法務委員会 第61号
- 発言数
- 196 件
- 登壇者
- 9 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1952/06/20
会議録
○理事(伊藤修君) それではこれより法務委員会を開きます。 先ず法廷等の秩序維持に関する法律案を議題に供します。前回に引続き質疑を継続いたします。
○吉田法晴君 先般提案理由の説明以来、なおこの法律を必要とするに至つた事実について若干お伺いをしたのでありますが、外国の立法例においてはどういうことになつておりますか、伺うことができれば御教示願います。
○政府委員(野木新一君) 外国の立法例の若干についてはお手許に資料として差上げてございます。そのうちこの法案の修正前のもの、即ち最初議員提案として衆議院の法務委員会に提出しました裁判所侮辱制裁法という形のものについては、アメリカの各州のものと連邦のものと大体の解説を簡単にここに書き抜きにしてございます。これを極くかいつまんで申しますと、裁判所は民主主義国家におきましては法律を具体的に宣明する使命を有するものでありまして、裁判所の権威というものは結局は法律の権威に通ずるものでありまして、裁判の機能が円滑に行われなければ国民の権利の擁護はできないわけであります。それでありますので、英米のほうの裁判所においては、裁判所侮辱制裁法というようなコンテンプト・オブ・コートという制度がございます。併しながらこれは英米の古い歴史に基くものでありまして、その範囲は非常に広いものであります。これはいわゆる直接侮辱と間接侮辱と分れておりまして、直接侮辱と申しますのは、大体今度の法廷等の秩序維持に関する法律案に盛つてあるところと実質的には一致するわけでありますが、そのほかの裁判所又は裁判官の命令に従わないようなもの、或いは法廷の外、社会において新聞紙等において裁判所を侮辱するもの、そういうものも広く処罰の対象になつておるのが英米のコンテンプト・オブ・コート。併しながら今度の法案におきましては、そのうちの一番狭いいわゆる直接侮辱の実質に当るようなものが今ここに取上げられておるものと考えられるわけであります。又これを大陸法のほうに見ましても、例えばこれもお手許にたしか資料が差上げてあるはずでありますが、(吉田法晴君「ない」と述ぶ)ドイツの裁判所法におきましても、法廷においてその裁判所の審理を妨害したりする、そういうようなものにつきましては、裁判官が直ぐその場で秩序罰を科する、そういうような制度になつておるわけであります。そうしてこれは日本の旧裁判所構成法においても、その制度は取入れられておつたわけでありまして、旧裁判所構成法を廃して裁判所法に作り替える際に大陸法的に裁判官がその場で処罰できるという制度を取入れなかつたし、又英米流のコンテンプト・オブ・コートという制度も新らしいものも裁判所法には採用せられなかつたわけであります。そこに一つの裁判所制度としての欠陥があつたのではないかと思うのでありまして、今度の法案は、その当然あるべきのに欠けておつたところを補う意味が一つあるものと存ずるわけであります。そこで今度の法廷等の秩序維持に関する法律案に盛られておる狙いなり、実質的内容なりにつきましては、大体只今申上げたように、大陸法系の法律制度におきましても、又英米法系のコンテンプト・オブ・コートの制度におきましても、大体この法案に盛られておる程度のことば両方にあるわけでありまして、この法案で考えているところも、日本の社会の特殊的事情に応じた特殊な制度であるわけではないのでありまして、やはり先進国に共通な制度の一つをここに取入れた、そういうことになろうかと存ずる次第であります。
○吉田法晴君 実は手許に御説明になりましたような資料がないのでありますが、直接侮辱罪について米国の判例を収集したものが盛られてありますが、今のお話はこの資料によります直接侮辱について御説明があつたのだと思います。又大陸法系についても秩序罰としてお話になりましたが、お話の通りに今御説明になりましたものの中には、旧裁判所構成法、現在の裁判所法ですか、その中にありますもの、それから最近法廷の秩序維持のために警官の協力を得るといつたような措置が講ぜられておる実質的なもの、そういうものと、この法律案の中に書かれておりますものと御説明は実は一緒になつておつたような感じがするのでありますが、そういうものを分けて一つもう少し御説明を願いたいと思います。
○政府委員(野木新一君) 只今の説明を補充いたします。現在の裁判所法におきましては、裁判所の裁判が円滑に行われるということを担保するためにおきまして第七十一条以下に若干の規定がおかれておるわけであります。七十一条は、「法廷における秩序の維持は、裁判長文は開廷をした一人の裁判官がこれを行う」ものといたしまして、このような「裁判長又は開廷をした一人の裁判官は、法廷における裁判所の職務の執行を妨げ、又は不当な行状をする者に対し、退廷を命じ、その他法廷における秩序を維持するのに必要な事項を命じ、又は処置を執ることができる」ということにいたしまして、いわゆる法廷警察権なるものをここに規定しておるわけであります。次に第七十一条の二におきまして、これは只今お言葉の中にもありましたように、裁判長又は開廷をした一人の裁判官は一定の場合には、即ち法廷における秩序を維持するため必要があると認める場合には警察官等の派遣を要求することができるという規定があるわけであります。そうして第七十三条におきまして、先ほど申上げました七十一条に基く裁判長等の命令に違反して裁判所又は裁判官の職務の執行を妨げた者は、「これを一年以下の懲役若しくは禁錮又は千円以下の罰金に処する。」というようなことの規定がありまして、これはいわゆる審判妨害罪と称しておるものであります。これだけの規定があるわけでありますが、このうち最初に申上げました第七十一条はいわゆる法廷警察権を規定したものでありまして、ここでは裁判長等は法廷の秩序を維持するために退廷を命じたり、或いはその他の命令をすることができるという権限があるのみでありまして、直ちにその場で秩序を乱した者に対して制裁を科するということは、ここではそういう権限は与えられておらないわけであります。第七十一条の二も、これは単に警察官の応援を求めて秩序違反の行為がないように警戒するというだけのことであります。第七十三条の審判妨害罪は、これは純然たる犯罪として規定したものでありまして、仮にこれに該当する者がありましても、検察官の起訴があり、普通の刑事訴訟法の手続によつて罰せられるか、罰せられないかが決定せられるわけであります。ところが今度の法廷等の秩序維持に関する法律案の狙いといたしますところは、只今申出げました裁判所法に規定してある制度のほかに、裁判所又は裁判官が法廷等で事件について審判その他の手続をするに際しまして、その裁判所の面前その他直接に知ることができる場所でその職務の執行を妨げたり、或いは秩序維持のために命じた事項を行わなかつたりするような場合に秩序罰の制裁を科する権限を裁判所に与えようとするものであります。これは検事の起訴を要しない。即ち裁判所がみずからの発意によつてやれるという点について、現在のいわゆる審判妨害罪とちよつと違いまして、非常に何と申しましようか、時宜に応じて適切な処置をとることができるような建前になつているわけであります。而してこの法案に盛りました、即ち裁判所がその場で成る程度の秩序罰を科し得るということは、先ほどもしばしば申上げましたように、英米法系のコンテンプト・オブ・コートのうち、いわゆる直接侮辱に制裁を科する、その思想と通ずるものがあり、又大陸法系、例えばドイツの裁判所構成法とか、日本の旧裁判所構成法において裁判所が一定限度の秩序罰を科し得るその思想と相通ずるものでありまして、まさに裁判所制度に当然あるべきもので、而も現在の裁判所法に欠けているもの、その間隙をここで埋めるというふうになるものじやないかと存ずる次第であります。
○吉田法晴君 御説明を聞いておりますと、旧裁判所構成法の中には、手許に頂いておりますが、百九条その他に規定があつた。それを残された。なお外国の立法にもコンテンプト・オブ・コートなり、或いは大陸法の秩序罰に関する規定等があつて、新らしい裁判所法にはないから、それを作ると、こういう大体の御説明を申されましたが、先ほどお尋ねをいたしまして、英米なり或いは大陸法系で御説明になりましたのは、裁判所構成法にない部分だけについて御説明になつたのでありますが、これは裁判所法によつても一部分はある。ただ裁判所が面前における行為についての秩序を維持する方法或いは秩序罪がない、こういう御説明であつたかと思うのでありますが、これは現在の裁判所法だけで行けないかどうかという実体論に関連を持つて参ると思うのでありますが、外国の例も多少疑問が残りますけれども、一応その点でお尋ねをいたしますと、先般この委員会でも御説明があつた。それから衆議院の法務委員会の速記録等を拝見をいたしましても、裁判官の、法の権威でなくて実質上の権威と言いますか、或る場合には若い判事のかたで運用をしておられて、この裁判所法で或いは行げたのではないかといつたような事例も考えられます。それから或いは七十一条の二の条文でやれている場合もあるわけです。折角裁判所構成法と、それから新らしい裁判所法との違いを元に戻すということにつきましては、一応それだけの十分の理由がなければならんかと考えるのであります。そうすると、新らしい裁判所法によつてどうしても運用ができないのだ、この点をもう少し御説明を頂かないと納得が行きかねるわけであります。その辺をもう少し御説明を願いたい。
○政府委員(野木新一君) 私から一応御説明申上げまして、なお具体的の点で足りない点がありましたら、裁判所のほうから補充して頂きたいと思います。成るほど裁判所法に、先ほど申上げましたように法廷の秩序を維持し、裁判が円滑に進行できるような若干の手当があるわけでありますが、このうち第七十一条のいわゆる法廷警察権につきましては、これは昔の裁判所構成法にも大体同じような規定があり、裁判所法にもそれを受継いでおるわけでありまして、これは裁判官もこの使用につきましては十分習熟しておるわけでありますが、この規定だけではどうしても現在の法廷の実情を見ましても、足らないということは、裁判官の会同等の研究の結果等を裁判所側から聞きましても、はつきりするわけであります。なお一番問題になりますのは、この第七十三条の審判妨害罪、これがあればむしろ裁判所の法廷等の秩序維持に関する法律は要らないのじやないかという点が、むしろ一番論点になるようでありますが、実は第七十三条の規定の活用せられましたのは、裁判所法ができて以来今日まで三件程度のようでありまして、十分行われていないようであります。十分行われていないというならば、それを十分行われるように活用したら足りるじやないかというのも一つの議論だろうと思いますが、併しながら十分行われないのには、やはりそれ相当の理由があるのであります。それはなぜかと言いますと、今の例えば刑事訴訟法、民事訴訟法も大体新憲法の民主主義の精神を取入れまして、職権主義的のものは非常に後退して、当事者主義的訴訟形態が強く前面に現われているわけであります。従つて刑事訴訟法におきますと、検察官というものも一面公益の代表者であるという立場でありますが、被告人に対しては、当事者という性格が昔よりも一層強く出ておるわけであります。従いまして法廷においていろいろ騒ぐものに対しまして、検察官が直ぐその場で或いはこれを逮捕させたり、或いは訴追をしたりするということは、その騒いだり、或いは法廷の秩序を妨害したりする者が被告人である場合は勿論、被告人でない場合におきましても、この当事者としての検察官の性格に心理的にぴつたりしていない点があるということが一つと、それからそのために検察官もなかなか相手方を追い打ちしてやつつけるというような気持になれないということが一つ、これがなかなか行われない原因だと思います。それからなお一つ、本来の刑事事件をここにやつておる。法廷の妨害というのはそれから派生した事件であります。その派生した事件が刑事事件になつて、それについて又非常に煩雑な手続きが続いて行くということになりますので、そこのところは全体としてみますと、本来の事件についての裁判の進行も、裁判全体としてみれば阻害ざれるというようなことになるのじやないか、むしろそういう派生的な事件はその場所で迅速公正に処理して、本来の事件の裁判の進行が公正迅速に行われるようにしたほうがいいのじやないか、そういう考慮もあるわけでありまして、どうも第七十三条というものは実際の運用の上から行くとなかなか行われがたいような構造になつておるという関係がありまして、従つてどうしても各国の裁判制度にあつて、日本国においてもその裁判制度に欠けておる。いわゆるこの法廷の秩序維持に関する法律の持つておるような手当がやはり必要じやないかということになつて、この法律案が提案になつておるものと信ずるわけであります。
○吉田法晴君 今の御説明の中にありました職権主義はできるだけ廃して、当事者主義を原則としてやつて行く、そういう新しい憲法下における裁判所法の建前を、これは法廷秩序の維持ということであるけれども、崩されることになるのではないか。或いは裁判所がこの両当事者と、これはまあ被告或いは被告人側になりますけれども、裁判所秩序維持ということで直接対峙して行く、こういうことになる虞れが多分にございます。対峙です。対抗して行くという結果になるのじやないか。そこで一番その点を虞れるわけですが、今までのこの法律を必要とするまあ事件の幾つかがあつた。で、破壞活動防止法等によつてたくさんの事件が起つて参りますならば、或いは合法的な傍聴だとか、或いはいわゆる法廷でこれを争つて行くという点は阻止するわけには参りますまいし、殖えて参る。裁判所が政治問題に直接飛込んで行く。こういうことは避けなきやならんのじやないかと私どもは考えるわけであります。ところがそれではこういう法律を作りますと、裁判所が、法廷秩序の維持ということではあるけれども、被告に対して直接対峙をされるという恰好ができて参ることは、裁判所の事実上の中立性をこれは失わしめる結果を来たすのじやないかということを実は心配をするわけであります。で、今までの事例を見守つておりますというと或いは裁判官の個人の阻止ということも若干あつたのではないか。これは今までの裁判所法なり、何なりの建前で以つて、本当に裁判官が、或いは裁判所が関心を持つておつたならば、これらの法律でも十分やつて行けたのじやないか、或いは行けるのではないか。問題は法の運用、これはどこまでも運用でありますけれども、その運用についてなお考え、或いはそれだけの権威を持ち切れんようなことじや、どうもしようがない、こういう感じもするわけであります。或いは伺いますと、これは裁判所なり、或いは法務府のほうから伺つたわけではございませんけれども、黙秘権なら黙秘権を行使することによつて、不利を悟つて黙秘権を濫用しないという方向に事実は動きつつあるのではないか。これは黙秘権という制度を直ちに削つてしまつて、刑事訴訟法を改正すべきであるという議論にするか、それとも運用によつてこの法の、刑事訴訟法の黙秘権に関する制度を生かして行くか、眼前の事実に大きく流されるか、流されんかということに関連して参ると思うのでありますが、或いは裁判所に対して、今までの事例はとにかくでありますけれども、今後むしろ今までの制度を確保し、或いは秩序を維持し、裁判所の権威を持続することによつて、こういう法律を作ることが必要ないようにすることが、私は裁判所の任務だと思う。その辺についてどうもまだ十分納得することができないのであります。挙げられました実例からいたしましても、先ほど申上げるような裁判所の裁判官の、これは個人的な若さと言つたようなものが若干働いたり、或いは連絡が不十分であつたり、そういう面も、説明を聞いたり、いろいろしておつても感ぜられるのであります。なおどうしてもこの法律を必要とするというお話であるならば、もう少し納得せしめ得る一つ御説明を頂きたいと思います。
○衆議院議員(鍛冶良作君) 今の御質問の点は、我々がこの法律を提案いたしますについても、更に又審議し、修正いたしますについても、最も深く関心を持つた点であります。第一は、原案では法律によつて裁判所の権威を高めようと、こういう狙いも六つでおつたと思うのであります。勿論裁判の円滑を期するときには、裁判の尊厳ということが大前提でなければならんことは申上げるまでもないと思うのであります。そこで、英米法においてのコンテンプトの思想は、裁判所というものは尊厳なものなのだ、これは何人が考えても、国民全体が最も尊厳なものだという信念を持つておる、それにもかかわらず、その信念に反して、これに反する行為をしたものであるから裁判所侮辱として制裁する、こういうような考えであろうと思われるのであります。そこで我が日本においても勿論そうでなければなりませんが、今御指摘になつたように、今までの事例から見ましても、勿論裁判所は尊厳であつてほしいのでありますが、どうも人から見ても尊厳せられん裁判所、裁判官もないではありませんし、又国民全体も尊厳せなければならんと考えておろうけれども、それほどに重く見ておらんのじやなかろうか、かようなところから考えまして、裁判所の尊厳を保つということは大事ではあるけれども、今直ちに法律を以て尊厳を保たせようというところまでは行かないだろう、こう思いますると、次に考えまするのは、然らば眼前に現われたその裁判所の秩序破壞というものに対してどうかと考えますると、これは日本の現状からいたしまして、何とか抑えて行かなければならんと、かように考えまして、裁判所の尊厳を法律で守るということは第二として、現状に現われたる裁判所の秩序を破壞しようとするものだけにこの手当をしようと、こういうことでこの修正をいたしたわけであります。そこで先ほどから御議論がありましたように、いやしくも裁判所というものがある以上は、裁判所というものは尊厳でなければならんし、秩序が保たれなくちや裁判の円滑も尊厳も保たれないのだから、そういうものは法律に待たないで、裁判官自身の力によつてこれをやればよろしいのじやないかという御議論でありますが、これが勿論我々も是非そうあつてほしいのでありまするけれども、如何せん日本の現状におきましては、裁判の秩序を保持するどころではありません。いわゆる法廷闘争ということを振り廻して、裁判の秩序を乱してやろう、これによつて法の威信を傷つけてやろう、かような考えを持つて法廷に臨む者がないとは言われないのであります。そういう者に対してどうすればよろしいか、こういうことを考えまして、第一番に、それでは裁判所法の第七十一条及び第七十一条の二でやれるじやないかということも考えましたが、これは必要上警察官を頼んで、そして秩序を乱す者がおつたら退廷を命ずるというだけなんであります。そこで、でき得るものならば成るべく警察官などを使わないで、そしてこの秩序維持ということに重みを付ける、かようなところから考えますると、秩序維持に対する秩序罰としての制裁を認めたほうがよろしいのじやないか、かように考えまして、七十一条及び七十一条の二の規定でやれるかは知れんが、これを重く置いて、成るべくこれを使わないで、法の力によつて維持するということで制裁を認めることも止むを得ないだろうと、こう考えまして、秩序罰としてのこの第二條の制裁を認めたわけであります。それから、七十三条でやつたらいいじやないかということの御議論につきましては、これは先ほど野木政府委員の申しました通りで、これだけでは全うすることは十分ではないことを十分認めまして、但しこの法律によつて一時の手当をいたしました。これでやつてもなお併しこれは七十三条でやらなければならんものだという重いものがありますれば、これは検察当局の考えで起訴されれば、これを妨げるものではございません。これはもう重いものとして刑罰としてやるのですから……。私はほんの秩序としてその前に一時の手当をする、こういう考え方であります。
○吉田法晴君 今の鍛冶さんの御答弁の中に本質的なものが出ておつたように思うのでありますが、裁判所の権威という点については私ども異議ございません。なお裁判の尊厳ということをおつしやいましたが、若し裁判の尊厳というものを、昔のように桐の御紋で維持しようというのであるならば、これは民主主義ではないと思う。裁判の権威なり或いは尊厳は、合理性或いは合憲性、或いは合法性に従つて、事実上これは裁判所において確立維持せられなければならんと思う、それを眼前の事実によつて今抑えるというお言葉がございましたけれども、法律で以て抑えるというようなことでは、これは新裁判所法なり、或いは新憲法、新法律体系で考えておるような裁判の権威或いは尊厳を維持することはできんと思う。そこでその裁判の権威を合憲性、合法性、合理性によつて維持するにはどうすればよいか。具体的に過去の事実、これは私実際詳細に挙げられました事件を分析するいとまがございませんので、私の反論も或いは不十分かも知れませんけれども、例えば堺の裁判の事件等を見てみますというと、裁判官の若さというものがやはりあるように考えられる、それから広島の被告人が奪われた云々という事件を見てみますると、明らかに連絡の不十分というものが指摘し得るのであります。そこでこれは通俗的に言いますならば、裁判所が本当の合理性、合憲性、合法性によつて裁判の権威を維持するということの実際の権威がございませんならば、これは幾ら法律を作つても同じことだと思う。それから又若し合理性、合憲性を抜きにして力で抑えるということになれば、これは逆に私は裁判の権威、或いは裁判所の権威を失つて参る、或いは裁判所が政治闘争の渦中に捲き込まれて裁判それ自身が大きく批判を受けて来る、こういうことになると思うのであります。そうすると今の裁判所法の運営でどうしてもできないのだということは、挙げられました事例から言つても、私どもにはなお納得が行きがたい点がある。それからもう 一つは、裁判所が直接そういう裁判所の秩序維持ということではあるけれども、当事者になつて出て行くということの大きなマイナスの面を考えますと、よほどのことがない限りこういう法律を作つて、直接裁判所が立ち向われるということは、やつぱり遠慮しなければならんのじやないか。そこで合憲性、合法性、合理性に従つて裁判所の秩序を維持するについて、どうしても今のままではいかんのだという点に挙げられました事例からは、私どもまだ納得が行きかねますので、その辺をもう少し御説明を頂きたい、或いはその点について、外国の事例をも一つ挙げて頂きたい、こういうふうに考えております。
○衆議院議員(鍛冶良作君) お説は我我も全く同感であります。先ず裁判の威厳を保つということは、裁判官の人を得ることであると確信いたしております。そこで裁判官の人を得ますることは、法律知識の高いことと、人格の高潔なことであろうと存じますが、これと相待つて国民の遵法精神というものがなかつたら、これは如何なる高潔なものでも、壞してやれという考えを持つて出て来るものでありますると、いかんともしがたいものじやないかと考えます。そこで一面裁判官の威信を要求しますると同時に、国民の裁判を尊重するという精神が何より必要なのであります。そこで先ほど申しましたように、裁判官の最もいいものを残す、裁判所の最も威信のある人を得るということを法律を以てやろうとしたつて、これは無理だ、こういうことで裁判所侮辱ということをやると、片一方のほうで法律を守る、法の尊厳を守る、遵法すること、この精神に欠けたものが出てきた場合には、これは何らかの手当てをしなくては方法はないと考えるのであります。この点は誠に遺憾なことではありまするが、現状において秩序を破つてやれ、秩序を破ることによつて我々の野望を遂げてやろう、こういうものはないとは言えないのであります。これに対する手当なのであります。そこでこの手当は、裁判所法七十一条及び七十三条でやれるのじやないかという、ここに参りまするのでありまするが、七十一条及び七十一条の二、これでやろうといたしまするならば、専ら警察力を守つて、そうして退廷させて秩序を守る、こういうことにならざるを得ないのじやないか。それで成るべくこういうものをやるより、これに少し重みを付けまして、そうして裁判所で騒いだ場合には制裁がある、こう言えば、その点の秩序に対する法律の力が増して来やせんか、これが第一の目的であります。それでもいかんということになれば、これはまあ検察官自身が犯罪として起訴するわけであります。これは検察官が法廷で直ちにこれを適用することは、これはますますどうも法廷の秩序を害することであることはよく我々も考えて、成るべくこれを、なぜ使われるのかということがよくわかつて参りましたので、その前に刑罰にあらざる秩序罰として手当をする、これよりほかになかろうと、かような考えを以て修正して御審議を願つた、こういう実情であります。
○吉田法晴君 遵法精神のない、或いは秩序を破壞しようとするものについて云々ということで、この法律の基礎になつたところは、裁判所の神経過敏と申しますか、或いは緊張と申しますか、そういうものを反映されたという御発言でありますが、私ども或いは個人的に労働組合のいろいろな問題を通じまして、そういう事態に、これは法廷ではございませんけれども、遭遇いたして参つたり、或いはあとで田川事件というのが起りまして、いつも問題になつておるのですが、あの福岡県の田川郡に起りました前の事件、私は恐らくあの事件の当事者と申しますか、渦中あつた人と別の所でお会いしました。これは出入国管理令の問題であります。そういう点からいたしましても、私どもは初めから法律を破壞してやろう、或いは秩序を破壞してやろうという気があるとは考えない。この強制送還をされ、或いは生死に関するのじやないかということで、心配し、そうしてこれに若干の私ども同情を持つておるせいでございましようけれども、私どもに対しては、これは立場は違います。立場は違いますけれども、暴力を振うとか、或いはそういう気配は全然感じられません。私はまあ仮に、私は裁判官でございませんけれども、裁判官に当つたとしても、私は十分秩序を維持して行く自信を持つておる。あの田川郡の田川事件一つとつて見ても、その事件の前に起つた、これは林の中に遊び人が乱入をした云々ということが前に問題になつている。そういうのが尾を引いているのでありますけれども、私は本当に裁判所が法の秩序を守り、或いは権威を守つて行こうという信念と、それから検事に認識があれば現行法で十分賄えるのじやないか、或いは七十一条を運用するにどういう方法を以てするか、これは或いは傍聴人を制限するという方法も現にとられているわけであります。或いは七十一条の二で、これは程度の問題は争われましたけれども、法廷外の秩序維持のための法律規定も設けてある。で、問題はやはり事実関係が大部分前にあると思うのであります。或いは裁判を開く前の問題といたしましても、あると思う。そうしてそのあとで見てみましても、或いはそれに事前のとにかく措置が足りないで連絡が十分でなかつたとか、或いは裁判官の若さのせいもあつて権威を持つて進めることができなかつたといつたようなことも若干あるかも知れませんけれども、それらのものは、こういう法律を作らなくても大体やつて行けるのではないか、又やつて行くべきではないか。それがどうしてもできないという点に、なおまだ若干の疑問が残るのでありますが、これは抽象的な或いは議論も含んでおりまするので、恐れ入りますが、もう少し御説明のほうを具体的に願いたいと思います。
○衆議院議員(鍛冶良作君) 大体御見見としては同じことなんですが、裁判所の力を以て裁判所の正当なる、又法の命ずる威信を以て保たれる場合に、かようなものを適用してやろうという考えを持たれたのでは、これは大変だと思つております。どこどこまでもそういうものはやはり裁判所の……、まあ理想論になりますかも知れませんが、十分納得せしめて、騒がんで済むようなことであるならば全力を注いでそれをやらしてもらわなければならんということは、これは当然なことだと思うのであります。ただ問題は、幾らやつても、隙あらばこれをぶち壞してやろう、こういう考えを持つて参りますと、これはどうも幾ら徳のある人でも、泥棒を説き伏せたということがあるからというかも知れませんが、大体はできません。そうすると、この間から説明を聞いておりますると、大抵はやつて来ます方法、今まですよ。これからはどういう方法で来るかも知れない。法廷の始まる前に裁判官の部屋に押しかけ、そこで皆が入ろうとしたから制限したら、随分騒ぎまして、要求は大抵、拘留中の被告を即時釈放せよ、こういう要求を以つてやるようであります。ここで大分裁判官の度肝を抜きまして相当神経過敏にさして、それから法廷へ来ますると、今おつしやつた傍聴制限を何のために制限するか、そんな制限するな。それで制限しておるものを押しのけて入ろうとする。そこでもう一揉めやります。それから中に危いと思つて警察官を余計入れて置くと、なぜこんなにたくさん警察官を入れて置くか、裁判の威信をみずから傷つけるのじやないか、又陳述の自由を圧迫するのではないか、こう言つて騒ぐ。そこで広島などにおいては、危いと思つて警察官を連れて来たんだが、隣の部屋に入れて置いたその間に、法廷が済むと同時に裁判官を押え付けて窓から被告を逃がしておいて、警察官が知つた時分には被告人が逃げて行つてしまう。被告の逃げて行つたことは派遣されておつた警察官は知らなかつた。裁判官を押えてしまつた。そういうようなことでありますから、そういうふうに計画的にやつて来られるとするならば、これは何らかの手当をしなければなりません。そういう場合に、これで十分やれるかと言えば、これはできません。実際の問題でありまするから、やはりどうしてもいかんとすれば、この間裁判所でやつたように、バリケードでも張つてやられるより仕方がない。これらは非常に我々として情ない次第だと思いますので、でき得るならば秩序維持に関しても一つの制裁がある。でありまするから、秩序を破壞してはいかんのだという、こういうことを国民全体に知らしめて、そうして裁判所の威厳を保ちたい、こういうところに本法の必要があるのじやないか、かように考えております。
○吉田法晴君 先ほど裁判所のほうから御意見、御説明があればというお話でありましたが、裁判所と申しますか、或いは第一線の裁判長が来ておられましたら承わりたい。
○説明員(岸盛一君) 現在の裁判所法の七十一条及び七十一条の二或いは七十三条の審判妨害罪の規定で十分賄えるのじやないかという、先ずその点でありますが、これは前回にも申上げましたような、最近のいわゆる法廷闘争のやり方というのは非常に組織的で、且つ計画的でありまして到底七十一条のいわゆる法廷警察権というものでは賄い切れない状態であります。七十一条の法廷警察権というのは、つまりその公判手続の妨害をするものを、その妨害を排除するというだけのもの、つまり例えて言いますと、侵入して来るを、バケツで汲み出すというだけの程度のものなのでありまして、それが組織的な、大衆的な、計画的な方法でやられますと、どうもそういうかい出し作業では法廷の秩序というものは維持できないのであります。それから七十三条は先ほど来御説明がありましたが、これは刑罰として、つまり犯罪として処罰するという制度であります。ですから当該の手続の刻々の、適時適切な措置をとるという手段ではないのであります。七十一条で例えば退廷命令を出す。これはしばしば行われておりますが、退廷命令の執行を受けたものが法廷の外へ出まして、そこで今度大衆に向つてアジ演説をやつて法廷の審理を妨害する、そういう例もあるのであります。それからついでですが、裁判官がみずからこういうものを処罰するということは、事件の渦中に捲き込まれるのではなかろうかという御懸念、これは御尤もであります。ただ問題は、当該の事件の被告人だけが対象ではなくて、むしろ被告人と相呼応してその法廷の権威を失墜さしてやろうということをたくらむ傍聴人に適用される場合が非常に多いのであります。勿論かようなこの法案の定めておるような権限は非常に従来の制度にない新らしい権限でありまして、強力な力と言えると思います。これはいわば双刃の剣のようなものでありまして、これの使い途を誤れば、相手方をも傷つけるし、又裁判所みずからも傷つくわけであります。この法律の運用というものは、法廷において衆人環視の下で裁判官がやるんだ、そういう点で、ほかの警察官の仕事が警察の内部で行われるということとは違つておりまして、傍聴人、立会つている弁護人たちの環視の下に、この権限を行使するという次第でありますので、裁判官のこの法律についての運用についても十分考慮いたさなければなりませんが、そう無茶なことはやるまいというふうに確信いたしております。そのことは従来の法廷闘争に対する日本の裁判官の態度が、これを証明しておると思います。これまでしばしば起りました法廷闘争に対して、裁判官は慎重過ぎる、或いは寛容に過ぎるきらいがあるという批判をさえ受けているくらいであります。さようなわけでありますので、この権限をかさに着て、そうして法廷の権威を被告人当事者に押付けようとする、そういう筋合いのものでは決してないのであります。裁判の権威というものは、勿論裁判官みずからがこれを作らなければならん。その権威というのは、国民の裁判所としてのいわば民主的権威を持つておるものであります。そういう点についての自覚は十分裁判官は持つておりますし、又この法案が成立した暁には、この法案の運用について十分の、万全の措置をとるつもりであります。
○吉田法晴君 双刃の剣と言われましたが、それほどの私、双刃の剣でずばずば人を殺すほどの法規であるとは思いません。むしろ裁判所も神経過敏になつて、何と申しますか、最小限の療法としてこの薬を作つた、こういう感じがいたします。その点は、これは立案せられるまでの努力の中に、私どもも感ずることができるのですけれども、言換えると、今までの事件が、多少裁判所も逆上してというと大変失礼でありますけれども、神経質になつて、何かなければということで、お守り札のようにこの法律を考えられておると思うのですが、ところがそれほどの効果があるかどうかということが第一の問題だと思うのです。本質的には、これは役に立たんのじやないか。而も例えば拘束にしてもそうでありますが、恐らく裁判所が、裁判が紛糾して来る、その中で傍聴人なり何なり、主として傍聴人だと思うのですが、そこから退廷を命ずるために拘束を命ずる。一人、二人であればとにかくでありますが、例えば四、五人なら四、五人に退廷を命じ、拘束を命ずる。そうすると、恐らくそこで紛糾も起るでありましよう。或いはそうでなくてさえ、全部で以て、或いは全部相当の人数でこの法廷の戦術が考えられておるならば、恐らく全部拘束しなければならんような事態だと思うのです。そうすると、私は拘束なら拘束を命ずることが、却つてこれは紛糾の原因にしかならないと思います。そうして秩序を維持したいというけれども、逆に拘束等を命ずることによつて、その事態は一層紛糾をする。全体の傾向から見まするならば大した役には立たないで、而も裁判所がそれに立ち向うという結果、これはどうしても障害されます。先ほど当事者の中に云々ということであるけれども、これは被告じやなくて傍聴人だけに対するものであるのだということでありますけれども、傍聴人だけでなくて、言われるような事態について対処しようというのであるならば、はつきり言うならば、共産党なら共産党の法廷闘争の戦術に対して、裁判所が立ち向う、そうすると、先ほど申しましたけれども、破壞活動防止法なら破壞活動防止法を適用して行つて団体を解散して、そうして解散した団体のためにする行為は一切できない。それからその脱法行為は全部これを処罰する。恐らくその団体についても蜂の巣を突つついたように、或いは捜査、それから刑事事件が起つて参りましよう。それに対して、この法廷をめぐつての問題が起つて来る。それに対して裁判所が或いは拘束監置という方法ではあるけれども、それに立ち向う、こういう結果を生ずるならば、これは双刃の剣のようなものだからめつたに適用し在のだ、それは最後に抜くあれだと言われるけれども、拘束その他のあれから言つて軽くしたのだという考え方をするならば、若し裁判所の今の神経過敏なその気持が或いはそのまま行きますならば、すぐやられる、すぐやられて、それが更にその場の法廷なら法廷についても混乱に陥れるだろうし、或いは全体として一つの事件を通じてでも、或いは一つの団体を解散し、全国的な一連の事件が起つた事件なら事件について、全国的な法廷闘争なら法廷闘争が行われるとするならば、それに対しに裁判所が立ち向う。法廷秩序の維持ということであるけれども、それを通じて裁判所が立ち向うということに私は結果がなつて来ると思う。そうすると、恐らくこれはこういうことでは足らんで、もつと別の方法を、法律を整えなければならん。こういうことに恐らくなられるであろうと思う。これは元来が力で以て、さつきのお言葉ではございませんが、抑えようという出発をいたしますならば、これはとどまるところを知らずして、だんだんやはりより強い力で抑えようということにならざるを得んと思う。その辺はどういうお見通しですか。
○説明員(岸盛一君) 双刃の剣という言葉が出ましたが、その趣旨は御了解願えると思いますが一決してそれを振り廻すという意味の剣ではないので、この運用を間違えば、裁判所みずからが自分の権威を傷つける、そういう性質のものだ、こういう意味で申上げておるのです。従つてこの法律の運用については裁判所も十分慎重でなければならんというふうになるわけであります。それから一体このお答えに代えまして、これはほんの偶然のことで、何にもこういう席で申上げようと思つておつたものではないのですが、たまたま或る地方の判事、田舎の判事、これは或る裁判所の支部の判事が、最近官分がこういう事件をやつた心境を私の同僚に訴えて来た手紙があるのであります。これは本人の承諾は得ておりませんから、名前やそれから場所等を明らかにすることはお許し願いたいと思いますが、こういう心境で、こういうような状態で、又こういう気持で仕事をしておるということをおわかり願いたいと思うのであります。その判事はもう十年以上たつた判事で、判事としては相当の経験のある判事でありまして、その支部には判事が二人しかおりません。これはもつと定員がありますが、現在員が二人しかいないところであります。この四月の六日日曜日、鮮共リンチ事件と書いておりまして、どういう事件か存じませんが、それの被害者の証人尋問をやつた。これは検察官からの請求の証人尋問、公判前の証人尋問、これに正午から五時までかかつた。それから四月の十四日にその事件の被疑者たちが一齊に検挙されておるわけであります。その翌十五日、四月の十五日にその被疑者の勾留尋問が行われた、これが三時から八時までかかつておる。そうしてその間は怒号、罵声、罵倒をさんざん浴びておる。五月の一日にその事件の勾留理由開示の請求があつた。その翌日の五月二日に、これは又別な事件が起きておる。そうしてこの事件では事件の公判の審理がありました。傍聴人七十人が法廷で解放歌を歌い、デモを行い、そうして裁判官の机を叩き、退廷命令を出すこと三回に及んでおります。止むを得ず、警察官五十人の力で秩序を維持しながら、証人申請の手続まで進んだ。被告人は終始怒鳴り、怒号、罵言雑言を浴びせかけておる。この二日置いて五月の四日に、これは日曜ですが、この前の事件の勾留理由開示の記録を読むために終日登庁した。五月六日に勾留理由開示をやつた。このときすでにこの開示を受ける被疑者たちが入廷をしないで、看視と揉み合う。手続を進められないので、警察官三十名の応援を求め、これに一時から五時までかかつた。それがやつと済むと、今度一時間はその事件についての面会人と会つて又いろいろなことの質問を受けておる、このような次第で、警察は実力で、検挙して、そうして事件を起して来るけれども、裁判所というものはそういう実力を用いるところじやない。又そういうものを行使するところじやない。だからこういう乱暴な連中は法廷では処理し切れない。あとが悪罵に四時間も五時間もさらされると、やはり自分は非常に疲れる。又警察官の応援と言つても成るべくはこれなくして円満にやりたい。裁判官は誰しも法廷を武装化するということを好んでいないのであります。円満にやるとなれば手続はなかなか進められない。警察官の応援というのもただ傍聴人を出すときのごたごたに役立つので、すべてのことは裁判官が自分の責任において処理しなければならん。そういう状態において、一体自分たちがこういうことをやるについて、国民の後楯があるかどうかということを自分はつくづく考えるということを言つておるのです。この法案の狙いもまさにこの国民の後楯、法廷の権威というものは、民主政治の下では守らなければならないのだ、法廷を真つ向から裁判所攻撃の矢弾にするということは考え物なんだということを広く輿論として、国民の声として世に知らす、それが非常に大きい。又それで裁判官が満足する。そういう次第であるのであります。どうぞ御了承願います。
○吉田法晴君 輿論の支持を得たいというお気持は全く私どもも同感であります。併しそれをこういう形でやつて行くことが裁判所として輿論の支持を得られることであるかどうか、これは問題だと思うのです。そこで先ほど私がお尋ねしておつた中心は、これは今までの傾向と、それから現在のこれからの見通しも関連しますが、私はこの裁判なら裁判で今証人尋問の点が挙げられましたが、そういうものを通じて若し多数の側に合理性がなく、或いは暴力性があつて、そうしてこれが世論の批判を浴びて、そういう方法がやめられて行くなら、これは一番望ましいことだと思う。或いはそういう傾向もあるかのように聞いたのです。先ほど黙秘権の問題と関連して申上げましたが、黙秘権を濫用することがむしろ不利であるということが考えられているのではないか。私はそれによつて黙秘権を認めた新刑事訴訟法の精神が守られて行くことを願い、或いはこの問題についても多少減りつつあるのではないか、ああいうとにかく法廷闘争の方法が国民の支持を受けるゆえんではないとして反省され、そういう戦術が変ることは私どもの最も望ましいところだと思う。その辺の見通し、それから覚悟も承わりたいのでありますが、それをこういう法律で裁判所自身が中立的な、そうして第三者的な立場から合憲性、合法性、合理性によつて権威を維持して行くという立場を捨てて、あなたの言葉で言うならば、寛容過ぎたから、少し寛容過ぎたのをやめよう、鍛冶さんの先の言葉で言うならば、もつと力で押えようということによつて、裁判所の秩序維持ということであるけれども、はつきり申上げるならば、今の共産党なら共産党に対峙して行かれる。これは戦術的に見れば、或いは政治的に見ればそうなります。そうしたことは裁判所として望ましいことであるかどうか、この点は深くお考えにならなければならんと思う。今までに事件があつたからというて、当事者がそれについて或いは神経を悩まされ、何とか方法があることが望ましいと考えることはわかります。併しその場合にその関与されるそれぞれの裁判官が、こういうものによつて仮りに事件が片附くとしても、それが果して全体の裁判制度と申しますか、憲法の下における司法権の地位と、或いは本当の権威とを維持する結果になるであろうかどうか。これは今までのいろいろな事件で以て神経過敏になり、或いは感情的になつてとられる態度ではないかと私は思う。その点はどういうふうにお考えになりますか。
○衆議院議員(鍛冶良作君) これはお説の通りでありまして、私先ほど抑えると言つたのは、そういう意味ではありません。手当をするという意味で申上げたのであります。ただこういうものを設けたから、これを振廻すことにおいて抑えられると考えておるのではありません。刑罰法規を設けまして制裁を科することにおいて犯罪がなくなるとは我々は考えておらない。刑罰法規を設けることにおいて、これは刑罰を科せられるほどの悪いことだと、こういうことを私は国民に徹底せしめることが法律の根本であろうと思います。だからこの際秩序を維持する、どうしても維持しなければならん、だから秩序に対してもこれだけの制裁があるのだと、こういう意味で先ほど言う国民全体の裁判所に対する信頼、及び応援する、もつと広く言うと、遵法精神を高めるということに狙いを持つておるつもりであります。こういう意味で、どうぞ一つ……。
○理事(伊藤修君) 同じ点を堂々廻りしているのでこの程度にして下さい。ちよつと速記をとめて下さい。 〔速記中止〕
○理事(伊藤修君) 速記を始めて下さい。
○説明員(岸盛一君) 先ほどの御質問にお答えします。端的に申しますと、この法律によつて共産党と裁判所が対立することになるのではないかという御趣旨のお問いであると思いますが、これは別に裁判所の法廷の秩序維持という点から言いますと、右であろうと左であろうと、そういうことには裁判所は何らかまわないと思います。現に行われている法廷闘争の、いわゆる法廷闘争と言いますか、裁判所の秩序を破壞する行為の中には全然そういう色彩のないものもあるのであつて、別にそれを裁判所が目標に置いておるというわけではありません。
○理事(伊藤修君) 午前はこの程度で休憩いたします。午後は二時から開会いたします。 午後零時二十八分休憩 —————・————— 午後二時三十四分開会
○理事(伊藤修君) 午前に引続きまして、法務委員会を再開いたします。先ず羽仁委員の御質疑を願います。
○羽仁五郎君 最初に最高裁判所に向つて伺つておきたいと思うのでありますが、一般的な問題について、第一にこういう法律がなければ現在日本の裁判というものは進行しないかどうかということですが、お答え願います。
○説明員(岸盛一君) これは午前中申上げたことと関連いたしますが、現行法の下での裁判所法七十一条で或る程度の法廷秩序維持棒が……。
○羽仁五郎君 そういうことじやないのです。私の伺うのはもう少し根本的なことでして、こういう法律がないと現在最高裁判所は日本において裁判が行われないというふうにお考えになつておるかということです。
○説明員(岸盛一君) その点については、午前中お話申上げたことを敷衍するごとになりますが、やはりかようないわゆる国民の後楯がなければ裁判権の作用というものは円滑に行うことができない、さように申上げることができると思います。
○羽仁五郎君 それじや伺いますが、こういう法律が必要になつているような事態の裁判所ですね。裁判所は全国に亙つてあらゆる裁判所が連日こういうような法律を必要とするような事件が起つているのか、それとも全国に亙つてどれくらいの程度であり、年間に亙つてどれくらいの事件があるのか、それをお答え願いたい。
○説明員(五鬼上堅磐君) 午前中岸君からお答えしたようなことなんですが、大体昨年あたりから法廷闘争の形が非常に変つて参りまして、従来の退廷命令を使つてやつておつただけでは賄いきれないようなところが頻々と……。
○羽仁五郎君 それはわかつております。数字のほうを伺いたい。
○説明員(五鬼上堅磐君) そういうのは各地の裁判所に非常に起つて参りまして、例えば、数字を挙げるとたくさんになりますが、伊勢の津の裁判所とか或いは静岡或いは大分の杵築の支部とか或いは広島とか、長野の松本市とかいうようなところは極く最近に起つた顕著な事例でありますが、これらの事件は結局今までのただ退廷命令とか七十一条では到底賄いきれないということを実証して来たように我々としては考えております。
○羽仁五郎君 私の質問はそういう点ではない。日本全国に裁判所がいくつあるのですか、その裁判所の中でことごとく起つているのですか、そうして一年間三百六十五日毎日起つているのですか、そういう点を先ず明らかにして頂きたいというふうに思う。それで今その数字をお持ちにならなければ、強いてその点を伺わなくてもいいのですが、私の質問の要点は、こういう法律を必要とする事件は裁判所における裁判の全体の中で非常に多いのか、或いは少いのかということなんです。或いは一つの典型的な例をとれば、東京地方裁判所でも結構ですが、そこで一年間にどれくらい訴訟をお扱いになるのか、そのうちでこういう法律が必要だという事件がどれくらいあるのかということなんです。それで私は最初に先ず、あらゆる法律についてこれは伺わなければならないことですが、あらゆる法律は第一にインデイスペンシブルであるかどうかその法律がなければ社会が動かないというものであるかどうかということを常に最高裁判所は念頭に置かれると確信しておりますので、その点を伺つておきたいと思つたのです。併し只今の御答弁は、そういう趣旨についてのお答えではなかつたのですが、法は成るべく少いほうがいいということは、御同感だろうと思います。従つて法というものは片端から作ればいいのじやないので、その法がなくては社会が一日も動かないという法だけにとどめるべきものだ、法は第一にその法がなくてはならないものであるか、それともなくても何とかやつて行けるものであるかということを我々は立法者として常に念頭におきます。最高裁判所もそうであろうと私は確信するのです。そこで第一に伺つておきたいことは、この法はなくても何とかやつて行けるものじやないか、それともこの法がなければ最高裁判所は日本における裁判を責任を負うことができないというふうにお考えになるか、その点の御証言を得ておきたいと思つておつたのであります。
○説明員(岸盛一君) 細かい正確な統計のことは只今ちよつと私申上げることはできませんけれども、極く最近のこの一月の間の事例を見ましても、新聞種となり或いは我々の耳に入つたものだけでも十件以上、全国的に見まして十件以上になるのであります。それの非常に大がかりな問題が起きております。以前には大体大きな裁判所にしかかような問題は起りませんでしたが、最近におきましては裁判所の大小を問わず小さな支部或いは簡易裁判所においてすらかような事例が起きております。全体の事件からの比重から見ますと、それはそう大きな数とは申上げられませんが、こういう事件がありますと、それについて裁判官が全精力を消耗するし、裁判所職員もまた裁判所の警備、そういうことに全員を挙げて警備に当るのであります。場合によつてはほかの仕事を停止してまでかようなことをしなければならないような事態もあります。そういう事件を一件見ますと、その裁判所の機能というものは非常に低下して能率が阻まれている状態であります。さような意味におきまして裁判権の作用を円滑に行うためにはやはりどうしてもこの法律は必要である、さように考えます。
○羽仁五郎君 岸さんは最高裁判所の刑事局長でいられるのですが、何だか御説明が少しく行政的のような御説明で、私が伺いたいというふうに心から思つているのは、最高裁判所の御意見としてこういう法がなければ日本の裁判はできないというお考えなのか、それともなくても何とかやれるという御趣旨であるのかという一点なんです。今のお話のようにこの一と月ばかりはこういう法律がほしくてたまらんような事件がだんだん起るという御説明ですが、これはたとえが甚だ失礼ですけれども、時間をきり上げるために、私の伺う点は数十点に上るので時間を短かくして行きたいと思うので私のほうから伺いますが、例えば一軒の家で病人があつた、その場合にお医者さんを朝から晩まで呼ばなければならない、そうだからといつて家へこんなにお医者が必要なんだから家へお医者さんを常傭いに置こうということはこれはできない、或る時期にはお医者の必要な時期があるのです。併し年中通して見ればそう家にお医者さんを一人泊つていてもらわなければならないということにはならない。ですから最近一月ばかりはそういう事件が非常に多いでしよう、併し一月ばかりそういう事件が多いからこういう法律が必要だというようなことでいいかどうかということですね。そうすると随分いろいろなことが起りましよう。そのたびに法律を作つて、いわゆる日本人があだ名をつけられている法匪というものになつてしまう虞れがあるので、最高裁判所がそれこそ司法権の最高の識見に立たれて虚心坦懐にこの法律を御覧になつて、そもそも日本の裁判はこの法をインジス・ペンサブルとするかどうか。欠けてはならない法というふうに考えるかどうかということを伺いたいと思うのであります。これ以上はもう多分御無理なことになつて意見の相違かも知れないが、或いは御理解が頂けないかと思うので、どうでしようか。或いは立派なお答えが頂けるならどうぞ。
○説明員(岸盛一君) 果してお答えになるかどうかわかりませんが、先ほどこの一と月と申しまとたのは、今統計を持つておりませんから、最近の一と月をとらえて申したので、この法案が出ましたのは昨年の春の国会であります。その当時からすでに全国的にそういう現象が見えておりました。その当時からすでに必要性は感じられておつたのでありますけれども、最近の一と月の現象をとらえてこれが必要だという趣旨で申上げたわけではないのであります。 それからこういう法廷の秩序を維持することによつて法廷の権威を保持するという考え方は、これは民主政治の理念に連なるものである、で、民主政治における裁判の作用を十分に運営するためにはそういう理念的に言つてもどうしてもかような制度は必要である、かように考えます。
○衆議院議員(田嶋好文君) これは裁判所に、お尋ねでございますが、提案者としても答える義務があるのではないかと思いますのでお答えさせて頂きます。実はこの法律の提案の趣旨といたしましては、裁判所からお答がありました今の点は徹底していないのですが、お尋ねのように病気が出たのでこの法律で処置しよう、こういう趣旨ではございません、曾ての日本の旧憲法に基く裁判所、天皇裁判、我々が裁判所と警察、検察庁を国民的な感情におきまして同列に考えた時代であります。これは徹底しない民主主義時代の下の旧憲法に基く裁判制度である。ところが新らしく本当に三権分立の思想に基く民主主義の新憲法を打立てて参りますと、そうなりますと民衆というものはその民主主義が徹底して行けば行くほど従来の裁判所に対する考えが異なつて来る、非常に人権擁護の最高の機関であるというような建前になりますので、自由な発言、自由な行為が当然許される、ところがその半面において、とかくそれが悪用され、そして民主主義の濫用というものが起きて来る、それになつて三権分立の司法権の権威というものが失堕される虞れがある。これは結局我々の立場から排撃しなければならない。従つて民主主義の下におきまして、私たちは一方においては自由を許すと同時に自由を履き違えた分子に対しては或る程度の権威を守る法的な何ものかを必要とするというような考えが起るのでありまして、その考えからこの法律を立案するに至つたのであります。従つて現実の問題としてはこの法律が立案されたので、そうした生れた病気がこの法律によつて処置されるということになるが、決して病気を目的としてこの法律を立案したものではないということを御了承願いたいと思います。
○羽仁五郎君 第一問については最高裁判所から私の明らかなる判断をする上に満足なお答えを頂けなかつたことを深く遺憾に思います。で、繰返して申上げませんが、国民は法の多いことは実に迷惑です。従つて法ができるだけ少いことを望むのです。従つて法たるものは第一にそれがインジス・ペンサブルであるかないか、その法がなければ社会が動かないかどうか、それともそういう法がなくても何とか行けるのかどうかという点を我々としては非常に重大な第一の問題と考えましてこの法についての御意見を伺つたのでございますが……。 では第二に、最高裁判所の御意向を伺いたいのは、この法は濫用される虞れがないか、誤つて使われる虞れがないか、この際どうか簡単にあるとかないとかいう御意見を伺えれば時間も短くて済むと思いますのですが、これもいわゆる人間だからというようなお話になつてしまうと困るのですが、法の性質上濫用の虞れがあるかないか、本質的な問題なんです。誤つて濫用するというのではなくて本質的にこの法は濫用の虞れがあるかないか、或いはもう少し質問をくだけば濫用される場合が多そうであるか、少なそうであるかといことにしてもいいかと思います。併し私の本当の伺いたいのは、最高裁判所が常にあらゆる法についてその法は本質的に濫用される性質を持つているか、持つていないかという点はお考え下さることと思いますので、どうか一つ高邁な御見解を伺いたいと思います。
○説明員(岸盛一君) その点につきましては濫用の虜れはないというふうに考えております。でその理由は簡単に申上げますと、午前中に申上げましたが、いわばこの法の運用を間違える、裁判所みずからを傷付けるものである、裁判所みずからが裁判の権威を傷付けるということになる、その点で裁判官は十分この運用については注意することが期待される、そういうことになります。
○羽仁五郎君 只今の御意見は理論的に伺いますと、この法は恐るべき濫用の虞れがある、即ち裁判所はみずからを破壞する虞れがある、僅かにそれを裁判官がその個人的な努力によつてその濫用を防ぐであろうという御答弁にも伺われますが、如何でしようか。
○説明員(岸盛一君) それは決してそういう趣旨ではありません。
○羽仁五郎君 それではこれは見解が相違するものというふうに考えます。従つて私はこの点についてもどうか最高裁裁判所にお願いをしたいと思います。これは頭を低くしてお願いをするのでありますが、こういう問題について我々立法者は常に非常に苦労をします。なくてもよい法ができてしまうのじやないか、又本質的に恐るべき濫用の虞れがある法ができるのじやないか、これについては我々は絶えず非常に苦しんでおりますが、御同情を給りたいと思うのであります。 第三にお伺いいたしますが、現在我我が持つておりますところの法体系というものは、いわゆる犯罪的な戦争、その結果の深い悔恨、悔み、そうしてそれに対する国際的な信義の回復という問題によつてできておることは申上げるまでもない。伺いたいのは、この新たにできて来た法体系というものは、最高裁判所が御覧になりますところでは、すでに十分にその機能が発揮され、その作用が期待されたようなことを十分に運用されておるというふうにお考えになりましようか、それともまだその中途であるというふうにお考えになりましようか、如何でしようか。
○説明員(岸盛一君) 甚だ広い問題ですが、或る法律によつては十分に運用されておると言えましようし、又或る法律については遺憾ながら十分な運用に至つていないというものもあろうと思います。ちよつと漠然としておりますが……。
○羽仁五郎君 私の伺いましたのはそんなに広いのではなくして、こういうような法律案ですね、これの関係でいろいろな方法が他にもあるのじやないか。第三に伺いたいのは、他にも方法がないか、つまりこの法がなくてもよいか、必ずなくちやならんのか、そうして又恐るべき濫用される虞れがあるか、なくてもほかの法を使うことによつてそれができるのじやないかという点で、先ほど午前中にお答えがありましたので、裁判所法の七十一条以下の四条ということでございますが、それ以外にもいろいろなものがあるのじやないかというふうに思うのですが、併しいずれにしてもこれは結論的に今お話のように、或るものはよく運用されておる、併し或るものはまだ十分運用されていないという点があるのじやないかと思うのです。それは今のお答えで、さつき午前中に吉田委員の御質問の中にもありましたが、例えば黙秘権のごときは或る時期においては非常に濫用をされる、その次の時期になると余り濫用するとみずから不利になることにその人も気付いて、その点でそれを濫用しないようになつて行くということもあるのじやないか、現在この法が取締ろうとしておりますような法廷における暴行、或いは被告の奪還というようなことにつきましても民主主義という状態になりましたので、六年くらい前までは全く抑えつけられて恐れ入りましたと裁判を受けておつた我々ですから、今度はそんなに恐れ入るという必要もなくなつたということになれば、黙秘権と同じように多少乱暴になり、被告を奪還してみたりするかも知れない。併しそれを暫くやつてみると被告を奪還したからといつて、狭い島を逃げ廻られるわけでもないし、又捕まつて引つ張り出されると、そんなことをしておれば飯が食えやしない、それよりか裁判を早くしてもらつて、少しでも軽い裁判、公正な裁判を国民が期待しておるかどうか、これは後に伺いますが、少くとも軽い裁判をしてもらつたほうがよいのじやないかということになるのじやないかと思いますが、その点どうですか。
○説明員(岸盛一君) この黙秘権の場合につきましては確かにお説のような考え方も成立ち得ると思いますが、この法廷闘争の現象につきましては年を逐つて非常に劇しくなつて来ておりますので、ちよつと同様には考えられないと思うのであります。殊に最近の情勢はこの間申上げましたようにこれは世界に例のない現象を呈しておる……。
○羽仁五郎君 それはそうでないという事実もあり、又そういう意見もあり得ると思うので、なるべく一つ公正に御意見を聴かして頂きたいというふうに思うのであります。余り一人で時間をとつても何ですので、残念ながら次に移りますが、現在裁判がどんなふうに行われているかということについて最高裁判所は何か定期的に御調査になつておるというようなことがございましようか、私の伺いたいのは、端的に申上げれば国民が裁判に対してどの程度の信頼を持つて、その信頼が増しつつあるか、減りつつあるかというような点について関心をお持ちになり、お考えになつておることがございましようか、如何でしようか、若しあればどういう方法でなさつておりますか。
○説明員(岸盛一君) その点につきましては裁判所が実際にどのように行われておるか、裁判の……司法の本当の目的を達するように行われておるかどうかについては最高裁判所でも従来深い関心を持ちまして、各裁判所から報告をとりましたり、或いは特殊な事件については特に報告を求めたりしてその成行を見ております。
○羽仁五郎君 特にそれ以外は方法をおとりになつておりませんか。その主なる方法が伺いたい。
○説明員(岸盛一君) なお裁判の運営をどうしたら適正に図ることができるかということにつきましてしばしば裁判官の会同を催しております。そうしてその際に裁判について一私人なり弁護士会からのいろいろな申出がございます。そういうことをそこに議題にしていろいろと反省なり薫陶をいたしております。又平生でも裁判についていろいろな意見がありました場合には、それをそのままにするというようなことは絶対せずにその裁判所に意見を求めて、そうしてそれを参考に供しております。行政事務としては裁判の内容に干渉するということはこれは絶対にできません。行政方面としてはその程度のことをやつております。
○羽仁五郎君 私どもは裁判所の内容を、どういうことをなさつておるかということを伺つたのではない、どういうことをなさつておるか、その結果についてどういうことをなすつておるかということを私は伺いたいと思つたのです。その関連でまあさまざまの国民の間で裁判所に対してどういうふうに思つておるかという、これは御覧になつておるのだろうと思うのですが、そうして科学的に分析しておられることだと思うのですが、若しその結果でもあればというふうに思いましたが、今のお答えではその点……。
○説明員(岸盛一君) そういう問題につきましてはあらゆる資料を集めまして、そうしてそれを資料として全国の裁判所に配つております。それ以上にこういう裁判はいけなかつたからこうしなくちやいかんというようなことは、これは行政事務として限界をはずれますので、そういうことはやつておりません。
○羽仁五郎君 どうも私の質問は非常にわかりにくいと見えてお答えが全然私の質問にはずれておるが、私はこの法律を審議する参考の意見を伺いたいというふうに思つておるのです。それで今の質問は最近国民は裁判に対する信頼を高めつつあるのかないのか、そういうような材料でもあれば我々に聞かして頂きたいというふうに思つて伺つたのです。じや関連して伺いますが、最高裁判所ではこの陪審制度なんかについては御研究になつておられるのでしようかおられないのでしようか、如何なんでしようか。
○説明員(岸盛一君) 陪審制度につきましては非常に関心を持つております。それで法制審議会がございますが、それは法務府の中に設けられておりますが、そういう席においても日本として将来陪審制度の採否について、この際十分に調査研究をするようにという意見を私どもの意見として述べております。
○羽仁五郎君 その点はさつきから質問申上げていることで御了解下さると思うのですが、裁判の信頼ということが高まればだんだん暴行は減るんじやないかというふうにまあ判断されるわけなんですが、裁判を国民が信頼して行くようになる方法として、例えばその陪審制度というふうなものも、まあいわゆる職業的な裁判官によつて裁かれるんじや人情がどうも通じない、それよりも自分たちの仲間から出した陪審員に裁判してもらいたい、そうすれば納得もできるというふうなこともあるのじやないかと思うのですが、その陪審制度なんかと、こういう法律との関係はどんなふうに御覧になるのですか。
○説明員(岸盛一君) こういう裁判所の秩序破壞行為に対して制裁を科する制度は、これは陪審制度をとる英米において発達した制度なのでありまして、この裁判のやり方如何に拘わらず、やはり法廷の秩序を維持しなければならんという思想に出たもので、これは一貫しているものであると思います。
○羽仁五郎君 先ほど法務府のほうから御説明だつたと思うのですが、英米における法廷侮辱罪についての御説明があつたのですが、英米における法廷侮辱罪と、日本で今ここに出されておりますこれとは、名前だけが似ておりますけれども、その性質が全く違いますね。第一その起源が違います。それから又それと並んで如何なることが行われているかというそれに平行する現象が違います。それからそれが現状が又違う。従つて余り簡単に例示をなされるということは、我々としても判断を誤まらせる虞れがあると思うので、その点については今詳しく触れませんが、これは弁護士連合会のほうの御意見では、日本の裁判とヨーロツパの裁判と起源が全く違う。で、日本ではいわゆる白洲の上に被告を据えて、そうして高いところから裁判をやつたその起源がまだまだ今日なかなか残つている。ヨーロツパの裁判の場合には、殊にアメリカにせよ、イギリスにせよ、全く友だち同志のような間で裁判が行われている。これは現在英米の映画に現われて来る法廷の模様と、それから日本の法廷の模様とを並べて御覧になるだけでも、そこに起源的な、本質的な、又現実にどれくらい相違があるかということは、明らかなことだと思うのです。まあ一つの例として、例えば陪審制というものと法廷侮辱罪というものとが並行していると、従つて或いはこういう法律を執行される場合には、その点で他面において又そうした措置も取つて行くというようなことも考えられるのじやないかというふうに思つたのでありますが、この次に伺つてみたいのは、これはやはり最高裁判所の御意見を伺つてみたいと思うのですが、この法律の背後にその何か感情があるというと、随分法律が危険な作用をすることがある。なかんずく裁判所が裁判をなさるときに、恐怖を抱いておいでになりますと、その裁判は実に有害な裁判が行われるというようなことがあるのですが、最近の裁判所を御覧になつておられまして、最高裁判所では裁判所が恐怖心を抱いているのじやないかというふうに、お認めになる事実がございましようか、どうでしようか。
○説明員(岸盛一君) その裁判所が恐怖心を抱いているというようなことは絶対ございません。
○羽仁五郎君 これは大変有難いことだと思います。 その次に伺いたいことは、本法の立案者におかれましてはその点如何でしようか。本法が何らかこのまあ、端的に申上げますれば、何らかの意味においてですね、恐怖心に基いて立案せられているというようなことはないでしようか。
○衆議院議員(鍛冶良作君) さようなことはございません。実質上においてどうも先ほど来議論が出ましたが、裁判の威信を保持しなければならんということは、これは何人も異論のないところだと思うのであります。それにはやはり裁判官の威厳も必要でありますが、一面において国民が法に従うという遵法の精神というものと、両々相待たなければ到底保持できない。然るにたまたま法の威信を、遵法するところじやない、法の威信を害して、自分の目的を達しようとする者が出て参りましたものですから、そこにおいてこれに対する何らかの手当をしなければならん、こういうことがこの法を構成しましたる根本でございます。
○羽仁五郎君 よくわかりました。 では次に伺いたいのですが、これは最高裁判所のほうに伺いたいと思います。裁判所でいわゆる暴行が行われたり、被告の奪還が行われたりするそういう暴力行為については、私も実に悲しいことだと思つているのです。端的に伺いますけれども、この法律が効果を発生しますときに、そういうような行為がとどめられるであろうか、なくなるだろうかということなんですが、如何ですか。
○説明員(岸盛一君) その点はこの法律が仮に成立いたしましても、かような現象があとをとどめるというようなことは、私は絶対に言い切ることはできないと思います。
○羽仁五郎君 以上は私のこの本法案に対する全体的な点についての御質問でありまして、で、個々の問題について最高裁判所の御意見を伺つておきたいと思うのでありますが、第一にやはりあらゆる法は眼前にどういう危険があるかということによつて、初めて国民の権利を制限することができるでしようが、今この法が必要であると、そうしてこの法によつてその国民の権利を制限しよう、こういうその必要のあるような事件というものは、私の考えでは多数じやないというふうに思うのです。つまり全国に亙つて各裁判所において、或いは私は間違つているかも知れない、その点伺うのですが、大多数なんですか、それとも少数でございましようか、一般の裁判の中でですね、この法律自体は、一般の裁判に関係して来ますですね。特殊の場合だけに関する法律じやない、あらゆる裁判にかかつて来る、ところがこの法が目的としているものは極く少数じやないか。そこで先ほどの提案者の御説明の国民の遵法精神とおつしやつたのですけれども、私は大部分の国民は法廷において法を尊重していると思う。で、法を尊重しないで被告の奪還をやつたりする人が日本中にそう実際にいるわけじやないので、それは少数だろうと思うのですが、如何ですか。
○説明員(岸盛一君) それは数を全体から申しますると、それは少数に違いありませんが、併しその少数と申しましても決して馬鹿にならない数でございます。
○羽仁五郎君 なかなか感情的な答弁であります。 その次に伺いたいと思いますのは、この法の適用を受けるかたに確信を与えるというふうに御覧になつておられましようか、如何ですか。
○説明員(岸盛一君) ちよつと御趣旨が……。
○羽仁五郎君 あらゆる法はその適用を受けた人がこれに服するということがなければ法としての意味はない。服しない法をどつさり我々が拵えますと、裁判所は迷惑なさいますよ。私はここで裁判所の御意見を立法者として伺つておきたいのです。我々が国民が納得しない法律を国会を通して、その結果は裁判所が御苦労になつて、先ほどあなたが読み上げられましたような若い判事の疑問ということになつて現われるのですから、そこであなたがたの御意見を伺つておきたいと思つているんですが、この法律をここで我々が通しまして、それであなたがたお扱いになりまして、それでその扱いを受けた人が誠にこれは納得したという効果を発生すると御覧になつているか、然りか、そうでないかということを伺いたい。
○説明員(岸盛一君) 仮にこの法律の定める制裁が発動されて、制裁を受けた者が果して納得するかどうか。これについては如何とも申上げがたいと思いますが、併しこういう制度を作るということについては、国民の一般は支持して下さると、さように考えています。
○羽仁五郎君 裁判所では最近法廷において起つておりますところのこういう悲しむべき事件の原因はどこから来ているかと御覧になつておりますか。
○説明員(岸盛一君) その原因はいろいろあると思います。ですから一義的に申上げることはできないと思います。詮ずるところは政治が悪いのだという見方も十分あると思います。ですが、私どもが当面困つておりますのは、そういうことにかかわりなく、何でもかんでも法廷の秩序を紊そうという、そういう意図で以て来られる向きが非常に多いのであります。
○羽仁五郎君 どういう事件に関してこういう悲しむべき事件が起つておりましようか。それは………。
○説明員(岸盛一君) 現在ではやはり占領下に出された多くの法令に関する事件、それがまあ大部分を占めておると思います。
○羽仁五郎君 内容は……。
○説明員(岸盛一君) 内容は占領目的阻害令、政令三百二十五号違反、それからそればかりでなく、刑法の罪名としては住居侵入とか建造物損壞というのがあります。それが労働法関係のものであります。それから朝鮮人関係のもの。
○羽仁五郎君 すると、本法はあらゆる裁判所に現われて来るその裁判所に向つての方向でありますけれども、今そのように、その中の少数の、そしてその精神において、又特殊の、占領時代の占領ということから来ていること、それから労働関係ということから来ていること、それから出入国関係ということから来ていることというように、精神の上からも限られているということがわかつたと思うのであります。先ほどからの提案者の御説明又は法務府の御意見或いは裁判所のほうの御見解というものの中に、いわゆる裁判所の秩序を紊してやろうというものがおるということがしばしば出るのですが、これはそれぞれどういう意味でおつしやつているのか、順々に伺つて行きたいと思います。 先ず私の質問の意味を申上げますが、法廷の秩序を紊してやろうというものがあるということは、如何なる確証に基いておつしやるのでありましようか、それを伺つておきたいと思います。
○衆議院議員(鍛冶良作君) 一番適切なのは、法廷闘争という言葉が現われの一つであろうと思います。法廷で争いをする、そうして我々の目的を達すると、これが私は端的に現われておることだと思います。
○羽仁五郎君 法廷闘争というのはどういう意味なんですか。
○衆議院議員(鍛冶良作君) 法廷において自分らの考えている思想上の目的を達成する闘争場の法廷そのもの、もつと言い詰めれば、法廷の秩序を壞すことによつて我々の意欲を充たす、我々の目的を達すと、かようなことだと思います。
○羽仁五郎君 法務府の御意見は……。
○政府委員(野木新一君) 現在法廷の秩序を紊しておる主なものにつきましは、先ほど裁判所からも説明がありました。そのほか普通の刑法犯につきましても、例えば松川事件とか、ああいうものにつきましては、いろいろ法廷の秩序を紊すとかいうようなものが見えるようであります。私どもといたしましては、この法案は一つは裁判所が民主国家における裁判所として国民の権利を守つて行くためには、その法廷の手続が円滑に行われるということが如何なる場合においても必要である。従いまして、その法廷の秩序を円滑に維持し、裁判の威信を保持するためには、その手段としてどうしても裁判所に、その秩序を破る者に対して或る程度の制裁を公正迅速に課する手段を与える必要があるという一つの理念的の点、これは民主国の裁判所としては是非備えていなければならない一つの機能であろうという点からと、それからそのことがなぜ当時の裁判所で実際問題になつたのかといいますと、当時は、余りそういう理念的な点は考えられましても実際上の点になりますと問題にならなかつたわけでありますが、その後の最近の情勢等に照しますと、現実におきましても、この秩序を妨げるという行動が各方面に見られまして、そのためにこういう措置が必要であると確信いたしておるわけであります。そうしてその原因はどういう点にあるかと申しますと、これは先ほど来しばしば申しておりますが、主な点は先ほど裁判所側から申したようなものが現在では主かも知れませんが、将来ずつと長く考えますと、どういう事犯に応じてどういう事態が生ずるかわかりませんので、やはり一般的の法律として裁判所の秩序を維持するためにこの法律が是非とも必要だ、そういうふうに考えておる次第であります。
○羽仁五郎君 では最高裁判所に伺いますが、若しも法廷の秩序を破壞してやろうという人があるとすれば、事件に限らないはずだと思うのですが、先ほどお挙げになりました占領関係、労働関係、それから朝鮮人関係以外の事件でも、やはり法廷で騒ぐということがあるのでございましようか。
○説明員(岸盛一君) 先ほど申しました種類の事件以外に、普通の窃盗事件、そういうものについてもたまにあります。
○羽仁五郎君 たまにあるということで多くはない……。それからもう一つ伺いたいのは、私どもは実は先ほど最高裁判所からもお話がございましたように、本案とは全く性質を異にする裁判所侮辱制裁法という法案というものが先頃問題になりました当時、約二、三の若干の個所の裁判所、検事局、検察庁というところに出張を命ぜられまして、そうして実情を伺つたことがございます。名前を挙げてもよろしうございますが、まあ遠慮しておきますが、そこでこれは判事のかたからでしたが、とにかく裁判の進行しないのに我々は非常に悩む、そこでこの裁判所侮辱制裁法というものを作つて欲しいという御意見でした。それで私はその裁判所長に伺いましたのですが、あなたの裁判所では裁判の最高の目的はスピードにあるというようにお考えになつているのであろうかと言つたら、勿論そういうことはない、勿論自分のところでもどこでもそうだろうと思うが、納得するということを最高のことと考えているというように御意見がありました、その際に検察庁のほうのそこの最高の責任者から、羽仁議員は実情を御承知ない、最近の法廷においてこれらの暴行をなすものは、いわゆる法廷闘争をなさんとしておる者、もつとはつきり言えば、階級闘争の場と法廷を考えているのである、それを納得させて行くということは空言だ、空語だということを申しておりました。私は別に意見を述べる機会はなかつたのでありますが、思い出しますのは、大正末年かと思うのでありますが、やはり同じことが暫らく起つたことがあります。それでその後は、或いは今法案の提出者の企図せられているようなそういう事件はぴたりとなくなりました。併しその後にどういうことが起つたかというと、戦争が起つたわけなんです。初めに今御心配になつているような事件が起りましたときに、美濃部先生がお書きになりましたものに、共産党は法廷を階級闘争の場と考えているかも知れない、併し裁判官がみずから法廷を階級闘争の場と考えるようなことになればもはやお終いだということを書いておられます。私はそれを読んだときに非常に深い感銘を受け、且つ同感をいたしたのでありますが、その点についてはどんなふうに御覧になつておりますか。
○説明員(岸盛一君) その点については、御趣旨のように、法廷というものは決して労働争議の場所でもなければ政治闘争の場所でもない。本当に訴えた者と訴えられたものとが十分にその意を尽して、公平な第三者である裁判所の判断を受くべき場所である。この点についての裁判所の考えは前後一貫いたしております。
○羽仁五郎君 ちよつと伺つた趣旨が違つたのですけれども、これは全く実に困つた問題で、法廷における原因から起つてるものじやないのですね。原因は他にある。裁判所の御責任じやない。全く別のところからで、我々の責任が多いのでしよう、きつと。裁判所の御責任じやない、よそのほうから起つて来た問題が多いのでしよう。労働関係が現にそうです。労働関係がそうですし、それから朝鮮人のかたの問題もそうでしよう。社会問題のほうから起つて来ている問題ですね。いわゆる階級闘争というのもそれなんでしよう。従つてその裁判で正しい解決が得られるという見込がどうもなさそうだという場合が多いのじやないかと思う。だからそうでない他の場合、強盗だとか或いは殺人だとか何だとかいう場合には、裁判が正しい裁判をして下さるというふうに信じ込んで、恐らく公判その他の場合には闘争ということは無理なことです。それから労働関係について、今の性格なり或いは法規なりというものが納得できない。例えば争議権が制限してあるという場合などには、そこから不満が始まる。それから朝鮮人のかたがたが日本にも非常におられる。あれは無理矢理日本に引つ張つて来て、今になつて叩き出されるということは実にひどいということに原因があるので、裁判所にどうも恨みがあるわけでないのじやないか。併しその恨みが裁判所において出て来るのじやないかという点がありやしないか。その点で裁判所のお考えとして、よそに原因があるものが裁判所において現われているのである。それが裁判官がそのための全責任を負われるということになりますと、よその原因が裁判所の中まで影響して来ることになりやしないか。これは本日吉田委員からの御質問の中にもあつた点で、ああいう対立の上に立つて冷静に、そうして公平に判断をせられる神のごとき裁判官というふうに我々が期待している裁判官が、そうした社会問題の中で処理しておられて、その一方の相手方になる。これは被告の相手方じやないかも知らん、傍聴人だけの相手方じやないかも知らん。大きく言えば一種の社会上の一つの階級的な立場をとるというような感じを与えることになると、即ちあなたのおつしやつた双刃の剣であり、みずから傷付けることになるという点じやないかと思うのですが、その意味で裁判官が裁判において、裁判以外の原因から来ているところの不満というものから起る事実に対して、裁判官自身の手を動かされるということについて御懸念になるところはないとお考えになるのでしようか、如何でしようか。
○説明員(岸盛一君) そういう性質の問題につきましては、恐らく全国の刑事裁判官齊しく皆思い悩んでおることだろうと思います。併しこの問題の根源が裁判所外の深いところにあつたとしましても、それが刑事事件として起された、裁判所に訴えが起されました以上は、裁判所がそれの結末をつける義務を負うております。而もその過程において、法廷の秩序を維持するということは、法律によつて裁判長に課せられた義務とすらなつておるのでありまして、そういう意味でそういうような事件について、その事件の背後を流れる潮流というものを深く洞察しながら、静かにやはり裁判して行く。そういう境地を裁判官は持ちたい、そういうふうに考えております。決して裁判官が感情に走つてそういうものと対立するというような御懸念はなかろうと思います。
○衆議院議員(鍛冶良作君) 今の御疑問は余ほど本趣旨に触れておると思うのですが、先ほど例に挙げられた占領治下におけるものとか、朝鮮人の問題、それだけではありません。この法廷闘争というのは、例えば純然たる刑事事件、松川事件のごときも最も騒がれた大きなものである。これはもう誰が見たつて列車顛覆という刑事事件なんです。そういうものがありましたが、これはまあ別にいたしまして、政治上の問題であるといたしましても、政治上のやり方が悪いからという忿懣があるならば、政治上の機関に対してその忿懣を持つて行つてくれれば問題がない。裁判所は何の責任もないのです。然るに裁判所で法廷闘争という名前でやられるから、その相手方が裁判所になつて来るわけで、裁判所こそいい迷惑なんです、全く……。そこでその政治上の忿懣を持つて来ることに対する政治上の争いに裁判所がしちや、これは大変なんです。あなたのおつしやる通りそんな中には入らんと思うが、そういう持つて行くべからざるものを持つて行つて、法廷で法廷闘争というので妨げするから、妨げするだけはこれは裁判官の責任として抑えなければならん、こういうところでいろいろなことが考えられまするので、向うで主張することに対して対抗してやるとか、それは俺のほうでこういうふうにしてやる、さようなことは絶対にありません。
○羽仁五郎君 その点について最高裁判所に伺いたいと思うのですが、三点あるのですが、第一点は、現在各地の裁判官が占領関係、或いは労働関係、或いは朝鮮人のかたがたの関係、それから今鍛冶議員の仰せられました政治的な関係と刑事問題と結び付けた問題、これらにいつて判事のかたがたが、裁判所のかたがたが非常に悩んでおられることに対しては、私は衷心同情の意を表するものでありますが、それらの問題について、最高裁判所では何かお考えになつていることがあるでしようか、どうでしようか。まあ私の素人考えではですね、よく裁判所は管轄外だというふうなことをおつしやいますが、管轄外というわけにはいかない。それから又政府に向つて最高裁判所が申入れをするということは、これは又三権分立の趣旨からどういうことだか、まあなされ得ることで、又なすべきことであるということを、なさつておられるのか、尽しておられるのか、これは全くただ放つておいたのじや大変だと思う。それでは裁判官が皆神経衰弱になつてしまうものではないでしようか、この事件を扱う人は……。そこで裁判所で、立法府として、行政府として許さるべきことであり、又なさるべきであるような方法があるでしようか、ないでしようか、全く方法がないでしようか、どうでしようかという点が一つであります。その点から伺つておきます。
○説明員(岸盛一君) やはり裁判所は裁判権の範囲を守るというのが憲法上の鉄則でありまするので、この立法府、行政府のことに対してとやかく申入れをするというようなことはございませんが、そういう国民の権利義務に関連する重大な問題、これは占領が解かれて日本の裁判権が完全に独立を回復した後においては、本当に裁判所に課せられた重大な義務としてそういう問題を憲法の条規、法規に照らして解決しなければならんという趣旨のことは、再三再四全国の裁判官に向つて長官も言われておりますし、又その回答の際においても、占領期間中のいろいろな法令が果して憲法に合うかどうかというむずかしい問題を研究しなければならんというようなことをやつております。
○羽仁五郎君 今のお答えの中にもそうした行為が犯罪とされて法廷に持出されているということの根拠となつているところの法律が憲法違反であるという場合には、国民がどうしてもこれは納得しませんね、従つて手段を尽して不満を訴えるでしよう、その結果、教育の低い、又現在の政府が国民に与えている教育の低さというものから、原始的な方法に訴えるというようなこともあるのじやないか。その点において、今のお答えは大変に有難いと思うのですが、その憲法違反の法律とか、或いは憲法の趣旨に反する処置とか、或いは憲法の趣旨に反するような事件、状態とか、これは状態までをも含むと思うのですが、その点について十分新らしく敏感でおられるということを伺つて大変有難いと思います。 第二に伺いたいことは、これは判事なり裁判所の御方針としまして、最近今のような点が絡むものですから、純粋な刑事事件とそれから政治関係とが混り合つて来るものが残念ながらどうも殖えるのじやないかと思うのですが、この破防法のようなものが通りますと一層そういうことになるのじやないかと思つて、非常に残念に思うのですが、この点につきまして裁判所はその裁判官のかたがたの認識と言いますか、昔ですと実際殺人とか暴行とか汽車の顛覆とかいうことは単純な行為でありますが、明治、大正、昭和の時代の列車顛覆ということと今日の列車顛覆とは随分意味が違つて来る場合があるのじやないか、そこでその点についての御判断が、やつぱり人殺しは人殺しだ、どういう理由があつたつて殺人は殺人だ、暴行は暴行だ、列車の顛覆は列車の顛覆だというように御覧になつているのでしようか。それともそこには二種の違つたものがある、従つてそれに対する態度には多少考えるべき点があるというふうにお考えになつているのでしようか。その一般的なお考えを伺いたいと思います。
○説明員(岸盛一君) その点につきましては、これも従来からさように考えられておりますが、刑事の事件というものはその罪名にとらわれてはいけない、単なる窃盗とか詐欺とか横領であつても、それが同時にもつと大きな経済秩序を破壞するという意味を持つ場合もあるし、殺人や暴行、傷害であつてもその背後に流れておるものによつてはただ法律的にだけその事件を見ることで十分にその事件の核心を掴むことができない、そういう点について刑事の裁判官は新らしい時代感覚、新鮮な感覚、高い教養を持たなければならんということを自覚し合つているわけなのでございます。
○羽仁五郎君 只今のお答えは、その政治的な感覚が違う。一層憎むべきだというお答えじやないのですね。
○説明員(岸盛一君) はい。
○理事(伊藤修君) 視野を豊かにして常識を豊かにする……。
○羽仁五郎君 それだと大変だと思つて……。そうじやない、場合によつては政治的な理由があるために却つて同情すべきものがあるとお考えになるというお答えだと思います。 それから第三の点を伺つておきたいのですが、今の裁判官が苦悶せられておる状況というものは、私は非常に尊いものだと思うのです。これはさつきは御同情申上げると申上げましたが、実際私は拝んでいるというふうに申上げたい。これは社会の最後の場所が裁判所に持つて行かれるのですから、ですから途中で、端的な例は、検事にひどい目に遭えば今度は裁判官に向つてその忿懣を洩らしますよ、検事に洩らすと大変だから裁判官に洩らす、警察にひどい目に遭つても裁判所に持つて来る、而も裁判所は先ほど申上げましたように、三権分立の趣旨を守つて、これらが政治上の理由から出ていると思つても、内閣に向つて検事が責任だということを言われることはできないというところに私は裁判官の本当に、普通の言葉で言う、神のごとき裁判官ということの意味がそこにあるのだろうと思う。少くともそういう意味において裁判官が苦しまれるということは私は深く御同情申上げるけれども、同時に併しそれは深く尊敬し、又それに深く期待しなければならん点ではないかと思いますので、そこで伺つておきたいのですが、その苦悶が簡単な方法で解決できる、例えば本法のようなもので解決できるというような方向にお考えになるのでしようか。それとも今後恐らくは、非常に私は心配しますが、社会の進歩と制度の固著というものから来る矛盾によつて、これはもつと社会の制度がどんなに変つて来ても、社会の進歩に即応して制度が変われば裁判官のそういう苦悶というものは少いと思いますが、現在の制度というものは牢固として抜くべからざるものであり、これを支持せられる人も多数おられると思いますが、そうするとその苦悶はなかなか深い。その苦悶を簡単な方法で解決することはできないというような趣旨の方向にお考えになつているのでしようか。
○説明員(岸盛一君) その点につきましては、そのような苦悶はこれは裁判官の宿命であつて、又法律で直ちに解決できるとは考えておりません。
○羽仁五郎君 有難うございました。私はこれらの問題は実は具体的な理由に基いて伺つているのであります。第一の点が誤り導かれますと、これは私ども自身経験した問題でありますが、大正の末年から昭和の初年にかけて、これが検事のかたも、やがては裁判官にもそれが及んだ。即ち労働者階級などの裁判の過程において、不服な被告は検事をいわゆる資本家の犬というふうに罵ります。暫らくは御辛抱になつておりますが、やがて御辛抱になれないで資本家に向つて行くということをなすつたことはよく御記憶の通りであります。これはそういう方向で解決される問題ではないので、実際その人間の、今お使いになりました通りのギリシヤ悲劇的な悲劇であるという意味では、それこそこれは又裁判官が非常に高い天職として考えられているという点であると私は思うのであります。 その次に伺いたいと思いますのは、この第四条の二項ですが、第四条の二項に、「前項の裁判は、第二条第一項にあたる行為が終つた時から一箇月を経過した後は、することができない。」ということになつております。提案者の御趣旨はどういう点にあるのでございましようか。
○衆議院議員(鍛冶良作君) これは一種の刑事訴訟法の時効のようなもので、ここまで経つてなお且つ不安な程度に置くということは面白くないから、これだけ済んだらやらんでよかろう、こういう趣旨でございます。
○羽仁五郎君 そうすると、まあいつまでもそういうものを追つかけない、もつと短くなつたほうがよかつたのではないでしようか。一ヶ月というのは必要にして最小限度なんですか。
○衆議院議員(鍛冶良作君) これは感覚の問題ですが、それくらい……二日や三日ですぐやるということは却つて法の威信を害するのではありませんでしようか。
○羽仁五郎君 併し御説明下さいます目的は、その裁判がそこで進行するということの目的のようでありますね。そうするとその追つかけるほうは一カ年追つかけるというのは何だか少しバランスが……。これは併し見解の相違になりますからもうやめます。 それから次に伺つておきますが、第二の問題でありますが、この法律は常にクライテイアリヤがはつきしておらなければならないと思うのですが、この法律の第二条なんですね。つまり何を罪と規定しているかということが、そしてここに、もう条文について御説明を伺わなくても結構なんでありますが、第一に問題にしなければならんのは「暴言」ということです。暴行ということになればこれは実害があるということなのでありますが、暴言は如何なる言葉であろうとも、その実害がない言葉が害をなすことはないというのは、実際ギリシヤ以来の我々の思想の進歩の結果得られることなので、これが法で覆されて暴言というものが直ちに制裁の原因になるということは甚だ悲しい気持がするのですが、どうしてもこれはなくちやならんものですか。
○衆議院議員(鍛冶良作君) 勿論言葉のみをとらまえてそれを制裁の対象にいたしますることは面白くないことは申すまでもありません。でありまするが、先ほど来しばしば問題になりましたように、いやしくも裁判でありまするから、裁判というものにはおのずから威厳が備わらなくてはならない。その威厳は、先ほどから言うように裁判官自身の徳と更に又、裁かれる者も、裁判というものは最も神聖なもので公平にやつてもらわなければならない。その裁判には服しなければならない。このような私は考え方を持つて行かなければならないものと思います。それを度を超えて裁判そのものを侮辱するものであれば……暴言というものはどういうものかといいますと、これは常識で考えて、余り聞いておれないようなことを使う場合と、かように解釈しております。
○羽仁五郎君 言葉のほうはやさしいものですから、言葉の暴言を禁ぜられますと、それは無言になるか、そうでなければ行いになるかどつちかです。無言になれば批判の制限ということになります。行いのほうに行けば言葉の上では幾らいろいろのひどいことを言われても、一晩も寝れば忘れてしまいますが、併し受けた傷というものは一晩寝ても消えない。私はこの点は非常に遺憾の億を表します。併してそれ以上は何も申しません。 第二にこの法律さ伺わなければならない点でありますが、これは誰に向つて罰するか。ただ乱暴をしたものはすべてとなつておりますが、いろいろ乱暴されるかたもありましよう。ここでその利益をここで一々伺いたいのですが、伺いませんが、ただ一つ承わつておきたいのは、弁護士のかたがた、弁護士のかたがたが、「暴言、暴行、けん騒その他不穏当な言動で裁判所の職務の執行を妨害し若しくは裁判の威信を著しく害した者は、」というふうになされて、本法を適用せられることはあるのですか、ないのですか、それを伺います。
○衆議院議員(鍛冶良作君) 訴訟行為そのものに対しては、さようなことはないと思います。ただこの秩序を維持するという、この点で、秩序を破壞する行動に出られた場合、立証のためにやられる弁論のため、そんなことじやありません。それ以外に、要するに法廷の秩序を壞すという言動に出られた場合には止むを得ないのじやないかと思います。
○羽仁五郎君 弁護士が適用せられる場合があるという御答弁がありました。私はこの点において、本法は絶対に反対しなければならないと思います。もう時間の関係がありますから一々伺いません。併し弁護士の中に悪い弁護士と善い弁護士があるというようなお考えがあるとすれば、これは間違つておる。人間に天使と悪魔の二種類あるものではない。悪魔に適用される法律は必ず天使に適用せられるということは、これは鉄則です。動かないものです。だから悪い弁護士或いは共産党の弁護士或いは法廷闘争を考えている弁護士はかかるかも知れないということは、最善の弁護士がかかる可能性になるのであります。ですから、ここで伺つておきますが、本法が仮に有効になりました場合においては、裁判所においてはその規則を制定せられるということなんですが、併し本法は如何なる意味においても弁護士が適用せられるものではないというように明記せられる御意思がおありなるのかどうか、その点を伺つておきたいと思います。
○説明員(五鬼上堅磐君) 法のルールの問題ですが、法律の施行の意味で、或る程度ルールに任せられておるのでありまして、法律の趣旨を伴わないようなルールは、裁判所としては規定するつもりはございません。
○羽仁五郎君 そうすると、只今お願いしましたようなルールができないということなのですね。
○衆議院議員(田嶋好文君) 只今最高裁判所の事務総長からお答えがありましたが、法律に反したルールはできない。その点をもう少し鍛冶君の説明に附加えてお答えをいたしますと、弁護士の場合は、正当な職務の執行の場合、これは絶対にこの法律にはかかりません。正当な職務、これを御記憶願います。ただ弁護士が個人としてやはり先ほど申上げましたような法廷闘争に参加する場合もございましようが、これは弁護士ではございません。資格は弁護士であるが、弁護に立つた弁護士でない、こういうふうな区別をしております。併しこれは個人としてお互いに思想上の法廷闘争なんかに立つのですから、この場合は処罰されても止むを得ないのではないか、正当な職務を行う弁護士は、この法律によつて処罰されるということは、ございません。
○羽仁五郎君 御説明の趣旨はこう伺つてよろしいでしようか、個人として行動している、この場合は弁護士だか、法務府のお役人だか、国会議員だかということには関係がないのですね。私の申上げている弁護士というのは、その職業が弁護士であつた。その日は閑で法廷にやつて来て騒いだという意味ではない。私の申上げた弁護士というのは、その法廷において弁護士として活動しておられるかたという意味なのですが、そのかたはかからないのですか。
○衆議院議員(田嶋好文君) こういう場合をこの間目撃したのですが、私は実は名古屋の裁判所において現実に起つたおかしな話ですが、あたまのつるつるてんてんに禿げた判事、名前も私は知つておるのですが、非常に手際よく法廷で事件を裁いておるのです。なかなかうまく秩序が保たれておる。何か機会があつたら騒ごうとしている人に騒ぎの機会を与えない。たまたまそのとき法廷の一部から騒ぎ立て、禿しつかりやれという、こういう号令がかかつた。それに応じて法廷がわつと騒ぎ出した。そうすると弁護士も同じように、禿しつかりやれ、しつかりしなければ駄目だと言つた。私はこれは弁護士としての正当な職務を執行していないと思うのです。だからここに差がある。そのときは弁護士でなくして附和雷同者の一人になつて職務以外の行為をしておる。私はそのとき感じましたが、そういう例がありますから……。
○羽仁五郎君 本法の提案者に伺いますが、只今御説明になりました場合は、本法は適用せられますか。
○衆議院議員(鍛冶良作君) そのときの場合によると、こういうふうにお考え頂きたいと思います。
○羽仁五郎君 質問にお答え願いたい。
○衆議院議員(鍛冶良作君) そのときどういうことになりましたか、そういうことも弁護権の範囲を逸脱しておるという意味で田嶋君が言われたと思いますが、我々として考えておりますのは、弁護権の行使に関しましては、本法の適用は絶対にない。弁護権の行使以外の行動に出られた場合には、それはかかることもあるだろう、かように申すのであります。例えば広島事件のごときは、被告人を扇動した。これはどうも弁護権の範囲だとは思われない。被告人を奪還することを扇動してやつた。こういうようなことに対するものは弁護権の範囲とは認めないのも止むを得ないじやないかと思います。
○羽仁五郎君 その点については、私は不幸にして弁護士というふうなお仕事を全然知らない。弁護を依頼した依頼人として以外に……。それから法律のことについては皆様もよく御承知のように、全く素人です。ですから簡単に答えて頂きたいのですが、どこまでが弁護士の職務であるということは、これは客観的にきまつていることだと思います。で、それは勿論広くも解釈され、狭くも解釈されると思いますが、そこで最高裁判所に伺つておきたいと思いますのは、先ほどからお答え下さいましたルール制定の問題でありますが、広い意味で解釈される職務を行う限りの弁護士は本法の適用を受けるものではないというようなルールはできるのでしようか、どうでしようか。
○説明員(五鬼上堅磐君) この法律の趣旨を逸脱するようなルールは作るつもりはございません。
○羽仁五郎君 そこでさつきお願いしておいたのでありますが、私は法律の専門家でないので、只今の答弁を頂きますと、私の疑問がどう解決されたのか一向わからないのであります。
○説明員(五鬼上堅磐君) 只今提案者から御説明のあつたように、法廷の秩序を乱した場合には弁護士でも適用がある。そういう法律の解釈になるとすれば、それに反するようなルールは最高裁判所では扱わない、作るつもりはございません
○衆議院議員(鍛冶良作君) 弁護権の範囲というのは我々にはわかります。誰が見たつて、これは弁護権の範囲ではないということはわかつて来ます。そういう場合でなかつたら適用がないということだけは確言いたします。
○羽仁五郎君 よくわかりました。そこで伺つておきたいのですが、極く最近の一九五二年三月十六日のニユーヨーク、タイムズの記事ですが、最近アメリカで皆様よく御承知のように、有名な共産党の関係の事件、一九三九年から起つでいる係争の事件ですが、その判事のメジナ判事が、その事件の法廷において活動されました六人の弁護士に対しまして、一カ月から六カ月の禁錮刑の申渡をされました。その理由は、裁判長に対して激しく、そして長く争つたという理由であります。これは最高裁判所に訴えられまして、最高裁判所は五対三でこのメジナ判事の決定を支持されました。その三人の判事まヒユーゴ・ブラツク、ウイリアム・タグラス、フエリクス・フランクフルタア、この三人で、この三人の御意見は、メジナ判事以外の人がこういうことをきめればよかつた。なぜなら彼自身が告発者となつて、彼自身が裁判したことは遺憾だ。従つてこの決定は我々は支持することができない。併しこれは三人だけでありまして、他の五人の最高裁判所の裁判官はこの決定を支持したのであります。そこで提案者に対して伺つておきますが、その裁判官に対して激しい言葉で長く争うということは、本法の適用は受けるのでしようか、受けないのでしようか。弁護士がですね。
○衆議院議員(鍛冶良作君) アメリカにおいてはいろいろな例がありますのですが、根本は、裁判官、先ほども裁判官の威信を害したということが問題になつておりますが、この法案ではさようなことはございません。従いまして、秩序を害したものでなかつたらありませんから裁判官に対して侮辱であるとか、無理な注文をしたとかいう場合においては処罰の対象にはならないと思います。それははまらないものと解釈しております。
○羽仁五郎君 そうするとお答えは、客観的に見て弁護士が法廷においてこの職務を行なつている範囲においてはかからんと、こういうわけですね。
○衆議院議員(鍛冶良作君) その通りでございます。
○羽仁五郎君 そういう解釈は、裁判所においては御制定があると伺つてよろしいのですか。
○説明員(五鬼上堅磐君) その点は法律の解釈の問題で、ルールで特に定める必要はないのであります。
○羽仁五郎君 私は長く申上げませんが、私どもが不当な処置を受けたと思うことがございます。そしてその最後の救いを裁判所に求めます。で、その際唯一の頼りとするものは、弁護士のかたに頼るほかないのでございます。従つて弁護士のかたがたの活動が掣肘されるような法律を憎みます。そういう趣旨で申上げているのであります。で、暴言ということになりますと、弁護士のかたがたがはつきり私たちの悲しみなり、訴えなりを表現せられることが困難になりはしないかというように思うので、場合によつては随分激しい言葉も使つて頂いて、初めて我々の不満なり、苦情なりというものを弁護士のかたがたが現わして下さる。そこで我々も判決の結果に服するということにもなるのですし、こんなに自分は悲しんでいるのに、弁護士のかたがたは遠慮した言葉づかいでなさつている。私の気持は裁判官に伝わらなかつただろうかという気持ですと、又伝わつていないと、それでは、もう判決なんか待たないでここから逃げたいというように思うこともあると思いますので、その点についてどうか一つ深甚の考慮を払つて頂きたいと思います。
○説明員(五鬼上堅磐君) 只今問題になりました弁護士の正当なる弁護権の行使に対して、本法を適用されるようなことは、実際上の取扱においてもないと思いますし、又最高裁判所といたしましても、この法律の趣旨をよく体してさように処置して行きたいと思います。
○理事(伊藤修君) 今の点に対しましては、最高裁判所からこの解釈について全裁判官に指示されるというお気持があるのですか。
○説明員(五鬼上堅磐君) 十分この法律の趣旨を徹底させるためにさような取扱をし、或いは通達等によつて趣旨を徹底させたいと考えます。
○羽仁五郎君 私ども裁判に関係しましたり、或いは大学における公開審理なり、或いはいわゆる人事院における公平審理の際についても悲しむことは、この審理の始まる前に、どういうふうに裁判をして頂きたいとかということについてはいろいろな希望があります、それを是非入れて頂きたいという学生なり何なり、その当事者の希望も誠に無理からんところがございます。併しそれがそこで簡単にルール・アウトされてしまうというようになりますと、どうしても納得しないということがありますので、その裁判をどういうふうにして頂くかということにつきましては、私どもが弁護士のかたがたにいろいろお願いすることがあると思うのですが、その場合の弁護士のかたがたのそういう裁判の始まる前と言いますのですか、私詳しく技術的なことは知りませんが、その審理手続について、弁護人が争われることも、勿論先ほどの弁護権の内容に入るのですか、入らないのですか。
○衆議院議員(鍛冶良作君) そういういうことは当然入ります。どういう場合か知りませんが……。ただそういうことはこれには全然関係のないものであると、さよう御了承を願いたいと思うのであります。
○羽仁五郎君 禿しつかりやれということは喜ぶべき言葉ではないが、その程度のことは全く関係がないということにして頂きたいと思うのです。 それから次に移りますが、第三の点は、この法が不当に適用された場合の救済の問題であります。これは濫用の本質的な虞れがある。第一は、告発者が裁判をするというところにあると思うのですが、この点において本法は裁判官がみずから自分の告発したものを、自分で処理されるのですか、それとも他の裁判官がなさるのですか。それとも他の裁判所でなさるのですか。
○衆議院議員(鍛冶良作君) 原則としてでき得れば他の裁判所でやらせることがよいと思つております。ただ実際問題といたしまして、余りやかましい証拠なんかの要らんものなんです、この裁判というものは……。そこで実際問題として、二十四時間以内に恐らく法廷が済んでから、お前さつきああいうことを言つたから、あれをやつたから、二日間監禁するとか、一万円の過料にするとか、これだけなんですね。ところで普通一般の訴訟のように証拠を出したり何かすることがないものだから、他の裁判所では却つてやりにくいことがありはせんかということが一つであります。そこでこれを本当に秩序罰としてずつと軽いものにする。もう一つの実例は、裁判所に判事が一人しかおらない裁判所が相当日本にたくさんある。そこでこの二十四時間以内ということでほかの裁判所から持つて来るというと、間に合わんことがある。そういう場合がありますから、原則として、でき得ればほかの裁判所でやるが、そうでない簡単なものは、いわゆる止むを得ない場合はその裁判所でやつてもいい、こういうことにいたしたわけであります。
○羽仁五郎君 最高裁判所は、その点については、どういうふうに御覧になつておりますか。私の質問は告発者が裁判するということはいわゆるコンステイテユーシヨナル・リミテーシヨンという原則から許されないというふうに考えるのですが、本法の場合……。
○説明員(五鬼上堅磐君) これは提案者から説明されたと同様に考えておりますが、ただ問題は実際問題として、大体一人しか裁判官のいない裁判所が支部だけでも七十幾つもあるし、簡易裁判所のある所が四百何カ所もある。大部分の裁判所はそういうような状態です。従つて当該裁判官が裁判するのが最もよいのだという考え方もございます。又証拠やその他の点において今おつしやつたような点があります。この点はルール委員会において十分検討して行きたいと思つております。
○羽仁五郎君 告発者がみずから裁判しないということは、近代社会の守らなければならん最高の鉄則の一つだと思いますが、只今の御説明でありますと、先ず裁判所の事情とか、或いはそれが秩序罰であるとかというような二義的な理由から、第一義的な原則が覆えされようとしておるというふうに判断いたしますが、それでよいのですか。
○説明員(五鬼上堅磐君) 必ずしも私第一義的とは考えていないのでありまして、いろいろ御議論があるところでありますから、十分検討いたしたいと思いますが、実際の運営上他の裁判官ができないということをただ申上げただけであります。
○衆議院議員(鍛冶良作君) 我々が説明いたしましたのは、原則として他の裁判所でやれる眼力やつてもらいたい。やらせるというように考えております。止むを得ない場合は、そういう簡単な場合ならば差支えない、かように考えております。
○羽仁五郎君 他の裁判所で……、裁判官が何人もおられる場合には別の裁判官がやるということですね。
○衆議院議員(鍛冶良作君) そういうことであります。
○羽仁五郎君 これは余り時間を……最初の予定ではどうも三日ぐらいかかつてしまうので、もうこれでやめなければならないと思うのですが、問題として挙げておきますが、第三の点で、いわゆる不当な措置を受けた者が救われるか救われないかという第二の問題としては、この罪の性質が極めて漠然としておるために救われない場合が多かろうということを申上げます。それから不当な措置を受けることが救われない虞れがある、本質的に存在しておる。第三の理由は、裁判官が中立の地位を保つということが必要であるのに、本法においてはその中立の地位が失われる。これら三点は、近代法において、不当な措置がなされた場合に必ずそれが救われなければならないという鉄則を覆えしておるという点だろうと思うのであります。 で、これらの点について質疑をしておりますといろいろなんですから、質疑は大体今まで伺いましたので、御趣旨はよくわかりましたから、質疑はこれで打切りまして、後に討論の際にすべて申上げさせて頂きたいと思います。
○衆議院議員(鍛冶良作君) このなにが外のと違つておる点はですね、今申しましたように眼の前で見ておること、それから秩序が粛然としておるということ、それから不服の申立をいたします、この不服の申立は原裁判所でする。そうすると原裁判所は、自分がやつたけれども、もうよかろうと思つたら自分でその裁判を変更することができることにしておる、ここに大分違いがあります。それからその後、これは今申しますのは第五条の第二項でありますが、これも外の裁判と違つて大変特異なところがあります。更に第七条の第八項におきまして、「監置の裁判を受けた者について、当該裁判の執行によつて著しく健康を害する虞があるとき、その他重大な事由があるときは、裁判所は、本人の請求又は職権により、当該裁判の執行を停止することができる。」というふうに、自分がやつたのでも自分で取消したりすることができる、こういうような一種特別なものでありまして、一般の刑事裁判とは異なるものであることだけを御認識願いたいと思います。
○羽仁五郎君 提案者の御説明はわかりました。ただ先ほど申上げた本質的な点が二義的な点で救われることはできない。
○吉田法晴君 この制裁として監置、それからその前に拘束ということがあるわけでありますが、拘束とそれから監置というのは、本質的に同じだと思うのでありますが、なお違つております点、事実問題として恐らくその当日は一応身体を拘束するということであることは、監置と同じじやないかという気がいたしますが……。
○政府委員(野木新一君) 自由を拘束するというその面は同じでありますが、この第三条第二項の拘束は、制裁としての自由の拘束ではないわけでありまして、この点が性質的に違つておると思います。
○吉田法晴君 そうすると監置は制裁である、拘束は事実上の監置をするかせんか、しなくても事実上の拘束であつて、制裁でない。こういう御説明のようですが……。
○政府委員(野木新一君) 平たく申せばさようでございます。
○吉田法晴君 そうしますと、この制裁は刑罰じやない、秩序罰だ、こういうお話でありますけれども、二十日という期限もあつて、二十日以下でありますけれども、実際上どの程度におやりになるのか知りませんけれども、これが一日、二日の拘束とか何とかということではなくして、二十日にもだんだんなつて行きますと、少しやはり実質問題として刑罰に近くなつて来るのじやないか、こういう感じがいたしますが、秩序を維持するためにその法廷から排除する、或いは懲らしめるということがないのなら、秩序を維持するということが第一の目的ならば、拘束を多少延長したところで二十日をもつと一週間以下といいますか、そういうことをされても目的が達せられるのじやないかという気がいたしますが、その辺のお考えはどうでありますか。
○政府委員(野木新一君) この秩序罰としての監置の期間はどのくらいが適当であるかという点につきましては、いろいろ議論がありまして、最初この法案が法廷侮辱制裁法というような形になつておつたときは、百日という考えもあつた時代もありまして、それからいろいろ議論が闘わされまして、まあ日本の実情としてこの法律の目的を達成するためには大体二十日という点が一番適当だろうということに意見が一致してこうなつておるわけでありまして、七日ではやはり少し足りないのではないかと、そういうふうに考えておる次第であります。
○吉田法晴君 三十日という案があつたことも承知しておりますし、今百日というお話、そうすると裁判所へ連れて行つて隔離して、そうして裁判を進めるということでなくて、やはり百日というのか、三十日というか、二十日というか、それはともかくとして、懲らしめてやろうというようなそういう要素がやはりあるのでしようか。
○政府委員(野木新一君) 理論上は現実の妨害を排除するということに多少附加わつて、或る程度制裁という趣旨もあるわけであります。
○吉田法晴君 そうすると一応排除することだけでなくして、制裁という意味を私はまあ懲らしめということを言いましたが、そういう意味もやつぱり含まれていると、こういうことに解釈してよろしうございますか。
○政府委員(野木新一君) さようでございます。
○吉田法晴君 そうすると法の目的から言いましても、これは一種の法廷秩序維持というのは、裁判権の警察的なものと言いますか、まあ警察、裁判所の、そういう裁判所の警察と言うとおかしいですが、警察権の一種であろうかと、こういう感じがいたします。そうすると懲らしめるという要素が入つて参りますと、多少警察権の外に出るのではないかという感じがいたします。懲らしめるという点から言いますならば、警察処分と刑罰処分との間みたいな性質になつて来るように感ぜられますが、それはどういう工合にお考えですか。
○政府委員(野木新一君) 監置という点を取上げて今お尋ねがありましたのでありますが、その下の過料という点で考えて見ますると、我が国の法制上いろんな点で罰金と異なつて、過料の一つの制度ができておりまして、これが今言つた制裁的の意味、秩序を維持するための制裁的な意味において過料が科されている事例はたくさんあるわけであります。そしてこの監置という自由の拘束をする、秩序罰と申しましようか、過料の体系に属するものとしては、この監置が戦後におきましては新らしく加わるわけでありますが、これら過料と性質は同じであるわけであります。尤も我が国におきましても、自由の拘束を秩序罰として採用した例は全然ないわけではないわけでありまして、例えばこれは旧憲法時代になつて恐縮でありますが、旧裁判所構成法にも拘留という名前を用いておりますが、あれは性質上は秩序罰ということでございまして、ドイツの裁判所法も同じように刑罰の名前と同じ名前を用いておりますが、あれも秩序罰ということになつております。アメリカのほうもコンテンプト・オブ・コートにおきましては、刑法の刑名と同じ名前を使つておりまするが、これはいろいろの点で普通の刑罰と違つた取扱をされておりまして、例えばコンテンプト・オブ・コートで、一度制裁を科せられたものについて別に刑事上の処分を請求するのも妨げないといつたような点などを見ましても、刑罰という同じ名前を使つておりながら、アメリカにおいてすらも、普通の刑罰と非常に異なつた一つの実質的な性格を以て考えられているわけであります。そういうような点から見まして、この監置という制度もあながちこの法案独得の制度ではなくて、やはり世界に通ずる制度であると、こう存じている次第であります。
○吉田法晴君 そうするとまあ旧憲法時代にもあつた、外国にもあるからと、こういうお話でありますが、その点はやつぱり法廷秩序維持ということであつても、新しいこういう身体を拘束する、国民の自由を制限する制度を作つて参ることは、これは或いはこの法律がどういうことになりますか、ほかの場合にもそういう例をだんだん作つて参る、こういう点から私ども心配をせられるわけであります。
○政府委員(野木新一君) こういう、何と言つても人間におきましては自由の拘束ということは一番の苦痛と申しましようか、重大事でございまして、こういう秩序罰に自由の拘束を広く他の場合においても認めて行くということになると、これは大問題であると思います。併しながらこれは諸外国の例を見ましても裁判所に関する限り、裁判所の秩序を維持するとか、裁判所の威信を維持するとか、そういう場合に非常に例外的に認めておるわけでありまして、我が国におきましても、これを他の普通の場合に広く認めるということは、法務府としても全然考えておりませんし、そういうことは余り適当でないと存ずる次第であります。
○吉田法晴君 ちよつと話が横道にそれたのですが、私がお尋ねをしておるのは、これは受けたほうの側から申しますと、それが法廷秩序の維持のためであろうが、或いは別のことであろうが、例えば傍聴ならば傍聴をしておつてつい興奮して大声をあげた云々といつたようなことで、若しこの制裁を受けたといたします。そうするとまあ二十日以下ですから、恐らく二十日までにならずにどの程度にこれを考えておられるのか、それもまあ一つ多くの場合をお聞きしたいと思うのですが、例えば二十日ならば二十日とどめ置かれたといたしますと、普通の人間はやはり刑務所に行つていたという印象をこれは世間ではするわけですね。そういう点に、若し秩序を維持するということ、或いは裁判所の警察権というならば警察権の範囲内にとどめられる最小限度でなければならないかと思うのであります。或いはこれは運用とも関連しますし、この二十日の問題とも関連しますけれども、御意見を承りたいと思います。
○政府委員(野木新一君) 運用の点につきましては、先ほど来裁判所のほうからもしばしば発言せられておりましたが、私法務府側といたしましても十分裁判所としては慎重であるだろうと存ずる次第でございます。例えば今言つたような大声で発言したというような場合には先ず注意をして、或いは注意をするにとどめるかというような運用も考へられ、直ちにこれを発動するというようなことは、その場所の具体的な場合から見て単なる注意では聞かないというような場合に発動になつて、普通の場合は、今いろいろおつしやつた例のような場合にはちよつと注意する程度から始まつて行くのではないかと存ずる次第でございます。なおそれから単にその妨害を排除する、例えば裁判所で床をがたがたならすものなどはその法廷から外へ出す、それで足りるのではないかという点、これは恐らくそれで足りる場合も相当あろうかと存じます。なお措置につきましては、すでに裁判所法に、単にそれだけの措置だけならば裁判所法でもできるわけでありまして、併しながらそれだけの措置だけではやはり足りない、裁判所が円滑に裁判をして行くためには、諸外国の例を見てもわかりますように、やはり単にそれだけでは足りなくて、或る程度の秩序罰を課する権限を与えなければならない。然らばその秩序罰として自由の制限の期間はどのくらいが適当だろうかと申しますと、やはり二十日というところが先ず日本の現状におきまして、又諸外国の事例等を見ましても、先ず相当なところだろうと存ずる次第であります。
○吉田法晴君 そうすると二十日以下と書いてございますが、先ほどルールはこしらえるというお話で、実際に各制裁に関する裁判の判例によつて作られる以外にないかと思うのですが、立案者なり、或いは法務府でどういうものはその最長、それからどういうものは十日、それから恐らく今のお話の当日法廷外に出すということだけで済むものもあるだろうと思うのですが、この辺は何も基準はないわけですが、それはどういうように標準をきめて運用せられるつもりなのかということですね。
○政府委員(野木新一君) これは最高二十日でありまして、その間どのくらいにするかという点につきましては、一律の基準を設けてありませんです。その点は我が国の裁判官にお任せすれば、その事態々々に応じて適切な措置がとられるだろうということをこの法律は期待して、裁判官をその点では信用してお任せしてある、そういう立て方になつておるものと存ずる次第であります。
○吉田法晴君 そうするとみんな二十日になるということではないということだけはこれは言えると思うのですが、そうするとあとの基準が何もないとちよつと理解が困難……。
○衆議院議員(鍛冶良作君) 二十日が最高なんです。その範囲内において裁判所が適当であるというところで定め得る。それは一般みな刑罰についてはさようなものでございますから、あとは裁判所に任せるつもりであります。
○中山福藏君 ちよつとお尋ねしますが、二十日以下でしよう。罰金だつたら三万円以下でしよう。罰金を納めるときには一日どのくらいになりますか。
○政府委員(野木新一君) 科料につきましては、秩序罰全部同じでありますが、罰金と違いまして、いわゆる罰金を納めない場合には労役場に幾日留置するという制度はございません。これは罰金は結局突きつめて考えますれば、強制執行をし、それができなければそれまでだという点、それが罰金と科料と違つて来る。
○中山福藏君 その点よくわかるのです。併しこれは書き放しじや何もなりません。紙上遊戯みたいなふうになつてしまいます。この頃二十日とか三万円くらい食つたつて一つの広告料と思えば何でもない、面白半分でやりますよ。だからそういう点も考えておきませんと、近頃の人間の気持というのは違つておるのです。新聞に広告すると十万円くらいかかる、これは安いものです。ただで広告できる、だからそういうことを一つ十分お考えになつておかんととんでもないことになつてあなたがた物笑いになるのです。これは十分お考えにならんというと……、そういう点はどうお考えになつておりますか。
○政府委員(野木新一君) 誠にうがつた御質問でありますが、併し制度として立てる場合におきましては、そうかといつてこれを二十日以下の監置或いは三十年以下の監置、三万円以下の科料、百万円以下の科料として、そうしてそれで足らない場合には労役場に入れるというようなことにいたしますのは、憲法との関係からそういう考え方はちよつとできませんので、やはりこの法廷等の秩序維持に関する法律案としては、この法案に盛られている程度は必要にして且つ相当なものであると存ずる次第であります。
○中山福藏君 十分一つそういう点は御研究になつて頂かんと遊戯をやつてもらつちや困るので、実際最後はどうなるかということをすべての問題について一応御検討なさらんと、こういうふうに道行きだけをお書きになると伊賀越えの仇討はできんことになる。やつぱりきちつと最後はどうなるかということを御検討願つておきたいと思うのです。 それからもう一つお尋ねしておきますが、私は、法廷で、群馬県の前橋の裁判所と神戸の地方裁判所とそれから大阪の地方裁判所に二、三回ありましたが、検事が、少し弁護士が悪口みたいなことを言うと、或いはそう聞こえると、元は官吏侮辱罪とか、公益の代表を侮辱したなんといつてちよつと待つてくれといつてやつておつたものです。今はそういう過渡期の制度が元の姿をとつていないというときなんです。だから修習生という者、検事試補、こういう人については、これは特別にさそい水をかけないような態度をとることを教えておかないと、裁判長の態度とか検事の態度によつて一つのさそい水というものが現われて、それにつり込まれて騒ぐということがあり得るのです。だからその修習時代にどういうふうな態度をとつて今教え込んでおられるか、そういう点については何とか手配が盛られておりますか。
○説明員(五鬼上堅磐君) 司法修習制度については、御承知の通り研修所において実際の実務の修習を主としてやりまして、裁判の運営とかいろいろな方面、実務において将来裁判官たり、検事たるにふさわしいような教育方針をとつて、実務の修習かたがたさような法曹の養成というようなことに重点をおいていたしております。
○中山福藏君 どうか一つそういう点は十分お考えになつて頂きたい。さそい水をかけないように、さそい水をかけるような態度をとらないように、立派な紳士として厳然たる態度をとると同時に、本当に穏和な気持を以て被告に臨むということにして頂かなければとんでもない騒動を惹起する場合が多々あるということを特に申上げておきたいと思います。 それからもう二点お尋ねしておきたいのですが、只今いろいろ騒ぎが法廷で始つたうちに、内地人と朝鮮人の暴行した比率はおわかりでございますか。その比率はどういうふうになつておりますか。
○説明員(岸盛一君) 正確な比率はちよつと申上げられませんが、最近では朝鮮人のほうが多いようであります。
○中山福藏君 私の頭が古いかも知れませんが、舞台装置というものは芝居を見る見物人にとつては大事なことであります。だから法廷の秩序を保てるような装置、並びに裁判官の着ておるところの法服、只今の裁判官の着ている法服は葬式屋の着る着物です。全くあの黒い着物を着てあそこに坐られて裁判を受けるといつたら葬式屋から裁判を受けておるような気持がいたします。ですからああいうふうなアメリカさんからこういうふうにしたらいいだろうという見本を取寄せてお作りになつたような法服はもう一遍研究し直す必要があるだろうと思う。そして弁護士も検事もやはり一定の法服というものを着せて、厳然たる法廷を作り上げて、その中で厳粛に裁判を受けるということが、私は秩序を保つ上には非常に影響するのじやないかということを常に考えておる人間でありますが、弁護士としてこれはお尋ねしておくのですが、私の頭が古いと言えばそれまでなんです。併し私はやはりそういうふうにして法廷の秩序を保つのがいいのじやないか、これは私の私見でありますが、裁判所はどういうふうにお考えになつておりますか。
○説明員(五鬼上堅磐君) この裁判所における法廷の構造というようなものが、新らしい建物を建てる場合には、いろいろ被告の人権その他を重んずるというようなことから、法廷の出入口その他法廷の設備等についても十分裁判所としては研究して法廷を作りつつあります。併しながら何分古い建物で、古い法服を使つておるものが数多いために、十分とはいえないのですが、その古い建物でもいろいろ改造できるものは改造して、只今の御趣旨に副うようにいたします。法服の点は、この点は決してアメリカから見本をとつたのではございませんで、実際美術学校の専門家とか、それからいろいろ各方面の意見を聞いてあれがよかろうというので採用したのでありますが、外国から見ますとおつしやるような御非難もありますからして、一応又考慮いたしたいと思いますが、何分これは財政上の問題を伴いますもので、今私どものほうの最高裁判所の事務総局としては、あの法服に多少改良を加えたいというようなことを考えつつあります。
○中山福藏君 私はそれで結構です。
○吉田法晴君 もう一遍、二十日の点ですが、昔のあれは警察法関係で二十九日の拘留というのがありました。あれは条文覚えておりませんけれども、あれもやはり最高じやなかつたかと思うのですが、皆二十日になつてしまうということは、先ほどの御答弁でないというお話で、その運用については、これは訓令その他でおやりになるのかも知れませんけれども、どれもこれも二十日にならないような措置はどういう方法でおとりになりますか。その一点お伺いいたします。
○衆議院議員(鍛冶良作君) これはもう一般刑法でも十年以下と、こうなつておりますが、それかといつて皆十年にするわけでもございませんで、十年を最高としてその範囲内において裁判所の裁量に任せるというのは、これは一般の原則でございますから、今おつしやつた警察犯処罰令は、あれは前に悪用されたのでありまして、今日はさようなことは……、本当の警察犯で処罰されたものに二十九日ぎりぎりというものはなかつた。拘留の代りに使つたのはぎりぎり一ぱい使つたのでありますから、これは今日ではさようなことは絶対にないものと我々確信いたしております。
○吉田法晴君 まあ確信せられるということですが、はつきりいたしませんとその危険性を無視するわけに参りませんが、これはまああと運用に任せるよるほか仕方がございませんけれども、裁判所側のお気持だけを一つ承わつておきたい。
○説明員(五鬼上堅磐君) 恐らく最も活用されるのは退廷命令、ただ退廷だけを命じる、或いは二十四時間拘束するという程度のものが最も活用されるのでありまして、非常な悪質なものに対しては、恐らく監置行政処分を採用されると思いますが、御心配頂くような事件は恐らく裁判所においては起らないだろうと我々信じます。又将来最高裁判所としても、さような御心配になるような法の運用をなさないように十分の注意をいたしたいと思います。
○吉田法晴君 最後に一点だけ伺いますが、この制裁の裁判について四項に「制裁を科する裁判をしたときは、手続に要した費用の全部又は一部を本人に負担させることができる。」これは負担させることができるというのでありますから、必ずさせるというわけではありませんが、前項には「証拠調をすることができる。」、証拠調をすることについて、本人側の請求すべきものを負担させられるような精神かのように考えられるのでありますが、この費用はどういうものでありましようか、承わ存じます。
○政府委員(野木新一君) この費用は、例えばまあ実際問題としてはそうたくさんないと思いますが、証人を呼んで証人に旅費日当を給しておるというような場合がこの四条三項で「証人尋問その他の証拠調をすることができる。」という規定を置いた関係上出て出て来ますので、それとの平仄を合せる意味におきまして、四項の規定が出て来たと思いますが只今申上げたように、証人の旅費日当というようなものでございます。
○吉田法晴君 そうすると若し、さつきの中山さんの御質疑ではございませんが、本人に負担能力がないといつたような場合にはどうなるのですか。
○政府委員(野木新一君) これはまあ裁判所が負担させることができるのでありまするから、そこで一つ裁量する余地があるわけでありますが、併し結局負担させたという場合におきまして、非常に理論的に考えて見ますと、第七条の規定によつて、強制執行をして、それでも取れなければそれまでだと、そういうことになるわけです。
○吉田法晴君 それから先ほど中山委員がお尋ねになりました中で、まあ大部分というわけではありませんが、比率が、最近の事例から見まして、朝鮮人諸君が多いというお話がございました。その点は裁判所のことでございますから心配はないと思いますけれども、法の運用について、何と申しますか、朝鮮人だから言葉が通じない云々ということで、或いは余計感情を刺戟することもあるかも知れんと思いますけれども、何と申しますか、感情を交えざる公平な御処置をこれは要望として特にいたしておきたいと思います。
○中山福藏君 もう一つ最後に、私はたびたび裁判所当局に申上げておるのですがね、この判決とか審理の問題については、これは立入つちやいかん、裁判官は独立だから……。併しながら法廷の秩序とかそういうものについては監察制度を設けて、その態度、方式或いはその他の問題について始終、今度は法務府ということになるか、或いは最高裁判所と申しますか、どちらでも結構ですから、始終監察に廻るような巡視制度をこしらえておかれるほうがいいのじやないかと思います。この頃の法廷というものは、暑ければ私どものように上着を脱いで扇子を片手に使つてまるで遊山半分に大体やつておるのです、裁判所なんかは。だからこれはやはり裁判官を初めとして、すべてのものがもう少し厳粛にやるように監察制度を設けて、そうしてあちらこちらを見て歩いて、こういう点がいい、こういう点が悪いということを一つ御研究になつて、そうしてやはり法廷の秩序の維持に資する行動をとられるほうがいいのじやないかと私は常々思つておりますが、どうでしようか、こういう点は。
○説明員(五鬼上堅磐君) 御尤もな御意見でありまして、まあ監察制度というか何というか、設けるというのはいいかどうかは別といたしまして、法廷の秩序維持のために、幸い本法案が通過にならまして実施になりましたら、最高裁判所としても法廷の秩序の維持に一層の努力をいたしたいと存じております。もとより只今申されたようなことについては十分考慮いたしたいと思います。
○理事(伊藤修君) では、最後にお願いして置きたいことは、本法の適用は濫りにしないということですね。余り濫用されまして却つて裁判所が威信を害せられないように、これを訓示その他指示事項として諭達して頂きたいこと、それから第二には、正当な弁護士の職務行為について、本法が解釈上当然適用されないということを末端まで明らかにして置いて頂かんと、いわゆる地方の田舎の裁判官では誤つて適用して拘留されてから争つても仕方がないことですから、そういうような紛争の起らんようなことを事前に取扱われたいこと、それから第三に、本法を適用する場合におきましては、先ず運用の面において、一応私は戒告なり諭告なりして頂いて、なお且つ反覆してやるというような場合において適用するというような、一つの緩衝的な、そこに緩衝地帯を置いておやりになることが一番望ましいと思います。直ちにこれを発動していきなり処置されることは好ましくない。却つて裁判所と国民との摩擦を増して裁判所が威信をそれによつて落すようなことになり、紛糾を助長するようなことになりますから、一応かような法律のあることを予告して、若し誤つて犯した場合においてはそれを戒告して、そうして法廷の秩序をそれによつて直ちに取直せば結構なんですから、どうか直ちにこの伝家の宝刀を抜かないように御処置ありたいと思います。それからいま一つは、先ほど羽仁委員からも外国の例も引用されましたごとく、いわゆる告訴したものと裁判するものと同一という立場をとらないという原則は、我が国の実情つてはこれは実際に行えないことは、これは認められるのですから、一応そういう原則であるということをルールの上に明らかにして、例外として裁判官もなし得る、こういうような基本的な考え方は明確にしておいて頂きたいと思います。これはルールのほうでお賄い願いたいと思います。この四点を特に委員会として要望しでおきたいと思います。
○説明員(五鬼上堅磐君) 只今委員長の御発言、殊に本法の濫用に陥らないように、本法の趣旨を十分徹底せしめる、最高裁判所としては万全の処置を講じたい。ルール制定に当りましては、十分御趣旨を制定委員会に披瀝いたしまして、我々としては御趣旨に副うように努めたいと思います。
○理事(伊藤修君) 他に御発言もなければ、これを以て質疑を終了することに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○理事(伊藤修君) 質疑は終了いたします。よつて本法に対しまして討論に入りたいと存じますが、御意見があれば、御意見をお述べを願いたいと思います。
○羽仁五郎君 私は本案に反対いたします。 反対の理由は三点であります。第一は、一般的に本法案は、我が憲法の精神に違反しているからであります。その第一で、本法は欠くべからざるものでもなければ、濫用せられざるものでもない、つまりなくてもいいものであり、かつ濫用せられるものである。こういう法律を国会は通過する権限を持ちません。第二は、本法は、日本の現在の裁判の制度を前進させるものではなくて、後退せしめるものだからであります。本法の提案者の御説明或いは政府の御意見の間には、しばしば英米における裁判所侮辱の例を引用されますが、これは全くその説明の目的を達しておりません。その理由は、英米等における裁判所侮辱罪に関する制裁は、その起源を我が国と全く異にしております。又その裁判のテクニツクを我が国と全く異にしております。それから最も重要なのは第三に、民主主義の伝統の深さと我が国における浅さとであります。これらの重大な点を無視して、軽々しく英米における裁判所侮辱の制度を我が国に移し植えようとする思想ほど危険なるものはありません。諸君は、例えば映画などにおいて「アダム氏とマダム」というようなああいう映画などにおいて御覧になる法廷が、如何に我が国の法廷と違うかということをよく御承知のはずであります。一般的な理由に基く反対の第三は、この法案は、現在特殊な事情によつて起つておるところの緊張状態というものを立法の原因としているからであります。あらゆる法は、特殊な事情において短期間において発生しているところの緊張状態というものに戸を立てるということは極めて危険なことで、我が国の憲法の精神はこれを禁じているところであります。いわんや本法は、一種の恐怖心に基いてなされておる。国民を恐怖し、法廷に現われて来る民衆を恐怖するということでは、我が国憲法の命ずる裁判というものは、到底これは行われることができないと思います。この点についていわゆるホツトな状況というものは、決して立法の行われるべき適当な状況ではありません。現在極めてホツトな状況を持つているために、それで法が欲しいというような考え方は、我が憲法の精神に反するからであります。最後に一般的な反対の理由として第四に、私も法廷において最近行われる暴力を深く悲しむものでありますが、これは如何にしてとどめらるべきであるかということは実に重大な問題であつて、一片の法律に基いてとどめることはできない。現に質疑応答の際にも明らかにされましたように、本法によつて暴力は決して停止されません。法廷における暴力は解決されることはできない。却つて本法の結果は、折角我々が建設しようとしているところの民主主義的な精神を、民主的な制度を、そして民主主義そのものを破壞するからであります。以上が一般的な論拠であります。 次に私の反対する第二の理由は、本法が、それぞれの技術的な三点において憲法に違反しているからであります。我が憲法は、国民の自由が制限される場合には、三つの点についての保障を守るべきことを命じております。その第一は、眼前に明白に危険が存在するということであります。この点において本法が制定されなければならない、こういう自由の制限がなされなければならないという眼前にある明白な危険というものは、第一には、極めて限られた少数の、即ちその数においても、その性質においても、特殊な場合に起つているものであつて、一般に起るものではない。第二に、その起つているところの眼前の危険というものは、裁判そのものによつて起つているのではなくして、他の理由によつて起つているものである。社会的な原因によつて起つているものである。第三に、本法は、この眼前の明白な危険というものが明らかにされないで、自由が制限せられる結果、裁判所において、裁判の最も最高の使命とすべき裁判官自体の理性、或いは神にも比すべき裁判官の苦悶というものが、極めて安易な方向で解決されようとしているからであります。技術的な点で第二に反対しなければならないところは、クライテイリアが極めてあいまいであるということであります。従つて場合によつては、弁護士の弁護権が危くされる虞れがある。暴言ということが、たとえ手段でありましても、暴言ということがこうした問題の理由になるということは、その解釈が極めてあいまいになる。弁護士の正当なる弁護権の活用ということについても、弁護権を尊重する限り、極めて広義に解釈せらるべきでありますが、本法のあいまいであるために、それが狭義に解釈される虞れが多分にあります。第三に、本法は、不当な処置を受けたと考える人が必ず救われなければならないという点の保障について、重大な濫用の本質的な虞れがあります。その第一は、告発者が即ち裁判者になるということであります。その第二の理由は、この法があいまいであるために、法的救済が十分たることを得ないということであります。第三は、中立たるべき裁判官が中立性を失うということであります、なお先ほど吉田委員からも申されましたように、国民の自由の制限は、裁判によつてでなければなされないという憲法の命ずるところが、本法によつてなされるその手段は、憲法が我々に命じている裁判というものとは本質的にその性質を異にしております。以上がこの法律案に対する法的な、技術的な理由からする反対の理由であります。 最後に、本法に対する理由の中の第三点は、本法が制定せられます結果、どういうことが起るかということであります。本法は第一には、効果がないということが、質疑応答の際にも明らかにされました。裁判所において今日暴行をなす人は、初めから暴行をなして裁判所秩序の尊厳を傷つけようとする意図を持つているのだという想像ほど悲しむべき想像はありません。日本国民はやはり最後に裁判所において救われたいと思つておればこそ、その裁判所において救われないのではないかということに対する不安の感情を現わしているのである。その裁判所において救われないのではないかという不安の感情を持つて、それを導いて裁判所の秩序を侮辱する方向にしているのは何人であるか。その責任はその人々に帰せらるべきであります。 以上のようにこの法案は効果なく、且つ又その結果、国民が裁判に対して抱いているところの民主的な絶大な希望、又そこには時に絶望をもまじえた希望という、民主主義的な国民の精神というものが破壞される結果、本法は必ずや、法廷における秩序維持の困難を一層激烈にするでありましよう。本法が万一不幸にして法となる結果は、今後裁判所において、現在以上に激烈なるところの争いが起ることを深く悲しまざるを得ません。すでに我が法廷は武装さえ始めております。武装された法廷を見ることほど、私にとつて悲しいことはありません。勿論その原因は本法のみにあるのではありませんが、併し本法はその原因を加えるものでありましよう。あらゆる党派を超えた正義以外に正義はありません。本法はそうした正義を壞そうとしているのであります。又本法は実に弁護権というものをも壞そうとしています。これらの結果が現われて来るという、実に恐るべきものは、更に進んでは裁判運営に関して、その裁判の動機或いは裁判所の判断というものをも恐るべき方向に導くのではないかと思います。その第一の点ば、この告発者が同時に裁判官となることの端緒が現われて来るということは、この裁判官自身が或いは裁判所自身が、その裁判をなすところの動機を誤つて行くところの実は恐るべき落穴がここに布かれて行くものと考えざるを得ません。裁判所が判断を誤るのではないかということは、すでに先日東京地方裁判所が玄関を閉して、そして縁故人のかたがたをも裏口から入れるというようなことをなさつた、それが眼前明白の危険にしろなされたものではなかつたということによつて現われております。実際今日の社会的な進歩に対して、現在までの日本の社会的諸制度というものが、いろいろな点で立遅れていることから起つている問題が多いのであります。本法が防ごうとしている問題も、そういう原因から来ている問題であります。従つて、本法のような一片の法律によつてそういう問題を解決することはできない。私は常に思うのでありますが、又本法類似の法律案に関して出張調査を命ぜられました際にもつくづく感じたことでありますが、日本は明治維新以来、法律を一つ作ればそれでどうにかなるという考えが非常に強いということであります。国民はこのために非常に苦しんでおります。一片の法律を作ればいろいろなことを解決するという考えほど危険なことはない。その故に世界においては、いずれも成文法の以前には慣習法があり、慣習法の以前にはそうした事実がある。どうして我が国の裁判において、裁判所が侮辱されず、裁判所の秩序が維持されるようなそういう事実が打立てられ、そうした慣習が打立てられ、そうした慣習法が打立てられて然る後に成文法ができるというように行かないのか、この点私は実に悲しみに堪えない。それには時間がかかります。併し時間がかかるからといつて他に途はないのです。最後に私の恐れることは、本法が実行される結果、その結果として裁判所から今日でさえ日本の裁判所にはユーモアがありませんが、全くそのユーモアはいよいよなくなつてしまうだろうと思うのであります。場合によつては激しい言葉が使われて併しそれがユーモアによつて解決されるということが民主的に極めて高い意義を持つことは、ここに言うまでもありません。然るに本法によつて激しい言葉が使われたのは、ユーモアによつて救われないで制裁によつて全く救済の余地のないものにされてしまう。私は実にこれを悲しみます。この結果は、本法が若し不幸にして成立いたします最後の結果は、或いは日本における裁判の機能そのものが麻痺するのではないかということであり、願わくは本法案審議の過程においてさまざまのかたから述べられましたように、殊に最後に委員長が仰せられましたように、殆んど実際に用いられることがないということを願います。併しこれは願いにとどまるのであります。 以上三点に基きまして私は本法律案に全く反対するものであります。私の反対は恐らくは根拠があると考えられます。日本弁護士連合会は、この法律案に対して理事会の決議を以て反対の意向を表明せられております。その理由は、「そもそも制裁の力を借りて裁判所の威信を保持しようというのは、往時の封建思想に根ざすものというべきであつて、かかる時代精神に逆行した考え方自身を吾々はつよく排撃するものである。裁判所の威信は、飽くまで国民の裁判所に対する尊敬と信頼の上に打立てねばならぬ。尊敬と信頼のない処、如何に制裁を発動して見てもそれはただ更に激しい摩擦と混乱とを生ずるだけであつて、本法案の所期する円滑なる司法の運用のごときは到底期待すべくもないのである。」と言つておられます。私は、私の以上述べました三点並びに日本弁護士連合会の公式に表明せられた御意見、これらは本法案に対して反対すべき十分の理由であると考えます。
○吉田法晴君 私はこの法廷等の秩序維持に関する法律案、これが侮辱制裁法の構想からだんだん御努力によつて緩和せられて参つた経緯は承知をいたしておりますが、その本質において破防法と通ずるものがあると考えるのであります。それはこの本質が法廷の検察権に基き、その発動に関する規定であるという点でも同一性を持つておると思うのでありますが、なお又暴言、暴行、けん騒その他不穏当な言動をしたという第二条の根拠条文に見ても、そのあいまいさと申しますか、或いは概念の不正確さ等にも通ずるものがございます。破壞活動防止法を私どもが審議をいたしました場合に、或る法学者からこういう意見を承わつたのであります。そのことを午前の質問の際に私の考えとして述べて参つたのでありますが、破壞活動防止法が制定されて動き出したならば、これは共産党の本体には適用せられないで、これによつて動かされる、或いは周囲にある国民が迷惑をして、そして破防法の適用を受けるだろう。若しこういう法律が運営されて参るならば、全国的にこの破防法の適用が行われるだろうが、それは裁判所に持つて行かれる、そして裁判所でいわゆる法廷闘争ということになるならばこれは裁判所で問題が争われるということになる危険性がある。然るにこの法廷等の秩序維持に関する法律案は、そうして出て参りましたいわゆる法廷闘争に対処しようとするものであります。そこで法廷に或いは傍聴として動員せられ、その他関心を持つ人々にこの法律が立向うことになるのでありますが、私は裁判所は真に第三者性を持ち、そして憲法と法律とを守つて行くというところに裁判所の権威があると思うのであります。裁判所の権威は、或いは力或いは制裁によつて維持されるのではなくして、その合憲性と合法性、合理性によつてのみ維持されると考えるのであります。このことが裁判所によつて努力が続けられることを信ずるのでありますが、或いは公安条例に関連いたしまして公安条例の違憲判決が行われ、或いは戦力問題について最高裁判所が取上げられる、こういうところに裁判所に対する国民の期待がかけられ、或いは残されて行くゆえんだと思うのであります。若し政治の問題を、或いはそして現在破防法その他行政権の権限の増大、或いはこれは立法権、司法権に対しても優位を主張しようとさえしておるときに、行政の意思、或いは動向如何にかかわらず裁判所が憲法と法律とを守つて行くであろうことこそが、裁判所の秩序、権威を維持せられるゆえんだと思うのであります。そういう意味において破防法の場合にも、思想には思想を以て対抗せられるべきであつて、決して力或いは抑圧を以て対抗せられるべきではなかろうと主張して参つた点であります。従来の事件に鑑みまして、裁判所としてややそれにとらわれ過ぎたと申しますか、或いは神経過敏になられたという点も全く否定し去るわけにいかんのではないかと考えるのでありますが、私は裁判所がなおその使命を十分果されますことを特に希望し、午前中質問を申上げましたけれども、裁判所が政治闘争の場になる、或いは裁判所の秩序維持ということではあるけれども、政治的な当事者になられることを憂えるのであります。その点は、先ほど最高裁判所のほうから、もうこの法律の適用は最後であるというお話がございましたけれども、併し又裁判所のほうからでありましたか、もろ刃の剣であるというお話もございました。若しこの法律がしばしば使用され、そして或いは拘束、監置が行われますならば、その意図如何にかかわらず、政治闘争の渦中に飛び込まれて、第三者性が失われる結果を来たすということを心配するのであります。 なお現在の傾向として、行政権の優位或いは逆コースを辿ろうとする動向に関連して、この法律が裁判所構成法から裁判所法になりましたこの種の問題に関連をいたしましても、制度を新たにして民主主義に徹底した点は、私どもこの法律制定の際に考えなければならんと思うので、若し法体系が退却をいたしますならば、これは由々しき問題であると考えるのでありますが、この法律は拘束或いは監置という制度ではありますけれども、民主主義的な原則に対しましては後退を示すのではないか。そのことが先ほども危惧を申述べましたけれども、或いは他の警察法にこれらの制度或いはこれらの思想が移されるということに相成りますならば、私は危険この上もないと考えるのであります。裁判所においてはその意図はない、立法者においてはその意図はないということでありますけれども、現状は必ずしもそうなつておらん点に私どもの憂慮があるわけであります。そこで私どもといたしましても、この法律に反対をいたしたいのでありますが、従来この法成立に至りますまでの衆議院或いは参議院における努力を考え、そしてなお現在裁判所においては、私どもの期待いたします第三者性、或いは憲法を守り、民主主義を守ろうとする意図は、これは行政権におけるよりも更に強いことを信ずるのであります。この法律によつて事態に対処することは困難である。或いは若しこの法律がしばしば使われて参りますならば、先ほど申しましたような、政治の渦中に飛込む危険性はございますけれども、これは裁判所その他において明言せられましたような、或いは法廷外に退席をさせる、或いはその他合憲性、合法性、合理性を以て法廷の秩序を維持するという態度と信念とがあることを信頼し、そしてこの何らかの処置によつてこの事態を切抜け、法廷の秩序を維持したいというその窮状については御同情を申上げて、そしてそのことが合憲性、合法性、合理性によつて法廷の秩序が維持せられ、この法律を必要とせざるに至るように裁判所自身が御努力を願うこと、これを信頼し、この法律案に賛成をいたしたいと考えるのであります。どうかこの法律の運用が、この法律の運命をきめますだけに、先般来表明せられました裁判所の決意が、或いは運用についての委員長から委員会を代表して申述べられました方針が十分実行せられまして、この法律の運用のみならず、この法律が廃止できるように御努力下さることを切にお願いをいたしまして賛成の討論を打切る次第であります。
○中山福藏君 私は緑風会を代表しまして賛成の意を表したいと思います。私はざつくばらんに一つ賛成の討論をやつてみたいと思うのであります。 人間というものはこの体内を顕微鏡で窺つて見ますというと、何億何十億という黴菌があるのであります。従つてこれを医学上、生理学上から研究しまするというと、その一つの黴菌に堪え得ないならば肉体というものは滅びて行くのである。併しながらその黴菌に対応して来るそのものは肉体の抵抗素であります。社会も又同一の原理に基いて発展して来たものであります。あらゆる社会悪に対して、その社会悪に対応して宗教、法律、道徳が発展して参つて、そこにバランスがとれて中心が出て来て、初めて社会の基本秩序というものは維持して行くことができる。而して時はまさに日本にとつては歴史を読む時代ではないのです。歴史を作る時代が来ておるのです。一木一草を手にとつても万巻の書に優るという哲理を持つ心の光がなくちやならんと私は考えておる。これが日本人に与えられた現代の私は使命であると考えております。御承知の通りに、ソ連はスターリンを中心としてバランスを保つて行つて、遠心力、求心力によつて保つておるのであります。而して社会の秩序はスターリンを中心としてバランスがとられている。丁度先ほどの人間の肉体と同じわけなんであります。アメリカにおいてもトルーマンを中心として遠心力、求心力によつてバランスがとられている。法律、道徳、宗教というものは社会悪に対抗し、でき上つているのであります。而して今日の日本の法廷におけるところの秩序を掘下げて申上げますならば、この新らしい法廷闘争という現象に対しては、これ又抵抗素というものができなければならん。私はすべてを貫いている真理というものはただ一つと考えております。ただ一つ、その真理の貫いているその方針に基いて打立てられた精神のみは、すべてのバランスをとるところの力であると私は考えておる。このゆえにこそこういうふうな時代においては、こういうふうな新らしい時代においては、法廷の秩序を保つ上におきましてこういう法律が当然必要である。これだけ言えば私の考えておりまする、胸に抱いておりまする事柄は、十分皆さん方に御納得が行くと考えます。これゆえに私は本案に賛成の意を表するものであります。
○理事(伊藤修君) 他に御意見がなければ、これを以て討論を終結することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○理事(伊藤修君) それでは討論を終結いたしまして、採決に入りたいと存じます。衆議院送付の原案を全部問題に供します。原案全部に御賛成のかたの御起立をお願いいたします。 〔賛成者起立〕
○理事(伊藤修君) 多数と認めます。よつて原案通り可決すべきものと決定いたします。 なお本会議における委員長の口頭報告の内容については、あらかじめ御了承願いたいと思います。御賛成のかたの御署名をお願いいたします。 多数意見者署名 岡部 常 左藤 義詮 中山 福藏 内村 清次 玉柳 實 長谷山行毅 吉田 法晴
○理事(伊藤修君) ちよつと速記をとめて。 〔速記中止〕
○理事(伊藤修君) 速記を始めて。それでは散会いたします。 午後五時十五分散会