地方行政・法務・労働連合委員会 第1号
- 発言数
- 247 件
- 登壇者
- 8 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1952/07/23
会議録
○委員長(西郷吉之助君) それでは只今より地方行政、法務、労働連合委員会を開会いたします。 最初に集団示威運動等の秩序保持に関する法律案に対する提案理由の説明は地方行政は済せておりますので、本日提案理由の要点、並びに衆議院におきまして修正いたしました点についてそれぞれ説明を求めます。木村法務総裁。
○国務大臣(木村篤太郎君) 集団示威運動の秩序保持に関する法律案の提案理由は一昨日速記にいたしたのでありますが、その要点を今日お述べしておきたいと思います。現在集団示威運動、集団行進、集会に関する法令は府県又は市町村の条例として立法化されておりまするが、これらの条例はその内容におきまして区々であるばかりでなく、条例の制定していない地方も少からず存在しておるのであります。かくて基本的人権でありまする集会、表現の自由が地方によつて異る取扱を受けるという不合理な状態におかれておりまするので、これをこの際法律化し全国的に同一内容のものとすると共に必要最少限度の規正を以て、これら集団示威運動等が秩序を保ちつつ行われることを確保する必要があるのであります。 申すまでもなく集会、表現の自由は、憲法によつて保障された基本的人権でありますから、あくまでこれを尊重せねばなりませんが、公共の福祉のためには必要最少限度の制約に服さなければならん場合もあるのであります。従いましてその性質上当然一般公衆に対して影響を及ぼすべき集団示威運動、公共の場所における集団行進、公共の場所における屋外集会につきましても、公共の秩序、公共の福祉のため或る程度の制限が課せられることは止むを得ないのであります。即ち本法案はこれら集団示威運動等が公衆の生命、身体、自由、財産に危険を及ぼさないよう秩序を保持しつつ行われることを確保することを目的として作成したものでありまして、集団示威運動、公共の場所における集団行進、屋外集会に関して届出制をとり、公衆の生命、身体、自由、財産に対する直接の危険が認められる場合においてのみ公安委員会に対して一定の条件を附し、又は一定の事項の変更を命じ得る権限を認めると共に、警察官吏に対して警告、制止、解散の権限を認め、以てこの目的を達成せんとするものであります。 以上の理由から本法案を提出した次第であります。 なお、集団示威運動等の届出につきましては、原案では一律に七十二時間前までにこれをしなければならぬといたしておるのでありますが、衆議院の修正によりまして行進を伴わないものにつきましては四十八時間前までと、こう修正されたのであります。かように申し添える次第であります。何とぞ慎重御審議をお願いいたします。
○委員長(西郷吉之助君) 次に本法案に対する衆議院の修正点について理由をお述べを願います。
○衆議院議員(金光義邦君) 衆議院の金光でございます。只今議題となりました集団示威運動等の秩序保持に関する法律案につきまして、衆議院の加えました修正部分の内容並びに修正理由を御説明申上げます。 御承知の通り政府の原案は第三条第一項においてその届出の手続を規定して「集団示威運動等を開始する日時の七十二時間前までに、」届書を提出しなければならないとしているのであります。我々はこの「七十二時間前」とある下に「(行進を伴わないものについては四十八時間前)」という弧書を加えるよう修正いたしたのであります。申すまでもなくこういう届出は主催者の便宜を図つて、できる限り短い時間に限定することが望ましいので、さような立場から検討いたしましたところ、今日の治安状況から見て、又従来の保安条例の実施状況から見まして、一応七十二時間は必要であるといたしましても、行進を伴わないものについては四十八時間前の届出で十分であり、且つかくすることが最も妥当であると考え、修正を加えた次第であります。何とぞ御賛同賜りますようお願い申上げます。
○委員長(西郷吉之助君) なお法務、労働両委員会の御質疑につきましては各委員の御希望を容れまして順次御発言をお願いいたします。
○内村清次君 今回政府のほうで提案をされましたこの法案に対しまして、只今法務総裁の提案の理由をお伺いいたしますると、この集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例というのが、これは各府県又は市町村としての条例として立法化されておる。この立法化されておるところの立法の不一致や或いは又はこれを全国的に集約をして、そうして統一ある法律化をするというような説明理由が付いているのでありますが、先ずこの現在公安条例というのが各府県及び市町村に置かれまして制定されておりまするその状況、これについて御説明をお願いいたしたい。
○政府委員(斎藤昇君) 御説明を申上げます。現在都府県或いは市町村において制定せられておりますこの種の条例は、公安条例と呼んでおりまするが、その公安条例の制定の状況は、都府県の条例を以て規定をいたしておりまするものが二十二府県、それから市の条例が七十六、町の条例が二十六、村の条例が六、こういう状況でございます。勿論都府県の条例の制定せられておりまする所におきましては、その都府県内全地域に亘つて適用をみるのであります。従いまして二十二以外の都府県におきまして市において七十六、地方において二十六、村において六という形になつております。九州の例をとりますると、これは九州の佐賀は県の条例がありますが、それ以外の県におきましては、市の条例も県の条例も一つもない、こういう状況でございます。条例の内容も非常に区々でありまして、大部分は許可制度をとつております。そうして規制をいたしておりまする内容は、多くは集団行進は勿論、屋外集会、及び屋内集会も含めているのもあります。又集団行進だけを扱つておるという所もありまして、非常にまちまちに相成つておる次第でございます。
○内村清次君 只今の御説明によりますると、この公安条例というのが府県及び市町村におきましても、全国のこのような地方自治団体の数と対比いたしますと、これは過半数に充たない、こういう状態でありまして、それで現在までのいわゆる秩序が保れておる。こういう事態になつておるのですが、これを今回集約して統一をして、法律としてこれを施行させるというような根拠が……、先ほど法務総裁が言われました本法第一条の目的に対しましての重要性は、これは私たちもこれを否定するものではないのでございますけれども、併しこういうように各地方団体がこの条例を制定をしておるところの数が非常に少い、あとは治安が保れておるのだ。而も又これは結局するところ憲法のいわゆる集会の自由、二十一条の条項によるところの基本入権を守つておるこの制度というものが、その条例を制定されておらないところの地方団体では十分と保障されておる。こういうことを考えまするときにおいて、なぜ今回こういつた統一的な法案の制定の必要があるか。私はこの点のお考え方を総裁から一つお聞きいたしたい。
○政府委員(斎藤昇君) その前に私から実情を御説明申上げます。本年の四月二十八日、即ち日本が独立をいたしますまでは、占領軍の指令に基きまして、かような集会或いは集団行進、示威運動というようなものが、占領軍の指令によつて取締られるという一面がありましたために、条例の全然ない所におきましても、それによつてこれらの集団運動等が秩序を保つて行われる反面の規制があつたわけであります。独立によりましてこの占領軍の命令がなくなりましたので、今後今までなかつた所につきましても、昨今の情勢から考えまして、どうしても必要だということになつて参つたのであります。占領軍の管理下におきましては、この条例を制定しておる所におきましても、この条例よりもむしろ占領軍の指令で取締られておつた面が非常に多かつたわけであります。今回の条例はさような当時の取締りのやり方よりもずつと緩和をいたしまして、条例にいたしましても許可制であつたものを届出制にいたしますると共に、国内の普通の集会は全然適用をしない、できるだけ表現の自由を尊重いたしまして憲法の精神に反しないことにこれ努めておる次第でございます。
○国務大臣(木村篤太郎君) 今実情につきましては齋藤長官から申上げた通りであります。私は最近の事例であります、今朝ほど聞いたのであります、ちよつと町の名前を失念いたしたのでありますが、先月二十六日に発生しましたあの吹田事件、あれはたしか豊中市では条例があつて、そうして伊丹市及び市以外の区域には条例がなかつた、さようなことで非常に不便を来したということを先ほど大阪の市警の公安委員長が見えての話で聞いたような次第で、さような次第で成る市町村では条例があり、或る市町村では条例がない、そうしてそれが互いに隣接しておるというような場合に非常に不便を感ずるという生々しい事例があるのであります。さような次第で全国的にこれは統一した一つの秩序保持に関する準則が設けられますると、非常に便宜であるという一面があるのであります。而も現在存在しておりまする条例がその内容もまちまちでありまするから、この際統一してはつきりさせることが極めて妥当ではないか、こういう考えを持つておるわけであります。
○内村清次君 これは占領下にありました際の公安条例の制定をした、例えば地方団体にいたしましても特殊な条件、いわゆる占領政策に対するところの日本の国民としてこれに違反をすることはできない、というような特殊の条件下にあつて、そうしてその特殊な条件をこれは強圧されておるからして、その条件下に地方自治団体といたしましてこれに違反しないような一つの治安方法を考えようじやないかという、特殊な又考え方でこういう公安条例というものが制定せられた、こう思つておるのですが、独立をされましてそうして現今になりまして、更にこれをそういう地方の自治体でさえも条例の必要がない。自由に国民は基本的な人権は保障する。それ自体が公安を紊さないという自覚の下に考えておる。こういう地方団体に対しましても国民一般に対して法律化して行くということは、私はどうも理由が立たないと思う。むしろ独立したならば、これは民主主義の基盤は何と言いましても地方の自治団体に根を張つて行かなくてはならないのですが、それを国家の即ち一本化したところの法制によつて、基本人権をだんだん制限して行こうというような考え方というものは、私は只今法務総裁が言われました便利が悪い、隣接の即ち市町村が便利が悪いというだけのことでは、これは許されな問題じやないかと思いますが、この点に対しましてはどうお考えですか。
○国務大臣(木村篤太郎君) 私はその便利が悪いと申上げたのは、要するに国家治安の秩序保持の上から申したのでありまして、ただ末節の取扱上の便利だけを申したのでないのであります。是非とも治安の確保をする以上においては、さような不便があつては相ならん、かような観点から申上げたのであります。
○内村清次君 それではお尋ねいたしますが、この条例の違反事件ですね、いわゆる公安条例違反事件、こういうような前例といたしまして、只今国警長官が言われましたような判定をせられておつたところの自治団体においてどういうような具体的な例数が示されておるかどうか、この点一つお聞きしたいと思います。
○政府委員(斎藤昇君) 警視庁管内を例にとりまして御参考のために件数を申上げますると、二十五年度におきましては、取扱の件数が千四百七十七件ありまして、そのうち不許可の件数が六件であります。無許可で集会をいたしまして事故の発生をいたしましたのが八件、二十六年度におきましては九千百二十三件取扱件数がありまして、そのうち不許可にいたしましたのが二十三件、許可集会の中で事故の発生をいたしましたのが六件でありまして、無許可の集会の中で事件の発生をいたしましたのが十五件。二十七年度六月一ぱいまでの二十七年の半年間におきまして取扱いました件数は四千六百八十四件、不許可の件数が十九件、そのうち許可せられた集会のうちで事故の発生をいたしましたのが四件、無許可の集会のうちで事故の発生をいたしましたのが十二件であります。これには五月一日のメーデーは含んでおりません。大体こういつた状況であります。
○内村清次君 最近の、これは法務総裁も聞いて頂きたいのは、書例といたしまして不幸にいたしまして我が党の帆足君や或いは又改進党の宮腰君の帰朝報告の集会の後半におきまして、いろいろ事件が起きた。これはどういう原因で又どういうような仕組でなされておるか、この点は私たちはまだよく存じておりません。併しながら最近福岡で報告をやりました際におきましても、何ら事件というものは起きておらない。この原因というものは、やはり私はとうしても最近の集会における或には暴行事件が発生するようなことは、得てして立会いの警官その他によつての挑発、これは勿論警官自体は挑発しようと考えておらないかも知れんが、そういう雰囲気を作ることによつて、ああいう事件が起きておるように感ずるのです。これは勿論先ほども言いましたように、警察官が何も集会をして騒擾の気配もない人たちに対してそれを起させるような口実を作つてやるということまでは私は断言はしません。断言はしませんが、併しそういうような事例も一、二私たちは聞いてはおりますが、相対的な問題としては、それは指摘はいたしませんが、併しやはりそういう雰囲気の中におきましてどうしても事件というものは発生しておる。福岡はそれがなかつた、それはやはり関係の団体の人たちがやはり事前に、警察のほうにも来て頂きたくないというような、極力警官の立入りということに対して注意をしておる。私たちはこういうような自由の中に集会が催された所において、これは計画的に組織的に事を起そうというような計画を以て、そうして必ずその実現をさせるという指令の下にやつておるということは、これはそのために起きたというようなことがあるとすれば、これは別でございますけれども、併しながらただその何ら対象のないような所におきましてそういう事件を起して決して世論というものがこれに対して同情的である。或いは同調的であるというようなことは、私はたとえ民主主義が日がなお浅いといえども、私はこの点に対する国民の輿論というものはついて来はしないだろうと思います。それにやはりこういうような雰囲気を作ることによつて、自由を制限することによつてそのような事件が起きて来ておる。却つてそれがその人たちの第一条の目的に書いてありますような生命、身体の安全に対するところの、危険に対するところの問題になつて来はしないかと私たちは考えるのでありますが、どうも私はそういうような点を法務総裁が独立後においてこの法律の制定が必要である、而も又この条例を制定しておるところの地方団体においてさえもこれを適用するようなことをする。又占領期間中におきましても、実は熊本県会におきましても、或いは熊本市会におきましても、こういうような条例の必要はない、却つてこれをやるために危険が起るというようなことで、もう事態の治安を認識して、あえてこの指令に対して自発的に、自主的にこれを制定しないというような地方議会があるのです。これが数において多い。政府があえてこれをやろうというところに、何か他意がありまして、いわゆる破防法の問題にもありましたような、或いは又警察法の問題にもありましたような、どうしても中央集権的な考え方がありはしないかというところを私たちは危惧するものでございますが、この点に対しましてはどうお考えになりますか。
○国務大臣(木村篤太郎君) 集会、集団行進は全く秩序よく整然として行われることは我々は最も希望するのであります。団体によりまして極めて秩序よくやつておるものも我々はあることも認めます。併し往々にして無秩序に社会の秩序を紊す事例が幾多も存在するのであります。現下の情勢に鑑みまして、さような無秩序的な集会、或いは集団行進が行われんとする傾きがしばしば見受けられるのであります。そこでこれらを一般的に秩序よく行わしめるということが最も望ましいところでありまして、我々はこの法案によりまして秩序保持のための必要上かような一つの準則を定めることが必要なりと、こういう考えから提案をいたしたような次第であります。この法案を御覧下さいますれば極めて明白でありまするが、届出制をとつておりまして、一定の条件にかなつたものは必ずこれを許してそのまま行わしめるという大前提の下に法案ができておるのでありまして、今内村委員の仰せになつたような、決して他意あつてこの法案を作成したというような次第では毛頭ございません。
○内村清次君 この憲法二十一条のいわゆる集会の自由権、それから又検閲しないというこの規定ですね、こういう点におきまして私は今回のこの法案の制定そのものが決して憲法の条項を成るたけ制限しないようにというような心持で作られたんだという理由が非常に薄弱ではないかと思うのです。それと申しますのも、勿論この届出によつて、そうしてこの承認をやる、即ち許可をする、こういうような制度自体がそれに適用しますが、勿論この第六条にありますような表現の自由を、いわゆる集団を以てそうして一つのこれは例えば経済団体といたしましたならば、労働組合としてデモ行進をやる、又は一つの資本家に対するところのみずからの生活権擁護のための経済闘争を展開する。その戦術の一環としてのいろいろな形、表現の自由によつてそういう線が生み出されて行くということは、これは当然そのような経済団体としての労働組合等にいたしましてはこれは必要な問題でございまするが、それが一つの公安委員会の考え方によつて、何と申しますか、これが規制されて行くというようなことは、これはもう例えば労働権を持つ国民、或いは又生活の保障を受けておるところの国民、特に又そういうような一つの憲法二十八条、二十七条の条項によつて、そうして自分たちの生活を守りて行こうというような労働組合といたしましては、これは非常にこういう制度の現出こそ、そういう基本権を侵害されると強く考えておるわけでございまするが、この点に対しましては国警のほうで現実に起きました事態からするそういう労働組合の反対の考え方、これをどうお考えになつておりますか、事例によりまして一つお話を願います。
○政府委員(斎藤昇君) 我々警察の側に立ちました考えといたしましても、只今仰せになりましたように、言論、集会或いは集団行進等の表現の自由は成るべく尊重しなければならないと考えておるのであります。ただこれが秩序を紊りまして直接人の生命、身体、財産、或いは自由に危険があるというようなことに相成りましては、これ又他人の基本的人権を侵すことに相成るわけでございまするから、少くともさようなことにならない範囲内において、秩序を保ちながら表現の自由を飽くまでも伸ばして実現をして頂く、かような観点に立つておるのが我々の取締りといつたような観点からいたしましてもさようなのであります。従いまして只今までの公安条例の施行されておりまする所におきまする実際の実例におきましても、又占領下における占領軍の指令において実施しておりました際におきましても、労働運動の実現実行というものに対しましては、どこまでもこれを尊重するという建前によつたのであります。普通労働運動として行われまするものにつきまして、苛酷な制限を加えたという事例は、私は殆んど今までにもなかろうとかように考えておるのであります。第六条を指摘をせられましたが、危険物を携帯をするとか、或いは道路において蛇行進、坐り込みをやるとかいうような事柄は、これはその前後の事情から考えまして、ときによつて公安委員会がそれについて制限をするとか或いは禁止を命ずるとかいうことがありませんと、今日の御承知のような段階におきましては、こういうような事柄を集団暴行に移る前提としてとる場合が非常に多いのであります。従いまして当該団体の従来の経緯等に鑑みまして、できるだけさような制限も少くしながら表現の自由はどこまでも尊重いたしたい。かように考えておりますが、併し一面人の身体、生命、自由、財産というようなものの危険を防止をするということも、やはり基本的人権をどこまでも尊重するという憲法の建前から考慮をしなければならないと、かように考える次第でございます。
○内村清次君 私は少し考え方が違つておるのですが、身体、それから生命の危険性に対しまして、今回の立法の精神から言いますると、事前介入をやつて行こう、而もその事前介入というのは、結局その認定によつてこれを決定して行こう。こういうところは私は憲法の二十条には違反しておりはしないか、こういう考え方を持つておるのですが、而もどういうような団体が行進をやるときにどういうことをやるかは不明である、こういうようなことをこの法律で禁止する、例えば先ほど言われたように交通のある所で坐り込みをやる、或いは又蛇行行進をやる、こういうようなことをやるか、やらないかということは、これはその国体がどういう方法をとつて、運動を展開するかということはわからないはずなんですね。そういうことを前以て規制をして行くというような事前介入ということが、やはり人権を侵害する問題ではないか。私たちはこう考えておりますが、そのために現在においては私は先ほど挑撥とこう言つたのですが、そのために事件そのものというものが起りつつある現状である。この点に対して長官はどうもお考え方が違つておるようでございますが、もう一度御答弁を頂きたいと思います。
○政府委員(斎藤昇君) 事前介入と仰せられまするが、例えば集団行進の届出がある、その場合にこういうところでは蛇行准をやらないようにしてもらいたいということを主催者に言うわけであります。で私はこのことによつて警察が挑撥をして秩序を棄すとか、却つて挑撥をするということはないであろうと思いますし、こういうことがあるかもわからないということで実力行使に出るという場合には、おつしやるように或いは反感を挑撥するという場合があり得ようと思いまするが、届出を受けました際にその主催者に対して、このたびは竹槍、火炎びんというような危険物は持たないようにしてくれとか、或いはここの道路では狭いから蛇行進或いはそこに坐らんようにして欲しいということを主催者に示すことなどは、私は当然のことであり、そのために事柄を刺戟するという虞れは起らないとかように考えるのであります。
○内村清次君 いや私が申しますのは、事前にこういうような法律を制定して、その団体というものはこういうことは考えておらないかもわからないのですな。それを事前に介入をして行くというようなことは、或いはどういうことを考えておるかもわからない、こういうような危険なことは考えておらない、その労働組合というものは、ただ一般に、即ち輿論を喚起するための静かな行進を考えておる。それを自然に持つて行くというような、即ち表現の自由というものを規制して行くということ自体が、私たちはこれはもう事前介入だ、こういうように考えておるわけですが、今の国警長官の答弁では少し私満足いたしませんが、問題は今回のこの事例に対しましては、すでに地検においても憲法違反の判決を下した所があるのですね。こういうようなことに対して、司法権が正しく憲法を守ろうという意味において出しておるところのこの事例に対しまして、更に法律を以てこれを覆えして行くような方法をとられるということは、これは私は政府のお考え方としては、先ほども私が言いましたように何か目的がある。その点がどうも私はまだ先ほどの総裁の御答弁のみでは承服できないのですが、この目的を、而も又この空気というものが、これはやはりこの中央の空気、政府の考え方、この考え方というものが全国に普及されることは、これは当然なことでございますが、何かその目的は、他意はありませんかどうか。これを再度一つ御答弁をお願いしたい。
○国務大臣(木村篤太郎君) 重ねて申上げます。決して他意はありません。ただただかような集会或いはデモ行進、これらが秩序よく行われるために制定したのでありますから、特に申上げたいのは、この秩序が繁れて、そうして人の生命、身体に危害を加えるとしましたならば、それは末であります。これは事前において十分にさようなことのないように政府としても考えなくちやならんのであります。で本法案はただただ集会、デモ行進なんかが秩序よく行われることを希望して作成したに過ぎないのであります。
○委員長(西郷吉之助君) それでは時間も過ぎましたから、午後一時二十分より再開いたします。これにて休憩いたします。 午後零時十九分休憩 —————・————— 午後一時四十八分開会
○委員長(西郷吉之助君) それでは午前中に引続きまして再開いたします。 通告順によりまして質疑を継続いたします。
○菊川孝夫君 私は集団示威運動等の秩序保持に関する法律の、何と言つても一番その適用の対象になるのは労働組合、労働運動は最もこの適用の対象になると思います。従つて今まで我々携わつて来た運動の経験並びに今も関係しております労働組合の立場というような点から、少し具体的に、今解釈についても疑義がございますので、この点をはつきり明確にしておきたいと思いますから、そういう角度から一つ御質問申上げたいと存じます。 第一番に、第一条の目的でございますが、「公衆の生命、身体、自由又は財産に対して直接の危険を及ぼすことなく行われるようにすることを目的とする。」とこうありますが、この公衆というのは、これは当事者を除いた自然人と、こういうふうに解釈するのですか。それとも多数の人か、一人の人でも公衆というのか、この公衆というのはどういうふうに解釈してよいか。 それから第二に生命、身体、自由というようなこと、生命身体の危険ということはよくわかるのですが、この自由の危険、自由に対する危険ということになりますると、非常にその限界はむずかしいと思うのでありますが、一体少しでもこの集団示威行進等を行いますると、多少は通行人に対する自由が束縛されてこれは危険、これを危険というのか、その危険というのは、自由に対する危険という限界は一体どういう点を指して、具体的にどういうことまでが取締りの対象になるか、この点を一つはつきりとお示しを願いたいと思います。この二点を先ずお伺いいたします。
○政府委員(斎藤昇君) 公衆の意味でございまするが、公衆は、これは不特定多数の人というように解釈をいたしております。参加者当事者自身は含まないと解釈いたします。それから自由に対する危険でありますが、これにはいろいろな自由がございまするが、この法案で、考えられまする一番大きなものは交通の自由だと思います。併しおつしやるように大衆が集団示威行進をやれば、一般の公衆は或る程度交通の自由を妨げられることは勿論でありまするけれども、それが普通の常識上から考えまして非常に束縛される、道路で座り込まれて何時間たつても人が通行ができないとか或いは示威行進をやることによつて自由のみならず、自由が同時に生命身体にも影響が及ぶとか、生命身体の危険に非常に密接しているような、そういう自由とまあ抽象的に申上げますればさようなことであろうと思います。
○菊川孝夫君 今の齋藤さんの御説明でその公衆というのは、不特定多数の人間だというのですが、この自由も、生命身体というのにもこの公衆のというのがかかつてるのですから、従つて一人の財産というようなものはこれは対象にならんのでございますか、その点についてお伺いいたします。
○政府委員(斎藤昇君) 只今多数と申上げましたが、これは不特定の人間という意味で多数というのは私取消さして頂きます。
○菊川孝夫君 今の御説明では第二のこの自由に対する危険という点については、まあ交通の自由等も考えられる。併しまあ坐込み、その他によつて著しく危険を及ぼさない場合には多少この集団行進をやつた場合には自動車の通行、電車の通行等に対してこれは自由に対しての危険と解釈もできると思うので、従つて拡張解釈をしようと思いましたならば、無人の街頭行進というのだつたら別ですが、又深夜等で殆んど交通のない場合であつたら自由の危険というようなことは言い得ないと思うのですが、自由の危険というようなことまで入れまするということになりますると、拡張解釈して、これは自由に対する危険だというので相当その取締りを厳重に、規制を厳重にやろうと思えばやれると思うのでありますが、破防法におきましてはこれを濫用してはならないというような規定もあつたのでございますが、この法案にはそのような規定がないのでありますが、将来これは過去においてもそうでございましたが、メーデー等を行いますときには、戦前におきましては、まあやるのでありますが、やつても始めるとすぐ検束騒ぎ、解散、中止命令が出まして殆んどやれなかつた。こういう時代にだんだんなつて来たのでありますが、従つてこの自由の危険という字句を入れて置きますると、これに籍口いたしまして生命身体の危険というようなことになりますと、勿論取締らなければならないが、自由の危険という字句を入れておくと、非常に拡張解釈をされる虞れがあると思うのでありますが、破防法においてはそういうのをむやみに解釈していけないというようなまあ訓示規定もあつたわけでありますが、本法案になぜそれを入れなかつたか、従つてこの自由の危険というところに籍口して濫用の虞れがあるということを思うわけで、それと関連して入れなかつた理由を一つお尋ねいたしたいと思います。
○政府委員(斎藤昇君) 第一条は目的を書いておるのでございまして、一口に言いますれば、先ずこういつた集団示威運動は秩序を損わないようにやつてもらうことが目的だということを言い表わしておるに過ぎないのでありまして、この法律によつてどういうことをやるのかということは、各条項に掲げてあるのであります。而うして条項にない事柄は、如何に警察官がやろうといたしましてもやれないのであります。やれば職権の濫用と相成ると思うのであります。而して一番これに関係をいたしまするのは、第六条におきまして、これをやる場合に公安委員会が条件を付けることができる、その条件を第一項の第一号から四号までに制限をいたしております。条件に従わない場合、これに違反して行われる、そういう場合には初めて警察が止むを得んと真に認める場合には、これを是正をさせる方法をとり、それでもいけない場合には解散をさせるというのでありまして、従つてただ自由に危険があるという意味で解散を命じたり、その他の実力を行使するという事柄はなし得ないように法律はできておるのであります。できるだけ集団示威運動は自由に伸び伸びとやつてもらうというのが原則であります。
○菊川孝夫君 それで一応趣旨はよくわかりましたが、次に第二条に参りまして、集団示威運動というのがございますが、この集団示威運動は屋内における場合もこれは指すのであるかどうか、このあとには「屋外集会」とか、「道路、公園その他公共の」となつておりまして、集団行進や、屋外のことはわかるのでありますが、集団示威運動は、屋内における集団示威運動も含むのであるか、又集団という解釈でありますが、これは何人くらいを集団とあなたのほうで解釈をしておられるか。これも明確になつておらんと思うのでありますが、届出をしなければならんので、屋内におけるものを以て、会社の講堂、食堂等においてその争議団が会社側に対して一つの集団演説会等を持つ場合もあるだろう。これは集団示威運動と解釈すればできんこともないだろうと思うが、こういうのにはどうもやはりこれを行おうとする場合には、なおこれの実施を必要とする場所を管轄する公安委員会に届出なければならない。こうなつておりますが、そのようにしなければならんのであるかどうか。それから人数については何人以上を集団と言うか。この点を明確に一つお答えおき頂きたいと思います。
○政府委員(斎藤昇君) この集団示威運動は屋内において行われるものも包含をいたす、含むのであります。而してその集団示威運動と申しますものは、公衆に対して気勢を示すものでありまして、屋内における、公衆と隔絶されておるという状況の下において屋内で行われまする場合には、なかでどんなに騒がれましようとも、集団示威運動にはならない。いわゆる当該者以外の他の公衆に対して影響を与えるような勢いを示すというのが示威運動でありまするから、従つて屋内のみにおいてしか影響が及ばないという場合には、この対象になる集団示威運動にはならないのであります。集団の意味、即ち人数はどのくらいから集団になるかというお尋ねに対しましては、公共の危険を防止するという意味からこの法案が制定されておりまするので、そういつた意味から考えまして相当多数、この程度にしか申上げられないと思います。勿論一人二人では該当いたしません。然らば百人以上か八十人からかとおつしやられますと、常識的に相当多数という程度しか申上げられないと思います。
○菊川孝夫君 それではどうも明確を欠くと思うんです。実行しようとするものが、常識的だとあなたが言われるんだから主催者が常識的に考えて、じやこの程度ならいいと解釈してどんどんやつて行くということも、あとになつてそれはいかんというように対立すると思うんですよ。これは何人以上というようなことを明確にしておかない限りは、届出しなければならん、事実やつてみて五十人だ、百人だ、このくらいなら大丈夫だと思つてやつたところが、集団示威運動、この対象になるというようなことになると私は問題だと思うんですが、十人であるとか、十五人であるとかということに大体、目安がなければ……、一人二人は問題ありません、集団と言うのですから。併し五人でも十人でも威力を発し得る場合も私はあるだろうと思う。この点が少し明確を欠いていると思うんですが、従つて取締当局になりますると、五十人くらいであるから大丈夫であると思つてやつたものが、これは集団天威運動等の秩序保持に関する法律違反というふうにやればやれると思うんですが、この点今の国警長官の答弁があいまいであつた場合には、今後これを実施する場合にも非常にあいまいになつて来る。各地においてその取扱いが区々になつて来ると思うのですが、これははつきり一つしておく必要があると思うが、重ねてこの点について答弁願わんと困ると思う。
○政府委員(斎藤昇君) 只今の御意見は誠に御尤もだと存じます。私は取締りの対象になる届出を必ずしなければならないというものの基準を抽象的に申しますると、相当多数と申しましたが、実際の法律解釈といたしましては、二人以上は多数とこういうことに相成らざるを得ない。従つて、併しさような場合にこれが外部に対して一体示威の効果があるかないかという点で、集団示威運動になるかならないかという議論になるわけでありますが、さようなことは実際問題といたしましては、御説の通り非常にやられるかたに御迷惑をかけるのであります。従いまして我々の方針といたしましては、この第二条の第六項に公安委員会が届出を要しないとして規定するものというのは除かれることに相成つておりますから、各公安委員会が地方の実情におかれまして、屋内において五十名以内の集団示威運動は、これに入らない、或る県では百名は入らないというふうに、一応そういう基準を示しまして、個々で指定をしてもらつてそういう御不便のないようにしたい、こう考えておる次第であります。
○菊川孝夫君 その程度で……。それでは次に参りまして、この屋外集会でございますが、この屋外集会の中には、例えば今後我々一番利用するわけでありますが、街頭演説或いは労働争議の場合のピケツト・ライン、或いは会社の争議団が会社の門前において、会社の内容を公衆に対して宣伝をするような運動、こういうのも屋外集会に入るのかどうか。それから街頭演説が入るかということ、地方におきましては街頭演説までも屋外集会だというので届出をしなければならんというので取締つておるのであります。今の公安条例において……。で街頭演説が入るということになると、街頭の説教、伝導というようなものも当然取締りの対象となる。社会党の街頭演説を取締りの対象にして、救世軍の伝導を対象にしないということになると問題だと思うのでありますが、この屋外集会という解釈をそういうところまで解釈しなければならんものかどうか。この点を一つ御説明願いたい。
○政府委員(斎藤昇君) 公共の場所における屋外の演説会でありますから、屋外のどの場所において演説会をやるから聞きに来いという、そういう形における街頭の演説会、これは集会になりますから届出を要することに相成ります。ただ自由に屋外でしやべつている、それを道行く人が聞いて行く。これはそういつた集会とは見られませんので適用には相成りません。どこどこで今度社会党の演説会を何時何分にやるから集つてもらいたいというのならば、これは届出を要するのであります、屋外でありましても……。そうでなくてただ放送をして歩くという分には、この集会の中に入らないと解釈いたしております。
○菊川孝夫君 それでよくわかりました。それならば別にどこどこということを予定せずに、例えば宣伝車等を持つて行つて、そうしてそこで通行人等を呼びとめてやるやつはこの屋外集会には入らん。従つてそういうものは届出の必要はないものである。ただあらかじめ伝単を配つたり、ピラを貼つておつた。そこへ大衆を寄せるような行為をやつた場合には、屋外集会に入るけれども、それをやらない場合には入らん、幾ら多数集つても差支えないこういうことでございますね。それからあらかじめこれは又申し合せといいますか、ちよつとその通知をして今日は帰りに街頭演説をやるから寄つてくれというようなくらいのところだけだつたならば差支えないわけですね。
○政府委員(斎藤昇君) 最後におつしやいました集る者に通知をしてということになりますと、やはり集会に相成ると思います。
○菊川孝夫君 次にこの集団示威運動と集団行進との相違についてでありまするけれども、今の国警長官の説明では集団示威運動というものは、単なる当事者でない部外者に対して、いわゆる不特定の人間に対して示威をする場合であると言つておられますが、この集団示威運動というのはそれでは第三者、例えば労働組合等の場合にストライキ争議行為にあるときに、相手がたの労働組合が資本家に対して行う示威運動は、これは集団示威運動ではないのであつて、これは不特定の人間にやる場合に限つて集団示威運動と解釈されるんだ、こういうように理解してよろしうございますか。
○政府委員(斎藤昇君) それは目的からおつしやつたのであろうと思いまするが、私どもの解釈は目的というよりも、その形態が他に及ぶかどうかということで判断をするよりないと思うのであります。従いまして屋外で公衆のいる所でそこで集団示威運動をやられる、集団行進をやられる、それは雇主に対する何と言いますか、宣伝に過ぎないとおつしやいましても、これが示威に亘るならば集団示威運動になりますし、行進であれば集団行進になります。ただ、今おつしやいました事柄は、多くは恐らく会社の構内そういう所で行われるのであろうと思います。会社の構内でありますれば、これは公共の場所ではありませんから、従つて適用しないものと考えております。
○菊川孝夫君 公共の場所でやる場合には、道路公園その他公共の場所における集団行進だけであつて、示威運動にはどこでも場所を制限しなくて、示威運動はすべて届出なければならんように解釈するのですが、そうでなくて示威運動は公共の場所でやる場合には届けなければならんが、その他の場所では差支えないんですか。例えば道路であるとか、公園そういうような所以外の学校の校庭を借りてやるとか、そういうような場合には、例えば私立学校の校庭を借りてやるとか、こういうふうな場合には差支えないというあなたの言う意味で、会社の例えば運動場において、或いは食堂においてやるようなものは、もう勿論対象にならんということになりますると、この道路、公園のような性質のものを借りてやる場合には示威運動の対象になるけれども、そうではない、例えば寺院の境内というようなところで、殆んどこれはまあ公衆は立ち寄らんような寺院だ、例えば高野山の上で、よく南海電車は高野山に籠つたというような争議団の事件もございましたけれども、そういつた公衆に余り触れないような特定のところでやる場合には、示威運動として届出なくてもいいと、ここに言う示威運動ではない、こういうふうに解釈してよろしうございますか。
○政府委員(斎藤昇君) 争議のような場合に、そういう形態がよく行われるのでありますが、他の公衆のいない接触の少いところ、例えば工場の中であるとか、或いは高野山のお寺の中で非常に気勢を挙げられるというようなことは、これには入りません。示威とは認めません。
○菊川孝夫君 次にこの第二条の冠婚葬祭その他これに類する行事で、一般の慣例として行われるもの、この場合に私第一条の公衆の生命、身体、自由、又は財産に対して直接の危険というものを、過去におきましてもよくあつた例でありますが、冠婚葬祭の中へ、まあ葬式なんかにはそういう例はございませんが、祭礼の場合に山車だとか、或いは御輿というようなものが暴れ込んで、よく公衆の生命財産、これに対する危険を及ぼした例はございます。こういうふうなのは除外しておいて、如何にも集団示威や労働組合や或いは大衆政党あたりの行う屋外集会を主としてこの取締りの対象にしておられるように思うのでありますが、というのは、如何にも政治的な性格を帯びたものだけに限定しようとしておるきらいがあるように思うのでありますが、例えばこの冠婚葬祭の中で、私が今申上げましたような山車だとか、或いは御輿というようなものは、一体この第一条の目的に違反するような場合には、当然これも取締りの対象になる。例年若い衆が御輿をかついで、その町内の頑固な視爺の店に殴り込みをかけるというようなことはよくある。御承知のようにどこの町でもあることで、新聞記事等でもあるわけでありますが、こういうようなものはこの例に入るか入らんか、この点一つお伺いしたい。
○政府委員(斎藤昇君) 只今のお祭の際の山車なんかの暴れることがときどきあるとおつしやいましたが、全くそういうような例もあるのでありますが、これらはその余波を受けて、殴り込みをかけたとか何とかそういう場合には、これは普通の犯罪として十分取締つていいと思います。普通の状況におきましては、祭礼の山車の場合におきましても、慣例的にこれを警察と協力をしながら執行をいたしておりまして、長い間の慣習でこれらにつきましては、特に公衆の身体、生命財産に危険を及ぼすというのでこれに届出をさせて、そうして一々こういう事柄をやるというような必要は実際問題としてないと私は考えて、この例外に置いた次第でございます。
○菊川孝夫君 次にこれは、今は余りございませんけれども、提灯行列であるとか、旗行列というものは、むしろ政府のほうで一時は非常に奨励をしてやらしたようなときもあるのでありますが、これは第二条のどこの号にも該当しないように思うのでありますが、例えばこれは公安委員会でそういうものはいいというふうに六号で指定した場合には、除かれることになるだろうと思うのでありますが、やはり提灯行列であるとが、旗行列というものは明らかにこれはもう集団行進になると思うのでありますが、それらはいずれも本法律案成立の暁には取締りの対象になるものである、たとえ市長の主催であろうと誰の主催であろうと……。そういうふうに解釈してよろしうございますか。
○政府委員(斎藤昇君) 只今の場合には、第六号で地方の状況によりまして、こういうものは例外として手数を省こうということにならない限りはこの対象になりません。さようでよかろうかと考えておる次第であります。
○菊川孝夫君 次に第二条の六号で、前各号に掲げるもののほか、公安委員会が届出を要しないと指定するものの中で、大体今二、三、国警長官からまあ三十名以下ぐらいのやつはいいとか、或いは旗行列で市長や市役所の主催のような旗行列、提灯行列はいいというような指定をするような、大体私の御質問申上げた点に触れて六号の構想をお話になりましたが、その他公安委員会で届出を要しないものとして指定されようとしておられるものの中には、どういうものを大体国警長官がお考えになつておるか、わかりましたらそういうのを公安委員会に対して、この程度ならばよろしいというものを一応国家公安委員会等においても構想を持つておると思いますが、ありましたら一つ御発表を願いたいと思います。
○政府委員(斎藤昇君) 只今申上げました一定人数以下のものでありますとかいうもののほかに、差当つて考えられまするのは、学校当局が主催をして学校構内で行うというようなものでありまするとか、或いは学校の構内で学校当局の許可を受けてやるというようなものなども公安委員会の規定の中へ入れまして、学校当局の責任でやつてよろしいと認められるものは、そういう処置がとれるであろうかと、かように考えておる次第であります。
○菊川孝夫君 次に第三条の団体の代表者という表現がございますが、この団体の代表者というものは一名をあなたのほうでは予定しておるのですか。例えば団体の代表というものは、理事というものは大体代表者、法人の場合には誰でも代表者しなり得ると思うのでありますが、その中の一名がこの代表者として届出ればいいことになつておるかどうか。この点を一つ念のためにお伺いしておきます。
○政府委員(斎藤昇君) 一名で結構であります。一名あれば、自分は代表者であるという者が一人で届出をすればよろしいわけであります。
○菊川孝夫君 次に第五条へ参りまして、二十四時間前に補正をさせることになつておりますが、二十四時間前までに行かない場合には、まあ補正の命令権が発せられるわけでありますが、二十四時間に限定されましたら七十二時間……、それからまあ衆議院で修正した分を除いて考えまして、七十二時間前に届出をさせる、あと二十四時間前にこの補正の命令が出なかつたらそれでいいことになるわけであります。この二十四時間という時間はもつと早く補正させられるならさせるというような方法はとれないものか。例えば二十四時間でございますと、日曜とか祭日等を中に挾みまして、二十四時間前だというので通知を受けましても、すでにもういつ幾日にどこへ集れという申合せ或いは指令を出してしまつて、それを二十四時間以内だというので、その二十四時間きちきちに補正の命令が来ましても、それに従つて公安委員会の補正命令に応じた処置をとれないような場合が生ずると思うのでありますが、この点についてもつと早く補正させるものならばさせるというふうな機敏な措置がとれないか。七十二時間前に届けさして、二十四時間というのはちよつとそれが主催者側にとつてきびし過ぎるのじやないか、時間が短か運ぎるのじやないか、かように思うのでありますが、日曜、祭日なんかをはさむ場合でもやはり二十四時間、その通り正規に守るつもりであるかどうか、この点についてお伺いしたいと思います。
○政府委員(斎藤昇君) この趣旨は遅くとも二十四時間前までにできるだけ早くということは、我々の所期の方針として十分守つてもらいたいと思つておるのであります。少くとも一日前までにはどうしても補正命令を出す必要があるならば、出さねばならない、実際の場合におきましては、我々といたしましてそういつた届出を受けた場合にすぐそこできめてしまうというのが望ましいと思うのでありますが、意見が合わないというときには、できるだけ主催者側に話をいたしまして、そうして納得の上で向う側から補正をしてもらうというほうが、気持よく行われると思うのであります。補正命令というような形をとりますことはできるだけ避けたいと思うのであります。従つてこのままであれば、補正命令を出さなければならないというような場合には、この点はこういうようにやつてもらつたらどうだろう、この道路をこちらを歩くように変えてもらつたらどうかという話ができて、納得の上でそれが行われるということを望ましく思つておるのであります。日曜、祭日等を差しはさみます場合には、主催者側のほうにおかれまして、早く届出をされましたならば、それに応じて早く結末がつく、かように考えるのであります。
○菊川孝夫君 そういたしますと、これは成るべく早くというので、二十四時間ぎちぎちまでに定められるというのじやない、従つてこれはもう少し、実は補正命令を出さなければならないようなのはすぐわかると思うので、これをもつと余裕を置いて補正命令を出すようにしてもらえないか。二十四時間ぎちぎちだつた場合には、どうしても公安委員会等で決定が遅れてしまつて、二十四時間前に言われても間に合わない。そうすると実際にはできない、又故意に公安委員会がそういつた集団示威運動等をやめさせよう、故意に妨害しようという意図から、できもしないのに二十四時間、この法律を楯にとつて二十四時間前だ、これで補正せいということも言い得ると思うのでありますが、これはあとの条項にも関係しまして、五条の二項になつて来まして、「前項の規定により公安委員会が定めた時間内に届出の補正がなされたときは、公安委員会は、届出を受理しなければならない。」この時間にいたしましても、公安委員会が定めた時間内というのならば、時間を切つてこの間に補正せいこう言つて来るだろう。ところがこれは労働運動等ではなかなか個人で応諾はきめがたい、そんなことで公安委員に屈しては駄目だ、示威運動の値打がないというようなことで意見が対立をいたしまして、却つて相当時間を切ると思うのだが、その時間の余裕を与えるから、これだけできめてしまえというようなことを言つてもできない場合もある。こういうふうに時間を切つてやるということは、余りにもだんだんとかたくなにすると思うのでありますが、これに余裕を持たせることはできないか。例えば二十四時間というのを三十六時間前にするということはできないか、或いは公安委員会が定めた時間というのも、二十四時間以上の時間を与える、こういうふうな規定ができないものかどうか。この点についてそれをやつた場合に警察当局として非常に取扱いがむずかしいかどうか。この点をはつきり一つお答えを願いたいと思います。
○政府委員(斎藤昇君) 実は御質問につられまして、私も間違つた答弁をいたして誠に申訳ありませんが、(「困りますね」と呼ぶ者あり、笑声)失礼いたしましたが、ここの補正は第一項各号にありまする二条一項に規定する要件の一部を具備していないときに補正をする。それから主催者側のうちに十六歳に満たない者或いは禁治産者があつた場合に、その人を取替えてもらうというだけでありまして、これはそう大したあれじやありませんので、今の御質問の意味もこの点を御了解頂ければ問題はないのじやないか、かように考えます。
○菊川孝夫君 ところがこれは問題はないと言いますものの、過去において私らも責任者として何回も届出に参りまして、警視庁へ行つて折衝をしたのでありますが、その際にこの道路を変更してくれとか、曲り角をこちらに曲れというような指示をするのだが、この第三条一項に規定する要件の一部を具備しないということになりますると、どうしても或る程度その書き方が悪いとか、責任者の判がどうのこうのとか、住所は何だとかやかましく言つて来るのですよ。実際問題としてこれにひつかけて、書類を出しに行きましても一遍でなかなか片が付くことはない。必ずもう一遍来てくれというわけで呼出されてやつておるわけです。そうするとこの二十四時間で間に合わんようなことが往々にして起り得る、起らせようと思へば起り得ると思うのでお尋ねしたわけでありますが、国警長官はこの一号と二号だけであるから問題はないとおつしやるが、それならいいわけでありますが、その次の二項の「時間内に届出の補正がされたときは、」ということでありますが、この時間をどのくらいの余裕を与えてやるつもりであるか。この点について一時間以内とか二時間以内とかいう……常識的なことを言うだろう、非常識なことは言うまいと思いますが、この時間はどれくらいの余裕を与えてやるつもりでありますか。この点を伺いたい。
○政府委員(斎藤昇君) これは常識的に届出のできる余裕の時間を十分見るものと考えます。非常識な時間を定めることはないと確信いたしておる次第であります。只今の道路の歩き方を変えるとかなんとかいうのは、ここの補正の命令じやなくて、それは後の変更の命令或いは条件であります。ここでは書類が具備していない、そういつた点を正式な届出と認められないから、こういうように正式な届出に直してもらいたいという点でありまするから、さような意味でそう問題にはなるまいかとかように考えますので、只今の御注意もありましたから、できるだけ早く、又便利な措置を講じられますように特に注意をいたしたいと存じます。
○菊川孝夫君 齋藤さんのそういうお答えでございますが、過去において、これは責任者であるとかないとかいつて文句を言うのです。届出た責任者は本当の代表者でない、これは例えば委員長は誰であるか、事務局長が誰であるかというようなことで悶着が起きて、何回もこういう問題に引つかかつたので私は申上げておるのです。その形式的なものも存外警視庁に参りますとむずかしくて、何時間も待たされて私らはやつたのですが、僕ら相当心臓強くやつたが、その当時は警察の態度も違つていた。だんだんと世の中が変つて来るに従つて、何といつても逆行コースを歩いておりますから、従つてこういうところで一々難癖をつけようと思えば付けられるのであります。それで申上げるのであります。この際にはつきりと委員会における速記録を残しておいて、将来それが悪用されんように申上げたいのでありますから、その点を誤解のないように一つお答え願いたいと思います。 それから次に第五条の六項へ参りまして、「公安委員会は、警察隊長若しくは警察長又は警察官若しくは警察吏員を指定して、前項の規定による権限の行使を委任することができる。」こういう条項がございますが、これは実際問題としましては、殆んど公安委員は直接面会しない、こういう問題についていろいろいざこざあつた場合に、面会せずに、単なる係の警部或いは警部補連中を今まででも折衝さしておるのです。でこちらとしては、主催者側としては公安委員に会つて直接話したいと思うが、間接にそれを「委任することができる。」こういうことにしてありますと、むしろこの条項を楯にとつて、殆んど公安委員が主催者側に会おうとしないのでありまして、警部補くらいに会わして然るべくあしらおうということで往々にして今まで取扱われて参りました。これはむしろこんなことを書いておくと、今までもこれをいいことにして公安委員がすべて前項の第五項の補正を命じたりする。これは大丈夫だという説明がございましたが、それでは一遍あとで公安委員に聞いてみますとこう言つて、警部補はなかなかそのときに即戦即決には行かない、公安委員に直接会うならば話はわかるとしても、公安委員は一応公正なかただが、警察のほうとしては取締に重点を置かれるので、私は警察を別に悪者扱いにするわけじやないが、何か取締をする際に余りに細心に事故を起さんようにと余りに細心に注意を払い過ぎた結果かも知れませんが、ややもすると、而も最近だんだんと時代逆行になりますので、逆行になつて来るとより以上にこれが恐しくなつて来る。今のような状態であればよろしゆうございます。又過去における、或いは最近におけるような状態ならば僕は別に問題はないと思うのですが、これが一、二年経過するに従いましてだんだんと濫用になつて来る嫌いがあると思うのであります。そこでお尋ねしたいのは、第六項による「権限の行使を委任することができる。」と規定してあるけれども、主催者側は委任では将があかん、だからして本当の公安委員と面会をして公安委員にやつてもらいたいといつた場合に、それを主催者側がそういうことを要求する権利を認めるかどうか、この品を一つお伺いしたいと思います。
○政府委員(斎藤昇君) これは権利を認めるとか認めんとかいう問題でなしに、その公安委員会なり、或いは警察官の常時の心がまえだと考えます。認める、認めない、或いは委任がしてある、してないにかかわらず、そういつた場合にそれじやすぐ会つてよく言つてみようというようになるか、或いはもう公安委員に会わなくても公安委員の意を体して早く便宜にやつて行く、ふだんのそういつた心がまえの問題であると考えますので、この点は六項は法律上の点を明確にいたすために設けたのでありますが、実際問題といたしましては今後も今までより以上にそういつた面におきましては更に民主的に、親切に、そして敏速に処理をいたすように我々はじめ皆努力をしなければならない。これを一つお誓いを申上げるということ以外にはないかと思います。
○菊川孝夫君 そういたしますと、この問題で警察委任をしてあつても、警察官や或いは警察吏員と主催者側との間になかなか埓があかないというようなときには、当然委任をしてあるからと言つて公安委員は逃げるものではないというふうに解釈してよろしゆうございますね。じや次に参りまして、第六条の「危険物の携帯の制限又は禁止に関する事項」、この危険物というものはどの程度までを危険物というふうに解釈して言われるか、これも又非常にむずかしくなつて来ると思うのでありますが、例えば組合旗その他の旗の先に例の槍みたいな金属が附いておる。これも場合によつては危険物だというふうに又解釈もできるだろう、それから旗の竿を少し尖らせてあるからというので、すぐ竹槍にこれを転用できる。この前の宮城前広場の事件のときにもそういうことが新聞記事等にも載つておりましたが、第六条における危険物というものは、大体どういうものを危険物というふうにお考えですか。例えば鉄道における危険物ということになりますと、法律々々によつては危険物の相違があると思うのでありまして、客車内にはガソリンを持つて入つちやならん、又貨物を託送する場合には、マッチを荷物の中に一緒に入れて置くとこれは危険物というので、これを摘発をされますと相当な割増金を取られる。従つて法律々々によつて危険物の解釈が違つて来ると思いますが、第六条における危険物というものはどの程度までのものを危険物として指定するつもりであるか。その点を一つ明確にお答え願いたいと思います。
○政府委員(斎藤昇君) これは例えば法律、条例等であらかじめきめて置くというわけには参らない性質のものだと考えます。只今お説にありました通り極めて整然と行われておる今までの実績であり、又そう行われるであろうと期待をされておりまする団体でありますれば、旗を何本持つておりましても、又旗竿の先が若干尖つておりましても問題はありませんので、そういう際にはそういう旗を持ち込んではいけないという制限をつける必要はないと思います。併し主催団体の性格、過去の経験等から見まして、今後これはきつとそういうものが相当危険物の作用をするだろうと考えました場合、その際には長いほうの旗竿も禁止をして、持つて来ないようにという制限をしなければならんと思います。竹槍とか火炎びんとか、そういうものはいつでも危険物として禁止しなければならんと思いますが、用い方によつて危険物になるというものは、その場合々々の状況の判断によるしか途がないと私は考えます。
○菊川孝夫君 これは今の国警長官の話で非常にむずかしい問題でございましよう。併し取締当局の、或いは公安委員会の考え方如何によつては、どうにでもこれは解釈の付く問題だと思うのです。そこにその危険があると私は思うのです。というのは、例えばボーイ・スカウトですか、少年団が大きな杖を全部持つて行進しても、これはあなたのほうでは大して危険物とは解釈しないでしよう。ところが今あなたの言わんとするところは、共産党あたりが持つていると、ボーイ・スカウトの持つておる棒と同じ棒を持つておつても、危険物と解釈しよう。そういうことになるのだが、今のうちは共産党とはつきり言われないけれども、そういうふうに思つておられるだろうと察するのですが、これはだんだん発展して来ますと、労働組合全部棒を持つておつたら危険物だ、そういうふうに解釈できる。ところがボーイ・スカウトだとか消防団、消防団などは鳶口やなんか持つておる。あれはまるで一つの示威運動だと思う。出初め式なんかは明らかなデモンストレーシヨンだと思う。ところがこういう場合には、何を持つても危険物だと解釈しない、労働組合なんかが持つた場合には、同じ棒でも危険物だ。ボーイスカウトが持つた場合には危険物じやない、労働組合が持つたら危険物だと発展解釈しようと思えば発展解釈ができる。団体の性質によつて解釈しようということになると、公安委員会の信用のある、公安委員会のお気に召すような、即ちときの政権、場合によりますと、政権というのはちよつと語弊があると思いますけれども、公安委員会のお気に召すような団体であるならば、何を持つてもいい。ところがお気に召さんような団体であつたら厳重に取締られるということになりますと、今度は地方へ参りまして取締を受ける側から見なければならん。過去において、去年やつたから今年やるということになりますと、例えばどろぼうをするというように人を悪く解釈して、それに対する取締を決定する。明くる日に労働組合がデモをやつたときに旗竿のことまで文句を付けておきながら、明くる日ボーイ・スカウトが行進をやつた場合に、これは普通の旗を持つておる、而も事故なしに終つておるということになると、第六条の危険物の解釈は非常に問題になつて来ると思うのであります。私は理窟を言うわけじやないが、我々が将来そういう場合になつたときのことを考えて、この際に法律案を審議するに当つて十分明確にしておきたいと思うのです。従つて最後に念を押しておきますのは、過去におきましてそういうような品物で第一条の目的に違反するようなことをやらなかつたような場合には、これは取締の対象にはならないものであると、こういうふうに了解しておつていいかどうか、この点をお聞きしたい。
○政府委員(斎藤昇君) 過去においてやらなかつたからというだけでは、それは私はやりませんということは言いきれんと思います。私は正直に申上げますが、併しながら又労働運動を弾圧するというような意味にこれを使用するというようなことは絶対にあり得ない、このことも誠意を以て私は申上げたいと思います。
○菊川孝夫君 ところが今のようなこういう風潮になつて参りますと、ややともすると労働運動だけを危険視しまして、右翼のほうのやつを危険視しない嫌いがあると思う。過去においてもそうであつたが、戦争前、こんな古い例を引出すわけじやないが、どうも防空演習もあるというようなことにだんだんとなつて来ると、ちよつと危なく我々は感ずるのでありますが、過去におきましては右翼団体が、例えば国粋会が何を持つておつても大目で見ておつた。ところが労働運動などは少しやると、すぐ警官が寄つてたかつて取締つた場合もあつたのです。而もそういう危険があつたからこそ日本がこういう状態になつたのだから、そんなことのないようにしなければならん。従つて法律を定める場合には、できる限りそういつた不公平な取扱のないように、過去において陥つた危険のないようにしなければならん。従つて又法律を今度運用するに当つてもそうしなければならんので、我々は審議する場合には十分責任者の立法の趣旨を聞いて、ここで明らかにしておいて、将来そういう問題が起きたときには、この審議の過程を一つ参考にして、公平に裁きをして行かなければならん、そういうつもりで僕はお尋ねするのであるから、この点を十分一つ理解して御答弁願いたいと思います。 次に第六条の三項に参りまして「実施場所の変更を命じ、」実施場所の変更を命ずるこういうのでありますが、変更を命ずるときには、これは管理者なり、或いはお寺の境内でやるときなら坊さんなり、公園でやるときなら公園の管理者なりの承認を求めんことには、ただやるわけに行きません。それを変更を命じたつて、例えばこの前の場合は別ですが、皇居前広場じや駄目だ、明治神宮でやれと言つたつて明治神宮で許してくれなければやれないと思うのでありますが、そのときは公安委員の人は変更を命ずるときは代替場所を責任を持つて斡旋するのかどうか、この点を一つお伺いしたいと思います。
○政府委員(斎藤昇君) これは同じ場所で同じ時刻にこういうものが行われるというような場合が、一番場所を変えてくれということが多いと思いますが、この前の皇居前広場の問題は、あれはこういつた法律上変更を命じたというのではなくて、管理者としてああいうものを貸すか貸さないかと、これは別個の問題であります。人の生命、身体、自由、財産に直接危険を及ぼすか及ぼさないかと、こういつたような観点から現在の東京都の公安条例の観点から、あの場所はいけないということを示したものではありません。さようにいたしましても、できるだけこういつた集団示威運動等の意義のあるものは、意義のあると申しますのは、有意義なものでは、その場所ではいけないが、ここにこういうよい場所があるからどうだという斡旋をいたしますことは、警察といたしましても時宜を得た措置だと考えます。
○菊川孝夫君 長くなりますがもう二、三点で終りますから「実施場所の変更を命じ」とあるのですが、実施場所はあそこにしようというときに、例えばりどこかの寺の境内を借りてそこでやるということになつて、その日蓮宗のお寺は許してくれた。ところが変更せよと言う、あそこは賑わつていかんから、もつとこちらの禅宗のお寺でやれ。ところが禅宗のお寺のほうは許してくれない、斡旋した上でやるならいいが、場所も斡旋せずして変更だけを命ずるということはあり得ないと思うが、一方の寺の境内を借りるこのときはもう主催者のほうで手配ができた。ところがよそに借りに行つても、なかなか場所がないという場合には、変更を命ずることがないという解釈をしてよろしうございますか。若し変更を命ずる場合には代替場所も公安委員会でこれは変えられるという見透しがついた上で場所の変更を命ずるのだ、こういうように理解してよろしいのですか。
○政府委員(斎藤昇君) これは法律の解釈と申しますよりも、警察のその場に臨んだ常識問題だとかように考えます。適当な場所がありますときに、その斡旋もいたすのは当然のことと考えます。併し適当な場所がない、さりとて今予定をされておる場所は非常に危険が多くて困るという場合には、日時を変更するとか、或いは主催者側でもやはり探してやるということをいたさないと、実際問題としてはうまく行かんかと思います。届け場所が変更を命ずる場合には次にやる場所を必らず警察が斡旋をした後でなければ、そういうことは言えないということはちよつと私言い切れないと思います。
○菊川孝夫君 齋藤さんは常識問題と言うが、あなたのほうの最高指導者のほうでは非常に常識が発達しているが、現地に参りますと、ややもすると感情的な対立の生ずる場合もありまして、存外常識ではなかなかいかんときがある。僕らもそういう場面に出つくわしたことがあるのだが、例えば判を捺すような場合に、判を持つて来ないから拇印でいいじやないかと言つても、判を持つて来なければ困るというので、わざわざ警視庁から判を取りに帰る。今のような交通便利なときならいいが、僕らがやりかけたときは非常に便利も悪い、一々電車に乗つて国鉄の本部まで帰つて判を持つて来た。今なら電話で連絡して判を取り寄せられるが、そういうときには、常識でやると言つても、その書類は判を捺して持つて廻わらんならん。拇印でいいじやないかと常識問題で済まされぬから、判を取りにやると、だんだん感情的になつて、妨害しようと考えておると言う、ところがまあ警官その人の身になつてみると、上官警部や警視に、判を捺させなければけしからんじやないかと言われるから、責任上やかましく言うのである。僕らは官庁勤めをして理解しているからいいのだが、理解のない場合には、妨害しようと思つておると誤解して却つて不測の事態を招く虞れがあると思う。従つて場所の変更等に当りましても、ここに集団示威運動を妨害せんがために場所の変更を命ずるというようなことも起り得ると思うのであります。だから示威運動をやつて、示威運動というものは不特定の人にこれを示すんだと言つておりながら、効果のないところでもつてやれと言つたつてやれませんよ。これはこの法律の解釈によつてそういうこともやり得る。例えば芝公園でやろうというようなことを考えておつたにもかかわらず、多摩川の遊園地あたりの広つぱに行つてやれと、そういうことも妨害としては言い分が成り立つと思うのであります。その点について変更を命ずる場合には、それに相当するようなところを当然考慮して、ここへ一つ変更してくれ、こういう話にする。将来はそういうふうに必ず運用されるものであると私は了解して行きたい。そうでない限りにおいては、私の言うのはちよつと極端か知れないけれども、これは当然一部公安委員会において妨害しようとかかつて来た場合には、そういう極端論を持ち出し得るのでありまして、大体示威運動はこういうものだという性格論を初めに触れられたのでありますが、すべて効果のあるところでやらなければならん、効果のない山の中で示威運動をやれと言つても話にならん。私の言うことが極論だと言われましたけれども、そういう極論になり勝ちでありますから、その点については当然変更場所等については、そういうふうな温かい理解の下に取扱われなければならんと思いますが、長官どうも言葉を濁しておられるようですが、これ以上あとは差控えておきます。次に進みます。 第八条の警告、これはどういう方法によつて長官は警告を発せられるおつもりであるか。この警告ということになりますと、多数の人で例えば一万二万というようなときに、警告を発する場合に、その責任者の発する場合の警告が、或いはラジオカーによつてずつと宣伝して歩いたものもこれも警告として取扱うか。その次に警告を発する責任者というものは田中警視総監なら田中警視総監が来てやるのか、或いは警視総監の命令か。例えば一警官が解散して下さいというのも警告になるのか。この警告というのは違反行為を是正しというのですが、第八条になつて来ますと大分混乱して来て殺気立つて来た場合に、当然発せられるのだ、従つて警告というものは書面でもつてはつきりと警告文というものを出すのか、それとも警視総監の命令ということになつておるのか、はつきりわからないと思うのでありますが、この点について私はお尋ねしたいのは、今も言うこういう問題が起つたらどうするのだということをお尋ねするのでありますが、警告を発するような場合には当然正式な書面でもつてその責任者に手交するものであるか、或いは責任者が責任者に会つて警告を発するのであるか、それとも一警官あたりが勝手に自由に警告というものをなし得るものであるかどうか。この点をそうぜんと非常に混乱が起り得る、署長の知らん間にそこに来ておる一警部、一方面の責任者が警告を自由に発する、ところが署長は俺は覚えはないのだということになつて混乱を来たすということがある、過去における学生騒動の場合にも責任のなすり合いのような事件が、大したことはないけれども起きておつたように思いますけれども、この警告を発し或いは制止をすることができる。これはどういう方法を以てするのか、その点を……。
○政府委員(斎藤昇君) これは場合場合によつてこの方法なり形式が違わざるを得ないと思います。例えば届出をしないで、そして運動、こういう集団行進をやろうとしているということがはつきりいたしました、そういう場合にはその責任者がわかつておりまするならば、その責任者に対しましてこれは書面なり或いは口頭によつて警察の責任者が、そういうことをやると法律違反になるという警告を責任を以て発することができると思います。それが事実集団示威運動が無届で現にもう行われているというときには、これは放送車等を使つて、これに参加している者にこれは無届のデモ行進であるから解散をしないと違反になる、そういう場合にはそういつた放送車を使うより途がないのでありまして、その時その場合に応じまして、最も適切とする方法を講じたいと思います。要は明確に警告を発せられるべき者に対してその警告が届くということを主眼にいたすべきだと思つております。
○菊川孝夫君 ここは問題の非常に……警告を発したり制止をするというのを、例えば無届の場合は別ですけれども、第三条の一項の違反とか或いはいろいろの違反事項に対して一々警告を発することになるわけでありますが、さて警告を発した場合には、将来記録としてこれは問題になつて、これは弾圧、その示威運動を故意に弾圧せんがために或いは取締を行わんがためにやると、こいつを弾圧せんがために行うような行為もときどきある。或いはわざと混乱をさして、過去においてもあつたわけでありますけれども、混乱をさして、それを無茶苦茶にぶち壊すために要りもしない警告を発する。そこでその警告が発せられたが、ラジオカーでやられた、やられたけれども、今度はあとでそんなことをやつたのは誰だ、責任の所在がはつきりならんような場合もあります。例えば僕らも運動をやつて警告をたまに、滅多に受けたことはございませんが、たまには受けたのでありますが、これだつて一体責任者は誰だと言つて、誰の命令によつてやつておるのでもないので、ただ漠然と注意して下さい、解散して下さいとかそういうことになつて来まして、あとになつて聞いてみると、そういうことをやつた覚えはない、署長はそういうことを言つた覚えはないと言つて、責任の所在が明確にならないのでありますが、その警告なり制止といつた場合には、責任者はこういうことがあつたからというので記録をとつておくとか、或いは文章を残しておくというような行為を私はしなければならないと思うのでありますが、その現場に出張つた人の勘で以てやつてしまい、その責任が、あとで以てあれはやるべきでなかつた、行過ぎであつたという場合に、責任を誰がとるのかということになつて、非常に混乱して来ると思いますので、これらの点を明確にしなければならんと思うのでありますが、この点について一つ重ねてお答え願いたいと思います。
○政府委員(斎藤昇君) 御意見の通り、さような場合には誰がいつどういう警告を発したかということを明確にいたしておく必要があると思います。従いまして現場におる責任者は必ずそういう警告を発したならば、何時何分に誰がどういう警告を発したかということを記録にとどめさすようにいたしたい、かように考えております。
○菊川孝夫君 私まだお尋ねしたいことがたくさんございますが、要求しました時間をもう大分超過しましたので、まあ一応これで打切つて、別の委員の発言をお許し願いたいと思います。
○委員長(西郷吉之助君) それでは伊藤修君にお願いいたします。
○伊藤修君 先ず第一にお伺いいたしたいのは、この本法が届出主義をとつたのか許可主義をとつたのか、要するに許可主義をとつておるかいないか。おるとすればその理由をお伺いしたい、いないとするならばその理由をお伺いしたい。
○政府委員(斎藤昇君) この法律は届出主義をとつておりまして、許可主義をとつておりません。その理由は、集団示威運動等はこれは表現の自由でありまするから、特別の理由がない限りはこれは原則として本人の意思通り行われるのが当然である。ただその場合に公衆の生命、身体、財産等に危険を及ぼすような事項についてはいろいろ制限を加えて、秩序正しければ、これは全部そういう制限も要らないのだということを建前にいたしておりまするから、許可がなければ行えないということではなくて、これは当然行えるということを前提にいたしておりますため届出にいたしました。どこでどういうことが行われるかということを先ず知り、そしてそれが危険がなければそのままにしておく、かようにいたすのが当然であろうというので届出主義をとつておる次第であります。
○伊藤修君 その当然であろうという考え方は、憲法法の二十一条から出ておることだと思うのですが、どうですか。
○政府委員(斎藤昇君) さようでございます。
○伊藤修君 そういたしますと、この本法は形式的には非常に配慮されまして、届出主義をとつておるように見受けられるのです。併し実質上においては本法が許可主義をとつておるように私は考えられます。その根拠は、例えば受理によつて効力を生ずるということになつておりますが、併しその効力の生ずるときは、結局その複本を送達して初めて効力を生ずるのです。一種の許可の形態をそこに持続しておる、持つておると言わなくちやならんと思うのです。ただ形式において届出さして、それによつて一応効力を生ぜしめるがごとく文の体裁をとつておりますが、併し実質はその複本が送達されなければ結局開かれないのです。複本の送達という一つの行為によつて初めて許可の結果を招来するということとちつとも変りないと思うのです。そうするとこれはそれ自体が許可主義をとつておると言つても差支えない。ただ憲法違反を免れるためにこういう法文の構成をとつたに過ぎない、私はかように解釈できると思う。 又もう一つの理由は、この届出事項の変更につきその承認を要することとして第四条の第二項、この点から考えましても、やはり官庁の意思表示を条件にしておる。 それからいま一つは公安審査委員会の変更命令、第六条の第三項、これは事実上許可主義をとつておることは疑いない。これ自体からも本法を貫くところの考え方というのは、あなたの先ほどの基本的な御答弁とはおよそ反対の方向をとつておる。ただ法文の形において憲法二十一条を如何にして免れようかとして孜々として努力されておる苦心の跡は見受けられるけれども、実質は依然として許可主義をおとりになつておることは疑いないと思うのです。して見ますれば、あなたの今の立法的なお考え方は、本法に現われたところの思想とおよそ雲泥の相違があるのじやないかと思うのですが、この点に対する御説明をお願いしたいと思います。
○政府委員(斎藤昇君) 立案の趣旨は決して憲法違反を免れる手段として届出制を取上げたのではないのでありまして、全く憲法の趣旨の通りにこういつた集団示威行進等の表現は自由にするという建前であることには変りはないのであります。届出の受理、届出は受理によつて効力を生ずるのでありまして、この受理証を送達するということが、これが届出の効果の発生の要件ではございません。それからすでに届出たものを更に変更するという場合には、これは本来ならば七十二時間前になすべきものを、そうしないで、新らしい届出とみなさないで救済しようという意味から、止むを得ずここにその場合には承認を受けるということにいたしたのでありますが、併しその場合におきましても公衆の生命、身体、財産、自由に直接の危険を及ぼす虞れがないというような場合には、必ずその変更の承認はしなければならない、かように規定をいたしたのでありまして、飽くまでも生命、身体、財産、自由に直接の危険があるという場合にのみ、これを最小限度の規制を加えて、そしてその下において飽くまでも自由に示威運動を行わしめたいというのが立案の趣旨でございます。
○伊藤修君 あなたの御説明ではわかりませんですね。第一の場合において、受理によつて効力を生ずるとあなたは御説明になりますけれども、それは複本の送達によつて効力を発生するのじやないですか。複本の送達かなければ示威運動はできないのじやないですか。してみますれば、当然その効力の発生時期は複本の送達の時期を以てこれを認定しなくちやならんと思うのです。してみますればそれが官庁の意思表示若しくは行為にかかつておることは当然窺い知るところであります。併しそれが積極的に許可という意思表示をしないということだけで、実質的にはそれが許可の一つの態様としてなされておることは明らかでないですか。 それから第二の場合の承認ということは、変更があつたから生命、身体その他の被害を云々というためにそれにかからしめたとおつしやるけれども、それは又別の問題であつて、根本的のかような集団行動に対するところの自由というものに対しての御説明じやないと思うのです。 それから第三の公安委員会の命令のごときは、明らかにこれは許可主義です。 それから私のお伺いすることは、許可主義をとつたのか、飽くまで届出主義をとつておるのか、若し届出主義をとるならば、法案の立て方としていま少しこれは終始一貫しなくちやいかんと思うのです。形の上で届出主義をとつて、実質の上においてそれを如何にして免れようかとしておる跡が窺えるのです。
○政府委員(斎藤昇君) 届出は受理によつて効果を発生をするのか、或いは届出の送達受領によつて初めて効力が出るのか、これはおつしやいます通り非常に重要な問題だと思いまするが、この法律の解釈といたしましては、届出が受理されれば、それによつて違法な無届の集団示威運動とはならないのであります。届出の複本に受理をしたということを送達をいたしまするのは、それは無届ではないかと言われたときに、この届出の受領証がありますということを示すことによつて問題を起させないために、特に受理したということを明確に書面を以て向う側に渡しておくということになりまして、これは効果には関係を来たさないのであります。
○伊藤修君 そういたしますると、届出によつて効力を生ずるということになりますれば、複本が到達しようがしまいが、この集団運動というものはなし得るということになりますが、それでよろしいのですか。
○政府委員(斎藤昇君) さようでございます。それは無届集会だといつて罰則の適用を受けることはございません。又解散を命ぜられることはございません。
○伊藤修君 そうすると、複本の送達を受けなくて、若しくは何らかの事情、或いはそういうことは好ましくないという考え方を以て出さなかつたという場合においても、届出したものはそのままそれを遂行しても差支えないわけですね。
○政府委員(斎藤昇君) 無届集会、無届のデモをやつたということにはなりません。おつしやる通り……。
○伊藤修君 いや、なりませんが、それはなし得るかどうかということですよ、その場合に。
○政府委員(斎藤昇君) なし得るわけでございます。
○伊藤修君 そうするとあとの複本という問題、その他変更とかいう問題は大きな問題ではないことになつてしまいますね。根本的にそういうお考え方は……。
○政府委員(斎藤昇君) 一たび受理されました以上は、もう届出たわけでありまするからできるわけでありまするが、併しその届出によつて変更を命じられたり或いは条件を附けられる。例えば危険物の携帯を制限をするという命令があれば、その命令には従わなければなりません。併し無届デモであつたということにはならないわけです。
○伊藤修君 そういたしますると、結局届け放しであつて、その後におけるところの呼出しに応じない、或いは変更にも応じないという場合において、その場合においては処置はどうなるのですか。
○政府委員(斎藤昇君) その場合には変更に応じなかつた、或いは命令した条件を充たさずに行なつたという点の制裁が下されるわけであります。
○伊藤修君 そういたしますると、届出の内容に従つて行動されますれば、そういうことを無視しても差支えないわけですね。
○政府委員(斎藤昇君) それは無届ではないということになりまするが、命令を無視したということによる罰則があります。無視したことによつて、それを命令通りに従わせようという、法の実力で制止をしたりする規定がありますが、その分に対してはそれが働いて参ります。
○伊藤修君 そういたしますと、その命令若しくはその他の指示をあらかじめ了承しておりまして、その指示に副つた通りの行動をされた場合には何らの違反行為にならんということになるわけですね。
○政府委員(斎藤昇君) その通りでございます。
○伊藤修君 そうするとそれらに対するところの事後の手続というものは、仮に怠慢若しくは故意にやらなくても差支えないわけですね。
○政府委員(斎藤昇君) その後の手続をやらないとおつしやいましたが、届出をしておきますれば、あとで変更の命令とか或いはこの点が届出の様式に少し違つているから補正をするようにという点がありませんければ、そのままでよいわけです。ところが届出が不備である、或いは日時、場所を変更してくれという命令がありましたならば、それに応じたやはり手続はこれは当然とらなければならんのであります。
○伊藤修君 だから私の申上げることは、結局変更を命じ或いはその他の条件が附いているという場合において、たまたまその主権者がその命令に相応するような、変更に相応するような事後の行動があつた場合、そのときにあなたの先ほどおつしやつた通り、届出によつて効力を生ずるということになりますれば、事後の手続に対するところの出頭とかその他の手続をなさなかつたことに対する制裁は別として、その集団行動自体に対しては何らの制裁はないということになるのじやないですか。
○政府委員(斎藤昇君) その通りでございます。
○伊藤修君 そうすると先ほど吉川君から質問しておりましたが、一つだけは聞きましたが、この際私は集団示威運動、集団行進、屋外集会、この一つ定義を伺つておきたいと思います。
○政府委員(柏村信雄君) 集団示威運動と申しまするのは、多数人が一定の目的を持つて行いまする共同の行為でありまして、公衆に対して気勢を張るものというふうに考えております。集団行進は、多数人が一定の目的を持つて行いまする共同の行為で行進するもの、これは単に徒歩のみに限らず車馬等も含むことになると考えております。屋外集会は読んで字のごときものでありますが、屋外と申しますのは建造物の外という意味でありまして、多数人が一定の目的を持つて行いまする共同の行為で屋外の一定の場所に会同するものを言うというふうに考えております。
○伊藤修君 その場合に今の定義の中には目的が入つてないのですが、目的は必要ないのですか。
○政府委員(柏村信雄君) 只今申上げましたように、多数人が一定の目的を持つて行う共同の行為ということになつております。
○伊藤修君 私のお伺いするのは、その目的の政治的とか或いは文化とか、そういうような区別は要らないのか、あらゆるものがこれに適応するかどうかということを質問しておるのです。
○政府委員(柏村信雄君) 第二条の第四号にございます目的のものはこれは除外いたされますが、その他は特に政治的というようなものに限定しておる考えはございません。
○伊藤修君 すると屋外というと、建造物や工作物は除くのですか、いわゆる家屋という概念に入るのですか、その点はどうですか。
○政府委員(柏村信雄君) 建造物と由しまするのは土地に定着いたしておりまして、何と申しますか、掩蓋と周壁を有する工作で、人の起居出入に適するものというふうに解釈しております。
○伊藤修君 そういたしますと掩蓋のない工作物の中におる場合においてはやはり屋外集会になるわけですか。
○政府委員(柏村信雄君) まあ掩蓋と申しましても……。
○伊藤修君 例えば具体的に言えば、塀の中において、広場においてこれを行われた場合には入るかどうかということです。
○政府委員(柏村信雄君) 塀の中でよ掩蓋を持たない屋外でありますれば、いわゆる広場であります、そういうふうなものは屋外ということになりますが、併しながらこの屋外集会は、更に公共の場所ということで絞つておりますので、一般の会社、工場の構内であるとか、邸宅というようなものは公共の場所における屋外集会のうちに含まれないということになります。
○伊藤修君 そうすると只今お言葉に出ました公共の場所という意味をお伺いしたい。
○政府委員(柏村信雄君) 公共の場所と申しまするのは、道路、公園その他公衆の使用に一般に供せられている場所を言う。即ち河川でありますとか海浜等も含みまするし、たとえ学校の校内でありましても、公衆が自由に通行を認められておるような所は公共の場所というふうに考えております。
○伊藤修君 そうするとその基本的の公有物とか私有物の区別は必要はないのですね。
○政府委員(柏村信雄君) 公共の場所という点に関しては公有、私有の別は特に区別はいたしておりません。
○伊藤修君 例えば赤城山で集会を開いたと、或いは日本アルプスで、乗鞍で集会を開いたという場合には入るか入らないのか……。
○政府委員(柏村信雄君) これは常識的な問題でございまして……。
○伊藤修君 常識的といつても実際上あるのですから、共産党なんかやつておるのですから……。
○政府委員(柏村信雄君) 一応公共の場所であるという観念にそういうものも入ると考えております。
○伊藤修君 第二条の第三号の遠足又は旅行と、こう表現されておるのですが、これは学生、生徒等と、こうありますが、学生以外の者はどういうふうに想像するのですか。
○政府委員(柏村信雄君) 学生以外でも、例えば体育団体などはこれに入ると思います。
○伊藤修君 これは或る政治団体若しくは思想団体が、この遠足若しくは旅行にこれに名をかつて一つの集会を催すという場合が想像されます。事実上あり得る。又冠婚葬祭ということも、最近においてはこれが多く利用されておる。この場合にはどういう取扱いをするのですか。
○政府委員(柏村信雄君) この第二条の第四号にございますように「もつぱら学術研究、体育、競技、娯楽、興行又は商業宣伝のみの目的で行われるもの」と、これだけを除外いたしておるのでありまして、こういうものに名をかりてやる、或いはこれと併せてそういうものを行うというものは、当然この適用を受けると思います。
○伊藤修君 冠婚葬祭の場合は……。
○政府委員(柏村信雄君) 冠婚葬祭の場合においても同様であります。
○伊藤修君 先ほど齋藤長官が説明しておられましたようですが、このラジオの街頭録音ですね、街頭演説会、或いは街頭募金、街頭募金の場合はあらかじめその場所を指定するようなことは多くはないと思いますが、併し街頭録音の場合はあらかじめ場所を指定しておるのですね、いつ幾日どこそこにおいて街頭録音をするというラジオ放送をして集めておるのですね、そうするとこの場合は本法の適用を受けることになるのでございましようか、先ほどの説明から行くと……。
○政府委員(斎藤昇君) 先ほど私がお答えいたしましたのは、お聞き違いをしたのかも知れませんが、街頭録音でありますれば、そこに人を集めてやるわけでありますからこれは集会であります。先ほど私がお答えをいたしましたのは、街頭でラウドスピーカー等を使つてそうして一人で演説をする、こういうものは集会に入らないと、かように考えております。
○伊藤修君 いや、先ほどのあなたの御説明では、あらかじめ通知をして、そこに集会の態勢を整えた場合においては本法の適用があるとおつしやつたから、先ほどの質問にはなかつたが、街頭録音は結局入ることになるのだろうと、こういうお尋ねをしたのです。
○政府委員(斎藤昇君) その通りであります。街頭録音は入ります。
○伊藤修君 その集団示威運動の主催者は第三条第一項の届出の際の事項に拘束されることになるのですね。これはまあ第八条第一項、第三条第五号、「開始及び終了の日時」及び第六号の「実施場所及びその略図」の事項、こういう点の明文からいたしましても、少くとも主催者は拘束を受けることになるのですね。これはどうですか、実際これを行う場合においてこの届出と寸分違わずに行えるということは想像できないと思うのですね。少くともそれは届出るときにはまだ実行着手前のことであるから、届出自体は予定であると考えられる。して見ますれば予定というふうに表現すべきではないですか。
○政府委員(斎藤昇君) 趣旨は全く仰せの通りでありまして、これは計画でございますから、実際は計画と若干ずれるということは当然だと考えております。常識の程度におきまして、予定が実際と違いましても、それは違法であるというようには解釈いたさないつもりでございます。
○伊藤修君 そうするとこの八条の第一項とか或いはその他の条項、規定から見ますと、非常に厳格のように考えられますが、この解釈は大体予定、こういうふうに解釈して差支えないのですね。
○政府委員(斎藤昇君) その通りでございます。
○伊藤修君 只今の御説明によりますと、法文のほうにもそういう表現を用いたほうが、これは後日の争いがないと思います。 次に集団示威運動が二日に亘つた場合にはどうするのですか。
○政府委員(斎藤昇君) これは「開始及び終了の日時」という中に入つておると考えます。
○伊藤修君 それは一回の届出で事足りるのですね。
○政府委員(斎藤昇君) 引続き行われます場合は一回の届出でよろしいのであります。
○伊藤修君 第四条第一項の届出の受理、第二項の変更の申請及び承認した場合と矛盾であるように考えられるのです。前のほうは補正命令を除き必ず受理しなければならない、後者の場合、一定の場合は承認をしないことができるという結果になるのですね。この立て方に矛盾があるように考えられますが、どうですか。
○政府委員(斎藤昇君) 先ほど御説明申上げましたように、第一項は七十二時間前までに届出がされるわけでありますから、実際開始されるまでにそれだけの余裕があるわけであります。届出を受理いたしましてから後に急に非常に変更がなされたというときには、而もその変更によつて公衆の生命、身体、自由、財産に直接危害を及す虞れがあるという場合には、やはり承認ということがありませんと、危険防止の上から非常に困ると思うのであります。非常に変更になりますれば、新たなる届出として更に七十二時間前に届出がなければならないということを、変更によつて簡略な手続で済ましたいというのがこの狙いであります。即ち七十二時間を過ぎてから後に相当な変更が行われるということを予想しておりますので、この場合にはやはり承認というほうが実際に即すると考えられます。
○伊藤修君 変更申請のあつた場合、公安委員会は第六条第一項又は第二項の命令を附してこれを承認することができるのですか。
○政府委員(斎藤昇君) それは勿論でございます。
○伊藤修君 第四条、第五条関係で補正手続を設けておることですが、先ほどから御説明を伺つておりますと、第三条に掲げる要件、この要件はあとで補正命令を、あなたが御説明になつたごとくこういうめんどくさい規定をたくさん設けて、何らかの疑惑を持たれるような表現の仕方の補正命令という手続でなく、受理するときに窓口でこんな簡単なことは係官がこれに対して注意を与え補正してやる、こういう手続にはなされなかつたのか。
○政府委員(斎藤昇君) それはもう勿論当然のことでありまして、窓口でどこか違つておるからこれを直されたい、はいと言つて直せば、それがもう正式な事務手続になつてしまうのであります。郵送されて来た場合とか何らかの行き違いで、どうしてもこれには応ぜられないという場合には、止むを得ず補正命令という形で出さざるを得ない、これは最後の手段であつて、通常の場合は、今おつしやるような形で補正命令でなくして、届出た窓口において完全にしてしまう、これが原則だと思つております。
○伊藤修君 これを窓口で受理の際においてこの要件を具備するや否やということを審査されて、一応の調査をされて、そして補正個所があれば補正を指示して、補正させて受理するという形になるのですね。
○政府委員(斎藤昇君) それが通常であると考えます。
○伊藤修君 従つて窓口処理の場合においては補正命令ということはあり得ないと、こういうように思つてよろしうございますか。
○政府委員(斎藤昇君) 大体ないと存じますが、後に調べて見て、或いはこの点は間違つておつたということが万が一さようなことがあり得るかもわかりませんけれども、原則といたしましてはないと考えております。そこですぐ解決ができないというときには、それじや一応相談して、もう一遍書いてくれということになります。
○伊藤修君 いえ、できないというような事項はないですよ。政府が先ほど御説明になつたように、実に簡単な事項ばかりですから……、いわばすぐわかるような事項ばかりじやないですか。
○政府委員(斎藤昇君) 主催者が十六歳未満でありますとか、或いは禁治産者というような場合に、それじやそれを誰にしたらいいかわからないからあとにいたしますというようなこともあり得ると思いますが……。
○伊藤修君 大体において少くとも第三条における事項は、後に補正命令を出されるということは窓口で処理の場合においてはあり得ないと、こう伺つてよろしうございますね。
○政府委員(斎藤昇君) さように存じます。
○伊藤修君 第五条の第五項ですね。これは出頭しなかつたらばその効力はどうなるのですか。
○政府委員(柏村信雄君) これは明瞭に伝達したり或いは内容をはつきりこちらで認識し得るために出頭を求め質問するわけでございますので、これによつて出頭しない、質問に応じないという場合においても特に罰則を以て縛るというようなことはこれはございません。
○伊藤修君 そういたしますとこの場合において出頭しなくともその効力は生ずることになつて来るのですね。
○政府委員(柏村信雄君) 効力については変りはございません。
○伊藤修君 影響はないのですね。
○政府委員(柏村信雄君) さようでございます。
○伊藤修君 この第五条の第一項の第二号ですね。十六歳というのはどこから割出された年齢ですか。
○政府委員(柏村信雄君) 十六歳に満たない者はいわゆる犯罪者として扱わないことになつておりますので、そういう刑罰の適用を受けない者を主催者として、そしてこの届出の義務を実際に行おうとすることは、これらの法律の制度上の問題としておかしい、こういうふうに考えて、十六歳に満たない者は主催者として取扱はないというふうにしたのでございます。
○伊藤修君 それから同条の第六項によつて、公安委員会が権限委任をすることがありますね。これは個別的に委任するという考え方ですか、包括的にもできるという考え方ですか。
○政府委員(柏村信雄君) これは個別的にも包括的にもできるというふうに考えております。
○伊藤修君 この第六条の第三項ですね、「やむを得ないと認める」というのですが、これは主観的ですか、客観的ですか。
○政府委員(柏村信雄君) 直接的には公安委員会がそう認めるわけでありますが、勿論この場合公安委員会として客観的な事情に基いて判断をすべきものと考えております。
○伊藤修君 そうすると客観的にそういう事実が存在するという具体的な範囲まで考慮に入れるとか、或いは想像の程度においてこれは認めるのか、その程度はどうですか。
○政府委員(柏村信雄君) 具体的な事実ということも、結局は予見の問題になると思いますので、今仰せの想像というものが単に主観的に非常に危いというふうな、ほかの者が納得しないというような状況において行われることはあり得ないと考えております。
○伊藤修君 いや、私のお尋ねするのは、その認定権者の主観が大部分を以て認定されるということなら危険ですよ。少くともこれはやむを得ないということが具体的に、而も客観的に容易に認識し得る程度の事実が存在しなくちや、この場合において適用をすることが行過ぎじやないかと思うのですが、その点を明確になさる必要がないか。
○政府委員(斎藤昇君) これは只今おつしやいましたように客観的な事実によりまして、その事実を示せば誰でも納得ができるような場合を指すのであります。例えば先般の五月三十日に非常に混む駅の前で集団行進をやるとか、或いは屋外集会をやる、その時間はラツシユ・アワーであります。五時から七時までの間というような場合には、これは混雑を来すというので、その時間を書いてもらいたい。このことは一般のかたがたにその事実を示して説明をすれば理解が当然できる。そういう客観的な事実があることでなければならないと、かように考えております。
○伊藤修君 第八条の第一項の「まさに行われようとする」、この意味は……。
○政府委員(柏村信雄君) 非常に行われる危険が切迫しておるという状況をいうのであります。
○伊藤修君 それじや説明にならぬ、もう少し具体的に言つて下さい。
○政府委員(斎藤昇君) 具体的に申しますると、無届でやるというような例えば情報がある、それが裏付けられている。実際そういう通知が廻つておるというような場合には、これはまさに行われようとすることがはつきりしておりますから、無届ではいけませんぞということを警告するわけであります。或いは三々五々集つて来て、そうしていよいよ集会をやるらしいという場合もまさに行われようとする、そういうように考えております。
○伊藤修君 只今の長官の御説明によると、結局具体的に客観的にそういう事実が認められる情勢下においてのみ認定される、こういうふうに伺つてよろしいですか。
○政府委員(斎藤昇君) その通りであります。
○伊藤修君 それとこの条項の、第一項の制止せられる、その大要は……。
○政府委員(斎藤昇君) この制止の大要は、例えば無届の集会に集つて来るという場合には、これは無届の集会だから集つて来ることをやめなさいと制止をする場合も入るわけであります。それから危険物を持つて来てはいけないという条件を附けておるのに、危険物を持つて集るという場合には、危険物を持つて来てはいけないということを知らせて、そうしてその危険物を持たさないようにさせるというようなことであります。
○伊藤修君 この法律の諸所に出て参ります例えば本法の第一条、第四条の第二項、第六条第一項、第三項、第八条の第二項等に掲げられておるところの「公衆の生命、身体、自由又は財産に対する直接の危険」、こういう言葉が使われているのですが、これは具体的に一つ御説明願いたいと思います。
○政府委員(柏村信雄君) この直接の危険と申しますのは、例えば演説等において非常に扇動をして、危険な状況を扇るというようなものはここに含まない。実際にそうした行為が行われるという段階になつて直接の危険というふうに考えております。
○伊藤修君 だから危険が具体化された場合においては問題ないと思います。本法の企図し表現されておるところは、それを将来において予見しようという場合が多いのです。従つてその直接危険という、この具体的表現がどういう点まで指しておるのか、これを伺つているのです。問題は生じてからの問題ではないのです。それは明らかですから…。
○政府委員(斎藤昇君) 只今警備部長から説明いたしましたように、間接的に危険を及ぼして来る、そういうのではなくて、この集団示威運動、集団行進というもの、それに参加している者から直接に公衆の身体、自由、財産に危険が及ぼされる。そのデモによつて火炎びんが投げられることによつて危険を来たす、或いは棒切れを振り廻されることによつて誰かが怪我をする、或いは坐り込みをやつたことによつて交通が直接的にとめられる。こういうことを指すのでありまして、この集団示威によつて或る気勢を示す、ただ、その気勢を示されたことが間接に廻り廻つてどつかに危険が及んで行く、そういうことではないということであります。
○伊藤修君 だから今の御説明のようなふうにいたしますと、少くとも第四条、第六条、第八条ぐらいにおいては具体的に例示的に示すべきじやないでしようか。直接危険というものを……。
○政府委員(斎藤昇君) 或いはそのほうが親切であつたかもわかりませんが、直接でないもの、即ち間接の危険というものを考えて見ると、すぐわかるのじやないだろうか、かように考えたのでありますが、仰せの通りにしたほうが親切であつたかも知れません。
○伊藤修君 第九条の第二項の「公安委員会の命令に違反して集団示威運動等を行つた者」、こういう字句がありますが、これは恐らく主催者を指すと思うのですが、この点はどうですか。
○政府委員(柏村信雄君) ここで「行つた者」と申しますのは、単に主催者のみでなく、その企画、それから総括的な指揮というようなことで、実際にその騒擾罪で言えば首魁というような意味の者を申すわけであります。主催者、統轄者、実施の企画に当つた者というようなものでございます。
○伊藤修君 そうすると主催者でない者は命令その他の事項については認識はないんじやないですか、そういう者をも全部責任を負わしむるのですか。
○政府委員(柏村信雄君) 主催者でございませんでも、主催者と同じようにその集団示威運動等を企画し、それを指揮するという者は当然に事情をよく知つておる者であるというふうに考えるのであります。
○伊藤修君 そういたしますと届出の際にその名前に表示されていない事実上のそういう関与者を処罰しようというわけですね。
○政府委員(柏村信雄君) さようでございます。
○伊藤修君 そうするとその場合に届出に署名されておるところの共同主催者という者も当然やはり責任を負うのですか。
○政府委員(柏村信雄君) さようでございます。
○伊藤修君 そうするとたまたま署名はされておつたけれども、事実に対しては関与していないという場合においてはどうなんですか。
○政府委員(柏村信雄君) 事実において関与していない場合におきましては「行つた者」の中に含まれないと思います。
○伊藤修君 そうすると届出に対するところの責任は負わないのですね。
○政府委員(柏村信雄君) 虚偽の届出をしたという……。
○伊藤修君 虚偽でなく、届出をしておるのですが、実際は知らない。又そういう集団行動が思わざる結果に至つたということに対しては何らの認識を持つていないのです。
○政府委員(柏村信雄君) 主催者として届出るということもやはり「行つた者」の一つに入ると思います。その届出に基きまして行うわけでございますから、主催者も入ると思います。
○伊藤修君 それはどういう根拠から来るんですか。その行為に対して何らの認識を持つていないのです。ただたまたま主催者として名前を連ねたというだけであつて、あなたの先ほどの御説明だと、事実上やつた者だけが責任を負うというような御説明ですが、そうすると形式的にも名前を連ねた者が責任を負うということになると、非常に広汎に責任を負わなければならないことになるんじやないですか。
○政府委員(柏村信雄君) 本人が知らない間に届出に記載されておつたというだけではこれは責任は負わない。主催者としてただ名義だけ主催者という名前で届出を他の者によつてされたという場合には、その主催者の名前を使われた者が責任を負うという筋合いのものではないと思います。
○伊藤修君 そうすると主催者として承諾して判を捺したという場合においては、今の説明によるとどうなるのですか。
○政府委員(柏村信雄君) 主催者として名前を出した以上は、その集団示威運動を「行つた者」の中に入ると考えます。
○伊藤修君 そうすると結局あなたの説明を全体総合いたしまして、これは重要なことですから一貫して御説明を願いたいと思います。
○政府委員(柏村信雄君) 責任を持つて届出た主備考は勿論、その主催者でない者でも、事実上主要な企画に参画し、或いは統轄指揮をするというような者はここで言う「行つた者」に入るというふうに考えます。
○伊藤修君 私はその指揮命令をし統轄した、事実上その結果に対するところの責任を負わなくちやならない者に対しては、これの責任を問うことは、これは差支えないと思いますが、そうでなくして、ただ届出をなし、その事実上の運動の結果招来したところの結果についてその者が責任を負わなくちやならんということはわかりかねるのです。
○政府委員(斎藤昇君) 主備者として届出ました以上は、その集団示威運動を責任を持つて主催をするということでありまするから、特別な反証等が挙げられぬ以上は、これは責任を持つてやつたものと認めざるを得ないのであります。
○伊藤修君 そうするとその場合において反証を挙げて、自分はそれには少しも関与しておらない、与り知らないということが反証によつて証明されれば責任はないことになりますか。
○政府委員(斎藤昇君) 反証によつて証明されるならばこの罰則の責任はございません。併しそれは主催者の責任を果さない者が主催者として届出たわけでありますから、その場合は虚偽のを出をしたことになるだろうと思います。
○伊藤修君 齋藤君、それはおかしいよ、それを虚偽の届出ということは、届出自体は虚偽でない。自分は了承して、承知して届出ておるのです。届出て主催者としての地位を自分は自覚しておる。併したまたまなされたその運動の結果が、その主催者の予期せざるものが発生した場合において、事実上それを統率し指揮した者は、先ほどこちらのほうの説明の責任を負う主催者になつたが、指揮命令はしない。併し意外の結果を生じたという場合において、その人が責任を負うかどうかということをお伺いしておるのです。それは虚偽の届出ではない、真実の届出である。
○政府委員(斎藤昇君) 真実に主催者として届出をしたということは、これは虚偽の届出ではありませんが、主催者である以上は、やはりその責任を負うというのが建前であろうと私は考えたから申上げたのでありますが、刑事責任といたしましては、これは事実を知らなければ刑事責任は負えませんから、一応は主催者はその責任を負う者として考えまするけれども、只今申しましたように反証が十分挙がるならば刑事責任は負わないことになると思います。
○伊藤修君 九条の三項の第一号の処罰は、これは実質は制裁じやないですか、これは刑罰を以て臨んでおるようですけれども、過料でいいんじやないですか。
○政府委員(柏村信雄君) 届出をしない者又はそうした無届のものに情を知つて参加したような者についての罰則の問題でございますが、これはやはり往々にして非常な危険を及ぼす虞れあるものであつて、それを未然に防止するという意味におきまして届出の義務を課しておる以上、この程度の刑罰は、この法の趣旨を確保する意味において必要であろうと、こう考えておるわけであります。
○伊藤修君 あなたのほうから言わせれば成るべく重くして、その反射効力としてこれを守らせることは結構でありますが、本質的においてはこの行為自体は刑事罰じやないんじやないかというんです。いわゆる一つの行政秩序の維持を保とうとしての制裁じやないんですかというんです。それに刑事罰を以て臨むというのはどうかというんです。
○政府委員(柏村信雄君) お話のような形式的な違反であるという面も勿論考えられないことばないのでございますが、先ほど申しましたように、届出の義務を設けることによりまして、先ほど来申上げておりますような生命、身体、財産の安全を保障しようという点から申しますると、この届出義務というものには相当重き規制をいたしまして、これを確保することが必要であろうと考えております。
○伊藤修君 法務総裁にお伺いしたいのですが、この法律はともかくとして、刑事特例法、破防法、法廷秩序維持法、警察法、これら一連の考え方というものは、目前の治安維持ということに眩惑されまして、非常に折角憲法で定めた基本人権というものを制約する傾きが多く見受けられる。勿論法務総裁のお答えからいたしますれば、そうした基本人権も公共の福祉によつてこれを制約されるのだというお考え方が一貫しておるようでありますが、私は公共の福祉の下においてはすべて基本人権というものは制約されて差支えないのだという考え方じやなくして、逆に基本人権というものは我々は厳としてこれを守らなくちやならん。必要最小限度、法務総裁が口ぐせにおつしやる必要最小限度の範囲においてこそこれが制約されることは是認されると思うのです。然るに最近の立法傾向というものが、先ほども申しましたごとく、これらの折角憲法で保持せんとして努めておるところの基本人権というものを制約する傾向に走りつつあるのです。これは私は折角民主主義国家としてその緒についた、今後民主主義国家として完成するのには恐らく二年かかるでしよう、そのまだ序の口におるところの、この幼児にひとしい、若々しい、その道程にある日本の民主主義というものが、こうした最近の立法傾向によつて逆行される、少くとも民主主義というものがここに終止符を打つというようなあり方は好ましくないと思う。これが今日の治安対策として、政府として一連の考え方の下にこうした立法傾向を立てられるということは、今日の政府の政策としては、唯一の考慮をしてなされておるのでしようけれども、私としては誠に歎かわしい事態だと思う。又日本の民主主義再建の過程においてこれほど不幸なことはないと思う。私のお尋ねしたいことは、今後とも一体これがどこまで進むのか、憲法に折角定めたところの基本人権というものを、ことごとくあらゆる法規の下に、こうした考え方の下に制約して行くのか、いわゆる憲法の定めるところの基本人権というものは骨抜きになつてしまう、形骸に過ぎない、民主主義国家などと言つて世界に誇るべき日本の姿であるということは、形式にはあつても、実質にはあり得ないのでありまして、旧明治憲法時代のあの日本の姿に戻りつつあるというところまで行くというあなたのほうはお考え方か、不幸にしてあなたが就任されてから、こうした傾向の法律が多々出されて来た。私はあなたのために非常に憎しむのですが、一体あなたはどこまでお考えになつているのか。これで終りだとお考えであるか、まだこれから出すというのか、私はそれをお伺いしたいのです。
○国務大臣(木村篤太郎君) お答えいたします。私は基本的人権を尊重することにおいて伊藤委員にはあえて劣らんとみずから考えております。そこで申上げたいのは、往々にして個人の基本的人権を擁護せんがために、多数の基本的人権が蹂躪されることがしばしばあるのであります。これを憂えるのであります。私は民主政治の建前からして、多数の人権をどこまでも擁護しなければならん。例えて申しますると、ここに火事が出た。それを消防ポンプを以て消そうとする。ところがその水の跳返りで我々の洋服が濡れる。それでそのポンプの水を出すことをやめてくれ、こう言つたら如何でしようか。我々は大きな意味から国民の基本的人権を守りたいという熱意を持つております。決して基本的人権を我々は無視するものではありません。そこでこの一連の法律というものも、私は日本の治安を確保して、日本民衆の大多数の基本的人権を擁護したいと考えておるのであります。これがしつかり擁護されればもろもろの基本的人権の侵害というものも恐らく雲散霧消するであろうと私は考える。この立場において我々はどこまでも日本の治安を維持して、多数の基本的人権を擁護したいという熱意に燃えておるのであります。一連の破防法、集団示威運動等の秩序保持、警察法一部改正、これは別に関連性を持つておるとは私は申しませんが、これらの法案はことごとく日本の治安を十分に確保して、そうして多数の基本的人権を擁護して行こう、この熱意の下に我々は構想をしたわけであります。 今後どうするかということでありまするが、今後日本の治安が確保されて、本当に正常な状態に至りますれば、破防法にしても警察法にしても私はこれを実施する必要のないものと考えて、さような日の一日も早く至らんことを心ひそかに希つておるのであります。どうぞさような意味において大いに御考慮を願いたいと思うのであります。
○伊藤修君 法務総裁のお考え方は大体わかつておりますが、法務総裁がいわゆる少数の基本人権を保護するために多数の基本人権を害するということを阻止したいという理念の下に、こうした一連の治安立法というものを企画されておるということでありますが、むしろ現実の面においては逆じやないでしようか。いわゆる少数の治安を紊さんとする者を取締る、それに汲々として、大多数の国民全体の持つところの重大な権利、即ち言論、集会、結社の自由、そうした民族としては一番尊い権利というものを犠牲にして行かなくちやならんということは、私は少くとも考慮の余地があるのじやないかと思います。この場合において若し公共の福祉の必要上というならば、これは飽くまで必要最小限度の範囲にとどめるべきものではないか。この意味において京都のこれは一つの下級裁判所の裁判例でありまして、あの判決理由においてははつきりこの点を指摘しておる。私は誠に機宜に適したところの指摘だと思います。最高裁判所においてどういう判例になるかは存じませんが、少くともああした考え方の下に我我はこの基本人権というものを守つて行かなくちやならん。又これを制約せんとする場合においては、やはりその限度においてこそ初めて合法化され、適正化され、合理化されるということが言い得ると思います。今あなたの仰せのような考え方を以て行けば、やはり大多数の基本人権を守るためにということが、却つてそうでなくして、そうした一連の法律のために大多数の基本人権というものが制約されて行くということは、民主主義国家としての発達の上に大きな障害になるのじやないかと思います。今は、今日出された法案についてその是非は別といたしましても、少くとも今後これ以上法務総裁があの手この手とお考えになつて、法律のみを以て現在の治安確保を図られるということは、如何にあなたが四六時中お休みにならずにお考えになつても不可能だと思います。これはもつと根本的にお考え下すつたほうがいいと思います。今の御答弁の中にも、今後そうした治安立法をまだ企図するお考えであるかどうかという点には触れていらつしやらない、その点を更めて一つ伺つておきたいと思います。心配でならないのです。
○国務大臣(木村篤太郎君) 更めて御答弁を申上げます。 私も法律を以て治安を維持する最大のものとは考えておりません。これは大いに民心安定の政治を行わなければならん、こう考えておることは伊藤君と同様であります。そこで私は参考のために、最近何されましたのですが、アメリカで一九四一年のコックス対ニユーハンプシヤー州の事件というのがあります。この事件について合州国の最高裁判所の判例においてこういうことを言つております。憲法の保障する基本的人権は公の秩序を維持するための組織された社会があることを前提とする。若しこの秩序が維持されなければ自由それ自体が無制限の濫用によつて失われるであろう、こう言つておる。我々の基本的人権の背後には大きな秩序を維持される社会があることを必要とする。この秩序の維持された社会があることによつて初めて個人的人権というものが保障されると喝破されております。我々も同感であります。最近何よりも急務たることは、日本の社会秩序を維持するということであろうと考えます。その建前の下において、我々の個人的人権というものは十分に保護されるのであるのであります。かるが故に我々は日本の国家秩序を維持するために最小限度の法案を立案したのであります。破防法におきましても我々実に苦心いたしたのであります。あれで世間では言論、結社、出版の自由を制限するようなことを言つた人はどこにもないと確信いたしております。政治を批判し、現在の政府を攻撃したりすることは御自由であります。どこでこの法案が言論を抑圧することがあるでしようか。私はこの批判は不思議に思つておるような次第であります。この法案にいたしましても、現在の秩序を守る点において最小限度の必要止むを得ざる限度において我々は立案したものと考えております。御了承をお願いいたします。
○伊藤修君 今あなたのお考え方は非常に結構である。又今の判例を御引用になりましたことは、無論それが基本原則としては当然なことです。いわゆる我々が基本人権を主張するということ、これによつて濫用に亘り、他の基本人権を侵すことがあつてはならないことは当然なことであります。併し私の申上げることは、国家の秩序を棄すというものを除かんとして、多くの犠牲を出すということは、却て多くの基本人権を阻害する結果を起す。反対の結果を招来するのではないか、これを憂える。その点を十分一つ御留意願つて、法の運用ということについては十分できる限りの御努力を賜わりたいと思います。今度の破防法に対するところのあなたのお心遣いは非常に蔭ながら敬意を表しております。併しあなたのお心遣いによつてのみでは法の目的を達しないことを憂えておる。私はその点はやはり寛厳よろしきを得ておやりになることは結構だと思いますが、併し第一線では、不幸にして私が一昨昨日中国地方のほうで特審局、今日の公安調査庁の地方ブロツク支局を拝見いたしまして、あなたのお考え方等がまだ末端まで到達していないということを伺つて非常に遺憾に思う。これは今後の運用においても十分御留意賜わりたいと、こう思う。殊にこの法律においても又そうであります。私はあなたの、今度の警察法の改正によつて多少又変つて参りますけれども、少くともあなたの意思が末端まで到達しない状態にあるところの今日の第一線機関がこの法律を運用するのですから、これに対しましてはやはりあなたも内閣の責任者として、又齋藤長官におきましてもやはりこの法律の行き過ぎのないように、私は極力末端機関によく訓示して頂きたい。かりそめにも過ちのないように、行過ぎのないように、努めて頂きたいと思うのであります。これだけ特に申上げて置きます。
○国務大臣(木村篤太郎君) 只今伊藤委員より誠に懇切な御注意を伺いました。有難く拝承いたします。我々は法案につきましていやしくも濫用のないように十分将来注意いたします。只今御指摘の、末端において未だ我々の意の通ぜざるところあるやに思われるのであります。何分にも我々は議会において本当に忙殺されておりまして、実際の行政事務において甚だ閑却されておることを憾みといたします。今後幸いにして実際において、実際の運用に当りましては、今伊藤君の御指摘になりましたような濫用のないように十分注意いたしたいと考えております。
○伊藤修君 私は齋藤長官に御発言願つて頂きたいと思う。今法務総裁から代表的に御発言があつたからそれで打切りますが、齋藤長官からも御発言を願つて置きたいと思う。というのは、曾つて警察官職務執行法を審議する場合におきまして、あのピストルの濫用について私はくれぐれも申上げた。齋藤長官が、そのときには速記録を御覧になればわかりますが、いやしくもさようなことはあり得ないとおつしやつております。現在頻々として起りつつある。これは非常に遺憾な事態だと思う。でありますから、あなたのお考え方というものがやはり末端機関に透徹しないということはよろしくないと思う。この点に対してあなたの責任あるお言葉を伺つて置きたい。
○政府委員(斎藤昇君) 只今法務総裁から御意見を開陳されましたように、私といたしましても、力の及ぶ限り今伊藤委員のおつしやりましたように、できるだけ基本的人権の尊重、憲法の尊重ということを建前にいたしまして、法を運用するにいたしましても、取締に当るにいたしましても、又只今お挙げのピストルの使用というようなことにつきましても、絶えず心を配つておるのでございます。まだ末端に十分に至らないという点のありますることは誠に申訳のない次第であります。今後一層努力をいたしたいと思います。
○菊川孝夫君 それでは先ほどお尋ねいたしました残余について二、三点お尋ねいたしたいと思います。 第八条の「警告を発し」という点までお尋ねしたのですが、その次に「その行為を制止することができる。」と、こうあるわけでありますが、この「制止することができる。」ということは、即ち実力で以ていわゆる梶棒を使つたりピストルを使う、こういうことを意味しておるのでありますか。この点について。
○政府委員(柏村信雄君) 只今の「その行為を制止することができる。」と申しますのは、例えば無届集会に集まるとわかつておる者に、集まらないように注意して集まらせないようにする、又危険物を携帯する者にその携帯をやめさせるというようなことを申しておるわけであります。
○菊川孝夫君 参加者全般ということになりますると数が非常に多いと想像しなければならんと思う。その人たちはこれは無届であるやら、或いは公安委員会との話合いがついたものであるやらつかんものであるやら、一々それはラジオ、新聞等に公告されるものでもございません。従つてわからん。そういう連中が、どんどん行く、それらを制止しようと思つたつて、これはそこへ行く者にとつては別にこれは無届の集会であるやら何もわからん。どんどんこれが殖えて行く、それを制止しようということになつて来ますと、勢い双方の対立を生じまして、紛争が起きると思うのでありますが、私のお尋ねするのは、その「制止することができる。」、こういう意味は、実力を使つてと言つては語弊があるかも知れませんが、梶棒を使つたりピストルを使つても制止することができるということを考えられておるのかどうか、この点をお尋ねして置きます。
○政府委員(柏村信雄君) この制止は警告に続きまする実際の活動でありまするから、その状況によりましていろいろの態様があると思いまするが、制止をする必要がどうしてもあるという場合にこれをするのでありまして、何でも、彼でも集まる者を必ず制止、実力を以て今お話のような拳銃まで使用して制止しなければならないというものではないのでありまして、集まることによつて非常な危険を及ぼす、又危険物を携帯することによつて危険が起るということを未然に防止するという意味におきまして、必要な限度においてこの制止を行うことができるという意味でございます。
○菊川孝夫君 それからこれは第二項、あとでお尋ねしますが、第二項のほうは一応責任者、解散命令でありますからこれは責任者にきまつておるわけでありまするが、第一項のほうでは、これは警察官又は警察吏員でありまするから、そこにおる警察官及び吏員が誰でも警告を発し又は制止することができる、こういうことになつておるわけでありまするが、まあ無届の場合は別といたしまして、違反の場合ですね、違反行為の場合に警告を発するようなときに、違反行為と認めるか認めないかということになりますというと、そこに立会つておる警察官が誰でも自分の判断に基いて随意に警告或いは制止するということをやり得るのでございますか、この点については一方の、解散の場合には一応責任者、これもあとでお尋ねしたいが、責任者というふうに表現は一応とれると思うのでありまするが、第一項のほうではこれは誰でも警告を発するということになつております。ちよつとしたことでもそれがとまらん。制止というような行為まで発展ができると思いますが、そうしますと、これは違反であるかないか、公安委員会に届出た事項に違反しているかいないかということの判定が、そこに集団示威運動の主催者又は統轄者、参加者等におきましては、自分たちはこれは違反でないという確信の下にやつている。ところが又警察署長もあの程度なら違反と考えないというふうし考えているかも知れないが、一番末端の警察吏員が違反であるという判定をして、どんどんこれはやり得ると、こういうふうに、とれますね、第一項の場合はそういうふうに解釈してよろしうございますか。
○政府委員(柏村信雄君) 法律上は警察官又は警察吏員が第一線におきましてこうした警告、制止をすることができるわけでございますが、要はこうした集団示威運動等が秩序立つてされるということを目的としてこうした警告、制止というものが起つて来るわけでございますので、当然に個々の警察官が運営についても上官においてこれらを統轄的に、こういうものを持つた者についてはこういう警告をし、こういう方法の制止をするというような勿論指揮、命令を事前にしておくことが当然の措置であろうというふうに考えるわけであります。法律上はお話のようにその任務々々に応じて位置する警察官又は警察吏員が個々は警告、制止をすることができ得るという建前にいたしておるしわけでございます。
○菊川孝夫君 特にこの警告のごときは、一警察吏員が何方かの大衆に対してですね、而も責任名もあり統轄者もあり、立派に届出でたものに対して、ちよつとした派生的なもので、そのときの殺那の現象を捉えて警告を発する或いは制止をするというようなことにしておるのじやなしに、むしろこれはやつぱり責任者、その取締に当る責任者の名前において警告を発する。例えば麹町なら麹町署長がその責任において、この際は警告をする或いは制止をするのだということを明確にしなければ、署長のほうの意向はどうかわからん。又今度は参加者のほうといたしましても、一体我々はこの程度のことはやつてもいいたろうと思つて参加してやつている。ところが統率者のほうからその行為をとめようということも、或いは主催者のほうからも何ら言つていない。又行進に移る際にもそういう注意を受けてありません。にもかかわらず、途中になつて警察官から警告を受け制止をされるということになつたら困る。而も誰の責任においてやつているかわからない。警官が、そのときに現われたのをちよつと見て、これはというようなことになつて来ると非常に混乱を起すもとになると思いますが、そのような際には当然やつぱり責任者が誰の責任においてやるのだということを明確化しておく必要があると私は思うのでありますが、この点そういう危険は起らないと思いますか、あなたは。
○政府委員(斎藤昇君) 只今のことは非常に大事なことでありまして、我々警察側から考えましても、第一線に出ておりまする個々の警察官が個々の判断でやるという場合をできるだけ少くしなければならない。殊にこういう集団示威運動行進というような場合には、ともすれば不必要な摩擦を起すわけでありますから、さような事態に対処いたしまして、我々のほうといたしましては、最近こういう場合にはあらかじめその現場の指揮をする指揮官の意図によつて動く、個々の動き方をできるだけ避けさすようにいたしているのであります。併しながら警察官がばらばらになつてしまして、急の変に応じ得ないという場合もあり得ると思いますが、併しここに規定をいたしておりますような警告或いは制止と申しまするのは、大体あらかじめ予見のできることでありまするから、従つて事前に十分そういうことについては独断的に判断をしてやるということを少くせしめることができると思うのであります。最近における事態に見ましても、警察官が現場において個々の独自の判断でそういうことを、警告を発したり制止をしたりというような事例は殆んど見たことがございません。併し只今御注意がありましたからさようなことのないように運営の面では十分注意をいたしたいと考えております。
○菊川孝夫君 いや、私の申上げるのは、折角この法律の中では主催者、統轄者、責任者をそれぞれ定めておけと言つておきながら、直接警察官のほうから参加者に対しても警告をする或いは制止をするということになつているのですが、そういうことは先ず第一段階として、警告のごときは責任者に向つて警告をするのが当然じやないか、参加者に対してもこれも自由に警告できる、そういうふうになつて来ると、要らん摩擦を起すことになる。警告の段階においては当然責任者に向つて警告し、その団体の責任者で以て統制をさせる。自主的にやらせる、できる限り……。そうして警察としては、これはどうも違反の行為であるらしいからして、一つ責任者のほうで注意してもらいたいというふうにやるのは当然だと思うのですが、この法文の第八条をそれぞれ生に解釈しましたので、あなたは運用の面でうまくやるというお話で、又当然うまくやるでしよう。警察だけでやられませんから、責任者にやらせるでしようけれども、八条の解釈をそのままに呑んだ場合にはそういうふとになつておりません。一々警察がついておつて、これはお前いかん、これはいかんといつて個々にやれることになつております。そういう法の建前はこれは昔のような取締の警察が何でも取締ろうとして設ける法律だつたらそういうやり方でもいいでしようけれども、今は違うから、成るべくなら団体で以て自主的に統制をやらせ、摩擦を起さないようにしというような、これは警告の段階は責任者に向つて警告をするというふうに明らかにしておくべきだと思う。当然その程度の修正はしなければならんのじやないかと思うのですが、あなたのほうはそういう配慮を考えずに立案されたのですか、その点くどいようでありますが。
○政府委員(斎藤昇君) 只今おつしやいましたことは警察常識として当然のことと私は考えているのであります。
○菊川孝夫君 いや、そういうふうに書いてない。
○政府委員(斎藤昇君) ただ統制のある団体、主催者に通じればよろしいという場合には必ず主催者に通ずるのであつて、そうでない、参加者に一々通ずるということは、警察常識としてもいたしておらないのであります。ただ主催者が誰であるかわからない、三々五々無届の集会に集つて来るという場合には、集つて来る者に対しまして或いは場合によれば個々の集つて来るたびに、無届の集会に集つて来るのは違法だぞという警告をして、やはり聞かなければそこでチエツクして帰すということをしなければなりません。千変万化いろいろな状態がありまするからがように書いておりまするが、只今おつしやいまするような方法によつて目的を達しまする場合にはその方法によることは我々当然の常識と、かように考えておりましたので、かような場合を一々分けて警察官のやり方を示すような仕方をしたくなかつた次第でございます。
○菊川孝夫君 それでは現在も将来も私が今申上げたような方法で以てやつて行くのであつて、これをそのまま生にやるのは本当の非合法な集りに対してやるのであると、こういうふうに理解してよろしうございますね。
○政府委員(斎藤昇君) 勿論さようでございます。
○菊川孝夫君 その次に今度は解散の段階について、二項についてお伺いしますが、解散の命令も、これはやはり警察官又はとなつておるのですが、そのときには最後にこの解散命令権を使うのは、その集団示威運動に対しては誰が最後の解散命令権を発するのだということはあらかじめきめて取締に臨む予定でございますか。その意味でこの最後から一行自、二行自というのはずつと読んでみますと、そのときには誰がこの解散命令権を出すのだと、最後の最悪の事態になつたら出すのだということをあらかじめきめて、集団示威運動その他の行為に対する取締に臨まれると、こういう態勢はちやんと整えて行かれるのかどうか、その点を一つお伺いしたい。
○政府委員(斎藤昇君) この解散命令をいたしまするのは、この条文に書いてありまするようにその現場における警察官、又は警察官を統括する、指揮をしておる現場の最高指揮官、一人でございます。さようにいたしております。
○菊川孝夫君 さよういたしますると、解散命令を出す場合には、その一人の最高責任者が判断をして、その人の名前によつて大衆に向つて解散を命令する、こういうふうになるわけでございますな。
○政府委員(斎藤昇君) さようでございます。
○菊川孝夫君 その場合にも当然私が先ほど申上げましたように主催者又はこの統軸者に向つてあらかじめ解散命令が達せられて、そうしてその主催者がこういうふうな命令が出たから解散をしようというところで、大衆に諮つてやるだけの余裕を与えることがこれはあり得るのか、それとももう直接参加者全体に向つてその人の命令で解散をさせるのか、この取扱いは大体どういうふうに指導をしておられるか、その点を伺いたいと思います。
○政府委員(斎藤昇君) さような統制のある団体の場合にはこの第二項の適用は恐らくないであろうと思います。前項の場合に、これは無届の集会である、前項の制止、警告等は主催者に通じることによつて行われると思いますが、第二項はそういつたもはや統制のある団体としての集団でなくなつておるという場合が大部分であろうと思つております。そこら辺の規定になりますと、菊川さんの考えておられますような労働運動の様式として行われるというような場合を本当は頭に置いて書いておりませんので、そういうような統制のある場合は恐らくこういう適用を見るまでに主催者との話合いで、万一必要があるならばそれによつて解決が著くものと、こういう考えをいたしておるのであります。
○菊川孝夫君 これはそういうことを申上げて何ですけれども、我々もやはりこの程度ならばいいだろうと、いわゆる財産、生命、身体、自由等に直接の危険を及ぼさない、この程度ならいいだろうというふうに解釈して、一々そのデモ方式、行進のときに歌う歌であるとか、或いは持つて行く旗、その他について一人々々に向つて徹底して、訓練して、軍隊教練をやつたように集団示威運動というようなものをやつておつたのではこれはなかなかできるものではございません。労働組合運動は、ボーイ・スカウトの示威運動とか警察予備隊の示威運動などになつて来るとこれは別ごして、ブラスバンド附きでやるだろうけれども、いわゆる労働組合の示威運動をやるとか或いは政治運動になつて参りました場合には、往々にした危惧することは、別に左翼団体でなくても、普通選挙のときもやつた、米騒動のときもやつた。又日露戦争のときも右翼団体でも東京都内でああいう運動を起しておるのです。だから別にそういう思想的背景でなくても、興奮状態に捲込れたときは、日本人は、ずつと長い歴史を、過去の記録を繙いて見ましても幾多あるわけであります。従つて申上げたいのは、あなたの言うには、齋藤さんの今のお話では、そういう解散命令を起すような場合にはもうこれは特殊なものであつて、これはもう問題にならんような解散に限るのだと今までは言つておられますけれども、そうではないのでありまして、往々にしてこの解散命令を食わなければならんような事態にいろいろ警告、制止から発展しまして、最初に予期しないような状態になることがあるわけであります。僕らも過去において一、二回そういう場面にもぶつかつた経験を持つておりますが、その際に直接もうどんどんと大衆に向つて、責任者に何ら通告せずに、大衆に向つてラヂオカーで以て解散命令をするというようなことを通知をせられましても、ところが一向責任者のほうへは通告もない、責任者のほうは一体これはどうなつておるかわからんというような場合もあつたわけであります。そういうところを私は申上げておるのでありますから、この解散命令というものは、明らかにやはり命令を出す場合には、その命令権者の職、氏名等を明らかにして、一応主催者なり統轄者にこれは伝達すべきではないか。その上で、それでも行かない場合には大衆に徹底する。こういう方向の二段の方法がとらるべきであると私は飽くまで思うのでありますが、この点について重ねて伺います。
○政府委員(斎藤昇君) 只今のおつしやるような場合には、この責任者に対して先ず話をするというのはこれは当然のことだと思うのでございます。私が申上げましたのは、例えば宮城前の五月一日のああいう事態になつた場合、或いは新宿の駅前でああいう事態になつた場合、あれは誰に通告していいか、ああいう場合には通告者がないのでありまして、恐らくそういう場合に適用されるのが一番多いと思います。今おつしやいますように、私はこの頃恐らく労働運動として正当な示威運動をやつておられまする場合には、最近そういう解散ということは殆んど我々も念頭にもおいておらんのであります。先般の吹田事件の場合に警察官と竹槍を持つた暴徒とがぶつかりました場合にも代表者に出てくれと言つたのでありますが、我々全員が代表者であると、誰が代表者だということはない、全員が代表者だというようなことでありまして、実際我々当面いたしますものは、菊川さんのお考えになつておられるような場合でないということが多いということを言いたいのであります。
○菊川孝夫君 私はまあ戦前におけるような状態に戻る危険を恐れまして、余り先走り過ぎになるかも知れませんけれどもいろいろお尋ねしました。併しここで齋藤さんからはつきりと普通の労働運動というようなものに対しては、政治運動というようなものに対しては本法は滅多に適用になるものじやない、勿論届出や何かは別でございますけれども、その他取締或いは解散というものには適用されるものではないと、こういうふうに理解していいと思いますので、今の御答弁をそういうふうに受取つておきます。 さて最後に、第九条の集団示威運動を行なつた者という、先ほど伊藤さんも尋ねておられましたけれども、行なつた者というのは、労働法の場合に緊急調整の個人罰というあの条項とよく似たように思うのでありますが、集団示威運動を行なつた者という解釈は、あの緊急調整の個人罰のときに政府側の解釈或いは弁護士連の解釈を聞いて見ますと、そのストライキに参加した者は全部個人罰を受ける。これもとうも第九条の解釈のしようによつてはそういうふうに解釈できないこともないと思うのでありますが、先ほど政府委員から説明されておるところを見ますと、責任者だけが、いわゆる統轄者、こういう連中だけが所罰の対象になるのであつて、参加した者はそうじやない、こういうふうに答弁されたように思いますが、そういうふうに解釈してよろしうございますか。
○政府委員(斎藤昇君) その通りてございます。只今の参加者は第三項に、情を知つて集団示威運動に参加した者と、これを特に書出してございます。それは刑を非常に軽くしておりますので、第一項の場合は今の指揮等に当つた主催者ということに明瞭に解釈をいたしておる次第でございます。
○菊川孝夫君 この第九条の第一項のごときはもう本当に不合法で先ほど齋藤さんが幾つか例を引かれたような場合のああいうような例示された団体が、団体といいますか、集団がやる行為が主としてこれに該当するのだろうと思うのですが、そこでそういう場合には殆んど先ほども言われたように、誰が責任者であるやら誰が率先助勢やらでなく、当然これは覚悟してかかつて来るのだろうと思う。従つて殆んど全員がその対象になるような態勢で、むしろ戦術的にも責任者を出しておいたら引つくくられてしまうから全員が責任者になつておる。従つて全員がこの第一項の対象になるというふうに思うのですが、まあ大体そういうふうな方針で取締りに当られるつもりでございますか。
○政府委員(斎藤昇君) さような場合にありましても、事後の取調によりまして、誰がこれを計画し誰が指導したかということはわかるというのが建前でありまして、わかつた場合にはその首魁がこれでやられる。そうでない場合には止むを得ませんから三項の軽い罰則になりますが、これは止むを得ないと思います。併しさような場合にはほかの刑法に触れるような不法行為も又同時に出て参ると考えますが、この法律の適用といたしましてはさようにいたすしか途がないと思います。
○菊川孝夫君 それじや最後に法務総裁にお尋ねいたしますが、破防法の際には非常に社会の輿論も沸騰いたしまして、いろいろとそういつた刺戟を避けるといいますか、例えば正常な労働運動には適用しないのであるとか、或いはこれを悪用しないとかという条文を設けられたのでありますが、これは集団示威運動につきましても、一番やはり取締の対象になるのは労働組合のデモというのが対象になるだろうと思います。又ストライキにおけるピケットラインというようなものも対象になるだろうと思います。従つて労働組合側としましては、過去における警察が、こうした労働運動の先ず世界の常識として行なつておるものにさえもいろいろと干渉をし圧迫を加えて来たというのが過去の例でありますので、従つて労働組谷運動に携わる者としましては、そういう危険に陥ることを最も恐れておるわけであります。又警戒しておるわけであります。そこで今も国警長官が日本の普通のまあ我々常識的に考え、又は民主的な労働組合運動を対象としてこのような法律案を立案したものではないのであるというふうに答弁されたのでありますが、法務総裁も将来その方針で以つてこの法律案が可決されて法律となつた暁には運用して行くつもりであるかどうか、一つお伺いいたしたいと思います。
○国務大臣(木村篤太郎君) お答えいたします。もとよりその通りでありまして、我々は労働組合運動の正常なる発達を希つております。かるが故に労働組合運動に対しては決してこれに不当に干渉したりするような考えは毛頭持つておりません。本法におきましてもこの点については十分の注意をいたしまして、労働組合運動についてはいささかも懸念がないようにいたした い、こう考えております。
○委員長(西郷吉之助君) それでは法務、労働各委員の質疑は終了いたしましたので、これを以て地方行政、法務、労働の連合は打切りといたしまして、散会いたします。 午後四時三十六分散会