法務委員会 第48号
- 発言数
- 263 件
- 登壇者
- 10 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1952/06/04
会議録
○委員長(小野義夫君) これより委員会を開きます。 昨日に引続き破壊活動防止法案、公安調査庁設置法案、公安審査委員会設置法案、以上三案を一括して議題に供します。 先ず一松君に発言を許します。
○一松定吉君 私は本法案に対しまして、今まで委員と政府との間に質問応答をいたしましたことで、なお不明瞭である点を明らかにいたしたいために、以下数点に亘つて質問を試みるのであります、あらかじめ申上げておきますが、私はこの破防法設置ということについては、これを必要であるという意見であります。併しながら今のようなこういう法案では、このままに我々は呑むことはできない、こういう意見を持つておるのであります。私の質問はそういう意味において質問をいたしまするので、どうか政府当局におかれましても成るたけ我々委員は勿論、委員以外の全国民が、この法案を是非通過せしめて、これを実施することによつて破壊活動の防止が必要であるのだということの認識を深めるように一つ丁寧親切に御説明をお願いをいたしたい。こういうことを先ず申上げておくのであります。 そこで問題は先ず第一番に扇動という文字、扇動という文字を一つこれを十分に我々の認識のできるように説明をして頂きたいのでありますが、今まで政府の扇動に対するお答えとしては、昭和五年の二月二十一日の大審院の判例の扇動というこの解釈を御採用になつておるようであります。そこでこの判例の扇動ということについて、これを検討をして見ますれば、「目的たる事項の実行の扇動、不特定且つ多数人に対して目的実行の方法手段を具体的且つ直接的に指摘し、その結果相手方の意思を刺激し、実行の決意を生じたることを言う。」即ち扇動というのは、具体的且つ直接的に或ることを指摘する、その指摘した結果、その相手方がその自分の意思を具体的に直接的に指摘せられたことによつて意思を刺激し、そうしてそのいわゆる指摘せられたことに関する実行の決意を生じたのが扇動だと、こういうのであります。そうすると、これは私どものような刑事専門の立場からいたしますれば、これは教唆であります。即ち相手方に対して或る判罪の決意を生ぜしめたということは、これは刑法の総則に規定してある教唆です。然るにこれが教唆でなくて扇動だというならば、この扇動というのと刑法のいわる教唆というところに、どこに区別があるか、そこを一つ御説明を願いたい。このことにつきましては、私はこういう小さい問題は、小さい問題と言えば語弊があるかも知れませんが、総裁からお答え下さらなくても、他のほうの諸君からお答え下さつて結構ですからして、どうかいわゆる扇動と教唆の区別如何、その限界を一つ明らかにして、而もそれは抽象的な言葉で言わんで実体について、こういうわけでこれは扇動だ、ここまで行けば教唆だ、教唆と扇動との間にはこういう一線を画することができるのだということを一つ明らかにして頂きたい。どなたでも結構です。
○政府委員(吉河光貞君) 御質問の点は先ず岡原検務局長から御答弁いたします。
○委員長(小野義夫君) 岡原君は見えておりませんから、次の質問にどうぞ……。
○一松定吉君 それが答えができんと進まない……。局長が見えたようですから、もう一遍私の質問の趣旨を明らかにいたしたい。つまり本法において一番問題であり一番民衆が心配しておることは、つまり無事の民を起訴せられる、或いはそういうことまで考えていなかつたのにやられるとかというようなことについて処罰を受けるということが非常に心配になる。そういうようなことを前提として私はこの字句について本当に抽象的でなく、具体的に国民全部が成るほどと肯くことのできるような御解釈を願いたい。先ず一番にこの扇動という文字です。扇動ということは唆かすとかおだてるというようなことでございましよう、普通の言葉で言えば……。ところが法律術語として扇動ということに対する解釈は、この前あなたの御解釈によると、昭和五年の大審院の判例に扇動という言葉の意義が明らかになつておると言われる。その大審院の判例の扇動という意義はどうなつておるかというと、つまり或る事柄の実行の手段方法を具体的に且つ直接的に指摘するということが一つ、その結果、その指摘せられた相手方が自分の意思を刺激してそれがためにそのいわゆる実行の決意をした、これが扇動だとこう言う。ところが私はこれは大審院の判決はそうであろうとも、我々の専門家から言えば、これは教唆である。即ち或る事柄を相手方に注入して相手方がそれによつて意思を決定する、これは教唆である。然るにこれが教唆でなくて扇動だと言うならば、教唆と扇動との区別の一線はどこにあるか。これを具体的に、どこまでが扇動であつて、どれから先は教唆になるのだ、そこを一つ明らかにして頂かないと、この扇動という文字が本法に必要であるか、必要でないかということを判断するに苦しむので、明らかにして頂きたい。而も具体的に願いたい。
○政府委員(岡原昌男君) 判例によりまして、扇動という文字が従来定義されたのは、不特定又は多数の相手方に対しまして中正の判断を失わしめるような手段方法によつて或る刺激を與える、而もその刺激の程度はすでに決意を生じておる者に対してはこれを助長せしむるような、又まだ決意を生じていないような者に対しては新たに決意を生ぜしめるような程度の刺激を與えるというふうな判例、この点は昭和五年の判例のみならず、その前後を通じまして幾つかございまするが、大体一致した解釈のようでございます。そこでいわゆる扇動罪というものが治安維持法の当初におけるごとく、いわゆる扇動だけを法律の中に規定した場合と、それから国防保安法とか戰時刑事特別法等におけるがごとく、教唆と扇動とを並べて規定してある場合と二つございます。この二つの場合によつてそれぞれ解釈が違うわけでもないのでございまするが、ただ従来この教唆のほかに扇動とうものを並べて立法いたしました。その点につきましては学者の間でも大分議論がその当時戦わされました。そうしてその結果、大体扇動につきましては只今申しましたよう、それから教唆につきましては先ほど一松さんから御指摘がありました通り、相手方に対して決意を生ぜしめる程度のものというふうなことで解釈がついておるのでございます。ただ問題は、そういたしますると教唆と扇動というものを独立罪として、つまり相手方が決意を生じない、或いは実行に着手しないというふうな教唆だけで終つたというふうな事実をどう律するか、それを独立罪として処罰するということになりますると、その間の関係が大体次のように変つて来る。変つて来ると申しますのは、若干解釈の上に変更が来なければいかんというのは、大体国防保安法或いは戰時刑事特別法の当時に学者が論じたように、その相手方につきましては、扇動のほうは不特定又は多数というのが大体要件でございます。一方教唆のほうは、大体具体的な特定の人というふうになるのでございます。それから次の手段、方法につきましては、教唆のほうは相手方に対しまして或る犯罪の決意を生ぜしめるについて、何と申しますか、こうよく説いて相手方が納得してこれに従うというふうなことでございまするが、扇動のほうは中正な判断を失わしめるような手段、方法と申しますから、まあ俗に言うやれやれとか、その場の空気で煽り立てて、結局相手方にひよつという間に決意を生ぜしめるというふうな方法、そういうような手段、方法を以てやるという、この手段、方法で区別がついて参るのでございます。 それから第三に、今度はこの一つの教唆なり扇動なりによつて相手方に意思を伝える、その意思がどういうふうに影響力を持つかという点からこれを判断いたしますれば、相手方がこれに対して確定的に犯意を持つような行為でございますれば、これを一応教唆と見てよろしいであろう。更にこれが或る者に対しましては教唆的な、教唆的と申しますのは、確定的な犯意を起させる、新たに起させる程度のものという意味でございまするが、或る者に対しましては従犯的なもの、即ちすでに決意を生じておつたものに対して、そのやれやれという言葉で更にこれを深めたといつたような程度の差において若干の差がある。こういう三点においてこの教唆と扇動の独立罪としての意義が区別されて来る。かように学者も説いているようでございます。併し判例はこの教唆と扇動、二つ並べて論じた判例はございません。それで例えばこの行為は扇動にはならんけれども教唆になる。或いは教唆になるけれども扇動にはならんといつたような意味において対比して論じた判例はございませんけれども、従来の判例の態度とその他を通覧いたしますと、大体只今申したような結果になるのではないだろうかというふうに理解しております。 なおこの点は昭和十五年でございましたか、刑法仮案ができました際にもやはり教唆と扇動というものがそれぞれ独立罪として規定されたことがございます。これは発表になつておりまするが、その際の議事録その他を見ましても、やはり若干の違いがあるということに着目しまして、この二つの犯罪の態様を独立罪として規定しているようでございます。
○一松定吉君 あなたにそう細かに抽象的に説明してもらつても素人はわからんのです。私の言うのは国民全部がみんな了解のできるような方法で説明してもらわなければ……。我々專門家はわかりますよ。そこで今あなたのお話のことを極くむずかしく考えて見ますると扇動は不特定、多数の人に向つてそういうことをやる。教唆ということは特定人に向つてやるのだというようなところが違うようですが、それだけですか。まだそれ以外に違うところはあるのですか。極く簡單にわかるように教唆と扇動の間の一線を画する、これが一線だ、そこを言つてもらえばいい。
○政府委員(岡原昌男君) つまり相手方の点について見ますれば、只今御指摘のその点が一つでございます。それから手段、方法において先ほどちよつと申上げましたように、何と申しますか、中正の判断を失わしめるような言動によつて、これをなす場合は扇動になるというふうな点において手段、方法において区別が一つ、それからもう一つは相手方に與える影響力の点において一つ、こう三点に区別があるわけでございます。
○一松定吉君 中正の判断を失わしめる行為ということ、それと意思の決定について強弱がある、それだけが違う。中正の態度を失わしむるということになつて来ると、自分の意思をその扇動された人の意思に向けるのでしようね。そうして而もそれがつまり強弱の差がある。非常に強い決意をしたということが教唆になる。そのやろうかやるまいかなあと思うくらいなら扇動だ、こういう意味だろうと思う。併しそれはやはり刑法の教唆ということの説明で、相手方をしてその決意を促がしめる原因が、中正を失わしめようと失わしめまいと、本人の中正より少しでも傾いた、意思が動いた、即ち中正を失つた、意思においては動いたことになる。意思の動き方が、決意が深かろうが浅かろうが、それも決意……、それですべてあなた教唆ということになりやしませんか。
○政府委員(岡原昌男君) お尋ねの点御尤もでございます。要するに独立罪として規定することになりますと、相手方に対しまして決意を生ぜしめたということは必要ないのでございまして、相手方に対してさような決意を生ぜしめるに足るようなことというようになつて参るわけでございます。従いまして相手方がこれによつて確定的に犯意を起す程度のものは教唆の独立罪を以てこれを律する。そうして相手方に対してさほどの影響のない場合もあり得ましようが、相手方がいろいろございますから、不特定、多数でございますから、或る者に対しては強く響く、或る者に対しては非常に弱く響く、そういうような場合もあり得るわけでございます。その影響力の点から申しますと、非常に弱く響く、又すでに犯意を生じた者に対しては何ら大したことじやないと、当り前の話だけれども、まあ折角やれやれというのだから一つ決意を強めてやろうかなあという力を與えるといつたような程度のものについては扇動の独立罪を以て論ずるというようなことになるかと思います。
○一松定吉君 いよいよ、最後の決定をしていないときにやられた、やろうかやるまいかなあと思つてやつてもやらなくてもよいというときに話があつたからやろうと決意したということになつた。やろうかやるまいかなあという考えがあつたのにやることになつたのだから、意思を決定する動機の一つを本人が持つておつた。それはやはり教唆ということで刑法上判定ができるのみならず……、これは余り深く研究したつて十分にわからんでしようからこの程度にどどめておきますが、一体今あなたのおつしやるようなことで、扇動ということがなければ破壊活動の防止もできないのですか、できるのですか。
○政府委員(岡原昌男君) 例えば三條一項二号のヌでございますか、そこに扇動という文字も使つてございまするが、この関係等において事を考えますと、一号のほうの内乱に関する罪につきましてはいろいろと予備、陰謀、教唆、扇動その他を考えまして、文書の所持も考えまして、それで二号に至りまして、特殊な重大犯罪につきましてその拡張を考えてみたわけでございまするが、その際に或る犯罪事実、二号に掲げたような、例えば殺人とか放火とか、そういうような犯罪事実をビラによつて扇動したというような場合が相当ございます。その悪質の程度も、又ほかの、一人一人に言うのと、それから何万枚というビラを配つてこれを不特定多数に流すことによつて、何万枚のうち拾われて見るのが例え千枚にいたしましても、又千枚のうち実際に決意を生じたのが八十人にいたしましても百人にいたしましても、その影響力は大変大きい場合がございます。さような場合も、教唆ではちよつと参りませんけれども、扇動ということになりまするとそれがやつて行ける、かような点に具体的な相違が出て来るのではないか、かように考えます。
○一松定吉君 そうなつて来ると扇動と教唆は区別をしなければならなくなるが、扇動ということは今あなたの御引用になりました昭和五年の大審院の判例によつても、具体的且つ直接的に指摘し、その結果相手方の意思を刺激し実行の決意を生じたることが扇動だというのは、これはあなたの言うような場合これが扇動に入るのじやないのか、これが一つ。それからその次に今度の例の騒擾事件などは扇動の規定がないときに検挙せられて、今現に千何百人という者がやられている。そうすると扇動がなくても検挙ができる。これはどうなんです。
○政府委員(岡原昌男君) あとのほうからのお答えをいたしますが、大体実害が発生いたしましてからこれを検挙することは最も確実でございまするし、又或る小さな犯罪につきましては、それが当然なのでございますが、特殊な非常に公共の治安に直接関係を持つような重大な犯罪につきましては、これをやはりわかつている限り事前に防止したいというのが我々の考え方でございます。先般五月三十日大阪で配布せれましたビラの中に、弾圧には実力で戰え、愛国者はすべて石とプラカードで武装せよ、金筋のポリ公を狙つて反撃せよ、奪われた自由を奪還するため一大実力デモを敢行せよ、ポリ公をやつつけてピストルを取れといつたようなことを書きましたビラが配られております。かようなビラが頒布されたことによりまして、相当多数の者がその決意を生じ、或いはすでにそんなことを一緒にやろうかと思つておる人は、その決意を助長させるという程度かも知れませんけれども、さような影響力が非常に大きな場合におきましては、やはりこれを配つたという事実を扇動の独立罪として処罰するのも止むを得ないと申しますか、治安維持上妥当な措置であろう、かように存ずる次第でございます。
○一松定吉君 その結果そういうことが起りましたか、起りませんでしたか、その大阪においては……。
○政府委員(岡原昌男君) 五月三十日の大阪扇町公園における騒擾に際しましては、約デモ隊三千名が集りまして、いろいろ協議を進めました結果、そのうち約二百名が警察になだれ込みまして、結局ビラにありますような樫の木のプラカードの柄とか旗竿等を振り廻して警官を殴打する、或いは投石して強力に反抗して乱鬪に陷るというようなことに相成りまして、その結果二十四名逮捕されるというふうな事態が発生しておるようであります。
○一松定吉君 そこでそういうことをやつたがためにその結果起つたでしよう。起つたからそういうことをやつた人間も、そういうことを扇動した人間も起訴されるのでしよう。起らなかつたならば別に弊害はないわけです。そういうことを目的としてやるということは、必ず起ることを目的とするのですから、必ず起る。起れば起した扇動者としてもそういう決意をせしめたということになる。いわゆるその扇動者は立派に起訴ができるのじやありませんか。特に扇動者だけを罰しなくても……。私がそれを心配するのは扇動で、今これを極く細かに砕いて申上げますれば、破壊活動をしようという目的を以て扇動をしたという場合と、そういう目的がなくて扇動をしたという場合と二つに分ける。破壊活動を扇動しようという目的を以て扇動をした、その時分に、その扇動をした時分には、扇動に乗つてそういう行動をした時分には、それはそう扇動されたいわゆる実行行為、その破壊活動をやつたのですからして、やつた者は破壊活動によつて処罰される、扇動した者はそれを教唆したということによつて処罰されるでしよう。特に扇動ということを言わなくても、その扇動によつてその者が意思を決意してそういうことをやつたのだから、実行者は罰せられる、扇動者も扇動ということによつて意思を決意した、即ち教唆という地位に進んだのであるからしてこれは起訴される。それから破壊活動の目的がなくて、ただやれやれと言つてやつた時分には、それが或る行動をやつたからといつて、それは扇動ということにはならない。この破壊活動防止法の処分は受けない。なぜかというと、破壊活動の目的がないのだから。それから今度はやれやれと言つてやつたけれども、誰も応ずる者がなかつた。誰もやらなかつたということになれば、別にそれを罰するという必要があるでしようか。丁度私が先年イギリスに行つたときに、バツキンガム宮殿の隣りのハイド・パークで大勢の人を寄せて共産党がしきりに共産主義を宣伝をして破壊活動をやれやれということを演説している。その端に寄つて巡査が四、五人おつてにこにこして聞いて笑つておる。私は驚いた。日本ならばこういうようなことは確かに治安維持法の規定によつて処罰されるのだが、どうしてイギリスは巡査がにこにこして笑つて誰もどうもしないのだろうかと聞いて私は尋ねた。ところがいわく、イギリスでは教育の程度が進んでおりますから、こんな馬鹿なことを言つても国民は誰も乗りません。だから取締る必要がない。併しこれに若し乗つたならば乗つたときにその人は実行正犯であるし、ここで今やつておる男は教唆正犯ということで罰せられるのです。乗らなければ罰する必要はないのですと言つて笑つておつたことを私は聞いて実は驚いた。成るほどそれはそうだなあと思つたんだがね。今やれやれと言つたけれども誰も応ずる者がなかつた。応ずる者が何もなかつたら治安の秩序というものは少しも紊されておらんのだね。そうして見ればむしろそういうものはほつたらかしておくほうがいいんじやないかと私は思うのだがね。ほつたらかしておつたらどこか悪いところがありますか、その点を一つ……。
○国務大臣(木村篤太郎君) 私から簡單に申上げます。 これは事が起つてから刑法の規定で処置すればいいんじやないかというお考えが出て来るのであります。一応御尤もと考えます。併し治安維持の点から考えますると、すでに事件が発生して、その当該事件について刑罰規定で賄つて行くといつてはもうすでに遅いのであります。治安の維持ということはその前にやらなければならんのです。発生前に成るだけこれを抑えて行くということが治安の維持の妙諦であると我々は考えているのであります。そこで今イギリスのロンドンのお話も出ました。御尤もであります。これはイギリスのごとき民主制度が非常に確立されて、多年の国民の経験によりまして常識の発達している国はさようでいいのであります。併しながら日本の国情はイギリスとはよほど相違しておりまして、第一号の今申上げました扇動がありますると、それに乗ぜられる危険が多分にあります。それに乗ぜられて、事件発生後においてこれを処置するということではもうすでに遅きに失する。未然に防止することが治安の維持の妙諦であると我々は考えております。で、第一号においてさような扇動行為があつた場合に、その扇動を抑えて行くということが何よりも我々は必要だと考えております。つまり事件の発生後と発生前、これを十分に区別して両々相待つてその対策を講ずるということが何よりも急務であろう、こう考えております。その意味から申しまして、扇動ということは治安維持上これは抑えて行かなければならん。先に政府委員から申上げましたように、十五年の刑法仮案におきましても、明らかに扇動という言葉を入れて、刑罰、処刑の対象としているような次第であります。
○一松定吉君 私、法務総裁の御意見と全く同じ考えを持つているんです。同じ考えを持つているけれども結果において違うのです。つまりそういうようないわゆる治安を紊すような扇動行為をやる、それがために必ずその結果治安が紊れる。紊れるものは即ち実行者がある。実行者があることによつてそれが実行正犯として処罰される。そういうことを決意せしめたところの即ち扇動者についてそれはその刑法の教唆ということで処罰される。それならば何もこれはそのまま不問に付するというのじやないのだから、それだから治安の維持は保てる。ただ私が言うのは、そういうような扇動をしたけれども誰も応じない、応ずる者が一人もない。そういうときにこれを罰するということはどうであろうか。憲法の第二十一條のいわゆる「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」というこの憲法の精神からしても、何も治安を害しも何もしないことを言つたりしたということで、すぐそれを引つくくつてしまうということは、この憲法の精神からしてもよくないのじやないか。或いは法務総裁の御心配になるようなことは、それがすぐ実行者がある、実行者があると同時にそれが治安を棄す。治安を棄してからは実行正犯でやれるし、治安を棄すに至らしめた者は教唆ということによつて処罰をするのだから、相当に取締もできるじやありませんか、こう言うのです。それはまあ意見の相違だからこれ以上のことはよろしいが、何か御意見があれば承わりたい。
○政府委員(岡原昌男君) 実際に扇動いたしまして、結果を生ずるかしないかによりまして三つの場合を挙げて御質問でございますので、一応分けて考えて見たいと思うのでございますが、破壊活動をやらせる目的なしにただやれやれと言つた場合何もならん、問題にならんことは御質問の通りでございます。それから破壊活動をさせる目的で扇動した場合に、或る実行行為が発生したならばすぐに正犯はそれで処罰ができるし、教唆犯としてその扇動者も処罰されるのじやないかという御議論でございますが、それが特定しておりまして、因果関係が結びつく場合におきましては、さような教唆でやれる場合もあるんじやないかというふうには考えます。但しこの点は、理論的には相手方が特定する程度にわかつて来て、そうしてそれがその結びつきが極めてはつきり出て来たというような場合に限ります。一般のビラを配つた者がはつきりいたしましても、今度はそれを拾つて読んだかどうかという点、それからそれを読んで決意を示したかどうかという点につきまして、少くともその因果関係を相互に自白いたさない限りにおいてはこの点の結びつきが出ないわけでございます。たとえそれが情況証拠上若干疑いを存しつつ肯定されるような場合におきましても、公判維持の点からは非常に困難でございます。さような関係からこの因果関係の証明という点が非常に困難になつて来るのでありますし、多くの場合は証明ができないということになろうかと存じますので、その配布という事実を以てこれを扇動の独立罪として論ずる必要性が出るのじやないか、かように考えております、それからなお扇動の行為はあつたけれどもそれに応じて誰も起ち上らなかつたというふうな場合には、実害が発生していないからして、これに対しては特段の処罰をする必要がないのではないかという点は御尤もでございます。ただ従来我が国の刑法の大体の建前と申しまするか、本犯と未遂と或いは教唆、従犯の関係と、更にその先の予備、陰謀の関係、こういうものは、重い犯罪につきましてはこれを事前の段階をずつと予備、陰謀のところまで拡げてやり、軽い犯罪はだんだんとこの未遂でとめる、或いは既遂のものだけにとめるというふうに、この段階を分けているのでございます。そこでこの本法第三條に規定するような一号の内乱、二号の種々特殊な重大な犯罪等につきましては、現下の情勢に鑑みましてこの程度の未遂から先に行くというふうな形でも誠に止むを得ないのではないかというふうな見地からこれを拡げたのでございまして、その実害の点から申しますれば、只今御質疑にある通り、或る場合においては実際の実害というものが出ないか、或いは少くとも証明がつかないという場合が多かろうと存ずるのでございます。結局本人の悪性が具体的にどれぐらいである、そうしてその悪性の結局最後に社会全般に対しての影響力がどの程度であろうかというふうな諸般の見地から、特殊の犯罪だけを限りまして、さような拡張の形式を試みた、かような次第でございます。
○一松定吉君 そういたしますると、今あなたの御説明とすると、今私が扇動によつて、或る者がその扇動に乗つて実行行為をした、その実行行為をした者が罰せられる。その時分に扇動した者は教唆ということになれば、教唆正犯で罰せられるのじやないかということについての御意見として、そういうときには果してその実行した人間が扇動によつて実行したのであるかどうかということが証拠が十分に挙らない場合がある。或いは扇動したけれども、この扇動ということによつて、今やつた人間との間に因果関係があるかどうかわからんということになる。そうすると扇動というものを罰せられないで逃がすことになる。それを逃がさんためには、扇動ということだけを独立罪として罰するということが必要である、こういうふうに聞えるが、そうでしようか。
○政府委員(岡原昌男君) ちよつと表現の細かいところでございまするが、扇動の場合におきましては、相手方に対してさような犯意を生ぜしめ、又は犯意を強めしめる程度のというふうなことでございまして、具体的に相手方がそれをどういうふうに受取つたかということは必ずしも必要でない、さような判例になつておるのでございまするが、それに従いますれば、例えばビラを撒いた男があるといたします。その撒く目的は、さような犯罪行為を引起させようというような目的があつてやつたことでございます。ところがこれを拾つて読んだ者は、これを見て、何だ、こんなつまらないものと言つて捨てる者もございましようし、或いは、これは誠に御尤もだ、この通りやつて見ようというような決意を生ぜしめる者もございましよう。或いは中には、おれもこんなことをやつて見ようと思つたが、成るほど御尤もだ、一緒にやりましようというようなことになる場合もございますが、さようなものすべてを含めまして扇動ということになるわけであります。従いまして具体的にそれが因果関係として結付く。つまり或る男がビラを撒いたということがはつきりしておる。それを拾つて、直接又は間接にこれを読みまして、その決意を生じたということがはつきりいたしますれば、この場合においては教唆の結付きが出る場合もございます。従いましてそれに基いて犯罪行為を実行した場合におきましては、その逆にずつと遡つて行きまして、扇動行為者が教唆者として処罰される、これが本法案の第四十條におきましてさような場合の手当をしてある次第でございます。
○一松定吉君 私の言うのは、扇動というときに、これが治安を棄すのは、扇動によつてそういう目的を達するような暴行をする者があつたということになつた時分には、暴行した者は罰せられるし、暴行するに至らしめた者は教唆で罰せられるから、特に扇動ということは要らんのじやないか、こういう議論です。あなたの議論は、併しその暴行と扇動との間の因果関係ということがわからん場合には、扇動したということだけで罰する必要があるから、扇動ということが必要だ、こういうように解釈しておるのですが、そうでしようね。その時分に、然らば扇動した、扇動したけれども、この法律の建前としては、暴力主義的破壊行為を目的としてしなければならん、その時分に私は暴力主義的破壊行為を目的として扇動したのじやないと言うたらどうしますか、証拠が挙らんのじやないですか。
○政府委員(岡原昌男君) その実際にやりました者がいわゆる否認をする、そういう目的はありませんでしたと言う場合は、証拠上非常に困難するという場合に該当するのでございまするが、ただ実際の証拠だけの関係に今度議論を集中して見ますと、例えば傍証その他で、本人は警察、検察庁等においては、そういう意思はありませんでしたということを言いましても、何かやつてやろうというようなことを友達に漏らしたとか、或いは自分の日記に書いておつて、そうして実行の経過をずつと書き記してあつたものが証拠品に挙つて来たとか、或いは何か手紙で打合せがあつたというような具体的な傍証が出て参りますると、これは本人が否認いたしましても、傍証で認めるということも、証拠上あり得るわけでございまするが、ただ非常に困難であるという点は御指摘の通りでございます。
○一松定吉君 それならば今扇動した、それから或る者が実行行為をした、その実行行為をした者と扇動した者との間に因果関係を発見することがむずかしいから、扇動を独立罪として罰するということは少しおかしいのじやないか。そのときはいろいろな破壊活動をやつた、やつたけれども、扇動との問の因果関係がわからんというのは、証拠上だけではわからんけれども、神様から見ればわかる。だから今あなたのおつしやるような間接的な証拠やいろいろのものを挙げて、お前はそういう扇動をした、この人間は実行行為をしたぞ、その間に因果関係がないようだけれども、これこれによつて因果関係があるのだから、やはり扇動即ち教唆ということになつて罰せられるのだと言うことができるのじやないか。
○政府委員(岡原昌男君) 実際に犯罪行為が実行せられた場合につきましては、因果関係の問題が出て参るのでございまするが、いわゆる教唆の独立罪と申しますのは、学者の間で、いわゆる教唆の未遂として論ぜられるところでありまして、教唆はしたけれども、結局結果が発生しなかつたという場合においてもなお処罰し得る、扇動についても同様でありまするが、さような関係からいたしまして、実行行為があつた場合においては、只今おつしやる通りのような証拠関係といいますか、事実関係が出て参りますけれども、これは実行行為がない場合において、つまり独立罪として扇動行為そのものが処罰されるという限度においては、その点はちよつと違つて来るわけであります。
○一松定吉君 今あなたの、教唆の未遂ということなら、教唆の未遂という規定ならわかる。教唆の未遂を罰するということならわかるわけであります。扇動ということになるとわからん。現行法から言いますれば、扇動ということがなくても現行法の騒擾罪、外患罪というもので罰せられて今日まで長い間秩序の維持ができた。然るにこういう扇動というものを入れてやろうとするから、今非常に国民が畏怖の念を感じておるのみならず、今あなたがおつしやる通り、扇動だけでこれを実行しない者があつても、その扇動を罰するのだということを国民が恐れる。それだからこれは反対だ、反対だというのはそこから来るのだから、そこをよく国民が納得するように一つ説明して頂かんとわからんから、扇動だけでひつくくつてしまうということはどうも面白くないのじやないか、教唆の未遂とかというようなことを罰するなら、これはわかるのです。
○政府委員(岡原昌男君) 扇動が扇動だけにとどまつて、結局その実害が発生しなかつた場合においてなお且つこれを処罰するのは酷ではないか、或いはいろいろ国民の心配される向きがあるではないかという御議論御尤もでございまするが、先ほどちよつと触れました通り、本人の悪性の程度、つまりどういう危険性を持つておるか、又それが実際に外部的にどういうような方法で表現されて来るか、それは同時にその犯罪が客観的に見てどういう種類のものであるか、非常に重い犯罪であるか軽い犯罪であるかによつて、取扱いは違つて来るわけであります。そこで法案第三條に掲げましたような特殊の非常に重い犯罪につきましては、その本人の悪性も又非常に従つて重い、その重い悪性が実行される事前の段階におきましてちらほらと出て来たわけであります。その出て来た悪性が、客観的に見ましても放置ができない、而も若しこれを放置しておくならば、それによつて影響される数多くの人がそれに従つて行動するであろうというような、具体的な危険性が予見される限りにおきましては、これはやはり取締らなければならんのじやないかというのが、この扇動ということについて独立罪にした趣旨であるとかように理解しておるのでございます。
○一松定吉君 これはこの程度にしておきましよう。そこで扇動演説をした、おだてをやつた、そのときにすぐにお前はおだてをやつた、扇動をやつたのだからと言つて逮捕したり何かするようなことがある、こういうことは非常に困る。つまり扇動ということは、その裏付けとして暴力主義的破壊活動の扇動ということにならなければならん。扇動をしたという形だけはあるけれども、そのいわゆる心の中の、暴力主義的破壊活動の目的で扇動したかどうかということはわからない。わからないけれども、扇動したというわけで、独立罪だからといつてぼつとひつくくつて、調べてこれを起訴するというようなことがあつた時分には、それは大変国民は困るわけだ。いわゆる暴力主義的破壊活動ということを目的として扇動をしたならば、その扇動ということによつて仕事をした者は罰せられる。けれども目的はそうではない、暴力主義的破壊活動でなくて、ただ面白半分にやつてみた。或いは心の中はそう思わんけれども、いい加減に人もやるから自分もやつてみようと、やつてみたというような時分に、この本法の支配は受けないのですから、そういうような受けないにかかわらず、この規定でいう調査官或いは警察官が行つてひつつかまえて監獄に入れる、いろいろなことをやるというようなことになりますと、非常に迷惑をし、それがために名誉上、生活上、財産上迷惑をして、判決の結果無罪になる、救済できないというようなことになるのだが、そういうときにはどういうようにしますかね。扇動したというだけですぐにひつつかまえるというような措置は困るんだから、どういうようにすればいいのか、一つその方法についてお考えを承わりたい。
○政府委員(岡原昌男君) この法律の運用の大きな問題でございまするが、私どもこれを刑事罰の方面から考えてみますると、單に扇動と申しましても外形的なやれやれ、しつかりやれ、がんばるんだぞといつたような、何と申しますかアジ行為のみでこの法案が動き出すのではないのでありまして、その内容におきまして三條の各号の中に掲げたような行為を目的として扇動するということがこの法案の規定上明らかにされておりまするので、若しも労働組合その他で、單に何かの話のついでにやれやれ断固やるべしというような激越な言葉を使いましても、この法案の全然関せざるところでございます。万が一濫用したらどうかというお話でございますが、少くともこの刑事罰を科する点につきましては、さような犯罪行為を前提といたしまして逮捕が行われるのでございまして、さような単なる言葉の端だけによりまして、三條各号に掲げたような具体的な犯罪行為の内容を持たんような扇動行為につきましては、刑罰権の発動はなかるべきものと信じておるのであります。
○一松定吉君 それは神様ならあなたのおつしやられるようになりますよ。あの男の心の中には暴力主義的破壊活動をする意思はない、ただあたりでやるからやつたということはちやんとわかつておるから……。人間ですから、やれやれとこう言つた、あの人間は即ち破防法の制限しておる行動をやつておるんだといつてすぐひつつかまえる、そういうようなことがあり得るんだ。それを皆心配しておる。社会の人がこの法案について非常に心配するのはそこです。あなたのおつしやるように、そういう目的がないことは罰せられないということはわかつております。目的のないものは罪せられないのだけれども、その目的があるかないかということは心裡留保ですから、心の中にあるだけですから、動きに現れんですから、暴力主義的破壊活動を目的にして一松はああいう演説をしたかということはわからない、ただ演説したことだけはわかります。そういうふうにひつつかまえる、それが困る。それをさせないようにするには何か裏付けの方法をこしらえておかなければこれが濫用される虞れがあるからそれを申上げるのです。何かそこに裏付けがありますかと聞くのです。
○政府委員(岡原昌男君) お話只今承わつておりますうちに一つヒントが得られたのでございますが、この扇動の内容といたしまするのは、一号、二号のイ、ロ、ハ、ニ、ホ、へ、トとずつと書いてありますこの犯罪行為を目的としているというのでなくて、犯罪行為そのものの予備、陰謀、教唆、暴動でございますから、單に心の中にそういうことをさせたいと思いながら言葉はやれやれという場合にはこれにな入らずに、放火なら放火、火をつけろ、大いに火をつけろ、そうして政治の主義主張を貫徹せよと言つた場合にこの法律が動いて来る、かようなことになりますので、具体的にその演説会なら演読会、集会なら集会の言葉をずつと最初から最後まで聞きまして、さような言葉が入つておれば問題になりまするが、單に心裡留保いたしまして、心の中ではどうか知らんけれども、口先だけではただやれやれといつたような抽象的な扇動行為の場合には、これは全然この法律には触れない、さようなことに理解しております。なおこの保障の問題等につきましては法務総裁から……。
○一松定吉君 いや、法務総裁はあとで……。成るほどこれは目的罪、「目的をもつて」というようなことがないと、とあなたはおつしやるが、「目的をもつて」でなくてもいいのです。そういう犯罪の意思があるから、刑法上いわゆる行為があるから……、意思がなくてやる、口だけでただやれやれと言う、自分にはその破壊活動をする意思がないから、その人間は犯意がないから犯罪は成立せんでしよう。けれども形だけでただやれやれと言つて、そこでいわゆる名誉を毀損せられ、生活権を蹂躪せられ、財産上非常な損害を受けるというようなことはあり得べきことだ。これは勿論調査官を選定し、任用するときに、又私は意見がありますから言いますが、そういうようなことについては非常に困るのじやないか。それならばむしろやはりこの教唆というところに重きを置いて、そうしてやつたほうがいいのじやないか。教唆だけで実行する者がなかつたら教唆未遂ということに刑を科するという法條を設けてもいいのではないかという私の議論だから、あなたにお尋ねしておるわけです。
○国務大臣(木村篤太郎君) その点について私から一言申上げたいと思います。この法案におきまして、特に三條に扇動の対象となるべき行為を挙げておるのであります。先ず第一には内乱或いは予備、陰謀、輔助、そこでどういう形において扇動するか、あらかじめ我々は予知することはできませんが、少くとも多衆の者が憲法に定められておりまする基本秩序を破壊するために暴動を起そう、これは現段階において我々の手によつて暴動を起してこの制度を破壊するより途がないのじやないかというように具体的にやつて初めてこの法案が適用になる。又どこそこの鉄道を破壊しようじやないか、今の情勢においてはこの鉄道を破壊して食糧を断ち得るようはかにないのだというようなことをやつた場合に初めてこの法案が適用になるのであります。その意味において極めて嚴格に対象となるべき兇悪という行為を列挙いたしてそれにこの法案を絞つて行こう、こういう気持であります。ただ抽象的に私はやるべし、現政府を打倒すべし、そういうことでこの法案の対象となるべきものではないのでありまして、極めて嚴格に対象となるべき凶悪なる行為をここに掲げて、それによつてこの法案を絞つて行こう、こういう気持であります。
○一松定吉君 そこで実行はできなかつたから心配はないのじやないかという議論が起こる。ただやれやれというだけでやらなかつたというような、ただやれやれという人を罰するという場合意味がないのじやないか。今総裁のやれやれとこう言つて群衆がわつとやつた、やつたときにすぐそれが騒擾罪、内乱罪、放火罪が成立する。するとお前は、実行した者は正犯だが、お前はどうしてやつたかと聞かれると、一松がやれやれと言つた、すると私はやれやれの教唆犯として罰せられるのじやないか。そうすればあなたのその目的は十分達しられるのに、その扇動という文字をわざわざ入れて、国民をして不安あらしめるようなことは如何ですかと、こうお尋ねしているのです。
○国務大臣(木村篤太郎君) その点について我々は大いに心配して、そうしてそういう演説をやり、そうしてその演説の結果果してそういう事実が発生したかどうかというのを見ておる暇がないのであります。そのときにその演説によつて非常に影響を受けます。その当日起らなくても、又数週間の後に起ることがあるかも知れない。それが実行された後になつて手当して行くというのでは遅きに失するのでありまして、あらかじめそういうことに対して何しなければいかん、こういうことです。
○一松定吉君 そうするとただ破壊活動をやろうという意思がなくて、扇動だけしたというときには罰せられるのでしようか。そうするとあなたのおつしやるのだというと、破壊活動をしようという意思がなくて扇動だけしたという場合に、これは破壊活動をする意思を以てやつたというのでいつくくらんと、現行犯としてすぐに逮捕ができないから、そういう意味でやるということ、そうしてみるとそれが破壊活動をしようという犯意がなかつたということならば、あとでその人間は処罰を受けんということになる。そうするとあなたのように余り検挙を急ぐために結果から見てよくないということになりませんか。
○国務大臣(木村篤太郎君) 具体的に我々はこういうところにおいて暴動を起すべきだというような表現があれば、その人の意思というものはおのずからそれによつて私はわかると思う。ただ抽象的に何々というのならばわかりませんが、具体的にどこそこの家で暴動を起すべし、或いは汽車を顛覆すべしというようなことであれば、およそその人の真意というものはその表現だけでも私はわかり得るだろうと考えております。いわんやそのほかの傍証を以て固めて行けば、その人の意思の那辺にあるかということは推測されると私は考えております。
○一松定吉君 余り法務総裁を相手に議論することはこの程度にしておきますが、ただ例えばここに気違いがある。気違いであるということはわからん。これが火をつけろ火をつけろとやつた。破壊活動の目的でやつている意思があるというので逮捕される。ところが鑑定の結果精神病者であつたという場合には無罪になる。だからしてやれやれと言つたけれども、誰もそれに応ずる者がなかつた場合には、何らの法の秩序を棄すものがなかつたという場合には特にこれをやる必要はないのじやないか。やれやれということによつてそこにある者が意思を決定してやつたということになれば、実行行為がある、実行正犯がある。それによつてやれやれと言つた者は教唆正犯ということで罰せられるから賄いができるじやないか、こういう議論ですけれども、これ以上は議論はいたしません。 そこで次に移りますが、昨日もどなたか質問がありましたように内乱罪等は罰し得ることになつているが、外患に対する暴力主義的破壊活動をやろうというようなことがこれに規定せられてない。これは私どもは、今一体日本の共産党というものが日本の国内の秩序を紊乱しようというのは、果してソ連がやつているかどうか知りませんが、ソ連の指示に基いて彼らがやつておる。我々の紀国はソ連であるということを彼らは口に言うておる。こういうような建前になつておるものですから、或いは外国に向つて戰端を開くようなことをやる。そうしてそれを教唆、扇動するというような場合には、むしろこれはやはり罰したほうが私はよくないかと思う。ところがこれは規定がない。なぜ規定しないかというと、昨日の政府の御答弁によると、それは内乱の中に含んでいるからということを言つたようだ。それは内乱の中に含むのであり、外患罪がなくてもやはり内乱の中に含んでいるのだから、特に刑法で外患ということを規定する必要はない。やはりこれを外患に対してもこういう破壊活動をすることについての扇動をしたとか、そういうことをやつたとかいうことになつて来ると、外患をやるということにおいてやはり日本の国民の秩序を棄すというようなことになるのだからして、この点も若し罰するならここに規定したほうがよいと思うのに、これを規定しないのはどういうわけか。
○国務大臣(木村篤太郎君) 只今御指摘の点は誠に御尤もと考えます。この法案作成の際にはそこまで行かなくてもいいじやないかという実はつもりであります。その点については十分に検討して行きたいと考えております。
○一松定吉君 法務総裁のようにそういうようにそう出て頂くと我々も非常に審議がしよいのです。手落があるところは手落があるから検討しようということになると、相寄り相待つて全く立派な法律を作ろうという考えが起るのだけれども、どうも納得がいかんのに無理に屁理窟をつけて通そうとするとそこに摩擦が起る。どうか政府委員も今の総裁の態度をお手本に、十分将来そういうふうなことにお答えになるほうが議事を進める上においても非常にいいと思いますから御注意申上げておきます。(笑声) そこで次に、本法は総裁が常にお話になるように団体を規制するのである。それで団体についての刑罰の規定を補整するのが目的だとある。そこで団体の行動を処罰するならば誰を処罰するのであるか、こういう点を一つ明らかにして頂きたいと思うのでありますが、団体を処罰するについて、先ず処罰より前に団体の行動を規制するということにおいては、この法文の第六條においては団体に対して解散を命ずる、第四條においては団体に対していろいろな行為の禁止をする、こういうことになつている。ところがこの団体が破壊活動と見なさるべき行動をやる。即ち内乱をやり内乱の予備をやり、陰謀をやり内乱の幇助をやる、或いは騒擾、放火、爆発、破壊とかいうようなことをやつたときには、これに対して制裁が規定せられておるのでございます。即ち体刑が規定せられておりますね、罰則に……。そのときにはこの団体は本法の第三十八條以下の規定によつて処罰を受けるのですかどうですか、それを一つ。
○政府委員(吉河光貞君) この団体に対しまして規制処分が加えられました場合におきましては、この本法第四條の制限的な規制処分と第六條の解散の指定による規制処分と二通りあるわけであります。そういう処分が下りますと直ちに団体が処罰されるわけではないのでありまして、団体の役職員又は構成員がさような行為をしてはならないという禁止條項が発動されるわけでありまして、この禁止條項をあえて侵した場合におきましてはそれぞれ団体の役職員又は構成員が処罰を受けることに相成るわけでありまして、この罰則が第六章の四十一條に規定せられておるところでございます。
○一松定吉君 そうすると今あなたの言うような條件でその団体の役員がやつた時分には体刑ですか。
○政府委員(吉河光貞君) 三年以下の懲役又は五万円以下の罰金に処する……。
○一松定吉君 それは団体として罰せられるのですか。そういう犯罪をやつたという個人として罰せられるのですか。
○政府委員(吉河光貞君) 団体には犯罪行為能力がございませんので、この法案では認めておりませんので、その個人を処罰することに相成ります。
○一松定吉君 そうするとこの前問題が出たように、その団体でそういう謀議をした、ところがその代表者はたまたま旅行しておつて謀議に参画しなかつたという時分に、その代表者を罰するのですか。誰を罰するのですか。
○政府委員(吉河光貞君) 団体は団体の活動として暴力主義的な破壊活動を先ずしなければ、団体に対して規制を加えることができないのであります。その場合に団体の活動として暴力主義的な破壊活動が行われるためには、団体としての意思決定が行われまして、その意思決定に基いて役職員なり構成員がそれを実現するために行なつた行為が団体の活動と認められるわけであります。御質問のようなたまたま代表者が旅行不在中であつたような場合に、果してその団体に意思決定が行われるかどうかということは重大な問題であろうと思うのであります。さような場合に、代表者なしには意思決定ができないという建前になつておるような場合におきましては、意思決定が行われてないと考えざるを得ないのであります。
○一松定吉君 そうすると、団体がそういうことをやつた場合に、団体の代表者はたまたま旅行しておつた。その時分には我々はやるにはやりました、併しながら我々は相談はしたけれども、団体の代表者が旅行しておつたのですから、団体の活動ではありませんという抗弁をして、それが立証されたらどうなるのですか。
○政府委員(吉河光貞君) その場合に、代表者なしには団体の意思決定が行われなりいという建前になつておりますれば、団体の活動とは認められません。
○一松定吉君 それならこの法案の適用はないのですね。
○政府委員(吉河光貞君) 御質問の通りであります。
○一松定吉君 そうすれば、団体を以てそういう決議をしたときには、これが団体の行動と見る根拠は……。
○政府委員(吉河光貞君) これは団体とは、いろいろな法律にも団体という言葉を使つておりますし、憲法にも団体という言葉が見えておるのでありますが、団体とは多数人が共同の目的を達成するために結合いたしまして、ここに個人の意思とは離れた団体の意思というものを決する。で、その意思に基いて活動するというところに団体の本質がある。従いまして団体の意思決定が行われまして、その意思決定に基いて役職員なり構成員がこれを実現するために行為を行なつたという場合におきましては、団体の活動があつたというふうに認め、その団体に対して将来の暴力主義的破壊活動が行われる危險を防止するために、特定の活動を制限したり或いは全面的にその活動を制限するという、こういう建前になつているわけであります。
○一松定吉君 団体というものはその目的の範囲内において法人格であるのだね。だからして目的外の人を殺そうとか人を傷つけようとかいう団体はそれはないので、いわゆるこういうような産業の発達をやろうとか、こういうような会社の運営をやろうとか、こういうような福利民福を図ろうとかいうように、団体は皆それぞれ団体に応じて目的がある。その目的の範囲内において行動することが団体の目的で、人を殺すとか傷つけることは団体の目的ではないからして、団体としての行動ということはできない。そのできない行動をやつたときに、それが団体の責任であるといつて、その団体の代表者を罰すると、こういうことになるのですか。
○政府委員(吉河光貞君) ここで団体につきましては国際的にも又昔からいろいろな議論があるわけであります。御質問のように団体を自然人と同じように司法上の法人格を與えるという意味で法人という一つの制度が発達して参りました。で、これは飽くまで司法上の人格というものを付與するという建前で発達した制度であります。で、そこで問題にしておりますのは、犯罪行為を実質的内容とする暴力主義的な破壊活動が団体活動として行なわれたかどうかという問題についてが問題になるのでありまして、その場合におきましては自然的な可能性、その可能の限界というものが結局問題になる。かように考えておる次第であります。
○一松定吉君 その団体の役職員が団体の行動について体刑を受けるというようなことの明文はなんですか、四十二條ですか。
○政府委員(吉河光貞君) 四十一條及び四十二條でその罰則を規定しておりまして、何もこれは団体の代表が必ず罰則を受けるというわけではありません。禁止命令に違反した役職員なり構成員が、違反したことについて処罰を受ける建前になつております。
○一松定吉君 そうすると団体が処罰を受けるのじやなくて、団体を構成しておる、その行為に参與した役職員が、自分の行動として処罰を受ける、こういうことなんだね。
○政府委員(吉河光貞君) お答えいたしますが、暴力主義的破壊活動は、その実質的内容がすべて犯罪行為になつておりますから、これを個人として行なつた場合においては当然処罰を受けるわけでございます。そして団体がかような暴力主義的破壊活動を団体の活動として行いました場合におきましては、将来更に暴力主義的破壊活動を行う危険がある場合に規制をかけまして、特定の団体の活動を制限したり或いは団体の活動を全面的に禁止する、この禁止を破つて団体の構成員なり役職員が禁止を破りました場合におきましては、個人として処罰を受ける、かような建前になつておるのでございます。
○一松定吉君 そういうことならよくわかるのです。つまり団体そのものを罰し、団体の代表者として罰するということになつて来るとどうも腑に落ちないのですが、そういうような規制された、制限された、禁止されたことを団体の構成員である者がそれに反してやつた、こういうことになると、自分が違反した行動について自分が制裁を受ける、それならよくわかります。
○委員長(小野義夫君) それじやちよつと速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(小野義夫君) 速記を始めて。それではこれで休憩いたします。 午前十一時五十八分休憩 —————・————— 午後一時十九分開会
○委員長(小野義夫君) 午前に引続きまして委員会を再開いたします。先ず中山君の御質疑を願います。
○中山福藏君 総裁がおられませんから政策というふうな重要な面については省略いたしまして破防法の逐條的な疑義についてお尋ねいたしたいと思います。 先ず第二條でございます。「この法律による規制及び規制のための調査は、前條に規定する目的を達成するために必要且つ相当な限度においてのみ行うべきであつて」という文句がありますが、この必要というのと相当という言葉の意味はどちらを強くここでお取上げになるのか。必要ということは必要であれば無限に必要な程度に達するまで取調べができるということになる。併しこれが必要であつても、ここに相当とあるからやめなければならないという言葉の矛盾が観念的に出て来る。そこで必要ということと相当ということを並べて書かれてあるのですが、一体どちらを強くお取扱になるのですか。これは必要な限度においては絶対に調査するということに、つまり押收とか、捜索、検証というようなことができる。必要な限度まで達しなければ十分な証拠力をつかむことはできないということになるのではないですか。相当ということと必要と並べてお書きになるということは法文の体裁上如何なものですか、その見解先ずお尋ねしておきたい、どちらを強くお待ちになるのか。
○政府委員(関之君) この点につきましては、この規制及び規制のための調査が、すべて合理的に何人が見てもこれは尤もだという範囲、限度において行われなければならないのであります。その趣旨の気持のほどを「必要且つ相当な限度」というこの言葉で表わしたのであります。で只今のお言葉の中にありましたように必要というと何だか無限にどこへでも必要だというその一点だけでどこへでも行けるという感じがいたしまして、それではどうも一般に無用な危惧を與えるのではないか。必要と言いましても合理的に必要だという制限をされるべきでありますが、ただ必要だと書き放しだと一般に無用な危惧を與えるということで、必要といつてもそれはやはり相当の限度において必要というふうにしたほうが法案の趣旨を明らかにし又一般のかたがたに無用の危惧を與えない、かような趣旨からかような「必要且つ相当な限度」というふうな文字の表現をいたした次第であります。
○中山福藏君 そういうお言葉であれば、合理的な限度というような意味にこれを書き直さなければ、「且つ相当」という字を合理的と解釈されるのは立案者のあなたがたの解釈であつて、私どもはこの法案が議会を通つたときに文理解釈というものは自由にできるのですから非常に迷うであろうと思う。だから「必要且つ相当な限度」とすることは言葉自身が実際は矛盾しておる。どちらに幅を持たせるか、どちらに深さを持たせるかということは、その都度々々どうでも取扱い得るということになるわけなんですね、だからこれは何とか文の体裁上もう少しはつきり国民にわかるように御訂正になるというような気持はないのですか、これを一つお伺いしておきます。
○政府委員(関之君) この「必要且つ相当な」という言葉をここに置きましたのは、今申上げたような趣旨で書いたものでありまして、当時におきましていろいろ不要な危惧を一般に與えないようにという考慮からいろいろの言葉を考えてみたのでありますが、他にどうも適当な表現が見当らず、かようなことで私どもの考えているところが表現ができるのじやないかと考えたのでありますが、今申上げるような意味のことが表現し得る適当な言葉があれば更に検討してみたいと思つております。
○中山福藏君 これはいやしくも憲法に保障された基本的人権に触れる問題でありまするから、十分な証拠力というものによつて裏付られない事柄というものは取扱ができないはずです。だから相当ということは合理的だというような言葉で以てこれを制限すれば、捜査の半ばにしてそういうことはしないでもいいだろうという考えが起きたときにはそれはやめてしまわなければならないということになりまして、いわゆるその事件の裏付がない、証拠不十分の事案ということになつて参ると思う。ですから「必要な限度」ということにならなければ、私はここに相当という字を付けられるがために不十分な捜査しかできないのじやないかということを思うのです。仮にこれを必要という文字だけであつたとしても、現在の常識におきまして不合理な或いは反社会的な取扱をするということは、現在の国民の考え方の限度においてはできないと私は思うのです。だからこれは必要というだけにしておかれるほうが捜査の徹底を期する上において非常にいいのではないか。こう思つているのですが相当という字をつけますと証拠不十分の場合がたくさん出て来はしないかと思う。こういう人権蹂躪という問題を惹起しやすいような事柄につきましては、やはり徹底した捜査というものを行う必要があるということを考えるのですがどうですか。
○政府委員(佐藤達夫君) この「必要且つ相当」という言葉を重ねました理由は先に関政府委員から申述べた通りで、我々としては合理的にやりたいという一念に出た言葉ずかいになるのでございます。従いまして、いろいろ又御覧になりまして成るほどこのほうがもつとよいのではないかというお考えつきもいろいろあろうとは存じます。それならそれでいいわけでございまして、我々としては何もこれを固執するというようなつもりは全然ないのであります。
○中山福藏君 私の質問時間は一時間に限られておりますからくどいところは略しましてお尋ねしたいことを進めて行きたいと思いますが、第二條に「思想、信教、集会、結社、表現及び学問の自由並びに勤労者の団結し、及び団体行動をする権利」云々ということがございまして、これが不当に制限することがあつてはならないと、勿論不当に制限はなさらんでしようが、正当な場合においては制限することができるという裏面解釈になつて来るのですね。そこでこういうふうな重大法案を通すということになりますれば、思想の自由はこういう限度において取締るのだ、信教の自由はこういう限度において取締るのだという一つの事柄を例示して、国民全般に親心を持つて知らしめるという態度をとるということが、時代の何と申しますか変転につれましてそういうふうな態度をこういう重大法案についてはとつてみたらどうかと思うのですが、政府としてはこの法案が万一通過した場合においては、そういうふうなことを一つ十分徹底せしむるというような手段をおとりになる気持はございませんか。一々例示してこういうものはこうなるのだ、こういうものはこうするのだというようなことを国民にお示しになるということは非常に法の運用上、又国民の幸福を助長する上において、社会の安寧を確保する上においても非常に緊要なことだと思うのですがね。この場合にはそういうふうな取扱をなさるというようなお気持はないでしようかね。それを一つ念を押してお尋ねしておきます。
○政府委員(関之君) お尋ねの点につきましては第二條に掲げてありまする思想、信教、集会結社、表現等々の日本国憲法が保障する国民の自由権はこれは申すまでもなく憲法によりまして侵すことができない基本的な人権であるというふうに原則的に掲げてあるのでございます。そういたしまして、これに対しまして制限を若し加えるといたしますならば、それは全くの例外的な問題になるかと思います。憲法の侵すことができない基本的人権を公共の福祉の保持との調整におきまして全く止むを得ない場合に例外的にこれを制限するということに相成るかと考えまして、憲法の基本的な考え方におきまして、例えばこういうような法案のときにこういうような場合はいけないというふうに書くのは、憲法に原則がすでに明らかに書かれてありますから私は必要がないと共に相当なことではないと思うのであります。これにつきましては、第三條の規定にあるがごとき暴力主義的破壊活動を四條、六條のこの規定に従いまして規制するということが明らかになつておるのでありまして、それ以外に思想言論のほうの場合につきましてこれこれというようなことは特に明示する必要はないし、又憲法という嚴として侵すことのできないというふうに掲げてある根本法が存在するのでありまするからして、特にさようなことをこの場合に出すということは相当でないというふうに私どもは考えておる次第であります。
○中山福藏君 只今仰せられたことは本法案の第三條に全部羅列しておる行動をやつた場合においてはこうこういうことをするということになつておりますから、それは私もかれこれ言えないのです。併し今度この法案が公布されるようなことがある場合には、そういうふうな親心を含んだ一つの例を示して国民にこの破防法という意味を徹底せしむるというような特別の手段をおとりになる気持はないかとお尋ねするので、この法案をどうだとかああだとかするというようなことを言つておるんじやないのです。こういうふうな重大立法をするに当つては、過渡的な処分としましてそういうふうな処置を一つ将来はこの法律を公布するときにはとつてみたらどうか。ややもすると法治国としてまだ極めて低級な全部の国民に行き亘らしめることができないような場合には、そういうような親切な態度をとつてみたらどうかということをお尋ねしているだけでありまして、これは別に法文をどうせとかああせとか言うておるのではありませんからどうかそれをお含みおき願いたい。 それからその次にお尋ねするのですが、この法案には水源地に黴菌を入れた場合を暴力主義的破壊活動として取締る規定が現われていないのですね。それから又琵琶湖のような洗堰のダムを破壊するというようなことも入つていない。それから水源地に劇毒物を入れるというようなことも入つていない。こういう場合にはどういうふうな処置をなさるつもりですか。これはあり得ることだと私は考える、そういう点は。
○政府委員(関之君) 先ず水源地に毒を入れるというこの規定を破壊活動の中に入れなかつたのはどういうわけかというお尋ねでありまするが、この点につきましては、お尋ねの点は誠に御尤もな点でありまして、そういう行為をここに入れるべき行為ではないかとの考えももとより考えらるる点であるわけであります。そこで私どもとしましては破壊活動というものの現下の実態であるとか或いはそういうものがどういう形で起きたかというようないろいろなことも一応想定いたしまして、そうして同時に今まで申上げたことにいろいろの人権の制限というような問題との関連において、それはできるだけ最小限度にとどめておいたがよくはないかというような考え方から、なおそのほかにもいろいろな破壊活動的なものが考慮されるのでありまするが、今の段階におきましてはこの程度にとどめておいたがよくはないかというふうに考えて、この範囲に一応限定してみた次第であります。 又電気或いは水源のダムなどの破壊の問題でありまするが、この点につきましてはいろいろこの破壊の方法も考えられるのでありまするが、この法案においては例えて申しますならば、二号の千の爆発物の使用というような方法によつた場合にそれが捕捉できると、かように一応考えましてその問題は考慮いたした次第であります。
○中山福藏君 これは黴菌を散布するとか毒物を水源地に投入するなどということは、あなたがたがこの第三條にお書きになつておる破壊行為以上の大きな暴力主義的破壊活動の行為に該当する最も適切なものだと私は考えております。こういうふうなここに書いてあります問題は、刑法の百六條の騒擾罪とか或いは七十七條の内乱罪とかいういわゆる従来のありふれた問題をとらえてここに破壊活動の行為として羅列してあるわけなんですが、水源地に毒物を投入するとか黴菌を散布するということは、これは時代的な背景を帯びた一つの暴力主義的な破壊活動なんです。こういうふうなことを抜いておつてこういうふうな末梢的なことだけをここに掲げるということは私どもは肯けないのです。時代を知らない取扱じやないかということが考えられるのですが、これは十分御検討を願わなければならんと思つております。 それから更にお尋ねしておくんですが、刑法の八十一條並びに八十二條のいわゆる外患罪の規定というものは、外国から日本に攻め入ることを助ける、集団的に暴力主義的な破壊活動をやつて受入態勢を多数の人が作る、侵寇を援助するそれから武力を行使するという場合においてはこれ又同じようにその受入態勢をちやんと準備してかかる、いわゆる外患誘致の場合です。こういうふうな事柄についても一向規定がないのですがこれはどういうわけでございましようか、一つお伺いしておきます。
○政府委員(関之君) 御疑念の点は誠に御尤もでありまして、私どもといたしましてはこの外患の八十一條以下の規定につきましては、一つといたしましては、そのような行為が現実に行われる場合には場合によつては刑法の内乱の罪が同時に併せ起きる場合もあろうということと、又二つといたしましては、そういうような事態が仮に進展いたしまするならば、この法案が予定するよりも一層危險性、国家全体の安全性というものが一層高度の危險にさらされておるわけでありまして、これだけの法案ではとても賄い切れない段階であろう、そのときは又そのときに考慮すべき新たなる段階に入るのではないかというふうに考えまして、特に外患を破壊活動の中にとり入れなかつた次第でありますが、御疑念の点も御尤もと思うのでありまして、十分に検討してみたいと考えておる次第であります。
○中山福藏君 只今申上げたことは誠に急迫を要する問題じやないかと考えております。日本の地理的な立場、世界の動きというものに身をさらしておる者は当然こういうところに思いをいたすべきものでないかと考えておるのであります。併しこれは時間がありませんから議論はいたしません。 その次にお尋ねしたいのですが、この三條の後段に団体の定義というものが掲げられておるわけです。その但書のところに「団体の支部、分会その他の下部組織も、この要件に該当する場合には」この法律による規制を行うことができると、こういうことになつておるのですね。下部組織もこの要件に該当することができるということになると、これは団体というものと分会、支部、下部組織というものがばらばらになつたものであるというお考えを持つておるんじやないかと思われるのです。団体は規制するけれども、下部組織、支部、分会というものはこれに該当するときにはこれを適用するというふうにここに掲げてあるのですが、これは団体が第四條、第六條の規定を適用された場合においては当然これはここに及ぶものだと私どもは考えるのですが、これをとり分けて後段にこういうふうに書かれておるというのは、頭だけは規制しても体と四肢、いわゆる手足がそれに該当しない場合はそれはそのままに放つておくという意味なんですか。これはばらばらになつておりますよ。ばらばら事件みたような書きようだと私は思つておりますが、これを御説明願いたいと思います。
○政府委員(関之君) この但書の趣旨といたしますところは、御質問と逆のようなふうに考えていたのであります。それは支部、分会も「特定の共同目的を達成するための多数人の継続的結合体又はその連合体」と認められる場合一つの団体となるのであります。これはそういう一つの団体だけで暴力主義的に破壊活動をする、上級の本部等とは結構無関係にそこだけでこういうような活動をやる場合がある。その場合にその支部でやつたんだからその元のほうに責任があるというように考えることはできないのでありまして、やはりそれに無関係に支部がやつたのならば、そこの支部だけの団体としての活動であつて規制もそこだけにとどめなければならないのであります。そういうような法律の建前になりましてここにそういう趣旨を明記する、かような但書の規定を設けたのであります。
○中山福藏君 そういうお考えであればこれは非常に明確を欠く文案ではないかと私は思うのです。これを読んでみますと「この法律で「団体」とは、特定の共同目的を達成するための多数人の継続的結合体又はその連合体をいう。」とこうある。「但し、ある団体の支部、分会その他の下部組織も、この要件に該当する場合には、これに対して、この法律による規制を行うことができるものとする。」とあるのですからね。前のほうの頭は、この団体は規制するということを書いておいて、但しその団体の支部、分会、外部組織というものもこれに該当するときはなお規制するとこう書いてあるのですから、これはこの法文の上から私はまあそういうふうに解釈することができない。これは只今のような意味であれば何とかもう少しわかりやすくこれをお取扱になるというふうに私は希望しておきます。訂正するかどうか考えておいて下さい。 それからその次に一つお尋ねしますがね。本法案の第六條に関する政府の説明のうちに、団体が解散命令を受けた場合、団体が解散するや否やはこの法律で問うところではないという説明をしておられるのですね。それで事実上解散命令が出てその結果解散してもいいし解散しないでもいいしということならば、これは法律というものを出しても一体何にも影響を受けないというふうになるのじやないかという気持がするのですが、これは強制的にこれを解散させるという措置をとられるという気持はないのでございましようか。この解散の命令が出ても解散するせぬは放つておいて法律の問うところではないということになると、何も結果において効力はないのではないかという感じを受けるのですが、これは団体というものを規制して団体の財産を処分する事務というものを整理する、そして団体というものをあとかたのないようにいわゆる後顧の憂いのないように、国民が枕を高くしてねむれるようにしむけて行かなければ、法律で団体の解散を命令してもこれが存在するというならば元と同じだということになるじやないですか。その点はどういうふうに考えておられますか。
○政府委員(関之君) お尋ねの点は、この第六條解散の効果をどういうふうに実施、確保するかという最も基本的なことに関するお尋ねでありまして、私どもとしましては第六條解散の指定というものの効果は、七條によりまして「当該処分の原因となつた暴力主義的破壊活動が行われた日以後当該団体の役職員又は構成員であつた者は、当該団体のためにするいかなる行為もしてはならない。」という規定、そして第九條におきまして財産を整理する。併しこの七條、九條の奥底、というか解釈には、その残つた人と人との結合自体については、この法案においてはそれを禁止するということは考えておらないのであります。この点が団体を規制する手続、方法、そしてそれをどうして実施確保するかというような問題との兼ね合いにおきまして、最も重大な問題であると私ども考えたのであります。つきまして只今の人と人との結合自体を結んではいけない、何も解いてしまえということも考えとしては考えられるのでありますけれども、但しそれを実施する段階に相成りましてどういうふうにしてそれを実施するか、そして人と人との結合を解けということがどういうような法律の意味になるかということがいろいろ疑問になつて来るわけであります。そこでこの法安におきましては最も法律的にその実行の可能なる方法におきまして解散というものの効果を規定するのがよろしいとかように考えまして、七條に今申上げたことくに、構成員であつた者が団体のために活動してはならない、そして団体の財産を整理する、そして何ら構成員、役職員であつた者が団体のためにする活動ができない、団体の財産を整理する、そういうぬけがらの団体があとに継続する、或いは継続するか御本人の立場ですつかり団体を解くかもしれませんが、そういうことは当事者に任せて一応ぬけがらのものがそこに残るというふうに解釈して規定いたしたわけであります。
○中山福藏君 結局せみのぬけがらを見て喜んでおるというような結果になるのじやないかと思うのですね。更に第九條の第二項にこういうことが書いてあるのですね。「第六條の処分が訴訟手続によつてその取消又は変更を求めることのできないことが確定したときは、当該団体は、すみやかに、その財産を整理しなければならない。」そこで事務の整理、財産の整理というものを解散の場合にはせねばならんということになつておりますが、その財産の整理というものは自主的にこれをやらなければならんということになつておるのですよ。官庁がそれに手を出してかれこれするのじやない、自主的にその残務整理をやる人が物資を処理する、こうなつておるのです。そうなると例えばここに鉄砲だとか大砲だとかサーベルだとか出刃庖丁だとかいうものがあつて、その処分というものは自主的にやるのですから、官庁はこれに手をこまねいて傍観するということになつて、今まで申上げた団体というものはせみのぬけがらというものが残つておる。構成員、役職員は刑法上の処分をくうから安心だということでは、自主的な処分が残り、今形の上で形式的な残骸が残つておるといたしましても、これは私はそんな簡單な気持ではこの問題を解決することはできないと思うのです。この法律を作る以上は効果がなければ法律というものは価値がない。我々がこうして朝から晩まで一生懸命議案を審議するのはどういうふうに効果が及んで行くかということを見なければ法律を通す必要はないのです。だからこの前に質問したことがらだと、法律の問うところではない、団体が解散するかせんかは、つまり処罰を受けた残りの構成員の随意であるとこう書いて、財産の整理というものは自主的にやれと、こう言つておつたら、この法律を設けた価値はないというような気持がするのですが、それでもやはりあなたがたはそれで御満足になりますか。
○政府委員(関之君) お答えいたします。この解散の効果でありまするが、これにつきましては第七條にありまして、「当該処分の原因となつた暴力主義的破壊活動が行われた日以後当該団体の役職員又は構成員であつた者は、当該団体のためにするいかなる行為もしてはならない」ことになつておるのであります。そういたしますとその人々が団体のためにする行為をしてはいけないのでありますから団体活動は全面的にストツプになつてしまう。こういうような取扱方が現行法のもとにおいては最も相当ではないか。そこでそれらの人々がすべての団体活動をなすことができませんから全部団体活動がストツプになる。但し財産の整理はしなければならない、そして財産は自主的に整理をする。こういうような措置が相当ではないかと考えたのであります。勿論財産の整理につきましては外国の立法例などにおきましては或いはこれを国家に没收するとか各種の規定があるのでありまして、そういう外国の立法例なども考慮いたしたのでありまするが、結局その日本国憲法の下におきましてはかような措置によつて財産の問題だけについてはとにかく自主的にその当該団体の者に処分させる。而もその役職員、構成員は何らその団体のために積極的な行動はできない。仮に積極的な行動をいたしますると四十一條、四十二條の規定によりまして違反としてこれは処罰されると、そういう罰則を以て押えておりまするからして団体活動というものはここに完全にストツプされる。そうして又その活動が若し違反をすれば刑罰としてこれを処分するわけでありまするからして、活動の停止強制も刑罰を以てかけられておる。かように考えましてこういうようなシステムにするのが最も妥当であるというふうに考えていたした次第であります。
○中山福藏君 大体この社会立法はちえの競争なんですよ。ちえのレースなでんす。だから二つのちえが競争ごつこをしておるわけです。だからいくらこの法律を作つてみたところでちえで負けたら法律というものは影も形もないと同じような結果になるということを私は常に憂えておる一員であります。 併し時間がありませんのでそういう点も一つ十分に議論できないのは甚だ遺憾に存じまするが、ここにこういうことが書いてありますね。第四條の「公安審査委員会は、団体の活動として暴力主義的破壊活動を行つた団体に対して、当該団体が継続又は反覆じて将来さらに団体の活動として暴力主義的破壊活動を行う明らかなおそれがあると認めるに足りる十分な理由があるときは、左に掲げる処分を行うことができる。」こういうことを言つておりますが、この法文の面から見ると現在と将来に対するこれは規制なんです。勿論予備、陰謀とかいろんな文句は第三條に書いてありますけれども、少くとも一つの具現した現象に対して現在以後に規制するとこういうことになつている。そこでお尋ねしておくのですが、只今申上げたようにちえの競争なんです。反覆継続されずただ一回限りの破壊活動をやつた場合においてはどういうふうに規制するか。若しこういつた法律が出たら、この法律を作つたちえ者に負けてはいかんというのでこの上を走るという行動に出て来るに違いない。そうすると継続とか反覆とかというものが現われて来ない場合に、ただ偶発的であるかのようなここに団体が現われて、その都度これを解散して行けば継続でも反覆でもないわけです。恐らくそういうことが頻々として将来起つて来るでしよう、この法律が通つたら。そういうことに対してはどういうような政府は考えを以て対処せられるつもりでありますか。
○政府委員(吉河光貞君) 現実の運動におきましてもいろいろなカンパ組織を以ちまして各種の大衆運動が行われておるのであります。併しかようなカンパを結集いたしまして運動を大衆的におし進める場合におきましては、必ずやその背後に永続的な極めて強固な団体組織が指導的役割を演じておる場合が殆んどの場合であると考えられるのでありまして、そういう団体につきましてこそ規制をかけてこれの将来の危險性を防止したいと考えている次第でございます。
○中山福藏君 それはそういう想定の下に立案したというあなたの経路をおつしやつているだけでありまして、そういうことが必ず起つて来ると私は見ておるのであります。だからそういう点について今から十二分に御検討しておおきにならんと、この法律を作つた目的というものは達せられないというふうになるのじやないかということを恐れるのです。 それからその次にお伺いしますが、第十二條に「前條第一項の通知を受けた団体は、事件につき弁護士その他の者を代理人に選任することができる」ということを書いておる。これには法律上能力ある者かどうかということについては明示してないのですから、無能力者でもやはり代理人という資格はできるのですか。この場合どうですか。
○政府委員(関之君) 純粋に法律上だけから考えますると、そういう団体ではそういう人も代理人に選任できるということになるかと思うのでありますが、もともとこの第十二條は要するに団体の利益のために代理人を選任するわけでありまして、その団体がこの人ならば自分の利益を十分に主張してくれると言つてその人を選任するわけであります。そこで主としてもつぱら団体の自主的な判断でその自分がこの人を頼もうというその判断に任せるのが最も当を得ていると思うのでありまして、特に代理人の資格についていろいろな制限的規定をおかないのがよかろうとかように考えておる次第であります。
○中山福藏君 第三国人は代理人になる資格があるのですかどうですか、その点は如何ですか。
○政府委員(関之君) 団体において選任いたしますならばなり得ると思うのであります。
○中山福藏君 そうすると国籍に関係なく代理人たることを得る。いわゆる団体の構成員の一員であるならば……まあ構成員でなくてもいいのじやないかという気持がするのですが、それは特に私は念を押しておきますがね、例えばソ連の人とか中共の人とか、フインランドの人とか、その何人たるを問わず代理資格というものはやはり生れて来るのですか。
○政府委員(関之君) 国籍の如何は問いませんし、又メンバーであるや否やも問わない、団体において責任者であると思うものを代理人に選任する。かようなことに相成ると思うのであります。
○中山福藏君 第十三條の規定でございますがね、このうちにこういうことが書いてありますね。「当該団体の役職員、構成員及び代理人は、五人以内に限り、弁明の期日に出頭して、公安調査庁長官の指定する公安調査庁の職員に対し、事実及び証拠につき意見を述べ、」ということを書いてある。この場合ちよつと聞いておきますが、こういうときに誰も出ないときにはどうなるのです。一体これは出ない戰術をとりかねんと私は思うのですがね。これは何か積極的に出た場合の規定でありますが、消極的に出ない場合にどうなるのですか。公安調査庁のいわゆる審理官の手に收集した証拠だけで審理を進めて行くわけなんですか、どういうわけですか、それはどうなんです。
○政府委員(関之君) このお尋ねの点は相手方団体が十一條の通知をいたしましても出て来ないということに相成りますれば、お尋ねの通り審理官の集めておりまするその証拠及びそれら全体を公安調査庁長官が判断いたしまして委員会のほうに請求する必要があり、請求するのが相当と思えば請求することに相成るとかような次第であります。
○中山福藏君 そうすると欠席のままで処分の請求をすることができると、こういうように解してよろしうございますね。そこでお尋ねしておくのですが、この五人と、審理官の前に出て説明をするというものが五人に制限されて審理官の数が制限されてないのはこれはどういうわけなんですか。私は曾て選挙違反の問題に立会つたときに私一人に対して刑事が十人か九人か並んで私を取りまいて調べたことがある。そういうふうにその場の空気で一つの威圧を感じせしむるというのが従来のこの官権の濫用された実態であります。これも制限が書いてないから或いはそういう手続をとるかも知れないと私は思うのですがね。これはどういうわけでそのほうの審理官の制限は書いてないのですか。一方だけを五人ということに制限されておるのですか。
○政府委員(関之君) この審理官の人員につきましては、長官におきましてその事務を公正妥当に推進するために要する人員を任命することに相成ろうかと思うのであります。又ここにおきましてはすでに第十四條において五人以内の立会人を当該団体が選任してそこに傍聽せしむることができる、又新聞記者の皆さんはそこで傍聽することができるというような規定になつておりまして、十分多数の審理官がまわりを取巻いて云々のことをやるということは第十四條の規定から見ましてそこまで考える必要はないのではないか。従つて人員は勿論不当に理由なく出すということはいけないのでありますが、事務の適正な迅速な処理というような諸般の事情を考慮して適当な数の立合人を任命する、こういうようなことに相成るかと考えるのであります。
○中山福藏君 これはあなた方のようなわけのよくわかるお方はそういうふうに末端行政官のやるようなことはなさらんと私はそれはもう確信いたすのです。併しいなかにお出でになつて実際を御覧なさるとそういう御答弁はできないということになるのです。私はもうしばしばそういうことに遭遇した体験を持つておりますから申上げて参考に供しておきます。 それからその次にお尋ねしたいのは、第十四條の第三項に傍聴に関する規定がここにある。これには「立会人及び新聞、通信又は放送の事業の取材業務に従事する者は、手続を傍聽することができる」ということになつておるわけです。そこで沢山こういうふうな業務が日本中にあるわけなんです。そうして或る団体が命がけで自分の共同の目的を遂行する場合にはこういう肩書を付けるということは茶飯事だと思うのです。そうするとここに傍聽人の制限がない、ないときにはその審理というものが公平に行われるかどうかということが非常に杞憂されるのであります。この点については何らの考慮も拂われていないようでありますが、それはどういうふうにお考えになつておりますか。
○政府委員(関之君) 「新聞、通信又は放送の事業の取材業務に従事する者は、」、その者が実際実在しておる新聞、通信又は放送事業の取材業務に実際に従事する者であるということを勿論証明しなければならないと思うのであります。そして又これにつきましては裁判所においても行われておるごとく、若し取調の部屋のいろいろな問題におきまして必要がある場合には傍聽券によつて制限するということはこの法律におきましても許されることである、かように考えておる次第であります。
○中山福藏君 これはあなた方は象牙の塔に入つておられるわけではないのですか、今日広島に或いは大阪においても頻々として法廷侮辱罪というものが起つておる。ことにいわんやこういう破防法に関する調査の際におきましてはもう無数の傍聴者が詰めかけて来るに違いない。ことに一々業務についての肩書というものを明示しなければならんとおつしやいますが、明示するなんかということは何でもないことなんです。今日或る通信社に就任して明日名刺を作つて肩書を付けて出て来るということは易々たることです。そういうような安易な考え方を持つておるとこれはとんでもない間違いになつて来る。ことにいわんや法廷侮辱罪に関する規定というものを出すということに現在なつておるのです、この国会で。そういうふうなときにこんなふうな何といいますか甚だ失礼なんですが、非常に杜撰な行届かない法案でいいのでしようか。私はあなたをなじるのではございませんが、私たちの言うことを他山の石として一つ十分御研究に相成りたいと、私はかように考えるのです。 その次にお尋ねいたしますが、第十五條に「審理官が不必要と認めるものは、取り調べることを要しない。」ということが頭から書いてあるのです。これを主観的に審理官がこういう証拠というものはもう取調する必要がないということでさつさとこれをはねのけておつたらこれは全くやり切れたものじやないと思うのです。この証拠に対する考え方は、私は三十六年弁護士をしておるからよくわかるのですが、万人万様なんです、その証拠価値というものは。審理官が自分だけでこれは価値がないとして、取調を受けるところの団体にいくら有利なものであつても主観的な考え方だけでこれは不必要なものだとする場合には、第十五條を適用してこれを取調べぬということになつたら私は大変なことだと思うのです。だからこれを審理官だけではねのけるということは私は如何かと思うのです。その証拠価値はその人によつて違うと思うのですが、こういう点はどうですか。
○政府委員(関之君) 御趣旨誠に御尤もでありまして、一つの証拠価値の判断は各自によつていろいろ相違があると思うのであります。なおこの第十五條は衆議院におきまして、証拠であつても不必要なものは取調べることを要しないというふうに一部そこが改正になつておるわけであります。ここで私どもとしてはこの規定の趣旨を府令によつて明らかにいたして過ちのないように運用したいと思うのであります。その府令によつて明らかにいたしたい点はどういう場合が不必要なのかということを例挙いたしまして、そこで明らかにいたしたいと、かように考えておるのであります。
○中山福藏君 一つその点は十分遺憾なきを期せられたいのであります。そうしてその但書の所にこういうことが書いてあるのですね。「審理官は、当該団体の公正且つ十分な審理を受ける権利を不当に制限するようなことがあつてはならない。」と書いてある。これは前段で不当に制限しながら、後段では不当に制限してはいけないなんと言つて、同じ法文の中に前段と後段とがこれくらい矛盾した規定があるものだろうかと実は私考えたのですが、これは証拠を除外しておいて、そうして不当に制限してはならん、公正且つ十分な審理をやれ、これはちよつと無理ではないかと思うのです。この点を十分法文の体裁の上からお考えを願つておきたい。 それから第二十一條の二項に「公安審査委員会は、解散の処分の請求に係る事件につき第六條の処分をすることができない場合においても、当該団体が第四條第一項の規定に該当するときは、前項第二号の規定にかかわらず、第四條第一項の処分を行う決定をしなければならない。」これは解散の理由がないときには、六カ月をこえない期間、地域を定めて例えば印刷物の発行を停止するという処分ができるということになつておる。第六條に該当するところの條件がそろつていないときには四條に該当するものであつたらそれでやれと、こうなつておる。ところがその逆の場合には解散することができないようになつておる。これはやはり解散することができるという建前をとるのが事件を処理する必要からいえば妥当ではないかと思つておるのですが、如何なものでありましようか。
○政府委員(関之君) お尋ねの点につきましてはお尋ねのような考え方も成り立つかと存ずるのでありまするが、それにつきましては、これは調査庁の長官の請求ということが前提になつて委員会が決定をするのであります。そこで調査庁の長官においてすらかような四條の処分で以て足りるというような意見を出しておるものであるから、それを更に解散するというようなところまで他の決定機関において行くのは人権の擁護上相当でないので、やはり四條の処分の請求に対して六條の解散ということは最後的な大きな措置でありますから、その場合であつたら四條は認めてもよくはないか、かような解散ということの重大性を考え、人権の侵犯が最後的なものであるという点を考慮いたしまして、このような規定をいたしたのであります。
○中山福藏君 その点については意見の相違でありまするからそれ以上申上げませんが、この第何條でありましたか、行政事件の訴訟特例法によつて公安審査委員会の決定に対して不服がある者は裁判所に提訴することができる、こういうふうになつておつて、そうしてその裁判所はできる限り百日以内にその審理というものを進行し裁判しなければならんということになつているのです。ところが規定が絶対規定になつておりませんね、つとめなければならんとこうなつている。これはなぜ絶対規定にして百日なら百日の間にこの審理を終結をつけなければならんというふうにお書きにならんわけですか。これはこれから行くとつとめなければならんのだから、百日よりも延ばしてやむを得ないときは審理しても差支えない、こういうふうに見えるのですが、この体裁の上から見ると。
○政府委員(関之君) かような表現についたしましたのは、一つは裁判権の独立の問題にも関係があると考えられるのが第一点であります。申すまでもなく裁判所は独立してこれを行う、というのはやはりこれを何日間にしろというふうになりますと若干その問題に関連があると考えざるを得ないのであります。次には又事件によりましてはなかなか百日でもむずかしい場合もあり得るかというような考慮からかような規定にいたしたのであります。
○中山福藏君 大体行政事件訴訟特例法の目的とするところは、やはりこれは一つの緊急の人権擁護という立場に立つての取扱じやないか、或いはその反面社会の公共の安寧を維持するという狙いもあるわけでありますけれども、併しながらいやしくもこの規定というものをこの法條の中に入れて勘案する場合におきましては、これは百日というものをここでおきめになつておつて、この法律の第四條で六カ月という期間を切つての行政処分をする、六カ月は百八十日ですね。そうすると裁判というものが一審、二審、三審で仮にあなたのおつしやるように司法権の独立を侵害しないという建前において百日を一審に費したとしたら合せて三百日、そうすると裁判所で規制期間というものが過ぎ去つた後に裁判がある。一向ありがたくない裁判がもう時期が過ぎた後において宣告されるということになりますれば、これはもうどちらかといえば、国家保障というような保障の適用を受けるというような場合においてはそれはなるほど首肯されるのでありますけれども、団体の行動というものを規制するこの法律におきましてはそういう点は一向親切味がこの中に加味されていないということが思われるのですが、私はせめて百日というのを五十日くらい或いは長くて七十日くらい、合せて二百二十日くらいの間に一審、二審、三審という裁判というものを終結して、そうして第四條の規制事項の精神を活かすということにしなければいけまい、こういうふうに思うのですが、如何なものでしようか。
○政府委員(関之君) この百日の期間をどういうふうに考えるか、或いは五十日というふうに規定したらよくはないかというお尋ねの点でありますが、この裁判所における時間の規制は終局的に裁判をするまでの時間、これは実は事件の内容によりましていろいろ場合があるかと思うのであります、又この期間をきめるにつきましては、裁判所側の御意見も実は非公式に伺いまして、かような事件の取扱をどのくらいの日数を予定されるものだろうかというようなことも一応参考として意見を伺つてみまして、結局やはり一月とか五十日では無理である、やはりこの程度の期間が妥当であると判断しましてここに百日といたしたのであります。
○中山福藏君 これは只今政府の御答弁では司法権の独立を侵害するというような言葉を使われておりますけれども、行政事件訴訟特例法というのは実質において司法権を侵害しているのです。している以上はもう一歩足を先にふみ込んでいるわけですから、やはりこれは人権尊重という意味からいつて、やはりこういうふうな遠慮した法文というものをここででつちあげずにもう少し親切味のある、団体というものに対してなるほどと肯けるようなここに処分に対する親切味をおくということにならなければならんと思う。私は百日ということは非常に不都合だと思うのですが、こういう点について特別の裁判所を構成してこういうふうな事件は特別審理に持つて行くというようなこと、特別裁判に付するというような考え方はないでしようか。これはほかの事件を扱つておる裁判官にこの事件を持つて行つてやつては大変なので、こういうものは特殊のものであるから特別の裁判所において特別に取扱うというようにして迅速を尊ぶということにしなければうそだと思う。そういう点は如何ですか。
○政府委員(関之君) 裁判所におかれましては、恐らくこの事件の重大性よりして二十四條三項の趣旨からみまして、その内部におきまして特別の部をして專らこれに当らしめ迅速に処理すると、かような方途に出て頂けるものであろうと考えるのであります。
○中山福藏君 そういう点も十分お考えおきを願いたいと思うのです。 それから三十二條の四項に「前項の期間内でも、価値のない物件は、廃棄し、保管に不便な物件は、公売してその代価を保管することができる。」という規定を設けられておる。これは従来司法警察官並びに検察庁におきましてあらゆる証拠を收集する場合において非常に弊害のある規定である。例えばゴムというものが統制違反になるから一応領置しておくと言つて領置されてしまう、すると知らない間にそれが公売になつてどこへどういうふうに行つたかわからないようになつておる。金が。大体あれは検事或いは警察官が弁護人或いは本人の意見を聞かなければ処分できないものと私は考えておる、これは規定がそうなつておる、ところが何にも聞かないのです。今の司法警察官でも検事局でも、そのような事実を私は只今持つておるが。それから警察署にあの物件はどうなつたかというと検事局に持つて行きましたと言う、それで検事局に行つてただしますと警察にあると言うので、よく調べてみるといつの間にか公売に付されて金はどこへ行つたかわからない。そうすると容疑者というので起訴猶予ということをちやんと記録の上に書いてある。起訴猶予になると一応犯罪があつたということでその証拠の処分というものはできるようになる。これは起訴猶予という名目さえつけばその物件はどういうふうにでも処分されやすいものになつて来る。ここにこういう規定を置かれたら、保管に非常にむずかしいところの物件等を公売に付するというようなことにつきましては十分お考え頂いて、国民が納得するような処置をとつて頂きたい。これまで頻々として日本至る所の警察にあると私は見ておることで、ことに統制時期におけるところの米麦の沒收等というものは、あれで警察はたらふく米の飯を食つてえびす顔をしておつたということはあなた方は御存じであろうと思う。これは非常に危險な、簡單なように見えて複雑な規定であると私は考えておる。何かここに監視の方法でも設けておいて頂かないと、国民は容疑者、起訴猶予というような名目をつけられてこの物件はどうにでも処分されるということになるので、この点についてはどうするというようなお考えをこの場合に承わつて速記の上に残しておきたいと私は考えております。
○政府委員(関之君) この三十二條におきましては、立て方が「領置した物件のうち、留置の必要のない物件は提出者に還付」する、すべて提出者に還付するということが原則になつておるわけであります。次に還付の手続としまして、提出者に呼出なり何なりをするわけでありますが、御通知をする、通知するときに「還付を受けるべき者の住所が知れないとき、その他その物件を還付することができないときは、公安調査官は、その旨を官報で公示」する。飽くまで建前としましては全部必要ないものは提出者に還付するということに原則はなつておるわけであります。そこでどうしても相手方がわからない、還付することができないという場場合には第三項によりまして公示したあと「六月以内に還付の請求がないときは、その物件は、国庫に帰属する。」こういうことに相成つておるのであります。そこで前項の期間内に提出者を調べたがどうしてもわからない、官報に公示してから六カ月のうちにおきまして種々の捜査をいたしまして、提出者に還付するあらゆる努力をしてみてもどうしてもわからなかつた、そのときにこの三項、四項の手続になるわけであります。決してお預かりした物件を勝手にこちらで処分するということはないわけでありまして、一切の努力を盡して提出者に還付する努力をいたすわけであります。そこで今申上げましたようなわけでどうしても住所がわからない、出て来ないという場合に、四項になりまして物件の取扱につきましては、仮にあとで所有者でも出て来たような場合には所有権の侵害のような問題も出て来るわけでございますから十分注意いたしまして、この法においてこの趣旨を明確にいたし、廃棄は全く価値のないものだけに限定いたしまして過ちのないようにいたしたいと考えておる次第であります。
○中山福藏君 これは十分地方の検察庁にもこういうことは一つ告示と申しますか、何らかの手段によつて一つ御通告を願いまして……。刑事訴訟法において同じような規定がある、それに只今私が申述べたような事柄が常に起りがちであります。特にそのことを私は政府に進言したいわけです。 それからその次にお尋ねしますが、第三十四條に「第四條第一項又は第六條の処分を行う公安審査委員会の決定全部又は一部が裁判所で取り消されたときは、公安調査庁長官は、その裁判を官報で公示しなければならない。」ということになつております。これは私は日時を現わす問題かと思うのですが、この団体のかたがたの気持から推して行きますと、一日も一時間も速かにこれが変更されるか取消されるかその結果を聞きたいというのが、団体の構成員の気持だと私は考える。それなのにこの裁判所で裁判をしてそれが公安調査庁に一応記録が廻るとか判決が廻りまして公安調査庁でそれを官報で公示するということになつておるのですが、これはそういう手続をせずに判決を言渡されると即時に裁判所においてこれを官報に公示するということが一番いいんじやないかと思うのですが、如何なものでしようか。
○政府委員(関之君) 当該団体のほうは訴訟になつておりますから裁判所で直ちにそのことはわかるわけであります。特に三十四條を置きまして官報で公示することといたしましたのは呼出であるとかいうことはすべて官報に公示し、又処分の決定は全部官報に公示されて一般にそれがわかるわけであります。そこで一般にわかるように、その名誉にも関することであるからして裁判があつたような場合には官報で公示し、団体の利益のために明らかにしなければならないという考え方が第一。そこで団体側には今申上げたように裁判所のほうからそれがすぐわかるわけであります。これは長官がやることになつておりますが、勿論さような裁判がありましたらすぐ長官のほうにおいてその手続をする。裁判所においてこの行政処分のかような場合にやるという立法例が他にございませんし、裁判所は裁判の分だけをやるということ、で、長官が一切の責任を持つてやるという立て方にしたほうが行政違法事件処分としては適当ではないかと考えてかようにいたした次第であります。
○中山福藏君 これは破産宣告なんかの場合には官報に出るか或いは重要な指定された新聞に出ることになつておりますが、これはすべて裁判所が取扱つておりますね。そういう場合においては何もことさらに公安調査庁長官というのが処分の請求をしたからといつてそれにもう一遍その判決を返して、公安調査庁長官が更にそれを官報に掲示するというここよりも、やはりこれはこの幾多の最高裁判所長官の訓示というものは官報に掲示してあるのですから、而もそれは裁判所に掲示された以上というものは裁判所の判決なんです。裁判所が独自の行動によつてこれを掲示し一分間でも一時間でも早く団体の人々に知らしめるということは、私は本来の趣旨に副うゆえんじやないかとこう考えるのであります。従つてそういう御質問をしたわけでありますがこういう点も十分考えて頂きたい。 最後に一つ三十五條の「法務総裁は、毎年一回、内閣総理大臣を経由して、国会に対し、この法律による団体規制の状況を報告しなければならない。」こうあります。これは一回だけではちよつと困るのじやないですかね。その都度いろいろなことが時間的に起つて来る場合が予想せられる。すると例えば今年の三月の議会で報告しておくと、秋の臨時議会にこういう問題が起つても一年に一回やればいいのだとして、それは又次の来年に持越すというようなことがあつたのでは、これは非常な緊急な場合には困るのではないかと思う。だからこういう制限を付さずに、一回という文字をつけずに、その都度議会或いは必要に応じて総理大臣を経由して、私は議会の国民の代表者の議員に報告し、国民に知らしめるということが妥当じやないかと思いますが、如何ですか。
○政府委員(吉河光貞君) 御質問御尤もでございます。重大な規制処分が行われましたような場合におきまして、この規定にかかわらず法務総裁は国会に御報告申上げなければならない。又国会からも国政調査の対象としていろいろな御質問もあろうと考えております。当然これにつきましてはお答えしなければならない。最小限度必ず総決算として一年に一回する。その一年間に行われたことをまとめて御報告しなければならないというような建前で規定いたしました次第でございます。
○中山福藏君 どうもそれがはつきり現われておらないから、そういう質問をしたわけです。私は既定の時間が来ましたからこれで私の質問を終ります。
○委員長(小野義夫君) 速記をとめて下さい。 〔速記中止〕
○委員長(小野義夫君) 速記始めて下さい。次に須藤君より委員外議員として発言を求められておりますがこの際許可いたすことに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(小野義夫君) 御異議ないと認めます。須藤君に御発言を許します。
○委員外議員(須藤五郎君) 先ず私は委員長はじめ法務委員会の委員が私に特に委員外発言を許されましたことに対しまして厚く感謝申上げたいと存じます。それから法務府のかたたちに私はお願いがあるのですが、共産党が質問すると、法務府のかたは狂犬のことく目を怒らして角を立てて答弁をなさる習慣がついているように思うのです。或る人がなぜ須藤君が質問するとああいう顏をするのだろう、君がいなくなつたら我々にそういう顔をするのじやないかといつて我々に話されたかたがありますが、私はむしろ共産党を代表してというよりも日本の人民の幸福を代表して御質問を申上げるのですから、そういう偏見を持たないで親切丁寧に御答弁を願いたいと思います。これだけお願いしまして質問さして頂きたいと思います。逐滌的にもいろいろ審議されましたので余りお尋ねすることも條文上はないように思うのですが、まだちよつと不審の点がありますのでお尋ね申したいと思います。 先ず結社の自由ということに関しましてお尋ねするのでありますが、或る解散された団体の構成員がすぐ他の団体の組織を行なつた場合はどうなるかというこうでありますが、伊藤さんの御質問でしたか、羽仁さんの御質問でしたか、その構成員がすぐ他の団体を構成することは差支えないというふうに私は前の委員会のときに伺つたのですが、それが間違いでないのかどうか、その点伺いたいと思います。
○政府委員(吉河光貞君) お答えいたします。大体は御質問の通りと思うのであります。この法案におきましても解散されました団体が脱法行為をしてはいけないというふうにも書いてありまするので、そういう面で抵触する場合はこれは勿論問題は別になるものと考えております。又解散された団体が他の団体を組織する、で解散された団体と全く何らの関係もなく別個の団体を組織するということは、大体御質問の通り差支えがないのでありますが、組織することによつて他の団体のためにする活動をしてはならないというふうな枠はかかつているのであります。その二つの制限以外におきましては勿論差支えがないと考えております。
○委員外議員(須藤五郎君) そうしますと、こういうふうに理解していいわけですか。或る団体が解散された即時他の団体を組織する、そういうことは可能だ、以前の解散された団体の脱法行為をしなければいい、そういうふうに理解していいわけですか。
○政府委員(吉河光貞君) 只今申上げた通り、もう一つあるのでございまして、解散された団体の役職員や構成員は、その団体のためにする活動をしてはいけないということになつておりますので、他の団体を組織すること自体が明らかに解散された団体のためにする行為ということに相成りますと、それはつまり先ほども申上げました通り四十一條でしたかに触れる場合がある。全然関連のない場合は差支えがないのでございます。
○委員外議員(須藤五郎君) 余り深くやつていますと時間がなくなりますので次に移りたいと思います。同じく解散させられた団体の構成員が他の団体に加盟する場合はどうですか。
○政府委員(吉河光貞君) 只今御答弁申上げた筋を同じ問題でございまして、一般的、それ自体としては差支えがないのでございますが、そこに脱法団体を結成するとか或いは元の解散団体のためにする行為として行われたと明らかに認められるような場合におきましては問題は別に相成ります。
○委員外議員(須藤五郎君) こういう例が曾つて労農党当時にあつたのです。第一回労働者農民党が一九二八年に解散をさせられた、その当時のことを調べてみますと解散の理由は明らかでなかつたと思うのです。ただこういうことが言われてきたと思うのです。共産党のフラクが労農党に入つているからだ、だから解散をさしたのだと。その当時は勿論共産党は非合法ですから、非合法の共産党のフラクが労農党に入つているから解散するというのが理由であつたように言われていたのです。明示はされませんがそういうことがあつたのだと思うのです。私はそういう曾ての例がありますので特にこの点をお尋ねするのです。その後労農党は新しい団体を作る準備を、新党の準備会をやつたのですが、それは一九二八年の十月だつたのです。結成大会即日解散をさせられてしまつているわけなんです。こういうことが今後起るかどうか、その点を伺つておきたいと思います。
○政府委員(吉河光貞君) 御質問の点でありますが、過去におきまして労農党の解散でありますか、或いは新党結成準備会の解散の問題でありますか、これはこの法案の立て方とは全く違つた立て方の法律によつて運用されておつたと考えるのであります。仮に解散された団体の中にフラクがあつたからといつてもそれが代行団体とか脱法団体とは認められないと考えております。
○委員外議員(須藤五郎君) もう一度確認しておきたいと思いますが、それでは曾つて労農党に加えられたようなことは今後なさらないということですか。
○政府委員(吉河光貞君) 実は私、労農党解散の経過や具体的理由をおぼえておりませんのです。法案の立て方は全く違つておるのじやないかと考えております。
○委員外議員(須藤五郎君) 吉河局長は帝大の新人会にいらしたということを聞きますし、或る自由党の議員は私に吉河特審局長は共産党員だつたのだと私に言いましたけれども、私はそんなばかなことはあるまいと言つて笑つたことがあるのですが、そういう経歴を持つていらつしやる方が労農党解散に関して関心がおありでなかつた、わからなかつたとは言えないと思うのですね。而も今日特審局長としてそういう点知らないじや済まないと思うのですがどうですか。私が心配しまして今まで二点御質問申しましたのは、労農党のようなことが再びなされる危險があるかどうかという点、曾つての労農党が受けたような彈圧を絶対この法案はしないのだということをはつきりあなたがここで申して下さるならば私はそれでいいのです。
○政府委員(吉河光貞君) どうも……、事情はよく調べましてお答えしたいと思うのでございますが、知らないのでございます。この法案におきましては御承知の通り、又次の団体を解散する場合におきましても公安調査庁におきまして審理の手続を行い、更に公安審査委員会におきましてそれを検討されまして決定されなければならない、方的に拔打にすべてがやれない立場にあつて、一々具体的に所定の手続をふんで行かなければならないという建前になつております。なお労農党や新党準備会につきましては当時の法令並びにその事情等がわかりましたならば後日御報告いたしたいと思います。
○委員外議員(須藤五郎君) 私もう一点ちよつと確認しておきたいと思いますのは、若しも労農党の受けたようなことが今後なされるとしましたら、その団体が解散させられ、そうしてその次に団体が結成されその団体の性格も何にもわからんうちに印刻結成と同時に又追討に解散ということをあなたたちがなさるならば、団体の性格も何にもわからないうちに、それを結局労農党の当時は新党の結成が何にもわからない結成式のときにまでにもう彈圧して解散しているのですから、どういうものが作られるものかわからないでそれをやつているということ、そういうことが今後なされたならば憲法に規定している言論、結社の自由というものが非常に蹂躪されることであつてこの法の行き過ぎだと、間違つた運営だと私は考えるのですが、そういう間違つた運営を今後は絶対にしないかということを伺つておきたい。
○政府委員(吉河光貞君) 御質問の通りでありまして、第四條、六條に該当するものと、公安調査庁の審理の手続を経まして公安審査委員会新たに認定されなければ、解散はできません。
○委員外議員(須藤五郎君) その認定は新らしい行動が現われた上で認定するのですか。現われないうちにあなたたちの認定によつてそういうことを決定するのですか。
○政府委員(吉河光貞君) この場合におきましては、新たに解散される団体はやはり暴力主義的な破壊活動をたびたび行いまして、これに継続又は反覆して将来又更に団体の活動として暴力主義的な破壊活動を行う明らかな危險性が認められなければなりません。
○委員外議員(須藤五郎君) 危險性を明らかにするということは、その次に結成された団体の行動を見なければ明らかでないと思うのです。ですから行動を見ないいうちにあなたたちの推測でそういうことをするかどうかという点なんですが。
○政府委員(吉河光貞君) 新らしい団体について只今申上げましたような事実が明らかにされなくては、規制処分は加えられないわけです。
○委員外議員(須藤五郎君) わかりました。それじやその次に移りますが、機関紙が停止をくつた場合、別の機関紙を出すことは自由だというふうにこれまでの委員会の御答弁で了解しているわけなんですが、私たちの理解が間違つていないと思うのですが、確認しておきたいと思います。
○政府委員(吉河光貞君) 機関紙の点について只今御質問がありましたが、別の機関紙であるかどうかということにつきましては、結局機関紙の同一性を如何に見るかということが問題となると思うのであります。この点につきましては先般来申上げている通り、伊藤委員からの御質問がありまして留保答弁となりまして政府からのちに詳細に申上げた、これを要するに結論から申しますと、別個の同一性の認められない機関紙であれば発行差支えないということは申すまでもないことであります。
○委員外議員(須藤五郎君) もう一点機関紙で伺つておきたいと思うのですが、停止六カ月後その機関紙が再発行するということは認められていると思うのですが、その場合むし返しは直ぐできるのか、するのか、私たちはできないという認定なのですが、その点。
○政府委員(吉河光貞君) むし返しと申しますか、六カ月の発行を停止された、ところが更にその機関紙によつて暴力主義的な破壊活動を行う明らかな虞れが認められた場合におきましては、公安調査庁長官は審理手続を開きまして、その事実につきまして意見、弁解を聞き、これを委員会に請求するわけであります。
○委員外議員(須藤五郎君) それじやこれも団体と同じように、要するに新らしく出た機関紙がこの法の対象になるかどうかということをはつきり見てその後の経過を見るということでございますね。 それでは次に第二点の団体の解散問題についてお尋ねしたいと思うのですが、或る団体の支部が解散された場合、その支部の構成員が本部の構成員の活動をしていいかどうか。
○政府委員(吉河光貞君) 支部が解散されましたときには支部が危險な破壊団体と認定されたわけであります。その構成員が他の団体に御参加になるということは先ほど御質問になつたラインで差支えないことになつております。その団体の本部といわず、他の団体といわず同様であります。併しながらそこにその解散された支部のためにするその団体の行為と認められるような場合は別個になります。
○委員外議員(須藤五郎君) そうすると、まあ或る組合、大きな組合ですね、組合としていいと思うのですが、共産党という言葉は使わないで組合という言葉を使いますが、要するに或る支部が脱法行為で解散された、その人たちがその組合の本部へ帰つて本部の仕事をする、その支部の仕事でなしに本部の仕事をするということは認められるわけですか。
○政府委員(吉河光貞君) 支部が解散せられました場合に、支部の役職員なり構成員のかたが、解散された支部以外のその団体の組織、本部とか他の支部とかというところへ御参加になるということは原則として差支えないが、先ほど申し事した通り、その解散された団体のためにする活動をおやりになつてはならない、こういうことは当然かかつて来るわけです。
○委員外議員(須藤五郎君) その解散された団体というのは、要するに支部のことでございますね。そうですね。わかりました。 それからその次に、解散された支部の同じ幹部構成員が本部の構成員になることができるか。
○政府委員(吉河光貞君) 前と同様であります。
○委員外議員(須藤五郎君) 同様に考えていいのですね。 それでは次に移りますが、団体活動のスパイ干渉ということなんですが、昨日伺いますと法務府は月七百万円一年に一億円近い金を調査依頼とか情報を買うために使つていらつしやるようです。随分金を使つていらつしやるところをみると随分そういう人たちがいるように思うのですが、私はあの話を聞きまして驚いたわけでありますが、それほどたくさんスパイ行動をやる人たちがくるとなると、これは何か我々の団体だけでなくよその団体でも安心しておれない。どういうことをスパイされるかわかりませんし、スパイの計画によつてどういう懲罰を受けるかわからんという心配が起つて参ります。解散その他の規制された団体構成員の脱法行為の調査の名で、広範に大衆団体的活動をスパイすることが起つて来ると思うわけなんです。即ちまあわかりよく言えば、若しも或るAという団体が解散させられてしまう、そのAという団体の構成員であつた者が今度B、Cという団体へ入つて行くと、そのB、CにおけるAの団体員であつた者の活動をスパイするために、結局B、Cという団体にその無駄な彈圧と妨害とかいろいろそういうことが何か心配があると思うのですが、そういうことに関しまして、あなたたちはどういうふうに考えてらつしやいますか。
○政府委員(吉河光貞君) 団体が解散されますと、その団体の構成員は脱法行為をしてはならない、又団体のためにする行為をしてはならない、行為をした場合にはいわゆる司法上の処分を受けなければならない、これはいわゆる犯罪になるわけです。この方面の捜査内偵につきましては検事並びに司法警察官の職責になる。私どもといたしましては、いわゆる暴力主義的な破壊活動が団体によつて行われたかどうか、その団体が将来継続又は反覆して暴力主義的な破壊活動を行う虞れがあるかどうかという点に関連して調査を進めるわけであります。
○委員外議員(須藤五郎君) 私の質問の仕方がごたごたしたために、ちよつと理解が間違つていたように思うのですが、私のお尋ねする点は或る解散させられた団体の構成員がほかの団体に加入した場合ですね、その解散させられた団体員が加入したということによつて新らしい団体がスパイの対象となつて迷惑を受ける点がたくさん出て来るだろうと思うのです。そういう点をあなた達は考えていらつしやるかどうか。そういうことは絶対ないということか、ですね。
○政府委員(吉河光貞君) 御質問のような問題が調査の対象になることはないと考えております。
○委員外委員(須藤五郎君) 時間がありませんから次に進みます。最近のいろいろな動きを見てますと、メーデーのときもそういうことが私達に感付かれたのでありますが、官憲及びその手先が故意に挑発行為に出ている。そうしてそこに不自然な行動を起させてそしてその団体を窮地に陷し込んでしまう。要するにあなた達の取締の対象化するというようなことが考えられるわけなんでございます。これは曾てたくさんの例があつたわけなんです。非合法時代の日本共産党も決してつまらない暴力はふるつた経験はない、覚えはない。私はその当時の共産党員でありませんからはつきり申上げる資格がないかもしれませんが、ないと記憶しております。たまたまあの当時大森銀行ギヤングという事件が起りまして新聞にでかでか出されて共産党がギヤングを働いた、銀行を襲つて資金を掠奪したということが新聞に掲げられた。ところがあれをよく調べますと全く嘘であつた。あの首謀者の松村という人は憲兵であつたわけです。この憲兵が共産党破壊工策をするために共産党の中にもぐり込んで来て、そして大森ギヤングの首謀者として活動したわけなんです。そして彼の挑発行為によつて共産党は非常な誹謗を受け迷惑を受けたわけなんですが、こういうことは必ず今後も起つて来ると思うのです。現に私は起りつつあると思うのです。そういうために特審局は月七百万円というような厖大な金を使つていらつしやるのではないか。そういうふうに私は考えるわけなんです。 この間のメーデーにおきましてもそういうことが言われております。共産党員の中でもそういうことが言われております。或る計画的な挑発隊が入つて扇動してそうして初期の計画と違つたようないろいろな行動がなされてしまつたということを言つております。これは必ず今後起り得ることなんです。共産党を撹乱するために右翼のスパイが入つて来る。そして挑発的な行為をどんどんやる。恐らくこういうことはなされると思うのですが、まあいろいろ例を挙げますとたくさんあると思うのです。関東大震災のときに朝鮮人がたくさん虐殺されました。私もその首のない死体が荒川に浮いておるのをこの目でたくさん見ました。なぜかというと朝鮮人が暴動を起すからやつつけろということで、罪もない朝鮮人を引張つて来て、荒川のほとりに引張つて行つて首を斬つて死体をほうり込んだ。あとで新聞で大きな問題として書かれるようになつたのです。ところがこの朝鮮人蜂起というデマをふりまいたのは誰か。それはその当時の警視庁だつたということを聞いております。これは公聽会に証言に見えられた海野さんがはつきり言つておられた。警視庁の官房から無線で不逞朝鮮人が蜂起をしたということを全国に伝えた。海野さんは旅順にいてそれを聞いたということを言つておりましたが、こういうふうに騒動があれば警視庁自身がこういう挑発をする、デマを飛ばすというような無責任なことをやりかねない。亀戸でたくさんの労働者が殺された。大杉栄は小さい子供と奥さんと三人井戸に放り込まれて死んでいる。こういうむちやなことが曾てなされている。こういうことは必ず繰返されて来ると思うのです。こういう法案が出てもう手段を選ばないという状態が来れば必ずこういうことをやると思うのですが、それに対するあなた達の保障がありますか、こういうことを絶対この法案によつてなされないという。
○政府委員(吉河光貞君) 先般もお答えいたしました通り、犯罪及び暴力主義的な破壊活動の挑発行為は絶対に許さるべきものではないと確信しております。
○委員外議員(須藤五郎君) 併しその挑発行為をなして、あなた達は正当なる団体を取締の対象として考えるようなことが万が一にもないとおつしやるのですか。私達はそういう危險は必ずある、十分起つて来ると思うのですが、そのときにこの法案がその正常な団体を守ることをどういうふうな立場でなさるのですか。
○政府委員(吉河光貞君) お答えいたします。挑発行為はそれ自体犯罪となつておりますので、当然告発され又処罰されなければならない。これを庇護し合法化する理由は毫末もないわけですか。又団体側におきましてもさような点がございましたならばどしどし有利な証拠として御提出願いたい。或いは将来の公安調査庁におきましては絶対にさような行為をさせないことを建前にしているわけであります。
○委員外議員(須藤五郎君) それでは伺いますが、この間のメーデーのときに最初の波が馬場先門からずつと入つて行つた。あのときはデモの一隊は何ら手に持つていなかつたと私は聞いております。そのときにずつと二重橋のほうに行つたとたんに警官が催涙彈を射ち労働者の団体に襲いかかつたということを聞いております。これは明らかに挑発ではないですか。そういうことさえなされなかつたならばああいう問題は起らなかつたと思うのです。最初は労働者は決して警官と殴り合いをやつたり叩き合いをやつたりするそういう計画をもつてそこに行つたとは私達は認定できないわけです。堂々と隊伍を組んで行つた。それに対して襲いかかつたのは先ず警官ではなかつたですか。これは明らかに警官の挑発行為ではないですか。これに対してあなた達はどういうふうに警官を処罰しますか。
○政府委員(吉河光貞君) メーデー事件につきましては、殊にメーデー事件における警察官の警備行動に関しましては私所管外でございますが、この点につきましては法務総裁からも国会に対しまして御報告があり、田中警視総監からも御報告がありました。目下東京地方検察庁で調査し裁判にも近くなるものと考えております。その点におきまして事件の真相は明らかになるものと考えております。 私といたしましては警察官があの場合挑発したということを聞いておりません。又挑発が先ほどの御質問では犯罪として、特に暴力主義的破壊活動の教唆又は扇動というようなラインでお答えしておりましたが、これを広く政治的にお使いになりまして行きますと、これは私どもの所管外になりますので、又別に只今申上げたような材料で御判断願いたいと考えております。
○委員外議員(須藤五郎君) あのね、私は吉河さんにはつきり申しておきたいことはですね、大衆というものはみずから好んで暴力を振うものではないのです。常に大衆の暴力というものは受身で起つて来るものです。これは朝鮮人の暴動、神戸に起つた問題にしましてもどこの問題にしましてもよく調べてみますとそうです。この間のメーデーにおいても明らかにそうだと思う。警官隊があのとき催涙彈を投げたり、ピストルをうちこんだりしなければ絶対ああいうことは起らないのですよ。大衆というものは常にそういう立場をとつておるものです。その点はあなたはつきり確認なさる必要があると思うのです。それでないと今後この法を運営する上において非常な過ちを行うので、あなた迷惑するだろうと思うんで私は御注意までに申上げておきたいと思うのです。
○一松定吉君 今須藤君の御質問の中でお答えになつたことについてもう少し私からもお尋ねしてみたいのですが、この破防法第二條の「この法律による規制及び規制のための調査は、前條に規定する目的を達成するために必要且つ相当な限度においてのみ行うべきであつて、」これこれこれこれについては「日本国憲法の保障する国民の自由と権利を、不当に制限するようなことがあつてはならない。」これは実にいいことなんです。ところがそれについでその第二項に「この法律による規制及び規制のための調査については、いやしくもこれを濫用」してはいけない。それから「労働組合その他の団体の正当な活動を制限」してはいけない。又「これに介入するようなことがあつては」いけない。非常に制限をされておることはこの文句の上で明らかですが、そういうような不当に制限することがあつてはいかん、濫用してはいけない、制限してはいけない、介入することはいけないとかいうことの判断だね、これは先ほどからも何回も問題になつておるのですが、この判断は結局その衝に当るいわゆる公安調査官が判断してこれをやるんでしようね。そのやつたことはそれがよかつたとか悪かつたということは争つたのちにこれはきまるのですが、今自分がこういうことをやつておるのはこの法律の禁止規定に当らんのだと思つて自分はやるというような判定権は、そのやる当時のその衝に当る調査官がやるんだろうと思うが、これは如何ですか。
○政府委員(関之君) 先ず第一点の問題につきましては、調査官がさような認定、自分の判断におきましてその判定に基いて調査を進めるということに相成ると思うのであります。
○一松定吉君 その判定の結果そこがつまりその調査官の知識経験とかいうようなことは影響するんだが、自分がやつたことが間違いであつたというようなことは必ず後日あり得べきことなんです。そういうときの救済法がどういうことになりますか、それを一つ。
○政府委員(関之君) この点につきましては従来もしばしばお答え申上げた点でありまするが、それが若し非常な行過ぎでありまして、明らかに濫用をいたしたということになつて刑法の職権の濫用罪に当り得ることがありますならば、その当該調査官は刑事上の責任を負わなければならないのであります。 次にその場合、或いはそこまでも行かない、併し公務員法上の懲戒の問題も生ずるというようなこともありましようし、又そこに考えられるわけであります。又民事的な賠償的な問題といたしまして、国家賠償法の條件に該当するような場合でありますならば、賠償法によつてその侵害を受けた相手方において賠償の請求ができるというようなことに相成るのであります。
○一松定吉君 職権の濫用ということになればこれはもう刑法の百九十三條にちやんと普通の公務員の職権の濫用が規定してあるからこれはわかりますが、おれは今あの男のやつておることは不都合なことだからこういうようなことを一つ自分は調査をしよう、或いは規制しようとかいう善意に出た場合ですね、善意に出たところ、あとから見たら自分のやつたことが間違いであつたということであればこれは職権濫用になりませんね。それからそういうことをやつたがために非常に損害を受けた、そういう人間がそういうことをやつたために非常に損害を受けたということになるとそれは国家賠償法の規定によつて責任を負うとこうおつしやる、その通り、国家賠償法の第一條には、「故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたとき」とあるが、自分はここに規制しなければならんものだ、今おれは進んで調査しなければならんものだ、こういうふうに思つてやつたということで故意でも過失でもない場合、結局損害賠償とか国家賠償とかいう責任はないことになるのじやないか、それはどうですな。
○政府委員(関之君) お答えいたします。賠償法におきまして故意の問題はまあ別問題にいたしまして過失の場合でありますが、自分のやることは職権上正当であるというふうにいろいろのことから考えてやつた場合におきましては、いわゆる職権濫用としての故意という問題はかなりむずかしい問題でありますが、そのような自分の認定その他に過失があつたという場合に、その過失の結果として相手方の権利を侵害して外形的に国家賠償法の問題が一応考えられる。こういう事例でありますが、そのときにはやはりその当該調査官の侵した過失の程度によりまして、その結果として相手方の権利が侵害されておるということに相成りますれば、賠償法で一応賠償の請求ができるのではないかと思うのであります。
○一松定吉君 この国家賠償法の第一條は「故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたとき」に限る、違法にですよ、今のやつは自分は自分の職権を行使するためにやつたということになるとこれに当てはまらんように思いますがどうですか。
○政府委員(関之君) お尋ねの点は、この第二條におきまして規制の基準があるわけでありますが、これは勿論賠償法の問題におきますると、かような基準を過失によつてそこで侵しておるわけであります。それが原因となりまして、その「違法に」ということは、やはり二條との関係などにおきまして考察して、過失によつて相手方の権利を侵害したという場合に賠償法によつて行けるものである、かように考えております。
○一松定吉君 その基準とは如何。
○政府委員(関之君) その基準はこの第二條にいずれも掲げてあるわけでございます。
○一松定吉君 どういうことがあるのですか。
○政府委員(関之君) これは「必要且つ相当な限度において」行うべきでありまして、「不当に制限するようなことがあつてはならない」というふうに規定しております。この基準に客観的に違反しておりまするならば、それが過失に基く場合でありましても当然賠償法によつて違法に侵害したということに相成ると思うのであります。
○一松定吉君 不当ということは不当の故意がなければならんですね。これは自分が正しいことをやるのだという考えを持つてやつたときには、不当ではない、そのときにはどうなりますか。
○政府委員(吉河光貞君) お答えいたします。公安調査官は調査をなす場合におきましては、「必要且つ相当な限度において」調査を行わなければなりません。で、必要であるからといつて如何なることでもやつてよろしいというわけでもないのであります。それが合理的に判断して相当な限度を逸脱してはならない。公安調査官は主観的に必要且つ相当の限度で調査しているんだというふうに考えましても、それが客観的にその限度を逸脱しておるような場合におきましては、これは不当な調査ということに相成るものと考えるのであります。で、さようなことを考えた、主観的に必要且つ相当な限度であると言いながら客観的に見れば著しく限度を逸脱したような調査をしておる。そういうことをするについて公安調査官に過失がありまする場合においては、只今関政府委員からお答えしたような賠償の問題に相成ると考えている次第であります。
○一松定吉君 つまり不当だとかいうことは、客観的にもきめなければならんが、その不当であるかどうかということは、その調査官自身が故意にやればこれは故意であり、或いは注意を怠つたためにそういうことができたならば過失である。自分は正しいことをやるんだという考えでやつたら故意じやない、注意を怠つたのじやない、注意をしていたのだというときにやればそれは過失じやないね。重大なる注意を用いなければならなかつたということについてその結果が招来したとかいえば、やはりその重大なる過失とか中過失とか小過失とかいう問題が起る。自分は注意を実際怠らなかつた、ところがそれが何らかのことで相手方に対して名誉上の損害、政財上の損害を與えたというときには、国家賠償法の第一條の規定に当てはまらない。故意又は過失であつて、違法な行為をやつたということにはならない。そうかといつて、刑法のいわゆる普通の公務員の職権濫用ということにもならん。そうすると結局斬捨御免ということになる。やられたほうは社会上の地位を傷つけられ、社会上の名誉を傷つけられ、財政上、生活上非常に困らせられたということになる。そういうときの救済はやはりこの国家賠償法でやるのですか。
○政府委員(佐藤達夫君) 私からお答えいたします。今のお話のように故意も過失も全然ない本当の善意でやつてそうして思いがけない損害を生じたという場合には、これは国家賠償法には入りません。それはもうあらゆる法令の執行について皆役人は善意を以て忠実にやつてそうしてまあ思わざる不測の損害を生ずる場合がありますから、この法律ばかりでなしに広く全面的にあらゆる部面に亘つて検討すべき問題であろうと、かように考えます。
○一松定吉君 意見長官の御意見は尤もです。そう答えなければならんのです。そう答えることによつて正しい。そこで問題がある。善意を以て自分はやつたのだと思つたところが、それが本当は客観的に見て拭うことのできないような結果があつたというようなことがあることが危險なんだ。それはどういうことにあるかというと、つまり経験に乏しい人、学識のない人、思慮の浅薄な人ということに起る。そういう人がこの調査官に採用されるということがあるのじやないか。ここへ持つて行くために質問したのであります。 そこで私のお尋ねしたいことは、そういうような人権蹂躙の事実のないようにするためには、この調査官の人選とかいうようなことについてはよほど注意しなければならんが、それに対するところのあなたがたの御考慮、どういうような方法で調査官を選任するのか。而してそういうような人物は今日のこの世の中において得ることができるのかどうか、という確信のほどを承わりたい。
○政府委員(吉河光貞君) 先般来法務総裁からもお答えいたしました通り、調査官には十分なる識見、能力を備えたかたを調査官にするということが非常に重大な問題でありまして只今御指摘の通りであります。これにつきましては、特に公安調査庁におきまして新たに研修所というものの機構を規定いたしまして十分なる研修をしたい。更に公安調査庁におきましては職員の事務につきまして監察を行いたい。で、上官、或いは幹部が第一線の公安調査官の行動につきまして十分なる監察を行いたいという点を考えておるのであります。勿論公安調査官につきましては間違いなくこの事務が運用できるような者をでき得る限り選考いたしまして任命して行きたいと考えておる次第でございます。
○一松定吉君 随分人物難で今ではそういうようないい人を得ようとするについては相当な待遇をしなければなららん。普通の待遇ではなかなか来ませんね。どのくらいの待遇をするだけの予算をお考えになつていらつしやるのですか。今あなたのおつしやるような本当に抱負経綸があり、教育があり、経験を持つておるというような人を採用して、そうして国民の納得するような調査官を得るということについてはなかなか容易な待遇では来ませんよ。今裁判官とか検察官を採用しようと思つて弁護士方面から人材を求めようとして来手がないじやないか。もう停年を過ぎて仕事も何にもないというような人が或いは家庭裁判所の判事になるとか或いはその他のことをやるということで、本当に国家のために働ける人々はそういうような仕事はなかなか見て下さらん。そういう人はなかなか見付け出せない。それにもただあなたの言うように研修所を設けてそういう者を養成すれば、そういう或いは立派な人物が得られるということは理窟の上ではそうでしようけれども、実際の上にはでき得ないと思いますが、如何ですか。
○政府委員(吉河光貞君) 御尤もな御意見と思うのであります。従来私どもの局の職員は一般公務員の俸給を受けておりまして、法務総裁におかれてはこの点を非常に御留意になりまして、待遇の改善とかという点に非常な御努力を拂われまして、現在では号俸の調整によりまして警察官、国家地方警察官に準ずるような待遇に近付いて参りました。総裁といたしましても、更にこれを待遇をよくしたい、一方においては十分なる待遇を與えるために、努力したい。そういう方針で努力しておる次第であります。
○一松定吉君 まあそれは理想としては、そういうようにして頂かなければ立派な調査官は得られませんが、この公安委員にしてもやはり同じであろうと思う。そういう立派な人を得るについてはよほどな待遇をしなければなかなか来手がない。それに対してもやはり今あなたのお答えになつたようなことによつて人物を得る、こういうことでありましようが、そこで私はこういうような一体調査官をこしらえたり委員会をこしらえたりすることについて、果していいのであるか悪いのであるかということについて幾多の疑問を持つておるからそれを一つお尋ねしまして、場合によれば法務総裁からもお答えも願わなければなるまいと思いますが、先ずこの調査庁の設置ということになりますると、今言う通り人物を得ることが非常に困るのであるが、一体この別表を見ますると全国に五十局の公安調査局を設ける、そうして全県にその五十局の中で四十二局というものが設けられる、こういうような全国至る所に四十二局というものが設けられるということになつて参りまして、そうしてこの配置される人の数は、この表の示すところによりますると千七百二人ということになつております。この千七百二人というものを四十八で割りますと、一つの局に平均三十四人ずつ置くということになる。三十四入は一県についての三十四人です。だから東京都みたいな広いところにはもつと多く行きましようが、例えば宮崎県とか或いは島根県とかというところには、或いはもつと少ないかも知れない。そういうような僅か三十人か四十人足らずの人で、こういう大きい仕事が、常に調査、研究、資料の收集というようなことができますか、そのお見込を一つ伺いたい。
○政府委員(吉河光貞君) 必要最小限度の定員として現在ありまする千二百名に加えまして、五百名程度の増員をいたしまして、千七百名で賄いたいと考えておる次第であります。
○一松定吉君 賄うことはわかるんだが、それだけの人でこれだけの大きい重大な仕事を、調査研究するということができるかというのです。仕事の上で能率が上るかと聞くのです。
○政府委員(吉河光貞君) 各府県の公安調査局は孤立して仕事をするのではありませんので、やはり中央と一体となりまして、互いに協力してこの仕事を進めて行きたい、かように考えておる次第でございます。
○一松定吉君 協力することはわかつていましよう、わかつていますが、併しながらこういうようにそれぞれその所在地の町がきまり、そして調査局の設置がきまれば、一応はそれぞれきまつたところの局において分担して仕事をし、何か自分の思慮に負えないというようなときに本部の指揮監督を受けるということになるのでしようが、私のお尋ねするのは、例えばここに神奈川地方公安調査局というものが神奈川県の横浜に設けられる。そこには平均三十四人しかおらん。その三十四人は神奈川県のそういうような重大な任務に従事するということについて手薄ではないかということを聞くのです。
○政府委員(吉河光貞君) 重大な事件が起きました場合にはお尋ねの通り、手簿になる場合があると考えております。その場合におきましては、本局並びに他の地方公安局等から随時応援をして、機動的に賄つて行きたいと考えておる次第であります。
○一松定吉君 事件が起つたときのことはわかりますよ。起らん前から平素ちやんとやつて取締らなければ、事件が起つたときにすぐ臨機応変の措置ができないでしよう。そこで私は人の数が少いのではないか、もつとたくさん要るのではないかということをお尋ねするのです。
○国務大臣(木村篤太郎君) その点私からお答えいたしましよう。誠に適切な御質問と思います。そこで我々といたしましては、最初相当の人員を予定しておつたのでございます。併しながら御承知の通り、すべて予算の緊縮政策をとつておる際でありまするから、余りに人員を厖大なものに持つて行くということはどうかと考えておるのでございます。更に又この破壊活動防止法案において狙われておる事案というものは極く限定されおるわけであります。或いは御質問のように賄い得ない事実も出て来るかもわかりませんが、とにかく先ず活動の分野も限定されておることであるし、又一面において今申上げましたように、予算面においてすべての官庁が緊縮政策をとつておるときでありますから、最小限度に一つこのくらいのものでやつて見ることができるのじやないかという考えの下にやつたのであります。或いは一面において御心配のような点が出て来るかもわかりませんが、とにかくこれについてはこのくらいの程度で賄い得るのではないかという予想の下にやつたのでございます。
○一松定吉君 それではまあ人数は手薄なんだということをお認めになつたのですからわかりました。 そこでその次にお尋ねしたいのは、これだけのたくさんの局を設けるについては、それぞれ庁舎というものを新築しなければならん、それからそれに対しての旅費、日当、雑費というようなものが要るが、随分予算がたくさん要ると思いますが、その予算はどのくらいのお見込でございますか。これは事務当局のほうからでも結構です。
○政府委員(関之君) 只今まだ終局的に予算の枠はきまつておらないのでありますが、新年度におきましては、公安調査庁ができましての年度におきましては、既定の分を加えまして七億円前後に相成り、一応その程度で大蔵省のほうとの話を進めておる次第であります。なお申上げますが、庁舎の点につきましては、できるだけ既存の各役所において用済みになつた庁舎を利用してやりたいと、かように考えておるわけであります。
○一松定吉君 どういう庁舎があるのですか。
○政府委員(関之君) 経済調査庁の各都道府県における庁舎が一部空き或いは近く空く予定でありまするからして、さようなものをできるだけ利用して、新築のほうはできるだけ避けたい、かように考えておる次第であります。
○一松定吉君 それだけの現在の庁舎だけで間に合いますか。
○政府委員(関之君) その庁舎で今のところでは相当利用し得ると思つておるのでありまして、若し賄えないところは新築し、或いは借上げ等の方針で行きたいと思つておるわけであります。
○一松定吉君 その賄い切れん場合に、この新築して庁舎を建てるということについて、どのくらいの費用を予定しておるのですか。
○政府委員(関之君) まだその問題につきましては、各府県において一々庁舎の問題について個々的に、この庁舎は空くとか或いはこの庁舎は使用可能であるとかいう問題がまだ決定しておらないのであります。それを今関係庁と折衝いたしまして、ここはよろしい、ここは不十分というようなふうに、一々今検討中で、ございまして、確定していないのであります。
○一松定吉君 それらの調査官には何か制服とか何とかというものをこしらえて着せるのですか。
○政府委員(吉河光貞君) 公安調査官は任意調査を建前といたします。制服は着用させません。
○一松定吉君 そこで承わりたいのは、非常に今行政整理をしてそうして国費の冗費を省いて、成るたけ納税を少くすることのできるようにしようというのが現政府の方針で、それは現政府に限らず、すべての政府がそういう考えで、民衆の負担を軽からしめるということはこれは当然のことであります。そういうときに、こういうようなことを一体こしらえなければならんのかどうかということが、私の質問は結局ここに落ちるのです。警察署というものがある、警察官というものがある、その警察署というものがあり、警察官というものがあるならば、それにこういう仕事をさせられるのじやないか。人材を得るについても今ではとにかく千何百人の者を採つておる。それは手薄だから将来増員しなければならんということになる、そういうような費用は、今お話によると七億という金がちよつと今年は要るらしい。そういうたくさんの金をこういうような新たな機関を設けてお使いになるよりも、今現在ある警察官というような者にこの仕事をさせてやれば、庁舎もあるし、人員もあるし、ただ少し足りない所があれば足りない所に費用を増せばいいというようなわけであるのだが、そういうようなことをすることが利益であるのです。なお警察官はこういうような調査とか或いは調べというようなことについてはお手のものの仕事、こういう所にやらせることがいいのであつて、それをやらせないというところに、調査庁というものを設け、調査官というものを設けるということでなければ、この法の運用ができないのかどうか、そこを一つ聞いてみたい。
○国務大臣(木村篤太郎君) 御承知の通り、警察官とこの審査官との建前は本質的に異なつておるのであります。警察官はそれぞれ警察行政並びに治安行政の警察に携つておるのであります。地方におきましても、我々の今見るところにおきましては殆んど手一ぱいであります。かような人たちにこの破壊活動に関する団体の規制の調査なんということをやらせることは実は不適当と我々考えておるのであります。幸い従来から特審局において相当訓練を経てやつておるものもありまするので、これを再教育してこの審査官とすることにおいてこの事務が円満に運用できるのじやないかと考えておる次第でありまして、今申上げました千七百人というのは新たに任用するのではないのであります。いわゆる曾つての、現在の特審局の人たちを再訓練してこれに当てる。そうして五百幾名というものはこれは新たにそこへ持つて来ようというような建前になつております。
○一松定吉君 不適当というお言葉があつたが、どういうところが不適当ですかということは今法務総裁と議論はしたくないからそれはその程度にしておきます。それから特審局の連中をやめさせてそれをこつちへ持つて来るというなら、特審局というものは要らんのなら、何もやめさした者をこつちへ持つて来てこういう仕事を新たにこしらえてそこに使わなくてもそれはそれで失業救済の方法を新たに考えればいいのじやないかということを私は考えているのです。それはもう議論はいたしません。 そこでその次は、調査官のことはよして、今度は委員会のことについて一つ伺つてみたい。この委員会は結局第四條によりますると、委員長及び委員四名だから合計五名です。この五名だけでそれだけの大きい仕事ができますか。この点については十分一つ私ども納得するように話して下さい、こういうことが一つ。 その次は、第五條に「委員長及び委員は、人格が高潔であつて、団体の規制に関し公正な判断をすることができ、且つ、法律又は社会に関する学識経験を有する者のうちから、両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命する。」、こうなつております。こういう立派で人格者で、こういう立派な神様みたいな人が得られますか、今の現在で……これは一つ法務総裁から……。
○国務大臣(木村篤太郎君) お答えいたしますが、先ず数の問題でありまするが、かような破壊活動をやつておる団体については、私らの考えといたしましてはそうたくさんの数に上らないだろうと、こう考えております。従いまして丁度今設けられておりまする警察方面の国家公安委員という制度があります。それが丁度五人であります。あれぐらいの数が適当じやないかと、こう考えて五人にしたわけであります。而してその人たちがどういう人を選ぶか、この規制ということについては我々は細心の注意を拂わなくちやならん、こう考えておりまするので、各方面からこれに適当な立派な人を選びたい。そういう人があるかという御質問でありますが、私はさほどその点については心配は持つておりません。この審査に当つて決定される有資格者五人ぐらいの人はこれは必ずやあるだろうと、こう考えております。その点については是非御協力をお願いいたしたいと、こう考えております。
○一松定吉君 それはもう待遇をよくして認証官ぐらいの待遇にして、そうしてたくさんの給料を與えるというふうになればあると思いますが、なかなかむずかしいと思いますが、それはそれとして、そこで両議院の同意を得て内閣総理大臣が任命するということですね、両議院の同意を得る、今の現国会と現内閣について一つ例を挙げましよう。自由党が絶対多数、そうして自由党の総理大臣である吉田さんがここに五名を選任して来た、そうして両議院がこれをやつた。自由党のほうでは我が党の総裁である総理から推薦して来たのだから反対はないが、他の者から考えると、どうもああいう人間はいかんなと思つても多数決でやられるということになつて来ると、結局それが公平を失するというような選任の仕方になる。或いはこれらの人がいろいろな採決をするときに不公平な採決をするという虞れがこれはやはりあり得るのです。それはそういうような人間を吉田さんは選任しない、そういうような人間は国会では受付けないといえばそれは理窟はその通りですが、実際はその行かん場合があるのだね。それからいま一つこの第二項によつてみると、任期が満了し、若しくは欠員を生じた場合には、国会の閉会中であるときには、或いは衆議院の解散したときであるときには両院の同意を得ることなくて勝手に内閣総理大臣が任命いたします。勝手に任命する、国会の同意は要らんのだ、勝手に任命する、それで仕事をやらしていい。それでその入が今度は国会の承認を得ることができなかつたらそのときにやめさせる。その選任してからやめさせる前にもう仕事はしてしまつたということが必ずしもこれはないとは言えないが、そういうことがあつたときにはどうしてこれを防ぎますか。何かそれを防ぐような裏付があればそれを一つ承わりたい。
○国務大臣(木村篤太郎君) 先ず選任の問題でありまするが、それはどうも民主的運営におきまして国会を尊重するというよりほかに道はないのであります。その国会においてどういう党派が多数を持つているかということは、これはときどきによつて変るのであります。これは両院において承諾を求めるわけであります。両院の同意を得ることになつておりまするから、その点においてはそれは十分な人を選び得るものと確信して疑わないのであります。 今ときの総理大臣が勝手に人選をするのじやないかというお話でありまするが、これはかような民主国家におきまして総理大臣が自分の勝手気儘な人を選ぶというようなことはこれは私はむしろ想像はできないのであります。ここにおいて国会というものが働くものであり、且つ、たとえ少数党といえどもその場合においては十分なる意思表示はできるのであります。まあ両院の同意を要するわけでありまするから、決してときの総理大臣が我が儘勝手な人選をするものとは考えておりません。現在の国家公安委員におきましても極めて立派なる人が選ばれまして、十分にその職務を果されているところを見ますると、将来においてこの国会の同意を得て公安審査委員も人格識見のある人が必ず選出されるものと私は考えているのであります。
○一松定吉君 そうお答しなければならんのだ、そうなければならんことはわかつておりまするが、往々にして今私が心配するようなことが今まで行われておつたから、それを一つ十分に愼重におやりを願いたい。 それからその次の四項に「三人以上が同一の政党に属する者となることとなつてはならない」というのですからしてこれは結構です。ところが今のような悪辣な総理大臣がまああつたとする、その悪辣な総理大臣が三人以上は同一の政党に属してはいかんなら、本当は五人だが、五人のうちあとの二人は脱党する、脱党してしまえば政党員でないのだからというようなことをやつて、これで拔け道をせんとも限らないのだが、これはどうもこういう文句でなくて、三人以上は同一の政党に属してはいけないのみならず、以前政党に属しておつたものもいかんということにしたらどうですか。
○国務大臣(木村篤太郎君) そういうような点も考慮されるだろうと思います。更に検討してみたいと思います。
○一松定吉君 そこでね、結局そういうことを私が言うのは、調査官や委員会を設けずに、警察官や検事に持つて行つて、裁判所に持つて行つたほうがいいのじやないかということの結論に行くための道行を今お尋ねしたのです。私はまあ裁判所に持つて行つたほうがいいと思いまするが、ここに一つ時間もないから伺いたいことは、この前政府委員からお答えがありましたように、公安委員会で決定をしたことと、それに対して不服で裁判所に持つて行つたところの判決とが矛盾しておつたときにはどうするかということについて、関政府委員は、それは以前のやつはやつぱり残るのだ。裁判のほうも残るのだ。こういうことをお答えになつたが、それは関政府委員今のお答え間違いありませんか。
○政府委員(佐藤達夫君) そのお尋ねは保留になつておりまして恐らく明日でも伊藤委員にお答えすることになつておるのでありますが、先だつても私がちよつとその点に触れましたからお答え申上げたいと思います。簡單にお答え申上げたいと思いますが、恐らくお尋ねの趣旨は、この規制処分の前提になつておるいわゆる犯罪行為と申しますか、破壊活動の刑事事件としての成り行きとそれからそれに対する今度は規制処分のほうの行政事件としての成り行きとの関連でございます。それにつきましては、この法律ばかりではございません。御承知の営業取締り関係のいろいろな法律に出て来る問題でございまして、例えば営業取消の事由として、この法律に違反するような所業が営業者にあつた場合には営業を取消すということが書いてある。そうしてその違反については又罰則がその法律の中に作られておるわけであります。そういう場合に丁度同じ問題が出て来るわけであります。これはこの刑事事件そのものと規制処分そのものとはこれは性質が一応違うと、こう見なければなりません。従いましてその相互の関連性はこれは一応別々に考えなければならん。そういうふうに考えております。
○一松定吉君 成るほど機関は違うけれども国家は一つだな。日本国の機関……。裁判所とそういう調査委員会というものは……、だからして二つ異なつた国家の意思があるということはよくないから、これはこの法律を制定するときに調和して以前の行政庁のほうのやつは例えば留保しておく、或いは執行を停止しておくということにして、裁判の結果を見てそれによつて併せて適当の措置を講ずるということのほうがいいと思うのですが如何ですか。
○政府委員(佐藤達夫君) なかなか理窟を堀下げて考えますと我々としては割切れないところがございます。ただ立法の政策上の問題としては、何かうまい解決方法がありますれば、それは大変結構だと思います。
○一松定吉君 そういうことについて更に御研究になつて、そういうような国家の意思が二つに分かれるというようなことは面白くないのですから、お願いをしておきます。そこで重要なことは私は公安調査庁だとか審査委員会とかいうことを設けずして、警察若しくは検察庁、裁判所をしてやらせるがいいと思うのであるが、仮にこれを調査庁の調査官若しくは審査委員会に任せるとして、そうして本当に国民が安んじてそれらのことを任させるようにするのには、先刻局長からお答えにたつたように、人物を得られない。それから自分のやつたことについて責任を負うということがない。涜職にもならん、国家の賠償にもならんというようなことであると、帰するところは国民が迷惑するだけであります。そういうことのないようにするためには、本当に愼重審議して、丁重にも丁重なふうにして権利を侵害しないような方法を講ずるには、この刑法の百九十三條の公務員の涜職に対しては、警察、検察、裁判官に対する涜職よりも軽く罰するようなことになつておる。これをもう少し重く罰して、本当にこういう事務に従事する人は、我々はよほど注意してやらなければ、こういうようなひどい目に、制裁を受けるからというような考えを持たせるようにして仕事を愼重にやらせ、人権蹂躪のないようにすることが私はいいと思うのだが、そういう点についてこれは一つ法務総裁から御返事をお願いいたします。
○国務大臣(木村篤太郎君) 御尤もであります。この法案の実施につきまして、非常に愼重を要すると我々も考えております。殊にいろいろの御議論を聞いておりますると、曾つての治安維持法において非常に苦澁をなめた経験がある。尤もこの法案と曾つての治安維持法とは根本的にその本質を異にしておるのでありますけれども、併しそれらの点についての御心配から見て、今のような点につきましては我々は十分に検討してみたい。こう考えております。
○一松定吉君 私も時間がないからこれでやめますが、今いろいろお願いいたしましたことで、一つこれは成るほど皆さんの質問について考慮しなければならんなということが大分あつたと思うのです。そういう点は更に御検討を願いますことの希望を附して私の質問を終ります。有難うございました。
○委員長(小野義夫君)次は委員外発言として前之園君より意見の開陳がございますからこれを聽取することに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(小野義夫君) 御異議がないと認めます。さよういたします。
○委員外議員(前之園喜一郎君) 只今御審議になつておりまする破壊活動防止法案は、今国会で審議しておりまする法案中最も重大な、重要な法案であると思うのであります。従つて衆議院の法務委員会においても、又当法務委員会におかれても非常に愼重に連日御審議になつておるわけであります。只今先輩の一松先生が非常に時間をはしよつて質問を打ち切つて、私に質問の時間をお與え下さつて実に感謝に堪えないわけであります。私は一年ほど法務委員をやつた経験があるのでありまして、この委員会とは満更あかの他人であるわけではないわけであります。実は御承知のように民主クラブは法務委員を出しておりません。そういうことで民主クラブの総意として、前に私は法務委員をやつたこともあるから、お前が出て行つて委員外発言を許してもらつたらどうだ、こういうことでクラブの総意として私がここへ参つたようなわけであります。併しながらこれから私が申上げますることは、これはクラブには諮つておりません。私個人の意見でありまするが、併しながらクラブの大勢を支配する意見であるように私は考えておるのであります。意見の開陳と申しましたが、実は相当時間質問を許すというお許しを昨日頂きましたわけでありまするけれども、昨日申上げましたように、すでにこの権威ある法務委員会において、而も一松大先輩、伊藤先生、岡部先生その他極めて有力なる專門家のかたがたが縦横に論議を盡されたあとで、私は法案によつて多少の研究をした或いは又会議録等を読んで幾分の知識を持つておりまするが、すでに本委員会におかれても大詰に近づいておる今日、私が時間をさいて頂いて質問をいたしますることは、むしろ蛇足に終ることになるのではないか、こういうような考えから二、三の意見を開陳いたしまして、そうして若し時間等の御都合がありまするならば、これに対して法務総裁から御答弁と申しまするか、御意見を承わることができれば非常に仕合せと思う次第でございます。私がお尋ね申上げることは三項目か四項目の極く総括的な点だけでございまして、法案の具体的な問題については触れないつもりであります。これはすでに審議を盡されておる。会議録等或いは新聞等を見ますると誠に名人芸であるという気持がするのであります。お尋ねがありお答えがあるも或いは虞があり実がございますが、非常に徹底した質疑応答を重ねられておるのであります。質問でなく意見の開陳、但しこれに対して御意見があれば法務総裁の御意見をお聞かせを願いたい、こういうわけであります。 先ず第一に、私はこの法案の立法体系について納得しがたいものがあるのであります。政府はこれまで両院の法務委員会においてこの法律案の中には暴力主義的破壊活動を行なつた団体に対する必要な規制措置という行政的條文と若干の現行刑罰法規の補整との二つが含まれておるのだという説明を繰返してなされておるのでありまするが、これに対しては衆議院法務委員会におきましても又当委員会においても有力なる質問が展開されておるのであります。特に私は感じましたことは、衆議院の法務委員会において石川委員の反対意見に対して、私は傾聽に値する点が非常に多かつたということを感じたのであります。申すまでもなく法律は簡明でなければいけない。簡明にしてわかりやすく、努めて複雑混淆を避けることを念願しなければならないと思うと共に、又私は先ほど一松先生からも多少触れられましたが、いわゆる三権分立の大原則を確守して行かなければならないということを強く考えておるものであります。この法案がその解釈の点においても又運用の上においても幾多の不可解と疑問を投げかけておるということは、一つの屋根の下に行政と司法とを同居せしめておる。規制措置という行政行為と刑罰法規とが相倚り相助け合つて行くがごとき極めて複雑なる形態に見えるということが一つの大きなる原因ではなかろうかと考えておる次第であります。政府は本法案に盛られている刑罰を、若干の現行刑罰法規の補整に過ぎないということを言つておられる。極めて軽々に取扱つておられるように考えるのでありますが、これはしばしば両法務委員会において論議せられておりまするように、実質的には現行刑法の改正であり、殊に教唆扇動というものを独立犯とするという画期的な立法措置であるということを私は考えるのであります。單に補整というような、最小限度の補整というようなものではなかろうということを私は強く考えておるのであります。 次に私は憲法に明確であるところの行政と司法とは、飽くまでもこれを独立せしめるという根本原則を堅持するという建前から申しましても、法律を簡易平明ならしむる上から言つても、これを分けまして、共に必要であるならば二つの法律として立案せらるべきであつたということを強く主張するものであります。單なる便宜主義によつてかかる雑居法案を作成すべきではなかろうかと考えるのであります。政府はたとえ反対党の意見であつても、正しき議論に対しては襟を正してこれを聞き、これに従うの雅量を持つべきではなかろうかと私は考えるのであります。私はこの法案の審議が、すでに先ほど申しまするように、当委員会においても大詰に近付いておるということに鑑みまして、これを直ちにこの国会において適当に是正せられることは望むものではありませんが、政府は十分に研究されて適当の機会に法の体系その他について考慮せられるように私は切に要望いたしておきたいと考えるものであります。 なお附加えて申上げておきまするが、この法案にはなくてもがなと思われるものが大分附加えられておるように考えられるのであります。こういう條文はなくてもいいのじやないかと思われるようなものが大分あるようであります。例えば第二條であるとか或いは第二十四條の第二項のようなものがそれであります。政府は第二條は注意規定であると言つておるようでありまするが、私どもはかくのごとき條文は全く無用であると考えております。これは例えて申しますると、口紅は唇に塗るものである、鼻の頭を染めてはいけませんよというようなものである。(笑声)そういうことを法文の中に、そういうような意味にとられることを法文の中に入れる必要は全然ないと私は考えるのであります。衆議院法務委員会の会議録を見ますると、猪俣という委員であると思いまするが、こういうことを言つておる。この只今審議いたしております破壊活動防止法案なるものは、実に不体裁である、乱雑極まるものでありますと言つて、発言の冒頭にこういうように表現をしておるのであります。或いはこれは少し苛酷であるかも知れませんが、まさしく私は政府にとつては頂門の一針に値するものではなかろうかと考えるのであります。私はむしろ第二條などを入れるよりも、先ほど先輩の一松先生からも縷々御開陳がありましたが、むしろこういうような非常にむずかしい、ともすれば誤りやすいような法律の執行に当るもの或いは地方警察官、検察事務官、こういうようなものを戒める意味において、若し人権蹂躙とか、或いは法律の執行に行管過ぎがあつた場合には、適当に懲戒をする、或いは刑罰を科するというような條文を入れることがむしろいいのではないか、そうあるべきではないかというふうに考えておるのであります。 第二に私が申上げておきたいことは、この法案を御提出になつた政府が、今日どの程度の時局認識をお持ちであるかということであります。政府はしばしばこの説明において、現下時局の緊迫が本法案、立案のスタートになつたと言われておる。又教唆、扇動を独立犯とすることにおいて公共の安全を確保することができる。扇動或いは教唆こういうものを独立犯とすれば、公共の安全を確保することができると、実に安易な説明をしておられるように思うのであります。又この名称を見てみますると、この法案を破壊活動防止法案と言つてそうして説明等を総合して見ましても、政府はこの一片の法律制定によつて直ちに破壊活動を防止できるかのごとき認識の上にお立ちのように見受けられるのでありまするが、果して政府が考えておられるような効果がこの法律によつて期待できるか、私は大なる疑問を持つものであります。大変失礼と存じますが、政府の時局認識というものは非常に甘い、甘過ぎてお話にならないような気持ちが私はいたすのであります。破壊活動は單なる騒擾ではない、殺人でもない、放火でもないのであります。そのいいか悪いかということ、これは別といたしまするが、燃え上るところの民族意識を基盤とするところの革命の一手段であるのであります。革命の一つの手段である。單なる犯罪ではないのであります。それでありまするから、そう中心分子、或いは扇動するものであるとか、中心になるものは全然法を無視してかかる。法律があろうがなかろうが、そういうことは殆んど念頭におかないでかかるという現状であります。ときには生命の危險さえも顧みないというような場合が往々にして起り得るのであると私は考えるのであります。実例を申上げるまでもございませんが、かの五月一日の騒擾事件にいたしましても、彼らは現行刑法の中に騒擾罪というものがあることをちやんと知つている。知りながらこういうことをやつている。法律を無視して、そうして自分の信念と申しますか、やつておるのであります。知つていてこれを無視する、これを無視して敢行するところに私は革命手段たる破壊活動があるのだと、こういうふうに考えておるわけであります。而も今日の時局というものは、国際的にも、国内的にも時々刻々に緊迫の度を加えつつある。例えば朝鮮の問題のごとき、申上げるまでもなく、御承知の通り休戰会談もできない。もう一年近くなるができないのであります。その間に共産軍のほうは兵力を増し、備えを固めておる。こちらとしては非常に厄介であり、向うとしては有利な立場をとつておる。而も背後におけるところの南鮮においては、李承晩と議会との間が一歩誤まれば非常に憂慮すべき問題が突発しかけておる。南鮮の問題のごときは、或いは見ようによつては、これが暴動化することになるのではないかといつて、国民一般が非常に憂慮しておるという実情であるのであります。私は昨日或る政治評論家といろいろ話したのでありますが、この人なども非常に心配しておる。朝鮮の問題、南鮮が崩れて行く、そうして三十八度線を維持することができない。朝鮮が共産軍に統一されるということになると、これは日本と共産軍は直面しなければならない。実に由々しき状態に置かれていると言つている。又この人の話によると、来たるべきアメリカの大統領選挙に立候補するという某氏、名前は特に申しませんが、こういう人は朝鮮から兵を引揚げるということを主張している。選挙の結果誰が大統領になるかわかりませんが、大統領の、その人によつては或いは日本に対するところのアメリカの政策、アジヤに対するところの政策というものも変つて来るかも知れない。私は今日こういうような実情に置かれているということを考えるのであります。非常に憂慮すべき状態に置かれておるように考えておるのでありますが、私は遺憾ながらこういうような時局において、この法律に多くを期待することはできない。政府の考えられるような、この法律が無事に通過して、そうして扇動だとか、或いは教唆とかいうものが独立犯になれば、すぐ安全の確保ができる、公共の安全の確保ができるというような甘い考え方はできないのではないかと、こういうふうに思つております。極端に言えば、せいぜいこの法律はないよりもいい。なきにまさるものであるが、大きな効果を私たちは期待することはできない。極端に申しますと、或いはこれはお耳ざわりになるかも知れないが、この法律は犯人を製造する法律のようなものになつて参るのではないか。或いはこの法律があれば捕えるのに非常にいい。そういうような結果になるのではないかということまで考えておるのであります。私はこの上その点について申しませんが、一つ法務総裁の忌憚なき御意見、そうして今日のこの重大なる時局に対してこれだけの法律、非常に甘い考え方をしておられるように見受けるのであるが、所期の目的をお達しになることができるかどうかということを、意見を開陳いたしまして、若しできるならばお教えを願いたいと、かように考えるのであります。 それから第三番目は、私は法案は独立日本の向うべき進路と逆なユースをとつておると、こういうふうに考えるのであります。日本の軍国主義、帝国主義、こういうようなものは敗戰によつて影をひそめた。その代りに新らしく生まれたものが米軍の育成によるところの民主主義であります。日本は民主主義国家としてこれから生成発展しなければならないのでありまするが、この法案は只今申上げまするような時局に即応し、誠に止むを得ないものではありましようが、併しながら全く民主主義と逆行する強権の発動を内容とする法案であると私は考えるのであります。かくのごとき法案が手を変え品を変えて次々に提案されるということになりまするならば、それ自体が実に憂うべき問題を招来する虞れがあるのではないかと私は考える。強権発動によるところの政治が如何なる結果をもたらすかということは御承知のごとく、古今東西幾多の実例が残つておるところであります。この点については、私は特に一つの項目を設けて政府に十分な考慮を促し、そうして本当に日本が民主主義の軌道に乗つて国民全体が民主主義の国民となつて、こういうような強権発動の或いは要件となるような法律の制定をできるだけなくする。現在あるものはこれを潰して行くという方向に政治を向けて頂く、こうでなければならんと考えるのでありまするが、この点についても御意見を承わりたいのであります。 第四に、この法案は問題点が非常に多いので、先ほどいろいろと私はこの席で一松先生の御意見等も聞いておりますが、非常に多い。私はこの法案に対する説明書も参考書も余り持つておりません。又公聽会等も聞いておりませんが、この法案をずつと読んで行くと殆んど逐條的に問題がある。非常に逐條的に問題があるようであります。最初に私が申上げましたいわゆる法律というものが簡易平明であつて、国民によくわかるような法律でなければならないとするならば、この法律は実に私は法律技術として優れたものではないということを申上げなければならんと思うのであります。特にその運用についてはいろいろな点が危惧されておるのであります。一々私はここには申上げません。すでに論議を盡しておられるのでありますから一々申上げませんが、最も大なる点一つだけを私は申上げたい。これは又論議の中心であり又重点であつたように考えるので、それは教唆、扇動というものを独立犯としたことであります。これを独立犯としていいか悪いかということは非常に論議せられておるのでありまするが、この点が論議の中心であり、又国民が非常に心配をいたしておりまするところであります。ややもすれば踏み外しく人権蹂躙になるのではないか。或いは昔の特高の復活のような形になるのではないかということが心配せられておるのであります。この教唆、扇動の解釈については、両院法務委員会において長い間それぞれ法律の大家において論議せられておるのでありまするが、実際の運用については私は決定的な結論を出しておるのかどうかということを知らないのであります。ただ理論的にはこれは説明付けることはできましよう、判例もある、その他いろいろありますから理論づけることはできるのであります。併し実際の事例を掲げて検討する段になりまするとなかなかむずかしい。私どもはなかなかこの解釈に困るのではないか、いろいろな千差万別の異なる事例を取上げて、これはどうだ、あれはどうだ、煎じつめて考えると非常にむずかしい、解釈は非常に困難な法案であると私は考えるのであります。世論ごうごうとして扇動の独立犯に反対をいたしており、これが法律本来の生命であるところの簡易平明、或いは誰にでもわかるようなものでなく、むしろ玄人さえわかりにくい法律であるということが、私は非難の中心の的ではないか。玄人さえ、大家でさえ、どうもいろいろと疑問があるようであります。会議録などを見てみますと、実に中には少しどうかと思うような質問もあるほどにこれは参つておる、解釈に苦しんでおる。こういうような不安、これを巡査であるかとか、或いは検察事務官であるとか、その他非常に法律知識の低い、又常識の点においても遥かにこの委員などより劣るというような人が運用するのですから、これは心配せざるを得ないのです。私はこの点を国民が非常に心配をしている。法務総裁の責任はこの点において非常に私は重大だと思う。過ちなく運用せしむるだけの御自信を法務総裁はお持ちであるのか。法務総裁は私どもの先輩であり、非常に尊敬をいたしておるおかたであります。法務総裁は確信があられるとは思うのでありますが、多数のこれらの運用に従事する者が過ちなくこの法律をこなせるかどうかということについては、私は非常に心配をするのであります。衆議院の法務委員会において鍛冶君でありましたか、何か扇動ということを規則でも作つて、扇動というものはこれこれだ、或いはこういうものがはまるのだというようなことを作つたらどうかというような御議論までも出ておるようであります。私はこの法案についてはこの点だけを申上げますが、この法案が本委員会を通過するかしないか、或いは又参議院の本会議でどうなるかわかりませんが、どうかこの法案が仮に通過したとするならば、愼重の上にも愼重を期せられて、そうして今日国民の多数が心配をしておりますることが、本当に取越し苦労であつたという安心感を持つことができるように、最善の努力をお願い申上げたい。この点について総裁から御意見を承わりたいのであります。その他法律的に考えるといろいろありますが、私は細かいことは申しません。すでに論議は盡されて終結に近付いておるのでございますから、委員外の私がとやかく申上げることは遠慮すべきであると考えます。 最後にこれは当委員会の審議の御参考にもなろうかと思いまするが、私はこの法案に対する民主クラブの大勢の考え方、取扱い方というものについて一言述べておきたいと考えます。この法案は先ほど来私研究の結果のいろいろな難点或いは盲点を考えまして縷々申上げましたのであります。できればこういう法律はないほうがいい、民主主義の国家にこういう法律を作らなければならないということは実に国民として嘆かわしいことである、非常に法律としてもまずい法律である。併しながら私の意見の中にありましたように、国際情勢においても国内的な関係においても、非常に重大なる段階に近付きつつあるような気持がするのであります。いろいろな難点もありまするが、できればこの法は多少の修正を加えても、この法案の本質を害わない程度の多少の修正を加えてもこの法案を成立せしめることがいいのではないか、こういうふうに民主クラブにおきましては、私も又クラブ員の大勢も考えておる次第であります。いずれも当委員会において修正意見等もありましよう、或いは修正案等もできましようが、そういうときは一応一つ私どものほうにも御連絡を賜わりたい。私のほうでも折角いろいろと研究してこれをこのまま無疵に通すか、或いは多少修正を加えるかということの検討をいたしておるわけであります。法務委員が出ておりませんので、非常にこの委員会の空気もわかりませんが、然るべく御連絡を賜わりたいと考える次第であります。 大変どうも取り止めのないことを申上げましたが、できまするならば、法務総裁から、ごく簡單に要点に触れて御意見を拝聽さして頂きたい。長々とどうも有難うございました。
○国務大臣(木村篤太郎君) 只今縷々御意見を承わりまして感謝に堪えません。そこで疑問の点について簡單にお答えいたしたいと考えます。 第一に、この法案は立法体系においてまずいじやないか。それは一つの法律の上において行政措置と刑罰法規を併置しておるということでありますが、これは御承知の通り、この法案は私は一種の暫定的のものと考えております。先刻もお話があつたように、我々としては、かような法案のなきことを希望いたすのであります。我々は好んでかような法案は作りたくありません。併し現下の情勢を考えてみまするときに、我々は民主的運営において是非とも必要であろうと考えております。私は繰返して申しております。どこまでも我々としては民主社会を作りたい、民主国家において何が一番阻害されるかというと、私は暴力であると思います。暴力の否定はどこまでもいたします。暴力のある所、民主政治というものは私は崩れると考えて、確信を持つておるのであります。そこで民主政治を維持するためには、この法案に規定いたしましたような破壊的活動は是非とも封じなくちやならない。いわんや強力な組織を以て日本の国家秩序を破壊せんとするものにおきましては、是非とも何らかの措置を講じなくてはならん。これは民主政治を維持する建前から言つて必要なことであろうと考えております。従いまして我々はこの法案を作成するに至つたゆえんであります。而してこの行政措置と刑罰法規を加えたということ、併置したということは、今申しますように、この法案は一つの暫定的法律であるということを御承知を願いたい。御承知の通り、刑罰法規といい、刑法というものは国家の恒久法であります。この恒久法はこれは軽々にこれを改正することは好ましくないのであります。そこでこの行政措置と一時的の刑罰法制をここに加えて一つの法案を作成したゆえんであります。この例はほかにもあるということは、私はもう止むを得ざるに出でたものであるということを御承知を願いたいのであります。 第二には、この法案第二條はなくてもよい規定じやないか、御尤もであります。私も同様に考えておる一人でありますが、併しながらこの法案が如何なる目的で作成されたか、いやしくも正常なる団体活動について阻害を来たすような行為に出ては相成らん。この法案の実施されるべき目的は何にあるか、十分注意してこの法案の運用に当れという一つの充足規定であるのであります。ほかに他意はないのであります。 その次に、こういう法案というものは独立日本の向うところに逆行するのではないか、いわゆる民主主義に逆行しやしないかということであります。今申上げましたように我々といたしましては民主主義を維持せんがために止むを得ざるに出でたる法案であるということを申上げておきます。 次に教唆、扇動の点でありまするが、これは私はこの法案の骨子になるものであろうと思います。若しこの教唆、扇動がこの法案から除かれれば、この法案は作らなくてもよろしいと私は思います。今日大規模な組織で破壊活動を行われることにおいては最もこの扇動ということが大きな役割を果すのであります。この扇動の結果如何なる事態が生ずるか、殊に大なる組織を以てする場合において、この扇動の役割ということは極めて大きいのであります。この扇動はこの法案の中で私はその骨子をなすものであると考えております。そうして今前之園さんの御疑問になりますこの濫用の虞れはないかという点であります。これは申すまでもなくこの扇動については極めてその対象を絞つておる、漠然としておるのではないのであります。国家の基本規律を破壊するような内乱、内乱の幇助、教唆、その他刑法において最も凶悪なる犯罪として挙げられておる殺人、その他放火以下の犯罪を掲げておる。それに対しての扇動であります。この扇動ということは今申しますようにこの法案の骨子をなすものと私は考えております。この扇動こそは日本の秩序を破壊する上において大なる役割をなすものと信じて疑いません。是非ともこの法案において私はこの扇動というものを維持したいと、こう考えておる次第であります。 最後にこの法案の運用についての点でありますが、これは御尤もであります。我々はどこまでも日本憲法に定められました基本的人権は維持させなくちやなりません。当局としてはこれを維持する責任を持つておるのであります。その点におきましては、我々はこの法案を作成するについても、いささかも基本的人権を侵してはいけないという建前から、あらゆる観点で絞つてこれをやつておるのであります。殊に私は審査官につきましても強制調査権を持たせないという理由もそこにあるのであります。又この公安審査委員会を作つたのもそこにあるのであります。ただ單に行政官の独断で以てかようなことを判定させてはいけない。民主的の委員会において最後の行政措置の決定をするのだ。この委員会においても人格識見高潔な、これを決定するにふさわしい人を国会において同意を得て総理大臣が選ぶということの建前をとりまする以上、これはその運用よろしきを得れば、この法案の建前は十分維持できるものだ、こう確信しておるのであります。くれぐれも申したいのであります。我々はかような法案が一日も早くこの世から去らんことを希望いたしております。現下の情勢から顧みまして、どうしても日本の民主政治を維持する建前において必要欠くべからざる、止むを得ざるに出でたるものであるということを私は申上げて御答弁に代えたいと思います。
○委員長(小野義夫君) それでは須藤君の御発言ですが、成るべく例えば現在のいろいろの事実ですね、例えば先ほど御引例のああいうのをやると時間が非常に経ちますから、成るべく一つ法律の要点及びその他の御意見を御質問願いたいと思います。
○委員外議員(須藤五郎君) 法務総裁にお尋ねするのでありますが、小さい点、先ほど大分済ましましたので最後に小さい問題の一点を質疑しますが、法務総裁は飽くまでこの法案は、伊藤さんの質問だつたかにありました、どこかよその国からの指示を受けてやつたものではないかという御質問に対して、絶対にそういうことはない、おれも男だからそんなことはないと言つて大見得を切られたというのですが、それではこの法案の原案の最後の附則のところに、「この法律は、日本国との平和條約の最初の効力発生の日から施行する。」という一文がありました。修正案では、直つているようでありますが、この言葉は何のためにこういう言葉が使われたか。
○国務大臣(木村篤太郎君) これは平和條約発効の日からこの法案の実施を見ることが一番適当なりと、こう考えたからであります。
○委員外議員(須藤五郎君) そうしますと、この法案は前にあつた団体等規正令の変身として作られた。あれが講和発効によつてなくなるから、それでは困るからそれに代るべきものとしてこれを作られた。即ち講和條約と密接な関係があるというふうに考えられると思うのですが、その点……。
○国務大臣(木村篤太郎君) 條約とは密接な関係はございません。勿論団体等規正令は講和條約発効後においてこれは消え去るものと考えております。併しながらこの法案作成に当りましては十分に現下の情勢を検討した上において、必要止むを得ざるものとして作成したのでありまして、およそ団体等規正令とはその建て方を異にしておるのであります。
○委員外議員(須藤五郎君) 聞くところによりますと、講和発効に関してそれに関係ある法案はすべて平和條約発効と同時に効力を発生するというような一文がすべての法案にくつついている、その一つとしてこれもそういうふうになつたのだということを私は伺つておりますが、それならば明らかに講和條約と関係のある法案だということが言えるのです。それでなかつたならばこういう文章をうしろへ附則としてつける必要がないと思いますが、何のためにこういうことをつけたか。こういう文章が最初ついていたところを見ますと、我々皆それは條約と関係がある、関係の下にこういう法案が作られたというふうに解釈せざるを得ないのですが、その点はどういうふうに御説明願えますか。
○国務大臣(木村篤太郎君) 我々は日本が講和発効後と同時に独立国家を形成するものであるから、独自の建前でこの法案を作成し、而して講和條約発効と同時にこの実施を見ることが一番適当なりと考えたからであります。
○委員外議員(須藤五郎君) 総裁の説明では皆納得できないと思うのです。こういう文章が一つあつたということは、この法案に非常な暗い蔭を投じている点だと思います。余り追及していると時間がなくなるので追及しませんが、なお総裁が、私も一個の日本男兒だ、どこからも指図を受けたことはない。併し、大橋君のときは知らないが、という言葉があつたように思うのです。総裁は大橋さんのときは知らなかつたと思うのですが、ほかのかたは大橋さんの当時から御一緒だつたと思うのですが、大橋さんのときでも外国からの指示は受けなかつたということですか。総裁の言葉では、大橋さんのときはあつたのじやないかというような疑問が起ると思うのですが、その点伺つておきたい。
○国務大臣(木村篤太郎君) 大橋君に事情を聞いたことは少しもございません。併しながら私は断じてどこの国の指示も受けておりません。私はこれは男として誓つて申上げます。
○委員外議員(須藤五郎君) それではお尋ねしますが、この法案の中にある破壊活動というのはどういうことを意味しているのか、納得の行くように説明して頂きたい。
○国務大臣(木村篤太郎君) 破壊活動の定義は第三條によつて極めて明瞭に規定されておるのであります。要するに日本の国家の基本秩序を根本から破壊するような行為その他第二項において列挙いたしました刑法所定の兇悪なる犯罪行為、かような行為を起さんとする行動であります。
○委員外議員(須藤五郎君) そうしますと朝憲紊乱ということを指していらつしやるというふうに理解してよろしうございますか。
○国務大臣(木村篤太郎君) 朝憲紊乱とは違います。内乱であります。
○委員外議員(須藤五郎君) それではお尋ねしますが、民主主義というのはどういうことでしようか。私たち又新憲法は主権在民というふうにはつきり明示されておると思いますが、一度念のために総裁の御意見を伺いたいと思います。
○国務大臣(木村篤太郎君) 民主政治は要するに私は縮めて言えば議会政治であります。国民がみずからの力によつてみずから政治をして行く、要するに国民のおのおのの任意選んだ代表者を以て議会を組織し、その議会においてすべてのことが論議され、 〔委員長退席、理事伊藤修君委員長席に着く〕 それを行政として発動されるのが民主政治であろうと考えております。
○委員外議員(須藤五郎君) 新憲法には主権在民ということがはつきり明示されておりますが、それは総裁も確認なさるでしようね。
○国務大臣(木村篤太郎君) 尤もであります。
○委員外議員(須藤五郎君) それではお尋ねしますが、この新憲法下において民主主義の世の中におきましては、あらゆる政党及び労働組合などの団体は自由に活動ができるものであろうと私は理解するわけなんです。ところが前に全労連の幹部をなんだか訳のわからん理由で追放しておりますが、政府がこういうことをするということは、結局団体の自由そのものを侵しておることではないかと思うのです。又曾つて社会党の松本治一郎氏や、それから我々の仲間の細川嘉六君などを追放しておりますが、こういうことはこの民主政治又新憲法の主権在民の下ではなさるべからざることだと思うのですが、こういうことはよくこれまでたくさんされておると思うのです。民主主義の下におきましては人民が政治の形態を決定する権利を持つておると思うのです。これは主権在民でありますからはつきりしていると思うのですが、政府のやり方がこの人民の意思に反した政権を維持しようとして政権にかじりついているような場合、人民がこれを排除しようというのは当然ではないかと思うのです。先日の公聽会におきましても大内兵衛教授も歴史的に見まして好ましいこととは思わんけれども、その場合暴力の伴うことはあり得ることだ、歴史的に認めざるを得ないということを申されておりましたが、総裁の御意見はどういう御意見でしようか。
○国務大臣(木村篤太郎君) 私はさような議論には絶対反対であります。一つの政府が国民の支持を失えば、それは議会においてその政府を倒すべきであります。いわゆる国民の世論に従つてその世論の向うところによつて議会がこれを論議し、そうして議会においてその政府を彈劾して、そうしてその政府を倒して、みずから国民の支持を受けた政府がこれに代るということが好ましいことでありまして、暴力を以てその政府を倒すということは、これはまさに議会政治の否認と私は考えております。
○委員外議員(須藤五郎君) 政府は自分の政権を維持するために人民の意思に反して、人民がこうありたいと思うことをそうさせまいとしている。先ず政府こそ、これは私たちから見ればこの法案は暴力だと思うのですが、こういう法案を作つて人民を彈圧してかかる。それに対して人民の立場から新らしい政権を作るために一つの行動として行動が起き土つてくる。これは今に始まつたことでない。人類の進化の上において、進歩の上において、すべての歴史の上にたくさんの事実がある。又こういう経路を経て歴史というものは進展して行くわけです。私は好む好まんで歴史を否定することはできない。地球を逆転させることができないと同じように、この歴史を否定することはできないと思うのです。何も暴力を好む好まんの問題ではないのです。私たちはこの歴史を認めるということです。大内さんもその点を強く言つていらつしやると思うのですが、あなたはこの歴史の事実を認めないとおつしやるのですか。
○国務大臣(木村篤太郎君) 私は歴史の事実を否定するわけではありません。併し歴史によつてこの民主政治が行われるようになつたのであります。これが現在の政治のあり方であります。従いまして人民の意思というものは国会において反映されるのであります。これが民主政治の建前であります。
○委員外議員(須藤五郎君) あなたはこれまでそういう歴史の事実を認めて、そうしてそういう過程を経て今日の民主政治ができたということまで認められる。併しこの民主政治があなたたちに都合のいい、いわゆる一方的な解釈に基く民主政治は、私たちの考える民主政治とはちよつと違うように思うのですが、その新らしい次の段階に来る民主政治というものを否定しているわけなんです。ところがあなたが否定し、ても歴史は、地球は常に回転して行くのです。東から西に向つてですか、回転して行くわけですね。この回転をあなたがとめることができないと同じように、この人類の進歩をとめることはできないのです。それを認めなくちやなんにもならないのです。過去のことは認めるけれども、あなたは地球をとめることができるのですか。あなたがたに都合のいい民主主義で地球をばつたりとめることはできますか、それはできないのです。歴史は回転して行くのです。ですから私たちは過去の歴史を認めると同時に、歴史の回転して行く立場を認めるという立場に立つているのです。
○国務大臣(木村篤太郎君) 全然私は見解を異にしております。我々は幾多の歴史を経て今日の民主政治のあり方になつたものだと考えております。今日の民主政治においては暴力は否定して行かなければなりません。暴力を以て政府を倒すとか、政権の授受をすることは逆転であります。逆転は相成らん。我々は正しき廻り方を希望するのであります。
○委員外議員(須藤五郎君) こういうことをくどくど申上げなければならんと思うことは非常に残念だと思うのです。あなたの理解が余り左さ過ぎるから私はくどく申さなければならんが、これまで人間の歴史の上にいろいろなそういうフランス革命もあつた。日本でいえば明治維新だつてあつた。桜田御門で井伊掃部が殺されたあれだつて日本の一つの進展の出来事ですよ。そういうことを認めながら今後進展して行く上において、そういう事実の起つて来ることをあなたは否定しているわけです。これは地球が回転して行く上に、必ずそういう附随したものが起つて来るのです。暴力を好む好まんの問題じやないのです。私も暴力は嫌いな人間なんですけれども、これは事実として認めなくちやならん。その事実を認める上に立つて、あなたは法案を作つて行かなければならない。そういうことなんです。それをあなたは否定して、地球をもう今日とめる。これでおしまいだ。これで日本の政治形態はこれ以上進展しないんだ、だからそれを破ることはけしからん。それでは人間は死んでしまう以外に道はないのです。その歴史をあなたが認めないというから僕は口をすつぱくしなけりやならん。それはちよつとおかしいじやないですか。そうでしよう。その証拠に世界人権宣言にもちやんと前文にこういうことを言つているじやないですか。人間が專制と圧迫とに対する最後の手段として反逆に訴えざるを得ないものであつてはならないならば、人権は法の支配によつて保護されなければならないことが、肝要であるのである、そういうようにちやんと人権宣言の前文に訴えております。 それからあなたたち、私も尊敬する人物ですが、恐らく総裁も尊敬する人物だと思うアメリカのリンカーンもこういうことを言つておる。若し国民がその政府にあきた場合は、彼らはその政府を改造する権利又はこれを廃止し、或いは打倒する革命的権利を行使することができる。これははつきりリンカーンが言つております。又最近アメリカの初期の対日政策の中にもこういうことが言われております。まあこの文章が正しいかどうかわかりません、こういう意味のことですが、日本の封建的組織を破壊し、民主主義を確立するためには力を行使することを認める、こういうことをはつきり言つておるわけであります。こういうことがはつきり言われているのに、こういう法案が出て来るという点ですね。そこに問題があると思うのです。即ちこれまで私が申しましたように、政府は民主主義、いわゆるあなたのおつしやる民主主義に名を借つて、あなたたちの計画しているいろいろなこと、戰争もその一つだと思いますが、その政策を途行ずるために、人民の反撃を抑えるために絶対必要だからというので、こう法案を立法した。そういうように私たちは理解するのですが、如何でございますか。
○国務大臣(木村篤太郎君) 我々はどこまでも平和国家を愛するのであります。昔のような暴力を以て政治の取合いを、政府の取合いをしようというような、ああいうことは我々は絶対に否定する。政権は国民の総意によつて、いわゆる議会を通じてやるべきものだろうと確信して疑わないのであります。この建前をどこまでも維持して行こうというのが我々の精神であります。ここにおいて始めて本当の民主政治が行われるものと考えております。私は一例をとつて言うが、ソ連においても、ソ連の反革命法に何と書いてあるか。反革命法というのがあることは御承知であろうと思う。あのソ連がみずからの政治を維持するために、この政府を暴力によつて覆そうとする者は嚴重な処罰規定を設けてある。これは御承知であろうと思います。我々はこの民主政治を維持する建前において暴力を規制するのであります。
○委員外議員(須藤五郎君) ソ連の反革命法は、私は残念ながら読んだことがないのてすが、若しもあなたの、 〔理事伊藤修君退席、委員長着席〕 おつしやるような、そういう法案があるとすると、ソ連の反革命に対する法案は、地球が東から廻つて行くのを明らかに引繰り返そうとすることを防ぐためにある法案です。あなたのこの法案は地球が東から廻つて行こうとするのをとめて西に廻そうとする法案なんです。逆なのです。目標が違うのです。あなたたちは一部の極く僅かな人の自由を守るために、大多数を犠牲にしようという法案なのです。リンカーンが言つているでしよう。自由には二つある。狼の自由と羊の自由と二つある。私たちは羊の自由、兎の自由を主張するわけです。あなたたちの主張をするのは、狼の自由を主張しようとしている。名前は同じ自由でも、性格がまるで違うと思うのです。その通り破防法とソ連の反革命法とでは全く性格の変つたものです。これは反動法であり、片方は進歩的な法である。そういうふうに解釈する。(笑声)あなたは笑つているが、冗談じやない。ソ連にあなたの言うそんな法案がありますか。戰争宣伝禁止法案、戰争を宣伝する者は処罰するぞという、こんな立派な法案が出ている。日本は先ず第一にそれを作らなければならない国情にあるわけです。戰争宣伝をしてはいけない。日本を再び戰争に捲込んではいけない。ところが戰争反対をして、平和を叫ぶ人間を処罰する法案を先ず第一に出して来たのは何事ですか。こんな馬鹿げたことがどうして常識ある政府の考えとして受取れますか。全くあなたたちの独りよがりだと思うのです。そうして第一あなたたちの片一方的な意見で、すぐこれは暴力だとか何とか言われるのですが、その暴力だという認定は……、いいですか、その政府の一方的な認定の下に、認定になつたあとに何がついて来るかと言えば、棍棒とピストルです。これでは敵わん……、あなたたちが一方的な認定の下においてこれは暴力だという決定をすると、それでそうして投獄が起つたり、検挙が起つたりする。ここが問題だと思う。即ち破防法に名を借りまして、これは人民諸君を、国民を彈圧する法案、あなたたちの好む一つの政権を維持するために、その進展を阻害するために人民を彈圧する法案だと私は断ぜざるを得ないのであります。どうです。国民をこれ以上納得させる御説明ができましようか。
○国務大臣(木村篤太郎君) 我々は人民の自由を愛するためにかような法案を作成したのです。まさに私は地球を正転させようと考えておる。逆転ではありません。
○委員外議員(須藤五郎君) それはあなたはそういうふうに考えても、あなたの考えている通りに行かない。これは歴史は正しいです。私たちは正しい歴史観の上に立つてものを考えている。歴史は、地球は東から西へ回転する。そうして人類は資本主義から社会主義に移つて、社会主義から共産主義に移つて行く。これはもう歪めることのできない真理です。この真理を打消すことは、若しもあなたにできるならばちやんと理論的に、哲学的に説明して頂きたい。そうじやないと我々は納得できないのです。この破防法を審議して行く上において、納得できないわけです。 それではこの問題はそれとしまして、私は文化的な面と破防法との関係について少しこの際伺つておきたいと思う。即ち芸術というものは常に宣伝なんです。芸術の問題から宣伝的要素を除いたのでは芸術というものは成り立たないと思うのです。どうでしようか、それは御理解できますか、失礼ですが……。
○国務大臣(木村篤太郎君) 私は芸術は宣伝と考えておりません。我々は芸術というものは、宣伝とは別個のものであると考えております。
○委員外議員(須藤五郎君) それじや木村さんは何という具合にお考えになつておりますか。
○国務大臣(木村篤太郎君) そんなことはここで論議いたしません。それに対する見解は持りておりますが、この法務委員会でそういうようなことを論議することは差控えたいと思います。いずれあなたの御希望ならば、如何ようにも芸術論について議論を鬪わしたいと思います。
○委員外議員(須藤五郎君) よろしうございます。他日一つゆつくり伺いましよう。 ところが過去において治安維持法によりましてたくさんの劇団なり、団体が解散されたという憂目を見ておるのです。新協劇団などは解散を命ぜられております。又は上演を禁止されておる。そういうことが曾つて治安維持法において行われたのですが、この法案によりまして、将来劇団の解散なり、上演の禁止というような彈圧が来るのか来ないのか、その点はつきり伺いた
○政府委員(吉河光貞君) 将来の仮定の問題についてはお答えできないのでありますが、この法案におきましては、いやしくも団体の活動としてこの三條に掲げるような暴力主義的破壊活動を行なつた団体が、更に将来これを行う明らかな危險がある場合においては規制をいたします。
○委員外議員(須藤五郎君) その破壊活動を行なつたという面ですが、劇団が芝居をすることが破壊活動には私は当らんと思うのです。だから禁止すべきでないと思うのですが、曾つて治安維持法によつてこの劇団などは解散を命ぜられた前例がたくさんあるわけなんです。ですからこの破防法によつて、将来劇団が解散など命ぜられるようなことが起るのかどうか。絶対起らんという答弁ならば私は満足するわけです。
○政府委員(吉河光貞君) 劇団も一つの団体であります。その役職員なり、構成員が、団体活動として第三條に掲げるような活動を行なつた場合は、これは止むを得ないと思います。
○委員外議員(須藤五郎君) わかりました。私の言うところを理解していないのです。もう少し詳しく……、その団体が、そこで規定されているような破壊活動は行わない、ただ要するに芝居をやつている場合ですね。新協劇団などは曾つて進捗的な芝居をやつたということによつて、解散を命ぜられておるわけです。何も団員が共産党員でもない、何でもなかつたわけです。然るにその劇団の解散を命ぜられているということがあつたわけです。そういうことが成立つのかどうか、それとも……。そこの点を私は聞いているわけです。
○政府委員(吉河光貞君) 治安維持法で劇団を解散した事実はないと思います。治安維持法は結社法でありますから、検挙しておると思います。で治安維持法におきましては、御承知の通り国体変革を、又は私有財産制度の否認を目的とする団体を結成し、指導し、情を知つて加入した者、並びにこういう結社等におきまして、この結社の目的遂行のためにする行為を行う者というので、大勢のかたがたが処罰を受けておるのであります。恐らくその結社等の目的遂行行為に触れたのではないだろうかと察せられるのであります。
○委員外議員(須藤五郎君) 時間がないので、答弁のほうも簡單に願います。もう一つそれじや念のために伺いますが、その劇団が、上演する劇の内容によつて云々されることはないかということを伺つたら、もう一つ……。
○政府委員(吉河光貞君) 映画と演劇が暴力主義的な破壊活動の一つである宣伝、扇動、殊にこの教唆扇動のことき行為として認められる場合があるかという点につきましては、前に御質問がありまして、後にまとめまして検務局長から御答弁申上げるということになつておりますから、御了承願います。
○委員外議員(須藤五郎君) ああ、そうですが。それではあとで御返事を願いますが、その点でさつき法務総裁は、芸術は宣伝に非ずという問題と……、非常にそこに問題が起つておるわけなんです。法務総裁は芸術は宣伝でないというが、それじや芝居は何になるという点を私は伺いたかつたのです。これはそれじや映画の場合も伺いたいし、いろいろな点を伺いたい思うのですが、その点はそれじやそこはやめましよう。現在この間新聞で見ますと前進座が北海道へ行つて芝居をやつた。ところがこれはもうすでにそういう彈圧を受けておるわけです。或るところでは芝居をやろうといつて集まつた。そこへ故意に消防の演習だと言つて入つて来て、水びたしにしてしまつて、又借すと言つておいて約束をしておいた講堂を借さない。その晩になつて借さない。大衆は集つて来て、小屋の中に入つてしまつた。その大衆を無事に帰すためには、どうしても芝居をしなきやならない。そのために劇団員が入つて芝居をしたために、今度は劇団員が不法侵入だと言つて、入つた大衆の不法侵入は咎めないで、劇団だけを不法侵入だと言つて彈圧をして、その芝居を妨害して、芝居のできないようにしてしまつておる。前進座のやつていることは古典的な芝居で、日本の幡随院長兵衛をやつたり、佐倉宗五郎をやつているのですが、そういうことを今日もうすでにそういう妨害をやつているということから、この破防法が通るならば、映画関係、演劇関係、或いは文化関係の人が非常に被害を受ける点が大きいであろうと思う。そのためにすべての文化人がこの破防法に反対しているんです。だからそういうことが絶対ないというあなたたちは確答をしなければ、文化人は安心しないと思うのです。音楽に例をとつてもう一度説明を重ねておきますならば、曾つてフインランドが帝政ロシアの侵略を受けて、帝政ロシアに押えられたそのとき、もう愛国的な言葉を口にすることができなかつた。すぐ総督に皆やつつけられてしまつた。そのときにフインランドのシベリウスという愛国的な作曲家ですが、その作曲家がフインランドの民謡集めて、フインランデイアというとにかくシンフオニーを作つた。それを演奏したところが、フインランド人が非常に熱狂して革命的精神が燃え上つた、帝政ロシアの総督はそれを虞れてその演奏を禁止してしまつたわけです。それでやつと革命ロシアができて解放されてその演奏が許された。そういう事実が音楽の上にすらあるわけです。又私たちは学生時代「アカハタ」を歌つたり、インターを歌つたら、その歌を歌つたことにおいて、もう検挙されて留置されたもんです。そういうことが再びなされる心配は絶対にないか、その点を伺いたい。
○政府委員(吉河光貞君) 御承知の通りこの法案におきましては、暴力主義的破壊活動の内容は極めて嚴格に絞つているつもりでございまして、この概念をぶち壊して拡張解釈するというようなことは到底許されないものと考えております。
○委員外議員(須藤五郎君) それではまあ芸術の面で、そういうことは絶対しないというふうに承わつていいわけですね。
○政府委員(吉河光貞君) 芸術が宣伝なりや否や、大分いろいろ御議論もあるようでございますけれども、先ほども御答弁申上げました通り、映画なり演劇がここに規定している内乱の教唆、扇動というようなものに該当する場合があるかどうかということにつきましては、検務局長から改めて御答弁申上げることになつております。御了承願いたいと思います。
○委員外議員(須藤五郎君) それから次に、時間がありませんから急ぎますが、宗教と破防法の関係についてちよつとお尋ねして見たいと思います。先日中山委員が法務総裁にこの点を御質問なすつたのです。ところが……法務総裁がいなくて残念ですが、法務総裁は、宗教は精神の救済を言うのだから政治と関係がないのだ。従つてこの法案の対象にはならないような御答弁だつたと思うのですが、これは全く馬鹿げた解釈だと思うのです。第一キリストはなぜ十字架にかけられたかということを考えて頂きたい。これはキリストが史実の実在的な人物であつたかどうかということに対しては問題がありますが、まあ実在的な人だつたとして申すのですが、あの当時ローマ帝国に征服されて、ユダヤはあたかも今日の日本のことく最もみじめな状態であつたかもわからないのですが、そういう状態にあつた。税金はどんどん取立てられ、人頭税、子供が生れれば一人について幾らという税金まで、そんな税金まで取られてもう国民は、ユダヤ人はもう税金で苦み果てた。そうしてそこにキリストという人物が一人現れて来た。そうして大衆はキリストを中心にして一つの革命運動にまで発展しようとしたわけなんです。それでローマの役人どもが、税金取りや役人どもが驚いて、これはキリストを生かしておいては大変だというので、キリストをつかまえて十字架にかけて殺してしまつた。だからこういう十字架にかけられたキリストの死体というものは翌る朝になると人民の手によつて奪取されてその場から姿を消している。これは事実宗教が、決して精神的な面だけ扱かつているわけなんじやないのです。目蓮でもそうです。親鸞でもそうです。お釈迦さんでもあれは政治家です。お釈迦さんはあらゆる政治的な訴えを聞いて、それを一々人民に処理をうまくして、立派な政治家としてお釈迦さんはいたわけです。日本だつて天草の乱というような乱がちやんと起つているじやないですか。だから宗教と破防法と全然関係がないということは絶対ないのです。どうでしようか、この点はあなたはどういうふうに考えられますか。
○政府委員(吉河光貞君) 大変むずかしい御質問であります。キリストその他今日宗教上大聖とされているかたがたが、その当該の時代におきまして如何なる社会的、政治的な御活動をなすつたかということについては十分知識を持つておりません。いずれ羽仁先生にでもお教えを賜りたいと思います。この法案におきましてはとにかく現実に暴力主義的な破壊活動をするという面をとらまえまして、これを防止して行きたいというのが狙いであります。
○委員外議員(須藤五郎君) 私は宗教家が本当に人民を愛し社会を愛するならば、一つの……、左藤先生もいらつしやいますが、決して左藤先生を責めるわけじやないのですが、死んだ人のお葬式を勤めて念仏だけ言つている、これほど私は堕落した……、左藤先生のように議会に出て来て宗教家として意見を国政に反映させるところに、そこに値打ちがあるのです。ところが法務総裁は何と申しましたか、宗教家が政治に関與するのは堕落だ、そんなものは僞宗教家だと罵倒されたのですが、この参議院に天理教の坊さんが数名出ていらつしやる。本願寺さんもいらつしやる。左藤先生のように皆な立派な政治家として、宗教家としていらつしやるのですが、随分侮辱した言葉と思う。僕が若し宗教家だつたら実に憤慨したと思うのですが、ああいう乱暴な言葉は愼まれたほうがいいと思うのです。法務総裁がいらつしやつたらそう言つて私は御注意申上げようと思つたのです。それから……。
○委員長(小野義夫君) 大分時間も切迫しておりますから……。
○委員外議員(須藤五郎君) もう五分です。今この法案は、大多数の福祉のためにこの法案が必要だというような見解だつたと思うのですが、実際は大多数の国民がこの法案に反対しているんじやないか、いや反対しているんだというふうに私たちは思う。その証拠には公聽会に出て来られた皆さんが殆んど反対している。公聽会に出て来られた先生たちは、とにかく日本の現在の状態として、これは有識者です、みんな有識者として立派なかたたちばかりと思うのですが、その人たちが殆んど反対している。そこにいらつしやいます鍛冶さんは衆議院の委員会の討論で、大学教授を罵倒なすつたように私は思うのですが、併し実際みな大学教授などは立派な人たちばかりです。非常識な人間はいないのです。その人たちがみんな反対している。それでは公聽会の意見はあなたたちはどう聞き、公聽会の人たちがみな反対しても、それは国民の声ではないという独断に立つてこの法案を考えるのですか。強引にこの法案を通そうとなさるのですか。それでは国民の声というものをどこまであなたたちは聞こうとなさるのか、伺いたい。
○政府委員(吉河光貞君) 公聽会は国会がこの法案を御審議するために参考としてお呼び立てになつているものと考えております。その点につきまして、この国会といたしましては、十分公聽会の公述人の御説明は御検討をなすつたものと考えております。私はとにかく国会は国民の大多数の意思を反映してこの法案を審議し御決定になるものと考えいるのであります。
○委員外議員(須藤五郎君) 若しもそういう立場があれば、私はこれは今度行われる総選挙を済まして、総選挙でこの法案を国民の前に訴えてやる。そうしてこの法案を一つ選挙の投票の材料にして、総選挙のあとでなおこの法案を通すべしという声があなたたちの政府の、主なる政党のほうに現われた場合、あなたたちのほうに現われた場合、そのときにこの法案を提出すべきものだ、前の選挙から四年も経つて、進まないのは政府の考えばかり、国民の考えはどんどん東から西に回転して行つているわけです。四年前と考えは違う、日本の情勢も違つているし、すべての考えが違つている。それにもかかわらず、四年間経つても一向考えが変らず逆転して来ているような頭で、この法案を出して来たというところに問題がある。ですから私はこの法案を潔く政府は撤回をして、そうして総選挙の後に再び御提出になるのが筋道だろう。そういうふうに考えますが、これは皆さんの御答弁を求めても無理だと思いますから答弁は求めません。それで私はもう時間がございませんから、委員長の御好意に感謝してこれで私の質問を終りたいと思います。
○委員長(小野義夫君) それじや本日はこれで散会いたします。 午後五時一分散会