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第13回国会参議院1952/03/04

電気通信委員会 第8号

発言数
38 件
登壇者
5 名
会派数
3
開催日
1952/03/04

会議録

鈴木恭一自由党

○委員長(鈴木恭一君) 只今より電気通信委員会を開会いたします。電波行政に関する調査を議題といたします。  本日は、テレビジヨンに関する調査を進めるに当りまして、ここに高柳健次郎君、八木秀次君の御両氏においでを願つていろいろ御高見を承わることにいたしました。  御両氏に申上げますが、本日は御多用のところをおいで願いまして誠に有難う、ございました。厚く御礼申上げます。先般白黒式テレビジヨン放送に関する送信の標準方式を電波監理委員会において制定いたしましたが、これについて同委員会で開催いたしました公聽会においては相当議論もあつたように聞いております。当委員会としましては、テレビジヨンの重要性に鑑みまして、国政調査の見地からこれに関する相当な判断資料を持ちたいと思いまして、種々調査をいたしておりますが、この際斯界の権威であられる御両氏にお出でを願つたわけであります。標準方式には数種類の方式があるようですが、日本における方式については如何なるものがよいか、電波監理委員会ではすでに決定を見ましたところではありますが、御両氏の信じておられる最良の方式について御高見を拝聽いたしたく存じます。  それでは証人の宣誓に入りますが、その前に一言証人のかたに御注意を申上げます。若しこの証言に虚偽の陳述をなされたというような場合には、議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律第六條等の罰則がありまするからこの点御注意をお願いいたしたいと思います。それでは証人の宣誓を求めますから全員御起立を願います。高柳健次郎証人からお願いいたします。    〔総員起立、証人は次のように宣誓を行なつた〕     宣誓書  良心に従つて真実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。        証人 高柳健次郎     宣誓書  良心に従つて真実を述べ、何事もかくさず又、何事もつけ加えないことを誓います。        証人 八木秀次

鈴木恭一自由党

○委員長(鈴木恭一君) それでは高柳健次郎君よりお願いいたします。

高柳健次郎

○証人(高柳健次郎君) 私は過日の聽問会におきまして、日本のテレビジヨン方式といたしましては、走査線数とか或いは毎秒の走数というような点は米国の標準の通りで結構だろうと存じます。ただ周波数帯につきましては、アメリカは六メガサイクルを使用しておりまするが、これに対しまして七メガサイクルを採用するということを主張いたしまして、今日においても是非そういうふうにおきめ願つたほうがいいのじやないかどいうふうに信じている次第でございます。又もう一つの事項は、アメリカはテレビジヨンの標準方式を電源と同期をさしておりますが、日本におきましてほ電力関係でそういうことができませんので、これは独立同期方式というもりを推奨するようにいたしたほうがようしいと信じている次第でございます。概括的に申上げますと以上のように存じます。

鈴木恭一自由党

○委員長(鈴木恭一君) 内容の御説明をお願いいたしたいのでありまするが、相当時間をお取りになつても差支ないと存じますが、大体私どもといたしましては、午前中にお二人お願いいたしたいと思いますので、その辺もお含みの上お願いいたしたいと思います。

高柳健次郎

○証人(高柳健次郎君) それでは、どういう理由で私どもがアメリカの方式と違つた標準方式を採用して頂きたいかということを申述べたいと思いますが、そのうちで電源に不同期の点はこれは御異論ございませんでしたから、ここでは省かして頂いていいじやないかと思います。  で問題となりましたのは、テレビジヨンの周波数帯を六メガにするか、七メガにするかという点が一番論争の点になつたわけでございます。で私どもの考え方から申上げますというと、アメリカでは六メガサイクルという標準方式は、白黒のテレビジヨンに丁度いいという周波数帯にきめられたのでござまいすので、一番心配いたしますのは、将来の日本のテレビジヨンが天然色に移行した場合に、そのままでは非常に技術的の困難もございますが、経済的の負担とか、その他いろいろの不自由がございますので、是非これを慮りまして、できれば七メガサイクルという幅にして頂きたいというふうに考えるわけでございます。ここで、第一番に問題になりますのは、日本のテレビジヨンの将来のあり方がどういうふうになるかという想定でございます。或る一部のかたがたには日本のテレビジヨンは白黒で当分やつて行つて、天然色は当分行われないじやないか。で若し天然色になるならば現在よりも品位の高い天然色で遠い将来においてそういうふうになるからして、これは現在の白黒とは全然無関係な、もつと短い波長で、別な標準でやられるのがよかろうというようなお考えが一部にございます。これも一応御尤もな御意見でございますが、私どもも相当の遠い将来においては、日本においてそういう事態が起るのじやないかと存じますが、近い将来におきましては、当然この白黒に次いですぐこれに色をつけた天然色というのが出発するのではないかと考えるわけでございます。その想定は、まあ早くて三年、遅くて五年後ぐらいにはそういう問題になるのではないかと存じます。それは何が故にそういうことを申上げますかと言いますと、アメリカにおきましては、現在天然色テレビジヨンは凍結になつておりますが、恐らくNTSC即ちBCA、その他の会社が一緒になつて研究しております全電子式テレビジヨンというのが恐らく今年の春頃には聽問会にかかりまして、許可されるような運びになるのじやないかと存じます。従来からコロンビヤの方式は許可になつておりますので、この両者が来年あたりからはいよいよ実用の運びになるような気配でございますので、この趨勢が日本へ早くて三年ぐらいには影響して参る、遅くとも五年くらいに参りますので、当然日本においても天然色を始めろという声が強くなるのじやないかと存じます。現に日本においてもコロンビア、NHKさんのほうでコロンビア方式を研究しております。相当の域に達しつつあるようでございますので、当然日本において来年は天然色の問題が標準方式としてやはり論議されなければならんようなときになるのではないかと存ずるわけでございます。そこで私どもは現在の白黒へ何とか色の着いたものというような程度の天然色が間もなく日本において必要になる。そういうことが一つの大きな考え方でございます。これが若し二、三十年も経つてからあとで天然色になるのであると申しますれば、別に心配する必要はございませんが、白黒が間もなく色が着くような時代が来る、こういうふうに考えてみますと、そのときに一番よいテレビジヨンの方式を考えておかないというと、非常にここに問題が起きて参ります。そこで天然色テレビジヨンに移りました場合に、どういう方式が将来によく採用されるであろうか、こういう点を考えてみますと、アメリカでは現在コロンビアの方式とNTSC式というのと二つが有望視されておるわけでございます。最近の様子を見ますと、NTSC式が非常によくなつて参りましたので、恐らく今後はこちらのほうが勝利を占めるのじやないかという気配がございますですが、日本といたしましては、この両者を十分検討いたしまして将来に備えるというふうの考え方がいいのじやないかと思います。併しどちらにウエイトを置くかと言えば、むしろ全電子式、NTSCの方式において主に考えるほうがよろしいじやないかと考えます。でこのアメリカにおきましてR・C・Aとか、その他の会社がやつておりますNTSCの全電子方式は、現在六メガサイクルで実験をいたしておりまして、御承知のように、この十二月からフイルト・テストというのをやつております。これが実際にうまく成功すれば、いよいよ電波監理委員会F・C・Cに願い出て標準方式として採用して頂くというような運びになる趣きでございます。この今NTSCでやつております標準方式を見ますというと、絵の品位と申しますのが、大体現在の白馬標準方式の約六七・五%で、それでそれに色が着いておりまするが、色の着いておる色彩のほうのピクチユア・エレメントというものの詳細を見ますと、これは白黒式のテレビジヨンの約二四%程度というふうになつております。これは心理学上のいろいろのアメリカのほうの調べで見ますと、先ず五百二十五本の絵に色が着くときに実用し得られる最低の限度だというふうな御実験があるようでございますので、アメリカにおいても研究室内においてはこれで大体いいじやないかという御見当があるようでございますので、一応この絵の標準を伝えるということを先ず理想と考えておりまするが、併しこれは将来におきましてもう少し検討いたしまして、若し不十分であればこれはもう少し絵の品位をよくしなければならんと考えるわけでございますが、一応これを先ず標準として考えます場合に、この七メガサイクルにいたしますれば、これがどういうような利点があるかということを申述べたいと思います。元来先ほど申上げましたように六メガサイクルという周波数帯域幅は天然色を考慮いたしません時代に、戰前に決定いたされたものでございまして、戰後これに色を着けるというためにはもつと非常に幅の広い波長が必要だと考えられておつたわけでございます。これに対しまして戰後にいろいろの研究、実験がありまして、だんだんとこれが狭い周波数帯域でもできるようにということになりまして、そうして現在この六メガサイクルにおきまして只今申上げたような絵の品位のところができるようになつた次第であります。併しまだこれはフイルト・テストが十分済んでおりませんので、それが絶対に可能であつて成功するということまでの断言はできませんが、先ずほぼ可能ではないかという見当になつた点は、非常にアメリカの偉大なる点だと存じます。ただ六メガサイクルでこれだけの絵を出すために、そこには非常に装置が複雑になつておりまして調整が困難であるばかりでなくて、いろいろのそこにまだ映像の品位などがよく保てないというような必要な点がございます。なお一番いけない点は真空管が非常にたくさん要りまして機械が非常に高価になる点なんでございます。これはドナルド・フインクさんの論文によりますというと、現在真空管が五十四個ほど要るそうでございます。アメリカにおきまして同等の標準のテレビジヨンの白黒の受像機では二十二個真空管が要るのでございますので、結局天然色にするために約三十二球ここに余計要るわけでございます。この真空管が三十二球も余分に必要とするということは非常なものでございまして、これを実用にする場合に非常に困難さを持つているわけでございます。アメリカの天然色テレビジヨンは成るほどできるようになりまして、而もこのNTSC式のやり方ですと、白黒の受像機を持つているかたはそのまま絵が見え、そうして天然色を受けるかただけがそれだけの三十二球の真空管を追加した受像回路を白黒式受像機の後に付けると、天然色に変るというわけでございますからして大変よろしいのでありますが、天然色にした場合にかくのごとくたくさんの真空管が要りますために受像機の値段が今以て想定ができません。幾らでできて、幾らで生産するということが計算できないで非常に困つているわけです。天然色が本当に発達するや否やという点は、これが如何に経済的にすつきり改造し得るかという点に相当のかかわり合いがあるようでございます。で、勿論アメリカの技術は刻々進化いたしまして、この真空管の数も三十二を必要といたしておりますが、これが恐らく、フインク氏の論文を見るというと、将来十年ぐらい経てばこれが半分ぐらいになるというように進歩して行くのじやないか、こういうふうにお話になつておりますが、併し系統といたしまして、今度決定いたします方式そのものでは、この回路の部分部分に要求されまする系統図は同じでございますので、ただその部分々々の真空管はいろいろなものが改良されまして簡略化されるわけでございます。これはそういうことは一般のやはり何にも適用されるわけでございます。ひとりこのカラー・テレビジヨンの方式のみではないようでございます。結局現在の技術の立場で断面を切つて見ますと、とにかくこの六メガでやりますというと全体で五十四球、天然色だけにするために三十二球の真空管が要するということがここで論ぜられるわけでございます。若しここで七メガサイクルにこれをいたしまして、これを同様な絵の品位を出すようにいたしますと、実に簡單に回路がなりまして、私どもの計算で見ますというと、その余分に要ります真空管の数が白黒よりも十五個ぐらいで大体済む、或いはもう少し少くて済むのじやないかと考えられます。ですからして全体としても三十七個になります。先の六メガの場合と比較いたしますと約十七本ぐらいの真空管が節約になるように考えられます。ただこの点は併しあらかじめ申上げておきますが、私どもの考えた回路に真空管を当嵌めて、大体これぐらいになるというわけで、実証いたしておるのでございまして、もう少しアメリカの現在の回路をつぶさに見させて頂ければ、もつと的確にこれが何本だということができます。とにかくこの十六、七本内外見当の本数が将来できる、こういうふうにいわれるわけでございます。将来技術の進歩によつて六メガサイクルのほうの真空管が減るようになりますれば、同様にこちらのほうにおきましてもこういうことが可能になつて参りますので、これはやはりずつと併行して参るのじやないかと思います。若しアメリカにおいて天然色テレビジヨンの方式といたしまして、現在のNTSC以外のいろいろな案があるのでありまして、これが非常に発明されまして、全く全然違つた企画のものができまして、もつと安くいいものができるという期待がないとは私は申上げませんですが、併し恐らくそういうことは今の立案ら見るといろいろのアイデイアはございますが、大体が出盡しておるように見受けられるわけでございます。科学というものを考えて見ますと非常に奇妙きてれつなもの、いいお考えもあるようでありますが、振返つて見ると大体昔からあるアイデイアの組合せでありまして、理窟にないことは出て参りません。周波数帯というものは要るだけのものはやはり要るというのが本当の考え方じやないかと思います。それでアメリカにおいて六メガによる方法が新らしく発明されまして、原理というものはどういう原理であるかということを振返つて見まして、それを一々挙げて見ますと心理学を利用したための利点ということが新らしい発見になつておるのでありまして、その発見は殆ど盡されておりますので、あとは通信におけるところの従来の知識に待つばかりでございますので、それほどのニユー・マターも今後あり得るということは私どもはないように考えます。ですからして大体方式は出盡した、あとは最後の改良、こういうことになりますと、三十四個対十五個という比率の十七本、半分以上の節約ができるというこの比率はずつとやはり続いて行えるものだと考える次第でございます。  ここでただ漠然と十七個節約するということが、どのくらいに経済的に影響があるかということを申上げないというと、国民の負担というものがどの程度になるかというようなことが御了解できがたいと思いますので、甚だこれは推定になつて恐れ入りますが、ざつと御参考のめに、日本の今後のテレビジヨンのあり方を想定して、これがどのくらいに経済的の負担になるかという点を御参考までに申上げて見たいと存じます。今後の日本のテレビジヨンのあり方というのにつきまして、日本の白黒式テレビジヨンがどれくらい発達するかということを御推定になつて、今まで御発表になつているのは、日本放送網さんと、んHKさんと通産省の三カ所でデータがございますので、このデータをエクステンド、延長いたしましてやりますというと、大体十年後には白黒受像機が最小が二百五十万台から最大が九百万台、二十年後には七百万台から二千万台という程度になります。これに対して天然色が一体いつ頃から始まるかというと、白黒が出発してから五年後に始まるといたしまして、そうして現在アメリカにおける天然色テレビジヨンの推定の資料がございますので、これを白黒になぞらえてやつて見ましたところが、大体私ども推定で見るというと、十年後には天然色テレビジヨンが百万台から二百万台の間に、二十年後には五百万台から一千万台くらいの間になるのじやないかということが推定されるわけでございます。これは勿論戰争とかいうものがなくて、順調に参つた場合のことであることは申上げるまでもないわけでございます。  仮にこういう推定をいたしまして、十七個の真空管を使うことによつて、今後十年、二十年間に、どれくらいの国民に負担があるかということを考えますと、十七個の真空管を余分に使うということは国民の負担から言うと、受像機を一台買う場合にどれくらい高い値段の受像機を買うことになるのだろうかということを申上げますと、一球当りのその値段を二千円と見積つてみまして、これが約三万五千円程度になるわけでございます。そういたしますというと、受像機を御購入になるのに、十七球においてと、こういう仮定をいたしてやつてみますというと、十年後には三百五十億から七百億、それから二十年後には千七百五十億から三千五百億円というような余分な価格の受像機を国民は負担して買わなければならないようになるのであります。これは御注意までに申上げておきますが、これは現在の価格の裁断面で以てこうやつておりますが、十年後、二十年後に国民所得が殖えたり、或いは定価が変る、物価が変るというようなことは、これはその中に考慮に入つておりませんので、将来そういうものがありますれば、そういうフアクターが同様に全部にかけられなければならないわけでございます。なお十七球の真空管を運転する維持費などを考えてみましても、これも非常な費用でございまして、これは詳説を避けますけれども、とにかく十年間の国民の経費の、この真空管の消耗代、部品の取替、又それらの電力料金というようなものを入れますというと、これが十年後には百七十一億円から三百四十三億、それから二十年後までの累計を想定いたしますというと、二千三百億から四千六百億というような大きな額になるわけでございます。なお従つて電気料の、電力のほうから参りましても、かなりの大きなキロワツト・アワーが必要となりまして、電力の発電能力の面にも大きな影響がございますわけでございます。  こういうふうなわけで天然色テレビジヨンが五十四球というような大きな真空管を必要とするものを、若しも日本において必要とします場合と、それよりも簡單な十七球の程度に省略できる程度のものを採用するということによりまして、国民には非常に大きな経済的負担がここに余分にかかるということを私どもは申上げたいと思います。で必ずしもこの数字は皆様の御批判に待つて、この後のいろいろな御推定のやり方で、もつと大きく出る場合もあるし、もつと少く出る場合もございますので、私は大体申上げまして数千億円の、ここに国民に対しての負担が殖えるのじやないかということを申上げておきたいと存ずるわけであります。  さてこういうふうなわけでございますので、是非七メガサイクルにしておいて頂いて、成るべく安く国民に受像機が供給できるようにいたして頂きたいものと存じます。で私どもは決して六メガサイクルでは天然色ができなくて、七メガでなければ困るというのは、技術的に困るというのではございませんで、同じように作りました場合に、国民に非常に負担をかけで、高い受像機になる。で非常にそこに将来実用化する場合に支障になるから、これを成るべくとつて頂いて安くてリーズナブルにできて、而も安定に作用するものにさせて頂きたい。そのために周波数帶を余分に七メガサイクルに拡げて頂くということが、今から新らしく始める場合には是非必要な考慮であるというふうに考えておるわけでございます。  それでこういうふうにいたしまして、天然色テレビジヨンのうちの主なRCAが始めておりますNTSC式につきまして申上げましたが、コロンビアの方式にいたしましても、やはり現在アメリカにおきましては画の品位が少し足りませんので、例のクリスプニングサーキツト、はつきり回路と私は訳しておりますが、画を明瞭にするサーキツトを使つて、これが四球から十球くらいな真空管を余分に必要といたしますが、これも七メガサイクルにいたしますれば、そういうものは使わなくて、大体一球も殖やさなくてもいいのじやないかしらと考えられるほどでございます。そういたしますると、こちらにおきましても三球から、或いは九球くらいな真空管の節約ができ、同様な役割ができるわけでございます。而も絵の品位をよくすることができるわけでございます。でこういたしまして天然色に移る場合には確かに七メガサイクルのほうにすることのほうが利便がございます。経済的にも技術的にも非常にやりよくて、安くできるという利便がございますが、併しただ残念なことは、七メガ、六メガのこの白黒の受像機だけをお買いになろうというかたに対しては、七メガサイクルという余分なものにするために、余分な負担がかかつては非常に相すまないわけでございます。この点におきましても私どもは非常に心配いたしたわけでございますが、仔細にやはりアメリカの標準方式を検討してみますというと、縦の分解能度、横の分解能度はまあほぼ一致しておりますが、まだ少し横の分解度のほうが不足でございまして、最近の例で見ますというと、これをずつと増すような傾向がございまして、いろいろ考案などもされて発明されております。ですからしてこれを七メガサイクルにいたしますと、絵の品位は横のほうに二五%くらいよいよなりますために、今よりも一段と絵がよくなるわけでございまして、長い間飽かないで絵を使うことができるじやないか、という点が利得になるはずでございます。そのために、七メガサイクルに相当する受像機をお造りになるかたは、そこで受像機の価格が数%上るということになりますが、これはそれだけ絵の品位がよくなるわけでございます。若しもアメリカの品位の通りでよろしいというかたは、六メガサイクルで御設計になつた受像機で、ただ昔の位置だけが一メガサイクルだけ違つたように設計すればよろしいのでございますので、この通りにすれば、受像機の価格は殆んど変りがございません。言い換えれば、放送局におきましては、高性能で送りまして、受像機をお持ちになつたかたが、自分がいい品位で受けようというときには、少し贅沢にお造りになつて、いい絵をお受けになる、惡い絵で御満足なかたは、アメリカと同等のものでやる、或いはもつと安く造つて遠距離でも受けられるとか、簡單に受けられるというふうになればよろしいので、この点もまあ心配したことはないじやないか、無駄にはならないというふうに考えられるわけでございます。却つて長い間黒白の絵を愛用する気運を作つてよろしいじやないか知らんと考えております。そのほか六メガサイクルをやめまして、七メガサイクルにするために、いろいろな、まあ心配の事柄がございます。例えば外国とのプログラムの交換の場合、非常に困るのではないかというお話とか或いは外国から技術を導入する場合に困りはし在か、或いはいろいろなテレビジヨンの機械を輸出入する場合に困りはしないかとか、その他いろいろな何がございましたが、これらはこの前の聽聞会でいろいろお話申上げたように、殆んど六メガサイクル、七メガサイクルのどちらがいい、どちらが惡いという、決定する資料にはならない程度の非常に軽微なものであるということがわかりましたからして、私は、ここでこれを繰返して御説明することを省かして頂きたいと存じます。  こういうわけでございまして、私どもの従来から考えておりましたように、七メガサイクルという程度にすれば、一番よろしいのですが、それではその上にもつと周波数帶を八メガ、九メガにしたらどうか、こういうお話がございますが、七メガにして、今言つたような簡略な装置ができるわけでございます。それで八メガにいたしましても、もうそれ以上に簡略にはならないのでございます。絵の品位が幾分づつよくなつて参るわけでございます。それで少しづつ加わるわけでございます。これは絵の品位を那辺に置くやということが、非常に問題になるわけでございます。若しも実験の結果、どうしても絵の品位を非常に高くとらなければならないということになりますと、何ですかおおむねまあアメリカの実験におきましては六メガで出ている。先ほど申上げました品位でも実用になる最小限度だということになつております。ですからしてその面で申しますというと、八メガにし、九メガにするということは、だんだん絵の質に対しては飽和して行くわけでございましてそれほどの効果が上がらない。それと反対に受像機のほうの価格は幾分上つて参りますし、專用する周波数帶が広くなりますので、好ましくないわけでございまして、丁度六メガと七メガとの間には非常に隔たりはございますが、それから上は漸近線殆どくつついた状況でございますので、選定する一番最良のところとすれば、七メガサイクルぐらいのところがよろしいんじやないかと考えるわけでございます。なお併し七メガサイクルの使い方につきましては、只今例としましてアメリカの絵の標準そのままということを私が申し上げましたが、若しもアメリカの絵の標準が今度の実験あたりで皆さんに気に入らないで、どうしても実用にならないというのであれば、もつと絵の品位を改善するために、この七メガのバンドを一杯に使うということもあり得るわけでございます。この間の又折衷案も考えられるわけでございまして、実際に私どもが七メガサイクルを使用いたしまして、天然色に移ります場合には、皆さんに論議して頂きまして、十分外国の進歩発達を取り入れまして、最良の案をここでもつてやつて、経済的にこれをどの程度利用し、絵の品質にどの程度利用するというような使い分けがここにできるんじやないかと存ずるわけでございます。およそそれらの見当が七メガサイクルにやつておきますれば、いろいろな幅が取り得る。最良のケースが得られるのじやないかと考えておる次第でございます。で、この米国における一番テレビジヨンを研究しております研究所のかたがたに実は私どもの意見をフランクに伺つて、本当に私どもが心配しておることがどの程度に向うのほうのかたに御批判が願えんかということでやつたんですが、この前御紹介いたしましたように、ドナルド・ジー・フインクというアメリカにおける標準方式の一番権威者であるかたなども、新らしくやつて周波数帶が十分とれるならば、七メガのほうがよろしい。日本において七メガを使うことを推奨するというようなお言葉もございました。なお私は人から承わつたのでございますが、よそのRCAのテレビジヨンのラボラトリーの主任のブラウンというかたも、若し新らしくやるならば七メガのほうがよろしいんじやないかというふうに証言して頂いておるということを聞きまして、非常に私どもといたしましては心強く感じる次第でございます。勿論周波数帶の幅は狭いほどよろしいのでございますので、私どもも若し必要がございませんければ六メガでやれるようにいたしたいと存ずるわけでございますが、只今のような六メガと七メガにしたために、将来の国民に数千億円の利害が生ずるということになりますような大きな影響もございますので、この点に関しまして是非まあ七メガを採用して頂きたいと、将来のために考えるわけでございますが、なお併し若しも一メガサイクルがどうしても日本においてそれだけの割当ができないので、何かほかに緊急にお使いになる必要がある、国民の利害にもつと非常に大きな関連性のある問題があるということでございまして、それに比較しましてこのほうがまだ小さい問題であるというふうなことが明瞭にわかりますれば、又その比重の点を考えて考慮すべきじやないかと考えるわけでございます。大体私どもは寡聞にして今まではそういうふうな必要性をまだ承わつておりませんので、電波監理委員会において昨年一月にテレビジヨンのバンドとして七メガとして五つお與えになつて頂いておりますので、どうかそれをそのまま御採用願つて七メガサイクルに御決定願えれば大変有難いじやないかと考えておるわけでございます。  大変長い間御清聽を煩しましたが、以上。

鈴木恭一自由党

○委員長(鈴木恭一君) 次に八木秀次君にお願いいたします。

八木秀次

○証人(八木秀次君) 申上げます。私は先頃電波監理委員会の聽聞会に参考人としてお呼出しを受けまして出席いたしました。そのときに電波監理委員会のお出しになつておりまする原案は、そのまま何ら修正を要しない最も適当なものと認めるということを申したのであります。それからあの電波監理委員会では、送信の標準方式を御決定になりまして、その標準方式決定書というものには、その決定に至つた理由を述べておられまして、これも極めて適切な説明となつておると認めております。従つて只今問題になりまする周波数帶の幅を六メガにするのがいいという理由は電波監理委員会が十分に述べておられるのであります。そうして七メガサイクルを採用しない理由も併せて述べておられるのであります。私は全然電波監理委員会の原案に賛成でありまするから、詳しく申上げる必要は全くないのであります。そういう決定に至りました経緯につきましては、聽聞会のときの速記録のようなこの大きい刷物が出ております。標準方式決定書という印刷物もできております。それらについてお調べ願いますれば十分おわかりになると思うので、これを一々私から詳しく申上げるわけにも参りませんので、私は電波監理委員会の決定するもので何ら不都合はない。最もよろしいものである。こう判断いたしております。  六メガを適当と認める者の意見はこういつた資料についてお調べ頂くよりほかないわけであります。従つて只今から申上げますことは、これらの資料に関してここに載つておりません。多少修正、或いは補足の事柄を二、三申述べさせて頂きます。  私は聽聞会の第二日であつたと思います。二日目に時間を指定されて出席いたしまして自分の意見を述べまして述べ終るや退席いたしました。従つてその前日から行われました議論も全く聞いておりません。聽聞会は更に第三日に及んだようでありまして、その意見も聞いておらなかつたのであります。そこで今日こちらにお呼び出しに相成りましたので、この資料を借用いたしまして見ましたところが、ここで二、三申述べておくべきことが見つかつたのであります。第二日に私が申しましたことの記録の中で当日高柳証人と私との間に意見を交換いたしましたが、私のそのときの発言の終りの頃に当日の審議会並びに委員会のかたがたに向つて、そうして同時に列席のかたがた、皆様におわかりになるように申したことがございます。その言葉は私はカラー・テレビジヨンを……。

鈴木恭一自由党

○委員長(鈴木恭一君) ちよつとそれは何ページでございましようか。

八木秀次

○証人(八木秀次君) 百八十七ページであります。「私はカラー・テレビジヨンを全然考えなくともよいという意味で申しておるのではありません。六メガでカラー・テレビジヨンを実現すべく技術会としては努力してもらいたい、」ということを申したのであります。ところがこの記録を見ますと、その次の日の記録に私が出ておりません時でありますが、二百四十ページ、無線通信機械工業会の御意見、これは「高柳でございます。」というのでお述べになつておりますが、千葉及び八木の両博士の御高見を私どもに承わらして頂くということでお話がありまして、「両先生とも現在のテレビジヨンの状況については御存じない。特に私どもが最も関心を持つておりまする天然色の最近の技術は全然御存じなくて、」と、こういうふうに言つておられるのでありまして、これはどうも私がおりません席で、私どもの学識経験に対するクレジツトを落すようなことを先に述べておかれまして、そういう知識のない者が「それで最後の御認定といたしましては、」ということでお述べになつておることがある。それは只今もお話のありました通り「天然色テレビジヨンは白黒からやるのは無理である、全然別個のチヤンネルでやる、」ということを承わつておりますが、こう私承わつておりますが、私そういう法があるということを千葉博士が述べられました、私はそう申しておりません。先ほど申しましたように、六メガサイクルで天然色をも実現すべきであるということを申しておるのであります。こういうことでどうも次の日になつて、私といたしましては意外に思う発言が行われておつたのであります。この点は訂正の意味において申述べておきます。  それからいま一つ高柳博士がドナルド・フイン氏のことをしばしば御引用になつておりました。それでこの記録にも三十一ページにはドナルド・フインク氏より貴重な意見が到着いたしましたということを最後に言つております。貴重な御意見でこれは後刻御覧に入れるつもりであると言つてフインク氏が日本では七メガサイクルをやるべきであると言つたと只今もお話になりました。ところがその証拠書類がついてある。証拠書類といたしまして高柳さんからフインクさんに宛てた書簡がこれは二百八十ページから二百八十一ページに亘つております。高柳さんからフインクさんへの手紙は日本文だけであつて英文は出ておらない。そしてフインクさんから高柳さんに宛てた手紙は英文と日本文とが出ております。二百八十二ページから二百八十三、四ページに亘つておるのであります。この手紙で高柳さんはいろいろ質問をしておられるのでありますが、日本のテレビジヨンは白黒から出発すべきかどうか、自分はこう思うということを述べて、そうして尋ねておられる、三つばかり意見を述べて尋ねておられるのでありますが、六十フイールドにするのがいいかという意見を書いております。それから七メガサイクルが日本で最も適当な周波数と思うという意見も書いて、そしてそれを使用すべきか、七メガサイクルを使用すべきか、或いはそれ以上を使用すべきでしようかという質問の手紙であります。これに対するフインクさんの手紙は私のこの英文を理解いたしまするところでは高柳さんの意見に賛成ではないようで、非常に賛成のようなお話ばかり出ておりまするので、いささか意外に思うのであります。フインクさんは日本でやるには白黒式からやるべきだということを言つております。この言葉は英話でシユツド・スタート、ブラツク・エンド・ホワイト、これはまあ白黒式で出発すべきであるということをはつきり断定しておりますが、これは高柳さんの質問と一致しておるのであります。それからちよつと今の問題と離れますが、フインクさんは日本の電力の周波数は日本の大部分で六十サイクルだから、六十フイールドがいいこういうふうに答えておりますが、これは事情を知らないのだ。フインクさんは日本が五十サイクルと六十サイクルがほぼ同じくらいであるということを御存じないから、これは問題外といたしまして、そのあとに周波数帶の問題になつております。フインクさんの手紙は六メガサイクルでも、七メガサイクルでもどつちでも使えていいんだという手紙なんです。  それから高柳さんが天然色に対する問題で云々と言つておられるについては、北米合衆国でデモンストレートされたこと、それはアデイシヨナル・バンドウイズ、もう一メガサイクルを加えるということは天然色テレビジヨンには大した重要問題ではないのだということを、これはアメリカではもうそういうことをすでに明らかにしておると言つておるのであります。これは推察するにアメリカでは天然色も白黒も六メガであるからそれが頭にしつかりあるんでしよう。だから七メガにしなければならんということはそれはわからんというのです。そういうことをアメリカでは認めんというのです。最後に併しながら七メガにして、つまりアデイシヨナル・メガサイクル、もう一メガサイクル附加えられるならばそれは非常に利用法がある。これを有益に使うことができるだろうということを言つておる。その頭は六メガでいいんだ、併し日本という土地の事情、国情によつて七メガがテレビジヨン放送にあてがわれるならば、一メガだけ余計にあるからそれは無駄にはならん、有益に利用することはできるだろう、そのできるだろうという文句でありますので、七メガサイクルにするとその一メガサイクルはクツド・ノオ・ダウト・ビイ・ユースト・トウのクツド・ノオダウトという言葉の御理解が間違つておる。これは單にキヤン・ノオーダウトと言つておつてもそれは余分の一メガサイクルだから無駄にしないで利用できるクツド・ノオ・ダウトというのはできることでもあろうという非常に軽い意味を含んでおるそういうニユアンスを含んだ表現であるのです。それを日本では七メガにするのだ、するべきであるといつておる。こうおつしやるのですが、これはどうも外国語の理解力というものは違いまして、この飜訳文は、日本の外国に行つたことのない英語の先生が飜訳するとしては文学通りの飜訳ではありますが、本人の心持はどうだということが現れておらない。もつと日本文がうまければそういつた極めて繊細なと申しますか、筆者の心持というものをうまく表わしておるような日本文に飜訳さるべきであるので、私が読みますこの英文では七メガと六メガと別に問題じやない、天然色云々というがそれには重要な関係はないのだ。併し日本で七メガというものがあてがわれるならば、その余分のものはなくてもいいのであるが、その余分のものは利用の途はあるだろうと思うのですがな。それをこのフインクさんが七メガでなければいかんといつておると言われる。これはどうも外国文の理解というものはむずかしいことでありまして、この程度でどうも外国の文献をいろいろお読みになると、果して物の判断ということをうまく掴んでおられるかどうかと思うのです。  それから私が、ちよつと話を元に戻しますが、天然色のことを全然知らない云々というお話なんであります。実は私お呼出しを受けて最初に申しましたのは百八十四ページにあるのであります。皆さんは外国での実際を見て歩いた。そうして誰に会つたというお話がたくさん出たのであります。それで私は支那事変勃発の年に欧米を歩いて来ましてそれが最後であります。戰争中と戰後は外国に行つておりません。そこで外国で行たのはもう十数年も前であるということを申しました。外国の現在はどうであるかの詳しいことは存じませんと言つた。極くテレビジヨンの初期に海外を調査して廻りました。その後二、三回この方面を見て廻つたのでありますと言い、私は四回外国に参りましたうち三回まではテレビジヨンを調べて歩いている。併し外国に参つたのは日華事変勃発の年であります。だから現在ほかのかたがたが出かけて、いろいろ詳しいことを聞いたり見たりなさいますほど詳しくは存じませんと申しましたが、外国から来ます文献については十分に存じております。高柳さんが文献によつて御存じになつている、外国でどれだけ詳しく最近お調べになつたかは私は存じません。日本で天然色テレビジヨンをそんならやつてお見せ下すつたかというと、そうではないのであります。昨年夏ビクターに伺いましたときにはテレビジンは何も見せて頂けなかつた。東京芝浦電気に参りましても白黒式だけ見せて頂いてその後コロンビアへ参りコロンビアでもつて天然色の実際を見せて頂きました。でありますから私がテレビジヨンのことはよく心得ていないのだ、天然色について全然知らないのだ、それにこんなことを言うというふうな表現になつておりますから、この点はこの書類をお調べになりますときに修正の意味において心がけてお調べを願いたいと考えております。只今申しました主なことは、この記録にありません分だけを申したのであります。  六メガサイクルは適当であるという理由なり判断は、電波監理委員会において十分に表現しておいでになりますから、これは私この席で重ねて申上げることはいたしません。できれば電波監理委員会から資料をおとりになりまして、或いはお聽取りになりまして私の六メガサイクルの意見そのものであるとお考えになつて結構でございます。以上申上げます。   —————————————

高柳健次郎

○証人(高柳健次郎君) 恐れ入りますが只今の御意見に対してちよつと申述べたいと思いますので……。只今八木先生からお話ございまして大変私に関連したことでございましたので、一言先生に御了承願いたいと思います。大変先生の先輩に対して私が失礼を申上げた点をお詫び申上げますが、これはドナルド・フインクさんの手紙は、先生がおつしやるように私が訳をして書いてございまして、確かに見る人によつては非常にアデイシヨナル・バンドウイズが余分に附加えれば非常に有効に使われることはいい、こういう表現でございますので、日本ではどちらをとつてもいいかということが間違つて考えられるように見える節もなきにしもあらずでございますが、それからあともう一遍、これはドナルド・フインクさんから、或るほかのほうへ来ました手紙で、私のところへ来た手紙を引例に使いましてこういう言葉を言つて参つておるのであります。アイ・ウツド・リコーメンド・ザツト・ア・チヤネル・ウイズ・オブ・セブン・メガサイクルズ・ビイ・アダプテツド、こういうふうに言つておるのであります。日本では七メガサイクルをお使いになつたほうがいいと思います。ウツド・リコーメンド、こう言つて参つておりますので、そこで前の手紙はそういうふうに解釈していいというふうに私は見たわけであります。この点を御了承願いたいと思います。  それからもう一つ先生が勿論常識的なテレビジヨンのことを御存じないとか、天然色を知らんということではないのであります。私どもこの前の証言のときに百八十四ページに記録が載つておりますが、先生が冒頭におつしやられましたように、私は外国の現状はどうであるかの詳しいことは存じません。極くテレビジヨンの初期に海外を調査して参りました。その後、二、三回この方面を見てまわつたのであります。もう十数年も前のことであります。現在ここで、先ほどの参考人の申されることを承わつておりましたが、大変詳しいことを御承知であります。私はそういうことは余り存じません。委員会の標準方式は全然私は同感、こういうふうになつておりますので、私はこういう意味を申したわけであります。どうぞ御了承を願いたい。以上。

鈴木恭一自由党

○委員長(鈴木恭一君) 委員のかたで御質問がございましたらこの際証人のかたに御質問を願います。

山田節男日本社会党(第二控室・右)

○山田節男君 私は先ず最初に八木証人から御意見を伺いたいと思います。先ほど来いろいろ補足的な御説明があり、私もこの調書を再三熟読したわけであります。八木証人は、この調書で六メガサイクルのFCバンドがもう絶対的なものだ、十分な説明ができているとおつしやる。で私は我々に聽聞会に関する資料として出されたものを再三読んでみて、少くともこの標準方式の事案は、電波監理委員会が相当研究して出したものである。そうすれば委員会はその責任者としてあの事案の理由書にもございますが、もつとこの六メガサイクルがなぜいいんだということの科学的な説明が足りません。私が見ても足りません。で今八木さんは、もうこれで言い盡してあるというようなことをおつしやつて何ら補足すべきものはない、かようにおつしやるのですが、これでは何もならないのです。私たちは少くとも八木証人は日本の最高の権威者として尊敬しております。参考人として聽聞会に御出席になつたというのも、これはやつぱり電波界における最高権威者とじての証言を求めるために電波監理委員会が呼んだものであります。ところが今補足的な御説明もありましたし、又百三十三ページ以下お述べになつていることを見まして、私は八木博士としてこの電波監理委員会の事案に対して、いや、何もかも結構だ、何も言うべきものはない、自分は実は余りこのものについて知らんというようなことをおつしやつても、これは私は八木証人が日本の電波界の最高権威としての言としては誠に私は寂しく思う。実は今日おいで願つて、電波監理委員会の出しているこの不十分な説明について、六メガサイクルがいいとかということをもつて科学的に御証言願いたかつた。それがないということが実は私たち素人にとつてどうも誠に寂しいのですが、先生の、この電波監理委員会の事案として出した標準方式は、すべての條件が完全だということをおつしやることは、これは八木さんの蘊蓄の深い知識と御経験から、又将来の日本のテレビジヨンの方式のあるべき姿として、あなたはこれでもう完全なものだ、こういう意味で御証言になつておるのかどうか、この点を一つ明らかにして頂きたい

八木秀次

○証人(八木秀次君) 完全であるかどうか、どうもとかく日本の法理に関係のあるかたは、言葉で以て事柄をはつきりとしたいとお思いなさいますが、物事というものはそういうふうに行かぬもんで、ですからいろいろなことを考慮して苦心をしなければならんので、アメリカでもその苦労を重ねて来て今日六メガで以てやつておるのです。その経過は皆知つておる、日本の技術界の人は大体皆知つておる。そんなことでたくさん集めた資料から電波監理委員会の事案ができておる、それには相当説明も附いておるのである。又この聽聞会におけるいろいろな発言の中で、どなたか存じませんが、委員会側として七メガサイクルが出ましたのに対して意見をはつきりと述べております。科学的にとおつしやるのがどういう御希望であるか、私はわかりかねますが、例を以て申しますと、現在国内のラジオ放送をやつておるのはこれくらいの波長でやつている。これを科学的にとおつしやいますと、これは超短波でもなければ非常な長波でもないところがいい。どこまでいいのだ、どの周波数から一歩出たらもういけないのだ、そういうふうには行かないのであります。で天然色が七メガで行けるという現在の技術、現在の経験では、そういう判断を高柳さんなどはしておられますが、六メガでもできる、五メガでもできる。私は日本の技術界は六メガでやつてもらいたいのだ、こういうことなんであります。私たちは多数の技術者、研究者を養成いたしました。例えば自分の研究室において天然色を研究しておるとして、先生どうも私は七メガでなければ、六メガではできません、どうしましようと来た場合には、それは気の毒だから別の問題を君に提供する、君はその任務をやめたまえ、ほかの者にやらせる、こう言つてほかの者に六メガをやらせました。若しも国の事情で五メガでなければならないときには五メガをやらせます。それには幾多の困難はあるけれども、それは研究してやつて行けるのです。ところが世界中どこでもやつたことがない、例えば三メガくらいでテレビジヨンができんかと言われると、それは相当時間がかかる、そうして成功するかどうかに問題はあるけれども、アメリカで六メガでこれだけやつておるのだから、それができないということは、我々技術家として心外に思うから六メガで達成するのだ。それで聽聞会にも七メガでなければならぬというような泣き言を言うことは、技術家として私は心外に思う。ですからこれは科学的にというお話が、どういうことを御要求になつておるかわかりませんと、どうも説明いたしかねるのですが、電波監理委員会がしばしばここで述べておる委員会としての意見は、極めて科学的であると私は思つております。先ほど高柳証人の申しましたような、現状から考えての将来の天然色テレビジヨンが何億円の利益になるとか損害になるとかいうような数字を並べることが科学的だとお考えになりますならば、私はそれは非科学的だと思つております。科学というものはそういうものじやない。科学はどんどんと一歩ずつ進むものなんであります。ですから私に最初に日本テレビジヨン放送会社のかたから質問があつて、あなたは大体アメリカのものをそつくりとるのがいいという意見だが、どうかと言われましたから、私はテレビジヨンに限つたことではなくて、それも含めて、工業技術全般について私は今アメリカの通りに先ずやるべきだ、これは私の論であります。科学的というのじやない、政治論であります。日本は十年から十五年も遅れた、工業技術庁はこう発表しておる。先ず一番進んでおるところまでその通りやるのだ。それから先を研究したいものである。そういう意味において工業技術全般について、私は今日の世界情勢から見てアメリカというものを標準に先ずとつて、そこまではすぐに追つ付いて、それから先を開拓するという考えで、これは科学的じやないかも知れん、政治的でありましよう、これが私の意見であります。その意味においてアメリカと違つたものをとるということは適当でありませんということを前の電波監理委員長に忠告をいたしたことがあります。殊にテレビジヨンの問題のごときは世界各国で、国の数はたくさんあるけれども、テレビジヨンを実施しておる分量におきましてはアメリカが圧倒的なんであります。ヨーロツパにも各国にありますが、ルクセンブルグなどの小さい国も、ベルギーのような小さい国も一つの国である、アメリカも一つの国であるということで、たくさんの国がやつておるからといつて、国の数から私は考えちやいけない。現にテレビジヨンがどれだけ普及しておるかと、分量から行きますと、アメリカ以外の国を槙準にとつてアメリカと違つておることをやるのは適当でないと私は思つております。私の判断は科学的でないかも知れませんせんが……。

山田節男日本社会党(第二控室・右)

○山田節男君 この今の科学的と申しましたのは、これはサイエンテイフイツクという意味で、これは技術、一つのサイエンスというその極めて常識的な意味で私は御質問申上げたわけです。それで八木証人は、政治的にも考え、アメリカは今千五百万台のレシンバーの普及率を挙げておる、アメリカのテレビジヨンだけがいいのだと、こうおつしやるのは私は非常な誤解だと思います。と申しますのは、御承知のように、フランスがなぜ八百九十本の走査網で十四メガでやつておるが、これは大きな国策があるんです。これはなぜかと申しますと、アメリカは成るほど千五百万台も普及しておる、併しフランス国民の富の程度は非常に低い、アメリカのように千四百万台、千五百万台という受像機が普及するということはフランスでは許さない。アメリカでは労働者、中流階級の者でも今日では約大体二百ドルぐらいからレシーバーを買うことができる。ところがフランスの国民所得の関係から言えば、とてもアメリカのようなことはまねられない。そこで国策として品質の極めていいいわゆる八百十九本、十四メガサイクル、これは初めからアメリカ式にレシーバーを千五百万台も普及するということを考えていない。どうして普及するかと言えば、フランスは一つの集団家屋、アパートのような所へスクリーンにかけて、そうして成るべく貧乏な人、レシーバーを買うことのできない人にもテレビジヨンを見せよう、こういう一つの国策から来ておる。今あなたのおつしやることから言えば、敗戰後貧乏になつて而も何十億ドルかの賠償をも拂わなければならんかも知れないし、再軍備もしなくちやならない。こういうような経済的にはもうフランスの国民所得からいつても三分の一ぐらいしかない、そうして我々の置かれておる経済の主体的條件というものはフランス以下です。こういうような情勢にあつてテレビジヨンというような非常にエクスペンシブなものをやるということになれば、あなたのおつしやるようなただアメリカのまねをすればいいんだということは、これは政治的にはゼロです。あなたはそういう技術家としてものを考えられておる。電波監理委員会も技術家の考えである。我々は立法者として、政治家として国策、一つのポリンーとして考える場合に、あなたの今おつしやるようなアメリカをまねておれば、一番進んでいるからまねをすればいいじやないか、こういうような御意見は、少くとも今日日本の置かれておる経済的国際情勢からいえば、主体的條件からいつてこれは誰にでもわかる、そういうことはできない。そこは私は、あなたのおつしやつた非常に政治的にものを考えるとおつしやるけれども、これは非政治的な、現実主義であるかも知れないけれども、国家の政策としては誠に私は残念だと思う。こういう点は、私は今八木証人からの御意見を伺うと、全然考えていらつしやらなかつたのじやないかと思います。これは想像するのですが、八木博士は今のようなことを政治的にお考えになるとすれど、先ず電波監理委員会がこういう事案を出したときにフランスのように考えた……日本の経済情勢というものを全然考えないで、ただ技術的にのみ考えられて電波監理委員会の標準方式がこれは立派なものだ、これをやつておけば間違いない、こういうふうにお考えになつたのであろうか、この点を一つはつきりして頂きたい。

八木秀次

○証人(八木秀次君) 只今の御意見を承わりますと、これは意見の相違でございます。私は政治的にゼロだとおつしやいますが、私はフランスは拙いことをしておるとは思つておりませんが、いいとお思いになるお考えでは、政治的にゼロだとは申しませんけれども、私よりも政治的の判断において優れておるとは私は思えないのであります。フランスのような広いバンドを使うことは日本ではよくないと思う。それから集団的に見せるのだ云々とおつしやいますが、これはフランスの考えはフランスの考えでよろしうございましよう。我々は家庭に皆台所を持つてそれぞれやつております。それを集団でやつたらいいという理論は成立ちますけれども、フランスのようなやり方は日本では特に避けなければならんと私は考えております。それは見解の相違であります。それで直ぐに政治的にゼロであるの何のとおつしやるのは間違いだと思います。私は政治的な考慮からはフランスのごときものをまねてはまずいと思います。これは私の政治的判断……。

山田節男日本社会党(第二控室・右)

○山田節男君 そういう御見解ならば、日本でテレビジヨンを開始しまして、一体この日本の現在の中流以上の所得から考えても、たとえこのレシーバーがマス・プロダクシヨンによりまして安くなりましても、ラジオほど安くはならないと思います。一体今あなたの御意見では、日本にテレビジヨンというものがどのくらい普及するだろうかという御予想ですか。

八木秀次

○証人(八木秀次君) 只今のお尋ねに直接の今お答えはちよつとあとにさして頂きます。フランスは、私の見るところ国勢はだんだんと衰えておると思います。我が国は窮乏のどん底にあるけれども、できれば世界の一等国であることを期待しておるのであつて、その機運に向いたのであるのに、六メガサイクルのテレビジヨンをやつたのでは国民がたまらないなんということは私は考えません。それから日本でどれくらいの台数を国民が使うことができると考えておるか、こんなことは予言できることではありません。希望或いは企画であります。放送事業をやる者、それも……これは差障りがあるかも知れないが、NHKのようなものは電波を出すだけでいい、これを勝手に国民が受像機を買つて来て勝手に据付けてやるので、だからそのほうは別に面倒を見ないという事業家もあるでありましよう。テレビジヨン放送事業者は受像者が必要なんだから、そのほうの面倒から考えて事業をやるという企画者もあるでありましよう。いろいろありましようが、それらの人たちが或る希望を持つて、これくらいの台数を以て日本に普及させ、年を逐うてどんどん進めて行きたいという皆それぞれの考えを持つております。今、日本でどれくらいテレビジヨンが使われるであろうか、そんなことはしかと予言はできないと思う。それを私にお尋ねがありましても、私は今数字で申上げることは差控えたいと思います。

山田節男日本社会党(第二控室・右)

○山田節男君 これは勿論八木証人ですね、台数が初年度何万台、次年度何十万台というようなふうの具体的なことは無理に違いない。私の聞きましたのは、一体アメリカの二百ドル、最低二百ドルぐらい、百九十五ドルぐらいのもありますよ。二百ドルのものとしまして、日本でマス・プロダクシヨンをやりまして、特許料を拂いいろいろなことをすれば、少くとも三万円以上はどうしてもかかるじやないか、かように私考えております。そういう見地からしまして一体普及度というもの、これは極く大雑把に、今我々が見ておる国民の所得の階級を分けまして、少くともいわゆる中流階級以上の者が、まあ月賦制度にいたしましてもとてもアメリカのようには行かない、イギリス程度にも行かない、現在は。こういう條件で果して数万台というようなものが日本に年々普及し得る可能性があるかどうか、これは事経済問題でありますから、八木証人にそういうことをはつきりと申せということは無理でありますが、概念的に考え、常識的に考えて普及度というものが、果してこの国民文化に貢献するほどに普及し得るだろうかどうだろうか、こういう私は見通しをお伺いしたいと思うのです。

八木秀次

○証人(八木秀次君) それにお答えをいたします。その前に参考に一つ伺いたいのですが、フランスの方式ならばよほど安く上るという見通しでいらつしやいますか。

山田節男日本社会党(第二控室・右)

○山田節男君 フランスは今申上げたようにレシーバーが非常に高い、それで買えない。であるからしてああいう贅沢な、非常に贅沢なことをやつておるわけです。というのはアメリカとは違つて、アメリカは各家庭で以て今の十インチか九インチかので見せるという。フランスの政策はそうではない、フランスのほうはむしろスクリーンにしてしまつて拡大して見せる。そういうポリシーがフランスの八百十九本というものを正式に一九五〇年にきめて、四百四十一本を一九五八年にやめるという政策の決定の根本はそこにあるんです。ですからフランスの政策というものはレシーバーの普及ということを余り、余りではない、予想しないでやつておるわけなんです。ここに私が政策として、国会議員の政策として考える場合に非常に迷うのはそこにある。ですからフランス式にやれば非常にレシーバが高い、電力がいわゆるアメリカの二倍以上もかかる。非常にエクスエンシヨンもやりにくい、そこに国策がある。だからフランスは一般に私はイギリスのようにもとても普及しないだろう、かように私は予想しての御質問です。

八木秀次

○証人(八木秀次君) 日本で只今申請者が四つあるかに聞いておりますが、二、三日前に一つの刷物を送られまして、その刷物を見ておりますると、広場で以て大きくプロジエクトしてこれを見せるという計画をしておるのもあるようであります。お話のようなことは、日本で六メガではできないというものではないんで、それだけで国民が甘んじないものならば、家庭において独占的な自分自身の受像機を持てばいいわけです。それを禁止する手はないと思つておる。一台三万円というお話がありましたが、私は十万円ではないかと言つておつたことがあります。どこかに書いてあつたか……。  そこで私がテレビジヨン放送事業を企画するならばどうするかという考えはございます。これは現在計画しておる人たちの考えと違うと思うんです。私はアメリカから受像機を輸入いたしたいのであります。それも金を拂つて買わないで行きたいんです。私が企業者であるならば、それを現物出資として受取つて、元金は十年も拂わないで株式配当だけでも拂つてやつて行きたい。これなら五万円で行ける。それぐらいのところで国民に普及して、その間に日本の製造家を刺戟して、そうして外国の物を持つて来る必要のないようにいたしたいと私は考えます。そうでなく今特許料を拂つたりなどしてやつたんでは十万円ではないか、天然色は二十万円を越すんではないか、これは国民が堪え切れんというのではない、製造家が堪え切れなくなる、売れないから、そう思つております。そこで月賦販売とかいろいろなことが考えられるでありましよう。だから六メガサイクルにすれば必ず高い物を皆買わねばならんのだときめて、それだからそれはいけない。そこでフランス流に映画館のように公共の所で大勢に一度に見せることを国策とするとおつしやるならおやりになつてよろしうございます。けれどもそれだから家庭において家庭用の映画を見てはいけないなんということを言わないで、これも購買力がある者はできるだけ買わせればいい。昨年の夏、高柳さんのおられますビクターへ見学に参りました。そのときに電蓄を作つておいでになり、電蓄が一番安いのが一万八千円であります。十六万円ぐらいの物が相当台数売れるというのであります。私は日本のこの国情において十数万円もする電気蓄音機を家庭におくということは適当かどうか考えましたけれども、それだけの購買力がどこかにあるのです。もつと安い電気蓄音機ができないものかと伺いましたところが、電気蓄音機でないレコード・プレヤーが八千円とかで、一番今簡單な物を作ろうとしているがというお話で、最低一万何千円、八千円であつたかと思います。それくらいの電気蓄音機が事業として成立つているのです。ですからテレビジヨンが三万円でできまして、日本の国民に購買力がないかと言えばある。これは簡單に断定できないと考えております。ただ私は外国の物を今入れないでやれば十万円かかるのじやないか、これは月賦として一カ月一万円としても十カ月、これは容易ならんことだと思つております。私が企業家であるならば、会社でも作りまして、或いは借入金の形でもいいからそれを現物を以てアメリカから取るようにいたしたいと私は考えます。けれども、これはそういう企業をやる人間の決心の問題である。国策としてどうこうということは私はこれはここでは申上げない、これは御参考までに申上げます。

山田節男日本社会党(第二控室・右)

○山田節男君 そうするとこのアメリカのように、これはまあ人口も違います、富の程度も違いますが、アメリカのように、或いは今日のラヂオの聽取者のように、その数百万台のレシーバーが置かれるだろうというようなことは全然予想にならないですね。これは六メガ賛成論者……。

八木秀次

○証人(八木秀次君) いや、六メガだからどうこう言うわけじやありません。国民が受像機を持つ持たんとか、大写しにしてどうこうというそのことは血関係に、現在のアメリカでやつた技術、これが六メガ、日本は先ほど申したように一等国になりたいのでありますから、電波というものをできるだけあけておきたいのであります。電波の幅をできるだけ狭くして当てがいたいのであります。フランスのように広いハンドをとつたのでは、将来が案ぜられると私は思つておりますから、だから六メガが若し五・五ぐらいでやれるならばそれでもいいというくらいに、私は電波の幅を拡げたくない。東洋の空にはまだ電波の数は少いのでありますが、それでも電波の波長は行詰つているのでありますから、そういう意味において六メガでやればいいことなんで、六メガならアメリカほど千何百万台でなければ成立たんというようなことは私は全然考えておりませんから、数十万台でも結構だと思つております。何か六メガということに対して、アメリカの通りの普及率を前提としているというようなお考えがあるやに感ぜられますが、そういうことはちつとも意味しておりません。

山田節男日本社会党(第二控室・右)

○山田節男君 それから先ほど高柳証人のミスター・フインクの手紙の英文について御指摘がありましたが、高柳証人が言われたことは一部だけ強調して、全文ではないということを言われたのですが、実は私昨年この電気通信の見学のためにアメリカへ参りまして、テレビジヨンのスタンダードの問題、これは将来日本としても重要だというので、丁度RCAの副社長として、テクニカルの部長をやつておるミスター・ジヨーリツフに会つてスタンダードの問題、日本の将来のスタンダードをどうするかということについて意見を聞きました。そうしたら先ほど高柳証人の参考に申されましたミスター・ドナルド・フインク、これが丁度パリから帰つて来ておつて、この人はアメリカにおいてスタンダードの最高権威者である。いわゆる一九四〇年のナシヨナル・テレビジヨンシステム・コミツテイで五百二十五本、今日のスタンダードを最後的に決定した人だから、是非会つておけというので会つたのであります。実はこれはほかの人が行かないので私が行きまして、約一時間いろんなテレビジヨンの、日本で初めてやるテレビジヨンのスタンダードをどうすべきかということについて私は懇談いたしました。そのときにアメリカの現状、それからヨーロツパのことも非常によく知つておりましたが、ヨーロツパの長所をいろいろ話してくれました。そうしてテレビジヨンというものはこれは外国と、アメリカと日本では地理的な状況、経済状況も違うから、君のような立法者は、国会議員としてはそういう條件をよく考えて、鉄道のゲージと同じだ。一旦きめたらばなかなか変えることはできないから十分考えろ、こういうことを言つた。爾来いろいろ資料を送つて来てくれましたりして、私も再三手紙ももう十数回に亘つて交換しております。そこで丁度日本においても電波監理委員会がテレビジヨンの標準方式の事案を国会に出しておる。而もアメリカと全然同じものを出しておる。これを私は君と会談したときのいろいろな御意見から考えて私は実は迷つておるというので、私はいろいろ向うへも資料を送つてやりました。そうして最後にいよいろ日本の電波監理委員会も聽聞会にかけて、近く正式な標準方式をきめる段取りになつたが、今までのいろんな意見を交換をした私として、これは一つ結論をほしがつた。私は今の電源の周波数の問題からいろいろなことを申してやりました。そして最後に二月十九日付のミスター・フインタの最後的な手紙が来ております。これは又あと御参考にお見せしてもいいと思いますが、要するにこのミスター・フインクの結論はこういうのです。お前から手紙を再三もらつて私も返事を出した。私もこのアメリカで日本のこういつたような関係の人々に数回会つていろいろ話をした。で自分のこの結論としては、若し将来カラー・テレビジヨンということの場合を考えての方式をきめるというならば、先ほど来高柳さんの言われたCBS式をとり、いわゆるメカニカルなフイールド・シークエンシヤル・システムを採用する場合は七メガ・サイクルが断然いいと判断すると、併しそのカラー・テレビジヨンで今のNBC式のオールエレクトロニツクのコンパテイブルなカラー・テレビジヨン・システムをとる場合には、ノンコンパラブルの場合ほどのそれほど大きな利点はないけれども、併しハンドが広いということは有利には違いない。こういうことを言つている。  それから日本は七メガサイクルを電位として五チヤンネルのテレビジヨンの割当を持つている。一チヤンネル、七メガ・サイクルということになつておるなら、何を苦しんで六メガサイクルというのをとる必要があるのか。カラー・テレビジヨンということになれば、一メガでも広いということが、この貴重なるメガサイクルが一メガでも余計あるということが、これはもう非常に有利であることば定説である。併しながら若しスペクトラムで五チヤンネルで七メガ、一メガ始末してもう一チヤンネル殖えるというような状況ならば、そういうローカル・サーカムスタンスがあるならば、これは又いいかも知れませんが、そうでないならば一メガ始末して一チヤンネル殖えるということでなければ、これは七メガサイクルが自分にとつてはプリフアード・チヨイス、そのほうがいい選択だろうと、自分はかように思う。こういうことを実は言つて来ておるわけです。  アメリカは実はチヤンネルの割当が六メガサイクルだつたというのです。それで実は六メガサイクルにどういうふうにして押し込もうかというので随分無理している、こういうのです。成るほど最近電子のエレクトロニツク・サイエンスが進歩しましたが、サーキツト、回路線も非常に進歩して簡單になつて来たが、六メガサイクルに押入れるということは、これは日々進歩しているエレクトロニツク・サイエンスにもかかわらず非常に苦労している。日本が何を苦しんで七メガサイクルのチヤンネルの割当を持つているのに一メガサイクル始末するという理由は、技術的に見ても、又将来カラーテレビジヨンに移るというならば、何を苦しんで六メガサイクルに限るか。七メガサイクルあるなら七メガサイクルを使えばいいのじやないか。これは私は非常に我々にとつて考えなくちやならないサゼスチヨンだと私は思つております。成るほど八木証人は日本の最高権威者である。私はあなたのお言葉を、これはもう非常に貴重な御参考として拜聽しますが、甚だあなたも御謙遜でありましようけれども、最近のテレビジヨンについては御存じないということを明言しておられる。而もこれは日進月歩、而もRCAのプリンストン研究所、或いは他の研究所もどんどん技術を進め、CBSにいたしましても皆非常に熱心にやつて日々動いている。そういうあなたも御自認になつているように、もう全く日々変化している今日におきまして、アメリカがこういう煩悶を持つている。これは私はあなたが何とおつしやろうと、テレビジヨンに関する限りにおいてはあなたも自分からおつしやつているように御存じない。それでアメリカのテレビジヨン、アメリカは進歩しているのだ、アメリカは普及しているのだ、これでは私は学者としてのあなたの言葉として、これは見解の相違かも知れませんけれども、どうも私としては納得できないのです。これはミスター・フインクが非常に好意を以つて、アメリカでの失敗を再び繰り返さないで一つやつてもらいたいと非常に好意のある念願から言つてくれているこのアドバイスに対して、やはりこれは善意にとらざるを得ないのです。これは私の意見も入つておりますけれども、八木証人が今までここの電波監理委員会の事案として出し、決定したこの標準方式に対して全面的に賛成だという八木博士の御意見にですね、根拠がない。これはもう技術的に見てもこれは科学的でないように私は考えられてしようがない。若し私の申上げた質問か意見かわからないようなことについて、あなたの御意見があればお漏らし願いたいと思います。

八木秀次

○証人(八木秀次君) 只今のは御意見だつたと思いまして、見解の相違だと思いますが、お答えいたしますよりは、この聽聞会の記録の百二十二ページという所がございますが、委員のどなたかがお述べになつております。これは工業会からのお話に対してフインク氏からの手紙を引用されましたが、これはアメリカにも個人々々に意見を聞けばそれぞれいろいろの意見を述べる人がおります。そうしてここにターナーという人からの手紙がある。個人の間の手紙だから公開で証拠にするというようなことはしたくありませんがと言つて、どうして要するにアメリカにおいてはテレビジヨンは六メガサイクルでやるのであるということをF・C・Cは宣言しておる。私はR・C・Aの、或いは又フインクさんはI・R・Eの会長でございますが、その意見は参考にすべきであるが、F・C・Cが宣言している。又いろいろはテレビジヨンの実験が行われて来ている。これはもう六メガサイクルということを基準にその完成を期待すると聞いている。現在N・T・S・Cでフイールド・テストをやりているカラー・テレビジヨン、それらのものもみな六メガサイクルを標準にしてやつている。だから私はそんな犠牲を拂つて、非常にむずかしいことを言つて六メガということは考えませんで、何を好んで六メガというお尋ねがあれば、何を好んで七メガと言う。これは同じわけなんです。只今の御意見に対する反対の見解、即ち電波監理委員会の意見は、電波監理委員会側で十分こういうふうに述べておられますから、私は今見解の違つたかたと議論をするつもりはございません。ただ私はどう思うかというお尋ねでありましたからそのように申上げました。電波監理委員会の述べていることは極めて科学的であると私は認めております。

新谷寅三郎緑風会

○新谷寅三郎君 私から極く簡單に両証人に一つずつ伺いたい点があります。  高柳君に伺いたいことは、先ほども証言がございましたが、その中で、七メガにいたしました場合には、白黒式の受像機の性能関係において品位はよくなるだろうが、数%値段が格安になるであろうというお話がございました。この数%というのは、勿論今実際的にやつておられるわけではないのでありましようから、一応机の上の計算かと思いますが、数%というのはどのくらいのパーセンテージになりますか、もう少しこの点を明瞭に御説明を頂きたい。  それから八木さんにお伺いしたいと思いますことは、先ほど来山田君との間にいろいろお話合いがございましたのを拜聽いたしておりましたが、結局電波監理委員会の決定なり或いはその決定に至るまでに出しているいろいろの理由書、根拠等については全面的に賛成であるというお話でございました。実はこの委員会におきましても先般来電波監理委員会と種々こういう問題に関連して政策問題についても討議を進めておりました。その際に一つ残つてどうしても解決といいますか、結論にはまだ至つておりませんが、知りたいと思いますことは先ほど高柳さんからもちろんちよつとお話がありましたが、カラー・テレビジヨンに移行いたしました場合、その受像機が六メガと七メガとでは相当開きが出るだろう。つまり技術的にも経済的にも六メガの場合には負担が多いだろうということでありまして、先般この問題について委員長の網島君に質疑をいたしましたところが、それについては自分は否定は決していたしませんという御答弁がございました。結局推測いたしまするのに、高柳さんが言われたように、現在の技術の発達の段階におきましては、カラー・テレビジヨンというものを考えました場合には、相当に受像機或いは送像機においても同様だと思いますが、受像機、送像機等の機械類というようなものが技術及び経済的負担が重くなるのではないか。こういうことが考えられるのでございますが、八木さんの御見解では、やはり電波監理委員会の網島君の言つておりますように、その点は相当高くなるのであろうということをお考えになつていらつしやいますかどうか。尤も先ほどの御調では、カラー・テレビジヨンの技術も今発達の段階にあるから、何年か先には全然別個の方式でカラー・テレビが始るであろうという希望も持てるじやないか、これが科学技術の発達だ、こういうふうなお説もございました。若し仮にそうだといたしますと、今、現在において何かそれを裏付けるような、私には技術的な細かいこと或いはむずかしいことはわかりませんけれども、それを裏付けるような何か新らしい、そして或いは新らしい方向に向つてアメリカ等のカラー・テレビの技術が向上しつつあるということもあるのでございましようか、その点をお教え頂きたいと思います。

高柳健次郎

○証人(高柳健次郎君) 只今の御質問にお答え申上げますが、七メガサイクルにいたしました場合に、白黒式受像機の価格がどのくらいに増すかという点でございますが、これは先ず感度を落しますれば価格は殖えなくても殆んどそのままでやつて参れます。同じ感度を得るようにいたしましてやります場合に、或いは一つの真空管くらいを附足さなければならないのではないかと思います。そういたしますというと先ず一%か二%程度の価格の差があるではないか、但し先ほども申上げましたように、これは七メガサイクルにした場合のその周波数バンド全部を利用いたしまして、画の品位が従来の六メガの画の品位よりも二五%よく出るようにいたした場合のでございます。若しアメリカの通りに一〇〇%そのままでよければ、価格は殆んど差はございません。

八木秀次

○証人(八木秀次君) 技術研究の結果の進歩というものは非常に躍進する場合がありまするから、全然違つた方式というものが出るかも知れんということは言えますが、それは今からこういうふうになるということは言えない。私はむしろ全然違つた方式が出るという進歩を考えておりませんので、現在アメリカで特に多少の期待を重くかけておりますのはR・C・A方式であります。あの機械的なものを動かさない方式、これは電気の專門である以上は、がらがらとものを廻したくありませんから、全電気式でやる。その相当複雑な装置の中に小さな改良が幾つも幾つもできて来る。それを期待いたしております。  それで、値段の問題をよく論ぜられますが、ただ一つの品物、例えばここにありますこういう品物の値段と言つても、これは多量に需要があれば安くなる。或いは生産方式を少し改めれば値段は変るのでありまするから、今から先のことの値段をどうこうということはどうも頼りない話であると思う。それで天然色になる場合に七メガに対して六メガは非常に高くなるという高柳さんあたりの詳しいお話がありますが、私はそれを全面的に信ずることはできません。それは決心と努力の問題で、その逆にもなると思つております。これは私は研究家で多年暮しましたから、現在の状況というものをひつくり返すことにどうも期待を持ち、又それが可能であると信ずる傾向がありますから、或いはそういうことを言うのかも知れませんが、七メガのものを使わんでよかつたということもないとは言えないと考えております。そういう事例はもう技術方面では過去半世紀の間にざらにありまして、例を申上げてもよろしうございますが……。ですから今から天然色になつたときは六十では非常に高いものになるから七メガにしたなんということは、私は外国人に聞かれるのが恥かしい感じがいたします。安くするということで努力すればいい。それにはできるだけものを普及させて、そうして生産力を高めることによつて安く上ればいいと思つております。

新谷寅三郎緑風会

○新谷寅三郎君 大体お気持はわかつたのでありますが、八木さんにこの問題について別の角度からお伺いするのですが、価格問題はこれは政策の問題としては実は我々非常に大切に思つているのでありまして、先ほど来いろいろお話があつた通り、テレビジヨンの、日本の国民がこれによつてそういうふうな文化の恩恵に浴するというようなことを考え、又一面これによつていろいろの文化的な教養を高めるというような点からいたしましても、これは特殊の者の專用物であつてはならないと思います。従つて国民全体に普及するようなものでなければならんということを考えまする場合には、やはりこれは政策としては、いろいろ具体的に数字もまあありましようが、少しでも価格は安いほうがいいということは勿論であると考えまして、現在のラジオのレシーバーにいたしましても同様であります。そういう見地から申上げるのでありますが、将来何かいろいろの発明改良があつてに、いろいろな研究が進んで行けばもつと価格も安くなる見込もあるし、六メガと七メガと、その問題についてそう神経質にならんでもいいんじやないかという御意見のように拜聽したのでありますが、それはこういうことでは、ないでしようか、この点伺いたいのです。そういつた発明改良がありました場合には、これは六メガであると七メガであるとを問わず価格は安くなつて来るであろうと思います。併し六メガと七メガの比較といいますか、その関係において申上げますならば、現在の技術の発達段階においては、私は技術面はわかりませんが、常識的に考えましても非常に六メガの中からもカラーを突込んで行くということは相当無理じやないかということに、まあこれは常識論として考えられます。そういう意味において七メガにすれば高柳君のおつしやつた数字の問題は、これは私も皆さん御検討を願わなければならんと思いまするけれども、相当に技術的に負担を軽くあらしめるであろう、そうすれば、いわゆる受像機なり送像機の値段は技術の負担が軽くなつただけ安くなるのではないかということが常識的に考えられます。そういう点は八木先生どういうふうにお考えになつておりますか。もう一遍お伺いいたしたいと思います。

八木秀次

○証人(八木秀次君) 二つのことについてお答えいたします。国民に普及するという先のお話で、聽聞会で最初天然色で出発すべしという論があつたようであります。それを多数の者はそうでない、白黒と、こういうことでありまして、国民に普及させるのに天然色を普及させようと思わずに白黒でやつたほうが普及するということが常識として頭にあるから、古い話をいたしますが、ドイツのヒツトラーという人はラジオの国民受信機というものを作りました。非常に安く国民に普及したのですが、それはスーパーでもなければオールウエイブというものでもない、そういう高級なものは国民に普及しないから、国民に普及したければ天然色ということよりも、先ず白黒のほうが普及率が多い、普及したければ天然色という問題は余り重きを置かないほうがいいと考えております。白黒で以てできるだけ安い物をたくさん作れば安くなるからそれを国民に普及することが私は適当である。こういう言い方をいたしますとよく問題になるように、それでは金持だけは天然色が楽しめて一般大衆は白黒にするのかというような異論を唱えるかたもあるかも知れませんが、私は政策として成るべく單純なものにいたしたい。次にもう一つ普通の無線電信のようなものは周波数の幅が非常に狭い、広い周波数を通そうというと高くつくものがあるのであります。例えばフイルターというものがあります。広い幅の範囲内において緊密に増幅するというようなこともむずかしいのであります。ですから一メガで楽に行くことが六メガで行くとなかなか技術的にむずかしいのでありまして、七メガに適用するということになればよりやさしいとは必ずしも言えないことなんです。値段の上る場合がないとは言えないのであります。これは七メガのほうが高くなる慮れがあるという一つの、いろいろな場合を申上げておきます。他の場合において高柳さんの言われましたようにいろいろ安くなるという点はあるでありましようが、六メガだつたらきつと何もかも高くなるのだということには、これは常識的とおつしやいますが、これは間違つております。バンドの幅の広いということは技術的になかなかつらいことなんです。普通のラジオは狭いものですからやさしいが、テレビジヨンのむつかしいのはどこにあるのか、何メガサイクルというハンドの幅がある、それに応じた受信機を作らなければならん。私は特にそのほうのアンテナの專門でありますが、アンテナの場合は特にこれが苦になる。若しもフランスのような広いバンドを出したのではそれだけうまく受け切れない。ですからバンドの幅が広ければ安く上る、楽に行くということばかりじやない。そこに本当に技術的にむつかしいと高くなることがあるのであります。そういうこともお考えおきを願います。

新谷寅三郎緑風会

○新谷寅三郎君 大体八木さんの御意見はわかりましたが、この点は根本的に或いはもう見解の相違になつてしまうかも知れませんが、電波監理委員会は、先般来答弁をいたしておりますところを総合いたしますと、要するにカラーテレビジヨンというものは日本においてもこれはどうせ考えなければならん、この標準方式を採用する場合には、決定する場合に当つて将来実現すべきカラーテレビジヨンの実施を阻害することなきよう考慮しなければならん、この場合に経済的に技術的に負担を軽減するように今から万全の備えをして行くのだということを言つているのであります。八木さんの言われるように、国民全般に普及するためにはカラーテレビジヨンよりも白黒のほうが普及しやすい。カラーテレビジヨンというものについては仮にそういつた申請があつても、これについては、これは八木さんが言われた言葉じやないでしようが、当局としても考え直さなければならんというような……、カラーテレビジヨンを国民の要請があつた場合には、それを普及せしめるような措置をとるかとらないかというようなことば根本の意見の相違になつて来るように考えるのでありますが、八木先生の御見解は、今の世界各国のカラーテレビジヨンでございますね、我々もちよつと向うへ行つて参つたわけでありますが、アメリカのカラーテレビジヨンを見て参りました。相当これは技術的に完成の域に達している。一応の完成はしているのじやないかというように考えられます。従つてこれがアメリカで本格的なカラーテレビジヨンの放送が始り、そうして受像機のほうも生産制限を緩和されました場合には急速に普及するのじやないかというような見方をしているのであります。アメリカのカラーテレビジヨンえというものについて八木先生は今、或いはまだ殆んど完成はしていないとか、或いはまだよほど改良しなければならんとか、その辺について何か御見解ございませんでしようか。相当それが隣の国で目の前でカラーテレビジヨンをやる段階になつているというようなことが、やはり問題の政策を決定する場合に一つの大きな要素になるのではないかとも私は考えておりますので、そういう点について極く大綱的な御説明で結構ですが、御意見があつたら伺わさして頂きたい。

八木秀次

○証人(八木秀次君) カラー・テレビジヨンはアメリカではもう大体完成しているというふうに御覧になりましたか知れませんが、技術的に見ますと、実にまだ苦労の真最中だと私ども感じております。とてもとてもあんなものが最後の形であつたのではこれはやり切れません。そこでもつと研究してもつと改良しなければならん、随分苦しい仕事です。先ほど申しましたようにコロンビア方式のような機械的にものを廻すというようなことでは、電気の者としては満足できない。それならば全電気式のものはどうかというと、なかなかこれはいわゆるブラウン管の製造等がむつかしいわけであります。殊に日本の、私はそれじや技術で将来、というのは本年できなくても、数年後にはものができてほしいのでありまして、現在日本の技術はブラウン管、オルスコンというのはろくろく自分で作る能力を持つておらん。ですから我々の目から見ると、アメリカにおける二通りの天然色の方式というものは実に厄介なもので、あんなものが最後の姿であられちや堪まらん、向うでもきつとそう思つておると思う。これはもつと研究し、改良して、もつと本当にやれるものにならなくちやならん。ただ実験して、ああこれはきれいに出ておるということからいえば、完成しておると思われるかも知れないが、それまでのから繰りというものは、恐らく十年後になつて見ると、何という馬鹿なことをしておつたろうと思うほど複雑で厄介なことになつておる。これはもつともつとすつきりしたものになるべきものと私は思います。

高柳健次郎

○証人(高柳健次郎君) 只今の八木先生のおつしやるように、私どももアメリカの天然色テレビジヨンが実用になるということについて非常に心配をいたしております。その一番大きな原因は、複雑性と高価である、こう考えるのであります。それは私ども引例いたしました改良などにも明らかなように、七メガにすれば非常に改良的に、簡單になつて同等の効果が出るというふうに考えます。この点をどうぞ一つ御了承を願いたいと思う。世の中に標準というものをきめるのには、決してできるとかできないとか、技術的な困難ということでやるべきではないので、国全体の利害、将来の技術の見通し、そういうものを全部ひつくるめまして、日本としてどの辺にすえたらいいかという点できめるべきでありまして、どうも技術者ができないのでと泣き言を言つてるから、こうしなければならんというようにおとりになつて頂くと、私ども大変心苦しいわけであります。どうか日本の技術というものはもう世界と共通でありまして、アメリカで発達した技術も我々は随分咀嚼して、すぐ取入れて行き、あらゆる技術を含めまして、それに日本の国情を入れて、ここ十年、二十年の間にどういうことをやつたらよろしいか、例えば鉄道の狭軌のようなものをきめて、あれで同じ輸送力を出す、ハイスピードにすることはだんだんできると思う。併しそのためにレールのポンドも改めなければならん、貨車も頑丈にしなければならん、コントロールも注意しなければならんというトラブルができる。成るほど六メガでも可能でございますけれども、そのために非常に苦労をする。この苦労を永久に日本にかけるということは不必要じやないか、これを七メガにすれば大むね大体の技術に丁度合うような価のところの技術的設計ができ得る余地をここに残しておく、これが全般として非常にいい結果になるのじやないか。勿論七メガを使う場合に、アメリカの最近の技術のいいところは全部とつてやる、そうして一番効果を納めたい、こういうように考えておるのであります。どうぞ私どもの論の本当の意のあるところを御了承願いたいと思います。

山田節男日本社会党(第二控室・右)

○山田節男君 八木証人に結論としてお伺いしておきたいと思うのですが、今日初めからずつといろいろ御意見を承わつたわけでありますが、これは総括しますと、八木証人の御意見は、アメリカの標準方式、これはフリケンシー・バンドを含めてアメリカと同じものをやつておれば、アメリカがあれほど普及しておるのだから、今後もどんどん研究して一々改良して来るから間違いない、そういうこと。それから六メガというものにきめておけば、必要は発明の母だということもあるから、いろいろな苦労をして、とにかく六メガでも十分目的は達せられるというのは、アメリカの今やつてるのは電波監理委員会が常に言つてるように、十六ミリ程度のもので漠然とした像です、実際のところ。これでとにかくきめて行く。六メガというものに押し込んで行くような進歩が必ず来る。こういう確信を以て六メガサイクルというもの、アメリカの標準方式というものが日本の国情の現在並びに将来を考えて間違いないものだ、こういうふうにお考えになつての御結論であるかどうか。これを一つ確認しておきたいと思います。

八木秀次

○証人(八木秀次君) 大体お話の通りでございます。ちよつと補足的に申上げますが、アリメカでは普及しておるからいいうといのは、これだけが結論ではございません。私は一九一六年からアメリカのIREという会のメンバー、正式会員でありまして、後にフエローに推薦されておる。アメリカの技術者、RCAの現在の社長、その他随分知己が多くて、そのアメリカの技術界の実力というものを相当よく知つてるつもりであります。その連中が標準方式をきめることにさんざん苦労をいたしました。そうしてFCCという電波監理委員会に相当するものがその決定をしておる。その経過を見ましても、アメリカは練りに練つた結果ここに来ておるという判断であります。單に普及しておるからいいという考え方ではございません。それから研究して進んだならば六メガで天然色がやれるだろうというのでなく、アメリカは現在すでに六メガで天然色の幾つも方式があるが、二つの方式は実現しておる、これではまだまだいけない、これはもつと改良してやつて行けるのだ、現在の厄介なことでさえも六メガでやつているのだから、日本の技術者としてできませんとは言いたくない、是非やりたい、そうして現在よりももつと簡單でよりいいものを六メガで実現できるに相違ない、こう考えた意味で、六メガはアメリカですでに相当やつて、苦心して研究されて実現されておるのでありますから、何も六メガでは天然色が成功していないという状態で申上げておるのじやありません。こういうことであります。

山田節男日本社会党(第二控室・右)

○山田節男君 なぜこういうことを申上げるかというと、アメリカが六メガでスタートしたということは、最初に申上げたように、FCCのテレビジヨンのチヤンネルの割当が六メガ單位、日本は七メガ單位で五チヤンネル持つておる。一チヤンネル、七メガを一メガ節約してスタートするか、或いは七メがでもできるわけであります。チヤンネルの割当がある。アメリカは七メガをとろうとしてもできなかつた、八メガもできなかつた。そこに私は日本が新しくスタートする場合と、アメリカが過去において苦労したのとは、このテレビジヨンの死命を制するフリーケンシーバンド、アメリカが六メガで困つているのを、こちらが七メガでスタートして、よそのを一メガ犠牲にして七メガにしようというのじやない。そこを私は立法者としてあなたのような犠牲者に聞きたいのは、それでも七メガの單位は使い得るのだけれども、一メガ始末して六メガでやつたほうがいいという御意見かどうかお聞きしたのであります。

八木秀次

○証人(八木秀次君) アメリカはテレビジヨンを六メガときめたから六メガに固着してしまつた。これは或いは五メガということもあり得たと思うのであります。今に比べれば電波の割当が楽であつたのが六メガときめた。ところが日本に七メガときまつたということ、確かにきまつたかどうか存じませんが、これはGHQの人たちが、日本のテレビジヨンのバンどをとるときに七メガ程度で幾つというふうに考えたのじやないかと思う。それは私の感じでは、明治の初期に外国では広軌の鉄道だが、日本のような遅れた国は狭軌鉄道がいいと思つた。鉄道のようなつもりでアメリカで六メガで相当窮屈なんだから、東洋のように電波の少いところは七メガを一応予定しておるというような意味じやないかと思う。私は六メガになつたほうがいいと思つております。ですから日本は七メガに確定しておるから七メガを使わなければならない。一メガだけが全く無用かというと、私は将来まだまだこの一メガが活用すべき時が来ると思つております。それはテレビジヨン以外の仕事がまだ十分あり得ることを考えております。そういうわけですから、日本の七メガということには私は余り重きを置いておりません。これは併し電波監理委員会で確定なさつたかどうか存じませんが、多分推察でありますが、GHQの人が日本のような遅れた国はバンドを広くしておいてやつたほうが楽じやないか。これは一種の軽蔑の考えが頭にあつてそうしてくれたのじやないかと推察できるわけであります。

鈴木恭一自由党

○委員長(鈴木恭一君) 御両氏に対する質疑はこの辺で打切りたいと存じます。  この際私は電気通信委員会を代表いたしまして御両氏にお礼を申上げたいと思います。本日は御多忙のところ長時間に亘りまして貴重な御意見をお聞きすることができました。委員会として重ねて厚く感謝の意を表します。  次回は明後日午前十時から証人の出頭を求めまして調査いたしたいと思います。証人の予定は清水與七郎君と溝上けい君でございます。  本日はこれにて散会いたします。    午後零時五十二分散会

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