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13回国会参議院1952/03/12

決算委員会決算審査に関する小委員会 第1号

発言数
6
登壇者
3
会派数
2
開催日
1952/03/12

会議録

飯島連次郎緑風会

○委員長(飯島連次郎君) 只今より決算審査に関する小委員会を開会いたします。  昭和二十四年度一般会計歳入歳出決算、昭和二十四年度特別会計歳入歳出決算、昭和二十四年度政府関係機関収入支出決算のうち、本小委員会において審議することになつております昭和二十四年度決算会計検査院検査報告批難事項第三三三号聖十字学園に対する国有財産の売渡に関する件を議題に供します。森專門員から事件の全貌についての説明を聴取したいと思います。

森莊三郎常任委員会專門員

○專門員(森莊三郎君) この事件は検査院の二十四年度の検査報告の批難事項についての三百三十三号として挙げられている事件であります。それにつきまして、若干の参考資料をガリ版刷りにいたしておきましたが、一番という記号のついておりまするそれが大蔵省の管財局から先般当委員会に説明資料として提出されたものなのであります。表面上のことはその一号書類だけで全部わかるのでありますが、それにつきまして、なぜ問題になるかということを第二号以下の書類につきまして簡單に申上げたいと思います。  この第二号の書類に日付の順序として書いておきましたが、ここに磯川という人と渡邊という人がありまして、従来磯川という人が或る社会事業を千葉県下で営んでおる。それの分園を東京に設けるという約束を磯川、渡邊両者の間にしたのが二十二年の十二月の十七日のことでありまして、その契約証書は第四号の書類がそれなのであります。そうして昭和二十三年の三月二十日に国有財産の払下の申請をしたのでありまするが、それにはこの学園の定款及び財産目録などが添附されているのでありまして、第六号という書類に必要な部分だけを極めて簡單に書抜いておいたのであります。それ以外の寄附行為の條項は形式もきまりきつた理事が何名だとか、幹事が同名だとか、総会はいつ開くというようなことで、もう申すまでもないことなのであります。それからその学園の理事会で六月に払下を受けること、寄附金を受けるというようなことなどの決議をしまして、それから八月の五日には外部の或る一部の人と外食券食堂の払下を将来受けるであろうというところの建物の中で営ませるということについての契約ができております。それから二十三年の十二月十日には、又同じくそこの建物を使いまして一部の人に宿泊所を経営させる、こういう契約ができております。それは十三号という書類を御覧下さればわかります。それから十二月には太陽湯という風呂屋を経営するという約束をいたしまして、建築などにぐんぐんとかかつておるのであります。昭和二十四年の一月になりまして、亜細亜貿易株式会社というところに、まだその払下も受けないところの土地を貸付けまして、貸付料を取始めておりまするし、三月二十五日になつて初めて東京財務局から払下を受けたのでありまするが、その払下の契約書は第七号という書類に明らかであります。それからすぐ翌月、太洋自動車株式会社という会社、これは実は日本通運会社、日通とか、通○とか言つておりまするあの会社の子会社とでも申しますか、表面的にこういう小さい会社を設けたものでありまして、実質は日通なのでありまするが、そこへ直ちに土地を売却してしまつております。それにつきましては、この書類の第八号、第九号、第十号というようなものを見て頂けばわかります。ところが五月の十二日になりまして、磯川氏と渡邊氏との間に争いが起りまして、渡邊氏はここから手を切つてしまうということになつたのでありまするが、そのときの契約書が十一号の書類と十二号の書類で明らかであります。このとき二人が争うたものでありまするから、事件の内容がすつかりこの書類で暴露されてしまうということになつたわけなのであります。それから政府から払下を受けましたその代金は、先ほど申しました表面は太洋自動車会社、実際は日通、そこから四月頃に政府へ納入しておるのであります。全部ではありません、一部を納入しておるのでありまするが、政府の帳面には十一月に入つたということになつておりまして、この間約半年を経過いたしております。その間財務局においてその金を一体どうしておつたか、ここに一つの問題もあるわけであります。ところが二十五年の二月になりまして、会計検査院が実地検査をしまして、この不都合な点を発見しまして、そうして検査院の検査報告にもありまするように、甚だ不都合であるというので契約を解除せよということを注意したのであります。そこで元の東京財務局、只今では名前が変つて関東財務局となつておりまするが、会計検査院の注意に基いて契約の一部を解除しまして、よそへ売つたような土地、言換えれば社会事業の目的以外に使つておるような土地は、一旦政府が取上げましてそれをそれぞれの関係者に改めて払下げることにしまして、その学園には社会事業の目的に使われておると認められるようなものだけを残して、契約の一部解除ということにしたのでありました。ところがその現に社会事業と称してやつておりまする事業が、果してそういうふうの正しいものであるのかどうかということが問題になるわけでありまするので、場合によりましては、この契約は全部を解除してしまうべきである。更に附加えて申しますれば、こういう社会事業を財団法人として認可をしておりまする厚生省自身が何らかの処置をとらなくつてもよかろうかどうかということが問題になりまするわけで、目附の順序はかようなわけであります。これから問題になりまする点を極く簡單に申上げたいと思いまするが、それにつきましては第三号の書類を御覧願いたいと思います。第三号には説明の概要といたしておきましたが、政府の払下が二十四年の三月二十五日付であるということは第七号の書類で明瞭であります。然るに学園は、これより先すでに目的物について左の行為をしております。第一に、二十三年の八月五日、外食券食堂の経営のために、建物を十年間他人に貸與して二十万円の寄附金……常にこれは自分が慈善事業であるという形をとるために寄附金というような名前を用いておりまするが、世間一般の観念に従いますれば、これは権利金と見てよいものではないかと思われます。その二十万円の寄附金及び毎月賃貸料としまして一万円、なおそのほかに連絡費というような名前で五千円、つまり家賃若しくは地代と見るべきものを毎月一万五千円ずつ徴収するという約束をしているのであります。その一万五千円が二十四年以後は毎月二万円ずつに変つております。次に二十二年の十二月十日付の契約書で、宿泊所を経営するために建物を他人に貸與して十万円の寄附金を取つております。なお毎月利益金の一定割合を寄附をする、こういう約束をしているのでありまして、別の計算書を見ますると、二月中旬までに借受人が二百万円の建築費をすでに支出してしまつていることが明らかであります。なおこの借受人は合計四百万円を、前に申しました二月中旬までの二百万円をも併せまして四百万円でありまするが、これを建築や設備のためにかけているのであります。それから利益金の一定割合とありまするが、それは毎月三万円ずつを寄附しているということが記録されているのであります。その次、二十二年の十二月に太陽湯と名付ける浴場の経営のために建物を他人に貸しまして、借受人は毎月一万円の寄附をする約束をしております。ところがこの契約書の中に、これより先すでに借受人の投じた建築などの費用が百四十万円に及んでいるということを確認しているのであります。それからその次に、二十四年の一月に亜細亜貿易株式会社という会社に土地建物を貸しまして、一年間の借地料五十万円、これも負担という名前になつておりまするが、実は土地の貸付料でありまするが、これをとるということを約束をして金を受取つております。なおそのほかの点につきましては事情は明らかではありません。第二の問題といたしまして払下を政府がしましたときに、その條件としましては、払下げる物件は十年間公益事業に使用すること、並びに契約上の違反と認めたときは無條件で解約するということが規定されてありまする。それは第七号の書類に明らかであります。然るに学園はこの払下を受けましてから後、左の通り目的外に使用をしておるのでありまする。それは二十四年の四月二十五日太洋自動車会社という会社、これは先ほど申しました通り、実は日通のことなのでありまするが、そこに土地を売却をしました。そうしてその代金は直ちに政府へこの日通から納めておるのでありまするが、日通からと申しますると語弊がありまするけれども、日通の職員とこの学園の人とが同道して納めに行つたということであります。ところがそのときに納めたお金がさつき申しました通り十一月にしか政府の帳面には入つていないということになつております。次に二十四年の四月にサンポータイプと片仮名で書いてありますが、サンポータイプ株式会社なるものに建物の一部を貸しまして、更に二十五年の四月に他の建物の一部を貸しまして、両方合せて四十五万円の寄附金を、即ち権利金をとりまして、これが現在もそのまま継続しておりまする。それから次に土地三百坪の上に何十軒かの店舗を新築しまして、これを三十二名の者に転売をしておる。このことは二十五年の二月に検査員が発見をしてやかましく言つた一番大きい問題なのであると思います。なおそのほかにどんな事情があるか、調べは不十分でありまするが、注意すべきことは二十四年の五月十二日付で、先ほど申しました通り、磯川という人と渡邊という人が喧嘩をして分れてしまつたものでありまするから、その分れるときの財産の分配その他についての契約書があります。それによれば、渡邊の寄附をするというのは、実は仮装の寄附でありまして嘘なのであります。それだけ必要な金を立替えてやるのだ、立替えてやつた金で儲けがあつたら、これは自分の儲けだというような頭で、商売でもするようなつもりで事をやつたものでありまするので、今までの立替金を返す、返すについては金がない、従つてその土地の一部で以て立替金の代りをするということで、三百五十二坪の土地、それに建物が二百四十坪附いておりまするが、それらのものを渡してしまつたのであります。言換えれば、これは目的外に土地を売却してしまつたというのと同じことになるわけであります。それは第十一号の書類に明らかでありまする。かような問題があることを申上げたいと思います。その次に、第三といたしまして問題となる点、政府が最初に払下げいたしましたときに次の問題がある。その一は売買契約の調印の以前における買受人の不当な使用を知らなかつたのかどうか、この書類の一番最初に書きましたような工合に、まだ払下を受けないところへ入り込んで燒跡の土地を整理し、そこに建築をどしどし盛んにやるというようなことをやつておりまする。それを財務局においては知らずにおつたのかどうかということが一つ問題になりまする。知つてそれを許しておつたならば、これはなおいけないことだと思います。次にこれだけの売払いは、金額にいたしますると、かれこれ一千万円というお金でありまするが、買受人の財力が確かでなければ容易に売渡すことができないのじやないかと思いまする。そのときに買受人たるこの聖十字学園、この財産目録が添えてありまするが、それは第六号の書類を御覧下さればわかりまするが、この学園の財産目録は、現在あるお金というのは僅か四十万円ほどしかない。ところが一千八百万円という大きい金額を渡邊という人が寄附をするということになつておりまして、この寄附金があるからこの財団の資力は豊かである、こういうわけなのでありまするが、現実に寄附金もまだ受けていない表面の仮装の寄附を自分の財産だと言つて持つて来ているのでありまするが、財務局当局はこれを払下げるときに、この学園の財産をしつかりした財産であると認めたのかどうかということが疑問となるのでありまする。このときに寄附をすると言つておりまする渡邊という人は、仮裝の寄附者であるということは、先ほども申上げた通りでありまして、それは二十四年の五月の十二日に、曾つて寄附をすると言つたあの約束は効力を失わしめる、将来に向つて効力を失わしめるものだ……いや将来ではありません、そもそも初めからあんなものはないものだという旨を関係者一同と約束をしております。そうして渡邊氏は、このときまでの立替金一千余万円の代りに、先ほど申上げました通り、相当な面積の土地や建物をもらつているようなわけでありまするから、この寄附は全くの仮装の寄附なのであります。それから次に、払下げたときの価格は適当な価格で払下げたのであろうかどうかということを、一応吟味をして見る必要があると思います。ところがこれにつきましては、十分正確なことは申上げかねまするが、ただ外部に現われておる事実だけを申上げますると、ここの土地は神田和泉町の大通りに面したところでありまして、非常に立派な商業地帶であります。そうして売却代金の九百十五万円というものを土地の面積だけで割つて見ますると、坪当りが二千八百四十円ということになりまするが、これはその土地の上に建物が残つております。実はこの建物は元の厚生省の東京衛生試験所という立派な煉瓦作りの建物でありましたので、戰災に会いまして焼けましたけれども、煉瓦の壁などはしつかりしたものなどが残つておるのであります。それが二千坪からもあります。それを土地の上に合わせてしまつて合計して土地一坪というのでありまするから、土地だけについて見れば二千八百四十円よりは遥かに低い額になるわけであります。ところがこれを買入れましたのが三月のことであります。その翌月に太洋自動車会社に売却しております。価格を見ますると、土地は一千坪以上あります。ところがこの会社は荷物運搬のためのトラツクなどの置場にそこが欲しいわけでありますから建物などは要らないわけであります。たつた八十坪の建物がそこに食つついておりますが、従つて建物は非常にもうゼロと見ても、割合がら言えばゼロと見てもよいかと思われますが、それが土地一坪当り三千八百円ということになつております。それから先ほど申上げました仮想の寄附者に立替金の代りにと言つて土地を押付けた、その土地は一坪八千円という値で譲渡したことになつておりますが、それはすぐ翌月の五月なんであります。即ち最初の買受けが三月、通○に売つたのが四月、最後に渡邊氏に渡したのが五月、実はもう引続きでありまするから、同日と見ても大して惡くないような事情であります。なお更に附加えて申上げたいことは、相当広い地面でありまするので、往来の大通りに面したところは商業地として非常に立派な場所になるのであります。併し真中のほうはすぐその隣の地面が昔三井の慈善病院と言いましたあの大きい病院に接しておりまして高いコンクリートの塀で以て境をしております。その真ん中あたりはちよつと利用するのには非常に不便な役に立だないところ、そういうようなところを太洋自動車会社に売渡したのでありまするから、そのところは非常に値打の低い、価値の低いところと見てもよいわけであります。ところがそれでさえも三千八百円と、こうなつておるということを御参考までにこれは申上げたわけでありましてどの値が適当であるか、又これが政府の払下価格が適当でなかつたかとか、何とかということは現在只今申上げているわけではございません。それから次に払下代金の納入方法につきましてこれはこの七号書類を見て頂けばわかるのでありまするが、二十四年の三月二十五日に売買契約をいたしましてそのうち三百五十万円だけは政府の指定する期間内にこれを納めろということになつております。その金を日通は四月に納めておるのでありまするが、それが政府の帳簿には十一月になつておる、それから残りの金額はこれを二百八十万円ずつに分けまして、翌年、更にその翌年というふうに延納することになつております。特に注意されるのは、この三百五十万円を四月頃納入してあるはずなのに、十一月に納入となつておつて、その間平年ほどを或る銀行へ政府の役人の個人名義で以て無利息の預金で入つておつたという事実なのであります。それから次に一部解除になりましたその点について一つの問題があるのではないかと思います。それは会計検査院は二十五年の二月に実地検査によりまして、目的外の使用を認めまして、契約解除の注意を與えました。それで政府は一年間かかりまして二十六年の二月二十八日に漸く契約の一部の更改をしまして最初の払下げの土地二千二百坪を一千二百坪と改め、建物二千二百坪を一千五百坪に変更したのであります。そうして少くなつたところの土地建物はそれぞれ日通その他のところへ別に払下げをしたわけであります。ところが契約一部更改で、あとへ残りました土地は先にも申上げましたが、財務局の見解では、社会事業に使われているところだから、目的通り使用されておるという見解であるようでありまするが、外食券食堂と言い、宿泊所と言い、浴場と言い、母子寮と言い、工場を経営しておると言い、その他のものがありまして、果してこれらを社会事業の目的に使われているとして現在そのままにして置くということがどうであろうか。なぜ最初から全部の契約解除をしなかつたのかということが考えられまするし、それから現在行なつておりまする事業が果して公益事業であるかどうかということにつきましては、すぐ次の所で申上げたいと思います。なお契約を更改しました当時、未納になつておりました金額が六十五万余円ありまするが、その後ごの金は政府へ払われたのかどうか、一応これを明らかにしたいと思います。それでは先ほど申しましたように、これらの宿泊所その他の事業の経営はどういう人がやつているかと言いますると、外食券食堂の契約の相手方は、財団法人東京都食堂協会神田支所代表者田越柳助又は田越柳助及びその指図人ということに契約書ができております。即ち財団法人の代表者たる田越氏、それから一個人たる田越氏、この二人が而もなおその指図人というところまで範囲は広まつておりまして、常にこの契約書を見ましても、田越という名前が二つ並べて書いてある、はんこが二つ並べて押してあるといつたような工合に、財団法人の代表者と個人たる者とが妙な形になつているのであります。それから宿泊所の契約の相手方、この契約は第十三号の書類を一つそこへ御参考にと思つて印刷しておきましたが、それは大東京簡易旅館組合連合会長松井修一郎という人が契約の相手方であります。ここに簡易旅館と申しますのは俗に申す木賃宿のことでありまして、東京の各地にありまする木賃宿の旅館の主人が集まつて組合を作り、それが更に連合会を作つておりまするが、そういう営利事業の経営者が皆が金を出し合つて、その連合会長の名前で宿泊所を営むということを契約しておるわけであります。浴場の場合を見ますると、この契約の相手がたは富澤勇松及び北島鑛というこの二人でありまして、これこそ單純なる一個人なのであります。それからその契約書の中に浴場の腕衣所、風呂場の着物を脱ぐ場所、浴場脱衣所の二階の約二十三坪、これが先ほど申しました通りサンポータイプ株式会社というもので、名刺を見ますると進駐軍の指定工場と言つて大きいことを書いておりまするが、とにかくそういうものがそこを借りて営業をやつておるというわけであります。それ以外のことは調べも十分届いておりませんが、母子寮と称するものがそこにありますが、これは人々の話によりますると、單純なアパートであつて、相当高い権利金を取つておりまして、而もそのほかに月々の家賃は疊一疊について一千円だということであります。まあ大体かような事情が今日まで明らかになつたわけであります。勿論これにつきましては、まだ特別にこれを調査せよというような御命令も受けておりませんので、私は極めて消極的な態度をとつておつたのでありまするが、これらの材料の一部は或るかたから預かつてくれと言つてお預かりしたものでありまするし、他の一部のものは実際関係者が何と申しますか、陳情と申してよろしいかも知れませんが、私に面会を求められたこともありますので、そんな際に私が自然預かるともなく預かつてしまつた書類が若干ありまするので、それらについて一応筋の通るように順序立てたのであります。結局のところこの問題をどうお取扱いになるかは、どうぞ皆様の御相談によつておきめ願いたいと思いまするが、いずれにしましても、大蔵省の関東財務局の責任者である局長、これはこの人の前任者が払下をしておりまするので、その払下げの場合の前任者の責任、それから契約の一部解除と言いますのは、現在の局長がやつたことでありまするから、それに関する説明は是非関東財務局長が弁明しなければならないことと思います。それから国税庁の東京国税局は、かような営利事業をやつておる者が社会事業の名に隠れてやつておりますので、これらの者に対して課税しておるかどうかという点も一応確かめて見る必要がありはしないかと思います。  なおついでに申上げますが、その学園は第一号書類にありまするように、営利事業を営むということをはつきり書いております。第一号書類、即ち大蔵省管財局から提出されましたものの第一頁から第二頁にかけてでありまするが、第一頁のほうを見ますると、事業の主体という点につきましては、貧民保護のための事業とか、公益事業とか、授産所なんということを書いておりますが、第二頁の第五行目を見ますると、財源経営体というものがありまして、これを事業主体と関連せしめて、その収益を以て事業主体の使命に邁進することができるよう。つまり営利事業を行なつてそこで金を儲けてその金で以て財団の本来の事業を進めて行くということになつておりまして、貸店舗、貸事務所、貸住宅、貸席、旅館、その他いろいろのものがあるわけでありまするが、それらにつきまして、果して国税局は十分目が届いておるかどうかということが一つの問題かと思われます。それからこれは厚生大臣認可の財団法人でありまするから、厚生省の監督が果して届いておるかどうかということが問題であります。随分世間の噂を聞きますると、この財団法人というものは、これこそ一〇〇%インチキなものであるのみならず、甚だインチキ以上のものであるという世間の噂であります。それをも相変らず厚生省が財団法人として認めておるのかどうかという点であります。但しこれにつきましては、厚生省はこういう事業の監督は各府県知事に委任してあるということでありまするので、東京都では民生局が直接これを監督しておるわけであります。従つて監督の責任としましては、表面上は厚生省の児童局ではないかと思います。直接の責任としましては、東京都の民生局の責任でありますので、そういうものを一度調べて頂く必要があるのではなかろうかと思います。  なお最後に会計検査院がこの検査をやりまして、こういう不都合を見付けた。それは大変よかつたのでありまするが、その後今日に至つてなおまだこの財団の事業に疑問があるのでありますが、その点を会計検査院がどういうふうに見ておられますか、それも一応問い合せて見る必要があるのではあるまいか、このような点が私の気付きましたことで、大体御審議を進めて頂きまする以前に事件全体を見渡しておいて頂きますれば、御便宜であろうと思いまして鳥瞰図のようなものを只今申上げたわけでございます。

カニエ邦彦日本社会党(第二控室・右)

○カニエ邦彦君 只今專門員から大体荒筋のところを御説明になつたと思いますが、ごくかいつまんで私の調査した結果を言うと、これは磯川というものが、当時これは無一物であります。これが終戰後国の厚生省の衛生試験場に目を付けてそうしてこれを手に入れてそうしてこれで一儲けをしようというようなところから出発をして来ておるのではなかろうか、そこで御承知のように当時社会事業をやり、そうして国民生活に寄與するというような建前から、厚生省或いは大蔵省の許可を受ける、そうしてそこに一つの建物の計画をする、厖大な建物ですから、勢いその計画に基いていろいろな入手でき得ない鉄鋼資材なり、或いは木材なり、セメント或いはガラスに至るまで配給を受ける、そうして事実はこの配給を受けてこれはこれで又非常に何倍かの値段で他に売つてしまつて、そこでたんまりと利得をする、そうして今度は、その次には建物を入手する、そうしてこの建物、土地を安い、いわゆる社会事業だからということで、殆んどもう類例のない安い価格でこれを入手して、今度はこれを何十人かの人に分割して高い値段で売りつける、そうしてここで又一儲けをする、それらで儲けた金は、今度はいろいろな、各方面に営利事業を、今申されたように営むということで各種の事業をやる、そうしてその事業には財団法人聖十字学園事業部という看板を挙げる。そうしてそれらの事業において利得をしたものは、あたかもこれは財団法人の社会事業に使うような形をとつて、事実はこれで栄耀栄華をやる。極端なことを言うようですが、これは磯川のごときは妾を四人も五人も各所に置いておる。そうして社会慈善事業も事実やつていないのにかかわらず、街頭で少女或いは少年たちがかき集めて来るところの赤い羽の共同募金すらも取つてそうしてそれで又他にそれを使つておる。で、本質的に言えば、明らかにこれは刑事事件にかかるものではなかろうか。なぜなれば、やらないということを初めからわかつておりながら、そういうものをやるからと言つてだまして、国から巨額なものを安い値段でとつてそれで利益をする。これはもう当初から殆んど計画的に行われておるように判断がせられるのです。のみならず国としては、そういうものを安くとられたばかりでなく、収入のほうにおいては、これらのいろいろな事業をやつておるところから、人は苦しんで税金を国家に納めておるにもかかわらず、税金の面では殆んど払つていかないという事実です。恐らくこれも国税庁を調べて見なければわかりませんが、殆んど払つていません。そうすると、国家に流すところのいわゆる害毒並びにこれがために損害をこうむるところの人たちというものは実に多きに亘るのではなかろうか。こういうものが東京の而も神田の和泉町の真ん中に堂々として今日存在しておるということは、これは国会としても見逃し得べきものでないので、私はやはりこれは今の荒筋を專門員から説明になつたのですが、それ以外にまだまだひどいものがあり得るのではなかろうか。こういう観点からして、本件は相当前から調査も個人的にも進められ、又專門、調査員の手許にも相当資料も持つておりますから、そう長く手間取るものではなかろうかと思いますが、一応やはり関係各省を呼んで明白にして、そうして国民に対して、こういうようなことをして世の中は通つていけないのであり、やはり正義の前にはこういう不正は屈服されるのであるということは、やはり明白にする必要がある、こう思つております。そこで私は先ず磯川、それから渡邊二名を証人として喚問して行き、これの発言の内容を委員会で検討した上で、適当にその他の者の調査をする、こういう順序でやつて頂きたい、こう思つております。

飯島連次郎緑風会

○委員長(飯島連次郎君) 速記をとめて……。    午前十一時四十九分速記中止    —————・—————    午後零時十一分速記開始

飯島連次郎緑風会

○委員長(飯島連次郎君) 速記開始。本件に関しましては、来たる十七日の午後一時から、政府委員若しくは参考人として関東財務局長、東京都民生局長、厚生省児童局長を呼ぶことに御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

飯島連次郎緑風会

○委員長(飯島連次郎君) 御異議ないものと認めます。本日はこれで散会いたします。    午後零時十三分散会

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