P政策ポータルPOLICY PORTALウォッチ
13回国会参議院1952/05/23

法務委員会 第43号

発言数
178
登壇者
12
会派数
4
開催日
1952/05/23

会議録

小野義夫自由党

○委員長(小野義夫君) 只今より委員会を開きます。  本日は先ず最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律の一部を改正する法律案を議題に供します。先ず民事訴訟法改正に関する小委員長より報告を願います。  ちよつと速記をとめて下さい。    〔速記中止〕

小野義夫自由党

○委員長(小野義夫君) 速記をつけて下さい。

伊藤修日本社会党(第二控室・右)

○伊藤修君 只今議題となりました法案につきまして、民事訴訟に関する小委員会の審議の経過並びに結果について御報告申上げます。  この法律案は先に第七会国におきまして、当時の事情といたしまして、新憲法の下に国内法規の整備が図られておつた時代でありまして、大法は勿論あらゆる法律は新憲法の精神に基きまして改廃をされたのであります。然るに当時すべての改廃が完了されたにもかかわらずひとり民事訴訟法に関しては最高裁判所において、ルールにおいて賄い得るというような最初の見解もありまして、かたがた非常にこの取扱について疑義があつた。その中途におきましては基本的なものだけを法律に委ね、その他の一般的な手続はルールに委ねるというような考え方にも変つて参りまして、最後にはすべて法律にこれを委ねるというような考え方に至つたのであります。従つて民事訴訟法は根本的にこれを改廃するというので、政府におきましても法制審議会にこれを付託いたしまして、つとに審議を重ねられておつた次第であります。然るに裁判所の実情の面におきましては、終戰後は御承知の通り刑事事件は非常に繁多になりましたが、民事事件については少かつたのであります。併し両事件が相待つてこれが最高裁判所に結局は押寄せて参る。この姿というものは到底旧憲法時代におけるところの大審院の上告審において多数の優秀な判事において審理されておつた当時に比較いたしまして、新らしい機構の上におきましては、僅か十五名の最高裁判所の判事が調査官をして調査せしめ、それをとつて以て審理しておるという姿では、これらの多数の事案を処理するにはその機構が到底これに相応しておるとは考えられない。従つて事実上の問題としては、どうしでも上告事件の制約を図つて、最高裁判所に入つて来ることを防ぐ以外にはない。而も当時の事情といたしましては、いわゆる旧刑訴時代の事件と新刑訴に基く事件、こういうふうに輻湊して参る。この過渡期の姿というものに対しては止むを得ず民事訴訟法に対する特例を設けて、或る一定の制約の下にのみ上告を許すという手段を講じなければ、最高裁判所は到底これを賄い切れないという結果に立至つたのです。よつてこの法律の基本法たるところの特例法というものが第七国会で提案されまして、当時民訴の至急改廃をして頂くということをお約束いたしまして、三年の原案に対しまして二年にしぼりまして、二年間には必ず民事訴訟法の提案を願うというお約束でこれを承認されておつたのでありますが、その二年が、たまたまその期日が到来いたしまして、先に政府におきましても民訴に対しまして、本国会に提案し、それによつて賄うという御意見もあつたのでありますが、その後法制審議会におきましては、先ほど佐藤長官がおつしやつたごとく、十数点の重要な点において問題が生じまして、これに対するところの法制審議会の確定意見というものがまだ出ていない、又仮に一部出ておるといたしましても、なお審議を要するというような実情にある。かような点からいたしまして、到底本国会に民事訴訟法を提案するに至らない実情にありまして、かたがた最高裁判所の実情と併せ考えまして、本案につきましては再び期間を延長するほかはないのではないかという実情であるのです。  小委員会におきましてはこれらの実情が相当であるかどうかという点に主眼をおきまして、東京におけるところの簡易裁判所、地方裁判所、高等裁判所並びに最高裁判所等の実際の事務の取扱現状というものをつぶさに実地について視察研究をいたしまして、御意見も伺いますし、且つ各種の資料を提出願いまして、事件数の輻湊の状態を十分認識し得たのであります。その結果政府のおつしやる通り、今日この法律が若し国会において承認されないということになりますれば、最高裁判所は手を上げざるを得ないという実情にあるということは、委員会としてもこれを了承できる状態にあつたと言わなくてはならんです。従つてこの法律によつて受くるところのものは、いわゆる旧民事訴訟法によりますれば、上告は原判決が法令に違背した場合、それを理由としてなすことができるのであつて、上告裁判所は上告理由として挙げられたものの全部について調査しなければならないのである。これに対し民事上告事件の審判の特例に関する法律によれば、一、上告理由は原判決が憲法の解釈を誤つたこと。その他憲法に違反したこと。二、原判決が最高裁判所の判例と相反する判断をしたこと。三、最高裁の判例がない場合に、原判決が大審院又は上告裁判所である高等裁判所の判例に相反する判断をしたことの三つの場合以外は、法令に関する重要な主張をも含むと認められるもののみについて調査すれば足りることになつておるのであります。かようなことは国民の持つところの基本人権を著しく制約するものでありまして、臨時措置としてこれを賄つて行くということには誠に情理において不合理であろうと思うのです。この際根本的な改革を政府に希望いたしまして、この際は止むを得ず現状に即してこれを賄つて行くというあり方よりいたし方がないのでありますから、小委員会におきましては原案を承認することにいたした次第であります。以上御報告申上げます。

小野義夫自由党

○委員長(小野義夫君) 只今の小委員長の報告に対して御質疑のおありのかたは御発言を願います。又本案につきまして政府に対して御質疑のおありのかたもこの際併せて御発言願います。  別に御発言もなければ質疑は終局したるものと認め、これより討論に入りたいと思いますが、御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

小野義夫自由党

○委員長(小野義夫君) 御異議がないと認めてこれより討論に入ります。御意見のおありのかたは賛否を明らかにしてお述べを願います。  別に御発言もなければ討論は終局したものと認めて直ちに採決に入ります。  本案を小委員長報告通り可決することに賛成の諸君の御挙手を願います。    〔賛成者挙手〕

小野義夫自由党

○委員長(小野義夫君) 全会一致と認めます。よつて本案は全会一致を以て原案通り可決すべきものと決定いたしました。    —————・—————

小野義夫自由党

○委員長(小野義夫君) 次に裁判所職員定員法等の一部を改正する法律案を議題に供します。  本案に対する質疑は大体終了いたしたのでありますが、なお御質疑のおありのかたは御発言を願います。

吉田法晴日本社会党(第四控室・左)

○吉田法晴君 これはこの前の委員会で伊藤委員から質問せられたことでありますが、昨年の定員法改正のときに人員を減らしてそのときにも念を押されたけれどもこれでやつて行けると、こういう御答弁。併しなおその時にも人員の問題については別に大蔵省との折衝がなされておつたと、こういう御答弁があつたと記憶いたしております。それで私はあの質疑を通じまして問題を何と申しますか、事務的に処理せられた点はわかります、併し問題を法律として国会の審議を仰ぎ、そうして一年もたたんこの国会に再び定員法の修正という要請をせられて参りましたことについては、これは裁判所なり或いは法務府として国会の審議権をどういう工合に考えておられるのか。法律制定ということについて極めて無責任だという感じを持たざるを得なくなつたのでありますが、その点について弁明はせられましたけれども、何ら反省の色はなかつたかのように私は考えるのでありますが、その点について御答弁と申しますか、或いは釈明を頂きたい。

野木新一法務府法制意見第四局長

○政府委員(野木新一君) 御質問の点につきましては政府といたしましては毛頭国会の審議権を無視するというような意図はないわけであります。ただこの法案がこのような形になりましたのは、当時の定員の減少は当時いろいろの事務職員を減らすというような意味でそつちのほうから減したわけでありまして、今度は別途の全然別の理由で増員の必要が生じましたのでこれを計上したわけであります。ただこの必要がないという面におきましては一旦減し、又増員の必要が起つたらそつちへ増すというように非常に事務的と申しましようか、非常に潔癖に考えましたので、こういう事態になりましたわけでありまして、おつしやるように国会の審議権をどうこうするという意図は全くないということを確言いたしておく次第であります。

吉田法晴日本社会党(第四控室・左)

○吉田法晴君 この前の伊藤委員の質疑で今のお話のような事務員だけでなかつたということは明らかになつております。それで問題は例えば他の各省の事務的な要請であるならばこれは別でありますが、問題は裁判所職員の定員ということで、法を守る、或いは立法の意思、或いは法律の意義というものについては十分御承知であり、最も強く考えておられなければならん裁判所から、昨年の暮には人間を減し、そうして半年たつかたたんかのうちに再び人員をふやして来る、而もその間に減すときにも人間を大蔵省にこれだけ減すのでは……、どうかふやしてもらいたいという話のあつたという御答弁はあつたのであります。そのときは鈴木局長であつたかと思うのですが、そういういきさつの中に裁判所ともあろうものが法律の制定ということについて、或いは国権の最高機関云々ということを言わなくてもおわかりになると思うのでありますが、極めて不謹愼だと、こういうことは私ははつきり言えると思う。その点についてそういう伊藤委員から御質問がありましたけれども、反省する色もなく、あのときはあのとき、大蔵省からの圧力とは申しませんけれども、これは通してもらわなければならん。そうして一応聞いておいて、便宜的に話を進めながら、今度の法律改正の実際の仕事をやつて来られた、こういうことについては、これは法律に対する裁判所の考え方というものに私共異議をさしはさまざるを得ない。もつとその点について反省をなさるべきだということを感じますので、今のような御質疑を申上げておるわけであります。

鈴木忠一最高裁判所長官代理者(最高裁判所事務総局人事局長)

○説明員(鈴木忠一君) 只今の御質疑に対しては同じような御質問が先般伊藤委員からございました際にやはり同じ趣旨でお叱りを受けたことがございます。それはあのときにも申上げましたように政府の職員を一般に減少をするというその政策に裁判所もやむなく同調をしようということになつて、これも大蔵省から示された案というのは、整理人員がかなり厖大な数を示されたわけであります。それに対して最高裁の事務当局はしばしば折衝した結果は、最後にそれでは八百九十九という数字で妥協をしようということになつたわけであります。それに引続きまして議会に出たところが、各省からの要求があり、議会のほうの気持も減少の数を更に削減したらよいだろうということで、そのお気持はよくわかつたわけであります。ただ事務当局としましては、多少何といいますか目先がきかなかつたという点のお叱りを受けたのですが、そういうお叱りを受けても止むを得ないような結果になつたわけなんですけれども、ただたびたび大蔵省と無理を言つて折衝をして一旦きめておいて、又それを議会のほうにいろいろなお願いをしてきめた数を更に減らすということが若干気が引けたものですから、実は減らして頂ければそれは減らして頂きたいのは山々であつたわけですが、そういつた経緯に余りこだわり過ぎて、この委員会においても積極的に、じやあこれこれの数字に減らして頂きたいというようなことをお願いしなかつた。併しその際にも御質問を受けたのでありますが、将来最高裁判所は必要な人員があれば勿論要求はするので、これはそのときの行政整理という政策に副つて最高裁判所としては止むを得ない人数で整理案を受諾するのだから、将来のことは又別途に考えて頂きたい、これは私はつきり申上げました。それで一年とか二年たつての人数、たつて後に更に増員を要求するならば格別でございますけれども、僅か三、四カ月、六カ月くらいたつてから減らしておいて更に増員を請求をするということは、見方によりましては議会の立法権を少しもてあそんでおるのではないかというようなお感じを抱かれるということも御尤もと存じますが、最高裁判所のほうといたしましてはこういう考えは毛頭なく、むしろまあ一旦約束をしたのだからその約束を又破るというようなことはできるだけしたくないといつた気持が動いたものですから、もう一つ率直に言えば、そのときの情勢の判断というようなことに若干うとかつたというそしりも免れないかと存じますが、決して議会の権限を無視して、何でも法案を出せば何とかしてくれるだろうというような甘えた気持は毛頭なかつたわけなんですけれども、結果といたしましては、減らしておいて又増加するというのはけしからんとおつしやられればその通りでありますが、気持といたしましては決してそういう、法案を出せば通して頂けるのだからというような安易な気持でやつておつたのでは毛頭ございませんです。将来ともそういう点はよく注意をいたすつもりでおります。

吉田法晴日本社会党(第四控室・左)

○吉田法晴君 この問題はこの程度でやめたいと思いますが、今のお話の中にもございましたけれども、大蔵省との折衝、そして一応できた案、それについてのとにかく審議を重んぜられて、国会で昨年定員法の修正、減員についての法律を出し、そしてこの国会に増員の法律を出す、こういう点がこれが最高裁判所じやなければともかくでありますが、問題は法律の権威について、或いは立法権の権威については最もよく考えらるべき裁判所が、そういう事務的なと申しますか、或いは大蔵省との折衝の責任を国会に措置を申込んで来る、こういう点について私は大いに反省せらるべき点がある、そこで立法権をもてあそんだという非難があつても云々という反省もございましたから、この程度で質問を私は終りたいと思いますけれども、特にその点については裁判所でありますだけに強く反省を求め、要請をしておかなければならんというように考えますから、その点御了解を頂きまして質問を終ります。

左藤義詮自由党

○左藤義詮君 只今の吉田委員の質問に関連してですが、これは一応昨年削つて又今度ふやすということで、まあこれは通すといたしまして、これで当分のところは特に警備方面が賄えるとお考えになりますか。すでに広島その他においても最近いろんな問題があるのですけれど、法廷の秩序維持のためには又これが将来に増員のような計画がおありであるかどうか伺つておきたいと思います。

鈴木忠一最高裁判所長官代理者(最高裁判所事務総局人事局長)

○説明員(鈴木忠一君) この今回の定員法の改正によつて実質七十人の警備要員の増加を計画いたしておるのでありますが、これは裁判所の考えといたしましては、何と申しましても予算が伴うものなものですから、ぎりぎりのところで我慢をするというつもりでありまして、これだけあれば法廷の警備等が将来万全に行われて、今までのようないろいろな事件の勃発を十分防ぎ得るという自信は実はないわけなんでございます。ないわけでございますけれども、まあ大蔵省その他との折衝等もいたしまして、予算上そう強いことも言えないので、止むなくこの七十人ということにしたわけですが、これだけあれば将来の法廷は安全だというだけの実は自信はないわけであります。まあどうやらこうやらこれだけあれば賄つて行けるのじやないかという程度の見通しであります。

左藤義詮自由党

○左藤義詮君 先ほどふやしたり減らしたりしたことについて時の情勢の見通しが甚だ不十分だということをお認めになつたのですが、今のお話でありますとこれも又甚だ不確実なことで、僅か七十人くらいでは今後の見通しさえつかない、まあ、どうにか行けそうだということで、又情勢判断をお誤りになるような心配もありますが、もう少し突込んで申せば、こういう定員法だけでなしに、別の何らかの立法措置でも最高裁判所はお考えになつておるのか。国会に要求せられるおつもりであるのか。そうでなくして、まあ何とかこれだけの範囲で行けるだろうという甚だあいまいなことで当座を糊塗していらつしやるおつもりか。最近のいろいろな社会情勢特に法廷におけるいろいろな問題から考えて、もう少し抜本的な方策を考えておられないのであるか。その点一つ伺つておきたいと思います。

鈴木忠一最高裁判所長官代理者(最高裁判所事務総局人事局長)

○説明員(鈴木忠一君) 法廷の警備ということが御承知のように近来非常に問題になつております。併しこれは如何に警備をいたしましても、国の社会情勢と申しますかそういうものがやはり直らない限りは、或る程度はいたちごつこになるのじやないだろうかというような感じも実は持つておるわけなのであります。更に要員をふやして警備をしても、それをオーバーするような暴力が更に法廷に押寄せて来れば、やはり結果においては法廷の秩序を乱されるということが考えられるわけであります。そういう意味で、実は必ずしもこれで十分安全だとは言えないというように申上げたわけなのであります。ただ裁判所のほうといたしましては、警備要員を増すということのみで実は法廷の秩序が十分維持されるとは考えておらないわけです。最も根本的なことを申上げれば、やはり国民が裁判所を信頼する。更に広く申上げれば法律に従つて行動をするという、の規律と申しますか、気持と申しますか、とにかく国会で制定された法律、それを尊重して、その法の枠内において行動をするということの精神が高まつて、そうしてそれに従つて行動をしない限りは、そうして今の情勢が続いている限りは、やはり法廷におけるいざこざ、紛争、混雑というようなものが常に起るのではないかと考えております。それに対しては大分前から問題になつております法廷侮辱罪というような法案も現に審議中と存じますが、それが通つたらそんならば……

左藤義詮自由党

○左藤義詮君 審議というのはどこで審議しているのですか。

鈴木忠一最高裁判所長官代理者(最高裁判所事務総局人事局長)

○説明員(鈴木忠一君) つまり継続審査されておると思いますが、それが通つたからといつて昨日に変つて直ぐに法廷が平和になるということも勿論これは期得し得ないと存じますが、私の考えとしてはそういう法廷侮辱罪というようなことも結局はその根本を申せば、法律に従う、従つて法律を執行するところの裁判所の命令に従う、法廷における秩序を守るという精神がその根抵において欠けておつたら、法律を如何に作つても実際は何にもならないのじやないかと、こういうふうに感じております。  それで裁判所のほうといたしましては勿論そういう法律が必要であるということは確信いたしており、そういう法律が成立するということは勿論希望しておりますけれども、更に根本に遡つて申せば、只今申しましたように、国民の遵法精神、法の枠内においての活動、それを逸脱しないということの精神が高まらない限りは、立法のみに頼つて法廷が秩序を保つということはやはり終局的に期待し得ないというように考えております。

左藤義詮自由党

○左藤義詮君 少々の人数をふやしても、或いは法廷侮辱法というような法律を作つても、結局は国民の遵法精神の徹底に待たなくちやならないという御意見のようでありますが、それでは国民の遵法精神を徹底するために、法の番人である最高裁判所としてはどういうふうな所見、或いはどういうふうな今後の遵法精神を徹底して行くのにどういうふうな実際の方途をお考えになつておりますか。これは場合によつては最高裁判所の長官からお伺いすべきかも知れませんが、そういう百年河清を待つという遵法精神というところに逃げてしまつて、現実の法廷の秩序が、もう少し国民の遵法精神が徹底しない限りは、どうにもならないのだというように今のお話を伺うのでありますが、その一番の問題に対して最高裁判所としてはどういうお見通しを持つておられますか。

鈴木忠一最高裁判所長官代理者(最高裁判所事務総局人事局長)

○説明員(鈴木忠一君) 勿論国民の遵法精神を徹底し強化するということも、一方において当面の責任者であるところの裁判所といたしましては、只今問題になつておる法廷の警備要員を増加するとかその以外にいろいろ物的の設備も考え、警備の方法も考え、裁判官といたしましても、当該具体的な法廷に臨んだときのいろいろな臨機応変の処置のできるような不断の覚悟といいますか、研究を続けなければならないと、それが十分とは申せませんけれども、現在においても各裁判所の裁判官が実行いたしておるところと確信いたしております。  その一方においてやはり遵法精神という根本的な方策、これは実は裁判所だけの問題でなくして、むしろ裁判所以外の問題だと思うわけであります。裁判所のほうといたしましては、法律の普及宣伝であるとか、裁判所の使命というものを国民に周知徹底をさせるというような具体的なそういう方策は現在現に機会あるごとにやつております。それと同時にやはり教育とかその他社会の方面においても、その線に沿つたいろいろな施策が強力になされなければならないと思うわけです。そのためにはただ遵法というやうな局面のみでなくして、むしろ国民一般の教養と申しますか、文化といいますか、そういうものを高めるような施策が伴わなければ、やはり完全な目的は達せられないのじやないか。私の発言は決してそういう方面にのみ法廷の責任というものを課するという意味でなくて、根本的に言えばやはりただ裁判所が一生懸命になり判事がいろいろ苦心をしておるということのみによつて法廷の秩序が保たれるのでないという意味で申上げるのでありまして、裁判官が法廷の秩序が保たれなかつたことを国民の一般水準の低いとか遵法精神が足りないことに帰せしめて、その方面の關與を国家に或いは社会に要求するという意味で申上げておるのではないのであります。

左藤義詮自由党

○左藤義詮君 甚だ不満足でありますが、この点は他日最高裁判所長官その他にお伺いすることといたしまして、さようにいたしますれば、今の範囲でできるだけ警備等も増強し、又方法も考慮して行きたいと裁判長以下非常にこの点に努力しているということでありますが、その努力の点においてはこの現在の定員法の改正でまあ当分は賄つて行けるかという、今の吉田委員からの御質問のように、近いうちに又三たび改正を要求なさるような御意思はない。さように伺つておいて差支えないのですか。

鈴木忠一最高裁判所長官代理者(最高裁判所事務総局人事局長)

○説明員(鈴木忠一君) 十分な自信はないことは最初に申上げた通りでございますけれども、当分この程度の増員で賄える。すぐ又次の機会に増員等をお願いするということはないつもりでございます。

小野義夫自由党

○委員長(小野義夫君) 別に御発言もなければ、質疑は終局したものと認めて、これより討論に入りたいと思いますが、御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

小野義夫自由党

○委員長(小野義夫君) それでは御意見のおありのかたは賛否を明らかにしてお述べを願います。……別に御発言もなければ討論は終局したものと認めて、直ちに採決に入ります。本案を原案通り可決することに賛成の諸君の御挙手を願います。    〔賛成者挙手〕

小野義夫自由党

○委員長(小野義夫君) 全会一致と認めます。よつて本案は全会一致を以て可決すべきものと決定いたしました。   —————————————

小野義夫自由党

○委員長(小野義夫君) 次に工場抵当法及び鉱業抵当法の一部を改正する法律案を議題に供します。本案に対しましては、先日質疑は終局いたしておりますので直ちに討論に入ることに御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

小野義夫自由党

○委員長(小野義夫君) 御異議ないと認めます。これより討論に入ります。御意見のおありのかたは賛否を明らかにしてお述べを願います。

伊藤修日本社会党(第二控室・右)

○伊藤修君 本案につきましては、審議の過程におきまして、現行法が明治三十八年に公布されて以来、多少修正はされておりますけれども、近代企業にはふさわしからざる立法体制であることは申すまでもない。従つて明治三十八年当時に予想せざるところの近代企業というものに対しましては、この法律はそのまま類推解釈若しくは文理解釈を以てしても賄い得ないということは公知の事実である。然るに最近日本において勃興して参りましたところのいわゆる放送事業に対しましては、この企業形態のあり方から申しましても、相当の資金の措置を考えなかつたならば今後放送事業というものは完成して行かないと考えられる。これらに対するところの手当といたしまして、この際原案に対しまして修正を加うべきであると思います。又原案の中の第十條の中の二カ月の抵当権保存登記存続期間を定めておるやつを、原案では三月に僅か一月の伸長をいたしておるのです。これは今日の金融事情のあり方から考えまして、到底三月以内において多額の金融措置を講ずるということが不可能であるということは周知の事実であるのです。従つてこれは少くとも六カ月、企業において要請されるところの六カ月の期間を以て相当と考へます。かような意味合いにおきまして原案に対しまして修正を加えたいと存じます。   第一條中工場抵当法第八條第三項の改正規定の前に次の改正規定を加える。   第一條第二項に次の後段を加える。   営業ノ為放送法ニ謂フ放送ノ目的ニ使用スル場所亦同ジ   工場抵当法第八條第三項の改正規定及び同法第十條の改正規定中「三箇月」を「六箇月」に改める。  以上二点につきまして修正動議を提出いたします。  なお先に栗栖委員から委員外発言を以て要請されましたところの水利権を工場抵当法中に賄うという考え方、これは最も機宜に適した私は要請であると思います。又競落の場合におきまして、いわゆる第二会社又は新設会社の発起人が直ちにその資格において競落の当落者となり得るという規定を設けるという点につきましても、今日の企業界のあり方としましては誠に機宜に適したところの要請であると思います。これらの点は当然本法の改正中において賄うべきはずでありますけれども、今日これらの事項二点を取入れまして本法を改正しようといたしますれば相当数の條文を動かさざるを得ないし、又民事訴訟法、競売法その他の関係法律の修正をもここで企図しなければその目的を達成することができない。聞くところによりますと政府当局におきましても現在鉄道抵当法或いは鉱業抵当法、工場抵当法、事業者団体法に対するところの抵当法等々幾つかの団体抵当法があるのを一括して一つの抵当法にまとめあげたいという企画もあるように伺います。従つて栗栖議員が要請されました誠に至当な要請は、この際することなく、次の根本的改正の場合において必ず取入れましてこれらの整備を図つて頂くことを私は期待しまして、この点に対しますところの修正意見はこの際は申上げないことにいたして行きたいと存じます。  以上私の修正動機を提出いたします。

小野義夫自由党

○委員長(小野義夫君) 他に御発言もなければ討論は終局したものと認めこれより採決することに御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

小野義夫自由党

○委員長(小野義夫君) 御異議ないと認めます。  先ず伊藤委員提出の修正案を議題に供します。本修正案に賛成の諸君の御挙手を願います。    〔賛成者挙手〕

小野義夫自由党

○委員長(小野義夫君) 全会一致と認めます。よつて本修正案は可決されました。  次に只今決定いたしました修正の部分を除く原案全部を問題に供します。修正部分を除いた原案に賛成の諸君の御挙手を願います。    〔賛成者挙手〕

小野義夫自由党

○委員長(小野義夫君) 全会一致と認めます。よつて本案は全会一致を以て修正可決すべきものと決定いたしました。  なお只今決定いたしました三案につきましては例によりまして委員長の本会議における口頭報告の内容、審査報告書の内容等は委員長に御一任願います。賛成の諸君の御署名を願います。   多数意見者署名     伊藤  修   宮城タマヨ     玉柳  實   長谷山行毅     吉田 法晴   内村 清次     左藤 義詮   中山 福藏     岡部  常   一松 定吉

小野義夫自由党

○委員長(小野義夫君) 御署名漏れはございませんか……御署名漏れはないと認めます。   —————————————

小野義夫自由党

○委員長(小野義夫君) 次に前回に引続き破壊活動防止法案、公安調査庁設置法案、公安審査委員会設置法案、以上三案を一括して議題に供します。本日は先ず中山委員の質疑をお願い申上げます。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 本案の質疑につきましては先に伊藤委員並びに羽仁委員から極めて詳細な御質疑が行われて随分政府のかたがたもつるし上げにお会いになつて困つておられたようでありますが、私は極めて平穏な春風たいとうというような気分でお答えを願いたいと思いまして極めて平易な質疑を行なつてみたいと思つております。  先ず本案の質疑に入るに先立ちまして法務総裁から本案提案の理由としてお述べになつた事柄について質疑をしてみたいと思います。この提案理由を拜見いたしますと、本案を提出した理由として総裁はこの民主主義を我が国に徹底させて世界の期待に副いたいという文字を用いておられる、御承知の通りに、現在世界の情勢を見ますると、先ず大別してソ連式の政治形態、或いは英米式の政治形態というふうになつておりますが、今日吾国の政治の背景となつて動いている大きな力は、要するにこのイデオロギーの差異から来るのであると私は考えておる。然るにこの世界の期待に副いたいという提案理由のお言葉は英米主義の政治形態を持つた諸国の人の期待に副いたいという意味か、或いは又英米を除いたソ連式の政治形態を持つたその一連の国国の人の期待に副いたいというのか。或いは又これを両方ともひつくるめた何と申しますかちよつと表現の言葉はないわけですが、要は世界全体の期待に副いたいというお気分か、どういうふうな内容を含んでおるか。提案理由に殊に強く用いられておりまするからそれを先ずお伺いしておきたいと思います。

木村篤太郎法務総裁

○国務大臣(木村篤太郎君) お答えいたします。御承知のごとく日本国憲法の前文において明示されておりますごとくに、我が国憲法の基本理念は民主主義でありまして、これは人類普遍の原則とするところであります。国際連合におきましてもこの原理に基きまして各種の協約をなし、又特にそのことを世界人権宣言に発表しておるところであります。提案理由におきまして我我は世界の期待に副わなければならない、こう申しましたのは実にかかる人類普遍の原理を国家としてこれを実現し、国際社会において名誉ある地位を占めて世界の期待に副わなければならないという意味に外ならないのであります。申すまでもなく民主主義は暴力を否定するものであります。私が数日来しばしば申上げましたように、民主主義は要するに各個人が互いに寛容の態度を以て互いに手をとり合うということが基礎でなければならないのであります。いやしくも暴力を以て事をせんとするがごときは我々は絶対に排撃しなければならんと考えております。本法に規定するがごとき暴力的行為はいやしくも民主主義を以て立つところの世界各国においてはこれは断じて許すことのできないところであります。我々はかかる行為を我が国から排除することは即ち民主主義を擁護するゆえんであると信じておるところであります。かような意味におきまして本法を提案して国会の御審議を煩わし、これを以て民主主義を破壊から擁護して世界の期待に副いたいという意味にほかならないのであります。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 今法務総裁からお答えの点でありますが、大体現在世界各国の国民の動向を見てみますと、或る主義、方針のためには民族というものを脱却している傾向を帯びて来ているのであります。これを最も如実に物語つているものは、同じ民族でありながら宗教上の差異によつてパキスタンとインドというものに一つの民族がわかれている。こういう場合においてはこれはその主義、方針、イデオロギーというもののほうが民族の血の繋がりにまさつておるという現象を呈しているのであります。殊に法務総裁の御承知の通りに、今日の世界の民族の動きは道徳観から出発しているものもあり、或いは経済上の主義を基盤として動いておるものもある。即ち政治、経済、或いは道徳宗教に深く根を下しているとの見地から、いわゆるソ連政治圏内の在り方は、申す迄もなく共産主義であつて英米派のほうからいえば共産主義こそは絶対に悪であるというような考えを持つている。共産主義方面から申しますると、現在の英米の政治形態、或いは思想の動き方、道徳などというものは全然これは共産主義社会には容れられないものであるということを思つているのです。この二つの異なつた出発点から出ている世界の動きなんです。而もこれらの動きは或時は人種的に或る時は殉教者的に世界中に具現して行かなければならないと考えられていると私は思つております。従つて世界共通の道徳観の上に立つた政治形態というものが世界に普遍的にできない限り、この異つた考え方、政治形態の調節をどこに求めるかということは非常に困難な問題です。これは人間の小細工で到底解決できない大きな問題だと、こう思つている。ちようど颶風のような勢で世界を吹き捲つている。その颶風の真只中にさまよつている世界二十億の人類の行方というものを、私共は一応世界人たるの資格から考えてみると同時に、その颶風の中に漂つているこの日本をいずこの岸辺に持つて行くかが大きな問題になつて来ているのであります。而もこの破防法の影響するところは、これは単なるこの種の法律と違いまして国家の心臓にひも付きになつている大きな問題だと私は見ているのであります。そういう立場に立つて單に世界の期待にそうというだけではこの意味は徹底しないじやないかと思うのです。私共は国連憲章、或いは世界人権宣言の精神という言葉をよく使うのでありまするけれども、單にこの言葉の言い放しでは私どもは到底満足することはできないと思うのです。日本は日本としての独特の主義方針の上に立つて、私の只今までに述べました前記の思想上のちがいの如何なる点で調節を図るか、これが日本の政治家として当然考えてみなければならん一番大きな問題ではないかと私は思うのであります。  故に以上述べましたような観点から結論をしぼり出してみますと、提案理由中の單にこの世界の期待に副うというようにソ連のお気にも入り、英米の方面のお気にも入るというようなことは洞ヵ峠をきめた筒井順慶式の考え方で、日本の動向がはつきりと現われて来ないと思われる。従つて世界の期待に副うとおつしやいまするけれども、この点についてもう少し掘り下げてこの二つの異つた思想、二つの異つた道徳観を背景として打ち立てられたこの二つの方針のどれを先ず高く掲げて、それに副うように破防法の精神を生かして行くかということが肝要な問題じやないかと私は思います。この点についてもう少し冷嚴な徹底した総裁の御意見を承つておきたいと考えます。

木村篤太郎法務総裁

○国務大臣(木村篤太郎君) お答えいたします。我々はどこまでも民主主義を防衛して行きたいと思います。民主主義は申すまでもなく個人の尊厳を基本としたものであります。我々みずからの尊嚴を維持し、そうして相手方の尊嚴を尊敬する、ここに民主主義の基本があるのであろうと考えます。これ政治の面におきましては、いわゆる私は全体の国民のための政治、裏から申しますると、いわゆる国民の多数の意思を代表するところの国会の政治であります。これを私は日本として堅持しなけりやならん。これは私は世界共通の普遍原則であろうと考えております。私は常に考えております。人間はパンよりも自由を欲する。自由なきところには人間は何を求めようか。如何なる社会といえどもこれは人類の社会でないと私は考えます。自由があつてこその人間の社会というのであろうと思います。民主主義は今申しましたように、個人の尊嚴を基本とし、自由を基盤としているのであります。それはどこまでも我々は堅持して行かなければならんと思います。これはいずれの国においても私は普遍原理であろうと私は考えております。この原理を我々はどこまでも堅持して行く。国際連合におきましてもこの基盤の上に立つてあらゆる施策をなし、協約を結ばれているのであります。国内におきましては、この民主主義を堅持する下において、いやしくもこの民主主義を破壞せんとする暴力に対してはどこまでも守つて行かなくてはならん。要するに暴力によつてその政治を破壞し、或いは国民の治安をみだすという者に対しては、我々はこれを防衛して行かなければならない。然るに日本において現在の段階において、不幸にしてこの民主主義を破壞せんとする団体があることを我々は憂うるのであります。先日来、私が繰返して申上げました通り、言論に対しては言論、政治に対しては政治、互いに納得を以て事を進めるということでなければならんのであるが、暴力を以て自分の主義主張を遂行せんとすることは、いわゆる民主主義を破壞するものである。この意味におきまして本法案は世界の普遍原理である自由民主主義を守つて行く。而うして我々は世界の期待に副うて、日本を立派な国際社会の一員としてこれから発展さして行きたいと、こう考えているのであります。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 只今総裁のお言葉でありますが、この英米式の民主主義とソ連式の民主主義とは、その内容と実質を異しているのであります。そこで先ほどお尋ねしたのは、この二つの異つた民主主義のいずれのほうの主義の民主主義を日本の内地に確立せんとしておられるかと、これを承りたいと思つております。

木村篤太郎法務総裁

○国務大臣(木村篤太郎君) 英米式の民主主義とソ連式の民主主義と、そのいずれをとるかという御質問でありますが、勿論このソ連式の民主主義というものは、これはいわゆる名は民主主義でありまするが、私の考えるところによりますると、これは全体主義ではなかろうかと思います。名は民主主義でありますが、実質においては全体主義ではなかろうかと考えております。併しながら人間の普遍原理というものは、私はいわゆる個人の自由を守つて行くところの民主主義じやないかと考えております。只今ソ連はいわゆる全体主義方向に向つているといえども、やがては我々の信ずる社会的普遍原理でありまする人間の自由を基盤とする民主主義に移行して行くのじやなかろうかと考えております。国民の大多数は恐らくそういう考え方を持つているのではなかろうかと、いわゆる鉄のカーテンの奧深き所は全然我々にはその現実を把握することはできません。併し我々人類といたしましては先刻から申上げました通り、自由を欲する。これは如何なる人類といえども変りはないと考えております。この意味において我々は理想的な民主主義を打立てて、そうして世界の一員として立派に平和国家を礎いて行きたいという考えを持つておる次第であります。この意味において本法案は先ず第一に日本の民主主義を拡大させたいという意図の下に立案したものであります。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 只今お述べになりました基本的の人権の重要な要素をなしておる自由、憲法で申しますれば第十九條から大体二十一條にこの規定が表われておるようでありますが、只今承つておりますると、普遍の原理ということを述べられ、私としてはそれに異議はないわけですが、併しお述べになつた内容は大体英米式の民主主義であつて、人間のありかたはかくのごときものだというお言葉が述べられるのではないかと思うのです。申すまでもなく全体主義的、或いは自由主義的な民主主義の国家であろうが、これはいわば個人を尊重するか全体を尊重するかと、帰納か演繹かという論理上の言葉で表現することを最も妥当と考えますが、そういうことになつて来るのじやなかろうかと思うのです。この出発点をはつきり頭に入れておかなければこの破防法を論ずることはできない。破防法の各細部に亘つて私達は論じて行きますことは、この基盤の上に立つて行かなければ議論が二つにわかれて来て幾何学上の平行線を永久に引張つて行くのと同じ結果になるのではないかと思います。勿論ロシアには非ユークリツトの幾何学があつて平行線はこれを延ばして行けば相合するのだという、普通のユークリツトの幾何学と反対のことを述べておる国でありますから、これはまあ現在の我が学問を以て立証することはできない。それで神ならぬ身のいずれの民主主義が正しいかということは言い得ない。だから言い得ないその現実に彷徨しておるすべての学徒、思想家、或いは普通のひどく迷うておつてあらゆる暴動、放火、騒擾をいろいろな方面に起すのはここから出発するのだと私は思う。だから今後の日本のありかたは、これはもう本当に、何と申しますか大自然に徹底した哲理というものを日本人全体が先ず頭の中にしつかりと把握して、この考えの上に乗つかつて日本独得の方向を政府の人々が国民の頭に植えつけて引ずつて行くというほかには、今日の混乱というものを防止することはできないのじやなかろうかと実は考えておる。ですから提案理由の中に世界の期待に副うというお言葉を使われておるが、どれくらいのことを政府はお考えになつてこれを言つたのか。それを一応質したかつたのであります。  御承知の通りに、嘗つてフランスのカルビンだとかドイツのマルチン・ルーテルだとか、これらの宗教的の思想の流れから生れでたアメリカの独立宣言中の自由人権というものが我が新憲法の上に表われておるということは、私でなくても美濃部博士が憲法の総論に書いてある通りであります。これはいわば一種の自然法学に基いた哲理から出発した自由人権の思想だ。これが我が憲法に表われておる。これを私達が法律で縛るということになりますると、やはり一つの宇宙観、世界観、哲理の上に立つた考えかたを以てこの破防法を審議して行く必要がある。私はかように考える。そこでそのようなお尋ねをしたのでありますが、併しこういうことで時間をつぶしておりますと幾ら時間があつても足りませんから、第二点に移ります。  第二点は総裁のよく御存じの通りに、政治というのはものを見通す力が政治である、いわゆる洞察力を持たない政治というものは無価値である。国家、国民の向うべきところを判断した、即ち歴史上の事実を参考にして将来を洞察する。勿論政治、経済、思想、外交というふうな問題がありますが、これらをすべて勘案してそうして洞察力にその過去の経験を伴わして国家の行手を定める。これが本当の政治と考えておるのであります。そこで洞察力を持つた人間はどういうことになつたかというと、吉田松陰は幕府の手にかかつて死んだ、西郷南洲も不遇に死んだ、いろいろな人が自分の身を犠牲に供して洞察力によつての行動をやつておるのです、そこで私どもは静かに考えなければならんことは、丁度国家というものはたけのこが育つて行くようなものでたけのこが育つにつれて一枚々々皮がはげて伸びて行く。その一枚々々の皮というものはそのときの国家の制度であります。国家というものは生長すればするほどその制度文物というものは竹の皮のようにはげて行かなければならん。その過去の制度文物がはげ落ちて中味がすくすくと伸びるところに国家の生長というものがあると思う。この提案理由の中に我々は今まで民主主義を相当に徹底せしめたからこの態度を堅持して、そうして日本というものの国民を育生化育するということが書かれて、この育成化育というものはものの育つて行く姿であります。ですからあらゆる思想家、洞察力を持つた人がいろいろな行動をするというときに、ただ昔の竹の皮を落すまい落すまいといつて竹の皮に政府がしがみついておりますと、中の伸び行く竹の幹さえもその生長を停頓させるのではないかと思う。そこで政府の人人はどういうふうな文物制度というものを取り込まねばならんか。過去の日本の国民の着ておつた着物というものは、長い間着ておつたから垢が附いて、しみができて、繊維が弱くなつて、腐り果てて、しらみがわいたということでは健康が保てない。国家の健康というものは新しい織物を着て伸びて行かなければならない。この破防法というもののこういう着物を国家が着たら、国家というものが伸びて行くかどうかということを見て判断して行かなければならないものだと存じます。育成という言葉は伸びて行く姿である。過去の事実にとらわれて過去の道徳、過去の制度、過去の我々の頭の持ちかたに拘泥しておりますと、伸び行く育成化育ができんのではないかと考えるのであります。(「そうだ」と呼ぶ者あり)  そこで私は総裁にお尋ねしたいのは現在行われております、例えば刑法の百六條或いは七十七條——七十八條、七十九條この内乱、予備、陰謀、或いは又百二十五條、百二十六條或いは二百三十六條第一項の強盗というような、こういうようなことがらというものを手段として、そうして集団的な継続的な共同の目的を持つた団体が国家の基礎というものを危くする、基本秩序というものを破壞するというようなことをいろいろと並べておりますけれども、その国というものをどういうふうに育成化育するかということになりますると、竹の皮を落すまいと政府がこれを支えておりましても、これは自然の攝理というものはそういうふう簡單なものじやない。だから先ずこの破防法をお作りになるには、この破防法がなければこのたけのこは伸びて行かないという基礎的な考え方は一体どこからお出しになつたものか。それを一つ承わつておきたいと考えている次第であります。

木村篤太郎法務総裁

○国務大臣(木村篤太郎君) いろいろ御意見がありましたが、勿論政治に携わる者は国民の動向を把握しなければいけない、国民の動向を無視して政治は行い得るものではありません。さような政治が行い得るとすれば必ずや破綻を来すと私は信じて疑いません。それと同時にいわゆる日に日に新たなる政治は水の流れるがごとくそのときの情勢によつて又変化して行かなければならんということも同感であります。国際情勢その他いろいろな面から考慮して大局から政治を行うことはこれは必要であろうと考えております。その意味から以ちまして我々はどこまでも旧来の情弊を捨てて、新たな今中山委員の言われたようによそおいをして行かなければならん。そのよそおいは何であるかと申しますると結局私は民主主義であろうと思う。いわゆる国民おのおのがその尊嚴を知り、そうしてその尊嚴の下に責任を感じ一人々々がよりよき国家社会を作つて行くことにならなければならんのであります。ところがこのよりよき国家社会を作る根抵はどこに求めるかということになるのでありまするが、これは個人の目覚に基かなければならんと考えております。然るにこの我々が平和な民主社会を作らんとする過程において何が一番必要であろうかと考えますると、いわゆる政治の面におきましては治安確保であろうと考えております。治安がひとたび乱れれば政治も経済も根抵から覆えされるのであります。何をおいても政治は治安の私は確立が元と相成るものと考えているのであります。で民主主義の理想とする我々のこの政治をいやしくも暴力を以てこれを破壞せんとするがごときにおいては、これはどこまでもそれに対する処置を講じなければならん。その処置を講ずることなくして民主政治というものは行い得ないのであります。現段階におきましては前々から申上げましたように暴力を以て民主政治を破壞せんとする団体があることを我々は憂うるのであります。そこでこの法案は民主主義防衛の建前からかような破壞団体を規制して行こうということに狙いを持つているのであります。要はどこまでも民主主義を堅持して行きたい、そうしてよりよき国家社会を作つて行きたい、こういう理念から生じたものであります。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 全く総裁より言われた通りに、この放縦な国家でなくて秩序整然たる組織を持つた形体を国家に備えさせるには、私どもも治安の確保ということは誠に必要であるということを存じているのであります。ところがこの提案理由の第二項に只今申述べたような事項が書いてありまして、自由と人権というものを擁護して来たからこれを堅持して行くということが謳われているのでありますが、大体この七年間の占領政策の中に生れ出でました各法律と申しますか各法令には、いわば多分に連合国の気分というものがその中に漂つていると私は思つているのでありまするが、この際私どもは独立を契機としてこの七年間の被占領気分を払拭して新たな日本独得の考えというものをここに持たなければならんと思うのでありますが、この提案理由から見ますると七年間の占領中に獲得いたしました、例えば婦人参政権だとか、学制の改革とかいろんなものもあつたでありましようが、併しこういういい面の半面は悪い点も多々あつたと思つておるのですが、この七年間培われた自由人権の思想というものをやはり堅持して行くという考え方でこれはお書きになつたのでしようか、如何なものでございますか。この第二項の提案理由はどういうお考えでお書きになりましたか。

木村篤太郎法務総裁

○国務大臣(木村篤太郎君) 我々占領下七年の間非常な苦澁をなめたことは御同感であろうと考えております。全く日本は古き殻を捨てて新らしき殻についたのであります。その間の過程において行き過ぎの点も随分あつたかと考えます。これは我々は大いに反省して将来の一つの目標に向つて進む道程において考えなけりやならんと考えるのでありますが、併し少くとも民主主義国家社会を作るにおいての或る程度の進歩はして来たと我々は考えております。それで将来におきましてはこの間の経験を十分に反省して、そうしてこの民主主義国家を完成させるについて我々は努力を払わなけりやならんと考えておるのであります。この間に作られましたもろもろの法律につきましては更に反省してよりよきものを将来において作ることに努力しなければならんと我々は考えておる次第であります。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 もう一点だけ午前中にお尋ねしておきたいのですが、第一段にこの提案理由のうちにこういうことが書かれてあるのです。集団暴力、ゲリラ戰法、テロ行為によつて警察、税務署を襲撃、放火し或いは殺人行為による暴力主義的破壞活動がひんぴんと起つており、その背後に憲法及びそのもとに成立した政府を暴力主義的暴動によつて顛覆することの正当性を主張し、又はその準備的な訓練として暴力の行使を扇動する不穏文書が組織的に配付されておる、これらは広汎且つ秘密な団体組織によつて指導されておるから本法案が必要だということになると、こういうお言葉があるのであります。そこでこの点今読上げました点につきましては個々の質疑に讓りたいと思いまするが、この際一つお伺いしておきたいのは火事が起つたならば消防を呼んで来て水をかける、これはまあ普通の常套手段であります。そこでこういうふうな火事が起つたら、これは破壞法を作つて消防の水をかけなければならん。これは私どもの常識であるのです。併しながら政治家、政府というものが本当に国民であつたらこの火というものはどういう原因で燃えて来たか。或いは太古のように木を二本合せてすつてこの火をつけたものか、或いは石を打合せて火がついたものか、鉄の衝撃によつて起つたものか、或いは点火したものかという、まあこの火元というものを一応探る必要があるのじやないかと思うのです。そこでこういうふうなテロ行為やいろんな問題が起るというのは、これは教育の欠陷によるものか、或いは衣食住の欠乏のために生ずるのか、或いは又思想の混乱から生れ出でたものであるか、或いは敗戰による自暴自棄的な捨鉢的な気分から生れて出るのか。或いは教育の結果批判の力が増大して、国民の政治的目覚から生まれ出たものであるか、或いは外来の思想の影響を受けているものであるか、こういうもののいずれが影響しておるかということをお考えになつて、これまでの政府は、若しこれらの原因から発足したときに、そういう思想が起つた場合にどういうふうな手を打たれたか。若し打たれたということの御確信がありますれば、こういう点も併せてこの場合に総裁の口から承わつておきたいと思うのであります。

木村篤太郎法務総裁

○国務大臣(木村篤太郎君) その点でありまするが、我々の一番考慮を払つているのは、いわゆるイデオロギーに基いて、そうして日本の治安を乱さんとするものに重点をおいているのであります。これは中山委員においても恐らく私はもうすでに御承知のことであろうと思います。国際的にいろいろの流れをもつて日本の故意に治安を乱さんとする者があるのであります。本法案はそういうものに対して重点をおいているのであります。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 そういたしますると單に外国の思想の影響だというようなお考えでございましようか。又はそういうふうな單なる事柄からだけでこういうふうな混乱が起きているというおぼしめしでございましようか、それを一つ念をおしておきます。

木村篤太郎法務総裁

○国務大臣(木村篤太郎君) もとよりこの法案はどの団体ということは申しておりません。前々から申しておりますが、極右たると極左たるとを問わずこの法案の対象となるのであります。今申上げましたのは、最も危険なるいわゆるイデオロギーを以て日本の政治を乱さんとするものを対象としたいと考えております。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 私が只今申し述べました七つの原因、このほかにまだ税金共産党というものもあるのです。税金というものを無理やりに取立てられますると自暴自棄になつて、共産党の力を借りてこれに同調して行こうかというこの税金共産党というものが相当に日本にあるわけです。これはもう思想も何もその根本にはない。そういうふうな事柄がありまするし、いろいろまあありまするが、以上述べました七つの原因は、いずれもこれは、やはりこの共産主義のはびこつた根本理由になつていると考えております。そのうち最も影響を及ぼしているものは何かというと、教育者の日本にないということであります。卓越した、一世をおおうというような見識の高い教育者を持たないということが、私は一番日本に共産主義がふえた理由だと考えます。マルクス以上の頭脳を持つた人間が生まれて来ないということです。マルクス主義というものを圧倒し得る頭脳を持たない、教育者を持たない日本は、実に一種の悲劇であります。こういう場合にマルクス以上の人間が日本に出て新らしい経済学を提唱してすべての人を引入れるということになりますると、大分減つて来ると私は考えます。御承知のように今まで日本で一番偉い学校は東大だと世間は考えている。偉いかどうか私は知りませんが、併しながら、あの南原元総長のふだんのお言葉を静かに見ておりますると実にふき出したくなる。私どもはあの態度と頭の程度を見て、ああいう人が日本の最高の指導者になる、これは私は共産党のふえるような原因はこういうふうな教育者の頭の浅さから来るものだと考えているのであります。第一、教育基本法とか或いは学校教育法というような二つばかり重要な法律があつて、これにくくられるかくくられんか、知らんが、あつてもくくられておりません。大学の目的なんかもこれに明示しているのです。ところが一向明示された教育基本法でも学校教育法でも何の役にも立つておらん。やりつぱなしです。申す迄もなく学校の教育というものは、我々の子弟が学校に行つて頭を砥ぐというのであります。最高の教育を受ければ、これは丁度正宗の刀を鍛えているのと同じなんです。鍛えれば鍛えるほどこれはよく切れるのです。そうするとこれに疑惑を持つ。学問は疑惑を持たしてその疑惑を判断して裁断するために私共は教育を受けているのであります。ところが只今申述べましたように、七つ、八つの原因に対してこの高い教育を受けた鋭どいメスを持つた学生が生まれ出るのです。そうして将来の日本というのをこの双肩に担わせようとしておる。そうしてその生まれて出た学生というのは、鋭どい卓越した批判力を持ちながら、この社会の不安に対して割切れない、裁断することのできない立場に放置されている。どういうふうにしてこの問題を解決していいか、裁断していいかという、これを割切るところの手段方法が教育者の手によつて教えられてない、これが日本の不幸であります。この点から早稻田大学、愛知大学、或いは東大、至る所の学生、まだ頭が固まらない若い連中が騒ぎ立てているのです。若し卓越した偉い人間がおつてこれを指導するというようなことになりますると、これはよほど平穏になると私は見ているのです。ですから、こういう点につきまして法務総裁は閣僚の一人としてどういうふうに天野文相と話合い、或いは吉田首相と話合つておられるか。これは破防法に非常に影響のあるところです。若し卓越した頭脳を持つた学者がおつて、全日本の人を指導するとか、或いは七つの原因から生まれ出るところの共産党の人々を指導するということになりますれば、何も破防法なんかの手を煩わす必要がないということに落ち着いて来るのでありますが、国家の権力を用いなければこの竹の皮のはげ落ちるのを支えて行かれないというようなふうになつてしまつて、国家の育成改革ができんようになると私は思つております。この教育の問題の取扱について、破防法と関連してこれは一応抱き合せてお尋ねしておくわけでありますが、そういう点について内閣はどういう方針をとつておられますか、どうかお答えを願いたいと思います。

木村篤太郎法務総裁

○国務大臣(木村篤太郎君) 只今いろいろなお説が出ましたが、御承知の通り、マクルスの唯物史観はもうすでに過去七十年前の哲学、政治思想、経済思想であります。その当時にはこれはまさに天下を風靡し、又その当時において妥当したでありましよう。併しながらです、マルクスの唯物史観は現在の社会においてこれは妥当するかどうかということを考えますると、妥当しないと、私はこう考えます。我々の浅い研究の範囲で言つてそうであります。これは論破できるであろう。又学者において論破している人もあるのです。併しながらこの唯物史観というものは実に理論的でわかりやすいのです。青年の頭に極めて入りやすい。何としても私は、やはりこれほどに青年の頭に入りやすい哲学、経済、思想というものはないと考えております。これは魅力がある。そこにもつて来ていわゆる左翼の強烈なる分子がこれを指導して行こうと、そこに危険がある。学生諸君もだんだん成長してこれをもつとよく掘下げて行けば果して現在の社会に妥当するかどうかということがわかつて来る。今学生のお話が出ましたが、私は全国の学生のうちで如何ほどこの思想に魅力を感じてそうしていわゆる左翼分子に指導されているか、この数の問題であります。本当に狂信的にやつている者はこれはいざ知らず、その他の者はいわゆる附和雷同でやつている者が極めて多数であります。その多数の者は全日本の学生と比較してどれだけあるか。私は決して悲観しておりません。必ずや本当の民主主義哲理を私は理解することになろうと考えております。  そこでこの現段階においてそれらの学生に対してどうするかということであります。それは我々は教育の力に待つ、いわゆるこれを導くところの教職についている者の力に待たなければならん。それと同時にこの国民各個が信念を以てこれに対処するということであります。私は一人の偉大なる宗教家、思想家、政治家が出るも、国民が全部それによつてついて行くものとは考えておりません。要は国民個々の者が本当に民主主義というものを理解しそうしてこれを政治の面に現わすということが何よりも急務であろうと考えております。一人の偉大なる宗教家、政治家、教育者等に待つよりもむしろ国民個人が民主主義哲理に徹底して、そうして個々が責任を持つてみずからが日本の政治を行うということの気魄を持つてやるということが一番の急務であろう、私はこう考えております。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 あとは午後からお願いいたします。

小野義夫自由党

○委員長(小野義夫君) それじやこれで休憩いたします。    午後零時十二分休憩    —————・—————    午後一時五十八分開会

小野義夫自由党

○委員長(小野義夫君) 委員会を再開いたします。午前に引続き三案の質疑を行います。中山委員の継続質疑を許します。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 法務総裁は又の機会に答弁する、補足して答弁するということでありますから、今日は若い人に若い頭で一つ答弁して頂きたいと思います。あなたがたお二人とも見渡したところ相当のかただと私は思つておるのですが、先ほど法務総裁に私がお尋ねしたことは大体お聞きになつただろうと思うのです。あなたがたの若い頭からあの思想問題なんかが、或いは民主主義とか、或いはこの暴力団体、暴力主義的破壞団体が生ずるゆえんを七つの項目に分つて法務総裁に申上げておいたのですが、ああいうことに対してのあなたがたの御意見は如何なものですか、若い視野から観察なされた点を述べて頂きたい。

關之法務府特別審査局次長

○政府委員(關之君) 大変重大な問題で私どもも中山先生から見れば若いのでありますが、今の学生から見ると大分古いものでありまして、さような重大な問題につきましては、勿論もうまとまつた研究もしたことはございませんし、月給取りでありまして、大した勉強もありませんが、立案に当りましてそういうような問題を一応考えて見たことがありますから申上げて見たいと思つております。私どもといたしましては成るほどフランスの人権宣言であるとか或いはアメリカの独立宣言であるとかというようなものに、圧政に対する反抗とか或いはそれに類するような言葉がありまして、それが制定され、書かれたときの経過からいたしまして、さようなものの中に実力を行使するというようなことが一応正当付けられているかのごとき言葉が見えることも事実であろうと私どもは考えるわけでございます。さようにいたしまして、それらが今日の世界のこういう現状に発展して参つたのでありまするが、それらの成果といたしまして、今日の世界各国の憲法の中の言葉或いは国際連合の中の人権宣言であるとか、或いはその他各種の連合の制定する協約その他に、結局のところ暴力というようなことは、暴力を行使するとか実力を行使するとかというようなことは決定的に否定されておる、こういう世界の歴史的な変革がどういう原因であるかというふうに考えて見ますると、結局において個人の自由と個人の命を尊重する、生命を尊重するというところが人類文化が目的として辿つて行く道であろうと私どもは考えておるわけであります。個人としての自由を尊重し、個人々々の生きて行く命をそれぞれが尊重し、幸福を追求して行く、幸福をできるだけ拡げて行くということが人類の文化が、近代文化が辿つて来た目標であり、道程であり、その現われが各国の憲法となり、又は世界の、国際連合における各種の協約、そうして又人権宣言というようなものになつて現われて来たものであろうと私どもは考えておるわけであります。そこですでにさような考え方の下に、我が国の憲法もできておりまして、或いは世界の国際連合の示す人権宣言にもさような点も出ておるのでありますが、究極に何と申しましても個人の生命が精神的な、又肉体的な完全な状態においてそれぞれの自由を掌握し、幸福を追求し、おのおのが本当の幸福感を、精神的にも肉体的にも完全に味わう、そういうところが最近の歴史を通じ、発展したところの人類歴史の奧底の姿ではないかと、かようなふうに私どもの観点から考えておるわけでありまして、そういたしまして考えて見ますと、やはり民主主義と申しますか、そういうものの奧底がそこにあるわけでありまして、それらの行われる政治組織或いは社会組織というものが、私どもは民主主義である、かように理解しておるわけであります。従いまして学説或いは政教の主義といたしまして、暴力と肯定し、暴力を挺子として社会的変革を図つて行く、そういう思想の中には一人々々の自由であるとか生命であるとかは無視して、自然的な一つの必然だとし、正当なこととして他人の自由というものを公然と無視してこれを否定し続けて来て、そうして一つの世界観、政治観を実現する。そういう思想は私どもとしましては人類が到達した個人のそれぞれの自由を尊重するという思想には全く相反するものである。日本国憲法のよつて立つところの民主主義というものは、そういう人類が今日まで辿つて来た歴史的な過程からそれを否定されているものだと、かように考えておるわけであります。さような考え方から、ここに民主主義は暴力は絶対に否定するものであるが、それは個人の自由意思というものを前提としまして、そうして自由意思の下にそれぞれが法律を作つて、そうして法律の下にはそれぞれが服する。こういう姿が本当に各人の生命が尊ばれ、各人の自由が尊ばれるゆえんであろうと思うのであります。そこで最近におきまして法律による支配というものが民主主義の一つの原則であり、英米におけるところの一つの大きな流れとして法律による支配、従つてそれから伴つて来る三権の分立、特に司法権の分立ということが、お互いの生活を幸福ならしめるところの重要なポイントであるというように相成つて来たのではなかろうかと考えておるのであります。さような次第でありまして、私自身が自分の生命が傷つけられることが好ましくない。同時に自分の自由が拘束されることが好ましくないと同時に、人の意思も尊重しなければならん。そういう意味において暴力を当然の武器として、暴力を当然の挺子として、その暴力は他人の自由、他人の生命は全然無視してかかるという考え方には、私自身としては組みし得ない。又日本国憲法のよつて立つところの基礎も、私は民主主義としてさような基盤に立つているものと、かように考えておるのであります。そうしてすべて憲法の認めるところの方法によつて、すべての変革を遂げている。もとよりそこにはすべての変革を遂げる途が開かれているというなら別問題でありますが、すでに憲法の線によりまして、これだけの改革ができる、若し不満があるならば政府を通じ、国会を通じ、すべての解決の途は開かれておるわけであります。それらを通じてやつて行く。勿論それは非能率的であるかも知れません。その点はやはり徐々として民主主義の大道を歩んで行くということが、やはり穏健、健全なる、我々がお互いの幸福を護りつつ、お互いの生命を尊重しつつ進んで行く姿ではないかと、私どもはかように考えております。日本国憲法の精神に従いまして、民主主義を我が国内にお互いに協力して実現して行きたい、かようなふうに考えます。従つてその観点から見まして、この法案に規定するがような暴力行為、こういうものが否定されることは民主主義の原則から見て、それこそ人類不変の原理でありまして、又かようなことを公然と肯定し或いは許し、これを以てかかる行為を武器とし、暴力を挺子として個人の生命、個人の自由をないがしろにしている。現にかくのごときことは、世界の一方においては実例を私どもは求めることができるのでありまして、実に数百万、数千万という人の自由と生命が無視されておるわけであります。そういうようなことは私どもとして、人類の人道的な発達の上から見て、どうしても耐え得ないところと考えておるわけなんであります。こういうような考えの下に、この法案を立案いたした次第であります。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 十分一つ御研究になつて欲しいのです。私はあなたの議論がいいとか悪いとかということは大変若い人を傷付けるものでありますから、又時間の関係から申上げませんが、ただこういうことは一つお尋ねしておかなければならん。大体一つの薬が発明されますというと、暫くはその薬は効くものであります。ところがいよいよその相手が、その薬によつて撲滅されるという立場になると、黴菌ですらその薬の裏を抜けるように、近頃ストレプトマイシンとかペニシリンとか日本に輸入して参りました。これはどういうふうに医学界に影響を及すかというと、暫くは効能があつた。近頃は効能がない。黴菌が強くなつた。そこで刑法というものがあつて、二百六十三條の暴動だとか或いはその他の百二十六條の列車の転覆ですか、百二十六條かなんかよくわかりませんが、そういうふうなことが現われて来て、又その法律ができると裏を潜るものであります。この法律を作つていよいよ断圧と申しますか、集団的な破壞行為を継続してやられるときには、これを彈圧する。そういうときにはその裏を潜る、そのときはもう一ぺん第二の破防法を作るようなときが来るんじやないかと思うのです。そういう御意思は如何ですか。

吉河光貞法務府特別審査局長

○政府委員(吉河光貞君) 誠に御尤もな御質問であると思います。特に特定の政治目的を持つてこの法案に規定されておりますような極端な暴力主義的破壞活動を行おうとするもの、特に又団体組織によつて計画的にこれを推進実現しようとするものが絶えず、その手段、方法、活動等につきましても、ますます巧妙になるということは御質問の通りでございます。これは結局国家の捜査力並びに調査力の能率を高めて行く、そうして絶えざるそこに努力が続けられて行かなければならないと考えるのであります。そうすることによりまして、かような破壞活動によつて国家社会の基本秩序が破壞されることを防止する。勿論これは国民全般の御協力の下に行わなければならないことでありますが、治安の任に立つ者は絶えずその捜査なり、調査なりの技能を最大限度に磨き上げて行くということが必要ではなかろうかと考える次第でございます。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 それで私が先ほど今關さんですかね。關さんに念を押しておいた。多分そういう考えだろうと想像がつくんです。私が特に七つの項目を挙げて思想の悪化とか、集団的な暴行が継続して行われる、破壞的な行動が行われるということは、法律よりもその源泉であるところの源をとめるという措置を行わなければならない。政治はあつてもなくてもいい。つまり法律のない世界を作るというのが本当の法律の目的であります。この精神を忘却しておつては政治はできないのです。どうすれば法律の数を少くするかということが法律家の狙いであるし、又政治家の狙いでもなければならんと考えますので、旧憲法時代においては、法律によるにあらざれば国民は権利を侵されることがないとはつきり書いてある。この法律によるにあらざればという文句のために、国民がどれくらい苦労したかということは御存じでありましよう。いわゆる法律万能主義時代というものを作り上げてしまつた。私は東條内閣時代に言語に絶するという言葉も消え去るのじやないかというくらいひどい待遇を受けて来たんです。人間であるか、動物であるか自分が判断がつかないくらいひどい、私は圧迫を受けて来た人間です。だからよくわかるんです。法律というものを設くればことごとく世の中の悪いことが姿を消すという、そういう考えそれ自体が時代遅れなんです。だから法律万能というような考え方をあなたがたの頭から抜いて頂いて、この破防法をこしらえない前にその源を塞ぐという手段をこれは政府としては講じなければならないと思うのです。旧憲法時代には何分主権の所在が違つておりましたので、こういう点を論ずるということも非常に私どもとしてはこれは苦しかつたのです。現在は我々の下に主権があるんです。あなたがたは陛下から任命されておられた官吏であつて、国民をどういうふうに見られたか知らんが、それはあなたがたのほうがよくわかつておる。国民をどういうふうに見ておられたか。現在は主権者は顛倒したんです。主客顛倒して私どもが主権者になつておる。だからこれは力強く私は政府のかたに呼びかけていいと思つておるんです。だからこの破防法が絶対的にこれは必要であるという思召しか、或いは又破防法を現在の社会の情勢から推してどうしても総体的に必要であると考えられるのか。第三には、この破防法に代るところの政治上の手段を以て、私の申上げました七つの項目、いわゆる暴力主義的な破壞行為が現われるその源泉を防ぎとめるところの手段を講ぜられる考え並びにその内容、工夫、構想というものがあるならば、この際一つ伺つておきたい、こう思うのであります。

木村篤太郎法務総裁

○国務大臣(木村篤太郎君) その点は私よりお答えいたします。先ずこの破防法は現下の日本の情勢から言つて絶対に必要であるということを申上げておきます。今中山委員からこの暴力のよつて来たるべき源泉、いろいろお話になりました。御尤もであります。いろいろな原因がありましよう。併しながらここで一番考えなくちやならんことは、先刻来私は申上げましたいわゆるイデオロギーによるものであります。これは日本の政治組織を破壞しようというイデオロギーを持つておる、これは如何なる施策をしても、この源泉は私はとめ得ないと確信いたしております。そのイデオロギーを持つ人たちがイデオロギーを放棄するまでは絶対にとめることはできない。そのほかの暴力行為につきましては、いろいろな原因がありましよう。これは申すまでもなく、そのよつて来たるべき点を把握いたしまして、政府はそれに対抗して施策を講じなくちやならんと考えおります。ただただこの現下の情勢下におきましては、さようなイデオロギー的、破壞的組織を持つたものが日本の治安を乱す。それに対処すべき措置、施策としてこの法案を作成した次第であります。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 今総裁がお述べになりましたこの絶対的必要性、これはまあ自分の立場から御覧になつた。そこでこれは総裁の御言葉を拘束することは私としてできない。たが併しイデオロギーの違いということになりますれば、このイデオロギーを日本から消えさせ得ないならば、イデオロギーは行動として現われて来ると思うのです。そのイデオロギーを消えさすためにはどう政治上の方策をなさせるつもりでありますか、それを一つ伺つておきたい。

木村篤太郎法務総裁

○国務大臣(木村篤太郎君) これは私の考えといたしましては、従来は思想には思想をもつて対抗しよう、これは言われておるのであります。併し現在において破壞活動をやろうという分子はさような手には乗らないのであります。いろいろな手を以て、根本的に日本の政治組織、社会組織、経済組織を破壞せんとする意図を持つておるのであります。これは我々の力によつて到底このイデオロギーを変えさせるということはできない、できれば結構であります、それを望むのであります。併しこれは絶対に私は不可能だと確信いたしております。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 これはもう不可能だということになりますれば、これは又何をか言わんやという結果になつて来る。もう不可能だということになりますれば、これは未来永久に私どもはこのために辛苦、艱難、心労をして行かなければならんということになると思うのであります。でありまするから、先ほど申しましたように、もう少しこの先ず第一にどうしても国家の将来を担うものは、やはり教育だと思うんですが、こういう点に一つ政府としては十分配慮せられ、その対策を一つ講ぜられるように私は特にお願いいたしておきたいと思うのであります。  次にお尋ねしたいのですが、この提案理由の最後のところにこういうことを書いておられるんですね。これはもう世界各国がこの制度というものを樹立しているということは伺つておる。ところが政府から頂きました参考資料のあちらこちらをひもといて見ますというと、例えば合衆国の外国人登録法だとか、国内安全保障法、破壞活動取締法、緊急拘禁法、南アフリカ連邦の共産主義の抑圧法、スイスのニユーシヤテル州の共産党禁止法だとか、ポルトガルの秘密結社取締法、オーストラリヤの共産党解散法というような、いろいろなものを参考資料として頂いたのですが、これはことごとく大体共産主義の団体をこれは目安として作られた法律のように私は見る。このうちに破防法的な立場をとつておるのは、ソ連の反逆罪の規定だ、こう思われるのですね。この参考資料を読んで見ますというと、大体そうなつているように思う。そこで私は政府にお尋ねするのでありまするが、この日本の破防法の狙うところは、左右両極端のいわゆる暴力主義的破壞団体を目標にしておられるのであるか、或いは参考資料により私どもに與えられた、共産主義的な、暴力主義的な破壞活動の団体を狙いとしておられるのであるか、総裁のお言葉によれば、両方を狙いとしておるというように仰せられるようでありまするが、私は政府の顛覆、或いは七十七條の内乱罪の問題とか、こういうところに狙いを置かれるならば、右翼団体のようなこういうところにまで心持を配つておるかどうかということは、今日までのいきさつからいうと、はつきり現われていないのであります。ただ無茶者という、無茶者の団体だという私どもは認識を常に持つているのであります。従つてこれを同一に取扱つておられる、この法律のうちにこれを区別して規定していないというのは、その結果として御立案になつたのでありましようか。

木村篤太郎法務総裁

○国務大臣(木村篤太郎君) この法案の趣旨とするところは、いずれの団体たるを問わないのであります。左右両極端の団体であります。今右翼団体においてはさようなことは考えられないではないかという御意見でありましたが、現段階においては、或いはそうかもわかりませんが、併し将来においてさような懸念があるかもわかりません。そのときにどうするかということを考えますると、とにかく暴力を以て日本の政府を、政治組織を破壞したり、或いは暴力によつて自己の政治上の主義、主張を推進しようという団体においては、これを規制しなければならん、こう考えておるわけであります。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 政府は法律案をお出しになつて、大体この六ページに亘る提案理由を御説明になつておりまするが、私ども委員会としては、大体過去事実に顧みてこの法律案が立案せのられたものと思うのですが、大まかな、暴力主義的な団体の行動があつた実例をここで一、二各委員にお聞かせを願えれば、大変この法案の審議に幸いするのじやないかと考えておりまするから、どうぞそれを一つ述べて頂きたいと思います。

吉河光貞法務府特別審査局長

○政府委員(吉河光貞君) 御質問の御趣旨は、この法案の立案の根拠如何という御質問ではなかろうかと拜承いたしますが、先般衆議院で御審査を受けましたときに、政府のほうからこれの実態資料といたしまして、諸般の客観的な文献を、写しを御審議に際して提供いたしました。その概括的な御説明を申上げたわけであります。その説明の骨子は、法務総裁の提案の理由にもありまする通りであります。若しその点が御質問の点でありとすれば、なお繰返してその要点を申上げたいと思うのであります。如何でございましよう。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 それは一つ皆に聞かして頂きたい。

小野義夫自由党

○委員長(小野義夫君) ちよつと速記をとめて……。    〔速記中止〕

小野義夫自由党

○委員長(小野義夫君) 速記を始めて。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 私が只今御要求申上げるのは、一方は頭で動いているので、一方は体で動いておる団体だ、一方は頭で動いている団体、こういう見方をしておるものですから、併し両極は結果において一致するという立場から、その破防法の意図と目標に該当するとおつしやるから、やはり私も参考資料として御提出を願つたような次第でありまするから、次の機会に一つよろしくお取計いを願いたいと思います。  それからこれは政府委員にお尋ねするのですが、本法案は第三條の一号の「ロ」及び二号の「ヌ」において暴力主義的な破壞活動に関する罰則を補充したと言つておるが、これらに対しては現行刑法の規定を以てしては不十分であるから、若干の罰則を補整したとおつしやつておるのですがね、これは伊藤委員もこの点については御質問がございました。併しこの公安調査官というものの涜職問題というものは、これは刑法の百九十三條どいうものを適用するという御答弁があつたのです。ところがこの破防法の規定に反した団体並びに被告というもの、又団体は別といたしまして刑事被告人というものは、特別法であるところのこの法の罰則によつて罰せられると、こういうことになつておると思うのです。国民は罪を犯そうが犯すまいが平等な立場に立つて取扱いを受けるということが公平の原則に私は適しておるものだと、かように確信しておる。従いまして本法案を取扱うような公安調査官に対しては、やはり特別の罰則を設けて、そうして国民と同じような、いわゆる公平な罰を受けるということにして頂くのが、これは国民に対する親切な取扱いじやないかと実は思うのでありますが、これはなぜこういうふうな特殊な取扱いをなすつておるのでしようか。やはり官吏だけはこういうふうに待遇しておかなければならぬ。国民はけしからんやつだから、こういうふうにひどい目にあわしてもいいのだという、旧来の思想から出ているのじやないかと考えられるのです。この辺についてはどういうふうな御見解ですか。

關之法務府特別審査局次長

○政府委員(關之君) お尋ねの点につきましては、先ず罰則の点でありまするが、この本法に掲げておりまする刑法の各條は、これは本法で特別に新たに罰をここに書いたのではありませんで、これだけの刑罰規定は、刑法において犯罪行為として処罰されることに相成るわけであります。そうしまして、第三條一項一号の「ロ」と二号の「ヌ」は、これだけに掲げる行為は、三十七條以下におきまして若干補整しているわけであります。そこでこれは犯罪行為として新たに類型を設けておりまするそれらの行為につきましては、個人の犯罪行為といたしましては司法警察員が第一線の捜査機関となつて捜査いたします。これが検察官に送付される、こういう段階になる。それらの犯罪行為としての司法警察官などにつきましては、刑法百九十四條以下の特別公務の涜職罪が適用になるわけであります。一方この法案におきまするかような暴力主義的破壞活動団体を規制される暴力主義破壞活動というものは、これは公安調査官が調査いたすのでありますが、公安調査官につきまして、なぜ刑法百九十三條だけにとどめて刑法百九十四條を設けなかつたというお尋ねの御趣旨はそこにあると思うのでありますが、それにつきましては、百九十四條以下の規定は、規定を御覧頂けばおわかりになると思うのでありますが、主として身柄を拘束するとかいうような強制調査権を持つたものが挙げられておるのであります。そこで公安調査官は、それらと比較してみますると、「調査」のほう、二十六條以下のほうを御覧頂けばおわかりになると思うのでありますが、何ら強制調査権は持つていないのでありまして、任意の方法によりまして調査をいたすのであります。それらのことを、この百九十四條以下のこれらの規定との線において比較考量いたしまして、一般の立法例としまして、百九十三條の範囲にとどめておくのが妥当ではないかと考えまして、新たにそのような措置をとらなかつたのであります。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 私は立案に関してそういうところまでやはり立案者としては気をおくばりになつて、そうして一つ国民を納得せしめて頂かなければいかないと思うのです。要するに法が行われるか行われないかということは、国民の納得ができなくては駄目なんです。国民と共に動くという精神がなければ、幾らこの委員会で私どもがむずかしいことをかれこれ論じてみたところがこれは役に立たん。本当に国民が政府を信頼するということにならなければいかんと思うのですが、今そういうものは、刑法の百九十三條についてのそういうふうなお答えがありましたが、私はあなたのおつしやることが、誠に法案の上にでたらめなこの形がそれにちなんで現われておるという御説明を申上げ、並びに質問したいのは、この第二十九條と第二十七條を一つ比較して御覧になつて頂きたい。これは、公安調査会というものは、第二十九條の規定によつてこの法律による規制に関し、調査のため必要があるときは、司法警察官が暴力主義的破壞活動からなる罪に関して行う押收、捜査及び検証に立会うことができるようになつておる。こうある。その次に、又第二十七條に、公安調査官というものは、この法律による規制に関し、調査のため必要あるときは、検察官又は司法警察官に対して、当該規制に関係のある事件に関する書類及び証拠物の閲覧を求めることができる。又検察官又は司法警察員は、事務の遂行に支障のない限り、前項の請求に応ずるものとする。こういうことになつておるのです。一見して、外面から言いますというと、誠に穏やかなんです。各條についてこれを見てあるというと非常に穏やかです。公安調査官は押收に立ち会うことができる。司法警察官の押收、捜索、検証に立ち会うことができる。公安調査官個人としてはこれはできないことになつておる。ところが第二十七條によつて、その立ち会つたいわゆる押收、捜索、検証というものに立ち会つてですよ。そうしてそれらの警察官、検察官が引上げて来た証拠物というものは要求ができて、これを自分の手許に取り寄せることができるとなつておる。これは自分がやるのと同じじやありませんか。捜索、押收、検証というものと同じなんです。二つ合わして見るというと……。これは公安調査官に権限を與えていないというけれども、実質において與えておると同でじす。自分が立ち会つて、これは目はものを言うのです。口はものを言わんでも目がものを言うのです。こういう場合には……。だから目で指図すれば大抵のことは馬鹿でない限りわかるのです。そうするとその引上げた品物を、証拠物をあれをやつてくれ、これをやつてくれと言えば、結果においては捜索、押收、検証の力がある、権限のある官僚として見られてもいたし方がないと思うのですが、これはどうですか。

吉河光貞法務府特別審査局長

○政府委員(吉河光貞君) お答え申上げます。この公安調査官は、司法警察官が行う捜索につきましては、絶対に指揮命令をすることができない建前になつておるのであります。又公安調査官は任意の調査を行う建前となつておりまして、強制調査力を持つていないのであります。で二十九條の規定は、司法警察員が自主的な責任において、かような犯罪につきまして押收、捜索、検証をする場合に、現場に参りまして、その押收、捜索、検証を拜見するというだけのことでありまして、これをやつてくれ、あれをやつてくれというような要請をしたり、或いは指揮命令をすることができない立場になつておるのであります。そういたしまして検察官又は司法警察員が自主的な判断で行われた事件の書類並びに証拠物につきましてはこれを参考として拜見するというような建前になつておるのでありまして、決してこの二つの規定を併せまして司法警察員或いは検察官にまで指揮命令とかいろいろな要請というようなことは絶対にできないような建前になつておるわけでございます。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 そのあなたがたがまだ頭が慣れていらつしやらないから多年の経験がない。私どもは随分長く法律のことをやつておりますからよくわかるんですが、官吏には官吏根情というものがあるのですよ。一点でも余計稼ぐということはこれは昇進が早いということになるのです。自分の捜査行為について点が殖えるということは昇進が早いということになるのです。だから絶対にないなんていうことをこれはここで断言なさるということはちよつと何と言うんですか、出過ぎた言い方だと私は考える。そんなものではない。そこは人間ですよ、そこは人間だからそういうふうなことを考えておられると涜職罪が起るのです、これは……。だからあなたがたがここで絶対にないということを保障すると言うなら、これは日本中の国民がこの絶対ということを信頼するかも知れませんが、それは絶対にあり得ないことだと思う、私の考え方から言うと……。殊に人間が偉くなればなるほど以心伝心で物を言うことができます。大体のところは、電車の中へ乗りましても、向うの人間がこつちへ好意を持つているときは目さえ見れば大概わかる、友達でもあいつけしからんと思うときはその態度で、物を言うより先にわかつておる。だから以心伝心、殊に禪宗の以心伝心という言葉、目は品ほどに物を言い、目と顔の動きで大体の指揮は私はできると見ております。あなたも御承知の通り柳生十兵衛は前を見ておつて人が後から来るということがわかつた、これは心の眼の力によつて私は見ることができると思う。絶対にそういうことがないなんと言つておられるから、こういうふうな尻拭いができていない法案を出されるのではないかと実は考える。これはやはり私がこの前に尋ねた百九十三條の適用に関しては公平の原則が外れておる取扱いだというのは、ここにみずから語るに落ちた結果が現われでおるのではないかということを考えざるを得ない。これはもう一回念を押しておきますが、これだけで公安調査官というものが、司法警察官と、結果において同じような力を持ち得るものではないというその断言ができますか、もう一遍お伺いしておきたい。

吉河光貞法務府特別審査局長

○政府委員(吉河光貞君) お答えいたします。第四章の捜査の章に盛られておりまする公安調査官の調査は、先ほども申しました通り任意の調査であります。犯罪の捜査を行う検察官、又は司法警察員との関係は飽くまで相互の協力関係ということによつて所期の成果を挙げたい。公安調査官が検察官は別といたしましても、司法警察員に対して指揮命令をする、或いは捜査につきまして要求をするというような権限は絶対に付與していないのでございまして、かようなことを指揮命令いたしましても、又要求いたしましてもこれに応ずるはずはないと考えておる次第でございます。

木村篤太郎法務総裁

○国務大臣(木村篤太郎君) その点に関連いたしまして中山委員に申上げます。誠に御尤もな御議論と私は考えます。従来の経験によりますると、随分いわゆる司法警察官なんかの行き過ぎがあつたのであります。それに悩まされたかたがたが随分我々の友人にもあつたのであります。そこでこの法案を作ります際に、私はいやしくもそういうようなことが再び繰返されるようなことがあつては相済まないという見地から、実際面からいうと、この公安調査官に強制調査権を持たせなければこの法案の本当の運用は全きを得ないのじやないかという議論もあつたのでありまするが、これはどうしてもこの強制調査権を持たせてはいかんということで任意の調査権という建前をとつたのであります。少くとも制度の上においてはこれはそういう工合にしなければいかんという、こういう考えの下にこういう任意調査権だけを持たせた、こういうことになつておる、その苦心の点をどうぞ御了承願いたいのであります。これはあとは運用の点であります。如何にして運用して行くか、これは我々責任者といたしまして十分の考慮を払つて国民に迷惑をかけるようなことのないようにということでいたしたつもりであります。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 運営の面において相当の注意を払いたいとおつしやいますが、その運営の面においても注意を払うという條文というものはこの法案のうちにない。これは單に議会の私どもの質疑応答じやなくて実際面に国民の自由に関する問題でありますから、特に念を押しておくのです。別に反対するがためにこういう質問をするのじやございません。本法の完備を図りたいという私は考えであります。ですから念を押しておくのですが、只今仰せられたような絶対という言葉を抜いて第二回にお答えになつておるのです、ですから幾分そういうことがあるかも知れませんがという見透しが多いのじやないかと私は思うのですが、(笑声)だからこそ百九十三條の手ぬるい涜職罪の規定ではこれは駄目だというんです。こういうふうな大事な運営というものを言葉を以て説明しなければならんというような、重大な條文でありますから、こういうふうなものには特別の罰則をやはりこしらえておかれなければいかんのではないか、こういうことを実はお尋ねしておるわけなんです。法務総裁如何でございますかこの点一つ。

木村篤太郎法務総裁

○国務大臣(木村篤太郎君) 今申上げました通りこの制度上においてもさような懸念のないようにというので強制調査権を持たせないこととしたのであります。そこで強制調査権を持たない以上は、これはいわゆる司法警察官とは違うのでありまして、そういうようなことは法律上でき得ないことであります。別に従来のこの規定によつてこれを賄つて行つても十分である、こう考えられる次第であります。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 それではちよつとお尋ねしておきますが、公安調査官の本質というものはその定義をどういうふうにお考えになつておるのですか。承わつておきたいと思います。

關之法務府特別審査局次長

○政府委員(關之君) 公安調査官の職務というふうに拜承いたしますが、職務はこの法律による規制に関し必要なる調査をなすというのがその職務に相成るわけであります。これは公安調査庁の職員即ち法務府事務官でありますが、その中から長官が、かかるものは調査に従事させても心配ない、まあこれはいろいろの職員の素質から申しまして絶対に心配がないというようなほどの保証はいたすことができないのでありますが、この者ならもう十分であろうとするような者に調査官を任命いたしまして、そうしてそれに調査をさせまして、団体規制に関するところの各種の必要なる証拠、資料を收集させる、その証拠、資料によりまして団体の規制の請求をいたす、かようなことをいたすのが調査官の職務に相成るのであります。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 それはその事務の内容というものを今お述べになつたのですが、私は公安調査官の身分関係を明らかにしておきたいと思います。それをはつきりして頂きたい。

關之法務府特別審査局次長

○政府委員(關之君) 身分関係は、公安調査庁の職員でありまして、そしてそれは勿論法務府事務官としての国家公務員に相成るわけであります。各調査庁の長官、次長、各部長、或いは支分部局の長の指揮監督を受けまして、それぞれその所掌事務を遂行いたすことに相成るのであります。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 この法案の中には裁判という言葉が使つてあるのですよ。この公安審査委員会の審査並びに決定というものには裁判という文字が使つてある。而して公安調査官は処分の請求をなし得るということになつておる。その処分の請求というものをやるということは一つの証拠に基かない以上はこれはできないはずなんです。この証拠に基いて処分の請求をする以上は、その内容、実質においてこれは検察官じやないですか。この際念を押しておきます。

關之法務府特別審査局次長

○政府委員(關之君) 処分の請求はこれは第二十條に書いてあるのでありまするが、公安調査庁長官がいたすのであります。調査庁の公安調査官はその各種の資料を收集する、こういうのが主たる職務になるのでありまして、請求はいたさないのであります。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 私はこの場合にも検事一体の原理というものはやはり準用されているのではないかと思うのです。仮に公安調査庁長官がその処分の請求をいたしたといたしましても、これは各審理官が私は一体に動くべきものだとかように考えておりますが、その点は如何ですか。

關之法務府特別審査局次長

○政府委員(關之君) お尋ねの検事一体の原則はこの場合には当てはまらないものであると考えるのであります。それは検事一体の原則は検察庁法によりまして嚴格に規定されておりまして、而も検事はそれぞれ所定の試験資格を要件といたして、それらのものが上下の階級に繋がつておりまして、それぞれ一定の権限を一人心々の検事が持つておりまして、それらの上に検事一体の原則が確立されるのであります。これに対しまして、こちらは公安調査庁の長官のみがその責任において請求をいたすのであります。調査庁の公安調査官はただ資料だけを收集するのである。勿論長官がいたしますのに補佐いたしまして各種の資料の收集等をいたすのでありますが、それは検事一体の原則とは違いまして、責任は全部公安調査庁の長官にありまして、調査庁の調査官は資料を收集するのが本来の職務になるのであります。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 私はだから準用という、精神解釈上準用ということを申上げておるのです。検察庁法によりまして検事の身分というものがきまつておるということは、私は弁護士でありますからよくわかつておる。併しながら精神解釈としてそういうふうな立場に立つというふうなものではないか、勿論この処分の請求は長官がしますけれども、それではちぐはぐに審理官というものと長官というものが動いておつては、これは大変なことなんです。勿論調査官の收集した資料によりまして長官は判断はするでしよう。併しながら一応はこの長官と審理官の意見というものの合致を見て初めて処分の請求ができると、こう考える。若しその処分の請求に気持の合致がなければ、これは処分の請求はできないと思うのですね。それくらいの根拠の薄い証拠に基いて人を罰する、団体を解散させるということはこれはできないと思うのですが、それは如何なんですか。私はその精神解釈をやつておるわけなんです。

吉河光貞法務府特別審査局長

○政府委員(吉河光貞君) 公安調査官の本質についての御質問でありますが、公安調査官は行政上の調査をなす国家公務員でございまして、公安調査庁に所属して長官の指揮命令を受けてその職務を遂行するものでありまして、独立の国家機関ではございません。その職務は独立の国家機関としての職務を與えられていないのでありまして、飽くまで上司の指揮命令の下に行政上必要なる調査をするということが建前になつております。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 上司の指揮命令を受けるということはやはり一体的な動きというものを現わして来るのじやないか、指揮命令がなければ一体とした動きが現われて来ないと思うのですがね。

關之法務府特別審査局次長

○政府委員(關之君) お答えいたします。それはすべての役所に私は通ずる問題だと思うのであります。一人の或いは大臣なり又は長官の下に一つの役所が一体となつてやはり補佐として活動し、そうして或る一つの庁としての意見を確定するというような、すべての役所に通ずる問題でありまして、そういう意味におきまするならば、この調査庁においても同じことが言えるのであります。併し検事一体の原則ということは、この場合にはおのずからそこに異なるものがあるということ、そういう意味においてお答え申上げた次第であります。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 まあこういう点は意見の相違でありますから、これ以上時間を費すということはやめたいと思います。ところがこの法案の中には検察官と司法警察員だけを表示しておりますが、これは検察事務官というものをなぜお入れにならなかつたのですか、なぜですか。やはり検察事務官も証拠の收集とか調査ができるようになつておるのじやないか、これはどういうわけでこれにお入れにならないか、これだけ拔けておるのか。

關之法務府特別審査局次長

○政府委員(關之君) 刑事訴訟法におきまして捜査の主体となり得るのは検察庁におきましては検察官だけでありまして、検察事務官はこれを補佐するものであります。従いましてかような表現でこの点は足りるものと思うのであります。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 そうすると補助員を含めておるのですか、これは……。そう解釈していいのですか。これは大変な影響があるのですが、それも入れてあるのですか。この検察官の中に補助員も入るという御意見なのですか。

關之法務府特別審査局次長

○政府委員(關之君) 含めていないのであります。検察官だけであります。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 含めていなければなぜこれを明示なさらんか。これは補助員でありましてもやはり検察官の事務を行なつておりますよ、裁判所では……。これはどういうわけですか、それをお拔きになつた理由を教えて頂きたい。

關之法務府特別審査局次長

○政府委員(關之君) 検察事務官は訴訟法上の捜査につきましては検事の指揮を受けてこの事務を補佐することに相成つておりまして、独立の責任はないわけであります。従いましてこの第二十七條におきましては、検察官と書きますればそれで十分にことが足りると考うるのであります。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 併しやはりそれは法文上明示されておいたほうがいいのではないか、あなたがたのほうとしても……。それで自分がこういうふうに書いたから飽くまで突き通さなければならんというけちなことをお考えなさらずに十分研究して行つて頂きたい。  それからその次にこういうことをお尋ねしておきたいのです。これは裁判所にある記録の取寄せということができぬようになつておりますね、この法案は……。これはどういうわけです。

吉河光貞法務府特別審査局長

○政府委員(吉河光貞君) 確定記録は検事の手許に置きまして検察庁で保管する建前になつております。又現に繋属中の訴訟記録につきましては検事を通じて裁判官にお願いするという建前が一番至当であろうと考えてかような建方にしたのであります。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 そうすると、この法文から見ますと、検察官と司法警察員の持つておる書類は取寄せられるけれども、裁判所にある記録は取寄せられるのか取寄せられないのかわからんですね、この法文から見ると……。これは在朝在野の法曹界は非常に迷うでしよう、こういう不備な法案では……。だからやはり只今仰せられたような検察官の手を通じて書類の取寄せをやる、併しながら裁判官は独立しておりますから自分の手許にあるものはやるもやらんもこれは勝手なんです。併しいやしくも百日と日を切られた裁判所の審理の上に大影響がある。これは裁判にかける以前に公安審査委員会にかけるのだから百日という日が切つてある。そういうような短い期間に審理が行われる以上は検察官の要求を裁判が聞き入れて裁判の進行に資することは正に緊急のことである。若し裁判所に提訴せられてからこの書類が出て来ないときにはどういう工夫で、どういう構想でそれを補われるのですか、そういう点を承わつておきたい。

吉河光貞法務府特別審査局長

○政府委員(吉河光貞君) 第二十七條に規定いたしておりまする、「規制に関係のある事件に関する書類及び証拠物の閲覧」というのは、公安調査庁の長官が委員会に規制処分を請求いたしまして、その処分について委員会で審査決定を受けましたその決定に対して不服の申立があつて、裁判所に当該規制事件が係属することに関する規定ではございませんので、これは調査官が証拠資料の收集をする場合におきまして、規制に関係のあるような証拠が含まれている事件の書類や証拠物の閲覧を検察官や司法警察職員にお願いする、そういうような建前でございます。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 これはまあ何ですね、例えば刑法の百九十九條の殺人行為による破壞活動がやはり破防法の目標になつているのですが、手取り早く例を挙げて見ますと、三年前に收容されている容疑者が殺人をやつて、その殺人行為が破防法に触れた場合において直ちにその記録を取寄せてこれを検閲すると云うときに、そういう今仰せられたような事柄から推し考えると、如何にも裁判官の持つている書類は、その団体を解散するか或いは破防法の規制から六カ月間印刷、頒布というものを禁ずるかというような早急を要する場合において証拠書類の取寄せができないということになればとんでもない。これは不当な判断を受けるということになるのじやないですか、今のような御説明でいいのですか。

關之法務府特別審査局次長

○政府委員(關之君) それにつきましては、今日の刑事訴訟法の建前といたしましては、すべて検察庁において証拠を訴訟において提出する、そういうことに相成つているのであります。従いまして検察庁がかかる殺人事件につきまして揃えた証拠の一通りのものは検察庁にもあると思うのであります。従いまして先ず検察庁において拜見する、そうして又次にどうしてもそれ以上に補足いたしたいと思うような場合におきましては、これは検察庁を通じまして敏速にその書類を、係属中でありますならば書類の閲覧をお願いしたい。かような措置で一応賄つて行きたいと考えているわけであります。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 御承知の通り大体少し込み入つた事件になりますと三年くらいかかるのですよ、政府委員は只今事件の控えが検察官の手許にある、そういうようなことは、俗な言葉で言えば無茶だと、こういうのです、あなたの御答弁は……実際のところ控えは検事の覚書くらいしかありませんよ。一応調書の上に証拠を発見するには信憑力が第一です。そうでなければ立派な裁判はできないはずなんです。それが三年もかかる、裁判が上告審にかかつているようなときにその書類を取寄せるというようなことはあり得ることです。だからなぜ裁判所をもこれに加えられなかつたか、その理由をお尋ねしておるのです。

關之法務府特別審査局次長

○政府委員(關之君) 裁判所にあります書類につきましては、今のような方法で賄いたいと、かように思つております。その理由といたしましては、結局団体規制のこの事件も、終局におきましては裁判所に係属するわけであります。裁判所に係属いたしまして、裁判所は公正な立場でその事件を審判されるわけであります。その係属する前に直接こちらから裁判所に向つて各種の資料等を取ることは、その公正という点から見てどうもそうしないほうがより好ましいことではないかというように考慮いたしまして、裁判所の公正性を尊重いたしましてこのような措置にいたしたのであります。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 私の今申上げていることは行政事件訴訟特例法によつて審査決定に対する裁判を要求する場合を憂慮して申上げているのです。万一裁判を提起しない、その審査の決定に対して裁判所に訴えを起さないというときには、これはどうなるのですか、それをお聞きしましよう。

關之法務府特別審査局次長

○政府委員(關之君) 一応すべての事件は結局において団体規制の委員会の決定がありますれば裁判所に係属する可能性がある。或いはそこで決定する場合があるかも知れませんが、裁判所に結局において係属する可能性がある。そういたしますと、全体として或いは係属しない場合があるかも知れませんけれども、さような場合を除外するというような理由もないのでありますから、すべて係属する可能性があるという前提の下に立ちまして、裁判所の公正を尊重する意味におきましてかような手続にいたしたのであります。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 それは只今仰せられました政府委員のお言葉は、自分を以て人を測るということに落着くのです。自分がそういう考えだからといつて、他人は又あなたのお考えとは全然反対の立場をとるかも知れません。非常に諦めのよい、諦観主義的な考えを持つ人間はまあこれで諦めておこうか、まあこれで仕方がないと泣き寝入りになる国民性なんです、日本人は……。だからそういう最初から大体国民性というものを度外視したような法案は、私どもはその取扱に重大な関心を持たざるを得ない。ですからことごとく行政事件訴訟特例法というような取扱いに出るものだとしてこの立案をなされたということはどんなものでしようかね。この点について政府みずから進んで修正される意見はございませんか、お尋ねしておきます。

關之法務府特別審査局次長

○政府委員(關之君) 私どもはこの憲法におきまして、裁判所へ訴える権利は保障されているのであります。かかる団体規制処分のその決定に対しましては、すでに相手方、当該団体におきまして裁判所の審査を求めることができる。これは申すまでもない点でありますが、その点について何らかの規制とか或いは制限するということは到底考えられないところでありまして、当該団体が欲しさえすればいつでも提訴し得るという建前をとつている次第であります。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 その点についてはまだいろいろ申上げたいことがありますけれども、これ以上申上げません。十分政府としてもお考えを願いたいと思います。  それから次に私はこの法案の扇動という言葉と教唆という言葉が非常に境界があいまい模糊としているというように考えるのですが、一体この扇動という言葉の意味と、教唆という言葉の意味とは、破防法の建前からいつてどういうところに異があるのですか、普通の刑法の教唆、扇動と相当に開きがあるように見えるのですが、その点を御説明願いたい。

岡原昌男法務府検務局長

○政府委員(岡原昌男君) この法案につきまして扇動という文字を使いましたのは、従来各種法令におきまして使いました扇動の文字の用語例をそのまま踏襲したものでございます。而してこれに関する従来の学説、判例は多々ございますけれども、大体その基本となりますのは、扇動のほうは不特定多数の者に対しまして、相手方がそういうような範囲になります。次に方法といたしまして、中正の判断を失わしめるような手段、方法を以てする、これが重要な要件になります。そうして相手方に対する影響力の点につきましては、或る犯罪の実行を決意せしめるに足るような勢いを有する行為をなす、或いはすでに犯意を起した者に対してはこれを増強せしめるような、強めるような勢いを持つ、さような刺戟を與えるというのが判例、学説ほぼ一致した意見でございます。そこで教唆とその点はどう違うのかということになるのでございますが、教唆のほうは、只今申しました手段、方法において單に相手方に決意を生ぜしめるということで足りるのでございます。その手段、方法において、いわゆる煽る、扇動するというふうな手段、方法を必要としないのでございます。それから又相手方におきましても、これが大体特定しておりますし、又相手方に対する影響力と申しますか、その点におきましても、相手方に対し決意を生ぜしめるに足る行為、つまり先ほどの扇動のほうは刑法で申しますと従犯的なものと教唆犯的なものがある。的なものと申しましたのはおわかりだと思いますが、その二つのものが入つておるのでございます。その従犯的なものに対しても教唆犯的なものに対しましても同様に相成ると、かような点で違つて参るのでございます。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 只今お述べになりましたのは、昭和五年の大審院の判例から摘出された一部をお述べになつたと私は考えておるのでありますが、併しこの教唆という文字を使つたら別に扇動という文字を使わんでもよろしいと、又扇動という文字を使つたら教唆という文字を屋上屋を重ねて使う必要がどこから生れたのですか。この法文では教唆と扇動の境界というものは殆んどわからないようになつていると私は思うのですが、これを二つ重ねて書かれたというのは、どういう場合でしようか、できるならば例を挙げて御説明頂きたいと思います。

岡原昌男法務府検務局長

○政府委員(岡原昌男君) 只今両方の概念の差別を申上げました通り、この教唆並びに扇動という行為は、それぞれ或る面ではダブる点が確かにあり得るのでございますが、又相当広範囲においてこの概念が建つておるのでございます。そこでこれを事実的にその影響力の点から考えてみますると、その行為の手段、方法が、相手方に対して影響力を與えようとするその行為の手段、方法が扇動的である。相手方に対し感情に訴える方法を以て中正な判断を失わしめる、さような手段、方法というものは、一般にその影響力が非常に大きい。又それが突発的に又非常に重大な結果に陥る可能性が多いのが従来の事例に徴して極めて明らかな点でございます。そこでさような扇動の行為体系を特にこの際抜き出しまして、これを特に重く、或いは事前段階において手当をしようというのがこの立法趣旨でございます。  なお附加えて申しますれば、教唆におきましては相手方の特定しているのが大体の場合でございますが、相手方の特定し得ないような多数の不特定人に対してやつたような場合におきましては、その影響力が或る者には強く或る者には弱くというふうで、すべてに教唆的な影響力を及ぼさないという場合もあり得るわけでございます。さような場合におきましてやはり扇動を以て律しなければ事は達し得ない、かようなのがこの立法趣旨でございます。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 外国のいろいろな例を見てみますると、演説なんかをしても一つの扇動になるというようなことに解釈をしておる法律家もあるようで、こういうことになりますと、一つの政党に属する或る人間が自分の意見を露骨に発表して、日本の将来の政治はかくのごとくなくちやいかんというようなことを議会の中で述べたときには、これは議会は言論を保障しておるのですが、それはどうなるのですか、議会においてそういうことを述べたときにおいては……。

岡原昌男法務府検務局長

○政府委員(岡原昌男君) 議会における言論は特殊な保護を受けておりますることは御承知の通りでございます。そこでその保護を受ける限度におきましては、やはり正当性の問題がかかつて来る、そのように了承いたしております。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 この法案を見ますと、第三條第一号のロのところには内乱の予備、陰謀、幇助の扇動もこれに含まれておる、第三條第二号のほうにはイからリまでこの中に含まれておる、ということを書いてあるのですが、こういう結果、私どもは憲法第二十一條によつて保障せられておるところの言論の自由を奪われる虞れが多々あるように思うのですが、政府は将来これら普通の団体に属する人の地方講演とか演説とかいうようなことについて、事前にその内容というものを検討でも、されなければ、これはなかなかやる人も大変なことでありましよう。この点についての処置をとるお考えでございましようか。これでは立憲政治、即ち言論政治というものはできんことになるのではないかと私どもは気遣うのです。私は大体昭和二十年頃の憲兵政治に骨の髄まで抜かれた人間でありまして、もう懲り懲りなのです。無智な一部の末端行政官のむちやなやり方にはもう骨の髄をすつかり拔かれてしまつて、そのためにこの通り頭が禿げてしまつて、頭がすつかり悪くなつてしまつたわけですが、(笑声)そういう点についてどういうお考えを持つていらつしやるのですか、お聞かせ願いたいと思います。

關之法務府特別審査局次長

○政府委員(關之君) お尋ねの点は、例えば行政的な何かの検閲とかいうふうな問題に関連しての御趣旨かと拜承いたすのでありますが、この法案におきましては憲法の禁止するところの検閲制度の復活というようなことは絶対に考えていないのであります。言論はもとより自由でありまして、かような犯罪と定めた行為に該当しない限りもとより自由でありまして、それはその演説をされるかたがたの自主的な御判断によつて行わせられることではなかろうかと考えております。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 これはあなたがたのような高等の官吏と申しますか、卓越した知識を持つておるかたはそれでいいのです。殊に政府委員として御説明になる場合には、そういうふうに御説明にならないと法案は通りませんよ。(笑声)私は筆は演説会で「上下心ヲ一二シテ盛ニ経輪ヲ行フヘシ」という五箇條の御誓文を述べたところが、直ちに中止をくつた経験を持つています。それは天皇の言われた詔勅というものを演説会で述べるなんという不都合なことがあるかというので私は演説を中止させられたのです。これは司法警察官なんですがね。而もこれは警部補の肩書を持つ或る警察の行政主任なんです。下のほうの連中はそれくらいの頭のものですよ。だから非常に私がこの法律の運営の面に心配するのはそこなんですよ。又司法警察官のことを言つたついでにあなたがたの御参考になると思うからもう一つ申上げる。寺島健という海軍の中将が逓信大臣になつた時のことです。私の選挙区は有権者二十三万人くらいおつたでしよう、それらの有権者に印刷にした政見発表の手紙をやつた。ところが大臣の命令があつたか何か知りませんが、選挙が済んでからその手紙が着いておる。大阪市内で電報が三日も一週間もかかるという状態であつたのです。これは大臣が指令したのかどうかわかりませんが、こういう連中が暗黒な日本というものを作り上げたのです。だからこれは、上下心を一にしてこれを改正する必要があると思うのですがね。あなたはこの運用の面について政府としてそういうことがないと保証し得る確信がおありでしようか、その確信を承わりたい。

吉河光貞法務府特別審査局長

○政府委員(吉河光貞君) 非常に御尤もな御質問だと思うのです。終戰前に数々の治安立法が施行されておりまして、かなり幅の広いあいまいな法令と申しますか、幅の広い法令もございまして、これが濫用の誹りを受けたものと思うのでありますが、ここに規定いたしておりまする扇動は、御承知の通り普通一般の言論では到底口にされないようなものである。内乱の扇動とか或いは予備、陰謀の扇動というような事態、又殺人、放火、汽車の顛覆、強盗のごとき行為の扇動ということは極めて悪質重大な事件の扇動でございます。かような重大な事件の扇動ではありますが、而もそれにもかかわらず、末端のこれを行う公安調査官とか司法警察官がこれを誤解して、極めてルーズに解釈して取締りをするのではなかろうかという御質問でございまするが、この点につきましては、十分扇動の意味する内容につきまして法令の解説を徹底させると同時に、総裁におかれましても或いは検事総長におかれましても、検務局長におかれてもこれの十分なる趣旨徹底を検事を通じて警察官にいたして頂くことになつております。かような点のみならず、公安調査官につきましては嚴格な職務規律も作りまして、運用には万遺憾のないようにいたしたいと考えている次第でございます。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 どうぞお言葉の通りに万遺憾なきを期して頂きたいのです。そうしなければこの法案全体から、これは時間がありませんから詳しいことは私自分の意見を申述べかねますが、政府は過去の不明朗な実績に鑑みその実績に徴して運営を、どうかこの上その轍をもう一遍お踏みにならんように特に御警告を申上げて次の質問に移りたいと思うのです。  そこで劈頭に法務総裁にお尋ねしておきました事柄をここで補足してお尋ねしておきたいのですが、憲法の十三條に「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」、こう書かれてあるのです。かかるが故に、これは参政権なんですが、こういうふうな建前から正々堂々と国民各自が自由な言論というものをなし得る立場にあるということは憲法のとつておる態度だと、かように考えておる。国民といたしましては、国家構成の一分子として国家の運命を負担してその存立を保持し、その進運を扶翼するという大きな権能があると同時に、且つ義務を背負つておるのでありますが、これから先各地で行われまするあらゆる演説会、講演会、或いは思想的な話合い、こういう事柄についてこの憲法の十三條の精神を活かして、国民が何とかして日本というものを興隆に向わしめなければならんというような相談をする場合に、いろいろな隠密……、羽仁さんの言葉を借りて言えば隠密的な警察官がそこに踏み込む、或いはそれを監視する、それが或る団体に属しておつて、或る団体が暴力主義的な破壞活動をやつたと、それでややもすると自分の手柄のために、点を稼ぐために、これを契機にして引つ掛けてそうしてその政党を彈圧するとか、或いは個人の政治的な行動を取締るというようなことになる場合が、只今申上げましたような実例に照してないとは誰れも保証できないのですが、将来各地に行われるこういうような演説会、殊に選挙を控えております今日において、在野党、或いは在朝党ですか、こういう人人の演説会については政府として何か相当適切な処置をとられる思召しがあるでありましようか、どうでしようか。この点は簡單ですから法務総裁の御高見を承わつておきたい。

木村篤太郎法務総裁

○国務大臣(木村篤太郎君) 言論の活溌に行われるところにおいて初めて民主政治が円満に実行できるものと私も確信いたしております。国民が自由に言論をしてこそ世の中の進運というものは期せられるのでありますから、その点については我々も十分に考慮を払いたいと思つております。そこで将来政党或いはその他の人々において言論の自由を抑圧されるような虞れはないであろうかと……、我々は言論を抑圧されるようなことに対しては断じてこれはさようなことをさしてはいけないという確信を持つております。然らばどういうことにしてやるかということでありますが、私は手取り早く言えば、来るべき総選挙その他におきまして、いやしくも言論に対する抑圧と言えば、甚だ言葉は行過ぎでありまするが、それに対する干渉とかいうようなことについては、これを排除するように、よく部下の検事総長その他に指令を出しまして注意をするつもりであります。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 私はこの犯罪の捜査に当りまして、私どもの経験するところによるというと、検察庁或いは警察署は投書というものを非常に歓迎しております。投書があつて自分の反対の立場に立つ人間を小説をでつち上げて密告する人がたくさんあるのであります。こういうふうな風習が世の中に横行するということになりますれば、これは国民性というものが非常に陰鬱になつて、国民性の堕落ということに私はなると思うのです。アメリカなんかではこういうふうな密告をした人間を嚴重に取締つて処罰しておるようでありますが、これはこういうふうな扇動だとか教唆だとか、いろいろな問題があり、破防法というようなものができた以上は、この密告、投書というものは非常に殖えると思うのですが、こういうふうな面についての取締りの考えは政府は持つておられるのですか、どうですか、一つお尋ねしておきたい。

木村篤太郎法務総裁

○国務大臣(木村篤太郎君) その点については私は双手を挙げて賛成いたします。私ほど恐らく密告制度の嫌いな奴はなかろうと思います。今アメリカのほうで密告制度について嚴重な罰があるというお話でございましたが、どういうような罰則を設けておるか存じませんが、むしろ私の知つておる限りでは、アメリカのほうが密告制度を好んでおつた事実があります。私は敢然としてそれに対しては反対の意思表示をいたしておるのであります。私は密告ほど暗い政治はないと思つております。それだから私はすでに検察庁あたりに対しても、責任を持たない密告に対しては取上げてはいかんと言つております。この方針は私はできるだけ堅持するつもりであります。私はこの密告ということほど憎むべき、又害毒を流すものはないと考えております。どうぞ御心配なく、私の就職の間においては私は密告というものに対しては断じて反対をいたすと確信を持つてお答えいたします。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 どうぞその意気で邁進せられるようにお願いいたします。  そこでお聞きしておきますが、法務総裁は公正な論議をやるのは差支ない、こうおつしやつておりますが、公正な論議というものの定義はどういうふうにお考えになつておりますか。これは提案理由中に述べられておる言葉なんですが、それを大体の輪郭、即ちどの範囲のどういうことを公正な論議としてお認めになつておるか、承わつておきたいと思います。

木村篤太郎法務総裁

○国務大臣(木村篤太郎君) 公正とは読んで字のごとくであります。とにかく我々が客観的妥当な範囲ということが最も適切だろうと思います。少くとも国家公安秩序を紊すようなことは無論公正でないのであります。世の中の秩序を紊さぬ範囲においては私は如何なる言論といえども許すべきものであろうと、私はこう考えております。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 次にお尋ねしますが、これは憲法の第二十條に書かれてありまする信教の自由に関する事柄ですが、この信教というものは、これはおのおの目に見えざるものに対する一つの何と申しますかね、仰ぎ見る立場をとる心のあり方だと私は考えます。そこでこの宗教の信義をいろいろ検討して見ますというと、ローマ法王ピオ十二世というような人は政治、経済、外交に対して相当の動きを見せている。例えば共産主義の如何に憎むべき事柄であるかということについても一つの意見書を発表しております。そこでこういうふうな動向を持つた宗教団体というものは、もう少し詳しく申しますれば私の考えでは、今日生きた宗教というものは政治、経済、外交の中に本当に姿を現わして来なければ何らの価値のない宗教であるという確信を個人として持つておりますが、こういうふうな理想を持つ一つの団体なんですね。そうしてその宗教の指示する指導精神というものが、現在の社会というものを改革して行かなければならんという結論に到達した場合においては、この宗教の団体くらい力のあるものはないと私は考えております。ところがかくのごとき宗教団体の集団的な意思表示として、三、四日前の朝日か毎日の新聞に、カトリシズムという題で論文が書いてある、これは私の只今述べたようなことを書いているのです。もう少し掘り下げて御参考に供して見ますと曾つて大本教というものが丹波の綾部にあつて、大きな組織を持つて、只今私の述べたような政治運動をやるという疑を受けた。天皇の退位を求めて開祖みずから主権者となるというような運動を起したというので想像も及ばぬような官憲の暴力的な行政処分によつて打ち倒された。このことは当時の文部参與官でありました山桝義重君が親しく私に告げたところでありますが、山桝君が言うには、どうも大本教という宗教はどえらい宗教で、もう日本各地の末端に至るまで支部があり、下部組織がある。そうしてみずから平将門を気取つているというふうに見える。これくらい恐ろしい団体はないのだ、こういうことを私に話しましたのです。日ならずしてこの大本教というものに或る隠密が入つた、警部なんです。この男は後に警察部長から特功章をもらつて、よくそれだけの内容を探したと大分ほめられたということでありますが、私は従来の大本教のあり方と出口すみ子の書いた世界連邦という書物を繙いて見たが、それを読んで見ますと、どこにも心配するような点はない。それで出口王仁三郎の行動を私は当時見ておつた、その裁判が七年かかつて、実はその間に黄金閣というようなものは全部姿がない、飛んでしまつた、どこへ行つたか。今日、国家というものは知らん顔をして、人の財産をつぶしておきながら、憲法の上では財産権の不侵害を謳つていながら、知らん顔をしてのんべら棒としておるわけです。こういうようなことが頭の簡單な、單純な人間の、いわゆる行政官によつて行われるということになりますれば、とんでもないこれは間違いになつて来ると思うのです。だからこれは宗教の団体に対する態度について破防法というものが万一こういうふうに適用されるということになれば、これは命がけでも向うはやつて来るのです。天草の乱がそれを雄弁に物語つている。私はこういうふうな普通の政治団体、これは共産主義のイデオロギーは一つの共産宗だと言われておりますが、これも一つの宗教的な立場にある。もう一つは、こういうふうな宗教的な新たなる団体ができたときに、法務総裁はこれについてどういうふうな態度をおとりになるつもりですか。十年前に大阪の布施というところに人の道教会というのがありまして、これは百疊敷というのがあつて、屋根はすつかり唐金だつたのです。これを全部行政処分で公売に付して、その財産は没收してしまつた。そうして捜査に当つた警部補は警部になつて署長になつた。そうして胸には有功賞を下げていたのです。そうしてこれをつぶしたほうがよかつたかどうかということは、時間がたつた今日初めてよくわかる。その宗教の真諦というものに触れて研究して見ますると、大本教といい人の道といい、少しも社会に害毒を流すというようなことはなかつたと私は考えておるのです。私は別に大本教でもなければ人の道教会に属しているものでもないのです。併しながら宗教の力を実は恐れるのです。十字架にかかつて世の中を救おうというような大きな考えを持つて、若い人たちが今動いておる。御覧なさい。早稻田、東大、慶大等の青年の心にはそういうふうな影がひそんでいないか。殉教者の態度をとつているんではないか、こういうふうな事柄について政府はどういうふうなお考えを持つておられますか、承わつて置きたいと思います。

木村篤太郎法務総裁

○国務大臣(木村篤太郎君) 宗教団体と政治団体の関係でありますが、宗教団体が政治に関與してどうかということ、これは私も一通り私見は持つておるのでありますが、この際発表することじやないと思いますから言いません。併し宗教団体の本来のあり方というものは、いわゆる精神的に人を救うということでないでしようか。これが、宗教団体がそれで政治運動に專念するということになると、いわゆる私は宗教団体としての行き過ぎがそこに問題になるのじやないか。宗教団体はいわゆる精神的に我々を救つて行くということが本来の使命であると考えております。そこに宗教のよさがあるのじやないか。宗教団体が本来の姿を忘れて政治に没頭するというようなことであれば、これはまあ邪道であると私は考えております。どこまでも宗教団体は精神的に世の中を救つて行くという気持を私は堅持すべきであろうと考えております。大本教その他のお話が出て、それがどこまで政治運動に手を出したかということは私は関知いたしません。併し宗教団体の本来の姿をよく堅持して私は進むべきであろうということを考えておるのであります。それで宗教団体にしても、世の中を精神的に救うものでありまするから、それは本来の姿を逸脱して、反乱を企図したり何かということは私はあり得ないと考えております。万一そういうことがあるようならば、この法案の対象になることは当然なことであろうと私は考えております。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 近頃生長の家というような宗教団体、或は宗教法人法に基いて設立せられた団体がたくさん生れ出ておるのでありまするが、十分政府の御検討を煩わしたい。曾つて生長の家につきまして、あれは国境を撤廃して、そうしてその世界の王様に日本の天皇がなられなきやならんというようなことをあの戰争の最中に言つておつた。それで私がそれを司法大臣でしたかに申上げて、あれは本が廃刊になつたと憶えておるのですが、そういうようなあんばいで、いろいろの宗教については私ども考えなければなりませんが、今総裁のおつしやつたことは、これは過去の宗教観念なんです。生長の家でも人の道でも、そういうものは、従来の黴の生えた宗教観念じやないのですよ。近頃の宗教団体というのは生きた宗教、現在のこの世の中に極楽浄土を打ち立てるというのです。先のことはあの世に任して置けばいい、現在の世の中に極楽を作り上げようというのが真の宗教だということが過程的に動いておるのです。だから私は質問しておるのです。時間的に動く宗教団体の動きを観察してもらいたい。すべての宗教も生々発展せねばならん。宗教と哲学の境界線はどこにあるかということは別問題として、宗教そのものはあの世の問題じやなくこの世の問題です。この世の生きておる人間に立派な生活をさせる、極楽の生活をさせるということは、これは生きた宗教だということになりつつある。私は單に魂を救うというような簡單なことでは済まないと思うのです。だからこの点についてもどうか一つどういう程度でどういうところの範囲で破防法というものをこういう団体に適用して行くかということを、十二分お考えになつて頂きたい。大本教や人の道教を叩きつぶして、政府が何年たつても知らん顔をしてその財産の保障も何もしないということになりますれば、心ある者は政府というものを信頼できないようになつて来る。いわゆる文部省には一人も宗教的な考えを持つた人間はないのじやないかというふうに物笑いになるのじやないかと私は思うのですが、この点も破防法のできまするときに当りまして御検討をお願いしておきたいと思うのです。  それから演劇とか映画立札というようなものは、第三條でしたか、第三條の規制の目標になるのですか。頒布とか印刷とか……頒布するために持つておつた、掲示板に貼るために持つておつたというときには犯罪になる。ところが芝居なんか下衆の道徳なんです。下衆の道徳で、芝居を見せるくらい簡單に人を指導するものはない。これは修身を読ませるよりも一ぺん芝居を見せたほうがいい。これは暗黙の教唆にも扇動にもなるのです。なぜこの種のものをこの法案に挙げていないのか……。

吉河光貞法務府特別審査局長

○政府委員(吉河光貞君) お答えいたします。ここで規定いたしております教唆にしても扇動にいたしましても、個人の行為を基礎といたしまして、その行為が、先ほど検務局長が御説明申上げたような、他人に対して犯罪を実行する決意を新たに生ぜしむるような行為をなす、又は扇動は、御承知の通り中正の判断を失して犯罪実行の決意を生しせしめ、又は個人の決意を助長せしむべき意図を生ずる刺戟を與えるというような行為を規定したのでありまして、演劇それ自体は、現実に全体の効果としてかような犯罪の宣伝とか教唆というようなものを行われるものと判断はされないのではないかと考えておる次第でございます。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 もう時間がありませんから、いろいろその点についての意見がありますけれども、申上げません。その次にお尋ねしておきますがね……。

岡原昌男法務府検務局長

○政府委員(岡原昌男君) 只今吉河政府委員から説明のありました点でございますが、大体の場合は入らないだろうと私も思います。ただそれが特殊の目的を以て行われ、そうして同時に一般的にさような刺戟を與えるというものであることが合理的に判断されるという場合もなきにしもあらずでございまして、その限度におきましては成立し得る場合もあり得るということだけ附加えて申上げたいと思います。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 只今の仰せの通りに承わつていいですか、政府委員どうですか、その点かまいませんか、総裁。

木村篤太郎法務総裁

○国務大臣(木村篤太郎君) いいです。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 それからお尋ねいたしますが、暴力主義的破壊活動という言葉が基本観念になつているわけですが、暴力主義的破壊活動の標準は誰が……、公安調査官がお認めになるのだろうと思いますが、この暴力主義的破壊活動の標準というのは、大体これくらいの程度だつたら暴力主義的破壊活動になるということをその都度お認めになる所存でしようか、どうでしようか。

吉河光貞法務府特別審査局長

○政府委員(吉河光貞君) 暴力主義的破壊活動なりという認定は公安審査委員会で審査決定をいたします。更に裁判所が最後には審査決定をいたす、公安調査庁長官はこの審査決定を求めるという立場に立つわけでございます。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 それから機関誌紙の発行の停止という文句がこのうちにあるわけですが、これは六ヵ月を超えない範囲においてそれがなされるということになつているのですが、これは更新できるのですか、どういうふうにお考えになりますか。

吉河光貞法務府特別審査局長

○政府委員(吉河光貞君) 更新の点はできないものと解釈いたします。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 更新できないのですか。そこで一つお尋ねしておきたいのですが、この公安審査委員会に対して公安調査庁長官から処分の請求がある、これに不服のある者は裁判所に提訴することができるということになつている。ところがこれが提訴して三つ裁判を経ますというと、三百日になる、十ヵ月になるのですね。ところがこの六ヵ月停止されたならばいいか悪いかということを裁判してもらうのに十ヵ月かかるということになりますと、四ヵ月というものは裁判のために延びて行くのでありますが、これは役に立たない裁判になつちやうのでありますが、御意見を承わつておきたい。

關之法務府特別審査局次長

○政府委員(關之君) その点は裁判の計算をして行きますると、お尋ねのような六ヵ月が経過してもなお裁判がきまらないというような矛盾が生じて来ることがあるのであります。それでお尋ねのような場合におきまして、結局これはその場合のみならず、一般的に若し裁判所においてそれが覆えされたというような場合が一番問題になると思うのでありますが、そういう場合の処置としては、そういう場合のみならず、すべて一般的の問題といたしまして、例えば国家賠償法の法の適用、そういうような問題によつて解決いたすべきものと考えております。

中山福藏緑風会

○中山福藏君 あと丁度四十分私の持ち時間がありますが、これだけは大事ですから取つておきたいと思います。今日はこれくらいの程度にしておきます。

伊藤修日本社会党(第二控室・右)

○伊藤修君 今御答弁を伺つておりますと、今お尋ねの最後から二番目の更新できるかどうかということに対して、さつきの答弁とは矛盾しております。余り思い付きの答弁はせんようにして頂きたい。速記録を御覧になつてもわかります。

吉河光貞法務府特別審査局長

○政府委員(吉河光貞君) それは繰返して請求できるということを先にお答え申上げました。その規制された原因で更新できるとは御答弁していないわけです。

伊藤修日本社会党(第二控室・右)

○伊藤修君 然らばその趣旨を明らかにしておかんというと更新できない。この場合は更新できる結果になるのじやないか。これはそういうふうになりますと言つているのですから、できないと言つているのですから、答弁の矛盾ができますから、はつきり統一しておかなければいかんですよ。

吉河光貞法務府特別審査局長

○政府委員(吉河光貞君) 今御注意がございましたが、前回伊藤委員に御答弁申上げたのは、請求を繰返すことができるという趣旨で御答弁申上げました。只今一つの請求をしまして、その期間を更にその一つの請求でしたことで繰返す、更新するということはできないという意味でお答え申上げました。

小野義夫自由党

○委員長(小野義夫君) 速記をとめて。    午後三時五十分速記中止    —————・—————    午後四時一分速記開始

小野義夫自由党

○委員長(小野義夫君) 速記を始めて。

吉田法晴日本社会党(第四控室・左)

○吉田法晴君 私はこの破壊活動防止法案その他三法律案の持つ重要性、それから日本の民主主義に與えます基本的な影響を考えますとき、この審議の重大性を強く感ずるものであります。或いは私どもとしては今日においては自由に質疑し、それから反対することができますけれども、民主主義を守る力が失われますならば、次の機会にはこういう自由な論議は困難になるのではないかと考えるのであります。この点については基本的な論議になりますけれども、これは質疑で順次明らかにして参りたいと考えております。    〔委員長退席、理事伊藤修君委員長席に着く〕  第一点は破壊活動防止法案その他三法案の中心的な狙いでありますが、或いは三法案の本質と申上げてもいいかと思いますが、これは団体の活動の制限、或いは解散、これを規制という言葉が使つてございますが、これが中心であつて、本質的には行政法である、刑罰規定もございますけれども、行政関係が中心であることは明らかだと思うのであります。なお行政関係につきまして審査の手続、言い換えますならば行政手続法も入つておりますけれども、本質は行政法である、而もそれは警察法であると考えるのでありますが、どういう工合に考えられますか、伺いたいのであります。  それからその警察は、警察法規の中心はこれは治安という言葉が使つてございますが、治安警察であります。言い換えますと、思想それ他の点も、先ほど中山委員からも御質疑がございましたけれども、思想警察ではないか、そしてその中心は治安警察或いは思想警察を担当いたします公安調査庁の設置法、公安調査庁を設けるという点が中心ではないかと、こういう工合に判断をいたすのでありますが、法務総裁なり或いは法制意見長官はどういう工合にお考えになりますか、先ず承わりたいと思います。

佐藤達夫法制意見長官

○政府委員(佐藤達夫君) 私からお答え申上げます。本質は行政法的なものであるという仰せ、誠にその通りでございます。そこで行政法的なものの中でどれに当るかというお言葉でございましたが、申すまでもなく、行政を分けますというと、例えば保育行政であるとか警察行政であるとか、学問上学者が分けております。そういう純理の方面から分類いたしますれば、只今仰せの通りに、行政警察の部門に入ると申上げて差支えなかろうかと存じます。

吉田法晴日本社会党(第四控室・左)

○吉田法晴君 その警察行政の中で、あとの点が答弁が抜けたのでありますが、これは治安という言葉が説明その他出ておりますし、治安警察ではないかという点を伺いたいと思います。

佐藤達夫法制意見長官

○政府委員(佐藤達夫君) その警察の中での又分類ということになりまして、そこで治安警察というお言葉が出ましたが、私は実はその分類は余り詳しく存じておりませんので、治安の作用というものはむしろ警察作用と言つていいのじやないかと、非常にラフな気持を持つておるので、もう少し御質疑を頂きませんと、お答えができないのであります。

吉田法晴日本社会党(第四控室・左)

○吉田法晴君 それでは治安警察更に思想警察になりはせんかという点は、これはあとで質疑を重ねて参りませんと、抽象的に治安警察、思想警察と申しましても論議にならんと思いますので、あとで質疑を具体的にして参りたいと思います。  それでは法文の中心につきまして、法文についてお尋ねをいたしますが、警察或いは……私はこれを治安警察と呼びますが、その治安警察を規定しました條文は、しばしば質疑せられましたように第三條とそれから四條は定義でありますけれども、これに基きます六條、団体の規制という点が中心であるということは、これは説明で明らかになつて参つたと思うのであります。その団体の規制の前提と申しますか、論理的な前提でありますが、三條と六條、この三條の中で内乱という点、或いは内乱の予備、陰謀、幇助という点は、これは刑罰法規で賄われる、刑法で賄われるわけでありますから、御説明にありますように、事前段階でこれを規制すると、こういう御説明からしましても、イ、ロにその中心があるのでなくて、ハに中心がある。言い換えますと、内乱或いは内乱の予備、陰謀、幇助に中心があるのではなくして、その実現の正当性又は必要性を主張した文書、図書の印刷、頒布、それから掲示、それから所持、この点が三條の中心的な狙いであるということ。それから二号につきましてはしばしば法務総裁は騒擾或いは殺人、放火、強盗と、こういう危險中の危險の行動を規制するのだと、こういうお話でありますけれども、それはそれぞれ刑法に規定しておられるところであつて、この法文の中心をなすものは、そういうイからリに至る規定が中心ではなくして、ヌの、イからリに至る行為の予備、陰謀、教唆、扇動と規定せられておる、御説明によると事前段階ということになりますが、それがこの法文の中心的な狙いである、こういうことは、これははつきり今までの御説明なり何なりから言い得ることだと考えるのでありますが、その点は如何でございましようか。

佐藤達夫法制意見長官

○政府委員(佐藤達夫君) 御疑問はよくわかりまするが、この法案の狙いは、提案理由で御説明いたしました通りに、この規制の面と、それから刑罰法令の補整の面と、大きな面が二つあるのであります。只今の御指摘の面、事前段階云々という面は、実は刑罰法令の補整の面の事柄でございまして、従いまして三條そのものと申しますよりも、このあとに出て参りまする第六章の罰則の中に出て来るむしろ問題として、今おつしやるお言葉がそのまま該当すると存じます。規制の面から申しますと、この四條なり六條なりの書き方として、仮に極めて簡單な書き方を想像いたしますれば、過去において危險な活動を行なつた団体に対してと書くことが考えられるわけであります。そういうようなあいまいな書き方では、結局種々の不当な結果を生じ、濫用も生ずるというわけで、さてその過去における危險性、危險性が過去に発現したその実際の経過というものを確実に把握したいというわけで、この第三條に列挙してあるようなこういう活動を団体の活動として過去に行なつた団体にはこれこれの規制をかけるという規制処分の基準としての面が第三條にあるわけであります。従いましてその規制処分の基準としての面から申しますと、只今の第一号のハであるとか第二号のヌであるとかいうふうな問題は、これは平たく一連の基準として列んでいるというふうにお考え願わないとならないと存ずるわけであります。

吉田法晴日本社会党(第四控室・左)

○吉田法晴君 ちよつと少し把握しかねるところがありましたけれども、先ほど第一にお尋ねいたしましたように、この法案の中心的なものは警察法的なものである。言換えますと、たしか六章だつたと思いますが、刑罰規定は、これは刑法の特例のようなものであつて、これはこの法案の中心ではない。これは刑事訴訟法に従つて措置せられるわけであります。この法案の中心的なものは団体の規制であり、その団体の規制の條件というものが三條に掲げられておる。そうするとその三條の條件の中心をなすものは、或いは内乱、或いは二号のイからリに至るものはこれは刑罰規定で以て賄われているし、実際に事前段階の危険な行動を防止するという考え方であるならば、その一号のイ、ロではなくして、ハに、それから二号のイからリが中心ではなくして、ヌに実際上の中心があるということは、当然そうなるではありませんか。こういう御質問を申上げたわけであります。

佐藤達夫法制意見長官

○政府委員(佐藤達夫君) 個々の危險な活動の予防の面と申します点について、今の罰則の面から言いますれば、おつしやる通りにこの一号のハにあり或いは二号のヌにあるということは、一種の予備、陰謀を罰しておるのでありますから、それは罰則の方面からの予防的な一つの措置であるということは、先ほど申上げた通りであります。そこで今度は、今の警察という言葉はちよつと何ですが、行政の規制処分という面からお話があつたわけでありますが、それは四條なり六條なりがその役割を受持つておるのであつて、その場合における予防措置というのはどういうことを言うのかと申上げますと、団体の活動として過去において三條に挙げられたような暴力主義的破壞活動を行なつた団体が、将来継続又は反復して更に団体の活動として同じような暴力主義的活動を行う明らかな虞れがあると認めるときに規制をかける、団体の規制の面ではそれが予防措置になるわけであります。そういう意味で御了解願えればはつきり御了解願えると存ずるわけであります。

吉田法晴日本社会党(第四控室・左)

○吉田法晴君 佐藤長官の言われることは私も否定するわけではありません。その規制の中心的な狙い、それを事前段階で規制する、危險を予防するというか、こういうあれから言うならば、三條の一号のイ、ロ或いは二号のイからリでなくて、ハなり或いはヌというものが論理的にも或いは実際的にも中心になるのではないか、こういうことを申上げておるのであります。

佐藤達夫法制意見長官

○政府委員(佐藤達夫君) 見るおかたのお気持によつていろいろな見方は出ようと思いますけれども、私どもは先ほど申しました通りに、この個々の暴力活動の防遏のための罰則の作用というものと、それから団体活動としての将来の危險活動の予防という面とを分けて考えておりますから、先ほどのように申上げるのがまあ一番はつきりおわかり願えるのではないかと考えておるわけであります。

吉田法晴日本社会党(第四控室・左)

○吉田法晴君 一番最初にこの三法案の中心は何かとお尋ねして、そのときには行政関係或いは警察法であるという点をお認め願つた。今になつて、いやそのほかに刑罰的な規定の根拠になる、ですから一番最初の御質問を申上げたわけです。刑罰的な規定なり或いは刑罰的な手続があるということを私が否定しておるわけではございません。この法案の中心的な狙いからするならば団体の規制が中心、その団体の規制の前提と申しますか、條件になる点からいうならば、第三條の中の一号で言えばハ、二号で言えばヌが中心になりはせんか。それは事前段階と申しますか、或いは危險の予防、こういう説明からしても、論理的にもそれから実際的にも今後行われるという点について、それが中心に事実上なるのではないか、こういう御質問。大体お認めを頂けるのじやないかと思うのですが……。

吉河光貞法務府特別審査局長

○政府委員(吉河光貞君) お答えいたします。衆議院におきまして田中堯平委員に対しまして法務総裁から御答弁がありまして、この破壞活動防止法案の主たる内容は規制処分にあつて、刑罰規定は従たるものじやないか、飽くまで立法上の価値判断から申しまして、行政上の規制処分が主たるもので、刑罰規定の補整は従たるものではないかというような御質問がありまして、これに対しまして法務総裁から、明確にそうではない、これは公共の安全を確保するために規制処分並びに刑罰規定の補整がその価値において同列のものとして第一條に謳われておる、両者は不可分の一体をなすものであるというふうにお答えしておるのでありまして、只今中心と申上げたのは、立案の分量と申しますかが、すでに刑罰規定につきましてはここで補整すれば、あとは刑事訴訟法或いは刑法その他がありますので、十分動いて行く、併し規制の面につきましては、これは新しく立てる手続でございますから、手続の規定とか、これを運用する官庁の設置その他を規定しなければなりません。かような関係でお答えしたわけであります。

吉田法晴日本社会党(第四控室・左)

○吉田法晴君 刑罰規定があることを否定するわけではございません。ただ旧治安維持法に比べまして、旧治安維持法はこれは刑罰規定の特別法、この破壞活動防止法は刑罰規定も入つておる、それがないということを言つておるわけではない。併し今までの説明を聞いて来ておると、警察法的な団体の規制が中心に考えられておる。或いは公安調査庁なり公安審査委員会というものがやるものも、これは団体規制が中心である。その事前活動もありますけれども、これはもう明らかだと思う。そういう意味において警察法が中心になつているんじやないか、警察法が中心になつておるということになると、第二章の四條なり六條ということになりましよう。その手続、これは手続と申しますか、規制の條文は四條、六條が中心、その前提になります破壞活動、これは定義の形で出ておりますけれども、規制の條件、それから根拠になるのは三條、その三條の中で規制が中心であるということになるならば、内乱或いは予備、陰謀ということでなくて、文書、図書の印刷、頒布、それが中心になる。或いは二号の場合には、放火殺人その他というよりも、そのあとの予備、陰謀、教唆、扇動というのが事実上或いは論理的にも中心になるのじやないかということを申上げているのです。

吉河光貞法務府特別審査局長

○政府委員(吉河光貞君) お答え申上げます。この法案の第三條は団体に対しまして規制をかける根拠となる行為を刑法の條文を基礎にいたしまして、これに必要な補整を加えてこれを概括したわけでありますから、飽くまでこの三條は行政上の概念と考えております。時間的に見ますと、内乱の始る前には予備、陰謀があるのじやないか、予備、陰謀が始る前にはそれの幇助のようなものも考えられる。更に進んでは教唆、扇動にも事前段階で考えられる。更に進みましてはかような内乱の実現の正当性、必要性を主張した文書の印刷、頒布というような行為が、広汎に国民の間に撒き散らされるというようなことも考えられるというようなふうになつて来るわけでございますけれども、暴力主義的破壞活動として団体を規制する原因として、概括した面におきましてはその価値は一括して考えられなければならない。どれが中心というわけではございません。これが刑罰の補整の面におきまして岡原検務局長がお答えになりましたように確かに教唆、扇動は独立犯として処罰するということは、或いは事前段階においてその行為の社会的危險性或いは違法性というものを取上げて、これを犯罪として押えるという御説明も成立つと考えるわけでございます。

吉田法晴日本社会党(第四控室・左)

○吉田法晴君 どうも隔靴掻痒の感があるのですが、刑罰法規を規定してそして処罰だけで取締つて行こうというならば、それは刑罰規定が中心でありましよう。併し団体の規制が中心であるというならば、その内乱なら内乱が起つて、それでそれを処罰する。それで予防するというのじやなくて、その内乱の危險性がある団体を規制する、こういう建前をとつているならば、その内乱が起る前の要するに事前段階で云々という説明なんであります。そうすると実際的にも論理的にも先ほど申上げました一号のハ或いは二号のヌというものが実際に中心になるのじやないか、或いは論理的な前提ということにならなくても、今までの、できるだけ事前段階で抑える云々、或いは問題が起つて処罰する、それだけで治安を維持するというのでは当然そうなるのではないですか。

吉河光貞法務府特別審査局長

○政府委員(吉河光貞君) お答えいたします。実際の運用といたしまして、我が国に現実に内乱のごとき行為が特定団体の行為、活動としまして行われるということは、私どもとしても極力これは避けて行かなければならない。実際の適用としてかような行為をなす者は、破壞活動としてかような行為をなす者は扇動或いは教唆、或いは内乱の実現の正当性、或いは必要性を主張した文書の印刷、頒布というような行為で抑えられることが非常に望ましいのであります。

吉田法晴日本社会党(第四控室・左)

○吉田法晴君 それではその点はその程度にとめておきまして、一番問題になるのは少くともそういうところだということ、それから今後の運営の面において一番心配されるのはそこだ、この点を指摘するにとめたいと思います。  で、それは木村法務総裁は殺人、放火、強盗等の危險中の危險の行為と、こう言われますけれども、その危險の行為が出たらそれは刑法で取締るのだ。その前にその予備、陰謀、教唆、扇動としてこういう行政処分をするというところに問題が起つて来る。或いは例えば内乱というけれども、内乱の暴動が起つたらこれは刑罰問題になりましよう。それは行政処分の点になるかも知れませんが、今の特審局長のお話ですと、そういう問題は、朝憲紊乱なら朝憲紊乱の目的、或いはその正当性、必要性を主張した文書、画画の印刷、頒布ということで云々と、こういうことになると、そうすると朝憲紊乱というのは、これは細かい議論はいたしませんけれども、仮案にありましたような刑法なら刑法の原則、基本的原則を云々という点になりますと、それでは朝憲紊乱が……而もこれを判決でやるのではなくて行政処分で判断するのであるから、この朝憲紊乱の具体的な内容というものはどんなにでも拡がつて行く。先ほど言われたような大本教であるとか或いは人の道の話が出ましたけれども、朝憲紊乱に該当するという説明、この考えを調査庁で持たれますならば、その正当性或いは必要性を主張した文書の印刷、頒布、それから所持ということが問題になつて来る。こういう意味において一番問題になるところはそういうところだと思うが、この点は如何ですか。

吉河光貞法務府特別審査局長

○政府委員(吉河光貞君) お答えいたします。日本の刑法上の概念といたしまして、朝憲紊乱という言葉は極めて古くから使われておりまして、そのまま終戰後の刑法改正においてもこれは存置されておるわけでございます。で、併しこの言葉は憲法を離れては解釈はできない、日本国憲法を離れては絶対に解釈できない言葉でございまして、抽象的には国家統治の基本組織ということを申しますが、一体その内容は何かと申せば、やはり日本国憲法に規定されておるところによらなければならないというふうに考えておりまして、この概念は不当に濫用されて拡張解釈されるという余地はないものと考えております。それで今日朝憲紊乱につきましてほぼ学説も一致いたしております。なお大本教も、余談でございまして、余計なことを申上げましたが、これにつきまして治安維持法を適用したことが過去においてございました。これは非常に濫用ではないか。成るほど大本教に対して治安維持法を適用するにつきましては、私としても非常に疑問を持つておるものでございます。宗教上の教義を分析いたしまして、それが国体変革の結論が出るというような点で治安維持法の適用を受けるというようなことは非常に国民のそしりを免れないところであり、我々としても絶対に愼まなければならないところであろうと考えます。

吉田法晴日本社会党(第四控室・左)

○吉田法晴君 余り細かく議論、質疑をするつもりはないのでございますが、問題の点だけを指摘して先に参りたいと思います。  これはその仮案、それから今の御答弁からしましても、日本国憲法という問題を離れて朝憲紊乱という問題は考えられない、これは自明の理だと思う。そうしますと、皆さんの考えのような公共の福祉のためには基本的な人権も制限し得るというような考え方、これは私は朝憲紊乱のような考え方だと思う。それはとにかくとしまして、朝憲紊乱ということが裁判ではなくて行政権の判断によつて行われている、既成の事由となつて行くというところに非常な問題があるということを考えておる。この問題はあとで具体的な條文の個々の質問の際に明らかにして参りたいと思いますが、この破壞活動防止法が団体等規正令から出て来たと申しますが、政府として、占領中の団体等規正令が講和発効と共になくなる。そこでこれに代る法律を作らなければならない、こういう考えから最初出発されたことも明らかだと私は思います。この団体等規正令を破壞活動防止法案に移す過程に、根本的に日本国憲法の精神に還つて問題を検討せらるべきであつたと思うのですが、残念ながら団体等規正令の中の制度が、そのまま講和後に引継がれるということがこれは何らの疑問なしに行われた。この点について木村法務総裁は民主主義は守る、或いは吉田総理は憲法は断固として守るという抽象的な言葉でございますけれども、具体的には危險性が出ておると考えるのでありますけれども、それはとにかくとしまして、この破壞活動防止法案の立法の沿革は団体等規正令にあつたのではないか、それが一点。  それから団体等規正令の目的は、後半においては、これは共産党なり或いはその他の団体なり、政治活動が規制されたと考えますけれども、本来の目的は平和主義、民主主義の擁護、推進にあつたということは、これは明らかであります。そしてこのこれが前半においては平和主義、民主主義の健全な育成発達の目的、使命を達成するために、或いはいわゆる右翼団体或いは超国家主義団体、或いは軍国主義的な、或いは反民主主義的な団体が規制せられたことは明らかでありますが、その団体等規正令の平和主義、民主主義の育成発達の目的と使命ということは、この破壞活動防止法案にはこれは十分には引継がれなかつたと、こういうふうに考えるのでありますが、その点はどういう工合に考えられますか。

佐藤達夫法制意見長官

○政府委員(佐藤達夫君) 団体等規正令が、占領軍におきまして、この法律の狙つておりますような事柄を結局賄つておつたということは申し得ると思います。もとより御指摘の通りに、この法律以外に反占領軍関係の事柄であるとか、日本のアジアにおける云々というような広い部面を持つておりましたけれども、その中には、この法案の狙いとするところがあつたことは申すまでもありません。而してこの平和回復いたしまして、占領が終りました今日において、我々としてはその我々の憲法の堅持するところの民主主義を守つて行くために、団体等規正令をなくしたというそのままの空白状態でいいか悪いかという問題は当然頭に来るわけです。そういう見地から、その新憲法にいう民主主義の保護のために必要な限度という意味では、これは団体等規正令とはむしろ関係なしに、この法文を御覧になればおわかりでしようが、その角度から必要止むを得ざる限度という点に立脚いたしまして、この法律案を立案したわけであります。

吉田法晴日本社会党(第四控室・左)

○吉田法晴君 木村法務総裁はどういう工合にお考えになりますか、一応出て来ました法律案は団体等規正令とは関係ないようになつておることは、今の佐藤長官のお言葉の通りであります。併し実際において立案の過程を見てみますというと、団体等規正令に代るべきものを作ろうとされたことは明らかだ。而もその団体等規正令の中での民主主義、平和主義を擁護推進しようという精神は失われていると思う、或いは忘れられていると言つても過言ではないかと思うのでありますが、この講和後の法律を作つて参ります場合には、過去の事実或いは過去の法令でなくて、憲法に還つて、その憲法の醇乎たる精神から法律を作るべきであるということは当然であると思う。この点についての考慮の不十分さを私どもは指摘して今お尋ねしたのでありますが、総裁としてどういうふうにお考えになつておりますか。

木村篤太郎法務総裁

○国務大臣(木村篤太郎君) 団体の規制という点から見れば、いわゆる団体等規正令とこの法案とは一致しているところが明らかであります。併しその団体の規制をするに当つて如何なる団体を規制するかということにおいて我々は大いに構想を練つたのである。私は繰返して申上げた通り、この団体を規制するに当つては、いわゆる日本の民主政治確立において必要止むを得ない点から発足したと申上げるのであります。即ち民主政治を擁護するためにはどこまでも暴力を以て自己の政治的主張を貫徹したり、或いは暴力を以て自己の意見を遂行しようというようなことに相成つてはならない。かるが故に暴力を以てかようなことをやろうとする団体を規制し、又これに対しての補整的刑罰を講じたのがこの法案であります。

吉田法晴日本社会党(第四控室・左)

○吉田法晴君 民主主義を守るために必要止むを得ない措置、これは今までずつと聞いて参りました説明でございます。そこで民主主義の本質論になるのでありますが、それはあとにいたしまして、先ほど中山さんとの質疑の中に出ておりました、或いは羽仁委員或いは伊藤委員の質疑の中にも出ておりましたけれども、基本的に民主主義を守るためには民主主義的な方法で、言い換えますならば、或いは思想には思想ということになるかと思うのでありますが、その点についてこれは各委員と法務総裁とのお考えの間には大きな開きがございます。それは私についても言えるのでありますが、それは今論議しようとは思いません。その開きの点だけを指摘いたしまして、次の点をお尋ねしたいのであります。  それは過去においてしばしばこの法律案と対比せられます治安維持法、それから治安警察法、出版法、新聞紙法、軍機保護法等過去における治安維持法規と申しますか、或いはそういう警察法規が終戰後廃止せられました。或いは特高警察が復活しないしないと言われますが、特高警察は或る程度においてはここに事実復活して参つておると思うのでありますが、少くとも終戰後特高警察というものを廃止いたしました。この過去の警察法規或いは特高警察をなぜ廃止したか、こういう点についてはこれは法務総裁、どういう工合にお考えになつておりますか。

木村篤太郎法務総裁

○国務大臣(木村篤太郎君) 過去の特高は皆さん御承知の通り人の思想にまで関與しようという点に非常な行き過ぎがあつたのであります。その点に鑑みまして、この特高警察は成るほど廃止すべきであるという建前から廃止されたものと考えております。

吉田法晴日本社会党(第四控室・左)

○吉田法晴君 そうしますと、例えば治安維持法、治安警察法等についても同一の理由ありとお考えでありますか。

木村篤太郎法務総裁

○国務大臣(木村篤太郎君) さようであります。

吉田法晴日本社会党(第四控室・左)

○吉田法晴君 私は終戰後治安維持法或いは治安警察法、出版法、新聞紙法等、これらのものの廃止というものは、ひとり特高警察が思想警察として思想に介入したという点のみではないと思う。これは旧憲法によります警察のあり方或いは行政権のあり方もそうであつたと思うのでありますが、それが根本的に変つて、そうして新憲法によつて警察制度というものを、或いは行政権のあり方というものを根本的に変えたと思うのです。その認識がないからこそ、特高警察にならなければ何をやつてもよろしいのだ、こういう態勢をお考えになるのだと私は思うのであります。そこで行政法の基本原理についてお尋ねをいたしたいと思うのであります。手許にあります書物としては僅かに田中一郎氏の本しか部屋になかつたのでありますが、田中一郎氏は最近に法令諮問委員会ですか、法令諮問委員会の委員となつて政府に御協力をせられるようになつて、大分お考えもお変りになつたかのごとく感ずるのでありますが、少くとも行政法の基本原理、この中に書いてありますことは、私はこの敗戰後の犠牲の上に築いて参りました民主主義的な考え方、或いは行政法の基本原理をはつきり打出されていると考えるのでございます。で、この考え方について、これは法務総裁なり或いは佐藤意見長官も恐らく御賛成になることだと思うのです。要点だけを引合いにいたしますというと、民主主義的政治を建前とする場合には、例えば言論、著作、印刷、集会及び結社の自由のごときはむしろその必然的な前提條件であり、これを剥奪し、制限するがごときは、それ自体矛盾である。旧憲法の下では法律の範囲内においてのみ享有し得る自由であつたが、いろいろの権利自由とは法律によつて、或いは時に命令により、緊急勅令や委任命令、いろいろありますが、それによつて著しく制限してしまつたことは、戰時中は法律の一般的委任に基く命令によつて徹底した制限が加えられて、国民の権利や自由とは憲法上何らの保障がないのと殆んど変りのない状態にあつた。その実体が、先ほどちよつと挙げましたけれども、出版法なり新聞紙法なり、治安警察法なり治安維持法となつて現れたのです。その後準戰時体制から戰時体制になつて、更に一層それがひどくなつて、或いは軍機保護法や或いは国防保安法や、あとは国家総動員法に基くいろいろな法律が出ましたけれども、これも行政権が、或いは立法権や司法権に対する絶大な優位の結果出たものである。旧憲法の当然の或る意味においては結論であつたかも知れない。そこで新憲法の下においては中央集権主義を打破して地方分権主義に、それから官僚行政から民主主義行政、警察国家主義から法治国家主義に転換した。ところがその新憲法下におきます行政のあり方、或いは警察のあり方というものをここで根本的に変えようという意図と申しますか、構成を破壞活動防止法案その他三案で見るのでありますが、これらの行政法或いは警察法規関係についての歴史的な展開と今日の新憲法下における行政或いは警察のあるべき姿についてどういうふうに考え反省せられますか、その点について……。

木村篤太郎法務総裁

○国務大臣(木村篤太郎君) 無論すべての行政は憲法に準拠してやるべきものであるということは申すまでもないことであります。新憲法は根本的に旧憲法とその様相を異にいたしまして、特に国民の基本的人権、只今吉田委員の申されました言論、出版その他の自由を十分に保障しているのでありますから、その面を強く保護いたして、それの侵害をいやしくもしないように行政というものは行使して行かなければならないということは当然であります。但し如何なる基本的人権といどえもこれは濫用してはならないのである。これは憲法十二條によつて炳乎として明らかであります。そこにこの基本的人権の一種の制約を受けているということは申すまでもないところであります。

吉田法晴日本社会党(第四控室・左)

○吉田法晴君 木村法務総裁の今の御答弁の中に、關さんがしばしば愛用せられます公共の福祉のためには基本的人権の制限又止むなし、こういう思想が入つておる。これは皆さんに共通した考え方だと思います。立法権、或いは或る場合においては司法権に対しても優位を持つておつた行政権、それを国民主権の構想の下に相当引下げて参りました。そして例えば内閣が国会を通じて間接に国民によつて選ばれる、或いは公務員を選ぶ権利を国民に賦與して、できるだけ直接選挙の制度をとつて参りました。或いは委員会制度等もございますが、民主的に引下げて、行政権まで、或いはなかんずく過去におきましては行政権の中心をなした警察、内務大臣を筆頭にしていわゆる内務官僚と申しますか、こういう行政権、その中で当然官僚の大きな力というものがあつたわけであります。それを引下げたのに、こういう公安調査庁といつたような形でありますけれども、警察権を強化する、或いは木村法務総裁においては直ぐにそれが大きなものになるわけではないと言われるかも知れませんけれども、実際には千五百人であるかも知れませんけれども、これは特審局長その他今は検事さんであるかも知れません。法律としては行政機関、その行政機関或いは治安警察というものが大きく浮び上つて参ります。而もその運用については、これは細かく議論して参らなければなりませんけれども、ゆるんで参つておるというこの法の建前については御否定にならないと思いますが、如何ですか。

木村篤太郎法務総裁

○国務大臣(木村篤太郎君) 国会は国民を代表し国家の最高機関であるということは言うまでもないことであります。国会において制定されました法律に基いて行政は運用されるのであります。    〔理事伊藤修君退席、委員長着席〕 そこでこの法案におきましてのいわゆる今の公安調査官の人数、行政をあずかる面におけるこの人たちの数の問題が出ましたが、御承知の通り日本の現段階におきましてこの八千万有余の国民の治安の保持に関する当面の問題に対しまして、最小限度の私は人員は確保しなければならないと考えております。いろいろな面から行きまして、それが如何なる人員を要するかということになりますると、少くとも我々はこの法案で狙つただけの人員は必要であるということを考えておる次第であります。

吉田法晴日本社会党(第四控室・左)

○吉田法晴君 御参考に、この行政権の姿を民主的な或いは地方分権的な、或いは民主的のものにするか、或いは旧憲法下のような中央集権的な或いは官僚行政に、国家警察主義によるかどうかと、こういう議論の際に、法務総裁なり或いは皆さんが述べておられるような公益と関連いたしまして極めて面白い言葉を発見いたしまするので、一つ読み上げて御参考に供するのであります。それは「憲法義解」であります。旧憲法を解説いたしました伊藤博文公の「憲法義解」中の、これは何項であるかわかりませんが、極めて教訓的でありますので、読み上げることをお許しを頂きたいと思います。   「司法権ノ獨立ヲ要スルカ如ク行政權モ亦司法權ニ對シ均ク其ノ獨立ヲ要ス」、これは行政裁判を必要とする理由について、行政裁判を最初は認めなかつた、それからあとで行政裁判という独立した裁判制度を設けた、その理由であります。「司法權ノ獨立ヲ要スルカ如ク行政權モ亦司法權ニ對シ均ク其ノ猛立ヲ要スレハナリ」、これは行政事件訴訟特例法のような問題に関連しまして質疑がなされますというと、司法権と行政権とは分離しなきやならん、司法権から行政権に干與を許さないという御議論と大体同じものであります。「若行政權ノ處置ニシテ司法權ノ監督ヲ受ケ裁到所ヲシテ行政ノ當否ヲ判定取舎スルノ任ニ居ラシメハ即チ行政官ハ正ニ司法官ニ隷屬スル者タルコトヲ免レス而シテ社會ノ便益ト人民ノ幸福ヲ便宜ニ經理スルノ餘地ヲ失フヘキナリ行政官ノ措置ハ其ノ職務ニ依リ憲法上ノ責任ヲ有シ從テ其ノ措置ニ抗拒スル障害ヲ除去シ及其措置ニ由リ起ル所ノ訴訟ヲ裁定スルノ權ヲ有スヘキハ固ヨリ當然ニシテ若此ノ裁定ノ權ヲ有セサルトキハ行政ノ効力ハ麻痺消燼シテ憲法上ノ責任ヲ盡スニ由ナカルヘキナリ此レ司法裁判ノ外ニ行政裁判ノ設ヲ要スル所以ナリ行政ノ處分ハ以テ公益ヲ保持セムトス故ニ時アリテ公益ノ爲ニ私益ヲ枉ルコトアルハ亦事宜ノ必要ニ出ル者アリ」、木村法務総裁の公益とそれから私権の問題、今日の基本的自由権の問題でありますけれども、残念ながら皆さんのお考え或いは御議論は、旧憲法の行政訴訟の必要を論議いたしました伊藤博文公の旧憲法義解と相距ること遠からざるものであるかのように私ども承知をするのであります。これは行政訴訟問題、そして司法権と行政権との関連、それから行政裁判の問題であります。新憲法が行政裁判所という別の機関を設けなかつた理由については、私が申上げるまでもないと思いますけれども、これは御答弁を頂かなくても結構です。若し御反駁を頂くならば頂いても結構です。

佐藤達夫法制意見長官

○政府委員(佐藤達夫君) 非常にいい材料をお出し頂きまして、その意味で一応お答えをさして頂きます。今の伊藤公の義解にもございます通りに、行政裁判所の設置の理由としてさようなことが書かれておるわけであります。御承知の通りに、旧憲法には行政裁判所の制度がございまして、これは恐らく私はヨーロツパ大陸流の憲法の流れを汲んで、さようなことになつたものだと存じます。従いましてそれに関する限りにおいては、伊藤公の今の説明はまさにその通り該当しておるわけであります。ところがこの新憲法におきましては申すまでもなく行政裁判所というものは設けておりません。又特別の裁判所を設置することを禁止いたしております。ただ單に司法裁判所というもののみが置かれておるわけであります。そこで、この新憲法の下において然らば司法権とは何か、或いは又裁判とは何かということを平たく考えなければならんわけであります。そこで、この裁判の本質或いは司法の本質というものについて考えますと、要するにこれは民事、刑事の裁判はもとより、行政処分に対する不服に対しての裁判、これも当然含まれるべきことはこれは当然であります。従いまして、この間からのお話に出ておりますことは、例えばこの現実の法案で申しますれば、規制処分という処分が行政処分としてなされた、その後においてその処分の取消を求めるというような争いに関しては、もとより裁判所にこれは係属すべきことは憲法上当然でございます。ただその処分そのものを然らば行政権でやるのがいいか、或いは司法権にあずけるのがいいかという問題になるわけです。それについて前回この規制処分そのものは、その本質は飽くまでもこれは行政処分でありますから、新憲法の三権の分立から言えば、行政権に属せしめるのが筋合いに当るということを申上げたのであります。

吉田法晴日本社会党(第四控室・左)

○吉田法晴君 そこで実は裁判所の側の意見を聞くつもりでありましたが、御退席になつたようでありますから、別の機会にいたしまして、今の佐藤意見長官の中にもございました行政権による審査或いは審判と申しましようか、これと、それから司法権の問題については別に論議することにいたしまして、少くとも私どもは行政裁判所というものをなくして、そして国民の権利義務に関する訴訟は、これを司法裁判所にやらせると、こういう精神でありますならば、裁判の余地は残してあつても、裁判に相当するようなものは、これは司法裁判所にやらせるのが新憲法の精神ではないか。成るほどそれは前審であつて、終審は司法裁判所にやらせる。併しながら行政事件訴訟特例法の十條二項による処分の実権はこれを残してなおお使いになる。この間もこれは青森でありましたか、青森の県会議員の問題についてこの権限を行使されたようである。そういうことはやらんという、野次でありましたか、御答弁でありましたか聞いて参りましたけれども、衆議院のほうでそういうのがございましたけれども、現に行われ、今後恐らく行われるであろうということを考えるのであります。この問題は論議をいたしますと、最高裁の御意見も聞いて参りたいと思いまするので、別にいたしまして、この公益とそれから私益の問題、これに入りたいと思うのですが、これに入りますと相当時間を取りますので、この辺で終りに願いたいと思います。

小野義夫自由党

○委員長(小野義夫君) それでは本日はこれにて散会いたします。    午後五時一分散会

国会会議録検索システムで原文を見る ↗