文部委員会 第37号
- 発言数
- 32 件
- 登壇者
- 9 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1952/05/27
会議録
○委員長(梅原眞隆君) これより文部委員会を開きます。 ちよつと最初にお諮りいたしますが、社会党の小林君が委員外の発言を申出られておりますが、許可することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(梅原眞隆君) それでは許可いたします。 最初に議員派遣の報告を承わりたいと思います。第一班相馬君。
○相馬助治君 本委員会の決定に従いまして、第一班として木内委員並びに私、並びに専門調査室より吉田調査員の三名が予定通りに出発をいたし、予定通りの日数において所期の調査を完了いたしました。以下極めて概括的にその報告を申上げたいと存じます。 先ず私どもは愛知大学に関しましては、学長、法経学部長、補導部長、生徒代表、これらの者に面接をいたしますると共に、事件が発生いたしました実地の場所につきまして詳細に調査をいたしました。次いで豊橋市の警察署に参りまして署長に面接をいたし、詳しく当時の状況並びにその後の経過を聞きました。不幸にして事件の当事者でありまする内田、遠藤両巡査は非番でありましたがために、面接することができませんでしたが、私どもの調査は署長を通じてこれらについても大体遺憾なきを期し得たと考えておるものであります。 次いで名古屋地方検察庁豊橋支部に参りまして、名古屋地方検察庁の検事正でありまする安井栄三氏、同じく豊橋支部長の検事でありまする竹内吉平氏、この二氏に会つて、その後の状況並びに今後の見通しについて承わつたのでございます。本問題につきましては、新聞その他を以てすでに各位が御了解であろうと存じまするし、後ほどこの調査書は委員長に差出して、適当の方法において速記にこれを記載して頂くような処置をお願いしたいと思つておりまするが、簡単に申述べて見まするならば、本問題は五月七日午後十一時半頃、愛知大学の校内において、正規の服装をした二名の警官と学生とが紛争を起し、うち一名の警官は学生によつて繩で縛られ、ピストル、警察手帳を取上げられたという事件でありまして、その問題は解決を一応見たのでありまするが、暴行をした容疑者でありまする学生が七名、その後におきまして学園内において逮捕されたという問題でございます。本問題について私どもが調査いたした結果、結論を得るに至らず、而も極めて問題はデリケートであると思われますことは、二名の巡査は挙動不審なる者を路上において誰何したところ、これが構内に入つたので、そのあとを追つて構内に入り、その者に対する捜査を続行中学生と出会つたと主張しておるのであります。これに対しまして、学校側はその場所その他の状況を勘案して、これは他の目的を以て二名の警官が構内に入つたのであつて、挙動不審なる者を追跡して云々は虚構のことであると主張いたしておるのであります。で、私ども三人がこの問題について慎重に尋ねたのでありまするが、結論は残念ながら我々としては、本問題の発生の原因の責任が奈辺にあるやは判断し得ないほどデリケートな状況であると見て参つたのであります。その後におきまして、七名の学生が逮捕されているということに相成つておるのでありまするけれども、この問題につきましても、一体事件の発生の責任が奈辺にあるかということの決定を見ない限りにおいては、本問題についての解決は期し得ないと判断したのであります。従つて愛知大学の本問題について、私どもの結論としては次のようなものでございます。 第一点は、愛知大学の事件は今日頻発いたしておりまする学園事件と一連の関係にあるものであるかも知れぬけれども、むしろ問題は特別のケースとして極めて慎重に取扱われるべき幾つかの内容を持つておると思います。それとは先ほど来述べました通りに、大学と警察双方の主張に極めて大きな食違いがあり、この究明なくしては事件の解決はあり得ないからでございます。従つて本問題はすでに検察官の手に移つておりまして、検察官も又この点を極めて慎重に事実の究明に努力している様子であります。この衝に当つておりまする検事正は、先に少年審判所の所長を務めた青少年心理については極めて豊富な造詣の持主であるというふうに我々は見受けられました。而も母親の気持を以てこの問題を解決したいという心情を我々に吐露しておるのでありまして、この事件発生の責任云々の問題は挙げてこの検察庁の判断に待つべきものであつて、本委員会が軽々しくこれに対して良し悪しの判断を下すべき段階でないと信ずるものであります。但しこの結果が我々の調査したところと甚だしく違う点が出まして、一方的に本問題が処断されます場合においては、後において我々は本問題について別途発言の機会をこの際留保しておきたいと思うのであります。要するに本問題は、問題発生より検挙に至りますまでは極めて両者とも表面的には冷静な態度をとり、今日に至つておるのでありまするけれども、その裏には学園側と警察側とが極めてはつきりした意見の対立を以て対峙している感が強いのでありまして、誠に困つた問題であると考えますると共に、本問題については要するに検察庁の結論に待つてその判断をなすべきでありまするが、本委員会といたしましては、この種の事件がのちのち起らないことを期待いたしまして、いわゆる次官通牒の正当なる解釈の問題、学生の政治活動の限界の問題、並びにこれを監督する立場にありまするところの文部省の厳正なる見解及びこれに対応いたしまするところの警察側の良心的な反省、又これら問題に対する一連の取扱の問題、これらが考えられるべき段階であろうと思うのであります。 極めて簡単でございまするが、別に文書を以て報告書を作成してございますので、これを委員長の許に差出すことといたしまして、私は木内委員ほか調査いたしました者を代表いたしまして、以上のことを概略報告するものであります。
○委員長(梅原眞隆君) 次に岩間君の御報告を願います。
○岩間正男君 新発田分校の新潟大学統合問題調査のために、荒木君それから私とそれから調査員の三名が参りまして、これを調査して参つたのであります。 先ず調査に出かけますにあたりまして、我々視察団といたしましての基本態度を確認したのであります。それは先ず第一に、各会派、党派を網羅した調査ではございませんでしたので、我我としてはできるだけ個人的な意見というものを控えたい。事実をありのままに公平な立場からこれを見たい。そのために一つの指針となるものは、曾つて当院におきまして全会一致で可決を見ましたところの、学校施設確保に関する決議案、この線はこれは超党派的に院を挙げて認められているのでありまするから、この線から我々はこれを指針として、羅針盤として問題を探究して行つたらいいだろう。第二は先ほど申上げましたように、これは飽くまで公平な立場をとりたい。我々の意見はできるだけ差控える。それから第三といたしましては、問題をできるだけ広汎に、而も民主的な意見を聞いて来よう。こういうような点を基本の線として参つたのであります。 それで調査しました範囲でありまするが、これは県庁に参りまして、新潟大学の橋本学長並びに学園の幹部、それから県関係、県の教育委員会関係、こういうような人の立会を求めまして、ここで経過を伺つて、その次に学生たちの要望がございましたので、大学本部内で学生代表たちの陳情を聞いたのであります。更にそれから今度の合併にあたりまして、新発田の生徒たちを移す予定になつておりまするところの農学部、その農学部で果して受入態勢があるかどうかということは非常に重要な問題でありますので、農学部の校舎の状況を視察いたしました。それから新発田市に赴きまして、新発田市の市長並びに議長、こういう人たちから事件の経過を伺い、そのとき一方では婦人大会が開かれておりましたので、この婦人大会の模様もちよつと短時間ではありましたけれども、その模様を視察に参り、又市役所に戻り、この婦人代表の意見を伺い、それから同時に市役所で待ち構えておられました民主団体の各種の大衆団体の代表たち、労組関係とか、そういう人たちの陳情を受けまして、その晩市民大会がこの問題を中心として開かれておりましたので、この市民大会に参りまして、その市民大会の空気をキヤツチすることに努めたのであります。その次の日は、問題の焦点でありまするところの新発田分校に参りまして、分校の主事山崎氏並びにPTAの連合会会長、或いは大学の父兄会代表、或いはその郡部、地方の岩船郡の父兄の代表のかた、或いは学生代表、こういうような分校関係の当時者の意見を聽取したのであります。大体我々としましては、調査をしたいと思うところを余りなく一応調査して参つたと思うのであります。この経過につきましては非常に広汎に亙りますので、時間の関係上これは詳細を極めることはできませんので、簡單にその概要だけ申上げまして、又視察団としまして把握して参りましたところの問題点について御報告申し上げたいと思うのであります。いずれ他日相当精密な調査書を委員長に提出しますので、その点については御了解頂きたいと思います。 大体新発田分校と言いますのは、これは新潟大学の教育学部の分校になつているのであります。新潟県は御承知のように非常に細長い県であります。県の範囲が三百キロに亙るというふうに伺つて来たのでありますが、従いまして教員養成の面としては、敗戦前には新潟師範、高田師範というものがあつたわけであります。敗戦後におきましては、教員養成関係の教育学部の本校は、四年単位の本校は新潟大学内に置かれておるのでありますが、二年単位の分校は三ヵ所に設定した。それで大体上越、下越、中越と三地域に分れておるのでありますが、そのうちでこれが新発田分校になります。それからこれが長岡の分校、それからこれが高田分校、地域的には非常にいいような廃合をやつて、そうしてこういう地域の特殊性から、どうしても教員養成というのは、教員の配置の面から考えても、やはりその土地出身の人に多く委託しないというと、なかなか運営がうまくない。こういう実情があつて、新潟大学が総合大学として発足しましたときに、このような三つの分校が置かれておつたようであります。ところがその後大学基準協会の決定によりまして、大学に対する統合の問題が起つておるわけであります。その案によりまして新潟のこれらの分校を統合しよう、こういう案がいろいろ進められておつたらしいのであります。ところがこれに対しまして、高田及び長岡におきましては、猛烈な反対運動が起つて、そのときはその目的を達することができなかつた。ところが最近におきまして、新発田だけを新潟に統合しよう、こういうような案が進められ、大学当局におきましては、これが一応評議会の決定を見、そうしてこの線に従つて今度これを強行する。こういうような方式が立てられたようなんであります。こういうような点を考えまして、我々調査団としまして問題になるのは、これに対するところの新発田分校の反対運動というものが最近非常に起つている。従つて大学としてはこれに対してそのような反対運動というものをどのように処置するかということが問題点の一つであります。更に第二の問題としましては、十分なる受入態勢がなされているのかどうか。更に第三の問題としましては、この問題が急速に、最近殊にこれは六月十五日とこの期限を切つてこれまでにこの統合を強行するのだというふうに意見が表明されているのでありますが、その理由は一体何であるか、言わば今日はまだこれは授業中なのであります。ところが夏休を一ヵ月くらい繰上げまして、六月十五日以後くらいから夏休にして、そうしてこのような統合を強行しようと、こういうことが学園当局の方針になつているのでありまして、この点は予備隊の誘致運動というものが一方で長岡市において市側からこれは相当今日においては熱烈な運動として展開されているようでありますが、これと関係がないかあるか、この点が非常に私どもとしましては問題点であつたと思うのであります。で、こういう点かや調査を推し進めて参つたのでありますけれども、学長の意見としましては、飽くまで、これは大学基準協会の基準によつつてすでに決定された方向であるから、これを実現したい。その点においてはこれは変らないようであります。又受入態勢については、農学部に、現在新設されたのでありますが、そこの校舎が空いているので、その校舎に一時収容する。更に足らないところは空いてる例えば人文学部の教室とか、そういうようなところにこれを収容する。こういう点が挙げられたわけであります。この問題につきまして、そんなら反対側の父兄や学生、並びにこの分校当局の態度というものはどういうふうに考えているかといいますと、まず第一といたしまして、分校がそもそも発足したところの理由は何かというと、今申しましたように、地域的な教員の補充というものを十全にするということ。又今までともするというと、その県庁所在地を中心に進められて来たところのそういう学問のやり方を、今後は地域的にいわばこれを分散させるというような形で行われるので、非常にこれは大きな希望を持つてこの分校の今まで運営に父兄や市側も協力して、すでにそのためには新発田市においても相当なこれは四、五百万に及ぶところの地方費を出しているのであります。又県費も相当こういう立場からこの分校の拡充発展のために支出されているのであります。ところが若しこの線において強行されるということになりますと、今までのこの地方の学問の中心として多くの期待を寄せて来たところの学園が実際なくなる、こういうことによつて、教員配置の面からも非常に大きな支障があるだろうし、又通学生の面から見ましても、大体三百八十名程度の学生が現在あるのでありますが、その過半の二百名くらいは経済的な事情から考えて、今後新潟に通学することは不可能になるだろう。というのは通学賃とか、いろいろな通勤料とか、それから又若しも通学が不可能な場合には宿舎に入るとか、下宿をしなければならないという事態が起るのでありますが、これは現在の単作地帯、殊に農村を中心とした地帯におきまして、その負担は非常にこれは嵩むのでなかなか容易でない。こういう現実的な事態が起る。それにもまして今まで折角大学ができて、それを中心にして最近一般の向学心というものは非常に起つて来た。今年度あたりはこの定時制の高校から四名ほど大学に入学することができた。これが一つの話題になりまして、現在青年の間には向学に対する、大学に進むということに対する一つの大きな希望が開かれている。こういうものが事実上統合によつて封鎖されるというようなことが出て来るのであります。更に問題点なのは、当局はこれに対して関係はないとあらゆる場合に言つているのであります、市側も、それから大学側も言つているのでありますが、警察予備隊との関連の問題でありまして、すでに市当局では七月一日から予備隊が入つて来るのである。それまでにどうしても明け渡すということで、六月十五日に一応統合を強行するのだと、こういうような態度がなされているのでありますが、この点はやはりこれの与える地方民に対する影響、こういう点が非常に大きな問題になるのじやないか。関係はしないということを言つておりますけれども、事実上若しも関係がないならば、なぜ六月十五日に強行しなければならないかと、理由を発見するには非常に苦しむのであります。そうして若しそういうような強行によつて、そのあとに生ずるところの教育的影響、こういうものは従前にこれは学園当局によつて検討されたかというような質問も我々いたしたのでありますけれども、こういう点については十全な準備と、それから検討が足りなかつたということを我々は指摘せざるを得ないのであります。こういう形で以て現在問題の新発田市におきましては、統合反対、或いは賛成をめぐりまして非常に大きな対立が出ているのであります。又予備隊の招致賛成、反対、この問題につきましても、大きな、これは町を二つに割つたような対立が出ていると思うのであります。こういう点からこの問題の性格としましては、我々が曾つて決議しましたところのこの教育施設確保に関する決議案の線から照らし合せて、十分に検討が望ましいと思うのであります。なお市側が警察予備隊を招致しなければならない、こういうような理由、その点についても我々は一応質して来たのでありますが、これは高田は旧聯隊のあつた所で、いわば軍部である。ところが軍隊がなくなつてから非常に経済的にいろいろ困難を来している。従つて警察予備隊を今日招致して地方財政の一助にする、町の発展の一助にする。こういうような関係で地方議会におきましては、多数の議員たちがこの問題を研究して、これを推し進めているようであります。で、こういうような問題が非常にからまつているのでありますが、これは今後こういう問題が恐らく予備隊の拡充とからんで、いろいろこれは問題を各所で起すんじやないか。従いまして、基本的に一体予備隊並びに学校施設に対するところのこの問題というものを、今後このような紛争が起らないように解決する必要から、少くともその根本精神というものは徹底的に究明し、そうしてもつと正しい線においてこれを解決するということを当委員会が努力しなければ、我我はいたずらにこのような問題の発生に対しまして、一々これが参議院或いは衆議院の問題になり、国会がこういうような問題の解決のために時間を費すということは、これは国会運営の能率上非常に考えなけりやならない。従いまして、この問題を一つの契機として、モデル・ケースとしましていろいろの問題の様相がみな出ているようでありますから、この問題を十分に検討して、正しい線の解決に導く必要があると思うのであります。大体そんなら世論の状態はどうなつておるか、この点が非常に我々が民主的な教育運営ということを考えて行く面から必要なのでありまして、これは我々ができるだけその面の調査にも努力を払つた点であります。この点につきましては、大体この統合反対の運動というものが最近一ヵ月くらいの間にこれは起されておるわけであります。今まで暗々裡にこういう計画は進められておつたらしいのでありますけれども、これがまだ表面化しなかつた、そうして今までそういうようなことが、こういうふうにぼつぼつどこからともなく問題になつて行きましたので、学校側としましては、これに対して市側に対して果してこれは予備隊が招致されることになれば大学は統合されるのであるかどうか、そういうことに対してどういう態度をとるのか、こういう点から分校関係の質問書のようなものが提出されているようであります。これに対して市当局は、いや大学統合には反対だ、そうして飽くまで予備隊も招致するけれども、この分校は飽くまでもこのまま存置したい、こういうような最初意見であつたらしいのでありますけれども、そうしてそのためにわざわざ存置委員会というのがこの市の市会の中にできて、存置のためにも努力するというような方針が確認されておつたらしいのでありますが、最近におきまして、この予備隊の招致が時日の問題ということで推し進められた結果、今申しましたように市側の態度が明らかに変更されておるような状態であつて、この点について父兄は非常に市側のこの動きに対しましては、裏切られた感じを深くしておるのであります。そうして警察予備隊のために大学を、分校を売るのか、こういうような激越な口調まで交えられまして、これに対する反対の運動が広汎に展開されておるようであります。これに対して市側は、この反対運動は一部のものだ、こういうことをまあ言つておるのであります。ところがここにありますところの反対署名の、これは参考に持つて参つたのでございますが、これは三日間で、集められたものだそうでございますが、大体附近のこれに関連するのは二郡一市であります。新発田市と北蒲原郡と岩船郡、こういうことになつておるのでありますが、これが大体人口が現在のところ全部で十五万くらいと聞いております。これは正確ではありませんが、この中で大体八万七千四百九十七人の署名が集められておるようであります。そうしてこの前の十日には第一回の市民大会が持たれまして、この運動に対しては飽くまで存置のために市民としては闘うのだということが強力に意思が表明されておるようであります。それに対しまして、市側は五月の二十日に予備隊誘致報告会というものを開きましてこの席上で市民を集めて、七月一日にもう予備隊が入つて来るのは既定の事実になつたのだというようなことがこれは市長、議長の側から発言された。そこで非常にこの報告会が大混乱に陥つた、それに対して市民のいろいろな質問があつたのでありまするが、一切この質問というものは封鎖されて最後には殆んど流会のような形でこの会は終つた。その席上で、若しも予備隊誘致に反対する者はこの町に置いておくわけにはいかないから出て行けと、こういうような激越な句調も交えられたところの圧迫もあつたということが言われておるのであります。それに対しまして、父兄が飽くまでこれはこの大学を守り、殊に地方文化の面からこの分校存置の線を確保するというので、これに対して大学擁護連盟のようなものが作られまして、この運動が非常に強化されつつあるようであります。五月二十二日には父兄大会が持たれ、又学生大会が持たれております。又私たちの参りました二十四日には婦人大会が持たれておりました。婦人の関係者が約三、四百人集まつて、そこでいろいろな請願や、それから決議がなされているようであります。又その晩の市民大会におきましては、大体三千五百人程度の人がここに集まつておるのであります。約四時間に亙るところの熱烈なる討論が展開され、そうしてこの席上で飽くまで断固としてこの統合に対しては反対して行くというような態度が再確認されているようであります。新発田市は大体三万七千の小都市なのでありますが、そのうちの約一割の人たちがこの市民大会に集つておるということは非常に注目すべき現象ではないかと思うのであります。なお、学生たちはこれに対しては、飽くまで我々は学問の自由を守る、そうして統合反対のために学校を死守するのだというような固い決意を持つているようであります。 更に、これに対するところのいろいろの要望があるのでありますが、ここに新潟大学教職員組合委員会、それから、これは農学部の教職員組合農学部分会、こういうようなところはこれは統合に反対の声明を出しております。つまり統合されると、そこに移る予定地になつておりますところの農学部においては非常にこの校舎がようやく新設されて、中味はがらんどうになつておるが、そういうような所に今後は多数の生徒がそこに入つて来ることによつて運営が困難になるのだというような立場、こういう点から非常に反対運動が起されておるようであります。更に教育擁護婦人大会、或いは新発田市内学校PTA連合協議会、その他この大学内の学生連盟、こういうようなところでこれに対する反対の大きな決議がなされ、そうしてこの運動がなされているようであります。 以上申述べたのは非常に不備でありますけれども、大体の経過並びに今日までの状況なのであります。その中でなお一つ附加えておきたいと思いますのは、ここに問題としましてこれは言及せざるを得ない問題があるのでありますが、これは今日は学長の橋本氏は飽くまで大学基準によつて統合という線を大きく折出しておるようでありますけれども、今から二年前の昭和二十五年三月十八日にやはりこの統合に対する反対運動がありまして、これについて後日のために確認したところの一札がお互いに調印がなされております。これによりますと、「新潟大学はその成立の趣旨に基き分校の特色を発揮せしむると共に分校に設置せる教育学部の現在の組織編成は之を変更せざる事右確約す」昭和二十五年三月十八日、新潟県知事岡田正平印、新潟大学長橋本喬事印、それから新潟県議会議長児玉龍太郎印、そのほか地元の県議でありますところの寺尾愛さん、これは婦人のかたでありますが、その他地域の代表、知事、大学長、議長、それから県議会議員、こういうような人七人によりまして、このような誓約書が交されておるのであります。これが変更されるということがどういうような意味をもたらすかという点について、これはこの関係者でありましたところの寺尾愛さんというかたが当時の立場を我々に訴えておられたのであります。 そこで我々視察団の大体この視察にタツチしまして問題点として、今後当委員会で明らかにされなくちやならん点について申上げたいと思います。 第一に、大学設置基準というものがあつて、そうしてこれは今年度あたりにその設置基準を完成したいということで動いておるようでありますが、そもそもこの設置基準というものは如何ようにして、どのような方法によつてこれは作られたものであるのかという問題、そうして更にその作られた基準というものは一応の目安にはなると思うのでありますが、これが地域的の状況、現状、更に教育的ないろいろな考慮をしないで強行するという方針を持つておられるのかどうか、或いはいろいろな条件によりまして、このような基準というものは一応の目安であるから、これに対しては基準達成の方法はいろいろな事情を考慮して、これは最もスムースな運用をする覚悟があるのであるかどうか、こういうような点が我々としては非常に問題になると思うのであります。言うまでもなく大学設置のこの基準が本当に現在置かれているところのこの地方の実情というものを考慮に入れることなく、単にぺ一パー・プランとして中央において作成され、そうしてそれが天降り的に押付けられるということになるとしますというと、曾つて教育の方針としてとられて来たところの教育の民主化、地方化、こういうようなことが一体果してどういうふうになるか、この間の矛盾をどういうふうに一体今後考えるかということが非常に大きな問題になります。更に設置基準というものは一応のペーパー・プランであるが、これを達成するには、これを具体的に運営されるだけの予算的な措置というものがとられなければならない。ところが予算措置というものは殆んどとられないで、これを県費や地方の費用負担によりましてこのようなことが強行されるということになりますというと、これは非常に大きな手落ちじやないかと思うのであります。こういうところにも大学運営の今後の問題としまして、我々は教育行政の面から決してこれを軽視することはできないのであります。橋本大学長はこれに対しまして、この基準であるから飽くまでこれを強行しなければならん、そうしてこれをしないというと或いは総合大学としての資格に欠けているところがあるので、資格から落されるかも知れない。こういう点を非常に焦つておられるようでありますが、我々は大学長がそう焦つておられるのは余りに責任を感じ過ぎておられると思う。これはやはり上からの押付けがあつて、これに対しで飽くまでも忠実に責任を果さなければならない、こういう考えによつてこれがなされているようでありますが、そういうような強行によつて望ましい結果というものは私は得られないのじやないか、形はでき上つたとしましても、教育の実態を害することは非常に多くなるのではないか、こういう点が考えられるのであります。 その次に、第二の点は、受入れ態勢の問題でありますが、この受入れ態勢というものが我々の見たところによりますと、とても十分とは言えないのであります。なぜ途中で授業を打切つて、休みを繰上げて、そうして非常に困難を伴うところの移動を始め、更にそれによりまして四百人余りの生徒を収容することによりまして、現在の農学部並びに人文学部その他の部におきまして、非常に大きなこれは運営上の支障が来たされるのじやないかということが考えられるのであります。どうして一体準備を整えて、教育環境を整備してから、若し統合するなら統合するという方針を大学当局は考えないのか、非常にこの点は我々の了解に苦しむ点であります。先ほども申述べたのでありますが、六月十五日という期限を切つてなぜこのように強行しなければならないのか、この点については、警察予備隊とは関係はないということを再三再四橋本大学長は言明されておるのでありますけれども、関係ないとするならば、なぜ一体六月十五日などという教育の実態を無視した強制統合をしなければならないのであるか、この点の理由は我々も質したのでありますが、遂に我々はこれに対する妥当な理由を発見するに苦しんだのであります。なおこの予備隊との関係の問題でございますが、これは後ほど当委員会において是非やはり我々は究明しなければならんと思うのでありますが、山崎主事のこの供述によりますというと、二月の二十三日文部省の管理局長より通牒があつて、そうしてこういうことを調べろ、若し予備隊が来るとするならば、分校を如何にするかの問題についてこれは答申を出せ、こういうことが出ているのであります。そうしますというと、一体文部省管理局長は如何なる必要により、如何なる理由によつてこのような学園の一つの安全感というものに非常に大きな不安を与えるような一体指令を出したのであるか、この点我々当委員会としましては、教育運営の上から明らかにされなければならない問題の一つであると考える次第であります。更に問題点としましては、紛れもなく予備隊によつて六月十五日に統合強行、こういう形は如何に関係者の説明を聞いても紛れもないこれは問題であります。仮に関係がないとしても、事実はそうなつている。原因、結果はこれは明らかなんであります。ですからして、そういう点から、若しもこのような形が強行されるということになれば、予備隊によつて学園の施設は奪われたという印象は絶対にこれは消すことはできない。こういうようなことが予備隊そのものの運営についても果して当を得たものであるかどうか。更に又これが与える教育的な影響というものは一体どういうことになるのか。こういう点が我々としましては今後の問題としてやはり究明を要する問題であると思うのであります。更に市当局の態度でありますが、この変化が見られておる。そうして先ほど申しましたところの最初の市側の言明にもかかわらず、これが最近において応急変更されて、予備隊招致一点張りということになつております。この準備はどうかと言いますと、言うまでもなくこれはないのであります。この中に單にどこへ予備隊がやつて来るかと言いますというと、移転を求められておるのは分校、新発田の分校と、それからもう一つ、本丸中学という新制中学があるのであります。これは十八学級でありますが、これをどこに移すかという問題、これは新たに校舎が一方に造られつつあるようでありますがこれを完全收容するということは絶対できないような状況であります。又その附近には引揚者の寮もあるのでありますが、こういうところも相当大きな兵舎の幾棟かに収容されておるようでありますが、こういうような市民の指定立退先ということも問題になつて来る。こういうような準備が万全だということは、これは考えられないようであります。なおこれと関連しまして、大学のいろいろな運営の問題で、我々は今度の事件をめぐりまして評議会の決定が非常に秘密裡になされておる。或いは評議会に諮られないでこういうことが決定されて、既成事実として押付けられておることも統合の一番焦点でありますところの新発田分校に対しますこの評議会にこれは評議委員がいない、こういう関係から、こういうような問題は大学当局のほうで決定されて、あとでそれが通知されるというような形になつているのでありまして、こういう点が非常に大学運営の面からやはり問題点があるのではないかと考えられます。 以上申述べたところが、我々の当委員会における教育行政の面からの問題点になると思うのでありますが、とにかく現在のこの統合問題をめぐり、更に予備隊招致の問題をめぐつて展開されておりますところのこの新発田における問題は、相当東京で考えておつたよりも深刻な状態がこれは醸し出されておる、こういうふうに思うのでありまして、当委員会はそういう点からやはりこの問題につきましての円満妥当な解決のために万全な努力をなされることを切望いたしまして、私の不完全な報告をこれで終つて、あとは報告書に讓りたいと思います。
○委員長(梅原眞隆君) 次に第二班、高田委員の御報告を願います……。
○荒木正三郎君 岩間君から御報告がありましたので、私は重ねて申上げませんけれども、一言だけ申添えておきたいと思います。今報告がありましたように、六月十五日を目安といたしまして、新発田分校を新潟に統合する。そしてそのあとに警察予備隊を誘致する、こういうことなのでありますが、若し六月十五日というふうな期限を切つて、現在の考えを強行するならば、事態は私はかなり憂慮すべきものがあるということを感じました。その事情については岩間君から多分お話があつたろうと思いますので、私から申上げる必要はないと思うのでありますが、新発田市における市民の動向というものを私ども見た際に、その感を非常に深くいたしました。従つて当文部委員会といたしましては、この問題について調査団まで派遣をいたしたのでありまするから、この問題をこのまま放置することはできないと、かように考えるわけであります。而もこれを時日を遷延することも許されない事情にあると私は考えますので、この報告について、今後当文部委員会として如何に善処するか、こういう問題について結論を至急に得るようにして貰いたい、こういうふうに考えているのであります。又今日岩間君から申上げたことにつきまして不足があれば、不十分であれば、なお今後私どももつと詳細な資料を添えて報告もいたしますけれども、なおそれでも不十分な場合には、更に第二回の調査団を派遣するなり、或いは現地から関係者を呼んで、事情を汲んで、いろいろ方法はあろうと思いまするけれども、要するにこの問題の解決のために当文部委員会としては当らなければならない、こういうことを強く感じましたので、この際申添えておきたいと思います。
○高田なほ子君 ちよつと一点質問したい。岩間さんにお尋ねいたしますが、この六月十五日という日については、大学の統合目附と、それから警察予備隊をここに誘致する日とがはからずも、偶然かどうか知れないが、それが一致しているというようなことを今聞いて、非常にその点を案じておつたのですが、それはどういうことであつたのでしようか。
○岩間正男君 これは市当局並びに大学長は、全然関係はないのだ、別々の問題だということを言いますけれども、そうなりますというと、なぜ六月十五日に移らなければならないかという理由は、先ほど申しましたようにこれはとても発見できないのです。教育を続けているのです。続けているのをそれを途中でぶつた切つて、そうして而も夏休みを繰上げて、その間に、而も移り先が十分な設備ができていない。これは大混乱を起して、来られるほうの農学部やそのほかの人文学部や学内において、こういうことについてやはりとてもこれは教育の運営に支障があるので反対だ。反対理由の一つとして挙げていられる。それなのに一方で、市当局は七月一日に予備隊が入つて来るのだということを、これは市民の報告会で述べられている。そうしますとこれは問題が、一つば予備隊によつて学校が取られるのは反対だ、こういう点が反対点の大きな一つになつている。そこでその理由は、関係はないのだという、関係はないのだということを形式的にこれは言つておるわけです。言つておるんだけれども、関係があるというのは今言つておるようにおのずから明らかだ。殊に先ほど申しましたように、二月二十三日文部省の管理局長の通牒が行つている、このことがはつきり私は暗示していると思うのです。
○委員長(梅原眞隆君) 次に第二班高田委員の御報告を願います。
○高田なほ子君 第二班兵庫県篠山町の派遣議員報告を行います。私と木村議員は、本国会の学校施設確保に関するあの超党派的な決議案の趣旨を十分確認いたしまして、五月二十三日から二十六日までの四日間に亙りまして、問題になりました篠山農業高等学校及び兵庫県立農科大学の予備隊接収について調査して参りましたが、内容を順を逐うて御説明したいと思うのであります。篠山農業高等学校及び農科大学は、篠山町に隣接しております岡野村という所にありますが、この二つの町村と他の十七ヵ町村とを全部含めまして、これを多紀郡と言われているのであります。この岡野村にある二つの学校は、元のいわゆる旧七十聯隊の敷地内にありまして、これが予備隊を誘致するという場所でございます。即も予備隊に提供使用させようというところのこの旧兵舎は、現在篠山の農業高等学校の施設中、現に教育施設として使用していない、がらあきになつているところの四棟を予備隊に提供しようというのでありますが、これは現在使用しております篠山農業高等学校並びに農科大学とは全く地続きの一つ棟のような感じのするところでございますが、この四棟と現在使つている校舎との間に高い塀のようなものを設けて使用させたらいいのではないかというようなことであつたそうであります。 私どもは調査の方法といたしまして、先ず大学及び農業高等学校の実情を見せて貰つたのであります。旧七十聯隊に収容されておりましたこの二つの学校は、現在はやや学校としては不完全でありますけれども、非常な県当局の御努力によりまして、何ら支障な教育が行われている状態でございますし、特に農科大学のごときは、多額の支出を県当局がいたしまして、相当に内部の修理、施設も完備されまして、非常にこういう兵舎を造り変えた施設としては完備されたものであるという感を非常に深くして参つたのでございます。並びにこの校舎を取囲むいわゆる教育環境なるものは、非常にうらやましいほどよい環境でありまして、日の当る広い校庭に喜々として青年各位が運動をし、遊び、そうして学んでおるという、非常によい姿を私どもはここで見て参つたわけであります。 さて私どもは、予備隊に接収されることについて非常に反対をされている側の御意見を聞きますために、一堂にお集まりを頂きまして御意見を伺つたのでありますが、この席上には県当局、教育委員会、学校当局、多紀郡全体の町村長会の代表並びに町村長の有志、更にP・T・A、教員組合、それから多紀郡婦人会代表者など約四十名のかたがたがお集りになりまして、ここで十分にこれらのかたがたの御意見を伺つたのでございます。この御意見を逐一申上げ得ない点もございますので、大体代表的な御意見をここに御報告いたしたいと思うのでありますが、先ず県総務部の総務課長の御報告によりますと、農科大学は、多紀郡の郡民の総意によつて昭和二十三年に県会において大学の設置が決定されたもので、工事或いは学校教育施設等の総経費は、実に二億五千九百二十七万円という非常に大きな額のうち、一千万円は多紀郡の地元民が寄附をいたしまして、残りの額は二十三年より五ヵ年計画で、二十七年度を完成年度として漸く現在完成に至つたものであつて、この大学の完成に至るまでの地元民の熱意は実に涙ぐましいような熱意がここに盛られた。それなのに若しもここに予備隊によつて接収されるということになれば移転をしなければならない。或いはまかり間違えば廃校という運命にさらされるようなことになるかも知れない。そのときは県当局としても重大な決意をしなければならないという、非常に固い決意のほどを示されたのでございます。又多紀郡郡民に与える影響は、先ほどの設置の消息等を考えて、郡民に対する影響も非常に大きいものがあると、だが併し現在県としては、この状態は別に県当局として反対運動というものをやつておらないので、この状態をじつと見つめておる状態である。まあ併しどうにか誘致運動は立消えだという状態になつているが、まあ県としてはこういつたような考え方を持つて事態を注視しているというお話でございました。次に県教育委員会の坂本教育課長でございますが、私は予備隊の今度の問題に対しては、県として公的な機関にかけて協議したことはないけれども、いろいろと周りのほうから情報が入つて来るので、県としては一つの考えを持つている。高等学校は、これは一つの地域社会に設置するものであるから、移転などは到底考えることは自分たちとしてはでき得ない。更にこの軍靴で踏み固められていた非常に広汎な実習農地、その実習農地を粒々辛苦して今日まで農耕地帯として我々は努力をして作り上げて来た、そういう実習農地及び校舎についても、特に本年はその実習農地を更に拡張して、そうして校舎の増築計画まで現在しておるようなところである。でありますから、私どもとしては、公的な機関にもかけられないにしても、はつきりとした一つの考え方を持つておる。特に先頃姫路市が予備隊を誘致して来たときに、実は兵庫県としては非常に苦い経験を嘗めておる。当時姫路の市民は誘致運動に賛成をいたしまして、現在使用している盲ろう学校、その盲ろう学校に警察予備隊を実は入れた。併しこのときには盲ろう学校の父兄がこれに対して非常に反対をしたのだけれども、単に盲ろう学校の父兄たちの反対だけであつたためにこれが弱く、遂に一千万円を支出して完成した盲ろう学校を予備隊に接収されるような状態に至つた。そのときに盲ろう学校の父兄たちは教育委員会を訪れて、床板の上に坐つて声を上げて泣いたということを報告されておる。そうしてこんなような非常にお気の毒な状態で移転をやむなくされた盲ろう学校は、現在いろいろな経費上の関係もあつて、まだ七分通りきり完成しておらないので、盲ろうの学童たちにとつては大変にお気の毒であるというような苦い経験を報告されまして、農業高等学校や、この県立の農科大学がちようど姫路の盲ろう学校のような、予備隊誘致によつて学校教育そのものが損われるというような事柄に対しては、絶対に私どもの立場としては反対であるということを表明されました。 次に町村会長の代表である畑貞一氏は、多紀郡民は非常に思想が穏健である。この地を郡の教育地としたい。郡民はこの学校のために非常に努力して、約一千万円の寄附をしておるのであります。予備隊の今回の誘致問題は、本年春に篠山町が秘密裡に予備隊誘致運動をしたのであつて、我々は全然これを知らなかつた。ところが地元の私たちは知らなかつたが、情報が東京のほうから私どものほうに漏れて来て、郡民約六万人おるそうでありますが、そのうちの五万九千人はこれに対して絶対反対の立場をとつており、なお国防上予備隊を誘致することが止むを得ないという理由で誘致をするとするならば、現在学校施設として使用しておるというようなところに誘致をされるというようなことについては、これはもう断固として我々は反対をするのであるという強い意思の表明があつたのであります。 次に兵庫県の農科大学学長三宅氏は、学校当局の弁といたしまして、大学はこの問題に対して実は静観の態度をとつておる。当初一部の学生の中には、非常にこの問題を心配をして、どうしたらいいだろうというような焦りの気分も見えたけれども、私どもとしては、現にこの問題を静観して、正しい方向に行くであろうということを信頼して実は静観をしておる。だが併しこの問題はどうも学校が問題になつておるので、私どもとしては一言もこの問題について相談を受けたこともなければ、一言もこの問題については聞いたこともない、ちよつと以前に私は聞いたことがあるけれども、このときに学長としての私は、人の家を借るのに何の話もしないで、黙つて一体借りられるかと、そんな馬鹿げたことがあるかと言つて私は笑つておつた。大学の運営上、若しここに予備隊というものが来た場合に、学生と予備隊ということの関係は、教育そのものの面から考えたとき非常にやはり困る。又同一町に今備隊と学生がいるということは、私としては大学の運営上非常に困る問題が起るということを考えておるという御報告がありました。 次に農業高等学校長の西垣氏は、狭い篠山町に予備隊が入つて来れば、演習地として当然この実習農地や校舎が宙られる可能性は十分にある。たとえ今使つておらない所を提供したにしても、それだけでは相済まない。だんだんこれが拡張されるに従つて、危機にさらされるというようなことも考えなければならないというようなことで、非常に心配をされて報告をされております。 次に兵庫県会議員の山口氏も、私は県会議員であるけれども、誰が積極的にこういうことを推進しているのかは全然私は知らない。ただ新聞で私は仄聞しているくらいでありますけれど、誠にこれは困つた問題である。私どよとしては極力この誘致運動を阻止して、学校施設を確保して、教育に万全を期して行く決意を持つているということを強く述べておられた。 こういう反対の御意見を伺いまして、私どもは篠山町、即ち当局の御意見を聞くために篠山町に伺つたのでありますが、この町は丁度多紀郡の真中にありまして、町は細長い帯のような高原性盆地で、中央に古い篠山城の址がありまして、その城址を中心として、緑の美しい水を湛えた堀に囲まれ、人口が約八千、戸数が一千七百という実に静かな、学都と言つて、学問の町と言つてはもうこれ以上ないというような、実に恵まれた美しい町でございます。町民の生業は主として商業でございますが、この町には、小学校、中学校、高等学校がこの静かな篠山城址を中心にして一つずつ三つきれいに並んでおるのでございます。隣り合つて並んでいる、実にうらやましい教育環境の地でございますし、教育施設も又非常に恵まれたところがあるということを見て参つたのでございます。ここに町当局としては予備隊誘致の運動を起されたのでありますが、篠山町長の山崎氏のお話によりますと、私どもは当初誘致をするという動機についてはこういう実は動機があつた。篠山町に隣接しておる所に旧軍人でない、現在の予備隊の幹部が約二、三名おりまして、それらの幹部のかたがたから、予備隊をここに誘致してはどうだというお話もあつた。とにかくこの篠山町はもともと鳳鳴義塾、いわゆるスパルタ教育発祥の地でもあり、当地からは旧将官或いは佐官という軍人が四十名も出ている。まあいわゆる軍人の町であるから、一つ軍人の町としてこの篠山町の発展のために誘致をしたらどうだろうかと、こういうお話があつた。又商業をやつているかたがたもあり、そういう一部に非常に熱心なかたがたもあつたために、この運動がとんとん拍子で実は進んで行つた。中央に私は前後三回に亙つて実は参りまして、大橋国務相にもお目にかかつたと、そうしてその結果町長は誘致について町議会に諮つて、町議会としては全員一致の賛成があつたので、一月の十五日頃から誘致運動といつたようなものを始めた。それで予備隊に資料を出しましたが、当初の三万五千人の予備隊の増強には、今誘致運動をしても今は入らないだろうという中央のお話であつた。篠山町は誘致に挙げて賛成をしておつたが、農業高等学校側から猛烈な反対もありましたので、三月十五日にこの誘致運動は打切るということを町長の名前で実は声明を出したというようなお話でございました。つまり町当局としては当初非常に活溌な誘致運動をしたが、はつきりと誘致運動を打切る声明を出したというのでありますが、この原因については、木村議員とともに、座談的にいろいろお話をかわしたのでございますが、その中で、どういうわけで中止になつたかというような点についてお話合いましたところが、町長の言うように、学校側の反対があつたということは一つの理由でありますが、そのほかにも、実は誘致運動をして、予備隊がこちらに来た場合に国が補償をして、学校の施設などは支障がなからしめるように実はしてもらえるつもりであつた。ところが木村議員と私どもがこもごも、誘致運動を地元がしたというような場合には、そうあなたたちが考えるように簡單に国が費用を出すというようなわけには行かないので、誘致運動をしたような場合には、むしろこれは地元がそれらの負担を負わなければならないのだといようなことを申上げた。ところが私どももいろいろそういう点で誤謬もありましたというようなことを言われておりましたが、私どもは冒頭に申上げましたように、基本的に本院の学校施設確保に関する決議の線を強く主張いたしまして、町当局の強い反省を要望いたしまして帰つて参つたのでございますが、この座談の途中に、木村議員も個人としてお話も申述べられておつたようでありますが、警察予備隊の誘致そのものの運動と、学校施設を確保する問題とは、これはやはり別個に切離して考えなければならぬものを、ややともすれば警察予備隊のほうに重点が行つてしまつて、学校施設というほうがおろそかになるということを、懇談を通してしみじみと考えさせられて来たわけでございまして、これは木村議員も御同感であつた点でございます。 そのほかちよつと私どもは時間がありましたので、老朽校舎と言われる篠山の小学校を拝見して参りましたが、近くこの老朽校舎も新しくなるような運びになつておりました。 又文化財というほどのものでもないと言われましたが、兵庫県多紀郡日置村の八幡神社にある旧国宝の持国天、多聞天の二大仏像でございますが、これを見て参りましたが、弘仁時代のもので、約千三十年以前の名作である。作者はわからないというようなものをついでに拜見させてもらつて参つたような次第であります。 以上申述べまして御報告に代えますが、これは後ほど木村委員とも十分お話して結論を申上げるつもりでございますが、警察予備隊の誘致に当つては、県当局と予備隊本部との協議が行われるやに私どもは聞いておりますが、やはりこういつたようなことの協議が十分に行われないようなところに、こんな問題が出て来たのではないかというような、私的な考えでございますが、文部委員会としては、こういう問題については特に今後検討の素材として提供して御報告を終りたいと思います。
○相馬助治君 只今三班にわかれた調査団の御報告が行われたのですが、第一班の問題については、問題が検察庁に移つていて、にわかに本委員会としては結論を出すべきでないし、又その時期でもないということが明らかになつていると思います。只今の高田委員の御報告によりますれば、本問題は将来に問題をはらんでいることは予想せられますが、差当つてこれもこの文部委員会として云々すべきという段階でもないかのごとく思うのです。問題は先ほど岩間委員報告にかかわる新発田の問題であつて、これについては荒木委員からも附加して、その取扱いについての意見が述べられておりまするが、六月十五日という日を限り、而も問題は着々進行し、なお本委員会において先に文部省側の見解を尋ねたところが、地元は一部の反対はあるけれどもそんな反対はない。而も又これは予備隊とは連関なしに行われている、いわば大学の問題として統合することのほうが正しいという線に沿つて行なつているので、いわば予備隊と連関して考えることはとらざるところであるという意味の、言葉は違いますが、という意味の報告があつたかと本員は記憶しています。従つてその食い違いと、それから問題が非常に迫つておりまするので一つこの新発田の問題だけについては、私はここで結論が出ないまでも、取扱の方法だけは一つここで研究して、具体的にはどういうふうに進めるかということが、理事会等において決定する途もあろうと思いますが、それ以前の問題として、新発田分校統合の問題を本委員会としてどう取上げるか、このことを一つ委員長からお諮り頂くのが筋ではないかと思うのですが、各委員のこれについての意見を一つ委員長において徴されることを希望します。
○委員長(梅原眞隆君) 今相馬君の御発言もあり、先ほど荒木君の御意見もありましたが、これをどういうふうにして処置していいか、一つ御意見のあるかたは御発言を願います。
○矢嶋三義君 三個班それぞれ御報告なされたようですが、直ちにここで結論を出さないで、その報告に基いて、理事会において一応この問題の処理方針についての案を持たれて、そして委員会に諮られて頂きたいと思います。
○委員長(梅原眞隆君) 今矢嶋委員の御提案で御異議ございませんか。
○岩間正男君 ちよつと……理事会でこれは諮られていいのですが、併しこれについていろいろ要望点があると思いますので、委員会の意向は一応まとめて、具体的な実行案として理事会のほうではやつて頂きたいと思います。その中で、そういう点から是非私は先ず第一に当面して速急にやつて頂きたいのは文部省側の態度ですね。私は先ほど報告の中の設置基準なるものが如何なる方法によつて決定されるか、我我は殆んど今までそういう内容に触れていなかつたのはうかつだと思うのですが、こういう問題は、これは根本的な問題ですから、これについて検討する必要があり、それから統合について文部省は一体どういう方針を以て臨んでおられるのか。殊に予算化の問題が非常に大きい。それから統合のやり方について、一体どのような準備期間を置き、どのような一体具体的な地元民に対する対策を以て臨んでいるか、この問題が非常に大きいと思う。第二には予備隊との関連の問題、これはやはり明らかにされる必要がありますので、どうしても予備隊の当局者の意見をもつとやはり徹底的に質す必要がある。取りあえず先ずそういうような文部行政に関連した基本的態度について私たちは諮る必要を感じますので、この点早急にそういう委員会を開いて頂きたい。それからなお時間的に、地元の人を招致するなり、そういうことをやつてもらいたい。
○委員長(梅原眞隆君) 今岩間君の言われたことを内容としつつ、一つ理事会で御相談をすることにして御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○荒木正三郎君 この問題の取扱いは、理事会といいましても理事が各会派から出ておらないこともありますので、各会派は少くとも一名の……。
○委員長(梅原眞隆君) それはよろしうございます。その態度をとります。そういうふうに今までの理事会も、全体を聞かなくちやならん点はそういうふうな様式をとつていますから、そういうふうにいたします。
○委員長(梅原眞隆君) それでは今日ここへ高橋文化財保護委員長もお出でになつておりますので、勉強願つて、少しばかり文化財保護法の一部を改正する法律案に対する総括の御質問を願いたいと思いますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(梅原眞隆君) それでは次に文化財保護法の一部を改正する法律案を議題といたします。高橋委員長、それから森田局長がお見えになつておりますから、総体について質疑のあるかたから御質疑を願います。
○委員外議員(小林亦治君) 委員外発言なんですが、お許しを得ましたので、二、三の点をお聞きしたいのですが、この文化財保護法というものが出ました立法の趣旨に反するのが今回の改正案のように考えますので、どういう狙いから委員の数を縮小するかということを概略先ず伺つて置きたいと思います。
○政府委員(森田孝君) 今度の行政機構の改革は、政府の方針といたしましては、事務の簡素化と経費の節約の二点であると我々考えております。なお大方針といたしましては、占領下におきまして総司令部の部局に関連を持つて考えられた機構というものが、この総司令部の部局が廃止になりましたので、独立日本としてふさわしい体制を作りあげるという基本方針はあるようでありますが、端的には事務の簡素化と経費の節約との二点であると考えております。従つて文化財保護委員会の委員が五人から三人に減ぜられたという理由も又そのような行政機構改革の趣旨の下に行われたものと考えております。
○委員外議員(小林亦治君) 只今の御説明では、独立日本、こういうチヤンスを捉え、且つこの事務の簡素化ということを言われたのですが、むしろ私どもの考えとしては、独立日本になつたのであるから、いわば日本の文化というものは独自の立場から、占領制度というものがなくなつた今日、遠慮なしに文化施策というものを高めて行かなければならぬ、こういうふうに考えておるので、そういう見地からいたしますれば、この総務部と保存部の二部制を廃止して、次長制を置く、これはわからないこともないのですが、この委員の数五人を三人にするというのは逆行じやないかと思うのです。殊にこの文化財保護委員会の活動というものを私ども素人から見ますると、まだまだ足らないのであります。立法の狙いが殆んど尽されておらないと思うのであります。その最たるものは、この無形文化財に対するところの保護というものは殆んどなされておらない。今年は僅かに助成金として二百万円、ほんの雀の涙ほどの予算が盛られてあるのであります。かようなところから考えて見ましても、むしろこの際委員の数というものを殖やして、無形文化財の保護助成というものを図らなければならない、こういうふうに考えております。この文化財保護委員会に関する予算も、本年度は五億六千三百二十一万七千円、前年度よりは二千二百三十九万円というものが増加せられておるのでありますから、この予算も今申上げました私どもの希望から申しますれば、まだまだ足らないものがあるので、かような時運に際会して、委員の数を減少するということは、逆行も甚だしいように考えられておるのです。むしろこの際委員を倍ぐらいにして、十名ぐらいにして、大いに保護事業というものを強化しなければ、日本古来の文化なんというものは殆んど崩れつつある今日、なお小規模になつて参るという憂いが存するのであります。
○政府委員(高橋誠一郎君) 委員の数を五名から三省に減らしますることは、委員会といたしましては甚だ不満に堪えない感じを抱いておるのでございます。委員会発足以来約二年に亙りまする経験に徴しまして、五名では多過ぎる、三省で十分であるという感じを少しも受けることができませんでございます。無論非常に広い範囲に亙つた保護活用の仕事でございまするのでそれぞれ専門の審議委員を置きまして、その答申を待つて更に審議いたすことにいたしてはおりまするが、我々委員の中に、おのずからこれらの問題となりまする諸点につきまして、十分な経験、或いは知識を持つておりまする人を欠くということは、委員会運営の上におきまして遺憾に堪えないところで、現に最初任命せられました五人分委員の中には、財界方面の人もおられまするし、長らく又文部省におられたかたもあるのでありまして、こういうかたがたがどうして任命せられたかと申しまするというと、無論任命は大臣のなされたことでありまするが、恐らくこれは今日国宝、或いは重要な文化財とみなされておりますものが、個人の所有に帰しておるものが甚だ多いのでございまして、こういうような品物を出品してもらおうという場合には、財界に対しまして力を持つておる人が加わるのがいいのではないか。或いは又只今もお話のありましたように、予算が甚だ少いのでございまするので、寄付によりまして行わなければならん事業も甚だ多いのでありまするので、これらの点を考えまして、財界人が加わることになつたのではないかと考えております。又実際この財界人が一人加わりましたことによりまして、これまでいろいろ便宜を得ておるのでございます。それから又長い間文部省におられまして、殊にこの文化財保護の方面の仕事を担任しておられました委員が加わりましたことも、委員会の仕事を進めまする上におきまして、少からざる便宜を得たのでございまするが、この委員が任期が参りまして、新たに委員が任命せられまするに当りまして、大臣からのお話がございまして、特にこれまでの文化財保護委員の中には、建築に明るいかたがおられないので、建築に関する専門の知識を持つておられるかたを任命するのが適当ではないかと、こういうお話があつたのでございます。実際我々の中には、これまで建築に関しまする十分な知識を持つておる者が少かつたのでございます。長年建築に従事しておられました学者を委員の中に加えるということは、誠に喜ばしいことと存じて、この点におきましては賛成であつたのでございまするが、それがために又長年実際の文化財保護行政の方面に当つておられました旧委員を失いますることは、甚だ遺憾と存じたのでございまするが、止むを得ない事情があるということでございまして、遂に旧委員が任命せられませんで、新らしい委員の任命を見ることに相成りましたような次第でございまして、委員会といたしましては、先ほどお話のございましたように、むしろ現在の五人ですら足りないような感じを受けまするものが甚だ多いのでございまして、これを三人に減しまするにつきましては、どういう御方針によりまして新らしい委員が任命せられまするかはよく存じておらんのでございまするが、少からざる困難がそこにあるのではないかと感じまして、少くとも現在の五人の委員をやはり任命をして頂きたいものであるということが、私どもの一致した意見でございます。
○委員外議員(小林亦治君) 委員長の高橋先生なんかが中心になられて、保護事業に関しましては非常な努力を払われた事績が私どもに明瞭にわかつておるのです。昨年の七月に、文化財保護委員会の名において発表せられたこの文書によつて見ましても、これらの事務量、つまり一般の文化財保護事弊なんですが、現在の人員との不均衡は争うべくもない事実であるから、法的の整備、或いは予算的整備を併せて、定員の増加が図られれば、本行政の運用は大いに見るべきものがあろうという希望を述べられておるのですが、それでかような意見が文化財保護委員の多数の意見によつて提案せられておるにかかわらず、文部省当局が、政府がさような改正法案を出さなければならないというこの理由がわからないのでありますが、そこで今委員長に伺いましたところ、委員長はこれ又その真意のほどは捕捉されがたいというような御挨拶でありましたので、かかる重要な法律案の改正に当つては、この発案者であるところの政府のほうから克明な御説明を伺つた上でなければ、当委員会としては賛否をにわかに決しがたものと考えるので、是非一つ文部大臣の御出席を願つてその真意をここで質して頂きたいと思うのであります。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕 それから高橋先生がお見えになられたので、ついでに伺つておきたいのでありますが、日本の古来の文化のうちにおきましては、美術品とか或いは工芸関係などにおきまして、世界に誇るべきものがこれはたくさんございます。それと相並んで無形文化のほうにおきましても、能楽であれ、或いは雅楽であれ、歌舞伎であれ、これらのものはこれ又世界に誇るべきところの無形文化財としては最高峰のものに考えておるのであります。これらに対する五億何千万の予算の僅か二百万円くらいの手当で文化財を保護できるものとお考えになつておられるのかどうかですね。このままでありまするというと、歌舞伎なんかはともかく、雅楽なんかはこれ又宮中において保護せられておるところの一つの芸術であるから、これも又格別なんでありまするが、能楽に至つては亡びようとしている、極く少数の能楽の愛好者とか、或いは財閥関係が自発的にこれに保護を加えておるような情勢で、国家は一向これを顧みないというような現状でありまして、甚だ遺憾に思つておりますが、これに関しまして、文化財保護委員会が従来どういうような御認識を以て維持保護に当られて参つたか、念のために伺いたいと思います。
○政府委員(高橋誠一郎君) 文化財保護の有形の文化財につきましては、すべてとは申上げにくいのでございまするが、これは長い間文部省でいたしておりましたのでありまして、相当この点保護が行き届いて、完全とは無論申しかねるのでありまして、いろいろの点において不満なところは無論多々あつたことでございましようが、長年の間これに力を尽して参つておつたのでございます。無形文化財の保護に関しましては、全くこれまで閑却せられておりました。このたび我々の委員会におきまして、これが取上げられることに相成つたのでありまするが、併しながら全く経験を欠いておつたことでございまして、最も困難を感じましたのはこの点でございまするので、先ずこの基礎的な調査を行いますることに努力いたして参りましたのでありまして、十分の実績をまだ挙げることができませんことは誠に遺憾でございまするが、不十分な予算、又我々の微力の許しまする限りにおきまして、今日まで幾分の業績を挙げて参つたのでございます。能楽につきましては、やはり種々な問題がございまするので、殊に楽師につきましてはこのままにいたしておきましたのでは恐らく亡びるのではないかと思われるものが甚だ多いのであります。御承知のように太鼓、小鼓であるとか、大革であるとか、笹であるとかいうようなものにつきまして、甚だ心配に堪えないものがございまするので、特にこの難子方を主にいたしました録音などをいたしております。これらのものに対しまして幾分の報酬を支払つておりまするので、多少離子方の諸君を賑わすことができたのではないかと考えておるのでございまするが、更にこの能楽保護に関しましては、いろいろその道の専門家と只今話をいたしておりまするので、更に一層の効果を挙げたいと念じておる次第でございます。
○委員外議員(小林亦治君) 高橋先生の御説明によりますれば、私どもの憂いと同じような御認識を持つておられるのでありまするが、この能なんかにつきましても、これは是非とも国立の能楽堂を作らなければならんかと考えておりますし、同様に又歌舞伎なんかにつきましても、松竹とかいつた営利会社にのみ委して、商業部門に委し切つておくということは、これは国の文化政策としては全く片手落ちのように考えるのであります。そういう必要性が残念ながら外国の批評家によつて主張せられておるのでありまして、国内においてはそれらの輿論があつても、政府当局に迫る機関がない。ただ一つこの文化財保護委員会というものがあるだけなのでありまするが、今の委員長である高橋先生のお考えや御認識を政府当局にお申入れになつたことがありますかどうか。そういうお申入れがなかつたとするならば、これは本来の使命に立返つて、委員会が挙げて一つ政府に御進言願いたい。そういう進言がなされ、或いは意見が述べられて、なお且つ政府がわからず、かような愚かな改正法案をなして参つたとするならば、我々のほうにも用意がございまするから、その辺の事情をお聞かせ願いたいと思います。
○政府委員(高橋誠一郎君) 能楽堂などにつきましては、最近でき上りました水道橋の宝生の舞台などを見ましても、これが一番整つておるようでございまするが、なお甚だ不満の点が多いのでございまして、我々といたしましても無論国立の能楽堂というようなものが欲しいとは考えておるのでございまするが、まだこの案を立てまして政府に申入れるというようなところへは立至つておりませんのでございます。なおこういう方面に十分の予算が割かれまして、この方面を十分に振興させて行きたいと考えておる次第でございまするし、我々といたしましてもでき得る限りの力をこの点に注ぎたいと考えております。
○委員外議員(小林亦治君) 高橋先生なんかが委員長になつておられるのですから、是非そういうふうにして頂きたい。先生ごときが委員長になつておりながら、文部省からかような改正案が出るということは、保護委員会の怠慢の現れの一つなんであります。どうか今仰せられたことを是非御実行なさるようにお願いいたしたいと思う。 なおこの改正案につきましては、各会派にもお願いして、私どもも猛烈な運動をしようとさえ思つておるくらいなんでありまして、これらの具体的な事項は、今委員長にお願いいたしましたような当局者の御説明を願つた上で考えたいと思いますので、私の本日の委員外の質問はこれくらいにしておきます。
○委員長(梅原眞隆君) 速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(梅原眞隆君) 速記を始めて。 今日はこれで散会いたします。 零時二十九分散会