということが書いてあります。大体二割ぐらいは水増しであるということでありましよう。そういたしまするならば、二十七年度の災害復旧関係公共事業関係の事業費は、地方、政府の負担分を加えまして二千二百億円に上るはずでありまするが、その二割といえば四百四十億円であります。四百四十億円ありまするならば、坪四万四千円の家が、これは実に一百万坪できる勘定でありまして、これだけの金が公共事業費の中の不純なるものとして流れておるということは、これは見るに忍びないのであります。併しながら私も理想的な言辞は弄しまするけれども、現実をよく承知しておるつもりでありまして、如何にしてこの公共事業費の不純度を改善するかという問題は、非常に困難な問題であるということを私は承知いたしておるつもりであります。実は率直な表現を用いますならば、地方に地盤を持つておられます国会議員のかたには、遺憾ながらその点で多くの期待をかけ得ないというのが実情ではないかと私は考えておるのであります。その裏を申しまするならば、参議院の全国選出議員のかたがたに特に大いなる期待をかけたいということにほかならないのであります。(笑声)そこで私は具体的なる一案を申上げますが、先ず第一には、国庫から補助いたします補助率の累進制をやめるということであります。これは昭和二十六年度から実施されておりますることでありまして、議員の皆様がたよく御承知のことと存じまするけれども、若しも災害を査定いたしました結果、それがその地方公共団体の標準税收入の二分の一までに達する場合には、三分の二の補助率を與える。二分の一から二倍までのときには四分の三の補助率を與える。二倍を越す場合には一〇〇%の補助率を與えるという規定になつております。何故にこの累進制を持ち込まれたか、私はその理論的な根拠がどうしてもわからないのであります。こういたしまするというと、おのずから現在の事情の下では成るべく高い補助率を受ける方向へ災害の査定を持つて行こう、まかり間違えば災害自体を広くしようという方向へ動いておるのでありまして、この補助率が累進的になつたということは、二十六年度から施行されました悪政の一つであると私は考えております。若しもこの補助率がやめられないならば、いろいろな事情によりまして補助率累進制がやめられないならば、その場合には私は更に一歩譲歩して御提案申上げまするが、標準税收入と災害査定費とをお比べになる場合に、災害査定費の全額を比べないで、その年度に事業として施行する予定であるところの部分と、その年度の標準税收入とを比較して累進率をきめて頂きたい。ものによつては五年、六年かかつて災害を復旧しておられるところがあるのでありますから、その五、六年間に亘りまして使う全額を、一年間の標準税收入と比べれば、災害のほうが多くなるのは当然であります。現在、過年度災害のことを先ほど申上げましたが、現に残つておりまする過年度災害の中には、現在なお昭和二十四年度の分が四百六十億円も残つておるのであります。そういうふうに残る状況でありまするから、その年度の事業費と標準税收入とを比べるという方向に変えて頂きたいと考える次第であります。又補助適用の最低限は現在十五万円になつております。災害復旧といたしましては十五万円というのは非常に僅かな金額であります。皆様御承知かと思いまするが、何億という災害復旧費が約十分間くらいで以て机上査定されるのが現状であります。机上査定は全体の七〇%であります。約三〇%だけが実地に検証いたしております。七〇%は机上で査定いたしておりまするが、何億という金が机上で以て、書類だけを基礎に約十分間のスピードで査定されております。これは他の予算には類例のないことであります。今後そういうものができるかも知れませんが、現在までのところは類例がありません。そういう状況でありまするので、十五万円という補助率適用の最低限度を上げて頂きたい。低過ぎますので……十五万円くらいでありますというと、その地方公共団体の財政を以ちまして、維持管理の範囲でできることをわざと災害にしてしまつて補助を受けているのであります。従つて災害復旧の件数の中で、十五万円から三十万円くらいのものが一番多いのであります。そういう状態でありまするから、これは災害にもいろいろ種類がありますから、種類別に分けて平均五十万円くらいにされるのが適当ではないかと私は考えます。そのほかにこの問題に関しましては、実地検証を早くすることであるとか、或いは規準の統一を図ることであるとか、或いは推問資料の完備をすることであるとか、極めて問題は多魚的に取上げられなければならないのでありまして、短時間の間に申上げるわけにも行かないのでありますけれども、災害復旧のために巨額な金を使わなければならないほど、私はその施設の仕方においては十分の検討をされるようお願い申上げます。 最後に一つ歳入面の問題に触れさせて頂きたいと思います。やや数字を申上げまするが、御容赦を頂きます。私の論点は、第一に国民所得と所得税計算との不一貫性、両者が一貫していないということであります。国民所得の推計は所得税などの收入の基礎になります。従つて両者の計算は一貫しておらなければならんのでありまするが、一貫いたしておりません。その不一致の状態は実に恐るべきものがあります。いずれの計算も昭和二十五年度の実績を基礎にして計算されたものでありまするが、先ず給與所得、主として源泉で税金を取られまする給與所得に関しましては、給與金額が、税金のほうでは、二十五年度を一〇〇といたしまして一四〇・六という推定の下に税金の推計がなつております。これは大蔵省から出しておられまするところの、この二十七年度の租税收入その他のこの説明書の中に書いてございます。ところが国民所得のほうでは二二六・一の上昇しか予定しておられない。申告納税、主として個人業主の場合になりまするとつまり営業、つまり農業等を除きまして、これは個人業主だけでありまして、法人のものは別になりますが、営業関係では、税金のほうでは計算が二三・五%上るという予定で計算しておられます。国民所得のほうになりまするというと、やや計算が複雑になつておりまして、鉱工業では三一%、商業では二三%、土建業ではマイナス二〇%というような推定をし、更に收益率が二十七年度には二十五年度よりも一五%だけ落ちるというような計算になつております。それよりも甚だしいのは価格の見通しでありまして税のほうでは三七・三%の増を見込んでおられまするが、国民所得のほうでは二四%の増しか見込んでおられません。更にそのほかに奇々怪々に私が感じますることは、税のほうでは営業に関しまして申告及び納率増というのが一〇%加えてあります。その結果、営業に関して、申告に関して申上げまするならば、税のほうでは、二十五年度を一〇〇といたしまして、一八六・四という推計になつておるのに反し、それに対応する国民所得の側では僅か一三一であります。これだけの差があるのでありまして、この差が二十七年度内にどういう形で現われて来るかということは極めて問題であります。二十六年度の実例から申しましても、自然増收とか、自然減收とかというような現象がございましたが、こういう計算の最初の基礎が不一致であり、不一貫であるということから、二十七年度の中途になりまして自然増收、自然減收が自由自在に飛び出て来る可能性を孕んでおるのであります。その点特にこの申告納税の分と、法人税の分に関しましては、計算の基礎をもつとはつきりして頂きたい。国民所得の推計との間に不一致のないようにして頂きたいということをお願い申上げたいと思います。むしろ実態を私は付度するものでありまするが、税のほうは取れそうな額を計上するよう基礎数字のほうを辻棲を合わす。国民所得のほうは予算総額と国民所得との比が丁度一七%になるよう、国民所得の基礎数字の辻棲を合せたというのが実態ではないかと私は想像いたします。こういう事情でありますので、二十五年度には、所得税のうち申告納税の分は千五百四億、源泉は九百八十一億という釣合いになつておりましたのが、二十七年度におきましては、申告は千七十四億、源泉が逆に千三百三十億というふうに逆転いたしておりまして、なぜこれが逆転したのかという説明が明らかでありません。いろいろ調べてみますというと、二十五年度末、つまり二十六年の三月末におきまして、申告納税に対しまして余り強い更正決定等をいたしませんでしたために、逐に予算額は五月末まで延びましても六一・六%しか入りませんでした。それで打切つたのであります。打切りましたので、今度はこれくらいしか取れないという見込の下に、先ず取れそうな予算額を挙げて、その予算額と辻褄を合せるような所得額を計上したというのが現状ではないかと思われるのであります。この点の説明は詳しく申上げますと、なお資料がございますが、これだけにとどめます。 ついでながら申上げまするが、今回超過供出分に関しまして免税の措置をとられましたことは、飯米に食い込むという理由だそうでありますが、現在のように我々船脚所得者、或いは個人業主等の基礎控除が二十六年度分につきましては三万八千円、二十七年度分につきましては五万円という現状でありまする限り、我々全部がいわゆる飯米に食い込んだ状態で拂つておりまする現状でありまするから、そういう状態の下である限り、一部だけに特例を認めるということは、税の公正という立場から申して納得できないのであります。申告納税と源泉課税との不釣合いという点なども併せまして税法上では如何に公正な形をとつておりましても、現実の適用の面において、それがどのように実施されるかということが重要な問題でありまして、その関係はあたかも安全保障條約と行政協定との関係に似たものがあるとさえ言えるのであります。国会では公正なる税法を作つたからといつて安心しておられまするけれども、実は行政協定的な実施面におきまして、かなりの歪みができておる状態でありまするので、その点に対しましても十分の注意を拂つて頂きたいというのが私のお願いであります。税收の根幹でありまするところのこの所得税と法人税につきましては、御承知のように二十六年度においては厖大なる自然増收を見込みましたが、そういうことが、二十七年度におきましても、情勢の発展如何によつてはでき得るような仕組が、その中に穏されていると私には思われるのでありまして、特に事態の発展如何によつて、補正予算の必要を見るかも知れないという客観情勢の下におきましては、少くとも予算の出発点においては正確なる計算の下に歳入を推定し、それと歳出との関係を議論することが必要ではなかろうかと私は考える次第であります。予定時間を超過いたしまして申訳ありませんでしたが、私の陳述は以上で終りたいと思います。
○委員長(和田博雄君) 只今の陳述に対しまして質問のあるかたは……、御質問ございませんか。
○深川タマヱ君 三つばかりお尋ねをいたします。第一番は、現在の国際情勢の下で日米合せて百の防衛費が必要であるかどうか、非常に大切なことであるとおつしやられましたが、どうやら先生はその必要はないというお考えらしいので、その根拠をお示し願いまして、一つ安心させて頂きたいと思います。
○公述人(都留重人君) 私は日本側の負担いたしまする千八百二十億円、アメリカ側が兵隊さんの給與等を合せましての負担額、つまり分担金だけでなくて兵隊さんの給與その他筆を加えました金額、これがアメリカ側の発表によりまして大体七千億円ということでありますが、それだけ合せたものが日本の国土の安全のために必要であるかどうかという問題は非常に大きな問題でありまして、私も自分の意見を持つておりまするが、むしろ私が申したかつたことは、そういう問題につきまして、国会の委員のかたがたこそ愼重に審議される必要があるのではないかということでありまして、更に強いて私の意見を求められますならば、私は時間のお許しを得れば長時間喋れるのでありますが、それもかなうまいかと思われますから、簡單に申上げますが、最近アメリカにおきましては、現在のアメリカの軍事費に対して非常に大きな反省が現われておるように私は仄聞をいたしております。一つの例を申上げまするならば、ハーバード大学にスリクターという経済学教授がおりますが、極めて保守的なかたでありまして、実業界の意見を代表しておられるかたでありますが、このかたが最近演説されまして、現在のアメリカが予定しておるいわゆる国防費はその総額においてソ連の全国力、ソ連の国民総生産と同額である、アメリカはあれほどソ連から離れておりながら、ソ連の総国民生産と同額だけのものを国防費として持たなければ、アメリカが安全でないというのはおかしいではないか、何かどこか間違いがあるのではないかというような発言をされまして、ゼネラル・モータースのウィルソン社長とゼネラル・エレクトリックのリード社長とが同じく公開の席上での演説で、やや我々の国防費は行き過ぎておるのではないかという警告を発しております。即ちこの冷戰の中における必要なる軍備というものは、恐らくは非常に微妙な複雑な問題を孕んであるに違いないと思うのでありまして、公共事業費というものでさえ極めて査定は困難でありますが、こういう問題になりますると、なお更どこまでが必要で、どこまでが不必要であるかということは、むずかしかろうかと思います。曽つての大統領でありましたルーズヴエルト大統領は、我々が恐れなければならないのは恐れるということ自体である。必要以上に恐れるということが、却つて我々を弱体にするということを申されました。それがたびたび戰記にも引用された言葉でありまするけれども、現在の国際情勢の下におきまして、アメリカとソ連が何とか制度の違いという問題を呑んで、成るほど制度は違います、制度が違いまするけれども、制度が違うからといつて戰争をしなければならぬというような考え方は捨てて、この小さな地球上で共存共栄できるように進んでくれることを私どもとしては望むほかはない。そういう可能性が一方にあるならば、その可能性を助長することにこそ我々は努力すべきであつて、却つてその可能性を壊すような、却つてその冷戰を刺戟するような方向一へ我々が動くということはこれは、危険ではないかというのが私の見解の要約でありまするが、只今の御質問には十分に時間をお貸し頂きませんと、お答えできませんので、御了承頂きたいと思います。
○深川タマヱ君 それでは二番目。災害復旧費の費用は大体二割ぐらいは水増しで、嘘だと、おつしやいましたが、或いはそうかも知れないと存じます。そこで、そういたしますと、その不純の根拠はどこにありますか。先日もここでお役人さんに伺つたのですけれども、例えば河の災害復旧をいたしますと、そのときなんかは、この僅かな業者を集めまして、入札といいますか、ああいうことをさすらしいのでございますが、貧弱な私の想像では、どうも僅かしかない業者を集めて入札なんかをさせて見ましても、談合というのですか、申し合せましてお役人さんを欺きまして、高い経費がかかるからというようなことを言つて、高い経費の予算を取つてしまうというようなことは、私は造作もないことだと思いますが、又一方何か特別に信用のできそうな会社に指名してさすのだというようなことも私聞きましたが、どうもそれでは独占の暴利をむさぼるというようなこともあると思いますので、何かそのお役人さんとの間にインチキなことが行われることも考えられますけれども、これを防ぐ方法につきまして何か先生に御名案がおありでしようか。
○公述人(都留重人君) 先ほど参議院の全国選出議員のかたがただけを信頼するような発言をしまして、誠に申訳なかつたと思います。実は国会議員の諸賢は、こういう問題については十分に御承知であるという私は前提の下にお話申上げておつたのであります。どのようにしてこの不純を防ぐごとができるかという点につきましては、私も研究いたしました結果、本日御提案申上げましたのが補助率累推制をやめるということとか、その他三つ四つ申上げましたが、なお箇條書だけで申上げましたが、査定基準が統一されていないということ、これを何とか直さなければ、ならない。現地検証を早くするということ、実は現地検証と申しますのは、災害が起りましたときには、それをすぐに見に行きませんというと、どれだけの災害であるかということは神様でない限りわからないのであります。ところが実情はどうであるかと申しまするに、先ほど申上げましたようにう大体全体の三割が現地検証でありますが、中央から二次的に査定においでになるのは、大体平均して二ヶ月後であるような実情であります。二カ月たちますと、かなり大きな災害でも痕跡というものは大部分形を崩しておりまして、果して今年度の災害であつたのか、過年度の災害であつたのかさえはつきりしない場合があります。成るべく現地の検証を即日、或いは三日、少くも一週間以内にするということ、一度検証すればそれが十分に信頼できる根拠になるようにするということ、これが大事なんであります。ところが現在におきましては、地方の出先のかたが検証されましたのを、もう一度中央で改めて出て行かなければならない体制をとつておる。巷間伝えられるところによりますと、中央からおいでになるのは、これはただ御馳走になるだけだと、地方のお役人たちはよくおつしやいます。実情は奈辺にあるか、なかなか測り知れないのでありまして、私が先ほど御提案を申上げました幾つかの点は、すべてこの災害復旧費の不純度をなくする方向へと念願いたしまして、御提案を申上げました具体的な施策でございます。
○深川タマヱ君 最後にもう一つ。お言葉の中に税率をたとえ少くいたしましても、いろいろ税の実施要おいて妥当を欠く……ということに似たお言葉であつたかと思いますが、いつも私はこれは感じておるのでありますが、議会におきまして、この税率を軽くいたしましても、実際各人の家庭の所得を調査いたしまするのは、本当に人の世の中の余り生活の苦労を嘗めたことがないようなお若い人でありまして、人の懐工合ほどわかりにくいものもないのに、そのわかりにくいものを、そういう若い人が目分量で以てそれが調査されますということは迷惑至極なんで、迷惑をこうむることもございますので、もう少し所得に対して科学的な根拠と申しますか、そういうことが必要だと思うのです。申告は嘘でございましようし、もつと科学的に所得を調査する方法がないでしようか。
○公述人(都留重人君) 誠に同感でありまして所得を科学的に調査する方法等につきまして、実は私は及ばずながら研究の一環といたしております。一つの可能性といたしましては、全部網羅的に調査することはできませんので、大体所得分布の型というものが先進国においては共通のものがございます。御専門に近いかたは御承知かと思いますが、パレート係数とかジブラ曲線とか、いろいろな名前で呼ばれておりまする一つの型がございます。その型を日本におきまして描き出すことができますならば、これは所得の客観的な調査のために非常に役立つのであります。できないことはないのであります。特に昭和十九年から二十四年あたりまで納税者の数が非常に多かつたときたは、殆すど所得者の大部分が源泉の所得をとられておりましたから、その資料が税務署の倉庫に埃にまみれて詰まつております。これを調査費をお出し頂いて十分に調査されたならば、私は日本としては初めての比較的正確な所得分布の型というものが摘出できると思います。そういうものができまするというと、悉皆的な調査をいたしませんでも、所得に対する科学的な推定の根拠が一つ得られまして、非常に僅かな調査費で以てそういう計算の基礎というものができるものでありますから、併せてこの科学的研究に関する調査費をもつと増額しなければならんということを併せてここにお願い申上げる次第であります。
○吉川末次郎君 都留さんがお話下さつたお話の全体からすると、非常に末節的なことになりますので大変恐縮でありますが、それは今深川さんが御質問になりましたことに対する第一の質問に対する都留さんの御答弁のお言葉の一節でありますが、アメリカにおいて、御引用になりましたハーバード大学の経済学のプロフエツサー、私は経済学の専門家でありませんからよく知りませんが、こういう米国においても極めて実業家の利益を代表するコンサヴアテイヴな学者とみなされている人も、今日のアメリカのように軍備が非常に嵩んで行くということについては反対している、こういうお話だつたと了承したのでありますが、コソサヴアテイヴな経済学者でも、こう言つているとお言いになりましたが、これが受取ります側の日本人の感覚からいたしまするというと、こういう保守的な人でもこう言つているのだ、だからしてそれの反対の進歩的な人であるならば、この人が言つているよりも普通はもつと現代のような軍備拡張政策は反省すべきであると言つておるというように受取れるのが、日本人の大体の感覚と私は思うのでありますが、併しこれは若し日本人がそのように解釈いたしまするというと、事実に反した錯覚に陷つたことになるのじやないかと、実は私は考えるのであります。と申しまするのは、米国において大分けにしまして政治上におけるところの保守的な人及び進歩的な人、コソサヴアテイヴな側とプログレツシヴな側と二大別しますというと、米国において大体において保守的傾向の政治意見の保持者というものは、米国の伝統的な自由主義、経済的に言えば初期の資本主義的な見解を持つているところの人がコンサヴアテイヴ的な政治見解でありまして、私も昨年三カ月ばかりアメリカを旅行して参りましたが、米国人なんかと話をいたしましても、そういう資本主義的な利害を、実業家の利害を端的に代表している人こそ、そういう見解を持ちますから、外交上の政策から行きますというと、それは孤立主義的な、いわゆるアイソレーシヨンの立場に味方している人が非常に多い。従つてそういう孤立主義的外交政策の見地からルーズヴエルト以来とつて参りました国内政策上のニュー・ディール及び海外政策上におけるインターナシヨナリズムの傾向、現在で申しまするならば、国際連合の趣旨に基いて、そうして国際連合の考え方を妨害するところの反対的勢力には軍備拡張その他の手段によつてこれに対抗して行くという、そうした国際連合主義の見解をとる人は、外交政策的には軍備拡張的な傾向が強くなつて来ておるのであつて、それに反対しているところの人は、国内においては経済的には資本主義の端的な代弁者であるところの人が孤立主義的な傾向をとつている。丁度日本人のそれを受入れる感覚からするというと、非常に違つたものになつて来るのだと思うのでありますが、勿論そなことは都留さんは長くアメリカにおいでになつて御承知だと思うのですが、今のお言葉からは国民大衆はちよつと違つた受入れ方をすると思いますので、その点について一つはつきりしたことを、錯覚に日本人が陷らないように、一つもう一遍お話を願いたいと思います。
○公述人(都留重人君) 私の発言が若し誤解を招く虞れがありました場合には、十分に敷衍さして頂きたいと思います。私が特にお願いいたしたいと思いましたことは、現在ほど国際情勢に関する客観的な認識が、日本の国政の重要なる方針をきめる基礎として、大事なときはないのであります。まさに昭和十六年の春から秋へかけての時期におきまして国際情勢の変転が、日本の国政に客観的には反映されなかつたということから来る大きな罪悪を私たちが知つておりまする限り、現在こそ国際情勢につきまして只今の御発言のような御造詣を、十分に国会の御審議においてお固め下さることをお願いするというのが趣旨でありまして、あえてこの予算委員会における予算の審議につきましては、やや外れた問題かと思いまするので、私の発言の誤解があつたようであればそれを聞かして頂きたいということを申上げるにとどめてお答えに代えたいと思います。
○委員長(和田博雄君) ほかに御質問ございませんか……。次は第一銀行の頭取酒井杏之助君。 —————————————
○公述人(酒井杏之助君) 私は只今御紹介にあずかりました第一銀行の頭取酒井杏之助でございます。予算の実質を細かく検討することは国会の任務でありまして、全体に関する知識を欠いております私のなすべきことではないのでありまして、ただ私は金融という面から予算の数字をみた感想を申上げて御参考に供したいと思います。 先ず一般会計の歳出を見ますと、八千五百二十七億円のうち主な分を占めておりますのは平和回復費の二千三十三億円であります。二千三十三億円と公共事業費の千二百三十七億円と地方財政平衡交付金千二百五十億円の三項目であります。 第一の防衛及び講和関係の費用が内容的にこれで十分であるか、或いは更に多額の補正予算を必要とするかにつきましては、すでに議会で論議されたところでありますから、私はここには触れませんが、この費目の支拂の実現は、私は相当に時期的に遅れるのではないかと考えます。私がこう申上げますのは、予算の四分の一を占める支拂が早ければ、これだけ金融的にだけとつて見ますと、金融が引緩むという材料になりますが、この支出が予算には計上されておつても準備その他で伸び伸びになりますと、一方税金による資金の政府への引揚げが行われるその間の時期のズレが大きくなり、金融は著しく逼迫するからであります。これは私があとで申上げようと思います電力開発資金、造船資金その他鉄、石炭等基礎産業に対する長期資金の調達と関連するのでありまして、最近のごとく繊維工業を初めとして、一般経済界が著しく下向きになつて来ております際は、政府の支拂を促進するか、国策として取上げなければならない産業に対する産業投資を促進しなければ経済界は更に沈滞いたします。購買力は減退し、因となり果とたつて、政府の予算案にあるような歳入を期待することはできない結果となるのではないかと思うのであります。 平和回復費の次には、公共事業費の千二百三十七億円がありますが、その内容の是非は又これを省きますが、公共の支出というものは、私企業の支出のごとく採算が厳重にならない虞れがありますから先ほども都留さんからも御指摘がありました通り、その採算の嚴重でないという虞れがありますから、成るべくこの種の支出を抑えまして、必要なものは勿論これは出さなければなりませんが、十分にその内容を検討して、その支出が余りましたらばその中から、財政から産業投資を増加する方針をとられることが大切だと思います。この費目も又予算の八分の一以上を占ておりますから、その資金効率、同じ金を使つてもその資金の効率は日本経済に多大の影響があると思うのであります。 次は地方財政平衡交付金の千二百五十億でありますが、この内容も十分に国会において検討をせられるものと思いますが、どうも地方財政というものは、ややもすれば浪費に流れ易いものでありまして、隣りの県がやることは自分の県でもやらないと気が済まない、隣りの町でやることは自分の町でもやらないと肩身が狭いというふうに、知らず知らずに競争になりまして、国家全体としては無駄な施設ができたり、その県、その町には理想としては欲しいものでありましても、今日の日本の経済状態においては我慢しなければならないものが、でき上るということが少くないのであります。地方財政というものに対しては国全体として更に嚴しい検討が必要だと思います。 次に一般会計歳入の部に移りますが、歳入の主なものは勿論租税の六千三百八十一億円であります。租税は理論的には所得税に中心を置くという只今のやり方は決定しているのでありますが、税法というものは、他の法律、規則みな然りでありますが、その国の経済状態、国民性というものを離れては、表面だけの公平という二とになりがちであります。今日の我が国のごとく蓄積を喪失した国と、アメリカのごとく巨大な蓄積のある国と同じ尺度で計るということが無理であります。又国民の公共心や法律の適用が理想的である国と、然らざる国とは又区別して考えなければならんと思います。勿論日本人が公共心を持たねばならんことは当然であります。又持つていることは私どもは希望するのでありますが、税法によつて道徳を教えるということはできません。先ず道徳の基盤を作つて、その基盤の上に税法を確立すべきが順序であります。さもなければ一番正直な者が一番不正直な者に代つて重税を安排うという結果になり、形は公平、机の上では公平な形ではありましても、実質には不公平なものができ上下る慮れがあるのであります。私は、今日の我が国においては、贅沢な消費をする人は、節約して蓄積をする人に比して余計税金を支拂うようにすべきだと思います。つまり消費税を、如何に大衆課税とすることを少くして課するかということを、今少し研究をすべきじやないかと思うのであります。話が余談になつて失礼でありますが、イソツプ物語に、蟻と「きりぎりす」の話がありますが、「きりぎりす」は夏の間歌を歌つて暮らした。ところが、秋になつて蓄えがなくて困つた。蟻は夏の間一生懸命に働いて食べ物を蓄えたという話がありますが、まあ蟻のように、本当にまじめに働いて、自分の所得よりも少い消費をして、社会にもそれだけ負担をかけないでいるまじめな人が蓄積したものを、若しその蟻の穴から蓄えたものをほじり出してしまうならば、恐らくだんだんみんなが「きりぎりす」の真似をし出すわけだと思うのであります。所得の多い人が必ずしも余計消費するというわけでもありませんし、勿論所得の……銀座あたりを歩いて、綺麗な着物を着て、相当いろいろなものを食べて歩いている人が、それじやみんな所得の多い人かといいますと、必ずしもそうでないのです。私は銀行におりましたからしよつちゆう銀行のことが頭にあるのでありますが、昔私が店におりました時分に、よく田舎の人で、実に身なりは質素な、金があるかというような恰好の身なりの人が、お爺さんやお婆さんが来て銀行へ預金をしております。そういう人が、所得はあつてもそれをできるだけ使わないで節約して暮らすという人であつたと思うのであります。この頃は、そういうタイプの人が非常に減つてしまいました。若い人は勿論のこと、年寄りもそういうふうになつて来ました。それは一つには戰争によつてインフレーシヨンという災害をこうむり、蓄積というものに対して興味がなくなつたということもありますが、又一方、持つていても税金に取られてしまうどいうようなことから自然浪費してしまう。若いうちから浪費の習慣をつけてしまう。これは、私は社会的にそういう日本の状態を直さなければいかんと思うのであります。勿論今は誰でも所得は少いのでありますから、大した蓄積はできないと思いますけれども、これはやはり心掛け一つで、若し蓄積をする人を国家が保護し、蓄積する人を奨励するならば、恐らく欝積というものがもつと行われ、物も節約され金も節約されると思うのであります。殊に今日のように蓄積を失つた日本においては、特にこの点は考えなければならないことだと思います。この点につきましては今度大蔵省におかれてもいろいろ税金の面で、税の羅から見ればいろいろ議論のあることでありましても、資本の蓄積のために特にいろいろ議案、されたということは、非常に私は今日の日本の経済状態においては誠に当を得たことだと思うのであります。 次に特別会計において私が申上げたいことは資金運用部資金の運用についてであります。総額の二千百九十億円のうち、産業資金としましては三百億しか割当てられておりません。その内容は国民金融金庫に二十億、農林漁業資金に百十億、住宅金融公庫に百億、電力に六十億、地下鉄の十億、合計三百億であります。このうち今最も国策として強力に実施しなければならない電力の開発につきまして僅かに貯蓄債雰の売上げ六十億しかこれに投ずることができないということは、一方には地方債に対し六百五十億、国債の買入に三百億を投資するという、同じ資金運用部の中からそれだけのものを投じておるということに対して余り均衡がとれないと申さなければならんと思います。資金運用部資金の産業界べの還元というものは、これは真劒に考えなければならないことであると思います。只今いろいろな事情のためにできないということも私は存じておりますが、これは将来日本のような蓄積の少いところでは、国民の零細な蓄積もこれも産業界に還元して使わなければならんというふうに私は考えます。次に見返資金の七百億円の使途でありますが、国債の買入をやめて電力に三百億円を振り向けたことは誠に結構でありますが、海運に対しては昨年度の二百二十三億から百四十億に減少しまして、又開発銀行は僅かに四十億円、輸出入銀行に対して今僅かに三十億円という割当しかありません。これで長期金融を賄おうということは誠に心細い次第であります。先頃長期信用銀行という案が提出されまして、誠にその意味では、長期資金の調達ということではいいのでありますが、如何に機関ができましても、肝心の資金がそこへ廻らなければ、やはりただ機構ができたというだけにとどまるのであります。私が先ほどこの財政の支出が遅れて政府の徴税が先行いたします。その間に丁度景気の悪いときにもなります。そこに非常に空きができて、ずれができるということを申上げましたが、こういうずれを埋めるためには、どうしても今国策として最も必要であるというところの電力開発事業を初めとして造船とか石炭、鉄というようなものに対してももう少し財政金融というものを考えなければならなかつたんではないかというふうに私は思うのであります。 そのほかのものはさておきまして、この電力開発のこと、余り時間もありませんから電力の開発についてだけ申上げますと、全体で公益事業委員会の結論では、二十七年度に千百九十五億円の電力開発資金が要るということになつております。そのうち見返資金で三百億円、電気会社の増資で七十二億円、社債で百十三億円、市中銀行の借入れ二百十億円、内部留保で百四十五億、需用者出資というものがございますが、これは電気を使う会社のようなところで出資をするのであります。需用者出資が三十億円、そのほかに開発銀行から先ほど申上げましたように六十億円、六十億円は自家発電に対する金融であります。そのほかに開発銀行から五十億円、先ほど申しました資金運用部からの六十億円ということを以て賄うことにはなつておりますが、これはまあ勿論見返資金とか開発銀行の資金とか、資金運用部資金、こういうものはこれは確定しておりますから心配はないのでありますが、増資の七十二億円、社債の百十三億円、市中借入れ二百十億円、或いは内部留保の百四十五億円、こういうのは幾分どうも実際とは離れた、ただ机上の数字のように思われるのであります。現在電力会社に市中銀行から協調融資をいたしております金額が二百二十一億七千百万円であります。これは二十七年二月末の残高でありますが、二百二十一億七千百万円、それから社債の発行高が六十億二千万円であります。今すでにこれだけの借入金と社債を持つている電力が、果してこの二十七年度に市中借入によつて二百十億円調達するとか、社債の百十三億円もすでに今その半分近いものを出しております。続いてこれが続々と各地方で発行される、これを消化するのは金融機関、大体金融機関以外にはありません。こういうような状態で、この電力開発という計画が実際に動いて行くかということについて私は非常な疑問を持つているのであります。それで私はそこでそのための一つの方策としまして、今、日本では公債の発行ということを非常に嫌つておるのでありますが、電力のごとき長い間に日本の産業の基礎になるもの、又我々の子孫までその恩恵にあずかるものについては、これに対する建設公債の発行をしてもいいのではないかと思うのであります。現在の予算の收支の枠内で、勿論或る程度ほかのものを節約して廻すということもできるかも知れませんが、それがそれで賄えない部分は建設公債を以て賄つてもいいのではないかと思うのであります。ただこの予算にありますように、二十七年度はいろいろあとになりますと政府の支拂が増加いたしますから、これがインフレーシヨンになる虞れがないわけでは、ございませんから、これを日本銀行で引受けて出すということについては、これはよほど考えなければならん、躊躇しなければならんと思うのであります。一方に民間の資金の蓄積を十分助長するようにしまして、又証券市場の活濃化によつて、企業は自分の自己資本を獲得して、その金融機関による依存度を軽くするということをしますれば、市中銀行においてはこの公債の消化ということは必ずしもできないことはないと思うわけであります。今は市中銀行は公債の手持は非常に減少しておりますが、これは銀行の姿としても甚だ面白くないのでありまして、準備金の一つとしてはやはり公債が一番いいのであります。勿論公債を持つことは、電力会社に対する貸金をするよりはずつと採算上は、銀行の採算は悪くなるけれども、これは採算の問題ではなくて、銀行の形を正しい形に早くするというために、私は建設公債を徐々に出してこれを金融界で引受ける、そうしてその金を長期信用銀行というようなところを通して或いは開発銀行というようなところを通して、政府資金として電力に廻すというようなことがもう考えられていいのではないかと思うのであります。戰後日本の財政につきましても、税法につきましてもアメリカのいろいろ指導を受けていい点も非常にありましたが、一方やはり如何に日本のためのことを考えてくれたかも知れませんが、やはりアメリカの人は自分の国の頭で日本を見ておるのであります。丁度金持が幾ら貧乏人のことを考えてみたところで、自分の経験以上の二とは考えられないのであります。日本の今日のような状態のときにおける財政計画、金融計画或いは租税制度というものはもう一遍国会、この参議院の皆様方で本当に再検討をなすつて、尤もこれは今度の予算のことでは、ございませんけれども、御審議になる必要があるのではないかというふうに思うのであります。先ほどちよつと電気事業のことを申上げましたが、電気事業の電力開発ということをいたしますと、これはただ單なる電力開発にとどまらず、それには多くの関連産業がそれによつて仕事を得るのであります。 中小企業というものをどうしてももつと保護しなければならんという話がよくございますが、これは誠に我が国の実情としては最も大切なことでありますが、ただその保護の仕方が、ややもすれば仕事を與えないで、仏事がなくなつたところへどうも中小商工業が成立たないから金を貸すというようなことでは、これは個人でも、大業をしている人に如何に国家が失業十当を出すにしても、それでは本当にての個人は救われないのでありまして、やはり仕事を與えて行かなければ賃ない。関連華、いろいろな関連座業を持つております大産業で、而も国家的にどうしても今後日本の将来共に必要であるというものについてば、若し景気の悪くなつたときには成るべく早くこれを取上げて、議論はさておさ、成るべくこれを実地に早く進行させて、その関連産業である中小企業にもその仕事が廻るようにする必要があると思うのであります。丁度病気のときは薬を飲まなければなりませんが、楽だけでは体は持たないのであります。やはり中小企業が本当に困つたというときは、これは国家的にもこれを支えて行くという非常手段をとるべきでありますが、一番よいのは、常に適当な仕事が廻つて行つて、薬を飲まないでも日々ちやんと食事をして、自分で自活できるというような状態におくことが一番大切であると思うのであります。それには景気の波が非常によいときには非常によいし、悪いときにはまた非常に萎れてしまうというような地位におかずに、悪いときにこそむしろ政府の財政資金を活用して、根幹産業を培かつて行くということが必要ではないかと思うのであります。 私のは甚だ杜撰でありまして、お聞き苦しかつたかと思いますが、極くあらまし私の気付きました点を申上げまして御参考に供した次第であります。
○委員長(和田博雄君) 御質問ありませんか。
○木村禧八郎君 三つばかり伺います。最後の電源開発の問題について御専門の立場から、今後我々の重要視すべきお説を伺いまして参考になりました。資金面からは大体お話はわかつたのでありますが、資材面のほうから見まして、大体政府の計画ですとセメント百十万トン、鋼材二十七万トン、銅二方六千トンというたくさんの資材を使うことになつておりますが、御専門のほうから見まして、殊に酒井さんは調査のことをやつておりましたから、そういう面から見てどうでありましようか、そのことが一点。 それから第二は、先ほどのお話では、政府資金の支拂と税で取る国民所得の吸收面とのずれが非常なデフレ的な金融梗塞的な影響を與える危険があるというお話ですが、一つ予算自体について、性格ですか、相当インフレ的な面が金融的な面から見てあるように見えるのでありますが、そういう面ですね。例えばインベントリーの問題、それから資金運用部資金も、常に見返資金のほうでは支拂超過になるのを資金運用部資金で調節するようですけれども、併し銀行債三百億円を、これを引受けないということは、実際問題として困難だとすれば、それが又支拂超超に、対民間出資、政府との……ということになりますし、そういう点ですね、それで全体として予算が金融面から見て一時的にはデフレ的な様相を呈すでしようけれども、結論的に言つて相当インフレの要素があるように見えるのですが、その点お伺いしたい。 第三は、これは今世上でいろいろ問題になつておりますオーバーローンの問題、石橋案とか木内案とか言われておりますが、オーバーローンの問題について御意見を伺いたい。
○公述人(酒井杏之助君) 只今の御質問に対してお答え申上げますが、実は材料の面で発電計画がどうかというような御質問でございましたが、私ももつと材料を持つているとよろしいのでありますが、今のところでここに材料もございませんし、正確にお答え申上げかねますが、これはやはり先ほど申上げましたように基礎的産業については皆関連性がありまして、電力開発だけを先行させて行くということになりますと、材料も行詰ると思うのであります。やはり今の日本においては、これはやはり鉄も必要でありますし、セメントなどもやはり重要物資として考えなければならんと思うのであります。その今の材料で以てこの二十七年度の計画にあるだけの工事ができるかどうかということは、ちよつと私甚だ行届かないようでございますが、ここでお答えできません。 次に政府の資金の、金融面からのずれのお話がございましたが、たしかに今御質問の通り、今度の二十七年度の予算には殊に平和回復費というものが非常に大きな、全体の四分の一くらいを占めているような費目がございますから、インフレ的の要素もありますが、私はこれはさつき申上げましたように、そう一遍にはなかなか現われて来ないのじやないかということを考えているのでございます。幸いにしてそれが、そのギヤツプが少なければよろしいのですが、これはほかの今の経済界を見ますと、如何にも沈滞しきつているという状態がありますので、このまま放つておいてそれはあとになれば通貨が出るからいいじやないかといつて放つておいていいのかどうか、私は必要なものであれば電源開発のようなものは早く軌道に乗せて、早く政府の拂うべき金も拂つてやつたらば、そうすればそれが繋ぎになる、こういう意味で申上げたのでありまして全体の傾向としては、勿論予算案というのはインフレーシヨンを含んでいるものと私は解釈しております。 次にオーバーローンと問題の御質問がございましたが、これにつきましては石橋さんがあの問題を取上げられたことについて私も意見を実は述べたことがございますが、石橋さんの案は、結局政府が公債を出して、その金で以て政府が銀行へ預託金をする。そうすれば銀行はその預託金の額によつて日銀の借入を返せばいいぢやないか、そうすればオーバーローンが解消する。又銀行の貸出しはそれを社債なり株式に振替えればいいじやないかというのがあらましの筋だと思いますが、この中には私は二つの反対意見があります。それは、政府の預託金によつて銀行が仕事をして行くということについては、これは何かそういうことを私が申しましたならば、それは銀行が意気地がないからそんなことを言つているので、政府の預託金があつても自主独往でやればいいじやないかという話でありましたが、それは議論でありまして実際としますと、政府の預託金によつて運営して行くというような銀行というものは正しい銀行ではございません。これは飽くまでもやはり預金によつてやつて行くべきものだと思つております。それから貸金を社債に振替える、或いは株式に振替える、まあ社債に振替えるという分はこれも程度問題でありますが、或る程度はやつても悪いことはないかと思うのでありますが、それにしても一会社の社債をそうたくさん持つておるということはどうかということも考えられますし、株式に投資するということになりますと、これは株式というものは社債、債券ではございませんで、これは銀行がその企業に参加するということであります。それは銀行が自分で仕事をやるということになりますのでこれはおのずから銀行の性格が全く変つて参りますから、私はそういう銀行もあつてもいいかも知れませんが、私は今日の日本の市中銀行のとるべき姿ではないと、こういうふうに思つております。
○佐多忠隆君 今の木村さんの質問を繰返すかどうか、或いは続きになるかとも思いますが、さつきの木村さんの質問の、この予算を実施した結果、一体インフレになると思うか、或いはデフレになると思うか、或いは丁度いい加減だと思うか、従つてその結果としては物価はどうなるかというような質問じやなかつたかと思うのですが、政府の説明するところによれば、大体こういう予算、或いは総合資金計画で行けば、大体とんとんになるから、デフレでもないインフレでもない、丁度いいと、従つて物価も騰貴しないというのが政府の考え方だと思う。これは今酒井さんのお話を聞いておりますと、大体どうも時期的には或いは初期或いは上半期くらいにはずれがあつて、デフレ的な傾向を示すかも知れんと、併し全体としてはインフレになるのではないかというようなお考えのようにも思うのですが、若しそうだとすれば、そのインフレになるというのはどういう意味でインフレになるというふうにお考えになつておるか、或いはどの程度に物価騰貴その他に現れて来るかというようなお見通しを持つておるか、御質問いたします。
○公述人(酒井杏之助君) 御質問にお答えいたします。 どの程度にインフレになるかというようなことは非常にむずかしい御質問でございますが、私はこの予算だけで大体足りるのかどうかということ、まだ或いは追加予算というものがよほど出るようになるのではないかというようなことを、先ほどは申しませんでしたけれども、そういうことも考えております。殊に出るものがみんなこれは或いは建設的のものとか、或いは政府の産業投資とかいうものでしたならば何でありますが、これは殆どが防衛費でありまして、全部が、これは勿論防衛というものは必要かも知れませんが、これは経済的に見ればどこまでも、更にそれから再生産のあるものではございませんから、そういう意味で防衛費が殖えればインフレになるというふうに思うのです。
○佐多忠隆君 それと関連するわけですが、そうすると今のこの予算を実施した結果、或いは現在の日本の経済実勢というようなものから考えて、現在の通貨の発行高といいますか、適正通貨であるのかどうか、もう少しこれは殖やしてもいいというお考えか、或いはこのままで行くべきだとお考えであるか、或いはもつと減らさなければならないというようなお考えであるか、その辺を一つ聞きたい。それを特に聞きたいのは、先ほどお話がありましたように、この予算を見ますと、産業投資、特に長期投資というのは去年に比較して相当減つておるんですね。その減つておることがけしからんし、ここに大きな問題があるという点においては私たちも全く同感ですが、併しこれは別な方面から言えば、この総合的な資金の需給計画でバランスを合せようとすれば、先ほどお話のあつたように防衛費なり何なりに相当多額を取つているので、これを減すかどうかということなしには今の産業投資或いは長期投資に向けることの救急策はないと思うのですが、そういうことをお考えになつた上でのお話か、或いはそれとも、いやそういう措置に出なくても、もつと通貨を殖やせば産業投資がある限りはいいのだ、そういうところで産業投資増加の余地があるんだというようなお考えなのか、そ辺のところを伺いたい。
○公述人(酒井杏之助君) 御質問にお答えいたします。通貨がどれだけあればいいかということは、これは非常にむずかしい問題でありまして、勿論私は今より通貨が減るほうがいいということは毛頭考えておりません。それじやどれだげ殖えたらいいかということば、これはなかなか技術的にむずかしいことでありまして、どうも出しているうちに物価が上りそうになれば、これはこれじやいかんというような、非常に理論的でない、まあ実験的にやつて行くより仕方がないような問題じやないかと思うのであります。それで今のお話の防衛費を削らなければ産業投資は、資金は殖えないじやないかというお話がございましたが、この防衛費が削れるものかどうかということが私によくわかつておれば、こんなには要らないからこれをこれだけ倒れということを申上げるのですが、この点は私全然無智でございまして、この程度がいいのか、これでは多いのかということは、私は言う材料を持つておりません。それでそれに融れなかつたわけであります。減し得るならはそれは減したらいいと思います。それから次に、それじやただこのままでは殖えようがないじやないか、その点で先ほど申上げましたように、公共事業費とか地方平衡憂付金というようなものは、必要なものは確かにこれは必要なものでありまして、決してこれを多過ぎるというわけではありませんが、これはもつと詳しく監督をし、更にこれを圧縮すれば、それだけの仕事ができて、而もそんなに金が要らないということはできないものかと思うのであります。そうすればその辺から幾分か産業投資に向ける金も出て来るのではなかろうか。その最後に私申上げましたように、建設公債を作つたらいいじやないかと申上げたのは、どうしても枠があつて枠よりはみ出すことができないという場合には、その枠内で賄えない部分に対しては、建設公債を発行してもいいのじやないか、必ずしもそういう公債というものは一切増発してはいかんという理窟はないと思うのであります。
○愛知揆一君 ちよつと今建設公債の話が重ねて出たわけでございますが、先ほどもお話のありましたように、日本銀行の引受ということであれば、これはもう問題なく今とるべきことじやないと思いますが、それから金融機関の資産の運用の方法としては、確かに御指摘のように公債が少いということが今日のいろいろな問題から言つての一つの欠点かと思うのでありますが、さりとて現状においては、予算の問題もさることでありますが、総合的な資金のバランスをうまくとつて行かなければならないというときに、建設公債を発行するということは、結局ほかのほうで所要の資金をそれだけ減すことになるのではなかろうか、その消化力の点で……。そうしますと、俗な言葉で言えば、金詰りをますます激化するということにもなりましようし、又そのほかいろいろの点問題を起すのではなかろうか、むしろ私は先ほど佐多君からもお話があつたかと思いますが、それよりは現状において、この予算案でははつきりしていない点かも知れませんが、むしろ資金運用部資金の運用計画などにおいてまだ打開をしなければならん問題があると思うのですが、先ずそういうところから手を著けて行つて然るべきではなかろうかと、こういうふうに考えますが、今の公債発行についての御意見もう少し伺いたいと思います。
○佐多忠隆君 それに関連しまして、今の資金運用部資金の運用の仕方に工夫をしなければならんじやないかという御質問でありましたが、それに関連してもつと具体的に言いますと、資金運用部の中に翌年度の繰越を今年も六百七十五億という数字が出ております。そこの予算説明の中に出ております。それからこれもさつきお話に出ました、見返資金のほうの国債を売却するために預金部でそれを買うというような廻しをしておりますが、こういう点をもう少し金融的に配慮の余地はないのかどうか、それも併せて一つ関連した問題として……。
○公述人(酒井杏之助君) 公債の発行ということは、勿論これを日本銀行で消化するというようなことはいかんと思うのでございますが、これをそれでは民間消化に任せればそれだけほかの資金を食つてしまうじやないかという愛知さんの御質問も御尤もだと思います。ただ私は、それの消化のために更に資本蓄積の方向に向つて、先ほども申上げましたように資金の蓄積を殖やす、ニンカレツジするような方針をとられるということが必要じやないか、それで民間資金が殖えさえすれば、その分を電力に廻すということができるのじやないかと思うのであります。これは一つは、全体として蓄積をする癖がなくなつた。この間私はチエーズ・ナシヨナルのダーデイーという支配人に会いましたが、戰争後というものはどうしても皆が蓄積をする習慣を失つてしまうものだから、これは面倒でも銀行などは小さい蓄積でもこれを奨励して行くようにして行かなければいかんと、そうして行けば自然に蓄積が殖えると、今では如何にも蓄積をするよりも使つてしまつたほうがよいというような、大体全体の気分がそういつたような上つ調子になつておりますので、これは全体のムーブメントに関係しておるのでありますが、この点は先ほども申しましたように、今度のいろいろ蓄積に対する法律の改正というようなものは、私はこの機会に大いに蓄積を増してそれで公債も消化し、産業投資もそれによつて賄つて行かれるようにしなければいかんと思うのであります。勿論この資金運用部のところは、確かに佐多さんも御指摘のように、ここが一番私は物足りないのであります。これはいろいろな関係がありまして、今如何に政府のかたに申上げても、これはちよつと無理じやないかと思うものですから、私余りそれを申上げなかつたのであります。
○佐多忠隆君 そういう政治的ないろいろなデリケートな考慮を別にして純粋に金融人として御意見を聞かして頂きたい。
○公述人(酒井杏之助君) それは勿論資金運用部の資金というものは、元は相当これが産業界に非常に使われまして、一般の国民の細かい蓄積の集積でありますから、これを産業に投じて国民に返すというのが本当だと思います。
○山本米治君 先ほどの佐多委員の質問に関連してでありまするが、今度の予算に相当防衛費というものがある。私も防衛費などを計上すべき事態は悲しむべき事態だと思つて、成るべく少いことを希望するのでありますが、防衛費があるからこの予算はインフレ的だということをおつしやいましたが、防衛費は消費的なものであると、かるが故にインフレ的であるとおつしやいましたが、この点私はわからないのでお伺いしたいのでありますが、その防衛費なるものを如何にして調達するかということによつてインフレ問題に影響するのだろうと思います。若しこの防衛費をいわゆる赤字公債等によりまして調達すれば、無論インフレになります。仮に日銀引受で、而も後日これを市中銀行等に売る場合におきましても、一時日本銀行が引受けるということによりまして、そこにインフレ的なギャップが起つて、インフレ的な傾向を出すわけでありますが、若しこれを完全に税金その他普通の歳入で以て賄う限りは、その防衛費自体は非生産的でありましても、国民から金を取上げてそれを使うのでありますから、そのこと自体は私はインフレ的でないと思いますが、例えば社会保障費でも同じであります。予算から取つたものを社会保障費に使うということはこれは消費であります。困つた人の生活費に充てるということは少しも再生産的ではないのであります。従つて若し防衛費がインフレ的だというならば、社会保障関係費というものは一切インフレ的だと言わなければならんのでありますが、この歳入、普通歳入で賄う限りは私は防衛費というものはインフレ的でないと思うのでありますが、防衛費は消費的なるが故にインフレ的だと言われるその意味をもう一度お伺いしたい。
○公述人(酒井杏之助君) 山本さんの御質問は誠に御尤もでありまして、確かに通貨だけから見ればそうでございますが、若しその防衛費が、更に若し防衛というものが要らなくてこれが更に生産に投じられるとすれば、金の面は同じでありますが余計物資を生産する、つまり消費物資が殖える。防衛費では消費物資は殖えないのでありますから、つまり通貨と物との関連がデフレになるかインフレになるかということでありますから、私はこれが、全部そういうことはできませんけれども、全部若しこれが産業投資に向えば、むしろ非常に物資は更に豊富になり、通貨との関連において私はむしろ物価は下るというような方向に向うんじやないかと思います。
○山本米治君 それではインフレ的ということではないのでありまして、若し防衛費を他の産業方面に使えたならば生産が殖えてデフレになる、デフレというか物が安くなる。だから、その防衛費を生産的に向ければ更に安くなるという方向へ向うということでありまして、防衛費に使つたがためにインフレになるんではなくて、他の防衛費以外のものに使うならば安くなるだろうという意味でありまして、インフレ的という言葉とは違うように思いますが……。
○公述人(酒井杏之助君) 重ねてお答えいたしますが、仮に全部を防衛費に使つたという場合はどうなりましよう。
○山本米治君 そのときにはインフレ的になります。それは私は、こういうふうに予算がインフレ的であるかどうか、防衛費というものの性質はどうであるかということを多少考えておるわけでありまして、極端に言つて一切の歳入を一切防衛的なものに使うならば普通の消費物資は殆んど生産されないことになるのでありますから、その防衛関係からばら撒かれた金が極めて僅かなるところの消費物資に購買力が向うわけでありますから、その場合にはひどいインフレになると思うのであります。それは極端な、極限のお話でありましてそういうことは現在ないし、現在のところは御承知の通り歳出の二割程度の防衛関係費でありますから、私はその程度の範囲内においては今のように税金で賄う限りはインフレ的ではないと思う。
○公述人(酒井杏之助君) それは要するに言葉の違いでありまして、全部を産業投資にすれば更に物価は下る。全部を防衛費に使つてしまえばこれは非常なインフレーシヨンになる。要するに程度の問題だと思いますから、或いは山本さんのお話のようにこの程度の防衛費であればインフレーシヨンにはならないというのは正しいのかも知れません。私どもはどうも銀行におりますと、常にいつでもインフレーシヨンになつてはならないということを頭においておりますので、常にインフレーシヨンというものについては警戒しなければならん、先ほどもどなたかのお話にありましたが、このインフレーシヨンのときは産業界は非常に活溌になつたようで、好景気になつたようでありますが、その貨幣価値の下落のために消費者は非常に迷惑をするのであります。これは消費者というものはまとまつた声が出ませんから、得てインフレーシヨンというものは迎えられやすい。インフレーシヨンと銘を打つて行けばそれは皆いやがりますけれども、ややもすればその国家の施設というものがインフレーシヨンに向いやすいという慮れがあるので、常にまあ地震がなくても地震があつたらどうしようか、火事がなくても火事があつたら大変だというのが、私ども非常に心配性のものでありますから、それがインフレーシヨンにならなければ私は非常に結構だと思います。
○松浦清一君 酒井さんにばかり質問がたくさん行つて誠に恐縮ですが、銀行の代表はあなた一人でありますので、ちよつと御辛抱願いたいと思います。私は具体的な問題についてお伺いしたいのですが、今年政府が三十万トンの造船計画をやりまして、その造船計画に対して予算の上で問題になつているのは百四十億の見返資金を流用するということであつて、百四十億円の見返資金を出すというとあとは市中銀行から百四十億の融資が予定されているだけなんですが、三十万トン造るには四百六十六億円金がかかるが、そうするとそのあと百八十何億という金の出どころについては開発銀行からどうかするとか、或いは自己資金を調達させるとか、そういうことで三十万トン計画についてやられるといろお話ですが、そうすると我々何にも知らない者の立場から考えて、船主の作り得る自己資金と言えば收入の面から出て来た利潤とそれから増資による資金以外にないわけです。これはどれだけ金ができるかわからない。そうすると予算を審議する立場にある者から考えて、一体政府がどういう措置をとれば銀行は金を貸すことができるか、この点についてお伺いしたい。私どもが考えて見るというと、これはまあインフレが高進されるから余りだくさん融資をしてはいかんと、こういうことなんですけれども、船を造れば一万トンの船で一カ年アメリカ航路をやれば、百万ドルという金を貿易外收入として獲得して来るわけです。損が行かない融資である。損が行かないのにどうして融資ができないかという問題、結論として言えば政府がどういう措置を講ずれば、銀行は儲かるということのわかつている船に対して融資ができるか、その一点をお伺いしたい。
○公述人(酒井杏之助君) 只今の御質問に対してお答え申上げます。もともと造船資金というものは、市中銀行としての性質上は出すべきものでないのでございます。これは若し今日のような状態でなければ、もともと銀行の預金というものは長いのは一年の定期で、ディマンドの預金もございますし、できるだけその貸金を流動的にしておくというのが理想でございます。併しそれはそんなことを言つても今後の状態においてそんなことをしておけませんので、市中銀行が見返資金と一緒にこれを出しているのでありますが、これはだんだんその比重が重くなつて参りましてこれを続けて行くということは非常に困難であります。どこまでも私は造船資金とか、鉄鋼業の合理化資金というようなもの、或いは石炭の採掘資金、皆これは国家として最も必要な資金であります。併しそれは普通銀行の金融の対象にはなるべきものでないのであります。ですから先ほども長期信用銀行というものを今度政府で法案をお立てになりまして、そういう長期資金を賄う銀行を作る、そうして短期の資金は普通の市中銀行に任せるという方策をおとりになつたことは非常に結構だと思います。このことについてもさつき申上げましたように如何にその制度ができましても、それに対する資金の裏付がないのである、よくいろいろな政策は、この国として必要な政策というものが政府で取上げられますけれども、それは少しも資金の面を余り、少しもと言つちや少し言い過ぎでありますが、資金の面についての考慮が非常に足りないのだ、ただ抽象的にこれは自己資金で賄う、これは社債で賄う、先ほどの電力開発の場合でもそうである、電力開発にこれだけの計画をお出しになるならば、それと同時にそれに対する長期資金をどうやつて出すかという計画がなければならないのでありますが、それは今のところないのであります。今のお答えではまだ御不満でありますか。
○松浦清一君 結構です。その点いいんですよ。僕の考えはやつぱり開発銀行に四十億なんという見返資金のちよぼつとしたものを出さないで、もう少し開発銀行に政府が財政支出をして、開発銀行から長期資金の貸出ができる。こういうふうにすればそういう問題も解決するのじやないかと思うのですが、そういうことじやないですか。
○公述人(酒井杏之助君) 御同感でございます。開発銀行を……、折角できている開発銀行に対してはもう少し一般会計からも、或いは資金運用部からも、もう少し資金を供給されてこれは皆根幹産業になり、長期資金を賄うために作られた銀行でありますから、開発銀行が債券が出せるかどうかわかりませんが、その債券でも出せるようになれば我々市中銀行はその債券を持つてもよろしいのであります。
○委員長(和田博雄君) どうも有難うございました。 —————————————
○委員長(和田博雄君) 次に日本農政協議会の会長清水猛氏の公述をお願いいたします。
○公述人(清水猛君) 御紹介にあずかりました清水でございます。前から幾人ともなく専門学者の御卓見を承わりまして、私の述べることがなくなつたような気がいたしますが、いずれか御参考に供したいと思います。 政府の提出いたしました予算案に対しましては反対しているものであります。胆に明年度の予算案の中において歳出が多いとか、或いは少いとかという、特定の経費が多過ぎるとか少いとかいうそのほかに、更に根本的な問題があるのではないかと思います。例えば明年度予算案は一口に講和予算と呼ばれておりますが、だとすれば、今度の平和條約に反対して来ました共産党や、或いは左派社会党や、労農党は当然予算案全体に反対しなければならないと思います。又日米安全保障條約に反対の右派社会党としては、防衛分担金や、安全保障諸費が多いとか、少いとかでなくてそれらの経費を計上すること自体に反対しなければならないと思います。更に改進党になりますと、警察予備隊などというあいまいのものでなくしまして、はつきりと自衛軍とせよという主張になつておりますが、この点野党一致して修正案を提出して頂きたいと思います。更に問題になつておるのは、防衛分担金にせよ、安全保障諸費にせよ、日米安全保障條約に伴うところの行政協定がきまらないうちに、きまつてから確定するはずの経費が、この今年度の予算案に織込まれておるということであります。特に安全保障諸費の内容は不審であり、疑問であると思います。戰時中と臨時軍事費と同じように、どのように支出するか、しないかもきまらんうちに一括して政府に支出の権限を與えるものとすれば確かに問題であります。若し安全保障諸費の内容が行政協定や、行政協定締結後日米の合同委員会におきましてきまるものとすれば、理窟から言つても補正予算案として提出するのが本当ではないかと思います。その点政府は国民に飽くまで納得の行く説明ができるかどうかを実に考うべきであります。防衛分担金や安全保障諸費並びに警察予備隊経費などを合せまして、いわゆる国防予算の千八百二十億円でありますが、将来再軍備するようになれば、この防衛費が切替えられるわけだと思います。そこでこの防衛費が我が国力に合うものであるかどうか。これも突き詰めれば、防衛とか再軍備の是非の問題に関連して来ますが、一応それは別として、千八百二十億円の経費が実際に我が国にとつて実に考うべきものではなかろうかと思うのであります。併しこれを負担する立場から言えば、防衛費は我々にとつて少いほどいいのであつて、これ以上の税金を負担しないで千八百二十億円の防衛費が支出できるか。第二に防衛費が将来増加するかどうかという問題であります。併し政府側の説明では、特に将来の見通しについては、防衛費は将来も増加することがあつても国民所得の増加の範囲内にとどめ、而もその場合国民生活水準を先にすることを明らかにしておるようでありますが、併し我々は今後増税しないことは勿論、一層減税を要求するものであります。防衛費以外にも賠償費や外債償還費など、将来当然これは増加するものではないかと思いますが、行政協定がいわゆる結ばれないうちに総予算として提出しておるということは、我々国民にとつて飽くまでこれは反対するものであります。更に防衛関係費千八百二十億円を計上しながら再軍備ではないというのは、一つには憲法改正というような面倒なる手続を回避したいのと、再軍備という言葉の持つ響きが、平和を望む我々国民を考えた場合、我々国民を刺激させるということを心配しておるのではないかと思います。千八百二十億円は講和関係費の八割を占めております。更に賠償、外債の支拂、対日援助の返済或いは連合国財産補償費の四つもの、この大きなものを含めまして、單に平和回復費として僅かに二百十億を計上しておりますが、これだけでいいと思うのであるかどうか。前年度の繰越金が実際上はまだ幾らか残つておるのではないかと思いますが、若し繰越金が百億あつたとしても三百億円程度であります。この重要な項目が四つもあつて、三百億円でもまだ少いのではないかと思います。賠償費だけでも二百億円必要だと言われておる歳出費目を一見すると、非生産的支出が多過ぎるという印象が我々にとつては拭い切れないように思います。予算で何と言つても、一番今国民に響いて来るのはこの一般会計でありましようが、明年度の一般会計は八千五百と、本年度の会計は七千九百というようになつておりますが、六百億円もこの予算が膨れているということであります。そのほか予算全体を通じて見ますと、消費的方面に金が流れる経費や経済上いわゆる再生産に二度と戻つて来ないような性質の経費、いわゆる特に大きなこの講和関係費を初め、生活保護費はこれはいたし方ありませんが、或いは遺家族援護、失業対策費とこれらもいたし方ありませんが、金額的にかなりなると思います。故に明年度予算案は形の上では一応收支は均衡しているとは言えるでしようが、その中身がインフレ的要素を持つているのではないかと思います。これは要するに吉田内閣は再軍備というものと、来る総選挙というものを企図した予算と我々は考えておるのであります。 〔委員長退席、理事杉山昌作君委員長席に着く〕 防衛支出金の六百五十億並びに安全保障諸費の五百六十億、合計千二百十億円に上つておりますが、これだけでも前年度の終戰処理費九百四十四億円を上廻つております。その上警察予備隊費と海上保安費がそれぞれ昨年度より増額されておりまして、結局防衛関係費が千八百二十億円に上つて二七%という計算でありますが、前年度予算の中で終戰処理費と警察予備隊費並びに海上保安費の合計が占める比率というものは一六%でありますから、同じ均衡予算と言つても内容的に見ると、それぞれ非生産的支出が増加したことになるのではないかと思います。然るに経済上からも防衛費と国民生活の関係について具体的に検討すべき時期が来ておるのではないかと思います。更に二十七年度予算に見込まれておるところの租税收入の自然増加が七百七十億と言つておりますが、果して無理のないものか、この点など更に検討をしてもらう必要があると思います。又インフレを通じまして非生産的財政支出の増大が国民生活を切下げないかどうかということ、従来の終戰処理費も一種の非生産的支出ではありましたが、アメリカのいわゆる対日援助がインフレを相当抑えてくれましたと思いますが、ところが日本独立後はそういうこととは異なつてありませんが、新年度におきまするところの生産の増加によりまして、新たに殖えまする生産的支出をカバーできればともかく、さもなければそれだけの部分は国民生活水準を切下げるか、乃至はそれとも資本蓄積に食い込むかしなければならないと思います。我々としても安全保障條約を結んだ以上は防衛費の増額は止むを得ないと思うが、併しそれは飽くまで日本経済力と見合つたものでなければならないと思います。繰返して言いますが、国民生活水準を切下げる、資本蓄積部分へ食い込まない範囲で行われるならば諒としますが、この点実に疑問が絶えないものがあります。その課税問題が我々に一番響いて来るのでありますが、大蔵当局の資料を見たところによりますと、二十七年度における源泉所得徴收の対象になる勤労者の数は八百三十三万人、一人当りの平均所得は年間十六万八千四百円となつております。その月割の收入が約一万四千円でありますが、これは月收二万四千円ぐらいの勤労者が数において一番多く、又この階級の人が勤労所得税の大半を負担しておるものを占めておるのであります。その一人当りの平均の税額が一万三千九百円、所得に対する負担率か八三%になります 扶養家族三人乃至四人の勤労者を考えた場合に一万四千円の月收では生きて行く上の最低のぎりぎりの生活を保障されておるにしか過ぎないのであります。物価は戰前に比べまして三百五十倍に上つておりますが、或いは又実質経済上からは四百倍乃至はそれ以上の場合もある場合もあると思いますが、一万四千円は戰前の貨幣価値にして見ますと、およそ四十円程度ではないかと思います。戰前は月收四十円ぐらいで扶養家族の二、三人もあるような者は殆んど免税階級であつた。ところが今の日本政府はこのような貧困階級から容赦なく税金を取立てておるのでありますが、これは併し敗戰の結果でいたし方ないと思う点もありますが、少くともこの一万四千円ぐらいの岩から取立てるということは余りに我々国民にとつては有難い政治とは思えないのであります。次に申告所得税の対象のことでありますが、農業所得者について見ますと、二十七年度においては課税対象が百三十八万人でありますが、一人当りの平均所得が年間十二万九千三百円、月当りにして一万八百円ぐらいであります。一人当りの税額が九千八百円で負担率が七・六%に達しております。農業者は主食は自給できるとしても月收一万円ぐらいでは果して文化的な生活だとか、或いは余裕のある農家の生活とは思えないのであります。恵まれていないというのも甚だしいではないかと思います。次に申告所得の対象の中に営業所得者について見ますと、三十七年度の推定は課税人員百四十三万人、その平均年間所得が三十一万三千、その月牧が二万六千円であります。税額は五万五千四百円になつて負担率が一七・七%となつておるけれども、いわゆる所得金額が多いのでありますから、働く農民や勤労者から見れば、生活はずつと余裕があるのではないかと思います。その他の事業所得の平均が、年間收入が二十五万一千円、税額は三万八千円、負担率が一五・一%であります。これも余り生活は楽ではありませんが、それでもまだ農民や勤労者よりもよいと私は思います。更に給與所得者を見ますと、二十六年度においては年間五万円以下の收入者が二十七万人、五万円以上十万円以下の收入者が三百十万人もおります。 〔理事杉山昌作君退席、委員長着席〕 今度の税法改正で、基礎控除が五万円まで引上げられたけれども、とにかくこのような低額所得者の、いわゆる低額所得者を課税対象にするということは、この新憲法から言つても憲法の十二條に照らして趣旨に背くものではないかと、かように考えております。以前、この課税問題でありますが、これ以上増税はしないと大蔵大臣も言われておるようでありますが、若しなつた場合でもどうにもならないのじやないかと、かように考えております。如何にしてこの現在の国力と経済とを調節して行くか、我々は重大に考えておるものであります。ともあれ、防衛費が余りにも多過ぎるということであります。こういう大きな予算は、歳入にゆとりがなく、而も支出面には調節弁がないというものであります。吉田内閣は遺憾ながらそういう感覚に欠けている。或いは、いや、政治的な不堅実的な性質を持つておると考えておるものであります。更に予算の性質がかなりインフレ的であるということが、結論で言い得るものと思いますが、金融面では依然インフレの防止策の特別な手を打つていないという現状から、悪くすれば歳入の増加、増税をしない上での防衛費の増大、生活水準の切下げという悪環境が来ないとも限らないのではないかと考えておりますが、そうなると池田大蔵大臣が、池田財政の三原則としまして防衛費は漸次増して、更に国民生活は切下げない、将来とも増税はしないというこの原則も案外絵に描いたようなおいしい食物と同じようなものではないかと思つております。結局明年度の予算案も今度の当初予算だけではなく、恐らくこの夏頃は必至に補正予算も見なければ全容はつかめないというふうに考えております。この点を強く野党の議員のかたを初め、願わくば與党の議員のかたにも国民にこれ以上税金を負担させないで、而も国民生活の程度をこれ以上切下げないで、その範囲で以て更に資本蓄積にも食込まないということを條件にして、約束してできるなれば千八百二十億円計上するのには、私は反対はしないものでありますが、その点如何なものでしようか、結論としてお考え願いたいと思います。 誠にとりとめもないお話をいたしまして……有難うございました。
○委員長(和田博雄君) どなたか御質問がありましたら……御質問がなければ本日はこれにて散会いたします。明日も又午前十時からやりますので、一つ委員のかたがたは時間を御厳守を願いたいと思います。 本日はこれにて散会いたします。 午後四時三十七分散会